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28回国会参議院1958/05/30

内閣委員会 閉会後第1号

発言数
20
登壇者
7
会派数
1
開催日
1958/05/30

会議録

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) これより内閣委員会を開会いたします。  閉会後、委員の異動がございましたので、事務局から報告させます。

川上路夫委員部第二課勤務

○参事(川上路夫君) 御報告いたします。  去る五月十六日、大谷贇雄君が辞任され、斎藤昇君が委員に選任されましたが、昨五月二十九日、斎藤昇君が辞任され、後任として木村篤太郎君が委員に選任されました。また、五月二十九日、森中守義君が辞任され、松本治一郎君が委員に選任されましたが、本日、松本治一郎君が辞任され、後任として小笠原二三男君が委員に選任されました。  以上でございます。   —————————————

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) それでは、これより議事に入ります。  国の防衛に関する調査を議題といたします。  先般、防衛庁機構改革の一つとして、技術研究所から技術研究本部に機構の拡張が行われたのでございますが、この際、今後の研究開発計画等について説明を願います。

小山雄二防衛庁参事官(装備局長)

○説明員(小山雄二君) 先般の国会におきまして、防衛庁設置法の一部を改正されまして、それに伴いまして、その中で防衛庁の付属機関でありました技術研究所が技術研究本部と改められることになっておりましたが、それに伴います政令、総理府令等の諸般の準備が終りまして、去る五月二十三日に技術研究所を技術研究本部と改称して、これを改組いたしまして発足いたした次第であります。簡単に、この改組の趣旨と内容につきまして、御説明申し上げます。  いわゆる装備の質的改善と申しますか、それを実際に具体化していきますためには、研究開発といいますか、装備品の研究開発が重要なことはもちろんであり、申すまでもないことでありまして、その意味におきまして、二十七年に付属機関として技術研究所を作ったわけでございます。その後いろいろ経緯がございましたが、改組前までの技術研究所は、所長のほかに総務部がございまして、そのほかに一部から九部までの部がございまして、それが物別に業務を分担してやっておったわけでございます。しかしながら、この技術研究所、防衛庁がやります技術研究の内容は、普通の官庁の研究所と多小違いまして、研究のほかに、何と申しますか、装備品を仕上げていくというような仕事がございまして、なかなかその装備品を仕上げていく仕事、まあ研究開発の開発という仕事が相当大きなボリュームを持っておりまして、こういう面に関する企画、それから総合調整、それから部外との折衝、関係機関との折衝、そういうようないわゆる研究を仕上げていく、何といいますか、試験研究そのものでないような仕事、技術行政的な仕事と研究試験という純技術的な仕事が、ごちゃまぜに行われておったというような関係がありまして、なかなか必ずしも、十分に能率的に仕事をこなしていく面がやや不十分な点がございましたので、人数も相当大きくなりました機会に、これをそういうような本部機構を開発的な仕事にいたしまして、試験研究的な純技術的な仕事は切り離しましてこれをやっていくと。その間のコネクションはもちろん十分とって参りますが、研究、試験というような純技術的な仕事を担当する人は、それに専念できるというような仕組みにいたしたいということが、今度の改組の中心の課題でございます。改組の結果、本部長の下に副本部長を置きまして、本部機構といたしまして、研究開発の全般的な基本方針を審議いたします企画室というもののほか、総務部、これは庶務、人事、会計でございます。それから技術部、これは後ほど申し上げます研究所に関する仕事、それから規格制式を調整する仕事、そういうような仕事をやります技術。本部機構は、そのほかに技術開発官というのを四人設けまして、これがそれぞれ陸上装備部、船舶関係、航空関係、それから誘導兵器関係、この四人がその四つの技術開発業務を分掌するという仕組みにいたしたわけであります。本部機構は、従来総務部を合せまして十部ありましたのが、一室、二部、四技術開発官と、非常に簡素な仕組みにいたしたわけであります。  それから、その研究所機構といたしまして、第一から第五までの研究所と、それから試験所を三つほど設けたわけであります。第一研究所は、目黒の研究所を第一研究所といたしまして、火器弾薬類、誘導武器、それから船の関係、通信電波器材の関係、燃料等の関係、そういう関係につきましての調査、研究、試験をやる、もっぱらその研究所はそういう試験研究をやる。これは、もちろん技術開発官が、外でいろいろ試作をする仕事もございますが、試作したものを試験するとか、あるいは部分的な試作を研究所自体でやるというような仕事を、開発官のきめましたスケジュールに従って、物別に担当していくというような仕組みにいたしたわけであります。第二研究所は、これは現在まで本部がありました三宿を第二研究所といたしまして、これは食糧関係、繊維関係、被服関係、その他需品の関係、それから衛生資材、あるいは衛生に関するいろいろな適性の関係、そういう仕事を分担する。第三研究所は、これは立川に設けまして、航空機と航空機器の関係を分担いたします。第四研究所は、施設、器材、車両等の関係を分抗いたします。第四研究所は相模原であります。それから第五研究所は水中武器の音響器材、掃海器材等を分担いたしまして、これは久里浜にございます。  そのほかに特殊のものを扱いますものとして、多少規模は小さいのでございますが、札幌に寒い時のいろいろな耐寒試験をやります試験所、それから土浦の誘導兵器、それから通信関係の施設、器材その他をやります等の特殊の試験をやります土浦試験所、それから岐阜に航空機関係の、主として航空機を飛ばしてやる試験をやります岐阜の試験所、こういうものを設けまして、研究所及び試験所は、主として試験研究の実務をいろいろなことにわずらわされることなく専念するという機構にいたしまして、企画総合調整その他、簡素な機構でやる、こういうような仕組みにいたしたわけでございます。  五月二十三日に人事その他のすベてを発令いたしまして、これから研究開発を能率的に、むだなく進めて参りたいと、こういうことでこれを改組いたしたわけでございます。   —————————————

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) この際、清水文部省体育局長から、新任のあいさつを述べたいということでありますから、これを許します。

清水康平文部省体育局長

○説明員(清水康平君) この五月一日に、文部省に体育局が設置せられまして、それに伴いまして、体育局長を命ぜられました、私、清水康平でございます。何分力足らざるところが多々ございますが、微力ではありまするけれども、微力の限りを尽して、今後最善の努力を尽して参りたいと思いまするので、今後何分ともよろしく御指導、御鞭撻のほどをお願いいたしたいと思います。何分どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)   —————————————

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) それでは、ただいまの小山装備局長の説明に対しまして、御質疑のおありの方は、順次、御発言を願います。

矢嶋三義日本社会党

○矢嶋三義君 きょう視察させていただきますので、質疑は他日に譲りたいと存じます。  ただ、資料として、技術顧問、技術開発官、副技術開発官の名簿と、その特技専門を記載した資料を、当委員会に後日出していただくようにお願いいたします。

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) よろしゅうございます。   —————————————

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) 他に御発言もなければ、次に、調査報告書の件についてお諮りいたします。  閉会中、本委員会において継続調査をいたしております国家行政組織に関する調査、国家公務員制度及び恩給に関する調査、及び国の防衛に関する調査の、以上三件につきましては、これら調査の性質にかんがみ、相当長期間にわたり一貫した調査を行う必要があると考えられますので、今閉会中におきましては、本院規則第七十二条の三によりまして、調査未了の報告書を議長あて提出することにいたしまして、その内容等につきましては、慣例により、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) 御異議ないと認め、さよう決定いたしました。  速記をとめて下さい。    〔速記中止〕

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) 速記を起して下さい。   —————————————

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) 陸上自衛隊島松駐屯地所属故柳陸士長に対する措置に関する件、この点の説明を山本人事局長から。

山本幸雄防衛庁人事局長

○説明員(山本幸雄君) 先般御質問がありました柳士長の公務災害認定に関する件なのでございます。  柳士長は、勤務といたしましては、武器中隊、整備中隊所属で、小火器関係の工場の事務に従事をしておる士長でございます。  先般お話がございまして、三十一年の九月十四日に発病をした、こういう御質問でございましたので、その点につきまして調査をいたしたわけでございます。いろいろ調べてみたわけでございますが、九月十四日の当日の柳士長の行動を詳しく調べてみますと、時間がありますれば詳しく申し上げてもけっこうでありますが、いずれにせよ、ただいま申し上げましたような工場事務室の事務に従事しておる。そういたしまして、東千歳の部隊に出ておりました巡回修理班から電話連絡がありまして、作業要求書に不明な点があるから説明をしてくれ、こういうことで来たので、その電話を受けまして、たまたま部品を受領に来ておった車に乗りまして行っております。帰りもまた車に乗りまして、戻ってきておるのであります。そういたしまして、その夕方、本人はギターをひくことが得意のようであったようでありまして、そのギターを友人の高橋士長に六時から六時三十分までの間に教えている。一応十四日の行動はそういうふうになっております。ただこのギターは、いつもは——一週間ほど前からやっておったそうでありますが、いつもは一時間くらいのところを、この日に限りまして、どういう関係であったか、あるいは本人の気持が悪かったのか、三十分くらいでやめておるようであります。  そういたしまして、十五日の朝になりまして、頭が痛いので診断を受けたいということで、事務に出ておらぬわけでございます。ここで十四日であったか十五日であったかということが、この前も問題になったわけでございますが、部隊患者名簿というものが中隊にございまして、部隊患者名簿を持っていきまして医官に診察を受けて、営内休、つまり党内で休養をせよというはんこを押されて、この部隊患者名簿が戻ってきておりますが、これが九月十五日付になっております。それから、もう一つ、個人医療記録というものが医務室にあり、それはお医者様のカルテに当るものでございますが、これも九月十五日付、こうなっておるのでございまして、一応この記録から見まして、柳士長が頭痛を訴えたのは十五日であったと、こう認定をするわけでございます。そういたしまして、十五日の日に朝、頭が痛いということを申し出たので、医務室で渡辺二佐という医官が診察をいたしまして、熱がそのときやや微熱で、三十七度二分であった。頭痛を訴えるのみであったということで、かぜという診断を、この間お話したごとく、いたしております。そういたしまして、アミノピリンあるいはフェナセチンという解熱剤を服用せよということで、二日分を与え、ピラビタールの注射をいたしております。これも解熱の薬のようでありますそういたしまして部屋に帰ってこれは休んでおった、こういうわけでございます。  十六日は日曜日でございますが、この日はやはり体温が少し、三十七度八分くらいに上っておりまして、この日も同じようにピラビタールを注射をして渡辺二佐の指示によりましていたしまして、医務室に入室ということに決定をして入室をいたしております。十七日になりまして、体温が三十七度ということで、朝、渡辺医官が八時十分ごろに再び診察をいたしておりますが、このときの診察で心内膜炎と診断をいたしまして、クロロマイセチンを服用せしめ、あるいはその他のリンゲル、ビタミン剤の注射をいたしております。そういたしまして、札幌地区病院の方に九時三十分に入院をいたしまして、直ちに近藤医官の診察を受けておりますが、これはここでは尿毒症ということになっております。さらにリンゲル、ブドウ糖、あるいはビタカンファー等の注射もいたしまして、中山医師というのが自後つき添いまして、フシトミンの注射その他の注射をやっておりますが、午後五時になりまして、この中山医師が交代をいたしまして、光銭医官というのと交代をいたしております。それから間もなく容態が悪くなり、直ちに近藤医官に連絡をいたしたのでありますが、間もなく容態が変って、五分ぐらいで死亡をされた。  そこで、十九日の解剖が北大でなされまして、その結果急性黄色性肝萎縮症によるところの心臓麻痺であると、こうなつたわけであります。医師の所見では、この急性黄色性肝萎縮症というのは非常にそういう認定、判定のむずかしい病気だそうでありまして、むずかしい病気だということでございます。  経緯は大体さようなことに、調査の結果なっているわけでございます。  さらに、もう一つ、なぜ昇進をせしめたかというお話がございましたが、これは柳士長は大へん平素の勤務成績優秀な隊員でございまして、この武器中隊一士七十四名中第三番目というりっはな隊員であったようでありまして、その隊員で死亡した者で、平素の勤務成績優秀な者というものは、先般お話がございましたような施行規則の三十条第三号によりまして、保安官の昇任に関する訓令というものが出ておりまして、成績優秀な者を一階級特別昇任させるという規定がございますが、この規定の適用によりまして、柳士長が陸士長に特別昇任をした、こういうことになっているわけでございます。  この公務災害の認定の問題は、御承知の通り、その死亡あるいは傷害というものの原因が公務に起因するものなりやいなや、つまり公務との因果関係があるかないかということによって、公務災害の認定というものがなされる性質のものかと考えますが、この場合は、柳士長の任務は、先ほど申しましたように、工場事務室における事務でございまして、これをずっとやっておった。その前に非常に過労になるような事態というものもあまり見出されない、こういうことで、どうも公務とこの病気発病ないし死亡というものとの間の因果関係というものの発見には、非常に困難があるわけでございまして、その関係からいたしまして、この問題は公務災害と認定しがたいという結論になったようでございます。  なお、現地の方といたしましても、一応やや同情的な言葉を遺族の方に申し上げて、いわゆる誤解を招いたことと思いますが、この公務災害の認定は、陸幕長に一応認定権があるわけでございますが、この公務災害認定の件ば、下の方から公務災害に認定をしてもらいたいという申請というものは一応出ておらなかったということでございます。  以上、さような経緯でございまして、大へんお話には沿えないようなことでございますけれども、公務災害の認定につきましては、相当困難を伴つて、むずかしいということを報告さしていただきます。

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) 速記をとめて下さい。    〔速記中止〕

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) 速記を起して下さい。

伊藤顕道日本社会党

○伊藤顕道君 ただいま人事局長からその後の調査の概要について承わっておったわけですが、なお、私どもの調査の結果と食い違う点もさらにあるわけです。で、この点については、さらに私どもとしても調査を進めて、今後機会を見てお尋ねしたいと思います。そういう点だけを一つここで明確にしておきたいと思います。

矢嶋三義日本社会党

○矢嶋三義君 違う点について資料を一つ要求いたしますので、私の希望する日時に、その資料を当院の委員部の方へ提出願います。  それは、第三回アジア競技大会が開催中でございますので、質疑は他日に譲りますが、提出を要求する資料は、防衛庁長官の指揮下にある人員、器材(車両、ヘリコプターを含む)、これらが競技大会に出動した員数、それから日数、それからどういう職務に携わったか、その内容、それからいかなる手続を得て出動したか、そういう点が明確にわかるものを、競技大会終了後できるだけ早い機会に、文書をもって当院の事委員部に提出願いたい、以上です。よろしゅうございますね。

山本幸雄防衛庁人事局長

○説明員(山本幸雄君) 出します。

藤田進日本社会党

○委員長(藤田進君) 他に御発言もなければ、本日はこれにて故会いたします。    午後零時三分散会

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