予算委員会第一分科会 第2号
- 発言数
- 76 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1957/02/12
会議録
○松本主査 それではこれより予算委員会第一分科会を開会いたします。 昭和三十二年度一般会計予算中皇室費、国会、裁判所、会計検査院、法務省及び外務省所管を議題といたします。 これより質疑に入ります。質疑は通告順によって行うのを原則としておりまするが、太田委員がまだ出席しておられませんので、田原委員に発言を許します。田原春次君。
○田原分科員 最初に皇室費関係のことについて質問を申し上げます。今宮内庁皇室関係で使用になっておる自動車のうち、外国自動車と国産自動車はどういう割合になっておりますか。
○高尾政府委員 お答え申し上げます。明年度の自動車購入新規要求の中に入っておりますのは、貴賓車一両、それから接待車四両ということに相なっておりますが、現在使用いたしております貴賓車は、すでに年式が非常に古く、一九三二年ないし三三年ころのものでございます。それで、外国貴賓が、昨年すでにエチオピア皇帝陛下がお見えになりましたが、今後この年度も、外国貴賓が相当見えられるという予想がありまして、それに対して、現在の非常に年式の古い自動車では、何といいますか、国家の体面からいっても非常に体裁を欠きますので、この際年式の新しいものに切りかえたい、かように考えまして、貴賓御自身が使用されます自動車一台、それから随員用にあてます自動車四台、それを予算に計上いたしました次第であります。
○田原分科員 私の質問したのは、その意味だけではないのです。現在御使用になっておる自動車のうち、外国車は何台ありますか、国産車は何台ありますかということをお尋ねしたのです。それを答えてもらいますが、ついでに、今のお答えに対してさらに質問しますと、体面上から古い年式のものを新しくされるということも一応ごもっともですが、貴賓車というのは、外国車ですか、国産車ですか、それをお尋ねしたい。
○高尾政府委員 それは外国車でございます。
○田原分科員 現在は、国産車は一台も使っておりませんか。
○高尾政府委員 国産車も相当所有いたしておりますが、貴賓関係にあてておりますのは、外国車でございます。
○田原分科員 今回の購入予定のものも……。
○高尾政府委員 さようでございます。
○田原分科員 国家の体面上、貴賓用の車をお持ちになるということは、それも私別に異存はありませんが、貴賓用の車に外国車を買うということは、それこそ体面上おかしいと思う。日本は、現に中型、小型なら国産車があるのでありますから、国産車をお買いになって、外国の人をこれでお迎えになることが当然でありまして、外国人は、外国の自動車を自分で持っておったり知っておるわけでありますから、日本に来ました国賓、もしくは国賓待遇の人を皇室関係でいろいろ接待されることはけっこうですが、日本には自動車がないのか、こうなります。従って、私のお尋ね並びに希望は、古いのを新しくかえることもけっこうですが、この機会に、すべて国産車に切りかえてもらいたい。皇室がまず見本を示すことが——これは後ほど申し上げるように、われわれも反省、自粛する点もあるのでありますが、国産車奨励といっても、何もメーカーに頼まれてというわけではありません。国産車がいかに貧弱であるかということも、これによってわかるわけです。私ども外国の例を見ましても、私の知る限りにおきましては、みずから自動車を製造しておる国で、外国貴賓用として外国車を持っているところはありません。わずかに中国は、みずから乗用車を作っておりませんから、ソ連のジス、ジムであるとか、あるいはチェコスロバキアのタトラ・プランであるとか、あるいはアメリカの自動車、西ドイツ、イギリス等のを持っております。これは自分の国で作らないからです。ところがそれ以外の、自分の国で乗用車を製浩しておるところは、その乗用車の最も新しくて、また最も上等のものを外国の貴賓車に使っておるのです。この点は、今からこの予算を削るという意味じゃありませんが、外国車を高いドルでもって買うくらいなら、一台買う御予定の予算で国産車が二台、三台買えるのですから、そういうようにされればいかがですかということをお尋ねしておるわけです。
○高尾政府委員 お答え申し上げます。先ほどのお尋ねの、現在保有台数における国産車は、四十一台保有いたしておりまして、うち五台の国産車を持っております。新規に取得しておりますのは、今お説の通り、特殊なものを除きましては、全部国産車でやっておりまして、現在保有しておりますのは、ほとんど戦前のものをそのまま使用しているわけでございます。それからただいまお話がありました国産車を使えということは、まことにごもっともでございまして、私どもも、この貴賓車、それから接待用車を国産車でもってあてたいということで、実は数年前から日本の国産車のメーカーの人たちともいろいろ相談をいたして参ったのでございます。ところが現在のメーカーの人たちは、いろいろ設計をやってみてくれておりますが、早急には接待用にあて得る自動車を現在の能力ではとうてい製造し得ないということを言っております。一方外国貴賓の来訪も非常にひんぱんになりまして、現在の年式の古いものもしばしば故障を起し、また外観等も非常に古ぼけて参りましたのに、ちょっとその国産車が製造し得るという見通しが今のところございませんので、こういう予算を計上いたしたわけであります。なお国内の自動車業者は、みんな共同しまして研究をしてくれるということになっておりますので、数年中には、あるいは試作車くらいができ得るかということは、われわれも期待をいたしております。お説の通り、私たちも、皇室から国産車をお使いになっていただくということに全く同意見でございますので、その方向に進んでおりますが、現在の製造能力、型式では、遺憾ながら外国貴賓に乗っていただくというほどのものはできませんので、今後の問題として、業者の方にもいろいろ研究してもらい、われわれの方でも研究を続けたいと思っております。貴賓車以外の皇室で使っております車は、新しく買いますのは全部国産でやっております。
○田原分科員 そこまで行かれておるならば、これはいたし方ございませんが、なるべくすみやかに国産自動車メーカーと話をされまして、将来は、切りかえる場合はもとより、新規購入もすべて国産車にする。たといそれが貧弱であっても、外国貴賓に対して失礼になりませんし、日本の技術あるいは生産量の上で、これが国産車の最高のものでございますと言って少しも恥かしくない、そういうお気持で進めてもらいたい。この点は各官庁に対しても、国会、裁判所に対しても、大きな垂範になるということを申し上げておきます。 次は、宮城の開放の問題でございますが、宮城の一般庶民の出入、拝観等はどういう規定になっておりますか、これをまず承わっておきます。
○高尾政府委員 お答え申し上げます。参観につきましては、全く参観希望者の資格を問わず全部認めるという方針になっておりますが、ただ一日の参観人数を限定しておりまして、午前千人、午後千人ということになっておりますが、これは中にいろいろ行事がございますので、その行事等の支障その他もございますし、それから案内に宮内庁の職員が当りますが、この案内をいたします人たちは、ほかに自分の職務を持っておりまして、この参観のために別段新規な転用をいただいておりませんので、いわばその仕事のほかに参観の御案内をいたしておるというようなわけで、そういう両方面から、人数の制限だけはやむを得ないと考えまして、現在可能な限りということで、午前千人、午後千人、多少の増減はございましても、そのくらいの見当でいたしております。しかし御希望の日に入れなくとも、第二次の御希望の日をお申し出いただけばそこへ入れるとか、そういうふうにして、御希望は大体かなえて差し上げられるというふうになっておるわけでございます。
○田原分科員 次は、通行の問題です。参観がそういうふうに制限されているというくらいですから、通行は実際上まだ許されておらぬと思うのですが、しばしば東京都で、宮城の中をバスを通したい、半蔵門の方から大手町の方に——もちろん一定の通路を中に設けられるようにしたいという希望があるのですが、いまだに実現していないと思います。諸外国の例を見ましても、閉鎖されたる王室もあるし、またイギリスのように開放されたところもある。でありますから、昔のように、あそこに城郭を設けて、一切通行まかりならぬという従来の伝統を開放されて、一定の時間に、一定のバスなり通路として都民や国民の便宜をはかられてはいかがであろうか。そういうふうな御相談が東京都庁からあったかどうか、また部内で御相談等がありましたかどうか、この点もこの機会に一つ明らかにしてもらいたいと思います。 それから参観の制限の理由は、職員に本務があって、その他の本務に差しつかえがあるということですが、これはごもっともだと思うのです。それならば、参観料のようなものを最小一定額徴収することにして、参観者の案内指導だけの者を別に増員されてもいいわけです。この国会も、御承知のように、ほとんど毎日観光バスで最低五十台は開会中、閉会中を問わず見えますが、国会参観、靖国神社参拝等のほかに、皇居を訪れたい者もあるわけです。ですから、一つの名所としてでも、参観者を制限するということが職員の定員の点から来るならば、別途に案内料のごときものをとってもいいと思うが、もっと開放される必要があるのではないかと思いますが、参観については、開放の点はどうか。それから進んでは、一般通行のためにしばしば問題が出ておるようでありますが、バスの通行許可の問題に対してはどういうふうな考えを持っておるか。この機会に一つその意見を明らかにしていただきたいと思います。
○高尾政府委員 御質問の点は、三つございましたと思いますが、第一のバスの通行の問題は、私の聞いております限りでは、乾門から坂下門の間を観光のためバスを通していただきたいということでございまして、これに対しましては、これは現在皇居の前をごらんになって御存じの通り、東京見物と申しますと、ほとんどあそこは必ずバスが来るような状態になっておりまして、これを一社にだけというわけには参りませんので、公正に全部認めますということになりますと、あそこは御存じのように、御生活の場所でもありますので、塵埃その他非常に困るということ、それから行事が非常に多いものでございまして、その行事が何月何日何時というふうにいつもきまっておるわけではありませんで、早朝でも普通の時間中でも、認証式のごときは夜でもいつでもあるというわけで、そういう行事との関連が非常にめんどうでありますので、現在のところお断わり申し上げておるという状況でございます。 それから第二の御質問の、なるべく通行をというお話でございますが、これは全然用事のない方、単に観光のためとか、模様を見たいということでは、警衛上非常に困るのでありますが、中に多少でも御用があるという方、それはほとんどお通しをいたしております。お住居の方に直接関係のない、たとえば大手門とか平川門、そういうところは、ほとんどお名前と用件を伺うだけでお通ししているという状況で、門によって緩急、多少の手心を加えて御不便のないように取り扱っているつもりでございます。
○太田分科員 皇室費のことでお尋ねするのですが、本年度は外国元首、使節等接待に関連し、仮宮殿の改装並びに儀典に必要な経費約六千二百八十万円、こう書いてありますが、ここのところの意味がちょっと、私こまかい各項目明細書まで読んでおりませんけれども、外国関係の接待に関連し、仮宮殿の改装並びに儀典、この改装の費用と儀典の費用とはどう区別されておりますか、簡単でいいのでございます。私の聞きたいのは、改装の費用が幾らということを主点に聞きたいのです。
○高尾政府委員 お答え申し上げます。仮宮殿の改装は二千七百八十九万二千円ということになっております。その他儀典と申しますのは、食卓用の皿、それから卓子とか、そういうような費用でございます。
○太田分科員 私のお聞きしたい主点は、仮宮殿と書いてありますが、宮廷費は、対外関係を非常に強く見なければならぬと思うのです。現在の仮宮殿なるものが、日本の現状におきましては外国の皇帝なり、あるいは大統領なり、その他の人を呼ぶのに、私は一国の象徴としての宮殿としては非常に質素に思われるのでございます。私は、復古というようなことは断じて考えておりません。民主国家における国の象徴としての今の宮殿のあり方が、私どもをして非常に考えさせしめるのであります。ことに戦災の跡をまざまざと見せしめるような今日の宮城内の姿というものが、果して現状において日本の国の象徴としての宮殿にふさわしいかという問題です。この問題についてお考えになったことがございますか。十数年経ている今日においては、この問題はもう考えていい時ではないかと思います。かくのごとき考えを持たれても、天皇が、まだ都内にも住居のない人があるんだからというお言葉であるということを承わっておりますが、これは対外関係等を主として考えますると、私は民主国家にふさわしいような——決して復古ではありません。復古するという意味ではございません。しかるべきものを作られるのは、日本の立場からもいいことではないか、ただ上から言われるからどうこうというよりも、今日の皇室費の取扱いは昔と違っておるのでございます。申すまでもなく、昔は一定額を四百万円にきめて、それを増額する場合以外には要らない。当時は皇室財産というものがあったのでございます。今日は、国の元首といたしまして、国の象徴といたしましてしかるべき宮殿を作られるのがほんとうではないか。復古という考えは毛頭私は持っておりません。民主国家における国の象徴たるべき皇居の今の襲が、果してこいれでいいか、またこれをお考えになったことがあるか、考えたとすれば、いつからこれをおやりになるのか、これが私のお聞きしたい点であります。
○高尾政府委員 お答え申し上げます。ただいまの御質問の点でございますが、われわれも、現在の仮宮殿が非常に貧弱で、国の体面を保つ上でも、それから実際の行事を行う上でも、万事意のごとくならないということは認めておりますのでございますが、いろいろな情勢から、現在まだ本宮殿の建築ということについては緒についておりません。ただ、それについて何か考えたことがあるかという御質問でございますので、現在までやってきましたこと、それからこの予算について多少入れてありますことを簡単に申し述べますと、昭和二十八年から、以前戦災で焼失いたしました宮殿についての調査を継続事業としてやってきております。これは、新しい宮殿ができます場合、それに対する基礎資料を整備しておくという意味で続けておりますが、この仕事は大体完了しつつあります。それから明年と申しますか、この予算の年度から二年間の予定をもって、新宮殿のごく荒い設計をしてみようということで、それの経費といたしまして、食卓の費用、それから外国の宮殿その他迎賓館の視察の費用、つまり外国旅費でございますが、そういうものを計上してあります。しかしこれができまして、それから二年後に、三年目からかりに予算をいただきまして宮殿の建設にかかりましても、なお年時を要することでございますので、さしあたって現在の非常に見苦しいというところだけ、最小限度でありますが、手直しをいたしたいというのが二千八百万円の予算になっております。
○太田分科員 私の申し上げたいことはどういう点にあるかといえば、国際情勢から見ましても、国連へ入ったという関係から見ましても、今の国の象徴たるべき皇居の姿というものが、私は考えるべきときに来ていると思う。同時に、あの戦災の跡を外国人にまで見せるという現状を、私は痛ましく感ずるのであります。現実に私は宮城内も見ましたし、また旧御用邸などの、近くのりっぱな金持ちなどの別荘よりもずっと劣ったような姿を見たときに、国の象徴といたしまして——私は決して復古じゃありません、民主国家にふさわしい国を代表さるべきその皇居の姿が、今のままでいいという時でないと絶対に私は思うのです。十数年経た今日でございますので、非常な華麗なるものを考えて言うのではございません。しかも私は、あの昔の宮殿のあった跡が、そのままただ芝生になったくらいの程度に置いておりまするが、おそらく日本の国の象徴——国際連合まで入ったというその国が、外国の使臣などを迎える場合におきまして、今まで天皇が、民間の住宅さえまだできないからという言葉は、ほんとうにうれしい言葉でございますが、しかしこれと内廷関係、宮廷関係とは違うのでございまするから、古い宮内省流の考えにとらわれることなく、日本の国の象徴という立場から、もっと大きく取り上げられて御研究なさるのがしかるべきではないかと思います。私の言うのはこれだけでございます。
○田原分科員 法務省に質問がありますが、それに関連する点で、石田官房長官にまずお答えをいただきたいと思います。詳しいことは法務大臣が見えてからにいたしますが、台湾及び韓国出身の戦犯で——戦犯というからには、戦争に従事しておったわけですが、戦争に従事するというのは、日本側で志願兵をつのって、主として俘虜の監視役をさせたのであります。たまたま二カ年の契約で採用しておるものが、三年以上もおることになり、しかもその残りの一年半以上延期された期間において、俘虜虐待の事実があったということで、多数の者が戦犯に問われ、そのうち四十九名は死刑になっておる。それから二百七十二名が無期刑その他の有期刑に処せられておることは御承知の通り、そのほかこれに関するいろいろな問題があるのでありますが、これらの問題について、石橋首相に直接会って実情を聞いて処置をしてもらいたいという陳情に行ったところ、石田官房長官がかわって会われて近く会わせるということになったのでありますが、もちろん石橋さんは今御病気で会えないことは、われわれはわかるのでありますけれども、この気の毒な戦争協力者の人々の処置、処遇について政府の態度がはなはだしくのろい。彼らは路頭に迷っております。それに対する処置を基本的にきめてもらいたいというのが、われわれの立場からも当然政府に要望したいことでありますが、その後これはどういうことになっておりますか。たまたま副長官も見えておりますし、御両氏からそれぞれの御回答を得たいと思うのであります。
○石田(博)政府委員 お答えをいたします。あれはたしか一月の八日のことであったと思うのであります。今御指摘の朝鮮及び台湾の方々がおいでになりまして、事情を総理に直接聞いてもらいたいということでありました。私は、かわってお目にかかりまして、その事情を詳細にお聞きをいたしまして、さらに総理にも直接会いたいという御希望が重ねてありましたが、ちょうどそのころ北海道その他へ遊説に出かけるときでありましたので、帰ってから、できるだけすみやかな機会にそういうふうに取り計らおうということをお約束いたしたことは、事実でございます。ところが、その後御承知のように総理が御病気になりましたので、まだ会わせることは実行いたしかねているわけでございますが、事情を伺いました件につきましては、所管が法務省の保護局と厚生省の援護局にわたることでありますので、それぞれ所管の両省に対しまして、特に法務大臣には、直接問題の早急処理方をお願いをいたしておいたようなわけでございます。この問題の経過その他につきましては、田中副長官から答えていただくことにいたしたいと思います。
○田中(榮)政府委員 ただいまの朝鮮、台湾の戦争中における刑余者の処遇につきましては、一昨年来から実は政府の方に関係者の陳情がございまして、私どももまことに御同情にたえない次第でございます。政府としては、できる限りの努力をいたしておるのでございますが、ただ現在の段階におきましては、巣鴨の拘置所から出た者の住居の問題であるとか、あるいは職業のあっせんの問題であるとか、あるいはまたその他の生業資金の問題であるとか、そうした現実に即した面のお世話をいたしておるのでございまして、これも主管といたしましては、厚生省並びに法務省側の所管事項になっておりますので、内閣といたしましては、なるべく両省の関係者を集めまして、極力連絡協調を遂げさせまして、趣旨に沿うように努力をいたしたのでございますが、ただ財政上の関係から、御期待に沿い得ない点も多々あるかと存じております。なおこれらの人々が、政府に対しまして、あるいはなくなったものに対する弔慰金であるとか、あるいは巣鴨の拘置所に入っておる間のいろいろな見舞金程度の日当幾らに換算した総計、この程度の——中から、これを一つ見舞金として支出してもらいたいというようなことも、かねがね承わっております。これらのことにつきましては、実際問題としまして、他の関係等の比率もございますので、そう簡単にそのままこれを受け入れるということはとうていできません。またこれらにつきましても、彼らは、その当時は一応日本人としての処遇を受けておるのでございますが、現在といたしましては外国人という立場になっておりますので、日本人としての解決ということが非常に困難でございます。これらにつきましては、今後も十分に一つ検討を加えてみたい、かように考えておる次第であります。
○田原分科員 この問題については、法務省、厚生省等の同席を待って、もう少し質問したいのでございますが、その前に戻りまして、国会関係についてお尋ねいたします。今日衆参両院の国会で所有している自動車、衆参それぞれの別並びに自動車のうち国産車と外国車の数、それから今年以後買いかえ、もしくは新規購入予定の数、その外国車と国産車との数を知らしてもらいたい。
○知野参事 衆議院の方は、現在大型乗用車、小型乗用車、それからバス、トラック、そういったものを全部合せて百四十台ほどございますが、そのうち国産車は、約三十台くらいございます。それで、一昨年の昭和三十年度以降は、全部国産車ということにいたしまして、それ以後、外国車というものは一台も入っておりません。来年度の予算では、自動車購入費におきまして三百万、それから交換差金におきまして四百三十万、合せて七百三十万でございますが、これらはいずれも国産車の購入、あるいは交換に充てることになっております。
○渡辺参議院参事 参議院は、現在八十七台の自動車を持っておるのでございますが、その中で外車が七十七台、国産車が十台ございます。それで、来年度の予算で六百三十万円の自動車の購入、交換の経費が認められておりますが、これは、もちろん国産車ないしは準国産車を購入いたしたい、こういう考えでございます。
○田原分科員 現在所有しておる衆参両院の外国車を、直ちに一定の標準のもとに国産車と交換する計画を持つべきだと思うのですが、これに対する皆さんのお考えをお聞きいたしたいと思います。
○知野参事 自動車の交換につきましては、一定の年代におきまして交換の基準がございますが、それによりまして、これから全部交換の予算が入ります都度、国産車に切りかえていく方針に議院運営委員会及び庶務小委員会の御協議もありまして、そういう線に沿ってやっていきたいと思います。
○渡辺参議院参事 参議院も全く同様に考えております。
○田原分科員 私は、国産車側から頼まれたわけでも何でもないが、私自身も、議員としてときどき国会の車を使わしてもらうのでありますが、時速七十マイル以上も出せるような高級車を国会議員が日常必要としない。ただ深々としたクッションであるとか、幾らか気持がいいというだけの程度でありますから、そういう外国車で気楽に動きたい人は、外国車のタクシーもありますから乗ることにして、今一兆千三百億からの予算を使います国政の審議に当るわれわれといたしましては、国会が外国車を持っているじゃないかという印象は、非常によろしくないと思います。そこで、割合は多少悪くても、早急に今年内に、現在持っている外国車をタクシーに払い下げたらよろしい。もちろん公平な値段をきめて、もしくは国産車のメーカーとの間に、新車と、それから現在国会の持っている中古車との割合をきめて払い下げたらよろしいと思う。そうして国会は全部国産車にする。火急なもので、また自分が金があって、自家用車に外国車を持つものまで禁じようというのではない。国家公用に使う自動車を、特にアメリカの自動車あたりを高いドルで買って得々としている気風はよろしくないから、まず国会がみずから改める。国会が改めれば、中央行政官庁並びに地方公共団体等にもわれわれは要求し得ると思う。その意味において、昭和三十二年度の予算を獲得するとともに、今年度内において、現在持てる外国車を全部国産車にかえる、場合によったら十台外国車を持っておるものを国産車とかえると、十五台あるいは二十台くらいになるかもしらぬと思います。そうすると、国会で所有する自動車の総数はかえってふえてくると思うのであります。東京都内で使っております実情を見ますと、各省訪問用であるとか、あるいは青山斎場出席用であるとか、はなはだしきは、築地の夜間の宴会用に充てるとか、こんなものは必要ないのです。四万台が築地や赤坂の待合に並ぶことは不愉快です国産車にすれば格好もみすぼらしいし、乗っていく方も、まさかそういう夜の会合には乗っていかなくなると思う。この意味におきまして、国会は全部国産車であるという原則を立ててもらいたいと思いますが、今年度においてそれを実行する気持があるかどうか、あなた方担任者としての決意を聞かしてもらいたい。
○知野参事 今田原先生のお話しになりましたような線で、やはり庶務小委員会及び議院運営委員会におきましてもそういう方向で行くべきだというお話がございました。ことし一ぺんにというわけにはいかないかと思いますが、順次そういう線で処理していきたいと思っております。
○渡辺参議院参事 参議院も、今衆議院から申し上げたのと全く同様な考えでございまして、本年度全部一度にということは困難だと思いますが、庶務小委員会でも、逐次国産車にかえていくという申し合せで、逐次国産車にかえていっておるような次第でございます。
○田原分科員 参議院は、八十何台のうち七十何台が外国車というのはよくないから、逐次というのを早急に、かつ年内に実現するようにやっていただきたいということを希望しておきます。ただいまのところ、国会に対する私の質問はこれだけであります。 次は、裁判所にお尋ねいたしたい。裁判所構成法の都合もあると思いますが、一県一地方裁判所になっておるのでありますけれども、北海道は広いという関係もあって、四ないし五の地方裁判所になっておるのは当然と思います。同様に都道府県においても、ところによっては、一地方裁判所では処理し切れない件数があると思う。東京都は、民事と刑事と分れたりしておるのでありますか、地方の府県のうちで、地方裁判所のほかに、その地方裁判所の支部を持っておるところがありますね。こういうところは、よろしく昇格さして、独立した地方裁判所としてどうか。すなわち、複数にするについての障害があれば、その法的改正をしておいたらどうかと思うのですが、どういうふうになっておりますか。この点を二つ聞かしてもらいたいと思います。
○岸上最高裁判所説明員 ただいまの点、お答えいたします。裁判所の支部は、現在甲号支部、乙号支部というふうに二種類に分れておりまして、甲号支部は、全国に約七十七カ所ほどございます。支部をどういうふうに置くかということは、一般的に申しますと、各管轄区域内の事件数、それからその管轄区域の面積、人口の多少、交通、産業状態、弁護士の数、あるいは官公署の数というふうなものをかれこれ勘案しまして、具体的にきめておるのでございます。そこで、現在七十七庁あります甲号支部のうちで、一番事件の多いのは、最近三年間の事件数の統計によりますと、福岡管内の小倉支部でございます。これは事件数から申しますと、地方裁判所の本庁のうちでも、全国四十九庁ありますその本庁のうちで、平均的な、中間的な本庁の事件数よりも上回っております。従って事件数からだけ申し上げますと、本庁にしてもいいのじゃないかというふうに考えられるのでございますが、御承知のように、裁判所の置き方は、従来北海道は四つございます。その他内地の方は、各都府県に一カ所本庁を置くというのが明治以来の、何と申しますか、しきたりのようになってきておりますが、そこで現在のところ、甲号支部のうちで、小倉を初めといたしまして、その他八王子とか、佐世保、沼津とかいうふうなところは、いずれも事件数のみからいいますと、平均的な、中間的な本庁の事件数を上回ると思うのです。あるいは大体それに匹敵するというところでございますが、今申しましたような従来の建前から、ただいまのところ、特にそれを本庁に昇格するというふうなことは考えていない状況でございます。もちろん事件の多寡によりまして、裁判官、書記官、事務官、そういう必要な職員は、事件数に応じて配置いたしております。ただ支部と申しますと、事務局系統の職員が本庁よりも若干少い、その地方行政面の事務は本庁の方で統轄するという関係から、事務面はやや少いという実情でございます。簡単でございますが、以上お答え申し上げます。
○田原分科員 私は、実情を主として聞いたわけじゃないのです。この支部を昇格するに障害がある法規を改正して、一県複数主義の地方裁判所にする意思はないかという方針を聞いておるのです。
○岸上最高裁判所説明員 ただいまのところさようでございます。本庁にいたしますと、人の面、それから設備の面等で費用がたくさんかかるという関係もありますのと、ただいま申しましたように、従来それでやってきておるし、非常に著しい支障もそう考えられないのではないかというところから、ただいまのところは、従来通りということでございます。
○田原分科員 裁判所は、公事三年というくらいに、第一審の——特に民事、商事あたりは結審が非常に時間がかかるのです。それですから、事件数の多いところに支部を置いて、暫定的にやっておるわけです。年々人口もふえるし、訴訟事件もふえると思います。だから、民間のいさかいの裁定をサービス的に、早目に片づけるというならば、予算が多少ふえたところでそれをやるのが当然じゃないかと思う。従って、予算が少いからということで、また大して支障がないというのは、中央から見ればそう思うかもしれませんが、地方的にはなかなかそうは参らぬと思うのです。従いまして、今年はやむを得ないとしても、来年あたり今名前をあげられた小倉・八王子、佐世保、沼津あたりを地方裁判所に昇格し、これに伴う予算並びに人的な配置をされるべきだと思うが、それに対しては、あなたは経理局だけで、そこまでは考えられておらぬかもしれぬけれども、国民はそういうふうに希望しておると思うのだが、私の希望に御同意願えませんか。来年そういうものを計上してふやしていくということについて……。
○岸上最高裁判所説明員 ただいまの点は、さらに帰りましてよく検討さしていただきたいと思います。
○太田分科員 全く私知らないことでお尋ねするのですが、裁判所の営繕費関係というものがはなはだ貧弱じゃないかということから、疑義を起したのです。というのは、昔の天皇の名においてという裁判所じゃございませんので、私はそういう古いことを申すのじゃございませんが、私の見たところはごくわずかで、しかも自分の選挙区でありますから、声を大にして言うのじゃございませんが、浜松の裁判所を見たときに、とてもひどいものです。ひどさもひどし、こんな役所があるかと思うくらいでした。現にそのことは、ごらんになっておることと思いますが、家庭裁判所と一緒にくっついていて、向うの話がこっちに聞えたり、天井がボロボロであったり、しかもあそこには、第三国人との関係の問題もあったりしたようですが、ああいうところがほかにもたくさんあるでありましょうか。これから第一承わりたいのです。 同時に営繕費というものについては、計画でも立てられておるのでございますか。 さらに第三点として、財政法のたしか第十八条か第十九条にあったかと記憶しますが、減額査定された場合におきましては、その理由を書くということになっておると思いますが、その理由はどういうふうに書いております一か。それを承わりたい。 もう一度繰り返しますが、第一は、ああいうところがたくさんあるかということ、私は役所であんなひどいところを見ておりません。ほんとうに見ておりません。ことに戦災後十年も経て、大体建物もできておるときに、昔は一番いい建物というと裁判所でございました。それで菊の御紋があって、天皇の名においてということを民間でも知っておったくらいですが、私はそういう議論をするわけじゃない。あまりひどい建物で、あまり威厳を損することははなはだしいのじゃないか。自分の見たところは一カ所だけですから例にはなりませんが、他にもそういう例があるか。第二点としては、こういう営繕について計画を持っておられるのか。現在計画を主張されて要求されても、財政法上において、査定された場合には、減額の理由を書かなければならぬというが、理由は何と書いておるか。その三つを承わりたい。別に四角ばって言うのじゃございませんから……。
○岸上最高裁判所説明員 お答えいたします。浜松の支部の庁舎は、ただいまお話しのように戦災を受けまして、その直後にできましたバラックの木造庁舎でございます。こういうのに類するのは、戦災当時全国の約四分の一、坪数にいたしまして四万坪を焼失いたしました。それを、いずれも坪数はずっと減っておりますが、木造のバラックにいたしまして、応急の間に合せておったのでありますが、二十四、五年ごろから、それを漸次本格的な建物、木造にしても構造上本格的な建築。二十五、六年ごろからは、鉄筋の耐火建物というふうに順次それをかえていくという方針で、現在まで予算上の措置を講じて参っておりまして、今申した戦災を受けました庁舎のうち、過半数は本格的な建築にかわっております。でございますが、なおまだ一万数千坪というものは、木造のバラックというのが残っております。東京の地方裁判所の庁舎も、刑事部が使っております庁舎もそれでございますが、その他本庁関係、支部関係等でまだかなり残っております。これは漸次改築ということを目標にいたしまして、予算上の措置を講じておるわけでございます。御承知のように、裁判所には、そういう木造のバラック庁舎のほかに、非常に古い明治時代からの老朽庁舎もございます。こういうバラック庁舎、老朽庁舎は、とにかく早急に改築したいということで、私ども内部的には一応の計画は考えております。そのほかに、ついでございますが、営繕関係では、終戦後に新しくできました家庭裁判所及び簡易裁判所の庁舎の問題もあります。家庭裁判所は、従来の地方裁判所に同居できるところはいたしておりますが、できないところに庁舎が要る。簡易裁判所も、従来裁判所のなかったところに設置された簡易裁判所については庁舎が要るということで、そういうものにつきましても、逐次整備をしておりますが、なおかなり残っております。そういうものを全部含めまして、戦災後のバラック庁舎、それから明治以来の老朽の木造庁舎、それから新しくできた家庭裁判所、簡易裁判所の庁舎というものの整備を全国的にいたしますためには、一応の概算でございますが、なお百二、三十億の金がかかるという計算をいたしております。これは、いずれも一つ一つを見ますと、浜松支部と似たり寄ったりのところがほとんど大部分でございます。私どもといたしましては、何とかこれをすみやかに整備したいのでございますが、一時にというわけにも実際は参りませんので、逐次・それをできるだけ早くやりたいということで、予算上の措置を講じておる、こういう次第でございます。 営繕費は、戦後は一番多いときが、裁判所の営繕費といたしまして約十億程度、一番少いときは二億五、六千万でございますが、三十二年度は約八億三千万程度は認められておりまして、これも多いほどもちろん裁判所としてはいいのでございますか、いろいろほかの方の関係等も考えますと、そう裁判所のみを多くするということもむずかしかろうということで、−その程度で、三十二年度は事務的には一応折衝を終ったという状況でございます。 財政法のお話の点は、これはいわゆる二重予算と申しておりますが、大蔵当局と事務的な折衝の話がつかない場合に、裁判所の意見と大蔵当局、すなわち政府側の意見とを両方国会に提出して、国会の御審議を仰ぐということになっておりますが、従来この二重予算を出して実質的に御審議を仰いだということはないようでございます。二十七年度の予算でございますか、一たん二重予算を提出いたしましたのですが、その後大蔵当局との間に事務的に話が妥結してそれを取り下げたという状況でございます。以上簡単でございますが……。
○太田分科員 私は見聞が非常に乏しいので、自分の見た浜松だけを申しましたが、あれに似たようなものが一万数千坪あるというお話、それからこれをやる費用が百何十億もかかるということを承わりまして実は、裁判所の費用というものがあんな程度にひどいのかということを非常に強く感じたのでございます。私は、別に役所が威厳をつけるために建物をどうこうというのじゃございませんが、あまりにもひどいあの姿が同じように全国にあるというのでは——私は、非常に大きな鉄筋コンクリートなどというのを考えておるのじゃございません。少くとも裁判所というものは、一つの威厳と、われわれが心静かにさばきを受ける人たちの考え方などを見ると——バラックといってもひどいバラックであります。写真でもごらんになったら皆様わかると思いますが、同じようなものが全国にあるということは、一大事かと思います。あまり政治的にものを言うようでありますが、とにかくこの点については計画を立てられまして、しっかりおやりになることを希望いたします。 第二の、妥協したから二重予算が出ないという問題は、次にお尋ねする問題ですが、根本論でございます。私は、三権分立のもとにおける裁判所の費用というものを、今日の形態のもとに置いておることにおきまして、法律論と別に、実際上の予算措置が、これでうまくいくかということを実は疑っておるわけであります。憲法付属の大興である財政法に関する問題でございますが、戦前におきましていわゆる司法省、今日の法務省のもとにこれらの予算は処理されました。またその当時においては、議会予算は、大蔵省所管においてやったと記憶しております。けれどこの新しい制度になりましたために、いわゆる二重予算と申しまするが、法務省は素通りでございまして、内閣を通して概算を出すという手続は私も承知しておりますが、果してこれでうまくいけるか、うまいという意味は、法理論と両方合せなければならぬことでございますが、もとやった制度の方が実質的に——理論は別でございます。実質的にほどよく運んでおったのではないかと、私は非常に疑うのでございます。三権分立という法律論と予算を実際に組むという問題とは、各国とも問題になっておるのでございまして、アメリカのごときも、初めは議会が予算を作りました。本来法律と並ぶべき大きな予算でございますから、議会が作るべきでございますが、議会で作りますと、要求が非常に多くなって財政が膨張するというので、憲法を改正いたしまして、大統領府において予算局というものを作って、行政府の方で作ることになった沿革を持っております。憲法改正とか、いろいろな中におきまして取り上げられるべき問題の中には、財政法という大きな問題があると思いますが、三権分立の関係、とりわけ議会自体の問題は、国会自体の予算につきましては、国会議員が立場を持っておりますから言われますが、司法関係あるいは裁判所関係につきましては、この点がやや違うように思いますので、私は、今日の予算編成の方式に不便はないか、またこのために何か打開する方法はないか、こういう点についてお尋ねいたしたいと思うのでございます。
○岸上最高裁判所説明員 裁判所の予算について、現行制度で不便あるいは不利はないかというお尋ねでございます。戦前の司法省時代との比較の点もございましたが、実は前の時代のことは詳しくいたしませんので、比較はいたしかねるのでございますが、現在の制度でやっておりますことにつきまして、私ども事務当局として一般的に考えておりますことは、予算の決定になる閣議の席に裁判所側の主張をするメンバーが出席していないということは、これは一般論でございますが、一般的に不利になるのではないかという懸念は持っております。しかし実際上の問題は、大蔵事務当局と折衝いたしまして、大蔵当局の方も、そういう独立機関という点は十分御理解をいただいておると存じます。今までのところ、一度二十七年度に、今申しました二重予算を一たん出したという際は、どうしても意見の調整ができなかったわけでございますが、その他には——もちろんそれで非常に理想的な予算というふうには考えておりませんが、まずまず現状としては、裁判所としてそれで了解をするのほかはないのじゃないかという程度で話し合いをつけた上で、その予算案が国会の方に回っておるという程度でございまして、そういう意味では、特に非常な不便というものも感じていないわけでございます。
○太田分科員 現状についての御判断は大体わかりましたが、二重予算は出さぬというのも、大蔵省との間に泣き寝入りになったんじゃないかと私は自分でそう解釈しております。どっちにいたしましても、戦災後十数年にして全国にあんなひどい建物が存在しておるということは、おそらく国民の一中で、見た者は驚くだろうと思います。これというのも、やはり予算編成の方法につきましての根本論が横たわっておると思います。私としては、御説明の点をよく研究いたしまして、財政法上の議論に備えたいと思います。また科目問題につきましても、現在の予算の組み方が、あの方がいいかということも伺っておりますが、これはあまり専門的になるからお尋ね申し上げません。とにかく現実にああいう建物があって、予算は通らず、二重予算をせず、私の皮肉な言葉かもしらぬが、大蔵省との間に泣き寝入りになっているという姿は、断じていいことではないという私の判断だけ申し上げておきます。
○田原分科員 私は、次に法務大臣に主としてお尋ねしたい。それは、一つは矯正局関係の問題であり、一つは入国管理局関係の問題であります。 矯正局関係の問題というのは、先ほども官房長官にちょっとお尋ねした問題であります。すなわち台湾並びに韓国の青年を、日本の戦争遂行上必要ありとして、これを軍属要員として採用した。当時は、大体勤務期間を二カ年と規定をし、そうして盛大な見送りをして、一定の訓練を施して、朝鮮に残す部隊と南方に出す派遣者とあったわけです。朝鮮に残った方は、規定の二カ年経過とともに解除になり、郷里に帰ることができた。マレー、ビルマその他に派遣せられた青年は、服務紀律として、捕虜に便宜をはかった者は死刑に処す、そのほか非常なやかましい規則を順守して、厳格にその軍の命令を守って監視員の役目をした。そのことが、終戦とともに今度は捕虜虐待の告訴を受け、戦犯として死刑になった者が四十九名あるのです。それから無期その他の懲役刑に処せられた者が二百七十二名ある。これは日本国民の大多数が知りません。こういう戦争の犠牲を——当時は日本国民なりとして、みずから進んで志願をした多数の青年諸君、職業上の訓練その他を経る機会がなく、ただ軍の要員として働かされて、いつの間にか三十をこえておる。敗戦後現地で死刑になった者がありますが、巣鴨に収容されて、巣鴨でまた病死した者もあり、現在まだ一名残っておるという状態なんです。俘虜虐待罪でもって一名残っておる。しかるに一方日本人の方は、シベリヤ、中国方面から続々最近は大半が帰ってきております。そうして、それは戦犯で受刑中の期間をも恩給に通算するというような最大限の処遇を講じておりまするが、朝鮮の青年、台湾の青年に対しては、そのことがない。都合のいいときには、これは日本人であるといって解釈しており、また都合の悪いときには、君たちは外国人だから、日本の恩給法の適用はできないのだといってつっぱねている状態なんですね。これでは、今後平和国家として近隣各国の、いわんや同胞同士といわれる人々とつき合うには、私はあまりひどいごとだと思う。もちろん金は伴うけれども、金額は、これらの人々の要求通りをいれましても、大体五億から十億の範囲で一切解決する程度のものなんです。今日防衛庁等がたくさんの費用を計上しておりまするが——私の最も尊敬する有能なる中村梅吉氏が法務大臣になられたことでありますので、中村氏個人の御同情とともに、日本国民がこれらの青年諸君に対する感謝を金で表わす、しかも金額は、これらの人々の要求をその通りいれるといたしましても、五億から十億で解決する問題です。これを何ゆえに今日まで放置しているか、この点がわれわれ納得いかないから、前の大臣以来約三年間、この問題は継続して陳情を続けておりますが、新しい角度から、就任早々ではありますが、中村法相の御決意を促したいと思う。またあなたのこれに対する方針を聞かせてもらいたい。
○中村国務大臣 御指摘の点、私どもも御同様憂慮いたしておるところでございます。現在その立場の人たちで在日いたします人が、台湾関係で八十四名、韓国関係で六十五名おられるわけであります。いろいろこの点については、政府としても配慮いたしておるのでありますが、私の記憶いたしておりますところでは、さきに、これらの人たちの住居の安定、職業を得せしめるというようなことのために、台湾関係、韓国関係別々の財団法人を組織せしめまして、その財団法人に、せんだっても予算委員会で申し上げましたように・それぞれ三百万円ずつ、計六百万円を入れまして、なおその後厚生省所管で、この人たちの生活更生のために約三百万円ほどの経費を投じまして、本年もわれわれとしましてはなお一そうの努力をいたしたいという気持でおりましたが、結局予算査定の結果、この人たちの生計のための経費として六百六十万円の計上をみたようなわけでございます。もちろんこれでは、御指摘の御趣旨に沿わないわけで、私どもとしては今後一そう努力をいたしたい、かように存じておりますが、さしあたり今年のところは、すでに大蔵当局の予算査定が済みまして、諸般の情勢から、われわれとしてもやむを得ないものとして、この予算を提案いたしておりますような次第でございますが、御指摘の点については、今後われわれも同様の憂慮の念を持ちまして、できるだけ努力をいたしたい、かように考えております。
○田原分科員 実情は御承知と思いますが、もう一度ここで簡単に繰り返して数字を申し上げてみますと、採用当時は本俸五十円でやっておった。ところが南方現地に派遣されまするや、直ちに実際の支給額は三十円に下げ、残りの差額の二十円は、天引き貯金だということで強制貯金せしめ、本人に渡さなかった。そうして約十年の期間を経た今日、これらのものを今日の貨幣、時価に換算してみますと、当時本俸としてもらうべきものでもらっていない差額が、一人当り千五百円、今日の金額にして約三十万円に当る。それから天引き貯金をやらされたのが、当時約三千円ですから、これを今日の貨幣の割に換算しますと、六十万円に当る。退職金も八百円くらいやるというのでありますから、これが合せて十六万円に相当する。十年間の未払い俸給を一万八千円と見ますと、今日の約三百六十万円に当る。従って一人々々を解決するのに、今のお金で大体四百六十六万円くらいはかかることになるわけなのです。またそれを出すことは当然だと思うのであります。しかるに今大臣のお話を聞きますと、六百六十万円くらいで全体の処置をしようというのでは、あまりに金額が少な過ぎると思うのです。ですから、これはこの会計年度内に何か他の方法で出す方法があるか、あるいは今年出せなければ必ず明年出すとか、何かここに、この絶望的な国内をさまよっておる青年諸君——本国には帰れないのです。お前たちは日本の軍国主義に協力した戦犯だというので、本国には帰してくれない。それからこちらにおりましても、あなたたちは日本人じゃないのだ、外国人だという扱いを受ける。それから当時、たとえば朝鮮の青年に対しては、外地に派遣されるに際して、政務総監あたりは、後顧の憂いなく行ってくれと激励しておる。これは通り一ぺんの言葉とはとれない。大部分の青年が今三十二、三才か四、五才になっておりまして、自分にちは二十台から十年間を空白にしてしまった、どこにもたよるところがないと、絶望です。それを救う道は、不当に多額の金を与えるというのではなく、大体よるべき理由のある金額で、今日の貨幣価値に換算しまして四百六十六万円相当になるというのでありますから、これを今大臣の言われた数の日本におる青年諸君に与えても、総体的な金額は、そうかさむものじゃないと思うのです。どうかその意味で、今矯正局、それから厚生省の援護局等でおやりになっておる点は九牛の一毛というか、あるいは二階から目薬というか、あまりにも差がひど過ぎて満足しておらぬと思うのです。だから、精神的に満足せしめるとともに、最大限に予算の許す限りにおいてもっとこれを増額して、さらに日本にこのまま住むとしても、職業の選択、あるいは商売をやるにしても、その資金になるようにするのが当然でありまして、先日来予算総会で問題になっておる、海外からの引揚者の在外資産の補償とまた意味が違って、もっと義務が伴ってくる、日本民族の背負っておる責任だと思いますから、一段の御工夫を願いたいと思うのです。
○中村国務大臣 大体住居関係は、先刻申し上げましたような財団法人の組織によって、居住の安定をはかるということがまず基本的にはどうかということであると思うのでありますが、これらの人たちが生計を保ち得る道を講ずるということは、御指摘の通り、国家として大いに責任を感じて進めなければならない事柄であると思います。従いまして、法務省担当の私といたしましては、厚生大臣とも協議いたしまして、今後できるだけ最善の努力を尽したい、かように考えます。御了承をお願いいたします。
○田原分科員 なおこれらの人々が、それぞれ国別に団体も作っておりますし、先般石橋首相に面会を申し込んだようでありますが、いろいろ事情で会っておりません。国会中あるいは国会後におきましても、機会を作っていただいて、法務大臣も面会して、もっと詳しい事情を聞いていただく、それから石橋首相に会いたいならば、これを取り次いでいただくことも希望いたしておきます。 次は、出入国関係の点について御質問申し上げます。特にこれは国交未回復の地域、特にいわゆる共産圏の地域との往復に対して、はなはだしくけたはずれの制限をしておる。その制限の理由は何にあるかということなんです。なぜ一体そういう国々から来る者の入国を制限し、またそれらの国に行くのに、旅券の下付に当って入管の方で強く意見を出しておるが、どういうわけですか、それを聞かしていただきたい。
○内田政府委員 ただいまのお話によりますと、非常に差別的にやっておるということでございますが、実情から申しますと、私どもといたしましては、そう差別的に扱ってはおりません。ただ国交が未回復であるということからきます問題と、相手の国が共産主義の国であるということから、審査を慎重にはいたしておりますが、結果的には、きして差別的にはなっておらぬつもりでございます。
○田原分科員 私は違う観点に立っておる。実例も知っております。たとえば北朝鮮を例にとりますと、数年前から、舞姫の崔承喜一行が日本に来たい、しかも羽田までの費用は往復とも自分の方で負担をし、国内に百万近くの半島出身の人もおるから、これらの人を慰問し、またがって日本に大へんお世話になっておるから公開したい、入国したい。それがいまだに入国の許可が取れない。逆に、毎年八月十五日の独立記念日に当って、日本におる朝鮮出身の青年が、あるいは大学の教授、中等学校の先生たちがお祝いを兼ねて平壌を訪問するのに、再び帰ることはできないぞといって一方旅券を出す。日本国内に学籍もあり、お医者さんで現に開業しておる者もあるにかかわらず、自分の郷里を一ぺん見る意味もあって、そういう祝典の機会だからといって、夏休みだからというので帰ったきりついに今日まで帰してくれない。密入国すれば帰れるけれども、われわれは密入国は希望しない、正々堂々と往復したいというのですが、いまだに旅券の発行に対して、入管はがんこに拒否しているといううわさが立っておる。そのほかに、議員が中国に行った場合は、それを延長して北鮮へ行くこともできますけれども、そのほかの者に対しては、非常な制限をやる。南朝鮮、すなわち韓国は、日本の方では親友のつもりでおりますが、向うではまるでかたきのような扱いを受けて、いまなお八百人からの日本の漁夫を不当に抑留しておる。この見舞い客さえも寄せつけない。公使館も、韓国側は日本に金公使が駐留しておりますが、日本から京城に公使を出すことさえも承知しない。これは思想の問題ではない。共産主義の国に対しては、ただ厳重にやるというだけでやっており、そうでない国に対しては、逆に非常な差別と失礼な処置を受けながらも黙っておるのは、あまりにも卑屈だと思う。共産主義の運動は、入管の人たちも御承知の通り、正規の旅券で往復する者が何も宣伝するわけではない。必要とあれば密出国をし、密入国もしておるということは、要するに入管の態度があまりにもがんこであるから、かえってそのことのために密出入国がふえる、結果においては同じです。でありますから、国交の未回復のところにおいては、近隣各国に必要な用事があれば、随時出入国させるだけの太っ腹になってもらいたい。国内で共産主義の宣伝が力を得るというのは、それだけの病的な原因が内にあるからで、国内が健全になれば、思想の宣伝などはおそれるものではないと思う。だから、入管の心配を旅行の制限によって維持していくというのは、私はあまりに消極的だと思いますから、今後は中国はもとより——中国の貿易関係の旅行は、だいぶ楽になっておるようでありますけれども、たとえば東ドイツ、北朝鮮、北ヴェトナムに入る場合は、はなはだしく不便でありますから、この点を一掃されて、世界のどの国とも自由に、最小限度の規制のもとに行けるようにしてもらいたいと思うのですが、今はそこまでいっておらぬ。もう少し簿囲を広げるようにはならぬか、このことです。
○内田政府委員 ただいまのおっしゃいましたことにつきまして、実はいろいろなことがまざっておりますから、分けて御説明申し上げますと、まず一つは、北鮮の問題でございます。北鮮につきましては、まさに御指摘の通り、北鮮からの入国は、今日まで一切認めておりません。これは、実は北鮮だけでなく、東独なり北ヴェトナムなり、一つの国が二つに分れております場合には、常に逢着いたします非常な困難な問題なのでございますが、特に北鮮の場合におきましては、従来の韓国側の態度にもかんがみまして、また国連におきましての前の朝鮮動乱以来の伝統等も考慮いたしまして、従来北鮮からの入国は、一切認めないというのが政府の方針でございます。崔承喜の問題につきましては、新聞等にいろいろうわさが出ておりましたが、われわれといたしましては、まだ成規の申請を受けておりません。それから一昨年でございましたか、北鮮に帰った者につきまして、その者が再び日本に入国いたしますことにつきましては、確かにわれわれはその希望を聞いておりますが、これは拒否いたしております。それは、その人々が帰りますときに、われわれから十分念を押してあるのでございまして、現在日本の置かれておる状況においては、北鮮に行って帰る、再入国の許可を出すことはできないぞ、従って、一方的に帰る問題についてはわれわれは許可をするが、再び日本に帰ることはできないというつもりでやってもらいたいということを、あらかじめ十分念を押してございまして、従いまして、われわれとしては、別に不義理なことをいたしておるつもりはございません。どうして北鮮につきましてそういうふうに厳重な態度をとっておるか、これは、やはり日韓の問題、しかも先ほど御指摘がございましたように、韓国側の態度が不当なものであるにいたしましても、現在釜山に抑留されております八百余名の日本人を何とかして早く日本に返したいということが、当面の問題になっておりますので、この問題をともかく解決いたします前に韓国側の感情をいたずらに刺激いたすということは、この際避けなければならないという考慮から出ておる次第でございます。そのほか、東独なり北ヴェトナムなどにつきましても、先般の原水爆禁止大会に入国の問題がございましたときに、遺憾ながら、西独政府の方からの申し入れもございましたし、諸般の外交上の考慮から、われわれとしては入国を認め得なかった次第でございます。また、一般的な共産圏からの入国、あるいは来訪ということにつきましては、現益、貿易等の理由によって日本にも利益をもたらすという場合につきましては、これを許可いたす方針でやって参っておりますが、正規の国交を持たざる場合に、通常の国交のある国と全然同一に取り扱うということは、むしろ国際常識に反することであると思いますし、また相手が共産圏であります場合に、共産国のやり方について、それをどう見るかはいろいろ見方もあろうかと存じますが、少くとも当面の一ころは、ただいま申し上げましたように、貿易等の理由から日本の利益になると認定できる場合以外には、慎重な取扱いをいたしておる次第でございます。
○田原分科員 日本のために利益になる場合は、また考慮すると言いますが、必ずしも、それがまたそう行っていない例もあるのです。これはポーランドの関係ですが、ポーランドのエクスプレス経済新聞の外国部長で、トーマス・アトキンスという——私は知っておるのですが、彼は、その新聞の資格とあわせて、ニューヨーク・タイムスの特約特派員という二つの資格を持って、ぜひポーランドとの国交回復の直前に日本に来たい、そして国交回復とともに、、その第一報をポーランドに報じたいというので、一月の十六日に香港まで来まして、電報がこちらへ来たわけです。そこで外務省を通じまして、入管にも申請いたし、私と参議院の森元治郎君が保証人になり、期間は三週間、国交回復の直前に第一報を報じたいという、ごもっともだからというので、手続をいたしましたが、はなはだしく時間がおくれて、二月の四日にようやくわれわれの書類が受け付けられた。そうしてお前の書類が受け付けられたから、いつでもビザがとれるぞといって電報を打ったら、三週間近く香港に待たされたので、彼はひとまずワルシャワに帰って、その電報がワルシャワへ転送されましてワルシャワから返事が来ております。そして、そういう電報だけれども、今なお香港の日本領事館では、自分のビザに対するインストラクションがないといって拒否しているから、もう一度あらためてやってくれと言う。こまかい陳情をこの機会に申し上げようとは思わないけれども、このように東ドイツと西ドイツ、北ヴェトナムと南ヴェトナムというような場とはまた違って、すでに国交回復の会議を昨年の暮れからやっておるポーランドに対しても、依然として共産圏から来る者だからというので、いわゆる成規の手続に慎重にかまえて、ついに不愉快のうちに彼を本国に帰してしまったという例があります。だから、もう少し太っ腹になれというのは、かような一定の公職を持って来る者に対しては、それは日本の利益になるとかならぬとかいうこまかい直接の問題でなくして、広い意味でもって一ぺん入れてみたらいいと思う。果して日本に来て不利益をするかしないかによって、またきまるものである。それから東ドイツの問題もそうであります。東ドイツと西ドイツは今自由に通行している。スポーツの面で見ましても、メルボルンのオリンピックで、東ドイツと西ドイツは、一つのドイッチェランドとしてやっている。競技種目は違います。百メートルはこっちがやる、あるいは四百メートルはこっちがやるといっておりますが、政治的には別れているけれども、一民族としてやっている。日本は、それを政治上の理由で別れているのをまつ正直に解して、かえって実情に即していない。今度は、五月の東京の第三回日本国際見本市に東ドイツからも出品しようとしたけれども、東京都庁で方々聞いてみると、遠慮したがよかろうということになって、招待しないという。すなわち日本国際見本市あたりに来るというのは、やはり利益を与えることだけれども、これは明かに入管であったかどうかわかりませんけれども、どうも官庁方面が進まぬからというので、東京都の方で招待を辞退している。こういうような状態では、かえってあなたの言われる利益にならないと思うから、どうか旅行に対しては最大限の自由を与える。必要とあらば、日本に入ってから後のいろいろな制限をすることはよいけれども、入ることを拒否するという鎖国的な風潮は持たないようにしてもらいたい。今のポーランド問題を、局長はどの程度御存じであるか、ちょっとこの機会に公けにしてもらいたい。
○内田政府委員 ただいま御指摘のポーランド人の問題は、記録を調べましたところ、一月二十二日に、香港におきまして日本の総領事館に入国申請をいたしております。それで、その書類がわれわれの手に回って参りましたのは一月二十八日でございます。それから直ちにこの入国審査の仕事を開始いたしまして、関係方面との会議などをいたしたのでございますが、結局二月九日に入国を許可する意味の決裁をいたしたのでございます。しかし遺憾ながら、ただいまお話のございましたように、向うの人はそれまで待てないということで、帰国してしまったようでございます。なるほど一月二十八日に書類を受け取りまして、二月の九日までには約二週間でございますから、理論上申しますならば、もっと早く許可を出し得たのではないかという議論が生ずるのも当然かと存じます。しかし、一般的に入国の許可を与えるか与えないかという問題につきまして、これは決して共産圏だからこれだけの時日を要したというのではないのでありまして、大体の標準は三週間から四週間くらいかかるのが通例でございます。これは、決して日本だけではないのでございまして、諸外国の例をとりましても、大体入国を申請いたしまして許可が参りますまでには、一月前後の日を要するというのが通例でございます。ただ実際問題といたしまして、ある場合に非常に急ぐ場合があり得るということは、われわれも十分考えております。そういうことをあらかじめ承知いたしましたならば、もっと急いで措置し得たかと思うのでございます。結局許可になったのでございますから、それならば、もっと早くこれを本人に間に合うようにやってやればよかったということは、私自身も感じますが、しかし一般の例といたしましては、共産圏であるがゆえにというのではなくして、大体こういう入国申請の問題は、三週間ないし一月はかかるものであるという前提で考えていただきたいと思う次第でございます。 それから一般的な考え方といたしまして、われわれ自身、そう鎖国的な考えをとろうとは思っておりません。いろいろ先ほど申しましたように、共産圏からの来訪につきましては、見解の差があり得るのでございますが、ポーランドも現に国交回復いたしましたし、その当時にも回復することが予定されておったのでございますから、治安上の理由のために、特に閉鎖的というふうには考えておりません。ただ東独と西独の問題につきましては、お説のように、スポーツなどでは非常に両者緊密にやっておるようでございますし、過去におきましては、西独の方も東独の問題についてあまりやかましく言わなかったのでございますが、昨年の夏ごろから、どうも東独の問題について西独側が、ちょっと大げさに申しますと、今の李承晩政府が言うようなことを、ともするとわれわれの方に申し出て参るのでございます。従いまして、これは入管と申しますか、あるいは治安上の角度といいますよりも、そういう西独側の意思に反してもあえてやることが妥当かどうかという外交上の考慮のかね合いになるわけでございまして、私どもの方としては、東独なるがゆえにことさら閉鎖的に考えようというつもりは持っておりません。
○松本主査 田原さんにちょっとお諮りいたしたいのですが、法務委員会においてしきりに法務大臣の出席要求をしてきております。今休憩しておりますので、ぜひ一つ法務大臣を出してくれというのです。質問がなければ御退席を許可したいと思います。
○田原分科員 よろしゅうございます。 次は、会計検査院の人にお尋ねします。昨年だったか、検査院法を改正して、公社、公団に対する監督、検査をできることになったのでありますけれども、その当時から問題になって、なお実現しない問題がある。それは公社、公団や、輸出入銀行、あるいは開発銀行から融資を受けても、その融資を受けた相手の経理状況を調べる権限がない。そうすると、もっと悪い場合を考えますと、開発銀行の内部の者となれ合う、あるいは輸出入銀行の内部ともなれ合う、あるいは公社、公団と貸借その他契約をする。そう・して会計検査院の検査を受けないとなれば、どういう不正をしてもいいことになるのではないか。そこで、これは立法論でありますけれども、法規を再改正して、およそ国家の金を借りて使っておるものは、相手が商社であろうと民間団体であろうと、やはり必要な検査をする。公正、妥当に使われているかどうかということを検査するのは当然なんです。ここまでいかないと、融資のあっせん等によるいろいろのスキャンダルが絶えないと思う。そういう点についてはどうでしょう。過去においても、また将来の見通しにおいても、われわれの心配のようなことがないのですか。
○池田会計検査院説明員 お答えいたします。会計検査院の権限の一つといたしまして、開発銀行その他の、国が出資いたしております金融機関の貸付先を検査できるようにいたさなければならないという御意見は、一昨年の会計検査院法の改正のときに伺っております。私どもといたしましても、その御意見は十分わかるのでございますけれども、会計検査院として、当時の考え方といたしまして、今あらためて申し上げるまでもないことでございますが、国の機関といたしまして、いろいろ権限を行使する場合に、できれば民間その他一般に対して最小限度の御迷惑で済むようにありたいという考え方、一方検査院といたしましても、今お示しのような御意見によって、政府関係機関の貸付等につきまして適正を期する。これは私どもが最も使命とするところでございますので、その目的遂行とのかね合いと申しますか、そういった考え方でいろいろ考慮したのでございますが、当時の検査院といたしまして、貸付先の経理等につきまして、特に検査権限を持たなくても、たとえて申しますならば、開発銀行が民間に貸し出します場合のいろいろの審査、あるいは融資決定、そうした関係の書類が相当詳細に整備されておりまするような状況で、それをよく審査する。それで、大体の場合は目的を達するのでございますが、どうしても貸付先の経理等につきまして検査をする必要を感じました場合には、開発銀行の方の貸付先に対しまする経理等を見る権限が開発銀行にはありまするので、関発銀行の検査の延長といたしまして、開発銀行並びに貸付先の会社の関係の了解を得まして、検査を私どもも十分できるような運用をやっておりましたので、一昨年検査院といたしましても、そこまで検査権限を一挙に持つことはどうであろうかということで、御意見のような改正はいたさなかった次第でございます。 現状におきましても、当時の事情とは変っていないと私どもは考えております。なおその後、貸付先の経理の検査まで行い得る権限を持たないために、不正その他の不当事項が十分監督できなかったかどうかの関係の御質問でございますが、その点は、開発銀行等も終戦直後の復興金融公庫等とはまるっきり面目が変っておりまして、検査の結果、そうした不正等があるのに防止できなかったというふうには私どもは考えておりません。さように私ども考えております。
○田原分科員 検査院の方で今のままで満足しているのなら、それ以上どうにも言うことはないのだが、もっと権限を広げて、公平にやってもらいたいという私の考えを申し上げておきます。 次は、検査院の内部の問題でありますが、職員が地方の検査事務に行った場合に、とかく供応を受ける。今度は会計検査院から来るからというので、地方の関係の官公庁、公社、公団等がごちそうをして、酒に酔いつぶらせて、遂に検査の目的を達しさせないといううわさがしきりに立つ。これは事実であるか、誇大であるかわかりませんが、いやしくもうわさが立つというからには、全然事実がないということはなかろうと思う。そこで部内の規制といいますか、検査出張に対する心得というものに対して、、これにそむいた場合の罰則といいますか、そういう規律はどうなっていますか。昨年一年間にも、そういう規律があるにもかかわらず、問題を起したというケースがありますか、これもこの際明らかにしていただきたいと思います。
○池田会計検査院説明員 会計検査院職員の規律の問題につきましては、一昨年、ちょうどだだいまお示しのような御意見を十分に拝聴いたしました。申すまでもなく、会計検査院の職責を十二分に達成発揮するためには、検査院部内職員の綱紀をまず振起することが大事でございますので、検査院は、長いこと綱紀の粛正につきましては、特にまた実地検査に当ります者の綱紀につきましては、最も注意を喚起しておる次第でございまして、幸いにいたしまして、一昨年、昨年とそうした出張先等におきます綱紀の点につきまして、世間で指弾を受けるようなことは全然今日まで一件もございません。終戦後しばらくの間は、今御心配のようなことも何件かございまして、非常に検査院といたしまして残念に思っておった次第でございますが、終戦後のそうした数件の不祥事件発生の際は、一昨年もお答えいたしたかと考えますが、立ちどころにやめてもらうとか、厳重なる処分をいたしてきております。今申し上げましたように、昨年、一昨年も不祥事件がなかったということをここでお答えいたすことを、私満足に思っておる次第でございます。
○田原分科員 最後ですが、会計検査で摘発された件数ですね。金額にして年々数十億に上るのですが、これを決算委員会等でいろいろ質問したりしても、結局数年前のことであるというようなことで、言いのがれか、一時のがれでうやむやになってしまうのです。年々多額の国費が不正に使われる。せっかく会計検査院で摘発しても、法律上もしくは政治上の責任にならぬ場合が多いのです。従って、これを防ぐ意味において、会計検査を年度内進行中にやるか、あるいは随時摘発主義でやるか、何か検査の結果を国民に公表し、その修正といいますか、補充といいますか、対策をすみやかにやるような方法はないものかどうか、いつもあとの祭であっては同じことだと思うのですが、何か実務をやりながら、こうしたらいいという考えはないですか、それがあったらこの際聞かしてもらいたい。
○池田会計検査院説明員 各省その他政府関係機関等の会計経理上の不正等々がありました場合に、ただいまお示しの御意見のように、罰すべきはすみやかに罰し、是正すべきはすみやかに是正して、将来改善するということが一番大事なわけでありまして、今お示しのような御意見によって、会計検査院も全力を尽して勉強いたしております。幸い検査を受ける側の各省、政府関係機関等におきましても、今国会等で特にそうした御意見のようなことが、御関心が非常に強い。責任追及の声が、国会ばかりでなく世論も強いのでございますので、過去四、五年前よりも、各省並びに政府関係機関の反応も非常に敏感になって参っております。政府職員等の会計経理に関します責任の規定も、かなり昨今では整備されて参ってきておりまして、その運用も非常に地についてきた感がございまして、政府並びに政府関係機関におきましても、私どもからあらためて責任の追及の措置を講じなくても、進んで処分をやられるような状況になってきております。従いまして、会計経理等につきましても、逐年、大局から考えますと改善されておると私ども思います。なお一層御意見の線に沿うて、現行の制度で十二分に運用の万全を期することが必要ではなかろうか、こういうふうに考えております。
○松本主査 午前の会議はこの程度にとどめ、本会議が午後一時十分より約四十五分程度とのことでありますので、本会議散会直後に午後の会議を再開したいと思います。主として午後の会議は、外務省所範の審査をいたしたいと存じます。 暫時休憩いたします。 午後零時二十七分休憩 ————◇————— 午後三時十分開議
○松本主査 休憩前に引き続き会議を開きます。 外務省所管に対する質疑の通告がありますので、これを許します。上林山榮吉君。
○上林山分科員 岸首相代理に対しまして一言お尋ねし、できるだけその要望にこたえていただきたいと思うわけでございます。それは、首相臨時代理も御承知の通り、今や各国が科学陣を動員いたしまして、南極の探検を今までになく歴史的な意図をもっていろいろ競ってしておるわけでございますが、幸いに日本の探検隊も、去る日オングル島に上陸をいたしまして、政府としても非常に喜びをもってこれを迎えられたようでございました。聞くところによりますと、十五日に本隊はオングル島を離れて日本に帰国をし、かつ越冬部隊は基地をようやく完成して、これが残ることの可能性が十分にできた。こういうことで、南極昭和基地と銚子無線局との間にその連絡もとられ、完全な連絡がとれるのは大体十三日ころだと承わっておりますが、このことに対しまして、これらの越冬部隊がこれから極寒と戦いまして、日本の科学の粋をもって探検の目的を達しようとするこの際、なおまた本隊が非常に努力をされまして日本に帰ってくるこの機会に、私は政府として、特に総理大臣代理の岸外務大臣から、これらの人々に対して慰労並びに激励の何らかの処置をおとりになることが、国家的に見て非常に大事なことではないかと思いますので、緊急この問題を取り上げまして、御答弁をわずらわしておるわけでございます。
○岸国務大臣 このたびの南極探検の一行が、非常な困難を克服して基地を作り、さらに越冬の準備をされ、本隊一が近く出発して帰る、これは世界がやはり注目しておることであり、出かけられるときには、日本の国民的な声援と激励のもとに出かけられたことでありますから、日本の科学陣としては、非常に重要視しておることであります。今上林山委員のお気持は、私も全然同感でございます。従いまして、主管の文部大臣ともともとと打ち合わした上、これらの人々に対して、日本国民の持っておる感情を率直に伝え、そして激励し、慰安する何らかの処置を講じたい、こう思っております。
○上林山分科員 非常に力強い御答弁を得たので、私満足をいたしておりますが、どうぞ今の御答弁の趣旨によって、タイムリーにこれが実現されるように、私は希望をいたしておきたいと思います。 なおこの際一言承わっておきたいことは、世界各国が競って南極の探検を行なっておるわけでありますが、その理想とするところは、科学的に南極をよく調査をして、人類の福祉のために、この南極大陸をお互いが活用する、こういう高遠なる理想のもとに、各国とも私は探検を試みているものと考えるのでありますが、一部には、これが領土的な意図があるのではないか、これは日本の場合ではございませんが、そういうようなことがいろいろ権威ある雑誌、通信等において伝えられておることもあるようであります。外務当局としては、あるいは日本政府としては、こういうような巷間の浮説に対してどういうお考えを持っておるものか。これは、私は将来きわめて重要な関係にもなってくると思いますので、御答弁を一応願って参考にしておきたい、こういうように考えるものでございます。
○岸国務大臣 今回の南極探検及び観測隊の出かけていきましたことは、世界の科学陣がそれぞれ分担をいたしまして、協力して南極の実態を明らかにし、今お話しのように、ここで各種の科学的観測が行われて、そうして人類の幸福と福祉に貢献しようという大きな理想から、各国の科学陣が協力してやるというのが趣旨でありまして、かって思い思いに行われた探検隊等のうちには、そこに新しい自分たちの国の領土を作ろうというような考えで行われた場合もあろうかと思いますが、今回のものは、こういう考えではなくしてもう少し崇高な意義を持っておるものだと考えますし、またそういう意味において日本も各国に協力して、あらゆる準備を整えて、この探検隊を出したわけでございますから、その点は、一部の人がいろいろなことを言いましても、きわめてその趣旨は明瞭なところであると思います。
○上林山分科員 私はこれをもって終ります。
○松本主査 田原春次君。
○田原分科員 私は、本日は主として海外移民問題等についての岸外相のお考えを聞かしてもらいたいと思います。先般新聞で見ますと、今年はカンボジア移民の計画が中止になったということが出ておりますが、あれはどういうわけで中止になったのでありますか。去年あたりの新聞によりますと、先方から一年に一万、通じて五万人の日本からの移民を希望するという記事が出て、この方面に関心のある人々の期待を受けておったのでありますが、今回の予算にはこれが計上されずに、見送りという記事が出ておる。もちろんキリロムの都市建設、その方は大蔵省との話し合いで、十五億かの融資援助ができておるのでありますが、人間の移動について見送りになったのはどういう原因でありますか、おわかりになるならばお答え願いたいと思います。
○岸国務大臣 カンボジアの移民の問題につきましては、従来から話がありますことは、今御指摘の通りであります。別にこれを本年はやめたということではございません。ただ田原さんもよく御承知の通り、移民問題は非常に必要なことであり、ぜひ積極的にやらなければならぬ問題でありますが、十分準備を整え、具体的な措置を講ずる必要があるのでありまして、これが十分にできておらないというと、かつてずいぶんあった移民あたりでも、せっかく行って失望をしたり、あるいは非常な困難に遭遇したという例がございます。カンボジアにつきましても、大きな目標につきましては、カンボジアの方からもお話があり、われわれもそれを期待しているのでありますが、その後カンボジアの事情等もやや政治的にも変化がありまして、具体的の準備がまだ整っておらないというのが現状でありまして、決してこれをやめたというわけではございません。ただカンボジアにつきましては、今お話しのキリロムの建設問題については、具体的な計画が進んでおりまして、当方としても相当額のものを出すというところまでいっておりますから、移民については、十分な準備を整えて実現したいというふうに思っているのであります。
○田原分科員 エチオピア開発の移住ということが最近紙上をにぎわすに至ったのでありますが、もとより希望者があれば移住して、その国の富を開発してやることは当然だと思いますが、外務省の方では、エチオピア移民に関する準備なり何か整っているのですか。
○木村政府委員 私からかわってお答えいたします。エチオピア皇帝が先般来日されまして、日本のいろいろな活動につきまして、非常に感銘をお受けになってお帰りになったようでありまして、先般来わが政府に対しましていろいろの御相談があったわけであります。二の中に、移民についての相談もあるわけでございますが、まだそれは、特に緒についておるという次第でもございません。 なお、そのほかの技術者の招聘という問題もございますが、これはある程度緒についている現状でございます。
○田原分科員 次は、アラスカでありますが、日米合弁事業のアラスカパルプ会社の事業の拡張に伴い、これが木材労働者として、またはこれらの木材労働者の野菜その他の食糧供給者としての農業移住という点が問題になっていると思うのでありますが、どの程度まで進んでありますか。これもあわせて明らかにしてもらいたい。——それでは、それはまたあとにして、大臣がおられる機会にお伺いしたいと思います。それは、ここに外務省の優秀な局長級の人もおりますが、大体外務省の伝統は、移民問題をダーティ・ワークと称して、これに触れるのを好まない傾向がある。もちろんその他の一般外交も必要であることは事実ですけれども、今日日本の置かれた立場は、貿易か、海外発展か、あるいは人口調節上かないということは、一般の常識になっている。従って貿易外交ももちろん力を入れていかなければならぬけれども、海外移住の奨励、送り出しというものは、ここ両三年間は、私ども野党も協力して、移住班が移住課となり、また移住局にするのに協力したものであります。しかるに、どうも一般的には、省内においては低調なんです。このことは、伝統的に外務省が移民問題に不熱心であるという点、まことに遺憾だと思います。移民問題というのは、御承知の通り、相手国のあることですから、相手国でぴしゃっと戸を閉めてしまえば、幾らこちらで準備をしたからといって行けるものではないと思う。向うが呼びたいというときに、急速に準備を整えてそれに応じなければならぬ。しかるに今のお話を聞きますと、カンボジアのお話でも、先方は最初五カ年間に五万人入れたいという、それから外務省からは、数回事務系統並びに技術系統の人が調査に行っているようであります。その結果、衛生、交通その他いろいろな関係で準備を要するということはわかるけれども、新聞等によりますと、先方はやや失望しているという話を聞いております。あまりにも慎重にかまえて、時期を失することはよくないと思う。ブラジル移民も、今行っておりますが、必ず近い将来に制限をされるのではないかとする危惧を私はするのであります。それは、ブラジルも基本的にはポルトガル人がいわゆるヨーロッパ白色人を入れることを主としておって、東洋からの人を積極的に好まない。ただ国内開発の都合上、またわれわれの先輩がその国の法律を守り、信頼を得ておりますから続いているのであって、この問題についても、永久に今の数くらいのものが入ると思っては大きな間違いだ、ある時期になれば、制限を受けると思います。従って、先般の総括質問でも希望を申し上げたのですが、重点的に移民船なら移民船を作って、先方の希望に応ずる、そうしなければ、年々百二十万からの絶対数のふえる人口問題の処理も大へんなことだと思う。たまたま岸さんは山口県の出身であり、移住者には親交があり、あるいは友人を持っておられると思う。あなたはしろうと外交だと言うけれども、しろうと外交の人は、専門的な外交は本来の外交官にまかしてよろしいと思う。日本の運命をどこへ持っていくか。先般私の聞いたのは、だいぶ笑われておるけれども、アジアにおける緊張を緩和するということが一つ。もう一つは、行けるときに日本民族を海外に送るということをやってもらいたい。あなたは御承知と思いますけれども、イタリアは全体の人口が六千万そこそこのうち、実に千八百万というものは海外に行っておる。豪州あるいはアルゼンチン、ブエノスアイレスにはイタリア・タウンがある。あるいはニューヨーク、サンフランシスコあたりの市長には、イタリア人が出るくらい、非常に多くの人間を送っております。それらの人が郷里に送金します金は、イタリアの再建に非常な力を尽したということを聞いている。われわれは海外に人を送って、送り先から日本に金を送ってもらいたいというわけではないけれども、日本においても、ブラジルで四十万の人々が生活しており、その人々が郷里を愛するのあまり、学校のピアノを買うとか、あるいは神社の鳥居を直すとかいうことで送金する金は、貿易外の収入としてばかにならない。それから、北米、ハワイはもとよりしかり。これなどは、千葉局長あたりはよく知っておると思う。しかるに力の入れ方は、アジアにおける緊張緩和のための重点外交をやるかといえば。さにあらず、日本民族発展のための移住外交をやるかといえば、さにあらず、実際には何もやっておらないというように見られておる。もちろん、その日その日の事務はやっておるかもしれぬけれども、全般的に、外務省か日本の運命を開拓する力か足りない。だから、あなたが在職中にやるべきことは、一つは、極東地区における国際緊張の緩和に重点を置いてもらうこと。沖縄に駐留するのは、極東に緊張の続く限りということを言っておりますから、しからば、その緊張が解ければ、沖縄の駐留問題も片がつく。われわれの多年の翻望である沖縄の基地の返還も解決するのであります。これは先般も申し上げた通りであります。 第二点は、中南米に急速なる移住外交を進めてもらわなければならぬ。これに関連して、エチオピアであるとか、あるいはアラスカ・あるいはアフリカのベルギー領コンゴーとか、まだまだ移住の開拓はできるのであります。しかるに、外交官の配置を見ましても、とかく秀才外交官というものはパリで養成し、次から次に英、米、仏等を回ってくれば、それでいいと思っている。中米、南米には東大出身あたりはあまりやらない。私学を出た者か、あるいは書記官上りのどん詰まりの人をやる。そうすると、行った方からいえば、これが自分の最後だと思えば、思い切った外交をやらない。向うで手柄を立てて、新しい移民契約でもして、後日の栄達に備えるというような気魄がなくなってくる。かてて加えて最近の傾向は、われわれが見まして、中南米外交を圧迫している形です。あるいは捨てております。具体的に言うならば、大使館は、わずかにブラジルとアルゼンチンぐらいなものであります。毎年の例でありますけれども、コロンビア以下ヴェネズエラ、あるいは最近特に日本と親密になろうとしておるところのドミニカであるとか、あるいはごたごた移民問題で非常に難問題が残っております。ペルーであるとか、そういうところは公使であって、大てい一年か一年半で帰ってくる。しかるに東南アジアからヨーロッパに対しては、大使を交換しておる。私はスぺインの大使やベルギーの大使を必ずしも不要とは言わぬけれども、しかしながら、少くとも大使となるような有能な者を配置するならば、スペインやベルギーに配置すると同時に、もしくはそれに先んじて中南米に配置すべきでありますが、伝統的に外務省の人事は中南米を蔑視する。それは移民をダーティワーク視する。これはもってのほかだと思うのです。それでありますから、実際海外移住者の募集等に当りましては、地方において、あるいは建設省、あるいは労働省、あるいは農林省と張り合いになってきておる。外務省は国内に手足を持たぬために、計画は立ててもこれを遂行するだけの地方に足がない。しかも現場においては外務省全体の人的配置を見ると、中南米には必ずしも優秀な者は配置していない。公館も公使館程度にとどめてある。こういうことでは、移住外交はできないと思うのです。それから、あなたは一年おるか、一年半おるか知らぬけれども、私は今度の予算に計上額の少いことを非常に残念に思うのですけれども急速に移住外交を推進して、たとえば移民船のことならば運輸省を督励する。また必要とあれば大蔵省に談じ込む。こうやって、まず輸送力を急速にふやしていく。カンボジアであろうと、あるいはアフリカであろうと、あるいはまた中南米であろうと、たくさん行けるように一つ備える。次は、優秀な外交官を中南米に常駐せしめる。従って、必要とあらば公使館を大使館に昇格せしめる。あるいは移動大使、移動公使のごとき者を始終やって折衝する。もっとも基本的にはアメリカかもしれないがアメリカにも大ぜいの外交官がおりますが、移民外交をやる者はいない。ただ何となしに翻訳をしたり、何となしに宴会に出る程度では外交にならぬと思う。アメリカでもダレスと一騎打ちをして、日本民族のこの過剰人口をどうするのだ、そのくらいの折衝をするだけの気魄のある有能な者をそろえなければいかぬ。そういう点について、全般的に岸外交が移民問題をどう考えておるか。この機会に、私は国民の前にあなたは明らかにする必要があると思うのです。
○岸国務大臣 移民外交を非常に強調されることは、私全然同感でございます。古く外務省が移民を取り扱うことについて、外務省の考え方が比較的消極的であるということについては、多年私も不満を持っておった一人であります。近年移住局も皆様の御協力もあってできましたし、最近の外務省の考え方は、以前の消極的な考え方から非常に積極的に移民の問題を考えるようになっております。しかし現在のところで、私は決して十分だとは考えておりません。本年におきましても、外務省の予算のうちに、移民に関係しておる予算は、乏しい中にも相当私としては力を入れた問題であったのであります。今お話がありましたように、予算もさることでありますが、さらに人事の上において非常に考えなければならないというお話、私はこれも全然同感でありまして、中南米、ラテン・アメリカの諸国や、あるいは東南アジア、中近東等と、私は経済外交の対象として非常に重視しておるのでありますが、そういう方面に有力な、優秀な人材を配置するということは特に必要である、そういう考えのもとに、今後外務省の人事についても特に考えていきたい、こう思っております。また中南米諸国におきまして、御指摘のように、従来これらの国における公館が非常に内容が十分でない、また大使館を置いて十分にやるという態勢がまだできておらないということでありますが、われわれは、今度は南米の公使館のうち六カ所を大使館に昇格する予定でございますし、十分これらの点につきましても、意を用いていきたいと思います。また今御指摘になりました移民の政策については、相手国があることであるから、従って相手国の事情なり、相手国の日本移民を歓迎する時期を見て、タイミングを合わしていか生ければならぬ。せっかくそういうことを考えても、慎重々々と考えておったために時期を失して、せっかくの機会を失うというようなことがあってはならぬということも、十分に考えて参りたいと思います。 それからなお移民の行政につきましては、御指摘になりましたように、ただ外務省だけの現在の行政範囲ではなかなか思うようにいかないのでありまして、あるいは輸送の点からは運輸省に関係がありますし、農業移民の点については農林省の協力がなくもやいかぬし、あるいは中小企業等の問題につきましては、通産省の協力がなければいかぬ。これらの間に密接な関係をとり、しかも海外の情勢を見てタイミングを失わないようにこれをやっていくことが、今後の移民外交としては最も必要であろう。今御指摘のありましたような点については、私は大体において御意見と同じ考えを持っておりますし、その考え方の根底であるこれを非常に重視して、ここに従来からもしも消極的な態度があったとすれば、それを改めて、積極的な方向にあらゆる人事、予算または国内における行政と連絡をとるということは、ぜひ私としてもやりたい、こう思っております。
○田原分科員 今の岸外相の御方針に私たちも非常に賛成であり、どうかそれらのお約束がすみやかに一つ一つ実現されるようにお待ちするわけであります。この島の名前をあげては差しつかえがあるからあげませんが、南方の大きな島のごときは、ただいま二つの国の主権争いになっておりますが、これは無限の資源、日本に近い点等において移住開発に絶好の土地であります。もしもこれらが日本の正当なる外交的成功によって、たとえば国連の依頼なり管理のもとに、あるいはイギリス、オーストラリア、オランダ、アメリカ等の相当の後援等のもとに、これらの未開の島が開墾されるということになれば、日本の人口問題、資源の問題等も一挙に片づくのであります。どうか外務省の各局長は、それぞれの任務もあるだろうが、全般として日本民族の自立、このためには海外の開発と移住ということがあるということを考えておいてもらわなければいかぬと思う。これは私の希望を申し上げておきます。 なおもう一つこの機会に、これは先般もちょっと触れたのでありますが、ブラジルの移住者が笠戸丸で行きましてから、来年で五十周年になるので、ブラジル移住五十周年記念のいろいろな催しが、ブラジルにおいてもあるし、また一部東京でもあるわけであります。それから本年五月には、国連加盟記念のために、海外各国、これはブラジルだけじゃありません。北米、ハワイ、カナダ、メキシコ、中南米一般の日本人にして桜見物、相撲見物に帰る機会に東京で寄り合いをしよう、そうして変っていった母国の姿を見、自分たちはその国に帰化して市民権を得るのであるけれども、なお機会があれば日本を援助したいという考えもある。これに対しても外務省は非常に消極的で・非常に外交上のことを心配して積極的に出ないのであります。従って、遂にこれは東京都庁とその他国際観光協会とかいう数個の民間団体の共同主催でフェスティヴァルをやろう、記念大会をやろうというのでありますけれども、これなども、ゆるやかな気持で見てもらいたい。何も日本が、大政翼賛会式に全世界の日本人に指令を発するという古いものではない。むしろ新しく民主的に出発した日本の平和外交の姿を、海外に数十年おって日本を知らない人、あるいは昔の日本しか知らない人に新しく知らせると同時に、将来二世三世で内地に留学する、そうして日本でよい勉強をして、生れた国に帰ってよい市民となるというつながりも必要なのでありますから、この種の海外日系人の種々なる催しについてはゆるやかな気持で、いたずらに気がねをすることなく見て、ただし間違いのないように内面的に指導等もしたらよかろうと思うのであります。岸さんは初めてかもしれぬけれども、そういう動きのあることを私は申し上げておいて、必ずしも答弁を必要としませんが、どうか今後とも海外発展、特に民族の海外発展に最大の努力をされることを希望して、私の質問を終っておきたいと思います。
○松本主査 他に質疑の通告がありませんので、これで皇室費、国会、裁判所、会計検査院、法務省及び外務省所管に対する質疑は一応終了いたしました。明日は午前十時より開会し、内閣及び経済企画庁を除く総理府所管の審議をいたしたいと存じます。 本日はこれをもって散会いたします。 午後三時四十一分散会