社会労働委員会 第8号
- 発言数
- 94 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1958/07/03
会議録
○園田委員長 これより会議を開きます。 前会に引き続き厚生行政に関する大臣の説明に対する質疑を行います。中山マサ君。
○中山委員 本日は私は、この間東京の足立区で父親を殺した二人の娘さんの事件につきまして、厚生省関係の児童関係のことで少しお尋ねをしたいと思うのでございます。この間の大臣の御答弁の中で、自分は今度の自分の任期中に厚生省のいろいろな部門のあり方についてもう一度ながめて、いろんなところに手入れをしてみたいというお話がございましたし、また新大臣に聞くという新聞の記事の中に、厚生行政を、社会保障制度を近代的なレールの上に乗せるのが自分の使命であるというような御発言もここに私は読みまして非常に喜んでおるのでございますが、足立区の親を殺したこの事件につきましては、新聞の報ずるところによりますと、すでにそれが家裁に回されまして、多分少年法によりましてこれが裁判を受けるのでございましょうが、十六才になりました姉の洋子という人は、多分少年法でさばかれますれば無期懲役か、あるいは十年以上あるいは十五年以下の懲役に付せられるのが今の刑法では一番軽いのではないかと思いますが、この人も出てくるときにはすでに青春を過ぎた三十の婦人になって出てくる。私もまことにお気の毒に思っておるのでございますが、いろいろこの問題の事情を見てみますると、単にふっと思いつきの殺人ではないような面もございますし、この父親なる人も元は相当裕福な人で、戦後いろいろなる困難な状態で、復員してきて立ち上りにくくて、とうとうこういう酒飲みになってしまって、奥さんも相当な家の奥さんであったのが、日雇いになって日に三百円のお金をもらって、それをほとんどこの二人の生活に充てておる。二人の男の子供は家を出てしまっている。三人目は少年療養院に入っている。それから十六の子供も肉屋に奉公しておる。十三になる子供の方は、これは労働省の関係にもなるかと思うのでございまするが、もぐりでもって奉公をしておる。そして自分が十三であってまだ奉公ができないということを突きとめられかけると、今度は勤め先を変えて転々として歩いておる。しかも長女の方は尋常五年を終っただけである。下の子供は尋常一年を修業しただけである。もうどこからどう見ましてもまことに気の毒なことでございまして、あるいはこういう家庭はバタヤ街には多くあるのかもしれませんけれども、私はこの問題が、いろいろな厚生省関係あるいは文部省関係あるいは労働省関係にひっかかって、得心のいかないものを私に示しておるように思うのでございます。まず第一に私が不満に思いますことは、父親が全然働かないで飲んだくれておるものですから、奥さんが働いておりまして、どうにもならなくなってあいそうが尽きたのでございましょう。かわいい子供があるにもかかわらず、自分の労働手帳に三百円をつけて知り合いのところへ、子供がもし来たならばこれを渡してくれと言っておったということを見ますれば、労働手帳を渡すのですから多分自分も自殺をするつもりであったろうと私は考えます。思い詰めた母親のこの気持を考えますと、まことに気の毒でございますが、そこへ二人の子供が帰ってきて、父親に、母親を隠したといって非常になじられて、末の五つになる子供と四人一緒になって母親を探しに行って、探し当てないで帰ってきて、そこで父親が、その三百円のお金のまた一部分と書いてございますが、それもお酒にして飲んでしまった。せっぱ詰まった気持で親を殺して、尊属殺人というようなおそろしいことをやってのけました。しかしけなげにも自首して出たというところに、まだ年若ながらも良識を持っておることも考えますると、よけいにかわいそうに思うのでございますが、こうなりまする前に福祉事務所に相談に行ったけれども、これが相手になってもらえなかったというようなことも報ぜられております。そしてこの間児童福祉大会で賞状を受けられたある御婦人の方に言わせますると、どうも福祉事務所、こういうところが冷たい態度をとったらしいということを新聞に堂堂と出しておるのでございます。今は厚生大臣の頭の大部分は、医療関係の解決の問題でもって一ぱいになっていらっしゃると思うのでございますが、こういう児童の問題につきまして、しかも今年は児童福祉法ができましてから満十年になりますし、この秋には世界じゅうの福祉大会が東京であるというようなこういう年に、こういうことが起ったということに対して大臣はどういうふうにこの問題を見ていらっしゃいますか、私はまずお尋ねしてみたいと思うのでございます。
○橋本国務大臣 ただいまの御質問にお答えをいたします。私この記事を新聞紙上で見まして、実に遺憾千万なことだと考えたわけであります。確かに人を殺すこと、ことに親を殺すということは、これはもうおそろしいことでありまして、これは何としても防がなければなりませんけれども、この場合において、子供たちが、もうとにかく父親からのがれる道としてそれしかなかったということは、非常に考えなければならぬことでございまして、何らかその間に打つ手がなかったかということを私も所管大臣として検討しなければならないと考えましたので、私みずから出向く余裕はございませんけれども、社会局長に命じまして、一度は報告を求めましたし、またそれだけでは十分満足ができませんので、当該福祉事務所長、それから担当の社会福祉司及び関係の東京都の担当官を呼びまして、事情をよく検討いたしたのでございます。 今日、問題は私二つあると思うのであります。一つは、私どもの所管から離れた父親、非常なアルコール中毒、非常に乱暴で何を言っても聞かない、むしろ父親のいてくれることは非常な家族の憎しみ、悩みの種であるというような成人に対して、もう少し何か考えることができないか、諸外国の例におきましても、アルコール中毒のひどい父親などに対しましては、子供をそれから離すということと同時に、本人自身に対して、これは人権の問題があって重要でありますが、国家が保護矯正をするというような施設があるやにも聞いたものですから、その方面のことを一つ考えてもらうことが大事でありますと同時に、もう一つは児童福祉法の建前からいって、ああいう場合に、とにかく事前に厚生省の手によってああした破局を防ぐことができなかったかということを検討いたしました。で、こまかい掘り下げにつきましては、なお中山委員からお話があると思いますが、その結果大切な問題は、社会福祉事務所といたしましても、やはりもっと充実して仕事をして参りますこと、それから町のこうした問題を社会福祉司が一々全部回って、始終拾って歩くということは、これはとうていできませんので、むしろ社会福祉司と同じような意味で、いささかこのごろ活動の鈍くなってきております民生委員の活動を促しまして、それをもう少し事前に見出す道を講ずるということに、なお私は努力の必要があると、私は自分の調査の結果感じたのでございます。中山委員も御承知のように、児童福祉法の何条でありましたか、私条文は覚えませんけれども、両親のない子供を養護施設に入れますと同時に、まあ両親があってもなきがごとき状態にあります子供を、これは親の承諾が要るのでありますが、説きつけて養護施設に入れるという規定がありまして、いろいろ活用いたしておるわけでございます。今回の場合は、母親がいなくなってしまってから、この挙に至りますまでの間はごくわずかの短時日でございましたけれども、この児童福祉法の建前から、もしその短時日の間でも、たとい一日でも二日でも、これはもうすでに母親が去ってしまって、飲んだくれの父親だけで子供がいるということになれば、それを養護施設に入れるということについて積極的に働くべきやはり要件というものがそろっておったわけだと私も率直に考えておるのでございます。ただ母親が出ましてから、きのう出たのをすぐ民生委員なり福祉事務所長がつかまえて措置をするということは非常にむずかしい問題だと思いまして、そういうふうな点もあると思いますので、私はこまかい掘り下げはなお中山委員の御質問によってお答えをいたすといたしまして、こういう問題に対処して厚生大臣はどう心得ておるかということにつきましては、これはもう所管行政の面で、こういうことはもうあれを防ぐことができなかったということの検討と、今後こういうふうなことについて、何らか防ぐ手段を講ずるようにということを事務当局にも命じながら、みずからも調べまして、昨日もいろいろ相談をいたしておる次第でございますが、具体的な方策、社会福祉事務所の活動なりあるいは民生委員の活動なりの仕方の問題、それからなおこちらだけでいけない問題について、法務省で一体そういう父親に対して何らかの保護ができないだろうかというような問題を、逆にこっちから要請する等については、今後なお掘り下げて参りたいと思っておる次第でございます。
○中山委員 この社会というものは妙なところでございまして、一つこういう問題が起りますと、まさか流行を追うというわけでもございますまいけれども、次々に同種類の犯罪が起ってくるのでございます。すでに大臣もごらんになったかもしれませんが、昨晩はいささか年の上の人が、やはり父親が非常に酒飲みであるということで、これを殺害している事件が、ゆうべの夕刊でございましたかに報じられておりまするので、この事件といたしましては、もう起ってしまったのはいかんともいたしがたいと思うのでございますが、今後に対しまして、私はそういうふうなアルコール中毒者、一種のこれは私は病人であろうと思いますが、諸外国で、こういう人に対してどういう対策をしておるか、大臣あるいは社会関係の方でもけっこうでございまするから、もし御発表できましたならば、お知らせが願いたいと思います。
○橋本国務大臣 政府委員から答弁させたいと思いますが、ただ私申し落しましたが、私が、あの事件がありましてから、現場の福祉事務所長、それから東京都の方の人たちを呼んでいろいろ調べました結果によりますれば、やはりどうしても何らかそういう措置を講ずる必要があるのではないか、その必要の一端といたしまして、たまたま今日非常に幼い子供がせっぱ詰まった気持で父親を殺したというような事件がありましたために、今日その対策というものは非常に強く表に出てきておるわけです。この担当官の報告によりますれば、事情は全く同じような状態にあって、むしろ成人いたしました息子が、これは非常にアルコール中毒で、乱暴で、そして親のみならず兄弟からも、あり金があれば全部取ってしまう、取れなければ刃物を振り回す、結局せっぱ詰まって親が子供を殺すといったようなケースの方がむしろ数としては相当多くのものがあるそうでありまして、今回子供が親を殺したということで非常に注視を生んでおるけれども、やはり結果としては同じような状態に立ち至る問題として、今まで相当数がありながら、社会の注目を十分引いてもらえぬ、これはわれわれの責任かもしれませんけれども、政府当局でもやってなかった。結論はやはり両方に対して何らか、どうしてもそういうしようのない——人権との問題が非常にありまして、このどうしてもというときに、何らかのやはりアル中とか、平素のいろんな狂暴性のある人の、人権を尊重した上での施設というものは、ぜひ考える必要があるのじゃないかということが、この問題があって調べました間の結論でございまして、法務省等にも伺ってみたいと思っておったところでございます。こちらの政府委員で十分御答弁ができるかどうかわかりませんが、答弁いたします。
○太宰政府委員 ただいまめ御質問、専門的な事項でございますので、主管局長をただいま呼んでおります。後刻御答弁申し上げます。
○中山委員 それで児童憲章の中には、子供はよい環境のもとに育てられると書いてございますが、多分これは英語で——日本語ではもう一つ私はこれは適切でないかと思うのでございますが、これは多分英語の方ならばシュッドという言葉が使ってあると思います。いわゆるねばならぬ、必らずそうしなくちゃならないのだという、義務づけられておる言葉だと私はシュッドという意味を思っておりますが、どうも日本では非常にこれは弱い、育てられるというような軽い意味のようにしておりますが、私はこれは十分ではないと思います。とにかく児童憲章では、子供たちはよい環境の中で育てられる。ところがこれは単なる理想としてこういうものが掲げられておるのか、あるいは厚生省はそれに向って本気になって突進していらっしゃるのか、児童局長にお尋ねがしてみたいのでございます。
○橋本国務大臣 これは局長よりも私の責任の問題でございまして、これは真剣にいろいろまだまだ制度の面で至らないところもございますし、予算も十分でもございませんけれども、しかし児童憲章の通りの面を、あるいは平常の環境の中にあって、親の貧乏な子供でありますとかあるいは子供自身に欠陥があって、精神薄弱の子供でありますとかあるいは親族関係に今言ったような問題のあるものでありますとか、これをほんとうにいろいろな面で補ったり、ささえたりいたしまして、真剣によい環境で育てられるような方向へ努力して参るように、これは歴代の厚生大臣も努力をしてこられましたが、私もそのつもりでございます。また事務当局もそのつもりできております。
○中山委員 それで私は文部省の中等教育課長さんにお尋ねをしたいのでございますが、下の子供は年少だという意味で法にかかることがないのでございまするが、ある新聞によりますと、どっちからともなしにこういうことをやっちまおうということになったと書いてありますが、結局悪い環境の中に置かれた子供たちの、何と申しましょうか、精神があまりの辛さにもうろうとしてしまったと思うのでございます。しかも今日の教育の問題を見ておりますと、今でも全国に盛んに勤務評定反対だとか何だとかいうような問題で、日教組の方々が非常な御活動になっておりますが、この勤務評定の問題につきましては御自身方の立場のための努力であるように私はお見受けをいたすのでございます。それで、子供を守る会だとかいうようなものも日教組関係でできておるというような話ですが、これを見たらちっとも先生方は子供を守っていないという結論に私はなると思うのであります。尋常五年生の子供がそのままになっておるし、ことに尋常一年生の子供が学校に行けぬじまいとなっておる。私は足立区だけでも千何百人かの長欠児童があるということを知ったのでございますが、全国ではどれくらいこういうふうな立場におる子供があるのでございますか。その数をお知らせ願いたいと思います。
○安達説明員 三十一年度の文部省の統計でございますが、長期欠席児童、生徒に関する調査によりますと、小学校で十一万人、中学校で約十二万人でございます。そのうち小学校につきましては、その原因が本人のからだとかそういうものが十一万人のうち六六%、これに対しまして中学校の方は、本人の事情のものは四三%でございます。ところが中学校に参りますと、家庭の無理解と申しますか、そういうものが小学校では三三%に対しまして、中学校では五六%とふえております。それから中学校の場合には、いろいろ家事の手伝いとか、そういうようなところからこういう数字が上っていると思いますが、小学校の場合は、大半が本人のからだの原因と見受けられるのでございます。
○中山委員 本人のからだが悪いということは、これはいたし方がないのでございますが、家庭の無理解というそのワクは、どういうワクなんでございましょうか。
○安達説明員 家庭によるものといたしまして、一応の分類として、家庭の無理解、家庭の災害、家庭の疾病異常、教育費が出せない、家計の一部または全部を負担させなければならない、その他となっております。これは実は本人と申しますか、学校なり本人等に記入させますので概念がはっきりいたしませんけれども、私どもの理解するところでは、そういう家事の手伝いとか、行きたいと思っても親がなかなか自由に行かせてくれないというような点だろうと思います。
○中山委員 こういう点に対しまして、文部省としてはどういうふうな処置をしていらっしゃるのでございますか。ただそういう理由で出てこないという調査だけに終っていらっしゃるのでございましょうか。それとも家庭の無理解な場合には、それを理解せしめるように相当の努力をしていらっしゃるのでしょうか。もし努力していらっしゃるならば、どういうような処置をなさっていらっしゃるか。またその御活動によってどれだけのものがこういうワクからはずれたかということを聞かせていただきたいと思います。
○安達説明員 昭和三十年に文部次官、厚生次官、労働次官の三省通達を出しまして、義務教育諸学校における不就学及び長期欠席児童生徒対策要綱というものを出しました。その中でいろいろ各般にわたって指導しておるわけでございますが、特に文部省関係といたしましての処置といたしましては、学校における措置それから教育委員会における措置というように分れております。その中には経済的な援助等も相当ございますけれども、特に指導の面といたしましては、学校においては生活指導、健康管理の徹底ということ、それからその場合に問題のある児童、生徒に対しては努めて家庭訪問を励行していただいて本人及び家庭の事情を把握をいたし、また通学班、地区別子供会、地区別PTAなどを通じて、いろいろな指導をするということに特に重点を置いているわけでございます。 それからちょっと申し落しましたが、その数でございますが、昭和二十七年度は三十四万人でございましたが、その翌年は二十四万人と、だんだん減っているようでございます。ただこれがどのような対策に基くかということは、いろいろな条件がございますので、この処置だけですぐこうなったというわけではございませんけれども、いろいろ努力はいたしておるわけでございます。
○中山委員 ぜひ一つそういう問題につきまして徹底的にやっていただきたいと思うのでございます。三悪追放という問題がずっと前から総理によって言われておったのでございますが、いわゆる社会の暴力だけでなしに、これは一つは家庭の暴力、いわゆる親が親の権利をもって子供にそういうふうに圧迫を与えていき、また男女同権とかなんとかけっこうなことを言われますけれども、結局父親が無能のために母親が父親の立場に立って一家を養わなければならない立場に追い込まれておるというようなことで、それも病気とかなんとかというのでございますならば、これはむろん進んでしなければなりませんけれども、こういうまことに不幸な、妻に死をさえ決意させるような立場に婦人が追い込まれておるということは、婦人の問題としてもこれから徹底的に婦人相談員その他の面においてやっていただかなければならないのでございます。中村発子さんという方が「渦中の人」というところで、児童保護委員の報酬などが前よりも悪くなっておるということをおっしゃっておりますが、こういう専門家がそういうことをおっしゃるということは、これは事実なんでございましょうか。それで前よりも悪くなっておるのでしたら、それを明らかにおっしゃっていただきたいと思いますし、私どもこの委員会といたしましては、もしそれが前よりも下っておるのでしたら、もとに押し戻すだけの努力もしなければならないと思いますし、大きな誤解が世の中に伝えられておりまして、ほんとうにそんなに悪くなっていないけれどもそういうふうなことを何かの機会に言う方がございます。世間一般に悪くなっておるという印象をそのまま掘り下げないで受け取ってしまって、政府の悪口、やり方が悪いのだということが言われることも私は残念でありますので、ぜひ一つほんとうのことを聞かせていただきたいと思います。悪くなっておるならば悪くなっておる、悪くなっていないならば、こういう誤解をぜひこの際解いておいていただきたいと思います。私どもも、それは悪くなっていないのだと抗弁する立場に立つことが今後もあろうかと思いますので、この点ははっきりさせておいていただくことが一つ。 それから、先ほど大臣にお尋ねいたしましたが、福祉事務所に相談に行ったけれども福祉事務所が冷たくて相手にならないのだというようなことが言われておりますことは、大臣から御答弁がなかったように思いますので、この点を一つ聞かせていただきたいと思います。
○橋本国務大臣 あとの方から御答弁いたしますが、私その点を調べました。福祉事務所に行ったけれども態度が冷たかっというようなことはないというふうに聞いております。私が自分で聞きましたことは、そういうことはないのだということでございます。 それから前段の児童保護委員の問題につきましては、私は実はあまり詳しいことは存じませんので、政府委員から答弁いたさせます。
○高田説明員 長期欠席児童の就学促進ないし解消につきましは、児童委員の方々に非常なお骨折りをいただかなければならない最も大事なことの一つでございますし、私どももそういう線で御協力をお願いし、また御努力いただいておるような次第でございます。御承知のようにこの児童委員は、民生委員になった人が当然児童委員になるわけでございまして、いわゆる民間の奉仕者として活躍をしていただくわけでございますので、従前から政府としてはこのいわゆる手当と申しますか、そういうものについて機会あるごとに考えなければならないとは思いながらも、しかしその役目の本質ということもございますし、そういう関係から、従前からその手当等の措置はなかったわけでございまして、これが特に最近におきまして従来あったのがなくなったということではないというように御了承いただきたいと思います。
○中山委員 この新聞の切り抜きに、前よりも扱いが悪くなったということがございまするので、まことに私は不思議に思っていた。新聞というものはときたまいわゆる誤報もあるわけでございまするから、あるいはこれがその一つかもしれません。今ここではっきりとおっしゃっていただきましたので、決して悪くなってはいないんだ、ほんとうのお手当もなかったんだから、ゼロよりも少くなることはないのでございましょう。結局いい地区の民生委員さんは別として、こういうふうなバタ屋街だとか貧民窟の民生委員さんは、ぜひ一つ厚生省の方におきましても御鞭撻をいただきまして、ここでこそほんとうに活動していただかなければならない面があるだろうと私は思うのでございます。真にこういう人たちの向上を思いわずらうようなお方に——こういう肩書きをただ名誉職としてとって喜んでいる人があることも私は知っておりますが、そういう意味でなしに、ほんとうに社会に奉仕したいという真の奉仕者をぜひ見出していただいて、こういう憂うべきことが出てこないようにお願いしたいのでございます。私が喜んでおりますのは、一つの新聞に、今度は足立区で教育委員会が健全の家というものをこの七月からやる、そしてそういうふうな不幸な家庭に人となっておる子供たちを親から離して、ここでほんとうにいい環境でお育てするんだというようなことが、ここに不遇児をいたわるというふうな題で出ておったのでございますが、これがただこういう事件が起りました足立区だけで行われないで、私は少くともこういうふうなバタ屋街だとかいろいろな悪い環境のところにおいて、ぜひ全国的にやっていただくわけにはいかないものであろうかと思うのでございます。これは結局厚生省と文部省との合作でもっておやりいただいたら非常にいいのじゃないかと思いまするが、大臣のお考えはいかがでありましょうか。健全の家、七月からこれが足立区にはいつできることになっておるのでございまするが、来月あたりから厚生省では三十四年度の予算の問題をお取り上げになるので、ちょうどいい機会であるのでぜひこれはお願いしたい。こういう不遇な子供たちの福音となるために、こういうものに身を入れていただく予算を何とか御心配願えないものであるかと思いましてお尋ねをする次第です。
○橋本国務大臣 この健全の家というのは私よく聞いておりませんけれども、何か児童遊園等をつけた児童館のようなものじゃないかと実は考えております。厚生省の所管の問題といたしましては、児童福祉法による養護施設をできるだけ拡充いたしまして、これは先ほども申し上げましたように、親のない子供であるとか、親がいてもどうしてもしようのない子供を親から引き離して養護施設に収容をする。ただその場合にはいろいろの人権の問題もあるわけですから、親の了承を得るということで、了承を得られないときには非常に困難な話し合いをして引き取っておる次第であります。ただいま中山委員からお話のありましたものはそこまでいかない、何といいますかもっと軽い感じのものではないかと思うのでありますが、社会施設としてはいろいろなバラエティがあった方がいいと考えますので、そういったふうなものも私けっこうだと思いますが、厚生省の予算の問題といたしましては、当面の法に基いた十分の措置ができまするように、養護施設を拡充いたしましたりする方が、まずやはり当面の急務ではないかと考えておるのでございます。しかし別途、母子福祉のセンターでございますとか児童遊園なども今年予算をとってやっておりますし、保育所等の問題もございますので、やはり法に基く養護施設以外に、もっと気が楽に入れるような、いろいろ社会施設というもののバラエティをおくということはけっこうだと思いますので、研究をいたしてみたいと思っております。
○中山委員 私はかえってこういう親がない子供の方が幸福なぐらいにある場合は思うのでございます。ぐうたらな親があるよりも、むしろ孤児の力が国のお世話も行き届きますし、こういう不遇な立場にある子供にもう一そうのお目をかけられまするようにお願いをいたしまして、私の質問を終ります。
○園田委員長 次に岡本隆一君。
○岡本(隆)委員 今度の総選挙を通じまして与党も野党も一番大きなスローガンとしていた問題は、国民年金の問題であります。先般滝井委員からの質問によって、来年度から国民年金は実施する、こういうふうな御答弁がございましたが、いろいろな新聞の報道なんかを見ておりますと、来年度からという言葉の中に、大臣のお話では四月からというふうなことをにおわせるような発言もございますし、また事務当局のお話でありますと、十月から実施する、こういうふうなことが発表されておりますが、時期的に考えまして、今からいろいろの準備を進めていくと、四月からというよりも、むしろ十月ぐらいにどうしてもなるんじゃないかということも思われるのであります。しかしながらこれは非常に大きな国民待望の、ことに老人にとっては大きな待望の問題であろうと思います。従って大体どの時期から実施できるというふうな点についての大臣のはっきりした見通しを、この機会に承わっておきたいし、またそういうことをはっきりさしていただいておいた方がいいのじゃないかと思うのでありますが、大臣のお考えを承わりたいと思います。
○橋本国務大臣 ただいまの御質問にお答えをいたします。あるいは私がただいままで申しましたことに誤解があったんじゃないかと思いますが、実は国民年金の問題は仕組み自身が、財政負担だとかその他の問題を抜きにいたしまして、純技術的にも仕組み自身が非常にむずかしいところがございます。私はそれだけに仕組み自身をなるべく早く発足さしていきたい、そうして実際の仕組みがなるべく早くいくようにいたしたいと考えておるのでございまして、たとえば市町村におきまする徴収窓口をどうするか、支給の窓口をどうするかとか、支給の対象として、養老年金にいたしましても、どなたにどれだけ差し上げるといったような対象を確認いたしまして措置をするといったような面で、こまかいことは申しませんけれども、非常にいろいろな問題がございます。それから醵出年金の方は、立てておりまする考え方が何分にもまだまだ熟しておりませんけれども、大体の方針といたしましては、社会保障制度審議会の答申に従って二十五から五十四までかけていただいて、十年据え置きで、六十五才から支給ということになりますれば、今年かけ出します方に完全に支給いたしまするまでに四十年間かかるわけでございまして、その間におきまする掛金手帳の交付でありますとか、それの手続というようなものをきめますのにも相当いろいろな面での事務連絡等が要ると思うのであります。私はこれも国会の関係等もあり、講習も開かなければならぬと思いますから、私は四月一日の実施ということは非常に困難だと思いますけれども、とにかく、なるべく早くこの国民年金法を実施に移しまして、そして最初の場合には、やはり全条文を一ぺんに実施ができないのじゃないかと思うのであります。つまりいろいろな手続的な部分を実施をいたしまして、そうして現実の徴収、支給というものも必ず早い時期にする。私は、来年実際のやはり金銭出納が本格的に始まって参ります、対象の方々に支給をするというようなことは、やはり私も一生懸命努力をして秋ごろになろうかと考えておるのでございますが、しかしそれにいたしましても、そういたしまするにはやはり法自体というものはよほど早く実施をいたしませんと、その間の準備ができかねると考えておる次第でございます。私は国会の関係等、それからめんどうな手続の関係等からいきまして、その条文の一番早く実施すべき部分についても四月一日は困難だと思いますけれども、なるべく早く実施をいたしまして、現金の支給というものが秋ごろからは始まるように努力をいたしたいと考えておる次第であります。
○岡本(隆)委員 そういたしますと、来年の秋から現金の、ことに無醵出の年金の交付を始める、そのためにいろいろな準備的なものを進めるためには、大体春から事務的な機構を出発させるというふうな形になってくるであろうと思いますが、そのためには法の成立はもちろん急がなくちゃなりませんし、また画期的な問題であるだけに、やはりこれはいろいろ論議も尽さなければならないことでありますが、年金法案は、今度の秋に予定されておる臨時国会に御提案になるおつもりでございますか。
○橋本国務大臣 今年の秋に予定されまする臨時国会にはとうてい間に合わぬと考えておる次第であります。
○岡本(隆)委員 そういたしますと、通常国会になってから御提案ということになりますと、非常に膨大な内容の法案の審議が、三月中にこれはあなたの方では原案通りすぐ通せというふうなことであろうとは思いますが、しかしながらそれには相当やはり多くの人人の意見も聞き、また取り入れるべき点は取り入れていただかなければならないと思うのでございます。そうなって参りますと、時期的に秋から年金を支給する、交付するというふうなことは困難なように思いますが、その辺どうお考えですか。
○橋本国務大臣 これはどんな簡素な形をとりましても、実際長きにわたる金銭、債権債務関係の問題でありまするし、いろいろな市町村の機構等もございまして、私は仰せの通り、非常に膨大な法案になろうかと考えておるのでございますが、それについて、やはり法案の中でどこまで規定をいたしまして、あと事務手続その他施行令できめる部分等もいろいろあると思いますが、施行令等にいたしましても、やはり概略の仕組みは御審議の際にお考え願わなければならぬと思いますので、懸命に努力をいたしまして、ただいま申し上げました方向にできるだけ間に合せたいと考えておる次第であります。御指摘の通り、非常に困難はあると思うのでございますが、厚生省の中でも、そちらの方への手をなるべくこれから集中いたしまして、できるだけ早く準備を進めたいと考えております。
○岡本(隆)委員 これは時代を画する、また社会保障の中でも大きな柱になる制度でございますので、私どももできるだけ建設的な形で審議にも御協力いたす心づもりは持っておりますが、しかしながらやはり尽すべき論議は尽さなければならないと思いますので、そういう点では十分早く法案を作って出していただきますことをこの機会にお願いいたしておきたいと思います。 その大体の構想でございますけれども、ただいま、醵出の方は二十歳から五十五までの掛金をして十年間据え置きで六十五歳から年金の交付が始まるというふうなお話でございましたが、それでは大体どの程度の醵出をさせて、そしてどの程度の年金が大体構想されておるのでしょうか、その辺のところをお聞かせ願います。
○橋本国務大臣 この問の社会保障制度審議会の答申は御承知の通りでございまして、あれの中に概略金額であるとか財政負担等は出しております。しかしあの御答申自身もまだまだ非常に概略で、掘り下げるといろいろな問題があるわけであります。そこで私厚生省の意見をまとめ、また政府部内で財政負担等もからみ合せてものを論議するにいたしましても、やはりその基礎になりますどういう立て方をとってどういう項目でどれくらいの経費がかかるというふうな、つまり構想をきめまする基本的な検討自身にまだ不十分な点がございますが、なるべく内閣の審議会の答申の筋を立てたいと思いまして、それをちょうだいいたしましてから、国会で御賛同を得て昨年から創設せられております国民年金委員に委嘱をいたしまして、大体八月一ぱいくらいに、まとまった構想はできなくとも、どういう立て方をするとどういうふうな計算になり、またどういう準備が必要であるかという厚生省案を作ります基本的な素材というものの検討をぜひお願いしたい。そうしますと、その上はどういう組み立てでどのくらいの金額ということが初めて正確に考えられるわけでありまして、この国民年金委員に事務当局を協力をさせまして、そのかっちりした内容の検討をまずやりたいと考えておるのであります。その上で財政のワクともにらみ合せまして予算関係の相談をさせる、また立て方を考えなければならぬのでありまして、ただいまのところ岡本委員の御質問に対してまだお答え申し上げ得るところまで熟しておりません。
○岡本(隆)委員 こまかい点についてはもちろんこれからおきめになるであろうと思いますが、しかしながら大体構想をお立てになる基本的な素材になるものは、社会保障制度審議会の答申がその骨子になって、それを素材にしていろいろ財政的な面等も考慮して手を加えるというふうな形になっていくのでしょうか。
○橋本国務大臣 なるべく社会保障制度審議会の御答申の筋を尊重して参りたいと考えております。ただあれはやはり財政負担のかなり大きなものを考えておりますし、経過措置のとり方等によりまして負担もだいぶ違ってくるようでありますから、荒い仕組みとしては、なるべくあれを尊重して参りたいと思います。当面の問題としては、やはりあれよりは内輪のところで施行せざるを得ないと思っておる次第であります。ただあの社会保障制度審議会の答申の中にもありますように、この問題は非常にむずかしい問題であって、一案立てて実施したとしても、五年ごとには必ず総体的な計算をし直してみろということがあの勧告の中にも書いてあります。私たちもそういう趣旨で、たとえば内輪でありましても、公約の線に従いましてまず発足をいたしまして、その間に漸次充実をはかっていくという方向へ持って参りたいと思っております。
○岡本(隆)委員 あの社会保障制度審議会の基本的な考え方というものを見ていきますときに、醵出制度を無醵出制度——無醵出の年金には老令と廃疾と母子と三本立の年金を出す。無醵出の年金については、醵出をしていないのだからそう厚く遇するわけにいかない。醵出のないものに対しては、何と申しますか、その生活の最低をも保障するわけにいかない。むしろ多少足しまえになる程度のことよりできないのはやむを得ないのではないか、こういう考え方があの年金の制度の立て方には貫かれておる。そこで国民年金の制度をどう考えているかという基本的な物の考え方というものが、まず問題になってくるのであります。年金の制度を保険の制度と考えていくのか、あるいは保障の制度と考えていくのか、この基本的な物の考え方によって、制度の立て方はおのずから進む方向が変ってくる。保険であれば、自分の万一の場合に備えて、あるいは老後の場合に備えて積み立てていって、自分の掛けた金をもらうという考え方でございます。また保障であるとするなれば、みんながみんなで助け合うという考え方に出発するものでありますが、国民年金をこれから実施されていくのに、社会保障という考え方を持って打ち出していくのか、あるいはあくまでも社会保険という立場に立っていくのか、この点についての基本的な問題について、大臣はどちらをとるのがいいとお思いになるか、その辺のお考えを承わりたいと思います。
○橋本国務大臣 お答え申し上げます前に、岡本委員と私少し見解を異にしておりますのは、社会保険であったら社会保障でないというふうに私は実は考えておらないのであります。結局医療の問題にいたしましても、年金の問題にいたしましても、ほんとうの社会保障は一般財源からいくもので、醵出であれば社会保障でないというふうな考え方は、私は考えておりません。やはり社会保障の制度をとっていきます場合に、国家的な支出のとり方としては、いろいろな取り方がある。その場合に、所得税なり専売益金なりといった一般財源の中から出していくのも一つの行き方でありまするし、あるいは保険料なり掛金という形でとっていくこと、それから実際にはそれが混合されまして、ある程度保険料なり掛金なりでとって、それに国庫補助を加えるというのが一番実際的にありやすい筋でありますが、それは社会保障のやり方の財政的な仕組みの問題でありまして、本質的な問題とは私は考えないのであります。今度の国民年金の問題に関しましては、私は、やはり一番基本的な考え方は、醵出制の国民年金を作って参りたい。ただし、それならばかっての厚生年金の発足のように、掛ただけで、その人が該当するときになるまで支払いは一つもないというのは、これははなはだおもしろくありませんので、老齢その他で年金受給に該当する方々に対しましては、一つの経過措置的な意味において無醵出年金をかみ合せていく、従いまして、醵出が本体でありまするだけに、無醵出の方はいささか金額の少いのもがまんしていただくという考え方でいきたいと考えております。
○岡本(隆)委員 社会保障の考え方については、それが保険であっても、それでもって保障になるではないかというお言葉でございますけれども、しかしながら保険という考え方そのものには、自分が掛けたもの、自分がペイしたものに対してバックを受けるというふうな考え方が基本的になってくる。そういうふうな制度を作るということも、まさかの場合の一つの保障にはなって参りますけれども、しかしながらその考え方のもとには、根本的な立場には、ペイしないものにはバックされなくてもしょうがないじゃないかという考え方が私はひそんでおると思う。そこで今仰せのように、経過措置としてペイしていないものに対しては幾らかでもお上げしなければならないが、それもまた金額が少くてもやむを得ないという考え方が出てくると思います。しかし私はここで考えなければならないことは、いろいろな保障をやっていくのに、目的税として掛けて、そうしてその税でもってその財源をまかなっていくという考え方もございますし、また今働く力をすでに失っている人の生活を保障するというふうな考え方もある。だからいろいろな形が組み合されて行われるから勢いどっちともとれるじゃないかというふうな、今のような御意見も出て参りますが、しかしながら、さて現実に今労働力を失い、今、年とって生活に困っている人たちの処遇の場合に、それをどうしていくか、しかもその人たちは、なるほど自分たちの保険金という形では今までは出しておりません。醵出いたしておりません。しかしながら、その人たちが六十才になり七十才になるという長い月日の間には、戦争という過程を経てきておる。そうしてその戦争のために、ことに今六十才六十五才の人たちでありますと、ちょうど今から十五年前、二十年前、その人たちの一番働き盛りのときに、自分たちのあらゆる労働の結集、汗とあぶらを戦争につぎ込まされておる。従って、それらの人はそういう意味においては決してペイしてないことはない。その人たちは社会のために、社会というよりも国のために、あらゆる自分たちの余剰の蓄積というものをつぎ込んできておるし、またその間には、非常な経済の変動のために、自分たちが老後の生活を保障するに足るだけのものを十分蓄積してきておりながら、それが一朝にして瓦解してしまって、今収入の源になるものが何もないという人たちも多数含まれておるわけです。だから私は、今度年金の制度をお立てになる限りにおいては、戦争の犠牲者の一部分の人がある程度の補償を受けておりますけれども、しかしながら一切の戦争の犠牲者にもやはりこの際補償——補償というと語弊があるかもしれませんが、少くとも多少なりとも生活の安定が得られるような形に、もう少しおおらかな立場に立ったところの年金の立て方というものについて考えていただく必要があるのではないかと思うのですが、その辺についてどうお考えになりますか。 〔委員長退席、田中(正)委員長代理 着席〕
○橋本国務大臣 お話の筋は、いろいろお考えになることはできると思うのであります。ただいまお話のように、今日壮年にある者はみんながいろんな意味においてどこかで苦労してきたじゃないか、何らかの意味における戦争の被害者ということは、みんながそうなんだということはあろうと思います。ただ現実の問題といたしまして、やはり召集を受けて死んだ人の遺族でありますとか、現実にたまを受けてけがをした傷痍軍人といったような人たちと一般の人との間にはおのずから差がございますし、諸外国の例で見ましてもやはりその間、立て方の差は設けておるようでございます。私は今日、国民年金の制度を設けるに当りましては、やはり従来の戦争犠牲者に関しまする問題は従来の法規で処理をいたしまして、ほかの一般の国民年金を扱うということで発足をいたしたいと考えております。
○岡本(隆)委員 もう一つ角度を変えて考えてみたいと思います。醵出年金の場合に、醵出の方式をとりますと今のお話の通り、年金を二十五才でかけ始めてそれが六十五才ということになりますと、四十年後になるわけです。三十年、四十年後の経済状態というものはなかなか予測のできるものでありまん。現に私どもでも、二十、三十のころにかけて参りました生命保険というものは、結局保険会社を潤してきただけであって、今ではなんにもならない。また現在でも私は郵便年金を持っております。たしか月に十円か二十円か、五十五才から支給されるという郵便年金の証書が今でも残っております。しかしながら、私どもが青壮年であったころの十円と言えば、これは一泊か二泊の旅行もできたのでございますが、今日の十円というものは一回の電車賃にも足りない金であります。しかもそういうふうな十年、二十年、三十年先の年金を今から約束して月々かけなさいよというふうなこと、それは日本の経済が今のまま安定して動かないという大前提の上に立たなければならない。これは私ども心から願うところでございます。心からそういうことを願えばこそ、私たちは軍備の反対を言ったり何かするのでございます。しかしながら、今の世界の情勢であるとかあるいはまた日本の国の歩みというものを見てみるときに、絶対にそういうことがあり得ないということは言えないと思います。戦争とか、そういうふうな非常に大きな変動というものがかりになしといたしましても、物価というものはだんだんしり上りになってくる。従って十年、二十年、三十年となりますと、これはやはり三倍、五倍というふうなことになりまして、とにかく貨幣価値は低落していくと思います。貨幣価値の低落だけでなしに、今度は人間の生活程度の向上というものがございます。昔はラジオというようなものが夢の夢でございました。初めてラジオができたときに驚異の目をみはったのが、今日ではもうすでにテレビになってきているというふうに、そしてまたラジオを持つのは非常な富有つな人たちだけに限られておったのが、今日では生活保護法の家庭からすらも——利用者からラジオを奪ってはならないというような考え方が出て、ラジオはすでに生活必需品になって参っております。やはりそれだけ国民の生活水準は上るのです。だから今かりに六十五歳になったら三千五百円あげますよといって、三千五百円というものの支給を目途に国民に積み金を求められても、さて支給されるときには現在の最低生活のまたもう一つ下へくぐっていかなければならないというふうなことに必ず私はなってくると思う。だからこの積み立て式というものには、やはり将来の経済の動きというものをかなり固定的に考えていくところに大きな欠陥があると思うのです。だからどうしてもこれは積み立て式一本やりという考え方で年金の制度を立てていくということには、いつか将来それを質的に転換さしていかなければならない時期が必ずくると思うのです。三千五百円の約束で積み金を始めて、そういう形で制度を立てていったけれども、結局これではいけないから、やはりそれ以上のものを支給しなければもう生活の維持ができない。おそらく今実質的に二十歳、二十五歳、三十歳程度の人たちが年金を受ける、そういう段階になった場合には、もう積み立て式の何をもってしては保険財政がまかなえない。そうすると、こんなはした金をもらっても仕方がないという不平がごうごうと起ってくるか、あるいはまた一方では、そういうふうな不平が起らないようにするためには、そこで初めて目的税をかけた賦課式の年金制度に転換していくというふうなことの必要が起ってくると思う。従って私はやはりこの制度の出発のときから、みんなでもって老齢者あるいは母子家庭、廃疾者のめんどうを見ていくという考え方をその制度の中に織り込んで出発していった方が将来とも安全ではあるし、また現在のそういう収入源のない人に対しても、醵出という考え方をとっていく制度でもって出発するよりも、より厚い保護が加えられるのではないか。ことに自民党は今度の総選挙に、減税と年金とを大きく打ち出しておられますし、減税もやる、年金もやる、そんなことができるのかというふうな意見も出ておりますが、しかしながら今の老齢者に対して年金を支給するということは、あるいは母子家その他に対して年金を支給するということは、それのめんどうを見なければならない人たちが国民の中にどこかにいるわけなんです。だから老人に年金を出すということは、老人を持つ家庭の経済負担を軽くすることです。だから結局それは税の形で負担を軽くするか、あるいは老人に年金を支給することによって負担を軽くするか、違った形になるわけです。従って減税の方針をとっても一つの国民の負担を軽くする道である。また年金の形を持っておっても、それは国民の負担を——恩恵を受ける人は偏在いたします。偏在はいたしますが、しかしながら老人を持つ家庭というものは非常に多いのです。また母子家庭のめんどうを見なければならない家庭というものも、たとえば母子家庭で生活費に困っている、それがたまたま自分のいとこである、あるいは兄弟であり、おじ、おばである、ほっとくわけにいかないから、月月幾らかのお金を出して援助しておるというふうな人たちも相当いるわけです。そういう人たちが個人の恩恵によって生きるところに、その人たちの生活がいろいろ卑屈であったり、あるいはいやな思いもずいぶんしなければならない。それをはっきりと公けの形において、年金という形でもって支給されたなれば、その人たちはかなり明るい気持でもって、他人の恩恵を受けるということでなしに、ほんとうにはっきりとした社会保障の制度の中に生きていくんだ、自分たちは人間としての権利というものの中で生きていくのだ、こういうふうな形で生活していけると思うのです。だから制度の立て方を、今思い切って、将来そういうような形に目的税をとって転換していくというのであれば、今やはりはっきりとしたそういう打ち立て方をして、そしてみんなが、国民全体がみんなでもって、われわれの中の労働能力のない家庭の人たちのめんどうを見よう、こういう形にはっきり打ち出していかれた方が、やはり社会保障というものの考え方、あるいは社会保障という制度というものの考え方を貫いていく道だと私は思うのです。今の積立式の方式でありますと、やはり何としても、保険というものにとらわれ過ぎていると思うのです。だからそんな保険という制度にとらわれない、やはりあくまでもみんなでみんなの生活を保障するんだ、国民全体がみんなでもって生活を保障するんだ、そういうふうな方向へぐんとこの機会に制度をお立てになっていくのが一番大事だと私は思うのです。だからその制度を立てるときに、うんと画期的な思い切った足の踏み切り方というものをされることが、また将来これを伸ばすのに、制度をりっぱなものに仕立て上げていくのに非常に進みやすいと思うのです。今出発の道が、右をとるか左をとるかということは、保険の形でいったなれば、やはり保険の形でもって、それに継ぎはぎ細工を重ねていかなければなりません。保障という形でいきましたなれば、目的税をとって、片一方でこれだけ減税いたしましょう、そのかわりこれだけは社会保障の税金としてちょうだいいたしましょう、社会保障のためにこれだけの負担を国民が持つんだ、こういうことであるならば、国民ははっきりと、かりに減税分を社会保障費に引き当てます、これは社会保障費です、だからこういう形で社会保障をやっていきます、この金というものは決してその他のことに使われるのじゃありません、たとえていえば、軍備であるとかあるいはその他の費用にこれは決して使われるのではない、これは社会保障だけのために使われる金なんだ、こういう形でもって、国民から社会保障税というものを集めていく場合には、徴収していく場合には、国民の方では、これは自分たちに返ってくるものなんだ、いつかは自分たちが万一困った場合には返ってくる金なんだということでもって、私は国民の税というものに対する気持は変ってくると思う。国民が税を出すことをきらう気持は、一体この出した税金が、汚職に使われるのやら、軍備に使われるのやら、宴会に使われるのやら、何に使われるかわからぬから、そんな金はちょっとでも少い方がいい、こういうふうに思うのです。これが自分の身に必ず返ってくる、自分たちの将来に必ず返ってくるんだ、こういうような形で税をとられる場合には、国民はその税金だけは喜んで出すと思うのです。目的税をとる場合、社会保障の関係の方は全部社会保障税という形でもって徴収していく場合には、ほかの方の税金はちょっとやめておきます、こっちだけ出しますというようなことになるかもしれぬと思う。だからこの際そういうふうなはっきりした形を年金制度を打ち立てられるときに、少くとも年金だけからでもそういう形でもって出発されることの方が、将来内容を充実さすには私はずっと便利ではないかと思うのでありますが、あなたのお考えを伺います。
○橋本国務大臣 ただいま岡本委員のお話は十分承わりました。この国民年金をやっていきます場合には、かりに年金の積立式をとって掛金をとるという観点をとりましても、あるいは賦課式に従って目的税をとるということにいたしましても、年金の倫理と申しますか、ものの考え方というものの理解を持つことは非常に大事でありまして、私はある意味においてこの円滑なる運用の成否をきめると思うのであります。ただ私は、ただいまお話のありましたお考えの筋も十分わかるのでありますが、むしろそういうふうなことがございますので、社会保障制度審議会で昨年諮問いたしまして十分御審議を願ったわけであります。その中間過程におきますいろいろな立て方に対する御意見も、ただ最後の取りまとめ答申案を拝見しただけでなしに、十分どなたがどういうお考え方でどういう御主張をなさったかということも承わりました。ただ私は今日考えておりますのは、いろいろな考え方のあります問題だけに、具体的な財政的な切り盛りなんかの問題につきましては、ことに年次的には社会保障制度審議会の答申をもう少し練って、いろいろ工夫をしていかなければならぬ点があるかもしれませんが、年金の立て、方基本理念という問題につきましては、あれだけ真剣な積立式が賦課式かをめぐる利害得失についての御議論のあげくでありますから、あの答申の筋を私は尊重して参りたいと思うのであります。結果は私やはりあれは一つの妥協になっておると思うのであります。つまり積立式をとるといいながらそれは七割、三割は国庫補助を出すのだということは、結局七割積立式で、三割賦課式ということに相なりますし、将来私は日本の財政経済の基調が変らないことを念願をいたしますけれども、その際におきます安全弁としての意味もあの三割の国庫補助の中に入っておるのだと私は思うのであります。あるいはそれが時あってか、三割が三割五分になるというような議論が経済の基調の問題ともからみながら将来出てくるかもしれませんが、ですから私はそこは御審議の上で、やはり日本の経済もここまで進んできたから、来年度以降さらに進んでくる所得の増加額の中で、一人当り七十五円はこれは国の手で預かって、国の手でこれを活用し運用しながら将来の年金に回そうという、やはり積立式の基本理念をとりながら、ただそれだけにはいきかねるので、やはりこの三割の補助ということは、将来の安全と、それからやはりことに、この母子年金だとか廃疾年金などのからんだ場合には、単に万一の場合の不幸に備えるという、これはまあ賦課式で、相互連帯でめんどうを見るという観念が実際上非常に深いと思いますが、これは私はやはり結果はいろいろな議論を一面尽された上での、集大成として出ましたあの答申の筋道を、やはり国民年金のものの考え方の立て方としては、私は尊重して参りたいと考えております。
○岡本(隆)委員 答申案がどういう論議の過程を経てああいうふうな形になってきたかは私の知るよしもございません。しかしながら私はあの答申案の中には、日本の財政経済の形というものが相当頭にしみ込み、それが前提になっで、これくらいが実現の可能性のあるもの、この程度だったら今の政府だって取り入れるだろう、こういうふうな前提があると思うのです。日本の今の国の歩みというものを考えに入れないで、いいと思う案を自由な立場に立って作りなさい、こういうことであったら、私はあんな案は出てこないと思うのです。あれには、とにかく社会保障費というものはそう金は取れないのだ、そうしてまた、そういうような案を出しても岸さんは相手にしないのだ、こういうふうな前提があるから、まあここらならというふうなことで出てきた案だと私は思うのです。だから、今われわれがこれからの制度のあり方というものを論議していく場合には、なるほどあれも長い間の労作の蓄積で、それが実ってああした案として出て参ったのでございますけれども、しかしながらもう一歩退いて、もう一歩高いところに立って日本の社会保障制度の進む道というものを考え、そうしてまたそれをできるだけ、あの案よりもいいものを作っていくというふうな考え方に立って、私は少しも差しつかえないのではないかと思うのです。社会党でもそういう点で別な案を出したのは、あなたも御承知だろうと思う。私はやはり単純な積立式ではなしに、その折衷方式をとることによって、無醵出の年金も今よりはもう少し実のあるものが作れるのではないかというので、素案を作って、社会党も提案いたしておるわけでありますが、やはり社会保障という考え方に立っていく場合には、単純にあの委員会の案を骨子にして、大体それに従って、その線に沿っていくというのではなしに、もっと今の折衷方式をとれば、さっきの貨幣価値その他生活程度の向上といったような矛盾もとれるとともに、またみんながみんなで老齢者を保障するという考え方にいけると思うのであります。しかし私は、あまりこういう点についていつまでも引っかかって議論していても進みませんので、またこまかい数字その他を持って、いよいよ年金の法案がかかったときに論議したいと思います。しかしそういうような段階になってから論議し出しますと、結局また法案の審議が非常に長引いてくると思うのです。ですからできますならば、社会党からも提案いたしておりますし、また社会保障制度審議会からの答申もございますし、野党の考え方がこういうところにあるのだということを御理解願えましたら、一つこれから案をお作りになる場合に、やはりわれわれの考え方も取り入れたものでもって作成していただきましたら、年金制度の審議が非常にスムーズにいくのではないかと思いますので、その辺を特にお願い申し上げておきます。
○橋本国務大臣 実は私も国民年金の案に関しましては、できまする過程において皆さん方の御協力を得たいと思っております。実は私、先般御提案になりました社会党の法案もよく存じ上げておりますが、金額等で多少違いますけれども、考え方は非常によく似ているのであります。大へんよく似ているということを言い過ぎて、参議院でしかられたのでありますが、むしろ社会党の考え方も、非常に苦心をされまして、おおむねの骨子というものは、私考えてみてそうひどい隔たりはないと思うのであります。もちろん、御提案になりましたものも十分参照いたしましてやって参りたいと思います。ただ私繰り返して申しますが、社会保障制度審議会におきましては、名はあげませんけれども、賦課式がいいということで目的税制を非常に主張された方もありますし、その方からもじかにお話を伺いましたし、積立式の問題もあります。結局は折衷方式として発足しているわけであります。私が先ほど申し上げたことを誤解のないように申し上げておきますが、ただ何ら私の方の自主的な意見なしに、社会保障制度審議会でこうしたからどうするということでなしに、昨年以来の真剣な学識経験者の方の御議論の過程を見まして、出た結論を見まして、来年度予算にどういう組み方をするかに対して基本的な年金構想の立て方としては、やはり社会保障制度審議会の答申は尊重していきたいという建前と同時に、やはりああいう精神の方向に私どもも本旨は賛成でございますので、かたがた中心思想という点からいえば、社会保障制度審議会の立て方をとっていきたいと思いますし、私は現実に社会党の先般立てられました法案も、ほとんど趣旨は変らないような考え方でできているように思うのであります。内容のいろいろな点につきましてはこれは十分検討いたしましていいものを作っていきたいと思います。
○岡本(隆)委員 あまり変らないというような御意見でございますけれども、国庫負担が大きくなるということは、それはやはり賦課式の考え方をより多く取り入れたもの、またさらにそれは応能の原則というものが強く入っておるという考え方であると思います。従って国庫負担を大きくとっておるということの中に、やはり大きなものの考え方の開きがあるということを御理解願っておきたいと思います。 それからこの年金制度をこれから組み立てていただきます場合に、今までも問題にされておるところでありますけれども、たくさんのこういう制度がございます。その統合が望ましいと言われております。しかしながら、実質的にはなかなか簡単にはこれは進められない。しかし統合ができないからといって、別々に、ばらばらの形にしておいたんでは、被保険者と申しますか、加入者と申しますかに非常な不利益があると思います。たとえば職業を二つ三つ転々としていった場合に、そのいずれからも年金がもらえないというようなことが出て参る。従ってぜひとも通算の制度というものを作っていただかなければならないと思います。その点具体的に考えが進められておるのか、どういうふうにすればそういう場合の矛盾を緩和できるかというふうなことについて、何からお考えになっていらっしゃいますでしょうか。
○橋本国務大臣 実は社会保障制度審議会の答申は、既存の被用者年金の適用のない、また一般の年金の適用のない者に、とりあえず国民年金をやろうというので、その点に全然触れておらないのであります。私は実は年金制度自身は別にしておいても、少くともその間の通算の規定というものがぜひとも必要がある、なぜ答申してくれなかったのかと大内会長にお伺いしたところが、触れてみたけれども非常にむずかしくて、とうとう議論がまとまらなかったということのようでありました。しかしこれは厚生省所管の国民年金委員とも実は相談をしておるのでありますから、実現には、制度的な仕組みの問題といたしましても、それぞれの所管省の利害関係の問題としても、非常に困難な問題があると思いますが、少くとも各種の年金の中の一番低い土台となります部分の通算というものを何か考えてみてくれ、そうしてその仕組みというものを考えてもらいたい、これだけは、非常にむずかしいと思いますけれども、発足のときから考えていきたい。いずれにいたしましても長い年月のことでございまして、この間で移る人たちがありました場合の措置はひとしく考えてもらいたいということを、国民年金委員の方に委嘱をいたしておる次第でございます。従いまして、できたらやりたいという考え方は持っておりますが、今どうも自信のある構想としてこういう行き方で各種年金の基礎部分の通算規定を設けるということにつきましは、もう少し仕組み自身につきましても、運びにつきましても検討させていただきたいと思います。
○岡本(隆)委員 厚生年金の場合に、婦女子の年金保険の被保険者には脱退手当金の制度がございますが、男の場合にはこれがございません。あったかもしれませんが、相当後でなければ簡単にはもらえないような制度になっておる。それからたとえば他の一般の生命保険の場合には、やはりある程度年間積み立てますと、その積み立てた分だけは満期までかけなくても支払うというような制度がございますが、その制度そのものは事務的には多少困難であっても、これはやる気でやれば、簡単というと語弊がありますが、これはできる問題だと思うのです。ある共済組合に入っておって、そこで年金を積み立てておりますと、それをまた次へ持っていけばいいのですから、清算すれば清算事務はできるはずでありますから、今度の制度をお立てになるのを機会に、そういうふうに清算しては次に持っていき、清算しては次に持っていくというような形で組合から年金の方へ払い込んでいけば、国民は必ずいつも年金の制度に入っておるし、そして今までかけたものはそのまま次々に持って移動していけるということは私は可能であると思います。そういう制度を一つ複雑でも組み立てていただきまして、ぜひともこの年金の出発と一緒にそれだけはやっていただかないと、またそれが延び延びになるとなかなか実施できませんから、年金制度を組み立てる機会にぜひとも今度はそれを提案していただくようにお願いいたしたいと思います。
○橋本国務大臣 ただいまお話のありましたことはごもっともでありまして、これだけ大きな被用者年金制度というものがあちこちにありました際に、その残った谷間を埋めるのに、国民年金という名前をつけて、その間に基礎部分の通算ができるかできないかということは、やはり国民年金という名に値するかどうかということの一つの非常に大きな点だろうと私は思います。非常に困難ではあると思いますが、ぜひその点はやりたいと思いまして、国民年金委員にも具体案を実はお願いをいたしておる次第なんであります。ただ現実の問題といたしましても、その場合の清算の仕方等につきましても、あるいは恩給は恩給、あるいは国鉄は国鉄、何は何というふうになかなかむずかしいと思いますので、この点は中間過程に起って参りますいろいろなむずかしい問題の一つとして、これは与野党それから官民をあげてぜひ一つ御支援を願いまして、ただいまお話のありました各種年金の基礎的な部分の通算ができるようにぜひいたしたいと考えております。どうかよろしく御支援をお願いいたします。
○岡本(隆)委員 新聞を見ておりますと、年金準備委員会を年金準備局に組織がえをしていって、これからの年金制度を積み上げる仕事をさせるのだというふうなお話でございますが、今の社会保障制度の中では医療の保障と所得の保障と、大体この二つが大きなものであります。そうして現在保険局では医療保障の健康保険と国民健康保険と、それから所得の保障である厚生年金保険と二つのものをあわせて取り扱っておられますが、この機構のことについてわれわれがあまり口出しをすることもないかもしれませんが、しかしながら将来こういうふうな制度を進めていく上には、やはりお役所の機構というものも大事であろうかと思います。だから所得の保障をするような方面の仕事は年金局、また医療の保障をするものは保険局あるいは健康保険局にというふうに二つに分けてその仕事の分担をしていただくべきではないか。単にそれが社会保険であるからという形でもって今まで保険局というふうなことでございましたけれども、しかしながら同じ社会保険、社会保障の制度であっても、医療保障と所得保障とは性質がうんと違うのであります。従って医療保険についての仕事については、高田さんを前に置いてこういうことを申し上げるとおしかりを受けるかもしれませんが、医療保険については、やはりある程度医療というものにタッチしたことがある人、どういう形で人が死んでいくのか、またその生命を守るにはどういうふうな努力を積み重ねなければならないのかということを身をもって体験をしておる人、また人間のおなかの中を、たとい生きた姿でなくとも、解剖の形ででものぞいてきた人、そういう人でなければ、ほんとうの医療というものについての理解が非常に困難なのではないかと思います。高田さんを前に置いて、間接に高田さんのたなおろしをしておるようなことになって恐縮ですが、しかしやはり今の医療保険のいろいろな制度の間に複雑な問題が出てくるということの中には、医療担当者への理解の不十分ということ、また医療そのものについての理解というものが完璧でないということもその一つであろうかと思われますので、大臣のお考えをお聞かせ願たいと思います。
○橋本国務大臣 保険局長はほんとうに骨身を削るような苦労をしてくれておりまして、解剖したことはございませんけれども、私は医療のことについても十分検討もし知識も持ってやっておると思います。私はただいま岡本委員のおっしゃいましたお話の筋は大体わかりますが、ただ医者でなければ保険局長は勤まらないというようなところまでは考えておりません。ただ厚生省の中の仕事のしぶりの問題といたしましては、最初御指摘のありました国民年金の問題に関しましては非常に膨大な仕事でございまして、きょう御議論のありましたような基本的な問題のみならず、たとえば四十年間の掛金通帳をどういう様式でどうやって保管するかという事務手続を担当して起案する事務官だけでも、これはとうてい片手間ではできないのでありまして、今国会が済みましてから——今まででも保険局の中で国民年金の準備についてある程度分担を分けてありますけれども、これをさらに分けまして、国民年金の発足以前に準備の担当者をもう少しはっきりするようにしたいと私考えております。 それから将来の問題につきましてはいろいろな御意見があると思いまして、厚生省内におきまするたとえば保険局なり、あるいは医務局なり、公衆衛生局なりの仕事の配分関係、立て方等については、これはもう今日のが百パーセントけっこうだとも思いませんから、十分御趣旨はくみまして、円滑に動くように、また皆さん方の御意向もくんでやって参りたいと考えておるのであります。ただ解剖をやった者でないと保険局長は勤まらぬというような御意見であったとすると、そこまではどうも賛成いたしかねるので、やはり適当に十分検討いたしながら、内部の部局につきましては十分御趣旨をくんで、現在の組織の検討はいたして参りたいと思います。おそらく次の通常国会には、国民年金局なり何なりの創設ということは当然必要でございましょうし、いろいろな問題もありますし、またかねてから環境衛生局を独立させたいと考えておることもございますので、そういったようなものと関連いたしまして、お話のありました御趣旨は十分にくんで検討はいたします。
○岡本(隆)委員 時間がありませんので端折っていきますが、年金制度を実施いたしますと、今の厚生年金でも相当な積立金がたまって参っておりますけれども、これがもう一つ大きなものになってくると思います。今の厚生年金保険の積立金の運用というものを見て参りますと、これはあまり被保険者に還元されておらないのですね。今度の国民年金制度ができて、資金の運用というものが今までの制度のままに等閑視されて置かれておきますと——結局厚生年金の始まりというものは戦費の調達だった。だからそういう考え方で大蔵省の預金部資金へ吸い上げられて、それでもって現在でもやはりいろいろな開発事業その他に使われて、結局国民年金は出発させた。しかしながら零細な金をみんな国民から集めて、当分の間はその分は政府が利用して、増税の形になっている。実際年金の支給されるまではそうなってくるわけですね。従って私は今度の年金の積立金の運用というものについては、ことにこれが零細企業もしくは自営業者というのですか、そういうふうな人たちからのものであるだけに、あくまで完全に、そういう人たちの生活の安定、向上に役立つような形にその金を運用していくということを厚生省で考えていただく。だからそれはもう、あなたがうんと一つ政府部内でがんばり、また与党の中でも努力をしていただいて、少くも厚生省がほんとうにそういう人たちの生活を向上させるというような形に運用していくんだということを、厳として守り抜くという方針をとっていただきたいと思うのでありますが、何かそういう問題についてのお考えがございましたら伺いたいと思います。
○橋本国務大臣 厚生年金の積立金の運用も大問題でございまするし、今度新たに国民年金を作りましたときに、その積立金の運用をどうするかということは、これは私今どうしたらいいという結論をはっきり持っておりませんけれども、よほど真剣に考えて参らなければならぬ問題だと思っております。 ただ私ついでにこの際申し上げておきたいと思うのですが、これはやはり何十年か先へいきます前に、スタートの時期におきます財政計画の立て方として、ただいま岡本委員のお話のありました点と関連をいたしまして非常に大切でありまするのは、醵出金の積立金は非常にたくさんある。これはこれで金は入る。金は入っているけれども、これは醵出金だから積み立てる。当面一般財源の方はまことに窮屈だから、無醵出の方はこれだけだ。そうすると、差引勘定において結局吸い上げるのが多くて、年金制度を創設しながら元は非常に少いというふうなことになっては私はいけないと思いますので、国民年金の運用の問題を考えますると同時に、積立金として入りまするものと、一般財源として無醵出で出ていきますものとの振り合いといったようなものは、来年度の財政計画を考える上において私も考えて参らなきゃならない大事な点でありまするし、財政当局にも考えてもらいたいと思いまするし、また与野党を通じてこの問題を御審議になりまする上においてもお考えいただきたいと実は考えておるのであります。出だしの積立金としては、これはどの程度までいきますか、問題がございますが、これはいずれは非常に大きくなるものでありまするだけに、やはり厚生大臣が管理をして病院その他に還元融資を適当にするというくらいなどでは済まぬと思いますので、ほんとうに国民的規模において、ここに預かってもらっているんだという信用もあり、感じもし、またあらゆる面で役にも立つような仕組みを一つ考えてみたいと考えております。現在のところではその構想もまとまりませんで、それも一つ国民年金委員の方にまず第一に基本構想を考えてもらいたいと委嘱をいたしておる次第であります。
○岡本(隆)委員 これは一つの意見でございますけれど、今還元融資を見てみましても、たとえば住宅の還元融資を見ましても、結局その住宅の割当を受けておるのは大資本の工場なんかですね。その従業員を住まわせるための住宅に貸し付けられているのですね。本年度の融資の発表を見ましても、たとえていえば、その住宅の還元融資を受けている事業所というのは、汚濁水を川へ流したというので問題になっている本州製紙——これは元王子製紙ですね。あるいは日立造船であるとか、大日本製薬——マルPであるとか、大林組であるとか、中山製鋼所であるとか、こういうふうなところが何千万円という厚生年金の融資を受けて、その従業員のための住宅を建てておるわけであります。こういうところは大きな利潤を上げているんだ。自分の会社の利潤でもってどんどん住宅を建てている。従業員の福利厚生施設としての住宅なら、そんなところへは融資する必要はないのです。私たちのものの考え方からいけば、そんな大きな利益を上げている会社へ、高いところへ土盛りをするような融資をしなくても、たくさんの従業員が給与も低く、ひどい家に住んでいるという中小企業がたくさんある。ところが大資本の、しかも比較的給与のいいところへそういう大きな融資をしていって、大資本に土盛りをしているというのが今の厚生年金の融資の姿なんです。だから今度は還元融資をされるというても、返還の確実性というものももちろん問題になるでありましょうけれども、それでも考え方によっては、もっと小さな企業の従業員であるとか、あるいは自営業者というふうな人々に融資をしていく道は私はあると思います。ことに国民年金になりましたら、私はやはり国民年金住宅というふうなものの制度を作っていただきまして——今とにかく国民生活の中で一番取り残されているのは住宅なんです。住宅がないために非常にいろいろな悪の芽もはぐくまれてくるということはあなたもすでに御承知であろうと思う。だから一番今国民生活にとって切実な要求となっておるのは住宅問題でありますから、一応この積立金というものを大幅に住宅建設に向けていただく。それは特定の公庫のようなところへ貸し付けて、貸家の制度としてその資金の運転をはかるというようなことでも、あるいはその他いい方法があれば考えていただけばいいと思うのでありますが、私は庶民住宅に国民年金の積立金の大幅なものをその中へつぎ込んでいく、年々どんどん日本の住宅の改良をやっていく、それこそまた生活環境のこれが改善でありますから、こういう方面に大きな力を注いでいただきたという希望を持っているのでありますが、大臣どうお考えでございましょう。
○橋本国務大臣 ただいまのお話ごもっともだと思いますが、現在でも厚生年金の積立金の運用に関しましては、まずこれは責任準備金でありますから、すってしまっては大へんなので、相手が確実に年次計画に従って返してくれ、利息を払ってくれなければならぬのです。そこで中小企業の関係で、たとえば三十戸、五十戸労務者住宅を建てるという場合におきましては、直接貸すというのは年金としては危険でありますから、御承知のように府県を通じまして、府県でまとめて、たとえば中小企業の工場に十、平均五十戸で五百戸というふうなことで融資をいたしまして、かなり今日でも中小企業の労務者住宅の建設には役立っているのでございます。私ただいまのお話もございましたから、今後もさらにそういう点については融資対象を選ぶに当って考えて参りたいと思っております。今後の国民年金の運用にいたしましても、何といっても一番大事なのは、非常に流動性を持って、かつまた年金の計画に従って金が入ってくる、そうして欠損を生ぜしめないということは非常に大事でございますが、その場合に、あるいは府県であるとかあるいはまた住宅金庫に貸して、政府が保証をつけるとかいうような、やはり回収の確実性というものを考慮いたしました上で、今日の厚生年金の運用についても考えておりますような方策をさらに一段と進展させることにせいぜい努力したいと思います。
○岡本(隆)委員 あとの質問は午後にいたしたいと思いますが、午後は大臣お見えにならないそうでございますから、それぞれの局長にお伺いしようと思いますけれども、この機会に、大臣に特に私お願いいたしたいと思うのであります。今までの厚生大臣は割合に伴食大臣が多かった。ところが今度はそういう点においては、あなたはすでに一度厚生大臣としての経歴も持っておられる。同時にまた国民はあなたに対してかなり嘱望していると思うのです。ということは、あなたがかって強い信念を持って例の弔慰金の制度の問題のときに、みずからのいすをなげうってでも所信を貫徹しようとされたという、そのあなたの勇気と決断心に対して大きな期待を持っていると思うのであります。従いまして今自民党の今度の人事の中では——岸兄弟内閣だなどというふうな悪評もございますが、橋本厚生大臣は私はその中の秀逸だと思っておるのです。(「それは社会党の統一された意見じゃないぞ」と呼ぶ者あり)また国民がそう思っているのです。それはやはりあなたのそういう信念の強さというものに対する国民の信頼であると思う。だから今度はあなたもいろいろ困難な問題が幾つかあろうと思いますが、しかしながらかってと同じ強い信念を持って、ほんとうに生活に困っている人、あすの生活あるいは将来の生活が非常に暗いという気持にとざされて、胸ふさぐ思いでその日その日を暮している人たちのために、一つうんと大きな力のてこになっていただくように私はお願いいたしておきたいと思います。あとの質問はまた午後、ほかの局長さん方から伺うことにいたします。 —————————————
○田中(正)委員長代理 次に昨二日付託になりました滝井義高君外十三名提出の国民健康保険法の一部を改正する法律案を議題といたします。提出者より趣旨の説明を聴取いたします。滝井義高君。 ————————————— —————————————
○滝井委員 ただいま議題になりました国民健康保険法の一部を改正する法律案の提案理由を御説明いたします。 国民皆保険のすみやかなる実施は、今日の社会保障の中心課題であります。医療保険に適用されているものは、三十二年度末において健康保険九百五十万人、日雇い健康保険七十四万人、船員保険十七万人、国家公務員共済組合二百四万人、公共企業体職員共済組合六十七万人、市町村職員共済組合三十四万人、私立学校教職員共済組合六万人、国民健康保険三千五十八万人であり、その家族を含めれば、約六千三百七十万人が医療保険の適用をうけているのでありまして、全国民のうち、約二千七百万人程度がいずれの保険の適用も受けていないのであります。しかるに、二千七百万人のうち二百万人は五人未満事業所の従業員及び家族であり、これ等雇用労働者は当然、被用者保険を適用すべきでありまして、残りの約二千五百万人はすみやかに国保を適用すべきであると考えるのであります。しかも皆保険が今日まで促進されなかった要因はいろいろあると思うのでありますが、おもに政府の積極性の欠除と無計画、保険者、被保険者の財政負担の過重等があげられるのでありまして、今日の国庫補助が医療給付費の二割ということでは、とうてい、皆保険は促進し得ないのが実情であります。また国保を実施している市町村においても、一部負担金をも負担し得ない貧困な被保険者が多数あるのも、また国保が発展し得ない原因であります。 われわれの医療保障のあり方は、保険中心主義によらず、国費中心主義の医療保障を確立することでありまして、一般国民を対象とする国民健康保険にあっては、少くとも現行健康保険の内容と同程度に引き上げるべきであり、被保険者の負担についてもこれを軽減して一部負担はこれをやめて全額給付を行うべきであると考えるのであります。その際の国庫負担は五割程度になるのでありますが、それは一挙に実現できるものではありませんし、暫定的な措置として、ここに国民健康保険法の一部を改正する法律案を提出する次第であります。 法案の要旨は、まず第一に、市町村は国民健康保険を行わねばならないこととし、義務設置にしたことであります。ただし国保組合等につきましては現状のまま認めることといたしました。第二に、医療給付に対する被保険者の一部負担金の負担割合は通常五〇%になっているのでありますが、これを三〇%以下として法文に明記したことであります。第三は、現行の国庫補助は医療給付費の十分の二となっているのでありますが、これを出産、哺育、葬祭給付等にもその範囲を広げ、保険給付の三割を国が負担することといたしたのであります。第四は、本法の施行日については、国庫補助を三割に引き上げることは本年の十月一日より実施し、全国市町村は昭和三十六年度までに皆保険を完了することを規定いたしたのであります。従って三十三年度は五百万人、三十四年度一千万人、三十五年度一千万人を新しく適用することにいたしているのであります。 本法施行に要する経費は、三十三年度においては、百七十六億五百万円、三十四年度二百二十六億円、三十五年度以降は二百三十七億円を予定しているのであります。しかるに三十三年度はすでに百五十一億七千万円が政府予算として計上されておりますので、不足額として二十四億三千五百万円を追加すればいいわけであります。 何とぞ慎重審議の上、すみやかに御可決あらんことをお願いいたします。
○田中(正)委員長代理 以上で説明は終りました。本案についての質疑は後日に譲ることにいたしたいと思います。 —————————————
○田中(正)委員長代理 次に今三日付託になりました多賀谷真稔君外十三名提出、失業保険金の給付日数に関する臨時措置法案を議題といたします。提出者より趣旨の説明を聴取いたします。五島虎雄君。 —————————————
○五島委員 ただいま議題となりました失業保険金の給付日数に関する臨時措置法案について提案理由の説明をいたします。 日本経済の現下の不況局面は、輸出不振と相待って、早急に回復する兆候はほとんど認められないというのが現状であります。のみならず産業別に見ますと石炭、造船、機械等は今後ますます下降の一途をたどるであろうとする見方が大かたの観測であります。これらの産業は、各種産業のうち最も雇用効果の大きいものであり、現在においても悪化しつつある雇用情勢、失業者の発生状況にさらに拍車をかけるでありましょう。この趨勢を失業保険の統計に現われた数字について見ますと、今年に入って受給実人員の数は一月四十四万六千人、二月四十八万一千人、三月五十万四千人、四月四十九万五千人と、それぞれ前年同月に比して十万人以上の増加であります。こうした失業者の著しい増大傾向にもかかわらず労働市場における一般就職状況は、不況を端的に反映して低い率にとどまっています。特に一般就職の減少は、綿スフ紡績業、織物業、製糸業、機械器具、化学繊維、船舶製造修理業、電気機器など、第二次産業に多いのでありまして、まことに憂慮すべき失業情勢にあることを示しているのであります。 昭和三十一年五月に、労働省が失業保険の給付期間を満了した者について、その再就職もしくは新規就職状況を抽出調査された資料を見ますると、期間満了後、三カ月経過するまでに就職した者の数は全体の四八%にすぎません。残り半分以上が失業状態を継続しているのであります。しかもこのうち、ほとんどが就業を希望しているという分析がなされております。わが国経済が輸出増大に伴って、いわゆる数量景気を謳歌していた時期にもかかわらず、このような低い就業率であったという事実は、現下の不況情勢下において一たん離職した者が新たに就職することが、いかに困難であるかを予想させるに十分であります。 社会党は、不況のしわ寄せを受けて、首切り、失業に苦しむ人々のために、失業対策として有効なあらゆる措置を講じようとするものでありますが、こうした措置の一つとして、失業保険金の給付期間を延長するための法律案をここに提案する次第であります。 本法案の要旨は、第一に、法律公布の日から起算して一年間を限り失業保険金の給付日数を九十日延長することにいたしたのであります。これによって再就職できない、あるいは新たに就職する機会を失っている失業者の生活条件を少しでも改善しようとするものであります。この際、季節的業務に雇用され、または季節的に雇用される者は、その就業の性格にかんがみ除外することにいたしました。 第二に、右の期間は国庫負担の特例を設け、保険給付に要する費用の二分の一を国が負担することにいたしました。本来、このような暫定措置に要する費用は保険財政の健全と安定のため、全額国庫が負担すべきでありますが、現在失業保険特別会計に累積している積立金の総額が五百億円をこえているという事情からすれば、不況の情勢下で、積立金の一部を失業者が保険給付として受け取るのは当然の権利であろうと考えられるのであります。 以上が本法律案の提案理由でありますが。何とぞ慎重審議の上御可決あらんことをお願いいたしまして提案理由の説明を終ります。
○田中(正)委員長代理 以上で説明は終りました。なお本案についての質疑は後日に譲ります。 午後二時半まで休憩いたします。 午後一時八分休憩 ————◇————— 午後三時二十三分開議
○田中(正)委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 厚生行政に関する大臣の説明に対する質疑を続行いたします。岡本隆一君。
○岡本(隆)委員 児童福祉の問題についてお伺いいたしたいと思うのであります。今度保育所の措置費改善案というものが発表されて、かなり大きな旋風になっているように思うのでありますけれども、どういう意図でもってこの改善案が出てきたのか、その理由及びその大綱を御説明願いたいと思います。
○高田説明員 保育所の問題につきましては、かねがね当委員会においても、いろいろ御意見なりあるいは御質問等がありまして、そのつどお答えを申し上げておったのでございます。御承知のように例年予算編成等の場合においていろいろ問題をかもしたのでございます。そういうような事態にもかんがみまして、過ぐる通常国会におきましても、措置費の問題について今までのやり方について適切でない面が多い実情にかんがみまして、これについての改善案の意思及び方途というものについての御質疑を受けたような次第でございます。私どもの方としてはこれが改善の意図と、それからその概略について申し上げたような次第でございます。 まず第一に、保育所は御承知のように現在全国で九千カ所をオーバーしているような状況でございます。これにつきましての三十三年度の措置費の予算は二十五億三千万円という見当になっているわけでございます。従来この保育所の措置費の運営につきましては御承知のように二つの面があるわけであります。第一は保育料の徴収という面、もう一つは公費の負担という両面があり、この両面について御承知のようにいろいろ問題があったわけでございます。 まず、徴収の面について申し上げますと、徴収につきましては、従来いわゆる徴収基準というものがございまして、これは地区別に六つの表になっておりまして、各世帯の所得の額、それから家族の員数というものを参酌をして、徴収基準というものが設けられております。たとえば東京において見ますと、親一人、子一人、すなわち母子世帯の場合を考えまして、月に七千百円の収入がある場合に、五百円の保育料を納めなければならない。それから四人家族の場合におきまして一万五千百円の収入があります場合には、七百円の保育料を納めなければならない。いなかの方はもっと金額においては、きつくなっておるわけでございます。こういうような仕組みで設けられておるわけでございます。結局各家庭につきまして二百円刻み、三百円刻み、その見当において収入認定をやる。その認定に基いて家族の員数とにらみ合せて、今申し上げたような程度の相当の保育料を納めなければならないというような仕組みになっております。ところが実情としてはこの徴収基準表というものの適用の仕方がその地方、その地方、すなわち市町村によりまして相当まちまちでございまして、あるところにおいては相当厳格に適用しておる、あるところにおいてはそうでもない、と申しますのは、結局こういう厳密な収入認定を市町村の吏員がやって、これに保育料をとっていくというような仕組みそれ自体に相当無理な点もございますので、そういうような実情もからみまして、これが適正に運営されていない、その結果としては結局各県別の徴収の成績を見て参りますと、ある県におきましては、総経費の六三%ぐらいはこの保育料をとっている。ある県におきましては二六%しかとっていない。そういうように二六%あるいは六〇%台の間で各県非常にまちまちの状況であったわけでございます。これにはもちろんそれ相当の事由があるわけでございますし、一がいにどうこうということには参らぬと思いますが、いずれにいたしましても、県でくくってみましても、そういう開きがあるということの裏には、各家庭について見れば非常に不均等になっておる。その原因というのは、徴収基準表というものが相当むずかしくできておりまして、実情に合わない。従って適用が十分行われていないということが原因である。従ってこの面につきましては、こういうような非常に綿密な、しかも収入認定を要する徴収基準でなしに、もっと実行可能な、実情に合う徴収基準というものを考うべきじゃないか、そういう意味におきまして、これはこの前も申し上げたかと思いますけれども、収入認定をやらないでやるとすれば、結局生活保護を受けている、あるいは税金を課税されている、されていないというような形式的な基準に基いて徴収額をきめていくという仕組みをとることが適切妥当である。そういう意味におきまして、四つの層、すなわちA階層として生活保護の世帯、B階層としまして生活保護は受けていないけれども税金を何も課税されていない層、C階層として所得税は納めていないけれども市町村民税を納めているクラス、それからD階層として所得税を納めているクラス、その四つの階層に分けまして、そのおのおのについて保育料の額、同時に公費負担の額をきめていく。従って、たとえば生活保護の階層につきましては、これは全額公費で負担をする、本人からは徴収をしない。従ってある保育所において生活保護の世帯からの子供だけを入れている場合には、全額公費によってまかなわれる、その八割を国が持つ、そういうような仕組みになるわけでございます。そういったことにいたしております。 それからもう一つは、今度は公費負担の面でございまするが、九千の保育所がございまして、いわば保育所ごとに補助の基準が違っておったような格好になっておりました。従って結果としましては、その上下の差が非常に開いて参りまして、ある保育所においては子供一人当り大体四百円くらいの費用でやっている、ある保育所においては千五百円くらいの費用でやっている、その間、ある割合を持ってずっと開いて参っておる、そういうようなことに実情としてなってきたわけでございます。それで結果として、児童福祉法の立場からしますれば、いろいろな地域における保育の児童に対するいわば処遇というものが、国が八割の国庫負担をするからには、やはりある程度の均等な姿でなければおかしいわけでございまして、そういう意味からすれば、四百円のところと千五百円のところと比べてみますと、これはやはり一応子供の処遇に相当の開きがあると見なければならない。そこで法律的にいえば、最低基準を維持するに必要な経費を云々ということになっておりますが、四百円が最低基準であるならば千五百円とは一体何だ、千五百円が最低基準であるならば四百円とは一体何だ、そういうふうな問題にこれはからんでくるわけでございます。そこでやはり公費負担の公平と申しますか、あるいはひいては児童の処遇の均等化ということを考えまして、ある程度公平を期する必要がある、そういうような趣旨からいたしまして、いわゆる単価制をとっていく。もちろんこれは地区別、それから施設の規模別に多少の径庭があることは当然のことでございますが、それ以外の要素においては、一応いずれの地域においても大体同等の処遇を受ける、そういうふうな体制にすべきじゃないか。そういう意味において、この公費負担の高というものは単価制をとることにいたしたわけでございます。これが大体両面からの根本の関係になるわけであります。 そういうことにいたしまして、従来、保育料をとっているの、とっていないのと水かけ論をし、あるいは公費負担の問題について、俸給が高いの高くないのと言ってみたところでわけがわからぬというような格好になっておりましたのを、そういういわばすっきりした形にして、将来保育所というものを伸ばしていく素地を確立いたしたい、そういうような考え方のもとに立案をいたしたのでございます。もちろんしかしながら、費用の面において平衡化をいたしますと、その単価以上の金額のところにつきましては、これはやはりさしあたって困る事態が起るわけでございます。その点につきましては経過措置を講じまして補っていくというふうな体制をとっておるわけでございます。それからまた費用の徴収の面につきましても、たとえばC階層については四百五十円の微収ということにいたしておりますけれども、これも市町村との関係において四百五十円で決済をするというわけでございまして、実際にこれを市町村内において適用する場合におきましては、市町村民税の均等割を納めているか、あるいは所得割を納めているかというような点も勘案いたしまして、市町村内における実情をくんで、あるいは一部高い、あるいは一部低い、そういうような差別を設けてこれはかまわない、そうしてもらってけっこうであるというふうな体制にしておるわけでございます。これは大へん長くなりますので、あまり長く申し上げるのもどうかと思いますので、一応この辺にしまして、また御質問に応じましてお答えしたいと思います。
○岡本(隆)委員 まず第一に保育料の徴収面の問題でございますけれども、従来の保育料徴収基準を非常に簡素にされましたことは、事務的にはなるほど一応便利なようでありますけれども、しかしながらやはり簡素になるだけに網の目が大きくなります。従って実質的な不公平というものが出てくると思います。ことにABCDの四階層というふうな形で保育料がきめられる。今おっしゃるところを承わっておりますと、もちろん市町村でその中において適当に段階をつけてもいいというふうなことでありますけれども、しかしながらそれも限度のあることでありましょうし、あなたの方からの御指示は、最初は四階層で徴収しろというふうな御指示が出ていたようでございます。従って保護者の中には従来より相当一足飛びに上ってくるというふうな人たちも出てくると思います。そのことが結局は、従来とても保育料の負担が比較的多いのでありますから、そのためにせっかく保育所に入ってきた子供がだんだん幼稚園に転向していく傾向が出ておったのが、急に拍車が加えられることになりはしないかというので、保育園を経営している人たちが心配している模様であります。ことに最初保育園を作られたときには、圧倒的に民間の保育所が多いのです。民間の保育所が多いということは、児童福祉の重要性が大きく叫ばれ、しかも国にそれを設立していくだけの費用がないために、お寺であるとかその他の遊休施設を利用して保育所をやって下さいということで、いわば民間に保育所の開設を奨励されていたと思うのです。そしてまた奨励される場合に、坪数に応じたところの基準を作られて、児童一人当りたしか〇・五坪ですかの基準で、できるだけ多くそこに収容しなさいというふうな方針をとって、その設備で収容できるだけの範囲でもって定員として、その定員にマッチした陣容をもって保育所を出発させられて今日まで来ているわけなんです。従って子供の数に応じて、三十名か三十五名あたりでもって保母の数を指定されているようでありますが、そうすると少し基準を越えておるところは保母の数が飛躍して一つ人多くなりますね。たとえば三十名とすれば、六十名であればちょうど二人でいいわけでありますが、七十名であっても三人保母が要るわけであります。そういうことのために、子供一人当りの単価が高くなります。あなたが今単価に非常にアンバランスがあると言われるのは、そういうところに基因していると思う。従って制度が急に変革されるという場合には、そういうふうなアンバランスを、バランスをとろうとすれば、非常に強い影響があって、どうにも運営が困難になってくるというふうな保育所が相当出てくると思うのでありますが、それについて、今の仰せでありますと、経過措置を講ずるおつもりだというふうなことでありますが、どういうふうな方針でもって急激な影響を避けるようにされるのか、その辺のところを御説明願いたいと思います。
○高田説明員 先ほど申し上げましたように、保育所が現在九千カ所をこしておりますが、大体を申し上げますと、公立と私立と半々でございます。これは児童福祉法が発足いたしました当時に比べまして、五倍以上の増加の数になっておりますが、その過程におきましても、むしろ初めの段階においては私立が多かった。だんだん公立が追いついて、現在公立の方がちょっと多くなっているというような見当になっておるわけでございます。 それから一、二お話のありました点、これは誤解のありませんように、念のために申し上げさしていただきたいと思いますが、徴収を、たとえばC層の四百五十円を上下に分けてとるということについては、私どもも実は全国的な基準といたしまして、たとえば市町村民税を納めておる者についても、均等割のみを納めている者はたとえば三百円なら三百円、それから所得割を納めておる者は六百円なら六百円ということにするのはいかがかと思って、数字等について検討いたしたのでございます。そういたしますと、全国平均で見ますと大体半々でございます。その意味においては妥当性を持つわけではございますけれども、具体的な市町村に当てはめてみますと、ある財政の豊かなところにおきましてはほとんど全部三百円の口になっているし、そうでないところは、ところによりますと、六百円なら六百円という口になってしまう。そういうふうな片寄りを生じますので、全国的な基準として、これを二つに割るというのではなくして、その市町村の中において、その辺のところをしんしゃくして上下をつけるということが実情に合うのじゃないだろうかという趣旨で、先ほどの方針をとったわけであります。 それから費用の問題について、人数との関連についてお話がございましたが、これは十分御理解のところだろうと思いますので省略をいたしまして、経過措置といたしましては、結局きめられました単価によって推算をしますと、単価と申しますのは、たとえば東京について言えば、六十人収容のところで、子供一人頭千二百五十円という単価にして運営をするという制度にいたしておるのでございますが、それが現実の今までの姿というのが、たとえば子供一人頭千五百円かけておるという場合におきましては、結局そこで二百五十円というものが足らなくなる。そういうようなことで、それをどうするかという問題になるわけでございます。これは施設によっても違いますし、それから県によっても相当その間に径庭があるわけでございまして、ある県においては、そういうふうにオーバーする施設が非常に多いし、ある県においては、オーバーしない施設が非常に多い。これも種々雑多な条件にあるわけでございます。そこで私どもとしましては、オーバーする費用につきまして、経過措置として約九割前後の費用を考える。もちろんこれは全部持つべきではないかというふうな御意見もあろうかと思いますけれども、やはり一面において単価以下でやっている、これを引き上げるということももちろん考えなければなりませんし、従って単価をオーバーしたところにつきましては、やはり経営のある程度の合理化というものを考えてもらわなければなりませんので、施設の経営のルーズなところ、あるいは相当厳密にやっているところ、これも具体的にいえば相当相違もございますし、その辺のところを考慮いたしまして、総体として九割前後の費用というものを大体見当にして、具体的に個々の施設の単価を暫定的にきめていく、それによって少くとも今年はその線によって、一面において単価に近づけるという努力をしながら、そういうことでやっていくという考え方をとっているわけでございます。
○岡本(隆)委員 問題を具体的に扱っていきますと、たとえて言えば、一番問題になりますのは、この基準の数、大体三十人単位になっておりますね。というのは、児童三十名について保母一人というところに目安を置いて、そうして三十人単位でもって単価をきめておられる。そうしますと、その単位の三十人というワクの中間にあるところが、一番運営が困難になるのではないかと思う。たとえて言えば、七十五人とか四十五人というような定員のところ、あるいはもっと低ければもうちょっと困難なのかもしれませんが、たとえば四十人であるとか四十五人というふうなところが、運営困難になってくると思いますね。運営困難というよりも、単価が高くつくわけですね。そこで今年は経過措置として、それじゃ足りない分はそれだけの費用を見てやっていきましょうということで、今年一年はいいといたしましても、それでは将来の方針として大体四十五人のところは三十人に、あるいは七十人、八十人のところは六十人か九十人にするか、とにかく三十というところに単位を置いて、その単位の上か下かの単位に、どちらかに持っていく、こういうふうな方針をおとりになっていらっしゃるのじゃないかと思われる。そうしますと、施設としましては、どこでも、収容できるぎりぎり一ぱいの定員、自分のところの坪数に応じた、ぎりぎり一ぱいの定員をとっている。従ってふやすことはできないです。建物を大きくしなければならない。これは非常に予算の伴う問題でありますからできない。従って削るよりほか仕方がない。そうすると、あなたの方の方針は下へ削れ、こういう方針をとっておられるように見えるんですが、そうじゃないですか。
○高田説明員 規模別の切り方は、今度の基準によりますと、六十人から九十人、九十人から百二十人、百二十人から百五十人、百五十人以上というような考え方をとっております。それから従来も六十人を、いわば最低の規模にしておったわけであります。それでお話のように具体的妥当性ということにいたしますと、一人々々勘定をして、それによって単価を違えることが一番具体的な妥当性が増してくるわけであります。それから子供の出席日数等につきましても、これも違うわけでございますが、今度はいわば月ぎめのような格好をとっているわけでございますが、その月によって出席日数も違うのでございますから、それに応じた態度をとるということが一番具体的な妥当性ということからすれば合うと思うのでございます。しかし、これはやはり国と地方団体とのいわば決済の基準でございますから、特に一万に近い施設を対象にしたいわゆる両者の決済の方式でございますから、やはりある程度のところでこれは切らなければならないということは十分御理解いただけると思うのであります。今、まん中の数字のところが損をするじゃないか、従って定員について云々というような危惧についてのお話がございましたが、私どもとしましては、特に定員をこれに合わせろということを指示するつもりはございません。ただ実際問題として、今まで入っております子供について検討した場合において、いわゆる法律の意味における措置児童に該当するかどうかということについては、これは一応法律によって措置したとはいうものの、厳密にこれを検討すれば、従来の実情等を調べてみました結果によりますと、多少まぎれも入っておるところもなきにしもあらず、その辺のところは、この合理化の線に沿って取捨選択をするという問題はこれはあり得ると思いますけれども、方針としてどうこうというつもりはありません。
○岡本(隆)委員 私のお伺いいたしておりますのは、ことしはそういう端数を持った、従って端数があるために子供一人当りの平均の所要経費が高くつくところでもそれはめんどうをみてやろう、しかしながらそれは今年だけで、来年からはそのめんどうがないようになれば、やはり経営の成り立つようなところまで定員を切らなければならない、こういうふうな問題が出てくるわけです。だからことしは経過措置として見よう、しかしながらあとはその基準に合わせて、あまりそつのない数に調整しろ、こういうような方針でいられるのかどうかということです。
○高田説明員 保育所をやるからには、当該市町村はもちろんのこと、保育の実際の経営に当っておられる人は、これはいわゆる普通の企業と違うわけでございまして、もちろん児童福祉を第一に念頭に置いてやっておられることでございますから、従って採算一点張りで経営を左右するということは、児童福祉の建前からいって私は想像いたすべきことではないと思うのであります。今申し上げましたように、これは国と地方団体との決済の方式でございますから、この上に立って地域における児童福祉を念として十分御研究いただくということを私ども期待をいたしておるのでございます。 それからこの経過措置は、一応これはことしということでございますし、この単価に関連した問題としていろいろな要素がございますので、それらは実情に応じて十分県を通じまして指導をいたし、単価に適合いたすようにいたしたいと考えておりますが、来年以降の問題については、最終的には三十四年度の予算編成の問題ともからむわけでございまして、その辺とにらみ合せてきめることが一つの方式ではないか、そういうふうに考えております。
○岡本(隆)委員 児童福祉は採算を問題とすべきものではないというお話でございましたが、この児童福祉の仕事をしておる人たちの方から出ておる不満の声を、あなたがそういうふうな形でもってお考えになること自体の中に、不純というか何か割り切れない感じがする。今児童福祉のこの仕事に携わっておる人たちの待遇というものを見ていくときに、たとえばその収容施設なんかで朝早くから晩おそくまで子供のめんどうを見て、そうしてまた夜おねしょの始末までしておる人たちに対して、国はどれだけの待遇をしておるか。特別にそういうように長い時間縛られて、ちょうど親が子供を育てるような形のめんどうを見ておる者に対してされておる処遇とは受け取れないようなことより今国はなされておらないのです。また保育所を運営しておる人たちにいたしましても、こういう問題もきょうはお話し合いしてみたいと思っておりましたのですが、その園長に対する給与にいたしましても、あるいはまたその保母に対する給与にいたしましても、また保育所の子供を預かる時間というものも、実際普通の労働時間よりははるかに長いのです。なるほど八時間を原則とするということは保育所の運営の規定の中には書いてあります。しかしながら、実際に八時間労働に出ていくところの母親が、出勤前に子供を預け、そうしてまた帰りに子供を受け取って帰るということであれば、保育所の預かる時間というものは八時間であっていいはずがないわけであります。従って前後の通勤時間というもの、あるいはまたこれらの人が超勤をした場合に、それらの人たちは残業しなければ生活が成り立たないのでしょうが、そういうような残業の時間というものを加えて子供をその親に返すということであれば、相当長い時間の労働をやらなければならない。それに対して遇されておる手当というものは、これはここで数字を述べなくとも御承知であろうと思います。それに甘んじて保育の仕事に従事しており、しかもそういうところの運営が非常に苦しいからこういうことをされたのでは困るという声が出ておるときに、欲得ずくでそんなことを口にするものではないというような言葉を浴びせられるということは、まことに私は心外に思うのです。それらの人の気持になって心外に思うのですが、そういうふうな考え方でなしにこの保育所の運営というものを私は考えていただきたいと思いますが、一体この六十人の千二百五十円というものの積算の基礎はどういうところから出ておるのですか。
○高田説明員 今のお話でありますと、保育所についての期待といいますか見方といいますか、何か先生と私とが非常に違っておるようなお話のように聞き取れたのでありますが、私も別に違っておるわけではなく、お話になっておる線と全く同じ趣旨でございまして、もしそれが違ったようにお聞き取りいただいたならば、私の方の言葉が足りないためにあるいは誤解を生ぜしめたものだと思います。保母の待遇、職員の待遇につきましては、何とかもう少しこれを上げたいと思えばこそ、いろいろな保育所については、御承知のように予算編成上の悪条件があるにかかわらずわれわれも努力をし、それから世間の人たちの同情も得て少しずつ前進をしておるというようなことでございます。私たちも保育所における職員の待遇は決していい状態とは考えておりません。今後これが改善についてはできるだけ努力をいたして参りたいと思います。 それから単価のきめ方につきましては、従来の保育所におけるいわゆる総費用、つまり人件費と事業費を含めた総費用、それから三十三年度におきまして予算上計上されました〇・五カ月の期末勤勉手当、それから給食費、普通の幼児であれば一円の値上げというものを加算をして算出をいたしたのでございます。そういう意味において、従来のいわば全体の実績を基礎にして計算をいたしておるわけであります。
○岡本(隆)委員 それでは、たとえば六十名収容の保育所としまして千二百五十円の新単価でいきますと、その運営の費用は合計七万五千円になるのですが、その七万五千円のうちで大体園長の給与をどれくらいと見、それから保母の何名の給与をどれくらいと見、それから給食の費用をどれくらいと見るというふうな、ごくあらましの数字をお聞かせ願いたいと思います。
○高田説明員 職員の平均給与が約七千三百円でございます。これは園長、保母、調理士等を平均した額でございます。従って、六十名の場合におきましては保母二人、それに園長、調理士、小使ということになるわけでございます。そのほかに給食費は幼児の場合には日に八円十銭、それから乳児の場合、三才未満の子供につきましては日に三十円ということでございます。もちろん先ほどの単価は月ぎめの単価でございますから、実際の出席日数等を加味して計算をしなければなりませんので、単純に三十日をかけるわけには参らないわけであります。
○岡本(隆)委員 七千三百円の中には期末手当は含まれているのですか。
○高田説明員 それには三十三年度の予算で計上されました分は入っておりません。ですから先ほど申し上げましたように、それを加算をして算出いたしたわけであります。
○岡本(隆)委員 お話を承わりますと園長を含めて保母、調理士、小使を合せて平均が七千三百円ということでございます。しかしながら月七千三百円の給与というものは、学校の小使さんでもこんな少い人は少いと思う。およそ給料のうちの最低の額であると思うのであります。それが今度は保母となり子供を責任をもって預かり、しかも長時間親のかわりになって子供のめんどうを見ていくというふうな人たちが七千三百円ということではあんまりだと思えるのです。しかし今私はこういう既成事実として、それについての議論は避けます。しかしそういう報酬に甘んじて子供のめんどうを見ていかなければならない、また見ていっている人たちが、今度は改善案によってやはり園にある程度の経営のあれがくれば、子供の給食費は削るわけにはいかない、また子供を遊ばせるためのいろいろの事業費は削るわけにはいかない、そうしますとどうしても出てきますのは人件費以外にしぼるものはないのですね。勢い経営の運営が困難になれば人件費に影響が出てくるし、あるいはまた今まで三十人に一人というワクがありますから、二十五人ずつ三人で見れたという七十五名の保育所が、預かる子供を多少減らすかもしれないが、同時に三十人以上の子供のめんどうを見させるようにして、人員を一人整理するというようなことも出てくるかもしれないと思います。またそういうふうな合理化をやって、それによって園の経営を成り立つようにしろというのが改善案の底を流れた精神であるとするなら、これは出発のときの考え方と改善案との間に大きな開きがある。出発のときには、できるだけ多くの子供を、悪い環境の中から保育所へ入れて、そこであたたかい光と気持のいい風をという気持で保育所の開設を奨励され、それに応じてそれでは私の方も進んでやりましょうというのでもって施設を始め、そこで許される範囲の、できるだけ多くの子供を入れて出発したというところが、今果然そういう方針に切りかえられて、そのためにいろいろな犠牲を払っていかなければならないということでは、いかに合理化という言葉がこのごろはやるにいたしましても、しかしながらこの合理化というものはこういう人たちに対するまことに冷たい合理化であると思うのです。従ってこれから後の新しく認可される保育所については、こういうあなたの方の改善案の精神でいいでしょう。しかしながら従来の施設に対しては、それらが適正にうまく調整のつくまではずっとめんどうを見てやるというふうな考え方をあなたの方で持っていただかなければならないのです。来年は来年の予算の風向き次第で考えるべきことでしょうというふうな先ほどの御返事でございましたけれども、しかしながら来年は来年で考えましょう、ことしはとにかくめんどうを見ていきましょうというふうな、先についての何らの約束もなければ保証もないような形でことし一ぱいしんぼうしろということでは、今までまじめに保育の問題を考え、子供の保育に奉仕してきた人たちは、そういう冷たい態度には決して満足しないと思うのでありますが、局長からその辺についてのお考えを承わりたいと思います。
○高田説明員 従来保育所の問題につきましては、先ほど申し上げました徴収の適正の問題と、それから措置の適正の問題と——措置と申しますのは、保育にかける児童を行政権によって入れるいわゆる措置の適正の問題と、二方面があったわけでございます。徴収の面についての問題は先ほど申し上げた通りでございますが、この措置の面につきましては、やはり法律上労働または疾病のために保育にかける児童を処置をするということになっておるわけでございまして、これに適合するかどうかということの判断が、具体的な問題になりますといろいろむずかしい点もございますけれども、やはり一応その基準によってこれは措置をし、それを保育をしていくというのが保育所の建前でございますから、従ってこの人数等の問題はおのずからその面から規定をされてくる、具体的にはそういうふうになると私どもは考えておるわけであります。 それから単価の問題につきましては、すなわち職員の給与の問題については、先ほども申し上げましたように、これは従来もその改善に努力をして参りましたし、今後も従来非常に不安定なと申しますか、はっきりしない形においてこれが運営をされておったのを、はっきりした形において、すなわちこの運営上の基礎を固めることによって今後の発展を期していきたいということ、今度の改善の一つのねらいでもございますし、今後もこれが引き上げ等については努力をして参りたいと思うのでございます。結局この経過措置の問題はこの単価の引き上げの問題と関連をするわけでございまして、その辺のところは来年度の予算編成に関連をしてこれは最終的にはめどがつくわけでございますから、そういう意味において先ほど申し上げたのでございます。
○岡本(隆)委員 従来はその必要とする経費について、たとえば園長に対しては幾ら、保母の給料は幾ら、事業費は幾ら、それを積算すると幾らというふうな形で運営費が出たわけですね。従ってたとえていえば七十名、七十五名というふうなところも、それが運営できるように一応経費が措置されていたんです。ところが今度は、たとえていえば六十名のところでは七万五千円になります。ところが六十名をこえますと、一千二百五十円のものが一千五十円と単価が下りますから、従って七十名でありますと、逆に預かる子供はふえておるのに七万三千五百円というふうに園としての収入が減るわけですね。 〔田中(正)委員長代理退席、八田委 員長代理着席〕 そして園としての収入が減るのに、多くの子供に給食を与え、またより多くの人手を要して運営していくということになると、これは七十名のところは非常な影響が出てくるわけです。そうすると、その出てくるところの影響というものは、勢い給与へしわ寄せしていく。たとえていえば園長がみずからの給与を辞退することによって保母の給料を確保するとか、いろいろなことをやっていかなければならないことになると思うのですね。従いまして、今度の改善案というものが、ことしはめんどうを見よう、しかし来年からはもうことしのような経過措置はとれないかもしれないというふうなことになって参りますと、来年から後の保育所の運営というものに非常な不満を持つということは、これまたやむを得ないと思うのです。従ってそういう点についてはこういうふうにしよう、そしてまたその経過措置——漸進的に減らすとするならば減らして、そういう方針をとるとして、たとえば保母が一人やめたのを機会に減らすとか、それまでは今のままでなにしていくとかというふうなことに、てこ入れをしていくとかいうような方針をはっきりさせていただかないことには、来年からの運営にさしあたり大きな影響があるから危惧の念を持っているのだと思うのですが、しかしながらそういうふうに来年からということも、どうにも運営のできないところに対しては何かてこ入れしてやろうというふうな考え方を持っておられるか、おられないか、その辺のところを一つはっきりしていただきたい。
○高田説明員 この人数の問題については、御承知と思いますが、従来もやはり規模別に違えてやっておったわけです。従来はいわゆる十人刻みになっておりましたのが、今度はその区切りを少し大きくしたということで、区切っているという本質においては従来と変りないということも御承知いただきたいのであります。 それから従来は御承知のように、職員につきましてもおのおのの職員について、それからまた庁費でありますとか、あるいは旅費でありますとか、あるいは修繕費でありますとか、そういう個々の予算上の費目に応じて使い方等を規制をいたしておりました。いわば役所が人事課長と会計課長をやっておるような格好であります。これはやはり役所と保育所というものを考えますれば、一定の単価に基いてはじきました金額のうち、先ほどお話のような給食費等の一部のものについては、これはその通りいたしていただかなければなりませんけれども、そのほかの費目につきましては、そのときどきの状況に応じて園長が、いわゆる経営上の立場から最も適切な金の支出をしていく、それはおまかせをする、そういうふうな形に今度改めたわけでございます。その意味においては、役所と保育所との関係というものを、あまりにも役所が介入し過ぎる形から、むしろ普通の役所のやり方とは逆に、経営者の方にその経営上の主導権を持たせたというふうに御理解いただきたい。その意味においては経営上の弾力性が出てきたということが言えると思うのでございます。 来年以降の問題については、これは私が先ほど申し上げたことで十分趣旨は御理解いただけるものだと思うのでございますが、私どもも現在の単価で満足しているわけではございません。これが引き上げについては今後はっきりした形において、予算の折衝もし得る形にして努力をいたしたいと思っております。それとこの問題とは関連をする問題でございます。漸進的にいきたいという気持は、これは私どもも同じでございますが、予算上の問題としてはそういうふうに考えておるわけでございます。
○岡本(隆)委員 運営に弾力性を持たせるためにこういう案を出すんだという仰せでございます。しかしながら何としても財政的な弾力性というものが一番大事であって、それなくしては運営に弾力性というものは何ら出てこない。しかしながら今後の御答弁で、できるだけ漸進的に進みたいつもりだというお言葉の中に、今後の大きな摩擦やそごのないような運営が期待できると思いますので、最後にもう一つだけ児童局長にお伺いしておきたいと思います。 今保育所はたくさんございますけれども、そのうちでほんとうに乳飲み子もしくはよちよち歩きといった二、三才程度のおしめを必要とするような子供を、全児童数のうち何名くらい預かっているんでしょうか。
○高田説明員 御承知のように、保育所に現在通っております子供が約六十万であるわけでございます。私どもとしましては施設を設ける場合におきましては、大体少くとも全児童数の一割くらいはいわゆる乳児を入れるような設備もし、考えてももらいたいということを実は従来も申してきたわけでございます。ところが実際は所期の通りに参りませんで、この乳児の数というものは非常に少い実情でございます。三%以下になっているような状況に記憶をいたしておるのでございます。今後私どもとしては、やはりこの乳児を保育をするということが保育所の一つの重要な使命だと考えておりますので、今度の改善の措置をとる場合におきましても、その面を十分考慮いたしまして仕組んだつもりでございますし、今後乳児の保育が行われるように努力をして参りたいと思っておるわけでございます。
○岡本(隆)委員 乳児の託児という制度は時代の要求になってきていると思うのです。少くも今日では、結婚して間もなく第一児を設けるにはなかなか収入が伴わないというふうなことでもって、共かせぎを余儀なく断念しなければならなかったり、そうでなければ子供を生むことを控えなければならない、こういうふうなことでもって、住居の問題ももちろんあるでありましょうが、しかしながらやはり相当出産後の生活ということのために、生みたい子供が生めないという気の毒な人たちがたくさんあると思います。従ってそれらの人たちにほんとうに不安なしに出産の喜びを与え、子供を持つという喜びを与えていくためには、どうしても共かせぎが続いてできるという制度を国が作っていかなければならない。にもかかわらず今までは国のその問題に対する態度というものは何ら積極的なものが見られぬ。結局それは予算措置の問題につながると思う。今の保育所が乳児を預かることをいやがるということは、非常に手数がかかるのにそれに伴うところの財政的な裏づけがないというところに原因していると思うのです。少くも乳児を預かる以上は、たびたびおしめをかえる、同時にまたそのおしめを働く母親に、持って帰ってあんた晩洗いなさい、あしたかわかして持ってきなさいというふうなことは要求できないでしょう。やっぱりおしめの洗濯も一切してやらなければならないと思うのです。どろんこになってよこれたら、何べんでもからだも手足も顔もふいてやらなければならない。そういうふうな非常に手のかかる、少くも子供三人ないし五人に一人の保母というものをつけなければとても乳児の保育というものは見られない、小さい子供の保育というものはできないと思うのです。そういうふうな乳児の保育に対して、やはりそれだけの財政的な裏づけをあなたの方でしていただかなければ、これは今後ともそういう施設というものはふえていかない。そこで一つこの際、単に従来の保育所にそういう任務を負わせるというよりも、ほんとうの乳幼児専門の保育所を新たに作っていく、そうしてそこでまた別な企画でもって、保母というものの定員も考え、また保育の内容というものも考える。その合理的な計算の基礎の上に立った保育料というものも考えて、それは全部共かせぎで働く人たちのためなんですから、必ずしも無料でやる必要はないと思うのです。しかしながらほんとうに安心して子供を預けることができる、同時にまたそれが新たな経済的な負担になっては困る。だからとにかく働く人たちの財力に見合ったものにしていく。そうして至るところにそれを散在させるということによって、みんなが子を持つ喜びを味わうことができるように今後そういう方針に積極的に乗り出していただくようにお願いいたしまして、私の児童局長への質問を終りたいと思います。
○滝井委員 関連してお伺いしたいと思います。岡本さん非常に詳細に質問いたしましたが、私は具体的に一、二結論的にお尋ねしたいのであります。今回の非常にむずかしい理屈をいろいろ並べておるこの措置費の国庫負担制度の改正というものは、父兄の負担が増加することになるのか、減少することになるのか、この点簡単に増加するならする、しないならしないと答えて下さい。
○高田説明員 三十二年度に比べまして、この予算執行上の関係もございまして、総体としては多少増加をいたします。ただもう一つ問題は、先ほど申し上げましたように、全体として県別あるいは市町村別に、徴収に非常にアンバランスがございましたので、ところによりましては、従来より安くなるところもあるし、従来よりも高くなるところもある、そういうような地域差があることはこれまた当然お考えいただくべき点だと思います。
○滝井委員 総体的に見たら大体これは増加するようになりますが、まず私が具体的に調べてみましたが、きょうその資料をどうもなくしてしまったんですが、東京都の保育所は六十五人から七十人のところが一番多いのです。この層は、ほとんど一・八倍から一・九倍に保育料が上ります。そうして措置費はどういうことになるかというと、措置費は二万五千円から二万六千円ぐらい減少します。そうするとこれは結局父兄の負担が増加をするということになる。全部措置児だというようなところは、今まで非常に安かった。保育料というものは千五十円クラスのずっと上になってきます。そうして生活保護というのが非常に少い。従ってCクラスというところに保育所を退所する児童が多くなる傾向が顕著になるという結論が私が具体的に調べたところから出る。従って今後の保育所の運営というものが今まで通りにいかないというのが、どうも私が具体的に見た結論であるようであります。梅本さんも保育所の基準というものをいろいろ説明をしてくれましたが、なかなかわかりにくい。今までも保育所の徴収のいろいろの基準というものが設けられて、七百二十種類ぐらいあった。だから能率が上らぬというので今度のようにしたのだということが新聞等に出ておりましたが、やはり今度もむずかしい。どうも厚生省は医療単価点数においても、非常に複雑怪奇なものを作る。それもこういう単純でなければならない、学問のない貧しい階層の措置児を持っている両親が預ける、こういう措置の改善についてもなかなかわかりにくい。改善をするならばもう少しわかりやすくすることが必要じゃないか。〇・五カ月分を予算に加えたり引いたりするようなことではなくて、やはりもっとわかりやすくする必要がある、こういう感じがするのです。しかも保育にかける児童というものは、やはりある程度国が見てやろうというあたたかい気持でやるんですから、金を取ることに主眼を置いた措置というものは私はよくないと思うのです。今まで実績が六割四分か五分程度予算に対して保育料を徴収すべきだというのを五割以下しか取れなかったということで、行政監察なり会計検査院から指摘されたからといって、あわてて六割以上もれるようにするということは問題があると思う。実績は実際それしか出せないんです。こういうことを取る前に、まず賃金をふやす最低賃金制度というようなものを積極的にやるという政策が先行しなければならぬ。ところがそういう政策は依然として昔ながら先行せずして、大衆から取るだけのことは取る、しかも一番弱いところから取るということでは問題があると思うんです。これはつき添い婦の問題のときでも問題が起った。そうして今度また一番弱いところで問題が起る。結核患者で問題が起る。どうも厚生省というところは弱い者を助けなければならぬのに、大蔵省からちょっと文句を言われると弱いところにしわを寄せようという傾向が非常に強いんですね。どうもわれわれ客観的に見て、大蔵省に対して厚生省が貧しい階層に対する防波堤の役割を演じていないといううらみがあると思う。これはやはり七月一日から実施するんだと思うのですが、六月七日かなにかの次官通達で出ておるのですから、これは考え直してもらうべきだと思うんです。そうして今まで通り一応引き取って、もう一、二カ月頭を冷やして考えて、やり直すべきだと思うんです。こういう形で行われるということは、率直に申しまして社会党は反対です。もしあなたの方がこういうことでやって、保育所の児童の数が減ったり保育所の運営がうまくいかないということになれば、私は児童局長は責任をとってもらわなければならぬと思うのです。これはしわが一番まずしい階層に寄ってくることをあなたが引き受けたことになる。悪い言葉で言えば、あなたが保守党の政策を全部一身に背負ったことになる。それは防いでもらわなければならぬと思うのです。あなたの方でこれを強行されるということになれば、私の見るところでは、一番しわの寄るところは必ず六十五から七十の児童を収容している保育所だと思うのです。私はこれから実態調査をあなたの方にやってもらいますが、現在実態調査をやったものから、もしあなたの方でこれを強行されて、次の臨時国会が開かれるころになって保育所が減っておったならば、これはあなたの行政措置が誤まっておったということを示すことになると思うんです。そこで私は高田さんにはお気の毒だと思うんだけれども、これを強行されるのかどうか。とにかく六十五から七十というものは措置費は減少するし、父兄の負担する保育料はふえる、こういうことを断ぜざるを得ないと思うのです。あなたも大体ふえるだろうとおっしゃっておる。これは行政というものはやはりこういう過酷な、われわれから言えば過酷ですよ。東京の七十から六十五程度の保育所の所長さんなりに回って聞いてごらんなさい。今度の改正で運営がよりよくなりましたという人は一人もいないはずです。そういうふうに現実に第一線で運営してきている者が言っていないのに、あなたの方がよくなるということで合理化されてやるというなら、これは責任をとってもらわなければならぬと思うのです。これだけの責任をとるだけの自信を持ってあなたがこれをやっておられるのかどうか、これを最後にお聞きしておきたい。
○高田説明員 先ほど徴収料が若干ふえると申しましたのは、全体として二割見当ふえるわけでございます。ところによりましては、先ほど申し上げましたように、ある県におきましては六三%徴収をしております。ある県においては二六%徴収をしております。その間、県によりましては非常な違いがございますから、先ほど御引例の東京につきましては、これは全社協の調査によりまして申し上げますと、三五・七%の徴収率ということになっておるわけでございます。もちろん従来の予算の立て方は三六%の援護率、六四%の徴収率ということになっておりました。今度の改善案によりまして、その通りに持っていこうということではございませんで、従来の実績を基礎にして検討いたしたわけでございますので、今回のものによりますと、全体の徴収率は約五四・五%ということになるものと考えております。 それからこの保育所の措置費の問題につきましては、御承知のように年々非常な問題をかもしまして、私どもとしましてはこの保育所を何とか安定した基礎の上に立って、将来の発展の基礎を確立いたしたいということが念願でありましたし、昨年の夏以来各方面の意見も聞き、保育に直接関係をしておられる方たちの意見もその他の意見も聞き、結局終局として公費負担の方につきましては、いわゆる単価的な考え方をとり、徴収の面につきましては収入認定をやらないで、税金等を基礎にして形式的な基準によってこれを徴収していくというような考え方を基礎として出発をして参ったのでございます。もちろんこの問題の及ぼす影響については、私どもも十分承知をいたしておりますので、その間慎重に検討もし、また地方の意見も聞いて進めてきたつもりでございます。そういうわけで、長い間の懸案でございまして、私どもとしては去年から引き続き各方面の意見も聞き、数字上の検討も進めて今日に参ったような次第でございまして、御承知のように七月一日からこれを実施するということにして出発をいたしておるような次第でございます。
○滝井委員 どうも今のではちょっと答弁にならぬのですが、とにかく過去十カ年間保育所が伸びてきているのですが、あくまでもその運営の主体となり、第一線に当っておるのは市町村なんです。市町村財政というものにアンバランスがあり、ばらばらです。従って市町村の財政にアンバランスがあるということは、住民の負担力にもアンバランスがあるということなんです。それは大きく拡大すれば、ある県においては六三%の徴収率となり、ある県においては二六%の徴収率になるわけです。これが結局いい県と悪い県は一対三、三分の一程度の割合になっておるということは、結局二六%の県というのは、それだけ財政率が低いということであり、住民の所得の割合が必ずしもよくないということを意味する一面の真理を語っていると私は思うのです。従ってもちろんそれは片方が一であり、片方が三分の一という、これほどの大きな不均衡というものは是正しなければなりません。しかしそれが一挙に、今まで六四%の徴収率を目ざしておったから、今度は五五%程度に引き上げるということでは、措置児、いわゆる保育にかけておる子供を持つ家庭というものは、夫婦共かせぎか何か特殊な条件のあるところなんですから、裕福ではないはずなんです。それを一挙に平均化していくということは、これはもう問題があることは当然なんです。そこらあたりはもっと漸進的に保育所の運営を十分考えながら、保育所にやはり根本的な検討を加えながら変革をしていくべきじゃないかと思うのです。これは幼稚園の問題等、根本的に論議をすれば幾らでも問題がある。ところがそういう根本論はきょうはやめにして、とにかくもうすでに実施されておる。これは行政措置ですから、変えようと思えば変えられる。これを今のままで実施した場合に、保育所に預かる児童の数は減らない、そして保育所の運営というものは円滑にいくという自信があなた方にあるかどうかということなんです。それがあるということになれば、われわれは一つしばらくあなた方のお手のうちを拝見さしてもらいたい。しかしわれわれは、これをこのまま実施すれば預ける子供が必ず減るのじゃないか、運営がうまくいかないところが出てくるのじゃないかということをおそれるからなんです。現状維持者ではございません。改革はせなければならぬと思いますが、このような改革でいいかどうかということです。そこで問題は、その点だけについて自信のほどを答えてもらえば、これから臨時国会まで、僕らも十分調査してもらいますし、あなた方にも調査をしてもらって、その結果を一つここでもう一ぺん批判さしてもらいたい、こういうことなんです。
○高田説明員 徴収の点についてのお話がありましたから申し上げますが、従来の徴収基準によりますと、たとえば一番いなかについて見ますと、月に七千五百円の収入があって家族が三人、その場合の保育料は五百円、月に一万二百円の収入がありまして四人家族の場合には六百円、そういうような状況でございます。先ほどお話のありましたように土地々々によって徴収の実際の成果というものが違ってくる面があることは、これは私どもも十分承知をいたしておりますけれども、これは厳密に適用した上で違ってくるというならば、それはやはり一つの合理的な姿だと思いますけれども、現実にはそれ以外の要素によって違ってきている。それなればこそ二六%と六三%との間の開きというふうになって現われておる面があるわけなんです。その点は、結局は具体的に詰めてみなければ最終的の結論は出ないといえばそれまででございますけれども、現実に徴収基準を厳密に適用した上でのアンバランスがそういうふうになっているというふうには私どもは見ていないわけでございます。その点を一つ御了承いただきたいと思います。 それから人数の動きでありますが、私どもはこれを実施した場合におきまして、A、B、C、D、四つの層の動きというものは相当あり得るものだと考えております。従来と比べますと、すなわちAの生活階層、Bのボーダー・ライン階層、Cの市町村民税クラス、Dの所得税クラス、この四つの間の層というものは相当異動があり得るというふうに考えておりますし、それに応じて国庫負担の額というものも総体として多少の変更があり得るということは、これは考えております。ただ従来私どもは、この点はあるいは多少見解が違うかもしれませんけれども、従来措置されている児童というものが、正確な意味において児童福祉法による保育にかける児童として措置されておる、それがそのままその通りであるというふうには断定できない面があるのでございまして、間違って措置されている面もあり得るというふうに考えておるのでございます。そういった関係から今回の改善措置によりまして、総体の人数についてあるいはかなり異動があり得るということは、私どもも十分予想をいたしておるわけでございます。その異動があれば云々というお話でございましたけれども、私どもは多少異動はあり得る、そういうふうに考えておるわけであります。
○滝井委員 やはり行政をやるからには、責任の所在は明確にしておかなければならぬと思うのです。ある程度の異動があるということは私も認めます。しかしそれはあなたが責任を持って今度の措置をやられた後に異動があるということは、現象的なちょっとした異動ではなく、たとえば保育料なんか一・八から一・九くらい、われわれが七十から七十五くらいの保育所を調べて計算してみると、そうなるのです。二万五千から二万六、七千の措置費の減少になるのです。従ってそうなれば、そういう保育料は無理がくることになる。無理がくれば単にわずかの人数の異動ということでなくて、相当の変化が出てくるのだろうと思うのであります。その変化が出てくると思うか思わないかということを聞いているわけです。今度の措置によって変化があるということをお認めになるということは、相当異動があるというようにお思いになっていることだと思うのであります。そうするとこの措置は必ずしも正しい措置ではなかったということが今にして言えることになります。私の調査したところでは、どうもそういう影響があることをおそれるので、あなたの方が大丈夫と思うならば、一つ臨時国会まであと一、二カ月静観をしてみましょう。その結果で、もう一回そのときにこの問題を持ち出してみましょう。こう言っているわけです。あなたの方で今のように、相当減るとは言わないが、相当異動があるということになると、どうも行政に自信がないように聞える。これは私が少し語気を強めて責任をとってくれと言ったからかもしれませんが、あとになって責任をとるとかとらぬとかいうようなことでは困る。保護とか保育にかける家庭にこれほどまでに問題を提起されたということは、たとい六月七日に次官通牒を出しておっても、もう一回これは反省してみる必要があるということです。これは今まで国会で保育所の問題なんか、ずいぶん陳情も受けたけれども、参議院やこの委員会でこれほど熱心に取り上げられたことは、私の記憶にはないと思っております。ところが今回に限って問題になり、新聞にも取り上げられたということは、今回の児童福祉法に基く保育所の新しい措置に対する国庫負担の改善案というものが、やはり何か問題をはらんでおるということを結果として現わしていると思うのです。だとするならば、これは高田さんの方も率直に反省してみる必要があるのではないかと思うのであります。私はほんとうにこれを自信を持ってあなたの方でやれるかどうかということを聞いているのです。その点を大丈夫だ、大野伴睦じゃないけれども、胸をたたけば、よろしゅうございましょうと私どもは下る。しかし今のように、これをやったら今後下るでしょうということならば、われわれ社会党としてはっきり反対だと言わざるを得ないのです。ですから、そこらあたりをはっきり言ってもらいたい。臨時国会がもうすぐきますから、そのときになって、あのときは間違っておりましたと言われては困る。あなたの方は正しいと思ってやっておられるのだろうと思いますが、われわれはその点だけを聞けばいいのです。
○高田説明員 私が相当人員に異動があるというふうに申し上げましたのは、現状がそのまま正当な姿である、これが絶対正当な姿であるという前提に立っていないのでございます。現状について相当是正する必要のある面がある。私はその前提の上に立って申し上げたわけであります。従ってこの改善措置を実施することによって相当異動があり得るということは、今まで適正ならざる面がありました点については、相当これが是正されるというふうな考えのもとに立って申し上げている次第でございます。もちろんこれは七月一日から実施をし、その以前におきましても私ども十分府県の意見も聞き、また府県等を通じてその趣旨が徹底するように努力して参ったのでございますけれども、これだけの相当の改善でございますから、さらに具体的な事例等につきましては、今後指導監督について意を用いなければならない点があることは言うまでもないことでございます。それらの足らざる点については私ども努力をして参りたいと思っております。
○滝井委員 行政管理庁の勧告の中で、保育児童の概念が明確でないということを言われてきているわけです。保育所の概念が明確でないために、全国的に統一ある取扱いがなされていない。だからなされるようにしよう、こういう勧告があるのです。それから措置の行使が市町村長以外の者によって左右されておるとか、補助金その他保育所の運営についてもいろいろ問題がたくさんありますが、やはり私は現在保育所に子供を預けておる家庭というものは、子供を何もそう好きこのんで保育所に預けてはいないと思う。やはりそれはそれだけの客観的、具体的な理由があるから預けているのです。ところが今度の措置によって、保育児童の概念というものを明確にしてやるということになれば、それはある程度そういう面からは減ってくるかもしれません。しかしそういう面でなくして、今度の具体的な財政的な行政措置によって変化が相当出るんじゃないかということなのです。この点は私が百歩譲って、明確な保育児童の概念規定を行なっても、なおその上に財政措置によって減るだろう、こういうことなのです。従って私の見るところでは、この行政措置というものは必ずしも正しくない。日本の保育行政に一つの大きな圧力を加えるようになる可能性があるということを言っておるわけです。それに対してもあなたの方は、幾分異動はあるけれども、今の保育の姿というものは、あるべき姿ではない。正しい姿ではないのだ。だからそれは正しい姿に直した上の話にしておきましょう。これは今の東京都の七十前後の保育所を調べたらすぐわかる。大体今までどのクラスにあったかということが全部出ております。従ってそれから六十とか六十五とか七十の保育所で、Cクラスというものが非常に多くなってきておる。そうするとそういうところのものは、今まではおそらく四百円か五百円とったものが千円以上納めなければならぬ。こうなれば父兄の負担が倍になるのですから、これは退所するか何か、必ず変化が保育所に起ってくる。しかもそういうことになれば、いわゆる措置費が減ってくるわけですから、これにも保育所の運営に変化が出てくる。だからいわゆる保育児童の概念規定を明確にしても、なお変化が起るだろうと私は思うのです。 これ以上何も言いませんから、一つ資料として、私もとりますが、あなたの方から出してもらってあとで見る方がいいのですから、ごめんどうでしょうが、現在の東京都における一番多い層は、六十五から七十くらいが相当多いと思うのです。ここらが手ごろだと思う。従って保育も手ごろですから、そこらあたりの資料を、七月一日前の六月現在のものを東京都の各区から二つずつくらい出して下さい。そしてこれは宿題になりますが、九月の臨時国会が開かれたら、冒頭に八月現在の資料を出して下さい。これだけお願いしておきます。
○高田説明員 C階層が一番多い層であることはお話の通りであります。これの保育料は、今度の案で一応普通の幼児につきましては四百五十円というふうにいたしております。従ってこれをあるものにつきましては六百円にし、あるものは三百円にする、そういうような弾力性を持ち得るということは、先ほどお話を申し上げた通りでございまして、これが八百円なり千円にはね上るということではないのでございます。それから東京都の今お話の点につきましては、そういうように努力いたします。
○岡本(隆)委員 おそくなりましたから、簡単に一つお尋ねしておきたいと思います。薬務局長いらっしゃいませんから、先に環境衛生部長にお伺いします。先ごろ本州製紙の事件が起りましてから、水質汚濁の問題が非常に大きくクローズ・アップして参っております。そこで水質汚濁の問題につきまして考えなければならないのは、工場によるところの水質汚濁と、それからこのごろは農薬が非常に急激に進歩いたして参っております。従って農薬によるところの水質汚濁の問題を考えなければならないと思います。ところで農村地帯におきましては、簡易水道を使っておりますから、従って水質が農薬によってよごされて、しかもよごされたごく近くに簡易水道の水源があるという場合も、しばしばあるであろうと思うのでありますが、そういう点について、環境衛生部として、それに対する防止の面あるいは措置の方法等お考えになっておりませんか、伺っておきたい。
○尾村説明員 終戦後農薬を使い出しましたのは大体二十三、四年からでございます。その後いろいろな事故の起ったのは十八件ほどあります。事故が起りますと、必ずわれわれの方に報告いたすようにいたしておりますが、この十八件を見ますと、農薬によって水源を汚染した、そして相当の事故を起したというのが明瞭なのは、今までのところ幸いにございません。いわゆる水系の農薬中毒というものが明瞭に起ったのはございません。ただし、個人個人が粉をまいて、それが小川に入って、そこで食器を洗ってそのまま食べたというような例、これはパラチオンにありますが、そういうのが二例ほどございますが、ほんとうの意味の水系の簡易水道事件は、幸いに起っておりません。しかしこれはわれわれの方では、将来相当起り得ると感じましたので、起り得ることをいろいろと想定いたしまして、これは入れる側の問題を規制しませんと、水道側だけやってみてもしようがありませんので、本年の四月に公衆衛生局長と農林省の振興局長の共同の通牒を出しました。それは農薬撒布による水道水源の汚染防止について、一番起り得る条件を二つほど書きまして、地方に指導をいたしております。幾つかございますが、そのうちの一番の要点は、農薬を撒布してそのあとにかけ流しをする、いわゆる水を流しますとそれが溶ける。あるいはそれが水中に浮んで入ってくる。それを禁止する。それからたんぼ等で、特に水源に近いところで撒布する場合には、必ず三日間あとの水を抜かない。そういたしますと、酸化その他空気の作用によりまして無毒化します。その間に、有効効果は農薬として発するわけであります。それから落水をするときにも、落水中にはまいてはいかぬ。落水前三日間、必ず農薬がたんぼの中にとまるのでなければまいてはいかぬ。それが一番有効ということになりましたので、この点を厳重に守らせるように農林、厚生両省で共同して、地方へ指導しております。
○岡本(隆)委員 ちょうど薬務局長もお見えになりましたから、あわせて一緒に考えていきたいと思うのであります。この間東京都内でありましたか、殺虫剤DDTで慢性の中毒を起して、子供を二人死なしたお医者がございました。それで殺虫剤についての毒性というものは非常に注意を喚起されたのでございますが、問題は、急性中毒が出てくる場合はすぐ因果関係がわかって参りますから、農薬にいたしましてもあるいはまたその他の場合でも、急性な症状としてあるいは現象として出てきた場合にはすぐわかる。しかしながら絶えず微量が流されておりますために、あるいは微量の薬物のために、それを吸入しておったというふうなことのために慢性中毒の形をとってきた場合には、因果関係が非常にはっきりしない。たまたまお医者が自分の子供を二人までも同じ病気で死なしたために、何かこれは原因があるというので、非常に科学的な追及をやったからあれが発見されたのであると思うのであります。従って非常にあれは貴重な報告であると私ども思うのでありますが、こういうふうなものに対して厚生省としてどういうふうな措置を今後とっていかれるか。たとえていえば、殺虫剤は人畜無害ということがいつも書いてございます。人畜無害ということを書かれる限りにおいては、みんな安心して使うんです。だから、何ぼたくさんまいたって平気だという気持でもって、みんな安心してたくさんまくだろうと思うのです。そうしますと、あのときの局長談が誤報なのか知りませんが、それはあまりべらぼうに使い過ぎたからそういうことになるのだというふうなことが発表されておりましたが、しかし少くも人畜無害ということを書かせる限りにおいては、われわれはやはりそれが乱用された場合においても危険というものがないという仮定のもとに考えなければならない。従って、今後ともああいうふうな殺虫剤というものに対する取締りであるとか、あるいは慢性中毒というものについての科学的な検討というものをやっていかなければならないと思うのでありますが、それについてのお考えを一つ聞かしてもらいたい。
○森本説明員 ただいまお尋ねの点は、神奈川県の三浦市でございますが、そこのお医者さんの子供が肝硬変でなくなりました。それでその死因の追及をいろいろいたしました。その結果、一応こいうことになりました。その死因は肝硬変であります。これは診断されました東大の先生、それから病理解剖されましたが、その解剖をされました教室並びに父親の矢島医師の意見、いずれも一致いたしておりまして、病因は肝硬変である、これはおそらく間違いないと思います。それからその肝硬変というものの原因でございますが、これも私また聞きでありますが、現在の医学の段階においては、肝硬変の原因というのは非常にわからないそうでございます。これは先生むしろ専門でいございますが、あるいは老衰とか栄養障害あるいは植物中毒、薬物中毒、いろいろあるそうでございますが、その肝硬変を起した原因は何かということになりますと、実は非常に意見が分れておるわけでございます。一つは、診断されました診察医師が、この肝硬変の原因はDDTにあるのか、あるいはDDTの中に含まれておる砒素によるのか、あるいはその他のものによるのか、これは自分の診断ではなお断定できない、こういうふうに言っております。それから病理解剖されました東大の病理学教室の意見としましては、毛髪の中に相当の砒素が入っておった、二十五PPMでございます。肝臓の方には〇・一PPMでありまして、これは正常値であります。ともかく毛髪の中に相当砒素が入っておった。これは砒素中毒じゃないかという疑いがある、しかし何とも断定できない、相当疑いがある、こういうことであります。それから父親の矢島医師の観察御意見は、それはこのうちには、毎年一キロほどのDDTを買われましてここ十年間も大井に散布されておりまして、それがどうもぱらぱら落ちてきて、それによるところの中毒じゃないか、さらにDDTを分析しますと、十ないし二十PPMの砒素が検出された、その砒素を吸うたのじゃないか、こういう観察でございます。肝硬変ということには意見が一致しておりますが、その原因がDDTによるものであるか、あるいはDDTの中に含まれておるところの砒素によるものであるか、あるいはその他の原因によるものであるか、この点については今の段階では実は何とも断定できないという状態であります。それでこの原因を究明することがまた大事であります。これは非常に困難なことだと思いますが、ただいま考えておりますこととしては、本件の場合におきまして肝硬変がDDTによるものであるか、あるいは相当砒素が検出されましたからそのDDTの中に含まれておる砒素によるものであるか、あるいは他のものに含まれておる——植物であるとか食べ物とかいろいろありましょうが、その他から入った砒素か、その辺の原因を究明しなければならぬのでございます。それでこの件につきましては非常に困難と思いますが、病理の解剖をされたりあるいは診断をされました東大の先生、それから矢島先生御自身も、若干の遺体等がございますので、それらを中心としてほんとうの原因を追及したい、これを第一にやりたいと思います。 それから殺虫剤による慢性中毒であるということが非常に疑われておりますが、その場合第一に考えられますのが、DDTの慢性中毒というものがあるのかないのかということ、これをいろいろ調べてみましたが、われわれがDDTを使いましてから十年以上になりますが、いわゆるDDTの慢性中毒という事例は実は報告はないのであります。いろいろ聞いてみましたが、あり得るだろうが現実にそれはないということであります。それからなおこのDDTを作っております製造者がございます。ここでは多くそれにさらされておりますので、何かあるのじゃないだろうかと一応調べてみましたら、やはり慢性中毒というような程度のものは今のところない、そういう事例はないと言っております。これはもう少し検討してみないといけないと思いますが、そういう事例が今のところないということでございます。なお急性中毒の例はこれは確実にございます。変な話でありますが、てんぷらを作るのにうどん粉とDDTと間違えまして、DDTでまぶして作った、これはてきめんに死んでおります。ですから急性中毒の事例はありますが、慢性中毒という事例は、先生に聞きましても、考えられるが何とも言えぬ、実際の事例はない、こういう状態でございますので、これは相当ひまをかけまして、慢性でございますので二年、三年、あるいは四、五年かかりましょうが、しかも専門の衛生試験場とかあるいはもう一カ所民間でこういうことを研究していただいておるところもあるそうでありますが、そこへお願いをしてやっていただくつもりであります。そういうことが基本的な問題と思います。 それからもう一つ、これも今の原因がはっきりしないのでありますが、ともかく砒素という疑いがありますので、現在のところ殺虫剤に含まれておる砒素の量というものを検出いたしますと、許容される限度の微量のものが大部分でありますが、中には三十PPMのものもございます。この許容限度というものをきめることが必要かと思います。これは早急にきめたいと思いますが、一応腹案としましては最高三十PPM以下に押えなければなりません。その間十PPMにしますか二十PPMにいたしますか、このことはちょっと検討しなければなりませんが、大体三十PPM程度を許容量にしたらどうか、この措置を至急に講じたいと思います。 それから、今申しましたような措置をいたしましても、ともかく殺虫剤というのは虫を殺す薬でございまして、毒性があることは当然でございますが、DDTの毒性からいたしますと、これは毒物、劇物に該当しない程度のものでございます。しかしながら殺虫力——毒性は持っておりますので、これをなくするわけには参りません。これにかわるような殺虫剤もございませんので、結局これは使い方が非常に重要な問題になって参ります。それで現在商品使用書の表示がございますが、それで不適当なものがあれば全部この際大掃除をいたしまして、適正にいたしたい。この措置も講じております。 それから今人畜無害というようなお話がございましたが、これも売り出した当時はそういう表現を使っておりましたが、これはその直後禁止をいたしまして、最近はそういう表示を使っておりません。PRの関係で、一度頭へ入ったことが今でも頭に残っておると思うのですが、最近こういうことはやっておりません。ですから、いろいろ研究事項はございますが、これは引き続いて検討いたしたい。 それから、結局は殺虫剤、ことにDDTというものは使わなければならぬものでございますので、一番大事なのは使い方である。むしろこわがって使われなくなっては困るのでありまして、その辺の指導が第一であろう、こういうふうに考えております。
○岡本(隆)委員 いろいろお考え願っておるようでございますから、非常にけっこうでございますけれども、私が日ごろ考えておりますのは、戦後日立って肝臓疾患がふえているように思います。ことに黄だんがふえております。それはもうどの医者も共通してふえているということを申しております。その原因が何によるものかということは私どもにもわかりません。しかしながらこれは一つのはっきりした事実でありますが、私はその原因がひょとすると農薬じゃないかしら、そういうふうに考えておりました。それは、いろいろ農薬のついた野菜を、十分に洗わないまま食べておるということ、あるいはまた農家が使う水が農薬によって汚染されている、あるいはまた水道の水源が農薬によって汚染されている、それがごく微量ずつ絶えずからだに蓄積してくるために、肝臓の機能が弱ってきている。従っていろいろ、ことに黄だんが出てくるのは、流行性肝炎というものが多うございますが、これはバイラスによる病気でございますけれども、バイラスに対する抵抗力が落ちてきているのではないか。そういうことを実は私想像しておりまして、この前京都市の衛生局長なんかにも、一ぺんそういうふうな統計調査をやってもらえぬだろうかというようなことを話しておったこともございますが、衛生局長も一ぺんそういうことをやってみる必要もありましょうなというような話のままになっているのでございます。たまたまそういうことを考えているやさきに、今の殺虫剤による慢性中毒というようなことが考えられないでもないという事例が出て参りましたので、とにかくそういう日常使用するところの薬品であるとか、あるいはまた農薬その他によって起ってくる慢性の影響、微量の薬物の影響が今日肝疾患がふえる原因になってきている。それがまた一つにはグロンサンというような薬が売り出される原因にもなってきているのではないかと思うのですが、とにかくそういうようなごく微量の薬品による慢性の影響というものを私たちはこれから真剣に取り組んで国民の健康を守らなければならないと思う。しかしながらこれはかなり難事業でございます。また相当大きな規模でもって真剣な検討をやらなければ私は問題は解決されないと思う。従いまして直接そういう衝に当られるあなた方が中心になっていただきまして、厚生省でもって何かそういうふうなわれわれの環境の中から、文化が進むとともにまた出てくるところの新しい障害の排除という面についての御努力を一つお願いしたい。 きょうは非常におそくまで残っていただいて、たったこれだけのことを申し上げてまことに恐縮でございますけれども、それを特にこの委員会で注意を喚起していただきたい、こういうようなお願いをしたいと思ってこういう御質問を申し上げたわけであります。どうぞその辺のことをよく検討していただくようにお願いいたしたいと思います。私の質問はこれで終ります。
○八田委員長代理 本日はこれにて散会いたします。 午後五時十七分散会