法務委員会 第5号
- 発言数
- 34 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1958/10/17
会議録
○小島委員長 これより会議を開きます。 前会に引き続き司法試験法の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。 質疑の通告がありますので、順次これを許します。 大貫大八君。
○大貫委員 昨日、法務大臣の本法律案の提案趣旨の説明を伺ったのでありますが、どうも納得のいかぬ点が多々あるのであります。特に、本改正案提出の裏には、非常な不純な動機があるということを聞き及んでおるのでありますが、そういう点については、法務大臣が御出席の後にお尋ねすることにいたしまして、法務大臣の出席前に事務的な二、三の点をお尋ねしたいと思います。昨日の法務大臣の説明の中にもありますように、この改正というのは、現行試験制度では、新制大学に切りかえられているから、大学の在学生の合格する数が毎年減少する傾向にあって、大学の優秀な新しい卒業生を他の職業分野に逸することを憂慮する、こういう趣旨のことを述べておるのであります。現に法務省がこの法律案の参考資料として出された司法試験第二次試験出願者・合格者内訳表、これをごらん願いたいと思います。この表によりますと、大体二十八年以降三十三年までの六カ年の比率というものは、むしろ安定しているのじゃないか。別に特に減少する傾向というものはほとんどないのじゃないか。たとえば二十八年には学生の合格率というのは五・一%、それから二十九年には五・六、三十年には五・二、三十一年がちょっと減って四・四、二十二年は四・八、三十三年、本年がやはり四・八、こういうことになっておりまして、二十八年から三十三年までの間に特に減少しておるということは、この表自体にも現われていない。しかも、学生でなく、その他という、つまりこれは卒業生やなんかの合格者でしょうが、その他の合格率に至りましては、むしろ学生の合格率よりもはるかに低いのであります。たとえば、今の学生と同じように、二十八年から三十三年までの例をとってみますと、二十八年が四・一、三十九年が四・五、三十年が三・八、三十一年が四・四、三十二年が四・〇、三十二年が四・九ということになっておりまして、過去六カ年を対比してみますと、むしろ在学生の合格率の方がその他の合格率よりも多いということが統計上ちゃんと出ているのです。ただ、むしろ学生の合格率よりその他の方が本年度だけがわずか〇・一%だけ上回ったにすぎないというのでありまして、あとは過去六カ年間の状況を見ましても、学生の合格率の方がむしろその他よりは多くなっているのであります。提案趣旨の説明のように、近来優秀な学生がほかの職業にどんどん行ってしまう、つまり在学生の合格率というものが非常に減少しているというような事実は、むしろこの表によって少しもないのであります。従って、この改正の理由というのは、その点においても非常に乏しいのではないかと思うのですが、この点どうでしょうか。
○津田説明員 大学生及びその他の者、主として大学卒業生でありますが、それの合格率の点につきましては、ただいま御指摘の通りでございます。でありますが、同じくその表の最も右の欄をごらんいただきますと、在学生としからざる者との合格者中の割合の比率が出ております。それによりますと、昭和二十七年以前はおおむね五〇%から四〇%内外を在学生が占めている、こういうことになっておりますが、昭和二十八年を境にいたしまして減少して参りまして、昭和二十八年は三〇・八%、二十九年は二七・六%、三十年は二九・二%、三十一年は二一・二%、三十二年は一九・九%、本年は一七・九%、こういうふうに合格者中の在学生の占める割合が逐次減少して参っておるわけでございます。この点を考えますると、少くとも合格者中には在学生が少くなった、こういうことが言えるわけでございます。一方出願者を見ますると、在学生の出願者は大体千二、三百人というところを上下しておるわけでございまして、昭和二十七年の二千百八十人という非常に多い数字が出ております年は、新制大学の四年生と旧制大学の三年生と、両者がともに併存するときでありますので、これは出願者がふえるのは当然でございます。その年を除きましては、ほとんど出願者に相違が出てきていない。一方在学生以外の出願者は逐次ふえて参っております。これをあれこれ考え合せますると、要するに今の試験は、在学生にとって初めから受験意欲を起させないのではないか。すなわち、新制大学にありまして、大学の法学課程を履修する学生は、旧制大学に比して非常にふえておるわけでありますけれども、在学中の受験者の数はそれほどふえない。むしろやや減ってきたような傾向もあるという点から見ますと、やはり試験の内容が、新制大学の教科課程にマッチしないために、学生自身がこれを受ける意欲が起らない、受けてもとうていむだであるというような考えを起しておるのじゃないか。そのために受験生が少い。従って、一面からいうと、卒業して勉強を重ねた者が通りやすくなっておるという点が、合格者中の在学生としからざる者との比率によって表われておるということが言えるわけであります。従いまして、在学生が受けにくくなっておるということは、在学生中の優秀者が他の職業分野に奪われておるのではないかということが考えられる。少くとも、受験生となってさらに司法修習生になる者の範囲というものが狭まっておるということが考えられますので、さような結論を出して、この司法試験法の改正の必要性があるということに相なった次第でございます。
○大貫委員 どうも今の御答弁には非常に数字のごまかしがあると思うのです。今の表の一番右の、合格者中の学生とその他との「比率%」、これは私はむしろ数字のごまかしだと思う。これだけ見ますと、学生の合格率が年々大へん減ってきているように見えるのでありますけれども、これは受験者の数というものが、学生の方は二十八年から三十三年までの六カ年のあれを見ましても、大体安定しておる。三十二年は特に少いようでありますけれども、大体千二、二百、多いときで千四百ということになっている。ところがその他の方の出願者というものは、年々歳々ふえております。二十八年から三十三年までの間を見ましても、毎年毎年これがふえております。ふえておりまするから、従ってばく然と合格者の学生とその他というものの比率をとりますと、いかにも学生の方が合格者が減ってしまって、その他の者がぐんとふえたように見えるのでありますけれども、これはやはり学生とその他との対比、この統計を見なければ、減ったかどうかという比率のほんとうの正確なものは出てこない。これによると、正直に数字が物語っております。別にそんなに減少する傾向は少しもない。同時に、その他の者が特にふえていくという傾向は少しもないのであります。やはり一方は出願者が非常にふえてきておる、一方は大体に出願者の数が安定しておる、こういう二つをとって、一番右の合格者中の学生とその他との比率というようなことを見るのは、これは数字のごまかしだと私は思うのであります。この点から見ましても、学生は別に減っていないで、大体出願者は安定しておる。しかも毎年司法試験を志望しようという者は、よほど自信のある者、中にはひやかしに受ける者もあるでしょうけれども、大体において自信のある優秀な者が受けておると見て差しつかえないのであります。そういう意味で毎年数が大体安定してきて、ひやかしに受験する者がむしろ非常に少くなってきた、ほんとうに真剣に司法部内に職を奉じようとする優秀な者がむしろこの数字に表われてきておる、安定してきておる証拠だと私は思いますが、その点どうですか。
○津田説明員 大学の法科過程の各年度の在学生の数はおよそ八千人くらいと推定されるわけであります。それに対しまして、たとえば本年の例をとりますと、千二百人が出願したことになっております。僅々一五%という比率になっておるわけであります。そこで、一体法科過程をやっておる者のうち一五%くらいがほんとうの意味の法曹の志望者であるかどうかという点の問題があるわけでありますが、今日在学生にあらざる者というのは大体においてほとんど大部分が大学の卒業生になっております。そういたしますと、卒業生が逐次ふえていくということは、むろん卒業生が累積されているわけでありますけれども、少くとも在学中に合格ができなくて、卒業後にさらに勉強して受験しようという人の数が累積していくというふうに考えられるわけであります。一般に学生の経済生活あるいは家庭の経済生活等を考えますと、少くとも大学を卒業して、直ちに司法修習生に採用されるということが、今日の日本の状態においては望ましいと思われるのであります。従いまして、卒業して就職をせず、あるいは他に一時的就職をしたかたわら勉強して合格をするという人は、非常に熱意のある方ではありますけれども、できるならばその人はやはり在学中に合格して、直ちに司法部なり弁護士に進出したかった、こういう人であります。そういう意味の情勢の中における一つの何と言いますか、むだといえばむだかもしれませんが、少くとも形式の上ではむだなようなコースはなるべく踏ませないで、学校を卒業して直ちに就職できるというふうにすべきではないかと思います。そこで、できれば在学生の出願者をもっとふやしまして、在学のうちになるべく通る人を多くするというのが、やはり法曹界においても優秀な人を得るゆえんであり、また法曹界を志す人にとっても幸福なことではないかというふうに考えられますので、このようになるべく在学生において受験しやすいような、しかもそれによって学力の低下等を来たさないような方法による試験制度の改善ということを企図した次第でございます。
○大貫委員 どうも私はますます納得がいかないのですが、今の御説明だと、毎年の法科の本業生、いわゆる在学生が八千名くらい、それに対して受験者がパーセンテージにすると約一五%くらい在学生として受験をしておる、こういう御答弁です。それだとすると、私は三十年前に司法試験を受けた者ですが、私どもが受けた場合も同じくらいな。パーセンテージで、もう一五%くらいが在学中に受験しておった。そうすると、三十年間変っていない、安定した数字だと私は思う。大体在学中に受けようというような者は私どもの時代でもかなり自信がなければ受けなかった。従って、一五%程度の在学生が今でも受けておるということは、むしろほんとうに優秀な者だけが受験しておるという一つの証拠になると私は思う、そういう点でも、どうも改正の理由が少し乏しいと考えるのですが、どうでしょう。
○津田説明員 旧制大学在学生の総数の何パーセントが受験しておったかということは、今ちょっとここで数字をつまびらかにいたしませんが、たとえば、昭和二十四年の旧制大学時代の例をとりますと、出願者の数字はやはり現在と数字があまり変っておりません。そういたしますと、旧制大学の学生における。パーセンテージはかなり上っておったのじゃないかと推定されるわけでございます。ただいまその数字の用意がございませんので、その点をつまびらかにいたすわけではございませんが、とにかく新制大学になりまして、学生数がふえた割に、司法試験の在学中の出願者の数はふえておらないということ、この点だけははっきり申せると思うのでございます。
○大貫委員 大臣がお見えになったようですから、まず私は本法案に対する根本の納得のいかぬ点を二、三質問をいたしたいと思うのです。実は本試験法を改正しようとする根本の理由は何であるか、このことなんですが、大臣はそういうことを御存じかどうか知りませんけれども、実は本法の改正をなさんとする動機には、いろいろ不純な動機が法務省内であるということを私、仄聞しておるのであります。実は非常に古いことでありますけれども、昭和二十八年だったかと思いますが、年度ははっきりいたしておりませんが、司法試験の試験問題を漏洩したという事件がございました。その当時中央大学の評議員でありましたか、ちょっと忘れましたが、中央大学に関係しておる講師であります向江という人が、この問題に関して告発をしたことがたしかあるはずなんです。この告発事件は結局うやむやというか、話し合いで取り下げになったように私は記憶いたしておりますけれども、当時そのことを根に持った法務省内の東大関係出身の事務官ですか、担当の事務当局が、中央大学今に見ろ、私学が合格できにくいような試験制度を作ってやるぞということをうそぶいたというような話を私は聞いておるのでありますが、そういうことが何とかして私学を締め出すところの試験制度を作ろうという一つの動機になったと聞いておるのです。これは大臣にお伺いしてもちょっと無理かもしれませんが、そういう非常な不純な動機があるということを私は聞いておるのですが、本改正案を提出したほんとうの理由は一体どこにあるのか、それをお伺いいたしたいと思います。
○愛知国務大臣 ただいま御指摘になりましたような事件がありましたことは、ここにスクラップも持っておりますが、私も承知いたしております。しかしながら、今回の司法試験の改正を決意いたしまして法案の御審議を願うに至りましたのはこれとは全然違う観点でございまして、昨日も提案理由の説明で申し上げましたように、実は昭和二十九年の末ごろからこの制度の改善ということに着手いたしまして、二十年の末に法制審議会に諮問いたしまして、法制審議会でもいろいろな御意見によりましてきわめて慎重な審議をやられた後に、二年たちましてから御答申があったわけであります。実は私の承知しておりますところでは、率直に申しますが、政府としてはこの法制審議会の答申をそのままの形で国会に御審議を願うのが適当であろうとその当時考えたようでございますが、私といたしましてはさらに慎重を期する必要があると思いましたので、できる限り各方面の御意見を伺いまして、今日御審議を願っておりますのは法制審議会の案とは多少異なっておりますけれども、異なるようにするだけに、私どもとしては慎重の上にも慎重を期して、できるだけ各方面の御意見を伺うことに努めたわけでございまして、現在としては私はこれは最善の案ではないかとひそかに思っておるようなわけであります。 それから、何がどうしてこういう案を出すようになったのか、そのほんとうのねらいはどこにあるかというお尋ねでございました。まことにごもっともなところと思いますが、私昨日も申し上げましたように、将来の法曹たるための適格者として、ただ単に法律についての学力を有するというだけではなくて、それ以外の素養をも必要とすると考えますので、そういった人を選ぶのにはどういう科目制度にしたらよいか、あるいは試験の制度、方法について改善の余地はないかということを考えまして、ただその一点から、できるだけ若い優秀な人たちを法曹部内に迎え入れたい、こういう念願に出ておるものでありますので、先ほど申しましたように、何か事件があったというようなことは、ありましたことは事実のようでございますが、それとこれとは関連なく、全くまともによき法曹を作り上げたい、こういう存念に出るものでございます。従って、いろいろ大学の関係などのこともおあげになったようでありますが、こういったことには全くとらわれずに、自分としては考えたつもりでございます。
○大貫委員 大臣の御説明ではもう何ら私心がなく、司法制度というものをほんとうによくしたい、司法官をよくしたいという趣旨だとおっしゃるのですが、この試験制度を改正するという隠された理由は、まだほかにもたくさんあるというふうに私は聞いておるのであります。たとえば、この司法試験の合格者を出身大学別に見て参りますと、私立大学がこの司法試験に限って非常に進出をいたしておる。たとえば、その私学のうちでも特に中央大学の合格者というものは非常に多いのでありますけれども、この中央大学が東大をしのいで年々歳々第一位の合格率を占めております。たとえば、本年度の司法試験の筆記試験の合格者三百六十二名中、中央大学が百十名です。これに対して東大出身が六十二名という比率になっております。この比率は大体数年間維持されておるのでありまして、たとえば昭和三十七年から昭和三十一年に至る五年間の司法試験合格者数のうち、特に中央大学が私立大学でも非常に目ざましい合格者を出しております。中央大学と東大との二つだけを対照してみましても、この五年間の合格者数は、中央大学は三百六十名であります。東大は二百二十一名、こういうことになっております。こういう傾向を、実は法務省はもちろんのこと、裁判所関係の東大出身の幹部は非常に憂慮しておるということは常に私どもの耳にも入っておったのであります。このままでいったならば、日本の司法部の実権というものは将来中央大学出身者ににぎられてしまうのではないか、何とかして今のうちに中央大学以下私立大学出身者の合格率を下げて、東大出身者を多く通すような試験制度を考えなければならぬじゃないか、こういうことが実はいろいろ話し合いの中に出たということが、いろいろ漏れてくるのであります。これはもうゆゆしき問題だということで、実は私立大学関係者というものは——これは昨今ではないのであって、ずっと前から司法部内にそういう声があるから、不公正な試験制度の改正などに対して十分これを阻止するようにしなければならぬ、こういうことはもうずっと前から私学連盟の間で論議されていたことなのです。そのくらい、民間に伝わるくらい、司法部内では、何とかして東大の学閥というものを、行政官と同じように司法部でもかためよう、こういうことのねらいの上にこの改正法案が考えられたということですが、どうでしょうか。
○愛知国務大臣 少くとも私に関する限りは、そういった学閥というようなことから、東大閥を作ろうというような意図でこの改正案を提出したというようなことは絶対にございません。先ほども申し上げましたように、何とかして、たとえば大学の在学生の諸君が、ともすると合格率が非常に悪いというようなことからも他の方面へ非常にとられてしまう。——これは率直な言い方でございますが、これでは将来の法曹界全体にゆゆしいことであると考えましたので、そういった点に考慮を加えたことは事実でございますが、考慮に加えたというより、そういうことを非常に重視したわけでございますが、これによって中央大学の出身者が、あるいは在校生が不利になるというようなことは毛頭考えておりません。むしろ、先ほど申しましたように、一つの見方からすれば、法制審議会の答申というようなものは相当に練りに練り上げたものであって、これは理想案かとも私は考えたのでありますが、しかし、私学の関係の方々を初めとして、各方面のいろいろの御意見を十分そしゃくいたしましてこの案を作りましたような次第でございますから、そういったようなことがあることは絶対にないというふうに御了承を願いたいと思うのであります。 なお、これは御質問外のことでございますが、私が法務省に参りましてから見ておりましても、中央大学出身の方はもとよりでございますが、私学の出身の方々のきわめて優秀な人たちがおることは事実なんでございまして、人事の面におきましても、私としては十分考慮しておりますことは、実情によって御了承が願えるかと思うのでございまして、御心配のような点は全然ないということを明らかにいたしておきたいと思うのでございます。
○大貫委員 法務大臣はさようなことはないとおっしゃるのですが、どうも数字がそれを明らかに示しておるのです。たとえば、これは一般公務員の試験と対照すると一そうはっきりしてくると思うのでありますが、公務員の六級職の中の法律職ですが、この合格者について例をとってみますと——公務員六級職の法律職というのは、おそらく昔の高文、つまり高等試験行政科に大体相当する試験じゃないかと思うのですが、この合格者が、昭和三十七年から昭和三十一年までの五カ年間の統計によって見ますと、東大出身が何と千四百三十三名です、私立大学の中央、早稲田、慶応、明治、法政、日本、専修、同志社、立命館、関西、この受験者で通った者がわずかに百三十六名であります。そのうち中央大学出身が九十名であります。今の国家試験では最も難関と目されておる司法試験において、先ほど指摘いたしましたように、東大の出身が二百二十一名に対して中央大学出身が三百六十名の合格者を出しておる。ところが、むしろ司法試験よりもその内容、程度においてやさしいものとされておる公務員試験において、今指摘したような圧倒的な格差ができておるのであります。こんなはずはないと思うのであります。これは官立大学でも同様です。官立大学の北海道、東北、東京、名古屋、京都、大阪、九州、金沢、岡山、一橋、熊本、神戸これの五カ年の合格者は千九百六十四名でありますが、そのうち東大が千四百三十三名という合格者を出しておるのであります。このように、東大だけが公務員試験に限って圧倒的多数の合格者を出すというということは、東大だけがもう他を圧倒して優秀だということはどう考えたって私はそういう結論は出ないと思うのでありまして、ここに試験制度に何らかの情実、試験に対する何らかの不公平があるということを疑うに足ると思うのであります。本法の改正の趣旨も、公務員試験と同じような東大と私学との格差をつけようとする目的がこの中にあるのじゃないか、私はこの数字の上から見ても、そのような疑いを持たざるを得ないのでありますが、いかがでありますか。
○愛知国務大臣 この点は非常にこまかい具体的の御意見でありますので、私から十分にお答えができないかもしれませんが、六級職の法律職でございますか、この方は私の検討いたしました程度では私立大学の卒業生あるいは在校生の受験する人の数も相当少いのじゃないかと私は思うのでございます。それから、私の考えでは、何と申しましても、司法試験の制度というものは、課目ややり方等についても法律できまるものでもあるし、また法曹界としてはこの試験の合格者が将来の法曹界をになう人たちでございますから、重要性から申しまして、司法試験の方が、少くとも現在の状態でははるかに大切なものではなかろうかと思いますので、この制度を先ほど来申しておりますように改善していくということが非常に大切なことである、その受験者の六級職に対する受験の態様とか、それからその後の就職状況とかというようなこともいろいろと分析してみますと、実は、問題の重点としては、その方は少くとも現在においては司法試験の重大性に比べてウエートが少いのじゃないかと私は考えるわけであります。
○大貫委員 それでは別な方面からお尋ねをいたしますが、昨日の提案趣旨の説明でお伺いしたことは、要するに今の試験制度では大学の優秀な卒業生を他の職業分野に逸してしまうおそれがあるのだ、こういうことが改正の理由の第一点としてあげられておるようであります。私は、ほんとうに優秀な者は、現行制度でも在学中に合格しておると思うのです。在学中に一度受験して合格しなかったからといって、すぐ他の職業を求むるというような人物が、果して優秀な者であるかどうか、これが問題だと思うのであります。優秀な者は在学中に現に通っておる者があるのですから、私は、その意味では、在学中に通らずに、これはといってよそに逃げていくような者は、むしろ第二流の学生じゃないかと思うのです。そのような人物というものは、試験に自信がないからよそにいくのだと私は思うのであります。あるいはまた、生涯を司法部にささげるという熱意を欠くからだと思うのであります。このような人物を求めるために試験制度を改めるということは、むしろ司法部の職員の素質の低下を招くことになりやしないか、逆にそういうことを私はおそれるのであります。優秀な者は在学中に通ってしまう。かりに在学中にどういうものか通らなかったとすれば、合格するまで何回でも受験する、こういう者こそむしろ裁判官なり検察官なり、要するに司法部に一身をささげる熱意と情熱を持っておる者だと言うことができるのでありまして、こういう者こそむしろ求めるべき人物じゃないかと私は思う。こういうふうに考えてみますと、今日のような困難な試験を突破させてこそ、初めて優秀な人材を司法部に求めることを得るのではないか、そういうふうに私は逆に考えておるのですが、いかがでしょう。
○愛知国務大臣 ただいまお話の御意見も、私は非常に同感する点も多いのでございまして、どんなに試験がむずかしかろうが、何年かかろうが、おれは法曹界に一生をささげるのだという、非常に尊い情熱を持った人を尊敬しなければならないということは、その限りにおいて私もきわめてごもっともな御意見だと思います。しかし、同時に、現在学生の置かれているいろいろの環境その他から申しますと、積極的に法曹界としてはよき人をとりたい、もちろん情熱を持って何年かかってもやろうとする人は、どちらかというと、人数において、現実の問題としては非常に少かろうと私は思うのでございます。むしろより積極的に吸引するというと語弊がありますが、相当円満な、常識的な、見識も高いような者で優秀な人を積極的に法曹界に迎えたい。先ほどいろいろ具体的な例をあげて御質疑をいただいたわけでございますが、たとえば中央大学というような、非常に具体的な例をおあげになりましたが、その中央大学においても、できれば、私の考え方としては、在学生の合格率をもっとはるかに高くしたい、私はこう考えるのでございます。現下の現実の状態からいって、積極的にできるだけ多くの人たちに受けてもらい、またその中からなるべく若い人が高い合格率を占めてもらうということが、今後の法曹界のために非常によいことではないか、こういうふうに考えておるわけでございます。
○大貫委員 私はどうしても今の試験制度の方が権威があるように考えるのですが、元来司法官というのは、御承知と思いますが、昔は官立大学の法学部の法律学科の卒業生は無試験で採用された時代がある。従って、当時官立大学の最優秀者は高文の試験を受けて行政官になる。例外はありますけれども、司法官には大体ならなかった。最優秀者は高等試験の行政科ですか、いわゆる当時高文といった試験を受けて行政官になったと思うのです。それが大正十二年に高等試験令が改正されて、官立大学の法律科の卒業生も、私立大学の卒業者と同じように試験を受けなければならないということになりました。試験によって一律に救われるということになり、それからは原則的に優秀な人材が司法部に集まるようになったと思うのであります。これがこの高等試験令の跡を継いで、今の司法試験法というものができておると思うのですが、この制度が確立してむしろ司法部の信用を高めたと私は思うのであります。この試験制度を維持することが、むしろ優秀な人材を司法部内に吸収するゆえんじゃないかと私は考えますが、いかがでしょう。
○愛知国務大臣 制度変遷の沿革はただいま御指摘の通りでございます。そうして、さらにもう一度繰り返すようになって恐縮でございますが、差し上げております資料の中にも明らかでございますが、いかにも現在の制度のもとにおいては、ここ数年来在学生の合格率というものが急角度に減少しております。このことはまた何と申しましても、最近における実証的な具体的な事例でございますので、この点をやはり私としては大きな比重をもって考えなければなるまいと思うのであります。たとえば、昭和三十三年、今年は在学生の率が一七・九%、昭和二十四年、戦後間もなくの状態においてはほとんど半分あるいはそれ以上が在学生であった。それがわずかに一割七分にまで低下したということについては、何としてもより若い人が法曹界に入りにくくなっておる。この事実に着目いたしますと、何としても制度は適当に変えることがどうしても妥当であると私は考えざるを得ないわけでございまして、御意見には私もごもっともな点が多々あると思いますが、こうした現実の事態から申しまして、できるだけ早い機会に試験制度を適正に直して、そうして受験をする人に対しても、適当な余裕期間を与えて、そうしてまた試験を大いに活用してもらうようにいたしたいということが念願でございますことを、重ねて申し上げる次第でございます。
○大貫委員 また別の角度から御質問いたしますが、ただその前に今法務大臣が御答弁になったことは、実は法務大臣がお見えになる前に、津田法制調査部長と質疑応答をいたしました。これは、一つ法務大臣は認識を新たにしていただきたいのですが、この法務省の出された資料の一番右側にあるのはこれは数字のごまかしだということを私は指摘したのです。そんなに減ってないわけなんです。つまりそのまん中の表が一番正しいのでありまして、要するに在学生はそんなに志願者がふえてないのに、その他の者の志願者が毎年すっとふえておりますので、従って合格率は、むしろ学生の方が多いということを私は先ほどこの表によって指摘したのですから、よくそれは御検討願いたい。 そこで、法務大臣は先ほども申されましたけれども、昨日の提案趣旨の説明にもありましたように、社会生活の複雑化に伴って、将来の法曹たる適格として、法律の学力のみならず、法律以外の素養を備える必要があるにもかかわらず、法律のみに偏しておるという批判がある。今の試験制度はそういうものであるから、これは改正しなくちゃならぬということを述べられておるのでありますけれども、しかし、法律以外の教養ということは、大体において今の新制大学ではたしか二年まで教育をされておるはずであります。三、四年と専門の学問をするということが、今日の新制大学の建前になっておるはずであります。そこで司法試験法の第一条によりますと、試験の目的として「司法試験は裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験とする。」こう定めておるのであります。つまり、裁判官、検察官、弁護士の仕事というものは、法律の運用だと思うのです。民事、刑事の個々の具体的事件に正当に法律を解釈適用するということが、これら法曹の私は任務であると思うのです。従って、裁判官、検察官、弁護士に必要な学識と言えば、これは法律であるのであります。法律家は深い法律の知識を備えて、常に厳格に法律の運用をするということでなければ、危なくて仕方がない。法律以外の素養ということに重きを置き過ぎて、本来の法律の素養が低下すれば、これは大きな問題であります。たとえば、一つの例を申し上げますが、戦後簡易裁判所という制度ができまして、この簡易裁判所の判事には法律にしろうとの裁判官も特別任用できるという道を開きまして、法律に全くしろうとの裁判官が何人か任用されたのであります。そういう法律にしろうとの裁判官によって期待したのは、軽易な事件については大岡さばきをやらせようとしたのでありましょうけれども、それがいろいろな弊害を生んでおります。こういう法律にしろうとの裁判官がやった裁判に、いろいろな弊害が生まれまして、世論といたしましてもいろいろな批判を受けております。そういうことを反省いたしまして、現在ではたとえ特別任用であっても、最高裁判所においては、簡易裁判所の判事の任用に当っては、法律の知識に特に厳重な試験を行なっているはずであります。私は裁判制度に対する国民の信頼というものは、やはり厳正な法律の適用だと考えるのであります。みだりに行政官的な勘でもって法律を運用されては国民は困るのでありまして、憲法上保障された基本的人権というようなことも、行政官的勘では律し切れないことがあるのであります。少くとも法律を守る者だけはむしろ法律の鬼となって法律を守ってもらわなければ困るのであります。従って、法律運用の技術者として適当であるかどうかを判定するのが、私はこの試験の本来の目的でなければならぬと思うのであります。むしろ法律に偏重することが当然であって、この試験制度の目的に合致するものぐらいに私は考えているのですが、いかがでしょう。
○愛知国務大臣 ただいま御指摘の通り、司法試験法の第一条は、この試験の性格を明らかに定めておるわけでございます。私どもの提案いたしました改正案ももちろんこの趣旨を体してやっておるわけでございます。そこでちょっとわき道へそれて恐縮なのでありますが、先ほど私ちょっと触れましたように、実はこの問題については法制審議会で相当の時間をかけて各方面の意見をお聞きになって答申案を作っていただいたわけでございます。それによりますと、たとえば短答式の試験につきまして、法律学概論であるとかあるいは裁判官、検察官または弁護士となろうとする者に必要な基礎的な知能及び一般常識的な教養で、主として政治、経済及び社会に関するものというような二つの新しい課目を短答式試験の中に入れようというのが、審議会の御答申の内容になっているわけでございます。ところで、私といたしましてはただいまお述べになりましたような御意見の趣旨と似ておる考え方であると思いますが、こういうものは、私ども提案の者からはいろいろの観点から不適当と思いまして、削除いたしたわけでございます。法律偏重であるのが筋であるという御意見でございましたが、これには私、ちょっとどうかと思うのであります。しかし、少くとも第二次試験の冒頭に行われるところの短答式の試験については、憲法、民法、刑法というような基本的な法律だけにこれを限定したというような点は、ただいまの御意見と同じような考え方から、かようなふうに修正をして提案をいたしたわけでございます。 それから、これは直接試験の問題とは関係がないといえばそれまででございますが、御承知のように、司法修習生の制度が二年間にわたりまして厳格に行われるわけでございます。将来判事あるいは検察官として大いに活躍してもらいたいというような方については、試験を通った後において、さらに二年間の修習が国家の施設として行われるというようなことになっておるわけでございますから、ただ単に常識的な大岡さばきをするような者が、あるいはまた他の行政官として適当であるような者が、将来法曹界において活動するというようなことにはならないわけでございまして、これらの点は試験制度とあわせて十分に行われることに現になっており、また将来においてもそうすべきである、こういうふうに考えるわけでございます。
○大貫委員 試験科目につきまして、第六条の第二項の第六号と第七号と別別にしたのは、何ゆえこのように別々にしたのか、それをお尋ねいたしたいのです。私はこの辺に露骨に、実は冒頭にくどくど申し上げましたように、私学出身者を制限して、官立、特に東大出身者に有利にしようとするねらいがあるのじゃないか、こういう疑いを深く持たざるを得ないのであります。というのは、同じく大学の法律科をおさめましても、私学の場合には法律科目については官立、特に東大と比べてみましても、これはまさるとも劣ることは今日では絶対にない、そこまで私学の水準というものは上ってきております。ただ改正案の第二項の第七号にあるような学科につきましては、これはやはり官立大学の伝統がありまして、特に東大について言いますれば、古い伝統と教授陣の優秀さ、そういうものから言いましても、東大と比べてみますと、私学の方に若干の遜色があるということはまあ事実であると思います。そこで、私学をふるい落そうとするのには、どうしても私学の弱いこういう科目において一つふるおう、こういうことで第六号と第七号を特に区別したのじゃないか。しかも第七号のような科目の中で、裁判官や、検察官、弁護士の実務に必要があるとするならば、心理学ぐらいのものである。これをしいて第六号と区別をして特に第七号から一科目を選択せしめようとしておる。このねらいあたりは、どうも、くどく申し上げますように、私学を締め出そうとする一つの現われじゃないか、こう思うのです。これはどうしてこんなに特に第六号と第七号を区別して、第七号から一科目を選択せしめようということを義務づけたのか。むしろこれは第六号と一緒にしてしまって、この中から二科目を選択させる、こういうことで私は差しつかえないのじゃないかと思うが、いかがでしょうか。
○愛知国務大臣 実はこの立案の趣旨とか根本が、先ほど申し上げましたように、東大だけをよくしようとか、私学に不利にしようというような考え方は毛頭ございません。その点は、先ほど申し上げましたように、たとえば法制審議会の考え方というようなものはやはり私は一つのりっぱな考え方だと思うのでありますが、ただいま御懸念のような次第も十分あろうかと私は思いましたので、まず短答式の点から始めまして、法制審議会の案にはだいぶ修正を加えて御審議を願っておるわけでございます。さような次第でございますが、この第六条第二項でいわば甲類、乙類というふうに分けて、そのいずれもから一つずつということにいたしましたのは、一つはやはり私は在学生に有利にしてあげたい、つまり受験者の負担を少し軽くした方がいいのではなかろうかということと、それから純粋な法律というものと、純粋に法律でないものという分け方も、言葉としては練れない考え方かと思いますけれども、今後予想されるいろいろの事件等につきましても、経済関係のものも現実に相当ふえてもおりますし、またそのほか、労働問題その他というようなものも現下の非常に大事な問題でございますので、そういった意味の純粋のいわゆる六法的法律ではないけれども、法曹としては十分に心得ていてもらいたいというような学問があると私は思うのでありますが、そういったような適当なもので、しかも在学生にも受けやすいようにするというような趣旨から、実は手前みそになりますが、非常な苦心の作でございまして、両類に分けまして両方から一つずつということで、そういったような目的を達するようにいたしたい、こういうふうな考え方でおるわけであります。先ほど来るる申し上げておりますように、私としては、純粋にいい人を、若い人を法曹界に迎えたいという存念からこういうふうな案にいたしたような次第でございます。
○大貫委員 そこで、非常にくどいようですけれども、もう一つ大臣に伺いたい。大臣の答弁を伺っておりますと、最もいい制度なんだということに尽きるようでありますけれども、どうも私学を締め出そうとする不純な動機があるのじゃないかと思われることは、まず最初にこの案を出されるときに、最初の法務省案というのは、第六条の中にこういう項目があったと思うのですが、いかがでしょうか。一般常識的な教養で、主として政治、経済及び社会に関するものについて行う、この教養の科目が最初の案にあったことは事実でしょうか。ありましたね。こういう条項が私学連盟などを刺激して、非常な反撃を受けたと思うのです。この辺においても、どうも動機が不純じゃないか。つまり一般教養に関しては司法試験法の第三条に明記してありますが、第一次試験を一般教養について課しておるわけであります。しかも、これらの教養については、大学教育においては一応身につけておるものとしてこの試験法の第四条において、大学卒業者は、第一次試験、つまり教養に関する試験を免除するということが定めてございます。ところが、第二次試験においても法務省が教養を課そうとしたということ、このことがどうもこの法案の不純なところじゃないか。幸いこれはこの委員会提出までに削除されておりまするけれども、こういう点から見ましても、何かしら私立大学の出身者を締め出そうとする、こういう意図があったのではないか、非常にくどいようですが、もう一度伺いたいと思います。
○愛知国務大臣 その御意見、お気持のほどは私も非常によくわかるのであります。これはざっくばらんに申し上げるのでございますが、私としては実は当初こう考えたのであります。先ほど来申し上げておりますように、法制審議会に政府としてはお願いをいたしまして、慎重な審議の結果答申が出ましたので、一応この審議会の御答申をそのまま政府としては取り上げまして、そしてこれを提案いたしまして、国会で十分御審議を願うのも一つの行き方ではないか、実は私最初そう考えたのであります。従って、その時期におきまして、先ほど申し上げましたように、第一の短答式の中に法律学概論をまず入れる。それから裁判官、検察官または弁護士となろうとする者に必要と思われる基礎的な知能及び一般常識的な教養で、しかも主として政治、経済、社会に関するものというものを当初の一つの考え方としては入れておいたのであります。これは法務省の案というよりは、むしろ法制審議会の案をそのまま取り上げればこういうことになるという意味で、一時そういうものを、たとえばプリントにしたこともございますけれども、先ほど申し上げましたように、これでは私学方面の御意向あるいはその他いろいろの観点から考えて、政府として責任を持って提案をするのには、この段階におきましてはむしろ不適当かと考えましたので、率直にこの部分は削除いたしまして、提案をいたしたような次第でございます。経過はそういうわけでございますから、当初審議会の案をそのまま御提案したいと思った時期において、法務省案として伝えられたものはございますけれども、これは法務省が意識的に学閥を作るとか、あるいは他の学閥を阻害するとかいうような意味で考えたものでは毛頭ないのでございます。 なお、先ほど来中央大学という具体的な名前がしばしばお話に出ますけれども、私はこう考えるのであります。中央大学の御関係の方、あるいは受験をしようと思う中央大学の学生諸君にも、今度の改正案は非常に喜ばれる、私はこういう確信を持っておるわけであります。
○大貫委員 今度は事務的な点を二、三、津田法制調査部長でけっこうでありますが、伺いたい。まず試験の方法ですが、私は法律の知識を試験する方法として、短答式というようなやり方は不適当だと思う。元来法律家というものは、非常に慎重にじっくりものを考えて事を処理する、こういう才能が必要なんです。法律家の才能というのはそこだと思う。つまり政治家や行政官のような当意即妙とでもいいますか、機知、俊敏さ、そういうことは法律家には必要ないのです。法律家は、むしろそういうものがあることは、優秀な法律家にはなれない。そういう観点からすれば、法曹を志すというような人物というのはおのずから人間的に重厚な人間が多いのであります。非常に鋭く、目から鼻に抜けるというような政治家的な人間というか、素質を持っている者は、法律家を志願する者は案外少い。でありますから、そういうものを試験する方法として、短答式というようなやり方は、どうも不適当だと思うのであります。これにふるい落された者が必ずしも優秀でないかというと、これはもう非常な間違いがそこにできてくるのではないか、私はそういう意味においても、どうも法律の知識の試験としては、短答式というのはどうしても不適当だ、こういう意見を持っておりますが、どうでしょうか。
○津田説明員 短答式による筆記試験でございますが、これは現行の司法試験におきましても、すでに三年来これを実行して、論文式とあわせて実行して参っております。その理由はおよそ二つあるわけでありまして、御説のように、短答式試験と論文式試験の優劣と申しますか、優劣と申しますより利便という点はいろいろ検討されておるのでありますが、まずそのうちの最も主要点を申し上げますと、短答式試験は、採点が容易であって、集団試験に適する。これに反して論文式試験は、採点が困難であって、採点が主観的に流れやすいというような点があるわけであります。それから論文式におきましては、文章の巧拙、文字の巧拙等によって採点が左右されるというようなおそれがあるに対して、短答式にはこれがない。それから論文式におきましては、知識の全体の分野にわたって出題することが困難である。これに反しまして、短答式は問題数を多く出すことが原則である関係上、知識の各分野に漏れなく試験をすることができる。こういうふうに、短答式と論文式にはいろいろ優劣があるわけであります。そこで、三年来これを現行法において用いておりますゆえんのものは、この知識を全体の分野において漏れなく試験するという意味におきまして、この第二次試験の筆記試験をよりよくするというための一つの目的と、もう一つは、この短答式の利点でありますところの、集団試験に適するという二つの点を考えまして、現行法でも受験生の数がふえて参りましたことによりまして、これを実行して参ったわけでございます。短答式試験は法律に適さないという要素は必ずしもないわけでございまして、むしろ法律学、特にここに出ております憲法、民法、刑法というような基礎的な法律学の各分野にわたりましてその知識なり応用能力をためすことができるという利点を持っておるという点におきまして、この短答式を採用した次第でございます。
○大貫委員 どうも私は適さないと思う。というのは、短答式というような方法、非常に頭の働きの早い人ならば、これはよろしいのです。じっくりものを考えてこうやっていこうというような者には、短答式という試験のやり方というものは非常に不利益じゃないか、こう思うのです。やはり法律家なんというのはじっくりものを考えて、法律を解釈適用するということなのですから、論文式一本でどうしていけないのでしょうか。その点が私わからないのです。二、三年前からやっておるといっても、これは私はどうも一つのやみ行為だと思う。法律からいえば、そういう方法は許されてなかったんじゃないかと思うのですが、まあそれはいいとしても、どうして論文式だけで試験をやっていくのはいけないのでしょうか。試験の権威の点からいっても、私は論文式——まあ頭は古いかもしれぬけれども、私はそう思うのです。どうでしょう。
○津田説明員 ただいま申し上げましたように、短答式につきましては、それぞれの利点を含んでおるわけでありますが、なお試験施行上の問題といたしまして、現在、本年は七千数百人の受験者があるわけであります。で、論文式試験のみを施行いたしました場合におきまして、その七千人について逐一論文について審査をしなければならないわけでありますが、採点の公平を期しまするために、論文の各題につきまして、少くとも二人以上の試験委員が、全受験生の答案を見るというシステムをとっております。従いまして、二人以上の試験委員によって採点されたものを、平均してそのものの得点とするという非常に公平な方法をとっておりますが、七千数百人の答案の論文を、たとい一題にもしろ、一人の試験委員が全部精査し、しかもそれをさらに他の試験委員に交付してさらに審査させる。こういうことになりましては、この試験の期間、つまり採点期間の関係から非常に不可能な問題になっておりまして、かりにこれを考査委員に強要するといたしますと、勢い採点の疎漏ということが起って参る次第であります。そこで、むしろそれはかたきをしいるということになりますので、勢い何らかの形において、ある程度その受験生の優秀なものをふるい分ける。優秀でもないものをふるい落して、優秀者について論文の試験をする、こういうことにならざるを得ないわけでございます。そこで、その方法として何を採用するかという問題でありますが、これは先ほど申し上げましたように、短答式についてはそれぞれ集団試験に適する利点、知識のあらゆる分野についてためすことができる利点等がございますので、それを採用いたしまして、あらかじめ論文式試験の答案を審査する範囲を限定する、こういうことにならざるを得なくなってきたわけであります。そこで、短答式試験におきましても、それでは一体幾らくらいの短答式試験の合格者を考えるかという問題があるわけでありますが、これはおよそ従来の短答式試験を行いました人事院等の経験によりますと、まず採用すべきといいますか、短答式のふるいによって最終的に合格とすべき範囲の五倍以上の数を選択すれば、結果的には間違いないという実績が現われておるわけであります。従いまして、短答式によりまして五倍以上、何倍になるかわかりませんが、何倍かの人間に受験者をふるい落しまして、それらの者について論文式を厳重に精査していく。こういうことが最も公平なやり方であり、論文についての十分な審査の結果、その者の学力あるいは応用能力を検討することができると考えられますので、かような制度をとった次第でございます。
○大貫委員 ちょっと時間がないので、質問はあとまだ二、三あるのですが留保して、もう一点だけ伺います。今のお答えだと、結局は、受験者が七千人からあって、試験委員が一々答案を見ることも非常な困難性があるというような趣旨になっておるようですけれども、私は昭和二年の司法試験なのですが、私どもが受けた昭和二年というと三十一年前になりますが、そのときでも四千人くらいの受験者があったわけです。四千人の受験者があって、やはりその当時、問題なしに全部その四千人の答案を試験委員が見ておる。それから三十年もたっておるのですから、倍くらいの答案を受け持っても、どうもそんなことは別の方法で考えられるんじゃないかと思うのです。そのくらいは人間の知識は進んでおると思う。だから、七千人の受験者がかりにあったということはどうも短答式を採用する一つの理由にはならぬと思う。短答式というような試験で第一次的にふるい落される者がどうも気の毒でしょうがないのです。短答式なんていう方法で法律の知識を試験されたら、試験されてふるい落された者は、納得のいかないものがあるんじゃないかと考えるし、ほんとうの価値が短答式じゃわからぬと思う。くどいようですけれども、非常に頭の働きの早い者は、非常にうまくその場その場を短答式なんかでやるでしょうが、非常に頭の動きがおそい人もあります。そういう人がそれじゃ不適当かというと、そういう人こそ法律家としては求むべき人物だと私は思うのです。どうも納得いかないのですが、短答式は弊害はないでしょうか。
○津田説明員 先ほど来申し上げましたように、短答式はそれぞれの利点があるわけでございますが、論文式につきましても欠点がないわけではなくて、たとえば、文章あるいは表現能力の巧拙というようなものがかなり採点に影響するわけでありまして、よく俗にいわれるのでありますが、文字がきたないと点数が悪いというようなこともいわれるわけでございまして、そういうふうな意味における欠点は論文式にもあるわけでございます。従いまして、両者を併用することが最も望ましいということに相なると思うのであります。なおかっての高等試験におきまして、二、三千人に上った論文を審査した場合があるわけでございますが、その当時は試験委員がその答案を分担いたしまして採点していったこともあるわけでございます。そういたしますと、先ほど申しましたように、試験委員の主観と申しますか、あるいは説と申しますか、そういうものにうまく適合した受験者は非常に採点上有利であるというような欠点も現われますので、とにかく一問題々々々については、一つの試験委員が全部通覧して、さらにそれを他の試験委員にも採点させて、それを平均するというような形を現在は厳重にとっております。そういう点から参りまして、受験者の答案を分担で見るという方式は、この際はとりたくないという考え方になるわけであります。そういうような点をかれこれ考え合せますと、やはり短答式によりましてある程度のふるいをするということは、やむを得ないことであろうというふうに考える次第でございます。
○小島委員長 坂本泰良君。
○坂本委員 資料をお願いしておきたいと思います。 参考資料の最後に大学法学部授業科目単位数表がございますが、これを一年、二年、三年、四年に区別してもらいたいと思います。それは、在学生が試験を受ける、こういうふうに先ほど来主張しておられますが、在学生で受験すると、大体三年までで終っておるわけです。それで四年の課程の科目は勉強せずに試験を受けなきゃならないのじゃないか、こういうふうにも考えられますから、その参考にしたい。 次は、司法試験管理委員会規則、これは大きいあれを見ればわかるのですが、なかなか普通の六法に載っておりませんから、この規則をお願いしたい。 次は、昭和二十七年の改正以降でよろしゅうございますが、司法試験管理委員の氏名、これは専属の委員であればそれでいいのですが、他の兼職があればその兼職を書いてもらいたいと思います。 次は、やはり昭和二十七年以降の司法試験考査委員の氏名、これは大体兼職でございますから、所属の大学とか、判事とか、あるいは他の職業があると思いますから、その点も一つ記入してもらいたいと思います。 以上、四つの資料を請求いたします。
○大貫委員 私からもここで資料を要求しておきます。短答式で三年間くらいやっておるということですが、その短答式でふるい落した数、比率ですね、その資料を一つ出してもらいたいと思います。
○田中(幾)委員 資料を要求します。 従来、司法部に人材が集まらぬというのは、待遇が他の公務員より冷遇されておるということが言われておった。ですから、私どもがおそれるのは、大学生の優秀な者は司法部へ集まってこないというのは、やはりそういうことが響いておるのではないか、これが重要な原因でないかと思うのです。ですから、他の公務員との待遇について、今だいぶ変ってはおりますけれども、比較したものを資料として出していただきたい。 それから、司法官の事務というものは非常に他の公務員と違っておりまして、自分の家に持って帰って書類を調べる、日曜でも判決を書かなければならぬ。他の公務員では、ほかへ——遊びではないけれども、遊山を兼ねたような出張があったりして、非常に時間的にも経済的にも余裕ができる。司法官はそういうわけにはいかぬ。調査に行っても、鑑定をする、検証をするということで、それ自体がすでに非常に厳密な仕事なんですから、そういう仕事の内容といいますか、五大都市もしくは六大都市の大きい裁判所における判事の持っておる件数、それからその執務時間のごときものはどういうふうになっておるか、それを一つお示し願いたい。 それから、優秀なるところの大学生が集まらぬということが一つの大きな原因になっておりますが、それならば、他の方の官庁にいかにそれが吸収されておるかということを知るために、他の公務員への受験の状態についてもお調べを願いたいと思う。おそらく他の官庁においてはもう落第すれば翌年受けられぬ、新卒ばかり採っておるわけですけれども、一体どの大学からどういうふうに新卒が集まっておるかということと、あわせて試験の内容、これは調べればわかるのですけれども、他の公務員の各職場における試験の制度について、これをお示し願いたい。
○小島委員長 次会は公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時四分散会