社会労働委員会 第21号
- 発言数
- 189 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1959/03/18
会議録
○園田委員長 これより会議を開きます。 内閣提出の国民年金法案並びに八木一男君外十四名提出の国民年金法案、及び国民年金法の施行及び国民年金と他の年金等との調整に関する法律案を一括議題とし、審査を進めます。 質疑を行います。岡本隆一君。
○岡本(隆)委員 先般の委員会で、一部の国民年金についての問題をお伺いしたのですが、まだお尋ねしたいことが四、五残っておりますので、厚生大臣にお答えを願いたいと思います。 第一に、第四条の年金の額及び保険料の金額の調整の問題でございますけれども、五年ごとに調整していくというふうなことがこの案に書かれておりますが、「国民の生活水準その他の諸事情に著しい変動が生じた場合には、」その調整を行うという、著しい変動というのをどういうふうに理解していいのか、具体的にお答えを願いたい。
○小山(進)政府委員 著しい変動というのが具体的に、たとえば生活の水準の率でいった場合にどのくらいになるかとか、あるいは額でいった場合にどのくらいの開きができたならばこれに該当するかというような点が明らかになればそういうふうにしたい、こういうような考え方が強いわけでありますけれども、この問題はいろいろ検討いたしました結果として、どうもそういった明確な数字なりあるいは率をもって表わすことが事の性質上なかなかできかねる。大体五年ごとに料率の再計算を行うことにいたしておりますので、五年ごとに実態を検討しまして、前回きめたときの社会経済条件と比べてみて、社会通念上相当大きい動きがあったというふうに認められる場合においては、それに応じて調整をする、こういうような考え方を持っているわけでございます。
○岡本(隆)委員 著しいという言葉のお答えを願うのに、それが相当大きいというお答えであったのでは、これはお答えをいただいたことにはなっておらないと思うのです。著しいといえば、たとえば現在の物価水準に対しておよそ何%くらいの変動が起った場合には著しいと解釈すべきかというふうな点を具体的にお答えを願わないと、ただ著しいということだけでは、たとえば五〇%上ってもそれは著しいということに入るのか入らないのか、倍になって初めて著しくなるのか、その辺のところが一向わからないのです。そうすると、五年前に二〇%上っており、さらにまた五年たったときに二〇%上った場合、四〇%物価は上っておるにかかわらず、前に比べて著しくないじゃないかということであれば、物価の変動に一向年金額はスライドされて参りません。そういうことでありますと、せっかく現在の貨幣価値のもとにおいて拠出しているものが、今度年金を受けるときにはほとんど使用価値のないような形の年金になってしまう心配があるわけです。だから調整というものはできるだけこまかく、少くとも現在支給を目途とされておるところの年金額が現実に支給されるときに、やはりその使用価値が同じ程度でなければならないということが原則だと思うのです。その原則をいかにして維持していくかということについては、この著しいという言葉の解釈というものが私は非常に大切になって参ると思うのです。だからその辺を、どの程度に達した場合に調整をしなければならぬかということをこの機会に明確にしておいていただかなければ、のらりくらりに著しくないということで逃げられたのでは、これは国民年金がその名に値しない年金になってしまうおそれがあると思いますので、これをはっきりこの機会に明確にしていただきたいということを私は希望しておるわけです。
○小山(進)政府委員 根本的な考え方につきましては、ただいま岡本先生が仰せられた通りだと心得ております。問題はこの種のものについてこういうような表現をとりますのは、事の性質上一律な数字等をもって表わしがたい。ただいま先生が言われましたような根本の趣旨を念頭に置きまして、健全な社会常識をもって考える、こういうことが基本になる問題でございまして、そういうふうに考えました場合、たとえば例におあげになったように、その間に四〇%も生活水準が上ったとか、あるいは物価水準が動いたということでありますならば、これは問題なく著しい変動が生じたということに相なると思います。
○岡本(隆)委員 そうしますと、五カ年ごとに一応物価の変動に応じてスライドするような形でもって年金額もあるいは保険料もスライド式に、五年前の物価プラス生活水準を、五年前とそのときとの比率において、大体比例的にスライド・アップしていかれる、こういうような御方針と理解してよろしゅうございますか。
○小山(進)政府委員 根本の関係はおおむね先生が仰せられているような関係になると思います。しかし単純にスライドするかしないかという問題になりますと、必ずしも単純にスライドする、そのときの健全な常識から見まして、特に生活水準の上昇の場合におきましては、あるいはスタートのときは諸般の事情を見て低い姿勢で出発をした、しかしその後の推移を見れば財政状況も健全である、ほかの年金——ほかのと申しますのは、他の公的年金制度における年金額も、料率の引き上げとともに年金額の引き上げが非常に行われた。言いかえますならば、年金というものに対する国民全般の考え方なり、あるいは期得の程度が高まってきた、こういうことになりますならば、おそらくは単純なスライドを越えた引きで上げを考えていかなければいかぬ。逆にまた今度は若干の生活水準の動きはあったけれども、どうも保険料の面において今すぐ引き上げるということがなかなかむずかしいというようなことでありますならば、単純にスライドしただけを引き上げないで、そのときの諸般の事情の許す限度において引き上げを考えていく、こういうことに相なると思います。
○岡本(隆)委員 他の年金の場合には、たとえば恩給にいたしましても、厚生年金保険にいたしましても、報酬の比例に応じた給付額がございますから、ある程度自動的にスライドされる形ができております。ところが国民年金の場合にはそういうふうな自動的にスライドされる形ができておらないから、従ってここに出ている調整が大きな問題になって参ると思うのです。 そこで大体案をお組みになるに当ってのあなたのお心がまえでございますが、厚生省としては大体これから後の日本の物価というものが——もちろんこれは変動がないのが望ましいことでありますが、しかしながらそういうことは絶対にあり得ない。やはり幾らかずつ物価というものは、過去のいろいろなものから見ても、戦争というような事態がなくとも、だんだん物価というものはしり上りに上昇していくのが当然のことであります。そこへ持ってきて、今度はさらに国民の生活というものがだんだん程度が高まりますが、これから後ますますその度というものは強くなると思うのです。またそのことが望ましいのであって、いつまでも低い生活程度に置かれておったのでは困るので、国民の生活程度というものはどんどん飛躍的に上昇しなければなりません。そういたしますと、給付されるところの年金額というものは、やはりその生活程度にスライド・アップしたところの年金額が給付されなければならないことになるわけでございますので、そういうふうな率をおよそどのくらい見て、今度の計画をお進めになっていらっしゃるのか、その辺のところを伺いたい。
○小山(進)政府委員 ただいまお話しになりました問題のうち、物価につきましては、遠い将来は別でございますけれども、少くともこの五年くらいを考えますならば、ほとんど動かない、かような想定をしております。 それから生活水準については相当な伸びがあり、従って五年目に検討されるときには、主としてその間における生活水準の伸び、あるいはその他ほかの年金制度における年金額の引き上げの状況というようなものが検討の場合の積極的な因子になる、それからそのときの国民年金における財政状況というものがそういうふうな措置を許すか許さないかということを検討する場合に、いわば積極的な要因になる、かように考えます。
○岡本(隆)委員 厚生大臣がほかへお出ましになりましたので、その間に少し事務的な面だけお伺いしておきたいと思いますが、今度のこの法案が施行されます場合に、たとえば生活保護法の適用を受けている者、あるいは公的な施設に収容されている人たちについての処遇の問題がまだはっきりされておらないと思うのでございますが、その辺について小山さんから一つ具体的にお答えを願いたいと思います。
○小山(進)政府委員 生活保護法の保護を受けております人たちと援護年金を受けます人との関係については、すでに厚生大臣から繰り返し申し上げたところでございますが、簡単に結論だけを要約して申しますと、これらの人々に援護年金が参りますことは、これはもちろんでございますけれども、現在の生活保護法の建前から申しますと、与えられました援護年金はそのまま収入と見られることになりまするので、生活保護法の運用において特段の措置が講じられませんと、実質的には援護年金がもらえなかったと同じ結果になる、それでは困るということからいたしまして、生活保護法の基準におきまして老齢加算制度を設ける。身障加算及び母子加算についてはこれを増額するということにいたしまして、努めて実質的にもらえるようにしていく。この額を幾らにするかということがいわば宿題になって残っているわけでございます。これは政府部内においてなるべく早い機会に進めていく、こういうことに相なっておるのでございます。 それから第二の公けの施設に入っている人々に対する援護年金の支給をどうするかという問題につきましては、法律の第六十五条に規定してありますところの監獄、労役場あるいは少年院というようなところにおります人々は別でございますけれども、それ以外の施設、たとえばらいの療養所でありますとか、あるいは養老院でありますとかいう施設に入っております人々には、当然援護年金は支給されます。
○岡本(隆)委員 加算制度が行われるということについては承わっておりますが、しかしながらどの程度の加算が行われるかということが問題であり、この年金が通るのを待っている人たちにとって、それが切実なんです。その問題はこれから研究いたしましてとか、できるだけ早い機会にということでは、私たちには満足いかないと思うのです。やはりこの法案が通過するまでに大体どの程度のことはできそうだということをお聞かせ願わないとそれについて、それじゃ何がしかということであれば、百円も何がしかだし千円も何がしかです。だからその辺についてあまりにあいまいもこであり過ぎては、この年金制度に対して非常な期待を持っておられる人たちに対しては誠意がないと思うのでございますが、その辺について重ねてお伺いしたいと思います。 なおもう一つ、ただいまの公けの施設の場合、養老院であるとからいの療養所にいる人たちにつきましてもやはり年金は支給されるが、しかしながら同時に今まで出ておったところのいろいろな見舞金とか諸手当というものが、年金が入るからもうよしにしますよということになるのでは、その人たちは何のことか意味をなさなくなると思うのでございますが、それについてはどういうことになるのか。この前私がお尋ねしたのでございますが明確なお答えがございませんでしたので、きょうもう一度お伺しておきたいと思います。
○小山(進)政府委員 前段の問題につきましては厚生大臣から、お尋ねのあった先生方に対して、これを何とかうまく解決をしたいという気持は全く同じでございます、ただせいては事を仕損ずるような状況にありますので、もう少し時をおかし願いたい、問題は刻一刻目的通りのところに進みつつありますというような気持を申し上げているわけでございまして、もうしばらく時をかしていただきたいと思います。 それから後段の問題につきましては、関係当局の間で目下調整をしておりますけれども、これもおそらくしばらく時をかしていただくなら、大体みんなが希望しているような方向へ向っての解決にたどり得る、こういうふうに考えております。
○岡本(隆)委員 たとえば私のところへ参っております手紙に、らいの療養所でもって現在慰安金が五百円出ている。そこへもってきてその他の千五百円の身体障害者の手当金が実質的には給付されない形になると思うのだが、それはどうなるだろうかというふうな手紙が参っておりますが、その辺についてはどういうふうになるのでしょうか、お伺いいたしておきます。
○小山(進)政府委員 繰り返して申し上げましたように、千五百円差し上げるという方は、法案にも明記されておりますからこれは動かないわけでございます。千五百円もらうようになったから、従来予算措置として出ておったものがという点が今問題であるわけでございます。いろいろな事情がありまして、関係当局の間で、あんまりやかましく言わぬでというような調子で折衝をしておるわけでございます。御了承願いたいと思います。
○岡本(隆)委員 やかましく言わなければうまくいくという御意見であれば、それでいいと思うのであります。しかしながら、やかましく言わなければ、声のないところへは一向水が流れてこないというのが従来の例でございますので、そういうところの施設の人たちがやかましく言ってくるのだと思うのです。それではあなたの言葉を信頼いたしましてやかましく言わないことにいたしますから、水だけははっきり流す道を通じていただくことをお約束があったものと理解しておきたいと存じますが、これは念を押すことはくどうございますでしょうか。
○小山(進)政府委員 問題の性質から申しまして、生活保護法の保護を受けている人々に対して、援護年金を支給した場合の扱いをどうするか、これは政策の問題でございます。その意味において相当大きな政策的な決定を必要とする、こういう性質の問題でございます。後段の問題は政策の問題ではございません。事務折衝の問題でございますので、この点医務局長も私も何とか解決をいたしたい、こういう気持で折衝をいたしております。
○岡本(隆)委員 そこで身体障害者の問題が出ましたので、もう少しそれについてお尋ねしたいと思うのでございますが、この「別表に定める」という別表でございますが、別表の一級、二級というのはどういうような身体障害の程度を意味しておられるのか、お伺いしたいと思います。
○小山(進)政府委員 この別表はすでに御説明申し上げましたように、現在の厚生年金保険における障害等級と、それから身体障害者福祉法における障害等級とをもとにいたしまして、その後加えられましたいろいろの研究を取り入れまして、専門家に調整をしてもらったものでございます。専門家がこれを検討します場合に、およそ頭に置かれたことは、一級は大体一番最後に書いてありますように、日常生活の用を便ずることがほとんどできがたいと思われる程度の障害ということを念頭に置いてまとめられたようでございます。それから二級の方は、日常生活に著しい制限を加える必要がある程度の障害ということを念頭に置いてまとめられたようでございます。
○岡本(隆)委員 そこで身体障害者の援護年金の場合、あるいはその他の年金の場合でも所得制限がございますね。そういたしますと、これに該当しないものであって、しかもこれに近い人が相当あるわけなんです。たとえば精神的な知能障害の非常に激しい場合、あるいは、ことにより一そう手間のかかるのに精神病者があると思うのです。放置しておけば何をするかわからないから、絶えず監視しなければならない。そういたしますと、からだが動かない人はむしろまだ手がかからないのです。ちょうど三つ四つの子供がかえって手がかかります。それと同じような条件にある人は、これは内科的疾患であるという理由をもってはずされておりますが、しかしながらそれでは非常に困る場合が多く出てくるのではないか。ことに精神病についての収容施設が足りないものでありますから、非常に困る人もたくさん出てくる。そういう点については一向御配慮がないようでございまするが、どうお考えですか。
○小山(進)政府委員 ただいまの問題は、すでに八木先生から非常に強く御指摘のあった問題でございますが、決して配慮を加えなかったわけではないのでございます。いろいろ検討いたしました結果、現段階においては残念ながらできない、こういう判断からいたしまして、問題を後に残したわけでございます。おっしゃるように、障害の程度におきまして、この種の人々と同じように扱わるべき人々があり得るということは私ども十分承知しておりますので、過般申し上げましたような条件の整いました場合におきましては何とかそういうものも将来はこれに入れていくように考えたい、かように考えております。
○岡本(隆)委員 その所得制限に年収五十万ということでございますが、そうしますと月四万円なんです。四万円になって参りまして、たとえば老齢援護年金の場合、老人をかかえておって、月四万円で子供が三人、四人ある、七十以上になっておるというふうな場合、これは生活費が相当かさむと思うのです。そういたしますと、今度はその一番上の子供がようやく勤めるようになりまして、月七、八千円もらってくることになると、とたんにそのためにお年寄の援護年金が二人分ともふっ飛んでしまうということがあり得るわけでございます。たとえば所得の合算がふえますから、年収五十万円をオーバーして参ります。そういう状況が出てくると思いますが、そういうような場合に、子供の就職のために、老人も今までせっかくもらっておった加算がもらえなくなるということになってくると、老人の方が非常に肩身が狭くなってくることが出て参ると思うのでございます。従って、それについては、ある程度の段階的な制度というものが私は必要ではないかと思うのですが、それについての小山さんのお考えはどうですか。
○小山(進)政府委員 私どもも岡本先生と全く同様に考えているわけでございまして、そういう考えからいたしまして、この法案では、世帯の所得制限をきめます場合に、その世帯の所得の合算額ではなくして、その老人なり身体障害者の方々が実際上扶養を受けている人一人の所得だけを問題にして、ほかにお話のような所得が出て参りましても、それは計算に入れない、かようなことにいたしているのでございます。
○岡本(隆)委員 国民年金審議会というのが法文の中に出て参っておりますが、その審議会の構成、それから大体その任務、そういうことをお聞かせ願います。
○小山(進)政府委員 国民年金審議会の任務は、別に御審議をいただいておりまする厚生省設置法の中にきめておりますけれども、国民年金制度の企画及び運営についての重要事項はすべて審議してもらう、こういうことにいたしております。それから構成は、さしあたりのところ委員を十名と予定しております。委員は、国民年金制度について学識経験のある各階層の人々から入っていただくようにいたしたい、かように考えております。
○岡本(隆)委員 そうしますと、さっき申し上げました国民年金の調整とか、そういう仕事は十名の委員で起案していくわけですか。それとも、諮問があった場合に諮問に応じるだけであって、調整をする必要があるかないかというふうなことの決定はどこでしますか。
○小山(進)政府委員 この審議会は、単に諮問に応じて答申をするだけでなくて、みずから積極的に意見を述べてもらうように厚生省設置法の方では規定をするようにいたしております。従って、お尋ねのような場合は、単に諮問に応じて答えるだけでなくて、必要に応じて積極的に厚生大臣に意見を述べていただくということになろうと思います。
○岡本(隆)委員 ここらあたりから厚生大臣にちょっと……。
○園田委員長 もうすぐ来ますから、しばらくそのまま……。
○八木(一男)委員 その間に小山さんにちょっと質問いたします。厚生大臣が来られたら岡本さんにすぐかわりますから。拠出年金の中の障害年金、それから援護年金の方の障害援護年金で家族加算を一つも考えておられない。母子援護年金の方あるいは母子年金の方では考えておられる。これはバランスを失していると思うのですけれども、それについてどういうお考えでこういう方向をとられたか。
○小山(進)政府委員 母子年金について扶養加算を考えないことは、およそ母子年金の趣旨を没却することになりますので、これは当然のこととしてつけたわけでございます。それから障害年金については、お話のように現在の各種の年金制度ではついておりまするし、できるならつけることが望ましいのでございますが、私どもがとりました社会保障制度審議会の答申にも、現在の段階では省いて、姿勢を低くしてスタートしろ、将来逐次そういうふうな充実を考えていくように、こういう趣旨でございますので、そうしたわけであります。
○八木(一男)委員 母子家庭について加算をつけるのは当然だろうと思う。これは私賛成でございます。それから身体障害年金なり、障害援護年金について比較して考えると、片一方の障害の方についていればそれでいいのですけれども、ついていない。それではバランスを失します。母子家庭は第二子から加算です。母子援護年金は、お母さんと子供一人は母子家庭として援護年金がある。第三子から加算という問題は別の問題なんです。子供がなければ年金はやらないというのは、第一子とお母さんで一組ができているのですから、加算することは大賛成です。加算はまだ少いと思いますよ。十六才というようなことはいかぬ、二十才でなければならぬと思います。だけれども、それと同時に対応してみますと、こちらの方の障害者の子供は青ビョウタンになってもいい、母子家庭の方の子供は少し栄養失調が直ったらいいということでは、バランスがとれないと思う。母子加算の多子加算を多くすること、要件を緩和することは私は大賛成で、しなければいけないと思うが、身体障害者には加算は一つも要らないということは、小山さんも認めておられる通り理屈に合わない。ですからそういうことを社会保障制度審議会が何と言ったって、どう考えても理屈に合わないことは直されるのが当りまえです。政府は社会保障制度審議会の通りにやっておられないわけです。いろいろいじくっておられる。理屈に合わないことを言われたら、どんなに権威があるように見える学者が言おうと、そういう理屈に合わないことは直したらいいのです。それを至急に直さなければいけないと思うけれども、これは十一月から援護年金が開始されるし、基本年金の方はまた二年後から開始されるので、それまでに直される必要があると思う。ただし政府委員のお立場で直すということは、御本人では言いにくいでしょうけれども、当然これは直されなければならない。実際上小山さんが相当の推進力であろうから、そうしなければ国民年金がひん曲るということを時の厚生大臣にどんどん主張されるならば、直るものだと思うのです。これは小山審議官の御意見でけっこうですが、極力推進してほんとうに実行するまでには、ちゃんと並ぶようにするという御意向があるかどうかということを一つ伺いたい。
○小山(進)政府委員 望ましい姿としては、障害年金についても家族加算がつくということであろうと思っております。ただ私どもが検討いたしました際の考え方としては、加算をつける順序として、それでは身体障害者につけなければ母子にもつけないというような関係にあるかどうかということにつきましては、やはり両者の間にやや段階的な違いがある。従って将来において、障害年金にも加算をつけるという考えを待ちつつ、さしあたりは母子年金につけるということでスタートする、こういうふうに考えたわけでございます。
○八木(一男)委員 加算について順序をつけるということは、これは理屈に合わないと思う。同じと見てもいいと思う。それで皆さんが奮闘したけれども、大蔵省の頑迷固陋の態度で一つだけ通ったというなら話はわかりますが、子供に関しては順序は同格であるべきです。母親しかいない子供でも障害者の子供でも、それは生活が少しよくなるような状態に置かれたいという希望、置かしてやりたいという社会的な考え方、これは同じであるべきだと思う。ただ二つそういうことをやったけれども、大蔵省が頑迷固陋で片方しかとらなかったというなら話はわかるけれども、順序をつけるのはおかしい。子供に関しては同じだと思う。障害者の子供であっても母子の子供——母子は、一組は母子がなければいけませんから、第一子の場合は別です。第二子以後の加給について母子年金も非常に少いから、どんどん上げなければいけないけれども、それは同じに考えなければいけないと思います。そういう順序をつける考え方の裏に、身体障害者は子供がなかろう、あるいはまた身体障害者は、これから結婚して子供を作るというようなことはあきらめなければいかぬというような、不人情なことが内在しているとしたら、それはとんでもないことだ。結婚はほんとうに人間の一番大事な権利です。ところがそういうことの配慮がなければ、身体障害者は結婚ができないということになる。子供が育てられないとなったら、結局子供を作ったら子供にかわいそうだということで、基本的人権の中の一番大事な権利である結婚すら控えなければならぬということになるわけです。ですから、多分身体障害者はそういうことで結婚しない者が多かろう、子供も少かろう、これからも結婚しないだろうというような考え方が内在して順序をつけられたとしたら、これは非常に大きな問題だろうと思う。その点についてもう一回御答弁願いたい。
○小山(進)政府委員 先ほど申し上げたことを繰り返すようなことになるわけでございますが、先生御承知のように、社会保障制度審議会の答申では、援護年金に相当する無拠出年金につきましては、母子年金についても加算がついていなかったのでございます。この点はどう考えても、やはり子供の数ということを考えなければ、母子年金そのものの考え方に合わないということで入れたわけでございます。障害年金についても将来の問題としては、私どもも保険財政の推移もながめた上で、これは積極的に設けることを考えていきたいという気持は強く持っているのでございます。 なおお話しになりました、このことが身体障害者の結婚を阻害するということにつきましては、御承知のように、かりに加算をつけるようになりましても、加算のつく者は障害になるときまでに、その人が現実に扶養しておった妻及び子についてつくだけでありまして、障害を受けた後に生まれました子供には、これは現在の年金制度では加算がつかないことになっておりますので、この点は一応問題は別だというふうに考えております。
○八木(一男)委員 小山さん、政府案は今のようにしてできたということの弁解の立場は、これは十分経緯を知っておりますから、御弁解にならなくてけっこうです。加算という問題が、母子家庭の方が多いという理屈はありません。一組の母子世帯に対する基本的な年金自体が多ければ、加算という問題もその要因が少くなる。それがあんなちっぽけなものであるから、加算という問題が今おっしゃったようによけい起る。基本的な考えというものは、母子家庭について基本額ががさっと多い、千円でなくて三千円とか四千円もいくということになるならば、加算の問題は薄くなるわけです。そういう問題で考えるならば——それでも加算は必要ですよ。子供の多い方が生活は苦しいのだから……。それで基本額が多ければ、結局母子の基本額とそれから身体障害者の基本額と、そういうものである程度、三分の一かをまかなう。そうして子供が多い要因でふやしていくというのは同格のわけです。ただ母子年金の基本額があまり少いために、母子の方が加算が多い要因があるといわれるなら、そういうことが要因で——基本的な障害者に対する年金も、母子年金も十分なものがあって、次に加算という問題だったら同格である。それが少いという要因から、そういうことができておるわけです。 それから、現行法が結婚した後の加算はないということは、これは冷酷きわまることであります。今までの社会保障政策が非常に貧困であったためにそういうことがとられた。将来の問題としては、やはり結婚後であろうと、そういう障害者でも子供があったら加算がつくというふうに発展をしなければいけない。そうでなければ、身体障害者、目の悪い人、手のない人、足のない人は、ほんとうに大事な基本的権利である結婚すらやはりできないということになる。今までの概念のワクを打ち破って、そういう方向に考えていただかなければいけないと思う。今まではそうだからというお話によって、そういうことの積極的な御配慮が政府全体として少いように見受けますけれども、一つ厚生省の年金の方の関係の方が中心になって、そういうような冷たい既成概念のワクを打ち破るということの御努力を願いたい。
○山下(春)委員 関連して。今、社会党さんが大臣待ちだそうですから一点だけお尋ねしておきます。 所得制限のところで、たとえば農村で夫がなくなりました未亡人が、婚家にいかにもいづらい。それで子供を二人連れて実家に帰って農業の手伝いをしておる。その農家の生計依存の主人の収入は五十万円ある。その家族である、二人の子供を連れた未亡人は、その家の収入が五十万円ありますから、一見それはこぼれそうな感じがする。この間、ちょうど新潟の国民年金の公聴会でその問題が出ましたので、私個人の考えとして、それは県にできる年金課の下部の、あるいは民生委員であるか、ケース・ワーカーであるか、それらのものがそういうものをよく調査してこぼさないような配慮をするつもりだ、こう言うておきましたが、実際には政府の案ではどういうふうにお考えになっておりますか。
○小山(進)政府委員 法律の第六十六条の第五項に規定してありますことが、ただいま山下先生が御指摘になった問題と関係ができる問題でございますが、実態としては、先生のおあげになったような実態が起る場合は非常に多いと思います。実際上は実家に帰って相当寄与しておる。ところが所得の関係からいうと、いかにも表面は無所得になって、それが全部実家の父親の所得になっておる、こういう実態が多いであろう。しかしその場合に、それではそれらの人々が実家の人々と一つの生活単位をなしておるか、あるいは別にしているかというようなことは、実態で見分けることは非常にむずかしいし、無理があろう、こういう考えからいたしまして、第五項では特に世帯の所得制限につきましては老齢年金と援護年金だけにとどめることにいたしまして、母子援護年金についてはその制限がないことになっておりますので、若干くどくなりましたけれども、先生がお答えになった通り、それらの人々には所得制限がかからなくて母子援護年金はもらえる、こういうことになります。
○山下(春)委員 それは大へんよい配慮をしていただいてありがとうございましたが、農家のことですから、そこで働いていて生計の中心者には相当寄与しておりますが、実際には現金をもらうという建前になっておりませんから、その子供の学校教育等で非常に難儀をしておる。私も、これは議論になったと思いましたけれども、これをこぼしたら大へんなことだと思いましたので、ぜひそのように御配慮願いたい。 [委員長退席、田中(正)委員長代理着席〕
○岡本(隆)委員 厚生大臣がお見えになりましたので、あと二点お尋ねしたい問題が残っておりますので、お答え願いたいと思います。 先ほどの続きでありますけれども、調整の問題、物価と生活水準に応じて五年ごとに調整していく、その調整するときの保険料のきめ方の問題でございます。現在の年金法案の立て方は拠出が建前になっておる。そういうことになって参りますと、すでに今まで拠出されて蓄積された分がある。それに対するやはり調整をやらなければならぬ。それをおやりになるのか。あるいはそうでなしに、それから後五年後の年金をおきめになるときに、年金をきめる額に応じて保険料として前の拠出額に対する補てん分を新たな保険料の中に加味されていくのか、そのどちらの方針をとっていくかということについて、この法律の建前としてはどういう方針でおられるか、これは重要な問題だと思うが、それをお伺いしたいと思います。
○小山(進)政府委員 先生仰せのごとく、これは非常に重要な問題でございまして、その際にどうするかということが、いわばこの制度の将来における運営について、一つの大きい分れ目になると思います。考え方といたしましては、その際においても完全積立式を将来とも守っていくという考え方をとりますならば、いわば積み立て不足に当りますものを国が整理資源として別建てに負担するのか、あるいはそのときの被保険者にそれだけよけいな負担をかぶせるか、どちらかをする、こういうことに相なるだろうと思います。それからスタートのときにおいて完全に近い積立方式をとっておるから、若干の積み立て不足が残っていても、将来の財政を考えた場合に懸念がないという考え方がとられるような事情でありますならば、若干そこで積み立て不足を残していくという考え方もあり得るだろうと思います。この法案といたしましては、この点についてはまだ決定的な態度はきめておりません。従って、そのときの状態において最も適当だと思われる方法をとる、かねがね常に将来に対して弾力的な配慮をしていきたいと申し上げておるのは、そういうような点からであります。
○岡本(隆)委員 今はこういう形で積立方式でいく。しかしあとはそのときの風の振り向き次第というふうなお答えのように思うのでございます。そうじゃございませんか。
○小山(進)政府委員 私が申し上げたのは、言葉が足りなかったのでございますけれども、積立方式を基本にするという点は、そのときにもくずすべきではないし、これはこの法案の根本的な考え方でございます。ただその積み立ての仕方を完全積み立てにするか、あるいは若干の積み立て不足を残すという形にするかという問題については、そのときの事情によって上分見きわめてきめ得る余地を持ってこの制度はスタートしておる、こういうことを申し上げたのであります。
○岡本(隆)委員 これは積立方式で出発して、物価が上ったときには、そこへ賦課方式を加味していくか、いかないかという重要な問題だと思う。それで年金制度の運用としてどういうふうな方針を将来とっていくのかということも、この機会にやはり明らかにしておいていただかないと、必ずしも物価の変動が少い場合ばかりではございません。あるいはこれから生活水準が上れば——これから後の文化の進歩というものは、おそらく十年という年月で少くも倍以上にならなければ私はほんとうじゃないと思うのです。物価の値上りのためには、私はそれは好ましいことではないと思いますが、しかしながら生活程度が上れば賃金も上るから、勢い物価もどうしても上って参ります。だからむしろ十年で倍くらいの給付額は出さなければならないということの方が、国民生活の向上という考え方の上に立っていけば、私はあるいはその程度のことの方が望ましいのかもしれないという考え方もあり得ると思うのです。そこでその場合、それだけ大きな差額というものをどうして埋めていくかということについて、ある程度の心がまえを持たずに年金制度を出発するということは危険であると思う。これは厚生大臣の方から私はお答えを願いたいと思います。
○小山(進)政府委員 技術的なことを先に御説明申し上げて、それから大臣からお答えいただくことにいたします。 それで、まず先生のおっしゃった問題は二つに分れると思います。一つは、生活水準が上った場合にどうするかという問題、もう一つは、物価の方でうんと上った場合にどうするかということでございます。物価の方でうんと上りました場合には、当然の方法として賦課方式が濃厚に入ってこなければなるまいと思っております。どの年金制度の場合におきましても、物価水準の非常な変動による跡始末というのは、賦課方式と、それからそのときに国が相当の整理資源を入れるということで解決をして参っているわけでございます。 それから前段の生活水準の上昇の方につきましては、これは当然予見されることでございますので、この場合は努めて完全積立方式をくずさないようにして参る。従って年金額の引き上げを行う場合におきましても、経過措置のきめ方において積立方式がくずれないようなきめ方をしていく、こういうような筋合いに相なろうかと考えております。
○坂田国務大臣 ただいま小山審議官から答弁いたしました通りでございまして、われわれの考えといたしましては、基本的には完全積立方式をとっていくけれども、しかし物価変動等があった場合においては、場合によっては賦課方式もとり得る、それだけの弾力性も持たせてある、こういうふうに御了解をいただきたいと思います。
○岡本(隆)委員 二十年、三十年という年月の経過は、私は生活水準のなにが相当大きく向上して参ると思う。またそうでなければ、われわれ国民の幸福というものはございません。そういうことになって参りますと、完全積立方式で出発しながら、二十年、三十年先に生活水準の向上分については積立方式をとるんだ、物価の変動に対しては賦課方式でいく。ところが生活水準の向上に対して積み立てというのは、予想されることなんです。生活水準の向上というものは、倍になり三倍になるということは、これは予想される。だから将来どうしても年金の給付額というものを生活水準の向上分だけ——また生活水準の向上と物価の値上りというものは、インフレは別といたしまして、順調にいった場合でもこれはもう離しがたい、分ちがたいものですね。とにかく生活水準の向上が三倍、五倍になり、給付額を上げなければならぬというときに、そのときになって五年五年の区切りをつけて積立方式をやる場合に、それでは過去の積立分に対する矯正を新たにお入れになるのかということを先ほどから私は承わっているわけです。
○小山(進)政府委員 生活水準の上昇、これは当然のことでございますけれども、漸次上って参るわけでございます。従いまして、それに対応して将来調整いたします場合の姿は、かりにフラット制をそのときも続けて参るといたしましても、ちょうど報酬比例制をとっている場合において、下の標準報酬から上の標準報酬に移っていった人についての年金の額のきめ方を頭に置いて考えていただけば、大体合うわけであります。たとえば現在の百円、百五十円ということに対応して、何年間だけ保険料を納めていくか、これに対する年金の額がこれこれである、その後引き上げがありましたものに対応して何がしかの期間保険料を納めるということになりますと、それらのものが合計されたもので年金額がきまる、こういうことになりますから、積立方式というものがくずれないで維持されるということになるわけでございます。
○岡本(隆)委員 たとえば十年先の昭和四十五年の積み立ての保有高が、あなたの方からいただきました資料によりますと五百五十億ということになっております。それに対しまして、今度は生活水準が上ったから十年先に倍額に調整しなければならぬというふうなことが起って参りました場合には、完全積立方式でありますなれば、この五百五十億の金額をやはり倍に調整しておかなければ、棲み立ては意味をなさないということになってくると思うのです。そこでその積立金をそのままにしておいて、今度は新たに保険料をもってそれを矯正していくとすれば、その積立金を埋める分だけより非常に高い保険料、現在の保険料の倍額以上のもの、少くとも三倍、四倍のものにしなければそれの埋め合せがつかないという考え方が出てくるのでございますが、そうなってくると、それはもう積立方式でなしに、現在の生活水準に応じたところの賦課方式に変ってくる。矯正した保険料でしていくとなれば、これは積立方式とはいうが、しかし実質的には私は賦課方式に変っているように思うのですが、それについての考え方を承わりたいと思います。 〔田中(正)委員長代理退席、委員長着席〕
○小山(進)政府委員 先ほど私が申し上げた言葉が足りなかったために、ちょっと御了解願えないようでございますが、先ほど申し上げましたように、生活水準の上昇があってある時期に上る、こういうふうにいたします場合において、たとえば百円、百五十円で四十年間、三千五百円というのが現在のきめ方でございます。ところが十年たって、今度は百五十円、二百円でかりに五千円になった、こういうふうにいたしますと、現実のある人をとってみますと、十年間だけ三千五百円というべースの年金で計算をされる。それからその後において、その人が百五十円なりあるいは二百円を納めたことに対応してきめられる五千円なら五千円という年金のベースによって計算をされる、こういうことになりますので、それで積立方式はくずれないということになるわけでございます。
○岡本(隆)委員 意味がもう一つ私にわからないのでありますけれども、その場合には前に蓄積されておるところの積立金というものはもとのまま、新たにその時点において積立方式を計算されていくのか。やはり今までの積立方式というものを堅持する限りにおいては、拠出するものの合計が年金を受け取るときにはそれにきちんと収支が合うようにしなくてはなりませんから、そういう意味においては、その人の過去の足りなかった分を将来保険料をプラスしなければならない。現在からの分を上げていくだけでなしに、過去の足りなかった分を利息を含めた形においてプラスしていかなければならないから、保険料が非常に高くなる。こういう考えを私は持つのですが、どうでしょう。
○小山(進)政府委員 先生のおっしゃっていることと私が申し上げていることの食い違いがよくわかりました。先生は、十年たって五千円に引き上げられた場合においては、すでに過ぎ去った十年についてもその調整が行われなければならぬということを前提にして御議論をなさっているわけでございますが、そういうふうな考え方も一つあり得ることは事実でございます。しかし先生がおっしゃったように、それをやろうといたしますと、これは容易ならぬ問題を財政上起すわけでございます。従って多くの場合そういう際に行われる経過措置は、すでに過ぎ去った十年分については今まで積み立てたものをもとにした年金額で計算をし、それから先は新たに積み立てるものをもとにして計算をする。従ってそういうふうな幾つかの時期を経過した人々につきましては、そういうふうなものが合算されたような年金額になる。経過措置のきめ方の問題になりますけれども、大筋はそういうことになるわけでございます。
○岡本(隆)委員 そういうことになりますと、最初に年金額とそれから拠出額とをおきめになるときの方式と変ったものにならなければ、今おきめになる方式で、そのまま同じような形、計算の仕方できめていきますと、過去の分については穴があいてくるわけです。過去の分が穴があいたままで運転していくというわけですか。
○小山(進)政府委員 私が今申し上げたようなことを骨子にした経過措置であれば、そのときには積立不足は生じないのでございます。過去の分には過去の分に対応した年金額があり、それプラス新たに引き上げられた年金額、こういうことになりますので、その間に棲み立ての不足はなくなる。ただし物価水準が非常に狂ったというような場合にそういうことをやりますと、これはもうおよそ現実に合わない年金額になりますので、そういう場合にはどうしても一種の賦課式を取り入れて、先生がおっしゃったようにずっと過去にさか上って同じ年金額であったとするような扱いの年金のきめ方にしなければならない、こういうことになるわけでございます。
○岡本(隆)委員 私が心配しているようなことをあなたは御答弁になった。そうしますと、仮にわかりやすい形で申しまして、これから三十年間年金を払い込む人がある。十年間で倍になる、それが十年でまた倍になる。そうすると四倍になる。そういう場合に、過去十年間についてはそのままの拠出額に応じてもらっていく。十年間はスライド・アップした形でもらっていく。そうしますと、最初の十年間において納めたときの保険料に見合って受けられる年金は、四分の一に低下した形でもって二十年先には給付が受けられる、こういうふうなことになって参りまして、実質的には貨幣価億の変動、生活水準の変動に全然対処されない形の年金額が出て参るわけであります。従ってそういうふうな形の年金制度は、被保険者にとっては、全く強制貯蓄をさせられ、それでもって、さていよいよ自分がその年金をもらって使うときには、非常に貨幣価値の下った形において年金の給付を受けるという現象が出てくるわけです。あなたの方式でいけばそうならざるを得ないと思うのでありますが、厚生大臣どうお考えになりますか。私の今の考え方は間違っておるとお思いになりますか。
○坂田国務大臣 ただいま小山審議官から申し上げました通りでありまして、生活水準が上れば、完全積立方式をとりましてもそれに応じていかれる。一面におきまして物価の変動がありましたならば、それに応ずる賦課方式もとり得るという道を開いておるわけでございますから、結局両方勘案いたしまするならば、大体適当な組み立て方になっておるというふうに思っております。まだ足りません点は小山審議官から申し上げます。
○岡本(隆)委員 この賦課方式か積立方式かということは、年金の立て方にとっては非常に重要な問題であります。そうして、社会党の出しておる年金法案と政府の出された法案の中の一番重要な、またその相違点は、賦課方式を加味しているかいないかということであります。社会党の案は、半分賦課方式、半分積み立てという形をとっておる。政府は全部積み立て、全部というのは語弊がありますが、大体においてほとんど積み立てという形において、そこに非常に大きな開きがあるわけなんでございます。積立方式のみでいきますと、どうしても今のような物価の変動及び生活水準の上昇に対するスライド・アップということについて無理が出て参るわけであります。私が今指摘したような無理が出てくるわけです。だから賦課方式を加えないことには、将来の年金という形においては、大きなインフレのための貨幣価値の変動については私たちは一そう神経質であるわけで、また現在多くの国民もそれについての苦い経験を持っておるだけに、より一そうその問題については明確にされることを望んでおると思うのです。たとえば私自身にいたしましても、きわめてささいなものでお話にならぬようなことですが、おやじが私の子供の時分にかけてくれたもので、私が老齢になれば年々百円もらえるようにというふうな年金があるのです。昭和の初めにと五十年とか四十年先に百円の年金がもらえるようにといふうな形でやっておるのに、それじゃ今百円の年金をもらったところで、これはもう、たばこ二つ買ったらしまいなのです。ところが当時の年額百円、月十回といえば、ある程度米代くらいまかなえる程度の金額なのですが、そういうふうなことで、郵便年金あるいは簡易保険についてはみなインフレによるところのひどい被害を受け、それについて心配しておる。従ってそれに対処する道が講じられておるということがはっきりしないことには、今からかける年金について不安を起す。あとでどないになるんだというふうなことで、国民の方でまた、せっかく作られた年金に対する協力の態度というものは非常に変ってくると思うのでありますが、厚生大臣はそういう点について賦課方式を加味しなかったことについて、あなたの方の政策の立て方に大きな欠陥があったということにお気づきになりませんか。
○坂田国務大臣 われわれの方といたしましてはいろいろこれは研究をいたしたわけでございまして、最後の結論といたしましてはただいま御提出申し上げておるような完全積立方式でいく、しかしながら賦課方式も場合によっては、これが必要な時期が来、また必要なことが起れば、これについてもそれに応じられるような態勢がとられる道は残しておるわけでございますが、少くとも現在の段階といたしましては手がたく行きたい、こういう考え方からいたしまして完全積立方式をとっておるような次第で、御了承いただきたいと思う次第でございます。
○岡本(隆)委員 大体今度の年金の立て方の政府のうたい文句は、自分の老後は自分で用意してもらいたい、こういううたい文句であると思いますが、私はここに社会保障制度の一環としての年金制度というものを忘れたところがあると思うのです。社会保障といえば、これは働く能力を持っておる者が、すでに働けなくなった人あるいはいまだ幼くして働けない人のめんどうを見ていく、生活を保障していく、つまり生産に従事しておる人たち、生産集団が非生産集団を扶養する形、こういうものが社会保障だと思うのですが、私の考え方は間違っているでしょうか。
○坂田国務大臣 今お述べになりましたことは私たちも、考え方といたしましては同感に考えておるようなわけでございます。
○岡本(隆)委員 ではそういう論法から参りますと、現在の年金の立て方は、生産できる者が自分の老後の用意をしなさいということであって、そこでは生産集団と非生産集団の間の扶養関係を考えないような形になっているわけですね。するとそれは完全ないわゆる保険形式であって、従って社会保障という名には値しないというふうに私は理解できる。だから、やっぱり現在の生産集団が将来非生産集団のめんどうを見ていくという賦課方式が加味されたものでなければならぬ。これは単に現在の問題だけじゃなしに、将来大きな貨幣の使用価値の変動というものを予想していく場合、どうしても賦課方式を加味しなければならないことは、今あなたもお認めになっておる。将来いろいろな変動があった場合には賦課方式を取り入れる用意もある、こういう考え方を持っておられる。では賦課方式を取り入れる用意があるとするならば、現在の出発に当ってそれを取り入れることの中に、非生産集団に対する扶養という形がもっとはっきり制度として出てくるのではないか。完全積立方式というものをとって、無拠出というものを今の補充的なものにするというお考え方があるから、七十才以上というような、しかもその七十才以上の老齢者に対してきびしい所得制限を加えて、少しでも年金支給額の総額を減らそうとする努力が出て参るわけでありまして、やはり生産集団による非生産集団の扶養という考え方をはっきり制度の中に打ち立てておられましたならば、現在のような無拠出年金制度の貧困さというものは私はなくなったと思うのです。そういう点について厚生大臣はどういうふうにお考えになっておりますか。
○坂田国務大臣 私が先ほど岡本委員に同感だと言った意味は、社会保障というものに対する考え方としては私同感をいたしておるわけであります。それをどうこれに取り入れていくかという場合におきまして、むしろ私が申しましたことは社会党の皆様方がお考えになっておることも包含いたしたことではないかと思うわけでございます。ただその時期を、今賦課方式をとるか、あるいはある段階においては賦課方式をとっていく余地を残すかということにはやはり議論があるところでございまして、ただいまはやはり完全積立方式をもってやった方が手がたくいけるのではなかろうか、私どもはこういう立場に立っておるわけであります。しかしながら、賦課方式というものが全然いけないものであるというふうには考えておらないわけでございまして、ただいままで御答弁申し上げておりますように、物価変動等の場合におきましては賦課方式を加味することも適当な方法の一つであるというふうに私たちは考えておりますし、また場合によってはそれをとるような段階になるかとも思われるわけであります。
○園田委員長 質問者に申し上げますが、経済企画庁長官が一時まで出席でございますから、そのおつもりで……。
○岡本(隆)委員 企画庁長官も来ていただいておることでありますから、次に移ることにいたしたいと思います。この前の委員会でも私は大臣にお尋ねしたのでございますけれども、積立金の運用の問題であります。今から三十年先の昭和六十五年になりますと、現在の形のままで進行するとして、あなたの方からいただいておる資料を見ますと、二兆二千六百億の積立金ができることになります。これは非常に膨大な金額でございますが、これの運営について、たとえば現在厚生年金保険で行われておるような運営の仕方でありますと、いろいろ好ましくない問題が出て参る。厚生年金保険の運用の問題の不備については、この前の委員会で厚生大臣に御指摘申し上げまして、大臣の方からも十分考えて遺憾な点がないようにしたいというお答えをいただきましたが、それについては、現在まだ三千億程度の金額でもってそういう問題が出ておるのに、厚生年金も膨大なものになるでございましょう、あるいはまた国民年金も、あるいは今中小企業の退職金法案というものが出て参っておりまして、これの積立金も相当な金額になる、そういたしますと国民が拠出いたしました零細な金が積り積れば数兆というような、現在の国家予算の数値になるような膨大な金額になってくるのに対して、その運用についてどういうふうな構想を持っていらっしゃるのか。これはちょうど企画庁長官も来ていただきましたから、厚生大臣と企画庁長官からお答えをいただきたいと思います。
○坂田国務大臣 国民の零細な保険料を積み立てましたものが相当な額に上ることは御指摘の通りでありまして、この運用につきましては、われわれとしても保険料を納められた方々のことをよく考えてこれを運用しなければならないと思うわけでございます。たとえば社会福祉施設等にこれを充てるというようなことも考えなければならないと思います。少くともそういうような方々に対しましてこれが還元をされていくという運用の仕方を、運用においてやらなければならないと思うわけでございます。しかしながら零細な保険料を集めましたお金でございますので、やはり一面におきましてはこれを安全にかつ有利に運用をしなければならないという一つのことも考えなければならないわけでございます。そういう観点からこれは慎重にやって参りたいというふうに思います。しかしながらまた一面におきまして、お説のように相当膨大な資金というものが蓄積されてくるわけでございますので、おそらく私はこの資金というものが将来の日本の経済の成長過程におきまして相当な影響、少くともそのやり方いかんにおきましては相当な好影響を与えていく問題を私ははらんでおるというふうに思うわけでございまして、単に保険料を納められた方々に対して直接これが還元されていくという運用の仕方と同時に、国全体としての日本の経済基盤というものを強めていく、経済の底をだんだん深めていく、成長を助けていく、そのことがまた将来のわれわれ国民の生活水準を結局において高めていくことになるわけでございますので、これらのいわゆる長期の経済政策に対しまして慎重な配慮を考えなければならない、慎重な考え方でこの運用をはからなければならないという、こういう考え方で運用をいたしたいと思っておるような次第でございます。
○世耕国務大臣 お答えいたします。長期計画に関する予測、見通しはきわめて困難な問題であります。それは困難な問題であると申し上げることは、科学、物理化学の進歩があまりにも急激に発展いたしまして、五年なり十年のうちに日本の経済がどういうふうになるのか、どういうふうに発展していくのか、それは実際をいうとそろばんでは割り出すことができますけれども、現実の問題としては非常につかみにくいということをまず前提としてお考え置きを願いたいと思います。 それからもう一つは、この間参議院で社会党の議員の方が、原子とは何ぞや、原子の説明をしろという実はお話がございました。そこで申し上げたいと思いますことは、結局人間の寿命という大きな問題の中に入るわけです。老人とはどの年令をさして老人というかという問題もおのずから出てくるわけです。そして人間の寿命という問題も出てくる。人生五十年といったのは昔のことで、今日では日本人の平均年令がもうすでに七十に達しました。ここ十年後に私は百才にならぬということをだれが断言できるか。そういうふうになってきますと、経済活動の状況もよほど変ってくるということを想像しなくちゃならない。この点について申し上げたいと思いますが、どうぞひやかさないで聞いて下さい、非常に大切な問題です。今卑近な例を私はここに申し上げたいと思いますことは、まず国民年金の問題について、いかにして生命を保全するか、いかに健康を保持するかということが重大な問題だ。そうすると医療制度の発達ということを促進することも、われわれの計画の中に大切な問題だということをいわなくちゃならぬ。同時にまたいかに日本の経済を安定し、しかも育成せしむるかということも大きな根本問題であります。この点については遺憾ながら日本の産業経済はまだ完璧ということは申し上げることはできません。不健全な点が非常にあるのであります。その不健全な体質を持つ日本の経済に、この大きな国民の健康を維持せしむるということについては相当苦心が要り、また改善を必要とするということは、賢明な皆さんも御承知だろうと思うわけであります。そういう点からしますと、これは厚生大臣の所管のことでございますが、私個人の意見では、今アメリカにおいてもやっている健康保全というような意味でホーム・ドクターなんというような医療制度も考えなくちゃならぬ大きな問題じゃないかと思います。この点も御研究にならない方は一笑に付せられるかもわかりませんが、ほんとうに寿命という大きな問題を取り上げてくるときには、現在の医療制度ではまだ日本人の保険制度は完璧だということはいえません。ただ経済だけにこの問題を片づけるわけにいかぬということと、もう一つ私は、これはとっぴな説明だというおしかりを受けるかもしらぬけれども、ぜひ聞いておいていただきたいことは、医学の進歩は非常な発達を遂げております。すでにきのうも新聞でごらんくださったろうと思いますが、超音波利用の手術がもうすでに完成を期せられておるようであります。そこへもっていって脳卒中の予防がすでに可能であるということもいわれておる、こういうことを考えますれば私は今後日本のやらなくちゃならぬ大きな仕事は、ただ経済面の問題ばかりじゃなしに、今申し上げたように、ガンの問題も同様であります。そうすると、これはお笑いになるかもしらぬけれども、薬学の進歩は不老長寿という問題がやがて解決する時代がくるのじゃないか、それくらいの希望を持っていいのじゃないかと思う。医学面に対しあるいは理論物理学が進歩し、科学は進歩して参りましたが、またかなり非難されていたペニシリンもすでに百数十種類の新しいペニシリンが今日可能であるということが昨日の新聞にも報道されております。かようなことから考えまして、私は三十年後の日本人の寿命をどの見当に持っていくか、同時にそういう健全な健康のもとに労働意欲を発揮し、勤労精神を発揮して日本経済を活動せしめたならば、私の希望と理想をいえば、案外今あなたが御心配になっていらっしゃるような経済問題じゃなくて、やすやすとこの問題を解決するじゃないかというふうな楽観理論を申し上げることができるのであります。同時にまた反対に悲観理論が出てくるわけで、もちろん御質問にはなかったと思いますが、質問者でない別の方からお声があるからお許しを願ってお答えいたしますが、実は完全なる健康を保持されて労働意欲が旺盛になれば、日本の経済成長は意外に発展すると同時に、企業関係も円滑にいって雇用も完全に解決すると、かように私は一応理想論と楽観論を述べて、悲観論は別の機会に御指摘をいただいた節説明いたすことにいたします。
○園田委員長 長官に申し上げますが、時間がありません。それに質問者が多うございますから、答弁はきわめて簡単に願います。
○岡本(隆)委員 私のお尋ねしたいと思っておりましたことは、企画庁長官が財政投融資の中でこれからたくさん積み立てられてくるところの年金の占める比重というふうなものについての見通しを伺いたかったのでございますが、そこで今厚生大臣の方からお答えをいただきまして、年金の積立金は経済の成長に大きく寄与する、寄与した分だけ国民に返ってくるじゃないかというふうなお答えでございましたけれども、しかしながら現在までの厚生年金保険の積立金その他簡易保険にいたしましても、そういうふうな膨大な積立金は財政投融資として巨大資本の方へどんどん流されて、結局その積立金を出したものの方で受け取るのは、そのわずかな元利合計だけであって、大きな何は受けられない。もしも経済に大きく寄与したために、経済の長足な進歩というものが、国の繁栄というものが被保険者に返ってくるといたしますなれば、国の財政負担のもとに、また大資本の犠牲の中に、もっとりっぱな社会保障制度というものが確立されなければならない。従って、財政投融資の中へ繰り入れられて、年金の膨大な積立金が安全有利という名のもとに、巨大資本によって使われていくとするなれば、やはりそういうふうな投融資の恩恵を受けておる巨大資本というものは、税制の面においてもっと大きな負担を持って——今たくさん租税特別措置法の恩恵を受けておる。たとえば、電力会社のごときは、膨大な租税特別措置法の恩恵を受け、法人税は三分の一程度で事足りる。実際納めなければならぬ金額の三分の一くらいしか納めておらない。しかも、片一方では電源開発のため大きな財政投融資を受けておる。これはみんな国民の零細な積立金なんです。従って、そういうふうな恩恵を受けておる巨大資本ですから、やはりこれから後は社会保障への大きなサービス、奉仕をさせるという方針を——これは世耕企画庁長官もよく聞いておいて下さい。そういう点については、今後の方針として、こういう積立金の恩恵を受ける巨大資本がそれだけ社会保障に対してうんと大きな貢献をするという態度をとらせるような御指導を願いたいと思うのであります。 同時に、もう一点大臣のお考えを承わっておきたいことは、現在のような形でもって省内で、あるいはこの前は大蔵省と自治庁と相談してきめたんだというふうなことでございましたが、少くとも年金積立金の運用というものについては、その年金を積み立てている人、それからそれを運用するものなど、それぞれの立場の人が集まったところの審議会のような会を設けて、そこでもって年金の運用をきめていくということでなくては、一方的に今のような不公正な運営が行われるというふうに考えるのでありますが、将来年金の積立金の運用についての委員会と申しますか、そういうふうなものをお設けになる御意思があるのかないのか、その辺のところを私は承わっておきたいと思います。
○坂田国務大臣 ただいま仰せになりましたことは、私も全く同感に考えておるわけでございます。厚生省の中にそのような審議会を設けまして、そうして財政経済等のよくわかった方もそのメンバーにいたしますけれども、同時に、零細な保険料を納められる方の意思がよく反映するような適当な方をやはりこのメンバーに入れるべきであるというふうに考えております。具体的には審議官から御答弁を申し上げます。
○小山(進)政府委員 大筋は、ただいま大臣からお答え申し上げた通りでございますが、岡本先生仰せの通り、厚生省側の希望といたしましては、厚生省の事務機構とは別の独立の委員会を設けまして、この委員会にはただいま大臣が申し上げましたような人々を委員として参画をしていただく、いわば資金の運用は国でこれらの人々に御一任を申し上げるというような体制が望ましい、かように考えております。
○岡本(隆)委員 ただいまの御答弁を承わりまして、これから後これが膨大なものになるだけに、その辺はおざなりの答弁でなく、きっと実行するということをここに御言明願ったというふうに理解して、私は質問を終りたいと思います。
○園田委員長 多賀谷真稔君。
○多賀谷委員 本国民年金は、今から四十年後の拠出により、さらに五年の待期ですから、四十五年後に完成するわけです。すなわち、昭和八十年に完成するわけでありますが、経済企画庁長官は、今後の経済成長率をどういうふうに考えておられるか、これをお聞かせ願いたい。今まで出ております資料によりますと、昭和三十二年十二月十七日の新長期経済計画におきましては、六五%の成長率と出ております。さらに、エネルギーの長期の見通しといたしまして、昭和五十年まで積算されておるわけでありますが、昭和五十年においては、昭和三十一年から比べるとエネルギーは大体二倍半になる、こういう数字が出ているわけであります。この長期エネルギーの見通しを出しました積算の基礎として、昭和三十一年から昭和四十年までが六・五%、昭和四十一年から昭和五十年までが四・五%の経済の成長率を見ておるようでありますが、一体この数字はその後変更になっていないかどうか、また、現在経済企画庁ではどういう見通しを持っておられるか、お聞かせ願いたい。
○世耕国務大臣 経済成長率の見通しは大体六・五%という目標を立てて計算をしておるのでありますが、その計算の方式など具体的なことについては政府委員から御答弁いたします。六・五%という見通しで今後処理していくつもりであります。
○大來政府委員 ただいまの点、前半の方はけっこうなんでございますが、エネルギー計画の裏づけとしてやりました想定は、四十年まで六・五%、四十五年まで五%、五十年まで四%、そういう三段階に考えていたしました。
○多賀谷委員 そういたしますと、今企画庁で算定をされました経済成長率の見通しにおきましても、すでに昭和五十年まで今お話の六・五%、五%、四%となっておるわけです。そこで、消費水準の伸びといいますか、それを一体どの程度に見たらいいでしょうか、これをお聞かせ願いたい。
○大來政府委員 実は、この計画といたしましては、昭和三十七年まで経済の諸資料についての計画がございますが、その先はエネルギーだけしかやっておりませんので、その基礎としての国民総生産だけ今申しました概算的な予測をやったわけでありまして、これが消費水準にどう響くかという計算はいたしておりません。ただ、人口の増加率が比較的緩慢でございまして、今後一%以下、さらに低下を予想されておりますので、非常に大ざっぱな計算からいけば、国民所得なり国民総生産の伸びから、その間の人口増加をプラスしたもので割ってみると、大ざっぱには、人口増加率を国民所得の増加率から差し引いたパーセンテージが、大体人口一人当りの国民所得ということになるかと思います。ただ十年先、二十年先になりますと、国民総生産の支出の面が、つまり蓄積に充てる分と消費に充てる分の割合が変化して参ると思われますので、一人当りの国民所得そのままの比率が消費水準の変化にはならないと思います。むしろ長期的な人口動態から考えますれば、消費率つまり経済力の中で消費に充てる割合が増大して参ると思いますので、国民所得の伸び率よりやや上回る消費水準の向上が可能だろうと考えておりますが、この辺のところはまだ計算をしておりません段階でございます。
○多賀谷委員 今大來局長からお話しになった点をわれわれちょっと概算いたしましても、国民経済の成長率が六・五%伸びるときは、一人当りの消費水準が五・五%伸びるように計算がされておる。すなわち消費水準そのものは六・三%伸びるようになっている。そこで一人当りの消費水準は五・五%伸びることになっている。そこで昭和五十年までを一応積算してみますると、経済成長率は四・五%伸びる。そこで一人当りの総消費水準を人口その他を勘案して一%と引きますか、あるいはまた、私は〇・五%でいいと思いますが、そういたしますと、少くとも四%の伸びである、こう考えて大体間違いはないだろうと思う。そういたしますと、結局昭和五十年で大体七二%の伸びになる。七二%の伸びということになりますと、厚生大臣、これはあなたが考えられておりますような昭和八十年よりもずっと以前の昭和五十年、いな昭和四十五年くらいに、消費水準の伸びは、政府が考えられております二千円が三千五百円の水準になります。これについて厚生大臣はどうお考えでしょうか。
○小山(進)政府委員 消費水準がそういうふうに伸びることは大へん望ましいことでございますので、そのように順調に伸びて参りますならば、先ほど來申し上げましたように、五年ごとの調整の際に当然年金額の調整が行われていくものと考えております。
○多賀谷委員 私は、こういう法律を作るときに、経済の成長率を見ないで法律を作るという行き方はないと思う。あなたの方は二千円という基礎を、生活保護法に求められておる。しからば生活保護法と消費水準の関係はどうかというと、これは生活保護法それ自体にもうかがわれますけれども、また経済企画庁の長期計画においても、「社会保障制度の拡充の方向としては、まず国民の平均消費水準の上昇に伴って生活保護法に基く保護基準の改善をはかり、最低生活を保障することが肝要である」とある。またILO条約におきましても、そのことが明記されておる。でありますから、少くとも消費水準が上っていくということになりますと、生活保護法の基準も上っていくと考えなければならぬ。さらにまた、生活保護法の基準が上っていくということになりますと、問題の国民年金の基準も上っていかなければならぬ。もう政府はすでにそのことを予想しているんですね。しかもあなたの方が昭和八十年と予想しているところを、経済企画庁の計算によりますと、少くとも昭和五十年度にはそれが十分できる。いな、五十年よりも前にできる計算になる。一体これはどういう関係になりますか。経済企画庁長官はこの国民年金の法律の作成については参与されなかったわけですか。
○大來政府委員 ただいまの御質問でございますが、もちろん計画で生活水準の上昇を予想しておりますので、ただいま小山審議官の答弁もございましたように、五年ごとに再検討を加える。従いまして四十五年、五十年まで待たないでも、この間における生活水準の向上に対しての調整は、五年ごとの段階に行われるものと私どもは了解しておるわけでございます。
○多賀谷委員 少くともこの四条の予想している問題は、「著しい変動が生じた場合」、こういう文句が使ってある。だからこれは、経済の著しい変動がなければならぬ。消費水準が緩慢に上っていくというようなことを予想した趣旨の条文じゃない。だから、初めから経済の見通しがあるならば、見通しに沿うた法律を作るべきです。それを四条で逃げようなどということは、もってのほかだと思う。四条は著しい経済の変動があるということを予想している。ところが著しくじゃないのです。初めから経済企画庁において計画通り予想されたことが行われても、四条の適用をしなければならぬというなら、法律のもとが悪い、こう考えなければならぬと思うのです。ですから私は、このことは非常に重大なことであり、国民年金が完成するかどうか、国民の協力が得られるかどうかということにかかってくると思う。一体、こういうずさんな計算がありますか。経済企画庁長官は、少くとも国会に経済計画をお出しになっておる。その経済計画に従って、さらに生活保護法のことも書いてある。社会保障のことも書いてある。あなたの方から出された書類に書いてあるのです。しかもそれに基いて国民年金ができようとしており、その国民年金と経済企画庁が出しておる方針とが全然違うようなことではどうなるんですか。これは両大臣から御答弁願いたい。
○坂田国務大臣 われわれといたしましては、この条文に書いてあるように、五年ごとにその点につきまして改定を行なっていくわけでございますから、さような調整がございましたならば年金額等に変動が当然出てくるというふうに考えておりますので、現実的には私は対応できる、こういう立場をとっておるわけでございます。
○世耕国務大臣 お答えいたします。お説のこともごもっともの点もあると思いますが、経済の見通しに沿うて計画を立てる、ただ経済の見通しが狂うたからというので、それでそのまま負担を国民に負わせるということは、あり得ることじゃないと思うのであります。そういうような観点から、ゆとりを持ってわれわれは計画を進めておるようなわけであります。ですからその点を御了承願いたいことと、先ほど申しましたように、もし楽観的に見た場合はどうかというと、私はむしろここ数年のうちに、食糧計画もよほど変化がくる。粒食から粉食に変って、さらに液体食糧というような科学的食糧が当然現われてこなければならぬと思っております。なおそればかりでなく、化学と物理の発達から、生活状態も変ってこなければならぬ。それでなければ長期計画になり得ないと私は思うのであります。ただ現状のままでは、あなたのおっしゃるような御議論も一応納得できると思いますが、経済の発達の基礎をなすあらゆる状態がかなり私は希望を持てる行き方じゃないかと思います。その意味において、そういう点も勘案いたしまして、むしろ見通しを明るくわれわれは計画を立てたわけでございます。
○多賀谷委員 大臣のおっしゃるのはちょうど逆でして、一応シビアに見ても、これだけは成長がある。あなたのような楽観論をもってすれば、まさに賃金二倍論ですよ。賃金二倍論と同じですから、それはいろいろ議論はあるでしょうが、二倍にされればいい。しかもこれは現実に今二千円もらうというのじゃない。三千五百円もらうというのではない。昭和八十年になりまして、やっと三千五百円ですから、少くともそれを出す以上は、経済の成長率の伸びを政府がきめておりますような方向に従ってやらなければならぬ。同じ政府において経済企画庁は経済企画庁、それから厚生省は厚生省の行き方をするということは、私は許されないと思う。あるいはまたその経済成長率に従って、若干厳格に見られることはいいでしょう。しかし一方においては六・五%あるいは四・五%というかなり大きな伸びを見ながら、一方においては一五%という、こういう伸びを見ておる。これは私はどうも解せない。これは四条のような条項は、むしろ経済がくずれた場合に発動すべきものであって、初めから経済計画に沿わないような社会保障制度を出されるということは言語同断だと私は思う。厚生大臣の方はいずれあとから聞きますし、時間がないそうですから企画庁長官から再度御答弁願いたい。
○大來政府委員 ただいまの点でございますが、実はこの実質生活水準の向上という御指摘の点のほかに、もう一つ物価水準がどう変化するか、各国とも物価水準の長期的な変化がございますので、それがやはり二千円なり三千五百円という金額に影響して参ります。私ども年金に関する厚生省との打ち合せでも、この計画の組み立ては現在の物価水準、現在の生活水準に基いて立てられておると了解しておりますので、実際は生活水準が上昇しまた物価水準も変化する、それに伴いまして金額の点も当然変化すると考えられますので、それを五年ごとに検討していかれる、そういうことで、経済計画で考えておりますことと矛盾はしておらないと了解しておるわけでございます。
○多賀谷委員 私はそういうものの考え方が間違っておると思う。物価が全然動かないとしますと、所得だけどんどん上る、一般の国民は消費水準が上ってくる、しかし物価が上らないからといって生活保護法の適用者はそのままにしておく、こういうものの考え方——あなたの方がせっかくここに長期計画を出されたのは、一般国民の消費水準の上昇に伴ってやるということになっておるのでしょう。ですからこのことは、ILOの条約でも同じことをいっている、一般所得水準の上昇に伴って改定するのだ、そういうものの考え方は、これは全く救貧政策であって、とにかく何とか生きておればいいのだというものの考え方、どんなに一般の消費水準が上ろうがいい、そういうものの考え方そのものが私は間違っておる、かように考えるのです。
○大來政府委員 ただいまの点は私ちょっと舌が足りなかったかと思いますが、実質的な生活水準の変化に応じて当然最低生活の点も考慮すべきだということは、長期計画にはっきり述べられておるわけでございます。ただ先ほど来二千円、三千五百円という給付水準の御議論が出ておりましたので、これは一般の実質的な生活水準の変化に応じて調整する必要があると同時に、物価の変動に応じても調整する必要がある。ところが物価の方はなかなか将来の見通しを立てにくいわけでございまして、生活水準も一応計画がございますが、これも大体の筋でありますので、果して何%五年後に上るか、あるいは十年後に上るかということは、そのときの実績を見ませんと正確にはつかめない、まして物価の変動も正確にはつかめない。そういたしますと、あらかじめそういう物価の変動なり、生活水準の向上をはっきりした数字で法律の中に盛り込みますことは相当危険ではないだろうか。むしろ現実の実績に応じてやるべきで、特に年金制度のように政府が国民に対して一つの義務を負う、国民はその給与を受ける権利を獲得するわけでありますので、将来の経済水準についての見通しを、あまりに明確に権利義務の関係の中に織り込むことは実際上非常に問題がある。ですから物価が変らなければ生計費が変らないという意味で申し上げたのでは全然ございませんで、逆に物価が上れば当然そういう給与の水準も変えなければなりませんし、平均生活水準の変化と物価の変化と、両方をあわせて考慮しなければならないという点を申し上げたのであります。
○多賀谷委員 私はその点、大來さんは進歩的な局長であると考えておったのですが、案外進歩的でないと思う。と申しますのは、消費水準に比例して上げなければならぬということ、あるいはILO条約一〇一号の附表では賃金の何%ということも書いてありますけれども、これもやはり所得水準、あるいは労働者の賃金に見合って何%というような数字が出ておる。ですから物価ということではなくてやはり消費水準、一般の生活水準を基礎に置いて行わなければならない。これが福祉国家です。とにかく生きておればいいのだ、社会保障というものはこういう考え方ではないのです。そこに間違いがあると思います。それはあなたにはあとから質問する機会があると思いますからやめておきます。 経済企画庁長官は、いやしくも全般の経済企画をされるのですから、財政面についてもタッチされると思うのです。直接予算の編成には権限はないかもしれませんが、閣員としてある。そこで昭和三十六年といえばかなり日本の財政としては支出が多端なときである。これは恩給がピーク時に来ますね、それから皆保険の時代、それから拠出年金が来る。そうしますとそのときに四百三十二億も出して、昭和八十年ごろには二百七十一億しか出さないというような政治のあり方というのは、全く計画性のない話じゃないかと思うのです。わずかこれだけの国民年金をやるのに二百数十億しか——昭和八十年という今から四十五年後においてはこれだけしか支出しないという計画そのものが問題ではないかと思う。これについてはどういうようにお考えですか。
○世耕国務大臣 前段のあなたのおっしゃる、物価水準ではなくして、むしろ消費水準を基本にしてこの問題を扱うべきだということには私は同感であります。しかしながら、ただずっと三十年も四十年も先のことをどういうようにするかということは、実際のところ私は今責任を持ってこうだというような無責任なお返事はできない。しかしながら今あなたのおっしゃった消費水準を追及して、その合理性を政治面に現わすというふうにやれという御注文であれば私は責任を持っておこたえいたします。かように申し上げます。
○多賀谷委員 企画庁長官の話のように、政府があらためてあなたの方の企画庁の意見を入れて一つ法案を出しかえられればけっこうです。そういうように一つ御努力願いたいと思います。 そこで私が言っておりますのは、いやしくも経済企画庁でしょう、あなたの方は計画する方ですよ。ですから将来の問題については少くともあなたの方は責任がある。その将来の問題で、財政としてはかなり支出の多い昭和三十六年に四百三十二億も出すのに、昭和八十年という、経済が非常に伸びたときに二百七十一億しか出さぬという計画そのものに問題がありはしないかと言っている、これはどうですか。
○世耕国務大臣 その問題は、経済の成長に基いて計画もまた新たに立てていくことが、あなたの先ほどおっしゃった合理性に一致するのじゃないかと思います。なおこの点に関しましては政府委員から御答弁させます。
○多賀谷委員 あとから聞きます。
○園田委員長 八木一男君。
○八木(一男)委員 ただいま企画庁長官は何かお時間が忙しいそうですので、私切り詰めてやりますから、政府委員の御答弁は要りません。長官だけ御答弁下さい。代理は認めませんから、それでお願いします。 それからただいま御質問申し上げたいことは同僚の多賀谷委員から明快に御質問をされましたので、少しダブるかもしれませんが、だぶる点を避けましてほかの政治的なお話をいたしたい。 政府の方ではこの国民年金案をお作りになるときに、社会保障制度審議会に諮問をされて、その答申を待って、それにいろいろ手を加えられて案を出されたという経過になっておる。ところが社会保障制度審議会は、私もその決定の時期においてははずれておりましたけれども、その特別委員会の審議に全部参画をいたしましたので、よく事情を知っているわけであります。これは皆さん以上によく知っております。そこでは、今まで政府に勧告とか答申をやったことに対して、十勧告したら一やればいい方だ、そういう状態であるから今度は四ぐらいにしておこう、そうしたら三ぐらいするかもしれないというような情勢であの答申が行われた。これは政府の今までの措置が悪いからそうなったわけでございますが、全く政府がある意味ではばかにされたわけです。正しいものを出してもする気がないだろうから、中途半端なものを出せば選挙に札をかせごうという意味ですぐ取っつくであろうというような状態で出されておる。そういうことではいけないと思う。政府は正しい観点で、そういう選挙というような観点でなくて、ほんとうに社会保障なり年金がどうあるべきかということで出されるべきであって、また制度審議会がそういうような状態で答申を出されたら、その答申を正しい意味に修正をして出されるべきであると思う。これはほんとうに政治的に御答弁を願いたいと思います。
○世耕国務大臣 お答えいたします。私は就任してからまだ二カ月半で、三カ月に満たないのです。それで今あなたのおっしゃったようなことを詳しく私了承いたしていませんので、満足のいくような御答弁ができないかもわかりませんが、お許しを願いたいと思います。 御趣旨はよく了承いたしております。そうして過日もそういう問題に触れて二、三役所でも私は注意を喚起したのであります。少くても審議会の答申は慎重に取り扱うこと、もう一つは、審議会の委員がおざなりであってはいけない、今後審議会の委員を選定する場合でもよほど厳重にする必要があるのじゃないかということで実は注意を喚起したわけであります。あなたのおっしゃる御趣旨は十分了解をして今後に処したい、かように考えております。
○八木(一男)委員 社会保障制度審議会の中の批判をいたしましたけれども、私の知っている範囲では、社会保障制度審議会の委員はほかの審議会の委員よりもはるかに熱心で、いろいろな仕事をして、ほんとうに社会保障のためを思って考えておる。しかしながら今までさんざん苦労して出した答申や勧告は政府にほとんどじゅうりんされておる。だから今のような政府がずっと続く限りにおいては、いいものを出したのじゃできないから、政府の貧弱な政策でも選挙の関係で飛びつくくらいのものを出さなければ飛びつかない。そういうような考え方になりつつある。これは制度審議会の委員が悪いのじゃない。制度審議会の委員はほかの委員より相当優秀で熱心です。ところが政府がそういうようにしたわけです。そういうことを政府が直すことをしなければならないということを申し上げたのです。私の言ったことに御賛成であればそのままでけっこうです。反対であればまた御答弁中で反対であるとおっしゃっていいのですが、時間がないそうですから、先に進みます。 社会保障制度審議会は、そういったようなことで政府はちゃんとしたものをやらないであろうということで割引してやった。しかしほんとうに政府は政府でちゃんとしたものをやろうという立場にならなければいけないと思います。それがはっきりとおわかりになったら、そういうふうになさることを推進なさる御覚悟があるかどうかを一つ企画庁長官にお伺いいたしたい。
○世耕国務大臣 お答えいたします。社会保障制度審議会の案は政府は重く採用したというふうに聞いたのでありますが、しかしまた今あなたの御説明ですと、どうせ政府は取り上げないのだからというのである程度割引して答申したというような説ですが、この両方ともどうも不都合じゃないかということが言える。私は、まじめな答申であり、そのまじめな答申はあくまでも真剣に取り上ぐべきではないか、かように考えております。もしその点についていろいろな不合理があれば、私は政治家としてあなたの今の精神をくんで善処したい、かように考えております。
○八木(一男)委員 先ほどから多賀谷委員の御質問、それに対する御答弁、それからほかでも相当ありましたが、経済伸長率というものが六・五なり四・五というふうにしてはかられているということは間違いのない事実であります。保守党内閣がいつまで続くかわかりません。それにかわるべき内閣としては社会党内閣であるということは大体わかっておるので、社会党の計画を申し上げておきますけれども、政府より以上に経済伸長をはかる政策をとるわけです。そうするとただいま論議されました数字が最低の数字であります。企画庁長官の政治の見通しは、もっと経済が非常にりっぱに発展するであろうという見通しを持っておられるわけです。それを排除してもそのくらいの数字になる。ところが社会保障制度審議会では、先ほど多賀谷さんも質問の中の言葉でお触れになりましたが、経済成長率を一・五として計算して答申が出ておる。そういう状態においてあの答申が出ておる。その点は明らかに政府の立場から見ても誤まりであります。わが党の立場から見ても明らかに誤まりであります。与党の立場でも同じであります。そのほかの点は、一・五と見てあれであるべきだという答申を出したわけでありますから、そこだけを切りかえれば社会保障制度審議会のほんとうに御熱心な趣旨はちゃんとわかるわけです。そこを最低四・五あるいは六・五と見るのが当然であるのに、一・五と見たその点は、社会保障制度審議会が誤まりを犯したか、あるいは政府がそういうふうに割引をしなければ出さないということで、それにつじつまを合わせるようにそういう数字を出したということで、その点を改めなければいけない。さっきあやまちがわかったら直すにやぶさかではないとおっしゃったが、これは明らかな誤まりであります。誤まりでありますから、この基底を直して——制度審議会はほかの点は非常に慎重に検討された。専門家が検討されたものでございますから、相当に尊重されていいと思いますから、基底を直されて、全体を大きく変えるということをなされなければ、政府としての御責任が保てない。そういう状態でございますので、即時閣議にでも、そういう企画庁の見通しと違ったような根底がある、この点は直さなければいけない、であるから厚生省の今までの御努力は非常にりっぱであるけれども、そういう考え方はいれてもいいけれども、とにかくそれを上げるのだ、基底の違っている点を変えるのだという御主張をして、その御主張が通らなければ覚悟があるというくらいのところまでなさる御意思があるかどうか伺います。
○世耕国務大臣 御説は一応拝聴いたしましたが、今あなたのお話の通りの事実があるかどうかはよく検討いたします。その上で厚生大臣とも関係のあることだから協議いたしまして、十分善処したいと思います。
○八木(一男)委員 事実はここにございます。お目にかけます。国民年金制度に関する答申、総理府社会保障制度審議会、これはちゃんと正式の文書であります。それの十二ページの前段をごらんになりますと「年率一・五パーセント程度の上昇と推定し、」という文言がはっきりあるわけです。ですからおっしゃる通りはっきりとした証拠があるわけですから、その通りやっていただけますね。
○世耕国務大臣 お答えいたします。審議会の方もかけ引きで答申したというような意味のことも今承わりましたし、どのくらいかけ引きしているのか、その真相も今明らかでございません。その文章には書いてあるけれども、その文章を出すまでの真相を私は追及してみたいと思います。なおその他の点に関しましては、もうすでにその文章が出ましてからの政治的な経過もありますから、次の機会にどうするかということもあわせて考える必要があろうと思います。あなたのおっしゃることは、今すぐこれを右から左というほど性急なお話じゃないと私には考えられるのですが、そういう点を加味しまして、できるだけ善処したい、かように考えております。
○八木(一男)委員 ここにはっきり文章で一・五と書いてあることが、政府の今のあらゆる場合における御答弁と食い違っておるということは明らかなんです。それからそんなに性急なことでないとあなたはおっしゃるけれども、国民年金法の審議は、衆議院において今終末にかかっておるわけです。参議院でも直せますよ。衆議院に差し戻しもできますがね。事は非常に緊急なんです。ですから即時、一番最近の閣議でも、閣議が今まで予定されてなかったら臨時閣議の要求を総理大臣になさいまして、それでなさるのが国務大臣としての義務であろうと思う。即刻にそういう問題を提起されて、その基底が違っているから国民年金法を出し直すというような主張をなさるべきが当然であろうと思いますが、それについて御意見を承わりたい。
○世耕国務大臣 よく研究して善処いたします。
○八木(一男)委員 研究して善処することは、いつまでになさいますか。
○世耕国務大臣 調査の必要の時間がありますから……。
○八木(一男)委員 調査の必要といいましても、国でこの法律がきまるんですよ。それがよりよいものになるか、こんな貧弱なものになるかという重大な問題を決定する調査は遷延を許しませんよ。
○世耕国務大臣 私が所管大臣であり、私が総理大臣であれば、あなたのお説は今すぐ解決して御返答いたしますが、私は閣僚の一人です。閣議にかけるにも順序があります。時間をいただきたいというのはそういう意味で、またそれは私があなたのおっしゃることをそのままうのみにしてというわけにもいかないのです。企画庁として相当慎重な協議、決定しなければならぬ、それだけお含みおき願います。
○八木(一男)委員 慎重とおっしゃっても、企画庁は慎重に協議決定して六・五とか四・五というものを出しておられる。ところがその慎重な決定と違ったことを、そういうような経済見通しには専門でない人が経済の点で一・五というような間違いのもとに見た。ほかの組み立てについては意見を尊重してもよい。ところが企画庁が何年もかかって慎重に検討されたものと違ったことを基底にして答申が出され、それを基底にして今の国民年金法が提出をされておるわけです。そういうような間違ったものが通ったら大へんだから、大急ぎでやらなければならない。これは岸内閣総理大臣に言われたって、企画庁長官の立場で、この問題は長期的なものである、企画庁の任務の大きな事項であるということで要求されれば、即時これから一時間後にでも閣議を開かれることはできるわけです。ほんとうにするならば、できるのです。それを頑迷固陋にして総理大臣が聞かなかったら、それこそ企画庁長官の気魄で、世の中をよくしようという気魄で辞表でもたたきつけて、世の中にそういうものを広めて、岸内閣総理大臣はそういうようなインチキなことをやる、ほんとうの国民のためを思わない、その政策はみな根底がぐしゃぐしゃであるということを表明されれば世の中がよくなる。それは与党の中における世耕さんの地位は悪くなるでありましょう。しかし世耕長官の政治家としての信念は、自分の将来がよくなるということではなしに、国民のためのいろいろな法律がよくなり、正しいものになり、合理的なものになるように努力をすることが信念であろうかと思う。でありますから、そうしてまた与党も全体的によくなる方がいいとお考えであろうと思う。頑迷な人が一々文句を言っても、そんなことができるかと言って突き破ってやられるのが長官の任務であろうと思う。政治家としての世耕さん、それを即刻にやられるかどうか。
○世耕国務大臣 政治的理念についてのお説はありがたく拝聴いたしました。なお今の面接の問題は、むしろ厚生省の方でその問題を適宜調和、調整するようになっていると思います。今私がその問題を全部引き受けて解決するだけの権限があるかどうかということにも私はちゅうちょしなければならぬわけでございますから、御趣旨はよく了解いたしましたが、善処するということの程度で御了解を願いたいと思います。
○八木(一男)委員 厚生省の方ももちろん関係がありますから、この間から厚生大臣にも申し上げておるが、正しい経済の見通しという点では主管官庁は経済企画庁です。問題の焦点、誤まりの焦点はここにあるわけです。そういう見通しを誤まった狭いワクで考えられるので、厚生省の方は少しでもそこでよくしようと思ってさんざん難儀をしている。ところができたものはちっともよくなってない。中はがたがたなんです。ですからこれはむしち企画庁長官に責任がある。
○世耕国務大臣 経済の見通しなんです。確定じゃないんです。あなたの方の社会党の見通しは、この間のお話を承わっていると四%という成長率、こちらは六・五%、こういうふうになっている。両方とも歩み寄れば五という数字が出る。だから見通しなんです。これをはっきりしろということはあまりに無理な御注文じゃないかと思う。しかしこれは必ずしもふまじめな議論じゃない、非常に大切な議論であります。これは欧米各国とも、アメリカでもこの見通しについては、学者ばかりでなしに政治家も非常な激論を戦わしております。私も真剣に拝聴いたしておりました。見通しであるだけに私としてはむぞうさにやっても……。見通しという言葉だけを一つ御了解願いたいと思います。
○八木(一男)委員 企画庁長官は大へんりっぱな考えを持っておられると思う。ほんとうにその考えを突き通していただきたいのです。社会党の方が四と出されたと言われるけれども、そうじゃないんです。長官、本会議の速記録を持っていますがね。もっと多く見るべきだけれども世の中には憶病な人がたくさんいるので、最低に四に見積ってもこれこれじゃないかということを申し上げている。本会議でそう申し上げましたときに、長官はその場において、八木の言ったことにわれわれは賛成であるとおっしゃった。われわれというのは世耕さんだけじゃなしに、岸内閣の閣僚がみんな賛成であると私どもは理解いたしております。閣僚の発言としてわれわれとおっしゃったののですから、岸内閣全体が見通しを承知しているわけです。われわれですから、そういうことなんです。社会党の方が最低で安全率を見積って四、政府の方は六・五である。六・五と考えてもいいんですが、憶病な人やなんかがいるから四に見積って考えてもこのくらいになるじゃないか。それで私どもの方の案ができるのです。政府案は、今の一倍から二倍にするのだったらもう少し少くてもできる。でございますから、そういう点で根本的に間違っているわけです。見通しとおっしゃるけれども、何でも計画通りでないといかぬというなら、こんな政府の予算案というようなものは立ちません。何でも見通しでやるわけです。少々の誤差は予備費や何かでまかなうことになっている。その見通しを最大限に見積って、自民党さんの考え方でも、社会党の考え方でも、安全度を見積ってなお大丈夫だという状態を、社会保障制度審議会でははるかに半分以下に見積った数字で答申を出している。これは基底の根本的な誤まりです。そういう点について経済企画庁長官は、この答申は誤まりである、その点だけは特に誤まりの答申をもとにして組まれた、それではいけない、だからこれをもっと大きく直さなければいかぬということを急速に閣議を開かして主張なさって、職を賦するような覚悟で、国民全体のために、国民年金がよくなるように推進をされることが任務であろうと思う。もちろん厚生大臣の任務でもありますけれども、問題は経済の伸長率のところに制度審議会の誤まりがあった。ですから企画庁長官は断じてこの誤まりを正す責任がある。それを即時やっていただかなければいけないと思いますが、再度伺いたい。
○世耕国務大臣 一・五%の問題について御指摘があったようでありますが、今聞きますところによると、政府はそのパーセンテージを用いていないというようなふうに聞いておるのであります。そこでよく資料を取り寄せて調査して、善処したいと思います。
○八木(一男)委員 そうなるとまた問題がある。そのパーセンテーヅを用いておらぬのですか、おらぬで組まれた、厚生大臣そうですが。
○坂田国務大臣 社会保障制度審議会において一・五%というような成長率を考えたということは聞いております。われわれはそれを参考としてこの法案を提出をいたしておるわけであります。
○八木(一男)委員 今両方で食い違っておりますが、それははっきりさしてもらわなければいけないと思う。世耕さんの方はその数字を用いておらぬ。用いないで、片方の厚生大臣は社会保障制度審議会の答申を尊重してそれに基いて案を作った。制度審議会の答申はやはりいろいろのことが全部載っておる。それを全部読んでいるでしょう。そういうふうに食い違ってもらっては困る。
○坂田国務大臣 こういう点はやはり国会でございまして、間違ったことを申し述べることはよくないと思うのです。従いましてやはりはっきりしたふうに答弁しなくちゃいけませんので、小山審議官から答弁させます。
○小山(進)政府委員 三千五百円というのは現在の生活水準と現在の物価を前提としたものでございます。従って直接的には経済成長率の一・五%と関係ございません。
○八木(一男)委員 もう一回はっきり言って下さい。
○小山(進)政府委員 三千五百円というのは現在の物価水準、現在の生活水準を前提にしてきめた数字でございます。従って経済成長率一・五%というのとは直接に関係がございません。
○八木(一男)委員 今直接には、と最初はおっしゃらないで、あとで直接にとおっしゃった、そういう言い方を違えられては困る。直接にとか間接にということをすり変えられるけれども制度審議会の答申には一・五ということがある。現在のと言うけれども、三千五百円は将来の数字です。三千五百円は今すぐくるわけではない。そういう世の中をとまどわされるような、あっちへ行ったりこっちへ行ったりするようなそういう答弁があるから、私は政府委員の答弁は要求してないわけです。三千五百円というのは将来の四十五年後の数字ですよ。それで現在のということを言っておられる。そういうふうにわけのわからなくなるような、政府案の非常に悪い内容がいいものであるような、非常に間違った根底にあるものがいい根底にあるような答弁が政府委員には往々にして行われるのです。ですから率直に両大臣の答弁を伺っておるわけです。そういうようにひん曲げた、わかりにくくするような、そうしてほんとうに悪いものがいいもののように、根底がないようなものが根底があるような、そういうような答弁でなしに、大臣の率直な答弁をこれからもらいたいのです。 それから経済企画庁長官に申し上げておきたいことは、短かくてけっこうですから、国民年金制度というものはどういう意義があるか、端的にお考えを伺いたい。
○世耕国務大臣 非常にいろいろな意義があると思います。それはどうかというと、日本の経済の成長を最も健康的に、しかも発展的にするには、国民の健康ということと同時に生活の確保を安定ならしめるということに重点を置かなければならないと思うのです。その意味から、側面的に経済の成長を助けるものは何かというと、国民年金問題が大きくかぶされるのではないか、かように考えておるのです。
○八木(一男)委員 ほかの意義も持っておられると認められたので非常にけっこうだと思いますが、一般的にただ気の毒な人を助ける助け合い運動である、親孝行運動であるというように理解しておる人が多いようです。それでそういうお金は出ししぶるという状態が大蔵省に強いわけです。ところがこの国民年金制度を非常にいいものにいたしましたならば、それを通じて再配分が行われるわけです。そういうことで恒常的な購買力、消費購買力ができるわけであります。今の日本の経済力に恒常的な購買力、消費購買力を作らなければならないというのが大きな要因である。それによって産業が振興して安定するわけです。それによって雇用が増大して安定するわけです。そういうような作用があるわけであります。それからまた完全な所得保障、老齢保障をすることによって、ある程度の年齢の人が所得保障をせられて第一線から安心してはずされることができるということで労働力の新陳代謝が起る。また零細企業とか農業では、そういう制度によって、今まで所有権を放さなかった農業の人が安心して所有権を放すことによって、経営権を放すことによって農業の近代化ができる、若い世代が農業にいそしみ、零細企業にいそしむことによって、近代化なり協同化なりが進むという大きな要因を持っておるわけです。ところがただ助け合い運動あるいは親孝行運動というくらいにしか思っていない人がおる。そういう運動がほんとうに好きな人は、それだけでも政府の年金は三倍くらいにしなければならないと思うけれども、それほどでもない人が多いので、助け合い運動、親孝行運動だから政府案程度でいいのだろうと、ぼやっと考えておられる人が多いのです。ところがその助け合い運動、親孝行運動のみを考えても、もちろん政府案の三倍か四倍ということにしなければなりません。そのほかにそういうような大きな意義を持っておる。それは経済企画庁の任務である。経済計画の上において、あるいはまたそれが関連のある将来の財政計画の上において非常に大きな意義を持っておる。積極的ないい意義を持っておる。出したら損だというような考え方の大蔵省にそうではないのだということを心に刻みつけていただかなければならない。少くとも経済企画庁においては、そういう考え方に立って、こういう問題を今のような所得再配分とか、あるいは産業の振興安定であるとか、雇用の増大安定であるとか、農業や中小企業の近代化あるいは協同化を進める意義を持っておるということをもっと積極的にやっていただかなければならないと思う。そういう意義を考えて、今度の答申にこういう間違ったところがある。その答申をもとにして作られた厚生省の国民年金法案は非常に微弱なものであるということでこの問題を急激に直す、強力に直す、大幅に直すというようなことを経済企画庁長官として推進していただかなければならないと思う。即時閣議を開いてこれを推進なさっていただきたいと思うのですが、その御決意を一つ伺わせていただきたいと思います。
○世耕国務大臣 国民が余世を楽しみ、そうして勤労を楽しむ。同時にそれによって日本の経済成長を促進せしめ、ほんとうに生活の幸福さを味わうというところに私たちの理想がなくてはならない、そういうような御趣旨で今御質問があったように思いますが、同感であります。ただそれを実現するにはいろいろな条件が必要である。その条件をどういうふうに満たすかということも、また私の責任である。それを直ちに閣議を開いて、その方針を、一挙に御希望になりましたように結論を出すということは、なかなか困難な問題がございますが、あなたのおっしゃる通り、御趣旨は十分体して善処するという程度でお約束をお許し願いたいと思います。
○八木(一男)委員 両大臣に心から要望したいのですが、企画庁長官は非常にひょうひょうたる風格を持っておられる。私はその点に尊敬を感じているわけです。古いしきたりにとらわれて、また自民党内の慣例にとらわれて、閣議の慣例にとらわれて、言うべきことを言わないような閣僚であってはいけない。ほんとうの政治家は大きな理想に邁進して、勇敢にいろいろなことを推進していかなければならない。その点で企画庁長官は閣内において非常に大事な立場におられると思う。また厚生大臣はほんとうに貧しい人たちのためにどうしなければならないとか、それから理想を実現化しなければいけないとか、まじめにそれを推進するような答弁をなさる。そういう点で非常にまじめな性格を持っておられる。そういうような性格の閣僚が繁文縟礼の今までのやり方、今までの閣議のやり方、通り一ぺんで、きまったからその通り押し通すのだ、政府の面子がどうだとか、金というものは出せないのだ、——財政というものは金を幾ら多く出しても有効に使えばいいのだ、大蔵省みたいに金のひもをきちっと締めておけばいいんだというような財政は片ちんばな財政だ、そういう厚い、重いワクを政治家としての世耕さんとか、あるいはまた厚生大臣、そういう方々によって破っていただかなければならない。この国民年金法案の問題で、まず第一番にお二人で破っていただきたい。そういう間違ったワクをよいものにするように要望しまして、残念ながら時間が参りましたので、あとに質問を保留しまして、一応終ります。
○園田委員長 午後二時まで休憩いたします。 午後一時三十二分休憩 ————◇————— 午後二時九分開議
○園田委員長 休憩前に引き続き会議を再開いたします。 国民年金三案についての質疑を続けます。八木一男君。
○八木(一男)委員 政府提出の国民年金法案につきまして、内閣総理大臣に御質問を申し上げたいと存じます。国民年金法案が国民の輿望に従いまして、政府案と社会党案が提出されて、ただいま衆議院で審議をされておるわけであります。この画期的な法案に関しましては、総理大臣としては十分に世論を聞かれ、特に世論の集中点でありまする国会の論議を聞かれて、それをこの国民年金法案をどうするかということの重要な基礎とされる必要があると考えているわけであります。それにつきまして総理大臣の御所見を伺いたい。
○岸国務大臣 国民年金制度は、私から申し上げるまでもなく、八木委員も御承知のように、近代的国家における社会保障制度の大きな柱であります。これに対して国民が要望しており、また与野党ともこの問題を重大な政策として研究をして参ったことは、御承知の通りであります。私ども政府といたしましてもこの問題を取り上げて、そうして各方面の有識者の意見も十分に聞き、あらゆる慎重な検討をいたしまして、今回われわれの成案を得て提案をいたしたわけであります。この問題はそういう重大な問題でありますから、国会における御審議も十分に尽していただいて、とにかくこの画期的な、また国民の強い要望であり、その具体的な内容等につきましては、あるいはいろんな見方から議論もあろうかと思いますが、これを作り上げなければいかぬ、作るべきものであるということについては、両政党とも同じように熱意を持っておるわけでありますから、私はそういう意味において国会の論議は十分に尽していただいて、そうしてこの案の成立を心から熱望しておるわけでございます。
○八木(一男)委員 国会の論議を十分に尽すというお考え方には、私どもも全く同感でございます。各委員御一緒になって一生懸命やっておるわけでございますが、論議を尽されて明らかになって、こうした方がいいということがその通りになるのでなければ、意味をなさない。その点につきまして、総理大臣はそういうふうにする御意思があるかどうか。
○岸国務大臣 十分論議を尽されまして、こうすることが適当であるという御意見がきまりますならば、これを政府として尊重すべきことは当然だと思います。
○八木(一男)委員 そのような結論になりましたときは、政府原案にこだわらずに、たとえば政府原案を出し直すとか、あるいはそれが技術的にもし困難であるときは、政府と一体でございまする与党の方で、この点について修正をしようというようなことをなさるべきであると思いますが、これは内閣総理大臣として、また自民党の総裁として、そのことに対するお考えを伺いたい。
○岸国務大臣 八木委員の御質問でございますが、そういうことはちょっと抽象的に申しましても、私ちょっと御返事がむずかしいと思うのです。具体的に、この点はこうしたらいいんじゃないか、これをこういうふうに修正しようじゃないかという点におきまして、御意見がごもっともであり、またそうしなければならぬということであるならば、私はこれを修正するにやぶさかではございません。ただ抽象的には、私はもちろん今八木委員の言われるように、論議を尽した結果こうした方がよろしいと考える場合においては、修正をするとかあるいは適当な形において取扱いを変えるということも考えていいと思いますが、それはどうしてもやはり具体的にならないと、具体的な御返事を申し上げかねるということを御了承願いたいと思います。
○八木(一男)委員 大へん適切な御答弁でございます。その御答弁の通りに一つしていただいて、それをあとで変えられないようにお願いいたしたいと思います。 それでは内容に入らしていただきます。まず国民年金法の政府案に対しての御質問をするわけでございまするが、比較上、同時に提出をされております社会党案にも言及しながら御質問を申し上げたいと思います。 政府案の根本的な制度でありまする拠出年金制度の中の基本になるものは、老齢年金であります。その老齢年金の額は、一番多いところで、つまり全部の保険料が納まった人の場合におきまして、六十五才から月三千五百円、年四万二千円という基準になっておるわけであります。この月三千五百円という基準は、非常に少いものであると私どもは考えております。それにつきまして、政府としてはどうお考えでございましょうか。
○岸国務大臣 この金額を定めますにつきましては、全体の国民生活の水準であるとか、あるいは一般の社会情勢というものが頭に置かれなければならぬということは言うを待ちませんが、同時に、これに対して国家が負担すべき部分というものもあるわけでありますから、その財政の規模なり、日本の経済、財政の全般からこれを定めていかなければならぬと思います。こういう意味におきまして、私は現在の日本のあらゆる面から検討した結論として、われわれは今の額を定めたわけでありまして、ただ単にもらう方の、給付を受ける人の立場だけから考えますというと、あるいはさらにそれが多いことが望ましいというような御議論も当然出てくるだろうと思いますが、今申しましたような各般の点を考慮して、われわれとしては適当な額であるという結論を得て提案をいたしておる次第でございます。
○八木(一男)委員 政府案の第一条には憲法第二十五条の精神に従ってという条文がうたってございます。憲法二十五条は申し上げるまでもなく、健康で文化的な最低生活をすべての国民ができる権利を有するということに相なっております。率直なお考えで、月三千五百円の生活が健康で文化的な最低生活であるというふうにお考えでございましょうか、総理大臣の実感からお答えを願いたいと思います。
○岸国務大臣 日本の国民生活の実情を考えてみますというと、ずいぶん大都市の生活と農村その他の生活の状況と、率直に言って私相当に生活費の上においても違っておると思うのであります。従って、この三千五百円という額そのものにつきまして、私はごく大数的な観察をして、今日の日本の国民生活の水準からいえば、十分だとはいえないけれども、最低生活を保障するということにはいいんじゃないか、こう思っております。しかしこの額は将来永久にくぎづけにしておく考えはございません。経済の発展、繁栄、国民生活の水準の向上等々考えまして、さらに財政の長期の見通しを立てて、これを将来増額し充実もしていかなければならぬ額だと思いますが、今日国民年金を創設して出発する一応のなにとしては適当じゃないか、かように思うのであります。
○八木(一男)委員 総理大臣のお言葉でございますると、十分ではないが最低生活をささえるには役立つというようなお考えだろうと思います。三千五百円だったら確かにそういうことになります。総理大臣おっしゃる通り。ところがこの法律では憲法第二十五条の精神をうたって、健康で文化的な最低生活を目標としておるのでありますから、総理大臣の言われた健康で文化的だということがない最低生活では、離れているわけですが、それでは非常に不十分だと思いますので、簡単でけっこうでありますから御答弁願いたい。
○岸国務大臣 私は、憲法二十五条に対して政府として考えなければならぬことは、国民年金だけですべてが健康にして文化的な生活をするというのじゃなしに、やはりいろいろな社会的な施設なり何なりと関連を持つものでありますから、政府としてももちろんいろいろな社会的な施設その他のものを進めていかなければならぬことは言うを待ちません。そういうことと相関連して、この国民年金を与えるならば、老齢においてはこういうものと相待って憲法の趣旨は達せられるものであるという考えを持っております。
○八木(一男)委員 現在の状態において、と先ほど総理大臣は言われました。この年金の完成は四十五年後から開始する。今と四十五年後との間に非常な差があることは、聡明な総理大臣はおわかりだろうと思います。今の時点でも総理大臣が、十分とは言えないかもしれないが、しかも健康で文化的なということははずして、ほんとうはだんだん命をすり減らしながら、ただしばらく命をつないでいくという最低生活をやっと維持できることに役立つであろうということを言われた金額であります。将来において、四十五年間で社会が発展すれば、健康で文化的なという考え方は発展しなければならぬ。そういうときにあまりにも少い金額で、これは国民年金の名に値しないくらいの小さな金額であると私どもは考えますが、それについて率直な御答弁を願いたいと思います。
○岸国務大臣 私の承知しておるところによれば、社会保障制度審議会におきましても、一切の収入もなく、この年金だけで生活するという考え方には立っていないように思うのです。さらにさっき申しましたいろいろな政府が行うその他の社会福祉施設等とも関連があるわけでありますから、私は、この年金がただ単に人間として命を食いつないでいくだけの最低のものだというふうには、実は決して考えておりません。これはもちろん長い年限の間に国民生活の水準も上っていくことでありますから、健康にして文化的な生活というものの内容というものは漸次豊富になっていきます。また豊富にするように、あらゆる面を政治を通じてわれわれは努力すべきことは当然であります。しかし同時に、われわれが今日見通し得る国家財政の立場なり、あるいはそれの基礎をなすところの経済拡大の計画なりというものとにらみ合せていくならば、われわれはこの額をもって、今日の状態においては満足すべき適当な額である、こういう結論に達したわけであります。
○八木(一男)委員 四十五年後のことを考えますると、総理大臣は少いということをもうすでにお感じになっておられると思います。現在においても健康にして文化的じゃない、ほんとうに命をつなぐだけの最低生活に幾分役立つということを総理大臣がさっきおっしゃった。それが四十五年後になったらどんなものになるかということは、どんな方でもわかるのであります。特に総理大臣としてはわかると思います。それを直す御努力をされなければいけないと思う。それを直す御努力をこれから十分にされるかどうか、これについてお考えを承わりたいと思います。
○岸国務大臣 先ほど申し上げましたように、私は、この国民年金の制度にしましても、あるいは健康保険の制度にしましても、われわれは将来、経済の繁栄なり拡大なり国民生活の水準の引き上げなり、いろいろなことと相待って内容をさらに充実し、完備していかねばならぬことは言うを待たないと思います。そういう意味におきまして、今八木委員のお話のように、私はこれをくぎづけにする考えではなくして、将来それを充実し修正をし、その理想の方に近づいていくということの可能なような社会的な、経済的な基盤を作っていくということと相待って考えていきたい、かように思います。
○八木(一男)委員 実は直す方法は総理大臣、あるのでございます。総理大臣は今年度の予算のことを頭に入れて、それでいろいろな言質をとられて直すのではかなわないというふうにお考えになるかもしれませんが、ほんとうの政治家ならば、ことしの予算でも組みかえて直していただかなければならないけれども、それはさておきまして、この拠出年金の始まるのは二年後であります。それですから、その間に検討されてどんどん直されることは、政府がそう困らずにできるわけです。ところがその直す方法でありますが、政府の方では積立金方式ということに考えを固着しておられるために、非常に直しにくいという条件があります。今の老人や未亡人や身体障害者にはただの年金をどうしても上げなければならないという条件がある。それで政府の考えるように完全積立方式をとっていきますと、今の働いている人が、自分が年寄りになったり、遺族になったり、あるいは障害になったときの用意を、完全に自分たちだけでしなければならないということになります。そうなると、今の人が親孝行もする、それで自分たちの将来も自分で完全に用意をするということになる。自分たちは親孝行をしてもらわないという建前をとるわけですが、そうすると今の時代の人は二重負担になって苦しくなる。そういうことのために、社会党案と政府案では、年金の年額に幅はありますけれども、どちらにしてもそういう考えに固着すると壁に突き当ってしまうわけです。税金で払った一般財源から出た金にしろ、どういう金にしろ、とにかく今働いている人が親孝行をする金を出している、だからわれわれはその分くらいは子供たちから親孝行をしてもらってもいいんだ、そのほかに自分たちで用意をする、そういう考え方に立てば、この問題の壁は一つ破れる。ところが政府の方では、そういう考え方がいいという主張がずいぶん方々でされたにかかわらず、そういうことがとられておらないわけです。だからピーク時に六百何十億というようなことを言っておられますけれども、システムをそういうように変えればもっと内容がよくなるわけです。そういう点を御検討になれば、国庫負担をもっとたくさん出す御決意をされなければいけませんけれども、それを二つ合せられればもっと内容がよくできるわけです。そういう点を加味して考えられて、発足までに金額を上げる努力をされるかどうか、それを伺いたい。
○岸国務大臣 私、国民年金制度については非常な熱意を持って、ぜひ実施したいという考えのもとに今回これが発足を見るに至っているのでありますが、実は専門的な詳しい研究は、むしろ社会保障制度審議会等の専門家に委託しまして、私はその結論を大体尊重していく。その方が私がつけ焼刃に研究していろいろな意見を出すよりも間違いがないという考えのもとに、政府としては相当慎重に研究した結果この案を得ているわけであります。今八木委員お話のような点も、私は十分社会保障制度審議会においても審議された一つの考え方であろうと思うのです。従って今日直ちに今八木委員がお話のようなことに私が賛意を表して、そうしますということは申し上げかねますが、しかし私は先ほど申し上げたように、この制度を一応立てるけれども、これにくぎづけするという考えじゃございませんから、さらにいろいろ補正すべき点があり、修正すべき点があり、あるいは足らざるところ、完備さすべきところがあるというようなことであるならば、これは私修正するにやぶさかでありません。しかし先ほど申し上げますように、もちろんこれを受ける国民の人々の生活の点を頭に置いて考えなければならぬことでありますが、同時に国家財政の見通し等も十分にらみ合せていかなければならぬ点がありますから、そういう点も十分将来の問題として研究して参りたいと思います。
○八木(一男)委員 ごもっともな御見解であると思います。実はこの問題は非常に小むずかしい問題なんです。国会で論議をされまして、そういう問題が非常に考えらるべき問題であるということで、与党の方や厚生省関係の方もそういう態度におなりになった。私どもはどうしてもそういうことを考えるべきであると考えておる。社会保障制度審議会でもそういう意見が出た。そういうことを加味して三千五百円を高くする努力をぜひしていただきたい。ただしこれは今出す決心をした金額をそのまま固定させておいて、一番高いところの六百五十億を固定して、それを賦課方式に直すことによって上げる方に使っていただきたいので、その金額を下げてごまかす方に使っていただいては困る。これについては厚生大臣からあとでよくお聞きになっていただきたいと思いますが、年金をよくするために積立金方式に賦課方式を入れることを考慮して、よくする方にこれを使うというふうにしていただきたいと思いますが、それについて簡単に一つ……。
○岸国務大臣 一つ厚生大臣とも相談いたしまして、御趣旨の点につきましては十分考慮することにいたしたいと思います。
○八木(一男)委員 実は総理大臣にたくさん伺いたいことがあるのですが、何ですか時間が少しワクがあって、同僚の滝井委員がお聞きになる時間があるので、たくさん聞けなくて残念でございますが、部分的にお伺いいたします。それで時間の節約上一問一答でお伺いすることが当然のことでありますが、先にこっちでしゃべってしまってお答え願うということもあるかと思いますから、御了承願いたいと思います。 もう一つ、開始年令の問題でありまするが、開始年令の問題につきましては、政府の方は六十五才開始をとられております。社会党の考え方は、六十才開始でございます。これはどう考えてももっと早くすべきだ。というのは諸外国の例で六十のところもあれば六十五のところもあるというような御説明が厚生大臣その他政府委員からありましたけれども、現在の時点においては外国人よりも日本人の方が老衰の度が早いわけです。これは農家の主人や何か見ていただければわかる。ニュージーランドや北欧諸国は非常に前から制度がいいので、健康的でありますけれども、そういう国のところまで日本は至っていない。早く老衰するから早く労働能力がなくなって、早く所得保障が必要だということです。将来は日本人も体位が向上して老衰がおそくなるでありましょう。ところがそのときにおきましては、御承知の通り諸産業でオートメーション化が進んでおります。オートメーション化が進みますと労働力がひとりでに少くていいという時代になります。若い健康な人、二十から六十近くまでの人がどんどん働いて、その人が八時間も働かなくて、七時間なり、六時間なり、少ししか働かなくても生産がどんどん上るという時代になる。そうなりますと、結局そのときの老齢者が所得保障をもらって、生産の第一線から引いて、文化的なあるいは教育的なあるいは政治的な面で指導するということにならなければ困る状態が起る。ところがほかの社会保障の国では、二十年も前にニュージーランドが始まった。イギリスが十年ほど前に始まった。そういう時点ではまだオートメーション化が進んでおらなかった。今の進みかけている時点でこれを考えるときには、開始年令は低くしなければならない要件がある。そして特に今の日本人の老齢状態からいえばすぐ拠出年金が、あと公的なものが少しもらえる、あるいはまた無拠出年金が——今七十になっていますが、そういうおそい開始ではいけないので、早くもらわなければならない要件がある。そういう点で、開始年令を下げることが必要だろうと思う。今の金額の点やそういう点を合せて、少し下げるような努力をしていただきたいと思いますが、それについて総括的な御意見を伺いたいと思います。
○岸国務大臣 開始年令をどういうふうにするかということ、これは今八木委員もいろいろ日本の実情等についてお話がございましたが、私どもの子供の時代を想像してみると、六十の還暦というものが非常な老人であったと思うのでありますが、最近の状況はだいぶ変ってきているのじゃないか。それに今お話のようにオートメーションというものがいろいろな産業に入ってくるということになると、今日のような労働の非常な過重な状況がなくなってくるから、老齢化というものも年令にかかわらずむしろこれが下ってくる。年をとっても、そう早く老人らしくなくなるというような傾向もあろうと思います。しかし同時に今度、労働人口の点から考えての、今の八木委員のお話のような点もあります。今日いろいろな点を考慮して、私どもこの案を一応あらゆる点から勘案して六十五というのを出しているわけです。これを科学的に説明しろとかあるいはなんだというと、なかなかむずかしいと思いますが、常識的にいって国民年金の年令として六十五というのが、今日としては適当なところじゃないかというふうに私は結論を持っております。
○八木(一男)委員 さらに検討してそれを下げられる御努力をされるかどうか。
○岸国務大臣 全体としての改正すべき問題につきましては、先ほど申しましたようにあらゆる点に、あるいは年令の点もあるいは金額の点もわれわれ検討を続けていかなければならぬと思います。その結果でやりたいと思います。
○八木(一男)委員 実は時間がないので残念なのですが、厚生大臣とのいろいろの質疑応答の間においては、厚生大臣はそうあるべきだということを認めておられるのです。ただし今の内閣の決定した条件であるから、それを変えることは厚生大臣としては言えないということで、苦しい立場に置かれている。総理大臣はそういう点を考えられまして一つ御検討を願いたいと思います。厚生大臣首を振っておられますから、この点についてはあとでお聞きになっていただいてけっこうだと思いますが、そういう論議が展開をされているわけです。総理大臣、今度の制度全体の中でとんでもないけしからぬ点がたくさんある。国民年金の制度は政府案ははっきり言いますと社会保険主義に徹底をしておるのです。社会党案は社会保障主義。社会保険主義というものは保険会社のいろいろな保険をまとめて、ちょっと合理的にして、ちょっと国庫負担を入れたというようなものにすぎない。内容を申し上げますと結局四十年間払い得た人は三千五百円の年金がやっともらえる、二十五年しか払い得ない人は二千円しかもらえない。十年しか払えない人は千円しかもらえない。そして九年以下の人は年金がもらえないで、三年未満しか保険料が払えない人は、そういう苦しいボーダー・ラインがやっと納めた保険料が仕合せな人に回されて、そっちの年金に使われる。その時点では政府案の年金法案で一番貧しい人から金持ちの方に金がとられる、収奪が行われるという条件があるわけです。この点につきましては厚生大臣は首を振っておられない、はっきりそれを認めておられる。ところが政府案が出てしまったから面子上できないというようなことを言っておられる。そういう態度だ。そういう面子は政治家のとるべき態度ではない。総理大臣が知らないのだから、厚生大臣がこれを説明して、総理大臣がもしほんとうの政治家であるならば、それを変えることにやぶさかではないだろう、出し直すことにやぶさかではないだろう、そういうことを進言しなさいと言っているけれども、総理大臣というのが非常に言いにくい人間であるのかどうか、なかなかそこに伝わっておらない。まだそういうことをやっておられないところを見れば伝わっておらないわけです。そこで総理大臣にじかに申し上げるわけでございますが、政府案の方はほんとうの社会保障の年金ではない、金持ちにたくさん年金が行き貧乏人は来ないという年金なのです。そして貧乏な人が年寄りになってさらに年金が必要な状態が強いのに、金持ちの人が年寄りになってもらうというようにそれが逆転をしているわけです。そういうものであってはいけないわけです。せっかく国民の要望に従ってこの年金を作る以上は、ほんとうの社会保障の徹底的考えに立たなければいけない。そういう点については論議の過程で厚生大臣は、どうしてもそれについてそうじゃないということが言い切れないわけです。公聴会を開いてもすべての人、与党の推薦の人がそういうことを承認をしておられる。そういう状態を考えまして総理大臣はこの問題を検討して、もし総理大臣がほんとうの政治家であるならば、それを撤回をして出し直すことが当然であろうと思う。そこまでの百点の政治家じゃなくて九十点の政治家であっても、与党の方に命令をしてそれを検討して修正案を出す、それなら簡単にいくだろう。百点の政治家であるか、九十点の政治家であるか、それとも落第点の政治家であるか、その点を一つ総理大臣からおっしゃっていただきたい。
○岸国務大臣 私は根本的に言って、いわゆる保険主義であるか保障主義であるかというような一つの理論的の問題でありますが、私は社会保障の目的を達するための方式としていろいろなやり方がある、その一つの方式として保険方式をとることも一つの考え方だろうと思います。ただ保険方式をとった場合に、今八木委員のお話のような事実的な面から貧乏人に非常な大きな負担をかけ、それを比較的富裕な者が恩恵を横取りするというような結果になることは、これは私はまずいと思います。しかし私の承知しておる限りにおいては、この年金法案におきましても保険方式をとっておるけれども、保険料の支払いの能力のない人に対して、いろいろな条件のもとに免除するような規定もあるように私は記憶しております。また無拠出のなにに対しましても、補完的な作用として、そういうごく最低の人に対する年金のなにもありましょうし、いわゆる保険主義と言われますけれども、国庫負担をたしか半額でございますか、負担しておるというような点から見ますると、決していわゆる外でやっている保険と全然同一なやり方をやっているというわけではございませんから、なおこまかい技術的な点につきましては、検討すべきものがあれば検討するようにいたしたいと思います。
○八木(一男)委員 検討するといっても、検討して実現すれば、落第点の政治家が六十点ぐらいになるわけです。そういうことを言っただけで何もしなければ落第点のままなんです。及第点をとっていただきたいと思います。たとい自民党の総理大臣であっても、日本の国の総理大臣でありますから、及第点をとって政治をやってもらわなければ困る。今おっしゃった通り、三年未満の者は、貧乏人の金が収奪されているということがある。総理大臣は御承知じゃない。御承知はないけれども、ないとは絶対言えない。そういう部分がある点を直すかどうかということです。直さなければ完全な落第点の政治家である。落第点をとるか、及第点をとるか、どっちか言って下さい。
○岸国務大臣 専門的なことにつきましては、一つ厚生大臣からお答えするようにいたしたいと思います。
○八木(一男)委員 時間がないから、厚生大臣けっこうです。時間があれば聞くんだけれども、それは間違いないです。絶対間違いないから、あとで聞いてもらえばいいです。間違いないことがわかったら、及第点をとりたいと思ったら、即刻措置をとられたい。それは一つの焦点を言っただけで、ほかの点でもいろいろな、社会保障的にいってほんとうに年金が必要な人に年金が入らないとか、十分入らないということがある。総理大臣は知らないけれども、総理大臣はほんとうに、われわれが善意に考えれば、いいものを作りたいと考えておられるわけでしょう。ところがいろいろな過程において、財政がこういうふうに詰められたというようなことで苦しんで、それで今までの惰性と妥協をして、変な部分がある。それでとにかく妥協しないで、ほんとうにいいものを作るということに直していただかなければ困る。ですから時間的に間に合わなければ、与党の熱心な諸君は全部そういうことを知っておられます。悪いところは全部いいように直せと言われたら百点、ことしの予算では工合が悪いけれども、来年は考えるからいいように直せと言われれば七十点ぐらいです。せめて七十点ぐらいをとるような政治家になってもらいたい。そういうことを与党の諸君に言っていただきたい。これは総裁が言われたらできるんです。お宅の方には、わけのわからない、ただ大蔵省出だというだけの人が政策審議会にがんばっていて、ちょっとでも予算をふやしたら許さぬぞというようなことを言っている。だから国民年金をよくしたいという総理大臣の考えがそこで遮断される。こっちの方で一生懸命やっている熱心な田中君とか藤本さんの正論もそこでストップされる。それを打開するのが総裁の任務です。そういうことを言っていただく必要があると思う。 ほかにもたくさん言いたいことがあるけれども滝井さんが待っておられるからあと二、三分でやめますが、今度は無拠出年金の方、これがとんでもない大間違いなんです。無拠出の金額は、政府の方はことしが百億ちょっと、平年度に直すと三百億ちょっとということになる。社会党は平年度に直すと千二百十二億、この差は天地雲泥のものでありますけれども、これは一応別にしておきまして、ほんとうに社会党よりも社会保障に熱心だと思っておられるなら、千二百十二億の倍、二千四百二十四億くらい出されたらいいけれども、それだけのお気持もないでありましょうからこれは別にして、問題は三百億の分け方です。三百億という限られた金額だったら、年金というものは金の入らない、所得のない人に上げるということが第一原則であります。それからそれをたくさんみんなに上げるというのが第二原則です。ところが金が限られているからみんなに上げられないということで、政府の方もたとえば住友吉左衛門には老齢援護年金をやらないという制度を作っておられる。年額五十万ということでやっている。ところがその程度で、あとはむちゃくちゃなんです。たとえば障害者、手のない、足のない、目が見えない、白血病で一歩死ぬ手前であるというような非常に気の毒な人——二級の障害で片手足の動かないような障害になると一文ももらえない、一級になるとちょっともらえるけれども……。内科障害であったら、一級くらいの状態、白血病で動きがとれぬとか、肺病で動きがとれない、肺の七割をとってしまってちょっとかぜを引けば死ぬというような状態でも一文もやらないという冷酷無情なことをやっている。はっきり見える手や足の障害も千五百円しかやらない。家族加給は一文もやらないということをいっている。母子年金の方も、子供をかかえて苦闘しているお母さんに千円しかやらない。ところが老人にも千円やる。これではバランスがはずれている。政府案では年額五十万以下、月四万円以下の世帯の老人に差し上げることになっている。老人に差し上げることにはわれわれも賛成でありますけれども、限られた財源であれば、より気の毒な人に上げなければならぬ。月四万円の所得の世帯であれば、十分とはいえないけれども楽々と隠居されているわけであります。そういう方々に選挙の札をもらうためにそういう部分を設けている。四万円の家庭では、お年寄りを大事にすることはありがたいが、お金を上げても、岸さんはちょっといいことをやったと言われるにすぎない。ところがそれが一級の内科障害というようなところに少しでもお金がいけば、ほんとうにその人たちが首つりをするところがとまるというような大きな作用をするわけです。そういうことを逆転させておる。特に一番ひどいのは生活保護の方です。生活保護という一番気の毒な状態にあるときの障害者、母子家庭、老齢、そういう人には、今の法律では一文もやれないことになる。そんな年金がありますか。総理大臣、きょとんとした顔をしておられるけれども、そんなものではなかったはずだというお考えを持っておられたら総理大臣は善人である。わかっておって平気な顔をしておられたら猛烈な悪人であると私は思いますが、おそらくわかっておらなかったと思う。わかっておらなかったら、最初申し上げたように、論議でわかったものは直す、この点だけは即刻変えられなければ総理大臣は悪人である、落第点である。変えられればやや善人であり、やや及第点ということになるわけです。そういう点で総理大臣は与党に指令して直させるか、ほんとうに総理大臣が八木一男のようななまいきなやつはけしからぬ、おれはもっと善人であると思われれば、政府案を撤回して三日後か一週間後に出されるか、どっちかの返答を承わりたいと思います。
○岸国務大臣 今八木委員の御意見を聞いていますと、私実はあなたのお考えはごもっともだと思います。ただこれはまた非常に専門的な問題でございますから、あるいはかりにこの案がさらにいいという議論を持っておる人のいいという議論も一応聞いてみないと——今のあなたのお言葉だけを聞くと、いかにも無理なところがあるように私は思います。しかしそれならば、非常に政府案なり与党が研究したのが、そんなことにも気がつかなくて、そんなにひどいことをしているのかという結論になりますが、やはりこれをわれわれとしてもずいぶん長い間研究し、それぞれ私の方の与党の専門の諸君も研究して出しておるのでありまして、その意見も一応聞いてみないと、私結論的に今直させますというわけにも参りませんから、御議論の点も、私の方の専門的な委員の連中も聞いておることでありますから、それらとも話をして善処したいと思います。
○八木(一男)委員 それでは、総体的にその点について与党の方が御相談になって修正することを、総裁として政策審議会のわけのわからぬやつがブレーキをかけないように御推進を願いたいと思います。 それから、特にこの問題の一番焦点になる生活保護法の問題では、厚生大臣は、ほんとうにこれを解決する道を考えなければいけないことを認めて、閣議で諮っているわけです。閣議で諮っておられる。その閣議で諮っておられることがよりよくなって通るように総理大臣はしていただかなければ困る。というのは、加給の問題であります。生活保護法の加給の、老齢と障害と母子の加給の問題が、概念的には閣議で諮っておられるけれども、普通は老齢が千円であれば、生活保護の老齢は二千円にしなければいけないと思います。どんなに下っても千円にしなければ意味をなさない。ところが今の状態では、半分ぐらいがごまかされるおそれが多分にある。これは賢弟である佐藤大蔵大臣によく総理大臣からお話になって、そういうことにならないように、一つ厚生大臣の必死な努力が通るようにしていただかなければならない。それからもう一つ、それを早くやらなければ時代的な不公平が起りますから、開始までにやられるということ。それからもう一つは、告示であれば、岸内閣がかわって厚生大臣がかわったときに、どんなわけのわからない——保守党であろうと思いますが、そういう人にかわった場合に、告示であればひっくり返っていけない。だから、法律によることは何も一文も要りませんから、法律で、生活保護法で明記する、あるいは国民年金法で明記する、そういうことだけは今一つ御返事を賜わりたいと思います。
○岸国務大臣 この問題は実は閣議で諮りまして、大体の趣旨においては、厚生大臣が申しているように加算することの方針をきわめております。ただ具体的にどういう額になっておるかということは私承知いたしておりませんが、適当な額が定められると思います。そして、今法律でそれをやれということでありますが、はっきりと閣議で方針をきめ、そして額を関係大臣の間におきまして適当なものをきめるならば——今法律に制定しなければ間違うというふうな、あとでかわるおそれがあるというふうな意味のお話でありますが、これは責任を持って、岸内閣はまだ続きますから、御心配は要りません。
○園田委員長 八木君に委員長からちょっと申し上げます。時間がきめられておりますから、その点考えて質問して下さい。
○八木(一男)委員 ここだけは、総理大臣、今御答弁願いたい。老齢年金額と同じものにしなければ、一番気の毒な人に少ししかやれない。ほんとうに一番気の毒な人。何回も言わなくても、聡明な総理大臣はわかるはずです。ですから、これは総理大臣の責任で、今少くとも同額、われわれは倍額と思っておりますが、これは岸内閣の立場もありますから、少くとも同額はきめるのだということを言って、生活保護階級が非常に心配をしている点を、厚生大臣が非常に心配しておられる点を認められて、総理大臣は偉大なる権限があるはずですから、そのくらいのことはほんとうにここで御決心、お約束を表明していただきたいと思います。
○岸国務大臣 最後の決定はまだいたしておらないそうでありますけれども、私は大体においてその額が最低の額として適当だと思いますから、そういうふうに努力します。
○園田委員長 滝井義高君。
○滝井委員 現在の社会保障制度のもとではわれわれが老人になると直ちに貧困になるが、こういうことは現実にわずかにささえられております、それは一体何でささえられておるかというと、結局子供が親を扶養してくれるという形でささえられている。少数の例外は、莫大な財産を老人になるまでにたくわえたという人はおりますが、それは非常に少い。現在の日本の人口の老齢化現象というものは非常に老人人口を激増せしめております。激増せしめているという言葉をあえて使うわけですが、そうしますと、国の政治においては、これらの増加をしていく老人問題を一体どういう工合に解決をしていくかということが当然非常に大きな問題になると思う。今の八木さんと総理との一問一答を通じて見ると、総理は、必ずしも年金で所得の保障をやるものではないような意味の答弁をされたのですが、日本における潮のごとく増加してくるこの老人問題に一体いかに対処するか、これを一つ御答弁願いたい。
○岸国務大臣 一番大きな問題は、やはり国民年金というものを考えていかなければいかぬと思います。もちろん、すべての生活を、健康にして文化的な生活を国民年金だけでささえるというのにはまだ無理があると思いますが、それに対してはいろいろな社会的施設も増加していかなければならぬ。今日も、ごく一部ではありますけれども、老人ホームのごときものも作られていっておりますが、そういうようなあらゆる面の社会的施設もあわせて考えていかなければならぬと思います。また、先ほど労働のお話がありましたが、オートメーション化であるとか、いろいろの労働の態様につきましても変化が起りつつあることは事実であります。と同時に、若い時代において非常な労働過重になるという状態を改めて、比較的長い年令の間に働けるような方式も今後考えていく必要があるだろうと思います。そうして、老人になってもある程度の収入は得られるようにする、それは、労働過重によって非常な苦しいことをしていくということでなしに、やはり老人向きの仕事というようなものを作っていくということを考えないというと——こういうふうに老齢人口が激増してくる日本の将来については、いろいろな点から考えなければならぬ。私は、一つの方法によって、これによって解決するというふうにはやはりいかない問題だろう、こう思います。
○滝井委員 さすがは岸総理だと思います。老齢の問題は、まず第一段階として経済的な保障を与えるということになりますと、これはやはり老人の雇用の問題だと私は思います。現在の日本における六十五才以上の労働力化率というものは、ヨーロッパ諸国に比べて非常に高いのです。西独やイギリスの倍の労働力化率になっている。働いているわけです。ところが、現在の日本においては、経済成長率というものも思うにまかせず、伸びない。新しい生産年令人口、いわゆる老人よりは若い隆々たる労働力がふえている。こういうことのために、今総理の言われたような老人の雇用の問題というものが一つの隘路に直面している。大きな境にぶつかっているのです。だから、これを一体どうしてやるかということが一つです。いま一つは、さいぜんからあなたが御指摘になるように、いわゆる経済的な保障以外の問題で老後を保障するとすれば何なのかというと、これはやはり年金みたようなものを考える以外にないじゃないか、こういうことなんです。そうしますと、その年金というものだけで保障することができないとすれば、前者がやはり車の両輪の一つとして現われてこなければならぬのです。ところが、前者は日本には今現われ得ない情勢が客観的に出てきているのです。ここに、日本における老人問題が近代の政治において非常に大きな力でわれわれに迫る。あなたの内閣になってから、歴代の戦後十三年の内閣がやり得なかったこれをやらざるを得ないところに追い込まれたということは、戦後十三年になって岸内閣がこういういい政策を自発的にとったということもあるが、それよりか、客観的な情勢があなたにこれを迫ったということです。こういう形だと思うのですが、そういう点についてもう少し積極的にこれはやってもらわなければならぬ、むしろ強く迫られておる、こういうことだと思うのです。そこでそういう客観的な情勢が強くあなたに迫ったために、今やちまたには国民年金、国民年金という声が満ち満ちているのです。日本の社会保障というものは、まず結核をやらなければならぬ、こう言っておりました。そうしたらしばらくすると、死亡率が減ったら結核の時代は過ぎたと言いました。次に何の時代が来たか。皆保険の時代が来た、こう言います。そして昨年来ようやく国民健康保険法が通ると、もうその通るずっと前に、皆保険の時代は過ぎて今や年金の時代が来た、こう言う。日本の社会保障というものはいわゆるファッション・モードみたいなものです。本格的に大衆の中にずっと政策が根をおろした社会保障の政策が行われていない。ファッション・モードじゃ困る。ファッション・モードは銀座の町あたりで行われておればけっこうだ。やはり国会の場における社会保障政策の論議というものは国民大衆の中に足がついた論議でなくちゃならぬ。ところがそういうように政治的には非常に社会保障をやれ、年金を作れという声が高まったけれども、さいぜん申しました日本の社会構造なりあるいは経済の成長の状態から考えると、財政的な裏打ちあるいは雇用の問題という面については対策が講じられていない。この点についてあなたは一体総理として、これならばしろうとのあなたでも答弁ができるはずです。年金も、これは年金の根本のところです。これを一体どういう工合にやっていくかということです。
○岸国務大臣 私はこの社会保障制度が要求されるということ、国民がこの社会保障制度を要求される意味において、医療保障の国民皆保険の問題と所得保障の国民年金の問題、これは近代的国家における社会保障制度の二大柱でありますから、これを要望するというのは当然の趨勢であり、またこれができるようになったということは、戦後十三年の日本経済の復興について国民全体が非常な努力をして、これに裏づけ得るところの財政的な経済的な基盤ができた結果であると思います。これはひとり岸総理大臣がどう考えたからといっても、その経済基盤ができなければ、国民がいかに要望してもできないことであると思いますが、そういうことであり、またこれがここで御議論がありますように、私は決して内容的に完備しておって、これがもう最善のものであり、これを永久に固定するというような考え方は毛頭持っておりません。いろんな点からこれを完全なものにしようとして論議が尽されており、しかしながらそういう欠陥があっても、現在の経済情勢なりあるいは財政の事情からいうとそこまではいかないという問題もあろうかと思います。しこうしてこれを充実していかなければなりませんが、していくのにはどうしても産業経済の基盤を作り上げていく、そうしてこれを成長せしめ、これを繁栄に持っていくということをしなければならない。従って経済財政政策の全般にわたってその基盤を作っていくことによってこの社会保障制度は完備するのだ。ただ社会保障制度だけを見てこれを完備するためにどうするといったって、やはりそれを裏づける経済の基盤、財政の基盤というものがなければならぬ、こう思っております。そういう意味においてわれわれは予算を編成し、また産業経済政策を行なってきているわけであります。もう一つこの雇用の問題、われわれはこれはだれもがそれを念願しておるわけでありますが、完全雇用というものを目標として、働く意思があり、働く能力を持っている者はみんな職場が与えられるというふうな状態を作り上げなければならない。それにはやはり経済が拡大し、成長し、繁栄していかなければいかないのであって、こういう意味においてわれわれは一般の経済財政政策というものに大いに力を入れているわけでございます。
○滝井委員 経済政策と社会政策の問題でございますが、御存じの通り諸外国においては社会保障政策を推進することは、同時にそれが経済政策の進展にも非常に役立ったわけです。ところが岸総理がすでに選挙のときに国民に公約したように、日本においては経済政策の主眼となっていくものは、やはり経済基盤を拡大強化しなければならぬ。経済基盤の拡大強化ということは資本の蓄積というものが重点なのです。資本蓄積をやるということは国民の所得というもの、国民の生産力というものが限界がある限りにおいては、社会保障費に回る金がそれだけ少くなることを意味します。従って日本においては経済政策と社会政策というものが必ずしも相互依存の関係にない状態なのです。対立的な面が出てくるのです。これはヨーロッパ諸国におけるいわゆる社会保障政策と経済政策とが雁行する形にいく姿と、日本においてはそういう対立関係がややもすると出てきて、しかも資本の蓄積のためにある程度財政を食われるために社会保障に回る財源が少くなるという点が一つあるのです。これはおそらく岸総理もお認めになると思うのです。そういう点において日本の社会保障というものは一つの限界があるということが一つです。 もう一つは、すでにわれわれが経験をしたのですが、社会保障のために国民健康保険を作りました。ところが国民健康保険という制度を作りましたが、その制度の恩典を受けるものは一体どういうところが一番恩典を受けるか、どういうところがこの恩典を受け得ない状態にあるかというと、農村においては中流以下の農民あるいはもっとシビアな言葉でいえば貧農というものは、その国民健康保険の制度があるにもかかわらず保険証を利用できないという姿がある。なぜかというと、それは半額の負担を自分でしなければならないのですが、その半額の負担ができないので、これらの諸君はどうするかというと、あの富山の配置薬や売薬にたよって医師にかかれない、こういう矛盾が一つ出てきておるわけです。そういう姿が今われわれがここで審議しておる年金にも出てくるわけであります。近代の社会は、産業革命によってお互いに個人的な、地域的な、血縁的な連帯というものがだんだんこわれて、社会的な連帯に変って参りました。そういう中でわれわれは先駆的には公的扶助というものを作り、社会保険を作った。しかしこれだけではいけない、もっと拡大しようじゃないかというので今度年金ができてきたわけです。いわゆる所得保障という問題が出てきたわけです。ところがその年金を国民年金という形で、国民的な規模にこれを適用していこうということになると、少くとも全国民を対象にしておるわけであります。そうするとその制度をうまく運用していくためには一体どうしなければならないかということです。あなた方のこの制度ではどういうことになっておるかというと、その対象になるすべての国民はまず掛金をかけなさい、これが大前提です。そのかけた掛金によって四十年の後の、あるいは二十五年の後の年金の給付の額がきまりますぞ、こうなっておるわけです。いわゆる積立方式でいっておるわけです。ところがその積立方式でいくということ、お金を出した者に年金がいくというこういう形は、日本のような貧しい階層の多いところでは、その掛金をかけ得ない人が出てくるわけであります。それは前に説明しました国民健康保険で、掛金はかけるけれども、かかれない人が出ておるのですが、さらに年金では掛金をかけ得ないという人が国民健康保険の上に重なるわけです。同じ人が国民健康保険の対象であり、国民年金の対象であるわけですから、一世帯の保険料の支出額は年額にしたら五、六千円になる。今三千円か三千五百円の健康保険の金でもかけ得ない世帯というものが二割ある。そうするとその上に年金が重なるから、この二割というものはもっと増加していくことは明らかです。そうしますと経済政策と社会保障政策との対立面、そうして今度制度の自体の中に入ってみますと、その掛金をかけ得ない層が出るということです。そうしますと積立方式というものが、貧乏人の多い日本では、一体全国民的な規模における社会保障として適合するかどうかという問題が出てくるわけです。こういう二つの隘路がある。大きな面では経済政策と社会保障政策とが締めつけられてくる一つの困難な面、それから内部に入ってくると貧しい大衆というものが国民の九千万人のうち九人に一人の割合でボーダー・ライン層がおる。千百十三万人おる。この問題を一体あなたはこの政策を推進する上でどうお考えになっておるか。
○岸国務大臣 今御質問になった前者の問題は、日本の経済は戦争によって破壊され、経済基盤が非常な脆弱なものにさせられてしまった、戦後われわれが努めてきたことは、これを強化しなければいろいろなやりたいものもやれないという状況でありましたがゆえに、お話のように経済基盤の強化にわれわれは全力をあげて、社会保障制度というようなものに手が回らなかったという事情があったことは事実であります。しかし将来の問題を考えますと、先ほどから申しているように、社会保障制度のなにを充実するためには、やはりそれを養うところの経済基盤というものが強固になってこなければならぬ。また経済基盤を強固にするということは、言うまでもなく国民生活の内容を豊富にし、国民の労働力というものを良質にかつ豊富にするということでありますから、やはり社会保障制度というものも完備してこなければならぬし、またいろいろな購買力の点から考えましても、やはりこれは相互依存ということになるわけでございますから、従って、本来日本においては永久に経済政策と社会保障制度とは相反し、相矛盾するものではないと私は思う。それはやはり欧米の先進国においては、経済基盤がすでに強固であり、ある程度のところまで繁栄しておるから、これが車の両輪のごとく相呼応して進んでいっておる。日本もこれからはそうなっていくのだという考えでおります。 それから第二の点につきましては従来もこの健康保険につきましても、あるいは今度の国民年金制度をやりますにつきましても、掛金がかけられない非常な貧困な層に対してどういうなにをするかということは、やはり私は考えていかなければいかぬと思います。それについては保険料の免除であるとか軽減であるとかいう方法が講ぜられておると思いますが、さらにこれはあまりに厳格過ぎるとか、あるいは手続において煩瑣であって、それを利用することができぬというようないろいろな点につきましては、適当な方法でこれを是正していかなければならぬと思います。私どもこの掛金について、二十才から百円、三十五才から百五十円でありますか、これは今お話しの通り、健康保険と重なることによって相当に過重になることも考えなければならぬ。そういう経済面もございますが、同時に、私はやはりこういう国民年金の制度であるとかあるいは国民皆保険の制度であるとかいうものは、社会連帯の観念から出発しておるものでありますから、国民がその制度の意義を十分に理解して、これにかけるという意欲を持たせるようにあらゆる面からしていくということも必要である。ただそろばんだけの点からでなしに、そういう点も今後において私どもは努力していく考えでおります。
○滝井委員 今私が申し上げました通りに、とにかく積立方式一本でいっておりますと、総理がお認めになったように、どうしても減免措置をしなければならぬ相当のものが出てくるわけです。そこで私は一つ総理の意見もお伺いしたいのですが、政府の案ではそういう積立方式一本でいっておるわけです。百円ないし百五十円の掛金を四十年間かけることになる。ところがその中で脱落者が——私の調べたところによりますと、大体どういう形になるかというと、この年金加入者は二千六百四十六万人です。その中の三割が拠出不能になるのです。そしてその七割の拠出可能の者が二千万人前後あるわけです。その二千万人の中で、徴収可能の者は八割五分です。そうするとそこに一割五分の脱落者、いわゆる減免その他をやらなければならぬという者が出てくる。そうしますと、拠出不能とそれから拠出困難という者の数は一千万人になる。その場合、今度は任意加入で、この制度に加入をしないという、いわば労働者の妻ですが、そういうものが政府の推計によると三百九十三万です。そうすると千四百万の人はこの年金から脱落する可能性がある。こういうたくさんなものをそのままにしておって一体国民年金と言えるかどうかということです。 そこで私は総理に言いたいのですが、積立方式だけでは、これらの千四百万の諸君がその恩典に浴さないことになるので、この際社会党と同じような賦課方式をとるか、それとも、いわば目的税の売上税——これは一切のものに総合消費税的な、非常に低率な売上税を全部かけていく。そうすると、これは貧富の差なく全部出すことになる。買うについては何ぼかの税金を——一%にするか〇・五%にするか、非常に安い税金をすべての品物にかけていく。そうしてそれを今度年金の会計に目的税的に組み入れていくことになりますと、今言いました千四百万の人たちが、何らかの形で少しずつ出すことになる。そうしてとったものを、半分を年金、半分を減税に回すという方策、こうなりますと、この年金制度というものは非常に確実なものになってくるわけです。そうしてもっと財源が——三千五百円なんてけちなものでなく、二十五年かけて月に二千円というけちなものではなく、相当なものになると思うのですが、そういう点についてあなたはどうお考えになるか。
○岸国務大臣 取引税を目的税にして云々という滝井委員の御意見でございますが、私もそういう意見を聞いたことがございます。しかし税制の問題は、私ども税制全体として現在のものを根本的に検討したいというので、税制審議会というものを作ることにいたしております。従って、今日そういう目的税として取引税を創設することがいいか悪いかにつきましても、もっと広い見地でやっていかなければならぬと思っております。ただ、今お話のように、貧困である、あるいは経済的に不如意であるために、いわゆる積立方式が全体の国民の年金として十分カバーしない、それから脱落するおそれがあるんじゃないかという問題に関しましては、私どももこれは十分に考えなければならぬ問題でございます。しこうして、さっき申しましたように、とにかく一応そういう層に対して免除であるとか軽減であるとかいう方法も、この中に規定いたしておりますし、どうしても救えないところのものに対しては、補完的な意味において、無拠出のものである程度カバーしていくということと相待って、一応国民年金制度の発足としては、この程度でこれを発足させることが適当である、かように考えたわけでございます。 [委員長退席、田中(正)委員長代理着席〕
○滝井委員 時間がないそうですから、私も要領よく、岸総理も短かく、要領よく答えていただきたいと思います。 実は軍人恩給との調整の問題です。私は予算委員会以来再々にわたって、岸総理にこの質問をしておるのですが、いよいよ軍人恩給と年金との調整問題を考えなければならぬ段階に来たと思います。と申しますのは、軍人恩給をもらっておる人たち、特に公務扶助料をもらっておる人たちは、自分のかわいい子弟をなくしたということでもらっておる。ところが今度別の制度である年金が出てきた。そうしてそれらの年金というものは、この法律の五条で、被用者年金各法として、厚生年金から国会議員互助年金に至るまで十本ばかりあるのが、全部除外されることになるわけです。そうしますと、これは佐藤大蔵大臣にも尋ねたいのですが、大蔵大臣はおられませんから次会にしたいが、この軍人恩給が昭和三十六年に千三百億になる。これはピークですね。そうして三十六年からは拠出の年金が始まるわけです。そうしますと、軍人恩給を受けた諸君がこの制度に加入できないということも、お気の毒だと思うのです。一体その軍人恩給とこの年金との調整というものをどうするかということです。これは三十六年まで考えますということではもはや済まされぬ問題だと思うのです。すでに臨時恩給等の調査会も作って論議をした過程にあるのでありますから。
○岸国務大臣 現在いろいろな公的な年金制度がありますことは御承知の通りでありまして、これは一応除外してこの制度を立てるわけでありますが、しかしこの間の調整の問題が当然考えられなければならぬと思います。そういうことはこの法律にもありますように、今ここでこうするのだということはなかなかまだ結論が出しにくいから、法律の規定のようにこの案をいよいよ実施するまでには、そういうことの具体的な結論を出さなければならぬというようにいたしておるわけでございます。
○滝井委員 年金が発足するときまでに結論を出すというのが総理の私に対する答弁だったのです。ところが年金が発足をすると、今度は拠出ができるまでもう二年待てというと、岸内閣はなくなってしまいますよ。さいぜんは、私の内閣はまだありますからとおっしゃったけれども、総裁の任期が切れるから——どうもこれはむずかしい問題だからこれ以上追及いたしませんが、やはり軍人の遺族の諸君というものは相当老齢者が多いのです。そうすると、老齢年金はもらえるものだと思っているうちに、いつの間にか除外をされておるということはやはりお気の毒なところがあるのです。われわれはこういう拠出の年金とはあるいは少し性質が違っておるものだと思うのです。やはり調整問題というものを考えなければいかぬというのはそういうところなんです。特にかわいい子供をなくしたのだ、だから当然年金は別建てでもらえるのだと言ったときには、理論的には筋が通るのです。だからそういう方々にも納得をしてもらえるようなはっきりした政府の方針をやはり立ててもらいたいと思います。 それから、政府はこの保険料を五年ごとに再調整をすることになっておる。その場合に五年を経過しない場合にインフレ等が起って、当然給付額や掛金等を補正しなければならぬ場合が出てくるわけですが、そのまま五年間ほうっておくつもりですかどうかということが一つ。そしてそこに一つの大きな財政に穴があいたときに、いわゆる年金の会計に穴があいてくるわけです。インフレになるわけですから掛金も直さなければ、少いままでいきますから、その場合にはその不足額の穴埋めは国が責任を持つかどうかということです。国が余り肩がわりしてくれますか。
○岸国務大臣 五年ごとのものは、これは常時の状態においてやるわけでありますので、今お話のように非常な急激なインフレが起ったとか、あるいは何か非常な激動が生じてきたという場合においては、その際に適当な措置をとらなければならぬことは言うを待たぬと思います。それからそういう場合における穴をどうするかという問題であります。これはやはりいろいろな事態がありましょうから、適当な方法によって穴を埋めるというほかはありませんが、しかし結局において国家がこの制度を立てておる趣旨から申しますと、最後は国家がこれを持たなければならぬということになると思います。
○滝井委員 その答えをいただいて満足しました。それをこの議場を通じて全国民にはっきりしておくと、この年金は額が少いけれども、今の答弁でだいぶいくという数字的なものが出て参りますから、ぜひ一つ今の言葉を歴代の総理大臣に——これは五十年、百年先の問題になることでありますから、歴代の総理大臣に一つ間違いなく事務引き継ぎのときにお伝えしておいていただきたい。 次には事務機構です。今度市町村に一人当り五十円ずつ一億五千五百万円、郵便局に一件当り三十五円、七千五百万円やるわけです。これは無拠出のものなんです。ところがこの事務を行うのは一体どこが行うのかというと、市町村が行うことになった。そうするとその市町村のどこが行うかというと、当局の答弁では社会局関係、民生局関係が行うということです。そうしますと、そこで国民健康保険もやられているわけです。国民健康保険の運営の主体というものは市町村です。ところがこの年金の運営主体はどこかというと、これは国なんです。しかも出先の県の社会保険出張所が主体になってやることになる。そうなりますと、今五十円とか三十五円とか出しているのは無拠出ですが、三十六年から拠出が始まるとどういうことになるかというと、今の社会保険出張所の百ばかりのものが、もう百五か十ふやさなければならぬ。人数にして三千人から四千人ふやさなければならぬ。ところが同時に市町村の状態を見ると、大都市においては被保険者千人について一人、中以下では五百人について一人、従ってこの人員が一万二、三千人ふえることになる。そこでその金は最小に見積っても、二十六、七億から三十億要るのです。そうしますと、医療保障がどんどん進んでいき、健康保険ができ、もう一つこの制度がある、こうなりますると、今までのようにばらばらに厚生省がやる、大蔵省がやるというわけにはいかぬことになるのです。ここに私は先般来から社会保障省というものを作って——日本の今の行政機構では、この複雑になった膨大な機構というものを、一保険局や年金事務局あるいは年金局というものがやっておってはだめだ。厚生大臣は公衆衛生もやらなければならぬし、生活保護もやらなければならぬ。非常に範囲が広い。そうするとこの年金と医療保障というもののがっちりしたものを作ることを、少くとも三十六年までには検討してやらなければならぬ。そうでないと非常に冗費とむだな経費が出てくると思うのですが、この点総理からもう少し明快にあなたの考えを述べてもらいたいと思うのです。
○岸国務大臣 社会保障、これをとにかく国民皆保険の問題とそれから国民年金の問題ということで発足するということになりますと、内容的になお不完全なところがありといたしましても、この二つが社会保障の二大柱としてとにかく十分な機能を発揮し、さらに将来に向ってその改善なり内容の充実をはかっていくという大きな仕事ができるわけでありますから現在の行政機構そのままでもってこれに応ずることのできないことは言うを待ちません。しかしそれをどういうふうにすることが最も能率的であり、国民に便利であり、またその仕事の本来の意義を達する上にいいかということは、これは十分に研究しなければならぬ問題だと思います。今日直ちに社会保障省を作るという結論にはまだ達しておりませんが、しかし現在のようなまちまちな機構でいいとは実は思っておりません。行政審議会あたりにおきまして専門家や有識者の意見を十分に聞いて、この問題は将来の日本の社会保障制度の完備を目ざして施策をするということは、近代国家としてわれわれ福祉国家を願っておる保守党におきましても、また社会党におきましても、当然これは非常に重要な仕事になるわけでありますから、その意味において私は検討をいたして参りたいと思います。
○滝井委員 これで終りますが、さいぜん八木さんから、生活保護の対象になっている老人の加算の問題が出たと思うのですが、それについて私は具体的なところを言って、総理の最後の決断を得たいと思うのです。それは現在七十才以上の生活保護の対象老人は十一万七千人です。この十一万七千人の現実の生活保護の対象者の予算は、昭和三十四年度の生活保護費の中の三百九十五億の中に入っているのです。それから御存じの通り十一月から援護年金が月額千円ずつ四カ月分を百九十八万六千人の老人にやることになったのです。その百九十八万六千人の中には、今の生活保護の対象の十一万七千人が入っているかいないかというと、入っている。従って生活保護の予算の中に十一万七千人分が入っているし、今度の援護年金の千円ずつやる四カ月分の予算にも百九十八万六千人分入っておる。従って予算的には、ともかくあなたがここで千円ずつ出しますという決意をすれば、予算的には全部完了しておる、こういうことなんです。これはもうこれで決断で出ると思うのですが、どうですか。
○岸国務大臣 先ほど申し上げましたように、私まだ具体的な数字について、関係大臣の一切の結論まで見ておりませんが、趣旨は加算するという意味において検討するということを閣議できめておりますし、それから今予算的のこともお話しになっておりますから、私は先ほど申し上げましたように、老人について千円という額を最低として決定したい、こういうことを申し上げます。
○滝井委員 これで終ります。どうもありがとうございました。
○田中(正)委員長代理 多賀谷真稔君。
○多賀谷委員 国民年金のごとき、四十五年の後を想定しておる制度は、私はやはり政府の経済計画と見合ったものでなくちゃならないと思っております。先ほど経済企画庁長官に質問いたしましたが、どうもユートピア的な答弁ばかりありまして、的確にわれわれはつかむことができなかったのですが、ただ数字だけははっきりしました。それはすなわち現在政府が作っております長期計画によると、三十一年度から四十年までは六・五%の経済の成長率がある、消費支出は六・三%だ、個人の消費水準は五・五%である、さらに四十一年から五十年までは、経済成長率は平均四・五%である、そこで大体個人の消費水準は四%程度アップになる、こういうことははっきりしたわけです。そこで私は、この経済計画と見合った国民年金制度を樹立してもらいたいと思う。ところが四十五年の後にわずかに五〇%増、すなわち二千円が三千五百円になるという制度では、全く経済計画と見合っていない。少くとも五〇%になる年月といいますと、政府の経済計画を逆算しますと、昭和四十年度くらいになるわけです。ですから昭和八十年になる目標と、昭和四十五年になるという、これだけの大きな差ができてきた。でありますから、少くとも国民年金制度を樹立するその発足に当っては、私は経済計画と見合った——若干シビアでもけっこうでありますけれども、見合ったものが必要ではないか、こう考えるのですが、総理はどういうようにお考えですか。
○岸国務大臣 根本的にこういう社会保障制度というような長期のものが、長期の経済見通しや国勢というものを見合っていかなければならないという考え方は、これはもちろん正しい考え方で、そう考えなければならぬと思います。ただ政府として、現実に財政の責任を負い、そうしていろいろな具体的の問題を処理していく上から申しますと、われわれが現実に即して比較的正確につかみ得る程度のことを考えないと、非常に先の問題になりますと、一種のユートピアみたいな批判を受け、議論になると思います。これはやはり財政諸般の政治の責任を持っていく政府としては、やはりそう長い期間のことまで推定するということは事実上これはむずかしい。そこで比較的われわれが——これももちろん将来の問題でありますから、その通りになるかならぬかということは、ことに経済界の問題はなんでありますけれども、いろいろな資料から一応比較的確実に推測し得る間のことを基礎に置いてこういう計画を立てるというほかはないと思います。従って、長い意味から申しますと、やはり一応制度は立っておるけれども、将来内容的にこれを修正し、これを完備していくという努力を続けていかなければならぬことは言うを待ちませんけれども、一応立てる計画としては、そういう意味において四十五年もしくは五十年後を見通していろいろ立てるということは、ちょっと政府としてはできないと思います。
○多賀谷委員 実は四十五年後を見通して政府は計画をされておるのです。そこで、四十五年後の制度でありますから、私はやはり政府の経済計画に沿ったべースでやってもらいたい。経済成長率そのものも消費水準も上るというようなことは私は申しません。またどれだけの給付額をしろということも申しません。しかし若干厳格にいたしましても、私はばらばらになっておるのじゃないかということを考えるわけであります。時間がきたようでありますから、ごく簡単に続いて質問しますが、この点十分考えてもらいたい。これは経済企画庁長官に聞きましても、全くこの案には参画していないような答弁なんです。総合的にやはりこういうものは考えてもらいたい。この点は再度答弁をお願いします。 それからもう一つ、実は国民年金ができれば、ILOの社会保障の最低基準に関する条約というのが一九五二年百二号条約として出ておるわけですが、これは批准をされますかどうですか。この点どういうようにお考えですか。最近ILO問題というのは非常に問題になっておる。これは国際信用にもかかわるし、貿易の正常化にも影響がある。国民年金という画期的な法律が発足するに当って、私はこういった条約は批准すべきであると思いますが、どういうふうにお考えですか。
○岸国務大臣 この制度を立てます上において、総合的な見地からこれを考えなければいかぬ、ばらばらなことではいかぬというという御意見は、私もそう思います。ただ私先ほども申し上げましたのは、もちろん一応将来に対する見通しを立てておるわけでございますが、具体的にこの法律として財政的の負担その他をきめます上から申しますと、一応われわれの正確に把握することを基礎にせざるを得ない。将来におけるこの成長率、ずっと今後十年ないし十五年の成長率をもって直ちに推定するというようなことについては、なお事態の変化を見る必要があるということを申し上げたわけでございます。 それからILOの問題につきましては、もちろんILO条約についてはできるだけ批准するというのがわれわれの根本の方針であります。また今おあげになりました百二号でございますかの問題は、実はまだ私研究いたしておりませんから、さらに一般方針に従って検討することにいたしたいと思います。
○多賀谷委員 財政の問題を十分考慮してと言われますが、財政の面から見ると、ちょうど総理がお考えになっておることと逆になっておる。財政は昭和三十六年、あるいは軍人恩給がピーク時になる時期、あるいは国民皆保険になる最も財政支出の多いときに拠出の積立金が始まる。政府の支出が始まる。それからカーブはあまり変りがありません。そうしてそのために経済が伸びた昭和六十年ごろから逆にだんだん財政支出が下るわけです。昭和八十年の最も完成をいたしますときには、昭和三十六年の四百三十二億に対して、その半額の二百七十一億くらいしか負担をする必要がないですから、経済成長率と社会保障に対する国庫の支出金というものは、逆の方向にいっているわけです。総理は先ほど滝井委員の質問に対して、まず経済基盤を強化して社会保障をやるのだといわれる。それならば、むしろこの辺は上げていくべきではないか、こういうふうに考えるわけです。 さらにILOの問題につきましても、ILO問題というのは単に労使関係の問題だけではないと思うのです。狭義の意味の労働関係だけではない。社会保障につきましても相当な条約が採択されておるわけです。ですから、少くとも、今日一つの法律を出すについては、これは国際労働条約のどこに適用され、政府としてはどういう態度でいくかということが必要ではないかと思う。しかも、今申しましたILOの百二号条約というのは九つの給付を規定して、九つの給付のうちの三つができておれば批准ができることになっておるのです。この条約はこれほど寛大な条約なんです。ですからまだ政府が検討していないというようなことでは私はいかぬ、怠慢であると思う。できるようなものならばさっきと批准をしてその手続を取って、まず国際的な信用を回復する必要があると思うのです。ILOというのは単に労使問題だけではないのです。この点どういうようにお考えですか、二点再度お尋ねいたします。
○岸国務大臣 ILOの条約につきましては、先ほどお答え申し上げましたように、政府としては一般的に、採択された条約についてはできるだけこれを批准をするという方針で検討を続けております。今具体的に、あるいは厚生省その他関係の省におきましては研究をしておることだと思いますが、私自身として、御質問がありましたことにつきましてはまだ研究をいたしておりませんから、一般方針に従ってなるべく早く、多く批准するという政府の方針に沿って十分検討したい、こういうことを申し上げたわけであります。 それから第一の点につきましては、これは、私は、先ほど申し上げましたように経済の基盤があるところまででき上れば社会保障制度というものが並行していけるようになるのだ、戦後はこの経済基盤を作り上げるということにもっぱら緊急の必要があったために、社会保障制度の方がおくれており、経済基盤を作るための財政支出のために社会保障制度の支出が押えられるというような時代であったが、今後においては漸次それが並行的な状況に向っていくであろうということを申し上げたのであります。 それからこの国民年金の問題につきましては、一応われわれはこれで発足しますけれども、もちろん将来においてこれが内容の充実なり完備なり修正なりというようなことについてはなお検討して、実情に合うように持っていきたい、こう考えております。
○田中(正)委員長代理 本会議散会後まで休憩いたします。 午後三時四十三分休憩 ————◇————— 〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕