文教委員会 第12号
- 発言数
- 130 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1958/03/26
会議録
○山下委員長 これより会議を開きます。 まず文教行政に関する件について審査を進めます。質疑の通告がございますからこれを許します。野原覺君。
○野原委員 新聞の報道によりますと、三月十五日に教育課程審議会から小学校、中学校教育課程の改善についてという答申が出されておるようであります。この答申に基きまして、特に道徳教育の時間特設という点で通達が下部に流され、手引き書が出されようとしておるわけでございますが、これらの点を総括して若干お尋ねをしたいと思うのであります。 まず第一に文部大臣にお聞きしたいことは、あなたが小学校、中学校の教育課程の改善についてという諮問を教育課程審議会になされたのはそもそもいつであったかということであります。
○松永国務大臣 一番初めに出したのは昭和三十一年の春であったようでございます。
○野原委員 これもまた文部当局から説明がございませんので、私は新聞の報道にたよらなければならないわけでありますが、もし私の質問しておることが間違っておる場合、事実に反しておる場合には、その点は指摘されながら御答弁を願いたいと思うのであります。今回教育課程の改善についてという答申を出された教育課程審議会は、新聞によればわずか六ヵ月間の期間しか審議をしていない。時間にいたしますと六時間かせいぜい七時間くらいの正味の審議時間しかかけなくて答申が出されておる。この種の小学校、中学校の教育課程という重大な答申をするのに全くずさんきわまる、拙速もはなはだしい、こういうことを実はどの新聞もどの学者も指摘しておるのであります。この点について一体文部省はどう考えておるのか。昭和三十一年の九月ということであれば、わずか六カ月というのは新聞の間違いでございましょうか。その辺はどういうことになっておるのか御答弁願いたいと思います。
○内藤政府委員 ただいま大臣からお答え申し上げましたように、わが国の教育課程につきましては、占領中にできたものでございまして、その後一回昭和二十六年に、これもやはり占領中にできたものであります。占領軍の検閲を受けておったものでございます。その後日本も独立いたしまして、新しい国際情勢に対処してわが国の実情に即するような教育課程をいかに組むべきか、こういうことを昭和三十一年の春に教育課程審議会に諮問したわけでございます。自来教育課程審議会は、小学校、中学校それぞれ別々に二十一回の会合を開きまして問題点を検討して参ったわけでございます。その後まる一年を経過いたしまして、昨年の九月に教育課程審議会を再開したわけでございまして、この教育課程審議会に昨年九月に出しましたのは、前回のときに問題は全部整理されておりますので、主としてどういうふうに今度は決定するかという段階でございます。これも昨年の九月からでございますが、毎週定例的に開きまして、やはり同じように二十一回開いております。政府の審議会といたしまして一年に二十一回というのは、むしろ多い方でございまして、一般に十回以内でございます。ですから双方合せて四十二回の審議を重ねておるのでありまして、何か六時間とか八時間というようなお話がございましたが、それは非常に誤まりでございます。ですから前後を通じまして四十数回の審議を重ねた結果、三月十五日に審議会が文部大臣あてに教育課程の改善についてという答申を出したわけでございます。
○野原委員 昨年の九月十四日から審議を始めて、答申のありました三月十五日までに二十一回の会合が持たれておる、こういう御答弁でございますが、この御答弁は事実であるかどうか、実は非常に疑わしいものがあるのであります。二十一回の会合を開いたという内藤局長の御答弁を信ずるといたしましても、それでは正味の時間はどの程度審議しておるのか。この種のことについては完全に外界と隔離されて祕密裡に審議をしておりますために、私どもはその点についての指摘をするにも、実は指摘する材料がないのでございまするが、あなたはあなたの良心にかんがみて、答申をしたこの新しい審議会の審議時間並びに回数については、絶対に間違いがない、こう言い切る御自信があるか、重ねてお尋ねをいたします。
○内藤政府委員 審議会の回数に対しては絶対に自信を持っております。私どもはそのつど新聞発表もいたしております。毎回審議会の終ったあとで新聞発表しております。それから審議会は毎遇土曜日に午前午後にわたってやっております。午前は九時半から大体一時まで、午後は一時から再開しておりますが、午後の方は、小学校が午前中の場合は午後は中学校、こういうふうに午前、午後をそれぞれ小、中と別々にやっておりますので、一日の審議時間は三時間から四時間でございます。
○野原委員 それではお尋ねいたしますが、昭和三十一年の一番最初設けられました審議会、これは九月でございましたか、この審議会の委員のメンバーが、答申をされた審議会の委員のメンバーと異なっておるわけです。私も調査をしてみましたが、変っておるのが十八名おるようです。教育課程についての諮問を出しておきながら、どういうわけで途中で、初等教育課程におきましては十八名、中等教育課程におきましては十名、こういうような大きな異動を断行されるのか。これは私どもの常識からしても考えられない。これはしろうとから考えましても、同一の審議会でやはりずっと審議をしてくる方が間違いもないし、いい結論も出るんじゃないか。これを途中で中断されておる。中断されたのは昭和三十二年の二月です。昭和三十一年に諮問を出しておきながら、昭和三十二年の二月になると、初等教育課程においては十八名やめさしておるのです。この十八名というものは、御自身がいろいろ公務の都合その他で、みずからお引きになられたのか。これは文部省、あなたがやめさしたのだろうと思うのだが、どういうわけでこういうことをされたのか、まず御説明願いたい。
○内藤政府委員 前回の二月に、たしか十一日ごろだと思いますが、任期がきておるわけでございます。教育課程審議会の委員の任期は一年でございますので、任期が切れたので、これを教育課程の方で一応審議をストップしたわけでございまして、その間私どもは教育課程でいろいろと出た御意見を整理しておったわけでございます。なぜ審議委員を変えたかと申しますと、大体半数程度を変えたわけでございますが、前回の審議会では、いろいろと問題点を洗うという意味で、各教科の専門家が相当入っておったわけです。今度の場合は審議会で結論を出すということでございますので、大体各教科の専門家は御遠慮願う、こういう趣旨で、全体的に配慮できる人を選んだわけでございます。
○野原委員 どうも御答弁が非常に苦しいような御答弁でございますが、昭和三十二年の二月にやめさしておいて、そうして昭和三十二年の二月から九月まで審議会は開いていない。今日の文部省のやり方を見てみますと、学習指導要領もできないのに、えたいの知れない手引書、これはあとでお尋ねしますが、これは一体どういうものか。私は手引書なるものの法的根拠なりがわからぬのでございますが、そういうものでとにかく四月からやらせる。答申が三月十五日に出ておりますが、二月ごろ、四月から道徳教育は特設時間を設けてやるのだと指導部課長を集めて、二月十二日か、十三日に押しつけておる。答申が完全に出てから初めて文部省は慎重な検討をなさって、何月からやるのか、どういう形でやるのかということをすべきであるにかかわらず、前もってやっておる。こういう点から考えても、どうも私どもはこの辺が納得できない。昭和三十一年に小、中の教育課程の諮問をしておきながら、七カ月間開店休業にしたのは、あなたは整理のためとおっしゃるかもわからないが、私どもは七カ月間も整理のために時間がかかるとは見ないのです。学習指導要領を待たないで手引書で出そうという、そういうどろなわ式の考え方を持っておる文部省が、七カ月間も一体ほうっておいたのはどういうわけなのか。十八名の者をやめさせたのは教科目の専門家であったから、専門家では全体の意見をまとめるのに非常に工合が悪いからやめさせた、こういうわけでございますが、教育課程は、専門教科についての答申を出しておるのです。あなたは全体といいますけれども、私はここに文部広報をちゃんと持ってきておる。それから答申が出されておりますが、いかがですか、これは国語、社会、算数、理科、音楽、図画、工作、家庭、体育、特別教育活動、これだけに分けて出しておるのであって、基本方針というものは一項から六項まできわめて抽象的な簡単なものです。だから、各教科の課程だといっても差しつかえない。そこで基本的ないろいろな全体的な連携あるいは有機的な教科目のあり方から見て、一つの基本方針、あるいは学校教育法とか教育基本法あるいは憲法といったような考え方に立って基本方針というものが定められるのであって、教科目の専門家はその必要がないのだといっておきながら、各教科の答申をこうして出しておる。専門家を置いては、あなたがあなたの考えを打ち出すのに御都合が悪かったのじゃございませんか。私はここで名前をずっと調べておりまして、やめさせられたお一人お一人について、実はあちらこちら照会をしておるのです。たとえば石川清一さん、大森晃さん、倉沢剛さんと、ずっとあなたから昭和三十二年の二月にやめさせられ、そうして七カ月間中断をされておるが、この人々はそれまでは懸命になって、実は教育課程についての検討を続けてこられた人です。だから私どもが、これは悪く解釈するわけじゃありませんけれども、こういう人々は教育課程審議会とは独立した諮問機関である。諮問機関ではあるけれども、独立しておる。決して内藤局長におべんちゃらをいう審議会ではない。自分の学識と、自分の良識に照らして今日の小学校、中学校の教育課程はいかになければならぬかを文部大臣に答申する審議会だ、こう考えて、実ははっきりした独立した意見を出しておった。ところがそういうような独立した意見を出しておられるというと、何か初めから審議会というヴェールに包んで民主的にこういうものは打ち出したのだというようなごまかしを考えておられる一部の人たちにとっては、これが差しつかえあることは、常識から考えてもわかるのです。ここら辺は正直におっしゃった方がよろしい。どうもこの中には都合の悪い人間がある、言うことを聞かぬやつがおる、文部省の考えておる方針にどうもそむく。だからやはり審議会は結局結論は文部省が出すのだから、文部省の考え方に沿わぬような者はやめてもらったのです。こういうように正直に御答弁あられる方が道徳教育の考え方から見てもよかろう、私はうそはいかぬと思う、いかがですか。
○内藤政府委員 何がやめさせたというふうなお言葉でしたが、別にやめさせたわけではございません。これは任期が切れたので、当然新しく選考する建前にしたわけでございます。先ほど来申し上げましたように、いろいろと各教科についての御意見は十分承わっているのです。前会において承わりましたから、今度結論を出す場合に、たとえば各教科別にそれぞれ時間の配当等についてがんばられますと、なかなか審議会がやりにくうございますので、ともかく人間の教育というものは全体的な調和がなければ困るわけなんです。ある教科だけが自分の主張をがんばられますと、モザイクのような教育課程になっても困りますので、全体的な統一と調和のもとによりよい教育課程を作りたい、かような念願から主として教科についての特別な専門家は排除したわけでございます。 それから何が長い期間がかかったとおっしゃいますが、前会までの議論をいろいろ整理いたしておったわけでございまして、特に国会等の審議もございますので、国会中は私ども整理についての意見を十分にお聞きすることもできなかった、こういう事情がありましたわけでございます。 それからもう一つは、道徳教育について審議会が正式の答申をいたしましたのはお説の通り三月十五日でございます。しかしながら審議会は毎回中間報告をしておりますので、道徳教育につきましては去る十一月にすでに中間報告をいたしておりまして、毎週一時間程度の道徳教育の時間を特設することが適当であるという報告をいたしておりますので、私どもはその中間報告に基いて教材等調査研究会で御審議をわずらわしておったわけでございます。
○野原委員 それでは、七カ月間中断をされて、三十二年の九月十四日に、新しい委員が任命されますと、あなたは次から次とまことに目まぐるしい活動をお言いつけになって、答申がここに出されてきておるわけです。七カ月間中断されたわけを私は私なりに想像しておりますけれども、どういうわけであったか。こういう重大なものを七カ月間やめられた。三十二年二月から九月まで、七ヵ月間ですよ。これはどういうわけなのか承わっておきたい。
○内藤政府委員 一つは二月の中ごろでございましたので、当時国会開会中でございまして、私どもも十分に審議するいとまがなかったことであります。ですから、国会が済んで後に、教育課程の問題について今までの議論を整理し、また文部省の考え方というものもまとめたわけでございます。その間にどういう基本的な方針で臨むかということについていろいろと審議をしておった。それから一つは、大臣の更迭という事情がございました。灘尾前文部大臣から松永文部大臣へのおかわりもございました。こういう点で、文部省としてはどういう点を諮問の中心に置くべきか、いろいろ検討いたしまして、第一点は、新しい国際情勢に対処してどういう日本人を作るか、真に国際社会において信頼と尊敬をかち得るに足るようなりっぱな日本人の育成ということを、第一に諮問の中心にしたわけでございます。道徳教育の教科の問題、科学技術教育の振興の問題、国語、算数等の基礎学力の充実、それから第四点が、中学校の三学年におきましてそれぞれ進学する者と就職する者が大体半分ずつでございます。ですから、もう少し進路、特性によって選択する幅を設けるべきではなかろうか、これは学校教育法三十六条にも「個性に応じて将来の進路を選択する能力を養う」という規定もございますので、こういう趣旨から現在も外国語、職業課程については選択教科になっておりますが、もう少し選択を強化すべきではなかろうか、こういうような点と、それから従来の教育課程の中に非常に重複が多かった。これは占領当時司令部の関係が小学校、中学校担当官が別々でございましたので、小学校、中学校、高等学校の中に一貫性がなかったということ、社会科その他国語等の各教科間における重複が非常にあった。こういうような点にがんがみて、できるだけ縦の関係、横の関係の重複を整理すべきではなかろうか、もう少し系統学習を強化すべきではなかろうか、こういうような点を諮問したわけでございますが、そのどういう事項を諮問するかという点と、委員会の審議の経過を整理する、こういう点に重点が置かれて私どもも検討を続けておったわけでございます。
○野原委員 だんだん正体が出てくるのですね。あなたの御答弁を聞いておりますと、語るに落ちるという俗語がございますが、全くその通りです。昭和三十二年二月から九月まで開店休業の状態に置いた、これはどういうわけかという私の質問に対して、あなたは、大臣の更迭ということを一つの理由にあげておる。灘尾文部大臣から現在の松永文部大臣にかわるのに七カ月間もかかりましたか。私は横に前文部大臣がすわっていらっしゃるから、今こっそりお聞きしてみたのです。あなたはいつおやめになられたか、と言ったら、七月だったかな、こう言っておる。そうしたら二月から七月まではほうっておったのでしょう。七月一カ月ならば大臣の更迭ということも理由になろうかと思う。委員の任期が三十二年二月に切れたら、直ちに任命がえをして、こういう重大な審議会をなぜ灘尾前文部大臣のときに発足させなかったのか、私どもはこの点はどうしても承知できません。それから第二に、国会開会中ということでありますが、こんなことは理由になりはしない。あなた方がやれない、あなた方がやってはいけないし、タッチしてはいかぬから諮問機関にかけるのです。あなたが忙しいから実は諮問機関にかけなかったということ自体が、初等中等教育局が実は審議会に干渉したのでございますということを告白しておるじゃございませんか。諮問機関に一切まかせなさい。小学校、中学校教育課程についての諮問は前からやっておるのですから、私はまかせたがいいと思う。あなたは基礎学力の徹底、道徳教育の普及徹底ですか、あるいは科学技術教育とか、こういうように整理をして出されておると言われた。私はこれだけの整理が七カ月かかるということはわからないのです。だから大臣の更迭にしても、国会開会中ということにしても、それから前の審議会の審議したことを整理するのにそれだけかかったとこう言われるが、これはどうも私どもには納得できない。ただ私どもに考えられることは、三十二年の二月に任期満了した委員、こういう人々に徹底的な検討のメスを加えて、先ほど私が申し上げましたように、どうも自分の意見を持っておって初等中等教育局の意見をなかなか承知しない。こういう者はどんどんやめさせる、いろいろな人的選考にやはりひまどったというのが、これは常識だと思いますが、そういうように、やはり率直にお認めになった方がいいじゃないかと僕は思うのですが、あまりいろいろつくろいだてをされた御答弁はいかがなものかと考えます。 これは松永文部大臣にお尋ねしますが、そういうような審議会では困ると私は思うのです。文部大臣の諮問機関ではございましょう。この教育課程審議会はたしか文部大臣の諮問機関であったと思う。しかしこういった文部大臣の諮問機関が、文部大臣のお立場だけ、御主張だけを裏づける、おべんちゃらを言う、そういう諮問機関ならば、これは要らないのです。それはあなたがやったらいいのです。そんなむちゃなことに金をかけて時間をかけて忙しい人を呼び出す必要はない、私はそう思いますが、その点について文部大臣のお考えを承わっておきたい。
○松永国務大臣 今御指摘になりました問題については、これは実は御承知の通り私の任期以前の話です。しかし大体どうでしょうか。常識上考えてみても、二月に任期がきた。三、四、五月はこれは国会の御審議中で、あなた方が何じゃかんじゃといって、これも出せ、あれも出せといって御研究になって、従って前の灘尾大臣は一人ではなかなか答弁台に立つことができない。いわんやその点のところは知らぬのです。そこでやはり内藤局長あたりが出て答弁する。そうすると六月、七月に私がかわったのです。ところが七月から八月にかけてはこれはいよいよ研究をしまして、どういうことにするのがよかろうかという審議会にかける面を研究しなければなりません。いわんやその審議会、前の審議会において大体今日までの経緯は研究し尽されておる。そこでこれからどういうふうにしようかということを研究するのでありますから、やはり私がかわってから一カ月や二カ月の間の研究の時日は要するものではなかろうかというふうに私は考えております。従って、それから以後は今仰せの通り、あまり早く進み過ぎたじゃないか。こんな大きな問題をそんな簡単に早く進めてといわれるくらいに事ほどさように早く進行したわけです。そこを非常に努めたわけです。その点も一つ御了承願います。
○野原委員 国会開会中ということは一つの理由にはなります。灘尾前文部大臣が大へんお忙しくて、十分この点について頭をめぐらすことができなかったということも確かに一つの事由にはなる。なるほどあなたの言うように去年は五月十八日まで国会があったわけです。そのことについてはとがめ立てをするような質問は私もしたくないです。そういうように教育課程については冷静に慎重に時間をかけてやるということは、私はむしろ賛成したいのです。ところが今度のあなたのやり方はどうです。松永さん、あなたの今度のやり方をどの新聞がほめておりますか。新聞からほめられる必要はないといえばそれまでですけれども、新聞は天下の公器です。毎日、朝日、日経、産経、続売、全国の今日ありとあらゆる新聞が、松永文部大臣は教育課程審議会を知らぬのだろう、小学校のカリキュラムというものをあなたは知っておりますか。知らぬのだろうと言っておる。知らぬで、なぜそんな拙速なことをやるのだ。一官僚にまかせきって、——こういうような教育課程というものは、私は失礼な言い方をいたしますけれども、これは学習指導要領というものを出してからやることになっているのです、新教育になってから。しかもこの法的な根拠は私も一応調べてみましたけれども、道徳教育については非常に問題がある。これはあとで触れます。学習指導要領というものは八月にできると内藤局長が言っておる。それであなたは、内藤君、学習指導要領ができてからやることが建前ならば、いろいろ問題があるんだから、君あわてて道徳教育なんかを手引きでやらせなくてもいいじゃないか、こういうようにあなたが注意をすべきなのです。その注意をあなたがなさらないということは、あなたが教育課程について全く知ろうともしないし、その御知識がないからじゃないかと私は失礼ながら思うのです。私はここを聞いておるわけなのです。国会開会中は一応の理由になります。それならばなぜそういったどろなわ式のことを——三月十五日に答申があった。四月まであと十五日しかないでしょう。そこで手引書というようなえたいの知れないものを出して、どんなに手引書の中がりっぱであっても、手引書でやるとは書いてない。今日の法律では学習指導要領でやるということになっておる。そういう抜け穴を探してやられるということは矛盾ではないか。ゆっくりやったのだと言いながら、今度松永文部大臣になるとどろなわでやるのだ。灘尾さんは冷静にゆっくりやったという形になっておる。実際はどうか知りませんが、二月から九月まで休んでおるわけですからね。この点重ねて文部大臣の所見を伺っておきたい。
○松永国務大臣 学習指導要領は、なるほどこの八月にでき上ることになっております。しかし教育課程の基本方針は、学習指導要領とはまた別なんです。私はそう聞いておる。しかも道徳教育はすでにやっておるのです。あなた御承知の通り今日まで社会科の中でちゃんと教えております。社会科ばかりではない、全科目のうちでやっておるのです。そのやっておるのを、これではまだもの足らないから、一ぺんホーム・ルームの時間のうちでもう一つ掘り下げてりっぱな人聞を作り上げるために指導しようじゃないか、こういうねらいから始まったことなんです。でありますから、ちっともこれは矛盾もしておらないし、また新聞が非難しておるとおっしゃるけれども、私のところに手紙がたくさんきましてね、それはもういいことをやってくれた、この際こそ道徳教育を強化してくれなければ困る、あっちでも集団どろぼうを学生あたりがやったとか、こっちでは先生をぶんなぐるとか、こういうことが続出しておる今日、一日も早く善は急いでやってくれ、非常にありがたいという手紙がたくさんきておりますし、新聞でも非常によかったと言ってくれておる新聞もあります。ですからことごとく全部の新聞が私を袋だたきしておるとは私は考えておりません。
○野原委員 それではただいまの御答弁はあとで触れることにしまして、これは文部大臣と初等中等局長にお尋ねいたしますが、三月十五日の審議会の答申事項と文部大臣が考えておられる諮問事項、これはどの点が違っておりますか。ここは違っておるという点があれば一つ示してもらいたい。
○内藤政府委員 先ほど申しました幾つかの基本原則につきましては、審議会は文部省の方針を了とされまして、具体的に各教科についての改訂方針を進められたわけでございます。
○野原委員 もう基本的な事項については完全に統一した。そういうことが文部大臣、あり得ますか。今度はあり得たのだからあり得ると言えますけれども、一つの諮問機関に諮問をする場合に、一体どの程度の内容のものを出されたか、私はまだその資料を手にしておりませんからわかりませんが、答申はきわめて簡単なものです。拝見してみますと、基本方針は、小学校、中学校、道徳教育、三月十五日の答申は文書にするときわめて簡単なんです。一体文部省に、三十二年の九月十四日に新しい審議会に対して諮問を出しましたときには、どの程度の内容のものを投げ出されたのか、項目だけ出したのですか、それとも小学校、中学校、一つの原案を出して、これについて審議してもらいたい、こういったのか、これはいかがですか。
○内藤政府委員 審議会の冒頭に文部大臣から今後の教育課程改訂の基本方針をお述べいただき、また私からやや詳細に補足説明をいたしました。これは後ほど資料として御提出いたします。そのあとは審議会が独自な見地から、先ほど申しましたように小学校、中学校各二十一回おやりになりまして、それぞれ基本的方針と各教科に対する具体的な方針をおきめになったわけでございます。これについて文部省から特別干渉がましいことはいたしておりません、前金の審議資料も差し上げまして御審議を願ったわけです。
○野原委員 この審議会が開かれますと、文部省からどなたか御出席になると思いますが、審議会は審議会だけで秘密会ということによって会議を進めていかれるのですか。それとも文部省からどなたかその担当の者がこの審議会には必ず顔を出すことになっているのですか、いかがですか。
○内藤政府委員 この審議会は先ほどから申しますように、文部大臣の諮問機関でございますが、別に事務局は持っておりません。従って、文部省から小学校については初等教育課長以下係の者が、また中学校については中等教育課長以下係の者が出て、いろいろと議事の整理その他はいたしております。
○野原委員 そのときに出席をされて、それは単なる議事の整理だ、こうおっしゃいますけれども、視学官というのか何というのか知りませんが、その係官が出て、議事の整理をされつついろいろ話をして、そういうところで審議会の自主性というものが多分にゆがめられていくような考え方も実は持たれるわけです。不思議なことに、松永文部大臣のこの審議会に対する訓辞というのかお話と、それから内藤初等中等教育局長の見解を今私ここに手に持っておりますが、その考え方がそのまま出ているんだね、これが実に不可思議千万でならぬのです。そのまま出ておる。どこも変っておらぬのです。この点は不思議にも軌を一にしたとあなた方は言いのがれをなさるかもしれませんけれども、これは私どもに言わせれば、この審議会は自主性がない。私は何も日高さんを誹謗しようとは考えておりません。朝日新聞に日高さんが投稿をされていろいろ弁解をされておられます。私が自主性がないのではなかろうかという疑問を持つのは、実はもっともっと深い根拠があるのです。これは文部省と初等中等教育局のおめがねにかなった審議会の委員諸君が合作をした。文部省案ということでやると、法制的にはこの種のものは教育課程審議会にかけなければならぬとあるものですから、教育課程審議会に新しい、ほんとうに進歩的な教育学者を入れたらこんなものは通りはしない。東京大学の教育学部の教授を入れたら通りやしない。あなたは総括的な教育学者というけれども、今日文部大臣が直轄される最高権威——これは東京大学の教育学部なんかは、教育学においては最高権威だろうと思う。そこからだれも入っておらぬじゃないですか。(坂田委員「そうは思わないよ。」と呼ぶ)坂田君は出身校だから黙っていらっしゃい。これにはだれも入っておらぬじゃないですか。御都合の悪い委員はおっぽり出して、そうして文部省と合作をされておるということはのがれられないと思うのです。のがれられるならば、あとで文部大臣からそういうことはないという御答弁があれば伺っても差しつかえありません。 そこで私お聞きしますが、昨年の九月二十八日に実は第二回審議会総会が開かれて、その第二回審議会総会で二つのことがきめられておる。その一つは何かというと、昭和三十二年二月まで続いてきた審議会の審議内容については触れない。つまり御都合の悪い審議委員の作った審議内容についてはもう触れないということが一つ。もう一つの取りきめは何かというと、結論を本年の三月までに答申する。私は審議会がこれから審議をしようかというのに、いつまでなんというようなくぎを打つということは、おかしな審議会もあったものだと思うのです。この二つのことをきめられたということは事実なのか、これに対する御所見を承わっておきたい。
○内藤政府委員 私実は野原委員の御指摘のようにこの審議会に出ておりません。そういう誤解もあるかと思いますので、出ておりませんから今ここで正確なお答えができるかどうかわかりませんけれども、あとでその点はお調べしますけれども、ただ私今お聞きしたときにちょっと感じましたのは、前回の審議内容は審議しないのだ、こういうことじゃなかったと思います。それは前回の審議を十分肯定して、さらにそれを発展させるという意味に私は解しておりました。ですから同じような議論をここでむし返さない、こういうふうに私は了解しておりました。それから本年三月までに審議してほしい、これは私どもは希望意見としては申し上げました。しかし審議会が三月までに結論を出すということをきめたとは私思っておりません。文部省の御希望はわかった。しかし審議会はどうなるか、それは審議会独自でおきめになるから文部省の注文通りになるかどうかわかりません。私どもは行政をしておりますので、行政というものが一つのルートに乗って動かなければならぬ。かりにこれが三月までにできるといたしましても指導要領が八月まではかかるという見込みで、それからそれによって教科書が出るのが小学校は三十六年、中学校は三十七年ということになりますので、大体将来のスケジュールを立てるのが私どもとしては当然のあり方だと思うのであります。ですから希望を申し上げたわけでございまして、その希望について、審議会は、私の聞いている範囲では、必ずしもそれに沿えるかどうかわからない、しかし努力はするというようにおっしゃったように聞いております。
○野原委員 昭和三十二年二月まで続いてきた審議会の審議内容には触れないということは、あなたは調査してみなければわからぬけれども、むし返さないことだろう、まあだろうとこう言う。それじゃこの点にしぼってお尋ねいたしておきますが、まあむし返さないことだろうということをかりに肯定するとして、その審議会の審議事項と、今度答申された事項とはどの点において違いがありますか、これは同じですか、これをお聞しておきます。
○内藤政府委員 先ほどから私が申し上げているように、前回の審議はいろいろの問題点を整理したのだ。ですから、こういう問題がある、こういう問題があるという問題点を整理いたしたものを審議会にもお配りしてあります。ですから前回の審議はこういうことであった、その審議に基きまして新しく審議会は検討を続けられたわけですから、前回については別に結論というものは出ておりません。
○野原委員 だから問題点を出された人々を締め出して問題点を整理するということはおかしいじゃないか。前回の審議会では国語、算数の問題点を出しておったんです。だからその問題点は出しておった人で整理するというのならば私はわかるのだが、問題点を出した人は今度はおっぽり出して、御都合が悪いというのでおっぽり出して十何名という人をすっかり入れかえて、そうして整理をするということは、これは明らかに御都合主義の審議会の委員の任命ではなかろうかと思う。文部大臣どう思いますか。
○松永国務大臣 これはどうでしょうか、前の人ばかりが、同一の人が集まってそうしててんやわんや議論が盛んに行われておった。その人々を全部集めて、元の通りでやらなければならぬというような理屈もありません。ですから大体半分をかえて、そして今度新たな構想のもとに出発するということも、私は必ずしも悪いことじゃないと思う。国会だって解散されますと、新しい人が相当入ってきて、新しい知識を注入して善処するということもこれはもう常識です。ですから新しい人が入って、——全部じゃありませんが、新しい人が入ってきて審議を続けていくということも、私は悪いことじゃないと思う。あなたは合作だとおっしゃる。合作には違いない、全部の審議会で結論を出したのですから合作には違いありませんが、その合作は文部省の指示によるとか教唆によるということは絶対にないのです。やはり審議会が自主性を持った審議の結論を得たわけです。その点は一つ御了承おきを願いたいと思います。
○野原委員 大臣誤解しては困るのです。私は委員がかわることが悪いと頭から言っておるのではない。国会の場合には解散、選挙、選挙という基準でやるのです。あなたも私もこれはいずれはやらにゃならぬ。これはしかし国民がやるのだから文句ないのですよ。ところが委員任命というのは、あなたが任命する。だからこれには選挙という基準がない。私は頭からかわるのが悪いとは言っていない。任命するについては、何かそこに客観的な、公正な、ほんとうに国民の教育課程についての、これは国民の良識ある人々の意見を聞きたいというので審議会を作っておるわけですから、何かそこに客観的な基準というものがあるはずです。だから松永さんは、これはたくさん審議会を持っておられるのだが、委員をあなたはどういう基準に照らして任命をされておりますか、これをお聞きしておきましょう。
○松永国務大臣 御指摘になりましたその任命は、たしか八月の、私が文部大臣になってからまだ間もないことでした。しかしその任命の基準は、やはりこうした審議会の委員になるような人は、十目の見るところ十手の指さすところ、相当な人物であるというエキスパートを選んで、そうして任命したと記憶いたしております。
○野原委員 局長は、三月までに答申をしてもらいたいと要望したということですが、しかしどう考えても、この半年で答申をしろ。——なるほど問題点は前に出ておる、整理したのだから簡単である、こういうわけですけれども、こういったような一つの結論というものを前もって考えておいて、そうして時間を制限して答申をしろ、こういうやり方は、審議会のあり方としていかがなものかと私は思う。審議会をあまりにもばかにしておるではないか。聞くところによれば、審議委員の諸君は非常に憤激したそうです。ばかにするな、こう言ったのだけれども、あなたのおめがねにかなった審議委員さんだけあって、結局答申をしておる。僕は審議委員になったらしない。これはそういった半年間で無理やりに結論を出せというような、この答申を強制するというようなことは、審議会無視だと思う。審議会のあり方を考えて、これは非常に問題があると思う。これは文部大臣の御見解を承わっておきたい。
○松永国務大臣 これは、いつのいっかまでにぜひ結論を出せというふうに命令したわけでもなければ、示唆したわけでもなく、あくまでも審議委員が自主性を持って審議したわけです。しかしながら希望だけは申し上げておきませんと、二年かかってもよろしい、三年かかってもよろしいというようなことで、だらだらやられては、せっかくの課程の審議について時期を逸するおそれがありますので、それでいっかごろまでに、何月ごろまでに何とか審議しもらいたいということを出すことは、これは常識的に当然なことだと考えております。
○野原委員 私が申し上げたいのは、教育課程の審議答申を出すに当っては、それは今までに持たれた審議会の成果を参考にすることが一つ。もう一つは、やはり教育学界の意見というものも十分聞いて答申をしなければならぬ、あるいはまた現場の先生方が、教育課程については相当研究を深めておるのです。現場の意見というものもあるわけです。だからこういうものを十分に実は尊重しながら、研究しながら答申をすべきではないかという注意を、これはむしろ促すことが文部省としては当然のことなんです。そういうことはここから先も言うておらぬ。それで三月までに出してくれ、そうしてあなたと内藤局長が訓示なるものをやって、そうしてその訓示通りの答申がここへ出てくる。三月までに出せという、これはどう考えても押しつけですよ。これは審議会は自主性を持って、押しつけられてやったんじゃないと言ったけれども、こういったやはり動き方自体に問題がある。審議会は自主性を持っておったかもしれません。しかしながら三月までにやれというような、教育課程という大きな問題は、簡単にどっかの町にスポーツの運動場を作るということについての諮問と違うのですよ。これは教育学から心理学から、それから新しい教育のあり方から、いろいろ問題があるのです。論議されておるわけなんだ。だから、そういうものを半年でやれなんというむちゃなことをされておるということは、私は納得できません。これは何といっても押しつけであります。 そこで次にお尋ねをいたしまするが、この通達を見てみますと、道徳教育特設時間の通達によりますと、時間を特設して道徳教育をやるということです。これは文部大臣は非常にほめられておるのだ、たくさんの手紙がきておるということであります。なお私はここで付言いたしておきますが、私どもは道徳教育に反対するものでも何でもありません。教育に道徳が必要であることは当然なことなんだ。ただ道徳教育のやり方ということについては考えなければならぬという意見を私どもは持っておる。つまり、昔の修身科の復活というような行き方、昔は国体明徴だ、やれ思想善導だということで、民主主義的な人々があるいは良識のある人々が、非常な弾圧を受けて投獄されて、日本があの軍閥の横暴というような形になって、戦争という方向に持っていかれたというのは御承知の通りです。そういった二の舞をやってはいけないから、そういう方向に小、中学校の道徳教育が悪用されるということがあってはならぬから、私どもはいろいろ意見を出しておるのです。だから、何だか僕がこう言うと、野原は、社会党は道徳教育はどうでもいいのか、とんでもないことなんだ、そういうことはありません。そこで私がお尋ねしたいことは、時間を特設して道徳教育をするということでございますが、これはどういうわけで新しい教科目にしなかったのでございますか。時間を特設して道徳教育をやる、こういうならば、思い切って道徳科というのか、倫理科というのか、修身科というのか、何か知りませんが、人間科というのか人道科というのか、何か一つの新しい教科目を作ってやることがいいじゃないか、やることがむしろ松永文部大臣のほめられたことにもぴったりするのじゃないか。文部大臣にお聞きします。どういうわけであなたはそれを独立科目にしなかったのです。それはどういうわけです。
○松永国務大臣 独立科目に今すぐしますと、昔の修身科の復活なんて、いうふうに考える人もまたあるかもしれません。しかしそれはどう考えてもようございますよ。ようございますけれども、しかしそんな独立の科目とせぬでも、社会科の中でも今日までもやってきておった。そうしてさらに全科目の中で道徳教育はやはり指導してきている。しかしそれでは物足らぬから、さっきもお話しした通り、特設の時間をさいて、そうして一つみっちり指導しよう、そうすることがよりよきりっぱな子供を育て上げ得る、りっぱな人間を作り上げ得る、こういう見通しのもとにやったわけなので、しこうしてそれを独立の科目としてやらないのはどういうわけかということは、学習指導要領が間に合いません。学習指導要領が八月になる。そこで八月になったならば、それまでのうちみっちり研究して、そうして特別の教科にするようにせんければいくまいというふうに私は考えております。
○野原委員 非常にはっきりして参ったので、内藤局長にお聞きしますが、八月に学習指導要領ができるから、学習指導要領ができたら、この道徳の特設時間なるものは独立の科目にする、こういう方針を文部省は明確にとっておるのですか。
○内藤政府委員 大体今大臣からお答えがございましたように、今の実態を見、また指導要領の作成を待って、その上で特別の教科にいたしたいと考えております。
○野原委員 そうなると、この道徳教育についての特設時間というものはきわめて暫定的なものである、どういう独立科目になさいますかね。
○内藤政府委員 現在の学校教育法施行規則では、今のところ、小学校では教科以外の活動という時間があるわけです。中学校では特別教育活動という時間があります。この中で現在も生活指導でやっているわけです。その生活指導の時間を道徳の時間に充てるわけであります。これはやらないところもありますから、全国にやるように指導申し上げたわけでございます。将来今の学習指導要領ができた暁には、これは国語、算数、社会と並んで、従来の意味の教科とは違いますけれども、特別の教科と考えたい。従来の意味の教科と違うという意味は、従来の意味は、教科は原則として教科書を用いております。しかし道徳教育につきましてはあまり教科書に偏在しない方がいいんではなかろうか。むしろ教材の範囲を広く取りたい。というのは先生のお話もあるでしょうし、またいろいろ有益な読みものもあると思います。伝記や、あるいは文芸作品その他いろいろあると思いますので、そういう読みものの利用とか映画とかラジオあるいはテレビあるいはスライド、紙芝というような視聴覚の教材を使って、さらに学習効果を上げ、子供の心情を育てていく、こういうことも考えられるでしょう。あるいは日常のできごと、新聞とかあるいはラジオの放送等を通じて、いろいろと日常のできごとを話し合うとか、あるいは子供たちの作業なり研究の成果、こういうものを中心に話し合っていくということを考えてみますと、私どもはむしろ教科書を使わない方がいいんではなかろうかという点が一つ。それからもう一つは、教員の免許状でございますが、これも教師たるものは人格の完成を目ざして教育するのが建前でございますので、むしろ道徳教育の専門の先生よりは、平素から子供の能力なり、しつけなり、態度なり、子供の生活そのものを非常によく知っている担任の先生にやっていただいた方がよろしいのではなかろうか、これが第二点。それから普通の教科ですと評価を行うのですが、たとえば五、四、三、二、一とか良、可とか、こういう評価をしない方がいいんではなかろうか。むしろ子供の生活記録と申しますか、行動記録と申しますか、どういう点に欠点がある、どういう点が非常に長所である、こういうような長所と短所を明らかにして、そして短所を矯正して長所を伸ばすような指導をして参りたい、かような点から従来の教科とは違った特別の教科にいたしたい、かように考えておるのでございます。
○野原委員 あなたがただいま御答弁になったことは、つまり道徳教育についての特設時間についての御答弁ではなくて、将来これが独立した場合にもなおその方針で文部省はいくつもりだ、こういうことでございますか。これは間違いがあってはいけませんからお聞きしておるのです。
○内藤政府委員 さようでございます。
○野原委員 それでは内藤さんに重ねてお聞きしておきますが、一体教科とはいかなるものか、教科というのはどういうことなんですか。教科というものをあなたはどう定義づけてお考えになっておられるか、お聞きしておきます。
○内藤政府委員 これは学校教育法の十八条なり、中学校の場合は三十六条でございますが、その目的を達成するためにどういう区分をしたらいいか、その区分の仕方が教科になる。これは一つの系統的な学習活動でございます。
○野原委員 形式的には法律にうたわれておりますね。学校教育法の施行規則の二十四条にあるわけです。算数とか、国語とかいうのは出ておる。だから形式的にいえば、法が規定しておるわけですけれども、実質的に教科という場合には、その評価をつけないということだけではないでしよう。評価がないから教科でないということは言えないでしよう。教科書がないから教科でないということも言えないでしよう。ですから実質的に教科と私どもが言う場合には、やはり一定の時間がそこに特設をされて、その時間にまとまった教育をする。そうすると今度の場合はやはり時間が特設されているわけです。あなたは生活指導と言いますけれども、あなたの方の手引きを拝見してみますと、この手引きによればちゃんとまとまったことをやることになっている。これによると、小学校におきましては文部大臣の御承知のように、指導方法から指導案等までずっと出ておるわけです。「生命を尊び、健康を増進し、安全の保持に努める。」云々『「日常生活の基本的行動様式」に関するおもな指導内容』、『「道徳的心情、道徳的判断」に関するおもな指導内容』、『「個性の伸長、創造的な生活態度」に関するおもな指導内容』、前もって教える事柄を予想しておるわけなんです。生活指導と私どもが今日まで新しい教育で言ってきたときには、一定の教える事柄というものは前もっては知られていない。違うのです。だから一つの特設時間が設けられて、教える事柄がその時間内にやるのだ、これだけのことを教えるのだということは教科でないですか。これは法律の上では教科にはなっていないのだ、実質的には教科ではないか、どう考えますか。
○内藤政府委員 私も先ほどから特別の教科だと申し上げておる。教科でないということは一度も申してないつもでございます。
○野原委員 それでは今度教科にしなかったというのは、学習指導要領と、それから法的ないわゆるいろいろな整備、この二つがかかって今度の場合は教科にしなかったのか、重ねてお聞きしておきます。
○内藤政府委員 さようでございます。それから先ほどちょっとお尋ねがありましたように、従来でも私は生活指導はそう場当りにやっておるとは思いません。やはりある程度計画的にやっておるわけです。特に東京都とか、あるいは静岡その他の府県でも、道徳教育に類する生活指導をやっております。これもやはりある程度計画的にやっております。と申しますのは、教師の側に計画性がないと、場当りな生活指導というものは教育的ではないと思う。ですからある程度の計画性はみな持ってやっておるわけです。
○野原委員 教育課程と私どもが言う場合に、たとえば道徳教育をする場合においても、主体は教師と学校にあると思うのです。文部省では学習指導要領、学習指導要領と申しますけれども、学習指導要領というものは、学校の先生と学校の参考資料なんです。主体は教師と学校にある。こういうように考えてみますと、一体手引書とはいかなるものですか、手引書というのはどういうものなんですか。私は手引書なるものを初めて聞いてびっくりしているんですが、手引書とは何ぞや、お尋ねします。
○内藤政府委員 教育課程編成の基準になるものでございます。
○野原委員 教育課程編成の基準になるもの。学習指導要領と手引書というのはどう違うのです。
○内藤政府委員 これは形式の問題でございますが、学習指導要領という形式をとれば、これは先ほどから御指摘のように教科とぴたっと合うわけです。しかしながら先ほど来申し上げておりますように、まだ学習指導要領の形態はとっておりませんので、暫定的に手引書の形態をとったわけでございます。
○野原委員 これは学習指導要領と実質的には同じものであるのかということです。
○内藤政府委員 学習指導要領と中心的な部面は同じものでございます。
○野原委員 手引書という名前はどこから持ってきたのですか。あなたが勝手につけたのですか。文部省が勝手につけたのですか。こんなものはどこにもない。準学習指導要領とでもしたらいいじゃないですか。
○内藤政府委員 これは名前の問題ですから、私はそうこだわる必要はないと思うのですが、学習指導要領という形式をもって公布しておりません。ですがいずれもこれは文部大臣の行政権によることでございますので、手引書でもいいし、実施要領でもいいと思っております。
○野原委員 四月から特設時間を設けて道徳教育をやってもらいたいという通達を出しておるわけであります。この通達というものを実施しない教育委員会、学校長があっても差しつかえなかろうと思いますが、大臣どう考えますか。
○松永国務大臣 大体手引書といいますか、名前は何といいますか、そうした通達をしました。その通達に各学校とも従ってくれるものだと私は考えております。しかしそれは従わなかったからといったって、何も強制することができるものじゃない、従わなかったから刑罰を付するとか何とかということはありませんが、大体従ってくれるんじゃないかというふうな考え方を持っております。
○野原委員 これは明らかに法律的にもはっきりしておりますように、また文部大臣も、過日予算委員会でわが党の門司君が質問をしたときに、通達というものが法的に何ら強制力はない、こういうことをお認めなのであります。従ってまあ通達を出したというのは、文部省の願望である、こう考えます。そこで問題は、私が先ほど申し上げましたように、学習指導要領といえども、これは教師並びに学校の参考資料なんだ、いわんや手引書においておやです。しかも通達というものには強制力がないのであります。だから一体こういった教育課程というものは、学校の先生方が御自身で考えていくということが新しい教育の建前でもあるわけです。従来文部省はそういう方針で今日まで指導されてきておったはずなんだ。ところが今度通達というものを出して、何でも文部省の考え方が実施されないと教育長を呼び出す、あるいは学校長に注意をする、こういうようなことは、よもあってはならない。これは法的に拘束力はないのでありますから、間違いはなかろうと思いますが、この点については文部大臣の御所見を重ねて承わっておきます。
○松永国務大臣 この点は繰り返して申し上げておる通り、強制力があるのでもなければ、また強制しようとも思いません。従って文部省といたしましては、法令に従って善処していくというのみでございます。
○野原委員 この手引書というのは学習指導要領に準ずるものでございますから、内藤さん、あなたの諮問機関である教材等調査研究会か何かありましたね、それにみなかけたものですか、お尋ねします。
○内藤政府委員 この道徳教育の実施要領につきましては、道徳教育に関する教材等調査研究会で三十数会に及んで慎重に審議を重ねたものでございます。
○野原委員 これは教材等調査研究会に諮問したものでなければこの種のものができないということは、私も知っておるし、そうでなければならぬわけです。ところがそうでないものを流しておりますね。流しておったら大へんなことになります。流しておりませんか。一体この手引書の中にそうでないものはありませんか、こう言っておる。
○内藤政府委員 教材等調査研究会で十分検討していただいたものでございます。
○野原委員 それではお聞きしますが、この中学校の手引書の五「指導計画と展開」これは1、2、3と分れております。3の指導計画例というものがありますが、この指導計画例というものは「東京都教育委員会の作成にかかわるものであるが、学校が「道徳」の時間の指導計画を作成するにあたり、参考となると考えられるので、ここに示すこととした。」これもここに示すように教材等調査研究会が承諾をしたものですか、お聞きします。
○内藤政府委員 これは東京都の分については教材等調査研究会はタッチしておりません。これは文部省の指導通達で、これは参考になるから御参考にして下さい、こういう意味です。
○野原委員 それでは文部大臣にお聞きしますが、今初等中等教育局長に言ったように、これは手引書として流しておるものの中の一節なんです。手引書というものは、これは法律の上から考えて教材等調査研究会の手を経なければならぬことになっておる。ところがこれはかつて教材等調査研究会がタッチしてないものを流しておるのです。これは即刻取り消すべきものだと私は思う。これはどうですか、文部大臣の所見を聞いておきたい。
○松永国務大臣 御指摘になったのは、「指導計画と展開」という、この文部広報のうちに書いてあるものの最後の3の指導計画例で、「別掲の指導計画例は、東京都教育委員会の作成にかかわるものであるが、学校が「道徳」の時間の指導計画を作成するにあたり、参考となると考えられるので、ここに示す」としてある。これはちっとも差しつかえないと思う。こんなことまで一々教材等調査研究会に諮って、そうしてまた忙しい人の時間をつぶして相談せぬでも私はいいのじゃなかろうかと思う。これくらいのことをつけ加えることは、読んで字のごとく決して不思議でもなければ何でもない、このくらいのことはできるのじゃないかと思います。
○野原委員 失礼な言い方をしますが、あなたはこのことをお知りにならないから簡単に片づけられる悪いくせがある。それじゃ文部大臣の答弁を要求しますが、何のために教材等調査研究会というのはあるのか。
○松永国務大臣 これは申すまでもなく、要するに教育の趣旨とか、目的、指導内容、指導方法、こういう点についての研究をわずらわす必要がある。従ってその研究会においてそうした研究をする。しかし御指摘にありました指導計画例にちょっと書いてあることは、これは何も内容をなすものでもなければ、趣旨でもなければ、目標でもありません。指導方法でもありません。ですからこれは文部省としては当然のことだと思う。何も悪いことでもなければ、誤まった指導をしたわけでもない、こういうふうに考えます。
○野原委員 大臣、一つこの文部広報を拝見しながらゆっくりあなたに聞いていただきたいと思うのだが、五の「指導計画と展開」これは教材等調査研究会にかかっておるのです。かからなければ出せないものなんです。ところが、その「指導計画と展開」が1、2、3と分れておるが、これは内藤初中局長にお尋ねしておきますが、指導計画例については小学校の場合はかかっておりますね。それを中学校の場合は、東京都教育委員会案を文部省が勝手にくっつけているのだが、これを受け取るところの者は、教材等調査研究会がタッチしたものと受け取るのですよ。だから問題があろうとあるまいと、形式的にやはり教材等調査研究会の手を経なければならぬものは手を経るべきだ。勝手に手を経ないで抜かして、自分の御都合のいいところだけは、それは参考だがらかまわぬだろうという。これはそもそも参考というなら、手引き全体が参考なんです。参考と書いてあるから参考なのじゃない。これは元来が参考なんだ。参考だが、この種のものは教材等調査研究会の手を経なければ出せないことになっているはずなんだ。それはどうなんです。
○内藤政府委員 それは私はおかしな話だと思います。教材等調査研究会にかけなければ出せないのじゃなくて、これはもともと文部大臣の権限の事項なんです。これは先ほどの教科の内容につきましても、あるいは教科の方法につきましても、指導要領にしても、文部大臣の権限でございます。ただ、文部大臣がいろいろと教育関係者の意見も聞く必要がある、そういう意味でお聞きするわけで、これを全部かけなければ出せないなどという性質のものじゃございません。
○野原委員 なぜここだけ調査研究会に諮問しなかったか。ほかのところはみな諮問して答申をとっておいて、ここだけはなぜ諮問しなかったか。
○内藤政府委員 教材等調査研究会というのは、先ほどから申しましたように、これは特別に設置法に認められた普通の教科課程審議会のようなものではございません。私どもの事務的に御相談する相手でございます。ですから事務的に御相談する範囲はおのずから違う場合もあるかと思う。特にその趣旨なり目標なり内容なり方法については、これは基本的なものでございますから、私どもは十分御相談したいと思うのですが、それ以外のことは必要があれば相談するし、必要がなければしないこともあります。
○野原委員 御都合のいいときには諮問機関を引っぱり出して、御都合が悪いと諮問機間はどうでもいいんだ、こっちの権限だ、こういう悪いくせがえてして官庁にある。権限を持っておる官庁というのは、よくそういうことを言いたがる。私が、諮問してこれを検討したのかと聞いたら、あなたはうんと言った。ところがこの指導例をあげたら、これだけは別だ。だから私は前もって念を押しておる。これはどこか諮問してないところはないかね、こう言ったら、ありませんと言う。私が指摘しなければありませんで通すつもりで、僕が指摘したら、今度は、そこは文部大臣の権限であります。——この種のものが文部大臣の権限でできないとはだれも言わないのです。できるから、この権限の行使に当っては、たとい事務的なものであろうとも、初等中等教育局長は、学習指導要領のようなものを出す場合に、教材等調査研究会に諮問しなければならぬことになっておる。何のために教材等調査研究会を置いておるか。ある以上は諮問しなければならぬじゃないか。教材等調査研究会というのは、こういうことをやるところでしよう。たとい事務的なものであろうとも、やるところなんだ。この中学校の指導例だけ省く、あとは文部大臣の権限だがら諮問機関に通して、ここだけ省く。こういうやり方というものが、私は実はずさんだというのです。みんな省くなら省いたらいい。ところが、諮問するものは諮問して、都合の悪いところだけはぽっと出す。これは教材等調査研究会にかける余裕がなかったとか、こういう点については準備不足でかけられなかったんだ、流すときになってから必要を感じたので、参考として流したんだ、事実はこうだらうと思う。いかがです。
○内藤政府委員 何か一から十まで、全部教材等調査研究会にかけなければ出せないというほど、文部省は無力でもないと思うのです。文部省は全国の教育に対する指導、助言をする機関でもございますので、必要な範囲については、私どもだけの知識では不十分な場合に、私どもは教育の現場の専門家なり、あるいは教育学者の御意見なり十分伺うわけであります。この小学校の方と中学校の方は、展開例はちょっと違うのです。小学校の方は、サンプルでこういう例をあげたのです。中学校の方は、もう少し系統的な一貫性を持ったものを出しておる。そこで、これは東京都の教育委員会のものを御参考にして下さい、こういう趣旨でございます。私どもがあまりこまかくきめてしまいますと、それこそかえって現場の教育の自由を拘束するおそれがあると思います。基本的なものは、私どもは基準として守っていただきたい。たとえば趣旨なり、目標なり、内容なり、指導方法等については、これは基本的なものであります。しかし、展開例というのは、具体的にどうやるかということです。むしろこれは現場の先生方が御苦労されるべきことで、参考までに示しただけであります。
○野原委員 文部大臣にお尋ねしますが、文部大臣の諮問機関は幾つありまか。文部大臣でございますから、あなたの諮問機関の数くらいは知っていらっしゃると思う。いかがですか。
○松永国務大臣 何せ相当数がありますので、宙には覚えておりません。たしか十八か十九あると思います。
○野原委員 相当数があるということ、これは諮問機関のあり方の問題で私は文部大臣でありませんが、文教委員でございますから、文部大臣なら知っているだろうと思って、実はお尋ねしたのです。これはずいぶんあるでしようね。相当たくさんじゃ困るのですがね。これはまた、相当たくさんあるとすれば、幾つあるのか。これは一体活動したのか眠っておるのか。それからこれはどうなっておるのかね。これは大臣が御答弁できないということであれば、内藤局長でけっこうです。
○内藤政府委員 文部省に置かれております審議会は、文部省設置法二十七条によって、十八置いております。しかし、ただいまの教材等調査研究会というのは、これはごく事務的に、文部省の相談的の意味であってこの審議会には関係ございません。
○野原委員 私は教材等調査研究会を今聞いているのじゃない。いらぬことは答弁しないでいい。文部大臣の諮問機関は幾つあるかということを聞いておる。十八ということだが、十九じゃないのか。間違ったことを答弁しちゃいかぬね。十九だ。まあ一つぐらいはそれは間違いもあるでしょうから、あとで訂正されてけっこうでございますが、審議会は十九もある。中央教育審議会、文化功労者選考審査会、宗教法人審議会、教育課程審議会、保健体育審議会、測地学審議会、社会教育審議会、数えたら十九あるのですよ。文部大臣、十九あるのですが、この委員は一体どういう基準で任命されておるのか、委員任命のやり方というのはどうなっておりますか。
○齋藤(正)政府委員 設置法関係のことでございますので、私からお答え申し上げます。中央教育審議会とか各種の委員会がございますけれども、その委員は学識経験者その他、法律にそれぞれの規定がございまして、特別の選考方法というようなものは法定されてないのでございますから、任命権者としての大臣が、学識経験者として適任の方を選任するわけでございます。
○野原委員 それは文部大臣のお好みによって委員が任命されるものと解して、差しつかえありませんか。
○松永国務大臣 これはお好みどころじゃない。私が会ったこともないような委員が任命されるのです。しかし、会おうが会うまいが、やはり一般にりっぱな学者と認められ、りっぱな専門家と認められておる人は、これは任命して、そうして教育のために働いてもらうのが当然だというふうな考え方から任命いたしておる。従って、お好みとか酔狂でとかいうようなことは、絶対にありません。
○野原委員 この点は、私は文部大臣に指摘したいことがたくさんあります。あなたも、あなたの諮問機関でございますから、たとえば中央教育審議会の委員は、どういう経歴であり、どういう人が、十九の諮問機関について調査をしておいて下さい。私も調査をいたします。私は重大なことを指摘したいことがあるので、これは時間もないから、日を改めます。 そこで内藤局長に最後に聞いておきたいことは、あなたの局に諮問機関があるのですが、幾つあるか。
○内藤政府委員 私の方で、局に専属しておるのは教育課程審議会、それから中央産業教育審議会、学校図書館審議会、理科教育審議会、それから教科用図書検定調査審議会。私の方が関連を持っておりますのが、保健体育審議会でございます。
○野原委員 文部大臣の諮問機関としての審議会が、あなたの方に所属しておるのはそれらのものだろうと思う。ところが、そういう僣越きわまるものを聞いておるのじゃない。内藤初中局長の事務的、といってもいいかもわからぬが、諮問機関、あなたのところだけで設置されておるところの諮問的機関があるはずです。幾つありますか。
○内藤政府委員 この設置法に載っていないような調査会と申しますか、研究会と申しますか、そういうようなものは、私の局では教材等調査研究会というのが一つございます。
○野原委員 たった一つですか。一つじゃないでしょう。これは委員長もよくおわかりいただけるように、いかに諮問機関を軽視しているかという証拠がここでわかった。なるほど文部省設置法によれば、それははっきり書いてあるのだから、ばかでもわかる。しかしながら事実上置かれておるところの協議会というものがあるじゃないか。職業教育教科書編集協議会、これはあなたのところじゃないのですか。
○内藤政府委員 それは教材等の一部でございます。
○野原委員 私は一部であってもあなたの局の所管するものを聞いておるのです。教材等調査研究会というのはあなたの所管でしょう。
○内藤政府委員 それが全部いろいろに分れているのです。というのは、道徳教育とか国語教育とか社会、算数、職業教育とか、こういうふうに全部分れておりますので、総称して教材等調査研究会と申しておるのです。
○野原委員 それではあなたに聞くが、あん摩師はり師きゅう師養成学校認定協議会というのはどこか。これはあなたのところですか。
○内藤政府委員 これは私の方の所管でございます。
○野原委員 そうなってくるとまだある。きょう帰ったらよく考えなさい。これがいかに協議会というものを軽視しておるか。どんどん作っておる。この紙に書いてあるだけでも紙に一ぱいなんです。文部省というのはどうも諮問機関が多いところだ。協議会が多いところだ。その協議会というものを果してどれだけ活用するか、所管の人たちの認識がどうも不十分だ。協議会のメンバーはどうして選ばれておるのか。いいかげんにお好みによって選ばれておるような協議会なら、これはつぶした方がいいと私は思います。これは責任というものを国民の前にはっきり出すべきだと思います。諮問機関とかなんとかヴェールをかぶせたものが大学学術局においてもたくさんあります。 私一人で相当時間をとりましたから、いずれこの前の勤務評定につきましては日を改めます。そこで委員長に要望しておくのですが、私はきょうの質問の中で、この教育課程審議会が文部省と合作したものであるかどうかという点についての解明はついに得られていないのであります。それから教育課程審議会の前の審議会のメンバーが、現在の審議会のメンバーにどのようにしてかえられておるかという点についても、私は了解できないのであります。そこでいずれこれは理事会等に諮っていただきたいと思いますが、文部大臣の諮問機関が十九もあるというようなところから考えても、諮問機関のあり方というものについて、文教委員会はもっとメスを入れる必要があると思います。そこで私はこの機会に、教育課程審議会の前の委員並びに現在の委員の適当な者を本委員会に喚問をして、教育課程がどのようにして審議されたか、そういう経過について私は十分に検討をしなければならないと思いますので、これは委員長取り計らっていただきたい。それからこの半年間でこの種の重大な答申がなされたという拙速ぶりというものは、これは今日解明できておりません。そこで拙速であったかなかったかを私どもはもっと突きとめたいと思いますので、これは新聞も拙速だと断定しておりますし、国民の批判も相当高いわけでございますから、この点は突きとめたいと考えます。内藤局長の方でこの教育課程審議会の会議録を出してもらいたい。教育課程審議会が秘密会であって、文教委員会に会議録を出せないというような委員会ではないはずであります。これは会議録をすみやかに出していただきたい。私はこれでまた十分検討したいと思います。
○内藤政府委員 ただいまの教育課程の議事録については、参議院からも同様な御意見が出ましたけれども、これは部内の会議で、発言の自由ということもございますし、またこれは速記を入れておりません。要領筆記のような程度はやっておりますけれども、これはかえって誤解を招くおそれがあるから、教育課程審議会としては、正式に答申した答申案以外には外部に出したくないという決議をいたしておる次第でございますので、この点を御了承願いたいと思います。
○野原委員 前の審議会と現在の審議会との関連等について疑惑があります。前の審議会の意見を十分に尊重されたかということについては、その任命等をめぐって、また七カ月ストツプの問題、九ヵ月ストップの問題等をめぐって疑惑が解消されないのです。だからしてこれは速記をつけておらなければ要約でよろしい。文教委員会に出されないというような諮問機関というものは私はあるべきではないと思います。そういうことを決議するということ自体もってのほかだと私は考えます。文部大臣の諮問機関が文教委員会に会議録を出しては困るという決議をされて、それで一本文部大臣は黙っておるのですか。一体そういうような秘密機関があっていいのか。私はあなたの諮問機関であるから、文部大臣の責任において会議録を出せということを要求しておきます。これはやってもらいたい。それに応じなければ私は国会軽視の重大な問題としてきょう出しますよ。これはぜひやってもらいたい。そういうような決議を諮問機関がやるということは僣越きわまると思います。だからこういう問題もあるから、日高会長その他参考人として来てもらいたい。とんでもないことです。国会の文教委員会にわれわれの会議録を出してはいけないという決議をしたことが事実であるならば、重大な問題であると思います。だから私は、文部大臣はその会議録をこの委員会に出されるように要望いたします。委員長はそのように取り計らってもらいたい。
○山下委員長 ただいまの野原委員の要望に対しましては、後刻理事会等で御相談申し上げまして、できるだけ善処いたしたいと存じます。
○高村委員 議事進行について。実は年度がもう迫っておりまして、来年度初めから実施することが必要な法案が予算との関係でたくさん出ておるわけであります。こういうことは理事会で御相談すべきことですが、実は法案の内容等によって、いろいろ重要な問題もございますから、大いに論議しなければならぬと思いますが、両党間で意見の一致した法案につきましては、なるべく早く審議を進めてもらって、そうして参議院にもやはりある程度審議の期間をお与えするのが当然だと思います。いろいろ重要な問題は、そうした点の審議が終ってから、まだ相当会期もあることですから、十分に審議してもらう、こういうことに一つ各委員の方にも御了解をいだたいて進んでもらいたいと思うわけであります。なおこれは国会としてのやはり一つの責任でもございますし、もちろん私がいろいろな重要な問題の論議をどうしようということではございませんが、今申しましたように会期もあることでありますし、両党の責任でもありますから、ぜひそういうふうに皆さん方の御了解を得たいと思います。
○野原委員 今の高村委員の発言に関連してでありますが、この種の問題は議運の理事会で取り扱う問題で、これはそこで十分御論議を願いたい。私のここで関連して申し上げたいことは、実は先国会以来たくさんの議員立法を出しておるのであります。他の委員会におきましては社会党の議員立法といえども審議をされておるのでありますが、どういうものかこの文教委員会では、提案説明だけをさせて質疑もしない。そうして会期末になると継続審議になるものもあるし、そのまま廃案にされるものもある。こういうことでは議員みずからがおのれの提案権を憲法、国会法で与えられておきながら軽視する結果になるわけであります。だからこの点についても早急に理事会で検討してもらいたい。私は文教委員会くらいひどい委員会はないと思います。議員立法に対する審議権の放棄、これが私には了解できないのであります。だからして、この点も先ほどの高村委員の発言内容とあわせて理事会で取り上げて下さるよう要望しておきます。
○山下委員長 高村君、野原君の御意見ごもっともでございまして、理事会を開きまして、それらに対しましても善処していきたいと存じます。 次に、小林信一君。
○小林(信)委員 あまり時間がないようですから、ここでぜひ聞いておきたい点を二、三散発的に御質問いたしますから御答弁を願います。 まず第一番に、勤務評定と関係のあることなのですが、新しい教育委員会法が実施されて以来、文部省としていろいろ検討されておる点を私実は聞きたいのです。しかしそれを一々お聞きする時間がないので、二、三御質問するのですが、その第一は、昨年の年度末における地方の各府県の人事行政のあり方というものが新しい教育委員会法にのっとって行われたわけですが、これを文部省におきましてはどういうふうに見られておるか。新しい委員会法でうまくできておると考えておるか、あるいはいろいろ問題があったように見ておるか、その点をお聞きしたい。
○内藤政府委員 人事につきましてはいかなる場合でもいろいろ問題が起きますので、この委員会法が改正になってから非常に人事行政が渋滞したとかそういうことは聞いておりません。むしろ今までのように市町村単位でございませんで、全体の県単位でございますから、交流に非常に役立ったということは聞いておりますけれども、具体的に個々の問題については御質問によってお答えいたしたいと思います。
○小林(信)委員 私の県では、やはり具体的に取り上げて言わないと話にならぬわけでありますが、私たちがあの法律を審議する際に非常に心配したことで、いわゆる県教委の委員の推選の問題ですが、これがやはり私たちが心配したように、相当政党的な動き等がありまして、選択に一時は困ったわけなのです。これは市町村においてもしかりですが、県の一つを取り上げればそうであったわけです。しかし知事が教育に理解があったために、具体的に申しますと、四十二人の県会議員のうち、知事の与党の中で、ひもつきの自分たちの推選する者をとらないからということでもって十八人が反対したのですが、しかし与党以外の人たちがこの精神にのっとって知事に協力したわけなのです。そのために与党の中には相当な反対があったけれども、しかし幸いにも知事の推選した者が県会で承認を受けたわけです。そういうような形で出たものですから、私の県の県教委は私は非常に健全な県教委と見ておるわけです。その県教委のいろいろな意見を聞いてみますと、いわゆる三十八条ですか、その「市町村教育委員会の内申をまって、」という、この「まって」が非常に問題になっておるのです。これは県教委に言わせれば、地教委の人たちが県教委と張り合うというようなこと、これは私たちもそのときには主張したわけなのですが、地方教育委員会の存在を確保するために人事権というものを自分たちが確保しなければならない。だからこの「まって」という言葉を解釈して、自分たちの内申したものをもし県教委が異議ある場合には、県教委が直してはいけない。必ず地教委に返して、そして地教委の修正なりあるいは地教委の意見なりによってのみ変え得る。だから県教委というものはただそれを見て検討して、何らこれをあれをということを加えることができないというので、これはどうも私たちは不満であるから再度御検討願いたい、こういうことを繰り返しておるだけなのです。人事問題というものはそう長く時間を費してやることもできず、しかも県教委の一つの意向、私が先ほど申しましたように、健全な教育委員会と私たちの考えるもの町の意見が通らずに、地教委がこれもいろいろ異議があるかもしれませんが、非常に政党的な色を持ったり、あるいは情実を持ったりして行うところのものがますます強化されるような傾向にあるわけなのです。こういうことは私の県のみに限らず、他府県においてもたくさんあるのじゃないかと思うのですが、そういう点については何ら地方の声というものは聞いておらないかどうか、もし聞いておるとするならば、何らかこの「まって」という言葉についてもう少し、大臣は最近いろいろ権限を強化されていくのですが、ここら辺も明確にすべきじゃないか、こう思うわけです。 それから、今、申し上げましたように、勤務評定を実施せよということをおっしゃっているが、勤務評定は四十六条によりまして、県教委の計画に基いて地教委がやるということになっていますけれども、この計画というのはただプランをこういうふうなものを作れというだけか、あるいはその計画というのは相当指導性を持っておるのか。それから今度は地教委が作って、地教委がそれを評定するわけですが、その評定したものに従って人事あるいは昇給というようなものを地教委がやって、これに対しては県教委は今のような形であれば何ら意見を入れることができない。従ってこの勤務評定の扱い方、活用の仕方というようなものは依然問題がありますが、私は新教育法というものをここでもって文部省が責任を持って出したのだから、相当検対は加えていると思う。その後の実際運営に当っていろいろ地方には問題が起きている。さらにこの勤務評定等の問題もこれがどういうふうに扱われるか問題だと思うのですが、これに対してどういう見解を持っておるか、お尋ねするわけです。
○内藤政府委員 これは県教委の権限と地教委の権限の衝突と申しますか、かち合った部面だと思うのであります。私どもはやはり民主的な行政機関としては双方に権限があって、お互いにチェック・アンド・バランスをとった方がより健全ではなかろうかと思うのでございまして、県だけで一方的に人事をやらない方がいいんではなかろうか、それから同時に地教委だけで人事をやらない、そこでその調整として、地教委の内申を待って県教委でやるということであります。たまたま今御指摘になったのは、その間の折り合いがつかなかった。しかし私どもは何とかしてそこで折り合いをつけるのが民主主義ではなかろうかと思います。まだその点について話し合いがつかないのは私は非常に遺憾に思いますけれども、できるだけ話し合いをつけていただきたい。大部分の県ではうまくいっているようでございます。それから、人事に関する任命権そのものは都道府県にあるのでございまして、都道府県が人事行政についての全般的な指導方針なり指導計画は持っておる。給与も都道府県で負担しておるわけであります。ですから、その一般的な指導権に基いて、市町村はそれに協力していただく、かように考えておるのであります。勤務評定につきましては、都道府県の方が具体的に計画を立てて、実施するのが市町村教育委員会、こういうことでございます。
○小林(信)委員 もちろん私の県でもトラブルが起きたわけではない。結局地教委というものはとかく団結して、そして県教委の人事権というものをなくする形に運ばれているような傾向なのです。従って県教委の意向というものを主張すればトラブルが起きて、人事行政という問題が非常に紛糾するから、折れてしまうような形なのです。今年もせっかくやっておりますが、そういう傾向にあるので、両方の意見が民主的に協議されればいいというけれども、それがあの法律の非常にあいまいなところなのです。それは確かに今局長のおっしゃるように、話し合いがうまくできるならばいいけれども、ああいう法律であるがために、話し合いの余地はあるかもしれないけれども、実際においては県教委の権限というものはなくなっておるような形に見られるのです。そこで今度は勤務評定の問題を持ってきた場合に、勤務評定が市町村において実施されるというけれども、増俸なり人事異動なりは、それをやはり基準として行われるということになれば、勤務評定というものがどこでもって活用されるかということが問題になってくる。やはり局長は、勤務評定は市町村においてこれを行なって、そしてその結果できた人事異動の案なり、あるいは増俸の案なり、あるいは首切りの案なりというものを、県教委は勤務評定を何ら考えずにそれを検討するとすれば、勤務評定というものは非常におかしくなるのですが、その点はどうですか。
○内藤政府委員 県の教育委員会が人事権を持ちましたのは、一昨年の教育委員会法改正でございまして、その前は市町村の教育委員会が人事権を持っておった。県の教育委員会は給与の負担もしております。ですから財政権も持っておりますし、同時に任命権も持っておるわけですから、私どもとしては県の教育委員会は十分な権限があると考えております。市町村の教育委員会は内申権にすぎないのですから、そこで話し合いの余地は私は十分あり得るのではなかろうか、こう思うのです。むしろ都道府県の方が権限は強いわけですから……。
○小林(信)委員 そうすると任命権は県教育委員会にある、あるいは増俸についての権限は都道府県にある、こういうふうにお考えになっておられるわけですね。そういうことを地方の県教委あたりは確認しておるがどうかということが、この際問題になるわけなんです。確認して、実際それが行使できておるかどうか。この法施行以来二年になるわけなんですが、果してその通りできておるがどうかを、私は聞きたい。県教委等の意見を聞けば、この「まって」という形ではまことにあいまいなものであって、私たちにはそういうものはない。従って勤務評定というものができた場合に、自分たちが計画して、これに基いてやりなさいといっても、それが情実で、あるいは教育的な無理解の中で行われる。そういう評定を持ってきて、そしてそれが人事に実際に影響するとすれば、非常に困るのだということを聞くのです。そういうことは言ってきませんか。
○内藤政府委員 私どもはそういうことはないと思うであります。ただ各県の事情によっていろいろ違います。任命権が市町村にあった当時でさえも、都道府県の権力の強いところは、実際は都道府県の言う通りやっておった。ですからいろいろ各県の御事情で違うと思う。しかし委員会法が改正になって、はっきり人事権は都道府県に移されたし、給与の負担もいたしておりますので、ただいま小林委員の御質問のようなことは特殊の例だと私は思っております。
○小林(信)委員 それは県教委にも面目がありますから、あなたのところへきておしかりを受けるようなことはあえてしたくないし、また内藤局長の威力というものは、相当地方でもこわがっているらしいから、私はそういうことは言ってこないと思うが、困っておる問題だと思うのです。従ってたかをくくってそれでよろしいということになれば、泣くのはやはり先生たちなんですね。先生たちがそれによって——私の方でことしあたりもそういうことがあり、去年もあるのですが、そういうふうな例も具体的に述べれば際限ないわけなんですが、それはやはり教育に非常に影響するのです。もう少し内藤局長は謙虚な気持で、地方の実情というものを見なければいけないと思うのです。これはいずれゆっくり具体的なものを持って参ります。 そこで私は今の内藤局区長の言を持って帰るわけなんですが、先日、これは毎日新聞の地方版に出ましたが、私の県の教育委員長が、全国において勤務評定が実施される場合でも、本県においては実施されない場合があり得るということを言明しているのです。ほかの全国で勤務評定を実施する、そういう場合でも、私の県で実施しないことがあり得る、これはどうですか。
○内藤政府委員 私どもはそういうことはないと期待しております。
○小林(信)委員 私は直接聞いたわけではないのですが、そういうことが新聞に出たのです。ということは、これは県の教育委員会の自由であって、そういう考えでやられた場合にも、文部省はこれに対してどうしてもしなければいけないという権限がありますか、あるいはそういう意思を尊重するような気持があるのか、お聞きしたいのです。
○内藤政府委員 勤務評定につきましては、先般来たびたびお答えしておりますように、人事管理上必要なことでもあり、また法律でも明記されておりますので、私どもは法律通り実施されるように強く期待しております。私どもはそういうことはあり得ないと思うのでございますけれども、もしやらないような事態がありますれば、文部省は指導勧告なり、あるいは法律違反の事態に対しては措置要求の問題も起きてくるかと思います。
○小林(信)委員 私が先ほど申しましたように、これは決して特別な思想や傾向を持った教育委員長ではございません。経歴なんかは申し上げませんが、かつて知事が推選して——しかも保守党の知事ですよ。その知事が信頼しておる教育委員長なんです。その人がそういうことを言うということは、私は非常に決断力のある、教育に対して理解のある、偉大な人物であると思う。この教育情勢の中で、自分はそういうことをやるかもしれないというような意思表示をするということは、私は決意のある人だと思う。しかし、私は今内藤局長の言を聞いてがっかりしたわけなんです。あなたは法律違反に問うとか、措置要求をするとか、こういう権限の発動をなさってまでこれを必ず実施させるという意見を今聞いたのですが、もし法律違反だとするならば、過去何カ年やらなかった、こういうことについて今まで看過しておって、問題にせずに、今さら実施しないからといって——それも特別な考えがあって実施しないということでなく、これはまだ実施するかしないかわからぬけれども、そういうことを言っておることは、——私は大体そういう文部省の態度だろうということを心配して聞くわけなんですが、過去の事実を見ても、違反行為として処罰されなかったということを考えても、今さら処罰するということはおかしいと思うのですが。……
○内藤政府委員 私は別に処罰なんということは一言も言っておりません。むしろそういうことはあり得ないと思っております。ですから私はぜひ勤務評定を実施していきたい、かように念願いたしております。
○小林(信)委員 しかし、あなたは措置要求をするとおっしゃったでしょう。
○内藤政府委員 措置要求というのは、処罰ではございません。勧告でございます。法律違反の事実があれば、勧告なり指導なりをいたすということでございます。
○小林(信)委員 そうすると、それをやらなかった場合には、法律違反になるという御見解ですか。
○内藤政府委員 いつまでも勤務評定をやらないでおいておくことは、私は法律違反になる事態が生ずると思います。
○小林(信)委員 そういうふうな見解を持っておれば、法律違反であれば措置要求もするということですね。
○内藤政府委員 そういうこともあり得るという意味でございます。別にそういうことをするとは言っておりません。
○小林(信)委員 これ以上あまりきつく質問はしませんが、あり得るでもあるでもかまいませんが、そういうことになるわけですね。これはなお私は真偽を確かめて、大臣なり何なりさらに聞きたいと思いますが、重大な問題だと思います。教育委員長として軽率な発言か、何か考えての発言か、これはこの教育委員長は勤務評定に対して反対を言っているわけじゃないのですよ。決して反対じゃない。おそらく賛成の立場だ。賛成の立場であるけれども、実施しない場合もあり得るという言葉で言っておる。これも今内藤局長の言われるようなあり得る形です。しかし非常にセンセーションを起しているわけです。しかしそこまで地方の教育委員会に自由があり、地方の教育行政に自由がある、あるいはそういう権限を持ち得るかどうか、こういうことが疑問であるので、御参考にお話ししておきますが、いずれ私も真偽を確かめ、今の局長の御意見もまた持ち帰りまして、検討したい。あるいはもっと学者にもこの意見は聞いてみたいと思うのです。 そこでもう一つこれはよけいなことになりますが、今やっぱりさしあたっての問題で、これは局長にやはり聞く方がいいと思うのですが、これも具体的な問題です。これも教育委員会が困っておる問題なんですが、甲府市で新地域には確かに二級の地域給が支給されておるでしょう。町村合併によりまして新市に合併されたわけなんです。人事行政をするのに、これはどこの市町村でも困っている問題です。単に甲府市を指摘するわけじゃないのですが、困っている問題なんです。先生たちは地域給があるところに行きたがる。ことに無級と二級ですから一割俸給が違うわけです。どうしても人材というようなものが中心に集まってしまって、同じ市の中でも教育の機会均等が行われない。そこで教育委員会が決断をしました。この決断はまた行われるかもしれまませんが、昨年、もちろん地域給ということではございませんが、予算を議会に諮って、市長の協力を得て、それに該当するものを作って、出しておったのです。ところがことしは自治庁から干渉されまして、相ならぬということになった。何とかそこのところを認めてほしいというので苦労しているのですが、議会の方は何とか了承しそうなんです。ところがまた自治庁がこれを承知しない。これに対しまして地方の方から、道徳教育や勤務評定やいろんなことを盛んに文部省は強行されるけれども、こういう面をもっとしっかりやっていただいて、われわれの味方になってほしい、とかく自治庁に行ったときに、文部省が弱腰であるために、自治庁にがんと一発食らってどうしようもない。何とかしてほしいという要望があるのですが、ほかのことで、こういうことを研究されたおひまはなかったでしょうが、どうですかその点は。
○内藤政府委員 前の質問にちょっとお答えしておきますが、委員長の言明だけでとやかく言うことは私は差し控えたいと思っております。具体的に事実となって現われたときに私どもはその事態について検討し、対処いたしたい。ただ私はくれぐれもその言明だけで軽率に批判することは避けたいと思います。 それから今のお尋ねの地域給の件でございますけれども、これは非常に私どもも地域給のあることについては検討させられているわけです。特に人事行政上、教員の場合には非常に地域給が障害になることもよく存じております。私どもは原則として地域給は撤廃する方向に努力しているわけです。そこで今御承知の通り四段階になっておりますけれども、この地域給は暫定的に固定しておるのです。ですから勤務地と必ずしもリンクしていない、個人的な色彩に変っておるわけです。そこでこの四段階の制度を私どもは昨年二%本年一%の増をいたしまして、三十四年にさらに二%の増を行いまして、そして全部最低のところを五%き引上げる、そうしますと一割五分、一割、五分こうなりますので、最後のところの五%がいずれ本俸に繰り入れる、こういうことで最終的には三段階が残るわけです。ですから三段階残って一級地が二五%、二級地が一〇%、それから三級地が五%、こういう形になって残ると思うのでございます。しかしこれも私どもは必ずしも適当でないと考えておりまして、そこでとりわけ私どもが努力いたしておりますのは、合併市町村においては少くとも同率であってほしいということを、これは公務員制度調査室にも強く申し、また自治庁にも申し入れているわけです。それから本年度の実は予算要求にも、負担金をきめる場合に、それをお話ししたわけであります。要求したわけでありますけれども、これは全体との関連があるので、遺憾ながら落ちてしまいましたけれども、私どもはできるだけ同一市町村、少くとも合併市町村内の給与体系は一本にしたい、こういうことで努力しておるわけであります。
○小林(信)委員 前の御答弁ですが、できてから善処する、そういうことは非常に心配するところで、こういうことを本人からすれば、言われたくない問題なんです。しかしそういうことをあなたたちは簡単に考えているか知らぬけれども、実に大きな社会問題なのだから、いろいろな考えも出ておる、こういうことなんです。だからこういうふうなことも言われるわけなんですが、従ってこういうことは言われてからということよりも、文部省は文部省なりの見解をしっかり作っていただきたいと思うのです。こういうことも言う人があるからと、そういう意味で私はあえてこの委員会に今時間をもらったわけなんです。 それからあとの問題も努めているからとか、こういう考えであるが、この考えは文部省だけの考えでなく、地域給の改正の勧告というのは、もう二、三年前に出たわけです。それを握っていて、出すか出さぬかでずいぶん紛糾して、結局地域給はなくなす方針でいこうじゃないかということになった。これは文部省の考えじゃなくて、政府全体の考えでもあり、国会全体の考えでもあるわけなんですが、その考えは依然として行われておらないわけです。措置されておらない。その間にあって、今の市町村の問題は非常に困るわけで、今地域給のついておるところから、同じ市町村の中で他の学校に栄転するのだというようなことがある場合には、今度は減俸なんです。そういう問題をあなたたちはどういうふうに措置しようとしておるのか。地方にはどういうふうに考えさしておるのか、これを私は聞きたい。今の甲府のような事態は、これを例にすれば全国的な問題になってくるけれども、そういうことがきっかけでこの問題は解決することなんです。ほかの公務員の場合よりも、学校の先生という立場、教育という問題でよけいな問題があるわけなんですから、文部省も、だれにでも、どこの官庁でも答えるような地域給に対する態度でなく対処してもらいたい。しかもこういう実に決断力のある教育委員、理解のある議会、こういうものもただ自治庁の意見だけで、再建団体ですから押えられる、この法律にのっとって制約されるわけなんですが、それに対して文部省あたりは何ら耳をかしておらぬというような冷淡な教育行政だというそしりを受けても仕方がないと思うのです。今のような答弁では何も具体的なものが出てこないのですが、もう少し何が具体的なものがおありだったらお聞かせ願いたい。
○内藤政府委員 私、決して冷淡になっておるわけじゃないのでございまして、同一市町村内の給与体系を一本にしたいというので、自治庁とも大蔵省ともこの問題はずいぶん前から相談しておるわけなんです。ただ全体の公務員の地域給との関連がございますので、公務員の地域給については近い将来三段階になる、これは既定方針できまっておりますので、これは確立しますれば私は非常に前進してくる思います。と申しますのは、三段階になれば今ほど混乱は起きないと思います。そこで私どもはその暫定期間内におきましても、同一市町村は同じ勤務地手当を出してほしい、こういうことは従来も今も変っておりません。ただ自治庁が申しますのは、負担区分を乱すという点です。これは給与費は全部都道府県が持っておる、市町村が本来持つべきものでない、そういう負担区分を乱すから、地方財政が赤字になる、こういう御主張です。これも一つの理屈があると思うのです。そこでできるだけ自治庁には、そういう問題については一つ目をつぶってほしいということを申し入れをしておるわけでございます。
○小林(信)委員 この問題は時間がかかりますからもうよしますが、今の点は結局目をつぶってもらうということ以外にはないと私は思うのです。そうしてそれはあなた方の主張は、同じ市町村内における給与は一本であるべきだ、私はこれでいいと思うのです。これを地方に強力に流してほしいと思う。そうすれば、大体最近は、市町村長が——教育委員が出ましても推選制ですから、市町村長が実権を持っておるわけです。それにやはりおびえて、先生たちは同じ市町村内でも地域給がもらえないという不満を持ち、そこに行けば減俸になると思っていても文句を言わないわけです。そこで今のような原則を、アドバルーンを少し上げてもらえば、あなたの考えておる温情はほんとうに徹底するのではないかと思います。そういうことを考えておるだけでは全く情ない。こういう実際に具体的な問題があるわけです。甲府の議会に一つ電話をかけて聞いてみて下さい。うそではありません。 時間がないようですから、次会にまた続けることにしてやめておきます。 —————————————
○山下委員長 それでは次に学校教育法等の一部を改正する法律案並びに学校教育法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案の両案を一括議題といたしまして、それぞれ両案の趣旨説明を聴取いたします。松永文部大臣。 —————————————
○松永国務大臣 このたび政府から提出いたしました学校教育法等の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 この法律案は、学校教育法につきまして、専科大学制度の新設及び定時制高等学校と技能教育施設との連係のため所要の規定を設けるとともに、特殊教育関係の規定等を整備いたし、また国立学校設置法につきまして、国立学校における授業料の減免に関する規定を設けることとしたものであります。 まず学校教育法の改正といたしましては、第一に新たに専科大学の制度を設けたことであります。 わが国の高等教育機関として、大学のほかに、約二百七十校に達する短期大学がありまして、主として専門職業教育及び女子教育の上に相当大きな役割を果して参りました。しかしながら、短期大学は発足当初の経緯もあり、当分の間ということで認められている暫定的なものであって、性格も明確を欠くきらいがあり、その改善は各方面から久しく要望されてきたところであります。政府においては、このことについて中央教育審議会を初め各方面の意見を聞いて慎重に検討いたしました結果、このたび新たに恒久的な専科大学の制度を設けることとし、従来の短期大学は昭和三十三年三月三十一日までに認可されたものに限り、当分の間存続できることにいたし、今後は短期大学の新設は認めないことにいたしました。 専科大学は、深く専門の学芸を教授研究し、職業または実際生活に必要な能力を育成することを目的とし、四年制の大学とは、その目的、性格を異にするものであります。 修業年限は、高等学校卒業程度を入学資格とするものにあっては、短期大学と同様二年または三年でありますが、一貫して充実した教育を施す必要がある場合には、中学校卒業程度を入学資格とする修業年限五年または六年の専科大学の制度をも認めることにいたしました。この制度は、産業界その他から要望されている充実した中級技術者の養成にも大きな役割を果し得るものと信ずるのであります。 専科大学は、一年の準備期間をおいて昭和三十四年度から発足できることにいたしましたが将来、充実した専科大学が設置されるに従い、短期大学も漸次これに転換することを期待するものであります。 第二は、定時制高等学校と技能教育のための施設との連係を図ったことであります。 高等学校の定時制課程に在学する生徒が、学校以外の技能教育のための施設におきまして、高等学校と同程度の教育を受けております場合には、生徒は、二重の負担を負い、保健上からも適当でなく、また教育上も能率的ではありません。そこで技能教育施設における学習を高等学校における教科の一部の履修とみなすことにより、その相互の連係を密にし、生徒の生活の実態に即した効果的な教育方法を制度化いたしまして、科学技術教育の振興に資することといたしたのであります。 第三は、特殊教育に関する規定を整備いたしたことであります。すなわち現在、盲学校、聾学校及び養護学校の幼稚部及び高等部は、単独には設置できないこととなっておりますが、関係者の要望もあり、また特殊教育振興の見地からいたしまして、特別の必要がある場合には、これらの部をそれぞれ単独に設置し得る道を開き、さらに特殊学級の対象となる児童生徒の種類につきまして、教育上及び実際上の見地から現行の規定を整備いたしましたほか、盲学校、聾学校及び養護学校に就学すべき者の範囲を政令で明らかにする等の措置を講じたのであります。 以上の諸点のほか、学校教育法につきましては、就学義務に関する規定等に所要の整備を行なっております。 次に国立学校設置法の一部改正でございますが、これは、国立学校における授業料の減免について、財政法及び国の債権の管理等に関する法律との関係もありますのでこれを、明確に規定することといたしたものであります。 以上がこの法律案の提案理由及び内容の概要であります。 次に、このたび政府から提出いたしました学校教育法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 この法律案は、学校教育法の一部改正による専科大学の制度の新設に伴い、各関係法律に所要の改正を加えたものであります。 内容のおもなるものを御説明申し上げますと、第一に、教育公務員特例法の一部を改正しまして、国公立専科大学の学長及び教員の身分取扱いについては四年制単科大学の学長及び教員の例によるものとし、ただし国公立専科大学の前期の課程を担当する教員の身分取扱いについては大学付置の学校の教員の例によるものとしたことであります。 第二に、教育職員免許法等の一部を改正しまして、専科大学の前期の課程を担当する教員は高等学校教員の免許状を必要とするものとし、必要があるときは免許状を有しない教授等が授与権者の許可を受けて前期の課程を担当する教諭または講師となることができるものとし、専科大学において所要単位を修得した者には免許状を授与することができるものとしたことであります。 第三に、一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正しまして、国立専科大学の学長及び教員の給与については国立大学の学長及び教員の例によるものとし、ただし国立専科大学の前期の課程を担当する教員の給与については国立高等学校の教員の例によるものとしたことであります。 第四に、産業教育振興法等の一部を改正しまして、専科大学の前期の課程については高等学校に準じてその教育の振興をはかるための補助等を行うことにしたことであります。 第五に、装蹄師法等の一部を改正しまして、短期大学卒業程度または高等学校卒業程度を資格要件とする資格規定に、専科大学の卒業者または専科大学の前期の課程の修了者を加えたことであります。 その他学校教育法の一部改正による規定の整備に伴い、関係法律に所要の規定の整備を行いました。 以上が、この法律案の提案理由及び内容の概要であります。 何とぞ十分御審議の上、御賛成下さるように切にお願い申し上げます。
○山下委員長 次に学校教育法等の一部を改正する法律案について補足説明を聴取いたします。緒方政府委員。
○緒方政府委員 ただいま文部大臣から御説明のありました提案理由及び概要説明のうち専科大学の関係につきまして、補足して御説明申し上げます。 まず第一に、新たに専科大学を恒久的な学校制度として設けることにし、学校教育法の第一条に専科大学を学校の一の種類として明記したのであります。また、専科大学は、大学とは目的性格を異にする学校でありますが、大学と同様高等教育機関であるという意味において、大学と同じ章に規定することといたしました。専科大学は、深く専門の学芸を教授研究し、必要があるときは、あわせて高等学校に準ずる教育を施し、職業または実際生活に必要な能力を育成することを目的とするものでありまして、学術の研究よりはむしろ専門職業教育あるいは主として女子のために実際的な高等教育を行うことに特色があるのであります。 第二に、専科大学の入学資格及び修業年限でありますが、高等学校卒業程度を入学資格とするものは、修業年限は、現行短期大学と同じく二年または三年でありますが、一貫して充実した専門教育を行う必要がある場合には、中学校卒業程度を入学資格とする修業年限五年または六年の専科大学を設けることができるようにいたしました。この修業年限五年または六年の専科大学は、三年の前期の課程と二年または三年の後期の課程とし、前期の課程は、高等学校に準ずる教育を施し、後期の課程に進学するために必要な知識、技能を授けるものでありまして、高等学校とは違い、完成教育機関ではないのであります。 第三に、専科大学は、大学のように学部制をとらないで、学科組織によるものといたしました。 なお、専科大学は、必ずしも単一の学科に限るというのではなく、必要に応じては、二以上の学科も設けられるものであります。 また、専科大学には、夜間において授業を行う課程を置くことができるようにいたしましたが、夜間の課程を置く場合には昼間の課程の場合の修業年限をそれぞれこえることができるものといたしております。専科大学並びにその学科、夜間の課程の設置廃止については、文部大臣の認可を要することにし、設置の認可に関しては、大学設置審議会に諮問しなければならないことにいたしております。 第四に、専科大学の教職員についてでありますが、専科大学には、学長、教授、助教授、助手及び事務職員を置き、必要に応じて、講師、技術職員その他必要な職員を置くことができるものとし、修業年限五年または六年の専科大学にはそのほかに教諭は必ず置かなければならず、さらに養護教諭、助教諭、養護助教諭及び前期課程講師を置くことができるものといたしました。 第五に、専科大学を卒業した者が、大学に入学する場合には、文部大臣の定めるところにより、その卒業した専科大学の修業年限を入学した大学の修業年限に通算することができるようにいたしております。その他専科大学に専攻科及び別科を置き得ることとしたほか、専科大学の通信教育の課程、教授会、研究所その他の研究施設、公私立専科大学の所轄、名誉教授、公開講座等に関しては大学と同様とし、大学に関する規定を準用いたしました。専科大学の発足につきましては、設置基準の作成、大学設置審議会の審査等のため一年間の準備期間を置いて、昭和三十四年四月一日から設置することができるものといたしました。 なお短期大学は昭和三十三年三月三十一日までに認可されたものに限って、当分の間存続できることといたし、短期大学の新設は今後は認めないことにいたしたのであります。短期大学が専科大学に転換する場合には、大学設置審議会において専科大学設置基準に照らし再審査した上文部大臣が認可することになります。 以上がこの法律案に規定いたしました専科大学の制度の概要であります。何とぞ、十分御審議の上御賛成下さるようお願い申し上げます。
○山下委員長 本日はこの程度といたし、これにて散会いたします。 午後一時八分散会