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30回国会衆議院1958/11/03

地方行政委員会公聴会 第1号

発言数
161
登壇者
16
会派数
2
開催日
1958/11/03

会議録

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 これより警察官職務執行法の一部を改正する法律案について、地方行政委員会の公聴会を開会いたします。  ただいま御出席を願いました公述人は土屋正三君、鵜飼信成君のお二人であります。  この際議事に入ります前に、公述人各位に一言ごあいさつを申し上げます。御多用中のところ特に御出席をわずらわしましたことは、さきに御通知申し上げました通り、本委員会において審査中の内閣提出にかかる警察官職務執行法の一部を改正する法律案は、国民の一般的関心及び目的を有する重要な法律案でありますので、成規の手続によりましてここに公聴会を開会し、学識経験を有せられる方々を公述人として選定し、各位の本法律案についての御意見を拝聴し、もって本委員会の本案審査に慎重を期することといたしたのであります。つきましては以上の公聴会開会の趣旨を御了承の上、それぞれのお立場より忌憚のない御意見を御開陳をお願いする次第であります。  なお議事の進め方につきましては、意見陳述の発言時間はお一人三十分程度でお願いし、公述人お二人の御意見の陳述が終りました後、公述人お一人当り三十分程度におきまして、委員から質疑が行われることになっております。また衆議院規則の定めるところによりまして、御発言の際には委員長の許可を得ていただくこと、公述人の発言はその意見を聞こうとする案件の範囲を越えないこと、公述人は委員に質疑をすることはできないことと相なっておりますので、あらかじめこの点をお含みおき願います。  それではまず鵜飼信成君から御意見の御開陳を願います。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 警察官職務執行法の一部を改正する法律案につきまして、私の疑問と思っておりますところを述べまして、国民の一人としてその審議が慎重であることを希望いたしたいと思っております。質問とするところは三点に分れます。第一は立法政策の問題として、第二は立法技術の問題として、第三は憲法論の問題としての疑問であります。  まず第一に、立法政策の問題として申し上げます。立法政策の問題といたしましては、このような立法が要求される理由として、最近における集団的暴力事犯の続発、少年非行増加の趨勢、さらに広く法秩序無視の傾向が著しいということがあげられております。このような事態そのものの認識につきましては、何人も多くの異論はないと思っております。もっともこのほかに警察官の暴行というような事態も識者の憂うるところでおりますけれども、これはしばらく別といたします。この改正法案が決して警察官の暴行を合法化しようとするものでないことは明らかであります。問題はしかし集団暴力等に対処するのに本改正法案が立法政策的に見て最も適切なものであるかどうかというところであります。この点についてもおそらくは賛否両論があることは何人にも予測されるところと存じますので、もしも立法をしようとするのでありますならば法律案を公表いたしまして、広く国民の批判を仰ぐのが当然であったと思います。しかるに立案の任に当られました方々は、すでに伺いますと一年も前からこれを審議しておられたということでありますが、それは国民に対しては秘密のうちに行われまして、国民はこういうふうな立法政策について何ら知らされるところがなかったのであります。アメリカのごとき国では、たとえば行政手続法第四条というのによりますと、行政庁が規則を制定する場合においてさえ、あらかじめ制定せらるべき規則について官報に公表いたしまして、その条文、内容、問題点等を国民に公示しなければならないことになっております。この精神は、国民の権利に重大な関係のある本法律案のようなものにつきましても、当然に当てはまるものと思われます。従って制定の準備が秘密のうちに行われたということ自体が、手続上大きな問題になると考えます。  次に立法政策といたしまして、私は現在の険悪な世相に対処するのに、警察官の職務、職権を拡大するという方法が果して妥当であるかどうかということについて疑問を持っております。その理由は二つございます。一つは暴力に対して別の力を用いるということでは、決して暴力事犯の絶滅を期することはできないことであります。ぐれん隊、少年非行等は熱のようなものでありまして、熱を出す病原は別にあると思います。少年の精神的な病気を治療するためのたとえばカウンセルの施設というふうなものは、先進諸国では多くの学校や都市やどこにでもある施設でありますが、日本においては全然ございません。警察官がただ非行を行うかもしれない少年を見張っているだけで、どうしてこの病気がなおるでありましょうか。もう一つの理由は、警察の権限強化は戦前の暗黒時代の再現を予感させるということであります。私自身のささやかな経験を申しましても、私は昭和十六年の春にロータリー・クラブで話をいたしまして、その話がYMCAの雑誌に載ったのでありますが、これが警察の手で発売、頒布禁止の処分になりました。その理由は、アメリカに対してあまりほめ過ぎている、戦争をする意思を国民に喪失させるというだけのことであったようであります。警察の権限強化はこういう意味で決して問題を正しく解決する方法ではない、かように私は思っております。  次に第二の論点といたしまして、立法技術的な点について若干の疑問を申し上げたいと思います。この点では立法者の真の意図が何であるかということがはなはだわかりにくい。またわかった場合におきましても、果してそれが法文の上に正確に出ているかどうかという点で疑わしい点が若干あるのであります。例をあげて申しますれば、たとえば改正法案の第四条「避難等の措置」第一項は、人の生命、身体、財産に危害を及ぼすおそれのあるような危険な事態として、天災、事変とか、爆発、狂犬、奔馬、雑踏などを例示しておりますが、改正法案が新たにこれにつけ加えようとしております「興行場その他多数の者の用に供する施設又は場所における過度の人員の収容による混乱、」という事態が、果して従来例示されておりますものと同じ系列に属する事態であるのか、あるいは全く新しい性質の事態なのかということは、必ずしも明瞭でありません。もしもこれが全く同じ性質の事態である、たとえば建築物の構造上に損壊の危険がある、あるいは人員の過度による雑踏があるということでありますれば、これはすでに現行法の示しております例と同じでありまして、実際にも現行法はこれらの例示のあとに「等」という字をつけ加えておりますので、これらのものが入ることはほとんど明らかであると思います。従って改正法案がこの新しい事態をつけ加えようとしたということは、従来の例示とは違った、全く新しい性質の事態を考えておるのではないかというふうに考えられるのであります。全く別の性質を持った危険な事態ということになりますと、これは既存のものの共通の性質と違うということが必要でありますが、その既存の事例に共通な性質というのは、たとえば天災であるとか狂犬、奔馬の出現であるとかいうものの性質を考えますと、おそらくは自然現象であるということを考えていいのではないかと思うのであります。もっとも交通事故であるとか雑踏であるとかいうふうな人間的な現象もありますが、そこではこれらの現象は人間の内面にかかわる問題としてではなくして、外面的な問題として一種の自然な現象としてとらえられているのではないかと思うのであります。そこでこういうものと区別された新しい事態として、「興行場その他多数の者の用に供する施設又は場所における過度の人員の収容による混乱」ということになりますと、これは特定の目的を持った集会においてその混乱の事由がこういう現在のような外面的なものではなくして内面的な理由、たとえばそこで述べられた意見に対して反対の意見を持つ者がありまして、そのために混乱が起った、こういうようなことになるのではないかという疑問があるのであります。もしもそうでないとしたならば、改正の理由はないわけであります。現行法で間に合うわけであります。もしもこういう新しい理由で改正するのであるとしたならば、この場合に警察官の職務として避難を命ずるということは、言論、思想、信教、政治的自由などの内面的な自由に対する侵害になるのではないかというふうに考えられます。  もう一つの例といたしまして、たとえば第五条は犯罪がまさに行われようとするときに、その予防及び制止をする規定でございますが、現行法は第五条の見出しとして「犯罪の予防及び制止」という見出しをつけております。改正法案は犯罪が行われようとしており、そのまま放置すれば人の生命、身体、財産に危害が及び、または公共の安全と秩序が著しく乱されるおそれのあることが明らかで、急を要する場合にはその行為を制止することができるということにしているわけでありますが、この改正の趣旨が一体現行法と同じように犯罪の予防にあるのか、それとも犯罪そのものとは論理必然的には関係のない、ただ秩序を乱す行為を制止するというのにあるのでありましょうか。立案者の説明を聞き、法案を一読いたしましたところでは、一見前者すなわち犯罪の予防にあるようでありますが、決してそうでないように思われるのであります。犯罪が行われようとしている事態というものはなるほど一応前提にされておりますけれども、警察官によって制止される行為というものは、犯罪を必然的に起す行為そのものではない。ただ公共の安全と秩序を著しく乱すおそれのある行為でさえあればよろしいというように読めるのであります。たとえばある合法的な集会がありまして、その集会が公安条例違反というふうな犯罪行為を行おうとしている、そのままに放置しておけば公共の安全と秩序が著しく乱されるおそれがある、こういうことになりますと、その合法的な行為、合法的な集会そのものが直接に制止されるということになるのではないかと思います。このことを暗黙のうちに示しているのが改正法案第五条の見出しでありましてそこには、従来は「犯罪の予防」という文字がありましたのが、今度は削られまして、ただ「警告及び制止」となっているのであります。つまり警察官が犯罪が行われるだろうということを一応口実にいたしまして、本来は適法であるけれども、公共の安全と秩序を乱すだろうと認める行為を制止する。そうして一たび制止をいたしますと、今度はこの制止に反抗して暴行、脅迫を加える行為は公務執行妨害罪の現行犯となる、こういうことになるわけであります。もしもそうでないというのであれば、これは法文上そのこのの疑いのないように、明白にしておく必要があると考えます。  立法技術的に見まして、立法者の意図と立法の規定とが果して一致しているかどうか疑わしいと思われるもう一つの例といたしまして、第二条第三項、すなわち職務質問に伴う所持品の提示、検査ということがございます。この所持品検査の必要であるという立法事由といたしましては、隠し持っていた凶器によってしばしば警察官が傷つけられ、あるいは事後にその者が犯罪を犯し、あるいは自殺を遂げたというふうなことが事例としてあげられております。数字の示しております通り、こういうことは大へん重大なことであるということを私も考えます。しかしながら憲法によりますと、原則として令状がなければ強制的な捜索はできないことになるわけであります。そこでこの規定はあくまでも自発的な提示を求めるのである。強制的な捜索をする場合には刑事訴訟法の手続によってやるのであるということを、この条文自身が規定しておるわけであります。そこでこういう方法によりまして、憲法に違反するという疑いが一応避けられたわけでありますが、しかし同時に、これによってこの立法の目的とした立法事由の考えていたところは、全然達成不可能になったわけであります。つまり真の凶悪犯人というものは、決して所持品を自発的に警察官に提示しないだろうからであります。言いかえれば、この規定は適憲ならんと欲すれば目的を達しない、目的を達せんとすれば違憲となる、こういうジレンマに陥っているのであります。立法技術的にこの問題を解決することはとうていできないことかと思います。もしも解決したとするならば、これは適憲のような顔をいたしまして実は本来の目的を達しよう、つまり違憲なことをしようとするか、あるいは実際にもそれは適憲であって、従って表向き掲げた目的、すなわち凶悪犯人の凶器を発見しようとする目的は全然達しないが、そのかわりひそかに陰に隠れたもの、すなわち政府と違った政治的目的を持った者、あるいはその他の異端者に対していやがらせの所持品検査を行うことになってしまうのであります。これでは思想、良心、信仰、学問の自由は侵されないわけにはいかないと思います。(拍手)  次に第三の論点といたしましてこの改正案が憲法に違反するのではないか、こういう問題点について若干考えてみたいと思います。疑問の第一点は、本改正法案が個人の内面的自由に干渉するのではないかということであります。たとえば改正案の第三条は保護について——現行法の一項二号の応急の救護を要すると認められるものを警察署、病院等に保護する場合に、現行法では本人が拒んだ場合を除く。本人が拒んだ場合には保護ができないということになっておるのでありますが、これは近代法実施の基本的な原理として、たとい病気であっても、もしもその意に反して強制的に保護されるということでは、本人の精神的な自由が侵害される、こういう観念から現行法のこの規定はできていると思います。もっとも現行法のこの規定の解釈につきましては、これとは反対に後見主義的な観念、いわゆるパタンナリズムからする解釈論がありまして、現行法の解釈としても本人がこれを拒んだ場合を除くというのは全く無意味な規定であって、本人がたとい反対しても国家が保護を要すると認めるならば、実定法のこの規定にもかかわらず、国家すなわち警察は要保護者を強制的に保護することができるという、こういう解釈論もないことはありません。しかしながら現行憲法というものは、近代的な個人主義の原理に立った憲法でありまして、決してこのようなパタンナリズムの原理に基いているとは理解することができないのであります。改正法案が強制保護を認める方向に転換しようとするのは、この意味で現在の憲法の基本原理に反する方向であるというふうな疑いが十分にあるのであります。のみならずこの第三条の保護の第一項の中には、新たにつけ加えられたものとして、「自殺をする虞のある者」という規定がございます。この規定は、明治憲法下の行政執行法第一条の保護検束の一部としてすでに当時認められていたものでありますが、戦後一時廃止されまして現行法にはない、これを今回再び復活しようとするのが、この改正法案の趣旨であるようであります。しかしながらこの復活に当りまして、旧行政執行法では「自殺ヲ企ツル者」とありましたのを、今回は「自殺をする虞のある者」というふうに表現を改めております。企てるということでありますと、これは自殺の意図、計画を意味するだけではなく、企てるという行為あるいはその他の手段の調達等をも意味するものであります。従ってげたを脱いで橋の欄干のところにもたれていれば、これは自殺を企てる者でありますけれども、自殺を思う歌を読んだ啄木のような歌読みは、決して保護の対象にはならないのであります。(拍手)もっとも実際にはこの種の保護が乱用されたことは、この委員会において矢尾議員が実証されたことを新聞で拝見いたしましたが、これはあくまでも乱用であったのであります。ところが今度の改正法案では、これが「自殺をする虞のある者」となっております。自殺というものは大へんに複雑な心理的過程でありまして、そういう心理的な内面的過程を経て初めて自殺という結果に到達する。その過程は専門の医学者でも心理学者でも容易につかみがたいものでありますし、またかりにつかむことができるとしても、それは個人の内面的心理の発展を追跡しない限り、そういう分析のできないものであります。このような重大な個人の内面的自由の領域に立ち入ることを警察官に許す本改正案は、不用意のうちにそれが憲法の保障する思想、良心の領域に立ち入ろうということを意味するものでなくて何でありましょうか。(拍手)これが私の違憲であると思う疑いの第一点であります。  次に第二点といたしまして、警察の職務が、法益の侵害というものがすでに起った後において事後的に救済するばかりでなく、必要に応じてある程度まで事前に予防的な措置をとることが必要であるということは、これは否定できないところと思います。しかしながらその場合におきましても、不必要に個人の自由に干渉するほどに予防的であるということ、すなわちその結果現実に法益を侵害するという結果の生ずる可能性ということがかりにあるにしてもきわめて小さい、こういう場合に警察権をもって干渉することは、本来許されないことなのであります。特に精神的自由につきましては、予防的な措置というものは全然許されない。各人がみずからその正しいと信ずる思想や宗教や学説を自由に表現いたしまして、その思想の自由な交流の結果として初めて社会は健全な発達をするということ、ただそういう自由な思想の発言、表現の結果といたしまして現実に個人の法益が侵害された、こういう場合に初めてそこで表現の自由といえどもある意味で制限を受ける、こういうことが憲法の原則であると思います。憲法はこのことを明記いたしまして、憲法第二十一条第二項に「検閲は、これをしてはならない。」といっております。これは思想、表現の自由に関しては、事前の警察的な干渉はできない、いわゆる事前制止、プリビァス・レストレイントということは許されないということを憲法が明確に宣言しているものであると思います。ところがこの改正法案を見ますと、憲法のこの原則を侵害するのではないかと思われる規定がございます。これが私の問題点の第二点でありますが、たとえば第四条の「避難等の措置」に関しまして、従来は危険な事態の発生した場合、たとえば狂犬、奔馬が出現した、天災が発生した、こういう場合に初めて警察官は必要な措置をとることができたわけでありますが、改正法案は事態が発生しないでも、発生するおそれがあるという段階で、すでに予防的な措置をとることを認めようとするわけであります。また第五条では、「犯罪がまさに行われようとするのを認めたとき」という現行法の規定にかえまして、「犯罪が行われることが明らかであると認めたとき」、あるいは「犯罪が行われようとして」いるという場合、こういう場合に警告、制止ができる、こういう改正の規定であります。これらの予防的な措置というものは、先ほど申し上げましたように、もっぱら自然的な原因に基く危険の場合には、まだしも存在の理由があると思います。たとえば三百ミリの雨量が予想されて、その結果河川がはんらんする、あるいは堤防が決壊する、こういう予想が立つ場合には、これは十分に予防的な措置をすることが可能でありますし、またそれが必要であります。しかしながら人間の精神的な活動の結果として、ある事態が発生するかもしれない、こういう場合に、一体この発生するかもしれない結果を事前にどうして予測することができるでありましょう。第五条で、犯罪が行われようとしている段階で、もし「そのまま放置すれば、」「公共の安全と秩序が著しく乱される虞のある」ということが一体どうして予測できるでありましょうか。放置しておけば、自然に一定の結果に至るというふうなことが予測できるのは、自然的な現象の場合だけでありまして、自由意思を持った人間の場合に、そういうふうな予想が不可能であるということは、これは明らかであるといわなければなりません。これが刑法で教唆の未遂というものは正犯の未遂が前提になるという説が行われているゆえんであります。これは要するに、人間の行為が果して将来危険な事態を発生させるかどうか、公共の安全と秩序を著しく乱すかどうかということは、単なる不確定な予測にすぎないわけでありまして、そのような予測に基いて、危険な事態の発生するよりもはるかに前の方の時点で人間の活動に干渉するということは、国家権力にとっても許されないところであると私は考えるのであります。しかしそれは人間の生命、自由、幸福追求に対する権利に基く自由なる活動にあまりに強く干渉することになり、近代憲法の原則、従って日本国憲法の原則に反することになるのではないかと思うのであります。  違憲問題の第三点は、警察官の職務の基準というものがきわめて抽象的、あいまいな形で規定されているということであります。一体国家の権力によって国民の自由や財産を侵害するに当りましては、その基準はできるだけ具体的、明確でなければなりません。このことは租税法律主義であるとか罪刑法定主義であるとか、こういう原則においては非常に明確に示されているところでありますが、警察のように直接の実力を持って国民の自由や財産が侵害されるという場合にも、根本原則は全く同様であると思います。もっとも警察の場合には、急場の要求に応ずるという必要がありますので、ある程度臨機の処置が要求されることは否定できないところでありますが、しかしその場合でも権限の範囲、限度というものは、法律で可能な限り明確に規定されていることが必要でありまして、決して抽象的であいまいな規定であってはならないのであります。この原則は、明治憲法下の法秩序のように警察権の範囲がかなり広く認められていた制度のもとにおいてさえ、ある程度まで尊重されていたものであります。たとえば旧行政執行法第二条に立ち入りの規定がございますが、この立ち入りの規定もこういう形をもって規定しております。「當該行政官廳ハ日出前、日没後二於テハ生命身體又ハ財産に對シ危害切迫セリト認ムルトキ又ハ博愛、密賣淫ノ現行アリト認ムルトキニ非サレハ現居住者の意二反シテ邸宅二入ルコトヲ得ス」すなわち個人の私宅に強制的に立ち入るという場合には、生命、身体または財産に対して危需が切迫したと考え、もしくは博愛、密売淫の現行ありという場合だけに限られております。この二つの要件を満たさなければ立ち入ることができないわけでありますが、今回の改正法案を見ますと、人の生命、身体もしくは財産に危害が切迫した場合に加えて、新たに今度は「公共の安全と秩序に対する危害が切迫した場合」というのがあげられているのであります。しかしこれは公共の安全と秩序という概念というものが、警察の目的であることは疑いを入れません。警察法第二条が警察の責務として掲げているところでありますが、このことは正当でありますけれども、しかしいわば警察の終局的な目的でありまして、こういう終局的な目的を達するためにどういう場合に警察官が職務を行なっていいかということを規定するのが、警察官の職務に関する法律の趣旨でなければならないと思います。つまり何が警察の終局目的である公共の安全と秩序に危害が切迫した事態であって、警察力による干渉を必要とするかということの認定を直接に白紙で警察官に一任するということでは、これは警察に関する法律の目的を達することができない。私は憲法の原則から申しますと、警察官の職務に関する規定というものは、もう少し明確なものでなければならないというふうに考えるのであります。こういうふうなあいまいな規定で残しておれば、それだけですでに憲法に違反する疑いがあると思います。外国の裁判所の論でいえば、ヴァーグネスです。あいまいさあるいはアンビギュイティ、多義性を持った立法というものは、それだけで有効にはならないのであります。租税法や刑罰法規ほどではないにしましても、すなわちある程度まで裁量の余地を残すにいたしましても、少くとも警察法というものは、もう少し具体的かつ明確に警察官の職務執行の基準をきめないならば、憲法の要求に合致するとは言えないと考えるのであります。  以上総括いたしまして、私はこの法案は立法政策上適切ではない。立法技術的にも偶然の不手ぎわ、もしくはあいまいな規定が多い。またいろいろな点で憲法に違反する疑いの濃い法案ではないかと思うのであります。これは大へん重大な法案でありますので、何とぞ国民一般の声を広くお聞きになりまして、慎重に審議されるという意味で、この際平静な気持でこれを審議未了として、あらためて国民の意思に基いて険悪な今日の世相に対処するために、適切な措置をとられんことを切に要望するものであります。(拍手)

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 これにて鵜飼公述人の御意見の御開陳は終りました。  質疑の申し出がありますから順次これを許します。臼井莊一君。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 ただいまの鵜飼先生の公述に対しまして一、二点お伺いしたいのでありますが、青少年の犯罪に対しては、こういう刑罰予防的なやり方でなく、もう少しほかの、何かあたたかい施策でやられるような御意見で、これはもとよりこういう警察法規だけで予防し、青少年を善導することはできないと思うのでありますが、それでは不十分だと私は思います。しかし現実に、現在いろいろの青少年の犯罪等が、しかも凶悪な犯罪が起る、そしてしかも虞犯青少年等がますますふえつつあるというこの現状に即して、青少年を善導するというようなことは、相当長期にわたって学校、家庭、社会教育、すべてにわたってやらなければならない問題でありますので、そこでこういう法律を私は作ったのだと信ずるのであります。その点でございますが、こういう予防の法案を作らぬで、何か指導的な施策だけでよろしいというお考えでありますか、その点をお伺いいたします。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 青少年を善導するためのもろもろの措置が必要であるということについては、皆さんもお考えになっておられるように伺いますが、現実には大へんこの施設が不十分でありまして、その大事な時期にまず警察的な取り締りの方から行こう、こういうことではやはり国の施策として妥当ではない。根本的な方向の問題であると考えております。ぜひこの点では今御発言の方がおっしゃいましたように、青少年を善導するための施策の充実にぜひこの際全力をあげていただきたい、かように希望いたすのであります。(拍手)

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 私の質問は、それは善導するためには、今申し上げたように学校、家庭、社会、すべてにおいて施策をやらなければならないことはわかっておるが、現在までもあって、全然やっていないわけではない。ただしかし不十分であるということは言えるかと思うのでありますが、しかし現実にいろいろな凶悪犯罪等が行われておれば、これをやはり教育するについてもその現場をとらえ、またそれを予防する上においても、一般社会の各方面にわたって現場を警らをしている警察官が当面にぶつかるのであります。そこでそういう青少年があった場合においては、これを保護する措置をとらなければ、一方で教育方面とか、またたとえば施策にしましても、不良少年等を善導するための感化院とか、その前に少年鑑別所に入れる。これにいたしましても、そこへ連れていって指導に持っていくまでに、一応警察官が第一線においてぶつかるのではないか。それを警察官が実行する方法において非常に現在では不備であるから……。     〔発言する者多し〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 そこでこれを完備して警察官が十分少年の保護を行えるような規定を作った、かように解釈するのでありまして、これは決して他の善導する施策をないがしろにするのではなくて、やはりともどもやらなければならぬものである。この点で、施策があれば警察官のこういう規定がなくてもいいというお考えであるかどうかということなんです。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 ただいまの点は、警察官の保護というものが果してマイナスの面がないかどうかという点からも考えなければならないと思います。それは警察では犯罪人を扱っております関係上、まだ犯罪にそれほど深くしみていない少年、つまりこれから大へん重大な問題になるという少年たちが、そこに入れられることによってかえって悪い影響を受ける、こういうことも私伺っておるのでありまして、やはり取り締るということは、警察官という一般の犯罪人を扱う人とは別の方式でやらなければ、決してその目的を達しないのじゃないか、そういうことが私の心配している点でございます。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 次に、犯罪が行われる予防というような場合は、自然的な場合に限るべきであって人間の精神的な発生というような点については、これは考えないといかぬ、こういうような御意見がありました。これにつきましては、いろいろの集団暴力等があるということは当初にお認めのようでありましたが、たとえば道徳教育講習会の際に、集団的な暴力によって、憲法で保障されている自由というものさえ私は侵害されていると思うのです。これは主催者のいかんを問わず——私はこの間別府に参りましたけれども、別府においてはこの春一万数千人の日教組の研修会が平穏に行われた。しかしそれに対して、研修のやり方、内容が不満だというので、これに反対の団体が行って喧騒をきわめ、講習会が行えない、あるいはその講習場へ入れないというようなことがあったときに、日教組の諸君はそれを承認するのかということを日教組の岡本組織副委員長に伺ったのであります。そういうことなんです。しかも警察官の出動によってようやく入れた。入れましても、今度はまわりで数百人のデモ隊が大きな音を立てる、あるいは徳島においてぴいぴい笛を鳴らすとか、そういうような妨害をすることは、私は憲法に保障された自由というものが阻害されていると思うのでありますが、阻害されているか、それは差しつかえないのか、その点を一つお伺いしたいと思います。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 私は道徳教育講習会の実態については、いろいろの書いたものもしくはニュース映画等をもって知りました範囲では、確かにいろいろむずかしい問題があるように思います。ただ本法の改正を必要とする理由となるべきいろいろな事態があがっておりましたが、これは軽犯罪法の定めております騒音を制止するという規定に該当するということは言えるのではないか。もし該当すればそれによって処置できるのではないか。ちょっと条文を覚えておりませんが、多分第一条の十四号だと思います。その規定によって公務員はまず制止ができる。制止してもなお行えば、これは軽犯罪法違反になるということになっておりますので、現行法においてできないという事態ではないのじゃないか。それ以上に強い権限を警察に与えますと、そうでない場合に乱用されるというおそれが起る、そういう心配を持っておるのであります。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 しかし実際問題として東京初め仙台あるいは奈良、徳島、別府と、こういう場合において、これが現行法では平穏に講習会を開くことができなかったという現実の問題があると思うのであります。そこでこれを予防する、たとえば違反して軽犯法に触れたから、しからばこれを検挙して罰にすればいいじゃないかということは、やはり秩序を保つ上においてそうやってはならない。できるだけ犯罪をなくして、それを予防するという方が、刑法においても裁判において、もそうならない以前にそれが予防されるということが、私は一番望ましい。たとえば東京において、第一回の講習でありますが、あれさえもあらかじめ極力妨害するということが当然予想せられて、明らかであった。そこでしょうがないから、受講者を文部省へ集めて、しかも警察官に守られて入ろうとする。ところが会場を変えても、博物館の中にああいうふうに大ぜい集まってきて、そうしてそこに多少のけが人も出た。これらのことは他の地区においてもみな行われた。そういうことは自然発生的な問題でなく、これは当然予想されることがあるわけです。たとえば砂川の問題等においてもやはり、測量に行く、これを妨害するということが明瞭である。こういうような際に、現場にぶつかって、犯罪が実際に行われるまではこれを制止できないのだということになると、やはりそこにぶつかって実際の負傷者もできるし、非常な混乱も起る、そういうことを防ぐことの方がやはり必要じゃないかというふうに私は思うので、そういう意味でこういう法案が提出されたと思うのですが、その点はいかがでありましょうか。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 私は予防というのは、犯罪が起ることが非常に明らかである場合にはある程度までやむを得ないと申しましたが、今お話のような事例でありますと、もっと前に国民が納得のいくように施策をするということの方が先決ではないか。このためには、批評的な言論が自由に行われて、政府の施策に対する批評的なものが何ら取り締られないで、自由に意見が交換されて初めてこういう事態が防げる、こういう意味で、すでに現在ありますいろいろな言論の自由を制限するような法律さえも、実は撤廃していただきたいと思っております。いわんやそれと同じ目的にさらに一そう強化して用いられるおそれのある本法案のごときは、お作りにならないでいただきたい、かように考えておる次第であります。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 言論の自由が阻害されているというふうに伺ったが、私はそうは考えないのであります。ところが現実の問題として、今申し上げたように集会の自由さえ、政府でやる講習会は官製であるからいかぬのだということで、一方的にこれを妨害する。そこで私はこれは学問の自由も阻害されておると思うのですが、いかがでありますか。たとえば道徳教育を研究しようという集まり、これに対して妨害するというのは、先生方が一番声を大にして叫ぶところの集会の自由でなくて、学問の自由、研究の自由さえ阻害されておる事実ではないかと私は思うのですが、あの道徳教育講習の六カ所にわたって行われたあれにおいても、学問の自由が阻害されていないとお考えでありますか、その点をお伺いしたい。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 私は警察によってもあるいはその他の一般国民の中の集団的な力によっても、学問の研究の自由というものは阻害されてはならないと思います。現在の事態がどちらに当るかということは、いろいろな具体的な条・件によって言わなければならないので断定はできませんけれども、しかしおよそ学問研究の自由は阻害されてはならない。従って少くとも警察の力によってもされてはならない。ことに国民の中の集団的な力よりも、警察の方がはるかに強い力を持っているので、この点はどうぞ慎重にお考えいただきたいと思います。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 警察官の妨害の方がはなはだしいというお考えですが、私どもの見たところでは警察官にたとえば全学連などは挑発的な行為をやっている。デモはここではやってはいかぬというのをやる。旗は立ててデモは行進しなさいと言うのを、旗を倒してしかも禁止された電車通りのジグザグをやって、あるいは細いところでもジグザグをやって警察官を旗ざをで横からつつく。こういうようなことで、整列してただ人がきになっている警察官にも妨害しているような事実がある。それから手の届かないところから、デモの中側の者が旗ざをで警察官がジグザグを直そうとするのをたたく。そういうように警察官の人権さえ侵害されるような事実がある。従って警察官だから強いというよりも、むしろ現状は警察官が大ぜいの非常な監視の目の中にあるので遠慮されていて、たとえば力関係によって合法非合法は決するとか、あるいは苫小牧におきましてはストライキによる犯罪は無罪だというようなことさえも言って、集団的な暴行をやっている。こういうようなことからして、私はそういう今のお考えについて了解がつかないのであります。自然発生的な被害が起ろうとするときだけはそういう予防措置も警告というようなこともいいけれども、人間の精神的な面が含まれている問題についてはこれはいかぬというようなお考えのようでありましたが、しかし実際にはもう自然発生と同様だと私は思う。たとえば道徳講習にしても、東京においても開く前からそれは予想され、それが今度は仙台においても別府においてもあるいは奈良においても現実に予想された通り——こっちは世間から逃げながらやっているというくらいに批評されるような態度をとってしても、これを追いかぶせるようにしてやっているということは、予想せられた通りに妨害されているということで、しかも現在の法規ではこれを防ぎ得ない、こういう点で私は今の問題をお伺いしたのであります。  それから今全体を通して伺うと、たとえば凶器があるかないか提示を求める、こういうことも実際犯罪をやろうとする者は提示をしない、する者はむしろ犯罪をしない者だというようなお話があったけれども、これは私は犯罪の心理学者ではないからわからないけれども、必ずしもそうではないと思う。それは凶器を持っていなければあれですけれども、持っていたのでちょっとそれを無意識のうちに使って凶悪な犯罪のようなことを犯してしまうということもあるでありましょう。また逆にこれを使って凶悪な犯罪を起そうとするつもりであっても、警察官に提示を命ぜられたときはやはり人間には良心があるからそれを出すということもあり得るので、今先生のお話のように、これは単なるいやがらせに利用せられるであろうというようなお考えは、私はすべてこの法律が乱用されるという、それを心配してのお言葉であろうと思う。その点については乱用ということがいかぬことはいかなる法律でもそうでありますし、これを乱用してはいかぬということは、警察法の第二条において規定されておる。保証がないとおっしゃるけれども、もしこれを乱用する者があれば、これは刑法にも触れるわけでありますし、罰則をちゃんと適用される。刑罰を受ける。あるいは行政的な刑罰も受ける。それから被害を受けた者にいたしましても、これに対して国家公安委員あるいは地方公安委員あるいは人権擁護委員に訴えることもできる。また国家賠償も求めることができる。こういう点からしても、ことに戦前と戦後の警察機構それから警察官の教養という点でも私は非常に違うと思うのですが、この点はいかがでございますか。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 警察制度が戦前と戦後で大へん違うということは、これは戦後の最初の改革では非常にはっきりしていたわけでありますが、不幸にしてその警察制度が変えられまして、現在では最初の自治体警察というものはなくなってしまいました。そういうふうな方向に制度を変えましたあとで、警察官の権限が拡大されるような法律が作られますと、私たちはやはり非常な心配を持つわけでございます。これは戦前のいろいろな例、大へん暗黒な例がございますが、その例のまま起るとは考えられないにしても、制度が一応戦後に変ったものが戦前に近くなったというところに、方向として大へん重大な問題があるのではないか。その方向がこの今度の改正法案あたりがもうぎりぎりのところでありまして、これを越えれば戦前の制度の再現になるのではないかという疑いを多くの人々が持っているのではないか、そこに問題があると思います。ですから警察制度が変ったことによって安心していられないということにどうぞ御留意願いたい、かように考えるわけであります。

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 安井吉典君。

安井吉典日本社会党

○安井委員 時間の制約があるようでございますから、私二点だけお伺いいたしたいと思います。  初めに、今回の改正案によりまして条文の表面に現われた問題もずいぶんあるわけでありますが、ことに私どもおそれますのは、その表現のあいまいさであります。たとえば「公共の安全と秩序」といったような、きわめて抽象的なあいまいな表現が随所になされているわけであります。それによる乱用こそが最もおそろしいものであります。私どものこういったような心配に対しまして、またこれに対する反論が行われておりまして、今の御質問の中にも若干触れたようでございますが、現在の警察制度は昔の警察国家のあり方と全く違って国民警察なんだ、国家公安委員会の所属のもとにある、そういうふうな大本を忘れての反対論は、これは付和雷同的な、あるいは神経衰弱的な反対だとか、責任ある団体や組織がきわめるところをきわめないでの反対だといったようなひどい言い方さえ現在なされているようなわけであります。ところが私どもは、国家公安委員会の現在のあり方、その制度のあり方やあるいは機能の行われ方につきまして、きわめて不安を感じておるわけであります。現在の国家公安委員会に対しまして、御専攻の立場から、これでほんとうにいいものか、こういうもので乱用が将来とも防げていくものか、そういうような問題につきましてちょっとお聞かせ願いたいと思います。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 公安委員会の制度は、警察機構を改革する上の一つの非常に大きな改革であったのでありましてこれによって戦前の内務省というものが解体されて、行政委員会制度で重要な行政が行われる、こういう意味で方向自身は私は正しかったと思います。ところが実際にそれを運用してみますと、警察の仕事の責任は、実は公安委員会にないというふうな考え方が一般に行われてきた。たとえば騒擾事件がありまして、質問を議院でなさるという場合におきましても、従来は公安委員をお呼びにならないで警察庁の長官とかそういう方を呼んで説明をお聞きになる。ですから実際には公安委員会というものはそれほど大きな仕事をしていないということが、一般に認められていたのであります。これに対して憲法第六十五条で、「行政権は、内閣に属する。」ということから、内閣がどうしても責任を持たなければ、つまり公安委員会が独立して権限を行なっていたのでは、内閣は憲法上の責任を負えないという理由から、警察法が改正されまして、国家公安委員長が国務大臣になったわけであります。これはその趣旨からいって、当然内閣がその責任を負ってやっている、こういうことになるので、本来の行政委員会、つまり独立した委員会が責任を持って行うという事態は、全然存在しないように一応考えられる。これでは私は警察行政がうまくいかない、もしほんとうにやれば、公安委員会制度を真に国民の意思に即して行う、こういう方向が大事だと思います。この点は公安委員会の委員の選任の問題、あるいはその地位の保障の問題にも関連して参りますが、現在の公安委員の地位については、保障がほとんどない。同じ独立の委員会でありましても、人事院の人事官などは非常に強い保障がありまして、内閣が一方的に罷免することができない。これは国会が訴追をして、最高裁判所が判決をするという弾劾方式でなければ、身分を失わないわけであります。そういう点で独立性が大へん弱い。従って一方では政府の方針で動くおそれがある。そういう点から、これは本来の目的を果していないと思う。私は根本的な考え方としては、公安委員会というものをもっと強くすることが、警察制度を民主化する一つの大きな道であるとこう考えております。

安井吉典日本社会党

○安井委員 国家公安委員会が一応今日の警察制度の中で浮き上っているというふうな心配、そして政府と警察庁とがじかに結びつくような動きが、今日までの動きの中に随所に見られるわけであります。そういう点につきまして、よくわかったわけでございます。  次に今回の改正におきまして私どもは言論、そういったようなものに対する危機を感じておるわけでございます。しかし一方、今日までの説明の中におきましては、そういうものは全然心配がないものだというふうな説明が行われているわけであります。きょうは十一月三日の文化の日でありますが、文化勲章の授与があったりいたしまして、全国的なそういうふうな雰囲気の中で、私どもは最も非文化的な問題の論議をみんなの休みの中でやらなければいけないわけであります。これはむしろカルチュアではなしに、コメディといいますか、カリカチュアといったような姿ではないかという気がするのであります。それにいたしましても、今日までの言論の制限に対するいろいろな立法は、たとえば破壊活動防止法でありますとか、あるいはまた教育の政治的中立確保に関する臨時措置法、国家公務員法、地方公務員法等があるわけでありますが、今日まではこれの進み方が刑事訴訟法によりまして守られております。刑事訴訟法は御承知のように戦前と今とではずっと民主化されまして、人権の尊重というふうな趣旨が十分に織り込まれているような法律であるわけでありますが、ところが今度の警職法の改正によりまして、公共の安全と秩序といったようなあいまいな表現がこの中に加わりまして、たとえば五条とか六条とか、そういうものが今日のところ今までありました法律に結びついて、今までは破防法やあるいは教育中立法等による違反事件、そういったような問題がなかったわけではありますけれども、今度のこの改正によりまして、きわめてそういったようなものが刑罰の対象になりやすいという状況が、今日現われてきておるのではないかと思うわけであります。そういう点につきまして、もう少し解明を願いたいと思います。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 破壊活動防止法は、私は言論に対する大きな制限をするのではないかという意味で、あの制度に対しては異論を持っていたのでありますが、しかし少くともあの場合には機構、手続といたしまして公安審査委員会という行政委員会がありまして、その委員会の行政的な手続を経なければ規制処分がされないというくらいの保障はあったわけであります。今度の法律では、これが直接に実力を持って職務を執行する警察官に与えられるわけでありますから、既存のものに比べてなお一そう重大である。しかし既存のものがそれならば何ら言論に関係ないかといえば、これはそうではありませんで、言論に対する制限をなし得るような規定をした破壊活動防止法あるいは教育の政治的中立に関する法律といったようなものは、なお十分に考え直されなければならない。破壊活動防止法は、現在までのところ実際にそれによって処分が行われた例がございませんけれども、しかしこれは行われたことがないから大丈夫であるというふうには言えないので、いろいろ将来の問題としてこういう態勢が整って参りましたときに、非常に根本的な問題が起るのではないか。そういう意味で既存のいろいろな制度の変革、言論の自由を制限するような変革の積み重ねの上に、今度のような改正案が出てきたということが大事ではないかと思います。戦争直後にアメリカの人文科学顧問団というものが参りまして、それが日本の大学の実態を視察したあとで勧告を出しておりますが、その勧告の中に、日本においてはある言論、研究等を取り締る法律ができると、その取り締っているところよりも以上に人々がみずから自分で自由を制限してしまう傾向がある。これは多年にわたって過酷な取締り法令の適用を受けた結果できたものであるから、少くとも国民が萎縮して言論の自由をみずから制限するようなことのないように、取締りの法規というものはできるだけない方が望ましい。アメリカに比べてもなお一そう取締り法規がない方が望ましい。自由の範囲が広いことを明らかにしておくことが望ましい、こう言っておりますが、現状を見ますとそうでありませんで、次第に取締りの法令が強くなる。こういうことが続きますと、おそらくは言論がその法令に触れる事件が起らなくても、実際上の問題として言論が逼塞するのではないか。そういたしますと、今日の憲法の基本原理である自由なる意見の交換によってのみ、初めて政治がささえられているという事態が失われてしまうのではないか、こういう意味で言論の制限されるような現在の傾向というものに対しては、私は深い憂いを持っておるものであります。(拍手)

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 西村直己君。

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 簡単に三、四要点だけ御質問をいたしたいと思います。私どもは、学界の代表である鵜飼先生の御発言は、相当国民が大きな関心を持つでありましょうと思います。それだけに今日の御発言は相当御研究であり、慎重なる御考慮の結果であることは私も尊敬を払うわけでありますが、ただ私どもはこの法案に対して、どちらかと言えば支持をする立場であります。     〔発言する者あり〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 従って先ほど来聞いておりますと、本法案はややもすると国民の内面的な、精神的な分野に立ち入る部分があるから、どちらかというと御反対である。言いかえれば表現の自由とか、良心、言論あるいは学問の自由にまで警察が立ち入る。しかし私どもはこういう立場でこの法案をすなおに理解して参りたいと思います。たとえばアメリカにマッカラン法がある。これは明らかに一つの共産主義活動という面から、かなりそれを先制させたりなにかして、押え込んでいこうという考えであります。ところが本法案はどちらかというと、あなたのおっしゃるように内面、外面と分けられますが、外面性に重点を置いた、いわゆる警察の緊急保護を中心にしてしかも第三者、いわゆる善良なる一般市民の自由と平和を守ろうという観点からの法案のように了解もできるのであります。そこで一つお聞きしたいのは、たとえば第四条でございましたか、避難の部分に、「興行場その他多数の者の用に供する施設」、これを解釈されるに、興行場ではなるほど芸能、映画あるいは演劇、こういうものが行われるから、人間の内面的なものであるというふうにお考えになるが、ここの法文の解釈は、興行場は一つの例示であってその他の施設にはわれわれは、たとえば「場所」というものを入れてありますのは、公園、広場あるいは例の弥彦山のような神社、仏閣、二重橋、いわゆる不特定多数の人間が集まってくる場所を中心に解釈すべきだと思うのであります。この点をはっきり御認識いただかぬと、ただ特定の場所で集会がある、それに対して何か公共の秩序を紊乱するのだからといって、いかにも警察権が介入するというふうに重点を置き過ぎられている。あくまでも不特定多数が来集してくる場合に、その危険を保護する。従ってそれにはその保護の限定があります。「極端な雑踏」というような表現がある。こういうような表現でしぼっておりますし、それに対しては「人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、」云々から始まっておるのでありまして、この部分を中心に考えていかれないと、たまたま興行場というようなものだけ一つをお考えになって、しかも、それも不特定多数——金さえ払えば幾らでも入れる、こういうことになってくれば、当然これは興行場でも不特定多数の集会になってくるわけです。公園あるいは橋、神社、仏閣、広場、こういうようなものを考えてきた場合に、そこへ雑踏、混乱、これを中心に考えてきてしかもそこで外面的に現われたものを保護しようというところが中心であります。鵜飼先生のおっしゃる内面に非常に入るのだということは、きわめて乱用された場合においてのみ入るのでありまして、乱用論ならばまた別の角度から御議論いたしましょう。原則としては乱用でなくて、法の実体そのものの解釈からだいぶ違っておられるじゃないか、この点を一点明らかにしておいていただきたいと思うのであります。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 ただいまの第四条の問題でありますが、私の申しましたのは、たとえば演説会場、興行場等に大ぜいの人が集まりまして、そのためにねだが抜ける、だから避難を命ずる、こういうのは明らかに外面的な関係で問題になるわけであります。そのことだけであるならば私は現行法で少しも差しつかえないと思う。今御質問の方は極端な雑踏ということをおっしゃいましたが、これは現に現行法にあるわけであります。それでありますから、あらためてこの規定を入れるについては、そういう外面的でないものを置かなければこれをつけ加える意味がないのであります。これが第一点であります。  次に、この興行場その他多数の者が来集する、こういう場合に、興行場のように多数の者を何人でも入れる、こういう公開の場合はおそらくそう大きな問題はないと思いますけれども、実際には特定の者のみが会合する集会であっても、警察官の認定によっては不特定の者が来集したと認められることがあります。それは実例がありまして、最近ある教会で会員だけの会合をせられたところが、その席上に私服が一人入っておりまして、その私服の報告によると、会員以外の者が十何人入っていた、従ってこれは会員だけの特定の集会ではない、こういうことを警察で言われたそうであります。もしそういうことになると、あらゆる集会、研究の集会でもその他の集会でも、そういう形で不特定の者が参会したというふうな認定を警察によってされて、しかもこれはいわゆる即時強制でありまして、警察官が認定をせられたその場でもって実力をもって避難等の措置をすることができるわけでありますから、これは大へん大きな内面的、精神的な活動に対する侵害になるではないか、そういうおそれが乱用でありませんで、その規定そのものが、もしも新しく興行場云々の文字をつけ加える意味があるとすれば、そういう意味を持っているとしか理解できない。もしもそうでないとすればこの規定をつけ加える必要はない、こう考えます。(拍手)

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 残念ながらあなたは条文をよく研究されていない。と申しますのは、文字を見ていただきたいのでありますが、現行法では危険な事態がある場合ですよ。今度ののは極端に「危険な状態が現に発生する虞がある場合」となっておる。この違いなんです。従って二重橋なら二重橋でもよいし、弥彦なら弥彦でもよい、そこで人が死ぬ、倒される、あるいは京都駅でかつてありましたように、階段で人が倒れておるのに、プラットホームの上からはわからぬからおりてきて、三十人か五十人踏みつぶされた事件であります。そのときそこでもって人が死んだから、上の方を押えようと思っても押えられない。そこで、そういうおそれが起ってきたとき上で制止をしようというのです。この法案のどこを読んでも……。     〔発言する者あり〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 法案の実体から特定の集会、たとえば教会でもってお祈りをしている、あるいは集会をしている人に対して、特定の会員なりが来ている場所に踏み込めるということは、この改正案をすなおに考えた場合に、何にもこういうことは出てこない。それは乱用の問題です。乱用の問題と法の実体とをよく区別しておかなければいけないのです。乱用の問題は政策あるいは行政のあり方の問題であります。あなたは法律学者である以上、法の実体から解釈をしていかなければならぬ。そこに政治性を入れてはいかぬのであります。この点をはっきりしておいていただきたい。この問題はよろしゅうございます。次の問題に移ります。     〔発言する者あり〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 次の問題は、やはり同じような内面の問題でありますが、たとえば「自殺ヲ企ツル者」といって、旧行政執行法を御引用になった。なるほど旧行政執行法では「自殺ヲ企ツル者」となっておる。今日は「虞のある者」。しかし旧行政執行法の精神あるいは条文というものは、この条文を読んでみますと、自殺を企てる者について検束を加えるということになっております。検束です。検束ということは、かりに警察署に連れていきましても身体の自由というものを拘束するのであります。今回の条文というものは、ごらんいただきましても保護を加えるとなっております。しかもその保護というものは、とりあえず警察署に送り込んで……。     〔発言する者多し〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 しかも必要な場合には病院とか、精神病者収容所、救護施設等の適当な場所でありまして必ずしも旧行政執行のように警察へ検束するのではないのです。とりあえず応急保護として警察署、病院その他適当な施設で保護を加える。この点が、この建前が全然違うということをやはりよく比べていただかないと、初めから一つの色合いを持ってお読みになっていらっしゃる。私は先生の御心配、また良心やいわゆる憲法に規定されたところの基本的人権を守ろうという学者的お立場は尊敬に値いします。しかし私はあくまでも法文というものは、すなおに読んでいただきたい。これを読んでいただくならば、ここに書いてあるように、「とりあえず」という言葉が書いてあります。「とりあえず」という言葉が入っておってしかも「警察署、病院、精神病者収容施設、救護施設等の適当な場所」に「保護」と書いてある。旧行政執行法はこれを検束する。検束ということと保護、しかも収容する場所は警察、病院、適当な救護施設、しかもそれは「応急」であるといって「とりあえず」と書いてある。このところをはっきり御認識いただかぬとあやまちが生ずるのではないかと思うが、御答弁を願いたいのであります。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 ただいまの御質問の根本的な点は、この法律自体は違憲ではないけれども、これを乱用されると違憲になる、こういう御議論であろうと思います。私はその点は公述の中で区別いたしまして、第一点、第二点については即違憲であるとは申しませんでした。第三点についてだけ違憲と申しました。第二点、すなわち第四条の避難に関する部分は乱用されるおそれがあるのではないか、そういう意味で立法技術上の問題として、この問題を申し上げたわけであります。しかし同時にこの乱用ということは、単に法律と全く無関係にあるのではなくして、法律自身の規定が乱用を本質的に含んでいる。これはこの委員会でも河上議員がおっしゃったことを、私は新聞で拝見いたしましたが、乱用が法文の中に本質的に含まれておるようなものであれば、全体としてこれは憲法に反する、こういうことになると思います。具体的な点を一、二申し上げますと、たとえば第四条の問題で「危険な事態がある場合」、これに対して制止をする、避難等の措置をするということと、それからそれの「発生する虞がある場合」にするというのではだいぶ違いまして、「発生する虞」というのは危険な事態よりはるか前の方の段階でございまして、弥彦神社でも京都でも危険な事態であったことは間違いないと思います。それをあらかじめ、たとえばどういう方式になるか知りませんが、弥彦神社に人が集まるかもしれないから弥彦神社の祭はやめてもらう、こういうことになりますと、これは大へんな精神的、信教の自由といったような内面的部分に干渉することになりますので、そういうことがおのずから出てくるのではないか、こういう意味で、ぜひこの法文の規定そのものを乱用が自然に起るような形でおきめにならないように、また全体としてそういうことがこの法案の問題点ではないか、かように考えるわけであります。  それから行政執行法と現在の改正法の第三条との関係におきましては、なるほど若干規定の形は違っておりますが、しかし保護すべき場所は警察署でもあり得るわけでございまして、親切に病院に連れていって下さる場合のほかに警察署にも置かれる、こういうことでやはり前の保護検束と同じものである、かように考えます。

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 たとえば今例をお引きになりました宗教上の自由を阻害するじゃないかとおっしゃいますが、たとえば弥彦山が雑踏するだろう、だから危ないからそれではお祭はやめたらどうか、こういうところまで入る危険性があるというが、やはりこの条文をごらんになっていただくと、その危険防止の措置も「通常必要と認められる措置」と書いてある。それを弥彦山が雑踏するからやめろというようなことは「通常」に値いするでしょうか、そこまでやるでしょうか。しかもこの措置というものは単に一巡査が、それでは一週間後の弥彦神社のお祭は危ないからやめさせてしまえと認定するものではありません。これはおそらく県全体の、県民の関心の的において行われておる。それを一巡査が、しかも一週間前から、通常の状態だといってそれを差しとめるというような、そういうような宗教上のことまで入るということは解釈上どうかと思うのでありますが、その点どうですか。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 弥彦神社についておやりになるとは考えません。通常はそうでしょう。しかし宗教の種類によってはおやりになるかもしれません。これは戦争前、戦争中、特定の宗教、たとえばキリスト教の一部であるホーリネス教会というものが、とうてい考えられないことですが、法令に反する、違反するという理由で圧迫を加えられました。そういうことが全然ないという保障がなければやはりこれは問題がある、こういうことであります。

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 私はここで質問者の立場ですから、あまり長い時間をとって論戦することはどうかと思うのでありますが、現在置かれた客観的な情勢、言いかえれば民主政治を守るという点において、ものを解釈する議論をしなければならぬときに、あるいは戦前、あるいはその後、あるいは今後にファシズムとか共産主義とかの道をとるならば別でありますが、一応現在これだけ言論の自由というものが許され、新聞社は言いたいことを書いており、ラジオは言いたいことを言っているでしょう、その状況において通常というものを解釈していく必要があるのではないか。この点はたとい学者の立場であろうと、前提としてものを客観的に見ていただかなければならぬのではないかと思うのであります。  私はさらに次に入って参りたいと思うのでありますが、主として先生の立場は内面的な良心あるいは学問、集会というようなものを通じての自由が阻害されるといいますが、そしてそれに対していろいろな場合を例にお引きになっておられますが、われわれは逆にこういう例をよく聞く。一つの場合ですが、学者グループがある特定の会をやっていて、それに対して右翼が反対する。たとえばわれわれの本会議場に対して右翼の者がビラをまくというような場合に、これらは今のところ事前に阻止ができましょうか。どういうふうにしていったらいいのでしょうか。たとえば学者の集会において、先生方が警察官職務執行法の改正に対して反対的な立場をとり、批判的な立場をとっている場合、その集会でわいわい声を上げてつぶす、ビラをまいて入りに行こうという場合に、あなた方学者として迷惑を受ける、その場合にあくまでも道徳の範囲にとどめようとおっしゃるのでありますか、その点をお聞きしたいのであります。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 私たちの研究の会合に右翼団体が入ろうとしたことがございます。そのときに警察から、警察で保護してあげてもいいが意見はどうかというお問い合せがありました。私たちはお断わりいたしました。それは警察に保護していただかなくても、ある程度活動はできるわけでありまして、かえってそれでは混乱が起るわけでありますから、これは実際にその人たちがその席上、入口まで参りまして暴行したときに、警察官がこれを取り押える、私はこれで十分だと思います。それから議場のことを今お話しになりましたが、議場へ傍聴人が入りますときに、御承知のように身体検査がございます。私の所属しております日本公法学会の会員が多数でこれを傍聴いたしましたときに、やはり入口で検査されまして、このくらいの小さいナイフを持っていた老人がそれを保管された。それからそのときに審議されておりました法律の法律案を持っておりましたら、これも印刷物として取られた。そういうことをすれば、これはなるほどビラがまかれるのを防ぐことができますが、しかし善良な傍聴人が審議されている法案について十分に考えようという目的にはかえってそぐわない、そういう意味でできるだけ警察による干渉はしない方がいいのではないか、こういうふうに私は考えます。

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 先生の御議論を伺っておりますと、たとえば個人の妨害ならばある程度警察が入らぬでもいいでしょう。ところが個人というものはあくまでも内面的な一つの決意というか、表現の自由とか精神的自由を持ってビラをまくとかする場合には、まだ程度が小さいでしょうが、その個人というものが集団になってくる場合には、内面性よりは外面性が猛烈に出てくる。それを称してヤジウマ精神というのです。ヤジウマというものはわれわれのような——われわれも反省しなければなりません。国会議員の個人個人、社会党の方々もりっぱな人だ。しかしこれが一つの院内の行動としてまとまってくるときには、彼らは————ヤジウマになってしまう。     〔「ヤジウマとは何だ」と呼び、その他発言する者多し〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 この個人の一人々々の行動である場合には、多少そこに法秩序、社会秩序を乱す行動でも、力がまだ程度がある。たとえば苫小牧の例を申し上げますと、それが集団になってくる場合には、主婦連自体が加わってきて、女としての立場でなくて、言いかえればヒューマニティが完全になくなってくる。そのヒューマニティがなくなった一つの動物的な感情というか、そういうものが力を持ってきたときには、外面的な問題になってくる。内面的な良心だとか、あるいは精神の自由であるとか、そういう先生の学者的な非常に謙虚な態度とははるかに越えて社会秩序を紊乱してくる。しかも受ける方は、そこの通行人である個人なんです。虎ノ門の前でたとえば勤評闘争をやる。けっこうでしょう。ある程度団体行動権というものは憲法で認められておる。しかしながらそれが集団的になるならば、そこを通っておる人は、電車はとめられ、道は回らなければならない。個人々々の行動というものははるかに制限される。それが個人も一人であればいい。そこに一握りの集団行動というもので大ぜいの、いわゆる善良なる一般市民というものの自由権が侵害されておる。この点はどうでございましょうか。単に個人の行動ではなくて、集団的な一つの秩序に対する、秩序破壊を通して無数の個人の人権を侵害しておるということになると、それは単なる内面性の問題でなくて、むしろはっきり物理的外面性の問題になってきている、こう解釈すべきじゃないかと思うのですが、その点に対しての御意見を承わりたいのであります。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 私はその点では御質問の方と大体似たことを御説明申し上げたのでございまして、たとえば第四条の「極端な雑踏」というのは、そういう意味では外面的なものである。従って現行警察官職務執行法、もしくは現行の道路交通取締法その他で十分取り締まれる。またそこで取り締るのがほんとうで、それ以上に前の段階で行おうとすれば、内面的なものに対する干渉になるのではないか、そういうことであります。

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 そこで軽犯罪法であるとか、あるいは道路交通取締法でできるじゃないかというが、そうなれば、結局は今度は証拠主義による検挙の問題になってくる、もしそういう論を進めるならば。そうするとあなた方は、それによって多数の検挙者を出して、しかも検挙者の証拠を収集するためには一人々々を縛り抜いて、そうして一々それを起訴していくという法廷闘争まで追い込んでいくことが、今の社会秩序を守るのに果して国民の利益になるのでございましょうか。この観点でございます。言いかえれば、九十九人の一人、あるいは一握りの集団行動のために、それに数倍の人の人権が阻害され、その上にさらにそれを行動した者の人権を、刑法の手続、刑事訴訟法の手続によって牢獄へ送り込んで、さらに彼らは血みどろな法廷闘争を続けるでありましょう。そうして秩序をさらにさらに深く混乱させていくということと、それよりは事前に制止なり警告なりをやる方と、どっちが立法政策として正しいかという議論になってくると私は思う。この点を考えていただくと、単にそこに一つの内面性というもの、あるいは現在あるところの法規だけをたよって、それによって検挙者を多数出して、現にその間には今の法規でいくならば、流血の惨事というものは絶対にああやって繰り返され、流血の惨事は妨げないのであります。たとえば王子製紙のあの苫小牧の争議が百八十日にわたって行われておる。洗濯デモであり、あるいは説得デモであり、いろいろな方法で、町で詰所を作って、われわれのような夜間の通行者まで組合員が誰何するような無法の町になっておる。善良なる市民ははるかに後方へ下らなければならぬ。自分の自由権を捨てなければならない。そこには一つの集団的な圧力が加わっておる。この場合に、どうしても私どもが法秩序を回復しようと思うならば、流血の惨事が起る。その流血の惨事の次には、今度は刑事事件としての多数の犯罪者を作っていかなければならぬ。私は、警察というもののあり方は、それまで後方へ下って社会の秩序が紊乱し、流血の惨事が続いた跡始末だけを警察がやるのならば、これは単なる司法警察だけの分野に警察がとどまって、行政警察というものは無視されたということになる。こういうように考えていただきたいのでありますが、御意見を承わりたいのであります。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 私も今お話のように、流血の惨事の生ずることは非常に遺憾なことだと思っておりますが、刑事手続だけではありませんが、現行法でも犯罪がまさに行われようとしており、危険な事態がある、こういうふうな場合には、ある程度許される範囲での予防的な措置が常に認められておるわけでありまして、それよりももっと前の方の事件まで持ってこようというのが改正法の趣旨であります。そしてその非常に前の方に持って参りましたそこで、たとえば警告、制止をいたしますと、これに対して抵抗すれば、公務執行妨害ですから、流血の惨事はかえって改正法によって促進されるのではないか。むしろほんとうにこれらの騒ぎが行われないようにするためには、別途の、警察的でない問題の処理の方策、たとえば社会政策あるいは教育を盛んにするとか、いろいろな方途があると思うのでありまして、これをしないで警察的に取り締るのでは、決して御心配のような問題は解決しないのではないか、こういうふうに考えております。

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 先生は議論を別の角度にずらしてしまっておる。たとえば教育であるとか労働の問題であるとかいうふうに言っておるが、すでに今日、国民に戦後与えられた労働組合法自体が違法性の阻却をしておるのであります。言いかえれば、正当なる労働行為の範囲内においては、刑事訴追の手続もとられないし、またある意味からいえば、組合運動の活発化を推進するように労働関係法規が相当できておるのであります。私は問題をあくまでも警察の職責遂行の手続規定、その中で議論を進めなければならないと思うのであります。その場合に、流血の惨事が起るからといって、現在起りつつある、拡大されているところの流血の惨事を防がないということはない。これは行政警察の当然の職責なんです。  あなたに最後にお伺いしておきたいが、たとえば民主主義というものを除いたところの国々、ソ連、中共における警察法規、治安維持の法規というものに対しては、あなたはどういうお考えを持っていらっしゃるか。この点に対しても、中共、ソ連においての自由権の侵害を認めておるああいう法規とこれとは、全然建前が違う。そこらのところを最後に御意見を伺っておきたいと思うのであります。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 私は日本が、かりに中共、ソ連がそういう自由を侵害しているとすれば、それと同じ法律にならないことを心から希望します。(拍手)

西村直己自由民主党

○西村(直)委員 私どもはまさしくそのためにこそ——同じことにならぬようにと言うけれども、建前が行政警察としての範囲内においての保護であり、あるいは事前の阻止である。あなたのような議論を立てるならば、これは野放しにしておけ、そうして多数の刑事の被疑者をむしろ作れ、流血の惨事は起る、そしておのずからそこに民主主義の原則というものは、相手方の自由権の侵害によって、集団暴力によって、すべてが破壊されていく。これ自体がすでに私は民主主義というものをたそがれに追い込んでいく危険性があるのではないか、こう思うのであります。ここらはすべて今日の治安維持に対する認識の相違であります。この点は、いわゆる善良なる国民の平和と秩序、静穏なる市民生活を送りたい、それに対して警察が秩序を立ててくれという声に対して、先生がいま少し公平な立場から目を見開いていただきたいという希望を申し上げまして、私の質問を終ります。(拍手)

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 先刻の西村君の発言中、不穏当の言辞があったかのように思われますが、速記録を取り調べの上、委員長において適当な措置をとることにいたします。  中井徳次郎君。

中井徳次郎日本社会党

○中井(徳)委員 鵜飼先生の先ほどからの公述、大へん参考になりました。私どもはこの法案につきまして慎重な審議を今続けておるわけでありますが、実は私はまだ質問いたしておりません。皆さんの今明日の公述の結果を参考にいたしまして質問をいたしたい、かように考えておるのでありますが、これまでの質疑を聞いていますと、どうも政府の答弁は昨旦言ったことと今旦言ったことと食い違う、あるいはまた総理大臣と国務大臣が食い違っておる、国務大臣と政府委員との間に答弁が食い違っておるということがたくさんあるわけであります。ただ一つだけ、私の記憶では自民党の諸君、あるいはまた社会党の一部の同僚からのお尋ねに対する答弁といたしましては、案外定説だとしてお答えになっておることがございます。それはきょうの鵜飼さんの公述の中には実はございませんでしたが、憲法の問題でございます。ちょうどお越しをいただきましたので、その一点だけ御見解をこの際伺っておきたいと思うのでございます。そのことは憲法の三十三条の逮捕の要件、それから憲法三十五条の住居の不可侵の条文、この条文は政府の答弁によりますと、これは司法権に関する条文である、従って警察権である、行政権のものではない、こういうふうな答弁をなさっておる。それが学説として定説になっておるかのごとき御答弁があるわけでございます。私はなはだ浅学でございましてその辺のところは詳しくないわけでありますが、しろうと考えでいきますと、司法権でもああいうふうな厳重な要件があります限りは、いわんや行政権をやというのが私の考え方でございますが、この点につきまして先生の御所見を、この一点だけでございますが、できましたら詳しくお答え願いたい、かように思っておる次第でございます。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 ただいまの三十三条、三十五条の問題は、これは私個人の考えとしては、原則的には司法手続に関する規定でありますが、しかし同時に行政手続に関してもその精神は当てはまる、こういうように思います。その理由は、三十一条のいわゆる適法手続条項というものがございまして、適法手続条項につきましても解釈がいろいろありますが、ひとり刑事手続だけでなくして、行政手続にも適用される、そう解釈するのが私は正しいと思っております。もしもその見地から申しますと、三十三条、三十五条の場合と同じような厳格な方式が、原則としては行政手続の場合にも要求される。実際にもそういうふうな規定が、たとえば国税徴収法であるとか、その他の法令が認めているわけでありまして、方式は同じである。そこで今度の改正法の三条あるいは三条の二の規定による保護というようなものでも、これが行政的手続であるから、三十三条、三十五条に全然関係なしにどういうことをしてもよろしいというのではなくて、やはりそこに一定の限界がありまして、この三十三条、三十五条の手続に関するようなものであれば、あるいは三十一条の見地からいって適法手続でないと認められれば、やはり憲法に違反する、こう言うべきである。その意味で、根本的に今御質問の方の御意見に賛成の考え方を私個人としては持っております。

中井徳次郎日本社会党

○中井(徳)委員 定説であるというふうなことでございますが、それは司法権の手続であるから、先ほど申しましたように、司法権でもできないものを行政権ができるはずがないという私のしろうと考え——こういうことで皆さんが定説として、とにかく司法権に関するものであるというふうに御解釈をされておる、こういうふうに了解してよろしゅうございますか。精神はあくまで今先生がお話しになりましたようなこと、こういうことでございますか、もう一度確かめておきたいと思います。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 私の申しましたのは、本来そういう規定ができました趣旨は、つまり刑事手続における人身の自由あるいは個人の居宅の自由の侵害である、こういうことから規定の仕方がそうなっておりますけれども、国家の力で国民の人身の自由、居宅の自由が侵害される場合に、厳格な手続が要求されるという点では、三十一条が示しておりますように一般的なものである。このことは、たとえば改正法の第二条の場合にも、おそらくそういうことが背景になってできておるのではないかと思いますが、刑事手続によらなければ強制的な手続はしないといっておりますのも、その考え方を前提にしておるので、これはひとり刑事手続の問題だけでないということは、やはり通説といっていいかどうかわかりませんけれども、広く認められておる、そういうふうに考えます。

中井徳次郎日本社会党

○中井(徳)委員 そういたしますと、やはり今度の警職法の三条は憲法違反、こういうことになるわけでございますか。そういうふうに了解してよろしゅうございますか。

鵜飼信成東京大学教授

○鵜飼公述人 私は大体そういうふうに考えております。最近の東京大学新聞に出ております刑事訴訟法の専門家の平野教授の意見によりましても、そういうことであります。

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 これにて鵜飼公述人に対する質疑は終了いたしました。  鵜飼公述人には御多用中のところ長時間にわたり御出席をわずらわし、貴重なる御意見の御開陳をいただき、委員一同を代表して厚くお礼を申し上げます。(拍手)  これにて御退場を願います。  この際暫時休憩いたします。午後は一時三十分から再開することにいたします。     午後零時九分休憩      ————◇—————     午後一時四十五分開議

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  ただいま御出席を願いました公述人は、中河幹子君、岩井章君、増淵操君、高見順君の四人であります。なお理事各位と協議の結果、明日出席を予定しております長谷川才次君を本日出席願うことにいたしますから、御了承願います。長谷川才次君は後刻御出席になります。  この際、議事に入ります前に、公述人各位に一言ごあいさつを申し上げます。御多用中のところ、特に御出席をわずらわしましたのは、さきに御通知申し上げました通り、本委員会において審査中の内閣提出にかかる警察官職務執行法の一部を改正する法律案は、国民の一般的関心及び目的を有する重要な法律案でありますので、成規の手続によりまして、ここに公聴会を開会し、学識経験を有せられる方々を公述人として選定し、各位の本法律案についての御意見を拝聴し、もって本委員会の本案審査に慎重を期することにいたしたのであります。つきましては、以上の公聴会開会の趣旨を御了承の上、それぞれのお立場より忌憚のない御意見の御開陳をお願いする次第であります。  議事の進め方につきましては、公述人の意見陳述の発言時間は、お一人三十分程度でお願いすることとし、その順序は、まず中河幹子君、次に高見順君、次に増淵操君の順序とし、三公述人全部の御意見の開陳が終りました後、公述人お一人当り三十分程度におきまして、委員から質疑が行われることになっております。また衆議院規則の定めるところによりまして、御発言の際には委員長の許可を得ていただくこと、公述人の発言は、その意見を聞こうとする案件の範囲を越えないこと、公述人は委員に質疑をすることができないことと相なっておりますので、あらかじめこの点をお含みおき願います。  それではまず中河幹子君から御意見の御開陳を願います。公述人中河幹子君。

中河幹子歌人

○中河公述人 戦後十年たちまして、はるかに過去を回想いたしますと、毎日豆を石うすでひいて、そうしてやっと次の食事が得られた時代、そういう時代から今日実に大へんなありがたい仕合せで、食物は町に豊かにはんらんし、八百屋もまた果実屋もこのごろは美しい色を店頭に盛っております。また私は近ごろよくそれを感じるのでありますが、新宿のプラットホームなどで殿方のうしろ姿を見まして、まず大体ウールのせびろなんかを召していらっしゃいますと、大へんに日本の回復したことを喜びます。またたくさんのビルディングなども建ち、また今まで同居していた人も、それぞれの住むところを得て落ちつくという今日の現状に、日本の回復をひそかに喜んでおるものでございます。  ところが悲しいかな、回復していない面がございます。それは精神の面でございまして、われわれ国民がこの未曽有の敗戦に遭遇いたしまして、民族の誇りを失い、ぺしゃんこになって、そのしるしが今日の世間の混乱を呼んでおるものと思います。われわれはこの民主主義の政治に今日大いに信頼をかけております。われわれの多数が支持した政府が政治を行い、そうしてわれわれがそれを支持し、政府はその支持を得てそれに報いるべく努力して国会にかけ、すばらしい頭脳をお持ちの方々の議会を通して施策というものが行われているということ、そして二大政党があって社会党はよく今の政府を助けて、政策は順調に行われると思っておったのは過去のことでございます。私はそういうことを信じておりまして、社会党をも愛しておりましたのでございますけれども、どうもこのごろ私よく考えますと事ごとに反対、勤務評定反対、道徳教育反対、またこのたび警職法改正反対、何でも反対。反対がその一つ覚えかのごとく反対に反対を重ねておる、そういうことではいかに政府が懸命に政治をしようと思っても、それはどういう偉い人がしてもできっこはないと私は思うのでございます。こういう一連の、つまり社会党、総評の方、日教組の方、あるいは全学連の方、そういう方が一つにおなりになりまして政府の施策にいつも反対する。列車に乗ろうとしておる男の足を引っぱるようなもので、乗り込むこともできない、そういう状態であるとわれわれも横から観察するのでございます。しかもそのような一連の運動に対して、電波は波を越えて毎晩のごとくにこれを賞賛、激励しておるということを聞きますが、その国外からの賞賛を果してそれらの一連の運動をしていらっしゃる方はありがたく聞いておるのでしょうか。日本の国民としてそれをまず私は伺いたいと思うのです。  十一月号の「文芸春秋」を皆様はお読みになったことと思います。それには苫小牧の争議、血で血を洗う争議についてるる述べられておりますが、ほんとうに読後私は暗たんたる気持にさそわれました。それは第一組合と第二組合との争いでございますが、労働者の世界が二つに分れて、そうして産業に従事している第二組合員を第一組合員が絶えず刺激し、非難し、それでたとえばビニールに糞尿を入れたものを投げかける、それは全く困るだろうと思う。そういうことをしておるということでございます。また最近現地を訪問した方の実際の話を聞きますと、苫小牧とかあるいは帯広とか、そういう方面においては針とか縫い針とかかみそりとか安全かみそり、そういうものが全部売り切れたということでございます。それは第一組合員がそういうものを武器として使って、針でもって突っついて第二組合の人は大へん血ぬられているということを、それは実際現地を見てきた者の報告でございますが、そういうことが国内にあって行われておるとは、私どももほんとうに嘆かわしくこれを聞く。このように国内が二つに分裂する、そういうこと自体がまことに悲しいことでございまして、こういうようなことでは国内の発展ということは望めないと思うのであります。ドイツにしてもアメリカにしても、ほんとうに国民が協力して今日の繁栄をいたしておる。またソ連にしても、それは無理じいかもしれませんけれども、とにかく統一ができて今日の繁栄をしておる。分裂して争っている国はほんとうに日本だけだろうと思って、私なんかそのことを思うと夜も寝られないほど国を憂えるのであります。  たとえば警職法の改正なども、われわれは大へんにこれを支持するものでございますが、たとえばジグザク運動というようなものでも、だれもいない広場でジグザク運動を行われる場合には、それは何にも支障を来たさないのであって、大へんな盛り場とか、そういう自動車の交通の激しいところ、そういうところにおいてジグザク運動を行われれば、ジグザグ運動をしている人にも危害がかかり、また交通の支障を来たす。そういうところにおいてのジグザグ運動に対しては、いささかの自粛を願いたいというのが今度の改正案らしいのでございます。そういうことをなぜいけないとおっしゃるのでございましょうか。われわれは母の立場で、たとえばこの間四谷から……(発見する者あり)お静かに。四谷から新宿まで参りましたら、二十分のバスの時間が一時間半かかりました。それはどういうわけかと申しますと、新宿のあたりでジグザグ運動がございまして、それにはまだ年のいかない高校生のような者もたくさん入っておる。私は母の立場として、そういう子供をそのジグザグ運動に入れるなんということは——ジグザグ運動をしておるおとなの人にも思うのでございますが、ほんとうにエネルギーの消費であって、あくる日はほんとうにげっそりして、あるいはお勤めの方もお勤めについて、百。パーセントのお勤めばできないのではないか。帰れば卵か何かうんとやらなければいけない。それほどに私はかわいそうに思っておるのでございます。ほんとうに母の立場からいえば、そういう子供をジグザグ運動に使ったりしてどんなにかわいそうか。勉強しなくちゃいけない。どんなに勉強しても足りないこの人生です。人生老いやすく、学なりがたしという言葉は、皆さんがほんとうに身にしみておる言葉と思いますが、それはわれわれの年令にならなければ実感として感じないので、若い日にどんなに大切に時間を使って勉強しなくちゃいけないか。そういう方々をジグザグ運動には一切使っていただきたくない。それで、そういうけがをしてはいけない、また自動車がはんらんしておるところで、大衆の交通に不便をかけてはいけない。そういうことでそこにやや制限を加えるのが今度の警職法の改正と思います。  また青少年の犯罪についても、犯罪を犯してしまったならば、被害者も大へんなことだし、また犯した本人も、若い日からそういう犯罪の世界につまずき、みずからの苦しみも一生消えないことでございましょう。これを未然に防ぐということはとても大切なことです。私どもは幸いにして賢明な子供ばかり持っておりますが、もしも不良になった子供を持っていた場合に、私は警察べ行って、ほんとうにこの子供が犯罪を犯さない前に、これを防止して下さいと、心からお頼みすると思うのです。なぜ今の青少年犯罪の未然防止ということを、社会党初め総評の方方、皆さんがおきらいになるのでしょうか、私はわからないのでございます。(拍手)  また酔っぱらいに対しても、かつて私は秩父の方から帰りますとき、私のお友だちと二人が電車に乗っておりましたら、その前の女学生に対して酔っぱらいがもものところを突っつくのでございます。それで私ども老人は見るに見かねてその酔っぱらいさんに、あなたはそのお嬢さんのももなんかを突っつかないで下さい、そう申しましたところが、その酔っぱらいが私ともう一人の友だにからんで参りました。その実にからんできたことには——そうしてそのことを私は電車の窓から車掌さんに言い、巡査に言い、どうぞ一人入ってきて下すって、この酔っぱらいがからみつくのを一つ防止して下さいと言っても、そのときには二十三年の警職法のままであったために、改正がないために、巡査は一人も電車に入ってきて防止ができない、そういうありさまでございました。  また夜深く、たとえば私が歩いておったとします。私が警職法改正の後に巡査に会うと、きっと、あなたはどこへ行くのか、ついていってあげましょう、このごろは物騒でございますから、あなたのお宅までついていってあげましょうと、その改正後の警官なら言うでしょう。ところが改正をせられなかったならば、そういう人たちに対してものを言ってもいけないかもしれないし、もしそのときに武器なんかを持っていた場合に……(「ここは国会なんですよ」と呼ぶ者あり)どうぞ静かに、しまいまでお頼み申します。武器なんかをふところに入れておるというような人がそのときに見つかった場合には、私一人は、たとえば職務質問なんかされて不愉快でございましょうけれども、その警官が忠実に自分の命を投げ出して職務質問をすることによって、一人、二人の犯人でも、その犯罪をする前にそれを防ぐことができたならば、私は自分が不愉快であったその一人の不愉快を喜んで耐え忍ぶ。むしろそういう深夜に危険を冒してパトロールをし、そして職務質問をする警官に対してほんとうに感謝をすると思うのです。聞けば、警官の給料というものは少く、そうして毎日出かけるときにはもう死を覚悟して出かける、こういう警官に対して皆さんはあまりに冷淡だと思うのです。(拍手)  それで、今日の社会の混乱々々、実に外国から日本を訪問した人には日本の混乱は目につく、かわいそうに目についておるらしいのでございますが、そういう混乱の状態において、このたびの警職法の改正というものは実に妥当であって、私は日本の一国民として、母親としてこの改正を心から支持するものでございます。(拍手)たとえば社会党の方とか、あるいは総評の方とか、そういう方々がこれにうんと反対をしていらっしゃいますけれども……(「うんとじゃない。全部だ」と呼ぶ者あり)まっこうから反対していらっしゃいますが、そういう反対は何か含むところがあるのではないかと思います。実にたくさんの人々が大へんにやかましく、空からビラを降らしたりして、警職法改正について曲解してそれを宣伝し、大きな声をあげて、この警職法反対の運動というものは成功すると言って、わからない人を成功する方へ導こうとして大へんな御努力のようでございますけれども、ほんとうに日本の国を支持しておる国民というものは、口には出さないけれども、私の言うごとく、ほんとうに心からこの警職法改正を支持して、日本の国が平和に繁栄し、行く先長く続くことを念願しておるということを私は信じてやまないのでございます。  ことにこの警職法のことは突然に出たとかいうことでございますけれども、これは一年半にもわたって良識ある方がこれについて審議を重ねて、そうして今日打ち出されたものであって、そういうことを聞かなくても、私はりっぱだと思って一応読みましたけれども、そういうことを聞くことによってなお私の信条というものは裏づけられたのでございまして、たとえば婦人の連盟なんか、そういうものもたくさんその反対の側に名前を連ねられておりますけれども、その人たちは全部が反対しておりましょうか。決して全部は反対しておりません、たとえば私はペン・クラブに属しておりますけれども、ペン・クラブとしてはここにもいらっしゃるようでございますけれども、私はとにかく、かくのごときでございます。(「例外だよ」と呼ぶ者あり)それでは申します。社会党の方々、すべて反対の方々の憂えることは、こういうことは行き過ぎにならないかということを心配していらっしゃるのだと思います。行き過ぎになることを心配していらっしゃるとすれば——私はちゃんと法令を全部読みましたのでございまして、警察官が行き過ぎた場合には、それに対して懲罰を与える、あるいは解職をするとか、そういう付随した法律までもちゃんと用意してあるのでございまして、しかもその警官に対しては、教養を高めるべく努力することも誓っている、そういうことまでにも、あなた方——そちらの方にいらっしゃる方々でございますが、あなた方が反対していらっしゃるといたしますと、行き過ぎた解釈というものでこれを解釈してはいけない。その行き過ぎた解釈をこちらの、たとえば賛成の側の方でもいたしますと、勤務評定反対、道徳教育反対、警職法改正反対、そういう一連のジグザグ運動に対して、それは共産主義的革命の予行演習であると行き過ぎて解釈してもよろしいのですか。(拍手)そういう行き過ぎの解釈というものは子供らしい解釈であって、われわれおとなは厳に慎しみたいと思うのでございます。(発言する者あり)お静かにお聞き下さい。  この警職法の改正は、犯罪の未然の防止になるのでございまして、これはただいま予防医学というのが今日発展している医学でございまして、警職法改正が予防医学と同じく、そういう犯罪の防止になるなれば、これは警職法の一つの大きな発展であると思うのでございます。  最後に私は社会党様に一言お頼みして席を退きたいと思うのでございますが、そちらの方は社会党様でございますか。     〔「あれは新聞記者席だ」と呼ぶ者あり〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

中河幹子歌人

○中河公述人 社会党様に一言お願いをいたします。私は子供を五人産みまして、今日孫が六人あるのでございます。そのように人生の苦労をなめて参りました私が、社会党様にお願いするのでございますが、われわれ大多数が今日の政府を支持し、多数の票によって今日の政府が成立いたしておるのでございまして、その政府をお助け下すって、足らざるは足し、よきはこれを勧めて、大いに援助して下さることによりまして、国政は円満に遂行することができるのでございまして、この自民党と社会党と二つの大きい政党が互いに協力していただいてこそ、りっぱな政治が行われて、国際情勢の激しい今日、しかもほんとうに戦争に負けて悲しい運命を持ったわれわれ、その国、その国を世界において恥かしからぬ国家としていただくためには、社会党の御援助がなければならないのでございまして、どうぞ何もかも絶対反対なんて、そんなやぼなことはおっしゃらないで下さいますように、心からお頼み申し上げるわけでございます。どうぞよろしくお頼み申し上げます。(拍手)

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 次に高見順君から御意見の御開陳を願います。公述人高見順君。

高見順作家

○高見公述人 私は一個の作家でございましてこういう場所へは非常になれない人間でございますので、私の申しますことが不適当ないしは不穏当な場合がございましてもお許しを願いたいと思います。中河さんのように場なれたことはとてもできません。  なお最初にお断わりしておかねばなりませんが、新聞を見ますと私は社会党推薦ということになっておりまして、社会党から御推薦いただきましたことは身に余る光栄でございますが、私は社会党とは何の関係もない人間でございます。社会党だけでなく、特定の政党には文士といたしまして政治的関与という意味では絶対に関係をいたしておらない、市井の一文士でございます。ただ私が今日申し上げたいことは、さような市井に住んでおります一文士が、国民の一人として今回提出されました改正法案に対しまして国民たちはどういう気持を持っておるか、そういう市井に住んでおります人々と一番接触の多い文士の一人のそういう声を、ちょっとお聞き願いたいと思って参ったわけでございます。(拍手)  ただ、私の場合は関係しております結社と申しますか、昔で申しますと結社が全然ないわけではございませんので、ただいま中河さんも申されましたようにペン・クラブと、それから私たち作家の職業団体でございます日本文芸家協会、その二つの団体に関係しております。日本文芸家協会は御存じのように作家の職業団体でございまして、これは一種の主義主張を持つ、何かそういう多少とも政治的な発言をする団体ではないのでございまして、作家の利益を相互に守りたいという団体でございます。この文芸家協会は御承知のように吉川英治さんを初めして、ほかに若い作家に至るまで六百名以上の、平たく言えば大体筆で食べております——そうでない方もございますが、作家が入っておりますが、これの中の理事会というものがございまして、私も理事の一員でございますが、この理事会は今回の警職法の改正案に対しまして反対を表明しておるのでございます。(拍手)ですから職業団体として反対をしておるのでございます。  それからもう一つ私が関係しております団体はペン・クラブというものでございますが、これは御承知のように世界じゅうの国でもってペンを持っております人たち、従いまして作家とか劇作家とかそれだけではなくて、新聞記者の方たちも編集者の人たちも入りまして、各国が組織しております。イギリスならイギリスのイギリス・ペン・センターというのがございます。これは世界じゅうが入っておるわけではございませんので、ソ連とか中共というところにはペン・センターはございませんが、日本にもそういう団体がございまして、そこに私は最近会長からのあれで専務理事というのをさせられておるのでございます。これの理事会がやはり今回の改正案に対しまして反対を表明いたしたのでございます。(拍手)御承知のように去年の九月に非常に晴れがましい国際ペン大会というものを催しまして、世界じゅうのペン・マンが——新聞で御存じだと思いますが、ある意味では不当にはなばなしく報道されたのでございますが、世界じゅうのペンの人が来まして、日本の大会が非常にすばらしいということをあとで書いてきましたが、あの大会に際しましては、あのようにはなばなしくできましたことは、政府からの多大の御援助がございましたので、本来ならば政府が提出されました改正案に対しまして、ペン・クラブの常任理事といたしましては、何か賛成を部分でもいいからしておらなければ筋が立たないようなものでございますけれども、これは公私混同でございまして、やはり私ども筆で立っている人間といたしまして、そういうものの集まりといたしましては、これに反対せざるを得ないということはまことに残念な次第でございます。  最初にそういう関係をいたしております団体が、なぜ反対をしているかということをちょっと申し上げまして、それから私が最初に申し上げました国民の一人として、市井に住む一作家、一文士としての気持を申し上げたいと思うのでございますが、両団体の理事会が今回の改正案に対しまして反対声明をいたしましたのは、もうすでに説明の要がないことでございますが、周知のごとくでございますけれども、これは言論の自由ということに抵触しはしないか。言論の自由を著しく迫害、阻害されるおそれあるものと私どもは解釈いたしたのでございます。これは条文の中にございます公共の安全と秩序というところに対する、これは私どものあるいは拡大解釈かもしれないのでございますけれども、言論の自由というものが阻害されはしないかというおそれがあるという点でもって反対をいたしたのでございます。これは私ども文士がもっとエロなものを書きたい、もっと商売になるようなエロ・シーンのようなものを書きたい、もっと勝手ほうだいなことを書きたい、そうして書かせてくれ、そういうような意味での言論の自由でもってそれが阻害されるというので、私ども文士どもがどうも困る、商売の妨げになるということで反対しているのではないのでございます。今日はちょうど文化の日に当っているのでございますけれども、こんなことを私ども文士などが申し上げてはおこがましい次第でございますけれども、一般に国の文化というもののためには、この言論活動というものの伸びやかな発表なり表現なりというものの自由がなくては、国の文化というものは育たないというような意味から、言論の自由ということを申し上げております。  なお言論の自由ということ、この自由が迫害されるのではないか、事実迫害されるという工合に私どもが解釈いたしましたのは、ただ自由が迫害されるということでなくて、言論そのものも迫害され、束縛を受けるのではないかというおそれが多分にあるという工合に私どもは解釈したのでございます。言論そのものに、何か国民の言論の表現並びに言論活動に阻害がありますことが、国にとっていかに危険であるかということは、私ども戦争中身にしみて知っていることでございます。私は今回の戦争に対しましては、いろいろな意見もございますけれども、私は必ずしもあれに対して否定的なことを申している人間ではないのでございます。私の文芸春秋に発表されました「終戦日記」というものをお読み下さればわかると思うのでございますが、私は考え方としてはかなり保守的な考え方で、日本があのような悲しい敗戦に導かれた、日本が敗れねばならなかったということには、涙のとまらなかった一人でございます。いまだに同じような気持の人間でございます。あのような戦争を引き起した、どうしたということではございません。あのような悲惨な戦争に終らなければならなかったということの一つの原因は、やはり反対意見——どうしたらあの戦争をあんな悲惨ではなくて終らせることができるかというような国民の言論、そういうものを当時圧迫され、封殺されておった、一方的な言論しか通用しなかったというところに、あのような私どもがなめねばならなかった悲惨な悲しい敗戦というものを私どもから考えてみますと我田引水でなく、やはり言論というものの大切さが感ぜられるのでございます。今度の改正案は、私どもは拡大解釈かもしれません。拡大解釈でないということを後に申し上げたいのでございますが、ただいまのは拡大解釈かもしれませんけれども、そのようにお考えになるかもしれませんが、拡大解釈してあれをただいま中河さんがおっしゃったように、女の子の何か公然わいせつ罪に匹敵するようなことを取り締ってくれたり、あるいは警察官の方が自分の生命を賭して凶悪犯罪に立ち向って下さる努力に対して、私どもは哀心から感謝をいたしておるのでございます。そのことに対して私ども反対いたしておるわけではございません。ただああいうような法案がもし出ますというと、法の性質上自然やはり言論の自由、そして言論活動そのものが圧殺されるという、何か悲しい運命を必然的に持ってくるのではないかということで、今回の改正案に対して遺憾ながら反対せざるを得ないのでございます。  次に、私のつまり一文士として、国民の一人としてのことを——非常に上ってしまいましたので、いろいろ申し上げたいことがここにたくさんございますけれども、どんどん抜かしてしまっておるようでございます。三十分というので、(「ゆっくりやれ」と呼ぶ者あり)あまりいろいろなことを言うとかえって逆効果になるといけませんので……。次に、私は終始一貫市井に住んでおります者として、官というようなところ、国会というようなところへきょう初めて参ったのでございますが、こういう多少とも——これは社会党の皆さんをも含めてでございますが、多少とも権力というようなもののところに近づいたことのない、学校を出まして終始一貫市井に住んでおります国民の一人として申し上げるわけでございますが、ついこの間も、私の非常に親しくしております漫画家がございますが、これがやはり市井に住んでおります人間の一人としまして、電車に乗り合せましたところが、今度の警職法改正案というようなものが、現在凶悪犯罪があったり、青少年のいろいろな不良化の問題があったり、それから一部の行き過ぎというようなことがあってまことに困る、現在の世相には困るけれども、あれが通るとやはり高見君、昔みたいなことになるのじゃないかね。——その人は何の政治的意見も持たない、普通のおもしろい漫画をかいておる方でございますが、それで、昔のようになるって君どうしたと聞きましたところ、その方は九州の方で、昔東京へ絵を勉強に参って、そうして年に何回か九州へ帰省しておったそうでございますが、絵かきのことでございますので髪床代を倹約いたしまして、やはり少し安寧秩序を乱すおそれのあるような格好をしておりましたものですから、ほんとうは安寧秩序を守っている方の一市民であるにかかわらず、帰省中必ず「お前ちょっと来い」——僕は何も悪いことをしていないのだ、こそこそ不審な点があるのなら別ですが、「おいこら、お前商売は何だ」「絵かきです」「絵かきだ、それでは絵をかいてみろ」、絵かきでございますので持っておるものでかくと、なるほどうまくかきますので、「なるほどよしょし」、これは漫画家にとっては何でもない、つまらない経験でございますが、若いときに心に植え付けられました屈辱感といいますか、自分は何もしてないにもかかわらず、何かしたという証拠が出た場合には犯罪人扱いされることはいたし方がないけれども、何もしてないのに、おいこらでもって初めから犯罪者扱いされるという悲しさは、日本という法治国に住みながらどういうことであろうかという、若い時分に植え付けられた暗い思い出というものはいまだに忘れられない。ああいうものがもう一ぺんよみがえるおそれがあるのだったら、どうしてもこれは反対せざるを得ない。(拍手)今の若い人たちに、自分たちがなめたような、向うから警察官が来ると、自分は何もしていないのに、何か、ああいけねえというような、法治国でもってああいう暗い日々を送らなければならないような、そういう目に今の伸び伸びと言ってきた学生——悪い学生だけでなく、いい学生もいる、そういう人にああいう目をもう一ぺん味わせたくないということを申しておったのでございます。(拍手)  なぜそういう憂いを持たせるかというと、後ほど申し上げたいと思いますけれども、この公共の安全と秩序という言葉でございます。この「虞のある者」、すでに犯罪を犯しておるという証拠があった場合に犯罪人扱いするのではなくて、ただ単におそれあるという工合に一方的に認めた場合に、これは国民全体を犯罪人扱いせねばならぬようなこの改正案に対しては、漫画家も、そして一文士も、やはり何か心穏やかならぬものがあるのでございます。これは昔治安警察法というのでございましたか、私は文科出で法律のことはちっともわかりませんので不調法でございますが、ただいま申しましたこの安寧を大急ぎで引いて参ったのでございますが、安寧秩序を乱すおそれある者と認めたる場合には——どうも公共の安全と秩序というのは、昔私どもがおいこらとやられました安寧秩序を乱すおそれあると認めたる場合、これは警察官の認めた場合でございますけれども、そういうことが思い出されて、まことにこわいのでございます。  これはつまり過去の話であって現在と過去とはとんでもない大違いで、憲法も違うし情勢も変ってきているのだから、過去の例でもって現在そんなことになるとおびえるのはとんでもない話だというような声を身辺で聞く場合もございます。おでん屋なんか行っていると、職人さんやなんか、そういうことを言う人がございます。そういう投書としまして、きのうの新聞に、そんなことのおそれはないかということで、こういうことが書いてございました。それは、警察の方から午前九時までにやってこいという通知がありましたので、何事だろうと思って行ってみると刑事室に呼び込まれ、過日お前が質屋に入れた女物の和服——女物の和服を質に入れたらしいのですが、それは宮城県の山田弘行という方でございます。お前の家ではあのような着物を着る人がいないが、一体だれの品物を持ってきたか、窃盗の疑いがあったわけでございます。そうすると、ここに書いてございますが、「私は失業しているので、離れて住んでいる母の着物を借りてきて、質屋から、それで一万円を借りたものであることを話したところ「コラッ、うそをいうな。警察ではちゃんと調べてあるんだ。正直に話したらどうだ」と語勢も強く、まるで私が盗んできたかのような言葉をあびせ、犯人のような取扱いであった。母の品であることをくり返しのべると「そこで待っておれ」といって、刑事は碁を打ちはじめた。昼食も食べずに待っていると、母の品と確かめたのか午後三時ごろ帰された。」そうです。あとで、今度改正案が通った場合には、大きなふろしき包みを持っていただけで警官に連行されることがあるような気がして心配でならないということを書いております。(拍手)  これはやはり一市民の声として、私は実感として非常によくわかるのでございます。昔おいこらとやられた。それは昔の話だ、現在はそんなことはない……。なお後に申し上げたいと思いますけれども、今度の改正案の提出者側では、乱用は絶対にしない、厳に戒めているとおっしゃっております。その通りならまことにありがたいのでございますが、昔の思い出というものには現実性がないとおっしゃる方が、むしろ現実性がないので、十分やはりある。現実にこういうことがある。それからなお私が今回ここへ来るために資料としていただきました人権擁護局というところへ提出されておりますいろいろな人権じゅうりん事件の中に、現実にやはりかなりのものが存在しておるということは、拡大解釈、乱用される可能性だけではなく、現実性がここにすでにあるということを考えたいのでございます。それゆえにこの改正案というものは、何としてもやめてもらわないと、何だか心配でしょうがないという気持でございます。  よく今まで、こういう場合に治安警察法でなくて治安維持法を例に出されておりまして、この治安維持法というのも、何かものの本を読みますと、歴史的な未曽有の悪法であるなどということが書いてありますが、私、治安維持法というものを、法科でありませんので実際読んだことがございません。ところが今度読んでみますと、これははっきり国体の変革を企てた結社、それの関係者というものを罰するというだけの悪法、まあ悪法かもしれませんけれども、私としては、そんなに歴史的な悪法というような感じは条文の中には何にも出ておりません。ところが現実にこれが未曽有の悪法であるということは、もう皆さん御承知のように私ども——私も明治四十年生まれでございますが、私どもの年令でございますと、何か知らぬがこの治安維持法みたいなものであれされる。私どもはありませんけれども、身辺の学者、作家などが拷問で殺されたりした例もございますけれども、こういうものは拷問で殺してもいいという条文があるなら希代の悪法ですが、条文にはそんな殺してもいいということは書いてない。学者が学問的研究のために社会科学というものを勉強したというかどだけでもって、ひつくくられて牢屋に入れられたのですけれども、これはやはり希代の悪法だから、社会科学というようなものを学者が勉強するということが違法であるという工合に書いてあるかというと、条文には何にも書いてないのでございます。条文に書いてございますのは、あの時分よく目遂とか言っておりましたが、結社の目的遂行のためにする行為をなした者というので、たとえば私の友だちなどで、学生時分に——昭和の初めでございますけれども、労働運動がすでにそのころは、何か大へん危なかった。ところが労働運動の方へ、まあ青年血気にはやるか、あるいは理想主義的な気持でもって、私どもの友だちで入ったのがおります。そうすると、親からの仕送りがないために非常に苦しくて、貧乏しておりますので、私の友人が個人的に、非常にかわいそうだからお金を恵む、あるいは、ちょっと飯を食わせてやったりしたわけであります。そうすると、ただその人が個人的に助けただけでも、彼がやっておりますその目的遂行に援助したということでもって私の友人も豚箱に入れられまして、そうして拘留されてしまう。そうすると、住所不定というようなところへ——友だちから聞いたのでございますが、不定というところへ判こを押させる。不定じゃない、自分は現在こうこうこういう下宿屋にいますと言いますと、いや、お前は下宿屋にいても、現在は住所不定じゃないかというので、住所不定というところに判こを押させられた。そうすると、治安維持法というものでもって拘留したのじゃなくて、これは、つまり拘留処分の方は警察犯処罰令、これも廃止になっておりますが、警察犯処罰令の中でもって、「一定ノ住居又ハ生業ナクシテ諸方二徘徊スル者」、これが三十日未満の拘留に処することができるわけでございます。そうすると、そういう学生は生業がないということ、それから住所不定ということでもって「諸方二徘徊スル者」こういうことでもって、その友だちがやられてしまう。つまり法律自身が、条文だけ見ますと何にも拡大解釈のおそれがないかのごとくに見えましても、それの適用いかんによりましては、いろいろな法律をこうやって持ってくると、たちまちふんづかまってそのために会社の人などは会社を首になったり、若い学生の場合には、とんでもないことから一生をふいにしてしまったり、あるいはそのためにからだを悪くした例が前にたくさんあったのじゃないか。そういう過去の例を見ますと、今度の改正案というのも、私こういうものは実に読むのが読めなくて困ったのでございますけれども、一生懸命に読みますと、条文には何もそういうことが書いてないのは、過去のこういう法令とそっくりでございます。しかしながらこの場合に、もしこれで何かしょうとした場合に、いやだと言ったら、すぐ公務執行妨害というので、今度は刑法上の問題で引っぱられてしまう。今度は——私これはちょっと責任を持って言えない、よく知らないのでございますけれども、破防法の問題だとか、女とアベックでいると売春防止法というようなものが出てきたり何かして、国民に、私どもみたいな文士にそういう法律上の危惧を抱かせるような事態というものは、まことに不幸だという工合に解釈するのでございます。(拍手)  さような見地から、文芸家協会の理事会、ペン・クラブの理事会、その他御存じだと思いますけれども、学界でも、漫才をやったり落語家のような方でも、それからキリスト教の方でも、大体全部と申しますとしかられるかもしれませんけれども、私の考えますところによりますと、学界、それから文化界の人たち——先ほど声なき声というようなお言葉がありましたようですが、芸能界の方はまた何かやられて人気に差しさわっては困るので言わないけれども、大体のところ文化的の団体はこれに反対しておるのでございます。ところがこの反対理由として先ほど申し上げました乱用のおそれがあるから、拡大解釈のおそれがあるからこわいのだと私ども申しますと、それはそれこそ拡大解釈じゃないか、絶対に厳に拡大解釈を、乱用を戒めるということを言明しておるのだから、そのようなことはあり得ないというのでございますけれども、これは文士の勘ぐりということじゃなくて、小説の筋などを考えますと、現在そういうことがありましても、いろいろ筋が進展しないと小説にならない、こういう天性の職業上の一種の習慣からいたしまして、絶対に乱用がされない大へんに仕合せな場合という一つの筋と、それから不幸にして乱用される場合という次の筋を考える。この乱用された場合どうなるかということを考えるわけでございます。絶対ここでは厳に戒めると提案者側はおっしゃって下すっておりますけれども、小説の筋として考える。しかしこれは小説の筋ということでなくて、現実にあり得るということを考えておるのでございます。そういたしました場合に言明した方々は、あなた方現在乱用しないと言ったじゃありませんか、しかし乱用の事実が出てきたじゃありませんかと言った場合に、果してどういうことを言われるかというと、これは昔の経験でもって私ども骨身にしみておるのでございますけれども、そのときにはもうその方はその立場にいなくなってしまう。どこか非常に出世してしまって、当面の責任者でなくて違う方がおる。そこで私どもうそをついては困るじゃありませんかと言いに行こうとしても、そこのところに行ってもしようがない。今度は係のところに行かなければならぬ。そうすると今度係の者は、この法案を出したときにもはっきり、社会情勢の著しい変化に伴って改正案は必要だというように提案者側はおっしゃっておりますが、またあのときとは社会情勢に著しい変化があったから、乱用ではなくて、これは正しい適用であると言われてしまうと、私どもは何にも言いようがございません。それからもう一つ、それではその方ではだめならば、そのときちゃんと新聞なり何なりに記録がとってございますから、厳に戒めると言われた方のところへ行くと——役目が変っても、私どもが参りました場合に、その方が、自分は乱用を厳に戒めて現在の法文に書いてある通り、条文通りのことをやるつもりであった、ところが人が違ってきたし、いろいろなことでこういうことになってしまったと言われてしまうと、しょうがないわけであります。この場合、私どもといわず、文士というものは大体にお人よしが多いのでございますから、現在乱用を厳に戒めるとおっしゃっておる方々の言葉は、実はほんとうに信用するのでございます。その善意を信じたいのでございます。信じさせるようにしてほしいのでございます。現在乱用を戒める、そうして乱用は絶対にしないとおっしゃって下さっていらっしゃる方々の善意を私は信じたいのであります。ところがほかの人がそれを踏みにじったその場合に、私どもが信頼いたしましたその方たちに対しましても、その善意、その人間そのものをも疑ってかからなければならないような悲劇になるわけでございますので、絶対に乱用をしない、乱用を戒めるというのは、個人の方が役目としておっしゃっておることでなくて、政府がおっしゃっておることであります。この政府が後に乱用をいたしました場合には、今度は政府が国民に対してうそをついたということになります。私どものような市井におります人間たちに、国民たちにうそをついてごまかして通しておいて、あとで乱用したという工合の私どもとしては印象になってしまう。そのことを、小説家、文士でもやはり国を憂え、日本文化を憂えておる人間でございます。そういう人間といたしまして、国民に政府に対するそのような不信を植え付けるようなことがあっては、これは大へんなことだ、道徳教育も何もへったくれもないことになり得る、かようなわけで、反対をしておる次第でございます。(拍手)  なお私が先ほどこの改正案に対しまして、どうも賛成するわけに参らないということを申しましたときに、今までの言葉の論理から申しますと、この法律そのものは危険はない。もう一度申し上げます。今回の警職法の改正案の条文を見ると、それそのものには何も危険がないけれども、これを乱用された場合には大へんなことになるという工合に私は今申し上げたわけでございます。そういたしますと、この法律を実際的に運用するのはだれか、この運用する人によってだめになってしまう、悪用されるという工合に論理的に進んで参る。そうすると今度のあれは全部主語といたしまして、「警察官は、」何々で始まっております。そのときに警察官のとっさの思いつきと言ってはあげ足をとられると困りますけれども、そうではございません。とっさの判断でもって認定していく。そうするとその場合に、警察官に対して、実に神のごとき正しい良識をこの法案というものは押しつけることになると思うのでございます。そういう点、つまり私どもの方では——だんだん疲れてきたのでうまく言えなくなりましたが、私の申したいことは、この改正案それ自身には危険はないけれども、運用に危険があるということが正しくないということではございません。直ちにそういうこともある。しかしながらその改正案そのものの中に、これはだれが言っても、私は現在の警察官が質が低いとかなんとかいうことではございません。先ほども申し上げましたように、警察官に対しましては敬意を表しておる者でございますし、学生——やや私の文士的表現をすると、親のすねかじりの学生が勝手ほうだいなことをしておりましたときに、やはり大学へ入りたかったに違いないにもかかわらず、いろいろな事情から大学に入らずに、国民の保護の任に当る警察官に——普通の巡査の方でございますが、警察官になられた人たち、私たちの言葉でいえば、日の当っておるところでもっていい気になっております大学生諸君と、同じ年令でありながら日の当らない青春を過して、しかもなお法律を守るためには死を賭さなければならない人たち、そういう人々の運命というものも学生諸君は思わなければいかぬという文章を私は書いたごとがございます。私は何も警察官を喜ばせるために書いたわけではございませんけれども、大へん向うで喜ばれまして、警察新聞に載っかったことがございます。私は何も昔おいこらと言われた個人的な恨みつらみから、今度またやられるのじゃないかというような個人的感情でもって、警察官が運用をしたらこわいと言っているのじゃないのでございます。現在の警察官の質の問題とか、そういうことじゃない。これは今回だけではございませんが、私どもにも前から送っていただきました提案の説明の中にも、非常にこれを戒めまして、警察官の質の向上をはかって、真に民主的な警察にしたいということを誓うものであるという警察庁からの言葉がありました。それを私は市井の一市民として期待し、また信じるのであります。しかしそのような警察でも、現在のこの改正の場合には必ず乱用されるということがこわいのであります。改正案が乱用されるからこわいというのじゃなくて、改正案自身の中に、これは現在の警官だけじゃなくて、だれがやっても必ず必然的に乱用へと導かれていくものが内在しているということが、私どもの最大の不安なのでございます。(拍手)  実はここでいろいろなほかの方への意見があったのでございますが、時間があまりございませんので省かしていただきますけれども、ちょっと申し上げたいことがございます。それはそのことでございますが、改正案の乱用がこわいというのじゃない、改正案そのものが私どもとしてはこわいということ、だからどうしてもこれに反対せざるを得ませんし、私ども国民としてはやめていただきたい。昔私どもの若いころでございましたが、もち代かせぎという言葉を聞いたことがございます。年末になりますと何だか検挙が多い。何でもない研究団体でも引っぱられて、あいつは赤だというと、目的遂行のためとかなんとかいうもので、どうも年末になるとやられた。何でというと、あれは警視庁の警察官のもち代かせぎだという。そのときは私は何げなく聞いておりましたけれども、だんだんと私どもこのくらいの年になりますと、このもち代かせぎということは警察官だけの心理じゃございません。私など市井におりますと、特にもち代をかせぎたいのでございます。そのもち代かせぎという言葉は非常にいやな言葉でございますけれども、これは警察官だけが持つ気持ではないということ、つまり私は警察官だけを糾弾しているのではないということでございます。もち代かせぎという心理はだれにでもあることで、人情でございますので、人情では昔も今も変りがありません。ということは、昔も行われましたことは現在も行われるということでございます。私ども、人間がどうしてもこういう古い人間でございますから、職務に精励というか、職務に忠実でありたい、職務というものを忠実にしたいという気持があるわけであります。これは警察官も特にあるだろうと思うのでございますが、警察官の場合だけではなくて、だれでも職務に忠実になりたいということを、ちょっとはずしますと、何か昔の軍隊用語でいうと功績をかせぎたい、成績を上げたいということになります。また一般的にお役所というところは、何かしないと成績が上らないと見られますから、一定の成績を上げるようにさせられておる。自分自身も職務に忠実で成績を上げたい、両方でもって、腹背では困ってしまいますが、うしろからと両方から突っつかれます。これは警察官だけではありません。私たちだれでも——皆さんは違うかもしれませんが、私たちだれでもがもち代をかせぎたいし、成績はよくしたい、職務に忠実でありたいと思うのでございます。そういたしますと今度の改正案の中にありますいろいろなことから、初めはこんな小さな釣ざおでも、そのうちには網に、そしてだんだん大きな網の方が成績が上ってくる。これは悪意でも何でもない、人間の人情としてそうなるのが必然である。そう考えますと、今度は乱用のおそれがあるというだけでなくて、この改正案そのものの中に、どうしても必然的に乱用せざるを得ない、むしろ積極的に人間を乱用へとそそのかすようなものが内在されておるというふうにしか、実は考えられないのでございます。(拍手)  時間がありませんのでもうやめさしていただきますが、一言申し上げたいことは、私一人でもってこんなところに出て、柄にもないことをしておるのは、やはり私ども文士だけでない、国民たちも、賛成の方もいらっしゃるだろうけれども、今度はこわい、何だかこわいと言って反対しておる人が非常に多いということを、お心の中に入れていただきたいのでございます。それから特定の昔の年代の戦前の者はみんなこわがっておる。現在の民主警察を知っておる人はこわがらないというふうに申しておりますけれども、二、三日前にやはり作家の若い戦後派と言われる人たちが集まりまして、今度のは何かこわい、戦前に体験したとしないにかかわらず、個人的な経験を越えた重大かつ深刻なものを感ずるといって、やはり若い世代も何か不安を感じておるのでございます。もう一つそういう場合に言われますことは、拡大解釈され、そして乱用されることは、先ほどからるる申し上げておる大事なことでございますけれども、過去のことを現在に持ち込んできてそういうことを言う。言いかえれば被害妄想だ、ありもしないことを何かそんなことになりはしないかとおびえておる被害妄想じゃないかと言われるのでございます。これが被害妄想であればこんなにありがたいことはないわけでございます。ただしかし被害妄想でありましても、現在国民が、これが出たということだけで、何かこわいことになるのじゃないかとこわがっておる。この恐怖感、この不安感というものは、否定すべからざる事実でございます。ただ出ただけで、すでに国民に暗い影が現実におおいかぶさっておる。さらにこの改正案が万一にでも——私は通るとは考えておらないのでございますけれども、万一にでも通った場合に、将来日本国民の上に何か暗い影が落ちるということだけは現実に考えられるのでございます。せめてこの暗い影を落さないように、今度の改正案に対しましては、国民の一人として絶対に反対さしてもらわねばならぬというところでございます。長々と御清聴を感謝いたします。(拍手)

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 増淵操君から御意見の御開陳を願います。公述人増淵操君。

増淵操荒川区尾久町母の会会長

○増淵公述人 私は一家庭の主婦であります。十四年ばかり学校教員をいたしたことがありますけれども、こういう道にはまことにしろうとでありまして、私の言葉は普通一般常識的な言葉であり、そして専門的な用語でなく話し言葉でありますので、どうか曲解なさらないで、すなおにお聞き取り、お受け取り願いたいと思います。まずもって御了解を願いたいと思います。  私ども子供を持つ母親といたしまして、終戦直後、あの混乱した世の中に投げ出されました子供たちをどうして救おうかと、まことに母の気持というものは一通りではなかったのでございます。わが子を、母親だけではどうしても救えない、これは一つ大きな母の愛の結集によって、少くとも子供を悪から救っていこうではないかというようなことを考えまして、私ども母親は大勢集まりまして、いわゆる愛の結集と申しましょうか、母の会というものを組織しましてこの少年の不良化防止、青少年の健全育成ということを、私どもここ十年来やって参ったのでございます。その間に、いろいろとこの青少年の問題にぶつかって参りました。また母親自身としてのいろいろな問題にぶつかって参りましたときに、私どもがまず考えられましたことは、法の不備ということに強く考えさせられたのでございます。皆様もすでに御存じのように、終戦直後の青少年の犯罪の上昇、またその質の極悪になったということにつきましては、だれもお考えになっていらっしゃり、これを何とかしていかなければならないということが、現実の大きな社会問題の一つであるということは、どなたも切実な問題としてここに考えておられることと思います。  顧みますに、終戦直後の占領下における政治の貧困とか、物心両面の欠乏した時代とか、まことにあの不安定なときにおきましての警察権のことにつきましては、弱体化がされたということは、私そのときの占領下の時勢でいたし方なかったと思います。それから十有余年を経た今日、日本も独立国家として認められ、そして文化の上昇もまことにはなはだしい進歩を遂げているのでございます。物質文化また科学文化というものが、戦前に見られなかったような大きな進歩発展をしているにかかわらず、精神方面の安定ということが現実の社会にまことに低い低いレベルであるということは、これは皆様もお気づきになっており、これが私どもの社会生活の一番大きな不安なのでございます。この不安なときに、何かこれに対しての対策ということがいろいろ考えられておりますので、そのようなことについて、私ども母親たちはいろいろと目を向けて参りました。虞犯少年に対しましても、未然に犯罪を阻止することができないとか、凶器を持っていて不法行為がこれから先わずかの間に行われ、そして何人かの人が迷惑をこうむるのではないか、危険な状態に置かれるのではないかということが予想されておりましても、その寸前でなければ、これを法によって阻止することができない、また時によれば、それが終ってしまってから、実際に行われてからというような現行法を見ましたとき、青少年の犯罪の上昇ということの大きな原因も、一つにはこういうようなことにあるのではないかと思っております。りっぱな施設を作っていただき、犯罪を犯した少年をどしどしそういうところへ送って補導していただくことは、まことにこれも一つの理由でありますけれども、私どもが願いますことは、そういう施設を作ってそこへ犯罪少年を入れる前に、そのような犯罪少年を作らないようにしてほしい、これが母の願いであります。     〔拍手、発言する者多し〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

増淵操荒川区尾久町母の会会長

○増淵公述人 犯罪を犯した少年は、これを矯正することはなかなかむずかしいのでございます。  そこで、戦前の国体中心主義から戦後の個人中心主義、個人の自由権利ということが主張されるというふうに、まあ反動と申しましょうか、変ったということは、これはまあそのときでは無理もなかったと私も思います。そして、ここに私は、あえて警察権限の拡大ということを喜んでいるものではないのであります。でき得るならば、警察もなくて、まくらを高くして寝られるような世の中であればいいとこいねがうのでございますが、決して社会の現状はそんななまやさしいものではないのでございます。人類の社会は、個人的にも、また社会的にも両方がともに進展し続けているのであります。個人ばかりでなく、社会もやはり進歩しているのでございます。社会的な要請の高まり、こういうことも、一方、個人的な自由平等の思想、いわゆるヒューマニズムの方にあまりにも重味づけられたというような感が、今日ではしているような気がいたします。個人の自由権利だけを絶対的なものとして認めていくということが、果してこの世の中に可能であるかどうかということの疑問を持ちます。ここで、社会的な要請と個人の自由権利というようなことについて、両方調節していくところに法律があるのだと思います。そしてこの調整していく法律、社会の要請に基いたその調整をしていく法律が、今度の警職法の改正と私は見ているのでございます。(拍手)  前に、国内情勢は、一面、物質的には安定したような形が見られると申し述べましたが、もう一歩深く掘り下げて考えてみますと、国内情勢は決して安定の方向というどころか、むしろ不安な状態を刻々と推移しているかのようにも、私どもは見受けられるのであります。暴力団のお礼参りにおそれおののいている善良な市民、押し売りに強要されている家の主婦ということが、現実の社会にひんぴんとあるのでございます。その解釈にはいろいろあるでありましょうけれども、現行法における個人法益の保護の色彩が強きに便乗する一部国民の法の乱用ということによって、公共の安全と秩序が脅かされ、多数の国民がこの中で不安におののいているのではありませんか。このたび、このような情勢下において、この法的要請——これはわれわれ国民の法的要請であると、私は切実にこの警職法の改正を思うのでございます。(拍手)  それで、この警職法の改正については、乱用というようなことが言われており、また、おいこらの警察になるとか、いろいろ言われておりますけれども、私たち母親にとってみましても、昔の母親であったら、子供を育てるのに、もし泣いたりすると、おまわりさんが来るからやめなさいというようなことを言ったことは過去の母親にはあったと思いますけれども、現在のこの民主国家における母親は、少くともそのようなことを言って育てる母親はありません。(拍手)むしろ私は善良な国民、善良な家庭に対しましては、現在の警察はまことに民主的であり、親しみを感じているのであります。これをおそれおののいたり、恐怖感を抱いたりする者は善良な者でなく、よこしまな考えの者である、(拍手)こう私は確信します。それにつきまして、今度の警職法の改正を拒む者は、善良な国民でなくて、何かたくらんで、よごしまなことができないから困るという観点に立った反対ではないかというような印象を与えるのであります。また、目を大きく見開いてみますと、警察国家になるのではないかとかいうことをいわれておりますけれども、広く世界観に立ってみましても、今や個人の自由とか人権の尊重とかということは、これは全人類を貫いている世界的な思想であって、ひとり日本だけが、そのような世界的な流れに逆行していくようなことが、文化的日本を誇る国に行われていくわけがないと私は思います。また、そのようなことを平気で見ている非文化的な日本の国民ではないと思います。従って、この警職法の改正が人権じゅうりんとか憲法違反であるというような論を論ずることは、あまりにも飛躍し過ぎた単純因果率的な考えであろうかと思います。(拍手)道徳教育といえば戦争、勤務評定といえば戦争、警職法改正といえば警察国家の再現だとか昔に返るとかいうことは、実にこれは単純な、理屈、理論を考えない単純な因果的な理論だと私は思います。そして、そのようなことを一般の国民に、はっきりと論理もたださないで押しつけるということは、大へん迷惑だと私は思います。(拍手)そして、世上、この法律ができましても、乱用されるということは、これは問題ではありますけれども、また私は考えますのに、法の不備、足りないということも、これもまた私大へん困ったことだと思います。現行法の警察では、現行法の法律であっては、現在の社会にはまことに足りないところばかりなのであります。だから、あのような混乱が起き、社会が不安におののき、善良な国民が不安な生活をしなければならないと私は思うのでございます。(拍手)そのような観点に立って、あまり飛躍した理論をこじつけないで、この皆様の聡明な、そして英知な、われわれの代表である国会の諸矢生方によって十分これを研究して、そうして私たち国民をいっときも早く不安から去らしていただきたい、これが私たちの念願であり、有権者の一人として、私は皆様方にこれをお願いするのであります。  この警職法の改正こそ、私はまさに個人の自由と権利を擁護してくれる、そして社会公共の安全、秩序の維持のために欠くことのできない国民の間に盛り上った要請の法律化である。そしてわが国の健全な、これは民主化への一里塚であると思います。一人か二人の非行をしようとする者のために多くの者が迷惑をこうむっていても、黙ってそれに従わなければならないということは、あまりにも非民主的ではないかと思います。それを改正していくのに、それが非民主的であるとかいうことは、私はその理論にはうなずけないのでございます。(拍手)  再び重ねて申し上げます。この警職法の改正こそ、現在のこの不安な社会情勢下になくてはならない国民の要請であって、ぜひともわれわれの代表である聴明英知な諸先生方によって、冷静な判断のもとにこの警職法の改正を通過させていただきたい。私はここで皆様へお願い申し上げる次第であります。(拍手)

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 これにて三公述人の御意見の御開陳は終りました。  これより三公述人に対する質疑に入ります。質疑の通告がありますから、順次これを許します。  高橋禎一君。     〔「今度は検事だな」と呼ぶ者あり〕

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 私は、今社会党からヤジが飛んでおりますよ今に、かつて検事をいたしておりたことがあります。その当時から日本の警察をしていわゆる国民の権利というものをどこまでも尊重して、正しい警察活動が行われるようにということを念願して努力をして参りました。そのことを、今日この席にいらっしゃる方の中にも、お認め下さる社会党の方もいらっしゃる。しかし、警察に若干関係を持っておったから警察制度の権威者であるなんてもちろん思っておりませんし、また戦時中に、または戦前に警察の取締りを受けたから、そういう経験があるから、警察制度について権威者であるというふうにも考えておらない者の一人でございます。私はこの委員会には本日初めて参りました。ちょうど公述人の三先生の御意見をお伺いいたしましたところ、急にこういう方々にこの問題についてよくお尋ねをしてみたい。そういう気持が起りましたので、あえて質疑をいたすわけであります。  そこで、まず第一に中河先生にお尋ねしますが、先生のおっしゃった言葉の中に、私どもの非常に胸を打ったものがありました。それは、母親の心を持ってみれば、こういうことであります。私自身この警職法改正法案を研究いたしました結果、これはいわゆる国民の良識的の要求を条文化したものである、こういう考えを持つたのであります。先ほど、母親の気持としてというお言葉を聞いて、ひとり母親だけでなく、父親としても同じことと思いますが、親としてこういう場合にはどう処置するかというその事柄が、一体この条文の内容と矛盾するものであるかどうか、そこのところを一つお伺いいたしたい。中河先生は、条文は短かいから大体ごらん下さったと思いますが、改正のおもなるものの中に、たとえば凶器を持って歩いておるときにその者をどうするか、あるいはまた少年が家出をしたり犯罪を犯す危険があるというようなときに親としてどうするか、また事変その他身にあるいは財産に危険を感じておるときに、自分の子がそういう立場にあったとして親はそれをどう処置するか、あるいは一番問題になっておるこの第五条、第六条、公共の安全と秩序という規定の含まれておりますあのような場合に、自分の子があそこであれをやっておるときに、良識ある親としては一体どういうふうな態度をとるべきか、ここのところを条文をごらんになった先生が、親ならばあそこはこうするが、この法規の中には親としてはどうもやることのできないような点があるというふうにお認めになるか、それは親心を持っておればこういうふうにやる、その内容がこの規定の内容と全部ぴったり合致しておるかどうか、そこのところは非常に大切な問題だと思いますから、お尋ねをいたすわけであります。

中河幹子歌人

○中河公述人 今の点におきましては、私は不良の子供を持っておりませんけれども、もしも持っておりますといたしましたならば、さっそくそれは警察の力をお借りするより仕方がないと思います。私は先ほどあなたがおっしゃいましたことに対しては、この条文は全面的にりっぱだと思います。未然に防いでいただいて、人様に危害を与えないように、また自分の子供にしても、たとえば自殺なんかしてくれないように、それはやはり警察のお力を借りて——警職法改正のこちらの条文は、全面的に支持いたします。(拍手)

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 次には、御存じのように、この問題について反対しておられる人が相当ありますね。警職法改正について新聞をごらんになったりラジオをお聞きになると、反対説というのが相当あるわけですね。先ほどはあなたの御意見として、こういう邪推をしてはならぬ、拡張解釈をしてはならぬというはっきりしたものが出なかったと思うのですが、この警職法改正に反対しておる人たちの考え、理由というものは、あなたとしては一体どういうふうにお考えになるか、そこのところをお聞かせ願いたい。

中河幹子歌人

○中河公述人 それは、私は正直に申し上げますと、大へん相済まないかと思うのでありますけれども、私はうそを言うことのできない人間でございまして、失礼ながら申し上げます。それは個条々々におきましては、社会党の方もあるいはそれ以上のお方も、みんなこの条文については賛成だと思うのです。ただある意味において、反対のための反対がたくさんあるのではないかと思います。いかがでございましょうか。(笑声、拍手、発言する者多し)

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 高見先生にお願いいたします。先ほど高見さんのおっしゃったお話の中には、われわれ大いに傾聴しなければならない点がたくさん含まれておると思います。戦前の警察制度というものに対して、あのようなものになってはならぬということは、これは国民ひとしく認めておるところだろうと思うのです。ところが、戦後は、御存じのように、いわゆる民主的な非常に進歩した警察組織が確立いたしまして、そしてまた警察官に採用され、直接その仕事を担当しておられる方々も、非常に新しい民主的な教育を受けた高等学校の卒業生あるいは大学の卒業生というような方々が入っておられる。すなわち制度も民主化し、また警察官自身の頭も非常に民主的に近代的なものになってきた。それから取締りを受けるといいますか、警察官活動の対象となる国民全体の考え方も、先ほどどなたかおっしやいましたように、非常に民主的になってきたわけであります。そういう間にあって戦前のような法律が直接立法されない限り、乱用の危険というものはない。もちろん人間のやることですから、あやまちということはあり得ると思うのです。どのような法律を作りましても、その運用を人がする限り、あやまちが絶無だということは、われわれもここで言うことはできません。しかしながら、故意にその権力を乱用し、故意に規定を拡大して、そして憲法に違反した人権をじゅうりんするというようなことはないと見るのが正しい見方ではないかと思うのですが、そこのところを一つ御意見を伺いたいと思います。

高見順作家

○高見公述人 私がただいまの御意見に反対いたしますと、正しくない意見を申し上げるようなお言葉でございますけれども、私が先ほど申し上げましたことは、正しい正しくないということでなく、私たち国民の実感ということを申し上げたのでございます。(拍手)なお私の意見の中に、私が申し上げましたようなことが特定の政党——私は社会党の推薦ということになっておりますけれども、特定の政党は必ずしも社会党だけではございませんが、特定の政党、あるいは特定の結社の反対意見と私の意見とが似ているというようなことから、何か先ほどの御発言の中にあったようでございますけれども、そういう特定の結社や政党なんかに同調し、そしてそれを援助し、あるいは何事かを企てるような意見だという工合にお考えになる、こういうお考え方こそ戦前の考え方でございまして、(拍手)皆さんも、あるいは御質問の方も御存じと思いますけれども、今日から見れば何でもない自由主義的な方も、あるいは赤だ、お前は日本人じゃないというような言葉で、その言っていることが特定の何かよその方と似ているということでもって、ずいぶん責められた場合がある。今日は民主的になったといっても、現在国民の間にも遺憾ながらまだそういう考え方の方が多いのでございます。私どもは、この法案そのものに対して先ほどは疑義を申し述べたのでございますけれども、翻って私ども自身の心中に、ただ空理空論として民主的になった、なったということを私は信じないのであります。私自身の中にもずいぶん戦前的なものがある。そういう国民全体の考え方からすると、こういう法案が出た場合に、私どもとしては何か危惧が感じられる。それの一番の証拠が、そういうことを言いますと、何か特定の政党に踊らされ、あるいは何かそういう企てをしているのじゃないか、そういうふうなことをおっしゃる方が、現在この法律があれしても、戦前のようなことになり得るわけではない、今日は違っているのだ、今日の人たちの頭は違っているのだとおっしゃる同じ人が、あいつは赤だ、あいつは日本人とは違う、国を憂えないのかというような言われ方でもって真の愛国者の発言を禁じる——私が愛国者という意味ではございませんけれども——というような傾向に導かれることを私としては危惧する次第でございます。

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 実体法、いわゆる治安維持法のような刑罰の実体について規定しているものが戦前にあって、先ほどいろいろ引用されましたが、そういう性質のものではもちろんないわけです。それから犯罪を検挙するという捜査法的なものでも、この規則はない。これは単に行政警察の規定にすぎないわけです。そこでさっきお話のありました点は、もしも戦前の規定とほぼ同じような内容のものをここに設けるというのであれば、今の警察の制度は民主化し、警察官も民主化し、国民も進歩してきておるから、従って戦前は乱用があったけれども、今はその乱用はないのだ、こういうふうなことを言えば、私は今お話のあったような問題も非常に傾聴すべき御意見だと思うのですけれども、そういう内容ではないのです。いわゆる実体的な刑罰法規でもないし、犯罪検挙に対するきびしい方法を徹底するというのでもなくして、行政警察として、これは条文をごらん下さってもわかりますが、凶器の問題をどうするか、あるいは不良の少年をどういうようにして保護するか、あるいはまた集団的な暴動的なものに対してそれをどう処置するか、しかも現在の社会情勢から見て必要最小限度のものをここに定めたにすぎない。そういう場合において、いわゆる戦前の警察国家的なものにすぐなっていくんだというお考え方が、私はどうしても納得できないわけです。それについて、もしさらに御説明が願えればお願いしたいと思います。

高見順作家

○高見公述人 私が先ほど申し上げましたのは、くどいように申し上げましたように、私は一個の文士として、作家として、国民の一人として申し上げた言葉でございます。あの速記にとってあると思いますけれども、私が申し上げました中に一言一句たりとも何とおっしゃいましたか、警察国家が復活するのではないかというような具体的な言葉を、私は一言一句も申し上げてはおらないのでございます。(拍手)

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 警察国家云々ということは、言葉そのものは別といたしまして、やはり戦前警察がやったと同じようなことが行われる、こういうふうなお言葉でありましたので、やはりあの当時が警察国家的であるという国民の声が相当あるものですから、私はそれを引用したにすぎないのであります。今お答え下さいましたところで、私はこの規則の内容を先生がどの程度御存じであるかということがよくわからないものですから、特に法律家でないからということをおっしゃいましたから、法律的なところをあまり強くお尋ねをしないという立場をとっておるわけです。  そこで、一面こういうことがあるのです。犯罪がたくさんある、それで国民は困っておる、それでそれを取り締らなければならぬということ、そして犯罪が行われんとする危険が非常にある、また社会秩序の維持、安全というものを乱される事態が非常にある、そのまま放置しておいてはいかぬということ、これを考えなければならぬと思うのです。それを全然考えないで、それを押えるという面だけの規定を見れば、それはそんなものはない方がいい。理想としてはこんなものはない方がいい。こういうものがないような社会をわれわれが作るように努力しなければなりませんけれども、やはり立法、政治ということになりますと、現実というものを見なければなりませんから、現在の社会状態からして、いわゆる犯罪を起さんとする者に対し、あるいは社会の治安の問題について是正しなければならぬ点がある、それを警察の力でどうするかということになると、やはりこういう考えが出てくると私は思うわけであります。しかしながら、それをほってはおけない。それではどうするか、警察の職務執行の上でこれを是正していこう、そういうときに、やはり何らかそれを押えていくものがなければならない、それを先生はお認めになるかどうか。いわゆる現在の社会情勢からごらんになって、警察官の職務執行ということをどうすべきであるか、やはり何らかの手を打たなければならない、立法を考えなければならないというお考えが起るのではないかと思いますが、それはどうでございますか。

高見順作家

○高見公述人 私は法科の出身じゃございませんので、こういうものは読みなれておりませんけれども、少くともこういう国会に出て、一文士といえどもしゃべる以上、やはり国民としての義務がございますから、頭の痛いのを再三再四読んだのでございます。そうして、この条文の中には、私が先ほど申しましたような言論の自由が圧迫されるというようなことは出ておりません。出ておらないけれども、この中からそういうものが逐次引き出されてくることに対する国民としての恐怖があるということを申し上げました。そしてただいま乱用は絶対に大丈夫ということを私自身やはり信じさせていただきます、乱用は絶対にないと言うけれども、それはすでに水かけ論になってしまうということを先ほど申し上げました。私どもの方としては、正しくないかもしれませんけれども、私どもの意見としては、これが乱用へと導かれていく、この乱用に対しておそれがある以上、やはりこの法案全体に対して賛成するわけには参らないということを申し上げたのでございます。(拍手)

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 もう一点だけお尋ねをいたします。条文をよくごらんになっておられるとお聞きしましたので、お尋ねをいたしますが、全部に反対をなさるのですか、それともある一部の規定について御反対をなさるのであるか、その点をお尋ねすると同時に、いま一つ、先ほどのお話の中に、こういう規定を設けると、いわゆる本質的にといいますか、必然的に警察官の職権乱用ということが起ってくるのだというお話があった。ところが、この立法を外国の立法例に比較いたしますと、進歩した自由民主主義の国々の立法と比較してみますと、日本の今の改正案は、まだまだ実は程度は低いのです。非常にゆるやかなものです。どこの国でも、やはり犯罪というものあるいは社会公共の安全秩序というものに対する対策に腐心をいたしておる。やはり警察制度、警察官の職務執行というものに大きな期待をかけておる。その立法例は、日本のこれよりははるかに程度を越したものが、むしろ日本よりも民主主義においては先進国だと思える国にあるのです。もしもそれが法律の規定自体から本質的に、必然的に来るものであるということになると、外国でやっておるのはどうであるかという疑問を私は非常に持つ。それは私は、本質的なものではなくしてやはりその国々の持っておる警察の組織と運用に関する問題である、こういうふうに思うわけであります。従って、われわれは将来いわゆる警察の権力乱用ということのないように、あらゆる手を打っていくべきだ、それによってこの条文を読めば差しつかえないと思える、法律は十分にその精神が生かしていけるものである、そう考えておるのでありますが、どのようにお考えになりますか。

高見順作家

○高見公述人 とんでもないところへ引っぱり出されたもので……。(笑声)最初に今回の改正案に対してお前は部分的に賛成するところがあるのか、全面的に反対なのかという御質問でございます。私ども作家の方の仕事といたしましては、全面的に反対とか、そういうことはないのでございます。つまりいろいろなこと、この点はいいけれどもこの点はという工合に考えますのが、私どもの生活をかけての仕事なのでございます。ところが、私がなぜ政治というものに関与しないか、今回初めてこんなところに飛び出して参つたわけでございますが、なぜ政治的な発言をしないかというのは、これは皆様の前でこういうことを申し上げるのは実にあれですけれども、たとえば私がどなたかに一票を投じるという場合に、この人には百票を投じたいけれどもやはり一票であるというような、作家の世界、文学の世界でありましたら、賛成する人には百票でも千票でも入れたいけれども、政治の世界ではやはり一票であるという政治的論理がございます。このような席上でも、ここでほんとうは作家的な論理でもって申し上げたいのでございますけれども、こういうところに出なれない私として、一番気をつけなければならないと存じますのは、この私どもの論理と政治的論理ということが違いますので、この問題に対しまして部分的にどうだ、こうだということをやられるというと、これが政治の世界になれません私どもは、どのような目にあわされるかわかりませんので、これは全体として、この中にどのような美点が含まれておりましょうとも、私どもとしましては、その一つの美点に対して九十九の——先ほど一人の凶悪犯罪人がおると九十九人の善良な市民が迷惑するというお言葉がございましたようですが、あれを私ども逆にとらしていただきますれば、一人の何かのことのために、九十九人までがかえって、つまり私どもの方へ迷惑がかかってくるという点で、やはり全面的に国民の一人として何とかしてこれは御遠慮を願いたいというわけでございます。(拍手)

高橋禎一自由民主党

○高橋(禎)委員 あともう一つの外国の立法例等のことは、法律家でいらっしゃいませんから、お答え下さってもお答え下さらなくてもよろしゅうございますが、私どもといたしましては、公述人の方々に敬意を表しまして、私の質問を終ります。

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 阪上安太郎君。

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 先ほどから御婦人方お二人、大へん母親の立場からいろいろと警職法について御意見を述べられておったようでございますけれども、主としてお二人に私は御質問申し上げたいと思うのです。御婦人でありますので、きわめてやわらかに申し上げます。(笑声)  最初に中河さんでございますけれども、私はあなたのお説をいろいろ伺っておりまして、一つ疑問を持ちました。この点お伺いしたいと思います。あなたは歌人でいらっしゃいますが、あなたの先ほどからの陳述の思想なんでございますけれども、一体あなたは性善説に立脚しておられるのか、性悪説に立脚しておられるのか、一つ伺いたいと思います。

中河幹子歌人

○中河公述人 大へんむずかしい御質問で、あなたは哲学の研究者でいらっしゃいますか。私は哲学を研究いたしませんけれども、人間はほんとうにみな仏性があると思っております。それゆえにみんな仏様になれる資格を持っております。ところが生きておる間はいろいろ欲望がございまして、その欲望、つまり自我というものがございまして、それを際限なく発展せしめるときには、共同生活においては支障を来たします。そうして自分のエゴをあまりに発展させますときに、そこに共同生活を顧みない場合に、罪というようなものを構成するのであると思います。私は仏性つまり性は善であると信じて、すべての人を愛しておるのでございます。社会党の人をも、また共産党の人をも、ほんとうに私は愛しております。(笑声)

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 私はそうなくちゃならぬと思います。そこで非常に安心したのでございます。あなたは五人のお母さんということでございますけれども、子供をお産みになられるときに、生まれながらにして悪い子供を産むという人はありません。先ほど検事をやっておられた方がいろいろおっしゃっておりましたが、あの人たちは性悪説に立っておると思うのです。しかし母親として、あなた方としては性善説に立脚されるのはあたりまえだと思うのです。そこで、先ほどおっしゃった言葉の中に、——私は何も詰問するとかなんとかいう意味ではございませんよ。私には五人の子供があるとおっしゃられ、そしてこの子供は現在何も非行少年でも何でもない。しかし、もし悪いことをしたならば、直ちに警察に行くとおっしゃった。私は、実に世の母親として、そういうお考えを持たれたということを先ほどから伺って残念に思ったのです。一体子供が犯罪を犯すところの、あるいは非行少年になっていくところの原因はどういうところにあるとお考えになっているか。私はそれを非常に先ほどから憂えておるのです。警察へ直ちに持っていって保護させるという考え方、これがあなたが警職法に賛成される理由であったとしたら、あなたほど冷酷なお母さんはないだろうと私は思う。

中河幹子歌人

○中河公述人 あなたは何というお名前の方でいらっしゃいますか。(笑声)私の言葉に対してあなたは大へん浅薄な解釈をしていらっしゃる、大へんに嘆かわしい。そのような方がもし議員であるならば、私はどんなに嘆かなくちゃいけないかと思います。私は子供をりっぱに育てております。私の子供に対して、私は自慢を申し上げてもいいくらいでございますけれども、申しません。私は、そのように子供がりっぱに育つように、母親の愛情を持って育てております。しかしながら、もし万一母親の愛情を通しても子供がなおかつ犯罪を犯さなくちゃならないような子供になった場合に——私はしませんけれども、ではそういうような場合にはだれに頼みましょう、お隣の奥さんに頼みましょう、らちがあきません。それではお隣のお父様に頼みましょう、隣組全部に頼みましょうか、それではらちがあきません。やはり専門家に頼む、たとえば、わが子供がほんとうにけがをした場合に、まず私はその子供のけがの血どめをいたしましょう、オキシフルをやりましょう、そういう手当をしますけれども、まず運ぶところはりっぱなる名医でございます。私の言葉をあなたがそういうように浅薄に解釈したことは、非常に情ないことでございます。

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 私は、そこで伺いますが、あなたは先ほど西ドイツ、米国等のお話をいたしまして、非常にうまくいっていらっしゃると言った。私もこの間から西ドイツを何回も回っており、よく行っております。ことに青少年対策のごときは非常にうまくいっているのです。しかし、わが国のように警察権でもってこれを押えていこうというような考え方は向うではない。実際問題として、わが国の子供に対するところの態度というものを考えてみますと、ねえ奥さん、(笑声)わが国のように何をしちやいかぬ、かにをしちやいかぬと言うて、大人は自由自在に不良文化財の中に生きているくせに、子供は御案内のようにみな禁じられているのです。そして子供に対する愛護の手というものは、一つも差し伸べられていない、せいぜい母親の愛護の手だけがほんとうに家庭の中で伸べられているだけじゃないかと私は思うのです。ところがこの広い社会をながめてみましたときに、この社会の中では、ほんとうに国が、地方自治体が力を合せて、青少年に対するところの愛護の手というものが伸べられていない。その結果が今日の青少年に対する非行の原因をなしておるのだ、この不良文化財をなくさなければいけません。またこれは警察権で押えるべきものではない。そこで警察は、これは法文で御案内のように、必ず警察権ばかりで押えるとは限らぬが、警察がやることは、少くとも緊急保護でなくちゃならないのです。ところが先ほどおっしゃったのは、母親としていろいろな手を尽し、あとでどうにもならぬというときの問題でしょう、先ほどおっしゃったのはそうでございますね。

中河幹子歌人

○中河公述人 そうです。

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 そうすると、それまでの間にいろいろな手が差し伸べられなければならない。あなたは家庭だけではだめだとおっしゃった、やはり世間の問題が一つあります。この世間というものが悪の中に、不良文化財の中で生きておる、ここで少年を何とかしなければならぬというのが、私は皆さんの方の常に考えておられるところの児童福祉法の理由であり、いろいろの公共的な施策を施してやらなければならぬ理由だと思う。あなたが先ほど言いましたように、何でもかんでもべからず、べからずで、子供の自由というものは全く認めないということでもって子供をほったらかしにしておく、ここに原因がある。そうすれば、後見保護をしてやらなければならない。後見保護はほったらかしにしておいて、警察権だけでこれを押えていこうというような行き方に賛成してもらっては、私は困ると思うのです。問題はここなんです。で、行政というものは御案内のように二つの道があるのでございます。一つは福祉行政なんです。福祉行政が公共の福祉を達成するところの憲法の目的なんです。それから、警察行政というものは、その公共の安全とか社会の秩序とかを達成するための一つの手段なんです。ところが、その福祉行政が今言ったようにほったらかしにされておって、そうして警察行政だけが伸びていくのを警察国家、福祉行政が先にどんどん伸びていくその姿を福祉国家、こうわれわれは呼んでおるのでございます。日本の状態は、奥さん、今申し上げましたように、どっちかといいますと福祉行政が伸びていない。そうして警察行政だけを伸ばしていこうとする。私は何も政党支配に立って言っているんじゃないのですけれども、今度の保護の対象をながめてみても、今までなかったところの多くの保護の対象が出てきておる。それも虞犯少年とか触法少年とかあるいは家出とか迷子、そういったふうにいろいろな対象がふえてきておるのです。そこでこれを悪用されたならば困るということなんです。ところが、悪用を内在するところの原因を持っておるから、われわれは心配しておるのです。何もわれわれは奥さんがおっしゃったように、反対のための反対をしているんではない。真実にこういった方面においても子供のことを思っておるのです。  そこで奥さんにお伺いしたいんですけれども、むしろそういった努力を先にしてそうして、警察権でもって少年を保護していくんではなくして、少年は保護すべきものよりもむしろ愛護すべきものだ、かわいがるべきものだ、そういった点について、警察権だけでやっていって、もし一たん傷ついたらどうなるかと私は言うのです。その点を私はもう少しあなたに伺っておきたい。

中河幹子歌人

○中河公述人 今のお話でございますと、何だか警察というものは大へんに悪いものだというふうにお話になっておりますが、そういうようなあなたのお言葉は私は受けられません。そこで、あなた自身子供の保護所あるいは警察と二つある——「榛名」という雑誌の、榛名女子学院という不良の女子を集めておるところがございますが、ではそういうところへ先に頼んだ方がいいとおっしゃるのでございますか。そういった詳しいことはわれわれは存じませんけれども、たとえば不良の子供が凶器を持ちあるいは青酸カリを持ち、よそのお嬢さんと心中でもするような疑いで出かけた場合には、まあわが子は死んでもいいけれども、そちらのお嬢さんを死なせては大へん悪いので、そこで早く捜査を民生局の方に頼むのがよろしいのでございますか、それを私の方から質問いたします。

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 私の質問と多少食い違っていると思いますが、まあいいでしょう。私はここであなたと討論しようとは思っておりませんから、そんなことはいいんです。ただ警察は悪いものかということでありますけれども、これはやはり必要な悪です。警察は必要な悪です。そんなものは伸ばしていくべきものじゃないのです。まあしかしその点はこれでやめておきましょう。とにかく私が今申し上げたのは、そういう警察権を最小限度にしておいて、もっと福祉行政を伸ばして、青少年を保護してやるのがほんとうだ、こう言っているんですが、まあいいでしょう。  次に増淵さんにお伺いいたします。先ほどのお話の中で、戦争の犠牲になった子供の救済を真実にわれわれは長い間考えておった、そうして十年間もほんとうに考え続けた、こういう悲壮なお声でございましたが、私はわが国の戦後から最近までの状態をながめてみましても、戦争の痛手を受けた子供に対する精神的な苦痛と物質的な苦痛を除外してやろうという政策が、極端に言うたならば、何ものもなかった、私はこういうふうに考えておるのです。それはおっしゃる通りなんです。そういったものこそ先に考えてやらなければならぬのじゃないか、こういうことなんです。この同じ質問を私は先ほど申し上げた。その場合に、あなたはまず法の不備を考えたとおっしゃる。そこのところの問題は同じような問題になってきておりますけれども、私は法の不備を考える前に、やはり青少年に与えるべきものを先に与えてやらなければいけなかったんじゃないか、今からでも私はおそくないと思う。それは法の不備という気持もわかります。一たんうみがたまったんだから、うみを出してしまう切開手術をやろうという気持だろうと私は思うんです。しかし、それだけでもって将来長い間押えていって、切開手術ばかり続けておるわけにはいかないと思う。むしろ今申し上げました基本的な福祉行政というものを伸ばしていくための努力をお互いにしなければならぬ。そのためには、むしろ他の関係法律を直していく必要があるのであって、警職法をここで拡充する必要は私は毛頭ない、こういうふうに考えているのですが、こういった点についてどういうふうにお考えになっておりますか。

増淵操荒川区尾久町母の会会長

○増淵公述人 お答えいたします。法の不備ということについて私先ほど述べましてそのことについて質問でございましたが、それに付随いたしまして、福祉行政の問題が出ております。それで少年の不良化防止につきまして健全育成とか——健全育成といいますと今度は教育の面でありますが、そのような教育行政の面やらまた福祉行政の面やら、それから今度の警職法の改正やらと、各方面から私は手が差し伸べられておると感じております。警職法、警察権の拡大ばかりが少年の不良化防止をすることに集中していると私は考えておりません。あらゆる角度から子供の問題を中心に手が差し伸べられております。これは主観の相違でございましょうか、先生の御意見によりますと、福祉行政の方を考えないでこればかり拡大して少年が救えるかという結論をお出しになっておりますけれども、もしそれを先生がおっしゃるのでございましたならば、それは先生の政治力の貧困を物語るものではないかと思います。そのような行政をやめるように、その政治力を拡大してから、そういうことをわれわれに話すべきではないかと私は思います。これは主観の相違でございますが……。

阪上安太郎日本社会党

○阪上委員 ただいまのお答えによってはっきりしたのでありますが、まことにおっしゃる通りで、政治力の欠除である。現在の政治を担当している自民党の政治力の大きな欠除だとお考えになり、政府の責任だというふうにお考えになった、私はその通りだと思います。  そこで引き続いてお伺いするのですが、先ほど法律の調整の点でちょっと御発言なさっていたように思います。これはおそらく警察比例の原則というものをお考えになったんだと思います。個人の基本的な人権の問題とそれから公共の安全という問題と、こうバランスにかけてみて、そうして考えたのがこの法律における調整だ、現在の警職法改正案はその調整を行なったんだ、こういうふうにあなたはお考えになっておりました。ただしその調整するというのは、私らの考えでは、同一程度にものを考えることじゃない、調整はしなければなりませんけれども、やはり目的は目的として最高の立場に置かなければいけない。繰り返すようですが、福祉行政が先行し、警察行政はあとから続くものだ、そういう意味における調整というものが行われなければならぬ、こういう考えをわれわれは持っているのです。  それで私はこれ以上お伺いする必要もないと思いますからこの点でとどめておきたいと思いますが、先ほど警職法の改正反対をする人は、それ自体それをおそれている人が反対するんだ、こういうことでありました。こういうことになりますと、いろんな問題が出て参ります。売春法を制定することに反対する人は、売春をやろうという意思があったんだということになると思います。これでは論議にならぬ。そこで最後に、十分研究しなければならぬというあなたの御警告があったと思います。十分に審議しようとするのは社会党の側なんです。そうして突如としてこれを出してき、国民に知らさずにこの法案を出してきてきわめて強引に、簡単にそれを押し切ろうとするのが自民党の側ですから、そこのところをお間違えないようにお願いいたします。

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 北條秀一君。

北條秀一日本社会党

○北條委員 私は中河さんと高見さんと増淵さんのお三人に、一つずつお聞きしたい。この場所は皆さんと議論する場所でございません。でありますから、私が聞きますから、それについて皆さんの御意見だけ聞いて、あとは委員会におきまして私どもが十分論議して、国民の皆さんの期待に沿うようにする決心をしておりますから、そのおつもりで聞いていただきたい。  第一の問題は中河さんの問題でありますが、これは増淵さんにも関係しますから、増淵さんもよく聞いておいていただきたい。それは、今度の法律で、虞犯少年、俗にいいますと、十八才未満で罪を犯すおそれのある少年、これを保護しようということでございます。皆さんお母さんでありますから、母として十分に認識を持っておられるのでありますが、昔から日本では、子供の教育を一番大事にするのは、古い言葉で言うと胎教——お母さんのおなかの中にある間に子供の教育ができる、こういうことが言われておる。それから子供が生まれてから六、七才までに子供の一生の性格ができる、こういうふうに言われておるわけであります。そうすると、今十八才の子供はいつ生まれたかといいますと、昭和十四年に生まれておるわけです。そうして今日十八才になっておるわけですが、昭和十四年からずっと今日まで振り返ってごらんになると、当時日本が一体どういう状態にあったかといいますと、シナ事変があり、引き続き大東亜戦争があって、あの殺伐な世の中になった。その間に子供の性格というものができたわけです。しかもそれが昭和二十年に戦争に負けて、また一そう悪い世の中になってきた、一そう混乱した。食糧もなければ、そうしていろいろな社会悪がうんとある、強盗もあれば殺人もある、こういうような時代に育ってきた少年たちであります。ですから、これはいわば日本民族として大きな宿命といいますか、子供には何の罪もないけれども、世の中がそういうものを子供に背負わしておるわけです。その少年を私たちは——今、阪上さんという人がお話ししましたが、私たちおとなが一生懸命になって子供を導き子供をかわいがって、そうしてりっぱな人間に育ててやらなければならぬ、こういうことがあなたの立場だろうと思う、また増淵さんのお考えだろうと思う、私どもも同様に考えておる。ところが、それを今度は虞犯少年という名前をつけておるわけですね。私は虞犯少年という言葉は非常によくないと思うのです。これは戦後できた言葉かどうか知りませんが、虞犯というのですから、犯罪を犯すおそれがあると、こういうわけですね。だからそういう名前をつけられた子供は一生浮ばれません。それからもう一つは、皆さんが頼んでいこうという警察ですね。警察官の方はどうかといいますと、皆さんが今警察々々と言っておられますけれども、直接お頼みになる警察官は、そこら辺の交番あたりにおるおまわりさんですね。そのおまわりさんたちは一体今何才ぐらいか考えてごらんになれば、これはあとで委員会でわかりますけれども、今日交番あたりに立っておるところのおまわりさんは、年令がみんな若いのです。みんな二十から三十以下です。この人たちもまた今言いましたように、戦争時代を過ぎてきた人たちなんですね。それでまともな——まともなと言うとおかしいかもしれませんが、まともな落ちついた人格というものはできていないと思うんですね。そういう人たちに子供を預けるということになると、片一方警察官は非常に権力を持っておる。おいこらではありませんけれども、警察に行って百人が百人とも、きょうは警察に呼ばれてよかった、うれしかったという感じを受けないのです。でありますから、そういうことをお考えになって、現在十八才の少年を保護する、これを導くというためには一体どうしたらいいか、こういうふうに私はまず第一にあなたにお聞きしたい。

中河幹子歌人

○中河公述人 私は虞犯少年という言葉さえも、今度初めて存じ上げたのでございます。そういうことはたしかお手元にだけあってそれは表に表現なさらない言葉じゃないかと思うのです。それは御心配ないんじゃないかと私の方から申し上げます。私が先ほど警察に頼むと言うたことは、早急の捜査をしていただく、たとえば伊豆の天城山の心中、あれなんかも警察がおそうございましたね。もっと早くしたならば、あの二人を助けることができた、なぜそんなにおそうございましたか。そういう場合に警察にすぐさま——所々に警察はございますから、電話でもってすぐさま方々へ網の目のごとく張りまして、そうして早く子供のありかを知らせていただけば救うことができる、そういう意味で警察にお頼みするのであって、不良少年とかあるいは少女としてそこにそういうものができてしまった以上は、私は警察とか保護所なんかに頼みません、もっと優秀なる人格者のもとにその子供を入れたいと私は思います。いかがでございましょうか。     〔発言する者多し〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

北條秀一日本社会党

○北條委員 それでは増淵さんにお伺いします。これは先ほど中河さんが言われたことでありますけれども、今日この法律についてビラをまいたり、非常に大きな声をたてると困るというお話がありました。けれどもなぜ私どもが大きな声を出して反対するかといいますと、これは今の政府は、大きな声を出さないとなかなか聞いてくれないのです。あなた方お母さんたちがお子さんを育てるときも、子供が大きな声を出して泣くと乳をくれる、子供が黙っていればなかなか乳をくれない。それと同じように、今の政府はいい政府じゃありませんから、大きな声を立てないとなかなか言うことを聞いてくれない、それが一つ。これは増淵さんに聞くんですよ。  それからもう一つは、皆さんも考えておいていただきたいのは、法律を作りますね、作りますと、その法律に必ず規則がつくのです、政令というものが。今まで戦後たくさんの法律を作りましたが、法律はなるほどりっぱだ、けれどもその政令を作るときに、政令でだんだんと役人さんが勝手なことをやる、こういう非常に悪いくせがある、現在一々僕はその例を言いませんけれども。そこで今度の警職法については、政府はこれを乱用しないと言う、それじゃ乱用しない証拠を見せろと言ったところが、国会で法律が通ったあと証拠を作ります、こういうことです。それでは困る、初めに証拠を出してきなさい、こう言うけれども、今日までのところ政府は出してこないのです。そこで私たちがやかましく言うわけでありますが、増淵さんにお伺いしたいと思いますことは、これだけです。あなた先ほど、今日の警察は非常に親しみやすい警察であって、信頼いたしております、こういうお話であったし、あなた、またそう考えておられると思う。それだけの親切であり、民主的であって、そして信頼される警察なら、なぜその警察にこんな法律を変えて権力をやるか。あなたは子供さんを育てられておわかりになりますように、子供にチャンチャンバラバラをやるおもちゃをやらなければ、子供はチャンチャンバラバラをやりません。それと同じように、警察官に、今度法律を直して、これにチャンチャンハラバラをやる権力を与えますと、これは必ずやる。でありますから、今の警察がいいなら、親しみやすい警察、信頼できる警察だとおっしゃるなら、何もさらにそんな危なっかしいことをさせるような権力というものを与える必要はないんじゃないか、こういうのが私どもの考えなんですが、あなたのお考えを一つ聞かしていただきたい。

増淵操荒川区尾久町母の会会長

○増淵公述人 お答えいたします。親しみやすい警察ということは、私常にいろいろな問題、少年の問題その他について接しておりまして、そのようにいつも感じているわけでございます。親しみやすい警察であるから別に警職法の改正——権限のことばかり言われておりましたけれども、この改正をしないでもいいのではないかというお考えでありますが、いかに親しみやすい警察が置かれておりましても、その社会の現状がこれに逆行しまして、実に不安そのものである、そこにまたそれに適当した法律が置かれてなかったなら、不安を調整していく基準というもののない世の中であったなら、われわれ国民は一日として安閑としていられないと思うのであります。国に法律があればこそ、私たち大衆は安閑として生活していけるのであって、この法律を無視して社会の秩序はないのでございます。その点やはり今度の警職法による警察権の拡大ということが、現在の社会に要望されている時代ではないか。これは社会自体が要望したのであって、警察権は……。     〔発言する者多し〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

増淵操荒川区尾久町母の会会長

○増淵公述人 社会自体の要望であると私は考えるのであります。

北條秀一日本社会党

○北條委員 高見さんにお伺いしますが、今増淵さんがいろいろ言っておられましたけれども、現に国会において三分の一の社会党の人々は、われわれはほんとうにこの警職法の改悪だというので腹の底から反対をしておるのであります。また世の中にも非常に大きな、ほとんど大部分の国民が反対しているわけでありますが、先ほど高見さんのお話の中に、おじいちゃんたちが非常に腹の底からおそれておるのだということを言われておりましたが、私はまさにその通りだと思うのです。私どものように五十を過ぎた、過去の体験を持つ人間は、その実感があるわけです。その実感の上に立って今度のような警職法の改正について非常なおそれを持つわけです。それでもう一つ、私どもいわゆる老人組は、こういうことだろうと思うのです。私どもの時代において間違ってきたのだから、二度とそういう間違いを繰り返してはならぬ。だから若い世代には、そういう間違いをさせないということで、そういう二つが中心になって、この警職法に強い反対の意向を示されておると思うのです。けさかきのうか知りませんが、何か大新聞の中に一つ社会諷刺の言葉がありました。警察官の職務執行法の改正は、もしイギリスであったならば問題にならぬだろう。ところが日本では非常に大きな問題になるという、こういうような諷刺的なことが書かれておりましたが、まさにその通りだと思うのです。要するところ日本という国、日本という民族が、もしフランス人のように、あるいはイギリス人のように、ほんとうに腹の底から個人の自由、個人の尊厳さというものを自覚しておるならば、これは私は警察官の職務執行法の改正は、多少いじつたところでそう大しておそるべきことではないと思います。しかしながら、民主革命が敗戦後できたからといって、わずか十三年です。ほんとうに徹底してないのです。だからこそ私たちは再び昔に帰るのではないかと思うわけであります。そこで増淵さんは、今の警察について信頼ができるというような言い方をされましたけれども、高見さんの場合は、今日の警察制度について、ほんとうにまだ不消化のものがたくさんある。だから今日の警察制度について、あるいは警察官に対して、ほんとうにまだ信頼ができないのだ、だからもっともっと警察も努力してくれ、大衆もわれわれも努力しようじゃないか、そうしてほんとうに警察制度というものを作り上げようじゃないか、こういうふうに私は考えておるわけでありますが、その点についての高見さんの御意見を伺いたいと思います。

高見順作家

○高見公述人 私は一日本人といたしまして、よく言われる文化人という言葉はきらいでございます、いわゆる文化人と呼ばれております人たちが、日本人の悪口さえ言えば、自分が文化人みたいに言う人が多いのでございます。私は日本人としまして、自分の口から日本人の悪口を言うことはいさぎよしとしないものでございますけれども、ですから概念的につまり日本人にはまだ何かそういう欠陥がある。だから何とかだというような観点でなく、そういうものも含んで、日本人全体として伸びいく——先ほどの答えで忘れていたこともありましたけれども、海外へ行かれて、海外ではもっと強い警職法がしかれているようなことでありますが、私は警察制度のことについては、日本も外国も全くよく存じ上げてないのでありますけれども、私もペンクラブの関係で諸外国へ多少は出た者といたしまして、たとえばフランスなどでちょうどドゴール政権のときのデモなり、それを取り締る警察官の態度などを見ておりますけれども、警察官はそれを取り締るということではなく、また民衆の方でもおっかないとか、敵視とかいうことではなく、ほんとうにうまくやっているという感じを受けたのでございます。そういうことと、日本の警察の実態はどうかということ、日本全体の問題も——僕は決してものを陥れるようなことは、私自身日本人の一人として言いたくはないけれども、先ほど申しましたように、戦前的な、幾ら民主的になったといっても、私自身のうちにずいぶん古いものがあるのでありまして、私から推しましても、私は特に低いのかもしれませんが、それにしてもやはり共通したそういうものがあるだろう。ところが若い世代には、やはり環境からくるそういうものが出るせいでございましょうか、私たちと共通したものがあるような面があります。それを日本人としてどうこう言うことではなく、そのような面から、今回提出されましたような改正案が、現在のような状態の中にぶち込まれますと、繰り返すように、あの法案が乱用される場合に、こわいというのではなくてどうしても私ども日本人の心理として、あの法案自身の中に乱用されてゆく、乱用を誘導してゆくようなものがあるやに感じられますのでこわい。かようにわれわれは感じている次第であります。(拍手)

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 これにて中河公述人、高見公述人、増淵公述人に対する質疑は終了いたしました。  公述人各位には御多用中のところ、長時間にわたり御出席をわずらわし、貴重な御意見の御開陳をいただき、委員一同を代表して厚くお礼申し上げます。(拍手)お引き取りを願います。  次に岩井章公述人及び長谷川才次公述人の順序で御意見の御開陳を願うことにいたします。公述人岩井章君。

岩井章日本労働組合総評議会事務局長

○岩井公述人 私は今日の委員会でいろいろ申し上げたいと思って書いてきたのですが、書いてきた法律の内容の問題はもちろんあとで申し上げたいと思いますが、一番最初に申し上げたいことは、今警職法の一部改正について賛成されている自民党の皆さん方とい、えども、今日たくさんの団体が改正の案件に反対しておられる。こういう実情は私はおそらく否定されないのじゃないかと思うのです。私は労働組合という一分野からの反対でありますが、私がけさここへ出かけるときに当りまして、どのくらいの団体が一体この法律案に反対しているだろうか、これはもちろん新聞などあるいは見知りの人には電話をかけるという程度で調べたところでありますが、私が今ここに持っておりますのが総計百五十二の団体が反対しているのであります。その中には自民党の皆さんが日ごろからよく言われる、もちろん私ども総評を初め、労働組合でいうならば全労だとかあるいは中立組合であるとか、そういうものはもちろんのことでありますが、今高見さんからもお話がありましたように、文化関係のたくさんの団体もこの中に含まれています。漫画家の集団でさえ入っています。中小企業の団体もたくさん入っている。婦人団体でも入っている。あるいは日ごろ中立的な立場でいろいろ意見を述べられる学術関係のたくさんの団体も入っている、こういう実情です。私はこれは党の立場というと大へん失礼でありますけれども、こういう実情をぜひ私はこの法律を通されようとしている自由民主党の皆さんの場合におきましても十分お考えをいただきたい。私はもちろん法律のことにしろうとでありますから、むしろこういう、国民の中でたくさんの団体が反対しているという実情を、まず私は自民党の皆さんに考えていただきたい。もちろんその中には、必ずしも私たちと同じ角度から反対しているのじゃなく、もっと違った角度の意見もありましょうけれども、そういう実情をまず私は考えていただきたい。  いつでしたか、私が、石橋総理大臣の時代に、これは組合の問題でありましたが、総理と会見しました際に、会見ののっけから、総評は議会主義を認めるか、こういうふうに言われたことがあります。議会主義を認めるというならばここにすわって君たちと話をするが、議会主義を認めないのだったら、もはや話し合いをする必要はないんだ、こういうふうに実は石橋さんらしい端的な意見がありました。私は答えたのでありますが、もちろん私たち総評は議会主義を認める。しかし、議会主義を認めるといっても、今の政府、自民党が進めていくようなやり方について必ずしも全面的に肯定するものじゃないんだ。たとえば社会党、自由党という二つの比較的大きな政党が国会の中にあります。その場合、反対党である社会党の言い分の中に少しでもいいことがあるならば、その意見を取り入れるそういうことが私は議会主義の大前提じゃないかと思う。国会の先生方に私らが議会主義の話などをする必要はないのでありますけれども、今度の法律の問題についてはこれだけたくさんの国民が反対している。そういう実情を考えてみた場合に、私は、国会の運営においても、この国民の声というものはぜひとも何らかの形で取り入れていただきたい。こういうことを私は心から念願するがゆえにこのことを申し上げているのであります。  特に私が手続の問題で申し上げてみたいと思いますのは、この法律は憲法の問題に関係があるのじゃないか、ある人に言わせると憲法違反だ、こういう意見さえ述べている方がたくさんいるわけであります。私はもちろん法律のことはしろうとであります。しかし、かりそめにもそういう有力な意見があるような問題を、なぜ五月の総選挙の際に、自由民主党としては国民にこのことを正式に発表して、そして国民の判断というものをもらってないか。そういう手続は、議会主義というか、政治を運営していく場合に私は当然のことじゃないかと思う。なるほど国民は——私はもちろん自民党に入れたわけではありませんけれども、自民党に多数党の地位を与えました。しかし私は、国民は断じて自由民主党に白紙委任状を渡したものではないと確信します。もちろん小さな問題に至るまですべて選挙の際に国民に明らかにするなどということができないことは私もよくわかります。しかし、少くともこの問題は、前提で言いましたように、憲法に違反するおそれあり、あるいは憲法に違反している、こういう意見があるほどの問題でありながら、なぜごく近くあった選挙の際に国民に諮ってないか、明らかにしてないか。警察庁の文書を、きのう事務局の方が来て、私見せていただきました。その文書の中には、これは決して突然出したのではないのだ、実はもう一年半前も前から研究しているんだということを書いております。私は、一年半も前から関係の事務当局が研究しているものであるがゆえに一そう、なぜ五月の選挙の際に明らかにしなかったかということを非常に疑問に思います。もちろん、新聞を見ますると、何か公安委員会に諮ってなかった、こういう話もよくわかります。しかし、私たちもこの委員会運営ということを労働組合の場合にやりますけれども、決して、子供だましのように委員会がきめてなかったからどうというようなことは、国民に納得させる言い方ではないと思うのです。だから政府、自民党が考えておったことであるならば、その際に明らかにして信をとってないことを不思議に思います。だから、私たち院外の門外漢から言わせるならば、自民党にしろ社会党にしろ、こういう法律自体をこの国会でやっていること自体がおかしいのじゃないかと私は思う。むしろ審議権を二つの政党とも持っていないのじゃないか、こういうことさえ極端に言えば言い得るのじゃないかという感じがいたします。これは手続の問題であります。  その次に世論という問題について一言申し上げたいのであります。今私がここで申し上げましたように、百五十幾つの団体が反対をしている。もちろん、先ほどの中河さんでありましたか、この団体の中にだって個人的に言えば全部百パーセントその通りだということは言えないかもしれません。しかし、少くとも大多数の人たちがとにかく反対をしている。こういうふうな状態の中で、国政を運営していく場合に、世論を国会の内部に反映していくということは、どうしたって必要なことだと思うのです。反対党である社会党がどう言ったから、あるいは共産党がどう言ったからという問題と考えてもらうことは私は間違いじゃないかと思うのです。少くとも同じ角度、同じ立場でないにせよ、とにかく多くの団体が反対していることを、この国会の中にどうやって反映してもらえるか。このことは、私は社会党、自民党という問題を別にしてもお考えをいただかなければならぬことじゃないかと思うのです。少くももちろん考えておられるということでありましょうけれども、今高見さんからわざわざ社会党との関係が断わられて説明されました。私はお昼から来て、いろいろ勉強をさしてもらったが、あの高見さんの意見などというものは、もちろん私たち労働組合の立場から見て必ずしも同じ角度ではありません。しかし、少くともある意味では、今の国民の中の公正な意見というものを代弁しているのじゃないかという感じがいたします。百五十幾つの団体の背後に、おそらく数え切れないほどのたくさんの国民が、声には出していませんけれども、同じように反対している——もちろん賛成の方がいないということは言いません。しかし、少くとも今までのたくさんの院外における行動の中で、今度の警職法一部改正についての反対ほど急速に、しかもたくさんの団体が意思表示したことはありません。先生方も御存じの通り、破防法のときは、半年も前から国民に明らかにされました。そしてやっと半年の後に国会の内部におきましても、私たち労働組合というような、皆さんからおっしゃると反対のための団体というふうにおっしゃられたいのかもしれませんが、そういう立場の者でさえ、半年後でなければ、われわれの職場における統一というか意見の一致というものはなかったのであります。しかし、今度は御存じの通り、十月八日でありましたか出されてから、わずか一週間か十日のうちに労働組合の意見はもちろんのこと、今私が、繰り返して申し上げませんが、披瀝いたしましたようなたくさんの団体が、急速に反対に立ち上っている。こういう実情を私は、国会の内部においてぜひ取り入れていただくことが、いわゆる民主主義的な、議会主義的な運営の角度から必要じゃないか、こういう感じを持ちます。  それから少年犯罪の問題であるとか、あるいは先ほど中河さんでしたか、お話のありました酔っぱらいの問題であるとか、そういう問題を出されました。もちろん、私たちは酔っぱらいが大手を振って歩いていいという立場ではありません。しかし、このことについて私はこの法律を六カ条でありましたか、見て感ずることですが、こういうふうな事柄というのですか、事件というのですか、そういう問題が、今の警察官職務執行法の建前の中で取り締ることができないということは立証されていないのじゃないかと思うのです。もちろん専門の方から言わせるならば、それはまだこれこれの点において不便がある、こういうふうな御説明はあると思うのです。しかし、先ほど社会党の代議士と公述の人の間でやりとりされましたように、警察権力というものは必要の悪であります。できるだけ少い方がいい。できるだけ数が小さくて権限が小さい方がいいのであります。そういう角度から見て、今あるところの法律をもって先ほどから述べられている酔っぱらいの問題であるとか、あるいは少年犯罪の問題というようなものを取り締まることができないという説明は、政府からもその他の説明からも立証されていないのではないか、こういうふうな感じを持つところであります。従って私どもの立場からこの改正案を見てくると、結局労働組合運動を初めとする大衆団体を対象にした今度の法律改正の提案ではないか、こういうところにどうしても帰結せざるを得ないのであります。  しかもこの法律を見て参りまして私どもが感ずることはたくさんあります。たとえば「保護等」というような問題もありましょう。それから、先ほどからも述べられていることですから簡単に言いますけれども、「公共の安全と秩序」というような問題についても問題があります。あるいは「警告と制止」というようなことについても、私たちは見て非常な不安を感ずるところであります。特に「公共の安全と秩序」という言葉は、私自身が調べたわけではありませんが今週の週刊朝日の一番末尾のところに、たしか治安維持法の成立したときの担当している大臣、どなたか名前は忘れましたけれども、その人と当時星島議長さんでしたかちょっと度忘れしましたが、その当時の方とのやりとりが、ちょうど今国会でやっている政府与党と社会党とのやりとりと、全く同じだということが、たしか言葉を区切ってかなり具体的に書いてあります。私はこの問題を考えてみて「公共の安全と秩序」というのは、結局時の政府権力に対する安全と秩序というふうに最後には使われていくことになるのではないか。もちろんこの法律が通ったからあしたからすぐそうなるというようなことはないでありましょう。しかしながら情勢が変れば、あるいは情勢を進展させようとするならば、そういう立場からこういう概念を使われるということは、おそらく否定される何の保証もないのではないか。こういうことが特に「公共の安全と秩序」でありますか、この言葉づかいについて深い危惧の念を持つところであります。  なおこの法律の中で、たとえば職場の中でうんと素朴な議論として出ていることをお伝えしますと、「警告と制止」というものがあります。この「警告と制止」というのは、たとえば労働組合が何かの計画をしている。そこへ警官が臨席することができる。そしてその警官が臨席をして判断をした上に、この会合は今私が言いました言葉づかいである「公共の安全と秩序」という角度から見てきわめて危険である、こういうふうな判断をするならば、その会合は当然中止させることができるのではないか。もちろん国会の中では、そういうようなことはあり得ないのだということを警察庁長官もたしか二、三日前に述べられているようでありますが、しかしこの法律は高見さんの言葉ではありませんが、そういうことに発展する可能性が十分あります。あるいはこの法律自体がすでにそのことを予想しているのではないか、こういうことを含めて規定しているのではないか、こういうことさえ私どもとしては考えざるを得ません。もちろん労働組合の中におきましてたくさんの意見があります。その意見は被害妄想だ、こういうふうに自民党の各位がお考えだったとするならば、その保証は明確にしてもらわなければいけません。その保証というのは、今週刊朝日の例を申し上げましたように、これは単に大臣の皆さんなりが国会の関係委員会において答弁したりやりとりをしたということだけでは保証にはなりません。高見さんも言いましたように、そのことを信じていたらあとで違った取扱いがされた、それについて食いついていったらもうその人は偉くなっていたという例がありましたけれども、保証ということは私はそういうことではないと思うのです。少くとも今の法律の中でそういう危惧を持たれているこういう内容を含んだものは、私としては法律の改正の形をとるべきではない、むしろ現行の法律をもってやる、そういう立場を貫くことこそ、いうところの保証という言葉に該当するのではないかという考え方を持ちます。一々法律の内容はさんざんやりとりしたあとですからもうこの程度にいたします。  私は最後にもう一つだけ申し上げておきたいと思いますのは、私どもの労働組合の立場ばかりでなく、国民の立場から見て、今の国会運営について希望を申し上げておきたいのであります。それは会期延長という問題であります。これは議員の皆さんがみずからきめられる問題だからお前がしゃべる必要はないと言われるならば引き下ります。しかし少くとも今度の法律について会期延長を政府与党が連終会議を開いてきめたということが新聞に出ました。そして幹部の二人にまかしたというふうに新聞が報道いたしております。私どもから見ると、これは国会対策委員長の責任者同士が今度の国会の会期をきめたというふうに当時の報道を記憶しています。しかも当初社会党の側からは四十日以上を主張し、自民党はもっと短かい日数を主張しておった。しかしそのやりとりの中で最終的に今の会期がきめられた。そして両国会対策委員長の間におきまして会期延長はしないという約束がされているというふうに当時の報道を記憶するのであります。そういう角度から見て参りまして、これほどの反対、これほどの国民世論というものが出されている段階におきまして、政府与党が——もちろん多数であります。従って会期延長をしようという気持を多数という立場から見て持たれたのだと思うのですけれども、私は当時の両国会対策委員長同士の約束というものを守っていただきたい。なぜならば少くとも法律は約束ごとであります。しかしその法律と約束が違いがあるというのは、これは明らかに国民全部を拘束するという立場では法律という形になるでありましょう。しかし、国会運営の中で約束した両対策委員長、しかも言葉は悪いのでありますが責任のない方々同士の約束ではありません。少くとも党と党との間における約束として私たちはこの約束を重く見るのであります。そういう角度から見て、党の立場からいろいろな事情があることはあるでありましょうけれども、少くも両党同士の約束というものを十分重んじていただきたい。そういう立場をとりながら、最初から申し上げておりましたように、たくさんの国民世論が反対をしているというこの実情を、国会運営の中に反映していただくことを心から希望いたします。  私の陳述を終ります。(拍手)

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 次に長谷川公述人より御意見の御開陳を願います。公述人長谷川才次君。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 高見君は文学士だから法律を知らぬと言って非常にうまいことを言っておりましたが、私は残念ながら法学士で、しかも普通三年のところを四年もぶらぶらしていまして、しかも法律は一向にわかりませんので、警察官職務執行法の改正につきまして、条文の具体的な点について何か皆さんのお役に立つことを申し上げる素養を持っておらないことをまことに残念に思います。ただしかし市民の一人として感じたことを申しますと、私は戦後日本の警察は一体何をしていたのかという感じをかなりひんぱんに持ったのであります。会社から帰りにどこかへ行こうとすれば道が通れない。労働組合か何かよくわかりませんが、はち巻をした連中がジグザグ行進とかそういうものをやっている。私はロンドンに特派員で六年おりましたけれども……。     〔発言する者多し〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 天下の大道を通れなかった経験は持ち合せておらぬのでありますが、日本の国の東京のどまん中を通れないことがしばしばある。一体警察の方はどうしているのかという感じを持ったのでありますが、こちらの委員会で当局の方の御説明によりますと、あれは道路交通取締法違反だが、人間の生命、財産、身体に害を及ぼす危険がないんだから、取り締る方法がない、こういうことであります。それからテレビなどで見ておりますと、大臣がカン詰めにされて会議にも出られないというようなことをしばしば見るのでございますが、一体どうしてこれを取り締ることができないのか。法治国家であれば、これは取り締ることができるはずではなかろうか。私どもは常識的にさように考えるのでございますが、これはどうも今の法律ではなかなか取り締ることができない、こういう説明でございます。  昭和三十一年の元旦でありますが、新潟県の弥彦神社で参詣人がえらく死んだ。警察の方でこれをちゃんと取り締って、そういうごたごたが起らないようにしてもらえばよかったと私ども思うのでございますが、これをどうも今の法律では事前に警告をして取り締ることができない、こういうことのようでございます。それからこれはごく最近の例でございますが、昭和三十三年の九月十六日に仙台市で道徳教育の講習会をじゃましようというので、宿屋の中庭に入ってきて、えらい騒ぎをする。近所もえらい迷惑だったけれども、これは警察としては今の法律ではとめることができない、こういうことでございます。  こういうように、私どもは今までの警察のやり方がどうも手ぬるいという感じを持っておりました。ところが今度の警察官職務執行法改正によりまして、これは取り締ることができるような運びになる、こういうことでございますので、私はこの改正案に全面的に賛成でございます。(拍手)  もう一つ私が感じておりますことは、警察が一面手ぬるいということを私ただいま申しましたけれども、反面から考えてみますと、警察官の皆さん、えらい気の毒なのではなかろうか、そういう感じを持っておるのであります。(「月給が安いのは気の毒だよ」と呼びその他発言する者多し)実例がございますが、昭和三十三年の四月十四日午後四時ごろ、大阪府の警察の方が凶器を持っていそうだというのをつかまえたが、これは凶器を出させるわけにはいかないので、そのままにしておったところが、そのすきに三カ所傷を受けて入院治療三カ月の重傷を負った、こういうことであります。そのような事例が幾つもございます。現行の法律では凶器を持っているだろうという見当がついておりましても、これを出させることができない、こういう御説明であります。このために警察官の諸君が、先ほどのお話のように、月給も安いし、それから毎日の公務を執行されるに当っていつ傷を受けるかわからぬ。全治一カ月というような重傷を負うことがしばしばあるんだ、そういう危険な状態で警察官の皆さんが公務を執行しておられる。これは私は柏村長官もなかなかつらいことだと思うのです。私どもが自分で経営しております会社の仕事を仲間に頼む、しかしその仕事をやる諸君が毎日のようにいつどこで凶器で傷を受けるかわからぬ、こういうような状態で……(発言する者多し)もしそういう状態であるとしますれば、私は自分のところの社員諸君が気の毒で、仕事を頼むことができない。おそらく夜もろくろく眠れないだろうと思うのであります。今の世の中は主権在民ということだそうでございますが、われわれが主人公で警察官の皆さんにこういうむずかしい仕事をお願いしておるということでありますれば、何とかしてそういう被害を受けるような危険性はなくしてあげなければいけないのではないか。今度の改正法ではその点が改まるようでございますので、私はその点でもこの改正案に賛成でございます。(拍手)  問題は、この改正法が憲法違反ではないか、こういう御議論があるようでございますが、私どもの普通の常識で考えますと、憲法違反ではなかろう。問題は……。     〔発言する者多し〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 問題は、この法律が改正された場合に、乱用されると大へんなことになるのではないか、こういう御心配があるようでございます。戦前の警察でいろいろ労働運動やその他で苦い経験をなめておられます方々が、この点を非常に懸念されるのはごもっともだと私は思うのでございますが、戦後の今の日本の様子を見ておりますと、日本がもう一度、先ほどからのお話がございました警察国家の方に逆戻りする可能性が大きいか、それとも逆に共産主義革命の方に……(発言する者多し)私は国民政府の何応欽先生が東京に参りましたときに、日本の現状を見ていると実は自分は心配なんだ、自分たち国民党政権は二、三十年前学生運動などは軽視しておった、ところが結局二十年、三十年の後に共産党が天下をとったんだ、こういうことをよく皆さんも気をつけた方がいいという注意を私は受けたのでございますが、むしろ日本の今の様子を冷静に考えてみますと、逆戻りして昔の警察国家のようになるおそれよりも、逆に全体主義国家の方に動く懸念があるのではなかろうか。     〔発言する者あり〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 全体主義国家になりますと、最近のノーベル文学賞の例でもおわかりの通り、基本的人権などは全然認められないことになりますので、ここら辺でとくとお考え願わなくちゃいかぬのではないか。第一次大戦のあとでドイツがワイマール憲法で大へん自由な国になった。ところが、あまり理想的な格好を作りましたので、国家の力が弱くなった。そこで、共産党がえらくのさばって、国が一向何もやってくれぬのだからしょうがない、おれたちでやろうじゃないかというのが、ナチス台頭の根本の原因だったと思います。そこで、国の権力を強くするという言葉が過ぎるかもわかりませんけれども、もう少し警察官にしっかりしていただいて、労働運動その他、行き過ぎだと私は考えますが、この行き過ぎをある程度抑制して、穏当なところで労働運動もやっていただく、そうすれば労働運動の実力行使に対しまして、逆にまた右翼の実力運動と申しますか、ナチスのようなファッショが起る懸念がないのじゃないか、今日においてとくとお考え願いまして、その意味で警察官職務執行法の改正案が穏当だ。条文の内容につきましては、専門の諸君がお書きになったので、いろいろ苦心してしぼりをかけておりますので、そう皆さんの御心配なさるようなことは起らないのじゃないか。それと国全体の戦後の風潮、傾向といたしましては、むしろ左の方に移るおそれはありましても、逆転する可能性は少いだろう、逆戻りする可能性は少い、かように私は考えるのであります。そういう意味でこの改正案には全面的に賛成でございます。  学術会議が総理に申し入れたという文句の通り——申し入れが出ておりますが、「最近、暴力、不法行為の横行により公共の安全と秩序が乱され勝ちであることは誠に憂慮すべき世相である。」そこで、この法律案は……。     〔発言する者あり〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 この法律案は、趣旨としてはけっこうだが、慎重に審議して御決定願いたい。乱用の弊を招かないように、こういう趣旨であります。私は学術会議の政府に対する申し入れの趣旨でこの改正案に賛成いたします。(拍手)

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 これにて両公述人の御意見の御開陳は終りました。  これより両公述人に対する質疑に入ります。内田常雄君。

内田常雄自由民主党

○内田委員 岩井公述人に、ただいまの御発言につきまして一、二お尋ねをいたしたいのであります。  その一つは、岩井さんの御発言を要約いたしますと、今日警職法の改正については院外において非常に反対の団体が多い、そういう見地から、これを国会において今審議するのは適当ではない、すべからく撤回をするとかあるいは会期を閉じてしまってこの審議はたな上げにした方がよろしい、そういう御意見のようでありますけれども、私どもが国民の一人として考えてみますと、反対団体も多いが、また最近これを支持する団体も多くなっているのであります。とにもかくにも、おっしゃる通り、今日非常に問題になってきておる法律の改正案でありますから、この際これをたな上げするとかあるいは葬ってしまうとかいうことではなしに、いいか悪いか十分審議を尽してみて、その上でこのことをおきめになる方が、私どもとしてのとるべき態度だと思うのでありますが、その点はいかにお考えでございましょうか。

岩井章日本労働組合総評議会事務局長

○岩井公述人 今のことにお答えするのですが、今のあなたの御質問は、私が一番最初に言ったことを抜かしてお考えになっているように思うのです。言葉を返してどうも失敬ですけれども、破防法というような——何年ですか、数年前のあの法律の際にも、そういう手続を政府が意識的にとったのだと思うのですけれども、半年も前からこの法律を案件として公表する。そういう状態の中で、国民の中である程度議論が出された状態を見て初めて国会に出したものだと思うのです。今お話のように、国会の中だけをお考えになれば、会期がうんと長ければ長いほど慎重審議できるだろう、こうおっしゃるでしょうが、国会の中というやつは、少くとも国民の意見というものを見ながら、あるいは国民のある程度自由な発言を参照しながら進めるべきものだと思うのです。だから、私が冒頭言いましたように、ごく近い五月には選挙があったのですから、その際政府与党から、ほかの問題にはある程度、たとえば最賃法というような私たちに直接関係ある問題などは、明らかに意思表示をして多数党を得たと思うのです。しかし、こういう問題については、おそらく自民党の——大へん失敬なことを言いますが、自民党の議員さん個々の皆さんが、果して、ではこの改正案を出すという決意を持っておられて五月の選挙に出たかどうかさえ疑問に思うのであります。大へんどうも失敬なことを言いましたけれども、そういうふうな事情から考えてくれば、国会の中で議論をするために日を延ばすということだけで、いわゆる民主主義的なルールを踏んだということにはならぬのではないか。むしろ適当な機会を見て、自民党の皆さんの方から必要だとお考えになるならば、国民に十分今警察庁がやっておられるようなPRを進めながら、その上を見て初めて提案するというやり方がきわめて穏当なやり方ではないか、かように思うわけです。

内田常雄自由民主党

○内田委員 そういうような御所論と承わりましたが、大へん失礼なことでありますが、疑われますことは、総評では、今岩井さんの公述の中でも、この改正案のどこが悪いか、どういうふうに運用される可能性が多いかということにはほとんど触れられないで、言いかえますと、ほとんど中身は検討せられないで、ただこの法律を出されると、とんだことになるからこの法律には賛成すべきではない、あまり中身に入ってしまうと、今日の国民の中には、今日個人の生命、身体、財産あるいは共同の利益も守れないから、この程度のことはぜひやってもらいたいという論が起りそうでありますから、そこでそれに入る前に、とにかくこいつをたな上げしてしまおう、この法案に反対だということで、革新勢力でありますとか、あるいは一部の団体の総力を結集して、これを祭り上げてしまおう、つまり言いかえますと、法律がいいか悪いかということではなしに、何か革命運動とか、あるいは今の政府に対する反対運動の一つの道具にこれを使おう。中がいいか悪いかということに入ると、これは大へんいいことだ、こういうことを言われる人がついてくることをおそれての態度のようにも疑われるのでありますが、これはいかにお考えでございましょう。

岩井章日本労働組合総評議会事務局長

○岩井公述人 今の方は、私に対する失礼よりは、どうも言葉を返して申しわけないのですが、学術会議だとか、今高見さんなんかの所属されている文芸家協会とか、たくさんのそういう団体に対してむしろ失礼じゃないかと思うのです。私ども総評は、先ほどもっと強い意見を申し述べるところでしたが、大衆運動の面からは一人ですから、なるべく全体の意見をと思って比較的ゆるやかなことを言ったのですけれども、私どもから見れば、今お話のように、総評がほかの団体を、言葉は違いましたが、おだて上げて、岸内閣打倒のためにと、こうお考えのようなんです。それほど私は、今学術会議に集まっておられる大学の先生方とか高見先生などは、総評におだて立げられるほどの立場にはないのじゃないか。だから私はむしろ岸内閣に対してやめてもらいたいという意見はもちろん持っております。しかしやめてもらう、もらわないということは、これはこの法案ともちろん関係がないことはありませんけれども、直接私が先ほど法律の問題を論じ、意見を言わなかったのは、もう前に尽されているから言わなかったのであります。  その意見をここで二、三申し上げると、一つは、先ほど言った公共の安全と秩序という角度から見て、これは全然問題にならない。たとえば警察庁のPRの雑誌を見ると、公共の安全と秩序というやつは、たしか経験もあって、かなり知識を持っている上級者が判断するのだから、現場の一警官が判断するのではないから危険じゃない、こうおっしゃっておる。私はその上級者の方がむしろ、言葉は違うのですが、危険じゃないかということさえ考える。私は警察官個々の人に何の恨みがあったり、警察官個々の人たちがどんな立場になってもいいと思っているわけじゃないのです。だから先ほどから言われているように、警察官の給与を上げよということは大いに賛成であります。しかし事大衆運動を押えるというようなにおいがするものに、私どもから見ると賛成することはできません。  それから三条でありましたか、ここにみんな書いてありますが、読むことはいたしませんが、保護というようなことがあります。これは自殺のおそれが云々というようなことにもっぱら力点が置かれてPR誌には書かれておりますけれども、これとてやはり組合の運動の場合、あるいは政府権力に対して多少なりとも抵抗する団体について、これが適用できないという保証はどこにもないと思うのです。  だから今お話のように、この法案の全部を検討してみて先ほど私が言いましたように、保証というものはない、従って先ほどから言いましたように、現行の法律をもって運用していく過程で、国民の中からの意見をむしろ組み入れることの方が、民主主義的なやり方じゃないか、こういうふうな結論に到達しておるわけです。

内田常雄自由民主党

○内田委員 誤解があってはいけませんから、お確かめをしようと思うのでありますが、私が、総評あるいはこれにつながる諸団体においては、今度の改正法案の内容を検討されていないのではないか、検討しないで、もっぱら改正案は悪い法律だということを言いまして、反対運動の道具に使うということを言いましたのは、たとえば十月二十五日に総評がたくさんお配りになりました警職法粉砕を使嗾するビラによりましても、一、二、三、四と書いてありますが、これは私どもが別に特殊な政治的見地から解釈するのではなしに、全く条文を文章として解釈いたしましても、この第一項から第四項まで、実際今度の改正案の意図するところの内容とは全然違うのです。  たとえば、今岩井さんもお触れになったところとも関連するのでありますが、この警職法の改正案が通ると、その改正案の中には、第五条に、公共の安全と秩序が著しく乱される場合には、これは犯罪を前提といたしますけれども、それにいたしましても、警察官が警告、制止をすることができるようになってくる。そうなると、その条文の通り御解釈になると、問題がだんだん限られてくるのでありますが、あなたの方でお配りになったこのビラの第四項には、こういう改正があると、警察官は汽車の中でも電車の中でも自由に立ち入って、そうして昔のたとえば治安維持法とかあるいは治安警察法、あの当時の警察官がやったと同じような、公共の安寧や秩序を目的とする警察官と同じようなことができるのだ、こういうようなことがそのまま書いてございます。また第三項のごときは、今度はもし新聞などで政府を攻撃することになると、公共の秩序に反するという改正条文にひっかかって、その新聞は発行を停止されるという。これは昔新聞が発行停止をされたり、あるいは出版物が出版停止を食ったりいたしましたのは、みな昔は新聞紙法、出版法というものがあったからでありまして、それは実体法です。ところが今日では、憲法二十一条によりましてこの出版あるいは思想の自由等は保障されておりますために、今日はもうそういう出版法や新聞紙法が全くないのでありまして、警察官職務執行法の第五条をいかに解釈いたしましても、乱用じゃありません、拡大解釈じゃありません。いかにさかさに読んでみましても、新聞紙が発行停止されるというようなことは全くないのであります。さらにまた一項においては、今度は凶器の提出を求めるという事項が不審尋問に関連して加えられる、そうなると、電車の中で、学生でも何でも、鉛筆一本でも、他人に危害を加えるというおそれありと警察官が判断すれば、没収されます、こういうことが書いてある。第二項についても、これは政府や国会に陳情に来ると、自殺のおそれがあるから保護しますということで、勝手に警察官が保護検束をしていく、こういうことが書いてあるのでありますが、これは私がここで自民党の質問者であるから申すのではありませんが、全部これは解釈が違うのであります。おそらくこれは、人に警察法改正のおそるべきことをこの通り教え、大へん失礼な言葉でありますが、そういう曲解ではない、何といいますか、言いがかりといいましょうか、虚構の宣伝をしてそして今あなたが言われるような、この際他の反対団体を急速に作って、これが国会で審議される以前にたたいてしまって、反政府の統一行動を起そう、こういうこととしか解せられない。それでは私ははなはだ残念でありまして、反政府運動は別にやっていただきたい。また革命運動は別にやっていただきたい。今回問題になっておりますのは、警察官職務執行法の政府から出されました改正案の個個について、あの改正が今日の世情に照らしまして必要かどうか、こういうだけの問題に限ってこういうビラを配っていただかないと、私が今疑いましたように、何ら中を検討されないで、あるいは検討したのかもしれませんけれども、今言うような反政府運動を起すための手段にこの警職法を取り上げておる、こう疑いを起さざるを得ないのでありますから、お尋ねをいたしたわけでございます。

岩井章日本労働組合総評議会事務局長

○岩井公述人 今の警察のあり方について、かなり見方が違うということに出発の違いがあるのじゃないかと思います。それは、たとえばここ二、三年の例でありますけれども、組合運動でたくさんの人が逮捕されたり、それから組合の事務所に捜索に入られたりする例は、日教組、全逓というふうに、言うまでもなくたくさんあるわけですね。(「違法行為はないのか」と呼ぶ者あり)だからそれについて違法としているのですが、違法だということで踏み入ってくるのです。だから政府あるいは警察の立場から見れば、違法だと思っておられることは事実だと思うんです。ところがその結果、それじゃ起訴されている人は一体どのくらいいるか、あるいは違法だといって処分されている人はどのくらいいるか。私は処分が少いといって文句を言っているのじゃないのです。つまり警察の立場から見て違法だというふうにお考えになっているのだろうと私は思う。少くとも労働組合をやみくもに弾圧しようと思って来たのじゃないというふうに善意に解釈いたしますけれども、しかし結果から見ると、やはり今の警官のあり方の中に、警官という個人々々の問題よりは、警察のあり方の中に、すでに私どもから見ると、やはり信用できない状態というものがあるわけです。そういう状態を前提にしておくということは、何といっても現実論だと思うのです。そういう問題を抜きにして、イギリスの警官だとか、フランスの警官がどうというような話は、日本の場合に当てはまらないのです。そういう状態の中で今質問された方にお答えをすると、乱用のおそれがないということが保障されないという一点に尽きると思うのです。たとえば今お話のあった、私も先ほど言いましたように、組合の集会に何か違法なことがないか、つまり公共の安全と秩序という角度から見て違法なことがある。こういうふうに警察の方で認定をすれば、警察官のおそらく身分書を出されれば、今度はそれを拒否することができない。おそらく拒否すれば公務執行何とかということになるのじゃないか。そこで今のお話のように、もしそれがそうじゃないのだそこのところが心配ないんだというならば、これは法律技術の話になるのですが、そういうふうに書いていただきたい、そういうことはないのだと。それは確かにあなたのお話の後段は、言葉は悪いのですが、ある程度は信じます。つまり今のあなたたちが、かりにそういうことをお考えにならなかったとしても、しかしその条文について、高見さんからも先ほど言われましたように、そういうようになる可能性というものは十分ある。この点、私はおそらく自民党の皆さんといえども否定することはできないのじゃないかと思う。おそらくそれは人の運用だから、人の心がまえによって違うということは事実でありましょう。しかし高見さんも言うように、等々という等の問題の取扱いによっては、労働組合の人間を、君は自殺するおそれがあるというふうに無理にいう可能性だってある、そういうふうに私は思うのです。それがないとするならば、そういうことを条文の中に書いておいていただきたい、これは組合運動には適用しない、あるいは大衆運動には適用しない、あるいは何々集会には入らない、これがなければ、あなたは個人的にそういうようにお考えになっておるということを、私は善意を信じますけれども、かりにこの法律が通って情勢がどう変るか、あるいは状態のもっと激しい形になった場合は、当然そういうことが適用あるのじゃないか、こういうように私どもとしては考えております。

内田常雄自由民主党

○内田委員 大へんくどいようで、こういうことは岩井さんもちろん御承知でありましょうが、先ほど高見さんからも、戦前の警察関係の諸法令によるいろんな事態との連想や推理が非常に働いておったようであります。これは私が委員会でたとえ話として言ったのでありますが、私は戦後政治家として出発した人間でありまして、新しい考えを持っておるつもりでありますが、戦前の治安維持法とか、あるいは治安警察法と、先ほども触れました出版法、新聞紙法というものは、これはやはりそれぞれ一つの目的を持っておった法律であったのであります。これは当時はその目的が正しいといわれたのでありましょうが、たとえば御承知のように、治安維持法というものは、国体の変革を目的とする結社を作るとか、あるいは私有財産制度を否認する結社を作って、これに加盟して運動をするとか、あるいは治安警察法にいたしましても、言論、出版、集会を取り締るための目的法であったわけであります。出版法、新聞紙法に至ってはその通りでありますが今日はそういう法律はむろんございません。ただ私は議員、両党の立場を離れて考えられますことは、戦前の法律でしいて似たものを求めますと、行政執行法に一部似たところがあると思いますが、治安維持法、治安警察法とは全く性質が違うのであります。そこで私はたとえ話として戦前のああいう警察関係の法律はフカである。今度の警察官職務執行法というものはマグロでありまして、あれはマグロだマグロだといっているうちに、いつの間にかフカになるといいますけれども、マグロはいかに大きくなりましても、フカにはならないのであります。なぜならないかといいますと、憲法の建前、これは釈迦に説法で恐縮でありますが、新憲法では、旧憲法時代のように警察権というものは、天皇の大権ではないわけであります。つまり旧憲法時代には完全に憲法自体に……。     〔発言する者あり〕

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 御静粛に願います。

内田常雄自由民主党

○内田委員 公共の安寧秩序を保持し、天皇は必要なる命令を発し、または発しむという規定がありまして、警察目的のために何でもできた、それに即応しまして警察関係の法令ができておりますから、今日の憲法はそういう警察命令としての大権みたいなことは全くなしに、各条が国民の基本的人権や自由、権利あるいは言論、集会を保障しております。ことに岩井さんに念を押しておきたいのは、労働組合法の第一条には、労働組合をして使用者に対して相当の地位を得せしめるために、いろいろな団結権とか団体行動権とかいうようなものを認めておるのでありまして、それらの団結権や団体行動権として活動する場合に、これは刑法第三十五条をそのまま適用して、その場合にはこれは犯罪を構成しないということが、労働組合法の第一条にちゃんと書いてあることは、御承知の通りであります。ただその場合に、この労働組合法の第一条にはただし書きがついておりまして、組合行動としてやる場合には犯罪を構成しないということは書いてありますが、ただしいかなる場合においても暴力の行使は労働組合の正当な行為と解釈されてはならないということがついておりますから、従って労働組合法による労働行動、共同行動というものも、これは両面がありましてこの法律に規定される通りであります。正常な行動をいたします限りにおいては、これはもういかなる警察法ができましても、これは憲法につながるものでありますから、何らその組合の活動を脅かすものではありません。しかし最近御承知のように、このただし書きに該当する事態が非常にふえてきておりましてこれをそのまま放置するということは、これは労働組合法違反であり、ひいては憲法違反になって参りますので、その限度においてのみ警察官職務執行法というものは適用されるのでありますから、従って先ほどもお話がありましたけれども、私がたとえてフカであるという昔の治安維持法や治安警察法と同じ事態に、警察官職務執行法を改正すれば入り込むという心配は全くないということは、ぜひ総評の仲間方にも頭に入れていただかれて、ただ乱用を戒めるということなら私は納得するのでありますけれども、今このビラに現われておるようなことで、まるで今の法体系というものを全然飛び越えて、また今度の改正内容というものを飛び越えて、ただ単にこういう扇動の材料に使われるというようなことがあっては、これはかえって国民の正しい批判を惑わせる、こういうことになることを遺憾といたしますので、私はお尋ねをいたしたわけであります。

岩井章日本労働組合総評議会事務局長

○岩井公述人 これは議論みたいになってしまうから同じことを繰り返すことになるのですが、私はぜひ自民党の方にもう一ぺん繰り返してお願いするのですけれども、総評の運動について行き過ぎがある、まだ具体的な事例について今の質問の方はお話しになりませんから答えませんけれども、かりに行き過ぎがあるというふうにお考えになっておったとしても、今私が別にすべての団体を代表しておるわけではありませんけれども、たとえば労働組合の中で、総評以外にたくさんの労働組合がある、そういう労働組合でさえ、今度の場合に反対しているということは、ぜひ知っていただきたいのです。しかも先ほどから繰り返して言ったことですが、労働組合、特に総評のビラの話が出されているのですが、総評のビラごときで別に、総理も言っておりましたが、曲解されたり、何か間違った理解に達するなどと思われないようなりっぱな方々がたくさん反対しているのです。だから私は……(「賛成している者もたくさんある」と呼ぶ者あり)賛成しておる者も、ヤジに答えるようですけれども確かにあります。あるが、私の知っている限りでは、しぶしぶながら日経連と経団連がその後承認をしました。その後さらに大学教授の中で反対されている方々が私どもの事務所に参りまして、私は反対しているのだということも聞きました。しかしこれは常識的に見て多くの人が今度の場合に反対しているということは、私は事実だと思うのです。しかしそれは必ずしも総評の私が言っているような意味であるかどうか、もちろん私には推量はできません。ただそういう角度から見て、法律の中身は皆さん専門家だから触れませんけれども、この法律は今かりに自民党の皆さんがそこまで考えておらないとしても、法律を運用する場合には、私は乱用という言葉よりは、この法律自体がすでにそのことを規定しているのじゃないか。だから、今きめようとなさっている自民党の皆さんが、かりにそのことをお考えになっておらなくても、そういう適用はあり得る。こういうふうに私どもとしては理解をするのです。だから、繰り返して言うことですけれども、これはもう党利党略という立場は政党政治だから離れることはできませんけれども、国民の中の反対している部分の意見もぜひ取り入れていただきたいということを繰り返して私はお願いをしたいのです。

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 お約束の時間になりますから、内田君簡潔に願います。

内田常雄自由民主党

○内田委員 岩井さんのお話、よくわかりました。こうしてだんだんお話をして参りますと、これは十分審議を尽してくれ、その上で国民の声を聞いて判断しろ、こういうようなお話に承わりまして、私どもも十分この条文の内容につきましては、世間に誤解のないように、この趣旨の徹底を尽して参りたいと思います。  次に、長谷川さんにちょっとお尋ねをしたいのでございますが、さっき長谷川さんのお言葉の中に、ナチスの話が出て参りました。これは戦前のナチスの起ったときの状況のお話でありましたが、最近、ソ連とか中共とか、われわれと違った、自由主義陣営にない諸国におきましては、警察といいますか、あるいは国民の言論、集会あるいは活動等の自由につきまして、どういうふうな事態といいますか、取締りが行われておるのでありますか。これを一現在の日本の状況、ことに警察官職務一執行法がこの程度に改正されました後のわが国の社会のあり方と、今のソ連、共産圏等におきまする状況とを比べてみて、どのようにお考えになるか、おわかりでありましたら、御説明いただければ幸いです。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 私はソ連にも中共にもおったことがございませんので、はっきりしたお返事はできかねますけれども、最近いろいろロシヤに関する書物を読んでおりますると、近ごろは夜中にドアをたたかれて引っぱっていかれることが割合に少くなったということが、この間出ましたガンサーの書物などにも出ております。しかし御承知の通り、副総理をしておりましたベリアが、わけもわからなく引っぱっていかれてそのまま消えてしまう、こういうのがソ連の実情でございますので、日本の場合と違って、人権を尊重するという建前はとっておらない。警察官は自由に人を引っぱることができるだろうというふうに考えております。

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 安井吉典君。

安井吉典日本社会党

○安井委員 三十分の時間がありまして、あとにまだ質問者がございますので、岩井さんもおられますが、私はもっぱら長谷川さんの方にお尋ねを申し上げたいと思います。  先ほど岩井さんからも御指摘があったわけでありますが、この法案を作る段階におきまして、一年半も前からずっと検討が続けられていた。ところが、その検討の経過というものは全然公けにされないで、全く秘密のうちに運ばれておりまして、今度の会期の当初におきまして、また会期に入ってから突然出されてきた。こういったようなあり方につきましてあなたは言論機関の中におられて、言論にきわめて大きく関係をされておるお立場にあるわけでございますが、これについてどうお考えでしょうか。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 法律を、ことに大事な法律をきめます場合には、やはり事前によく国民にわからせてからお出しになるのがほんとうだろうと思います。まあ外国の例を出すとまたおしかりを受けるかわかりませんが、イギリスの国会などを見ておりますと、まず下院で専門の委員会を作り、しばらく研究して、それをホワイト・ペーパーと申しますが、白書で出して、国民にわからせる、そういう努力を続けておるようでございます。その点では今度の運びについて、私は賛成いたしかねるのであります。

安井吉典日本社会党

○安井委員 その点は全く同感でございまして、これは長谷川さんだけではなしに、日本全体の言論機関がみんなそう言っていることだと思います。そういう運びにおきましてわれわれは何かこの法案の裏に隠されているものがあるのではないか、そういう点まで勘ぐりたくなるわけであります。事実そういうものもあるんじゃないかと思うわけであります。  次にお伺い申し上げたいのでございますが、先ほどデモの問題等につきまして大へん御心配になっておるというお話があったわけでございますが、ただこれは支配階級的な考え方だけでものをお考えにならないで、もう少し、デモをやらなければしょうがないというふうな立場に追い込められた労働者の立場になって、もっとお考えをいただかなければいけないと思うのでありますが、その点はどうでしょうか。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 多分今の法律の建前から申しますと、労働組合というのは自分の主張を相当強く、支配階級という言葉をお使いになりましたが、経営者などに押しつけると申しますか、提出する力を持っておると思います。各会社、まあ官庁でもそのようでございますけれども、なかなか団体交渉その他で粘りまして、どちらが力関係からいって優位の立場に立っているかというと、私などは、なかなか組合というのは力があるものだなあという感じを持っておりますので、支配階級というようなものがおって、これが労働運動を弾圧するとかということは——昔はそうだったかもわかりませんが、今の日本の現状におきましては、私はむしろ労働組合の方が力が強いんじゃないかなあ、こういう感じを持っております。

安井吉典日本社会党

○安井委員 結局労働者の立場と資本家の立場を対等にしようということで近代労働法規というものはきめられているわけです。今日の段階におきまして、労働者の人が食えるようにしてくれなければいけない、あるいは農民が食えるような米価にならなければいけない、あるいはまた中小企業者の人に対しても、今日の政府におきまして日中貿易がちっとも進まない、だから、大阪から自動車を仕立ててデモ行進して東京までやってこなければいけない、こういったような事態が現実に起きておるわけでございます。別に初めからデモをかけようとかなんとかいうことを計画しているのじゃないと思います。やはりこういう窮状を救ってくれという陳情をしてそれがはねつけられる。それでまたさらに行く。それがはねつけられる。そういったようなものが結局そういう大きな陳情デモといったようなものに発達していく。それが実際の姿であるわけです。ですから、私どもは、もっと問題にしなければいけないのは、そういうデモなんかをやらなければいけないといったような状態をだれが作っているか、それをまず改めていかなければいけないというところに問題があるのじゃないかと思うわけです。さっき中河公述人が、そういったような面だけじゃなしに青少年の不良化の問題も、これは政治の貧困だと言われたわけでありまして、もうお帰りになったようですが、その政治の貧困をお作りになっているのが自由民主党の方であるわけです。ですから、次は一つわれわれはほんとうの政治力を発揮いたしますので、社会党の天下が次に来るように次の選挙では一つ御支援を願わなければいけないと思うわけです。  次に、凶器の問題につきましてさっきお話がございましたが、長谷川さんはだいぶ警察官の人権ということにつきまして御心配をされているようであります。これはもちろんわれわれといたしましても、国民が一日も安らかに眠られるように一生懸命に警官はがんばってくれているわけです。その人たちが無事に仕事ができるように祈らないではいられないわけであります。しかしながら、それはそれといたしまして、その反面に、もっと多くの大衆の人権が踏みにじられてはいけない、こういうようなことを心配いたしておるわけです。  たとえば今の凶器の問題におきましてもこういうのがあります。さっき大阪の例をお引きになりましたけれども、これも三十一年の十月二日の同じ大阪の例でありますが、大阪の十三橋のM巡査が、京阪神急行電車のガード下を工員のKさんが歩いているのを職務尋問いたしまして、派出所で簡単な取調べを行なってから署の方に連行したわけです。ところがその連行の途中で、Kさんは日本刀でM巡査に切りつけて顔と左腕に重傷を負わせまして、Kさん自身もM巡査のピストルで左手首をぶち抜かれたという事件です。それでKさんは殺人未遂、公務執行妨害の現行犯として逮捕されて検察庁に送られました。ところが大阪の地検で調べましたところ、Kさんは当時お酒を飲んでおりまして、殺意はなかった。派出所で住所、氏名だけじゃなくて、日本刀も登録済みだということまでそこで述べてそれで確認をされておるわけです。しかもKさんは当時着流しにげたばきで、近所の五つになる子供を連れておるという状態で、凶悪な犯罪を働こうという意思なんかは全く見られず、本署に連行する必要はなかったということがわかったわけです。それで大阪地検は、Kさんを殺人未遂、公務執行妨害の現行犯としてとらえること自体が誤まりであったということになりまして、傷害、銃砲刀剣等所持禁止令違反容疑に切りかえて調べを進めましたけれども、この点も起訴するのは妥当ではない、これは明らかにM巡査の執務遂行の行き過ぎによるものとして起訴猶予処分にした、こういう例がございます。ですからもっともっと多くの人の人権が守られなければならない。警察官の人権ももちろん大切でございますが、そういった面につきましてのお考えをもうちょっとお聞きいたしたい。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 ただいまの御質問の趣旨は、今度の法律改正で凶器を出させる方がよろしくはないかという私の意見に対しまして、別に御反対じゃなくて、もっと別の大ぜいの連中の人権じゅうりんを心配しなければならぬ、こういう御趣旨のようでございますが、ただいまのお話のようなそういう事例がないとは決して言えませんでしょうから、こういう点も十分取り締るように御工夫いただくのが当然だろうと思います。

安井吉典日本社会党

○安井委員 多くの人の人権が尊重されるという立場において、法律の運営というものがなされなければならないということがお話でも明らかになったわけでございますが、先ほどのお話によりますと、改正法には全面的に賛成だ。警察官の行き方には全面的に支持できるといったような、きわめて善意に満ちたお話がございました。ところが、あなたのような善意の方々ばかりが警察機関の上から下までずっと並んでいらっしゃればそれに越したことはございませんし、またそれだけじゃなしに、警察社会という特殊な性格もあると思います。ですから、ただ単に善意だけでは考えられないのであって、われわれはやはり一つの法律ができます際に、それが乱用されては大へんだ、そういうおそれを抱くわけであります。ところが今度の法律には乱用はできないのだという法的な、基礎的な保証というものはないわけでございますが、その点はどういうふうにお考えですか。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 どうも法律がよくわかりませんので、十分なお答えができませんですが、私この法律を読んだしろうとの感じでは、なかなか慎重に方々に縛りをかけておりますので、法文としてはこういう程度のものじゃなかろうかなという感じを持っております。しかし、人間のやることですから、乱用がないということは私決して申しませんので、乱用のおそれが非常に大きいかどうかという問題だろうと思うのです。私はどうも戦後の警察、先ほどから警察のひいきをするという御批評で、そういう感じを皆さんにお与えしているかもわかりませんが、余談にわたりますけれども、私は全学連の諸君を警察官の方が取り締るのを、現場を見たわけじゃございませんが、テレビなどで見ておりましても、警察の方もいやな仕事をやっておるだろうな、若い全学連の諸君は、自分はいい学校へも行っているんだし、革命運動をやっている、進歩的な運動をやっているのだという誇りと自信を持って大いにやっておりますが、警察官の方はどうも自分の学校の教育もそう上等ではないし、かなりひけ目を感じていやなことをやっておられはしないかな。私は警察の皆さんにお苦労を願っているという感じが非常に強いものですから、先ほど申し上げたようなわけであります。  ただいまの御質問の点につきましては、私はそうひどく社会情勢全般をバツクにして、これから乱用されるかどうかということを考える、その社会情勢に対する判断で、いやこれはもう乱用のおそれが非常にあるのだ、戦前の日本と戦後の日本はあまり変りがないのではないか、こういうお考えの人——私などは戦争に負けてすっかり日本が改まったとは申しませんけれども、よほど民主的になって、これも憲法その他の上でかなりはっきり規定ができておりますので、逆戻りする心配はないと私は考えておるわけです。そこで御質問の方と私のこのことに対する判断が違ってくる。私は乱用の懸念は——乱用は全然ないとは申しませんが、乱用の懸念は少いのだ。法律の条文もかなりよくできておる。しろうと考えでございますが、そういう感じを受けております。

安井吉典日本社会党

○安井委員 乱用は少いのだと言われますが、その少い乱用でもわれわれはおそれるわけであります。それで心配をいたしておるわけでありますが、時間がありませんので、最後に一つだけ。  さっき内田委員から、ナマズですかマグロですか、いずれにいたしましても動物学的なお話があったわけであります。ところが今までの法律をずっと見ておりますと、日本の役人の人たちは、法案を国会で通すときはきわめて低い姿勢で通せるようなふうになさっております。この間までのこの案の審議の中におきましても、たとえば、デモ隊が役所の中へお入りになりましたらといったようなところまで、ずっと姿勢を低くされるわけでありますが、一たん国会というトンネルを抜けてしまいますと、今度はもうこっちのものだというようなことで、大手を振って歩くという従来のくせがあるわけであります。これはもう警察だけじゃありません。どの法律もそういうおそれがあって……(「憲法九条もそうだよ」と呼ぶ者あり)憲法九条なんか、もうそれの最たるものでありますが、こういったような傾向は、これは民間におりましてそういう傾向をごらんになっておってあなたはどういうふうにお考えでしょうか。ですから、こういう法律についてもそういうおそれがあるじゃないかということをわれわれは考えるのですが、いかがでしょうか。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 役人は、お役人出身の方は、法律を通すときはまことにうまいことを言って、あとが危ないというお話でございましたが、私はお役人の方で友だちがたくさんいますが、そうばかりでもなかろうと考えております。問題は法律の通ったあとに、その法律が拡大解釈される、乱用される、そういう懸念があるからというあなたの判断だと思うのです、見通しですね。私は繰り返して同じことを申して恐縮でございますが、世の中がだいぶ変ってきておりますので、警察官が昔の、おいこら式になる可能性の方が少いのだ、こういう判断を下しております。

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 太田一夫君。

太田一夫日本社会党

○太田委員 長谷川さんに一、二点お尋ねをいたしたいのですが、特に長谷川さんは評論家という肩書きがおありでございますので、その点で、社会の現状とその仕組みにつきまして、そういう角度から見まして少しお答えをいただきたいと思うのです。  何回かの会合の中で政府の方の方の御答弁は、非常に静穏な世の中を警察の力で作り出そう、そういう表現の言葉があるのです。静穏な世の中を作りたい。風で言うならば、春風が吹いているような世の中を作ろうというわけです。こういうことは感じとしましては非常にいい感じを持つのでございますけれども、実際警察の力でそれを作ろうというところに問題があるように思うわけです。それで現在あなたが非常にきらっております組合運動の中で、このデモのことでございますが、ちょうちんデモなどは昔はちょうちん行列と申した。ちょうちん行列というようなものを、そんなにじゃまになるとか、目の上のこぶだとか、どうも目ざわりだとかいうことは、近代人としてはないと思うのです。それから、これもまた非常に問題があります幾つかの条文の中から、警察の力によりまして、非常に大きな人生上の規制が行われるわけです、対人的に。非常にがみがみしかられるとか、あるいは非常なこまかいことに注意を与えられる、こういう規制が非常にあるのです。そういうことになりますと、人間が非常に縮まっていくだろう、そういう感じがします。戦後すくすくと育ちました若い人、子供、国民が、この辺でもう一度いじけた姿が出てくるのじゃないかと心配する。特に労働者の側から見ますと、最近の労働界の騒ぎは、私どもから見ますと、これは会社が悪いのだと思います。たとえば第二組合を作るということは、労働者がみずからやるなら問題はないのですが、不当労働行為といたしまして、会社側が第二組合を作らせる、そうしておいてその第二組合によってピケ破りをさせて、争議団の切りくずしをやろうということから、非常な混乱が起きているわけです。とにかく最近の一般的な会社の幹部というのはこういうことを考えている。俗に言いますと、昔は越年資金だとか賃上げをやろうという場合には、もらう方が頭を下げて、ありがとうございましたと言ってもらったのに、今じゃ出す方が頭を下げる、そんなばかな世の中があるか、こういうのですね。これだけでがまんしてくれ、そんなばかなことがあるかというようなことから、非常に争議が深刻化してきておるのです。こういう立場から見まして、実際静穏な世の中というのは、こういう状態の中で、果して警察の力で作り出せるでしょうか。御感想をちょっといただきたいと思います。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 私の言葉が不十分で、警察の力で、ことにこの法律の改正案によって静穏な世の中ができるような印象をお与えしたとしますれば、私は言葉が足りなかったと思いますが、私はそうは思いません。あまり世の中が騒々しくなっておるのを、少し警察官に力を持ってもらって、あまりひどくならぬうちに食いとめようじゃないか、こういう趣旨じゃなかろうかと思います。  それから組合運動をお前はきらっているというお話、これも私の言葉がまずいのでそういう印象を与えたかもわかりませんが、私は組合運動は大へんけっこうだと思います。私の社でも、非常に健全な組合運動が行われておりまして、私どもとしましては、越年資金をこちらがやるから頭を下げろというふうなものの考え方はいたしませんで、できるだけたくさん、お互いに働いておる諸君に給与をやろうじゃないか、私どもはそれに粉骨砕身しておるというのが実情でございます。第二組合は会社が作らせるのだ、こういう今のお話でございましたが、実際はどうでございましょうね。実例を特にお話しになってそういうところもあるでしょうけれども、実際組合運動が行き過ぎをしまして、幹部だけが、執行部だけが暴走したりなどしますと、これではちょっとついていけないというので、第二組合ができてくる場合も私はかなりあると思います。会社だけが作らせるというような——専門家の方に、これこそ釈迦に説法でございますが、私ども自分でぶつかった感じとしましてはそういうことになると思います。

太田一夫日本社会党

○太田委員 あともう一点だけお尋ねをいたします。特に政治のあり方という面から考えまして、非常に現在静穏な状態を望む方は、地位が安定をしておる、財産があるという富裕な階級に属する方に多いのです。このまま静かであってほしいという念願がこのたびの警職法の改正という問題につながってきておると思うのです。その気持が端的に現われて、静穏な世の中、がたがたしない世の中、変化のない世の中、改革のない世の中が望ましい、こういうことになるような気がしますが、実際貧乏で、そしてまた絶望というどん底に落ちておる方たちは、このどん底の中から何とかして自分が浮び上ろうとする非常なあせりとあがきを持っておる。この気持に対する思いやりがないと、政治はうまく行われないと思います。ですから政治のあり方は、そういう場合にはもっぱらこのままの状態で、この門の中にどろぼうが入らないように、うちの会社では労働争議が起きないように、そうしてまたたくさんの賃上げが行われないように、あるいは官庁に陳情が来て、いろいろな陳情団によって政治がその人たちに左右されるといけないから、そういうことのないように、という現状維持の考え方で作られるとするならば、大へんな悪法になるわけだと思います。思いやりがないわけです。あなたはこの条文を非常によいとおっしゃいました。りっぱな方が作られたのだから間違いないだろうとおっしゃったのでありますが、公共の安全と秩序を著しく乱す行為、犯罪というものは何をさすかということにつきまして、たとえば先回の関係当局の説明では、何か奥歯にもののはさまったような点が多かったんですよ。どんな言葉があったかと申しますと、生命、身体、財産に関係のない態様によって行われる犯罪をいう、それは具体的に何かというと、渦巻行進と、それから官庁の中に入る騒々しい陳情団、すわり込みのようなもの、この二つのことが明らかになった。それ以外にもあるだろうけれども、奥歯にもののはさまったような言い方で明らかにならないのでわれわれ大へん心配しておるわけであります。そこでそういうような中から一つあなたに評論家として御批判をいただきたい。今は二大政党の対立下でありまして、三分の二の自民党と三分の一の社会党ということになっておる。この中で一党独裁の傾向が強くなったといいますのは、何かしら無理やりに通そうというようなものが感じられるからです。この警職法につきましても、たとえば不可能という言葉はわが辞典にはなし、こういう気持が自民党の方々、あるいは岸総理大臣にあるとするならば、大へんなことだと思いますが、二大政党下におきます多数党と少数党の二つが対立した場合の民主政治のあり方というものについて、ずばりとしたあなたの何か考え方を端的に承わりたいと思います。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 むずかしい御質問で閉口いたしますが、やはり議会政治ということでございましたら、数だけではなくて、よくお話し合いをして、法案の審議に十分時間をおかけになって納得ずくで、しかしそれでもどうしても話し合いがつかないときには多数決でということになるでしょう。

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 中井徳次郎君。

中井徳次郎日本社会党

○中井(徳)委員 時間もだいぶたちましたから、ごく簡単に長谷川さんにお尋ねいたします。  公述を願いましたうち、私はずっと概要だけチェックいたしましたのですが、大体十項目ほどお話しになったと思います。その中で、警察は一体何をしておるのか、弱いじゃないか、あるいは弥彦神社の話、あるいは三十三年四月十五日のいわゆる刀剣の話、その他憲法違反にならないというお話、こういう話はみなこの間から出ました警察のパンフレットあるいは自民党の皆さんのパンフレットに大体載っております。そうして私どもといたしましては、道路の渦巻行進については道路交通取締法を適用したらどうか、あるいは刀剣の処置に対しては銃砲刀剣類等の取締りに関する法律で十分じゃないか、こういうことを今申し上げておるわけでありまして、憲法違反ではないということについては、私どもは違反であるというふうに申しておるわけであります。長谷川さんは内政のことにつきましては御専門ではございませんで、やはり外交の方でございましょうから、そこで最後に三点ほど、何応欽の談話のこと、労働組合の関係、それから学術会議等の御判断、この三つについてちょっと簡単にお尋ね申したいと思うのであります。  何応欽氏が日本に来られまして、あなたにお目にかかって、そうして中国においては国民党が学生を大事にしたのでこういう結果になった、日本も考えてくれというお話があった。何応欽さんとしては現在台湾に閉じ込められておるわけでありますから、あれも失敗だった、これも失敗だったということをお考えになるのは、さもありなんと私は思うのでありますが、しかし私どもの判断からいたしますと、そういうことを弾圧しなかったから国民党は中共に負けたというふうな考え方はきわめて一例にすぎないのでありまして、やはり中国といたしましては、国民党の内部の腐敗だとか案外民心を把握する能力において足りなかった、あるいはまた国共合作のやり方とか、そういういろいろな問題が重なりまして戦いに敗れたわけでありまして、私は警察力が足りなかったから国民党は台湾に引っ込んだというふうなことはちょっと判断がしにくいと思うのでございます。こういう点につきましてもう少し詳しく長谷川さんの見解をこの際一つ伺っておきたいように思います。言いますることは、国共合作もやりましたが、途中におきまして大へんな激突もありまして、毛沢東の奥さんなんかも国民党に殺されておるというふうな非常なことでありますし、学生に対する国民党の警察その他の干渉というものは大へんなものであります。私はむしろ逆にそういうことを幾らやってもそれはだめであった、こういうことの方が正しいと思う。中国は両方とも軍隊を持っております。日本などと違います。そうしてすぐうしろにソ連という強大な国があった、これが終戦後のどさくさでああいう形になる、しかも中共の兵隊はまことに謙譲で礼儀正しくございました。現に私は両方とも付き合ってきておる男の一人として申し上げるわけであります。国民党軍の皆さんは汚職とか疑獄とか、こういう面が非常に多くて、まことにあきれ果てるというようなこと——私は別に中共びいきでも国民党びいきでもございません。私は日本社会党の党員でございまして、その点は誤解のないように……。そういう意味から申しまして今の長谷川さんのお話は、ちょっと納得できかねるわけでありますので、この点まず第一点にお願いをしたい。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 私こういうところへなれませんので御説明が足りなかったと思います。何応欽先生が学生運動を弾圧しなかったから自分たちの方がだめになったというふうには先ほど私は申し上げなかったと思います。学生運動を軽視した、学生運動の持つ意義をよく考えなかっだ、あるいは次の世代を背負う諸君に対して、国民党の政策、政綱を十分徹底させなかった、あるいは国民党自身で反省すべき点も十分反省しなかった、私は何応欽先生の言葉をこういう意味に解して引用したわけでございます。

中井徳次郎日本社会党

○中井(徳)委員 そういたしますと、弾圧ということでなくて、軽視しないで青少年対策というものをもっと政治の中に、口先ばかりではなくて実際上取り入れてやるべきである、こういう御意見であったと了解していいわけですね。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 私の申し上げていることは今のお話とはどうでございましょうか、あまり関連がないようなんですが……。

中井徳次郎日本社会党

○中井(徳)委員 何応欽氏は、中国の青少年に対する政府の態度が不十分であった、それは警察力をもって弾圧しないという話ではなかった、こういう御意見でございますな。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 そうでございます。

中井徳次郎日本社会党

○中井(徳)委員 それじゃわかりました。  それから次の点でございますが、終りごろのお話の中で、日本の労働運動ももう少し穏当にやっていただければこんな法律は出さなくてもいい、こういうあえて必要じゃないというような御趣旨のようなお話があったと私は了解しているんですが、その点はいかがでしょうか。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 そこのところも私の感じとちょっと違うのでございますが、法律の乱用をおそれておられる方が非常に多いけれども、今の世の中の動きから見れば、そういうふうに乱用される懸念は少いのじゃないか、今の日本の情勢としましては労働運動が非常に強い、いわば左翼の力が強くて、むしろそちらの方の心配が多い、こういうことを申し上げたわけであります。そういう情勢に対してそういう判断を下す、従って乱用の懸念は少い、こういうことを私は申し上げたつもりでございます。

中井徳次郎日本社会党

○中井(徳)委員 その点はそう言えばあなたはドイツのお話もなすっておって、全体主義になるなんということを申されましたが、この点は長谷川さんも新聞人でございますので、私からこう申し上げるのは恐縮なんでございますが、実はこの間道徳教育の阻止運動というのを私は朝六時半に起きまして見に行きました。初め教育大学に参りました。二千五百名の動員だというので参りましたところが、三百人くらいしかおりませんでした。そのうちに博物館の方に向うというので、私そちらに参りました。芝生にあぐらをかいて三時間ほど見ておりました。警察官の方と、それから反対をしておられる人たち、その人たちを横で私見ておりましたが、まるで実力が違います。十対一どころでなく、鎧袖一触なんです。これはそうでしょう。一方のおまわりさんの方は、大きなトラックを持っておりますし、マイクも持っておられます。携帯用の電話機なんか持っておられて、連絡をされておる。しかし五、六十人の若い衆がやかましく言っておりましたので、私は何かこれは調停したら簡単に片づくだろうと思いました。実は文部省の内藤さんが中に入っておられるというので、面会を申し込みましたら、どうしても面会をしてくれない。私が社会党の代議士だからかもしれぬ。まことに困ったことで、六回ほど申し込みました。とうとう面会させてくれませんでした。そうして、大したことはないわけです。上野公園の広いところです。この議場の周囲よりもまだ余裕があるようなところで、私芝生にあぐらをかいていた。まあまあと思いまして、帰りましてその晩のテレビを見ましたところが、まさしく対等で激しくやっておるところだけが出るのですね。これはそうでありませんことにはおもしろくないかもしれませんが、私が実際見ました体験では、まあ東京の公園の一部でやっておるというようなことでありまして、私は新聞を見てああなかなか新聞は社会党びいきだな、よう書いておるというようなことなんです。  そこで、どうも長谷川さん、少し考え過ぎられておるように思われてなりません。先ほども社員のことを非常に御心配になられて御発言もありましたが、あなたの社員はやはり警職法に反対の決議をなすっておるように伺っておるのです。長谷川さんまだ御存じないかもしれませんが。そういうことでどうも左翼陣営が強い、あるいは全体主義になる、そういうふうになっては大へんだと言いますけれども、どうですか、二十世紀になりまして、そんな武器を持たない集団によって国内の革命が行われたということはありますか。現に私も聞いておりませんな。何もありません。ただわあわあやっておるということなんです。私はそういうことはやはり冷静にこの際一つ御判断が願いたいと思いますが、この辺の御見解をいま一度お伺いいたしたいと思います。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 私はどうも少し心配しておる方なんで、武器がないからというようないろいろお話がございましたが、しかしそっちの方の心配がありはしないか、案外大事なときに日本は来ておりはしないかという心配はしております。私ども太平洋戦争のときに新聞記者で、もう少し自分の立場をはっきり言って——殺されたかもしれないが、言うだけのことを言っておけばよかったな——私はあまりえらくありませんでしたから、巣鴨にも連れていかれませんでしたし、追放もされませんでしたけれども、腹の底にいささか悔いを持っております。今の情勢に関する私の判断が間違っておるかもわかりませんが、私は少し心配している方なので、自分の信ずることは率直に言おう、こういうことでございます。(拍手)  それから私の社内のことでいろいろお教えをいただきまして大へんおそれ入りましたけれども、私の社のだれが、どういう団体が決議をいたしましたか、私はぶらぶら遊んでゴルフをやっている社長ではございませんし、社内のことはくまなく勉強しておるつもりでございますので、そういうことはなさそうだというような感じを持っておりますが、よく調べまして間違っておりましたらおわびいたします。

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 中井君、お約束の時間が経過いたしました。簡潔に願います。

中井徳次郎日本社会党

○中井(徳)委員 社内のことまで申し上げてまことに恐縮ですが、国会の中の新聞記者の諸君から先ほどちょっと聞いたことでございます。間違っておりましたら大へん失礼でございます。  最後に、慎重にどうぞやっていただきたいというような御発言がございました。その中で学術会議のお話がございました。私どもの了解では、学術会議といたしましてはもともと反対である、しかしまあ一応国会に出た限りは慎重にやってくれ、こういうことでありまするので、長谷川さんのきょうのお立場はこの法案に賛成ということで来ていらっしゃる。ところが引例なさいました学術会議は、もともと反対であるが、せっかく国会へ出ておるのだから慎重にやってくれというふうに私どもは了解いたしておるのである。そこで私どもの了解ということになりますと、長谷川さんのきょうの賛成というお立場も、これはちょっと百パーセントというわけには参らないようにも私考えるのですが、その辺のところをちょっと……。

長谷川才次評論家

○長谷川公述人 私は老眼鏡をかけないとよく見えませんので、先ほど読み違えておしかりを受けたようでございますが、私の申し上げますことは、新聞に出ております、学術会議が政府に申入書を送った、その申入書の趣旨に私は賛成だ、こういう意味でございます。内幕のことは私よく存じませんので、間違っておるかもわかりません。

中井徳次郎日本社会党

○中井(徳)委員 それではきょうのお立場は、学術会議の立場と同じであるというふうに了解いたしまして、私の質問を終ります。

鈴木善幸自由民主党

○鈴木委員長 これにて岩井章公述人及び長谷川才次公述人に対する質疑は終了いたしました。  公述人各位には、御多用中のところ長時間にわたり御出席をわずらわし、貴重な御意見の御陳述をいただき、議員一同を代表して厚く御礼を申し上げます。  明四日は午前十時より引き続き公聴会を開会することといたします。  本日は、これにて散会いたします。     午後五時五十四分散会

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