文教委員会 第2号
- 発言数
- 172 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1957/11/05
会議録
○委員長(秋山長造君) これより文教委員会を開会いたします。 まず、一日に開会いたしました委員長及び理事打合会の経過について御報告いたします。 教職員の勤務評定に関し、今期国会開会中に関係者及び学識経験者に参考人として出席を求める件について協議を行いました。その結果、勤務評定問題の重要性にかんがみ、本委員会として参考人の意見を聴取することの必要性については意見が一致したのでありますが、これを今直ちに今期国会開会中行うことについては時期的に意見の一致を見るに至らず、次回通常国会において、文部省の勤務評定案の結論が出されるに先だち、なるべく早い機会に参考人の意見聴取を行うことを確認して、今回はこれを見送ることになりました。 次に、閉会中行う委員派遣について協議を行いましたが、第一班北海道は、十日間で派遣委員は二名。第二班は、福井県、滋賀県、岡山県で、七日間、一三名。第三班は、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県とし、八日間で三名ということに一応意見の一致を見、派遣委員は、自民党四名、社会党三名、緑風会一名の割合で選ぶことにいたしました。 派遣時期は、大体十一月下旬から十二月上旬ということになっております。 なお、会期が十二日間と決定しましたので、前回報告をいたしました委員会開日程にさらに十二日を追加することにいたしました。 以上御報告の通り決定することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(秋山長造君) 御異議ないと認めます。 —————————————
○委員長(秋山長造君) 本日は、公報に掲載しております通り、まず総理大臣、外務大臣の出席を求めまして、当面の文教政策、並びに沖繩教育権の返還問題について質疑をいたすことに予定しておりましたが、いずれも出席がありませんので、教職員の勤務評定に関する件について質疑を行いたいと思います。御質疑のおありの方は順次御発言をお願いします。
○矢嶋三義君 質問をする前に、ただいまの委員長の大臣出席に関する報告について私は委員長に特に御要望を申し上げておきたいと思います。 閉会中における文教委員会懇談会におきましても、藤山外務大臣のダレスさんと会ったときの会見談等が報ぜられ、また国内の遊説に当って岸総理大臣が文教政策に重点を置くという角度から、いろいろと国民に公約をされている点が多々あり、文部大臣のみでなく、来年度の予算編成期でもありまするし、総理、外務大臣、さらに大蔵大臣に、ぜひともこの臨時国会中に本委員会に出席願って、文教委員会として質疑をいたしたい。これは委員長理事打合会の決定でございまして、与党の方々もその実現のために努力して下さっているようでございますが、この初日に要求大臣の出席ができなかったことは非常に遺憾といたします。 なお、予算委員会の方に回って質疑をするという手もあるわけでございますが、予算委員会には関係予算案がかかっていることですし、短期間でございますので、そう委員の入れかえ等を各党派でやって、そうして時間をかけて文教問題を審議する時間がないということを予算委員長、理事の方から承わっているわけでございまして、当面重要な文教問題につきまして、本委員会が責任を持って調査をしなければならない状況でございますので、特に要求大臣の出席については、文教委員長において努力されたいし、また文部大臣お見えになっておりますが、文部大臣も同僚閣僚の文教委員会への出席に側面から御協力願うように、まずお願いしておきます。 そこで質疑に入りたいと思いますが、まず私は勤務評定の本論に入る前に、閉会中懇談会が開かれた場合に、文部省主催の全国中学校長研究大会が開かれるということを承わり、その懇談会の席上で、全国の第一線で教育に従事されている校長さん方が多数お集まりになって研究会が開かれるわけであるから、われわれ立法府に席を置いて文教問題と取っ組んでいる者としては、校長さん方からどういう意見が述べられるか、なまの声を聞きたい。ついては、ぜひとも一つこちらに発言を許す必要はないが、聞くために案内していただきたいということを私は文部大臣に要望いたしました。その当時文部大臣は、まあこの程度の問題にそう目を三角にしてやることでないし、というようなことで、私は御案内いただけるものと思って心待ちしておりましたところが、ついに御案内いただけなかった。そのときに内藤局長は、案内しない場合にはその校長協議会の詳細なる速記録、資料を提出するからという発言もございました。しかし、私はそれも必要であるが、ぜひとも聞かしていただきたいということを、きわめて辞を低くしてお願いしたわけであります。その案内いただけなかったことを非常に遺憾といたしますが、一つ私は、どういうわけで聞かしていただきたいというのを入れていただけないのか、一つ文部大臣のお答えをいただきたいとともに、校長協議会でどういう協議がなされたかというその速記録等も、概要も提出されてないようですが、その点について内藤局長からまず承わりたいと思う次第です。
○説明員(内藤誉三郎君) 小、中、高等学校の校長先生方にお集まりをいただきまして、十月二十三、四、五日のこの三日間にわたりまして協議会を続けたわけでございます。この協議会は、文部当局と地方の先生との協議、懇談の会でございまして、私どもは行政事務の観点からこの協議会を開催しているものでございます。こういう点から、私どもはできるだけ新聞記者の方には報道の関係もございますのでおいでをいただきましたが、その他については一切お断わりしておりましたので、国会の皆さん方にも御遠慮していただいたわけでございまして、別に他意はございませんが、ただいま申しましたように、ほんの事務的な行政事務の打ち合せの会議でございました。 最初に、文部大臣があいさついたしまして、その初日は初等中等教育局所管事項につきまして、教育課程の改善、あるいは教育水準の向上の問題、科学技術教育の向上、こういうような問題を中心に初等中等教育局所管事項一般につきまして私から約一時間にわたって説明いたしました。それから初日には、特に小泉信三博士のおいでをいただきまして、道徳教育に関するお話をいただきました。これは福沢諭吉の、徳教は目より入りて耳より入らず、こういう題のもとに、道徳教育のお話をいただきました。それから先ほど申し上げましたように、私が初等中等教育局の所管事項についての一般的説明、それから午後はこれについての質疑で終始いたしました。 それから二日目は、小、中、高等学校に分けまして、主として道徳教育の問題につきまして、すでに課題を出しておきまして、この課題について各校長先生から御発表いただいた、その発表の討議をいたしたわけでございまして、これは分科会でございます。 それから第三日目は、一応文部省側からも言うべき点は言っておりますので、できるだけ先生方の御意見も伺いたいというので、意見発表をそれぞれ小、中、高、盲ろうあ、幼稚園等につきまして、八名ほどの意見発表をさせました。で、それに対する一般的な講評は文部事務次官よりいたしました。で、閉会と、こういうことでございます。
○矢嶋三義君 文部大臣にお答え願いたいのですが、局長は単なる内部事務の打ち合せ云々と言われます。けれども、校長会においては、わが国のこの文教政策、教育行政、教育内容等について、校長先生方のお考えがるる開陳されているわけで、また質疑もされているわけです。それに対して文部省の見解も述べられ、研究会の性格を非常に私は持っている。さらに文部省からも積極的にいろいろな問題について見解を述べた、指導的な内容を持っておると思うのです。で、立法府において教科課程の問題とか、あるいは具体的には道徳教育の問題、あるいは勤務評定の問題等をお互い議員が勉強して論議されておることは御承知の通りなんです。そういう会でなまの声を聞きたいと希望するのを、入ったらなぜいけないのか、私は松永文部大臣にしては珍しい裁断だと思うのですがね、文部大臣はどうお考えになられますか、承わりたい。
○国務大臣(松永東君) この問題は、この前矢嶋委員から御要求がありましたので、前例がどうなっておるかと思いまして、内藤局長並びに事務次官等にいろいろ尋ねてみたのであります。ところが、これは事務的の会合であるから、今まで政治家の皆さんにおいでを願った前例がないのだと、こういうことであります。その前例を破らなきゃならぬような必要もまあちょっと見当りません。それで私は、そうか、それじゃ、まあ前例がそうなっておるなら、という程度でそのまま過ごしたわけであります。私ももちろんこの間から、その校長さんの会議や、PTAの会議とか、あるいは教育長の会議、それから教育委員長の会議、いろいろな会議がありまして、書いてもらった祝辞や何とかを持っていって読んだことは事実でありますけれども、どんな会議の内容であったか何かはちっとも存じません。ただしかし、先ほど申し上げた通り、事務的の会合であるから、政治的会合でないからおいでを願わぬ方が……、願わないようにしてあるのだと、こういうことでそのままになっておったわけなんです。
○矢嶋三義君 大臣はこの前の懇談会でも、前例を云々と言われるのですけれども、前例というものはないのですよ。地方教育行政法がずいぶん議論されて通過成立したわけですが、そのときに文部省が地方教育行政官とか、あるいは教育者を集めてそうしてこの会を開くというのがあの行政法の中に盛られたときに、教育の中央集権、官僚統制という立場から、おそれがあるという立場から、ずいぶん議論がなされたわけなんです。あの地方教育行政法が成立して、昨年の秋から初めて、あるいは教育長、教育委員長、あるいは学校長の文部省による招集が始まったわけです。で、昨年の校長会も、私は研究会で若干の校長が研究発表をされるということを承わりましたので、参りたいと思いましたところが、案内をいただかぬものですから、ある新聞記者に聞いたところ、うっかり行ったってそれは矢嶋さん追い出されて恥をかくぞと言われたから私は行かなかった。それで去年の開き方が、非常に私は遺憾であったから、ことしは前もって私は文部大臣にお願いをしたわけです。それね、事務事務と言うけれども、単なる事務官の会合と違いますよ。そういうなまの声を聞くことは、われわれとしては非常に大事なことだと思う。近くは一千三百万円の予算要求しておりますが、文部省の手によって教育研究大会を開くという方針をきめて、概算の要求の中に一千三百万円の予算を盛られていますね。ああいう研究会に別に意見を述べさしてくれとか、祝辞を述べさしてくれというのじゃないのですよ、そういう会の雰囲気に接したいから、なまの声を聞きたいからそういう案内をしてくれというのを、なぜ阻止しなければならないかというのは、私はどうしても納得できない。今後何ですか、あの一千三百万円の予算が認められた場合ですね、全国の教育の研究大会を文部省が開かれるわけですが、研究大会は時間も予算も相当かかって開かれるわけですが、そういう場合かりに矢嶋かそういう場合に行って見聞させていただきたいという場合に、やはり阻止——断わるつもりでございますか、承わりたい。
○国務大臣(松永東君) これはこれから先の将来のことは、私はなお一つ研究します。研究しますが、この前仰せによって、なるほどそういう理屈も立つかと考えましたものですから、今言う通り内藤局長並びに事務次官等を呼んで、そうしていろいろ聞いたのであります。そのときに、今申し上げた通り、事務的の会合であるから、これには国会議員さん方にも来てもらうことは今日まで前例がない、さらにまたその必要がないのだと、こういうことで、特に例をあげて法務省でも司法官会議にも国会の人々のおいでを願わぬことになっておる、検事会議にも同様国会の人々のおいでを願わぬことになっておる。であるから、それはやはり事務的の会合には国会の方々にはおいでを願わぬことになっている、こういうような例示までしての話だったものですから、なるほどそれもそうかいなと思って実は私はそれ以上くどく申さなかったんです。でありますけれども、将来のことについてはなお一つ研究してみます。
○矢嶋三義君 それは、その程度にして私は再考慮を促しておきたいと思うんです。 そこで勤務評定を質疑する前に、私は国家公務員を文部省の公務員にしぼって、公務員の勤務規律について私は大臣の所見を承わっておきたい。文部省にしぼって承わって参りたいと思います、文部省に勤務されている国家公務員は特別職でないんですからね。私はA、B、C各政党に対する対処の仕方というものは同様でなければならないという私は見解を持っております。政党政治間において第一党が政権を担当した与党であるからといって、その与党に対する公務員の態度と、それから与党に対する公務員の態度は変るべきでない。与党の政策を行政府に持ち込んでいくに当っては、党出身の文部大臣とか政務次官があるわけですから、そこを通じてやるべきものであってあくまでも公務員の態度、というものは与野党に対しては私は平等であるべきである、これは基本原則だと思いますが、文部大臣の見解はいかがですか。
○国務大臣(松永東君) これはどうも矢嶋議員から変なことを承わるんですが、私は、A、B、Cとか何とかいうクラスはあるなんということは夢にも考えておりません。でありますから……。
○矢嶋三義君 いや、 クラスじゃない、A党、B党、C党という、政党という……
○国務大臣(松永東君) 例示の通りですか、なるほどな。A党、B党、C党、こういうわけですか。
○矢嶋三義君 ええ。
○国務大臣(松永東君) わかりました。ところが、そんな私は差別待遇もしようなんというような考えは寸毫を持っておりません。それからまたすべきものじゃないんです。これは与党も野党もありません。特に文教問題については今日これは大きな転換期に直面している。今こそ与党も野党もない、打って一丸となって、この次代をになうところの青少年をどう育成していくかということに懸命の努力をしていただかなければならぬときだと存じます。従って私は与党とか、野党とかいう差別観念は一つも頭に持っておりません。それだけは今もその通りでありますが、将来も一つさよう御了承をいただきたいと思います。
○矢嶋三義君 文部大臣の答弁は常に私が全面的に賛成するような答弁をいつもされるわけなんですが、実態は必ずしもそうでないんです、従って文部大臣は、部下公務員の監督指導についてはあなたの考え方を十分貫かれるよう特に要望いたします。ということは、私は野党に所属しているから言っているのではない、ひがみで言っているんじゃないんですがね。最近数カ年間、数カ年というのはここ一、二年ですが、二大政党になって、国会に過半数の政党が生まれて以来の国家公務員の勤務状況というものは政治的に中立を保たれているとは必ずしも私は言えないという見解を持っている。それは各省によってずいぶんとアンバランス、があります。私は今文部省だけについてしぼって申し上げているわけなんですが、たとえば予算編成方針とか、あるいは予算の内容の具体的な問題についても、野党の諸君には資料も渡さない、なかなか聞いても言わないけれども、政務次官等の問題でないんですよ、公務員が与党の方には逐次報告をみずから報告をし、あるいはきわめて密接な関係をもって資料も提供するというような差別的な行動をとっている面は私は多々あることを知っております。こういう点については十分部下の公務品貝に一つ注意していただきたいということを私は要望いたしておきます。そして私は、まあ今後の勤務状況を見て、具体的な問題が出て目に余る場合には、具体的に文部大臣に私は提示いたしますので、あなたのお考えの通りに処置していただきたいということを要望しておきます。 そこで、先ほど御案内いただけなかった中学校校長会においても勤務評定のような問題も論じられておりますので、それに関連して私は内藤局長に二点承わりたいと思うんです。一つは、勤務評定について校長会においてはあなたはどういう発言をされたか、これが一点。それから次に——次に二点あります。次の二点は、まず文部大臣の答弁を得て、しかる後に内藤局長の答弁を要求いたします。で、その一つは、内藤局長は中学校長会の全国大会で、都道府県教育委員会が教育行事を教職員組合と共催すること——共同で主催するということ——共催することは差し控えられたいという指示的な指導をされておられます。私はこの都道府県教育委員会と教職員組合が、あるいは教育研究の会とか、あるいはこの教育委員会並びに学校に勤務されている方々のリクリエーションですね、そういう会をきわめて有意義に、なごやかに共催されている実例を多々知っております。これは私は常々文部大臣が、教育というものは争うのでなくて、政党においても超党的に教育の事柄は進めるべきのが妥当だという御見解からいって私はまことに望ましい、ほほえましい姿だと、これはむしろ推進しなくちゃならぬという私は考えでありますが、この教育委員長並びに教育長の全国会議で、こういう共催は今後差し控えよというようなことを局長は話されるこの真意というものを私は察しかねるのです。で、こういう点について文部大臣はどう思っているか、ちょっとよう聞いとって下さい。それからその二は、教職員が入学試験の問題とか、あるいは勤務評定の問題にとやかく意見を言い、賛成だとか反対だと言うようなことは、これは教育行政への干渉であって、行き過ぎであるというような発言を内藤局長はされたということを、私は口頭においても、また新聞紙上を通じても承知しているわけです。そういう会に私どもが案内していただけば、私が直接聞いていれば、いろいろこんなことを聞く必要はないと思うんですけれども、案内をいただけなかったからこういうことを聞かざるを得ないわけですが、第一線で教育に従事している教育公務員が、入学試験制度の問題——入学試験制度の問題というのは内容はずいぶん複雑多岐でありますが、こういう問題に見解を持って、それを発表するということは当然であって、こんなものは一切教育行政家にまかして、今の入学試験科目、あるいは内容、あるいは施行の仕方等について何も意見がないなんという、それは教育公務員に足りないと、これはむしろ積極的にやるべきことだと思う。また勤務評定というものは教師みずからの勤労条件とも関連することだし、また教育効果の向上ともきわめて関係深いことでございますので、こういう点についていろいろと意見を述べる、また希望を述べるということは、これは私は当然だと思うのです。しかるにそういう問題は教育行政の分野であるから教育公務賃が個人的に、あるいは教職員組合の名においていろいろと賛成だとか反対だとかいう意思表示をすることは行き過ぎである、人事管理をしっかりやってほしいという意図を裏面にひそましてこの話をされておられるということを私は承知いたしておるわけなんですが、その真意が察しかねます。従って文部大臣からこの二点についてまず御答弁いただきたい。そのあとで内藤局長から伺いたいと思います。
○国務大臣(松永東君) これは私は、そういうことを局長が言われたか言われぬか、ちっとも承知いたしておりません。先ほども申し上げた通り、何でも文部省の役人が書いてくれた祝辞ですか、あれを行って登壇して読んだことだけは間違いない。(高田なほ子君「しっかりしてちょうだい、大臣」と述ぶ)読んで帰っただけですから、私はどんなことが協議せられたか、その内容は少しも知りません。
○矢嶋三義君 そこで、私は大臣に内藤局長がそういうことを読んだ事実ありやいなやということを伺っているわけじゃないのです。文部省の公務員が教育委員長とか、あるいは教育長とか、そういう全国集会で私が今申し上げた共催はやめたがいい、好ましくないとか、あるいは入学試験の問題とか、勤務評定の問題について教師がいろいろと賛成だとか、反対だとか、意思表示をすることは行き過ぎだというようなことを言われることは妥当と思うかどうかという点を私は文部大臣に伺っているのです。
○国務大臣(松永東君) これは、その考え方でしょうがね、そういうことを、やはり事務的の会合ですから、そういうことを、言ったからってそいつはけしからぬと言うような必要もそれはないのじゃあるまいかと、ですからどういうことを言われたかは今局長が申し上げるでしょうが、その言われた内容によっては、それはまあ行き過ぎの点があればもちろんけしからぬと見なければならぬ点もあるかもしれませんが、やはりその教職員の人々がこうした会合についていろいろなやはり勤務評定とか、あるいは入学制度問題あたりについて意見を述べることは私はそう間違っておりはせぬ——いないと思う。しこうしてその会合に文部省の行政官が行ってやはり意見を述べるということも、それもそう大して気にしすべき問題でもないと、こういうふうに今のところ考えております。しかしこれはまだ私はそういうのに出っくわしたことがありませんから、一つよく研究して申し上げます。
○矢嶋三義君 文部大臣の見解を具体的に伺いましょう。都道府県でも先生方と教育行政に携わっている教育委員会が一緒に一つの教育的な研究会を主催してやるとか、あるいはリクリエーションの会を共催してやるというようなことは私は非常に好ましいことだと思いますが、大臣はどう考えますか。
○国務大臣(松永東君) 私も好ましいことだと考えております。ただ問題は監督する地位に立つ人と監督される人の立場から好ましくないというような意見を言ったのじゃないでしょうか。私はそんなことはちっとも差しつかえないことだと思っております。
○説明員(内藤誉三郎君) ただいま矢嶋委員からお尋ねがありましたので、この点は私明らかにここでしておきたいと思うのです。そうでないと、文部大臣も判断にお苦しみになると思いますから。私が申し上げたことでございますから、私がここでお答えするのが当然の義務だと思っております。 で、第一の共催の問題でございますが、日教組のやっていることについて私は、全部について無批判的に共催をすることを差し控えてほしいと、こういう意味に申し上げたのです。ある場合では、たとえば、職場大会で、一斉に職場大会をやるようなものも、名前が研究集会というようなことになっておって、これにも共催をしているという例をしばしば私聞いておるのです。こういうようなことは、私は、少くとも共催すべき性質のものじゃないと考えておるのであります。これは、ものによってでございます。それから、ある場合は、教育委員会の指導に反するような教育内容も行われているということも聞いております。こういうような場合に共催をいたしますということも、私行き過ぎだと思う。こういうふうな点について無批判的に共催をすることを差し控えていただきたい、こういう点が第一点であります。そのことは、私はっきり申しました。 それから第二点の、入学試験や勤務評定について教職員組合がいろいろと批判をされること、私は、これをいけないと言ったんじゃないんであって、某県におきまして、実力行使を行なってまで入学試験に反対をしたというようなことも私しばしば聞いております。それから、勤務評定につきましても、これは法律にきめてあることだし、これに対して、実力によってあるいはすわり込みをするとか、いろいろと伝えられておりますので、実力を伴い、あるいはそれに似たようなことをして行政権に不当に介入することは差し控えていただきたい、こういう意味に私は申し上げたのです。
○矢嶋三義君 まあ、内藤局長はそういう意味で言われたのでしょう。そういう意味で言われたにしても、私は問題点があると思うんです。しかし、ああいう会合でなされた局長の発言というものは、非常に影響性と指導性は大きいんです。また、聞く人の立場に立っても発言してもらわなくちゃならぬと思うんです。地方教育行政法によって、教育長は文部大臣の承認を得るということに相なっているわけですから、あなたのその発言というものは、やはり、非常に教育行政の中央統制を、官僚統制を実現させるおそれが私は多分にあると思う。それは、文部省は指導をする立場にあるといっても、指導がやや私は過剰だと思うんです。過剰指導です。で、結果としては、都道府県教育委員会と教職員の対立を招来するおそれがあると私思うんです、結果として。無批判的に云々と言われますが、そういう点は、これは教育には良識のある方がおられるんですから、そういう点まで一々、一、二のどういう特例があったかしれませんが、それをあげて、一般論としてああいう席で発言されることは、私は指導の過剰だと思うんです。中央統制をもたらすおそれがあると思う。だから、そういうおそれがあるから、私は、ああいう会でどういう雰囲気のもとに会が進められるか、自分の視覚、聴覚、触覚に訴えたいという意味で、のぞかしていただきたいということをお願いしているわけで、これらの発言の影響というのは大きいですから、今後は一つ十分注意していただきたいということを要望しておきます。 そこで、本論に入って、簡単に伺って参りますから、要点を簡単に一つお答え願いたいと思います。
○高田なほ子君 ちょっとそのことについて私関連して伺いたい。
○矢嶋三義君 では、その前に高田委員から関連質問があるようですから。
○委員長(秋山長造君) ちょっと、その前に、矢嶋君の御質問の最初の第一点の、せんだっての校長協議会における勤務評定についての局長発言、いかんという質問に対するお答えがまだないようですから、それを聞いた上で……。
○説明員(内藤誉三郎君) 勤務評定につきましては、これはすでに地方公務員法でもきまっておりますし、昨年成立しました地方教育行政の組織及び運営に関する法律にも定めてあることであり、これを行うことが正しいと思う、私どもとしては人事管理の適正を期するしに特に必要である、もし勤務評定が全然ないとすれば、それではどうするか、結局勘と情実に頼る以外にはないと思う、そういうような人事行政というものは好ましくない、ですから、できるだけ科学的に人事管理をいたしたい、こういう趣旨でこの勤務評定を実施したい、で、私どもとしてはできるだけこの実施が促進されるように期待する、こういう発言をいたしたのであります。いろいろと御意見もあったようですが、中には、この勤務評定を行うことによって教職員の中にかえって不安とかあるいは疑惑をもたらすような結果になりはせんかというような御質問もあったと思いますけれども、それに対しては、私どもとしては、あらゆる世界にリバリュエーションのない世界というものはない。どういう世界でも必ず評価がある。これは銀行、会社その他どういう社会でも評価が伴っておる。教職員の場合には教職員の勤務の実体に即したものがほしいのであって、リバリュエーションをしたからといって、それによって相互の信頼と融和が破壊されるということは私はあり得ないと思う。特に先生方が子供にリバリュエーションをしていらっしやる。その場合に、教育が成り立たないかというと、リバリュエーションをすればかえって、よりよき指導が可能ではなかろうか。(「そんなことはない」と呼ぶ者あり)こういう点も考えて、私は、リバリュエーションのやり方の問題だ、ですから、よいリバリュエーションを考えるべきだ、こういうふうにお話ししたのであります。
○高田なほ子君 決して私はあげ足をとるつもりはさらさらないのですが、研究会の共催の問題は、非常に重要な基本的な問題じゃないかと思う。先ほど大臣は、この問題について関連をしながら御答弁になりましたが、教育問題は、野党とか与党とかそういうような差別なぞつけるものではなく、与野党ほんとうに一致団結をして教育の向上のために当らなければならない、この御発言は、本日の委員会のみならず、たびたび大臣はこの所信について私どもの前に明らかにせられておるところで、私は衷心より大臣のこのお考え方については非常な敬意を表し、かつまた、非常な期待を持っておるわけであります。しかしながら、たまたま新聞で拝見をいたしますと、こうした文部大臣の与野党のみならず教育の場にある者は一致団結して教育を守るという考え方が、政府部内においてはいれられないのではないか、そうしてまた、文部官僚によって大臣のこの考え方というものはしばしばこわされているのではないか、こういう疑問を持たざるを得ないんです。先ほど私は大臣しっかりして下さいよと申し上げたのは、あなたのお考えは私はほんとうに心から尊敬して期待している。けれども、実際問題にそれは全く反対のことが行われている。たとえば、先日の委員会で内藤局長が、千三百万円の文部省主催の教育研修大会の予算について、まだ予算もなんにも通らないうちから、文部省のやる教育研究大会というものは模範的なものだか、一ぺんやらせてみりゃわかるじゃないか、こういうような、私に言わせれば傲慢無礼な発言だったと思う。私は、教育の研修大会というものは、それは文部省が号令をかけてやるときには必要であるかもわかりませんが、わかりませんが、しかし、それはあくまでも現場の教育者が自主的に持つ教育研修大会を排除して行うという性格のものではないと思う。そういう性格のものではいと思う。もし大臣の御主張が、あなた自体が消化していられるとするなら、一千三百万円のこの研究費こそ現場の教育者、それから都道府県の教育委員会と共催、財源的に足りない分があったときに、むしろこれはあたたかい呼び水としてこれが流されるという形であるのが私は穏当なやり方である。文部省は文部省で勝手にやろうじゃないか、模範的なものをやろうじゃないか、日教組のやっている教育研究大会というのは、あれは全然だめだから、教育委員会もこれから手を引くというような御指導をなさることは、私は文部省の指導、助言の面ではないと思う。むしろあなたの指導、助言は下部に混乱を巻き起し、日教組と文部省の対立を深めるためにそういうことをやっていらっしゃるとしか思えない。私は教育研究大会の官製ということを、千三百万円の金はわずかであるかもしれませんが、教育研究大会が官製の方向に向いていくことをおそれるとともに、今回の会議において、日教組あるいは教育諸団体との共催については警戒を百要するというような、はなはだしく不穏当な言辞を弄されたことは、私は大臣の御所信とはなはだしく違っているのじゃないかと考えるわけです。この点について、大臣と局長の双方からの御答弁をわずらわして、もし私が誤解であるならば誤解を解いていただきたいと思う。以上です。
○国務大臣(松永東君) これは来年度の千三百万円の予算を要求しておる問題についての御質問でありますが、これは日教組の方で教育研修に非常に精励、努めておるということは聞いておる。これもけっこうなことです。さればといって文部省がそのままほったらかしておくわけにはいきません。文部省は文部省としての研究をますます進めていくと、こういうことが必要なために、右申し上げた予算を計上しておる、こういうふうに私は承わっております。そうしてまた、それは決して悪いことじゃない、いいことだ。お互いに協力し合って、次代をになう青少年をりっぱな人格者に作り上げたいという気持がここに結集して、りっぱな人間ができ上るということは望ましいことだというふうに私は考えております。
○説明員(内藤誉三郎君) 私の方は、この教員の研修というのは、やはり文部省及び教育委員会の本来の職責であると考えております。ですから、当然にやるべきことを要求したわけでございます。ただ、日本教職員組合との——もちろん内容については私ども必ずしも賛成していない面もある、で、先般私も日本教職員組合の教研大会に出ましたけれども、私が感じた点から申しますと、必ずしも私どもの意図しておるものとは違うと思う。ですから私どもとしては、文部省及び都道府県教育委員会がその責任のもとにやることが、これも正しいと考えておるのであります。
○高田なほ子君 大臣の考え方はわかりました。そうすると、ひっくり返して言うならば日教組、いわゆる現場の教員の団体が主催する教育研究というものをあえて排除するという、そういう態度ではない、こういうふうに私は了解しますが、それでよろしいですね。 それからもう一点は、日教組の教育研修大会に行ったけれども、どうも文部省の意図しておるものと違うと、こういう発言。意図しておるものと違うから文部省はその独自のものをやるんだと、こういうふうに言っておられる。なるほどそういえば、文部省がわが国の教育のことについて先頭を切ってこれはいろいろ仕事をおやりになることについては、私たち何も反対する理由も何もない。しかしここで考えてもらわなければならないのは、文部省の意図しておることと違うからやるということはこれはどういうことなんです。私はかりに、現場の教育者がやっている仕事が一から十まで文部省の意図しておるごとくであったならば、これは前進はないと思う。はなはだこれは言い過ぎるかもしれませんが、私は現在の文部官僚の皆さんの中で、遺憾ながら教えを受け、心から頭を下げるような御発言を今まで一回も聞いたことはない。七年間文部委員会の中におって、涙を流して文部官僚の皆さんとともにやらなければならないというひたむきな感激に浸ったことはない。悲しいことですが、そうです。そういうような文部省官僚の思い上りが、自分の意図と違うからおれは模範的なことをやるのだ、研究大会なんかは全然この意図と違うじゃないかというような考え方は思いしりもはなはだしい。時に文部省の意図することと違うことであっても、その違う点を、差を縮めるような努力をすることが私は進歩の原則ではないかと思う。お前はそうやれ、文部省は文部省だという、いわゆる官僚と民間教育団体の対立を深めるような行き方はあくまで避けるべきであって、私は日教組の現場の教育研修についても謙虚に耳を傾けてもらいたいと思う。文部省の意図するところと違うからどうだという、この理屈はあたかも道理に似て、まことに裏を返せば非なるものがある。文部省の独善性というものを遺憾なくこの答弁の中から私は発見せざるを得ない。どうかそういうような意図しないものとか、意図するものとかいうような官僚統制のお気持をはずされて、大臣の考えておられるような、常に一致団結、子供のために研究のことに当る、こういう善意に文部省の皆さん方がよくくみせられて日教組を排除するというような態度に出ていただきたくないと思う。特に思うのです。まあ、この公聴会の速記録を拝見いたしませんが、巷間伝え聞くところによると、勤務評定の問題についても、日教組はなまけ者を擁護するためにやっているので、文部省はそういう態度はいかぬといったような発言もあったやに私は承わる。まあ、私は日教組出身ですが、なまけ者を擁護するというような論議は一ぺんも私は聞いたことがないのですが、内藤さんの耳はどういうふうについていらっしゃるのか知りませんが、こういうような対立感情をあおるような教唆扇動こそあなたは慎しむべきものである。教育の政治的中立は、あなた自体から教唆扇動をおやめになったらいいと思う。以上ですが、私はさらにつけ加えて大臣とあなたの私の所信に対する見解を承わりたい。
○国務大臣(松永東君) 高田委員のお説は、なかなかどうも専門家だけになるほどと思う点があるのです。しかしどういうものでしょう。日教組がやっていることが全部いいとは言えないのです。万能じゃありません。神様じゃありません。ですから、やはり文部省は文部省自体の立場に立ってやるということも必要です。ただ問題は、お互いにこういう点がいけないという点がわかったら、はっきりしたら、これは相談し合って、こういうことをこう是正していこうじゃないか、そうして次の時代の青少年をりっぱな人間に育て上げようじゃないかというぐらいな寛容な態度に出るべきだと私は思う。しかし仰せの通り対立は私は避けたい。であるから、私は闘争という文句を聞くことがいやなんですよ。日教組というとすぐ闘争だというのです。初めから何かけんか腰で目を三角にしてはち巻ねじ上げんでもいいのです。ですから、私はお互いに協力してスムーズに教育行政をやっていく、そうすべきだと思うのです。私は初めからこれは考えております。でありますから、やはり文部省は文部省としての立場に立って、りっぱな教育を施していくというその計画からやはり教育研修会等も私はけっこうなことだと思います。ただ対立抗争をする、けんか腰になるということでは、その結果ははなはだ憂うべきものがあると思いますから、これはなるべく避けたいと私は考えております。
○説明員(内藤誉三郎君) 私は公式の席で、日教組がなまけ者を擁護するのだというようなことを言うた覚えはございません。ただ勤務評定というものは信賞必罰のためにやるのだ、むしろ特別昇給をするなり、あるいは抜擢するなり、そういう場合にどういう方法があるか、結局そういう資料がなければやれないのじゃないか、こういう点を力説したのであります。何か勤務評定に反対する者は、なまけ者を擁護するのだというような私表現を使った記憶はございません。
○高田なほ子君 答弁が漏れているのですよ。私はそんな言葉じりじゃないのですよ。要するにあなたが一番——文部大臣も大臣ですが、実質はあなたがかぎを握っていらっしゃる方だ。大臣の一部下というのじゃない、実際内藤さんは文部省の中で実力者ですよ。権力を握っていらっしゃるわけだ、はっきり言うと。そういう方ですから、よけいな対立をするようなことは十分注意されて、それは日教組も、私ども出身ですから、今さら決してみんながいいとは思っておりません。いろいろ欠陥があればこそ中央委員会を持ち、大会を持ってけんけんごうごうこれを論議しているというのが実際であります。こういう真摯な気持を、やはり感情的な考えでなく、くんで、そうしてその対立を極力避けるという、こういう考え方というものをお持ちになることができないか、深めるのじゃなくて、これを埋めるという、そういう積極性、言うなれば、大きな教育愛というものを持っていただきたい。伺えばあなたはクリスチャンだという。私もクリスチャン。そういう面から見ても、どうもあなたのやり口が気にいらない、納得いかない。だからこういうふうにしつこく質問しているので、基本的な考え方をもう一度聞かして下さい。
○説明員(内藤誉三郎君) 私も日本の教育を愛することについては、先生と同じように、人後に落ちないつもりでおります。日本の教育の振興を顧慮、念願しているものでございます。ただ私ども今お話のように、決して対立を考えているわけじゃないのです。どうしたら日本の教育を振興することができるか、ですからできるだけ広く人々と手を握っていきたいのです。私はそういう基本的な考え方で、ですから教員の定数の問題とか、あるいは給与の問題とか、こういう問題について、組合の言い分ももっともだと思います。私どももできるだけそういう方向に進んで参りたい。しかしながら、私は最近の日教組のやり方を見てみますと、勤務評定というものは確かに法律にあるので、私ども執行部としてはやらなければならぬ義務があるのです。これをやるなと言う方が無理じゃないかと思うのです。それに対して日教組が、これは実力をもっても阻止するのだという態度をいまだに変えていらっしゃらない。私はこのことは日本の教育のために嘆かわしい。むしろ高田先生のような先輩の方が指導して、日教組を国民に信頼される、愛される日教組にしていただきたいと思う。結局教育の道というものは、復興というものは、国民が信頼し——また信頼を裏切ったら教育というものは成り立たないと思うのです。こういう意味で、先生がむしろ日教組の先輩として、日教組の行き過ぎについては一つ御指導を願い、私どももできるだけ差を縮めるように努力いたしたいと存じます。
○矢嶋三義君 勤務評定の本論について簡単に伺って参りますから、お答え願いたいと思います。 その前に、最後に内藤さん、そういうことを言われますが、大臣と内藤局長、私は答弁を求めませんが、よく耳に入れておいていただきたいことは、先ほどから議論されている点は、私はお互いに話し合えば尽きないと思うのです。そうしてお互いに徹底的に胸襟を開いて話し合えば、落ちつくところに落ちつくかと思うのですけれども、しかし私はここでお二方に申しあげておきたい点は、文部省の局長さんあたりで、日教組は私設文部省だなんと言う人があるのですね。これは私は日教組の過大評価だと思う。何も私設文部省というような力は持っておりません。確かに日本の文部省は、終戦後、戦前の教育勅語を軸として国の教育を中央で把握し、統制しておったときに比べれば、文部省は力が落ちたことは事実であります。そこで文部省の官僚の方々は、日教組を私設文部省と過大評価して、失地回復すべく戦闘意識を非常に過剰に盛り上げておる傾向がある。それが官僚統制、あるいは独善に通ずる危険があるわけで、言うこと、することが対立を結果として深めるような、場合によれば、子供みたいな全国の先生方に対して、大上段に切り込んでいくという挑戦的な感じのする言動があるわけです。それが問題だということを私ども申し上げておるわけで、こういう点は心静かに部内で反省してもらいたいと思う。私も日教組出身である。これはあなたから要望がなくても、無用な戦闘意識を燃やすとか、対立ということはできるだけやわらげるように努力していますよ。しかし、むしろ教育長会、教育委員長会あるいは校長会が開かれた、そうしてのぞかせてくれと言っても私たちにのぞかせない。そうしておいてあなた方が指示し、指導して発言されておることは、これまでも言わぬでもいいじゃないか、これは少し過剰じゃないか、これはあなた方の文部省の私は失地回復という悲願のもとに非常な戦闘意識を燃やしてこういうことを言われているんじゃないか、これはますます対立を深めてまずいのじゃないかという感を私は持っているわけです。従って、先ほど高田委員からも質疑があったわけです。この点はお考えおき願いたいと思う。 そこで質問いたしますが、まず大臣に伺います。勤務評定に関する規定は、昭和二十二年に公布施行された国家公務員法に規定があるわけです。そうして人事院規則が出たのは昭和二十六年です。実にその間四カ年を経過いたしております。そうして文部省令として大学の先生方に勤務評定をやれというような示達がされたのが昭和二十八年です。実に同法、国家公務員法ができてから六年を経過いたしております。一般公務員への実施が四年かかり、国立の学校の先生方の評定は実施に六年かかっておる。これはどういう事情でかくも実施できなかったと文部大臣はお考えになっていらっしゃいますか、その点お答え願いたいと思います。
○国務大臣(松永東君) なるほど私もそういう話を聞きましたが、なかなかこれは相当時日が経過しておるけれども、まだその法律の実施が完了しておらぬということを聞いております。しかしそれはどういう原因からそういう結果が生まれてきておるのだといえば、結局いろいろな環境から相当これは実施するのにむずかしい。そうしてその内容も相当これは研究せんければならぬ点が多々あるというので、こういうふうに長くなっておるのじゃないかと思う。しかし内藤局長がさっき言われておったように、すでに法律があります以上、法律を施行する役目としての私らとしては、これはどうしてもやらなければならぬということだけは覚悟いたしております。しかし今もってこの前にも話した通り、なかなかその内容がむずかしいので、私はまだ納得のいかぬところがあって研究中であるということを申し上げておるわけで、今現にその通りでございます。
○矢嶋三義君 その点私もそう思っているんです。非常に人の評価というものはむずかしい、非常に困難なことだ、これが一般公務員への施行は同法ができてから四年も経過したということだと思う。またさらに同じく公務員の中でも教育に携わっておる教育公務員は、その職務の特殊性から、さらにむずかしいということが、一般公務員の施行からさらに二年おくれて昭和二十八年にやっとこの通知が出されたのだと、かように私も考えております。 そこで次の質問でありますが、昭和二十八年以来、国家公務員である教育公務員、まあ大学関係の先生、そういう先生方の評価というものは行われていなかった、あるいは行われておった、どういうふうにその点は実情を把握をされておられますか、お答え願いたい。
○国務大臣(松永東君) それは、その二十八年以来のあなたの今の御質問は、その当面の局に当っておった内藤局長が一番よく承知いたしておりますと思いますから、局長をして答弁いたさせます。
○説明員(内藤誉三郎君) 国立学校につきまして、これは完全な意味ではなかなかやはり実施できなかったと思いますけれども、高等学校以下につきましては、これは大部分やっております。大学につきましては事務職員については、これはすでにやっておりますが、学部の方について完全な意味の勤務評定はできていないと思います。
○矢嶋三義君 この問題は、私大臣にお答え願いたいと思うのですが、内藤局長の答弁では二十八年からそうなっておったが、事務職員に行われておった。それから高等学校以下には行われておったと思うが、大学の教授、助教授、そういうところには完全なものが行われていなかったと思う、という御発言ですが、完全なものとはいかなるものかということは大きな問題だと思う。私は国家公務員関係、地方公務員関係、いずれを問わず教育公務員については私は実情に即した評価が行われておったという私は見解に立つのです。でなければ、大学の事務局の異動なんかもできないのです。あるいは高、中、小学校における校長の抜擢、こういうものは全部評価されています。評価というのは何らかの形で行われています。実情に沿って行われています。行われていなかったという解釈は私は成り立たぬと思う。昇給する場合でも必ず評価がなされておる。その評価が実情に即したもので、それが完璧であるのか、それから今文部省が考えているようなものが完璧であるのか、そこは私は大いに検討をせなければならぬところだと思うのです。私が大臣に伺いたい点は、昭和二十八年の通達では各大学に自主性を認めているわけです。大学の管理機関で自主的にやれ、可能の範囲内において適当だと思うことをやれと自主性を持たしている。それで本年まできたわけですね、実際は大学で可能の程度に評価してそうして人事管理をやってきているわけです。ところが、突如として今年の七月二十九日に通達を出して、九月一日から実施することになったのですが、それは全国の大学を画一に基準をきめてやるように官房の人事参事官から通達を出して、強制をして、義務づけをして、大学の自主性を全然認めないという方式になっている。この内容については大臣は承知していると思いますが、評価百要素が五つある。一要素は三点満点、だから最高点は十五点満点、その十五点満点で十四点と十五点はAクラス、十二点、十三点はBクラスだといって結局五段階に分ける。しかもAクラスとBクラスは全関係者の四割をこえてはならぬ、しかも一番いいクラスと一番悪いクラスは同じになることが望ましい、こういう指導までされている。私は大学の学長なり教授の若干の人に聞きました。やれますか、絶対やれないというのです。私は大学の教授がそれを五つの要素で評価し て三点満点で十五点満点つけて、そうしてそのうちの今言ったように相対評価で五段階に分けてやるというようなことは絶対にやれない。大体客観的の基準というものはない。そういうふうに言われているのです。そういう点を文部省が教育行政の最高機関だからといって今まで自主的にやらしておった、そうして可能の範囲内においてやって別に差しつかえなかったのを大学の人事管理その他を文部省が一律にきめて、しかも大学の教授以下を全部こういう評価をする、ことに文部省の事務次官は全国の大学の事務局長、研究所の所長を全部評価するようになっている。この結果というものは反面には教育の中央集権、こういうものをもたらして参ります。むしろマイナス面が私は多いと思う。なぜそういうものを突如としてやらなければならなかったか、どういう理由かという点を文部大臣一つ納得のいくようにお答えを願いたい。
○国務大臣(松永東君) 今のお話は私はまだよく知らんのでございます。そこでこれは人事の簡素化とか、事務の簡素化からそういうことになったのだということは聞いておりますけれども しかしその問題については内藤局長がよくその衝に当って承知しておりますから、内藤局長をして答弁いたさせます。
○矢嶋三義君 私は事務的のことを承わっているわけじゃないのです。だから大臣の答弁ができるようにと思って、若干内容を申し上げたわけなんです。今内容の概要というものはおわかりになったと思うのです。そういう内容です。大学当局は今までの自主性をもってやるということすら今内藤局長が答弁したように教授とか助教授、そういうところは十分行われていない。しかしそういう人の人事については教授会というものでやっております。それで私は十分だと思う。それをさらに今度突如として全国の大学を画一的に、しかも内容たるや今申したようなものです。一体大学の教授を並べておいてやれ知識や指導力が云々というようなことで、客観性のないもので、一要素三点で十五点満点にして、そして相対評価で何するということです。それは当事者自身はできないと言っている。そういうものをなぜ文部大臣は局長をしてやらせ、通達を出させたのか、何か私は大きな理由があるだろうと思います。東北の大学なんか反対決議をしているじゃありませんか、それをしも押し切って義務づけをしてやらさせるに当っては、よほど大きな理由があるだろうと思う。それを当事者にはもちろんのこと、われわれにも納得のできるような説明をしてもらわなければならぬ。そういう立場で私は大臣に伺っているわけです。内容とか、事務的なことを伺っているのではございません。
○説明員(内藤誉三郎君) 経緯だけを御説明いたします。お尋ねの件は人事課の所管でございまして、人事課と協議を私どもいたしました。その関係で経緯を申しあげさせていただきたいと思います。これにつきまして従来から勤務評定のやり方が非常に複雑で困るから、もう少し簡素化してほしいという学校側の強い要望があったのです。そこで今度は簡素化しただけでございまして、今お話の大学の学部については、これは当然大学の機関がやることになっておりますから、この点私どもは別にいじったとは思っておりません。従来と変った点は簡素化した、こういうふうにお考えいただきたいと思います。詳細につきましてはいずれ人事課長から御説明する機会があると思っております。
○矢嶋三義君 私は通達を、私の可能な範囲内でよく見て研究しているのですが、簡素化の一言で大臣に報告されては困る。義務づけしているじゃないですか。何が科学的ですか。一要素三点満点で、十五点満点で十四、十五点はAクラス、十二、十三点はBクラス、十、十一点はCクラスと、A、B、C、D、Eのクラスを分けて、AクラスとEクラスとは同じにしなければならぬ。こういうふうにワクをはめてやっているじゃありませんか。今までやっておったのは、そんなものではないですよ。これを簡素化という一言で……、国家公務員に出した通達を見ると、とんでもない、内容が変っておりますよ。あなたの考え方は、二十八年以来自主的にやっている、事務関係等にはやっている、しかし大学教授あたりについては、あなたがさっき言ったように完全な評価はされてない、それが不満だから、今度のような五要素で、こういう方式でやって三十日以内に報告しろということを言っておる。内容が変ってきております。
○説明員(内藤誉三郎君) それはちょっと誤解があるように思います。私どもはこの点は従来と変っていないと思う。学部のものはこれは学部の機関がすることになっておりますので、この対象からはずれていると思います。もちろん管理規則につきましては、勤務評定につきましては、これはやらなければならぬ義務があるわけです。私はこの前の方も同じだと思っております。そのために新しく義務がふえたとは考えていない。それから内容につきましては、私どもの聞いている内容は従来の十段階では、十の項目があったのを、これを五つに要約したというふうに聞いております。いずれ詳細につきましては、人事課長が参りまして説明すると思いますので、多少私は誤解があるのではないかと思いますが、この点をもつけ加えておきたいと思います。
○矢嶋三義君 それではその説明は後日聞くことにして、私は伺いますが、九月一日実施をして、三十日以内に報告せよとありますが、全国の大学で実施するという報告は幾つ来ておりますか。
○説明員(内藤誉三郎君) これも所管が違いますので、人事課長が参りまして御報告することにいたします。
○矢嶋三義君 幾つどこどこの大学が来ておるのかということをあとでお答え願いたいと思います。 大臣に私は伺いますが、勤務評定事項というのを認めた立場から、あなたがたはお答えされているわけですが、その勤務評定の内容は、一般公務員と教育公務員とは同じ内容のものでいいというお考えですか、教育公務員には、教育の業務の特殊性を認めなければならぬという御見解ですか。その点をお答え願います。
○国務大臣(松永東君) これはこの前から私は繰り返し申しあげておるのです。この勤務評定、ことに徳育の大きな面を取り扱い、負担してもらっている小学校、中学校の先生方の、その勤務評定をするのには非常にむずかしい。でありますから一般の国家公務員とか地方公務員とかと同様な観察でこの評価をするということは非常に無理だと、むずかしいと思う。要するに、この前も私はたしか申し上げたと思いますが、どういう勤務ぶりかということを看貫にかけて、目方が重かった軽かったという判定をすることは無理であろう、でありますから慎重に慎重を期さなければならぬ、こういうので、まだ私は納得いく結論に到達していないのだということを、この前も申し上げておるのです。現在においてもその通りであります。非常にむずかしい問題だと思っております。
○矢嶋三義君 文部大臣はその特殊性を認められておられるわけですが、現に八回に出された国家公務員である大学関係の方々ですね、こういう方々へ出された勤務評定のやり方というものは、一般公務員と違っておりませんよ。内容的には違っていないのです。その御要素というものは、あれは一般にも通ずることですよ、何も科学的なものではないのです。具体性もなければ客観性もないのです。これが六年も七年も研究して、この程度のものしか出てこないということは、そのこと自体教育公務員の勤務評定というものが非常にむずかしいということを、私は如実に物語っておると思う。私は大臣にお答え願いたいと思うのですが、地方公務員である教職員についても、昇給の場合とか、あるいは研究会に出席するとか、あるいはその他の出張とか、あるいは教頭、校長への任命とか、そういうものは全部なんですよ、何らかの秩序に即した適切な評価がなされて行われてきているわけです。今まで人事管理は、あたかも評価は全く行われていなかったのだというようにとれるような発言もありますけれども、それは各県とも何らかの形で評価をされてきているのです。それで今まで行政管理というものが行われてきたわけで、私はそれで十分だと思うのですね、何も先般国家公務員関係に流された、かような全国一律の基準を設けて、勤務評定を半ば強制的にやらさなければならぬという理由は、私にはわからないし、皆さん方の答弁聞いておっても、それがわからないわけなんですが、だからその点お答え願いたいのですが、あらためてここで文部省が躍進を設けられてそうして全国画一的に勤務評定を施行させるというような意味において、そういうものを流したり、積極的な指導をされるというような点を、私はおやめになったらどうかと思うのですが、いかがでございましょう。
○国務大臣(松永東君) やめるとかやめぬとか、それから、やめないで勤務評定の基準を流すとすれば、どんな内容にするかという点を、一生懸命研究いたしております。それで万人の納得いくような、りっぱな案を作りたいというので、研究をいたしております。まだその研究の結論に達しておりません。
○松永忠二君 その点で一つお聞きしたいのですが、非常に慎重に検討中だというお話をたびたび聞くのでありますが、その慎重に研究する仕方が、私は非常に秘密主義的に検討しているように思う。なぜ一体、つまり部内だけで秘密に、何というか内容を研究されている。たとえば研究している経過を一般に発表するとか、あるいはまとまっている現在の状態を公表をして、そうして試案というか、そうでない程度のものでも、できたものの内容を発表して、一般の世論を聞いてみる、そうしてそれからまたそれを練り直して示していくというような、そういう公開的な慎重さを欠いていて、ただ部内でもって秘密に、非常に検討している、こういう御回答で、内容の話を聞いても発表の段階ではない、あるいは慎重に研究しているという程度のことだけであって 一体今後ある程度まとまりができた場合には、これを一般の世論に聞くために発表して、それで一般の世論を入れて再検討するというような、そういう用意があるのか、あるいはどういう一体具体的な方法で、たくさんの人の世論を聞いていくということを、具体的に実施していこうとしているのか、その辺を一つお聞かせ願いたいと思う。大臣に一つお聞きをしたい。慎重に検討しているというけれども、慎重に検討するためには、むしろまとまった状態を発表して、そうしてたくさんの人の意見を聞いて慎重に検討するというならば、非常によくわかると思うのですが、そういう点について、そういう考え方でこの問題の処理をしていくつもりはないのかどうか。
○国務大臣(松永東君) 松永委員の仰せごもっともでありますけれども、しかし発表するところまでになれば、もう文部省の決意はきまってしまったことです。まだ発表する程度に固まってはいないのです。早い話が、私は右と主張し、内藤局長はそれはいかん、左と主張し、内藤局長の言うことを、私は受け入れるわけにいかんというので、この間も何回も議論をいろいろやったのです。ですから、発表して世間の批判を仰ぐまでの、原案がまだできないのです。ですからもう何度もこの間から言っている。もう少し待ってくれ、そのうちにこの臨時国会でも済んで少しひまができたらば私はみっちり研究するから、そしてまたあなた方のお耳に入れることもあるつもりだと、こういうことを申し上げておるのですから……。
○湯山勇君 大臣にちょっとお尋ねいたします。今大臣は自分が右と言ったら内藤局長は左というような話をしましたが、そういうのはたとえ話ですか、事実をおっしゃったのですか、その点伺いたいと思います。
○国務大臣(松永東君) それは、たとえ話です。それはね、それは、そんなことはたとえ話で、実際あることですから。いろいろ一つの成案を得るのには甲論乙駁ありますわね。その経路を何も話する必要はないじゃありませんか。要するに、まだ成案を得ていないと、こういうことなのです。
○松永忠二君 そうすると、こういうふうに判断をしてよろしゅうございますか。そういうふうな段階で今あるので、成案を得たらば結局そのたくさんの人の意見を聞くといってみたところで、そういうものができてからでなければ意見が聞かれない段階にあるのだというお話だと考えるならば、そういうものができた場合には、それじゃあらためてたくさんの人の意見を聞くし、あるいは何らかの方法を講じて意見を聞いた上でそれをまた再検討して、そうして考え直していくというような考えがあると判断をしていいわけなのですか。
○国務大臣(松永東君) それはそのときの模様で一ついきたいと思うのですよ。(笑声)そう前々からこうする、ああするということをお約束するということも困難です。ただ、もう御了承願いたいことは、そう背徳不信なことをしようというようなことは全然考えておりません。
○松永忠二君 それは、まあそのときになっての様子であるというお話でありますが、現実に勤務評定についてたとえば私たち個人的な意見なり見解を申し述べたくても現実には内容を検討中であり、まだまだお話しする段階に至っていないというような実際の状況である、そうなってみると具体的にそういうものができてから、こういうことはまずいじゃないか、これは工合が悪いではないかということを言わなきゃできないわけです。そういう機会が結局ないわけです。実際には、あるいは方法として内部的に意向をまとめる段階においていろいろな人の意見を聞くということも必要だと思うわけです。ところが、そういうことについては、たとえばこうした協議会等でもまだ内容については、今おっしゃる通り十分できていないのだから、そういうことについては発表もできないし、この前の委員会等でもまだまだそういうことを言う段階ではないと言われているわけです。そうなってくれば多くの人の意見を聞いて慎重を期するということは今後そういう機会を十分持っていくということでなければ、今までの大臣の言われた慎重を期するとか、たくさんの人の意見を聞くとか、慎重の中には新しい機関を設けて意見を聞く場合もあると思うし、新しい意見を聞かないとするならば、たとえば文教委員会というようなものの機関を作ってそれにそういうものをかけて意向を徴していくということもあり得るわけなのです。そういうことを必ず行なっていくということであるということであるならば、慎重を期するということも具体的によく理解できるわけです。そこで私は申し上げておるのは、その意味で具体的な十分意見を聞く機会を持つことを必ずするということであるならば、慎重を期するということは、非常に具体的によくわかるので、そういう御意見を聞いたわけです。私は今の御答弁から、やはりそういう機会があるというふうに確信をしていいと思うわけですが、それで大体誤まりがないと思うのですが、大臣としてはやはりそういう方向をとられていきたいというふうにお考えであるのかどうか。その点を一つ最後にお聞かせをいただきたいと思います。
○国務大臣(松永東君) 成案を得ましたら、一つ善処したいというふうに考えております。それはですね、今からお約束してこうする、ああするということは、これはなかなかできませんよ。しかし私も政治生活を相当長いことやっておりますから、あなた方とどこで会っても、お前ひどいことをしたじゃないか、と言われないようにやろう。
○矢嶋三義君 休憩に入る前に、もう一回だけ伺っておきます。昭和二十二年に国家公務員法が公布施行されまして十年経過したわけです。その十年間が一般公務員の勤務評定の研究、特に教育公務員にどういう評価をすべきかということは、研究期間として与えられてきたわけです。そして十年間の研究の結果、まあ文部省が結果として出されたのが、この七月二十九日出された通牒だと思うのですね。私はあの国務公務員関係に出した七月末の通牒の内容というものは、私個人としてはどうしても納得できないものがある。十年間研究してこの程度のものしかできないということは、教育公務員のこの評価というものが、非常に一律の評価ということがむずかしいのだということを示しておると思う。 そこで大臣に率直に伺いたいのですが、これから大臣がいろいろ研究されてそうして私たちの意見も聞いていただきましょうし、他の学者、専門家の意見も聞かれるでしょうが、その結果によってはどうもいろいろと十年間議論をしてきまらず、今でもいろいろ問題のある勤務評定は、今文部省の考えておるような方針でやるのは、一つこの際やめようという場合もあり得るのか、それとも地公法、国公法に法的根拠があるから、ともかくしゃにむに松永文政の一環としてやるのだ、そのやり方をどうするかということを研究しているのであって、ともかくやるのだという方針でいかれようとするのか、その点私は文部大臣のお答えをいただきたいと思う。
○国務大臣(松永東君) これはもう何度も申し上げておるのですよ。やれという法律があるのですからやりますと。やりますけれども、内容はきわめてむずかしいので研究しておりますと。これよりほかに私は答弁は今のところできません。
○委員長(秋山長造君) 休憩いたします。 午後零時二十八分休憩 ————・———— 午後二時二十八分開会
○委員長(秋山長造君) これより文教委員会を再開いたします。 この際委員の異動について報告いたします。本日森田豊壽君が辞任され、その補欠として左藤義詮君が選任されました。 —————————————
○委員長(秋山長造君) 午前に引き続き教職員の勤務評定に関する件を議題といたします。 なお、あらかじめ各委員の御了承を得ておきたいのでございますが、文部大臣に対し、衆議院予算委員会から出席要求がありますので、中途で退席されることになるかもしれません。 質疑のおありの方は順次御発言願います。
○松永忠二君 大臣にお尋ねするわけでありますが、勤務評定の評定者あるいは審査者として地方教育委員会の現状は一体適当なものであるというふうにお考えになっておるのか、あるいは現在の地方教育委員会の組織はどうも適当でないというふうにお考えになっておるのか、その辺はいかがですか。
○国務大臣(松永東君) 適当でないとは考えておりません。しかし、すでにもうきまっておる教育委員会でありますし、そうしてまたその委員会から委員長も選出されておることですから、合法的なものであり、決してまずい組織とは考えておりません。
○松永忠二君 いろいろ市町村教育委員会について調べてみると、これは教育委員はできるだけしろうとがいいというようなことから、教職の経験のない人が多く任命されておる。しかも教育長は、必ずしも新しい法律によると、教職の専門の資格というものは別に要求されていない。しかも御承知のように教育長というのは、非常に現在地方教育委員会では報酬が低くて、片手間にやっておるところもある。教育長が教育委員を兼ねていて、しかも週に一度か二度形式的に事務局へ出かけてきて、全く腰かけ的な教育長が選ばれておるところがある。それから教育委員会の人、たとえば事務局は充実されておるかといえば、文部省あたりが調査されたもので、よく発表もされておるわけでございますが、小さい町村ではたった一人ぐらいしか事務員がいない。中には教育長が兼任していて全然いないという状態のところも出てきている。そういうことを考えてみたときに、こういう状態の中で、こういう教育委員会が勤務評定のような評定者、審査者として果してそういう役目を果していくことができるかどうか。そういう点についてやはり完全であるとか、できるというような見通しを持っておられるのかどうか。そういう点を一つお聞かせいただきたい。
○国務大臣(松永東君) 今御指摘になりましたような例も耳にせんことはありません。しかしそれはきわめてまれだということを聞いております。大体においては、まあその組織、今の組織で運行ができるのじゃないかというふうに私どもは考えております。従ってその能力の点についても、それは一、二例外はあるかもしれませんが、大体完全な能力を発揮することができるのじゃないかというふうに考えております。
○松永忠二君 これは非常にまれな例だということでありますけれども、実際の問題として教育委員長が教育長を兼ねたり、あるいは教育委員会の、市町村教育委員会の事務局が非常に不備であるというようなことについては、そういうことをお考えになっておられるので、今度の、新しい三十二年度の予算でも、市町村教育の教育主事の給与を負担するということが出てきておる。そうなってみると、決してこれは非常にまれなものではないというふうに私たちは思う。やはり相当不備な地教委もあるのじゃないか。そうなってくると、この地方教育委員会が、たとえば第二次評定者というようなことで校長の評定をあるいはくつがえし、あるいは修正をしてしまう。あるいは校長についてはこれが第一次の評定者、あるいは第二次というか、評定者のおもな評定者としてこれが働きをする。そうするとそれが誤まりだということを証明するということは、非常にむずかしくなるし、勤務評定によって人事管理の公正を期するというけれども、かえって公正でなしに、混乱の資料を提供してくるということにもなりはせんかというふうに私は思うのでありますが、こういうふうに、かりにそういう今教育委員会があって、しかもなおかつ地方の人事なり、人事管理が行われているじゃないかという、そういう考えを持つならば、これについては、あるいは一時的な誤まりとしてそういうことが行われたとしても、別に書類にそういうことが残っているわけではないしするからいいが、勤務評定のようなもので、記録されたようなもので、それが残っているということになると、非常にまあそれがいつまでも拘束力を持つというような形に私はなると思う。こういうことについて、たとえばそういうことが起り得る可能性が私たちは考えられるのですが、それについて是正する、こういう方法があるのだ、いやこういう方法で是正は可能なんだということがあるならば、一つそういう点をお話をいただきたいと思います。まれだとあなたはおっしゃるし、私はそうまれではないと思う。相当充実されてない地方教育委員会がある。全然教育委員は教職に経験がない、全くのしろうと、それが校長の唯一の評定者であるというそのために侵した誤まりをどうして一体是正をしていったらいいか。こういう具体的な方法でこれは除去できるという、そういうものがあったら一つお示しをいただきたいと思います。
○国務大臣(松永東君) なるほど教育委員並びに委員長は、教育にまるっきりしろうとの人もあるでしょう。あるでしょうが、教育にまるっきりしろうと、教員上りでなかったからといって必ずしも不都合な処置をするとは考えられません。やはりその渦中におけるよりむしろずぶのしろうとでも適当な判断をする人もたくさんおります。でありますから、今のところではまずこれでいけるんじゃなかろうかというふうに考えております。しかし、いろいろやはり欠陥のあることも御指摘のようなところも耳にせぬではありませんので、そういう点もかれこれよく調査の上で善処しなければならんと思って、午前中も申し上げた通り、研究を重ねておる次第であります。
○松永忠二君 なお、たとえば高校について考えてみたときに、高校の教員については校長が第一次的な評定者で、県の教育委員会が第二次的な評定をする、あるいは審査をするというような、審査者になるということを考えると、現在の県教委の中に審査者として役目を果していくところの高校の、たとえば人事的な面を取り扱うところの陣容というものは一体十分これを果し得るだけの陣容を持っておるとお考えになっておるかどうか。地方では財政が非常に縮小されて、そういうふうな定員も非常に削減をされて、高校の教員などについては総務課の担当の一、二名の者がそういう方面にタッチしておるという現状だと思う。そういうところが広いところでいうと、数千名に上る教員の審査者として、実際仕事をしていく面において非常な支障が起きてくるのじゃないかというふうに私どもは考える。こういうふうな面についてどんなお考えを持っておられるのか。
○国務大臣(松永東君) いろいろそういう点も研究いたしておるのですが、大体、しかしその勤務評定の断案を下すのはそれぞれの校長さんがやると、こういうふうにわれわれは考えております。ですから、校長さんは相当経験もあり、そうしてそうした教育面の修練者でもありますために、私はこれは間違いなくやれるじゃなかろうかと思っております。ただ私多少の危惧するところがないではありませんので、そういう点もずっと研究を重ねて参っておるのであります。
○松永忠二君 私はその現在の地方教育委員会が勤務評定の審査者なり評定者としてのその機構というものが十分に整っていないと、また文部省自身もそういうふうに考えられるので、事実上地方教委の育成とか、助成とかいう面で非常な努力もされておるのです。そういう機構陣容を整備して、正しい勤務評定ができるところの素地を作って、それからしかる後にそういうものが考えらるべきことであって、機構充実というようなことについて十分な努力が払われ、十分な正しい機構ができた上でこういうものが実施をされていくのはその次の段階だと思う。現在の地方教育委員会のように、しろうとの方がいいとおっしゃるけれども、今度出てくる勤務評定、あるいはお考えになっている勤務評定はどういう御予定であるか、われわれよくわかりませんが、とにかく評定には評定の要素としていろいろ専門的な知識も必要な要素があると思う。そういうふうなものが十分に判定できない、あるいは校長については、実際には地方教委がほとんど唯一の最初の評定者になって、その評定と全然反対の評定を、審査をあとから出してくるということも容易でない。そういう審査を出す陣容は整っているかというと、各地方の財政の縮小から地方教育委員会と連絡する事務所等も県に三つとかぐらい東、中、西にちらばっている状態だから、そういう中で、陣容が整わないのに先に評定をそれに先行して実施をしていくというやり方よりも、むしろ機構を十分に整えて、こういう機構の中ならば正しい評定はでき得るというような考え方で、しかる後にこういう問題を考えていくべきだと思うのです。特に地教委についてはそういうことを考える。特に校長の評定等については、これは全く、校長の評定をだれがやるかということになれば地教委がやるのですから、そういう地教委にふさわしい機構ではないと私たちは思うのですが、こういう考え方は一体誤まりなのかどうなのか。どういうふうにこういう考え方をお考えになるか。その辺を一つ大臣からお聞かせをいただきたいと思う。
○国務大臣(松永東君) 私どもは現在の組織、現在の制度で誤まりないように仕事はやっていけるというふうに考えておるのであります。校長もりっぱな良識を持っておられ、地教委の人々もりっぱなやはり良識を持っておられる。中には教育専門を経てこられた人でない人もおられるかもしれませんが、とにかく相当の良識に富んでおられる人ばかりだと思います。しかしながら、御指摘のような点もないとも言えません。従ってそういう点も一つこれから大いに研究してみたいというふうに考えております。
○松永忠二君 そういう点については特に十分な一つお考えをおまとめをいただきたいと思うわけです。 これは一つ内藤局長にお尋ねをするのですが、勤務評定というものを実施をしていない、あるいは非常に不完全であったというようなために、今までの地方教育の行政において適正な人事管理ができておらないというような、そういう具体的な事実があるのかどうか。そういうものがあったらば一つお示しをいただきたいと思います。
○説明員(内藤誉三郎君) 私どもが聞いておるところによりますと、まあたとえば年令で男子五十才とか、あるいは女子四十五才で切るとか、こういうような一律の人事行政は、ある県では夫婦共稼ぎ四万五千円になれば片っ方は首になる。こういうような不合理な人事も聞いておるのであります。ある県では、人事について、能力がなくても白紙委任状を組合に出しておく、そうして教組と当局とが話し合う。こういうような話も聞いております。いろいろ私どもとしては適当でない事例も聞いておるのです。ことに校長の人事でも、教員がある一定のところで校長を不信任すれば校長はやめなければならぬというような不文律も聞いております。まあいろいろと人事管理上適正でない面もあると思います。同時に、特別昇給なりそういう面で優秀な先生方に十分報いられるような制度を考えてみたいと思います。今のやり方を見ますと、昇給でもその他でも、大体昇給の場合には一律平等にいっておるし、それから昇給昇格その他昇進でも年次を追ってやるとか、そういうようなことでございますので、できるだけ教育界に清新な空気を注ぐことが必要ではなかろうかと考えておるのであります。
○松永忠二君 私お尋ねしたのは、そういうことならば、勤務評定をやってないからそういうふうになっておるというような御判断になったのですか。
○説明員(内藤誉三郎君) 勤務評定といいますか、そういうものが正確なも のがないと、勢いそうせざるを得ないと思うのであります。
○松永忠二君 そういう具体的な事実をおつかみになって、今までどういった指導と努力を払ってこられて、そうしてなおかつこれが除去できなかったというのであるのでありますか。
○説明員(内藤誉三郎君) 私どもはまず法律にある勤務評定をやっていただいて、そうして人事管理の適正を期して参りたい、かように考えております。
○松永忠二君 それは、私申し上げているのは、それならそういうふうな適正な人事が行われておらないので、早くから勤務評定というものを実施するようにということを再々あるいは指導し、勧告されてこられておったと私たちは承知をしておらない。そういうことが行われておったとするならば、それを除去するために適切な手をいろいろそのつど打たれて、そうしてこられてきておると思うわけなんだが、そういうふうなことが行われているのに、勤務評定を実施をするということを再々要望されたに、なおかつそれができなかったということではなくて、別の方法でそういうことを指導し、それをまた実施されてきているのが現状ではないかと思うのですが、その点どうなんですか。
○説明員(内藤誉三郎君) 私どもは今の人事管理が必ずしもいいと考えておりません。で、文部省といたしましても、できるだけ人事の適正を期するということが文部省の方針でもございますし、府県もそうしたいと非常に強い念願で努力しておるのですが、なかなか納得のいくよい人事行政が今までできなかったというのは、これは非常に遺憾に思いますが、今後皆さんで協力してよい人事行政をするように指導して参りたいと思います。
○松永忠二君 あるいは校長協議会等で御説明されたのか、あるいは他の場所でそういうお話を言われたのか、私その辺はよく存ぜないわけでありますが、前の時代の——新しい教育委員会の法律で、地方行政の組織と運営に関する法律ができる前の文部省と、新しい教育委員会法ができた後の文部省とは、まあ勤務評定に対してのウエートといいますか、力というものが非常に違ってきているのだと、それだから今度は措置要求というものができるような文部省になったのだから、勤務評定についての積極的なことをしてもこれは当然だというような御説明をどこかでなさっているようでありますが、そういう点はやはりそういうお考えを持っておられるのでありますか。
○説明員(内藤誉三郎君) 御承知の通り、前の教育委員会法では文部省の権限は指導、勧告、助言ということに限られております。従って法律違反の事態が起きても、これに対して文部省は何ら強制指導はできなかったわけでございます。しかし、今回の地方教育行政の組織及び運営に関する法律によって、この法律違反の事態に対しては、文部大臣は措置要求をする権利もあるし、また私は義務もあると思う。法律違反の事態をそのまま放置できないということは私は当然だと思います。それに対して法律で定められたことが守られないということは、これは私ども遺憾に思いますので、文部大臣としては必要があれば措置要求しなければならないだろうと考えております。
○松永忠二君 措置の要求というようなことは、たとえば勤務評定について考えるならば、勤務評定というものを実施してほしいというような、実施をするというような必要な措置を要請するというのが私は法の建前だし、権限だと思うわけです。別にこういうふうな基準で内容を示して、こういうふうにやってほしいとか、あるいはこういうふうに一斉にやるとかいうことは私どもは措置要求ではない、そういうふうに私たちは措置要求ということを考えておる。必要な措置を講ずべきというようなことを書かれておることを考えてみたときに、この場合は勤務評定を行うという措置の要求であって、こういう勤務評定をやれということでは私はないと思うのですが、その点はそういう解釈で間違いないのですか。
○説明員(内藤誉三郎君) 今お話しの件は、私は指導、助言の部類だと思います。こういう勤務評定をしてほしい、こういうふうにするのはこれは指導、助言の範囲だと思う。それから勤務評定をする場合に、こういう内容のものが適当である、これも指導、助言の範囲だと思います。私どもが措置要求と考えておりますのは、法律が守られない場合に文部大臣がかわって行うとか、あるいは文部大臣は特に必要な命令を発してそれを実施せしめるという強制的な措置が含まれておると思う。そういうものを私どもは今考えておりませんが、できるだけ指導、助言で事を済ましたい。措置要求は、これはもちろん文部大臣に課せられた権利でもあり、義務だと思いますが、できるだけその措置要求の手段をとらないで、できるだけ指導、助言でやって参りたい、かような気持でおります。
○松永忠二君 その点は、私たちは措置要求という場合でもこういうふうな措置をすべきだというふうに、たとえば勤務評定についても、勤務評定というものの実施がされていないということであれば、そういうことの実施をする措置の要求ということであって、こういう具体的な内容を実施せよということではないと思うのです。その点は、あなたのおっしゃることは、私の言うこととはだいぶ違っておると思うのですが、私の言うことは指導、助言であって、それは措置の要求ではないというのは、どういう法的な根拠からそういうことをおっしゃるのですか。
○説明員(内藤誉三郎君) この法律で認められた措置要求というのは、これは文部大臣の強制命令でございます。私どもが地方行政に対して指導、助言をする場合に、法律の趣旨が守られるように、また守るために一つの参考案をお出しする場合もあると思うし、あるいは省令のような形で全国一斉にやる場合もある、いろいろと方法は私はあると思うのです。しかし、できるだけ先ほど来申し上げておりますように、指導、助言の範囲で済ましたい、やむを得ざる場合に伝家の宝刀と申しますか、措置要求をする、措置要求は強制命令だとお考えいただいていいかと思います。
○松永忠二君 かりに、たとえば措置要求、あなたのおっしゃるような措置要求であるとしても、それは地方教育行政の第四十六条の、府県教育委員会が計画して、そうしてこれを地方教委は実施をするということと違うことになりはせぬですか。内容をきめてこういうふうに実施をせよということになってくるならば、これは片方の、今言った第四十六条の違反になると私は思うのでありますが、その点はどうなんですか。
○説明員(内藤誉三郎君) この教職員の勤務評定については都道府県の、特に義務教職員については、都道府県の教育委員会が企画をして市町村の委員会が行う、この建前はくずれておりません。そこで勤務評定をやらない場合に、これを放置しますと、法律違反の事態が起きるわけです。ですから法律違反の事態に対しては、文部大臣が措置要求をする。措置要求の内容について今お話がございましたけれども、その措置要求の内容についてどういう形をとるか、これは府県の、今お話しのようないろんな事態があるけれども、勤務評定に関する限り、文部省がこの計画を示してこの通りやれということは、これは私行き過ぎだと思います。
○松永忠二君 そういうふうにかりにその措置要求という法的な措置をとる場合も、なおかつこういう矛盾を示してこういうふうに実施をしてやれということは、これは行き過ぎだ。措置要求でない段階において、指導、助言の段階において、こういういろいろな事情を考えてみて勤務評定を実施してほしいというような要望をするということについては、私はあるいはそういうふうな指導、助言であろうと思うわけです。しかし、法的な措置要求ですらも、内容を示してこの通りやれということについては、これは私は明らかに法の違反だと思う。措置要求ができることは、文部省がこの第四十六条に基いて実施をすべきであるという措置要求ができるだけであって、内容を示して、こういうふうにやれというなどということを言ったら、これは大へんなことだ。これは法的な違反である。指導、助言の段階でも、私はある一定の基準を示して、この通りを実施をしていくことは望ましいなどというようなことを指導、助言をするということは、やはり指導、助言のこの第四十六条の建前からして、私はとるべき措置ではないというように考えるのですが、どうなんですか。
○説明員(内藤誉三郎君) 措置要求と何か混同されておるように思いますが、措置要求はあくまでも文部大臣の強制命令だ。ですから強制命令ですから、当然法律に基いた命令でございますから、法律を、他の条文を侵すようなことはこれは許されぬと思う。それで、他の条文と申しますのは、この勤務評定について、あなたがあげられた都道府県の教育委員会が企画して、そうして市町村が行う、この建前はくずしてはならぬと思う。そこでかりに文部省が参考案を示す場合にも、これは参考案であって、都道府県教育委員会の自主的量によって決定されるべき事項であります。
○松永忠二君 私が特に希望を申し上げておるのは、措置要求でもなおかつ内容の具体的なものを示して、こういうふうに実施をせよということは法の建前からいってできない。指導、助言の段階でも、従って措置要求以上でも違反になると考えられる方法を実施されることは適当ではない。従って一つの基準を示してこれを全国一斉に行うというやり方、今まで私が質問して参りましたのは、こういうふうな各地方の教育委員会、あるいは府県教委で妥当だと思う形で実施をしたり、あるいは実施をしていなかったりしておった、その段階、しかも先ほどは、何か各府県でも非常に要望されておるというお話があったわけです。具体的にこういうことをおやりになる前にどれだけ、どういう県が一体勤務評定をやりたい、実施したいという要望をお出しになったのか、一体どういう県で文部省がお考えになる以前から、何年ごろから、一体そういうことを文部省に盛んに要望されておったのでありますか。
○説明員(内藤誉三郎君) 要望された事実につきましては、私ども教育長会議等でしばしば聞くのでございます。どういうふうにしたら教員の人事管理がうまくいくかという点について教育長さんたちも非常に頭を悩ましているわけです。一方においてこの新しい新卒業生をかかえなければならぬし、一方において教員の人事管理を適正にしなければならぬ。こういうような点で何とかいい方法がないものかということが教育長会議でいつも話題になる。そこですでに県立学校で実施している県は、あなたの御存じの静岡初め全国で七、八県、あるいはもう少しよけいあると思いますが、七、八県ぐらいは県立学校についてすでに実施しております。
○松永忠二君 そういうものを実施をされている県がこの実施をしているのは非常に不完全であって、適正な人事管理ができないから勤務評定を作ってもらいたい、あるいは試案を作ってほしいというような要望を文部省になさったのでありますか。
○説明員(内藤誉三郎君) その都道府県でやっているのは都道府県立学校です。市町村立学校でやっているのは、これは湯山委員のいらっしゃる愛媛だけです。ほかにはありません。愛媛県は市町村立学校をやっているわけでございます。そこで今お尋ねの要望があるかという点は、先ほど教育長会議あたりでも何とかいい勤務評定を文部省が考えてほしい、こういう希望はかねがねあったのです。私どももできるだけ教育の実体に即して、教育の勤務の特殊性に応じたような模範的なものを一つお作りしてみない、こういうことは教育長会議でも申し上げております。
○松永忠二君 先ほどから少し話に出てきていることからして、私は文部省が基準をきめてこの際一斉に流して、そうしてこれを全国的に一斉に実施をするという、そういう法的な根拠というものは私はないと思うのです。従ってこういうことは実施をすべきではないと私は思うのですが、この意見は正しいと私は思うのですが、局長はどんなふうにお考えですか。
○説明員(内藤誉三郎君) 全国の都道府県委員長会議でも教育長会議でも、皆さん方ができるだけ共同歩調でやりたいという強い御希望なんであります。で、教育長協議会の部会でも、この勤務評定について検討をしていらっしゃるわけです。ですから私どもといたしましては、教育長協議会なり、教育委員長会議でお求めがあれば、私の方でももちろん出して御参考に供することも必要だと思うのです。こういう意味で文部省の指導、助言の場合に、皆さん方からそういう御要望があれば私どもは進んで出したいと思いますし、また必要があれば文部省みずから出すのも私は指導、助言の範囲だと考えております。
○矢嶋三義君 関連して。そこのところ、内藤さん、その教育委員長とか、あるいは教育長があなたが今申されたようなことを言うようになったのは、あなた方がそういうふうに指導したからです。間違いはない。愛媛の場合だってあなた方のところで地方課を中心に強力に指導されたということは、私が個人的に昨年愛媛の問題が起って以来本日までお会いした都道府県教育委員並びに教育長の方々はほとんど全部、いや百パーセントと言ってもいいのですが、勤務評定は非常にむずかしい。私のところは昇給のときとか校長の抜擢のときは何らかの形で評価しているのだ、だから、文部省から基準を示して、こうやってほしいという指導を流してきた場合は、何とかしなければならぬけれども、うちの県独自として愛媛でやっているような、ああいうものをやるというような考えは毛頭ありません、やる自信もありません、ほとんど百パーセントの私が過去一カ年間に会った全国都道府県の教育委員、教育長はみんなそう言っておった。ところが、ここ一カ月くらい前から少しずつ変ってきつつあるわけで、これは文部省の、あなた方の指導、それからあなた方の何ですね、発言その他でかように仕向けてこられたわけで、何も自発的に起ったものではない。その点はあなたはやはり答弁のときに考えていただかなければならぬと思うのです。愛媛県でやっておるとか、あるいは都道府県立で、静岡でやっているといえばやっているでしょう。それ以外に何らかの形でやっているのですから、その自主性にまかせておけばいいじゃないですか。何かそのむずかしい一律のものをこしらえて、こういうふうにやってほしいというような意思表示を、そういう指導、助言を文部省はしなければならぬのでしょうか。そこが私はわかりかねる。そうするとあなたはいや、やれというのではなくて、ただ参考に流すのだ、とこう言われますけれども、そこが問題なのだ。そのためにあなた方は地方教育行政法という法律を非常な世論の反対があったにもかかわらず強引に国会に提案して通したわけだ。教育長は文部省の承認が必要となったわけなんです。それぞれの各都道府県の教育長の変り方は、どんなに変ったかということは、あなたは承知ありませんか。あなた方がただ参考に流すと言っても、ただそれだけじゃないのですよ。だから、私はそういうふうにあなた方がすべて仕向けていかれる、強力な指導をされているわけですが、そういうことをしないで、愛媛でやっているなら、それていいじゃないですか、静岡でやっているなら、それでもいいじゃないですか。それと違った形で何らかの形でやっていれば、私はそのまま都道府県教育委員会の良識と判断にまかしておいたらいいと思うのですよ、いかがですか。
○説明員(内藤誉三郎君) お話のように、愛媛県あるいは静岡の分については、私がとやかく言っているのじゃないのです。やっていらっしゃることは、それでけっこうです。問題は法の執行をあずかる者として法律違反の事態が放置されているわけには参りませんので、法律が的確に守られるように指導、助言をする私どもは義務があると思うのです。その指導、助言の義務の範囲と心得ているのであります。
○矢嶋三義君 その法律違反をやっているということなんですがね。あなたは何ですか、都道府県教育委員会は勤務評定というものを全然やっていないという解釈に立たれるのですか。昇給する場合でも、ちゃんと教員の成績表というものを書いて出している。教頭に推薦の場合も、校長に抜擢する場合でも、評価表をちゃんと書いている。これが妥当だ、これならこうなんだという判断、良識のもとに都道府県教育委員会は全部やっている。やっていないと言う人は私は何人もいないと思う。評価を全然やっていない都道府県教育委員会がありますか。あなたの考えているような、やらなければ法律違反だというのは、これは少し独断です。だから、私は都道府県教育委員会が法律違反をやっているからけしからん、だから法律に従わせるのだという立場から発言されているのは、私は大きな間違いだ、都道府県教育委員会に対する侮辱だと思うのですがね。
○説明員(内藤誉三郎君) 私どもは、ある部分的には何もやっていないと言っているわけじゃない。全般的にやっておるなら問題は起きていない。今問題は勤務評定をやる事自体に反対があるので、あなたのおっしゃるように、やり方が問題では私はないと思う。私どもが見ているところでは、部分的に勤務評定を実施しております、しかし全般的に実施されていない、こういうことでございます。
○矢嶋三義君 関連質問だからこれでやめますが、私は熊本に居住いたしております。熊本の教育委員会で私は何らかの評価をやっているということを承知いたしております。私もかつて評価されたのです。それに基いて人事管理、人事行政がやられているわけです。何も違法なことをやっておりません。だから勤務評定を、教育の評価というものを全然やっていない県があったらあげて下さい、ありますか。ありませんよ。それをやらんで各校長の任命ができますか、昇給でもできませんよ。だから、やっているのだから、それでいいじゃないですか、何も法律違反ではないのですよ。
○説明員(内藤誉三郎君) 私どもの見るところでは、やっているとは思っておりません。ですから昇給も一律昇給です。勤務の実態に応じて特別昇給をやっているところもなくはないが、大部分がやっておりません。
○矢嶋三義君 一律昇給しようが何をしようがということは、都道府県の当局の自由じゃないですか。何も文部省で一律昇給しようとか、一律昇給してはならぬとか、それまで文部省がやらなければならぬのですか。
○説明員(内藤誉三郎君) 私の申し上げたのは勤務評定を全部やっていないということなんです。一部分ではやっているところもありますが、全体的にはやってないということなんです。
○矢嶋三義君 やってないところがありますか。
○説明員(内藤誉三郎君) はい。
○矢嶋三義君 どこがありますか。
○説明員(内藤誉三郎君) 先ほど申し上げました小、中学校では愛媛、それから高等学校については静岡とかその他数県ございました。われわれの言っておる法律には都道府県教育委員会の企画のもとに市町村が実施する、都道府県教育委員会がそういう企画をしたのは私は聞いておりません。
○松永忠二君 今の矢嶋さんの話の出てきている事柄なんですが、私たちも、たとえば静岡の場合でも秘密に府県の教育委員会が実施をしている。県立については県が、市町村立の学校については地方教委が実施をしている。しかも、それはそれに基いて人事管理というものが今まで公正に行われてきている。別にまたこの静岡県の、県としてはこれでは不十分だから、こういうふうなものでなしに、もう少し適正な人事管理のできる勤務評定を文部省で作ってもらいたいというような要望は静岡県あたりからしてはないと思います。そういう意向は漏らしてないと思います。またそういう意向を漏らしている県があって、そういう県にたまたま作られた試案的なものを示して、これの実施を指導、助言するということは私はあってもよかろうと思うのです。現実にはそういうようなことではないのにかかわらず、実際にはこれの基準を作って、それに基いてやらなければ勤務評定ではないというような言い方でその勤務評定をやっていくということは、ちょうど修身科がないから道徳教育をやってないのだということと私は同じような理屈ではないかと思う。現実には昇給についても、あるいはその外任についても校長の内申によらなければできないというような、人事のことについて内申によらなければできないということがあるので、それに基いて内申が行われ、そういう意味の考課とか、あるいは勤務評定というものが現実に私は全国に行われて、適正な人事的な管理が行われてきていると思う。それが非常に工合が悪くて各府県から非常な要望が起ってきて、そうしてしかも実施をしている勤務評定にも弊害が各地から出てきている、これではいけないから一つのよい案を作って、そうしてそれによって指導、助言するというのが私は順序だと思う。そういうことではなしに、今のは全然逆な形で、別に何も勤務評定を実施しているところで新しい勤務評定をほしいという要望があるわけではなし、あるいは文部省でそれを示せというようなことを要望されているのでもない、事実上支障なくてそういうものが各県で行われているのにかかわらず、積極的にこの際文部省が一斉に基準を流して全国的に行うというところに意図的なものを私たちは考えて、そういうことでなしに行われてほしいという気持を私たちは持つわけです。 一体、今の一般の県職員、あるいは市町村の職員で勤務評定が実施をされておる状況はどんなものであるというふうに把握をされておるのですか。またこういう実施に当って自治庁が一つの基準を流して実施をしているということがあるのでありますか。その点を一つお聞かせいただきたい。
○説明員(内藤誉三郎君) 前段の御質問について私どもも本来これは都道府県の責任でやっていただくことなんです、都道府県が率先してやっていただくことを期待しているわけです。こちらからいろいろと御指示をしたり、あるいはする必要のないことを私は期待しておるわけですが、どうも幸いに各県ともやっていただければ問題はないのですけれども、しかしそういう事態でない場合には文部省は一般的な指導、助言として当然にいろいろと御指示することもあり得ると思うのです。あるいは個々の事態についてお尋ねがあったり、あるいは指導を求められた場合に助言をする場合もあると思うし、その時々に上って必要な事務を処理していかなければならぬと考えておりますが、今のあとのお話がありました各県でやっているのにどういう支障があるか……。
○松永忠二君 いえ、そうではないのですよ。一般県職員についてですね……。
○説明員(内藤誉三郎君) 県職員については、今自治庁に問い合せております。
○松永忠二君 府県でなしに、市町村で勤務評定を実施している状況はどういうふうに把握されているのですか。
○説明員(内藤誉三郎君) この点についても今自治庁に問い合せております。自治庁が目下調査しております。
○松永忠二君 そうすると、自治庁はそういうふうなものについて、基準を流してそうして実施方を要請しているというようなことはあるのですか。
○説明員(内藤誉三郎君) 大体自治庁の方は事務職員でございますので、国家公務員のを大体準用していると思いますが、積極的に流しているかどうかは私は聞いておりません。
○松永忠二君 私は一般県職員であるとか、あるいは市町村の職員というものは、職場も一つの所にあるし、仕事をやっている場所も全然一つ。それで事務行政をやられているところであって、こういうところは比較的勤務評定をやるのにもやりやすい条件にあると思う。そういうところでも、なおかつ実は私たちの承知している範囲ではほんの数県が実施をされているとか、市町村についてはまだほとんど手をつけられていないという段階だ。それよりも非常に困難性を持っている教職員について文部省が各末端の非常に陣容の不備な地教委を使って、そうして全国一斉に行なっていく、また自治庁が基準を流しているという事実もないのに、文部省自体が基準を流してまでこれをやっていくということになることは非常に均衡を失しているし、むしろそういうことで一度ためされたか、いろいろ実施されたものをいろいろと勘案をしていくということが実は人事院規則の中におけるところの勤務評定の、項目の中にも、いろいろの経験が加えられていなければならないというようなことがあることからしてみても妥当だと思う。そういう点について非常に行き過ぎているというふうに私たちは思うのでありますが、そういう点はどういうふうにお考えになるのですか。
○説明員(内藤誉三郎君) 自治庁の場合は、これは国家公務員、地方公務員、質が同質だと思います。ですから、同じような評定要素でこれはやれると思いますから、別に自治庁から特に特別の評定要素を出す必要もないのではなかろうか。これは推察でございます。しかし文部省の場合には、先ほどからしばしばお述べになるように、教育については非常に教育の特殊性に基いて教育の実態を把握するような勤務評定でなければならない、こういう皆さん方のお話も非常にごもっともであります。こういうような見地で文部省としては一般の事務職員と同じようなもので勤務評定をされては、教職員にとって迷惑でもあるし、やりにくいと思う。そういう意味で、教育の特殊性に基いたよい勤務評定を考え、これを流すのが私は文部省の義務だと思っておる。もし、ほうっておきますれば、国家公務員なり、地方公務員のものをそのまま教員に流すようなことになることをむしろ憂えておるのであります。
○松永忠二君 私はそういう見解には賛成できかねるわけなんで、むしろそういうような状況であるので、地方では地方の実情に即した方法で実は勤務評定というような、あるいは考課的な勤務評定というものが実施をしたり、あるいは昇給には昇給に、あるいは昇任については昇任にふさわしいようなその考課的なことが行われておると思うのです。それをもっとも行われやすい地方公務員についてもまだ完全に実施をされない。完全どころではない、手のつけられているところは非常に少い段階において、困難だということがわかり切っているのにかかわらず、これを一斉に基準を流して実施をしていくというようなやり方は、私はむしろ早まっているのではないか。もう少しやはり各方面の実際の経験もできて、先ほど話の出た、私の申し上げましたように、地方公務員にいたしましても陣容が整備してとにかく記録として残る。そういうものが、誤まった記録が作られないような機構を整えて、そうしてしかる後にこういうものが準備がされていくのが私は建前だと思う。そういう意味で手続の点について私はきょうお尋ねをしたわけなんです。勤務評定そのものの内容についてはわれわれは乏しいながらやはり意見を持っておるわけでありますが、本日はそういう手続問題について少しやはり慎重を欠いてはいないかというふうに私たちは思うし、また慎重にやるという上においては、先ほど私が申し上げましたように秘密的に内部で慎重を期するということではなくて、さまざまな人の意見を聞き、そしてさまざまな具体的な案も出しながら、しかも一般の人の意見を聞いてまとめていったり、やり方をどういうやり方にするかということについても今後慎重を期していくということが、これは地方公務員と比べてみても、私は現段階においてとるべき方法ではないか、決してやらないから怠慢で、全然勤務評定をやっていないというのでなくて、それにふさわしい、実情に即したものをやっているというのが私は現在の段階だと思う。そういう意味で特に慎重を期せられる、公開的な意味の慎重を期せられたいということを特に要望しておくが、内容についてはまた後ほどそういう問題が出て参りましたときに御意見を聞かしていただきたいと思うのでございます。以上で質問を終ります。
○高田なほ子君 二、三点お尋ねします。今回の文部省の企図されている考え方は、これは明らかに松永委員によっても指摘された通りに、地方公務員法第四十条、あるいは地方教育行政の組織及び運営に関する法律、この法律の趣旨から考えても、教育の地方分権という精神を著しく拘束するということはこれは事実だと思うし、また文部当局としてもただいまの質疑の中ではっきりしたことは、自主的裁量によって決定さるべきものである、勤務評定は各都道府県教育委員会の自主的な裁量によって決定されるべきものである、こういうような結論を出しておられる。しかし、実際に行われないから文部省から指導、助言するのだというはなはだ飛躍した論法で御答弁になっておられますが、しからばそれほどにおっしゃるならば、一体文部省は法施行後八年という長年月をけみしておるわけでありますが、この八年間における研究の成果というものをこの際どういう機関で、どういう科学的な方法で調査され、全国ではどういうような実態にあったかという、そういうデータというものを一応われわれ文教委員にお示し願いたい。すなわち私の質問の第一点は、ことほどさように法律違反を呼号するならば、どういう機関で、どういう研究をした。その研究の中間報告をここでしてもらいたい。こういう要求でありますが、私の要求に応じて下さることができますか、できませんか、お答え願いたい。
○説明員(内藤誉三郎君) ただいま私の方でも、先ほど来松永委員からもいろいろお話がございましたし、当委員会におきましても勤務評定についての愛媛県からいろいろと御質疑なり御意見も承わっておるわけであります。で、私どもは各方面の意見を聞いております。今のところまだ研究の途上でございますので、もちろん成案ができれば別でございますけれども、まだ成案を得て皆様方の御批判を受けるような段階になっておりません。
○高田なほ子君 私は成案を要求しているのではないのです。法施行後八年間も実施をされておらないとあなたが言っておられる。実施されておらないから文部省がこれに対して指導、助言するのは当然文部省の責任で、あると言っておられる。そうだとしたならば、その間の経緯というものなり、実態というものなりが文部省の特定機関で研究され、そういう実態の中間資料というものをお持ちになっているからそういうことをおやりになるのじゃないかと思う。ただ、やぶから棒に言っているのではないと思う。だから、文部省で今日までこういう結論を出すに至った中間であっても、中間的結論を出すに至るまでの資料というものがあるはずじゃないかというわけです。あるならばわれわれにそれを示してもらいたい。私どもは民間文部省ではありませんから、そういう資料は持っておりません。これは文部省だけが持っているのじゃないかと思うのです。ないならないでいいのです。あるならばあるとおっしゃっていただければいいのです。どちらですか。
○説明員(内藤誉三郎君) いろいろの資料はございますけれども、まだ当委員会に出すほど私どもは自信を持っていませんので、遺憾ながらこの点はお許しいただきたいと思います。
○高田なほ子君 なるほど資料をお持ちにならないのが当然でございましょう。それは地方公務員法の第四十条、あるいは地方教育行政の組織及び運営に関する法律の中に出てくる勤務評定の性格から見て文部省はこれを一定のデータを持っているならこれはずいぶんおかしなもののように考えられますし、また文部省は今までそれほどこれを本気になっておやりになる考えはなかったと思うのですが、政治情勢の変化から日教組に一あわふかしてやろうというような政治的意図が多分にあって、にわかにこういうような結論が出たのではないかと、はなはだ残念でありますがそういう底意を持っているのではないかということで松永委員の質問が続き、また私もその点に質問をしたわけでありますが、データがなければこれまたやむを得ないと思います。 第二にお尋ねしたいことは、国家公務員法の中に勤務評定という法律的な字句が出てきておりますが、これが議せられたのは第一国会であったと私は記憶しております。第一国会の際に国家公務員法が審議されたときに、どういう筋合いですか、これは決算委員会で審議されているようであります。そうして私の見誤まりかもしれませんが、勤務評定ということに対して真剣な国会の論議が集中されていたとは考えられない。さらに地方公務員法の第四十条の中に、勤務評定というのが出てきますが、この中でもこの勤務評定、すなわち教職員に対する勤務評定というものの教育的な行政の見解、これは非常に重要な問題であります、こういう問題が遺憾ながら寡聞にして私は国会ではなはだしく、かつ、真剣に論議をされた記録を拝見したことがないのであります。なぜこういうことが論議されなかったのか。大まかな私の研究した範囲によると、これは地方の都道府県の教育委員会が計画し、市町村委員会がこれを実施するといういわゆる地方分権の線に沿って、われわれ立法府にあるものは地方の自主性にゆだねようとする、そういう意図からこの中央における論議が希薄ではなかったかという推測をする。この推測は必ずしも私の独断ではないと思う。なぜならば、地方分権ということをわれわれは基本的に考える場合には、法律の一から十までをすみまでほじくってこれを中央で規制づけるということは、これは教育の地方分権の精神からおもしろくないことであって、大まかな論議でこれが地方にゆだねられたということはこれは当然のことであろうと私は思うのであります。さらに、あなたも御承知のように、大問題になった地方教育行政の組織及び運営に関する法律の中の四十六条のこの勤務評定の問題については、遺憾ながらここまで行かないうちに、これは質疑打ち切りで勤務評定のキの字もわが文教委員会においては論議されておらなかった。要するに、私の言いたいことは、立法府に籍を置くわれわれが、この口のもとにおいて国会において、これらのような重要な問題が教育的行政の見地から論議されなかった、そういうものを今文部省が先頭に立って統一的、画一的な指導、助言の権限を逸脱するということは、むしろ私は文部省がこの法律の解釈を故意に歪曲しているのではないかというふうに考えられるのですが、文部省の指導、助言は中央で統一するという拘束力を持つ危険性があると私は判断するのですが、法律制定の経過から見て、今回の文部省の強硬な態度とからみ合せて若干の疑問なきを得ない。はなはだこんがらがった質問でありますが、だいぶ熱が出てしまって私の方ももうろうとしてしまっているから的確に答えていただきたい。
○説明員(内藤誉三郎君) 一つ私も高田先生にぜひお願いしたいのですけれども、法律が作られた以上守るように先生も一つ一緒になって御協力いただきたいのですが、そこで中身についていろいろと教員に非常に不利だとか、これは困るとか、こういうような点ですと私どもも幾らでも先生方の御意見を伺って、ごもっともな点は私どもも改めるにやぶさかでないと思うのです。ですから、地方が、お話のように地方分権なんだから地方がそれぞれ特色のあるような方法でやっていただけることを私ども今まで期待しておったのですけれども、八年間どうしてもやっていただけないのは、これははなはだ私どもも残念ですけれども、非常に困っているわけなんです。そこで何とかこれが実施できるように地方々々で特色のあるような行き方でも私はけっこうだと思うのですが、要するに教育委員会法で地方教育行政の組織、運営に規定されたような、都道府県が企画して市町村が実施する、こういう意味の勤務評定、先ほど来いろいろと勤務評定がありましたけれども、この四十一条にいうような勤務評定が行われるように、一つ何かいい方法がありましたらお教えをいただきたいと私は思います。
○高田なほ子君 お教えをするくらいならば何も私はこれを問題にしてはいないのです。お互いにこの問題は実に悩ましい問題であります。そしてまた法の精神を逸脱しないためにも私は以上その質問をしているわけです。教職員は私の目から見ると非常に小心です。権力に対して弱いと私は思うのです。自分の正しいと思うことでもなかなか一人では正しいということが主張できないというのがこれが率直な私は教職員の現状ではないかと思うのです。そういう先生方がよほどの気持からこれに対していろいろと心配していられるということについては、文部省はもっとあたたかい気持で見守ってやるべきではないだろうか。それを一がいに、法律にあることを実施しない、これは法律違反であるときめつけますが、そういうことを言うならば私にも言わしてもらいたい。これほど権力と政府としての力を持ちながら、なぜすし詰め教室が解消できない、一学級五十名というのは法に示された基準であってこれを守るということは当然のことであるにかかわらず、終戦以来は年になりますか、これを放置している。しかもそのことについてはこの教育委員会の職務及び権限の中にも、こういう教育環境を整備することは当然の権限であると規定してあるが、こういうような権限について果してどれだけの指導、助言をして積極的な拘束力を文部省が持ったかというのです。何にも持ちはしないでしょう。依然としてすし詰め学級はそのままに放置されている。こういうような法律違反というのには全然これはほっかぶりしていらっしゃる。あるいはまた人事院の勧告——給与、昇給に対する人事院の勧告、あるいは調停委員会の調停等について果して何べん政府がその勧告通り、調停案通り実施してきたかというのです。法律に違反することを諸般の事情からやむを得ずとしてこれを放置しながら、地方の教育委員会が自主的に今早期にこれが実施できない、もう少し研究したいという、こういう気持を持っておるのにかかわらず、法律にあるのにやらないのはけしからんじゃないか、サボっているのじゃないか、こういう法律違反を文部省が黙って見ているのは、これはまことに申しわけないから、参考資料としてしかじかかくかくのものを出すというのだ、こういう虫のいい考え方、虫のいいものの考え方で、何んでこれで納得しますかというのです。だから文部省はあまり法律違反、法律違反というのを言わない方がいいのです。そんなに法律違反ということを言いたかったら、文部省はすべからく法律にある通り、あなた自体がこれは法律に全部違反しないようなことをやってからお言いなさい。ここはけんかする場でないからこれだけにします。が、法律違反というのは、どういうふうに違反しているのだか、それを言って下さい。どういう条項に違反しているか、法的に言って下さい。
○説明員(内藤誉三郎君) すし詰め教室の点、大へんごもっともな御意見です。私どもは、これは一大決意を持ってこの解消に努力したい、特に定数の確保、すし詰め学級の解消、こういう点につきまして、ただいま予算要求と並行して法的措置も検討して、お説のように、この面におきまして私どもが一生懸命努力しなければならぬことを痛切に感じております。 それから、今お尋ねの法律違反と申しましたのは、これは地方公務員法の四十条でしたかな、地方公務員法の四十条、「任命権者は、職員の執務について定期的に勤務成績の評定を行い、その評定の結果に応じた措置を講じなければならない。」、二項が「人事委員会は、勤務成績の評定に関する計画の立案その他勤務成績の評定に関し必要な事項について任命権者に勧告することができる。」これが地方公務員法の四十条でございます。これに平仄を合せまして、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の四十六条で、「県費負担教職員」、これは主として市町村立学校の小、中学校であります。「県費負担教職員の勤務成績の評定は、地方公務員法第四十条第一項の規定にかかわらず、」、つまり任命権者がやらなくてもいいという意味です。「都道府県委員会の計画の下に、市町村委員会が行うものとする。」、こうなっておりまして、勤務評定はやらなければならないというふうに四十条は規定しております。その結果に基いた措置を講じなければならぬ、こういうふうに規定しておりますので、この法律が守られていないと、こういうふうに申し上げているのです。
○高田なほ子君 やらなければならないと規定してある。しかし、その経過は、国家公務員法が制定されたときにこの勤務評定というのが出てきて、これに準じて地方公務員法の中に勤務評定が出てきた。今度はそれの中間的な方法として教育二法の中に出てきておるわけです。私から言わせるならば、国会でもってこの勤務評定の教育的な、行政的な効果、そういうものについて論議されてこなかったということについては、とりもなおさず地方の自主性にゆだねるということであって、ゆだねられてしかるべきものであるということであって、あなたの先ほどの見解にも待つように、自主的な地方の裁量に待つべきものであって、決してこれは、文部省が音頭をとってこれを画一的にやらせるという、そういう法の性格ではない。どう考えても、これは文部省にそういう権限があるとは考えられない。それをただ文部省は、それこそ文部省は自主的に拡大解釈をして、そういうふうに言われるのは法の精神からは、私どもはこれを了とすることははなはだしくでき得ない、こういう観点に立っているわけです。これは見解の相違になりますから……。さらにこのあと内容について質疑を続けますと、この点を明らかにすることができると思いますが。 次にお伺いしたいことは、文部省としてはこの勤務評定というものを実施するに当って科学的にやらなきゃならないという見解を出しておられるようです。科学的というのは一体どういうことなのか。八年間にどういう科学的な調査をするための科学的な設備をしたか。二週間前には犬の乗らない人工衛星が飛んだ。間もなく今度は犬も乗せて、重量も何倍もあろうというようなものが旬日を出でずして地球を回っている。こういう科学的な世の中であります。文部省の言う科学的な勤務評定というのは、八年間にどれだけの科学的な検討が加えられてきたものか。私は文部省の科学的というもの自体について見解を承わりたい、どういう科学的な調査をしたかですね。そういう私を納得するに足る説明をちょうだいしたい。
○説明員(内藤誉三郎君) 人事管理というのは、お説の通り非常にむずかしいことなんです。結局その評定者の良心に待つべきものだと私は思うのです。ただ評定の考え方がまちまちになると非常に困るので、何らかそこにものさしを統一する必要があると思うのです。ですから、そのものさしがだれでもつけられるものでなければならぬ、容易につけられるようなものさしでなければならぬ、しかも勤務の実態を正確に把握したものでなければならない、こういう意味で文部省でも、ここに人事課長がおりますが、先年来ずっとやっておりましたのでは最近どうもつけにくいというので改正したわけであります。それは先ほど矢嶋委員からお話がございました。で、文部省自体でもいろいろ検討しております。なお、私どもが今やっております調査は、諸外国の勤務評定制度がどうなっておるのか、その評定要素がどうなっておるのか、あるいは民間のもの、その他、国家公務員、地方公務員、これはもちろんのこと、いろいろな観点から、資料としては相当分厚いものも用意しておりますが、いずれ私どもの案ができましたときにそういう資料もお目にかけたいと思っております。
○高田なほ子君 お答えとしては承わっておきます。けれども、どうも、容易につけられないと言ってみたり、良心に待つべきものだと言ってみたり、あるいはまた、いろいろ文部省も研究していると言ってみたり、諸外国の例も研究していると言ってみたり、これじゃ一体科学的ということはどうなんですか。良心に待つことは、私は、ある意味での、広い意味での科学かもしれないけれども、それは純粋の科学的なものだとは考えられない。これは、もう行き当りばったりです。かりにこないだの茨城県にあったような、法務局から人権侵害をしている校長はけしからんというような、そういうような校長がおるんです。また、そういう校長の在任を平気で許している教育委員会もいるんです。そうして、被害者の方の教員は、これはやめさせられて、今百姓しています。何が良心に待つべきものだと解釈していいか、私はわからない。だから、こういう事態があるからこそ、評定者について第一次評定、第二次評定といっても、どうしても科学的な根拠というものが必要になってくるし、要求されなきゃならない。だから、文部省はどういうような科学的な研究をしてきたのかということを今聞いているんです。このほかのことは聞いちゃいないんです。
○説明員(内藤誉三郎君) ですから、私は、先ほども申し上げているのは、諸外国の例ももちろん検討しておる。民間におけるたくさんの会社の勤務評定の要素も研究しております。それから、国家公務員、地方公務員のもの。それから、そういうものを検討しながら、一方においては、学校の勤務の実態がどういうものか、この勤務の実態の把握、これも検討しております。ですから、学校の勤務の実態を明確に把握し、そして、どういう評定要素を選ぶべきか、しかも、それが非常に万人につけやすいもの、こういうようなものさしを検討しようとしております。これが科学的なんです。お互いの主観によって人事をやるんじゃ困るんです。その主観をできるだけ客観的なものに近づけていくようなものさしを今探しておる。これが科学的な努力の方法だと思います。
○矢嶋三義君 ちょっと関連して。自治庁関係のは問い合せ中だということをさっき答弁されておりましたが、今の、科学的に研究されて、いろいろあなたが答弁されておるのを承わっていまして、結論づけるまでにここ一年はかかりそうな感じを受けるんですが、そのくらいかかりましょうか。今から自治庁の問い合せをやる、それから、外国のもこれからまだ集める。資料も、出すような自信のあるものはととのっていない。総合してお聞きしていますと、私が局長とすると、一年ぐらいかかるという気がするが。
○説明員(内藤誉三郎君) いろんな点は、十分資料は今ととのっております。ただ、先ほどのお尋ねは、自治庁の、都道府県、市町村で何件やっているか、こういうお尋ねでございましたから、その正確な件数は、今自治庁自身も調査しておりますので、私どもの方から自治庁に依頼しておりますから、その回答がくるまでお待ちいただきたい、こういう意味で申し上げたのです。それから、諸外国とか、あるいは民間のものは、すでに手元に用意しております。
○矢嶋三義君 どのくらいかかりそうですか。
○説明員(内藤誉三郎君) なるべく早くやりたいと思ってせっかく努力中ですから、非常に早くやりたいと思っています。
○矢嶋三義君 半年ぐらいですか。
○説明員(内藤誉三郎君) さあ、そういう時期は明言できませんが、できるだけ早く……。この間、委員長会議の申し合せでも、できるだけ早く準備を完了してすみやかにやるようにという申し合せもございまして、教育長協議会の方でも、ただいま鋭意努力中でいらっしゃるので、私どもはその結果も見たいと思っております。
○高田なほ子君 まあ、科学的研究の成果についてはまだ何ら出ないというように私も把握したわけであります……。このぐらいにしておきましょう。
○湯山勇君 内藤局長るる御答弁になりましたけれども、残念ながら、私は、局長の言われることを信用することができません。それは、どういう点かといいますと、文部省で種々検討してそうして評定要素、そういうものを調査している、そういう段階で、一方においては、国立関係の義務教育諸学校の教職員については、こういうふうにやるという通牒を文部省が出しておりますから、文部省としては義務教育諸学校の教職員の勤務評定はかくあるべしという結論は出ているはずなんだ。あの国家公務員の義務教育諸学校の教職員に対してやっている勤務評定の評定項目を見ましても、何ら国家公務員の特殊性というのはありません。だとすれば、今成案を得ていないとか、調査中だとか、いや何とかかんとか言うのは、ただこの委員会のその場のがれの答弁であって、ちっとも誠意がこもっていない。もう一つ言います。あなたは、地方公務員については国家公務員と同じ勤務内容だ、これは何にも考えなくてもできると、こういうことを一方においては言っておいて、そうして今度は国家公務員の義務教育教職員については、この間、ことしの八月、もうこの問題がどんどん問題になった段階でやっている、文部省は。これは、大臣、よくお聞き願いたい。義務教育諸学校の教職員の勤務評定についてはいろいろ研究していると言いながら、一方においては大臣もやらしているのです。成案を得てやらしております。ちょっと大臣、大事なところですから聞いて下さい。一方においてはやらしておきながら、成案を得ないでやらしたのじゃなくて、成案を得て、項目も変えるし、それから内容も改めて、国家公務員である高等学校以下の教員にやらしております。局長も、高等学校以下皆やっていますと答えておるのです。そうしておいて、それと何ら違わない教職員の勤務という点においては、国家公務員も地方公務員も違いはありません、その地方公務員の教職員については、やれ検討しています、諸外国のを集めています。それだと、国家公務員にはいいかげんのものをやらしておるのだということになるか、成案を得ておりながらごまかしてここで出していないか、この二つのケースしか考えられない。局長は非常に上手に言っていますけれども、しかし、前後不そろいで、どんなにしたって納得できないのです。大臣の御所見を承わります。一方においては成案を得てやらしておりながら、一方においてはやらしていないと……。局長は、初中関係だから、別です。やらした責任は大臣ですから、大学を合せてですから、大臣から願いたい。 〔説明員内藤誉三郎君「ちょっと私経過だけ説明させていただきます」と述ぶ〕
○湯山勇君 いやいや、局長じゃない。局長は初中局だから。
○委員長(秋山長造君) 発言を求めて……。
○説明員(内藤誉三郎君) この経過について大臣があまり詳しく御存じなかったかもしれませんです。(「冗談じゃない」と呼ぶ者あり)その経過です。経過を私申し上げておるのです。と申しますのは、この国立学校についてはすでに先年来から実施されておったのです。それに対してただいまあなたからおっしゃったように改正はした、この改正は大臣御就任早々の間だと私は思います。そこで一つは大体地方の学校、国立学校からの御要望で簡素化してほしいというのがねらいなんです。そこで私どもとしては、地方の教職員につきまして今せっかく検討中だから、国立学校について実は待ってほしいということを初中局から要望したのであります。それで、出るなら私はぜひ同じものを出したいということで人事課長の方にもお願いして、その国立学校の分はしばらく猶予していただきたい、こういうふうにお願いしたところ、実はその前に八月一日にやるということですでに国立学校に約束しておるから、どうしてもこれ以上待てないのだという人事課の御意見でもありましたので、私どもとしては国立学校については従来のものを簡素化するのだ、新しい制度を作るのではないのだという了承のもとに了解した。そこで私どもは地方の教職員につきましては、今度新しく勤務評定を考えておるので、この場合には十分地方の学校の実態を考慮したものにしたいということで一生懸命やっておる。先ほど湯山さんから何か私が不誠実な答弁をしたというお話がありましたが、そういう意味ではございません。参考にいたしましたが、国立学校のものとは私は相当根本的に内容も変ると思っております。
○湯山勇君 局長は一般の地方公務員については、それはもう国家公務員やっておるのだからそれでいいじゃないかということを言っておいて、教職員については国家公務員やっておっても、地方公務員は別だと、こういう話はこれは受け取れません。それから大臣は御存じないというけれども、そういうことは私は局長として言うべきで、ない、なぜかといいますと、この通牒を出したのは八月の十三日です。八月十三日というときには、ここで打合会が開かれておった日です。大臣も出て、おったわけです。それまでには衆議院でも勤務評定の問題は問題になって、大臣も答弁しておるし、この通牒出した十三日はこの委員会でもちゃんと大臣が出て、勤務評定についてお話ししておる。就任早々といっても七月十日とか何とかいう日とは違います。だから私は局長がそれはなんぼ約束しておったかどうだか知らないけれども、そういうことで今の問題を一般地方公務員との関連と、それから今の問題と、検討中だという問題、この三つ、合せてみますと、局長の答弁はまことに巧妙であって、しかしごまかしである、こう言わざるを得ないのです。どうですか。
○国務大臣(松永東君) 私は就任しましたときには、すでにもう国家公務員には実施している、こういうことを承わっております。従って今御指摘になりました日付の日あたりは、すでに国家公務員の方にはもう実施済みである。だからその日にそういうことが通達されたかどうかということは存じませんが、しかしもうずっと実施せられておる。そこで国家公務員のことは一つも問題にせずに、あとは地方公務員の教職員の問題だけについていろいろ案を作り、さあその案はいけない、こうしなければいかぬじゃないかといって議論を集中してきておったわけなんです。ですから、私はその時分はもうすでに国家公務員の問題については実行に移しておる、こうばかり考えておりました。
○湯山勇君 私がこういうふうに若干憤慨しておるのは、憤慨する理由があるのです。それは私はあのときの打合会で局長に言った。教職員の勤務は地方公務員も国家公務員も差別はないじゃないか、国家公務員も一緒にやるのかどうかということを言ったら、国家公務員も一緒にやりたいと思う、成案を得たら両方一緒にやりたいと思う……。速記録を読みます……時間がありませんから見ておいて下さい。そういう約束をしておったのです。教職員の勤務については国家公務員も地方公務員も別に差はない、局長初めはあるようなことを言ったから、どこで違うかと言ったら、あなたは別に違いはない、こういうことを言った。で、どちらもやりたいということを言っておきながら——大臣は、もちろんやっておる、国家公務員についてやっておったことは大臣の言われる通りですけれども、大臣就任以後国家公務員は内容を変えておるのです。大きく変えています。それを大臣の知らない間に変えて、大臣御存じないから、というのは私はこの場では許されない。大臣は八月の十三日にはもうすでに勤務評定のことは頭におありになる段階です。それを大臣が知らぬ間に内容を変えて、そうしてこういうことをやっておる。私さっきちょっと皮肉のような質問をいたしましたけれども、そういうことがあったからお尋ねした。大臣の衆議院本会議における御答弁と、きょうの局長の答弁とは少し食い違っております。これはあとでお聞きしますけれども、この問題は大臣、そういう問題ですから、これは一つ省内で十分追及していただきたいと思います。よろしゅうございますか。 次に、もう時間がありませんから……勤務評定というものの性質を私は局長も十分把握していないと思うのです。それは勤務評定は何のためにやるか、国家公務員法、地方公務員法を通じて何のために勤務評定はやるか、このことが私は局長のきょうの答弁ではわかっていないと思う。大臣は何のためにやるとお考えになられますか。局長は黙っていて下さい。(「就任して日が浅いのだから助言していいよ」と呼ぶ者あり)言うから間違うのだ。
○国務大臣(松永東君) それはもうあなた方はずいぶんこの問題については御研究になっておるのですが、私この前も教えられながら答弁をいたしておるのです。要するに職員の研修、適正配置、昇給昇進、それから褒賞、適正な人事管理を行うための資料として必要なものである。これはもうこの前から申し上げておるところなんです。要するに、ごく常識的に私の頭に入っておることは、学校の先生方も精励恪勤勤めた人々はやはりそれに比例して昇給し昇格する、そうしてりっぱな先生は、あるいは教頭になり、あるいは校長になりするような道が開かぬければいかぬ。教育にも不熱心で、そうして遊んでばかりおった人と、そうした精励恪勤勤めた人とが平等、一律に同じような待遇を受けるというのはいかぬ。そこでよくやられた人、子供の教育に本心をぶち込んで当られた人、そういう人はやはり昇給、昇進の道を開かぬければいかぬという必要上から、すなわち適正なる人事を行う必要上から勤務評定が設けられたものと、こういうふうに私は考えております。
○湯山勇君 大臣、勤務評定というのは国家公務員法、地方公務員法を通じて、国家公務員法では能率増進のためにやるとはっきりあるのです。それから地方公務員法でも第七節の研修及び勤務評定と、こうなっておりまして、勤務評定というのは研修につながるものである、こういう性質を持っておりますし、それから文部省の方でお出しになっておる通牒にも同じように能率増進の必要性にかんがみて勤務成績を評定する、こういうふうに能率増進なんです。ところが大臣は、それはよくわかるのだと思う。局長はところが、能率増進のためにやる勤務評定——先ほど局長の御答弁ではここが違うと思うのです。さっき矢嶋委員の質問ですか、高田委員の質問でしたかに対して、勤務評定というのは信賞必罰のためにやる、こういう答弁をしています。本日、一体罰するために勤務評定をやるというのはどこにあるんですか。そういうことを大臣お考えになっておりますか、伺いたい。
○国務大臣(松永東君) 信賞必罰、これはよく言うのです。昔から言いならされた言葉です。ですけれども、私らが勤務評定について考えることは、これは必罰のことを考えてはおりません。やはりどうしても信賞のこと、すなわちりっぱな働きをした、りっぱな教えをせられた人、そういう人格者はどんどん引き上げていかなければならない、こういうふうに考えてそれにはまずこの勤務評定が必要だというふうに考えておるのであります。ただ問題は、もうこれは繰り返して申しますが、この標準を、メジュームをどこにおくかということはなかなかむずかしい、これは神様ならすぐわかるかもしれませんが、私らのぼんくらにはなかなか研究を重ねなければならぬ。そこで、これはまだ足らぬじゃないかと言って、議論を何回もずっと重ねて今日まできているのです。
○湯山勇君 大臣の考えはよくわかるのです。で、こんな勤務評定を必罰に使ったりしては大へんです。勤務評定によって昇給できない者を作ったら大へんです。それは別な法律があります。ところが局長は、局長のような頭のいい人が、そして勤務評定に取り組んで苦労しておる人が信賞必罰なんという言葉を使うのは私はけしからんと思う。そういう考えで大臣にサゼスチョンするからいけないのです。大臣が誤まるのです。そうなんです、まじめな話。あなたの言うことや文部省の言うことには必ず必罰のところがちらちら見えるのです。実際見えている。それが一つ大きなこの問題の障害になっています。あなたは心にもないことを言う人ではありません。あなたらがやっていること、考えていることは、みな必罰がちらちら出てくる。一斉昇給はいけない、だれが一斉昇給しますか。勤務成績良好な証明がなければ昇給させてはいけない法律になっております。どの公務員だって、文部省のどの人だって、どの県だって、良好な成績である期間勤務したその証明のない者を昇給させた事実はありません。あなたはそういうこともなくて昇給さしておると判断になっておりますか。一斉に昇給をやっておる、一律に昇給をやっておる、これは必罰の芽が見える、だから大臣の言われた言葉の言い間違いではありませんよ。あなたの頭の中にあるものが、腹にあるものがのぞいているのです。こういうような把握ではとうていこれはだめです。一ぺん一つ頭を冷して勤務評定は何のためにやるか、いいですか、ほんとうですよ、何のためにやるのか、そういうことをもう一ぺん検討し直してもらいたい。そうして間違っておったらこの次でいいですから訂正して下さい。きょうはこれだけです。
○委員長(秋山長造君) では申し上げます。衆議院の予算委員会の方から、大臣の出席を再三求められておりますので、大臣への御質疑はこの程度で本日は打ち切りたいと思います。
○矢嶋三義君 人事参事官に伺いますが、昭和三十二年七月二十九日文部省訓令、文部大臣松永東の名前をもって、文部省本省職員勤務評定実施規程というのが流されているわけですが、実質上は参事官でこれを扱ったということですから、参事官に聞くのですが、国立大学の短期大学以上の教職員についてもこの通達の中にあるような勤務評定が行われ、報告がなれるということを期待されているのですか、どうですか、その点お伺いいたします。
○説明員(田中彰君) 大学の学部の教官の勤務評定につきましては、教育公務員特例法によって大学管理機関が基準をきめてこれを実施するということになっております。従って今御指摘の文部省訓令、これは大学の教官には適用がございません。大学が自主的に勤務評定を実施をする、かような建前になっております。
○矢嶋三義君 それで私が伺っていることは、短期大学以上の教職員に対してこのような勤務評定をされ、それからまたそれに基いての報告がなされることを期待されているのか、いないのかということを私伺っているのです。
○説明員(田中彰君) 今御指摘の訓令は、これは大学の学部の教官には適用がございません。これは大学管理機関が自主的にきめた基準によって実施をすることになっておりまするので、この訓令を大津の学部の教官に当てはめる、またそういうことを期待するということは考えておりません。それから報告でございますが、別段大学の学部の勤務評定については報告を求めるという建前にはなっておりません。
○矢嶋三義君 国立学校の職員の中には、たとえば助手という職種をとれば、ある者は勤務評定をこの基準で受けて文部省に報告される、ある者はこういう評価はされないで報告もされない、そういうふうに差がついて参ります。それからこの規程を見ますると、国立高等学校の校長は評価をしないというふうになっております。が、そういう点はどういうふうにお考えになっておられるのですか。
○説明員(田中彰君) ただいま申し上げましたように、大学の学部の教官については大学管理機関みずからこれを実施いたします。別段報告を徴するといったようなことはございません。従ってある教官は報告され、ある教官は報告されない、かようなことには相なっておりません。
○矢嶋三義君 いや、助手を考えたら、高等学校の助手と、大学の助手とは評定基準も違えば、報告の有無も違ってくるでしょう。同じ助手でありながら、そういうものをどう考えておられるか。
○説明員(田中彰君) 学部の教官はただいま申し上げた通りですが、国立の高等学校、あるいは大学付属の学校につきましては文部省の訓令によってこれを実施しているわけでありますが、ただ報告の関係につきましてはこれは任命権者に報告をするということになっております。この場合任命権者と申しますのは校長、付属学校の校長以外の教員については任命権者は学長ということになっておりまするので、こちらに報告が参るということはございません。
○矢嶋三義君 いや、私が伺っている点は、同じ助手でも、国立の高等学校に勤めている助手に対してはこの規程で評価されるわけでしょう。それで報告されるわけでしょう。ところが、短期大学以上の教育機関に勤めている助手については、そういう評価をされ、報告されることはあり得ないし、また期待もしないというわけですね。そういう点をどう考えているかということ、それからここでは校長を除くということになっているが、それはどういうおつもりかということを事務当局の見解を承わっておきたい。
○説明員(田中彰君) 同じ助手でも取扱いが違うじゃないか、こういう御質問のように思いますが、これは教育公務員特例法で特に学部の教官、国家公務員法の特例として規定をいたして、大学管理機関の自主的な決定にこれをゆだねております。法律上の建前からさような結果になってくるわけでございます。 それからもう一点は、国立高等学校の校長につきましては、これは御指摘の通り、勤務評定から除外をいたしております。
○矢嶋三義君 法そのものに問題点があるということを感ぜざるを得ません。 そこでもう一、二点伺いたいのですが、昭和二十七年の十二月に出された文部省の勤務評定実施規程によると、教育公務員特例法適用または準用される者は除くということになって除いてあるわけですが、その後経過をたどって、このたび通牒を出してやられるに当って、短期大学以上の教育公務員の勤務暫定と、高等学校以下の教育公務員の勤務評定に対する態度を明確に文部省は区別したことが、ここにはっきりしてきたわけですね。それはどういうわけで短期大学以上と、高等学校以下をはっきりと、こういうふうに勤務評定によって区別するのですか。しかも、先ほどの答弁を承わると、同じ高等学校以下でも、国立高等学校関係と、公立高等学校関係の勤務評定の内容は、大いに違うであろうと内藤局長は答弁されているが、そういうところは事務当局はどういう見解に基くものですか、参考のために聞いておきたい。
○説明員(田中彰君) 何回も繰り返して申し上げますように、学部の教官は、これは法律上の建前が大学管理機関に実施をゆだねておる、法律上の建前がさようになっているわけでございます。ただ同じ教育公務員ではありまするけれども、付属の教官についてはさような特例を認めておらないわけであります。その法律上の建前からして、かような取扱いに差異を生じてきておるわけです。
○矢嶋三義君 もう一つ承わっておきますが、それでは短期大学以上に勤めている教育公務員、その中には助手もおれば、講師もおります。場合には養護関係に携わる職員もおりましょう。公立学校においてもそういう職種のものがおるわけです。そういう同じ教育公務員の勤務評定が現行法について差等を生ぜざるを得ないということについてあなた方は当然と考えられますか、私はおかしいと思うのだが、どういうお考えでおありか。 それからもう一点御答弁がなかったのですが、国立高等学校以下と公立高等学校以下の勤務評定は内容が大いに違うというのは、どういう御研究の結果出てきたのか、納得しかねるのだが、どういう事務当局の御見解か、それを重ねて伺っておきます。
○説明員(田中彰君) これは特例法の制定の趣旨に関係した問題と思いますが、要するに教育公務員特例法は、一言にして申しますれば、ただ国家公務員法を国立大学の教官等に適用いたします。場合の便、不便、それから身分保障、大学の自主性、これらのいろいろな一要素を勘案して教育公務員特例法が制定施行されていると思うのであります。従いまして勤務評定につきましても、やはりこれは大学の自主性というものを尊重すべきものと考えて、学部の教官については、これが勤務評定を大学管理機関にゆだねたものと思われるものであります。ただ付属学校の教官につきましては、さような特例を設ける必要がないということで、勤務評定につきましては、特にこれが特例を設けておらないと存じます。 それから第二点の、国立と公立学校関係の勤務評定については、私は国立関係のみを所管いたしておりますので、答弁は差し控えさしていただきます。
○矢嶋三義君 これで質問終りますが、きわめて文部省の内部不統一だと思うのです。そうして不用意だと思うのですね。同じ高等学校の勤務評定をやるなら、国立学校と、公立学校の勤務評定の内容をなぜ変えなければならぬかという点は納得できる説明がなされなくちゃならぬと思う。これは非常に私は軽率だと思うのです。そういうことで勤務評定をやられるということは理解しかねます。あなたは大学関係だから地方公務員関係のは差し控えるというけれども、こういうことをやるときには、これは大学、あなたの所管関係の公立学校の高等学校以下と、それから初中局所管の公立高等学校以下と同様に協議してからやられなければ、所管が違うからといって、ばらばらで勤務評定の評価基準をきめるというのは非常に私は不用意で不謹慎だと思います。これは意見ですから、とどめておきます。 最後に伺いたい点は、事務当局に事務的にお答え願いたいと思うのですが、大学は、大学の自治という立場から自主性にまかせるというならば、教育の地方分権という立場から、都道府県教育委員会の自主性にまかせるという議論は事務当局でなされなかったのか、この点と、それから先般あなたが出された通牒では、九日付で実施して、三十日以内に実施状況を報告せよという義務づけをしているわけです。本日まで幾ら報告がなされているか、それだけ伺って今日の質問を終ります。
○説明員(田中彰君) 国立大学の付属学校、あるいは国立高等学校の教員の勤務評定につきましては、もとより初中局長と緊密な連絡をとりつつ、これで支障なしということで、国家公務員関係の勤務評定を実施いたしたわけでございます。 それから第一一点の報告は、これは先ほども申し上げましたが、この報告は任命権者に対して報告をする。この場合に任命権者と申しますのは、校長以外の教員につきましては、これは学長、あるいは国立学校の校長ということになっておりますので、別段この訓令の建前から当然文部省に報告があるというものではございません。ただ御指摘の点、いろいろ実態は別途調査をいたしております。
○湯山勇君 ちょっと関連して……。今御答弁で国立学校でやった勤務評定は初中局の方も差しつかえないという承諾があった、こういうお話ですが、これは間違いないかどうかということと、それから国立関係でやった今回の勤務評定は、文部省としては最善のものだという判断をしているかどうか、この二点を伺いたいと思います。
○説明員(田中彰君) 訓令を制定施行いたしますにつきましては、当然事務的な順序として、当該初中局の意見も聞き、省議にもかけ、大臣の決裁も経てこれを実施いたしておるわけでございます。 それから第二点の、最善のものと考えておるかという御質問、これはわれわれとしてはまずもって当面実施すべきものとして最善の案と考えて、人事院とも協議の上制定実施をいたしておる次第でございます。
○委員長(秋山長造君) 本日はこれにて散会いたします。 午後四時二十一分散会 ————・————