P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
30回国会衆議院1958/10/22

文教委員会 第5号

発言数
77
登壇者
7
会派数
2
開催日
1958/10/22

会議録

坂田道太自由民主党

○坂田委員長 これより会議を開きます。  学校教育法等の一部を改正する法律案及び学校教育法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案を一括議題とし、審査を進めます。  両法案に関しまして去る十七日の委員会において公聴会開会承認要求の決議をし、議長に承認方を申し出たのでありますが、同日議長の承認がありました。公聴会の開会日時は来たる二十九日の午前十時よりでございます。  これより両案に対する質疑に入ります。質疑の通告がございます。順次これを許します。まず野口忠夫君。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 私は文部大臣に、法案は提案されておるのでございますけれども、近ごろの文教行政のあり方について、一般的な面についてのあり方を一つ御質問申し上げたいと思うわけでありますが、何か法律に認められたと称するような権限行使の中に、急にその施策についての民主的なあり方というようなことをどうも忘れがちになり、その施策の中では何か憲法違反的な、あるいは教育基本法からはずれたような筋道が見られてきて、文部省当局の考えだけを押しつけ強行するというような方向にいっているのではないかというような形が見られてくると思うのでありますが、ほんとうに自分の施策を十分に文教行政の中に現わしていきたいというためには、民主的な行政機関のあるべき姿を十分に検討して考えなければならないと思うのでありますけれども、ただ強行突破、おのれの考えの実現、それには手段を問わないということになりますと、このことに対する一般国民の不安感情は非常に強くなってくると思うわけであります。文教行政が新憲法のもとで——かっての教育のあり方が、力によって人間を支配する、力によって何事もやっていく、こういうことはできないという基本的な立場に立って、平和で文化的な日本に進むための第二の国民を養成するというような方向を考えていかなければならぬということを思いますと、日本国憲法の中に示されてあるように、この憲法の理想の実現は教育によってのみ可能である、こううたわれている限り、教育の負う責務は私は非常に大きいものがあるだろうと思うわけであります。何か文教行政が一つの権力に屈したような姿になったり、一方的な形の中に文教行政が持っていかれるのではないかというような、こういうことを排除して、民主的な日本の成長を守ることこそ文教府の使命であるということを思いますと、かつて文部大臣が文教のほんとうの基本的な立場は憲法の精神に立脚し、教育基本法を守っていくのだ、こういうことを御言明になったように思うのでありますが、近ごろの文教行政のあり方の中で、あらためて文部大臣にこの点に関してのお考えをいただきたいと思うわけであります。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 文教行政をやります上におきまして、日本国憲法並びに教育基本法の趣旨にのっとってやらなければならぬということは、私はこれは当然のことと思う。われわれといたしましてももちろんそのつもりで文教行政を進めたいということにおいては、野口君と全く変ったところがないと考えております。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 文部大臣の、大きな態度に沿って教育を進めていくのに間違いはないということをお聞きしまして、大臣としての態度に大へん信頼を持てるわけでございますけれども、近ごろ行われてきました一連の文教行政は、そういう点においては、国民の信頼ということからいうと、若干不安なものを与えるものが連続して出てきているのではないかと思うわけであります。国をあけて反対をするような世の中に強行されました教育二法律の成立以来、現場にいってみますと、校長すらもこのことについては若干迷惑ではないかというような考えを持っておるような管理職手当の支給というようなこととともに、勤務評定の強行というようなことの中で、何か権限的な姿が増大し、その中では学校現場の教師の従属強行をしいておるのではないかと思わせるようなことが行われるとともに、道徳教育に関しての時間設定、それとあわせて全面的な教課指導要領の改正とともに、何か明らかに教育内容への国家統制というような姿まで見られてきて、国家主義的統制支配ではないか、これを子供の姿の中に打ちつけていくのではないかという不安を多くの国民に現在与えておるのではないか。一方における反対のあり方についても、国民の批判は相当強いということを私はわかりますけれども、これに対して文教の府がとっておる行政のあり方についても、何かこういう一方的に押しつけ政策をする一連の文教政策への国民大衆の不安が非常に強いと思うのですけれども、先ほど大臣のお答えになった言葉の中からいえば、そういう不安はあってならないわけでございますけれども、これらについての国民の不安な気持に対しての文部大臣のお答えを一つここでお述べ願いたい。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 先ほどお答え申し上げました通りに、教育行政をやっていく上におきまして、憲法なりあるいは教育基本法の精神にのっとってやっていくということは基本の心持でございます。その基本の心持に従いまして教育行政をやります場合に、そのやり方等におきましては現実の事態に適合した政策をとっていかなければならぬと思うのであります。お述べになりました教育二法の問題にいたしましても、また管理職手当の問題にいたしましても、あるいは勤務評定の問題にしましても、道徳教育ないしは教育課程の改善の問題にしましても、すべてわれわれといたしましては現在の事態に即応いたしました必要と認められる政策が立った、あるいは改善をいたしておる心持でございます。その基本の日本国憲法あるいは教育基本法の精神にのっとってやっておるつもりでございます。さように御了承願いたいと思うのでございます。  ただかようなことをやります場合に御承知のようにいろいろな意見もございます。同時にまたかなり強烈な抵抗もときにはあるわけであります。その強烈な抵抗を排してやっていこうというような場合においては、見る人によっては政府が何か押しつけておるとか、あるいは強行突破をしようとしておる、こういうような御批評もあろうかと思うのでありますが、われわれの気持はそうではないのであります。なすべきことをやっておるというのでありますが、世間に現れた姿においては、何かお互いに力づくでやっておる、こういうような印象を与える場合があるいはあるかもしれません。またそれによってお話になりましたような一般の方々の不安をあるいはかもしておるというようなこともあるかと思いますが、すなおに考えていただければ、われわれは決して無理な政策を無理に強行しようというような気持でやっておるわけではないのであります。願わくばその心持を関係者の諸君も理解していただいて、すなおに受け取っていただきたい、こういう気持がいたしておるのでありまして、現在の教育界においてある程度の混乱があり、またそれに関連して一般の方々の間にも不安があるということは私は認めざるを得ない。一日もすみやかにさような状態が解消するようにわれわれも努力しなければならぬと思っております。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 大臣のお話を聞いて、大臣のほんとうの気持は、こういうことについて強行しようとしたりするものではないのだ、そういう点について大臣の御答弁が現われたわけでありますけれども、私はやはり大臣の話を聞くと、今度の勤務評定の実施についての態度には若干の疑問があるわけです。大臣が勤務評定を実施するための理由として終始一貫して言われたことは、やはり法律にあるからというお言葉であります。そしてまた、法律にあるからこれに反対するものは違法であるというようなお言葉までも、本会議並びに本委員会等において大臣が終始された答弁であるわけでございますが、このことは私は全く一方的な考え方ではないかと思うわけであります。法律にあるからという、そのお言葉通りに法律を見ますと、勤務評定実施についての法律的な事実というものは、地公法の四十条、地方教育行政法の四十六条にある勤務評定実施についての権限を認めたことと、その権限を文章でうたっているにすぎないのであります。勤務評定実施についての現実的な判断、可否を含めての判断というようなもの、あるいはその内容、形等については、その一切があげて行政機関の自由裁量にまかせられているわけであります。このような立法措置の中で、法があるから執行するのだということだけでは、このことはやはり大きな問題を残してくるのではないかと思うし、こういう行政機関の態度では危険ではないか。もちろん自由裁量の多い立法措置ということについても、今法律界でも問題になっているようでございますけれども、その問題はさておいても、やはり行政機関としては、この自由裁量の非常に多い法律の執行に当っては、その実施についての慎重な考え方を持ち、これについての文教行政機関の多くの者の意見を聞くというような態度が十分になされなければならないと思うのであります。そうでなければ、行政機関の立場として、法律にあるからやるんだということになれば、そこでやられることは何をやられてもいいことになってしまうのではないか、このことは文部当局がこれでいいのだとお思いになっても、そのいいとお思いになったことを実施するためには、その実施に当っての民主的なあり方というものは、反対する者を含めて、これについて納得のいくような方向をとっていくことが、このような法執行の場合における文部大臣の当然とるべき態度ではないかと思うのであります。大臣にお聞きしたいのは、私はこのような自由裁量の多い立法については、法律にあるからという態度ではなくて、その政治的妥当性が常に議論の対象になって十分に論ぜられ、その論を聞くべきではないかと思うのでございますが、法にあるからという態度の中で行われました勤務評定が、今後も非常な混乱が続くのではないかと思いますと、このような立場に立っての今後のあり方について、大臣のお考えをお述べ願いたいと思うわけであります。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 勤務評定の問題でございますが、私は仰せの通りに、法にあることをやっておるのだからこれに従ってもらいたいということを申しておるわけでございます。勤務評定に関する法の規定は、今野口君がおっしゃいましたように、地公法ないし地方教育行政の組織及び運営に関する法律に簡単な規定があるだけであります。私は、この規定はそれぞれの教育機関の自由裁量の問題ではない、つまり勤務評定を実施するということについては、自由裁量の余地はない、ただその内容をどういう計画のもとにやっていくかというようなことについては、法はそれぞれの機関にまかしておるわけであります。その機関が検討いたしましてやっていけばよろしいわけでありますので、端的にいえば、県なら県の教育委員会の考え方によって、ある県はこうやる、他の県はこうやるというふうなこともあろうかと思います。これは法の上からいたしまして、その点は各教育委員会の裁量によってやっていくことでありますが、いずれにいたしましても、勤務評定を実施するということについては、これは私は自由にまかされておるという問題ではないと思う。任命権者としてそれだけのものを実施する義務を持っておる、私はそういう考え方をとっております。そこで、きわめて簡単にものを申し上げますれば、私の立場は、要するにそういうふうな規定になっておるのですから、地方の教育委員会でぜひ一つ勤務評定をやってほしいということを言うのが、私の立場だろうと思っております。それから先のことは各教育委員会がなすべきことをなすということになってくるわけでございますが、今回のこの勤務評定につきましては、法律の規定の存在しておることを無視したような動きが行われておるわけであります。そういうふうなことがありますので、自然私としましては、法律がありますよということを常に言わざるを得ないことになってきておるわけであります。ただ単に法があるからやるんだと言えば、いかにも簡単なことのようでありますが、しかし私は、この点はきわめて簡単なことのようでありますけれども、すべての教育に関係する諸君が、これだけはぜひ守ってもらいたい、法にあるにもかかわらず一切を無視して、あくまでも実力をもってしてもその実施を阻止するというような態度だけは、ぜひやめてもらいたい、かような考えをいたしておるわけであります。しばしば、法があるからということをお前は始終言っているというのでお小言を受けるのでありますけれども、これは言わざるを得ないというふうな実情があるということを、十分御承知を願いたいと思います。

坂田道太自由民主党

○坂田委員長 ちょっと野口君に申し上げたいと思いますが、おそらく学校教育法等の一部改正の法案について、その前提として文部大臣の一般行政の気持を聞きたいということでお話しになっておると思いますが、なるたけそのようなおつもりで、学校教育法等の一部改正についての論を進めていただきたいということを申し上げておきたいと思います。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 今大臣のお答えは、法には勤務評定実施の権限があって、やることになっているのだからというお答えでございまして、そのことは私もわかるわけであります。やることになっていることではあるけれども、このやるに当っての実施の可否というような問題については、やはりその時期、その実情に立って考慮されるべきではないかと思う。大臣のお話では、絶対反対というような立場で反対をする者があるので困るのだと、こういうことをおっしゃいましたけれでも、やはりこの問題は、勤務評定の項目だけについて、あるからということでなく、法全体の立場、法体系的な立場の上から勤務評定実施についての問題を考えていくという立場を無視しではいけないのではないかと思うわけであります。何か、やらない方がいい、そういう立場での論拠がやはり法律的にあるわけなんです。たとえば人事院規則の10の2には、職務の複雑性というようなことについては除外規定を設けているわけであります。申すまでもなく、教育等の作業は、人間と人間との間の作業でありますので、その評定の困難、複雑、ことに科学性、実証性等を持たせようとするときの教育の評定というのは、非常にむずかしいということになってくると思うわけであります。まさにこの人事院規則の10の2にいう除外規定に適する職となるのではないか、こういう考え方も教育現場にあっての教師の立場では考え得るし、そのことを反対の論拠の点にされたことを、法律にあるからという立場で言う大臣のお言葉では、やはりこのことも考えてやらなくちゃいけないのじゃないか。これはあるんだから、もうそれに反対する者はだめなんだという考え方でなしに、やはりこういう法律もあるのではないか。なお基本法十条、学校教育法二十八条等にいう教育の独立性、学校の独立性というようなことの中で、行政機関であられる方々が勤務評定を実施することによって、教育という独立のものに関与するような立場も出てくるのではないかと思うわけであります。教育内容にまで触れていくような勤務評定に対して、基本法、学校教育法というようなものの中では、このことがないように規定されてあるわけでありまするから、そういうおそれが出てくるような勤務評定についての反対の論拠ということもあり得ると考えるわけなんでございますけれども、このような点について、大臣は今後お考えになっていく中で、今までおっしゃってきたようなことだけではなくて、お考えになっていくお気持があるかどうか、一つお話し願いたい。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 この勤務評定の問題に関する私の態度だけをおとらえになっていろいろ仰せられても困るのであります。私は勤務評定のことばかりやっておるわけでもございません。ただこの勤務評定に関する問題につきましては、少くとも現在の状態のもとにおきましては、私は従来の態度を変える考えはございません。と申しますのは、なるほど勤務評定をやるということにつきまして、いろいろ御意見があるということはよくわかります。またどなたにもいろいろな御意見があるかと思う。そして教職者に対する勤務評定を、一般の公務員に対する勤務評定と同じような考え方で、同じような内容でやってはおかしいじゃないか、こういうふうなことも私はわかるつもりであるわけでございますが、今回地方でやっておりますところの勤務評定というものは、それ自体としてそれほど不当なことをやっているとは思わない。いろいろ御意見はあろうと思いますけれども、あの勤務評定の計画それ自体が、そんな不当なものとは思っていない。また実施も不可能なものとも思っていないわけです。そういうわけでございますから、権限がある教育委員会、それが適法に計画を立てまして、実施しております場合においては、これを受けられる方の側からいえば、御意見もあろうかと思いますけれども、これはいろんな行政について必ず伴う問題でございます。これは一応お認めを願わなければならない。また勤務評定の制度そのものに問題がある。やり方そのものがああいう簡単な規定では足らないとかいうことでありますれば、これは立法論としての御意見は十分伺ってよろしいと思いますけれども、現行法を適法に実施しておるという場合においては、一応これをお認めになるのが筋じゃないかと思うわけであります。その実施の経験に徴しまして、今後改むべき点があれば改めていくというふうなこともけっこうでありましょうけれども、今日の場合としましては、教育委員会のあの計画のもとに勤務評定を実施するということについては、一応これを認めていくというふうな態度が望ましいのじゃないかと考えておるわけでございます。しかもこれに対する主たる反対というものは、勤務評定そのものに対する反対と申しますよりも、むしろこれは戦争につながるとか、あるいは平和を脅かすとか、あるいは官僚統制であるとか、こういうふうなことでの反対でありまして、内容についての反対意見というものは、個々の方の意見は伺っておりますけれども、問題となっておる教職員組合の諸君の側から、内容についての静かな話というものは、少くとも私は伺ったことはないのであります。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 今の大臣の、反対論の態度というものについて、何か官僚主義統制であるとか政治的な問題であるとか、そういうようなことの中でこれら反対している者が反対に終始している姿であるという、この考えについて、私は若干大臣に御反省を願いたいと思うような気持がするのであります。現場教師の反対している態度は、やはり教育に及ぼす影響を憂うる声だと私は考えているわけであります。教育の能率を向上せしめるための行政措置、教育をよくしていくための行政措置として、勤務評定以外には果してないのであろうかどうかということであります。アメリカにおいても、勤務評定実施の効果というものは、ただ単に教員を萎縮させるにとどまってしまって、そしてその実施を現在の段階においては見合せているというような状態で、なぜこの現場教師の職場における明るさを失わせ、教育が集団的に、共同的に助け合いながら子供の成績を向上させていかねばならぬというこの学校の中に、こういう共同的、集団的あり方を失わせるような秘密評定を強行して、教師を子供の前に立たせるのでありますか。教師としては、子供の前に立って真実でありたいし、全生命的でありたいわけであります。子供の前では、どんな権力の支配下でも、どんな封建的な地域性の中においても、やはり支配されることなく、隷属服従することなく、子供たちの前で強く正しい教師となりたいと思っているわけでございます。このことはやはり現場教師の良心であろうと私は考えます。秘密評定ということは必ずこの良心を麻痺させはしないだろうか。教師を正しい良心の世界に守ってほしいというのが、あなたに対する現場教師の反対する気持であるということについて、私は大臣に十分考えていただきたいと思うわけであります。教師の良心が守れなくなるかもしれない、この不安の中に立つ教師の立場を文部行政機関としては考えて、この良心を守ってやることが子供たちへの大きな姿なのだということを、謙虚に大臣が考えていただきたいのでありまして、反対する者が、何か官僚統制とか政治的なものの中にあるというようなことだけで判断なさることについては、全国五十万の教師の反対の声というものは大臣に正確に伝わっていないのではないかと思うのであります。このたびの心からの教師の行動を、何か大臣は一方的な判断の中で、いたずらなる日教組の行動、赤の手先に踊る日教組などということの中でのみ判断されているのではないかと思うのでございますけれども、このことは全く偏向した見方になってはいないだろうか。日教組をどんなに強大なものとしてお思いになっているか知りませんけれども、正しくない指導、指令の中で、全国の良識ある教師が行動を起すとは私は考えません。小林委員長の手一つで、あるいはあの方々の策謀によって全国教師が動くほど盲目ではないと私は思っております。文部大臣は今度の全国行動を、何か一部赤の扇動などと見ることなく、虚心たんかいに、勤務評定と教育と教師との関連の中で、この反対の声にも十分耳を傾けて、今後の勤務評定によって起ってくる混乱というような問題に対しても、謙虚にお聞きになって対処する方法を、いたずらに法律によって強行するだけによって強行するだけではなく、大臣としてお考えになるべきお立場が出てほしいと思うのでございますけれども、法の執行者として、全国にわき上っている声に対する私の意見に対して、大臣としてどのようなお考えをお持ちになられるかお聞きしたい。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 今回の勤務評定についての日教組の指令のもとに行なっております反対運動というものは、まことに激烈をきわめたものであるということは御承知の通りであります。そういう日教組の反対を呼号しておられます点は、私が先ほど申し上げたように、あるいはこれが戦争への一里塚であるとか、あるいは平和を脅かすものであるとか、こういったような、われわれから言えば、どういった因果関係でそこまでくるのかわからぬのでありますけれども、そういう趣旨の反対を掲げて、そうして猛烈な反対運動をしているということは、否定するわけにいかぬ。個々の先生方の間には、いろいろななにがありましょう。賛成しておる方もある、あるいはまた反対をしておる方もあると思うのでありますけれども、あの激烈をきわめた日教組の闘争指令のもとに、大きく反対運動が行われておるわけであります。さような運動は、実は私は理不尽な運動だと思っております。そういうふうな理不尽な運動の前に、この法の実施を二、三にするわけには参らないというふうなことが私どもの考え方の中にあるわけです。勤務評定そのものについて、もしああいうふうな反対がなかったとせば、静かにこの勤務評定というものを受け取っていただいたといたしますならば、私はこんな争いにはならぬと思う。地方におきましても、ああいう争いにはならぬと思うのであります。おそらく各教育委員会におきましても、先生方の御希望なり意見なりというものがあれば、お互いに静かに話し合うというふうな姿でいっておれば、こんな争いにはなっていないと私は思っておるわけであります。さような意味におきましても、今度のあの反対運動はまことに残念に思っております。  問題といたしましては、勤務評定そのものが学校の先生に一体適しないものかどういうものかというふうなことから考えますれば、やはり学校の先生についても、勤務評定というものはあって差しつかえないし、またあるべきものではないか、こういうふうに考えております。これがあることによりまして非常に萎縮するとかなんとかいうことは、本来の勤務評定からいえば出てくる性質のものではない。現在でも何がしかの勤務評定というものは今日まで行われてきておるわけであります。また法律による勤務評定も、すでに他の方面においては行われて参っておるのであります。そのことによって、それではどれだけのことが一体あったかということを考えてみましても、学校の教職員に対する勤務評定の実施ということが、教育の上に非常な悪影響を及ぼすとかいうふうな性質のものではなかろうと私は思っておる次第であります。しばしば申し上げておりますように、地方の教育委員会で今回実施し、また実施せんといたしておりますところの勤務評定をやってみまして、その結果についてわれわれも関心を持っております。地方の教育委員会はもちろん重大な関心を持っておると思う。その結果についていろいろ検討していくというようなことについては、教育行政の関係者といたしましてもちろんやぶさかではございません。けれども、教員に限って勤務評定をやっちゃならぬという、こういうふうな考え方には私は賛成するわけにはいかない。適当な勤務評定というものはやはり実施することがよろしい、こういうふうな考え方をいたしております。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 私は、勤務評定を実施するということの中に起ってくる混乱の中で、日本の文教行政の最高の立場にあられる文部大臣がやはりあるが一つの偏見の中へ、あるいは一坪の地所の中へ自己自身を歿入してしまって、ほんとうに考えている、現実的にある悩みとか現場の問題については目をそらし、この勤務評定を文部省は強行して権力支配をしていくのだという不安感を、国民大衆にいたずらに与えていくことを、厳に慎しむような方向をいつも考えていただきたいというふうに御要望を申し上げます。  それから内藤さんがおいでになったので、お聞きしたいことがあるのですが、過日の私の論点は、文部省が近ごろ非常に権力主義的になったのじゃないか、一連の教育行政が非常に上から押しつけてものをやってきている、こういう不安の前に立って、新たな法律が提案されて、いろいろな審議をここで繰り返すのですけれども、基本的なこういうような態度について、私は今大臣並びに皆さん方にお聞きしているわけでございますけれども、この前学習指導要領改訂の発表が、文部省の立場において行政として行われたわけでございます。この問題が発表されましたときに、東京朝日新聞の記事にこういうことが書いてあるのです。これはもう全国にばらまかれておるわけです。「学校が夏休みになったと思ったら、文部省が小・中学校の学習指導要領改訂案なるものを発表した。今までの六・三教育の内容をほとんど全面的にひっくり返すようなものである。それについて全国の教育委員会は意見があるなら八月中に出せ、十月一日には本決りにして官報に告示するという。臨時急行列車を出すから、取るものも取りあえず飛び乗れ、時間に遅れたら委細かまわず発車するぞというような話である。政府や文部省は教育のこととなると、やけにセッカチで強引である。ひざ詰めでウムをいわせずねじ伏せるようなところがある。人間をつくる教育の改革などはじっくりと落ちついて練るべき性質のものだが、世論などはそっちのけで、素人は黙っておれといわぬばかりだ。こんどの改訂案には、かなり国家主義的なにおいが強い。国家基準を設けて全国的に統一した教育をおし進めるねらいのようだ。授業を画一化して、全国どこの学校でも同じことを教え、同じ歌をうたわせようとの意図がかなり露骨に現われている。これは国定教科書一本化への道を暗示するものでもある。」、このようなことが述べられておるのでございますけれども、大新聞に文部省のやっている施策というものがこういう目で見られている、この活字は全国民の目に入っておる、こういうような中で、果して新聞のいう通り、今度の学習指導要領の改訂というものについては、従来の教育の全面的な改正というようなことまで考えられる点もあるわけでございますけれども、一体これについての改正に当っての手続は、どういうふうにしてここまで持ってこられたのか、これについて内藤さん一つ……。

内藤誉三郎文部事務官(初等中等教育局長)

○内藤政府委員 昭和二十二年に御承知の通り六・三制の新学制が発足したわけでございます。このときは準備もできませんでしたので、ある意味ではバラック作りで発足したわけでございますが、六・三制についての御非難が大へんありましたけれども、その六・三制の非難の大半は、やはり教育内容にもあったかと思うのでございます。そこで昭和二十六年に一度全面的改訂をいたしたわけでございますけれども、当時は占領下という特殊事情もございましたので、わが国の教育というものについても十分な反省が加えられなかった。その後日本が御承知の通り独立国となり、平和条約も締結され、ソ連圏とも国交を回復し、今日の新しい国際情勢に対処していかなければならぬという事態、同時に、今日の科学技術、産業の著しい伸展が見られた。それからいま一つは、戦後十年の経験を顧みて、悪い点は直し、よい点は伸ばしていく、こういうような点から、昭和三十一年に教育課程審議会に諮問をいたしたわけでございますが。教育内容というものは、私どももしばしば変えるものではないと思うのであります。できるだけ変えないでいきたい、こういう気持を持っておりましたが、やはり十年たちますと相当時代も変って参りますので、昭和三十一年に教育課程審議会に、わが国の教育内容をどう改善したらいいか、こういう諮問をしたわけでございます。この審議会では、各方面からの御意見が出まして、問題をいろいろと整理をした。一年間かかって二十数回に及びまして、大体の問題を整理していただいたのであります。それから二年目に問題を整理いたしまして、どういう方向で教育内容を改善するか、こういうことで審議会を再開したわけでございまして、この審議会でも二十数回会議を重ねておるのでございます。ですから、審議会といたしましても四十数回に及んで慎重に審議が重ねられてきたわけでございます。その改訂の趣旨は、国際社会において信頼と尊敬をかち得るに足るようなりっぱな日本人を作っていきたいということが大きなねらいでございました。道徳教育を強化し、あるいは科学技術教育を振興する、こういうような線に立って改訂が進められたわけでございます。何か六・三制の内容を根本的にひっくり返すような御意見があったようですけれども、そういうことはないのでありまして、これは全体の各教科をごらんいただきますればおわかりになると思うのでありますが、足らなかった点を補い、よい点を伸ばしていくように、こういう趣旨で進められたわけであります。これについてさらに具体的な大綱が、去る三月十五日に教育課程審議会から答申されたわけであります。同時に教材等調査研究会というのがございまして、これは現場の先生方、あるいは大学の先生方、こういう学問的な見地から、あるいは実際経験の立場から、この審議会が各教科別にございますので、この教科別に設けられた教材等調査研究会におきまして、これも各教科とも五十数回にわたって慎重に検討が続けられたわけでございます。この間におきまして、各方面の教育団体あるいは一般の有識者等から、審議会あるいは教材等調査研究会に対して意見が出ておるわけでございます。こういうような意見を取り入れて慎重に審議した結果、七月の終りに中間発表の形で出したわけでございます。ですから、この際にほとんど新教育として欠陥があるといわれたような点は全部是正されて出したわけであります。ですから、私どもとしては八月の終りまでにさらに御意見があれば出していただきたい、こういうことで実は八月の初めに国立学校の教科担任の教授、あるいは付属の教員、それから各県の指導主事等を約一千人ほど集めまして、詳細に私どももこの内容を説明し、十分検討してほしいということで、各方面に依頼いたしまして、教員養成学部を持つ大学、及び都道府県の指導部課にお願いいたしまして、八月三十一日までに御意見を言っていただいたわけであります。十分趣旨も説明しておりますし、また御研究いただきましたので、八月中にいただいた意見を九月中に整理いたしまして、とるべきものはできるだけとって、さらによりよいものにいたしまして、十月一日公報をもって告示した、こういうわけでございます。  先ほどお尋ねの国家基準の点でございますけれども、もともとから指導要領というのは国の基準でございます。教育課程の基準でございます。ただただいままでの指導要領は非常に膨大なものでございまして、指導法から教師の手引き書まで入っておる。こういうものが国の基準というには、少し行き過ぎではないだろうか。ですから今度の指導要領は非常に簡潔にした。今までの指導要領は一教科で二百ページ、三百ページに及んでおった。これを全教科合せて二百ページ程度のものに圧縮いたしました。その目標、内容、その取扱い、こういう点にしぼったわけです。むしろ私どもは、現場の教師なりあるいは地域の特殊性に応ずるような弾力性を持たした方法なり、指導の問題につきましては、別途さらに高度の指導書なり手引き書を文部省から出したい、かように考えておりますので、むしろ国家基準を狭めたと言えると思います。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 大へん民主的な方法で手続を進められて参ったという内藤さんのお話でございますが、私どもから見ると、このでき上ったものはそういう民主的な手続を十分に意を尽してやられたというようには思われないわけです。教育課程審議会とか教材等調査研究会というようなもの、こういうものを通じておやりになることだけではやはり民主的な手続ということにはならぬと思うのです。こういう相当大きな問題の中においてはやはり広く意見を聞くべきではないか。私の聞いておる範囲では、文部省が出された諮問事項とこれらの方々のお答えになられた答申事項とは、その本質的な立場、内容において同一と見てよいような形であった。たくさん集めておやりになっても、文部省はこれはこういうのだ、こういうのだという御指導の中では、やはりこういうことに出てきているとすれば、この中には相当これに反対するとか異なった意見の者を、人選する際には選ぶべきではないか。いろいろなものがこういうものを通じてやられてはおります。しかしこれらの会合それ自体が、その人選においてある一方に片寄ったような人選の中で行われてしまいますと、諮問事項と答申事項が同一であるというような姿になり得るわけでございます。私の今まで聞く範囲では、いろいろな面で何か進歩的な学者といわれるような方、あるいは相当前進的な考えの方が、文部省のいろいろなそういう人選の際には特にのけられてしまうというような話も出ているわけでございます。この人選に当ってそういうことが文部省自体にはないと思うのですけれども、いかがですか。

内藤誉三郎文部事務官(初等中等教育局長)

○内藤政府委員 私どもの審議会の委員の構成につきましては、絶えず私どもは穏健中正な方々の御意見を伺いたいと思って、両極端は避けております。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 現在までのところ穏健中正で行われてこられたという内藤さんのお考えでしょうが、今後は必ずみんなの意見が聞けるような人選方針をもって臨まれた方が、所期の目的を達成し、文部省の意図を実現するためには最もよい方法ではないかと私は思いますので、要望申し上げます。  この中では道徳教育問題も入っておるのですが、こういうことを内藤さんおやりになったことがあるのかないのか。過日文部省で内藤初等中等教育局長のところに、各県代表の現場教員の方々が、道徳教育の四月以降の通達に基く実践事項について、いろいろ話し合いをなされた。そのときにはあなたの方で見られたところでは、大体全国的にこの通達は行き届いてやっておる、こういうような話であられたそうですけれども、現場の先生方が持ってきたのは、この道徳教育を実際にやりたいと思っても、時間設定の問題と全生活指導の中でやろうとするこの考え方の中で、週一時間の道徳教育の時間というものをどうするかという混乱もあり、実際のところやらなかったところが全国的に多かった。こういう意見を聞かれたときに、内藤さんは通達でできなければ、今度は法を改正してもこれをやるというようなことをおっしゃったようなことを聞いておるのですが、行政機関の立場からこういうお言葉を吐かれたのは、若干問題が残るのですが、内藤さん、この問題についていかがでしたか。

内藤誉三郎文部事務官(初等中等教育局長)

○内藤政府委員 たしか私、日教組の今村副委員長が日教組関係の地方の文化部の先生方四、五十人お連れになったことがあると思います。私がその機会に申し上げましたのは、そういう法改正をしてまでやるということは申し上げておりません。この点ははっきり申し上げておきますが、別に法改正をしなくても道徳教育は実施できるものでございます。  それから今お尋ねの道徳教育につきましては、文部省も全教育課程を通じてやるという従来の建前は変えていないわけです。この一時間の特設というのは、従来から教科外活動の中に生活指導の時間があるわけですが、この生活指導の時間をあてるということですから、新しい時間の規制にはならない。従来の生活指導は、生活の全体的なものを取り扱っておった、今度の道徳の時間では、これに年間計画を立てて、計画性を持たしてほしい、各教科との関連を十分とっていただきたい。各教科における道徳教育活動と、この特設時間の道徳教育の規制とは有機的な関連を持たないと効果が少いからという意味でございます。いま一つは、この道徳の時間について、生活指導の面はもちろんけっこうであるけれども、内面的な心情をつちかうようにしていただきたい。これによって道徳的教育に導くように、できるだけ読みもののようなものを使うのもけっこうだし、あるいはできるだけ教材を豊富に使って、内面的、道徳的心情をつちかい、道徳的な判断力を養成するように御工夫を願いたいということを申しました。別に今お尋ねのようなことを言うた覚えはございません。ただ文部省としては、たびたび私どもは国会でもこの点を明らかにしておりますが、四月はとりあえず実施通達でやります。しかし九月一日以降になりましたら、学校教育法施行規則の改正をいたしまして、道徳教育の指導要領を作って、全国的に実施する手はずになっております。これは私どもは前から国会でもたびたび言明しておりましたが、そのことを私は申したかどうか記憶にございませんけれども、法改正云々の点については全然ございませんから、御了承いただきたいと思います。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 今のお言葉を聞くと、そのようなことはないだろうというように考えられるわけでございまするけれども、そのような態度で教科指導内容というようなものを考えられていくという姿になりますと、非常にこれは問題になろうと思いますので、お聞きしたわけでございますけれども、内藤さんは、道徳というものはこれは教科ではないとすると、結局どのようにお考えになっているのですか。

内藤誉三郎文部事務官(初等中等教育局長)

○内藤政府委員 道徳というのは普通の教科ではない、こういう意味です。ですから、国語や算数、理科、そういう意味の教科ではございませんけれども、広い意味では教科にもなろうかと思います。いわゆる学習活動の一環でございまして、大体私どもは教育課程の内容として、普通の教科と道徳特別教育活動、あるいは学校教育というふうに分けております。ですから広い意味では教科と言えると思うのです。教科の定義次第で、教科というものが継続的な、計画的な学習活動というふうに定義いたしますれば、これは教科の範疇に入ると思います。ただ教育の免許状とか、あるいは教科書を使うとか、こういう狭い意味の教科に解すれば、これは普通の教科とは違う、こういう意味でございます。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 その広い意味、狭い意味ということになってくると、なかなかめんどうなのでございますが、そうすると、生活指導と関連した中での道徳教育ということになりますと、この一時間という時間設定は、特に道徳科というようなものではなく、ホーム・ルーム的なものであって、全生活の中におけるものを話し合って、お互いが整理をするというようなものであって、この中には一つの特定の道徳科というようなものでの指導する時間、そういう科目ではない、こういうお話でございますね。

内藤誉三郎文部事務官(初等中等教育局長)

○内藤政府委員 従来のホーム・ルームの時間は、断片的な話し合いが多かったわけです、生活指導といわれておるものは。今度の道徳の時間は、はっきりと指導目標を明示したわけです。小学校は三十六、中学校は二十一の指導目標を明示しました。これは指導目標もなしに道徳教育をやれといってもむずかしいと思うので、この場合全教科でやるにいたしましても、特設の時間でやるにしても、指導目標を明確にしていく必要がある、その指導目標の根本的な原則は、人間尊重の原理に立って、日常生活における行動様式、つまりしつけ様式からやっていこう、道徳的な判断力を養成しよう。第三に国家社会の一員としてりっぱな日本人を作っていく。こういうような三つの指導目標のもとに、小学校三十六、中学校二十一の具体的な指導目標が明示されておるわけです。従って、道徳教育の特設時間では、これらの指導目標を考慮しながら、先ほど申しましたように、生活指導に計画性を持たせる。同時に内面的な心情をつちかう、こういう意味でございまして、従来の生活指導とは異なった、さらにこれを改善充実していくという点が、違っておるわけでございます。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 道徳教育の問題で時間設定をするということが、今までは非常にむずかしい問題になっているわけです。生き生きとした子供の生活の現実的な現場の中から、その実践を通じて道徳というものは生まれてくるのだという観点の中で従来指導されて参りました。全教科、全生活の中においてのみ人間の道徳が生まれてくるのであって、押しつけや上からの命令的なもの、あるいは徳目的な羅列の中ではできないという建前できた。この今までの一つの道徳教育のあり方の中に一時間という時間設定をされたというこの問題ですが、今のお話で言いますと、この時間設定というのは一つの基準を持ったものであって、あえてこの時間が特定に道徳科とか、あるいは従来まであったような修身科というようなもので学校現場としては考えなくても、このことはよろしいのである、こういう内藤さんのお答えと私はお聞きしておるわけですが、御異議ございませんか。

内藤誉三郎文部事務官(初等中等教育局長)

○内藤政府委員 私どもは、従来の修身を復活しようとは毛頭考えておりません。このたびの目標なりその方法を見ていただきますれば、従来の修身科のにおいは全然ないと思いますので、内容につきましては、進歩的学者の宗像さんも賛成であると言っていらっしゃるくらいでございます。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 それでは指導要領の改正の問題でお聞きしたいのですけれども、道徳教育に入りましたが、この指導要領の改正は、従来までの指導要領というものは、文部省で出すものは一つの参考であり、指導助言の一つの方法であって、必ずこれによって教育を運営しなければならないというものではないということは、今まで長い間指導要領については文部省がつけ加えられた言葉であったわけです。どのような文書の中にもそういう言葉がつけ加えられてあって、教師の自由、自主、学校の独立というようなことを守ってきてくれた文部省の態度が、今回は国家的な基準というようなものの考え方を出してこられたわけでございますけれども、このことは教育の内容面から見ますと、非常に大きな変化になってくると私は考えますけれども、内藤さんのお考えでは、この文部省の出した国家基準といわれるような改正指導要領が末端に行きました場合には、必ず県教育委員会、地方教育委員会等もこれによってやらなければならないというような御指導を今後なさるつもりなのですか、どうですか。

内藤誉三郎文部事務官(初等中等教育局長)

○内藤政府委員 これは、学校教育法ができました昭和二十二年から、指導要領というものは教育課程の基準であることは明確になっております。学校教育法施行規則二十五条によりますと、「小学校の教育課程については、学習指導要領の基準による。」これはあくまでも国の基準でございまして、単なる参考案ではございません。この点は私どもも一貫しておるつもりでございます。この指導要領によりまして、教科書も検定を受けるわけでございますので、今お話のような単なる参考ではございません。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 そうすると、従来までの指導要領に対する現場の教師の考え方は、国家は基準としてそういうことはきめてある、しかし地域においてはいろいろ事情があり実態があるわけですから、年間計画とかその授業時間数とか、あるいは教科の按分というようなことについては、学校長を中心として、勤務評定のない明るい学校の中で、ほんとうに協同的に協力して、その中から生み出していく計画の中で子供を育てていけ、その中では、国家はこういう基準は作ってあるけれども、それに拘束されることはない、あくまでもそういう点については指導助言の立場でこれを見てもらうのであって、独立性を侵すものではないということを、今までたびたびの文書などにそういうことが載っておって、指導要領というものはそういうものであるという解釈をしておるわけですけれども、ただいまのお話でいいますと、国家の基準をきめた、この基準に従わないところはうまくないのだ、そこまでお考えになっているのだ、こういうお話ですか。

内藤誉三郎文部事務官(初等中等教育局長)

○内藤政府委員 この学習指導要領の基準性につきましては、従来もそうであったし、今もそれを変更している立場ではございません。ですから、基準という以上、これは守られなければならない基準でございます。しかし基の中にも幅がありまして、望ましい基準もあるだろうし、標準的な基準もあると思います。また最低限の基準もあろうと思います。ですから、その中身によりまして、ある場合には最低基準ということもありますし、指導要領の中にも望ましい基準もあるわけでございます。だからその場合、地域やあるいは学校の事情によってある程度のバラエティ、変化はあり得ると思います。しかしここに掲げられたことは、これは守っていただかなければならぬ、この考え方は昭和二十二年以来一貫してきた考え方でございます。

野口忠夫日本社会党

○野口委員 十二時半に休憩にいたしますから、その辺にとどめ、残余は留保して下さいということでございます。実は道徳教育及び教育課程のこの改正の問題につきましては、ここにおいでの文部委員会の委員の皆さんも、私がここでこの話をすることについて若干疑義を持たれるかと思いますけれども、本質的に言いますと、きょうの法律案の問題を検討するに当ってこの文教行政の中に行われているところのものが解明されない限り、こういう基本的なものにおいては、この法案の審議もできないという立場から、私はこのように今まで時間をとって参りましたが、十二時半までということでございますから、残余につきましては私自身これは留保して、追ってまたお聞きしたいと思うのですけれども、十月一ぱいというふうな話の中で、現場においては、日教組の方ではまた講習会をやる、文部省の方でもまた講習会をやる、その中で、とにかく五十万の教師というものがやる仕事と、文部省のやる仕事が常に対立していくというようなこのあり方を、少くとも私ども文教委員として、日本の文教政策を考えなければならない立場の者としては、これはあえて自民党、社会党ではないと思うわけでございます。教育の問題は、少くとも現場の先生方が子供の仕合せをほんとうに作っていける。そういう立場の中に文教委員の立場があろうと思いますので、今後この問題についてはさらに御質問申し上げたいと思うわけでございますが、以上で質問を終っておきます。

坂田道太自由民主党

○坂田委員長 午前の会議はこの程度とし、午後一時三十分より再開することとして、休憩いたします。     午後零時二十五分休憩      ————◇—————     午後一時四十九分開議

坂田道太自由民主党

○坂田委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。辻原弘市君。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 大臣にお伺いをいたしますが、出されておりまする専科大学の構想を見ますると非常に疑問な点がたくさんあるわけであります。法案の内容よりもむしろ私はこの法案が今日こうして提出されてきたという経緯について、いろいろな問題があるように思います。従いましてそれらの点について最初にお伺いをいたしまして、個々の問題はまたいずれ機会を改めて後刻の審議の際にお尋ねをいたしたいと思います。  端的に伺いますが、新しい一つの大学制度を作る、これは大学制度のみならず、学制に関する改革をやるということが教育上非常に重要な問題であることは申すまでもありません。その重要なことを今回この学校教育法の改正ということでやろうというのであります。ところが、そのやろうとしていることは、主として、これは大臣があるいはまた緒方さんが答弁の中で、短期大学の欠陥を是正するために審議会の議を経て短期大学の構想とい形で作るのだ、こうおっしゃっているわけであります。これは私のみならずだれもがそうであろうと思いますが、一元化せられておる学制の体系の中では、一部分をさわりましてもこれは全体に影響を及ぼすのであります。そういう観点から考えてみますと、なぜ今その小部分についてのみの検討から学制についての変革を加えられようとしておるか、この点を私は非常に大きな疑問といたしておるのであります。何がゆえに短期大学だけの部分を取り出して、そうして従来とは違った学制というものをここに持ってこられたのか。この点をまず大臣から伺っておきたいわけであります。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 現在の学制も実施以来相当な期間を経過いたしたわけでございます。いわゆる六・三・三・四の教育体系というものでやって参りましたわけでございますが、この学制の基本につきましては、私どもこれをどうしようというような考え方をいたしておるわけではございません。ただ実施の状況に照らしまして、社会の実情あるいは教育界の実情というものを検討いたしました結果、必要がある点についてはこれを改善して参りたい、こういうような考え方をいたしておるわけでございます。  今回の専科大学の構想につきましては、従来の学制の中にありましたところの短期大学の再検討というようなところから出発いたしまして、かような部分的な修正をすることがむしろ必要でもあるし、また適当ではないか、こういう考え方のもとにやっておる次第でございますので、さように御了承願いたいと思います。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 この専科大学というのは、従来の大学とはどう違うのか。言葉の上では大学あるいは専科大学、こういうふうに違っておるのでありますが、従来の大学の範疇に入るものであるか、ないしは従来の大学とは異なった形態のもとに作ろうとする学制であるのか。この点は私もずっと今までの質問、それから提案の理由を調べてみましたが、判然といたしませんし、これはこの問題が表に出ましてからのいろんな議論の中でも、非常にはっきりとした見解は持っておられないようであります。そこで私は後刻、この法案についての詳細を検討する場合、前提となるべき規定が明確でありませんと審議も差しつかえますから、抽象的でなしに、はっきり一つ結論づけてもらいたいと思います。あなた方が出された場合の考え方について、一体従来の大学との関係はどうなるのか、この点明確に一つお答えを願いたい。

緒方信一文部事務官(大学学術局長)

○緒方政府委員 このたびの専科大学制度でございますが、まず第一に学校教育法の第一条に掲げました学校の種類の中に、一つ新たな「専科大学」という学校の種類を設けたわけでございます。その内容、目的、性格につきましては、新たに条文を設けましてさらに規定しておるわけであります。「第五章大学」という章があります。その第五章の中の内容を「大学及び専科大学」という規定にいたしまして、そこに第二節を設けました。そこに「専科大学」という規定をいたしたわけであります。専科大学の目的につきましては、新しい条文の第七十条の二に規定をいたしておるわけであります。これを読み上げますと、「専科大学は、深く専門の学芸を教授研究し、必要があるときはあわせて高等学校に準ずる教育を施し、職業又は実際生活に必要な能力を育成することを目的とする。」こういうように規定いたしておるわけであります。これは明らかに従来大学の目的を規定いたしております第五十二条と書き分けておるわけでございまして、目的をはっきり職業教育あるいは実際教育を目的とする学校であるということを明確にいたした次第でございます。  ただしかし、大学との関係はどうかというお話でございますが、五十二条の大学とは、今申し上げましたように、異なるものを新設しようというわけでございますけれども、高等学校を卒業して、その上の教育を施す、いわゆる高等教育機関としては同じ範疇に入る。しかし高等教育機関の中で五十二条の大学とは別に七十条にも専科大学を置くということでございます。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 ややはっきりいたしました。こう了解してよろしいかどうか、もう一ぺんお尋ねをいたしたいと思います。今のお話によると、従来五十二条で規定しておる一般大学とは別に新しく専科大学というものを制度として設ける、こういう趣旨ですね。そういたしますと、今までというよりも現在あります短期大学の場合は、しばしばいわれておりますように、就業年限の差こそあれ、やはり一般の大学であります。従って短期大学が新設せられるというようなことは、これは何ら別個な学制が生まれるというふうには理解もしていないし、そうでもなかろうと思う。ところがここで設ける専科大学というものは、それとはまた全然別な新しい一つの学制、今あなたの表現によれば、高等教育をする新しい学制をここで作ろう、こういうことだと思います。とするなれば、これはただ単に先ほど大臣が答えられた部分的修正というのじゃなしに、やはり根本的な学制の改革であると私は思う。範囲は短期大学及び高等教育に関する学制の部分でありますけれども、やっていることは学制の改革であると考えざるを得ないのであります。とするなれば、当然文部当局としてやるべきことは、少くとも戦後実施された六・三・三・四制の学制というものは、これはそれぞれ一貫性を持った教育系統、学制制度である、こういうようにわれわれは理解をしておるのでありますが、その一貫性を持った系統のある学制制度のその部分を変革せしめるということは、かなり全般的に大きな影響を及ぼす。たとえば直接には大学との関係が起きましょう。あるいは高等学校の関係が起きましょう。こういう点について万般の検討を終て、そうして全体を通じての学制の中で、このたびは新しくこういうような一つの高等教育機関を学制として採用するということであるならば、これは周到な準備のもとに、しかも全体を通じての学制の中で相互関連性を持っての改革だ、こう言えるのでありますけれども、ただ部分的にこれをさわって、そして従来と違った学制制度を設けようということは、若干私は慎重さを欠くのである、こういうふうに考えるのでありますがその点について一体どういうふうにお考えになるか、これを承わっておきたいと思います。

緒方信一文部事務官(大学学術局長)

○緒方政府委員 六・三・三・四のこの一本の系統については、これを変革しようというわけじゃございません。先ほど大臣からもお答えがありましたように、私どもはこの学校制度の部分的な修正をここでいたそうというふうに考えるわけでございます。今お話のように、この改正によりまして大学との関係あるいは高等学校の関係等、いろいろ影響が出て参ります。その点につきましては、私ども十分慎重な検討をいたしたつもりでございます。そもそもこの問題が起りましたのは、申し上げるまでもなく、新しい大学制度が発足しました際に、御承知のように旧制高等が大学に昇格した。しかしその際に、いろいろな事情で、内容の不十分だというような事情もありましたが、大学に切りかえの困難な学校が実際相当出てきた。それをどう扱うかということで、いろいろそのとき検討が行われましたが、とりあえず四年制大学の修業年限の特例を設けて、そして二年または三年という修業年限について、いわば大学のワクの内でございますけれども、修業年限の特例を設けて、短期大学というものを発足さしたわけでございます。これは特例あるいは暫定的な制度ではございますけれども、その後相当な年数がたちまして、短期大学も相当数できておりまして、六・三・三・四の制度のほかに、大学のところで四年制のほかに二年制の学校というものが実態としてはできておる。ただこの内容につきましていろいろ批判もあり、教育内容が不十分だということもございまして、これを何とか改善をしたいということから論議が行われました。また短期大学の当事者からは、この際この制度を恒久的な制度にしてもらいたいという要求が出て参ったわけでございます。こういう諸般の事情からいたしまして、文部省としましてはこの問題を取り上げまして、中教審に諮問をいたしたわけでございます。中教審におきましては、第一回は必ずしも直接この問題を扱ったわけじゃございませんが、大学の入学難の問題につきまして検討しました際に、昭和二十九年の十一月でございましたか、答申が出まして、短期大学を改善して、これを恒久制度にして内容を充実しましたならば、今四年制大学に集中している入学志願者を分散することができる、相当数をならすことができる、入学難を緩和するであろうという観点から、この短期大学の改善案が答申されたわけでございます。それに続きまして、なお慎重を期しますために、文部省としましては昭和三十年の十月に諮問をいたしまして、約一年以上かかりまして、翌年の十二月に中教審から答申が出て参ったのであります。かようにいたしまして中教審におきましても二回にわたって慎重な検討が行われ、そして最後にこの答申としまして、相当詳細な意見が出て参りましたので、これを文部省はとりまして、さらにはその後これを基礎にいたしまして検討いたしましたが、これを中心にいたしまして、このたびの改正案を考えたわけでございます。改正案の内容は、大体この答申に沿っておるわけであります。かようにいたしまして相当長い間かかりまして、諸般の事情も勘案いたしまして、慎重に検討してこの制度を考えたということでございます。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 私はこう思うのです。先ほども言いましたように、学制の改革ということはきわめて重要な問題でありますので、これをしばしば改めるようなことは、結局角をためて牛を殺すというか、それが善意なものであったといたしましても、もちろん悪意に基いて学制を改革する意図はなかろうと思いますが、何がしかの特別な目的をもって、極端に申せば戦時中における一つの学制の改革、これはやはり戦争遂行という一つの目的のもとに学制制度が改革されておるのであります。かりにそういうような目的をもっていたす場合があっても、その目的にそぐわないような結果がしばしば起きておるわけです。科学技術教育をやろうとして学制の改革をやったが、その混乱のためにその実が上らなかった、こういうことは過去の学制改革の中にもあった。戦後の学制の改革においては、民主教育というものを打ち立てるために諸般の改革が行われた。しかしそれとて一朝一夕に実績が上ってきたわけではないのである。それがだんだん根をはやして、あの学制が固まるにつれて実績が上ったのです。これはあなた方の最近の学力テスト、それからわれわれが常識的に最近の高等学校の卒業生あるいは大学の卒業生をながめてみた場合においても、そういう感を深く抱きます。それは戦後の混乱で戦争の末期に物心ついた子供が成年に達して、そのまま社会にほうり出されておった当時の子供たちの一つの動向というもの、それから戦後十三年の教育を身につけて出てきた最近の青少年の一つの考え方というものには、かなり大きな教育の成果というものがうかがえるのです。そういう意味からいって、学制の改革というものはみだりに行うものではないと自分で考えております。それだから、ただ単に従来あるものについてそれを補備、補強しようという考え方に基く場合は、これはそれぞれある期間を経過いたしましたならば再検討を加えて、そして足らざるものを補っていくということは私はけっこうであると思いますが、しかし従来ないものを新しく創設したり、従来あるものを廃止したりするという根本に触れる改革の場合は、より慎重を期さなければならないということです。それだから、やる必要があるなれば、全般的なそういう世論を徴することももちろん必要でありましょうし、また学制全体を通じての検討を加えた後にしかるべき結論を、これは十分なる期間とそれからあらゆる方法を尽しての究研、検討を行なった結果でなければ私はいけないと思います。しかし今回は高等教育の一部分たりとはいえ、新しいものを作るという根本に触れる改革であるだけに、われわれとしてもあらかじめそういう意見を申し上げざるを得ないわけであります。しばしばこれは大臣、それから局長の方から答弁せられておるように、六・三・三・四というこの学制には触れるものではございません。それには触れないで、これは短期大学の問題からどうしても解決しなければならぬ学制の改革ですと、こうお答えになっておられるのでありますが、まあそのことをわれわれは信頼すればいいのでありますが、最近の文教行政を見ますると、どうも、この委員会において発言せられ、また方針として明示せられたことが、しばしば変革されることが常例になっておる傾向からいって、私はまたぞろ次に学制についてのそういうかなりの改革が行われるのじゃないかということを予感する。従いまして、この機会に、その点をもわれわれは明確にしておかなければならぬ。ただ今お話しのように、この短期大学の問題は、前回の一大学制改革の際に取り残された問題であるから、それをこの際に、法律に従って明確にするのだ、こういう御趣旨だけのものであるか、さらにそれを発展をさせて、その他の学制の改革についても、あるいは近い将来において検討されるような、そういう一つの考え方を持っておられるかどうか、その点も明瞭にしておいていただきたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 辻原君も仰せになりましたように、学制の問題はきわめて重要な問題でございますので、みだりにこれを変更するというようなことは、よほど考えなければならぬことは、これは当然のことであります。私もその意味におきましては、全く同じような考え方をいたしておるのであります。むしろ現在の六・三・三・四の学制というものを、やはり今後の日本の教育制度の支柱として維持して参りたいと思っております。創設以来十余年を経過いたしたわけでございますが、まだ現在の六・三・三・四の学制の上におきましても、あるいはさらに充実するとかいうふうないろいろな問題が残されておると思うのであります。この制度がむしろ基本の原則としてすみやかに安定することを私は望んでおるような心持でございます。  今回のこの専科大学の問題は、従来の制度の中で、いわば安定を欠いております短期大学というものをどうするかというところから出発いたしまして、こういうような恒久的な制度として、一つ考えたわけでございます。全体的に申しまして、私は今日の教育制度の安定をこそ考えますけれども、これをいつまでも不安定な、いつかあるか知れないというような状態には置きたくない、かような考えで事態に対処して参りたいと思っておる次第であります。もちろん社会も変ってくるわけでございます。社会の需要というふうなものも変って参りますから、特殊の問題については特殊の考慮を払わなくてはならぬというようなこともあろうかと考えますけれども、基本的には私は現行制度を安定せしめる方向に向って進んで参りたいと考えております。

加藤精三自由民主党

○加藤(精)委員 関連して。一言だけ……。

坂田道太自由民主党

○坂田委員長 では加藤君。なるべく簡単に願います。

加藤精三自由民主党

○加藤(精)委員 非常に簡単でありますが、御当局の答弁について、一般の形の専科大学につきましては、これは六・三制の例外でないように思いますけれども、高等学校に属する部分を専科大学の中で教授します場合に、高等学校は完成教育の課程でございますけれども、専科大学の前期は進学課程になるように思います。若干の教育制度の修正というか、例外を認めたということになるのじゃないかというので、その点は私良心的に考えまして、そういうふうなことになるのじゃないかというふうなことに考えるのであります。それがまたそれ自身いいことなんじゃないかということを考える。で、辻原さんにもお考えいただきたいので関連質問に立たせていただいたのですが、現在のわが国の学校教育では、どうも私たちが学生であった当時からそうでありますが、学校卒業の資格をとればいいのだ、それで甘んずるというような風潮があって、ほんとうに真剣に学芸や技術に徹するという真剣さが足りないというところがあるのじゃないか。私最近職業訓練所というものを、——労働省所管でございますが、見ておると、実に真剣なんです。それでこれを引き受ける。私が見たのは木工でしたけれども、木工業者の方なんかは非常に喜んでおりますが、工業高等学校の卒業生はむしろ普通高等学校の卒業生と大した差がないから、月給もあまり違えないでとっておるのだというようなところもあるようです。これは、普通高等学校の卒業生と実業高等学校の卒業生とを同等に扱うというところは、私たちが文部省に奉職していた時分からもあったのです。現在、ある視察団が府県知事会から行って視察しましたときも、同じことを言っておる工場長があったということを言うておる。そういうことを見ましても、学校教育というのは、わが国においては、とかく資格を得て、人生のアクセサリーにする、それからまた就職の条件にするというような傾向があるような、その時弊をついて、高等学校時代から、本気に大学の課程、専科大学の課程と一緒に、真剣に役に立つ教育をするのだというふうな新生面を開拓すべく、従来の六・三・三・四制に若干の修正を加える、例外を認める、非常にまれな小部分ではあるけれども、単線型に対して、若干の複線型を認める、こういう意味に理解した方がいいんじゃないかと思いますので、先ほどの緒方局長の御答弁に対して、さらに質問を申し上げるし、同僚辻原さんにも、その方がむしろよくないか、マルクス・レーニンの主義がございますけれども、それは教条主義といって、一歩もそれからはずれてはいかぬということでやっておるように見せかけて、小泉信三先生等に言わせれば、決してそれはマルクス・レーニン主義でやっておるのではないので、ソ連のやり方はむちゃくちゃにそれに修正を加え、例外を加えておるのだというのと同じように、辻原先生の御質問の趣旨を、そういうふうな感想でもって、辻原先生の御意見を聞いておったのでございますので、一緒に研究していただければありがたいと思います。その点だけ、ちょっと大学学術局長にお尋ねしたいと思います。

緒方信一文部事務官(大学学術局長)

○緒方政府委員 先ほどお答え申しました趣旨は、今六・三・三・四、こういうふうに学校制度は積み重ねられておりますが、この一本の制度について、これを変えようとするのではないということを申し上げたつもりでございます。確かにそれは、そのわきにと申しますか、専科大学制度というものを作るということにおきましては、従来の学校制度を変えるということでございます。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 大臣の答弁は、明確に六・三・三・四制というものを従来とも堅持して、補強することはあり得ても、これを変革することはないという答弁でありました。しかし今までの私なりわれわれ社会党としての質問でありましたならば、それでまことにお説ごもっともでございますけれども、しかし私は最近の文教行政の一つの傾向からいたしまして、それだけではどうも合点のいかぬことがたびたびあるのであります。と申しますのは、現在やっている学制、その基本となるいわゆる民主教育というようなものは、ただ小学校が六年、中学、高等学校が三年、大学が四年、こういうような形式的なものでもって、それが学制のすべての精神を具現しているとは解されないようになってきた。従って一方、やはり大臣がおっしゃる六・三・三・四制については、これを堅持していくんだということでありましたならば、少くともそれらの中身についての見解を、私は明瞭にしていただく必要があるかと思うのです。また今日とっておる六・三・三・四制という学年進行の一つの考え方というものも、それぞれに非常に深い意味を持っておると私は思う大学にはおしなべて四年制度をとったところにも、これは蛇足かもわかりませんけれども、少くとも教育の機会均等と、国民全般のいわゆる教養を高めていくというそのことを、この大学教育の中において具現をしていく、あるいは中学校を三年にし、高等学校を四年にして、義務制と高等学校教育との関進性、つながりを持たしたところにも、一般大多数の国民の教育水準をレベル・アップしようと考えた苦心の学制であったと私は思う。そういう点から考えてみましたならば、先ほどの話に戻りますけれども、名実ともに今日の六・三・三・四制のこの体系とその精神というものは、今もって守ってもらわなければならぬ。さらに中身の点に至りますると、学制を裏づけるものは、一つは教育行政があるでありましょう、それから教育財政があるでありましょう。もう一つ大切なことは、教育の内容であろうかと思います。もちろんただいまは大学の問題について論じておりますので、直接の関連はございませんけれども、しかし六・三・三・四制というこの学制を考えた場合には、やはり義務教育から大学教育までの一貫した精神というものをわれわれは強調せざるを得ない。ところが最近特にこの義務教育の面におけるいわゆる教育の内容等の傾向、あるいは教育行政の傾向というものは、私どもの受け取る印象といたしましては、六・三制度を堅持するという大臣の見解なり、あるいは文部当局の方針に沿っているものであるか。何かその間に大きなギャップが生じてきているのじゃないかということを考えざるを得ないのであります。けさほど来同僚の一委員から指摘をされました今回の教科課程の改変の問題なども、私は非常に重要な問題であると思う。従って大臣のお話なり文部当局の見解は、形は六・三・三・四制をとっていく、しかしながら中身においては、徐々に戦後の基本的な民主教育の方向とは違ったものを今日どこかで考え、そして国民に対して刺激の強くない程度においてやっている、こういうことを私は心配をするのでありますが、そういう憂いが杞憂にすぎないと大臣はとられるかどうか、この点を一ぺん伺いたい。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 私は今のお言葉を拝借して申せば、それは全く杞憂であるとお答え申し上げたいと思うのであります。われわれが今日までやって参りましたことについていろいろ御批判もございましょうが、私どもは、憲法なり教育基本法、あるいは学校教育法に規定しておりますような、小学校、中学校、高等学校、大学、そういうふうな各教育の目的、これに反したことをやっているとはいささかも思っておらぬし、学習指導要領の改訂等につきましても、現在のものよりももっとよくしたい、こういうようなつもりで努力して参ったのであります。基本の精神をこれによって変えるとかいうふうな考え方のもとに仕事をして参ったつもりはございません。なお一つよく内容等につきましても御検討いただきたいと存じますが、気持はそういうことでやっておるつもりでございます。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 この問題は、これは言葉の表現ではなくて、文部当局がやっておる個々の事象について、それを総合した結果の結論を見なければならないと思います。従って短時間のやりとりでそういうことが明瞭になろうとは私も思いませんが、少くとも私は、ここ数年来の歩みの中に、非常にそういった内容的な取りくずしというものを感ずるわけであります。教科課程の問題も、これはけさほどの内藤局長の言葉をかりて表現をするならば、従来のものよりも内容を簡素化して、そうして国家が一つの最低基準を与えるための改訂である、こういうふうに言っているわけでありますけれども、しかしそれは一つの表現であって、今までこの学習指導要領が、昭和二十三年でありましたか、それから二十六年に改訂せられ、あるいは三十年の社会科の改訂等、その当時の改訂と今回の改訂の方向を見ただけでも、非常に違っておるということを感ずる。私ども、戦後学習指導要領というものが出ました当時、あるいは戦後の一つの教育として文部省が指導したものがずいぶん今でも残っておりますが、そういうものを引き出してきてみましても、教科書といい、あるいは文部省が出した学習指導要領といい、いずれもが学校における教師それ自体の教育実践の参考資料である、手引きである、こういうふうに述べておる。ところが今回の改訂に至っては、それが明らかに国家の基準として、この基準に即応して教育は行うべきであるというふうに変革されてきておる。また道徳教育についてもしかりであると思います。道徳教育にいたしましても、従来道徳教育という言葉はもちろん強調されておりませんが、学校における生活の指導、しかもこれはあらゆる機会に文部省のあらゆる指導方針として、生活に即応して、そうしてそれぞれの体験を通じて社会人としての資質を高揚させ、付与させるという、この教育基本法の目的具現のために実践しなければならぬということを強調してきておるのに、今回の道徳の指導指針というものはそうではないのであります。もちろんそのことも言っておりますけれども、それよりも、道徳というものは、一つの場所、特別の時間の中でこれを行う、従来非常に排撃してきた方法を今回はこれを強く採用することを迫っている。ここにも私は大きな変化が認められると思う。そういった一つの教育内容を実践するために——まああるいは大臣なり文部省の方々から見れば、ひがんだものの言い方だと評されるかもわからぬが、そういうことを実践するために、万般の教育行政の変革をやったのだ、教育行政の改変を行なったのだ、こう見る向きも今日の国民の中には数多いのであります。教育委員会の公選から任命への切りかえ、あるいは文部省の指導監督権の強化等は、これはいずれも国が教育をやるのだ、国という権力機構、これが直接に教育をやるのだという、この中央集権的な教育方式を、さらに国が考える教育内容を、容易に実践するために取り行なった教育行政の変革だ、こういうふうにとれるわけです。ですから、話を本論へ引き戻しますけれども、ただ単に大臣が六・三・三・四というこの制度は堅持するのだとおっしゃいましても、われわれはそれで、戦後打ち立てられた民主教育の本筋というものが、絶対にゆがめられずに今後も継続し、その方針に沿って教育が推進されるというふうには簡単に考えられない。私はこれは考え方によっては非常に日本の教育、あるいは日本の教育行政ということにとっては悲しむべきことだと思う。文部省の方針が今日すなおに国民に受け取られない、教育を実践している教育者にすなおに受け取られない、こういうことはまことに私は悲しむべき現象だと思う。大臣は、それは理解をしない者が悪い。私も一つ遠慮なしにものを言わしてもらいますと、大臣は従来のこの委員会におけるいろいろ同僚委員の質問等にお答えになったのは、言葉は丁寧でありますけれども、考え方は、それは理解をしない者が悪いのだ法をみだるのはけしからぬのだ——もちろんおっしゃっている言葉にはそつがないかもしれません、誤まりはないかもしれませんけれども、受け取る感じ、まあ総合した、灘尾さんがどういうことを腹の中で考えられておるのか、どういうことを文部省がこれからやろうとしておるのかということをいろいろ判断したときには、どうもそういった、ともかく言うことを聞かない者は悪いのだ、こういうふうにきめつけておられるように私は考える。そういった文教行政の一つの根本的なあり方について、今日国民の多くも考えておるのでありましょう、何とかならぬものか、私もその一人でありますが、ほんとうにあなた方の真意というもの、大臣の所信というものが、すなおに受け取れるような、そういう文教行政のあり方をどうして作っていくか、どうすれば作れるか、この点について大臣の所見を一つ承わっておきたい。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 なかなかむずかしい御質問でございますが、願わくは率直に私も申し上げるのでありますから、語弊があるかもしれませんけれども、一つ色めがねとかなんとかいうものはかけないで見ていただきたいと実は思っておるわけであります。今回の学習指導要領の改訂でありますとか、あるいは道徳教育の時間を特設した、こういうふうな問題について、非常に危惧の念を持っておられるというふうなお話でございますけれども、これらも一つ、これも言葉は悪いかもしれませんけれども、すらっと聞いていただきたい。何かほかの、ひがみといっちゃ失礼でありますけれども、そういうふうなことではなくて、すらっと一つ御検討願い、また聞いていただきたい。私の気持からいえば、そういう気持がいたすのであります。何か言うことを聞かなければそれは悪いんだというようなお言葉もございましたが、さような気持はさらさらございません。ただ受け取るときにはすなおな気持で一つ聞いていただきたい、こういうことを私はお願い申したいと思います。  学習指導要領の基準の問題につきましては、けさほどもお話がありましたわけでありますが、私は内藤局長のお答えしました通りだと考えておる次第でございます。特に今回新しく国家基準というふうなことでやっていくとかというふうなことじゃない、性格的には従来も今度も変りはない、こういうふうに私どもは考えておる次第であります。ただ、その内容を整理したり、あるいは内容を改善したり、あるいは充実したいというふうな心持でやっておるものとお受け取りを願いたいと思うのでございます。道徳教育の問題につきましても、一時間の時間を設けたということは、これは私はいわば方法論の問題にすぎぬじゃないか、こういうふうに思うのであります。道徳教育は学校教育すべてを通じてやってもらわなければならぬということは、これはもう申すまでもないことであります。従来もそうであったし、今後もその点において何も変りはないわけでありますが、この道徳教育の効果をさらに一そう高めるのにはどうしたらいいか、こういう観点からいろいろ御検討を専門家の方にもお願いいたしまして、その結果が時間を一時間作った方がいいじゃないか、こういうことで、この道徳教育の時間特設という問題が実施に移されたわけであります。その必要がなければ、何も変える必要もなかったと申し上げてもよろしいような性質の問題ではないかと私は思うのであります。目的は、どこまでも学校教育における教育の効果を高めていくということに主眼を置いて、いろいろ工夫して参りましたつもりでおります。教育の基本の精神から申しまして、もちろん廃止するつもりもございませんし、一そう日本の教育というものを充実して参りたい、よくして参りたい、こういう念願からものを考えておる、かように御承知を願いたいと思うのであります。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 すらっと大臣の意見を聞いてもらいたい、決していたけだかになって文教の行政をやっているんじゃない、こういうお話でございます。私も務めてそういうふうに聞きたい、そういうふうに受け取りたいと実は努力をいたしておるのであります。ところが私より以上に、やはりそういう点について懸念をしている最近の世論、これに深い注目をしなければならぬと私は思います。たとえばこの間サンデー毎日を読んでおりますと、特に勤務評定の問題、ともかく日教組が実力行動をやる、そうすると文部大臣が声明を発表する、警察権が出動いたしましてそれを制止する、あげくの果てには地公法何条やらの違反だということで逮捕する、さらに逮捕をされれば、これに対して、弾圧を排除するということで、次の統一闘争が組まれる、こういった今日の教育行政について、私は一つおもしろい表現を見たのであります。「サンデー毎日」はこういうふうに書いておる。これは大臣が今ここでお述べになられましたようなことが、すらっと私の方に受けとられていない、世論に受けとられていないというけれども、少くとも正確な報道をなし、国民に対する啓蒙をはかる任務にある日本の報道機関などにおいても、そういうふうには受けとられていないところに問題があると思います。これは私が受けとるとか受けとらぬとかいう問題ではなしに……。「サンデー毎日」の一文の中に詳しく曰く、「このようにみると、自民党・政府と日教組の関係は、ネコと、ネコに見すえられたネズミに似ているという感じをいだく。「窮鼠、かえって猫をかむ」ネズミがネコをかむのは、間違いなく暴力であるが、その前にネズミは、こわいネコに見すえられているのだ。九月十五日、ストに入った日教組はネズミである。けれども、自民党・政府というネコが、十四日には話しあいを拒否し、日教組を見すえていたのである。「教育は愛であり、話しあいである」——こういう理想を、私たちは美辞麗句に終らせたくない。」こう「サンデー毎日」の一文に書いておりますが、私は今日の国民の大多数の受けとり方が、少くとも当事者の立場を離れた場合に、こういうような感を抱いている人が多いと思う。しかりとするならば、文部大臣として何か国民に安堵感を与え、信頼感を与え、また教育者にも、今日より以上に教育行政あるいは教育方針というものに信頼感を寄せさせるための大らかな気持がなくてはならぬと思う。そういった点から、たとえば勤評の問題にいたしましても、半歩、一歩文部省が譲ったという感じがありましょうとも、長い教育の一つの問題から申したならば、それは面子の問題でもなければ、そうしたことはささたる問題であると思います。私がここまで申し上げると、次の大臣の御答弁は、しかしながら法律にあるからこれは守らなければならぬのだというふうにおっしゃるのでありますけれども、少くともそこの議論から——私も立法にあずかる一員であります。法律を乱ることを慫慂するのでもなければ、また法治国である国民の立場、そういうものを忘れて議論をいたしているのではありません。それ以上に深刻な教育行政に対する不信感が横たわって、法律を守れとおっしゃるその議論の中に、守らせ得るような一つの制度を文部省が今日まで作っておらなかったという点を、私はやはり深刻に考えてもらわなければならぬと思います。文部大臣はたびたび繰り返しておりまするけれども、何か一つ灘尾さん個人として、人間味に富んだ今日のいろいろな文教問題に対する解決に挺身していこう、考えていこうというような心情を一つ吐露していただきたいと思うのであります。お互いやっているのはみな人間であります。人間の心情がそれぞれ伝わりましたならば、ささたる言葉の表現にとらわれないで、物事は解決していくと思う。だから私も片言半句のそういう表現にとらわれません。だからそういう点について文部大臣の新たなる見解というものがここらあたりで出ないものかどうか、ひそかに期待している一人であります。重要な文教行政の六・三・三・四制の根本に触れて、専科大学の問題とも関連がありますので、一つお答えを願いたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 私は現在の教育界の状況というものは、まことに遺憾な事態であると存じます。すみやかにこういう事態が解消いたしまして、お互いに次の日本を背負う者を教育するということにおいては、共通の目的をもって互いに協力していく、こういうような姿になるべく早くなることを望んでおるものであります。決して私の個人的なものの考え方を押し通すとか、強行するとかいうようなつもりは持っておらないのでありますが、今も辻原君からいろいろ御忠告がございましたが、今日の事態についての御判断を願う場合に、なるほど文部当局に対する御注文もございましょう、また御批判もございましょう。しかし同時に教職員組合の活動の状況なり運動の状況についてもよく一つごらんをいただきたいと私は思うのであります。また勤務評定という問題を一つとらえて考えました場合に、一体私はああいうような激烈な争いになるべきはずのものじゃない、こういうふうにさえ思うのであります。この問題につきましても、一体どちらが立場として正しい立場を持っておるのかというふうな点についても、私はよく判断していただきたいと思うのであります。お互いに今日のような状況を一場の悪夢として考えるという時期がすみやかに来ることを私は望むものでありますけれども、世間の私に対する、先ほどおあげになりました週刊雑誌等の批評の中にも、今度は私が読みましてすなおに受け取れないものもずいぶんあるように思うのであります。もっと公正な立場で御批判を願いたいとつくづく思う場合もしばしばあるのであります。これはその人その人のものの考え方によっていろいろ御批判も違ってくると思いますけれども、それらの点につきましては、皆さん方にもぜひ両方の言っておること、やっておることについて、公平にお考えを願って、その上で御批評をいただきたい、私はさように思うのであります。  今の勤務評定の問題のごときは、問題それ自体としましては教育行政のほんの一部分の問題でございます。ただその勤務評定に対する私の態度だけをごらんになって、全体を推されるということはどうであろうかと思います。あの問題に限って申し上げますれば、私はいろいろ御批評もございましょうとも、行政の筋道を通していく、教育界の秩序を確立していくという考えのもとに努力をしておる次第でございます。どうかそういう意味合いに御解釈を願って御協力をいただきたい、かように考えておるような次第でございます。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 えてして人間というものは、私どもも最もその雄なるものの一人でありますが、なかなか自分のやっておることというものは身びいきするものであります。また自分というものはなかなかわかりません。従って大臣が今報道機関あるいはそういった週刊雑誌あるいはその他の雑誌などに批評を加えられておることに、どうも合点がいかぬ、こうおっしゃる気持もわからないわけではありませんけれども、しかしながら私は、そこにやはり今自分がどういう世論の中に立たされておるかということを皮膚で感じる感じ方が、微弱ではないかと思うのです。これははなはだ失礼な言い分でありますけれども……。私なども努めて客観的な立場で、いろいろなものをながめてみたいという努力をいたしております。特に今日の教育問題の中で、勤評が中心になって、一つの象徴された形になってきております。事はお話のごとく教育行政の一端かもわかりませんけれども、しかし今日ここまで問題が持ち上ってきました現状においては、もはやささたる教育行政の一つだというふうにだけ考えるわけにはいかぬ。ですから、先ほど私が御披露申し上げましたような、ネコとネズミの論争ではないか、こういうような批評が私は起ってくると思う。だからやはりそこに一歩下って、世論をじかに皮膚で一つ聞いてみようというお気持が、今日文教行政にとって何よりも必要ではないかと痛感するのです。ですから、学制の改革を、今日短期大学構想においてやられようとするときにおいても、これが大臣のおっしゃるように、やはりすらっと国民の中にあなた方のお気持が受け取られるためにも、こういう重要な問題は、ただ権限あるいは権力というか、あるいは持っていらっしゃる種々なる法的措置ばかりにまかして、それで足れりというこのことには、私はいささか同意がいきかねるのであります。たとえば、一つの問題の解決の具体策として、これはきらいな人もあるようでありまするが、少くともわが国の有力な大学の学長などが、この問題について一つ話し合いの場を作ってみたらどうかという提言をなされておる。少くともこれらの方々は今日良識を持っておられる方々に違いない。何もそういった大学の教授という方々の権威を云々するのではありませんけれども、こういうような、一つの社会の良識というか、社会の人々の意見を代表されるような意見については、謙虚に聞き入れられてやられるということが、私は必要ではなかったかと思います。今からでも私はそういう点についての行動はおそくはないと思う。従来の大臣のお話によりますると、それらについては一顧も与えない、こういうようなお態度でありまするが、思い切って一つ一歩そういう点に踏み出していただいて、そうして問題を解決するということになりまするならば、今後の日本の文教行政は、立場の相違、あるいは意見の相違、見解の違い、これらはありましても、あのような紛糾の事態というものは私は起らないだろうと思います。そういう意味からも、当面しているそういった諸問題にまず解決の道を開く、しかる後に異なる意見等も十分聴取して、そうして諸般の必要があるなれば、改革、改善、こういうことに着手をせられていくというのがものの順序ではなかろうかと私は思う。いま一度大臣に、教授等のあっせんがあるならば、あるいはなくても、一つ文部大臣と積極的に話し合いの場として審議会等の構想を検討する余地がないかどうか、この点を一つ伺っておきたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 世論を尊重するということは、もちろんその通りだと思います。私の心がまえとしましても、多数の方の意見に耳を傾けるということは十分注意しなければならぬことだと考えております。従来不十分でありますれば、今後さらにそういう点については御忠告にも従うという心持を持っておる次第でありますが、話が勤務評定の話になっておりますので、その現実に起っております勤務評定に関する問題の処理という事柄として考えました場合におきましては、辻原君も言われるように、なかなかそう簡単にもいかぬのじゃないか、私はこう思っておるのであります。ネコがネズミを見据えておるというような表現もあったようでありますが、私は決して——私がネコのような力を持っているかというと、持っていない。この問題に当惑いたしておりますのは、むしろ私であります。この勤務評定の問題について、なぜああまで一体激しい争いをしなくちゃならぬのかということを、私はしみじみと思っておる。何もそういうふうな激烈な手段によってわれわれに戦いをいどんでこられるという必要が一体どこにあるのかということは、今もって私に納得のいかない問題でございます。どちらがネコであるかということになれば、あるいは向うさんの方がネコじゃなかろうか、こうすら私は思っておるものであります。決して私の一存でああする、こうするというふうなことで物事がうまく解決するような事態にまだないということを私は思うのであります。話し合いをしろということでございますが、話し合いにも、やはり時期もございましょうし、またその内容もございましょう。ただ話し合いをしろと言われるだけで、よろしゅうございます、話し合いしましょうというふうに簡単にはなかなかいきかねる今日の事態であるというふうに私は思うのであります。学者の方々がこの問題に対していろいろ御心配になっておるということについては私も承知いたしております。またその御努力につきましても、先般もお答えしたと思うのでありますが、私は多としております。しかし現実の一定の段階において、それじゃお話の通りの、あるいは御忠告の通りのことがやれるかやれないかというふうなことは、これは当事者として私も一つ考えさせてもらわなくちゃならぬということにもなるわけでございまして、去る九月十五日のいわゆる勤評スト、これに関連してりっぱな学者の皆さんが御心配になりましたということについては、私も多といたしておりますけれども、もちろん九月十五日のストライキを回避する、ストライキをやめてもらうということにおいて、最も熱望しておるのは私でございます。そういう意味における御尽力というものは多といたしますけれども、しかしながらあの場合において、それでは学者の皆さんが言われるような三者会談というふうなものが、行なって行いがいのあるものであったかどうかということについては、私はいろいろな考え方があると思う。私自身といたしましては、あの際、あの状態のもとにお目にかかりましたところで、何ら得るところはなかったと思うのであります。特に私の強調したいと思いましたことは、九月十五日のストライキというものは、どう考えましても、私は納得がいかない、正しい争いとは思えない。そういうふうな性格の闘争に対しまして、その性格をあいまいにするということは、教育行政の秩序を守り、教育行政の姿を正していきたいという私の念願から申しますると、どうしてもただ漫然と会うというふうなことはできない。あるいはまたそのために何か取引でもするとかいうふうなことも望ましくない、こういう考えでございましたので、あの際は遺憾ながらそれ以上のごあっせんをお断わり申し上げましたような形になりましたことは、非常に残念に思いますけれども、やむを得なかった、こういうふうに私は思っておる次第でございます。いろいろな意見を聞き、また必要に応じて話し合いをするというふうな事柄自体に対して、原則的に反対しておるとかなんとかいうわけで決してございませんけれども、物事には、やはりそのときそのときの事情のもとになかなかその通りにいきかねる、こういうふうな場合もある、前回の場合がそうである、こういうふうに一つ承知置き願いたいと思うのであります。  具体的に協議会云々というふうなお尋ねもございましたが、私はこの勤評の実施の現段階におきまして協議会を設けて、あらためて審議するというようなことについては、今日何もそういうような構想は持っておりません。ただ実施の結果に照らしまして、われわれとしましても、これについていろいろ検討を加えてみるということにおいては何らやぶさかではございません。同時にまた地方の教育委員会におきましてもいろいろ問題の多かったことでありますので、まじめにこの勤務評定の実施の状況については、今後といえども十分検討をしてしかるべきものである、かように考えますけれども、今の段階におきまして特に協議会を開いてどうするというふうな考え方はしておりません。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 六・三の根本精神と学制については堅持してもらいたいという私の意見からだんだん発展をいたしました。そこで、教育内容的に、あるいは教育行政的にまだお尋ねしてみたいことがたくさんございますが、いずれそれらの主題につきましては、個々の問題についてお伺いをいたす時間を委員長の方で設けていただけるようでありますから、これ以上に私は論議を進めませんが、先刻の六・三の制度については、みだりにこれは改変をすべきでないという私の見解に大臣も同意をせられておりました。  そこで、私は一つ懸念をされますのは、今回のこの制度ももちろんそうでありますが、先般中央教育審議会から答申が行われておるやに聞いておる教員養成制度の問題であります。この教員養成制度の内容を私若干拝見いたしましたが、これについて一体大臣はどう受け取っておられるか。私の見るところでは、少くともこの養成制度はやはり学制の根本的なものに触れて、表面的な六・三・三・四制という、この学制のいわゆる学年進行の刻み方にはあるいは触れないかもしれませんけれども、六・三・三・四制のもとにおいて行われている教員養成制度、こういったものに根本的な改変を加えるような答申が行われておるように私も見たのでありますけれども、大臣はどう受け取っておられるかを一つお尋ねいたします。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 現在の教員の養成制度について何か検討することを必要とするものがあるのじゃないか、端的に言えば、りっぱな教員をたくさん得るためにはどうすればいいかというような点につきましては、私も問題があるような心持がいたしましたので、この問題につきましてちょうどこの前に大臣をいたしておりました際に、中央教育審議会に教員養成制度の改善に関する意見を問うというような趣旨の諮問をいたしたわけであります。その答申をちょうどまた今回就任いたしました後にいただいておるわけであります。その内容を拝見いたしたのでございますが、これは現在の六・三・三・四の制度のワク内で考えられておるように承知をいたしております。この問題はもちろん重要な問題でございます。答申はいただいておりますけれども、果してこれを実現に移すというふうな意味において、そのまますぐ採用してよろしいものかどうかということもございましょう。また現実問題としましても、いろいろ考えなければならぬ点もあるように思いますので、私自身としましてはもう少し時間をかけてゆっくりあの答申についても検討してみたい、こういうふうな考え方をいたしておるような次第であります。目下その段階にあるというふうに御承知を願いたいと思います。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 ざっくばらんに伺いますが、今回の専科大学の構想も、文部省が諮問をして、中央教育審議会が答申をされた。ほぼその内容と同じものを法案化されて出された。時間的に見ましても、かなりとおっしゃいますが、最終的な答申があってから——これは三回に分れているようでありますが、この専科大学の問題に関しましては、先日の委員会で清瀬委員から要求されました資料の中にもありますけれども、科学技術についての答申も含めまして三十二年の十一月が最終ではなかったかと思うのです。それらの答申を待って提出をしたということですから、僅々これは一年足らず、そういうことを一つの過去の例として考えてみれば、すでに答申が行われている。そういたしますと、来年の通常国会ぐらいにはそれが出てきはしないか、こういうふうに私は機械的に算術的に計算をするのでありますが、今の大臣のお話によりますれば、これは重要な問題であるし、相当慎重にやるのだ、またいろいろ問題もあるということも指摘せられましたが、従来こういうときの答弁には必ず、今お答えできません、検討中ということになるのでありますけれども、それではどうもわれわれもその判断に苦しむのであります。そうではなしに、ざっくばらんにやはり今日での一つの考え方、こういうものを私は当然大臣としておっしゃって差しつかえないと思うものですから、あえて私は事務当局に伺わないのですから、一つ大臣として——教員養成制度を、もしかりに専科大学と同じように中教審の答申というものを骨子にしてお考えになるということになれば、これは根本的な改変だと見る。おそらく世論もそういうことになるだろうと思うのです。従って非常に重要な問題であり、われわれとしてはあの中教審の答申に対して相当な批判を持っておるのですから、今後の中教審の答申の取扱い等について、今日での大臣のお考え方をもう少し明らかにしていただきたい。たとえば通常国会には出す意思がないとか、あるいは次の通常国会くらいまでには成案を得たいとか、私は何がしかやはり一つのスケジュールがあると思います。そういう点について一つ承わっておきたい。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 中教審の答申は、われわれとしましても十分これを尊重して検討しなければならぬということは当りまえのことだと思うのでございますが、先ほど申しましたように、その内容にはかなり重要なものも含んでおるように思いますし、これが一体各方面にどういうふうな影響を与えるものであるか、かような点についても慎重に検討する必要もあろう。また、かりに実施するにいたしましても、具体的には現在の制度の問題ではなく、現在の大学等に対しましても相当影響を与える点もあろうかと思います。また財政的にもいろいろ問題もあろうかと考えるのでございます。いろいろ重要な問題も含んでおりますので、なかなかそう簡単に結論は私は出ないと思う。また私自身もまだ十分にこの問題と取り組むだけの余裕も持っておらぬような状況でございます。従って目下検討の段階であるということをお答え申し上げたわけでありますが、少くとも次の通常国会にこれを提案するというふうな運びにはならぬ、かように私も考えております。この問題は十分一つ慎重に検討してみたい、かように考えております。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 この前やはりこの問題について、そのときは私はちょっと同席していなかったと思うのでありますが、稻葉委員の質問に対して、緒方さんがやはり答えられておるのであります。速記の言葉でありまするから、どうもはっきり受け取れない点があると思いますが、緒方さんの御答弁は、やはり直接的に教員養成をやった方がいいのではないか、こういうような御答弁の趣旨のように受け取れるのですが、それが違えばはっきりここでおっしゃっておいてもらいたいと思うのです。

緒方信一文部事務官(大学学術局長)

○緒方政府委員 そのときの御質問が、答申の趣旨はこうであろうというお話でございましたので、それも非常に急いでのお話でありますから、委曲は尽さなかったのでありますが、それに対して私が御答弁を申し上げたように記憶しております。それは現在の教員養成制度を改正して、そうして教員養成を目的とする学校を作って、それで主として養成する、こういうふうな答申であるだろうというようなお話でございましたので、大ざっぱに申しましてそういう方向でございます、こういうふうにお話ししたように記憶いたしております。答申の内容は非常に複雑でございまして、そういうふうに一口には申しかねるわけでありますが、時間の都合もございまして、そういう簡単なお答えをしたというふうに記憶いたしております。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 この際の稻葉さんの御意見は、結局教員養成の幅を狭めるということは不適当ではないか、従ってその答申の趣旨は、答申の一つの案というものは、最近の傾向から見て、この案を直ちに採用することはいかがなものであろうかというような御質問だったですね。それに対して、御答弁になっている点をそのままを見ますと、何か答申の案にすでに文部省も賛成をせられて、採用されるかのごとき印象をちょっと受けましたものですから、申し上げたわけです。そういたしますと、大臣の御答弁の通り、教員養成の問題については、今日まだ検討はしているけれども、成案を見ない段階にあるというふうにわれわれも承わっておきたいと思います。従ってこれも少し突っ込んで伺いますと、これだけの重要問題だから、短期間の間に結論を出すという拙速さは、これはおやりなさらない、従って通常国会等にはこれらの法案については提案をしない、こういうふうに受け取ってよろしゅうございますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 幾ら急ぎましても、通常国会に提案するというふうな運びにもとても至らない、もう少しゆっくりと一つ検討したいと考えております。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 次の問題をお伺いいたしたいと思うのでありますが、先刻も申しましたように、教育というのは、これはやはり行政面、それから教育の実際の内容、もう一つやはり重大な問題は財政面であります。申し上げるまでもなく、やはりいろいろな制度を財政でもって裏づけなければ有名無実になるのでありますから、本来は制度というもの、あるいは行政というものは、この財政と常に並行して行わなければならぬ。ところがこれもまた最近の傾向ということで、えらい表現をいたしますが、教育制度の改革、改変は、文部省は法案という形で常に行いますけれども、それに裏づけする財政は、まことに貧弱だと思うのであります。特に、たとえば今ここで専科大学の構想を進められる。一体それに対する財政的な裏づけがどうなるのか。こういう学校を作ってほんとうに目的とするようなものができるだろうか。これは積極的に推進する人たちでも、そこに大きな懸念があるだろうと思う。その証拠に、今日大学制度を見ましても、戦後新設をいたしました新制大学も、これはもうわれわれが行ってみましたならば一目瞭然、内容の充実はいまだに遠しという感をだれもが受けているわけです。その中にまた今度ははっきり別の専科大学という学制制度を設ける。大学あるいは専科大学は、これは公、私立があります。直接的には国立あるいは公立については、都道府県なりあるいは市町村といったところが責任を持つことになりましょう。今の行政組織からいいまして、かりに都道府県の公立のものでありましょうとも、やはり何がしかの国の財政的援助というものがこれは連なっていくわけであります。そういうときに、財政の裏づけということを真剣に考えられないで、そうしてぼつぼつ制度だけを作っていくというこの考え方は、批評の仕方によっては安易なものの考え方だと思うのであります。次から次へと作っては、どうも気に入らない、非常に悪い表現で失礼でありますけれども、ちょうど子供が箱細工を作る、作ってみたが、どうもこれが気に入らないから、こわしてまた別の物を作る。それをよりよく育てていこうとして内から紙を張ったり、外から目張りをしたり、完全なものにしようという努力を怠って、ただ別のものを作ろうということだけに終始したならば、これはいつまでたっても充実した完全なものはできっこないと思うのであります。そういうことが当てはまるかどうか、これは世論に聞いたらばいいと思うのでありますけれども、今日の新制大学なり、その他大学院等を通じて財政的にいかに大学が苦しんでいるか、また施設、設備の不足によって、ある部分においては上げようとしているけれども、いかに教育実績が上っていないか、こういうことは私が申し上げるまでもないところであります。タコの足大学といわれ、駅弁大学といわれ、あたかもそれが学校の運営に当る方々の責任であるかのごとき言辞さえ弄せられるのは、まことにお気の毒なことと思うのであります。これはあげて国の財政的措置が不十分なために今日こうなっておるのであります。もちろん国の財政というものは限度がありまするから、そう抽象的に口で言うようには参りますまい。こういうことは私もよくわかりますが、それならばなおさら、あるものを充実していくという形が第一前提でなければならぬ。先ほど私はそういうことをあわせて検討する必要があると言ったのです。もしかりにここで専科大学の構想ができ、——私立の問題は一まずおきましょう。国公立それぞれ作りまして、その作る中には、地方の特色に応じて、ここに学校があればということで地方から運動が起きて、地方がかなりの財政的支出と負担をするという場合には、これは非常にけっこうであります。しかしそれとても限度があるし、将来はやはり国の責任であります。そういう場合に国の財政措置が貧弱であったときには、またぞろ中途半端なものができてしまう。いや、それは大丈夫、作りたいという希望の非常にあるところにやらせるのだ、言いかえてみると、そういう地方の学校を作りたいというものにおんぶしてやるんだという考え方があるならば、とんでもないことです。だから財政的援助ということにどれほどの具体的構想と、どれほどの積極性を持っているかということを、本来の具体的な問題に入る前に、大臣としてはやはり明確にされておく必要があるだろうと思います。これに対して相当批判をしている向きもありますから、伺いたい。

緒方信一文部事務官(大学学術局長)

○緒方政府委員 ただいまお話になりましたように、既存の国立大学のことを主としておっしゃったように思いますが、国立大学につきまして内容を整備充実しなければならぬことは当然でございまして、私ども年々予算の措置におきまして、その努力をいたしておるわけでございます。決してこれはなおざりにいたしておるわけではございません。今後もこの努力を継続していきたいと思っておる次第でございます。新しい専科大学制度ができまして、その制度をどういうふうに育成していくかという問題でございますが、国立の関係におきましては、国としてかような学校制度が必要だと考えますので、そういう観点に立っておりますので、できる範囲におきましてそういう大学を建設し、内容を充実していきたいと考えます。実は三十三年度にこれは予算の御協賛をいただきまして久留米に工業短期大学というのを作っております。これは実は考え方といたしましては、行く行くは前期の課程をこれにつけまして、この制度が成立いたしましたならば、五年制の工業専科大学にいたしたいという具体的な計画を今持っておるわけであります。そういう想定のもとに三十三年度から出発をいたしたわけでございます。ただこの制度が法律として成立いたしました場合にも、実際に学校を設置するのは、一年おきまして、この法律にございますように三十五年の四月一日からやるということになっておりますので、来年度の予算でなく、再来年度の予算におきまして、さような五年制の短期大学として十分努力をいたしていきたいと思っておる次第であります。そのほかにおきましても、できる範囲におきまして、さような努力を国立としては続けていきたいと思っております。かようにいたしまして、今産業界等から要請がございます中級の充実した技術者を出すという観点からいたしまして、さような努力をいたしたいと考える次第でございます。  なお、ただいま私立はしばらくおいて公立の問題だというお話でございましたが、これは現実的に申しますならば、これは申し上げるまでもございませんが、公立のこういう学校は、その地方公共団体が必要だとして設置されるわけでございまして、その地方公共団体の財政措置に待つのが第一義的な問題でございます。現在すでにこの制度ができるということで、私どもの方にも作りたいというお問い合せ等があるところもございます。また、具体的に今もお話に出ましたように、財政措置等において国の方で援助する道があるかというお問い合せもあったりいたしております。これは今申し上げましたように、制度ができて、実際に学校の設置は三十五年度でございますから、具体的にはそのときに考えなければならぬと思いますけれども、私どもといたしましては、何らか必要があれば援助をするという財政的な努力もしていきたい、かように考えます。今日から具体的にどういう見解があるかというお尋ねでございますが、今日からはまだちょっと予測しかねる問題でございますが、そのときに当りましては十分努力をして参りたい、かように考えます。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 時間の関係で、詳細な数字をお伺いして、その数字に基いて私がお尋ねするという手数は省きますが、これは申し上げぬでも委員の皆さん、また文部省の方々もよくおわかりだと思うし、またともかく十三年間大学を育ててきて、今日のあの現状なんです。また今久留米の例を出されましたが、私も久留米を見て参りました。ところが本年度五百万の施設の要求をいたしたについても、これは文部省がなかなかその費用を出すのに至難を感じて、非常に学校当局としては苦労されておる。先般私広島大学、あるいは東北各県の大学を見ましたけれども、いずれも大学の当事者の方々のお話は、ともかく費用が少い。その少いというのは、多々ますます弁ずという意味じゃなしに、最低を確保するという意味においてすら、ともかく今日大学の施設あるいは設備というものについて、費用の少なさを嘆かれておるわけです。だから、私は今あなたが言われるように言葉としてはお聞きいたしますよ。言葉としては緒方さんの誠実なお人柄から見まして、それは受け取りたいと思います。一生懸命にともかく予算を獲得するといっているが、しかし今日まで文部省は、それでは一体どれほどの予算を獲得できたか。私は数字をあげるまでもないと思います。そういうことからこの将来を考えて参ると、ここで専科大学をかりに地方の希望があって作ったといたしましても、それについてりっぱな、内容を充実した、目的に沿うような大学になるまでには相当な日子がかかると思います。最初からりっぱなものを作るわけには何としても現実にいかないでしょう。そうすると、五カ年計画あるいはさらにその次の五カ年計画くらいで、ほんとうに内容の充実した学校としていくには、施設のあるところを活用いたしましたとしても、少く見積っても最低五年や六年、下手をすれば十年はかかる。こういうことになると、あなた方が目的とされ、今日この専科大学が必要だとしている現実の要請からずれてくる。そうすると、今日の社会では、オートメーションがその緒につき、原子力がまだ実用の段階に至ってはおりませんけれども、しかし十年経過した後においては、果してその要請はどういうふうに変るかということを考えたときに、社会の要請というあなた方のこのうたい文句が果して現状に合致するやいなやについても、私は深い疑問があるのです。こういうことをやはり考えてみる必要があると思うですから、既設の大学をもっと充実するということに重きを置き、私はその点等について科学技術あるいは職業教育の重要性ということも認識するがゆえに申し上げておるのであります。これらの既設のものを充実するということに専心力を注ぐべき段階ではないか、このことを考えるのであります。そうして足らざる点を補備していけば、今ともかく大学が多過ぎるという意見が巷間にある。私は必ずしも大学が多過ぎるとは断じませんけれども、しかしいろいろな意見の中には、大学が多過ぎる、中途半端なものが多過ぎる、なぜこれを充実することに専念をされないか、そういう意味を含めて、私は六・三を通じて検討した後において、学制の改革はやるべきであるという意見を先ほど申し上げた。このことを真剣に考えてもらいたい。  それからもう一つは、短期大学の問題からこの制度を持ってきたというのでありますが、短期大学を、暫定措置だからこの際きまりをつけなければならぬ、そういう趣旨を生かされての構想であるならば、それは従来からの経過から見て、また法律の趣旨から見て、筋としてうなずかれないことはないのです。ところがこの法律による短期大学の取り扱いは、まことにおかしな格好になっておると思う。一体文部省は大学制度についてどう考えておるんだろうかということを不審に思わざるを得ない点がある。だから既設のものを検討していくということなれば、新制大学を含めて、また公私立十一ですか、それと国立の短期大学をも取り上げて、そうしてそれを職業教育あるいは技術教育という形に充実していくんだ、こういう構想であるならば、これはまだ私はわかる。ところがそれとは別個に作る。なぜそんな重複あるいはまた将来なりの時間がかかり、またかなりの経費を食い、そういうものを重複して作らなければならぬか、こういう点に私は素朴な疑問を感ずるのです。続いて申し上げましょう。短期大学を切りかえられる、こういう趣旨ならば、それは私も今言いましたように理解ができる。ところがこの法律に基けば、短期大学というものは依然として存在する。そうすると、大学があり、そうして短期大学が存在をし、それからもう一つ専科大学が存在をする。その間に公、私立それぞれある。まことに複雑にして、しかも極端に言えば、施設設備の整わない高等教育機関というものが散見せられるという現象がここに現われるのではないかと私は危惧するのです。果してそういう点について、高等教育機関というものを今日よりも、制度としてではなしに、個々に見た場合に、充実し得るものに持っていく自信がおありになるかどうか。それだけの広範囲のものを、十分法律の趣旨にうたわれているような目的に合致し得る、また社会の要請に合致するような内容の充実したものに持っていかれる自信がおありになるかどうか、この点を一つ承わっておきたい。

緒方信一文部事務官(大学学術局長)

○緒方政府委員 ただいまの、まず制度の問題から御説明申し上げたいと存じますけれども、短期大学の切りかえならわかるけれども、そうじゃなく短期大学は存在するじゃないかというお話であります。御趣旨は、おそらく現存のものについてのお話だろうと思います。制度といたしましては、現在の短期大学の改善からいたしまして、新しい専科大学というものを作り、将来におきましては短期大学というものは認可をしないわけであります。それで学校制度としては、専科大学というものが恒久的な学校制度としてできる、かようなことに相なるわけでございます。ただしかし現在存在しております短期大学の取扱いについては、これは経過的な取扱いといたしまして当分の間存続できる、かような取扱いにいたしております。これは現在ございます実態の取扱いの問題といたしまして、さような建前にしたわけでございます。制度といたしましては、大学があり、それに専科大学があるという形になるわけであります。そこで、現在二百七十の短期大学がございますけれども、私どもの方といたしましては、専科大学という恒久的な学校制度ができまして、そしてその内容が充実いたしまして、社会的な評価も得ますならば、現存いたします二百七十の短期大学も、漸次専科大学に転換をしていくだろうということを期待をいたしておるわけであります。もちろん新しいものも出てくると存じます。特に五年の制度の専科大学というのは、これは全く新しい制度でございますから、この面におきましては全く新しいものができてくるだろうというふうに期待をいたしておりますし、これにつきましても先ほど御説明申し上げましたように、計画を持っておるわけであります。  そこで、この改正は、現存いたします短期大学に対する批判がありますので、それを改善していきたい。しかしまた短期大学につきましては、従来の果してきた役割におきまして、相当長所もあるわけであります。それらのものは取り入れて、これを恒久化して専科大学にする。恒久的な制度にするからには、従来の短期大学が、四年制の大学の就業年限の部分における特例であったのを改めまして、そうして職業教育、あるいは実際の教育、そういうものを特別に目的とする学校だということを明らかにしていきたい。そうすることによって教育内容も充実がはかられるだろう、あるいは社会の実際の要請にも即して、これが適正に果していくことができるだろう、こういうふうに期待をいたしておるわけであります。  そこで、かような新しい専科大学を作りまして、そしてそれが充実したものができる見通しを持っているかどうかという御質問でございますが、もちろんおっしゃいますように、既存の四年制大学の充実に力を尽さなければならぬことはもとよりでございますし、私ども今後とも努力を続けるつもりでございますけれども、国立の面におきましては、先ほども申し上げましたように特に必要な技術を目的とします専科大学を充実していきたい、これも今後努力を続けていきたい、かように考えます。公立の面におきましては、これは先ほども申し上げましたように各都道府県におきまして、あるいは市等におきまして、すでにその設置を希望しておられるところもございますし、私はやはりこの地方公共団体の力によりまして相当充実したものができ上るのじゃないか、かように期待をいたしております。私立の面におきましても、これは最初に私が申し上げましたように、既存のものがやはり専科大学に漸次転換をしていくような実が上るのじゃないか、かように期待をいたしております。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 充実できるかどうかということについて、その充実していきたいという希望はわれわれもよくわかるのです。作るのですから、充実していこうという希望がなくて作るわけではないのですから、そのことはよくわかります。しかし今までの大学に対する財政的な裏づけなりあるいは力こぶの入れ方というものから類推をいたしますと、どうも私は、あなた方が今言われる力を入れるのだということだけでは、これは受け取りかねるのです。率直に言って大へんだろうと思うのです。新制大学もなお足らざる点が多い、それで専科大学を作り、また短期大学も、これは今後認可はしないけれども、なおその存続を認めておる。四方八方という言葉は少し誇張かもしれませんけれども、大学制度を非常に広げて、そうして充実だということは、常識的にこれは骨が折れるということであって、ああこういう形にすれば充実できるなあということはだれも常識的には考えられない。そこに、私は一つの大きな問題点があるように思うのです。しかもあなたは制度としては大学と専科大学なのだ、こう言われておりますけれども、実際問題を考えてみますと、短期大学というのは残っていくわけです。ですから、それは法律で廃止をうたっていない以上、今後存続されるわけだから、私は事実上三本になると言っている。途中適当なときにおいて、それでは、それを廃止するような法律改正をやられるという心組みが今からあるならば、それははっきりしておいた方がいいと私は思う。ざっくばらんにいえば、かりに専科大学の問題に端を発して、これを暫定措置だからこの際これを恒久化するのだ、だから名称は専科大学に改めるのだ、こういう趣旨のものであるなれば、私は、現在の短期大学というものは専科大学とみなしていかなければならぬと思う。ところが法律上どこを見たって、専科大学というものと短期大学というものとはその取扱いを異にしている、専科大学は専科大学、短期大学は短期大学、ここに取扱いの非常にややこしい問題が出てくるし、切りかえ時において非常に混乱が起きると私は思います。これはだんだん後刻詳細に逐条的なこれについての論議の中で私は明らかになると思うが、たとえば文部省が今度新しく学科をきめるということを書いている。だからむしろ法律の条文よりも——これは省令できめるのか規則できめるのか、そこはわかりませんけれども、そういうところが実際問題としては私は非常に重大な問題だと思うのです。具体的に言いましょう。これは私が今質問している本筋ではありませんけれども、たとえば短期大学の問題を、かりに今後どうなるかということを想像いたしてみますると、文部省で適当な学科をきめる。あなたの御答弁の中には非常にバラエティに富んだかなり広範囲のものを作りたいとおっしゃっておりますが、しかしそれに限定をして、かりに文部省が意図するような学科を規則なら規則で制定をする。そうすると現在は、短期大学は非常にバラエティに富んだものですね。この前の清瀬さんの御質問で明らかになった非常に範囲の広いものですね。あらゆる種類の大学である。ところが専科大学というのはこういう学科でなければいかぬのだ、こうかりに規定してしまったとしますね。そうすると今までの短期大学の中でそれに合致しないものがある。国が援助しない。これはもう自然につぶれるより仕方がないです。そういうような取扱いをやって、除々にローラーをかけるようにつぶしていこうという心組みがあるなら、あなたのおっしゃるように、行く行くは専科大学になってしまうかもしれません。しかし、そうではなしに、ただこの法律あるいは規則の場合に、大体現状を見合って、そして学科目などを規定していくとするならば、依然として、短期大学は残っていくわけなんだ。そうすると、実際の学校の制度としては、私三本の形がここに生まれると思う。その場合の短期大学というのはまことにおかしいものなんですね。暫定措置だけども、しかしその暫定措置については、今制度を再検討したときにも、それをどうするということは何にもここに書かれてない。ただ暫定だということで引き続いて存続を認めている。非常におかしい制度である。あなた方は暫定制度であったから、ここで恒久的なものをこの際検討して、その短期大学の問題については一応の結論を得ようと思ってこうしたのだと「いながら、一向に結論を得てない。これは一体どうお考えになりますか。

緒方信一文部事務官(大学学術局長)

○緒方政府委員 当分の間大学と、それから専科大学と、現存する短期大学、これが実態として併存するという形はその通りだと存じます。しかし先ほども申し上げましたように、学校の制度といたしましては、短期大学というものは今後認可いたしませんから、認可しないという制度にいたしますので、大学と専科大学というものが学校制度としては立てられるわけであります。ただその現存する短期大学につきましては、御指摘の通り当分の間存続ができるということでございますので、年限は切っておりません。これは現に存在しておりますから、これを直ちに専科大学に全部移してしまうという措置は非常に困難でございますから、その実態を尊重しまして、現にあるものは当分の間存続せしめる、かような取扱いにいたしたわけでございます。制度といたしましては、従来の短期大学が暫定的な制度であったものを、それと同じような内容実態をさらに充実いたしますけれども、そういうものを移しまして、恒久的な専科大学にするということでございます。  それから、これは御質問の主要な点じゃないというお話でございましたけれども、学科につきましての規定の仕方でございます。これは現在の四年制大学につきましても、大学設置基準というのが省令できまっておりまして、それに基いて設置の認可をいたしておりますが、大体それと同じような専科大学につきましても設置基準を定めたいと思っております。お話のごとく学科のあらゆるものを規定いたしまして、その内容を一々こまかく規定することは、とうていこれは事実上もできませんし、そういうふうなものを作ろうとは考えておりません。相当幅の広い基準にいたしまして、その基準の中でいろんな特色が生かされていくようなものにいたしたい、かように考えておりますので、現存いたしまする短期大学が何かそのためにつぶれていくというような関係にはなって参らぬと存じます。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 それでは、短期大学というのは、あなたは学制としては、専科大学と、それから大学だと強調されているわけですから、学制としてはそうしたいということで、それはよくわかっているわけです。ところが問題は、やはり実態が非常に大切だと思う。だから、実態と違った、かけ離れたものが制度としてできたり、それから法律として施行されたりするということ自体に問題があるのです。法律が施行されたりあるいは制度が作られたならば、そういう形に実行されていなければこれは作る意味がないわけなんです。そういうものを作ったり、そういうものを施行したりするから妙ちくりんな中途半端なものになってしまうのです。そのことを私は心配するがゆえに質問いたしておるのですが、今あなた言われたように、何も短期大学をつぶすという意図じゃない。つぶす意図じゃないということになると、これは続いていくわけですね。しかも二百七十もある。だから実際の場合には、非常に数の少い特例ということはままありますけれども、特例の方が多いという制度はないわけです。だから私は幾ら文部省が力を入れ、今の社会情勢から見て要請が非常に強いといいましても、一ぺんにここ三年や五年で、五十も六十も百も専科大学が新しく作られるということはちょっとないのではないかと思う。やはり現在の二百七十の短期大学があるのですから、その短期大学がやはり中心になっていくと思うのです。そうなると、この短期大学の実態論というものを無視して制度を施行するということはできないと思う。だから今この点については、少くとも事の成り立ちが、制度の改変のために犠牲を受けた学校も非常に多かったと思うのです。だから、当時は早々の間に、仕方がないからそれをとりあえず認めた、それだけではいかにも文部当局は私は無責任だと思うのです。だから、ともかくここまできた。しかしこれはりっぱに教育機関としてやってきたのですから、しかも実績をあげてやっているのですから、そういう言い方じゃなしに、やはりこの教育機関が少くとも存続する間は、安心して学校経営がやれ、安心して就学ができ、勉強ができるという制度にすることが文部当局の大きな責任だと思う。だから今短期大学というものはどうなのかということを、われわれがここで中途半端に、ああそうですかといって論議を済ましていたのではとんでもないことになると思う。それですから、はっきりこの実態を押えて、その実態の成り行きはどうなのかというところまで見きわめる必要がある。一体その暫定措置で、認可はしないが認めていこう、短期大学はこれは恒久的に認めていこうという考えなのか、それとも途中においてこれを専科大学へ吸収していこう、こういう考えであるのか、あるいはまた途中においてこれをはっきりピリオドを打って廃止という形で取り扱われるというようなところにあるのか、これは新しい一つの高等学校、高等教育の制度を作るときに、やはり結論を出しておかなければならぬ問題だと思うのです。そうして取扱いがむずかしければ、スムーズにこれらの問題がすべて円滑に移行できるような措置をやはり講じておく必要がある。ところが遺憾ながらわれわれが今まで承わった中においては、どうもその点があいまいなんです。暫定的に認めていくということはわかります。また三十四年以降ですか、許可しないということもわかります。しかしながら、あるものが将来一体どうなっていくかということについての明確な文部当局の方針というものが出されていないわけであります。この点は一体どうなんです。

緒方信一文部事務官(大学学術局長)

○緒方政府委員 これは短期大学の、国公私立ございますが、国立につきましては、順次専科大学の形に切りかえていくということは、これは国の学校でございますから当然であります。問題は私立の大学について特にいろいろな御疑問が出ると思うのですが、これはあくまでも当分の間の存続でございまして、期限は切っておりません。しかし、この間におきましては、これが何かその存続する期間におきましては、少くとも、別に、非常に不安があるような形になっておるわけじゃないのでありまして、暫定制度ではございますが、その間におきまして、学校経営は成り立っていく、かように考えます。  それからもう一つ、お話を聞いておりまして感じますことは、専科大学というのは、この議案にございますように、修業年限二年または三年でございます。それで、実体としましては、現在短期大学が果しておりますような実体を考え、そして、それを恒久的な学校制度にしようということでございますので、私は現存する短期大学がこれに転換するにつきましては、相当な努力をしますならば、そう困難ではない、かように考える次第であります。専科大学の教育の内容につきましても、先ほど学科のお話がありましたときに申し上げましたように、幅広く考えまして、弾力性を持たせて基準を作りたいと考えておりますので、短期大学として現在果しておりまする実体をもとにしまして、そうしてこれに転換をしていくということは、私はできることだと考えます。そう無理なものではない、かように考えます。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 それは国立の場合は、今お話のようなことで理解ができるかもしれません。ところが、私立の場合は、これはそれぞれ経営主体が別でございますから、文部省が行政措置でやれるような問題ではないと私は思うそれから、存続していく間は学校でございます。簡単にいえば、今あなたの答弁の前段はそういうことなんです。存続していく間は短期大学でございます、そうおっしゃった、そういう意味のことをおっしゃったわけですね。それは子供の問答じゃありませんけれども、それはその通りなんです。だから、問題はいつまでそれを存続するのかという点については明確じゃないから、そうだとするならば、途中においてこれを切りかえる方途を何がしか講ずるか、あるいは、ある時期がくれば、それは廃止をするか、そういった方法をとらない限り、この学校というものは常に不安定な基礎の上に置かれておるということなんです。私は非常にその点がおかしいと思う、制度として非常におかしい。ということは、後段にあなたの言われたことは、実体論として短期大学が今日果しておるような役割を専科大学がやるんです、こう言うそれならば、専科大学という学制をしいたときに、短期大学をもってみなしていけばいいじゃないかという議論が出ると思う。それならば、一つの移行の方法かもわかりません。今日現存する短期大学の一つのこれは経過措置でしょう。まあ、いろいろな制度の中には、そういう取扱いがしばしばあると思う。新しい制度が実施された床屋さんでもやっておる、これは悪い例かもわかりませんけれども、床屋さんが免状が要るようになった、免状のない床屋さんでも免状があるものとみなしていく、そういう措置はいろいろな行政の中にとられておる、だからあなたの言うように、短期大学がたくさんある、二百六、七十もある、それが果しておった役割を今度は専科大学の任務として付与する、そういう役割を果させる、こういうことならなぜそれをみなしてやらなかったか。そうすれば安心するでしょう。内容的には専科大学が持っておる目的から若干欠けておる点があるかもしれませんけれども、大筋として見なければいけない、そうすれば今日存続していく学校も安心をして生徒を収容できる、安心をして経営することができる、ところがこの法律で取り扱っておるのはそうじゃないのです。短期大学というのは短期大学で勝手に走っている。しばらくだよ、しばらくだよと、こういうておる。いつまでといっていない。しばらく走っておれ、そんなラフな学制というものは私はないと思う。先ほどいわれた久留米の短大の問題でも、かつて久留米高専があって、卒業生の方々がやはり母校に対する愛着心から何とか一つ作ってくれということが、私は久留米短大のでき上った一つの動機だと思う。そういういろいろな要素を考えれば……。ところが制度としてはこれで、実態はこれだというような行政上のものの考え方だけで、教育機関などというものをお考えになるとしたならば、これは私は教育の向上どころか非常な教育上の大きなマイナスになるということを心配しておる。現に私のみならず、いろいろ私立関係の短期大学の方方からわれわれも意見を聞いておりますが、やはりそれらの方々の意見にも一つの不安があるし、おれらの果してきた今日までの役割については何ら文部省は認めてくれていないのじゃないか、もう短期大学というのはなくなっていいじゃないか、こういうような文部省の取扱いに強い不満を感ずるということを言われておるわけです。だから先ほどのあなたの御答弁によっても、どうも私は理解ができないわけであります。くどいようでありますけれども、あの実態から推して、同じようなことをやらせるなら、短期大学をもってそれとみなす措置ができなかったのか。みなす処置がとられていないとすれば、存続していく短期大学の将来の取扱いということについて、文部省の態度をなぜ明らかにできないか。この点をやはり明瞭にしない限り、この法案の審議は非常に私は困ると思う。良心的に考えたら困りますよ。これはおそらく私立大学を経営されておる方々はお困りになると思います。また単に経営者のみならず、入る生徒の諸君にも、これは希望を与えません。やはり教育機関というものは、入る生徒に対して希望を——青雲の志を抱いて勉学をさせるという、そういう素地をもってやらなければ、教育効果というものは上るものではありません。消えてなくなるか、行く先どうなるかわからぬような学校には親が行かせぬ。そういうような混乱を惹起してまで、あえてこの取扱いをやらせたということについて、私どもは了解に苦しむのでございます。従って、今私がお尋ねをいたした点は、もう一ぺん明瞭にお答えを願っておきたい。

緒方信一文部事務官(大学学術局長)

○緒方政府委員 今御質問の前段と思いますが、先ほど私が申し上げましたのは、現在の短期大学が果しておりますその実態に即して、この新しい制度を考えたということを申し上げたわけでございます。と申しますのは、大学制度は、原則として、修業年限四年であります。暫定制度として二年または三年の短期大学ができまして、そうして実態としましては二百七十もこれができたということは、やはりそこに社会的な要請があったということは言えると思います。このことは大学という、高等学校を出ましたあとの高等教育機関が四年制一本でなく、やはりそこに二年または三年というような学校制度が必要であるという点におきましては、今の短期大学の果して参りました実態から、これは明瞭じゃないかということを考えます。これはちょうど前に、大学のほかに専門学校がございました。これは社会の要求します相当充実した中級の技術者を社会に送り出したわけであります。大学と専門学校、この二つの学校が高等教育機関としてあったわけでありますが、これは学校に進学いたします学生の側から申しますと、自分の能力あるいは適性あるいは自分の経済負担等もございまして、そういうようないろいろな諸般の事情からいたしまして、いずれに行くかということを選択できたわけであります。そうして、自分の好む学校に進学したということでありますので、割合に入学者の進学が平均化されまして、現在見ますような入学難が起らなかった。現在は、大学一本になりましたために、全部四年制の大学に集まる。しかもそれは就職の問題等も考慮いたしますので、有名大学に集まるということでありますので、今の非常に激しい入学難を現出しているのじゃないかと思われるのであります。それからまた、卒業者を採用いたします産業界の側にいたしましても、やはり職員構成の上から、大学を出たものと専門学校を出た程度のものと、両方必要とする。事業の規模等にもよりますけれども、卒業者を選択して採用ができたということでございますので、専門学校がやはりその当時相当な役割を果してきたと考えるわけであります。入学難あるいは就職難という上から申しましても、これを緩和する役割を果しておったんじゃないか、かように考えます。そういう意味におきまして、現在の大学制度は四年制だけである、ただそれに暫定的な例外として短期大学があるということでございます。しかもその短期大学が二百七十もあって、社会的な要請も相当そこに加えられておるということは言えるわけでございます。ところが、その短期大学につきまして、内容的にもう少し教育内容をはっきりさしたらいいじゃないか、中途半端じゃないかという議論が一方にございますので、そういう恒久的な学校制度を作る場合には、やはりその学校の目的を職業教育あるいは実際教育ということをはっきり銘打ちまして、目的、性格のはっきりしたものを作った方がいいじゃないかというのがこのたびの改正の趣旨でございます。従来の大学が五十二条の目的をかぶっておりましたのを、七十条の二というはっきりした目的を今度新しく規定いたしまして、専科大学をそういう性格にいたして発足させようというわけでございます。その教育の内容につきましては、現在の短期大学、そのままとっていいかということになりますと、そうは参らぬ場合があると思います。あるいは、現在の短期大学等の実態に近いものでいい場合もあるかと存じます。これは、女子教育に等おきましては、あるいは現在の短期大学の果しておりますような実態を十分尊重してやっていっていいんじゃないかと考えるわけでございますけれども、特に専門的な職業技術教育を与えますためには、今の短期大学の内容そのままでは、やはり不十分じゃないかということでございますので、その点につきまして、新しい基準も作りまして、そうして短期大学が専科大学に転換いたします場合には、やはり新しい基準に基きまして、審査をして認めていく、かような形式を考えております。  そこで、今お尋ねの現存する短期大学の問題でございますけれども、これは御指摘の通り、期限は切っておりません。当分の間ということです。当分の間認めまして、その当分の間におきまして、政府としまして、これを強制的に移すということは考えておりません。しかし、今申しますように、新しい学校制度が生まれまして、それが充実した内容になり、社会的評価も上って参りました場合には、現在ございます特に私立短大でございますけれども、漸時これに転換していくだろうということを期待しておる次第でございます。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 専科大学の目的と短期大学の目的とに非常に大きな相違があるようにあなたはいわれておるのですが、私も法案を見ない先においては、専科大学の構想というやつはもう少し違った形態のものを実は想像していたのです。ということは、だいぶ前でありましたが、日経連等からも特に科学技術の教育に対する要望書が一つ出ておりましたし、そういう意味からいって、いわゆる狭義の意味における科学技術あるいは工業、こういった方面についての専科大学を中心とする構想かと私は考えておった。ところが、出てきたこの法案の構想をいいますと——本来はそういうことだと今おっしゃられては困りますよ、われわれは法律を中心に論議する、ですから、この法律を忠実に見ていくと、そういう文言はないんです。法律の目的は、「専科大学は、深く専門の学芸を教授研究し」云々からずっとあって、「職業または実際生活に必要な能力を育成する、」こういうことになっております。これは、しばしば提案理由その他の説明で述べられております。それから片や短期大学の場合には二重にかぶっております。短期大学の場合には、本来の大学の一つの目標の中にあるわけですから、五十二条の目的がかぶさっておる。そのほかに、これは私は適法であるかどうかにも疑問があるのですが、設置基準でまた、短期大学の目的を書いていますね。設置基準の中に、目的趣旨が書かれておる。こういう取扱いが適法かどうか。こういうふうに基準で目的が明示されるような一つの学制というものは、私は本来ならばおかしいと思うのですが、あやまっているから、それを見ますと、「短期大学は、一般教育との密接な関連において、職業に心須な専門教育を授ける完成教育機関であり」云々と書いてある。字句は少し違いますね。「実際生活に必要な」云々というのが入っておる。しかし先ほどわれわれのところに野口さんとおっしゃる方でしたか、何か意見を出されておりますが、そういう意見を見ましても、やはり専科大学の目的についてかなり精細な意見を開陳されておりましたが、これを常識的に受け取ると、職業教育である限り実際生活に必要な能力を養うのでしょう。そうでないと職業教育は成り立ちませんから、職業教育あるいは技術教育をやるという限りにおいては、短期大学と専科大学とは同じ目的のもとに運営されておると私は理解するのです。そうなれば何も専科大学として特別な分野の狭い大学を作ろうという趣旨でもないように思う。また先ほど学科の点についてちょっと触れて聞きますと、もちろん詳細には規定できぬけれども、現状やっているような形のものについてはできるだけこれを限定せずに包括されるような観念でもって作りたいとあなたはお話しになった。そうすると私は五十歩百歩だと思うのです。言葉のあや、表現の違いは多少ありますけれども、しかし言っておること、目標としておること、趣旨としておることについては、専科大学の場合も短期大学の設置基準に盛られておることも大差ないと私は思うのです。大差ないということになれば、今度の専科大学は違うのだから、全然構想の違ったものを作るのだから、短期大学はそのままでは認められないのだという考え方は、私は理論的に少しおかしいと思います。  そこで私は理論的におかしいということを指摘いたしまして、今度は実態はどうかということになります。実態論の中に、まことに短期大学として考えるのにふさわしくない短期大学がある、それは認められないから、それを全部包括してみなしていくことはできないのだ、これは私は議論としてあり得ると思う。そうなると、これは具体的な問題になると思いますが、一体そういう大学が幾つくらいありますか。あなたが今答弁されたように、内容的に非常に教育の足らざる大学、不適当なものがある。それ以外に私は理由は見当らないのです。今のところあなたの御説明の中にある不適当なものがどのくらいあるか。小くとも不適当なものがあるから、これは一挙に——というか、包括されないのだ、みなしていくことはできぬのだという答弁がある限り、具体的にそういう点の検討ができておるものと私は理解するのです。どのくらいありますか。参考にお聞かせ願いたい。

緒方信一文部事務官(大学学術局長)

○緒方政府委員 この制度の改正の一番中心になっております趣旨は、先ほどから繰返して申し上げておりますけれども……。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 時間がないようですから、いろいろ形容詞はけっこうですから、端的にお答え願いたい。

緒方信一文部事務官(大学学術局長)

○緒方政府委員 おっしゃる通り、現在短期大学の実態の上に立って、この専科大学制度を考えたことはお話の通りであり、私も申し上げた通りでありまして、現在の短期大学の役割等を、決して軽視するようなわけじゃございません。  それから御指摘になりましたように、短期大学の目的は五十二条でありますけれども、実際の取扱いとしましては、短期大学設置基準に、そういうふうな便宜的な取扱いをされていることもお話の通りでございます。しかし、これはあくまで制度としましては、また法律論になりますけれども、学校教育法の百九条に、一般の大学は修業年限四年であるけれども、特に当分の間、文部大臣の認可を受けた場合に、二年または三年にすることができる、これを短期大学と称すると、いかにも明確でない暫定的な制度でございまして、今の短期大学の実態を土台にしてこれを改善します際において、専科大学という新しい学校制度を作りまして、そしてその目的を、五十二条と別個の、はっきりと職業教育あるいは実際教育というものを明確にして出発しようというのが、今度の法律の改正の趣旨でございます。  そこで、今の最後のお尋ねは、それじゃ実態として短期大学そのまま認められないのが幾つあるかというお話でございますけれども、これは私、今すぐ幾つとは申し上げかねます。ちょっと資料が十分でございません。今の専科大学の基準の詳細につきましては、なお前々から申し上げておりますように、専科大学の制度ができまして、実際の学校の設置は三十五年度からしたいという趣旨は、この一年間におきまして、さらにその専科大学の目的に即するような、教育内容等につきまして精細に検討いたしまして、その基準をきめたい。そういうふうに考えておりますので、それに照してみて現在の短期大学におきまして、不十分のものが幾つあるかということは正確に出て参るわけでござすいます。しかしながら、従来短期大学に対しまして、一般的に出ております批判といたしましては、特に技術教育、職業教育の面におきましては、内容が不十分だということでございますので、このままで直ちに専科大学に全部がなり得るとは、私は考えないわけでございまして、その点を先ほどから申し上げているわけでございます。ただ何校というお尋ねに対しましては、今申し上げましたように、さらに新しい基準に照しまして十分検討したい、こう考えます。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 これはこの間の与党の清瀬委員の質問でもお答えになっておられましたが、現在の短期大学において、志願などにおいては優に五倍に相当するものがある。平均して一・五倍の志願者を持っておるとあなたも答弁されましたが、そういう実態から押してみて、かなり私はこれらの学校に対する魅力は大きいと思うのです。それから、先ほど私も言いましたが、緒方さんはこの法案に盛られた構想に基いての専科大学の話をされておりながら、何か理工科系の技術教育を中心にしたものの考え方で、説明をされているような印象を私は受けておるのです。それはどういうことかといいますと、たとえば、技術教育について足らざる点が今日の短大学にあるとおっしゃっているのです。確かに理工科系の場合においては、これは短大のみならず、私学の場合にもそういう点の不足が全体を通じてあると私は思います。それは諸経費の点において単に短大だけの問題じゃないと思う。全般を通じての科学技術教育の振興という立場からこの問題は取り上げなければならない。そういう意味で、私学に対する助成等は、文部省として積極的に研究されればいいでしょうしかし、だからといって、短期大学の学生そのものに問題を持ってくるのは、私は酷だと思う。反面、たとえば女子の学生が非常に多い、私学では全体の半分以上が女子です。女子なんかの場合には、それは理工科の科学技術じゃないけれども、いわゆるこの法律に掲げている職業的な生活に即する教育ということになれば、家政科、家庭科、こういう点については、私はかなりな成果を上げていると思うし、別にこの短期大学の現状の中で、そう声を大にして不足だ、不足だということを論ずるほどの問題じゃない。むしろ私は、短期大学においてそれほど志願者があるということは、特に女子なんかの場合について、将来の家庭生活に必要な、あるいは場合によれば、女子としての職業教育に必要なものが、きわめて適当に行われているということを物語るものではないかと思う。そういうことになると、あなたの言われる、いわゆる技術教育、職業教育の不足があって云々ということは、どう考えてもちょっと理解がしにくい。かりにあるとしても、私は小部分じゃないかと思う。それは理工科系の一部分じゃないか。ところが理工科系にいたしましても、私学の短期大学でも、志願者はやはり五倍くらいあるでしょう。そういうことになると、特段に今回の専科大学というものの中に入れたり、あるいは専科大学という構想を打ち立てる場合に、短期大学が非常に遜色があるというものの考え方は——私は決して短期大学を代弁して言っておるわけじゃありませんが、理論的、実態的にどうもふに落ちかねる点があるわけです。すらっと考えれば、これは現在の短期大学と目標も似ている。それからそれぞれやっている、ことも、理工科の問題はさておいて、一般の広い意味における職業教育、生活に即する教育から見れば、相似たようなものである。そしてこの専科大学の場合においても、幅の広い、そう個個にこれだ、これだというやり方をやらないならば、似たり寄ったりのものです。そういうことになれば、これをそっくり見ていってもいいじゃないか。足らぬ点があるならば、指導したらいいじゃないか。新しいものを作っても、それは文部省が現在どのくらいのレベルのものを考えているかわかりませんけれども、それがすぐさま思うようにいくとは考えられないのだから、そうなれば、今あるものを充実していくことの方が、これは手っとり早いし、やりやすいということが考えられる。私はきわめて常識的に、すらっと考えて、そういう点がまことに今までの説明では納得がいきがたいのです。  それからあなたが、時代的な要請とか、定員の関係とか、いろいろ説明されましたが、私はそういう点についても十分分析をして、あるいはその目標の点についても十分分析して、論議を重ねなければならぬと思います。時代的な要請、すなわち科学技術の要請に、この専科大学でどういうふうにしてマッチしてやられるか、そういう具体的な構想は、この一片の法律をもってしては、われわれはうかがい知ることができません。だからそれらの点については、われわれは具体的な例証をあげて十分質疑をいたしたいと思います。本日は時間がございませんので……。

坂田道太自由民主党

○坂田委員長 十分ありますから……。

辻原弘市日本社会党

○辻原委員 時間があるとしても、文部省の答弁は、これ以上再三再四やっても、同じことの繰り返しになりますから、それらの点についてはもう少し明確に、納得を与えるような材料を取りそろえられて、そして自後の質問には御答弁願いたいと思います。これはなかなかむずかしい問題であると思います。私は、緒方さんのなにが不十分だという意味で申し上げているのじゃないが、しかしあいまいもことしていることは事実であります。ですからもう少しはっきりして参りませんと、今後の質問も十分発展さすわけに参りませんから、はなはだ中途ですけれども、私ももう少し検討いたしたいと思います。従って、本日の質疑はこの程度で留保しておきたいと思います。

坂田道太自由民主党

○坂田委員長 本日の委員会はこの程度とし、散会後理事会を開催いたします。次会は公報をもってお知らせいたします。  これにて散会いたします。     午後四時二十一分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗