法務委員会 第22号
- 発言数
- 120 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1957/04/02
会議録
○三田村委員長 これより法務委員会を開会いたします。裁判所法等の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。発言の通告がありますので、順次これを許します。田中幾三郎君。
○田中(幾)委員 裁判所法等の一部改正法律案につきましては、先般来論議が尽さまして、大体論議の焦点はきまってきたように思うのであります。私は、何と申しましても、この法案の論議の中心は最高裁小法廷の性格と申しますか、地位と申しますか、それにあろうかと思うのであります。先日池田委員の質問に対する位野木政府委員の答弁を拝聴いたしておりますと、どうも小法廷の独立性というものが非常に弱いように思います。たとえば、最高裁判所と共同して上告事件を扱うとか、あるいは、一種の下級裁判所ではあるけれども特別の地位を持っておる裁判所であるというようなお言葉がございまして、この小法廷の独立性というものに私は非常に疑いを持つものであります。この八条の二によりますと、最高裁の小法廷は最高裁判所に置くという規定であります。法務大臣からは、最高裁判所に付属して置くというような言葉もあったように思うのでありますが、この付属して置く、もしくは最高裁判所に置くというこの関係は、現行法の小法廷と今度の小法廷との関係におきまして、性格上もしくは地位上どういう相違があるのでありますか、この点をお伺いいたします。
○位野木政府委員 小法廷の性格でございますが、今の小法廷といわれるもりは、最高裁判所の中で裁判事務を分担してやるといいますか、裁判をなす場合の形態の一つで、最高裁判所と別のものではないという考え方をいたしておりますが、このたびの改正によって置かれます最高裁判所小法廷というものは、憲法にいわゆる最高裁判所とは別個のものである、その裁判官の任命方法も違いますし、最高裁判所そのものとは違う別個の裁判所である。憲法的に申しますと、最高裁判所以外の裁判所としては下級裁判所ということ以外には考えておりませんから、この最高裁判所小法廷も憲法的に申しますと下級裁判所と言わざるを得ないと考えております。ただ、御質問でも申されましたように、最高裁判所小法廷と最高裁判所とは上告事件を共同して処理するというふうな非常に密接な関係がありますので、全然別固の今までの高等裁判所のような裁判所として置くよりは、最高裁判所の傘下に置く、最高裁判所に非常に密接な関係を持たして最高裁判所の傘下に置くということが適当であろうということで、八条の二のような最高裁判所に置くという建前にいたしたのでありまして、独立性ということにつきましては、これはもう裁判権は別に持っておるわけですから、裁判所としてもっとも欠けるところはない。ただ、司法行政的には、むしろ、別に司法行政を独立してつかさどらせるよりも、最高裁判所に多くの部分を処理さした方が合理的であろうということで、司法行政事務の多くの部分が最高裁判所で扱われるということになっておりますけれども、こういうことは裁判所の独立性というものとは別に矛盾しないと考えます。たとえば、昔でも、大審院というものがございましたが、大審院は控訴院などと違いまして下級裁判所全部に対する監督権は持たなかった。控訴院長は控訴院のみならずその管下の地方裁判所、区裁判所全部に対する監督権を持っておりましたが、大審院長は大審院のみに対してしか監督権を持たなかったというふうな事例がございますが、そういうような点からいたしましても、独立性ということには、司法行政事務を全部ほかの裁判所と同じ程度に持たせなくてもかまわないという趣旨であります。
○田中(幾)委員 この裁判所は裁判機関としては独立しておることは私もよくわかります。しかし、裁判機関としての独立性と、国家機関としての、すなわち官庁としての独立性が一つなければならぬ。今の最高裁判所の傘下に置くという言葉は、これは法律的にはどういうふうに解釈したらいいのですか。つまり、何だか最高裁判所のひもつきの裁判所のようなふうに聞える。法律的には、傘下というような言葉はちょっとあまりばく然として正確でないと思う。 この小法廷の独立性を弱めておるというもう一つの理由として、先般も質問がありましたが、府政事務としては、単に裁判事務の分配、裁判官の配置、代理の順序をきめるというようなきわめて内部の事務的な権限はあるけれども、行政事務についてはこの小法廷は何ら持っていない。一これがやはり国家機関としての裁判所としての非常に独立性が弱まっておるという第二点であります。 さらに、もう一つは、この小法廷には長官もなければ小法廷長もない。国家機関であれば何かそこを監督する長があるわけであります。そうしますと、これは独立した機関ではなくしてやはり最高裁判所のうちの一つの機構ではないかという疑問が起るのであります。一体、この小法廷には、小法廷を監督する長官というものはどういう関係になっておるのですか。
○位野木政府委員 結局今度の最高裁判所の小法廷を全く独立した下級裁判所として設立するかどうかということが御質問の趣旨かと思いますがそういうことももちろん考えられます。その場合には、長官も別に置かれますし、事務局も別に置かれるということになりますし、これは庁舎といたしましても別の庁舎を持つというふうなことも考えられるわけでありますが、しかし、かえってそれは不便ではないか、最高裁判所と一緒になって上告事件をさばくわけでありますから、やはりなるべく最高裁判所に密接な関係を持たした方が合理的じゃないか、こういうような考え方からこの案はできておるのでありまして、独立さした方がいいという見方とどちらがいいかという問題になるかと思います。われわれの考え方といたしましては、これはやはり、別の裁判所にして別の長官を置く、別々に司法上の事務を行うというよりは、今度の案のような立て方にした方が便利であるという考え方に立っておるのでありまして、裁判所の本体といたしましては、裁判権は別でありまして、裁判所の独立性、官庁の独立性ということは、観念として必ずしもはっきりしないところがあるのでございますが、裁判所の本体は、これはやはり裁判権の行使が本体でありますから、裁判権の行使について独立性を持ておる以上は、それに付随して最小限度の司法行政事務をやっておる以上は、これはちっとも裁判所の独立性ということについては差しつかえないというふうに考えております。 傘下という言葉を使いましたが、これは形容でありまして、結局、その内容は、この法案に出ておりますように、上告、司法行政事務を密接に処理するとか、司法行政事務の多くの部分を最高裁判所に処理せしむるというふうなことをさしておるのでありまして、この字句といたしましては、裁判所そのものとは違いますが、最高裁判所に付属して置かれる司法研修所というようなものも、これを最高裁判所に置くことになっておりますが、それにならってこういうふうな表示にいたしたのであります。付属して置くとかいうふうな表現もありますが、これも、付属というのは、各場合によって違うのでありまして、付属というものそのものから正確な意味を引き出そうとすることは無理かと思います。結局、この法案のほかのところにも出ておりますような内容にいたしまして、非常に密接な関係を持って最高裁判所に置く、こういうふうな趣旨に解釈せざるを得ないというふうに考えております。 それから、長官でございますが、むしろ、別に置かないで、小法廷は司法行政事務の大部分を最高裁判所に処理させるわけでありますから、公式の代表等はこれは最高裁判所の長官でまかなうということを考えております。ただ、内部的に、最高裁判所小法廷における裁判官会議の招集とか、そういうふうなものを招集する権限、こういうもののために、やはり最高裁判所の方で小法廷首席判事のうちで適当な人を指名しておくということが考えられるわけであります。
○田中(幾)委員 やはり、話を伺っておりますと、裁判機構としての裁判所の独立はわかります。高等裁判所におきましても、部が幾つあっても、各部が独立して裁判機構を構成して裁判をするのですから、裁判事務については独立はわかるのですけれども、裁判所というものは、一面、裁判機構であると同時に国家機関としての官庁的性格を持っていなければならぬと私は思うのであります。そこでただいまの話によりまして、小法廷については最高裁判所長官の方において行政事務を扱う、しかも最高裁判所に付属して置くというのでありますから、これは現行の小法廷と本質においては何ら変りはないのではないか、かように考えるのであります。事務は最高裁判所長官の監督を受けまするし、行政事務は最高裁判所で行うのでありまするし、――裁判は小法廷で各独立してやりますけれども、官庁的存在、すなわち国家機関としては一体をなしておらぬ。たとえば、大小法廷ができますれば、別々の小法廷として存在するのであります。これは裁判をする裁判機構として存在するのであって、小法廷という官庁的存在としては一体をなしておらぬ。でありまするから、どうしてもこれはやはり最高裁判所の一機構の範疇に入るように考えられるのであります。その点をもう一度はっきり答弁願います。
○位野木政府委員 第八条の二は、第一項はもちろんでございますが、第二項の方も、これは六つの小法廷各個別のものを言っているのではないのでありまして、六つの小法廷を全部合せたものをさしているのであります。「小法廷は、小法廷首席判事及び小法廷判事でこれを構成する。」とありますが、全員のことをさしているのであります。その次の第八条の三第一項の「最高裁判所が裁判権を有する事項については、最高裁判所の定めるものを除いて、小法廷も、また裁判権を有する。」、ここにいう小法廷も、六つを合せた全体の小法廷を意味しているわけです。これが一つのまとまりをもって、一つの官庁として、一つの単位としてこういう裁判権を持っている、こういうふうな考え方をいたしております。ですから、小法廷というものは六つ全部まとまって一つの裁判権を持っている、こういうふうな考え方であります。あと二項、三項いずれも同様でありますし、それからその後の「小法廷」もみな同じであります。司法行政的にも、十二条に、「小法廷における裁判事務の分配、裁判官の配置、裁判官に支障があるときの代理順序及び最高裁判所の定めるその他の事項は、小法廷の裁判官の会議でこれを定める。」とありますが、この「小法廷」と申しますのも、これはやはり、六つの部といいますか、小法廷の中で六つの裁判の単位を考えておりますが、その全部を合せたものを意味しているわけでありまして、それが一つの単位となって司法行政的にも行動するということを考えているわけでありまして、官庁としての独立性といいますか、合一性というものは十分考えておるわけであります。
○田中(幾)委員 私は、今の裁判機構としての裁判所をさしているのではないのであります。国家機関たる官庁としての裁判所のことを申しておるのです。高等裁判所には高等裁判所長官がありまして、行政事務を総括するということなのです。地方裁判所には地方裁判所長か長官として司法行政事務を総括するという規定がちゃんとあるのですか、この小法廷には、長官もなくて、事務を総括する主宰者がないのです。しかもこれは最高裁判所に付属して設置するということに相なるのでありますから、どうしても、小法廷というものは、現行の小法廷と同じように、最高裁判所の機構の中に含まれておると解釈されるのではないか、そこが非常に不明確になっておるということを私は申しておるのであります。その点をもう一度、裁判機構としての裁判所でなしに、行政官庁、国家機関としての官庁的性格としての小法廷の性格というものを私は伺っておるのであります。
○位野木政府委員 官庁としてのまとまりと申しますか、今申し上げましたように、裁判所としては、一つの裁判権の帰属の主体と申しますか、帰属の単位と申しますか、そういうものが番本体であるというふうに考えておるのでありますが、その意味からも、今申し上げましたように、単に個別の小法廷のことを申しておるのではないのです。個別の裁判単位としての機関を申しておるのではなくて、それが全部まとまりをなしたものかこういう裁判権を持つということを印しておるのでありまして、これでりっぱに裁判所としての独立性というものを持っておると思います。それから、行政権も、今申しましたように、非常に少い範囲ではありますが、裁判の独立性に必要な部分につきましては、これは一つのまとまりをなして裁判官の会議を構成する、そしてそこで司法行政権を行使するという建前になっておる。でありますから、官庁としての独立性というものはそれで十分確保されているというふうに考えるのでありまして、長官は置いてもよろしゅうございますか、長官がなければ――たとえば、兼任の場合とは違うかもしれませんが、兼任にしてはいけないか、当然兼任になるからその官庁は置く必要はないということは言えないと思います。長官を置かなくても、ほかの人かその事務を行うというふうな建前にしても、これによって、官庁の独立性と申しますか、そういうものが害される、少くとも裁判所としての独立性が害されることはない、そういうふうな考え方をしております。
○田中(幾)委員 もう一歩突っ込んでお伺いいたします。それでは、司法行政に対する監督権はだれが持ちますか。司法行政事務は最高裁判所の長官が行うということはこの法律に書いてありますが、司法行政に対する監督権、たとえば判事その他の者に対する監督権はだれか持つことになりますか。
○位野木政府委員 司法行政事務でございますから、ここに書かれてあるもの以外は最高裁判所が持つということになります。
○田中(幾)委員 裁判所法の第八十条、これによりますと、「司法行政の監督権は、左の各号の定めるところによりこれを行う。」となっておりまして、一号は、「最高裁判所は、最高裁判所の職員並びに下級裁判所及びその職員を監督する。」、第二号は、「各高等裁判所は、その高等裁判所の職員並びに管轄区域内の下級裁判所及びその職員を監督する。」とあります。第三号は各地裁判所長の司法行政に対する監督権であります。そうしますると、今度の法律にはこの小法廷に対する司法行政の監督権というものが明らかになっていない。これはやはり当然この法律によって最高裁判所の長官が司法行政の監督権まで行使することになるのですか。私がその点を言うのは、司法裁判所としての機構はこれでいいけれども、官庁的性格を持つためには、やはり長官の行政に対する監督権が必要であるという建前から、そういうことも書いてないから、これはやはり最高裁判所のうちの現行の小法廷のようなことに考えられるのではないか、こう考えるのであります。
○位野木政府委員 司法行政の監督権については、八十条の一号によりまして、最高裁判所が小法廷に対しても有するということが出てくるというふうに考えております。
○田中(幾)委員 これは、説明によると、最高裁判所小法廷という一つの独立した機関ができたことになるのであります。この中には「最高裁判所の職員並びに下級裁判所の」云々というふうにしてありますが、やはり最高裁判所の長官が司法行政の監督権も持つのでありますか。そうなりますと、ますます小法廷の存在というものが独立性を害して、最高裁判所に対する従属性が非常に強まってくる、かように考えるのでありますが、この点いかがですか。
○位野木政府委員 その監督権の限度では、おっしゃる通り最高裁判所の監督に属しますから、従属性と申しますか、これはあるわけであります。
○田中(幾)委員 それでは、今度の裁判所法におきましては、下級裁判所という第三編の言葉を変えました。それから、第三編におきましては、最高裁判所の次に最高裁判所小法廷という特に別の裁判所を加えてありますが、今度の裁判所法の改正によりましては、下級裁判所という言葉の意味がはっきりしないのであります。下級裁判所はこれこれこれこれであると書いてあれば範囲が入りますけれども、そういうことを廃止しておいて、このまま古い裁判所法の八十条で、今度できる新しい小法廷の司法行政の監督権まで自動的に持っていけるというお考えなのですか。
○位野木政府委員 この下級裁判所という言葉は、今申されましたように第三編の編名なんかを変えました結果、今まで下級裁判所とあったのが消えている部分もありますが、残っているものもあるわけなのでありまして、たとえば、第一条の「日本国憲法に定める最高裁判所及び下級裁判所については、この法律の定めるところによる。」、これはそのまま残っておるわけです。第二条に「下級裁判所」とあったのが変りまして、今度の条文では、「裁判所は、最高裁判所の外、最高裁判所小法廷、高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所及び簡易裁判所とする。」というふうになりまして、第一条と第二条とを対照していただけば、最高裁判所小法廷か一 条にいわゆる下級裁判所であるということは明瞭に御了解いただけると思うのであります。なぜ二条の「下級裁判所」というあたり、あるいは第三編の編名あたりで変えましたかというと、最高裁判所小法廷を最高裁判所に置くということにいたしますと、下級裁判所であるけれども第三編のところに規定するのは非常に不便であるということから、やはり第二編の方に規定しなければならないというので第二編に規定いたしますと、やはり第二編の方は下級裁判所に属するものというわけにはいかないということから、技術的な点がございますので、それを除いたのでありますが、下級裁判所という言葉は最も重要な一条にも残っておりますし、八十条との関係では解釈上疑義が出るということはないように考えます。
○田中(幾)委員 以上私の質疑によりまして、私は、今度の機構改革による小法廷というものは独立性の非常に弱い、今の最高裁判所の大法廷に付属した現行の小法廷とそんなに隔たりがないのではないかと考えまするがために今の質疑を行なったわけでありますか、この機構改革につきましていろいろ議論のありました通り、現在の小法廷の裁判官を増員しても機構改革はできたはずであります。また、一部の人々には東京高等裁判所に上告部を設けたらいいではないかという説のあったことも御承知の通りであります。私は、こういう複雑な、性格の非常に不明瞭な小法廷というものを今の最高裁判所の傘下に作るよりも、むしろ今の小法廷の裁判官を増員するということも考えられはしないか、こういうふうに考えるのでありますが、特に今回小法廷を独立さして小法廷の裁判官を増員するという方法をとらなかったそのいきさつ、もしくは理由について御説明を願いたいと思います。
○位野木政府委員 御指摘の通り、結局、最高裁判所の現在の機構を改革しなければならないという前提に立てば、あとは、機構をどうするかということにつきましては、この原案のようにいたしますか、あるいは、最高裁判所の裁判官について、今度の案のように任命方法を違えるのでなくて、任命方法は今までの最高裁判所の判事と同じような任命方法にして、裁判官を増員するかどうか、これのどちらがいいかということが結局問題の中心点だというふうに考えます。それでは、増員論をなぜとらなかったかということになりますが、これは法制審議会でも数年間の論議の中心であったわけでありますが、結局、最高裁判所の裁判官そのものを増員するということは、憲法の所期しておる最高裁判所という存在と離れることになる。御承知のように、憲法は、最高裁判所に、国会で制定した法律すら、これを憲法に違反すると認めれば、その適用をしない、結局効力を否定する裁判をすることができるというふうな、非常に――これは下級裁判所も同様でありますが、それについての最終的な決定権を持つというふうな非常に大きな権限を持たせてある。それから、訴訟手続その他についても規則制定権も持っておる。それから、下級裁判所の裁判官を任命するような重要な司法行政上の権限も持たせてある。そこで、最高裁判所の裁判官の部分的な、一部分だけが参加するのではなくて、非常にすぐれた人が全部集まってするようにということを憲法としては考えておるのではないか。特に個々の裁判官について国民審査を要求しているというようなことも考えて、大ぜいの裁判官が、たとえば三十人も四十人もの大ぜいの裁判官がいて、それの裁判官が部分的に五人なら五人ずつ集まって裁判をする。そういうふうな、今までの普通の下級裁判所について考えられたような考え方とは違うのではなかろうか。やはり、すぐれた裁判官が少くとも重要なことについては全部集まって決定するというふうな考え方に立っているのではなかろうか。そういうふうな点が一番中心でございますが、こまかい点、たとえば、増員論でも、組み合せ方、裁判のやり方について、いろいろな案が考えられるわけでありますが、それについて、たとえば合議制の困難性とか、判例の安定性、統一性というような、いろいろな技術的な点からも難点があるのでありますが、考え方の中心は、そういうふうなところから増員論がとられなかった、こういうふうに考えます。
○田中(幾)委員 憲法の七十九条には、「最高裁判所は、その長たる裁官及び法律の定める員数のその他の裁裁判官でこれを構成し」と書いてあるのでありまして、これは最高裁判所の国家機関としての、いわゆる官庁的性格としての構成を意味しておるものと私は考えるのであります。裁判をいかにして行うかという裁判機構の問題は裁判所法できめればいいのじゃないか。ですから、裁判官がたくさんふえても、必ずしも全部の合議で行う必要はないのであって、裁判所法に現在の大法廷的な裁判所の構成機構を規定すれば、それでできるのではないかと思うのであります。別に裁判官がたくさんふえたからといって裁判のそういう不便はないと私は思うのでありますが、裁判所は、そういうお考えじゃなしに、全部の構成で最高裁判所の裁判機関であるその裁判所を構成しなければならぬ、こういうふうにお考えなんですか。
○位野木政府委員 七十九条の字句から直ちに裁判自体も常に一つの全体を構成しなければならないということが出てくるかどうかということにつきましては、そういうふうな意見もございます。書物などにそういうことを書いてあるものもあるようでありますが、これはそこまで明瞭には言いにくいかもしれませんが、そのほかの条文から考えまして、憲法ではやはり、少くともたとえば八十一条の権限等を行使する場合には、全員でやることを想定しているのじゃないかというふうな見方も十分できるかと思うのでありまして、そこに憲法上少くともそういう点について問題なしとしない。のみならず、妥当論から言いまして、やはり、部分的に裁判官が憲法判断をしても、国民といたしましては、国会で制定された法律を五十人の裁判官のうちの五人が判断をしたということでは、ちょっと国民の納得を得ることも困難ではないかというふうに考えるのであります。妥当論といたしまして、少くともそういうことは適当でないというふうに考えておるわけであります。
○田中(幾)委員 これはまだ審議の途中でありますから、私の結論を申し上げたわけでもありません。ただ、今後参考人も呼ばれまして、さらに質疑応答を重ねて、最後の最良の案をわれわれは得たいと思っておるのでありまして、ただいまの最高裁判所小法廷の独立性、もしくは現行法の小法廷の判事増員論、こういうようなことが今度また論議の対象になるかと思うのであります。これは追ってまた審議を尽すことでありますから、この点につきましてはこの程度にしておきます。 次に、違憲裁判のことについて一、二点お伺いしたいと思うのであります。 わが党はさきに裁判所法の一部改正法律案を提出いたしまして、あわせて違憲訴訟手続法の提案をいたしたのであります。先日の中村法務大臣の御答弁にも、抽象的な違憲裁判はできない、――また学説もこの説が多いようであります。また、最高裁判所の判決例によりましても、ほとんどことごとく抽象的違憲裁判はできない、こういうことでありますが、その理由を拝見いたしますると、要するに、わが現行の制度のもとにおいては特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ裁判所にその判断を求めることができるのであり、裁判所が具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有するとの見解には憲法上及び法令上何らの根拠も存しない、こういうふうに書いてあるのでありまして、これに対して、私どもは、この違憲裁判のできるという根拠を作るために裁判所法の一部改正を提出いたしたのであります。それは、裁判所法の第七条に、「最高裁判所は、左の事項について裁判権を有する。」この規定の、一、上告、二、訴訟法において特に定める抗告、その次にさらに一項を加えて、違法に違反するところの法律命令が出た場合に抽象的にこの裁判所にその権限を与えるという根拠を作ろうといたしたのであります。私どもは、第七条の最高裁判所の裁判権の権限を広めて、抽象的にも裁判できるのだという一項を設ければ、あわせてこの違憲訴訟に関する手続法を制定すれば、違憲裁判をする道が開けるのではないか、かように考えるのでありますが、法務大臣の御見解を伺いたい。
○中村国務大臣 ただいまの点についてお答えいたします。 もし最高裁判所が抽象的に、国会で議決をいたしました法律等についてその違法性を判断し、根本的に無効たらしめることができるような解釈をいたしますと、これは結局憲法第四十一条の精神と大きな抵触を来たしてくるのじゃないかと私ども考えるのであります。憲法の四十一条は、国会は国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関であるということを定めておるのでありまして、これは要するに、国会というものの権威を強調し、国会の本質を明記した条文であると思うのでありますが、同時に、人民主権の国家の性質から見ましても、ほんとうに主権者である人民から直接選挙によって選ばれ、直接人民主権を代表しておる構造は、やはり国会のみであると思うのであります。従って、国会がこの立法権に基いて議決いたしました法律か、国民の直接選出にかからない他の国家機関によって抽象的に無効が宣言できるようなことになりましたら、人民主権の精神にもこれまた反してくるのであって、これらの点にかんがみまして、やはり、従来最高裁判所が判例として堅持いたして参っておる考え方及び多数の学説が、具体的事件についてのみ最高裁判所は法律、命令等の違法性について判断ができる、こういう解釈が正しいと実は私も考えておる次第でございます。
○田中(幾)委員 現在の機構、組織のままではむろんその道は開かれていない。私の申しますのは、裁判所法を改正して、そうして最高裁判所にこの権限を与えるという裁判所法を改正したならば、違憲裁判ができるルートができるのである。私は、現状のままを言っておるのではなくして、裁判所法を改正して違憲訴訟手続法というものを制定すれば、そこに最高裁判所に違憲訴訟のできる道が開かれるのではないか、こういうことを伺っておるのであります。
○中村国務大臣 もしそういうことになりますと、一種の国家権力の委任立法のような形になると思うのでありますが、そういうような根本的な委任立法的なことは、私ども、憲法の精神全体に照らして、また人民主権の精神に照らして、大きな疑義があるのではないだろうか、かように考えます。
○田中(幾)委員 現在でも、具体的争訟事件に関連して違憲裁判を起せば、最高裁判所は判決ができるのであります。先日、どなたの答弁でありましたか、最高裁判所で連想判決をしても、この法律はなお生きておるんだという御答弁がありました。法律そのものは存在しておるかもしれませんけれども、最高裁判所でそういう判決をいたしましたならば、法律的効果というものは消滅するのではないか。法律は生きておりますけれども、効果が消滅するのでございますから、その法律的効果というものは判決の効力としてどの範囲に及ぶかということは別問題でありますけれども、一応その事件に関連したものについては法律上の効果が消滅するのではないか。最高裁判所が判決をしてもなおその裁判の法律的効果が認められないということでは、判決の権威というものに関するものであります。こういう場合の違憲訴訟に対する裁判の効果というものは、一体どの範囲にどの程度まで及ぶものであるか、一つ御答弁を願います。
○位野木政府委員 この前もお答えしたと思いますが、その事件に限って効力を持つというふうに考えております。
○田中(幾)委員 最高裁判所にお尋ねをいたしますが、今まで具体的争訟事件に関連して法律その他命令、処分の無効を宣告した判決がありましたでしょうか。
○五鬼上最高裁判所説明員 今までに、民事の上告事件については違憲判断をしたのはございませんが、刑事においてはございます。昭和二十三年から違憲の判断をした判決は二百三十一件ございます。大体これは政令三百二十一号の事件でございます。
○田中(幾)委員 これは、その具体的事件に関連して法律、命令そのものを無効にした判決ですか。
○五鬼上最高裁判所説明員 さようであります。
○田中(幾)委員 そうしますと、そういう判決は一体いつから効力を生ずることになりますか。
○五鬼上最高裁判所説明員 違憲なりとする最高裁判所の判決ですけれども、その言い渡しが確定いたしたときから生ずるのであります。
○田中(幾)委員 もし最高裁判所で無効もしくは憲法違反の判決をしましたならば、その法律、命令は最初からなかったことになるのでありますから、その裁判に期限を切って宣告しない限り、初めから存在しないということになるのではないか。私ども、違憲訴訟手続法を提出するに当りましても、その点を考慮にいたしまして、法律的もしくは経済的混乱を招くおそれがあるというところから、そういう場合の判決は、特に法律にこれを規定して、この判決のときから効力を生ずるというふうに心づかいをいたしておるのであります。もし裁判所が期限を付さずにそのままその法律、命令は不存在だ、もしくは無効だということになれば、初めからなかったということになるのではないかと思うのでありますが、いかかでありますか。
○五鬼上最高裁判所説明員 これは初めから無効になっておることは考えてございません。
○田中(幾)委員 それでは、この点はなお論議の多い点でありますから一応留保いたしまして、最後に、法曹一元問題について法務大臣の所見をただしたいと思うのであります。裁判所の機構改革の問題は、主として遅延している訴訟事件の処理並びに今後事件の促進ということの建前で提出されておることは御説明の通りでありますが、しかし、裁判は、いかに迅速に行われても、事件の真相を把握しないで誤判をするようなことがあったり、あるいは刑の量定を誤まるようなことになりましたならば、裁判の権威というものがなくなるのであります。そこで、先般来から東京弁護士会におきまして法曹一元論なるものが台頭いたして参りました。最近におきましてその構想がややまとまったかに聞くのであります。法曹一元と申しますのは、御承知の通り、すべて判事は相当期間弁護士の経験のある者の中から選任するというのが原則であります。検事の方はどうかと申しますと、いろいろ議論がありましたけれども、ごく最近におきまして、検事の選任も前項に準ずるという方針を決定いたしまして、去る三月二十二日にこの法曹一元要綱なるものが大日本弁護士連合会によって決定されました。この四月になりまして役員がかわりますと、これを法案にいたしまして立法運動に移るということであります。そこで、この問題は、社会の経験を身に体して、そして社会人として鍛え上げられたいわゆる在野法曹弁護士からのみ採用しなければならぬということを主張いたしておるのであります。現在におきまして司法研修所なるものがあるそうでありますけれども、これは一体どのような教育機構でやっておるのでございましょうか、その点お伺いしたい。
○五鬼上最高裁判所説明員 司法研修所は最高裁判所の所管になっておりますから、私からお答え申し上げます。司法研修所は、現在、裁判官の研修、それから主として司法修習生の養成を目的といたしております。
○田中(幾)委員 この点は、法曹一元論の根拠と異なっておるのでありまして、おそらく、司法研修所なるものは、法律の勉強であり、あるいは判決の書き万のような技術方面の主として研修ではなかろうかと私ども考えております。法曹一元論の根拠は、社会に経験を持ち、そうして実務に携わってた有能なる実際の経験者に司法官的な研修を終えさせて、そうして裁判官に任用させようとするのであります。この運動がもし展開いたしましたならば、おそらく司法研修所も、この弁護士を裁判官に任用するための司法研修所として発足するというような運動もあわせて起るのじゃないかと思います。この点に対しまして、ただいまま具体的には起っておりませんけれども近くこの運動が展開されることはもう明らかでありますが、法務大臣はこの点に対していかにお考えになっておりますか。
○中村国務大臣 法曹一元化の精神それ自体は、私どもも賛意を表するところでございますが、ただ、実際の問題になりますと、在野法曹と裁判官、検事等との収入の関係もございますし、それから、弁護士の実務と、また裁判官の実務、検事の実務というのは、相当に実質的に開きがございますから、適材のある場合にできるだけ法曹が一元化されて渾然一体をなすことが適当だと思いますが、現在の段階におきましては、その理想はいいといたしましても、なかなかいろんな支障がございまして、理想通りに実現されない状態にあるわけでございます。憲法におきましても、裁判官の十年ごとの指名がえというような制度を持っております。ことも、これは一つは法曹一元化ということにつながる精神も含まれておるのではないかというようにも考えますが、実際問題といたしまして運用いたします際には、なかなか在野法曹で現状のままで判事になりあるいは検事になるという適切な志望者が御承知の通り少いような状態でございます。さりとてまた、裁判官、検事の待遇を改善することは、われわれも、けっこうであり、できるだけすべきであると思いますけれども、やはり他の一般官公吏との比率等の関係もありますから、なかなかその理想を貫くのには困難な事情が御承知の通りたくさん山積をいたしておる。従いまして、その精神をできるだけ生かすのには将来どうすればいいかということにつきましては、私どもといたしましては、一つ今後一そう検討を続けてみたい、かように考えております。
○田中(幾)委員 まだこの問題は具体化しておりませんけれども、近く具体的運動に入ることと思いますから、当局におかれましても、この在野の運動に対応いたしまして、しかるべき調査、研究の配慮をせられんことを希望いたしまして、一応私の質問を終りたいと思います。
○三田村委員長 午前中の会議はこの程度にとどめ、暫時休憩いたし、午後一時再開いたします。 午後零時十五分休憩 ――――◇――――― 午後一時三十九分開議
○三田村委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 裁判所法等の一部を改正する法律案を議題として審査を続行いたします。 発言の通告がありますので、順次これを許します。小林かなえ君。
○小林(かなえ)委員 私はきわめて簡単に要点だけ触れて政府の御意見を伺ってみたいと思うのであります。 去る第十九回の国会におきまして、最高裁の機構を改革して事件処理をはからなければならぬという意見が、刑事訴訟法の改正や民事訴訟法の問題などに触れまして相当に高まって参ました。もとより、法務省におきましても、法制審議会にかけられていろいろ審議は進めておられたのでありますか、御承知のように、最高裁はみずからの機構改革に触れなければならぬわけでありまして、いかに公平、感情にかられないりっぱな裁判官諸公といえども、やはりそこに一種の気分が働くということは当然であろうと思います。また法制審議会は、多くそれらの方々のいろいろの指導を受けたり、左右されたりする立場の方もだいぶあるという工合で、なかなか思い切った改革ができない、法務省もなかなかこれを進められないということで、そこで、国会、ことに法務委員会の中に、何とか一つ国会が中心になってこれを進めようじゃないかという気分が出まして、法務大臣にも来ていただき、それから御臨席の五鬼上最高裁判所事務総長にも来ていただいて、それでは国会で一つ手をつけてみよう、われわれもできるだけの資料を出し協力をするということを誓っていただきまして、昭和二十九年からは、特に上訴制度に関する調査小委員会というものを法務委員会の中に置きまして、これは五月の二十九日に成立したのであります。それから、違憲訴訟に関する小委員会、これは、社会党から今度出ておるような裁判所法を作るかどうかについては、これは前から話が起っておりました。二十九年三月八日にそういう小委員会を設けまして、自来、六月二日から十二月末までに実に二十七回の小委員会を開きまして、委員諸君はまじめに研究せられ、その間学者や実際家、実業家、作家とか評論家、あらゆる方面の方々三十名に近い人の意見を聞いて、そしてわれわれは公平無私の考えをもって理屈ぜめで押えていって、ようやくまとまったのがあの衆議院の法務委員会におけるいわゆる最後の案であります。もとよりわれわれはこれが完璧なものとは思っておらなかったのでありますが、全く一つ一つ理屈を攻めていったのがあの程度のものでありました。その後、その時代に、小委員と、法制審議会の小委員長をしておられた林頼三郎さんと、私とが中心になりまして、最高裁の方々や法務委員の人々も集まって、議長サロンで歴史的の御相談をしたのであります。自来だんだん進んで、今回中村法務大臣のもとでこういうものかまとめられて出てきたということは、私らこれに関与した者としてはまことに喜ばしいことだと考えておりまして、どっかへ持っていかなければならぬということは皆さんも御了承のことと思うのであります。 これを読んでみますと、いろいろ質疑をすべき点はありますが、要するに、第一に起るべき問題は、いわゆる最高裁の中に小法廷というものを作って、これが最高裁の下級裁判所であるという原案の点について、われわれは非常に疑問を持つのであります。そこで、今までほとんど議論は尽しておるのでありますから、今さら御質問を申し上げるまでもないことでありますが、憲法の七十六条、七十九条、八十一条、この三条が大体最高裁というものの憲法上の本質を研究するよりどころであると思うのでありまして、もうすでに質問もありまして、御答弁も済んでおる点もだいぶあると思いますが、私はただ要点だけに触れて、一応どうお考えになるかという点だけを伺ってみたいと思うのであります。 悪法の第七十六条は、申し上げるまでもなく、司法権を行使する原則を認めたものでありまして、立法権は国会に、行政権は内閣に、司法権は裁判所に属するというふうに、いわゆる三権分立の建前から、司法権というものの建前を言ったものであろうと思います。ここで私の考えるのは、司法権というものは、いわゆる法律上の具体的な争いがあった場合に、裁判所がこれを審理、裁判するところの国家の作用をいうのである、こういうふうに考えておるのであります。従って、この司法権というものがどの範囲であるかというようなことは、いろいろ学説などもありますが、大体において裁判所法の第三条が書いておるように、一切の法律上の争訟の裁判を意味するものであって、民事、刑事の裁判、さらに、新しき憲法においては行政上の争訟、こういうものを含むものである、こういうふうに私は解釈しておるのであります。従って、最高裁判所というものは、裁判所の一番のトップにおいて、最高の立場において裁判をするのであると同時に、民事、刑事、行政上の具体的争訟の裁判をする、こういう働きを持っておるものであるというふうに解釈してよろしいのであるか、あるいは、その他の何らかの意味が含まれておるものであるか、この点のお考えを伺いたいと思います。
○中村国務大臣 大体、今お述べになりました小林委員の御見解と全く同じような見解を持っておる次第であります。
○小林(かなえ)委員 そうしますと、司法権というものは、具体的の争訟が起らなければ司法権の作用は起らないものだ、こういうふうに考えてよろしいものでありましょうか。
○中村国務大臣 さように考えます。
○小林(かなえ)委員 その点はそれだけにしましてさらに八十一条についてお伺いしたい。 憲法の八十一条は、「一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」というふうに規定をしております。この点がいわゆる最高裁判所が憲法裁判所であるという一つの根拠になっておるようでありますが、この意味を一つ伺いたいと思うのであります。下級裁判所は憲法裁判の権能がないのであるか、最高裁判所のみが持つのであるかどうか、この点を一つお伺いしたい。
○中村国務大臣 下級裁判所ももちろん判断を下す権能はあるわけでありますが、最終的に終審の裁判所としては最高裁判所でなければならないという、憲法第八十一条は最も重要な事項についての基本的な管轄の所在を明確にした規定である、かように考えております。
○小林(かなえ)委員 そうすると、さらにお伺いいたしたいのは、明治憲法時代の大審院の憲法に対する審査権と、この新しい憲法による八十一条の憲法の審査権というものとの区別は、一体どこにありますか。この点を伺いたい。
○中村国務大臣 大審院当時、すなわち旧態法時代の大審院は、違憲の問題についてはやはり審査権はない、こういう解釈であったように記憶をいたしております。
○小林(かなえ)委員 明治憲法時代には、いろいろ学説はありましたが、命令については審査権はあるけれども、法律については、裁判所には、大審院も行政裁判所も、いわゆる実質的の審査権はないという点において、大体学説が一致し、大審院もその説をとってきておるように思いますが、この日本国憲法の八十一条は、その点において古い時代の憲法における大審院の審査権というものとの差が非常にあるのでありまして、この点は非常な重要性を私は持っておるものだと思います。しかしながら、この条文があるがために、最高裁判所は憲法裁判というものを主としてやるのであって民事、刑事の裁判というものはむしろつけたりのものだというような態度をこれまでとってきたように、私ははっきり言ってはどうか知らぬが、一応そういうような態度がだいぶあったと思う。すなわち、われわれは憲法の裁判をするのであるから、いわゆる憲法番人であるから、普通の民事、刑事の裁判なんというものは、場合によると裁判をする必要がないんだ、そんなものは下級裁判所がやることで、われわれは憲法の裁判さえやればよろしい、こういう憲法の精神であるように考えてきておったんじゃないかというふうに思われますか、その点はいかがなものでしょうか。五鬼上さんにちょっと伺いたいと思います。
○五鬼上最高裁判所説明員 先ほど法務大臣に対する御質問にあったように、やはり司法裁判所なんでありますから、最高裁判所といえども、憲法だけを取り扱う裁判所ではない、さような態度をとってきたのでありますが、実は、民事、刑事あるいは行政のすべての事件を最高裁判所が扱うということは扱い切れぬところであるし、いわゆる審級制度の上から言っても、重要な法令の解釈、判例の抵触というようなことと同時に、この憲法八十一条の違憲審査権の終審裁判所、かように考えて参りましたし、実際さように行われておるわけであります。
○小林(かなえ)委員 そうすると、最高裁判所も民事、刑事あるいは行政処分などのいわゆる司法裁判をする、それから、その他の下級裁判所も同じような権能を持っておる、こういうことになるというと、下級裁判所は、最高裁判所の権能と、上下の別はありますけれども、その作用においては何ら変るところがない、同じ範囲の裁判所ができるものだということはお認めになりますか。
○五鬼上最高裁判所説明員 もとより、法律によってその管轄を定めることでありますから、どの程度のものは控訴し、どの程度のものが上告できるかということは法律によってその範囲が定められる、かように考えております。
○小林(かなえ)委員 そうすると、従来の明治憲法時代の下級裁判所と大審院との関係、それから今日の下級裁判所と最高裁判所との関係というものは、いろいろこまかい点は違うでしょうけれども、大体において、上下の別においての建前と、横の裁判の建前というものは、根本的においてえらい違いのあるものじゃない、同じような関係にあるものだと言って差しつかえないでしょうか。
○五鬼上最高裁判所説明員 従来もむろん司法裁判所であることは、大審院当時とまた最高裁判所となってからも別段相違はないと思いますが、ただ、憲法において、最高裁判所には、今の違憲審査権の終審裁判所であるという点、法律の合憲性を判断できる、その他ルールの制定あるいは下級裁判所の判事の指名リストを作るというような新たな権限が与えられて、全く政府と独立しておるという点が、大審院との非常に大きな相違であろうと思います。
○小林(かなえ)委員 次に、七十九条についてお伺いしたいのですが、七十九条の解釈を最高裁判所の判事諸公は非常に窮屈にとっておられるようであります。すなわち、この規定は、いわゆるワン・ベンチ・アンド・フル・ベンチでなくちゃいかぬという建前から、実質的にいやしくも最高裁の裁判をする限りは、全部の者が――、規則によっていわゆる定員数というものは制限がありますけれども、大体において同じベンチの上に分れないでやるべきが憲法の規定である、こういう考えをとっておるようであります。しかしながら、学説の上においてはそういう説もありますけれども、必ずしも全員で構成しないでもよろしい、部を分けて活動することは憲法の上にこれを禁止しておるような根拠はないと私は思うのであります。憲法は最高裁の定員を定めておらぬのであります。長官というものを抜き出して、その他法律できめる員数の裁判官によって構成することにはなっておりますが、定員を定めておらぬのでありますから、憲法以外の法律でいかに多数の者を裁判官に任命しても差しつかえないであろう。そうすると、三十人、四十人、五十人ということになると、今十五人ですら合議ができないというように言われるくらいでありますから、どうしても、その中に部を作ることが、仕事の上にいろいろと分けてやるということは、これは各国を例に見ましてもどこでもあることであります。いわゆる仕事の分担でありまして、たとえば、高等裁判所など、ずいぶんたくさんの判事さんがあるけれども、そのうちで三人なりの法廷を作って、民事をやり、刑事をやり、あるいは事件を分配していく、同時にそれが高等裁判所を代表する、地方裁判所も同様であるという建前から見ますれば、必ずしも十五名の人がいつも同じ法廷を形づくっていかなければならぬということは私は言えないと思う。むしろ、その方が、今の憲法などから見ましても大体通説じゃないか、こう思うのでありますが、この点に関する御意見をお伺いしたい。
○五鬼上最高裁判所説明員 これは、意見と申しましても、私どもの方でちょっと申し上げかねるわけでございますが、まあ私どもの考えは、なるほどお説のように七十九条から直ちにワン・ベンチ論が出てこないとは思いますけれども、しかし、憲法の解釈をする裁判所が数部に分れておるということは、その解釈がある場合には、たとえば、三十人の構成員をもって、それが五部に分れるというような場合は、一部、一部、三部、四部、五部として、その上で、ある部は刑事を扱い、ある部は民事を扱いあるいは行政事件を扱うというようなことにしておいて、ある部は憲法を扱うということにしておりましても、全然違憲審査に立ち会うことのできない最高裁判所の判事は憲法は考えていないのだろう、かように思うのです。そうすると、何らかの方法によってそういう違憲審査には参加できるような方法を考えなくてはならない。そういうような場合に、全員一つのベンチでやるということになりますと、非常に多数の人が一時に合議に参加するということは、小林委員のおっしゃる通り、合議の性質上困難なところもありますけれども、そうかといって、これを数部に分けてやるということになりますと、憲法の解釈が、ある部で解釈されたものが、翌年にはまた解釈が変ってくるというようなことも考えられますから、私どもとしては、最高裁判所が違憲審査をする場合にはやはりワン・ベンチがベターなのである、かように思っております。
○小林(かなえ)委員 そうすると、五鬼上さんのお考えでは、今十五人最高裁判所の判事がおりますが、これが、五名ずつ分れて三つの部を作って、そして仕事をやるこういうことも、理論上は決して悪いことではなくて 合理的であるただ、判例を統一するとか、憲法裁判に対する最高裁の意見を統一していくという便宜の上からワン・ベンチが必要だ、こういう意味ですか。分けてはならぬという意味ですか。
○五鬼上最高裁判所説明員 現在、最高裁裁判所は、御指摘の通り、三つの部に分れて、五人の構成で小法廷が三つございます。これは、極端なワン・ベンチ論者から申しますと、こういう形は憲法上の最高裁判所ではないとまで言われるのですが、私どもはそう考えておりません。現在の最高裁判所の小法廷はやはり最高裁判所であると考えております。ただ、そういう意味から言って、先ほど申し上げたように、いろいろ多くの人が集まって、それを幾つかに分けて憲法の解釈をするということは、判例の安定性、ことに憲法判断の安定性を欠くということが予想あれるので、ワン・ベンチがベターである、こう申し上げたのであります。
○小林(かなえ)委員 この点に対する法制局の御意見を承わりたい。つまり、ワン・ベンチでなければならぬのか、仕事の分担として昔の大審院の部のように各部を分けて仕事を分担してやるということは憲法違反になるかどうか、この点についての御意見を承わりたいと思います。
○野木政府委員 その点はまことにむずかしい問題でありますが、私どもといたしましては、憲法上最高裁判所に要請せられておりますのは、法律、命令等について新たに憲法に違反するか憲法に適合するかという判断をする場合につきましては、憲法の規定の精神から言いましても、やはりワン・ベンチでなければ憲法違反等の疑いがあるのではないかという疑義を持っておるのであります。もっとも、そうでなくて、現在の裁判所法に規定しているような工合に、法律、命令について新たな違憲判断をする場合以外の場合につきまして部を分けて裁判するということは、これは、必ずしも違憲とまで言わなくてむ、憲法の精神に背反するということはないのではなかろうかと存ずる次第であります。従いまして、最高裁判所はあらゆる場合にワン・ベンチでなければならないとまでは私どもは言いません。また、反対に、いかなる場合でも部に分れて裁判できるということまでも言い得ないと存ずる次第であります。要するに、新たな違憲の判断というようなものそのものは、やはり最高裁判所判事全員の合議体で裁判ずるのが憲法上の要請ではないか、従って、これに反するような措置は違憲の疑いがあるのではないか、そのようにただいまのところは存じておる次第であります。
○小林(かなえ)委員 ただいまのお答え、ちょっと私は理解しかねるのですが、そうすると、あなたの説からいくと、最高裁の判事が仕事の分担上幾つかの部に分かれて普通の裁判をすることは差しつかえない、それから、今まであった判例、憲法解釈に違わない判決をする場合ならばその部でもいいということになりますね。もし違う場合には全体のワン・ベンチ、フル・ベンチでなくちゃならぬというお答えのように今聞いたのですが、いかなる理由でそうなりますか。
○野木政府委員 私の答弁としては、ただいま御指摘のような趣旨だと存じます。従いまして、私といたしましては、現行の裁判所法のような立て方は今おっしゃったような立て方になっておる、これは違憲とまで言うことはないのではないかと存じます。従いまして、私どもの見解から申しますと、現在の裁判所でも小法廷はやはり最高裁判所である、そういうような意味で現在のやり方は違憲ではない、そう思っている次第であります。
○小林(かなえ)委員 そうすると、たとえば四十五人の最高裁判所の判事がある、これが各部に幾つか分れて小法廷で裁判すると、この裁判はみんな最高裁の裁判と言わなければならぬ。従って、終局の上告の裁判としてそれ以上にさらに上訴するわけにはいかぬ。それならば、これからまた憲法裁判の今までと違った新しき判断を下す場合に、四十五人の者が、昔の大審院の全部の合議裁判といいますか、そういうふうに全部が寄ってワン・ベンチ、フル・ベンチでやれば、これは憲法違反じゃないですね。そういうことになりますか。
○野木政府委員 全く平面的に形式的に考えまして、今の裁判所法の規定の建前を維持しつつ、ただ小法廷をふやす、しかしそれ以外の違憲の判断というようなものは大法廷でやるという構想でありますならば、形式的には憲法に違反するということにはならないのではないかと存じますが、しかしながら、四十人とか四十五人とかいう多数でワン・ベンチを構成して違憲の判断をするということになりますと、果して合議が適正に行われるかというような意味合いから、かりに形式論理的には憲法に違反しないというようなことがいえたとしても、四十人も集まってやりますと、合議のはかどらないということもありましょうし、妥当を欠く。従って、憲法の精神から見ると非常に好ましくないということになるのではないかと存じます。しかし、違憲の判断を各部で分けてやることは遠慮の疑いがあると私先ほど申し上げましたが、それと同じような意味で、四十人に増員することが直ちに違憲だと言わなければならぬかどうか、そこのところはデリケートながら少し差があるのではないかと存じている次第でございます。
○小林(かなえ)委員 合議に不便であるとか何とかいうことは言えましょうが、理論としては憲法違反にはならぬわけです。あなたの理論からいけば、ワン・ベンチでなければならぬというのはどこからくるのですか。七十九条の「その他の裁判官でこれを構成し」、何かそこらにでも根拠があるのですか。
○野木政府委員 はっきりどこに書いてあるかとお尋ねになりますと、はっきりここに書いてあるというまでに明白な条文があるとも言えませんけれども、たとえば八十一条、「最高裁判所は、一切の法律」云々「適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」、その他憲法第六章の条章の全趣旨から見まして、新たに違憲の裁判をするようなものは最高裁判所の裁判官全員の合議体でやるのが憲法の建前になっている、そういうふうに解釈している次第であります。
○小林(かなえ)委員 それでは私には意味がさっぱりわからないのです。御承知のように、七十九条には裁判所の構成が書いてありますけれども、その長たる裁判官以外の裁判官は内閣でこれを任命するんですから、任命方式はこれでいいですが、選ぶについて、員数は、法律その他の定める員数としてあるのですから、法律で幾ら員数をふやすことも可能なんです。それは憲法違反にならぬと思う。十五名ならワン・ベンチでいかなければならぬが、四十五名では数が多過ぎて不便だから憲法違反になるというのでは意味がちょっとわからぬのです。同じような理論でいき得ると思うのですが、その点、ワン・ベンチでなければいかぬという御意見はこういう根拠で言われるのですか。今伺っていると第六章とか言われるが、そういうものはちょっとないように思うのです。
○野木政府委員 先ほど、私、四十五名の場合にはワン・ベンチでなくてもよいと申したつもりではございません。
○小林(かなえ)委員 そうでなければ憲法違反だと言ったでしょう。
○野木政府委員 違憲の裁判をする場合には、十五人の場合でも四十五人の場合でも、ワンベンチでやらなければ違憲の疑いがあるのではないか…。
○小林(かなえ)委員 それはどこにありますか。
○野木政府委員 憲法は非常に簡単に条文ができておりますから、普通の法律のように明文を置くということはありませんが、私どもは憲法の趣旨の解釈としてそう考えているわけであります。
○小林(かなえ)委員 憲法の趣旨というのは何ですか。
○野木政府委員 たとえば八十一条もそうであります。また、別に最高裁判所の裁判官については国民審査というような規定もありまして、そこらに現われた趣旨から言いますと、違憲か合憲かという問題を最終的に新たに判断する場合には、やはり全員の合議体でやるというのが憲法の精神ではないかと解釈している次第であります。
○小林(かなえ)委員 どうも意味が徹底しませんが、さらにお考えを願いたい。一体どこに根拠があるのですか。最高裁だけワン・ベンチでなければならぬ、フル・ベンチでなければいかぬ、――地方裁判所にはたくさんの判事がおりまして、今はっきり覚えておりませんが、検事だけでも地方検察庁には三百人もいるのですから、大へんな数の判事さんがいる。それがみなそろって裁判をやるわけにはもとよりいきません。いきませんから、部を分けてやってはいるが、三人が三人、ときには単独判事がやっても、その裁判を東京地方裁判でやれば、東京地方裁判所かやることになるのであります。東京の高等裁判所でもやはり同じように各部が代表してやっているわけであります。それと同じように、最高裁といえども中に部を分け多くの小法廷というものが分れているのですが、最高裁の判事諸公の中の大部分は、これは最高裁の一部じゃない、こういう変なことを最近言い出されて驚いているのですが、そういうようなことを許しているのですか。それならば、あなたは今、最高裁はワン・ベンチでなければならぬという根拠が憲法の建前からだとか言われますけれども、今のように員数が法律に譲ってある限りは、員数は幾らでもふやせます。そうなれば、一体どこに憲法違反というものが出るのでありますか。
○野木政府委員 最高裁判所の裁判官は、だれもが憲法違反かどうかという裁判には関与する権限を持っておるのでありまして、そういう点から考えましても、違憲の判断に加わり得ない裁判官を設けることは憲法で予想しない条理ではないかと思います。そういうところからかんがみましても、やはり、新たに憲法違反であるかどうかの裁判をするのは全員の合議体でやるのが憲法の精神に適するのではないかと存ずる次第であります。
○小林(かなえ)委員 最高裁判所の十五名の判事が平等であり優劣もない権限を有することは当然であります。その他の裁判、高等裁判所も地方裁判所も、判事はみなそうです。同じような権能を認められているのですが、その中の一人か、ときに民事裁判をやり、ときに刑事裁判をやるのは、仕事の分担として分けてやるのであります。私が言うのは、そういう意味でなくて、十五名の最高裁判所の判事が仕事の上に分担をして分れてやるという意味でありますから、憲法裁判に加わることのできない最高裁判所の判事があってはならぬ、これは八十一条に規定があるから当然でありますけれども、あなたが言われるように、十五名の判事がどうしてもワン・ベンチで一つの法廷を持ってやらなければ憲法裁判ができないという根拠を一つ示していただきたい。どこに一体あるのか。ただ憲法の建前からそう思うと言われるだけでは、どうも根拠がないと思う。
○野木政府委員 最高裁判所裁判官は権限として憲法判断に全部加わる、――加わり得ないという建前にするのが憲法の趣旨に反するということを考えますならば、ある法律が憲法に反するかどうかという点を裁判する場合には、どの裁判官もその裁判に加われるという建前になっておらなければ、やはりそこに憲法上疑義が生ずるのではないかと存ずる次第であります。
○小林(かなえ)委員 どうもえらい御議論を伺ったものであります。そういう意味でいくならば、地方裁判所でも高等裁判所でもみな同じことでありまして、民事だけやらされては困る、刑事だけやらされては困るということになれば、裁判官なんというものの任命はほとんどできないものができてしまう。 これ以上お伺いしてもなにでありますから、それでは方向をかえて伺いますが、ただいまあなたは、現在ある最高裁の小法廷はやはり最高裁の一部だ、一部と言っていいかどうか、最高裁を代表をしているものである、こういう御意見でありましたね。そう伺ってよろしゅうございますね。
○野木政府委員 現在の小法廷は最高裁判所であると存じております。
○小林(かなえ)委員 そうすると、憲法裁判だけは全部でしなくちゃいかぬというわけですね。司法裁判はどうですか。民事、刑事、行政といったようなものは。七十九条で最高裁は云々といって、最高裁の権能もありますから、これもみんなワン・ベンチ・アンド・フル・ベンチでいかなければならないのじゃないですか。
○野木政府委員 私の申し上げましたのは、法律等が憲法に適合するかどうかの判断は、憲法第八十一条の関係がありまして、最高裁判所か終審裁判としてこれを決定するとありますので、その部分は、憲法上の要請として実は、私の申しますのは、最高裁判所裁判官の全員をもって構成された最高裁判所で判断しなければならないのじゃないか、それ以外の問題は、これは憲法は必ずしもそこまで要求しておるのではなくて、これはむしろ立法政策の問題ではないかと存ずる次第であります。
○中村国務大臣 どうも私、行・政府としては法制局が憲法の解釈等は最も中心になって担当しておるので、法制局から先ほど来繰り返し御答弁があったわけでありますが、私は、もう少し敷衍しまして、本質論について私どもの考え方を申し述べてみたいと思います。 下級裁判所の場合におきましては、さらに上訴の手続がございますから、下級裁判所の判決が、たとえば憲法の解釈について結論が合一でございませんでも、いずれ不都合のないような道が開かれておるわけでありますが、最高裁判所につきましては、憲法の八十一条によって終審裁判所であるということが明記されておりますので、これが最終の結論の場所でございます。従って、最高裁判所の終審裁判所としての使命から考えますと、憲法の解釈が二、三に分れるということがあってはならないのでありますから、結局、全体会議によって全体の審理及び判決によって結論が合一でなければ、本来の八十一条に規定されておりまする使命を果すことができない、こういう点から、常に憲法の解釈は最高峰の中央裁判所である最高裁判所の結論としては合一でなければならない、合一に対する仕組みを常に考慮しなければならぬ、こういう点から考えて、本質論から見ても、最高裁判所の憲法判断に関する限りは、最小限度において全員の裁判官が参画した裁判であることが望ましいのである、こういうことになると私は考えておるのでありますが、応つけ加えてこの機会に申し上げておきます。
○小林(かなえ)委員 ただいまの法務大臣の御議論も私は承服できないのであります。それは、判例を統一するためには全体がやらなければならぬということは、便宜の問題であって、理論上の問題じゃないと思う。それは、最高裁が十五名あるいは四十五名の判事がありましても、その中で仕事の分配として刑事事件を五人の判事でやる、ある事件を三人の判事でやる、やっても、その判決というものはやはり最高裁自体の判決というべきものだと思う。全体の人が加わらぬと意見が統一できぬということは、これは便宜の問題で、理論の問題じゃないと思う。昔、大審院当時でも、大法廷で全部寄ってやるということもあったのですから、そういうことは、必ずしも裁判の構成の問題でなくて、司法行政の上から、同じ役所の中におるのですから、今度は前と違った判例を出すという言い合せもできるでありましょうから、必ずしも、全部の者が一つの裁判所を構成してやらなければ判例の統一ができぬということは、理論的には言えないんじゃないかと思う。そうなると、高等裁判所、地方裁判所、それらも全部一緒にやらなければ裁判ができぬということになると思う。そういう窮屈な裁判制度をとっておる国は世界中ないと思う。どこでも、たくさんの裁判官があって、その中に部を設けて、部といいますか法廷を設けて、そこでやる裁判がその役所自体を代表していくのであります。どうも、法務大臣やただいまの法制局の、野木さんのお答えでは、憲法がワン・ベンチ・アンド・フル・ベンチを要求しておって、これに背けば憲法違反だという意味がちっとも私はわからぬ。真野さんなどは、構成しておるという構成の意味からくるんだというふうに説かれておるのですが、そうなれば、今私が言いましたように、員数は幾らでも他の法律できめられるから、幾人ふやしてもいい。そうなると、事実上そんなよけいな数で合議はできぬ。議会のように多数決で決するならいいけれども、実際に合議はできないということになれば、どうしても事実上その中の一部の人がいろいろ仕事を分けて裁判するんでなければ意見の一致もできぬし、またたくさんの意見の処理はとてもできないことであると思う。七十九条の構成という言葉だけでそういう窮屈なものだということは、私は理解できないと思います。むべなるかな、憲法上の解釈に対してはいろいろ説がありますけれども、今ではそんな窮屈な説をとっておる憲法学者はそうたくさんないと思う。ことに、野木さんは、今の小法廷はやはり最高裁の一部であって、最高裁以外のものではない、こういうふうに先ほどおっしゃいましたが、これはそう伺ってよろしゅうございますか。もう一ぺ御意見を伺っておきます。
○野木政府委員 今の最高裁の小法廷の裁判は、下級裁判所の裁判ではなくして、やはり最高裁判所の裁判、そのように理解さるべきものだと存じます。
○小林(かなえ)委員 私も、そういうふうに解釈するのが当然であろうと思います。ことに、裁判所法第十条には「当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。(意見が前に大法廷でした、その法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するとの裁判と同じであるときを除く。)」ということで、小法廷でも憲法裁判ができるように今の裁判所はなっておるのでありまして、この点に対しては、真野さんなどは、小法廷は最高裁の一部じゃない、こういうふうに言っておられて、そうして、今度のこの法律案には、この前にできた案の中にはなかったやつが、最高裁判所の下へ最高裁判所小法廷というものが一つ食い込んできておりまして、はっきりと小法廷が最高裁の一部でない、下級裁判所だということを明らかにうたっておるようであります。この点に対してまずお伺いしたいことは、今の小法廷は、先ほど野木さんの言われたように、最高裁の一部だ、こういうふうに解釈してよろしゅうございましょうか、五鬼上さん。
○五鬼上最高裁判所説明員 私どもは、さように解釈して差しつかえないと思います。
○小林(かなえ)委員 それならば、一体、今度の新しい法案の最高裁の小法廷は下級裁判所と見なければならぬと思いますが、そういうふうにされたか。第一に、下級裁判所であることは間違いないでしょうね。その点一応伺っておきます。
○五鬼上最高裁判所説明員 今回の政府の説明の通り、最高裁小法廷というものは下級裁判所であろうと思います。と申しますのは、この下級裁判所の裁判官というのは、国民審査も受けませんし、任命方式等はすべて下級裁判所の判事と同じで、そしてそれをもって構成したい、かような点から、最高裁判所の中の下級裁判所であるということを申し上げたいと思います。
○小林(かなえ)委員 今回そういうふうに下級裁判所とされて、判事の任命までそういうふうに変えられたということは、どういう必要からきておりますか。そうしなければ憲法違反になるからこうするというのであるか、あるいは便宜の上からこういうふうにするのであるか、その点をお伺いしたいのであります。
○五鬼上最高裁判所説明員 これは政府からお答え願った方がより明瞭になると思います。ただ、最高裁判所としてこの案に御同意申し上げておるのは、法制審議会のいろいろな案ができ、あるいはその他上告裁判所の案などもいろいろだが、従来の経験等にかんがみて、まあこの案が一番、改正するとすればベターではないか、こういう意味から私どもは御同意申し上げておる次第であります。しかし、どういう理由でこういうことにしたかということは、これは政府の方でお答え願うべきごとだと思います。
○小林(かなえ)委員 それでは、その理由を一つ政府の方にお伺いします。ただベターであるということだけでは、すこぶる理論が通らないものと私は思う。もっとすっきりしたものにしたいと思うのです、どういう点からきておるのですか。
○位野木政府委員 小林委員の言われる増員の意見でございますが、増員論の中にもいろいろなタイプがありまして、そのタイプ、タイプに従って、長所なり欠点なりがあるわけでありますが、どういう、ふうなこまかいことを考えておられるか、必ずしもまだよく承知いたしておりませんが、先ほど来の御議論を伺っておりますと、最高裁判所の裁判官を、国民審査を受ける裁判官を増員して、その一部の人をもって憲法判断をするような合議体を構成する、その他の人は憲法判断はやらない建前で、普通の民事、刑事の裁判をするというふうな建前のようにも承わったのでありますが、そういうふうな建前でございますか。――そういうふうな建前といたしますれば、それに対して問題となるのは、果して、最高裁判所の裁判官の中に、違憲審査の権限を持っておるという人と、そうでない人と、――まあこれは権限を抽象的に持っておるんだという議論もできますが、事実上行使できない、しない、そういうふうな、事実上権限に差別がある二つの種類の権限の異なった裁判官を持っておるということが、憲法上果して許されるかどうか、ここが問題になる。これにつきましては、今までの学説等におきましても、それは許されない、憲法上相当違憲であるという疑いが濃いというふうなことが言われておりますので、ここはちょっと踏み切りにくいというふうに考えておるわけであります。
○小林(かなえ)委員 どうもはっきりしません。徹底しないですが、最高裁判所の判事をふやしたらいいじゃないですか。全部憲法裁判に加われるような人を、四十五人なら四十五人作っておいたらいいじゃないですか。それがどうして悪いんですか。国民審査をしなければならぬというなら、これは憲法改正の際に改正しなければなるまいが、同じ最高裁の中にいる裁判官にいろいろな優劣をつけるということなしに、いわゆるあなたの増員論でふやしてけっこうだと私は思う、どういうわけで悪いんですか。あなたが、そういうものを置いちゃいかぬから、それよりもっと下の、憲法裁判には加われない人を入れておかなければならぬというふうに思っておられるのは、一体どういう理由でありますか。この点がどうもはっきりしない。私が考えるのは、とにかく最高裁判所の判事も司法裁判をする。民事、刑事、それから行政処分に対する裁判、それから憲法に対する裁判、これができる。下の裁判所もできる。今度小法廷をかりに作って、民事、刑事だけをやって、憲法の裁判ができないものを作ろうというのは、どういうわけで必要でしょうか。これはあなた方がお考えになることではなくて、もし月給なり報酬がよけい要り過ぎるというのならば、これはわれわれ政治の方で考えるべきことだ。特別に今残っておる裁判所の人々を神だなに上げて特別優遇をする必要が一体どこにあるか。むしろそこがほんとうの意味かもしれぬが、どういうわけでそういうふうに分けたものを置く必要があるのか。
○位野木政府委員 おっしゃる通り、もし、最高裁判所の裁判官を別に格を分けずに増員いたしまして、ここで適当に事件の処理ができるということであれば、これを妨げる理由はわれわれも別に考えられません。もし、憲法上も許され、事件処理上もその方が合理的であるということであれば、これを別に妨げる理由はないと思います。現在の裁判官の利益かどうかわかりませんが、そういうふうなことを考えることは必要ない。少くとも適当でない。そんなことはちっとも顧慮する必要はないのでありまして、それが憲法上許されるかどうか、果して事件処理上合理的であるかどうか、こういう点から考えまして、先ほどもちょっと申し上げましたが、小林委員の御意見は、その増員された裁判官の一部の人はやはり憲法裁判をするというふうなことになるのでございましょうか。それが果してどういうふうな標準でその選定をされて、どれだけの期間、どういうふうな基準によってその憲法裁判を分担されるのか、そういうふうな点についての御構想を伺ってからお答え申し上げたいと思います。
○小林(かなえ)委員 ちょっと反問を受けたわけですが、私の考えでは、ほかの裁判所と同じことです。地方裁判所と高等裁判所と同じことです。高等裁判所の中に判事が幾人かおる。その中に、大審院当時の部といいますか、今、小法廷、そういうものができて、仕事の分配上、ことしはこの部で憲法、この部で刑事、この部で民事、この部で行政の上告、こういうふうにきめてもいい。そうすれば、今の憲法部というものが憲法の裁判をやれば最高裁の憲法部、仕事の配分をこういうふうに分けてやるということは、あなたは違法と言われるか。あるいは憲法七十九条がこれを許さぬと言われるのか。許さぬと言うならば、一つわれわれがぎゃふんといくような理論をはっきり示してもらいたい。学説が二つに分れておって、そうして、その仕事をやることが差しつかえないというのが世界の趨勢であるし、日本の憲法論にしてもそれが定説ではないですか。宮澤さんなどは、この冬小委員会でわれわれが聞いたときには反対だったようですが、その後、その根源たるや、聞いてみると、そうではない、こう言っておられる。ですから、それならば、四十五人の最高裁判所の判事を作って、小法廷は下級裁判所なんということを言わないで、そうして、特に今の人を大事にする必要があるならば、九名なら九名で大法廷を作って、あとは小法廷、こういうふうにしてもいいが、これは理論上のあれではなくして便宜上の方法でやられるわけだから、それに固執しなければならぬという理由を一つ伺って、今の九名のものを大法廷にして、まあほかのものもやるけれども、大体憲法裁判だけをやる、こういうふうにされて、区別をつけて、そうして、最高裁判所は大法廷にあらずというような、非常に世の中の人が迷うような、われわれでもわからないような、きわめて法律家の理論をとうとぶような人が非常な不得要領なものを作っておかぬでも下から来る人もどんどん最高裁の判事になれるという望みを持たせるならば、今の下の方の裁判官諸君も勉強をするようになるだろうし、望みも持ってくるだろうし、それがまた後進に道を開くことにもなるし、日本の司法権というものの地位を高める上に効果があると思う。四十五人認証官にしたってけっこうですよ。だから、そんなことを遠慮して増員に反対されぬでも、金の問題はわれわれにまかせておいてもらって、あなた方は理論を通して一つやってもらいたい。ことに、私は、大審院の昔に返れと言うわけじゃないですが、あの当時にはわれわれが賛成できぬような権限もありましたけれども、今言うように、下級裁判所も最高裁も同じように司法裁判をやり、違憲訴訟の終局的な――終審という字が入っているけれども、やはり違憲の実質的な審査権があるということで前の大審院と違う特質がありますけれども、これをもっと今の最高裁判所は憲法裁判所なり、いわゆる民事、刑事はわれわれのやるところにあらずといったような、アメリカの連邦最高裁判所のまねをして、憲法違反と権限争訟、これ二つよりほかやらぬというところに、どうも最高裁の方々の頭が行き過ぎて、今になってみてそんな不得要領なものだけをもって小法廷をこしらえて、ほかのものはおれより下の別のものだ、高等裁判所、最高裁判所にあらずというような、何だか宙ぶらりんなものを――われわれ中三階と言っておりますが、こうなれば、この間高橋君が心配したように、小法廷でやったものを、また異議をはさみ理屈をつけていけば、また、今のように死刑執行は残虐刑であるから憲法違反なりというようないわゆる上告が幾らでも出てくるようになって、九名の大法廷の人が悩むことになるし、もし反対に、そういうものが今度絶えて、いわゆる民事、刑事の裁判だけで小法廷で終るということであれば、これまでに刑事事件で憲法裁判を受けたのは二百三十一件ですか、そう位野木課長は言われましたが、実質的には二件しかないので、あとはみな右へならえをやっているだけで、そうなると、九名の人は何も仕事がなくなって、魚つりでもやっていればいいのかもしれませんが、それではえらくお高くとまったものになり大法廷というものの価値もなくなるし、下の監督すべき下級裁判所からも浮いてしまうような存在ができてしまう。そこで、私は、大審院の元に返れとは決して言いませんが、ああいう組織を入れて、そうして全部の者を最高裁の判事として、いわゆる部に相当する小法廷でやる。小法廷でやる裁判もいわゆる最高裁の裁判だとして、もし誤まって小法廷において憲法裁判をやったら、これもやはり最高裁の裁判であって、もう上告の道なし、こういうことになっていくのでなければ、どうもわれわれ法律家はぴんと頭に来ないのです。いわんや、国民は、わけのわからない宙ぶらりんのものができて、われわれは一番上の裁判を受けて初めて承服するのだ、もう一つ上をやってくれということになりやすいと私は思う。そうなると、高橋君がこの間言ったように、九名の人が非常に苦しまれることになるのだが、そこをわれわれが承服できるような憲法違反ということがあるならば指摘していただきたい、こういうことです。
○位野木政府委員 今申されました憲法判断をする合議体といいますか、これが適当に分担されるということでありますが、毎年かわるのかどうか、毎年かわるとすれば、これは判例の統一、それから安定性が非常に害されるということが考えられますし、かといって、相当期間続くということになりますと、これはやはり、最高裁判所の判事でありながら事実上は権限に差異があるというふうな実態を呈しますから、そこに憲法上これは許されないという問題が起るわけであります。最高裁判所の裁判官でありながら権限に差別を設けることが許されるかどうか、これが一つの問題でありますが、われわれはそこはちょっと許されないと考えたが、そこのところを許されるというお考えになれば、これはまた別の考えでいいかと思います。その点は、これは許されないという考え方をとっておりますので、増員論については、いろいろな形態によって違いますが、いずれもそういうふうな憲法上あるいは実際上の難点があるということを考えておるわけであります。先ほど、世界のほかの例を、そういうところがあるじゃないかということを申されておったと思いますが、おそらく、違憲の審査権を持っておる裁判所、ことに司法裁判所として違憲判断を持っておるところで、そんなにたくさんの部に分れてやっておるところはあまりないと思います。これはやはり憲法上重要な判断をするわけですから、国会で成立した法律を無効だという権限まで持たせる、そういう権限を持った裁判所の機関があまりに分化していることは、性質上好ましくないということから、自然そういうふうなことになっているのじゃないかと考えるわけであります。 それから、今度の案における最高裁判所は憲法問題だけをやるのじゃないかというお考えのように承わりましたが、決してそうじゃないのでありまして、憲法問題というのは、御指摘の通り、全上告事件の一割か二割しかないわけです。憲法問題を含んでいる事件というのは少いわけであります。しかも、その中で憲法判断を要するような事件というのはもうごくわずかでございます。しかも、その憲法問題といえども、決して抽象的な憲法問題を判断するのじゃなくて、民事、刑事の裁判についてその論点として一つ憲法問題を判断するというのにすぎないのでありますから、これはすべて民事、刑事の裁判なのです。最高裁判所は民事、刑事の裁判しかやらないわけです。ただ、その上に付随してといいますか、部分的に憲法問題を判断するということだけでありますから、決してこれは憲法裁判所とか、憲法だけの判断をするということはないのであります。のみならず、大部分の事件は、憲法問題を含まない部分についても、大法廷に余裕があり次第行くということを今考えているわけでありまして、ただ、あまりに憲法問題ばかりにひっかけた事件が殺到いたしますと、その余力がなくなることも考えられますけれども、そういうことがない限りにおきましては、今度の最高裁判所といえども、大部分は憲法問題を含まない民事、刑事の事件を裁判するということに考えておりまして、決して最高裁判所は憲法問題のみに判断を奪われるというようなことはないと考えております。
○小林(かなえ)委員 どうも一向承服できません。私のような行き方をすると、同じ最高裁判所の中に憲法裁判をする者としない者との差別ができる、全部同じように憲法裁判のできるようにせよと言われるのだが、しかし、現実に憲法裁判のみをやらぬでもいいのであって、仕事の分配で毎年裁判所関係はかわるじゃありませんか。あるいは数年間同じことをやる人もあるけれども、刑事は何部、民事は何部というふうに部が分れて仕事の分配を受けてやるのですから、あの人は刑事裁判ばかりやっておるから民事の裁判の権能を剥奪しているというふうには決してだれも見ておりません。それと同じように、最高裁判所もそうしたらどうだというわけです。ことに、あなたが、憲法裁判所じゃない、司法裁判をする上に必要な場合にのみ憲法に適合するやいなやを審査する審査権なのだから、どこまでも民事、刑事が、普通の裁判が主眼だというのでありますから、あなたの言うようにするならば、むしろそういう裁判所と憲法裁判所というものをきれいに分けて憲法裁判をやったらいいと思う。毎年かわると意見がみんな変るとかいうふうなことは、これはずいぶん勝手な人がやればそうかもしれませんが、大がい裁判官の常識というものがあるのですから今までの判例もあるのですから、いろいろ研究もするでしょうし、また、長官がおるのですから、長官は無能じゃないから、長官が何とかそこに方法をとって参るでしょう。場合によれば、全部の合議裁判は不可能かもしれないけれども、ともかく形はとれるわけです。私は、どこまでも、最高裁判所の中にその下級裁判所の一部を入れてやるということはどうも徹底しないから、むしろ増員論といわれれば増員論だが、そういうふうにしていったならば非常にすっきりしてくる、仕事もはっきりいくし、すべての統一が工合よくいくのではないか、こう思うのであります。 ちょっと私の手元に入った裁判所法案――今の裁判所法ができる当時に法制局における審査の覚書というようなものがあるのですが、これを見ると、「小法廷は、受命判事的な裁判をする。受命判事による裁判の例としては、民訴法第三〇〇条の受命判事による証人訊問の場合における証人不出頭の過料の決定の如き考えられる。すなわち、小法廷は大法廷の縮図で、あって、最高裁判所は、裁判機関としてふくれたり、縮んだりする。大法廷、小法廷の規定は、組織法でなく、行為法として観念されるべきものである。」、これが一です。二は、「大法廷に事件が移るのは、決定によるのではなく、当然に引き続いて大法廷の審理になる趣旨である。すなわち、特段のことがなければ、そのまま大法廷でやることになる。その場合の手続は、ルールできめる。大法廷の審理に移れば小法廷の審理は、予審となる。」、こういうふうな解釈が初めされたものらしい。だから、最高裁と小法廷というものはどこまでも別のものでもないし、下のものじゃない、下級裁判所じゃない、こういうふうに当時はなっておったものらしい。最近に至って、小法廷は最高裁とは別のものだという真野さんなどの意見がだいぶ強く主張されて、そうして、今度の法案になって、はっきりと、小法廷は最高裁判所の下級裁判所だ、こうなってくると、今の異議申し立てから、さらに上告かできる、――ことに最高裁は憲法問題に対して終局的の裁判をするところだというのですから、私は、この憲法の精神から言えば、小法廷での判決の結果、これは憲法違反だということを主張されれば、これをはねるのはむしろ憲法違反になるのではないかというふうにすら考えるのであります。そうでないとすれば、この際一つ百尺竿頭一歩を進めて、政府もどうか一つ小法廷は最高裁の一部なりということにして、いわゆる増員論になりますが、特に憲法裁判所だけ特別扱いをさせるというならば、先ほどの位野木さんの意見によると、同じ人はかり憲法違反の裁判ばかりやっていれば、かえって固定してしまっていかぬというふうな攻撃も私はできると思うのです。 そういうようにすれば、昔の大審院をそのままにするということはわれわれもとより反対でありますけれども、長い間日本国民が経てきた裁判としての歴史を伝統の上に威信のある最高裁判所ができるじゃないか、こういうふうに考えるのですが、どうも私の考えをくつがえされるような憲法違反論を今伺うことかできなかった。どうも全体から見るととか、仕事の上から見るととか言われるだけでは、それは憲法違反の根拠にはならない。憲法第何条によってとかはっきり言われるならば私は承服しますけれども、どうも承服しがたいのでありますが、何かその点に対して御意見がありますれば、さらにお伺いいたします。
○位野木政府委員 最高裁判所の裁判官のうちに権限を異にした二つの種類があるという状態があってもよいかどうか。これは抽象的にそういうことは規定されてない。抽象的には持っているんだが、実態的にも実際上は行使できないというような状態は許されるかどうか。また、そういうことになってきますと議論も分れるかと思いますが、少くとも、形式的に初めからある最高裁判所の裁判官は、最終的は違憲審査権を持たないのだというふうなことにするということは憲法上許されないというふうに考えるわけです。そういたしますと、そこまでの形式的に……。
○小林(かなえ)委員 そういう意味じゃないのです。私は全部に持たせようと言うのです。一部の者に持たせないようにしてはならぬと私は言うのです。だから私の……。
○位野木政府委員 結局、抽象的にはそれじゃ全部平等に持っているのだということにいたしますれば、あとは、こういうふうにしてもいいか、事実行使できないような状態が相当長く続いてもいいか、それは許されるか、こういう問題になる、こう思います。そこに相当の疑問がある。憲法上、そういうことにすることは、形式だけやっておけばあとはどうでもいいということは言い切れないというふうな感じを持っております。
○小林(かなえ)委員 どうも私の質問に対して答えておられぬのですか、私は、極端に言えば、今ある最高裁というものがあなたの頭の中にあるといかぬから、これを取ってしまって、そうして、最高裁というものを四十人なら四十人の判事によって構成する、――これは憲法上人数は変えられますからできます。そうして、裁判官はみな憲法の終局的な裁判をするだけの権能は持っておる、同時に一般司法権も持っておる、――みんな権能は平等でしょう。この人々が、ただ、全部では仕事がやりにくいから、この中で仕事を分担して、民事をやる人、刑事をやる人、あるいは憲法裁判をやる人、これは極端に言えばみな平等でいいと思う。そうして、小法廷でやった憲法裁判も、やはり終局的な最高裁判所として裁判する。これ以上は上告の道はございません。そこであなたが心配されるのは憲法裁判というものを統一しなければいかぬ、統一するのには全部でやらなければいかぬというのがまた法務大臣の御意見。そして、そんな道はないというのですが、そんな道は何とでもできるじゃないですか。五鬼上さんのようなりっぱな事務総長がおられて、司法行政でまとめて参れば――それは、裁判官は人にものを言わぬ、裁判は独立だから意見を言わぬなんていって、僕がかつて役人をしておった当時、同じ下宿に判事と私とおったら、飯を食うときも、裁判のことは絶対に言っちゃいかぬといって、えらく窮屈だったこともあるけれども、判事と検事と一緒にそろって出てきたからだめだなんて被告は言うけれども、一緒に来たって、ほんとうに厳格に公平にりっぱに裁判官は裁判をやっておられる。だから、ただそういう統一するというだけのことならば、これは何とでも方法が立てられると思う。それが憲法上の理由だと言われるなら、私の考えるところでは、国民審査に付すべき判事の数が多くなり過ぎるとか、あるいは七十九条に構成という言葉があるからワン・ベンチ・アンド・フル・ベンチでなければいかぬとかいうような御意見があるらしいけれども、その点はむしろ少数説であって、通説はそんなものではないと私は思うから、そこならば、一つもっとはっきりとして、小法廷の裁判官も最高裁の裁判官なりとしてりっぱな待遇をして、できることなら今までの判事諸公と同じ待遇をしてあげるがよろしい。これは理論じゃなく実際の政治の上ですから、それは極端なことはできますまいけれども、私がお伺いしているのは、その理論で、何とか私の言う理論を憲法違反なりとして私を押えつけてくれるだけの理論を立てて下さるならば、これはもとより原案に承服して参ります。これは全部反対しているというわけでもないし、りっぱな最高裁の裁判官諸公が非常に冷静な頭でお考えになって、また憲法というものも考えておいでになる、三権分立の建前で司法権の独立ということに非常に誇りを持っておいでになることは私も十分考えておりますが、またそれも尊重すべきことではありますが、ただ、理由的には一つ、ぎゃふんというような説で押えていただきたい、こういうわけでありまして、なお申し上げたいことはありますけれども、だいぶおそくなりましたから、きょうはこれでよしておきます。
○高橋(禎)委員 関連して事務総長にちょっとお尋ねしますが、最高裁判所で、小法廷を構成したり、それからその法廷で取り扱う事件の範囲といいますか権限、それをきめられるのは、実際はどういうふうにやっておられるのですか。
○五鬼上最高裁判所説明員 これは、毎年最高裁判所の裁判官会議において部を定めまして、その部の所属の裁判官が、事件はすべてその受付順に、いわゆるローテーション・システムと申しますか、それでやっておる。特にこの部は何かこの部は何かということはしておりません。ただ、問題は、裁判所法の第十条に定めておるいわゆる憲法裁判事件とかあるいは判例抵触事件というものは大法廷の方でやる。しかし、その大法廷の合憲だという判決と同じ判断をする場合は小法廷でやる。こういうことになっております。
○高橋(禎)委員 裁判官会議で、憲法問題を取り扱う部、これを決定して、そうしてその裁判をやるということにすれば、憲法違反でも何でもないと思えるのです。大体事務総長もそういう御意見だと思うのですが、そこはどうですか。
○五鬼上最高裁判所説明員 私が先ほど申し上げたことは、ちょっと言葉が足りなかったのですが、結局、最高裁判所の憲法上課せられておる使命というものは、要するに、違憲判断と、それからルールの制定、これであります。まず、ルールを作るのに一部の人にまかしておくことは、おそらく憲法は考えていなかっただろうと思います。それから、違憲審査、最終審としての合憲性を判断するところの違憲審査というもの、これも、最高裁判所全体がこの憲法の解釈をしていくということが一番いいのじゃないか、こう私は考えておる。また、憲法の考え方も、たとえば内閣は総理大臣と国務大臣で組織するとなっておる、司法の方では長官とそれから裁判官で構成する、こうなっておるから、やはり部に幾つかに分れた閣議等はないように、憲法で与えられた使命を果すためには、やはり最高裁判所全体に課せられておるのだ、かように私どもは考えておる。 今の説明ですけれども、先ほど私が小林委員の質問に対してそれがベターなんであるというように答えたのは、ただいまのような意味のことを申し上げたわけであって、違憲かどうかという御質問であったが、私としては、そういう部に分けることが違憲かどうかということは、ちょっと申し上げるだけの考えにまだ達していない、かように申したのであります。
○高橋(禎)委員 最高裁判所の裁判官の中で法律等を持つあるいは規則を持つ裁判官は違憲審査には全然権限を持たせないのだというようなことをやると憲法違反ですけれども、すべて同じ権限を持っておって、ただ事務の便宜上、裁判官会議を開いてどういう仕事をするのだということを決定することは、いささかも憲法に違反するものでないと私は考えるのです。それから、現に今小法廷は、憲法に合致する、合憲だということは最終的に決定しておるのでしょう。その点から見ましても、憲法の規定と対照してみますと、今の小法廷も、最高裁判所であり、そして、憲法に定めてある、憲法に合致するかあるいは合致しないか、合憲であるかいなかということを決定する、その一つの合憲だという部分については最終的に現に今やっておるのですね。ただ、違憲だという結論を出す場合には非常に慎重にやらなければならぬから、これは最高裁判所全体で大法廷でやるのだ、――非常に慎重に取り扱っておる。ところが、今度の改正法によりますと、憲法違反という場合、今十五人でやっておることを九人で大丈夫だ、こういうのです。長官と八人の裁判官で、憲法に違反しておるのだというような裁判をするのに何ら差しつかえないのだ、こういうのですから、私どもの考えでは、事務的に九人くらいの憲法部とでもいうのを作ってやれば、これはその結論においても決して間違いのないものが出るのだ、こういうことをすでにこの案自体が認めておると思うのです。そうたくさん人数はおらなくとも、これは憲法に違反するかどうかというような仕事をやっていけるのだ、こういうわけなんです。そこで、こういうふうにただ憲法問題だけを最高裁判所でやるのだという行き方よりは、長官と、それから部が幾つかできて、その部長に当るような人をもって憲法部を構成すれば、私はもっと慎重なやり方だと思うのです。と申しますのは、民事、刑事の事件の最高高問題を慎重に検討していくような裁判官がやはり憲法問題を取り扱うようにした方が、私はその結論としても正しいものが出ると思うのです。ほんとうの国民の生活なりあるいは争いになっておる問題を取り扱いつけておる、しかもその仕事の中心になっておるリーダー格のような人が憲法部を構成していくことがいいと思うのです。だから、長官なり部長をもって憲法部を構成していくというやり方をすれば、人数の点からも今の案に一致し、そして、なお、今申し上げましたような理由から、いい結論を出すという意味においても妥当だ、こういうふうに思えるので、政府としてはやはりワン・ベンチ論的な立場をとられるようですけれども、これは最高裁判所の意見に特に敬意を表した意味においておっしゃっておるようにしか私は受け取れないのですが、そこのところ、あっさりとした態度でいろいろこれを御検討願わないと、このむずかしい問題の解決に若干の支障を来たす、こういうふうに考えますから、これについて何か所見があれば伺っておきます。
○位野木政府委員 今の御意見ですが、裁判長が集まって合憲違憲の判断をする合議体を構成するということになりますと、結局二種類の裁判官ができるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。こういたしますと、これはやはり抽象的に権限の異なった裁判官を置いたということと実体は同じになりはせぬかということが言えると思うのであります。 それから、もう一つ、そういうふうな各小法廷の裁判長、各部に分れて裁判をするその裁判長が同時に憲法部を構成するということになりますと、裁判長の負担か非常に多くなりまして、一定のわらじをはくということは非常に事件の渋滞を来たすということを考えております。
○高橋(禎)委員 今の後の点についてはまだ研究の余地がありますが、前の点はこれは私の質問の言葉が足りなかったかもしれぬが、そういうふうにこれは裁判官会議で決定するとしておいて、そうしてその中の適当な人を選ぶというような場合に、裁判官が良識を持ってやられれば、やはり、憲法の問題を最終的に決定する部を構成するのにだれがいいかということになりますと、私は、おのずから裁判長をやっていらっしゃるような方が選ばれるであろう、こう思うのです。あるいはまた、そうでない人でもっと適当な人があれば、それはそれでもいいのですけれども、大体裁判官で部を構成するためにいろいろ協議されて結論が出れば、その方が、人数の点から言っても、仕事をやっていく上から言っても、都合がいいんじゃないか、こういう考えなんです。ちょっと申し上げておきます。
○位野木政府委員 結局、下級裁判所あたりで事務の分担をする場合と違いまして、憲法判断をするかどうか、そのほか、憲法判断だけではないかと思いますが、判例の統一、これを憲法部でやるとすれば、また、そういうところで憲法以外の判例の統一をはかるという機能も同時に負担させるということが考えられますが、そういうふうなことになりますと、単なる民事、刑事の分担とは非常に権限が違うわけですから、そこにやはり裁判官会議でしかるべく分けるといっても、これは問題が相当重大になります。それから、かりにきまったといたしましても、ここにやはり権限の差異があるものが認められるという実態が出てくるのではないだろうか、こういうふうな疑いが相当出てくると思います。
○高橋(禎)委員 今の憲法の問題でなくして判例の統一という問題等があるからこそ、私は、民事、刑事の実際の裁判をやっておられるような中で最もすぐれた人をもってその部を構成していくべきだ、こういうふうに思うのです。ただ、今の政府の原案のようだと、主としてこれは憲法問題とそれから判例の統一のためにやるんだというて、実際のその他の事件はおのずからあまり取り扱わないようなことになるでしょう。そうなると、判事というものは、やはり具体的な事件というものによく徹していないと、いい判例というものは私は考えられないと思うんです。だから、現実の民事、刑事の裁判に足をうんと突っ込んでおる人の中のすぐれた人をもってその部を構成するというふうにして、そうして、その人の負担があまり重くなるということであれば、これは、判決を書くなり書類の調査をするなりという点で荷を軽くするようにやっていくべきだと思うんですよ。またこれは事実今やっておられるんじゃないですか。裁判長級と、部長級の名と、そうでない陪席の者とは、私はしかるべくやっておられると思うんです。だから、そこを真剣に考えられれば、私は、もっとこの案よりかすぐれた考え方がある、こう思うということを申し上げておるわけです。
○位野木政府委員 民事 刑事の裁判に密接した人を違憲判断あるいは判例の統一に携わらせるということは、非常に適当であるということは御同感であります。先ほど申し上げましたように、今度の最高裁判所の最小限度の要求として、ここに最小限度の権限として新しい憲法判断、それから判例変更の場合には必ず最高裁判所でやれと書いてありますが、この事件数は、少くとも実体的にこれに該当する、客観的にこれに該当するという場合は非常に少い思うのでありまして、今までの大法廷の扱う事件と建前としては区別がないわけでありますから、今までといたしましても、判例変更と憲法問題の判断とは、年に百件にならない、数十件程度じゃないかと思います。そういたしますと、それ以外の余裕があるわけでありますから、実際としては、それ以外の大部分、おそらく最小限度千件程度の負担能力は十分あると思いますので、それ以外の大部分の事件、重要な法令の解釈あるいは重要な事件というものは、最高裁判所が規則を定めまして、そして大法廷の方に送り出して審査をするということが考えられますので、普通の民事、刑事の事件についても十分今度の最高裁判所の判事がタッチしていくということを考えておるわけであります。
○高橋(禎)委員 どうも長くなって恐縮ですが、いま二、三点事務総長にちょっとお尋ねします。 最高裁判所の裁判官は今認証官というようになっておりますが、これをかりに増員した場合、認証官の裁判官と、そうでない裁判官と置くということは、事務的な方面から見て不都合があるかどうか、それについてお考えを伺っておきたいと思います。
○五鬼上最高裁判所説明員 私は、最高裁判所の裁判官というのは、憲法もやはり同じ資格待遇を要請しておるのではないか、国民審査に付する場合に、認証官である裁判官と非認証官の裁判官とあって、それを国民審査に付するのは少しおかしいじゃないか、やはり同一の待遇に置くべきではないか、こう考えております。
○高橋(禎)委員 その点は別の議論として、そうでなくして実際の仕事をやっていく上から、認証官にしておかなければどうもやりにくいところがあるというようなことかなり得るかどうか、それを伺っておるわけです。
○五鬼上最高裁判所説明員 私、まだその経験はございませんので、的確なことはお答えできないと思いますが、しかし、最高裁判所の裁判官と同じ権限を持った裁判官を下級裁判所のように区別したり、あるいは証認官と非認証官と区別したりすることは、実際の運営上においてもいろいろな点に支障があるのではないか、こう考えております。
○高橋(禎)委員 私は、最高裁判所というのは、それこそよく言われるように天下第一流の人物をもって、しかも相当の員数のものにして国民審査等についても堂々とやって、待遇もよくして、そして大いに働いてもらう、これが日本の司法府の姿だということを示すところまでいった方がいいと思っておる。どうも、最近の傾向から、物事を公平に判断していくという機関に対する全体の考え方でもっと慎重にやらなければならぬ面が相当あるように、私個人としては思っておるのです。特に司法権の問題については、これは最初の資問においてもちょっと触れたのですが、はなはだ遺憾な点があるです。それは、物的な設備の点においても、人的構成においても、あるいはその待遇においても、私は何だがさびしい感じのするのが現実だと思う。これでは国のほんとうの基礎を固めていくという姿ではないと私は思うから、そこで、憂えておるのは、今の原案の最高裁判所長官と裁判官八人、計九人でもって、そして憲法違反だというような、実際は憲法違反というようなことはないのにもかかわらに、そういうことを主張するものだけをあそこでほそぼそと取り扱って、そして、私の見通しとすれば、そこに非常に未済事件がたくさんある、また山積すると思っておるのですが、それでは一体、司法府の姿として、行き方として憂うべきものじゃないか、そこでいろいろ申し上げておるわけですよ。最高裁判所かそんな貧乏くさい、国民と遊離した、国民の尊敬を受けないものになったら、私は最後だと思うから、最高裁判所のために実はこの問題をいろいろ考えておるわけです。ですから、今おっしゃったように、認証官にしなければ工合が悪いと言われる説に対しては、一応ごもっともな筋があると了承いたしておきます。これは資問じゃないのですが、ただ名答弁だったということをちょっと申し上げておきます。
○三田村委員長 本日はこれにて散会し、次会は公報をもってお知らせいたします。 午後三時二十分散会