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27回国会参議院1957/12/02

法務委員会 閉会後第1号

発言数
38
登壇者
7
会派数
2
開催日
1957/12/02

会議録

青山正一自由民主党

○委員長(青山正一君) ただいまから委員会を開会いたします。  本日は検察及び裁判の運営等に関する調査の一環といたしまして、最高裁判所の機構及び上告制度につきまして調査を行いたいと存じます。申し上げるまでもなく、最高裁判所の機構改革、刑事上告理由の範囲拡張等につきましては、すでに当委員会に法律案として付託され、目下継続審査となっておりますが、本件につきましては、最高裁判所のあり方、上告制度の目的等、憲法上の諸問題はもとより、最高裁判所の訴訟促進、機構改革上の諸問題について慎重かつ十分なる検討を重ねなければならないと存じます。当委員会といたしましては、明三日大阪において本件の調査会を行うことになっておりますが、たまたま最高裁の關根総務局長、法務省の位野木調査課長の両君が、去る九月末から十一月初めにわたり、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア五カ国に出張され、各国の上告裁判所、憲法裁判所の制度並びにその運用状況等の調査を行われておりますので、本日は両君からその調査報告を伺い、当委員会の審査、調査に資することにいたしたいと思います。  それではこれよりお話を伺いたいと存じますが、關根局長から、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアの各国、位野木課長からアメリカの制度、運用状況についてお願いいたしたいと存じます。また、最後にわが国の最高裁の機構改革に関する諸案につきまして、現況、概観を位野木課長から紹介説明願いたいと存じます。本日は委員会でございますし、速記も付してございますが、懇談会式に自由にお話し下さってけっこうでございますし、委員の皆さん方からも随時御質疑下さって委員会を進めて参りたいと存じます。では位野木君からお願いいたします。

位野木益雄法務大臣官房調査課長

○説明員(位野木益雄君) 本年の九月二十四日から十一月の二日までの間、衆議院の福井、高橋、猪俣の各委員、小木専門員等の国会の御一行の人と一緒に、最高裁判所から關根局長、法務省の方から私が参加いたしまして、アメリカ、イギリス、フランス、西ドイツ、イタリアの五カ国の上告裁判所の制度及び運用並びに憲法裁判所の制度、運用の調査をいたして参ったのであります。ちょうど九月の二十四日に羽田を出発いたしまして、まず、アメリカの方へ参ったのであります。サンフランシスコ、ロスアンゼルス、シカゴ、ワシントン、ニューヨーク、ニューヨーク州のオールバニーという町がありますが、そのオールバニー、それからボストンへ参りました。アメリカはそれだけでございました。さらにボストンからイギリスの方へ渡りまして、ロンドン、ロンドンからフランスのパリ、パリから西ドイツの首府のボンへ参りました。それから、ボンから同じくドイツのカールスルーエへ参りました。このカールスルーエというのは、御承知の通り、今ドイツの上告最高司法裁判所と申しますか、昔の大審院のような役割を果しております連邦裁判所というのがございます。ブンデスケリヒツホーフと申しておりますが、上告裁判所でございます。これと、憲法裁判所すなわちブンデスフェルファッスングスゲリヒトというのと二つございます。そこへ参りました。それからローマへ参りまして視察をいたしたのであります。九月の二十四日から十三日まではアメリカにおったのでありまして、大体日程の約半ばがアメリカでございます。都合によりまして、私の方からまずアメリカの方の視察の結果を申し上げたいと思います。  まず州の方について、カリフォルニアから申し上げたいと思います。カリフォルニア州では州の最高裁判所、これがサンフランシスコ市に事務所を持っておるのでありますが、そこへ参りまして、ギブソンという最高裁判所の長官、及び首席書記官等に会いまして話を聞きました。それからまた、ロスアンゼルスでは相磯という日系の上一級裁判所の判事、シューペリア・コートと申しておりますが、そこの判事をいたしております日系の相磯という判事にお目にかかりまして、いろいろカリフォルニア州の上告裁判所その他の司法制度について話を伺ったのであります。それを中心にしてお話し申し上げたいと思いますが、まず、制度の大要を御理解いただくには、この調査報告書の末尾についております裁判所機構図というものをまずごらんいただいた方がわかりやすいかと思います。各国裁判所機構図というのが附録にありますが、ここの二番目にカリフォルニア州裁判所機構図というのがございます。

青山正一自由民主党

○委員長(青山正一君) ページを言うていただきます。

位野木益雄法務大臣官房調査課長

○説明員(位野木益雄君) 百四ページです。ここにございますように、カリフォルニア州の裁判所は、この上級裁判所というのが第一審の裁判所であります。これは無制限の管轄を持っている原則的な一審裁判所でございます。その上級裁判所はシューペリア・コートでございます。その上に地方上訴裁判所、ディストリクト・コート・オブ・アピール、それからまた、その上と申していいかと思いますが、その上に最高裁判所、シュープリーム・コートというものがございます。そのほかにもこまかいといいますか、下級裁判所といたしまして、ミュニシパル・コートとかジャスティス・オブ・ピースとか、比較的限られた管轄を持つ一審裁判所がございますが、その点は直接関連がございませんと思いますので、この図には載っておりません。で、その事件はこの最高裁判所にはこないそうであります。  で、このカリフォルニアの最高裁判所は、七人の裁判官から成っております。長官を含めまして七人でございます。で、この事件の割り振りでありますが、第一審の裁判所のシューペリア・コートからは、ごく限られた事件だけが直接最高裁判所の方へ参りますが、そのほかの大多数の事件は、地方上訴裁判所の方へ上訴が提起されますというふうなことになっているわけであります。初めはこの地方上訴裁判所というものはなかったそうでありますが、今から約三十年ぐらい前の一九二八年に、憲法改正によりまして、中間上訴裁判所として、この地方上訴裁判所ができたそうであります。そのできた理由は、やはりこの最高裁判所の負担を軽減するためにできたのだそうであります。その点がわが国にも参考になるかと思いまして、そういう点を中心に聞いたのでございますが、結局カリフォルニア州におきましては、裁判官を増員するというふうな議論はあまりなくて中間上訴裁判所を置くということで、事態を収拾したということになって、現在では非常にうまくいっている。上告制度といたしましては、アメリカのうちでもいい制度だ、模範的な制度だということが言われているそうであります。  この最高裁判所の裁判官を増員してはどういうところが悪いかということを質問してみたのでありますが、それにつきましては、結局まあ三つの点をあげて説明をいたしておられたのでありますが、それは第一点は、やはり増員いたしますと部に分けなければならないということになるが、本来部に分けるということは、最上級の裁判所としては好ましくないということが第一点、それから第二点は、かりに部に分けてもその部の間の意見の食い違いを救うためには、どうしてもさらに全員の裁判官による裁判をしなければならないということになって、かえって煩瑣になる。それからまた、人員があまり多過ぎても裁判はうまくいかないというようなことが第二の点。それから第三番目といたしまして、裁判官の素質といいますか、そういう点にも非常に影響する。というのは、最上級の裁判所の裁判官は単に民事、刑事の専門家ということだけではなくて、そのほかの広い問題、国家的な諸問題についても見識を持っておる均衡のとれた法律家——ウェル・バランスド・ローヤーといいますか、そういうふうな人でなければならないというようなことから、それにはやはりあまり増員することは困る、適当な人を得られないというような趣旨かと思いますが、そういうようなことを申しておったのであります。  カリフォルニア州の憲法の条文を見ますと、七人の裁判官が部に分れてやるという場合も規定いたしておるのであります。それでどういう場合に部に分れてやるのかということを聞きましたところが、実際は部に分れてやったことは、自分は今長官であるが、ギブソンが長官になられてから十七年とか言っておりましたが、その間一度も部に分れてやったことはない。すべて全体で、イン・バンクという言葉になっておりますが、全体でやったのであるというふうなことで、憲法の規定にある部に分れてやるという条文は事案上働いていない、こういうふうな御説明でありました。  それからまあ事件の処理の方法なんかは、会議の前に主任判事がメモランダムを用意してきてやるというふうなこととか、判事が判決を書くのが非常におくれる場合には、州の制度として報酬の支払を停止するというような制度もある、いろいろそういう話も聞かされました。  それから裁判官の補助機関、これはまあ各州ほかの部分についても大体同じように見受けられましたが、各裁判官につき二人の専門家、法律専門家であるリサーチ・アターニ、何といいますか、調査官のような者がついておる。それからそのほかにリサーチ・アシスタント一人と速記者一人と、そういうふうに判事一人について補助者がかなりついているということであります。  それから大体相磯判事の御意見によりましても、上告裁判所の負担軽減の問題はやはり最高裁の裁判官を増員するよりは、中間的裁判所を置く方が妥当であろうというふうなことで、大体ギブソン長官と同じような趣旨のことを言っておられました。  それから次にイリノイ州の方に参ります。このイリノイ州の制度の調査はシカゴ市でイリノイ州上訴裁判所のフワインバーグという首席裁判官に会ってお話を聞いた程度でございますが、このフワインバーグという方は日本にも見えたことのある方でありますが、いろいろお話を伺ったのであります。結局最高裁判所自体には参りませんでしたので、必ずしも十分な調査ができなかったのでありますけれども、上訴裁判所の立場からしかもいろいろ最高裁判所のことについても御存じのようでございましたのでお話を伺ったのでありますが、この裁判所の機構はやはり百六ぺ−ジに出ておりますので、これをごらんいただきたいと思います。  イリノイ州の裁判制度はこういうふうに下級裁判所がたくさんございまして、郡裁判所、市裁判所、シティ・コート、ジャスティス・コート、治安裁判所なんかの下級裁判所がたくさんあります。  それから原則的な第一審裁判所といたしましては、巡回裁判所、サーキット・コートというのがございます。シカゴだけは別になっておりまして、クック郡上級裁判所というものがございます。その上に上訴裁判所といたしまして、上訴裁判所といいますか、アペリット・コート、さらにその上に最高裁判所、シュープリーム・コートがございます。原則的な第一審事件、普通の少額のものとか、軽罪とか、そういうような特別に限られた管轄のもの以外を除く普通の上訴事件は巡回裁判所から上訴裁判所に参りましてそれからさらに最高裁判所に参ることになっておりますが、特定の事件は巡回裁判所から直接最高裁判所にいくということになっております。これは憲法問題とかあるいはその他の重要問題に限っております。しかし、イリノイ州では、下級審でも相当事件が遅延しがちのように聞いております。  それから最高裁判所の方にも上告事件が割合たくさん一審から、巡回裁判所の方から直接参りまして、そうして事件がたまりがちであるということから、数年前から司法制度の改革論が起りまして、いろいろ論議があったそうでありますが、本年の五月か六月でございましたか、われわれが行く前ころに、数カ月前に改革案が国会を通りまして、近く施行されることになっておるそうであります。その改革の要点は、第一審の裁判所の裁判に対しましては、死刑に関するものを除いて直接最高裁判所に上告できないことにしたということが第一点であります。そうして上告裁判所の事件がたまるので、そうなると今までよりも多くなるので、従来の上訴裁判所の判事の数を九名から十二名に増加する。しかし、最高裁判所の裁判官は現行のまま七名とするということになっております。  それから司法行政権を最高裁判所に与えて全州の裁判官を監督できるようにするという点がおもな改正の点でありまして、なお、これらの州の裁判官はみんな選挙制度で、この選挙制度はそのまま維持する。もっとも選挙制度と申しましても、任期の途中で判事が更迭する場合にはまず任命といたしまして、その次の、前任者の任期の満了のときに選挙をする。この選挙が大体結局現在の人が適任かどうかということを中心にして行われるというふうな実情のようでございますから、それほどまあほかの議員の選挙とかいうものとは少し趣きが違うように聞いたのであります。イリノイ州はその程度にしまして、次にニューヨーク州に移りたいと思います。  ニューヨーク州は百八ページをごらんいただきたいと思います。ここにありますように、裁判所の機構は第一審の裁判所といたしましてシュープリーム・コート、最高裁判所という名前の裁判所でありますが、これが第一審の裁判所であります。第一審としては一番最高であるという趣旨らしいです。それが第一審の通常の裁判所、それからその上に最高裁判所控訴部というアぺリット・ディビジョン・オブ・ザ・シュープリーム・コートというのがありまして、これは最高裁判所とは全然別のものではなくて、そこの控訴部というような名前になっておる。それからその上に上告裁判所というのがあります。コート・オブ・アピール、これがおもな系統でありまして、ほかの刑事関係につきましては、カウンティ・コートないしはニューヨークにあります、ニューヨーク県常置裁判所、コート・オブ・ジェネラル・セッションズ・オブ・ザ・カウンティ・オブ・ニューヨークといいますが、これが第一審裁判所となっておりまして、それから最高裁判所の控訴部というところに控訴するというふうになっております。このほかにもたくさん制限的な管轄を持っておる下級裁判所があるわけであります。たとえば家庭裁判所とかあるいはニューヨーク市裁判所とか、あるいはマジストレート・コートと申しておりますが、何と申しますか、警察裁判所と申しますか、そういうような名前の裁判所もございまして制限的な管轄の裁判所が非常にたくさんいろいろな種類があるのであります。制限的なものにつきましては、やはりこれはあまりに複雑だというので、ニューヨーク州ではそれを少し整理しようという意見があるそうでありますが、原則的に審級制度はここの図に表われているものでございます。上告裁判所はやはり七人の裁判官からなっております。一人が首席判事でありますが、その下に控訴部というものがございます。普通の最高裁判所の、すなわち第一審の裁判所からの控訴は全部第二審の最高裁判所控訴部、それからさらに不服のものについては上告裁判所に参るわけでありますが、その中間の最高裁判所控訴部から上告裁判所に提起できる上告の範囲でありますが、これはやはり非常に制限されておりまして、原則として原裁判が憲法違反である、憲法問題を含んでいる、あるいは二審の判決が一審の判決を破っている場合、あるいは少数意見のついている場合、あるいは死刑に関する場合、こういうふうに限られているようであります。ここは上告件数は年に四、五百件ということでございました。そう渋滞しておらぬ、非常にうまくやっているわけであります。そこでは死刑事件が非常に多いということが口につきました。年間約二十五件くらいある。それから上告裁判所は裁判官のもちろん全員で構成している。それから調査官のような、ロー・クラークと申しますか、各裁判官に原則として一人以上のロー・クラーク、一人のセクレタリー、一人のステノグラファー、速記者がついている。首席裁判官には四人のロー・クラークがついているというふうなことでありました。ここの裁判所の裁判官は非常に俸給が高くて、合衆国一だそうでありますが、チーフ・ジャッジが年四万ドル、これは邦貨に換算しますと千四百四十万円、それから陪席判事が各三万八千ドル、ちょうどニューヨークでは上告裁判所の判事全員に合いまして、七人ですが、それから非常に、ちょうど機会もよかったせいですか、非常に歓待されまして、全員で非常に盛大な晩餐会なんか開いていただきまして、そこで個別に相当長い間会談する機会があったのであります。いろいろな制度が比較的こまかくわかったのであります。  それから最高裁判所の上訴部、ニューヨークの、ここでベックという裁判長、ボーティンという判事その他と会いましていろいろ説明を聞いたのであります。それからここでこういうことが興味があったので聞いたのでありますが、結局最高裁判所というものは第一審の裁判所である。その上の控訴裁判所が別の裁判所になっておらないで、最高裁判所控訴部ということになっているのはどういう理由かということを聞いたのでありますが、これはやはり沿革的な理由と、もう一つは選任が、上訴裁判所の控訴部の判事も選挙としては最高裁判所の判事、すなわち普通の第一審裁判所の判事として選挙される。その中から知事が任命して控訴部の方にくるというふうなことになっている点もあるようでありますが、結局沿革的な理由で、結局それでは別の裁判所か、一つの裁判所かといいますと、裁判的には別の裁判所である。しかし、そのほかの司法行政等の面におきましては一つのようにもなっているということでありまして、これは非常に便宜的に、沿革的に実際的に処理していくというふうに見受けられたのでございます。  その次にはマサチュセッツ州でございます。これは百十ページにございます。ここの裁判制度は非常に理想的にいっているということを行く前から聞いておりましたが、行ってみてもまあそういうふうな感じを持ったのであります。ほとんど徹底した二審制度のように見えたのであります。シューペリア・コートというのは第一審の原則的な裁判所で、ここからその上に上訴があった場合には、州の最高司法裁判所——シュープリーム・ジュディシャル・コートというところに行くわけであります。そのほかにこまかい裁判所のディストリクト・コート、ミュニシパル・コート——地方裁判所、都市裁判所等がありますが、これは上訴はその上訴部に行く、これは限られた事件しか扱っておりません。そのほか、土地裁判所、検認裁判所等がありますが、これは限られた事件についての例外的な裁判所であります。最高司法裁判所はやはり七人の裁判官から成っております。法廷は州内の各所に開く、ただここの裁判所では最高の司法裁判所でありながら、第一審の裁判を特定の事件についてはやるのでありますが、そちらの方に判事の手がさかれるというので、実際は五人の裁判官で、二人は一審事件を専任している、大体交替で、そういうような実情でありました。でここでは上告理由ですね、最高司法裁判所に対する上告理由が法律上ちっとも制限がない、無制限になっております。無制限になっておるから非常に件数が多いかというと非常に少い。非常に理想的なんであります。その理由はどういうわけかということを聞きますと、要するに一審事件の一審の裁判所の裁判は信頼されておるということが一番大きな理由であるということ、それから沿革的にここでも二、三十年前には非常に事件が多かったので、上告制度改正の論議があったそうでありますが、結局裁判所でてきぱきと上告事件を処理していった、そうして同じような事件の簡単な事件は、どんどん簡単にさばいていくというようなことで、上告しても、あまり遅延とか、そういうようなことで不当に上告する実益が少いということを実際的に示したというようなことが考えられたのであります。それからもう一つは上訴の費用が非常にかかる、これはほかの州でも大体似たような事情があるのじゃないかと思いましたが、結局上訴する場合には、原審の記録を十何部が印刷しなければならない、その印刷用がニューヨークあたりでは一ページ三費ドルとか何とか言っておりましたが、相当かかる、でむだな上訴をする場合には、そういうふうな記録の費用が結局敗訴者に振りかかってくるというふうなことから、弁護士側あるいは上訴人の側からも自制をするというふうな傾向になるのじゃないかというふうなことを理由としてあげておりましたが、上告理由が制限がなくて、しかも非常にうまくいっておるということを実例としてここで見せられたわけであります。非常に少いようであります。事件数はかなり多いのでありますが、上告事件は、たとえば民事事件では、上級裁判所——すなわち第一審裁判所が一審として取り扱う事件は、年間十数万件あるようでありますが、そのうち最高司法裁判所へくる上告事件は、約二百件くらいにすぎないというふうなことで、パーセンテージからいえば非常に少い、ここでは実はちょうど土曜と日曜でございましたかに当りまして、最高司法裁判所には実際行けませんでしたが、カッターという判事の宅へ参りまして、この判事から非常に詳しく説明を聞いたわけであります。なお、ここの裁判所は、裁判によらずに勧告意見というものを出すという制度があるのであります。憲法問題について政府から諮問されて、あるいは国会から意見を求められて、意見を言うということをしておるようでありますが、これはやはり年に二、三件あるようであります。  最後に連邦の方へ移りまして、連邦の最高裁判所の制度を申し上げたいと思います。連邦の裁判所の機構図は百二ページでありますが、御承知のように、アメリカの裁判制度は連邦の制度と州の制度と二つに分れておりまして、連邦の管轄権というのは結局連邦法、アメリカ合衆国全体を通ずる法律、これの関係の訴訟とそれから二つ以上の州に関係する州民間の訴訟、そういうふうなものを主として管轄するために、連邦の裁判所というものが置かれているわけであります。それ以外のものを裁判するのが州の裁判所であります。この連邦の裁判所は、第一審裁判所といたしまして地方裁判所——ディストリクト・コートと言われております。それから第二審の裁判所といたしまして控訴裁判所——コート・オブ・アピール、それから第三審といいますか、最上級の裁判所といたしまして最高裁判所——シュープリーム・コートというのがございます。それで原則的な第一審裁判所の地方裁判所から特定の事件は直接最高裁判所にいきます。これはたとえば憲法、ある連邦法が憲法違反だというふうな判決があった場合、これは直接最高裁判所にいけることになっておるようでありますが、それ以外のものは控訴裁判所に控訴する、それからその裁判に不服の場合に、特定の場合には上告として、権利として最高裁判所に上訴できますが、これは非常に限られておるのでありまして大部分の場合はその事件を受理するかどうかは最高裁判所が裁量できめるというふうなことになっておるようであります。これをサーシオレーライという名前で呼んでおりますが、そういう方法による上訴と申しますか、不服の申し立てがあるわけであります。上訴事件の約八〇%はサーシオレーライに該当するものだそうであります。  それからそのほかに、控訴裁判所から最高裁判所にいく事件といたしましては、下級裁判所すなわち控訴裁判所の方から自発的に、こういう問題は重要であるから最高裁判所の方で判断してくれといって問題を提起してくる場合があります。これをサーティフィケーションと言っておりますが、これはごく限られて非常に少いそうであります。こういうふうな制度になっておりまして、最高裁判所の裁判官は、首席判事一人と陪席判事八人、合計九人から成っております。ここではちょうど最高裁判所の休暇が終りまして、十月の初めから新しい開廷期が始まっておりまして、その直前に参りましたので、ウオーレン最高裁長官もちょうど休暇から帰っておられまして、わざわざ時間をさいて非常に親切にわれわれと話をしてもらったのであります。非常に幸運に割合いろいろな事情がわかったような気がしたのです。そのほかにもアメリカ連邦裁判所の行政局長であったチャンドラーという人、これは最近やめたのです。この人とかあるいはアメリカ連邦最高裁の首席書記官と申しますか、ファイという方であるとか、そういう方に会いましていろいろ話を伺ったのであります。ウオーレン長官の話を中心に申し上げますと、結局最高裁判所はその国の事情によっていろいろ機構を考えなければならないので、ある国がこうであるからと言って、いきなりそれをまねるわけにはいかないけれども、自分の経験から言えば、やはり最高裁判所というものは憲法問題と国民全体に関係する重要な問題を処理すべきものと思う。判決は個々の事件の当事者に対するものというよりも、むしろ国全体のために行うのが適当である、こういうふうな考え方を基本にいたしまして説明をしておられたのでありますが、裁判官を増員するということはどうかという質問をしたのに対しまして、手をあげまして自分は絶対できない、お手あげだというふうな趣旨の応答をされておりました。  それからアメリカの最高裁判所の事件処理の方法はどういうふうになっておるかということでありますが、月曜から木曜までの間は、毎日合議はしないで弁論をもっぱら聞くそうであります。午前十一時から昼飯の時間をおきまして、午後五時あるいは五時半ころまでずっと弁論を聞く、大体一件について平均一時間と申しまして、そういうふうな何か時間の制限がありますそうですが、そういうふうなことで毎日弁論を聞く。そうして金曜日に朝からもっぱらこれは合議をやる。これも午前中はさっき申しました裁量管轄事件を受け付けるかどうかということを主として議論をする。そうして午後は主として弁論を終えた事件の合議をするということだそうであります。  弁論を終えた事件の合議のやり方でありますが、まず意見を長官の方から任官順に古い方から述べる。そうして、それから今度はディスカッションに入る。で、このディスカスは相当長くかかるのじゃないかということも聞いたのでありますが、そんなにそう、何といいますか、不当に長く述べてそいつを阻止する、長官がそれを阻止するとか、そういうふうなことは今まで一回もないということでありました。適当にやっておるそうであります。  それからまた、合議についての規則とか、そういうふうなことも別にきめていない。これはもう非公式に、肩のこらないようなやり方で自由にやっているのだ。自由に合理的にやっているというふうな話でありましたが、それから最後に、議論が終れば、ディスカスが終れば、ヴォート、すなわち評決をするわけであります。この評決の方は任官の若い、任官の新しい力、すなわち何といいますか、下の方からやっていくというふうな順序になっておるそうであります。大体はまあ積極か消極かという二つの方向に結論がなるので、そうもめるということはない。しかし、場合によって理由が非常に分れる場合がある。この場合には最後まで理由の点でまとまらないというようなこともあるので、そういう場合には結論だけを出して、理由を書かない場合があるというふうなことも言っておりましたが、これは非常に少い、ごくまれな場合のように聞きました。そこまでこまかく聞いたものですから、そういうふうなことも答えたのであります。  それから、それで合議が終りますと、これはまあ多数決でありますが、裁判を起案する判事をきめるわけであります。この起案する判事は多数意見の方に長官が入っておるときには長官が指名します。それから少数意見の方に長官が入っておるときには、多数意見の中の上席の裁判官が起草者を指名することになっておるのであります。それから場合によって、金曜日には合議が終らないで、ずっと長くかかる、合議が残るということがあるそうであります。大体その週に弁論の終局するやつは原則的にその週に合議を終らせてしまうという、こういうやり方のようでありますが、それが終らないで翌週に持ち越したときには月曜日の午前中に引き続いてやる。合議の時間は一件についてそうは長くかからないそうでありますが、しかし、事件によっては非常に長くかかる。この間のジラード事件ですか、あれなんかは一審裁判所から直接きたというふうな関係もあるけれども、相当長くかかった。まる一日半と申しておりましたが、相当長くかかったというふうなことを言っておりました。まあそういうふうにして一週間に十件前後という程度の事件を処理しております。大体一年にいたしまして、ほんとうに裁判官が意見を書く事件、これは百件余りのようであります。それ以外の事件は、裁判官が本式に判決を書くということでなくて処理されておる。やはり千数百件の事件がきておるのでありますが、そういうふうな処理の方法をとっておるのであります。それから判決の起案、これはなかなか簡単にやっておるわけじゃないのであって、やはり判決が起案できると各判事の間に回しまして、各判事がまたこまかく手を入れる。そうしてまた元の判事のところに返ってくるということにして、もうこの前の黒人の学校の分離の問題なんかについては十数回裁判官の間を案が手渡しされていろいろ検討されたということだそうであります。結局まあウオーレン長官の御意見では、最高裁はやはり裁量権を持っておらないとどうしてもうまくいかない、最高裁にそういうふうな権限を持たせておくということは、最高裁の事件の処理がうまくいく最良の方法ではないかということを申しておりました。  そのほか、アメリカでは上下両院の司法委員にも会いましたが、下院の法務委員と申しますか、法務委員会の委員のフエインさん、それから上院の法務委員会の委員のマックレランさんなんかにもお目にかかりましていろいろ話を伺ったのであります。それからまた、シカゴではアメリカ法曹協会、アメリカン・バア・アソシエーションをたずね、また、そのそばにありますアメリカン・ジュディカテュア・ソサイティ、司法協会と申しますか、司法制度の改革について研究しておる、そういうようなところにも参りまして話を伺ったのでありますが、これはまた文書の方でお目にかけることにいたしまして、アメリカの関係は一応これで……

青山正一自由民主党

○委員長(青山正一君) どうもありがとう存じます。委員の皆様の質問は後ほどにお願いすることにいたしまして、最高裁の關根総務局長から御報告願います。  關根さんにお願いいたしますが、一つ御説明になるときに、ごく簡明に、わかりやすく、この報告書のぺ−ジをはっきり示して一つ御説明願いたいと存じます。

關根小郷最高裁判所事務総局総務局長

○説明員(關根小郷君) 今位野木課長からアメリカの調査の報告がございましたが、私はイギリスから欧州大陸の点について申し上げたいと存じます。今委員長から御指摘がございましたので、私から申し上げます点を、ページを先に申し上げます。すず五十七ページでございます。これは貴族院と書いてございますが、英国では最高裁判所がすなわち貴族院でございまして、ちょうどこちらの参議院が最高裁判所ということになるわけでございます。その図は百十二ぺ−ジをごらんいただきますと、英国裁判所機構図、この一番上の貴族院、これがすなわち最高の裁判所でございまして、その下のいろいろ書いてございますが、要するに、第三審としての役割を果しております。また、元に戻りまして五十七ページ、これは大体お読みいただけばおわかりになるように書いてございますので、ほんとうの要点だけを申し上げたいと思いますが、なぜ貴族院が最高裁判所の役割を果しているかということを御説明申し上げると、相当長くなりますが、要するに、英国におきましては、立法府が最高の機関であって、そして違憲立法審査権も裁判所にございません。そういたしまして結局この貴族院の議長と申しますか、ロード・チャンセラーが、いわゆる大法官が貴族院の議長であると同時に、最高裁判所の長官であり、それからまた、同時に内閣の一員としての法務大臣、三位一体という、まあ非常に大きな力を持っている人でございます。ここでここに書いてございます十月十七日にお会いいたしましたシモンズ卿というのは、例のチャーチルが総理大臣時代の大法官でございまして、非常に有名な方でございますが、この方は長くロー・ローズ法貴族として最高裁判所の仕事をやっていた方でございます。現在もやはりロード・チャンセラーではございませんが、裁判の方に当っている方でございます。非常に三位一体というわけで、日本の最高裁判所と非常に違っておりますので、それで実際最高裁判所をどこでやっているかと申しますと、ここには書いてございませんが、参議院としての貴族院が開かれておりますときは議場を使っておりますので、そこではできない。そこで、この法務委員会のような部屋にさくを設けまして、そこで今委員長がおすわりになっているようなところに裁判長がすわる、そして三人ないし五人でやっているわけで、このまん中のあたりにさくができましてそこでうしろが傍聴席になっている。そういった法務委員会のような平らなところでやっております。それから私ども参りましたときはちょうど貴族院が休会中でございまして休会中でございますと、いわゆる議場でやっております。議場のまん中のところに押し寄せましてそこにいすを寄せまして、なかなかりっぱなものでございますが、そこで裁判をやっております。そこでは御承知のように、ロード・チャンセラーがすわりますいわゆるウール・サックという特殊の大法官のすわるいすだけ、これは非常に歴史的に有名ないすですが、こういう座ぶとんを重ねたような、うしろによりかかるところもないようないすでございますが、やはり議場の席にそういうウール・サックという特別のいすがございますが、そういったものをそのままにいたしまして、別のすみに裁判の法廷を作っております。このロード・チャンセラーでございましたシモンズとわれわれ会いまして、貴族院の中でお会いしたのですが、そのときにやはりデニング、コーエン、やはり有名な貴族院議員の連中でございますが、いろいろお話を伺いましたのは、要するに、先ほど位野木課長からお話があったと同じように、貴族院に参ります最終の事件が非常に少い。ここに、五十七ページの一に書いてございますが、大体クリスマスまではその年の事件を終えてしまう。それから二に書いてございますが、年間三十件から四十件非常に少いのでございます。その理由はやはり、この何と申しますか、要するに最高裁判所で扱う事件は非常に特殊な事件でございまして、最高裁判所に、要するにそれを取り上げるべき事件かどうかという裁量権が与えられております。これは貴族院の許可ということになっておりますが、刑事と民事と少し違いますが、これは五十七ぺ−ジのところをお読みいただけばわかりますので省略いたしますが、要するに、最高裁判所たる貴族院自身が、この事件は自分たちが審理する価値があるかないかということが一目見て判断できる制度になっております。そういった結果非常に事件が少い。  それからもう一つは、先ほど位野木課長がアメリカの制度で申されましたように、訴訟記録は全部当事者が作るという関係から、一件について五十万円以上もかかるという結果がございます。そういったところから自然上告までくる事件が少い。  それからもう一つは、第一審の裁判が非常にりっぱである。国民の納得を得るというほどりっぱであるという点でございますが、これはここには書いておきませんでしたが、要するに、第一審の裁判官には、日本で申しますと高等裁判所の長官に当る方が第一審の裁判長として出てくる。そして検事総長に当る方が第一審の法廷に出てくる。それほど第一審が充実されております。しかも陪審である。そういったところから、結局上訴しても高等裁判所の長官級の裁判官が第一審でやっている以上、そうくつがえることはなかろうかと思います。要するに、第一審の裁判が非常に国民に信頼を受けているということも一つの理由じゃなかろうか、そういったことをロード・シモンズは言っておられました。  それから現在この貴族院の中で裁判に携わる方は大体九名程度で、これもクイーンから任命されるそうでありますが、そのうち実際は五名ないし三名で裁判をされておるのであります。事件が五十件くらい、せいぜい一年に四十件から五十件となりますと、裁判の審理が終りましたあと判決を書くにつきましても、各裁判官が意見を十分に書いて、その上で合議するという余裕がございますので、非常に合議も早い。これは理想的で、おそらく世界のどの国よりも英国の裁判制度がすぐれているということは、いろいろの点がございましょうが、これも一つのすぐれた点かと思います。  大体英国の制度につきましてはこの程度にいたしまして、また後刻御質問がありますればお答えいたしたいと思うのです。  その次がフランスでございますが、フランスは、今申し上げようといたしますのは、六十五ページ、破毀院でございます。これはクール・デ・カサシオン、機構図から申しますと百十四ページでございます。これは百十四ページをごらんいただきますと、非常に複雑のように見えますが、重点はこのまん中にございます始審裁判所、控訴院、破毀院、この三つだけをお取り上げ下さいましてお考えいただければけっこうだと思いますし、それ以外私どもそう詳しく研究して参っておりませんので、大体標準的なものだけについて申し上げたいと思います。  それで、この六十五ページの方に戻っていただきますと、大体この破毀院は、日本の例で申し上げますと、戦前の大審院に匹敵するわけでございまして、非常に裁判官の数が多くございます。その点はこの六十五ページの(二)のところに書いてございますが、大体現在民事部刑事部合せますと五部ございます。民事が四部、刑事が一部で五部ございますが、この各部に属しまする裁判官の数が、民事は十六人、刑事は十八人ということでございまして、かなり多くございます。それでございますので、破毀院の裁判官の数は総計八十一人ということになりまして、日本の大審院当時の裁判官の約倍ございます。だから非常に多いわけでございます。  それではこれだけの八十一人もの裁判官がどのくらい事件をやり、どのくらい処理されておられるかという点を申し上げますと、この六十五ページの(三)のところにございますが、非常に事件が多くて、民事が年に七千件、刑事が七千件、で本年度はさらに各一千件ずつふえまして、合計一万六千件くらいになる、それで処理期間も非常に長くて、未済事件は約二万件に達したこともございますが、現在ようやく一万五千件になった。日本の最高裁判所の未済件数が七千件というところから最高の機構改革の問題が出発いたしましたのでございますが、この数を聞いて何となくほっと安心したような感じが実のところしたのでありますが、何と申しましても、南欧のフランスの気持を日本に持ってきちゃいかぬのだとすぐ忠告されまして、大使館の人に、こんな国のをまねしてはいかぬのだと言われましたが、何となくのんびりした感じがいたしたのでございます。と申しましても、やはり破毀院自体といたしましては相当いろいろ努力しておられるようでございまして、たとえて申し上げますと、刑事部はたった一つしかない、先ほど申し上げましたように、部長一人に陪席判事十七人で一部でございますが、それで年間八千件もの事件がやれるかということを尋ねましたところが、実際はこの刑事事件の大多数は相当、取り上げるに足りないような事件が多い、従って、そういう事件についての処理は割に簡単に行なっているのだということを申されておりました。で、先ほど位野木課長がアメリカの制度として、簡単に処理する、いわゆるサーシオレーライ、言葉をかえて申し上げますと、名医に病人がみてもらうには一目見てもらいさえすればいいのだ、かぜ引きかそれとも重い病気かということは、名医にさえみてもらえば一日でいいのだ、そういった制度をやはりフランスではとっていないにいたしましても、実際論としては刑事一部で七千件もの事件を取り扱っておる、実際上そうやっているのではないかという感じがしたのでございます。その他まだこまかいこともございますが、この六十五ページあたりをごらんいただけばおわかりかと思いますので省略いたします。  それからその次は六十九ページに、これは参事院と訳しておりますが、いわゆるコンセイユデタという一つの役所でございまして、これはちょうど日本の戦前の行政裁判所に匹敵するものでございまして、それにあわせまして政府の法律顧問、現在の内閣の法制局のような仕事をやっておるわけでございます。で、法律が出ます前に、これはどんなものであるかということを政府から尋ねられまして、そこで審議する、そういったことだそうであります。ここの参事院の院長は総理大臣でありまして、副院長のカッサンという入に会いました。  なお、フランスにおきましては裁判所に、いわゆる破毀院でございますが、これに違憲審査権、憲法に法律が反するかどうかというようなことを判断する権能を与えておりません。その点はどうかということを尋ねましたところが、そういった法律が違憲かどうかということにつきましては、別に憲法委員会というものがあるそうでございます。これは裁判所ではございませんで、特殊の機関のようでございます。で、司法裁判所たる破毀院にこの違憲審査権を与えるかどうかということは、むしろ現在としては消極のようなことを言っておりました。現在問題になっておりまするアルゼリアの問題、あの問題の将来といたしまして、フランスとアルゼリアとの連邦国家でもできれば、またそういったことも考えられるのではないか、相当含みのあるようなことを言っておりました。  以上でフランスを終えまして次はドイツでございますが、ドイツは西ドイツだけしか参りませんで、東ドイツに参りませんでしたので、西ドイツのことだけを申し上げたいと思います。申し上げますことは七十一ページ以下でございますが、特にドイツにおきましては非常にいろいろわれわれを歓迎する程度が強くて、日程が一ぱい入っておるくらいでございました。まず司法省から始まりまして、ボンの地方裁判所、それから先ほど位野木課長が申されました、カールスルーエの連裁邦判所と憲法裁判所、この各役所に参りましたのですが、まず、図面の方はこれで一応ごらんいただきますと、百十六ページのところにございます。この図面だけでちょっと御説明いたしますと、この右の一番上にぽつんとございますのが連邦憲法裁判所でございまして、これは下級裁判所を持たない独立の憲法裁判所でございます。それから左の方の図面の連邦裁判所、以下高等裁判所、地方裁判所、これは州と連邦と両方ございまして高等裁判所までの分が州の裁判所でございまして、その上の連邦裁判所は連邦の裁判所、現在は過渡的なものとしてこの三つの、ちょうど日本で申しますと、地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所といった姿がここにございますが、日本と違いますのは、違憲立法審査権が右の上の連邦憲法裁判所だけにありますので、その点が違います。それからここにございます連邦裁判所、左の方の連邦裁判所は、司法省の監督下にあるわけでございます。ちょうど戦前の日本の大審院が司法大臣の監督下にあったと同じわけでございますが、この右の方の連邦憲法裁判所は、結局内閣、立法部と相並んだ、それだけの優位の立場にある独立の憲法裁判所でございます。  それで戻りまして、七十一ページのところの西ドイツの連邦司法省は、現在ボンにございますが、ここに書いてございますうち、取り上げて申し上げたい点だけを申し上げます。ここにございませんが、大臣はメルカッツという方で、非常に、何と申しますか、日本に好意を持っておるのでございまして、やはりわれわれボンへ参りまして、もちろんおいでになった方がおありかと思いますが、ボンの人と話しておりましても、負け方が日本はおそいという感じから、同じ味方でありながら、どうも負け方のおそいのは強いのだといった感じが出て、非常に好意を持っております。そういった点からばかりではございませんでしょうけれども、司法省自身が実に、自動車は出してくれる、食事は出す、あらゆる点で感激の続きのような、感激の場面がたびたび出たような感じがしたわけでございます。それで、この機構の問題につきましての点でございますが、これはまず七十二ページの(四)のところをごらんいただきますと、先ほど図面で見ていただきました、日本の大審院に当りまする連邦裁判所、これは現在裁判官が九十六人おります。先ほど申し上げましたフランスの破毀院の裁判官と同じように非常に多いのでございます。で、この九十六人、これはまた数の点は、実は連邦裁判所自身へ行って聞きましたら、九十四人と言っておりましたので、あるいは二人ばかり、司法省で申しておりますのは定員を言い、連邦裁判所で申したのは現在員を言ったのかと思いますが、何と申しましても九十人以上でございまして、これが各小法廷、名前は小部と言っております。小さい部——小部と言っておりますが、そのほかに民事の大部、それから民刑合せました連合大審院時代のいわゆる連合部と匹敵するものがございます。ただ日本の大審院の連合部は、裁判官全員が約四十人以上出てやっておりましたが、ドイツも古い時代にはそうだったそうでありますが、それが変りまして、各小部、日本の小法廷に当りますが、裁判長だけが連合大部の構成員になる。でございますから数から申しますと、二十人以下ということになります。これはなぜそうなったのかということを尋ねましたところが、これは裁判に限って、裁判の合議をする場合には数が多くなるととうていできるものではありません。これは学者のいわゆる多数の恐怖、多数の恐怖という言葉で申しておりました。これはホラー・プレニというラテン語からきているかと思いますが、要するに多数に対する恐怖ということを強調しておりまして、別な言葉で申しますと、多数の人がいると、思うようなことがつい言えなくなるということと同時に、多数の方ですと、つい思いつきの議論が多くなって、井戸端会議になりやすいといった点があるのではないかと思いましたが、その深い説明まで受けませんでしたが、そういった点から、いわゆる大部の構成員を少くしたということを言っておりました。  それからなお、その次には七十三ページの(3)以下でございますが、これはその次は憲法裁判所のことでございます。憲法裁判所は、御承知のように一九五六年に、昨年でございますが、憲法裁判所の機構を改革した法律が通りました。で、この点をかなり詳しく司法省でも説明いたしまして、ここにちょっと書いておきましたが、御承知のように憲法裁判所は最初は二十四人の裁判官で構成されておりましたのが、なかなか事件の渋滞ということもございまして、数を減らしまして二十人に減らす、それから将来、一九五九年には八人、いや十六人に減らす、今、八人と申しましたのは、憲法裁判所が現在二つの部がございまして、各部八人ずつ、合計十六人にするのでありますので、結局この改正案で二十四人でございましたのが、現在二十人に減り、将来十六人に減らすという改革がされたのであります。これはちょうど日本の最高裁判所の裁判官を減らすべきか、ふやすべきかという問題と関連いたしておりますので、非常に興味を持ったのでありますが、やはりこの法案ができますにつきましても、増員論、減員論が戦わされたそうでございまして、まあどこの国でも同じ議論が繰り返されるということがわかったのでございます。この点はまたあとで憲法裁判所のところでもう一度申し上げたいと思います。  それからもう一つちょっと興味深い点を取り上げて申し上げますと、七十四ベージの(7)でございます。これは、このボンは御承知のように日本の例から申し上げますと、ちょうど静岡ぐらいの小さな町でございますので、官庁をたくさん置くわけにいかない関係から、かなり分散主義をとっておりまして、カールスルーエというのは、ずっとラインの流れを上流に上りましたところにございますが、そこに憲法裁判所と連邦裁判所と二つ置いたのはどういうわけかと尋ねましたところが、それはやはり行政、立法部の影響を受けないためなんだ、それから同時に二つ置くのは、いろいろな設備を共通にする理由もあるのだ、図書館なんか一つでいいのだということを説明しておりました。これは打ち明け話だったかと思いますが、以上、司法省で聞きました要点だけを取り上げたわけでございます。  それから、その次にボンの地方裁判所に参りましたが、これは省略させていただきまして、八十一ページの、先ほど申し上げましたドイツ連邦裁判所、日本の大審院に出るものでございます。これは、ここへ参りましたのはカールスルーエでございまして、ここも非常に歓待してくれましてワインカウフという長官以下各裁判官が出て、いろいろ会談に臨んだのでありますが、やはり議論好きの方が多くて、こちらの方で聞きますと、自分たちの言葉が通訳されないうちにお互いに議論を始めるといった状況が非常に多くて、長官のウィントリッヒが苦笑いするようなことがたびたびございました。日本の裁判官とよく似ているということで、やはりドイツと日本は非常に似ているような感じがいたしましたが、それほど熱心に議論をしてくれたわけであります。それでドイツでは——西ドイツでありますが、先ほど申し上げました憲法裁判所、それから大審院に当りまする連邦裁判所のほかに、第八十一ページの(一)のところに書いてございますが、そのほかに特殊の裁判所がございまして、労働、社会保障、財政、行政というふうに特殊の裁判所がございます。これはそれぞれ労働省なり内務省なりの監督下にある。でありますから、西ドイツの裁判所といたしますと、群雄割拠というような感じがいたしたわけでございます。で、その点について、ドイツの憲法に当りまする基本法では最高の裁判所、オーベルストゲリヒトザムツというのを設けることになっておりますが、それが現在ございません。それを設けないのはなぜかということを聞きましたところ、なかなか、現在としては憲法裁判所というものがある以上は、これらのいろいろの裁判所を統一する裁判所を設ける実益が少いのじゃないかという反対論があって、現在そのままになっているということを申しておりました。そこをつつかれると非常に困難で、ゲーテのファウストにございます言葉で、それについて語ることは困難だという、そういう言葉を借りて、まあ非常に困難な問題が西ドイツの裁判所の制度に横たわっているということを申しておりました。それから大審院に当ります連邦裁判所、先ほど申し上げましたよように九十人以上おりますが、その処理はどのくらいかということを聞きましたところが、これが八十二ページの終りから四行目の(四)のところにございますが、大体刑事事件が、上告されまして、平均六カ月、早いものは三カ月、民事が平均一年半、長いものは二年、ともに四年も五年もかかるものはない、これは確かにそのようでございます。これは日本の大審院でもそういった四年も五年もかかる事件がなかったと同様に、大体日本の大審院と同じような制度でございますので、こういったことが出て参っているかと思います。それからなお、先ほど位野木課長が申されましたように、アメリカの各裁判所に調査官がいると申されましたが、それと同じように、ドイツの連邦裁判所にも調査官に当るヒルフスアルバイターという連中がおります。われわれの会談のときにも、若い裁判官のような人がおりましたので聞きましたところが、やはりそのうちの一人だそうでございまして、連邦の下級裁判所の裁判官がやはり連邦裁判所に参ってお手伝いをしているわけでございます。それから合議の方法等は、もう申し上げるまでもなく、大体日本と似ておりますので、省略いたしますが、西ドイツで法曹一元の問題はどうかということを聞きましたところが、その点につきましては、八十三ページの終りから五行目のところにちょっと書いてございますが、ほとんどドイツの裁判官の報酬が低いために、弁護士から裁判官になるのは少いが、ただ連邦裁判所の裁判官九十四人のうち、三十人ぐらいが弁護士から採用されている。それでワインカウフ長官自身の言葉でございましたが、将来の問題としては、裁判官の任命資格を三十五才ないし四十才以上の者に限って、法曹一元に持っていきたい。そうして訴訟事件を少くすると同時に、裁判官の数も少くして、待遇をよくしていきたいということを申しておられました。これはおそらく理想にすぎないかもしれませんが、ドイツの大審院長に当りまする連邦裁判所長官からそのことを聞きましたのは、ちょっと予想せざるところでございました。  それからなおこの八十四ぺ−ジのところをごらんいただきますと、初めの二行目のところでございますが、ワインカウフ長官には、先般田中長官が一度参られたそのときにお会いして、日本の機構の問題も話されたことがあったように聞いておりますが、ワインカウフ長官が最後に、少しこう笑みをたたえながら申されましたのには、日本の最高裁判所はアメリカ式であり、日本の下級裁判所はドイツ式であるのじゃないか。だから首と胴体と足が違うので、そこに悩みがあるのじゃないですかということを申されまして、いや、その通りというようなことで、衆議院の議員さん方もおっしゃっておられましたが、確かに、理想をどこに置くべきかという点は別といたしまして、現状は今申し上げたようなことがかなりあるのじゃないかという気がいたしております。  それから、その次が、西ドイツの連邦憲法裁判所でございますが、これは八十五ページのところでございます。この点は御承知のように西ドイツの連邦憲法裁判所は、一九五一年に憲法裁判所法ができますと同時にできたのでありますが、その後、かなり有名な事件を取り扱っておりまして、たとえば、共産党が違憲だといって、この結社を認めなかったようなこともございます。憲法裁判所出発して以来、いろいろな事件をやっているわけでございますが、これは一部と二部とに分れておりまして、一部は、国民の人権を破られた場合の事件、それから二部が、各国家の機関同士の間、たとえば議会と政府、あるいは連邦と州との間の争い、こういうふうな工合に権限が分れておりましたところが、一部の方が忙がしくて二部の方はひま、一部の裁判官に言わせると、二部の方の裁判官は散歩に行ったり釣に行ったりすることができる、そういうことでは困るのだというようなことから、いろいろ議論が出たそうでございまして、結局、連邦憲法裁判所改正法案が、先ほど申し上げたように昨年議会を通過したわけでございます。それで、この点は先ほど申しましたように、結論としては減員論が勝ちを制しましたのでありますが、われわれが、十月二十五日でございますが、憲法裁判所でウィントリッヒ長官以下三人の裁判官と会談いたしましたときには、この長官を含めた四人の裁判官が半分々々、おれは減員論、おれは増員論で意見を戦わされまして、われわれ会談を始めましたのが午後三時ごろでございましたが、夜の七時半ごろまで終始その点にほとんど集中されまして、通訳が困ってしまったような姿でございました。しかし長官は減員論がいいのだというような顔で、もう反対論の人が強く言いますと、ちょっとどうにもしようがないというような顔をされまして、非常に静かな方でございましたが、しかし減員論の方がいいのじゃないかというようなことで、われわれとしては非常におもしろかったのであります。なぜ減員論がよくて、増員論がいけないかという点だけを、そのウィントリッヒ長官の側の意見だけを申し上げますと、やはり何と申しましても、増員では、その点は八十五ページの終りから六行目のところに書いてございます。減員案の根拠は次の通りである、これはまず第一といたしましては、裁判官の数が増加いたしますと時間がかかる、それから一人々々の裁判官からいろいろな資料が出されて、合議が始まった後に新たな論点を生ずることもまれでない、裁判官の数が多ければ、裁判の学問的な価値はふえるかもしれぬけれども、会議がおくれる結果になってしまう、論文を書くわけじゃないので、やはり生きた裁判を処理するためにはそれでは因るのだ。それから(ロ)といたしましては、裁判官の数が少いほど質のいい裁判官を見出すことができる。これは日本の最高裁判所の裁判官でも同様なことが言えるかもしれませんが、日本の最高裁判所の裁判官側からこの数が少いほど質がよいということを申しますと、弁護士の側から、そんなことはない。もっといい裁判官はいるのだという反駁が出て、なかなか日本ではこのあとの方の意見はあまり出ておりませんが、客観的にはやはり同じことが言われるかと思います。  それから減員反対論の根拠は、何と申しましても、裁判官の数が減ると事件の処理がおくれてくるじゃないか。それで数をあげまして、この憲法裁判所改正法が通過いたします前とあとで未済事件が、あとの方がふえているということを申しておりました。これが八十六ベージの(イ)のところに書いてございます。これは増員論の方が強く申されておる点でございまして、それから結局、裁判官の合議というのは、準備さえすれば合議にそんなにかかるはずはないのだ。だから準備をしないで合議をするからかかるので、裁判官が多くても、準備さえすればいいんだというようなことが第二点でございましたが、まあそういった工合で、いろいろ日本でも非常に参考になることがございましたが、要するに減員論が議会では通過してしまったわけでございます。  それからもう一つ、ここには書いてございませんでしたが、私帰って参りましてから、この連邦の憲法裁判所の法律の改正案の趣旨等につきまして、いろいろ位野木調査課長からも教えていただいたのでありますが、現在憲法裁判所は二部ございますが、これは二子的性格を持っているから、やはり一つの部にすべきだといった議論が相当強くて、現在は二十人ございますのを、どんどん減らして、一つの部にする方向に行っているようにうかがわれるのでございます。これも日本の機構改革の問題といたしましてワン・ベンチ論への一つの参考の問題かと思います。しかしこれはまあ見方がございますので、一応私の感じを申し上げたわけでございます。  それから八十七ページの初めから四行目のところに、共産党が違憲だといった裁判についてどのくらいかかったかということ、これは御承知の方もおありかと思いますが、五年もかかった。それで非常にむずかしい事件については長くかかるので、これもあまり数が多いと困るのだというような趣旨に、たしかウィントリッヒ長官の方の側で引用されたように記憶しておりますが、この点ははっきりしておりませんが、何と申しましても五年、六年という事件があるわけでございます。  その次がイタリーでございますが、イタリーはドイツと同じように、憲法裁判所が独立してございます。それは百十八ページのところにございますが、やはりドイツと同じように、憲法裁判所だけ別個にございまして、その他は破毀院、控訴裁判所、地方裁判所ということになっております。それで、大体イタリーの憲法裁判所のことは八十九ページのところに書いてございますが、大体は西ドイツの憲法裁判所と同様でございますが、ただイタリーの憲法裁判所は、構成員が日本の最高裁判所と似ておりまして、十五名でございますが、この十五名を選ぶにつきまして、国会側で選ぶ関係から、政党の割り振りの問題が起きまして、法律ができましても、実際の任命が非常におくれまして、たしか一昨年でございましたか、ようやく実際上成立したわけでございます。で、その結果でき上りますと、今度は、ムッソリーニがおりました当時の法律をどんどん違憲とする裁判をやりまして、それが問題化して、かなり国内の政治問題化したそうでございます。で、その当時の長官がニコラ——たしかニコラというふうに聞いておりましたが、その方がやめまして、現在はアッツアリーティという方が長官になっておられます。われわれこの長官に会いましていろいろ伺ったのでありますが、要するに憲法問題は非常にむずかしいので、なかなか処理に相当な期間を要する。で、現在約五百件近くのものを持っている。これはこの九十ページの始めのところに書いてございますが、それから先ほど申しましたように、憲法裁判所は大統領のもとに直結しておりまして、ちょうど下院、上院の議長、総理大臣と同格でございます。かなり優遇されているわけでございまして、これは西ドイツでも同様でございます。  それからイタリーの大審院に当ります破毀院でございますが、これは九十三ページのところに書いてございます。イタリーではやはりフランス、ドイツと同様に、裁判官の数が非常に多いのでありまして、破毀院、最終裁判所でございますが、裁判官の数が百二十人もいるのでございます。このイタリーの破毀院では、従前はこの上告について無制限ではなくて、制限があったのでありますが、憲法裁判所ができますと同時に、上告理由の制限を撤廃したそうでございます。その結果、非常に上告事件が多くなりまして、現在の未済事件は約二万五千件、これはフランス以上で、イタリーへ参りましても、やはり南欧の気分が相当横溢しているといった感じがいたしました。  以上で非常に走りました御説明でございますが、最後に、九十七ページのところでございますが、イタリーの司法省、これはちょっと変った名前の大臣で、ゴネラという司法大臣、これは国際私法、国際公法でございましたか、有名な学者だそうでございます。この方が出られましていろろ歓迎してくれたわけでございますが、最後の一点といたしまして、これは皆様方がお聞きになったわけじゃなく、私カクテルパーティに入りましてから、司法省の役人の一人に聞いたのでございますが、憲法裁判所と破毀院というのが二つあるということに対する批判はないのだろうかということを聞きましたところが、それは非常にあるのだ。同じローマに憲法裁判所と大審院に当ります破毀院があるが、お互いとも裁判官は、おれがえらいのだという気持を持っており、その間の優劣が問題になっているし、それからもう一つは、大審院へ参りました事件で、憲法問題を含みます事件がありますと、それをさらに憲法裁判所に送って、憲法裁判所の判断を受けて、それをさらに普通の裁判所へ持ってくる、そのために訴訟は遅延する、二万五千件の一つの理由にもなるのじゃないかということを言っておりました。そうなりますると、日本の最高裁判所に一体違憲立法審査権を置いたままでいいのか、それとも別に日本の最高裁判所を、大審院のようにしてしまいまして、別に最高裁判所を置いた方がいいのかということにつきましては、そういったイタリーの論議も参考になるのではないかという気がいたした次第でございます。  非常に急ぎまして、おわかりにくかったかと思いますが、なお差し上げました報告書は、相当速記録式に書いた点でございますので、要約いたしまして、九十九ページのところに一ページ半ばかり書いてございます。実はこれだけお読みいただけば、大体のところはおわかりになれるようにというつもりで書いたのでございますが、これをいかがしましょうか。ちょっと簡単に申し上げた方がよろしうございましょうか……。  それでは、これは実は僣越でございますが、アメリカのも含んでございますので、その点もお許しをいただきまして申し上げたいと思いますが、まず第一が、上告の範囲の問題でございます。これは先ほど位野木課長が申されました、上告の範囲をどうするかという問題が、非常に最高裁判所の中の機構の問題に関係するわけでございますが、これは大陸法と英米法と違っておりまして、英米法では、原則として上告の範囲につきましては裁量上告という方向に行っております。言葉をかえて申し上げますれば、一目見て事件の割り振りをしてしまう。理屈を申し上げれば、裁量制あるいは許可制ということに相なるわけでございますが、大陸法系に参りますると、それは非常に例外的でございます。で、まあ私説明に落しましたが、ドイツの憲法裁判所の改正法の中には、一部この裁量制を取り上げまして、事件によっては裁判官のうち三人だけ委員会を組織しまして、そこで事件の割り振りをして却下できるといったことを考えておりますが、それもこの報告書の中の憲法裁判所のところに書いておきましたが、そういった点が幾分ございますが、原則としてはアメリカ、イギリスの方がはるかに最高裁判所に裁量権限を認めております。  それから、その次の違憲立法審査権でございますが、これは御承知のように、アメリカ連邦各州の最高裁判所はこれを持っております。それから裁判所自体、普通の裁判所として違憲立法審査権を持っているにかかわらず、西ドイツ、イタリアにおきましては独立の憲法裁判所を持っております。しかし、非常にアメリカの連邦裁判所なり州の最高裁判所は、どちらかと申しますと、ドイツやイタリアの大審院に当りまする連邦裁判所や破毀院よりも憲法裁判所に似ております。先ほど位野木課長が申されましたウオーレン長官の言葉を借りましても、自分たちは、一般国家の利益に関する事件をやるのだ、いわゆるこれはコンスチューショナル・コートなのだ、憲法裁判所なのだということを非常に強調しております。そういった意味で、どうも日本の最高裁判所も、どちらかと申しますと、西ドイツ、イタリアの憲法裁判所に似てるんじゃないか、これは部分的でございますが、そういった感じがしたわけでございます。  それから、その次が裁判官の数と待遇の問題でございますが、これはもうすでに御承知のことでございますが、要するに、イギリス・アメリカの方は裁判官の数が少くて、結局最高裁判所の裁判官の数は英国でも十名以下、それからアメリカ連邦は九名、アメリカの各州は大体七名以下ということになっておりますにかかわらず、西ドイツの大審院に当りまする連邦裁判所、フランス、イタリアの破毀院は、先ほど申し上げましたように百名に近い。で、フランス、イタリアの破毀院等におきまして百名近くの裁判官がいるにかかわらず、一万五千件あるいは二万五千件もの未済件数があるということは、これは相当考えていい問題じゃないかという気がいたしたわけでございます。  それから、その次が四の合議でございますが、これは実は衆議院で問題になりました点は、最高の裁判官を三十人にふやしまして、しかも合議ができないということはあるまい。衆議院、参議院においてすら何百名の議員が重要な法案を審議しているじゃないか、そういうお話に対しまして、法務省及び最高裁判所側におきましては、それは違うのだ、どちらが重要かということは、それぞれの重要性があるけれども、裁判については理由をすっかり書き上げなくちゃならぬのだ、そうなりますと、どうしても裁判官の数というものには限界が必要なんだ、その点がかなり出発前に問題になっておりましたのですが、これは各国とも同様に、裁判官の数には限界があるんだ、裁判長としては忍耐あるのみといったような表現で説明しておりました。先ほど位野木課長がウオーレン長官の驚きの言葉を申されておりましたが、確かに各国とも同様の現象でございました。  それから五といたしまして、事件の処理でございますが、これはただいまちょっと三のところの裁判官の数のところで申し上げましたが、要するに、裁判官の数が多いからといって未済件数が少いとは限らないということを感じたのでございます。  それから第六として、これは今まで説明を省略したのでありますが、定足数を活用するという点でございます。これは先ほど位野木課長が御説明されましたマサチュセッツ州の最高裁判所では、七人の判事でありますにかかわらず、実際は五人でやっておるのです。これは定足数一ぱいでやっておるのでございまして、西ドイツの連邦裁判所でも定足数五人で実際はやっております。これを日本の最高裁判所の例にとりますると、五人の裁判官がおりますが、三人でできるということが考えられるのであります。これは機構を改正せずして、実際論としていいか悪いかは別といたしまして、事件処理の一つの方法として考えられるという点が感ぜられたのでございます。  それから、その次が裁判官の補助機関の問題でございますが、これはおおむね各国ども弁護士の資格を持つ、日本の調査官に当ります人を補助機関に持っておるわけでございますが、これは日本と違いまして、大体が若い学校出、あるいは司法研修所を出た直後の人が多いという点でございます。この点は、日本の最高裁判所の調査官と実質的に違うことが発見されておるわけでございます。  それから八といたしまして、法曹一元、これはイギリス、アメリカにおきましては徹底した法曹一元でありまして、英国のことわざにも、裁判官の法服を脱ぐとこれはバリスターということで、それくらい英国では徹底しておりますし、アメリカでももとよりそうでございますが、ドイツ、フランス、イタリアでは反対の方向でございます。これは先ほど申し上げましたドイツの連邦裁長官のワインカウフという人が言われたのは、やはりドイツでも法曹一元の方に持っていきたいという言葉があったのでございますが、この点は注目すべきものがあることを先ほども申し上げたわけでございます。  それから機構改革の問題でございますが、これは先ほど申し上げましたドイツの連邦憲法裁判所の機構改革は、裁判官の減員に進んでおりますが、ドイツの連邦裁判所の方は、先ほど申し上げました九十四人あるいは九十六人の数を、来年は百名以上にするということを申しておりました。これは比喩的に申しますと、このたびの日本の最高裁判所の機構の政府案の、大法廷の裁判官の数を減らして小法廷の数をふやすというところにたまたま似ておる姿が——まあこじつけかもしれませんが、出ておるという気がいたしたのでございます。  幾分主観が入ったような申し上げ方をいたしたかと思いますが、なるべく客観的に申し上げたつもりでございますが、何とぞ御了承いただきまして、なお非常にお忙しい中をわれわれの報告を聞いていただきましたことをありがたく御礼申し上げます。

青山正一自由民主党

○委員長(青山正一君) どうもありがとう存じます。委員の皆様の質問に移りたいと存じますが、御質疑がありますか。

一松定吉自由民主党

○一松定吉君 今の八の法曹一元化の問題、これはここに結論は出ておりますが、御承知の通り、今これが日本で非常に問題になっておって、どうしたらよいかといって議論が行われておるのですが、あなた方が欧米各国を視察された結果から見て、どういうようなふうにしたらよいかというふうな大体の構想がまとまっておるならば、ここで一つ発表してもらいたい。

位野木益雄法務大臣官房調査課長

○説明員(位野木益雄君) まだ法曹一元のことにつきましては、実は結論的に申しますと、考えがまとまっておりません。御承知のように、アメリカとかイギリスでは徹底したものができておりますし、大陸では、ドイツなんかの場合はごく例外であって、ほかの部面では、ほとんどそういうことは考えられないということを言う人もありますし、今までも聞いておったのですが、今度行って、ドイツでは連邦裁判所の裁判官の中にかなりの数の弁護士さん出身の方がおられるというので、実は意外に感じたのであります。しかも、そこの長官が熱心な法曹一元化論者であるようにも見受けられましたので、われわれとしても大陸法系の裁判制度をとりつつも、そういう方向の理念が外国でも考えられておるということを発見した意味で、一つのまあ共感といいますか、外国でもそういう方がおるということを発見いたしましたので、今後なお研究したいという段階であります。

一松定吉自由民主党

○一松定吉君 あなた方の御調査の途中で、日本の法曹一元化の問題を十分御了知の上で向うに行っていらっしゃる。これはわれわれの考えではどちらの方がいいなんという御自身の感想はあるでしょう、定説というようなことまでいかぬにしても。それはわれわれがやはり将来これを論議するについて参考になる。あなた方の欧米各国を視察されて一番新知識のところをここで一つ発表してもらいたい。

位野木益雄法務大臣官房調査課長

○説明員(位野木益雄君) 私個人のことになりますが、個人といたしましては、理念としては非常にけっこうで、大いにそういう方向に向って研究を進めるべきであるというふうに考えております。しかし、わが国の現状ではいろいろな現実の障害がかなりあるのじゃないか、そういうような点をもう少し研究していかないと、果してうまく実現できるかどうかということのめどがつきませんですが、そういう点をそちらの方に向って研究したいという気持を持っておるのでございますが、その程度でよろしゅうございますか。

一松定吉自由民主党

○一松定吉君 關根さん、あなたのお考えはどうですか。

關根小郷最高裁判所事務総局総務局長

○説明員(關根小郷君) 私は問題なく法曹一元に進むべきだと思うのです。あらゆる現実の障害を排撃しまして、一松先生よく御承知だと思いますので、お願いしたいと思うのです。参議院といたしましてもできるだけ法曹一元化に。

一松定吉自由民主党

○一松定吉君 そこでお伺いいたします。法曹一元という問題がほとんど世論に近いようになっておりますが、イギリスやアメリカでは徹底してこれを実現しておるというのであるが、日本では直ちに、法的三元という問題については、まず待遇改善というような問題から起ってくるわけだね。今のような裁判官の待遇では、弁護士あたりが喜んで任官する者がない。そういうことになっておると、待遇問題をどうするかという問題が先決問題になるわけだが、それから今度その次には、弁護士からすぐにこれを裁判官に採用しても、実務の上において一体判決を書いたことがないような弁護士が裁判官になって、判決が自分には書けないというようなときに、この収拾方法をどうするかというような問題もあるのですが、イギリス、アメリカではそういう点はどういうふうになっておりますか。その点をあなた方調査なさった上で参考に一つ話してもらいたい。待遇の問題、それから収拾の問題。

關根小郷最高裁判所事務総局総務局長

○説明員(關根小郷君) それじゃ簡単に申し上げたいと存じますが、待遇の問題につきましては、先ほど位野木課長が御説明になりました四十ページのところに、アメリカの最高裁判所の裁判官は、四十ページの初めから二行目のところにございます。ちょうどニューヨークではズッカーマンという、御承知の方がいらっしゃるかもしれません。日本にも参りましたアメリカの弁護士でありまして、この人がずっとついていてくれたのですが、その人が話してくれましたのは、連邦裁判所の最高裁裁判官は年俸三万五千ドル、長官は三万五千五百ドル、ところがニューヨークの一般弁護士の平均収入は二万三千ドルでございますので、はるかに違う、これが一つの代表的な例だと思います。以下これにアメリカでは大体準じているかと存じます。それから英国ではこれは問題なく貴族院の議長、大法官のあれはたしか一万ポンド、問題にならないくらい高い。それに準じまして英国のいわゆる高等裁判所の判事、これは非常に高いのです。ですから、弁護士から裁判官になることを、英語で申し上げるのもいかがかと思いますが、エリベート、エレベーターに乗って上っていく、エリベートする、そのくらい経済的にも上るし、名誉的にも上る。これは一つの考え方といたしまして、裁判官の数がそう多くないという点も一つの理由かと思います。従って、優秀な人が少く、報酬も高くなる。これはドイツと英国、極端な例を比較いたしますると、英国の裁判官は非常に少くて、ドイツの裁判官はかなり多いという点も一つございます。事件との関係もございましてなかなかめんどうなことでございますが、これも関連があるのじゃないか。  それから今一松先生がお話になりました判決書きのことでございますが、これは原則として英米の裁判官は、最高裁判所の裁判官は別といたしまして、法廷で口で裁判を言い渡してしまいます。従って、めんどうな判決を家へ帰って書くということは原則としてない。裁判官が判決を口で言い渡したものを速記にとりまして、それが裁判の判決書きになる、そういった現状でございますので、私どもといたしましてもできる限りそういう方向に持っていくべきじゃないか。そうでございませんと、弁護士の方が直接裁判官におなりになっても、判決書きに追われてしまって、いやけがさしてしまうということが、現状として、日本では考えられるのではないか。でありますから、法廷で、ことに英国なんかでは、ア・デイ・イン・コート、裁判所における一日ということがございまして、芝居へ行って裁判劇を見ているのと同じで、その日のうちに事件が終って、判決まで出てしまうというのが原則です。そういうふうに持っていくのがほんとうじゃないか。  それからもう一つ、私英国で実際の法曹一元の姿を見ましたのは、何と申しましても裁判官の方が弁護士よりも年をとっている。日本で一松先生のような方が法廷で、われわれが裁判官のときには、頭がどっちへ下るかというと、年とった方の方に自然に下ってしまう。裁判官が先生なんて言って、うっかり弁護士の老先生に言って、当事者から非常な非難めいたことを陰で言われたということを聞いたこともありますが、英米では原則として裁判官の方が弁護士よりも年をとっている。これはいわゆる法曹一元の一つの現われじゃないかと思います。そうなりますと、裁判官の方が弁護士さんに強いことが言われる。で、もう少し証人を調べてくれなんて言われましても、あなたはよく知っているじゃないか、この裁判所の忙しいことを、というようなことで、すぐ裁判長の言うことが通ってしまうくらいの光景がある。でありますから、やはり法曹一元を徹底いたしますると、要するに、裁判書きに苦労するなんてことは大体なくならなくてはいかぬのではないか、そういう方向に向うべきではないかということを私、考えております。

一松定吉自由民主党

○一松定吉君 今のお話でよくわかり、われわれもそうしなければならぬと思うのですが、そうすると、なかなか日本の現状では、ちょっと今ここ数年の間はできないね。なぜかというと、裁判官の待遇をとにかく各種の官公吏よりもよほどよくしなければならぬということはわれわれも考えているところではあるが、今日本の財政上並びに日本の政治情勢からいくと、それだけすぐにわかに裁判官の待遇をずばぬけてよくするということはできない。そうなってくると、やはり弁護士が自分の収入の方が多いから、裁判官になって貧乏するよりも、というような考えで、なる者が少いということになると、なかなか法曹一元ということは、法文の上では表われても、待遇改善というようなことが裁判官にできないとすると、やはりこれは実際ができない。法曹一元化を実現するのには裁判官の待遇をよくし、裁判官が世人から非常な尊敬を受けるということになって弁護士が、おれも一つ弁護士よりも裁判官になっていい報酬をもらおう、待遇をよくしてもらおう、それで自分も社会から品位を高め、尊敬を受けるようになろうということにおいて、進んで裁判官を希望する者があるけれども、今のようなことではなかなかできぬのだが、こういうようなことを実現しようと思えば、政府も国会議員も頭を切りかえて、ほんとうに裁判官の待遇をよくするということを前提にしなければ、いかに理想がそうであっても、できないように思うが、あなたのお考えはどうですか。

關根小郷最高裁判所事務総局総務局長

○説明員(關根小郷君) 一松先生おっしゃる通りだと思うのです。私も全く同意見です。そうお願いしたいと思うのです。

一松定吉自由民主党

○一松定吉君 それじゃその点はそれ以上のことは伺わないといたしまして、もう一つ陪審制度がやはり各国に多く行われておるということは、あなたの今報告のうちにもありましたが、なるほどそれはそうだと思うが、日本は御承知の通り、陪審制度というものが有名無実になっておって、今日では停止されておるという実情だが、これはやはり外国の制度のように復活してやる、二本立てでいくということが必要でありますか、どうですか。あなた方の方の御視察の結果、まあ一つ位野木さんから。

位野木益雄法務大臣官房調査課長

○説明員(位野木益雄君) この点も、実は今度の視察は、主として上告裁判所の視察でありまして、第一審の裁判所の方へはあまり行かなかったのです。ニューヨークでシュープリーム・コートという第一審裁判所へ参りました際にはやっておりました。それからドイツの三審制度もちょうど見る機会もわれわれあったのですが、われわれの感じといたしましては、やはり民衆に直接裁判に関与してもらうということは、司法を国民の間に理解してもらう点からいきましても、また、裁判の信用といいますか、そういう点を、もし、陪審制度、あるいは三審制度等の採用によりまして、より高め得るという見通しがつくならば、そういうふうな観点からも好ましいのじゃないかというような感じをもって帰ったのであります。しかし、わが国の実情を考えますと、御承知のように、第一いろいろ法律上の論議がございます、利害得失の論議がございますし、また、財政上の問題もかなり軽視できない問題でありますので、これもなお研究問題なんであります。すでにわれわれ政府部内におきましても、研究には着手いたしております。今後なお十分研究いたしたいと思います。

一松定吉自由民主党

○一松定吉君 これは幾ら議論したってこれで尽きませんから、私はこの程度でとめておきますが、いずれまた時期を変えまして。

小酒井義男日本社会党

○小酒井義男君 フランスの例の憲法委員会、これはどういう構成になっておるかというような点、お調べになりましたか。

位野木益雄法務大臣官房調査課長

○説明員(位野木益雄君) これは憲法にございますが、大した機能は持っておらぬようです。

小酒井義男日本社会党

○小酒井義男君 構成などはわかりませんか、どういう構成になっておるか。

位野木益雄法務大臣官房調査課長

○説明員(位野木益雄君) 憲法にちょっと出ております。大体ある法案が国会に提出されたときに、果して憲法に適合してるかどうかということが問題になったときに、そこへ送付して、そして法律と憲法が矛盾しないようにという措置を考えておるだけであります。大した権限はないようです。

小酒井義男日本社会党

○小酒井義男君 それからアメリカ、イギリスは非常に待遇がいいというあれですが、そのほかは、フランス、ドイツ、イタリア、これはどうですか。同じヨーロッパでも相当な開きがありますか、待遇について。

位野木益雄法務大臣官房調査課長

○説明員(位野木益雄君) ヨーロッパの中でも、イギリスはもちろん飛び抜けておりますが、ドイツがやはり一般官吏よりは少しよくなっているというふうに聞いております。それからフランスの方では必ずしもよくない。むしろ司法官というのは、昔からの伝統で、金持ちとか、そういう人がなるべきなんで、報酬はあまり当てにするものではないというふうな、伝統的な空気があって、必ずしも高くはないということを聞いております。イタリアも大体そのフランス程度じゃないか。それにいたしましても、貨幣価値の関係もありますが、やはり日本の裁判官と比べますと、それは数倍の報酬です。ここに少し出ておるかと思います。日本の数倍です、イタリアでも何倍かになっております。

棚橋小虎日本社会党

○棚橋小虎君 アメリカの最高裁判所というのは、やはり憲法裁判所という仕事と、それから上告裁判所という二つの任務をやっておるというお話がありましたが、その点で、この二つの仕事をする上に、日本のようにいろいろとそこに議論があってうまくいっていない。ところが、アメリカの方では、その点は比較的うまくいっているように考えられるのですが、事実そうなんですか、日本のようにああいういろいろな議論がないわけですか。

位野木益雄法務大臣官房調査課長

○説明員(位野木益雄君) 日本と比べまして、果して個々の事件についてどれだけ差があるか、非常に差があるかということにつきましては、必ずしも一がいに言えない。と申しますのは、向うは事件数が少うございます。こちらは圧倒的に多いということもございますから、必ずしも一件についての処理、合議がスムースかどうかということは一がいに言い切れないかと思いますが、しかし、こういう点は感じました。それからまた、ある方からはそういう説明を聞きましたのでありますが、アメリカ人と日本人のものの考え方、これがやはり裁判にも影響しておるのじゃなかろうかという感じを持ったのです。というのは、アメリカ人はやはりむずかしい問題に会った場合でも、問題を聞かれますと、大体即決的にイエスかノーかということを言うというのです。むずかしい問題はそのときに、聞かれたときにイエスかノーかということを言った場合と、これはむずかしいからもう少し考えさせてもらいたいというので、時間を置いてこのイエスかノーかをきめるというふうにした場合と、どれだけ実際上違うかと申しますと、実際はあまり変らないのじゃないか。実際はただ時期を遷延させるだけじゃなかろうかというような考え方からではないかということをその人も言っておりましたが、結局その場合、その場合で、そのときの考えでいい悪いということを比較的早くきめる習性が、裁判だけじゃなくて、すべての日常事の処理にある。それが裁判に現われておるのじゃなかろうかということを言っておられました。大体準備はいたします。相当準備はよくしておるようでありますが、その準備のもとに始められた裁判の審理は、その週にあったやつは大体その週できめるというやり方でやっておる。大体それで片づいておるということでありますから、やはり向うの方がそういう点ではかなり少くとも気分的に違うのじゃないかという感じを持って帰ったわけであります。

棚橋小虎日本社会党

○棚橋小虎君 ただいまのお話を承わるというと、両方の違いは国民性の相違といいますか、考え方の相違というようなところにおもな点があるというふうにお聞きするのですが、その点も確かにあると思うのですが、この点なんか、日本とアメリカとの裁判の運用上の違いとか何か、そういうような点でお気づきの点はなかったですか。

位野木益雄法務大臣官房調査課長

○説明員(位野木益雄君) 先ほども申し上げましたが、運用上の実際上の相違は、同じ裁判でありますから、それほど根本的には違っておるという感じはいたさなかったのでありますが、しかし、たとえば合議を開く場合は、当事者の方からも要約書といいますか、事件の要約書のようなものを用意しておるというふうなこと、それから裁判官の方でも、すべての裁判官はそれをあらかじめよく読む、そうして調査官なんかにもよく法律でも研究させておいて、そうして一挙にそこでなるべくきめてしまうような用意をして合議に臨むというふうなことが相当軌道に乗って行われておる。この点は日本の最高裁判所でもそれに似たことがなされておるようにも考えますけれども、その点、問題をあとに引き延ばすことなくして決定されるような運用が実際上行われておる、こういう点が違うのではなかろうかという感じがしたのでありまして、まあやり方自体が非常に違うというよりも、心がまえといいますか、その方が相当違うのではなかろうかという感じを持ったのであります。

棚橋小虎日本社会党

○棚橋小虎君 その点何か關根さん……。

關根小郷最高裁判所事務総局総務局長

○説明員(關根小郷君) 今位野木調査課長から申された通りでありますが、私が感じましたのは、何と申しましても、英米系統では裁判官が合議をする場合の数が少い。先ほど申し上げましたように、英国では、五人あるいは三人、それからアメリカでは九人ないし七人でありますから、非常に比喩的で、申し上げようがあるいは悪いかと思いますが、ちょうど船に乗った船頭が多過ぎると山へ上ってしまう。ちょうど国会で立法されるときの船と、裁判をするときの船と違うので、国会で立法されるときの船は軍艦くらい、たくさん議員さんが乗られる。それでもちゃんとよく合議を通られる。ところが、裁判は小舟のようなもので、裁判官が多いとみんな丘へ登ってだめだ、そういった感じが私はしたのであります。その点はウオーレン長官が、三十人ということを聞いたら、これを繰り返して申し上げますが、オー・マイと言って手を上げられたのです。オー・マイというのはびっくりしたという言葉なんですが、そこが私は非常に違うのではないかという気がいたします。ですから、小舟にあまり船頭が多過ぎると、舟が運行ができなくなる。これは裁判特有の問題かと思いますが、これは各国共通、私は強く感じたわけでございます。

大川光三自由民主党

○大川光三君 關根局長に伺いますが、資料の八十二ページ、最後の(五)に、連邦裁の事件を取り扱うという弁護士の制限ですね、特に民事については連邦裁の許可を得た弁護士が十六人に限られておる。この点ですが、これは他の各国にも上告事件に限って弁護士を制限しておる例があるでしょうか。

關根小郷最高裁判所事務総局総務局長

○説明員(關根小郷君) 今の大川委員のお尋ねでございますが、これはアメリカの連邦裁も最高裁判所も同様でございます。今お取り上げいただきましたこの報告書の中は民事だけでありまして、刑事については制限がないそうでございます。しかし、アメリカでは連邦裁それから各州の最高裁判所も同様な制度があることを聞いておりますが、たしかフランスも同様かと思いますが、一番最終審の裁判所に限っていわゆる上告弁護士ということを、実際上はそういうふうな結果になりますが、かなりあるんじゃないかと思います。

大川光三自由民主党

○大川光三君 そこで先ほどの上告事件が少いという一つの理由として、あるいは記録代をすべて当事者に負担さすということも一つの理由、ところが、同時にわが国の場合には、上告事件に限って弁護士を制限するということがいいか悪いかという問題なんですが、上告審の事件をなるべく少くする、審理を早くするという面から、弁護士を上告事件に限って制限するということに関する一つお考えを伺いたいですね。

位野木益雄法務大臣官房調査課長

○説明員(位野木益雄君) これはまた個人的な見解になりますが、各国ともほとんど共通しているようにも承知したのでありますが、大体上告裁判所に出頭できるといいますか、そして訴訟行為ができる弁護人は制限されておるということは、やはり上告裁判所の負担を合理的なものにするというふうな配慮が伝統的になされておる結果じゃなかろうかというふうに想像したのであります。これは相当やはり研究すべき問題じゃないかというふうに感じたのであります。

青山正一自由民主党

○委員長(青山正一君) 速記をとめて下さい。   〔速記中止〕

青山正一自由民主党

○委員長(青山正一君) 速記を始めて下さい。  なお、位野木課長の最高裁機構改革に関する諸案の紹介、説明につきましては、時間の関係上取りやめまして、上告理由の範囲と違憲裁判手続を重点として、最近のものにつき書面で御提出を願いたいと思います。  本日はこれにて散会いたします。    午後三時四十九分散会

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