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27回国会衆議院1957/11/04

文教委員会 第1号

発言数
59
登壇者
4
会派数
2
開催日
1957/11/04

会議録

長谷川保日本社会党

○長谷川委員長 これより会議を開きます。  まず国政調査承認要求に関する件についてお諮りいたします。本国会におきましても、前国会同様、学校教育、社会教育、教育制度、学術及び宗教並びに文化財保護に関する事項につき、衆議院規則第九十四条により、議長に対し国政調査の承認の要求をいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

長谷川保日本社会党

○長谷川委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。  なお、調査の方法、その手続等につきましては委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

長谷川保日本社会党

○長谷川委員長 御異議なしと認め、さよう取り計らいます。     —————————————

長谷川保日本社会党

○長谷川委員長 次に文教行政に関する調査を進めます。質疑の通告がありますので、これを許します。野原覺君。

野原覺日本社会党

○野原委員 私は、文部大臣に、重要な道徳教育の問題と、ただいま教育界で非常に問題になっております勤務評定の問題を中心として若干お尋ねをいたしたいのであります。  なお、その前に、文教委員会の権威のためにお伺いをいたしますが、本日の文教委員会は、公報によりますと、午前九時半に開会されることになっておるのであります。ところが、文部当局から、文部大臣の出席もなければ——文部大臣事故ある場合には、官制によって文部政務次官というものが設けられておりますが、その政務次官の御出席もないのであります。局長も出席をされないのであります。斎藤君がただ一人ぽつんとうしろにすわっておるだけである。私は、九時半の委員会の開会、しかも臨時国会の劈頭におけるこの文教委員会におきまして、一体このような体たらくでわが国の文教行政の審議を国会に求められるということがどうしても納得できない。いかなる理由によって一時間四十分近くもおくれたのか、いかなる理由によって政務次官を出さないのか、いかなる理由によって大臣は監督をして局長を出席せしめないのか、私はその辺のことをまず文部大臣に承わりたいのであります。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 私は実は九時半にきちっと役所には来ておったんです。ところが、今ちょうど理事会を開いておられるから、もう少しお待ちなさった方がいいだろう、こういう話でした。もっともその前に、学校職員コンクールがすぐ前の防衛庁の会議室で開かれておりますが、それが正十時に開かれるから、その祝辞を一つ述べてくれと言われましたので、それでその祝辞を述べて、ここへかけつけたところです。従って何も故意におくらしたわけでもありませんし、実は九時半には役所に出ておった。右申し上げるようなことで時間がおくれたことは相済みませんが、決して故意におくれたことでもなければ、政務次官、局長あたりも故意に足どめしておったというようなこともないのです。その点一つ御了承おき願いたいと思います。

野原覺日本社会党

○野原委員 私も故意におくらしたとは思わぬのであります。しかしながら結果においておくれたことは事実であります。そのために定刻から一時間四十分も審議が渋滞したことも事実であります。与党の諸君も定刻に来られて、私どもはここで不満の意を漏らしておったのです。だから将来こういうようなことがもしあるとするならば、私も考えなければならない。私どもは公報に掲載された時間にやってきて審議しております。これは松永文相になってからのことではありませんけれども、従来文部当局の態度は、提出した法案を通過したい、こういう場合には、局長どもが私どものところにどうぞお願いいたしますと頭を下げて回るのであります。そうしてそのときに限って定刻よりも二十分くらい前にすわっておる。ところが、私どもが一般行政について質問をするという段になると、実は定刻に来ないのです。この前の第二十六国会の速記録をごらんいただけはわかりますが、一時間近く待ったということは本日だけではないのです。あなたが文部大臣になってからのことだけではありません。これは何回もある。そこで私は委員長を通じて灘尾文部大臣に注意を喚起しましたところ、灘尾文相は、十分局長、課長に私は注意をするから、こういうことでありましたが、依然としてそのことは直っていない。文部官僚は一体私どもを何と心得ておるのか、はっきり言って、一体なめておりはせぬか、あなたがなめておるというのではない。どうも最近の文部官僚の態度というものは、私どもをばかにしておるような点を二、三私は感ずる。これは、こう言っても仕方がありませんから、この程度でおきますけれども、次の文教委員会からこのようなことが起るとするならば、私どもは重大な態度をきめて当るということだけを申し添えて終りたいと思うのであります。  そこでまず質問をいたしたい第一点は、道徳教育についてでございます。過日の衆議院本会議における社会党の多賀谷真稔君の質問に対して、松永文部大臣からも答弁があったのでございますが、ここで明確にしておかねばなりませんのでお伺いをいたします。あなたが文部大臣になられましてから、あなたは、道徳教育がきわめて大切であるから、道徳科というか、倫理科というか、修身科というか、その名目はいずれになるかわからないけれども、何とかそういった科目の独立を考えておるということを新聞記者諸君にも話しておられるようであります。ところが、果然そのことが教育界の非常な大問題となりまして、論議がやかましくなりますと、今度はその次に出た新聞報道によりますと、そういった教科の独立ということはやはり問題があるから、公民科——これは社会科に近い倫理的なものでございましょうが、公民科というようなものに改めよう、そう言っておられたかと思いますと、その次には、修身科とか倫理科とか公民科、そういうような名称にこだわらないで、いずれにしても今日の小学校、中学校、高等学校の教育の中で道徳教育をする時間を特別に設けて、道徳教育の徹底をはかろう、こういうようなことが教育課程の審議会からも答申されておる。最後の点は……。だからして、そういう最後の点に落ちつかれておるのであろうかどうか、これは私はいまだにはっきりしないのでございますが、その辺のこと、一体道徳教育については結論としてどういうことになったのか。今日ただいまの文部大臣の御見解はどういうことでございまするか、お伺いしたいのであります。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 野原君の御質問にありましたように、現在でもやはり結論といたしましては、道徳科の時間を特設したいというふうに考えております。それはいろいろ研究を重ねて参りましたところが、どうしてもやはり特設してそうして児童の頭の中につちかった方がよかろう、こういうふうな結論に到達いたしました。そうして今もってそういう気持でおります。

野原覺日本社会党

○野原委員 そういたしますと、教科の独立という問題、修身科、公民科といったような、そういう教科の独立の問題はもうおやめになられて、時間の特設ということで今後は道徳教育をやっていく、こういうことに方針をおきめになられたのか承わりたいのであります。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 私は初めからあなたのおっしゃった通り、名前にこだわらない。ですから要するに道徳教育の強化をすればいいので、その名前は道徳科とつけるか、公民科とつけるか、あるいは修身科とつけるか、それは名前にこだわらない。だがしかしそれぞれの専門家もおられるから、適当な名前を考案してもらえるだろう、こういうふうに考えてその時分からおりましたし、今日もその通りであります。と申しますのは、私が修身科というと、どうもごらんの通り老人ですから、ははあ戦前の修身科をまた復活させるんだ、あるいは教育勅語のあの徳目を押しつけるのだとかいうような非難が、ともすれば誤解がないともいえませんので、修身科ということは私は言わぬことにしよう。ですから名前はどうでもよろしい。要するに道徳教育の強化を結果すればよろしい、こういうつもりでおるのであります。従ってその名前については、あるいは教育課程審議会あたりで適当な名前を案出せられると思いますので、おまかせしておるのが現状であります。

野原覺日本社会党

○野原委員 名前はどうでもよろしいとおっしゃいますけれども、教育課程審議会がやはり時間を特設して、一つの教科をその特設された時間で教育するということになれば、あなたはどうでもよろしいとお考えでありましょうとも、名前はいずれにしてもつくのです。そうでしょう。だからして私はここでもう一度お尋ねをしたいことは、特設されたその時間に道徳教育をやるということは、やはり何かの教育上の目標を持っておることになりはせぬか。今日教科は国語があり、算数があり、図画、工作があり、音楽があり、たくさんの教科が小学校におきましても、中学校、高等学校みなあるわけです。それでその教科には、教科独自の目標というものがあるわけですね。そうすると、ここで今は名前はついてない。名前はつかないけれども道徳教育をやるのだという。特設されたその時間で教育すること、そのこと自体にはやはり一定の目標が、これは何かやはりそういった国語の目標、算数の目標というものに匹敵するその教科の目標というものが付せられるものと私どもは考えるのでございますがいかがでございますか。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 仰せの通り目標があるのです。目標があればこそ時間を特設して、そうして子供の頭の中につちかいたい、こういう考え方であります。

野原覺日本社会党

○野原委員 そうなると一定の目標がある。時間が特定されて一つの目標があって、しかもその目標のもとにその特定された時間で教育をするという場合には、当然文部省は、従来の文部省の方針にございましたように、学習指導要領というものを教員諸君に示すのであります。学習指導要領に基かなければ、教科の教育はできないというのが今日までの文部省の態度であったのです。従ってその特設教科の学習指導要領が出されると私は思うのでございますが、さように理解してよろしゅうございますか。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 御説の通り、現在課程審議会に諮問いたしまして研究を願っておりますが、学習指導要領によってきめたい、こういうふうに考えております。

野原覺日本社会党

○野原委員 私は長い間休んでおりましたので、休会中あるいは触れられた質問であるかもしれませんが、重複しておればこれはお許しをいただきたいのですけれども、その時間を特設してやる道徳教育というものはいつからやるのですか。いつからその特設時間による道徳教育というものが実施されるのか、お伺いします。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 りっぱな成案を得ますれば、もう善は急げでなるべく早くやりたい、こういうつもりでおります。従ってもし皆さんが納得せられるような成案を、審議会等で得られれば来年の新学期からでもやりたい、こういうふうに考えております。

野原覺日本社会党

○野原委員 なかなか上手な御答弁をなさる。皆さんが納得せられる成案が得られるならばということでありますけれども、一体私どもが納得するかしないかということは、これは文教委員会に、あなたはそういった学習指導要領ができ、一切の準備が完了したらこういうような内容、こういう方法で道徳科をやるのですが、皆さん御納得願いますといったような御提示の仕方をおとりになる方針ですか、承わります。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 それは公式に委員会に提案するかどうかということは、法律上提案しなければならぬということならば提案しますが、提案せぬでもいいということならば、皆さんのプライベートの御納得を得るかもしれませんが、提案しないかもしれません。それは法律にさからってやるとか、法律に違反してやるということは絶対にありませんですけれども、できるだけ慎重に専門家の御意見を承わって、そうして実施したいというふうに考えております。

野原覺日本社会党

○野原委員 そうなると、皆さんが納得されるならばというような御答弁は余分なんです。どうも今回の文部当局の態度というものは、国民に対するPRをねらわれて、あたかも民主的に事を運ばれておるかのような印象だけを与えておる。実際は別なんですよ。国民諸君の意見を民主的に聞いておるのだというような印象だけを与えるような発言をしておいて、実際は何もしないのです。たとえばあなたが今皆さんが納得されるならばと、こう言った。だから私どもは正直に、ほほうこれは文教委員会にでも示して、われわれの意見でももう一度重ねて聞くのだろうかと尋ねてみると、そうじゃない。そうならつまらぬ皆さんの納得ということは言わないで、私の責任において文部省が、諸君が反対しようとどうしようと来年の四月からやるのだと、率直に私は言うてもらいたいのです。そう言わないから、今日教育界に、国民の間に非常な疑惑と混乱が起っておるのですよ。疑惑と混乱を起しておるのは、今日の岸内閣の単に文教政策だけではない。あらゆるPRがそうなっておる。外交方針でもなんでもそうです。沖縄の問題だってそうなんです。そのことは余分になりますからこの段階ではやめておきますけれども、そうすると、特設された時間、その時間というものはどこからとって参りますか。今日の教授時間の数を、総体における教授時間数を増加されるのか、あるいはそれとも何かの教科の時間を削減して、そうしてその道徳教育の時間に回されるのかお尋ねします。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 これは専門家のこまかな問題で、私の考えは、今まで教えておる時間も緊要な時間です。ですから、これを減らすということもいかぬのではないかというように、この間から文部省内で議論しておるのですが、ここに課長がおりますから、課長からそのことは聞いていただきたいと思います。

斎藤正文部事務官(大臣官房総務参事官)

○斎藤説明員 初中局長が少しおくれますので、かわってお答えいたします。御質問の道徳教育に関する特設の時間を設けるためにいかなる時間を、簡単に言えば、減らすかという御質問であると思いますけれども、現在道徳教育の内容並びに方法につきましては、先ほど大臣お答えいたしましたように、教育課程審議会に諮問をいたして審議会で検討中でございます。従いましてこの道徳教育の時間というものを、ただそれだけをどこからとるかということでなくて、これは小中学校の教科あるいは教科外のいろいろな時間、こういうものを全体として検討して、その中でどういうように位置づけるかということを、せっかく検討していただいている段階でございます。

野原覺日本社会党

○野原委員 そういうような段階に文部事務当局は一体どういう助言を大臣に、あるいは大臣の責任において考えておられるのか知らないが、来年四月一日から実施すると言っておるじゃないか、もう十一月なんだ。来年四月一日から実施することは特設時間においても、その学習指導要領においても、こうやる、ああやるという具体的なものがあって、初めて来年四月一日から実施するのだということが言える。だから特設時間というのは、教育課程審議会が最終的な答申をしておるかどうか、僕は事務官僚じゃないから知らぬ。そんなことはわからぬけれども、来年四月一日から実施するという限りにおいても、特設時間はどこからとってくるというような具体的なものがあるはずだ。もう一ぺんお聞きします。

斎藤正文部事務官(大臣官房総務参事官)

○斎藤説明員 現在教育課程審議会において検討中でございますが、さらにその答申が出ますれば、具体的な指導要領等の改訂は、教材等調査委員会でさらに具体化するわけでございます。しかしながら道徳教育の強化ということにつきましては、現在教科以外にも、現行のホーム・ルームとか、あるいは学級会とか、いろいろの時間があるのでございますから、そういうものを充てて道徳教育を強化するという措置は、早い時期にも実施し得ることでございますから、御了承願います。

野原覺日本社会党

○野原委員 課長は答弁をそらしたらいけない。僕は特設時間をどこからとるかということを聞いている。新聞によれば文部省の方針として図工を減らす、音楽を減らす、習字を減らすということが報道されているのです。それに対する答弁はまだしていない。その答弁を求める。

斎藤正文部事務官(大臣官房総務参事官)

○斎藤説明員 その点は先ほど申し上げましたように、教科の時間の割り振りというものを全体的に検討しておる段階でございます。

野原覺日本社会党

○野原委員 大臣にお尋ねしますが、実はあなたが特設時間でやると申されましても、全体的に検討しておる段階なんです。全体的に検討した結果、そういう時間はどうしても困難だ。音楽、図工、習字、そういった情操教科目の時間をはねようというねらいを事務官僚が立てたことも事実です。しかしながら情操教育、芸術的な陶冶、品性の陶冶というものは、単に善悪の倫理的な面からのみの陶冶ではなくて、やはり芸術的な面の品性の陶冶ということが重大である。そのために明治の学制頒布以来、音楽や図工というものは、何も一流の音楽家に仕立てるとか、あるいは美術家に仕立てるということではなく、そういった品性の陶冶をねらってやってきているのです。その時間をぴんはねするというようなことはやはり問題がある。こういう反対もある。文部省は方針がきまっていない。方針がきまっていないのに、四月一日からの実施というのはおかしいじゃないですか。それはあなたがただ夢のように考えておるだけなんです。それともはっきり四月一日から実施と少くとも省議においてはその方針がきまっておることなんですか。もう一度お尋ねいたします。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 省議においてきめたことはないんです。そこで先ほど申し上げる通り四月一日からでもやりたいというのは、りっぱな案が出てきて、そうしてこれならば世間でも納得してくれるというような万全な案が出てくれば、そうすれば善は急げで早くやりたい、こういうことであります。それで実は野原委員の御質問のうちにあったように唱歌ですね、そうした時間を減らすのじゃないかというような質問もいろいろほかからあります。そこで私もそれを心配しまして、実は内藤局長を呼んで、そういうことがあった日にはとんでもないことである。そうした唱歌とかなんとかというのは、やはりお説の通り僕は一つの情操教育である、道徳教育である。であるから、これを減らして、そうしていわゆる修身科というか道徳科というか、その時間を特設するということは間違っていはせぬかということをいろいろ相談いたしました結果、絶対にそれはありません、減らしません、こういうことを内藤局長は言明いたしております。そこで私もそれはそうであろう、やはり同じ道徳教育だから減らすはずはないのだと言って笑って話して別れたのであります。でありますから、今の減らすという問題については、私はあまり心配いたしておりません。ただ来年の四月までに果してりっぱな成案が得れるかどうか、こういうことで心配しておるのでありまして、もし得れなければ、そのままでいくよりほかありません。けれども、りっぱな案が得れれば、繰り返して申しますけれども、早くやりたい、こういうだけのものであります。

野原覺日本社会党

○野原委員 そうなりますと、音楽や図工や習字の時間を減らさぬ、これは減らさぬということにきまったわけですね。これは絶対に減らすことはない。減らすことがなくて特設時間を設けるということであれば、実体的な時間はふやす、三つ子でもこのくらいの算術はできるのです。私も数学は不得手ですけれども、これはふえる、こう思ってよろしゅうございますか、

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 今の音楽の時間を減らさないということは、はっきりしております。この間私といろいろ議論してそれはきめた。しかしそのほかの、あるいは習字とか、それも減らすということはまだ一ぺんも私は聞いておりません。聞いておりませんから、減らさずに何とかやりくりしていけるのじゃないかと思うのです。そこでまだ減らすとか減らさぬとか——音楽を減らさぬということだけは、われわれの相談では、それは私ははっきり聞いている。しかし他の学科を減らすとかなんとかということはまだ聞いておりません。それは今の教育課程審議会や、それから学習指導要領あたりで的確な案を一つ作り上げてきめる問題だと思っております。今審議中です。

斎藤正文部事務官(大臣官房総務参事官)

○斎藤説明員 補足してお答え申し上げます。先ほども申し上げましたように、現在教育課程審議会につきましては、教科、教科外の時間全体について検討しておるわけでございます。ですからどの時間がふえ、どの時間が減るということを前提としておるわけではありません。でございますから、大臣のお答えは、道徳教育のためにある教科を減らすのだ、こういうことではないということをお答えしたわけであります。そこで道徳教育につきましては、現在もいろいろ教科外のホーム・ルームあるいは学級会というような時間があるわけでございますから、その道徳教育を強化するという観点から、時間を設けるということは、現在でも可能なわけであります。その方針をとりますれば、道徳教育を強化するという大臣のお考えのように、できれば四月から実施することも可能なわけであります。それから、全体の時間が、まだ審議中であるから、道徳教育の時間を特設するということができないのではないかという御質問もございますけれども、小中学校の道徳教育については、時間を特設して強化する必要があるという点につきましては、審議会もすでに意見を出しているようなわけでございますから、その意見に基いて、文部省としては実施の方法を検討しているわけでございます。

野原覺日本社会党

○野原委員 一体どちらの言うことを私は信用したらいいのかわからぬ。これは文部大臣、片々たる課長の言を私どもは信用したくない、失敬ながら。いやしくも国政における責任者は国務大臣である。だから、私は文部大臣の答弁されたことにウエートを置いて質問を続けたいと思うが、今課長の答弁によれば、一体道徳教育というものを必須科目として教育するのかどうかすらも疑わしい。たとえばホーム・ルームという時間があるではないか、課外でやることもできるんだというようなニュアンスの発言をされておる。僕が聞いておるのは、教科の時間というのは必須、必ず課さなければならぬ教科時間というものは法律で定められておる。その法律で定められておる教科の時間の絶対量を一体ふやすのか、ふやさぬのかということを私は尋ねたのです。率直に聞いておるのです。ところが新聞によれば、図工や習字を減らして、そこから時間をとってくるような書かれ方もしておるから、そうかと聞いたら、断じてそういうことはないと大臣は言う。断じてそういうことがなければ、これは国語や算数の時間を減らすということもない。まあそうであれば、時間はふやすのではないか、ふえるんではないか、こう私は思うのです。ところがそういうことに対して斎藤課長は、いやそれは教科外の道徳教育ということも考えられるのだから、ホーム・ルームというようなこともやられておるのだ、今日の教育では。こういうことであるけれども、ホーム・ルームや教科外のそういったようなことは、何も特設科目としてわれわれが論すべき範疇に入らないのですよ。こういうことは特設科目として問題になる限りは、やはり特別に、そこで必須の教育科目として、これは私どもが考えていかなければならぬことになるわけなんです。一体この点どうなのか。この二人の答弁が食い違っておるから、このままでは審議できない。私どもはこのままでは質問を続けることすらもできない。もう一ぺん大臣の責任のある御答弁を承わりたい。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 これは文部省としても研究中ですよ。今きちっと、文部省がこうするといって案をきめて、そうしてあなたがさっき言われた通り、これならばよし、矢でも鉄砲でも持ってこい、こっちはやっていくぞという、まだ決心ができているのじゃないのです。であればこそ、教育課程審議会や学習指導要領によって、そうして何とか一つやっていきたいと、こういう考え方で進んでおる。でありますけれども、私の考え方としては、なるべくりっぱな成案を得れば、来年の一学期からやりたい。こういうふうな考えです。(「得れば……」と呼ぶ者あり)そうですよ。りっぱな成案を得ないのにやれるはずはない。それはその通りです。そこで今野原君の言われた通り、一体、そうすると、唱歌、音楽ですね。音楽とか習字とか、あるいは歴史とか国語とか、そういうのを減らしてまでやるつもりかと、こういうお話ですが、それがさっきも言った通り、内藤局長といろいろ議論をしました結果、そういうのは減らさぬでいける。やろうとすればいける。それはどうしていけるかというと、今言った通り、ホーム・ルームとか、あるいは学級会とかいう時間もあるから、その時間をさいてやろうと思えばやれる、こういう話でありますから、他の科目を減らさぬでもやっていける、こういうことを言っております。しかしそうした問題についても教育課程審議会等の審議を経て、確定案を作りましてから決心したいというふうに考えておる次第であります。

野原覺日本社会党

○野原委員 そういたしますと、時間について、まだ最終的な成案を得ていない、こういうことになろうかと思うのです。これは非常に問題です。私どもが今日まで受け取ったことは、来年四月一日からやるとあなたも今おっしゃったのですから、そういったようなこまかい成案まで得た上の、これは来年四月一日ということでなければならない。ところがよくお聞きしてみれば、時間についてもまだ成案を得ていない、こういう段階であるということを初めて知ったわけなんです。  そこでもう一つお尋ねをいたしますが、来年の四月一日からあなたはそういったような時間その他についても成案を得てやられるとした場合に、斎藤課長はこれは教科外の考え方も可能だというようなことを申されますけれども、名前が倫理科とか道徳科とつこうとつくまいと、やはり一つの目標を立てて、学習指導要領についても一定の学習指導要領なるものを出して、小中高等学校の教科として児童生徒に教育することが、名前がどうあろうとも一つの道徳科であり一つの倫理科であることは間違いないのです。そうなると、そこで道徳科とか倫理科という教科が一つここでふえたことになる、従来の教科に。これは私は否定できないと思う。そうなれば、そういった教科がふえてくるということになるとこれは大へんなことであって、これはやはり国会に審議してもらわなければならぬ幾多の法律上の問題が起ってくるのであります。法的措置ということをとらなければなりません。その点についてはどういう御見解を立てていらっしゃるのか。どういう御準備を進めていらっしゃるのか承りたい。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 今御質問のその問題も研究中なのです。果して法律を新たに作って、そうしてやらなければならぬかどうかということもこの間いろいろ相談をしまして研究中でございます。

斎藤正文部事務官(大臣官房総務参事官)

○斎藤説明員 先ほど私申し上げましたことは、大臣のお話と違うように御理解になったようでございますが、そういうことではございません。私申し上げましたのは、道徳教育の時間を特設する必要があるという審議会の意見もあったし、その方針に基いて検討しておるということを申し上げたのでございます。ただ時間というものは教科の時間もあり、教科外の時間もあるという点を申し上げただけで、全体の時間の割り振りはいろいろあるということを申し上げただけであります。またただいまの教科の設定云々ということは、一般的の教科の設定云々はこれは法律の事項ではございませんで、学校教育法によりまして、監督庁の権限にゆだねられておる事項でございますから、念のために申し上げます。

野原覺日本社会党

○野原委員 こういった教科を設けることになれば、法的措置を講じなければならぬことは大臣が御承知だろうと思うのです。学校教育法の第十八条を私は一々読み上げませんけれども、これはごらんいただけばおわかり願えるように、「小学校における教育については、前条の目的を実現するために、左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。」とある。左の各号に掲げる目標の達成として一から八まで書いてある。一から八まで掲げてあることが、あなた方が考えておる道徳教育の目標をそのまま述べておるとは私は思わぬのです。そうなれば来年四月一日から学校教育法の第十八条の改正をしなければできませんよ。法治国家がそういうような手続もとらないで、来年四月一日からやるのだといった、そんなしろうと流の素朴な考えで道徳教育を考えていたらとんでもないことです。  それから学校教育法の施行規則第二十四条というのをごらんになればわかるように、「小学校の教科は、国語、社会、算数、理科、音楽、図画、工作、家庭、及び体育を基準とする。」とある。特設教科でいくんだ、まだ名前はついておらぬにして毛、これは特設教科で一つの目標を学校教育法の十八条でお立てになる。そうして学術指導に向けるということになれば、これは施行細則の第二十四条に名前がきまったら一項をうたわなければできやしません。しかも教員免許法に至ってはいかがでございますか。教員免許法になりますと、第四条五項です。「中学校及び高等学校の教員の免許状は、左に掲げる各教科について授与するものとする。一、中学校の教員にあっては、国語、社会、数学、理科、音楽、図画工作、保健体育、保健、家庭、職業」、高等学校にあっても、倫理道徳というようなものは免許法にもございません。だからして、あなた方がこういうような教育をやるのだと主張されましても、まずその教育のできる教員の充足を法的に考えていかなければならぬのです。道徳くらいは学校の教員だからわかっておるだろう。そうしたしろうと流の考えで臨んでおっては、法律は意味をなさないのです。だから教育職員免許法なり、あるいは学校教育法なり、あるいは学校教育法の施行規則なり、こういったようなものの改正措置をどのように考えておられるのか。成案があれば来年四月一日から実施をするというのだから、次の通常国会の劈頭にでも学校教育法の改正をやるのかやらぬのか。免許法の改正をやるのかやらぬのか。そういう準備はできておりますか。これを大臣に承わりたいのです。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 いよいよやるということにきめれば、決心すれば、法律に支障ないように万全の策をとりたいというふうに考えている。しかし先ほど来申し上げる通り、まだ教育課程審議会の最終の結論も得ておりませんし、従ってりっぱな案ができれば、少しでも早くやりたいと思っておりますけれども、まだそこまで決心いたしておりません。従っていよいよ出すというときには、御説のような点もよく研究いたしまして、支障なきを期したいというふうに考えております。

野原覺日本社会党

○野原委員 そうなると、まだきめていないのですね。これは大事な点ですから、国民はこれを知りたいのです。道徳教育に反対のものも賛成のものも知りたい。いよいよやるとは、今の段階においてもきめていないのですか。これはどうですか。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 りっぱな成案を得ればやりたい。しかしりっぱな成案を得るか得ないかがまだ現われてきておりません。最終的の段階に来ておりません。そこでその上で、私らも方法律に違反のないようにやりたいというふうに考えております。

野原覺日本社会党

○野原委員 成案を得なければやらないのですね、逆に言えば。成案を得なければやらぬということだろうと思う。そうなると、やるかやらぬかは未定だ。だからあなたがここで私の質問に答弁することは、道徳教育をやるかやらぬかは未定です、こう正直に答弁されたらいいのです。来年四月一日からやるからと言うので、一々聞いていくと、成案を得ればやる。だから成案を得なければやらないのかと言ったら、そうだ、こういうような循環論法では、話がやりにくいのです。だから目下研究中であり、来年四月一日からやるかやらぬかは未定、このように受け取ってよろしゅうございますか、お尋ねいたします。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 その通りでございます。

野原覺日本社会党

○野原委員 その通りだということでございますから、道徳教育については幾つか問題があるわけですけれども、たとえば法律の問題、その他立法措置なり、通達によるやり方なり、いろいろな問題について私も私なりに検討はしてきておりますけれども、一応道徳教育については、未定でありますから、おきましょう。しかしながら、私どもは議会を尊重される岸内閣、特に議会人として長い間苦労されて今日まで来られた松永文部大臣、あなたは官僚政治家でありません。政党政治家であるあなたが、こといやしくも重要な日本の文教政策の最も困難ともいうべき道徳教育の問題を、小中高の教科に加えるか加えぬかというような重要な問題を、国会を無視して、文部官僚にまかせ切りで、一片の通達や一片の内規みたようなもので、あるいは教育長を呼び集めて訓示するような暗い官僚的なやり方で実施される大臣とは思わないのです。あなたは今日まだ具体的な決意を得ていないようであります。成案を得ていないようであります。従ってだんだんこれから成案が出そろって——いつになるかわかりません。再来年になるかもしれぬでしょう。しかしながらあなたの文部大臣である限り、そういう具体的なものが出そろってきた場合には、適当な機会に国会の文教政策を担当している文教委員会には、あなたの方針、決意をお述べになって、文教委員諸君の質疑にもお答えになられることが私は政治家としての当然の務めであると思いますが、この点についての大臣の御所見を承りたいのであります。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 官僚政治家でないということだけはあなたから焼き判ついていただいたが、まことにその通りであります。でありますから、議会の御主張を尊重することはもちろん、できるだけ皆さんの御意見も承りたいと考えております。

野原覺日本社会党

○野原委員 そういたしますと、一応道徳教育については終ります。  第二の問題は、勤務評定についてです。これはまた道徳教育と同じように今日の大きな問題になってきているわけでありますが、これは櫻井委員なり辻原委員なりあるいはその他わが党の同僚の議員諸君から休会中に当委員会で質疑されたことでもありますけれども、今なお私はその記録を手に取って読んでみまして、はなはだどうも納得できない点がたくさんあるのであります。そこで私も率直にお聞きしますから、一つ率直にお答え願いたい。  まず第一に私がお聞きしたいことは、勤務評定の基準案の作成であります。勤務評定はやられるということだそうでありますから、このことの可否について意見がありますけれども、これはあとに譲りまして、勤務評定基準案の作成はただいま完了されましたか、どこまで進んでおりますか。これは記録によりますと、目下作成中だということだったのでありますが、あの委員会からかなりの時日も経過しておりますから、相当進捗していると私どもは思うのであります。どこまで基準案の作成は進まれたか、お尋ねします。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 この問題はなかなか大きな問題で、全国から勤務評定反対だという声が相当強く起っております。そうして私のところにも多数の文書が参っております。しかし中には勤務評定実施に賛成だという説もないではありません。しかしいろいろな角度からいろいろな研究をせられた人々がその意見を寄せられております。従ってこの間も何回も庁内でいろいろ評議をしてみたのですが、まだ最終結論には到達いたしておりません。従って基準案をまだ作成いたしておりません。まだいつ作成ができるかということもお答えすることができません。今現に研究中であります。

野原覺日本社会党

○野原委員 その鋭意研究中は、何をどこまで研究されているのか。基準案の作成はまだやっていない。私の受け取りがまずいのかしりませんが、ただいまの御答弁によると、基準案の作成にはまだ手もつけてないようにも聞えるんだ。しかし私どもはそうは思わぬのです。それはあなたがいろいろな、たとえば教育長の会議、あるいは校長の研究協議会、その他特にここに出ておりませんけれども、初中局長の内藤君のごときは、そういった教育実際家のあらゆる会合に行っていろいろ訓示したり、あるいは新聞記者諸君に談話を発表しておる、あなた自身も発表しておる。それによれば、やはり勤務評定というものはやるのだ、こういうことを言っておるじゃありませんか。やるのだということであれば、基準案についても考えがあるはずです。文部省議によるまとまった基準案は完了していないといたしましても、今日考えられておる基準案というものがあるはずです。それは一体どういうものか。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 勤務評定をやらなければならぬということは法律できまっております。きまっている以上は鋭意これを断行するというふうに研究するのが私としては当然だと思う。従って研究をいたしております。国家公務員、地方公務員はもうすでに実施いたしておるようでありますが、学校で教鞭をとっておられる先生方の勤務ぶりは看貫にかけていいとか悪いとかいうことを表わすことができないのと同様に、なかなか困難な実情があるようです。ですから、これはすべての人が納得せられるようなよほどりっぱな案を作らなければいかぬというので、一生懸命今研究はいたしておりますけれども、まだその基準案なるものができ上っておりません。それだけ御了承願います。

野原覺日本社会党

○野原委員 でき上りましたら、各府県教委に文部省基準案というものをお示しになられると思うのです。だから、こういう作業を進めていく場合には、やはり一つのスケジュール、見通しをお立てになってされておると私どもは思う。一体いつごろになれば各府県教委へ文部省は基準案というものを——あなた方が考えての理想案を完了されてお示しになられるつもりか、大体のことでけっこうでございますから、承わりたいのであります。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 今日まで何度も内藤局長あたりと相談してみたのですが、その基準案がまだできません。そこへもってきて、それじゃいつごろまでにそうした基準案を作るのだということもきまっておりません。それはなぜかというと、文部省が自主権を持ってこれを断行するのじゃありません。御承知の通り都道府県の教育長がこれをやるのでありますから、われわれの方はいわばわき役です。ですから、こっちからまだそうした基準案を作って流すという程度には到達しておりません。ことに望ましいことは、全国みんながうまく一律にいけばよろしゅうございますけれども、あの県はそうした勤務評定を断行する、あの県は断行しないというようなちぐはぐになることは好ましからざることでありますから、やるならばできるだけ統制していきたいという念願を持っております。しかも今申し上げた通り、自主性を持った問題でございませんので、いつやるということまではまだ決定しておりません。

野原覺日本社会党

○野原委員 いつやるということはまだきめていないということでありますが、私最近承わるところによりますと、非公式ではございますが、大体臨時国会が終りまして、次の通常国会に入るその中間で勤務評定の文部省案を都道府県の教育委員会に示されるということが流布されておる。それは絶対に間違いと受け取ってよろしゅうございますか。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 野原委員のお話、初めて私は承わりました、この通常国会までにそうした勤務評定の基準案を出すのだということは、私は初耳です。さようなことは承知いたしておりません。ただこれもプライベートな話でございますけれども、どうせ包み隠す必要はありませんから申し上げますが、日教組の小林委員長、高教組の軽石さんですか、この人たちとこの間この政府委員室で会いまして、いろいろ懇談を重ねた結果、今申し上げた通りお答えした。そうすると、早急にやるのではないか、早急にやりません、やるも何も私のところにはまだそういう案を持ってきておりません。文部省から流す以上は大臣の私が了承しない案を流すはずはないと思います。だから私は承知いたしておらぬ。しかも今すぐ持ってきても、臨時国会開会中でありますから、研究する余地も何もない。従って臨時国会でも済んだらゆっくり一つ研究したいと思う。こういう話をいたしましたところ、小林君並びに軽石君は、それじゃ臨時国会が済んだならば通常国会までのうちにもう一ぺん会いましょうと言いますから、けっこうです、何度でも会いましょうということで別れた。それがどう流布されているか知りませんけれども、私の承知しております範囲内においては、通常国会までにそうした基準案を作成して流すなんということは承知いたしておりません。あなたから聞くのが初耳なんです。

野原覺日本社会党

○野原委員 大臣も御承知のように、この勤務評定は法律できめられているから実施するというような単純なものではなく、なるほど法律にきめられてはいるけれども、先生が子供を教育するという、その勤務評定の仕方というものは実にむずかしいのであります。これは私が例を引くまでもなく、たとえばヨーロッパにおいては教育聖人と言われるペスタロッチ、今日では教育の神様にされておりますけれども、欧州のあの混乱した時代においては、ペスタロッチがあの教育方針を取ったときには気違い扱いされていたのです。そしてスイスから追い出されている。たとえば日本においては石川啄木が若いときに青年教師として岩手県の渋民村に行って教員をしております。石川啄木は御承知でありましょう。あの人の歌に、「石をもて追はるるごとくふるさとを出でしかなしみ消ゆる時なし」。青年教師啄木も気違い扱いされて渋民村から追い出されている。しかしながら啄木の歌、啄木の芸術教育に対する考え方というものは、明治、大正、昭和の今日、どのような感化影響をもたらしているかということも考えなければならぬ。事ほど教育というものの勤務評定というものはむずかしい。文部省の局長や課長が机で仕事をすることの勤務評定はきわめて簡単です。そろばんをはじいてちゃんとわかっているのでございます。しかしながら子供の品性を陶冶し、子供と一緒にほんとうに裸になって、子供の頭のシラミを取り、職員会議をやってもろくすっぽものも言えなくても、子供の教育においては気違いと言われるくらいの情熱を持った教師さえもある。発言はまずくても、あるいは表面は規律的でないように見える先生でも、子供自体はその先生を親とも慕い、兄とも慕っている教師があるのです。そういうような勤務評定を、今日の校長といえども、できる校長もあるでしょうけれども、できない校長もざらにある。いわんや教育委員会の事務局長が月に一回か一年に一回教員室をのぞいてみるだけで何ができましょうか。PTAのボスに教育の情熱から反感を抱いて激論を戦わせば、ボスはその教員を感情的に憎む。そのボスの政治性が強ければ、教育委員会に働きかけ校長を動かしてその教員に劣等の烙印を押した場合に、一体その教員はどういうことになるのか、子供たちはどうなるのか、これを考えただけでも、教員の勤務評定といえば簡単に聞えますけれども、教員のなす教育という一つの仕事の勤務評定というものは非常にむずかしい。私はただいま初めて文部大臣から私と同じような悩みを悩んでおられることを承わって、実は意を強うしておるのであります。だから大臣もかつて、これは九月の何日でありましたか、当文教委員会でも言われたように記録に載っておりまするが、なお参議院の社会党の議員諸君にも、教育界でこれほど問題になっておる勤務評定については、私は抜き打ちにこれを課すようなことはしない、これは文教委員会の皆さんの意見も、私がこれをやるという段階が来たならば十分聞きたいのだ、こういうことを述べておるようであります。これは参議院の諸君とは非公式なことでありましたが、当文教委員会では公式にお述べになられておるのであります。今日もそうしたお考えを持っておられると私は信じますが、念のためにもう一度その点についてのお考えを承わっておきたいのであります。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 勤務評定のその基準をきめるという問題は非常にむずかしい問題であるということは、野原委員の御説の通りです。私も特に小学校教育、中学校教育、この教育が次の時代をになうわれわれ民族のために非常に大きな重要な問題である、従って先生と教え子との間に一脈の情愛が連結せられて、そうしてその子供の人格を陶冶し、その人間を作り上げていく、こういう御努力を願っておるわけなんであります。従ってこれはただ形式的に、こうした勤務をせられたとか、こういうように精励勤められたとかいうだけでは満たされぬということはよく承知いたしております。であればこそ急速にきめることができないで今もって研究中であります。私は特に知育の問題でなく徳育の問題では、先生と児童とのつながりに非常に重大な考え方をしなければいかぬ、こういうふうに考えますので、御説のようなことも特に重点的に考えておるのであります。従ってできるだけ多くの人の意見も聞きたいと考えておりますけれども、しかしこの委員会にかげて、そうして委員会の御決議の上でやるかやらぬかということは、これは今ここで断言するというわけには参りません。よく一つ研究しまして、できるだけ皆さんの御納得のいけるようにしたいというふうに考えております。

野原覺日本社会党

○野原委員 委員会の決議をあげてやるかやらぬかではなしに、やはり委員会で問題になってきた教育上の重大な、これは教育行政の大きな問題でありまするから、やはり委員会で質疑の機会といったようなものを与えなければならぬ、これは当然のことだろうと思うのです。これは御同感願えますかどうか、だめ押しでございますけれども承わっておきます。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 これは今ここでそう言質をおとりにならぬでも……。政治家としてそう筋道の違うようなことはせぬつもりでございます。どうぞその点は御了承おき願いたいと思います。

野原覺日本社会党

○野原委員 そのことを聞いて私も非常に心強く思うのです。ただ私は文部大臣に、御忠言と申してははなはだ失礼でございますけれども、私も文部省内の事務が一体どのようになされておるかは知りません。しかしながら内藤初等中等教育局長、それからその下における木田課長、こういったような諸君が、あなたがここで答弁されたあなたの精神を体して、新聞記者諸君に話をし、外部に臨んでおるとは限らぬのです。いやしくも文部大臣は、内部におきましては省の各部局を統督される、これは当然のことであります。あなたがここで述べられたことは速記に載り、あなたの述べられたその方針と違った行動がもし至るところで行われておるというような場合には、あなたは国務大臣であるとともに行政大臣でございますから、これはそのまま放擲されるとは思わない。御所見を承わっておきます。

松永東自由民主党文部大臣

○松永国務大臣 公人として役人がやったことならば、もちろん私が責任を負い、さらにその行動については統制をしていかぬならぬと思います。しかし個人としてやったことは、これは仕方がありません。ですから私の今承知しておる範囲内では、私の考え方に反したことを局長あたりがやっておるとは考えておりません。どんなことをやったか知りませんけれども、やはり私と意見を同じうしておる、こういうふうに私は考えております。

野原覺日本社会党

○野原委員 これは時間をとりますから、ここで言えといえば言ってもよろしゅうございますが、たとえば勤務評定でもそうなんです。あなたは教員の勤務評定というものは非常にむずかしいことだ、こう正直に率直に述べられる。私はこれはそのまま受け取って同感の意を先ほども表したのです。ところがこれに対して、たとえば内藤氏、あるいは木田課長のごときに至っては、むずかしいかもしれないけれども、そんなことは何でもないのだ、やり方いかんによるのだ、こういうような発言をされるということはどうか。あなたがむずかしいのだというようなことであれば、やはり局長も課長もむずかしいのだということでいいじゃないか。(笑声)それを至るところで言っておる。私は内外教育通信の記事なりその他そういったものを出して——これは今後文教委員会もあることでございますから、基本的にあなたの考えを聞くだけにとどめておきますから、よしますけれども、しかし大臣の国会における答弁と異なるような動きその他があるということは、これは教育界を混乱させる以外の何ものでもないのです。そういうものは国政の上において責任のとりょうがない。あなたに対して責任があるだけなんです。局長、課長は私どもは失礼ですけれども問題にしておりません。問題にしたら国会議員が笑われる。私の問題にするのは国務大臣、そこに日本の憲法なり行政の建前があるのでございますから、十分なる監督をされるように。なお勤務評定と道徳教育については問題はたくさんありますけれども、しかしながら先ほどの大臣の御答弁がありましたから、私としては本日はこの程度で終ります。以上。

長谷川保日本社会党

○長谷川委員長 本日はこの程度とし、委員会散会後理事会を開きます。次会は六日午前十時より開会いたします。  本日はこれにて散会いたします。     午前十一時四十八分散会

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