法務委員会 第10号
- 発言数
- 122 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1958/10/30
会議録
○小島委員長 これより会議を開きます。 司法試験法の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。 質疑の通告がありますので、順次これを許します。 坂本泰良君。
○坂本委員 前回私の質問に対して、今回の改正案については、試験科目は専門科目であって、一般教育科目は入れない、そのもとにこの改正案ができた、こういうような確認を受けておるわけであります。その前提のもとにお伺いいたしますが、資料として出されております「大学の専門教育科目中「政治学」の授業科目名調」、こうなっておりまして、政治学二十六、政治学原論十、政治学概論三、以下一科目ずつがたくさんあります。この政治学は、大学基準によりますと、社会科学関係の一般教育科目だ、言いかえますと、政治学は一般教育科目の社会科学関係である、こういう類別になっておるわけであります。そこで、ここに専門教育科目中の政治学、こうありますが、現在の大学基準によりますると、専門教育科目には政治学というのはない、こう考えまするが、この資料にこう持ってこられた点と、それから政治学は専門教育科目だと考えられるなら、その根拠を示してもらいたい。
○津田政府委員 ただいま御指摘の通り、大学設置基準におきましては、一般教育科目といたしまして、社会科学の中に政治学という項が入っておることは御指摘の通りでございます。なお、同じ大学設置基準の第二十四条によりますと、「大学は、学部及び学科又は課程の種類に応じて必要な専門教育科目に関する授業科目を開設するものとする。」こういうことになっておりまして、専門教育科目の授業科目につきましては、その名称をきめておらないわけであります。そこで各大学の、その大学設置基準第二十四条に基きまするところの専門教育科目を調査いたしましたところ、ただいま御指摘のありました資料にあげておるような講座名称によりまして、専門教育科目が授業されておるわけでございます。一例を申し上げますと、日本大学学則によりますれば、その専門科目のうちに、政治学四単位必修ということが政治経済科にうたわれておるわけでございます。それから法政大学におきましても、法学部学習要綱におきまして、政治学三単位というものが設けられておる。これは法律学科に設けられておるわけでございます。それから……。
○坂本委員 ちょっと何年かということを……。
○津田政府委員 その学習の配当につきましては、「大学の専門教育科目中「政治学」の授業科目名調」という、本日差し上げましたこの表のうちに、政治学あるいは政治原論、政治学原論という名称になっておりまして、その授業科目の中にカッコして数字が書いてございます。その数字が配当年次を示すものであります。でありまするから、たとえば東京大学におきましては、政治学という名称で三学年に配当しておる。中央大学におきましては、政治原論という名称で三学年に配当しておる、こういうことになっておるわけでございまして、今の例を申し上げました大学におきましても、一般教育科目におきましても、やはり政治学を一年あるいは二年で履修せしめており、専門科目として政治学をやはり政治学という名称で三年ないし四年に講座を設けておるのが大体の状況でございます。この政治学に当る科目について、ここに名称を示しておりますように、政治学という名称のところが二十六校、政治学原論というのが十校、政治学概論というのが三校、政治原論というのが一校、あるいは政治原論、政治各論ということになっておるのが一校というような順になっておりまして、政治学という専門教育科目につきましては、名称がそのように変っておる、かように考えておるわけでございます。
○坂本委員 今、中央大学と言われましたのですが、配当表によりますと、中央大学は政治学として三年、四単位とあるのです。これは間違いでありまして、中央大学は政治学は一般教育科目として四単位、二年でやっております。そして、政治学原論として、これは専門科目として三年に四単位、こうやっておるわけですから、何を基準にしてやられたのか。ほかの学校はもう少し詳しく聞かなければならないが、中央大学は私は関係いたしておりまして、ここに学則も持ってきておりますが、それによりますと、一般教育科目としての政治学四単位、これは二年、専門科目として政治学原論、これは三年次に四単位、こうなっておるわけです。そこで、ここに今あなたが政治学として二十六校あると言うのは、第一年次か第二年次に四単位——あるいは三単位のところがあるかもわかりませんが、四単位を一般教育科目としてやっておるのである、それを間違ってここに書いてある、私はそう思ったから今ただしたわけなのです。今、法政大学、日本大学の例をあげられましたが、日本大学で専門科目として政治学をやっておるならば、何年次にやっておるか。それから法政大学で政治学を三単位やっておるなら、何年次にやっておるか。御存じのように、東大においては一年半が教養科目になりまして、これは全然場所も違うところでやっておるわけです。それから専門科目になりますと、現在の大学のところに来て、そして二年半やるということになっておるのです。それから、ほかの私立大学は同じところでやっておりまするが、政治学としては、やはり大学基準によりまして、一般教育科目として一年ないし二年でやっておる。三年以上にやる場合は、政治学とか政治学原論とかあるいは政治史、こういうふうに分けてやっております。私は中央大学のことは間違いなく承知しておりますが、大学基準というものは各大学が文部省と打ち合せをいたしまして、学科の配当その他をやっておるわけですから、そう違いはないと思います。従って、ここの政治学二十六校というものは、これは一般教育科目の二十六校であると私は確信して疑わないのですが、もしそうでなかったら、一々そこに例をあげてもらいたいと思います。
○津田政府委員 ただいまお尋ねの点でございますが、政治学につきましては、本日差し上げました「大学の専門教育科目中「政治学」の授業科目名調」という表がございます。その表に各大学の授業科目と大学名とを書いてございます。その授業科目の中にカッコして数字が入っております。その数字は配当年次を示しておるわけです。数字のブランクのところがございますが、これは学則が、教授会の定むるところによるというような形になっておって、配当年次がそのつどきめられるものにつきましては、ブランクいたしております。ただ、若干不詳のものがございますが、ブランクになっておるものの大部分はそういうものでございます。そこで、たとえば日本大学について申し上げますと、日本大学の学則の第十三条に、一般教育科目といたしまして、社会科学関係という項の中に政治学というのが、各四単位で設けられております。これは第十三条でございますから、教養課程における政治学でございます。ところが、同じ条文でありますが、政治経済学科、これに専門科目として、政治学四単位必修、こうなっております。でありまするから、同じ日本大学におきましても、一般教育科目における政治学と同じ名称の政治学を専門科目でやっておるわけです。そういうわけでありますので、専門科目における政治学と一般教養課程における政治学とはおのずから違っておるわけでありまして、同じことを二度履修するわけではない。一例を申し上げますとそういうわけでございまして、政治学と銘を打っておるものについてその実質を考えてみますると、政治学という名称で講座をいたしておるところにおきましては、政治学史あるいは政治思想史、外交史というようなものはこの中に含まれていない、いわば別の科目でやっておるわけであります。私どもの調べたところによりますと、政治学と申す中には、政治史、外交史、政治学史、政治思想史あるいは国際政治学というようなものは当然含まれない、そういうのが大体通説のように理解しておるわけであります。でありまするから、二十六校におきまして、政治学という講座を持っておるのは、それらのものを含まない、いわゆる固有の政治学の範囲に属するものというふうに考えられるのでありまして、おおむねその内容は国家論あるいは政治の本質、政治闘争、政党政治、選挙、議会、地方自治というようなことを含むものでありまして、政治史、外交史、政治学史というようなものは全然含まれておらないわけであります。ただここに、少し特異の科目名称を使っております名古屋大学がございます。名古屋大学におきましては、政治原論と政治各論という二つの名称をつけておるわけであります。そこで名古屋大学について調査いたしますると、政治原論では何をやっておるかと申しますと、国家論あるいは政治の意義、本質、革命、政治闘争というような、政治学における抽象的な問題を講義をしておる。それから政治各論におきましては、政党政治、議会、民主政治、独裁政治というような具体的な事象について講義をしておる、こういうことになっておるわけであります。政治原論というのはそういうふうに分ける考え方もむろんあるのかもしれませんが、通説に従いますれば、今の各論的なものを含めたものを政治学の範囲というふうに考えるべきでありますし、また、今日法曹として必要なのは基本的な政治の本質というような理念もさりながら、さらにそれを政党政治の具体的な民主政治というようなことについて理解のある人を望みたいわけでありますから、固有の政治学の範囲内におけるものを試験するのが当然ではないかというふうに考える次第であります。そこで、政治原論あるいは政治学原論と銘打って授業されている場合におきましても、ただいま申し上げたような内容を含んでいる講義でありますならば、これは当然政治学と同じことなんでありまして、いわば名称の問題ということに帰着いたしまして、概念はそこに定まっておるというふうに考えておる次第であります。
○坂本委員 今御答弁になったような政治学をやられるということになりましたら、この政治学についてスタンダードとなるべき専門書、こういうようなのが今あるかどうか。法務当局においてはその点について検討されたという話も聞いておるのですが、検討されておるならばそれを承わりたい。
○津田政府委員 政治学に関する書物は非常にたくさんありまして、そのうちで基本的な問題を論じておるものもございますし、全体をカバーしておるものもあると考えられます。たとえば鈴木安蔵教授の「政治学原論」、蝋山教授の「政治学原理」、矢部教授の「政治学」、こういうような本が考えられるわけでありますが、こういうような本は大体におきまして全体をカバーしておるではないかというふうに理解をしております。ただ、蝋山教授の分は、その範囲が全部をカバーしていないようにも思われるのですが、なおそのほか、堀教授でありますとか、相当数の著書があることを承知しております。
○坂本委員 政治学の先生は、隣に田中博士がおられますけれども、まだそう範囲を確定していないということも聞いておるわけですが、政治学がいよいよ試験科目として施行される場合におきましては、その漠としているものからどれだけの範囲で試験問題を出すか、あるいは受験者はどの著書を参考にすべきか。教養科目としての著書は漠としたものでよいと思うのですが、専門科目としてのものははっきりしなければならぬ。しかも、管理委員三名でその範囲をきめるわけであります。ですから、この際詳しく著者と書物の名前をあげてもらいたい。
○津田政府委員 ただいま手元にあります資料といたしまして検討いたしましたほかに、今記憶しておらぬものもございますが、大体申し上げますと、堀豊彦教授の「政治学原論」、猪木正道教授の「政治学新講」、中村菊男教授の「全訂政治学」、鈴木安蔵教授の「政治学」、これは先ほど申し上げたのとは別のものであります。それから斎藤敏教授の「政治学」、それから矢部教授の「政治学」、鈴木安蔵教授の「政治学原論」、蝋山教授の「政治学原理」、原田鋼氏の「政治学原論」、今中次麿氏の「政治学序説」、大体そういうところが、今のところ私の手元にある資料であります。
○坂本委員 今あげられたのは、政治学というのもありましたが、政治学原論とか、政治学原理、こういうふうに著書がなっておるのですね。これは私著書を見たわけじゃありませんが、やはり一般教育科目の政治学は、講義はあってもほとんど著書がないと思うのですよ。政治学というので、ばくとしたあれがあるとしても、これは講義要項程度のものじゃないかと思うのです。従って矢部さんの政治学原理ですか政治学原論、こういうのはやはり専門科目に入っておるわけです。これは内容を見なければわかりませんが……。いわゆる専門科目として、中央大学の三年次に政治学原論としてやっているのと同じじゃないかと思うのです。従いまして、政治学として一般教育科目として二年でやっているのは、それとは全然内容が違うし、範囲も違っておると思うのです。そして今スタンダードとなるべき専門書としてあげられたものは、これは教養課程の政治学でなくて、専門課程の政治学原論とか、あるいは政治学総論とか、あるいは政治学原理、こういうような専門科目ではないか、そう思うわけなんです。そうしますと、ただ政治学とあれば、やはり大学の基準によるところの社会科学関係の政治学であって、今あげられたような著書は、一般教育科目でなくて専門科目に限定されてくる、こういうふうに私は考えますが、その点を検討されたかどうか、それを承わりたい。
○津田政府委員 ただいま申し上げましたように、政治学原論と銘打っている著書においても、先ほど申しました政治学の主要項目全部にわたっていないものもございます。しかし、わたっておるものもございます。従いまして、先ほど申し上げました政治学の科目全般にわたっておるものといたしましては、むろんこれを政治学と銘打とうが、政治学原論と銘打とうが、改正法案にあります、政治学に該当するというふうに考えておる次第であります。ただいまあげました書名のうち、全部にわたって逐一検討したわけではございませんが、それぞれあるものについては検討いたし、また学識者についても意見を徴しまして、そういう結論を出した次第でございます。
○坂本委員 学識者について検討されたというのは、どういう方々について検討されたか、それを承わりたいと思います。
○津田政府委員 一々名前をあげるのはいかがかと思いますが、法務省に関係があり、公安審査委員をやっておられます矢部総長などには意見を徴し、そのほか意見を徴した者がございますが、ここでちょっと申し上げかねる次第でございます。
○坂本委員 委員会で言えないような人の意見を聞いたら、それはやみになるわけですよ。ことに矢部さんなんかは、やはり御用学者といわれているような人です。だから、この人の意見だけ聞いてきめるわけにはいかぬと思う。広くきめなければならぬ。そうするためには、政治学がどういうものであるかというようなことについて、提案者の法務当局ははっきりわかっていないじゃないかと思う。ただ矢部さんぐらいの意見を聞き、あとはこの委員会で名前もあげられないような人から聞いただけで、そしてこの政治学の範囲とか、あるいはスタンダードとなるべき著書をきめるというようなことは、もってのほかだと思う。大体政治学の範囲とか内容がはっきりしないのは、一般教育科目をごまかしてやっているからそういうようなことになる、そう考えられるのですが、その点どうです。
○小島委員長 坂本君に申し上げますが、大臣もお見えになりましたから……。
○津田政府委員 ただいま申し上げました政治学原論の範囲、つまりこの法律にいう政治学の範囲につきましては、相当著書を検討いたしまして、先ほど申し上げましたように、国家論、政治の本質政治闘争、議会、選挙、政党政治というような、あるいは民主政治というような項目については、いずれも政治学の範囲に入る基本的な事項であるというふうに、調査の結果相なりまして、この原案を出したわけでございまして、各大学二十六校におきましては、おおむねその範囲において講義がなされております。従いまして、政治史でありますとか、外交史、政治学史あるいは政治思想史というようなものは、当然範囲から除かれているという意味におきまして、おのずからその範囲がきまっている、学問としての範囲がきまっているというのが、大体通説でございます。ことに鈴木安蔵教授の「政治学原論」におきましてはそういうふうにはっきり著書に現われているところでございますし、そのほかにおきましても、そういう趣旨の著書は相当数見られる次第でございます。
○坂本委員 大臣がお見えになりましたから、今の問題はあとにしまして、大臣にお聞きしたいと思います。 第一に、司法試験の本質についての所見を伺いたいのですが、司法試験は、判、検事、弁護士という法律専門家を選び出すための専門試験であることは、先般大臣も御答弁になったと思います。そこで試験内容の平易化と試験委員の負担軽減をはかって、法律を知らない判、検事、弁護士を生み出すことになってはならない、こういうふうに思うわけであります。ところが、今度の改正案は、試験内容の平易化と試験委員の負担軽減をはかる、こうなっておりますが、これは専門試験である司法試験の本質に反するものではないか、こういうふうに考えますが、御所見を承わりたい。
○愛知国務大臣 この司法試験の制度というものは、ただいまも御指摘のように、判、検事、弁護士、いわゆる法曹になり得るような人を選ぶという制度である、そういう性格のものであると私どもは考えておるわけでございます。従って、それに即応するように考えることが第一義でございますが、前前から申し上げておりますように、なるべく具体的に、いわば大学の在学生というような若い優秀な人を法曹界に迎えたいということを現実的に考えまして立案をしておるようなわけでございます。 なお、これは申すまでもございませんが、司法修習生の制度がございますので、試験の合格者と修習生の二カ年間の修習とをあわせてりっぱな法曹を養成いたしたい、こういうことになっている点も、他の試験とは違った特殊の性格があると思うのでございます。 先ほど申しましたように、現実的によい人を採りたいということと、そういった性格の試験であるということ、十分諸般の条件をにらみ合せましてこの改正案の御審議をお願いいたしておるようなわけでございまして、前にも申し上げましたように、たとえば第二次試験の短答式の試験につきましても、特に基本法である民法、商法、刑法というようなものを取り上げて、法制審議会の答申等にありました他の一般常識というようなものを省きましたゆえんもそこにあるわけでございます。なおまた先般政府委員からも申し上げたと思いますが、純粋の法律学に隣接する社会科学で法律にも関係の深いものを選択科目に選んだというようなことでその間の調整をとった、こういうふうな考え方になっておるわけでございます。
○坂本委員 司法修習生の二カ年間の修習は、司法研修所で現在行われることになっております。この問題についてはあとでお聞きしたいと思いますが、今の大臣の御答弁に関連することを一つお聞きしたい。司法研修所におきましては、ここに資料もありますように、その教官は判事、検事、弁護士の実務家ばかりであります。従って、司法研修所の二カ年の修習というのは、司法官の実務修習以上に出ない。これは先般の参考人の御意見によっても強く主張されておるところであります。そういたしますと、今大臣の御答弁にありましたように、司法修習生の二カ年の期間をもって本質的の判、検事、弁護士を養成するということは、現在の制度では困難である。あそこでは、裁判所に半年、検察庁に半年、弁護士会に半年、実務の修習以上に出ないわけであります。それをもって本質的な判、検事、弁護士の優秀な者を生み出すことは困難ではないかと考えるわけであります。それを前提にいたしましては今度の改正案におきましては、民事訴訟法と刑事訴訟法は、いずれかの選択によって必須科目にしているわけであります。しかしながら、民事訴訟法、刑事訴訟法は法律家には絶対必要でありまして、この訴訟法がわからなければ、判事も検事も弁護士も勤まらない。現在訴訟法がよくわかっていないから、中村参考人が前会で申されましたような非常に驚くべき間違った判決が出ておる。また検事は訴訟法を知らないがために、国民を処罰する訴訟の原告当事者としての運用がうまくいかない。こういうような点から考えますると、訴訟法の一つを選択としたこれは、どうも判、検事、弁護士の試験としてはよくはないじゃないか、こういうように考えられますが、その所見をお伺いしたいと思います。
○愛知国務大臣 その点は法律あるいは法律のいろいろの手続に非常に重点を置いて考えます場合にはごもっとものようにも思いますけれども、訴訟法というものは、実際の修習によってその適切な運営が期し得るものであって、この点は司法修習制度、並びに、これも御案内の通りと思いますが、たとえば検察官の場合でありましても、裁判官の場合でありましても、それぞれ裁判所あるいは法務省に任官いたしましてからの修習制度もあるわけでございます。私は、先ほど申しましたように、在学生もよく受け得るような制度にしたいという点から、たとえば民事訴訟法のごときは、大体において、大学の課程で四年に集中しておるというようなことをも考え合せまして、この案が現在においては最も適当ではないか、こう考えておるわけであります。 それからいま一つ、修習制度の場合は、半年ずつそれぞれに勤務をいたしまして修習するのであって、これは学問それ自体についての研修には足りないじゃないかという点でございます。この点については、これも御案内のように、特別講義というようなものに相当重点を置きまして、これには斯界の権威のある学者の方々にお願いをいたしまして修習の実をあげておる、こういうふうに、これでいけると私は考えておるわけであります。
○坂本委員 もう一つだけお伺いしたいのは、在学生をたくさん合格させるという前提に立っての試験内容の平易化並びに試験委員の負担の軽減をはかる、これは専門職試験である司法試験としての本来の要件を阻害すると申しますか、欠くのであって、そういうことをするから、かえって必然的に判、検事、弁護士として権威を失墜することになりはしないかと思うわけです。専門職試験である司法試験には、法律の試験をやはりしなければならぬし、さらにまた民事訴訟法、刑事訴訟法と、本質的の勉強をさせて試験をやりませんと、司法研修所では裁判所に都合のいいようなことばかりやるわけですから、裁判所の訴訟法学などと悪口を言う人もあるわけですが、そういう弊害に陥る。それがかえって司法官の素質を低下させる結果になるのじゃないか、こう考えられます。その点についての御所見を伺いたい。
○愛知国務大臣 これも見方の問題でございまして、坂本委員のおっしゃることも私はよく理解できるつもりなんでありますが、先ほど来申し上げておりますように、少し欲をかき過ぎているのかもしれませんけれども、専門的な試験である、しかし同時に、そうだからといって、なかなか在学生では通りにくいような科目が並べられてあるということは、現実の問題として、いい人が、ことに若い優秀な人がなかなか法曹界に入りにくい現状でもあるかということに着目いたしまして、この改正案を私としては最善と考えておるわけでございます。 なお、坂本さんの御指摘のような点もございますので、繰り返すようでございますが、たとえば短答式の試験には、法制審議会の答申のごときは、一般の高等常識的な、裁判官、検事、弁護士に必要なとはいうものの、相当広い短答式の科目が答申として出たわけでありますが、これをあえてはずしたような次第でございまして、こういう点に、今御質問のような趣旨は私は相当入れておるつもりでございまして、この点は一つ御了承願いたいと思います。
○坂本委員 次に、この改正案は、憲法、民法、商法、刑法等の必須科目につきましても範囲を限定して、全般にわたる受験を必要としない建前になっておるわけです。それは、この法律案要綱の五において、「司法試験管理委員会は、試験科目中相当と認めるものについて、試験の範囲を限定することができるものとすること。」こうありまして、さらに提案趣旨説明書の(三)におきまして、「第三点は、司法試験管理委員会は、司法試験管理委員会規則で、試験科目中の相当と認めるものについて、その範囲を限定できることとしたことであります。これは司法試験管理委員会が相当と認める試験科目については、合理的にその範囲を限定し、大学在学生たる受験者の負担をなるべく軽減することができるようにしようとするものであります。」こうあるわけですね。ところが判、検事、弁護士である法律家は、法が国民に与えた権利を擁護するという重大な責任を持っておるものでありますが、肝心の法律を知らないようでは、その任務にはとうていたえられないものと思われるわけです。この点についての所見を承わりたい。
○愛知国務大臣 大体先ほど申し上げましたところで、私の考え方は御了解願えるかと思うのでありますが、なおこの科目の中の限定ということにつきまして、私現在これは管理委員の方々にお願いをして、管理委員会規則によってこれを明かに定めていただくつもりでありますが、私の現在の考え方といたしましては、たとえば選択科目に会計学というものがあります。ところが、会計学といえば、簿記ももちろんでありますが、財務諸表論とか原価計算論とか、あるいは監査とかいうように、普通いろいろありますが、こういう会計学というような特殊なものについてやはり範囲を限定しなければ、受験生としての負担が非常に多くなるおそれがあるのではないかということが一つ。それから法律につきましてはこれも前々から御審議願っておる点でありますが、たとえば、民法については、親族、相続というようなところからは、従来長きにわたって——これは慣行になっておるかと思うのでありますが、問題が出ていない。あるいは商法についていえば、海商法については、やはり慣行として問題が出ていないようであります。しかし、これは出ても何とも仕方がない制度になっておるわけでありますが、そういう点を管理委員会にお願いをいたしまして、たとえば海商法は省くとか、あるいは親族、相属は省くとかいうふうな程度に、この科目の限定ということは考えて参りたい。この点については、従来の法律についての学問の試験につきましては、大体従来の慣行であったようなことを、この管理委員会規則によって明らかに定めるということが、受験生に対しても非常に便宜ではなかろうか、私は現在のところこういうふうに考えておるわけでありまして、これが乱に流れるというようなことは避けなければならない、こういうふうに考えております。
○坂本委員 今大臣の御答弁によりますと、やはり管理委員会の職務、運営が相当重大な問題になってくるわけです。従来の、法務省の事務次官、最高裁判所の事務総長、それから日本弁護士会の推薦した弁護士、この三人が管理委員になっておりますが、これでは運営がうまくいかぬじゃないか。従来の例を見ましても、法務省の事務次官は忙しいから、試験委員の任命等についても、ほとんど課長級が専任してやっておる。従って、試験委員の氏名、職業等についての資料も出ておりますが、同じ試験委員が十年もやっておる。さらに東大を中心としたいわゆる官学の試験委員が多くて、私立大学の試験委員は非常に少い。こういうようなことに非常に弊害が出ておるわけであります。われわれは少くとも七名程度に増員すべきだというふうに考えておりますが、この点については、あとで管理委員会の問題で御意見を承わることにいたします。 次に判、検事、弁護士の素質向上の問題についてお伺いしたいと思います。政府は、合格者中の大学存学生の数が減ったことをもって素質の低下であると見るようでありますが、新制の大学では、法学を専修する時間が減っているのであるから、これだけで、判、検事、弁護士に必要な学識や応用能力を備えるのには無理である。それゆえに各大学とも、専攻科とか大学院その他の施設で実力をつけて、その後合格するのが当然である、こういうふうに考えるのでありまして、そうして初めて素質の向上ができる。単に、在学生の数が減ったから、それをふやすためにやるというのでは、素質の低下になるんじゃないか、こういうふうに考えますが、御所見を承わりたい。
○愛知国務大臣 これは私も調べてみましたが、御承知のように、最近の司法試験の合格者の平均年令というのが、一時よりは低下してきたようでありますけれども、満二十八才ということになっておるようでございます。満二十八才と申しますと、昔の数え年でいうと三十がらみということになるわけでありまして、この点は、戦前、今の満年でいえば二十二、三で大学を卒業する。しかも、その当時でも、在学生で相当法曹界に試験の合格者があったというようなことと比べてみましても、私はやはり何としても年令をもう少し下げるようにすべきではなかろうか。その年令が、今申しましたように三十がらみというようなことになると、これはどうしてもほかにいい人が吸引されるおそれがある。これは否定できない事実ではないかと思うのでありまして、そういう点も加味いたしまして、年令の若い人が受けやすいようにということをもって素質の低下だということになりますと、それも一つの見方かもしたませんけれども、私はむしろ今よりは相当若い人が合格をし、そうして若いうちに修習生として十分研さんの余裕を与える方が、長い目で見て、将来の日本の法曹界というものが国民の信頼に値するような方々ができるのではないか、こういうふうに考えるわけでございます。
○坂本委員 私は逆に、司法試験が専門試験である以上は、試験水準を引き下げて法律家を作ることは、これは司法官の素質の向上と逆行するものである。現在の大学基準で、大学在学中に合格さして、法律知識の不十分な年少の法律家を作って、国民の信頼を破る必要がどこにあるか、こういうふうに考えられますが、この点についての御所見を承わりたい。
○愛知国務大臣 要は運用の問題に非常な比重がかかってくるかと思いますけれども、私どもはいろいろとこれについては検討を続けまして、ようやく成案を得た次第でございまして、本制度が実現の暁におきましては、必ず御期待に沿える。今よりは少くとも数段そういうことになるという確信を持って、この案の御審議を願っておるようなわけであります。私はやはり先ほどのことを繰り返すようになって恐縮でございますが、素質の一般的にいい人であるならば、若い人であっても、その後のいろいろの修習その他によりまして、十分法律専門家としても立ち得るようなりっぱな人ができるものであるというふうに確信をいたしております。なお、そういったような御意見の点については、今後運用の上におきましても、ほかにまだいろいろ考えなければならぬ点があると思います。たとえば先般来大貫委員の御心配の点でございますが、たとえば待遇の向上ということも必要でございましょう。それから私が強調いたしましたような判、検事の場合で申すなら、執務の環境をもっとよくするというがごときは、非常に喫緊の要事であると思うのであります。そういうことと並行して、総合的にやって参ることにおいて、十分の成果があげ得るものと、こういうふうに考えておる次第であります。
○坂本委員 次に政府のいう判、検事、弁護士の素質の低下とは何をさすのであるか。判、検事、弁護士に必要な素質については、先日永田日大総長は参考人の意見として、素質は物知りではない。正を踏んでおそれず、信念を持つことであるという趣旨を述べられました。すべからく判、検事、弁護士は公平であり、正直であり、誠実であると同時に、勇気と胆力を持ち、互いに努力することによって、国民の信頼に値する正義の裁判を実現し得る力となるであろうと思うわけであります。しかるに政府は、試験を平易化して、法律の専門の試験を簡単にすることによって、よい素質のある者を選び得ると考えられておるようでありますが、この点についての所見を承わりたいと思います。
○愛知国務大臣 私はこれは必ずしも今お述べになりましたような御意見と同じに考えないのでございまして、ただいまの御指摘になりましたような正を踏んでおそれざる正義の士であり、勇気と胆力を持つというようなことが、これはお言葉を返すようでありますが、必ずしも法律の技術的な専門家だけに期待できることだけではないのであって、これはやはり一般的に人格の高潔な人ということがその大きな一つの要素になるのではないかと思うのであります。私はそういう意味で、今度のこれが素質の低下にはならない、むしろ向上をねらっておるのである、こういうふうに考えるのであります。素質の問題もさることでありますが、現状において、先ほど申しましたように、満二十八才が平均だというようなところから考えますと、他のいろいろの振り合いから申しましても、どうしてもこれはいい人に来てもらえないということが現実の憂うべき事態ではないかと思うのであります。それがいいか悪いか批判の問題になるかと思いますが、ともすると、裁判官や弁護士になっても、将来りっぱに伸びるであろうという人が、この現実の社会情勢あるいは試験制度等の関係から、心ならずも他に逃げている人が実際問題として相当いるのではないかと思うのであります。質の問題においてもさることながら、量においてもっと優秀な人に試験を受けてもらいたい。従って、また合格者も数が現在よりは多くなることも期待できるのではないかと思います。そういう点もいろいろと考え合せまして、結論においてるる申し上げましたような私としては見解を持つわけでございます。
○坂本委員 ただいまの御意見を私は伺いまして、さらに試験がむずかしければ他の職域に逃げるような学生を若干引きとめることができたとしましても、それはむしろ逆に法律家の素質を悪くするにほかならぬと思いますが、その点の所見はどうですか。
○愛知国務大臣 この点は率直に申しますと、どうも見方の違いということになろうと思いますが、やはり先ほど申し上げましたように、同時に試験制度の改正だけで能事終れりとするものではないのでありまして、他の諸般の制度の改善ということと並行してやって参りますならば、必ず優秀な人が今よりはもっと多く試験にも合格してもらえるものである、それが大きな意味においての法曹界の素質の向上ということになるのではないか、こういうふうに考えるわけでございます。
○坂本委員 次は短答式による試験について承わりたいですが、改正案は、論文式による試験は、当該筆記試験による試験に合格した者に限り受験することができることにしたわけであります。これは受験者の数の増加に伴っての受験生ふるい分けの択一試験である、試験委員の負担軽減のみを考えたものである、こういうふうに考えられますが、この点はいかがでございますか。
○愛知国務大臣 この点もいろいろ御意見のあるところでございますが、おそらく今後一万人あるいはそれをこえるような受験生があると私は思うのであります。その場合に、最も実際的で、かつ先ほど申し上げましたように法律の専門試験であるということに着目いたしまして、あえて短答式ということを法律の明文の上にもうたいたい、こう考えたわけでございます。それから短答式のやり方でございますが、これはもちろん、いわゆる択一式も、常識的にマル・チョン式といわれておりますが、そのマル・チョン式ももちろん含みますけれども、短答式の方法としては、そのほかにもいろいろと研究されているものもございますので、必ずしも試験委員の負担軽減というだけではなくして、短答式は短答式なりに十分これによって合格者のめどをつけ得るようなやり方が私はできると思うのでございます。
○坂本委員 そういう御意見もございますが、短答式試験は、合格者の数が総受験者の三分の一以上くらい合格しなければ、不公平に陥るのではないかと私は思うのです。アンバランスの関係で、この短答式で優秀な受験者を落す危険がある、こういうふうに考えられます。いかに試験委員の負担を軽減すると申しましても、やはり総受験者の三分の一以上ぐらいは合格させなければ、何でも負担軽減するために合格者を短答式で少くすることは、優秀な受験者を落す、こういうような危険があると思いますが、この点いかがでございますか。
○愛知国務大臣 これは私は二つの面があると思うのであります。一つは、短答式のやり方の問題であると思うのでありまして、先ほど申しましたように、いわゆるマル・チョンだけをもって短答式といたします場合には、これはある程度いい人が落ちる可能性が私も現実にあると思います。そこで一つは、短答式は必ずしもいわゆる択一制だけによらないで、これについては十分の工夫をする必要があると思います。それから第二の点といたしましては、やはりある程度多く合格させるようにしなければいけない、この点については御同感でございます。ただ、三分の一がいいかどうかという点になりますと、ちょっとお答えをいたしかねるのでありますが、適当な程度にこれをふるいまして、あとの筆記試験において、考査委員が苦心の答案を十分よく検討してもらう。要するにそこの調整の限界点をどこに見出すかということになろうと思いますので、具体的に三分の一がいいかどうかということについてはお答えいたしかねますが、実行上御意見のように十分考えて参りたい、こういうふうに考えます。
○坂本委員 事務当局にお伺いしますが、現在の試験委員の論文式試験の考査の採点能力、これは何部くらいか。先般中村宗雄教授から三千通から三千五百通くらいは見られる、こういうような意見を承わったわけですが、その点についてはいかがですか。
○津田政府委員 論文式における考査委員の採点能力ということにつきましては、いろいろ見方があると思われる次第でございます。要するにその採点の方法ということによるわけでありまするが、あるいは三千通ということも可能であるということは言えると思います。しかしながら、公平にかつ慎重に精査をするという意味におきまして、何通が適当であるかということは、いろいろ議論があるところだというふうに考えられるわけでありますが、考査委員の側からいえば、なるべく少い方が精査できるということになろうかと思うのであります。しかしながら、従来の短答式各種試験におきまする結果を総合した調査によりますると、この短答式によってよりすぐるべき人の五倍以上を目標にしてやれば、つまり最終にすぐる人の五倍以上を短答式ですぐれば、ここに僥幸というものはあり得ない、また僥幸のみならず、不当に実力者を不合格にせしめることもあり得ないという結論になっております。少くとも短答式におきましては、問題数につきまして七十題程度以上、それから人員におきまして、最終合格せしめる人の、つまり論文式で審査すべきものと考えられる人の五倍以上を合格者とするというのが相当であるというふうに考えておるわけであります。
○坂本委員 このアンバランスの問題が非常に重要でありまして、管理委員会の責任もこういう点について大いにある、こういうふうに考えるわけであります。そうすると、三百名を予定されますと、千五百名ということになるわけですね。しかし一万人も受験者がありますると、不合格者がずいぶんふえるわけなのです。そこで一万人もありますならば、やはりその三分の一、三千五百名くらいはやはり短答式で合格させて、そしてその中からとらないと、五倍以上では少し少いのではないか、こういうふうに考えられるわけです。もちろんこの点は管理委員会がきめることでありますから、よほど管理委員会の運営をよくやらなければ非常な間違いを起すのじゃないか、こういうふうに考えられるわけです。 次に私は、一般教育科目を受験科目とする必要はない、こういう考え方を持っております。これについて先日の政府の答弁では、必須科目も選択科目もいずれも専門科目であって、教養科目ではないと仰せられ、私も同感で、専門職試験たる司法試験としては当然であると思うわけであります。しかるに、政治学につきましては、事務当局の方とその範囲並びに政治学の本質についてもっと検討したいと思いますが、大臣にお聞きいたしたいのは、政治学というものは、大学基準によりますと、社会科学系列に属する一般教育科目であり、各大学は大学基準に基いて教養科目として教授しておる。もしこれを専門科目とすれば、政治学原論とかあるいは政治学原理とか、こういうように特定すべきだと思うわけです。この点に対して先ほど事務当局の意見を聞きますと、スタンダードとなるべき本についてはいろいろ集められておりまするが、やはりその著書の名前は政治学原論あるいは政治学原理、こういうような名前が多いわけであります。従って、それでは政治学とするならばこれは私は一般教育科目と考えますから、やはり政治に関する素質の社会科学的の問題でありますから、簡単に言うならば浅く広く——浅く広くというのはその範囲がばくとしてわからない、こういうような関係にあるわけです。これについて、それじゃ学者の意見を聞いたかというと、矢部貞治氏の意見は聞いたけれども、そのほかの人の意見はここでは言えない、そういうようなことで、提案者である法務省の事務当局の見解がわからない。わからないというのは、社会科学系列に属する一般教育科目を無理に政治学として専門科目に持ってこようとするところに無理があると思うのです。ですから、もしも政治学というものが選択科目に入りましたならば、これはその範囲をはっきりさせなければならない、こういうふうに考えまするが、いかがでございますか。経済学の点については、これは経済原論になっております。経済学といいますと、やはりこれも社会科学系列に属する一般教育科目に入るわけなんです。経済原論と持ってきますと、専門科目になって、特定をしまして、受験者はそれによって勉強し、試験を受けることができるわけです。それがはっきりしないということは、受験者に対して負担をかけるものであって、こういうのは私たちは削除すべきだと考えるわけであります。また削除しないとするならば、管理委員会の運営において、これを規則によってはっきりせなければならぬ、こういうふうに考えるわけです。しかしながら、規則においてはっきりしますと、隣には田中博士もおられますが、やはり専門科目としてやる以上は、その科目にふさわしいものにしなければならない。最初審議会の答申案によって一般教育科目になっていた、それがいろいろの難点があるし、ことに稲田文部事務次官からは法務事務次官に対する申し入れもあるような状態で、今度はずされたわけであります。そういうようないきさつから考えて、特に規則で明らかにしても、われわれ良心的にはこれは納得できない、こういうふうに考えるわけですが、大臣の御所見を承わりたい。
○愛知国務大臣 まず第一に、ここに政治学といたしましたのは、先ほどお尋ねのように、一般教養のものをここに無理に引き上げて、ごまかしたのではないかというような趣旨のお尋ねでございましたが、そうではございません。これは大学の専門教育科目の中の社会科学としての政治学という専門的なものというつもりでここに掲げたわけであります。 それから政治学といたしましたのは、ただいまいろいろの御意見がございましたが、実は、この司法試験の問題については、私自身としても非常に検討を重ねたつもりでございまして、この科目の名称をどうするかということについても、私自身としても十分に研究をしたつもりでございまして、多くの大学の現在の教科の中から、この種の問題を何と呼んでいるか、それから一種の通常の概念としての考え方から申しましても、ここに政治学と掲げることによって範囲は明らかであるというふうに私は考えた次第でございます。現に公、私立の大学の専門科目の中に政治学というふうになっておるものが非常に多いわけでございます。従って、この政治学ということは、練れた一つの概念の熟語であると判断いたしまして、あえて政治学という表現にいたしたのであります。しなしながら、坂本委員の御意見もごもっともの点もございまするので、もし、この点についてなお不明確であるということでございますならば、これを明確に——ただいま国会の御審議を通じて私どもの意図というものは明らかにされたと思うのでございますが、なおそれ以上に必要ということでございますならば、あるいは管理委員会で適当にこれを受験生にさらに明らかにさせる必要があるならば、その規定において何らかの措置をすることも考え得ることであると思います。先ほど私ちょっと申しましたように、会計学というものについては、実はこれ以上に、率直に申しますが、どうしても不明確な点があると思いますので、これは管理委員の方にお願いをしなければならぬと思っておりますが、政治学の方は大体この概念、通念として、専門科目として講座の名称としても、私は認めていただいていいのではなかろうか、こういうふうに考えるわけであります。
○坂本委員 その点は大いに見解が違うわけなんです。この資料についても、私非常に疑問を持っておるわけです。御存じのように、新制大学では一年から二年まで、東大の方は、教養学部が別にありますから一年半になっておりまして、あとの三年を法律専門にやる、こういうような状態になっておりまして、単に政治学という場合は、各大学が取り扱っておるのは、一般教育科目として取り扱っておる、こういうふうに考えておるわけでございます。それをあえて専門科目だということは、これは大きな学問的誤まりを来たしておるのではないかと考えるわけであります。 次にお伺いしたいのは、昭和三十二年四月五日、稲田文部事務次官は法務事務次官に対しまして、司法試験法の改正について左のような要旨を申し入れております。すなわち、一は、「第二次試験に基礎教養の試験科目を加えることは第一次試験と重複をする。」二としまして、「第二次試験に、基礎的知能及び一般常識的な教養で主として政治、経済及び社会に関するものを行うことは、大学における一般教育科目の負担を過重にし、学生が一般教育科目中の政治、経済及び社会に関するものの勉学に偏する結果を来たし、大学の一般教育科目設置の趣旨が失われるおそれがある。」こういう申し入れをしておるわけでありますが、この点についての御所見を承わりたい。
○愛知国務大臣 昨年四月の文部次官から法務次官に対するただいま御指摘の書類は、私も十分承知いたしております。そして、これを本案を作ります場合の重大な資料にいたした次第でございまして、私の理解しておりますところでは、文部次官の意見というものは、大体がその当時、前回か前々回の本委員会で申し上げたと思いますが、当初は法制審議会の答申の案が、それ自体政府案になるのではないかというように考えられた時期があったわけでありますが、その時期において出された文部次官の意見であるように存じております。そうして実はその後、ただいま御審議を願っておりまする成案を得るに当りましては、文部当局とも十分に相談をいたしまして、文部大臣からも、当該御指摘の稲田文部次官からも、今回法務省で作案いたしましたこの案については完全に同意をする、協力をいたしますということでございましたので、次官会議、閣議におきましても、そういうことで了承、完全な意見の一致を見たということで、国会にお願いをすることにしたような経緯になっております。
○坂本委員 大臣のような御答弁によりますると、やはり今度の改正案は一般教育科目ははずしたことになるわけであります。そこで、この七の中の心理学ですが、これはやはり自然科学系列に属する一般教育科目であるから削除すべきじゃないか、こう思うんです。なお、この心理学については、私は専門家じゃございませんが、学者の意見を聞いたわけです。各学者の心理学に対する見解の差が非常にひどい。そこでだれが試験委員に選ばれるかわかりませんが、試験委員以外の人の著書を読んでいたのではわからない、問題自身も理解できない、こういう危険があるわけであります。ですから、本質上、心理学は一般教育科目ですから、これを削除する御意思はないかどうか、その点を承わりたい。
○愛知国務大臣 これは別の機会にいろいろとまた御審議を願いたいと思っておりますが、御承知のように、たとえば刑事政策等については広く総合的に考えなければならないというような点から、私は実は心理学というものに相当重点を置いておるのでありまして、今後の法曹界においては、心理学についても相当に通暁している方を迎え入れるべきではないか、これが刑事政策から言えば非常に大事なところではないかというような観点と、それからこれもまた水かけ論になるかもしれませんけれども、私はやはり心理学というものは相当高度の専門的な学問であり、範囲も大体において通常の観念として概定されておるものであるということで、選択科目に入れるのには一つのよい科目であるというふうに考えまして、ここにあえて挿入いたしたようなわけでございまして、御意見の点は承わりましたけれども、これをここから削除するということはごかんべんを願いたいと思います。
○坂本委員 学問的本質の点からいたしまして、やはり政策の対立のような法律でもないのですから、学問的にも実際的にもちゃんと筋の通ったものをやるべきであるという前提に立って、削除すべきであるという意見を私は持っているわけであります。 次は、第六条の七の、科目の経済原論、財政学、経済政策、社会政策、こういう科目については、イデオロギーの対立があると思うわけです。この場合の基準は何によるかそれを承わりたい。法律科目では、もちろん憲法論にしましても、旧憲法時代は天皇機関説と神がかり的な天皇説と相対立しておりましたが、やはり憲法という法律があった、法律におきましては六法全書がありまして、学説の対立も六法全書が基準となっていたわけであります。しかるにこの七の科目についてはそれがないから、いかにこれを考えるか、その基準を何に求めるか、この点についての御意見を承わりたい。
○愛知国務大臣 まことにごもっともな御質問と思いますが、社会科学というものは自然科学と違いまして、法律等の学問につきましても、私は大なり小なりやはりイデオロギーの対立があるということは、否定できないことではないかと思うのであります。そこで、そういうふうな社会科学の試験については、御指摘のように、試験委員の選び方等が非常に大事な点になると思います。私は通説的に大体支配的であると思われるような学説で、著書その他においてその学問の権威者と認められるような方を選びたいと思います。 それからなお、これは希望になり、あるいは今後の運用の問題になりますけれども、考査委員にあげられるような教授や学者というような方々は、考査委員の立場において、かりにイデオロギーが違い、学説が違っても、出てきた答案なり、あるいは口述の応答なりが筋道がそれなりに立っておって、そしてその受験生の頭脳程度あるいは勉強の程度がよく認められる場合には、その限りにおいて十分の評価、価値判断をしてくれるというな学者でなければならないと私は思います。この試験を通じてイデオロギーの宣伝をするとか、いろいろ学説の啓蒙宣伝の具に供するというようなおそれのあるような人は選ぶべきではない、こういうふうに考えて運用して参りたいと思います。
○小島委員長 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○小島委員長 速記を始めて下さい。 この際暫時休憩いたします。 午後一時二十二分休憩 ————◇————— 午後三時十九分開議
○小島委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 司法試験法の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。 質疑の通告がありますので、順次これを許します。 志賀義雄君。
○志賀(義)委員 司法試験法の一部を改正する法律案については、これまで自民党の鍛冶君、または社会党の坂本君からいろいろ詳細な質問がありましたが、私として非常に心配になることが一、二あるのです。それは、法務省の責任ある方に御答弁願いたいのでありますが、一昨年国会で司法研修所における思想調査が問題になったことがあります。最近またそのことが行われているということですが、実情はどういうふうになっておりましょうか。
○津田政府委員 そのことの所管は最高裁判所当局でございますので、私の方はつまびらかにいたしておりません。
○志賀(義)委員 それで、あなた方の方で知られないということでありますが、事実はこれが行われているのであります。法律が出た場合に、これはやはりこういうことが重なり合いますと非常に問題になりますし、また試験合格者でも入所できない者さえあるのが現状であります。従って、この司法試験法の一部を改正して、今後これが実行される場合においては、今まで各委員から質問があったことが非常に問題になってくるのであります。第一、司法試験管理委員会が、御承知の通りに、最高裁の事務総長それから法務省の法務事務次官、それから日本弁護士会の方から一人代表として出る人、三人になっておりますが、その中でさらに今度問題になってくるのは、考査委員のことも含めてでありますが、上にそういうふうに管理委員会で、いわば官僚の人が二人入ってくるし、考査委員の中にまたいろいろと官僚と見なされる人が入ってくると困るのであります。法曹界つまり弁護士並びに判事、これは司法独立の建前からしても、それが必要であろうと思うのでありますが、三人の管理委員のうち、法務次官は御承知の通り政府職員であることは、これは申すまでもありません。最高裁の事務総長は判事でなく、やはりこれは身分上官僚になっているのでありますが、こういうようなことでは非常に困る事態が起ってくるのであります。今度の警察官職務執行法でも、これを運用する警察官僚の側から問題が起ることを広く世論が心配しているのでありますが、三人のうち二人までが参加して、考査委員各増加を判断する場合に、いろいろとそこでまた今日心配されるような事態が起ってくるのであります。こういう点については、何かそういうことにならない保障でもありますかどうか、その点を伺いたいのであります。
○津田政府委員 考査委員の構成につきましては、ただいま御指摘の通りでございます。ただこの運用いかんはどうかということでございますが、この委員会そのものを三人構成でいたしております関係上、それは検察庁を持つところの法務事務次官、それから判事全般について関係あるところの司法部である最高裁判所の事務総長、それから同じく弁護士関係の事項をつかさどっております日本弁護士連合会の代表に当る弁護士の人、こういう三人の構成でありまして、法曹を将来採用していくと申しますか、将来の法曹についてのいろいろの世話をする部局の責任者がそれぞれなっておるわけであります。その意味におきまして、この管理は公正に行われておるものと判断いたしておりまして、現在におきましても、それに非難があるということは私どもは存じておらない次第でございます。
○志賀(義)委員 私が申しますのは、司法試験管理委員会のうち二人までが官僚であるということ、検察官から出た法務省と最高裁の事務総長、こういうことになりますると、司法の独立に対する行政の介入ということが、三人のうち二対一の数字でも、よく出てくるのであります。そういう点であなたの方で言われなくても、この点は現在の情勢その他から考えてみて非常に問題があると思っております。今の司法研修所における思想調査の問題、あなたがお聞きにならなくても、国会では一昨年も問題になっている、こういう状態であります。最近またこれが行われているのであります。そういうことではなおさらこの思想調査を行うということが、本来司法権の独立ということを言いながら、それが国民全体を公平に代表するものでなく、鍛冶委員と坂本委員とは発言の趣旨はおそらく反対でありましても、イデオロギーのことが両委員からも問題にされておりますので、私としては今度の司法試験法の一部を改正する法律では、この点が重要な点になってくると思うのであります。 そこで、私は問題にしたい二点があるのでありますが、試験管理委員会が試験科目の範囲を限定する条項が今度は付加されておりますが、これは実際にはどういうふうに行われるのでございましょうか。この法案を準備された上において、その点を伺いたいと思うのであります。
○津田政府委員 司法試験管理委員会が、試験科目を相当と認めるものについて、管理委員会規則で定めるところによりまして、その範囲がきめられる。こういう改正案についてでございますが、今度の改正案につきましては、提案の趣旨説明の中にもございましたように、大学在学生の合格者が非常に減少しております。素質のよい者が他の職業分野に脱出しないようにしたいということから、司法試験につきましても、大学在学生にも受けやすくする。こういうことを一つのねらいといたしまして改正を行うものでございます。そこで、その場合におきましては、大学の学習課程と十分これを照らし合せて考えなければならぬわけでありますが、大学の学習課程におきましては、あるものにつきましては、新制大学の四年に配当されている科目も相当あるわけであります。あるいは一つの法律科目の中におきましても、四年に配当されている部分が相当あるわけであります。それらの点を大体考えてみますると、これらの科目は主として従来は実際上慣行的にと申しますか、微々たる慣習であるかもしれませんが、その部分については出題されていなかったのであります。そこでさような出題されていない部分、たとえば商法におきます保険、海商関係並びに民事訴訟法におきます強制執行関係、刑事訴訟法におきまする再審、非常上告執行関係、こういうようなところにつきましては、初めから明らかに科目の範囲外であるということを示して、なるべく受験生の負担を軽くしてやることは、主として基礎的なところをおもに勉学させることによって受験をたやすくさせてやる、こういう意味におきまして司法試験管理委員会が相当と認めるものについて、その範囲をきめようということでありまして、従来から飛び離れた形におきましてこの科目の範囲の内容を変えようというようなことを考えて立案されておるものではございません。主として従来慣行的に行なっておるところを明確にするという範囲を考えて立案している次第でございます。
○志賀(義)委員 これは別に規則で定めることになっております。これが通過しても、昭和三十六年から執行される。そのときに規則ができるわけでありますけれども、規則によってまたこの内容がいろいろと一般の受験生に不利になるし、また民主主義の建前に不利になる、こういうことをおそれるのは、私どもとしては今度の教員の勤務評定に関する場合にも、事実勤務評定の内容あるいはその大綱が法律に出ておるべきものが、そういうものは一切出ずに、それが文部省の勤務評定の規則その他できめられる。法律できまったことは、任命権者が勤務評定を実行するということだけになっておる。規則の問題で非常に重大なことになってくるので、私どもとしては、規則によって広範なきめ方をすることには非常に危険を感ずるものであります。そこで、たとえば鍛冶委員や坂本委員からも問題になりましたが、学問の種類によっては、社会政策なんかはその学者によって立場が非常に違うのでありまして、その点についてどういう一般的な基準を設けるかということがおそれられて今日質問になったのでございます。これに対しても、津田政府委員の話では、たとえば海商法は省くとかいうようなこともございましたが、そういうことよりも司法研修所において思想調査が行われる、こういう現状でありますれば、こういう点について、今の民主主義、これをさらに発展させるべき時代において、非常に片寄った、坂本委員の言葉で申せば、保守的な人、こういうものを多く入れるのではないかという危惧があるわけであります。私としては、現在の考査委員の顔ぶれを見てみます場合には、これはかなりよい人が集まっておられるように思われるのでありますが、この数の制限を今後撤廃しますことになりますと、選任の範囲、基準が、今まで政府の方の御答弁では、私どもにはまだ十分納得いくほどはっきりしておらないのであります。この数の制限の撤廃の意味をまずはっきりと伺いたいのであります。
○津田政府委員 数の制限を撤廃した意味は、第一には、今度の改正によりまして、短答式試験を課することに相なります。短答式試験の実効をあげますためには、問題を数多く出さなければならないわけであります。大体において、基準は七十題以上は出題するということになるわけであります。ところが、御承知のように、短答式あるいは択一式によりますと、あらかじめ解答を用意するというふうな問題も相当あるわけでありまして、そういうものにつきましては、非常に試験問題の作成に手数を要するわけであります。また安易に試験問題を作成いたしますると、本来短答式によって試験する目的が失われてしまうということが考えられるわけであります。そこで、これらにつきましては、数多くの考査委員によりまして十分検討して、疑問のない、しかも試験として適切である出題をいたさなければなりませんので、そういう意味におきまして、考査委員の数を増加せしめる必要が出て参るわけでございます。 それからもう一つは、口述試験におきまして、数多くの合格者について試験をいたしまするにつきましては、試験の最終試験といいますか、合格結果発表の最終日時を一般の職業におきます採用試験の日時に間に合す必要が出て参ります。そのために、相当短時日のうちに口述試験を施行してしまう必要も出て参りますと、勢い論文試験の合格者が多ければ口述試験を行う人数をふやさなければならなくなる。またその考査委員につきましても、考査委員の人数を一人の受験者に対して二人あるいは三人というふうにして採点の公平を期さなければならぬというふうなことがございますので、そういう点からもここに考査委員の数の制限を撤廃する必要がある、こういうことが考えられてこの立案に当った次第でございます。
○志賀(義)委員 そのことは一応伺っておきますが、たとえば、この数の制限を撤廃して、選任の基準ですか、こういうものはどういう点に設けられるのでしょうか。
○津田政府委員 従来考査委員の選任につきましては、考査委員として最適任の方を選ぶという方針を堅持いたしております。それにつきまして、最適任の人はいかようにして選ぶかということであろうと思いますが、これは、まず第一に参照されるものは著書でございます。その著書あるいは講義の内容等につきまして検討いたしまして、適任者を考えるということと、その他一般有識者等につきまして調査をいたしました結果に基いて最終の選任をするということに相なるわけではございますが……。
○志賀(義)委員 今までそうだったのでしょう。
○津田政府委員 将来においてもその通り行われるものと考えております。
○鍛冶委員 関連して——。第一にお聞きしたいのは、数をどのくらいにしようと考えておるか。それから第二は、これは科目なら科目でよろしいですが、どういう標準でどの方に何人にするか。それからその科目についてはどういう人を選ぶか。それから問題になっておりますが、私学と官学の教授の間で何か特別の基準があるか、それについて考えがあるならばこの際明らかにしておいてもらいたいと思います。
○津田政府委員 その数の問題でございますが、短答式試験の問題作成について、先ほど来申し上げましたように、人数を要すると申しましたが、たとえば、憲法、民法、刑法の三本合計してかりに七十五問最低出すといたしますと、一科目について二十五問を要するわけであります。その二十五問について、かりに一つの考査委員に五問ずつ作成を依頼し、それをさらに合議によって検討するということにかりになるといたしますと、少くとも五人を要するわけであります。それをかりに三問といたせば八人というふうにふえて参るわけであります。ですが、それはいかなることが適当であるかと申しましても、かりに五問を最終責任として負担せしめるとすれば、その考査委員は五問だけを作成するわけにいきませんので、やはりそれは八問なり十問なりを作成して、そのうちから合議によってより抜くということになりますので、相当多くの数は一人の方に負担せしめられないということで、最低五人は要することになるのではないかというふうに考えております。これに反しまして論文式試験の方につきましては、各人が一人の答案の一問題について全部通覧する。しかも、その通覧する人を二人あるいは三人というふうにして採点の公平を期するわけでありますので、この方はさして数を多く要しないということになろうかと思うのであります。 口述試験につきましては、先ほど来申し上げましたように、試験期日を短縮せしめる関係から、班別にして、二班あるいは三班というふうにしてやることになります。そういたしますと、やはり採点の公平を期するために、最低一人の受験者に対する考査委員は二人、多くて三人という形にならざるを得ませんが、これにつきましては選択科目の受験者の数によりまして、一班で済む場合もあり得るしいたしますので、これは具体的に出願の結果を見ないと、その数は予測されない次第でございます。 それから選任の基準につきましては、その科目について最適任者を選ぶという方針を従来も堅持しておりますが、将来もその方針が堅持されると思いますので、あらゆる審査方法をとりまして、その最適任者を選ぶということに相なろうと思います。ただその場合に、従来も考慮いたしておりますのは、それらの考査委員が大学等の学校の教授でありまするような場合には、中央の大学であるか地方の大学であるか、あるいは官立大学であるか私立大学であるか、それらの点の均衡を十分考えて、なるべく最適任者を選ぶというような方法をとっておりますが、将来ともにこの方法によることとなると考えております。
○鍛冶委員 これは受験者の数にもよることだろうと思うが、あなたの方でこれをやられるときには、大体そのときによって、事情が変れば変えていかなければなりませんが、大体の見当があると思います。短答式を受ける者は何千人いる、筆記試験を受ける者は何千人いる、そうすれば短答式には何人の先生が要る、筆記には何人の先生が要る、それから筆記が済んで口述になれば、また筆記でふるい落した者について何人、何かそういうある程度の基準がありはしませんか。今出されると言われるならしいて聞かなければならぬこともありませんが、われわれとしては大へんな関心事なんで、もしそういうことについてあなたの方で標準があるなら、聞かせてもらいたいと思います。
○津田政府委員 ただいまのところは確たることは、もちろんそのときの出願者の数、質等が影響することでありますので申し上げかねるのでございますが、仮設の例といたしまして、本年度の受験生は七千百名でございます。それに対しまして最終合格者は、昨年度留保した人をまぜて三百四十六名という最終合格者を出しております。そこでまず大ざっぱに申し上げますと、かりに七千名受験いたしまして、先ほど来申し上げましたように、短答式試験の性質から、最終合格者に対する五倍以上を短答式でよるというのでなければならないということにいたしますと、三百五十人といたしますと千七百五十人以上短答式ですぐるべきである、こういうことになるわけです。それを八倍とすれば二千幾らということになろうかと思います。でありますか、大体七千人に対して二千人ないし二千五百人というような者が短答式でよりすぐられて、それから今度は論文式に移るという結果になろうかと思うのでございますが、これは全く仮設の議論でございます。
○鍛冶委員 それで試験委員の数はわからないのですか。
○津田政府委員 それについて申し上げますと、先ほど申し上げましたように、短答式につきましては、これは問題さえ作成すればいいわけなんでありますから、結局短答式三科目につきまして、七十五題出すとすれば五人以上は一科目について要るのではないか、あるいは百題出すとすればもう少し要るというように考えております。
○志賀(義)委員 最初に質問いたしました点についてですが、司法研修所の思想調査というようなことになりますと、これは非常に重要なことでありまして、司法官の資格にその人の思想状態がどうということは、憲法の建前からしてもあり得ないことであります。まあ御存じないと言われますけれども、そういうことが現に行われており、また一昨年の国会においても問題になったことであります。法務大臣がおられませんが、法務次官はいかがですか。こういう思想調査というようなことを司法研修で行うことはいいことなのかどうなのか、あなたのお考えはどうですか。あなたもそこにおられるんだから、法務大臣の代理としてそれくらいのことは伺ってもいいでしょう。
○木島政府委員 今あなたがおっしゃったように、現在の憲法の建前では、いいこととは言えないように思いますけれども、私そのことをやったかどうかという事実は全然存じ上げません。
○志賀(義)委員 そういう思想調査がやられておるということについては、ただいまの御返事と合せて、その実証をあげて、また当法務委員会において問題にする時期が参りましょうが、とにかく今の日本の憲法の建前上許されないことであります、思想問題の調査ということは。そういうことが現に行われておりますし、ただいまで政府の方から伺いましたことでも、まだまだこの司法制度をほんとうに国民にとっての民主的なものにするという点ではいろいろ疑いがありまして、どうも私どもとしては今度の改正案に対しては賛成いたしかねるのでありますが、以上をもって私の質問は一応終ることにします。委員長から、あとで反対討論をやられると困るというから、前もって今そのことを言っておきます。
○小島委員長 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○小島委員長 速記を始めて。 鍛冶良作君。
○鍛冶委員 先日、当委員会で私が質問をして、あと留保しておきました問題について承わりたいと思いますが、文部大臣に来てもらわぬでも、あなた方の方で文部当局と打ち合せておられましょうから、大学の法律学における講義の制度ですね。三年と四年と、二年だけでやるということになりますると、現在の司法試験制度とどうしても両立しないように思いまするが、これに対する改革について、文部当局ではどう考えておるか。御研究になったのなら聞かせてもらいたいと思います。
○愛知国務大臣 実は午前中にも坂本委員の御質疑に対して関連してお答えいたしたのでありますが、昨年の四月当時においては、文部省として異論があったわけであります。ところが、その異論というのは、御承知のように、法制審議会の答申の案そのままであるならば、こういう点からいって、学制改革との関係その他の例をあげて、実施は困るというような文部省の意見でありました。しかし、先ほど申し上げましたように、これを重要な資料として今回御提案申し上げております政府の案というものは、相当文部省の案を取り入れたわけでございます。従って、その間、文部大臣及び文部次官とも十分懇談をいたしまして、この案ならばよろしいということに結論としてなったわけでございます。さらに率直に申し上げますると、文部当局としても、学制の改革ということについては、必ずしも現在の制度に満足しているのではないようでございます。しかし、その改正については、相当長い時間がかかると思うので、その間において現行の制度にマッチするように、しかも昨年四月当時の文部省の意見が取り入れられるならばけっこうである、一口に言えばこういうことでありまして、そしてこの具体的の案について十分協議して、完全な意見の一致を見たわけでございます。
○鍛冶委員 私は、今だけじゃない、将来に長く続く制度として考えるのです。この前も申しましたように、われわれの勉強したときを考えますると、一年は一時間も休まずに出て講義を聞いたと思います。二年では試験を受けるのに必要な科目に主力を置いて聞きました。三年になったらほとんど講義を聞かぬでも、一年、二年で勉強しておった関係上、一人で本を読んでもわかりまするし、大てい試験に出そうな先生の本を読んで、三年になったら全く試験勉強ができた、そういうことなのです。あなた方が今この試験制度の改革について考えておられる在学生をとるということはそうでないと、いかぬと私は思うのです。文部省として制度を変えるときには、ほかの方面とも均衡はありましょうが、法務当局としては司法試験の側から考えて、ぜひともこれにマッチするように改革してもらうということを叫んでもらいたいと私は考えます。そうでないと、どうしても一致しないように思います。 その次に、この間申し上げておいたのですが、法曹一元についての大臣のお考えを承わりたいと思うのであります。先日、ここで参考人の意見を聞きました。大臣にも聞いておってもらいたかったのですが、お忙しかったようです。今あなた方がこの試験でねらっておられる一般教養という点、それから司法官並びに弁護士の素質の向上という点について、各参考人から大へんりっぱな御意見を承わったのです。常識を豊かにする、それから教養を上げる、素質を上げるということは、ものをよく知っておる、それからいろいろな学問に通じておるということは悪いことではないが、それよりもまず法律学をある程度身につけておって、その身につけたものを基礎として一般社会へ出て、この法律学で学んだことと社会の実際問題とをあわせて、法律を適用する上においてどうするかというその常識を養うこと、さらにまた人間としての信念を持って、法律家としての信念を持って立ち向うということで、物知りということではないというのがほとんどの方の御意見であった。そこで考えてみますると、あなた方が教養を高めるとか素養を高めると言うならば、学校においてこういういろいろなものを教えるということよりも、早く法律学の試験をして、研修所なら研修所に入れて、それから後にほんとうの法律家としての経験に合せるということだと思う。してみると、われわれが多年叫んでおる法曹一元制度を実施するということのほかにない、こういう結論に達したと思うのであります。この点に対しては、大臣も、いやしくも法務大臣になってもらった以上は、われわれとして、多年どころではないこの主張に対する大臣の御信念をこの際伺いたいと思います。
○愛知国務大臣 まことにごもっともな御意見と存じますが、この際法曹一元に関する私の見解を申し上げたいと思います。国民の信頼にこたえ得る司法の基礎を確立するためには、広く法曹の各方面から十分な実務上の経験と広い視野を有する人材を裁判官に任用すべきであるとするいわゆる法曹一元の構想というものは、司法制度の将来の方向といたしまして望ましいものであると私は考える次第でございます。しかしながら、このような構想は、まず裁判官の待遇の画期的改善の問題、訴訟制度の根本的改正の問題など、種種な困難な問題を解決した上に初めて実現を期し得るものであると思いまするので、現在は法曹一元を実行するための前提条件ともいうべきこれらの諸問題につきまして、検討し実施をしていくという段階にあると考えまして、まずここから努力を新たにいたしたいと考えております。
○坂本委員 大臣おられますから、政治学のことでお聞きいたしたいのですが、先ほど事務当局の説明によりますと、政治学については、これが実施の上におきまして、受験生がどの範囲においてやるか、まことに不鮮明だと思うのです。ですから、その基本となるべき著書その他について先ほど大臣にお聞きしたときに申し上げましたように、政治学という名前もあるし、政治学原論あるいは政治学原理、こういうようないろいろの名前があるわけですが、政治学という場合は、これは重ねて聞くことになりますが、一般教育科目である、そうしなければ現在の大学基準に合わないと思うわけです。しかしながら、事務当局で集めておるものには、政治学原論とか政治学原理とか、ここに書くのを落しておりますが、大体そういうような専門科目的な著書をあげられておるのであります。ですから、この点におきましては、管理委員会規則によって明らかに定める必要があるのじゃないかと思いますが、その点についてはいかがでしよう。
○愛知国務大臣 この点につきましては、先ほどもるる申し上げた通りでございまして、私原案の提案者といたしましては、政治学というものは専門教育の課程のものである、それから政治学という言葉なり講座の名前というものは、今日においては相当慣熟しておる通用の言葉であって、おのずから範囲も明確であろうか、こう信じまして提案いたしたわけでございます。従って、これを削除するということは、先ほど率直に申し上げましたように、ごかんべん願いたいと考えるのでありますが、しかしなお重ねての御意見でございますから、管理委員会規則によりまして、ここにいわゆる政治学とはこうこうこういうものであるということがうまく表現できますかどうでありますか、これは一つ管理委員会にお願いをいたしまして、御意見あるいは御懸念のあるところを何とかカバーするように私としては努めたいと思います。
○坂本委員 次は心理学の問題ですが、事務当局の方で、心理学については、先ほど大臣の御答弁もありましたように、非常に重視されておるようなわけですが、しかしながら、各学者の見解は、相当ひどい差がある、こういうふうに思われるわけです。従って、本案を企画されるに当って、スタンダードとなるべき専門書についてはどういう点について検討されたか、その著書名、著者名、これを詳しく承わりたい。
○愛知国務大臣 その点につきましては、津田政府委員から御説明いたします。
○津田政府委員 一応検討の対象にいたしましたので、ただいま手元にあります資料につきましては次のものがございます。桂広介教授の心理学通論、増田惟茂氏の心理学、岡道固氏の心理学概論、高橋穰氏の心理学、戸川行男氏の心理学、今田惠教授の心理学、こういうようなものがございます。なおまだほかに数種ございます。
○坂本委員 この資料によりますと、専門教育科目中の授業科目調べには、心理学はないのですね。
○津田政府委員 これは法律学の研究過程におきまするところにつきまして検討いたしたものだけを掲げたわけでございまして、心理学の専門科目は、主として文学部において行わられておるわけでございます。ただ鹿児島大学だけは、法律学専攻課程におきまして、心理学の選択科目があるようでございます。
○坂本委員 これは法学部の方には一般教育科目としてあるのであって、専門科目にはないと思うのですが、その点いかがですか。
○津田政府委員 ただいま申し上げました鹿児島大学につきましては専門科目でありますが、その他の大学におきましては、一般教育科目中の心理学というものはございますが、専門科目としての心理学は、文学部の科目というふうになっております。
○坂本委員 これは時間の関係がありますからあとで書面にして出してもらいたいと思います。もちろんわれわれの大いに参考にしなければならぬ点ですから。政治学、心理学については今お聞きしましたが、経済学原論、財政学、会計学、社会政策、経済政策、この科目につきまして、やはりスタンダードとなるべき専門書についてお願いしたいと思います。というのは、大臣の先ほどの御答弁でも、会計学にもいろいろあると言われましたし、やはり今度その範囲等については、管理委員会規則が何かできめまして、受験者に明らかにしなければ、いたずらに受験者を圧迫して非常にまどわせる、こういう関係にありますから、これは検討されておると思いますので、書面で出していただきたいと思います。 それから次は、刑事政策と国際公法は六法全書は要らないわけでありまして刑事政策について昭和三十年からの試験問題を見てみますと、ほとんど六法全書の要らない試験科目だけ出ておるわけです。ですから、この刑事政策と国際公法、これも六法全書は要らないと思うわけですが、類別からすれば、この二科目は六でなくて七の方に回すべきじゃないかと考えますが、その点はいかがでございますか。
○津田政府委員 第六条の第二項の第六号に掲げております科目は、法律学そのもの、あるいは法律学に関連する科学、すなわち刑事政策はそれに関連する科学として一つの範囲をなしておるという考え方であります。これに反しまして第七号の科目は、法律学のいわば隣接科学、法律学に隣接しておる科学という範囲のうちのものを掲げた次第でございます。そこで六法全書につきましては、ただいま刑事政策については六法全書を持たしておりますが、保護観察制度等の試験問題が昭和二十七年に出ておりますし、昭和二十九年におきましては無期自由刑というようなものが出ております。そういうようなことから見まして、六法全書をやはり用いる必要があるという場合の問題も相当出ておるわけでございます。
○坂本委員 隣接科学とおっしゃるが、私は隣接科学の意味がよくわからぬわけです。ここに掲げられているところの七科目を隣接科学と言われるのは、どういう意味で言われるか、一つ教えてもらいたいと思います。心理学はどういう理由で隣接科学に入るか、その点をお聞きしたいと思います。
○津田政府委員 法律学を応用して参る場合におきまして必要な科学という意味に考えております。
○坂本委員 心理学はどうですか。
○津田政府委員 心理学につきましても同様でありまして、現在家庭裁判所におきましては、心理学の専門家を調査官に多く採用しておるわけでございます。家庭裁判所におきまして、調査官が心理学を知っておるが裁判官が心理学を知らないということは非常に不適当であるということは考えられます。でありますから、すべての裁判官に心理学の素養が必要であるわけでありますけれども、しかし、それを望むわけには参りませんので、心理学を専攻してなおかつ法律学をやった人々も合格せしめて、全体としての法曹の知識を広めたいという考え方でございます。
○坂本委員 そういたしますと、あなた方の方で考えておられる隣接科学といえば、大学基準における一般教育科目の人文科学関係、社会科学関係、自然科学関係、こういうのが全部含まれるということですか。
○津田政府委員 隣接科学の範囲につきましては、これはいろいろ議論があり得ると思うのでありますけれども、密接なものにつきましては、適当なものを第七号に採用したということになると思うのであります。
○坂本委員 そういたしますと、あなた方のおっしゃる隣接科学というのは、一般教育科目としてすでに一次試験でこの試験をやっておる。また大学における教養科目の所定の単位を修了すると、一次試験が免除されておる。だから二次試験においては教養科目の試験は必要でない、こういう考え方に立っておるわけなんです。もちろんあなた方のおっしゃるように、私法律家じゃありませんけれども、法律家として心理学も必要だと思うのです。しかしながら特に取り立ててこれだけを抜き取って七の科目に入れる必要もないというふうに考えるわけですが、何か特に心理学だけを入れるという根拠がありますかどうか。
○津田政府委員 先ほども申し上げましたように、家庭裁判所におきましては、少年事件の犯罪には必ず心理学が必要であるという意味におきまして、心理学の専門家を調査官に採用しておるわけであります。従いまして、もちろん家庭裁判所における処分につきましても、心理学の素養が必要であるということは否定しがたいところだと思うのでございますが、なお一般に裁判、ことに刑事裁判につきまして、あるいは刑事関係の検察事務につきましても、心理学あるいは犯罪心理学と申しますか、そういう範囲に入るかもしれませんが、そういうものの素養があることが必要であり、またベターであるということは否定できないところでございます。従いまして、そういう趣旨で、隣接科学もなおこのほかにあると考えられますが、そのうちで特に心理学を選びましたのは、以上のように特に心理学自体が、裁判、検察、あるいは弁護という上において必要である、かように判断したからであります。
○坂本委員 私も心理学は専門家じゃありませんが、あなたの今おっしゃるようなことで必要ならば、社会心理学だけでいいじゃないか、こういうふうに考えますが、その点いかがですか。
○津田政府委員 心理学の分け方につきましては、いろいろ分け方があると思います。社会心理学もむろん一つの部門と考えられるわけでありまするけれども、あるいは犯罪心理学とか児童心理学とか青年心理学というふうにいろいろ部門があるわけであります。そういう特殊の部門につきましてはそれぞれ法曹になってから後の研さんに待つべきものであるが、基礎的なものについては、やはりその素養のある人、専門家として履修して、それによって受験をして合格をした人が法曹のうちに入っておってしかるべきであるという判断でございます。
○坂本委員 これは大臣にお聞きしたいのですが、戦前の高等試験令と申しますか、法律によりますと、その際は、行政官試験、外交官試験、司法官試験と三つに分れておったのですが、司法官試験には倫理とか論理学とか、そういうようなものも加えまして、選択科目として十数科目あったわけです。ところが、法律科目以外の受験希望者がないし、試験委員の必要もないから、これを撤廃して、そして現行のような試験令と申しますか、司法試験法というものができたわけなんです。それで、さらに今復活する必要はないと思いますが、その点の御所見と、なおあわせて、隣接科学ということを非常に言われるが、そこがこっちもまだはっきりしておりませんが、やはり選択科目とするならば、この六と七とは区別する必要はなくて、一緒にして、その中から二科目選択する、こういうふうにした方がいいじゃないか、こういうふうに考えられますが、その点の御所見を承わりたい。
○愛知国務大臣 まず第一点の御質問でございますが、御指摘の通り、戦前の高等試験におきましては相当多数の選択科目がございまして、かつこれを一本にしておったわけでありますが、その後沿革的に見ますと、いろいろと変遷がございまして、適当に整理をした場合、あるいはまたちょっとふやしたというようなこともあったようでございますが、今回の場合におきましては、戦後の現状から見まして、一番適当とする案を考えたわけでございます。従って、今回の場合におきましては、一つの新しい構想として二つに分類をいたしまして、いずれか一つずつということで、一面においては、言葉は練れませんが、六法を持っての試験ということが原則的になるようなもの、それから一方はいわゆる隣接社会科学と申しますか、その方から一つということで、累次申し上げておりますような、本試験制度の改正の趣旨に合致するような一助といたしたい、こう考えたわけでございますから、この二つに分けて両方から一つずつというところに実はわれわれとしてはみそがあると申しますか、ここに一つのおもしろみを盛ったつもりでございます。
○坂本委員 次は口述試験の問題です。これはやはり古いことを言うのですが、従来の口述試験は、必須科目だけについての口述試験が行われて、それが今度のこの司法試験法では七科目になっておるわけです。これは必須科目だけで十分じゃないか。法律専門職の試験であるという前提に立ちまして、必須科目だけで十分じゃないか、こう思われるわけですが……。
○愛知国務大臣 その点はやはり私は、原案の論文式による試験において受験した七科目について口述試験を行うということの方が、受験生のいろいろ学習して参りました研究の経過等を精査する上において非常に適当じゃなかろうか。同時に、これはちょっと考えますと、口述試験がふえることは受験生の負担加重のようにも思われますけれども、論文式を合格したくらいの人ならば、この各科目についてあらためてそう大した勉強をしなくても、口述試験にはゆうゆうと受験をしてもらえる。そういう意味からいって、あえてこれは受験生の負担をさして加重するものではないという考え方から、全部について口述試験の機会を与え、またこれを大いに受験生としても活用してもらいたい、こういうつもりで口述試験は科目をふやしたわけであります。
○坂本委員 そこは意見の対立でありますから、やむを得ないと思います。 そこでさらにお聞きしたいのは、この第七号の科目、この隣接科学といわれる科目についてはこれは公平な採点ができない、こういうふうに考えまするが、そういう懸念がないかどうか、その点についての所見を承わりたい。
○愛知国務大臣 この点についてもしばしば申し上げておりますように、これはそういう懸念がないと断定することは私はできないかと思います。しかし、午前中にも申し上げましたように、いやしくも司法試験というような一番高度の試験に考査委員としてお願いをするような諸先生方は、かりにイデオロギーが違おうとも、その受験生が一応の自分の習った学説によって体系立て、十分の勉強の跡があると見た場合には、十分にその価値を判断して点をつけるというような方でなければ、これは試験考査委員たる資格がないと思うのでありまして、さような資格の十分におありのような方を特に慎重に選びまして、試験に当っていただきたい、こういうふうに考えておるわけであります。
○坂本委員 今大臣のおっしゃるような試験委員を選ぶことは、相当困難じゃないかと思うわけですが、そういう考えもあって、われわれは、必須科目だけを口述試験にする、そういう見解をとっておるわけであります。 そこで次にお伺いいたしたいのは、第六条の第五項ですが、「第二次試験においても、知識を有するかどうかの判定に偏することなく、理解力、推理力、判断力等の判定に意を用いなければならない。」こうありまして、なかなか文句としてはりっぱな文句であるし、今問題になっておりまする警職法の公共の福祉というのですか、ここに「知識を有するかどうかの判定に偏することなく、」ということがあるのですが、この判定は何を基準として判定されるか、それを承わりたい。
○愛知国務大臣 これは、ここに書いてございますように、理解力がどうであろうか、推理力がどうであろうか、あるいは判断力がどうであろうかというようなことをここで十分意を用いていただきたい、ここに基礎を置いておるわけでございます。それから「知識を有するかどうかの判定に偏することなく、」というのは、もちろん一つの問題についてどの程度によく知識として持っているかということが大切なことであります。そのことを否定するものではございませんが、特に今申しました三点について重点を置いて判定をしなければならないという基準をここに定めたものでございます。これが全体としての素質の向上というようなことにもからみまして、一つの考え方を表わしておる、こういうふうに御理解をいただきたいと思います。
○坂本委員 第二次試験と申しますと、短答式はこれには関係はないのですが、やはり論文試験と口述試験に関係があるわけなんです。ですから、どの程度に持っておるか、その判定について全部考査委員にまかせるということになれば、うまくいけばよろしいのでございますが、うまくいかない場合にこれを悪用されるおそれがあると思うのです。従って、この問題は、これは司法試験管理委員に対する関係ですか、あるいは考査委員だけに対する関係ですか、その点いかがでございますか。
○愛知国務大臣 この点はただいままでにいろいろお答えをし、御説明をいたしましたことに関連をいたしますが、この項は主としては考査委員に対する準則、心得ていただきたいことということを主眼としてきめたわけでございます。しかしながら、今朝来もいろいろ御質疑がございましたように、たとえば、科目の中で限定する場合が管理委員会の規定としてあるわけでございますが、そういう場合においても、この気持をもってやってもらいたいという点においては、管理委員会についてもこの規定というものは守っていただきたいということになるわけであります。 それから、なお、先ほど申し上げましたような、たとえばイデオロギーの問題等につきましても、やはり一つの学説を中心として、試験の答案の結論に出てくるところが、十分の理解力があったり、あるいは推理力が十分である、判断力が正しいというようなことの認定に重点を一つ加味してもらいたいということで、それに対する一つの保障にもあるのではないか、こういうふうに私は考えまして、この規定を挿入いたしたわけであります
○坂本委員 この問題はやはり考査委員の主観が入りますると、その主観に反対の立場に立った者は非常な不利益をこうむるわけですね。大学においても、一年から四年までの成績を合せて卒業の場合に優等生をどういうふうにして決定するかというような場合におきまして、もちろん全部合せた点数で第一にとりますけれども、その中に非常に悪い科目があればそれからはずされるということになる。ところが、そういう科目は六法全書、いわゆる法律の基準のある科目については、甲乙はありはしますけれども少いわけです。一般教育科目について非常に甲乙の差がありまして、それがいわゆる優良可に分けて可の、最低の六十点を二科目もとっておれば、総合計の点数はよくてもその二科目だけで排除される。第一であっても優等生の中にも入れない。こういうような関係が生ずるわけであります。学校の成績なんかは、これも優等生になった方がいいのですが、それは別として、司法試験は、その試験の成績によって運命を決せられる受験生の立場にありますから、これはりっぱな言葉のようでありますけれども、考査委員の主観によって悪用されるということになれば、これは受験生に対する非常な圧迫になると思うわけです。こういう点について、別に具体的な基準を何か法務当局の方で考えておられることがあるかどうか、その点お伺いしておきたいのです。
○津田政府委員 考査委員の選任の問題につきましては、具体的基準と申しまして先般申し述べましたように、著書その他の調査の結果によりまして、再適任である人を任命する、こういう方針が原則でございます。ただ、その場合にも、中央の——学者にとりまして中央の大学であるか、地方の大学であるか、あるいは官公立の大学であるか、私立の学校であるかというような点の均衡と申しますか、そういうようなものにつきましても配慮をいたしました上で、再適任者を得るように現在運用されておりますし、将来ともそのようになると考えております。
○坂本委員 試験委員個人の選定については今申されたような基準があるのですが、具体的な試験は、心理学ならば心理学の考査委員と受験生との一対一の間でこれを決定するわけなんですね。ですから、どうしても考査委員の主観に左右されることが多いわけであります。今のようなりっぱな考査委員を選ぶだけでは、具体的な考査委員と受験者との一対一の関係において、そこで採点をされるわけですから、何かの基準がなければ、よくいけばけっこうですけれども、悪くいけば、考査委員の掌中に握られておるわけです。ですから、やはりその試験委員に対して、試験に合格するために、その試験委員の本を読むとか、いろいろ迎合的になって、本質的な学問の研さんを第二義にする、こういうようなきらいがないかということをおそれるわけなんです。そういうような考えは持たれないかどうか。また持っておられるならば、その対策は今の御説明では私不十分と思いますが、何かそのほかにもあるかどうか、さらにお伺いしておきたい。
○津田政府委員 試験につきましては、短答式につきましては、すべての委員の合議で問題が出題されることに相なりますし、従来行なっております論文式につきましては、一つの問題について二人以上の試験委員が全受験生の答案を見る、一つの問題について二人以上が見るということになりますので、本人の得点はその二人の試験委員の採点を平均するということになるわけであります。口述試験についても同じでございます。従いまして、そういうふうに試験を施行します上におきまして、考査委員の合議によりまして、どういう項目を聞く、その項目につきましてどの程度に答えたものは同点というようなことをあらかじめ協議いたしておきまして、それで受験生に臨むわけではございますが、受験生に臨みます場合におきましても、口述試験におきましては二人以上の試験委員が当って、その採点を平均するということになっておりますので、それらの点につきましては、公平が期せられるというふうに考えております。
○坂本委員 最後に司法試験管理委員会の問題ですが、そういうふうで、いろいろと今の問題につきましても、やはり考査委員の選任問題も重要な管理委員会の職務になってくるわけです。それから科目の点、いろいろと関係がある管理委員会の職務は重大だと思いますし、やはりこの運用が司法試験の中心になるかと思うわけです。従って、従来のように職務上の委員である法務省の事務次官、最高裁判所の事務総長、それから弁護士連合会から推薦した弁護士、この三人では、従来の経験からいたしましても不十分であり、従来は非常な弊害がありまして、試験委員の選任その他についてもいろいろな批判が行われておるわけです。やはりこれは委員をもっと増員して、この職務上の二名の委員のほかに、弁護士は当然入るべきであると思いますが、そのほかにさらに官私学から二名ずつくらいは出して、これを強化して民主的運営によってやるべきじゃないか、こういうふうに思いますが、その点についての大臣の御所見を伺います。
○愛知国務大臣 実はこの原案を作りまする場合におきまして、この点についても十分検討をいたしたつもりでございます。ただいま官私学というお話がございましたが、公正なこういうような管理委員の制度におきましては、法曹界というのが裁判官、検察官、弁護士というわけでございますから、それぞれ責任の衝にある人、あるいは責任のあるところから特に選ばれた方、この三人でそれぞれの分野におきましての十分の御意見をまとめていただくことが、この司法制度の建前から申しまして、私は最も適当と考えたわけでございます。私の意見といたしましては、やはり職務上当然でありますが、当然であるだけに、法務次官、事務総長、それから日弁連御推薦の弁護士、これが、責任の所在を明確にするゆえんでいいのではないか、こういうふうに考えております。
○坂本委員 まだありますけれど、この司法研修所の問題もありますが、これは法務行政、検察行政の関係で後日に譲ります。さらにこの法案の問題についても、運用の面、その他についての質問がありますが、それは先ほど申しました法務行政、検察行政の際に明らかにすることもできると思いますから、この程度で私の質問を打ち切ります。
○小島委員長 他に御質疑はありませんか。——御質疑がなければ、本案についての質疑はこれにて終了いたしました。 討論の通告がありませんので、直ちに採決いたします。司法試験法の一部を改正する法律案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔総員起立〕
○小島委員長 起立総員。よって、本案は原案の通り可決せられました。 次にただいま可決せられました司法試験法の一部を改正する法律案に対して、自由民主党及び日本社会党共同提案にかかる附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。この際その説明を求めます。菊地養之助君。
○菊地委員 ただいまの動議につきまして、自由民主党及び日本社会党を代表いたしまして、その趣旨を説明いたします。 まず、附帯決議の条項を申し上げます。 附帯決議案 一、本案による必須科目の制度は今後大学の学制改正と照し合せつつ、たえず検討すること。 二、司法試験管理委員会委員は将来これを相当数増員し、之が選任に付いては公正を期すること。 三、司法試験考査委員の選任についても公正を期すること。 四、短答式試験に於てはなるべく多数を合格せしむること。 右決議する。 第一の条項につきましてはこの通りでございまして、別にあらためて説明を要しないかと思うのであります。 第二の点でございますが、司法試験管理委員は、従来法務省の事務次官、最高裁判所の事務総長、並びに日本弁護士会連合会の推薦による弁護士の三名によって構成されて参ったのでありますが、これは決して万全を期しているとは思われない節が相当あるのであります。しかも、この委員会は司法試験の構成員を兼任すること、並びに今回の改正によりまして、試験科目中の範囲を定めることができることになったので、受験者の運命を左右する重大なる職責でございます。そこで、この際相当程度増員いたしまして、これが選任について相当幾関に諮り、公正を期すべきものであると信ずるのであります。よって、なるべく早い機会にその実現を期していただきたいと思うのであります。 第三の点は、司法試験考査委員の選任については、従来官学に偏しているきらいがあるので、いろいろ弊害があるといわれてきたのでありますが、官私平等は時代の要請でありますから、今後は私学側も尊重して、公正妥当なる選任を期すべきであると信じます。 第四は、短答式試験の試験は、何と言おうと、試験本来の目的を達するよりは、多数の受験者の整理をする考査上の便宜によるものであると思うのでございます。これによって多数の受験者に論文試験を受ける機会を失わしめてはならない。従って、短答式試験においてはなるべく多数合格せしめて、この多数の人々の中から論文試験を行い、優秀な合格者を得ることが必要であると存ずるのであります。 以上の次第でありますから、委員各位の満場の御賛成をお願いいたしたいのであります。(拍手)
○小島委員長 以上で趣旨説明を終りました。 討論の通告がありませんので、直ちに採決いたします。本附帯決議案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔総員起立〕
○小島委員長 起立総員。よって、本決議案は可決せられました。 ただいま可決せられた法律案の委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○小島委員長 御異議なしと認めて、さよう取り計らいます。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時四十九分散会 ————◇—————