外務委員会 第9号
- 発言数
- 96 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1958/03/13
会議録
○委員長(寺本広作君) それではただいまから外務委員会を開会いたします。 日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の通商に関する条約の締結について承認を求めるの件(衆議院送付)を議題とし、前回に引き続き、質疑を続行いたします。 初めに、前回政府から答弁を留保されております貝殻島の灯台問題について発言を求められておりますから、これを許します。
○政府委員(松本瀧藏君) 先般の委員会で、森委員より、貝殻島の灯台問題に関しまして御質問がございましたが、答弁が不十分でありましたので、修理費の数字等を調べて後刻御報告申し上げることになっておりましたが、いろいろと調べましたところが、先般御答弁申し上げました事態よりも、またもう一歩前進しておることを発見いたしました。と申しますのは、貝殻島の灯台はもともと日本で作ったものでありまして、従って、器具であるとか、点灯機あたりは日本製でないと間に合わないというようなことからいたしまして、日本からすべて持って行って修理をさしてもらいたいという申し出をしておったのであります。これにつきまして、ソ連側といたしましては、全部自分の方でやって、そうしてその経費を日本側で負担せよということでありましたが、なお友好裏にこの話は進められまして、日本側から点灯機を全部向うに運びましてこれをくっつけることになりました。そうしてそれに足りないところの器具をソ連側でこれを用意する。従って、その一部分の経費を一つこれから交渉して計算をして、この妥結をしよう。ただし、六月には一つこれが点灯できるようにしようということは変りございません。おそくとも七月ごろにはそうなるだろうという見込みでございます。 以上、足りないところを御説明申し上げました。
○委員長(寺本広作君) 質疑のおありの方は、順次御発言を願います。
○森元治郎君 日ソ漁業交渉についてお伺いいたします。 きのう、ごたごたの末、赤城農林大臣がモスクワ派遣にきまったようですけれども、政府は派遣人事にばかり夢中であって、方針はこれから考えるのだというようなことでありますが、方針がきまって、それに従って人を出すなりあるいは出さないなりということが普通でありますが、きわめて逆な動きをしておりまするが、外務大臣はどんなふうにお考えになりますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 日ソ漁業交渉は、御承知のように、漁業条約による委員会を作りまして、そこで話し合いをして、毎年会議を開いて、定期的にその年の漁獲量あるいは終期の呼期等をきめるような会議でありますことは御承知の通りであります。従って、この問題につきましては一番大きな問題は漁獲量の問題であります。日本としては十四万五千トンを出しており、ソ連としては最近八万トン、この線が出てきております。これをいかに調整していくかということが問題だと思います。また、終りの時期につきましても、ソ連は七月末、日本は八月というようなことを時期についてはお互いに申し出ているわけであります。これを適当なところに話をつけていく。 オホーツク海の問題につきましては、ソ連は、本年は入れないでもらいたい、出漁しないでもらいたい、日本としては、去年並みに少くとも二船団は出すというような、大体の両者の立場はそういうところにある。大体そういう線できているわけであります。 従って、今後の交渉はそれらの点について、こまかい網の目の問題とかいろいろございますけれども、そういう問題は技術的になってくるのでありまして、大きな問題としては、そういうような問題が起ってくるのではないかと思うのであります。そういう関係をどういうふうにして最終的に話し合いをつけていくかという問題でありまして、これは終局においては、たとえば八万トン——昨年は十二万トンとったことでありますから、昨年が豊漁年であるというようなことから考えてみますと、昨年通りにいかぬという点もあろうかと思いますが、そこらの辺をどの程度に折衝するかという純漁業関係の上での問題であって、特段の政治的な問題がからみ合っているわけでもないわけであります。従って、政府としましても、農林大臣を出しまして、そういう問題について、実際的な話し合いを最終的にきめていくという方針を立てておりますので、その方針に従って、一番漁業の直接主管官庁である赤城農林大臣が適当であるという基本方針から人選をいたしたような次第であります。
○森元治郎君 その基本方針が通らないところに問題があるので、平塚代表の帰朝報告をどういうふうにあなたは、外務大臣は受け取られたか。もう壁に当ってしまった、今のその方針が壁に当った、もう何ともならないから向うに行ってフルシチョフ、ブルガーニンなどと、えらい人と話し合って話のつけられる人も出してくれ、こういうことに平塚代表の報告はなっておる。ところが、そういう報告に従っての対策は立てないで、何かうしろ暗いところに問題があると思うのですが、壁に当ったということを外務大臣はどういうふうに受け取っておりますか。それから外務大臣はまだ大物派遣なんという時期じゃない、幾らでも、従来の門脇大使及び平塚代表をまた介して、そこで話し合いの余地があるのではないか、こういうのが外務省及び当局の考えのように聞いているのですが、そういうことを外務大臣は閣内においてがんばられたかどうか。どうも見ておると、外務大臣というのは消えてしまって、河野という経済企画庁長官が外務大臣を兼ねるし、農林大臣も兼ねるし、業界代表も兼ねるし、ときに総理大臣も兼ねておる。外務大臣は、一体どこにあるか、外務省は、一体どこにあるか、おそらく外務省では千何百人の苦労してきた連中がおり、しかも大使というのは特命全権などというむずかしい名前までくっつけられて、そうして向うで出された大事なものは、ほかのしろうとが来て持っていってしまうというのでは、これは外交官はカクテルなどという西洋の安いしょうちゅうのようなものを飲むだけが商売になってしまう。一体外務大臣は、この間に処してどういう動きをされたか。新聞には一つも大臣は出てこない、そういう魚屋さんの代表とか、河野経済企画庁長官、それから赤城農林大臣、こういうものがうろちょろしているだけで、一体外務大臣はどこにあるのかということを私は伺いたい。壁の問題、及び外務省及び外務大臣はどう処置しているかということについて。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 外務省といたしましても、こういう交渉のことでありますから、十分今力を尽しておることは当然なことであります。従って、千塚代表が帰られましても、門脇駐ソ大使をして詰めるだけのものは詰めろという訓令を出しております。まあ八万トンということが、小塚代表が帰られて後も出てきておるわけでありまして、門脇大使としては、最善の努力をしておられると思っております。 それから、私どもこの交渉は先ほど申し上げましたように、漁業の立場における交渉でありますので、他の政治問題と混淆いたすことではいけないと思います。従って、漁業の立場からこの問題を解決していくため専門家も行っておりますし、また、外務省の大使もおることでありますから、引き続きそういう線によって強力にやっていく。ただ、やはり最終的には漁業の数量その他をきめることでもありますし、あるいは船団の数等をきめることでもあります。従って、漁業関係者が実際的な知識によって、また、その終期、始期というような問題につきましても、実際的な問題を討議する必要が非常にあるものでありますから、従って、ただいまお話のような大物というのは、どういう意味でありますかはわかりませんが、少くも漁業を担当しておられる閣僚が行って、そうしてその漁業に関する知識をもって、そうして門脇大使とともにやられる。また、閣僚が行かれますれば、その他に大物もたくさんおられるかもしれませんが、閣僚でありますから、当然ソ連政府首脳部とも会えるのではないかと思っております。そういう意味において、外務省としては、今回のような措置がとられるようなことを強く主張しておったわけであります。大体その傾向になってきたと思っております。
○森元治郎君 壁に突き当ったということの御説明をもう一ぺん伺いたいと思います。 私は壁とは、どうも自民党の鳩山内閣のときに、何とか日ソ国交を回復したいというためにいろいろ無理をして、その無理が魚の問題では、河野・イシコフ文書なるもの、領土問題では、河野・ブルガ一ニン、河野・フルシチョフの内約とか密約とかというようないろいろな無理が今日たたってきておる、これが私は壁だと思うのですが、大臣はどう考えられるか。 それからただいまの御説明だと、何か今度の赤城代表派遣のことについては、外務省の従来の考えと同じようなことの御答弁ですが、外務省はそうじやなくて、出さなくったって時間もあるし、まだ話は十分やれるのじゃないか、こういうふうなことだったのが、いっそんなふうに譲られたのか、それが二点。 もう一つは、こういう問題は閣議というものがあって、そこでみんなで論ずべきはずだと思うのですが、二、三の実力者と称する連中がうろちょろしてやっている、これについて担当外務大臣はどう考えるのか。 時間がありませんからもう一つ、外務大臣は日ソ交渉についての情報というものを一体出先の人からあらゆるものをとっているのか、自分の部下の門脇大使からは来るでしょうが、魚の代表の平塚あるいはその他の人からどんどん入っているのかどうか。あなた方を飛び越していろいろやっているように見えるのですが、この四点を伺います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 第一点は、何か過去において、日ソの関係を調整し、平和条約に関しての共同宣言をやった時期、いろいろそのときの話し合いから見て無理があったのじゃないかというような御質問だと思うのでありますが、私は、そのときの経緯をよく承知いたしておりませんけれども、少くも文書その他に残っておりますものから見ましては、特別に無理があったとは思っておらぬのであります。そういう意味において、むろんああいう大きな転換的な交渉でありますから、個人的な話し合いのうちにはいろいろな点があったと思います。しかし、特別に今残されているものの中で、そういうものが壁にぶつつかっておるというような点は感じておりません。 それから第二の御質問は、外務省としては、従来門脇大使でもやられるのじゃないかということを言っていたのだが、今度赤城農相が行くのは、意見が変ったのかどうかという御質問かと思うのであります。もちろん外交交渉のことでありますし、ことに漁業交渉というものは、定期的に、昨年東京でありましたが、本年はモスクワ、また、明年も漁業条約によって今度は東京で開くというようなことでありますので、これはすでに恒久的な会議で、毎年定期的に開く会議でございますので、外務省としても、ある程度の力をもってこれの仕事に当ることは当然だと思うのでありますただ、日ソ漁業委員会の性格は、御承知のように、両方の学者、実務家等のエキスパートが寄りまして、そうして魚族保存のための実際的な見地に立って、両者の説明をかみ合わしていく、こういうようなことなんでありまして、御承知のように、日本からも学者及び実際のエキスパートが行っております。ソ連からもまたそういう人を出して、今度の議長も学者だそうでありますが、そういう人を出してやっているわけであります。ただ、私もそういう意味においてはしろうとでありますから、あるいは説明が足りなくなるかと思いますが、魚族の関係の、ことに北西太平洋におきます魚族の関係の習性あるいは繁殖の方法、こういうようなものについては、必ずしも両国の学者がまだ一致しておるわけでもないようでございます。また、それでありますから、両国の学者、実務家等が寄って共同調査をするというようなことが非常に必要だと思うのであります。先般の委員会におきましても、両者の意見が食い違っております場合に、日本側から、昨年は共同調査を一つやろうと言ったが、できなかったのは遺憾であるということを申し入れてあるわけでありますが、イシコフ漁業相は、それに対して、昨年はゴスプランのいろいろな機構が組織がえをしたりしておったので、そういう時期がなかったが、本年度と申しますか、来年度と申しますか、今度は一つ両方の学者もそろって共同調査でもやろうじゃないかということも言っております。まあそういうものが完成していきますと、ほとんど漁期の問題でありますとか、あるいは魚の習性による漁獲の関係でありますとか、そういう問題は両方の意見がそう大きく隔たってくる、あるいは豊年、不漁年というような問題についても見解が一致してくるのではないかと思うのであります。そういう点が今申し上げたように、まだ必ずしも一致していない、従って、最終的には、若干科学的基礎の上には立っておりますけれども、話し合いによって数量でありますとか、時期でありますとかというものをきめていかなければならぬことだと思うのであります。そういう意味から言いますと、やはり漁業方面の経験者なりエキスパートなりあるいは常時漁業を監督しておられる監督官庁の方々などが、十分な主体性を持って実情の調査をなされることが必要なのでありまして、その意味において、農林省と十分緊密な連絡をとり、また、農林関係の方に相当程度中心になっていただきませんといけない点もあるわけであります。従って、本年は、門脇大使と平塚氏とを政府代表といたしたわけで、両者緊密な連絡をとりながらやるということで進めて参ったわけであります。 で、そういう本質から申しまして、話が共同調査でもできましてやれば、これはまあ正常外交ルートのままでいけるかと思いますが、それまでの間は、若干そういう意味において困難な場合もある。で、今回の場合におきましても、門脇大使が、十分平塚代表がおりませんでもやっております。また、どなたが行かれるにしても、できるだけ話し合いを進めておきますことが、モスクワにおける協議についても便利でありますし、あるいは有力な方が行かれればいいのでありますが、現在門脇大使が進んでやっておられるわけであります。そういう意味において方針を変え、たことはないわけであります。ただ最終的に、今申し上げたように、何かそういうように共同の委員会による結論によっての総漁獲量なり、あるいは終期の問題等の決定ができないので、ある程度の歩み得りによる話し合いをしなければならぬわけでありますが、そういう場合には、やっぱり漁業関係の相当責任ある閣僚が行って、それを裁断されることは私は適当なことではないか、こういうふうに考えますので、今回外務省としても別に方針を変えたわけではございませんので、そういう状態であります。 それから何か閣議でこういう問題が話されないのはけしからぬ。政界にはそれぞれ有力な方がおいででありまして、夜昼活動しておられますので、それらの方々がどういう活動をしておられるか、また、それにしいてわれわれも参画しようとば思いませんが、私としては、外務省の立場から、閣議及び総理個人に意見の進言をいたしておるわけであります。
○森元治郎君 それでは一つお伺いしますが、どうも河野長官は、何かソビエトに行ったときに苦しいことをしてきたためか、みんなが河野長官がいいじゃないかと言っても逃げ回って、人を推薦しているようにわれわれ外から見ていると見えるのですが、大臣どうです。その点。赤城農林大臣は一生懸命逃げ回っている。個人に会ってもいやだいやだと言っている。ところが、親分の岸総理は、それでは仕方がないからと、自分のかわいい部下に因果を含めたような格好になっている、どうもそんな感じを受けますが、どうですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 赤城農林大臣がソ連に行って交渉するわけですから、いろいろな条件において、どうしても必ずしも好ましいということは感じられないでしょうし、いろいろな意味において事情もあるかと思いますが、しかしながら、やはり今申し上げたような農林行政の首脳者としての責任から最終的には否んでそれを引き受けられたことと、こう思っております。
○森元治郎君 それでは話を先に進めまして、どうも政府から流れる放送によれば、魚の問題、いわゆる漁獲量の問題に話をしぼっていくのだ、赤城新代表も一つこれにしぼっていきたい、こういうことを言っているのですが、一体近海漁業の安全操業は捨ててしまうのかどうか。平和条約とからませられているような領土問題、そういうむずかしい問題はこの際ちょっとわきにおいて、漁期も迫った、総選挙も迫っているというようなことで、また、業界からもせっつかれてしまって、漁獲量に一つしぼりたいというのですが、一体それはしぼれるという見通しですか。平塚代表のように、どうも平和条約に対する日本のほんとうの腹、しっかりした腹をきめて行かない限り、漁獲量の決定すらも、最終決定も危ないかもしれない。どうかその点をきめてくれと非常に強くせっついておるわけですが、このお見通しはどうか。やはり大資本の漁業会社の方には、事業家としては一生懸命で、選挙にあまり助けにならないような零細漁民の方は、団体も細めないし、陳情に来る金もないし、文句を言っても北海道の向うの力で言っているのだから大したことはないと踏んでいるのか、これは大問題だから伺います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) これははっきり御了解を得ておきたいのでありますけれども、漁業交渉は日ソ漁業条約によりまして、先ほど申し上げましたように、定期的に毎年漁期の初めに両方が会合してきめる問題でありまして、この問題はこれだけを決定して毎年いかるべき問題だと思います。暫定的な近海安全操業につきましては、これは全然漁業条約による漁業委員会の問題として、別個の問題として日ソの間の友好関係を増進し、将来平和条約の締結に至るような状態に持ち込むまでの間の暫定的な話し合いとして両方の国民が満足するように、また、友好関係が立てられるように、漁船の食補導困難なトラブルがありまして、日本の北辺零細漁業の方々が困っておられる立場も向うに示して、そうしてこの問題の解決をいたしたいという別個の立場から昨年交渉を開始したわけであります。ただ、たまたま御報告申し上げております通り、十二月になりまして、ソ連側から漁業委員会の席上これを村議したらどうだという話がありまして、日本側としましては、これは漁業条約による委員会の中でやるべき性質のものとは全く違う。ただ、日本のエキスパートも行っていることだから、それと別個に並行した時日においてその話し合いを進めてもよろしいということを回答したわけでありまして、そういう意味において、安全操業の問題と漁業委員会の問題とは、全然別個な立場で交渉もいたしておりますし、扱い方も別個にいたしております。それで、今日まで、この問題については、平塚代表に特に御委嘱申し上げたことはないのでありまして、門脇大使が中心になってやっておられます。ただ、平塚代表が行かれまして、平塚さんも漁業問題に対するエキスパートでありまして、そういう意味において御意見を伺うことはありましても、交渉は外務省の本筋によってやっております。将来、もしこれの会議等が開かれます場合に、新しい代表等を任命するかどうかという問題は、今後の問題としてむろん残っておりますけれども、現在のところは、門脇大使を通ずる正常外交ルートによって折衝を続けてきておるわけであります。で、この問題が、ソ連側の意向によりまして平和条約を締結すれば、こういうことの取りきめをそうしなくとも、平和条約ができれば解決していく問題じゃないかという話があったことは事実でありますが、平和条約を締結しようと申し入れがあったわけではございません。従って、われわれとしては、あくまでも、前から申しておるような、平和条約締結に至る筋道として両国の友好関係を増進していくという立場からいって、こういう安全操業の問題を取り上げているのだから、これはこれとして一つ話を進めてもらいたいということを、門脇大使を通じて、向う側にその後再三申し入れをいたしております。ただ、ソ連側は、それに対してまだ回答をよこしておりません。ソ連との関係の交渉でありますから、私どもは、この問題は、漁業問題が解決すれば、あとは正常外交ルートによりまして、漁業者が引き上げた後でも、門脇大使を通じて十分な折衝をしていく、一ぺんはとにかく話に乗ってもいいというノート・パワーも来ているわけでありますから、そういう点も力説して軌道に乗せていきたいと、こう考えております。
○森元治郎君 時間もないから、質問を羅列しますからお答えを願います。 業界関係の方では、どうしても現在その漁獲量を、安全操業なんかを突っぱって、それを突っぱることによって漁獲量が損しちゃ困る、もちろんそんなものは捨ててもいいのだというような態度も、オホーツク海の二船団を一船団に減らし、漁獲量を、今のソビエトのいう八万トンを十万トンくらいならば、折れ合ってもいいというような腹のように私は見ておるのですが、イエスかノーでけっこうですから……。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 業界にはいろいろな考え方があると思いまするが、最終的に今お話しのような話で業界がきまっておるということはないと思います。
○森元治郎君 それから、モスクワにいる、こっちから行った水産業界の代表が、陳情書というものをソビエトの政府筋に出しておる。陳情という言葉は、まあ普通、無理なことをお願いする、いわゆる哀訴嘆願というタイプなんですが、これを裏書きすることが、二月二十日のモスクワ放送で、河野長官は、日本の漁夫がソ連領海で漁業に従事するのは一月から十月まで、ソ連の善意によるものであると、こう言っておるのですが、これをおそらく裏書きするような行為であると思う。一体、こういうことを政府としてはどう見るのですか。簡単でけっこうです。
○国務大臣(藤山愛一郎君) ソ連に行っておられます民間漁業者の方々が、いろいろな独自の活動をされておるかと思うのでありますが、おそらくそういう意味のことを言われたにしましても、あまり、かりに代表団の中の方々が、民間人といえども別個の行動をとられますことは、好ましいとは思っておりません。
○森元治郎君 それじゃあと一つお願いします。 それは去年の協定では、十二万五千トンでしたかの漁獲量の処分の内訳、日本人はとり過ぎる、とり過ぎるといわれる、ちょうどハゼ釣りに行って、天ぷらにあげて食うのは十尾かそこらのくせに、おれは三束とった、四束とったというようなことで、捨てているようなことをされているのです。実際、日本側はどういうことをしているのですか、数字があるはずですから、それを。
○国務大臣(藤山愛一郎君) こまかいことにつきましては、水産庁の政府委員から。
○委員長(寺本広作君) 森委員に申し上げます。水産庁長官に出席要求をしておりまして、間もなく見えるはずでありますから、あとへ回していただきたい。
○森元治郎君 見えてから……。
○岡田宗司君 今度の赤城農相が代表として出かけるについての問題について、森さんから先ほど御質問がございましたが、私もその問題について二、三お伺いしたい。 第一の点は、小塚さんが急遽帰ってとられました。それで羽田で記者会見をしたときの話、それからその他また平塚さんの談話として伝えられる話によりますと、漁業交渉は大体壁にぶつかった。それでこれはブルガーニン、フルシチョフと政治折衝をしなければどうしても解決できない問題だと、こういうふうに言われておったのであります。それはその通りでありましょうか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 平塚さんの新聞紙上におけるいろいろな言説については、私どもも確認いたしかねますが、平塚さんが帰られまして直接私ども報告を伺いましたのでは、今お話のありましたように、数量等の問題について、平塚さんが帰られまするときに八万トンは出ておりませんでした。帰ってから八万トンが出たわけですが、ソ連側からそういう数量を出してもらうということも、今日まで出してこない。かりに出してきた場合でも開きがあるだろう、ソ連の組織として、自分の会えるのはせいぜいイシコフ漁業相が相手である、従って、それ以上の人たちに会って話すことも必要なんじゃないかと、フルシチョフまでいきますか、ブルガーニンまでいきますかは別といたしまして、それでないと、率直に申せば、ソ連の漁業相あたりはなかなか上の方の指示を、こちらが言っても、仰ぎに自分から行かない、日本側の意向はこうだと言って行かない、だからむしろ上の方の人と若干話をしてみて、そうしてイシコフの方に、日本側がそういうことならばこういうふうにしたらどうだということも必要なんじゃないか、そういう意味において、自分は民間の者であるし、やはりそういう政府の肩書きを持った人、あるいは大物という概念がどういうことでありますか別としまして、そういうような責任を政府が持っているような人が行けば、向うの責任ある人も会ってくれるだろう、そういう意味において、自分としてはだれか適当な人を派遣されることが必要じゃないかと、こういうことを言われたのであります。
○委員長(寺本広作君) 先ほどの森委員の質問に対し、答弁が留保になっておりますが、水産庁長官が見えましたので、ここで答弁していただきます。
○政府委員(奥原日出男君) 先ほどの十二万一千トン、これは昨年の条約指定区域内のサケ、マスの漁獲量であります。この漁雅量は、さらに指定区域内の流し網の漁獲量をこれに加えますと、十四万九千トン、この昨年の日本の漁獲量がとり過ぎではないか、こういう御質問がございましたそうでございます。実はソ連側は、その年に川にさかのぼって参りまする魚、たとえばマスについて申し上げますれば、今年のマスについては、一昨年産卵をして降下をいたしましたマス、サケにつきましては、四年または五年前に川で産卵をして降下いたしましたサケ、その降下いたしました数が非常に少い、こういうことから、日本側の漁獲量は、今要請いたしておりまする十四万五千トンということが過大だ、こういうことを主張いたしておるのでございます。しかしながら、過去の長い漁獲統計というものを生物学的に分析するということによって初めて、沖も沿岸も含めましたサケ、マスの資源の説明ができるのではないか、かように考えるのでございます。ソ連側の申しておりまする河川から降下いたして……。
○森元治郎君 去年とったものを、一体塩づけがどのくらい、冷凍がどのくらい、カン詰がどのくらい、塩づけが何箱ということを聞きたいのです。
○政府委員(奥原日出男君) ただいま御質問の趣旨を十分掌握しないでお答えを申し上げて非常に恐縮に存じます。昨年とりました十二万一千トンの処分に関しましては、ただいま手元にその精細な資料を持ち合せいたしておりませんので、後ほど詳しいことは内訳を取り調べまして申し上げたいと、かように存ずるのでございますが、大体三十二年におきまするサケ、マスのカン詰の生産量、これが北洋のサケ、マスの大部分の利用の形態であるのでございますが、大体全体といたしまして、二百二十五万ケース、これだけのカン詰の生産を上げておるのでございます。その中で一番価値のありまする貴重なカン詰の種類であります紅サケに関しましては、百六万ケース、これだけの生産をいたしております。なお、塩蔵いたしましたもの、あるいは冷凍いたしましたもの等につきましては、いずれ資料を取り寄せましてお答え申し上げたいと思います。
○森元治郎君 大体私も持っておる数字はあるのですが、私の聞きたいのは、そのとったものが全部処分されたかどうか、どうも聞くところによれば、去年の母船式で約十万トンとったうちから、カン詰を百七十四万二千箱作っている、しかし、四十万箱くらいのカン詰が残っておる、こういうことでは、対ソ交渉に当っても、とったものが需要が多くて困るというくらいで初めて、何万トンよこせ、何万トンよこせと強くなるのですが、余ったというようなことでは、これはソビエトに対してあまり強く出られないじゃないかということを伺っておるのです。そのポイントだけでけっこうですから、御答弁願いたいと思います。
○政府委員(奥原日出男君) 昨年は、紅サケの生産の割合が、例年に比して非常に高かったのでございます。ところで、紅サケの販路といたしましては、イギリスが非常に割合が高いのでございまして、あとは、カナダ、アメリカその他の諸国になるのでありますが、イギリスとの間におきまして、目下通商協定の改訂の交渉をいたしておるのでございます。イギリスの民間の買気は非常にあるのでございますが、通商協定の上におきましては、これはワクによって縛られておりますので、その交渉を目下いたしております。その結論によりまして、紅サケの販路がどういうことに相なるかということが大体固まって参るかと思うのでございます。現状におきまして、今までの協定によりますれば、五百万ポンド、イギリスに対する、箱の数量といたしまして、カン詰四十六・七万ケース、紅サケ三十五万ケース、かように考えておりますが、今これをある程度引き上げたいということで交渉を取り進めております。しかし、これはまだ結論が出ておりませんが、どちらにいたしましても、紅サケの昨年とれました量は非常な予想外の豊漁でありたのでありまして、従って、若干の数量が持ち越される、こういうことに相ならざるを得ない状況にある次第でございます。
○委員長(寺本広作君) 森委員の発言に関連して、先ほどから苫米地委員が発言を求めておりますので、これを許可いたします。
○苫米地英俊君 ソ連との漁獲母の交渉は非常にむずかしいと思います。むずかしいのですが、日本の漁業家がいずれの所においても条約できめられたことをよく守ってやっておることと私は信じておりますが、近ごろ、日本、アメリカ、カナダの協定によって漁獲している方でも、何でも、日本が乱獲している、この条約を改正しなくちゃならぬということが、アメリカの下院で決議案として出たというようなことも、私は新聞だけしか知りませんけれども、伝えられておるのであります。そこで、世界的に、日本の漁業家が至るところで乱獲しているという評判が相当高いように思います。そこで私は、政府は、日ソの漁業協定の漁獲量を決定される前に、代表が出発する前に、今後、日本が乱獲しているのではないという印象を与えるためにどうするか。次には、東太平洋における今の問題に対してどういうふうに対処するかということをよく御研究になって、きめていかれないというと、方で日ソ交渉をやっているのに、一方、アメリカ、カナダから追い打ちをかけられるというようなことでは、どうもまずい結果になりはしないかと心配するわけなんであります。そういう点について、政府は今どういう胸案を持っておられるか、もしくは信念を持っておられるか、その点を一つ伺いたいのであります。
○岡田宗司君 議事進行について。私の発言をおとめになって、直接今の水産庁長官の発言に対する御質問じゃないじゃないですか。
○委員長(寺本広作君) 申し上げます。先ほど岡川委員に発汗を許可します前に、森委員の質問に関連して苫米地委員から発言を求められな。
○岡田宗司君 それならば、なぜ私に先に発言を許しました。
○委員長(寺本広作君) それは、答弁を留保しておられましたので、その発言の終りましたときに発言を許可しようと思っておりましな。
○岡田宗司君 私まだ発言の途中ですから、私の方を先にやられるのが当りまえです。その委員長の取り扱い方は間違っておる。
○委員長(寺本広作君) 岡田委員に申し上げ示す。関連質問が終りましたら岡田委員の発言を続けていただきたい。
○岡田宗司君 ところが、先ほど森委員の次に私の発汗を許すことを認めた。そうしてその発言がなお途中なんです。途中なんです。それをあなたの方でぽんと切って、すくに関連質問だといって前におやりになるというのは、これはどうも不都合だと思いますが。
○委員長(寺本広作君) 岡田委員に申し上げます。森委員に対する政府の答弁が留保になっております。委員長としては、その答弁があったとき、かねて関連質問を求めておられました苫米地委員に発言を許すつもりでおりましたので、御了承を願います。
○岡田宗司君 私も森委員の質問に対する関連質問であることは御承知だろうと思う。先ほど森委員が、代表質問について発言になったから、私もその点について関連質問として代表の問題についての質問を始めたところなんです。
○委員長(寺本広作君) 速記をとめて下さい。 〔速記中止〕
○委員長(寺本広作君) 速記を起して下さい。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 漁業問題は非常に大きな問題であります。日本とカナダとアメリカとの間にやはり漁業協定ができておるわけであります。昨年アメリカ側の漁獲量が非常に少かったというようなことから問題が起きておりまして、あるいは西経百七十五度線ですか、その辺に対する問題等も提起されております。日本としては、この問題につきまして、今後交渉をしていくわけでありまして、現状におきまして、日ソ漁業交渉のためにエキスパートがみんなモスクワに行っておりますので、そういう話し合いがついた後に、この問題を研究しながら、アメリカと話し合いをしたいということを考えておるわけであります。 なお、詳しい点につきましては、水産庁長官から御説明申し上げます。
○政府委員(奥原日出男君) 日本の遠洋漁業が乱獲しているという、世界に与えておる印象に対するどういうふうな対策があるのか、こういうふうなお尋ねでございましたのでございますが、水産庁といたしましては、国際的な漁業に関しましては、その漁獲努力を増加するという点については非常に慎重な態度をとっておるのであります。たとえば、カツオ、マグロに関しましても、今日、日本のカツオ、マグロ漁業は大西洋にまで進出をいたしておりますが、しかし、海外に対して資源を荒廃させる、こういうような非難を防止いたしまするために、新規のカツオ、マグロの許可を一切しない、こういう態度をとっておるのでございます。また、北洋の鮭鱒漁業に関しましても、また同様な規制をしきまして、漁獲努力の増強をいたさないという態度をとっております。今度の日ソ漁業交渉におきまして、サケ、マスのはえなわ漁業の禁止をソ連側から提案をいたしたのでございますが、日本側の漁獲努力規制ということの方針を説明いたしました結果、はえなわ漁業に関しては、ソ連側からその提案を引っ込めた、こういうことであるのでございます。しかしながら、他の諸国との間に、とかく日本の漁業に関しまする紛糾を起しておりますことは、これは御承知の通りであるのでありますが、これに関しましては、日米カとの関係については、日米カの漁業条約に、また、日ソの関係につきましても日ソの漁業条約にうたっておりまするように、資源の保続的生産ということのために、科学的な調査を一方において追究しつつ、同時に、保続生産に支障のあるような乱獲をしていかないという日本の態度をケース・バイ・ケースでその相手国に対して十分説明をして、納得をしていただくという努力をいたしておるのでございます。東太平洋の鮭鱒漁業の問題について、ただいまアメリカ、カナダとの間の問題に御質問が言及されたのでございますが、これに関しましては、現在日本は、日米カのあの漁業条約で定めましたところに従って操業をいたしておるのでありまして、その事実はアメリカ、カナダの政府当局も認めておる次第であるのでございます。しかしながら、国内の業者がいろいろ反対運動をいたしておりますこともございまするので、目下、一方におきましてわれわれとしては、日ソの漁業交渉におきまして、鮭鱒漁業の合理的な規制ということについての話し合いを突き詰めまするとともに、アメリカ国内におきまするそれらの動向に対しても十分な関心を持って善処をいたそうと、かように考えておる次第でございます。
○岡田宗司君 先ほどの代表の問題についての続きをお伺いいたします。 今の藤山外務大臣の御答弁によりますというと、平塚代表が帰ってこられて、政治交渉をやらなければならぬ情勢にあるのだということをかなり小さく、過小評価しておられるように見える。もし、普通のルートで政治交渉をやるということが必要であるというのならは、向うに門脇全権大使がやはり代表として行っておられるのです。それで、全権大使の資格でブルガーニン首相とでもだれとでも会えるはずなんです。それをそうしないでもって、平塚代表が急遽帰ってこられて、これはだれか有力者を向うに派遣して、そうして政治交渉をしなければならぬということは、相当この問題について重大な何かあるということのためであろうと私どもは想像しておるわけであります。で、平塚代表が帰られましてから人懐にだいぶひまどりまして、ようやく赤城農相にきまったわけでありますが、もし非常にむずかしいことでなく、ただ、政府の閣僚級の人が行けばいいのだということでありますれば、平塚代表の帰る前に、ほほ話が出てきまっておりました赤城農相が直ちにきめられて派遣することになればそれでよろしい。それが今日まで、遷延したということは、結局そういう意味でないところに問題があると思います。おそらくソ連側の方は、単に漁業交渉の漁獲量の問題、あるいは期日の問題でこれが難関にぶつかった。そこで、政治交渉が必要だということだけの問題ではなくて、これは平和条約の問題なりあるいは安全操業の問題なり、あるいは文化交流の問題なり、その他日本とソ連との外交関係全般について検討することを、向うが暗に要求してきておるのではないか、そして、そのために、向うでは、岸首相なりあるいは河野企画庁長官なりのソ連に来ることを、これは公式ではありませんが、非公式に求めてきたのではないか、そういうふうに私どもには感じられるのです。また、一部そういうようなこともうわさに聞いておる。そのために、前に行ってフルシチョフと話をされた河野氏を、向うにやるという話も出てきたのではないかというふうに私どもは感じられるのですが、その点について、向う側に、単にこの問題は漁業の問題として解決するだけではなくて、これとからめて、日ソ間の外交関係全般について検討しなければならないような示唆があったのかどうか。それから、今言ったように、岸首相なりあるいは河野氏を、向うが来ることを期待しておるようなことか何か示されたのかどうか、その点をお伺いしておきます。
○国務大臣(藤山愛一郎君) ただいま御質問にありました、平塚代表が帰ってこられまして、その報告の中に、何かソ連側で、総理なりあるいは河野企画庁長官というような人に来てもらうように、暗に要請があったかということでございますけれども、それは全然ございません。また、私どもも、現在ソ連側がそういう希望を必ずしも持っておるとは考えておりません。むろん、日ソの上での将来の問題として、適当な時期に総理その他が行かれることはけっこうでありましょうけれども、漁業問題は、やはり漁業問題として解決さるべき問題ではなかろうか、ただ、平塚代表を呼びましたのは、いろいろな意味で、何か平和条約だとか、安全操業の問題というよりも、平和条約に若干からんだような問題あるいは漁業交渉というようなものも、漁業条約上の委員会の仕事であるにかかわらず、それに巻き込まれたような何か関連があったのじゃないかというような印象も受けたので、その間の説明も十分聞きたいと思って呼んだのでありまするが、帰ってきての報告は、そういう点ははっきりしている、こう考えます。
○岡田宗司君 そうだといたしまするならば、代表の決定までにかように遷延したということは、非常に私どもには不可解に思われる。なぜ岸総理がかようにいろいろよろめいたかということは、どうも解しかねる点が多い。やはりそこに、何かそういう問題があったのではないかということが第一。もう一つは、けさの新聞によりますというと、赤城農林大臣は、今度漁業代表として向うに行くことを引き受けまして、そのあとで記者に対して発表しておるところによると、自分のあとにはもう代表が来ることはないということを、わざわざ断わっておられるのであります。これは、おそらく岸総理から話がありましたときに、あるいは閣議でそれが問題になりましたときにも、そういうことを念を押しておられると思うのです。で、との赤城さんの話自体が、どうもわれわれにいろいろな疑惑を起させる。それは、やはり漁業の問題について、赤城さんはその担当者としての資格で行かれるわけでありますけれども、そのあとに自分以外の者が来てもらっちゃ困るということを言われておるのは、やはりそれ以外の話があるのか、あるいは、この話が行き詰まったときに、もっとほかの人が派遣されるような事態が予想されるので、まあそういうことを言われたのではないかと、そういうような発言から推しますと、どうもそこに何か問題があるというふうに感じられる。とにかく、さきに、イシコフ・河野会談の文書があるということが向う側から言われたいきさつその他から見ましても、その点私どもにはかなり疑わしいものがあるのじゃないかと思うのでありますが、あらためて、そういう日本とソ連との間の外交関係について話し合いつつ、との漁業の問題の解決をはかるというような、ソ連側の、まあ態度が見られているのに対して、こちら側は、まあ漁業交渉だけ切り離して、それだけでやっていくということとの間の矛盾が、今後赤城さんが行かれても相当むずかしい問題に逢着するのではないかと思うのですが、その点について、赤城さんが今後行かれました場合に、そういう全般的な日ソ関係についての話し合いをされるのか、あるいはまた、そうではなくて、単に漁業の問題だけでソ連の最高首脳部と話されるのか、そこいらのところはどういうふうになっておられるか、お伺いしたいと思います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 赤城農林大臣が、新聞紙上にどういうふうな言い方をされたかということについては、私もわかりませんが、しかし、赤城農林大臣としては、漁業交渉に行く以上は、自分に対して全権をまかしてもらいたい。従って、数量であるとか、あるいは終期の問題であるとか、あるいはオホーツク海に、おける漁獲船の問題、そういう問題については、最終的決定を自分に一任してもらいたいというお話があったこととは事実であります。また、農林大臣として行かれる場合に、責任を持って、それらの問題を解決するということは当然のことであります。従いまして、赤城さんがその問題に関しての全権を持って行かれます以上、さらに人を送る必要はないというふうに私どもも了解いたしております。
○羽生三七君 今の岡田委員の質問と関連する問題ですが、先ほど藤山外務大臣は、ソ連は平和条約を今度の交渉では、必ずしも特に求めておるわけではないというお話でありましたが、あるいはそうかもしれません。そこで、今度代表を派遣される場合に、政府は、この平和条約と漁業交渉とは全く別個のものとしてかりにお考えになって代表が行かれましても、向うで現にそれをからあて問題を提起してきた場合にはどう対処されるのか、そのときには、今度行く代表は、その問題に触れて問題を処置する権限まで持っているのか、それがからめさせられて、日本としてはどうにもならないときには、漁業交渉もそれまでのものとして帰ってきて、また出直しして行くのか、そこらを含めての全権なのかどうか。漁業交渉が平和条約をからめてきたときにはどうなのか。その辺を明らかにしてもらいたいと思いす。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 私の関する限りはこういうふうに考えております。漁業交渉そのものについては、先ほどから申し上げておりますように、両方の案が出ております。ソ連も八万トンという案を出しております。日本は十四万五千トン、あるいは漁獲の終期というものに対しても七月末ですね。日本は八月十日。こういうふうに案を出しております。従って、この交渉において、漁業交渉を妥結するためには、そういう問題について考慮を払えば妥結し得るところだと思うのであります。従って、平和条約等に特に関連をもって、ソ連側も漁業委員会の交渉に関しては私はあり得ない。こう思っております。で、赤城さんも妥結し得る権能を持っていかれれば話し合いはつくと思います。
○羽生三七君 まあそういけばけっこうですがね。
○岡田宗司君 それだけなら今までの全権でもできたところなんで、それでないから、あらためて平塚さんが帰ってこられて、しかもごたごたした結果、赤城さんが行くに当ってもいろいろな条件をつけられ、なお自分からあとに行く、かわりの人が来てもらっちゃ困るのだ、そういうことはないということをはっきりと岸総理から言明をとったんだという意味のことを言われておる。だから今の外務大臣のお誓えは、その夢実から見て、どうも私には納得できない。 それで次にお伺いしたいのは、今度は平塚代表は総理の方から一緒に行くことを求められたようであります。その小塚代表をもう一度赤城代表と一緒に行くということについて、いろいろまた業界その他で問題もあったようでありますが、ところが、平塚代表はそれをきっぱり断わられて、しかも相当憤慨しておられた。これはいろいろそれには原因もありましょうが、私の見たところでは、平塚代表が向うから帰ってきて、いろいろ向うの事情を伝え、進言された。ところがそれが実現できない。自分が向うへ行っても何にもならないのだ、要するに、もう相当大きな意味の日ソ間の政治的な交渉を必要とする段階にきておるのに、そのことを伝えに日本に私が帰ってきたのに、それにもかかわらず、それらの問題は全然触れないで、漁業交渉一本で赤城さんを出す。それにもう一ぺんおれと一緒に行けったって、これは勤まるもんじゃないということで、どうも断わられたとしか前後の事情から思えないのでありますが、平塚代表が断わられたことについての理由について、一体外務大臣はどう御説明になるか、そこを一つお伺いしたい。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 伝え聞いておりますところによれば、平塚代表は、一月に行かれるときにも、自分は老齢であって二カ月以上のモスクワにおける生活も相当困難であるし、また、漁業交渉の最後の段階においても、やはり若干イシコフ漁業相だけと話すというだけでも済まぬのじゃないか、そういう意味において、自分としては政府の代表ではあるけれども、適当な時期にはだれか来てもらう方がいいのじゃないかという考え方を持っておられたことは、事実のようであります。また、今回帰られても、そういう意味で説明されたことも事実だと思います。従って、平塚代表としては、やはりそういう意味において、再び自分が行くのも生理的にも困難であろうし、また、閣僚が行かれるならば、しいて自分がついていかなくともいいのじゃないかという気持でもあったと思うのでありまして、そういう意味に私は解釈をいたしております。
○岡田宗司君 それならば、平塚さんあんなに怒られて新聞発表までされるはずはないのです。いろいろ事情があってそういうことになったと思いますが、私は、やはり向う側はもうすでにからましてきている以上、どうしても日ソ関係の全般的な検討をすることなしには、なかなかこの漁業交渉は円満に妥結する方向にいかないと思う。もし、もう一度そういうデッド・ロックに乗り上げたときに、外務大臣の方針としては、そういう点についての検討を同時にやるというお考えであるかどうか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 日ごろ農林行政を担当しておられる、政治的にもたんのうな赤城農林大臣が行かれることでありますから、私はデッド・ロックに乗り上げるという想像を現在はいたしておりませんが、しかし、今御質問のように、万一そういうことが、さらに赤城農相が行かれてあり得るということが、もし何百分の一にでもあるならば、そういうときのことは、やはり別個に考えていかなければならないと思いますが、現在では、申し上げたように、大体漁業交渉の問題については解決を農林大臣は責任を持ってやられる、こういうふうに考えております。
○委員長(寺本広作君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(寺本広作君) 速記を始めて。 それでは、日ソ通商条約に関連する本日の質問はこれで終ります。 —————————————
○委員長(寺本広作君) 次に、国際情勢等に関する調査を議題とし、藤山外務大臣に対し質疑を行うことといたします。質疑のおありの方は順次御発言を願います。
○羽生三七君 私のお尋ねしたい点は二点ありますが、一つは、さきに本会議で私が代表質問の際に、沖繩施政権返還についてお尋ねをいたしましたが、政府はその際努力をすると答えられております。私は、通り一ぺんの努力ということでなしに、トップ・レベルの問で、すみやかに日米会談を求めるようにということを中心にして、具体的なお尋ねをしているのでありますが、率直に申し上げて、何か解散気がまえというか、全体にたががゆるんでしまって、そういう問題に果してまじめに取っ組んでおられるのかとうか非常に疑問に思う。はなはだ失礼でありますが、私はそう思うのです。ですから、いかに政治情勢が多忙であっても、少くとも本会議でできるだけ努力しましょうと総理大臣が答えた問題が、一体どうなっているのか、果して日米間で沖繩施政権返還についてその後努力されているのか、されているとするならば、ただ、大使にちょっと意のあるところを伝えたというようなことでなしに、ちゃんとした責任者の間において明白な日本の立場を明示して、相手方の考慮を求めるような積極的な努力が行われているかどうか、この問題をまずお伺いしたい。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 沖繩の施政権返還の問題に対しては、非常に重要な問題でありますので、われわれも常時決してないがしろにしたり、あるいはこれを放擲しているわけではないのでありまして、今後ともこの問題については執拗に、そうしてある場合には、ただいまお話のように、トップ・レベルの会談なり、あるいはそういう問題についても考慮していかなければならぬと思っているわけであります。そういう点について、われわれとしても十分準備もいたしませんければならず、今後とも常時この問題を私どもは外務省の仕事の上から落していくという考え方は持っておりません。常時努力していくつもりであります。
○羽生三七君 重ねてお尋ねいたしますが、単なる委員会における質問に対する答弁ということでなしに、明確に責任を持ってそういう方向に踏み切っていかわると了解してよろしゅうございますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) むろん国民的要望でありますし、こういう問題については常時われわれは、単に委員会に対するお答えというだけでなしに、当然考えていかなければならぬ問題なんでありますから、常時努力をしていきたいと、こう思っております。
○羽生三七君 それでは、その点については努力を要望いたして、次の質問でありますが、いま一点は、日米安保委員会の運営の問題であります。これも私、本会議でお尋ねをいたしたのであります。この問題については、前提条件がありますが、特に防衛関係での関連では、岡田委員がおそらく今明日中、予算委員会で大いに問題点を究明されると思いますが、私はそれとは別に、今当面お尋ねいたしたいことは、ちょっと前提があるのですが、サンフランシスコ講和条約ができたときに、日米安保条約ができて、その安保条約が問題になってきている。そして、当時日本が真空状態になるということで、日本にアメリカ軍が駐留をした。ところが、アメリカ軍に代位するだけの日本が防衛力を持てばアメリカ軍が撤退をするということで、地上部隊はどんどんふやしてきて、これはアメリカの地上部隊の漸減が実現してきた。今度は空海はどうなるかというと、空海は残っておる。そこで、日本は防衛庁では、近代装備をして日本の実力の自主的向上をはかるような何らかの処置を近く考慮されるそうですが、そういうことになればなるほど、ますます日米安保委員会の運営というものは非常に重大なものになると思う。ところが、あれは岸さんが渡米されてちょうど共同声明の後、ああいう委員会を新たに作られましたけれども、この前申し上げたように、サイドワインダー受け入れのときにちょっと開いただけで、何ら実質的なこの運営が行われているとは思えない。しかも日米間の問題を今後少くととも外交上、防衛上の点で処理していくとすれば、この安保委員会の運営が私は一番基本的になると思う。おそらく日米安保条約自体の問題で、対米交渉をすぐやられるということはおそらくないだろうと思うし、また、困難だろうと思う。そこで、その検討を案保委員会にまかしておったのです。それでそれがそのままになっておって、何にも進行しておらないということは、私は、今後一体日本が防衛力の増強を質的な方向に転換するとか、いろいろなことを言われてみても、一体どういう関連でそれをやられるのか、運営の上に非常に大きな疑問を持っておる。従って、最近における安保委員会の運営、また、今後の日米安保条約の再検討の関連でどういうお考えをお持ちになっておるのか、少しきょうは具体的にこの問題をお聞かせ願いたいと思います。質問はあまりくどく私は言いません。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 安保委員会は御承知の通り、岸・アイゼンハワー共同声明によって今後の日米安保条約に関連する諸般の問題を討議するということなんでありまして、その第三項に、御承知のように、両国民の願望に応ずるように安保条約についても検討を加えていくという、こういうことになっております。従って、私どももその設立の趣旨の、しかも重要な問題として安保委員会の運営というものをそういう面に逐次強力に進めていくという考え方は御同様に持っておるわけであります。しかも今お話のように、一挙に安保条約そのもの自体を検討して全部改訂に至るまでには相当の長期間の時間がかかりましょうけれども、しかし、運用の面においてそれを補足していくということもやり得るわけでありまして、そういう点について、安保委員会の機能を十分に活用していきたい、こういうふうに私としては考えております。むろん今日まで三回開きました中では、岸・アイゼンハワー共同声明の趣旨によって、軍の撤退関係その他についての情報等も必要なのでありまして、安保委員会を通じてそういう問題をやってきたことも事実であります。そういうような関係から見まして、何か安保委員会の活動がはかばかしくないように考えられておるのでありますが、今後は私どもとしても、今申し上げたような趣旨を十分に考慮しながら運営していくつもりでございます。
○羽生三七君 私はこの外交の問題が、何か行政事務の処理のように判こ一つ押せばいいというような簡単なものでないということをよく了解した上で御質問しているのですが、それにしても、先ほどの沖繩施政権の返還問題と同様に、何としても政府に腰がまえがないような気がするのです。ほんとうに対米交渉をやるための腹がまえが一体どこまでできておるのか。単に沖繩問題だけじゃない。安保委員会等全体を通じて、私は少し率直に申し上げて失礼かもしれぬけれども、たががゆるんでおる=少し腹を締めて、ちゃんとしたプログラムを持ってかかっていかなければ、そんな日本のような小国が、あの大国を向うに回して簡単にできるはずのものでもないのですから、それだけに私は政府の気がまえというものが重要だと思う。その点でまあいつもできるだけ努力をするというお話でありますけれども、まあ率直に申し上げて期待はできない。ほんとうにおやりになりますか、もう少し。
○国務大臣(藤山愛一郎君) ただいまどうも政府のたががゆるんでいるのじゃないか、もっとしっかりした腹がまえでこういう問題について対処しろということなんですが、まことにごもっともなことだと思いまして、われわれとしても、アメリカとの交渉がそう簡単だとは思いません。また、それぞれの時期に応じて国際情勢の変転をうまくつかまえて、そういう問題の提起の方法等も考えていかなければならぬ、そういう意味において、われわれとしては、やはりしっかりした腹がまえでいかなければならぬということはわれわれもそういう覚悟でおります。ただ、いかにも腹がまえが弱いように御推察になっているのでありますが、今後もわれわれとしては、御指摘のように、十分腹を据えて、やるつもりでございます。
○羽生三七君 まあ以上のようなことを要望して、私の質問を終ります。
○岡田宗司君 関連して。日米安保委員会のことについての御質問があったのですが、私もその問題について二、三お聞きしたいと思います。 第一は、日米安保委員会が近く開かれるかどうかということ。それから、近く開かれる日米安保委員会の議題といいますか、問題になるものは、もうすでに大体において予想されていると思うのですが、その点について何が問題になるか。その二点をまずお伺いしたいと思います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 日米安保委員会は、なるべく私どもとしては、ひんぱんに開いて、まあ問題はこういうこの話し合いの機会をつかまえまして、そうして基本的にはやはり日本国民の考え方なり、あるいはその当時の情勢なり等も十分向う側にのみ込ませて、そうしてそういう基礎の上に立って、向う側でもやはり問題を考えてもらわなければならぬわけでありまして、そういう基礎なしに向う側が問題を考えるということも困難ではないかとも思います。従って、なるべく回数を多く開いて、そうして十分直接の問題ばかりではなく、間接の環境等、日本における立場等も説明をしていかなければならぬと思います。今日まで先ほど三回と申し上げましたが、四回開いておりますので、最近の機会に開きたいと、こう思っております。従って、今後どういう問題を議していくかということは、直接並びに間接の問題等についで今後十分準備をいたしまして、第五回の安保委員会を開いて参りたい、こう思っております。
○岡田宗司君 第五回の問題は、日本の防衛計画全般について議論することになりますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 現在まだはっきりした予定を立てておりません。しかしながら、日本の防衛計画そのものについても、防衛庁主務官等から説明は、いろいろな機会に説明されておられますから、説明されることもあるかと思います。
○岡田宗司君 第四回目には、サイドワインダーの持ち込みの問題が論議されてそういうふうにきまった。ところが、従来は、アメリカ側に対して、武器の供与等は何もそういうふうな大きな政治的な話し合いでやられたのではなく、大体具体的に武器の供与を要求する場合等は軍事顧問団を通じてなされておった。サイドワインダーが単に機関砲にかわる武器の要求であるならば、従来から見て、日米安保委員会等で問題になるのではなくて、重事顧問団を通じて行われるべきだった。それがあれは大したものではないと政府の御説明なんです。別に核兵器になるものでもないしというお話なんで、あるいはサイドワインダー自体の性質はそうでありましょう。しかし、あのサイドワインダーが第四回にわざわざ太平洋軍司令官が東京まで来て、出席しての席上できまったということは、やはり日本の防衛計画全般について、何か変更すべきことをアメリカ側の方から話に持ち出してきてな。日本側においてもそれに応ずるを話して、これからいよいよ具体的にしていこうということがあって、たまたまそれに基いてあの新しい武器の供与が問題になったのではないか。そういたしますと、第五回の委員会には防衛計画全般が問題になるだろうということが推定されるわけです。そこで、今お伺いしたのですが、そうすると、今のようなお答えであったので、大体五回は防衛計画全体についての検討が行われる、こういうふうに了承してよろしゅうございますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 御承知のように、この委員会には防衛庁長官が委員として出ておられるのであります。防衛計画その他の問題につきましては、主として防衛庁長官の方でいろいろな質問なり、あるいは説明なりされることになっております。従って、防衛庁長官が、今日第五回の会議でもってそういう全般の問題を持ち出されるかどうかということについて、私から今言いかねるわけでありますが、サイドワインダーにつきまして、私の知っている範囲を申し上げれば、これは核弾頭をつけられない武器である。しかしながら、アメリカが今日まで機密兵器として日本には供与できない、防衛庁がしきりとそういう要求をしたのにもかかわらず、だめだ、それがまあ解除されたということが一つの大きな事実であったのではないかと思うのであります。従って、そういう意味において、この安保委員会の席上でその話が出たのではないかと思っております。
○森元治郎君 やはり羽生委員、岡田委員に関連しますが、核兵器の持ち込みとアメリカの態度、こういう点でお伺いをしたいと思うのです。 その前に頭へ入れておきたいのは、総則の発言はすなわち、政府の発言だと思うので、総理の発言集を申し上げますと、核兵器持ち込みは拒否します。核兵器反対の国民感情を尊重するのは政治家の任務である。日本が核兵器を持ち込ませないということをアメリカは了解している。将来ともわれわれの考えをアメリカに了解させていく。それから、核兵器を持った飛行機でも飛んで来られては困るから何か法的取りきめをしたらという、われわれ同僚議員の質問に、日米が完全な理解と相互信頼に立っていけばそういう必要はない。安保行政協定が結ばれた当時と今では事情が違っているから、これを検討するのが安保委員会の使命の一つである。こういうふうな発言でありました。これを頭において御質問したいのですが、その前にちょっと小さいことで、了解しているというのは、アメリカ側は聞いてくれているはずだというのですか、何らかの機会に、総理が渡米したとき、あるいは外務大臣が昨年渡米されたとき、あるいは安保委員会のような機会に一方的にでもちょつと言ったことがあるのかどうか、この点の事実をお伺いします。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 総理は、あらゆる機会に核兵器持ち込みに対して反対である、しかもこれは国民的要望であるということを言われております。これは議会でも言われておりますし、その他の機会にも言われております。当然アメリカに対しても、そういうような総理の考え方は十分伝えられておる、こう思っております。
○森元治郎君 もっとはっきりお伺いしたいのですが、伝えられてあるというのは、お茶でも飲んだとき言っているのか、あるいは聞いてくれといって大きい声をしているのか、面と向って目と目を向き合って、ダレスに、核兵器はごめんこうむりますよと言ったのか、その点、もう少し御親切に御答弁をお願いしたいと思います。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 総理としては、先ほど申し上げましたように、まああらゆる機会に、こういう問題が出ました場合には、日本国民は核兵器の持ち込みを欲していないと、絶対に拒絶する考えでいるのだということを言っておる。たとえばお茶飲み話のときにも言っておられましょうし、あるいは新聞記者との会見のときにも言っておられましょうし、従ってまた、アメリカに行かれたときにも、そういうような国民的な意思を表現しておられると私は考えております。
○森元治郎君 あらゆる機会に、向うは何という返事をしたでしょう。ああそうかと言ったのか、それでは君の国は守れないのだとか何とか、今度言ったはいいが、向うはどう出てきたのですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) まあいろいろなそのときの場合、いろいろなそのときの状況等によって、今お話のように、ああそうかと言った場合もありましょうし、あるいはいろいろな表現が用いられたのではないかと考えております。
○森元治郎君 結局言ってないということは、それではっきりわかるのですけれども、しかし、私はこれから本論の質問に入るが、総理は国民やその他に向って非常に強く反対々々と言うのですが、向うにはどうも聞えよがしにやっておるような感じです。ですから、向うも耳もあるし、こっちに人も来ているのですから、何とか返答があったはずだと思う。それはわれわれは、駐留軍の移動、配備についてはなかなか日本国民の感情というものに神経を使ってよく連絡してくると聞いております。小さい飛行機が来たり、あそこへ一個中隊来ましたというような連絡は割りによくやっておるようです。それならば、これだけ友好と理解と信頼に立って持ってこないというならば、向うは岸君つらいだろうと、そう社会党にいつも会うたびに言われるとつらいだろうから、私の方で何とかお手伝いしましまうか、助け船出しましょうかということは当然出てくる、また、あったと聞いておるが、どうです。あったということは、防衛庁関係の方へ核兵器は持ってないのだと、僕らの方は日本の領土には持ち込んでないと何かの機会があったら、それをみんなの前で言ってもいいと、こう言っているということの確かな私は情報を持っておるのですが、いかがでしょう。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 総理は、あらゆる機会にそういう日本の意思を表明しておられます。従って、アメリカ側としても、日本の国民の総意がそこにあり、また、総理がそういう上に立ってものを言っておるということも、私は十分今の日米の親善関係の上から言えば了承しておるのではないかと思います。従いまして、そういうものを総理の言われますように、無断で持ち込んでおると、あるいは無断で持ち込むということはあり得ないのではないか、こう考えております。
○森元治郎君 一生懸命その持ち込むことはあり得ない、あり得ないという一点張りでありますが、岡田委員が聞いた安保委員会という、これはおそらく今月中に開かれるでしょう。ここへ出してみたならば、総理及び外務大臣が、びくびくして国民にばかり強くて、向うにへっぴり腰している心配はなくて、持ち込まぬということの話し合いができると私は信ずるのですが、一部の人は——部というのは、防衛庁、外務省の中にも、やりたらいいじゃないか、もうすべておぜん立てばできた、これだけ持ち込まないと誓ったのですから、総理があらゆる機会に。もう向うも聞きあきるほど十分ちょうだいしておるのですから、安保委員会に持ち出されるならば、私はりっぱな協定ができるというととは、もう日本の本土に核兵器など持ち込まなくてもやれる戦略態勢になってきたと思うのです。向うは。この点もう少しはっきり勇断をもってお答えいただきたい。
○国務大臣(藤山愛一郎君) むろん日本の国民の願望がそこにあり、総理もたびたびそういうことを言っておられるのですから、適当な機会に、安保委員会の運営におきましても、両国の国民の願望に沿うように考えていくということなんでありますから、そういう問題を将来取り上げる時期があり得ると考えております。
○森元治郎君 そういう問題を取り上げる……安保委員会の運営の上において、そういう問題を取り上げることもあり得る。これは、今までの岸総理の答弁から一歩進んだ具体的措置だと思うのです。日本本土に持ち込まなくて済むのですから、断固として出してごらんなさい。ちゃんとできます。向うは。こんないやがられるところに置いておかなくても、ムーヴァブルなベースというのは今日の戦略上の常識です。こんな固定した七十里足らずの幅の狭い島の中に、そんなものを置かなくても、アメリカは十分やっていけるわけなんです。それをやっていただきたいと思います。
○石黒忠篤君 私は、日韓会談のことについて伺いたいと思います。日韓会談が始まったかと思うと、また中絶しておるのでございます。現在はどういう状況にありますか、それを伺いたい。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 御承知の通り、昨年十二月三十一日に、抑留者の相互釈放についての協定をいたしまして、その際三月一日から会談を開くという話し合いを洗足いたしたわけでございます。むろん当時の話し合いの上からいいまして、その会談を開きます前には相互の釈放を完成する。こういうことなんであります。日本側といたしましては、刑余者の抑留をしておかないという約束に従いまして、二月十二日でありましたか、全員釈放をいたしたわけであります。韓国側は御承知の通り、今日まで、一回、二回を含めて、三百名を送還しております。まだ四百二十二名が三回以後の送還に残っておる。そういう状態のもとに、二月二十七日がきたわけであります。会談を開きます前に、これらの約束を両方とも果すという状況であって、そうしてわれわれとしましても、韓国側が技術的に送還困難の場合には、配船等についても協力するということを申し入れてあったわけでありますが、それにもかかわりませず、実は二十七日に至りましても、第三回の四百二十二名の残留者の措置に対して、向う側から何らの意思表示がございませんでした。従って、この会談の精神から申しても、協定の精神から申しても、趣旨から申しても、送還を待って、そこで日韓会談を開こうと、こちらはいつでもそれさえ決定すれば開くというので、閣議において、日本の交渉の代表団の任命をいたしておるわけであります。その後、こちらは数回、その後の状況を督促しておりましたが、向う側としては、金大使が帰任されましたので、私としましては、金大使に対して連絡をいたしまして、適当な時期に韓国側のその後の状況を聞きたいということを申しておったわけでありますが、今日までそれに対して、金大使から何の御返事もいただいておりません。しかし、時日もたって参りますので、さらに督促する必要があろうと考えまして、金大使に連絡をいたしました。従って、今日もしくは明日金大使と私と会って、日本側の意向をさらに伝え、向う側の意向を聞くことに相なろうかと思います。そうしておるのがただいまの経過でございます。
○石黒忠篤君 新聞で伝うるところによりますると、こちら側では、漁夫送還の実行ができなくても、幾日に帰すという期日の通告をするならば、会談を続行しようということを言うたにもかかわらず、その期日を知らせてこない。ただ、近く送還をする、こういうことを言っておって、しかもその実行が今日までされておらない、こういうように聞いておるのでありますが、果してしかりとすれば、その実行をせざることについての理由等について、どういう情報を得ておられるのでありますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 日本側としましては、期日の明示があれば、会談をすぐ開くということは申したわけでないのでありまして、たとえば三三月一日から開くのに、二日の日に送還をするという約束がかりにできるならば、何も一日を争わぬでいいじゃないかということも言ったわけであります。従って、三月一日に会談を開くが、しかし、二十日ぐらいになるというようなことであれば、やはりその期日だけがきまったからといって、必ずしも会談をすぐ開かなければならぬというような考え方では申さなかったわけであります。従って、三月一日に開くのに、一日の晩にもう送還することになっておるのだからというのを、それまで一日の会談を延ばす必要もないだろうという意味におきまして韓国側に連絡をいたしたわけなんです。今日まで何らの意思表示をして参らぬことはまことに遺憾であります。韓国側におきまして、船の関係、技術的問題等でいろいろ難点もある場合もありますけれども、必ずしも今回の場合は、そういうことだけではないと思います。日韓間の交渉というものは、いろいろな意味で困難な場面が展開して参るときが多いのでありまして、非常にデリケートな交渉なんでありますから、韓国側がどういう理由でかということについては、私もここであまりいろいろな推測をいたしますことは、かえって今後の交渉に支障を来たすと思いますので、さらに金大使等と接触いたしました上で、向う側の意図をはっきりさしていきたい、こう考えております。
○石黒忠篤君 日韓関係のきわめてむずかしい、かつ、機微な関係があるから、それらのことについて想像をすることを控えたいという外相のお言葉であります。もっともだと思いますゆえに、この程度でとどめておきますが、私は本来、昨年の十二月末日に、ぜひとも日韓会談について正式交渉に入るような意味の予備交渉を、漁夫の交換、拘留者の交換といったようなことを早く解決するために、そこまで入るようなことにされた方がいかがかと私は思っておるのであります。日韓の関係は、もっと腰を落ちつけてしっかりとやらるべきことのように思っておるのでありまして、本会議で質問をいたしましたときにも述べましたのでありますが、日本としての立場をはっきりと持って、にわかな交渉で大きな問題に関しまする、本交渉に関するようなことについての譲歩をされたということは、私は非常に遺憾だと思うのであります。これらのこと、また、ただいま質問をいたしましたのに対して、外相がいろいろな想像を言うのは支障があると思うというような御答弁でありますが、そういうこまかい点に関しましても、大きい点に関しましても、わが方としても、韓国内部の情報をとる方法がない、欠けている、ほとんどないということが遺憾に思われるのであります。金大使というような人がこちらに駐在しておりながら、こちらからの外交官があちらに駐在をしておらぬということは、今までの経過はほぼ承知しておりますが、外相はそれに対してどういうふうにお考えになっておりますか。私はきわめて遺憾な状態だと思うのでありますが、外相はこれに対していかがお考えになっておりますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 過去のいろいろな事情があったと思うのでありますけれども、私としてもまことに遺憾のことだと考えております。
○石黒忠篤君 私の聞いておりますところでは、韓国に日本の外交官を相互主義によって駐在させることに関しまして、韓国がその身体生命の安全を保障し得ないということを申したということを聞いておるのでありますが、果してそうでありますか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 一つの理由は、そういうことでもあったと聞いております。
○石黒忠篤君 しかりといたしましたならば、そういうことでは、日本の外務省としてはあちらに駐在することはいけないと考えられるのでありますか。あるいは情報をとり、交渉をするためには必要だけれども、身体の安全というようなものを保障し得ないというようなことで行き手がないのでありますか。行き手がないという判断をされておるのでありますか、その辺はいかがですか。
○国務大臣(藤山愛一郎君) 外務省としましては、京城に七名、釜山に三名の領事官を置くというような意味の案をもって交渉をいたしたのでありますが、むろんそういうことを理由にして韓国側が拒絶してきているのでありまして、許されれば、外務省の人たちが決してそういうような事情のもとに行きたくないというために行かないというわけではございません。
○石黒忠篤君 私はこれらの点に関しまして、また、他日伺うことといたしまして、十二時になりましたから、質問は打ち切ります。
○委員長(寺本広作君) それでは本日は、これにて散会いたします。 午後零時五分散会