本会議 第1号
- 発言数
- 6 件
- 登壇者
- 2 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1957/12/20
会議録
○議長(松野鶴平君) 第二十七回国会閉会後の諸般の報告は、朗読を省略いたします。 ─────・─────
○議長(松野鶴平君) これより本日の会議を開きます。 日程第一、議席の指定。 議長は、本院規則第十四条により、諸君の議席をただいま御着席の通り指定いたします。 —————・—————
○議長(松野鶴平君) 議員中山壽彦君は、去る十一月二十六日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。 同君に対しましては、議長は、すでに弔詞を贈呈いたしました。 宮田重文君から発言を求められております。この際発言を許します。宮田重文君。 〔宮田重文君登壇、拍手〕
○宮田重文君 私は、諸君のお許しを得ましてただいま議長より報告のありました議員中山壽彦君の長逝に対し、つつしんで追悼の辞を捧げたいと存じます。 君は、明治十三年十二月、京都市熊野郡久美浜町手塚格氏の次男に生まれました。後、兵庫県出石郡出石町中山逸斎家に転籍されたのであります。 幼にしてすでに頴悟、長じて第一高等学校を経て東京帝国大学医学部を卒業され、さらに、医科大学及び千葉医学専門学校において内科学、細菌学を専攻して、医学博士の栄位を得られました。また、東京市立伝染病院長、東京府医師会長、日本医師会理事長、豊多摩病院長、東京市理事、下谷病院長、日本医師会長、日本医療団理事、公衆衛生院顧問、医師国家試験審議会委員、その他各種医療関係機関の理事、顧問等、役員として活躍され、わが国医学界進展のため非常なる力を尽されて、この道に印せられた足跡はまことに偉大であり、その御功績また赫々たるものがあります。 君は、人となり明朗潤達、しかも、その反面きわめて強固なる意思の持主であり、熱意をもって事に当るという実行の人でありましたが、晩年においては、この熱情と活動力、実行力に加うるに、業界多年の豊富な経験を傾けて、政界に活躍せられたのであります。すなわち、昭和二十一年七月には貴族院議員に勅選せられ、新憲法施行以後は、参議院議員に当選すること実に三回、その円満なる人格と高邁なる識見とをもって、円滑裏に政務に処せられ、昭和二十七年九月には、吉田内閣の国務大臣に就任せられたのであります。この前後には、厚生、大蔵、運輸等の委員会に、委員長もしくは委員として、その造詣を傾けられ、最近においては、わが逓信委員会に所属され、また、社会保障審議会副会長として、社会保障、国民皆保険の確立のため精励され、自由民主党顧問として重きをなされつつありましたのに、去る十一月二十六日、急性肺炎のため、にわかに逝去せられました。享年七十七才、まことに痛惜哀悼の念にたえません。 君の生涯は、文字通り、活動と努力の連続であり、その政治性が学界、業界を背景とし、貴重な経験を裏づけとした、すこぶる特異な存在であられたことが、しみじみと追想されるのであります。 わが国の現状が、君のごとき、人格職見ともに卓抜にして実行力に富む政治家を失いましたことは、邦家のため、まことに惜しみても、なお余りあるところであります。 議席をともにして、国政に携わって参りました同僚として、衷心より君の御逝去をいたみ、その御遺徳をしのんで、ここにうやうやしく御冥福を祈る次第でございます。(拍手)
○議長(松野鶴平君) 本日は、これにて延会いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(松野鶴平君) 御異議ないと認めます。 次会の議事日程は、決定次第、公報をもって御通知いたします。 本日は、これにて散会いたします。 午後二時十二分散会 —————・————— ○本日の会議に付した案件 一、日程第一 議席の指定 一、故議員中山壽彦君に対する哀悼の辞