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28回国会衆議院1958/02/22

国土総合開発特別委員会 第4号

発言数
28
登壇者
5
会派数
2
開催日
1958/02/22

会議録

亘四郎自由民主党

○亘委員長 これより会議を開きます。  国土総合開発に関する件について議事を進めます。質疑の通告がありますので、順次これを許します。渡辺惣蔵君。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 北海道開発に関連いたした問題について、石井長官に質問を申し上げたいのでありますが、きょうは十一時半から予算委員会に行かれるというお話を承わっておりますので、もし時間の制限がありますれば、他日また継続して質問をしたいと思います。そのつもりでお答えを願いたいと思います。  まず、大臣からお伺いいたしたいのですが、北海道開発第二次五カ年計画の閣議決定に至る経緯と状況につきまして、一つ御説明を願いたいと思います。

石井光次郎自由民主党行政管理庁長官・北海道開発庁長官

○石井国務大臣 第一次五カ年計画が昭和三十一年度で終りましたので、三十二年度から第二次五カ年計画を発足させるつもりでありまして、三十一年の夏に開発審議会で案をこしらえていただいたのでございます。ところが、この経過だけ申し上げますと、その計画は自立経済五カ年計画というものに合わせて運ぶつもりで、その方とにらみ合せて最後の決定をしようと思っておったのでありましたが、経済界の大きな変動がありましたので、国の長期経済計画は準備がおくれまして、だんだんと延びて、昨年三十二年の暮れに企画になって、ようやくそれが決定いたしましたために、これにのっとりまして、いろいろ北海道の独自の立場から、また検討を加えまして、でき上りました案を今度はあらためて昨年の十二月に審議会の方へ諮りまして、そうしてでき上りましたものであります。さらに、こういうものを、役所関係の方といたしますと、参与会議であるとか、あるいは次官会議等において慎重に検討いたしました。そうして閣議に提出する案をこしらえて、それが十二月になりましてようやくでき上りまして、非常に押し詰まって、閣議決定ということになった次第でございます。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 この計画は、当初昭和二十六年に北海道開発計画が策定された当時は、二十七年度から始まって、通じて十カ年計画という建前で、その十カ年計画のうち、第一次五カ年計画と第二次五カ年計画と、これを二期に分けて作成したのが本来のものなんです。ところが、この計画を第一期と第三期と分割した結果になってきましたことは、当初の北海道開発十カ年計画の建前からいっても、非常に重大な問題だと思うわけです。それで、私この問題につきましては、ここ一年間委員会を通しまして、岸総理以下石井さんにも、相当な方々にも、しばしばお伺いいたしまして、当然三十二年度を出発として第二次五カ年計画に入るという建前でおりましたのが、最後になりまして、十二月になってから、これを三十三年度に切りかえて一年間放棄をいたしたということは、これは政府の行政上の措置としても、政治課題といたしましても、非常に重大な責任の問題だと考えますが、この点は責任をお感じになっていらっしゃるのかどうか。北海道開発計画に対して、どういうようにこの基本的な態度についてお考えになっているのか、これを一つはっきりとしていただきたいと思います。

石井光次郎自由民主党行政管理庁長官・北海道開発庁長官

○石井国務大臣 十カ年計画ということが根本にあって、それが今度は五年、五年になっておるので、そのつながりをなくした、その責任はどうだということだと思いますが、十年間の案は一応ありましたけれども、それは前期、後期に分けられておりまして、その前期の分だけが決定されたのが、すなわち第一次五カ年計画でありまして、第二次五カ年計画というものはそのときのいわゆる十年の案というものの後期の分というものは、当然それをやるとかやらぬとか――大体その線をあまり動くこともないと思いますけれども、それは決定的なものではなかったと私どもは聞いております。で、第二次五カ年計画を急いだわけでございまして、第二次五カ年計画は続いて、ただいま申しますように、三十二年からやるつもりで、三十一年度のうちに皆様の方にも関係の方にも御相談を申し上げまして、案をこしらえたのであります。ところが、ただいま申しますように、長期経済計画とそぐわぬものがある。われわれの方は、われわれの方だけのつながりだけを考えて、三十二年度からこの五カ年計画を出発しょうかという意見もありました。しかし国の長期計画と合せて、基本構想、いろいろな資金計画その他主要な生産目標というようなものを立てて合せていきますには、国の計画とずれておって、いつでも一年ずつ違った話をしていかなければならぬということより、長期五カ年計画とわれわれの方の計画と同じところからスタートした方がいいんじゃないか。三十二年度はどうなるかという問題になりますると、三十二年はわれわれが、こしらえていただきましたこの第二次五カ年計画の要綱案に従いまして、その方向によっての予算を組んでいく。そうすれば、北海道開発という線においては決して横道にそれるものではない、そうした方が、全体的にこの計画というものが国の計画とも一緒になって動いていき得るのだというようなこと等を勘案いたしまして――三十二年度は北海道だけから見ますると、第一次、第二次との間に一年間のすき間ができまするけれども、今申しましたような関係で、国と調子を合せた方が、さらに北海道の開発のためによろしいという結論になって、三十二年はなくして、三十三年度から第二次五カ年計画が出発するというような案になったわけでございます。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 政府がそういう態度でありますと、この種の長期計画に対しまして非常に不安定な感じが出てくるわけです。政府の御都合主義で、その都度便利主義に、計画をいつでも延ばしたり縮めたり、あめ細工みたいになさることが自由で、政府として、そういうことに対して政治的に責任がないというようなことになって参りますと、今新しく東北開発促進計画要綱が出ておるわけですが、これはあなたは副総理ですから、関連いたしまして、東北の問題もひっかかって当然出てくるわけです。これは三十二年度を暫定計画として出発点として、三十三年度から四十二年度まで十カ年計画としてこの要綱が策定されておるわけですが、北海道開発十カ年計画を前期、後期に分けて、途中で一年間空白にしてもこれはやむを得ないのだ、そういうことはやっても差しつかえないのだということになりますと、これから出てきます東北開発計画も、やはりそういう運命になる、こう思うのですが、この点について一体そういうふうに考えてよろしいのですか。政府のおっしゃる長期計画とか、あるいは第一次、第二次開発計画なんというものは、そういう程度の、あめ細工のように、延ばしたり縮めたり御自由にやっていい性質のものなのかどうか。他の計画にも同じ方式が適用されていく場合が将来も出てくると思うのですが、この点についても責任を明確にいたしませんと、北海道の今度の問題だけじゃないのです。全部にそういうことが安易な形で出てくる空気がありますので、やはりその点を一つはっきりしてもらわなければいかぬと思うのです。

石井光次郎自由民主党行政管理庁長官・北海道開発庁長官

○石井国務大臣 私はいいかげんに、今年はやめておこうとか、来年からにしようとか、いや今年からしようとかいうような、勝手な気持でこういうものはやってはならぬと思います。それは私どもが、この第二次五カ年計画ができ上って草案としてありまする時分に――昨年の夏ごろでありまするが、この前の国会で、私臨時代理で北海道のことをいたしておりましたとき、私はわずかの間しかその任にないはずでありましたけれども、これはそうすべきだという線で申し上げたことは、第二次五カ年計画はただ作文のままとして、われわれのこういう方向だというだけで、役所だけで考えていないで、内閣全体でこの方向に力をいたすということのために、ぜひこの問題は閣議決定にすべしという心持で、これは皆さん方の熱心に主張されたことでありまするし、私もぜひそういうことをしたいといってやって参りました。これも皆さんのお力によって閣議決定になったわけでございますが、そういう心持を持っておりますることは、これがいいかげんにやっていいということでないという私どもの心持も、御了解願いたいと思うのであります。  この第二次五カ年計画をやりまして――第一次でも第二次でも、これから先また第三次というような問題にもなりましょうが、これは北海道をどういう形で、どういう計画によって、そうしてそれをどうやって強力に進めるかということが大事なことでありまして、私どもは、三十二年度から始める――つながりはなるほど十年間つながるからよいのでありますが、さっき申しまするように、国の計画と一年離れておるというような形よりはこれから先の万が、同じ五カ年計画の中でまだ四年間あるのでありますから、同じ心持でいろいろなものを運んでいくことの方が、説明抜きでどんどん北海道開発のことに力を入れていけるのじゃないか、国の計画はこうだが、北海道はこうだという説明をせずにいけるようにするには、国の計画と一しょになった方がよろしい。現に三十二年度の問題になりますと、昨三十二年度の予算はこの方針によってでき上って、進行中であるわけであります。この予算をこしらえ上げておった場合においても、第二次五カ年計画の精神をちゃんと受けてやっていくのだということで、不満な点はありますけれども、その方向によってこしらえ上げたのでありますから、北海道の開発を無視したものじゃない、北海道開発はこうした方がいいのだという心持でやりました。決して今後でたらめなことで、ぐらぐら動くというようなことはない。いい意味に動くならばけっこうでありますが、そうでない方面に動くような場合には、私どもは閣議決定をたてにいたしまして、しっかりとやっていきたいと考えております。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 北海道の開拓九十年間の歴史のうちで、こういう計画が閣議で決定されたのは二度あるわけです。かって戦前の第二期の拓殖計画が閣議決定になった場合と、今度の第二次五カ年計画が閣議決定になった場合である。かっての閣議決定というものが日の目を見ないで、私生子扱いされてきただけに、道民は非常に第二次五カ年計画の閣議決定に大きな関心を持って参りましたし、大臣もしばしばこのことにつきましては地方遊説その他の機会においても意見を発表されておるわけであります。ところが、閣議決定という言葉は非常に美しいのですが、現実の第二次五カ年計画の内容に至っては従来北海道開発審議会に諮問し、答申をし、そして政府がこれを受けて立っておったはずでありますのに、いよいよ閣議決定のどたんばになりまして、いわゆる北海道開発の最後の会議ですか、各省の次官連中が集まって、ずたずたに切ってしまって、元も子もないような形にして、閣議決定をしてしまった。これだけ積み上げてきて、二年間にわたって討議を続けてきた開発審議会の答申案の中から、一番肝心な、この開発計画の基本目標であります開発の実施計画を策定することが閣議決定の趣旨であるのに、この第二次五カ年計画というものを、実施計画でなくて、目標計画にすりかえて、単なる作文に終らしてしまった。私はこれは案のすりかえである、こう考えたわけです。もし、こんなにずたずたに切るのであったら、閣議決定の前に北海道開発審議会をもう一ぺん開会して、この種の政策としては抜本的に骨抜きにしてしまったものを審議会にかけて、君らが諮問を受けたこの問題は、政府がこういう内容でやるのだがどうかと、なぜ一体諮問しなかったのか。案の内容は全然違っている。諮問をしたら、これをうのみにした委員の重大責任ですから、責任を明らかにいたします。その点はっきりしていただきます。

石井光次郎自由民主党行政管理庁長官・北海道開発庁長官

○石井国務大臣 第二次五カ年計画の案がずたずたになってしまったというお話でございますけれども、大体第二次五カ年計画の内容的なものにおきましては、ほとんど初めの案から変っていないと私は思いますが、どうでしょう。私はそんなにずたずたになったとは思いません。ただ目標と実施という問題、これが実際上非常な差だとおっしゃるのは、ごもっともで、わかります。しかし、これが実施計画として閣議決定となりますと、政府がそれだけのものを責任を負ってしまいまして、五カ年の継続事業ということになってしまうわけであります。閣議決定に持っていこうとしても、実施計画として数字等を含んだものが内閣に出ているというような行き方は、ほかのものには私どもはそんな例は知りません。これはもっともであると私も考えております。これは目標計画だが、われわれが一生懸命になってきた北海道開発の旗じるしであります。これに少しも離れないで、できるだけ多くその目標に近づくように、今度は毎年々々の国の財政状況を見まして、予算にこれを盛り上げていくという心持で私どもはやっていく、がっちりと旗じるしさえ立てておけば、閣議決定であるというところに皆が責任を感じて予算を組み、北海道の開発に当っていくというので、私どもは閣議決定の中に目標ということでおさめることに了承したわけであります。心持は今申したようなことでありまして、今度の予算につきましても、そういう心持で努力をいたして参ったわけでございます。御了承をお願いしたいと思います。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 石井長官の心持のほどはよくわかるのです。一生懸命になっておやり下さったことは感謝しておるのです。しかし、現実にこの計画を開発審議会で策定して政府に答申し、政府がこれを取り上げてやるということでずっと一年も一年半も持ち続けてきたのを、どたんばになって、最後の会議で、この計画の中で、文教施設についてはほとんど全面削除になって、この計画から取り下げられています。それから厚生施設もずたずたに削除しております。資金計画も全面削除です。こうなってきますと、一体この開発第二次五カ年計画の内容は何であるかということになるのです。これでも当初の計画を抜本的に変えてしまったということになりませんか。その答申したものと、最後に削ったものの比較対照表を見れば、みなずたずたに切っておるのです。  今、北海道の開発の中で一番問題になりますのは基本政策も重要でありますけれども、やはりああいう僻地の寒冷地で、非常に条件の悪いところでそれぞれの生活と生産を営んでいきますには、またその裏づけとして住みよい生活を築くためには、文教政策とか厚生施設とか、そういうものの裏づけがなければ、だめなんです。北海道は、前国会でも指摘いたしましたように、人口の自然増はあっても、社会増は、五カ年間のうちで、自衛隊の六万名を見込む以外、開発計画の進展に伴うところの人口の社会的増加がほとんどなされておらないということはそれだけ実際は生産を育成したり、企業誘致をしたりしても、道民が生活の安定をしたり、向上をしていく基礎的になります文教施設とか厚生施設とか、いうものの裏づけなしには、僻地で、寒冷地であるから、あらゆる犠牲を払わなければ、やっていけない。そこで、道民の生活安定、向上を開発計画の裏づけとすることが最大の目標であったのに、その文教施設と厚生施設を全部削ってしまい、しかも開発の資金計画というものを全面削除してしまうということになりますと、これは全然骨抜きになった、こう極言しても私はあまり間遠っていないと思うのですが、大臣はこの点についてどういうお考えを持っていらっしゃるか、伺いたいと思います。

石井光次郎自由民主党行政管理庁長官・北海道開発庁長官

○石井国務大臣 文教施設、厚生施設等があって、そして住みよい北海道ということが少しずつでも築かれていくということでなければ、人口問題にしても、社会増なんかあり得ないじゃないかというお話、まことにそう思います。北海道の人口問題の解決、北海道に人口をだんだんふやして収容し得るようにするというためには平たく言えば、それには住みよい北海道にするそして何か仕事をすれば、ほかよりも利益が上るのだ、勉強さえすれば、もうかるのだというところにすれば、おのずから、期せずして人口も増加していくのだと、私もいつもそう思うております。そういうつもりでまたいろいろな話もいたしておるわけであります。この文教施設、厚生施設を無視するということにおとり願ってるようですが、この前のときに、あまりこまかいところまでもずっと書いてありましたので、これはこういうものの性質上、いつも大まかに書くものでありますから、文教施設はこれこれという前段だけを書き上げているような次第でありまして、私どもは、文教問題はほったらかす、どうでもいいのだという心持は全然ないのでございまして、私どもは、今まで第一次五カ年計画のときより、第三次五カ年計画になったら、この方向により力を入れていくようにしなくちゃならぬという心持の表現はいたしておりますので、これをつぶすというような心持は絶対ないのでございます。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 そうなりますと、見解の相違という形になってしまうのですが、私どもは、第二次五カ年計画は実際は骨抜きになってしまったものだ、こういうように考えて、非常に憂慮いたしておるわけです。  そこで、もう一つお尋ねをいたしたいのですが、第二次五カ年計画の策定の基準年度はいつになっておりますか。

石井光次郎自由民主党行政管理庁長官・北海道開発庁長官

○石井国務大臣 政府委員から答弁させます。

中平榮利総理府事務官(北海道開発庁総務監理官)

○中平政府委員 第二次五カ年計画でとりました基準年度は、昭和三十年となっております。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 そうしますと、政府の経済企画庁が策定をしております新長期経済計画の基準年度は、いつになっておりますか。

中平榮利総理府事務官(北海道開発庁総務監理官)

○中平政府委員 三十一年でございます。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 そうしますと、ここで問題になってきますのは、長期経済計画は三十三年度からスタートする計画が進められておる。北海道開発計画も、基準年度を長期経済計画と合わせるという方式のために、一年間あえてずらして、そこへ合わそうとしたのだ、こういうお話であったわけですが、そうしますと、今計画の基準年度が、片や北海道開発計画の基準年度は三十年だ、長期経済計画の策定は三十一年度だということになりますと、この計画の基本の土台が一年間ずれておるということが、計画の内容に出てくるわけですね。そうすると、全然基準年度の相違するものを、どこで一体くっつけようとするのか。この点についても理論的根拠を明らかにしてもらいたいと思います。

中平榮利総理府事務官(北海道開発庁総務監理官)

○中平政府委員 この五カ年計画は、国の計画と同じく、昭和三十七年度の現状を描き出しまして、それを目標に施策を進めるという案でございますので、問題になりますのは、昭和三十七年度の北海道の経済状態がいかにあるべきかということだと思います。従いまして、基準年度を昭和三十年度にするか、三十一年度にするかという問題は、結局その基準年度と比較いたしまして、昭和三十七年に何%くらい生産その他が伸びるか、減るかということを計算するために出す数字でございまして、三十年度であっても、二十九年であっても、結局五カ年計画の性格そのものには変更はないと存じます。ただ国の計画が昭和三十一年度を基準にとっておりますから、それと同じ歩調でいくのが一番望ましいのでございますが、実は北海道の基準年度を出します際に、いろいろ作業いたしましたところ、資料があまり整いませんので、昭和三十年度なら資料がそろいますので、とりあえず、現在あります私たちの調査できます範囲内では、昭和三十年度を基準としてパーセンテージを出した方が作業がしやすいというわけで、そうしたのでありまして、別にこのために五カ年計画の性格が、国の場合と北海道の場合が違うというふうには考えられません。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 底流しておる思想は、非常に便宜主義的なもので、ものの考え方が、何でもくっつければいいのだという、非常に便宜主義的な作業の仕方をしておると思います。そういうことになりますと、さらに具体的な問題になってきますのは、一体政府の長期経済計画、全国開発計画の策定、これと合すということになりますと、まだ出てきていない全国開発計画とどこで一体合わそうとするのか。一体全国開発計画ができた場合、われわれが主張しております従来の態度は、長期経済計画が策定され、それに基いて全国開発計画が策定され、そうしてその部分としての関連において北海道開発計画を立てる、こういう関連した問題でなければならないはずなのに、北海道開発だけを切り離してしまった。そうすると、次におくれて出てくる全国開発計画、三十三年四月までに全国開発計画を策定するという約束になって今まできておるわけですが、そうすると、全国開発計画は一体三月末までにはできるのかどうか。それからできた場合、この計画とどうくっつけるのか、こういうことを明らかにしていただきたいと思います。

伊東正義総理府事務官(経済企画庁総合開発局長)

○伊東政府委員 私から御答弁いたします。今、全国開発計画のお話が出たのでございますが、これは長期経済計画ができましたあとに、あの構想に沿いまして計画を作るということでありまして、企画庁におきまして、各省と共同作業というような形で鋭意進めております。  ただ時期の問題でございますが、全国開発計画の内容を、簡単に考えていることを申し上げますと、大体時期は三十三年度から十カ年計画を作ったらどうだろう。四十二年までの十カ年計画に期間はしたらどうかというふうに考えております。それで大体全国と北海道、東北というように、八ブロックくらいの地域に分けまして、そのブロックのおのおの第一次、第二次、第三次の目標を立てまして、その目標達成に必要な施設計画というものを中心にして考えていこう。すなわち、公共投資といいますか、公益投資というものを中心にして案の内容を考えていこうということで、今各省と作業をいたしております。完成の時期でございますが、われわれとしてはなるべく早くというふうに思っておりますが、今御質問の三月中にどうかというお話は、どうしても無理でございます。しかし、なるべく早い時期に作りたいと考えて、今やっております。  それで、御質問の北海道第二次総合開発計画との関係でございますが、これは御承知のように、この北海道の開発計画と国土総合開発法に基きます開発計画との調整につきましては、内閣総理大臣が北海道開発庁長官、国土総合開発審議会の意見を聞いて、必要があれば調整するというふうになっております。北海道の今度の第二次計画ができました際にも、われわれとしては、念のために、もし必要があれば調整することがあります、ということを北海道開発庁に申し入れております。どういう調整かという御質問がございましたが、これは全国開発計画の内容がまだぴしゃっとできておりませんので、今具体的にここでこうということは申し上げかねますが、たとえばの話で、十カ年の目標を作りました場合、北海道の五カ年の目標より少いような数字が出れば、調整という問題が起きるかもしれません。あるいは十カ年計画で前期、後期と分けるようなことが万一あれば、五年先の三十七年度についてはどうだ、調整する必要があるかどうかという問題が出てくるかと思います。しかし、これは仮定でございまして、今開発計画の内容がまだきまっておりませんので、ここで具体的にこうだということは申し上げかねるわけでございます。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 実は河野経企長官をお呼びしてあるのに、見えていないので非常に残念です。今の開発局長のお話では満足できませんので、あらためてこれは河野さんに質問する機会を持ちたいと思います。  そこで、今の開発局長の発言の中に、非常に怪しげなところが一カ所出てきた。何か全国開発計画も三月末までにできない、自分の方の案がまだ未定稿のままであるのに、北海道開発庁の方に、できた場合は調整をするという申し入れをしたという話ですが、いささかあなたの処置としては越権ではないかと思っています。こういう開発計画は、あなたも御存じのように、国土開発計画は国土総合開発審議会がある。北海道開発については北海道開発審議会があって、相互にそういう審議会にかける。しかも、それぞれ所官大臣が閣議にこれを取り上げるということになるのにかかわらず、何か官僚諸君同士でやみ取引をしているのではないかと思う。三十三年一月十七日に、経済企画庁の事務次官から北海道開発庁の事務次官にあてて覚書が出ておるわけです。ここで参考までに読み上げます。「全国総合開発計画と北海道総合開発計画との調整について」「貴庁策定にかかる北海道総合開発第二次五カ年計画は、昭和三十二年十二月二十七日閣議決定となったが、当庁においては、目下全国総合開発計画を策定中であるので、これが決定の場合には、必要に応じ国土総合開発法第四条第一項に基く、本計画との調整が行われることとなるので、右御了知ありたい。」何も全国開発計画ができていないのに、すでに閣議もしたのに、そこに水をかけて、もう一ぺん修正をさせるという提案が出ている。私は開発局長にこれ以上質問しようと思っておりません。これは政治問題ですから……。北海道開発庁長官は、この経済企画庁事務次官から出された覚書に対して、北海道開発庁事務次官はこれに何かの答えを出しているかどうか、出しているとすれば、どういうものを出しているのか、その全貌をここで明らかにしていただきたいと思うのです。

石井光次郎自由民主党行政管理庁長官・北海道開発庁長官

○石井国務大臣 ここで私その書類をもらいました。今おっしゃった通りのものが来ております。これは企画庁の事務次官から私の方の事務次官へあてたものでありまして、さっきお読みになったものに対しまして、お申し越しになった標記の件に関しては了承いたします、という返事が出ております。これは私どもこう解釈しておるのであります。こういう国土総合開発法第十四条ですか、第一項の云々ということで、総理大臣が調整を行い得ることになっておるわけであります。この返事そのものは、そういう場合にはこういう規定によってこういうことが行われることもあるから御了承願いたい、というのでありますが、その規定そのものを了承しているということで、出しているわけであります。実際問題になりますと、これは私どもの問題になってくると思うのであります。全国の総合開発計画というものはどういうふうに出てくるか、今年の三月とか四月とか、すぐにはできなくても、そこいらの近所ででき上るといたしますと、ごく最近に私どもが策定いたしました第二次五カ年計画に基く北海道の地域開発の案というものが、そんなに変更があるとは思いません。もし何かあったならば、そのときはこういう規定がありますから、ということを言うてきただけでありまして、その意味は私ども了承しておるわけで――それで実際問題となりますと、何か問題が起りましたら、総理大臣から私の方に話があるでありましょう、あるいは企画庁長官から打ち合せがあるでございましょう。それ全体を見まして、何か変えた方が北海道開発のためになるという線が出ましたら、あるいはあらためて閣議に出して閣議決定を求めるかもわかりませんが、おそらくそういうふうなことまでいかぬでもいいのではないかと私は思っておるのでございます。この通牒に対しましてはこういう規定があって、その内容を了承しておるという意味の返事に心得えております。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 石井長官はいつもお界通しが楽天的で、ものを深刻に考えなさらない性格の人でありますから――北海道開発についてプラスになる場合は、まことにごもっともな次第だと思うのです。しかし、従来プラスになったためしが一ぺんもないのです。閣議決定になった瞬間、次官会議でずたずたに切ってしまい、実施計画が目標計画にすりかえられてしまった。全国開発計画がまだ策定もされないうちから、こういう文書を出しているということはやはり経済企画庁は役者が一枚上手なんです。あらかじめげたをとっておこうという算段をして、開発庁の事務次官から一札おさめさせて、あとで文句を言わせないようにしているということは、これは明らかに、北海道開発庁の方がプラスになるなら、経済企画庁の方は損をすることが予定されるから、事前にげたをとっておこうということで、こういう算段をやったわけですね。私は石井長官がおっしゃるように、プラスになる場合は応じてもいい、そういう政治的配慮で了承の返事を出した、こうおっしゃるのは非常に危険だ、こう思いますが、要するに私が言わんとするところは、もう一ぺん北海道開発計画はともかく変る条件をこの文書によって内包しておる、こういうことになるのですね。これは実際問題と仮定の場合とありましょうが、この文書の内容はいずれにしろ北海道第二次五カ年計画は、とにかくもう一ぺん修正される条件がある、そしてその条件はいい条件であるか、悪い条件であるか、私は悪い条件であることを予定して、事前にこういう取りつけをしたろうこう解釈いたすのですが、いずれにしても、ここではっきりしなければならぬのは、閣議決定になった第二次五カ年計画というものは、もう一ぺん改訂される、これは多分動くんだ、動かぬのではなくて、これすらもまた動くんだ、こういう解釈をしなければならない、こういう解釈をして差しつかえないかどうか、所見を伺いたいと思います。

石井光次郎自由民主党行政管理庁長官・北海道開発庁長官

○石井国務大臣 ただいま申しましたような心持で私はおるのでございまして、これで北海道開発の仕事がひどく悪くなる方向に変更されるおそれがあるんじゃないかということは、私はそういうことはないと大体思うております。また実際問題になりますと、あまり変ったものが――全国の総合開発計画が出ましても、北海道そのものも十分検討し尽してああいうところにいっておるのでありまして、それの期間もあまりない間にできる総合開発計画でございますから、実際問題としては御心配のような場合はないと思いますが、絶対に出てこぬということを保証する限りではないのでございますから、出て参りましたら出て参りましたで、私どもは、さっき申しますような心持でこれに応じていきたい、こう思っております。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 実はきょうは河野経企長官もおいで願うことにしてあったので、問題が全部関連して参りますから……。ただいまの問題にいたしましても、やはり基本問題は経企長官と御一緒でなければ、質問をこれ以上やっても、一方的な質問では、多少関連が出てきておりますので、質問が続けられないのですが……。

亘四郎自由民主党

○亘委員長 渡辺さん、それでは来週河野経企長官も出席の上で、さらに質疑を続けていただく、こういうことに……。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 そういうことにお願いします。

亘四郎自由民主党

○亘委員長 次会は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。     午前十一時三十五分散会

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