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29回国会衆議院1958/08/11

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号

発言数
42
登壇者
7
会派数
2
開催日
1958/08/11

会議録

田口長治郎自由民主党

○田口委員長 これより会議を開きます。  海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査を進めます。  この際、本件に関して政府当局より発言を求められておりますから、これを許します。引揚援護局長河野鎮雄君。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 今までの経緯につきまして、簡単に御報告を申し上げたいと思います。  未帰還者の問題につきましては、かねてから先生方の御協力を得まして、厚生省としても努力して参ったところでございます。終戦当時海外におりました未帰還者は約六百六十万というふうに推定をされておるわけでございます。当初、引き揚げが順調に進みまして、大体一段落を得ましたのが二十四年度であったかと思うのです。当時の事情を調べてみますと、その当時、未帰還者として残っておりました数は約三十万でございます。それからだんだんこの未帰還調査というものが本格的に組織化されて進められ、今日に至っておるわけです。今日の数字を見てみますと、その三十万の十分の一とまで参りませんで、お手元にお配りしてありますのは四月一日現在の表でございますが約四万、その後約四カ月ばかりたちました今日におきましては、正確な数字はつかめておりませんが、推定いたしますところ約三万六千くらいが現在の夫帰還者ではないかというふうに考えておるようなわけでございます。そういうふうになりました段階におきましていろいろやりました事柄をごく簡単に申し上げますと、大体こういうふうな方式で未帰還調査をやっているわけであります。  まず第一には、海外からたくさんの方が引き揚げて参ります。引揚港におきましては数が多うございますので、詳細な調査はできないわけでございますが、できるだけ全員から何らかの資料が得られないかというふうなことで、係官を派遣いたしまして、現地でいろいろ事情を聴取するのを第一段階といたしておるわけでございます。それから第二段階といたしまして、それぞれ郷里に落ちつかれるわけでございますが、その引揚者を対象といたしまして、引揚港である程度目星をつけまして、この人にもう少し聞いたらば何らかの消息が得られるのではないかというふうな方々に対しまして、書面で調査をいたしております。二十五年度から累計いたしますと、約三百万通に上る通信調査を行なって現在に至っておるわけでございます。それが第二段階の調査でございます。第三段階といたしましては、さらにこの通信調査の結果に基きまして、この人にお目にかかったらば、さらに何らかの資料が得られるのではないかというふうなことになりました場合に、そういった方々に参考人としておいでをいただいて調査をする、これが第三段階でございます。このやり方につきましては、個別においでいただく場合と、それから数十人一緒においでいただいて、それぞれ情報を交換しつつ、いろいろの資料を提供していただくという合同調査のやり方と、二つの方法をコンバインして実施してやっておるわけでございます。今までおいでをいただきました数が、二十五年度以降十五万四千人ほどの方においでをいただいて、いろいろお教えを願っておるわけでございます。それが第三段階。それからもう一つ、事情によってお呼びいたしましても、なかなか来ていただけないというふうなこともございますので、そういった方々に対しましては、こちらから出向いて、それぞれのお宅において事情をお聞きするというふうな方法をとっておるわけでございます。それが、やはり二十五年度以降約四万七千件くらいおたずねをいたしておるわけでございます。そういったような努力を積みまして今日に至っておるわけでございまして、ただいま未帰還者として把握いたしております数が、先ほど申し上げましたような三万六千というふうに踏んでおる次第でございます。この内訳を四月一日現在の表でごらんいただけば、大体の傾向はおくみ取りいただけると思うのですが、その大部分が中共及びソ連、しかも、この最後の消息を得ました年度が昭和二十年から二十一年に固まっておるのでございます。言葉をかえて申しますと、終戦当時の混乱期に消息を断った人たちが大部分である。数字を申しますと、約七五%、四分の三がそういった人たちであるというふうに考えられるわけであります。その人たちにつきましては、残念ながら、生存の確率というものは非常に低いのではないかというふうに考えられるわけであります。そこで、こういった現状に対処いたしまして、どういう方策をこれからとっていくかということが、今後の問題であろうかと思います。すでに御承知のように、昨年の暮れに一つの試案を提示いたしまして、留守家族の人たちの御意向も実は伺ったわけでございますが、いろいろ強烈な反対がございまして——これに対しましてはいろいろ誤解もあったことと思います。また、私どもといたしましても、さらに案を練り直さなければならない事情もあろうかということで、その案を一応引っ込めまして、さらにいろいろ検討を加えているわけであります。その間におきまして、四月に未帰還者問題に関する閣僚懇談会が設置されることになったわけでございます。その第一回の会合が四月の二十三日に行われました。この会合におきましては、従来の経過を大臣から御説明していただきまして、いろいろ意見交換をしていただいたわけでありますが、この会合では、具体的な決定というふうな運びには至っておらないのであります。第二回の会合は五月二日に開かれました。このときの大体の話し合いの線は、お手元にお配り申し上げてございます未帰還者に関する措置方針というふうなことでございます。今後、大体そういった方向で運んでいくというようなことを申し合せていただいた次第でございます。  ごく簡単に御説明申し上げますと、第一に、未帰還調査の徹底をはかっていきたいということであります。未帰還調査のやり方につきましては、先ほど御報告申し上げましたが、なかなか現段階におきましては、むずかしいケースが残っておりますので、成果を得にくい事情にあるわけでございまして、留守家族のお気持をそんたくいたしてみましても、たとえば、先ほど申し上げましたように、何らかの結末をつける法的措置もとるということになりますれば、その前提として、どうしても未帰還調査をさらにもう一回努力してみる必要があるということになりますので、この問題を第一に取り上げていくということでございます。それから、そういたしましても、なかなか結末をつけにくい人たちが残るわけでございます。しかも、そういう人たちは、終戦後すでに十数年たちました今日、早く何とか国の方でも結末をつけることを考えていただきたいという要望があるということをかねがね伺っております。また、当委員会からも、そういうような措置をとるようにという強い御意見も拝聴いたしておるわけであります。そこで、これらの人たちに対しましては、国の方で積極的に進んで結末をつけられる道を開くべきではないかというのが次の問題でございます。この措置方針に書いてございます第二、第三がそれでございますが、ただいま考えております方法といたしましては、民法に失踪宣告の制度がございますが、この制度は、ただいまでは利害関係人が申し立てをするということになっておるわけでございますので、国が直接参与するというふうな格好にはなっていないわけでございます。やはり留守家族のお気持をそんたくいたしまして、御希望のある向きにつきましては、国あるいは都道府県がかわって失踪宣告の申し立てをして結末をつける道を開くべきじゃないかというのが、第一の点であります。もっとも、この際ここに書いてございますように、留守家族の心情をしんしゃくしてということが非常に重要なことだと思いますが、国が、この人たちは失踪宣告をした方がいいのではないかということを判断して、一方的に押しつけるということでなしに、留守家族の気持を十分しんしゃくの上で、そういった方法をとっていくようにしたらどうかということでございます。  その次に、そういうふうな措置をとりました場合に、どういう援護措置と申しますか、手当をする必要があるかということでございますが、それが第三に書いてあるわけでございます。事情が明らかでないので失踪宣告という形をとるわけでありますので、それが軍人でございましても、公務死亡というようなことに持っていきにくいのであります。現在の制度の建前からいいますと、持っていきにくい。しかし実態を考えてみますと、大体やはり公務死亡として扱わるべきケースが大部分を占めるのではないかというふうなことが考えられますので、制度といたしまして、そういう場合には、原則として公務上の死亡として扱うというふうなことに、新たな制度を立てるということが必要ではないかというふうに考えておる次第でございます。それから、なお、その際に留守家族側からも非常に強い要望があるわけでございますが、何らか特別な弔慰の意を表する方法も、あわせて考える必要があるのではないかというふうに考えておるわけであります。それから、その次に残ります問題は、結局、まだ結末をつけてもらうのは早い、もう少し調査をしてもらってからにしたいというふうな留守家族もあろうかと思うのであります。そういう人たちに対しましてどうするかということが、次の問題になるわけでありますが、この点につきましても、調査の結果を待ちまして、その状況に応じて適当な措置を考えていかなければならないというふうに考えておる次第でございます。以上の線に沿いまして、今後留守家族の気持も伺いながら、案を具体的に進めて参りたい、かように考えておるわけでございます。その具体的な方法につきましては、まだお話し申し上げるほど煮詰まっておりませんので、もう少し検討さしていただきまして、その上でまた御報告させていただきたい、かように考えるわけであります。  以上が第二回の閣僚懇談会におきまして大体お話しいただきました線でございますが、その第一項にございます未帰還調査の徹底ということにつきまして、先般の第三回の閣僚懇談会で方針をおきめいただいたわけであります。第三回の閣僚懇談会は七月二十九日に開かれたわけであります。調査の問題につきましては、先ほども今までのやり方を御報告申し上げたのでございますが、なかなか目新しい方法というふうなことが考えられないのでございますけれども、さらに一段の努力をするということで御相談をいただいたわけでございます。二つに分けてお手元にお配りしました資料に書いてございますが、第一は国内でやること、第二は海外にわたってやる調査であります。第一の、国内においてやります調査は、抽象的に書いてございますが、気持といたしましては、なるべく広い範囲にわたりまして引揚者を対象といたしましてこちらで未帰還者の名簿を作成いたしまして、これをお配りする、そして、それを参考としつつ、その内容の訂正を求めるとか、あるいは確認をしていただくとか、あるいはその名簿にない者の資料を提供していただくというふうなことをいたしたい、かように考えておりますのが第一点でございます。それから第二点の、海外についての調査でございますが、海外に残っております人のうちで、住所をつかんでおります者もあるわけであります。たとえば、具体的に例をあげて申しますと、ソ連につきましては現在約九百人くらいの人が残っておるのではないか、この点は、この前御報告申し上げたわけでございますが、そのうち六百人くらいの住所を把握いたしております。それから、中共につきましては約六千人くらいの人がおるのではないか、そのうち二千人くらいの人の住所を把握いたしておるわけであります。従いまして、この住所を把握しております海外残留者を対象といたしまして、やはり生きていると思われる人の名簿を用意いたしまして、それをお届けして、その確認あるいはその名簿にない者の資料の提供をお願いするというふうなことに考えておるわけであります。なお、この海外の調査につきましては、相手国側の協力も一段と得られるように努力して参りたい。この点につきましては、外務省にお願いを申し上げたい、かように考えておるわけでございます。  非常にまだ抽象的でございますが、もう少し具体的なやり方につきましては、ただいま関係者でさらに検討を急いでおるわけでございまして、できるだけその成案を急ぎまして、案のでき次第着手するようにいたしたい、かように考えておるわけでございます。  以上、簡単でございましたが、大体の経過を御説明申し上げた次第でございます。

田口長治郎自由民主党

○田口委員長 この際質疑があればこれを許します。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 議事進行。きょうは、外務省の担当官しかおいでにならないようでございますけれども、これは非常に重要な問題でございますから、この次に外務大臣でもお呼びいただいて確かめる機会を作っていただきたいと思います。

田口長治郎自由民主党

○田口委員長 承知いたしました。

中山マサ自由民主党

○中山委員 この調査に対する予算はどれくらい見込んでいらっしゃるでしょうか。それをまず伺いたいと思います。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 今その具体的な方法について関係省の間で検討、相談をいたしておるわけでございましてまだ予算はきまっておらないまでございのす。

中山マサ自由民主党

○中山委員 やはり、これは相当な予算をとっていただきませんと、こういう何万という人の調査は十分にはできないと私は思います。厚生省というところは、私の過去の経験から推しますと、なかなか予算のとれないところでありまして、何と申しますか、いわゆる死に金とでも申しましょうか、そういうふうなことにはなかなかお金を出さないのですから、よほど一つがんばっていただいてほんとうに十分な対策をやつていただきたい。ということを私が申しますのは、失踪宣告という問題に関してでございます。この前、どうしても今のところでわからない人たちは、失踪宣告をして、もう死亡されたということにしようというお話が、この年の初めでございましたか、去年の暮れでございましたか出ましたときに、私は、実はそのときには反対であったのであります。家族の立場に立って見れば、やはりどこかに生きておるということの方がいい。ほんとうに何の手がかりもないのに、もう死んだのだと簡単に片づけられるということはおもしろくない。それは私がある一つの経験を持っておりまして、まだ現在生きていると思っている子供を、あれはだめだ——むろん死にましたけれども、そう言われたときの衝動と申しますか、ショックから考えてみますと、やはり人間というものは一つの夢を持っていたい。ことに自分の身に近い者には、死んだという確実な証拠が出てこない限りにおいては、そう簡単に政府の権限によって死んだのだと断定されては困る。これは、もう何かの形で片づけなければいけないから、そうされるというようなことは、親や妻の身になったら、これは不満であろうと思いますので、十分の予算をとって、できるだけのことをしてあげて下さい。しかも、私はそのときに言うたのであります。もし、そういうことをなさるならば、それを希望しない人には、やはり夢を持たせてやらせてほしい。そういうことを希望する人、直接の家族がそれでもいいのだと心から思うようなところにはそれでいいけれども、十ぱ一からげにやってもらうということは、どうも私は賛成しがたいということを、あのときに申したのでございますが、そういう意味合いでございまして、一つこういう面については十分調査して、そうして、そういう家庭にも十分連絡をして、希望をとった上で、その希望者に対してだけやっていただきたい。こう私は思いますので、簡単に失踪宣言をして、国家が、これは死んだのだ、だからこれは切りかえますというような、簡単なことをどうぞやらないでほしいということが私の希望で、そのために予算も十分とってもらいたいということでございまして国内の調査も、やつぱり十分なことをしていただきたいと私は思うのでございます。これ以外のことは、やはり—あなたは国内のこと、それから今伺いましたソ連の六百人、中共の二千人でございますか、そういう住所のわかっている人はあなたのお手でできるであろうと思いまするけれども、それ以上のことは厚生省にお願いするのは無理だと思いますので、外務省関係のお方に来ていただかないと、それより先のことは、私は質問ができないのではなかろうかと思うのでございます。ただ、私の所見を申し上げますれば、選挙中もそうでございましたけれども、中共あるいはソ連が非常に高圧的な態度を政治的にとって参りまして、これは選挙に対するある一つの施策であるというふうに解しておった人も相当あったのでございます。ところが選挙が済んでしまいまして見ておりましても、そのやり方は変ってこない。選挙が済んだからこれで終りだというのでなしに、やっぱりそれは継続されておる。外交関係を見ますと、日本に対する態度、それからこのごろでは、台湾に対しましていろいろ中共が出ておる。それから中近東の問題を見ておりましても、ソ連のフルシチョフ氏は、自分がニューヨークに行ってでも、中近東の安定のために、一つ安保理事会のワクの中ででも話そうというような、やわらかい線を出して、その目的は宣伝のためか何かわからないというようなことも言うておりましたけれども、しかし、一応そうしようということになっておりましたのに、フルシチョフ氏が中共へ行ってそして向うのトップ・レベルと話しましたら、ころっと変って参りまして、もうそんなものはどうでもいいんだ、総会をやれということに変って参りましたので、一般の政治評論家の話を聞くと、これは国内の事情から、そういうふうに対外的に硬化させなければならないという考えを持っているのか、あるいは外部的に国連をも圧迫して自分たちがその中に入れてもらいたいために、中共がフルシチョフを踊らせているのかわからないという二つの見方が出ておりまする今日において、これはとても厚生省には手の届かないところでございますが、外務省がいかなる方法でやろうとなさっているのか、この懇談会を三回も開いていらっしゃるのですが、その間のものの考え方、どうしてやるのだ、われわれがこれほど圧迫を食っている中共に対して、どういう手はずでやられるのか、それとも、日赤を通じて、またもとの方法でやられるのか、そういうことを、ぜひきょう伺いたいと思いまして、私は今日この委員会に、引き揚げで積極外交という新聞の切り抜きを持ってきたのでございまするが、あなたから御返答はいただけないのでありましょうか。あるいは日赤を通じてやるというお考えか、その点だけでも伺って、外務省が来てくれるときまで、私はこの質問を保留いたします。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 前段のことにつきましては、中山先生のお考えと全く同じような気持でおります。予算措置もできるだけ十分とりまして、できるだけのことをいたしたい、かように存じております。また、留守家族の気持に反して一方的に失踪宣告を申し立てるような運営の仕方はすべきでないと考えておるわけでございます。  なお、外交の線をどういうふうにしていくかということでございますが、閣僚懇談会でも基本線については意見が一致をいたしておるわけでございまして、具体的にどういう方法をとるかということにつきましては、外務省といたしましても、もう少し考えさせてくれというふうなことでもございますので、さらに十分連絡をとりまして、できるだけの措置をとっていくようにいたしたい、かように考えております。

中山マサ自由民主党

○中山委員 そして、この問題に対しまして、いわゆる失踪宣告をして、御了承なさる方にはその処遇に対して考えていくというふうなことが出ておりますが、失踪宣告を承諾した人に対してはどうなさるか、しない人に対してはどうなさるお考えか、それをお伺いしておきたいと思います。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 まだ具体的にどうするというところまで実は結論を得ておりませんのですが、失踪宣告をしてもらいたいという人もかなりあるだろうということも予想されるかと思います。そういう人たちに対しましては、その意図を受けまして、国または都道府県、おそらく現実には知事がやる。数も多いことでございますし、国が全部やるというよりは、知事がやるという方が実情に合うのではないかと考えております。おそらくそういうふうになると思いますが、知事が遺族の気持をくんで失踪宣告の申し立てをする。その際に、軍人軍属でございますれば、原則といたしまして公務上の死亡として、たとえば公務扶助料であるとか、あるいは遺族年金であるとか、そういうふうなものが出るように措置をいたしたいというふうに考えております。それから、そのほかに、長年不明確なまま今日に至って、しかも不明確なまま処理されるというふうな実情にかんがみまして、何らか特別な弔意を表する方法を考える必要があるのではないか、その具体的な方法につきましては、まだ実は申し上げるまでの案ができておりません。これは関係の方面ともよく話し合いますし、また閣僚懇談会でも具体的に御検討をいただきたいと考えておるわけでございます。何らかの方法で、そういうふうな措置をとっていくことが必要ではないかというふうに考えておるわけでございます。それから、なお失跡宣告等の特別の措置をとってもらいたくないというふうな人も中にはあろうかと思うのでありますが、数からいいますと、私どもは、だんだんそういった気持の人も減っていくのではなかろうかというふうに考えております。しかし、それを一挙に解決するというふうな行き方は、実情にあるいは合わぬのではなかろうかというふうな気持で、たとえば、留守家族手当の延長というふうなことも十分検討してみなくてはいけないのじゃないかという気持で、いろいろ案を練っておる次第であります。

中山マサ自由民主党

○中山委員 それではこれ以上お尋ねするのは無理だと思います。こういう閣僚懇談会の決定ができて、これから考えるとおっしゃるので、弔慰金の問題についても伺いたいと思いまするが、まだこれから案を練るとおっしゃるのですから、行き過ぎた質問をいたしましても時間をつぶすだけでありますから、私は外務大臣にこういう問題を質問することを保留いたしまして、今日はこれで終ります。

受田新吉日本社会党

○受田委員 関連して……。中山さんのお説のごとく責任ある外務大臣の御出席がない、アジア局長もおいでにならぬということになれば、この問題の解決はとうてい期し得べくもありません。従って、私のお尋ねしようとした事柄については保留しておきますが、一言委員長にお伺いしておきたいことは、この問題にも関連するのでございますが、先般、中共地区から帰還した同胞たちのうちから適当な人を参考人としてお招きして、現地の状況及び今後の見通し等について所見をお伺いするという計画はどういうことにしておられるのか、これをお伺い申し上げたいと思います。

田口長治郎自由民主党

○田口委員長 その前に、きょう外務省を呼ばなかったのは、まだ閣僚懇談会での決定があっただけで、具体的のところまでいっていないからということでございましたから、これはこの次の委員会に私外務省を呼ぼうと考えておりました。  それから第二の、受田さんの今のお話の問題、いつもきまった公式論の話だけ聞いても、これはどうもわれわれ大体承知しておる話でございますから、大して参考にもならないと思いまして、そのほかの意見を吐く人がおれば参考人として呼びたい、こういうことで、そういう種類の人以外の人選を調べさしておるわけなのでございますが、もし適当な人がおれば、これは一つ当委員会の参考人としてぜひ呼びたい、こう考えております。

受田新吉日本社会党

○受田委員 委員長の御方針を伺ったのでございますが、私、先般長谷川君と御一緒にこの国会を代表してお迎えに行ったわけなのです。光栄ある代表として二人行ったわけであります。そしてつぶさに舞鶴の援護局におきまして状況を伺ったわけなのです。局長はおいでになっておりません。従って、国会から出たわれわれの責任は重大だったのです。そのときに伺った声を聞きましても、傾聴すべき声があるのです。その声の中に、多少岸批判というようなことも出ております。それは、最近における中共の対日政策というものに対するふんまんが一部現われておるという声も聞いておるのでありますが、何はさておき、とにかく最近あちらから帰った人には間違いない。一番向うのなまなましい現状に通じておる人なのですね。そういう人の声を、一番新しい声を、何とかできるだけ国民に伝える必要がある、かように考えて、委員会に来てもらってお話を伺う、かような希望を持っておるわけです。これは長谷川君の意見も、初めは—最近はよろめいたかもしれませんが、最初においては全く同感であったわけです。これは委員会で聞こうじゃないか、そういうわけでございますから、新しい声というものは必ずあるのです。これは間違いない。とにかく新しい人なのですから……。また、そういう取扱いをしてあげることが、まだ帰らざる人々の家族に対する心づかいを示すことにもなるし、国会の親心というものがそこに現われてくる。つまり、念には念を入れて未帰還者の調査に当っておるのであるという誠意を、全国民に宣言する必要がある。これを一つ十分お含みの上、善処をお願いしておきます。  政府に一言お伺いいたしますが、あなたは、きょうは厚生省という立場でおいでになっていらっしゃいますので、うがった御答弁はできまいと思いますが、しかし、閣僚懇談会の幹事をしておられるのですね。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 幹事ではございません。

受田新吉日本社会党

○受田委員 つまり閣僚が行くときに、何かあなたはそこでサーヴァントをなさるわけじゃないのですか。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 ずっと控えております。

受田新吉日本社会党

○受田委員 それなら、そこで、この調査究明に要する費用—今中山さんも言われたように、帰還促進に要する費用は、どれだけ費用がかかっても、最後の人が帰るまではという誠意を示すために、経費はこれを惜しまぬ、国民はこれに幾ら金を使ったって、使い方が多いと批判をする国民はおらぬと思う。従って勇敢に経費を出して、この限られた期間内に、帰還促進の調査究明に当るという猛烈な熱意を示してもらいたい。そこで、その意味で、その経費の負担という点については、外務省が中心にやるのか、あるいは厚生省が考えておられるのか、閣僚懇談会などでは十分話がつくと思うのでございますが、外務省、厚生省、ともに手を携えて、経費は遠慮なく出すようにしようじゃないかという腹さえできれば、大蔵大臣など、これはもう共鳴してくれると思うのです。そういう点について、経費の支出についての所管、それから共管関係があれば共管関係、そうして経費の支出については惜しみなく出すという閣僚懇談会の空気であったかどうか、これを一つ伺いたい。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 閣僚懇談会では、こまかい点まで実は論議してないと思うのでありますが、大蔵大臣も、この問題について経費が要るだろうということは十分承知していただいておるわけであります。また、事務当局もそのつもりになっておりますから、これから十分折衝して参りたいと思います。ただ、この所管の問題につきましては、一応厚生省の方で取りまとめて要求するようにしたいと思いますが、事柄の内容によっては、外務省に移しかえて、外務省の予算としていった方がいいのではないかというものも、あるいは話し合いの途中で出て参るかもしれませんが、一応は厚生省でまとめて要求したいと思います。もっとも、外務省の既存の経費を使ってやる部分もおそらくあると思います。その点は、もう少し具体的に打ち合せをして参りたいと思います。

中山マサ自由民主党

○中山委員 きのうの朝、御手洗辰雄、阿部真之助、唐島氏、それからだれでしたか、そういうふうな、そうそうたる評論家の放送があったのでございます。今、外務省の所管の中の予算でやるかもしれぬというお話をなさいましたけれども、これは私、承知できないと思うのでございます。なぜならば、きのうの評論家たちの話を聞くと、今の外務省の、いわゆるいろいろな情報をキャッチするところの費用というものは、もうおそろしく少い、昔北京方面に入れた予算だけのことが、今許されたる外交関係の出先機関に入れられておる金である、こういうことを、きのう評論家たちが三人も四人も寄って言っている。これでは何もできない。この間五大使たちを呼び返していろいろな出先の情報を聞こうとしておったときに、中近東から帰ってきた大使が、そういうものに使う費用が少いためか、ああいうふうな革命の起ることを全然知らなかった。結局そういう経費が足らないから、ああいう結果になった。それはアメリカあたりも全然知らなかった。アメリカはお金なんかたくさんあるのでしょうけれども、しかし、どういう抜かりがあったのか知りませんが、世間の評論家に言わせると、外務省のそういう情報をキャッチする費用なんか実にお粗末なものだということを、堂々ときのうの朝の放送でしておるのです。だから、外務省の費用でこれをまかなおうなどと局長がお考えになることは困ると思うのです。ですから、閣僚懇談会までやったのですから、この費用は、別途にぜひあなたががんばってとっておもらいにならないと、これは仕事にならないのではないかということを、私はきのうの放送と思い合せて非常に心配するものでございますので、ぜひ一つ十分なる予算をとってこれは最後の犠牲者のためでございますから、がんばっていただきたい、こうお願いする次第であります。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 私の言葉が少し足りなかったので誤解を招いたのじゃないかと思いますが、外務省の分は、既存の予算でやるのだという趣旨で申し上げたのではないのでございます。新しく特別の措置をとるというものにつきましては、新たな金が要るわけでございます。そういったものは手当しなければならぬ。ただ、外交折衝になりますれば、必ずしも金の問題でない。あるいは金としても別にそう大した経費を要しないでも、非常に重要な話し合いというようなことも考えられるわけでございまして、そういうふうな部分につきましては、あるいは既存の経費でまかなえる部分もあるんじゃない、だろうかということで申し上げたわけでございます。

受田新吉日本社会党

○受田委員 それで、今外交折衝などには金が足りない金が足りないと言われる。この間、藤山さんは親善使節のようなもの、特使のようなものを出してみたらという意見を持っておられるように伺っておったのでありますが、閣僚懇談会ではそういう声が出ましたかどうか。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 具体的に、特使を出したらどうかというような問題は、閣僚懇談会には出てないように聞いております。ただ、その具体的なやり方について、もう少し考えさしてくれということでございますので、外務省の方にもう少し時間をかしてあげる必要があるのじゃないかというふうに考えております。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 先ほど受田委員が言われました、この間中国から帰られた方々の意見を聞くというふうなことにつきまして、今委員長の所見を述べられたわけでございますけれども、やはり一番最近帰られた方々でございますし、ことに最後の集団帰国者でもありまするし、さらにまた、日本と中国との間が曲りなりにも積み上げ方式で何とかなりそうであったところが、貿易協定をめぐってのトラブル、そういったいろいろな問題で行き詰まった形になっている。そうした空気もある程度把握しておられると思いますので、そういった方の意見を聞くことによって、この委員会でみんながほんとうによく考えてみれば、日本と中共との間の関係を打開する一つの方法が考えられないとも限りませんので、ぜひともこの参考人の意見を聞くような方法を考えていただきたい。これは委員長にお願いする次第であります。  それから、まだ消息不明の方々に対しましては、住所のわかっておる方を通してやるというようなお話でございまして、この点は、なお積極的にやっていただきたいと思いますけれども、閣僚懇談会におきまして、私どもが新聞で承知しましたところによりますと、何かジュネーヴでの会議をさらに進めていくというようなことも出たようでございます。こういうふうなことにつきまして、私は外務省の責任ある、藤山外務大臣なり何なりに聞いていきたいと思いますので、次の機会にその質問は譲りますけれども、厚生省としては、そういうふうな住所のわからない、しかも、向うに生存しているんじゃないかと思われる人々に対する調査というふうなものを、どういうふうにしたらいいかというふうにお考えになるか、その御意見を伺いたいと思います。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 先ほど申し上げました住所の判明している海外残留者を対象とした調査をしたいという意図は、住所までつかんでおる人でございますので、その人の生死は明らかなんです。ですから、それを確認することももちろんでございますけれども、そのほかに、そういった人たちから、こちらでわかってない人の住所等も教えてもらえるんじゃないかというふうな期待を持ちまして、こちらでつかんでない部分の資料の提供を実はお願いしたいという気持があるわけでございます。そういうことで、新しい住所が判明すれば、その人を対象とした調査も続けられるわけでございますので、そういうふうな方向で、こちらの把握してない資料もつかんでいきたいという気持でおります。  第二点のお尋ねでございますが、私たちの気持といたしましては、ソ連にいたしましても、中共にいたしましても、すでになくなられた方の調査というのは非常にむずかしいのじゃないか、たまたま資料を向うで持っておられれば、それがわかるわけでございます。たとえばソ連につきましては、昨年の暮れでございましたか、約千名ばかりの死亡者の名簿をもらったわけであります。そのほかにも資料がまだあるのじゃないだろうかということで、そういう資料もお願いしたいと思っておりますが、何といいましても死亡者の資料というものは、これは過去のものでありますので、なかなかつかみにくい。それよりも、端的に現在生きている人はだれであるかということだったら、これは資料がないわけではないので、必ずあるはずでありますので、現在生きている人の消息というものを、相手国側で持っております資料によってこれを確かめていくことができれば、これは一番手っとり早い方法ではないだろうかというふうなことが考えられますので、こういったような考え方を頭に置いて、外務省とも今後どういうふうな手を打っていくかということを御相談していきたい、こういうふうに思っておるわけであります。

田口長治郎自由民主党

○田口委員長 ただいま外務省の説明員として欧亜局竹中事務官、アジア局白築事務官の二人が出席になっております。

茜ケ久保重光日本社会党

○茜ケ久保委員 引揚援護局長にお尋ねしたいのですが、聞こうと思ったことは、きょうきた書類に出ておるので、大へんけっこうなことなんですが、受田君もだいぶお尋ねしたり御要望したようですけれども、これは閣議の了承にもなったり、関係閣僚の間でもやっておるが、これは本気でやるのでしょうな。政府は、たびたびこういうことをやってはお題目のままでやらなかったり、だますと言っては語弊があるけれども、非常に期待をされて、期待はいつも水泡に帰して、遺家族の人たちが、何といいますか、悲嘆にくれているような状態であります。最近私のところにもいろいろな人が来まして衷情を訴えられる。私の聞こうとしたことに対して、いろいろとこうしたりっぱなお答えが出ておるわけです。その答えが、そのまま実行されますならば、相当遺家族の諸君も喜んでくれると思う。おそらく、おやりになる気持だと思うのですが、今までの政府側の態度からいうと、やはり国民の中には、そのままそっくり信頼できぬような点もあると思うのです。これは局長に申し上げてもせんかたないが、一応あなたが当面の責任者ですから、政府当局を鞭撻し、それぞれの機関を督励して、ぜひ御実行を願いたい。これに対しては、私どもも全面的な協力をするのですから、これは蛇足かもしれないけれども、あるいは私どもいろいろ聞かれて、きまったということを言っただけでは困るので、局長の御決意のほどを一つ伺いたい。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 五月二日の閣僚懇談会で、御承知のように、来年八月には制度が—現行制度の留守家族手当を打ち切って、その善後措置が考えられていないということになるので、これの法的な措置は、何としても八月一日までに態勢が整うような段階においてこれはやらなければならぬというふうに考えておるわけであります。昨年、実は一年ほど余裕を持ってやったらどうかということで、昨年の通常国会に間に合うなら出したいという気持であれしたわけでありますが、内容等、さらに検討しなければならぬというふうなことで、前回の国会には提案にならなかった。おそくとも次の通常国会には何としても法案を出したい、かように考えております。  それから第二の、夫帰還調査の問題につきましても、お言葉でございますが、われわれもごまかしをやる意図でやっておるわけではございませんので、誠心誠意、最後の努力をいたしたい、かように考えておるわけであります。実は、きょうも主要な府県の世話課長も寄せておりまして、地方の事情も十分聞かしてもらいたいし、また県側の意見も聞いて、具体案の作成の参考にしたいということで、ただいまも会議をやっておるような次第でございます。できるだけのことをいたしたいという固い決意を持っておりますことを、お答え申し上げます。

茜ケ久保重光日本社会党

○茜ケ久保委員 これは、私もよくわからなかったのですが、私どものところにいろいろな相談に見えたり、いろいろな実情を持っていらっしゃる方の話の中に、昭和二十一年ですか、そのころを境にして、それ以前の死亡確認者と、その後の死亡確認者には、国から出される弔慰金ですか、何かそういうものに非常に差があるということを聞くのです。これは私も不案内でよく承知しないのですが、そういった実例があるのでありますか。昭和二十一年ごろを境に、その以前の死亡確認者と、その以後の死亡確認者については非常な差がある。こういうことについてお伺いいたします。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 あるいは私の判断が間違っているかもしれませんが、あるいはこういう問題じゃございませんでしょうか。昭和二十年の九月二日、終戦の調印の日でございますが、その死亡の日が昭和二十年の九月二日前とあととで、実は従来扱いが違っておったわけであります。その点は、実は制度上の不備と考えられておったのでありますが、先般の恩給法の改正の際に、その点は是正されたわけでございます。今は問題が解消しておるのじゃないかと思いますが、その問題じゃございませんでしょうか。

茜ケ久保重光日本社会党

○茜ケ久保委員 私も、その点はよく調査してないのでお伺いしたのですが、あるいは局長のおっしゃる通りかもわかりません。それで、またあなたの方でお調べ願っておきたいと思うのです。  それから、それに関連しまして昭和二十年の終戦前後に死亡が確認されたといいますか、一緒に行動しておった者が、これは病院で死んだのだ、私は現に介抱しておったのだということが判明しておりながら、いまだに形式的には死亡確認ができていないという事実があるんですね。こういう人の遺家族は、すでにあきらめておりながら、形式上の死亡確認ができないために、いろいろと困っておるという例があるのです。最近、私が看病した、死亡確認したという人に会って聞いてみましたら、最近になって、あやふやなことを言い出したんですね。帰った当時には、はっきり死んだ、私が病院で看病したし、死んだのだと言っておったのです。それで、県の世話課などに行っていろいろ手配したところが、死亡確認がもらえないで今に至っている。最近、私が相談を受けたものですから本人に会ってお聞きしたところが、死んだことは確認できない、そんな口ぶりもあって困っているのですが、こういったことに対する処置は、遺家族の者が、そういった何か資料を提出すれば、もう十数年前のことでございますから、何か死亡確認ができて、処置ができたらと思うのですが、こういうことに対する具体的な取扱いはどういうようなことになっていますか。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 個々のケースでございますと、個々に事情を十分調べてみないと、右か左か判断がつきにくいわけでございますが、全体的に申しますと、一番典型的な例は、責任ある者が死亡の現場に臨んでおったということであれば、これは文句なしに死亡確認ができるわけです。それから、だんだん資料の信憑度というものは薄くなるようになるわけです。ある人が、どうも死んだらしいといううわさを聞いたというふうな情報もあり得るわけです。そういうふうなことですと、すぐ処理をしてよいかどうかということがわからない。いろいろの段階がございますので、一概にはちょっと断定しきれないと思うのでありますが、全体といたしましては、こういった推定によって死亡の処理をやっていくという場合には、国の方だけで判断をするのは適当じゃないじゃないか。そこで、留守家族の気持も伺って、このくらいの資料があれば、これは公報を出していただきたいということになりますれば、公報もお出しするというふうな扱いをする場合があるわけでございます。留守家一族の方の気持も、実はそのときどきで必ずしもはっきりしないということもありまして、古いものがそのままになっておるというケースもあるわけです。そこで、個々の問題につきましては、私どもの方でもできるだけの調査をいたしますし、また、その調査の結果によってどういう措置をするかということについては、留守家族の気持も十分聞きまして、スムーズに処理ができるようにいたしたいと思います。個々の問題につきましては、それぞれ具体的にお話がございますれば、今のような考え方で処理をして参りたい、かように存じております。

茜ケ久保重光日本社会党

○茜ケ久保委員 そんな場合、留守家族は、生きて帰ってもらいたいという気持は多分にあるわけでございます。しかし、いろいろ自分たちが極力集めた資料の中から、これはもう死んでいるということ以外に、どう考えても想定できぬといった場合に、遺家族の者が、これはもう死亡確認をしていただいてもよろしいといったような場合があると思うのです。そういった場合でも、あなたたちの方では、当時の中隊長とか、あるいはそういった責任者の死亡確認がなければ、やはり死亡確認をしていらっしゃらぬのか、あるいは今言ったように、同僚の者でも、実際自分が死亡を確認したという場合であって、遺家族の者も、もう死亡確認をしてもらいたいという場合であったら、これは死亡確認をされるのか。こういうことがはっきりしておらぬと、これはやはり残ると思うのです。ここきては、もう中隊長も死んでいましょうし、責任者がいないような場合もありましょうから、何らかの形で終末をつけなければならないのですが、そういった、ごく具体的な問題ですが、どのようになさっていらっしゃるか、お伺いしたいと思います。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 必ずしも責任者でなくても、同僚が確認をしておるという資料がございますれば、死亡処理の手続をとることはできるわけでございます。例を申し上げますと、ある病院に入っておって自分がこっちへ帰ってくるときは非常に重症であったというふうな情報があり、その後相当の期間にわたって情報が絶えておるということであれば、大体これはもうなくなったものと判断がつくわけでございます。そういった場合には、死亡処理をして差し上げられるというふうに考えております。中には逆の例もございまして、たとえば、この程度の資料があれば当然死亡と判断していいのじゃないかと思われる場合でも、留守家族の方から、もうちょっと待ってくれというふうなケースも実はあるわけでございます。そういう場合には、あまり無理押しをしないようにという方針で進んでおりますので、あわせてお答えいたしておきます。

茜ケ久保重光日本社会党

○茜ケ久保委員 もうそうたくさんの例は残っていないと思うのですが、残っていないだけに、現に今まで残された諸君は非常な精神的というか、負担を持っていますし、これが変に残りますと、やはり政治に対する不信も持ってくるわけです。従いまして、もうたくさんの併があるわけじゃありませんから、具体的な例に一つ当っていただいて適当に処置していただいて、なるべく早い機会に遺族の気持が落ちつくような手配をしてもらいませんと、私どもとしては、政治に対する不信感を持たれては困るのでありまして大へん御苦労なこととは思いますけれども、われわれもこういった事例に対しては極力調査もするし、いろいろ御進言をいたしますから、そういったことを含んで、早期解決の処置をお願いしたい。  以上、お願い申し上げまして、質問を打ち切ります。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 大体ただいまお述べになりました先生のお考えと私は同じ気持でおりますから、よろしくお願いしたいと思います。

田口長治郎自由民主党

○田口委員長 長谷川峻君。

長谷川峻自由民主党

○長谷川(峻)委員 閣僚懇談会の決定で、海外生存残留の消息について、在外公館を通じて一斉調査を始められた。これは、私はせんだって第二十一次引揚船を迎えたときに、その報告会を藤山外務大臣などお呼びしてここでやった。そのときに、外務大臣は、国交回復しない国の情報は、結局するところ、国連、そういうものを通じてやらなければならぬのじゃないかというふうな答弁をしたのが、さっそくここに現われてきたものだと思います。これは、先ほどほかの委員からもお話があったように、ことに中共、ソ連の問題、国交の問題になるという、大きな藤山外交の一つの転機と申しますか、注目すべきものだろうと思いますので、この問題についての質疑は、外務大臣が来たときにみんなでやることにしようというので、私も保留しておきます。  それから、第二十一次引揚船白山丸を迎えて、一般帰国者四名ほどから、私並びに受田君、さらに参議院の両先生方も出席して感想を聞く座談会を二時間ほど開いた。そのことは若干私御報告申し上げたのですが、そこで、せんだっての委員会で、あのときに六十五名の密出国者が便乗して乗ってきた、その船賃は一体どうなったか、これは船賃を徴収すべきであるという話が出まして、一般国民は百円滞納しておっても執達吏がかかってくる、国の税金で船を動かしておるにかかわらず、それにただ乗りしてきて途中から覆面をはいで大きく出てこられたのではかなわぬというわけで、これは、局長あるいは政府が、幾ら船賃を徴収したかということを報告することになっておる。この資料がまとまらなければ、この次の委員会までに、正式に一つ資料の発表をお願いしたい。これだけ申し上げておきます。

河野鎮雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 ただいまの問題につきましては、日赤ほか三団体から、それぞれ地方に手配して集めるようにいたしております。まだ完全に集まってないわけでございますが、一部は集まっておるようにも聞いております。この点も、さらに御趣旨のほどを三団体に通じまして、徴収が確実にできるようにいたしたい、かように考えます。

中山マサ自由民主党

○中山委員 関連して……。その点、私も、この問題でぜひ御報告を要求した人間といたしまして、昨日の新聞でございましたか、麻薬、いわゆるああいうふうなものを輸入されており、それで相当な人がつかまっているのでございまするが、そういうものを輸入した。これは社会労働委員会で、そういうものを輸入したり、あるいは許可なしに売ったり、使ったりすることに対しては、処罰も非常にきつくするよう、私どもが委員会でいたしたことを私記憶いたしておるのです。それで、そういうものが密輸入されてきておる。しかも、そうしてきているという点までは、それが商売としてやっているということならば、まだ民間の生活が苦しいからそういうことにもなるであろうということで、まあまあ、いささかあたたかい気持ででも見られるのですが、新聞の発表のその先が、私は気に食わないのであります。何かと申しますと、そのお金は、いわゆる革新陣営の文化人と称する人たち、あるいは革命運動のためにそのお金が使われているようであると、堂々と新聞が発表しているのです。それは、まさか根も葉もないことでもなかろうと私は思いますが、そういうふうにまでして、共産党の運動ですか、何かに金を使われる。それに同調して六十五人というもの、これは同じ主義の人たちなんですから、そういう人たちがただで帰ってくる。金は、向うから革命運動のために、そういうふうに密輸入して運動を促進して、日本国をひっくり返そうというようなことです。そういう団体には非常な金があるということを、私はきのうの新聞で確認したわけですから、それは遠慮会釈なしにぜひ取って、われわれ国民が不当な感情を持たないように、政府筋においてしっかりやっていただきたいということを、私は関連をしてお願いしておきます。

田口長治郎自由民主党

○田口委員長 ほかに御質問ございませんか—別にないようでありますから、私から外務省の竹中さん、白築さんに要望申し上げますが、三十三年の七月二十九日、第三回未帰還者問題処理閣僚懇談会申し合せ事項の第二項について、きょうは、外務省がまだ具体的な案ができていないということで、実は御質問もないわけでございますが、この次の委員会までにこの問題を十分御研究になりまして、具体案について御説明いただくように処置願いたい。このことを上司に一つお伝え願い出たいと思います  本日はこれをもって散会いたします。     午前十一時四十七分散会

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