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27回国会衆議院1957/11/12

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号

発言数
68
登壇者
10
会派数
2
開催日
1957/11/12

会議録

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 これより会議を開きます。  初めに、請願日程の審査に入ります。日程第一ないし第六の未帰還者調査機構拡充強化に関する請願は、同趣旨でありますので、一括して審査をいたします。  紹介議員の御出席がありませんので、委員長共より説明いたします。本請願の、要旨は、戦後十二年なお多数の未帰還者を数える現状にあり、その大部の者は終戦後の消息不明によるもので、これが調査究明は戦後処理の重要問題であるとともに、人道上においても等閑に付することのできない問題であるが、従来この調査についての予算は年々制約されて、調査にとかく徹底を欠く実情にあることは、留守家族としてまことに遺憾にたえない。ついては、今後あらゆる手段を講じて調査究明を進めるため、調査機構の拡充強化とこれに伴う予算措置を講ぜられたいというのであります。  右請願につきまして、政府の意見を伺います。

吉田元久厚生事務官(引揚授護局末帰還調査部長)

○吉田説明員 調査究明の実務を担当いたしております私といたしましては、未帰還調査問題も最終段階に立ち至っておりますので、ただいま請願の趣旨にもありましたように、私といたしましても、上司に対しては極力予算人員の縮小をされないように、最後にできるだけの調査をいたしたい、こういう所存で上司の方にもお願いをいたしてあります。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 本請願について御発言はありませんか。――御発言がなければ、次に移ります。     ―――――――――――――

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 次に、日程第七の里帰り婦人に対する帰国船の早期派遣に関する請願を審査いたします。  紹介議員の御出席がありませんので、委員長より説明いたします。本請願の要旨は、中共よりいわゆる里帰り別委員会議録第をしている婦人たちは、引揚船廃止後、帰国船の便宜を見られず、長期滞在を余儀なくされ、これに伴い滞在費用の負担が日増しに加重となり、山形県の場合においても各世帯とも生活保護の給付を受ける状態にある。一方中共紅十字社においても、戦犯引取船の際、同時帰国を強調している。ついては、これら里帰り婦人たちを早期送還できるよう、帰国船を派遣されたいというので、あります。  右請願につきまして政府の意見を伺います。  暫時休憩いたします。     午後一時四十九分休憩      ――――◇―――――     午後一時五十三分開議

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 これより会議を開きます。  引き続き請願の審査を行います。日程第七の請願について、政府の意見を伺います。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 早帰り問題につきましては、当委員会におきまして先般参考人等をお呼びになりまして、いろいろ意見を御聴取いただいたわけでございますが、またその際、政府の考え方も申し上げた次第でございます。国会といたしましてもいろいろ解決にお骨折りをいただいておるところでございますが、まだ話し合いがつかないで、今日に至っておる次第でございます。今後さらに三団体とも話し合いをしていきたい、かように思っておる次第でございます。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 本請願について、御発言はありませんか。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 里帰り婦人の問題で、まだ話し合いがつかないということですが、十一月二十日というのは、あれはどうなっていますか。政府が言っておられた十一月二十日に外国船に乗せて帰すということ、これも私は解決の一段階だと思うのです。全面的の解決はできなくとも、やはりそういう前進があるやに聞き及んでおりますが、そういうこともまだ未定なんですか。その点を一つ確めておきたい。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 私の答弁が少し不十分でございましたので、追加をさしていただきたいと思います。里帰り問題と一口に言いましても、ただいま御指摘になりましたように、現在こちらにおる人たちを向うに送り帰す問題、それから新たに向うから日本に来たいという人の問題、両方あるわけでございますが、日程第七による請願の趣旨を見いたしますと、両方の問題が含まれておるように拝見をいたした次第でございます。こちらから向うに行きます里帰りの方々につきましては、ただいまお話のございましたように、今月の二十日ごろ便船に特別の就航をたのみまして、送り帰すように三団体から向うに電報を打っていただいておる次第でございます。里帰り問題のあとの方の問題につきましては、先ほどお答えいたしましたような状態で、今後の話し合いに残されておる、こういうふうなことになる次第であります。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 三団体から向うに電報を打って、向うからの、返事はまだ参っていないのでありますか。それから、もし外国船で帰られる場合、厚生省としては何名の手はずを完了しておられるのか、あるいは手続等については未完了のままであるのか、その点をお伺いしたい。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 先ほど申し上げました電報に対する返電はまだいただいておらないようでございます。それからただいま送り帰します者に対するいろいろなお世話を日赤等において行なっていただいておるわけでございますが、大体私どもで承知いたしておりますところで、八百名ちょっと切れる数字の者が申し込みをしておる、かように承知をいたしております。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 ほかに御発言はありませんか。――御発言がなければ、本日の請願日程第一ないし第六の各請願は、いずれもその趣旨が妥当でありますので、これを採択の上、内閣に送付すべきものと決することとし、報告書の作成等に関しましては、委員長に御一任願うことに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 御異議なきものと認め、さよう決定いたします。  なお、日程第七の請願は審査を保留することといたします。  なお、ただいまお手元に配付いたしてあります通りの陳情が、委員会に参考のため送付されてありますので、ここに御報告いたします。     ―――――――――――――

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 これより、海外同胞引揚及び遺家族援護に関する件について、質疑を許します。櫻井奎夫君。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 私は当面問題になっておりますところの里帰り婦人の帰国の問題、及び戦犯八名、一般帰国者、未帰還者等々の問題について、厚生大臣にお伺いをいたしたかったのでありますが、大臣が時間をさく余裕がないそうでございますので、次官にお尋ねをいたしたいと思います。  この問題は、御承知の通り、八月以来問題になっておりまして、当委員会といたしましても、三団体との間に立ちまして円満なる解決に尽力いたしたのでありますが、いまだその最終的な妥結に至っていないわけであります。当面の措置といたしましては、三団体を通じて、現在日本におりますところの八百六十名のうち、八百名だけは外国の便船をもって、日本政府が金銭的な援助をして中共に帰す、こういうことを三団体を通じて向うの紅十字会に電報をもって問い合わせておる、こういう現状であります。これは変じがきてみなければ何とも申されないわけでありますが、それにいたしましても一応八百名前後の里帰りの人は中共に帰ることができるという第一段の措置は曙光を見たわけでございますが、依然として残っておる問題は、八名の戦犯、それから一般の未帰還者、これは当然天津に集結をして、おると予想されるのであります。なおまた三団体を通じての情報によると、新たな里帰りの人も集結しておるやに聞き及ぶのでありますが、その数は今のところさだかでありません。しかし、いずれにしても、八名の戦犯以外に一般の未帰還者と里帰りの人が相当数天津に集結しておるということは、想像にかたくない。実際集結しておるものと思われます。この処置を一体政府はどうするのか。これはすでにもう三カ月も前、これを引き取ってくれということを紅十字会を通じて日本引揚三団体に正式な申し込みがしてある。三団体も政府にこの点を申し入れをしたわけです。私どももその間に立ったわけですが、解決点に立ち至っていないのです。これがいまだに解決されないということは、やはり国際信義の点についても、あるいはまた今までの円滑にいった引き揚げの最後の締めくくりの時期に達しておって、はなはだ遺憾に思う次第であります。この点について、八百名を帰すということ以外の戦犯、一般引揚者、あるいは大津に集結しておるだろうところの新しい引揚者、これはいずれも向うの政府の負担で、かりに集結しておるとすれば、そこまでの旅費、あるいは滞在費というものは紅十字会になり、向うの政府が負担しておることは、今までの例から明らかであります。そういうことにいたしますれば、いたずらに向うの方に非常な迷惑をかけておるということになりますが、政府としては、この処置に対してはっきりした態度を示さなければならない時期に達しておるわけでありますが、どのように考えておられるのか、御所見をお伺いしたいのであります。

米田吉盛自由民主党厚生政務次官

○米田政府委員 ただいま、この問題につきまして、櫻井委員も御承知のように、当委員会からいろいろごあっせんをしていただいております。私どもの方といたしましては、相なるべくは、ごあっせんのように御決定願えればと考えておるわけでございます。最初政府といたしましては、十月八日に練習船を配船する、こういうつもりで三団体の方にもお答えを申したのでありましたが、この方面の御了解を得られないというようなことで、だんだんと延びて参っておるという点につきましては、まことに申しわけないと思っております。私どもといたしましては、当委員県会のごあっせんによって何らか打開をいたしたい、こういう考えであります。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 これははなはだたよりないお答えをちょうだいするのであって、私どものあっせんは、遺憾ながら成功しなかったのです。非常に廣瀬委員長も頭を悩まされまして、廣瀬試案なるものを出されたのでありますが、三団体のこれに対する同調を得られなかったのが現在の状況なんです。そうすれば、政府としては国会の特別委員会が何とかやってくれるまで手をこまぬいているということは、私ははなはだ無責任だと思うのです。私どもあっせんの労は幾らでもとりますけれども、これにも限度があるのであって、今の段階ではついにわれわれの努力が報いられなかったし、また最終段階においては、遺憾ながら自民党さんと私どもの問に少し見解の開きが出て参りまして、このあっせん案は、委員会としては一応白紙に立ち返ったのです。このことは、はっきり委員長から私どもの方に通告がありました。当委員会のあっせん案というのは、一応持った段階がありましたが、これは全部白紙に返すということが、委員長名をもって私どもに通告が参りましたので、従って私どもは当委員会のあっせん案は、現在の段階では消えてなくなっている、こういうふうに了承しているわけであります。従って、この八百名は帰すが、あとはそのままということになっているのです。これは政府として私ははなはだ無責任であろうと思う。一切の引き揚げに関することは、国交が回復してない現在では、向うの政府と日本の政府が話し合いができないのですから、三団体を通じてやる以外に方法はない。大津協定においてもこのことは明らかである。従って、天津協定を最後まで円滑に遂行できるような悪夢を政府がとってやるのが、私は当然の政府の務めだろうと思う。戦犯を向うは釈放して、迎えに来てくれと、言っている。まだ半年たっても船を出さない。こんなことでは、国民だって承知しないと思うのです。従ってこの八百名は帰すとしても、あとをどうするか。十月八日に五十人乗りくらいの小さな練習船を配船する。これがだめだったから、あとは知りませんということでは、大へんなことだと思うのであります。何らか三団体をも納得させるような別の案を厚生省としては用意しておられるのかどうか。何もなくて、ただ特別委員会のあっせんなり三団体の何とか言ってくるのを待っている、こういう全く無為無策では、この問題は解決できない。いかがですか。

米田吉盛自由民主党厚生政務次官

○米田政府委員 今の櫻井委員のお話によると、政府は何もしてなかったような工合に聞えたのですが、御承知のように、相当努力いたしました。最初の線からは、政府としても誠意の跡をお認め願える程度にはやったつもりでございます。不幸にして三団体との間に了解が得られなかったという点だけでありまして、何もしておらなかったような印象は、一つお取り除きを願いたい。相当努力している。しかし、それは残念ながら三団体に受け入れられなかった。最初の政府の考えからは、政府としてもずいぶんいろいろの面でやったつもりでございます。それから明日、三団体の方においで願いまして、われわれとしては、一体どういうところが違うのか疑うくらいなんでございますから、十分三団体の真意も伺ってみたい。そして早急に新たなる考え方を立てたいと考えております。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 私は厚生省が何もしなかったと言っているのではないのです。それから最初の考えからよほど譲歩したのが努力だとおっしゃっておりますが、厚生省の最初の考え方自体が間違っているのです。三省決定というのは、船を配船しないという考え方です。大津協定によって明らかなように、向うに帰国者のある限り、戦犯もある限り、日本から配船しないということはできないのです。そういうことを御存じなくて、政府がいかにも向うの政府と面接交渉しているかのような錯覚で、もう今度は船を出さないのだ、こういうことは考え方が間違っている。この件については、やはり紅十字会と三団体がやっているのです。これは国交が回復してないから、このような変態な措置をとらざるを得ないのは非常に残念でございますけれども、やはりそこに重点を置いて考えなくてはいけないのです。今度は便船を出さないのだというような決定を三省の会議で決定なさったということからみれば、練習船でも出そうということは一歩の前進です。しかし、これは天津協定の趣旨から見れば、決して前進ではない。それだけを厚生省は努力なさったとおっしゃいますけれども、それは努力ではない。当然のことです。ただ、やはり三団体としては五十人乗りくらいの船では困る。こっちに八百六十人もまだ帰れない人がいるのでしょう。一ぺん里帰りをしてきて、すでに五月から来ていて帰れないでおる人がいる。そういうのに五十人、乗りくらいの船をもって迎えにいくということだから、やはりこの八百五十人を乗せるだけの船を持っていって向うから来る人を乗せてきたら、一往復で済むじゃないかというのが三団体の考え方です。これは小学生が開いてもわかる。ところが、八百人を別個に外国船で、しかも、ドルを払って送り帰す、あとは五十人乗りくらいの練習船を往復使う、こういうはなはだ何だか納得のできない線を政府の方で出されるから、三団体が納得できないというのです。そこにやはり基本的に食い違いがあるのであって、これは政府がどうしても三団体の言い分をよくお聞きになって最終的な努力をしないと、これはこのままどうにもならないというようなことでほうっておかれたのでは、やはり国際的な問題でありますし、またどうなるかということについては国民も非常に関心を持っておる。三団体とあすお会いになって、いろいろ向うの要望を聞かれるということでありますが、その場合は、一つの条約というものがないのですから、今までの経過、慣習というものが非常に大きな拘束力を持ってくるのです。今までどういうふうにしてやってきたか、紅十字会と三団体との約束、これがやはり、国交が回復していないから、私は国際的に中共と日本の三団体との大きな条約に匹敵するものだと思うのです。それを重んじるように政府が処置をしていただかないと、いたずらに予算がないとか、こまかいむだな金を使いたくないとかというようなことでは、これは外国が相手ですから、日本の信義にも関することである。だから私は大臣の腹をよく聞きたいと思ったのです。厚生政務次官はきょうは大臣の代理で来ておられるのでしょうから、あなたの御答弁は大臣の答弁と私は受け取るわけでありますが、一体あす三団体と会ってどういうふうな――この問題解決に対する厚生省の試案というものは何もないのですか。戦犯はどうやるのか、一般引揚者はどうやるのか、これは六月から、向うから通知してきている問題です。それを何も案を待たずに、三団体の言うことを聞いて、少しこれは三団体の言うことがおかしいということでまた話がつかないということになれば、いたずらに期間を延ばすだけだ。援護局長でもいいです。何か案があったら一つ示して下さい。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 天津協定の問題を御引例になったわけでございますが、私ども承知いたしておりますところでは、天津協定には別にこの船の問題をどうこうというふうなことはうたっていないと考えておるわけであります。また従来の配船にいたしましても、戦犯を含む引揚者のための配船ということはあるわけでございますが、里帰りのために配船するという問題は、実はこれは新しい問題かと考えておるわけであります。厚生省の考えと政府の考え方が非常に間違っておるというふうなお話があったのでございますが、私ども必ずしも筋の通らないことを今まで申しておるというふうには考えておらないのでございます。先生もすでに御承知のように、今度送り帰す予定をいたしております里帰りの問題につきましても、当初の先方との話し合いの線からいいますれば、帰りは自費で帰っていただくというふうなことで、今回里帰りをしていただいたようないきさつもあるわけであります。そういったいきさつにもかかわらず、実際の実情を考えまして、国におきましても援助をして、帰っていただく措置をとるというふうなことでございますので、政府といたしまして何が何でも無理を通すのだというふうな考え方で今まできているわけではないのであります。相当誠意を示して今まで進んで参ったつもりでございます。先ほどお話の出ました、本委員会が中に入っていただいて、その結果委員長から示された案につきましても、これはもうすでに流れてしまったのだというふうなお話でございましたが、その内容となっておりますところは、私どもは決して無理な、あるいは筋の通らないものでなしに、むしろできるだけのことはしてあげようというふうな趣旨からできた案かと考えておるわけであります。この案自体の趣旨が受け入れられないということになりますと、私どもといたしましても、新しい構想と申しますか、今後どういうふうに考えていったらいいかということに、むしろ戸惑いをするわけであります。明日三団体とお会いすることを、つい先ほどお約束をいたしたわけでございますが、どういうふうな考え方を持っておられるのか、その辺もう少し打ちあけてお話し合いをしていきたい、かように考えておる次第でございます。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 いろいろ打ちあけて、腹を割って話されることは、私はけっこうだと思います。しかし、あなたの今の答弁は、私の質問に答えていないですよ。私は、里帰りのために船を出せと言っているのではない。このあとに取り残された八名の戦犯と一般帰国者、これはどうしてくれるのだ、これはそのままほうっておくのですかということを言っている。これはどうするのですか。これが問題として残っているでしょう。これは大きな問題ですよ。これに対して、厚生省としては何ら考えていないのかどうかということなんです。  それから船の問題は、天津協約にないとおっしゃいますが、大津協約は非常に大まかなことを書いてあるんで、その都度何トンの何百人乗りの船を配船しろなどとこまかいことは書いてないんです。しかし、そういう大きな線に従って、友好的に民間団体が今まで事を運んできて今日に至っている。この慣行は非常に大事なものであって、これをくずさないように政府は配慮しろということを言っているのであって、船のことがそこに書いてないから回さないというような官僚的な解釈をするから、向うの方ではへそを曲げて――おそらく中共の方では相当この問題は察知しておって、感情を害しているのじゃないかということも考えられる。こういうことでは、この問題は解決しませんよ。今まで慣行的に民間団体にまかしておった、またまかさざるを得なかった。そして今日まで国交が断絶しておるにもかかわらず、人道的な問題として事が解決されてきておる。それは一つの慣行としてやってきているのです。それを協定の文章に船という宇がないから、船は出さなくてもいいというような解釈をするから問題が難航するのです。もっと大きな立場で考えてほしい。国交がまだ回復しない相手国であるということを考えなければならぬ。私はここでまた案もないようだし、大臣もおられぬのにいたずらに追及してもしようがないと思いますが、あすお会いになるならば、一つ腹を割ってよくお話し合い願いたいと思うのです。とりあえず戦犯の帰国はどのようにお考えになっておられるか、ほうっておくのですか、伺っておきます。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 実は戦犯あるいは一般引揚者だけの問題であれば、そう問題はむずかしくないと思うのであります。その人たちを受け取るといたしましても、さしあたり八名という数字しかわかっておりませんので、とりあえずの措置として、そういった人を対象とした船を考えるというふうなことでも筋が通るのではないかというのが先般出した政府の案でございます。そういうことで、戦犯だけの問題に限局いたしますれば、おのずから案はあると思うのでございますが、事柄は新しい里帰りを迎え入れる問題をからめて解決しなければ、戦犯の引き取りができないところに問題があると思うのであります。この問題は今まで例のなかった、今回初めて起ってきた問題でございますので、そこに解決のむずかしい点があるのじゃないか、こういり意味でお答えしたわけであります。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 大体政府の考えておられることもわかりましたが、一つ三団体と十分話し合いをしていただいて――いたずらに面子にこだわって、こういうことで難航しているのは決して国の名誉ではございませんので、よく腹を割ってお話し合いをなさって、一日も早く円満な解決をつけるよう厚生省としても努力していただきたいのであります。大臣のかわりとして厚生次官の答弁をお願いする次第であります。

米田吉盛自由民主党厚生政務次官

○米田政府委員 その御趣旨につきましては、従来も今日も変りません。最初から、戦犯八名を引揚者だけであれば五十名前後の船を至急に回すというところまで手配したのでございますが、ただ、それに付随しまして、里帰りの問題がからんできている。そのためにだんだんと今日まで心ならずも、結果的に見ますれば遷延しているわけでございます。お気持の点は厚生省としても十分同じことでございまして、せっかく努力をいたしたいと思います。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 原茂君。

原茂日本社会党

○原(茂)委員 外務省の局長さん、それから厚生省の次官がおいでになっておられるそうですから、ある意味では教えていただくこともだいぶありますが、それに付随しまして、今日の段階で適切な処置をぜひとっていただきたいという趣旨のお願いをしてみたいと思うのです。問題は、中国人の俘虜の殉難者の遺骨の収集に関する問題と、もう一点はわが国の戦前あちらに参りました開拓者その他がこちらに引き揚げて参りますまでに、たくさんの同胞の遺体をあちらに置いて参っておりますが、その問題の処理、この二つに分けてお伺いをしたいと思うのであります。  最初にお伺いしたいのは、中国人の俘虜の殉難者ですが、この人々がわが国に捕虜になりまして、相当数日本で死んでいるわけです。その死んでいる人の数を厚生省あるいは外務省でおつかみになっておるかどうか。  次に時間がむだですから続けて質問の要点だけ申し上げておきますから、順次お答えを願いたいと思います。戦争中になくなった俘虜の数、それと戦争が終ってからだいぶなくなっておりますが、なくなっている俘虜の数、この二つにわけてお聞きしたい。  第三点には、この俘虜が一体どの場所で大体作業をしておったのか、作業に従事しておりました場所の個々の名前は必要ありませんが、何カ所でやつていたか、おそらくおわかりになっていると思いますので、何カ所の場所で俘虜が作業に従事し、そこで殉難をしたか、その場所の数をお伺いしたい。  次には、俘虜として扱われて、作業に従事中国人の全体の数のうち、死亡した者が合計何名になるのか、そういった率をお伺いしたい。  第五点にお伺いしたいのは、私の聞くところでは、今日まで何回か日本に残されました中国人の遺骨を中共に返してあるそうですが、遺骨送還と言っておりますが、これが今日まで何回行われたのか、その総数は、どのくらいの数になるのかをお伺いしたい。  次にお伺いしたいのは、その遺骨を返すのに一体政府が中心になってやったのか、あるいは民間団体が中心に行なったのか、もし民間団体が中心に行なったとするならば、どういう民間団体が担当して遺骨送還をやったのかということをお伺いしたい。  次にお伺いしたいのは、遺骨を送還する前に、国内にあるものを発掘するとか整理するとかいろいろな作業をしたはずですが、その費用は一体どこがもったのか、政府が補助あるいは民間を待ってやられたのか、あるいは民間においてやったのか、地方自治体がその費用の負担をしたのか、この点をまず先にお伺いをしたいと思います。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 実は先ほどの送還の問題は、従来外務省の方でお世話といいますか、送還といいますか、先ほどちょっとお話が出ましたように、民間団体がやっておられたわけであります。そちらの方の政府の所管ということになりますと、外務省でおやりになっておったわけなんで、私どもは引揚船にお乗せして、便宜を供与したというふうな意味で関与しておったわけであります。そういうような意味合いで、私の知っております範囲のことを一応お答え申し上げたいと思います。順序からいって若干狂うかと思いますが、この資料は政府の資料で、ございませんで、民間団体でおやりになっておった方々から伺った資料ということでお聞き取りいただきたいと思います。大体こららにこられた中国人の数が三万九千ばかりであったように伺っております。そのうち生存者が三万二千、死亡された方が六千八百、これは果たしてその通りの数字であったかどうか、その点私どもといたしましては、根拠をはっきりいたしておりませんのでありますが、伺いました数字といたしましては、そういう数字が出ておるわけであります。事業所の数というふうなお話でございましたが、ただいまちょっと資料がございませんのでお答えできないのであります。けれども、送還をいたしました回数は、大体七回くらいになっておるのじゃないか、その数が約二千七百ばかり、それから、今まで中心となってやっておったのはどこであるかということでございますが、慰霊実行委員会という民間団体が中心になっておやりになっておったのであります。これは各種の団体の連合体みたいな団体と承知をいたしております。その費用につきましては、その団体の方に伺ったところによりますると、主として寄付金等によってまかなっておられた、かように承知をいたしておる次第でございます。

原茂日本社会党

○原(茂)委員 今の援護局長さんの答弁の冒頭にも、これはどうも時分の所管じゃないのだ、外務省が所管でやった、民間団体が実際に行なってきたのだ、こういう前提で知っている範囲のことを参考に答えてやる、こういう答弁だったのですが、責任ある答弁としてお聞きするわけにいかないわけです。外務省の所管ということになるなら、今と同じことでもよるしいし、まだ私の質問に答えてない問題が二つありますが、こういうものもあわせて外務省から来ておられるなら、局長さんから一つ正式の答弁を願いたい。

岡田晃外務事務官(アジア局第二課長)

○岡田説明員 外務省の立場といたしましては、戦争中に、中国人の労務者と日本政府との間の随意契約によりまして、ある数の中国人が日本に渡航いたしまして、そして特定の労働に従事させたということについての事項につきましては、確かに戦争中から所管事項でございましたが、その後それらが内地に移住されましてから後の問題は、戦争中は主として内務省が所管いたしておったわけであります。従いまして、これを連れてきたのは外務省であるということで、今日におきまして、外務省が所管しておるということにはっきりとした決定が出されたということは、私どもまだ上司から承わっておりません。従いまして、所管事項の問題は、いずれ厚生省ともよく研究いたす予定でございますが、私どもも、この資料について、ただいま厚生省から御発表になりました点につきましては、大体同様の数字を承知いたしておりますが、それ以上のことは、目下厚生省その他関係各省と研究中でございますので、はっきりした数字はつかんでおりません。

原茂日本社会党

○原(茂)委員 御答弁はないですが、昭和二十七年から遺骨の送還は行われているらしい。その後、今の厚生省、外務省の御答弁を聞いても、民間団体がやったらしい、どうも数はこのくらいらしいということであるが、いやしくも中国人であろうと、どの国人であろうと、遺骨に対する取扱いに関する限り、特に責任ある政府の側が、全然二十七年以来今日まで、民間がやろうともどこがやろうとも、それに対してもし自分がかりにその所管でないにしも、今のような答弁ができるほどの関心を持たれるならば、その範囲においても、もう少し決定的な確実な資料、一体どういうふうにそれが発掘されて、どのように送り届けられ、数はどうだ、でき得るなら、その遺骨の出身はどこのどういう者だったのかというところまで調べる程度の善意ある国際的な立場をとらないと、――今日、今もお聞きしていますと、里帰りの婦人の引き揚げ問題ですとか、いろいろな問題に対する配船の問題等も起きています。これらを通じて中国政府の感情も害すおそれもあるように、問題が多少こじれているようなことも聞くわけですが、少くともこの種の問題にはもっと、誠意を持って断ちてこないと、外国、しかも正式の国交が回復されていない中国などに対しては、なおさらもっと誠意ある態度、われわれ自分たちの家族の遺骨に対すると同じ真剣さをもって、もう少し資料の収集あるいはその他に関する関心を示していただかないことには、日本の政府としては、しかも国会における正式の答弁を開いていると、まことに私は遺憾にたえないわけであります。そういう観点から、今そう申し上げても、どうも所管がはっきりしない関係があるようですから、まず政務次官に責任ある御答弁を二点お伺いしたい。  一点は、この問題を進めるのに当って、やはり所管をはっきりする必要があると思う。厚生省がやるとか、外務省がやるとか、かつて外務省がこれをやった、連れてきたのは外務省だから、外務省がずるずるっと引き継いだ形になっているが、外務省所管であるという決定もしていないということである。これから、先ほど申し上げたように、第一段の質問のあと、私どもの同胞が中国に眠っている、この遺骨をどうするかという問題に触れようとするわけですが、その問題を考えるに当っても、私どもの同胞の数多くの者の遺体が無残な形で取り残されている、諸外国に眠っているのを何とかして故国に戻してあげたい、しかも数多いことを考えたら、これに対する所管がまだきまっていないという前提で話を進めてもむだだと思うのであります。こういう観点から、次官の責任ある御答弁を伺いたいのですが、まず第一に、一体こういう問題の所管はどこが妥当だとお思いになるか。今の局長の答弁ですと、戦争中内務省が随意契約で中国人を日本に入れてきた。連れてくる手続をしたのは外務省だ、だから外務省がずるずるっとやっていたということが一つの参考資料ですが、それがあるからといって、今日外務省がこれを所管するということは、私は妥当じゃないと思う。少くとも、厚生省がこの問題に関しては、国内における事務あるいは処理を担当し、これをあちらに送還するという、外国との折衝手続等は、外務省が行うということの力が、私は正しいと思うのですが、一体厚生次官はどうお考えになるのかが一点。  第二点としては、今外務省の御答弁の中の、戦争中に随意契約で中国人を日本へ連れて来たのを知っているという、この言葉を返しますと、私の質問している中国人俘虜ということを全然問題にしていない。いやしくも随意契約で来た中国人のことについても、私どもは重大な関心を持つべきですが、最も重要な関心を持つべきものは、中国が非常に強く欲している、日本にとらわれた俘虜は一体その後どうなっているのか、なくなられたとするならば、どこに埋められ、どのように処置をされているのか、中国の李徳全女史が、あるいは周恩来氏が、私どもに会うたびに、常にまず最初に聞くことはそのことなんです。一昨年参りましたときにも、私はまず最初に、この遺骨の送還、あるいはあちらにある遺骨を日本に返していただきたいという話を、正式に周恩来、李徳全両氏とやって参りました。しかしながら、その後、あるいはその以前から、俘虜の遺骨がどうなっているのかということが、中国の非常に大きな関心事なんです。これは日本のみんなが、すでに知っているはずです。こういうのに、今外務省の、少くともこの問題に関して答弁をなさろうとして出席された局長が、少くとも俘虜というものを全然考えていない、俘虜というものに対して言及をしない答弁をしておる。随意契約の中国人のその後に関して云々という答弁だけしかしない。これは今局長さんを責めるのじゃありませんが、こういうことも考えてみまして、ある意味ではやはり所管がはっきりしていないために、突っ込もうとしても、自分が勝手に単独で、いわゆるヒューマニズムの立場から何とかしてといって、一局長さん、一課長さんがこれを調査するというわけにはいかない問題でございます。当然これらの答弁をお聞きいたしましても、やはり所管が判明していないためにこうなるのだということが言えると思いますが、そういう観点からも、私はやはりこの所管をきめる必要があり、所管をきめるとするならば、国内にある中国人俘虜あるいは随意契約により日本に来た中国人の遺骨、そういうものに関する処置、取扱い、これは全部厚生省がやっていく。そうして外務省は連れて来た責任があるという、これにひっからめるわけではありませんが、これを外国に送還するときの手続、折衝等については、外務省が当るというふうにきめるべきではないかという、これは局長の言ったことを参考に申し上げて、次官の責任ある御答弁をお願いしたい。実は私だいぶ前から大臣の御出席をお願いして参ったわけであります。そして、この遺骨収集問題について御答弁を願いたいということも、はっきり委員長まで申し入れをいたしておりました。従って、きょう大臣が何か御用で来られないで次官がおいでの場合には、私は次官からこれに関して、大臣にかわる責任ある御答弁をちょうだいできるものと考えてるわけです。これの御答弁をいただかないと、あと進まないわけです。のらりくらり、ウナギか何かを相手にするような状態になってしまって、非常にむだだと思いますから、まずはっきりと御答弁をお聞きしてからにしたいと思います。

米田吉盛自由民主党厚生政務次官

○米田政府委員 所管があいまいであるというような点は、実は今初めて私感じたことで、厚生省としましては、局長が申しましたように、所管は明らかであって、外務省である、実はこういう考えでおりました。外務省の方のお考えが今のようなことであるといたしますれば、いずれにしましてもこれは政府の責任であることは間違いないのでありますから、これらの点について御満足のいくように早急に取りきめなきゃならない問題である、そう感じます。しかし、厚生省としては、事外国人でございますから、内国人同様に厚生省なりあるいは内務省なりというようなものがやるかどうかということについて、相当これは疑義もあるのじゃないか。そういう点で十分研究をいたしました上で――私実は初めての今の感じでございますから、大臣と相談もしないで、今ここでこうするんだということは、私の立場として申し上げられないわけであります。  俘虜の問題につきましても、これはどういうわけで随意契約の人だけのことを外務省が言われたか、私は存じませんが、日本人が外国でいろいろの理由によってなくなっておる。われわれ日本人として、そういう同胞の行方を突きとめたいというような気持があると同様に、また外国人としてもそういう希望を持たれるということは、これはもう当然のことでありまして、こういう点につきましては、国家の面目にかけてしっかりした調査をして、きちっと結末をつけなければならぬ、少くもそういうことだけは申し上げられる。われわれとしてせっかく努力いたしておりますので、しばらく御猶予を願いたいと思います。

原茂日本社会党

○原(茂)委員 次官の誠意ある御答弁で、やむを得ないと思いますが、これは早急に大臣とも御相談を願い、やはり開議の問題にしていただかないといけない。外務省はそっちのけで、厚生省だけで相談をされてもおそらくまとまらないと思いますし、そういう点早急にやるためには、次官、どうか責任を持ってやっていただきたい。と申しますのは、全国的な遺骨収集あるいは送還、あるいは日本に引き取ろうということのための、何か慰霊実行委員会というのですか、それが実際には活動しているやに見えておりますけれども、全国的な、下部から盛り上った組織としてほんとうに動いていないように私には思えるのであります。近くこれが再編成をされまして、次の通常国会直前に思い切った大きな組織を作って、次の国会には一つ政府に迫ろう――というと語弊がありますが、はっきりとこれに対する今後の処置をきめてもらおう、こういう動きがあるようでございます。おそらく厚生省や外務省の方は御存じたと思うのですが、そういうときが来てからあわてて――いやしくもこの問題に関して、政府がその所管をはっきりしていない、これからきめるんだなんというばかけたことは、諸外国の手前、言えるものではないと思いますから、その意味からも、少くもこれを早急におきめ願うように、ぜひ要望しておきたいと思います。  実は私は、次回にこの委員会があるときには、もう一度出席さしていただきまして、もっと詳細にわたってお聞きしたいことがたくさんあるわけであります。そこで、その先に宿題というわけではありませんが、お調べおき願うという意味で二、三点、今からお考えおき願いたい問題だけを申し上げておいて、次会にあまり時間がかからないで済むようにしたい、こう思うわけであります。その第一点は、先ほど私がお伺いしたのに満足な御答弁がなかったのですが、費用は民間の寄付によって行なっている、こういう御答弁がありました。これは当っていません。民間の寄付だけでこれを行なっていないようであります。その実例がたくさんあります。たとえば地方自治体がその一部を負担したところがだいぶあります。これは、交付税、交付金等によって保証も何もされていないのに、どういう形で出されたか。掘り下げていけば、非常に大きな問題が起きそうであります。しかし、悪いことに使った金ではありません。ありませんが、とにかく地方自治体が出していることは事実であります。こういうところがたまたまあります。しかし、こういう点から考えまして、ついでに、一体この費用は、従来通り民間団体に負担さすべきものかどうか。私の考えをもってしますと、やはり適切妥当な費用を厚生予算なり外務予算なり、所管がきまりましたらこれを支出することをきめていただいて、そうして、援護の形をとるなり、主体になってこの発掘を行うなりすべきではないか、これが誠意ある態度の実証だと思うのであります。しかし、今日では所管がきまっていないんですから、このことは無理だと思いますが、所管をきめると同時に、一体これに要する費用はどうすべきかということ、これが一点。  それから、従来使っておりました費用は、実はだいぶかさんでおるのであります。従来の費用がかさんだために、民間団体あるいは地方団体のこれをやろりとする誠意のある団体が、ある意味では大きな面で一頓挫を来たした。その誠意を持っているのだが、実際には行動できないというところがだいぶございます。そういうところに対しては、どうもありがとうという感謝の言葉だけで済ませるのか。あるいは、あとからではあるけれども、政府が、今まで実際に遺骨が送還された七回の送還に対して、送還された遺骨の数に対して、多少とも補助なり援助を見ようということになるのか。私は、多少でも見てあげて激励をするということで、金額の多寡ではないのであります。ありがとうという言葉の裏に、やはり補助といいますか、多少の費用をめんどう見てやるということが誠意ある態度ではないか、こういうふうに考えますが、一体そういったことができるかどうかも第二点として御考慮を願いたい。  それから次に申し上げたいのは、日本の開拓者その他があちらに参りまして、引き揚げ時にお聞きだろうと思いますが、どうも足手まといになるというので、最初に子供、次に女房というふうに殺して、いけて帰ってきている者がたくさんあります。これを単に、こちらから遺骨送還の誠意を示してやった、だから中国が当然中国自体の手でこれを調べたり発掘をして日本にも返してくれるだろう、こういう期待を持っても、実は無理な実情にあるのであります。引き揚げて参りました、生き残って今日本にいるこの人々が、現地に参って、昔の記憶をそぞろにたどって、そうして多分ここに長男はいけた、多分ここに女房はいけたはずだというところを探さないと出てこない。実にばらばらに、何千という私どもの同胞が、しかも私どもの同胞に殺されて、そうしていけられているわけであります。こういう実情が大部分でございますから、中国の紅十字会その他が誠意をもって探してやろうと言っても、これは無理であります。そこで問題が出てくるのですが、この間私ども社会党としては、中国の紅十字会あるいは毛沢東政権に対して、何回か、この遺骨をぜひ私どもの手で調査したいという申し入れ、あるいはお願いをして参りました。ところが途中で問題に引っかかりまして、調査とは何事だ――これは外務省あるいは日本の赤十字でもお聞きだと思いますが、少くとも中国という独立国家に対して、日本という国が来て調査するなどとは、独立国家の体面を汚すからけしからぬ、よろしくない。その一介という態度がいけない、考えがいけないということで、途中で一頓挫しました。そこで、今やればできるという方法とすれば、現地にいけてきた、そしてそこを知っている人々、これを全部送るわけにはいきませんけれども、とにかくある程度その中から人数を選んで、二十人なり三十人の人を現地における慰霊に行くのだという名目なら中国が受け入れるかもしれないという想像がつくようになりました。従って、私はこの際、中国に対する送還は七回もやっておりますが、日本に返していただく遺骨はまだ一回もこれを正式に行なっておりませんので、私ども政府の所管等もはっきりきめて、日本の国としての誠意を示しさえすれば、過去の実績もあるのでありますし、中国の殉難者に劣らないほどの多数の同胞があちらに眠っておりますから、これらに対する引き取りのことも、所管がきまると同時にもう考慮し決意してしかるべきではないか、こういうことを考えますか、一体これからきまる所管の省はどういうふうにお考えになるか、これは即時実行に移そうという決意をお持ち願えるかどうか、このことをお聞きしたい。それに引き続きまして、もしそれを引き取るという決意をし、これを実行に移す時期である、しても当然だ、われわれの誠意は十分示してあるのだといことになると私は思いますが、おくればせながらそうなるとすれば、向うに慰霊という名目で参りまして、紅十字会の協力をいただいて現地で調査――調査という言葉をここでも使ってはいけないのですが、とにかく慰霊をしながらいけてある遺体を尋ねる。その尋ねる費用がかかる。日本からあちらに行くのにも費用がかかります。責任があると言えばあるのですが、自分たちの家族をいけてきた数多くの全員があちらに行くわけにはいきませんから、その数多くの中の代表が行くとすれば、向うに渡る費用、向うに行ってから調査に必要とする費用、こういうものについてもやはり政府が独自の立場から援助を行うべきではないか。その費用を補助なり、あるいは全額負担の形で行うべきではないかというふうに考えますが、これに対してその費用等をどう処置するか。従来通り民間団体に勝手にまかせておく、そうして民間の寄付にたよるということでもやるなら、所管がきまって以降の政府の態度としては、私は責任あるものと考えられません。  こういう観点から、この問題以上四点を、次の所管決定後の委員会に私が出ましたときに、皆さんの方から御答弁をちょうだいし、それに付随してこまかい問題に入って参りたい、こう思いますので、きょうはお願いだけをしておきたい。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 今の問題に関連しまして。今、原委員からいろいろ遺骨の問題について御質疑があったわけでありますが、これは私も政府当局の御答弁を聞いていささかあぜんたらざるを得なかったわけであります。と申しますのは、すでに当委員会では、二十六国会のときに、岸総理の御出席を願いまして、この遺骨の問題は首相にもお話を申し上げけたはずであります。そのとき首相の答弁では、これは民間団体がやっておられるので、その仕事を急に今政府が取り上げて云々するわけにはいかないが、政府としては十分これに援助をするにやぶさかでない、こういう答弁があったはずです。速記録をごらんになれば、明瞭に総理が答えておる。ところが今日聞きますと、この所管さえもまだ政府の方ではっきりしてない。こういうことでは、これはたよりないことおびただしい。しかも、当委員会として向うに使節団を派遣しようという企てが一時あったのでありまして、そのときに、向うに眠っている同胞の遺骨を十分調査してこよう――調査という言葉が悪ければ、向うの政府機関の協力を得て調べてこようということが、一つの題目として取り上げられたはずであります。これは実現には至っていないわけでありますが、そのときにもそういうことが一つの題目にあがっておった。ところが、向うにある日本人の遺骨を追求するに急であって、こちらにある中国人の遺骨は、その所管さえもまだ不明であるということでは、これははなはだ国際信義にもとる、こういう意味から、委員長としても、引揚委員会として、今、原委員が言われたことは、全面的に取り上げて差しつかえないと私は思います。この前の委員会の派遣のときに、このことは当然議題となり、そうして首相を呼んで首相にもその所信をただしたわけでありますから、日本国内にある中国の人々の遺骨を政府は責任をもって調査するように願いたい。特に李徳全女史も今月末あたり見えるという情報にも接しているわけでありますが、そういうときにこれは当然問題になってくるわけです。従って私は、早急に引揚委員長の方からも当委員会の要望として政府にそういうことを御伝達を願いたい、こういうように要望するわけですが、委員長はいかがですか。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 承知しました。全く同感でございます。

岡田晃外務事務官(アジア局第二課長)

○岡田説明員 ただいまの所管の問題に関してでございますが、私どもの了解いたしております。ところと厚生省の了解しておられますところと、あるいは二、三食い違いがあるかもしれませんが、一応の線は出ておったつもりでございます。これは政府内部のことでございますので、帰りまして十分研究いたしたいと思います。  もう一つ、随意契約の問題でありますが、この点ちょっと申し上げ方が簡単でございましたので、あるいは誤解を生んだのかもしれませんから、少し補充させていただきます。特定の人が特定の団体と随意契約を結びという工合に申し上げたつもりでおります。原則としては、俘虜その他の人は大部分一応解除されまして、一般民間人となって、それが日本のある特定団体と随意契約を結んだというのがほとんど大部分のケースでございます。二、三手続上のそごがございまして俘虜を解除されないでそのまま来た者もあるかとも思いますが、それは確かに今先生のおっしゃった通りの俘虜でございますけれども、大部分の中国人は、法律上は随意契約を結んでこららに来たということになるかと思います。私どもが調査したところはそういう工合でございます。     ―――――――――――――

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 この際、本件に関しまして、前国会閉会中に、第十三次ソ連地区残留同胞引揚状況及び受け入れ援護状況調査のため、本院より稻葉修君及び戸叶里子君が舞鶴に派遣されましたので、引揚問題調査の参考上、舞鶴に参りました委員より当時の状況を聴取いたしたいと思います。稻葉修君。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 第十三次ソ連地区(樺太地区としては第二次)引揚者の引揚状況及び受け入れ状況実地調査のため、前国会閉会中に、私及び戸叶委員の両委員が舞鶴に、派遣されましたが、その大略をこの際参考のために申し上げることといたします。  引揚船白山丸は、去る十月十五日午後一時、予定通り真岡港に入港、十六日乗船させる予定のところ、引揚者たちが岸壁に立って待ち続けている状態なので、予定を繰り上げて、十五日午後四時四十分から、ソ連側の了解を得て、八時十分までの間に乗船を完了し、出港も一日予定を繰り上げまして、翌十六日午後四時真岡を出発し、十月二十日午前七時五十五分舞鶴に入港いたしました。  われわれ派遣委員は、白山丸入港後、十時ごろ上陸開始とともに桟橋において上陸を迎え、十時過ぎ港内艇に便乗して白山丸におもむき、舌次兄長と会見し、引き揚げ輸送に尽力された御労苦を謝し、輸送の大安について説明を聞いた後、船内で上陸を待つ引揚者の皆さん労をねぎらい、最後の上陸者とともに桟橋に帰って参り、引き続き、地方援護局において、局長、外務省担当官、厚生省相当官、日赤関係者から、それぞれ今次引き揚げについて説明を聴取いたしましたので、以下それ取りまとめまして御報告いたします。  今回、帰国のため白山丸に乗船した人数は三百十七人であります。去る九月二十日のソ連政府の発表では三百十二人を帰国させるということでありましたが、この三百十二人のうち、今回乗船しなかった者が二十人、そのうちすでに前回帰国していた者七人、他の十三人は種々の理由で残留いたしました。こういうふうに名簿の人数と実際に帰ってきておる人数とが食い違っておりますが、この点はきわめてずさんであります。その他ソ名簿にない者が二十五人、すなわち前川乗船しなかった者、発表後帰国を許された者、抑留漁夫、それらが加わっておりますので、差引五人ふえまして三百十七人となったのであります。このうち、不幸にも、松橋瑞枝という婦人が、十月十九日、帰国一日前に船中で死亡されましたので、実際に帰国された方は三百十六人であります。  帰国者三百十六人の内訳は、性別では、男七十三人、女六十四人、子供が多くて百七十九人であります。国特別では、日本人七十九人――軍人軍属三人、一般人七十四人、抑留漁夫二人、合せて七十九人であります。他の二百三十七人は朝鮮人であります。世帯数は七十世帯で、うち、純日本家族は十世帯、そのうち単独世帯は九、複数世帯は一、人数は十二人。日鮮混合世帯は五十九世帯、これが三百三人。他に不法入国容疑者で、昭和二十三年北鮮清津から樺太に渡り、二十九年日本婦人と内縁関係に入った者が一人おります。ソ連本土から帰国した者はわずか五名でありまして他は全部樺太在住者でありますが、依然として樺太西海岸が多く、名好、珍内、塔路、蘭泊、本斗、泊居等に残留していた者で、東海岸は知取だけしか帰国しておりません。東海岸の豊原、敷杏、大泊あるいは西海岸の真岡等には相当多くの残留者があると思われ、今回の情報によりますと、いまだ樺太地区に残留している者一千十六人、うち氏名確認している者四百九十人とのことであります。  また今回は、前回の帰国地点以外に六カ所ほど新たな地点から帰国しているそうでありますから、政府としましても、これら新たな地点の情報をできるだけ今回の帰国者より集め、また東海岸地方残留者の帰国を促進すべく努力すべきものと存じます。この点につきましては、白山丸に乗船していた外務省、厚生省、日赤関係者等と真岡地区のソ連代表者と会談した際に、樺太執行委員会代表クニヤーゼ副議長が、あとの引き揚げ予定はモスクワのきめることで不明であるが、準備が進められている。東海岸豊原方面の人を帰さないわけではなく、帰国希望者は極力帰すべく努力をしていると言明したそうであり、また帰国者の話によりますと、珍内、泊居等では、この次の十二月に帰国せよと言われて残った者もあるそうでありますから、近いうちにもう一度帰国の機会があるものと思われます。しかし、冬期は帰国者の集結、帰国船の人港等が困難となり、これを逸すると、来年の五月ごろまで待たなければなりませんので、政府としては年内の早い機会に、もう一度引揚船を差し向けることができるよう、なお一そうの努力を続けてもらいたいと存ずるのであります。  今回の引揚者の特徴は、ほぼ第十二次引き揚げと同じでありまして、終戦前から樺太に移住していた者が大部分であり、日本人の大部分は婦人であり、その婦人の大部分は朝鮮人と結婚しており、ソ連参戦の際、樺太の邦人が内地に緊急疎開をしたとき、朝鮮人と結婚していたがために疎開できなかった者とか、夫が応召し、そのまま残って終戦となり、生活困窮のため朝鮮人と結婚したという婦人が多いのであります。しかし、朝鮮人の人々も戦前から移住し、開拓に従事していた者とか、戦時中徴用で樺太に移った者が大部分であります。  持ち帰った金は、全部で、米ドルで八千九百六十二ドルでありまして、一世帯平均百二十ドルになりますが、前回の一世帯平均百九十八ドルに比べると、若干下回っております。千ルーブルを百ドルに交換したそうでございます。なお全然持ち帰りのないのが三世帯あります。また手荷物は三百九十二個でございます。  今回においてもそうでありますが、ソ連地区からの引き揚げは、常にソ連側の発表した人数と同数が帰国したことはないのでありしまして、その原因は、事務上の誤まりもあるとは思われますが、根本的な問題として、ソ連側が在留日本人の実態を完全に把握していないのではないか、また日本人ほど切実感がなくて、割におろそかになっているのではないか。従って、ソ連側で徹底的に調査を進めるべく日本側から勧告をしてやることももちろん必要でありますが、日本側としても、残留日本人の数はもちろんのこと、具体的な氏名、住所、生活状況等を極力調査して、ソ連側に知らせてやることが必要なのでございまして、今後の引き揚げ促進のためにも、ぜひ政府側で実施してもらいたいと存ずるのであります。  受け入れ援護関係につきましては、従来の方針に従って、関係当局が誠意をもって尽力されたようでございます。入港前に一応定着先は十五都道府県にわたり決定されたそうでありますが、全然内地に縁故のない者が三十四世帯、百六十八人もあるそうでございます。これらの者に対しては、一日も早く職と住とを提供することが必要と思われます。  なお、前に述べました船内で死亡されました松橋瑞枝さんの葬儀が援護局内において行われましたので、われわれが委員会代表といたしまして参列をし、焼香をいたして参りました。  次に引揚者の代表から座談的に樺太の生活状況等を聴取いたしましたので、取りまとめて御報告申し上げますと、極太においては、森林の伐採や農場、炭鉱等で働いていた者が大部分で、身体が丈夫であれば生活にはさほど困らないそうでございます。賃金は月収最低五百ルーブルから七百ルーブルでありまして、手に職を持っている者は三千ルーブルの収入があるそうでございます。ソ連人との町に基本給の差はないようでございますが、ソ連人は三年すると五〇%の加給がある。それに比べて、日本人の収入は従ってその半分となるようでございます。千ルーブルあれば一カ月一家六人が生活できるそうでございます。公租公課は千ルーブルにつき税金が約一三%、国債購入は強制的で、一年で約一カ月分収入相当額を購入させるそうでございます。共済関係は、正規の労働者のみ月収の約一%を納入して、病気にかかると、傷病手当として月収の三五%から五〇%支給されるそうでございます。医療機関は、共済の有無にかかわらず無料でございますが、通院者は薬代を支払い、また薬局で薬を購入するよう指示されれば、自費で買わなければならないそうでございます。  孤児は公営の保養所で無料で十六才まで預かるそうでございます。  教育は朝鮮人専用の学校があり、日本人はソ連の学校へ行っても朝鮮人の学校へ行ってもよいようで、別に共産主義の教育を強制されるようなこともないようでございます。授業料は無料でありますが、教科書は自費で購入いたします。専門学校は人手試験によって入校でき、授業料は無料、寄宿舎に入れば費用は自弁だそうです。専門学校事業者は、二年間指定された勤務につく義務があるそうでございます。  死亡者は土葬をするそうでありますが、従来あった墓地とは違った位置に葬っているそうであります。昨年の十一月に日本人の人口調査がありまして、帰国希望者は嘆願書を出すよう指示されたそうでございまして、嘆願書を出してさきの第一次帰国に漏れ、今次帰国した者が大部でありますが、なお嘆願書を提出することを知らない者もいるのではないかとも言っており、またソ連のパスポートを取得した者がいて、これは嘆願書を出しても、大陸間の井同は自由だが、帰国してはならないとモスクワから指令されているそうでありますから、これらの者のために手続をとれば帰国できるのだということを知らせてやったり、ソ連籍にある者には、日本の国籍証明書を送ってやったりすることが必要なのではないかと思われます。  食料品等の日用品は大部分が中共品であり、物資も割合豊富のようで、せびろも千三百五十ルーブル程度で手に入るそうでありますが、何分貴重なものは数が少いため、制限販売をやって、ほしいものを買うのに行列を作っておりましても、あとから来たソ連人に追い払われたり、また北鮮から戦後移住してきた者と争いを起しましても、ソ連側が北鮮に味方をしますので、常に不平等な地位に破れ去るということ等で、あらゆる場合に差別待遇を受け、また言論は圧迫されるそうでございます。従って、身体が丈夫ならば、先ほども申し上げましたように、食うには困らないとはいえ、その苦痛は並み大ていのものではなく、ラジオにより、日本の自由な状態等を聞いておる者たちにとっては、日本では必ずしも生活が楽ではないとは知りつつも、縁故のないのも承知して、あえて自由を求めて帰国をしたという者が非常に多いのでありますから、われわれといたしましても、これらの気の毒な人たちにあたたかい手を差しのべまして、一日でも早く日本における安楽な生活をさしてあげるよう努力いたさなければならないことを痛感いたす次第でございます。  以上、簡単でございますが御報告をいたします。御質問があるなら承わりまして、なお私からも政府当局に質疑をいたしたいと思います。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 これにて稻葉委員よりの状況聴取は終りました。引き続き質疑を行います。稻葉君。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 ただいま概要報告を申し上げました通りでありますが、今回引き揚げました無縁故者の保護更生について、政府はいかなる対策をお持ちであるか、今度の引揚者はもう一カ月近くたっておりますが、どういうふうに援護され、始末をされましたか、この点につきまして、政務次官の御答弁をいただきたい。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 今回も無縁故者が相当あるようでございます。一応はそれぞれの府県、北海道が非常に多いかと思いますが、一応は落ちついたように想定いたしておるわけであります。ただ、住宅にいたしましても、次から次へと引き揚げて参りますので、今後の問題といたしましては、何らかの対策を考えていかなければならぬというふうに考えております。道庁あたりが一番その必要を痛感しておるのではないかと思います。ほかの実態をもう少しよく調べました上で対策を考えたい、かように考えております。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 ただいまの御答弁は、私ははなはだ不満でございます。とにかく引き揚げてから一カ月近くたって、一体縁故者に片づいた者は何人、厚生省でどれだけ金をやって、どこに落ちつかせて、就職させた者が何人、まだ片づかない者が何人というふうに、呉体的に答弁できませんか。引揚対策委員会に対する答弁とは思われない。国会の委員会を軽視しておる。

米田吉盛自由民主党厚生政務次官

○米田政府委員 今はっきりしておらぬようでありますが、十分至急取り調べまして、お答え申し上げます。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 こういう状態では、この委員会を軽視したと言っても私はあえて過言ではないと思う。政務次官は大臣とも打ち合せをされまして、よく下僚をしかって、そうしてもう少し正確な報告ができますように要望いたします。委員長も、その点について大いに御努力されることを要望いたします。  次に、先ほどの報告でも申し上げました通り、今回帰ってきた人の意見を総合し、情報を総合いたしますと、樺太地上区に残留しておる者一千十六人中、氏名確認した者四百九十人、こうあるのであって、ソ連側から提供された、昭和三十二年三月二十日通告のあった氏名明記の帰国希望君名簿に載っておる人数だけでも二百二十五人あるが、今まで帰ってきた者は少い。これのうちから残っておる者だけでも百六十三人あります。今後これら残留者をどうやって引き揚げさせるか、この点について政府の対策を伺いたい。外務省、引揚援護局、両者から伺います。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 先ほどの援護対策の問題でございますが、実は正確な数字を今用意して参りませんでしたので、さらに調べまして、次の機会にお答え申し上げたいと思います。  それから、今後の引き揚げ促進の問題でございますが、御説のように、東海岸方面の引き揚げが今回もほとんど漏れておるという点は、私どもとしては非常に残念に思っておるところであります。また先般ソ連から発表されております名簿に含まれております者のうちで、今回の引き揚げで帰ってこられた方がきわめて少いという点も、実は非常に残念に思っておるのでございます。ソ連との間には幸いすでに国交も開けておることでございますから、これらの人たちの引き揚げの促進につきましては、外務省にお願いいたしまして、外交機関を通じて極力促進をはかるようにしたいと思っております。ソ連といたしましても、この点につきましては、御承知のように、共同宣言でも協力するということをはっきり申しておることでございますから、事実上いろいろ援助していただいておるようには存じますが、国柄が非常に広い、あるいは交通、通信関係が日本におけるようになっていないというような事情もあって、私どもの期待のように進んでいないような点があるようにも考えられますが、なお先ほど申し述べましたような線を通じまして促進いたしたい、かように存じます。

山下重明外務事務官(欧亜局第三課長)

○山下説明員 外務省におきましても、三月にソ連側がこちら側に通告してきた二百二十五名の人全部をなるだけ早く帰してほしいということをたびたび申し入れしてございますが、七月に引き取りに行ったときは五十八名、せんだって引き取りに行きましたときはわずか四名、結局その二百二十五名のうちの半分も帰ってきていない、三分の一ぐらいしか帰ってきていない、こういう状態であるので、常に会うたびに門脇大使も言っておられるわけですが、向う側としては、まだ引き揚げが全部終っているわけではないというので、準備でき次第また通告する、それでソ連側としては、日本人で引き揚げたいという希望のある者はみな帰すことにしているから心配するなというわけでありますが、実際上は、われわれが想像するのでありますけれども、樺太におられる人が、御主人が朝鮮人であったりして、急に朝鮮人の御主人がソ連から出国する許可がとれないためにうまくいかないとか、いろいろ事情があってスムーズにいかないのじゃないかということが考えられるわけであります。ただ、向う側は心配するなと言うだけで、詳しい事情をなかなか知らしてくれないので、こちらとしてもやきもきして、毎回先方に頼んでおります。近いうちにもう一回また頼むように、門脇大使に連絡したいと考えております。

木村文男自由民主党

○木村(文)委員 関連して……。まず第一に、河野援護局長に伺いたい。先ほど同僚の、稻葉委員からいろいろと実感に基くそれについての質問をされたわけです。ところが、援護局長の答弁は、さっきも、稻葉委員から発言があったように、非常に当委員会を軽視しているような答弁であったということは私も同感である。今までわれわれは当委員会に六年間席を占めておるわけでありますが、いまだかつて当の責任者である援護局長の答弁として、私は実にそんな答弁を聞いたことはない。しかも、何人帰ったかという数字もつかめないような状態では、私はどうかと思う。引き揚げてきてから一カ月でしょう。その一カ月の間に、この引き揚げてきた人たちが、今冬を目の前にしてどういう暮しをしておるかということをつかみ得ない援護局長がどこにあるかと私は思う。おさまった結果を早急に把握することがあなたの務めだと私は思うが、一体把握しているかどうかということをはっきりと一つ御答弁を願いたいと思う。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 正確な数字をただいま持ち合せておりませんので、具体的な数字のことはただいま申し上げかねるわけでございますが、先ほど御指摘のありましたように、だんだん引揚者の中でことに最近無縁故者が非常にふえておりますので、この点でそれぞれの地方におきましても相当難渋をしておるという事情は、実は私も聞いておるわけでございます。今までのところは、どうにかこうにか一応落ちついておるというふうに実は承知しておるわけでありますが、このままで次々の引き揚げを迎えるということになりますると、ますますこの困難な度合いが加わって参ります。たとえば、先ほどちょっと例を引いて申し上げた住宅の問題にいたしましても、さしあたりは側とか集団収容施設を活用いたしまして、一応一画ができておるというふうに承知いたしておるわけでございますが、その集団収容施設にいたしましても、相当いたんでおるところが多いので、今後の方針といたしましては、この集団収容施設というものを疎開の形で離していった方がいいんじゃないかというような基本的な考え方を一応とっているわけでございます。この春の閣議におきましても、二万戸の引揚者住宅を五カ年計画でやるということになっているわけです。本年度は予算がきまったあとでその閣議決定になりましたので、とりあえず千戸だけ実施したわけでございます。あとの一万九十戸につきましては、来年度以降四、五年計画をもちまして実施いたしたい、こういうように考えておるわけでございます。そういうような方途を講じまして住宅の問題を解決していきたい、かように考えております。ただ、今まで定められております方策だけではまかない切れない分もあるのではないかということを先ほどちょっと申し上げたわけでございます。そういった点につきましては、今後の問題といたしまして善処したい、かように考えている次第でございます。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 先ほど報告にもちょっと申し上げましたように、三百十七人のうち生きて帰ったのは三百十六人、一人前日になくなった。その葬儀を現地の非常に粗末な場所で行い、私ども参列をしてみたのでありますが、夫は朝鮮の方であります。子供が六人、うち二人は葬儀に参列することのできない歩けない子供でございます。四人は参列をいたしました。その情景を見て、こういう人たちは一体帰ってはきたものの、どういうふうに落ちつくのか。聞くところによれば、たしか名古屋の近辺に何か非常に遠いわずかな縁故をたよっていくということであります。ああいう人たちは一体どうなったのか、現地に出迎えたものといたしましては、当時のことを思い出しまして、非常に切実に、今それらの人々はこうなりましたという答弁を聞きたい。しかし、本日はそれが聞けないようでありますから、一つよく御調査願って、われわれの安心のいくような御答弁を次の機会にお願いいたします。  順序を戻しまして、第三の問題の、今後の残留者をどうやって引き揚げさせるのかということにつきましては、時間がありませんから、私多少自分の意見も加わりますけれども、伺いたい。私は、このたびの引き揚げの状態を見まして、また従来の引き揚げの状態を見まして、さらに私は一つの経験を持っておるが、その経験から見まして、国交の、正常化された今日、もう少し外務省がソ連側と緊密な連絡をとって、できれば日本側から特別の現地調査団を派遣するというような方法でもおとりになれないものか、こういう点について、二、三お伺いいたします。日ソ共同宣言の引き揚げの条項によりますと、「ソヴィエト社会主義共和国連邦において有罪の判決を受けたすべての日本人は、この共同宣言の効力発生とともに釈放され、日本国へ送還されるものとする。また、ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要請に基いて、消息不明の日本人について引き続き調査を行うものとする。」こうございますから、極力日本の外務省といたしましては、ソ連側に対し、日本に大使館もあるわけでありますから、またソビエト駐在の日本の門脇大使を通じて向うの政府に、両方とも極力ソビエト社会主義共和国連邦側の日本人消息不明者の調査を促進されるよう勧告する用意がありますか。

山下重明外務事務官(欧亜局第三課長)

○山下説明員 私が上司とお話してもっとはっきりした態度をきめてお答えしなければならぬかもしれませんけれども、この状況不明者の調査ということについては、今まで何回も申し入れてあります。それから、大体共同宣言が作り上げられたときに、ソ連側の義務となっております。それだから、当然やるべきだという交渉を何回もやっておりますが、向う側としてはなかなか応じない。それから、この夏でございましたか、墓地の件もありまして、こちらからぜひ調査団を行かしてくれ――御承知かと思いますが、南千島においてぜひ墓地の整理をしたいという陳情がございまして、その際も一括して調査団派遣と慰霊祭をやりたいというような要望をいたしたのでありますが、先々側ではそれに応じておりませんので、外務省といたしましては、最後までこの問題をソ連側に要望していく。そこで私どもの方としては、第一段に現在残っている人が帰ってくる、それから状況不明者の現状調査、それからさらに死亡者の遺骨遺品の引き取りという問題、この問題全部について、この夏も全般的な問題として門脇大使から先方に言っていただきましたが、今なおそれに対してはっきりした回答を得ません。しかも、最近におきましては、遺骨、遺品の引き取りという問題も非常に要望が強いので、近くもう一回あらためて全般的な問題として強く向う側に要望していただきたいと考えております。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 端的に言うならば、この日ソ共同宣言の作り方が悪いと思う。「ソヴィエト社会主義共和国連邦は」とあって、その次を日本側から調査団を派遣して、その調査団と向う側の関係者の権限あるものと共同して調査をするというふうにあのとき共同宣言をしたかったのです。なぜかというと、委員長も御存じの通り、一九五五年でしたか、クレムリンでブルガーニン氏、フルシチョフ氏と会談をやったときに、こういうことがございました。われわれは「イワノボの戦犯収容所を訪問したい」ということを出し、「これについては善処しよう」ということであった。次に、「帰りにどうしてもハバロフスクの抑留者たちを見舞って帰りたい」という要望を出した。ところが、これに対するフルシチョフ氏の返答は、まことにあぜんたるものであった。彼はこう言いました。「自分はハバロフスクに日本人がそんなにたくさんいることを知らぬ、しかし、係官を呼んで、それが事実であるとするなら、訪問できるように処置しましょう。」こういう工合でありました。われわれにとって重要な問題はあるけれども、向うの政府にとっては、へみたいに考えているのです。だから、この共同宣言は、「ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要請に基いて、消息不明の日本人について引き続き調査を行うものとする。」などといって義務づけましても、連中には切実感がないのだから、こっちの切実感のある者と共同調査をするということになっていないとだめなんです。河野全権にも、松本全権にも、この共同宣言をそういうふうにしてくれよということをずいぶん言っておいたんだが、こうなってしまってははなはだ困りますが、この共同宣言を両国の共同調査ということに改めるという意志はございませんか。この部分についてだけ交渉する意思はありますか。

山下重明外務事務官(欧亜局第三課長)

○山下説明員 共同宣言のこの文句を改める意思ありやということですけれども、これはこの場合も、私の個人的の意見しか申し上げられませんけれども……。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 外務省の意見を聞いている。

山下重明外務事務官(欧亜局第三課長)

○山下説明員 それについては、もちろん帰って上司に報告して検討いたします。ただ私見として考えますれば……。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 あなたの意見を聞いているんじゃない。

山下重明外務事務官(欧亜局第三課長)

○山下説明員 それでは上司に報告いたします。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 私はこの文言をそういうふうに明確に改めなければならないと思うが、それで仕方がないが、少くとも交渉して、解釈上こっちの調査団と向うの調査団と共同してやるのだという了解を成立せしめるということは、それじゃできませんか。

山下重明外務事務官(欧亜局第三課長)

○山下説明員 共同調査をするということでありますが、もちろんこちらから現地に派遣した人が、向うのものと一緒になってやらなければならないという問題でありまして、今後も外務省としては申し入れは行いたいと思いますが、先ほどの中共の話にもありましたように、向う側としては一緒に共同すると、何か自分の方の責任になるようなことになる、いわゆる主権国家であるから、そういう点は自分でやるのだという気分が強いのではないか、そういう意味からなかなか入れてくれないのではないかという危惧を持っておりますけれども、できるだけそういうふうに要望していきたいと思っております。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 外務省では少しその点について意思薄弱なように思う。日本に向うの大使もおるのですから、われわれ国会側として委員長に要望しておきますが、引揚委員会は国民に対する重大な責任を持っておる委員会だから、これは一つ委員長及び当該委員会の理事諸君がソ連大使館に行って、そういう方向を促進すべく側面から援助をされることを要望いたします。  次に、そういう交渉の結果、ソ連側が了承して調査団を派遣し得るという段階にかりに日本側としてできたとすると、第一に日本側として調査団を派遣する余裕が一体あるか、予算があるのかということを承わっておきましょう。厚生省の予算なのか、外務省の予算なのか、どこでもいい、承わりましょう。そういうふうにもし、これができたとしたら、どこから金が出るかということについて、返答ができないようです。交渉する交渉すると言っているけれども、交渉する以上は、これができた場合には、どこから金を出すくらいのことは、すっと答弁できるようになっていなければ、交渉する意思があるなんということは、言えた義理じゃないんだから――そうでしょう。理屈としてそうなりましょう。

米田吉盛自由民主党厚生政務次官

○米田政府委員 そういうことの予想が今までつきませんでしたから、それで、そういう予算は、私も詳しいことは知りませんが、おそらくないと思います。しかし、こういうような交渉が成立いたしますれば、必然的にその魂をつける意味で、予算はつけなければなりません。またしかるべき人選もしなければなりません。まだ、ただいまその段階でありませんから、そういう予算措置が不十分であるということは御了承願います。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 今ないというのは了承するのです。するけれども、さっきの外務省の欧亜第三課長さんですか、山下重明さんのお話によると、非常に熱心なようなことをおっしゃるから、それはうそだ、熱心じゃない、熱心であれば、それくらいはできるかもしれないから、そのくらいの金の出どころはしてあるはずです。すっと答弁できないところをみると、不熱心なんだ。従って、今後熱心にやってもらいたいという、ことを言いたいのです。  次に、もしそれができたとして、調査団の構成はどうしますか。――これも答弁できるはずがないです。不熱心なんだから……。  第三、調査団は何をなすべきかということについて、今まで引き揚げてきた状況を見まして、私は意見を申し上げてみたい。私は今度の引揚者の様子を見て、とにかく先ほどの報告に申し上げました通り、向うにおれば生活に困らない。だけれども帰ってくるというのは、自由がないからだ。この点も自由を与えられるように交渉すること、及び日本の状況というものはそんないいものじゃないのだから、天国じゃないのだから、あなたの今の現地の生活と日本の生活とを比べて、帰ってこられた後の非常にみじめなことを予想すると、あなたはここに残留された方がまだいいですよというような勧説も、現地に行っていただかなければできないから、ここと関連するから、ここから調査団が行ってやった方がいい。そうすると、そういうことをソ連側と交渉すれば、ああ、なるほどという勧め方もありますから、それならばやはり日本人が行ってきてもらわぬと、ソ連人ではそういう説明ができないから、一つ調査団を派遣してもらいましょうかという話にもなるかもしれない。過去の経験をずっと積み重ねていって、こういう状態だから現地調査団を派遣する必要がある、それは何をするかというと、場合によってはあなたはお残りになった方がむしろ幸福ですよということもあり得るというふうに思う。ですから、ぜひとも先ほど私が申し上げました要望の点につきましては、今後一そうの努力をお願いいたします。

山下重明外務事務官(欧亜局第三課長)

○山下説明員 稻葉委員のお話よくわかりましたから、帰ってさっそく上の方に報告して、研究して措置したいと思います。

稻葉修自由民主党

○稻葉委員 それからもう一つは、これは相当上のクラスで交渉しないとうまくないと思うのです。先ほどの報告書にもありますように、向うの樺太のクニヤーゼという人の言葉を引用いたしましたが、樺太執行委員会代表のクニヤーゼ副議長の言葉によると、すべてモスクワのきめることで、不明であるからというような状態なんです。委員長も御経験がある通り、われわれのソビエト滞在中の日程等についても、その日になって初めて上から許可が来た。上から許可が来なければ、何も下僚はできないというような始末でございまして、日本とはその点だいぶ違うようであります。あなたは自分の私見も述べようとさえするが、そういうことがほとんど、できない。すべて上の方の命令によって動くのであるから、何とも申し上げかねるがというような言い方なんですね。ですから、ただいまも申し上げましたような交渉は、帰って外務大臣によく話して、外務大臣とソビエト大使とこっちで交渉なさるということが必要なのであって、向こうの大使館の事務官と、こちらの欧亜第三課長などが交渉しても私はだめだというふうに思いますから、その点も御留意願いたい。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 木村文男君。

木村文男自由民主党

○木村(文)委員 第一点は、援護局長、それは、先ほど稻葉委員から次の当委員会までの間に、先般引き揚げて参りました引揚者の現在の生活状況、それから越冬に対する措置がどう講ぜられているかということ、それから最後に恒久的な対策はどうするか、今後また引き揚げてくるのですから、そういう点について、データを添付した報告を願いたい。これが一点、これは答弁は要らない。次に、外務省側に申し上げます。それは、共同宣言のうちに盛られている引き揚げに関する前項の問題。それによると――われわれはそれによった公式の報告を受けている。それは二百二十五名の名簿が提出されている。この二百二十五名のうち五十八名と四名が来ているわけなんです。残りの百六十三名というものが、名簿に載っていながら、いまだに引き揚げられていない、帰還していない。名簿にない行方不明者、これは、先ほど稻葉委員から発言があったが、いわゆる今後の調査あるいは調査団の派遣だとか、いろいろ厚生政務次官が答弁されたようなことが出てくると思う。だが、公式な外交交渉によって、その正式なる手続によって出された名簿のうちで、いまだ百六十三名が引き揚げられていないということに対する外務省側の折衝は、どういうように進められているか。これをはっきりと、その段階々々に区分して、私はこの機会に明らかにしていただきたいと思う。  第二点は、私は前の国会中に岸総理に対して質問をいたしました。その際に、この道の専門の係官を現地の公館に調査折衝のために特に駐在員として駐在せしめるという意向を明らかにされたのでありますが、その結局がどうなっているか。それが話が進んで、今行っているかどうか、これからもしやるとすれば、どういうような人をいつごろまでに現地の公館に駐在せしめるのか、この二点について、御答弁を願いたい。

山下重明外務事務官(欧亜局第三課長)

○山下説明員 第一点の二百二十五名のうち百六十三名の未帰還、この問題についてでありますが、これは三月にテヴォシャン大使がわが方に通告してきましたのは、要するに日本人でその後調査の結果ソ連にいることがわかった人間七百九十何名おりまして、そのうちの二百二十五名が日本に帰る希望を持っておる、こういう者であるというふうなことで向うが通告しているわけです。それで、これはすなわち共同宣言の有罪の判決を受けたすべての日本人というのと全然向うは一緒にしていないわけです。それで、ソ連側としては、一応共同宣言の者は全部去年帰した、あとはいわゆる本人で帰りたいという者だけを帰すのだという建前らしい。そこで、二百二十五名なぜ全部今度帰らないのかということを聞いているわけですけれども、これは現実に向うは説明していない。そうすると、先ほど私が御説明しましたように、あるいは家族関係や何かで今帰れない事情があったり、そのほかの事情で帰れないという人もあるのではないかと推定しているわけであります。

木村文男自由民主党

○木村(文)委員 今の推定しているとう言葉は私はあり得ないと思う。これは名簿が出ているのですから、現地日本の公館がもうとうに調査に着手して、照らし合せて、現住所も突き詰め、そうしてその意思まで聞くくらい調査が進んでいなければならぬはずだと思う。それを今推定しているという言葉は、事務を担当しているあなた方の答弁としては不満です。この点についてのお答えを願いたい。

山下重明外務事務官(欧亜局第三課長)

○山下説明員 この点については、厚生省の方々ともよく御相談して取り運んでおるのでありますが、あの二百二十五名の人たちも、向う側は名前だけ通報してきておりまして、向うの住所とかなんとかいうものは通報してきておりませんので、こちらとしては何回も聞くのでずが、向うはまだ引き揚げが終っていないのだからということで、われわれの方は、次の引き揚げの機会にはまだ帰ってくるという希望のもとに、何回も催促しておる段階であります。  第二の問題につきましては、ことしの四月から厚生省の高橋事務官にソ連大使館の二等書記官として赴任していただきまして、それでいわゆる調査事務の、いろいろ向うにおられる人からこちらに、大使館にいろいろ帰りたいという陳情をしたり、いろいろな手紙などが来ているのを全部さばいて、こちらに連絡してもらって、仕事をしていただいております。実は、一番最初に派遣するときは、大体半年ぐらいという予定で大蔵省の了解を得ておりましたのですが、引き揚げの問題が終らないので、なおしばらく向うで仕事をしていただくようにしたい考えで、少くともこのところ、もうちょっと様子を見て、一段落するまでは向うに在勤していただきたいという希望で、それらの努力をしております。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 木村委員の質問は、現地に調査官を置いてもらいたいということです。高橋君のことはわかっていますけれども、現地の樺太にという意味です。  本件について、ほかに御質疑ございませんか。――なければ、本日はこの程度にいたし、次会は公報をもってお知らせすることといたします。  本日はこれにて散会いたします。     午後三時五十八分散会

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