文教委員会 第10号
- 発言数
- 49 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1959/03/04
会議録
○臼井委員長 それでは、これより会議を開きます。 初めにお諮りいたします。理事辻原弘市君より理事辞任の申し出があります。これを許可するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○臼井委員長 御異議なしと認めます。 なお、理事の補欠は、先例により委員長において指名いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○臼井委員長 御異議なしと認め、西村力弥君を理事に指名いたします。 —————————————
○臼井委員長 次に文教の基本施策に関し調査を進めます。前会に引き続き質疑を許します。長谷川保君。
○長谷川(保)委員 きょうの質問は前の質問の継続でございますが、それをやるに先立ちまして、ただいま私どもは養護教員の皆さんの陳情を承わった。われわれのうかつと言えばうかつでありますが、ただいまのお話を承わりますと、一人の養護教員が実に五校、六校、八校というようなものを持っておる。たといそれがどんな小さな学校にしろ、そういうようなことでは学校の保健というものの責任が、この養護教員の皆さんによって果せるはずはどう考えてもあり得ない。こういうような事情で、これはもう一刻も猶予すべきでない。文部省はすみやかに適当な施策をして、ただいまお話のようなひどい状態を解消してもらいたいと思います。今のようなお話では、何のために養護教員を置いてあるのかわからぬというふうに考えられる。これはわれわれもぜひ現地を調べて、今のお話の実態を確かめ、適当な施策をしなければならないと痛感したのでありますけれども、今回の予算で準要保護児童の医療費の補助費、あるいは学校の保健医に対する地方交付金、こういうものを見ましても、今の養護教員のみならず学校医の問題も、先ごろ同僚委員から質問がありましたけれども、予算を学校数で割ってみると、一年間の学校医に対する学校の予算というものは一回の往診料にも足らないというように考えられて、何とこれが形式的に行われているのであるかということをしみじみ感じているのであります。ただいまの養護教員諸君の、第一線を負ってのまことに涙ぐましい御尽力にもかかわらず、人間の能力には限界がありますから、そのようなことは絶対にできることではないのであります。これらの点についてすみやかに文部省は方策を講じなければいかぬと思うのであります。ただいまの陳情を当局もお聞きになったと思いますが、これに対する御方針を一応承わりたいと思います。
○高見政府委員 長谷川委員の御質問の御趣旨、まことに同感でございますが、御承知のようにすし詰め学級解消の法律によりまして、さしあたり養護教諭の改善を行いまして、今後五カ年間に、小学校については千五百人、中学校については二千人を対象として一人の養護教諭を置く。その結果、今後五年間に三千人の増員を行う予定で進めておるのであります。ただこれで完全であるかということになると、学校医の問題にいたしましても決して完全なものではないのであります。皆様方の御協力によりましてなお一そう充実するように努力いたしたいと存じます。
○長谷川(保)委員 これはすし詰め教室の解消とともに、私この間の金曜日に事実をあげて申し上げ、また理科教育の充実の問題について名古屋行政監察局の具体的な報告発表をもって、それがいかに形式的にすぎないか、——実際において法律できめられておりまする教育行政というものをまじめにやっているとは思えない。もちろんこれは政治全般のことでもあり、大蔵省の問題でもあるわけでありまして、一がいに文部当局の責任だけ追及するわけにも参りませんけれども、しかし一応、文教の責任を背負っておられる文部省としては、あまりにも形式だけで、選挙目当てではないか。文字通り私はそうだと思う。今のお話にいたしましても、向う五年間に三千人ふやす。千五百人について一人、千五百人について一人も大へんでありますけれども、向う五年間なんという遠い目標じゃだめなんです。今お話のようなことでは全然仕事はできません。今養護教員のお話を承わると、人間の能力の限界から考えて、できる筋合いのものではありません。ことにそういう人たちが非常に必要な僻地におきまする学校などにおきましては、なおさらそうでありましょう。今のようなたくさんのものを持ってかけずり回る、一つの学校から一つの学校まで四キロあるというようなこと、しかも平地だけならよいけれども、平地だけではないということにおきまして、御婦人として容易ではありません。そういうような、五年間で今のような三千人を増すからというようなことだと、私は、今の実態というものの改善は全くできないというように思われる、これは全く形式にすぎないというように思われるのであります。ですからこの点についてはわれわれもあらゆる意味において協力いたしますが、もっとすみやかに改善するという方策を立てるべきだと思う、この点どうでしょう、私は今のようなことでは納得できません。
○高見政府委員 お話の御趣意はまことにごもっともでありますが、長谷川委員も社会事業の救護事業を非常に熱心にやっておいでになられて、私その御努力はよく承知しておるのでありますけれども、実は一挙に物事を解決するというわけにも参りかねるのであります。もとより学校保健の問題は、養護教員のみならず、学校長以下全教員の責任で行うことになっておるのであります。その意味において、私どもはまずさしあたりすし詰め学級の解消に全力を注いで、これに伴って養護教諭の増員を行い、そういう意味におきまして漸を追うてやる以外に一挙に事柄を解決するということは実際の問題として不可能なわけであります。そこで皆様方の御協力によって一日も早く千五百人が千人になり、五百人になる時代を作りたいと考えておるわけでありますが、さしあたっての考え方といたしましては今申し上げましたような方針で漸を追うて改善をいたしていきたい、かように申し上げるわけであります。
○長谷川(保)委員 義務教育の充実ということは重要施策中の重要施策である、それは第一にすべきものであるということを大臣の政策の御説明の際に明確におっしゃっておられる。このすし詰め教室の解消とともに、全く今の養護教員の問題はその内容的なものとしてこれがほんとうに取り上げられなければならぬ。そうして子供たちの生命というものが守られ、教育をする諸条件の中の最も重要な健康が守られるということがなされていくのでありまして、日本の政治におきまして外国と比べればお金も割合よけい使っておるのだというようなお話がありましたけれども、まだまだその熱意が足らぬ、ある意味では自信が足らない。どうも文部大臣とか厚生大臣とかいうようなのは伴食大臣だというようなことを昔からいわれるのでありますけれども、私はそうではないと思う、民主主義国家では私はそれが中心だと思う。厚生大臣とかあるいは文部大臣とかいうものが政治の中心でなければならぬ。そういう意味で、私は、文部省は自信を失っていると思うのです。だから、そういうものをほんとうにりっぱにしていくには、今言ったように、福祉国家としてほんとうにりっぱにしていくには、私ども野党と申しましても、全力をあげて協力するのであります。おそらく与野党が一緒になって全力をあげてやれるというような点につきましては、与党が反動文教行政をやらない限りは、われわれは文教行政につきましては、全く虚心たんかいに協力できるのであります。だから、そういう点を文部当局は腹に入れて、変な反動行政をやるかわりに、そういうような基本的な、ほんとうに日本の国家の将来ということを考えても、あるいは民主主義の国家といたしまして、民主社会といたしまして、今後の日本が発展していくという立場から申しましても、基本的人権というような、ほんとうの個人の権利が尊重されるという民主社会におきまする基本的な問題として考えましても、文部省はもっと自信をお持ちになって、そして堂々と、もっと予算の要求をなさる、その点につきましてはわれわれに協力を求めて、われわれもまた全力をあげて協力をしようと、決してお約束するにやぶさかでないのであります。そういう意味で、実際問題としてはできないというのでなしに、これはなさねばならぬことといたしまして、私はもっと自信を持っておやりになるべきだと思う。その自信のほどが、今のお言葉では足らないと思う。そういう点、一つ大いにがんばってもらいたい。ほかにも関連質問者があるようでありますから、私は、私の意見だけ申し上げて、これで……。
○臼井委員長 関連質問は簡単にお願いいたします。
○加藤(精)委員 できるだけ簡単にいたしますけれども、意を尽すために、一つごかんべん願いたいと思います。 長谷川先生の御発言の中で、わが国の小、中学校教育について手が行き届かないのは政府のためだというようなことが主になっているようですけれども、わが国の小学校、中学校教育は、法制上も県の教育委員会や市町村がやるべきものでありますし、市町村には、御承知のごとく三割の自由財源があるのですから、市町村のためにいいことは市町村がどんどんやればいいので、しかも地方交付税の積算基礎には相当そういう給与費が計上してあるのにかかわらず、それを市町村が設置しなかったり、十分に使わなかったりするならば——市町村長や市町村会議員というものが、橋をかけたり学校を作ったりすることばかりでなしに、あるいは消防の機械を買うことばかりでなしに、公衆衛生、環境衛生方面、児童生徒の身体教育というような方面に、——どうも非常に古い言葉を使って、近ごろの新しい学問がわからないからあれですが、そういう方面に力を入れるのが筋じゃないか。それで、全国町村長会とかそういうところにもうんと働きかけて、政府に働きかけなさる五倍か十倍くらい全国の市町村会とか教育委員会とかにも働きかけていただきたいということをまず考えるものでございます。 教員定数の法律によりまして、千人あるいは千五百人に一人というような定数がとられましたのは、これは私は養護教諭を予定するものだと思っておるのでありますが、その法律の条文には、養護教諭というレッテルをはってないので、それ以外の先生に定員が取られることがありはしないかという心配があるので、そういう点につきましてお尋ねしたいのであります。 なお、これは社会党さんのお気にいらぬことを申すのでありますが、新聞等によりますと、教室でたばこを吸って小説を読んでおって、生徒には自習や絵ばかり書かしている先生の話がこの間東京の大新聞に出ておりましたが、そういう先生たちはおそらく養護訓導さんの二倍か三倍の給料をもらっておるわけでありますから、そういう先生たちにはなるべく御退職願って、そしてどんどん養護教諭さんをふやしていただく。それからなおいわゆるやみ専従と称して、非常な数の授業をしない先生がおられるそうでありますが、そういう方もどんどん御退職願って、そういう方は特に高給をはんでいる先生に多いようでありますから、一人分でもって三人も四人も養護教員の方が雇えるのもあるだろうと思うので、そういう意味におきまして大いに、何とかといういろいろな制度を合理化していくことによって、非常に目的を達するのではないかというようなことも考えるのでございます。 なお、昔は養護訓導さんは学校看護婦といいましたが、虫下しを飲ませることがお仕事だったように思うのでありますが、このごろは非常に広く児童生徒の身体教育、環境衛生、予防衛生、全部に働いておられまして、その御苦労が非常に大きいと思うのであります。もちろん国民健康保険組合や保健所に所属しておられる保健婦さんなどと、職務の上の仲間作りを通じていないとほんとうの仕事ができない。ことに女教員の方はその本性に基いて、女の先生は全部養護教諭というような気持であられるならば、逐次改善されていくと思うのでございますが、最小限度の数になる養護訓導の先生、栄養士の先生等は、身体教育の上に非常に有益であろうと思うのでありまして、そういう意味におきまして、私は本論に立ち返りまして、教員定数の法律において養護訓導という名前を出すことの可否、並びに交付税の措置等につきまして御当局の事務的な用意、そういうような点につきましてお漏らし願えればありがたいと思います。この質問は非常に専門的な質問でございますので、政務次官でなしに、初中局長さんから御答弁を願えればありがたいと思います。
○内藤政府委員 学級児童の適正化並びに教職員定数の標準に関する法律がございます。これは先国会で通過さしていただいたわけでありますが、この法律に基きまして教職員定数をどういうふうにきめるかということが問題になるわけであります。その場合今の養護教員につきましては、別に教員定数をきめる場合に、たとえば校長一人とかあるいは事務職員とか、あるいは養護教諭とか、一般の教員というふうに定数をそれぞれきめなかったのでございます。そのきめなかった理由は、各県における教員定数をどういうふうに定めるかという標準をきめるわけでございますので、それぞれ養護教諭、事務職員、校長あるいは教諭というふうに分けますと、非常に窮屈になるおそれがありますので、そこでこの法律におきましてはそういうことを特別に、養護教諭ということは明記しませんでした。それは小学校におきましては大体千五百人を目標に、中学校におきましては二千人を目標にということで、先ほど政務次官からお答え申しましたように、定数の面では三千人をふやすことになっておるのであります。これはもちろん五カ年を基準にしておりますけれども、五カ年以内に埋めることも、これはもちろん可能でございます。この場合に国庫負担金といたしましては、半分は精算負担でございますので、地方が出せば出しただけ精算で支払います。また地方交付税の場合には、本則定数までは必ず交付税の基準になる。従来は義務教育国庫負担で精算負担だけだったけれども、今度の法律によりましてここで算定した教員数というものは、確実に交付税の方で単位費用として用いる。その点が大きな改正でございますので、もちろん千五百人あるいは二千人に一人ということがすみやかに充足された場合に、交付税の方も当然に計算の基礎に入れる。もう一つは実は小学校の場合には十八学級以上に級外教員というのもございます。県全体の必要から考えて、養護教諭を増員する必要があれば、そっちのワクでも満たし得るわけでございます。ですから結局これは県の教育行政全体から考えて、専科教員を置いた方がいいのか、あるいは養護教諭を置いた方がいいのかという判断もあろうと思います。ですから要は教員定数のワクをふやすことだと思う。こういう意味で先般の法律によりまして、標準定数として約一万人をふやす計画を持っておるわけであります。このほかにすし詰め学級解消分として、さらに三、三万のものがどうしても必要でございますので、合せて四、五万の増員になろうかと思うのであります。こういう意味でございますので、一挙にふやすことは困難である、こういう意味でございます。
○小牧委員 先ほど同僚長谷川委員の質問に、政務次官の方では小学校千五百人、中学校二千人に一人の基準で養護教諭を配置する方針である。こういう御答弁だったと同時に、一挙にできないから漸次改善していきたいというお話でありました。これに対してそういうことでは熱意がないではないかという長谷川委員の御意見は私もまことにごもっともだと思うのです。ところで私どもはこれに対して改正の法律案を出しまして、まだ御審議は願っておりませんが、一挙にできないならば三年あるいは五年でもいいから、順次これを解消するためのめどをどこかに置くべきである、こういう意見を持っておるわけです。ところが政府においては漸次これを充実していくということで、めどを明らかにしておられない。もしそれがはっきり今直ちにできないとするならば、内藤局長にお伺いしたいと思うのですが、千五百人とか二千人という基準をおきめになる際に——千五百人に一人とか二千人に一人というのは私は非常に過重だと思う。従って昨年の職員の定数基準の法律をおきめになる際には、確か千人くらいを基準としてきめようというような御意向もあったんじゃないかということも聞いておるのでありますが、それが千五百人あるいは二千人というふうに低下して参っておる。そこで学校教育法百三条の当分の間これを置かないことができるという条文を削除することが直ちにできない。あるいはまた千五百人あるいは二千人という問題をそう簡単に動かすことはできないというようなことであるならば、これは私の私見ですが、養護教諭一人の担当の学校数を二校なら二校とか制限する。そういう漸進的な方法も考えられるのじゃないか。もちろん学校によりましては児童数が少いところもあります。しかし今陳情者のお話を承わりますと、女の先生が四キロも六キロも遠いところまで出かけていく。自転車にも乗らなければならない。お話を承わりますと、交通費も出ないというのが今日の実情であるということであります。しかも女の先生でありますから、自転車にも容易に乗れない。そういう実情を考えてみました場合に、一挙に法の改正ができないとするならば、千五百人とか二千人という、そういう一般の職員の定数基準ということは別個に、これは別な法律があるわけでありますから、一応別なワクで考えて、児童生徒数にそう大きく制約されないで一担当の学校数というようなことも基準において、何らかそこに充実をしていくという一つの新しいめどを文部省としては考えるべきではないか、こう私は考えておりますが、高見政務次官のお考えであるのか、あるいは文部事務当局がどうしてもわれわれの意見に納得されないのか、その辺のところは私はまだよくわからないのでありますが、私をして言わしむるならば、どうも内藤さんその他の文部事務当局がなかなか頭を縦にふらない、(「ノーノー」と呼ぶ者あり)こういう気持が非常に強くするのでありますが、について一つ内藤さんから率直に御意見を承わりたい。
○内藤政府委員 養護教諭の点につきまして、先般の国会で、全会一致でおきめになったわけでございます。私どもはその法律を忠実に履行したいと思っているだけでございまして、あのときにも私どもは計算の上では一応小学校千五百人、中学校二千人に一人、こういうことですみやかにあの法律の趣旨が充足できるようにいたしたいということを念願しておるわけでございまして、ただいまのお話につきましては、これはまた新しい問題として、たとえば学校数をどの程度に制限するかとかいうことは、これは間接には教員定数と関係ございますけれども、直接教員定数の問題ではないと思います。養護教諭のあり方についてどういうのがいいか、各県まちまちでございまして、非常に養護教諭の熱心な県におきましては、専任の養護教諭を大幅に置いて、たとえば佐賀県のようなところでありますが、それからそうでない県もありまして、各県の実情がいろいろ違いますので、私どもはあの標準を作るときには、大体これが全国的な標準として一応の基準ではなかろうか、それに上げるのに、現在八千人程度の養護教諭を、さらに三千人ふやすということにしたわけでございまして、今後お話のように何校程度まで受け持つことが適当か、私どもは千人が望ましいけれども、必ずしも私ども千人でなければならぬとも考えていない。小、中学校が二つあれば、そこを兼任していただくのもけっこうだろうと思います。そういうことを考えて、養護教諭の方々の職責が十分果せるように今後その点については研究さしていただきたいと思います。 〔加藤(清)委員「関連質問、関連質問」と呼ぶ〕
○臼井委員長 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○臼井委員長 速記を始めて。
○加藤(精)委員 ようやくにして発言権を得ましたので申し上げますが、私はこんな議論をするよりも、実際養護教諭さんたちが仕合せになった方がいいし、児童生徒の養護が非常に強力になることを望むのです。いろいろな議論をしておるよりも、むしろ学校保健法という法律も通りましたし、それで今結論を言うと、社会党と自民党の代議士連中が、大日本学校保健会という団体も作っておるようですから、そういうところの代表者と一緒になって、全国市長会や全国町村長会に出向きまして、交付税等の予算措置もできているのだし、それから教員の定数の法律も準備しているのだから、ぜひぜひ置いてもらうように、——佐賀県のように十分に理解があって、養護教諭の網が張ってあるところもあるけれども、そうでない非常に無理解な地帯もある。そういう地帯はこことこことここだ。特にそういうところは進めてくれということを全国市長会、町村会なんかに談判したらどうか。実際私今から三十年くらい前に文部省の課長をしているときに、義務教育一千万円増額のときは、これだけの予算は準備したから先生の給料はこれだけ上げてくれと言って、文部省の局課長を動員して回ったことがある。今度の場合は一部のようでありますから、そう大げさなことをするとかえっておかしいから、われわれ国会においてそういうものに熱意を持つ者が、学校保健会という学校保健法を生み出した動機になったそういう半官半民の団体と一緒に、全国市長会、全国町村会等に交渉をしたらどうかと思いますが、文部省の御当局はそういうことはよけいなことだというお気持ですか、それとも非常にいい着想だから、そういうことでさっそく実行してほしいという御意見であるか。これは内藤局長でなくて、高見政務次官の御答弁をお願いします。
○高見政府委員 非常にいい御着想だと思います。私どももぜひそういうものを作っていただきたいし、また私は端的に申し上げるならば、ほんとうは養護教諭の身分関係というものをはっきりしなければいかぬのじゃないかという感じを持っておるのであります。加藤委員から今お話しのような形で、すでに財政措置も講じられておるわけであります。私どもも市町村に対して極力勧奨いたしますが、委員の皆様方もこの点に積極的な御協力を賜わりまするならば望外の仕合せである、まことに名案であると思います。
○櫻井委員 大臣が見えませんので、長谷川さんの本格的質問に入る前に養護教諭の問題が出ておりますので、私も一言御質問をしておきたいと思います。 先ほどの内藤局長の答弁を聞きますと、昨年の定数基準の法律が全会一致で通って、その趣旨によってやっておられる、こういうことでございますが、それはもちろん文部省の官吏として法律に忠実になさる、これは当然のことです。しかし昨年の定数基準というものは無条件に通ったのではないのですよ。私は特にあのときに質問を申し上げたわけです。その一番問題点になっておるのは十八学級以上ということ、ところが今日日本の小、中学校の実態を見ると、特に地方においては十八学級以下の学校というものが多数にある。これが主軸をなしているのです。十八学級以上の学校というものは都市に集中しております。そういうときに千五百人を単位にするあるいは二千人を単位にいたしましても、生徒児童数が集中しているところはそういう便法がとれるでしょうけれども、僻地あるいはもっと農山漁村、こういうところに参りますと、十学級なり八学級、中学校においてはそういうのが多いのですけれども、かりにそういうところに一人のワクを持ってきても、それは先ほど陳情があったように、非常に距離的な制約を受けるとか、業務の上に非常な制約を受ける。この十八学級以下に定数、定員をふやしていくということが当面の大きな問題でなければならぬということを、私はるるあの定員のときに申し上げたはずであります。従って私はあの法律が通ったのだからあれでやっていくというようなお考えは一応うなずけるわけでありますけれども、その法律の中にあるところの矛盾、最も大きな不合理、こういうものを解消するような努力を文部当局はなさっていくことが当然だと私は思うのです。法律があるからあれでいいのだということではなくて、一番そこが盲点となっておる日本の義務制の諸学校における実態の上に立って、もう少し十八学級以下に定数をふやしていくということを重点的にあなた方は施策としてとらるべきが当然だと思う。この点について私は局長の答弁ははなはだ不満ですから、一応あなたの御所信を承わっておきたいと思います。
○内藤政府委員 御説の点は大へんごもっともなので、実は私どもも十八学級以下につきまして、できるだけ定員の配置をいたしたいと考えて、たとえば分校の場合にはどうするとか、小規模学校にどうするというような、多少の配慮は加えたわけでございます。しかしお説の通り十分でございません。ただその点一つは最近各地方に学校統合の機運もございますので、あまり小規模学校を優遇し過ぎると、これも統合という点を考えて、必ずしもいい結果ではないのではなかろうか、私どもとしてはせいぜい十二学級ないし十八学級程度を基準にいたしておりますので、その辺を中心に施策を進めて参りたい、しかしながら現実に小規模学校が多いことも事実でございますので、小規模学校の実態を十分見きわめて適切な指導をしなければならぬと思っております。 そこで先ほど加藤委員からの御質問がございましたように、それじゃ具体的にどうこうしろということでひもをつけますと、かえって府県の弾力性がそがれるおそれがある。私どもとしては各県の教員定数の総ワクを押えていきたい、その総ワクで、各県があの基準でやりますと、大体四十六のうち三十五、六はあの基準より以下なんです。そこで基準まで引き上げていく。約十県ほどのものが基準をオーバーしておりましたので、この基準をオーバーした府県につきましては、それだけの教員数をもってすし詰め学級の解消を促進して、教員整理にならないようにという御修正をいただきましたので、その線に沿って教員定数を下げないように余裕をつけてくれ。ですから各県の御事情で全体の教員数がふえていけば、その中で養護教諭の重要性を十分認識されて、弾力性のある運営をしていただきたい。たとえば十八学級以上に級外教員を置けというのは、その十八学級には必ず級外教員を置けという趣旨ではございませんので、教員定数の設定の基準ですから、そういうものを養護教諭の方に回されることも一向差しつかえないわけです。ですから小規模学校の多いところは学校の事情というものを都道府県の教育委員長が十分洞察されて、適切な教員配置をしていただきたい、かように思うのでございます。
○西村(力)委員 小牧委員の質問に対して、養護教諭に兼務の制限を付するという問題で、それは新しい問題だと局長はおっしゃったわけですが、新しい問題だ、こういう答弁にとどまっておるか、それを新しく研究して適当な措置をするというところまであなたがおっしゃるかどうか。
○内藤政府委員 その点については十分研究させていただきたいと思います。と申しますのは、私考えますに小、中学校一緒におるような場合にはむしろその地域の小、中学校を見ていただいた方がいいのじゃなかろうか、あまり遠隔の地で兼務されても非常にお困りだろうから、そういう点でどういう基準が——もちろん定数だけではなくて、養護教諭配置のどういう基準が望ましいかということを十分検討いたしまして、適切な措置を講じたいと考えております。
○西村(力)委員 しかし原則としては一校に専念する、こういう原則はあなたは承認なさると思うのです。しかし現状やむを得ない場合においては一つの制限をして、最も効率的な方法を検討しよう、こう仰せられるのだと思うのですが、そうすると今の基準から言いますと、千五百人と中学校二千人と言いましたか、学校の児童数、生徒数の全国の平均はどうなっておるか。私はそこのところがまだ不明なんですが、かりに小学校が七百五十人平均だとしますと、二校に一人置けることになるわけです。そうするとその予算の数字上の問題からいっても、二校制限が現状ではせい一ぱいである、それだけ以上に兼務させることは、定数基準のはじきからいっても好ましくない、こういうことになるわけですが、一つの学校に専念することを原則として、こういう原則を承認されるが、やむを得ない現状解決の問題としては、その数字上の問題からいいましても、どのくらいを妥当と当局の立場として考えられるか。
○内藤政府委員 これはもう少し計数に当らないと私お答えできかねると思うのですが、私どもは決して小学校千五百人、中学校の場合二千人に一人が最も望ましいという考えではないので、教員定数の総数をはじく場合の一つのめどにしたわけですから、そこで養護教諭の実態を考えて、教員定数の総ワクの範囲内で、今申しました養護教諭を小学校千五百人、中学校二千人というワクではなくて、教員定数総ワクの中でこえなければいいので、そういう点を考慮して多少はみ出ることはやむを得ないと思います。ですから養護教諭の職務能率をもっと向上させるという見地から考えて、どういう指導をしたらいいか。一方においてもちろん教員定数はなるべく置かなければならぬけれども、教育的な配慮を加えてみて、どういうのがいいのか、少し検討させていただきたいと思います。
○長谷川(保)委員 大臣はじき来るそうですからぼつぼつ始めます。 先週の金曜の本委員会において、私は橋本文相が文教行政の第一とせられる義務教育の充実、わけてもすし詰め教室の解消や理科教育の拡充、あるいは特殊教育の充実ということを主張せられておりますことについての実態を、予算と事実からあげて、文部省がそういう非常に正しい、またりっぱな看板をかけているし、また大臣はそういう基本施策を持っていらっしゃるけれども、実際にはそれはできておらぬのではないか。本来教育基本法第十条に掲げられた、教育行政は、教育の目的を遂行するために必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならないという、こういう法の建前というものを満たしていないではないかという事実を明らかにして、さらにその反面文部省はその本義をはずれて、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四十八条の、「必要な指導、助言、又は援助を行うものとする。」その法の範囲を越えて、むしろわれわれが非常にこれを尊重する、戦後の教育革命による民主教育のあり方というものをくつがえして、再び中央集権による教育の支配を行おうとしているのではないかということを指摘し、ことにその著しい例として、三十一年十月一日に施行された、いわゆる新教育委員会制、すなわち教育委員の任命制、その結果、教育委員は国民を代表するようなものではなくなったという事実を、都道府県の教育委員の職業別調査をもって明らかにしたのであります。 〔臼井委員長退席、加藤(清)委員長代理着席〕 その節私は、国民の四一%を占める農林業者の中から選ばれた都道府県教育委員はわずかに八%、全国民の五〇%以上を占めている労働者の代表ともいうべきものはゼロである。だれもおらぬ。このような一部階級のいわば教育支配を意味するといってもあるいは過言でないような実態が、教育をつかさどる教育委員会を構成し、またそこで教員を任免し、あるいは勤評をするということになっている。この事実は国民が今日これをいただくことはできないと申してもやむを得ないであろうというようなことを申し上げたのであります。さらに私は、こういうような教育をつかさどる一番中心でありまする都道府県の教育委員に労働者の代表ともいうべき者が全然出ておらぬこの実態におきまして、知事が教育委員会の委員を任免するというような場合に、文部省は適当な指導をすべきではないか、労働者の代表というような人を少くとも半分くらいは入れるように指導すべきではないかということを御質問申し上げたのでありますが、大臣はそこまでやることは行き過ぎだ、こういうように御答弁になったと記憶しているのであります。 そこできょうはまずこの点から質問をさらに継続いたしたいと思うのであります。 御承知のように、教育基本法第十条、教育行政の第一項には、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」と書いてあるわけであります。日本の教育の一番基本になるべき教育基本法の第十条に、「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」こういうことでありますならば、先ほど来申しましたような、都道府県の教育委員の中に労働者代表といわれるべき者がいないという現状は、何としてでもこれは直さなければならない。そうでなければ国民全体に対して直接責任を負うというようなことはいえないのであります。この点大臣はどういうふうに今後指導なさろうとするか、これを具体的に承わりたいのであります。
○橋本国務大臣 先般の委員会でも御質問がございましたが、各都道府県市町村におきまして、教育委員としてその場にふさわしい人を選んで選任することを文部省もこいねがって、今日までそういう方向で指導して参りましたし、都道府県市町村でもそういう方向で今まで努力いたして参ったわけであります。ただいまも御指摘がございましたように、教育基本法の精神に基いた教育を真剣にやるという趣旨でふさわしい人物を選ぶためには、常に繰り返し反省しながら人選を考えねばならないということは、文部省もそうでありまするし、当面の衝に当りまする都道府県市町村もそうであります。現実の場合におきましては、これはいろいろ苦心して、その当該自治体の中で選ばれている結果がこういうふうになっている。今日その選ばれている結果が必ずしも不当だとは、私は考えておらないのであります。時代の変化等に応じまして、いろいろ教育委員として適任の方々が、何というか、出身別というものがおのずから変って参ると思うのであります。努めてこだわりがあってはならない。こだわりがあるようなことがあれば、これは気づけば十分注意もいたしますけれども、私は今後も自治体を信頼をいたしまして、法規の趣旨に従って教育委員としてふさわしい人を選ぶ。具体的な人選は、これはもうそれぞれの都道府県、市町村にまかせて承認をしていくよりいたし方がないと考えております。
○長谷川(保)委員 御承知のように、教育委員の任命につきましては、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の第四条に任命のことが書いてあります。「委員は、当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもののうちから、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する。」こういうふうに書かれておるのであります。先ほど来由しております通り、国民の五〇%以上を占めておりまする労働者の代表と考えられるたぐいの人が出ておらぬというこの実態において、もし労働者の代表ともいうべき人々の中に、人格が高潔で、教育、学術及び文化に識見を有する人がないというならばとにかく、こういう国民の階層の実態からいって、今日私の持っておる資料が正しければ、三十二年十二月の調査では、その労働階級の代表と考えられるような、労働階級の中で選ばれた人がないという実態、これでは教育委員会はかたわじゃありませんか。だから先ほど来申しておりますように、教育基本法の第十条の、教育は一部の不当な支配に屈するのではなしに、全体への奉仕者として直接国民に責任を持つ、こういうような教育の基本、こういう立場から申して一番大事な都道府県教育委員会というものに国民の五〇%以上を占めておる労働者の代表がないというような実態というものは、明らかに不健全です。だからこの労働階級が、教育委員会のやる最近におきまする勤評にからみますような問題に対して反発するというのは当然だと思うのです。私はこういうやり方は健全じゃないと思うのです。選挙ではない、任命ですからこれは非常に不健全だと思う。だからもしそういうことが不健全であるとすれば直さなければならぬ。文部省は指導をするという御意思がないならば、指導するのが行き過ぎであるというお考えであるならば、地方の自治、自主性というものを侵すというおそれがあるから、逆に中央集権になっていくからいけないのだ、だからこれは指導すべきではないといっても、文部省は他の場合においてはずいぶん強力な指導をなさっておられる。先ほど申しましたように、指導の範囲を越えてむしろ支配と考えられるようなことになっているのに、事このことに関してはこのような全国民に直接責任を持ってやるべき教育というものを……。 〔加藤(清)委員長代理退席小牧委員長代理着席〕 それをつかさどる教育委員会に、国民の過半数を占めまする労働階級の代表がないということは、何といっても不健全だ、どうにも不健全だ。これはすみやかに改めらるべきだと思うのです。これは単なる言いのがれでなしに、教育の問題でありますから、誠実をもってお互いに話い合いたいと思う。これは私は不健全であり、不当だと思う。大臣はそうお思いにならないのですか。
○橋本国務大臣 今日の教育委員会は国民的基礎がないというような意味のお話がございましたが、私はそう考えておりません。これは今日におきまする都道府県、市町村の理事者も選挙によって国民の監督を受けておりまするし、議員も国民の監督を受けておるのでありまして、最初教育委員会が直接選挙制でありましたのを、いろいろな実態から見て適当でないというので間接選挙に改めたわけであります。これはやはり国民の厳重な監督のもとに教育委員の選任のよしあしということも見られておるわけでございますが、私はこの教育委員の問題につきましては、これが片寄ったようなことでなしに、ほんとうに教育に関して識見のある、人格高潔なりっぱな人たちを、できるだけ広い範囲に求あるように、これは現在までの文部省もそういうつもりで指導して参りまして、今後も指導して参るつもりでございますが、これは必ずしも出身別に、職業代表といったような意味で利害調節をはかるとかなんとかいう機関ではございませんので、たといもとが教員の出身であろうと、あるいは農業の出身であろうと、あるいは労働組合の出身であろうと何の出身であろうと、そういう立場でいうのでなしに、出たらやはり教育委員という立場で教育のことを考えられる、選ぶ方もそのつもりで考えておるわけでありまして、私はこの人事ができるだけ公平に行われますように、また今後でもできるだけ広く人材を集めて参りますようには十分留意して参りたいと思います。あるいは長谷川委員のおっしゃるように、眼界の狭さで発見し得るものを発見し得ないという点があってはなりませんから、今後とも十分注意をして参りたいと思ってはおります。しかし本来が利害調節機関のようなものではございませんから、真に本法の規定に従って、都道府県なり市町村なりが教育委員としての適任者はこれだといって選んだ場合に、その出身がこうだからどうもよくないんでやり直せというような趣旨のことを考えるのは、どうも文部省として行き過ぎだと考えております。ただ趣旨はもうほんとうに広く、できるだけ広い方面で人材を選びますようには今後も十分に留意して参りたいと思います。
○長谷川(保)委員 この間も申し上げましたように、私の資料によりますれば、都道府県教育委員の中で、会社重役が二八%を占めておる。大学職員、元学校長、学校経営者というものが二〇%を占めておる。僧侶、医師、弁護士、著作業というものが一八%、そうするとこれだけでもって六六%ですね。国民の四一%を占める農林業はわずかに八%、今の労働者の代表はゼロだ。お考えにならなければならぬことは、単なる経済的利益問題ではない。御承知のように、今日の日本の国民の状態というものは、相当大きく二つの思想に分れておると思う。労働階級を初めといたしまして、いわゆる思想的に進歩的といわれております人々、この人々は社会主義社会を作ろうという。そうでない、会社重役をもって代表されるような諸君は、資本主義社会をこのまま続けていきたいという。せめて今日の支配階級といわれているような人たちが、ルーズベルトのニュー・ディールくらいまでやろうという御意思があるならば、この思想的なみぞというものは、私は相当越えられる可能性があると思います。しかし現状はとてもそんなところへいってない。そこで国民はいわば階級的な対立となっており、これは随所に現われておる。今回の勤務評定におきます争いというものも、率直にいえばそれでしょう。二つの思想の衝突、闘争であります。そういうようなときでありますから、なおさら私は教育を平和に進めていくということになれば、だれがどう考えてもそういうような広い階層の国民の中からも教育をつかさどる委員が出ていただいて、みんなが話し合いのうちで進めていく、単なる衝突、闘争ではなくて、そこに話し合いの場を作っていく、たといそれは困難でありましても、それを断じて乗り越えてやっていくというところに、私は教育の平和というものがあると思うのです。少くともそれを除きましては今日の教育界の混乱というものを乗り越える道はない。昨日ラジオを聞いておりますと、長い間拒否しておりました日教組の諸君との面会をともかくも大臣はなされる、これは大へんいいことだと思うのです。たといそれがどんなに困難であっても、困難なことであればあるほど、お互いに顔と顔とを合わせて話し合っていう、その間に活路を見出す、そういう立場から私はゆうべのラジオを大へんうれしく聞きました。それを教育界全体になさなければならぬ。だからきょうは私はくどく伺うのでありますけれども、それは教育界の平和をもう一度獲得するところのかなめであると思いますから、これを伺うのであります。どう考えても今のこういうような教育委員の色分けというものは、これがわかった以上は、根本的に手を打って、それほど文部省がそれらについて指導、助言をして支配をせよとは私は申しません。この教育委員の任命につきましては適当な工夫をするように、この事実をもって指導助言をすべきだと思うのです。それを今大臣は言を左右にして言い切らないというのは私は非常に不満です。そんなばかなことはありません。このままでいいなどとだれが考えるでありましょう。民主主義の社会においてこのようなあり方がいいとどうして考えられましょう。思想的な問題です、単なる経済的利益の問題ではない。思想的な大きなみぞができて二つの階級に分れて争っているというのが今日の現状です。それならばなおさら新しい社会を作ろうという新興階級が、今日の社会体制をこのまま維持しようという人々と反対の立場に分れていっているという今日の段階において、将来の日本を形成する教育においてこそ両者が顔と顔とを合わせて話し合って、そこで双方の譲歩、協調を得て進歩的なしかも平和的な民主主義的な教育をここに実現するということをしなければならないと思うのです。どうも大臣のお話を聞いておると、言を左右にして逃げるというような感じが私はするのであります。もっと責任を持って、誠実をもって答弁してもらいたい。
○橋本国務大臣 私は逃げないのであります。しんから先ほど申し上げた通りに考えております。今まででも人物の取り方がこれで十分かどうかということ、これは外形的にはいろいろ言えることでございましょうから、できるだけ当該都道府県なり市町村なりにおいて広く人材を選ぶこと、これもほんとうに識見があり都道府県市町村民の信頼を受けるという人を選ぶようには一般的に今後とも私は留意をいたして参りたいと思う。ただ現実の結果として出ております場合に、当該都道府県がこの規定に従って最善だと思って選んで参りましたのが、不当に色がついているとは私は思わない。それから考え方の問題としましても、私は今日の社会というものが二つに分れて対立しているというふうに考えておりません。大ぜいありますからいろいろなお考えの方はあると思うけれども、これはやはり国民のいろいろな利害の対立というものがあるかもしれませんが、やはり総体の中で——私自身はここで長い説法を申しませんけれども、私は自由民主主義の観点に立って、社会というものはこの民主政治の仕組みによって誠実にお互いに運営をしていくことが一番いいのだと考える。社会が二つに割れて対立しているのだから、その対立しているものの両方を入れなければならぬというふうに私は考えておらない。ただ総体の中でいろいろな考えの方がおられる。真に国民を代表するという形においては、結局やはり選挙制度でやるよりいたし方がないという意味において、私は今日の民主政治を一番信頼をいたしております。ただ十分ではないと思うからよくする努力はしなければならぬと思いますので、一般論といたしましては、これは人の選び方として最善最高で、これ以上人の選びようがなかったとまで私は申しておるわけではない、もちろん当該自治体においてはもう最善を尽してやられたものとは思いますけれども、今後においてもやはりできるだけ公平に人を選ぶということは大事だと思います。ただ私は繰り返して申しまするけれども、本来利害調節機関、対立調節機関といったような意味で教育委員会があるものとは私は考えませんので、御趣旨のいかんというよりは、とにかくやはりそれぞれほんとうにいろいろな面を考えて、教育に識見のあるまたりっぱな人を選ぶということが必要であり、その結果が国民の職業構成と必らずしもバランスがとれなくてもいいと私は考えております。
○加藤(精)委員 関連して。ただいま長谷川委員の御質問には、非常な重大なわが国教育行政を今動かしておる思潮の根本的な致命的な問題が含まれておると思うのでございますので、私、何ともこの点については相ともに審議してみたくて発言権を得たわけであります。と申しますのは、長谷川委員の御質問によりますと、教育者は労働者である、そうして労働者は団結して闘争を現在しておる、その事実を直視して、そうして労働者の代表のものを教育委員にしろという論理の展開であります。ところが私は教育基本法第十条の規定、第十条教育行政「教育は不当な支配に服することなく、」これは日教組の支配に服してもいかぬのでありますが、「国民全体に対し直接に責任を負って行わるべきものである。」この直接国民全体に対して責任を負うので、自分が選挙されたり選出されたりする母体だけに対して責任を負うのじゃない、ですから相関係数のように、これだけ人口が、日本の労働組合を組織している人が千三百万人、その関係の世帯がある、あとは七千万人ある、それだから、その七分の一とか、そのような相関係数でいくべきものじゃないのです。そういうふうにこの条文を解釈することの可否について内藤局長にお伺いしたい。 それから第二番目に、大体長谷川委員さんとは本日キリスト教家庭出身の会合があって、そこでデスカッションをすることになっておるのでありまして、そのときやればいいのでありますが、ここである程度やりますと——どうしてもこれは国民諸君にも聞いていただきたいことでありますが、これはどうも私は六・二制擁護の立場にある日教組というものをまず考えます。長谷川先生は日教組と御関係があるかどうかわかりませんけれども、日教組と社会党とはかなり御親類でありますから申し上げるのでありますが、六・三制の新学制というものは、私の解するところによれば、相当アメリカの教育使節団の勧告もあって、その基礎哲学になっているものはデューイ、カントの哲学であり教育学であると考えておるのであります。しかるに、日教組の示すところの教師の倫理綱領によれば、これは全くその精神は、ことに新しく教師となる人のために及びますと、全くこれはマルキシズムなんです。そこに私はだれもが気がつかない日教組側の非常な弱点があって、その結果ああいう混乱した状態に陥っているのではないか。それで日教組の教研集会にも行って、私非常に長い時間その分科会も傍聴いたしました。そこでは何が出るかというと、デューイ哲学の根本であるプラグマティズムの哲学——デューイ哲学をそう呼ぶのは、これは学問のない人たちの呼ぶことなのでありますけれども、デューイ哲学ないしプラグマティズム哲学を清算するということこそ急務じゃないかという非常な強い代議員の発言があるのです。しかしながら、日教組教研集会の最後になりまして、閉会式のときに、代議員を代表いたしまして立ちました山形県の代議員のごときは、全くマルキシズムそれ自身のような発言をしておる。それで、こういう日教組内部の思想の色調の哲学的な根拠を早く整頓していただかないことには、非常な混乱が巻き起るのであります。迷惑するのは国民だけであります。この迷惑を非常にきらうということから、最近の選挙におきましては、どこの県知事選挙も全部社会党が惨敗しておる。このかげには、こういう迷惑をきらうという心理が非常に強く動いておると私は考えているのであります。そういう意味におきまして、文部大臣は、そういう点につきまして日教組の幹部と御懇談になられますならば、十分に隔意なく御懇談の際にはそういうことについてもどうぞ御指導をいただいたらどうか、そういうようなことを考えます。ことに教師は単なる労働者じゃありません。われわれが学校の先生を尊敬するのは、勤労者であるから尊敬するのじゃないのです。勤労者であるばかりでなく、一種学者的な精進をしておられるというこのとうとい、われわれよりも人格価値の高い人として信頼しているのです。それを日教組の大会等に、実例を申し上げますれば、西村理事はわれわれの県の非常に評判のいい輝ける委員長であったのでありますが、その西村理事は、私が市長をしておるところの市で、県下の教員組合大会をやったのです。そうすると、われわれの市の教育委員長が大きな手を上げて、われわれ勤労者は、というて非常な大アジ演説をやったのであります。そこに根本的な間違いがあるのではないかということを考えますので、大臣はそういうことにつきまして、国民諸君の皆様にも、相ともに日教組の主張の中の矛盾について早く整頓してもらうようにお望みになる国民諸君と一緒に、涙を流しながら矯正をお願いするというお気持がないかどうかということについて、なかなかこういう問題は微妙な問題でございますので、大臣はあるいはあまりはっきり御明言できないかもしれませんけれども、御示唆をいただければ非常に幸福とするところであります。
○内藤政府委員 先ほど加藤委員からの第四条の解釈のことがございましたが、第四条は、教育委員は人格高潔で学術教育……
○加藤(精)委員 私の質問は第十条です。全体に対して責任を負うというのは、その選出母体の勤労者の側から出たからといって、勤労者の人のための責任じゃない、その意見が正しいかどうか。
○内藤政府委員 十条につきましては、選出母体に拘束されない、国民全体に責任を負うというのが解釈だと考えております。 〔「教育委員に選出母体があるか言ってみろ」と呼ぶ者あり〕
○橋本国務大臣 ただいま加藤委員よりお話のございました点は、十分拝承いたしました。私はあらゆる場におきまして、教育というものがほんとうに筋に従って行われまするように、真剣に自分の意見を申し述べるつもりでございます。
○西村(力)委員 今、内藤初中局長の答弁は、選出母体の利益を代表することはあり得べきことではないという立法解釈をなさった。教育委員会が選出母体を持つということを示してみなさい。そんな迎合的な発言をしたらだめだぞ。
○内藤政府委員 私は、この十条が別に教育委員云々と考えていないのです。教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対して直接責任を負って行わるべきものである。これは教育を行う者あるいは教育行政を行う者すべての人の心がまえでなければならぬと思います。その意味で、出身母体がどうあろうとも、その意見に拘束されないで、真に国民のためを思って教育を行わなければならない。それがどういう所属団体に入ろうと入るまいと、それによって拘束さるべきものじゃないと思っております。
○西村(力)委員 教育に関連する人が全体の奉仕者としてあるのは当然ですが、そういう教員とか教育行政者とかが現在ある団体に所属していることはある。それは当然の権利として組合を作ったりなんかやっていますね。しかしそれが選出ざれる場合は、それが母体ではないでしょう。教育委員だってもちろんそうなんです。農協に所属しておる人もあるし、医師会に所属しておる人もあるし、銀行協会に所属しておる人もある。しかしそれが選出の母体ではない。(「ただ言葉を間違っただけで、訂正したらいい」と呼ぶ者あり)そんな答弁はあるものじゃない。
○内藤政府委員 これは、加藤委員から選出母体というお尋ねがあったから、私、選出母体という言葉を使ったわけでございまして、おっしゃるように、もっぱら所属の団体、機関その他いかなるものの拘束も受けないで、真に国民のための行政あるいは教育を行うのがこの十条の趣旨だと、こういうふうに思っております。
○西村(力)委員 加藤委員は選出母体と言いましたが、法律上の問題であるから、あなたにそういう厳密な意味の質問をしているのですよ。いいですか。だからそういう純粋な法律解釈の問題に立って、政治的な意味を加えないで先ほどの答弁はあるべきなんです。だからそのときにはそういう明確な答弁をして、今おっしゃるように、現在所属している団体の個別的な利益に奉仕するということは否定さるべきだ、こうはっきり言っていただかなければ、あなた方の発言そのものを見のがしておいたら、とんでもないことになる。それは訂正いただいたこととして了承いたします。
○長谷川(保)委員 いろいろな御質問がありましたが、しかし私は先ほど来の大臣の答弁に満足するものではありません。国会におきましても二つの政党に分れておる。その思想的な立場というものは二つに分れておる。そういう事実があるのですから、その事実の上に立って教育の平和を守るというのには、おのずから適当な教育委員の選び方があるはずであります。それが今日の実情というものは、そうなっておらぬ。こういうことでは闘争はますます激しくなるのではないか。その点をわれわれは十分適当に配慮をするということが必要である。もちろん今お話の通り、教育委員というものは、たとい自分がどこのいろいろな団体に社会的には属していようとも、教育委員となりました以上は、もちろん教育基本法第十条の立場に立ってやるのが当然なことです。しかし人は単なる機械ではないのであって、おのずからその社会的な環境において持っておる、また持って参りました考え方というものがある。教育に対するそれぞれの特別な考え方を持っているわけなのです。でなかったらでくの坊で機械です。そういうように考えれば、現実を見れば今日こういうものがいかに正しくない選び方になっているかはおのずから明らかだ。しかしこの点につきましては、また他のときにさらに伺うことにします。 一応ここで切りになりますから、大臣の基本施策に対する私の質問を切りまして、次の機会に続いて基本施策に対する質問をいたしたい。この点は留保いたします。
○小牧委員長代理 それでは長谷川委員の御質問はことで留保することにいたしまして、次に堀昌雄君。
○堀委員 実は私ちょっと所用で北海道に行っておりましたところが、北海道大学の医学部の付属病院が、二月二十三日に火災によりまして外来診療病棟が焼けた。実は調べてみますと、昨年の十一月二十六日にすでに一回火災にあって、千二百坪ばかり焼けて非常に困っていて、ようやくこれを何か臨時に整備をしたところが、その施設自体がまた非常に老朽な施設であったために、またもやそこに火災が再発した。まことにこれは遺憾なことであると思うのでありますけれども、北海道大学医学部付属病院の北海道における医療研究及び教育上の重要性にかんがみて、至急にこれを整備されることが必要ではないか、こういうふうに私は考えるのでありますが、これにつきまして、基本的には一体これをどうするのかという問題を大臣にお伺いしたい。
○橋本国務大臣 北海道大学で再度にわたりまして火災を起しましたことは、まことに申しわけのない次第でございます。この間北海道大学の責任者が参りましたときに十分な注意も与えておきましたが、先般も北海道大学から参りましたのでいろいろ事情を聞きまして、大体こういうふうに考えております。昨年の暮れの火事のときにはとりあえず文部省内の各種修繕の費用をかき集めまして修理をいたしたようであります。ところが再度焼けまして、相当の費用もかかりますし、結局中途半端にしておくということもなりませんので、本格的に復興をするのに一体幾ら要るのかということを北海道大学から出させまして、要すれば予備金の要求をする必要があろうかと考えております。大体そういう方向の準備をいたさせております。
○堀委員 今のお話の様子でございますと、すでに北海道大学が予定をいたしております改築計画と申しますか、これに本館部分を希望しておるようでありますが、それに早急に着工すると同時に施設内部における医療機械器具を含めてお考えになる、こういうことでございましょうか。
○橋本国務大臣 本館全部の改築計画というふうなことに早急に手をつけるということが予備金といったような形でできるかどうか問題があるわけであります。問題自身は、当面も直ちに手をつけなければならぬ問題があるわけでありますから、そこで具体的にどの程度のことをしていったらいいか、ただ各種修繕費でいいかげんなことをすることはとうていいかぬと思いますので、大蔵省としてはよほど意見はあるだろうと思いますけれども、当面とにかく早急に手をつけて、そしてそれが将来への役立つものになるのに当面一体どういう計画でどれだけやったらいいのか、具体案を至急出してくれということを北海道の方に言ってあります。出てきたらやはりこれは予備金支出の要求をすべきものだと考えております。まだ大蔵省の方には話をしてないと思いますが、内容を見まして、やはり弥縫策ではいかぬと思いますので、そうした方策をとりたいと思っております。
○堀委員 大体大臣のお考えで私了承いたしますが、ただ問題を一つここで申し上げておきたいことは、大学が改築計画をいたしております中で、今も大臣のお言葉にありましたように、やはり一貫性を持って将来を見通しの上で問題を処理していただきませんと困ると思うのであります。今度の二回目の火災が起きた主要な原因は、本来外来病棟でないところに臨時に外来病棟を移管したというところにある。私はこういうふうに考えております。大体外来病棟はいろいろな電気器具あるいは消毒の器具というものがついている危険の多い場所であります。そこで今度外来病棟については、それを含めた鉄筋コンクリートの新館を最小限度においてでもこれを作って、将来の火災の予防に資するようにしていただきたい。同時に医療器具を焼失いたしているわけでありますけれども、ちょっと何か聞くところによりますと、文部省の方では火事が起きたのは大学の責任、これは私どもまことにその通りだと思いますが、しかし焼け太りにならないようにしたいというお話があるということをちょっと聞いておりますが、どうもそれは不穏当な言葉でありまして、だれも焼け太りをしようと思って火事を起す人間はないわけであります。ああいうことで火災が起きて、それはやむを得なかったことでありますから、今度それをされるときには、やはり前より以下のものにするのだというような考え方では、これは学術の進歩というような問題に逆行することになりますので、いろいろ内容的な問題におきましても、これを機会に新たに購入されるものについては近代的な学術の進歩に合うようなものを考慮していただいて、焼け太りはさせませんよというような表現を皆さんがされるようなことは厳に慎しんでいただきたい、これだけを重ねて申し上げておきます。大臣もその点について、内容的な問題をもう一言、私が申し上げました医療設備その他についてもそのようにお考えいただく、その点だけについてお答えいただきたいと思います。
○橋本国務大臣 これは当面やはり予備金で処理する以外にありませんから、予備金で処理し得る範囲内において将来への長期的な計画の筋に乗るような方向で建物も医療器具も考えて参りたいと思っております。 それから焼け太り云々の問題は、文部省はそう考えておりません。ただ財務当局としてこれを考えるのは当然でありまして、この間も各種修繕費で五千万円を無理して出すことを承認したのに、またかというような形で、焼いただけ得なような格好にはもうさせないといって怒っておるそうであります。これは当然のことでありまして、私どもも所管の国立大学の中で火事は起さぬようにせいぜい気をつけるから、まあかんべんしてくれということでやっておりますので、あまりむずかしい話ではございませんが、どろぞ一つ……。
○小牧委員長代理 本日はこの程度とし、次回は明後六日午前十時より理事会、十時十分より委員会を開会いたします。 これにて散会いたします。 午後零時三十一分散会