法務委員会 第16号
- 発言数
- 35 件
- 登壇者
- 3 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1957/03/20
会議録
○三田村委員長 これより法務委員会を開会いたします。 裁判所法等の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。 質疑の通告がありますので、順次これを許します。高橋禎一君。
○高橋(禎)委員 法務大臣にお尋ねいたしたいと思います。 第一は、この裁判所法等の一部を改正する法律案を提出されるに至った理由は大臣よりすでに本会議及び当委員会において御説明があったところでありまして、その趣旨は了承するものでありますが、国民側と申しますか、われわれの最高裁判所の機構改革及び上訴制度、特に上告制度について要望するところは、第一、は上告の門戸を開放せよ、こういう要求があるわけです。これは国民の世論である、こう私は考えております。それから、第二は、訴訟の促進をしなければならない、こういう要望であります。これは、最高裁判所及び下級裁判所の訴訟の遅延ということは全く目に余るものがあるわけでありまして、一々ここでその事例をあげなくても、法務大臣も十分御存じのところであると思うのであります。刑事の被告人は迅速な裁判を受ける権利を持っておるわけです。日本の憲法をほんとうに守ろうとするものは、司法関係においては、裁判を迅速にやる、特に刑事事件についてはその必要が強く認められるわけで、これを実践しなければ憲法を守ったということは言えないと思います。ところが、最高裁判所おいても非常に事件が停滞をいたしにておりまして、何だか最高裁判所といえば——口を開けば、われわれは憲法の番人であり、われわれこそ憲法を守る者であるということを絶えず国民に向って広言といいますか申しておるわけなんです。ところが、やっておることは全く憲法の精神をじゅうりんしたようなことをやっておる。これは、二年や、三年、五年、六年、もう刑事事件が最終的な判決を受けないで困っておるものがたくさんあるわけなんです。そこで、私は、この際中村法務大臣のもと、岸内閣において裁判の迅速化ということに一つ力を入れてもらわなければならぬ。そこで、まずお伺いいたしたいのは、最高裁判所の機構改革をして、法務大臣は裁判の迅速化ということを考えていらっしゃるでしょうが、最高裁判所で事件が停滞したり迅速に裁判ができないということは、機構が悪いのであるか、最高裁判所の裁判官が忠実にその職務を執行してその能率を上げ得ないのであるか、——私は単に機構が悪い機構が悪いというだけを取り上げるべきではないと思うのです。ですから、最高裁判所の裁判官は一体どの程度の仕事をやっておるのであるかどうか、機構ばいいのだけれども裁判官が能率を上げ得ないのではないか、人的関係において訴訟が遅延するのではないかということも考えてみなければならないのです。ですから、今お答え願いたいと思いますことは、例を最高裁判所にだけ問題を縮めて参りますが、機構が悪いのであるか、裁判官が能率を上げ得ないのであるか、それを法務大臣はどういうふうにお考えになっておるか。これについてまずお答えを願いたい。
○中村国務大臣 訴訟がはなはだしく遅延をいたしておりまする点は、御指摘のように私も考えております。そこで、現在の最高裁判所における事件の積滞状態でございますが、これは、最高裁判所の裁判官がその道のトップ・レベルの第一流の人をもって当てなければならない性質にかんがみまして、現在の上告の件数等から見まして、私は、人の問題よりはむしろ機構について改善すべきではないか、かように考えるのであります。それと、最高裁判所に上告事件として持ち込まれますものが、ごく高度のものから、ほんとうに訴訟の遅延のみを目的としたものから、いろいろ内容種類が雑多でありますから、この天下第一流の人材をもってこれらのものをことごとくさばくということが非常に至難な状態になっておる。さような結果、負担が過重になりまして、事件が最高裁判所において特に遅延をいたしておるのではないか、かように私ども考えるのであります。その他、一般の事件の遅延につきましては、今回提案をいたしましたこの法案のほかに、いろいろ考慮すべき点があると思いますので、今国会におきましても特例判事の高等裁判所への任用の道も考え、その他の点を目下法制審議会に諮問をいたしまして検討をいたしておる次第でございます。 さような次第で、数年前から、最高裁判所の機構を何とか改善をしなければならないではないか、こういう世論が各方面から起って参りましたのも、私は、機構に大きな原因がある結果ではないか、かように考えております。
○高橋(禎)委員 この最高裁判所の裁判官は一生懸命やっておるんだ、裁判官に不服はないんで、その点については何ら反省をする必要もないし、改める必要もない、ただ機構が悪いんだ、こういうふうにきめてかかるわけにはいかないと私は思うのです。法務大臣としては、最高裁判所の裁判官は、とにかく政府が第一流の人物だと思う者を任命して、そうして国民審査を経て、その支持を得てその地位にあるわけですから、これをあまり攻撃するわけにもいかないといった人情話的なお気持はよくわかるのですけれども、しかし、私は、現在の日本の裁判全体をほんとうに改革していくためには、いやなところにでもメスを入れなければならぬと思うのです。ですから、法務大臣は、最高裁判所の裁判官は毎日毎日こういう仕事をして、これだけ能率を上げていっているんだ、だからもう機構改革以外に改めるべきところがないんだと真に考えていらっしゃるかどうか、そこを知りたいのです。 そこで、一つ例をあげてお尋ねいたしますが、最高裁判所の構成については憲法が定めておるというんですね。そして、最高裁判所の強い意見として、とにかく最高裁判所の憲法関係の事件というもの、すなわち大法廷を開く事件というのは、最高裁判所の長官がおらないと裁判できないというんでしょう。そこはどういうふうにお考えになるか。最高裁判所の長官がおらなくても、その代理者でも大法廷を開き得るかどうか、そこをお尋ねしたいのです。と申しますのは、最高裁判所の長官がおらなければ大法廷を開くことができないんだということになると、最高裁判所の長官というものは、そうよそへ旅行したり、特に長期にわたって外国に行ったりなんかしてのんきなことはやつておられないわけです。最高裁判所のほんとうの使命はその間果し得ない状態になるわけですから、そこの最高裁判所の構成に関する問題と、そうして、最高裁判所のほんとうの事務を遂行していけるかどうか、その関係を一つ御説明願いたいと思います。
○中村国務大臣 従来最高裁判所の裁判官の任命は憲法上国民審査の手続がございますが、国民審査のみをもっていたしますよりは、さらに工夫をすべきであると考えまして、今回提案いたしました法案におきましても、最高裁判所の裁判官を任命いたします場合におきましては、任命諮問審議会を常設いたしまして、この審議会の議を経て任命をする、こういうふうな方法によって、できるだけすぐれた人材を最高裁判所に網羅するようにいたしたい、かように考慮をいたしておる次第でございます。 なお、大法廷の開延についてでありますが、これは、長官が不在でございましても、大法廷の裁判を行うことに支障はないと私は考えております。
○高橋(禎)委員 今、後段でお答えになった点ですが、これは本法案取扱いについて非常に関係の深いところでありまして、憲法によって最高裁判所の構成がきめられており、そうして、この前の本会議において、総理大臣は、憲法上の最高裁判所というものと裁判所法上の最高裁判所というものは同一だ、こういうふうにお答えになったと思っておりますが、そうすると、最高裁判所は最高裁判所の長官及び法律で定める裁判官をもって構成する、こうなっておるのです。その場合に、憲法がそういうふうに規定しておるのに、最高裁判所の開廷をする場合に、最高裁判所の長官はおらなくてもいい、その代理者でもいいということが憲法上許されることであるかどうか、それをお答え願いたいと思います。
○中村国務大臣 憲法の七十七条によりまして定められた最高裁判所裁判事務処理規則によりますと、大法廷では最高裁判所長官が裁判長になる、最高裁判所長官に差しつかえのあるときは、その代理順位というものをきめてありまして、この代理順位によって代理をするということになっておりますから、最高裁判所長官に差しつかえのある場合というものはこれらの制度上予想されておりますので、長官が差しつかえのあるときにその代理判事が裁判長になることは制度上差しつかえない、かように考えております。
○高橋(禎)委員 重ねてそこのところを念を押しておくわけですが、これは将来非常に影響があるわけです。憲法で、最高裁判所は最高裁判所の長官及び裁判官をもって構成するとありまして、最高裁判所の長官が大法廷において裁判長になるということは、これは憲法の予想しておるところだと私は思うのです。そこで、今おっしゃった事務処理規則というものは、憲法の精神にほんとうに合致しておるものであるというふうに法務大臣は確信を持ってお答えになるかどうか、それを念を押しておきたいと思います。
○中村国務大臣 やはり、最高裁判所の長官も自然人でありますから、病気、旅行その他の差しつかえのあることは当然予想しなければならないところでありますから、最高裁判所長官が大法廷の裁判長になるといたしましても、それに差しつかえのあった場合の処理が法というものが、処置が最高裁判所に委任をされました規則によって定められることは違法でないと私は考えるのであります。ただ、問題は、先ほど高橋委員から御指摘がありましたように、そういう重責の地位にある者が相当長期にわたって海外旅行をすることがいいか悪いかということはまた別個の問題でありますが、見方によりましては、そういう重責の地位にある者が大いに海外の見聞を求めるということも、その方の見方からすれば悪いことはないと思います。それについては別個の議論があるかもしれませんが、制度上として、長官に差しつかえのある場合に他の者が大法廷の裁判長の職務を行うということは、理論上も私としては支障がないように考えるのであります。
○高橋(禎)委員 それでは、その問題はそれで一応伺っておきまして、最高裁判所の裁判官の仕事のしぶりということについて法務大臣は御調査になつたかどうか。訴訟関係の人たちの声を聞きますと、どうも仕事のしぶりが少し緩慢なんじゃないか、また、調査官にほとんどまかせきりのような状態で、調査官の方の仕事が終らなければ裁判官はじっとこれを待っておるような格好になっておるのじゃないか、こういう声があるわけなんです。少くとも、機構を改革して訴訟の促進をはかろう、人的関係には触れないでいこう、こういうことになりますと、そこに私どもまだ解けない疑問があるわけです。ですから、法務省においては、特に法務大臣はこの点を調査になったかどうか、調査になっておるとすれば、その資料を当委員会に一つ提出してもらいたい。最高裁判所の裁判官の仕事のしぶりですね。これは、大いに働いていらっしゃるのでしたら、これを国民に知らせるということも必要なんです。それから、まだ能率を上げ得るにもかかわらず怠慢で完全に能率を上げ得ない、まだ職務完遂に足りないところがあるというなら、それを改めなければならぬ、こう思うのです。今度の改革は非常に重大な問題ですから、そういうふうなところをはっきりとしてかからないと、結論はなかなか出ないと私は思うのです。ですから、最高裁判所の裁判官の考課表とでもいいますか、そういうものをおそらく御調査になっておられると思いますから、一つ委員会に提出してもらいたい。もしも、そこまでまだ具体的に調べておらぬ、ただ感じとして最高裁判所は一生懸命やっておるのだけれども、機構が悪いから、それで訴訟が遅延するのだ、こう思っておられるのでは、私は本法案審議にはまだ準備が不足だと思いますから、それを調査して委員会にはっきりと御説明願いたいと思うのですが、その点一つお伺いしたい。
○中村国務大臣 今高橋委員のお話では、裁判官の執務ぶりについて考課表のようなものは出ていないかということでありましたが、私、まだ就任日が浅い関係もございまして、そういう詳しい事情は承知いたしておりませんが、ことに、行政府といたしまして、そういうような独立した機関である最高裁判所の内情を資料をもって提出するということは、これは、法務省側からいたしますよりは、適当の機会に裁判所の方から実情をなお詳しくお聞き取りいただきたいと思います。ただ、大局論として申し上げ得ると思いますことは、御承知の通り、裁判官には宅調の制度がありまして、必ずしも役所に出勤をすることが裁判官の仕事をする唯一の方法ではありませんので、宅調という方法があります関係もありまして、ただ登庁する日数のみをもって勤勉、怠慢と申しますか怠勤の状態を判断するということもどうかと思うのであります。ただ、問題は、御承知の通り、今回の改革の意図もそういう点にあるのでありますが、従来、上告事件というのが、言葉は当らないかも上れませんが、玉石混淆で大量の事件が最高裁に持ち込まれますので、これを裁判官自身がみずからすべての調査を行い、そして判決の草案までことごとく自分が起草するということは、実際問題として、これだけの何千件という年々あります事件を処理することは至難であると思うのであります。そこで、調査官という制度がありますので、調査官がこれらの基礎的な調査を行い、あるいは一応判決の草案というようなものを書くということになりまして、それを結局責任者である裁判官が精査いたしまして最終的な判決としての結論を出すのだと思うのでありますが、さような結果、ややもすれば世間に調査官裁判であるというような非難が起って参ると思うのでありますが、これらは、要するに、トップ・レベルの最高裁判所の裁判官がみずから慎重にすべてを扱い判断をすることの事実上できない情勢下に現在の上告関係が置かれておるところに基因をしているのではないかと思うのであります。従って、この根源を解決いたしまして、高橋委員が憂慮されておりますように、いやしくも最高裁判所の裁判官たる者は自己の担当する事件についてほんとうに全責任を負って十分な審査判断を下し得る状態を作りたいというのが今回の機構改革でございまして、いろいろ過去において最高裁判所のあり方についてそういう意味からも批判が起り、今回の制度改正というものが単に急にわき出たというのではありませんで、数年来から世論として起り、識者の間に議論され、法務省当局におきましても、法制審議会におきましても、国会におきましても、皆さんが憂慮をされて、いろいろ論議を尽して参りました結果、煮つめたものが、大体今回の法案としてわれわれ提案をいたしておるような次第でございますから、さような意味におきまして御了承を願いたいと思います。
○高橋(禎)委員 法務大臣、最高裁判所側から、あるいはまた最高裁判所を弁護するような意味において、何か最高裁判所が憲法の番人であるとか、あるいはまた最高裁判所の裁判官は天下第一流の人物であるとか、あるいは最高裁判所に係属するような事件は玉石混淆の事件であるとか、今法務大臣のおっしゃったそういう言葉も、国民としてはとてもすなおに受け取ることのできないような実情に現在あるのだと私は思うのです。憲法の番人云々の問題については、私が先ほど申し上げたように、最高裁判所としてほんとうに憲法を守るのであれば、もっと訴訟を迅速にするようにしなければなりません。みずからもそうですし、下級裁判所をしてほんとうに迅速かつ正確な裁判をさすようにしなければならぬと思う。それに対して国民はなかなか満足しておりません。それから、天下第一流の人物なんていうことはどういう趣旨で言われるのか知りませんけれども、天下第一流の人物でしたら、そんなに国民から非難されるようなことではいかぬと思うのです。私は、最高裁判所がほんとうに自己の職責を迅速に果して国民の要望にこたえるところに、ここに天下第一流の人物たる尊敬を受けるべき価値があると思う。ところが、やっているところを見ると、五年も六年もたってまだ刑務所に被告人を拘束しておいて、それでまだ裁判の結論が出ないというような事件が、かりにただ一件あるにしても、私は、そこに、天下第一流の人物がほんとうに憲法を守っておるという姿、そういうふうには国民には思えないと思うのです。だから、天下第一流の人物というようなことは、ほんとうに与えられた仕事をして、十分にその職責を果して、自然に国民から尊敬されるようなところに私は成り立つものだと思う。今思いますと、大審院制度の時代、あの大審院の部長あるいは裁判官の方々が、大きな記録をかかえて電車のつり皮にぶら下って通われた、宅調もされた、そうして、それこそはた目にもほんとうに同情するような姿においてその職責を果された。しかもその当時は日本は世界の一等国であったのでしょう。そういうところに私はほんとうの司法関係の天下第一流の人物の姿を見取ることができるのです。ところが、戦争には負けた、もうとてもきゅうきゅう言っているときに、大きな公舎に入り、自動車を使い、りっぱな設備はできたけれども、事件はさっぱり解決かついていかぬ。それでも、それは天下第一流の人物である、憲法を守っておるんだぞ、こんなことを言われても、私はいかぬと思う。そこを私は法務大臣の手によって制度の上で解決をつけていただきたいと思うんですよ。ですから、重ねてお願いをいたしておきますが、裁判所と法務省は何も監督関係にないのだから、実情の調査ができないなんて、そういうことじゃ、私は、法案を提出された政府としてはまだ責任を十分果しておるものだと思えないと思う。何らかの方法によって、機構が悪いのであって人が働かないのじゃないということを実証される必要があるのです。もちろん、これについては最高裁判所からの意見も聞きますけれども、やはり政府当局全体としてこれを十分認識していらっしゃらなければ、問題の解決にならぬ。だから、これを調査されて当委員会においてはっきりと御説明下さるように重ねてお願いしておきますから、後日の問題としてお預けをいたしておきます。 そこで、これは先ほどの御答弁の中にも触れられたのですが、最高裁判所の裁判官の仕事のしぶり、あるいはまた最高裁判所の機構改革、これだけを改めたのでは、私は、まだほんとうの全体の裁判の促進ということ、それから正確な裁判をなすということには足りないと思う。第一にあげられるのは裁判所の物的設備の問題だと思う。これは毎年々々政府は予算を提出されます。今のような東京の裁判所——法務大臣もごらんになっておると思いますが、あの物的設備をもってしたのでは、ああいう法廷では仕事はできない。こういう事務所ではとても能率は上らぬであろうということは、これまた常識になっておるのですよ。だから、そういうふうな裁判所全体の物的設備であるとかあるいは人的構成であるとか、厚生事業——気持よく十分に仕事をやり得るような問題について、一体真剣に考えておられるのかどうか。ことしも要求したけれども予算は通らなかった、仕方がないなんていったようなことじゃ、私はいかぬと思う。これは終戦後における国会にも大きな責任があると思う。政府に責任もあると思うのです。司法関係のような国の根本のいしずえを固めていくというような問題については、ややおろそかにされた傾向が私はあったと思っております。大体、国会でも、何か選挙の投票にでも関係のありそうな問題については、わんさわんさ言って一生懸命やっておるけれども、目に見えない縁の下の力持ち、国のほんとうの根本的ないしずえを固めていくという問題については、どうもなおざりにされがちじゃないか。そこに私は司法という畑の荒れていく原因があると思うのです。ですから、先ほど法制審議会等においてもいろいろ研究をしているとおっしゃいましたが、裁判官の素質の問題、物的設備の問題、並びに裁判所法全体の問題、訴訟法の問題、それらを総合的に、ほんとうに裁判が正確かつ迅速に行われるようにやろうというだけの意気込みをもって臨んでおられると思うが、その決意を伺って、その上に立ってその一環としてこれを取り上げておるのだということがはっきりとしなくては、意味をなさないと思うのです。所見を伺いたい。
○中村国務大臣 今回の本法案は、私ども、さしあたり最も行き詰まりを来たしておりまする最高裁判所の機構及び上告制度について改革の道を講じたい、かように考えておりますが、その他の点につきましても全く御指摘の通りでございます。物的の施設関係にいたしましても、御承知の通り、われわれとしては衷心遺憾にたえない現状が多いのでありまして、この点にかんがみまして、昭和三十二年度予算編成に当りましても、いろいろ法務委員の方々の御支援をいただきまして、東京の裁判所の現状が、床もいたみ、雨漏りもする、しかも法廷の数が非常に少くて狭隘を感じておりますので、五千万円の予算をようやく初年度として組むことができました。すみやかにこれらの状態を改善いたしたい。その他、全国にわたりましても、大体裁判所関係の営繕費を今年度は二億数千万円増額をいたしまして、鋭意これらの物的設備の改善に努めている次第でございます。 なお、物的設備が裁判の遅延にも影響しているということは御指摘の通りでありまして、ことに、大都市、またその中心であるところの東京のごときは、法廷の数が非常に限定をされておりますから、裁判官自身が特にこの事件について法廷を開きたいと思いましても、大体あらかじめ日数で割り当てられた以外には法廷を使用することができない。使用すべき場所がない、こういう現情にありますから、こういう状態はすみやかに改善をいたしたい。私どもといたしましては、全力を尽して御指摘のような方向に微力の限りを尽したい、かように存じております。 なお、その他の人的関係につきましては、先ほども申しましたように、とりあえず、目下提案をいたしました高等裁判所の左陪席に特例判事補を当てる制度を設けまして、高等裁判所の左陪席として十年以上の裁判官の経験のある練達の士を一審に下しまして、一審強化をはかり、裁判の促進をはかりたい。なお、その他につきましても、目下法制審議会に諮問をして、これらの裁判全体としての裁判の促進方法について鋭意検討を加えて、できるだけすみやかに適切な成案を得たい。かように努力をいたしておる次第でございます。
○高橋(禎)委員 今おっしゃったような趣旨で大いにやっていただきたいと思うのです。これは全く日本の司法の危機に私は直面しているような感じがしてならない。われわれ大いに中村法務大臣をバックしてやりますから、今おっしゃったことを在任中にやるという意気込みでやっていただきたい。そこで、今度は機構の問題ですが、今度提出された案をわれわれ一読して得た感じは、何か最高裁判所の機構改革だと思っていたら、最高裁判所小法廷という下級裁判所を一つ設けるという裁判所構成上の最高裁判所小法廷設置法を出してこられたような感じがするのです。こういうことで一体訴訟が促進できるかどうか、私は、むしろ逆に訴訟が遅延するのではないか、こういう感じを持っている。それについてお尋ねをするわけですが、なぜそういうふうに言うかといいますと、今度この法が実施されるということになると、憲法問題については最高裁判所において裁判されることになるでしょう。ところが、小法廷の裁判において確定はするけれども、異議の申し立て、ができる。そうして、申し立てをしたものに対しては、これは刑であれば執行はできるけれども、しかし最高裁判所が適当な措置をとることができる。おそらく刑の執行の停止をするとか、そういったようなことが考えられるんだと思うのですが、そうすれば、最高裁判所小法廷において裁判を得た者は、全部最高裁判所へ憲法違反だといって異議の申し立てをしますよ。これは今までの例から私はそういうふうに見るのです。ちょうど刑の執行を猶予してもらいたいという上申書を検察庁に出すくらいな気持で、最高裁判所へ異議の申し立てをどんどんやるのです。これはむろん見通しに関する問題ですが、法務大臣の先ほどの御説明は、最高裁判所に係属しておる事件は玉石混淆しちゃって、ほんとうは上告しなくてもいいようなものを上告しているというような趣旨だと思うのですが、あなたは、それは国民側になってよく考えてみてもらいたい。というのは、一審、二審の裁判を得ても、どうも、事実認定において、あるいは刑の量定において、刑事事件ならばほんとうは不服があるのですよ。ところが、上告理由を非常に制限して門戸を閉ざしておるものですから裁判に対して非常な不平、不満がある。そこで、もう一ぺんその裁判をやり直してもらわなければならないという気持で一ぱいなのです。ところが、上告理由が制限されておるものだから、ほかの理由ではだめだから、そこで、許されておる上告理由を取り上げて——それには裁判を得る理由にならないものもあるでしょうけれども、とにかく気持はそうなんです。何といっても最高裁判所でもう一回裁判してもらわなければ気が済まない、こういう気持なんです。一審の裁判も二審の裁判も信頼できない、どうも自分には不服があるから、もっと上級の裁判所の裁判を得て、それで結論が出ればやむを得ないといってあきらめるにしても、そこまで行って、そこであきらめようという気持、そういう気持で最高裁判所にどんどん上告事件が来るのです。だから、玉石混淆というふうには簡単には片づけられない。門戸を非常に制限しておる、閉ざしておるところに理由があるのです。裁判はそれでいいのだ、りっぱな裁判をしているけれども、よけいなことをして上告をしているのだと見ることは、誤まりだと思う。そこをよくわかってもらわないと、今度の問題も解決がつかない。そういう気持で今まで上告事件が多かったのですが、今度の改正で、本法律案が実施されたとすれば、最高裁判所小法廷において得た裁判はやむを得ず確定するけれども、どうもまだ不服がある、執行を延ばしてもらいたい、そこで最高裁判所の裁判を得てあるいは救われるかもしれないという希望は持てる。ちょうど、「真昼の暗黒」という映画でしたか、あれを見て、一番国民を感激させ、司法制度に対するほんとうの国民の信頼感をつないでおるのは、そう心配するな、あとに最高裁判所があるじゃないか、というあの言葉で慰められる。あれは私は真実だと思うのです。だから、一審でも二審でも、不満であったら最高裁判所があるぞというところにまだ希望が持てる。また司法を信頼していこうという国民の姿があるわけです。今度でも、最高裁判所小法廷で裁判を得たならば、やはり同じように、憲法問題を理由として最高裁判所に殺到しますよ。私はほとんど残らず異議の申し立てをすると言ってもいいと思う。そういうことになったらどうでしょう。今度の案によると九人の判事ですか、憲法違反でもってあそこに持っていって殺到しますよ。それでは今よりもっとおそくなると私は思う。しかし、確定しているのだからじゃんじゃん刑の執行をしてもいいだろう、こういう説があるかもしれないが、それは実に危険な考え方です。やはり事実認定、刑の量定には不平、不満があるからまだ満足できない、いよいよ最終的な段階において裁判を得よう、最高裁判所という、今まで通りの言葉を借りれば天下第一流の人物が集まっておる、そういう裁判所で裁判をしてもらいたい、国民はそう思ってどんどん殺到します。それではさばきはつきませんでしょう。今よりおそくなります。そしてまた、そういうふうな段階において、最終的の確定のないものを、もう確定しておるんだから法律上執行をどんどんやってもいいということになったら、刑の執行が真に教育刑の作用を営まなくなってしまう。あの刑務所の中におる、まだ最高裁判所の裁判を得ておらぬ者は、われわれは真に確定していない、それにもかかわらず刑の執行を受けている、われわれはいつかは救われるかもしれぬ、いつかは無罪になるかもしれないという気持を持って刑に服しておる。刑務所というものは今までとはそれこそ姿か一変します。不平不満の連中をあそこに入れておいて教育の実が上るかどうか、説明しなくても法務大臣すぐおわかりのことです。すなわち、訴訟が非常に遅延すると同時に、もしそれを執行すれば、量刑というものが非常に無価値なものになる。あの刑務所の中にどんな事態か起るかもしれぬという危険を私は思う。そんなあやふやな制度だと私は思うのです。そこをまじめにお考え下さって御答弁を願いたい。
○中村国務大臣 従来の実績によりますと、憲法違反であるということを理由にして上告いたしております件数は、大体全体の件数の約一割に近いものであるのであります。従いまして、今回の場合におきましても、最高裁判所小法廷に上告事件が出されまして、当事者の主張によって、原審判決が憲法に違反しておるんだ、こういう主張のありますものは、小法廷はみずから判断をいたしませんで、審査をいたしました結果当事者がそういう主張をいたしております事案については、最高裁判所へこの事件を移すのであります。従って、さような関係で、上告の当初から当事者が憲法違反を主張しておりますものは、小法廷ではみずから裁判をいたしません。従って、小法廷で行いました裁判に対してなお憲法の違反かあるという理由で上告をいたしますものは、本質的には小法廷の裁判所か法律によって構成されていないもので裁判をした、構成を変えたとか、そういうような特殊な場合にのみ異議の申し立てがあり得るわけでありまして、もし、原審裁判に対する上告の際において、憲法違反を主張しないで、あとから主張したというようなものは、これもあり得るかもしれませんが、あってもごく少数である。また、同時に、異議の申し立てに対しては、適当な異議の処理に関する最高裁判所の裁判所規則を定めて参りますので、この規則に基いて迅速な処理がなし得ると思うのであります。 なお、最高裁判所の負担でございますが、裁判官が現在十五人おりますのが九人に減員をいたしますが、これは、今申しましたように、大体上告事件総数の約一割が違憲を理由とした上告でございますから、従って、最高裁判所の裁判をすべき事件の件数というものは、この上から見ましても非常に激減いたしますわけでございますから、むしろ、九人の裁判官をもって常に大法廷で裁判をいたしまして、統一ある憲法の判断及び判例の統一を使命として、この大法廷が一体となって適切な裁判をなし得る、かように考えておるのでございます。
○高橋(禎)委員 私は、法務大臣のお考えは少しあま過ぎると思う。今は一割とおっしゃいますが、その他若干ほかの理由をもって上告するということが認められておるものですから、そちらの方で事件がその理由をあげて上告される場合がある。ところが、ほかの理由はない、憲法に違反かあることを理由とするときは、大法廷に異議の申し立てができるということになれば、そして最高裁判所の小法廷において得た裁判に不満であれば、その不満は単に憲法云々の問題だけでなくして事実の認定においても刑の量定においてもともかくも不安であるという場合には、これは憲法違反ということを理由にして、ちょうど中には刑の執行を延期してもらいたいというくらいな気持ででもそういう措置をとられるかもしれないのですから、そういうところに淡い希望を持って、どんどん上告するのではないかと思う。そして、上告の理由を、憲法に違反するものだということを理由にして今まで争ってきておらなければ上告できない、最高裁判所に異議の申し立てができないということになれば、それはあらかじめそういうふうな主張をいたしますよ。というのは、それは悪いじゃないかといっても、それは上告の門戸を閉ざしておるところに理由があるわけですから、やはり私は、ほとんどの事件が最高裁判所に、すなわち大法廷に憲法違反を理由にして行くと思うのです。これは取るに足らぬ理由であっても、ともかくそこへ殺到する。そういうことになりますと、これはそれに対して適当な措置をとるかとらぬかということをやはり検討しなければならぬ。書類を見ないではねちまうのだというような考えでこの制度を作られたら、これは最高裁判所は意味をなさぬでしょう。異議の申し立てをしたら最高裁判所すなわち大法廷は、適当な措置をとっていいかとって悪いかということを判断するためには書類を見なければなりませんでしょう。それを見ずにやるなら簡単ですけれども、一応書類を検討して、そういう措置をとっていいか悪いかということをきめるということになれば、これは大へんな仕事ですよ。そこを考えないと、最高裁判所は今よりもっと事件が遅延する。遅延をしても裁判が確定しているのだからいいだろうというようなことは、先ほど申し上げたように、国民の側、裁判を受けた側から見れば、まだ未確定の状態だと思うのです。最終的な確定も見ないのに、——最終的に憲法の問題について裁判を受ける権利を国民は持っておるのでしょう。それにもかかわらず裁判を確定さしておいて執行するということは不都合じゃないかという声が刑務所の中から起りますよ。それが大へんなんです。そうすると、一方においては事件が遅延をし、一方においては行刑上非常な不都合が起ってくるということが私どもには直感されるわけです。見通しとしては、法務大臣の先ほどおっしゃったよりは、私の見通しの方が当ると、私は確信を持っております。今おっしゃった程度で私はとても安心できないのです。もう一回一つ御説明願いたい。
○中村国務大臣 御指摘の通り、上告いたしまする者の心理にはいろいろ複雑な事情があるかと思いますが、そういう点から考えますと、実は、今回の改正におきましては、従来は上告の範囲を刑事事件については違憲の関係と判例抵触のみに制限をいたしておりましたが、今回は上告の理由をさらに拡張いたしまして、法令の違反が判決の結果に影響を及ぼして原判決を破棄しなければ著しく正義に反する、こういう場合には上告がなし得るように上告の範囲を拡張いたしたのであります。上告の範囲が狭ければ狭いほど、当事者といたしましては、やはりどうしても上告をして、もう一ぺん最石裁判所の上告審における判断を受けたいと思いまする場合には、いろいろ違憲の理由を上告の理由として出して参りますから、自然違憲を理由とする上告事件が多くなるわけでありますが、今回は上告の理由の範囲を拡張いたしましたから、従って、その意味から言いますならば、違憲を理由とする上告事件というものは減少すべき傾向になるはずだ、かように言い得ると思うのであります。それから、異議の場合でありますが、当事者が小法廷の裁判に対してなお違憲を理由として異議の申し立てをいたしまする場合におきましては、小法廷においてすでにその事案全体について十分の審理を尽して判決をしたものについての異議の申し立てでございますから、ちょうど高等裁判所が上告を取り扱っておりまする民事事件についての特別上告と類似のものになるわけでありますから、その場合における異議に対する最高裁判所の判断は非常にたやすいものと考えられるのであります。
○高橋(禎)委員 将来の見通しですから、法務大臣はそういう見通しを持っているのだとおっしゃられると、私どもは一応お伺いをしておくということにならざるを得ぬのですが、私は、法務大臣の見通しでなくして、訴訟促進のためにこういう機構改革をやろうといって法律を作って、今までよりもっと訴訟が遅延をするということになったら大へんだと思うのですが、どうもその見通しの方が強いのです。そこで、今お答えになった点に関連して、小法廷で裁判を受けた、ところが、憲法違反があるということを理由にして大法廷に異議の申し立てをした、異議の申し立てがあったときには、大法廷は裁判の執行を停止しその他必要なる処分を命ずることができるとなっておるのです。それは簡単にできるであろうとおっしゃるのですけれども、しかし、書類を見なければわかりませんでしょう。私はそう思うのです。裁判の執行停止をしていいか悪いか、その他必要な処分を命じていいか悪いか、そういうことを判断するには、最高裁判所に異議の申し立てをされたその事件の書類を見なければわからないでしょう。書類を見ないではねちゃうのですか。今までは最高裁判所は書類をあまり見ないで裁判をするのじゃないかというふうに国民は思っております。今まで通りにやられたのではだめなのです。というのは、裁判はどこまでも迅速にやってもらわなければならぬと同時に正確にやってもらわなければならないのです。間違った裁判でもいいからじゃんじゃんとにかく未済事件をなくしてしまえばいいというのでは意味をなさないのですから、そうすると、正しい判断を下そうとする裁判官は書類を見なければ気が済まないはずですよ。書類を見ないでも、なに、名前を書いて判こを押せばそれでいいのだということでは、それは天下一流の人物のやることじゃないのです。そこが問題ですよ。門戸を開いたとおっしゃいますけれども、これではまだまだほんとうに開いたことにならないです。それは国民の希望するところの十分の一にも達しない。やはり、一番問題は、事実の認定、刑の量定、それに法令の適用、判例の尊重、こういうところが総合された正しいものでなければならないのですが、最高裁判所に参りますと、これまでは、事実の認定だとか、刑の量定ということについてはあまり問題にされないのです。これは判決を受けておる者はみなそう思っております。というのは、簡単に、これは裁判所が職権をもって調査する事項では上告の理由に入れられないといって、活版刷りでもって裁判が下っておる。ところが、そこが問題だから上告の門戸を開放しろというのです。職権調査をするというても、記録を読んでいらっしゃるかどうか疑問なのです。私は何のことかわからぬと思うのですね。上告の理由としては、お前たち書いて出したって、それはだめだぞ、われわれの方で職権で調査するのだぞと、書いて出したものでも調査しないものが、書いて出さないでおいたら、職権調査だといって、これは事実の認定が誤まっておって原審判決を破棄しなければそれこそ社会の正義に反するなんというようなことをやるはずがないと思うのです。刑の量定においても同様なのです。理由には、法律は認めておらぬけれども、それをとにかく職権調査を促すためにいろいろと苦労して書いて出しているのです。それですら玄関払いする。こんなものは理由にならぬ、職権調査でやることなんだ、われわれが勝手にやるんだ、——職権調査というのは私は義務があると思うのですよ。どういう理由をもって上告をしても、記録をよく見て職権調査の結果、裁判を改めるべき点があるかどうかということを真剣に検討しなければならない。だから、裁判を受ける側からは何ら理由としてあげなくても、これはわれわれが当然やるべき責任があるのだというので実際やるならいいのですよ。ところが、書いて出しても取り合わないし、書いて出さなければなおさら問題にしないで、それで片づいておるというのが今までの実情なんです。そこが問題なんです。ところが、その点については今度何ら触れないで、そうして、法令違反があってしかもそれを改めなければ正義に反するというものをつけ加えたから上告事件は少くなるだろう、——そんなものではありませんよ。法令違反なんというものは、上告理由にしなくたって、裁判所が当然やるべきです。国民はそう思っている。ですから、上告して最高裁判所の小法廷で裁判をして、それに対して、刑の量定にしても、事実の認定にしても、法律の適用にしても、判例の問題にしても、とにかく不服があれば、私は憲法違反を理由にどんどん異議を申し立てるだろうと思うのですよ。ちょっとここは水かけ論になりますけれども、私はそう信じております。そういう見通しを持っております。そうして異議の申し立てをしたならば、さあそれに対して刑の執行停止をしていいかどうか、必要な処分を命じていいかどうかということを判断するには、書類を見なければいかぬでしょう。そうなったら、未済がもっと多くなるのじゃないかというのです。書類を見ないでやれるのだとおっしゃいますが、それは最高裁判所小法廷でちゃんと審理しているのだから、それにたよって、書類を見ないで、その意見をそのまま見て、判決文でも読んでみて、それで、執行していいかどうか、必要な処分をしていいかどうかきめるのだ、そういうのなら、最高裁判所は必要ないですよ。そんな裁判所だったら、何もぎょうぎょうしく天下第一流の人物だとか国民審査をするとかというような価値がないです。そこは法務大臣真剣に考えてもらいたい。 そうして、最高裁判所は何をするかというと、確かに悪法違反の事例は少いでしょう。それは、法律にしても、規則にしても、処分にしても、憲法違反として取り上げられる問題は、過去の事例に徴しても、あるいは世界の各国の例から見ましても非常に少いです。日本ではこれからほとんどそれはないかもしれません。私は、第一審、第二審の裁判官はおそらく憲法違反だなんというような裁判をされることは少いだろうと思うのです。国会で法律を作るのもそうだろうと思う。そういうこになったら、最高裁判所はどういうことを取り扱うかというと、実質上裁判に不平不満がある、けれどもそれを救う道がないから、まあこういう理由でというので、最後の裁判では取り上げられないような、極端に言えばほご同然なものがどんどん最高裁判所に殺到するのです。そうなってしまえば、ほごを取り扱うようなものです。そうすると、最高裁判所はほんとうに国民から遊離してしまって、司法権は最高裁判所及び下級裁判所がこれを行うものだという憲法の要望に、私はこたえ得ないと思うのです。理由にもならないような憲法違反の問題だけをたくさんかかえて、しかも書類を見て、刑の執行を停止していいかどうか、適当な処分をほかにしていいかどうかということだけごそごそやっている機関になって、それで最高裁判所のほんとうの使命を果したということが言えるかどうか。それが憲法の要求する最高裁判所の本質であるかどうか。私は真剣に考えてもらいたいと思う。こういうふうな法律の改正によって、私は最高裁判所の地位が落ちてしまうと思う。名前だけですよ。その実は国民とは何ら無関係のところになる危険がある。これでは、最後は最高裁判所があるぞという国民の気持というものをじゅうりんするわけです。先ほど私は刑の執行の上に非常な不都合が起ることを申し上げましたが、今度は裁判に対する国民の信頼というものが失われることになるのじゃないか。大へんな案だと私は思っておりますから、その点について御所見をさらにお伺いしたい。
○中村国務大臣 小法廷が上告の事件を審査をいたしまして、当事者の上告の理由に、先ほども申し上げましたように憲法違反の点がある、こういう違憲の理由を上告理由としておるものは、そのままみずから判断をせずして最高裁判所に事件を移します。それから、なお、小法廷が、当事者はそういう主張をしていないけれども、事件全体を、審査いたしました結果、小法廷の判断によって原判決というものは違憲の疑いがある、こういう判断が出ました場合には、これまた、みずから裁判をしないで、それについては最高裁判所に事件を移す、こういう方法をとろうといたしておるのであります。そこで、問題は、最高裁判所のあり方でありますが、憲法第八十一条では、最高裁判所は憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である、これだけが最高裁判所の動かしがたい職務の重要な任務として憲法に規定をされておりますので、私どもといたしましては、今回の提案の趣旨は、最高裁判所を本来のあり方である違憲を中心とした高度な裁判機構にいたしまして、そうして最高裁判所本来の使命を十分に達成させるようにいたしたいということであります。ただ、しかしながら、違憲関係だけについて最高裁判所が終審裁判所としての使命を果すだけでは、なお法律運用上足らざる点がございます。すなわちそれは判例の統一でございます。長い間の慣習法といいますか、慣習によりまして、最上級の裁判所で行いました判決例は、ほとんど法律にもひとしい社会を規制する力を持っておりますから、この判例の統一ということは最も重要であるように考えますので、そこで、違憲関係の事件だけを専門に最高裁判所が審査、判決をいたしますと同時に、この全国的な判例の統一についてその使命を果す、大体この二つの項目について高度な裁判運営の使命を果す、こういうことにいたしたいと思うのであります。従来は、高度の判断事項としからざるものとがいろいろ混淆して最高裁判所に事件が上告として持ち込まれますので、本来の姿である最高裁判所としての最高度の使命の達成が非常に妨げられておったと思いますから、この欠陥を一つこの際改めるようにいたしたいというのが、本法案の趣旨でございます。
○高橋(禎)委員 私も最高裁判所を最も高度な最高唯一の裁判所にしたいという考えを持っておる。ところが、この案では、私はほんとうに高度の裁判所にならぬのじゃないかということを先ほども申し上げたのですが、法務大臣、おかしいとお思いになりませんか。この案によれば、憲法に違反したかしないかということをまずあとの問題にして、裁判を確定させるのですな。憲法に違反するかしないかという問題は最高裁判所のあとの問題にして、そうして最高裁判所小法廷で裁判を一応確定させるのでしょう。確定して、そうして刑の執行もできる。こういうのでしょう。そうじゃないですか。私がお尋ねしておるのはその点です。最高裁判所の小法廷に上告をして、そこで裁判があったら、その裁判は確定するというのでしょう。そうして刑の執行もできるというのでしょう。ところが、憲法に違反したかしないかはまだお預けにしてあるのでしょう。憲法に違反したような裁判がかりにあるとすれば、それを確定したり、それを執行するということは大へんなことでしょう。一番最高級の規範に対して違反したかしないかをおあずけにしておいて、それでないもので確定させておいて、執行でもできるというような、これがこの案なのです。そこに事件が最高裁判所に殺到していく理由がいろいろの面からあり得る、こういうことを私は申し上げておる。ところが、事実上は最高裁判所で憲法違反という裁判はおそらくないであろうから——、私もないと思っておる。だから確定さしてもいいじゃないかというのは、これはまあほんの御都合主義であって、国民はそれでは承服しない。最高裁判所の事件をなくするためには御都合がいいかもしらぬけれども、それは筋の通らぬ話です。憲法に違反するかしないかをお預けにしておいて、確定さして執行さして、そして最後は憲法違反だ、しかし事実上は憲法違反というようなことはないであろうから、それでは最高裁判所はどういうことをやるかというと、先ほど申し上げたように、ほごを扱うことになってしまう。そういうことでは最高の権威ということにはならない。憲法をお引きになりましたから、また憲法を引いてお尋ねします。最高裁判所のほんとうの使命は、憲法第七十六条に、「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」この規定だと思うのです。まさか中村法務大臣は最高裁判所をいわゆる憲法裁判所と思っているのじゃないでしょうね。そう私は思うのです。そこはお尋ねしなくてもそうだと思うのです。司法裁判所と思っていらっしゃるのだと思うのです。だから、憲法違反の問題でも、具体的な事件を通じてでなければ裁判をしないというのが今までの最高裁判所の態度ですが、これからもおそらくそれは変るものでないと思うのです。そういたしますと、先ほどおっしゃった八十一条ですかの「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」という規定は、憲法問題は最終的に最高裁判所で取り扱うのだぞという最高裁判所の管轄を定めた一つの条文にすぎないのです。これは訴訟法的なものなんです。これがあるからというので、いわゆる一般司法権を行うという重大な使命を持っておるところの最高裁判所であるということを忘れられたのでは大へんだと思うのです。しかし、憲法に違反するかどうか、合憲であるかどうかという問題は最終的に最高裁判所でやらなければならないが、ほかの問題はそれこそ下級裁判所で確定さしてもいいのだと、法律上はそういうことが言えるかもしらぬが、ところが、国民感情としてはどうかというと、日本は長い間三審制度ということになれておるのです。戦前はもちろんのこと、戦後においても、やはり一審、二審、三審で、それを最終審としてやっていく、この三審制度に国民がなれておること、最後は最高裁判所の裁判だぞという気持、感情というものを無視した制度というものは、これは私はいかぬと思うのです。そこはいろいろ研究問題でしょうけれども、私はそう思う。三審制度になれておる、三審制度を要望しておる国民のその気持というものは、やはり制度の上に生かしていかなければならぬ。憲法問題だけ最高裁判所でやれば、ほかの問題は下級裁判所でやって確定さしてもいいのだというふうに簡単に取り扱うことができないのが日本の国情であると私は考えております。法務大臣は三審制の最終審は最高裁判所でなくても国民の気持に合うというふうにお考えになっておるかどうかということと、それから、いま一つ、この制度では、先ほど来申し上げたように、最高裁判所は決して実質的に最高の権威を保持するところの裁判所にならないのじゃないか、こういうわけです。私が申し上げたのは、逆に申しますと、もう刑を確定して、そうして執行までしておるものを、それをあとの何か愚にもっかないような——、玉石混淆とおっしゃいましたが、玉はない、ほとんど石だけのようなものを取り扱う最高裁判所だというようなことになるのですよ。私は心配でならぬから、その点についてほんとうの——どうせこの法案はこのままじゃ通りませんよ。私はそう思っています。大修正をするかどうかしなければ通らぬのですから、法務大臣は、提案者という立場を離れて、ともにりっぱな制度を立てようという気持でお答え願いたいと思うのです。
○中村国務大臣 よりよき結論を得てりっぱな制度改革をさしたいという点については、全く高橋委員の最後に仰せになったことと同感でございますが、ただ、しかし、私どもといたしましては、この提案をいたしておりまする法案が、いろいろ制度の改革としましては、今まで審議を尽し、またその審議を尽した上に私どもの法務当局として検討をいたしました結果、最善のものであり、これ以上によりよきものを見出すことは至難でないか、こう考えておる次第でございます。 なお、そこで、七十六条の関係でございますが、憲法第七十六条に定めておりますることは、私は、最高裁判所がすべての事件についての終審裁判所でなければならないという判断をすべきではないと思うてであります。最高裁判所は、先ほど高橋委員のお説にもありましたように、憲法八十一条におきまして、違憲法関係だけは、最終決定をする最終審の裁判所として、いわゆる最高裁判所の専属管轄に属しておることが明記されておるのでありますが、その他のことを最高裁判所が扱うことは差しつかえありませんが、すべての事件について最高裁判所が最終裁判をしなければならないとは実は私は考えていないのであります。さような方向の制度というものは、すでに今日まで民事訴訟におきましても確立されておりますし、大体裁判の上訴制度というのはピラミッド形になりまして、一番最高級の裁判所は最も重要な点について判断をするようになっていくのが一般の立法例であると考えますから、この七十六条の規定は、私は、今申し上げたように解釈するのが妥当である、こう考えておるのであります。 そこで、また繰り返すようでありますが、小法廷におきましては、上告事件として当事者が高等裁判所の判決に対して上告をいたしまする場合にはそれぞれ上告の理由を開陳するわけでありますが、当事者が、憲法違反がある、原審判決に違憲がある、こういう主張をいたしました場合には、その主張が正しいか正しくないかは別問題といたしまして、小法廷では、その主張があることを見出せば、直ちにその事件は最高裁判所に移しまして、最高裁判所が三審としての審理、判決をいたすことになるわけであります。なお、小法廷が、当事者はそういう主張をしていないけれども、事件全体を審査した結果連想の疑いがあると認めたものについては、これまた、みずから判断をしないで、最高裁判所に事件を移すわけでございますから、小法廷の裁判に対してなお違憲があるという場合というのはごく少数で、先ほども申し上げたように、小法廷の裁判の構成を誤まったというような特殊の場合のみであることになると思うのであります。従いまして、従来違憲を理由とした上告事件というのか全体の約一割であるといたしますならば、この範囲をこえるということは、物事はいろいろな角度から想像をいたすことはできますが、われわれ、実績に照らして、大体この範囲に属するものではないか。なお、もう一点は、上告の理由は、先ほど申し上げましたように、今度は窓口を広げましたから、無理に何も違憲を口実として上告をしなくても、上告の理由の成り立つものが他に出て参りますから、むしろ傾向としては、今度上告の窓口を広げましたことによって、違憲を理由とする上告は減る傾向になるべきものであろう、こう実は判断をいたしておりますので、先ほど申し上げましたように、かくいたして、最高裁判所はできるだけ違憲関係と判例の統一とを主たる任務として高度の裁判を行い、最高裁判所の裁判官に任命された人たちが、ほんとうに本来の使命に専念して、最高裁判所としての使命を果し得るりっぱな判決が実質上なし得る体制を築きたい、こういうのが今回の改正の意図でございますから、いろいろ本案につきましては、国会におきましても法制審議会においても長期にわたって論議を尽してきた問題でありますから、議論の余地はいろいろな角度から見てみますとたくさんあろうかと思いますが、本委員会におきましても十分に議を尽していただくことについては、私どもは大いに敬意を払って参りたいと存じます。しかしながら、大体の基本的な考え方といたしましては、今申し上げたような次第でございます。
○高橋(禎)委員 私は、今まで訴訟を促進さすために機構改革の問題が出ているのだと思いますが、これを見るとかえって訴訟が遅延するのではないかという点についていろいろお尋ねしたのです。特に、さっきお答えになりましたように、小法廷は、大法廷の管轄だというふうにして移送するわけですね。大法廷いわゆる最高裁の方は小法廷の管轄だということで逆戻りできるようになっていますね。あれなんか、ちょっとキャッチ・ボールをやるようなもので、実際は大へんなんですよ。そんなことをやっていたら、未済事件が——これはそう長いのは出ませんでしょう、実際事務の取扱い上あまり長くなると移送になりますが、そうすると、そこで中断されてしまって、長い事件はその裁判所にはなくなるかもしれませんけれども、それは表面上のことで、実際は、送ってまた返ってくるということになると、大へんなことにもなる危険があって、私はあの制度なんかもそういい制度だと思っておりませんが、法務大臣は促進のための一つの例としてあげられるのですが、私は逆のようにしか思えません。 そこで、お尋ねしたいのは、これは四審制度のようなものではないかという点です。異議の申し立てという言葉を使ってありますが、私は訴訟法はあまり詳しくないのですけれども、異議の申し立てということについて、上級裁判所にやる場合でも今まで用語上例があったら、その例をお示し願いたいと思います。それから、実質的には憲法違反という問題を全然抜きにしてやっておるのですが、ある裁判が憲法に違反しているかどうかという問題はきわめて重要な問題ですから、それを抜きにして確定さすといっても、それは私はとても承服できないところだと思う。だからその問題だけは、最高裁判所に異議の申し立てかできる、実質的には上訴できるわけです。そこで最終的に決定をして、裁判はそれで終りだということになると、これは四審制度ではないかと思うのですね。今まで国民は三審制度で満足しておりました。そして、その三審制度の最終審は最高裁判所にしてもらいたいというのが私はやはり国民の気持だと思う。法律上は憲法問題を除いては下級裁判所で確定させたっていいのだ、こういうようなお説ですが、それは一応法律的にはそういうこともあり得るでしょうけれども、しかし、一つの制度を設ける以上は、国民感情、その国の国情なり、これまでの成り来たった制度というものもそう無視できないと思うのです。私は、三審制度にして、最終審は最高裁にするのが今の国情から見て妥当だと思っているのですが、今度は四審制度になる。しかも中間において多く裁判を確定するものかある。その裁判が憲法に違反しておるかどうかという最も重大な問題をあとに留保しておるということがどうも私は納得ができないのです。その御説明を願いたいと思います。
○中村国務大臣 違憲の問題を抜きにして裁判を確定させるという感じが高橋さんにはおありのようでありますが、繰り返して申しわけありませんが、とにかく当事者が違憲ありという主張を一応やった以上は、それが違憲であるかないかは別として、その事件は最高裁判所に移す、また、小法廷の方で判断をして違憲の疑いがあるとした場合には最高裁判所に移す、こういうことになって参りますから、小法廷で判決をいたしまして、それで確定させて、あと、ちょうど民事の特別上告のような形で異議の申し立てをさせるというのは、大体もう、その当時者の主張から言っても、裁判所の判断から言っても、違憲の疑いがないという範囲のものが小法廷で判決されるのでありますから、違憲をそっちのけにして裁判を確定させるという観念は、実は私どもは持っておらないのであります。違憲の疑いがもうないものについて小法廷で裁判をいたしまして、その部分については判決をそこで確定させる。もちろん、それでも違憲のものが絶無ではないはずでありまして、小法廷も人間の構成する裁判所であります以上は、ここの裁判自体に違憲が起らないとも言い切れないわけでありますから、そこで、小法廷の裁判に対して、上告審としての裁判に対して、なお当事者が違憲があるという主張をする場合には、異議の申し立てを許すという制度をとろうとしておるのであります。 それから、国民感情の点は実際ごもっともでございますので、実は、この小法廷という制度の結論を得ますまでには、これらの点も十分に論議されまして、結局、今の違憲関係の事件あるいはその他判例の統一を必要とする事件について小法廷がみずから判断しないで最高裁判所に事件を移すというような緊密な関係もございますし、また一面国民感情の点もございますから、事件の上告裁判をいたします小法廷の裁判所を最高裁判所小法廷という取扱いにいたしまして、緊密な関係にある最高裁判所の傘下の裁判機構として立案をいたしたような次第でございます。 それから、四審制ではないかという点でありますが、これは、なるほど、異議申し立てをする事件についてはやや四審の傾向を持ってくるのでありますが、その他の事案は、当事者の違憲があるという主張、あるいは小法廷が違憲の疑いがあると判断したもの、あるいは判例の統一上これは最高裁判所が裁判すべきものである、こういうものについては、最高裁判所に事件が移りまして、最高裁判所が上告審としての最終判決をするわけでありますから、完全な三審でございます。ただ、その間小法廷が若干関与する場合がございますが、この場合には、小法廷はいわば最高裁判所の不審査をして、本質的には事件を最高裁判所に移すということになるわけでありまして、実質的には完全な三審制であると思うのであります。その他の事件については、上告事件を小法廷が三審として裁判いたしますので、これも三審制度でございます。ただ、その場合のごく一部分について、なお小法廷の判決には違憲の疑いがある、こういう主張をする者か出た場合に、これに対して異議の申し立てを許すわけでありますから、これが三審プラス異議の申し立て、こういうことになるわけであります。これは、すでに、先例といたしまして、国会の議決を得て成立いたしました民事特別上告についてはその制度がございまして、簡易裁判所が一審判決をして控訴が行われ、高等裁判所で上告審の裁判をした事件につきましては、なお最高裁判所に判決は確定させるけれども特別上告を許す、こういう道を開いておりますので、ちょうど異議の申し立ての事件はこれに該当する姿をなしてくるわけでありますから、三審制を破って四審制にするというわけではないのであります。特殊の場合にのみ、三審プラス異議の申し立て、ちょうど民事特別上告事件と同様の形態をなすものである、かように私は考えておるのであります。
○高橋(禎)委員 時間がありませんから簡単に終りますが、私が事実上の四審制と言うのは、先ほど申し上げたように、日本は上告理由を非常に制限している。確かに、法務大臣がおっしゃったように、やはり訴訟制度はピラミッド形にいくべきだと思うのです。ところが、前のピラミッド形と今度のピラミッド形はどういうことになるかというと、第一審、第二審で不服のある者が上告をします。そうして最高裁判所小法廷で裁判を受ける。そうして、憲法違反を理由に、先ほど申し上げたように、刑の執行停止その他の処分をなす権限が最高裁判所に残されておる限り、これは刑事事件においては異議の申し立てが大部分ある、こういうふうに考える。そういうことになると、それに対してまた憲法問題の最終的な裁判をするということになると、これは四審ですよ。四階建の建物のようなことになるだろうと思う。それを三審でないと口で言ってみたところで、私は、訴訟全体の進んでいく道から見て、今まで迅速に結論を得ようとして考え出したものが逆になって、むしろ全体を通じては訴訟は遅延をすることになる、一審から最高裁判所の裁判を得るまでの全体の期間を通じては長くなるのだ、こういうふうに考えるわけです。そこに非常な疑問を持っておるわけでありますが、一応御意見を伺いまして、なお所見があればお伺いするとして、さらにお尋ねをしたいのは、この上告理由をどの程度に認めるかということは、これはなかなかむずかしい問題だと思いますが、これだけはわれわれは考えなければならない。国民は一体どういうことを要望しておるかということ。そして、裁判は国民のためのものであり、この制度も国民のためのものでなければならないのです。最高裁判所の裁判官の都合によって最高裁判所の機構改革をやるということはもってのほかのことです。やはり裁判は、正しい事実の認定、正しい刑の量定、そうして法律も判例も尊重されてりっぱな裁判である、そうして、ほんとうにあきらめのつく、これでいいのだという気持になれる制度でなければいかぬと思う。ところが、その点で上告理由を国民はどういうふうに要望するかといいますと、今の制度じゃだめだというのは、事実認定の点についても、刑の品定についても、法律の問題にしても、全然これは認めない。ただ憲法問題と法令違反の問題だけを認める。それではさっぱりわれわれの期待する最高裁判所という気持がしない。上告理由をももっと拡大してもらいたいという気持がある。もっともだと思うのです。われわれもそれがいいと思う。ところが、今度はわずかに法令違反の点をお認めになったようですが、刑事訴訟と民事訴訟との間に上告理由に差があるわけです。これは何か理由があるのですか。民事事件とでは法令違反の点についても差を設けておるわけですが、ああいうふうにしなければならない理由があるのか。私は理由はないと思う。むしろ民事訴訟と刑事訴訟を同様に法令違反の点を取り扱っていいと思うのです。この点と、刑の量定なりあるいは事実の認定なりについて今まで通り何ら改めようとしておられないようですが、しかし、それじゃまだ非常に不十分だと思う。あの問題を解決しない限りは、私は最高裁判所へ憲法問題の裁判を受けるために事件が殺倒するであろうということを心配するわけですが、これらの点について伺いたい。
○中村国務大臣 御指摘の通り、民事の事件と刑事の事件との上告の範囲に若干の相違がございます。これは実は民事事件と刑事事件とは控訴理由のときから体系が異なっておるのでありまして、刑事の事件につきましては、高橋さんの御承知の通り、控訴の理由自体が違憲、あるいは法令の適用を誤まって判決の結果に影響を及ぼす場合というようになっておりますので、今回著しく正義に反するということで民事の事件と上告の理由の範囲を若干相違せしめました根拠は、従来も法制審議会等で盛んに論議をされてきたのでありますが、上訴は大体ピラミッド形になるべきである、控訴の理由と上告の理由とが同じ範囲で上訴ができるということは理屈に合わないというようなことから、刑事事件につきましては、大体控訴の際から民事と刑事とは上訴理由の体系を異にいたしておりますから、さような関係で、今回の改正におきましては、上告の理由は違憲及び法令の適用、それから法令の違反があって、それが判決の結果に影響を及ぼして、その影響を及ぼすことが著しく正義に反する場合には上告ができる、こういうように、従来の上告の範囲のほかに、法例違反があってその判決の結果に影響を及ぼし著しく正義に反する場合も上告ができるというように、この応分の上告理由の拡張をはかろうといたしておる次第でございます。この点は民事訴訟と刑事訴訟の体系の相違から起って参りますので、かような成案にいたしたような次第であります。
○高橋(禎)委員 最後に二点だけお伺いしておきます。この最高裁判所というのは、裁判官全員をもって構成する法廷でなけらねばこの裁判はできないものだという意見であるかどうか。これは従来いろいろ論議されたところでありますが、法務大臣の意見はまだ伺っていません。それから、最高裁判所の裁判官は全部認証官でなくてもいいと私ども思うのですが、全部認証官でなけらねばいかぬと思われるか。この二つを伺いたい。
○中村国務大臣 最高裁判所の裁判は、今回の改正におきましては御承知の通り重要な事件のみにしぼろうといたしておりますので、判例統一の関係もございますので、あくまで長官を含めた九人の裁判官が一つの大法廷を構成いたしまして、この一つの大法廷でワン・ベンチで裁判をすべて審理し判決をしていく、こういう方法をとっておるのでございます。 それから、従来通り最高裁判所の裁判官につきましては認証官として、ちょうど現在も長官が内閣総理大臣と同等のような憲法上格式になっておりますしいたしますので、最高裁判所の裁判官も認証の制度でいきたい、かように考えております。なお、最高裁判所小法廷の裁判の分につきまして申しますと、これは、小法廷の主任判事として裁判の中心をなす人が必要でおりますから、この中心をなす主任判事についてはやはり認証官の制度をもって進めて参りたい、かように考えておる次第であります。
○高橋(禎)委員 ちょっと私の質問の言葉が足りなかったかもしれませんが、私は、今の日本国憲法の上から最高裁判所の裁判というものはいわゆるワン・ベンチでなければならぬというふうに法務大臣は考えておられるのかどうかということと、裁判官の待遇に関して、憲法の精神から最高裁判所の裁判官は認証官でなければならぬと思われるか、そうでなくてもいいと思われるか、その二つなんです。
○中村国務大臣 従来も最高裁判所の裁判官は認証官でありますし、憲法上におきましても最高裁判所長官については別個の規定を設けておりますが、他の裁判官につきましては常に身分は同等でなければならぬと思いますので、最高裁判所の裁判官の中に、人によって認証官でありあるいは認証官でないということは憲法上もあり得ないと思いますので、やはり同列に最高裁判所の裁判官は全員認証官の制度をもって進めて参りたい、かように考えております。
○高橋(禎)委員 ちょっとその根拠を示していただきたいのですが、憲法上最高裁判所は全員裁判でなければならぬというのはどこから出てくるのか、どういう理由であるか、それから、憲法上裁判官は同一待遇でなければならぬということがどういう理由でどこから出てくるのか、その御説明をお伺いしたい。
○中村国務大臣 最高裁判所の裁判が一つの大法廷で裁判が行われることが望ましいということは、これは格別憲法上あるいは法律上の根拠に基くものではありませんが、ただ、裁判の性質上、取り扱います事件が、違憲関係及び判例の統一を中心として裁判をいたしまする以上は、これらの憲法上の判断あるいは判決例というものがまちまちになるということは最も避くべきことでありますので、ワン・ベンチで裁判をすることが一番理論上正しい、また適切である、かように考えておるのであります。 それから、裁判官が常に同一の資格でなければならないという根拠は、明文上見出しがたいのであります。しかしながら、憲法で定めておりまする、憲法の条文の、大体最高裁判所の長官及び最高裁判所の判事というものに関する規定を総合いたしまして、やはり最高裁判所の判事は、同列の資格を持って、また認証官としての同列の資格を持ってこの任に当ることが適切であると、かように考えておる次第であります。
○高橋(禎)委員 これは非常にむずかしい問題だと私は思うのですが、私は、憲法上、裁判所法上、裁判所構成法上そういうふうな意味で、このワン・ベンチにするかせぬか、こういう問題とか、あるいはその待遇を同一にするかいなかといったような、そういうことじゃないのです。憲法上、最高裁判所というのは、これはもうワン・ベンチでなければならぬ、こういう根拠があり、こういう理由によってこう結論づけるのだという明確なところを伺いたい。それから、今の制度というものを抜きにして、憲法上、最高裁判所の裁判官は、これは待遇が同一でなければならぬということがどうして言えるか。私はそうじゃないと思うのです。第一の問題も第二の問題も、これは最高裁判所の絶対的な要件じゃないと思う。法律によって適宜これを規定し得るものだ、そういうふうに考えるのですが、それの御説明を願いたいと思います。
○中村国務大臣 ワン・ベンチで裁判を行うことが望ましいということは、先ほども申し上げましたように、憲法の解釈、その他裁判が最終的に判例として統一をされることが望ましいという根拠に立っておるわけでありまして、格別憲法上あるいは法律上そうでなければならない規定を私どもは持っておるわけではありません。それから、同様に、同列の認証官にいたしておりますることの根拠は、やはり、最高裁判所の裁判官については、憲法七十九条におきましても、国民審査に付するというような規定を設けまして、非常に重要な取扱いをいたしております。従いまして、裁判官は、裁判長である長官を除いては差等を設けないことがよろしいというのではないかと思いますることと、もう一つは、憲法が国民審査にまで付する重要な建前をとっておりますので、他の認証官との比率から考えましても、当然に最高裁判所判事は認証官として認証の手続を経る職責にすべきであると考えておる次第であります。従いまして、私どもの考えをもっていたしますと、最高裁判所の判事の中に、認証官である者と認証官でない者とを作ることは適当でない、かような考え方に立っておる次第であります。
○高橋(禎)委員 大体わかりました。要するに、憲法上こうしなければならぬというものじゃないけれども、まあ、りっぱな裁判をするためには、方法論的に便宜的にあるいは適宜にこれを考えれば今のような結論が出る、こういうふうにお伺いしておきます。なおこれは法制局なりあるいはまた総理大臣等からお伺いする機会もあると思いますが、本日はこれで後日に質問を留保しておいて、私は質問を終りたいと思います。
○三田村委員長 本日はこの程度にとどめ、次会は公報をもってお知らせいたします。 これにて散会いたします。 午後零時四十九分散会