外務委員会 第8号
- 発言数
- 113 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1958/07/11
会議録
○櫻内委員長 これより会議を開きます。 お諮りいたします。国際情勢等に関する件、日韓漁業問題について、参考人を招致し、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○櫻内委員長 御異議なければ、さよう決しました。 なお、参考人の人選につきましては、先般の理事会において御協議願いました結果、ただいま各位のお手元に配付いたしました名簿の通り決定いたしました。 それではこれより日韓漁業問題について参考人より意見を聴取することにいたします。 まず参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。本日は皆さま御多忙のところ、特に本委員会のために御出席さい下まして、まことにありがとうございます。委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。 念のため、議事の順序について申し上げますと、まず参考人各位からおのおの御意見を開陳していただき、その後に委員から質疑がある予定でございます。なお、御意見の開陳は一人約十五分程度にお願いいたします。それでは順次参考人の御意見を聴取いたします。田中道知君。
○田中参考人 第一線のなまなましい報告は、他の参考人からお聞きをいただくことといたしまして、私は李ラインによって日本の漁船が拿捕抑留され、その結果こうむるところの被害、そしてその対策がいかに行われており、われわれはこれをいかに考えておるかということについて、御参考までに申し上げたいと存じます。 李ラインによる日本漁船の拿捕は、昭和二十二年に端を発しまして、今日に至るまで、実に船の数において二百五十一そう、乗組員三千百九十四人、まだ帰らない船が百四十九そう、抑留船員については、去る五月の十八日交換釈放が終った直後であるにもかかわらず、なお百二十二人が残存いたしまして、獄中あるいは抑留所で呻吟しておる状態でございます。そして、ただいまもなお李ライン水域におきましては、韓国の拿捕活動が活発に行われておる実情でございます。この漁船の拿捕は手段と場所とを選ばず、全くの無法、無差別に行われておるのであります。軍艦により、艦船により、また日本から取っていったその船によって、これを追跡し、あるいは奇襲し、銃撃して、場所はまた、李ラインの内外を問わず、はなはだしきは対馬の港外にひそんでおりまして、暁に出ていく漁船を拿捕したという事実さえあるのであります。第三日新丸、第八日東丸、第一・第二千鳥丸、明石丸、加藤丸、第六十二宝幸丸、勢力丸、第二小値賀丸、第十一亀秀丸、第十八玉栄丸等々、みなこれは李ライン外の拿捕でございます。また支那沿岸で漁をいたしまして、満船して帰る途中、この李ライン水域で彼らの好餌となって捕えられておる漁船の数もまった少くないのであります。この李ラインを迂回いたしますと、ちょうど一昼夜余分にかかるので、ついそこを通ることが災難のもとと相なっておるのでありまして、はなはだ遺憾に存じております。 この韓国の拿捕の傾向を静かに観察、回願いたしてみますると、その消長は 韓国の内政事情、そうして彼らの感情、そうして年末の歳暮風景との三つに大きく分けることができると思われるのであります。韓国において大統領の選挙とか、あるいは国会議員の総選挙とかがあるその前後には、必ず活発な拿捕活動があるのであります。これは要するに、向うの国の国内事情によるものと思われます。また韓国に対して気に入らないことが日本の内地で行われたり、言われたりしたときには、必ず拿捕が活発になって参ります。かって李承晩大統領が日本を訪問したときに歓迎ぶりが悪かったと報ぜらるると、その数日後には拿捕抑留が盛んになっております。しかも例の大邦丸事件が起りまして、漁撈長が射殺された事件を巻き起しておるのでございます。また、鳩山総理大臣が就任早々に外交方針を明らかにされまして、ソ連圏とも友好関係を結びたいとの発言がありまするや、数日にして拿捕抑留が盛んとなるのであります。はなはだ遺憾でありまするが、事実はさようでございます。また国会におかれまして彼らの好まない質疑が行われましても、直ちにそれが響いて抑留拿捕の活動と相成って参っておるのが実情でございます。それで、今日ここで行われまするこの委員会も、あるいは多少の影響があるのではないかと心寒いものを感ずるのでございます。また必ず旧年末に入りますと、年中行事のように拿捕が盛んとなって参ります。これは先方は、拿捕の成績によって年末賞与の多寡がきまると称されております。従いまして、これが盛んになるのもまたやむを得ないことと存じておりますが、はなはだ遺憾でございます。 以上のような拿捕の状況でありまして、日本漁船はうかうかと李ラインに接近ができないという実情であります。従ってそのこうむる被害について申し上げますると、被害を受ける船はサバ釣船、各種まき網船、底びき漁船、捕鯨船、雑漁業船等、約二千五百四十隻の船の被害でございます。その乗組員は、約四万人、年間失いまする漁獲は、百三十億円という損失であります。このために業界では拿捕による直接の破産並びにじり貧による衰亡等が顕著に現われております。案外確実といわれておりまする漁業のうちで、以西底びき漁業におきましてはこの間に三九%の破産脱落があったのであります。これは六十会社であります。またまき網におきましては、今長崎、下関方面におきでましては、銀行による整理の旋風を巻き起しております。これは要するに李ラインの影響であります。従って、その他の小さい漁業に至りましては想像に余るものがあるのであります。しかしながら、以上は金銭に見積り得る経済上の問題であります。しかしながら、三千人の抑留漁夫が、その抑留生活、長い者は三年四カ月、短かい者でも平均しますと満一カ年、これら無実の獄中生活は精神的に大きな打撃を与えております。特に死んで帰ってこない犠牲者は八名ございます。またせっかく帰って参りました船員のうちにも、九〇%は病気になって、直ちに就業ができないという悲惨なありさまであります。一方獄中の父や母や夫を思う留守家族の心情また悲嘆のきわみであります。一家の支柱を失いまして貧困に泣く子供ら等の事情を見ますと、全く目をおおうものがあります。夫の帰りを待ちかれて自殺をした妻もございます。これを病苦に思って生命を失った年とった父母等もたくさんあるのであります。国内においてさながら地獄図絵が展開しているというのが実情でございます。現に抑留者の家族はもちろん困っておりますが、すでに帰還した者の三分の一の家族はいまだに苦境にあえいでおるのが現状であります しからばこの悲惨な、重大な李ライン対策について何がなされたか、そしてその影響はどうであろうか、こういうことについて申し述べてみたいと思います。もちろんわれわれは懸命の努力をいたしておるのであります。日本政府は閣議決定の線に沿って行動されておるとのことであります。われわれは業者でありますから、この閣議決定というような詳しいことは存じておりません。海上保安庁、水産庁の力によって、拿捕防止の措置がとられております。この方法は、韓国の活動を察知いたしまして、われわれ漁船を危険から退避させる方法であります。両庁の巡視船、監視船ともに勇敢に活動していただいております。しかし彼らには武器があります。わが方は無防備であります。その関係上、その万全の期し得られないのもまた当然であり、ときどき拿捕せられ、特に二十七年九月には水産庁の監視船第二京丸が名誉の拿捕を受けております。引き続いて海上保安庁の監視船が拿捕されておるのは皆さんも御承知のことと思います。しかし最近においてこの警戒の退避の訓練も非常に行き届いて参りまして、きわめて精巧となり、このため拿捕防止には有効でありまして、拿捕の激減に対しましては、業者はひとしく感激しておるような次第であります。しかし何と申しましても先方は攻勢であります。こちらは守勢であります。従ってまたその数においても、向うは自在に増加をいたします。わが方には限りがあります。従って最近のような不祥事も起ったのであります。現地でこの局に当っておられる当局は切歯扼腕いたしておりますが、実に何ともいたし方ない情勢であります。 また水産庁からは、拿捕漁船対策といたしまして、昭和二十六年の三月三十一日に特殊保険制度の制定をみまして、保険によって損害をカバーをしていただく方法を講じられ、また昭和二十七年六月二十五日には、拿捕船員については船員給与保険制度によってこれを助けていただいております。これがために、初期におきましては業者は非常に助かったのであります。しかし保険はあくまでも掛金と損害補償のバランスの上に立っております関係上、保険料はきわめて高率であります。そしてだんだん漁場でジリ貧になります業界は、とうていその保険を掛けるにたえないというので、現実におきまして最近の拿捕はほとんど保険のない船が拿捕されておるという実情でございます。このほか拿捕船員の留守家族に対して見舞金とかあるいは差入金の補助等、いろいろ国会の皆さん方の御援助を得まして、いただくように相なっておりますが、もとよりこれは万全ということはできないのであります。 思うに政府の組織が分掌制度である関係上、外交上思うにまかせず拿捕続出するその責任は外務省にある。しかし漁船救済指導措置は水産庁の分掌である。水産庁は業者の真実の方向をつかみまして、親心を出してくれますが、台所は大蔵省であります。大蔵省に至っては次第に縁が遠くなりまして、無神経になって冷淡であるというのが実情であるようであります。われわれ業者はひがんでかく考えておるかとも思いますが、これはわれわれの偽わらざる感じでございます。外務省はまた日韓問題についてまっこうから取り組んで、役人離れのした真剣さをもって処理しておられるということを聞いて、われわれは感激しておる次第でございます。特に人質的な抑留者の送還問題のためにどれほど苦心しておられるかを察するとき、全く目がしらが熱くなるのを覚えるのでございます。しかし、昔の閣議決定を後生大事に、日韓友好という紳士的な態度に終始して、ついつい彼らの術中に陥っていくのではないかとわれわれはしろうとはしろうとなりに不安を持っておるのであります。また一方業者われわれといたしましては、日韓漁業対策本部を結成いたしまして、及ばずながら拿捕の防止、抑留問題、差し入れ、留守家族の援護に努力して参ったのでありますが、何せよ民間の微力の集まりでありまするので、はなはだその効果をあげ得ないのを遺憾と存じておる次第であります。 最後に、われわれはかく考えるという希望を申し上げて参考に供したいと思うのであります。 第一は、十年前の閣議決定の線の対韓方策、李ライン対策で今日果して通用するであろうかということでございます。もとより根本的解決は、真の友好親善の話し合いによる解決が最も望ましいものであることはわれわれも信ずるのであります。しかし、相手が片手にあいくちを擬して暴力、無軌道の相手であります。人を見て法を説けということが言われておりますが、百年一日のごとく低姿勢の態度でよろしいかということであります。李ライン問題惹起以来、政府は吉田、鳩山、岸内閣と四転五転しております。直接外交の衝に当っておられますアジア局長は倭島、中川、今の板垣さんと三代も変っております。直接現地において指揮されておる海上保安庁の長官は大久保、米倉、現在の島居さんと三代も変っております。しかるに十年前の閣議方針がいまだに踏襲されて、しかも李ラインにおける先方の暴力はいまだに何らの変りがありません。しかも漁業者の被害もまた変りがないのであります。この際に、新しい見地に立って考え直すべきではないかとわれわれはわれわれなりに考えるのであります。 第二はわれわれ漁業者といえども暴に報ゆるに暴をもってせよということは考えておりません。しかし現代のミサイル時代とか宇宙時代とかいわれるときに、左のほおをたたかれたら右のほおを出せ、こんな外交方針でよいであろうかとわれわれはつくづくと考えるのでございます。ただ暴力から退避するのみに終ってよろしいかということであります。中共の漁船もわれわれ漁船と同様にあの水域で操業しております。しかしながら今は一つも中共の漁船は拿捕されておりません。これは一度中共の漁船に韓国が拿捕を行なった際に、むしろ逆に警備兵が連れていかれて、向うに拿捕されておるのであります。それ以来一切中共に対する拿捕はないのであります。これはすなわち中共の漁船それ自身が自衛措置を持っておるということを申し上げまして、何らか今後の方策の参考の一端としていただければけっこうと存ずるのでございます。 第三の問題は、日韓交渉の問題のうち重要な問題は、いずれもアメリカが種をまいておるということでございます。この重大な三つの問題があります。特に漁業問題については、初めからしまいまで私はアメリカが種をまいておると存ずるのであります。われわれ独立国である以上、アメリカに依頼する必要はありませんか、このまいた種の刈り取りはせよというくらいの力が日本にあってもいいのではないかと私は痛感する次第でございます。 以上業者として外交には全くしろうとのしろうと考えを申し述べたのでありまするが、今や韓国は御承知の通りであります。最近におきましては中共が先般十五そうの日本の漁船を連行拿捕いたしまして、その後どうなるやらわからないのであります。全く東海、黄海の漁業は風前のともしびのような観を呈しております。どうかこの委員会においても御検討の結果、何とか早くこういうトラブルを解決いただくようお願いして、私の意見といたします。
○櫻内委員長 寺下喜佐雄君。
○寺下参考人 私は第二星丸の機関長寺下喜佐雄であります。ただいまから第二星丸の拿捕されたときの模様と、私が脱出したときの模様をお話したいと思います。 第二星丸は鮮魚運搬船であって、漁船第一昭生丸に随行し、六月二十五日十六時十分、長崎県五島荒川港を出港いたしたのであります。荒川出港より約五時間走りまして漁場に到着いたしました。二十二時ごろ第一昭生丸は第一回目の投網をしました。そのとき第二星丸は積み込み準備をしつつその付近を回っていたのであります。翌朝二十六日午前一時ごろ、魚を積むからとの連絡があり、第一昭生丸にもやって小アジ約三千五百貫を積んだのであります。第一昭生丸は第二回目を一時三十分投網し、三時五十分には網を揚げ、前と同様第二星丸は第一昭生丸につけ、約三千貫の小アジを積み込んだのであります。第二星丸は合計六千五百貫の魚を積み、船は満載状態となり、直ちに帰港すべく長崎に向けて微速で走り始めたのであります。甲板上では小アジ約百二十貫が散らばっていたため、その跡片づけをしていたのであります。二十六日午前四時ごろ突然がやがやという人声に宇良航海士が振り向いてみたら、百五十トンの無灯火の怪船が右舷後方から来て横づけし、自動小銃と拳銃を手に四名乗り移ってきたのであります。 第二星丸に乗り移った四名のうち名が自動小銃を、三名が拳銃を手に持ってブリッジ内に入り、操舵中の宇良航海士に突きつけ、直ちにラッダーを奪いとったのであります。そのとき怪船から韓国語らしき言葉と日本語まじりの声で電灯を消せと言ったそうであります。甲板上にいる船員と宇良航海士の背中に拳銃を突きつけながら怪船に乗り移るよう促し、船員九名は直ちに移乗を命ぜられ、私はそのときのできことは気がつかなかったのであります。その後機関長々々々と呼ぶ声で、私は船の仲間かと思い、何だ何だと言っておりましたら、機関室兼船員室の出入口から見知らぬ者が入ってきて、私一人と見定め、また船員室をきょろきょろ見ておりましたが、外に出るようなのでよく見ると、銃を持ち、ズボンは破れ、また破れゴム靴の見知らぬ服装なので、拿捕されたと思いました。ちょっとしてからまた機関室に入ってきて銃を突きつけながら、機関の運転を日本語でテレグラフの通り運転せよと言われたのであります。韓国警備艇に乗せられた九名は艇内の兵に銃で背中をこずかれ、警備艇の船員食堂らしき部屋に監視つきで押し込められたそうであります。私はブリッジからの命令通り運転していたら韓国兵が室外に出たので、私はすぐそのあとからついて顔を出して外を見たら、きんちゃく漁船は何十隻も操業中だったので、なぜ私たちの船だけ拿捕されたのかと不審に思いました。三十分くらいしてから韓国警備艇に乗り移らされた九名のうち、甲板長並びに甲板員、機関員計三名指名し、移乗を命じたそうであります。韓国船と第二星丸は五十メートルくらい離れて走っていたので、航走を停止し、第二星丸に接舷を命じ移乗させました。その後面船は並んで西に走ったのであります。第二星丸の甲板上には小アジが散らばっており、清船のため、これは前もってお話した通りでありますが、波が甲板上を洗い、水はけが悪いので宇良航海士が、海に捨てようかと言ったら、全部ダンブルに入れろと言ったので、私は甲板上に片づけました。このときすでに明るくなっており、拿捕位置より西に進んでいたが、まだ操業中らしき船は数隻見受けられたそうであります。韓国兵四名はズボンに拳銃を入れ、船尾両舷に一名ずつ、残り二名はブリッジで操舵をとっていた。宇良航海士たち三人は行動は自由でありましたが、私だけは甲板上に出ると機関部に戻るように命令されたのであります。その後船足がおそいので、韓国兵から何回ももっと機関を回せないかと言われましたが、これ以上自分としては回されないので、二百六十回転くらいで運転したのであります。速力がおそいので、韓国船は第二星丸にストップさせ、ロープで第二星丸を引いたのであります。韓国兵におれたちは腹が減っているので飯をたけと言われたので、私たち四人は全部で飯をたき、韓国兵三名と一緒に飯を食ったのですが、韓国兵三名はさもうまそうに私たちのたいた魚、さしみ等をもりもりと食べました。食事中韓国兵との話し合いで、この船はどこに行くのかと聞いたら済州島に行くと言い、また、この船につけるちょっと前に別な船に横づけしたが、あまり船が小さく魚も積んでいないので拿捕しなかった、魚を積んでいる私たちの船、第二星丸をつかまえたと言いました。他に大きな船もいたが、君たちは運が悪かったのだと言いました。 飯を食い終るころ後方より船が見えたので、別にまだ一隻韓国船がいたかと心配したが、船が次第に近づいてきて、星丸の後方近くに来たころからサーチライトで信号をしながら近づいてきましたので、初めて日本の巡視船であることを知り、うれしく意気を高めたのであります。巡視船は韓国船の横百メートルぐらいのところから釈放を手旗、マイクで叫んだようですが、私たちには聞き取ることができませんでした。韓国船は何も答えず、二十分くらいたってから巡視船に向け数発銃撃し、巡視船は銃撃されてから船足を落し、第二星丸後方約五十メートルくらいのところに来て、マイクで海に飛び込んでこいと叫んだのが聞えたので、私たちはともの部屋に入るよう命ぜられ、そのときまた数発ばばんと銃声を聞きました。その以後巡視船は後方より尾航してきた模様であります。 私たち押し込められた四名は、韓国船の理不尽な行為に腹が立ち、韓国に連行されたならいつ帰されるかわからない不安と、このまま連行されたら私たちの言い分は何一つ取り上げられず、無理やりに資源保護法違反の罪を着せられ、私たちの正義が葬り去られることを聞いておりましたので、何とかこの難をのがれ、日本に帰り、韓国船の不法行為を身をもって世間に知らせなければならないとひそかに話し合い、海中に飛び込み脱出する方法を話し合ったのであります。 その後宇良航海士が自分の部屋に帰り、横になり、寝たふりをしていたところ、監視兵一名は船員室に入り、外にいた一名も宇良航海士が寝ていたので安心したのか船員室に入ったので、宇良航海士はこの絶好機を見て船尾より海に飛び込んで、二百メートルくらい離れた巡視船目がけて泳ぎ、数分後に巡視船「いすず」に救助されたそうであります。 私は韓国兵に監視されながら部屋にいて、後に私が部屋から出るとき韓国兵も一緒にあとからついてきて船尾の左舷側寄りにすわり、前方をながめながらもう一人のおっさんはどこに行ったかと聞きましたが、私としては返事をしませんでした。私は、デッキの上にぞうりが脱いであったのでよく見ると宇良航海士のぞうりであったので、ははあんこれは逃げたなと感じたのであります。監視兵も気づいたのか前よりも警戒しているようでしたが、私は、小用をしたいと言ったらうなずきましたので、右舷側に行き、小用をするふりをして海に飛び込み、もぐれるだけもぐり、顔を上げたとき、ぱんぱんと銃声を聞いたので、またもぐり、もぐっては泳ぎして約十分、このときは夢中でしたので時間はわかりませんでしたが、あとを振り向いたときは、警備艇のエンジンの大きな音が聞えたようなので、よく見ると第二星丸を引くのをやめて警備艇が横づけしているようであり、また夢中で巡視船目がけて泳ぎ続けて、四、五十分してから巡視船の近くに泳ぎつき、何回となく叫びました。叫び声を聞いたのか、「いすず」のブリッジにいた人が窓から顔を出したので大声でどなったらあたりを見回していましたので、また大きな声でおおいおおいとどなったら、あそこだあそこだといって発見されたのであります。その後「いすず」から第二星丸を見ると、警備艇があとで、第二星丸が先で、警備艇は監視しながら済州島方面に連行したようであります。 私と宇良航海士の二人は無事脱出、巡視船「いすず」に救助され、その後「つぐみ」に乗り移り、二十七日午前九時三十分博多港に帰ってきたのであります。 これをもって私のお話を終りますが、御意見のある方にはまたお答えをいたします。
○櫻内委員長 次に、山本繁一君。
○山本参考人 私、明石丸通信士山本繁一であります。 私、韓国に昭和三十一年十二月二十六日拿捕されまして、昭和三十三年五月十八日に帰って参りました。その間記録及日記などは向うの警戒が厳重で手持ちがありませんでしたが、たどたどしく考えて参りましたことをお話いたします。 昭和三十一年十二月十五日十時戸畑港出港、李ラインを迂回して、同年十二月十八日二十三時山東角のエビ漁場農林漁区三十八区に到着、操業開始いたしました。同年十二月二十一日曳網して農林漁区百三十九区に移動操業中でありましたが、エビ漁獲希薄のため、二十三日二十二時、冷凍船信濃丸にエビ漁獲のみ積み移し、漁場変更航走南下して、二十四日十一時農林漁区三百二十二区中上に投網操業再開いたしました。 曳網しつつ南下し、二十五日農林漁区三百二十二区中下より三百二十三区中上にかけて曳網、付近に他船五、六隻見えていました。 二十五日二十二時ごろ、巡視船「くさがき」より、海上平穏、ライン付近警戒するように注意報あり、直ちに船長に報告いたしましたところ、晴天で天測は何度も行なった、ラインより十五マイル以上西にあり、これより接近しないので心配なしの一言を聞き、船長は位置については自信があると信頼して、私は安心して就寝いたしました。 二十六日午前三時十五分に船橋が騒がしいのに目をさまし、かけ上りましたところ、無灯火の怪船が探照灯にて本船を照射し、本船船首より左舷側を通り船尾に通過した由で、私が上りましたときには、後方にかすかに見えていました。何ごともないものと思い、自室に下りて間もなく、怪船反転本船に近づいてくるとの大声を聞くと同時に、だっだっと銃声が聞えてくる。同時に本船は探照灯の照射を受けたのがポールドより見える。私は驚憚一時に口中がかわき、鼓動が速射的に打ち続ける胸の中で、公海、しかも李ライン外にてこんなことがあってよいものか、どうか無事に脱出できるようと念じつつ、筥崎丸に、「われ怪船に銃撃を受け全速遁走中」の一信を送る。無線電話にてコース北西とブリッジより連絡通報する間もなく、舵輪の音がはげしくなる。ジグザグの様子。速力の相違はいたし方なく、銃声絶え間なく、流弾による生命の危険も感ずる。左舷側にぶつかる大きな衝撃を感じ、間もなくブリッジ内より銃声三、三発と同時にガラスの割れる音が聞え、四時十五分ごろ停船、警備艇に横づけされ、艇員多数乗船し来る。私たちは恐怖と緊張でふるえながら、命令によりデッキに集合、この際各自室より出てくる私たち船員に対し、なぜ貴様らは逃げたかといって、顔面をなぐられ、足げにされ、この際耳鼓膜裂傷された人もありました。他はすり傷、はれ程度で、釜山港入港のときはもう全快しました。乗組員二十三名のうち機関部二名、甲板部二名を残し、十九名警備艇移乗を命ぜられ、私たち警備艇に移乗して、警備艇の後部船員室に軟禁されました。艇長がちょっと遊びに来た様子で語るのに、わしらは忍術使いだよということを聞きました。これはどこからでも出てくるという意味と私は受け取りました。朝になり明るくなってから、連行途中本船明石丸より機関員不足のため補充ほしきとの連絡あったらしく接舷し、機関員を補充いたしました。その際私たちのふろしきにて包みしものを幾つか警備艇に移すのを見ました。済州港に連行され、後に拿捕された加茂丸、千鳥丸とともに済汁港出港、釜山港に連行さる。入港して住みなれた本船に帰る。部屋散乱しあり、紛失物多数あるを知り、さっそく艇長に申し出て返還を要求しましたところ、大体紛失物は時計、日用品、書籍、たばこその他いろいろですが、時計等幾つか高価なものは返されましたが、小さなものはもうよいだろう、革手袋などはもういいだろうといわれて打ち切られました。船長、警備艇長に呼ばれ、しばらくして船長帰ってくる。顔面赤くなっているので、どうしたかと聞きますと、位置確認書捺印を強要され、幾つか顔面をなぐられたようです。このときは否認して帰ったそうですが、たびたび呼ばれまして、どうにもならなくなって捺印したのではないかと思います。漁具、漁獲物等引き渡しと毎日警備隊にて調書作成の取調べを受けました。この際は船長が一応李ラインを認めたという形になりますので、取調べは職員が主で、あとは履歴程度の取調べでありました。これはほとんどが正反対のものでごさいました。三十二年一月一日第一千鳥丸が脱走したので、さっそく当番を残し、大部分留置場に送られました。留置場は地下牢、不潔、食事、握り飯を古い四角の弁当箱の上に多少の海草の塩づけのようなものでしたが、ちょっとのどを通らないので、二、三日は食べない人もありましたが、何日もおる間に、空腹に幾らか半分でも食べれる人も出てきました。十一日五時ごろ、寒風身をさす中を刑務所にトラックにて送られました。八時ごろ入房、いろいろ刑務所内の注意事項を聞き、三・四八坪の板敷に、この中に便所がありまして、大体私たちは十一人から十人ぐらいで入れられました。日用品の一部とはだ着以外は一切使用禁止、青の獄衣が配付され、さっそく着用、自分の名前のかわりに囚人番号が与えられ、以後呼び出しはこの番号で呼ぶ。七日ほどして検事取調べあり、手錠をかけられ、ひもでくくられる。寒風の中を立たされ、引かれてバスで検察庁に何回か通った。長い抑留生活中このときほどみじめな姿はありませんでした。検事取調べは簡単なもので、大体前回の調書を繰り返すのみで、船長がこういうのだから君たちも入っていたことは間違いない。船長と相談して入っただろう、これ一点張り、簡単に拇印をつく。約二カ月後に裁判が行われ、四、五日後それぞれ刑の言い渡しあり、船長一年、機関長、一等航海士、二等航海士、通信士十カ月、他の船員八カ月でした。未決通算七十五日、罪名漁業資源保護法違反です。船体及び付属品、漁具等はもちろん没収されました。未決期間中にはいろいろと苦しいことも多かったが、既決囚となり、全員坊主頭となる。この刑務所生活については、私たちの実態報告が出ておりますので一応お調べになっていただきたいと思います。 刑務所の食事は、大体規定は韓国人で作業のない人は四等食なんですが、私たちは三等食をいただけました。外米なんですが、米三、麦五、大豆二くらいの主食、この主食の大豆の割合は、私たち板間にすわりながら用事もないのでよく数える人もありましたが、大体二百ないし三百粒くらいの大豆が入っていたそうです。副食物は大根葉っぱ汁がおもで、日本人向きではなく、韓国人の受刑者と同様でございました。大豆以外ほとんど栄養価なしと思いました。 十一月十八日朝刑期を終え出所、収容所より刑事二人が刑務所の玄関に迎えにきておりました。刑事に連れられ、タクシーにて収容所に向いました。このタクシー代も、何か予算がないとか言われまして私たちが支払いました。収容所に十時ごろ着く、高い壁の外に鉄条網を張ったいかめしい姿に全く驚きました。入所ただちに九百名近くの先輩諸氏の仲間入りをいたしましたが、私たちが入所したころから日韓会談の好転のきざしがあり、ずいぶん以前よりは万事よくなったと先輩に聞きました。刑事たちの話によりますと、これくらいだったら厚遇ではないかといわれましたが、刑務所生活で心身ともに弱った私たちには決して満足ではありませんでした。刑務所よりは幾分よかったようです。所内には運動場がないので、舎内で過ごすので、畳の破れ多くて不衛生な生活でした。私の入りました三舎という宿舎は古い舎でございまして、天井低く、大体私小さいのですが、私よりもちょっと大きい人は自分で手が届くような天井でした。これは以前は、三十一年ごろまでは天井がなかったそうですけれども、私の行ったころはありました。床も大体一尺くらいで、通路が狭く、一人平均〇・六畳くらいで、夜寝ているときもほとんど寝返りがやっとくらいでした。ただ一つの念願でありました帰国問題が議会、政府、日赤の御尽力によりまして、三十二年十二月三十一日調印できましたことを深く感謝いたします。 五月十七日帰国人名簿の発表がありましたが、一月一日朗報を外事部長に通達されてよりこの日まで、いつも案じていたことは、私たちと同時に拿捕された三船長も刑期が満了されたし、収容者当時二十二名の人たちは調印後に刑務所を出られた人たちで、帰国できるのではないかとある程度期待しておりました念願もむなしく、名簿には発表されませんでした。釜山に連行されて以来ともに同じかまの飯を食べ、苦労をともにしてきました年長の船長をあとに残し、たもとを分ちお別れする私たちの気持は、言葉に表わせない断腸の思いでお別れして、十八日故国日本に帰って参りました、正門前で私たちを送る二十二名の姿はいまだに脳裏を離れません。 帰港地下関の厚生省国立病院における私たちの診断の結果は、約半数以上の人が安静治療を要するとの指示により、現在それぞれ郷里の病院にて治療中であります。抑留期間の長くなるほど健康が案ぜられます。抑留者全員帰国を願うものでございますが、もし不可能なれば、人道上の見地によりまして、収容所にて帰国を待つ刑期満了者だけでも早期帰国が実現できますよう、当委員会においても御検討の上御尽力下さいますようお願いいたします。 なお私たち留守中はいろいろと経済的にも御配慮いただきましてありがとうございました。私たち刑務所、収容所におきましては、栄養補給、医療品、手紙、日用品ほか薬品等、さらに刑務所出所の際は寒さをしのぐふとん等も必要となり、留守家族の苦しい家計も承知でたびたび小包を発送していただきました。私の方は会社の給与もあり、何とか細々ながら留守中やっていけた様子ですが、全員がそうではなかろうと考えます。なお帰国、病気、失業とずいぶんお困りの帰還船員も多くあると思われますので、実情調査の上すみやかに御援助下さいますようお願いいたします。 なお刑務所及び収容所の実態報告は、私の入所する前のことが収容所は多いのですが、わかる範囲でお答えいたします。これで終ります。
○櫻内委員長 各参考人に対する質疑を許します。大西正道君。
○大西委員 三人の参考人の方からいろいろと李ラインの問題にからむ事情を聞かしていただきまして、田中さんからはこの問題の概括的な御報告でありました。また政府に対しての強い要望もございました。寺下さんからは幸いにして危機を脱出されたその当時の模様もお伺いいたしました。山本さんからは悲惨な抑留者刑務所の事情を聞きまして、涙を催したものであります。十分御意見を聞きまして、後ほど私どもはこの問題解決のために政府に対しましても強く要望するところがあるのでありまするが、もう少し皆様の方に私は聞いておきたいことがあるのであります。 まず抑留者の生活の実態につきましては今山本参考人からお話のありましたように、韓国抑留生活実態報告書というのが抑留者の方々から記録として出されておりますので、これはまたよく私も読ましていただきたいと思いまするが、特に山本さんにお伺いしてみたいのは、拿捕されたのは李ラインの内であると韓国は言っておるのですが、その根拠に抑留者の調書はみな李ラインを犯したものである、こういうふうな調書になっておるようでありますが、これはどういうことなのでしょうか。今のお話を聞きますと、李ラインを越えた者はごく少く、ほとんどが李ラインの外で操業しておる者が拿捕されておる、こういうように聞いておるのでありますが、どういういきさつでそういうふうな調書ができ上ったのですか。あなたの体験をもとにして、一つ聞かしていただきたいと思います。
○山本参考人 お答えいたします。私、職掌柄通信士でございまして、位置その他には実際に関知いたしませんけれども、船長のお話によりますと、韓国側は、ここは韓国だ、日本と違うのだから、君たちを信じるか韓国人を信じるか、調べる方においては当然韓国人を信じることが間違いないことだから、いくら君たちが言っても、そのことはどこまで言っても通らないと、こんなふうに聞きました。
○大西委員 この報告書をちょっと今見ますと、事実を述べてもどうしても聞いてもらえないということが書いてあるのですが、その辺の事情をもう少し、——向うがどういうふうなことを言ってそういう調書に判を押すようになったのか。
○山本参考人 お答えいたします。調書をとる場合、おもに船長になるのですが、位置の確認が一番大事で、そのとき最初に私申しましたように入港と同時に警備艇の艇長が確認書に捺印させて、調書の作成の前にそれが向うへいくわけです。調書を作成する場合、作成する担当官が幾ら私たちがここではない、ここではないと言っても、いや、ここに間違いはない。これにはもう証拠は何もないので、お前たちが幾ら言っても君たちの抗議は入れられないのだから早く刑でももらって、会談も好転しておるのだからすぐ帰られるのだから、決して私たちが罪人とは思っていない、政治的に動いておるということで、まあそのようにされるのですけれども……
○大西委員 お伺いいたしますと、住いにしても食事にしても、そこで病気にかかったときの食事にしても非常に悲惨な状況であったように聞いたのでありますが、ところが国際赤十字から調査員が派遣されたときとか、あるいはUP、APの新聞記者などが収容所をたずねていろいろとあなた方と意見を交換したときなどには、それほど悲惨な状況が報告されていないのであります。また李承晩大統領なんかが視察に来たときなどにも、なかなか環境は清潔であるし、設備もよくできておるというふうなことが言われておるのでありますが、実態とそういうものに現われたものとが非常に違うのでありますが、これはどういうふうなわけでしょうか。
○山本参考人 これにつきましてはこの報告書にも書いておられますし、文芸春秋で山本という方が書かれておるのを私持っておりますけれども、大体新聞社とか赤十字社の方が来られる前は、砂をまいたり、宿舎の整備が大わらわで、医務室も医療器具を飾るとか、こんなことに一日中過すわけなんです。それから李承晩大統領が来られたときには金筋の警官に至るまで便所の掃除をしたそうです。そのくらいいたしましたので、その当座は幾分はきれいになるかと思いますが、翌日は変っておると思います。そのほか医療につきまして、私の船でこの間帰って来る前に五月三日から十五日まで東志郎が入院いたしまして、このとき二人熱発で入院したのですけれども、主食だけは出していただきましたが、日本人は食事が違うので副食その他はこちらでやってもらいたい、それでこの間に約一万円使ったそうです。副食、燃料、水、調味料——水が少くて、水はドラムカンの半カンくらいが幾らだったかはっきり覚えておりませんが。それから病院に入院する際、車代も片道千五百円、これは往復三千円とられます。そんな状態で重い病気になりますと医者はマイシンを打つとかリンゲルを打った方がいいと言うけれども、経理の方では予算がないから君たちの方で何とか買って病人に分けてはどうか、というので新生会とか抑留船員協議会というので積立金とか見舞金とか、いただいたものを積み立てたもので買い与えて、リンゲル、マイシン等の高価薬を打ったありさまです。まあほんの軽い病人は、自分で、送ってきてもらった薬くらいで済ましましたけれども、病院そのものは、薬品は大してありませんでした。
○大西委員 向うから給付されるものだけではとうてい生命を維持するわけにはいかぬ。病気のときにもなかなか困るというので、いろいろな差し入れ品などがあったのでありますが、そういうものは満足に皆さんの方に届いておりますか。あるいは何かほかの事情でこちらから送ったものが届いてなかったり、そういうふうなことはいかがでしょう。
○山本参考人 お答えいたします。小包の発着状況は、ある程度日韓会談の進行状態によってとまったり、十日できたり二十日できたりです。なお京城で一応取り調べた品物が返って、京城税関の送り状が入ってくるのですけれども、きてみると、中には、高価薬とか仁丹その他いろいろなものがなくなっておるのであります。私たち再三刑務所、収容所を通じまして抗議をいたしましたが、どうも抗議がどこまでも行き届かないのか、しばらくの間そんな盗難が繰り返されましたが、私収容所に入りましたころよりは順調に参りました。私たち小包の内容につきましては、どうも必要品も売却するような状態になったこともありましたが、韓国側の支給品は、私刑務所におる間に、ちり紙二枚、ときたま歯をみがくあれとして、私たちが日用品をくれと言ったら、塩を四、五回くれたように記憶しております。そのほか収容所においては、たしか昨年のクリスマスに一度赤十字の方からといって、慰問袋みたいなのがありまして、それでタオル、石けん、歯ブラシ程度のものを支給されただけです。その前に、私は行ってなかったのですが、ときどき韓国にこちらの在日韓国人の方が帰られて、収容所に見舞いに来られるとかで、シャツを一着もらったとかいうこともありますけれども、私の知る範囲ではそのくらいです。
○大西委員 非常に悲惨な事情をもっとよくお聞かせ願いたいと思いますが、時間の関係で寺下君にお伺いいたしますけれども、あなたは機関長ですから、その役目かどうか知りませんが、第二星丸が出航する場合に、あるいはまた操業中でもよろしいのですが、保安庁の方から何か警戒警報というのですか、注意を要するというような警報があったのですか。
○寺下参考人 自分としては機関場でありまして、そのことは局長並びに船長側からは何の連絡もなし、また聞いてもおりません。
○大西委員 それからもう一つ、韓国の警備艇が第七十六照丸というのですか、それに横づけしたが何もなかった。それで第二星丸がたくさん魚を積んでおったので、これを拿捕したんだ、こういうことを言ったというのですがそれはあなたがお聞きになったのですか。
○寺下参考人 これは、食事中に韓国兵が確実に自分に言ったのであります。
○大西委員 日本の巡視艇の「いすず」か近寄ってきたときに、韓国の警備艇か銃撃をした、こういうのですが、それはほんとうに銃撃したのか、あるいは威嚇射撃をやったのか、この辺の事情はどうなんですか。
○寺下参考人 実際警備艇が巡視船を撃つところを自分は見ておりませんです。コック部屋のともに私たちと並んで走って、手旗とかマイクで釈放方を頼んでおりましたのは見たのですが、韓国警備艇の右舷側の方から大きな砲か出ていたのは事実でありまして、それが「いすず」に向けて撃ったか、あるいは威嚇射撃であったか、そこまでのところは確実に知らないわけでございます。
○大西委員 それから拿捕されていっている途中に、あとからついてきた「いすず」があなた方に対して海の中に飛び込んでこいということを言ったというのですが、それはマイクか何かで言ったのですか、どういうことなんですか。
○寺下参考人 そのときには自分としては「いすず」からどのように叫んだのか知りませんが、海に飛び込んでこいと聞えたのであります。
○大西委員 それで飛び込んでもぐって、それから頭をあけたときにまた銃撃を受けたというのは、あなたに対して銃撃をしたというのですか、そこのところはどうですか。
○寺下参考人 もちろんこれは僕に対して銃撃をしたと思います。それはなぜかといいますと、右舷側から飛び込むときにかすかな韓国人の声を聞いたのでありますが、それから頭をあげたときに銃声が聞えたので、自分としてはそのときは夢中でおったのではっきりしたことはわかりませんが、大体自分にだろうと思っております。
○大西委員 田中さんにお伺いいたします。日本政府の対策ですけれども、特に前線にいる保安庁の巡視艇の活動について総合的にお伺いをいたしますが、巡視艇があなた方の船を守るのに十分な働きをしたものでしょうか、いかがでしょうか。この点は抑留者の生活実態報告書の中を見ると、拿捕時に日本巡視艇の積極的な救助をほとんど受けていないということを概括的にいっているのでありますが、特例もありましょうけれども、その辺の事情はどうですか。
○田中参考人 最初拿捕されました漁船は、相当海上保安庁の手段が行き届いておらない点もありましたが、最近この一年半以後というものは非常に行き届いております。その方法を詳しく申し述べますれば、なおよくわかると思いますけれども、これは裏をかかれるおそれもありますので、詳しく申し述べられないので遺憾に思います。むしろその後つかまった船の方がワッチを怠っておったとかあるいは疎漏であったということの方が多いというのが実情でございます。ただしそれはおもに無線で情報をとるのでございますから、無線も持っておらない小さな船というのが、これはやはり海上保安庁の御手段には適合しない、こういうふうにわれわれとしては考えております。
○大西委員 もちろん危険だからというようなことを前もって知らせることその他については今おっしゃるように、最近は保安庁の活動は非常に目ざましいものがあるということでありますが、しかし今回のような第二星丸のように拿捕されていると、うその現場に日本の巡視艇がやってきた、そして銃撃か威嚇射撃かわからぬが、とにかくされて、そのままみすみす向うへ引っぱっていかれる、犠牲者を出す、こういう場合なんです。こういう場合に対してあなた方は、これでも保安庁の巡視艇の役目を十分果してくれたとお考えでございましょうか。
○田中参考人 海上保安庁の船は、あくまでも予防措置のみを有効的にやっていただいて、いざ現実に今度は拿捕にかかった際には、先ほど私も申し上げました通り無防備でございます。不思議なことでございますが、太平洋岸、北洋方面へ行くのには海上保安庁の船は武器を持っております。それが東シナ海へ向うときには全部取りはずして向うへ行くという実情でございます。これは閣議決定の方針に沿ってやっておるのだとかいうことをわれわれは伺っております。そういうふうに無防備でありますから、いろいろじゃまはいたして何とか取り返そうという御努力はしてもらえるけれども、力をもって取り返していただけないというこの点は非常に残念に思っております。特に自分の方の取られた船が来て、われわれを取ろうというときには、明らかに昔は日本の船でありますから、せめてそれくらいは取り返していただけることができるならば幸いと思っておりまするけれども、その点将来の大きな問題のようなこともありますので、われわれはその点まではわかりませんが、われわれの感じといたしましては、現実の拿捕の現場においては非常に効果がない、こういうふうに感じております。
○大西委員 おっしゃるように海上保安庁法によりますと、はっきりと海上における人命財産の保護をするということ、そのために保安庁の船は海上における治安を維持するに足るところの装備を持たなければならないという法律がある。ところがあなたがおっしゃるように、どうしたことか朝鮮海峡のみは大砲をはずしておる、こういうことなんであります。私は、この点は後ほど保安庁の長官が見えますから、さらにその方面に質問をいたしますけれども、あなたの方といたしましては今中共の例もお引きになりましたが、今のような保安庁の巡視艇の活動で満足かどうかということをお伺いしたかったのです。最後のお答えで、その点については不満であるというようなお答えでありましたから、それでけっこうであります。 次にあなたの方の御意見としては閣議決定もこれは十年も昔のことだから、何とか時代に即応して検討すべきではないかという、御意見であったようでありますが、具体的なことはもちろんお述べになる必要はありませんが、そういうことを痛感されますね。
○田中参考人 詳しいことはわかりませんが、従来の方針がきわめて低姿勢な方針でやっておられた。従って今後は少し方向を変えて高姿勢でやっていただけないものであろうかというわれわれは希望を持っておる次第であります。
○大西委員 それから政府の態度でありますが、援護対策に対してはいろいろと手を尽しておるのではありますが、あなたといたしましては、こういう点についていま少しの努力が必要だと思われる点がありましたら、若干お聞きしたようでもありましたが、なお御意見があれば聞いておきたいと思います。
○田中参考人 援護対策につきましては、いろいろ諸先生方にもお願いし、官庁にもお願いしたのでございますが、他のいろいろな障害がありまして、われわれの努力ではやっと現在のところにこぎつけたのであります。しかしながらほんとうに内部を検討してみますると、それで足りるものは大体六〇%くらいあるのではないか、それで足りない、真に困っている人があと三〇%くらい、四〇%近い数があるのではなかろうか。それで日韓対策本部も相当突っ込んだ内情の調査をやっておりますが、一般的なものについては従来のでよろしいが、そういうごく困っている少数な人間に対しては、何らかもう一段の御努力を願いたいというのがわれわれ関係者の念願でございます。
○大西委員 それからもう一点。あなたは韓国の国内の政治情勢だとか、あるいはわが国におけるいろいろな動きが直ちに反映して、拿捕の数がひんぱんになったりするというふうに言っておられるのでありますが、今回の第二星丸の不祥事件が起きたのは、どういう理由に基くものだと御判断になりますか。あなたの個人的な見解でよろしいのですが……。
○田中参考人 特に突発的に大きな拿捕と申しましたのは、先ほどから申し上げました三点の理由がありますが、始終彼らはその活動をやっております。従いまして今度の事件は特にそういう重要な動きに対する事件とは考えておりませんで、普通一般の事件にひっかかったのではないかと私は考えます。
○大西委員 それでは、私は長官に十二時から十二時半までやりますが、それまでに他の方からあると思いますから……。
○櫻内委員長 岡田春夫君。
○岡田委員 これは一点だけなんですが、田中さんに伺いたいのです。先ほどのお話の中で、この問題についてはアメリカが種をまいている、こういうお話がありましたが、その種をまいているという具体的な事実を、もう少しお話し願いたいのであります。
○田中参考人 私は特に重要な三件が、アメリカ側が種をまいておる、こういうことを申したのでありますが、その第一点といたしましては、財産権の問題でございます。これは韓国に駐在しておったアメリカの軍政府が、一九四五年の十二月六日、軍令第三十三号をもって、一九四五年九月二十五日に遡及して日本人の財産を米国軍が接収する。そうしてその次に、一九四八年九月十一日の米韓協定に基いて、それがさらに具体化してきておる事実がございますので、米国の進駐軍が個人財産の尊重ということを無視してやったことが原因ではなかろうかというのが一点であります 第二点は、船舶問題でありますが、一九四五年八月九日現在で、朝鮮に船籍のあったもの、またはその領海におった船舶は、全部日本が韓国に返せという命令が出ておると記憶しております。それによって船舶問題がかくもこじれた問題であるというのが二点であります。 第三点は漁業の問題であります。これはトルーマン宣言がもとを発しておることは御承知の通りであります。そのトルーマン宣言を韓国が利用することは、これは勝手であります。しかしながらそれに付随いたしまして、クラーク大将はあそこに防衛水域というものを作って、日本船の拿捕、臨検の先駆をなしたのであります。私は真相は存じませんが、AFPの記者のスムスという人が書いた本によりますと、これは李承晩大統領の要請によってクラーク大将が引いた線であると書いてあったのを見た記憶がございます。これら諸点から考えますと、少くともこの三つの問題は、アメリカがもとの種をまいたんだ。だから一つ刈ってもらうように日本から請求すべきであるというような私のしろうと考えから申し上げたのでございます。
○岡田委員 非常に参考になります意見ですし、私も大体において趣旨の点では賛成なのですが、そういう問題については、現在の日本政府としてはほとんどアメリカに対してそういう話し合いをしておらない。日韓問題は日韓で、というので李承晩とばかり話をして、だいぶ見当が違っておるのじゃないかと私は思うのですが、こういうような問題の根本的な原因は、アメリカとの関係を解決しない限りは、問題は解決しないじゃないかと思うのですが、こういう点で現在政府のとっております態度その他について御感想があれば、その点についてのお話を、もう一度簡単でけっこうですから伺っておきたい。
○田中参考人 そういう深い外交問題については、何ら強く感じておるほどのものもございませんのを遺憾とします。
○岡田委員 これで終ります。日韓会談でこの問題が解決するというようにお考えになりますか、この拿捕問題その他の問題で、やはり今、田中さんの言われた点が根本問題であって、拿捕を一時的に幾らかおとなしくするとか、その程度のことはあっても、根本問題の解決はできないのじゃないかと思うのですが、いかがでございましょう。
○田中参考人 われわれしろうとが考えますと、お互い興奮しておる同士の日韓がやっておっても、とうていこれは終末にいかない。そこで両方に利害関係があり、特に日本側に対してはこの三点の負い目を負っておるアメリカでも積極的な仲裁に——仲裁というよりも責任を果す態度に出るならば、何とか解決の曙光もあったのではないか、こう考えております。
○櫻内委員長 松本七郎君。
○松本(七)委員 先ほどからの田中さんのお話にも、日韓の会談の状況により、あるいは国会の審議の状況によってさえ、拿捕がひどくなったり弱くなったりするというお言葉がありました。それから山本さんの、収容所あるいは刑務所での生活を通じても、待遇その他が日韓会談と関係があるというようなお話があったのでありますが、私が特にお伺いしたいのは、山本さんの場合ですが、待遇状態あるいは日韓会談の進行状況、これをにらみ合せて、あなた御自身がこれは何か深い関係があるなと感知されたのか、それとも向うの官憲がはっきりとそういうことを、日韓会談がこういう状態になっておるからこうなるのだというようなことが明らかに皆さん方に知らされるように、官憲の口から具体的にそういうことが述べられたものか、そこのところをちょっとお伺いしておきたい。
○山本参考人 お答えいたします。私、収容所に収容されましてからはほとんど変化がなくて、その方は小包み程度で、食事関係はほとんどきまっておりましたから、先輩の方々に聞いたわけなんです。
○松本(七)委員 向うの官憲が、待遇その他とかりに関係ないにしても、あなた方に向って日韓会談の状況だとか、そういうことを直接いろいろ話をすることがございますでしょうか。
○山本参考人 お答えいたします。私たちと話のできる範囲にあるのは、警備の下の方の警官でありまして、これは案外親日で、ほとんどのことを知らしてくれるのですけれども、大体の情勢が変ってくると、上下とも幾分あらゆる面で変るようなことはございました。
○松本(七)委員 田中さんの方はどういうところから結論づけられたか、ただ統計上から、どうも日韓会談その他が影響ありというふうに判断されての御発言か。それとも韓国側が、明らかにこっちの方でそれと解釈できるような発言などが、公けの機関などでなされて、それに基いての御発言ですか。
○田中参考人 私の方では、拿捕の表を日にち別、月別に作っております。そうすると波ができてくる。何かあったときにはその十日くらい前に必ず何か向うに気に入らないことがあったりする。そしてあらゆる新聞を見比べてみますと、日本を攻撃しておる。そのうちには統合参謀本部の発表というようなものがあるのと符号いたしますので、われわれはそれによって拿捕が盛んになったり衰えたりする、こう判断いたした次第であります。
○松本(七)委員 それから田中さんのお話で、中国が拿捕されかかって、逆に韓国の警備船を連れて行った、こういうお話があったのですが、私どももこういう事例をよく今までも聞いておったのです。日本の出漁船が漁業を中国側と一結に提携してやっておった場合に、韓国側の警備船が来て逆にこれを連れて行った場合もある。従ってもしも中国側と密接な連絡をとって提携してやれば、拿捕もおそらく少くなるのではなかろうか、こういうことを、現地で漁業に従来しておる船員たちがよく言うのです。そういう例がたくさんありますでしょうか。
○田中参考人 御承知の通り、従来は六月の十二日までは、日中の民間漁業協定がありましたので、多少連絡の方法もあったのであります。われわれの拿捕の実情を向うの漁業会とも話し合うことがありますが、共同で抗議をしようとかあるいはそういうことに対する防止策を講じようというところまで話は進展しておりません。従いまして、現実には漁場では離れ離れに、なるべく接近しないで、もちろん漁業をいたしますには、一緒に密集してやりますと漁獲が落ちますので、離れ離れにやっておりますので、共同態勢もできないし、またできた事件につきましては、全然遠くの方であった事件、こういうことでございます。
○松本(七)委員 ありがとうございました。
○大西委員 保安庁の長官にお伺いいたしたいと思います。李ラインの問題をめぐって、保安庁といたしましてもいろいろと御苦労になっておるのでありますが、一口に申しまして、保安庁の長官としまして、保安庁法第一条、男二条に規定する保安庁本来の趣旨が、今完全に履行できておるとお考えになりますか、いかがでしょうか。
○島居説明員 今おっしゃるのは、日本全般の話ではなくて、李ラインだけの話かと存じますが、李ラインにおいては、私の方としては、今の海上保安庁の法に与えられた態勢においては、できるだけのことをやっておるのでありまして、むしろその拿捕の前の段階、予防措置にずいぶんといろんな方束を講じまして、拿捕の予防、拿捕の防止ということについてやっておるのであります。しかしながら、今御指摘のありました人命、財産のいわゆる現実的な場合の保護ということにつきましては、海上保安庁の態勢はまだそこまでいっておりませんし、また日本政府の方針にのっとりまして、なるべく第一線では紛争を起さないように、外交手段で日韓問題を解決していこうというふうな方針がありますので、われわれの方といたしましては、その方針にのっとって現場の措置をやっておるような次第であります。
○大西委員 李ラインの問題をめぐってなるべく紛争を起さないようにという配慮は、まことにその通りであります。しかし現実に、今も参考人から聞いたのでありますが、多数の人命、財産が脅かされておるこの現実に対して、なるほど予防措置は講じられていると思いますが、それを鎮圧するための有効なる措置が講じられていないと私は思うのであります。これはなぜであるか。政府の方針と言われますけれども、どういうふうな方針に基いて、法本来の規定するところのこの使命を遂行されないのか。その点を一つお伺いをいたします。
○島居説明員 二十七、八年の時代におきましては、拿捕の現場に急行いたしまして、現場において私の方の巡視船と向うの韓国の警備艇と話し合って、解放した実例というものがずいぶんだくさんあるのでありますが、その後向うの方針もだんだん変ってきたような次第であります。そこで今申しますように、現場におけるそういう発砲行為というようなことはなるべくしないようにというのが、閣議決定に基く方針でございますので、私の方の機関としては、どうしてもそれにのっとっていかざるを得ないような次第でございます。
○大西委員 それでは、現実に拿捕され、そうして生命、財産が脅かされているというこの数々の現実の前にも、なお手をこまねいてそれを見のがさざるを得ない、こういうことが、保安庁の長官としてのこれらの問題に対する態度である、そういう方針に従って行動しておるんだ、こういうふうに了解してよろしいですか。
○島居説明員 別に言葉じりをつかまえるわけではありませんが、手をこまねいておるわけではありませんで、私どもも、今回の場合、できるだけの交渉の措置はとっておる次第であります。また先般におきましては、拿捕船と警備艇との間に割って入りまして、海上保安庁の巡視船が向うの銃撃を受けながらも交渉して、なるべくこちらの方は発砲しないようにというように、今の態勢としてはできるだけの措置はとっておる次第でありまして、これ以上は、どうしても全面的に外交交渉でやっていただくより、私の方としてはその方針に基くより手はないかと存ずるのであります。
○大西委員 身を挺して銃撃の中へ割って入っていろいろ交渉されるというこの努力は多としますけれども、今日までの具体的な事例を見ますと、相手方がそういう場合に対しても銃撃を浴びせてきて、そうしてどんどん拿捕していくというのが現実の姿なんです。それに対して、最後まで、法本来の趣旨を曲げても、このことはいかんともしがたいんだ、こういう態度であるかどうか、こういうことなんです。これは中央では、方針であるとかあるいはこういうふうな意向であるとかいうふうなことで、一応の説明はできるけれども、李ラインの前面において、現実に具体的な問題に遭遇しておるのであります。私どもの今までの見方からいたしますと、そういう場合には全部、相手が銃撃をしてくれば、それに対しては、いかんともしがたく、拿捕をそのまま許しておる、こういうことになっておるんだが、そういうことでよろしいかということを聞いておる。
○島居説明員 海上保安庁の立場としては、日本の政府の方針にのっとっていくよりしようがないだろうと思うのでありますが、しかしわれわれとしましては、それが公海におけるどんな場所であるかということを、確実にわれわれの方で調認識しなければ——世界のいろいろな部面に発表する必要があるわけでありますので、堂々とこういう場合の現実の状態というものをしっかりとつかんで、そうしてそれを世界に訴えていくというふうの資料の収集については、われわれとしてできるだけ努めておるのでありまして、繰り返して申しますように、私どもの機関は、そういう政府の方針にのっとってやらざるを得ない次第でございます。
○大西委員 よくわかるのですけれども、しかし政府の方針と申しましても、やはり法にのっとっての行動であるのでありまして、保安庁法には明らかに、この一条、二条、さらに四条におきましても、そういうふうなただ単なる予防措置を講ずるだけではなしに、最悪の事態に際しましても、人命及び財産の保護をやるだけの力を与えておると思うのです。このことは明白に出ておるのです。それをなぜ行使されないかというのです。政府の方針だといいましても、やはり法に基いての行動であると思うのでありますが、そこの関係はいかがですか。
○島居説明員 たびたび申す通りでありますが、一つの外交方針と申しますか、そういうふうなことによってやられておるのであります。また海上保安庁の態勢といたしましても、私の方は防衛庁の海上自衛隊とは違うのでございまして、そういうふうな態勢には完全にはなっていないということを申し上げたいと思うのであります。
○大西委員 私は政治的な配慮もわかりますけれども、やはり行動される場合に、法に規定した通りをやられるのがあなた方の任務ではないかと思う。法には、そういう場合にはこれを鎮圧するということがはっきりと規定されておるのです。ところが、それをやらないということはそれは単なる外交方針とかなんとかいうことでもって——あなた方は一体法に忠実であるということが本旨でなければならぬと思うのですが、そこのところをお聞きしておるのです。それではあなた方は、どういう方面で、どういうところから外交方針というものを理解されたのですか。この法の規定しているところの当然の任務を履行しなくともいいという外交方針を、あなた方は一体どこから受けて行動されたのですか。
○島居説明員 もう少し敷衍して申しますと、相手の船は国家の船でございます。いわゆる私船ではないのです。そこで、たとえば現地において紛争が起りますと、これは非常なる事態が予想されることになるかもしれないのであります。そういうわけでございますので、そういう政府の方針にのっとれば、海上保安庁の今の態勢としてできるだけのことをやるよりほかないのでありまして、幾ら申されましても、私としてはそれ以上のことはできないというよりほかに申し上げようがないわけであります。
○大西委員 政府の方針というもので、法を無視してもよろしいというふうな結論になるかと思うのでありますが、その政府の方針というのは、いつきまったもので、どういう内容のものですか。
○島居説明員 二十七年の五月ごろの閣議の決定に基いておるのであります。その後多少の変更もございましたが、大体それにのっとっておるのであります。これはいろいろ拿捕が生じるから海上保安庁の船でもってできるだけそういう悪い事態が生じないように現場で予防措置を講じ、なおそれを解決するようにというふうなことなんでありまして、私の方としては、常時二隻あるいは時には三隻または四隻を出しまして、なるべくそういう困難なる事態が発生しないのが一番好ましい状態でございますので、そういう事態の生じないことに極力努めますと同時に、万一起きた場合にはできるだけの平和的な手段でもって交渉して、それを釈放する、こういうふうな状況にいくということの決定でございます。
○大西委員 そのために巡視艇には大砲を積んでおったようですが、特に李ライン付近においては、第七保安管区ですね、ここにおいては積んでおる大砲を取りはずしておるというようなことを聞いたのでありまするが、これは事実ですか。
○島居説明員 先ほどの趣旨を貫きますために、最初のころは、先ほども申しますように、大砲を積んでない船を一般の哨戒に向けておったのであります。そうして今のいわゆる洋上会談でもって釈放のこともやっておったのであります。その後だんだん大砲も積んでくるようになりましたので、しいて積んでおるのをはずすというわけではありませんが、なるべく積んでない船あるいは差しつかえない船で大砲をはずしてある船、こういうものをそっちの方へ回して、一般の哨戒を兼ねているようなわけであります。
○大西委員 そうすると、その一般の船というのは、これはやはり巡視艇でしょう。巡視艇以外の船ですか。
○島居説明員 巡視船でございます。
○大西委員 そうすると、やはり巡視船はこの方面だけは大砲を取りはずしておる。太平洋あるいは日本海方面の巡視艇は全部砲を装備しておる、こういうことになるわけですか。
○島居説明員 その大砲の問題、積むとか積まぬとかいうことはあまり意味がないと思うのであります。というのは、ほかの方におきましても、大砲は積んでおりますが、実際の実弾は積んでおりません。ですから、われわれの方としては、いわゆる最初申しますように一つの方針、つまりそれはなるべく韓国方面においては紛争を起さないように平和的手段で解決をはかりたいというふうな政府の方針がありますので、形式的においても、むしろそういうもので威嚇とかあるいはそういうふうな誤解を招くような方策はとりたくない、ただそういう趣旨だけであります。
○大西委員 李ライン方面では誤解を招きたくないから、紛争を起したくないからというので砲を取りはずす、あるいはそれを積んでない船を回す、他の方はそれではそういう誤解を起してもかまわぬ、こういうふうな考えになると私は思うのですが、そういう方針で閣議は決定され、保安庁は行動しておられるのですか。これはまことにゆゆしき問題だと思う。
○島居説明員 言葉が足りないので誤解を招くかもしれませんが、ほかのところでいわゆる大砲は積んでおりますが、実弾は積んでおりませんということを申し上げましたように、なるべく誤解のあるようなところははずすべきだと思っておるのであります。ほかの方でもはずしたのはあります。
○大西委員 これはまことに日本の外交の一断面を示すもので、私はどうも了解ができないのです。そういたしましても、私はやはり法第四条によりまして、保安庁の船舶及び航空機は、海上における治安を維持し、云々として、保護するのに適当な構造、設備及び性能を有する船でなければならない、こういうことが明らかに規定されてある。こういう法の一部は無視してもいいというような何かのとりきめでもあるのならば、これは法との関係で問題だが、閣議決定はどういうふうなきめか知らないが、こういうふうにはっきりと法第四条に規定しておるところのそういう装備のない船を回しておるということは、私は保安庁の任務の重要な部面を放棄したものだと思う。平和的な平和的なと申しますけれども、相手が相手だというような今陰の声もあったが、それに平和的な態度でもって今日まで終始した日本の外交が果して成功しつつあるかという問題になりますと、まるきり事態は反対であります。私はもう一回申しますが、そういうことでもって第四条の規定が満足されますか、これの違反ではないですか。
○島居説明員 私の方としましては先ほどからたびたび申しますように、現状の施設、態勢においてできるだけのことをやっておるのでありまして、今の大砲の問題はいろいろ議論がありますが、これはほかにも使っておるわけで、たとえば機雷の処分とか何かのことについても大砲あるいは機関銃その他でやっておるのでありますが、今までのところではいわゆる李ラインの問題だけにしぼって考えてみますと、できるだけ事を起さないという方針に基いてやっておると言うより申し上げようがないのであります。
○大西委員 それでは繰り返すようなことでなんですが、あなたの職務執行上の立場、態度は、法というものを重点にしてやられるのか、それとも閣議決定というようなものに従って、法を無視してもやむを得ない、そしてその結果が法の本来の趣旨であるところの生命、財産というものが続々と侵されているというこの事実もやむを得ない、こういうふうな考え方で事を処理しようとされるのか、ここのところを私は一つ聞いておきたい。
○島居説明員 もちろんわれわれは国家の一機関でございますので、また法を順法すべき義務もございますので、できるだけ法はもちろん順法しなければならない立場にあるわけでござでいます。しかしながら大砲を撃つことが日本の船舶の人命、財産の安全を保護する最後のあるいは最上の手段であるかどうかということにつきましては、一つの見解もあっろうかと思うのでありますが、私どもとしては私どもの考えで法を順法してできるだけの人命、財産の保護をやっておると申し上げるより仕方がないと思います。
○大西委員 やめようと思ったのですが、今あなたは大砲を撃つのみが云々と言われました。私は大砲を撃てということを慫慂しておるのじゃない。大砲なんか撃たない方がもちろんよろしいのであります。撃たなくして平和的に事が解決して人命、財産の保護ができるならそれがよろしい。現実にできないというこの現状に対してどうするかという態度を聞いておるのです。私どもに言わせれば、政治問題としてはもっとほかに解決の道はたくさんある。それを日本政府がやっていないという、不満を私どもは今日まで絶えず主張し続けてきたのです。そのことは誤解のないようにしてもらわなければならぬ。私は何もここで大砲を撃て、自民党の辻政信君みたいにすぐ大砲を撃ち返せ、対馬も危い、そこにもっと増強せよ、そういうことを言っておるのじゃない。私どもはむしろその反対を言っておるのです。もっと政治折衝においてその問題を解決すべしと言っておる。その方策としては最近クローズ・アップされてきた赤十字の問題もありますし、国連提訴の問題も提起しておる。ところが国連提訴の問題なんかに対しては、政府は全く消極的なんです。そしてそれじゃどうするのかということになったら、これまた何にも手がない。こういうことでもって日韓間の問題が解決できない。特に李ラインの問題なんか解決できない。続々と拿捕されている。犠牲はますます深まりつつある。今日参考人の述べたところも、聞いてみると涙なくしては聞けないようなこともたくさんある。こういう事態に対してどうするかという問題の、好まないが一つの手としては、法に定められたところの最後の手段に対していかなる見解を持っているかということを私は聞こうとしているのです。この点につきましてはこれ以上申しましてもむだのようでありますからこれでおきまするけれども、一つ具体的な問題を聞きますが、今も参考人から聞きましたが、銃撃を受けて、そして船が退避といいますか、向うの警備艇に近づいた「いすず」がまたうしろへ引き返してきておりますね。これは銃撃を受けたんですか、砲撃を受けたんですか。
○島居説明員 それでは、あるいは参考人からお話があったかもしれませんが、当時の「いすず」の行動状況を申し上げましょう。初めに「いずす」が、二百三十四区を哨戒しておったときに、第一照生丸から野母漁業無線局あてに通信がありまして、それを「いすず」が傍受いたしまして、それから行動を開始しておったのでありますが、右舷の方へ百メートルばかり近づいていきまして、先ほどの御質問で、回うから機銃を撃ったのは、四十五度の角度で撃ちまして、そしておそらくそれは追尾をやめてくれというふうな威嚇であったようにわれわれの方の「いすず」は観察しておる次第であります。
○大西委員 四十五度の角度で威嚇射撃をやった、こういうことですか。威嚇射撃というのは空砲を撃つものでしょうか、それとも実弾を撃つものですか。
○島居説明員 この場今日は実弾でやってきたようであります。
○大西委員 それで「いすず」は退避をした、こういうことになるわけですね。その前にあなたの方は、船にはレーダーやその他の、いろいろな設備によって相手の動きをよくキャッチしておられるのだと思うのでありますが、この船団に対しまして、すでに警戒の予報を出しておられたのでありましようか。
○島居説明員 もちろん未明に出しております。
○大西委員 そうしますと、私どもから考えますと、予防に重点を置かれるというような趣旨から見ますと、警報を漁船団が十分受けて、それに従って行動したと私は思うのでありますが、なおその上にも、「いすず」は保安庁の船は、やはり船団について回って、と言っては少しおかしいが、絶えず船の行くところと相手の韓国の船の出てくる間に立って、その間警戒をゆるめないようにやることが私は最も親切な手段であったと思うのですが、拿捕が始まってから「いすず」がやってくるまでにはかなりの時間がかかっておるようであります。その警報を出してから「いすず」はどういうコースで海上を巡視しておったのでありましょうか、その漁船の群れに従って、それから目を離さず行動しておったのではないのでありましょうか、警報だけ出しておいてあとはまたどこかの別の任務についておったのでありましょうか、その辺のところはいかがでしょう。
○島居説明員 大西先生のおっしゃる通りでございまして、われわれの方の巡視船といたしましても、単なるレーダーでなくていろいろな方面からの情報によって、なるべく早い機会に日本の漁船が安全なる位置に行くようにということは絶えず注意しておるわけであります。そこで、今回のこういうふうな事態が発生しないほかの場合におきましても、ずいぶんといろいろ役に立っているといっては言葉は適当でないかもしれませんが、そういうようなことをやっている次第であります。今回の場合においても、未明に出しまして、御存じのようにあの方面にはずいぶんと船団が出ておりますので、その辺にはいつも巡視船が、警備船と日本の船団との間に入りましてそれを通告するということもやっている次第でありまして、今回の場合にも通報を出すと同時にその辺の船団にも通告して、そうして至急に西南の方に向って行動を開始しているような次第でございます。とにかくできるだけのスピードで行っておりますので、あまり大して時間もかかっていないかと思います。
○大西委員 もう一つはいよいよ拿捕されて第二星丸が連れていかれるそのあとについていって、最後に、海の中に飛び込んで脱出してこい、こういう呼びかけをやって、辛うじて今ここに見えている一人そのほかの人が脱出に成功したのでありまするが、そういう呼びかけはどういう方法でおやりになったのです。
○島居説明員 私の方といたしましては、拡声機で七時五分に気を落さずにしっかりがんばれということを放送したということを「いすず」から報告してきております。
○大西委員 気を落さずにしっかりがんばれ、そういう激励の言葉を発したというのですか。そうしますと、飛び込んでも帰ってこい、脱出せよというそういう親切な指示をしたのではないのですか。気を落さずにしっかりがんばれというあまり毒にも薬にもならぬような激励の言葉を放送しただけですか。
○島居説明員 あの辺は今度おいでになるとわかると思います。あるいはもう御存じかとも思いますが、飛び込んで助かるということにつきましては非常な危険性もございますので、私の方といたしましては、もちろん十分安全と思えば別でございますが、そういう放送はいたしていないはずであります。
○大西委員 参考人の方ではそういうふうに聞いて、そうして海の中に飛び込んだ、こういうことなんであります。あなたのお話ではそういう危険もあることだからということでありましたが、私は、もしそういう飛び込めというようなことを指示しておったとすればこれは銃撃も受けておるのでありますから、どういう平和的な方法で事を解決されようとしておるのかということに実は疑問を持つたのでお伺いしたのであります。飛び込めと言わなかったことはそれでいいとしても、しかしだからといって、気を落さずにしっかりがんばれだけで、また話は前に戻りますけれども、これで保安庁の任務が果されたとは私は思わない。まあこの点はこれ以上質問いたしません。 もう一つお伺いしておきますが、特に李ラインの方面に出動する乗組員の訓練というようなものは、どういうふうにおやりになっておりますか。特に平和的な解決をはかるというような建前からどういうふうにしておられるか。
○島居説明員 私の方としては、李ラインに向けまして以来ずいぶん長い年月もたっておりますし、またほかの方でも非常に困難なる訓練もございますので、特に李ラインだからといった訓練はいたしていないのでございます。平素から一般的な訓練はやっております。
○大西委員 これも御参考までに申し上げておきますが、この抑留者の生活実態の報告の中には、数々の悲惨な体験が記録されておるのでありますが、その初めに、どの船が拿捕されるときにも通じた一つの現象として、拿捕時に日本の巡視船の積極的な援助をほとんど受けていないということをあげておるのであります。これはあなたの方としては十分耳を傾けて聞いていただかなければならぬ問題であろうと思うのです。平和的な解決ということはけっこうでありまするけれども、こういうふうな悲惨なことが次々に一方的に起っておりますときに際して、保安庁のとっている態度というものが、少くとも拿捕された人々に対しては何ら力のないものである、こういうふうに見ておるということはまことに重大な問題であると私どもは思います。従ってあなた方、この保安庁法の趣旨に従って、閣議決定に際しても述べるべきところはやはり十分述べて、あなた方の本来の仕務が十分果せるだけの献策をしなければならぬ段階にもあると私は思います。そういう点にも触れまして、そして最後に、あなた方の機能を十分に発揮して、生命、財産を守って平和的に事を解決するために、政府に対して、と申しては何ですが、保安庁として特に予算の面なり、あるいは装備の面なり、その他要望される面がありましたら、一つお聞きしたいと思います。
○島居説明員 大へん応援をいただいたお言葉で、まことに感謝にたえない次第でございます。われわれは防衛庁とは違いますので、予算をとりますにも非常に苦労するわけでございます。そういうわけで、全国的に見まして船は足りない、飛行機は足りない、人は足りないという次第でございます。ことに本年度の予算のように、従来の海軍の古い船を引き継いだ、そういうものの代替建造だけでは、おっしゃるように法規に定められた義務を履行するにははなはだ不十分かと思いますので、今後何らか別の方法で多量の予算を獲得して、この法規に表わされておるような使命を達成しなければならないと思うのでございます。その点につきましては、来年度また一つよろしくお願いする次第であります。 そこで今の報告にあるようなことでございますが、私どもといたしましても、従来はずいぶん漁業の方々から感謝の決議までも受けておるような次第でございまして、こういうふうなことが書いてあるのは、私の方としてはあれだけ一生懸命やっておるのだけれども、まだこれでも足りないかと思って、実に遺憾に存ずる次第でございます。しかしながら、それはまたわれわれとしては一生懸命やっておるのだけれども、相手の身になりますと、かゆいところに手が届かないということもあると思いますので、私どもの方といたしましては、まだ見ませんが、その報告書をよく拝見いたしまして、今後ともできるだけ努力し、われわれの使命達成に万全を期したいと存ずる次第でございます。つきましては来年度につきましてどうぞよろしく御協力のほどお願いする次第であります。
○帆足委員 ちょっと一、二だけお尋ねしますが、ただいまのことと関連いたしまして、海上保安庁の巡視船の方と、海上自衛隊の方と何か有機的関係がありますか。全然関係はありませんか。
○島居説明員 今の組織、あるいは態勢でございましょうか。
○帆足委員 組織、態勢、運用上です。
○島居説明員 船そのものについてはもちろん関係はございませんが、自衛隊法八十条によって、いわゆる治安その他についての場合に、われわれの海上保安庁の全船舶が総理大臣の傘下に入るという規定があるだけであります。
○帆足委員 韓国側の警備艇というのは、向うの今の海上保安庁に当るといいますか、警察警備に当るものですか。また向うの海軍と関係のあるものですか。
○島居説明員 韓国側は、初期の時代においては、いわゆる海軍艦艇でやつおったようであります。しかしながら日本側が警察船でございますので、向う側も今度は態度を改めてかどうか知りませんが、今の警備艇は、いわゆる海軍ではなくて、海上保安庁に相当するようなものであります。
○帆足委員 韓国李ライン関係の船だけは武装の一部を撤去しておるということを先ほど伺いまして、私ども奇異の感にたえないのですが、それは結局、韓国政府がきわめて神経質な特殊の様相を呈しているからとられた特殊手段であるのかもしれませんが、ただいま参考人に伺いますと、正当な理由が対日憎悪政策によってで踏みにじられ、裁判、警官によって人間の人格が足げにされる国、貧困と混乱の中であえぐ大衆、その中にある刑務所の生活はあまりにも暗く非惨なものであった、いろいろ伺いまして、私はこの韓国警察の取締りのやり方は、まさに二十年前の日本の警察、憲兵隊のやったことと全く同じであって、私ども社会党の議員の大部分は、憲兵隊なり警察で囹圄のうき目にあった経験がありますから、わが身につまされて、まさにこの通りであろうと思うのです。この韓国の軍隊、警官というやつは、日本の憲兵隊及び日本の警察に範をとって教育されたものでありますから、まことに歴史の矛盾を痛感せざるを得ないわけでありますが、まことに残念なことだと思うのです。この問題を解決いたしますためには、政府もやはり心配しておられるように、相手の国柄が話をしてわかる相手であろうか、そうして冷静に平和的に相談をしたいという熱意を日本国民はすべて持っておると思いますが、はしにも棒にもかからぬような国際的食い詰め者に今やなりつつあるのか、または見込みがあるのか、冷静に判断をする必要があると思うのです。長い門アメリカの軍事政策のもとにいて甘やかされて、こういう不可思議な政権ができて、そうして自由世界の一員といいながら、自由と何らの関係のない、私はフアッショ政権の一員であるまいかとすら疑いを抱いておりますが、つぶさに議員その他が視察に行くこともできませんので、この政権の性格が明確に把握できないでおる次第です。従いまして、ここにある特殊の政権の性格は、一体どういうものであろうか、その国民生活はどういうことであろうか、またこの政権の大体の見通しは一体どういう方向に向って動きつつあるのかというようなことを正確に知らなければ、対策は立てにくい。しかし今日日本国民が得ておる印象では、きわめて話し合うのに困難な相手である。従いまして、先ほど大西君が言われたように、この国際矛盾が集中的に反映した場所において、平和のうちに事を進めようとするならば、私どもは国際連合並びに国際赤十字等、やがて原爆と水爆の時代において平和の手段をもって国際紛争を解決する方向、その力に着目しながら、われわれの思うことを、相手国にも、また世界にも知らして解決するという方向に進まねばならぬのではあるまいかと思うのです。 この悲惨な報告をいろいろ聞いておられる田中さんは、韓国の事情もいろいろお聞きでしょうが、韓国の社会状況並びに政治状況は大体どういうことと御観察になっておられるか、参考のために印象だけでも二、三お聞かせ願いたい。
○田中参考人 韓国へ行ったこともありませんし、その後新聞紙上で承知する程度でありますから、どういう国柄であり、どういう国情であるということは、われわれはつかむのにきわめて困難でございます。しかしながら十年間ここで苦しんでおったのに、なおまだ拿捕抑留が一つもやまない、しかも前と同じようなことが繰り返されておるという点、いかにもがんこであり、抜きがたい相手であるという感は深くいたす次第でございます。
○帆足委員 先ほど海上保安庁の仕事の苦衷のほどを長官からわれわれも聞きまして、これはある意味においては党派を離れて、国策として、何らかのもっとより有効適切な方法を講ぜなければならぬことであるとわれわれも痛感ずる次第です。同時にまた政治工作においても、われわれは戦争放棄した国でありますから、新しい理念のもとに、真個いまだ前人未踏の外交の道を歩くわけですけれども、今日は原爆、水爆、ミサイル、人工衛星という前人未踏、神の摂理のもとに生きているほど変動の激しい時代に生きているわけでありますから、そういう苛烈な国際情勢のもとで韓国との問題を平和的に処理せなければというのでありますから、相呼応して、やはり政治問題としてこの問題を善処せなければならぬと思うのでございます。従いましてわれわれとしては韓国の実情をもっと知りたいと思っておりますが、きょういろいろ切実な御体験を、国の産業の第一線に働かれる皆さんから伺いまして、大いに参考になりました。また資料もいただきまして、われわれはこれをよく通読いたしまして、またいろいろ御質問もしたいと思っております。 先方と直接接触した山本さんにお尋ねしたいのですが、これに対して第一線の犠牲者である皆さん方は、結論としてはわれわれにどういうことを御希望であるか。印象だけでもけっこうですから承わっておきたい。
○山本参考人 お答えいたします。私たち韓国では刑務所、収容所と壁厚き部屋内で、外の人たちには接触できませんでしたが、大体警官の話とかいろいろ総合してみて、生活状態はずいぶん悪いのではないかと思います。それは私たち帰る前に、大体病人も少くなったときに、医師が二人になりまして、医務室に出る人たちのお話では、私たちで満足できない食事なんですけれども、用事がないのにまだ帰らなくて、食事を食べて帰るというような話も聞きました。あの食事を中流以上に当る人が待って食べるくらいだったら、相当お困りではないかと思います。まあそんなのが、市中一般では苦しい生活をしておるのだから、君たちはこれくらいだったらずいぶん好遇している、中以上と思うとよく警官は言われました。なお私たち拿捕されましてあちらに行きますと、とうてい私たちの主張は通らないことはさきも申し上げましたが、私たちは国際法並びに日本国法に違反した行動はとっていなかったのでありますが、公海洋上においていったまが飛んでくるかわからないような現状を今もなお続けております。早急に何らかの方法で公海自由、明るい漁場で仕事ができるようになることをお願いいたします。
○櫻内委員長 参考人の皆さん大へん御苦労でございました。ありがとうごさいました。 —————————————
○櫻内委員長 大西君。
○大西委員 外務省の国連局の方にお伺いをいたしますが、局長は見えていないようですね。——これは事務的なことでありますから、むずかしいことではないのですが、国会図書館のある職員が、これは私は名前はここで申し上げませんが、昨年の十一月に国連のICAO、国際民間航空機関の職員に、政府から推薦されて赴任をするということになっておったそうでありますが、いまだにそのことが実現されていないというようなことを聞いておるのでありますが、こういうことは日本政府の立場からいたしましても、一たんきめたものを、いまだにどういう理由であるか知らぬけれども、もたもたしているということは、非常に不本意なことであろうと思います。どういういきさつでそういうことになっているのか理由を聞かしていただいて、すみやかにそういう事務的にきまったことはどんどん処理していただきたいと思うのだが、見通しはいかがですか。
○北原説明員 国連局長は、本日例の大使会議をまだやっておりますので参れませんので、私かわりに御答弁いたします。 今大西先生の御質問の件でございますが、昨年秋よりICAOの方から、図書の整理関係の事務局の人員に、もし日本に適当な人がおるならば一つ採用したいという申し出がございました。さっそく国会図書館の方に御協議したわけでございますが、その結果、ただいまのある候補者の名前が出て参ったのであります。外務省におきましてもその方の能力とか御推薦に基きまして、国際機関において働きます場合のいろいろな必要な条件等を一応種々国会図書館の方と御協議いたしまして、その結果ICAOの方に推薦いたしたわけであります。不幸にしまして、その後決定のきまります前に、もう一度同じく国会図書館の職員でございますが、かつてこういう同種の国際機関に勤務した経験のあります方が、全くわれわれの関知せぬ間に個人的に先方のICAOの事務局の方に連絡されまして、端的に申しますれば就職運動をされたらしいのであります。その結果双方の競争というようなことになりまして——もっとも外務省といたしましては、国会図書館から御推薦のあった方をどこまでも推薦するという立場を堅持しておるわけでございますが、何分にも国際機関におきまするその採用の条件というものはやはり先方の国際機関と、それからその個人との間の個人契約になります。そこでいまだにその問題がはっきり解決いたしておりません。せっかく国会図書館の方から正式に御推薦願った方を採用されることが最も望ましい、種々経緯を見ましてもあまり望ましくないようなうわさも耳にいたしますので、できる限りその線に沿って解決し得るように考えておるわけでございます。
○大西委員 そういうことはもう事務的なことですから、初めにきめられた方でもってどんどん進めておいていただきたいと思います。政府が推薦を決定しておきながら、他にもって個人が自分の売り込みなんかをやった、そういうことで決定がおくれているようなことは、日本政府の権威にもかかわることだと思うのです。大した政治問題でもないのだから、これは一つ大いにやってもらって、自分で売り込みなんていうことをやる職員は、一つあなたの方でよく考えて、そんなことで事務が停滞しないように進めてもらいたこういうように思いますその点については一つ早急に事務的に進めてもらいたい。
○北原説明員 御趣旨よくわかりましたので、できる限り望ましい形で早く解決したいと思います。
○櫻内委員長 次会は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後一時四分散会