文教委員会 第6号
- 発言数
- 69 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1957/02/27
会議録
○長谷川委員長 これより会議を開きます。 まず理事の補欠選挙についてお諮りいたします。理事でありました河野正君が去る二十日委員を辞任され、二十二日再び委員に選任されました。つきましては、理事が一名欠員となりましたので、その補欠選挙をいたさなければなりません。先例により、委員長においてその補欠を指名いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○長谷川委員長 御異議なしと認め、河野正君を理事に指名いたします。 —————————————
○長谷川委員長 次に、社会教育法の一部を改正する法律案、公立小学校不正常授業解消促進臨時措置法の一部を改正する法律案、理科教育振興法の一部を改正する法律案及び私立大学の研究設備に対する国の補助に関する法律案を一括議題とし、順次その趣旨説明を聴取いたします。灘尾文部大臣。
○灘尾国務大臣 ただいま議題となりました社会教育法の一部を改正する法律案についてその提案の理由を御説明申し上げます。 昭和二十四年社会教育法制定以来、わが国の社会教育は、これに基いて展開されて参っているのでありますが、もともと社会教育活動の領域は非常に広く、これに関する事業を行うことを目的とする団体もきわめて多岐にわたるのであります。 従来こうした社会教育関係団体については、その団体が自主的組織による民間団体であることにかんがみ、国及び地方公共団体は、これらの社会教育関係団体に対して補助を行わない方針のもとに、社会教育法にもその旨の規定が設けられているのであります。 しかしながら社会教育法制定当時とは異なり、現在ではすべての社会教育関係団体に対して一律に以上の方針で臨むことについては必ずしも実情に即さないものがあるのであります。 特に運動競技に関して全国的及び国際的な事業を行うことを主たる目的とする団体においては、当該団体のみの自主的活動にすべてを依存してしまうことはほとんど不可能な状態であり、現在このことが社会体育の振興上大きな問題となっているのであります。 このような団体については、その事業の性質及び規模等にかんがみ、当面の問題として、国は国家的見地からこれを援助する必要があると思われるのでありますが、これら民間スポーツ団体の活動を助成するため、国は緊急に必要な措置を講ずるよう各方面からも強い要望が起っているのであります。 以上のような理由により、社会教育関係団体のうちで運動競技に関する全国的及び国際的な事業を行うことを主たる目的とする団体に対しては、当分の間、国はその事業遂行に必要な経費について助成できる道を開き、これらの団体が円滑に事業を遂行できるようにいたしたいのであります。 以上がこの法律案の提案理由であります。 次に公立小学校不正常授業解消促進臨時措置法の一部を改正する法律案について、提案の理由と内容の概要を御説明いたします。 御承知の通り、この法律は、戦後の急激な小学校の児童数の増加によって発生した二部授業、詰め込み授業、あるいは講堂、屋内運動場の間仕切り教室や、仮校舎等で行われている授業等、いわゆる不正常授業の解消を促進するために制定されたのであります。 しかしながら、この法律も他のこれと同種の法令と同様に、国の補助金算定の基準日を当該年度の五月一日としているために、従来五月二日以降に発生する不正常授業については、当該年度中にこの法律に基く国庫補助金を交付することができなかったのであります。 近年、国、地方公共団体及び日本住宅公団等の行う住宅の建設により、一つのまとまった地域に相当多数の住宅が集団的に建築される例が多くなってきましたが、このような地域では、一時的にかつ多数の児童が増加しますので、その近隣の学校では極度の校舎不足に陥り、校舎の増築を必要とする例が多くなったのであります。 以上御説明申し上げましたような事情から、集団住宅の建設に伴い発生する不正常授業のうち、毎年度五月二日以降に発生するものにつきましても国庫補助金を交付することができるようにし、小学校教育の円滑な運営を期したいと考えるのでございます。これがこの改正案を提案する理由でございます。 法案の内容といたしましては、国、地方公共団体、日本住宅公団等が建設する集団的な住宅の建設に伴い、発生する公立小学校の不正常授業のすみやかな解消をはかるため、補助金算定の基礎として、当該年度の五月一日現在の児童数をとる現行法の建前に対して五月二日以降の日における児童数をとり得るよう特別の規定を設けるものであります。 以上がこの法律案の提案の理由と内容の概要であります。 次に今回政府から提出いたしました理科教育振興法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由を御説明申しあげます。 現在、わが国の急務とされている科学水準の向上をはかるためには、初等教育及び中等教育における理科教育を一段と充実させ振興させる必要があるのであります。 このため従来、理科教育振興法に基き、公立学校に対しては、相当の援助を行なってきたのでありますが、さらに私立学校に対しても公立学校と同様の措置を行うことが適当であると考えるのであります。 この法律案は、以上の理由によりまして、国の補助を私立学校に及ぼすとともに関係規定の整備をいたしたものであります。 次に私立大学の研究設備に対する国の補助に関する法律案について、その趣旨を御説明申し上げます。 私立大学がわが国の高等教育において重要な地位を占めており、人材の養成はもちろんのこと、学術の研究においても、わが国学術の振興上重要な使命をになっていることは申すまでもありません。 このような私立大学の使命とその研究設備の状況にかんがみ、昭和二十八年度以来、私立大学の基礎的な研究設備の整備について助成の措置を講じてきたのでありますが、政府はその重要性にかんがみ、この際私立大学の研究設備に対する国の補助に関する制度を確立することがきわめて適当であると認めまして、本法律案を提出した次第であります。 次に、法律案の内容の概略を申し上げます。 第一は、私立大学を設置する学校法人に対し、予算の範囲内で、その学校法人の設置する大学が行う学術の基礎的研究に通常必要な設備の購入費の二分の一以内を補助することを規定いたしたことであります。 第二は、補助に関する配分の方針または交付の決定を適正に行うために、私立大学研究設備審議会を設け、その意見を聞くべきことを規定するとともに、関係法律の規定の整備をいたしたことであります。 以上各案につきまして何とぞ慎重に御審議の上すみやかに御賛同あらんことを希望いたします。
○長谷川委員長 この際社会教育法の一部を改正する法律案の趣旨説明について補足説明の申し出があります。これを許します。福田社会教育局長。
○福田政府委員 ただいまの大臣の説明に補足して、その内容について御説明申し上げます。 社会教育関係団体と申しますのは、社会教育法第十条に規定する団体のことでありまして、法人であるといなとを問わず公けの支配に属しない団体で、社会教育に関する事業を行うことを主たる目的とする団体であります。ここでいう社会教育に関する事業とは、いうまでもなく、社会教育法第二条の規定により、体育やレクリエーションの活動までも含んだきわめて広い活動領域のものであります。 従来、社会教育関係団体につきましては、その活動の自主性を尊重するために、社会教育法第十三条によりまして、国及び地方公共団体はこれに対し補助金を支出してはならないものと定めているのであります。しかしながら、何分にも社会教育活動の範囲は広く、これに関する事業を行う団体も多岐にわたるのでありまして、これらのすべてに対して一律に、補助金の支出を禁じてしまうことについては検討すべき問題が生じて来たのであります。 ことに、全国的及び国際的な運動競技に関する事業を行うことを主たる目的とする社会教育関係団体、たとえば、日本体育協会のように、国内的には各種運動競技団体をその傘下におさめてそれらの連絡に当りあるいは国民体育大会の開催のごとく全国的な事業を行い、また国際的には国際オリンピック委員会やアジア競技連盟の事業に対し日本を代表し、さらにオリンピックやアジア競技大会等の選手、役員の選定、派遣等国際的な事業を行う団体については、その事業の規模が全国的であるばかりでなく、国際的性格のものであるので、政府は国家的見地からその事業の助成をはかる必要があるのであります。従ってこれらの団体の行う事業に関して行う国の補助につきましては、当分の間、社会教育法第十三条の適用を緩和するというのがこの法律案の内容であります。 なお補助対象となる経費は、右のような団体の行う全国的及び国際的な事業と、これに関し必要な経費であります。また国の補助のみに限ったのは、対象となる団体及びその事業が全国的、国際的なもので、地方的なものではないからであります。さらに本措置を恒久的措置としなかったのは、社会教育関係団体の性格及び本措置の緊急な必要性等にかんがみまして、当分の間の措置とするのが適当と考えられるからであります。 もっともこれによりまして、国がこれらの社会教育関係団体の活動を助成することになりましても、社会教育法第十二条の規定によって明らかなように、国はこれらの団体に対して不当に統制的支配を及ぼし、あるいはその事業に干渉を加えたりしてはならないものであることは論を待たないのでありまして、民間スポーツ団体の自主的活動のいっそうの発展が期待されるのであります。 ————————————— 以上がこの法律案の内容の概要であります。
○長谷川委員長 次に、文教行政に関する質疑に入ります。質疑の通告がありますので、これを許します。野原覺君。
○野原委員 私は南極地域の観測船宗谷の件について、南極地域観測統合本部長であります文部大臣並びに海上保安庁長官、それから外務省当局に対して、二、三お尋ねをいたしたいと思うわけであります。この問題は、先般この委員会におきまして並木委員から質問があり、政務次官から御答弁があっだのでございまするけれども、その後の私どもの知る情報におきましては、すでに新聞が報道いたしておりまするように、宗谷は不幸にも密群氷に閉ざされまして、今やみずからの力で脱出することはきわめて困難である、このような悲観的な報道がなされておるのであります。御承知のように南極はこれから冬に向うといわれておる。その冬に向うという最悪の条件下におきまして密群氷に閉ざされた宗谷の船の中で、派遣隊長の永田さんを初め、松本船長、乗組員並びに隊員の皆さんが懸命の死闘を展開しておることに対して、私どもは国民として心から敬意を表するものでございますけれども、同時にまた宗谷の状況というものが気づかわれてならぬのであります。従って、一体宗谷は今日どういう状態に置かれておるのか、詳細なる現況を御説明願いたいのであります。
○島居政府委員 それではお答えいたします。 宗谷の南極における行動につきまして、皆様方からいろいろ御心配いただいておることにつきまして、私の方といたしまして深く感謝しておるのであります。私の方といたしましても、幸いなことに今までなかなか困難であった南極方面との通信状況も、一応非常にはっきりと聞えるように成功いたしまして、毎日連絡しておるのでありますが、時折デリンジャー現象とかオーロラ、その他の支障がございまして、不通になるのは遺憾でありますが、それ以外のときにおいては、できるだけの連絡をとっておるわけであります。 そこで、二月十五日の現地時間の十二時半に、オングル島の基地を出発いたしまして、その後すぐは順調に運んだのでありますが、約三十四マイルを航行いたしましたところ、直径五十一メートル、厚さ四メートル以上の氷塊の充満しておるところに遭遇いたしまして、一時中止したわけであります。そのときの時間が夜の現地時間の九時ごろであります。それからというものは、宗谷の砕氷能力及び爆破状況より考えて、いろいろの方法を試みまして、非常に困難な状況のもとに前進を試みたのでありますが、十八日はまた厚さ四メートル程度の、直径十メートルから五十メートルのフローが密集いたしまして、その間にブラッシュ・アイスと申しまして、氷の粉になったのが層をなして盛り上ってきて、ことに変りやすい天候の変化によって氷状が好転しなければならないようになったのであります。十九日になりまして、宗谷から、現状では脱出の可能性がないとの連絡を受けましたので、われわれの方といたしましては、万一を考慮しまして、付近の航行の砕氷船とは連絡をとれ、万一の場合に備えておけというふうなことを、こちらから指示したのであります。そうして十九日の夜から、幸いに西南西の微風によりまして氷盤に多少ゆるみを生じ始めましたので、現地時間の二十二時五十分砕氷前進を開始しましたが、二十日の午前六時まで約七時間の間に、やっと一・五海里前進しました。その後は氷状の好転の兆が見えましたので、一挙に脱出を試みたのでありますが、十二時ごろより再び悪化して参ったのであります。そういたしまして、現地時間の十八時に前進を中止するのやむなきに至ったのでありますが、なお二十一日は氷盤にまた若干のゆるみができましたので、午前九時前進を開始しましたが、十八時までの九時間の間にようやく一・一海里を前進して、その後もヒーリング・タンクとかトリミング・タンクとか、あるいは爆破作業または熱い湯を流す温海水等のあらゆる手段を講じましたが、二十二時間の間にわずかに六百メートルを前進したのみで、二十二日の十六時、ついに前進不能となったのであります。二十三日は終日あまりよくない東寄りの風が十三メートルから十五メートル強く吹き——よくないと申しますのは、南風が吹いてきますと、いわゆる外洋の方に吹き出すので、クラックができるわけでありますが、東の風が吹きますと、西の方に張っておる首先の方に当りますので、リッツォホルム湾にある氷塊が移動ができませんので、ますますその通路をふさがれてきたようなわけであります。そこで、ことに船尾の附近に、フローと申します氷の厚い板——板というと薄いように聞えるのでありますが、非常に厚い氷の板が押し寄せてきまして、かじとか推進器というものが危険に瀕する状態に立ち至りました。それで爆破作業を実施しますとか、保船、つまり船を守ることに全員努力してきたわけであります。そこで今度は二十四日になりまして、松本船長から、推進器の付近にフローが接着して航進及び旋回が不可能の状態なので、本船の進路の方を砕氷してくれということをオビ号及びグレイシャー号に依頼したい旨の連絡があったのであります。また隊員の海鷹丸への移乗、または脱出不可能な場合の乗組員の越冬決意等を連絡してきました。私の方としましては隊員の移乗ということにつきましては、従来外国においても非常に危険なこともありましたので、またこれは御存じと思いますが、ことに南極においてはコンパスも磁気の関係で使えませんので、大体目の見える範囲においてヘリコプターで運ぶのが安全である。ことに天候のいいときが安全であるが、その他の場合においては、なかなか困難である。ことに海鷹丸の甲板というものはあまり広くありません。しけのあるときはしょっちゅう動揺いたしますので、非常に困難であるから十分注意してやるように、こちらから指示しておるわけであります。人命の安全についてはことに慎重を期してくれということもいってやっております。また私の方としましては、一方外務省の方とも連絡打ち合せをやりますと同時に、ソ連の大使館あてに昨日正式に申し入れをいたしました。また前にはオビ号と宗谷とは現場では割合近いので、一日に一回連絡をとっておったようなわけであります。グレイーシャー号とは、御存じのように南極においては、南北の通信は割合楽にできるのでありますが、東西における電波というものはなかなかとれない。それで宗谷から東京の海上保安庁の本庁を通して大使館と連絡してくれ、こういうような情報もあり、またグレイシャー号からも大使館に連絡がありまして、南極からいえば、あるいは通路からいえば大回りでありますが、しかしその方が何といっても確実でございますので、宗谷から海上保安庁、アメリカ大使館、それからまた海軍を通して現場の方へというような、そういう二方面からの連絡をとりまして、グレイシャー号も向うを出るというふうになってきたわけであります。そうして一時宗谷からオビ号の方にずっと一日一回は連絡しておりましたが、いよいよ脱出がむずかしくなりましたので連絡しますと、ディーゼル油の関係から少し考えさしてくれ、後刻返事をするというようなことがありまして、昨晩いよいよ了承した。それで日本時間にいたしますと本日の午後八時でありますが、現場に到着するという電報が入ったわけであります。 大体以上要点だけを御説明いたしました。
○野原委員 新聞によりますと、二十五日の永田隊長の電報が書かれておるのでございますが、宗谷が自力で脱出する公算はきわめて少い。このように報道をされましてから、全国民ひとしく心配の念を濃くいたしておるのであります。従って私どもとしては、海上保安庁なり統合本部におきまして、万全の救援対策が講ぜられておるとは思いますけれども、二、三その救援対策について遺憾の点があるのではないか、こういう気もいたしますので、私は率直にお尋ねをいたしたいと思うのであります。 ただいま島居長官も申しましたように、宗谷を救援するにはこれは三つの方法しかない。私どもしろうとから考えてもその通りであります。宗谷自体がこの密氷群を切り抜けてみずからの力で脱出することができるかということが一つ、もう一つは、海鷹丸に観測隊員を移して宗谷は越冬する、その場合に宗谷の越冬が可能であるかどうかという問題が一つ、第三の問題は、外国の砕氷船に依頼をして、外国の砕氷船の力を借りてこれを救助しなければならぬという、この三つになるのではないかと思うのであります。ところが、第一のみずからの力で脱出することができるかということは、永田隊長の電報、あるいは海上保安庁におきましても、統合本部におきましても、これはきわめて悲観すべき状態にある。それならば、第二の海鷹丸に隊員を移して宗谷が越冬する、これもまた実はきわめて心配にたえないものがある。最も安全なる方法は、外国の砕氷船に依頼をして、外国の砕氷船の力で宗谷を脱出させなければならぬ、こういうことになろうかと思うのでございまするが、そのような結論に到達をしておるのかどうか、再度お尋ねをいたします。
○島居政府委員 最初申し上げましたところをもう少し補足いたしますると、今までの南極に関するいろいろの調査資料、これはもちろん十分ではないかと思うのでありますが、しかし、従来の経験からいたしますと、三月一ぱいはまだそう急激な変化というものはない、こういうデータもあるわけであります。そこで、先ほど申し上げましたように、最近の四、五日というものは東の風または東北に寄った風があいにく多いのでありまして、その風によって氷盤がくっついて丘をなしておるのでありまして、いわゆる海水が最近寒くなって自然に凍って、それで出られなくなった状況ではないのであります。と申しますと、水温は、ずっと最近の状況は、マイナスの一・六または七程度であります。そういうので、もし風が、西の風または南の風が強く吹けば、今のせっかく丘のようになっております氷盤というものが、また移動してそこに通路ができるということは、従来南極に行った諸外国の人々の経験の話も残っておるのであります。それでもし西の風が吹き、また南の風が吹いたときに、その水路ができれば宗谷は自力でも脱出が全然不可能ということはないということは、第一に申し上げられると思うのであります。しかし、これは何といっても相手は大自然でもありますし、いわゆる風まかせというふうなことで、必ず吹くではありましょうけれども、必ずしも吹くということも予想できませんので、非常に、見込みもあるといっていいか、ないというか、その風の予想がつかない現在の状態であります。それが第一であります。ですから、全然不可能ではないということをまず申し上げなければならぬかと思います。 それから外国船の宗谷の前路を切り開いていくことでありますが、今のアメリカのグレイシャー号の能力を申し上げますと、排水量が八千二百トンでありまして、長さが三百十フィート、幅が七十四フィート、吃水が二十フィート、馬力は二万一千馬力であります。砕氷能力は二十フィートということであります。普通砕氷といっても主として馬力によるのでありまして、氷盤に衝撃を与えて切り開いていくことが、主たる能力になっておるのでありますが、幸いなことにこのグレイシャー号は、昨年の三月下旬だと思っておりますが、ちょうどリッツォホルム湾の現在宗谷がおる地点よりももっと南の方、平たくいえばもっと奥に入った方に行っております。そういうことで向うにはその経験があるので、大いに自信を高めているような記事も出ておりますが、そういうことも考えられますので、宗谷の付近にある現在くらいの氷は、グレイシャー号のこういう能力で切り開いていけるかどうかということにつきまして、私の方から現場の松本船長あてに聞き合せましたところ、グレイシャー号なら、現在の状況なら脱出はできるという回答も得ておるようなわけであります。またオビ号につきましては、実はジェーンの年鑑に世界各国の軍艦の要目が書いてあるのでありますが、これに載っていない。そこで宗谷及び外務省を通じて、このオビ号の能力についてもっと的確なる明細というものを知りたいと思って、目下調査中でございます。
○野原委員 あなたの御答弁をお伺いしておりますと、どうも完全に私の質問にお答えになっていないと思うのであります。自力で脱出することは困難ではないか、これはお認めになったと、思う。なおまた先ほどの御説明の中で、越冬することも実は非常に問題がある。ヘリコプターは一人か二人しか搭乗できないし、二十メートル以上の風速ということになると、ヘリコプーターの飛行ということも非常に困難を感ずる。従ってどうしても最善の措置をとるということになれば、外国船による救助という以外にない、そういう方針で、すでにグレイシャー号に対しても、オビ号に対しても、正式に依頼をされておると私どもは受け取っておるのでございまするが、その通りでありますか。その救助の基本的な方針というものをお示し願いたい。
○島居政府委員 先ほど申し上げましたように、第一の場合は、自力でいくことも全然不可能ではないということを申し上げました。しかしながらそれも天候があるので、その見込みもいろいろ不可能に近いようなこともあろうから、それで外国船の援助をやったのであるということを申し上げました。外国船の援助といっても、今のように片一方の明細ははっきりわかりませんが、片一方のグレイシャー号は、去年ちょうど三月ごろに行ったことがあるので、これなら確かであろう、こういうふうな目算のもとにやっているのであります。なおかつ先ほどの海鷹丸の方に隊員を移乗するにつきましては、なかなか技術を要しますし、危険なこともあるので、十分注意して、海鷹丸が近くなったときならできるだろうが、天候が変るとなかなかむずかしいと船長も言っておりますので、万一外国船が来ましても、宗谷が脱出できない最後のときには、グレイシャー号またはオビ号の方へ隊員を移乗させるというふうに、私の方では考えておるのであります。 なお船の危険その他についてでありますが、もっと詳しく申し上げたいと思います。 まず簡単に要点だけを申し上げますと、船体は日本の船舶工学の権威を集めて、万一の場合に備えて、つまり氷の圧力あるいは氷の張り詰めたときに船体がその上に浮くのでありますが、そういうふうに浮き上るようないろいろな設計の構造がしてあるので、一応の手はつけてあると思っております。なお燃料については調査をしておりますが、これも暖房あるいはその他について持っております。また飲料水についても、飲料水を作る、つまり海水はちょっと困りますが、上に降った雪は溶かせば飲料水に使えますので、そういう方法、なおまた食糧についても、予備食を使えば、隊員を含めて全部一応大丈夫だろう、こういう電報を松本船長から受け取っております。
○野原委員 そこで外国船によって救助するということで、お尋ねをしたいのでございますが、オビ号に外務省を通じて正式に依頼したのが二十六日の午前、きのう。そこでグレイシャー号に対しては、いつ依頼をなさったのかお尋ねいたします。
○島居政府委員 グレイシャー号につきましては、いわゆる正式にと申しますか、そういう文書をもってやってはおりません。これは口頭でやっております。しかしながら、オビ号については正式に文書でやってくれ、こういうようなことでありましたので、いろいろ外務省と手続を相談いたしまして昨日出したのであります。
○野原委員 口頭にしろ、グレイシャー号に対してはいつ依頼したのか、何日に依頼したのか、こういう質問です。
○島居政府委員 十九日であります。
○野原委員 これも朝日、毎日、読売その他すべての新聞が一致して指摘しておることでございますが、グレイシャー号には十九日に依頼をされておる。そうしてオビ号には二十六日に依頼をされたということ、このことはどういうわけで同時にあなたの方が依頼をされなかったのか。グレイシャー号にだけ依頼をして、それから一週間たって——二十四日ころから相当海上保安庁は批判をされてきておる。その批判に耐えかねたのかどうか知りませんが、きのうの午前オビ号に依頼をする、これは一体どういう意味なのかお聞きしたい。
○島居政府委員 十九日ころからオビ号及びグレイシャー号については、連絡方について現地にも指示しております。なおかつ十九日ころの状況は、松木船長は自力で脱出をやっていくというような状況もありました。そういうわけで、いわゆる政府とか国家としていろいろ依頼いたしますが、グレイシャー号との連絡は現地ではなかなかとれませんので、東京を通じてやってくれというようなことであります。それからオビ号の方は現地で一日一回連絡をとっておりますので、万一の場合つまり状況の変化に応じて、とっさの場合にやるということについては現地でやることにしたのであります。
○野原委員 その御答弁がどうも私は納得ができない。グレイシャー号に対しては、こちらの方で在日アメリカ大使館を通じて依頼をするけれども、オビ号に対しては現地でやれ。現地でやれと言われても、現地ではほんとうに死にもの狂いの苦しい戦いをしておられるので、それは現地で連絡その他はとることに努力するでありましょうけれども、これは当然松本船長に対して、あなたの方からオビ号に対してもこちらで依頼をする。依頼をするということになれば、ソ連の方は何らかの方法でオビ号に命令を発するに違いない。そういう態勢を整えることが万全の対策だと私どもはしろうと流に考えるのでございまするが、この考えは間違いですか。
○島居政府委員 先ほど申しますように、十九日の状態というものは、まだ現地の状況は自分の力でできるというふうな状況であったのであります。そこでアメリカの方へ十九日に相談いたしましたのも、すぐグレイシャー号を出してくれというような相談でなくして、宗谷の現状はかくかくであるということを、現地の通信が、いわゆる東西の通信というものがむずかしいものでありますので、それで東京を通じてやっておるわけであります。オビ号は近くでありますので、しかもいろいろな状況というものは、御存じと思いますが、船については陸でいろいろやるよりも現地で船同士でやるのが一番いいというのが今までのことであります。それでやったのであります。それですから宗谷もグレイシャーと連絡つきさえすれば連絡をとるようになっておるのでありますが、なかなか東西の電波というものはむずかしいのであります。それで東京を通じてやったのであります。
○野原委員 むずかしいかどうか知りませんけれども、すでに十五日には海鷹丸がオビ号の姿を認めておるという報道も私どもは聞いておりますし、なおまた宗谷に最も近い距離にある、特に二十四日のごときは宗谷が最も難渋をした、十九日は安定な状態であったかもしれませんけれども、あなたの先ほどの説明を聞きましても、もう二十日ごろから大へんな状態になっておる。南極の自然現象からすれば相当心配があるわけなんです。そこであなたの方は大使館を通じて、口頭かどうか知りませんがグレイシャー号に依頼をした。私はこれは最も適切な措置だと思うのであります。ところがただいま申し上げましたように、一番近い距離にあった二十四日のごときは西北西五百キロと新聞は書いておりますが、そうなりますとオビ号の速度からすれば一日半か二日で、宗谷救援に二十四日にはおもむくことができたかもしれない。それがやっと二十六日の午前だ、こういうことになれば私は果して海上保安庁として万全の対策をとったとはどうも考えられない。その辺はどういうように考えていらっしゃるのか。これは二十六日の朝日新聞のあなたの談話です。こう申しておられる。「米ソの関係から政治的な配慮をしたものではない。オビ号とは宗谷が現地で連絡をとり、救援要請をするよう指示してあるし、海上保安庁としても外務省を通じてソ連の意向を確かめてもらっていたのだ」こうあります。ところがグレイシャー号に対しても当然現地で連絡をとるし、救援要請もあったでしょうけれども、私ども疑問に思うのは、グレイシャー号は大使館を通じてこちらの方で要請をするのに、オビ号の方にはなぜ要請をしなかったのか。最も近い距離にありながら、なぜその要請が一週間もおくれたのか、あなたの方はどういう状況であったのか知りませんが、その辺を一つ端的に御説明願いたい。
○島居政府委員 先ほども申し上げましたように十九日、二十日ごろの状況というものは、宗谷の方から外国船の方に頼んでくれということは言ってきていないのであります。二十四日になりまして外国船の方に頼むということを言ってきておるのであります。しかしながら私どもとしては言ってこないといっても、いろいろな状況から判断して、そうしてグレーシャーとオビが近いであろう、実はそのほかの外国にも一応話もしたのでありますが、能力その他からいたしまして今手取り早くつかまえられるのはそういうところであろう、そういうので、正式に松本船長から要請してきたのは二十四日でございます。そういう関係もあるということも一つお含みおき願いたいと思うのであります。
○野原委員 二十四日に現地から要請をされたその以前にグレイシャーに口頭で要請をしておるのであります。松本船長からの要請は、外国船には二十四日ということであったのでございましょうけれども、あなたの方は十九日に大使館を通じてグレイシャーには要請をしておる。ところがオビ号の方は、二十四日に要請があっても二十五、二十六日と二日間もずれておる。これは一体どういうわけですか。
○島居政府委員 先ほどもたびたび申しますのでありますが、オビ号とは現地で通信状況が、非常にいいときもあり、悪いときもありますが、とりいいのであります。そういうわけでしょっちゅうその状況はオビ号とは連絡をとっておるのであります。それから二十四日といいましても夜おそくであります。夜中の二十五日午前二時半ごろ発表したようなわけでございます。それからいろいろ、たとえば日本における関係官庁にも手続きにつきましていろいろ打ち合せをいたしまして、すぐにソ連の方へも要請したのであります。それから先ほどもお読み下さいましたように、私の方は、人命に関するものであり、また純粋に科学的の観測に関するものでありまして、われわれといたしましては毛頭そういう政治的の配慮、そういうものは全然考えていない、最もその現場、現状に応じたあるいはそれを見通しての措置をやっていっているようなわけであります。
○野原委員 グレイシャー号の方は、これも私は新聞で読んだのでありますが、二十八日でなければメルボルンを出港することができない、三月十三日ごろ宗谷付近に到達する。グレイシャー号の皆さんがこの宗谷救援のために真剣に燃料その他を整備して、そして現場に急行されて下さることに対しては、私どもはまことに感謝にたえぬのであります。しかしながらあなたのただいまの答弁を聞いておりますと、オビ号は通信がとれておったから現地にまかしておったんだ、片方のグレイシャー号の方は宗谷との通信状況が困難であると判断したからこちらから依頼したんだ。このことはどうもあなた方が万全の対策をとっているとは考えられぬのであります。あなたは非常に楽観的なことを申しておるのでありますが、最悪の事態が起ったらどうしますか、海上保安庁にしても統合本部にしても……。松木船長ははっきり言っている。南極というものを今日までのデータで動こうとするのが間違いであった、南極というもののおそろしさが今初めてわかったと言っている。そうならば、私どもとしては万全の対策をとるためには、十九日でも二十日でも——あなたは十九日、二十日は容易な状況であったといわれますが、二十二日でも二十三日でもいい、二十四日に松本船長から正式の依頼があれば、即座に間に合わなければならない。それがきのう午前まで延びたのはどういうわけだ。政治的配慮はなかったろうと思います。私は何もそういうことをとらえてとやかくのことをここで申し上げたくはないから、あなたのおっしゃる通り政治的配慮はないにしても、怠慢ではなかったかということを私は言っておる。二十四日になぜしないか。その点を一つお尋ねします。
○島居政府委員 いろいろ申し上げたのでありまして、なおかつ新聞もお読みになっていると思いますが、私自身としては楽観はしておりません。また世間にいわゆる悲観もしているわけでございません。いわゆる現実の事態に即応した処置をそれぞれとっていると私は思っております。決して私は楽観ということは一ぺんも言っていないのでありまして、私としてほんとうに涙ぐましい、できるだけのことをやってきております。(発言する者あり)ほんとうであります。それから二十四日というお話でありましたが、二十五日の午前に来ましたので、御存じと思いますが役所のいろいろ手続きもございまして、そういうことでやっと昨日の午前中——しかし前の目から外務省とは連絡してありますので、翌日持っていくということにして昨日持っていったのであります。役所の中のいろいろの事情も御存じとは思いますが、その辺も十分おくみ取りあらんことをお願い申し上げます。
○野原委員 あなたが非常な御努力をされていることは私ども知っております。これは当然のこととはいいながら、特に文部省内における統合本部にしても、海上保安庁にしても、皆さんの非常に心配をされていることは知っている。私はそれをとやかく言おうとは思わぬのです。いろいろ今後も起ることであるから、万全の対策、つまり手抜かりがあるのではないか、このことに対して反省をしてもらいたいということを私は言わんとするのです。御承知のように、国際地球観測年の連絡会議にソ連のアカデミー会員のベロウソフ博士が参っております。この方はこの話を聞いて、ソ連は日本政府から要請があればすぐにでも責任を持って本国へ手配をいたしますぞということを言っておる。グレイシャー号に依頼するのもよろしい、オビ号に依頼するのもよろしい、外国船舶というものは、あなたがおっしゃる通り、海難救助の問題では決して差別をつけるものではない。私どもとしてはそこに何だかしらん割り切れないものを感ずる。オビ号がすぐ近くにいるのに、現地にまかせるということで、それがそのままにほったらかしにされて、そうしてグレイシャー号に依頼する。そのグレイシャー号は三月十三日でなければどんなに全速力を出しても現地には届かないという。グレイシャー号には威力があるでしょう。しかしまたオビ号にも威力があるのでありますから、こういう場合には公平に依頼をするのが至当ではなかったか。二十四日あるいはグレイシャー号に依頼をされた直後にでも松本船長にその旨の電報を打って、オビ号に対して正式に依頼をする、こういう方法をとることが妥当ではなかったかとあなたはお思いになりませんか。二十六日の午前にオビ号に依頼したのは万全の対策であるとあなたはそれでもおっしゃいますか。もっと早くオビ号にも依頼すべきではなかったかと私は思うが、海上保安庁はそうお考えになっていらっしゃいませんか、お尋ねいたします。
○島居政府委員 いろいろ御注意はまことにありがとうございます。それはわれわれ人間のやることでございますので、私としては万全にやったつもりでもまたいろいろ批判の余地もございましょう。それは私といたしましても十分反省をいたしまして、もちろん今年の末からもあることでございますので、手抜かりのところはよくやっていきたいと思うのであります。われわれの方といたしましてはできるだけのことをいたしたというふうに考えておるのでありますが、それも御指示のところがあれば十分参考にいたしまして、今後やっていきたいと思っております。 なお、私は別に言葉じりをつかまえるわけではないのでありますが、私の方の気持といたしまして何も現地にまかしてばかりいたのではないのでありまして、しょっちゅう電報で緊密に連絡してやっておるのであります。そういうわけでございましてあなた方も御存じと思いますが、一城のあるじとして船におられる松本船長が、ああいうふうに現場をよく判断して沈着な行動をせられておることについて、こっちの陸地からあまりに現地の判断を混乱させるようなことを言ってやるのもいかがかと思いまして、種々あれこれ勘案いたしました結果、松木船長から言ってきたことを憶測してやったわけであります。しかしながら今のように、それでもお前はもっと早くやればよかったと言われれば、私もあるいはもっと早くできなくはなかったかと思いましてこれは今後もあることでありますから、十分お話を承わりまして今後もやっていきたいと思うのであります。
○野原委員 ただいまも申し上げました通り、私はあなた方が非常な努力をされておることには感謝いたしております。だからそれはとやかく言わない。そこでお尋ねをいたしますが、宗谷の救援ということについての責任は海上保安庁でございますか、それとも統合本部が当面の責任者でありますか。その辺はどうなっておりますか、統合本部長にお尋ねします。
○灘尾国務大臣 統合本部といたしましては、南極における観測、この仕事をやりますためにそれぞれ関係の省庁があるわけでありますが、それぞれの省庁のなさるべき仕事を統合いたしまして推進していこう、こういう役割をいたしておるわけでございますので、個々の事柄につきましては所管の役所にそれぞれ責任を持ってやっていただいており、統合本部といたしましてはこれを統合して推進していくという役割を勤めておるわけでございます。
○野原委員 そうなりますと、救援は海上保安庁の責任だ、こういうことになろうかと考えるのであります。私は、なお関連をされてこの問題で質問される方もあるようでございますから、一応おきますけれども、来年度の南極地域の本観測という問題も控えております。そうなりますと、もしものことでもあると実はその本観測に影響するというので、永田隊長はみずからの命よりもむしろ南極観測のことを非常に心配をされておられるということであります。砕氷能力がわずか一メートルしかない、こういう宗谷ではほんとうの観測はできないのではないか。オビ号は三メートルともいうし、七メートルとも書かれております。グレイシャー号に至っては四メートルの砕氷能力を持っておるという。やはりこういう万全の準備をしてかかることが、ほんとうに南極を観測しようというこういう先覚者に対する政府の当然の道ではなかろうかと考えますが、来年度の本観測に対してこのままで一体やろうとされるのか。今度の問題から統合本部としては相当な反省をされて、少くともこういうオビ号級なりグレイシャー号級の観測船を用意しなければならぬと考えていらっしゃるかどうか、その辺のお心持を伺っておきたいと思うのであります。
○灘尾国務大臣 今回の事態につきましては、われわれといたしましては十分にこれを認識し、今後の対策を考えていかなければならぬと思います。来年の本観測は、私どもといたしましては、あくまでもやりたい、とこういう考えをいたしておるのでございますが、今回宗谷は今のような状態にございます。幸いにしてオビ号なりあるいはグレイシャー号の協力によりまして宗谷が脱出することができて参りますれば、非常に好都合だと考えますが、万一これが非常におくれてくるとか、あるいは宗谷それ自体が越冬せざるを得ないというような事態が起りました場合には、これをどうするかということはかなりむずかしい問題だと思うのであります。いずれにいたしましても、現地の状況というものをよく把握する必要がございます。その現地の状況を把握いたしまして、次に対処する方策を考えて参りたいと思います。
○野原委員 関連者がおりますから、宗谷についての質問は私はこれで終りますが、なお関連質問が終りましてから、文化財について緊急にお尋ねをしたいと思いますので、よろしくお願いいたしておきます。
○長谷川委員長 河野正君。
○河野(正)委員 今回の南極観測につきましては、国民、朝野を問わず非常に大きな期待をもって見守ったわけでありますが、現地では永田隊長以下血みどろの努力をされておるにもかかわりませず、きわめて不安な状態になって参りましたことは、私どもも非常に残念に感じておるわけであります。この問題につきましては、昨年当委員会におきましても、同僚であります平田ヒデ委員がいろいろと外国の文献あるいは外国の資料等を集められまして詳細に指摘されて参った、そうして外国の例等を取り上げて、今回日本が行いました南極観測の準備というものが不十分ではないかというような御指摘があったということは、御承知の通りでございます。ところが、まことに残念でございますけれども、そういった平田委員の御指摘がそのまま現実となって現われて参りましたことを、私どももまことに遺憾であったというふうにいわなければなりません。そこで私どもそういった資料を承わりまして、この南極観測につきましては一まつの不安を持っておったわけでございますが、たまたまそういうことが現実となって参りましたことは、先ほど申しますように、まことに遺憾であったと言わざるを得ないのであります。そこでこの問題につきましては、そういった同僚の御指摘に対しまして、文部省当局も、現在の稲田次官でございますが、るるとここで、この装備準備に対しては遺憾がないのだというふうな御答弁もございまして、私どもやや安心しておったわけでございますけれども、まことに残念なことには、今日のような事態になって参ったわけでございます。そこでこれは先ほどの委員からも御指摘がございましたように、来年は本観測も行われることでございますので、そういった問題も後に起っておりまするから、私はそういったいろいろな情勢の見通しに対しまする誤謬と申しますか、判断の誤まりと申しますか、ということは、これは当然当局としても認めざるを得ないというふうに私ども考えて参るわけでございます。そこでそういったいろいろな事態が生れて参りましたことにつきまして、本部長でございまする大臣の——当時の大臣ではございませんけれども、今日は現実に大臣でございますから、大臣の御所見を一つまず承わっておきたいと思います。
○灘尾国務大臣 当時といたしましては、日本で得られるあらゆる資料に基きまして専門の権威のある諸君が十分研究討議を遂げまして、これで行けるという考えのもとにおやりになったことと考えます。また大体それで行けたわけであります。不幸にして帰り道においてこういう事態になりましたことは、今から考えますともっと日本の船についていかなることがあっても帰って来れるというような船があったら、この問題も起らなかったと思うのであります。そういう点におきましては十分に今後私ども考えなくちゃならぬ、かように考えます。 それから今後これを継続していくということにつきましては、何さまわれわれと離れておりますので、現地の状況というものがしさいにはこちらでは判断しにくいものもあろうと思います。来年観測をやることにつきましては一応こちらで考うべき点を考えて計画をいたしておりますけれども、現地から帰って参りますればさらによく状況を聞きましてこれによって次の問題も一つ考えて参りたいと思っております。
○河野(正)委員 たまたま大臣の御答弁の中に本来からいけば大体これで十分行けるのだというような御答弁があったわけでございますが、そういった先入主というものがやはり今日のこういった事態を起した非常に大きな原因になっておると私は思うのです。そこで平田委員からもいろいろ御指摘がございましたように、当時の外国の装備あるいは準備と日本の装備準備というものには非常に大きな隔たりがあったわけです。そこで私どもはそういった点に対しまして一まつの不安を持つておったわけでございますけれども、たまたま大臣から御答弁いただきましたように、本来からいえば行けたんだ、そういった考え方というものが、やはり今日におきましてははっきり誤まりだということになっておるわけでございますから、その点は十分一つお考え直しを願いたいというふうに考えて参るわけでございます。 それから私ども一番心配いたしますのは、何と申し上げましても本格的な観測というものは来年でございますし、この本観測につきましては世界の国民、あるいは日本の国民がひとしく期待しておるところでございますから、最大の成果というものをあげていただかなければならぬというふうに考えるわけでございます。ところが今度のようないろいろな事態が起って参りますと、たとえばたまたまオビ号あるいはグレイシャー号の救援によって宗谷が脱出するということになりますれば問題はございませんけれども、もし不幸にして観測隊員だけが脱出をしてくる、待避してくるということになりますと、資料等も最小限の資料しか持って帰ることができない。あるいはまた来年の観測に出て参るにつきましても、宗谷がおりませんと、南極に出て参りまする観測船が準備できないというようなことで、そういった点につきましても私どもは非常に大きな困難が伴って参るというふうに考えるわけでございます。そこで最悪の事態が生まれた場合に、今後本部長といたしましてはどういった態度でこの観測を実現しようというふうにお考えになっておりますか、この点はきわめて重大でございまするから、一つ大臣の率直な御答弁をお伺いしておきたいと思います。
○灘尾国務大臣 来年の観測につきまして、日本の与えられた力でもって果してやり切れるかどうかというふうな問題も、これは慎重に考えなければならぬと思います。ただ単にいかなる手段、いかなる方法をとってでもやらなくちゃならぬというふうには、これは現実の問題としてはいけない場合もあろうかと存じます。従って何とかして観測隊の諸君に帰ってもらいたい、帰さなくちゃならぬと思っております。帰られた上でよく相談をいたしまして、そうして私といたしましては何とかこの本観測をやりたいというふうに考えておりますけれども、その際の事情が果してそれが許されるかどうかという問題が起ってくると思います。そのときの問題としてこれは考えていかなければならぬと思います。気持としましてはできるだけやりたいということにいたしておるわけでございますが、要はやはり現地の状況というものをつまびらかにいたしまして、一体日本で用意し得る力というものがどの程度まであるかというふうなことは、これは十分その際検討いたしてみたい。決して無理はいたしたくないと私は考えております。
○河野(正)委員 大臣の御答弁の中で無理はやらないということでございまするけれども、私ども一番心配いたしますのは、本観測をあらゆる態勢、準備を整えて再び実現するというようなことになりますれば、問題ございませんけれども、もし本観測というものが実施できないということになった場合に起って参ります問題は、これは昭和基地に残っておりまする十一名の越冬隊員の問題だというふうに考えるわけでございます。もし最悪の事態でどうも本観測を実行するだけの準備なり態勢ができないというような場合になって参りました場合に、この昭和基地に残っておりまする十一名の隊員に対しまして、どういうふうな処置をやろうというふうにお考えになっておりまするか、この点はきわめて重大な問題でございますから、大臣の率直な御答弁をお伺いしておきたいと思います。
○灘尾国務大臣 さような事態はお互いに想像いたしたくない事態でございますけれども、万が一にもそういうふうなことになるということになりますれば、これは私としてもあらゆる力を尽しまして、日本の力が足りなければ、外国の力を借りてでも、日本に帰すことばもちろんやらなくちゃならぬと考えております。
○高津委員 関連して。島居長官がさきに、御存じの通り役所にはいろいろな事情がありまして、そうしておくれたのだ、私はちっとも存じていないのでありますが、いろいろの事情というような中身を承わりたいと思います。
○長谷川委員長 速記をとめて。 〔速記中止〕
○長谷川委員長 速記を始めて下さい。
○高津委員 統合本部長の文部大臣がいて、そうして連絡の方面はあなたの方でおやりになった、それがすべて命を受けてやられた、こういうふうに解してよろしゅうございますか。
○島居政府委員 命を受けたとおっしゃるのはどういうことでございましょうか。
○高津委員 南極観測の統合本部長という文部大臣がいるのに、文部大臣がやらないで、あなたの方ですべて事をきめておられるように私には受け取れるのですが、その関係はどうなっておるのですか。
○島居政府委員 それは統合本部の方とよく連絡してやっております。
○高津委員 そうすると、あなたが非常に婉曲な言葉で手落ちがあったならば今後は改めるというようなことを言われたのは、そのまま文部大臣の責任だということになりますね。
○灘尾国務大臣 先ほどお答え申しましたように、統合本部の仕事は、連絡調整統合推進というようなことをやっておるわけでありますが、私の考えによりましても、別に今回の場合に海上保安庁の諸君がまずいことをやったとか、怠慢であったかというふうには実は考えません。一生懸命やられたものと考えておるわけであります。そういうふうに一つ御了承願いたいと思います。 〔「了解」と呼ぶ者あり〕
○高津委員 了解する人もありましょうが、本人がわれわれに指摘されるようなことがあったというのに、文部大臣の方ではそういうことはないと認めておる、こう言われるのでは食い違いが生ずるでしょう。
○灘尾国務大臣 言葉が足りなかったと思いますが、海上保安庁の諸君はほんとうに涙ぐましい努力を今日まで続けて参られたと思うのであります。統合本部長としてこれを見ております場合に、決して私は怠慢であるとかいうふうなことはなかったと思うのであります。島居政府委員の仰せになりましたことは、しかし結果として今日の事態を考えます場合にいろいろ御批判もございますので、先ほどのようなお答えがあったものと承知いたしております。
○高津委員 けっこうです。
○長谷川委員長 野原貴君。
○野原委員 文化財のことについて簡単に伺います。 これは御承知だと思いますけれども、委員長にお尋ねをいたしますが、時価一億円と言われる、かっては国宝であった重要文化財、つまり俵屋宗達さんの書きました西行物語絵巻という四巻が、文化財を保存しなければならない委員会の事務局の職員によって売買をされておるのであります。これは大へん重大な問題であろうと私どもは考えておりまするが、この点を委員長はどのようにお考えになっていらっしゃるのか、その真相を、簡単でもよろしゅうございまするからお述べいただきたいのであります。
○河井政府委員 ただいまお尋ねのありました西行物語の四巻が売り渡しになり、そうしてそれが解体されたと申しますか、そういうような事柄についてのお尋ねであったものと了解いたします。これは私が報告を得ておりまする限りにおきまして御説明申し上げますが、実はそういう事実があったことは、後に文化財委員会において承知したということなんです。まことにこれは遺憾だと思います。だがとにかくありのままに私が報告を得ておりまするところを申し上げてみたいと思います。 昨年の六月に前委員長に対しまして差出人不明の投書がありまして、それには毛利家の西行物語の四巻、ただいま御指摘になりましたその重要文化財でありますが、それが毛利家の手を離れて、切れてしまって、同好者のところに分けられているというような出所不明の投書があったので、初めて文化財委員会におきましてはこのことを承知いたしたのであります。そこでこれは非常に重大なことでありますから、直ちに委員会において取調べをいたしました結果、それは毛利家から森川という者に譲り渡したということがわかりました。その森川というのは、ただいまお話のありました文化財の委員会事務局に関係のある者でありますが、これを厳重にただしましたところが、確かに譲り受けた、間違いないということを申したのであります。ところがそれを切ったのはだれであるかということを調べましたところが、その四巻のうちの一巻だけでありますが、それを東京の山口何がしに譲ったということであります。そういうことであってその当時森川は、国が補助金を与えて修理するところの国宝とか重要文化財の絵画の修理を設計、指導する役目を持っていた委員会の非常勤の職員であったのでありますが、その森川がそのことを申したのであります。そこで山口何がしを事務局において取り調べました結果、自分がこれを分けて売ったということを承認いたしました。そこで当局といたしましては、何としてもこの重要なものがばらばらになって売られるということは、これはもう取り返しのつかないことだと思いまして、森川を厳重に説きまして、そうして森川はその責任を感じまして、自分がそのばらばらになっておるものを全部買い戻しまして、そして原形に復するように努力いたしました。八月の下旬になりまして、全部買い戻しができたという報告がありまして、そしてそれが結局森川のもとで——この森川というのは、さきに申しました絵画の修理等をするための特殊の技術を持っておる者でありまして、それの手において原状に復旧いたしまして、もとのままになって森川の手に戻った、こういうことになっております。それから森川に対しましては、これは実に非常に重大な過失を犯したのでありますから、その旨を含めまして退職せしめてしまったというのです。私が承知しております内容は、ただいま申し上げました通りであります。
○野原委員 そういたしますと問題点はどこにあるかということです。重要文化財が売買の対象にされていいのかというのが一つ。その次は文化財保護委員会の承諾を得ないで原状変更をやっておる、これにもまた問題があるわけです。しかもその行動が文化財保護の重要な責任を持っておる事務局の職員であった。事ここに至っては私どもはあなたの委員会を信頼するわけにいかぬ、その辺を委員長としてはどうお考えですか。
○河井政府委員 お答え申します。重要文化財の所有権の移転ということにつきましては、規定上やはりあらかじめ文化財保護委員会の許可が必要であるというのでありますが、このことは二つの場合があると思うのです。すなわち毛利家から森川に移った場合のことと、それから森川が山口に移した場合、この二つの場合があると思います。毛利家から移した場合におきましては、これは承認を得ておるということであります。しかし森川が山口某に譲ったことにつきましては承認が得られておりません。ということは法規から見まして適法でなかった、はなはだ遺憾なことであった、かように考えます。それからもう一つは山口へ森川が渡したこと、これはただいま申したように法規に違反したよろしくない結果であった、かように考えております。
○野原委員 問題は文化財を委員会に無断で売買してはいけない、ところがその文化財を所有しておる者はすなわち金に困るわけです。よろしいですか、金に困りますからお金がほしい。特に斜陽階級と申しては失礼ですけれども、こういった昔の華族さんはたくさん文化財を持っていらっしゃいますけれども、そんなものを持っても食っていけませんから、これを手放そうとするわですね。だからして私は文化財所有者に対する国の経済的な補助と申しますか、そういう面を考慮してやらないと、これは次々に起って参りますよ。このことが一つあるわけです。この点はどうお考えですか。
○河井政府委員 そういう場合はここに現われたこの事件以外にもないとは限らない、かように考えます。そういう場合にどうするかといえば、まず第一に、重要文化財でありますならば、他に売買しようというようなことがあれば、まず文化財保護委員会の同意を得なければならぬ。そして国がこれを買ってくれるかどうか、実は国が買うという特別の法律があるのでありますから、それによって国が買い得るならば大へんけっこうだと思うのであります。ところがそういうことは、ほんとうに徹底的にやる手段あるいは方法がなければ、ただいま問題になったような事柄がひそかに行われるということも想像される。これはどうもそういう危険が非常に多いのでありますが、われわれといたしましては法律の規定に基いて、それが正しく行われるようなことを希望しておるのでありますけれども、ほんとうを申しますと、予算の裏づけから何から申しましても、実際本年度も千六百万円くらいしか予算がないのです。そういうことを申してははなはだ私が無力なことでありますが、これはとにかく相当な大金で、一点といえども千六百万円くらいでも買えないものがたくさんある。そういうものがひそかに移動していくという事実は想像ができます。ほんとうにあるであろうと思いますが、これをどうすることもできない——情ないことを言って済みませんが、そんな状況であります。でありますが、とにかく委員会といたしましては、法規の命ずる通りに、なるたけそれが満足にいくようにしたいと努めておるわけであります。非常に大きな矛盾があります。あるいはその文化財を持っている人に対して何か補助を与えるとかいうようなこともこれまた重要な問題でありまして、今すぐそれじゃどうするかということのお答えはできかねるのでありますが、実はこういう状態にあるということをよく御了解を願っておきたいと思うのであります。
○野原委員 むずかしい状態にあるからこれを放擲するのでなしに、文化財所有者の経済的負担について文化財保護委員会はこれを真剣に保護する責任があるのですから、考慮してもらわなければならぬのです。例をあげますと、「西行物語絵巻」というのが時価一億円といっておる。ところが税務署はこれを相続するときには税金の対象にしておりますよ。そうなるとこんなものを持っておっては大へんなことになるから、とにかくどこにでも手放すということによって重要文化財というものが散逸するわけなんです。こういう問題を真剣に考えるためにあなたが委員長になったのですよ。(笑声)いいですか、あなたのような、参議院の議長をされていた大政治家を私ども衆参両院で委員長にしたのは、こういうことについて大きな政治的な手が打たれるであろうということを期待しておったのですけれども、あなたが今何ともそれはしようがないのだというようなことを言うならば、いさぎよくやめてもらわなくちゃならぬ。もう一ぺんあなたの決意を聞きたい。あなたのこれに対する所信のほどをもう一度聞いておきます。
○河井政府委員 だいぶん答弁に困ります。しかしながらここに例に出ておりますような、昔からのお家柄の人たちが持っております文化財というものは相当多数あると思います。それからまたそういうお家が今日経済上だいぶん困っていらっしゃるという事実もあるのであります。そういうわけでありますから、文化財の保護の関係から申しますれば、ただいま申し述べましたような規定以外に出ることはできないと思います。あるいはまたそういう困っておる家の経済を文化財を通して助ける、あるいは文化財について金を上げるということはちょっと考えられないのでありますが、しかし何とか買い入れの方法なりその他相当な経費をもちましてこういうことができないように努めます。また別の方法といたしましては、文化財を持っております人々に対しまして委員会といたしましてはそれの取扱い等についての詳しい説明書でもあげまして、年々それが移動があるかないか——ないはずでありますが、それの届出等もいたさせまして、そして原状を維持していきたい、かように考えます。もっと申しますれば、積極的に相当多額の予算を手に入れまして、この文化財保護の完璧を期したいということを考えておるのであります。ただいま申し上げた程度でありまして、どうもそれ以上に、委員長の責任はどういうふうになりますか知りませんが、とにかく全力を尽したいというつもりで事に当っておるわけなんであります。
○野原委員 決意だけではどうにもできないのです。これはここで議論してもどうかと思いまするから、この程度でおきまするけれども、次に原状を無断で変更しておる、ばらばらにして売っておるのです。これはやはり文化財保護法の規定に抵触するわけです、委員会の承諮を得ないで無断で原状を変更するということは。ところが、あなたの方は規定に抵触しておりながらそのままに放擲されておる。これはどういうわけですか。規定に抵触しておれば規定に従って何らかの処置をとらないとなりませんよ。どうも最近の文化財保護委員会のやり方を見ておると、奈良県の例の若草山の問題でもしかりです。私はきょうは時間がありませんが、実はきょうあなたが視察をされた所見を聞いてただしたいと思うことがあるわけです。あなたは若草山の問題にしたって新聞記者には、違法の事実はある、しかしもう年数がたったのだからしようがないのだ、こういうことを言われておる。違法の事実があればこれを処断することによってやはり結果として予防措置を講ずることになるわけです。そういうことをしたらいかぬぞという一つの威嚇を与えることが文化財保護法の立法の趣旨なんです。ところが今度の場合だって、若草山の場合だって、あなたは実に寛容でいらっしゃる。あなたが寛容であることはいいけれども、私はやはり法というものがあり、これを保護しなければならぬという立場にあれば、冷厳なる処置ということも考えなければならぬと思いますが、この抵触しながらなおかつ放擲をされていらっしゃる理由を承わりたいのであります。
○河井政府委員 ただいまの西行物語の問題と若草山の問題と、両方法の罰則の適用をなぜしないか、こういう御質問であります。これは私も野原委員と御同感であります。結局あの法の制裁規定がありますればこそ文化財保護という非常にむずかしいことがとにかく保たれているわけなんであります。でありまするから、森川某の問題につきましては諭旨をして退職せしめたということで一応は終了しておるがごとく私は考えておりますが、この問題につきましてもさらに検討を進める余地はあると思います。 それから若草山の問題につきましては、私は奈良に出張いたしまして現地を視察いたしました。そのときに新聞記者諸君とも会見いたしたのでありますが、しかし罰則の適用をするとかしないとかそんなふうなことは、私は一言も言っておりません。もし新聞にそういうことが載っていたとすれば、それは間違いであります。そのことをはっきり申し上げておきます。しかしこのことは、私といたしましては視察した感想は一応持っておりますけれども、あるいは文化財専門審議会の意見を徴しますること、さらには委員会の決定を経るという手続が必要でありますから、ただいま時間もないというお話でありましたが、それにつきましてはさらにもう一度説明させていただく機会をお願いしたいと思うわけであります。
○長谷川委員長 ちょっと野原君に申し上げますが、文部大臣は時間の都合その他がございますが、文部大臣はよろしゅうございますか。
○野原委員 けっこうです。私は、理事会の申し合せなどもありますから、質問を後刻に譲りたいと思いますけれども、もう一点毛利家の絵巻物についてお尋ねしておきたいと思うことは、文化財保護委員会の事務局の職員がこういうことをやるということは大へんなことだと思うのです。やったのだからしようがないのだ、本人をやめさしたのだ、それから罰則についても今検討しておるのだ、こういうことでありますが、これは一体どういうことになりますか。事務局職員の行動が、こうなされた場合の責任は、これはやはり委員長がとるのじゃないでしょうか。こういうとんでもないことをした場合には、そのくらいしないと取締りはできないですよ。あなたはその辺をどう考えておるのか。やった本人だけを首切ったからいいと軽く考えていらっしゃるのか。この事務局職員のこういう行動については自今委員長河井が責任をとる、こういう決意があるかどうか、お尋ねします。
○河井政府委員 事務局員のやりました事柄につきましては、善悪ともに委員長の責めに帰するものだと考えております。
○野原委員 どうも時間がありませんから次会に譲ります。従ってこの次の文教委員会に委員長はぜひ御出席を願いたい。問題は、若草山の問題とやはりこの問題ですから、十分その資料なり、あなたの決意なりを御整理されて御出席下さるように今からお願いして終ります。
○長谷川委員長 本日はこの程度とし、次会は公報をもってお知らせいたします。 これにて散会いたします。 午後零時十八分散会 ————◇—————