農林水産委員会 第39号
- 発言数
- 17 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1958/04/25
会議録
○理事(藤野繁雄君) ただいまから、農林水産委員会を開きます。 最初に、委員の異動について御報告いたします。 本日、西岡ハル君が辞任され、有馬英二君が選任されました。 ―――――――――――――
○理事(藤野繁雄君) 赤城農林大臣の御出席を得ましたので、ただいまから日ソ漁業に関する件を議題といたします。 一言ごあいさつを申し上げます。 赤城農林大臣におかれましては、日本の首席代表としての大任を帯び、長途モスコーに出向かれ、長期間にわたりほんとうに骨身を砕いて交渉に当られ、難題の解決に御尽瘁を願い、その心労に対して心から厚くお礼を申し上げる次第でございます。 当委員会におきましては、その職責からいたしましても、常にこの問題に対して特に重大な関心を払い、一日も早く直接農林大臣から実情を伺うことを期待いたしておりましたところ、本日、疲労のところをお差し繰り御出席をいただき、ありがとうございました。これから御報告をお願いすることにいたします。 なお、委員の各位に申し上げますが、赤城農林大臣は、日程が非常に詰まっておりまして、この席は大体三十分間ぐらいという約束であります。から、あらかじめ御了承をお願いいたします。
○国務大臣(赤城宗徳君) ただいまは、委員会を代表いたしまして委員長から御丁重なるお言葉をいただきまして恐縮に存じます。 なお、一カ月余農林大臣の席をはずしまして、行っておりました間におきまして、農林省関係の法律案その他につきまして、非常なる御協力をお願いいたしまして、私といたしまして、心から感謝申し上げる次第でございます。 日ソ漁業交渉につきましては、かねて御承知のように、大きな問題が二つあったのであります、一つは、オホーツク海の、こちらから見れば出漁でありまするし、向うから見れば禁漁といいますか、この問題が一つであります。もう一つは、本年のサケ、マスの総漁獲量をどの程度にきめるか、こういう二つの問題が政治的にも大きな問題であったことは御承知の通りであります。私といたしましては、三月十八日にこちらを立ちまして、モスクワに二十日に着きました。 交渉の相手方をだれにするかということが一つの問題であったのあであります。私といたしましては、やはり向うの漁業担当大臣であるイシコフ氏と話し合いを進めていくということが当然のことだということを考えて、イシコフ大臣と話し合いを進めたのであります。もし話が進まぬような状態であるならば、ソ連の第一副首相でありまするミコヤン氏とか、あるいは場合によっては私が何うへ行っているときにソ連の首相になりましたフルシチョフ氏とも話し合うことにならなくちゃならないのじゃないかと、しかし問題は漁業条約上の問題でありますから、イシコフ漁業担当相と話し合うことが話を進める七において順当な筋道であると、こう考えましたので、イシコフ大臣と私との会談か十回であります。また高碕代表が個人的にというようなことて会いましたのが二回――十二回会談を続け、ミコヤン副首相と一回、フルシチョフ首相と一回、都合十四回会談をいたしております。 そこで、オホーツク海の問題でありますが、私どもといたしましては、オホーツク海に出漁しないというようなことは公海の自由を失うことになるのではないかということが日本側としては一番大きな問題であったのであります。そういう観点から、私の方の主張といたしましては、オホーツク海から全面的に出漁を差し控える、やめるというようなことは公海の自由を日本が放棄するということになる。まして、この委員会でもたびたび問題になりましたように、日、米、加――アメリカ、カナダとの関係におきましても、西経百七十五度線と、こういうことについて問題がある現状におきまして、オホーツク海から私どもが出漁をやめるということには国際的にも問題がある。あるいはまた李承晩ラインの問題もありまするし、オーストラリアのアラフラ海の大陸だなの問題もあるし、そういうことから日本の船をオホーツク海に入るのをやめるということにには、日本の公海の自由という原則からこれはできないことだと、こういうような話で相当進めておったのであります。ところが、だんだんソ連側の言い分を聞いてみまするというと、公海の自由ということは決してソ連側としてもこれを押えるとか、あるいはそういう意味でオホーツク海の出漁という問題を提案しているわけではないのだと、昨年の委員会等におきましてもオホーツク海をやめようじゃないかということで、ことしの委員会においてこれは討議するということを保留してある。その理由は、公海の自由ということでなくて、北西太平洋のサケ、マス魚数の保存及び増大――向うで言えば再生産、こういう観点からオホーツク海の母船操業等による漁業をお互いにやめようじゃないか。公海においては、ソ連においても母船あるいはその他の漁業をする権利はあるのだ。権利はあるのだけれども、このことをやめることが種族保存の意味において適当だと、こういうことで提案をしておるのだと、こういう話であったのであります。そういうことから話をだんだん進めて、向うの状況も聞き、こちらの主張も進めておるうちに判明してきましたことは、カムチャッカ半島の西南の方でしょうか、あの方面ヘサケ、マスー――主としてマスが多いのでありますが――これが産卵のために七月、八月ころにかけて一せいに遡上するといいますが、川へ上ってくるわけであります。その川へ上ってくるサケ、マスを日本の母船が沿岸近くにおいてこれを漁獲するということになるために、産卵に非常に支障がくる。しかも、産卵をさせるために、ソ連の方では相当の金をかけて種族の保護育成に努めておるのだと、ところが、そこの入口において母船でとられるということでは、ソ連側から見れば、日本は種をまかないで革を刈り取ると、こういうようなことになるという主張なのであります。 私の方といたしましては、とにかくそういうことであるとしても、サケ、マスの育っているのは、これは公海で育っているのじゃないかと、まあ日本のことわざにもありますように、生みの親よりも育ての親というような言葉もあるので、公海において育ったものを――公海はこれはソ連のものでも何でもない。そこで育ったものが遡上するということなのであるからして、量の問題は譲るといたしましても、全部が全部産卵させるということでなくて、ソ連側としても、領海において相当の漁獲をしていると、こういうことであるならば、そこに入る途中において日本がこれを漁獲するということも、多量に漁獲するということであっては、川へ上ることをそこで妨げるということになるから、これは問題であるけれども、多量でないものならば、これは認めてもしかるべきものじゃないかと、こういうことを強く主張したのであります。ところが、また向うの話によりまするというと、これは量の問題でなく、プリンシプルの問題だと、北西太平洋の魚類を保護し、そうしてこれを増大するということから考えて、そのカムチャッカの西北方面は、北西太平洋のサケ、マス資源の産卵場である。外、産卵揚へ卵を生みに上ってくるのを途中でとるというようなことは、これは北西太平洋の全体の資源を構成し、増大するゆえんではないのだと、しかも、途中においてとるために、どの川へ上るかということがまだ確定しないうちに途中でとってしまうので、ある川には非常に産卵のために上ってくるし、ある川には産卵のために上らないというアンバランスが非常に出てきておると、しかも産卵のために施設をし、金をかけておると、そうしてソ連の機構も従来は中央集権で上から命令をして漁獲量や何かをきめておったのであるけれども、去年から地方分権的な制度に変えて地方のコルホーズ等においての実績とか成績を見て計画を下から上へ持ち上げているという形であるにかかわらず、ここ数年来魚類が非常に減ってきた、こういうことで、下からも実は非常に突き上げられておるというか、非難をされて困っておるのだと、こういうような話にだんだん進んできたのであります。しかしながら、私の最初の主張としては、公海の自由というものはこれはソ連側も決してこれを否認するものではないし、カニとか、タラ釣とか、あるいは底びきとかいうような漁業がある。また、公海の自由というものはもちろん認めておるので、公海の自由というものを否定するものではない。こういうことは向うでも再々主張はいたしておりますので、そういう点はある程度私の方でもわかるとしても、とにかく日本国民の感情や何かからするならば、それからまた、対外的に日本としてはここを放棄するというようなことは非常に苦しい立場にあるというふうなことで、私の方でも強く七張しておりましたので、実は中途におきまして、それではそんなに強い主張ならば、今年の漁獲量ほ八万トン、そうして、仕方ないからオホーツク海においては一船団六千五百トンの漁獲量、これでオホーツク海の問題は来年に持ち越そうという話し合いにまできたのであります。私といたしましても、それで、もう何としても非常に強い主張でありますので、そのままで、もう別れて帰ろうかと思ったのでありますが、しかし、念のためにこのままで私の方で出漁するというようなことにしたらどうなるかというような問題も聞いてみましたし、また、オホーツク海の問題をどの程度まで強く魚類保存の関係から主張するのかということを話しましたところ、どうしても今年は八万トンでいくが、来年はオホーツク海の問題については、これは率直に言うと、非常に苦しげに言っておりましたが、一方的にもそういう場合には日本の公海における出漁をやめてもらうというようなことにならざるを得ない。こういう強い主張であったのであります。私どもといたしましても、そういうような立場において、国際紛争のところまで持っていくというようなことが果していいかどうかというようなことも考えましたので、さらに思いをいたし、その交渉をまた続けまして、魚類保存ということが公海の自由というものに何ら抵触しないということをはっきりしていくならば、オホーツク海の問題についても、共同の責任において北西太平洋のサケ、マスの魚族を保護育成するという立場ならば、そのことについてよく日本に帰ってから相談してみる。日本国民から見たならば、公海の自由ということを放棄するということになるので、これは重大な問題だから、日本に帰ってよくあなたの言うことを話して、日本国民が納得するかどうかについて自分も努力してみよう。来年からの問題について努力してみよう。そういうことにして、何とか、今年の、いかに不漁年といえども八万トンということでは、日本の漁民の失業も出るし、また、魚によって、漁業によって日本国民は生活をしている。こういう立場なんだから、その点から見て、八万トンというようなことでは、去年の十二万トンに比較してまことに少いし、困る。こういう折衝を続けておりましたところ、いろいろ話も出まして、とにかくそれじゃお互いの信頼の上に立って、日本の農林大臣が来年そういう措置をとるように努力するということに信頼しようじゃないか。信頼の上に立って、それでは十万トンの漁獲量ということにことしはさめようじゃないか。こういうことに話が進んできたのであります。ところが、先ほどから申し上げましたように、いろいろ話が出ました。オホーツク海の産卵場を、日本とソ述と共同でこれを育成するということになれば、アメリカ側に対しても非常に強い切り札になるのじゃないか。無熱を保存する、育成する、増大するということで切り札になるのじゃないか、こういう議論でありましたが、いや、実は私の方から言えば、逆の切り札になって、向うからとられる切り札になるというような議論もいたしたのであります。あるいはまた李承晩ラインの点についても、非常に問題が出てくる。この議論などにつきましても、李承晩ラインでは大体明太魚が中心じゃないかと向うが言うのです。これはサケ、マスという遡河漁業、川へ上る漁業だけの問題で、ほかにそういう問題が影響するとは自分は思っていない。日本の切り札でかえっていいのじゃないか。私の方では、日本の漁業のマイナスの切り札になるのじゃないかというようなことなどもだんだん話の中では出たのでありますけれども、そういう話を続けておりましたときに、高碕代表が帰るという日に私が会うことになっておったのでありますが、イシコフ大臣も、高碕代表が帰るのならば、なお一緒に話したい、こういうような話が出まして、その日に、実は私の方では毎年々々漁獲量をこういうふうに委員会で争って、二カ月もたち三カ月にもなんなんとするようなことを空費しているのは、非常に日ソ両国の友好関係から見てもまずいじゃないか。そこで年々の漁獲量をはっきりきめておった方がいいのじゃないか。そこで十三万トンという量で一つ三年間きめようじゃないか。そうすれば去年は豊漁の年、ことしは不漁の年ということでありますから、ことしから三年間十二万トンということにきめておけば、四年間豊漁、不漁、豊漁、不漁というようなことでちょうどいいんじゃないか。こういうような提案もいたしたのであります。しかし向う側は、とにかく去年が豊漁年で十二万トンだ。なのに、ことし不漁年で十二万トンということは、私の方では賛成できない。また年間、三年なら三年一定量できめるということは、これは非常に困難だ。というのは、昨年の一九五七年の統計や結果は出ておるけれども、こつとしの結果というものはまだこれからのことで、出ていないのだ。出ていないのに、ことしから三年間十二万トンというようなことをきめるのは、科学的基礎に立つという点から考えてそれを認めるというわけにはいかない。こういうような話でありましたが、その話の中途におきまして、オホーツク海の問題は、どうしてもソ連側としてはその主張を撤回することができないのだ。これはフリンシラルの問題だ。もう少し努力とか何とかということじゃなくて、はっきりしたことでお互いにきめられるということならば、まあ十一万トンということ、これは政府の首脳部のミコヤンにもフルシチュフにも話してない問題だけれども、自分が責任を持っていいというようなことを言ったわけであります。そういうような情勢でありましたので、私どもも実は、とにかく、ことしはオホーツク海の問題も一船団六千五百トンということで、この問題を放棄したという形ではないし、それからまた共同調査ということをことしきめましたので、共同調査の結果によっては、来年はやめてもよろしい、大体やめる方針で私も国に帰ってから努力する、こういうようなことで一応きめていこうということに相なりかけておったのであります。しかしその間におきましても、再々折衝を続けておりましたが、どうも来年の見通しといたしまして、実はオホーツク海の出漁ということは、これはほとんど困難である、また向うといたしましても、非常な強い主張を持っておりまして、これは来年に持ち越ししても非常にむずかしい問題だということがだんだんわかってきました その中途におきましてミコヤン第一副首相とも会いまして、日ソ友好関係の全般的な話をいたしましたか、そのときに漁業の問題も話しまつしたところ、オホーツク海は、どうしてもこれは日ソ両国で出漁をやめてそうしてサケ、マス資源が滅っているのだからして、それをふやすということを考えようじゃないかという強い主張があったのであります。そういうようないきさつから考えまして、これは来年のことを今きめていくというようなことはどうかとも考えたのでありますが、何しろ日本の漁民の立場も考えて十一万トンというようなことになれば、来年以後の漁獲量についての基礎が相当高まってくるといいますか、基礎が上ってくる、こういうような観点からも考えて、これはもう少し話を進めてみた方がよかろうということで、なお話を進めましたところ、イシコフ漁業担当相も、そのことは、ミコヤン氏や、あるいはまたフルシチョフ氏に話はしてないし、またそれは非常に苦痛のようでありました。何しろ向うの計画量が、ことしは十二万トンであります。で、日本は十万トンといたしまっしても、母船の規制区域内におきまして五、六万トンはとっているのでありますが、向うは向うの区域内、領海のみにおいてことしの計画では十二万トンであります。昨年は、ソ連側は十四万トンの計画で、十五万トンとっているわけでにあります。こちらは去年十二万トンの計画で、母船の規制区域まで含めると、十六万五千くらいの漁獲量があるわけであります。そういうような関係で、非常に向うでも、十一万トンというのは、ことしとしては苦痛のように受け取れました。またそのことを上にも話してないというようなことで、再度それでは十一万トンにするということにしたらどうかということを話しましたところ、これについてはミコヤン副着想にも、フルシチョフ首相にも話してないので、しばらく待ってくれ、しかしこの間、私どもと話しているときには、自分の責任においてそれくらいは引き受けると言ったじゃないか、こういうようなことで、だんだん話を進めていったのであります。そこで非常に苦痛のようでありましたが、しばらく待ってくれということで、二、三日待ちまして話を進めていきましたところ、はっきり、オホーツク海は、どうだろう、やめることにしようじゃないか、ことしはやめないが、来年はお互いにやめることにしようじゃないか、漁獲量は十一万トンということにきめようじゃないか、こういうことに話がだんだんなってきたのであります。 そこで公海の自由ということが、日本としては一番重大な問題であるので、その点は認めるのか、認めないのか、これは事実上の問題になりますけれども、その点について、ソ軍側は、公海の自由ということは絶対にこれは否認するものではない、ことに漁業の問題にいたしましても、先ほど申し上げましたように、カニの母船も入ることは事実でありまするし、あるいはタラ釣とかあるいは底びきというようなことも、これはあえて拒否するものでもなければ、自由にやれるのだと、それからソ連側といたしましても、母船式の漁業ということもこれはやりたいのであるし、また権利も持っているのだけれども、これもやらない、そういうことになれば、日ソ両方平等じゃないか、しかし、私の方から見れば今まで入っておったのをやめるのだから、やめるということに来年からするというのは、どうも、平等ともとれないけれども、しかし形の上では平等ということも言えないこともない、そこで公海の自由というような原則は当然お互いに認めるということを約束いたしまして、その上に立って、生物学上あるいは魚類の資源の保護、増大という立場から、この問題について来年以降の一つ解決案を立てよう、そういうことになれば、来年からお互いに益し控えるということにしようじゃないか、こういうような話し合いになったのであります。 しかし、そういうことにいたしましても、私どもは、これは政治的な折衝を続けておるので、条約上土から考えるならば、条約上の両国の委員会というっものつが構成されておるので、委員会において、これをはっきり両国の委員が、資源上の問題からきめるという立場をとるべきである、こういうことになりましたので、委員会においてそういう決定をしょうかと、こういうことに進んできたわけっであります。 そういういきさつから、二十二日の朝の三時までかかったのでありますが、三時ごろに両国の委員会を開きまして決定いたしたわけであります。その決定し調印した内容は、相当今までの委員会の経過がその中に盛られておりますので、相当長いものでありますが、問題になりました要点を申し上げますならば、第一は、オホーツク海におきましては、本年度においては、母船一船団、量においては六千五百トンをこえざる量を漁獲すると一いうことが第一であります。 第二は、明年度以降については、オホーツク海の沿岸の河川を産卵場として上ってくる魚の産卵を保護、育成し、北西太平洋のサケ、マス資源の維持増大をはかる共同の目的をもつ、て、日ソ双方平等対等の立場において育成をはかる、こういう点から明年度以降お互いに公海における沖とり漁業を差し控える、停止することにする、こういうことであります。 第三は、漁獲量にきましては、本年は――本年のみということになりますが、十一万トンとする。 第四につきましては、共同調査を行う、この共同調査につきましては、昨年共同調査をすることになっておったのでありますが、この点は私どもも調査をすべきものを調査しなかったから、こういう問題か起きてくるのだと、いうことを相当強く主張をいたしましたので、ソ連側といたしましてもその点についてはまことに申しわけないのだけれども、実はソ連でいろいろの機構改革があって、先ほど申し上げましたように、中央集権的なものを地方分権的なものに改めてゴスプラン等の組織もできたのでありますが、そういうふうな組織機構の改革のために昨年度は共同調査というものはでき得なかったということにつきましては、ソ連側が遺憾の意を再三表示しております。本年度においては学識経験者が現地について共同調査をし、また資料について調査をする、条約の中にも入っておることでありますが、これは特に日程等まできめまして調査を行うことを決定いたしたのであります。ほんとうは、共同調査をしてから明年度のオホーツク海の問題はきめるべきものが筋合いだと思うので、その点もいろいろ話し合いをしたのでありますけれども、向うでは資料は全部もう自分のところに持っておるし、それを提示してもきておりましたが、ある程度もう全部調査をする必要がないくらいに資源が減っておるということ、あるいは川に上るのがアンバランスであるというようなことを提示してきましたが、それは向う側の、ソ連だけの調査で、実は私どもの方としては現地も見ていないのだし、どうも一方的な調査ではないかということは私どこもの方でも相当話をいたしたのでありますけれども、総合的に見まして、そういう点から考えまして明年度においてはこれはどうしても差し控えるというようなことにならざるを得ない、生物学的な実態でもありまするし、政治的な観点から見ましてもそういうふうに見受けられましたので私も非常に迷ったのでありますが、明年度以降の総漁獲量ということを考えますならば、本年度十一万トンの漁獲量ということにきめておった方が明年以降においても非常に日本にとって有利ではないかというふうな点、その他総合的に考えまして十一万トンという漁獲量をさめたのであります、 それから、これは政治的な話になるかと存じますが、率直に申し上げまして、平和条約と一つこの問題がからみ合っていはしないかということは私どもも相当頭に入れてお、たのであります、しかし、イシコフ大胆と話し合ったときも平和条約の話が出ました。しかし、イシコフ大臣も平和条約とこれはからみつけて話すという気持はないと……、私の方から言いましたところ。しかし、あればあった方がよりいいということは、これははっきり言うけれども、しかし、平和条約ができないからといってそれにからみつけて日本の立場を不利にするとか、そういうトうなことは考えない、こういうことであります。フルシナヨ7面相と会ったときにも、平和条約の問題がいるいろ出たれ、日本の政治の批判なども出ました。しかし、フルシチョフ首相も、平和条約は締結されるべきが当然だ……。領土問題等も話がございました。私の方は領土問題については見解が違う、異なっておるのだ、こういう話をいたしましたが、それにいたしましても、とにかく漁業の問題あるいは通商貿易の問題あるいは文化経済問題等をどんどん進めていって、積み上げ方式と言ってはちょっと言葉が悪いかもしれませんが、友好状況を進めていくというようなことはの本としても考えておることだ、こういう話をしまして、そういうことならば、平和条約の問題は日本の出方を待とうというようなことをフルシチョフ首相は言っておったのであります漁業問題について、しからば当面の問題で一つこういう問題が今十万、十一万トンという問題でイシコフ大臣とも会うことになっておるのでありますか、何かそれについて意見があるかということを聞きましたところ、これは双方とも、条約上の問題としてこの交渉がよくいくことを祈る、御成功を祈る、こういうようなことでありましたので、さらにイシコフ大臣と話し合った結果、先ほど申し上げましたように、大体委員会において主要なる決定といたしましては、四つの決定を二十二日の朝の三時ごろに決定いたし、共同コミュニケを出して結末をつけたのであります。 なお、話の中に申し上げることを漏らしましたので、今申し上げますが、ことしは母船一船団、八千五百トンということでありますが、来年からはこれを禁止する、差し控えるということに相なるのでありますが、しからば母船をやめて独航船で基地から出て漁獲するというようなことが、日本の漁民を救うというような立場から当然考えられなくちゃならぬ問題だが、この点についてどういうふうに考えるかというふうなことを、最後の一、二日にこの話を持ち出したのであります、私、やはり図面などを書きましてお互いに話したのでありますが、産卵場へ上るというものをその目の前でとるということになると、母船でも、独航船でも相当規模が大きいのだからして、独航船でも同じような結果になる。しかも統制がとれないで独航船だけでその川の入口で漁獲するということになると、やはり魚類の保護育成というようなことから、これは差し控えるのが当然じゃないか、だから、母船というものには独航船も含めてというふうにこれはするのが適当だというような考え方が非常に強いのであります。そういうことでありますので、減ったものを独航船にかわってやるということはこれはこの間の決定から見ると信義に反するといいますか、こういうことに相なろうかと考えておるわけであります。 本委員会等におきましても、各委員から、出る前にいろいろ御注意やら強い要望やらあるいはまた何かとお話を聞かされておりましたので、主張すべきもの、つくべき点は十四、約五十時間以上になっておるのじゃないかと思いますが、全部を合せますと十四回になりますが、その間に大ていは言い尽したつもりでありますけれども、向うの言い分にも私は全面的に賛成はいたしません。たとえば産卵場へ行くといっても、量の問題もあるのだから、ある程度の、私は間引きという言葉を使ったのですが、途中で間引きするのは優生学上、あるいは魚類保存上差しつかえないんじゃないかというような議論もいたしました。あるいは、ソ連が川へ上ってくるものを全部そのまま産卵させるということなら格別、川の入口において漁獲をしているというようなことについては、いかにプリンシプルな問題と言いながら、量の問題もこれはからんでるんだというような主張もいたしたのでありますけれども、結局川へ上るのをアンバランスにするということに難点があると、こういうのであるならば、まあしばらく魚類の維持育成という立場から差し控えるのが適当でないかというような結論を持つたのであります いろいろ折衝をいたしましても、なかなか委員の皆さん方の意のあるようにも参りません点につきましては、私といたしましても非常に心苦しい点もあるのでありますけれども、実際にふつかって得た結果は、どうもあの委員会の決定の線以上にはなかなか出得ないということであったのであります。そういう点を御了承いただきまして、御了解をいただしきたいと、こう考えております。
○千田正君 ちょっと、要望だけっ一点。 赤城農相は、このたび日本政府代表として、きわめて困難な日ソ間の問題に、しかも執拗に食い下って、最後の妥結まで御苦労なさった点については、衷心から謝意を表したいと思う次第であります。特に、今度の問題は岸内閣が政権を担当して以来、外交政策としての最大の問題であったという点と、さらに私は考えますときに、総選挙が控えておって、選挙後において当然新たなる内閣が生まれ出るんでありましょうが、その際、赤城農相が再び農林行政の担当者になるかどうかということは私もよくわからない。しかしながら、現段階においででは、この問題の最後の処置をしていかなければならない国内問題があると思いますので、特に私は要望する点と、特別の疑問の点を一つお尋ねしたいと思うのであります。それは、オホーツク海の問題はただいま大臣から十分詳しく承わりましたが、これは一九五九年以降は禁漁という約束をしてきたわけですが、御承知の通り、日ソ漁業条約に基くところの従来のサケ、マス関係の問題は八年という一つの期間があるわけでありまして、明年からとしますというと、あと六年は、これはもう禁漁しなければならないことになります。あるいはその間において、両者の間において何らか再び出漁できるようなチャンスをつつかめるのかどうかという点の見通しですれ。これはやはり、場合によっては政治問題としての平和条約解決の際の一つの条件にあるいはなるかもしれないと、そういう点もわれわれとしては日本の立場から、何とかしてオホーツク海の漁業というものが再開できる日ができるだけ早くくることを望まなければならない。その点のお考えとあわせまして、ただいま赤城農相からお話がありましたが、日・米・カナダの条約に基く西経百七十五度以西の漁場への問題は、非常にアメリカやカナダは強くまたいろいろな点を押し出してくると、こう思いますのは、昨日、国際連合におけるところのいわゆる国際海洋会議において、アメリカ側の発表は、日本の漁業を百七十五度以東から締め出すんだと、もう日本側は絶対東部へ入れないんだという固い意思表示をしております。また、さらに同時にむしろ拡張しまして、西部にも制限を加えていきたいということをアメリカ、あるいはカナダ側が主張しております。オホーツク海では禁漁され、また百七十五度以四においても漁業ができなくなるようなおそれがあるということを非常に考えましたときに、日本の漁業の、戦争時は別としまして、重大な転換期に際会しているということをわれわれは考になければならないと思います。それで、今度の妥結した問題に従いまして、国内におけるところの北洋サケ、マス船団の整理、あるいはそれに基くところの減船に対する措置並びにそれがはね過って沿岸漁業に及ぼす影響等を彼此考えますと、今後の日本の水産行政というものは決して安易な方向にはいかないだろうということを勘案しますから、この際大臣がお帰りになって早々で、はなはだお気の毒でございますけれども、今申し上げました点で、今のオホーツク海における禁漁の期間はいつごろまでのお考えなのかというあなたの御推測と、さらにアメリカ、カナダとの間の問題はどう処置していかれるか、国内におけるところの今後の調整をどういうふうにしていかれるか、ということを一つお聞きしますと同時に、こいねがわくは新たなる内閣が保守党の手によってできました場合におきましても、農林行政を担当されて十分効果を一つ上げていただきたいということを特に要望いたしましてお答えをお願いする次第であります。
○国務大臣(赤城宗徳君) オホーツク海の出漁を、母船式の出漁を取りやめるということは、来年以降にそういうことをするということをきめたわけでありますが、しからば何年間ということに相なりますが、今お話のように条約は十年でありまして、今年で二年間になりますから、あと来年からというと八年間――最大限であります。しかしながら、この出漁というものをやめるということは、これは魚類の産卵場としての、サヶ、マス魚類の産卵場としての保護育成をお互いにしていこうという建前でありますので、その資源の回復、あるいは増大ということの見通しがはっきりわかってくる場合におきましては、これは問題を提起して、再びこれを漁獲するということがあり得ると私は考えております。しかし、ただいまの委員会の決定で、話してきましたことは、そういうことまでは話してはきておりません。条件等はついてはおりません、が、私は魚類の回復、増大がそのためにできてくる、できてきたということでありますならば、毎年共同調査することになりますから、これは発言の権利は私はあると、こういうふうに了解しております。 それから日、米、加の問題でありますが、先ほどお話申し上げましたように、この点も非常に日本に重大な関連のある問題でありますが、ジュネーヴにおきましても、海洋の漁業に関する法律案におきましても、御承知の通り公海の自由ということははっきり認めております。認めております上において、この沿岸国の権利と漁業をしておる実績国の権利とをどういうふうに調整するかという問題がまだ未解決のまま残っておるようであります。そういう点から考えまして、臼、米、カの問題は、日本は実績は持っておりませんけれども、しかし今お話のように、西経百七十五度線というものは、これは公海の締め出しというようなことには条約上なっておらないので、あの線から東の方は自主的に日本が漁獲を差し控えようというような条約の取りきめになっていることも御承知のであります。でありますので、この線を動かすかどうかということにつきましては、私どもは動かすべきものでない、こういうふうに今も考えておるのであります。そしてやはり北西太平洋全体の資源の問題からこれは検討すべき問題だというふうに今のっところ考えているわけであります。 第三の母船を、去年は十二万トンであったので母船を減らすかどうかという問題でありますが、これは水産庁長官などともよく協議の上できめたいと思いたますが、私の方針といたしましては、採算が少し減るといたしましても、母船を減らすということにはしたくない、独航船の方につきましてもできるだけこれが出られるようにしていきたい、こういうことがわれわれが考え、皆さん方も非常に心配しておられるような漁民の失業といいますか、これが沿岸漁業の方に影響していくことをわれわれもおそれておりますので、採算上は少しは不利になってもできるだけ去年と同じような母船により、同じような独航船によって出漁できるように指導をして措置をとっていきたい、こう考えております。独航船等につきましては、なお問題が残っておるようでありますが、これは国で補償をするというようなことは、毎年の漁獲量でありますからこれはちょっとでき得ないというふうに私は考えておりますが、お互い同士においてこれをあっせんするという、お互い同士の取りきめをあっせんするというようなことは私どもとしてできると思っております。しかし、考え方といたしましては、減船しないで出漁するようなことに検討を続けていきたい、こう考えておる次第でございます。
○安部キミ子君 一点だけごく簡単に。時間ですから大へん恐縮ですが、一点だけごく簡単にお伺いします。お答えもごく簡単でもけっこうです。それから都合が悪ければ速記をとめていただいてもけっこうです。 大臣、大へん御苦労様でした。いろいろ詳しい報告を先刻聞きまして、私どもも大へん満足しております。これに対しての考え方はいろいろありますけれども、今は申しません。ただ一点、大臣がソ連政府のいろいろな方にお会いになって、そして、交渉の過程においてこの平和条約ということと並行して話をなさったならば、よりいい成果が得られたのではないかという点、大臣の感じとしてそういう感じはお持ちにならなかったか。それからソ連政府がどのように平和条約を望んでおるかという感じも、大臣がどういうふうに受けておられるか、その点をお願いいたします。
○国務大臣(赤城宗徳君) 漁業の問題は先ほど申し上げましたように、平和条約があればなお日ソ友好関係から非常にけっこうだという話はありましたが、直接漁業問題、今の条約上の漁業問題につきまして、平和条約があればもっと有利にしてやろうということではなかった、純理論的な、あるいは生物学上の問題から話を進めておりましたから、平和条約の有無にかかわらず、自分の力から漁業条約に基いて科学的根拠その他についてやろうということが向うの趣旨のように受け取りました。平和条約を結びたいということの希望は、ソ連の首脳部には非常にありました。安部さんもソ連に行かれたようでありますが、御承知の通り……まあ、私の政治的な見方で当っているかどうかしりませんが、フルシチョフ政権におきでましては、国民生活を非常に向上してきて、ある程度は自由化も認めていこう、平和であればそれだけ国民生活も向上する、こういうような見方でありますので、私の見方でありますが、非常に各国とも友好関係を結んでいきたいという強い意思があるように私は見受けておるのであります。
○秋山俊一郎君 時間がございませんので簡単にお尋ねいたしますが、先ほどからのお話を伺いますと、オホーツク海における母船式の漁業はやらない、こういうようなお話でございますが、母船式以外のサケ、マスの漁業はやれるのであるか、あるいはサケ、マスに関してはいかなる漁法もオホーツク海ではやらせないというのであるか。もし母船式でなくて、独航船だけで、いわゆる流し網漁船だけでやるということになりますと、そこにおける小さい業者の仕事もまた残されておるのじゃないか、また、それが可能なりとすれば、今の大型漁船でも、またもう少し小さい船を作っていく道もあるのじゃないか。そうした場合に、これは来年以降の問題になりましょうが、そういったような道が残されておるのかどうか、その点だけを伺いたい。
○国務大臣(赤城宗徳君) このたびの委員会の決定におきましてまた経過から申し上げますならば、先ほどから申し上げましたように、母船だけで今漁業をしているわけでありますが、その母船をことしは一船団、来年からは取りやめる、そういうことになっております。そこで母船をやめた場合に、独航船で……、それにかわるものはどうかという話をいたしたのであります。そうすると、大体川の近くにおいて独航船において産卵に上るものを漁獲するということも、母船によると同じように産卵を妨げ、資源の維持、増大を妨げるという結果になるから、独航船をも含めて――母船でなくて独航船だけでも、この場合も含んでお互いやめようじゃないか、ソ連側においても、こういうことをしない、こういうことであります。ただ小漁船等につきましては、これは別に制限しようとか、やめようというふうなことは考えていないということは再々申しましたが、その小漁船の程度が岸からどの程度かということにつきましては、詳しく話し合いをいたさなかったのであります。話の大筋は今申し上げたような……、こまかい点については、私からはちょっと申し上げかねるのであります。
○上林忠次君 前にも申し上げたかしれませんが、大体生物界にはアンバランスがあって漁獲をやめたからといって、無限に魚族がふえるものじゃないか。これは生物界の現象で、先ほどの話も間引きの程度ならいいじゃないか、間引きの程度なら、これをとらなくても、これ以上にふえないという点があろうと思う。そういうような、どの程度の間引きなら魚族の保存に影響なしにやれるのか、こういうような点の科学的調査が必要になってくる。科学的調査のもとにやろうやろうと言いながら、実際にはこれまでやっておらぬらしい。私はこまかくは知りませんけれども、その科学的調査をいつごろやるのか。先ほども話を聞きますと、科学調査の方法までも取りきめたとおっしゃいますけれども、これをやっていかないと、いつまでたっても漁業の申し合せというのはできない。ただ力の影響で押される、こちらはそれに反発する。反発しても今の国力では、とても問題にならぬ、泣き寝入りということになるのでありまして何とかして科学調査――魚族の共同調査をやつて、この程度はとってもとらぬでもいいじゃないか、これ以上はもう魚族はふえないのだという点もあろうと思いますから、まず今やるのは、科学調査だけやる、これについてはどの程度の申し合せができておりますか。これによって将来、来年あたりはふやそうか、減らそうか、またオホーツク海にも一船団という制限をつけておりますけれども、これも科学的調査の影響によっては、結果によっては来年からでもまた復活したらいい、かように思うのですが、その科学的調査の発足ですね、あるいは計画、その点をちょっとお伺いいたします。
○国務大臣(赤城宗徳君) 委員会の議事録の写しがまだ届いておりませんが、委員会におきましては、今のお話のように、どうしても科学的共同調査ということが必要である、そういうことで先ほど申し上げましたように、昨年度は向うの機構改革ということでこれはやらなかったのでありますが、ことしの秋に、日まで大体入れたと思います。これは場所もオホーツク海も含めて、全部にわたりまして学術、学識経験者が現地に着き、あるいは資料に基いて科学調査をする、こういうこまかい取りきめができておりますので、今のお話のように、私どもといたしましても、そういう結果によっては、一切科学的根拠に基いての方向が打ち出される機会もあろうと思いますので、この点につきましては非常に精密に計画を立てております。今手元に持っておりませんのでその詳細は後刻申し上げますが、御心配のような点を私どもも心配いたしまして、こまかい調査の計画を立てたわけであります。これは、委員会で双方で立ち会いの上において決議しております。ことしは間違いなくやれる、また来年もやりたい、こう考えております。
○戸叶武君 新聞等でも一番問題にしているのは、やはりオホーツク海から締め出されたというところに重点がかかっておるわけです。十一万トンの漁獲量ということよりも、その点だと思うのですが、話を聞いていると、科学的な調査あるいは魚族保護でそういうことで、純漁業の問題から入っているのは事実だと思いますが、何かこうやはり日ソ間に平和条約が結ばれ、腹からの友好関係というものができさない限りにおいては、ソ連側とアメリカ、カナゲから圧迫されて、だんだん軍事的な、事実上において対立の中に漁業問題に名をかりて、私は日本が北洋漁業から締め出されてくる危険をひしひしと何か感じている、そういうところに痛いものに触れるような形で、今や、純漁業的な問題だというけれども、何か奥歯にものがはさまっているような会談の印象が非常に強いのです。これは日米安全保障条約が作られる前に、やはりソ連側と中共で手を打ったのは中ソ友好同盟条約ですが、あのときの条約を、軍事同盟を作ったときにおいても日本がアメリカと軍事同盟を作る、そうして中共に対するところの軍事的圧力を加える、それに対してわれわれは防衛しなければならないという見地に中ソ友好同盟条約も作られているのですが、あれは露骨に表面に現われたところの軍事的対立の面を表わしているのですけれども、そういう漁業問題にからまる問題は非常に柔軟で、そしてこのお互いに奥歯にものがはさまったような形で押し詰めてきているのですが、私は非常に赤城さんは正直でねばり強くて、百姓外交の強みというような点が新聞にもたたえられていましたけれども、そういう誠実とねばり強さの中に、何かそういう底流に感ずるものがあったのじゃないか、そういうものを私は話をしないと、何かサロンの、お座敷の表面だけのできごととして見ているのでは日米関係というものは片づかぬ、日ソ関係というものは片づかぬと思うのですが、それに対する感じを一つお聞きしたいと思います。
○国務大臣(赤城宗徳君) 漁業の問題につきましては、当面の漁業問題につきましては、再三お話し申し上げましたように、平和条約とは、からみつけていないわけであります。それで私も、そういう問題が奥歯にものがはさまったような格好でもまずいと思いましたので、ミコヤン第一副首相にも、それからフルシチュフ首相にも、平和条約の問題の話を持ち出したのであります。ところが御承知のように、平和条約の問題については、フルシチョフ首相も、これは領土の問題はもう片づいているのだ、日本側がいろいろなことを言うけれども、これはもうはっきりソ連のものだということは片づいておるのだし、日本としても経済的な利益もあまりないものだからして、択捉、国後などを主張するというのは無理だという話をプルシチョフ首相は私にしていました。しかしその点については、日本の見解はソ連側でそう言われるけれども、私の方としてはやはり日本の領土の問題は未解決の問題である、決してこれはソ連のものだというふうに日本人は考えておらないから、その問題が何とか見通しがつけば、これはいつでも平和条約調印というようなことは私どももやぶさかではないし、また私の方として平和条約の交渉に入るということについて決して拒否もしていないし、入ってもいいけれども、その領土の問題がまず見通しがっかぬということでいって、すぐ領土の問題でまた話し合いがつかないというようなことでも、お互いの感情を悪くしてしまうのじゃないか、そういう見通しをつけるようなことにしてからでないと、この問題に入ることは、非常に日本としては困難のように自分は考えるということは話しておいたのであります、その結果、いろいろ日本の政治情勢などやらいろいろと話も出まして、それでは結論としては、私との話上合いでは、日本の出を待とう、しんぼうして待とうじゃないか、こういうことを二回ほどフルシチョフ首相は言っておりました。しかしまあ、平和条約を締結すべきであり、締結したいという希望は、先ほど安部さんからお話がありましたように、ソ連側として強い希望を持っておるようなふうには考えられたのであります。大へんお話もけっこうなことでありますが、もうあまり政治的な大きな問題になりますと、私ども答弁というか、交渉の範囲をこえますので、私の気持だけを申し上げておきます。
○戸叶武君 大問題だと言うけれども、日本の全権なんです。漁業問題がありますから、領土問題を私は今論じようとは思いません。しかし、私は軍事的な日本の態度の不明朗というものが、ソ連に不信感を抱かせておるのだと思うのです。すでに潜水艦に三十億円もかけて二隻作っている、何のために三十億円もかけて二隻も作るのか、そういう不気味な日本の武装体制というものが、ソ連にも警戒心を生んでいるのだと思いますが、その領土の問題をソ連に譲るから日ソ関係の、平和友好関係ができるなんというのはこれはばかな話で、あなたの郷土茨城の生んだ間宮林蔵が単身で樺太を探検し、シーボルトが初めて世界に樺太が日本の領土であるということを紹介しているし、私は占い敗戦外交を、昭和十七年から日本は敗れると思って、あらゆる国の敗戦外交を勉強して、今外交専門でやっておりませんけれども、私たちはそういう点を今露骨に表面に出す必要はないが、十分、この漁業問題だからと名をかりて択捉、国後の問題でも、経済的なあれは日本には何もないなんということはうそのことで、私は今後においても、政府側でソ連と交渉する場合において、日本とソ連との軍事的な対立の感じをだんだん向うになくすることは大切だけれども、漁業の問題でも領土の問題でも、主張することはやはり一貫して主張していきたいと、こういうことを私は希望しておきます。
○東隆君 やはりオホーツク海の締め出しの問題に関連をするのですが、説をなすものが、結局ソ連がやはり千島あるいはカムチャッカ、あの辺の武装をするそのために母船が近海に行くことは非常にじゃまになる。だから、日本の母船をあそこから排除している、こういうことを言っておる人があるわけです。これは、世界週報の最近の号にもそういうふうに載っておりました。私は、これは今の米ソ問の関係から考えると、これは当然なことだと思うのです。そうだとすると、私どもは米ソの争いの中に入ってますます狭められていくと。こういうことになってくるわけです。そういう点に起点を置くと、そこで母船によるところのサケ、マスの漁業はできない。それならば、近海に行くということがこれが問題なんですから、その辺を避けたところに先ほど少し金地があるようでしたけれども、ある程度の漁船によってサヶ、マスをとる、こういうことは認められる余地があるのですか、問題はオホーツク海において……。
○国務大臣(赤城宗徳君) 先ほどの第一段の、軍事的な根拠があるのじゃないかという点につきましては、私どももそういう説も聞いておりますので、果してそういう軍事的な目的があるのかどうかということにつきましては、いろいろの点から、向うに行きましても当ってみたのでありますが、私の感じでは、軍事的な根拠はないと、こういうふうに私は見てきたのであります。やはり魚数の資源保存という観点からの徹底した、初めから終りまでそういう説でありましたので、そういうことから害われた問題だというふうに私は了解してきたのであります。 そこで、オホーツク海におけるサケ、マス資源産卵場としての立場からということで、母船、独航船等については、これはお互いにやめようということでありますが、小漁船については別にそれを抑制するものでないというような話し合いになっておりました。しかし、先ほど秋山さんにもお答えいたしましたように、その小漁船の程度がどの程度のものかということについては、詳しい話し合いはいたしませんでしたが、小漁船といっても、これはどの程度のものにするならば向うで認めるか認めないかという問題はこれからの問題だろうと思いますが、私はあそこまで行くだけの漁船だというと、そう小漁船では非常に困難だと見ておりますから、これは事実上むずかしいと思います。北海道の沿岸等においては別でありますが、オホーツク海まで独航船よりもっと小さい漁船で行ってサケ、マスをとるということについては、私はちょっと困難であり、場合によっては独航船に準ずるというふうにも考えられはしないか、こういうふうに考えております。
○理事(藤野繁雄君) 本日の審議は、この程度にいたします。農林大臣には長い問どうもありがとうございました。 本日は、これをもって散会いたします。 午後三時十四分散会