逓信委員会 第10号
- 発言数
- 44 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1958/11/04
会議録
○淺香委員長 これより会議を開きます。 放送法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。質疑の通告があります。これを許します。原茂君。
○原(茂)委員 放送法の改正案を出されておりますのに関して、ある意味では非常にばらばらになりますが、総括的な問題、あるいは逐条的な問題と、順序不同でいろいろと、いきなりのことで準備が不足ですから、思いついたままに、私の本来持っておる疑問とするところ、あるいは私の意見を申し上げないで政府当局の御意見を率直にお伺いしたいところというような観点から質問をしてみたいと思うのです。 まず最初に、放送法の改正自体が置かれておる今の地位ですが、いやしくも私ども社会党という立場から単に反対をしようというのではなくて、国民全体のある部分の感じを申し上げますと、現在やっている岸政府の、あるいは今日までやって参りました保守党の一連の政策等を考えてみますと、遺憾ながら今日まで政府あるいは与党が攻撃をして参りました総評などのスケジュール闘争、これが非常に正常な労働組合運動でないというような非難が常に与党の側から放たれているわけですが、逆に私が考えてみますのに、国民の相当部分の杞憂というものは実はその総評のスケジュール闘争と同じようなものだ、むしろ政府、自民党の手によってある種の目的に向ってスケジュール闘争が行われているのじゃないかというような感じを率直に持っていると思うのであります。遺憾ながら昨年の六月、アメリカに岸さんが参りまして以来、その後急速に行われて参りました教育者に対する政府の態度、たとえば勤務評定の強行実施のごとき、八年も前から、法の制定はあっても先生に対する実施は困難だという理由で八年間も行うことのできなかったこれを、今日の段階で急激にやろうという決意を示し、それを実行に移してこられた。もっと前にさかのぼると池田さんがロバートソンと会談をして以来、教育二法案の改正はやる、教育委員会の選定方式を変える重要な改正もやってしまう。今日の段階で警職法を改正されようとする。ちらちらうわさに上っておるのは、すでに内閣では防牒法に対する準備をしているとまでいわれている。やがてくるものは——やはり戦前の一連の戦争への道をたどったわが国の足跡を振り返ったとき、その次に一体何が出てくるかを考えてみますと、やはり言論の統制というものが出てきて、そうして再び正々堂々と軍隊の持てる日本とし、ある意味ではセシル・ブラウンなどと岸さんが会談をしたときにはしなくも言われたといっておりますいわゆる日米共同で防衛の義務を分担するための安全保障条約の改正をやる。西太平洋を今日防衛地域に含むか含まないか、沖縄、小笠と原等をこれに含むべきである——このことを通じてわが国の施政権の奪還をねらうべきだと、そういう底意を持った考えからも、沖縄、小笠原などに対関するいわゆる防衛の分担は当然であるとちらほらほのめかしてみたり、かれこれ集約しますならば、やはり何か岸さんがかって戦時閣僚であったときの夢が、もう一度岸さんを中心にして現内閣あるいはその与党としての自民党の院内における多数の力でやがて十三年以前のあのいまわしい戦争に巻き込まれていった日本というものを違った形で実現しようとするスケジュール闘争、岸内閣の手によって今日着々として準備をされ、それが実行に移されているんじゃないか、こういう懸念が、私はもとよりですが、国民の相当部分に今日持たれていることは争えない事実だと思うのであります。そういう一連の、安全保障条約改正から憲法の第九条の廃棄をする段階だと認定する岸総理の考え方、そこに持っていこうとするためのスケジュールの一部に警職法があり、やがては防諜法、言論の統制ということにはっきりと踏み切るのではないか、当然そうするだろう、こういう疑いと杞憂が、むしろ心配が多くの国民に今日の段階では持たれている。その中で放送法の改正を、改正をすべきであるという長い歴史を持つものではありますけれども、この臨時国会という短期間の国会の中で、全部十分審議したとはいいながらも、まだまだ一度質疑応答をしただけで、前質問者の小澤委員にしても、あるいは金丸委員にしても、法制上の問題は法制局長官の出席を願ってから質疑をしなければならない問題が残っていたり、あるいは大臣、その他の当局者の意向を聞かなければその質問というものもけりがつかないという、まことに中途半端な質疑がわずかに行われたばかりのこの段階で、しかも今理事会等でお聞きしますと、きょう上げたい、あす上げたい、あさって上げたい——この重要な放送法の改正という問題をそれほど急速にばたばたとこの臨時国会でぜがひでも上げてしまわなければならないほどのウェートを持っているのかどうか、この点を私は大きく疑問と考えますので、まず現在の段階において今申し上げたような国民が杞憂をする空気の中で、自由民主党政府のやって参りました一連の、ある人のいうスケジュール闘争、スケジュール的な目的達成のための手段として数々の政策を強行してくるこの中で、やがてだれでもが心配する言論の統制というものが行われるのではないか。この危険を感じている中で、しかも十分に国民大衆の納得のいくまでこの委員会においても各委員の審議が十二分に尽された後に出るべき結論が出たら、それには公正な立場で是は是、非は非という態度で、この言論のことに及ぶ限りは不党不偏で私どもといえどもこれに善処する、こういう心がまえでこの放送法に対して審議を続けていくことが当然だと思うし、そのことが国民の大きな期待ではないかと考えますので、こういう意味から今までやって参りました審議の経過並びに現在この放送法を急に上げたいという理事会等における与党の側の御発言等に対して、私の申し上げたような考え方に対してどのようにお考えになっているのか、大臣から率直な御答弁をまずお聞きしてみたいと思います。
○寺尾国務大臣 原委員の特に岸内閣に対するいろいろの御見解、またこの放送法の改正案が言論統制というような形においてなされておるのではないか、またそういうさなかにあって不肖私が、岸内閣の持つ原委員の御所見のような形において寺尾もまたその閣僚として言論統制といったような形においてこの改正案を急ぐのはなぜか、こういう御意見並びに御質問であるかに拝聴いたしましたが、私は岸内閣に対する御所見は別といたしまして、改正案へこの案自体につきましては全くこれは放送業者の自主的な運営にほとんどをまかしておるということを、はっきりお答えできるのではないか、かように考えておるわけであります。ただこの審議を私が急いでおるということは、私として持つべき態度ではないと存じます。これはあくまでも委員会の委員各位が慎重御審議をしていただくということの一語に尽きるわけでありまして、ただ私はぜひ今臨時国会にこれを成立させたいという念願を持ち、さような希望を持っておるというわけでございます。 この放送法自体、今回改正をいたしまするにつきましての基本方針といたしましては、過日も申し上げましたように、現行法においてはもはやこの放送関係、特にテレビジョンの放送等が異常な発展をいたして参りました、従いまして、こういう新しい事態に対しては現行法ではきわめて不備である。従ってこの現行法の改正案はどういうところに重点を置いて改正をすべきか、こういうことで考えまして、まず番組というものを向上せしめ、適正に番組を作り上げる、よりよき放送をさせるということに改正の重点を置かなければならぬのじゃないか、まずかようなことを考えたわけであります。しかもこのよりよき番組の放送にいたしましても、これを規制をする、あるいは言論統制といったような形でこれをしいるということは絶対避けておりまして、あくまでも自主的にこれを行う。たとえば第四十四条の第一項を若干の修正をいたしましたし、第三項第一号の修正、あるいは四十四条に四項、五項の新設をいたしまして、番組のよりどころ、番組準則というものを規制をいたしたのであります。従ってその番組準則というものをいわゆる一応の番組編成の、番組基準のよりどころといたしまして四十四条の二の第一項、第二項、それから四十四条の三は御承知のように番組審議機関、この番組審議機関を十二分に自主的に活用いたしまして、そうして放送事業者の諮問に答えていわゆる番組編成の基準を作り上げる、そうしてこれができた場合には公表をしなければならぬし、またこれを修正した場合にはまた同じく公表すべきだ、こういうふうに、まず番組編成の基準と、番組編成によりますところの基本方針というものをあくまでも自主的に作ってもらう、このことに今回の改正といたしましては一番重点を置いたわけであります。 そうして日本放送協会の問題といたしましては、業務の範囲を拡張いたしました。このことは日本放送協会が持ちますところの一つの使命と申しますか、これにかんがみまして業務の範囲を拡充をいたしまして、同時に日本放送協会に対する財務機構等を若干整備いたしました。それから民間放送に対しましては、番組の適正向上化をはかるということは日本放送協会と同様でありますが、それにできるだけその自主性を確保する。民間放送の今後は自主的な運営のもとによりよき放送を行なってその使命を果していってもらうということで、民間放送に対しましては自主性を確保するということの規定を若干設けまして、その他につきましてはできるだけ必要最小限度にとどめた、こういうのが今回の改正案の大きな重点を置いた点でありますが、第一条に示してありますように、ただいま原委員もお触れになりましたように、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保する」、このことは私はもはや憲法第二十一条にも示されております表現の自由、このことを守り、このことを確保するということが放送法の根本方針だ、かように考えております。しかもこれらが公共の福祉に適合するように規律されなければならぬ、そうして健全なる民主主義の発達に資さなければならぬ、こういう第一条の目的、その他番組におきましても、「放送番組は、法律に定める権限に基く場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。」、こういうふうに、きわめて明々白々に表現の自由というものが絶対だ、これに対しては監督官庁の政府といえども何らこれに容喙すべきものでない、こういう原則ともいうべきものに立ちまして、この改正がなされておる。これは各条項を御検討いただき、またそれらについて御質疑にお答え申し上げたいと思いますが、この放送業者の言論を抑圧しておるという点は、私はこの中には一点もない、さように考えておる次第でありまして、この点につきましては、今回の放送法の改正はいわゆる必要最小限度にとどめましたのと、同時に自主的に運営並びによりよき放送番組を作って、りっぱな放送をしてもらう、こういうことにしたわけであります。 ただこの中に日本放送協会の受信料の問題が、これは将来の問題として、現行の受信料で果してこれが適正かどうかということについては、相当議論のあるところでございますが、いろいろこの協会の受信料制度について、基本的なあり方がどうあるべきかというようなことでいろいろ検討をいたして参っておりますけれども、まだ実はこれでよろしいという確信のあるものを結論が得られないのでありまして、これは今後のNHKの運営にきわめて重要な問題といたしまして、続いてこの料金制度の基本的方針、基本的あり方というようなものを検討いたしまして、いわゆる適正な受信料制度というものを打ち立てたい、このことはこれからさらに検討するということで、現行の料金制度に対しましては、現行のままとなっておるようなわけであります。 以上申しましたように、今回の改正そのものは決して言論統制ではなく、むしろ放送事業者の自主的な経営にほとんどすべてをまかせておる、こういう改正案になっておることを一つ御了承いただきまして、何分の御審議をお願いいたしたいと思います。
○原(茂)委員 どうもこの調子ですと、二日も三日もかかっちゃうのですが、私の申し上げておる質問の要点は、大臣非常に御親切に克明に御答弁いただくわけで、ある意味ではありがたいのですが、やはり時間もある程度節約しながら進めていきたいと思います。不親切のようでかまいませんから、答弁の焦点だけずばりずばりとお答え願いたいと思います。 言論の自由を抑制しようとなさっていないということに中心を置いていろいろと御説明があったらしい。各条にわたって御所信をお伺いしたのでありますが、私たちの立場から見ると、これから審議するわけで、逐条にわたっては言論の抑圧になるのではなかろうかという条々があると思っておりますから、これは順序不同でこのいただきました資料によって申し上げてみますから、そのときに今言ったようなことはお答え願いたいと思います。 第一に今お伺いした一番の中心は、この臨時国会でそれほど急にこの種の重要な放送法の改正というようなものが——自由民主党政府がスケジュール闘争をやって、一連のいわゆる反動政策、やがて十三年以前のああいういまわしい戦争をする日本というものに、角度は違うけれども再び持っていこうとする、そういうことをしておるのではないか、その計画の一端として教育二法があり、教育委員会法の改正が行われて、今日の山場として警職法の改正が行われ、それから防諜法が今すでにちらちらちらつかされており、次にそれと一緒にくるものは間違いなく言論の統制ではないか、これでもう戦前と同じになるんだというような心配をしておる空気の中で、今おっしゃったように言論の自由等は抑制しないのだ、その点は十二分の考慮を払われておるという御苦心のほどはそのまま私は信じたいと思いますし、お受け取りするわけです。であるならば、なおさらに最初にお伺いいたしましたように、この短かい臨時国会に、しかもまだ十二分にこの委員会の審議も尽していないのに、従来数年前からこれが審議されており、あるいは論ぜられて参りましたが、問題点の非常に多いこの問題をなぜ一体この臨時国会で上げたいとお考えになっておるのか、この点はどうしても私には解せない。その必要はないのではないか。もっと十二分に、これこそ継続審議けっこうです。あるいはこのための小委員会を設けることもまたけっこうだし、もうすぐあすあさってに通常国会という五カ月にわたる長期間の国会がちゃんとくることが予定されておる。それほど確信があり、言論の自由を抑圧するものではない、言論統制の国民の心配するそういうスケジュールの中でこの放送法の改正をしようとしておるのではないのだ、こうおっしゃることを国会の堂々たる十二分の審議を通じて国民に安心して下さいと知らせることが最も大事なのではないかと思うので、臨時国会でなぜ一体この種の重要な、非常に国民の心配しているこの問題に関する結論を急ごうとするのか。そのことは少し性急に過ぎはしないか。むしろ政府がそれほど慎重に、言論の自由を抑圧しないという御考慮があるならば、そのことをもっともっと十分な各種の審議等を通じてこれを国民に知ってもらおうという態度をとることが、慎重というより、当然の態度ではないか。この臨時国会で、しかもあと一日、二日でやめてしまう、委員会における審議も十分でないとわれわれが言っているのを、強引に上げようとなさる態度がふに落ちないし、またお考え直しを願った方がいいのではないかというのが私の質問であります。
○寺尾国務大臣 この放送法改正案は、あまり急がぬではないか——急がぬではないかという御所論ではないかもしれませんが、いろいろ岸内閣がやっておることに対して国民が不安を持っておる、従って、慎重審議をしたらどうだ、こういう御質問でありますが、この放送法の改正案というものは、特にテレビジョンが異常な発展をした今日の段階においては、これは国民大衆の切望しておるところではないか。すなわち、よりよき放送をしてもらう、りっぱな放送番組を作って、そうして国民生活に深刻な影響を与えておる放送であるから、このことがもし低劣化するとか、あるいは深刻な国民生活に大きな影響を与えておる放送、このものがりっぱな放送をするといなとは、その子女の教育の上に、あるいは家庭生活の上に、あるいは国民思想の上に非常な悪影響を及ぼすことになる。従って、できるだけすみやかに放送法というものを改正する必要があれば改正をして、りっぱな放送番組を編成して放送してもらいたいという事態、そういう聴取者の要望が非常にあるのではないか。そのために、御承知のように去る二十八国会においては、すでにその必要性によりまして、放送法の改正案が提出された。しかしこれが不幸にして衆議院解散等によってこの放送法の改正というものは審議未了に終った、こういうことでございますから、政府といたしましては、この臨時国会の機会に、ぜひ国民の要望しておるところであり、また政府もこの放送法の必要最小限度の改正をすることが現下きわめて重要かつ必要な問題だ、こういう確信を持って提出をいたして御審議願っておるわけであります。でき得べくんばこの臨時国会において、ぜひこれを成立をさせていただきたいということも過日来お願いをしておるところでありまして、この放送法の改正案につきましては、ただいま申し上げましたように、国民大衆からきわめて必要な問題として要望をされておる、それからこのままで、この現行法だけでしばらくこれを置くということになれば、そういったような深刻な国民生活に影響を与えておるラジオ放送あるいは特にテレビ放送等が異常な発展をいたして参っておりますそのさなかにおいては、どうしても政府としてはこのままでは放置できない、必要最小限度の改正をしたい、こういうことでございますから、この点をぜひとも一つ御了承賜わりたいと思います。
○原(茂)委員 大臣の御要望はお聞きいたしたわけですけれども、少くともテレビ、ラジオの急速な発展という、現段階におけるこの発展の度合いからいって、急速に、しかも院内における審議が不十分であっても、とにかくこの臨時国会でしゃにむに通さなければいけないほどの、いわゆるテレビその他の発展に伴って、現行の放送法下におけるテレビ、ラジオの放送等について、大衆が改めてもらいたい、これはいけないというほどの欠点を国民が希望しているといいますが、国民自身は感じていない。それほどの欠点というものは今日までそう多く指摘はされていない。私どもが見ても、この点はこうした方がいいんじゃないかと思うようなものも多々あります。技術的な問題に関する限りはやはり現在の技術の進歩発展に伴って、協会内部はもとより、民放におきましても、一体技術の発達、世界的の進運にいかにしたらおくれないで済むか、どうしたら日本国民の享受するテレビ、ラジオ等がより世界的な水準において見ることができるか、聞くことができるかというようなことは、日夜深く研究しなければならない急務であることは同感であります。しかし今言われたような概括的な意味において特に放送関係には聴取者グループの中に投書グループなるものがあって、全く幸いなことにいろいろな聴取者の意見というものがある意味では一番自由にラジオ、テレビ等に反映できるような習慣がここについてきておる。その中においても、あるいは新聞の投書等の中においても、現放送法の欠陥ここにあり、急速に改めてもらわなければ国民大衆が非常に困る、われわれが今日聴取しておるテレビ、ラジオのあり方がかかる状態では困るのだ、ある意味では民放における放送の内容等が、いわゆる国民のあるいは道徳全体の上からいってどうも考えさせられる問題があるとかないとかいうような投書なり意見がたまたまあることはあるのでありますが、一体そのことだけが中心でこの放送法を急速に改正するのだということにもならないと私は思う。言うなれば、大臣のおっしゃるように、国民が一日も早くこの放送法の改正されることを希望しているというほど大げさに今日の状態というものが、委員会における不十分な審議ででもとにかくあすでもあさってでもこれを急に上げてしまえというほどの世論なりあるいは国民的な希望というものが大臣その他のところに届いておるとは思われない。でありますから、私の立場から言うならば、慎重に審議をする、こういう建前——決してこれをしいて引き延ばしてみたり放送法の改正をしないというのではなくて、特に歴史的にも不党不偏的な運営をやってきた私どものこの委員会におきましては、十分国民の側に立って審議をし、その審議の結果がもし是と出るならば虚心坦懐にそれに従うことにはやぶさかでありません。急いで改むべきは改めたいと考えます。しかしながら現在の段階で、大臣の言うように、どうしてもこの臨時国会であと一日か二日でこれを急速に上げなければいけないほどの切迫した今日現行法下における重大な欠陥等はない、それほどのものではない、こういうふうに私は考えておりますので、その立場でこの放送法に対していきたいと思います。急いで一生懸命に悪いところを改めて改正すべきは改正したいと考えます。しかしながらその立場からも十分審議を尽すべきだとかように考えますので、この点を一つ御了解の上で、私のこれからのいわゆる放送法改正に関する質問に端的にお答えを願いたいと思うのであります。 まず第一にお伺いしたいのは、この法律そのものの形なんであります。いわゆる現在の放送法という中に、協会に対するものと、一般放送事業者に対するものとをひっくるめて一つの法律にしてありますが、このような形で今後もいってよろしいのかどうか。私はむしろ現在の放送法の中から日本放送協会法のごとき単行法としてこれを引き抜いて、いわゆる協会に対する別途の単行法の制定を行い、二本立として、現在におけるわが国の実情に即したこの種の管理、あるいは協力態勢の確立というようなことをやっていく方がいいんじゃないか。現在の放送法の中にいわゆる総括的な総則というものがある。次にたしか第二章で日本放送協会法がある。第三章かに五十一条ですか、一般放送事業者に関する規定があるというふうにしているところに、この法体系そのものに何かすっきりしないあいまいなものが残っている。これがいろいろな形でこれから逐条的の形をとるかもしれませんが、お伺いするような問題も出てくる原因になっているんじゃないかと思われる節もありますので、まず現在のこの立法の形といいますか、これがこのままでよろしいんだ、こういうふうにお考えなのか。本来ならばやがて単行法の日本放送協会法のごときを作るべきだとお考えになっているのか、私はそうすべきだと考えておりますが、この点に関しての御所見を伺いたい。
○寺尾国務大臣 お尋ねのように、現行法から日本放送協会に関するものを抜いて、放送法、日本放送協会法、一般放送事業者法、この三本立にするといったようなことも、私は法律にはきわめてうといのでありますが、一つの立法技術であろうかと存じます。ただ今回とりましたことはこれを改正いたしまして、そして一本にいたしたということにつきましては、この一本が絶対だからとか、いいからとか、特にいいからとかいうようなことではなく、いわゆる現放送法を最小限度に改正をする、こういうところに重点を置いて選んだのでありまして、これを将来、今原委員がおっしゃるような三本立にするといったようなことが、検討の結果よりすぐれておるんだ、取扱い上これがより便利だとか、あるいはこれが立法技術としてはよりすぐれておる、こういうことになれば、私はそういうことも考えられるんじゃないか。ことにこの際ちょっと付言して申し上げますことは、私どもは今後異常な発展をいたしますこの電波関係の放送事業に対しまして、今回の必要最小限度の改正案であるこの放送法で満足しよう、これで将来もいい、かような考え方は持っていないのであります。やがてこれは抜本的に、今原委員がおっしゃったような、いかなる形において、今後の発展する放送界としての、いわゆる根本的放送法を作り上げるということは、私どもは十分検討していかなければならぬ、こういう考え方を持っておるわけでありまして、今回は必要最小限度において本現行法に修正を加えた、こういう次第でございます。
○原(茂)委員 こういう問題も数年来重要な問題として考えられてき、いまだに結論が出ない問題なんです。その一つを私はとらえただけなんですが、およそ法律を改正しようとか法律を作ろうというときに現在の国内における大勢というものを見て、その大勢に最もよくマッチしたものを作っていかなければ、法そのものは十二分に生るものとは考えられない。ですから今日放送法の改正に手をつけようとするならば、当然のこと基本的に最もよくこの法律を生かそうとする問題、十二分に法律が法としての効果を上げ得るようにするための問題として、果して立法の形式がこれで是であるか非であるかということを考えることが、何といっても法というものを対象にものを考えようとするときの一番大事な心がまえだと私は思う。今日改正しようとするならば、その改正のまず第一の焦点はここに置くべきなんだ。一体それは三本立にすることも考えられる、二本立もいいかもしれない、急激に進歩する今日の放送界の様相によっては、何といってもまた改めなければいけないかもしれない。当然のことを大臣おっしゃったし、私もそう思うのである。ことほどさように今日の時点で先ほど前段に大臣がおっしゃったように、すでに現放送法をもってしてはこのテレビ、ラジオの進歩発達にふさわしくない、こういうふうにすでに言い切っておられるほど現状というものを重視されるならば、この現状に最もそぐった、マッチした形の立法の形式とは一体どういうものがいいのか、確信をもってこの一本立がよろしいとおっしゃったならともかく、そうでなくて三本立もいいかもしれぬ、二本立もいいかもしれぬ、やがて何か改正するかもしれぬというような、そういうお考えでこの法律改正に臨んでこられる態度そのものは、何といっても私は軽率だと思うのです。いやしくもこれは長い間の懸案である放送法の改正でありますから、従来の審議された中の重要な問題点というものを十二分に御検討願った上で、まずこの種の大事な問題に対する態度というものを、もっと積極的に、しかも現実をそれほど重視される立場なら、現実に最もマッチする形式が、これでよいのだという確信を持った御答弁のできるように、この点は一つ御配慮を願いたいものだと思うわけであります。しかし私の立場は先ほど言ったように、今ここで一日、二日で急にこういう重大なものを上げるとか、期限を切って、どうしてもしゃにむに成立せしめるのだという考え方には立っておりませんから、十二分にこれは当局者の御検討をお願いして、後刻これに対するお考えをもっとはっきりしたものにお聞きをしたい。 それから第二点として、これもたしか前から問題になっていたと思うのでありますが、いわゆるこの法律によって規制をしようとする対象の問題。たくさんあります。ありますが、その中の一つにいわゆる放送局の開設の基準、根本基準といいましたか、その中に放送番組に関するいろいろな規定があります。あるいは国内放送というものは何々をしなければいけない、あるいはその放送番組が不党不偏であり云々という第一条にある問題、こういうものは電波法の放送局の開設の根本基準という中に入っております。こういうような、この種のいわゆる放送局開設の根本の基準というものは、従来からも問題にされてきたのですが、この放送法の中にこれを組み入れるような考え方に立って検討をされたかどうか。私はすべきだと思いますが、一体そのような検討をした結果、この放送法の中にはその趣旨が入ってこなかった、その理由はこうだというように、端的にお答えを願いたい。何がゆえにこうしたものを取り入れないのか、私は組み入れるべきだと考えている。
○寺尾国務大臣 このことは御承知のように、電波法に規定します一連の規定でありまして、今回の放送法の改正の中にはこれは取り入れておりません。しかし御指摘のように、このことが放送法ときわめて密接な関係がありますことは申し上げるまでもないのでありまして、十分検討はいたして参らなければなりませんけれども、今回の放送法の改正案の中にはこれを取り入れなかった、こういう実情でございます。
○原(茂)委員 なぜ取り入れなかったかという、なぜという質問に対する御説明がなかったと思うのであります。この点も要するにまだまだ十分な検討がなされていません。従来からやはり問題点としてこれが大きな問題の一つになってきたのですから、これも十分検討の後にもう少しはっきりした、何がゆえにという、私たちが納得できる理由を御説明願うように、これはお願いしておきます。 そこで前の問題に少しく関連をするのですが、第三にお伺いしたいのは、NHKと民放、一般放送事業者との性格上の差異というものに対して、放送法の改正をしようとするときにはもう少し具体的な、はっきりした、いわゆるどこにどのような差異があるのだということを御検討になり、それが正しい言葉使いですっぱりと、かかる点が違うのだというふうにおきめ願わなければいけない段階が今の現実だと思うのであります。この点をあいまいにしておきますと、なかなかにわが国の放送界そのものの中に解決しにくい問題が幾多包蔵されてきます。やはりNHKというものの性格と民放の性格の差異というものに関しては真剣にこれに取っ組んで、こういうふうに差異があるのだというものをまずきめる、きめてくると、おのずから次にいろいろな現象に対する態度なり解決策というものが出てくるわけですが、これをあいまいもこにしておいたのでは、いつまでたっても問題の本質的な解決にならない、今日の現状に即したものとはいえない、こういうふうに考えるのであります。一体NHKと民放との性格の差異はどこにあるのかという検討が不十分であるならば後刻でけっこうですが、もし検討を十分にした、その結果こういうふうに差異があるのだと明確におっしゃれるならば、その点をお聞かせ願いたい。
○寺尾国務大臣 私は原委員の御所見については全く同感でございます。NHKの性格といわゆる民放のそれとの差異というものは厳として明らかでなければならぬと思うのであります。従って、まずこの相違点の第一は、放送法の第七条に示されておりますように、「日本放送協会は、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように放送を行うことを目的とする。」これが民放と絶対違った性格であると思うのであります。翻って民放の方はその開設あるいは廃止、そういうことは極端に申し上げれば自由でございます。しかもNHKは標準放送か超短波放送かそのいずれかまたはテレビジョン放送を全国あまねく放送することを要求されている。こういうことにおいてNHKの公共性、公共放送としてのNHKと民放のそれとはきわめて判然と法文の中に示されておる。不備不党の放送をなし、これが自律、真実な放送をしなければならぬ。こういうことにおいてはいずれもこれは同じ要望をされ、また同じ責任を持っておりますけれども、公共的な立場においてある放送の内容におきましても、NHKには第九条の点におきまして民放とその点が明らかにされており、それから国際放送に対しましても、この法律案におきましては政府は国際放送をNHKに命ずることができる、またNHK自身も国際放送を行うことができるということであって、現段階におきましては国際放送の問題についてもNHKが行う。ただこの国際放送に対しては、民放に国際放送を将来行なってはいけないという規定はございませんから、将来のことについては別といたしまして、現段階におきましては国際放送がNHKにおいて、また政府の命令等において行われる、こういったような点。またNHKといたしまして公共放送としての高い責任と申しますか、そういうものを特に求めておる条項がございます。その他の点につきましては民放に準用されて、ひとしく自律的に、よりりっぱな放送番組を編成して放送をする、しかも放送が公共の福祉に適合するように行われる、表現の自由を確保していかなければいかぬ、こういう大きな使命、目標というものにおいては、大体において相通ずるものがございますけれども、その性格においては全く民放と日本放送協会とはその性格が違っておる、こういうことが申し上げられると存じます。
○原(茂)委員 公共性というところに重点を置かれて御説明があったわけですが、これはまた当然だと思います。私は民放だから公共性というものが軽んぜられてよろしいというような印象を与える大臣の答弁では不十分だと思う。もし今おっしゃったことが、あとで速記録を見ればわかりますが、ほんとうに大臣のそのような答弁だと、五十一条からですが、一般放送事業者のこれに関して今おっしゃったようなことをはっきり書いてもよろしいのか、そういった性格のものであるということが規定されてよろしいのか、そうするとあとから出てくる条文に背反する。一切の番組審議会等がこれから法制化される、そういったような民放もこれを準用しなければいけない、この改正法にうたってある。一体どこが民放と放送協会と違うのか。公共性というものにあまりに重点を置いて、いわゆる公共性というものを守らなければいけない高度の義務を放送協会が持っていて、その点が民放と違うのだと言い切ってしまったら、民放というものは公共性を軽んじてもよろしいという意思がありながら、この法の条文からいきますならば準用すると書いてある。そこはロジックが合わない。公共性というものに関しては、いわゆるラジオ・コードに関する限りは協会であろうと、民放であろうと、これは厳として守らなければならないという態度が当局の態度でなければいけないと思う。ただ違う点をしいて例示的に言うならば、民放に関する限りはごく少数のスポンサーがいる。放送協会に関しては全国民がスポンサーなんだ。平たく言うならばこの点の違いはあるでしょう。しかしそれだけにとどめておくところに現在民放の側からいう放送協会に対するへんぱな扱いという非難も起きてくる。単に公共性に重点を置いただけの協会と一般放送事業者との性格上の差異はそこにある。そのようなあいまいな、ロジックの合わない法の準用を規定していて、この法律を守れと民放に規制を与えておきながら、片方では民放はNHKよりは公共性がうんと薄いのだ、軽いのだ、先ほど冒頭におっしゃったように、民放は自由に何でもやれる、とんでもない話であります。自由になんか何でもやられちゃ困る。やはりそのためにこの放送法というものが厳として存在している。自由に対して相当大きなワクがはめられているわけです。こういう点からいうと、今の大臣は、放送法における、あるいは改正法におけるものも同じですけれども、まだまだNHKと民放の性格上の差異というものに関しては突きつめた検討と、これに対してはっきりとここが違うのだということを十分につかんでおられないと私は思うし、成文化されていないと思う。正直にまだまだ不十分だとお考えいただく方がよろしいと思うのでありまして、この点はやはりもう少し放送法の改正に関連いたしまして当然なすべきことでございますから、この際十二分な検討をまず当局としてなされて、このことに関する限りはやはり広く一般民衆の意向も取り入れるように措置を十分に講ずる。われわれ国会議員は民意を代表するものなのだ、議会の中の審議というものは民意の反映なのだ、自民党の皆さんが最近特に警職法に関連してそのようなことを言っておられます。しかし時限立法ではありまするけれども、選挙というものが定時的に行われるという原則からいうならば、あるいは選挙が随時ある突発事故のもとに行われるということを考えていきますと、どんな問題でもわれわれは国民から白紙委任状を受けて、一切委託を受けて、国民の全部の民意の代表なんだといつでもいえる立場にあるという考えは少しく不遜だと思うのであります。やはり私どもは、委託される問題の中心というものはそのときどきの選挙における選挙の公約なり、あるいは政府与党側からいうならば、国会の劈頭における政府ないしは総理大臣等の施政演説の中に表現したもの等に関連をする問題であって、いやしくもわれわれ国会議員は民意を代表するものであり、国民から白紙委任状を受けたものだ、われわれが考え、われわれが決定するものは常に国民の意思を代表したものだと独断するその態度は、国会議員としても私は戒めなければいけないという態度をとっているわけです。そういうような考えからいきましても、単にこの委員会で審議を十分にしたからこれでいいのだと、事ほどさようにこの放送法に関する限りは軽い問題ではありません。しかも今あげて参りました三つのうちの第三点に関しましても、やはり相当に国民的な関心を喚起する。むしろ喚起して、一体国民の正しい公正な考え方というものはどこにあるのか、協会の側に言わせると、半分以上はNHKのものを聞いているのだという、民放の側に言わせると、いや半分以上はおれの方を聞いているのだといったようないずれとも判定しがたい問題があります。こういうような問題に関しても、やはり聞いている本人である国民大衆の意思が十分私どもに通ずるような措置を講ぜられて、このことに関して十分な時間をかけ、十分にこちらから注意を喚起して、一体放送法の改正はいかにあるべきか、たとえばその中の民放とNHKの性格というものの差異はどのように規定すべきものなのか、どこが違うとお思いですかといったようなことを、一つの例ですが、国民に問う一つの措置を講じさえすれば、われわれの及びもつかない正当なある種の判断というものは集められるのではないか、そのようにも考えますので、まだまだ今御答弁のあったような、そういう乱暴な今現行法に規定しているだけで十分だという態度でこの民放と協会との性格の差異を規定つけようとすることは、現段階においてはもう合わない、もっと真剣に、困難な問題ですけれどもこの問題と取っ組んで、やはり国民の納得する一つの答えを出すべき段階がきている、こういうふうに私は考えますので、この点もあわせて御検討おきを願いたい。 私はここで、ある意味ではばらばらでございますが、逐条的に問題を一つお聞きしてみたいと思うのであります。まず第一にお伺いしたいのは、現行法の第五条の国際放送に関する規定というものを削っておられます。そこで私は、まずこういうものを削ろうとなさったお気持を、私の方から時間の関係でずばずばと考えたままに、こういう気持があったんじゃないですかとお聞きいたしますから、そうでなければそうでない、こういう気持だと簡潔にお答えを願いたいと思うのであります。これを削った側の考えというものは、いわゆる国際親善を害するものであってはならないということが重要な柱になっておりますから、いわゆる国際親善を害するものであってはならない。今日やっておる国際放送なりあるいはこれから行われようとする国際放送の中に、米国などに関しては親善をそこなわないのだが、中国またはソ連に関しては親善をそこなうおそれがある、またはおそれが出てくる心配があるというようなことをも一応考慮されたのではないか、それが一つの私の疑いであります。 第二には、民放に対して先ほど大臣の御説明の中にちょっぴり出て参りましたが、国際放送というものを削除することによって、ますます何か認めないというような印象を強くするのですが、この際国際放送というものを中心に、この種の重要な第五条を削除なさろうとするからには、当然協会に関する国際放送はもとより、やがて今日以後民放に関して、国際放送というものをどのように位置づけようとするのか、どうお考えになっているのか、この点は一に民放にとって重要なばかりではありません。今日以後の民放そのものの非常な急速な内容の充実と発展とを考えてみますと、やはり国民の一人としていいものは海外に出せるようにしてやりたいという気持もそこはかとなく今日の段階では起きていることも事実であります。従って国民的な関心という意味から民放自身も重大な関心を持つであろうこの問題に関する政府のはっきりしたお考え、現在削除をするけれども、やがては民間放送に関しても国際放送を認めようという方向で考えていきたいと思うのか。あるいは現在のところにおいては、将来を判断するのにNHKには国際放送を認めるけれども、民送に関する限りは認めない、こういう方針なのかを第二点としてお伺いしたい。 第三点にお伺いしたいのは、抽象論でありますが、この種の第五条の条文を削除しますと、あとで国際放送の番組審議会が法制化されるからという御説明では困るのでありますが、そういうものがあってもなおかつ第五条を削除するということ自体は、何か国際親善を害するものであってもよろしい、こういう印象も与えないではないのであります。事はその意味におきまして非常に重要なんであります。「国際親善を害するものであつてはならない。」、国際放送に対する大事なこの規定というものを、特にこれは精神規定でありますが、それを思い切って削除されるに至ったそのこと自体が意味するものは、悪くとると国際親善を害してもよろしいんだということに受け取りかねない心配があるものと思うが、この三点についてお伺いいたします。
○寺尾国務大臣 この際、この前の御質問に対しての私の釈明を申し上げたいと思います。私の答弁の表現が悪かったと思いますが、民間放送は公共性を持たなくてもいいかといったようなことの印象を原委員にお与え申し上げたとすれば、とんでもないことでございます。第一条に示してありますように、公共の福祉に適合するように規律しなければならない、こういうことが民放いわゆる全放送事業者に対してのことでございます。ただ私が申し上げようと考えた趣旨は、NHKが公共放送としての性格を持っておる、こういうことでありまして、その放送の規制に対しましては民放もひとしく公共の福祉に適合するようなこと、いわゆる公共性を十分持って放送しなければならぬということでございますので、この点一つ御了承願います。 それから第五条の廃止でありますが、御指摘のようにこれは別に国際的な考慮——国際的というよりも何々国をおもんぱかってとかそういうことではございませんので、この第五条は、むしろ完璧を期しまして四十四条の五にこの規定を移しまして、そうしてこれを十分強化をした、こういうことでございます。 なお、将来民間放送に対して国際放送を許すか許さないか、こういう御質疑でございますが、この改正案には民放に対して国際放送を許すという規定はございませんし、また国際放送を民放がやってはならないという規定もございません。従って現行法におきましては、一応国際放送は日本放送協会がこれを行い、また政府はこれを命ずる、こういう規定でございますが、私は将来民放が非常な発展を期待もされておりますし、将来の国際放送は民放においてやらなければならぬ事態も決して考えられない問題ではない、そういう観点からいたしまして、そういったような事態がくれば民放にも国際放送を許すべきだ、かような考え方を持っております。
○原(茂)委員 あとの四十四条の五に規定をしているから削除をした、私はこの削除の意味が、あとに持ってきたその理由の一部をなすものは、やはり国際放送に関する番組審議会の法制化というところに一緒にまとめたいという意図が関連して削除をされて持っていかれたというふうに解釈するのです。あそこに言っているからよろしいというわけにいかない。事ほど国際放送に関するこの規定というものは重要だと考えます。しかしその御答弁は私自身の考えと違うのでございますからやむを得ません。あと四十四条の項に入りましたときにこの問題に関してもしできたら敷衍してみたいと思いますが、民放に対しては将来やはり認めるのだと割り切ってそういうふうに答弁を私受け取りました。時期がくれば認めないことはないのだ、こういうように受け取ったわけであります。 そこで今度は第九条に移りたいと思います。現行法の第九条一項の四号、「放送の進歩発達に必要な研究施設を設置すること。但し、協会の研究活動は、放送番組又は放送技術に密接に関連するものに限る。」この規定がありました。それを第九条の一項二号で「放送及びその受信の進歩発達に必要な調査研究を行うこと。」ということと同時に、第九条二項の七、八、十号、これに関連をせしめて現行法の九条の一項四号を改めているように考えられます。その考え方に立っての御質問をするわけですが、何がゆえに一体「協会の研究活動は、放送番組又は、放送技術に密接に関連するものに限る。」というふうに「放送技術に密接に関連する」という言葉をあえてとったのかというと、もう少し範囲を広げた協会の業務をさせたい、こういう考え方からこれはおとりになったものと解釈ができます。その点がそれでよろしいかどうかをあとで伺いたい。 たぶんそうだと思うのですが、その点から考えて参りまして、次に改正法の第七号になりますと、「放送番組及びその編集上必要な資料を第五十一条に規定する一般放送事業者の用に供し、又は外国の放送局に提供すること。」こうなっています。八号に入りますと「委託により、」言々とある。十号に参りますと「前各号に掲げるもののほか、放送及びその受信の進歩発達に関し特に必要と認められる業務」云々とあります。そこで八号に「委託により、放送及びその受信の進歩発達に」云々とある。この「委託」というのは、協会が外部に委託をするその委託であるかどうか、これが二点であります。これは注文上明瞭じゃないかというかもしれませんが、やはり前後を読んでみましても、あえて疑うなら、協会が委託をされたというときにも、その「委託により、」というまくら言葉で、牽強付会ではございましょうが、解釈をしようと思えばできる。私はそうじゃなくて、協会が外部に対して委託をする。すなわち調査研究なり放送設備の設計、技術援助並びに放送に従事する者の養成を行うということを外部に委託する、こういうふうに解釈するのですが、そのような解釈なのか、この委託というものの中には、外部から協会自体が委託をされた調査研究なり技術援助なりを行うということがあるのかということを次にお伺いしたい。 その次にお伺いしたいのは、十号の「前各号に掲げるもののほか、放送及びその受信の進歩発達に関し特に必要と認められる業務」となっていますが、私はこれは重要だと思うのであります。まずこの業務の範囲でございますが、協会内で行う業務の範囲をさすのか、協会外で行う業務の範囲も含まれてくるのか、すなわち、もっと拡大して言うならば、協会自身が技術発達のためにあるいは放送設備の調査研究なり設計なりのために協会外における、その目的のために合う事業をもこれに含めているのかどうか。業務という言葉は、事業と業務とは違うのだという法律的なはっきりしたきめはありませんから、こういう言葉そのものの解釈の仕方によっては幾らでも拡大解釈ができるのでありまして、業務の範囲が協会の内部だけなのか、協会外にもこの業務の範囲が拡大されているのかどうか。技術上の調査研究その他のために協会外で行う何かの事業に協会自身が出資、投資を行うということも含めた、いわゆる協会外における業務としての範囲、そこまで拡大解釈をされているのかどうか。この点はあいまいだと思いますので、一つ明瞭にお答えを願いたいと思うのであります。 次いで同じくこの十号に関してですが、いわゆるこの進歩発達に必要だと思う業務、それが単に逓信大臣の認可を受けたものであればよろしい、こうなっているのですが、私は、逓信大臣の認可がいきなり行われるというのでなく、この種の協会の技術の進歩発達のための調査研究等を行う業務というもの、しかもそれが外部に敷衍して解釈され行われるのだということになるならなおさらですが、協会が中心になって一般の放送関係者及び学識経験者等による意見を徴し得る何か機関を作って、その機関にかけて慎重に審議した後に協会の業務を行うときめて大臣の認可を受ける、そういう機関的な措置を設けておく必要があるのじゃないか、このことが、大臣を取り巻く責任者を、不信任ではありませんが、広く協会の運営されていく中心というもの——何といっても国民の税金に準ずる聴取料を協会が全部ひとり占めにしているという非難さえ起きているこの段階の中で協会のこの種の業務が運営されるときには、いやしくもあとで一般国民ないし一般放送事業者から非難なり疑惑なりの生ずることのないように、いきなり逓信大臣の認可でなくて、その間にそういった考慮を払った機関的な措置を講ずべきだと思うが、この点はどうか。 それからうに、「協会は、第一項第二号の業務を行うについて、放送に関係を有する者その他学識経験を有する者から意見の申出があった場合において、その内容が放送及びその受信の進歩発達に寄与するものであり、かつ、協会の他の業務の遂行に支障を生じないものであるときは、これを尊重するものとし、同号の業務による成果は、できる限り一般の利用に供しなければならない。」こうあります。それが先ほど私が言いました第五点目の問題に関連をするのでありますが、「業務を行うについて、放送に関係を有する者その他学識経験を有する者から意見の申出があった場合において、」せっかくここまで気がついたならば、協会の立場がより国民的な基礎の上に立ち得るように、進んで何か言いたいと思うからといって手をあげたやつに、あなた言いたいのですか、じゃこっちへ来てものを言いなさい、こんなばかなことをやろうとしてもほとんど実効が上らない。あっても、これは特定の人が何かに利用しようとして申し出ることもあるでしょうし、どちらにしましても、この種のやり方では、私が前段に申し上げたようなことにはほど遠いと思います。やはりこれは思い切って私の申し上げたような、もっと義務的な機関措置を講ずることに改めてしかるべきではないか、この点は慎重に御考慮ないしは改めるような御検討をお願いすべきだと私は考えております。 次にお伺いしたいのは、今の改正法の第九条二項の七であります。「放送番組及びその編集上必要な資料を第五十一条に規定する一般放送事業者の用に供し、」一般の放送事業者の用に供するということは一般放送事業者が求めたらその求めに応ずるという意味なのでしょうか。進んで協会が、これは一般放送事業者の用に供さしてやろう、こういうふうに協会自身がお考えになった範囲で用に供そうとする、いわゆる協会が主体なのか、用に供されるその現象が起きる主体というものは、そうでなくて、外部にある一般放送事業者が、どうかそいつをよこしてくれと求めがあったときにこれに応ずるという用に供し方なのか、一体用に供される現象というのはどこが主体になって起きてくるのかを明瞭にすべきだと私は思います。この点が不明確でありますから、これはやはりあとで疑義を生じますし、重要ですから、この点に関する明快な態度をお聞きしておきたいのであります。 第二に、この用に供することがもし放送事業者の求めに応じて行われるのだというならば、一体求めがあったときに、いやそれは困るのだというようなことの拒否ができないのか、求めがあったらどんなものに関しても協会に対して、用に供する、提供をする義務を負わせようとするのか、この点は実に重要であります。単にこの条文だけでそれをどうにでも解釈するようにほうっておきますと、ここにたくさんの大きな問題が起きますので、この点は一体強制義務規定にしようという精神なのか。提供できるのですが、その提供することが第九条「第七条の目的を達成するため、左の業務を行う」中の一つであり、第七条の目的を達成するためというまくらがあるので云々というようなあいまいな言葉でなくて、私が具体的にお聞きしたような観点からずばりとお答えおき願うことがこの際非常に重要だと思います。この同じような考え方が外国の放送局に提供するということにも通用するわけであります。外国の放送局に提供しようというのに、協会が自主的に提供してみたいといったものが提供できるのか、外国の放送局が提供を求めてきたときにこれを出そうとするのか、その出すときには前段と同じように無制限なのか、あるいは三番目にお聞きしたように外国の放送局に提供しなければいけないという義務であり強制であるのか、この点も同じ立場から重要だと思います。特にこの問題で私の憂うるところ心配するところは次の三点に集約できると思いますが、この点も大臣から明確に御答弁が願いたい。 その第一は、この種の「放送番組及びその編集上必要な資料」これを協会が一般放送事業者に提供するということを通じて、ずいぶんうがった心配かもしれませんが、現在の政府、自民党に対しては、疑い過ぎるほど疑ってもいつでも国民私どもはだまされ切ってきた。私はこういう立場でいますので、十二分に疑う立場をとってこの点は御質問をするわけです。こういうことを通じてだんだんに、経営委員会が政府の任命であり、経営委員会から任命される番組審議会が、まだまだ私どもこの改正案を見ただけでは十分に中立不偏の者ばかりを集め得るという保証がない、こう考えています。このNHKに対する間接的な、言論の一党一派に少しでも都合のいい内容に徐々に圧力を加え、何かの方法によって変えさしていく。その一党一派に都合のいいものに変った協会の番組あるいは編集内容というものを民間放送にまで押しつけて、民放までもやがては一党一派の用に供するための間接的ないろいろな手段を通じて言論の統制への一歩を、言論を一方的に片寄って利用しようとする一歩をここらで踏み出す危険が感じられる。率直に私は第一にそのような印象を受けるのですが、この点に関して明快にお答えを願いたい。 二番目には、この七号の、一般放送事業者の用に供したり外国の放送局に提供することをここで新たに法文化す、法文化すというこの精神の裏には、NHKが何か独占放送をやっているきらいがあるもの、独占放送とはいわないかもしれませんが、この種のことも行われている。既得権的な、いわゆる独占放送的なNHKの優位権、優越性というものをここでくずしてやろう、その独占的なNHKの放送というものを、何か知らないうちにできた強固な権利というものをここでくずすのだという御意思がここにあるのじゃないかと思うのです。もしその御意思がないにしても、この種の条項を新たにつけ加えますと、自然そこにこれは通じてくる。私がそう感ずるのですから、民間放送事業者各位は当然そのように受け取るだろうと思うのです。そうすると、この独占放送を禁じるということが自然発生的に含まれてくるように理解されますが、その次に起きてくるものは、芸能人ですとか、楽団ですとか、こういうもののNHKの今の専属の制度、これに対してもやはりこの条文を通じて一般の民放に開放するのだ、開放させるべきなのだというような意見も出るでしょうし、そうしてくれるのだろうという感じも出てくるわけです。一体政府は、私が言った条文の持つ精神的な裏の意味が、日本放送協会の独占放送を禁ずるようなことに通じてよろしい、同時にそれは芸能人ですとか楽団等の専属制度というものに対する緩和、あるいは民間放送への開放というものをもやろうという意図があるのか。そういうふうにもし一般ないし特定の人が考えたとしたら、それに対してどのようにお考えになるのか、態度をとろうとするのか、この点が二点であります。 私は第三番目に全体的に受ける感じから心配をいたすのは、特に外国への提供である。これはよほど慎重でないと、単に民間一般放送事業者に対して協会が番組編集等の提供をするという、そういうだけの範疇でこれを律しようとすることは乱暴だと考える。やはり外国放送局に対してこれが提供をするということを条文に規定する以上は、その外国に放送なり番組なり編集を提供しようとすることを決定する機関というものに対しては、国内の一般業者に対するそれよりはもっと慎重な、ある意味では違った角度から検討を加え得る人の人選を通じて何がしかのこれ専門に考える、いわゆる機関的な措置をやはり講じないと、片寄った考えはなかったにしても、何か外国における特殊な場面にこれが利用されたりなどすると、責任問題等は重大な問題が予想されますので、これはやはり特定の機関的な措置を講ずるということをしないと、何か心配があるように考えられるのが第三点でありますから、これに対してもお答えを願いたい。 以上、大体現行法の第九条第一項四号の「放送技術に密接に関連するものに限る。」というのを削除して、第九条の二、七、八、十、うに関連をさせて一括して質問を申し上げたのですが、一つでも漏れのないように簡潔にずばりと一つお答えを願いたいと思います。 それから、委員長から御注意がありまして、十二時半には一応休憩したい、一時半からまたやるならやったらというあれがありますので、私も同感でございますから、御答弁がもし簡潔に済みましたら、これだけで一応打ち切っていただいてもけっこうだと思います。
○寺尾国務大臣 第一点の第九条第一項二の「放送及びその受信の進歩発達に必要な調査研究を行うこと。」に改正した理由はどうか、こういうことであります。これは先ほども御説明を申し上げましたように、今回日本放送協会の業務の範囲を拡大する、その拡大をする理由は、御承知のようにわが国の放送全般にわたってNHKというものは非常に大きな責任を持っておる、こういうことからいたしまして、これを拡大をしていく、しかもこれには「放送及びその受信」受信ということを加えてこれを拡大した、かようなことでございます。 それから第二項八の「委託により、放送及びその受信の進歩発達に」云云、これは外部から委託をされたときを規定いたしております。 それから十の「前各号に掲げるもののほか、放送及びその受信の進歩発達に関し特に必要と認められる業務で逓信大臣の認可を受けたものを行うこと。」と申しますことは、前段いろいろ規定をいたしましたが、なおいわゆる放送及びその受信の進歩発達に関し特に必要と認められたものが、協会においてそういったものがあったときには、逓信大臣がこれに認可を与えてやるということであって、まあ目こぼしを拾うというとこれは表現が悪いかもしれませんが、別にこれによってどういうことをやろうという目的をはっきり持っておるのではなくて、前項いろいろ書いてありましたそれの以外に、もしそういったようなものが協会において認められ、またこれを逓信大臣に許可を得てやろうということがあった場合にはという考え方からこの規定を設けたわけでございます。 それから第五項の「協会は、第一項第二号の業務を行うについて、放送に関係を有する者その他学識経験」こう申しますことは、協会以外のそうした経験者、あるいはそういう放送に関するいろいろのエキスパートその他から意見が出たときということでありますから、このことは御指摘のような御意見もあろうかと思います。これは協会以外の外部からそういう意見があったときということに限定いたした規定でございます。 それから二項の七号の「放送番組及びその編集上必要な資料を一般放送事業者の用に供し、又は外国の放送局に提供すること。」ということは、一般放送事業者の求めに応じる、こういうことが主眼でございまして、決してこちらからしいてこういう放送番組をお前の方でやったらどうかという強制的な意味は全然含んでいないのでございます。なお、この外国放送局に提供するということは、むしろこれには外国のすぐれたものととっかえこをしたい、こういうこともあり得る、向うの放送番組あるいはそれらについてぜひNHKでそういうものをやりたい、あるいはそのテープがほしい、こういうこともあるわけでありますから、そういう際、あるいはまたそういうことを見込んで外国に提供する、こういうことであって、決してこちらだけが外国にそういうものをやる——こちらが外国にやるということについて非常にこちらがプラスするような場合はまたございましょうけれども、大体先方のものもぜひこちらにもほしい、こういった問題が起り得る、こういうことからこの規定を設けたわけでございます。 それから最後の、この種放送番組については、第九条第二項に規定いたしておりますように、協会がこうした「左の業務を行うことができる。」という規定でありまして、絶対せい、これを行わなければならぬという義務規定ではなく実は置いておる、こういうことで、さような放送番組等を与えて、これが言論抑圧をする意思は全然ございません。従いましてNHKの独占放送あるいは優越放送、これは御指摘の表現がいい悪いは別といたしまして、NHKの持ちます責任を政府がくずすとか、NNKが持っております楽団その他のいろいろのものを特にこちらが指示してどうしようとかいうようなことは全然考えていません。従って外国に提供するといったようなときに、その提供するということに対して慎重を期して、その審議を求める何かの機関を、設けたらどうかということに対しましては、今のところさようなことは考えておりません。これらにつきましてはすべて放送事業の良識を期待し、自主的に行なってもらう、さような考えでございます。
○原(茂)委員 今の御答弁でまだ三点簡単にお聞きしたいことがあるのです。改正法の第九条第二項の十号、「進歩発達に関し特に必要と認められる業務」というこの業務の範囲は、協会内のことに限るのか。協会外における協会の進歩発達に必要とする業務も含めるのか。含めるとすれば、その協会外における協会の進歩発達に必要な業務の中には、出資、投資などを行うような事業も含んでくるのか。その三つです。
○寺尾国務大臣 このいわゆる「必要と認められる」というものは、協会内の問題を考えておりまして、出資その他のことについては全然考えておりません。
○原(茂)委員 そうしますと、この第九条二項十号の「必要と認められる業務」というものは、協会内における業務がその範囲だ、こういう明快な御答弁、そう受け取ってよろしいですね。
○寺尾国務大臣 これは協会内と申しましても、出資その他の問題が、協会内であるいは民放その他にも関連して起ろうかと思うのであります。要するに先ほど申し上げましたように、前段にいろいろ書いて参りましたが、その他でいわゆる放送及びその受信の進歩発達に関し特に必要なこういう要請がありましたときに、これに対して許可を与える、こういうことになりますが、具体的にどういうことかということについては、実は的確につかんでいないのであります。従ってそういう問題が起ったときということで、そういうこともあり得るのではないかということから、具体的な問題があればこれは前号に持っていかれるけれども、具体的に今把握できませんから、そういう問題が起きたとき、こういうことを考えているわけであります。
○原(茂)委員 いやしくも法をいじろうとするときにはできるだけ下手に拡大解釈のできないように、しかも簡潔な条文にするということが大事なんであります。先ほどこの十号に関しては、目こぼしがもしあったらいけないからやるのだということでしたが、そんなことのために法律をこういうふうな条文にしようとするのなら考え直さなければいけない。単にばく然と目こぼしがあったらという、そのぐらいだから、業務の範囲は何だ、外に対する業務というものの範囲は限るのか、内に対するものだけかと聞くと、内に対するものだけだと大臣が答弁すると、またそのあとで御注意があってそうでもないようなことを言いながら、またもとへ返って、何だか協会内のことのように範囲はばく然とする、すべてがばく然とする。この条文を作ろうとする目的がばく然としているから、そのように御答弁もばく然とせざるを得ないのだと私は思う。この種の法律の拡大解釈によっては、協会の業務というものの範囲と、ある意味では民法でやろうとすることと抵触してきたり、あるいは協会の性質上からいっても、私などが考えていわゆる放送文化、放送技術というものに関しては、別個に大きな思い切って制度化された施策をもって、一般の放送事業者の用にも供することを前提とした、協会が責任を持ったいわゆる放送文化の機関、放送技術の研究機関といったようなものも、私は当然思い切ってやるべきだと思う。そういうようなことを含めて、どちらの側からいってもあまりにもこれはばく然としていますから、やりようによってもやれない。今の大臣の答弁だけの記録であるならば、協会というものが、一体何のためにこの条文があるのかわからなくなる。目こぼしがあるような、そんな経営委員会だったらない方がいい。いやしくも今日まで長い歴史を持ってきたあれが、重大な目こぼしなど起きるはずがない。そういう信頼をもって私はやはり協会に仕事をしていただきたいし、そういう建前からいくならば、この種のばく然としたこんな条文を盛り込むことはおかしいと思う私の答弁に対するお答えとしては、今の記録の中の範疇でいうと、私は何にもできないで、この条文があっても役に立たないというふうにすら考えてくるわけでありまして、その点はこれもやはり後刻一考をお願いしたいと思います。もっと今の答弁でない答弁がないと、私は困ると考えていたのです。今前段に申し上げたような考えが私にはありますので、少し困る。 それから業務の範囲に関してそのような態度ですから、特別な学識経験者などによる審議会等の措置は必要としないのです。ただ申し出があったら考えるんだという第五項は全然別なものだ、そういう考えに当然なるのですが、私はそういうものではなくて、この業務の範囲についてもっとしっかりした検討を加えてくると、協会が行おうとする業務の範囲がもし行われるという規定に立つならば、当然これは単に協会がいきなり逓信大臣の許可を得てどんな業務でもできるということにして、あとからいろいろな批判などが起らないような、批判的な措置というものが入ってくるだろうと私は思う。そういうことを含めて一つ後刻御検討をお願いしたい。私はそういう立場をこれからもとります。五項はそのために私はよろしいと思うのであります。 第七号でありますが、求めに応ずるものがあったとき、こういうことに御回答がありました。そこで先ほどもちょっと言ったのですが、その場合には制限があるのか、無制限なのか。どんなものでも求めがあったらそれに応じなければいけない——先ほど義務強制の規定ではない、こういう後段の御説明がありました。しかし求めに応ずるものだという大臣の確たる御答弁が今なされた。しかも「提供すること。」となっておりますから、こうなると求めがあった場合には提供するという義務が生じてくる。この条文を見ますと、提供しないでもよろしいということに、もし無理に解釈すればできないこともありません。しかしながら私は前前条七条の目的遂行のためとはいいながらも、やはりこの間の規定をはっきりしておきませんと、別に定める何かの規定といいますか、何かがあるか。何かないと、求めがあったら無制限に出すというふうにとられがちですし、そのようにほしいと思うものの側からいえばとりたいし、そういう疑義が生ずるこの種の条文に関しては、やはりもう少しはっきりと御答弁があるか、ないしは別に規定でも設けるかしないと、単に求めに応ずるというような大臣の一片の言葉だけでは、なおさらに私は不安が起きてくるわけです。 なお外国の放送に関しては、向うのよいものと交換することが理想だ、端的にいうとそうなりますが、私はそんなけちな考え方でこの条文ができていたのでは困ると思います。交換しようということが前提ならば、わが国の必要とする外国の放送番組編集等の入手のために、わが国の放送に関する番組の編集を先方に出して交換することができるというふうにしたらいいのでありまして、おそらく大臣はそれだけを意味したのではないときっと言うでしょう。私もそう思います。ですから、そういうような外国の放送局に提供することを、協会の業務遂行上何かの交換のために、あるいはその他の目的のためにやろうとなさるのですか。それを実際に外国に出そうとするときには、その一歩先に、出したあと協会が責めを負わなければならないような不測の事態の起ることをおそれる。私はこの条文を生かすためにも、何か外国に関して提供しようというときには、特段の考慮を払う措置があった方がよいという意見をまだ持っておりますので、この点も御検討願いたい。 それから第九条第二項八号の「委託」は、外部からの委託をいうのだ、委託されたとき、こういうことを言っております。そこで協会が委託するのではなくて、外部から委託をされることになったのです。この点に関してはお答えを願いたい。協会は、放送及び受信の進歩発達に寄与する調査研究、放送設備の設計その他の技術援助等に関して、外部に委託することができる。私は外部に委託することがあってしかるべきだし、なければいけないと思うほかの条文にあるのか、不勉強で見ておりませんから、この点は一つお教えを願いたい。外部に委託することができるようにしておかなければならないと思いますから、それがあるならばいいけれども、この委託というものは、外部に教会が委託するということではなくて外部から委託をされることだと明快な御答弁があったのでありますが、そうなると、この点も重要になる。協会というものが、技術進歩発達のためには、外部に対して自由に必要な委託ができるようにして進歩発達ができる。協会だけがオーソリティではありませんから、そういう心配からこの点をお伺いする。 次にこの同じ第八号で「技術援助並びに放送に従事する者の養成を行うこと。」とあります。するとこの放送に従事する者の養成を委託によって受けることができる。今日協会に対する委託は非常に困難でありますから、なかなかむずかしい。これは当然だと思いますが、しかしその中に、もし放送に従事する者の養成というものが外部から要請をされ、それを行うことができるという規定があるならば、答弁のように、これはこの条文を生かして委託をしたいりっぱな放送事業者もあるでしょうし、あるいはまた放送に興味を持ち、放送技術の研究をしたい学徒もあるでしょう。そういうような者たちに対して、いわゆる従事する者の養成を行うこと、これが第七条の目的を達成するためにこの業務を行うことになっております。一体この七条の目的達成のためという目的と、今の外部から、一般放送事業者その他からぜひ養成してもらいたいといって何人も何十人も養成を頼まれ委託されるときに一体どのように処置なさるか、第七条の目的達成のためのこれとの関連は一体どのようになるか、この点を二つお伺いいたします。
○寺尾国務大臣 第八は、先ほど申しました委託によって、外部からの委託、こういうことでありまして、協会そのものが調査研究その他についていろいろ委託をするということが考えられなければならぬことは当然のことだと思う従って協会がある外部の者と契約をいたしまして、いわゆる調査研究、放送設備の設計その他というようなものにつきましては、協会は外部に対してやるということは当然あり得ることだと思います。これは当然のことであります。ただこの規定の八は、外部からの要望に応じて、こういうことでございます。 それから技術援助及び放送に従事する者の養成を行うということを無制限にやるか、あるいはたくさんの学徒を云々、こういうことでありますが、たとえば民放等によってそういう技術者等の養成を頼まれた場合には、やはりNHKのそれに対するキャパシティといいましょうか、その養成をし得る定員、人数とかあるいは技術の範囲とかいうようなこともこれはございましょうからして、それは依頼者と自主的に相談をして、できるだけ要求を満たし得られるように努力すべきだ、かように考えております。
○原(茂)委員 この従事する者の養成を委託される、この種のことが協会の理事かあるいは経営委員会か、どこでその委託を受けるか受けないかをきめるか知りませんが、先ほど、ちょうど橋本さんいなくなったのですが、前回の委員会であったと思いますが、前田理事をお呼びいたしましてそのことはもう追及しないことにきめておりますが、いろいろと御質問をいたしました中で、私の不愉快だったのは、現在の協会の機構の中であの種の重大な問題の取扱いが前田理事の一存によって行われたのだと言い切っておりました。そういうようなことが前田理事個人一人だけの意思で行われた結果、それが協会の存在そのものを否定するような結果を招来する疑いすら持たれているという立場で私はあの問題の追及をしたのですが、そういったようなことの決定が協会の一理事の決定で行われたということ自体重大な問題でありまして、私はこの時期でなければ十二分にもっと追及したいと思っておりましたが、ある意味で逆に私はこの時期だから追及をしないでいるわけです。やめているわけです。しかし同じことが、従事する者の養成を請われたときに、その要請があったときに、一理事か一局長か一課長か知りませんが、あの種の重大な問題ですら一人の人間で行うことができるとする今の協会のあり方では、どこの民放からの委託を受けてやろう、養成してやろう、どこの民放の委託してきた人間を何人一つ引き受けてやろうというようなことに具体的にはなるわけですが、そのときに一理事か一局長かがまたぞろこの間のような重大な問題に対してもあのような態度で行う今の協会の組織機構であっては、この点は非常に不公平になるおそれがあるし、心もとないし、この条文のように規定する以上は、一体この点の協会内部における手続はいかよとにあるべきかを十分出すほどに規定をしておかないと、あとでそれこそとんでもない問題が起きると私は思うのであります。この点協会の持つ技術等は実に高度なものだと信用しておりますし、私以外の者もそう思っておりますから、さらにこの規定というものが外部からの委託を受けるのだ、こうはっきり言い切られたその外部からの受ける条件というものは、それを受け入れるときにそれを決定しあるいは許可しようとするときの手続というものは、私は何がしかのものはここにはっきりときめられないといけないというふうに考えるのが一つでありますから、この点に対する御所見を伺いたいのが一つ。 それから先ほど、委託を外から受けるのだ、外に対する委託は当然のことだというような御答弁があったが、当然のことならば、委託を受けることの規定をここによるならば、協会そのものが外部に必要があったときに委託することができるようにこの種の規定をここに入れるならば、逆に委託という言葉をけつの方へ持ってきて、技術援助並びに放送に従事する者の養成などを行うところの委託を受け、または委託をすることができるというようになぜしないのか、委託を受けることもできるし、委託をすることもできるのだという言葉をこの条文のけつに持ってきて明確にしておくことが当然なんであります。そうでないと、協会が外部に委託しようとしても委託できない問題も起きてきます。しかし原則としては委託をすべきだ、十二分に外部の技術的な力というものは利用すべきです。そういう意味から言うならば、ここにせっかくこの委託を文字として使うならば、外部に委託することができるというお気持があるならば、大臣の言うように、これは単に委託を受けることだけだと言い切ってしまって条文で半分殺してしまうより、末尾にその二つの言葉をつけ加えることが当然だと思いますが、この点は御研究を願いたい。そして、先ほども第一に申し上げましたが、その点に関して大臣がどう思うかを御答弁願います。
○寺尾国務大臣 いろいろ御所見もありましたが、この委託について、後段の技術、養成その他について不公正にならないようにやるというようなことは当然協会の責任でありますから、必要があれば理事会なりあるいは経営委員会等で一応の基準を設ける等というようなことも自主的にやってもらって、そうして公平を期していくのだ、さように考えております。
○原(茂)委員 当然理事会並びに経営委員会等の議を経て自主的に行うものでなければいけないという大臣の御答弁があったので、私もそれでいいと思います。残余はあとで一つ質問いたします。
○淺香委員長 午後は二時に再会することとし、この際暫時休憩いたします。 午後一時九分休憩 ————◇————— 午後二時三十六分開議
○淺香委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。原茂君。
○原(茂)委員 先ほどに引き続いて今度お伺いしてみたいのは、現行法の第十三条、これを改正法でも相当に重要な点の改正を行おうとしています。この第十三条の改正のおもな点は、経営委員会は、協会の経営方針を決定する、そうして、その事務の運営を指導統制するというところ、これを「協会の経営方針その他その業務の運営に関する重要事項を決定する権限と責任」を持たせることになっています。これは文字で言うとあまり大した問題はないようにも見えますけれども、この一つの指導統制という言葉の意味、これが重要事項を決定するということになったこの言葉の持つウエート、こういうものをまず比較してみたいと思います。その前段には、経営委員会は経営方針を決定する、それを単に経営方針の決定だけでなくて、「その他その業務の運営に関する」ということに改めました。ここに問題は、私どもの立場からいいますと二つあるわけであります。その一つは、今の現行法によりますと、単に大まかに経営方針だけを決定していくということがいえます。およそ仕事の民主的な正しい運営というもの、そういうものを考えたときには、正当の執行機関にある程度の持つべき責任を持たせる、これが一番大事だと思うのであります。責任を持って仕事をするようにこの機構そのものはなっているのでございますから、やはり経営委員会というものは、非常に大まかなようでございますが、経営方針を決定するというところに一つの重点を置く、そうして業務の運営に関しては指導統制をするという強い言葉よりは、むしろ前段に申し上げた責任を持たせるという意味からいうなら、経営委員会は指導統制ではなくて、監督の程度にとどめたらという意見が前々からも強いのであります。私もその意見に賛成でありまして、経営委員会というものの持つ権限、その権限をある程度範疇をきめるようなこの種の決定に際しては、私は前段に申し上げたように機構そのものの建前からいっても、経営委員会そのものは何か経営の責任を負うような形に入らせないで、経営委員会が経営の責任を負うという形をとらせないで、経営運営の——運営という言葉に直しますが、運営の責任というものは会長以下の執行機関にこれを負わせる。間違っても経営委員会はその運営の責任に任ずるような、その責めを負うような改正にいくことは、私は現行法が本来私どもの考える立場から言うなら逆の方向に進んでいる、こういうふうに考えますから、このように経営委員会がいわゆる重要事項の決定をする権限を持っている以上、その決定した重要な一つ一つの事項に関する責任というものが当然出てくるわけでございますが、このことは経営委員会というものが運営の責任を負う形を現行法よりもぐっと下におりて強めていくという解釈ができると思います。単に解釈の問題だというのでなくて、やはり文字そのものからいきましても、「運営を指導統制する」のと「重要事項を決定する」ということでは、ぐっと下におりてくる。私はむしろ運営を指導監督、統制するということそれ自身がやはり運営の監督ということに改められていく方が経営委員会のあり方としては正しい。大きな協会の運営の方針、これを決定をする責任は負わなければいけないと思いますが、決定された方針に従って運営がなされようとする執行機関の当然負うべき範疇にあるこの責任の一切は執行機関に持たせる、いやしくも一歩でもその責任の一端をになうような形に経営委員会というものは性格を改めてはいけない、こういうふうに私は考えますので、こういう点からまず第一に、現在の経営委員会というものを今言った「指導統制」から「重要事項を決定」に移し、その前段としては「経営方針を決定」というところに現行法は強く一つの中心を置いているのに、これをぼやかしてしまって、「経営方針」という大まかな最高度の方針決定ということが、何かこの改正案によると多少でもぼやけた結果、経営委員会そのものが運営の責任の一部を負うという形にぐっとおりてきているというふうに考えられますが、一体私の解釈通りでよろしいのか。もし私の解釈通りであるとするならば、その経営委員会に運営の責任の一端を負わしめなければいけないのだという根拠と理由とを御説明願いたい。
○寺尾国務大臣 経営委員会の一つの権限と責任ということに対する原委員の御所見には私は全く同感でございます。従って、この改正案が経営委員会に今までの現行法よりもさらに大きな責任を与えておる、こうは解釈いたさないのでございます。というのは、これは案文でもわかりますように、経営委員会は協会の経営方針を決定いたしまする議決機関であると同時に、業務を指導統制をするという形は、むしろこれは執行機関としての最高の責任もここにあるかのごとき規定でないか。こういう点におきまして、経営委員会はいわゆる議決機関といたしましてその権限と責任を持つ、従って業務に関する重要なる事項を決定するということにいたしまして、会長以下執行機関との権限の関係を明らかにした、こういう趣旨でこれを改正したわけでございます。
○原(茂)委員 これは後のために私は質問しているのですから確認をしておきますが、「その業務の運営を指導統制する」を「重要事項を決定する」と直したことは、実はややもすると、この現行法による経営委員会というものが執行機関のなすべき範囲にまで入っていって、何か責任をとって執行機関としての仕事の二部をやるようなにおいがするから、そこで今回の改正法によって「重要事項を決定する」という言葉に直した、その直した意味は、議決機関としての経営委員会が一つ一つ決議をする、その決議されたものを執行機関が執行するというように職務分掌を分明にした、こういうような御答弁に解しますから、これはよろしいと思うのであります。それならば文字の解釈だけでございますから、その点は私もそうはっきりその点の権限の職務分掌というものをきめておけばよろしいかと思います。 その次にお伺いしたいのは、第十五条の「経営委員会は、委員八人及び会長をもって組織する。」というのを「委員十二名」に改め、それから二項の「経営委員会に委員長一人を置き、委員のうちから、委員及び会長が選挙する。」というのを「委員の互選によってこれを定める。」と改めたようであります。そこでまず第一に私のこれに対する疑点を率直に申し上げます。第一の疑点は、なぜ一体この経営委員の中から会長をはずしたのか。放送協会の会長というものは、従来は経営委員会の正式な委員、メンバーに定められておりましたのに、今回これをはずそうとする決定がなされました。これが第一の疑義であります。何がゆえに一体会長を経営委員会からはずさなければいけないのか。私の考えをもってしますと、この会長というものを正式な経営委員にしておくことは、むしろ執行機関の責任者を正式に経営委員会の中に送り込んで、いろいろな重大な経営の方針を決定しようとする経営委員会に、執行の経験からするいろいろな即事的な意見なり参考の資料なりを反映させる、このこともないがしろにできない重大な問題だと思うというよりはむしろそういうことをする必要が私はあるのじゃないかと思う経営委員会というものは、大まかな重要事項の決定を行い、単に議決権によって決定をする。決定をしたら最後その執行は会長以下が責任をもって行うということに今回なればなるほど、この経営委員会の決定というものが間違っても、執行機関の経験の中から、これはまずい決定だった、そういう決定はこうこうかくかくの今までの経験からいってすべきではないと思うというようなことは、実際に現在の社会でも数多く現われているわけでありますが、協会の仕事にいたしましてもその例外ではないと思う。やはり経営委員会の中に、執行機関全部というわけにいきませんが、その責任者である会長一人は正式に入れておいて、必要があれば諮問をし、必要があれば協会の会長という執行部の経験を生かして、今決定されようとする事項に対して貴重な経験を反映せしめるということを義務づけてやるということが、むしろ練達な協会の経営方針を決定する上において有益だし、そうしなければいけないのじゃないかと私は思う。協会の会長も出席してオブザーバーとして発言することができるが議決権はないのだ、こういうようなことに改めているようですが、私はそういう形に改める必要を認めない。むしろ進んで現行法の通りに、執行部としての経験を生かし、経営委員会に反映せしめて、経営委員会の決定にむだのないように、冗長のないようにするということを考えるべきではないか、これが第一点であります。 第二に、やはり議決権を持つことになりますから、議決権を持つということになると、執行部の意向というものが経営委員会に強く作用する。こういうことになると、経営委員会の存在の意義というものが薄らいでくるという心配がもしあるとするなら、単に十二名の中の一名、十二分の一の議決権でございますから、その種の心配はないと私は考えますので、この点もそういう心配がないというならよろしいのですが、そのことを考えての会長をはずすということならば、私の見解に対するお考えを一つ伺いたいわけであります。 それからさらに、この経営委員会というものの性格を端的に言うなら、政府が両議院の了解を得て経営委員というものは任命することになっていますが、総理大臣の、あるいは政府の一方的な意思によってまず経営委員は選考されます。そうしてその経営委員が、両議院の承認を得なければならないという形式は踏んでいるのですけれども、最初にセレクトする権限、最初に選ぶという一番重要な仕事というものは政府が一方的にできるというのが経営委員の選び方であります。こういうふうに考えてそれをせんじ詰めてみますと、やはり政府の意図というものが何か経営委員会に強く反映できるような、やろうとするならそれができるような現在の選び方であるとも考えられますから、この経営委員会が何ら会長というものを正式なメンバーにしないで、政府の意図をより多く体した、政府の意図だけが通じた形で経営委員会が運営されようとする場合がなきにしもあらずであります。そういう場合にやはり執行機関を代表する、特に執行に当って著しく厳格に守らなければいけないのは、不党不偏であり、政治的な中立であり、公正であるということに日夜努力している執行機関の最たる会長というものがここに入っていることの方が、よりこれらの放送事業というものをへんぱなものにしないための、ころばぬ先のつえともできるのじゃないかという観点から、私は会長を経営委員からはずすということに対してはどうしても一考を要する、そういうふうに考えますが、以上三点にわたって大臣から、何がゆえに会長をはずすということを中心にしての御答弁を願いたい。
○寺尾国務大臣 先刻お答え申し上げましたように、この経営委員会を、現行法にありまするように指導統制をする、こういったような執行機関が持つ権限、責任といったようなものをこの際改めて、経営委員会は純然たる議決機関としてこれを持ち、会長以下の執行機関とのいわゆる権限を明らかにしたわけであります。従いまして、そういう権限を明らかにしたいという目的を完全に達しますためには、会長が経営委員であるということは適当でない。やはり会長は経営委員会からはずして、執行機関のヘッドとして、そうして経営委員会の議決をした事項についてこれを執行していく、かようにこの改正をしたわけでありますが、会長が経営委員会の委員であって、ここでいわゆる経営委員としてのいろいろの権限を持つことは、やや会長に大きな権限を持たせ過ぎるのではないか、こういうことも実は考えたわけであります。従いまして、会長が経営委員であるということは、この際これをメンバーからはずしまして、御指摘もありましたが、経営委員会に自由に発言ができる、こういうことの方がよくはないか、こういうことでさようにしたわけであります。 それから経営委員の性格並びにこの任命に当ってでありますが、これは申すまでもなく、第十六条にいうところの、公共の福祉に関して公正なる判断ができて、広い経験と知識を有する者、しかもその分野も、この選任に当っては教育、文化、科学、産業その他の各分野から公平に代表をされることを考慮しなければならぬ、こういうことでありまして、私は、政府がこの放送法の実体というものを十分把握しておる限りにおきましては、この規定によって最適の委員を各分野から選出すべきである、政府が一方に偏したりあるいはこの規定に反するような選び方は考えられない、さように考えるわけであります。従いまして、なお両院の同意もこれに要することになっておりますから、政府の、この放送法の持ちまする不偏不党、しかも公共の福祉に適合するような放送をせしむるということにおいて、一方的に偏したりあるいは政府のみがよろしいということにおける委員の選定というものはなすべきではないし、また考えられない、こういう考え方をしておるのであります。同時に原委員の御指摘になりました、会長が執行に当って執行委員としておる方がそういう際によくはないかということについては、前段お答え申し上げましたように、執行機関、議決機関というものを明白に規正をいたしまして、おのおのの分に応じて責任を果していく、かようにこの修正をしようという考えでございます。
○原(茂)委員 経営委員に会長を含めることは、会長の権限がいたずらに強化される、強過ぎる、だから会長の経営委員ということはとらないのだ、こういう理由も述べられました。普通の会社などでいいますと、取締役会がある、重役会があります。役員会の会長が同時に社長なり会長として執行機関の責任者の立場をおおむねとっています。この場合、取締役会、役員会というものの代表がたとえば社長である、それがまた執行機関の長であるというときには、その権限が大き過ぎていけないという考え方もこの場合に当てはまると言えると思う。たとえば経営委員会の会長が協会の会長であるというときには、これはどうも強きに過ぎるような感じが確かにいたしますが、十二名の経営委員のうちの一人だけが会長であって、経営委員会の長というものは別にきめられることになれば、私は強きに失するという心配はないと思うのですが、しかしこの点は、要はこの程度のことは運営の問題ですから、問題とするには当らないかもしれません。ただ、今私の申し上げました中で問題になるのは、やはり経営委員というものを選ぶ、その選ぶ最初の仕事は政府がおやりになる。それは一応両院の同意を得るという形式は踏むのですけれども、そういうときに時の権力を握る政府というものが多数であることは、現在の状況からいうと当然であります。ですから同意を得るということにしたところで、院内における政府与党の多数が同意をすれば、われわれ反対党がどんなに違った意見を持っていようとも、通そうと思えば通せるのが今の院の現状であるとするならば、単なる両院の同意を得るということがあるんだから、経営委員というものは公正な者を、不党不偏な人を選べるんだ、こういう説明があったからといって、現状の認識からいうならばうなずけないわけであります。ですからやはり一番注意しなければいけないのは、この経営委員の任命の過程からいっても、政府のあるいは与党の側に立ち得る者、よりよくその側に立っている者を選びたがるのが人間の人情でもありますし、そういうようなことにならないという保証がないわけであります。そういうことをしないという保証はどこにもないのでありますから、そういう経営委員会というもののあり方、不党不偏でなければいけないこの放送言論に関して、将来、けさも冒頭に申し上げましたような現在の岸自民党内閣のスケジュール闘争の中からいうと、多分にゆがめられた経営委員会の構成を通じ、曲げてはいけないはずのいわゆる第一条が曲げられ、ないしは四十四条にもとるような、いわゆる放送業務の執行すら心配されるという点だけは、私はやはりいまだに消すことのできない私どもの憂いとして持っておりますので、この点に関しては当局においてもそのことに十分意を用いて、いやしくも経営委員会なり、あるいは経営委員会に会長が入る入らないなどを通じて、その種のことの行われる余地のないように、行い得ないように、政府みずからも戒めると同時に、協会の側もあるいは一般放送事業者の場合においても、厳として、今大臣のおっしゃったこと、私が希望意見を申し上げているようなことに十分な注意を払い、意を用いて、この放送事業の運営に当っていただきたいことが私の念願であることをつけ加えておきます。 次にお伺いいたしたいのは二十四条に関してであります。二十四条の改正は、「理事五人以上十人以内及び監事三人以内を置く。」ということになっております。現行法によると、会長一人、副会長一人、理事三名、監事二名になっておりますが、これをそれぞれふやしているわけであります。しかもそのふやし方が何々以内ということになっております。私は、協会のようなこういうちょっと膨大過ぎる、広範な業務を扱おうとする理事諸君あるいは監事諸君は、むしろ人によって職を求めるのではなくて、仕事がこのように膨張してきた、とても今の理事ではやりきれなくなった、残った部分はこの部分とこの部分だ、この部分の仕事を担当する者がどうしてもいないと完全な運営ができないということから、いわゆる職によって人を求めるという原則に立って、当然理事を何名にするか、監事を何名にするかということが出てこなければいけないと思うのであります。単に何々以内にするといって、何名ということを言えないその裏に、私は次の二つのことを心配するわけであります。 その一つは、やはりこの種の人事というものは、郵政官僚の古手を、あるいは古手ではないんだけれども、新進気鋭の人を、郵政の側で仕事をさせるよりは、何らかの必要、何らかの意図、あるいはその他の理由によってこういうところに入れていきたい、入れようというような意図を政府が持ったとき、利用されるおそれがあるというのも一つ憂えるのであります。ですから、何人ということは言えない、まあこのくらい以内ということにしておいて、政府の側の必要のあったときに本協会の理事として、監事として送り込みたいというような考え方というものがここに多少でもひそんでいると思われるのが一つあります。さなきだに、従来ややもすると、この種の理事なり監事なりの仕事につく人は、往々にして郵政の仕事をやってこられた人が、たまたまでございますが多くそのポジションにつくことがあり得るわけであります。今日協会のこの種の理事がそうであったという意味では断じてありませんし、そのような経験があったかどうか知りません。しかし天下り人事という言葉がある。何かこの種のことが規定されていると、必ずそれに関連する、たとえばこれでいうならば郵政ですが、そういう関係の人々が出て——ほかの例でいえば幾らでも言うものがあります。現在はほかの問題を論ずるときでありませんから例証をしないだけでありまして、他に例を求めればたくさんあるわけであります。協会に対してそれが行われてきたか、行われようとしているかを私は言うのでなくして、そういうことが往々、天下り人事という言葉で残っているほど、今までは行われてきたのでありますが、協会では今までやっていたかやっていないか知りませんが、協会に対してこれからやはりそういうことでもやろうとする意図がひそかにあって、この種のことをこの条文に盛り込んできたのではないか、そういう疑いを私は持ち得るわけであります。この私の疑いに対して明快なる御答弁がいただきたい。 それから第二点として私の質問申し上げたいことは、もし今言ったような意図はないのだということが明瞭に大臣から御答弁があるとするなら、協会の業務の内容は簡明であります。はっきりしておりますから、そのはっきりしている業務の中で、現行の三人の理事、一人の会長、一人の副会長ですか、これらによっては、これとこれの仕事の分野が余るのだ、余るというならばその余った部分を何人でやらせようとするかが当然出てくるはずです。こういう人事をきめるときに余裕を見て法律の中に規定しておこう、これから将来協会の仕事がもっと膨張拡大するかもわからぬから、このときに改正するのは厄介だから、一つ二人くらいふやせばいいと思うが三人にしておこう、四人にしておこうというような考え方で法律というものはいじくるべきではないと思う。特にこの最高の人事を考えるときにはそのような態度で選んではいけないし、法律を作ってはいけないと思う特に上部にいて実際執行機関の立場で下部にむだのない合理的な仕事をさせようとする監督、指導の立場にある理事諸君にしてみれば、下部の局長なり、部長、課長に対しては、とにかくいつでも人の冗員はいないか、人を動かそうとするとき、求めようとするときに、常に職を中心にして、仕事を中心にして、余剰があれば考慮する、仕事がたまってどうしてもできないとすれば人が必要だという建前、人一人使うからには効率を高めるということに重点を置いて、この機構のむだのない近代的な運営がされなければいけない立場に理事諸君は立っているわけですから、そういう立場からいうと、このように単に何名以内、こういうようなことをこの条文の中に規定するのでなくて、現在をはっきり見詰めて、現在の業務が一体どのような範囲で行われ、何人いなければどういう仕事ができないんだという明快な御答弁の上に、何名というものが必要なんだというお答えがあってしかるべきだと思いますが、そういう意味での御回答をほしいと思うわけです。
○寺尾国務大臣 協会の業務の規模が非常に拡大をされた、従って理事を増員する必要があることはお認めいただいておると存じます。ただこの五名以上十名といったような幅を持たしたことは、あるいは天下り人事をするといったような意図のもとにやったのではないかという御質疑であろうかと思いますが、理想は原委員のおっしゃるように的確に何名ということを尺度ではかり、あるいは業務拡大の結果における理事の適切な部門への配置といったことに対して、何人が考えてもだれがその衝に当ってもその数が適切なんだということが決定されれば、私はそれでけっこうではないかと思います。しかしこれはおのおの事業そのものも動いて参るものであり、これは何名ということをはっきり政府としてきめ得られるかどうかということに疑点を持つわけでありまして、そこに他の公社その他の例等もとりまして一応五名から十名、監事は二名のものを三名という増員をここに修正いたしたわけであります。決して郵政官僚の古手をこれに充てたいから非常な幅を持たしておるんだということではないことを御了承賜わりたいと思うのであります。従いまして、私はこれを経営する側に立って考えましたときに、会長その他の方針、あるいはその部門に対してどういう理事を適切に配置するか、そういうことの考え方に若干のゆとりをとっておくべきではなかろうか、これを何名ときめてしまうことはそのこと自体非常にむずかしい問題じゃないかと考えます。ただこれは五人から倍の十人くらいになるということにおいては、さような御所見もあろうかと思いますが、たとえば電電公社の例を見ますと理事は五人以上十人以内、専売公社は単に五名以上、国鉄等には制限がない。こういうふうにその執行部の方針その他で取捨に若干の幅を持たせようという意図でやったものでありまして、天下り人事を行うとかいうようなことではないことを特に御了承願いたいと思います。
○原(茂)委員 今の大臣の御説明を聞いても、今御自分でもおっしゃったんだけれども、倍も幅を持たせておいて多少のゆとりということにはならないと思う高等学校や大学を出たての新人をこれから養成しようというので人を採ろうというのなら、五人ないし十人以内ということもあり得る。それは多少のゆとりということはあり得る。しかし、いやしくも最高の執行機関である理事を選ぶのに、まず倍の数を作っておいて多少のゆとりを見るんだ、そんなことは、大臣自身も最初言っていましたが、おかし過ぎる。こういうことを私の考え方で言うなら、いやしくもこのような最高の重要な仕事をしようとする人数をきめようというときには、現行の五名では業務がこのように拡大したからこの部分が処理しきれない、この部分に一人、この部分余ったところに一人、だから二人はふやさなければいけない、七人だ、しかしその上で多少のゆとりを持つなら一名ゆとりを持つというような説明なり数であるならば納得がいくのですが、 〔委員長退席、秋田委員長代理着席〕 理事をきめるのに倍の幅を持ってこのようにきめていこうとすることは、何かつぶれない経営、国民から聴取料を取っていやでも食っていける経営という安定した自意識の中にあぐらをかいて経営している協会の姿が将来出てきやしないか。今の協会をそうだとは言いませんが、そういった形の協会に成り下ってしまう、してしまうおそれがある。たとえば、これも杞憂かもしれませんが、将来長く、よく協会の仕事に尽した人がある、しかし現在適当なポストがない、新進も引き上げなければならない、隠居なんという法文はどこにもない、隠居はできない、しかし、無住所で理事にしておくことは可能だというようなときに、前段に申し上げたように、政府の方は天下り人事の意図はないというのだったらそれはそれとしておきまして、逆に今度は協会の側で、こういう規定があり、これが必要最小限度の範囲できめられていないとすると、その場合にこれにあぐらをかいて、何か人事の面でそういった論功行賞的な意味で、まだ協会をいきなり出してしまうのももったいない、いろいろな事情で置かないといけないような人情も通っているというようなときには、実際には責任ある仕事を担当しないでも理事という地位だけは与えて無住所にしておくという可能性すら起きてくる現在でも全部の理事は無住所みたいなものだという答弁があるかもしれません。そうだったらこれは急速に改めなければならない。いやしくもこの種の理事というものは高給をはみ、重大な責任の地位にある以上は、職務分掌ははっきりして、どの理事は何を分掌するのだということをきめて、その上で仕事に責任を持たせない限り責任ある仕事はできないわけであります。ただ理事会という集団に対して全部の責任を負えといったときに、これは無責任になる。必ず一つ一つの分掌をきめて、これはお前の責任でやるのだということが必要なことは私がちょうちょうするまでもない。そういう点からいうと、協会の側が、仕事は担当せしめるものはないのだけれども、いろいろな人事の都合でつい浮き上ってしまったが、そうかといって協会は出せない、何か用のあるような顔をし理由をつけて理事という地位で保護を与えよう、論功行賞的に隠居の存在を作り出そう、悪意でなくてもそのような人情でやる傾向をたどることは今までの事例からいってもたまたま起りやすいと思いますから、このことは政府の側に悪用して天下り人事の意図がないとするなら、協会の側でそういうことをやり得る余地を残さないようにするために、もっと厳格に、現在の仕事というものをもう一つよく分析してみて、その分析の中から一体理事があと何名いなければならないか、その上に一人くらいは余裕を見たいというなら、無住所でどちらにも応援をし協力を与えるような一人くらいの理事をふやしたいという考え方、順序で私どもに対する提案がなされた方が当然だと思うのです。その方が協会全体の事業運営の上における一番のトップ・マネージメントというものをそこに置いて、その筋を通したものの考え方で上からきめていくならば、下部に対して当然そのことを慫慂することができるし、そういう指導ができる、これが近代的な経営になると思いますので、そういう意味からも、現在この近代的な経営が熾烈に要求されている際に、倍の幅を持って五人から十人以内という理事の数の設定に対しては私は承服ができない、こういうふうに考えますので、この点は一つ御答弁があればあとでお聞きしますが、どうぞ御考慮おきを願いたい、こう思います。 次に私のお伺いしたいのは、二十七条第五項であります。これは現行法を大幅に改正していますが、たとえば改正案によりますと、現行の「会長、副会長、理事及び監事の任命については、第十六条第四項の規定を準用する。」の次に「この場合において同項第六号中「放送事業者若しくは新聞社」とあるのは「新聞社」と読み替えるものとする。」の「読み替える」を「「、「十分の一以上を有する者」とあるのは「十分の一以上を有する者(任命の日以前一年間においてこれらに該当した者を含む。)」と、同項第七号中「役員」とあるのは「役員(任命の日以前一年間においてこれらに該当した者を含む。)」とそれぞれ読み替える」に改める。」とあります。その中で第一に私の問題とするのは、放送事業者をなぜはずしたのか、一体なぜこの放送事業者というものをこの改正に当って特別に除こうとするのか。この点は私が憶測をして先ほどのような疑いなり心配を持ちませんので、簡潔に、なぜこの放送事業者というものをここで除こうとするのかを一つお答えを願いたい。
○莊説明員 お答えをいたします。この点非常にごたごたしておりまして、おわかりにくい条文になっておりますが、結局現在のままということでございます。と申しますのは、経営委員の方の欠格事由の改正規定の案を作りましたので、それとの関連において会長以下の役員については現在のままであるということを明らかにするために、このようなややこしい規定になっております。
○原(茂)委員 どうも失礼しました。これは僕がもう少し勉強すればわかったことでした。現行法のままであるということがわかります。 それから二十八条は、会長、副会長、理事及び監事の任期を三年としようとするものでありますが、現行法によると、「但し、補欠の会長は、前任者の残任期間在任する。」とあるのを今度はそれを除いたわけです。これも今と同じ理由であやまちがあれば教えていただきますが、なぜ「補欠の会長」という補欠の場合の規定を除外するのですか。
○莊説明員 この点は補欠の会長ができた場合に、特に任期を残任期間とする必要がなくなったからでございます。と申しますのは、現在までは会長が経営委員会の構成メンバーでございましたので経営委員の任期の交代期に会長も一緒に中に組み込んで同時に任期が切れるようなシステムになっておったわけであります。今回それがはずれましたので、補欠の会長ができた場合には、特に残りの期間であるとする必要がなくなったがために、むしろそのときから起算して三年とした方がよろしいのではないかという考えがありまして、このようにいたしました。
○原(茂)委員 わかりました。それはそれでいいでしょう。確かに経営委員会からはずすという前提ですから、そういうことになれば補欠の場合の規定は要らない。なるほど経営委員会からの正式メンバーとしての会長がはずされる、この改正案通りになればこの通りでやむを得ないと思います。 それから二十八条の二の改正案による条文の中で、しまいから三行目に、「協会がその構成員であるものの役員となったことにより」こういうことが特にここでうたってありますが、現行法を読んでおりませんから私わかりませんが、おそらくサイド・ラインがあるので現行法にない条文ではないかと思いますが、一体「経営委員会又は会長は、それぞれ第二十七条第一項から第四項までの規定により任命した役員が同条第五項において準用する第十六条第四項各号の一に該当するに至ったときは、当該役員が同項第六号の事業者又はその団体のうち協会がその構成員であるものの役員となったことにより」とありますこの「協会がその構成員であるものの役員」というのは、どういう場合なんですか。
○莊説明員 たとえて申し上げますと、共同通信社のごときものでございます。共同通信社に協会として会員となった、こういう場合に会長が共同通信社の役員に協会の代表者として入らざるを得ないということが起り得るわけであります。そういうときに欠格事由に当るからやめなければならないということのないようにというほんとうに技術的な規定でございます。 〔秋田委員長代理退席、委員長着席〕
○原(茂)委員 それから三十七条の二、これも改正案ですが、「毎事業年度の収支予算、事業計画及び資金計画が国会の閉会その他やむを得ない理由により当該事業年度の開始の日までにその承認を受けることができない場合においては、三箇月以内に限り、」とありますが、あらゆる場合を想定して、たとえば次期国会の承認が得られないというあらゆる場合を想定したときに、三カ月というのは次期国会の承認を得られる最大のあるいは最短の期間なんだ、いかなる事態があっても今までの経験から判断して三カ月という期間があればあらゆる場合に間に合うのだ、こういう調査をやった後の三カ月でしょうか。
○寺尾国務大臣 これは一応調査をいたしまして、三カ月あれば大体普通の場合においてはこれで一応措置としてはよかろう、しかし、たとえば解散があって召集をされまして、すぐこの承認のない間に再解散がある、こういうようなことに遭遇いたしますと、この三カ月では足らない。そういたしますと、それでは何カ月でいいか、こういうことになりますが、この改正案といたしましては協会の立場として一応の普通の場合においては三カ月あればまずよいのではないかという目安をここに置いたわけでありまして、さらに非常の場合、特別の場合を考慮いたしますとこれでは十分でないということになりますが、しかし一応のこうした措置といたしましては、あまりこれを半年とかあるいは長期にわたってこういう措置を規定するということは適当ではない、こういう考え方から一応普通の場合を想定いたしまして三カ月といたしたわけでございます。
○原(茂)委員 これは私、時間がなくて自分でいろいろな場合を想定していないのですから、教わっているわけです。事務当局の今までの十分な経験からする計算をした結果、三カ月なら大丈夫、こういうふうに解釈していいわけですね。 次にお伺いしたいのは、第四十二条の第二項、これはおそらくダブって質問しているんじゃないかと思いますが、今まで現行法では「三十億円をこえることができない。」となっていたのを、「協会の純財産額の三倍をこえることができない。」そこで二つお伺いしたい。なぜ一体三倍というところに目安を置いたのか。三倍というものが出てきた考え方。やはり科学的な根拠のない数字は出ないはずですから、三倍というものがなぜここに出てきたのか、相当の理由がなければいけないと思いますから、それを第一点としてお聞きしたい。 第二点には、協会の純財産額というものは一体どのくらいあるかを聞く前に、それよりは、一般の財産それから純財産は協会の場合に一体どういうふうにその内容が分けられるものなのかを、これは後学のためにお伺いしたい。
○館野説明員 御説明いたします。この条文におきまして、「会計検査院の検査を経た最近の事業年度の貸借対照表による協会の純財産額の三倍」と書いてございますが、第一に協会におきましては法定資本額というものがございません。従いまして、債券発行の一般担保といたしまして、それの担保の価値あるものが、後に御説明いたしますいわゆる純財産額を目安といたしますと——その純財産額と申しますものは、法定資本ということではなく、各年度におきまして、総資産から総負債を貸借対照表上差し引きました正味財産というものを目安にして保証の基準をとらえるほかにはとらえようがございません。それが「最近の事業年度の貸借対照表による」ということでございます。 それから一般の会社その他におきましては、商法その他の決算ということがございますが、協会におきましては、会計検査院の検査を経て決算を国会に報告いたすことになっております。従いまして、その決算の最終締めくくり——何といいますか、法定効果が現われますのが会計検査院の検査の終了という時点をとらえまして、ちょうど一般商社におきます決算株主総会の承認という時点に対応さしたわけでございます。 それから第三といたしまして、純財産額の三倍と考えました理由は、これは純理論的には、二倍、三倍、四倍あるいは五倍と、いろいろの規定の仕方、その事業の態様によって考え方があると思いますけれども、まず協会と同じような、特別の法律に基きました法人の債券の限度額が二倍ないし十倍といういろいろの立法例がございまして、まず平均いたしましてこのような場合には三倍という立法例が多いことが一つの目安でございますし、さしあたっては、ただいま協会が——これはもちろんまだ国会の御承認も受けておりませんけれども、郵政省のテレビジョン・チャンネル・プラン等に即応いたしまして一応の長期計画を昨年来立てておりますが、それらのものによりますときには二百億前後、少くて百八十数億、百九十億、多くて二百十何億、大体のところ二百億程度の外部資金の導入を必要とする一応の計画が出ております。ところが、ただいま——これはまだ国会に報告しておりませんが、三十二年度末のこの純財産額を計算いたしてみますと、大体四十八億、まあ五十億弱でございます。従いまして、三倍といたしますと百五十億の限度になるわけでございますが、二百億前後、二百億をちょっとこすぐらいの外部資金の導入に対しまして、百五十億ぐらいの債券の余地がありますならば、それぞれの債券市場に応じて出せるし、また出さしてもよろしいのではないかという目安を置いたわけでございます。
○原(茂)委員 わかりました。実は私、これからあとまだ八点ばかり、私が重要だと考えておる問題を十分一つお答えを願いたいと思ったのですが、党も緊急の秘密代議士会等が行われ、何か委員会をここで一応きょうは打ち切るということだそうですから、私の質問はきょうはこれで終ります。
○淺香委員長 次会は明五日午前十時より理事会、午前十時三十分より委員会を開くこととし、本日はこれにて散会いたします。 午後三時三十八分散会