文教委員会 第2号
- 発言数
- 56 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1957/11/06
会議録
○長谷川委員長 これより会議を開きます。 まず文教行政に関する調査を進めます。質疑の通告があります。順次これを許します。佐藤觀次郎君。
○佐藤(觀)委員 文部大臣に御質問申しますが、去る七月の十日、本委員会におきまして、国立簡易の決議案が採決されまして、満場一致で通っておりますが、その決議の内容は、「政府はすみやかに敷地を決定し、その建設に必要な予算措置を講じ、その具体的実現をなすべきである。」ということになっております。その後国立劇場は世間にもあまり問題になっておりませんし、どうもはっきりした形で出ておりませんが、その後どういう措置をされ、どういう方向に進んでおりますか、大臣並びに岡田事務局長にその具体的なことをお伺いしたいと思います。
○松永国務大臣 佐藤委員の御説の通り、この問題については一日も早く解決をしたいという考え方から、御承知の通りもうすでに準備費は予算請求いたしております。そうしてその設置の場所を大体見当つけまして、今たしか委員長の河井さんが折衝しており、私もそれを承わっておりますが、大体今きまりそうだということは聞いておりますけれども、しかし相手のあることですから、なかなか今それきょう、あすというわけには参りませんけれども、大体年内には何とか片がつくという見通しを持っております。さよう御承知を願います。なお詳しいことは係の局長から申し上げることにいたします。
○岡田説明員 何と申しましても、早く敷地をきめていきますことがこの準備を促進する第一の条件でございますので、敷地につきましてかねてから大蔵省その他に折衝いたしておりますが、去る八月二十日付をもちまして、文化財保護委員会の委員長から、大蔵大臣あてに書面で要請をいたしました。それば一日も早く敷地をきめていただきたい。ついてはすでに第一候補になっておりますパレス・ハイツ、これを早くきめていただけば非常にけっこうであるけれども、いろいろな事情でどうしてもきまらない場合には、第二候補として、青山御所の一部、約八千坪の割愛について積極的なあっせんをお願いしたい。いずれにいたしましても、早急に敷地をきめていただきたい、こういうふうな申し入れを書面で大蔵大臣にいたしました。なお実際においていろいろと折衝をいたしておるのでございます。パレス・ハイツが早くきまれば非常に申し分ないのでありますが、ただかりにきまりましても、あそこには御承知のかまぼこの兵舎がございまして、これがいつ撤退するか、これがいつ日本側にあの土地が返還になるかということはなかなか予想がつかないのでございます。もしそれが非常におくれるということであるならば、これは劇場設立者といたしましては非常に遺憾でございまして、むしろその場合には、他の敷地の方があるいはいいのではなかろうかというような観点もありますので、敷地問題については二段がまえで折衝いたしたいと思います。しかしながらただいま言いましたようなパレス・ハイツも今直ちに返還の見込みはないようでございますので、そういう場合には、むしろ青山御所の方に向ったらどうか、かような考えでございまして、ただいま河井委員長の方から宮内庁の方に折衝いたしております。パレス・ハイツがだめな場合には、青山御所の方を割愛していただきたいというような申し入れをいたし、折衝いたしております。しかしながらただいま大臣のお話にもあった通り、これは先方の都合もいろいろあることでございますから、まだ決定に至っておりません。さような段階で、いずれにいたしましても、至急に年内には必ず敷地をきめていただきたい、かような考え方でいろいろと準備をいたしておる次第でございます。
○佐藤(觀)委員 岡田事務局長からいろいろ述べられましたが、実はこれは国立競技場などと違いまして、期日がはっきりきまっておらないことが非常に弱点でございまして、実はその当時、四月ごろにも各委員から非常に熱心な質疑があって、早く腹をきめなければ、結局またうやむやになるのではないかというような心配があったのでございます。そこでまたあまり延びるということでは工合が悪いということで、すでに委員会の決議をしたくらいでありますが、一体大臣の腹——それからきょうは河井委員長は来ておられませんが、一体どこに目安を置くか。相手があることだから仕方がないといえばそうだけれども、仕方がないということで捨てておかれると、結局今年はだめになってしまうのではないかというような心配があるのです。今年も御承知の通りもうわずか二カ月足らずで大体終るわけで、予算の編成期になっておりますし、具体的にこういう腹でいくというような考え方があるのかどうか、もう一点大臣及び事務局長にお尋ねしたいと思います。
○松永国務大臣 佐藤委員のお話のありました通り、この問題については何とか早くきめんければならぬというのはしごく同感でございまして、私も焦燥いたしておったのであります。従ってあまりに今のパレス・ハイツとか、あるいは青山御所跡とかということがきまりませんと、それでは一番前に話をした湯島の岩崎邸、あそこはどうじゃろうかと考えております折から、地元の区長さんあたりから陳情がありまして、ぜひあそこを使ってもらいたい。二万坪あるし、あれは法務省の用地であるが、法務省はいつでもこれをお譲りしてよろしい、こういう内意を承わっておるから、ぜひ一つあれを使ってくれぬかというような話がありましたので、これはしごくけつこうなことだと思いまして、私はその旨を文部当局の局長連中とも相談したことがある。ところがそれがはしなくも新聞に出ましたために、非常に河井委員長も、それでは一つなんとか急がんければならぬというので交渉を進められたものと見えまして、つい一週間ばかり前ですが、河井委員長が見にまして、あのことは間違いありません。急々にきまるようになっているから御安心なさい、こういうことを言っておりましたので、佐藤委員の仰せられるように、この年を越すようなことは私はないと思います。河井委員長の説によりますと、もうすべてのことは済んでおりまして、ただ手続をどうするかというところまでいっておりますので、御心配御無用と思いますというような熱心なあの河井委員長の話でございますので、私はそれを信用いたしまして、しばらく静観いたしておるという現状でございます。
○岡田説明員 ただいま河井委員長のお話になりましたことについて大臣からおっしゃいましたが、それは第一候補パレス・ハイツ、あるいは第二候補の青山御所のいずれかに必ずきめなければならぬし、また必ず年内にきまる見通しを持っておるという河井委員長のかたい御決心でございます。具体的に先ほど申しましたように、いろいろと大蔵省、宮内庁等にも折衝いたしておりますし、また宮内庁におきましても、この問題につきましては真剣に取り上げて、ただいま考慮されております。おそらく河井委員長の言われるように、必ず年内にきまることと思っております。
○佐藤(觀)委員 できるだけ臨時議会中に的確な一つ報告がいただけるように切にお願いいたしておきます。 もう一点お尋ねいたしておきますが、最近ソ連の人工衛星以来、非常に科学的なことがどんどん日本にも押し寄せて参りまして、きょうの読売新聞を見ますと、今度三千人理工科系の大学生を収容するということが出ておりますが、これはすでに四月二十三日に文教委員会を中心としまして、本会議にも科学技術教育の振興という項目があがっておりますが、実は日本の科学技術教育は非常におくれております。これも一つは戦争に破れたことに原因がありますが、そういう観点について、ことに文部大臣がかわられて、科学技術教育についてどういうお考えをお持ちになっておられるのか、この一点を一つ大臣から御説明願いたいと思います。
○松永国務大臣 私は、就任以来、何といたしましても現在の科学技術教育の振興が、これはもう世界的と申して差しつかえないと思う、これはもう論をまちません、オートメーション時代であり、原子力時代であり、さらにまた最近ああして人工衛星が宇宙圏をぐるぐる飛び回っているというような折から、世界各国におきまして、今日までの科学技術教育をさらに二倍にふやすとか、あるいは五倍にふやすとかいうような、非常な勢いをもって各国ともその施策を練っておるのでございます。従って私どもこの日本におきましても、今日までのような科学技術教育のていたらくでは、将来の要望に応ずるわけに参らぬ。どうしてもそれに即応するようなやり方をやらなければいかぬと考えまして、各局長に命じましていろいろ研究いたしました結果、大体の大づかみでございますが、現在の科学技術と法文系との割合を考えてみますと、科学技術系統が大体三割、法文系が七割というのが現状でございます。しこうして、御承知の通り科学技術卒業生はもう引っ張りだこでありまして、来年三月卒業するのを三月まで待たずして、各会社、大工場あたりからどんどん申し込みがありまして、まだまだこの倍あっても三倍あっても不足を生ずるというようなのが現状でございます。これに反して法文系は、ほんとうに、来年三月に卒業の機会に何とか就職したいというので、学生諸君一生懸命飛び回っておりますけれども、思わしく就職率が進んで参りません。ことに本年度卒業生、去年、はなはだしきに至っては一昨年卒業生の法文系すらまだ就職いたしておらずに、私どものところへ履歴書を持って頼みにくるようなのが陸続続いておるのであります。こういうていたらく、こういう状況を目のあたりにながめながら、来年もこのままの比率で入学生を入れるということは、私どもは為政者として忍びない、すなわちざつくに申し上げると、失業者の卵を来年もまた作るという結果になるので、まことにそれでは相済まぬと考えまして、何が何でもこれは七、三の比率をあべこべの七、三にすることができないといたしましても、せめて五分々々ぐらいの程度まで持っていって、将来科学技術振興に即応するようにしなければいかぬというふうに考えまして、着々準備を進めまして予算等も提出いたしております。さらにまた私立学校等の皆さんとも交渉して、来年度からでも何とか一つ転向してもらいたい、切りかえ科目も考えてもらいたいということを内交渉しようという準備をいたしておる次第でございます。
○佐藤(觀)委員 今大臣がお話になったように、東大の工学部では大体就職の申し込みが三十倍ぐらいあったそうですが、一方においては、法文系の皆さんが悲惨な状況になっております。これは緒方局長にお伺いしますが、一体今度の予算で、どれほど前年度よりも科学技術に対してよけい大蔵省に請求されたのか、概略の数字でよろしゅうございますからお尋ねしておきたいと思います。
○緒方説明員 科学技術の、これは教育、研究の面につきましてこれを振興しますためには、ただいま大臣がお話になりましたように、科学技術系統の学生をふやしまして、優秀な科学技術者をたくさん産業界に送り出す、これが一つのポイントであります。それからもう一つの点は、その科学技術者の質を向上していく、科学技術系教育の内容を充実していく、この点が第二の点であります。この両者につきまして種々検討いたしまして、ただいま来年度の実施分につきましては予算要求をいたしております。これは御承知のように、大学の教育の経費を全般的に上げていくという問題でございますから、どこまでがその科学技術の点かという点は、非常に計算のしにくい点でございますけれども、大づかみに申しまして、これは大学のみならず初中関係も入れまして申し上げますと、大体百七十億程度の増額を見込んで要求いたしております。 内容として申し上げますと、これはこまかくなりますけれども、初中関係におきましても理科教育、産業教育等の施設、設備の充実がございますし、大学の観点におきましては、研究費、それから教職員の不完全であるものを十分に充実していく、あるいは施設、設備が非常に古いものを更新していく、あるいはまた最近の新しい技術に対応いたしまして、新しい機械設備等を補充していく、新しく買っていくという問題がございます。それからまた、今お話のありました理工系の学生をふやしていく、学生をふやすにしましても、これは従来の学部、学科にただ多数学生を詰め込むというだけではいけませんので、これではりっぱな技術者はできませんから、既設の学部、学科に対しましても十分教職員の点を充実し、あるいは必要な施設、設備を充実していかなきゃなりません。そういう点を内容といたしまして検討いたし、なおさらに公私立、特に私立でございますが、大学関係につきましては補助金を出しまして、そして理工系の学部学科を増設し、あるいは学生をふやしていくということを助成をしていきたい、かようなことでございます。そのほかこまかく申し上げますと、あるいは教員の資質の向上のために在外研究員をふやすとか、そのほか大学院の内容を充実していくとか、改善していくとか、あるいはまた産業界との関連を十分とるためにいろいろな施策を講ずるとか、いろいろございますが、そういうのをひっくるめまして、先ほど申し上げましたように大体百七十億程度の増額を要求しておる次第でございます。
○坂田委員 関連して。今日科学技術教育を振興しなければいけないということは、世界の常識であるわけでございますが、私三、四カ月前に、日本の一流の大学、また世界的にも知られた大学であります東大の施設、あるいは設備、あるいは研究その他につきまして、三日間ばかりにわたって視察をいたしたのでございますが、その外見に比較いたしまして、いかにもその内容が貧弱である、あるいは実験設備等が貧弱であるということ々非常に痛感いたしたのでございます。これは皆さん方の非常な御努力によりまして、終戦以来、小学校、中学校、高等学校の段階におきましては、相当に、施設におきましても、あるいは設備におきましても、改善をして参っておると思います。特に高等学校の産業教育の関係におきましては、本院の立法によりまして、産業教育振興法ができまして、それに基きまして約百四、五十億という金が、少くともその実験設備等につぎ込まれております。従いまして、大体工業高等学校においては、約二千万円から三千万円の、いわゆる設備、機械、実験道具というものが入っておりまして、これは非常に見るべきものがあると思うのであります。それに比較いたしますると、世界的水準を維持していき、学生の研究、それから教育、この二つの面を持っておりまする一流の東大におきまして、あまりにも設備が貧弱である、あるいはその研究予算が貧弱であるということは、日本といたしまして大いに考えなければならない点であろうというふうに思います。従いまして、四月の二十三日に、本院に科学技術振興に関する決議案を出しまして、小学校から大学までの、いわゆる学校制度はそのままでいいのか、あるいは産業界にこたえられるのか、これでいいのか、その中の一つといたしまして、文科が七割もあるのに対して理科はわずかに三割の卒業生しかない、これについて、どうかこれを逆転するような行き方をしてもらいたいというのが決議の趣旨でございました。その点をさっそく文部当局は取り上げられまして、中央教育審議会に答申をされ、またそれに応じまして、近く松永大臣においてこれを今年度の予算に繰り込まれたということは、非常に私は時宜を得た措置であるというふうに考えるのでございます。ことに人工衛星が今日地球を回っておる、この一つの業績というものは、私は画期的なものだと思います。しかしソ連がこのような画期的な成果をおさめた陰には、どういうことをいわゆる準備あるいは科学技術教育ということに対してとってきたかということをしさいに検討する必要があると思うのでございます。さすがに私はソ連はいろいろ人間的な関係においてはわれわれと立場を異にいたしますけれども、少くとも科学技術教育という、あるいは科学者、技術者の優秀なものを出すということの一点に集中いたしまして、予算を計上した結果が、今日の成果を私はおさめておるものと思うのでございます。ところがそれに比べまして、アメリカの体制はどうかというならば、第二次大戦が終りました際において、アメリカはむしろ技術者は減らしてもいいというような考え方を持って進んできたことは大臣も御承知の通りだと思うのでございます。それでもって今非常にあわてておる。ところがこれに引きかえまして、イギリスにおきましては、やはり第二次大戦が終りまして以来、ずっとこのことについて着目をいたしまして、そしていろいろ研究を重ねた結果、一九五五年でございましたか、イーデンがブラッドフォードの大会において演説をして、今日そのいわゆるお互いの生活水準を高めるのは、科学技術教育を進める以外にないんだというような非常な強い信念から、ソ連においてはこうりではないか、アメリカはむしろ立ちおくれておるので、われわれはこれをやらなければ少くとも第二流国家に転落していくんだというような非常な強い決意を持った演説をいたしまして、少くともイーデンの国策の第一番目のものとしていわゆる科学技術者養成計画というものを発表をし、それに対して約一億ポンド——一千億にわたるところの五カ年計画案を出しまして、二月においてはこれに対する技術白書なるものを出し、そして着々これが実行をはかっておるということでございます。このようなことを考えてきた場合において、われわれもおくればせながら、私は今度の予算から何年計画かにおいて飛躍的な一つの科学技術教育というものに力をいたしていただかなければ、私は世界の水準におくれるのみならず、われわれ日本の国が近代国家として福祉国家として進みます以上は、どうしてもこの研究を怠たりあるいはこのような教育を怠ったならば、とうてい私たちは世界の水準を維持していくことはできないと思うのでございますが、私は東大に参りましてその施設、設備の貧弱に引きかえまして、その大学教授なりあるいは助教授なり助手なりあるいは学生諸君がほんとうにむしろ頭脳でもってあるいはからだでもってこれを補っておるということを目に見まして、実に感激いたしたのでございますが、それと同時にわれわれ政治家というものがもう少しこのような面に力をいたさなければならない、国民的な一つの世論に盛り上げなければならないというふうに思うたわけでございます。その具体的な一つの例といたしまして、たとえば予算といたしまして科学研究費とか、あるいは教官研究費というような意味合いのもとに、表面上見ますといかにも百万円計上しておるやに見えます。しかしながら、それが向うの一つの講座に渡りました場合においては、わずかに十七万円から二十万円にすぎないわけであります。あとの六十万円なり七十万円というものは一体どこにいったかと申しますと、それがいわゆる校費あるいは行政管理費と申しますか、水道費、電熱費あるいはガス費、そういうようなものにまかなわれておって、ほんとうの学者の一講座当りの研究費というものは、図書購入費十万円等を引きますれば、十七万円か二十万円にすぎない。戦前に比較いたしますと約百五十万から二百万円は当然もらっておったことに資料としてはなっております。少くとも戦前以下でございます。これではあまりにかわいそうだ。東大においてしかり、いわんや地方においておやなんです。ことに今度学生をふやされることはまことにけっこうでありますけれども、それに応ずるところのいわゆる教授陣容、教授定員、あるいはそれにかかわる助教授、助手あるいは雇員、そういった一つの講座に必要なる一体的な人員の確保ということがなくしては、そのような世界的水準の研究あるいは教育というものは絶対に私はできないと思う。その点はぜひ一つ三千名の理科の学生をふやすと同時にその教授陣容の定員も確保していただきたいということと、それから今申し上げましたようないわゆる科学研究費というものが百万円というふうに流れておるけれども、この百万円なら百万円というものが二十万円でなくて直接百万円が一つの講座に流れるというような仕組みに少くとも予算の立て方も変えていただきたいということを切望するのでございます。その点を私は非常に大臣に期待しておりますので、どうか一つその決心を、この際人工衛星も打ち上げられておりますときでございますので、この委員会に披瀝をしていただきますことをお願い申し上げる次第でございます。
○松永国務大臣 坂田委員の御質問まことにごもっともです。私が先ほど申し上げましたことが落ちておりましたのは、私は量の問題を述べて質の問題を失念いたしておったわけじゃありませんけれども、量の問題から先に言いました。実は御説の通り現在のほんとうに貧弱な研究費、研修費、設備費では世界の水準に伍していくことは断じてできません。そこでどうしても一方において量の問題を解決すると同時に質の問題も解決せんければならぬ、これは痛切に感じております。従ってその質の問題を予算の上に現わしております。ただしかし私が今それを申し上げなかったのは、実は何よりかにより量の問題に私は非常に焦燥を感じておる。というのは毎年々々ああしたほんとうに失業者の卵を作っておる。法文系ばかりをうんとふやして、そして就職難でほんとうに困り切っておる学生、これは学生そのものの罪でも何でもない。御承知の通り一生懸命勉強して、そうして学校さえ出ればもういつでも就職ができるような仕組みにしておくということが為政家であるわれわれのやはり責任だ、こう考えまして、何としてでもこれを朗らかに、せめては学校に行っておる間だけでも勉強に落ちつかせて、そして出ればすぐそれぞれの働き場所で働くことができるようにしたいというふうな考え方から、量の問題を申し上げたのですが、坂田委員の仰せられる通り、質の問題もまた大切であります。従ってその質の問題についても予算請求をいたしております。しかしこれはなかなか完全というわけには参りません。御承知のような今の経済の状態でございます。ただしかし、量の問題はもう来年度からやりませんと、その人々が卒業するのに、どんなに急いでみたって三年なり四年なりかかりますので、どうしても来年度からこの量の問題だけは解決する第一歩を踏み出したいというふうに考えておる次第であります。御注意ありがとうございました。
○佐藤(觀)委員 先ほど緒方局長からも話がありましたが、私たちは極端に言いますと、理工学系統の大学は公立にまかせる、それから法文系はむしろ私立にやらしておくくらいの徹底した考え方を持っておるわけですが、なかなかそうも簡単に参りませんので、今度の新聞の発表を読みますと、私立大学の理工学系に大体四分の三の補助金を与えるようになっておりますが、これなども十分一つ検討していただきたい。それから私立大学は非常に経営が困難でありまして、理工系の補助金をこれくらいもらったってなかなか実施できない面がたくさんあります。それから今坂田君も触れられましたが、昨年私も北海道の大学を見まして、非常に貧弱なのでびっくりしたのですが、その中でもっと注意していただきたいのは、教授の待遇が非常に悪い。それからもう一つは、研究費が全く昔のわれわれの学生時分のような研究費で、これではいい科学者が出るわけがないと思っております。実は私も数年前にイタリアからドイツに行きましたが、日本の大学の教授の待遇はイタリアなどよりも非常に悪いわけであります。こういう点ソ連の科学が進んだというのも、何といっても科学者に対する待遇が非常にいいということが一つの事実でありますから、こういう点については緒方さんたちも大学局長として、どんなに今大学の教授の待遇が悪いかということは御存じだと思います。先ほど坂田君も言われましたように、光熱費あるいは電気代などが研究費からとられるような、まことに悲惨な状態でありまして、この点を十分に一つ考えていただきたいと思います。 それからもう一つ、内藤さんもおられますが、文部省はどうも日教組ばかりいじめておるのが商売でありまして、何か日教組を退治することが文部省の役割のようになっておるわけであります。重箱のすみをつつくようなことをやって、一体文部省は何をやっておるのかという非難があります。幸い今度はその方には、しろうとしろうとといっておりますが、われわれも座談会等でたびたびお目にかかりまして、比較的そういうことにてんたんな文部大臣が来られましたので、松永文政が歴史に残るようになるためには、文部省の属僚ばかりにまかせず、あなたの斬新な気持で、日本の科学教育、技術教育その他抜本的なことをぜひやっていただきたい。それには幸いにしてあなたは文部省に関係のない方でありますから、われわれは非常に期待しておるわけでございます。どうも今の文部省のやり方はややもすると属僚まかせ、ただ上にちょっとのっかるだけでは、幾ら日本が科学技術をよくやろうとか、幾ら日本の理工系の学生をふやしても、大きな飛躍はできないと思います。どうかそういう点について、日本の科学技術教育に画期的なあれをするための大臣の決意のほどを一つ承わりたいと思います。私はこれで終りますが、その点一つ十分に検討願って、大臣の決意のほどを披瀝願いたいと思います。
○松永国務大臣 佐藤委員からの御質問ですが、私は何が何でも科学技術教育の振興だけは、命を賭してもやらなければならぬというふうに考えております。この年になってもう野心も何もありはしません。国民がどうしてりっぱな科学者として、そうして世界人類の人後に落ぬように、どんどん振興していくことを念願すればよろしいというふうに考えております。従って国内のざわざわした問題なんかはあまり大して気にかける必要はありません。問題は、民族がいかに発展するか、こういう問題を念頭に置いてやらなければならぬという強い決心を持っております。どうぞ御了承願いたいと思います。
○長谷川委員長 野原覺君。
○野原委員 私は本日は文部大臣並びに内藤初等中等局長に対しまして、教科書の問題を中心にお尋ねをいたしたいと思うのであります。 私は最近あるところから書類を入手いたしたのでございますが、その私の入手いたしました書類によりますと、文部省は来年度から小学校、中学校の工作、音楽、習字、この三教科の教科書を義務教育の学校に備え付けて、そしてその備え付ける金は半額は国庫から、半額は市町村から、地方費の中から分担せしめて、児童に備え付けたその書物を貸し与えるという方針を立てて、目下予算措置、立法措置を準備しておる、こういうことだそうであります。まことにこれは重大な問題であります。従って一体どの程度までその準備が進められ、どういう考え方に立って教科書の学校備付制度というものに発展してきたのか、その内容について、まず文部大臣から承わりたいのであります。
○松永国務大臣 この問題については、できるだけ父兄の負担を節減したい、それには一々教科書等を学校から持って帰る、さらにまた自宅から学校に持っていって勉強するという必要のないものを、国費及び地方費として負担して、父兄の負担を軽減しようという一面から、そういう計画を立てたわけであります。その大体の目標は、書方と音楽、これなどは一々自分の家に学童が持って帰って、さらにまた毎日学校に持っていって勉強せぬでもよろしい、学校に備え付けてさえおけばよろしい、従ってそういうのは父兄に負担をさせないで備え付けておけばよかろうじゃないか、こういうような意見がありましたので、なるほどそれもそうだといって私賛成しました。そうして来年度の予算にそれを計上いたしたということになっております。 なおこまかなことにつきましては、ここに局長がおりますから、それからまたお答えを申させることにします。
○野原委員 こまかなことについては、必要があれば私の方から初等中等局長に答弁を要求したいが、責任は文部大臣でございますから、省議が決定されて文部省の方針になってこのような措置がとられておるということであれば、私はあくまでも文部大臣に問題をただしていかなければならぬのであります。 ここに文部本省組織初等中等教育局教科書備付制度に必要な経費要求額三億七千三十万七千円、これは大蔵省に提示した書類だろうと思うのでございますが、その要求の概要として中に書かれてあるものでちょっと気になる点がありますことは、ずっと前文は省略いたしますが、その第一次着手として書方、音楽、図工の三種目の教科書について実施するために云々とあるわけであります。こうなりますと、来年度昭和三十三年度は小学校の一年から小学校の三年までの書方、音楽、図工、昭和三十四年度には小学校の四年から小学校六年までの書方、音楽、図工、昭和三十五年には中学の一年から中学三年までの書方、音楽、図工、三カ年計画になって予算が要求されておるようであります。そこでお尋ねしたいことは、第一次着手として書方、音楽、図工とこうございますが、それでは一体、第二次着手としてはその他の国語、算数、全教科にも一発展してくるのかどうか、書方、音楽、図工と、この三種目で将来もとどめるものであるのかどうか、まず承わりたいのであります。
○松永国務大臣 現在のところでは今御指摘になりました書き方、音楽、図工、これだけで進んでいく、こういうつもりでおります。
○野原委員 将来は、文部省としてはこの考え方は国語、算数にも発展せしめる、こういう考え方を持っておるのかどうかということであります。
○松永国務大臣 これはまずうちに持って帰らぬでいいものだけを学校に備え付けておいて、そうして備え付けておくものでありますから、これは父兄負担にならぬようにしたい、こういうことで企てたものでありまして、現在のところはこれ以上すべての、あるいは国語とかなんとかその他にまで手を出そうという考えは持っておりません。だがしかし、そうした備付制度が非常にいい成果をもたらす、こういうことでありますならば、また一つ相談してみなければならぬというふうにも考えております。
○野原委員 そういたしますと、どういうわけで図工と音楽と習字の三教科目は学校備え付けだ——この定価は、これは文部省で計算したらわかるように、大体百円前後だ。書き方と図工と音楽の一年間の子供の教科書代というものは、百円を上回るとしてもこれはきわめてわずかだ。百円前後だと私は計算をしておる。その一人百円前後の一年間の金を節約して、これを七億一千万円の国費で学校に備え付けるということであるが、私が聞きたいことは、三教科目に限定する理由です。私は一昨日も、道徳教育の時間特設についてあなたにお尋ねをしたはずであります。一体その道徳教育の特設時間はどこからとってくるんだ。現場の小学校の先生に聞いてみると、音楽の先生は音楽からとられるといって騒いでおる。図画や工作の先生は、図工からとられるといって騒いでおる。そういった点から見ると、どうも芸能的な教科目の時間を何時間か減らしてその時間を特設するのではないか、こういう点を私は尋ねた。ところが文部大臣は、図工、音楽、習字、そういう芸能教科を軽視する考えは毛頭ない、これは内藤初等中等教育局長も私に同感のはずなんだ、そういう時間は絶対に減らさない方針であるということを言われたんだ。私は意を強うしたのである。ところが、その後私は、一昨日からいろいろ調べておりますうちに、図工、音楽、習字は学校備付だ。今答弁を聞いておりますと、その他の教科目については、発展してみなければ、備付にするか個人購入にするか、まだ方針は未定だ、とにかく図工、音楽、習字については、個人には本は持たせない、学校備付でいくのだ、貴重な国費から七億一千万円出すのだ、こういう方針でありますから、教科目の中で図工と音楽と習字を、これは遺憾ながら軽視しているとしか思えない。あなたが一昨日答弁したことは、ここですでに矛盾を暴露してきておると、私は遺憾ながら思わざるを得ない。どういうわけでこの三教科目に限定したのか、その限定した理由を一つ的確に御説明願いたいのであります。
○松永国務大臣 先ほど来申し上げた通り、自分のうちに持って帰ったりまた学校へ持って行ったりする必要がない科目、すなわち書き方とか音楽とか図工とかいうものはその必要がない、それで学校備付にする、こういうことにした。そこで今お説の、時間を減らすのじゃないか——減らす考えはちっともございません。学校に備え付けておくということと時間を減らすということとは関係はないと私は思っております。
○野原委員 図工、音楽、習字というのは、あなたは予習、復習の必要はさらにないと言われる。私ももう五十近い年ですが、私どもの年代になると、予習、復習と言った。教科目の内容からいえば、これは学習指導要領には創意工夫とかなんとかいうめんどくさい言葉で書かれておりますが、いわゆる創作ですね。そうすると、こういう本は授業時間に先生から借りて、その授業が終ってもとへ戻したら、もううちで勉強する必要はない、あなたはこういうお考えですか。図工、音楽、習字なんというのは家庭に持って帰る必要はさらにない、その時間だけ先生から借りたらけっこうだ、こういう考えをあなたはお立てになってこういうことを承認されたのか、承わりたい。重要ですよ。予習、復習の必要がないというような考えを、少くとも小学校の教科目について立てられるということの教育的なあなたの考え方を私は伺いたいのです。これは大臣が答弁できなければ、初等中等教育局長の答弁を求める。
○内藤説明員 すでに御承知の通り、欧米におきましても、大体教科書は学校で備え付けておくというのが一般の通念でございまして、特に義務教育無償の線から考えまして、私どもできるだけ義務教育無償でありたいというかねがねからの要望でございます。そこでまず、今の教育課程の中から考えまして、習字と図画と音楽は、数学や国語に比べまして、少くともうちへ持って帰らなくともよろしい科目だと私は思います。もちろん、場合によってはうちへ持ち帰らなければならぬこともあると思いますが、その場合は貸し出しをしなければならぬ。先ほど大臣のお話のような意味の、比較的予習、復習をする必要のない、いわゆる表現学科でございますので、そういうものにつきまして試みに始めてみたらどうかというのが、この案の骨子でございまして、今お尋ねの三科目については予習、復習はいらないんだという意味ではないのですが、他の教科に比べて比較的そういう必要性が少い、こういう意味でございます。
○野原委員 そんないいかげんなごまかしは、子供に対する答弁じゃないんだから、慎んでもらいたい。比較的そういう必要はないんだと言うけれども、答弁を聞いておると、必要がないとは断定していない。必要があるとも聞える。比較的ないのだ、しかしながら予習、復習の必要はあるのだ——何という答弁だ。一体、そういういいかげんな答弁を、この委員会でしてもらいたくない。予習、復習の必要がある——予習、復習の必要がないというような答弁を初等中等教育局の局長が答弁するということは、これは重大であるから、あなたもそういう答弁はできないでしょう。できないから、予習、復習の必要はあると言う。比較的ないというようなことを言うかと思うと、あるんだと言う。そういうようなあいまいな答弁では、私は了解ができないのであります。予習、復習の必要がある。あるんだから、これは持ち帰らさなくちゃいかぬ。その場合に、子供たちにその木を持たしておって、初めて家庭において予習、復習の必要を感ずるということがあるかもしれない。学校で必要を感じなくても、家庭で姉さんが勉強しているのを見たり、ラジオの音楽の時間で音楽を聞いて、はっと思って、あの音楽の本があればなあとあるいは思うかもわからない。そのとき子供は、本は学校で貸してくれるからというんで、学校まで走って借りに行くかね。実際問題として、そんな局長の答弁というものは行われるわけはないのだよ。しかもあなたの理由は、アメリカやヨーロッパの先進国で行われておる制度だから云々と、こう言われるけれども、欧米諸国で行われておるから日本もやるんだ——これは理由にならないのです。いいことはやりなさい。欧米諸国でやっておることでも、悪いことはやったらいけない。いいか悪いかということは、外国がやっておるかおらぬかという基準では決定できないんですよ。だからこのことも理由にならない。ただ私は、先ほどの大臣の御答弁でも、これはちょっとわかりましたが、教科書代を節約させよう——このねらいはあったでしょう。率直に言って文部省は、教科書代を節約させようというねらいから、この三科目に限定してみたんだと思う。ところがこれも、予習、復習その他いろいろなことを考えてみますと、たとえば図画、工作というものは、子供に創造の喜びを与える教科でありますから、子供たちは、隣りの子供と一緒に裏の山に粘土を取りに行って、その粘土で人形を作る。これは図画、工作の教科書にちゃんとあるから、それの必要を感ずる。だから、子供はどうしても自分たちの手元に本を持たなければならない。特設の時間内で借りてまたすぐ返すということならば、その時間は先生がおるんだから、私は本はいらぬと思う。書物というものは、先生がいないときに持っていなければ、教育の意義がないじゃないですか。それなのに全く逆をいっておる。これはとんでもないことなんです。全国の教育に心ある者はみな笑っておるのです。何という頭ですか。こんな頭で文教の方針を次から次へと出しておるのですか。 私は大臣にお尋ねをいたしますが、あなたは教科書代が節約になると言われました。文部省はこの方針を立てて大蔵省に予算要求をしておるんだが、一体それは私が買って子供に持たせるということまで押えるつもりですか。個人が勝手に買うことまでお押えになりますか。これはどういうことなんですか。大臣の答弁を求めます。
○松永国務大臣 御説の通り、なるべくならやはりできるだけ父兄の負担を軽減しようという考え方から今のような案を案出したわけです。しかしながら、個人が買うのを抑圧したり何かしたりするようなことは毛頭考えておりません。
○内藤説明員 先ほど野原委員から御批判がありましたけれども、私どもは、特に音楽や図工については教科書自体にも問題があると思う。この点も私ども検討しておりますが、音感教育というものは教科書だけによってやられるものじゃないと思うし、図画でも、現実に写生するなり、ものを見てかくことが大事なんです。むしろ教科書にたよると変に間違うおそれがある。教科書というものは、特に音楽や図工については、ある場合にはじゃまになる場合もあり得る。ですからよほど御注意をしていただかなければならぬと考えております。普通の国語や算数などとは本質的に違う面があると私どもは思う。こういう点を十分考慮されて、特に低学年においての教科書が要るか要らないかということもずいぶん論議されておるし、私どももいろいろと御意見を伺っておる、こういう時代でございますので、私どもは教科の性質というものも十分考えてみなければならぬ、かような気持でおります。
○野原委員 あなたのその答弁は話が別です。それは、図工、音楽、習字の教科書が必要であるかいなかの論議になる。もしあなたが考えておられるように必要でないとするならば、これは学校に備え付ける必要もないはずだ。文部省としては、こういう芸能的な教科目については書物を廃止しなさい。そういう方針をとりなさい。やはりこういう書物を学校に備え付けるということは、必要があるからやっておる。学校で必要があれば家庭で必要がないとは言えないのですよ。むしろ家庭でこそ必要があるのです。先生がいないところでこそ必要があるのです。そういう点に対する配慮がなされないで、予算要求が大蔵省にこっそり出されておるということは一体どういうことなんですか。 そこで私は次の質問をいたしますが、これはもう申すまでもなく、いかに文部大臣といえども、個人用の購入を押えるわけにはいかぬのです。これはできませんよ。こんなことを押えたら大へんなことになる。だから、押えることはできないから、これは買いますよ。しかも文部省のこの計画によると、昭和三十三年度は一年生から三年生までのものを備え付けて三カ年間使うのですよ。単価三十五円くらいの本を三年間使ったら、表紙はちぎれてしまって、三年目の子供はどういうことになるのかわからないですよ、それから、文部大臣、それは衛生設備の行き届いた都会の子供ばかりじゃないのです。トラホームの子供もあるのです。学校衛生というものは十分徹底していないから、いろいろな皮膚病の伝染ということも考えられる。一々使ってから消毒するなどということは現実にできやしない。これは三年間使って、そうしてまた次の三年には切りかえるんだ、こういうようなずさんきわまる計画なんです。だれが聞いても、これはおかしくて笑わざるを得ないのですよ。そうなると、また親たちは書物を買ってやる。百円くらいはたばこの「光」の三つ分です。そうすると、買えない子供は貧困学童です。この貧困学童については、これは自民党の松村さんが文部大臣になって以来、自民党の諸君も私どもと全く同じ考えで、準要保護児童をも含めて教科書代というものを見てやってきた。ところが、見てやってきたその子供たちこそが買えないのです。この子供たちは今までは国からもらって喜んでおった。ところが結局どういうことになるかというと、この子供たちはうちが貧乏だから学校に備え付けたところの本を借りることになる。その他の普通の子供たちは自分の本というものを持っておる。こういうようなことに発展するということを文部省は一体考えたことがあるか。そうなるだろう。今まで国から買うてもらっておった子供が、結論においては借りなければならぬようなことにしかならぬじゃないか。しかも国が七億一千万円の金を出して備え付けた書物というものは、教室のすみっこでほこりをかぶって積んでおかれるだけです。大ていの子供は買うてくるのだから……、個人用のものを買うことを押えるわけにいかぬのだから、そうなるでしょう。私の意見が間違った意見であるというならおっしゃってもらいたいのだが、私のような意見でも傾聴に値するでしょう。それだのに、なぜこういう傾聴に値する意見を聞かぬのか。文部省がこの三つの教科目について教科書を備え付けるということは画期的なことですよ。七億一千万円の要求をする、これはあなた方だけでやるのではないだろう。文部省は何かあると、文教委員会に協力を求めないとできないでしょう。こういうことになると、こっそりだれかが作って——はなはだ失礼なことですけれども、文部大臣はそういうこまかいことについてはしろうとです。だからその文部大臣を補佐すべき当面の局長が十分なる配慮を尽さないで、めくら判を押させて大蔵省に要求するとは一体何事だと私は言いたい。(「責任問題だ」と呼ぶ者あり)これは何たることです。私はこの点についてはどうも納得できないのであります。どうも最近の初等中等教育局を中心にした文教行政のやり方を見ておりますと、これははっきり言って、実に私は暗いものを感ずるのです。内藤さんが聞きたいならば具体的に言ってもよい。あなたのやり方には暗いものを感ずる。委員長、まだ質問の時間はあるのだから、私はぼつぼつ出します。この次に私は重大な質問をしますよ。内藤局長の首の問題や大臣の政治的の責任の問題についてこれから申しますから、これはお二人とも慎重に御答弁を願いたい。 そこでこの備付の問題でもう一点お聞きしたいことは、予算は大蔵省に要求されたというが、半額は市町村に分担をさせるのですから、自治庁の見解をお聞きになったことがあるかどうか、文部大臣にお尋ねいたします。
○松永国務大臣 自治庁とはまだ折衝中です。これはまだ確定的に自治庁とこうなった、ああなったというのじゃないのです。あなたの議論もなるほど傾聴に値すべきところがあるのです。ですからそれも一つ参考にしていろいろ研究したいと思います。まだ研究の道程にあるのです。その点を一つ御了承を願いたい。自治庁には相談はいたしておりますけれども、まだ確定的の打ち合せはできておりません。
○野原委員 ただいまの答弁はあなたに似合わぬ答弁だと思う。研究の過程にあるとは一体何事ですか。失礼ながらあなたはどうも一時のがれの答弁をされる点があるように思う。一昨日の答弁においてもしかり。研究の過程にあるとは一体何事ですか。大蔵省に予算要求を出しておるじゃないですか。大蔵省がこの予算要求に応じたら、来年の四月一日からやるのですよ。文部省は大蔵省から予算をもらったら、予算をもらっておって、これはもうやめますというようなことはできないのですよ。そうでしょう。研究の過程とは予算要求をする以前の話です。それはとんでもないことです。 ここで、私はもう一点お聞きしておきたい。一体与党である自由民主党の方針としてこの教科書の備付制度ということを考えられたかどうかということです。私がこういうことを質問することは、これは政党と政府は別であることは私は十分知っておる。しかしながら教科書の無償配付問題を中心として準要保護児童に教科書を貸し与えるのがいいのか、それとも憲法、教育基本法で規定したように、義務教育は無償なんだから、全部無償で与えるのがよいのか、社会党も自民党もこれは論議をしてきたことなんです。歴代の文部大臣もこれには少からず頭を痛めてきたことなんです。しかも前の文部大臣の清瀬さんははっきり言っておった。私は政党から出ておる大臣だから事大小となく文教政策については党と相談をいたします、それが責任政治です。政党内閣の責任政治ということである。清瀬さんと松永さんはそれは個人の人格は異なるけれども、私は清瀬さんの言うことも一理はあるように今思っておるのです。これは政党内閣ですから、今日の官制のもとにおいては文部省というのは遺憾ながらやはり政党内閣の一省でございますから、まことにこれはやむを得ない点があろうかと思うのですが、これは自由民主党の党議としてお考えになったことであるのかどうか、これをお尋ねします。
○松永国務大臣 今の御質問の最後の党と話し合っておるかというお話ですが、党と話し合ってそうした結論に到達したのです。それから先ほど私が研究の過程だと申し上げたことを大へん御立腹のようですが、これは研究の過程ということは言葉のごろが悪かったかもしれぬけれども、まだ確定しておりませんということなんです。予算要求はいたしておりますけれども、これから先自治庁とも相談して、こうしよう、ああしようということを関係各省と相談して予算をきめなければなりませんので、そのことを申し上げたのです。でありますから、そのときにあなたの説もやはりわれわれもなるほどという点もありますので、一つその研究の中につけ加えて考えてみたい、こういうことなんです。私は決して場当りばかりやっているのでもなければ、そのときのがれをやっているのでもありません。私はそんなごまかしをやるなんという考えは寸毫もありませんから一つ御了承おき願いたい。
○野原委員 自由民主党と相談をしてやったということになりますと、これは私はいずれ時をあらためまして自由民主党の責任ある諸君と話しをしてみたいと思うのです。私は国会議員として、これには当然今日まで話し合ってきたいきさつがありますから、意見を交換してみたいと思います。そうなればなるほど研究の過程ということは遺憾ながらごまかしです。自由民主党と相談をして、党の方針としてこの予算要求をやったら大蔵省は応じますよ。だからこの予算というものは成立しますよ。自治庁だって党の方針であれば、いろいろ意見は言うでしょうけれども、結論においては二、三の条件は付するとしても応じますよ。それは自由民主党の正規の機関にかけた方針だということであれば、私は応じない大蔵省や自治庁ではないと思う。そうなりますと研究の過程ということは、海のものとも山のものともわからないというに、答えがはっきり出てくる。今やスタートをして結論は見えておる。具体的にまだ出てこないだけの話なんです。具体的に目的に到達しないだけで、やがては到達するでしょう。そういうときに研究の過程ということで一時のがれをやらない方がよかろうということを私は言っておるのであります。 そこでお尋ねいたしますが、昭和三十三年度は小学校の一年から三年まで本は国家が買い上げる。そうなると来年の四月一日からの三十三年度の本についてはもうすでに展示会が開かれて、書物というのはさまってしまっておるのが、一年から三年までは国が買い上げるのだということになると、結局教科書会社はどういうことになるのか。私は大きな損害をこうむってくるように思わざるを得ないのです。それから国が買い上げるとしても、今度は全額国が出すのではない、半額です。半額は交付税か何かの形で市町村に流す。だから七億一千万円の金を払うのは市町村です。半額だけは裏づけをしてやる、あとの半額は地方が負担しなければならない。今日の地方財政の現状から考えて、書物を学校に備え付けたは、教科書会社は書物を納めたは、金がとれぬ、果していつになれば入ってくるのでしょうか。今日の市町村の財政の実情からいって、四月一日から授業が始まるのでございますから、三月末日までに会社が書物を納めなくてはならぬのです。ところが国の予算というのは四月一日から始まるのでしょう、だから三億五千万円の金が地方に来るのは六月、七月になる。流れ出たって今日の地方財政は貧困でございますから、道の修繕や橋に使ってしまってなかなか来ないのです。こうなると教科書会社というものは非常に投機的な仕事になってくる、まじめな事業家は教科書会社から手を引いてくる、さんざんいやみたらたらやっておいて教科書会社に手を引かせて、その次は、だからお前らではできまい、何かそこに用意しておるものがあるようにも思われる。私は国でなければできぬのだという一つの動き方とも考えられる。これは思い過しであればけっこうです。だからこの点には触れぬでおきましょう。触れぬでおきますが、一体教科書会社というものはそういうように投機的な仕事になったら困るじゃないか。私は経済企画庁長官の河野さんには、出てきたら一ぺん話をしてみようと思うのだが、河野一郎経済企画庁長官は中小企業振興ということを非常にやかましく言うのを私ども聞いておるのです。一体自民党は中小企業の振興を口にしながら、こういうつまらぬ方針をきめるのは矛盾することになるだろう。もしやったとすれば私は自民党のために嘆かざるを得ないのです。遺憾ながらつぶれざるを得ませんよ、この方法でやられたら、図工は一ぺん備え付げたら一年から三年までもう買わぬのですからね。それで金は十月か十一月か、この前二十七年から二十八年度にかけて、小学校一年に国語、算数をただで贈ったことがある。これは全額国が出したのです。市町村じゃなかった。その昭和二十七年度においてすら、私の調査によりますと、五月に入って教科書会社には九〇%しか行っていない。私は当時の文部省の局長は内藤さんであったかどうか知りませんが、どういうわけで九〇%しか金を教科書会社に納めないのか、これは日をあらためてお尋ねします。あなたもそこに書類を持っていないだろうから準備しておいてもらいたい。残額は翌二十八年の三月末まで引き延ばしている。四月から本を取り上げておいて、金は一年たってから払っておる。昭和二十八年度のごときは、五月中旬に八二%だけ金を払っておる、そうしてその残りの一八%は年末決済ということになっております。このようにして出版社というものは早くて半年、おそければ一年半金が入ってこないのです。こういう状態に置けば出版会社、特に中小の出版会社の事業家はつぶれざるを得ないじゃないか、のるかそるかのばくちをやるようなふまじめの事業者しか教科書の出版に手をつけることができないじゃないか、こういう問題も起ってくるでしょう。現実に私がさっき言った教育上の配慮の問題、教科書出版という事業についての問題も起ってくるでしょう。こういう点について検討したことがあるのかないのか、自民党に文部大臣が責任ある大臣としてこういう問題も起るのだ、十分諸君の意見を出してもらいたいということを言ったことがあるのかないのか。河野一郎氏はガットに行ってお留守であったかもしれませんが、その前はおったはずだ、経済企画庁の長官、一萬田大蔵大臣、郡自治庁長官と、あなたが省議決定して予算要求をする限り、基本的な方針において意見の交換くらいしたことがあったかなかったかお尋ねします。
○松永国務大臣 文教委員会とは折衝したことがありますけれども、河野長官と折衝したことはありません。それから今のお話の、会社が支払いを受けることができなくなって非常に困って破産するようなことにならぬとも限らぬじゃないか、一か八かのばくちを打つような危険があるんじゃないかというようなお話、これは実は私はそうは考えていない。というのは、なるほど予算は三月にきまって四月一日から実施に移りますから、一カ月や二カ月の多少のずれはありましょうけれども、しかし相手は国家です。相手は地方事務を取扱う官署です、でありますから、私は、これは取りはぐれのないことだから、教科書会社もそう困るはずはないと思ったのですが、あなたの説を聞いて、なるほどそういう事例もあったのかなと今考えたような始末なんです。これまであったことは、私はそう詳しいことは知りませんが、私はそうした混乱に会社を導こうとか陥れようとかいう考えは寸毫も持っておりません。
○内藤説明員 先ほどの二十七年度のお話でございますが、これは国の予算の施行上、大体概算交付をいたしまして、あとで精算する建前でございますので、大体九割の交付金をいたしますれば、ほとんど原価の支払いはできるはずでございます。あとで一割の補てんをする、これは精算交付の場合に当然する措置でありまして、国の会計法上の規定でございます。
○野原委員 それは昭和二十七年と二十八年は国が出すのですからそれほどの問題はなかった。問題がなかったときにおいてすら、二十八年のごときは二〇%の金が、三月末に書物は渡しておるのに十カ月ずれた年末に決済されておる事実があるのです。これは私事実を持っておるのです。この書類がそうなんです。それからもう一点は、今度は半額を市町村が持つわけなんです。半額は交付税という形で市町村に流す、そうなると、市町村というのは、これはあなたがよく調べたらおわかりでございますが、他の緊急費目へ流用しないとも限らぬのです。今日の市町村は困りますからね。それは、交付税がきたならば、ちょっと橋の方に一時お借りをしよう、そういうようなことになったり、それから交付金というのは、木を三月末に納めて、五月から六月にずれるのです。予算が四月一日から実施になるのですから、交付金はずれるわ、緊急費目へ流用になるわ、こういうことになりますと、これは大変な問題になるんじゃないかというのが私の見解であります。そうなると、まじめな中小企業者は倒れざるを得ぬじゃないか、まあ幸いにして文部大臣は研究の過程にあるということであります。私は見解を異にして、今や研究の過程ではないと考えるということを言いましたが、しかし大臣の言われるごとく、これは今からでもおそくはないのです。まだ大蔵省はこれに対する回答を出していないのであります。このようなずさんな——私ははっきり言います、ずさんきわまる教科書の学校備付というようなこの案については、今から直ちにもう一度文部省で十分検討される必要があろうと思う。これは自民党の方も入れて、あるいは大蔵、経済企画庁の諸君にも入ってもらって、これはあなたの文教政策、あなたの責任でやることですから、もう一度検討する必要があろうと思いますから、その辺の大臣のお心構えを承わっておきたいと思うのであります。
○松永国務大臣 検討するつもりですよ。それでまだ実は、この前も申し上げた通り、その文教問題についてはしろうとの私ですから、こまかいところまで研究せんければならぬので、その意味で研究中ということを申し上げたのですから、御指摘になりました問題についても、まだ相当研究すべき点もあると思いますので研究します。そしてまた党内においても、あなたの説と同じような説をとなえる人もあるのですよ。だからまだ確定を得てないということを私は申し上げたので、よくこれから研究もしたいと思います。
○野原委員 教科書の備付制度の問題は序論であります。実は、これから私が出すところの問題が教科書問題の本論であります。私がこれからお尋ねいたしますことは、答弁のいかんによっては、国務大臣である松永さんの政治的な責任に発展いたしまするから、慎重に御答弁願いたい。 どういう問題かと申しますと、私はここに書類も持っておりますが、十月十日付で、各教科書発行者殿、文部省初等中等教育局長内藤誉三郎、駐在員等の宣伝従事者について(通知)という文書を出しておるのであります。これをまとめて申し上げますると、文部省は、結局教科書の駐在員制度というものは、教科書の公正採択を害するおそれがあるから、この教科書の駐在員になっておる者のうち、学校教育に関係した者、公職に関係した者などは、教科書の採択に好ましくない影響を及ぼすから。パージしなければならぬというのが、この通達であります。これは十月十日に内藤局長名で出した通知なのであります。これは大臣のお手元にお持ちかと思いまするが、本文は短こうございますから念のために読み上げてみますと、「発行者は、学校の教職員もしくは公職関係者またはこれらの者であったものなど採択関係者に対して影響力を有する者を、役員、社員、支社員、出張所員、研究所員、嘱託その他その名称、地位および待遇のいかんを問わず雇用しまたは嘱託して、地方に駐在させ、採択関係者に対し、教科書の宣伝業務に従事させてはならないこととする。」これがこの長い通知の大事な要点ではなかろうかと私は読んでおるのであります。一体この通知は、大臣の承知の上で内藤初中局長が出されたものであるのかどうか、ますこの点からお尋ねをいたします。
○松永国務大臣 局長からこんなお話があったようなことは耳には残っておりますけれども、しかし、どんなふうなことであったかというのは、実は今御指摘によりましてこの書類を見て、なるほどこういうのを出したかなというのを記憶から呼び起したわけなのであります。ただ問題は、そのときに私が聞いておりました問題は、要するにその教科書採択の公正を期しなければならぬ。それには各地方の本屋さんが駐在員を出しておる。その駐在員のうちには、要するに以前に校長さんであったとか、あるいは県会議員を勤めたとかいう顔のきく人、その顔のきく人を駐在員にして、そうして、その顔によって相当の売り込みをやっておられる。これが弊害があるから、こういうふうなことの通達をしたというようなことを聞いておりました。今御指摘によりましてこの通達を見まして、なるほどそうじゃったかなと思って考え出したわけであります。
○野原委員 そこでお尋ねいたしますが、教科書の駐在員は、今日一つの職業なんです。これはこの通牒にもありまするように、「役員、社員、支社員、出張所員、研究所員、嘱託その他のその名称、地位」云々とある。つまり教科書会社の役員、社員、支社員、出張所員、研究所員、これはすべて職業なんですね。私は率直にお伺いをいたしますが、内藤初等中等教育局長のこの一片の通知で職業の制限というものができるのでございましょうか。あなたも弁護士をなさっておられ、法律に明るい方である。これは慎重に御答弁を願いたい。
○松永国務大臣 要するに、職業の制限をするとかなんとかいうことが文部省でできようはずはありません。ですから、職業の制限をした通知というわけじゃありません。顔をきかせていろいろな売り込みをされて、相当弊害があるということも聞いておりますので、そこでその弊害を根絶したいという趣旨から、希望意見を述べて勧告をした、こういうことなんです。ですから、決してこの一片の通達によって、それじゃ絶対にやめるといって、やめる人があるとは考えられません。またやめないでも、法律違反でもございません。でありますから、それは職業を禁止したというようなことじゃ私はないと思います。
○野原委員 これはあなたが申すまでもなく、こういう一片の通知というものは、法的な拘束力がないことは私は知っております。これは法的拘束力はありません。またこの通知に従わなくとも、法上はこれは何ともできるものではありません。しかしながら、十一月一日からこれは実施してもらいたい。これはちゃんとどこかに書いております。そうなりますと、事実上の拘束力というものも生じてくるでしょう。つまり、きょうは十一月の六日でございますが、十一月の一日から実施ということになれば、この通知のために、実は学校教職に関係した者、PTAの役員であった者、そういう者は、教科書の駐在員になる機会があったのだけれども、なれなかった。教科書会社もそういうことに受け取って、そうしなかったということであれば、この通知は憲法第二十二条の職業選択の自由を現実に侵害していることになりますよ。これはどうお考えになりますか、御答弁願います。憲法第二十二条をあけてごらんいただきたい。憲法第二十二条は、職業選択の自由が国民の基本的権利として定められておる。それをこの通知によって、十一月一日から実施するのだとちゃんと書いておるのだから、そうすれば教科書会社はこれを真に受けて、あなたはだめなんです、そうすると、せっかく職業につく機会のあった者もその職につけなかったということであれば、法的にはそれはなるほど拘束力はないかもしれませんけれども、結果としては、憲法上のその人の基本人権を内藤通知というものは侵害したということになる。この事実を一体どうする、その責任は一体どうなるのか、これをまずお聞きいたします。
○松永国務大臣 これは憲法を取り出して、そうして憲法違反だ、何だというような大きな問題じゃないと私は思う。何せいろいろ弊害もあるということを聞いているから、そこで希望意見を文部省が出した、こういうことにすぎないので、それを採用しようと採用されまいと、何も法律に違反しているというわけでもないのです。ただ単にこうした希望を述べたにすぎません。しかもこれは昭和三十一年の六月三十一日付でも、やはり教育局長からそうした希望意見を出しております。でありますから、今度出したのもそれに準じて出した。従って、職業を禁止するとか何とかいうような、憲法上違反を犯すようなそう強い意見で出したのではないということを御了承賜わりたいと思います。
○野原委員 とんでもないことです。あなたは通知を全部読んでいないのでしょう。この通知の備考を一ぺんあけて見て下さい。これをもらった教科書会社はしさいに読むんですよ。備考に何と書いてあるか。備考の5の(1)「この措置は、昭和三十二年十一月一日から実施するものとする。」と書いてある。希望意見とも何とも書いておらぬじゃないか。「ただし、この措置の実施の際現に、第1項に該当して、地方に駐在し教科書の宣伝業務に従事する者(第2項または第3項により該当する場合のものを除く。)を設置している発行者は、その設置については、昭和三十三年三月三十一日までにこれを廃止することとする。」つまり学校教職員と、公職にあった者——公職関係者は「駐在員等の宣伝従事者について」の一番最後のただし書きを見たらわかるのですが、国会議員が入っておる。それから都道府県または市町村議会の議員、文部省の職員または教育委員会の委員、教育長その他の職員、国家公務員、地方公務員、PTAの役員、それと学校の先生、これは駐在員になることは相ならぬというんです。そうして十一月一日から実施するものとするというんです。そうしたらこの者は、どう考えても、職業選択の自由がないじゃないか。これをもらった人間はどういうものですか。憲法上の法令に明るい人がおれば、こんなものは法的拘束力がないから無視しろ、こう受け取るだろうけれども、すべての国民がそういうこまかい憲法上の法理的な点に明るいとは思われない。やはり文部省から流れてきた通知というものはこれを重大に考えまして、特に教科書会社というものは教科書の検定で監督を受けておりますから、非常に弱うございますから、これを重大に考えて、必死にこれを守らなければならぬ。守らないと、次にどんな制裁を受けて、うちの教科書がまたやられはせぬかというようなビクビクものでございますから、法的拘束力はないけれども、事実上の拘束力があるんじゃないかということを私は言っておるのです。特に学校の教職員と、都道府県会議員、市町村会議員、文部省の職員または教育委員会の委員、教育長その他の職員、この三つのものについてはまた厳重なワクをはめているんです。これが職業選択の自由を制限されていない、あなたは一体どこから割り出してそういう御答弁をなさるのですか。この通知のどこから割り出してもそんな答弁はできないでしょう。できる点を指摘してもらいたい。
○松永国務大臣 職業選択の自由を制限したという程度には私はならぬと思う。それが職業を選択している人を直ちに直接に阻害するだけの力を持っておって、その効果が現われるようなことであったならば、お説の通りかもしれない。しかしこれは勧告です。希望意見です。しかも十一月一日からこれを実施しようとするのは、各会社がちぐはぐになってはいかぬので、それでやるならみな一緒に、そういう非難のないようにやってもらいたい、こういう希望意見でありますから、これは何も職業を禁止するとか、職業を妨害するとかいうような程度ではないと私は思う。その点を一つ御了承願いたい。
○野原委員 希望意見であるという点は、どこで希望意見ということがいわれるのですか、指摘してもらいたい。それが第一。第二は、この通知を私はどんなに読み返してみても、これは守らなければならぬ、かような通知に受け取れるのであるが、この守らなければならない通知だと受け取った教科書発行会社が、駐在員を事実上制限した。きょうは十一月六日です。そうすればその職業選択の自由の基本人権侵害を受けたこの事実上の責任はだれが負うのか。この二点を示してもらいたい。
○松永国務大臣 希望意見ということは、希望意見として申し上げますという文句を入れないでも、とにかく文部省が直接に自分が使っているんじゃないのですから、これはだれが考えても希望意見には間違いない。それからこの中にもあります通り、つまり内藤局長の名前で出しました十月十日付、文初教第四八九号の一、これにありますのは、「下記のように取り扱うこととしましたから違背のないようにされたい。」こういうふうにやはり希望意見としては受け取れるのですよ。ですから、これはそこまで職業を剥奪したとか、職業を侵害したとかいう程度ではない。しかしいずれにいたしましても、そうした非難のあることは何としてでもこれを是正するように努めなければならぬ。そうして劈頭に申し上げた通り、顔をきかした人々が相当の弊害を流したとかいうことはうわさに聞いておりました。従ってそういうことを根絶したいということを考えることも当然のことだと考えます。
○野原委員 希望意見というものはどこか指摘してくれということに対して、あなたは「違背のないようにされたい。」この点を指摘された。違背のないようにされたいということはそむくなということです。これはますます強いじゃない一ですか。何も希望意見じゃないです。憲法上職業選択の自由というものがありますから、あなた方の職業についてはとやかく申し上げませんけれども、こういうことは好ましくないということでもあれば別だ。どこにもない。「違背のないようにされたい。」受け取った教科書会社は——私は大ていの教科書会社に当った。どう受け取ったかと言いましたら、希望意見としては受け取っていない、こう言っておる。十一月一日から私どもはこれを実施しなければならぬと受け取っております。希望意見というものは文法上どんなにひっくり返してみてもどこにもない。教科書会社がそう受け取っておる。そうなると、これは明らかに憲法第二十二条の職業選択の自由の侵害をやっておる。憲法第二十二条というのは、これはもう読んでみるまでもなく、大臣がよく御承知のように何と書いてあるか。「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」と書いてある。文部省は、学校の先生や公職関係にある者が教科書の駐在員になるということは公共の福祉を侵害するのだ、こう解釈したのだろうと私は思う。これは内藤初中局長にお尋ねする。そう解釈しておるのかどうか、いかがです。
○内藤説明員 ここで憲法の解釈をする意思はございませんが、私どもとしては、教育上いろいろな売り込み競争が非常に激しゅうございまして、特に公正取引委員会でも売り込み競争について目下調査中なんです。非常に悪質な事態が起きておりますので、先般来から中央教育審議会からの御答申もあり、また行政監察特別委員会からの勧告もございました。また教科書の調査審議会の方の御意見もございまして、こういうふうにしたわけでございますが、これにつきましては、先ほど大臣からもお話がございましたように、すでに昭和三十一年のときからこのことを業界にも要望しておったわけでございます。今回も教科書業界と十分御相談をいたしたわけでございまして、教科書業界の総意として賛成だ、しかしそのためにたとえば教科書のセンターを充実してほしいとか、あるいは検本をもう少し緩和してほしいとか、いろいろと御要望もあったわけでございます。これは何も私どもが単独でやったわけではございません。業界の意見も十分お聞きした上でしたわけでございまして、私どもの考えとしては、現在のまま放置しておくことは教科書の採択をますます不公正ならしめる、こういうような見地でございます。
○野原委員 つまり公共の福祉に反した場合は職業選択の自由はない、この第二十二条を裏返してみるとそうなるのです。そうすると学校教職員、それから公職関係者を駐在員にすることは公共の福祉に反する面がある。ゆえに学校教職員及び公職関係者は職業選択の自由はないのだ。これは形式的な三段論法でいけば、この第二十二条というものは、文部省がこの通知を出したようにいけぬこともないと思う。私はそういう立場であなたは出されたものと思う。これはいろいろ問題が指摘されておることは私も知っております。かつて自分が学校の先生であったということで、学校に行って売りつけてみたり、無理を言ってみたりする、そのことが公正な教科書の採択でないという各方面の意見、あるいはPTAの意見等も出ておることを知っております。だからそのことを内藤局長が率直に受けて、これはやったのだろうと思うけれども、あなたは重大なミスを犯しておる。公共の福祉に反しておるか反していないかということの判断はあなたがやるのではない。松永文部大臣がやるのでもない。憲法二十二条の見解としては国会がやるんですよ。立法府がやる。われわれがやるのです。われわれが国民の代表として国会において公共の福祉に反したかどうかという判断をやる。法律の形でやる。これは旧憲法をごらんになっても、基本的人権というものが旧憲法においても法律の範囲内において云々ということがあったでしょう。旧憲法においてすら法律によらざれば国民の基本的人権の侵害があってはいけないということであったのです。ところが新憲法においては、これはもう憲法の第十一条にもあるように「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」新憲法は非常に国民の基本的人権を大事にしておる。旧憲法においてすら法律によらなければ制約することはできない。ましてや新憲法は旧憲法以上に基本的人権を重大に考えまして、第十三条におきましては「公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」だから新憲法は、見方によれば法律によっても軽々には侵害することはできない。旧憲法は法律さえあれば、侵害ではなしに、基本的人権の制約ができた、ブレーキをかけることができた。新憲法は法律によってもようできない。これは法律による保障じゃない。憲法それ自体における基本的人権の保障だということが新憲法のすべての解釈です。平和と国民主権と基本的人権が新憲法における三つの柱でしょう。私がこんなばかなことを言わぬでもあなたはわかっておるはずです。ところがあなたは一片の通知によって職業選択の自由を、残念ながら結果においてこれは侵害しておるんですよ。文部大臣は希望意見と逃げますけれども、希望意見というものはどこにもないじゃないですか。現実には教科書会社はこれを守らなければならぬものとして受け取っておるじゃないですか。そうしてこの十一月一日から六日間職業選択の自由のあった者が何名か何十名か、あなたの通知に引っかかって職業選択の自由ができなかったら、あなたはどういう責任をとるか。あなたじゃない、文部大臣はどういう責任をとるか。文部大臣は判こを押したという。しかも初等中等教育局長がこういう通知を出すからには黙って出すはずがない。次官から判をもらい、大臣に判こをもらって出すでしょう。あなたは初等中等教育局長の監督をやっておらぬじゃないですか。こういうような通牒が憲法二十二条を干犯するものになるかどうか、そういうおそれがあるかどうかということについても配慮がなされていないのじゃないですか。文部大臣の政治的な責任についてあなたはどうお考えになるか。今や希望的意見として逃げることは許しません。どこにもありません。指摘して下さいと答弁の機会を与えても残念ながらあなたは答弁しない。これは私は大問題にしますよ。この臨時国会においてあなた方が態度を明確にしなければ、来たるべき通常国会において私は国会の大問題にする。私は委員長に要求しますが、一体教科書会社はどう受け取ったか、憲法学者はこの条文を見てどう感ずるか。内藤通知というものが二十二条を侵害しておるかいないか、私はこれを徹底的に究明しなければおさまりませんから、私の社会党は。だからして国務大臣の松永さんの政治的な責任を追及します。どう考えておるか。
○松永国務大臣 御指摘の問題は、憲法二十二条に違反するとは考えません。
○野原委員 考えない点をもう一度。考えませんとそういういいかげんな答弁じゃなしに、これこれの理由によって考えないという理由を述べてもらわなければ答弁にならぬのであります。国務大臣は国会において答弁をする義務がある。だからこれこれの理由によって——速記に残して私が問題にするのですから、理由をもう一ぺん御丁寧に述べていただきたい。憲法に対する意見ですからね。これは全国の問題になるのですから述べていただきたい。
○松永国務大臣 文部省のやりました処置は行政指導の処置であります。当然希望意見を述べることもできますし、勧告をやることもできます。しかしその本屋の会社はこれに従わなかったときに制限されるとか、何とかという法的な義務を負担いたしておりません。でありますから憲法二十二条に違反すると私は考えません。
○野原委員 委員長に御要請したいと思います。本日の文教委員会散会後理事会を開くことになっております。従って自民党の理事諸君もおられることでありますが、理事会において、問題は非常に重要に考えますので、早急に一つ御相談をしていただいて、日本の憲法学者並びに教科書の発行者——私は、教育の責任の地位にある文部省が憲法を侵害した事実があるにかかわらずてん然として恥じないのみか、そういう事実はないとほおかぶりをするような、重大な国民の基本人権を侵害しておって卑怯にも逃げるようなこの態度は許すことはできないのです。だからしてこれは早急に臨時国会の適当な時期においてそういう学者並びに教科書発行者その他適当な者を参考人あるいは証人として喚問していただいて、徹底的に究明せられるように委員長において御配慮下さるようお願いをいたします。
○長谷川委員長 後刻の理事会におきましてただいまの野原委員の申し出の件は協議いたしまして、適当に善処いたします。 本日はこの程度とし、次会は明後八日午前十時から開会いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後零時十三分散会