運輸委員会 第22号
- 発言数
- 72 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1958/04/22
会議録
○赤澤委員長 これより会議を聞きます。 この際、観光に関する小委員長中嶋太郎君より、小委員会の調査経過等について報告をいたしたいとの申し出がありますのでこれを許します。中嶋君。
○中嶋委員 ただいまから観光に関しまする小委員会の審査の結果につきまして簡単に御報告を申し上げます。 本小委員会は、皆様の御賛同をいただきまして本国会に設置せられ、今日まで観光諸問題につきまして私小委員長のもとにおきまして検討いたして参りましたが、本日、先ほどの小委員会におきましては、特に国際観光における外客受入体制を整備する問題につきまして審議を重ねました結果、本問題につきまして左の決議を行うことに決しました。案文を朗読いたします。 国際観光旅客受入体制整備に関する件 決議 最近相次ぐ豪華観光船の来訪、大規模な国際会議の開催等によりわが国へ訪れる外客の数は急激に増加しつつある。特に三年後のジエツト機の就航による国際輸送力の増強並びに東京におけるオリンピツク大会の開催等を考えるとき、増加する来訪外客のため受入体制の整備は焦眉の急務である。 よつて、政府は、わが国観光事業の飛躍的振興のため次の措置を強力に推進すべきである。 一、ホテル建設のため立地条件言の恵まれたる国有及びこれ準ずる土地を積極的に開放すること。 二、ホテル建設及び増改築を促進するため金融上並びに税制上の助成措置を講ずること。 右決議する。 以上、はなはだ簡単でございますが、御報告を申し上げます。
○赤澤委員長 お諮りいたします。ただいま御提案のありました国際観光旅客受人体制整備に関する件につきましては、小委員長提案の通り、本委員会の決議とするのに御異議ございませんか。
○赤澤委員長 異議なしと認め、さよう決定いたします。 なお本件の取扱い等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
○赤澤委員長 それではさよう取り計らいます。 この際政府当局より発言を求められておりますので、これを許します。運輸大臣。
○中村国務大臣 政府におきましては、観光事業五カ年計画を立てて実行いたしておりまするけれども、なお十分でないことは、これはまことに申しわけない次第でありますが、この際本委員会におきまして御決議を賜わりました。われわれはこの御趣旨に従い、ますます観光事業の振興をはかり、もって国際収支の改善に努めたいと思います。ことに御決議の中にありまする最後の一、二は、これはわれわれとして当然やらなければならないことでありまして、今後この実現のために努力いたしたいと存ずる次第でございます。 —————————————
○赤澤委員長 次に海運に関して調査を進めます。 まず南海丸の引揚状況並びに船体の状況等について、政府当局より報告を聴取いたします。須田水路部長。
○須田説明員 御命令によりまして、南海丸事件が発生した当時の気象及び海象の状況を御報告申し上げます。 これは実は私と喜田研究官が参りましたのですが、運輸大臣と海上保安庁長官の命令によりまして、二月の十二日から十九日現地に参りまして、関係の各気象台、測候所、徳島大学、区内観測所及び海上保安庁の出先機関などを訪問して調べました。その目的は、事件発生当時の気象、海象はどうであったか、それによってどういうようなことが起ったか——船がどういうふうになったかというような、船舶の運航に関する件は私は専門外でありますから、その問題には触れないことにいたします。実は紀伊水道を回って気象台、測候所、区内観測所その他民間の観測施設を調べますと、約六十カ所あります。そこでそれらの資料を全部調べ上げれば、相当信用の置ける資料が得られはしないかという希望でありましたが、行ってみますと多くはその設備が非常に貧弱であるとか、あるいは風速計はあるけれども自記しない、あるいはそれが故障があってというようなことで、惜しいかな各測候所あるいは信用の置ける観測の結果というものが得られるところは二、三カ所しかありませんでした。そこで方針を変えまして、当時その付近を航海しておった船はどういうものがあったか、どういうふうな観測をしておるか、そういうものを調べ上げることに変えました。幸いにして小松島の保安部が非常に忙しい中を、詳しい調査をしてありました。その資料は非常に有力なものであったのであります。これは小松島保安部が非常な多忙の中で、よくあれほどの調査ができたものだと非常に感心しておる次第であります。 実はこの事件で何がきまっておるかというと、確認されているのはたった三つの事項があるだけであります。その一つは二十六日の午後六時三十二分に沈没した、事件が起った時刻でございます。その場所は沼島の南端から西南西二百六十三度の約四十メートルの砂泥の上に沈没したということであります。それからもう一つ、その沈没状況でありますが、これは中から出てきましたいろいろな遺体などを調べた結果であります。非常に瞬間的に起ったものだ、つまり「危険、危険」と三連呼して、そのあと全く絶えてしまったというようなことが一つ、救命具をつけて逃げ出そうとした人はたった一人しかいなかった、それはその当時の乗務員であります。ほかの人は全部救命具をつけていない。それから第三の証拠になる点は、その遺体を調べてみますと、肋骨を欠いておる方あるいは打撲傷を受けている方というような方々がたくさんおった、これはつまり船が転覆して、その瞬間ごろごろとやった、そうでなければ説明がつかぬわけであります。こういう事実があるだけであります。そのほかだれも一人も助かっていないのであります。その当時海象、気象はどうだったかということは、全然裏づけするものがないわけであのます。 そこで、ここでは小松島の保安部が調査しました資料あるいは地方測候所、その付近の測候所でやられた気象資料というようなものをもとにしまして、一応大体の目安をつけることにいたしました。 まず船舶の資料でありますが、これは幸いにしまして紀伊水道の東側をあふりか丸、約九千トンであります。それから協明丸、これも同じような船でありますが、その二般が南へ下っておった、大阪を出港しまして紀伊水道に向って航海しております。その記録が非常に有力なものになります。大体その記録によりますと、ちょうど南海丸事件の起った当時の風の速さは、日ノ御岬及び友ケ島水道付近で約二十メートル、風の方向は南々西、そうしてつけ加えて非常に高いうねりがあった、荒天準備をした。なおその当時小型の改E型の船舶は引き返して避難をしたというようなことが出ております。 その次に参考になる資料は、運竜丸というわずか五トンの魚を買い取る船があります。その船はちょうど南海丸が事件を起した当時、ほとんどその真西におりました。それによりますと、その船は南海丸の灯火を見た。それからその当時は非常にどしゃ降りだった。そのどしゃ降りの程度というのは、大体洲本の測候所の調査によりますと、一時間に約十八ミリも降った。これは相当な雨でございます。それから二分ないし五分ことに猛烈な突風が起った。それから非常に高いうねりがきましたので、うねりの下に入りますとほとんどどこも見えない。大体想像しまして三メートルないし四メートル以上のうねりがあった。こういうことが報告された。 その次に参考になるのは喜志丸、これは約十九トンの船でありまして、福良から鮮魚を積んで大阪に向う船であります。当日は午後六時三十分に福良を発しました。当時福良の風は十五メートルであります。そうして潮崎を回ったところで南海丸の灯火を見ておる。ただちょっと不思議なことは、時間に少々の食い違いがあるので、おそらく喜志丸の時計の方の何かの間違いじゃないかと存じます。とにかくそういう状況であります。 もう一つ非常に有力な資料があるのであります。それは巡視船の「さよちどり」であります。「さよちどり」は当時漁業取締りのために浅川という紀伊水道の西側の港に入っております。停泊中非常な突風が起りまして、船が海岸から約二百メートルくらい離れておるところでアンカーがずれるほどのものであって、大体秒速三十メートルだったろうと申しております。ここで実はこの事件を知りまして、本部からの命令で救援に向いました。その途中ちょうど最近できました伊島という灯台がございます。それは紀伊水道の西側の方の四国側の先端であります。そこを回るときに非常に長い強いうねりにぶつかりました。その波の長さは五十ないし六十メートル、波の高さ五ないし六メートル、そうして四十度一方に傾きましてボートをだいぶいためた。プロペラがから回りしたためにかじがきかない。自分自身が非常な危険に瀕して、船の航行の自由を失うほどであったそうであります。このうねりは現場に向うほどますます大きくなったという報告がございます。 もう一つ、徳島大学の江田という教授に会いました。この人は鳴門海峡について非常に詳しいことを知っておる方であります。その人の話によりますと、鳴門海峡には潮筋なるものがある。その潮筋というのは、鳴門海峡は非常な勢いで南流する場合に、その勢いがずっと遠くまで続くということであります。大体これは十月ごろの経験でありますが、その経験によりますと、その潮筋が日ノ御崎の沖合いにまで達するわけです。そうして風がこの潮筋に北に吹くような場合、つまり南風の場合、そういうときにはその潮筋は非常に大きな三角波ができやすい。ざわざわとざわつくということであります。 そのほか各漁民の話をいろいろ総合したものは次のようなものであります。その海難が起った当時、沼島では南の風あるいは南々東の風でうねりが非常に強く、百メートルくらい沖合いを見ますと、まるでうねりが盛り上っているように高く見える。風の速さが約二十メートルくらい。下灘の漁民の方々の話によりますと、ちょうどそのとき風が最も強くて、雨が降って、海面はまつ白で非常にうねりが強かったというようなことがわかったのであります。 ここで波に関しまして申し上げます。これから述べることは、海底の地形とか島の分布とか、そういったものから考えられるところでありますが、うねりや風というものは実は海底の地形や海岸の状況によりまして非常に変形するものであります。うねりについて見ますと、例の淡路島の南端は崖であります。沼島も非常に断崖であります。そういうところへ行くと、波が非常に反射する。進んでくる波と反射する波が合うと非常に高い三角波になる。三角型のうねりになる。それからもう一つうねりというものは、海の深いところは非常に速くなる。浅いところへ行くと非常におそくなる。そういう関係で現地の海の深さを調べてみますと、現地は等深線が北西に向っている関係上、うねりが急に方向を変えるところになっている。それからもう一つは、さっき申しました江田教授の話によると、その当時潮流は南へ向いておりまして、〇・五ノットくらであった。その流れに逆らうために非常な潮の流れができた。いわゆる三角波ができたということであります。 そこでこれらの資料から、実は南の風が紀伊水道の南方からまっすぐに北に吹き込んだ、そうすると現地付近にどのくらいの波の高さになるか。これは経験から見て、論的に計算してみますと、大体三メートルないし四メートルくらいの高さになります。 それから気象観測の結果であります。案はこのときに四国の中ほどに副低気圧ができまして、本低気圧は日本海にあるのでありますが、その副低気圧から温暖前線というのが東の方に延びております。その温暖前線が、海難が起る二時間前に通っております。そういうところは突風が起りやすいわけであります。そういう状況にあった。 それから各地で風の息を調べた。息というのは風が吹いたり減ったりするというものであります。それを見ますと息が珍しく強かった。ことに和歌山の方で非常に強かった。 それからその次はどしゃ降りであります。これはさっき申したように洲本の測候所では十八ミリを一時間に観測しておりますが、そういうどしゃ降りができるということは、その付近に少くも異常な上昇気流が起るとか、あるいは突風が起るとかいうものでなければ説明がつきません。 それからもう一つ、ここのところで考えなければならぬ点は、例の風が紀伊水道の北の方に流れていった場合にどういう工合に分れるかということであります。御承知のように風は地面上をまっすぐに、抵抗の少いところを通って逃げます。走ります。そうしますと、紀伊水道では東の方の友ケ島水道を抜けるかあるいは西の鳴門海峡を抜けるかで、その方向に風が走るわけでありますから、従って両海峡は非常に風が強くなる。実はこれは先年鳴門海峡の調査をやりました場合にはかったのでありますが、その当時徳島の測候所の話によりますと、徳島では約十メートルくらいの風が吹く場合に、南の風でありまして、鳴門海峡では約五十メートルくらいの風が吹く。約五倍の風が吹くということであります。これは非常に警戒すべきところだと考えます。 そこで以上述べました海の上の観測結果及び気象観測結果等に加えまして、さらにそれにいろいろな風の集まり、海底の地形、波の反射というようなものを総合しますと、実はその当時の海象及び気象は次のような結論が出せるのではないかということであります。その第一は、現地では瞬間に突風が吹きますと、大体二十五メートルないし三十メートルくらいの速さになるだろう、その突風なるものはおそらく今の気象庁の観測の施設及び今の気象学の程度では、とうてい予防不可能に近いということであります。それからうねりの上に三角波が乗ったために、八メートルないし十メートル程度の波だということであります。これも非常に異常であります。実は私も昔天気予報に関係したときかありますが、陸上の風と海の上の風を比較する場合に、多くの場合に海上は約五割あるいは多くて十割、つまり倍です。そういう程度のものだと考えておったのですが、今度の調査結果によりますと、海上の風は陸上の三倍ないし五倍も吹いているということであります。これは私は、そこの特異な地形、島の分布、陸地の分布及び海底の特異な地形というようなものに左右されるものでありまして、とにかく極地的に非常に珍しい現象だということは言えると存じます。それ以外のことは、これらの波が起った場合にどういうふうにして船が転覆するかとか、そういう問題に対しては私の専門外のことでありますので、触れないことにいたします。大体のところはこんなところであります。
○正木委員 お尋ねしますが、大へんに失礼ですが、あなた専門は何をおやりになっておいでになりますか。
○須田説明員 私は気象と海洋の方を専門にいたしております。
○正木委員 気象の方はずっと長く専門的におやりになったものでありますか。
○須田説明員 気象の方はずっと長くやっております。
○正木委員 このたびこの事件で上司から命令を受けて御調査に出張されたのですが、あなたが上司から命令を受けたその内容は、気象と海洋と、こう二つだけを命令されたのか、それともそれ以外にこの転覆の原因が一体どこにあったのかというところまで上司から命令を受けたのかどうか、その点をお尋ねいたします
○須田説明員 もちろんでき得れば、私どもの能力が足りればその転覆の点まで入るべきだと思っておりますけれども、そういう能力を持っておりませんから、大体初めからその当時の気象及び海象をできるだけ徹底的に調べろ、こういう命令を受けて参りました。転覆の模様とか機構や何かにつきましては、わざわざ調べることは私の専門外でもあります。もしそうだったら私はお断わりしたに違いないと思います。
○正木委員 そこで私は大臣なり、それから監督局長にお尋ねをするわけですが、ただいまの報告では、いろいろの点で参考になる点はございますけれども、この事件について当委員会としてお互いにこういう結果によってこういう事件になったのであろうという想像論は、やはり突風による三角波によってせつな的に沈没したのではなかったかという議論においては大方の委員の意見というものは一致しておったと思うのです。「危険、危険、危険」という三呼で無電が切れてしまったという事実も、当委員会で明瞭になったのです。ですから、われわれの想像した突風による三角波によってこういう事故が起きたのであろうということの、そのよって来たものを専門的な立場から一応調査した結果を羅列的にこう報告されただけなんです。一つ一つの報告に基いて、一体その気象上の施設に大きな欠陥があったのではなかったか、それからこういうことであるならば、海洋上の調査においても、調査その他においても欠陥があったのではなかったかと言うこともできますけれども、集約して言えることは、やはり突風による三角波がこういう原因であるということは、もう当委員会では繰り返し繰り返しお互いに議論し尽された結果なんですよ。これは今さらあなたから報告を間かなくても、われわれには想像されておったわけです。われわれのこの事件について聞きたかったことは、当局がこの船について検査をした結果、注意を与えた。その注意が完全に守られておったかどうかというところに問題が帰着するわけです。だからこの調査の結果が当委員会で報告されない限り、問題の性質というものは明らかにならないわけです。たとえば一つの例で申し上げると、バラスが十五トンほんとうに積まれておったかどうか。この前の私の質問に対して局長は、それは砂が入っていますというような間違った答弁をして、あとで取り消しましたから、私は追及しませんでしたけれども、バラスと砂とはこれは本質的に違うのです。バラスというものは固形物なんです。砂というものは小さな粒で、これは水でも何でも流れます。バラスとは石ころをもっていうのです。ですからそういうものが完全にその船の中に積まれておったかどうかということは、たとい泥をかぶってもバラスに関する限りは、これはどこへも流れていかないのですから、船底に入っておるわけです。そういうことが完全に一体行われておったのかどうか、その他の注意事項が完全に行われておったかどうかということで、この突風を乗り切ることができたかできないかということの議論の分れ目になるのですが、残念ながらあなた方はそこまでは調査をしなかった、こういうのですか。重ねてお尋ねいたしますが、そういう調査は上司から命を受けなかったのですか。命を受けたけれども、自分の能力をもってしては調査できなかったというのですかその点をはっきりしてもらいたい。
○須田説明員 そういう命令は受けておりません。私どもの専門外のことでもありまして、また受け得られません。
○正木委員 あなたにこれ以上聞いても仕方がありませんが、そこで先ほどからいろいろお聞きしたのですけれども、これはどうしてもよくわからないので、ここを聞いておきたいのですが、有力なる気象資料でございます。有力なる気象資料によると浅川港に入っておった船でございますが、その調査によると突風三十メートル以上、この点をもう一回繰り返してここで御説明を願いたいと思うのです。
○須田説明員 海上保安庁の「さよちどり」という巡視船でございます。それが浅川港に入っておって、そこに猛烈な突風があったということです。
○正木委員 その巡視船が港に入っておった時間は午後三時と、今あなたはおっしゃいましたね。
○須田説明員 その前に入っておったのでございます。岸壁に初めおったわけです。ところが詳しく申し上げますと、それがだんだん南の風が強くなって、うねりがだいぶ入ってきて、そこで岸壁におるのは危険だというわけで、港内に投錨して、十分荒天的な準備にかかったわけです。そのときに南方から非常な突風が来て、いかりがどんどんずれた。そして非常に危ないということを感じた。その時間は約十五分間ぐらであった。これが突風が非常にあったということの証拠になるわけです。
○正木委員 その時間は午後三時と今あなたがおっしゃいましたが、間違いありませんか。
○須田説明員 間違いありません。
○正木委員 そうしますと、午後三時に避難をしなければならないほどの十五分間近くにわたる突風があった。しかも先ほどのあなたの御説明では、それが三十メートル以上だった。ところがこの船の実際の事故は「危険、危険、危険」という三個の連呼のあの時間が、ちょうど六時三十分前後なんでございますね。そうすると、この午後三時と六時三十分という時間のズレについて、あなたは気象及び海洋上の専門家だとするならば、何かここに疑問が出ませんでしたか。疑問が出て何か調査をなさいませんでしたか。
○須田説明員 そういう突風というものは、おそらく副低気圧がだんだん北に進むにつれて、だんだん北に移って参る。だからその副低気圧に沿うてできる現象なんでありまして、ちょうど南海丸がぶつかった当時に、あれを説明する一つの有力な資料になると考えられます。
○正木委員 ここでまた一つ私疑問が出たことは、午後三時ごろそういう気象上の現象が現われたとするならば、私は南海丸の出港とその他の前後を想像してみて、私は船乗りとしての経験、それから海に関する一つの経験の上に立って、きょうは危険だという感じがどこからか出なかったものかどうか、こういう感じ方がしてならないのです。それからもう一点は、あなたが最後に述べた言葉の中で、現地における突風というものは二十五メートルないし三十メートルであった、今の施設をもってしては、とうてい想像だもできないものである、従って三角波等において、八メートルから十メートルの高いものであったと思う、こういうこともおっしゃいました。その次には、自分の経験から言うと、陸上と海上と比較すると、陸上よりも五割ないし倍だ、ところが今度の場合調べた結果、三倍から五倍だ、こういうこともあなたはあなたのノートにあるのだとおっしゃった。こういうことから勘案してみて、あなたは気象と海洋に関する専門家なんですから、この前後について、何か大きな疑問とかそういうものは起きませんでしたか。あなたが専門家であるがゆえに、私はお尋ねするのだが、学究的な良心で、とことんまで突っ込んで、この原因を自分の専門家の立場から確かめるというような感じ方をもって、何か御調査なさったことはございませんか。
○須田説明員 その点で実は徹底的に調べようとすると、どうしても海の波、海のうねり、海難ですね。それと、その付近の気象観測を徹底的に調べなければだめでございます。現在では沿岸近くの気象報というものは、案外入ってこないのです。ですからそこでやろうとすれば非常に困難である。そこで実はわれわれの今考えてるのは、将来何か適当な機会があって、低 気圧が日本海に入ってくる、あるいは台風が来て、紀伊水道は非常に南の風が発達するような場合に、果してそこにどんな波が起るか、どんなうねりが来るか、それを一つ観測してみたいという希望を持っております。そうすると、似たようなコンディションならこういう波が起るのではないかと、大体目安がつくのじゃないか。
○正木委員 そこで私は担当局長にお尋ねするのですが、当委員会で私は再三再四お尋ねして、なおかつ納得がいかないのです。今もお尋ねした中で申し上げたのですが、監督してあなた方が命令をしたバラスが十五トン完全に積まれておったのかどうか、その他の事項についても完全にそれが守られておったかどうかの調査は、どうなっておるかをここで明らかにしていただきたい
○山下(正)政府委員 その点につきまして、先般の委員会で御報告申し上げましたように、復原性の基準におきまして、この前の検査におきましては完全に実施されて、バラスの搭載の問題も、また船の施設の問題等につきましても、検査をいたしておりますから、当時におきましては、船は復原性基準に関する限りにおいて合格しておった、また安全法の見地からも合格しておる、こういうふうに存じております。
○正木委員 重ねてお尋ねいたしますが、注意をした結果、復原の問題については完全にそれを実施しておったから合格したのだ、こう了解してよろしいのでございますか、
○山下(正)政府委員 その通りでございます。
○正木委員 合格しておったということが確認されておるわけですが、この転覆した船が今はもう浮き上っておるわけですが、その現地調査の結果はどうなっておるのですか。
○山下(正)政府委員 バラスの問題から申し上げますと、いわゆる小石を積んでバラスにしておったようでございますが、船の浮揚に伴います排泥作業の際に、砂にまじりまして小石等が相当出ております。従いまして幾らバラスを積んでおったか、それを確認するというようなことは、実際問題として不可能でございまして、いたしておりません。それから船の転覆しましたあとにおきまして、果して検査通りになっておったかということにつきましては、現状が相当大幅に変っておりますので、それを再確認するということは、引き揚げてからは不可能なはことに属するわけでございます。従いまして私どもは沈没船の検査におきまして、十分な安全法または復原性規則の上でやりました事項が、船長または会社側の良好な管理のもとに、完全な状況で動いておったというふうに存ずるよりいたし方がないわけでございます。その点御了承願いたいと思います
○正木委員 最後に、これはどなたにお尋ねすることになるのか知りませんが、こういう事故に対する唯一の機関である海難審判所としての調査の結果の報告等があれば、この席上で中間でけっこうでございますから伺いたいと思います。
○中村国務大臣 理事管は行っております。あるいはまた東京の方の審判長官も行っておりますが、まだ中間報告は来ておりません。またこれは最後の審判まで私どもも手に入らないのじゃないか、こういうふうに思っております。
○正木委員 表面上の理屈からいえばそういうことになると思うのです。しかし審判所としては、一応調査したものは、当該局長を通じて大臣に非公式であっても従来のあれから見ると入ってきておるのだ、こう思うのです。ここに公けにそのことを発表することに差しつかえあるとするならば、私の方から委員長にお願いして速記をとめてもいいから聞きたいのです。今水路部長が気象、海洋の専門的立場から、水路部長として上司の命を受けて調査した結果は、大体一つのこの海域地区における参考資料にはなるが、ここで各委員から繰り返し繰り返し議論されているのです。想像はせつな的な突風が起きて、そして三角波が起きて、それでいったのだ、こういうことなんです。結果からいうと同じことなんです。それから当局が検査の場合注意した事項については、船の会社なり般長はその注意を完全に守っておったのだ、こう言うのです。ただこれだけでは何としても毎年のように繰り返される近海航路に対するこの事故による犠牲者に対して、私の良心は何としても許さぬのです。一体こういう日本の近海に繰り返し繰り返し起きていることを、われわれの力で防ぎ得ないのかどうか。だとすれば、これほど政治上の貧困はないのです。私は人間的な良心が許さぬのです。ですから大臣がほんとうにお知りにならなければおのずから別ですが、あなたのお耳に入っ ておるのであれば、私はその性質上から見て速記に残すことがいけないならば、私の方から委員長にお願いして速記をとめてもらっていいから聞かしていただきたい。大臣いかがですか。
○中村国務大臣 あなたのお考えも私の考えも同じでございまして、これは早くほんとうにどうしてそういうふうな遺憾な事件が起ったかということをはっきりしなければならぬ。そうしなければ、なくなった方の霊を慰めることはできない。また海運行政の上から申しましても、これはぜひそうしなければならぬのでありますが、海難審判庁の中間報告は私はまだ手にいたしておりません。言ってきておりません。しかし先日も小山委員からもあなたからも御質問のように、私はこの水路部長の研究をある新聞で見たのです。相当よく研究してあった。しかし君の研究は一体実際に行ってやられたらどうか、しかしどういう調査をせられるかは保安長官と御相談を願いたいと言って、私は出張をしてもらいたいということを申したのです。その結果、私どもといたしましては非常に示唆に富んだ報告を受け、これをこのままにしておくべきものでないと思いまして、この間のあなたの御質問、また小山委員の最後の御請求もございましたから、きょうは水路部長をして報告させたわけでございまして、その点は私もまことに同感でございます。ただ保安庁にいたしましても、船舶局にいたしましても、その他海運局関係からなっておりまする対策本部というもので、この間この委員会にも文書をもって御報告申し上げました通り、対策はぜひこれを実行しなければなりません。従ってあの線に沿うて、あるいはまた皆様の御意見に沿うて、私は今後海難事故防止というものは絶対にやらなければならぬと思っておるのであります。
○正木委員 最後に水路部長、あなたにお尋ねしますが、あなたの報告の中で、この五トンの運龍丸がちょうどこのときあったわけですが、二分から五分の間にわたって突風が起きて、そのうねりが三メートルから五メートルで、うねりの中に入ったときには一切がわからなかった、こういう報告であったと思いますが、この乗組員について直接あなたはこういうことをお聞きになったのか、他から聞いたのか、この点をもう一つ明らかにしてもらいたいと思うのです。 それからこれは気象関係の方に質問ということになると思うのですが、私の記憶違いかどうか、私実は速記を持ってきておりませんですが、あなたの報告の中でしばしば出た言葉は——この十八ミリに達する豪雨があった、これは実は私の記憶では初めてきょう明らかになったような気がするのですが、気象関係の方がお見えになっていれば伺いたい。
○須田説明員 雨の方に関する点はあとでお答えがあると思いますが、第一の方の御質問についてお答えいたします。その結果は、小松島の保安部が当時の船をみな調べて、詳しい調書を取っております。これにはそれは入れておりませんが、その調査は非常に詳しい、信用の置けるものなんです。それを見て判断したわけであります。なおここで調書を取る場合に下手をやると誘導尋問式になるおそれがある。それは向うで聞いてみました。そういうものが入ると非常に実際を誤まる結果になるがどうか。そういう誘導尋問式のことはやらない。大体事件が事件で、そのとき起った犯罪なんかと違うのだから、何も向うでうそを言う必要はないので、その通りのありのままを聞いてノートしたのだ、こう申しております。
○肥沼説明員 ただいま正木先生から雨はどうであったかということでございます。今まで雨のことは報告してございません。それは私どもの方が地方から受け取りました報告、あるいは私どもの方で調べて書いておりました天気図、これからは非常な豪雨というのは何も出ておりませんし、予想もできないものでございます。先ほど水路部長のお話にもありましたように、三時ごろ非常に風が強くなった。これはあの低気圧についていた温暖前線が通過したことで、これは予想していたごとでございます。それからその後晩の九時、十時ごろまた風が強くなった。これはあとについてきた寒冷前線です。それで南海丸の沈没いたしましたのはその間でありまして、南から風の吹いている温暖域とわれわれ申しておりますが、その区域であります。その区域にはそんなひどい豪雨が降るということは、今までも私どもよく知りませんでしたし、今度の記録から見てもそういうことは判断できませんでした。実はこの雨につきましては水路部長からお話を聞きまして、私どもも資料が十分ありませんでしたので、船の報告などをあちこちから集めまして、その結果知ったのであります。そういう豪雨があったということは事実のようでございますので、それについていろいろなぜ降ったのかというような推定をしてみた程度でございます。
○正木委員 気象関係のあなたにお尋ねするのですが、そういう豪雨がくるであろうというようなことは、今の気象学上の技術といいますか、そういうものでは、結論からいうと残念ながら知ることはできないのだ、こういうように了承してよろしゅうございますか。
○肥沼説明員 気象の技術は、最近数年来いろいろの観測が進みまして、どんどん進んでいる最中でございます。今のような豪雨は、実はそういう例があるかもしれない、あるいは起り得るのだというような非常にまれなケースでございますが、推定はできる段階だと私考えております。その一例といたしまして、長崎の海洋気象台が海上保安庁と協力いたしまして、東シナ海で冬など突風がよく参りますが、その突風が来るそれよりもっと前の方で、つまり今の南海丸のひっくり返った温暖域に相当するようなところでございますが、そういうようなところで空気が非常に不安定になって豪雨などを起し、あるいは突風が起りやすい、そういう事実をつかんでいる例がございます。しかしこれは一回の調査でございますので、まだ私ども予報の技術の段階、そういうものを十分考慮して始終使っておるという段階にまで至っておりません。
○正木委員 気象関係のあなたにお尋ねするのですが、実は洞爺丸その他の大きな事故を起して以来、私の非常に強く受けている感じ方は、残念ながら気象関係というものは日本では非常におくれておるのだ、何としても大幅な予算を取って、一時も早く気象関係だけは充実させたいものだ、これはひとり私ばかりの意見ではなかったと思います。残念ながら三十三年度の予算においても、気象関係の予算というものはほんとうに微々たるもので終ってしまった。ですから気象関係に相当の大幅な予算を増額して、気象関係を充実することによって、水路部長から報告になったいろいろの点で解決し得るものが多々あるのではないかという気がしてならないのですが、それに対してあなたはどういう考えですか。
○肥沼説明員 ただいま非常にありがたいお言葉をちょうだいしたわけでございますが、私どもの天気予報の技術というものは、非常に口幅ったいことを申すようでありますが、それほど外国と遜色があるとは思っておりません。ただ外国の気象と日本と比べまして、どこが違うかと申しますと、外国の気象業務は主として航空を主体にしておりまして、国土の広いところでは災害のようなことをそれほど——これは二次的にして、第一次は航空ということになっております。また東南アジア方面では、ほんの飛行場があるところだけ気象をやっておるような現状だと私想像しております。ひとり日本は災害が非常に多いために、技術はそれほど劣ってはいないつもりでありますけれども、ひんぱんに災害が起る。なぜ日本の近くで気象の変化が非常に激しいかということは、学校の講義になりますのでここではやめますけれども、非常に多い、そういうことでございます。最後のお言葉でございますが、何かさしあたり予算的の処置をして改善はできないかというお言葉でございます。日本のようにあちこち沿岸航路、小さい船がたくさん運航しておりますところ、そこの全部の場所の気象を把握するには、相当のたくさんの気象の観測をすると同時に、これに通信施設もあわせまして、それを即刻集めるということで、膨大な経費が必要になるものだと思います。しかし重点的にやるということを考えますと、私戦後の海難のことを調べてみたのでありますが、たしか八件か九件大きな海難がございまして、そのうち洞爺丸とそれから鹿児島湾の海難、この二つを除きまして、あと全部は瀬戸内海でございます。そういたしますと瀬戸内海だけは、全部は無理といたしましても、何とかしなければいけないということは考えております。これはとにかく急ぐことだから、さしあたり予算のやりくりでもやって少しでも何とかしたいということで、今度事件がありましたあの辺の近くの島にでも、ロボット観測と申しまして無人の観測でございますが、そういうところで観測をして、少しでもお役に立てたい、こういうような計画も進めている次第でございます。
○正木委員 どうでしょう大臣、せっかく旅客船事故防止対策委員会をあなたは御心配してお作りになった。そこで考えさせられる点は、予算を大きく伴うものは、これは別として、恒久対策として、幸い水路部長からこういう報告を得て非常に私どもも勉強になったような気がするのです。ですから私はこの際気象関係と、水路関係と、それから学者の中でも先ほど言った徳島大学の先生、こういう限られた海域で専門的に研究している方があるわけですから、そういう総合的な調査班のようなものを編成して、これは膨大な予算などかかるものではないと思うのですよ。そして知識と学識と経験を総合して、瀬戸内海のこの問題の起きているここならここでもいいから、私はこの際やはり責任ある調査を完了しておくことが必要ではないか。せっかくあなたの手元でこういう対策委員会を作っいるわけですから、これを有効に生かす。しかもこういうことは、善は急げですから早い方がいいと思います。私はこれを第一におやりになったらいいこう思のですが、いかがですか。これはあなたに対する相談です。
○中村国務大臣 ごもっともなことで、私も南海丸の事件に接したときには、一体最近の歴代の運輸大臣は必ず一つ海難の大きなものにぶつかっている、何という悪い宿命だということを感じまして、私もずいぶん心配をいたしました。そして海難審判ということは数年もかかるゆうちょうなことで、私もはなはだ遺憾だと思う。しかしそれを調査するには相当年月もかかることでございますから、私はその点は深く追及しなかったのですが、幸い水路部長に行ってもらってやや私もわかってきたのでございます。そこで今御指摘のような対策本部をこしらえてやらしたわけでございますが、それについて予報部長から申しましたように、あの海面に海洋気象をキャッチするような施設は、これは新しい予算の中において、方法をもってすればわずか百万円くらいで足るものというふうに私は記憶いたしますから、こういうものはやりたいと思っております。それからさしずめ本部の案にございましたように、海務監督を受けよということをあの会社へは私は言っておきました。その条件をもってわか丸の就航を許したはずになっておるのでございまして、こういう禍を転じて福となすという努力は私もいたしておる次第でございますが、しかし根本の原因を突きとめていくということは、最も必要なことのように思っております。
○正木委員 大臣、あなたの方の対策委員会は、一応文章としてはあれもやるこれもやる、要項としては一応こう出ているわけですね。しかし私は実際問題として、要項として出ておっただけではいかぬと思うのです。ですから僕は、きょう水路部長の各項別に個条書きに報告になったものを聞いて非常に示唆されているのですが、そう金がかからないのですが、関係局長がこれを実施すれば予算が伴う、しかし今の場合、せめて気象関係、それから海洋関係、それから部外者であってもいいから、特定の地域を専門的に調べているこういう学者も動員して、私はこのことを専門に調べただけでも、これは大へん得るところがあると思う。こういうところは一つあなたがやられれば大した金はかかりません。これはおやりなさい。私はこれだけを強く申し上げて、私の質問を終ります。
○赤澤委員長 小山亮君。
○小山(亮)委員 南海丸事件を通じまして、運輸当局の方々に私の気持をまずお話をしたい。というのはいろいろな事件が、たとえば洞爺丸事件が起きる、紫雲丸事件が起きる、あるいは第五北川丸事件が起る、また南面丸事件が起るという場合に、われわれは真剣に事件の原因を追及して、そしてその原因を追及した結果、再びそういうことのないようにしたい、こういうように考えて質問をしておるのです。にも かかわらず、各説明をされる方々のお話を聞きますと、何かベールをかけたような説明をされる。原因をはっきりわからぬようにぼかして説明をされる。部下をかばうというようなこともあるでしょう。あるいはいろいろなよそからの圧力とでもいうか、何かの干渉によってそれにはばかって、そして事件の真相をあなた方は考えておりながら、それが言えないということもあるでしょう。しかしこの事件のために遭難した遭難者の家族の気持になってごらんなさい。またそれとともに、同様に海の上を航海する大ぜいの私ども同胞が、安心して海の上の航海ができるように、命を守ってやれるように私たちはしたい、だからやるのです。だからあなた方にいろいろな聞きたくない質問でありますが、聞くのです。にもかかわらずあなた方が自分の面子であるとか、あるいは自分の立場とかだけにこだわって、ほんとうに社会のためになることを言わなければ、いつまでたっても原因が突きとめられない、いつまでたっても海難は絶えないのですよ。私はまず第一にその立場に立って質問を申し上げたい。 私は須田部長のただいまの御報告を受けましたが、御報告だけでは非常に不満足なんです。須田部長が視察に行かれたことに私は多大の期待を持っておった。というのは、南海丸事件が起きましたときに、須田部長は南海丸海難の反省ということを新聞に書かれました。私はそれを読んで、やはり運輸省の中にもちゃんと事件の真髄を突きとめて、真剣に考えている人があった、私と全く同じような見方をしておられる人があった。それでこういうような人がたくさんおれば間違いないな、こう思った。将来海難というものは根絶することができるのだと私は思った。しかし今のお話を聞くと、専門的立場じゃないから言えないとかなんとか言って、ある点にくると、肝心な点はぼかしておられる。これじゃだめなんです。その専門であってもなくても、とにかく須田さんは理学博士であって、長い間海洋気象から水路の問題に関係しておられる人が、海の問題に対して、専門家でないわけはないですよ。船こそ作らなかったかもしれないけれども、海に関しては権威者じゃないですか。その人が私は専門家でないから言えないというばかな話はないですよ。私は造船の学理を聞くのじゃないです。ここに書いてあるのですよ。この書いてあることは、須田さんが調査においでになる前に書かれた。再び調査に行かれまして、新聞に発表されたことに間違いがあったかなかったか。寸毫の間違いがあったかなかったか、あるいはああ書いたけれども、ここに間違いがあった、間違いがあったらあったでよろしい、なかったらなかったという、そこだけをはっきり伺いたい。
○須田説明員 大へんまじめなお話を伺いましたが、非常にけっこうなことだと存じます。実はしろうととしてももちろん、それだけの波が起り、うねりが起れ、突風が起ったということになると、一種の意見を出すことができると思いますが、それにはその方面のりっぱな専門家がおるということで、実は御遠慮申し上げたわけなんです。
○小山(亮)委員 そんなことを伺っているのではないのです。あなたが調査においでになる前に新聞に御発表になったことと、調査においでになった結果が同じであるか、あるいはどこか違っておったか、いろいろな気象の関係、そんなことは私は聞きたくない。簡単にあれがほんとうだったかどうかということだけ伺いたい。
○須田説明員 気象及び海象に関する限りにおいては、私はほとんどよく合っていると思っております。
○小山(亮)委員 気象とか海難とか、そういうことではなくて、あなたが書かれて責任を持って新聞紙に発表されているのですから、間違ったことをお書きになるわけはないでしょう。確信を持ってお書きになって間違っておったら、あそこが間違っておったということが言えるはずだからそれを聞いている。間違いがあったかなかったか。私はそれによって責任を追及する、そんなのではないのですよ。
○須田説明員 少くもさっき申し上げたように海象及び気象に関する結果、これは大体自分が出かける前にいろいろ資料を集めたものとよく合っておりますが、船の方に関する問題は、ある程度の私見なんでありまして、私個人としての意見なんでありまして、これはそう思ったというだけで、そういうふうに軽くとっていただきたいということでございます。
○小山(亮)委員 それはそれでよろしい。それなら私ちょっと伺いますが、あなたはさっきの御報告で、遭難した人を見たところが、水を飲んで死んでいる人はない、救命具をつけて死んでいるのはコッター人だ、それからほかの死んだ人を見るとみんな肋骨を折ったりして打撲傷で死んでいる、瞬間に中でもってがたがたといって、水が押し込んできて水を飲んで死んだのでない、こういうふうに言っておられた。これはあなたばかりではない、今までの海上保安庁の説明もそうですから、これは瞬間にいったと思う。きわめて珍しいできごとです。私も十七年間の海上生活をした履歴を持っております。それであって、私は実にきわめて珍しいできごとだと思う。すでに瀬戸内海においても復原性を持っておらない船が沈没した。青葉丸の場合でもみんな水を飲んで死んでいる。ただ戦争前に海軍の非常に小さい軍艦が大砲やその他の武装を強くしたいために、復原性を忘れて武装をやった。それがために駆逐艦が二隻、一隻は硫球沖で、一隻は朝鮮沖で沈没した実例があります。それは遭難した人がどんなふうな死に方をしているか私は知りません。また捜査もできなかったでありましょう。おそらくそれがこの南海丸と同じじゃないかと私は思うのです。そのほかには客船で転覆したのがありますが、水を飲んでおらないというのは ほとんどないのですから、これはきわめて珍しいできごとでありまして、これは特殊のことでなければならない。そこでこんな遭難をなからしむるにはどうしたらいいかということになりますが、出なければいいわけです。率直に言うと、こういうときに船が出なければ遭難しなかった。出たときにどんな船でも——あなたが言われた気象状況においては、どんな船が出てもで絶対に沈没するものか、こういうことになるが、私はそうは思わないのですよ、というのはあなたが言われた御報告を伺っておりますうちにそれがわかりますが、あふりか丸、協明丸、これは大きいですからそういうことはないにしましても、運龍丸というわずか五トンの船です。それが真西におった。それが沈没しておらないでしょう。それから喜志丸十九トンというのがその付近におった。やはり突風のうねりをみな体験しておる。それでも沈没しておらない。「さよちどり」は停泊中ですから、そういうことはありますまいが、こういうような付近におって、少くも南海丸の遭難の状況を目で見られるようなところにおった船ですら沈没しておらない。しかるに南海丸というのは新しい船なんです。できてからわずかに三年くらいしかたっていない。それがこんな五トンの漁船や十九トンの漁船が沈没していないのに沈没した。しかも瞬間に沈没したということになりますと、それは気象状況が悪かったでしょう。いろいろあったでしょうが、それ以外にまだ、他に何かの原因があるのではないかということは、しろうとが考えても考えられるのじゃないでしょうか。そこであなたの書かれた——あなたの御私見でありましょう。御私見でありましょうが、これは貴重な御私見であると思いまして、大臣がやはりこれを見て、何か胸を打たれるところがあったでしょう。あなたを指名して調査にやられた。私は大臣のやられたことは非常によかった、いいことをやって下すったことだと思った。従って今日御報告なさるあなたは、あなたの立場において、常々と自分の所見を御発表になるかと思っておったのです。そのくらい私はあなたを高く買ったのです。ところが今お話しになると、気象と水路のことだけで、あとはおれはしろうとだ、これでは調査にならないのです。それではそのくろうとの人はというと、船舶局ということになる。船舶局の方へ聞くと、その答弁はベールを張ったようになってしまう。どんなに内容を手を触れてつかもうとしても、つかめないような答弁になる。それは私はあなたの立場はわかりますよ。さっきも言った部下を考えたり、あるいは自分の立場を考えたり、いろいろ他に遠慮なさるところもあると思う。その苦しみはわかる。けれども私は、相当今までの委員会を通じて、だんだん自分が調査したことをこまかに質問をしていきまして、大体私がつかんでおる結論は、私の見方が間違いでないということを考えております。かたく信じておりますが、あなたがこの原因というところで、これはやはり船の構造ということを非常に強く書いておられる。「南海丸は非常に安定度の悪い船だということをしばしば聞いた。」これが一番先の書き出しであります。これはあなたの書かれたことを、私がここで読 み上げるのですが、これは新聞に書かれたのだから、手紙ではないから差しつかえないと思う。「紀伊水道、津軽海峡、豊後水道や対馬海峡のように外海の気象、海象が直接波及する所の定期船は船体の構造や検査を厳しくし外航船に近い安定度と凌波性を持たせること」と書いてある。これは全く私はその通りだ。それから「安定度の検査は静力学的のもの以外に運動学的方法も加味すること。台風や低気圧による海難は全く純物理学的のものであるが、こんな場合の海象、気象の調査観測は不可能ではないからその施設を装備すること」それから「競争航路をさけ安全第一の優秀船を就航させること」さらに「船員に海上法規を守ることを強く要請すると同時に経済的に施設不能な装備に対しては国家的補助を与えること」これなんかは、当委員会においてこの間決議をして出しました国内旅客船の共有公社、その案を暗示しておられるのです。こういうような意味で、私はこの出された私見を非常に尊敬して拝見しているわけなんです。最後に「各種の海難予防週間での普及宣伝大いに結構だが、逆に海難の原因を各方面から、地道に科学的に研究調査することなどである。」といって結んである。いいですか。私はこれをやりたいのですよ。地道に各方面から科学的に研究したいのにもかかわらず、あなた方は、おれの持ち分はこれだけだからここでは話せないということになれば、これはだめなんです。結局あなた方が、日本の海難を全滅させようというりっぱな官吏の精神から、ほんとうにこれをやろうという気持があれば、気がねなんかなさらないで、自分の御私見をどんどん御発表になったらどうですか。私は今日、水路部長としてのお話よりも、須田さん自身の、今度視察された問題に対してあなたの私見をできれば詳しく伺いたい。私は、あなたの私見を伺ったからほかの者が責任をとれ、そんなことは言いはしません。またそれなことができるはずがありません。しかし大臣としても、その私見を私どもと一緒に聞きたいことだろうと思うので、どうかお話し願いたい。
○須田説明員 今の船舶の海難に関して、一番初めに、船体構造がもし弱いとすればという、実は仮定なのでございまして、実はその安定度が悪いということは、海上保安庁でいろいろ皆さんが話し合っているときに、私はこういう経験があった、私はこういう経験があったというようなことから判断したのです。もしそういうふうな安定度の悪い船であったとすれば、そのうしろにあるような結論は当然出てこなければならぬものだと思うのであります。
○小山(亮)委員 あなたがごらんになって、あなたの御経験から、今私が言いましたように、死んでいる人がショック死であるというきわめて珍しいできごとから見て、この船にもっと安定度があったら、この程度の突風は避けられた、うねりは避けられた、こういうふうに私は思うのですが、御私見はいかがですか。
○須田説明員 大体突風で突発的に転覆したというようなことが、結局ショック死の問題になるのだと思うのでありまして、転覆したのは確かにそう時間はかからなかったのではないかと思います。実は御承知の通り、明神礁で私どものところの観測船の第五海洋丸が転覆して、三十一名の犠牲者を出したことがありますが、その当時もできるだけ広く専門家を頼みまして、資料はこちらの方からできるだけ供給しまして、最後の結論を出しておりますが、その場合も全然死体というものは上ってきませんでした。全く上ってこられる時間がなかったらしいのですが、それによっても、巨大な波によって転覆したということで解決ついたのでございます。ショック死とか、方々骨折を起すとか、打撲傷があったということは、確かにある瞬間に転覆したということだけは私は確認できるのではないかと考えます。
○小山(亮)委員 この船は四百九十五トンの船です。それにお客が四百四十四人です。大体常識的に考えても、四百四十四人くらい乗っておる船は六百トンくらいの船が普通なんです。ところがこれは四百九十五トンに四百四十四人というのですから、ほとんど一トンに対して一人というような非常に欲ばってお客を乗せるようにできた船です。しかもその小さな船が、速力は十三ノット半です。非常に高速力の船です。従ってそういうように速力を出そうとすれば、船体を細く作らなければならぬでしょう。船体を細く作るから水中面積が少くて、お客さんを上に乗せようとするから、水上の面積が大きいわけですね。だから風を受けますと、風圧面積と水中面積を比べると、あまり差がひどいというくらいに風圧面積が大きい船です。だから風を受けるということは、これは船にとっては非常に危険なんですね。おまけにできたときから、この船に対しては運航注意書というようなことをやっております。これは復原性がないから、かじを大きくとってはいけないというようなこと、あるいは上甲板に人間を大ぜい乗せちゃいけないということ、そういうような注意書をやっている。一体観光船で、上甲板に人間が大ぜい乗っちゃいけないというふうな船はちょっとないですね。瀬戸内海の付近の観光船は、外を眺めることが目的なんです。お客の楽しみなんです。それを上に乗っちゃいけないという。それは風が吹かないときも、やはり大ぜい乗っちゃいけないという注意書がある船なんです。そうしてその注意書をやった前に、船にどういう設備をしたかというと、新しい船に対して、船尾のアラター・ピークというのに二十三トンの水を入れ、船首のフォア・ピークに十一トンの海水を入れて、しかも船底に十五トンのバラストを積んで、四十九トンのバラストです、両方合せて。それを航海するのにしょっちゅう持っていなければいけないということを条件にして、この船の運航を許しているわけです。そういうことをやって、注意書をやってあるのだから、法会には反しておらないのだということを船舶局長は言う。なるほどそうすれば、法令に反してはおらないでしょう。けれども国家経済からいいますと、何にも役に立たないものを、四百九十五トンの船が五十トン近いバラストを始終積んで、燃料をたいて動くということは国の経済からいって、こんな不経済なことはないのです。そういう船ができるわけです、ただ欲ばってもうけ本位に作れば。これを取り締り、監督するのが私は海運局の務めじゃないか、こう思うのです。もしそれが法制上そうやったから差しつかえないというなら、それはそれでよろしい。今の役人には罪はないでしょう。ないが、その法律をもう一ぺん検討して、改める必要はありはしないか、そんなことをしないでいいように、船の安定度ということをもっと強く考えて、船を作らなければいかぬというように、法制をもう一ぺん再検討する必要がありはしないか、あるいは取締りの方法をもう少し考え直す必要がありはしないか、私はこういうふうに思うのです。私ども委員会は、南海丸の遭難者が非常に因っておられるといったところで、その跡始末をするような権威を持っている委員会でもないのですから、ただこうしたような問題を再びなからしめる方法を、政治的にあるいは法制上、これができるならばそれをやりたい、こういうことなんです。今さらこういう役人の一人や二人の責任者を出したところが、こんなことで海難がなくなるのじゃないですから、そんなことは考えてはおりません。ただこういうことをなくなすための今後の処置をどうしたらいいかということを真剣に考えたい。それでこうやってあなたにもいやなことを繰り返し繰り返し伺うのは、ほんとうにあなたもやはり私どもと同じように、海難を再びなくなそうとする気持があるならば、私はやはりあなたの私見を堂々とおっしゃっていただいて、ともどもにこの国の海難をなくすために、ともどもにこういう問題を憂えたい、こういう気持なんです。そこで私は伺ったのですが、あなたは立場上、国家のことはどうでもいいのだ、おれは自分の立場がかわいいから言わないのだとおっしゃるなら、おっしゃらないでいいが、もう一度伺いたい。
○須田説明員 どういうふうな取扱いをするかということに関しまして、対策になりますと、これはいわゆる国策的なものになりましょうから、われわれの口をいれるべき問題ではないと思いますが、ともかくこういう海難を何とかして根絶するような手段を講じなければならぬということは、私は常に感じております。実は神戸の海洋気象台に奉職しているころから、私は海難に関しては非常に深い関心を持っておりまして、これをどういうふうにしたら防止できるだろうかということを常に考えております。それから学術会議に海難防止会というものができました際にも、いろいろとみなして意見を戦わしまして、最後の結論まで出ております。けれどもこれは実行されるに至りませんでした。決して自分の責任のがれでもってそういう私見的なことを述べかないというわけではございません。自分のできる範囲内において最善を尽して、何とかして海難を防止したいということを熱心に希望しております。
○小山(亮)委員 これは幾ら伺っても、これ以上おっしゃらぬでしょうから、伺う必要はありません。あと柳田君の質問がありますから、これでやめます。
○赤澤委員長 柳田秀一君。
○柳田委員 私は簡単です。運輸大臣にこの際お伺いするのですが、先般衆議院、参議院それぞれ日ソ通商協定を承認いたしまして、近く両国の間で通商協定に対するいろいろの細目の取りきめが行われるのでありまするが、当然ナホトカ—日本間の定期航路は日本海側の港及びナホトカ間というふうにわれわれは理解しておったのでありまするが、最近の伝える空気では、指定を受けた山下汽船、川崎汽船、飯野海運の三社においては、日本海の港ではなしに、いわゆる瀬戸内及び太平洋側の港とナホトカとの間に定期航路を作りたいというふうに伝え聞くのですが、この間の事情はどうなっておりますか、運輸大臣から伺いたい。
○中村国務大臣 あの航路につきましては、八つほど希望者があった。その書類を私が見たところによりますと、日本海方面もあります。同時に表日本にも入ると書いてあります。表の方は別といたしまして、私はナホトカと日本海諸港、ことに日本海方面は予算におきましても港湾の整備もいたしました。またあの辺の産業発展のため——私は裏日本という言葉はなるべく避けておりますが、裏だといわれるくらい恵まれなかった。そういう産業もだいぶ発展してきましたけれども、まだだいぶおくれておる。そういう意味におきまして、私は日本海方面とナホトカの航路に経験とまた歴史を持っておりまする山下、川崎、飯野、この三つのジョイント・サービスということにいたしたのでございます。ところが、私もあなたと同じようなうわさを聞きましたので、十数日前に三社の代表者を運輸省に招きまして、実はうわさによれば、と私もうわさという言葉を使いました。うわさによれば、日本海方面に入らないということであるが、一体あなた方は日本海方面に入るという港の名前まで書いて申請をしてきておるのです。それを申請されて、許された場合になったら入らぬというようなことは、私をぺてんにかけているのだ。私はこういう言葉を使ったのです。私をぺてんにかけているのだ。考えを言うてきてもらいたい。われわれも決意するところがあると私ははっきり申しました。そこで、あらためてあなたの方で申請通りやられるのか、やられないのか、文書をもって回答してきてもらいたいということを要求いたしましたところ、先週の月曜日に私あてに文書をもって回答がございました。それによりますると、荷動きによって小樽、函館、新潟、伏木富山、敦賀、舞鶴、ここを航路としてナホトカ間に誠意をもって従事したい、こういうことがございましたから、私はこの三社とも予定通り日本海とナホトカの定期航路に荷動きによって努力するというふうに信じております。なお極東海運公社の代表者は選ばれましたけれども、まだいつ来るとも返事がございません。おそらく五月ころには向うからもやってこられて、この三社とが協議をして物事が運んで、日ソ航路というものがここに確立していくだろうというふうに私は見通しておるのでございまして、お尋ねの日本海の七つの港には寄るという誓約をいたしましたから、どうぞ御了承を願っておきたいのであ ります。
○柳田委員 ただいま大臣から実に明快に御答弁になりましたので、これ以上深くはお尋ねしないことといたします。ソビエトと日本との間に通商協定が結ばれて定期航路が開かれるならば、オデッサー日本間の日本郵船に指定された分は太平洋岸の方に回るということも考えられましょうが、ナポトカ—日本とかいう定期航路ならば、ま た戦前の実績から見ても、当然これは日本海の港を除外して考えるということは私はおかしいと思うのですが、ただいま非常に明快に御答弁になったのでこれ以上追及しません。問題は、今大臣も表日本とか裏日本とかいう言葉は言いたくないとおっしゃいましたが、現に日本がアジアに向いて、しかもアジアの一角として日本列島というものがあるならば、もしもしいていうならば日本海が表日本であって、太平洋岸が裏日本といってもいいと思う。表とか裏とかいう表現が封建的なんですね。江戸表とか、表御座所とか、裏方だとか、裏長屋とか、表、裏という表現がおかしい。大体表日本と裏日本という場合、フロントとバック、前とうしろという意味と混同しておるのですね。こんなことを言っても仕方がないのですが、表日本、裏日本を英語で訳したらどういうことになるか。英語で訳せぬ言葉ですね。フロント・ジャパンとかパック・ジャパンとかいっても、チンプンカンプンで思想は通じないと思うのです。しいてシー・サイド、オーシャン・サイドというならば、これは太平洋側、日本海側、あるいは東シナ海側というふうに通ずる。これは余談でありますが、事実日本海側の港は小樽にいたしましても舞鶴にいたしましても、それぞれ対岸貿易促進大会とにいうものを開きまして、きょうあることを待っておったのです。ただけげんにたえないのは、三社にしても運輸省に申請するときには日本海側の港に寄りますと言っておいて、今になって荷動きがどうのとか、荷動きによりましてはとか言っている。それは定期航路ですから荷動きがあるのはきまったことなんです。定期航路だから荷が集まるのです。定期航路というのは荷よりも先に航路を指定して、そこにあとから荷を持っていってやるのが定期航路なんで、荷動きによってなんという条件がつくのがそもそもおかしいと思う。日本海側の港を寄港地にあげた以上は、そのつもりで初めからやっていた。ところが荷動きによってという誓約書を入れる前に、大体瀬戸内あるいは太平洋岸へ回るということになった陰には、これもうわさでどうなのか知りませんが、どうも運輸大臣は運輸省の官僚の言うことに対してはいわゆるめくら判を絶対に押さない、私はその点は運輸大臣の政治家としてのきぜんたる態度を非常にりっぱだと思うのですが、それに対してとかく官僚の方では、どうも少し今度の大臣はわれわれの思うようになかなかならぬ。今日は調整部長も来ておりますが、この際少し大臣にレジスタンスしてやれというような動きが多少あるやにうわさされております。これは大臣から答弁を求めるのは少し酷だと思うので、調整部長から伺いたい。
○辻説明員 さようなことはございません。
○柳田委員 答弁としてあるというようなことは言いっこないのですが、そういううわさが流れるだけでも私はおかしいと思う。最初指定された船会社のごときは、日本海側の某々の港に対しては寄港地に入れておらなかった。しかしそれを下げてまた寄港地に加えて出した。その加えることにも運輸省の某役人さんの方から示唆があった。そして加えておいて、今運輸大臣がおっしゃったように、今度は荷動きがありませんからというようなことで、太平洋側の方へやって出すというようなことを言い出したところにも、多少不明朗なものがあると思うのですが、あなたはここでそれ以上言わないでしょうから私も追及はしません。 こういうように三社とも誓約書を入れたということから、近く解散も行われますが、今後大臣がおかわりになりましても内閣がかわりましても、やはりそういう方針で運輸省としては進んでおるということが速記録を通じて明確になった、こういうように了解してよろしゅうございますか。
○中村国務大臣 さよう御了解を願ってけっこうです。ことに私はあれらの三社が初めはそういうところに入ると言いながら、うわさかもしれませんけれどもそういうような豹変をいたしてきたのですから、私は彼らの不信に対しましては面罵いたしました。ああいう船会社の方でなかなか心臓の強い方でございますが、しかし一方において文書をもって公式に私のところへ先ほど申し上げましたように言っておるのでございます。この文書は私は海運局長に金庫にしまっておいてもらいたいと言っておりますから、そのものが存在する以上、後任の運輸大臣といえども、私よりももっと決断力のある人がこられると思いますから、これは間違いない。私もまた国会議員に出てくるのでございますから、そういうときには国会議員として当然私どもの主張は貫徹する、やってみたいと思います。
○柳田委員 元来ソビエトのシベリア五ヵ年計画にいたしましてもその他の貿易にいたしましても、何といっても私はペイする航路とは見ておりません。必ず相当の赤が出るのじゃなかろうかと予想される。しかし日本としては何もアメリカだけの貿易をやっておって済むわけのものじゃなしに、当然アジアとは善隣外交を進めていかなければならぬということになって参りますと、これに従事される船会社も御苦労さんだと思うのです。こういう航路はおそらく私はペイしにくいと思うので、当然これに対しては国家的見地から、また将来を見越して、かつて戦前に行われておりましたようないわゆる命令航路式なものも考えていく必要があると思うのです。命令航路を開設するのだということになりますと、また閣議とかなんとかいうことになりますが、少くとも大臣の政治家としての御私見だけでも承わっておきたい。
○中村国務大臣 私もこの間の代表者に申したのは、これは採算はあるいはどうか、と思うけれども、しかし日ソ貿易に寄与するという国策だ、ことに日本海方面の港を振興せしめるという地方人の要求からいっても、国家的見地から犠牲を払ってやってもらいたいということを申したのです。それにつきましても了承いたしております。しかし経済問題でございますから、今御指摘になりましたように命令航路的なことも私も考えております。またこれには新たな法律も要るでしょう、あるいは予算措置も要るでしょう。これを将来運輸大臣がおやりになって、国会もまたこれをお認めになるということであれば、私はこういうことはいいことだと思うのです。とにかく私の強調いたしておりますことは、日ソ航路は国策的見地に立ってやってもらいたい、また運輸省もそういう態度でやる、こういうことであります。
○柳田委員 最後に、それでは調整部長がおられますので伺っておきますが、ただいま大臣の言われましたような方針で海運局の方も今後の行政を指導していく、かように了解してよろしゅうございますか。
○辻説明員 さようでございます。
○赤澤委員長 本日はこれにて散会いたします。 午後零時五十九分散会