文教委員会 第3号
- 発言数
- 37 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1958/10/15
会議録
○坂田委員長 これより会議を開きます。
○原田委員 議事進行について一言最初に発言をいたします。ただいま本委員会を開会するについて、社会党の方へ理事の大村委員と帯同いたしまして、委員部の諸君と一緒に出向きましたところ、辻原理事が本委員会へ出席ができないので、その断わりにいこうと思っておったということでございまして、本日の委員会はわれわれの方は現在のような状態で出席ができないけれども、どうぞ審議を進めてくれという話がありましたので、その旨記録に残して審議を進められるようにお願いいたします。
○坂田委員長 まず学校教育法等の一部を改正する法律案及び学校教育法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案を一括議題とし、その審査を進めます。質疑の通告があります。順次これを許します。山本勝市君。
○山本(勝)委員 今日、ことに最近日本の社会情勢というものは非常に安心のできないような様相を呈してきておることは御承知の通りであります。こういった情勢に対してわれわれいろいろ苦心をしておるのですが、こういう様相の原因がどこからきておるかということは、もとより簡単に考えることができない、きわめてたくさんの原因が重なってこういうふうになっておるのだと思うのでありますが、その多くの原因の中で有力な一つの原因、こういう不安な状況を持ち来たした原因は、学問の最高学府ということを認められて、非常な権威を自他ともに認めておる大学、この大学の教育内容というものが非常な大きな深い原因になっておるということを私は思うのであります。今日いろいろ警察官職務執行法というものもこの不安に対処して、大きな障害を突破して実現しようとしておる、これも必要だと思います。また義務教育における勤務評定によって教員をよくしていこう、こういうことも同じ目的を持ったもので、もとより必要だと思いますが、しかしもっと大きな原因は、学問の最高学府における今日の教育内容にあるのではないか、勤務評定の問題にいたしましても、いろいろな問題が起りますと、全学連が先頭に立ってこれをリードするということは御承知の通りであります。今日全学連の中央執行委員三十名のうちで二十九名が共産党だそうです。しかも共産党の中でもきわめてラジカルな者、代々木の本部の役員をカン詰にして小便もさせない、飯も食わせないという場面まで演じたと伝えられておるのであります。しかし最高学府の学生が、こういう狂信、フアナティックな日本のこういった動きの先頭に立っておるという者が、現在大学に籍を置いておるというようなことが、果して大学の学問内容との間に関係があるのかないのかということは、私は検討を要すると思う。先般もあの台風の中で文部省の前でジグザグ行進が行われておるのを見ておりますと、やはり全学連が先頭に立っておる。二、三の指導者が灘尾出てこいと言うと、出てこいとみんなそれに応ずるのですね。灘尾出てこいとまたやると、出てこいと言う。まるであれが最高学府に籍を置く者かと思ったという町の人の声もあるくらいでありますが、その全学連がいかぬいかぬというときに、もう少し突っ込んで大学の学問とこの関係を考えてみる必要がある。憲法の二十三条に「学問の自由は、これを保障する。」ということになっておるのであります。私も学界の端くれにおった者として、学問は自由がなければほんとの学問はできない、こういうことはよくわかるのであります。よくわかりますが、他の一面から、すべての自由というものにやはり公共の見地から一つの制限がつくということもいわれておる。また公共ということを名前にして、公共の必要だということで自由を制限し出すと、これはまた自由はあってなきがごときものになる。こういう弊害も伴うわけであります。しかし公共という立場からの一定の限界があるということもこれは争えないことだ。私も長い間文部省に関係を持っておったのですけれども、何だか大学の教育とか、制度のこともですけれども、特に内容についてはタブーのようになっておる。これはもう手をつけてはたびたび苦い経験を持っておる。私が今ここで申しますようなことはもう何べんか問題になって、ここに根源があるということからいろいろ手をつけかけても、みな大学の反撃を食って手を焼いたということから、今日はタブーのようになっておるのではなかろうか。陰では心配しておるかもわかりませんけれども……。そこで結局義務教育とかそういうやりやすいところへどうしてもくるのではなかろうか。これは文部省に聞くべきことではないかもしれぬ、憲法の解釈問題にもかかることだと思うのですが、学問の自由というものと自由の限界というものはどこにあるのか。それから結社の自由というものも、これは憲法に集会結社の自由というのがありますが、その集会結社の自由に基いて共産党などもできておるわけです。これは憲法上保障されたものだとなっておるが、しかし集会結社の自由でもやはりそこに限界があるという問題を、私は文部省の意向も聞いてみたいし、また私の考えも聞いてもらいたい。 私は自由を否定する自由だけは認めないということが論理的に言えるのではないかと思う。憲法上の自由というものも、自由を否定する自由までは認めないのじゃないか。結社の自由にしても集会の自由にしても、自由を破壊する目的で結社を作るという場合は、その結社の自由は憲法上の結社の自由に基いて作ることはできないのではないか。学問の自由でも、自由というものを破壊するようなことを考えるまでは取り締まることはできませんけれども、これを学問の名において抗議するとか発表するとかいうことは非常にデリケートな問題です。どこに調和を求めるか。学問の自由、それは学問にとって必要欠くべからざるものとなっておる自由、その通りである。その通りである自由と、しかしながら自由を否定するような自由、こういう点を聞きたいのであります。私が一人でだんだんしゃべるようになりますが、先般ある私立大学を来年卒業する者を私が就職を世話した。それが幸い決定したということで安心して喜んで、一週間に二度くらい私のところに来るのですが、選択科目に経済学というのをとったということです。その経済学の先生が書いた教科書を持ってきたが、見るとマルクスの資本論そっくりであります。資本論を焼き直しているわけです。もう章の編別からそっくりなんです。ただ向うでは小麦といっているところをその本には茶と書いておったり、そういうようなことはありますが、内容は全く同じです。そこで、これは君因る。就職を世話したけれども、これをとって試験を受けたときに、批判を書くなら僕が書き方を教えてやると言ったら、批判を書いたら点を引かれるというのです。これは官立大学ではない、私立大学ですよ。官立大学のすべてがそうとは言いませんけれども、私は必ずしも例外でないと思う。またこの間総務会で、今度の司法官の試験をするのに、在学中にパスしやすいようにという趣旨から、法律の一部改正が出て参りましたが、これなんかも一般科目をふやす、その中に経済学というようなものもふやして、在学中に受けやすいようにした方が、優秀な者がとれるからということでやるのだというときにも申し上げたのですが、そのときに経済学についての司法官の試験委員はどういうふうにきめるのかというと、そういう名のある大学の先生を試験委員に頼むのが例だ。そうすると、私が今申したところの大学も有名な大学ですから、そこの大学のマルクス主義をそっくり教えておる先生なんかも、あるいは試験官になるかもしれぬということを私は心配したのです。そうしてその通り書けば点がいい、そうでなければ点が悪くなるということになれば、司法官までだんだんマルキシズムを信奉する者が出てきやせぬかと思います。ですから、一生懸命になって科学振興、科学振興といって——科学の中には社会科学も含んでいるということでありますが、その社会科学の中で私は特に経済学というものを問題にしますけれども、振興々々といろいろ振興しても、その内容が、憲法とかあるいはわれわれの命がけで守ろうとしておるような自由の秩序というものを根本的に変革することがいいんだ、変革しなければならぬのだし、変革されることが歴史の必然だというようなことをどんどん教えていったので、これは全学連も出てくるだろうし、教員もそういうふうになってくるだろうし、ジグザグくらいを取り締ってみても末梢になりはしないかということを私は心配しておるのです。 そこでこれは法制局に聞くべきことかもしれませんが、一体デモクラシーというものは、納税者が強いのですが、納税者の税金によって建っておるような学校、あるいは税金から補助を受けて建っておるような学校という場合において、納税者たる国民は、自分たちが出した金によってどういう仕事をやっておるかという、その中身を調べることはデモクラシーとしては許されることかどうか、その場合に、学問の自由というものとの間をどこで調和させるかという問題が起ってくる。しかし、とにかくタブーだといってほっておくことはできないのじゃないか。われわれは自由主義の憲法を持っておるのですが、その憲法は社会党も擁護しておるくらいだから、現在においてはだれも異存がないのだと思います。そしてその憲法の自由に基いて彼らもいろんなことを運動しておるわけです。しかしその自由の中で、日本の自由秩序ですね、自由の社会秩序、自由の政治秩序、自由の経済秩序というものを、今は認めておるけれども、自分たちが力をとったあげくは、腕力をもって、敵を殺してでも、鉄のごとき意思でこれをぶっこわして、そしてそのぶっこわしたものはまた暴力をもっても維持していくというようなことがはっきりしておるような、そういう団体を憲法上の自由で保護したり、あるいはそういうことを正しいんだと教えることを学問の自由として認めなければならぬのかという問題です。今は認めておいても大丈夫なんです。わあわあ言っているけれども、そんなものは大したことはない。若い者はわあわあ言っているけれども、嫁をもらって子供の二人もできればまたもとへ戻るんだ、こういうことであればあまりやかましく言わないでおけばいい。これはやはり自由の一つのいいところで、自由主義の寛大さというものはそういうところにいいところがあるのだと思います。しかし、国際関係も緊迫してき、国内も緊迫してきて、そして彼ら自身がまさに勝利を確信して動いてくるというようになった時代において、自由主義の寛大さの限界というものをどこに置くべきかということについて、大臣の御意見を聞かしてもらいたい。
○灘尾国務大臣 おくれて参りまして申しわけありませんが、だんだんお話を伺いますと、まことにむずかしい問題であります。専門家が幾ら討議しても解決のつきそうにないむずかしい問題のように伺ったのであります。現在の憲法、法律というような制度の中でのお話と、それを超越したような立場でのお話とは、おのずからまた違ってくるかと思いますが、私は学問の自由というものはあくまでも尊重すべきものであると思うのです。ただ問題を大学というふうなところに限定して考えて参りますと、大学には大学の目的というものがございますので、学問研究は自由におやりになってもけっこうですけれども、学生に対して知識を授けるとかいうふうな意味合いから申しますれば、私はただ一つの片寄った知識だけを授けるのが大学の目的とも思わない。やはり広くいろいろな学問上の成果について学生に対して教授することが必要だろうと思うのであります。憲法を否定するような、あるいは憲法に反逆するような学問研究の自由があるかどうか、こういうふうなお話になりますと、これは非常にむずかしいお答えしにくい問題だろうと思いますが、その学問研究の自由というものが、お互いの社会にいかなる実際的な影響を与えるかというところをとらまえて、何らかの措置を考える余地は私はあるのじゃなかろうかと思います。いずれにしましてもきわめて未熟なことでありますので、政府としてお答え申し上げるというようなところまで至りかねると思うのであります。問題は、大学なら大学におきまして、ほんとうに大学設置の目的に合うような大学の運営をやってもらわなければならない。その点において、いろいろと実際面に現われました現象をとらえてみますると、そこに何か問題がありはしないかというふうなことは私も考えております。現在私としましても、日本の文教ということを考えます場合に、大学があのままでよろしいのかどうかということにつきましては、いろいろと考えさせられるものがあるのでございます。ここにはっきりした結論を申し上げる段階には至っておりませんが、大学の自治という名のもとに物事がかえってまずく動いておる面も必ずしもなきにしもあらずでありまして、願わくは本来の大学自治を認められましたその趣旨に沿って、ほんとうに正しい意味における何人も首肯し得るような意味において大学の自治というものを活用してもらいたいというのが私の念願であります。実際の問題につきましては、十分実情もなおよく検討いたしまして、何らか政府の方で適当な措置を講ずる道がありますれば、それをとって参りたいと思いますが、まだ目下検討中というふうに申し上げる以外にはないのであります。こういう機会にまたいろいろ御教示を賜われば幸いだと思います。
○原田委員 ちょっと関連して質問したいと思うのですが、先ほど山本さんの発言の中に、国民のうちの納税者がこのデモクラシーの政治の中では非常に大きな力を持っておるという発言があったのであります。その通りだと思うのであります。現在日本の国の大学の中でわれわれ納税者の税金によって作られておるところの官公立の大学が相当数ありますが、それに学ぶところの学生一人ずつについて一体幾らぐらいついておるかということをまず大学局長にお伺いしたいと思う。
○緒方政府委員 これは文科、理科、つまり実験を要する専門分野と、そうでないものとだいぶ違いますけれども、文科の方の実験を伴わない方で大体年額十万円、それから実験を伴う分野につきましては三十万から五十万くらい、学生一人当りにつきまして年額そのくらいの見当であります。
○原田委員 大体一人頭の学生が国民から年間十万円ないし三十万円の金を出してもらって勉強しておるというても過言でないと思うのでありますが、その国民の税金でできておる大学は、国民の大学であって、一党一派の政治結社の大学でもなければ、また一団体の大学でもない。その大学の施設の中において、たとえば先日の勤務評定反対運動に立つところの学生が、一室を占拠して、それに対する戦闘準備と申しますか、プラカードを作ってみたり、あるいは旗を作ってみたり、戦術を練っておる。そういうことは、これは明らかに、勤務評定の場合は、国の定めに法律を施行しようとすることに対する反対ということは、もう議論の余地のない不法な運動なんでありますが、そういうことを、国民が出しておる税金で作られたる学校の一室を勝手に——われわれは勝手に使っておると思うのだが、果してだれが許してそれを使わしておるのか、そこのところをちょっと伺いたい。
○緒方政府委員 大学の校舎の管理の責任は大学当局にございます。従いまして、今お引きになりました事例の場合において、おそらく大学当局としてはこれを許したということじゃないであろうと存じます。学生がむしろ非合法に、無理に使用したものだろうと思います。これにつきましては一、二具体的にございまして、大学当局にも、十分取り調べをいたしまして、学生に対する処分をいたした例もございます。ただいまの御質問はだれが許したということでございますが、これは非合法的に学生が使用したものかと考えます。
○原田委員 学生が非合法的に勝手にやっておる、大学の管理者は知らなかったというようなことでありますが、私が承知するところでは、新聞にもそのやっておるところの写真なんかが出てきておる。よそから来た者がわかるようなことを管理者である者があとからわかって、これは学生が勝手にやったというようなことで果して管理者としての役目を果しておるか。大学には学長以下教授あるいは学生のそういう面を担当する役がある。これは何という名前で呼ばれるのか私は知りませんが、あるいは補導部長とか、そういうような名前で呼ばれるのであろうと思いますけれども、その補導部長なら補導部長が、完全に自分の仕事を果しておらない。だから、学生だけを処分して、その管理者の責任というものは何にも問われない、それでいいのか、そういうことについて文部省は何らかの警告とかなにをしばしばやっておられるのか。この間新聞で見ますと、福島大学で学生の処分が発表されておりましたが、それらのことについてもっと徹底してやっておられるかどうか。大学の自治々々といわれますけれども、国民の税金で作られておるところの国立大学というものは、その運営については、当然文部大臣は文教行政の責任者で、大学局長はそのまた実際面の責任者であるのだから、それらのことについてあなたがやっておられるかどうかということを伺いたい。
○緒方政府委員 お説のように学生が非合法に大学の施設を使用するということにつきまして、大学当局が事前にこれを極力阻止し、あるいはこれを指導しなければならぬ責任があることはお話の通りだと思います。これにつきましては、大学当局の責任を果すその果し方が十分であるかどうかという点につきましては、私どもも足らぬ点がたくさんあると考えております。そこで、具体的に事件の起りました場合につきまして、私どもといたしましては、やはり第一義的には大学の自発的な活動に待つことが必要だと存じますけれども、しかしその事態をいろいろと文部省で承知をし、それに対しまして助言をいたすということは文部省としてやるべきことだと思いますので、できる範囲におきましてはこれをやっております。いろいろ事情を調査しあるいは大学当局者の方針等も聴取をいたしまして、意見を述べるところは十分述べておるつもりでございます。しかし、大学の学生補導の態勢等につきましてまだ至らない点がたくさんございます。文部省としてもそれらの点につきまして今後研究もし、態勢を整備していくという努力をしなければならぬと考えております。
○加藤(精)委員 関連して。ごく事務的なことを簡単にお聞きしますから、簡単にお答だいただきたいのですが、学校教育法の五十二条に「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」この中にファクターがたくさんあるわけですが、大学は学術の中心として広く知識を授けることを目的とする、また別の大学は深く専門の学芸を教授研究することを目的とする、第三の場合は、大学は知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする、この三つの条件がある。これは画一的なのか、この二つの条件をすべて含めなければいかぬのかどうか、その点局長にお尋ねしたい。
○緒方政府委員 これは大学全般にわたりましての性格を申し述べておるのでござごいまして、学術の中心として広く知識を授けるとともに深く専門の学芸を教授研究し、もってここに書いてありますような知的、道徳的及び応用的能力を展開させる……。
○加藤(精)委員 簡単に言うと、三つの目的を同時に持たなければいかぬということになるでしょう、その点を。
○緒方政府委員 さようであります。
○加藤(精)委員 さようであるとすれば、山本委員が説明されたような現在の状況がある、特にそれが非常に刻下の危機になっているくらい危ない状態だという場合に、道徳的な能力ということからしましても、大学はやはり一種の道徳的目的を持っていると解釈しなければならぬ。道徳的目的を持つということは、国家破壊行為をする教授や学生——ただいま山本委員のおっしゃったのは教授でありますが、福島大学その他の場合は学生があったわけです。大学がそういうものを含んでいます場合に、それは大学の目的に合致しないという結論になると思うのでございますが、そう言っていいのですか、その点お伺いします。
○緒方政府委員 大学は、この五十二条にもございますように、研究の機関であると同時に、教育の機関でもございます。研究、教育を並べ進めていかなければならぬ使命を持っております。研究、教育を完全に果しますためには、やはり学問が十分に自由に行われなければならぬことは当然でございますけれども、しかし、それを学生に教育します場合におきまして、そこにやはり教育的な使命を没却することはできない。これは申し上げるまでもないことだと存じます。これは法律的に申し上げますと、教育基本法の第八条に、政治教育につきまして、法律で定める学校が、特定の政党を支持し、または反対するための教育をしてはいかぬということがございまして、私は大学も共通にこれを守るべき性質のものだと考えております。そういうふうに解釈されると思います。ただ、しかし、大学の場合は学生が、義務教育等の場合と違いまして、年令も多いし、判断能力も児童生徒に比べますと高いのでございまして、そこの点は、その教育の態様につきまして異なるものがあると存じますけれども、原則としてはさような原則が考えられるものと存じます。さような意味におきまして、教育が自由闊達に行われなければならぬということは当然でございますけれども、しかし、一定の限界があり得べきことはまたいなみがたいものだと存じます。
○加藤(精)委員 そういうことを言っているのじゃないのです。国家破壊活動に関連する言説や行動をやっているのが現にあるのです。あるから、そういうものを矯正していく、打開していく、あるいは解決していくということが必要な段階でないかということをお聞きしているので、自由党、民主党両方あるとき、どっちに加勢していいとかなんとかいうゆうちょうな問題じゃないのです。具体的にいえば、昨年の十一月二十二日にモスクワ宣言というものが出まして、その中には、今まで三十年間も停止しておったコミンテルンのような活動のこれから行われようとしていることが声明されまして、そして政府転覆を必要とする場合がある。それは非平和的手段で政府を転覆させるようなことに誘導していくことが必要だということが、るるめんめんと書いてあるわけですよ。それに基いて日本共産党が指導方針を立てている現在、そしてその最も極端なものが共産党の党員である学生の団体、学生の連中である場合において、自由党、民主党二つあるから、その片方の政党に加勢していかぬということまで含んでいるところの教育基本法の条文なんかの問題じゃなしに、もっと破防法的な問題なんです。そういう場合に、そういう暴力活動をするようなたくさんの学生を出したような学長が大学設置の目的を達し得ないなら、当然やめるべきものなんです。それをやめないでいるということがおかしいので、私は大学管理というものについて、国家として勇断をなすべき時期が来たと思っているのであります。行政というものにはいろいろこつがありまして、理論通りいかないことがあるかもわかりませんが、それであるとすれば、大学の管理について、文部大臣が現行法上適当な権限を持っておらないならばおらないで、これにつきましては文部大臣が当該大学の管理機関を呼んで、十分にその善処方を話して、責任がとれない学長は自発的にやめる、そういうふうなところまで懇談しなさる必要があるんじゃないか、そういうことを考えていますために、この質問をするのでございまして、事態はそこまで来ているんじゃないか、私、そう考えております。その点につきましては、世論も相当そういう線に近くなっておりまして、現に大新聞の投書等にもそういう意見が相当出ておりますので、この質問をしたのでございます。関連質問でございますから、以上の質問に限りますけれども、十分に文部御当局においては御考慮になっていただきたいという考えを持っております。
○山本(勝)委員 大臣も非常にむずかしい問題だという。その通りだと思います。しかし、当面このままで放置できないということは御同感だと思いますが、私は、大学自身が困っておるではないかというふうに実は思っておるのです。大学の教授、学生でも、やはり数から申しますと、大多数の者は、ああいう共産党のフアナティックな行動は、大学の立場から見ても好ましくない、こう思っているに相違ないと思うのです。もし大学が全部そういうふうに思っているとしたら、大学をやめてしまわなければならぬということになりますが、実際はそうではなくて、大学自身ももてあましておる。学門は自由でなければならぬということはどうも抽象的なことで、しかも共産党は一つの合法政党として国が認めている。認めているから、共産党に入って共産党員としての活動をしても、それだけでは何とも手をつけられない。だから、私はここで提案したいのですけれど、文部大臣だけの責任ではないのですけれども、一ぺん大学の学長とかそういう学生の指導に当っている部長とかいうものと懇談をされて、この事態をあなた方はどういうふうに見ておられるか、このままで心配ないのだ、若いときはああいうことをやっておるけれども、そのうち直りますというような考えなのか、あるいは実はこちらも困っておるのだというふうに考えられるか、——先般東大の経済学部のある教授と会った場合、それはマルキシズムではない、あなたの説など学生がどういうふうな態度で聞きますか、と言ったら、いや、もう共産主義の連中は来はしない、絶対に講義に出て来ないと言っておりました。そういう講義に全然出て来ないようなものの処分もできないので、これもまた困っておられるではないかと思います。その実情を懇談されることが必要だ。そうしないで、全学連がいかぬからといって、今度は法律でもってこうしろああしろということになると、そうでない、ひそかにやはり心配しておる、自由というものを非常に尊重している先生たち、共産社会はまっぴらごめんだと思っている人たちの研究の自由までも一律に取調べをするということになれば困る、こういうことで大学全体として反対になりましょう。ですから、扱ひ方は非常に慎重を要する。法律で縛っていくとか、一律に内容の調べにかかるということになると大へんな騒ぎになって、文化人から袋だたきに合うようなことになるから、そういうことは私はすべきではないと思う。ただ、大学自身も困っておると察するが、法律自体共産党を合法政党として認めているから、どうにもならぬじゃないか、こういうふうにかえって逆に来るかもしれません。来たら初めて国会も反省して、——そういう自由の支柱を暴力をもっても根本的に破壊するということを鉄則として、ただ戦術としてのみ平和をうたうということは明瞭で、これは共産党員ははっきりしておりますから、そういうものを合法政党として認めておくことについて君たちはどう思う。いや認めておる以上は、大学はああなるのは仕方ないというか、認めないのが本当だというか、その辺も懇談してもらう意思はないかということです。この間も、台風の日に、大臣が来られる前でしたけれども、全学連が文部省の前に来て、灘尾出てこいと言うと、出てこないとみんなが言う。また出てこいと言うと、出てこいと言う。大学はああいうことを知っておるのか、知っていないのか。これなども、文部省としてよく経験したんですから、実はこういう状況なんだ、実際こうしようという意図をもって接するんじゃなくて、ともに日本の時局を憂えておるに相違ないのだから、相談してみられる意思はありませんか。
○灘尾国務大臣 大学の問題、ことに大学の学生の一部がとんでもないことばかりやっておることについては、私も全く同じように心配いたしております。大学にもいろいろあろうかと思います。どの大学も一律に同じような考えだというわけにもいかないと思います。また、学生に対する教官の指導の仕方等につきましても、やはりその学校、その学校で実情もいろいろ違っておるんじゃないかと思いますが、何にいたしましても、現在現われております状況は、われわれ文教の当局といたしましても、このままではいけない。ことに、先ほど来お話のありましたように、全国の国民の力によって大学は経営されておるわけであります。その点もお互いによく考えなければならないことと思いますので、だんだん心配をいたしておるようなわけでございます。ことに、最近の勤務評定問題等を中心にしまして、あちらこちらの大学で大学の規律を乱すような問題もかなりございました。そういうふうな問題につきましては、それぞれ実情も調査いたしまするし、また関係の大学の当局者との間にいろいろ話し合いもいたしておるわけであります。先ほどタブーという言葉をおっしゃいましたけれども、率直に申しますと、私も、何となしに、われわれと大学との間が疎遠になっておるんじゃないかという気持もせぬではございません。今後これをどういうふうにしていくかという問題につきましては、今お話もございましたが、私自身ももう少し大学との間を密にいたしまして、お互いに現状を改善していくということについて、十分話し合ってもみるし、また改善する道があれば、それを実行して行く、こういう方向でやって参りたいと思います。近ごろの話でございますけれども、そのつもりでやってもらうように事務当局の諸君にも話をしておるところでございます。うまい懇談の機会なんかも作ってみたいと思います。そういう心持があるということだけ御了承願いたいと思います。
○山本(勝)委員 私はもう大臣が非常に心配しておられれば、こっちで呼ぶのがほんとうだけれども、もうすでに疎遠になっておって、こちらがそういうつもりでなくても、向うは呼びつけたなんて思うならば、こちらは辞を低うして乗り込んでいってもいい。ほんとうに日本を救うために、乗り込んでいっても、ほんとうの識者は、大臣の貫禄が下ったとは決して思わぬだろうと思う。それをやってでも、大学の当局と文部省がもっと密接にして、日本の最高学府がああいう状況でないようにしてもらいたい。そのときの向うとしての言い分は、おそらく、今の保守党の政府なんかのあんなやり方では、共産主義を養成するようなものだ、こういうことも相当言うだろうと思います。確かに私は一般国民大衆というものは何も理論で動くのでなくて、時の政府あるいは与党が、われわれの保守党が、もし汚職をひどくやったとかあるいは間違いを起せば、その反動で動くと思いますから、その点を保守党が十分国民の期待に沿うように戒心していくということがなければ、大衆の信頼を得ていくことはできないと思う。大衆の信頼を得ていかなければどうにもならない。しかし今のところは少くとも大衆の支持を得ているのです。国民全体からいえば大衆の支持を得ているということは、選挙の結果でも出てきているのですけれども、ただ共産党というものは、共産主義を信じた者でなければわからないようなサイコロジーがあるのです。自分の先生であろうが兄弟であろうが、主義のためには殺す。まさかそんなことはあるまいと普通の人は言いますけれども、ほんとうに共産主義の実現のため、維持のためには、敵味方に分けて、敵はもう容赦なく殺すということは間違いないのです。それをみんなにいうと、どうもひどいことをいう、それは思い過ごしだといいますが、そうではないのです。これは「静かなドン」という小説が映画なんかにもなっております。あの小説をよくごらんになってもわかりますが、情をかけたりした者は、胸ぐらをつかまえて、何ということをやるのだといって、上の共産党から締めつけられる場面などが出てきますが、それは共産党員としては当然なんです。先ほど加藤君からいろいろ御意見もありましたけれども、その共産党を信じておる教授とかあるいは生徒としてはあれはいいのだと思っているのです。不道徳なことだというけれども、道徳だと思っているのです。あれは共産主義者としての道徳だ。だから民主主義といえばあれこそほんとうの民主主義だと思っている。ですからこれはもう根本的に違うのです。だからなるほど今の資本主義の国にはいかぬだろう、従って共産党員は資本主義国家ではひっくくられるということは本人が覚悟しています。そうでなしの中途半端な連中は、どうもくくるのはけしからぬというようなことをいいますけれども、共産党員自身は、自分たちが天下をとったら、そういうやつは命は残しておかぬと思っているくらいだから、資本主義の続いている限り自分たちが圧迫されるのはあたりまえで、そいつを甘く見ているのはあいつらが甘いのだということを本人がよく知っていますよ。だから相当決意してやって、そうして限界を狭めて、はっきりと道徳観念が根本的に違う、国家観念が根本的に違う、民主主義の観念が根本的違う者は数は多くないのだから、多くない者だけちゃんと別にして扱っていかないと、それをやることのために法律で一般にずっと網をかけていくと、今度は善良なるものがひっかかってくるから、それの行き過ぎをおそれて、今度はさあ警察国家が始まったというようなことになってくる。だから共産党員というものはこういうサイコロジーで、こういう主張であるということをはっきりわれわれもすると同時に、大学にもさして、大学でもおそらく自然科学の先生や法律の先生や文学の先生は知らぬでしょうが、経済の先生などなら知っています。共産党というものはこういうものだ。講義に来ないよつうなことは、何も彼らとしては当りまえのことだと思っている。だから範囲を狭くして決意をする。早く決意をしないと範囲がだんだん広まっていって、そうして何か混乱期がきたときに破壊活動というものは、ごく少数の人間でやれる。建設は非常にむずかしいけれども、破壊というものは、大風の晩にマッチ一本あったら、一つの町も風上から焼くこともきわめて簡単にできるのですから、どうかこの際、共産党員の、鉄のごとく固まった党員となった者だけは、学生だけではありませんが、特に文部省としては、学生の中でそういう者を別個に扱う対策を考えることが、おそらく大学そのものも喜ぶだろうと思う。一つこういうふうに善処してほしいと思います。
○灘尾国務大臣 現在の大学の状態というものについて、今御指摘になりました共産党あるいは共産党員というふうなものが、大きな問題であるということは、これは今さら申し上げるまでもないと思います。私はこの際、特に共産党をどうとか、共産党員をどうとかいうことは申し上げませんが、大学のあり方を改善する、こういう意味において、一つ十分私も努力して参りたいと思います。
○坂田委員長 加藤精三君。
○加藤(精)委員 学校教育法等の一部改正に関する法律案の総体的なこと、輪郭的なことについて、一言私の持っている若干の疑問を申し上げまして、本案の審議に入ります前に、その大体の方向を教えていただきたいのでありますが、その前提といたしまして、文部省の所管しております行政、学校教育につきましては、文部省の伝統として、教育と経済とな関係を最も重視しなければならぬということがあったということでございます。これらは教育五十年史、その他文部省の昔の責任者が言い残した文献等にも見えておりまして、文部省の会計課というものは、他の省の会計課と違いまして、そういう意味におきまして非常な発言権を持っており、重要視されておったということを聞いております。それはドイツの教育行政に示唆を受け、指導を受けた一つの伝統だというふうに聞いておりますが、そういう点から顧みまして、現在の大学教育と今度新たに制度としてできます専科大学の制度との間の関係を考えてみたいのでございます。 と申しますのは、現在わが国では大学の数は多過ぎる。私寡聞にして各文明国の大学の数は知りませんけれども、おそらくイギリス等は、二十くらいしか大学はないと思います。わが国の大学の数は、おそらく文明国の中で最も数が多いと思うのでございます。その上になお、専科大学とは申しますけれども、大学の範疇に入る学校をどんどん作っていくことを奨励するという形になりますと、わが国の国民の所得また国力に比較しまして、それだけ多くの大学教育の分量が必要であるかという問題になるのじゃないか、こう思うのであります。そういう面からいいまして、私は現在の大学を何らかの形において、相当再編成する必要があるのじゃないか、こう思うのでございます。それに特に気がつきますのは、全国の各県にありますところの文理学部というようなもの、あるいはかって男子師範、女子師範、第一師範学校、第二師範学校、また青年学校、教員養成所、その他の形であったもので大学になったものが非常にたくさんございます。そういう大学が、果して現在その大学自体として基礎が固く、そして将来十分な使命を持っているかどうかという問題があるのでございます。過般の新聞に、全国の文理科大学に対して特徴をつけて、ある県にある国立の文理科大学は、どういう学科、学部に重点を置く、ある府県にある国立文理科大学は、どういう学科、学部を指導するというようなことの再編成を、今研究中であるということが出ておりましたが、これは実際上どの程度に御進捗になっているものかは知らないけれども、またそれをきょうお尋ねしようと思っているのじゃないのですが、一つのアイデアであることは確かだと思うのでございます。話が冗長になりまして申しわけありませんけれども、御理解いただくために申し上げますが、一萬田前大蔵大臣が山形県の県内視察をしましたときに、どうも各県にあるいわゆる地方大学——駅弁大学といいますが、そうした大学は、その県に必要な科学技術者ないし教職員を養成するという目的のための学校にして、ほんとうの総合大学的な、あるいはそれに準ずるものは、全国に十くらいあればいいじゃないかという意見を述べているのを聞いたことがあるのでございます。一萬田前大蔵大臣は、教育に対して特に識見が高いという令名を聞いたことはないのでありますが、最も頭脳の明晰な人としては数えられると私は思うのです。それで国民の考えていることを端的に表現したものとして、私たちはやはりそれから一種の示唆を受けるのでございます。そういう意味におきまして、専科大学の財政的基礎、それがわが国の国力とか国民経済とどう関係があるか、また同時に、専科大学の中で最も輝かしい成果を上げるであろうものは、高等学校の課程と大学の課程とが渾然と一体になって、高等学校は完成教育ではなくて、大学の先駆である教育となって、そして五年間なり六年間の教育が国家の将来の産業、あるいは国民生活の実際的な基礎を立てるような、非常な輝かしい成果を上げるであろうところの前後期を有する専科大学が、一番大事だと思います。その前後期を有する専科大学でありましても、それが、制度はできてもその該当が一つもないということでは困りますので、現に短期大学、あるいは国立の短期大学等であって、そしてこの制度ができると、前後期の、われわれの理想とするところの専科大学の形をとるのができる見込みがあるか、そうしたことに対して、政府が財政的支出をする見込みがあるかということをまずお尋ねいたします。 それから同時に、できるだけ早く大学の再編成を考えて、そうしてさきに申したような文理科大学とか文理学部とか学芸学部、教育学部、またその一部の相当な土地建物等を専科大学に国家として再編成なさることを望んでおられるかどうか。また現在あります短期大学は、将来、専科大学の制度が非常にすばらしい成果をあげますれば、相ひきいて専科大学に私は変っていくものだと考えておるのでございまするが、そうした際に、専科大学は実業または実際生活に必要な科学技術その他の特別な深い専門の教養を与えるわけでありますから、そうした教育内容、教育目的にふさわしい施設、設備をしますときに、私学振興会その他の面から、私学に対しても相当財政面の支援というか、そうした建設資金とかの資金のあっせん等をして、そうしてこの制度改正、すなわち専科大学制度が実現しましても、これを有意義に、有終の美をなせるお心がまえがあるのかどうか。そうした点につきまして、やや専門的なことでございますので、局長に御意見を承わりたいのでございます。
○緒方政府委員 質問の第一点でございますが、特に五年制の一貫教育をやりまする専科大学に対しまして、設置の見込みいかんということが第一の質問だったと思います。国立の学校といたしましては、昭和三十三年度に久留米に久留米工業短期大学というのを設置いたしました。これは特に中級工業技術者の養成を目的といたしまして、従来の国立短期大学の例を破りまして、独立の昼間の短期大学を作ったわけでございます。これは行く行くはこの制度が実現いたしましたときには、この専科大学に切りかえることを今日から目標といたしまして作ったわけでありまして、これが国として今着手をいたしております一つでございますが、今後におきましても、国立の専科大学をできるならば増設していきたい、かように考えております。 それから公私立の向きでございますけれども、現にこの制度ができました上は五年制の——特に工業関係でございますけれども、それを作りたいという意向は相当あるように聞いております。またこれは法律では、実際に実施されますのは三十五年でございますので、具体的な計画までは聞き得ないのでございますけれども、公立の向きにおきましても私立の向きにおきましても、さような希望があるように聞いております。なお、特に将来公私立のものがこういうものを作る場合に、政府として財政的な援助をする考えがあるかというお話でございますけれども……。
○加藤(精)委員 援助じゃない、資金の融通とあっせんです。
○緒方政府委員 これらは私学に対しまする全体の問題もございますが、従来行なっております関係におきましても、あるいはまた新たに補助金等の面におきましても、これも今後の三十五年度からの問題でございますが、十分考慮いたしてみたいと考えております。
○坂田委員長 稻葉修君。
○稻葉委員 私は近く憲法調査のため二カ月ばかり留守にいたしますので、今国会における最終の私の質疑になりますが、二点お伺いしておきたい点があります。 一つは、国家試験制度と大学制度の関連性であります。司法官、弁護士の試験につきまして、法制審議会の答申に基き法務省側から提案されました。試験制度の改革は、現在の私どもの考えでは、不満足な大学制度に合せて、試験の方法をたやすくするという方向に基いたのでありますが、今回自民党政調法務部会のあっせんによりまして、関係大学側との了解もついた上で成案が近く政府提案として提出され、これには私どもの念願しておった、将来の大学制度の改革とにらみ合せて、やはり大学教育というものは専門教育であるという建前にのっとった改正にすることにとどめることになりましたことは、大臣よく御承知の通りでありまして、御同慶の至りだと思うのでございます。つきましては、現在の六級職試験といわれる公務員試験制度におきましては、どうも私どもの考えておる、大学教育をなるべく専門化して、一般教養課程を二カ年もずるずるやっておるということを将来改めていきたいという方向には、ほど遠い現状にありますので、この点も党といたしましては、改革しなければならないという機運が、今回の司法試験制度改革の問題を論議する過程において出て参りました。文部省といたしましてはどういうお考えであるのか。将来は、われわれも、また文部省側もおそらく中央教育審議会等の答申にもあります通り、現在の大学制度をもっと専門教育化するという方向に指向するとするならば、あの公務員試験制度でよろしいものであるかどうか、大臣の御所見を承わっておきたいということであります。
○緒方政府委員 私から一応申し上げます。 大学教育が一般教育と専門教育で構成されておりますことは御指摘の通りでございます。そのうち、この新しい大学制度の特色としましては、一般教育を相当取り入れてこれを充実して参ることになっております。これは御承知のように、新しい学制が年限的に申しましても、従来の旧制高等学校の教育の一部が大学制度に入っているような関係もございまして、やはり専門教育の上置きといたしまして、この一般的な教養を充実し実施していくというねらいが今建前になっておるのでございます。ただしかし特に技術方面につきましては、これも御指摘のように、大学教育の中でこの専門教育が非常に足りないじゃないか。大学を卒業しました者の専門的な知識が足りないので、なかなかすぐ間に合わぬという批判が出ておりますことも、御指摘の通りであります。ただ一方におきましては、これに対しまして、やはり一般的な教養を広くしておくことが、すぐには間に合わぬでも資質としてはいいのだという批判も、これは特に採用します側の大企業等にはあるのであります。専門的な教育は採用した上で仕込めばいいのだというような意見もあるのでございます。さような状況でございまして、一般教育に対する批判はいろいろとまた分れている現況でございまして、大学の教育の一般教育を削ってしまう、あるいはこれを非常に縮めてしまうということにつきましては、なお文部省としましても十分検討しなければならぬ段階だと考えております。すぐそこまでには至らない段階だと考えております。かような……。
○稻葉委員 それはおかしいのだ。そこまでよろしい。 それはすでに文部次官通達で、今まで二カ年の一般教養課程でやっておるものを、国立についてはなるべく一年半でやってしまえということを出している今日、今さらそういうことをあなたがおっしゃるというのは部内不統一ですよ。
○緒方政府委員 私は一般的に申し上げたわけでございまして、現在のやり方としましては、ただいまお話のように、従来の一般教育のワクをだいぶん緩和して参りましたことは事実でございますけれども、根本的な考え方としまして変えていくということにつきましてはまだ十分議論を尽さなければならぬ関係があると思っております。
○稻葉委員 もう一つは中央教育審議会の答申によりますれば、教員の養成制度につきましては一般の学部の卒業者にむやみやたらに教員の免許状を乱発するという現在の教職員免許法の規定は、戦後の六・三制の施行によって教員が不足したときのやむを得ざる暫定的な措置みたいなものだから、将来はやはり一生を教育にささげるという志ある者、いわば大学の学芸学部、教養学部教育大学という卒業生のみに与えるような方向にすべきではないかといった趣旨の答申が行われているように聞いておりますが、それは大体事実でございますね。
○緒方政府委員 大体今申されましたような方向でございますが、詳しく申し上げますと若干時間をとりますので……。
○稻葉委員 時間がありませんから簡単のところでけっこうです。大体そういう方向なんだ。そうなるというと、現在のいろいろな社会情勢からいって、日教組のあり方であるとかいろいろ批判が世間にあるわけです。道徳教育講習会にしましても勤評問題にしましても、一番の騒ぎの根源は、どうも私どもの見ているところによると、国立の教養学部の学生という、全学連などというものにむしろ根源がある。しかもこれらの学部の教授諸公の中には多く日教組のいわゆる講師団というもののメンバーがおるということになりますと、そういう方向に教員の養成の制度が狭められますと、将来教員になる人はそういう傾向を持った人が多く全国に配置されるということになって、私どもとしてはゆゆしい問題であるというふうに考えるものですから、中央教育審議会の答申も、過去一年くらい前でしたかのときと今とでは情勢が非常に違っておるし、文部省としてはこれを慎重に取り扱ってほしいということです。 もう一つは、やはり一方に今の教員養成制度でいいというわけにはとうてい参らぬと思うので、この点についても、むやみやたらにだれでも途中から、国家試験に落ちたから、それでは教員にでもなろうかということで、教職課程をとって、いつでも免許状をもらえるようなルーズな制度を改めると同時に、先ほど言った点についても弊害が起らないように、慎重に取り扱っていただきたいと私は思っておるのです。文部大臣の御所見を承わりたいと思います。
○灘尾国務大臣 教員養成についてのお尋ねでございますが、稻葉さんの御質問とは多少様子が違っておるように私は思うのであります。と申しますのは、現在の教員養成制度全般を検討いたしますと、現在教員養成を目的としておるような大学それ自体についても何らか改善する必要がありはしないかということと、直接に教員養成を目的として、りっぱな教員を作るように一つ大学をかえていこう、それに乗らない諸君には、国家試験か何かやって、ちゃんとしたものを、ある程度の実験もさせてやって、やっていこうと考えられていっておると思いますが、案としましては、趣旨はまことにけっこうだと思います。しかし実際問題としてこれを実施するということになりますと、いろいろ考えなければならぬ面がたくさんございます。予算その他の面においても相当用意しなければならぬものもございましょうし、実情をよく見まして、なお十分検討した上で結論を出したいと考えておりますので、御了承願います。
○坂田委員長 本日はこの程度とし、次会は公報をもってお知らせいたします。 これにて散会いたします。 午後零時三十六分散会