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30回国会参議院1958/10/16

文教委員会 第3号

発言数
137
登壇者
10
会派数
3
開催日
1958/10/16

会議録

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) それでは、これより文教委員会を開会いたします。  先刻開きました委員長及び理事打合会の経過について報告いたします。  懸案になっております教職員の勤務評定に関する参考人については、協議を行いましたが、意見の一致を見ることができず、次回理事会において引続き協議を重ねることといたしました。  社会教育法等の一部を改正する法律案について、関係団体及び学識者から参考人として意見を聴取してはどうかという提案があり、協議いたしました結果、来たる二十三日に出席を求めることとし、人選については自民、社会おのおの二名、緑風会から一名それぞれ推薦していただくことに意見の一致を見ました。  次に、今回の台風による教育施設の復旧について、委員会として決議を行い、これが促進をはかるべきであるという提案があり、協議いたしました結果、本日の委員会においてこれを行うことに意見の一致を見ました。  なお、文案につきましては、お手元に配付してございますのでごらん願います。  次に、内閣委員会に予備付託されております科学技術会議設置法案について、連合審査会の申し入れを行うことに意見の一致を見ました。  本日の委員会の運営につきましては、まず、災害に関する決議を行い、次いで残っております教職員の勤務評定に関する質疑を行い、教育課程に関する質疑を行なった後、社会教育法等の一部を改正する法律案について、提案理由の説明を聞くことに協議決定いたしました。  以上、報告の通り運ぶことに御異議ございませんか。

湯山勇日本社会党

○湯山勇君 別に異議があるというわけでもないのですけれども、委員長に要望したい点が一点あるので申し上げたいと思います。  それは、前国会において当委員会に付託された法案の、審査中ということについての解釈がまちまちになりまして、これは本会議におきましても論議されましたけれども、意見の一致を見ないままでああいう結果になりましたが、この点については委員長もずいぶんいろいろ迷惑といえば迷惑というような点もあったかと思いますので、私はこの際その見解を法制局の方から明確にしてもらって、そしてわれわれのそれに対する認識の統一をした上で、提案理由の説明を聞くという手順をぜひとっていただきたいと思います。それはそうしないと、今後質問をしていく心がまえも違って参りますし、それから委員会で今後法律に対する質問をしていく、そのいろんな手順等についても問題を残したままでやっていくということはよくないことだと思いますから、一つそういう計らいをしていただくために、その法案の説明を聞く前に、法制局を呼んでいただいて、そこでお互い内部における意識の統一をした上で、議事進行をしていただく、こういうふうにお願いしたいと思います。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 了承いたしました。それでは、社会教育法等の一部を改正する法律案について提案理由の説明を聞く前に、法制局に来ておっていただいて、湯山委員から疑義のある点についてはただすということにして、議事を進行したいと思います。

中野文門自由民主党

○中野文門君 ただいまの湯山発言、よく了解ができるのでありますが、本日のこの委員会の運営については、先ほど委員長が御報告、了承を求められましたように話し合いができておるのでございまして、ただいまの湯山発言を前提としてその後に提案理由の説明を聞くということにつきましては、私はそうしたことはやはり理事会等で十分協議をされるべきことであろうと思いますし、その説明を聞かなければ、審議を説明の後にするということは理事会でそうしたことは話題にもなってなかったことでありますので、それはすみやかなる機会に法制局から当委員会においてそうした疑問の案件につきまして説明を聞くことは、これはけっこうであろうと思いますけれども、きょうの場合は、一応時間も大体理事会において三時半ごろまでに本日の委員会は終了したいということは各派で話し合いができておりますので、時間の関係もありますからして、湯山発言の取扱いにつきましてはきょうということでなしに、この次の機会にでもそういうことを一つ理事会で相談した上で、私はこれは反対は決していたしませんが、そうしないと、理事会で大体のプランを立ててやってきておるので、今急にそういう御発言を直ちに委員長としてお取り上げになるということもどうかと思いますので、この次に承わったらどうでしょうということを申し上げたいと思います。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 今、委員長としての発議いたしました問題点につきましては、きょうの日程はきょうの日程通りに進めていきたい。ただ、その提案理由の説明を聞く前に、一言法制局に疑義があると言われるのですから、これは議事進行上、そういうふうに取り運んでも提案理由の説明を聞くことには変りないと思います。時間もなるべく三時半に終りたいと思います。

中野文門自由民主党

○中野文門君 今、湯山発言の、疑義を明らかにしなければ提案理由の説明が聞かれないというふうにはおっしゃっていないとは思うのですが、やはりこの問題に関連をいたしますと、すでに管理職手当の問題のときに、あるいは審査中であるとかないとか、あるいは内容のない中間報告であるとかないとか、あのときもやはりこの未解決の各派の問題はありますので、そういうものをやはり一括して文教委員会は文教委員会として検討するということ、これは私はけっこうなことだと思います。事柄が単に法制局の、審査中だけの問題が解決して済むことでもなかろうと思いますし、その他関連したいろいろなときの委員長の取扱いの合法、非合法の見解の相違とか、万般の問題がやはり関連をして出てこようと思います。それを質疑応答の形で進んでいきますと、予定された今日の委員会の議事の進行にもやはり影響があろうと思いますので、私はけっこう、賛成をいたしますが、きょうの委員会は理事会できめられたように一つ御進行願いたいと、私はさように思っております。

湯山勇日本社会党

○湯山勇君 私は別にその問題を、前のをむし返して、この前の法律の審議がどうだったこうだったと言う意思は毛頭持っておりません。そうではなくて、あれ以後初めて提案されるわけです今回は、提案説明を聞くのは。提案説明が審査中というワクの中に入るかどうかということはお互い見解が分れたままになっているしするわけですから、その見解の統一だけはしていく、これはお互いそういう責任があるし、心がまえとしてそうあるべきだと思うわけです。だから、その点だけははっきりしておかないと、審査に入ったのかどうかということはわからないで説明を聞くというのもいかがかと思いますから、そこで審査に入る前にその点の見解統一ができれば、私ども何もその点固執する考えはありません。ただ、法制局がどういう見解を持っている、それについて納得ができるかどうかということだけですから、やっておいていただいた方があとの問題のときに、この法律は別にそうやって与党の方でも中間報告を求めるような性質のものでもあるまい。われわれの方でもどこまでも反対し通すという法律でもないのじゃないかと思いますので、この辺で冷静にそういう問題を一ぺん意識統一をしておく方がいいのじゃないですか。

中野文門自由民主党

○中野文門君 その御趣旨は十分にわかっているつもりでありますが、その法律規則によってどの段階が審査中であるかないかというような根本の問題の解明ということになりますと、相当これは時間も、あなたの方でお尋ねすれば、わからないところはその他の委員も発言することになろうと思いますので、二回の定例日を見送ってきょうの定例日になってきておりますし、その日は議事の運営は各派から理事が出ておりますので、その理事のきめられたことに大体御了承を賜わりまして、それによって御審議を願うということが私はこれは将来に対して、そういう運営の方がよいように思いまして、これは決して反対するわけではありませんが、その点は私自身はもうわかっているつもりですが、お互いに、見方、見ようによって見解の相違があるから、これはそれだけでも一日二日かりに討論というか質疑応答を重ねれば、相当時間もかかる問題のように予想されますし、きょうは予定通り、今劈頭に委員長が申されたような順序で、まあ一つ理事会でお互いの各派が出て相談をしたことでありますので、まあ一つ、それは次の機会にでも御要求を願いまして、慎重にその審査中の問題はこちらも検討をさらにいたしますから、そういうふうに委員長一つお諮りをお取り上げ願いたいと思います。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 中野委員からいろいろお話しでありますが、この問題についてはこの前の理事会のときにも、前に湯山委員の方からも御希望があったのですよ。それでその際のことについては、この前の理事打合会のときに話をしたわけです。それから、きょう帰って党の打ち合せをしたときにも、湯山委員の方からこの問題について御意見があったのですが、とにかく本日の議事日程を承知された上で、その提案前にその問題の疑義をただしておきたいということであるので、やはり一応ただしてもらって、なお、その結果によって、あるいはその後なお解明を要するという場合もあるであろうし、あるいは明確になるという場合もあるし……。本日の日程を承知の上で、しかもなおかつ、やはり提案前に疑義をただすという意見は前から持っておられたので、私としても、これが理事会の決定とはなはだしく違っておるというようなことはないので、そういうふうにお話もあったので、やはり呼んできていただいて、提案前に湯山委員の質問を受けて、そうしてただすべき点はただして、それから提案をしていただくということにしたらいかがでしょうか。

中野文門自由民主党

○中野文門君 そのお言葉はよくわかるのですがね。しかし、たまたま審査中の問題の起りは、その疑問を持たれた起りは、すなわちかつての国会で、管理職手当法案が当委員会で審議をされ、国会で扱われたことから出発しておることにも間違いがないと思うので、やはりそういう問題の解明を、あの当時の委員会運営、参議院の運営自体をただその一点だけをとらえずに、それに関連をしたいろいろな問題から角度を変えながら、やはり全体の疑問の問題を解明をする時期を私はあらためて持たれることは大賛成であります。たとえば、委員長は、委員長の報告に私見を述べてはならないというようなことがどの程度まではよいのか悪いのかというような、まあいろいろこれは問題があろうと思うのです。そういう宿題的なものはあらためて一つ宿題として快う適当に日をきめてお互いに解明することは私は大賛成でありますので、まあきょうのところは一応、御不満でもありましょうけれども、一応表に浮んだ理事会の運び方で一つそれを御進行願いたい。かように思うのですがね。

常岡一郎緑風会

○常岡一郎君 湯山委員の説も意味はよくわかりますが、理事会できめました筋、しかも時間的にもいろいろな話し合いをしました結果でありますから、それは今後の問題として、きょうは理事会の決定通りに進められますことを私は願いたいと思います。

湯山勇日本社会党

○湯山勇君 私は理事会の決定をむしろ尊重して、それに協力するくらいな意味合いを含めて申し上げているので、大臣から提案理由の説明があり始めたときに、審査に入っておるのか、おらないのか、お互いにちぐはぐなんです。だから、大臣の提案理由の御説明は一体審査に入っておるのかどうかということについては、私どもの方はそういう審査に入っていないのじゃないかという疑義を持ちますし、それから与党の方々は、もう審査に入っておるのだというようになって、その段階の把握が違ったまま進むよりも、そして今日までの経過を見ますと、法制局の正規の見解というものは聞いていないので、お互いに議運で議論したとか、あるいは本会議場で与野党で議論しただけで、法制局の見解というものは聞いていませんから……。ただ、私が特に要望したいことは、法制局はどう考えているか、結論だけでもきょう聞いて、それからそれに対する質問は次になってもけっこうです。そういう説明に入ったときにはもう審査に入っておるのだという見解を法制局は持っているのだということだけでも聞いて、入る方が私はお互いの心がまえとしてはいいんじゃないかと思います。それなら別に二分も三分もかからないので、大臣の提案の説明があれば、それは審議に入ったと法制局は認めておりますと、こう言えばそれでいいことなんで……。

後藤義隆自由民主党

○後藤義隆君 それは、あなたからも今お話がありましたが、この議案提案理由の説明をわれわれが聞くことについて、それより以前に法制局の意見を聞いておかなきゃこの議事が進行できないというようなものであれば、あなたのお話の通りがいいと思いますけれども、何もきょう提案理由の説明を聞いたからといって、法制局のそれを聞くのがこの次になったからといって、議事の進行には差しつかえないのだからね、この次にしていいんじゃないでしょうか、理事会で先ほど話があってしたのだから、……。それでないと、法制局の意見をわずか五分か十分聞いて、そしてまた今度は、お互いにそれに対して質疑を重ねられないような状態になっても適当でないと思うのですね。この次でいいのじゃないですか。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 ちょっとあれですが、湯山さんも非常によくわかって話されていることであって、疑義を持っているというか、そういうことに何ら触れないで、提案の理由の説明を聞くという点について問題があるというように考えておられるのであって、それを納得がいかなければ、自分たちのように理解がいかなければ、次の仕事に移ることを妨げるということを言っておられるのじゃないのですから、やはりもしそういうことを、ここの皆さんが疑義として持っておるとすれば、それを質問される場合に拒否する理由は私は何もないと思うのです。この前のときには、理事会でも実は提案するということについては私はいいけれども、提案する前に聞かなければできないことがあるというふうに私どもの方は考えているのだということは、この前も私は言ったのです。きょうも帰ってから湯山さんからそういうお話があって、きょうの日程を了承しないということではないので、提案を聞くということの日程があって、時間のめどをもってやっておられるけれども、提案する前に一応ただすべきところがあるので、その辺をただしたいというのですから、やはりただして、それでそれが非常に時間、日程の上に差しつかえが出てくるということであれば、また湯山さんの一つ考慮も払っていただいてやることにして、あまりここでそういうことまで一切受け付けないというようなことは、ちょっとやはり理事会の決定とはいいながら、決定といっても、理事会は日程を作っていることであって、それについて意見があれば、何も個々の委員がいろいろ発言することに異議はないのですから、よほど協力的な発言をなさっているので、ぜひ一つその程度のことは簡単にでもやはり……。また出す質問も、湯山さんの質問との時間を考えながら質問もいたしますし、そして三時半といってもだいぶ時間もおくれてきたことでもあるけれども、とにかくその辺をめどにして、今日の日程を終るようにすることにしていくというのですから、ぜひ一つ協力していただきたいと思うのですがね。

中野文門自由民主党

○中野文門君 これは協力、非協力というのは、私は問題でないと思うのですよ。とにかくかつての国会で、あなた方とこちら側と見解を異にした一つのやはり大きな山をなした問題でしょう。本日ここで取り扱われるとなると、やはりそれだけで済まぬことになるのですよ。私は決して趣旨に反対しているのでも何でもない。それをきょう別に聞かなければ、社会教育法等の一部改正法律案の提案理由の説明を聞くのに、心がまえが困るとおっしゃるけれども、これは無理に今ここでそういう御発言になって、直ちにそれをやらなければならぬような問題であるように私は思わぬわけです。決して反対をするわけではない。解明をする必要はある。しかし、無理にここで……。何とか一つしましょうよ。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 速記とめて。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 速記を起して。  ただいま湯山委員から要請がありましたように、この提案理由説明に入ったときに、審議が始まったのかどうかということについては、法制局の見解を文書によって次の委員会までに提出してもらうという、そういう希望を委員会が承認されたものとして議事を進行することに御異議ございませんか。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) それでは、御異議ないものと認めまして、以上の報告の通り運ぶことに御異議ございませんか。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 御異議ないと認めます。   —————————————

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 台風被災教育施設などの復旧促進に関する件を議題といたします。  まず、提案者から趣旨について御説明願います。

中野文門自由民主党

○中野文門君 日本社会党、緑風会、さらに自由民主党各派一致によりまして、これから申し上げまする決議案の上程方の動議を私、提出いたしたいと思います。  先般の当委員会におきましても、松永委員その他から先般の台風被災案件につきまして、当局との間に相当の質疑応答があったのでございますが、私は、われわれ各党の共同提案といたしまして、この際台風被災教育施設等の復旧促進に関する決議案を当委員会によって御決定を願いたいと思うのでございます。  あらかじめ案文はお手元に配付いたしてありますが、念のために朗読をいたします。  台風被災教育施設等の復旧促進に関する決議(案)  今次わが国を襲った第二十一号及び第二十二号台風の被害は極めて甚大であり、特に第二十二号台風による損害は深刻なものがある。政府は既に応急対策を樹立実施しつつあるが、被害児童生徒の就学の不安を除去し、学校教育及び社会教育の施設設備を早急に復旧するため、速かに補正予算を国会に提出し、適切な行政措置を実施するとともに、必要に応じ特別立法等を行うことにより、その万全を期すべきである。 右決議する。  昭和三十三年十月十六日  以上でございます。何とぞ委員各位の満場一致の御賛成を賜わりまするようお願いを申し上げまして、私の趣旨説明を終ります。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 速記をとめて。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 速記を起して。  ただいま中野委員から提案がありました通り、本決議案を可決することに賛成の方の挙手を求めます。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 全会一致であります。よって、本決議案は可決されました。  なお、本決議の取扱いにつきましては、委員長に御一任願います。  一言灘尾文部大臣からごあいさつがございます。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○国務大臣(灘尾弘吉君) ただいま本委員会の満場一致で御決議になりました台風被災教育施設等の復旧促進に関する御決議につきましては、政府といたしましては十分御趣旨を体しまして善処いたしたいと考えております。御了承をいただきたいと存じます。   —————————————

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 次に、教職員の勤務評定に関する件を議題とする予定でありましたが、現在質疑者が出席されておりませんので、便宜上これをあとに回し、教育課程に関する質疑を行うことといたします。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 大臣に一つお伺いしたいのですが、道徳の時間の特設あるいは教育課程の改編に伴って、学校教育法施行規則の一部を改正する省令が大幅に改正をされたことについて大臣は御承知であろうと思うのですが、いかがでございますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○国務大臣(灘尾弘吉君) 御指摘になりました学校教育法施行規則の改正につきましては、私もその事実を承知いたしております。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私は、この改正をしました省令についてこれから質疑をしたいと思うわけでありますが、私たちの考え方によると、相当これは基本の法律である学校教育法あるいはその施行令の何らの改正もないのにかかわらず、非常な大幅な改正であり、この学校教育法等と考え合せてみて、これは法的に逸脱をしているのではなかろうかというような見解を持っておるわけであります。大へんこまかい点にわたるのでありますけれども、大臣に一つお聞きをいただいて、後刻また大臣の御見解をお聞かせ願いたいと思うわけであります。  内藤初等中等教育局長にお尋ねをするのでありますが、教育課程というものは文部省がきめるというようなことがどこに一体きめられておられるのか。その点をまず御質問したいと思うわけです。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 学校教育法の第二十条に、「小学校の教科に関する事項は、第十七条及び第十八条の規定に従い、監督庁が、これを定める。」と、この二十条を受けまして、学校教育法施行規則の二十四条——第二節でございますが——教科に関する規定がございます。この二十四条の、小学校の教育課程は云々という一段でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 その今続み上げた条章は、これは教科に関する事項ということである。教科に関する事項は監督庁がこれを定める、あるいは教科は何々何々を基準とするということであって、教育課程というものを文部省がきめるということはどこに一体規定をされておるのか。それを私はお聞きをしているのです。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) ここに——二十条に書いてあります教科に関する事項、この二十条の教科というものは、これはこの法律の制定当初広い意味で教育内容一般というような意味でございまして、これは当時の、戦時中等の法令の用語に従ってこういう規定をしたのでございます。ですから、二十条の教科という意味は、教育内容一般、こういうふうに私どもは了解しておるのでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 教育課程ということは、教科ということとこれは違うと思うわけであります。で、教育課程ということについて法規の上に明確に出てきているのは、文部省組織令の第八条というところに、「初等教育課においては、左の事務をつかさどる。」、「教育課程、編制その他の教育に関する基準を設定し、及びこれらの実施に関し、指導と助言を与えること。」ということが出ているのです。教科ということと教育課程というのは違っているということは、これははっきりしていると思うのです。で、この第八条に、教育課程について基準を設定するということが出ておる、そういうふうに私は理解をしているのですが、誤まりありませんか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) この学校教育法の建前から申しますと、二十条の教科というのは、広く教育内容一般でございます。これは従来の法律体系をそのままとりましたので、これは昭和二十二年に六三制がスタートするときにこの表現を使ったわけであります。当時私はこの立案に当りましたので、従来の法令を十分調査研究いたしまして、教育内容という、一般的な意味でこの二十条の教科を使ったわけであります。  それから御指摘のように、文部省設置法の関係の場合に、教育課程という文句が出ております。これは文部省の権限の範囲を規定したものでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 この第八条の教育課程ということは、それじゃどういうことなんですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 第八条の教育課程は、ここに言う教科に関する事項と同じような意味だと思います。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 そうすると、ここの教育課程というのは、教科と同じようなものというふうに解釈をするというお話だとすれば、その教育課程については、文部省は基準を設定して、これらの実施に関し指導と助言を与えるということで誤まりはないと私は思うのですが、どうですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) さようでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 そういうことになると、学校教育法施行規則の一部を改正する省令の第二十四条に、「小学校の教育課程は、国語、社会、算数、理科、音楽、図画工作、家庭及び体育の各教科並びに道徳、特別教育活動及び学校行事等によって編成するものとする。」ということを言っておるけれども、これは「編成するものとする。」ということではないと私は思う。これは、教育課程の基準を設定するということが文部省の権限に属することであるとすれば、教育課程そのものを編成するということではないと私は思う。その点はどうなんですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 御指摘の通りでございます。で、私どもがこの施行規則あるいは指導要領で定めますものも基準でございまして、具体的に各学校がどういう教育活動を営むかということは、各学校がこの基準を適用してきめるべき事柄でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 そうであれば、私は、第二十四条というのは、これは文章の誤まりだと思うわけです。なぜこういうふうに表現をしないのでありますか。「小学校の教育課程は、」そこにずっとつなげて、学校行事等を基準として編成するものとする、となぜしないで、「学校行事等によって編成するものとする。」と、こういうようにやったのですか。私は、基準を編成するという、基準を設定する権利があるというならば、そのままにやはり第二十四条は、学校行事等を基準として編成するというふうにして明確にすべきものであって、「学校行事等によって編成する。」ということの断定的な言い方は、これは誤まりであろうと私は思うわけです。いかがですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) これは結論から申しますと誤まりでないと思います。と申しますのは、どういう教科を置くかということは、これは文部大臣に課せられた権限だと思うのです。たとえば、小学校で国語とか、算数、あるいは理科、社会科、こういうような、どういう教科、あるいは教科にどういうものが予想されるか、こういうような基準がきまらなければ、各学校では具体的に授業計画が立たないわけです。ですから、各教科の時間配当なり、あるいは教科外活動という位置づけというものを基準として明確にしておく。その基準に従って、各学校が具体的に年間指導計画をお作りになるわけですから、私どもは決して、こう書いたからといって、これで全国一律にこれがなるわけではございませんので、ここに規定された教科、「道徳、特別教育活動及び学校行事等」とございますので、この四つの柱は、これはどうしても教育内容の重要な一環として編成するように、こういう趣旨でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 これは高見政務次官に一つお聞きを願いたいのです。あとからまた大臣が来なければお聞きをするのですが、これは、今おっしゃったことは、古い第二十四条にこう書いてある。「小学校の教科は、国語、社会、算数、理科、音楽、図画工作、家庭、及び体育を基準とする。」と書いてある。教科についても「基準とする。」という言葉がちゃんと入れてある。その第二十四条を今度改めて、小学校の教育課程は何々等によって編成するものとするというのは、はなはだしい逸脱ではありませんか。基準設定ということが文部省の権限だとあなたはおっしゃっておられるわけであって、基準だという言葉は、明確に第二十四条のこの前のときに表現してある。しかも、それは、ここにある教科についてさえもそれを基準とするという言葉が明確にしてある。教科を定めるということは、法律に「監督庁が、これを定める。」第二十条を受けて、この規則の中には、何々何々の教科を基準とするということをいってある。それを、今度はその基準という言葉を全然抹殺してしまって、しかも、その教科という言葉を教育課程に改めて、教科については、監督庁が定める、と書いてあっても、教育課程については監督庁が定めるということが書いてないわけです。教育課程については、組織令の第八条の中に基準を設定するという言葉が出ておる。それを、あたかも教育課程は文部省が編成する、しかも、このワクで編成するのだというようなことを明確にするような文章表現をしたということは、これは明らかに私は逸脱だと思う。どういう一体理論からそういうことでもいいというふうになるのでありますか。学校教育法の第二十条を受けて、古い施行規則で第二十四条にこれをきめ、教育課程については組織令の第八条でこれを規定をしているというものを、今度の施行規則の第二十四条で「教育課程は、」というように改め、なお「編成するものとする。」というふうに明確にしたということは、これらの事情を私は逸脱していると思う。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 古い施行規則によりますと、お説の通り、「国語、社会、算数、理科、音楽、図画工作、家庭、及び体育を基準とする。」と、こういうふうになりましたのは、ここで実は問題になりましたのは、自由研究を入れるかどうかということが当時施行規則を作るときに問題になった。自由研究というのは、一種の教科外活動ということで、これを当時の二十二年の実態から考えまして、教科外活動としての自由研究をこの中に入れるかどうかということが問題になりましたので、ここでは基準という表現を使った。しかしながら、ここに掲げられておる教科につきましては、これは当然学校教育法十七条及び十八条の目的の中からくる教科でございますので、ここにあげた教科は当然やってもらわなければならぬのですから、新しく基準という意味はどういうものを加えるか。当時問題になったのは自由研究でございまして、今度の改正でもその趣旨は生かしてありまして「道徳、特別教育活動及び学校行事等」という、等というものがあるわけでございますので、この四つはどうしても必要である。それ以外のものが加わるなら加わってもいい。たとえば宗教とか、そういうものが加わっても差しつかえない。こういう意味でございまして、基準性はこれによって否定しておるわけではございません。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 基準性を否定しているものじゃないというお言葉であれば、私の言うようなことの方が、基準性が明確になると私は思う。何々等という、等という字があるから、これは、基準があるのだと、こういう基準なんだというお話ですけれども、「等によって編成するものとする。」というふうな言い方よりも、学校行事等を基準として編成するものとする、とした方が、基準性が明確になっていいではありませんか。前の規則にも、基準という言葉は入れてあった。あなたは、基準だと、こういう、基準設定の権利があるというのならば、そういうところを基準として編成するという方が、もっと明確になると、私は思うわけです。この点についての政務次官の御意見を一つお聞かせ願いたい。

高見三郎自由民主党文部政務次官

○政府委員(高見三郎君) これは、松永委員の御意見ですけれども、私は、表現の違いの問題だと思います。従って施行規則の性質は、どこまでも、基準を示したものである、かように御了解をいただきたいと思います。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 局長。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 政務次官と同じでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 それは全くの誤まりです。基準ということであるならば、基準性を明確にするという意味から、そういうふうな、「基準とする。」という言葉は、前も入れてあったので、新たに直したものも基準ということを明確にいうべきである。そうでなくても今、局長も次官も御承知のように、こういう教育課程、あるいは教科等、内容等、上からおっかぶせるというようなことを盛んに批判をされているときである。そういうときにそういうことを考えてみたときに、いや、文部省はそういう考え方を持っておるのじゃないのだ、前の第二十四条とは、何ら変ったものではないというようなことであるならば、しかも教科というのは、教育課程というものと同一なワクのものだというようなお考えを持っておられて、それで教育課程のこの組織令の趣旨は、何ら変更したのでない。もちろん変ってないから変更していると考えることはできません。そうなれば、基準という言葉を明確にする方が誤解を生まないし、その方が的確に法律の精神を現わしていると私は思うわけです。その点についてはどうなんですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 基準と書こうと書くまいと、国のきめたものはこれは基準でございまして、現実に、各学校でどういう教育課程を組むかということは、私は違うと思う。実際の教育課程の組み方の問題と——国が示したものは、これは全部基準でございます。ですから、これを実際にどう適用するかという問題と、私は混同していただきたくないと思う。ですから、ここに基準という言葉を書くか書かぬかということは、私は問題でないと思うのです。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 そうすると、この点については、精神というか、考えていることは全く同じなんで、ただ基準という言葉を入れてないだけであって、あくまでも学校行事等を基準として編成するものとする、ということで誤まりはないのだということで、意見は一致をしておると思うわけです。ただ表現について、あなたは、そういうことを入れる必要はないとおっしゃるのを、私は、入れる必要がある。しかも、前の旧法には明確に入れてあるので、そうでなくても誤解を生みやすい現在、教育課程を文部省自身がこれをきめて押しつけるということも批判されている時代に、やはりこういう表現をとるべきであるということは、私は、私の方が意見が正しいと思う。そこで、その点については、後刻また一つ大臣からも意見をお聞かせ願いたいと思うのですが、都道府県の教育委員会というものは、教育課程の基準を設ける権利がある、権限があるというふうに私は考えておるのですが、これについていかがですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) この基準を設ける権限は、これは法律によって監督庁である文部大臣にしかゆだねられていないわけでございます。具体的にどういう教育課程を編成するか、このことになればそれぞれ所管の教育委員会がなさるべきものと考えております。ですから、小中学校の場合は、市町村の教育委員会が具体的な編成権を持っている、こういうふうに御了解いただきたいと思うのです。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私のお聞きしたのは、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の第四十九条に「基準の設定」ということがあるわけです。都道府県の教育委員会は、「法令に違反しない限り、市町村委員会の所管に属する学校その他の教育機関の組織編制、教育課程、教材の取扱その他学校その他の教育機関の管理運営の基本的事項について、教育委員会規則で、教育の水準の維持向上のため必要な基準を設けることができる。」教育課程について必要な基準を設けることができるというふうに書いてある。で、教育課程について、やはり都道府県の教育委員会は、必要な基準を設けることができると私は思うのです。これはその通りだと思うのですが、どうですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 四十九条にありますように、「都道府県委員会は、法令に違反しない限り、」なんです。ですから、文部省が出しましたのは、これは法令ですから、「法令に違反しない限り、市町村委員会の所管に属する学校その他の教育機関の組織編制、教育課程」云々とあるのですから、文部省の施行規則なり、あるいは指導要領の基準に定められてある範囲内において、矛盾しない限りにおいて、指導、助言をする、こういうことでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 矛盾をしない限り、とにかく教育課程について必要な基準を設けることができると思うわけです。そういうようなことを考えてみたときに、なお一そう、第二十四条において、教育課程については文部省が基準をきめることができるんだ、その基準というものを一つのよりどころとして、また、教育課程については、都道府県の教育委員会がその基準を設けることができると、こういうふうになっているのです。従って、文部省が基準を作るというだけではなくて、都道府県の教育委員会も、必要な基準を作れることになっているわけなんです。「法令に違反しない限り、」そのワクの中で、ということになってくるとますます第二十四条で、「等によって編成するものとする。」というような断定の仕方は、文部省みずからの基準ということを逸脱しただけではなくて、都道府県の教育委員会が基準を設定するというこの法律からいっても、やはりこういう表現の仕方というものは、適確を欠いているというふうに私は思うのです。やはりそういう基準を作るということを明確にしておかないと、この地方教育行政の中の基準という言葉がやはり明確に出てこないわけです。従ってあなたは、これは基準ということだと言うけれども、文部省の基準ということについても、やや——ややじゃなくて、明らかにこれはそういうことをぼやかしてしまう。なお、この第四十九条の中の基準という言葉ともやはり逸脱をしておるのです。これは明らかに第二十四条というものは間違いである。こういう断定の仕方——「等によって編成するものとする。」というような言い方は——「等」という言葉があって、基準等などという、そういう言いのがれな言い方というのは、むしろあなた方は、法律を正しくまじめに行うのが私たちの役目だとおっしゃるならば、そういうところを法律に誤まりのないような表現をするのが私は当りまえだと思うが、どうですか、その点。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 私が先ほど申しましたのは、昭和二十二年当時の学校教育法施行規則としての基準という意味は、自由研究を入れるか、入れないかということで問題になったので、基準という表現を使ったわけなんです。今回は、自由研究といったようなものが、特別教育活動なり、学校行事というようなものに明確に現実になって参りましたので、こういう点を整えたにすぎないのであります。ですから、国の基準は、二十四条に明確になっているわけなんです。私どもは、それに従って、必要があれば、都道府県の教育委員会は、必要な基準を設ける、もちろん学校教育法施行規則なり、あるいは学習指導要領を充足した上に、その県の事情によって、必要があれば必要な基準を作る、こういうように御了解をいただきたいのであります。作らなければならないという義務があるわけじゃない、必要があれば、必要な基準を設けることができる、こういうことです。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 あなたはそうおっしゃるけれども、今言ったような二つの理由からいっても、第二十四条の文章は、表現を改めるべきものだと私は思うわけです。第二十四条の二の「小学校の各学年における各教科及び道徳の授業時数は、別表第一に定める授業時数を下つてはならない。」、こういうことを言われておるのですが、この第二十四条の二の「授業時数を下つてはならない。」ということは、一体この都道府県教育委員会の教育課程の基準を設定するという権限を侵しているというふうに私は思うのですが、これでも、地方で基準を作ることができるのですか、その点はいかがですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) ここでは、四十九条は、別に教育課程だけじゃございませんので、「教育機関の組織編制、教育課程、教材の取扱その他学校その他の教育機関の管理運営の基本的事項について、教育委員会規則で、教育の水準の維持向上のため必要な基準を設けることができる。」、別にこれは義務規定じゃございませんので、ですから教育内容につきましては、根本的にどういうふうなものを作るかということは、これは学校教育法の二十条によって文部大臣に与えられた権限でございます。従って、その権限の基準のきめ方ですが、このきめ方をどうするかということが問題になると思うのです。最低基準を定める場合には、下ってはならない、こういう基準のきめ方もあると思います。また、基準性によって望ましい基準という場合もあるだろうと思うのです。この授業時数については、少くともこれを下ってはならない——ですからそれより高めることは、これはけっこうなんです。ですから、一週間の授業時数が、たとえば三十時間というふうに規定されます場合に、週間の授業が三十四時間可能でありますれば、四時間の範囲は自由に調整できる、こういう意味でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 それでは、第四十九条の「基準の設定」というところですが、第二十四条の二の「授業時数を下つてはならない。」、そういう言葉があって、なおかつその基準を設定するといったらば、それは、どういう基準を設定することになるのですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) ですから、私が申しましたように、教育課程について、さらに都道府県が基準をおきめになる必要があるかどうか、その各県の事情によるわけです。ここでは、四十九条は、必ず必要な基準を設けなければならぬということを言っておるわけじゃないのです。必要があれば、必要な基準を設けることができる、しかも、それは「法令に違反しない限り、」においてでございますから、その点は、各都道府県において、必要があるかどうかという、まず認定の問題だと思うのです。国の基準で差しつかえがないということならば、それをそのまま黙っておれば、これが各教育委員会に対して当然拘束するわけでございます。ですから、各県が実情を考慮して、必要があるかどうかという、まず認定をしてあったということが前提であるときに、基準を設けられる、こういう意味でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 必要があれば基準を設けられるということを強調されるのですが、もし必要があって、基準をきめるという場合に、第二十四条の二というものは、「下つてはならない。」ということになっておるわけです。そうすると、その基準ということは、真の基準ではないじゃありませんか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) それは必要最小限度の基準でございます。ですから都道府県が、作られる場合には、その上の基準を作っていただかなければならぬ、たとえば週間時間が三十時間を基準としておる場合に、これを二時間ふやすとか、あるいは一時間ふやすとか、そういう基準は、これは可能でございます。たとえば、道徳については、毎週一時間と規制しておりますが、某県におきましては、今度は二時間にすると、こういうきめ方は可能でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 そういうことになれば、私はむしろこの第二十四条の二というものも、「別表第一に定める授業時数」を基準とするということを言う方がいいのであって、「授業時数を下つてはならない。」というようなことであったのでは、第四十九条において、必要な基準というものを設けることができるという、必要な基準を設ける場合の障害になるじゃありませんか。だから、そういうふうなことであれば、あくまでも第二十四条の二というものも、要するに授業時数を基準とするという言葉を使うべきであって、その「授業時数を下つてはならない。」というような言葉などは使ってはいけないと思うのですが、どうですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) これは政策の問題だと思います。基準の中には、必要な、最小限度のこれだけはどうしても守らなければならないという基準と、望ましい基準があると思うのです。いわゆる標準的な基準があると思います。これは授業時数に関する限りにおきましてはどうしてもこの時間を割ってはならない必要最小限度の基準だ、こういうふうに考えておるのでございます。従って、こういう表現を使ったわけであります。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 それはあなたの方の、つまり必要な基準として考えておられるものであって、しかもなおかつ先ほど話したように、教科についてもそれを基準とするというようなことがある。教科についてさえ基準という言葉を使ってある。そういうときに、授業時間については下ってはならないというような言い方をすることは、やはり基準というものを極端に自分の方に都合のいいように書き改めたというふうに私たちは思う。つまり、その授業時数についても、別表第一に定める授業時数を基準とする、下ってはならないということになれば、それよりも下った基準をきめることはできない、必要な基準ということになれば。そういういわゆるワクを作るよりも、授業時数を基準とするというような表現の仕方をすべきだったと思う。これもまた非常に一方的な押しつけのいわゆる表現だと私は思うのです。  そこで、なお一歩進んで、地方の教育委員会というものは、この教育課程について管理をしたり執行する権利があるというようなことが明確にされておりますが、こういう点と、それからあとの「前項の規定にかかわらず、臨時に授業を行わない場合でやむを得ない事情があるときは、前項の授業時数を下ることができる。この場合においては、当該小学校の設置者は、その旨を、市町村立の小学校にあつては都道府県教育委員会に、私立の小学校にあつては都道府県知事に届け出なければならない。」こういうようなことが出ておるわけです。これは一体その地方教育委員会の教育課程の管理執行権というようなものとどういうふうに関係があるのでありますか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) この市町村の教育委員会が、御承知の通り教育課程の編成権を持っておるわけでございます。この場合に、非常災害等の場合には当然にこの規定におきましても一定の授業を欠くことができるわけでございます。その場合に、どの程度授業が欠けるかという点については、第二次の監督庁であるところの都道府県の教育委員会に報告の義務を課したということでございまして、直接都道府県の教育委員会がこれに対して監督権を行使しておるわけではございません。ですから、監督権はあくまでも市町村の教育委員会が行使するわけでございますけれども、先ほどあなたが御指摘になりましたように、都道府県の教育委員会は教育管理その他設備等についても基準を設けるような規定さえもあるのでございますから、こういう意味で、県下の教育が全体的に歩調をそろえる必要がある、そういう点から報告の義務を課した、こういうことでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 先ほどよりお話が出てきておるのですが、授業時数については一つの基準だということです。そういう基準に基いて第四十九条で必要な基準をまた作ることがきるわけです、地方教育委員会が。しかも、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の中の第二十三条に、教育委員会は「その権限に属する事務で、次の各号に掲げるものを管理し、及び執行する。」と書いてあります。それに学校の教育課程については地方の教育委員会が管理執行の権利を持っておるわけです。管理執行の権利を持っておるそのものが、この基準にある授業時数について、それが変ったからといって当該の小学校の設置者はその旨を、市町村立の小学校にあっては都道府県教育委員会に届け出なければできないというようなことが一体これがあり得るでありましょうか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) これは御承知の通り、二十三条で、市町村の学校の教育課程については編成権が市町村の教育委員会にある。しかし、今松永委員が御指摘になりましたように、都道府県教育委員会は、この都道府県の基準をきめることもできるわけです。でもすから、ある意味で二次的な監督官庁でもあるわけです。こういう意味で県下の教育が全体的に一つの水準を向上しなければならぬ、こういうような見地から、各地の状況というものをつまびらかに知っておく必要があると思うのです。文部大臣も同様だろうと思うのです。しかし、この件に関しましては、とりあえず都道府県で実情を把握しておく、こういう意味で届け出の義務を課したわけでございます。  私どもは、先ほど申しましたように、援業時数についてはこれは最低限である、つまりこれ以上この時間を割ることになりますと、国民教育上非常に憂慮すべき事態が起きるかもしれませんので、ここは私どもは最低限だけは国の方できめておきたい。国民教育の水準を維持し向上するためには、この措置が必要であろう。ですから、その最低限の時間を割る場合には、これは都道府県の教育委員会に届け出しておくように、こういう趣旨でございまして、都道府県の教育委員会としては、それによってさらに適切な指導なり助言を加えることも可能だと思う、こういう趣旨でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 今あなたがおっしゃっていることが非常に強弁だというふうに私は思う。御自分でも思っておられるのじゃないかと思うのですが、幾ら時間を下げてはならないといっても、それは一つの基準だと、明らかにこう言っている。これは教育課程の中のものでありますから、授業時間というものは教育課程の中のものですから、これは明らかに基準である。しかも、その授業時間の基準に応じて必要な、もっと教育の水準の維持向上のために必要な基準と、その基準に基いて授業時間についても定めることができることになっている。しかも、その教育課程の授業時間とか、どういう教科を含んでどういうふうに編成するかということについては、基準に基いて執行する権利や管理する権利を持っているわけです。何ら管理や執行の権利を持っていない都道府県教育委員会に、授業時間を変更したときは届け出なければならない。そうなってくるならば、教育課程の基準を変えることは全部届け出なければできないということになってくるじゃありませんか。一体こういうことで、どういうところに時間数の問題、どこに一体執行権、管理権があるのでありますか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 別表一にきめました時数というものは、私どもはこれは国の最低基準だと考えている。これは絶対割ってもらっちゃ困ると思うのです。と申しますのは、この授業時数のもとに教育内容がきまり、教科書の編成が行われるわけでありますから、この時数をみだりに割るようなことがあってはならない。従って、これを割る場合には、文部大臣としては教育の責任が十分に果せないと思う。こういう場合は、やむを得ない場合には仕方がないと思うのです。その場合に何らかの埋め合せをするなり指導、助言をする必要があると思う。こういう点から、都道府県の委員会に報告の義務を課したことは私は当然だと思う。うしろの別表が最低基準でありますが、あなたのお考えの基準というものは、何か守らなくてもいいという多少意味がおありになるのかどうか、その辺はわかりませんけれども、その基準の中には、望ましい基準も最低基準もあるし、標準的な基準もある。少くとも授業時数に関する限りは、この最低基準は割ってはならないというふうに考えておるのでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 それじゃ、そういうふうに、望ましい基準、最低基準というものを勝手に自分できめて、それを押しつけているのかどうか。そういう望ましい基準とか、最低基準というものを、あくまでそれを基準として受け取り、別に最低だから割っては悪いというところが、どこに一体法律にあるのですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) これは先ほど申しましたように、二十条にあるように、教科に関することは文部大臣が定める、こういうことでございますから、どういう基準をきめるかということは、これは文部大臣にまかされていると思う。ですから、ここまではどうしても割っちゃならぬとか、あるいは国語、算数、理科というような教科は設けなければならぬ、こういうようなことは、これは私当然文部大臣にまかされた権限である。ある学校は国語はやらなくていい、あるいは社会科はやらなくていい、こういうことは私は困ると思うのです。ですから、どういう教科を置くか、その教科を置く場合に、年間総時数は大体八百時間なら八百時間、これだけは守ってもらわなければならぬという基準をきめるのは私は国民教育の水準を維持向上する上から考えて当然ではなかろうかと思います。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 そういう基準を定めるということを私は否定をしておらないのです。しかし、その基準というものに基いて必要な基準を地方の都道府県の教育委員会がきめることができるという以上は、その基準のここを下っては悪いというような基準の言い方はないと思うのです。しかも、それについて実際に執行する権利や管理をする権利というものは教育委員会にまかされておる。執行権や管理権を持っておるところから届け出なければできないというような、そういう言い方は一体できるものなのか、どうなのか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 別にやむを得ない事情がある場合には授業時数を下げることができると書いてあるのです。災害その他やむを得ない事情で年間八百時間やれない場合には、私はやむを得ないと思うのです。しかしながら、この基準を割る以上は正当な理由があるわけなんだから、その場合に都道府県の教育委員会に届け出の義務を課した。別にその市町村の教育委員会の管理執行権を侵害していないと思う。国の基準がどの程度守られておるかということは私どももこれは承知しておかなければならないことだと思うのです。  それから、今お話の、都道府県の教育委員会がこの基準をきめることができるというわけですから、私どものこの最低基準は年間八百時間でございますから、この県の特殊事情として年間八百五十時間にするとか、あるいはいろいろの御事情があろうと思うのです。それはできるという意味です。この基準の上に、さらに都道府県の教育委員会が必要があればそういうことをおきめになってもけっこうだと、こういう趣旨でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 あなたはその基準が基準であるし、その基準は文部省がきめるということはきめられてあるし、監督庁はこれをきめるのだと、こう言われておる。法律にあるのは教科に関する事項ですよ。教科に関する事項というのは、どういう教科を持つかということについては、監督庁はこれをきめるということであって、しかも教科については第二十四条にこういう教科を基準とするということが出ておる。教科をきめるということについては、監督庁がそれを定めることができるでありましょうけれども、教科の授業時数あるいはその他の道徳とか特別時間のことまで全部きめるというようなことは、法律には出ておらない、どうなんです。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) これは、従来からそういう教科に関する事項というのは教育内容の一般であるということは、私が先ほど来申し上げておるように、これは制定の当初からそういう意図でございます。従って、前の施行規則におきましても、時間配当のことが出ておるわけです。ですから、教科一般に関する事項でございますので、お話のように、文部省の組織令の中にも教育課程の基準をきめる権限があるわけです。ですから、教育課程というものは教科の内容だけでは出てこない。時間配当がなければ教育課程にはならぬと思うのです。ですから、文部省の組織令とこの二十条とを合せお考えいただければ、私はこの教科に関する事項というものは、教育内容一般というふうに御理解いただきたいと思うのです。これは制定の当初にそういう趣旨で制定したということを御了解いただければわかることだと思うのです。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 制定の当時、そういうふうなことだというお話でありますけれども、制定の当時作った施行規則には、教科には何々々を基準とするというふうに明確にしてあるのですよ。あなたのおっしゃっておるように、教科というものが非常に一般を意味するものであって、そういうことは、そんなことは出ておらないのですよ。今度初めてあなた方は第二十四条を改めて、「教育課程は、」という、教科という言葉をそこを抜かして、「教育課程は、」というような言葉で現わした。ほんとうは法律には教科ということは出ておる。教科は監督庁がきめる。そこで、その教科を監督庁がきめるということを受けて、教科は何々を基準とするというふうに出ておる。そこで、教育課程の編成については組織令の方で基準を設定をするというふうに出ておる。あなたは、昔から教育課程全部を意味しておるのであって、教科というのは教育課程全体のことを意味して、監督庁はこれをきめるというならば、なぜ、その当初から……第二十四条はそういうふうに書いていないのですよ。今あらためて教科ということを教育課程という言葉にすり改めた。それで、教育課程を監督庁がきめるかのごとき言い方をしておるけれども、今あなた方がそういうふうなお考えをお持ちになっておるとしても、ここに出てくる法律と施行規則の規定は明らかに教科について文部省がきめるのだ。監督庁がきめるのだ。教科についてはこういうものが基準になるのだ。教科以外のことやいろいろな時間とか、どういう教科を中心にして教育課程を編成するということについては、これは都道府県の教育委員会のやることであるし、その基準を文部省がきめるというふうに出ておる。あなたの言っていることはまことに強弁ですよ。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) これは前の施行規則でも二十五条に、「小学校の教育課程については、学習指導要領の基準による。」この教育課程という言葉が出てくるわけです。ですから、この二十五条がどこからくるかといえば、二十五条は、二十四条を受けなければならぬ。ここに何ら説明なしに教育課程というものを入れているわけです。ですから、教育課程と教科というものは広い意味では、私どもは同じである。これが、文部省設置法の組織令には教育課程ということが出てくるわけです。ですから、当初から私どもはこの二十条の教科に関する事項というのは教育内容一般に関する事項というふうに理解し、またそういうふうに考えておるのでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 そうではなくて、第二十四条に教科を基準ということが出たので、その教科について「小学校の教育課程については、学習指導要領の基準による。」と書いてある。教科が定められて、教科の教育課程については学習指導要領の基準によるということで、各教科別のこれは学習指導要領ができた。何も教育課程全体を監督庁がきめるなどということはどこにも出ておらぬ。この前の第二十五条は、第二十四条の教科を受けて、その教科の「教育課程については、学習指導要領の基準による。」という言葉が出てくる。それで教科別の学習指導要領というものが出て、それが基準線だということになって、あなた方強調された。今あなたのおっしゃったことは全然逆です。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) この学校教育法二十条で、教科に関する事項は、文部大臣にゆだねられている。それが施行規則によって教科という、第二節に教科がございます。この教科については、具体的な教科と教科課程の問題が出てくるわけです。ですから、教科の中には、この「小学校の教科は、国語、社会、算数」云々と書いてありまして、「体育を基準とする。」ですからこの当時基準とするという意味の中には、先ほど来申し上げましたように、小学校の自由研究をどうするかという問題があったのです。この自由研究というようなものが特別教育活動に発展したわけです。あるいは学校行事等もあるわけで、そこで二十五条の教育課程、これも教科に関する事項の中に入っておるわけです。二十五条の教育課程は、これは二十四条をもちろん受けます。教科課程はこれは二十四条を受けますけれども、二十四条だけじゃないわけです。やはり教科外活動があるわけですから、そういうものを含んだ教育課程について、これは学習指導要領の基準によると、ですから、この中には教育課程を含む以上はどういう教科、それからどういう時間、こういうものが重なり合って具体的な教育課程ができるものと考えますので、私どもは何らお説のような違反をしておるとは考えていないのでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私は、あなたのおっしゃることとは全然違うのであって、第二十四条に教科を監督庁がきめると、法律できめて、その教科の基準を第二十四条できめて、そうして、その教科についての教育課程について学習指導要領というものが作られて、それが基準になり、広い意味の教育課程の基準というものを設定する権利として文部省の組織令が出ておる。だから、従前の考え方からいえば教科は非常に重要だから監督庁がきめるのだ。それで、教科についてはこれこれこれこれが基準になる。教科についても今までは基準という言葉を使ったのですよ。教科についても基準だというふうに言ってある。だから、これ以外の教科を作ってもこれは差しつかえはないわけだ。そうして、その教科は重要であるから、教科を一応羅列をしてきめて、そうして、その教科については非常に重要であるから、学習指導要領を作って教育課程を定め、基準を作った。そうしてその教科その他を含めてその教育課程を編成しなきゃできないから、そこで、そういう教育課程を編成するについては、基準を設定する権利をまず初等教育課に与えていこうというもので、広い意味の教育課程設定の権限が出てきたわけです。こういう順序でこの問題はいっているわけです。そうですよ。それをあなた方は、今度はこれでは困るので、第二十四条「小学校の教科は、」という言葉を「小学校の教育課程は、」という言葉に改めて、そうして、ずっとこういうふうな教育課程で編成するものとするというように、基準という言葉をやめてしまって、編成するものとするというふうに改めてしまった。そうして、この第二十四条の二を加えて、時間数に対する規定をまで出して、管理執行権のあるその市町村の教育委員会の権限を拘束をするような形で、都道府県の教育委員会に届け出を設定をしてきた。これがはっきりしている私は考え方だと思う。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) ちょっとむずかしい——お尋ねしちゃ恐縮なんですけれども、では、二十五条の教育課程ということは、どこの根拠からくるかということになる。あなたのお説を伺っていると、これは法律的に根拠はないわけです。学校教育法の系統からもないわけです。ですから、学校教育法の系統から見ると、これは当然、教科及び教育課程、こういうものが一般に教科に関する事項というふうに私どもは理解せざるを得ないのです。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 それは明らかに、第二十五条の教育課程というのは、教科の教育課程ですよ。小学校の教育課程についてというのは、教科に第二十四条の教科ということを受けて、教科の教育課程ということになった。それだから、明らかに、学校教育法の方に教科以外のことは出ておらぬじゃないですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) それは非常に私は違うと思う。これは学習指導要領をごらんになれば、一般編の中に教科以外の活動がたくさん出ている。ですから、これは二十四条の教科とは一緒じゃございませんです。この教育課程というのは、ここに掲げられた教科のほかに、特別教育活動、いわゆる教科外活動とか教科外教育とかが当然含まれているわけなんです。現行の指導要領にも出ているわけなんです。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 だから、おっしゃるように、その第二十四条というものを、教科を広げて、あなた方は、この教科外の特別教科としてのものを設けたり、特別教育活動というものをそれに入れて、第二十四条というものを広げたのじゃないか。そうして、広げておいて、第二十五条の「小学校の教育課程については、」ということで、一つの教育課程、それらに出てくる教科の教育課程の学習指導要領によってやれということをいって、いろいろな教科の教育課程の編成について基準を設定するということについて、第八条を受けてきた。それじゃあ、そういうことをおっしゃるなら、あなた方の方では、第八条の教育課程の基準とは一体何をいっているのですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) ですから、私が申していますように、二十条の教科というものは、教育内容一般、こういうふうに御理解をいただきまして、学校教育法施行規則は二十四条に教科をあげております。で、二十五条に教育課程というものが出ているわけなんです。それが今度、その趣旨をくんで施行規則が改正になっております。それから、お尋ねの文部省設置法の組織令の問題、これは教育課程の基準を作る具体的な権限で、別に学校教育法の系統じゃございません。文部大臣の組織内における権限の範囲を注釈した。ですから、この文部大臣の権限であるところの組織令の教育課程と、ここにあげている教育課程とは、私は同じだと思っているのです。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 これは、第二十条の教科に関する事項というのは、法律に考えている教科というのは、非常に狭い、まあ教科の中で、教育課程の中の一教科として、教育課程の一番中心になるものは教科であるから、そこで、教科については自由勝手にすることは困るので、監督庁がこれをきめるということにして、それで教科はこれこれだということにした。しかも、その教科についても、基準であるということについて第二十条で明確にしたのであるのに、それをあなた方の方では、教科というものを非常に広く解釈している。これは、道徳を入れなきゃならなくなってきたので、困ってきてしまって、それで教科を非常に広い範囲に解釈してきた。そういう教科を考えていく以上は、第二十四条で教科という言葉を使うことは非常に無理であるので、そこで今度は第二十四条に教科という言葉をはずして「小学校の教育課程は、」という広い言葉にすりかえてしまった。だから、私は学校教育法において言っている教科というのは、あなたのおっしゃるようなそんな広いものをさしているのではなくて、初めから教育課程というものについては、この前の学習指導要領に、教育課程は子供や教師が作るというふうに出ておった、そういうふうになっておるけれども、その点を教育課程の一番中心になる教育課程については監督庁がきめるというふうに規定しておかないと工合悪いので監督庁がきめるというふうにきめた。その教科についてはこれこれだといって非常に地方の教育課程の中の最も重要な教科についてだけ国が、いわゆる監督庁が権限を持ち、しかもその教科についても基準だけを作るのだという言い方をし、その教科についてもその教育課程については学習指導要領の基準をただきめるということだけにとどめておいて、それをあなた方は勝手に教科を広く解釈して、初めからそうだと思うとおっしゃるけれども、この法律ではそうじゃない、この前の学習指導要領ではそういう説明をしていない。教科は狭い教科で、教育課程の中の重要な教科についてだけ監督庁がきめ、それについてこれを基準にするというふうにきめてある。それをあなた方は非常に広い解釈をして、わざと広い解釈をしなければ道徳も入ってこないからですし、また特別教育活動も入らない。そこで、もし、あなた方がそんな言葉を、そういう解釈をなさるなら、第二十四条を小学校の教科は、というふうに改めていくのが当りまえでありましょう。この前は「小学校の教科は、」と書いてある。それを「教育課程は、」とここで改めてしまった。もともとこういう考えできたのだという言い方をして、広い意味で考えるということを言って、しかも、それは基準だということまでもぼかして、「編成するものとする。」というふうに改める。そうして時間については、「下つてはならない。」と、こういうことにして、それで監督と実施権を持っている監督庁にまで届け出をしなければならない。こういうふうにいった。これは明らかにあなた方の規則の行き過ぎだと思う。初めの法律における教科とはそんな広い意味の教科ではないということを私は指摘をしているわけです。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) これは、わが国の戦前の法規をごらんいただきますれば、教科という意味がどう使われたかということが御理解いただけると思います。すべて戦前の法規におきましては、教科というものは教育内容一般という扱いをしているわけなんです。そして、二十二年の学校教育法制定当時、私はこの立案に当りましたのですが、そういう意味で教科という文字をとったわけでございます。で、その後教育課程という言葉がいろいろ出て参りましたが、当時は教科という言葉で用語は統一されております。たとえば、国民学校令、あるいは中等学校令等をごらんいただければ御理解をいただけると思います。決して私どもは二十条の教科というのは狭い意味にとっていない。従って、学校教育法施行規則にも教科だけじゃございませんで、教育課程の問題、あるいは学習指導要領の問題が当然出てくるわけです。もし、御指摘のように教科の中の非常に狭いものだということになれば、教育課程の問題とか、あるいは学習指導要領の問題は入ってこないわけです。施行規則の中に入らなければこの根拠はない。文部大臣が勝手にそういう学習指導要領の位置づけとか、あるいは教育活動の位置づけはできないわけでございます。ですから、従来から教科に関する制約の中には教育課程の問題、学習指導要領の問題が入っておった。今回特別に何か文部省が勝手に解釈したのだ、こういうことは、私当らないと思うのでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 それは全くあなたの強弁だと私は思う。で、教科というものは非常に広いものであったという、初めから広いものだと、こうおっしゃる。それならば、なぜ第二十四条を改めて何も教育課程という言葉を使わないで、教科でできるじゃないか。それを教育課程ということを言わないことについては、これは理解ができないから、そういうことになったんだと私は思う。で、教科について、その教科の教育課程の中心になる学習指導要領を作るということは、当然これは当りまえのことです。しかし、もっと広い意味の教育課程という問題については、これを国がきめることはいけないので、そこで組織令の方で基準の設定という原理を作ったわけです。基準だけを作るということにしたんです。教科についてだけは重要だから監督庁が定め、教科の名前も定め、それについての学習指導要領もきめて、これについてやりなさい、教科について重要性を持たせてそういうふうなこともやったんです。しかし、もっと広い意味の教育課程についてはそれを定めることができないので、教育課程については基準を設定するという、組織令で基準設定という言葉を使ってある。それを今度は逆にさかさにして、基準設定を広い意味で、教科と教育課程は同じだという言い方をして、教育課程については基準設定の権利があると、こういうことで第二十四条をぐっと広げて教育課程という言葉を使ってきたと私どもは思う。そういうことだと私は思うんで、また弁明は聞きますよ。しかし、これは明らかに私はそういうことになっておるし、あなたのような説明でいくならば、小学校の教育課程に、施行規則と法律との間の関連があなたのおっしゃるような言葉では、さっき話した組織令の教育課程という基準設定は何のことなのやらさっぱりわからない。私は、前の教育課程というのは、教科についての教育課程である、広い意味の教育課程は、教育基準設定のところの教育課程だと、こういうふうに言っているわけです。  そうしてまた、まあ非常にこまかい話になりましたが、第二十五条についても、非常に難解な言葉を使ってきた。第二十五条については、あなたがおっしゃったように、この前には、「小学校の教育課程については、学習指導要領の基準による。」と、教育課程については指導要領は基準だというふうに、非常にはっきりさせておったのを、第二十五条に今度はどう書いたかというと、「小学校の教育課程については、この節に定めるものの外、教育課程の基準として文部大臣が別に公示する小学校学習指導要領によるものとする。」と。なぜ一体、第二十五条のごときは、第二十三条のように、この前の旧規則のような明快な言葉を使わないで、わざと基準という言葉を上へ上げてしまって、小学校学習指導要領によるものとするという、そういう一貫した押しつけというか、よるものとする、何々を下ってはならない、どうしなければならないというような言い方をしてくるんです。私は、第二十五条のごときも、どういうわけでこれをそういうふうに改めなければできないのか。——こういう表現の方が明快だと私は思うんですが、どうなんですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 先ほどお尋ねの、文部省設置法の組織令に書かれておりました教育課程の基準を作成する権限でございますけれども、この権限というものは、やはり学校教育法上当然認められているからこそ文部大臣の権限になるわけでございます。従ってこれが初等中等局の権限になっていると思うのであります。組織令の中で突然にそういう権限が与えられる筋合いのものじゃ私はないと思います。  それから、いま一つの二十五条の点でございますけれども、これは、学習指導要領の性格が実は今まで出版物というような形になっておる。これは非常におかしなことでございまして、国の基準であるものと、基準でないような教師の手引書、指導書、こういうようなものが入っておりまして、それが学習指導要領の基準によるというふうになっております。しかも、この学習指導要領の法的性格は非常に明確でないわけでございます。一体、文部省の出版物なのか何なのかという御議論さえも当委員会で出たわけでございます。そこで、表現は変っておりますけれども、内容はお説の通りでございますが、「教育課程の基準として文部大臣が別に公示する。」と、ここが問題なんでございます。これは官報告示をいたしたわけでございます。従来ですと、特定の出版社が出版権を設定しておった。国の少くとも基準というようなものが特定の出版社に出版権を設定されるということが、私ども非常に理解に苦しむのでございます。こういう点から、公けの基準でございますので、これは文部大臣が告示をいたしております。そこで、その表現が少しごたごたしておりますけれども、教育課程の基準として文部大臣が別に公示する官報告示をいたしましたこの小学校の学習指導要領による、こういう意味でございまして、二十五条は前と同じ趣旨でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私も、第二十五条はさすがに基準という言葉を抜かすことができなかった。しかし、基準という言葉を上に上げてしまって、小学校の学習指導要領によるものとするという字句表現をしたということについては、先ほどの第二十四条の字句と同じように私は適切ではないと思う。もう少しやはり基準であるということを明確にするためには、この前のように、やはり教育課程は学習指導要領の基準による、というふうに明確にすべきである。そうでなくても、あなた方の考えていることが非常に押しつけであると言われているときに、私はこういう字句表現をするのは適切でないと思う。そこで一体、学習指導要領の基準ということなんですが、今までこういうふうに解釈されたんですが、これは変ってきたのでありますか。その学習指導要領は、この意味における教育課程を構成する場合の最も重要な資料であり、基本的な示唆を与える指導書であるといえる、こういうふうに書いてあるんですがね。この前の「小学校の教育課程については、学習指導要領の基準による。」といっている「基準による」ということは、教育課程を構成する場合の最も重要な資料であり、基本的な示唆を与える指導書であるといえる、というふうに書いてあるが、そういうことで誤まりはないんですか、どうですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) この従来の学習指導要領の中に二つ部分がありまして、国の基準的なものと教師の指導書、手引書、教育方法まで入っているわけです。ですから、私どもといたしましては、国の基準的なものと指導書、手引書に類するものを分けて、基準的なものだけに今回は改めまして、ページ数も非常に少く簡素にいたしたわけであります。従って、この従来の学習指導要領と今回のものとは性格を異にしておると思います。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 そうすると、私が聞いておるのは、別に学校教育法が変ったわけでもないので、しかも言葉の上でも小学校の教育課程については学習指導要領を基準とするというふうに出ておるのであるから、学習指導要領が基本的な示唆を与える重要な資料だという意味だと私は思うのですが、そういう意味で基準という言葉は使っておると思う。その基準という意味は変ったんでありますか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 従来の学習指導要領と今回公布いたしました指導要領は性格が異なっております。この点を明らかにしておきたいと思います。これはただいま申しましたように、従来の学習指導書は、教育内容の基準であると同時に教師の手引書、指導書、こういうような意味も含めておりまして、大体一教科で数百ページに及んでおります。ですから、大へん膨大なものでございましたけれども、その中でできるだけ教師の創意、工夫なり、あるいは学校における学校の特殊事情等を考慮いたしまして、手引書や指導書のようなものが基準になるのは少し行き過ぎではなかろうか、こういうものは別個に参考書として出したい。それから教育の内容についての、あるいはその取扱いについてのおもな点は、これは国の基準として官報告示をいたしたい、こういう意味で従来のものとは性格が異なっております。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私のお聞きしているのは、基準という言葉の内容が、従前——この第二十五条が作られたときの解説に、学習指導要領は、この意味における教育課程を構成する場合の最も重要な資料だというふうに出ておる、そういうことで基準という言葉があったのだが、基準が変ったというのですが、その基準が変ったというのはどこで変ったのですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) これは最も重要な資料であり、国の基準だと思うのです。先ほど来申し上げますように、従来の学習指導要領は教育の内容と、その取扱いというもののほかに、教育方法まで入っておる。教師の手引書であり、参考書である、こういうようなものが入っておった。そこで、そういうものは国の基準とするのは少し行き過ぎではなかろうかというので、教師の指導書、手引書に類するようなものを全部はずしてしまって、教育の内容及びその取扱いの面だけにしぼって、これを国の教育課程編成の基準といたしたわけでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 言葉をごまかさずにちゃんとはっきり言って下さい。基準ということが、今までは学習指導要領の中にいろいろなものが入っておったから、そこでまあ参考書的なものは除いて、基準性のあるものだけにしたのだというお話なんだけれども、基準性のあるものというものは重要な資料だというふうに明確に言っておるのですが、それで誤まりはないのですか、というのです。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 重要な資料でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 重要な資料だということになれば、その重要な資料の中に、重要な資料という意味の基準ということであれば、先ほどから話が出ておる授業時間が下ってはならない、それが基準という内容になりますか。それからまた、「編成するものとする。」ということが重要な資料になるのですか、そういう言い方が。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 先ほど来私が申し上げておりますように、これは重要な資料だ、しかしながら、同時に国の規範である、こういう点で国民教育の水準を維持し、向上するためにどういう教科を置くか、また、その教科の授業時数を年間どの程度にするか、ということが当然きめられなければならないと思うのです。そういたしませんと、各学校がばらばらになってしまう。ですから、一定の水準を維持し、向上するために基準を設ける。この基準の中には、先ほど来申しましたように、望ましい基準もありましょうし、これだけはどうしても下ってはならないという最低限度の基準もあるし、またおおむね守ってもらわなければならない基準もあろうと思うのであります。こういう意味で、このたび明確にいたしておるわけであります。ですから、望ましい基準も中にはありましょう、しかし授業時数に関する限りは、年間八百時間なら八百時間はどうしても守ってもらわなければならない、これは最低である、こういう趣旨の基準でございますから、一向に私どもは差しつかえないと思っております。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私は基準ということは、従前からここにもあるように重要な資料である。資料であり、一つの基準である以上、それが授業時数が上に上っても下に下っても基準を離れる、非常に離れておるということについては問題があるにしても、基準という重要な資料であるというのにかかわらず、下ってはならないのだという、こういう言い方は私はできないと思うのです。また、教育課程についても、この前も少し話をしたように、教育課程の構成は、本来教師と児童生徒によって作られるものといえる。教師は校長の指導のもとに教育長、指導主事、児童心理や青年心理の教科の専門家、さらに両親や地域社会の人々に直接間接に援助されて、児童生徒とともに学校における実際的な教育課程を作らなければならないのである。教育課程を自分で作れということが書いてある。作るときに、その重要な資料として一つのものが出されるということである。そうなってくると、「編成するものとする。」なんというような言い方は、やはりこの基準を逸脱した表現であると私は思うのです。  そこで、やはり第二十四条は学校教育の基準として編成するものとするとし、第二十四条の二は小学校の別表第一に定める授業時数を基準とするということを明確にすべきだ。その次の前項の規定にかかわらず、時間数を変更するならば、都道府県教育委員会に届け出なければできないというようなことは、教育課程については実施管理する権利が明確に地方教育委員会にあるという規定があるのですから、それを届け出なければならない、報告をすることについて私は悪いとは言わないけれども、届け出なければならない。重要な資料であり、基準だというものについて、それをちょっと変更するからといって、それをすぐ届け出よというような言い方は、明らかに行き過ぎだと思う。第二十四条の字句表現というものも、私はもう少し明快に基準という言葉を付すべきだと思う。先ほどから基準については重要な資料だというお話があったので、その点はそういうふうに解釈すべきだと私は思う。  そこで大臣もちょうどお見えになったので一つ私は……、実は教育課程審議会というものから出された答申については、社会科についてはこういうことが出ておるのです。これだけの言葉であります。「社会科の目標、内容については、「道徳」との関連を考慮し、学年の児童発達段階に即して発展的、効果的な指導を行うよう再検討を加えること。低学年の内容は特に道徳との関連を十分考慮し、その取扱い方について細心の工夫をすること。中学年は高学年への移行的段階として児童の発達段階及び社会科の全体構造の上から見て再検討を加えること。高学年においては地理、歴史について基礎的な理解を得させるため、その内容、指導方法を再検討する。」実はこれだけのことが教育課程審議会の答申として出てきたのであります。ところが、新たに文部省から出された学習指導要領の改訂の案もすでに決定をされている。この改訂の案では、非常に広い範囲について異同が行われているということなんであります。これについて、こまかいことについてはいろいろ新聞にも出ておったりして、御承知の点が多かろうと思うのですが、私は二、三の点を特にちょうど文部大臣がおられるので、こういうこまかいことについては、おそらく耳に入らないのじゃないか、まためんどうなことでもあるので御承知ないのじゃないかという点もあるので、一、二指摘を私はしたいと思うのです。これは古い前の小学校の学習指導要領の社会科編の中にある内容で、今度の教育課程の中にはないのだけを私は一、二選んでみたのであります。たとえば、第四学年のところにこういうことが今まであったのです。「自分たちの郷土の特色をよく理解して、学校、家庭、村などでの毎日の生活を改めて反省してみると、いろいろ新しいことに気づき、その生活を改善するよい方法を見つけることができるが、何事によらずよいとわかったことは、困難をのりこえ、勇気をもってしとげることがたいせつである。」これは今度のには全然ないのであります。それからその次に、「わたしたちの周囲には、貧しい人や手足の不自由な人もいるが、みんな同じ尊い人間であることを考えて、互いにいたわり合うばかりでなく、人それぞれの長所を生かして共同の仕事をすることがたいせつである。」これも全然欠いておる。また同じように、「住みよい郷土を作るには、みんなが因襲や迷信にとらわれず、その職業や仕事に応じて、後の世の人のことも考えて、その責任を果すことが大事である。」ということがある。これも今度のには抜けておる。それからもう一、二ありますが、五年のところに、「産業の発達と人々の生活——日本を中心として——」その中の4のところに、「いろいろな生産に従事する仕事の特色やその苦労、これらの人々の安全や厚生慰安の問題などについて理解させ、これらの人々の仕事と自分たちの生活との関係を考えて、自分たちでできる協力方法をくふうしようとする態度を養う。」と、そういうことも今度のには抜けた。それから六年へくると、「人々の平和を願う気持にもかかわらず、世界の国々は、これまで幾度か戦争という手段で争ってきたが、特にその破壊力が大きくなった今日では、それぞれの国の独立を尊重し合って平和を守る努力を続けなければならない。」と、これも実は抜けておる。で、端的に、ずっと小学校の学習指導要領を初めから読んで、協同的な努力をしていくとか、あるいは貧しい人々云々、迷信とか因循こそくの風習を打破していこうとか、あるいは貧しいものを救っていくというような、そういうここぞと思うようなところの点が全部抜けておる。もちろん新しい教育課程の中に、非常にいいこともあるし、抜けてない点もあるわけでありますが、こういうことで、非常な大きな違いがある。で、私は、実は教育課程審議会から出たものは、先ほど申し上げましたように、非常に簡単な答申が出ておるにかかわらず、それをもとにして作っているこの学習指導要領の方では、非常に大きな変化がなされているということになってくると、この教育課程の答申というものを、もう少しこまかくしてもらう必要が私はあるのではないか。もう少し答申をこまかくしていくというようなことが大事になってくるのではないか。また、教育課程審議会の中には、臨時委員とか専門調査員というものを設けることができるというふうになっているので、そういうところで、もう少しこういうばく然たる答申でなしに、相当内部に入った答申をしてもらっていく必要がありはせぬか。あるいはもう一つ考えてみたときに、この教育課程の答申を受けて、いわゆるそういう学習指導要領が、非常な国の基準であるということになれば、こういうものを作成する別個なやはり委員会というものを作って、そこでやっていく必要がありはしないか。教材等調査委員会のごとく、自分で勝手に作っていくということではなしに、そういうものを作っていくべきではないか。で、こうなってくると、極端なことを申し上げると、教育課程審議会が簡単な答申をして、それに基いて学習指導要領は、初等中等教育局で作るということにきめてあるので、どんどん勝手にその内容を作っていけば、知らぬ間に教育内容というものはどんどん変ってしまうではないか、こういうことが、実は今多くの人が教育課程の中、特に学習指導要領の中で、非常にみんながおそれているところなんです。事実新たに出てきた教育課程の中に、学習指導要領の中に、幾多のいい点もあるけれども、また特に社会科等については、これらの協同するとか、協力するとか、あるいは慣習を打破するとか、あるいは平和の問題を解決するとかいう点について、当然入ってしかるべき内容が落ちているということについては、やはりこの答申の取扱い方あるいは審議会のやり方というものについて、少し問題があるのではないか、検討すべき問題があるのではないかというふうに私たちは考えているのですが、こういう点について、大臣はどういうふうにお考えになっておられるのか、御意見を少しお聞きしたい。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○国務大臣(灘尾弘吉君) 今回の教育課程の改善について、どういう順序を経てやったかということについては、十分御承知の通りでございます。教育課程審議会の審議におきまして、改善の大きなところをきめていただきまして、それに基いて教材等調査委員会で、こまかいところを認定をいたしましてきめましたわけであります。教育課程審議会で、どの程度のものをやっていただくかということも、確かに考えなければならぬ問題であると思うのでございますが、また御意見は御意見として、十分今後の参考にいたしたいと存じますが、今回の場合といたしましては、かなり広範にわたる問題でございまするし、あまりまたこまかいところまで教育課程審議会をわずらわすということもどうであろうかと、私はまああとから考えるわけでございますが、そういうふうに思うわけでございます。その点につきましては、御意見を十分参考にさしていただきたいと思いますけれども、この改訂の順序、経過等につきましては、御了承いただく以外にはないかと思うのでございます。  それから、内容についていろいろ御指摘がございました。御指摘になりました事項は、特にわれわれの考えといたしまして、これを省かなくちゃいかぬ、よろしくない、そういう性質のものでは一つもないように思うのでありまして、私、こまかいところは十分わかりませんけれども、各教科の中で、おそらくそういうことは取り上げられているものと考えます。特に今度は道徳というものも別に設けました関係もありまして、あるいはそちらの方で取り扱っているものもあろうかと思うのでございます。それらの詳細につきましては、政府委員からお答え申し上げたいと存じます。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 教育課程審議会の答申によりますと、ただいまお述べになりましたように、特に道徳との関連を十分考慮し、その取扱いについて細心の工夫をするようにということが出ているわけでございまして、特に社会科及び全教科を通じて、道徳教育をやるという方針は今でも変っておりませんが、二十五年以来、道徳教育の趣旨を徹底するために、いろいろ改善工夫もなされたわけであります。で、社会科に多少必要以上のものが、道徳的な要素が入り込んでしまったと、今回の改訂によりまして、ただいまおあげになったようなものは、大部分が道徳の方に入っているわけでございまして、社会科の骨子は、これはアメリカでも同様でございますが、公民的なものと、それから地理的なもの、歴史的なもの、こういうものをそれぞれ別個な教科にしないで、これをうまく統合し、また調和さして教えているところに、私は日本の社会科の特色があると思うのであります。こういう点で、社会科が成立したわけであります。御指摘になったような点は、小学校、中学校における道徳の指導目標に十分現われておりますし、また社会科の中にも、平和教育等につきましては、相当入っておりますので、さらによく再検討いたしまして、私どもが十月一日に公布いたしました最近の案をごらんいただければ、御了解いただけるのではないかと思うのであります。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 特に大臣からお聞きをしたいのは、今のこういう教育課程を改正するやり方でいいかどうかという点なんです。それは教育課程審議会で大綱が出てきて、そうして出てきたその大綱に基いて、学習指導要領の内容が非常に大きく変っていく。しかも、変っていく学習指導要領は、法律では当分の間、初等中等教育局が作るということで、当初法律の建前としては、当分そういうことはやるけれども、将来は各県の教育委員会が学習指導要領を作っていこうという考え方のもとであったわけなのでありますが、とにかく初等中等教育局で学習指導要領を作るということは、そうなってくると、教育課程審議会で非常に大綱的なものを作ってこれを取り入れたのだ、こういう形のもとで学習指導要領が文部省の初等中等局で全部その内容が作られて、作られていったその学習指導要領はどこまでも重要な資料であり参考だということならいいけれども、これは基準だからその通りやってもらわなければ困るという言い方になってくると、学習指導要領の内容というものは、教育課程審議会の答申を受けたという名前で、結局相当大幅に、しかもどんどん内容を変えていくことができるということになっているのが現在の状態だ。そこで、教育課程審議会で答申をこまかにしてもらうか、あるいは教育課程審議会の得た大綱について、別に学習指導要領の作成の委員会というものを作って、そしてこまかいものを作成し、それから学習指導要領の作成の事務を初等中等教育局がやっていくという、そういうやり方にして、教育内容に客観性を持たせていくという、変化について客観性を持たせていくというやり方を考えていくべきじゃないかと思うのですが、よく一般に批判されてるように、勝手に文部省が教育内容を改変しようと思えば勝手に改変できるんだと、極端なことを言えば、改変したものについては、基準だといいながら、これが守るべき基準だ、法律的な基準だということをどこにも書いてないのに、そういう解釈をして、これを官報に告示をするという形で、何か非常に法規的な意味を持つかのような発表の仕方をしているということになれば、それをそのまま地方では行なっていくということになる。何かどこかに教育内容を改めていくのには客観性を持つような機関というものを作っておかなければいけないじゃないかというような気持を持っているんですが、こういう点についてはどうなんですか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○国務大臣(灘尾弘吉君) 教育課程を作って参ります上においては、もちろん衆知を集めると申しますか、多くの人の協力を得てこれを作っていかなければならぬと私は考えております。そういう意味におきましては、お話のように客観性ということを尊重すること、これは当然のことであろうと思うのであります。今回の教育課程の改訂に当りましても、文部省の事務当局だけで完全にこなせるような問題とは実は思いません。従って、非常に多くの人の御協力を得てるわけでございまして、教材等調査委員会にはかなりの多数の方の御協力のもとに審議が進められたものと私は承知いたしておるのであります。そういう意味におきましては、形はどうか存じませんけれども、実際的には相当広範囲にわたっての御意見なり、また御協力なりを得て、今回の改訂が行われたものと考えております。決して御趣旨に反したようなことは私は行われていないと思うのであります。また、教科課程の再編成あるいは学習指導要領の改善というふうなことが、文部省のわれわれのただ思いつきや何かでぽかぽか変えられるというような性質のものとは私も思っておりません。これはよほど慎重に考えなくちゃならぬ問題でございますし、またそうたびたび変更すべきものでももちろんない、十分慎重に議を尽して行うべきものであるということについては、私もその考えでいたしておるわけでございます。私は今回の改善につきましての取扱いの手続におきまして、教材等調査委員会の協力という形において、いわゆる松永さんのおっしゃる客観性のある基準を定めていくということについては努力して参ったものと考えておる次第でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私は、今文部省がきめる教材等調査委員会で意見を取り入れてきめるとしても、そのきめられた内容は、実は教科用の図書の検定基準になっているわけです。今、文部省ではすでに教科用の図書検定基準というものを改められていくと思うのでありますが、これを改めるについては、どういうところにかけてこれを一体改めていかれるのでありましょうか、その点をお聞きしたいのです。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 検定基準は、御承知の通り内容的には指導要領が中心でございます。それからあと製本、印刷、活字、体裁等いろいろございますので、これは教科書制度審議会がございますので、この教科書制度審議会にかけて基準をきめたわけでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 教科用図書検定調査審議会というのがあるのですが、これにどういうふうな形で一体基準をかけてきめられたのでありますか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 大体今度の教科書の検定基準は、従来のありますものを整理した程度のものでございまして、別に新しいものを加えたものでは——若干ありますけれども、ございませんです。これについて各方面の意見を伺いながら、そして審議会で十分御審議いただきまして、これがけっこうだと、こういうことになったのであります。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 これについては一つあなたのお話では、大して教科用の図書の検定基準は変更しておらないというお話でありますが、現実にもうすでに作られておるのであります。しかも、内規については相当前回とは違ったものが出ておるというふうに私たちは聞いておるのです。図書検定の基準を一つ出していただきたい、内規等も出していただきたい。そしてこれは今お話しのように、検定調査審議会にかけてこれをおやりになったというお話でありますが、その点については、また後刻お伺いをしたいと思うわけでありますが、その教科書検定の方法について一、二お聞きをしたいのでありますが、これは新たに教科書もできてくるわけでありますが、検定方法について、特にこの検定方法の中で、調査官がどういうふうな役割を果しておるのか、これと教科書検定審議会の中にある調査員というものとが、どういうふうな一体関係を持っておられるか、その辺を少し御説明いただきたいと思います。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 教科書の検定ということは非常に重要なことでございまして、専門の調査官がこの内容について十分調査研究をいたします。同時に各教科におきましては、それぞれ学識経験者、特に学識者といたしましては、大学の教授等に、その道の一流の方々にお願いをいたしまして、内容の検討をしていただく。経験を持った方といたしましては、それぞれ現場の先生にも委嘱いたしまして、調査の内容について教育上無理があるかどうかというような点もあわせて御検討願う、そういうものが資料として——調査官の資料、それから調査員の資料、こういうものが資料として提出されて、別にただいまお述べになりました教科書の検定審議会もございますが、この検定審議会に各部会がございまして、この部会で——一部会が大体十人程度になっております。この部会で慎重に資料を検討されて、審議会が一応結論を出されて、その結論に基きまして文部大臣が検定を行う、こういうふうな格好になっておるのでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私はお聞きをしたいのは、調査官、調査員が同時に調査をして、そしてそのそれぞれの検定の基準に基いて、あるいは絶対条件とか必要条件に応じて評定をし、その調査官の調査意見というものをまとめて出していくというふうな順序になっておると思うのです。そして調査官は自分の調査したものを書類で送るだけではなくて、その審議会に臨んで、それでその調査官が出席して説明をしていくというふうに聞いておるのですが、これは誤まりなんでございましょうか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 調査官は、もちろん審議会には出て調査官の意見は述べます。そのときに調査員の意見もあわせて文書にしてありますので、この意見も御紹介して、そしてあくまでも決定は審議会にゆだねる。調査官が主観でどうこうするというものではございません。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 調査官は審議会に出席をするけれども、調査員は書類のみであって出席はしていないというように聞いておるのですが、これは誤まりありませんか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) さようでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 そうしますと、調査官というものは、審議会へ出て評定についてのいろいろな問題について意見を言ったりするというようなことについては、どういった法的な根拠からそういうことをやられておるのですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) これは、文部大臣の任命下における公務員でございます。そこで、審議会に資料を出すことは、これは当然のことだと思うのです。教科書の検定審議会で、もちろん委員の方に事前に図書を配付しておりまして、十分御研究になっておる、その場合に調査官が意見を述べることは別に差しつかえないし、また当然の任務だと思っております。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 調査官のことについては、これもまた文部省設置法の施行規則に教科書調査官というものの任務が出ておるわけです。調査に当るということが出ておるわけでありますが、しかし、教育課程審議会というものの審議会令というものの中には、別にその調査官というものが審議会に出席してどうこうするというようなことは何ら出ておらない。審議会の調査審議会令の中にある調査員というのがむしろ審議会に出ていって、審議の関係する自分の調査の意見を申し出るということは、これは審議会令の中で順序だけれども、その調査員は出ていかないで、調査官がその審議会へ出ていって、そして意見をいろいろ言うということは全く逆だというふうに私たちは思うのですか、いかがですが。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) これは審議会の構成でございますけれども、審議会の中に、審議会付属の機関として調査官制度を置くということも、これは一つの行き方だと思います。しかし、従来文部省がとっております審議会の機関というのは、そこで審議し、決定し、あるいは答申する機関でございますので、大体どの審議会も文部省の事務局がいろいろお世話をしておるのが通例でございます。今までは教科書の検定審議会はわずかに十六人程度でございまして、審議会に一々調査員が出たこともございません。今回お説の通りに、教科書の検定は非常に重要なことだから、各教科別に分科会を設けまして、検定審議会のメンバーだけでも八十人おりまして、そこで十分に各方面から検討されるその資料を調査官が提出する。こういう意味でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 そうすると、この調査審議会令によると、臨時委員を使ったり調査員を置くことができたり、専門調査員の項目も出ているわけです。そういうものをつまり充実をさせているし、そういうものがつまり図書検定の調査の審議会に基くものであるので、委員であるので、そういうものが出席をしていって、そうして意見を述べていくということはまあ妥当だと思うのですが、そうでなしに、文部省のきまりでも、教育用学習図書の調査に当るという、調査に当るということの調査ということだけでありますが、調査に当るという人が審議会へ出て行って自分の意見を言う。で、実際には調査員というものがその席へ出ないで、書類だけでそれをやるということは全然逆だと思う。また充実の方向としても、調査官をふやすということよりも、むしろ審議会令に基く調査員とか専門調査員を充実させて、そうしてその人たちが審議会において意見を十分述べ、調査官は逆に書類でもって自分の調査した事項を報告していくというのが妥当だと私たちは思うのですが、これはどうなんですか。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 実は調査員の活用を十分はかって参りましたけれども、調査員は全国にまたがっておりまして、とても一々呼ぶというのも大へんでございます。日本全国の大学に委嘱しております。そこで、どうしても調査員だけですと片手間にならざるを得ないということで、非常に教科書検定の……今御指摘になりましたが、そこで特に教科書には非常にいつでもミスが多いのでございまして、誤字や事実の間違い等、普通の教科書でも大体二百、三百は普通でございます。ですから、ほんとうに教科書を綿密に調査いたしませんと、私どもも小、中学校の子供たちに間違った事実を教えるようなことになりますので、厳重にそういうことのないように、専門の調査官を置いて、そうして専門に調査研究させることが適当であろうと考えまして、調査官の増員をいたしたわけでございます。ですから、調査官の意見、同時に学者の御意見あるいは現場の先生方の御意見、こういう三つの意見を審議会に出して、審議会で自由に御判断を仰いでいるようなわけでございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 あなた、まあ調査員を充実させることは無理だというお話でありますが、散らばっているならば、地方にはずいぶんいろいろな学校もあるし、その方面の調査員を充実していくということは私は不可能ではないと思う。しかも、ちゃんと法規に基いて審議会があって、その審議会の中できめられている人を充実をさせていかないで、調査官を充実させていくということは、これは法の建前からいうと、違っていると思うのです。しかも、私たちは、審議会に調査員がなぜ一体出席して説明をしていないのか。それは書類にとどめて、なぜ調査官が審議会へ出て説明をしているのか。調査官が審議会へ出て説明をしているということは、法律の上には、そういうことはしていいということは出ておらないと思う。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 教科書の検定というのは、結局これは文部大臣の責任でございます。かりに間違った教科書がたくさん出ますと、審議会がやったからといって文部大臣の責任を私はのがれられないと思う。ですから、教科書の事実に間違いがあったり、誤字、脱字、誤植等があれば、これはやはり直さなければならぬと思う。こういう点で、私ども過去においても調査員の増員で充実をはかって参ったけれども、どうしても誤字、脱字、事実の間違いというものは各方面から非常にたくさん御指摘がありましたので、そうして教科書の検定をより十全にしたい、こういう考え方から、専門の調査官——常時調査していただく方を増員したわけでございます。で、この規定に、そういう文部省の調査官が出ていかぬということはどこにも書いてないと思います。私ども中央教育審議会にも出ていろいろと意見を述べるし、また教育課程審議会でも同様でございまして、文部省の職員が出てはならないという規定はございませんで、その審議会の機能を十全に果すために文部省の事務当局がこれに出席するのは当然なことだと思います。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私のお聞きしたのは、調査員は書類だけで出席して悪いということはないと思うので、なぜ出席をしないのかということを聞いたのです。それから、調査官を充実させていくことについて別に私が異議を申し上げているのではなくて、しかも、きまっている審議会のメンバーというものを充実させていかないで、その方が十分でないから調査官を充実するということはおかしいではないかということを申し上げている。ですから、やはりまず審議会を充実させていって、同時にまたこの調査官をやっていくという建前をとっていくべきだと私は思う。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) ですから、御指摘のように、検定審議会を改組拡充して強化したのであります。十六人のメンバーを八十人にして教科別に分科会を作ったのです。これによって十分慎重に検討され、決定されるようにいたしたのです。お話しの点は調査員のことだと思います。調査員については、私どもも従来と同様に調査員を充実しておるわけであります。しかし、これだけではどうしても不備だという点が明確になりましたので、専門に常時教科書を調査し研究していただく方をふやしたわけでございます。これは要するに、教科書の検定を慎重にして公正な検定ができるようにという全体計画の一環でございます。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私の申し上げているのは、この調査官がその絶対条件とか必要条件で評定をきめて出すということは、事実、審議会からいうと、これは違法だと私は思うのです。これは調査員というものがいろいろと絶対条件とか必要条件等について評定をして、その評定に基いて審議会がそれを決定をするということはいいと私は思う。その調査官というのはあくまで文部省の調査官なのです。審議会の調査官ではない。調査員はあくまでも審議会の調査員であり、その調査員が絶対条件とか必要条件について三段階、五段階の評定をして、それをもとにして審議会が決定していくということはこれは差しつかえないと私は思う。そしてまた、その調査員がその審議会に出席をしていろいろと意見を述べていくということは当りまえである。また必要に応じて調査官が出席をして意見を述べていくというのは別に認めないというのではないけれども、建前としてはあくまでやはり調査員が中心になっていくべきものであり、調査員が評定をしていくべきものである。調査官が一体評定をしてそういう審議会の評定を出していくとか、あるいは調査官というものが一体その審議会の内容にまで触れていくということは、現在の法律では規定されていないのです。こういうことについては行き過ぎているのではないか、私はそう思う。

内藤誉三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤誉三郎君) 私が先ほど来申し上げますように、教科書の検定審議会が決定権を持っておるので、単に補助機関……あなたのおっしゃるように調査員だけで十分だという御意見もあろうし、調査員だけでは不十分であるからさらに専門の調査官も置く。これは単なる補助機関でございますから、私は一向に差しつかえないと思う。要するに、教科書の検定が公正にしてりっぱな教科書が出ることがねらいで、その決定権は法制上は文部大臣にあるのでございますけれども、文部大臣は審議会の答申を尊重するという建前で、審議会の決定に従って検定認可しておる、こういう事情であります。今御指摘の点は補助機関の問題だと思います。ですから、補助機関はできるだけいろんな資料を正確に審議会に提出するのが義務であり、判断を誤まらないようないい資料を出すことであります。調査官はそれ以上には出ておらないのであります。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私の申し上げておるのは建前を申し上げておるので、調査官を充実して悪いということを言っておるわけではないのです。調査官を充実させるよりも、つまりこの審議会を充実される方向に進むべきであるし、また審議会の調査員から審議会のいろいろな問題について評定等を受けて、それを中心にしてやっていくべきだ、意見を全然聞いては悪いということを言っておるのではない。特にあなたの御承知のように、文部省設置法の八条の十三の二というところには、初等中等教育局の事務として、つまりその検定を行うということが出ておる。調査官はあくまで事務である。検定を行う事務をやる。検定を行うということではない、検定を行うのは審議会でありますから。そういうところの区別を明確にしていくべきだと私は思うのです。だから、誤まりなきを期して調査官で日常調査をするということを全然否定しておるのではない。そういうような建前だということを申し上げておるのです。  その他不合格書の問題等についても御意見を聞かしていただきたい点があるのでありますが、時間も来ておりますので、さっきお話の出ておりました、学習指導要領の改編というような事柄が直ちに教科書の検定基準の変更になり、その教科書検定基準に基いて審議会が実施をしていくという方向になってくるのでありますから、こういうふうなものについて今やっておるやり方でいいというように私どもは考えておらないのであります。ただしかし、こういう話を聞くのでありますが、こういう点については、大臣、教科書の問題等については法律等の準備をなさっておるのでありますか。今はそういうことを全然考えておらないのですか。どうなんですか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○国務大臣(灘尾弘吉君) どういう話かよくわかりませんが、世間でよく言う教科書法といいますか、そういうような教科書に関する今立法の準備はいたしておりません。

松永忠二日本社会党

○松永忠二君 私は残った問題については、また時間をいただいて質問をいたしたいと思いますが、最初に質問いたしましたことについて、特に大臣はそのときはおられませんでしたが、学校教育法施行規則を改正する省令については、教科課程の基準というような問題は非常に明確になっておらないわけであります。今までは「基準」という言葉を使ってあったものを、「基準」という言葉を除外をしてしまって、そうしてその「等」という言葉があるからこれは基準なんだ。第二十四条の、小学校の教育課程は何々等によって編成するものとするという、「等」という言葉があるから基準なんだということを先ほどからおっしゃった。前の規則には明らかに「基準」という言葉があり、教科についてさえ「基準」という言葉を入れておったのにかかわらず、今度は教科も、特別教科も、道徳も、学校行事も含まれておりながら、その中に「基準」という言葉を出さないで、「等」という言葉を出したから基準だということを言っておるのです。  それからなお授業時間は「下つてはならない。」というようなことについても、私はその「基準とする。」という言葉で十分であると思うし、なお都道府県の教育委員会に、地方の教育委員会に届け出るということについても、これはやはり今の法律からいうと、管理執行権を侵害しておるという点があると思う。なお、その第二十五条の文章表現は今まで非常に簡単であり、明快であった文章の表現を非常に難解な言葉に改めて、しかも「小学校学習指導要領によるものとする。」というような言葉がその中に出てきておる。これらについては、いやそうではないので、基準だと、こういうふうな言葉をおっしゃっておるのですが、この前もいろいろ通達について私は取り上げたのでありますが、そういう趣旨ならそういう趣旨であるというような文章表現を明確にしていくということが必要だと思う。そうでなくても、文部省は自分で勝手に教育課程を作ってそれを押しつけていこうとするし、学習指導要領ではそれをそのままやれという形でもっていくのだというようなことも相当強く一般の人も批判をしておる。それと符合するような規則の改正というようなことをわれわれ一番憂えるわけです。この点については大臣もおりませんでしたが、私は改める機会があるならば、こういう問題については、やはりもし同じ趣旨であるならば、「基準」という言葉を明確に入れて、「等」という言葉があるから基準だということだなどというような表現をせないでも、明確にわかる言葉を使っていかれる方がよかろうと私たちも思う。  時間もおそくなりましたので、きょうは以上の質問をして終りたいと思うのであります。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) それでは、教育課程に関する質疑はこの程度で終ります。   —————————————

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 続きまして、社会教育法等の一部を改正する法律案を議題といたします。  まず、文部大臣から提案理由の説明を求めます。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○国務大臣(灘尾弘吉君) ただいま議題となりました社会教育法等の一部を改正する法律案についてその提案の理由を御説明申し上げます。  今回の改正の要点は、およそ次の三点であります。  その第一は、社会教育の推進をはかるため、社会教育主事に関する規定を整備することであります。  社会教育主事は、教育委員会における社会教育に関する専門職員として、地方の社会教育を担当し重要な役割を果すものであります。従って地方における社会教育の推進をはかるには、その充実を期することがきわめて肝要であり、これにかんがみまして、従来市町村においては任意設置となっている社会教育主事を必置制とするとともに、その資格及び養成講習に関する規定を整備して、適材を求めることができるようにし、社会教育の振興をはかろうとするものであります。  第二は、社会教育関係団体に対する補助金の支出禁止の規定を削除することであります。すなわち、国及び地方公共団体が社会教育関係団体に対して助成しうる道を開き、これらの団体の健全な育成をはかり、もって社会教育の振興に資したいと存ずるのであります。  第三は、公民館活動の振興をはかるため、公民館の基準の設定等に関し、規定を整備したことであります。公民館は、戦後いち早く社会教育施設として発足してから今日まで、全国の市町村に広く普及を見たのであります。しかしこれにつきましては、文部大臣が基準を定めるべき明確な規定もなく、公民館の健全な発達をはかる上においても不十分な点が少くないので、これを明確にするとともに、公民館の分館及び主事に関する規定を設け、その活動の振興をはかる所存であります。  その他、若干の必要な改正を行い、今後一そう社会教育の充実振興をはかって参ろうとするのであります。  以上がこの法律案の提案理由であります。何とぞ十分御審議の上、すみやかに御賛成下さるようお願いいたします。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 次に、ただいまの提案理由の補足説明を求めます。

福田繁文部省社会教育局長

○政府委員(福田繁君) ただいまの大臣の説明に補足して、法案の内容について御説明申し上げます。  第一に、社会教育主事及び社会教育主事補でありますが、現在これらの職員は教育委員会に置かれる社会教育に関する専門職員として都道府県及び市町村の社会教育の推進に重要な役割を果していることは、申し上げるまでもありません。  しかし、社会教育主事及び社会教育主事補の設置に関しては、社会教育法第九条の二の規定により、都道府県は必置となっていますが、市町村は任意設置となっておりますので、市町村ではむしろこれらの職員が置かれていないところが多いのであります。こうした現状にかんがみ、これを市町村にも必置とし、社会教育の推進をはかろうとするものであります。  しかし、一律に市町村の社会教育主事を直ちに設置することは実情に適しないので、若干の猶予期間を設けることとしているのであります。すなわち市にあっては昭和三十七年三月三十一日までの間、町村にあっては政令で定めるところにより、町村の規模に応じた猶予期間を規定し、逐次設置するようにしたいと存ずるのであります。  次に、従来社会教育主事の資格要件については、これまで大学卒業者や教員免許状を所有する者等小範囲の者を原則としている一方、かなり緩和された暫定資格が経過的に設けられていましたが、今回この経過規定を廃止するとともに、第九条の四の資格規定に新たに一号を加え、従来の本則の該当者に劣らぬ適任者を採用し得るよう改正することにしたのであります。またこれが養成のための講習実施者の範囲を広げて、文部大臣、大学以外の教育機関及び都道府県の教育委員会においても行い得ることとしたのであります。さらに現職の社会教育主事等についても専門的職員としての研修を行う必要がありますので、これに関する規定を設けたのであります。  第二は、社会教育関係団体に対する補助金支出の禁止規定の削除についてであります。社会教育関係団体の種類はきわめて多く、またその事業の範囲も広範にわたるのでありますが、社会教育法第十三条では、社会教育関係団体について、国及び地方公共団体の補助金の支出が全面的に禁止されているのであります。このことはかえって社会教育の振興を阻害するおそれがあり、社会教育関係者からかねがねこれの改正が強く要請されていたところであります。  このような事情にかんがみ、社会教育関係団体の活動の助長に資するため、第十三条の補助禁止規定を削除する改正を行おうとするのであります。  第三は、公民館に関してでありますが、公民館は現在その設置が義務づけられていないにもかかわらず、全国の市町村の約八六%にまで設置せられ、まさに社会教育の中心的機関ともいうべき役割を果しているのであります。  しかしながらその内容につきましては、いまだ、貧弱な施設設備しか持たないものが多く、適正な公民館活動を営むには困難な現状であります。従って公民館活動を振興するためには、文部大臣が公民館の設置運営上必要な基準を設け、これに従って文部大臣及び都道府県の教育委員会がその施設設備その他の運営上必要な事項について指導、助言、援助を与えることが必要でありますので、これに関する規定を設けたのであります。  また従来分館に関する規定がなかったため、今回分館に関する規定を設けるとともに、さらに公民館の職員につきましても、もっぱら公民館の事業の実施に当る職員を主事として法に規定し、その現職教育に力を注ぎ、公民館の充実をはかりたいと考えているのであります。  第四に、社会教育委員の職務は、社会教育法第十七条に規定するように教育委員会に対し助言することでありますが、市町村の社会教育委員は、これに加えて青少年教育に関する特定の事項について助言、指導を行うことができるようにし、健全な青少年の育成に資することとしたのであります。  また社会教育委員、公民館運営審議会委員等には、社会教育法第十九条、第三十二条等によって報酬を支給することができないこととなっていますが、これらの規定を改め、地方公共団体の他の委員と同様に報酬を支給することができるようにしたのであります。さらに公民館の運営審議会については、同一市町村内に公民館が二以上ある場合には、これを共同で設置することができるようにし、その運営の円滑をはかったのであります。  第五には、公民館、図書館及び博物館に関する国庫補助の規定を改正したのであります。公民館に関する国庫補助の規定は、社会教育法第三十五条及び第三十六条の規定にかかわらず、現在は、補助金等の臨時特例等に関する法律に基いて公民館の施設及び設備について、補助ができることになっており、この法律は昭和三十四年三月三十一日失効するので、今回これとほぼ同様の規定を社会教育法の中に設けることとしたのであります。  また図書館及び博物館に関する国庫補助も、同様に図書館法第二十条及び第二十二条、並びに博物館法第二十四条及び第二十五条の規定にかかわらず、現行は、補助金等に関する臨時特例等に関する法律に基いて行われているのでありますが、公民館と同様に、今回それぞれの法律の中にこれに関する規定を設けることとしたのであります。  最後に、この法律の施行期日についてでありますが、社会教育委員等の報酬に関する規定、公民館等の補助に関する規定及び社会教育主事の暫定資格の削除に関する規定は、昭和三十四年四月一日から施行することとし、他の規定は公布の日から施行することとしたのであります。  なお、従前の附則第六項により社会教育主事の職にあった者については、改正規定により不利益とならないよう必要な規定を設けているのであります。  以上がこの法律案の内容の概要であります。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 本案に対する質疑は後日に譲ります。  速記をとめて。

竹中勝男日本社会党

○委員長(竹中勝男君) 速記を始めて。  本日の委員会は、これにて散会いたします。    午後三時四十二分散会

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