決算委員会 第3号
- 発言数
- 509 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1959/02/13
会議録
○田中委員長 これより決算委員会を開会いたします。 委員諸君に申上げます。ただいま防衛庁長官は、予算算委員会で質疑中でございますが、就任されてまだ委員諸君にあいさつもしてございませんし、またこの審議しておるところのグラマン問題についても、長官が皆さんと何らの交渉がないような状態であります。そこで、長官から一応皆さんにあいさつしていただく。質疑中にどうしても長官に質問の点などございますれば、また来ていただくことにして、あいさつを終えたら、一応帰っていただきます。
○山本(猛)委員 防衛庁長官には、きょうは特にF86Fに関してお尋ねをしなければならぬ重要な事項がありますから、そう簡単に帰されたら困る。
○田中委員長 それは向うを終えたら、またこっちへ来ていただくから……。防衛庁長官。
○伊能国務大臣 私、このたび防衛庁長官を去る一月十二日に拝命をいたしました。本委員会においては、かねて政府の決算の御講義を通じまして、防衛庁関係においてもいろいと御援助、御指導をいただいておりまするが、今後におきましても、どうぞ一つ委員会の審議を通じまして、しかるべく御指導賜わりたいと存ずる次第でございます。 ことに、本委員会におきましては、本庁所管にかかわりますF86Fの問題についても、昨年来いろいろ御審議を賜わっておることと存じまするが、これらの点につきましては政府といたしましても、すでに御承知かと存じますが、いろいろ新しい角度から慎重に審議をいたしておる状態でございますので、これらの点について至急機種の決定の問題についても結論を得たい、かように存じておる次第でございますが、今後とも何分よろしくお願いを申し上げます。
○山本(猛)委員 予算委員会でお忙しいということを承わりましたから、一言だけ長官にお尋ねをしておきたいと思います。 当委員会で、ただいま長官がお話しのF86Fの問題が議題に相なって、今日まで継続をせられておりますが、F86Fは現在何機国内生産が完了しておられるか、それを承わりたいと思います。
○田中委員長 山本委員、今そういうことで質疑中のところを来ていただいたのだから、今ちょっとその質問はやめてくれないですか。また呼びます。
○山本(猛)委員 私のお尋ねをしょうとしているのは、詳しいことでなくていいんだ。大綱だけでよろしい。まず、国内生産が継続されているが、現在でき上っている生産高を述べられたい。
○伊能国務大臣 お答え申し上げます。一月末現在におきまして、F86Fの国内生産は百五十五機と記憶いたしております。
○山本(猛)委員 本機は朝鮮動乱のときに、米国空軍が朝鮮に送った性能の脆弱なものであって、今日はその用途が危ぶまれているものであって、しかも前左藤防衛庁長官が本委員にお答えになりましたお答えでは、現在アメリカで製作をすると五千万ないし六千万で一機ができるものを、左藤防衛庁長官のお答えによりますると一機一億三千六百万円。こういうような国費の乱費にたぐいするものは、即刻もって長官はこれを製作中止をなさる御意思はあるかないか。
○伊能国務大臣 本機につきましては、御承知かと存じますが、昭和三十年六月以来、日米共同生産協定に基きまして、第一次、第二次、第三次共同生産を継続いたしておりまするが、御指摘のような脆弱なものとはもちろん私ども考えておりませんので、ただ将来の防衛に対処するために、さいぜん御意見のございました新しい機種決定につきましても目下検討中でございまするが、それまでは本機をもって十分防衛の機能を果し得るものと考えまして、今後も第三次日米共同生産協定に基く国産機の継続をいたす予定に相なっております。
○山本(猛)委員 長長官は驚き入ったお答えをなさるようだが、あなたは就任中々であって、飛行機のことを御承知ないといえばそれまででありまするけれども、しかしあなたは責任ある国務大臣として、防衛の任に全責任をお持ちになっておられるとするならば、今のお答えはあまりにも実態にそぐわないお答えである。 しからば角度を変えてお尋ねをするが、ただいま私が申し上げたように、本機は性能の古いものであって、実際の戦闘には役立ち得ないものであるということは、アメリカがこれを製作を中止し、米国空軍はすでにこれを使っておらない、これは明白な事実である。それにただいいま申し上げたように、アメリカでもしかりにこれを現在生産するとすれば、日本の円に直しまして五千万ないし六千万で製作をせられるものが、何がゆえに、どういう要求、性能を満たすことによって一億三千六百万になるのか、それを承わっておきたい。
○田中委員長 山本委員に申し上げます。本日は吉村証人の取調べが議題となっておりますから、議題外のことについては、また防衛庁長官の予算委員会における時間の余裕のあるときにそれを許すことにいたします。防衛庁長官、お帰りになってよろしいです。 —————————————
○田中委員長 歳入歳出の実況、特に防衛庁の航空機購入問題を議題として調査を進めます。本日は証人として、前国防会議事務局参事官、現大蔵省主計官、吉村真一君が出席されております。また、前回の委員会における決定により出頭を求めました参考人森脇将光君より、文書をもって、関西へ出張旅行中のため出席できない旨、不参届を提出して参りましたので、この点について御了承をいただきたいと存じます。 証人より証言を求めることといたします。 証言を求める前に証人に一言申し上げます。昭利二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓せさせなければならないことと相なっております。宣誓または証言を拒むことのできるのは、証言が、証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係にあった者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の形事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び、医師、歯科医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者、またはこれらの職にあった者がその職務上知った事実であって黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになっております。しかして、証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは三月以上十年以下の懲役に処せられることとなっておるのであります。一応このことを御承知になっておいていただきたいと思います。 では、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めます。御起立を願います。 宣誓書の御朗読を願います。 〔証人吉村真一君朗読〕 良心に、従って真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
○田中委員長 それでは、宣誓書に署名捺印して下さい。 〔証人宣誓書に署名捺印〕
○田中委員長 これより証言を求めることになりますが、証言は証言を求められた範囲を越えないこと、また御発言の際にはその都度委員長の許可を得てなされるようお願いいたします。なお、こちらから質問をしておるときはおかけになっていてよろしゅうございますが、お答えの際は御起立を願います。証人に対しましては、委員から順次証言を求めることにいたします。
○小川(豊)委員 吉村証人にお尋ねすると同時に、きょうは参考人として森脇参考人が出るわけになっておった。今、委員長から、森脇参考人が出られないという届出があった、こういうことですが、そこで、念のために、その森脇参考人の届出の文書を、委員長において読み上げてもらいたいと思います。
○田中委員長 読みます。 不参届 東京都中央区日本橋室町 一丁目十六番地 森脇将光(印) 衆議院決算委員長 田中 彰治殿 本日二月十三日の呼出に接しましたが、森脇は目下関西へ出張旅行中で、二月十七日迄は帰京いたしません。そういう事情から、同日出席することは出来ません。 但し、二月十八日から二十日迄の間ならば、いつ御指示があっても出席することが出来ます。 以上 昭和三十四年二月十二日 それから、委員諸君に申し上げておきますが、もし森脇氏が家におったというようなことがあるといけませんから、私の秘書、勝山に今、森脇氏の家へ電話させたところ、関西旅行していることは間違いございません。 それでは、発言の通告がありますので、順次にこれを許します。山田長司君。
○山田(長)委員 昨年の十月二十七日に当委員会に証人として御出席を願ったわけでありましたが、途中にしてお帰りにならなければならない事態になりましたために、とうとう、私のあなたに伺うことが中断をしてしまったわけです。そこで、そのときにあとで伺う予定であったことと、さらにこの間の私の質問に対するあなたのお答え、こういうことをさらに明確にきょうは伺いたいと思っているわけです。どうぞ一つ正確にお答えを願いたいと思います。 まず最初に伺いたいことは、あなたが赤坂の料亭大乃、あるいはエスカイヤ、あるいは幾松、あるいは紅馬車、これらの料亭に行ったのは、天川氏と月二、三回程度であったというお答えが当時の十月二十七日の委員会でなされているわけなんです。月二、三回程度と言われておりますることは、私たちの調べている範囲では、それは何月ごろをさすのか、それからさらに月二、三回程度のことが今思い出されてもっと回数が多かった月もあったと言われるようでしたならば、そのことも一つお答えを願いたい。
○吉村証人 お答えいたします。何月ごろかとおっしゃられましたが、この前もたしか御質問のときは、おととしでございますか、おととしの夏ごろから去年のたしか九月か十月ごろまでというお話でございましたですが、いつごろと申しまして、はっきり記憶しておりませんが、大体……。
○山田(長)委員 三十二年の八月から昨年の四、五月までの間です。
○吉村証人 はっきり記憶はございませんが、大体冬ごろの寒い時期に月二、三回くらい、多い月と申しますと、たしか二月ごろではないかと思いますが、四、五回程度あったのではないかと思います。
○山田(長)委員 そのとき主として会合にあなたがお招きになられた人たちの名前も、前回当委員会でお答えになっておられますが、去年の十月以降かなりの歳月がたっているうちに、あるいはもっと思い出したこともあるのではないかと思うのですが、あなたと一緒に出られた人のお名前をここでお知らせ願いたいと思います。
○吉村証人 前回御証言申し上げましたほかに、ちょっと記憶には上りません。
○山田(長)委員 そのときに、天川勇という人とあなたは非常に宴会に出ている回数が多いと言われていましたが、当時その支払いはほとんど天川氏の支払いしたものであるということをここで証書されています。その後、その支払い等について天川氏以外の人が払ったのではなかったかという記憶を思い出したことはないですか。
○吉村証人 当時、みな天川氏がお払いになっておるものと思っておりました。
○山田(長)委員 今も天川氏が支払ったということは間違いなく考えておるわけですね。
○吉村証人 はい、その通りでございます。
○山田(長)委員 天川氏の支払いの金の出どころ等については、前回あなたは講演、そういう席の主として謝礼でないかと言われておったようでありますが、非常に御懇意でありまするので、大体相手のふところ工合も知るくらいの状態にまでいっていたんじやないかと私は思うのです。主として入られた金の糸道はどこだったか、全然知らないですか。
○吉村証人 天川氏がだれから金をおもらいになり、それで払ったかという、そこまでは当時せんさくする気もございませんでした。
○山田(長)委員 国防会議に天川氏は十数回出て講演をされております。このことは廣岡事務局長がかつて言われておることで、間違いないのですが、あなたは国防会議の参事官として、その一回の講演料というのは一体どのくらい払ったか、その当時の様子はわかりませんか。
○吉村証人 私は経理担当の参事官ではございませんでしたから、幾ら払ったのかは承知しておりません。
○山田(長)委員 講演の回数は十数回に間違いないと思いますが、あなたは講演に出られた晩等は大体会っているようですけれども、講演に出られた晩等においては、おそらく事務局長が、何かその前後の様子などを話されていると思いますけれども、国防会議に十数回出ている期間中に何らかの話があなたになかったでしょうか。
○吉村証人 別にそういう話はございませんでした。
○山田(長)委員 国防会議に十数回も講演をするに至った、いわば俗な言葉で言えば食い入ったと私は言いたいのですが、食い入った当時の様子、何らかの形であなたも知らぬことはないと思いますけれども、その前後の事情はどうです。
○吉村証人 私が国防会議に参りましたのは、国防会議が発足してから約一年ぐらいたったあとでございまして、天川氏はその前から国防会談でときどき御講演をしておられたようでございますから、どういう意味で最初出られたかは、私は承知しておりません。
○小川(豊)委員 関連して、一つお尋ねします。今、山田委員の質問に対して、あなたは謝礼はどのくらいだかよくわからない、こういう答弁でした。この前もこの委員会に出られたときに、私の質問に対して、「以前から、どういう関係でございましょうか、非常にウマが合いまして、非常に親しいつき合いで、今晩飲もうじゃないかというふうなことでたびたび会ったこともございますし、勘定ははれにまかせておけということで、謝礼の点から申しまして、まあ大丈夫であろうという感じは持っておったのでございます。」ということですから、あなたは今、謝礼がどのくらいだか知らないと言うが、あなたは謝礼の点から見て、このくらい飲んでも差しつかえないということを思っておったというんですから、謝礼の点がどのくらいかということは御存じのはずだ。お答え願います。
○吉村証人 今、謝礼の点を申されましたが、山田委員がお聞きになりましたのは、国防会議の事務局として天川氏を呼んだときの謝礼の意味のように聞いたのでございますが、先ほどの謝礼は、その限られた謝礼じゃなくて、天川氏がもらっておられるいろんなほかのところでやります講演の謝礼であった、そういう意味であったように私は記憶しておるのでございますが……。
○小川(豊)委員 ですから、天川さんとあなたは再々方々で飲んでおる、その勘定は天川氏に払わしておる。天川氏の収入はどのくらいあるかというと、大体謝礼だということだ。あなたはその点について、これくらい飲んでも、謝礼の点から見て大丈夫だろうと感じたと言うから、そこで、限られた謝礼でなくて、その他の謝礼もあなたはわかっているはずです。述べて下さい。
○吉村証人 当時、天川氏はいろいろのところで講演をされ、あるいは会社の顧問もされておるように聞いておりましたから、大丈夫だろうと当時判断したわけであります。
○山田(長)委員 国防会議では、大体一回の講演料を十万円くらい払っているんじゃないですか。
○吉村証人 そんなに払っていないと思います。全体の謝金でもおそらく——今どうか知りませんが、私がだいぶ前に国防会議事務局の予算を主計官として担当しておりましたときにも、一回十万円払える程度の謝礼をつけた覚えはございません。
○山田(長)委員 あなたは天川の秘書の宮田尚義さんを知っていますね。
○吉村証人 存じております。
○山田(長)委員 どういうときにお知り合いになりましたか。
○吉村証人 天川氏のところへ行っていろいろお話を聞いたりなんかし、あるいは天川氏に講演の依頼をする際に大体宮田秘書が出られたことが多かったと思いますが、そういう関係で知り合いになったわけであります。
○山田(長)委員 今ではどうですか。
○吉村証人 その後は会っておりません。
○山田(長)委員 西野功という男を、やはり御存じだと思いますが、どうですか。
○吉村証人 知りません。名前は聞いておりますが、本人がどういう人であるか、会ったこともないのであります。
○山田(長)委員 あなたは西野功という人を知らぬと言われるわけですが、名前程度のように言っておりますけれども、あなたが天川氏と御懇意になられている歳月のうちにはこの人は出てこなければならぬはずなんです。また、お会いもしていないような言い方ですが、していないはずはないと思いますけれども、その点どうですか。
○吉村証人 天川氏とは昭和二十八年くらいからのおつき合いですから、むろんその間天川氏のお宅に伺ったこともございますが、当時そういう西野という秘書がおったかどうかは、はっきり覚えておりませんし、おそらく会ったことはないじゃないかと思います。
○山田(長)委員 二十八年からですからね。この人は天川氏の事務所に三十一年の七月三十日までいるんです。あなたは二十八年から天川氏の事務所へ出入りをしているわけなんですから、その期間中に、名乗り上げなくても、この方と意見の交換等はされているはずなんです。さらに、今の宮田尚義氏は三十三年の八月までおったんですから、この方は知っておるというんですから何も申し上げませんけれども、西野功氏の場合に、あなたが御存じないということはないと思うんです。この点、全然御存じなかったですか。
○吉村証人 西野功という人を紹介していただいたこともございませんし、私の感じでは、おそらく会ったことはないと思っております。
○山田(長)委員 天川氏に大蔵省の主計局で出されておる秘密文書であるグラマンとロッキードの比較対照表というのは、あなたの方で研究されたものであると同時に、天川氏の意見も相当入っているものと私は見ています。そういう点で、この比較対照表が宮田氏の手元に渡ったといういきさつについては、あなたがお渡しになったものと私は思うのですが、大蔵省主計局発行の秘密文書はあなたの手から宮田氏に出ているのじゃないのですか。
○吉村証人 どういう書類か見せていただかなければわかりませんが、大蔵省で作ったそういう書類があるかどうか、私はちょっと記憶にないのでございます。
○山田(長)委員 文書の印刷物は、実はこの間の委員会の直後、ここへ参考人として呼ばれておった森脇将光氏が隣の部屋でわれわれに見せたわけです。たまたまその書類を森脇氏に見せられなくても、私の得ている情報によりますと、そのロッキードとグラマンの比較対照表なるものは大蔵省の主計局で作って、ナンバー7というものがそれについていて、天川勇に渡っていなければならぬということを耳にしておったのですが、それがたまたま森脇氏の手からわれわれに見せられたわけです。これは私の察するところによると、天川氏の秘書の宮田氏から出たものじゃないかと思うのです。あなたが宮田氏と御懇意であり、森脇氏と御懇意であるというような関係から、その出どころについて、大蔵省の極秘の判の押してある、しかも青写真の秘密書類が第三者の手に渡るという経緯がどうも理解できないのです。あなたが天川氏と親しいというところからそういう推測をされる状態に至っているわけなんですが、その点について、その文書がどういうものであるかといっても、これは比較対照表なんですから、いずれこの席に今度森脇氏は持ってくると言っているのですから、その経緯についてはあるいは森脇氏は言わないかもしれぬけれども、とにかく尋常一様の印刷物じゃないのです。大蔵省の主計局でロッキードとグラマンの比較対照表というものをお作りになったことはないのですか。
○吉村証人 そういう記憶はございませんが、それはいつごろの書類でありましょうか。質問にわたって、ちょっとどうかと思いますけれども。
○山田(長)委員 二十八年から九年にかけてのものだと思います。
○吉村証人 二十八年から九年にかけての書類でありますと、グラマンという飛行機はそもそもまだ全然なかったわけでございまして、そういうことはあり得ないのじやないかと思うので、私、全然記憶にございません。
○山田(長)委員 その秘密書類の名称は諸元比較表という名称です。ですから二十八年、九年でなくても、あるいはもっと後のものであるかもしれませんけれども、それは関係者の間で諸元比較表というものが作られていることは間違いないわけなんです。しかも、それには主計局の判が押してあるのですから、まさかにせものとは思われないのですが、その点どうですか。
○吉村証人 私は別にそういう記憶は全然ございませんが、当時私が主計官をやりましたのは二十八年から三十二年まででございますから、作成の日付がわかりましたらよく調べますが、ちょっと今のところ、そういう書類があったということも記憶してないのでございます。
○田中委員長 ちょっと証人、あなたに申し上げますが、あなたがそう言われると、やはり森脇氏に出てもらって、ここで立ち会いでその書類を全部出してやらなければいけないのだが、決算委員会はなるべくそういうことをしたくないというようなつもりであなたを呼んでいるのです。たとえば今まであなたがおっしゃった、飲んだ支払いについてもあなたは知っておいでになる。天川氏が一回も払ったことはない。料理屋から今度の支払いはどういう方法にいたしますかと言うと、それはどこにもらいに行け、それはどうしろと言って天川氏が指示して、払ったところはみな業者なんです。わかっておる。あなたもそれを知っておる。 それからさっき、会計のことでもそうです。初めは山田長司君の質問については、幾ら払ったか知らぬとあなたはおっしゃった。最後には、あなたが会計をしておったから十万円払ったと思わないとおっしゃった。こういう点も食い違っている。 それから収入の点についてもそうです。あなたが初め、そういう収入は国防会議の収入のみでなく他の収入も相当あるから、自分で飲んだのは収入よりもよけいでないと思う、天川氏がどこで講演してどこの会社から幾ら包んでもらったのまであなたは概略察せられる程度に知っておるのだから、そういう食い違ったことをあなたがおっしゃると、やはり森脇氏をここへ呼んでここで対決しなければならない。 その書類だってあなたはごらんになっている。あなたは大蔵省から見せられているはずです。委員長が預かって大蔵省へやったんだから、あなたはその書類に対してちゃんと上司から質問を受けているはずなんだ。委員会をそう愚弄したようなことを言われると、やはりどんなところまで広がってもそれをやらなくちゃならぬということになる。わかっていることなんだから、あんまり愚弄しないで、正直に言われた方がいいと思うのです。あなたの発言が虚偽なら告発しますよ。告発すればあなたの手に火がつく。今は公務員法でなければあなたを検事局は引っぱれない。偽証罪で告発すればそれであなたの手に火がつく。酒を飲んだことはあなたが知っているのでしょう。もう少し誠意をもって答弁しなさい。
○吉村証人 別にうそを言っておるとか、隠しておるということではございませんで、ありのまま申し上げているわけでございます。ただ私が、この前の委員会でも山田委員その他から御質問がありまして、天川氏と個人的なつき合いではありますが、相当ひんぱんに酒席で一緒に飲んだということがいろいろ問題になりまして、まあ個人的なつき合いのつもりでやっておりましたが、官吏として振り返ってみますとどうも慎重を欠いたという気が確かにいたしますので、その後は謹慎しておるわけでございます。別にうそを言っておるわけでもございませんで、その点御了解願いたいと思います。
○田中委員長 その飲んだのも月に四回、五回じゃない。一年に百回以上飲んでいるのじゃないですか。一日おきじゃないか。
○山田(長)委員 たまたま宴会の話になったのですが、あなたも謹慎していると言うけれども、今、委員長の質問のように、実に回数も多いわけです。さっきの最初の質問のときに私が伺っている範囲で、自分で回数の点においても少いような意味のことを言われているが、全然そうじやないのです。それから全然知らないと言っているが、この支払いは三菱電機と新三菱でやっているのですよ。そういうことがあなたの飲んでいる過程において、支払いのことは何でもかまわない、飲んで食って帰って、天川氏がいないときでも帳面をつけて帰っているのですから、その支払いが何であるかということをあなたが全然わからないにきまっておるということは、今ここであなたがお答えする対象にならぬわけなんだ。全然ただの一度も——こうやって百回に近い宴会の席で、その支払いが全部天川の支払いだったというふうに思っていたなんていうことは、それは詭弁にしか考えられないのです。その期間中に、新三菱なりあるいは三菱電機なりの人がその席に出ておって、その支払いについて引き受けていたことは、これはあったに相違ないと思うのですよ。全然そういう気配は今になっても感じませんか。どうです。
○吉村証人 当時、天川氏との個人的なつき合いの意味で飲んでおったものでございますから、別にそういう実質的な負担がどこであったかというところまでは、せんさくしなかったわけでございます。
○山田(長)委員 せんさくをしなかったと言うけれども、そういう点はやはり何といっても官吏としてあなたの注意は足りなかったということは認めなければならぬと思うんです。 それから、さっきの私が言った諸元比較表は、年数は三十一年四月十三日に出したものです。それでF86、F100、F104、それらの諸元比較表なんです。この名称を言ってもおわかりになりませんか。
○吉村証人 どうも記憶にないのでありますが、ただセンチュリー・シリーズの飛行機のどれを次期戦闘機として採用するかが問題になり始めましたのは、たしか三十一年の夏から秋以後だったように思いますから、その前にそういう文書があるということはどうもあり得ないんじゃないかという気もするのでございますが……。
○山田(長)委員 この秘密文書に対する意見は、天川氏とあなたとの意見の内容についてはかなり力を入れていると言われておるのですよ。天川氏は計画論とか物動計画についての話をされたと言っているが、そうじやなくて、やはり飛行機の問題についても相当いろいろ防衛計画について意見を言われておるに違いないのです。それと同時に機種の問題についても意見を言われていると思うのですよ。あなたの長い交際中、それらの問題が全然論議されなかったのですか、話に出なかったのですか。
○吉村証人 私が国防会議の事務局に参りましてから機種選定の問題が公式に取り上げられたわけでございますが、それ以前におきましても天川氏と会ったときに、次期戦闘機というものはどういうものがいいであろうかというふうなことについても、いろいろ御意見を聞いたこともございますし、その後、国防会議事務局に行きましてからも、ときどき天川氏の意見を聞き、相談したこともございます。
○小川(豊)委員 ちょっと関連してお尋ねします。あなたは大蔵省の主計官であって、同時は国防会議の参事官に出ておる非常に枢要な位置におられる人ですが、今まで聞いておると記憶がない記憶がないとたびたび言われるわけですが、あなたは少くとも大蔵省の主計官をされておるなら日記くらいはっけておられるだろうと思う。その日記には、自分はきょうだれに会ったとか、どうとかいうくらいのことは当然書いておられるだろうと思う。あなたは日記をつけておられるのですか、どうですか。
○吉村証人 日記はつけておりません。
○西村(力)委員 山中政務次官にお尋ねします。今、対照表の発行の日時まで明示して質問されておる。それに対して記憶がないとおっしゃるのだが、これまで発行の日時まで明示しての質問ですから、あなたの方ではあなたの立場からそれを調査して、われわれに秘密文書を見せろとは言わぬけれども、吉村証人に対してはっきり示すという工合にできませんか。
○山中政府委員 山田委員から今の文書の番号その他が指示されておるようでありますが、私どもの力でももちろん調査してもよろしゅうございますが、以前に防衛庁の担当しておりまして、その後国防会議事務局に出向いたしました吉村君が当事者として記憶がないと言っております。そのことについては現在のところ、その事実について本人の意見というものを私は信用する以外にないと思います。
○山田(長)委員 これは政務次官、しろうとにできる筋のものじゃないですよ。それで青写真で何枚ものものであって、そう簡単に記憶がないとか、それから見たことはないということじゃなくて、それを担当する以上は従来から今日までの経緯をずっと調べなければ担当できないような重要な品物ですよ。そういう諸元比較表であるだけに、おそらく担当されている吉村証人は知らぬはずはないと思うのです。同時に、これは政務次官が主計局に帰って諸知比較表を出せと言ったような場合に、その諸知比較表というものがないということはあり得ないですよ。ちゃんととってあるはずです。ですから、その点は一つ政務次官、帰られて主計局の中でお調べになっていただきたいと思うのです。同時にナンバーがつけられてあって、7というものが外部に出ているわけなのですから、その第7というのはだれが主計局で持っておったものか。これもおそらくそのくらいな重要な書類ですから、そのナンバーのしるしのつけてある書類はだれに渡してあるかくらいのことは明らかにしてなければならぬはずだと思うのです。どうぞその点をお調べ願います。
○山中政府委員 番号などでわかる書類であれば帰って調べますが、あなたの方で書類があったら見せていただきたいと思います。
○淡谷委員 関連して、ちょっと山中次官にお伺いしたいのです。防衛関係の書類というのは大へん機密を重んじますので、大体普通の書類と違って機密関係の書類というのは大蔵省でも特別の取扱いになっておると思うのです。機密文書の取扱い方法等は一体どうなっておりますか。
○山中政府委員 防衛庁関係の書類の機密文書取扱いについてだけは、私は今どういう手続をしておるか知りませんが、大体一般の大蔵省の極秘ないし秘密書類のスタンプの押してありますのは、大体その時期において今外部に漏れたら困るものを極秘あるいは秘密書類等にしてありますが、早いものは一日で、あるいは予算等はその時期が過ぎますと、それは全然秘密文書でなくなるというのが大体の文書の取扱いであります。今御指摘の点については、今、日本には特別の機密保護法もいまだ制定以前でありますし、取扱い上何か措置がなされておるかどうか、そこらの点については私はしろうとでありますから、よく知りません。
○淡谷委員 次官の大へん大ざっぱな性格ではできないかもしれませんが、これは予算が決定してすぐ不必要になるというような性格の文書じゃないのです。機種の選定もまだ何らまとまっていない。特に御承知の通り防衛庁の予算とか継続予算が多いのですから、私も見ました文書は将来にわたってとても簡単に機密の解けるような文書でないとわれわれは考える。ですから、今、山田委員が言われましたナンバー7の番号を打ったこの諸元比較表というものは、予算などと同一視しないで、これは厳重な防衛関係の機密書類として扱われたと思うのですが、御存じなければしょうがありません。そういう機密の文書が非常に取扱い方がルーズで外部に流れたとなれば、これはあなた、直接には責任はないかもしれませんが、大蔵省として大蔵大臣まで責任の及ぶものであるということを十分腹に置かれて、今の山田委員の要求には答えてもらいたいと思うのです。
○山中政府委員 非常に社会党の方から機密保護法制定の促進を意味するようなお話がございましたので、私も申し上げますが、目下の日本の法律ではそういうふうに、たとえば国会の委員会でこの書類を出せと言われた場合には、これは機密保護法に触れますので出せないというものはないわけでございまして、そこらの取扱いをさっき申し述べましたように特定の、今配慮すべき手続はとられておるかどうか、そこらの点については私も具体的に調べておりませんので、もし調べてこういう手続をしておるというものがございましたらお知らせいたします。
○山本(猛)委員 関連して。山中政務次官は大蔵政務次官だから、防衛庁設置法のことは御存じないかもしれませんから、吉村証人にお尋ねをしておきます。古村証人は大蔵省の出先ではあるけれども国防会議に関係せられておったのでありますから、防衛庁設置法くらいは御承知であろうと思う。そこで防衛庁設置法の第十一条第一項についてはどういう解釈をお持ちになるか。機密に関する事項を規定してあります。
○吉村証人 十一条一項というのは今覚えておりませんので、ちょっとお答えいたしかねます。
○山本(猛)委員 防衛庁設置法の第十一条第一項には、私の記憶が間違っていなければ、機密に関する事項を規定してあります。吉村証人、あなたは国防会議に働かれた役人であって、防衛庁設置法くらいわからぬでよくお勤めになりましたね。読んで差し上げましょう。防衛庁設置法の第十一条、ただいま私が申し上げました記憶は間違っておりません。第十一条に、「長官官房においては、防衛庁の所掌事務に関し、左の事務をつかさどる。」すなわちただいま申し上げました第十一条第一項に「機密に関すること。」と規定があります。あなたは大蔵省の出先の役人であるからといっても、国防会議に関係したお仕事をしておられたのでありますから、当然防衛庁設置法というものは十分志得ておやりになったものと思う。もし志得ておらざりしとせば、ただいま山田委員や淡谷委員の質問に対してあなたはいいかげんな志がまえを持っていた、こういうことになるのでありますが、この解釈を伺っておきたい。
○吉村証人 その規定はおそらく各種の行政官庁の設置法にございます、いわゆる秘書課の所掌事務のようなものであろうと思うのでございます。
○山本(猛)委員 これはまた、いいかげんもほどがある。あなたは国防会議に大蔵省から出向いておられる。それでは志がまえを伺っておきましょう。
○吉村証人 国防会議の事務局は防衛庁とは別の行政官庁でございまして、むろん職掌柄、防衛庁設置法をよく研究すべきではございますが、その今の機密に関する事項というのがどういうものであるのか、そういう法理的な解釈につきましては専門家でもございませんので、ここで意見を申し述べるだけのなにを持っておりません。
○山本(猛)委員 まことに奇妙なことを伺うものであります。しかし国防会議は国防会議法によってでき上ってはおりましても、事、国防に関する事項を取り扱っておりますかには、自衛隊法やあるいは助衛庁設置法くらいはお心得になっておられなければならないと思う。専門外だから知らぬということでは、国防会議に何のためにお働きになっておるか。 それでは政務次官に、あなたの政府委員としての御解釈を伺っておきますが、この防衛庁設置法の第十一条第一項に「機密に関すること。」と規定してございますが、こういう「機密に関すること。」と規定されました設置法に対しましては、どういうお考えでございますか。
○山中政府委員 私は大蔵省の政務次官でございますので、防衛庁設置法に定められました機密の解釈については存じ上げません。
○山本(猛)委員 いや、けっこうです。
○山田(長)委員 話を一応戻しますが、宮田氏とあなたと知り合いになった前後の事情、どうもさっき明確でなかったのですが、これをもう一ぺんおっしゃっていただきたいと思います。
○吉村証人 宮田氏が天川氏の秘書をやっておられたわけでございますから、その関係で知り合ったわけでございます。
○山田(長)委員 その当時の宮田氏はどこにおられましたか。
○吉村証人 住所はどこか存じませんが、天川氏の平河町の事務所に昼間はおられたようでございます。
○山田(長)委員 渋谷のアジトは知りませんか。
○吉村証人 存じません。
○山田(長)委員 ここへ電話をかけたことはありませんか。北区中里町二百番地、フジ薬局の二階の、電話番号は82の二七二二番。
○吉村証人 ございません。
○山田(長)委員 私の方じゃ、あなたと宮田氏の連絡内容、電話をかけた様子も大体見当ついておるのですよ。今ここであなたは、電話の録音がないからといって、全部知らぬ、知らぬと言っていたのでは、これは証人としてどうもあなたにここへ出てもらった意味がなくなつちゃう。一体、宮田氏との連絡は、この間においてなされていなければならないはずなんです。大体、今度の事件の秘密文書というものは、この間、森脇氏が持ってきただけでも、ちょっとの分量のものじゃないのです。こういうものが一民間人の手に渡るに至った経緯というものは、尋常一様のことじゃないのです。それで今度の騒ぎが起るやいなや、宮田氏が天川氏とまだ第三者の手に渡らないものを配分、保管しておるということを言っておる人がいるわけです。配分、保管について、いろいろ行った先々が問題になりますので調べておるわけですが、秘密文書等は、あなたの知っておる範囲で、宮田氏が全然持っていないと思いますか、持っていたと思いますか、この点どうです。
○吉村証人 おそらく持っていないのじゃないかと思うのでございますが……。
○山田(長)委員 それでは、天川氏が持っていたと思いますか。その点はどうですか。
○吉村証人 事務局に関します限りでは、別にそういうことはないと思います。
○山田(長)委員 大体秘書の宮田氏とあなたの二人だけで会った回数というものは、何回くらいです。
○吉村証人 何回か覚えておりませんが、天川氏のお宅へ行って、天川氏がいないときに、秘書に用をことずけて帰るとか、あるいは天川氏のところがら秘書が私のところに、役所に来て連絡して行ったということはございますが、何回くらいかはちょっと記憶にございません。
○山田(長)委員 回数が非常に多いから、数字的に言えといっても無理だと思うのです。 そこで、国会でこのことが問題になるやいなや、天川氏の事務所では、うしろにいろいろなものを出して、家宅捜索でも受けやせぬかということでやったか知らぬが、かなりの書類を燃しておるということを、雑誌社及び新聞社の人たちがはからずも行って見ておるのです。その中に、つまり文書があったかどうかはわかりませんけれども、とにかく最近の宮田氏の様子をいろいろ調べてみますと、文書は配分してあるのでおそらく手元にはないだろう、いつ国会等に呼ばれた場合があっても、知らぬ存ぜぬで通せばいいんだということをある人に言っておるわけです。ですから、書類がかなり天川氏のもと、あるいは宮田尚義のもとにあるものとわれわれは推定しているわけです。そういう点は、必ずしもあなたのところから出たとか出ないとかいうのではないけれども、とにかく天川氏のもとにはかなり、いろいろ秘密文書があったものとわれわれは推定しているのですが、あなたの天川氏とのつき合いの範囲において、そういうものは全然なかったように記憶しておりますか、あったように記憶しておりますか。
○吉村証人 別にそういう書類があったというふうには、つき合いの間では気がつかなかったわけであります。
○山田(長)委員 堀田参次官とあなたは、何回くらい宴会に出入りしておりますか。
○吉村証人 これも回数その他については、はっきりした記憶がございませんが、国防会議事務局の同僚といたしまして、局の懇親会とかあるいは送別会とか、そういった機会に一結に会食したことはございます。
○山田(長)委員 この前、あなたは由比氏と会食したことはないということを最初言っていましたが、最後の方にいってから、由比氏と会食をしたということをこの委員会で言いました。この由比氏と会食したときの話の内容等、古くなっていますけれども、どういう意図で、どういう会合の持ち方をされたのですか。
○吉村証人 いつごろであったか、ちょっと記憶にございませんし……。
○山田(長)委員 お答え中ですが、言います。この前のお答えは、あなたは昭和三十年と言っています。
○吉村証人 この前は三十年と申し上げたかもしれませんが、今でもおそらく三十年くらいだろうと思うのであります。あるいは三十年か三十一年か、そこらあたりはごかんべん願いたいと思いますが、たしか由比氏と会食したことはあるような気がいたします。そのときに何を話したかは、どうもあんまりはっきり印象に残っていませんが、当時、由比氏が飛行機の技術屋でございますから、飛行機の一般的な概念について伺ったような気がしますし、どうもそこらあたり、はっきりいたしません。
○田中委員長 吉村証人、あなたに御注意申し上げておきますが、今のあなたの御答弁だと、やはり森脇氏と対決しなければならぬようなことになるんだが、結論においてあなたの方の考えと委員の側の考えと違うんです。たとえば秘密書類をあなたの方で渡した——山中政務次官はなかなか頭がいいから、うまい工合に逃げておられるけれどもね。その秘密書類というのは渡した期日がわかっているんだから、そのとき秘密書類だったら、その後も秘密書類でないとは言えない。そういうことをあなたはよく考えて答弁しておかないと、片方は頭がいいから逃げるだろうが、あなたはそういう工合にいかなくなってくる。よく注意して答えられた方がいいと思いますよ。
○山田(長)委員 三十年ごろではなくて、もっと新しいところで、三十二年の十二月ごろもあるはずです。一ぺんだけの会食であつたなどということで、あなたがここで答弁を糊塗しようとしましても、われわれの調べた範囲ではそうではないのです。ですから同じような意図で話が次々とされたのか、あとのときは前と違った話をしたのか、そういうことが知りたいわけです。全然一度だけだということはないのです。どうです、その点は。
○吉村証人 私の記憶では、たしか三十年か三十一年ごろだったか、一度だったかあるいは二度だったか、ちょっと記憶にございませんが、大体一回くらいじゃなかったかという記憶であります。
○山田(長)委員 それは赤坂の大乃ですね。
○吉村証人 大乃で由比さんに会ったことはございません。
○山田(長)委員 じゃ、どこで……。
○吉村証人 だいぶ前のことでございますから、場所についてはちょっと記憶がないのでございますが……。
○山田(長)委員 大乃で会ってなければならぬのですよ。これはおそらく、そういう点では森脇氏とも対決しなければならぬことになると思います。絶対に会っておらなければならぬはずです。その点あなたはどう思いますか。場所はどこだったのか。やはり会ったことだけは、会食したことだけは、はっきりしておるのですから、あなたもそのことだけは認めておるのですから、その場所だけは一つ思い出して下さい。
○吉村証人 由比氏と会食したことはただいま申し上げた通りでありますが、大乃で会食したということはございません。
○山田(長)委員 じゃ、三田ですか。
○吉村証人 三田でもお会いしたことはないと思います。
○田中委員長 証人、どうもあなたの言うことは、僕も聞いておっておかしいのだ。この前は、あなたは由比氏と絶対会わないと証言でがんばってきた。会ったことを認めたら、大乃と、ほかのどこで会ったのだ、そうなってきておると、今度だんだんと君が知らないということになれば、森脇が来てうそを言っても認めなければならぬ。君が言って初めて森脇の証言が正しいか、君の証言が正しいかということになる。君が会ったことはない、森脇は会ったということになると、それを認めなければならぬ。よく考えて答弁した方がいいな。
○小川(豊)委員 大乃でもない、三田でもない、はっきりそうでないということを言っておるのだから、それではどこかで会ったということは認めていて、会わない場所はわかっておって、会ったところがわからない。会ったところはどこで会ったのか。
○吉村証人 先ほどから申し上げておりますように、場所についてはどこで会ったか、具体的な記憶がないのです。
○小川(豊)委員 あなたは会わないところをよく知っておるのでしょう。会わないところを知っているのなら、会ったところくらいわからないはずはありません。そんなばかなおかしなことを言っては困る。一体どこで会ったのですか。その会ったことを認めるのだから、この会ったところがわからないということはない。会わないところなら記憶があるかもしれないけれども、会ったところの記憶がないという、そんなばかな話がありますか。会ったところの記憶がないというのはどういうことですか。
○神近委員 ここに出ておるのは三十二年の十一月二十七日と、それから十二月七日と、十日、これははっきり出ているのです。その前の一回だけは十一月の紅馬車で会っておる。それはちゃんと会っておる。それを思い出せないのですか。あと三回は大乃。一回は紅馬車……。
○吉村証人 そういう記憶は全然ございませんし、会ったことはないと言えると思います。
○山田(長)委員 どこかで会っておるということだけは、はっきりしておるのですから、その会っておる場所があなたに記憶がないというのですけれども、記憶にないほど数が多いのだ。大体了解できないことはないが、しかし一ぺんしか会ってないということの記憶があるわけなんです。一ぺんだけの記憶もあるわけですから、どこの場所で会ったという記憶が全然ないはずはない。まさか路傍で会ったわけではないでしょう、会食なんですから。
○吉村証人 先ほどから申し上げておりますように、神近委員が申されました場所では会ったことはないのです。それ以外どこで会いましたか、ちょっと記憶に残らないのでありまして……。
○田中委員長 証人にお尋ねしますが、一体一回会ったのですか、二回会ったのですか、三回会ったのですか。
○吉村証人 たしか一回、あるいは二回くらいかもしれませんが、その程度のように記憶しております。
○山田(長)委員 エスカイヤヘはおいでになりませんか。
○吉村証人 天川氏と一緒に行ったことはございますが、由比氏と一緒に行ったということはございません。
○山田(長)委員 それじゃ玉久良というところはどうですか。
○吉村証人 玉久良という場所も存じておりません。
○神近委員 問題が少しずれるのですけれども、私はこれは次官にも聞いていただきたいのですけれども、一体公務員というものは宴会をするのが半分任務なのか。この度数が出ているところを見れば、ほとんど宴会で、この前の証言でも、そのあとではマージャン、芸者あるいはおかみを交えてのマージャン。そうすると、公務員というものは国家の俸給を受けていて、そしておそらく夜中までマージャンしていて、翌日どういう精力回復をして、(笑声)役所に出ても頭がぼうっとして、役所では何もしていない。宴会のときだけいやに張り切って楽しむ。(笑声)私どもは、公務員の綱紀粛正ということは、今の日本の政府機構の中で大きな問題だと感じているのです。一体、最上の頭脳はいつ使っているのか。私はそれを一応吉村さんに伺いたいと思うのです。一体そういうことをしていて、任務を果せるかどうか。
○吉村証人 先ほど申し上げましたように、官吏といたしまして多少慎重を欠き、疑惑の月をもって見られましたことは不徳のいたすところでございまして、謹慎して、進退につきましては上司におまかせしてあるわけでございます。ただ神近委員がおっしゃられましたように、しょっちゅう飲んでおって、いつ精力を回復するかという点につきましては、別に常時飲んでおったわけではございません。月に二、三回、多い月で四、五回と申し上げましたが、その程度の席でございましたものですから、仕事については一生懸命やったつもりでございます。ただ飲んだ機会が、確かに今になって考えてみますと、個人的なつき合いとはいえ多かった、その点謹慎しておる次第であります。
○神近委員 ここに三十二年の八月から三十三年の十月までの度数が出ておりますが、あなた方は多少とおっしゃるけれど、私どもは非常に驚くべき度数だと思うのです。九十二回の宴会の表が出ております。その中であなたは二十四回これに出席しているのです。これは多少というようなことではないと私は考えます。それで今、由比さんという人の問題が出ておりますけれども、この人が出た度数はあなたの次に激しいもので、十五回出ております。それで公務員のあり方について今、多少反省している、多少度が過ぎた、あるいは個人的つき合いだとおっしゃるのですけれども、個人であると同時にあなたは公務員でしょう。公務員を抜きにしてこういう招待をしてくれる人がある、あなたはあなた自身の評価において、こういうように招待を受ける理由があると考えていらっしゃいますか。公務員であるからこれだけの招待を受ける、自分のふところからは一文も出さないでぜいたくな宴会ができる、そういうふうに考えていらっしゃいますか、どっちですか。
○吉村証人 個人的なつき合いのつもりで飲んでおったわけでございますが、それが結果的に見ますと、確かに神近委員の言われるように、公務員としての道にはずれておったということも言われるわけでございまして、その点は不徳のいたすところでございます。
○神近委員 それはあなたの認識の中には、公務員としてこういうような待遇を受けるということがあった、これは今おっしゃった通りで、それが真実とすれば、何のためにこういうような——どこから出た金ということをあなたは認識しなかったとおっしゃる。結果としてみれば、新三菱だとかあるいは三菱電機だとかいうところが支払っていた。そういうのに、単純に女をからかったり、あるいはふざけっこしたり、そういうことでその宴会の席上の談話が済んでいると私どもには想像ができないのです。その点、一番私どもが大きな疑いを持つのは、あなたをとりこにして、そうして事業があなたにいろいろのことを吹き込み、またあなたから必要な文書あるいは秘密事項、こういうものを聞き出したろうということが、今日の疑惑の一番大きな問題なんです。ですから、もうあなたの進退は上司にまかせているとおっしゃるけれども、そうすれば、正直にこういうことであったということが、ここでは言えないのですか。言うことが、あなたの反省の実を私どもにお示しになることだと思うんです。
○吉村証人 天川氏と飲みました席にっきましては、先ほど来から申し上げておりますように、個人的なつき合いのつもりで飲んでおったわけでございまして、それがたまたま結果的に見まして、費用の実質の負担者が天川氏でなかったということでございますが、そういうふうなことになぜ早く気がつかなかったかという点につきましては、深く恥じるところでございます。当時といたしましては、非常に気楽につき合っておるものでございますから、ついに一緒に飲もうじゃないかというようなときに、一緒に行って飲んだというふうなことでございます。
○神近委員 あなたは一番初め天川氏に会ったときに、非常にウマが合ったという言葉をお使いになった。そのウマが合ったということは、これは動物的な表現で、(笑声)犬や何かが鼻つき合せて互いににおいをかぐ、それでこれはウマが合うというようなことが言われるのですけれども、私どもはあなたの出身と天川氏の出身の経歴を考えてウマが合ったということは、単純なウマが合った、動物的感覚でのウマが合ったことではない。何か結びつきが——あるいは最初はそれは飛行機に関する、あるいは軍備に関する、あるいは経済上のことに関するものであったかもしれないけれども、それはもっと深く利害が一致するとか、あるいはあなたが非常にお酒が好きとか、あるいは宴会好きだということ、どっちなんですか。それはあなたが非常に宴会好きであるのか、あるいはばく然とした形であっても利害の結びつきはなかったか、それはどうなんです。動物的なものだったとあなたはおっしゃるのですか。
○吉村証人 ウマが合うと申し申げましたのですが、何となしに気が合うという点、それから軍事情勢とか、あるいは飛行機を初めとしましていろいろな兵器のことにつきまして天川氏が非常に知識を持っておられるという点で、職掌柄いろいろ意見を聞いたり、相談もしたという点から、ますます親しくなってきたと思っております。
○西村(力)委員 普通一般から言えば、全然会ったことがない、しかしあるいは会ったかもしれない、こういう場合には、場所もわからない場合もあるんですよ。しかしあなたは一回会った、これだけは、はっきりと確言している。そうしてそのあと、あるいは二回かもしれぬ、こう言っているのですから、会った場所もわからないままで通そうなんて、これは常識が許さないんじゃないかと思うのです。そうして先ほど小川委員からも指摘されましたけれども、あそこでは会ったことがない、こういう工合に会ったことがないところだけは、はっきりして、会ったところはわからない。 それじゃお聞きしますが、その一回会った、あるいは二回かもしれないが、会った場所は、あなた方のよく行かれた料亭とかキャバレーとかそういう場所ですか、役所というようなところなんですか。あるいは知人の宅、こういうようなところでありますか。その区別くらいははっきりするでしょう。
○吉村証人 その点が、料亭であったか役所であったか、ちょっとはっきりしないのでございます。
○山田(長)委員 場所はどうしてもあなたは記憶に出てこないと言うのですか。
○吉村証人 記憶に出て参りません。
○山田(長)委員 どの方向で会ったか、銀座の方向か、赤坂の方向か、あるいは上野の方向で会ったか。とにかく会食するまでの過程においてはあなたは何べんも会っているのですから、会食するまでの過程において何べんも会っているということはここで言い切れるでしょう。
○吉村証人 会食以外に役所に来られまして、当時F86Fの国産というような問題があったわけでございまして、ときどき相談に来ておられたことはございます。会食の場所につきましては、先ほどから申し上げまして、どうも記憶に上らないのは申しわけないのでございますが、どうもはっきりしないのです。
○田中委員長 会食したという会い方は一回か二回か。役所へ来て会ったことは何回もあるのですね。
○吉村証人 何回かあります。
○田中委員長 それから今も社会党の人が言うのだが、あなたも役人として相当の年配で、十や九つの子供じゃないのだから、業者と会ったり、それから天川氏なんというどこの人かわからない人に会って、飲んだり食ったりを一年の間に何回もして、それで何でもないと思っていたらおかしいな。
○山本(猛)委員 吉村証人にお尋ねしますけれども、あなたは前回は、三菱の航空機部長の由比という人をよく知って、同時にまた今もお会いになっているとお認めになっている天川君は、あなたも御承知の通り三菱の人なんですよ。昔は海軍大学に関係があったかなんかわかりませんが、この人は、今もあなた御承知の通り、二重スパイの疑いがあるほど、事ほどさようにソ連の情報通であり、アメリカの情報通である。そういうことで防衛庁も、これは便利な男だとみずから認めている。その天川君は三菱の人、由比君は三菱の航空機部長、そしてあなたでしょう。そのあなたは前回においては、F86Fの問題で関連性を持ったことで、役所でもお会いになれば、また出先でもこうして酒食をともにしてお話しになっておられる。そうしてあなたはこれらの人たちを、航空機に関連して非常に造詣が深い、知識が深いから興味を持ったとかウマが合ったとかいうようなことを言っておられる。事ほどさように仕事の上では、われわれが想像しても一〇〇%と思うが、割引して考えたところで七五%以上は仕事のことに関連して、それに興味を持ってお会いになっていたことは事実なんです。そこで、F86Fがこれからこの委員会の大問題化するでありましょうけれども、委員会の中の常識では、そうしてまた国民全体の常識といたしましては、こういうつまらぬものは製作をとめなさいという方向に進んでいくものと私は思うが、あなたが最初天川、あるいは由比という人に会ったころの仕事は、確かにF86Fの問題であったに違いない。それから引き続いて次期戦闘機の問題に入ったでありましょうから、あなたが一つ一つ記憶がないとか忘れたなんていうことは——あなたほど優秀な成績をもって学校を卒業され、しかも優秀な官吏として役所に勤められた人が、記憶がないとか、忘れてしまったとか、そういうことはあり得ないはずだ。でありますから、各委員のお尋ねに対しましては、あなたは証言をするに当って宣誓をせられておる。もう少し私どもの納得のいくような御証言が願いたい。
○吉村証人 先ほどの御質問で天川氏が三菱の人であるとおっしゃられましたが、実は前回そういう委員の方のお話がございまして、天川氏にも確かめたのでありますが、そういう身分的関係はないということであったように聞きました。 それから証言の点でございますが、何事も隠さずに言っているつもりでございまして、ただ由比氏とどこで会食したかちょっと記憶に上らないために、こういう証書をするわけでございます。別に隠しておるわけではございませんから、御了承願いたいと思います。
○山本(猛)委員 天川君は新三菱重工業の正社員ではないかもしれない。しかし明らかに顧問であり、嘱託であることは事実であります。
○吉村証人 そういう関係にはないと伺ったんです。
○山本(猛)委員 あなたは、事ほどさように人のことがよくおわかりになっているのに、山田長司君やその他の委員のお尋ねになりましたことに対して、なぜあなたは記憶がないとかなんとか言って明快にお答えになれないのでありますか。天川という人は、今は抹殺したかもしれぬけれども、その当時は明らかに三菱の相談相手であり、顧問であり、嘱託である。これは明確な事実である。それをそうじゃないのだという裏づけをなさるには、どういうような御調査をなさったのであるか。
○吉村証人 天川氏の口から聞いたわけであります。
○山本(猛)委員 天川氏の口から聞いただけで、あなたはそれをお信じになりますか。
○吉村証人 それで、そうであろうかと思ったわけであります。
○山本(猛)委員 それではあなたにお教え申し上げておきます。天川という人は新三菱重工業の相談相手であり、顧問であり、嘱託であります。
○山田(長)委員 今、天川の名前が出ましたからもう一ぺん伺いますが、天川と、決算委員会で問題になって以後、いつ、このことについてお会いになりましたか。
○吉村証人 この前の十月二十七日でございましたか、そのあとしばらくして会いました。
○山田(長)委員 天川氏のいろいろな原稿の代筆はだれがやっておったか。あなたは非常に親しいのですからおわかりと思いますが、だれが原稿の代筆をやっていましたか。
○吉村証人 だれが代筆しておったか、承知しておりません。
○山田(長)委員 代筆をしておったのは、あなたは親しい間柄で知らないわけはないじゃありませんか。西野功がしていたんじゃありませんか。西野功の代筆が全部天川が書いた原稿になっているのだ。あなたは長いつき合いにおいて、西野功氏の原稿を見ていないはずもないし、それから原稿等についてもあなたの意見が差し入れられていないはずがない。そういう点を全然あなたは知らぬことのようですが、それじゃこの西野功などの月給はどのくらい払われておったか、それから宮田に対しても月給はどのくらい払われておったか、あなたは知らないですね。知っておったら給料の額を言って下さい。
○吉村証人 その両人の給料の額については知りません。
○山田(長)委員 あなたはずいぶん親しい間柄でありながら知らないはずがない。やはり言えないのですか。西野功の月給は月二万円、天川が一万円、北辰電機がトランジスターの研究費という名目で嘱託料を一万内払っておる。こういう二万円の全額が毎月払われているわけです。宮田についても同様金額が払われておるものと思うわけですが、一体天川理論の陰で活躍されていた人たちについても、全然あなたは知らぬように言われているけれども、天川を国防会議に推薦したのはあなたじゃないですか。どうです、だめですよ、しらばっくれたんじゃ。
○吉村証人 国防会議に推薦したというわけじゃございませんが、こういう人がおるから、いろいろな話を聞くには、広い視野で話してくれるからいいんじゃなかろうかということを申したことはございます。
○山田(長)委員 これが問題なんですよ。日本の防空上の権威者が天川勇であるということで、国防会議にこの人を推薦しておる。推薦されて、この人に毎月手当が出ておる、これはまあいいだろう。しかしこの第三者である天川勇の理論を、日本の国防会議が十数回にわたって聞いておる。おまけに国防会議は、正式の会合を三回しか持っていない。しかも国防会議の懇談会という名目で十数回にわたって会合を持っておる。その推薦をあなたはやっておる。その政治的な理論は、みんな西野功という人がやっており、さらにその使い走りを宮田氏がやっておるということで、これにあなたの意見も差し入れられておるわけなんだ。それが日本の国防会議の重大な参考資料になり、さらに国防会議でこれが意見を取り入れられた形で、岸総理までがこの人のことを先生と称しておるじゃないか。こういう状態で国防会議がなされて、その機密が外に出るとこが問題なんだ。こういう点で、あなたは推薦の衝に当っていながら、しかも森脇氏が、近日中に国防会議で話されたものと思われる内容のものを持ってくるから、おそらくそれは明らかになるだろうと思うのだけれども、とにかく天川氏が日本の国防会議場において話をしたことを外に漏らさないということをだれが断言できます。あなたは自分でその労をとった立場でないように思うかもしれないけれども、天川を国防会議懇談会に推薦して、そして日本の国防上におけるいろいろなことを聞いたり話したりしているわけだ。これが今度決算委員会で問題になってきて、それら書物が一つも世に出ていないようなんだ。みんなこれは隠されてしまっているようなんだ。国防会議で話された原稿なんですから、差しつかえないはずなんだ。それがさらに日本の電機業者や財界人の間で話された内容だから差しつかえないはずだけれども、それが隠されてしまって、ちっともないといわれている。ないといわれていることまで、こっちではわかっているんだ。しかるにその経費等がどこから出、それからどういう経緯であなたが紹介されたのか。それから西野功氏をあなたは知らぬと言っているけれども、知らないはずがないのですよ。知らない、知らないとあなたにここで言われてしまうと、いろいろ伺いたいこともあるのですけれども、なかなか話が進まぬわけなんです。国防会議へどういう形式であなたは天川氏を推奨しましたか。
○吉村証人 国防会議と申されますが、実は国防会議、それから国防会議事務局と別にございまして、国防会議はむろん総理は議長とする閣僚を中心とする諮問機関でございまして、事務局はそれの事務を整理する部局でございます。私が天川氏の話を一度聞いたらどうかというふうな格好で申しましたのは、事務局に対してでございます。従って事務局に対して、天川氏は何回か講演をされておるわけでございますが、国防会議に対してどうこうということは、これはないわけでございます。
○山田(長)委員 懇談会に出ているじゃないですか。
○吉村証人 国防会議、それから正規の国防会議ではございませんが国防会議の懇談会というのがございます。これもやはり国防会議に準ずるものでございまして、むろん天川氏のような民間人が入れるものではございません。
○山田(長)委員 それは法規で総理が議長ですが、議長、大蔵大臣あるいは経審長官、防衛庁長官、こういう人たち五人しか入ることができないという規定になっておるが、懇談会と国防会議というものを区別をつけて、どこのところで国防会議を懇談会に変更させたのか、あるいは最初から懇談会だったのか、さっぱり明確でないのですよ。記録も何も国防会議にはないのです。国防会議に記録がないということを廣岡事務局長はこの決算委員会に出てきて言っているのですから、懇談会に出て話されておるということは、即国防会議のようなものなんです。そこで話をされた内容も明らかになっていない。天川勇がそこで話されておることが、日本の国防会議にどういうように大きく影響しているかわからないほど重要な役割を果しているわけなんだ。それがさつばり世に出ていないから問題なんです。しかし本人の言っていることが、印刷物か何かで外に漏れているかもしれないのですよ。それだからこそ、この間もあなたが出てこなかったので委員会は流れたんだが、隣の部屋で森脇氏がその講演の内容というものをわれわれに見せているわけなんだ。だから、こういうように第三者が見せられるくらいなんだから、それはだれが外国へ出ていないということを言い切れるかというんだ。 ですから、その席にあなたは出ているわけなんですから、懇談会の席上でどんなことを話しているか。一、二をここで紹介しなさい。
○吉村証人 懇談会につきましては、私も出たこともございますし、出ないこともございまして、だいぶ前のことでございますから、どういう議論がなされたかについて、具体的な経過については覚えておりません。
○田中委員長 吉村証人、私は委員長としてあなたに最後に話しておきますが、今のあなたの証言だと、やはり森脇氏を呼んで聞き、食い違うと偽証罪で告発する——これは私は、あなたが前途ある方だから、そんなことはやりたくないんですよ。委員会がそうすると、委員長はそれに乗らなければならない。そうすると、検事局は待ってましたとばかり手をつける。天川の持っておる金というのは正当な金ではない。三洋電機とかその他の業者から持ってきた金であなたを飲ませているんですよ。ですから、りっぱな汚職になりますよ。そうして手をつけて、あなた方はみんなひっくくられて、そうしてぶち込まれて調べられる。そういうことをやりたくないから、あなただってあやまってやったのだろうと思います。天川を友だちだと思ってやって、こういうことになったのだから、あなたも今の位置にはおれないだろうけれども、やめるところまでいかないでも済むだろうから、僕らも山中政務次官を知っているから頼んでいるのだから、あまりあなたがここでやられると、われわれの好意が通らなくなる。検事局が待っている。今では公務員法でしかやれないから困っているが、しかしここから偽証の告発が出ると調べられるから、これは重大な問題ですよ。あなたはよく考えて答弁をされないと、やはり決算委員会というのは、ばかばかりおらないのですから、あなたが言いのがれをされ、うそを言われても、さようでありますかといって引っ込みはしないですよ。これはよく考えてやらないと、大がいこの空気でわかるでしょう。必ず告発という問題が出るのたから、そしたら待ってましたとばかりですよ。委員会が告発するのだから、告発されれば偽証罪です。一番先に手をつけるのは、天川がどこから金を持ってきてあなたに飲ませたかということからで、それからだんだん上に行くのだから、あなたはよく考えて答弁しなさい。時間も参りましたから……。小川豊明君。
○小川(豊)委員 今までの吉村氏に対するお尋ねから言って、あなたは焦点でないところに対しては。記憶がきわめてはっきりしておるが、焦点になっておるところになると。記憶がないと言う。大蔵省の役人というものは、政務次官もおられるが、最も頭のよい、記憶力のよい者が役人に採用されていると私は思う。ところが、こういうような人がおるとは私も驚いた。このままでいくと、どうしても森脇氏との対決をしてもらわなければならぬ。その結果として、委員会は偽証罪をもって吉村氏に臨まなければならぬというような状態が今出てきておる。従って、今ここで委員長が休憩を宣して食事をとってもらって、その間に吉村氏の今までのことに対して十分記憶を呼び起してもらって、午後の委員会においてもっと正確な答弁をしてもらいたいと思います。
○田中委員長 午前の会議はこの程度にとどめ、午後二時より再開いたします。証人は御苦労ですが、休憩後の委員会に再び御出席を願います。それでは休憩いたします。 午後零時五十九分休憩 ————◇————— 午後二時二十六分開議
○田中委員長 再開いたします。 休憩前に引き続き歳入歳出の実況、特に防衛庁の航空機購入問題を議題として、吉村証人の証言を求めます。発言の通告があります。順次これを許します。小川豊明君。
○小川(豊)委員 午前中に吉村証人に山田委員その他の委員でかなり突っ込んだ質問をされたわけですけれども、私も国会の末席を汚しておって、一日に少くとも何十人かの人には会っているわけです。しかしながら、それでも大がい会った人のことを覚えております。ことに記憶が喪失したとしても、いつだれと会ったんじゃないかと言われたならば、これは思い出せます。ましてや、人とどこかで酒を飲んだというなら、一年や二年前ぐらいのことならわれわれは覚えている。しかし最も頭がいい大蔵省の役人が、そういうことが一つも記憶の中にないということは、これはこの国会の中における証人としてまさに誠意のない証言とわれわれは受け取らざるを得ない。そういう形であるならば、このいろいろな材料を提供してくれて、またここへ来て説明もしようと言っておる森脇氏にわざわざ来てもらわなければならないだろう。そして森脇氏の言ったことと吉村証人の言ったこととの食い違いがあるなら、これは遺憾ながら吉村証人を偽証として、当委員会で告発せざるを得ないだろう。そういうことを吉村証人は十分念頭に入れて、午後の質問にはお答えを願わなければならない、こう希望しておきます。
○田中委員長 神近市子君。
○神近委員 先ほど山田委員からの質問に対して、新三菱重工業の航空機部長の由比という人には吉村証人は一回酒食をともにしただけだということをおっしゃって、その場所も大乃ではないというように御証言になったと思うのです。私どものところに来ておりますこの調査表に時も場所も明記してございますが、吉村証人はこのどれをさされるのか。またここに列記してある日時、場所等について思い出すことがあるかどうかということを伺うために、私はこの表をちょっと読み上げてみますから、よくお聞き取りを願いたいと思います。三十二年の十一月の十七日は紅馬車でございます。それから二十二日は大乃。二十七日は大乃、紅馬車でございます。十二月の七日は大乃でございます。十日も大乃でございます。三十三年の一月になりまして、一月の四日がやはり大乃でございます。それから十八日はエスカイヤと紅馬車でございます。一月の二十日は大乃でございます。一月二十三日も大乃でございます。それから二月の十四日には大乃とそれからエスカイヤでございます。それから七月の二十一日も大乃でございます。これは全部由比航空機部長とあなたが会食されたというリストが出ておるのですが、一回と十回ではだいぶ隔たりがありますから、あなたの記憶を思い出すことができるかどうか、これに対して御証言願います。
○吉村証人 今、神近委員のおっしゃられました日付、それから場所については、どうも一緒に会食したことはないという気がいたします。ただ、そのころではございませんが、もうちょっと前だったと思いまずが、場所は具体的にはっきりいたしませんけれども、やはり赤坂方面で由比氏と会食をしたことがあるように記憶に少し上ってきたのであります。
○神近委員 それは一回よりふえたということですか。先ほどは酒食をともにしたのは一回とおっしゃったのですが……。
○吉村証人 この前の証言では、たしか一回というふうに申し上げたと思いますが、一回か、あるいは二回であったか、一、二回程度だったと思いますが、会食をしたことはあります。しかし御指摘の三十二年の暮れくらいから以後の今の日付、場所等については、どうも会食した記憶はないのでございます。
○神近委員 いずれこれは次回に、おそらく森脇氏が参考人になられて出られると思いますから、そのときにはっきりするだろうと思いますから、思い出さないとあればこれは保留にいたします。
○田中委員長 山田長司君。
○山田(長)委員 一応他の委員が質問されると思いますから、私ちょっと保留しておきます。
○田中委員長 淡谷君。
○淡谷委員 吉村証人に、少し国防会議の内容についてお尋ねしたいと思います。あなたが大蔵省の主計官としてお勤めになっておったのは何年から何年まででございましょう。
○吉村証人 私が主計官をやりましたのは、昭和二十八年のたしか七月くらいから三十二年の四月までだったと思います。
○淡谷委員 国防会議の参事官は何年何月から何年何月までお勤めになっておりましたか。
○吉村証人 専任の参事官としましては三十二年の四月の初めから三十三年の六月の初めまででございますが、その前に、国防会議ができましてから専任の参事官になりますまで、兼任の参事官として主計官の身分で参事官を兼務しておりました。
○淡谷委員 その時期を具体的にお聞かせ願いたい。
○吉村証人 兼任しましたのは国防会議の事務局ができた当時からでございますから、三十一年のたしか夏に入るちょっと前、六、七月ごろじゃなかったかと思いますが、それから私が専任になりますまで、すなわち三十二年の四月まででございます。
○淡谷委員 念のために言っておきますが、国防会議の構成等に関する法律ができましたのが昭利三十一年の七月の二日です。この法律によって国防会議が発足しましてから、あなたはすぐに向うにおいでになったのですね。
○吉村証人 すぐに行ったのではございません。これは国防会議の事務局の参事官というのは、専任の参事官と兼任の参事官と二種類ございまして、専任の参事官が当時ほかにおりました。ほかの、たとえば防衛庁とか、あるいは通産省とか、企画庁とか、外務省というところから、課長クラスの防衛に関係のある事務の人が兼任の参事官で出ておりました。私はそういう兼任の参事官をやっておったわけでありまして、身分的に向うに出たわけではございません。
○淡谷委員 兼任として参事官をやりましたのは、今私が話をいたしました三十一年七月の当時でございますか。あるいはもっとあとでございますか。
○吉村証人 はっきり記憶しておりませんが、私の前にだれも大蔵省でやっておった者はございませんから、発令の日付がどうなっておるかは今記憶しておりませんが、おそらく大蔵省としては私が初代の兼任の参事官で出ておったと思います。
○淡谷委員 大蔵省の主計官のときには、主としてどういう仕事をおやりになっておりました。
○吉村証人 二十八年に、当時これは内閣の法制局から大蔵省に帰ったわけでございますが、そのときは主計局の総務課の主計官をしばらくやりまして、それからたしか二十八年の九月ごろから三十二年の四月まで主として防衛庁、あとで調達庁でございますとか、あるいは総理府、内閣、こういうものも所管に入って参りまして、それぞれ主計官としての仕事をやったわけであります。
○淡谷委員 あなたは昨年の十月二十七日の当決算委員会におきまして、山田委員の質問に答えて、由比という人と知ったのは「たしか昭利二十九年か三十年でございますか、当時F86の国産問題をやりまして、その当時から仕事の上でお会いしたことがございます。」とございますが、この二十九年か三十年というのは、大蔵省で主としてこういう防衛関係の特に飛行機の問題をおやりになっておったのでございますか。
○吉村証人 その通りでございます。
○淡谷委員 防衛庁の参事官に兼任されましたのも、あなたのそういうふうな知識や、そういうふうな関係から入られたのか、あるいは別な関係で入られたのか、その点を明確にお答願いたいと思います。
○吉村証人 それは役所の人事でございますから、どういう意味で私が専任の参事官として国防会議に出ることになったのかは、それは私にはわかりません。
○淡谷委員 あなたは国防会議ではどういう仕事をされました。
○吉村証人 国防会議では、専任になりましてからは、私の出身が大蔵省でありますから、財政面からのいろいろな防衛の検討ということ、そのほかに例の新機種の選定問題が起りましてからは、私が他の参事官よりも防衛に関する知識や経験が長いわけでございますし、と同時に今まで飛行機のことを予算的にながめておりましたから、その関係でその方を主としてやるというふうなことでありました。
○淡谷委員 さっきあなたは御答弁の中で、国防会議と国防会議の事務局と、他に国防会議懇談会というものがあるというふうにお話ございましたが、この三つの会合の性格等についてあなたの認識されたことをお話し願いたい。国防会議とはどういうふうな構成であったのか、国防会議懇談会とはどういうふうな構成であったのか、国防会議の事務局は主としてどういう仕事をしたかということを、一言お聞かせ願いたいと思います。
○吉村証人 国防会議は防衛庁設置法にもございますように、内閣に置かれる防衛に関する審議の機関でござまいして、総理を議長として関係の閣僚を議員として構成されるわけであります。それの事務局といたしまして国防会議の事務局が、当初は総理府、その後制度改正で内閣に置かれることになりまして、局長以下の人間で事務をやるということになっておるわけであります。それから国防会議の事務局としては、結局国防会議に出されますいろいろな議案を整理するというのがたしか任務であったように記憶しております。それから国防会議の懇談会と申しますのは、正規の国防会議ではございませんが、それに準ずるものとして関係の議長、議員の意見を聞くとか、あるいは審議をしていただく、そういうふうな性格のものであったように記憶しております。
○淡谷委員 国防会議は国の防衛の基本的な線を定める重要な会議でございますが、前回明らかになりましたように、この会議には会議録はございません。従ってわれわれ内容を知るによしないのでございますが、あなたは内部におって参事官をしておられたので、大体見当がつくと思いますが、国防会議の構成員は、あなたの参事官をしておられたころ、どなたとどなたですか。職制はわかっております。具体的に名前をあげて、一つ御記憶をたどってもらいたい。
○吉村証人 途中で内閣の交代がたしかありまして、重複するわけでございますが、たしか最初は鳩山総理が議長であったと思います。その次は岸総理、それからあと大蔵大臣といたしまして池田、一萬田大臣、それから防衛庁長官といたしましては津島長官、それからあとだれでございしまたか、ちょっとあれでございますが、それから通産大臣といたしまして水田大臣、前尾大臣、それから企画庁長官といたしまして河野大臣、それから外務大臣としまして藤山大臣等が構成メンバーだったと思います。
○淡谷委員 あなたの御記憶では、その国防会議というものは一年に何回くらい開かれておりますか。
○吉村証人 私が参りましてから、何回でございますか、おそらく三回か四回くらいじゃないかと思いますが、ちょっとはっきりした回数の記憶はないのであります。
○淡谷委員 この三回くらい一年に開かれます国防会議には、大体所管の大臣はほとんど全部出席しますか、あるいは欠席する人がございますか。
○吉村証人 大体出席されたように記憶しております。
○淡谷委員 国防会議に出席する事務局の人、あるいは参事官といったような人たちでは、どなたとどなたが入っておりますか。
○吉村証人 大体局長がお一人入るのが例でございますが、たまに、国防会議でございましたか、あるいは懇談会でございましたか、防衛庁の次官でございますとか、あるいは関係省の次官、それから事務局の方の参事官というふうに入ったこともございます。
○淡谷委員 この国防会議の構成等に関する法律には、懇談会の規定はないのです。国防会議と国防会議の事務局はございます。この法律にない国防会議懇談会というものはどういう構成を持ち、どういうふうな形で、何の必要があってできたのか、あなたの御認識でけっこうでございますから、お話しを願いたい。
○吉村証人 どうして懇談会ができたかは、私もその最後の肝心のところは聞いておりませんが、たとえば国防会議できめるというにはちょっとまだ早過ぎるとか、あるいは防衛関係の閣僚としていろいろな点について勉強した方がいいというふうな事項もございまして、そういうものをやるときには懇談会、そういうふうなことで運営をしたように記憶しております。
○淡谷委員 岸国防会議議長は、国防会議の開かれるとき以外に事務局やあるいは懇談会に顔を出したことがございますか。
○吉村証人 総理が国防会議なりあるいは国防会議の懇談会以外の機会に、事務局に顔を出されたことはございません。
○淡谷委員 懇談会にも国防会議の議長が出てない。そうしますと、三回だけの国防会議では、非常に重要にして複雑なる国防関係の話し合いは、そのままではまとまりませんので、それでは大体国防会議懇談会できまったことを事務局で整理をして、それを国防会議にかけるという形になっておるのでありますか、これは私率直にお伺いしたいと思います。
○吉村証人 私が来る前の運営の方式というものはよく承知しておりませんが、大体たとえば防衛庁で案を立てられて、それを参事官会議、あるいは関係省の次官で構成されております幹事会で検討されまして、その結果を整理して国防会議に乗せるとか、そういうふうな運営をやっております。
○淡谷委員 あなたは参事官として毎日どこかへ出られたと思うのですが、参事官が出勤するのはどこなんです。
○吉村証人 総理府の三年町の仮庁舎の中に国防会議の事務局がございますが、ここが事務をとるオフィスでございます。
○淡谷委員 事務局の構成をお話し願いたいと思います。
○吉村証人 事務局は、長が国防会議の事務局長でございまして、その下に現在は専任の参事官が三名、それからあと参事官補佐、あるいは係員というふうなことで、たしか予算定員としては局長以下十四名だったと記憶しております。
○淡谷委員 現在のあなた以外の参事官の名前をあげていただきたい。
○吉村証人 現在の参事官は、堀田参事官と琴坂参事官、それから赤羽参事官、この三人が専任のはずでございます。
○淡谷委員 あなたはもう参事官をおやめになっているのですか。
○吉村証人 はい、去年の六月でございますか、六月にやめました。
○淡谷委員 去年の六月にあなたがおやめになって、そのあとへはどなたがお入りになったのですか。
○吉村証人 同じ大蔵省から赤羽参事官が参っております。
○淡谷委員 この三人の参事官は、事務局内で取り扱っております事務は同じ性質のものですか。それぞれ分担して何かやっておりますか。
○吉村証人 参事官としては別に分担をきめずに、要するに三人でレヴューするという制度になっておりますが、具体的な問題が起きました場合に、たとえばある人を主査のような格好にし、ほかの人を補助のような格好にする、そういうふうな組み合せで運営しております。
○淡谷委員 一年三回くらいの国防会議では大した用事もないと思いますが、あとの三百六十二日は何をされているのですか。
○吉村証人 結局、防衛に関するいろいろな諸問題はピンからキリまでございまして、それの勉強という意味の時間が一番多いわけでございます。
○淡谷委員 その勉強の方法は、どういうふうにしてやられるのですか。
○吉村証人 これは各参事官みずからが自分の発意で勉強する問題もございますし、局として一定のテーマを設けまして、おのおの若い人にも分担させて議論、討論をしてみるというやり方もございますし、それから外部のいろいろな人を呼んできて勉強をする、そういうやり方をやっておるわけでございます。
○淡谷委員 外部の人を呼ぶときにこれを決定するのはだれが決定いたしますか。どういう機関で決定いたしますか。
○吉村証人 結局具体的にわれわれ参事官あたりで、次はどういう人を呼ぼうではないかということで、局長と御相談申し上げまして、その上で呼んできてお話を聞く、そういうことであります。
○淡谷委員 決定した場合に、最終的に責任をとるのは事務局長ですか、議長ですか。
○吉村証人 事務局として、たとえばだれかを呼んできて——責任をとるとおっしゃられるのは、ちょっとわかりませんが、その意味ではむろん国防会議の議長まで通して人を呼ぶわけではございませんから、国防会議の事務局長で処理しておられたんだろうと思います。
○淡谷委員 あなたが専任の参事官をされておった間に、外部から講義にきた人々の名前を思い出すだけ言っていただきたい。
○吉村証人 天川氏はときどきお呼びしたわけでありますが、軍事評論家のような人を四、五人呼んだことがございます。たとえば大陸問題研究所の土居明夫と申しますが、もとの陸軍中将をやっておられた方、それから富岡定俊さんとか高木惣吉さんとか、そのほか軍事評論家で若干あったように記憶しておりますが、ちょっと具体的な名前が今すぐには思い出せないのであります。そのほかに関係省の若い人で、たとえば外交問題についてスエズに問題が起ると、スエズ関係の主管の課長なり補佐の方に来ていただいて話を聞くとか、そういうことをやっておったわけでございます。
○淡谷委員 そういう人たちに対する謝礼は、だれが一体これを算定し、だれが決裁するのですか。
○吉村証人 最終的には局長が事務局の予算の中から支弁することになるわけであります。
○淡谷委員 この人たちに交渉する場合に、あらかじめ謝礼の点なんか話しますか。それとも来てもらった人にはつかみ金かなんかで出すわけですか。
○吉村証人 そういう外部の講師の方の折衝とか謝礼の支払いについては、私は担当の参事官ではないものでございますからよく承知しておりません。
○淡谷委員 一体この謝金は、国防会議のどういう費目から出ておりますか。
○吉村証人 講演の謝礼としては、おそらく諸謝金という費目があるだろうと思いますが、これから出ておるだろうと思います。そのほかに特定の仕事を顧みます場合には、たしか防衛調査委託でありますか、委託費が百万円ばかりございまして、それからも出ておったはずでございます。
○淡谷委員 委託費と諸謝金というのは同じような形で使われますか。それとも別々な用途で使われておりますか。
○吉村証人 こまかい科目、回数は私もはっきり知りませんが、大体におきましては講演をしていただいたような場合の謝礼は諸謝金で出しまして、それから特定の作業を委託した場合の謝礼というようなのは委託費で出すのが普通であろうと思います。
○淡谷委員 さっきあなたが言われた人たちの中で、何か特定なことを委託されて調査を頼まれた人はございますか。
○吉村証人 たしかおととしになりますか、防衛品の調達について商大の先生にお願いしたのがあるはずでございますし、それから天川氏にも一言の作業をお願いしたことがございます。
○淡谷委員 商大の先生は何という方ですか、もう一人の人は何という方ですか。はっきり名前をおっしゃって下さい。
○吉村証人 たしか一橋大学の先生だったと思いますが、防衛関係の調達について作業をお願いしたことがございます。
○淡谷委員 もう一人は。
○吉村証人 天川氏にも今度の新機種の問題につきまして、飛行機の性能の比較をする場合にどういうふうに考えるべきかというふうなテーマで委託したことがございます。
○淡谷委員 これらの経理書類は国防会議事務局の中には全部整備されてあるでしょうね。いつでも提示することができるでしょうね。
○吉村証人 私も現在国防会議の事務局におりませんから、はっきりしたことは申せませんが、むろん会計法上の手続は踏んでおると思います。
○淡谷委員 これらの講師を選ぶときには参事官の諸君で協議をされるというのですが、あなたも参事官として天川氏を推薦しましたか。
○吉村証人 私が推薦したから天川氏が講演するようになったかどうか、そこらあたりはよく知りませんが、私がまだ国防会議の専任参事官になる前に、まあ一度天川氏の話を聞いたらどうだろうかと言ったことはございます。
○淡谷委員 結果はとにかくとして、あなたば天川勇氏を推薦しましたね。
○吉村証人 国防関係の問題について広い視野を持っておるし、話を聞くのに適任者であろうという意味のことは言いました。
○淡谷委員 委託をする場合には何か形式がありますか。ただ口頭だけで委託をしますか。
○吉村証人 会計法上の手続からは、金額が小さければ契約書みたいなものは省略できるというものもございますが、天川氏の場合はどういう形をとったか、私はその方の係の参事官でないものですから、どういう手続をとったかは知りません。
○淡谷委員 あなたの答弁の仕方を聞いておりますと、由比さんと天川さんに対して非常に神経過敏です。この前の決算委員会でも山田委員から聞かれましたときに、どうも由比さんのことを一番先に話した。今も私は商大の教授と天川氏と両方の話を聞いておるのに、あなたは天川氏のことを話される。私は一般的に言って国防会議としてこういう委託をされる場合にどういう形式でやっておりますかと聞いておるのです。これは商大の先生には委託の何かを出したとか、あるいは天川氏には出さぬとか、どっちでもかまわないのです。あなたの答弁を聞いておると、天川氏だけがずっと浮び上ってしまって、あとは十ぱ一からげになっておるのです。どうもあなたには天川氏が、ノイローゼになって頭にくっついているらしい。 さっきも私は非常に受け取りがたかったのは、あなたはさっき天川氏が新三菱の顧問じゃないということを答弁されております。これは一体あなたにいつ語られたのですか。
○吉村証人 たしか去年の十月の二十七日の証言のあとでございますから、日は、はっきりいたしませんが、たしか去年の十一月だったと思います。
○淡谷委員 あなたは証言のあとで天川氏に会っておられるわけですね。何回くらい会いましたか。
○吉村証人 二、三回くらい会ったと思います。
○淡谷委員 これは友人として会うのは当然かもしれませんが、大体何かこの証言に関係して打ち合せすることもあったのかないのか、これは、はっきり言ってもらいたい。
○吉村証人 別に打ち合せというわけではございませんが、今おっしゃられました三菱の顧問だとかなんとかいうことがございましたから、その点の真相をはっきりしよう、そういうようなことを伺ったわけであります。
○小川(豊)委員 関連してお尋ねしますが、国防会議というのは、国防会議の議員があって、同時に議長があって、議長は総理がやっておりますね。その下に事務局があって、事務局長は廣岡さんがやっておられるわけですが、この事務局というのは、何名くらいの人で、どんな構成をしておりますか。
○吉村証人 事務局は先ほども申し上げましたが、事務局長を長といたしまして、その下に参事官が三名、これは専任の参事官でございます。その下に課長補佐に当ります者、それから係員ということで、事務局長以下全部でたしか現在予算定員が十四名のはずでございます。
○小川(豊)委員 この参事宜が三名で、全部で十四名ですね。課長は何名あって、課長はどういう課の名前を持っておられるわけですか。
○吉村証人 参事官が、これは各省の課長に当るわけでございますが、三名でございまして、参事官制をとっておりますから、課はむろんございません。それで三名がオーバーラップで一応仕事をするという建前になりております。
○小川(豊)委員 この事務局あるいは国防会議では、参事官が課長の役目をやる、そういう構成になっているが、そのほかに嘱託とか、そういうようなものは別に何もありませんか。
○吉村証人 嘱託はございませんが、役所の中の定員の整理としまして、今予算定員十四名のほかに、たしか常勤職員と称するものと、賃金支弁の職員とございまして、実際の人員は各省からの兼任の、手弁当で来ます人も若干採っておったようでございますから、たしか二十人前後だったように記憶しておるのです。
○小川(豊)委員 いや、これは事務局は十四名だが、そのほかに各省から出向してきているようなのを合せて二十名くらい、こういう御答弁だと思いますが、そのほかに、手当を払うか払わないかわかりませんが、そうした意味での採用でなく、国防会議の嘱託あるいは事務局の嘱託、そういうような名目で委嘱してあるような人はありませんか。
○吉村証人 ございません。
○淡谷委員 嘱託をするときはだれの名前で嘱託をしますか。
○吉村証人 嘱託の身分というのは、たしかないはずでございますから……。
○淡谷委員 それでは、いろんな調査の委託をするときはどういう形式ですか、さっきの質問に返りますが。
○吉村証人 おそらく委託の指令みたいなものを出して、結局私法的にいえばおそらく委託契約だろうと思いますが、頼まれる方と頼む役所の方とで何か書類を作っておったんだろうと思います。
○淡谷委員 委託の指令みたいなものと言われますが、指令なんですか。委託の指令みたいなものなんですか。
○吉村証人 私、その関係の庶務担当の参事官をやっておりませんで、どういうふうな手続をしたか、ちょっとわからないのでございますが、何かこういう作業を頼むという意味の書類が行っているのじゃないかという気がするのでございます。
○淡谷委員 失礼でございますが、あなたは国防会議では俸給はどれくらいもらっておったのですか。
○吉村証人 現在三等級の六号でございます。
○淡谷委員 相当高い俸給のようですが、今まで当委員会で調べたところによりますと、あなたの国防会議での仕事というのは、いろいろの本を見て勉強する、話を聞く、あるいはあなたの先住である天川勇氏と一緒に一カ月に十回も十五回も飲む、マージャンをする、これくらいで大体終っているようでございますが、そのほかに何かお仕事はございましたか。
○吉村証人 私が向うへ行きましてからは、最初は防衛計画の大綱とかあるいは機密書類の整備とかいう問題がございましたが、おととしの暮れあたりから次期戦闘機の問題がだいぶやかましくなって参りまして、その関係の仕事をもっぱらやっておったわけでございます。それで、結局事務局としましては、防衛庁でいろいろ整備せられる資料なり考え方を、参事官会議なりあるいは幹事会で御審議、願うためにいろいろ整理するわけでございますが、それを整理する場合にどういうふうな方法で整理したらいいのか、そこらあたりについて天川氏に、先ほど申しましたように幾らで頼んだか、私ちょっと金額は承知しておりませんが、次期戦闘機の機種の性能を比較する場合にはどういう考え方で比較すべきかというふうな点に言いて、天川氏に作業をお頼みしておるわけでございます。そういった作業の結果を待ち、それから天川氏のいろんな専門的な知識も聞きまして、一定の防衛庁のデータなりあるいは各会社あたりのデータがどの程度信用できるものか、どうか、あるいはこういう考えは正しいか間違いかというようなことについて、もっぱらやっておったわけでございます。
○淡谷委員 時期が少しぼけていますが、あなたが主として次期戦闘機の機種選定に関する仕事を国防会議でおやりになりましたのはいつからだということが、もろと正確にわかりませんか。
○吉村証人 国防会議で正式に議に付してきめようということになったのは、多分おととしの秋ごろじゃなかったかと思いますが、そのころからもっぱらそれにかかっておったわけでございます。
○淡谷委員 おととしの秋ごろと申しますと、三十二年の四月にあなたが専任になったのですから、その秋にはもうすでに機種選定の方を担当しておられた。そうしますと、専在中はほとんどあなたの仕事というのは、機種選定に関して天川氏との連絡をとることがおもなる仕事であったと思われますが、そう理解してかまわないでしょうか。
○吉村証人 天川氏とばかり連絡をとったわけではございませんが、もっぱら次期戦闘機はいかにあるべきかという問題に取り組んでおりました。
○小川(豊)委員 ちょっと前に返るようですが、国防会議の事務局には調査なりその他を、あるいは委託をしたり委任をしたり委嘱をしたりすることがあるということを聞きましたが、ここには参事官は二名ですから、おそらくそういうものを一委嘱したり委託をするというのは非常に重要な仕事ですから、これは文書で委託なり委任なりあるいは委嘱等はなさると思いますが、口頭でなく文書でなさいますか、口頭でなさいますか。
○吉村証人 おそらく文書でしたのじゃないかと思います。
○小川(豊)委員 そうしますと、こういう委託なり委任なり委嘱等をする場合の文書というものは、三人の参事官です。から、当然構成の上から三人の参事官はその書類に目を通して判を押して決定していくと思うのですけれども、そういうことはやらないで、ただその担任の一人の参事官だけでやれることになりますか、どうなりますか。
○吉村証人 だれにどういう作業をどういうふうに頼むかという大綱につきましては、むろん参事官が寄り集まって、局長の御意見も聞き、いろいろ相談するわけでございまずが、具体的にたとえば委託の文書を作って、それを委託先にこういうことでやってくれというように届ける仕事は、もっぱら庶務担当の方でやっておったわけでございます。
○小川(豊)委員 この委嘱なり何なりをする場合の文書は、局長の名前で出てくると思いますが、それを局長の決裁を求める場合には稟議というものがどうせ役所だからあると思う。そういう稟議等をなされる場合には、これら三名の参事官は同意をしたというようなことで判を押されるだろうということは、通常役所の機構の中でわれわれは想像されるわけですけれども、あなたの場合にはそういう三名の判を押すようなことはないわけですか、一人だけでいいのですか、稟議等はありませんか。
○吉村証人 先ほど申しましたように、実体的な何をどういうような要領でだれに頼むかという点につきましての決裁は、むろん三人の参事官が判を押すわけであります。
○小川(豊)委員 そうじゃないのです。三人の参事官が判を押して、委嘱する場合には局長が委嘱するだろうと思う。それは形式であって、こういう方を何々のために委任する、あるいは委嘱するというような場合には、三人の参事官がそれぞれその協議に参加なさらないのかなさるのか、こういうことです。
○吉村証人 そういう委託をする場合に、その実際の決定についてはむろん三人の参事官が相談するわけでございます。
○小川(豊)委員 そうすると、たとえば今言われた天川さんその他の方に、ただ講演を聞くだけでなくて、何か作業を委託する、あるいは委任するというようなことがあったわけですね。そうすると今の御答弁では、それは当然三人の参事官がその協議に参加し、さらにそれが事務局長の決裁を経て、事務局長のところだけで出されるわけですか、それとも国防会議の議長の名でそういう委任なり委託なりをされるわけですか、この点を一言。
○吉村証人 われわれのところは、単に何を頼むかという——むろんその実体の決定については相談するわけでございますが、書類の発送につきましては庶務担当の方でやっておりますから、その後はどういうたとえば事務局長名で出したのかあるいは議長名で出したのか、そこらあたりは承知しておらないのであります。
○小川(豊)委員 あなたは天川さんと非常にウマの合う親しい仲なんですが、天川さんにも、今のあなたの答弁で聞くと、何か委託されておるわけですね。——されておる。そうするとその天川さんの方は、当然あなたとしょっちゅう飲んでいるのですから、こういうことを委託された、こういう話はあなたは何かお聞きになっていませんか。
○吉村証人 天川氏にお願いしました作業につきましては、先ほどもちょっと触れたのでございまずが、次期戦闘機の性能を比較する場合にはどうしたらよいかという方法論とでも申しますか、そういったものについてお願いしまして、これは事務局の方でお願いしたのでございますから、天川氏にそれをお願いしてあることは私もよく知っておったのであります。
○小川(豊)委員 天川氏の委任したことを私は聞いておるのではなくて、天川氏に委任したということは、ただ口で委任しただけでは、役所の機構としてそういうことでは本筋にならないから、そこで委任するという、あるいは委託するという文書というものは当然発送されていなければならない、こう思うわけです。そこで、あなたはその発送するということを知っておられたかおられないか、あるいは見せられたか見せられないか、聞いたか聞かないか、その点を一つ。
○吉村証人 天川氏から別にそういうものをもらったというようなことは聞かなかったのでございますが、ただ実際問題として天川氏にこういう作業をやっていただきたいと頼んだのは、使者に立ったのは私でございます。ただその文書を届けたのは、またこれは別でございまして、私よく承知しておりません。
○小川(豊)委員 天川氏にこういうことを頼みたいといって、あなたが発議して推薦をして天川氏に委任された。もちろん文書は、他の総務とかあるいは庶務とかあるでしょう、そういうところから天川氏に発送されたと思うけれども、ただあなたは自分が推薦した関係であり、親しい仲であるから、天川氏の方からいえば、常識からいっても、常に君が推薦したためにおれはこういう委託を受けたということは当然あなたに話がされただろう、こう想像するわけなんで、そういう話を天川氏から受けておられるのか、受けておられないのか。
○吉村証人 そういう作業をしてもらいたいという実体的なお願いに上ったのは私でございますから、むろんその手続面が完了したときには、そういう作業の委託を受けたということは天川氏ば言っておられたのであります。
○淡谷委員 そこで、私、確かめておきたいのですが、さっきあなたが委託を受ける人には指令を出すと言われましたが、この指令はだれが出すのですか、だれの名前で出すのですか。
○吉村証人 おそらく事務局長の名前じゃないかと思いますが、これは総理府あるいは内閣というのは複雑な行政機構になっておりますから、あるいは内閣の長あるいは国防会議の議長というようななにで出たのかもしれません。そこらあたりは、具体的にその文書を見ておりませんから、よくわから。ないのであります。
○淡谷委員 国防会議の構成等に関する法律の第五条の2に「議長及び議員並びに議長又は議員であった者は、その職務に関して知ることのできた秘密を他にもらしてはならない。」という一項があります。それからなおこの規定は、国防会議の事務局の方にも当然これは及ぼすものと思いまするが、非常に大事な国防のことを相談し、特に次期航空機の決定に関することを頼むのですから、この天川氏の身分、経歴、人柄というものは、こういう第五条に抵触しないようなちゃんとした人でなければならぬと思いまずが、天川氏については、あなたはその点を十分に知って御推薦申しましたか、どうですか、その点をお開きしたい。もしその点を知っておられて、十分こうした資格があり、秘密も守られるし、一切他のことに関係なしに、純粋に日本の国防を心配して、いろいろな世界の情勢なり軍事情勢なりを話すということならば、あなたが信頼するに至った動機なり理由なりというものを詳しくお話し願いたい。
○吉村証人 天川氏にこの作業をお願いするときに、別に今読み上げられました条文に抵触するようなことをする人とはわれわれは判断しなかったのでございまして、具体的にどういうところからと言われるとちょっと困りますが、二十八年以来長いつき合いをやっておりまして、その上の私の判断でありますし、それをさらに各参事官なり局長にも御相談願ったのであります。
○淡谷委員 次期戦闘機の機種を選定するような場合には、国防会議に最後には諮るでしょうけれども、これを推薦して、その意見を述べるのは防衛庁の任務だと思います。国防会議の事務局が、次期戦闘機を決定するということは、次期戦闘機決定の材料を作ることは、これは要らぬと思う。従ってあなたの問われたのは天川氏だけですか。あるいは防衛庁の内部の人にも聞かれましたか。
○吉村証人 ちょっと、御質問の趣旨がわからなかったのですが……。
○淡谷委員 それでは二つに分けます。次期戦闘機の機種決定の権限は、一番最初の段階では、国防会議の事務局にはないと思う。これは防衛庁で協議して、防衛庁の長官が責任を持ってこれを推薦してきて、それを国防会議にかけて、国防会議から。決定したことを事務局に移す、これが大体国防会議の構成法による行き方だと思う。何も選定の前に、国防会議の事務当局あたりが、天川氏を頼んで次期戦闘機を何にいたしますかとお伺いを立てるような必要はないと思いますが、それがあった事実は何に起因するものか、あなたの考えを聞きたい。
○吉村証人 機種の決定につきましては、むろん防衛庁の任務の範囲だと思います。従ってずっと防衛庁の方でも、いろいろ機種の選定について検討しておられまして、その結果を国防会議の事務局と申しますか、参事官会議へ持って参りまして、それを関係省の参事官が集まって検討するわけでございますが、そのときに、われわれ参事官は、軍事の技術的な面の専門家でもありませんし、それから昔の専門家でございましても、最近の新しい航空機の進歩あるいは電子機器の進歩。というものに対しましては、相当新しい知識がなければ判断できないわけでありますから、そういった判断の資料になる一つのもとといたしまして、どういった方法で検討した方がいいであろうかという、そういう意味で天川氏の知識を利用したといっては語弊がありますが、まとめていただいたわけであります。
○淡谷委員 それでは伺いますが、あなたが天川氏にいろいろのことを委託することを推薦し、また天川氏に会ったのは、防衛庁の方で出してくる機種を国防会議で決定する資料として、防衛庁とは関係なしにおはかりになったのですか、あるいは防衛庁を助ける一環としてあなたはおやりになったのか、その区別をはっきりして下さい。
○吉村証人 事務局として天川氏にお願いをいたしました作業は、どういう方法で資料をチェックし比較すべきかという、そういう方法論でございまして、別に防衛庁のやる仕事を事務局の方でやるという、そういう気は毛頭ございません。
○淡谷委員 防衛庁の決定はどうあろうとも、国防会議は国防会議として独自の見解を持つために天川氏にいろいろなことを調査を頼んだ、こう了解して確かですか。
○吉村証人 防衛庁のおきめになる機種以外の機種をきめるために天川氏に作業を頼んだ、そういうことは毛頭ございません。防衛庁が判断されたその過程が、果して正しいかどうかというふうなことをレヴューする責任があるわけでございますから、その意味で、そのレヴューの仕方はどういうふうに考えたらいいかという意味で作業をお願いしたわけです。
○淡谷委員 それじゃ私は、あなたの参事官としての責務と今度の行動との問に非常に開きがあったのじゃないかということを申し上げたい。それは、さっきも言いました第五条の、「議長及び議員並びに議長又は議員であった者は、その職務に関して知ることのできた秘密を他にもらしてはならない。」というこの条文は、岸総理さえ規定するのです。防衛庁の出してきております飛行機の諸元比較表なんというものは、極秘の判を押したものです。これを天川が持っておったことは事実なんです。秘という。判まで押してあるのです。まだ機種は選定されておりません。しかも防衛庁はどうかというと、天川なんという人間は知らぬとみな言っているのです。岸総理がそう言います。防衛庁長官がそう言います。門叶官房長でさえこの前の本委員会では、天川なんて知らぬ、こういうことを言っているのです。防衛庁が全然知らない人をあなたの推薦で、そういうふうな資料まで持たせるような信用をどうして得たか。同時に、さっきどなたかが言った通り、天川という人は二重スパイの嫌疑さえあるといっておる。従ってあなたと天川との関係をこの際的確にあなたの口からお聞きしなければ承知はできません。そこであなたは、三十二年の八月二十二日永盛調査団が渡米した場合に、由比、天川、吉村の席で、幾松、エスカイヤ、紅馬車等々で相当な金を使っておりますが、この事実は認めますか。認める、認めないでよろしい。あとはまた考えがあります。はっきり御答弁を願いたい。
○吉村証人 そういう事実はございません。
○淡谷委員 次に、九月十七日に、あなたは天川氏と一緒に大乃でやはり飲んでおりますが、これはどうです。
○吉村証人 日にちの点はこれは、はっきりいたしませんが、大乃では天川氏とだいぶ飲みましたから、その日に飲んだかどうかはわかりませんが、まあ、どう申したらいいのですか……。
○田中委員長 はっきり言いなさい。
○吉村証人 その日付の日に飲んだかどうかはわかりませんが、大乃ではしばしば飲んでおります。
○淡谷委員 これはあなたに一つ記憶を呼び起していただきたいのは、九月というのは永盛調査団が帰ったときなんです。十七日です。そのときにあなたは幾松でもこれはやはり飲んでいるらしいのですが、そのときには、吉村さんとそれから。船後というのですか、大蔵省の主計官と、森本という防衛庁関係の人と、益田という三洋電機の人と、田中という大蔵省の主計局の主査、これはさっきあなたが言われたあなたの後任として入っておるという人と違うのですかな、まあこの人たちと、どうも行ったような調査がきているのですが、これはどうですか。
○吉村証人 先ほど申されましたメンバーで飲んだかどうか覚えておりませんし、それから三洋電機の人の名前を言われましたが、三洋電機の方とは直接飲んだことは今までないのでございまして、従ってそういう人が出ておったとすれば、おそらくそれは間違いじゃなかろうかと思います。
○淡谷委員 もう一言あなたの記憶をたどっていただきたいのは、十九日に京稲で、やはり船後という大蔵省の主計官と、田中という主計局の主査と、あなたと、森本という防衛庁の人と、天川氏とで遊興していますが、これはどうです。
○吉村証人 申しわけないのでございますが、具体的な日取りにつきましては、私そういったはっきりした日記もつけておりませんのでわかりませんが、まあ京稲では、そういったメンバー全部でやったかどうかわかりませんが、飲んだような記憶はございます。
○淡谷委員 私、不幸にしてそういう世界は知らないのでまことに残念だが、京稲で大体三万一千円使っているんですがな。これはちょっと、人が相当の数でなければおかしいような勘定になります。 それから十一月に入りまして、十一月の六日、同じく幾松で、あなたと、船後という大蔵省の主計官と、天川氏と主人で、これは少いらしいですが、七千七百五十円飲んでいますが、これはどうです。
○吉村証人 たびたび申しますが、どうも日付の点がはっきりいたしませんので、幾松も数回飲んだことがございますが、だからそのうちの一回だったかもしれませんけれども、はっきりしたことは覚えておりません。
○淡谷委員 大蔵省の主計官の船後氏が行ったことは事実なんですね。
○吉村証人 船後君がおったかどうか記憶にないのでございますが、幾松で私が飲んだことは、その日その日に飲んだかどうかは別として、数回行ったことはございますから、その点でちょっと、はっきりしないのでございます。
○淡谷委員 同じく十七日に紅馬車で、あなたと、廣岡国防会議事務局長と、これはさっきからいろいろ問題になっておりますが新三菱重工航空機部長の由比さんと、天川氏とで七千九百九十円使っておりますが、これはあなたははっきり否定されますか。これは重大な問題ですから、はっきり言っていただきたい。
○吉村証人 由比さんとは飲んだなにはございますが、どうもどこで飲んだか、はっきりいたしません。それから廣岡局長が一緒に行かれたかどうか、そこらあたりもどうもはっきり記憶がないのでございます。
○淡谷委員 紅馬車と言われると、飲んだかなあと思いますか。あなたは忘れてしまったのだが、この人はかなり正確な記憶らしいんですが、紅馬車だったかなあと思われますか。
○吉村証人 紅馬車だったかどうか、今ちょっとあまりはっきりしたなにはございませんけれども、由比さんと飲んだのはたしか赤坂方面じゃなかったかという記憶がします。
○小川(豊)委員 今まで淡谷委員が、この飲んだことに関係ないこと、防衛庁の機構や運用やそういうことを聞くと、あなたは非常に詳細に、一年も二年も前の記憶をちゃんと覚えていて答弁されている。そうして飲んだことになると、今度は記憶がなくなるというのは、実に重宝な頭じゃないか。そこにあなたの答弁の誠意がないということをわれわれは言う。さっきも、この飲んだ飲まないという問題でないことについてはあなたは、さっきからずっとお聞きしていると、実に詳細な答弁をしておる。実に記憶のいい方だ、こう思わせるほど明快な答弁をしていながら、事一たびだれと会ったか飲んだかということになると、その記憶もない、この記憶もない。これはあなたはうそを言ってるのだという以外に解釈がつかないので、そういうことでなく、もっとさっき答弁なされたように——自分がだれかと飲んだくらいわからないはずはないと思う。その点を、全部が明確でなくともいいけれども、あなたの方は飲んだ方になると初めからしまいまで記憶がない、記憶がない、こういうことになる。そういうことでなくて御答弁願いたい。これは神近委員からも御質問があると思う。そういうふざけた答弁でなくもっと明確な答弁をしてもらいたい。委員長、注意して下さい。
○淡谷委員 この紅馬車というのは、一体場所はどこにあるのですか。由比さんという人と赤坂で飲んだというけれども、この紅馬車は赤坂か新橋かわからないのですが、どこにあるのですか。
○吉村証人 赤坂の山王下と赤坂見附の間にございます。
○淡谷委員 私は宿舎が赤坂ですから山王下は知っておりますが、山王下と赤坂見附のまん中あたりといいますと、やはり由比さんと赤坂で飲んだというところは紅馬車ということを思い起していただけると思いますがね、じっくりあとで考えておいて下さい。 それから十一月二十二日に大乃で、やはりあなたが三菱商事の小松という人と、天川さんと、三人で四万三千三百二十九円飲んでいる。これは少し多過ぎますな。多過ぎますけれども、これは一体あなたがおやりになったのか、どうか、お聞かせを願いたい。
○吉村証人 その中に出て参りました小松さんという方は知っておりませんので、おそらく間違いじゃないかと思います。
○淡谷委員 それじゃ、だれと飲んだんです。天川さんと二人きりですか。
○吉村証人 毎度で、なんでございますが、日付の点はむろん何月幾日とはっきり承知しておりませんが、小松氏が入っておった会というようなことでございますと、小松氏に会ったことはないものでございますから間違いじゃないか、そういうふうに思います。
○淡谷委員 一体二人で行って四万三千余円も使い得るのですかな。私は想像つかないのですが、幾ら酒を飲んでも四万三千円飲めないと思うのですが、どういう使い方をしておったんですか。天川さんが払うんだから、あなたは平気で使われたと思うのだけれども、四万三千円使うというのはどういうような遊び方をするのですか。参考のために聞いておきたい。
○吉村証人 その席に私がおったかどうかは、はっきりしませんし、そういうお金を使ってどういう遊びをしたかわからないものでございますから……。
○淡谷委員 それじゃ、いつもどんな遊びをしているのですか。あなたは少くとも一カ月に数回なり数十回なりそういうようなことがありますけれども、遊んだというのですが、大体どんな遊びをされるのですか。
○吉村証人 私は酒が好きなものでございますから、酒を飲んで、そのあと早いときはマージャンを少して帰るというようなことで、ダンスは私はできませんものでございますから、そういうところにはあまり行ったことはございません。
○淡谷委員 私は実はこういうことを意地悪で言うのじゃありませんけれども、普通の飲み食いで、そういう友だちづき合いにしては少し金がかかり過ぎているらしい。従って私はお聞きしているのですが、その月の二十七日に、やはり大乃です。あなたと、防衛庁の武器課の岡部さんと、由比さんと、天川氏とで二万三千四百八十六円使っておりますが、これはどうです。
○吉村証人 岡部氏と大乃で飲んだ記憶はございませんで、それはまた何かの間違いじゃないかと思うのでございますが……。
○淡谷委員 あとの由比さんと、天川さんとはどうです、岡部さん以外は。
○吉村証人 由比さんとは、午前中の証言でもたしか申し上げたと思いますが、大乃では飲んだ記憶はないのでございます。
○田中委員長 証人、あなたはあの人と飲んだことはないというのはしっかりしていますが、飲んだということは一回も言っていないが、どうなんですか。だれと飲んだのかは、わからない。知らない方では名前をちゃんと記憶しているんだが、おかしいね。
○淡谷委員 どうも私は貧乏な性ですから、天川氏とあなたとたった二人でここでもまた二万三千円使った、一人一万円ずつになりますね。同じ二十七日、大乃から紅馬車へはしごをかけておりますね。人数は同じです。このときは紅馬車で二万二百六十円使っておりますが、一晩で二人で四万三千円使っておるのです。これは的確な領収証に基いて作った資料ですから、あなたが単に否定されてもなかなか消えません。その点はよく考えて、ここまで来たらきれいに首を洗って、そうならそうだと、はっきり言った方がいいんじゃないですか。
○吉村証人 先ほどから申し上げておりますように、天川氏とは月に二、三回、多いときで四、五回飲んだわけでございまして、その日付の点とかその他の点に言いては。記憶に上らないために、こういう証言になるわけでございますけれども、何月幾日にこういう遊興をしたかは、ちょっと記憶に上らないものでございますから……。
○淡谷委員 あなたがあまり飲み過ぎて忘れてしまうのではないですか。さっき私がばかしましたけれども、黙っておれば、あなたも黙っておりますが、あなたは十一月の六日に船後さんと、天川さんと、三人で、まず幾松で七万七千五百円を使っておる。それから紅馬車にはしごをかけて、ここで二万五千九百五十円同じ晩に使っておりますが、三度目は京稲に行って、これは五万三千六十八円使っておるのです。あなたはどうも船後さんと行った覚えがないというのですが、天川さんとあなたと二人きりで一晩に大体十万円の金を使ってしまうというのは、単なる遊びでしょうか。三度ほどもはしごをかけたという、われわれとしては非常に特異なできごとなのですが、あなた方の世界では当りまえのことでいってしまうできごとですか。こういうことはしょっちゅうあっておるから、わからないとおっしゃるのですか。
○吉村証人 私はそのような多額のなににわたるような遊興をした覚えもございませんので、ちょっとどうしてかと言われても困るのでございますが、再々申し上げておりますように、確かに飲み過ぎたことは事実かとも思いますので、その点は大いに謹慎しておるわけであります。
○淡谷委員 やっと思い出したようですが、せめては、この特別な事情があったらしい幾松、紅馬車、京稲のはしごの事情を少し詳しくお話し下さいませんか。どういう飲み方をして、何を話したのですか。
○田中委員長 証人、あなたは勘定を払ってないから、幾らだということはわからないのだろう。飲んだことはある。しかし勘定を払わぬから、あなたはそんなに飲んだとも言えないのだろう。あなたは勘定を払わぬので、ごちそうになったやつだから。
○吉村証人 金額の点に言いては今聞くのでございますが、私としては別にそう酒の量は多い方でもございませんし、そう芸者さんが多い席に行った記憶もございませんので、その金額の点がどういうふうにそのようになっておるのか、ちょっとわからないのでございます。
○淡谷委員 ついでに、あなたの酒量を聞かせて下さいませんか。中には一人で一升も飲む人もあるでしょうが、あなたはビールが好きですか、ウイスキーが好きですか、日本酒が好きですか。
○吉村証人 ウイスキーはあまり好きではありませんが、日本酒とビールは好きでございます。
○淡谷委員 日本酒ならどのくらいいきますか。どのくらい飲むと倒れますか。
○吉村証人 日本酒だと大体五、六合というところでございます。
○淡谷委員 ビールはどのくらい飲みますか。
○吉村証人 ビールにつきましては、これは腹が張りますから、御承知のようにビールで倒れるということもないので、その前にやめるわけでございますから、これはどれが限度だと申されても、ちょっと……。
○淡谷委員 そこで、私はあなたのお話の中で、どうしても宣誓をした証人として受け取りがたい疑問を持っておるのです。一体、幾松とか、紅馬車とか、京稲とかいうところは、勘定をごまかすような信用置けない店ですか。私は行ったことがございませんから知りませんが、あなたはしょっちゅう行っておられますから……。これは勘定をごまかしますか。
○吉村証人 私は勘定を別に直接払ったわけではございませんので、その点はよくわかりません。
○淡谷委員 天川さんという人は、使わない金を使ったと称しているような信用の置けない方ですか。
○吉村証人 私はずっと信用しております。
○淡谷委員 天川さんをあなたが信用して、その天川さんが信用して、顔さえきくというこの幾松、紅馬車、京稲というところは、おそらくは、使わない金を使ったというように書かないだろうと思うのです。そうしますと、はっきりした領収証があって、否定しているのはあなただけなんですが、あなたの証言の信憑性はどうでしょう。これは証人としてどう考えますか。あなたの信用する天川氏があなたを招待する、飲ませる、そうして勘定を払って、勘定書が出て、そしてその金額が一晩で十万円になったという場合に、どこかで,ごまかして——あなたが忘れてしまったのか、どこかでごまかしたのかと思いますが、この点、あなたの判断はどうです。
○吉村証人 どういう経緯でそういうことになりましたのか、そこらあたりはよくわかりません。
○淡谷委員 これは天川さんに聞いてみるとその経緯はわかりますね、その金を払っているのですから。これはどうですか。
○吉村証人 天川氏がどういう払い方をなさっておられたか、私もよく存じませんが、天川氏に聞けばわかるかもしれません。
○田中委員長 吉村証人、領収証がうそなのか、あなたの言うことが記憶がなくてうそなのか、天川さんがそういううそを言う人なのか、どっちなんです。
○吉村証人 私は別にうそを言っているわけではございません。それで天川氏も別に私をごまかすというふうな間柄でもないと信じておりますから、そういうことはないと思います。
○淡谷委員 これは私の想像するところでは、酒以外のものが宴会に出ているように思うのですが、あなた方の酒席には女の人が出ませんか。マージャンの席にはおかみや芸者が出ると、この間あなたが証言していましたが、それ以外のときにやはり女が出て、線香か電灯か知りませんが、何かそんなものを言けるのじゃありませんか。
○吉村証人 そういうことはない……。
○淡谷委員 あなた方の宴席には、全然女のお酌は出ませんか。
○吉村証人 芸者が出ないというわけではなくて、むろん適当な数の人間は出ておることもございます。
○淡谷委員 こういうところで遊ぶのに適当な数の女と、適当ならざる数の女と、区別があるのですか。何人くらいの数が適当で、どういうサービスをするのが適当で、それ以上にこせば適当でないということは、私は不幸にしてわからないのですが、そこを説明していただきたい。
○吉村証人 お客の二人に一人とか、あるいは三人に一人とか、まあそういうところではないかと思っております。
○淡谷委員 出た女の人の名前を知りませんか。何人くらい、どんな人が出たか……。
○吉村証人 しょっちゅう変りますから、特に親しい人もおりませんし、知りません。
○淡谷委員 どうも一カ月に四、五回から十回も行っていれば、名前くらい聞いてもいいと思うのですが、そういう話もできないといいますと、逆に何かあったのじゃないかと疑われますよ。女中さんの名前くらい、あっさりおっしゃっても別にどうこうということはありませんでしょう。一人や二人くらいは知った人があると思いますが、その点はどうです。
○吉村証人 記憶にございません。
○淡谷委員 それでは、もう少し進めます。 十一月の二十八日にあなたはエスカイヤヘ行っておりますが、このときも、私たちの調べによりますと、あなたと岡部という防衛庁の武器課員と天川さん、二十九日もエスカイヤで同じくです。それから十二月に入って七日にやはり大乃で、あなたと、吉沢という新三菱の航空第一課長と、由比さんと、ほとんど新三菱の関係ですが、これに天川さんが参加して大乃で七万八千六百六十円勘定を取られています。これはどうです。
○吉村証人 いろいろ御指摘ございましたが、私としては天川氏を中心としていろいろ若い者と飲んだこともございますが、そういう、いついっかにだれと飲んだということもはっきりしておりませんし、それから先ほどの最後のなにで、新三菱の方大ぜいというようなことがございましたが……(淡谷委員「もう少しはっきり言って下さい」と呼ぶ)新三菱の大ぜいの方と飲んだということをおっしゃられましたが、その点は全然ないと思っております。
○淡谷委員 あなたがないと申しますけれども、あなたの信用する天川氏がちゃんとした受取りを出しておる勘定がこうなんです。これはあとで、天川氏ともどうせ突き合せて調べなければならぬと思います。 それから三十三年の一月に入って、あなたは四日に、やはり岡部防衛庁武器課員が出ております。それから笹尾という人と、大西、いずれも防衛庁の人です。それからその他にも由比さんあたりが出ているようですが、こういう事実はありますか。
○吉村証人 どうもそういう記憶はないのでございまずが……。
○淡谷委員 一月の十八日に、エスカイヤと紅馬車で、由比さんと、岩瀬という三洋電機の人と、天川さんと、これまた酒席を持っておりますが、これはどうです。
○吉村証人 どうも、そういう記憶がないように思います。
○淡谷委員 二十日に、やっぱり由比さんと、天川氏の秘書の宮田さんと、大乃、紅馬車で飲んでいるようですが、これはどうです。
○吉村証人 そのころ飲んだという記憶はございません。
○淡谷委員 一月の二十二日に古河という通産省の。課長と、それから由比さんと、天川さん、ほかに二、三人でエスカイヤで飲んでおりますが、こればどうです。
○吉村証人 やはりそういう記憶がございません。
○淡谷委員 二十三日に、大乃とエスカイヤで、由比さんほか三菱の中川営業部長と、天川氏と飲んでおりますが、これはどうです。
○吉村証人 そういうことはなかったように思います。
○淡谷委員 二月の十四日に——佐薙氏ら一行が帰ってきたのが十五日ですから、これば思い出してもらいたいのですが、大乃、ニスカイヤで、赤澤通産省航空機武器課長と由比、天川等とあなたがやはり飲んでおりますが、これはどうです。
○吉村証人 飲んだ記憶はございません。
○淡谷委員 十八日、二十五日、二十七日、これはやはり天川氏や船後大蔵省主計官、田中大蔵省主計局主査らと飲んでおるようですが、これはどうです。
○吉村証人 そういう記憶はちょっとないのでございますが……。
○淡谷委員 三月に入って十七日に大乃で天川氏やあと二、三人で、やはり飲んでおりまずが、これはどうです。
○吉村証人 一般的にお答え申し上げますけれども、しばしば申し上げておりますように、月に数回——二、三回、あるいは多いときで四、五回飲んだということでございまして、そのときの相手がだれであったか、具体的には、はっきり記憶がないのでございますから……。
○淡谷委員 あと少しですから、もう少し確かめさせて下さい。これはあとで重要な結果になりますから、あなたに慎重にお答え願いたいのです。(笑声)笑いごとじゃないのです。 三十三年の六月です。このときもあなたは九日に大乃に行っております。それから七月に入って二十一日にやはり大乃で由比さん、天川氏とあなたは会って飲んでいる。 それから八月の十九日の大乃の会合ですが、これは非常に大きいのです。三菱電機側からは主催として両社長、小野常務、大久保営業部長、近藤部長、伊東課長、松井課長が出席しております。国防会議側からは廣岡局長、吉村参事官、天川勇、この連中が集まっているのですが、これすらあなたの記憶にないとは私は言わせませんが、ございますか、ございませんか。
○吉村証人 局長のお供で、たしか三菱電機のそういった人たちと飲んだ記憶はございます。
○山田(長)委員 ただいまの会合は、三菱電機のエリコンを購入するいわゆる記念の会であったのですが、それがあなたの記憶に思い出せないことはないと思います。エリコンを購入するに至った記念の会だというのです。どうです。
○吉村証人 エリコンの関係であったかどうか、ちょっと記憶にないのでありますが、たしか局長が一緒に行こうということで、お供して行ったことがございます。
○山田(長)委員 このエリコンの正式契約が結ばれたといういわゆる記念の会ですが、この会に続いてあなた方でやはり第二次会を持っているのじゃないかと思うのですが、その第二次会には何人行っていますか。
○吉村証人 第二次会と申されますが、たしか二次会を大乃でやったような気がするのです。
○山田(長)委員 やったような気がするというが、その会にだれとだれで行ったような気がするかというのです。これはやっぱりエリコンを正式契約をした祝いの日なんですから、比較的記憶を呼び戻すのにもいい機会だと思うのです。どうですか。
○吉村証人 たしか廣岡局長と私と、あとこちらの方から二、三人呼ばれたような気がするのでございますが、あとの者はちょっと覚えておりません。
○山田(長)委員 その第二次会は、三菱電機が全部主催しているようですが、三菱電機から出ておるはずです。どうですか。
○吉村証人 その点はよく存じませんが、うちの廣岡局長がやられたように聞いております。
○山田(長)委員 それは廣岡局長が招待したのではないか、こういうのですか。
○吉村証人 二次会でございますから、どちらから行くことになったかちょっと承知しておりませんが、こちらの方と向うとで費用は分担したように聞いております。
○山田(長)委員 だいぶ話がわからなくなっちゃったのだが、そうすると、三菱電機が半分持って、あとの半分は廣岡局長、要するに国防会議で持ったというのですか。
○吉村証人 そうじやないかと、これは私の推測でございますが……。
○山田(長)委員 こういう会合は、主として大乃は大体月に何回と持たれているのですが、女中も、あるいはここへ出入りをするマージャン相手の芸者までも、全然名前の記憶がないという点はどうも理解ができないのですけれども、何か一、二思い出せる点があったら、ここでやっぱり出してもらったらいいと思うのです。
○吉村証人 女中さんの名前は今でも覚えております。
○山田(長)委員 だれです。
○吉村証人 おきくさんと、おしずさんというのが……。
○山田(長)委員 紅馬車の、あなたがいつも相手とされる人は何という人です。
○吉村証人 紅馬車については、全然女の人の名前は知りません。
○山田(長)委員 支配人、あるいはその他の人たちで知っている人の名前を言って下さい。
○吉村証人 繰り返して申し上げますが、知りません。
○山田(長)委員 やはり数回にわたっているエスカイヤの場合に、知っている人の名前を言って下さい。
○吉村証人 エスカイヤの場合も、ちょっと記憶に上らないのでございますが……。
○山田(長)委員 幾松の場合はどうでず。
○吉村証人 幾松の女中さん、おかみさんの名前は知りません。
○山田(長)委員 京稲の場合はどうでず。
○吉村証人 京稲の場合は、おかみさんの名前はどうか知りませんが、おかみさんはよく存じております。あと、女中さんはときどきかわりますから……。
○山田(長)委員 かわっていても、あなたの行っている当時の人の名前ですよ。
○吉村証人 あまり記憶にないのです。
○山田(長)委員 おかみさんは何というのですか。
○吉村証人 おかみさんの名前はどういう名前か知りませんが、まあ……。
○淡谷委員 だいぶ、つやつぽい話が出ましたので、ちょっとつや消しかもしれませんが、こっちの方は別の方向でお聞きしたいのですが、防衛庁の人の中であなたが特にじっこんとしており、かつ機種選定の問題でも話し合った人、これは役所でもかまいませんし、あるいは料理屋でもかまいませんが、名前を一つあげて下さい。どういう関係の方々と交渉を持たれておったか。
○吉村証人 防衛庁の方で特にじっこんという方はいないのでございますが、職務柄いろいろ防衛上の話をするときには、防衛一課長とか、装備局の航空機課長とか、あるいは装備局の部員でありますとか、防衛課の部員でありますとか、そういう人たちと話をしておったことがあります。
○淡谷委員 役柄だけではかわりますから、人の方を話してもらいたい。名前をはっきり言ってもらいたい。
○吉村証人 防衛一課長は高橋君、それから航空機課長が馬場君でございます。それから馬場君のところには川上という技術屋さんがおります。特に飛行機の問題でいろいろ仕事の上の話を聞いたのはこの範囲だと思います。
○淡谷委員 あなたはもう一つ一つの事例をお忘れになったようですが、防衛庁関係で席を持った人がございますか、あったら名前をあげて下さい。こちらはずいぶんありますが、あなたは否定されるから、防衛庁の方の人の名前を一つ。
○吉村証人 兼任の参事官を呼んで懇談をするという、ような場合のあれで、たとえば高橋兼任参事官と飲んだこともありますし、それから馬場君とも一、二回飲んだこともございます。それから装備局の岡部部員とか、こういった人とも飲んだことがございます。
○淡谷委員 大蔵省関係はどういう方と一緒に飲まれましたか。さっきは名前があがっておりますが:…−。
○吉村証人 当時私の部下、あるいは私の後任でございました船後君とか、あるいは田中主査とか、赤羽君とか、こういった人たちとときどき飲んだことがあります。
○淡谷委員 飛行機はどうせ国産をやるのですから、これは国内の会社なんかと会食することはあり得ると思いますが、あまりこだわらずにいろいろ資料を調査する場合に、どういう会社の方々と会ったことがあるのですか。つまり会食をしてもしなくてもいいのですが、接触を保っておった人はどういう人ですか。
○吉村証人 新三菱の方、それから川崎航空の方、それから新明和、こういった方々です。
○淡谷委員 三洋電機の人は御存じありませんか。これはたびたび名前が出てきますから、これは知っているだろうと思うのですが、どうですか。念のために……。
○吉村証人 三洋電機の方とは、おつき合いございませんです。
○淡谷委員 新三菱では、だれを御承知ですか。
○吉村証人 由比さんの前任者の中川さん、それから由比さんとか、それからそこの課長あたりと話をしたこともございます。
○淡谷委員 川崎航空の人をおっしゃって下さい。
○吉村証人 川崎航空の方は、主として東京の支店長をやっておられます中南さん、それから若干の軍役の方でございます。
○淡谷委員 若干の重役さんじゃ、あまりかわいそうですよ。名前を言って下さい。
○吉村証人 ちょっと今忘れたのでございますが、二、三人ぐらいの方とお話ししたこともございます。
○淡谷委員 二、三人の一人も思い出せませんか。
○吉村証人 今ちょっと思い出せませんが……。
○田中委員長 それは食事をともにしたの、役所で会ったの。
○吉村証人 役所です。
○田中委員長 食事をともにしてない。
○吉村証人 はあ。
○淡谷委員 常務ですか、専務ですか、それとも普通の課長級ですか。重役といってもいろいろございましょうけれども。
○吉村証人 いわゆる部長クラスです。
○淡谷委員 新明和の人たちをおっしゃって下さい。
○吉村証人 新明利の方も名前はちょっと記憶しておりませんが、仕事の上でいろいろ意見を聞いたこともございます。
○淡谷委員 あなたはさっき答弁の中で、天川さんが方々の会社で講演をし、あるいは頼まれてあっちこっちに話をしに行くんだということを言っておりましたが、いろいろな会社へ行くというのは、どういう会社ですか。
○吉村証人 あまりせんさくもしなかったのでございますが、いろいろな大きな会社の社長さんあたりで組織されている会に、月に二回とか出かけられて話をするとか、あるいは、具体的な会社の名前は聞いておりませんが、いろいろ話をしてくれというふうに頼まれて行ってやっている、というふうに伺っております。
○淡谷委員 会社の名前を言って下さい。
○吉村証人 会社の名前と申しますと、ち、よっとそこまで。詳しく聞いたことばございませんから。覚えておりませんが、相当数の会社じゃなかったかと記憶しております。
○淡谷委員 さっきあなたは、、天川さんが新三菱重工の顧問ではないということを申しましたが、どこの顧問ですか。
○吉村証人 天川氏からは、三洋電機の顧問というふうに聞いておりました。
○淡谷委員 天川氏が講演の内容とされているのは、防衛庁あるいは国防会議のいろいろな資料に基いて講演されたと聞いておりましたが、現に天川氏の秘書の富田さんの手の中には、航空機の諸元比較表というナンバー7の番号を打った機密書類が手に入っている、極秘の判が押されております。これは大蔵省の主計局の判が押されておりますが、あなたが渡したのではありませんか。この書類は一体どこにあったのですか、わかりませんか。
○吉村証人 その書類につきましては、午前中もお尋ねが。あったのでありますが、記憶にございません。
○淡谷委員 あなたは天川氏といろいろ話をされる場合に何か資料をやらなければ、、犬川さんもいくら。頭がよくても、のっけから意見は述べられぬと思いまずが、どういう資料を提供していますか、国防会議として。
○吉村証人 別に資料をまとまったものを、これだというので差し上げたことはないように思っておりますが、ただ先ほど申し上げましたように、委託作業をお願いしておった関係で、その作業の過程におきまして、天川氏といろいろ議論をしたのでございますが、その中途で私の方で持っております書類のある部分を広げて、これはこうなんだけれどもどうだというふうな議論をしたことはございます。そういう意味では、先生があるいはごらんになっているのかもしれません。
○淡谷委員 委託作業の内容は何か項目がありますか。これこれのことをやってくれといったようなことはございますか。
○吉村証人 はっきり。全部は覚えておりませんが、飛行機の性能の比較をする場合に、比較に言いては、どういうふうな考え方をすべきかというふうな項目で、作業をお願いしたように覚えております。
○淡谷委員 一体この委託費をどのくらい払ったのですか。天川さんとは組しい間であれば、全然話がないことはないでしょう。いくら。経理に関係なくても、三十万ぐらいのものは国防会議の全体の費用の中で幾らでもありませんし、謝金が幾らあって、委託費はどのくらいあるか、それくらいはつかまえなければ人は頼めないと思います。天川さんの場合、一カ年に国防会議が謝金を幾ら払ったか、あなたが頼んだ委託作業に対してはどのくらいの公費を出したか、このくらいなことは。隠さなくても、資料を見ればわかるの。ですけれども、はっきり言って下さい。
○吉村証人 講演の謝礼をどの程度払っておったか、私はその係でございませんからよくわかりませんが、一般の官庁並みの謝金で出ておったはずであります。それからその新機種の選定に当って、性能比較の考え方についての委託につきましては、たしか十万円程度の金を払ったはずでございます。
○淡谷委員 三十二年度の国防会議の謝金は三十八万四千円です。それから委託費は百万円あります。三十三年度は諸謝金が三十八万四千円で、委託費は九十五万円あります。あなたはさっき、思い出すのは天川氏と、それから商大の先生と申しましたが、十万しか払わなかったならば、三十二年度でも八十万ぐらい残っていますが、これは全部商大の先生がもらったのではないでしょうな。
○吉村証人 先ほど申しましたように、天川氏のなにと、それから商大の先生にお願いした分と、そのほかにたしか一、二件あったように思いますが、ちょっとどういうテーマであったか、今記憶がないのでございます。
○淡谷委員 指令は天川氏に渡してありますか。
○吉村証人 おそらく渡してあるんじゃないかと思いますが……。
○淡谷委員 天川氏が他の会社へ行って講演をする場合に、次期戦闘機の機種進定の委託を受けたという岸国防会議議長の名前のついた何か証明書か、指令か、委託辞令かを持って信用を得ているといううわさを聞きますが、こういうことはあなたは御存じありませんか。
○吉村証人 そういう文書をだれの名前で委託契約を結んだか、私ちょっと、係でないのでございますからわかりませんが、そういう式の文書はおそらく天川氏のところへいっておると思いますから……。
○淡谷委員 いっておるということは、あなたはどこで知りましたか。
○吉村証人 先ほど申し上げましたように十万円の作業でございます。から、その法律関係をはっきりする意味で、文書を差し上げるのは例でございますから、おそらく庶務担当の方で差し上げてあると思います。
○淡谷委員 ここで私、吉村さん、あなたにしっかり考えてもらわなければならぬことがあるのですが、さっきは辞令は出てない、指令ではないかもしれないが、指令みたようなものは出していると、こう濁していましたが、問い詰められると、はっきりあなたは出ていることは知っているのですな。これは辞令か、指令か、内容のわかっているだけは、はっきり言って下さい。これは重大な問題ですから、あなたに言うのです。
○吉村証人 これは委託契約による委託費を払うわけでございますから、辞令というから、辞令というそういう人事上の辞令でないことは確かです。あとはどういう形式になっておったかは、そういう係の仕事をやってなかったものでございますから、はっきり存じないのでございますが……。
○淡谷委員 内容は、どういう内容です。
○吉村証人 先ほど申しました次期戦闘機の性能を比較する場合の方法論といったものが、委託のテーマになっておったはずでございます。
○淡谷委員 その指令か辞令を持つて、この性能比較の話をどんどん会社でされることば、機密条項には触れませんか。
○吉村証人 どういうデータで天川氏が話されたか、私まだ存じないのでありますが、われわれの方としましては、先生にまとまった資料を差し上げた覚えはないのでございますから、どういう筋合いの資料かわかりませんが、国防会議に関してはそういうことはないと思っておりますが……。
○淡谷委員 この辞令に岸国防会議議長の名前がついておったとしたならば、天川氏を、嘱託でないまでも、委託作業に動員したのは岸国防会議議長の責任と思ってかまわないでしょうな。おそらくこれは廣岡事務局長の独断ではできないでしょう。どうです。
○吉村証人 そこいらあたり、私も当時の事情をよくつまびらかにしませんので、ちょっと御返事できませんが……。
○淡谷委員 あなたの知っております辞令ですか、指令ですか、委託作業のため中の委託書ですか知りませんが、これを最終的に責任を持って出したのはだれです。はっきり言ってもらいたい。
○吉村証人 最終的な責任と申されましても何でございますが、むろん補佐官としては、補佐官の最高のなにとしては事務局の局長のなにであろうと思います。
○淡谷委員 事務局の局長が国防会議の議長名でそういう書類を出せますか。機構上どうなっています。岸総理は天川君を知らぬと言っているのです。その知らない天川に対して、岸信介の国防会議議長の名前をもってこういう委託が出ておって、それがさまざまな問題を生んだとしたならば、これは廣岡事務局長が偽造したのか、あるいは岸国防会議議長が知っていて知ら。ぬと言ったのか、どっちかと思いますが、これはどうです。
○吉村証人 当時のそういうあれにつきましては、私は主管の参事官じゃないものでございますから、はっきりしないのでございますが……。
○淡谷委員 責任のある国防会議の議長やあるいは防衛庁長官などを無視して、勝手気ままに防衛庁の末端の課長、部長あたりと国防会議の事務局の連中が集まって、勝手な書類を出して次期の戦闘機の機種選定の作業をした、こう思ってもかまいませんか。
○吉村証人 機種選定につきまして、は、防衛庁ではむろん防衛庁の全知能をしぼって作業をやられたわけでございまして、それを行政府としてきめる段階は、最終的には国防会議の決定が必要であるという点におきまして、国防会議の事務局としては、国防会議にお諮りする前に議案としての整理をする必要があるものでございますから、その整理をするのが任務であったわけでございます。その場合に、単に防衛庁でおきめになった事柄の字句を直すということだけではなくて、防衛庁のお考えもわれわれ参事官あるいは幹事の段階で聞き、それで疑問の点はただす。そういう点で、次期戦闘機の決定に当ってはどういうふうな点をよく考えるべきかということについて。のいわば手引きとでも申しますか、そういった点を天川氏にお願いしたわけでございまして、別に防衛庁のやるべき仕事をぶんどってやったという性質のものでは毛頭ないのです。
○小川(豊)委員 最後に、次期戦闘機の問題がロッキードがいいのか、グラマンがいいのか、何を選ぶかということが一つの問題になっております。同時にこれを選ぶ過程において、非常に不明朗な問題によってこういうことがきめられたという疑惑がいまだもって解消しておりません。従って、本日ここに吉村証人に出頭を求めてそれぞれの委員からお尋ねしました。まだこの結論は出ておりません。山田委員の質問も保留されております。また神近委員の質問も保留されております。おりますが、ここで非常に問題になると思うのは、天川というこの登場してきている人物は、国防会議の首脳部もこれは一面識もない、知らない、こういうことを以前からの委員会で答弁しておられるわけです。ところがこの天川という人は、次期戦闘機を決定するについて重大な任務を委任されております。しかもその委任した方は国防会議の議長である岸総理または事務局長である廣岡事務局長であるわけでありますが、この場合、岸議長の名においてこの委嘱がされておるということをわれわれは聞いておるし、その実証も握っているわけです。 そこで、委員長に理事会にお諮り願いたいのは、そういう状態でございますから、岸議長その他の首脳部の方がだれも知らない天川に、そういう重要な委任をするということについて、国防会議の機構なりその運用なりについて、もう一度われわれば岸議長並びに廣岡事務局長にただしたいと思いますから、理事会に諮ってこの決定を願いたい。それで本日は時間もたちましたので、きょうはその点をお諮り願って散会したいと思いますので、お諮りを願いたいと思います。 さらに吉村証人には、証人として次回も出てもらうことを私は留保しておきます。 さらに森脇参考人は、先ほどの委員長のあれによると、十八日から二十日までは出頭する、こういうことを言うてきておられますから、十八日から二十日の間にこの委員会を再度お開き願いたい、こういうことをつけ加えておきます。
○田中委員長 委員諸君に申し上げますが、御承知のごとく三十一年度の決算が非常におくれており、ほとんど手がついていない。それから今度は予備費の審議をしなくてはならない。それから三十二年度の決算の説明も聞かなければならぬ、こうなっておりますし、吉村証人の話で概略わかったのですが、同人は否認しているところもありますから、そういうことも調べるなら。調べるといたしまして、一応火曜日には三十二年度の報告を聞いて、そして予備費を審議して、三十一年度に入ることをきめて、その次にこれをやりたい。そのときに岸総理と国防会議の事務局長を呼ぶについては、私の方もこのごろ党がなかなかうるさくなって、いろいろの規定があるから、国会対策にも相談してやりたい。もちろんそのときは、天川をきめたから、天川問題についてもやりたいと思います。この次一回だけ予備費の審議と三十二年度の説明を聞いて、三十一年度の決算に入る、一応こうしていただけないでしょうか。吉村証人も疲れているだろうし、次の火曜日ではなんだろうから、火曜日の委員会のあと理事会を開いて、それをきめてやるということではいかがでしょう。
○小川(豊)委員 それでは十七日の火曜日には、決算本来の任務が残されているからこれの説明を聞く。同時に岸議長並びに廣岡国防会議事務局長、その他天川氏、その他にいつ来てもらうかを相談する、これも当日、火曜日の議題になるのですね。
○田中委員長 それを終えたあとの理事会の議題にするというわけです。 証人には長時間にわたり御苦労でした。 本日はこの程度にてとどめ、次会は来たる十七日午前十一時より開会することにいたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時十九分散会