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26回国会衆議院1957/05/16

法務委員会 第33号

発言数
81
登壇者
10
会派数
2
開催日
1957/05/16

会議録

三田村武夫自由民主党

○三田村委員長 これより法務委員会を開会いたします。  本日の日程は裁判所法等の一部を改正する法律案の審査を進めることにいたしておりますが、委員古屋貞雄君より検察行政に関し緊急質問の通告がありますから、これを許します。古屋貞雄君。

古屋貞雄日本社会党

○古屋委員 問題になっております全購連の刑事事件でございますが、この問題は検察庁で捜査中でございますので、実は捜査の状況を見つつ今日まで質問もせずにおったのでございますが、会期も少くなりますし、さらに、本日の新聞によりますと、捜査がしぼめられるというような報道もございますので、これは非常に重要な事件でございますから、大臣並びに刑事局長にお尋ねしたいのですが、私どもが承知しておりまする筋では、全購連の含み資産を農民から全購連が収奪しまして、そうしてプールしたものを関係官庁やいろいろな方面に振りまいたということが一つと、もう一つ重要な点は、五月二日の毎日新聞によって報道されておりますようなことが事実だとしますならば、非常に重要な問題でございます。すなわち、昭和二十六年から全購連が農業協同組合の再建整備法によってその適用を受けておる。しかも二十六年は二百八十何方かの補助金をもらっておるのですが、二十七年、二十八年、二十九年ころになりますと、いわゆる今の含み資産というものがあり、従って、決算をごまかして、すでに一年にして完成して黒字であるにかかわらず、二十七年以後二十九年までの三年間、赤字なりと虚偽の報告書、虚偽の検査書によって、約一億になんなんとする補助金をもらっておるということに相なったようでございますが、さような事実がありとするならば、これはりっぱな詐欺になるのであります。公文書を偽造して詐欺しておる、こういうことに相なると思うのであります。この点については五月二日の新聞に詳細に載っておりまして、私ども承知しておりましたけれども、今日まで捜査当局の捜査の事情をそれとなく見て見送っておりましたが、どうもこういう事実があるとするならば、むしろ、本日の朝日新聞に載っているように、単なる含み資産の問題並びにこれを分配したということでなくして、もっと突っ込んだ、全購連と農林官僚とが結託しなければ、こういうしわ寄せはできないと思うのです。従いまして、ことに二日の「汚職ノート」を拝見しますと、まことに重大なる国会侮辱の記事がたくさん載っております。これはもう法務大臣も刑事局長もごらんになっておると思うのですが、こういうことがあるのを当法務委員会かほおかぶりをするわけには絶対にいかないと思うのです。そこで、実際に二十七年、二十八年、二十九年と三年間の金額まで載っておりますが、九千六百八十万という金が三年間に補助金として出ておるらしいのです。そういうこまかいことは別といたしまして、黒字であるにかかわらず赤字であるといううその書類に基いて補助金をもらっておるという事実があるかどうか、こういう事実があるとするならば、僕ははっきり詐欺罪が成立すると思うのです。それから、なお、あとの方で、検査官が検査報告書を全購連の本件の事件の捜査に着手されてから後に破棄してしまった、隠してしまった、こういうことがはっきりと新聞に載っておる。そうすると、証拠隠滅か公文書の毀棄罪が成立する。こういうことが新聞に載っておりますが、果してこういう事実があるかどうか、これに対する捜査を進めておるかどうか、この点をまず先に刑事局長からお尋ねいたしたいと思います。

井本臺吉検事(刑事局長)

○井本政府委員 お尋ねの全購連の補助金の問題でありますが、これは、昭和二十六年の法律第百四十号、農林漁業組合再建整備法という法律がございますけれども、この法律によりまして交付される奨励金、——奨励金と法律  には書いてございますが、一種の補助金でございます。この交付された総額が概算して一億と言っておりますが、正確に申しますと九千八百五十一万七千七百五十二円でございます。このうち三十年度分の百七十万九千八百九十七円は、一ぺん交付されてからまた返されておりますので、総額が先ほどお尋ねの九千六百八十万七千八百五十五円という金額になるわけでございます。この補助金が、交付すべきでないにかかわらず全購連に交付されておるということになりますと、その交付される契機になりましたやり方にいろいろ詐欺的手段がありますれば、それが詐欺罪になるのではないかということで、検察庁におきましてはこの点につきまして目下鋭意取調べ中でございます。ただ、何分にも長年月のことでありますし、計数上の関係がありますので、ただいまのところはまだ明確な結論が出ておりませんが、この点につきまして鋭意取調べ中であることを申し述べておきます。  なお、ただいまお尋ねの、検査官が報告書を破棄したかどうかという点につきましては、実はまだ報告を受けておりませんので、その点は、さっそく帰りまして取り調べたいと考えております。公文書を理由なくして破棄いたしますれば、それは公文書毀棄罪になることは申すまでもないことと私は堪えます。  なお、新聞紙などに、この事件に崩して国会議員が何かもみ消しをしておるということのうかがわれるような記事がございましたけれども、これは単なる風説であって、ただいまさようなことは捜査上には何ら現われておりませんので、その点ははっきり申し上げたいと存じます。もちろん、何かさようなことがあれば、私どもといたしましても、これは厳重に取調べをしたいというように考えております。

古屋貞雄日本社会党

○古屋委員 それから、もう一つは、こまかいことがここに載っておりますが、従来の捜査の過程を拝見いたしておりますと、含み資産の分配、処理の問題に重点が置かれて、こちらに重点が置かれてないように私どもは見受けるわけです。むしろこちらが重要じゃないかと思うのです。この含み資産の生まれて参ります基本的な問題については、——カリ肥料の輸入、砂糖の輸入について捜査を非常に厳重にやることはけっこうだと思いますが、その点はもちろんおやりになっていると思いますが、こちらは少くとも全購連だけではやれない仕事なんです。農林省の役所と特別な関係を持たなければやれないのです。この新聞には、検査官が実際の検査をせずに、でたらめな申告書をまるのみにのんで、そのまま検査報告書にしておるということが書いてある。これは、いわゆるうその事実を承知しながら、その申告書を事実として実際の調査をせずに報告書を作って検査報告書にしておる、こういうことになりますと、扶助罪か共犯か、どっちかになると思いますが、この点についての捜査の御方針はきまっておりますかどうですか。

井本臺吉検事(刑事局長)

○井本政府委員 検査官の問題につきまして、何か報告書を破棄したかどうかということにつきましては、ただいまのところまだ報告を受けておりませんので、その点につきましては、先ほど申し上げましたように、さっそく帰りまして取調べをしたいと考えております。  なお、全購連の関係では、表の資産関係から裏に資産を回しまして、そこに資産が蓄積されていたわけでありますが、その表の資産の不足ということを名目に、補助金が相当多額に受け取られておるという点が結局問題であるということは、ただいまお尋ねの通りと私も考えます。従って、その点につきまして、ただいま厳重に調べをしておるわけでございます。  それから、補助金の関係は、ただいまお尋ねのように、とかく末端におきましては、それを出す側の役人の方が情を知っておる点が往々にしてありまして、さような場合に果してこれが詐欺になるかどうかということがしょっちゅう問題になっておるわけであります。三十年の九月二十四日以降におきましては、補助金適正化法ができまして、不正な手段があって補助金が交付されれば、全部犯罪になるという形になっておりますが、本件の問題につきましては、補助金適正化法前の事案でございますので、その点の問題が相当あると思いますけれども、私は、いやしくも交付すべからざる補助金が交付されておれば、これは詐欺罪の共犯になるか、あるいは背任罪になるか、何らかの形において刑法上の犯罪が成立するのじゃないかと考えております。ただ、具体的には、問題は計数の問題と、関係者がどの程度にこれを承知して金を交付したかという点のいろいろなごまかい問題がありますので、現在のところは、いまだ明確な結論が出ないという状況であります。

古屋貞雄日本社会党

○古屋委員 昨日の読売新聞を拝見いたしますと、こういうことが載っておるのです。大体二十九年度までの架空の売掛金や買掛金を帳簿に載せて赤字にしてもらっておったということが、三十年度の検査のときに調べてみると五億二千万円の含み資産として出てきた、そこで、農林省の内部からは、含み金は表面化すべきだ、すっかり出してしまうべきだということを申し出て、再検査をすることになったので、三人の検査官をキャバレーなどに連れていってごちそうをして、しかも数十カ所にある全購連の倉庫に入っておる約六億の財産を三億くらいにごまかした計算にして、そうして検査を受けて、その報告書を作らせた、こういうことになりますと、これはいかにも事実を知ってうその報告書を作ったということに相なりますから、そうなりますと、これは役人が知らずにやったということは考えられないと思う。それから、そのあとになりますと、今申し上げたように、本件の事件の捜査が始まってから、そのときの再度の検査報告書を破棄してしまった、こういうことになれば、その場面においては犯罪が成立するのじゃないか。この点は重点を置いて捜査すべき筋合いのもじゃないか。ただ国会議員がどうしたとか、だれに金をやったとかいうことよりも、こっちの方が相当重要な犯罪性を持っておるのじゃないか。いやしくも農林省や全購連のどういう方か知りませんが、援助のもとか協力のもとか、小くともその了解のもとに国民の税金を取り上げた、こういうことに結果が相なって参りますから、犯罪の悪質なること明らかであります。断じて許すべからざるものだと思うのですが、この点に捜査の重点を置いていただいて捜査すべきだと思うのです。  実は、相当捜査に入ってから決算委員会あたりで委員の諸君が調査をいたしました結果、検事正のところへ談判に行ったらしいのですが、検事正の方では、前の含み資産や何かの処分のことについてはやっておるけれども、このあとの問題、農林省と全購連との関連の、一億になんなんとする金をもらった問題については、積極的に捜査してないという報告を受けた。それでは承知しない。われわれも一応法務委員会でこれをはっきりしなければならぬと言うているさなかに、本日の朝、これと符節を合せるように、朝日新聞に、捜査はしりつぼみだと報じている。この八千万円の隠し金の問題にこれが限定されているようですが、そういうことはないのでしょうか。

井本臺吉検事(刑事局長)

○井本政府委員 御説の通りに、犯罪捜査は、やる前に、こういうことを調べるぞということでは、直ちに通報その他が行われまして、非常に捜査が困難になりますので、あるいはさような点も多少考慮をしているいろ応対かあったと私は思います。しかし、今申し上げましたように、とにかくさような一億円に近い金が交付すべからざる状況のもとに交付されたとすれば、これはとうてい承知できませんので、少し前から調べ始めておるわけでございます。ただ、農林省の方でもこのうちの百七十万円の三十年度の分はすでに返却せしめております。それから、その前の千二百七十七万円の分につきましては、一応は交付しておりますけれども、何かいろいろな問題があるというので、使用を差しとめておるというふうに聞いております。しかしながら、とにかく九千八百万円もの金が交付されておって、そのうちの大半が交付すべからざる金であるということになりますれば、これは承知できませんので、この点につきましては十分取り調べをしたいというふうに考えております。

古屋貞雄日本社会党

○古屋委員 そこで、含み資産の金数億円は、これは当然零細な日本の農民諸君の経済の上に——今までの農政から言っても、農民諸君の生産物については、生産を償う価格というものが、米の値を上げることが国民生活に影響を及ぼすということで非常に押えられておる。一面においては、普通に買える肥料をさらにこういうような特別な操作をして、カリ肥料をたくさん高く農民に売りつけて数億の含み資産を持つということは、奉仕団体である全購連の本質というものを全くじゅうりんした断じて許すべからざる悪業だと私は思うのです。それに加うるに、さらに、農林省と結託してこのような金をふところに入れて、これが国会議員やいろいろの方面に振りまかれた、こういうことがはっきり新聞に報道され、国民が認識しておる。私がここで一番大臣に聞きたいのは、その日の「汚職ノート」という中に、前の全購連の会長が国会に証人に出るときのいきさつか詳しく書いてある。この中には議員百人のリストというものが書いてあったという。それと、ほかの新聞を読みますと、現職の大臣が四人ある、前の大臣が一人ある、前の農林大臣、現在の農林大臣、現在の通産大臣、現在の建設大臣、現在の厚生大臣が入っておる、こういうことを言っておる。こういうことがあって、ここに消えていった百人のリスト——この「汚職ノート」を見ますと、国会がいかにも、両党派、自分の方に傷がつくから、これをくさいものにふたをするのだということを明確に書いておる。私どもは、何とか国会の信用と法務委員会の厳然たる態度を国民に示して、はっきり、たとい大臣であろうとだれであろうと調べて明らかにする、ことに大臣の諸君などは調べていただいて、何もなかったということを明確にすべきだと思うのですよ。そうしてやはり内閣の信用というものを国民に深めるということが必要だと思う。従いまして、この点は、今まで一部の者とか、今の局長の御答弁では国会議員にどうだこうだと言っておりますけれども、そういう事実がなければいけないということにはっきりしないと、この記事をこのまま放任して法務委員会がこれを見のがしておるということになると、法務委員会でもやらないんだということになる。私はあえて今日は内務大臣にただしておきたい。こういうことがしきりに行われておるかどうか知らぬけれども、こういうことで国民が疑惑を持っておるのです。今度の事件非常に——しかも議員さんが百人もある、六十人もリストに入っている、山川が死ぬときにメモを作った、その中には現職の大臣が入っておるということをしきりに報道されておる。その問題について今後法務大臣並びに刑事局長は徹底的にお調べを願って、事実を明らかにし、国民の疑惑を解くような捜査を完全にされることを希望したいのです。そういう御決意があるかどうか。どうも私は現職の大臣などは名前をあげることはいやなんですが、そういうこともはっきり書かれておる文書が流されておるのです。現職の大臣が四人、前の大臣か一人、こういうことは議員の中にも相当あるのです。議員の中にも相当金をもらっておる。しかし、もらっておる事実と、刑事犯罪の被疑者としての対象になるかならぬかということと、それから、事実は何かのお見舞金であるとかあるいは交際上の儀礼的にもりったとか、こういうことを明確にしてやらぬと、国民はすべてこれをまるのみにするわけなんです。一人か二人か三人の人が悪いことをしておると、全体の議員に影響がある。また、自民党も社会党も傷がつくからほおかぶりしておるのじゃないかという印象を与えておる。全購連の捜査については、この点断固として事実を明らかに捜査されて、一億円になんなんとする詐欺が成立するような金についても厳重な捜査をされて、国民の疑惑を解く御決意かあるかないかをお聞きしたい。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 私どもといたしましては、そのような事件が捜査に着手をされております以上は、あくまで厳正に捜査を遂行いたしましてその結論を得ることを期待いたしておるものであります。  なお、いろいろお話がございましたか、たといどういう新聞記事が出ておるにいたしましても、自民あるいは社会両党の国会関係から政治的圧力等が加わっておる事実は私ども全然ないと思います。少くとも私どもの承知しておる範囲においてはさようなことはございません。なお、こうした事犯を捜査いたしますと、結局金銭の授受等があっても犯罪になるものとならないものといろいろあるかと思いますが、果して、これらの捜査が終了いたしまして適正な時期が来たときに国会の会議等におきまして公表することがいいか悪いか、もちろん犯罪で起訴をされる者についてはいずれは明確になり、あるいはその他の問題につきましても公判廷において起訴された事件についての審理が進む段階においては明瞭になることと思いますが、個人の人格あるいは名誉等の関係もありますから、とうすべきかについては、私どもはまた疑義を持っております。いずれにいたしましても、捜査が結末を得ましたならば、適当の段階において——その過程においていろいろ新聞等がどういり方法で取材活動をされるかわかりませんが、かなり想定に類する部分も、私どもは見ておって多いように思うのであります。ことに国会関係の人員なとをいかにも何十何人とまで書いておる新聞もあるようでありますが、私どもが報告を受け、承知をいたしておることは非常に違いのあるものが多いのであります。しかしながら、新聞にそういう報道がありますと世間はいろいりな疑惑を持つことは御指摘の通りでございますから、そういう疑惑をいつどういうふうに、結論を得た暁において払拭いたすようにすべきか、そういりような点につきましては、今後慎重に考慮をいたしたい、かように考えております。

古屋貞雄日本社会党

○古屋委員 法相の御決意を伺って、私も非常に満足するわけですが、ただ、問題はどういう進展をするかわかりません。仮定論で相済みませんが、かつて犬養さんが法務大臣のときに指揮権を発動されておるのです。こういうことをしょっちゅうされますと、国民は疑惑を持つと思うので、一応法務大臣から指揮権発動のようなことは断じて考えられていないという御決意を承わっておいた方がいいのではないかと思います。前の大臣、現在の大臣が相当濃厚な疑惑を持たれておる、捜査の対象になるというようなことが流されておるわけであります。従いまして、法務委員会といたしましては、この点を明確にして、断じて指揮権発動のようなことはしないんだ、どういうところでけが人が出ようと断じて明らかにするという御決意を、今一応法務大臣から御答弁はいただきましたけれども、なおその点を念のために一応声明していただいて、私ども国民に、日本の捜査機関というものは、どんな政治的圧力があろうと何があろうと断じてやるのだという決意を持っておる、こういうことの御発表を願うことが、この問題の解明に根本的な信頼感を与える唯一の道だろうと思いますので、その点の御決意だけ承わっておきたいと思います。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 御指摘のように、かつて指揮権発動のようなこともあったのでありますが、さようなことは最も好ましくないことでありますから、私といたしましては、たとい捜査の進展がどのようになろうとも、さような措置はとりたくない、かようにかたく考えております。

古屋貞雄日本社会党

○古屋委員 これは捜査中でありますから、これ以上私自身が詳しいところへ入って突っ込むことはどうかと思いますので、これで私は終ります。ぜひ断固たる処置をとって、国民の信頼をつないでいただきたい、こう要望いたします。

猪俣浩三日本社会党

○猪俣委員 ちょっと関連して……。  これは弁護士会から陳情があったのであります。先般中村法務大臣は、この全購連事件に関連した議員の名前などが新聞に出て、どこからそういう事実が発表されたかということに対しまして、これはいろいろルートがあると思うし、弁護士なんかも被疑者に面会ができるのだから、そういう方からも出たかもしれぬということを申された。これは、弁護人としてはさような態度をとるはずがないことは、弁護士の資格のある中村法務大臣はよく知っているはずであるが、どうしてそういうことを国会で言ったのか、実に心外にたえないから、その点を国会において明らかにしてもらいたい、全購連の顧問弁護士もあるけれども、弁護士が事件の捜査中さような被疑事実なんかを新聞社に口外するという非常識なことをやる道理がない、弁護士の職務の信用にも関係することであるから、どういう理由でさようなことを申されたのか、ただしてもらいたいという実は陳情があったのであります。その点についてあなたの心境を明らかにしていただきたい。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 その点は、私が予算委員会でお答えをいたしましたことに関連をして誤解をされておるようで、大へん遺憾に存じますが、私が今御指摘のように申したわけではございません。たまたま、予算委員会が開かれておりまする際に、朝日新聞に、全購連から金が渡っておる国会関係の人たちはこれこれであるというような氏名が報道記事として掲載されたことがございます。その際に、予算委員の方から、こういう名前がこれだけ連ねて出るということは、どこか捜査関係が発表したに違いない、不都合である、こういう趣旨の御質問がございました。人の名誉に関することであり、人権の擁護の上から言いましても、事件が結末を得て、起訴なら起訴というような段階にならない限りは、この種の事件については捜査過程のことが漏れないようにしなければならぬということだけは、私ども抽象的に常に関係当局者に申しております。従って、われわれの所管をしておる範囲から出ておることは絶対にないと思う、しかし、せっかくの御指摘でありますから、その点は十分に調査を私の方もしてみますということをお答え申し上げて、なおそれに関連をいたしましていろいろ折り畳んでの御追及がございましたから、結局、その記事に載っておることが事実であるかないかも私どもよくわからないし、どうも事実でないような部分もあるように感ずるが、もし事実のものが出たとするならば、それはだれか知っておる者から漏れる以外にはないと思う、知らない人から漏れるはずがない、知っておる関係を一般論から言いますと、捜査に当っておる警察当局並びに検察当局、そのほかに知っておる人があるかといえば、結局、相当期間身柄の拘禁をしておる場合には、弁護人等から、たとい接見禁止の処置はしてあっても、接見願が出れば検事は許可をしておるのが例でありますから、果して本件においてその接見許可を関係弁護人についてしておるかどうかは事実は知らないけれども、従来するのが例である、そういった場合に弁護人が被疑者と接見をすれば、被疑者と弁護人は内輪同士であるから、いろいろ意見交換をし、あるいは事件の内容も話すだろうから、そういう関係方面も知っておるわけなんで、いちずにわれわれの所管をしておる関係者だけをお責めいただいても、これは御無理でないかと私は思うという一般論を申し上げたのでありまして、決して私その際にも関係の弁護人から出ておるというようなことはみじんも実は申しておらぬのであります。そういうように響いたといたしますれば、私の用語の不徹底があったと思いますが、この際その点を明瞭に申し上げておきます。事の次第は実はそういう状況でございます。

猪俣浩三日本社会党

○猪俣委員 ちょっとそれに関連いたしまして、いま一点。実は中村法務大臣も心中ではおわかりになっておると思いますが、現在の警視庁には某有名な右翼の巨頭が関係しておって、相当深入りをしております。その巨頭に反対しておりまする警視庁の諸君の中には、ああいう人物は警視庁と断ち切らなければ警視庁の粛正はできないということを極言しておる。そこで、この人物は自民党と実に非常な深い関係があって、驚くべき深入りをしておる人物であります。そこで、相当警視庁の機密がこの人物の耳には手にとるごとく入っておるということである。そこで、こういう人物が介在して、いろいろ警視庁の捜査について情報を収集しておるということは、これは私は犯罪捜査に対して大へんな支障を来たしておると思うのであります。この点についても検察庁は十二分なる調査をしていただきたい。今の警視庁には、半分健全な分子があるけれども、半分いかがわしい分子があって、ことに捜査第二課にいろいろな分子が入っております。これを監督していただくのは、やはり検察庁以外にない、法務省以外にないと思うのであります。  そこで、捜査の段階は現在の刑事訴訟法においては警察が主動勢力でありますけれども、しかし、検察庁法においては検事の監督権はあるはずであります。そこで、全購連の問題について検事がどれだけ捜査に関係なさっておるか、警察だけにまかしておいたのでは非常に危険だと、私は現在の警視庁のありさまから見て感ぜられるのでありますが、どの程度検事が指揮をなさっておるかを御説明いただきたいのであります。

井本臺吉検事(刑事局長)

○井本政府委員 この事件は発端が河村秀郎という者の五千六百万円の使い込みから始まったものでありますから、主として警視庁の捜査二課の関係者が調べをしておりますが、逮捕状の発付その他諸般の事情は全部東京地方検察庁の次席検事並びに検事正が報告を受けまして、逐一事件の指揮を行なっておるわけでございます。そうして、御承知の通り、勾留請求は検事の専権事項でありますので、逮捕状の期間が過ぎますれば、それは検事が請求しなければ釈放せざるを得ない状況になります。従って、勾留以後になりますと、さらに検事の関与する幅も広くなってくる状況でございます。ただ、先般申し上げましたように、事件の発端が、警視庁で調べました一つの横領事件から始まったのでございまして、その関係で相当程度警視庁の方々の応援、協力を得ておる状況でございますが、ただいまの状況では、逐次検察庁の方で引き取りまして、現在のところでは、おそらく四分六といいますか、半分以上は検察庁が指揮をやっておる状況であると考えております。

猪俣浩三日本社会党

○猪俣委員 いま一点で終りますが、先ほど古屋委員も申されましたけれども、実は私ども多少奇怪に思いますことは、現内閣の閣僚の中に被疑者があることがずっと前からいろいろ伝えられておりました。ところが、今から十日か二週間くらい前に、あれは全部もう表へ出ないことになってしまったということを新聞記者から報告を受けておるのであります。そこで、そんなことはないだろう、あるものなら出てくるじゃないかと申しておりましたが、いや、それは、警視庁に勢力かあり、ある程度警視庁に影響を及ぼしているある人物の品からそれが出ておる、だから、あれはものにならぬ、こういうふうに聞いておったのでありますが、どうも、昨今の新聞を見ますと、何かそれが裏づけされておるような状態になっておる。私どもとしてはどうも割り切れない感じを持っております。どうぞ法務省及び検察当局におかれては、国民がその点について疑惑を持っておる点を深く御留意いただいて、——これは政党内閣あるいは国会、結局において民主政治の運営において暗影を投じ、また昔のファッショ政治の台頭を促すようなことにならぬとも限りません。これは社会党にもいろいろ関係あるかもしれませんが、そういうことを超越いたしまして、事の真相を明らかにするとともに、この政界の腐敗を粛正するという断固たる態度をぜひお持ち下さらんことを切望いたしまして、質問を終ります。     —————————————

三田村武夫自由民主党

○三田村委員長 次に、裁判所法等の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。発言の通告がありますので、順次これを許します。菊地養之輔君。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 私は、本論に入る前に、中村法務大臣の所見を一点だけただしておきたいところがあるのであります。それは、二回ほど本委員会で問題になりましたのですが、きわめて重要なことでございますので、繰り返して御意見を拝聴いたしておきたいと思うのであります。  国民審査制度の問題であります。最初は国民審査制度の必要性を法務大臣は述べられたのでありますが、二回目になると、これは憲法を改正したときに考えよう、こういうふうにおっしゃったのであります。最初は非常に強硬たったが、あとは軟化しておる。ところが、この国民審査制度というのは、御承知の通り、憲法上の国民の基本的権利なんであります。公務員のいわゆる弾劾権を国民が持っておる固有の権利なんであります。これほど重要なものはない。最高裁判所の長官並びに裁判官は、行政府である政府の任命にかかるものである。ほんとを言うと、三権分立の精神から言えば、分離が貫かれていないのである。そういう意味において、国民主権の事後審査を行うためにこの制度が設けられたことは、私から言うまでもございません。また、その裁判官について、時の政府に阿附して、そうして憲法の解釈を二、三にするようなことがあったならば、日本の運命に至大なる影響を及ぼす。それは十年に一度、百年に一度かもしれません。しかしながら、わが国の歴史を振り返ってみると、ときに政府に迎合する者がないとは言えない。阿附するところの学者があると同様に、時の権力に従うところの裁判官がないとも言えない。こういうときこそ、国民が立ってこの弾劾権を行使するところのものであると思うのであります。だから、百年に一度、五十年に一度効果をあげるかもしれない。効果をあげなかったならば国民の仕合せでございます。これほどの重要な問題を軽々しく考えてはならぬことは言うまでもないのでございます。こういう意味において、私はいま一度法務大臣の所見を伺っておきたいと思うのでございます。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 何か私の申し上げましたことが二回にわたって前後趣旨が相違しておるように御指摘をいた、だきましたが、私の申し上げました気持、今日も考えておりますことは、記憶から申しますというと、とにかく、裁判官を何人にするか、あるいは増員するかどうかという問題に関連いたしまして、最高裁判所の裁判官である以上は、現行の日本国憲法のもとにおきましては国民審査に付さなければならない、国民審査に付する裁判官と付さざる裁判官と二種類設けるということは憲法の規定に沿わないと思うという趣旨を述べて参ったと思います。なお、国民審査に関する憲法の規定を改めるべきであるというような表現は、私はいたしたつもりはないのであります。もしそういうような速記録になっておりましたら訂正をいたしておきたいと思いますが、ただ、現行法ではそうなっておるから、どうしても国民審査に付さなければならない、将来憲法が改正されて、この国民審査というものが改正されれば、そのときは別ですけれども、現行法ではどうしても国民審査は全裁判官について付さなければならないという趣旨を強調いたしたつもりでございます。もちろん、まだ憲法調査会法ができましても憲法調査会自体が発足いたしておりませんし、その調査すら進んでいない段階において、私が憲法の重要な条項についてこの公式の席上で改正論を、具体的な問題をとらえて改正論を申し上げるような意図は毛頭ございませんし、そのような考えも持っておりませんから、もし菊地委員御指摘のような趣旨にとられるような速記録になっておりましたら、この点は今申し上げたような要領に改めておきたい、かように考えます。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 法務大臣の意見が二、三に変ったという趣旨じゃございません。この国民審査制度の無用論が相当高調されるので、これに対するきぜんたる態度を持っていかなければ、国民の基本人権が失われる危険性があるのであります。私は、憲法改正の場合であっても、時の政府が裁判官を任命する限り、国民、審査権を保有することが原則であると思いますので申し上げておきます。この際申し上げておきたいのは、国民審査の無用論を聞くのであります。何のためにやるのかわけがわからない、こういうことを聞くのであります。しかしながら、これは国民審査制度そのものが悪いわけではない。これを運営する方法が悪いのではないか。ここに重点を置いて考えていただきたいと思うのであります。どうも、普通のわれわれの選挙に対しましては、民間も官界も協力して、公明選挙運動が展開される。候補者自身の行動自体が選挙民に十分わかっておる。その上に公明選挙が展開されて、いやが上にも国民の選挙意識を高揚さしておる。ところが、この裁判官の国民審査については何の方法もとられていない。とられているのは、いわゆる少数意見の発表とかいうことがあるといわれているだけで、われわれ専門家でさえも十分知っておらない。まして一般国民にはちっともわかっておらない。こうしておくところに、私は重要な審査制度というものの無用論が叫ばれる根源があると思うのであります。国民に信頼感を持たせ、親近感を持たせる意義ある国民審査に進ませることは政府の責任ではないかと思うのであります。根本的にこれを考えるお考えはないか。国民審査法などについても、もっと実態に即した方法を考えることが必要じゃないか、こういうふうに考えているのであります。もちろん、原因としては、裁判所と国民とのつながりが非常に離れておるという点がある。ことに、憲法だけを問題にする最高裁判所が国民から非常に遊離して、国民は雲の上の存在のように最高裁判所を思っている。裁判官をもそう考えておる。昔の天皇の名において裁判を行なった時代とちっとも変っておらない。もっと裁判所が国民の中に根を下さなければならぬ。そういう方法を政府が、講じているかといえば、ちっとも講じておらない。こういうことに私は根源があると思うのであります。ほかの外国で成功しているのに、日本で無用論が叫ばれている根源がそこにあるのじゃないかと思います。裁判官もわれわれの代表の裁判官なのでございますから、深い関心を払って国民審査に参画するような方法を政府自身がお考え下さるべきだと思うのでありますが、この点法務大臣はどうお考えになるか、伺いたいと思います。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 御意見の通りに、現在の国民審査の意義が非常に乏しいといいますか、国民審査に際して投票する人自身にさえ何だか意味がよくわからぬというような投票がありますことはお話の通りで、これは現実だと思うのであります。そこで、問題は、七十九条の国民審査に関する規定、すなわち裁判官が任命されてから初めて行われる衆議院の選挙において審査の投票をする、また一度審査を受けた者については十年たってから後の衆議院の選挙に並行して審査の投票をする、こういう制度になっておりますが、どうもこの問題について、国民審査投票自体意義が非常に薄い、あるいは投票する人自体よくわからぬというような世評があります。これをどう改善すべきか、何か改善の方法がないかということを考えてみましても、なかなか適当な方法がないように思うのであります。菊地委員の御指摘のような趣旨から裁判官の地位を考えて参りますならば、あるいは、選挙に際して、しからばだれを信任するかという積極の趣旨から投票させればいいかもしれませんが、そうなりますと、国民はわからないから積極のマークをしないことになりますれば、これは全部資格喪失ということになる反対の現象も起るかもしれませんので、いずれにいたしましても、憲法七十九条の国民審査に関する規定は、もし憲法の再検討をするとなれば、その機会にやはりどう改善すべきかということについて検討の対象になることは免れない点ではないだろうか、かように考えます。改善をするのに、さらにこれを強化して、裁判官の候補者を指名して、その中から投票させ、明確に国民が自分らの選んだ裁判官であるという方向に進めるべきか、そうでない方向に進めるべきであるか、これにはいろいろ議論が出てくると思いますが、いずれにいたしましても、現在の国民審査投票というものは、投票する人自体にも、また一般世間の人にも十分わからないという世論が非常にあります。これだけは現実の事実であると思います。いずれにいたしましても、われわれ政府の一部に承ります者としましては、いやしくも日本国憲法が現存する以上は、日本国憲法の条章はあくまで忠実に順守をしていかなければならぬと考えます。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 国民が審査制度を十分理解していないということが、審査制度の不信の、原因だという御指摘を承わったのですが、その通りだと思うのであります。憲法の内容が国民にほんとうにわかっておらない。よく憲法改正論であるとか憲法改正反対論とかいうことか盛んに国民の間に唱えられております。しかし、進んでその改正論者あるいは反対論者の内容に入ってみますと、憲法がほんとうにわかっておらない。憲法の改正は九条の問題くらいに考えているにすぎない。これではほんとうの世論となってこないと思うのであります。まず第一に、今日の憲法はどういうものであるかということを、改正論者にも反対論者にも、いわゆる国民に知らせることから始めなければならぬ。国民か現憲法をはっきりとわかった土台に立ってこそ、改正論も反対論も国民の理解のもとに成立するのでございます。ところが、そういうことがなされておらない。改正論者も反対論者も自分の都合のいいことだけを言うにすぎない。これでは国民のほんとうの理解ということにはならない。間違った方向に進むと思うのでございます。これを指導する役割が政府にあるのではないか。もと憲法を国民に知らせる必要かあるのではないか。ところが、そういう方法がさっぱり講じられていない。  私は昨日考えたのでございますが、建国記念の祝日の設定は本会議で通過したのでございますが、いろいろの点から建国記念日を設定したいという国民の気持はよくわかると思うのであります。しかしながら、今日のような事態のときにああいうものを設定することが正しいか、どうかということは問題外にしても、二月十一日というものについての科学的検討は十分なされなくてはならぬことは言うまでもないのでございます。私はそれを蒸し返す気持はございませんが、そういう伝説的なものを今の国民、学生に押しつけていけば、一体承認するかどうか。一般の古い紀元節を経験してきたわれわれとすれば納得するかもしれませんが、科学的に歴史を考える者か本気になってこれを信ずることはできない。国民か信じないような建国記念日はナンセンスであることは言うまでもない。そういう点がわれわれの反対した理由であて、建国記念日そのものに反対でないことは言うまでもないことでございます。ところが、今度の新生日本の起源となったのは、憲法のいわゆる改正ではなかったか。古い封建主義とともに日本がある意味において滅んでいき、新しい民主主義日本か生まれた日、憲法か公布された昭和二十二年五月三日こそ大きな建国記念日ではないか。この日は歴史で創造されたものではない。はっきりわれわれの目の前で憲法か施行されたのである。その憲法によって、民法といい、商法という、刑訴法あるいは裁判研法、あらゆる法律が改正された。この民主憲法のもとに日本の基本が成り立って、裁判制度も成り立った。これほど重要な新生日本の記念日はないのである。こういう重要な問題に対して、一体政府はどういう施策をとったか。何にもしておらぬじゃないか。民間側かわずかに、憲法連合の人たちを中心とした文化人が集まって一席のレセプションを行なったにすぎない。何とさびしい次第だということを考えざるを得ない。復古的な問題に対しては大わらわになってこれを通過させながら、現に十年前に現行憲法によって新しい日本が生まれ、それによって日本の機構か改革され、日本の民主化というものが決定されたのに、これに対して何らの関心も持たなかったということを私は非常に残念に考えておるのであります。すべて十年になるとあらゆる面で記念式典か行われておることは政府もおわかりでございましょう。ところが、この憲法だけに一体、どうして記念式典をおやりにならなかったか、そのいきさつについて法務大臣から承わりたいと思うのであります。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 まず前段の方からお答えをいたしますか、菊地委員の、憲法の改正論者もまた反対論者も現行憲法の実態を国民によくその趣旨を徹底せしむる努力が必要ではないかという御所論に対しましては、私も全く同感でございます。これは、憲法改正論者も、あるいは再検討論者も、また改正に反対する論者も、私は日本国憲法の実態というものを国民に十分徹底さしていくのが最も肝要だと思います。私どもは、憲法は再検討の時期に来ておる、こういう考え方を実は個人として持ってはおるのでございますが、その趣旨を国民の間に徹底させるのに、大衆演説によってやるのがいいか、あるいは再検討のような機構を設けて、その機構の中において、十分、学識もあり実力、経験もある人たちが論議をかわして、その論議を一般大衆に徹底させて、これによりて日本国憲法のあり力なりあるいはいろんな問題となるべき要点を徹底させることがいいか、それは人によっておのおの考え方は違うと思いますが、いずれにいたしましても、そういう方向に努力すべきものであるということは全く同感でございます。  それから、憲法記念式典をなぜ政府として積極的にやらないのか、こういう御趣旨の御意見かと思うのでございます。これは政府部内におきましてもいろいろ議論をいたしました。すでにことしは満十年になるのでありますか、数年前からそういう記念式典をやらないことになってきておりましたので、今までやらなかった式典をことしやるかどうかについては、いろいろ意見の交換をいたしましたが、この際私は閣議等で意見の交換をいたしました個人々々の意見は申し上げることを差し控えたいと思いますが、いろいろ与党とも協議をいたしました結果、結局政府及び与党といたしましては、すでに憲法調査会法を成立せしめまして、憲法を再検討しょうという段階に入っておりますように関係もありまして、結論としては、政府が積極的に憲法の記念式典をやることは差し控えようという結論になりました次第であります。その経過等については、むしろ省略した方か適当かと思いますので省略させていただきます。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 その記念式典を行わなかった点につきましては、私は、ひとり法務大臣の責任問題と考えておるわけではございませんし、内部事情も詳しく追究しようとは考えておりませんから、これ以上申し上げようとは思いませんか、はなはだ遺憾なことである、こういうことを付言しておきたいと思うのであります。  次に、本論に入るのですが、第一に、裁判官の人選問題です。これは、法務大臣か大下一流の人物ということをよく言われますので、はっきりと覚えちゃったのですが、一体、その天下一流の人物というものの標準をどこに置くのか。政府の言う天下一流の人物というのは、もう老境に入った、昔は仕事も十分できたでしょうが、今はもう老境に入って役に立たなくなった者が多いようであります。私も相当の年配になりまして、年については不足はございませんけれども、毎年々々漸次能力が劣っていくことを感じております。実際に精神的にも肉体的にも劣っていくことを感じておる。これは当然の趨勢であります。どうも、われわれから見ると、政府の言う天下一流の人物というのは、老境に入ってだんだん下り坂になった人が多い。一流人物のときには順点に立っておる。そしてだんだんと精神的にも肉体的にも下ってくる。これはどんな伴い人でも免れない。政府はそういうときに任命してしまうのではないか。そうではなくて、野に遺賢ありということがありますけれども、もっと前に一流人物を物色する方法を考えたらどうかと考えておるのであります。今ここで現在の裁判官をどうこう言うわけではございませんけれども、しかし、相当に老境に入ってきている人が多いのではないか。この点はもっと考え直してもいいのではないか。選考委員会ができましたら、ここでいろいろ論議されましょうけれども、法務大臣なんか、もと天下一流の人物については御考慮が願いたい、こういうことを第一に申し上げておきたいのですが、この点どうでしょうか。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 最高裁判所の使命が、憲法に関するいろんな判断を中心としまして、非常に大局的な判断の要素を持っておりますから、なるほど年令としては高年令の人が多いのでふりますが、やはりあらゆる学識と諸般の経験の豊富な人に当ってもらうことが望しいことであり、憲法の精神にかなうことであると思うのであります。幸いにしていろいろな学識の上からも天下一流と申して差しつかえない人材が現在最高裁判所の裁判官であり、健康状態を見ましても、みんな相当高令の人が多いにしては非常に健康な状態の人たちがそろっておると私は思います。ただ、しかしながら、世間にも一部には、最高裁判所裁判官の定年が七十才は高過ぎるのではないか、こういうような意見はあるようであります。従いまして、こういうような点につきましては十分私どもとしては慎重に今後検討を進めて参りたい、かようには思っておりますが、現在の最高裁判所の裁判官が憲法の精神並びに裁判所法の定むる精神に反しておる人たちであるとは毛頭考えておりません。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 今度の法案によりますと、裁判官任命諮問審議会の設置が規定されておりますが、まことに適切だと思いますが、その構成あるいは内容あるいは権限、こういうようなものは政令によって定められると思うのですが、その政令の内容をこの際知らせていただきたいと思いますが、 どうでしょうか。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 この点は、まだ内容的には具体的には政令案要綱を作っておりませんが、考え方といたしましては、裁判官、検察官、弁護士、その他学識経験者、これらの中から適当の人数の人をお願いいたしまして、この審議会の委員になっていただくようにいたしたい、かような構想を持っておる次第でございます。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 今の法務大臣のお答えは、法案にそっくり書いてあることであります。政令の内容じゃないのであります。もっと詳しく私どもは内容を伺いたい。これは非常に重要なことだと思うのであります。いわゆる裁判官が適任か不適任かは、この委員会が相当慎重に考慮しなければならぬ。その人を選ぶ審議会委員の構成というものは慎重に考慮しなければならぬ。それをどうして選ぶか、どうして審議されるか、政令の内容のアウト・ラインでもでき上っていないはずはないと思います。この法案が出るときにそれを考えなくてはならぬ。その点を伺っている。法案そのものをここで述べられたって、私どもはそれを聞いても何もならないのであります。審議に役立つような内容を示していただきたい。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 実は、打ち明けて申しますと、この最高裁判所の制度かできました当初、諮問委員会の制度がございまして、その後廃止になったのでありますが、やはりこうした機構のあることが天下も納得し、合理的であろうということで、今回改正の機会にこうした構想を織り込むように立案をいたしたのでございますが、考え方といたしましては、その当時の制度がありますから、大体それにならっていきたいと目下のところ考えております。その内容につきましては、むしろ政府委員からお答えした方が間違いないと思いますから、位野木政府委員からお答えを申し上げます。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 御承知のように、裁判所法制定当時に裁判官任命諮問委員会というものがございました。これは基本的には裁判所法でこういうものを設置するということをきめておりましたけれども、内容の詳細は政令に譲っておったわけです。今度の法案も、御指摘のように、法律で内容をすべてこまかく書くということも考えられるのでございますが、前例もございまして、政令できめていっても差しつかえないのではないかという考え方で、基本的な構想だけをここに掲げております。前には構成員なども書いてございませんでした。どういう構成員にするかというようなことも何も触れないで、裁判官任命諮問委員会に関する事項は政令で定めるということになっておったのであります。しかし、今度は、構成員も重要な部分は法律で書いた方がいいだろうというので、構成員についてははっきり書いてあります。あとは、非常に重要なことといたしましては、人数をどういうふうにするかということが問題になるかと思いますが、それにつきましては、いろいろの御意見がございまして、政府といたしましてはまだ腹案を持っておらないのでありますが、この前もちょっと御参考に申し上げましたか、今夜で出た案といたしましては、大体人数はあまり多くしない方かいいだろうという意見の方が強いのであります。前には、御承知のように、相当人数か多かったのでありますが、なるべく少い方がいいだろうという意見が多いのでございまして、たとえば、一つの案といたしましては、七人くらいにしたらどうか、そのバランスもいろいろ案がございますが、ある案では、裁判官二人、検察官一人、弁護士一人、学識経験者三人というふうな案、あるいは十二人というふうな案もございます。これは、裁判官、検察官、弁護士、学識経験者三人、こういうふうな合計十二人で構成しようというような案もございますが、なお御意見を伺いまして、適当に立案をいたしたいというふうに考えております。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 本法案はまだ結論が出ないようでございまするから、結論が出るころまでには政府の政令も草案くらいは出る、だろうと思いますから、なるべく早くわれわれの結論を出す前に一つお示しを願いたいと思います。  次に、合議の問題でお聞きしたいのでありし致すが、これはだいぶ長い間本委員会が会を重ねて参りましたが、問題は減員論と増員論ということになっておるようでございます。この言葉は、あの新聞に書いてある、あるいは人が言っている増員論あるいは減員論というものは正順を欠いておるようであります。最高裁判所の裁判官は減るのでございます。政府案によって九人になる。しかしながら、いわゆる中二階式と言うたらいいか、下級裁判所のいわゆる小法廷がたくさん判事を使用するのであります。そういう点から見ると、これは大増員であります。最高裁判所だけを見るといわゆる減員になるけれども、小法廷から見ると大増員になっておる。それから、民間で唱えられる、あるいはわれわれが考えているいわゆる増員論というのは最高裁判所である。ほんとうを言うと、今度の問題は最高裁判所の機構改革の問題ということを言われておりまするけれども、これは最高裁判所の機構の問題だけではない。膨大なる下級裁判所か出てくるのであります。かってなかったいわゆる下級裁判所が生まれてくるのでありし出す。これこそが大きな問題であります。最高裁判町の機構改革ではなくして、大きな日本の裁判制度の改革の問題だと見られると思うのであります。こういうことは議事の本論には関係ないけれども、結局、いわゆるこの法案によっても大増員なんです。予算の面から見ましても、あるいは設備その他につきましても、これは大なる問題であることは言うまでもないと思うのであります。  ところで、最高裁判所の減員論、私のこれから申し上げまする減員というのはふだん皆さんが使っておられる減員論で申し上げますが、九名に最高裁判所をするという御議論の根拠というものは、多くては合議ができないという点であります。これが、われわれが参考人に聞いたり、あるいは最高裁判所の六人の裁判官と懇談を遂げたりしして聞いたところが、一様にそう言う。いわゆる最高裁判所のわれわれの増員論というものは、要するに、合議が不可能になる、反対論はこの一点に集約することができると思うのであります。そこで、われわれのようないわゆる合議にあずかったことのないしろうとから考えますと、果して合議ができないものか、こういう点で疑問を持つのでございます。これは、いわゆる当事者である裁判宿の話では、合議がなかなか困難である、至難であるということを申されます。絶対できないとは申されません。ここに私は本問題の重要なる。ポイントがあると思うのでありますが、一体、政府立案者、その他政府関係者は、本気に合議かできないと考えておるのか、この点をまず率直に関係政府委員からお答え願いたい。簡単でいいです。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 合議の困難性ということでございますが、やはり、裁判の性質上、人数が多くては合議が相当困難であるということは否定できない事実じゃないかと考えております。御承知のように、裁判は単に主文だけを出せばよろしいというものではなくて、理由を書かなければいけないということになっております。おもたる裁判——簡単なる決定等は別といたしまして、裁判の本体である判決につきましては、これは理由を明示しなければいけないということか、法律も当然要求されておるわけでございます。この理由というものが、しかも主文と切り離すべからざる重要性を持ってきている。理由と主文とが一体をなして裁判の本体をなしておるということになることは御承知の通りであります。そういたしまして、その理由が、しかも、できるならば詳細に委曲を尽して、必要な限度において当事者を納得させるものであることが望ましいわけであります。そういたしまして、しかも、なるべく構成員の意見がお互いに相手の意見を聞いて反省しつつ統一的な結論に持つていくという努力ができる眠り払われる必要があるということが考えられるわけでありまして、そういうふうな点から申しまして、合議というものは、どうしても多人数では困難ということが——不可能とは言い得ないと思いますが、多人数になればなるほど能率が上らない、その合議の徹底を期しがたいということが甘えるのじゃないかというふうに考えております。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 どうも、われわれしろうとにはわかりにくいのであります。主文と理由が密接不可分の関係にあるということは十分、わかるのでありますが、それだけの理由で合議が困難であると言うのは、私はどうもわからないためです。それなら、それなりに、いわゆる合議の方法というものが変ってこなくちゃいけないのじゃないか、私は常にこう考えております。合議の方法というものは数によって変ってくるのじゃないか。われわれの会議でありましても、二人で会談ずる場合には、いわゆる相向って話し合う。四人や五人になると円卓になる。あるいはもっと十人、十五人になるとベンチ式になる。こういうふうに形式が変ってくるとともに、その内容自身も変ってくるのじゃないか。これはあらゆるものがそうでございますが、あの議長サロンで懇談会をしたときも、真野裁判官は、大ぜいだと質が変るのだ、こういうふうに言っておったのであります。その内容は、裁判が悪くなるのだということを言っております。数が多くなれば裁判が悪くなるのだ、そういう結論が出るかどうかは、私は十分わかっていません。ところが、一方、小林裁判官は、数が多くなると良質の裁判官は得られないのだ、こういうことを言っておる。いわゆる天下一流の人物が得られないのだ、こう言っておるのであります。同じ数の点についても、そういいうことを言っておられる。私は、数というものは、ある意味において、あるものを規制する力を持つということは言うまでもないのであります。われわれが家を建てる場合には、家族の数によって間取りが決定される。その使用の仕方が違ってくる。あるいは、坪数という数によって、間取りの決定をしたり、いろいろ変ってくる。あるいは、資金という金額の数によって、その家の建て方が違ってくる。こういうふうに、数というものがすべてのものを動かす力を持っておることは、われわれもその事実を承認しますけれども、裁判官の数が多くなることによりて裁判が悪くなるという結論は、われわれは承諾できない。今までの歳判官及び関係者の方々は、今までの合議制度で考えておられるのじゃないか。それに習熟されて、大審院以来、日本の裁判ができ上って以来、数十年にわたって、いわゆる三人、五人というふうな合議制に習熟されたことは、われわれ認めます。これは安易でありましょう。いわゆる習慣が習慣を生んで、いい秩序の保たれた合議制が生まれてきていると思うのであります。しかし、それだからといって、十五人でできない、三十人でできないということはない。十五人なら十五人のいわゆる会議の方法というものが出てくるはずである。三十人なら三十人の合議の方法が生まれてくるはずである。これは当然過ぎるほど当然であります。そういう方法を考ええずに、従来の合議制だけを見て、それから一歩も出ないで、そうして合議というものはいわゆる五、六人以上ではだめなんだ、こういう既成観念を作って、合議制はだめだと言っても、それは減員論を主張される根拠になりはしない。逆に、減員論を裏づける方法として合議が至難であると言ってあるのじゃないかという疑念さえわれわれは持たざるを得ない場合が多いのであります。もっといわゆる合議制について真剣に考える必要があるのじゃないか。三十人なりあるいは十五人なりの合議問題について、真剣に合議制そのものに検討を加えていきますならば、すぐには出一てこないでしょうけれども、いいものが出てくると私ども信ずるのでございますが、その点どうお考えでありましょうか。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 多人数になった場合には、それに応じた合議の方法を考える必要がある、——そういう制度ができますれば、どうしてもそういうふうにならざるを得ないのでありまして、そういうことになれば、そういうふうに工夫をせざるを得ない。それぞれの制度に応じた、その場合においての最善の方法を工夫する、これは当然のことでございまして、おのずからやり方も変ってこざるを得ないということも当然なことかと思います。ただ、多いとやはりやりにくいということは、どうも過去の連合部の裁判——これは御承知のように民事の連合、刑事の連合、それから民刑事総連合という制度が裁判所構成法の時代にはあったのでありますが、この当時の実績を調べてみましても、回数が非常に少いわけです。民刑連合の総部を開いて、四十人余りですか、四十人近くのメンバーがあった時代でございますが、大審院の民刑総連合部の開かれた回数は、大正十一年の判例集が出ましてから二十数年の間に三曲しかなかったという調べになっております。そのほか、民事の連合部、刑事の連合部というのは、それよりは多うございまして、民事の連合部が大体二十数年の間で四十回程度、それから刑事の方が五十回程度ございますようです。いずれにしても、これは非常に概数が少いのであります。しかもこれは灘催すべき場合でもなるべく開かないようなふうにあった、事実上避けられるような傾向にあったということを聞いております。そういうような実績から考えましても、やはり、できないことはないと思ういますし、工夫の方法もあるかと思いますが、円満にいかない、裁判のやり方としてはどうも思わしくない、そういうような方法をとらざるを得ないというふうな経過になってくるんじゃないかというふうな考え方をいたしております。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 私は合議のことでは何にも知らないのでありますが、各裁判官の書面による意見の聴取というものは、合議としては法規的にはできないことになりますか。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 お答えの前にちょっと訂正さしていただきます。刑事の連合部は五十回と申し上げましたが、九回だそうでありますから、訂正書していただきます。  それから、書面による合議ということでございますが、合議としては、やはり相対して口頭で討論と申しますか、相面して論議しつつ、お互いに反省して、事実の認定にしても、お互いが誤認してる場合、それをお互いに反省して、二人で正しい結論な出していく、こういうふうな過程が望ましいということが合議の本体の一つじゃないかというふうに考えられますので、書面で不可能ということではないと思いますが、合議の本質を尽すためには、書面だけでは不充分であるというふうに考えるのであります。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 私は、甲論反駁という言葉を何回も聞いたのでふりますが、そこに入る前提として——問題は憲法問題でありますから、そう議論が多岐にわたるはずがない。おそらくは多くて三つか四つぐらいにしかならぬと思うのであります。問題が多岐にわたってくるなら別問題でありますけれども、憲法の違憲か合憲かという問題になると、そう多岐にわたらない。そこで、まず調書を読んだ上で意見を徴して、書面の上で検討して、主要なる問題がそこに生まれてくる。それを合議の対象にしても差しつかえないんじゃないか、こういう意味でいわゆる合議に入る前提として、書面による意見聴取というものが可能であるかどうかということを聞いたのであります。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 書面で準備をして、書面を活用して合議をすることが能率的であるということは、これは御指摘の通りだと考えております。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 それから、こういう方法はいけないでしょうか。というのは、この小法廷は下級裁判所になっておりますから、これは関与することができませんが、現在の小法廷のようなところで議論をして、その結論を得たものを他の小法廷に回す、こういうように順次回していって、最後に大法廷を開いてその問題点を対象としてディスカッションをやる、こういう方法も考えられると思んですが、それは現行法で可能でございましょうか。そのことを承わっておしきたい。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 予備的手段として事実上小法廷で論議しておって、そうして大法廷で合議をするというようなことであれば、可能ではないかというふうに考えます。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 これは、従来の三人、五人の制度でやってきた裁判官にとって、多数の合議は困難であると一応考えられると思いますが、なお検討の要があると思いますので、当局におかれても、この点について特段の御努力を願いたいと考えておる次第でございます。  次に、小法廷の問題はだいぶ問題になりまして、いろいろな点で明らかになってきたのでありますが、どうも私がふに落ちないのは、はっきりした小法廷であるのに、条文の体裁を見るというと、少しもそういう考えから書かれていない。こういう状態では、国民をして混迷に陥れるんじゃないか、こう考えざるを得ないのでございます。小法廷ははっきりと法文の示す通り下級裁判所です。これは明らかになっておる。それなのに、何で最高裁判所小法廷という名前をつけるのか。また、独立した下級裁判所であるにかかわらず、最高裁判所小法廷判事という名前をつけるのか。これが最高裁判所の小法廷だということは一目瞭然ではないか。はっきりしてるじゃないか。名前が実体を現わすことは言うまでもない。最高裁判所でないものに何で最高裁判所小法廷という名前をつけ、最高裁判所の判事でないのに何で最高裁判所小法廷判事などという名前をつけるのか。私どもふに落ちないのであります。こういう日本の立法例は今まであったでしょうか。この点一つ明らかにしてもらいたいと思います。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 御指摘の点、ごもっともと思いますが、最高裁判所小法廷という今度の案の裁判所は、最高裁判所と共同して上告事件を処理する、そして事件を一たん全部小法廷で受け付けまして、その中から、最高裁判所で裁判する必要のあるもの、適当なものを最高裁判所に送る、それから、また、最高裁判所からまた場合によって事件を戻されて、それをまた裁判することもあるというような、非常に密接な裁判上の関係を持っておるということでございますので、全く独立した裁判所として設立するよりも、最高裁判所に付置するというような関係を持たせて、司法行政的にも特別のものを除いて一体として最高裁判所に処理させるというふうにした方がいい、こういう考え方から、最高裁判所小法廷という裁判所を付属して置くという考え方をとったのであります。こういう考え方がいいか悪いかということについてはいろいろ御意見もあろうかと思いますが、考え方はそういう考え方をとったのであります。そういたしますと、最高裁判所に付置するものでございますから、最高裁判所小法廷という名称を用いても当然ではないか、これは裁判所ではございませんか、今まででも最高裁判所に付置されている機関かございます。司法研修所とか図書館とかいろいろございますが、そういうものの名称としては、最高裁判所に置くことになっておりますので、最高裁判所図書館というふうに、上に最高裁判所という言葉がくっついて名前ができております。そういう前例から見ても、それほど不思議ではない、むしろ、附属して置く以上、最高裁判所という名前をつけるのが当然ではないかという考え方でいたしたのであります。裁判所の名前が最高裁判所小法廷である以上、裁判官の名前も最高裁判所小法廷判事という名前であっていいという考え方でございます。  前例がないということでございましたが裁判所が別の裁判所に付属して置かれているような前例は現行法ではもちろんないと思います。裁判所構成法時代にもそういう前例はなかったかと思いますが、御承知のように、検事局は裁判所に付置する、そうして名前は何々裁判所検事局ということになっておったのでございます。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 どうも納得できないのであります。この法案によると、最高裁判所と小法廷との関連があることは認めるのであります。しかし、それは法規自体に関連性を示せばいいのであって、まぎらわしい名前を出すのはどういうわけなのか、よほど説明を聞かなければわからない。われわれ専門家でさえも、あなたの説明で、そういう関係からこの名前をつけたのかということが初めてわかるような状態です。昔のように、よらしむべし知らしむべからずの時代ならともかく、国民が法を見てすぐ理解できるように考えなけれ、ばならぬことは、民主国では当然のことではないかと思うのであります。こんな晦渋な、混迷に陥れるような表現の仕方は、私はとるべきではないと思うのであります。しかも、条文を見ますと、たとえば第九条に大法廷、小法廷と見出しをつけている。大法廷というのは最高裁判所をさすのでしょう。小法廷というのは下級裁判所である。この法案でいう最高裁判所小法廷をさすのでしょう。まるっきり違うものを二つ並べている。大小と並べた以上、日本人は大と小を相対立するものと考える。右と左が対称するように、大小というのは、大があり小があると考えている。ところが、第九条の大法廷というのは最高裁判所である。いわゆる九人の認証官によって形成され、しかも合憲、違憲の問題だけを扱う最高裁判所である。ところが、同じ下に書いてある小法廷というものは下級裁判所である。まるきり違う性質のものである。名前は同じで少しも違わないので、本質がわからないのであります。名前を見ただけで本質がわかるように親切丁寧に表示すべきものであると思う。専門家がわからないような表示をして法案を出すことは間違いではないかと考えているのであります。そういう条文が出ておりますけれども、これは単なる議論でありますからこの程度にとどめますが、この点については深甚なる考慮を払ってもらいたい。裁判官に見せる、弁護士に見せる検事に見せる法案ではございません。国民に見せる法案だということを十分御理解賜われば、こういう名前が出てこないと私は考えるのであります。  最後に、第何条だかちょっと今忘れましたが、こういうことが書いてある。小法廷の裁判で確定して執行力が生じてしまう、そして憲法違反の疑いがある場合には異議の申し立てができることになっております。最高裁は名前の示す通り最高であり最後の裁判所である。そこに憲法に関する垂二八問題の異議の申し立てがなされている。憲法の違反を裁判するために最高裁判所というものが存在している。重要なる争点がある場合に、小法廷において確定して執行してしまうことは、私どもふに落ちない。しかも、憲法第三十二条によると、われわれ国民は裁判を受ける権利を奪われないという規定が存在している。法律的にはまだ確定しない。その事件は異議の申し立てがあって最高裁に行っている。しかも憲法という重大な問題がここで審理されている。ところが、それが終らないのだから、事実上は裁判はまだ確定していない。ところが、法律的に小法廷できまった場合に確定するということは、いわゆる法律の擬制ではないか。法律の擬制までもして確定力を与える必要がどこから出くるか、その根拠を承わりたい。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 ごもっともな点がございますが、御指摘のように、不服の申し立てが許されている間は、できますれば裁判の執行や確定をさせないということが好ましいと思います。ただ、大局的に見まして、そういうことをせざるを得ないした方がよろうしいという場合があるのではないかという考え方で、こういうようなことをいたしたのであります。結局、すでに小法廷の裁判は第三審を経ているわけであります。通常ならばここで打ち切ってもよろしいということも考えられるのでありますが、しかし、憲法の八十一条の関係から、どうしても憲法違反については最高裁判所に不服の申し立てを許さざるを得ないというふうな関係になります。それも、確定させないでおくということになりますと、それだけ権利の確定かおくれる。国民全体に、民事にいたしましても関係する。それによって権利を確保しようとしている人の権利の確定かおくれる。あるいは国家全体として法秩序の確立がおくれるということでございます。そういうふうな犠牲を払ってこの確定させないでおくということになりますと——これによって憲法違反の主張を出すという場合は、これは現実にはきわめてまれなんです。というのは、小法廷は本来憲法関係の裁判をしないという建前でございますから、憲法違反の判断ということは小法廷では原則としてはしないわけです。小法廷の裁判自体について憲法違反があるということはきわめてまれであろうということが考えられるのであります。のみならず、小法廷の手続自体について憲法違反があるということもきわめてまれではないかというふうなことから、そういうふうなきわめてまれな場合のおもんばかりによって全体の権利の確定というものを遅延さした方がよろしいかというようなことを考えてみますと、これは確定させた方が、大局的には、合理的な裁判機構として、裁判手続として、よりよいものが考えられるのではないかという考えに立っておるのでございまして、それにつきましてはなお執行停止のできるというふうな別の手段も考えておりますので、大局的な見地からこういうふうな考え方にいたしたのであります。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 きわめてまれな場合だということを盛んに強調されておるようでありますが、きわめてまれな場合しかないというならば、何でそういう方法を講ずるか、私はそう逆に言いたいのであります。おそらくはそうたくさんはないと思う。そうたくさんもないのに、審理がほんとうに実際上は終らないうちに執行をするという結果は大きな問題だと思うのであります。もしこれが憲法違反になるかならぬかで無罪にでもなるようになるならば、これはとんでもない結果を招来すると思うのであります。少数だからといって保護をしないでもいいということはないことは言うまでもございませんけれども、審理が終った後に裁判の判決を受ける、そして確定執行されるということが国民の常識なんです。憲法の三十二条におけるところの裁判所において裁判を受ける権利を奪われぬという趣旨はここにあると思うのであります。審理の中途半端において確定を受けて、執行力を法律の擬制において与えて、そして執行してしまう。死刑の場合は執行力を停止し得るのでありますが、その他は監獄に入れるということになる。きわめて少数なりといって見のがしてはならぬことは言うまでもないのであります。私どもは、この不幸なる少数に深い目を注いでいただきたい。少数だからかまわないというのは便宜主義です。裁判には断じて便宜主義はあってはならない。この法規の全体を見ましても、少数であるから、大部分のものはその異議は成り立たないのだから、確定させてもいい、執行してもいい、こういうお考えでありましょうけれども、その便宜論こそが裁判所の致命的な欠陥になると思う。そういう方法で立法されておるならば、ひいては裁判自体にも影響する。裁判官が尊重され信頼されるのは、とことんまで真理を追求するというところにあると思う。裁判の途中において、審理の終らないうちに、確定力、執行力がなく執行してしまった、こういうような便宜主義というものは、私は絶対に排斥しなければならぬと思うのですが、その点はどうですか。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 少数の場合といえども権利の保護に欠くるところがあってはならないということは、御指摘の通りであると思います。ただ、裁判制度と思いますのは、申し上げるまでもございませんけれども、やはり国家全体といたしまして合理的なある程度の見切と申しますかをつけることがどうしても必要でございまして、たとえば、第一審よりは第二審の方が不服の申し立てをする程度が少くなる、第三審の方がなお少くなるというふうなことで、そういう意味では、だんだん国民の権利保護といいますかの制限の措置がとられざるを得ないというふうなことを考えざるを得ないのであります。そういうふうな見地から、ほかのそういう必要性からの、全体的か合理的な立場からの制限というものは、ある程度認めざるを得ないというふうに考えておるのでありまして、確定させない場合も、特にそれによって非常に多くの裁判の遅延があるかないか、といいますか、ごくまれにしか考えられないような場合の犠牲になるというふうな結果が果して制度として好ましいかどうか、こういうような点について考慮いたしまして、このようなことにいたしたのでありまして、これにつきましては、御承知のように、現行法上も前例はございます。民訴の特別上告、それからまた、前にま刑事につきましても刑事応急措置法というような前例もございますので、そういうふうな見地からやむを得ないものであるというふうに考えております。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 趣旨はわかりましたけれども、なお承服できないのであります。一番大きな問題の憲法違反の問題が論議されておるということなので最高裁は憲法を論議する、こういう形が一体正しいか、どうかということ。当事者対等の原則から言っても、一方を拘置して身動きできない状態に置いて裁判しておる。これは昔の糾問的な状態であります。しかも、今申されたような、憲法上重大な問題が異議申し立てで審理されて残っておるというのは、きわめて重大である。その人だけでない、いわゆる一般民衆にも影響する問題が論議されておるのに、一人のいわゆる犠牲者が刑務所に入れられる。停止の方法があるとか何とかいうようなことでなくして、そういう大きな眼目においてこの問題は考えるべきじゃないか、こう考えるのであります。議論しておっても果しがないので、この点でやめますが、当面ではきわめて不明であるということを申し上げておきます。  もう一つ申し上げておきたいのは、ちょっとわからないのでお聞きするのでありますが、われわれが上告する場合に、憲法違反と、判例違反と、あるいは法律違反、こういう三点をあげて上告した場合に、どこで受付をするか、その点を一つ承わりたい。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 受付はすべて小法廷でまずいたすのでありまして、小法廷で審理した結果、憲法違反、判例変更というふうな場合に当ると認めました場合に、その事件を裁判しないで大法廷の方に送って、そこで全般的にその事件について裁判をするというふうにいたすわけであります。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 いや、法律の適用を誤まった場合にも三点として加えられたわけですから、管轄から言うと、最高裁判所でもありまた小法廷でもある、そういう場合に、どうなるかと聞いておるのです。その第三点の方は小法廷に回す、一点、二点は最高裁に回すのか、そこを聞いておるのであります。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 先ほど申し上げましたように、憲法違反をしておる、あるいは判例変更の必要のあるような論点があるというような場合には、それがたくさんある論点のうちの一点の問題点という場合でも、事件全体を大法廷の方に移すということになるわけであります。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 そうすると、今申し上げた第三点の重大な法律違反があるという上告の場合はどこで裁判をするのですか。最高裁判所で裁判をするのか、あるいはまた小法廷に移送するのか。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 最高裁判所で事件全部について判断をするという建前を原則として考えております。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 そこで、お聞きしたいのでありますが、十条の三項で最高裁判所から小法廷に事件を移す場合がございますね。この場合に、移すまでに最高裁判所が調査をして、これは小法廷で取り扱っていい事件だということで移送するのでありますか、また、その移送のときには、移送判決をなさって小法廷に移送するのか、その点をお聞きしたい。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 この移送の手続につきましては、十条の末項に規定がございますが、最高裁判所が規則で必要な事項をきめるというふうになっておりまして、なるべくめんどうな手続を省きまして簡易に敏速に事件の処理ができるようにというふうなことを考えておりまして、正式な移送手続を一々書面を作って署名をしてというような、そういう普通の文書で考えておるような移送手続でなくて、簡易な手続を規則できめてもらうことを考えております。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 その移送する場合には、おそらくこれは、合憲、違憲の問題ではない、あるいは判例変更の問題ではないというので移送するのであろうと思いますが一それを判定するのは最高裁判所であります。しかし、これが審理もせずに容易に移されるとなっただと思うのです。少くとも移送する場合には裁判をしなければならぬと思うのです。最高裁判所が移送を決定しなければならぬ、そうだとすると、裁判の形で小法廷に移すのが当然だと思うのであります。今日の刑事訴訟法の建前あるいは民事訴訟法の建前からそうだと思いますが、今聞けば簡単に事務的な手続で移すようなことをおっしゃっておられますが、そういうお考えでこの移送の問題を考えているのでありますか。

位野木益雄検事(大臣官房調査課長)

○位野木政府委員 最高裁判所が八条三に掲げるいずれの場合にも該当しないということを特に理由をもって示す必要があるという場合には、これは当然理由を書いて小法廷に移す、少くとも小法廷に示し得る手続をもって小法廷に移すということは、当然御指摘の通り考えなければいけないというふうに考えます。

菊地養之輔日本社会党

○菊地委員 まだいろいろお尋ねしたい点がございまするけれども、だいぶ時間がたちましたから、他に譲って、後日に留保しておきたいと思います。

三田村武夫自由民主党

○三田村委員長 長井源君。

長井源自由民主党

○長井委員 きわめて簡単に法務大臣と事務総長にお尋ねいたしておきます。きょうもらった表を見ますと、上告事件は漸増の傾向にありますが、この原因はどういうふうに見ておいでになりますか。

五鬼上堅磐最高裁判所事務総長

○五鬼上最高裁判所説明員 お答えいたします。御指摘のように、なるほど、刑事事件の方の新受は、二十八年が五千七百四十五件、二十九年が四千二百二十二件、三十年が四千百五十六件、こういう状況になっております。民事の方は、新受が、二十八年が千四百六十七件、二十九年が千六件、三十年には千五十七件、三十一年が千百三十九件、こういうふうになっております。そこで、漸増と申しますけれども、これを比較してみますと、民事においては、三十年度が千五十七の新受に対して、三十一年度は千百三十九件ですから、百件近くふえておりますが、ところが、二十九年と三十年とを比べるとそうですが、刑事事件においても、二十九年が四千二百件あったのが、三十年は四千百件になっておる。それが三十一年になってくると四千七百件にふえておるのですが、これは署しく漸増というほどのものじゃないのです。事件の来る数は年によって多少違ってくる。ただ、申し上げますれば、もっと前の、二十四年あたりの刑事事件が非常に多い。三千七百七十二件、それから二十五年が五千五百件、二十六年に至っては七千八百件、こういうように新受が実は多かった。それに比べますと、七千八百件に比べて三十年あたりは大体半分の四千百件、こういう状態になっております。だから、長い問の年数をずっと比べますと、刑事事件の新受が減ってきた、こう申し上げられるんじゃないかと思います。

長井源自由民主党

○長井委員 今いただきましたこの表です。この表をごらんになっておっしゃるのですか。そうするとおかしいです。「最高裁判所刑事上告事件月別法廷別新受、既済、未済件数表」というのがある。それによると、二十九年度は新受合計が四千二百三十二ですよ。それから、三十年度が四千百五十六、三十一年度が四千七百八十二、これを比較すると、四千百と四千七百八十ですからして、非常な増加じゃないかと思うのですが、いかがですか。

五鬼上堅磐最高裁判所事務総長

○五鬼上最高裁判所説明員 これは、三十年と三十一年とを比較すると御指摘の通り五百件ばかりふえておりますが、先ほど来申し上げておりますように、二十五年、二十六年、二十七年あたりの新受の数に比べると非常に少い、一こう申し上げることができるのであります。なお、どういうわけかということでありますが、刑事局長から御説明申し上げます。

長井源自由民主党

○長井委員 これは重要なことなんです。前は別としまして、三年を比較して、二十九年が四千二百三十二ですよ、それと比較しても四千七百八十二ですから、五百件多いのですね。そうすると、二十九、三十、三十一と比較して、非常に増加しておる。もし三十  一年度だけ特に五百件も多かったというなら、その理由があるでしょう。それはどういう理由でしょうか。

江里口清雄判事(最高裁判所事務総局刑事局長)

○江里口最高裁判所説明員 第一審の刑事事件は、二十六年からずっと漸減して参ったのでございますが、どういう理由か、その点はっきりつかめないのでございますが、昭和二十九年の後半期かち三十年にかけて刑事事件がやや増加したのでございます。その第一審で増加した刑事事件の控訴が三十一年に入ってふえて参りまして、御指摘のように三十一年の新受がふえたというふうに考えるのでございますが、第一審の刑事事件は、三十年の後半期から三十一年にかけてまた漸減して参っておりますので、三十二年度の新受は三十一年度よりもずっと減って参るものというふうに予想されるのでございます。二十九年の後半期から三十年にかけて一審事件がふえてきた結果が、上告審で三十一年にふえてきた、こういうことで、第一審でどういうわけで刑事事件がふえたかということの原因は、今のところはっきりいたしません。

長井源自由民主党

○長井委員 まあそれはそれでよろしゅうございます。しかし、その件数の増減については最高裁判所においてもまずその原因をつかんでおいていただきたいことを希望いたしておきます。  それから、既済事件を見ますと、三十一年度を見ると、一小法廷で一ヵ月約百四十五件の判決をされておるわけでございますが、まあいろいろな種類の判決があるかもしれませんけれども、四千三百三十七件既済事件がある。大法廷は知れておりますから、これを三小法廷に割りますと、民刑で一カ月百四十五件という判決になるのであります。それは私は相当な数の判決だと思うのです。一日に割っても大へんな数でございます。最高裁判所において、これは憲法違反でないからというので頭から決定という行き方のためかどうか存じませんが、それにしても、法例違反であるとか、刑の量定であるとかいうことも考慮しなければならなくなっておるわけでありますから、そういうことになりますと、一ヵ月に百四十五件の判決というのは、非常に判決自身としても多いのでないでしょうか。それは最高裁判所でどう思っておいでになりますか。

五鬼上堅磐最高裁判所事務総長

○五鬼上最高裁判所説明員 ただいま御指摘の数は、大体判決ばかりでなく決定その他を入れて裁判数が出てくるわけであります。

長井源自由民主党

○長井委員 だから、一ヵ月に百四十五件というのは、判決、決定等の区別をまだ見ませんので、追ってまた拝見することにいたしますが、最高裁判所としては一ヵ月に小法廷一つでこれだけの数を扱っておりますというのは、私は、裁判の慎重というような点から、一ぺん考えていただきたいと思うのです。  それから、それはまあそれでよろしゅうございますが、一審、二審の強化ということが非常に言われておる。二審はともかく、一審強化と言われておるのでありますが、これは上告事件というものがそれによって少くなるだろうと思うのですが、これに対する具体的な方針を最高裁判所では考えておいでになりますか。事務総長から伺っておきたい。

五鬼上堅磐最高裁判所事務総長

○五鬼上最高裁判所説明員 一審の強化については、最高裁判所としましては、いろいろな方面に力を入れまして、この一審強化の協議会を開催しまして、そうして最高裁判所として、昨年、こういう方針でいこうという一応基準のようなものを各地方裁判所に流しまして、そうして各地方裁判所単位で別に協議会を開催するということをいたしまして、判事、検察官、弁護士という人々を入れまして一審協議会を開いていただいて、そうして、裁判の方法その他開廷の時間とか、いろいろなこまかいことを協議願って進みつつあるのでありますが、そのほかに、最高裁判所として最も力を入れなければならぬのは、結局法廷の増設とか人員の増加というようなことが大きな問題になってきておるのであります。今その緒についたばかりですが、こういうような点から要するに裏打ちをしないと、一審強化も必ずしも効果がないのではないか、それから、いま一つの私どもの考え方としては、少くとも一審をなるべく合議制の方向に持っていきたい、そういう意味からして、あるいは人が足りない場合二人制の合議ということも考えておるのですが、できるだけ現行法でまかなえるような合議制も多くしていきたい、かように考えております。

長井源自由民主党

○長井委員 現場の現状では一審強化は少しもできておりませんね。これは、もし強化をすることが必要だということになれば、今もお話しの通り、法廷を増加するとかその他の人員を増加するということも一つよくお考えおきを願いたいと思います。  それから、これは法務大臣に聞いておきたいことなんですが、最近非常な法律過剰だと思うのだが、この点はどうでしょうか。法は三章で足りるというような時代のことは考えておらぬけれども、あまりにも法律がたくさん出てくる傾向にある。これは、出るにまかせて、どんなことでも、いわばはしの上げ下しまで法律できめるというところに行くべきものか、なるべく社会の批判、道徳と申しますか、道義とか、そういうふうなものの自治にまかせていく面を強化していく、なるべく法律というものを少くしていく方向に持って行くべきか、これは正大な問題ですし、非常に大きな問題だと思いますが、法務大臣は今どういうふうにお考えになっておりますか。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 現行憲法のもとにおきましては、いろいろな制約がございまして、自然法律が多くならざるを得ない状況にございますが、しかしながら、現在のように毎年通常国会におきまして百五、六十件もの法律が成立をする、こういうような状態で法律を国民全体に周知徹底せしむるということは非常に私は困難が伴うと考えます。従いまして、制度上許される限りにおいて、国会の御承認等も得て、政令等に譲るべきものがあれば譲りまして、法律をできるだけ基本的な部分にとどめるように、そういう傾向に努力する必要があるのではないかという感じを私どもも持っておる次第でございますが、今のところ、格別政府として具体的に、法律が多過ぎるからどういう方向に進めよう、こういう結論はいまだ出ていない状態であります。

長井源自由民主党

○長井委員 これは一つよく考えていただきたい。自治的なものを助長することは、人間の生活の上で非常に大事なことであって、一にも法律、二にも法律、また、一にも法律の改正、二にも法律の改正ということでは、朝令暮改にもなりますし、今お話しのように、国民が法律を周知しないことから生ずる各種の混乱があります。これは一つよく法律過剰の点については政府としてもお考えおきを願いたいと思います。出てくる各種の法律案を一つ一つ法文化して出していかねばならぬか、そういうことはないと思うのであります。条文も少しく、あるいは法律の数を少くするようにしてもらいたいと思っております。これは希望であります。  それから、最後に、簡単でございますが、最近の順法箱柳の問題です。これは小林君が本会議でもお尋ねしたことでありますが、順法精神に対する教育的措置、これは学校教育その他文部大臣の方の扱いだということになればそれまでですけれども、しかし少くとも法務行政を取り扱っておられる法務省としては、順法精神に関して知らぬ瀕をしておるわけにはいかない問題である。これは一つ文部大臣等ともよく協議をされて、そうして、教科書、学校教育方針、社会教育の方針等について、順法精神の高揚ということをぜひはかってもらいたいと思っておるのでございますが、法務大臣はどうお考えになりますか。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 全く長井委員の御意見に同感でございます。政府といたしましては、順法精神の徹底には一そう意を用いて努力をいたします。

長井源自由民主党

○長井委員 私の言うのは、特に教育部面に関しまして、これは文部大臣にお尋ねすることかもしれませんが、政府全体として、特に順法精神については、どんな世の中になりましても法律を守らなければならぬことは間違いのないことですから、それをよく学校教育でも社会教育でも徹底せしめるようにしてもらいたい。最近現われてきておりまする各種の犯罪等を見ましても、個々の問題はもとより、多衆の問題でも、順法精神の点がどうも欠けておるのではないか。一つそういう点もお考えを願いたいと思います。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 法秩序の維持ということは近代国家の基本的なことでございますから、順法精神を徹底せしめて、法律の精神が常に守られなければならないし、また、政府としてもあらゆる方法を講じてその努力をしなければならぬ、かように考えます。ことに、近来は、いわゆる訓示規定と申しますか、国民の良識に訴えまして、刑罰は課してはおらないが、訓示に属する規定がいろいろな方面にたくさんできております。ただいま御指摘になりました教育の方面にも、いわゆる訓示規定等がありますが、たといそれは刑罰を伴わないことでありましても、一たび国会の議決を経て国の法律として制定をされました以上は、その規定の精神が貫かれる方向にならなければなりませんので、政府としてはその点について今後あらゆる問題について努力を払って参りたいと思います。

三田村武夫自由民主党

○三田村委員長 この際私から一、二点お尋ねをいたしておきたいことがあります。御承知のように、本法案については、三月八日当委員会に付託されて以来、十数回の委員会を重ね、さらに公聴会を開いて、熱心かつ慎重に審議してきたのでありますが、政府案に対する理解と申しますか、納得と申しますか、なお満足な結論に到達しておらないことは、委員諸君、また提案者たる政府当局も御承知の通りだと思います。また、委員会におきましても、自由民主党、社会党、両党ほとんど意見の一致を見た修正案に対して、政府当局、最高裁当局、特に最高裁当局には相当強い反対の御意見のあることも、これは御承知の通りであります。従いまして、当委員会の扱いとしては、いずれ委員会の議に諮り、継続審査に移して、さらに慎重な、審議をいたすことになろうと思いますが、私、この委員長席におって、終始熱心な委員諸君の御質疑、それに対する政府並びに最高裁当局の御答弁、あるいはさらに二十八人に及ぶ公述人の御意見を伺っておりましても、私自身にやはり納得のいかない、理解しがたい点がたくさんあるのであります。いずれ明日の委員会において最終的な御意見をさらに伺うことになると思いますが、その前提としてまず伺っておきたいことは、世論の成熟しておらぬ点も考えなければなりませんが、法制審議会の答申と、今日提案されております政府案、もう一つ、昨年、昭和三十一年五月二十一日の日付になっておりますが、一応前国会に提出の用意をされて、私も多分党の政調に一度持ち込まれた記憶がありますが、そのときにできておりますいわゆる旧案なるものがあります。同じ裁判所法等の一部改正でありますが、この三案を比較してみますと、一体、法制審議会の答申と政府原案と同一のものか、昨年できた旧案と内容が同じものか、この点に非常な疑問があるのであります。一部の意見としましては、朝野法曹の最高権威者を網羅して構成された法制審議会で三年間も慎重に審議し検討を加えてできた答申に対して、法務委員会がわずか二十月くらいで簡単に結論を出し大修正を加えることは軽卒だという意見もあるようであります。これは裁判所の最高機関である最高裁判所機構改革に対する世論の未成熟の点もありますが、しかしながら、当委員会としては委員会の権威上重要な問題でありますから、まず法制審議会の答申と政府原案と果して同じものであるか、——私の研究するところによると、相当内容が違っておると思います。法制審議会の答申案は、最高裁判所の小法廷というものは別個の機関ではなくて、たしか最高裁判所の機構の中にあったはずであります。昨年五月二十一日付の政府原案にいたしましても、現在の案とは多少違っております。その点の食い違いも明らかにする必要があると思いますので、いずれあすの委員会で最終的な御意見を伺いますが、ただ、ここで、提案者の立場から、さらに最高裁の立場から、この三案を並べて、法制審議会の答申と、昨年の旧案と、現在提案されております政府案と、果して同一の内容であるものかどうかという点について、簡単な御所見を伺っておきたいと思います。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 私の承知しておるところでは、本質的には変化はない、かように考えております。と申しますのは、法制審議会の答申は、なるほど四角四面に区切りはっけてないのでありまするが、要綱によりますと、最高裁判所小法廷の判事を首席判事を含めて三十名にする、その小法廷の判事は憲法の国民審査を要しないというような趣旨になっておるのであります。現行憲法を厳格に解釈して参りますならば、いやしくも最高裁判所の判事である以上は、当然だれが見ても国民審査に付さなければならないのが筋でありまして、これは当然法制審議会の委員各位も憲法の解釈上その解釈と異なった解釈をしておるものとは考えません。やはり最高裁判所の裁判官である以上は国民審査に付さなければならないということは重々御承知であろうと思うのです。その上に立って、国民審査の必要のない判事を三十名ふやすというのでありますから、そこで、これは本質的には最高裁判所とは違った一種の、今回提案いたしましたような下級裁判所である、こういう判断、解釈のもとに、この成文を策定いたしましたので、本質的には差異はないと思います。しかし、法律の成文にいたしまする場合と、単なる要綱に書き表わす場合と、表面に差異がありますから、一見して何か違う点があるような感じを持たれるのも御無理はないと思いますが、さようなわけで、本質的には差異がない、かように私ども考えておる次第であります。

三田村武夫自由民主党

○三田村委員長 ただいま法務大臣の御説明によりますと、法制審議会の答申と原案とは本質的に差異はないという御見解のようでありますが、当委員会において一番論議の焦点になったものは、御承知の最高裁判所小法廷であります。政府当局の御説明によると、これは独立の下級裁判所だ、こういう御説明で、そこに問題点があるのです。独立の下級裁当所であれば、最高裁判所とはまたおのずから別個の裁判所になる。ただいまの位野木政府委員の御説明を伺っておっても、私はますますわからなくなった。というのは、ただいま位野木政府委員の御説明によると、あたかも最高裁判所と最高裁判所小法廷とは親会社と子会社のような関係で、あっちに行ったりこっちに行ったりするいわば下請会社のような関係だと言われますが、これは裁判所の便宜主義的なお立場から言えばそういう御見解も納得できますが、少くともわれわれは、ここで委員会の権威として、立法機関として問題を検討する場合は、これは訴訟の促進と機構の合理化という面から真剣に考えなければならぬ問題でありまして、法制審議会の答申には、「一、最高裁判所は、大法廷又は小法廷で審理及び裁判をするこ、と。二、大法廷は、長官及び大法廷判事八人で構成すること。三、小法廷の数は六とし、小法廷においては、小法廷判事三人以上の合議体で審理及び裁判一をするものとし、小法廷判事の総数は三十人とすること。」ちゃんとこう書いてあります。すなわちこれは最高裁判所の機構であります。ところが、原案によると、さっき菊地君の御質問にもありましたような、わけのわからぬ最高裁判所小法廷ができてきて、しかも、御説明によると、独立の裁判所ということになっておる。これは独立の裁判所という建前でないのであります。その内容においては、今法務大臣の御説明の通り、最高裁判所の判事は国民審査に付さなければならぬ、小法廷の判事は国民審査に付さなくてもよろしいという建前で、大法廷判事と小法廷判事と書き分けております。政府原案も書き分けてありますが、これは全くわからない。別個のものだと言いながら、大法廷判事、小法廷判事、こういうところに非常に大きな疑念があるのです。われわれは、わずか二カ月の審議で簡単にこの問題の結論を出すわけではないのです。御承知の通り、昭和二十七年の第十三回国会以来、当委員会においては慎重にこの問題について審議を重ね、ときには小委員会を設けて熱心に十分研究を、重ねてきておるのですから、委員長の立場としては、世上とかくの批判もあり、また世論未成熟の点もあると思いますから、この点をこの機会に明確にしておきたいと思います。われわれ当委員会においても、また政府並びに最高裁当局としても、この機構改革の問題と取り組む以上、ほんとうに国民の要望する訴訟の促進と機構の合理化、国民のための裁判機構を作るという点においては変りはないと思います。そういう謙虚な気持で問題の焦点を明らかにしていただいて、より合理的で、より効率的で、より国民的で、真に国民の基本的権利を守り、公共の福祉を守るためにはどのような裁判、司法制度にするかという点について、今後当委員会においても真剣に審議をいたしていきたいと思いますから、そういう立場から、今私が申しました三案についての違い、——世上いわゆる、言葉を重ねるようでありますが、在野法曹の権威が慎重に審議し検討を加えて出された案に対して法務委員会が何らかの感情論までまじえて大修正を加えようというような考えは毛頭持っておりませんから、この点一つ御了承の上、今私が申し上げた点について一つ明日の委員会で御解明願いたいと思います。

三田村武夫自由民主党

○三田村委員長 この際、法務大臣から発言を求められております。これを許します。

中村梅吉自由民主党法務大臣

○中村国務大臣 本日、日米両国の間にかねて懸案になっておりました相馬ヶ原事件の裁判管轄の件について結論に到着をいたしましたので、この機会に当法務委員会の皆さんに御報告を申し上げておきたいと思います。  相馬ヶ原事件の処理につきましては、ウイリアム・ジラード三等特技下士官は相馬ヶ原における日本人坂井なかの射殺事件に関して日本当局の裁判に服する、こういうことに両国の合同委員会の結論として最終的な決定を見ました。これに報告をいたします。

三田村武夫自由民主党

○三田村委員長 本日はこれにて散会いたします。    午後一時二十一分散会

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