農林水産委員会食糧に関する調査小委員会 第4号
- 発言数
- 33 件
- 登壇者
- 4 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1957/06/19
会議録
○松野小委員長 これにより会議を開きます。 食糧問題について調査を進めます。本日は委員会の進行上、特別の場合を除き、一人三十分以内にお願いいたします。御協力をお願いします。質疑の通告があり、その順序にこれを許します。川俣清音君。
○川俣小委員 先般来熱心な小委員長のもとにおいて、食糧に関する審議を進めようとしておられるわけでありますが、当局の不熱心さによって議会側の意向が反映しておりませんことを最も遺憾とするものでございます。 〔小委員長退席、本名小委員長代理着席〕 先般小委員会において、臨時食糧管理調査会の大川委員を参考人として呼んで、調査会の意向を聴取いたしたわけでございます。これによりますと、非常に重大な、関心を持たざるを得ない参考人の意見が述べられたのでございます。それは、この内閣が食糧管理法を改正する意図があるならば、国会開会中においてその態度を明らかにしなければならないであろうし、将来にわたる制度研究であれば、これは政府の行政機関としての当然な研究であろうとも見られるのであります。ところがこの臨時調査会の答申は、あたかも三十二年度産米並びに三十二年度消費者価格の決定に重大な影響を与えるようなもくろみのもとに答申されたようにも見受けるのであります。特に委員の中においては、新聞の見出し等の表現を借りますと、食糧管理制度の改革の方向で答申をした、こういうことになる。いやしくも食糧庁は、現行法規の中において行政任務を遂行していかなければならないはずであります。一般的に労働争議等については、違法行為のあるものを処断するという建前をとっておられる、もしもそういう行為をやるならば、法律の改正をやって後にやるべきだ、こういう意見が出ておるわけなんです。ところが国民生活に重要な食糧管理制度の現行法は、現在においてはやはり守らなければならないはずだと思うのです。それがやはり食糧庁の責任であるし、任務であると私は思う。先般の委員会において食糧庁長官は、現行制度の範囲内の答申案については参考とするけれども、将来の制度の改正に基くようなものは、三十二年度産米並びに消費者価格においてはこれを採用しないという意思を明らかにされたのであります。この点は現在でもその通り理解してよろしゅうございますかどうか、食糧庁長官にお尋ねしておきます。
○小倉説明員 お話しのように、本年産の米麦価につきましては、常識的に申しまして、現行法のもとで処置するのが当然と申しますか、またそうならざるを得ないと申しますか、そういうことだと存じます。もちろんこの制度自体についてもいろいろの御意見なりわれわれの多少の研究、あるいは調査会の触れておる点もございますけれども、本年度につきましては、ここで立法論をやりましても、立法手続等について時間的な余裕もございませんし、必ずしもわれわれの準備も十分でございませんし、そういうことはただいま考えていないのでございます。
○川俣小委員 そうすると臨時食糧管理調査会の意見を尊重するということは、将来その意見に基いて制度の改正をはかろうとする有力な参考資料である。その意味において尊重されると理解してよろしいでしょうか。
○小倉説明員 その点は両面があろうかと思います。現行制度、現行法のもとで答申に沿って処置できるもの、あるいは処置すべきもの、また現行制度に若干の改正をしなければならぬような点も含まれておると存じます。後者につきましては、これはどちらかと申しますれば将来の問題というふうに考えておるのであります。
○川俣小委員 今長官の答弁の、現行制度を尊重してやるということになりますならば、三十二年度産米の審議機関として米価審議会があり、消費者米価の決定の機関としてまた米価審議会がその機能を果さなければならぬ任務を法律上持っておるわけであります。法制上任務を持っておるものをないがしろにして、調査会の意見に従うというのはどういうわけですか。三十二年度産米、三十二年度における消費者価格はやはり法制上の機関の審議にかくべきものだと思う。将来の制度にわたっては米価審議会の権限の範囲を越えるものであるとして参考に徴することはあり得ると思う。しかしながら農林省設置法の建前からいって、三十二年度産米の決定は米価審議会の決定を待つのが現行制度の命ずるところだと思う。そういたしますと、せっかくあります機関を尊重しないで他の機関の意見を尊重するというようなことは、やはり制度を改正して後に考えらるべき問題じゃないかと思う。この点どうですか。
○小倉説明員 調査会を尊重して米審を尊重しないというようなことを別段申し上げておるわけではございませんで、米審に御審議願います米麦価につきまして、政府の心構え、どういう基本的な方針で米審に諮問すべき政府案を考えるべきか、こういう点について主として調査会にお願いしたわけでございます。しかもこの点は価格の問題が重要な中心点になるわけでございますが、調査会の中心的な課題あるいは全般的な課題と申しますのは、御承知の通り特別会計の健全化、こういうことでございますので、その健全化という点に触れて価格についてどういう考え方をしたらばいいか、こういうことについて御審議を願ったわけでございまして、そういう調査の結果答申が出たわけでございますので、そういう答申の線に沿って政府としましての本年産米の価格等についての案を作り、そうして具体的な数字をもって米審にお諮りする、こういうつもりでおります。どちらをどうというふうには考えておらないのであります。
○川俣小委員 会糧長官、これは重大な発言ですよ。現行食糧管理法は、赤字を出さないというような建前で立法化されたのでもないし、また法律の解釈も赤字の問題を解消しようとか、赤字の問題をどうしようというような意図の法文は一つも見えないはずです。生産者価格の決定の方式、消費者価格の決定の方式は明示いたしております。それによって算出されたものが赤字が出るかとか出ないとかいうこととは別問題です。それは経済問題です。食糧管理法は明らかに二本建になっております。一本建がしかるべきだというような意見は、これは制度の改正を意図しておるものだ。コスト主義によるべきだとか、需給均衡価格によるべきだというようなことは、現行法の解釈の上からは出てこない。それは明らかにそういう改正を前提としておられるわけです。そういう改正を行われたあとにおいて、需給均衡価格をとられ、あるいは赤字を出さないような改正を行なって、その上に尊重されるならこれは別問題です。従ってせっかくあります法律、制度はもう行き詰まったのだというのは何のことなんです。一体第三者が、この制度は行き詰まったんだ、改正する必要がある、これなら別ですよ。行き詰まったんだから国会以外において修正をしようというようなことは、日本の憲法上許されないことなんです。改正についての意見を述べることはいいですよ。立法手続をとらないで改正をしようとする意図を表明することは、これは穏当じゃないと思う。しかも行政機関の中に存置されたものとしては不穏当だとお思いにはなりませんか。
○小倉説明員 お話のように原価でもって米の価格をきめていく、特に消費者価格を原価で定めるという純粋な原則が現在の食糧管理法で可能かどうかということについては、確かに御説のような御意見が出ると思います。私どもといたしまして、現行制度のもとでそういうことを必ずしも考えておるわけではございませんし、また調査会としても、現行制度のもとでそういうことをお考えになっておるわけではないと思うのです。もちろん生産者米価、消費者米価それぞれ別個の考え方に立っておるように一応見えるわけでございます。また確かにそういう要素が重要な価格決定の要素になっておるわけでございますが、同時にまたその共通の要素もあるわけでございます。たとえば法文の上におきましても、生産者米価にも消費者米価にもそれぞれ経済上といったようなことがうたわれておるわけでございまして、そういう経済上という中には原価であるとかあるいは需給関係であるとかいうことは当然参酌されてしかるべきことに相なっておりますので、原価のことを考えるということが全く現行法の違反であるとまで徹底しては言い得ないのではないか、そういうことはある程度考えるということも可能なのではないか、こう存じておるのであります。もちろんそれだけで適用をするということであれば、御説のようなことに相なろうかと思うのであります。 それから立法論について仰せになったわけでございますが、もちろん行政でございますから現行法のもとでの仕事でなくちゃならぬことは仰せの通りでございますが、同時にまた行政をやっております立場といたしまして、いろいろの立法論が出るということもこれまたやむを得ない点でございまして、立法論が出るからと申しまして、国会で立法される以前に現行を離れた立法論で行政をやるということはいけないことは申すまでもないことでございますから、そういうつもりは毛頭ないのであります。
○川俣小委員 今度の答申案は、現行制度が行き詰まっておる、こういうふうにしていかなければならない、こういう建前で答申しておるのです。これは大川委員の説明もその通りですし、きのうかおとといの論説もその通りです。現行制度を変えていかなければならない現段階にきておるという建前で答申されておる。従って総論におきましても、「家計の安定という目標と生産者価格についての再生産の確保という目標がそれぞれ別個の理念に理解されがちであった。」というふうに説明されておる。コスト主義でなければならない。これは立法府の当初の立案というものは、明らかに生産者価格と消費者価格というものは切り離して立法化された。そのあとにおいて今長官の言うような説明も時折なされたものでありますから、麦価の生産方式については、詳細にパリティ方式を明示せざるを得なくなってきた。この立法府の従来とって参りました方向からいたしまして、明らかに現行制度においてはコスト主義にだけ重点を置く、あるいは一本価格でなければならない。需給均衡価格というような構想がこれに入っていないことは明瞭なんです。明瞭であるからこそ制度改正の必要がある、こうなったのじゃないですか。その意見がこの法律の中にくみ取られるとすれば、制度改正の必要があるなんという意見が出るはずがないじゃないですか。行き詰まったなんということが言えるはずがないじゃないですか。現行制度では行き詰まる、制度改正の方向をたどらなければならないということは、現行法規のままではだめだということを意思表示しているものだ。それを参考にして三十二年度産米——三十三年度産米は別問題ですよ。三十二年度産米を決定するに当っては、やはり現行法規を尊重してやるべきではないか、その結果起きてきたところの赤字は、これは法律、命令によって生じたところのものでありますから、国は当然この赤字の解消の責任を負わねばならぬものだと思う。これは食糧庁が負うべきものではありませんよ。法律制度に従って行なった行政行為についての責任は、国が負うべきなんです。行政行為を逸脱した行為によるものであれば、黒字であろうが赤字であろうが、それは越権だと思う。この点どうです。
○小倉説明員 ちょっと御質問の内容、なかなかむずかしくて十分なお答えになるかどうかわかりませんが、お答えをいたします。 調査会は、制度の改正自体、あるいは特に法律制度の改正自体について研究をしたわけでは必ずしもないわけでございます。従いまして、現行法の解釈上どうなるかとか、あるいはこの答申の結果どこをどう直さなければならぬかといったようなことについてはほとんど触れられずに、いわば純粋な経済問題、経済政策として取り扱われておるわけでございます。従って個々の、こういうふうな結論を出せば、現行制度のどこをどう直さなくちゃならぬだろう、あるいは法律解釈上これは従来の解釈をここをどう直さなくてはならぬようなことになるかといったようなことについては、ほとんど議論がなく答申が出ておるわけでございます。今後のことはわかりませんが、この間の答申はいわばそういうふうになっております。そういうことでございまするから、それを今度は法律制度の上からながめますと、川俣委員のおっしゃるような若干の問題が出てくると思います。出てきますが、それは調査会自体は、そういう制度をどうする、法律問題をどうするということを必ずしも審議はいたしませんでしたので、これはやむを得ないことでございまして、答申に基いて私どもが処理する行政府の問題、あるいはさらにそれを立法化するときの問題と相なろうか、こう存ずるのであります。それに関連する具体的な問題といたしまして、現在の法律で、生産者米価と消費者米価とはそれぞれ別のきめ方になっておって、コスト、原価というような考え方ではできておらない。その点について調査会の答申の関係、それから現在、三十二年産米等の価格をきめます場合の関係が問題になることが御質問の内容だったと思うのでありますが、その点について、これはなかなかむずかしい問題だと思うのでありますけれども、消費者米価は家計の安定を旨とする、生産者米価は再生産の確保を旨とする、こういうことは確かにそれぞれ別なことでありまして、何ら原価と関係ないことと一応思われるわけであります。しかしながら原価主義をとってもなおかつ再生産を確保し、かつ消費者の家計安定になるということもあり得ることでありまして、原価主義をとれば必ずその両方の、再生産と家計の安定ということを当然に阻害するということにはならないのであります。それは現在の家計の実態とか、農業経営の実態ということのにらみ合せになるわけでございまして、法律の解釈上、原価主義を全く否定するのだというわけではないと思います。原価主義をとる結果、家計の安定を害したり、再生産の確保を阻害する、こういうことでは現行法に違反する、むしろそういうふうに見るべきではないか。全く二律背反というような関係ではないのではないか、こういうふうに考えておるのであります。従いまして、コストということを考える場合には限度があるわけであります。コスト一点張りでやりまして家計の安定を害するとか、あるいは家計一点張りを主張しまして、その結果再生産を害するということでは、現行法との衝突の問題も生ずる、こういうふうに理解してはどうかと私は存じておるのであります。
○川俣小委員 それは第三者が、いわゆる食糧管理についてのしろうとであれは、そういう解釈をすることもできますよ。ところが米といい麦といい、農業生産物というものはその収穫が非常に不安定なのであります。豊凶の差の著しいもの、自然現象によって非常に影響を受ける生産物であります。そこで価格の調整ということも、当然食糧管理法の中のねらいでもありまするけれども、需給調節ということが非常に大きな任務を持っているはずです。需給の調節という任務を持たなければ、長官の今のような答弁が一応もっともらしく説明され得るのであります。もしも豊作時は別にしても、大凶作時にはどうなりますか。今答申案が立てられたようなことで一体やれますか。やれないのです。三十二年度産米の収穫予想はいまだにつかない、つかないけれども、予約米価をきめるということは需給調節の上から必要でとられた方針なんです。価格形成の上からとられたものじゃないのです。このことは明らかだ。経済的純粋の価格形成の上かいうならば、やはり出来秋に米価をきめるのが至当なわけなんです。経済的には適当なわけなんです。それをなぜ一体今予約米価をきめなければならないか。先渡し価格をなぜきめなければならないか。これは需給の関係ですよ。答申はその問題に一つも触れていないじゃないか。価格形成だけ論じたって、ことしの問題にはならないじゃないですか。だから将来の制度改革の方向を行政官庁に参考として出されたとするならば、その意図のよしあしは別にして、その研究を多とするものである。いい悪いは別問題です。予約米価の何たるかもわからずに、今きめる米価というものは予約米価であるという観念なしに、価格形成を論じましても、これは当てはまらない。純粋なほんとうの経済学者であるならば、出来秋に米価をきめべきであるという意見を出すのが正しい。行政はそうはいかぬ。需給調節をしなければならない任務を持っておる行政官庁としては、あえて価格形成の上に一つの欠陥を持つかもしれないけれども、予約買付の米価を決定しなければならないということであるのでしょう。この予約米価は豊凶というものを度外視しておるわけです。この予約米価でコスト主義を論ずるとか一本価格を論ずるということは、経済学的におかしいのじゃないですか。これは、需給用の米価ですよ。米価本来の価格形成じゃないのです。需給操作上のとりあえずの価格です。そうお思いになりませんか。
○小倉説明員 よく御質問の趣旨がわかりかねるのですけれども、公定価格制度をやります場合には、どうしても事前的な価格になるわけです。再生産の終らない前に価格がきめられる、川俣委員は今出来秋と申されますけれども、それは主として豊凶の関係を価格形成の中に取り入れる、こういう御趣旨であろうと思いますけれども、出来秋になっても、その議論を徹底すれば、なお再生産の期間が終っていない出来秋から次の出来秋までの間の生活のつなぎはどうなるか、それはどこで区分するかという問題がございますが、前年産米でもってその再生産費なりあるいはそれに見合う家計というものを十分償う、これは事後的でありますが、同時に将来の再生産ということを考えますれば、次に来たるべき秋の収穫を十分にし、それまでの生産を確保するということになりますれば、よほどあとでないと、ほんとうの意味の再生産確保の価格はきまらぬということになるのであります。ところが価格統制の必要上そこまで待っておれないということで、出来秋にきめたり、はなはだしきは戦争中もたしかあったと思いますが、植付前にきめるということになるわけでございます。 〔本名小委員長代理退席、小委員長着席〕 価格をいつきめるべきかということは、お説のように再生産を確保するという必要性からいえば、あとの方がよろしい。あとの方が最近時の経済情勢が反映できるということでよろしいのでありますが、同時に価格統制なり米価の安定ということを考えれば、あるいは農家の方もどの程度の価格でことしは売れるのかという安心感なり、めども得られるという点からいえば、できるだけ早い方がよろしいということになりまして、それはそのときの物価の事情なり食糧の事情なり、あるいは全体の経済政策なり、これらの関連においてきまってくるのであります。仰せのように現在のような食糧管理の運用の仕方、特に予約制度のもとにおきましては、予約の開始とともにほぼ米価が決定されるのはやむを得ないのであります。それが再生産費の確保のために最もよろしいかといえば、必ずしもそうではないのではないか、こう実は思うのであります。
○川俣小委員 つまり私は再生産のことを論じているのではなくて、いわゆる特別調査会の答申なんです。答申は法律の上からでなくて、純経済的な観点から答申がされたものと思うというあなたの答弁なんです。純粋な経済的な立場から、現在の法律制度によらないで、純粋な価格形成を論ずるならば、出来秋後に純粋の経済上の価格構成というものが立てらるべきじゃないか、こう言うのです。現行法によらないで純経済的な立場からもしも議論をするならば、予約制度というものを認めないで、−認める認めないは別問題にして、純粋の経済構成の上から、国民経済の上から、あるいは生産経済の上から、あるいは消費経済の上から、コスト主義を貫くとか、需給均衡価格をとるとかいう経済上の立場から生産者価格形成を論ずるならば、出来秋後に論じなければならない。出来秋後を想定して価格形成の問題について論じなければならないであろう、こういうふうに言っておる。ところが現行法は価格形成の問題ばかりでなく、需給調節のことも重要な要務として持っておりますために、また農業上の施策も加えなければならないということから、純粋な経済上でなくて、農業政策なり、あるいは法律の本来の任務である需給調節、あるいは価格の安定、再生産というものから見て、予約制度というものが生まれてきたわけです。この予約制度というもの自体は、予約買付価格というものは純粋の経済的には算定できないものである、こういうことを言っておるわけです。あえてこれをとるのは、そういう経済上のことよりも、現行制度の中においてどうして運用するかということから生まれてきたところの価格のとり方でないか、こう言っておるのです。コスト主義をとるとか、あるいは一本価格をとるとかいうことであるならば、これは出来秋後でなければその思想というものを完全に満たすことはできないだろう。それだけのことがわからずに特別調査会の人々が間に合せに答申したということであったならば、その答申というものは私は愚劣だとは申しませんけれども、まことに低劣なものだと思います。低劣なものを尊重するというのはどういうわけですか、あなたが答申を弁護するから、私もこういうことを言うのです。
○小倉説明員 コスト主義ということであるならば、出来秋に価格をきめるべきではないか、そうしないと答申の趣旨に合わない、予約制度のもとに出来秋前にこれを早くきめるということは、むしろコスト主義の原則に反するじゃないか、こういうお話でございます。確かに価格決定の時期いかんによりまして、コストを補償するということになるかならないか、非常に違いが出てくると思います。しかしそれは結果的に出てくることでありましてコスト主義によれば、生産者米価でありますれば、生産費補償なりあるいは再生産の確保ということが、その決定の時点々々においてやはり最善を尽してやらなければならぬ性質のものでありまして、時点にかかわらずそういう趣旨でなければならぬ。仰せのように、それは出来秋の状況が十分予知できれば、先にやりましてもそれは織り込むべきものかもしれませんが、余知ができませんから、おっしゃるように、出来秋になってからきめるのが、比較的穏当な生産費の補償という意味での価格ができやしないか、そういうお説であります。その限りにおいてはその通りでありまして、植付前においてきめるということは、特に作柄いかんによっては問題もございますので、そのときにはいいと考えられたことも、結果的には必ずしも再生産の補償というふうなことにはむずかしいような価格になる、こういうおそれがあるという御指摘でございますれば、これはそういうことだと存じております。
○川俣小委員 私はその点は小倉さんと議論するのではないのです。調査会に対する私の意見なんです。調査会をあなたは擁護せられて、純粋な経済面から答申された、こう言うから、それであれば予約制度とかなんとかということを考えない価格形成の答申がなさるべきであったのじゃないか。制度を変えようということである。予約制度というものは、価格形成よりも大きな問題点なんですね。純粋な経済面から制度を変えていこうとするならば、予約制度に対して当然批判があるべきじゃなかったか。それがない。これは大きな落度ではないか。しかしながら現行制度においては、先ほどから言っている通り、需給調節の任務を持っているのでありますから、需給の不安定を来たさないように、あらかじめ生産者と需給調節をつかさどっております国とが契約を結んで、供給の義務を生産者に与えておる。この制度から予約制度というものが生まれてきておる。これは価格形成の上から生まれてきたのじゃないのです。需給調節の上から必要上生まれてきた予約制度なんです。この予約制度をとるからには、買い入れ価格というものがなければいけない。予約買い入れ価格です。生産者米価じゃないのです。予約買い入れ価格である。当然後ほど補正をするというか、修正に応ずるという建前であるべきである。現行制度から見れば、しかあるべきものだと思う。もしも凶作の場合、全国で三千万石とれないといったような場合にどうしますか。やはり現行制度の調節の任務をもって強制的に発動して集荷しなければならないことに相なると思うのです。コスト主義だなんということは言っていられないと思うのです。現行制度においては、需給の調節の任務を持っているのです。需給調節の任務と価格構成の任務と二つ持っているということを、今度の調査会は十分な検討をしていないのじゃないか。しておっても三十二年度の予約米価をきめる上に間に合せにしようというような態度であって、良心的学者の態度とは受け取れないのです。ことしの長期天気予報は必ずしも楽観を許さないのです。天気予報が楽観を許さないという科学者が現に存するときに、経済学者をもって任ずる者が、一方の学者の態度を認めないで、平年作を予想した。平時のことを予想した。それならば予約制度というものについて当然批判が加えられなければならない。緊迫した情勢下における需給調節の困難さから生まれてきた予約制度です。もしも需給調節の必要がない方向にあるというならば、予約制度について一番強く批判が下されなければならぬはずだったと思うのです。そういうことを一がいに調査会が決定した案だからというようなことで、無条件でそれを責任ある行政官庁が受け入れられますと、その責任は特別調査会の人々の責任ではないのです。法律制度によってできた調査会の答申であれば別問題ですけれども、単に行政府の参考を得るための機関に設けられたものを尊重して、行政機能が果せないというような事態が起きてきたときには、その責任は行政府の責任なんです。ことしの出来秋を私は楽観しておりません。二年の豊作続き、三年の豊作続きというふうなことは、日本の農業史上においてはないことなんです。なくても、ことしはあり得ることを期待いたしますよ。ことしの米価決定については、これは容易ならぬ年であるという考え方を持たなければならないときに、行政府の逃げ道として作ったところの特別調査会の意見を尊重するというふうなことで、一歩誤まったものを百歩誤まるようなことになっては相ならないと憂慮して、国会は小委員会を設けて熱心に審議をしようといたしておりますのはそこにあるのです。赤字が出たことにあわてまして需給調節を誤まるようなことになりますならば、これは大へんなことです。ことに外貨事情が悪化して参りまして、おそらく食糧の輸入についても外貨の割当等はそう円滑にはできないのではないか、こう憂慮されておるときに、大臣また閣議において、外貨の割当だけは確保いたしたいという希望を述べておるときに、国内食糧の需給の見通しを誤まりますならば、そのときに責任をとって辞職しようとも、国民生活に非常に大きな危機を与え、不安を与えてから辞任したって問題は解決つきません。従ってことしはやはり価格をきめるにいたしましても、予約米価であるという考え方をいたしておりませんというと、秋には需給調節の上から、集荷費につきましても、あるいは供米奨励の経費につきましても、予想以外の経費を要するようなことが起るかもしれない。そのときに一本価格であるとかコスト主義であるとかいうことにもしもとらわれておりますと、重大な手違いを来たすのではないか思うのです。この点を一つ十分参考として聞いておかれたいと思うのです。これは意見でありますから御答弁は要しません。 次に食糧庁も米価審議会も、また特別調査会の委員でありました東畑教授にしても大川教授にしても、大槻教授にしても、意見の一致を見ておりますのは、生産者米価をきめるには従来のようなパリティ方式では不十分だというところから、生産費方式及び所得補償方式をとるべきだということを、満場一致、東畑議長の名前をもって食糧庁及び政府に意見を出しておるはずであります。東畑教授にしても、大川教授にしても、大槻教授にしても、農業界からは尊敬をもって迎えられておるところの有力な学者であります。その学者が米審においては、かくあるべきだという意見を述べて、他の委員会においてはまた別な意見を述べるというふうなことは、一般国民の納得しないところなんです。その良識を疑うものなんです。また食糧庁にいたしましても、これらの答申については誠意をもって当るということを、歴代の長官は言明されておる。この方式はけっこうだけれども、この方式を満たす資料が不十分であるから、将来は資料の充実に当るということを言明されてきているのが今日までの事情です。もしも特別調査会が政治米価であってはならないというならば、これは政治米価ではなくして一つの理論米価であるとまで強調された生産費及び所得補償方式による米価をきめることが常時における価格形成の常道であるという建前をとって参りました米審に反逆するような委員があるとは私は思わない。一体食糧庁当局は従来米審が満場一致でとって参りました——少数意見があるなら別ですが、満場一致でとって参りまして、前食糧庁長官まではこれに同意を与えて参りました、この歴史的な研さんの結論でありまする生産費及び所得補償方式を放擲して、特別調査会の需給均衡価格に移行されましたのは、変ったのはどこに根拠があるのですか、その点を一つ伺いたい。
○小倉説明員 従来米価審議会で相当の年月を費されまして生産費所得補償方式、こういうことで米価をきめるのがよろしいという御趣旨であることは私どももよく承知しております。私どもといたしまして、その方式自体というよりもそういう方式による場合に、一体どういうふうな点が問題になって、それを克服する道があるかないかという点について検討を重ねてきて実は今日までおるのでございますが、まだ御承知の通りのいろいろな難点につきましてそれを解決するめどがございません。いま直ちにこの方式によって米価をきめるというわけには参らない実情でございます。他方食糧管理の運営の様相も近年若干ずつ推移をして参っておるということも事実問題といたしまして争い得ないところであるわけでございまして、そういう推移をもにらんで今後の価格の決定に当るべきではないか、こういうふうな考え方をいたしておるわけでございます。私どもといたしまして、生産費なり所得補償をするという点を放棄したというわけではございませんで、また必ずしも需給均衡価格によるのだという方針を農林省として確立しているというわけでもございません。再生産の確保、所得の補償、それから需給関係をにらむ、そういった点をやはりいろいろ多面的に考えなければならぬようなのが実は今日の食糧管理の実情ではなかろうか、こういうふうに存じておるのであります。
○川俣小委員 それはおかしいですよ。現行制度のもとにおいては、これが最良な生産者米価算定の方式であるということは満場一致きまっておる。制度が変るのなら別ですよ。将来の変遷に備えた価格形成方式でないことはもちろんです。現行制度下においては生産費所得方式が妥当なものであるという答申をしておるわけです。この答申については当時の米審議長であった東畑議長、大川委員長、大榊小委員長もともに共同責任を負って答申した。その答申と違った答申を今度はしておる。一体食糧庁長官はどっちを信用します。これはりっぱな人でなければその場その場の答申である、こう認めてもいいと思うが、おそらく良識のある三学者はそう変節するような人柄ではないので、一体どっちを尊重するか。需給均衡価格を打ち出したのは制度改正後における意見とすれば問題はまた別です。現行制度においてはこれが最良なりとした生産者米価決定の算定方式であるところの生産費及び所得補償方式を打ち出したのが真意と解釈するのか、それともまた一本価格、需給均衡価格を打ち出したのが真意と解釈するのか、いずれなのですか。それはこの際ただおそらく私が想定するには、今の特別調査会は制度改正を目途としての答申だというなら、これは学者の良心を疑いません。長官は現行制度の中において二つの答申があったとするならば、一体どっちをおとりになりますか。どっちを学者の良識としておとりになるか。この点を伺いたい。
○小倉説明員 先ほどのお話にお答えをいたしましたように、調査会の方はもちろん制度の改正自体の審議ではございませんでしたから、制度なり法律をどう変えるかということについては直接触れてはおられないのであります。そこはこだわらずに考えられておりまして、ここを実行するにはどこの制度を変えなければならぬかという点については触れてはおらないのでございます。そういう意味ではむしろ現行制度を一応の前提にしているとも言えると思います。しかしながら川俣小委員も御指摘のように、特に現行の法律制度のままではどうも不工合なような答申の内容の個所もあるように私どもも見受けます。そこで今の米価の決定方式の問題につきましては、一体制度の改正を前提としておるのかおらないのかという点については私どももこの点はよくわかりません。必ずしも現行制度の改正を前提としなくても答申の趣旨はある程度は組み入れられるものではないかと存じますけれども、しからばといって、この答申通りのことを決定してやれば果して現行制度でやれるかどうかということは生じて参ろうか、そういう工合に考えております。答申の解釈ではございませんけれども、そういうふうに思います。今お話の従来の米価審議会の委員と今度の臨時調査会の委員とダブって入っておられる方が、片や米審の答申にございますような生産費所得補償方式に賛成され、片や調査会ではこれと若干趣きを異にする生産者価格決定の方針といったようなものを今度は答申されておるというわけで、そこに開きがあるわけでございますが、なぜそういうふうに態度を変えられたか、御意見が変ったのか、それは私よく存じません。私といたしましては、先ほども申しましたように、生産費所得補償方式自体に特に異論があるわけではございませんのですが、この趣旨にのっとって考えます場合に若干の難点がありまして、それを現在に至るまで十分究明し、克服できておらない。従って事務技術的にそれにのっとるということがはなはだむずかしいのが現状でございます。片や最近になりまして食糧管理の運営が若干事実上変っております。いわば川俣委員もおっしゃいましたように、需給均衡価格という考え方が出て参っております。現在の生産者米価が果して需給均衡価格であるかどうかということについては、いろいろ意見もございまするし、そういうことだけで割切ることも問題であろうと私存じますが、多少そういう考え方と申しますか、需給均衡価格というような要素が、近年入ってきておるという見方に対しましては、これを全く否定するというわけにもいかないというのが実情ではないか、こういうふうに存ずるのであります。従いましてそういうことも考え、他方また生産費なり所得の均衡あるいは生産費補償、こういったようなことも考えながら、従来やって参りましたパリティ方式で基本は考えていくのがこの際やむを得ない措置ではないか、こういう考え方をいたしておるのであります。
○川俣小委員 私のお尋ねしたいのは、現行制度のもとにおいて二つの答申があると見るのか見ないのか。見るとすれば異なった意見である。需給均衡価格と生産費補償方式とは、およそ学者の良識をもってするならば、一般理念においてはおおよそ違った価格形成の方式であることは、これはもう何人も否定すまいと思う。幼稚な人なら別ですよ。その道の大家というふうな人がこれほど違った答申を出したのであるから、長官は一体どっちを委員の真意として受け取られるか、こう聞いておるのです。同じ人ですよ。同じ人が違ったことを言うのだから、どっちが真意だと行政府が理解してこれを受け取るかと聞いておるのです。制度が変ることを前提としての意見だということならこれは変節じゃないはずです。こういう制度になるならばこういう意見が出てくるというならば別問題です。 もう一つおかしいのですが、純経済学的に米価の算定方式をとるべきだという主張をしておったのは東畑議長であり大川委員であり大月委員なのです。どうも米価審議会は政治米価になりやすい。従ってこれを是正しなければならない、こういうことで少くとも研さんを遂げて、その草案に当ったのが大月委員であり大川委員なのです生産費補償方式の提案者は東畑議長であると同時に大月委員であり大川委員であるはずなのです。今度の答申の主力もまた東畑精一教授であり、大川教授であるということになると、どうもこれは一般がふに落ちないところなんです。現行の制度のもとにおけるところの考え方は前者であり、制度改正を目途としての意見は後者である、これならば割り切れます。これならば理解できないわけではない。同じ現行制度の中において出た案だとするならば、これほど食い違った答申がなされるわけがないはずだと思うし、もしもなされたと見るならば、長官はどっちを信頼しておとりになるつもりであるか、こうお尋ねしておるのです。
○小倉説明員 ただいまお話の米価審議会の一部委員の方、今度のこの調査会の一部の委員の方と同じ方が、米審と調査会で違った結論を出されておる、そこでわれわれとしてはどちらをほんとうの真意であるというふうに理解をするのか、こういうお尋ねでございますが、私どもとしては、個々の委員がどこでどういうふうなことを言われたということよりも、委員会なりあるいは調査会なりで得た結論自体が一番問題でございまして、個々の委員の方は他の場所、他の審議会等で違ったことを言われるというふうなことになりましても、まとまった全体としての調査会なり審議会の結論を尊重をしなければならぬというふうなことでございます。従いまして当面の問題といたしましては、米審の結論と調査会の結論とそこに若干の違いがある。生産者米価の決定の方針について若干の違いがある、こういうところでございます。その違いをわれわれ十分かみ分けて、一つ今後の米価をきめるということに相なろうか、こういうふうに存ずるのであります。
○松野小委員長 川俣委員、相当時間も過ぎましたから、一つ簡略に願います。なお答弁の方も簡略に願います。
○川俣小委員 議論するのではないのですが、大川委員が参考人として陳述した中に、これこれは意見の一致を見た。需給均衡価格に使い分けをすることに意見の一致を見たというのです。少数意見が保留されておる、少数意見があったということならば別なんです。米審において生産費補償方式について意見の不一致があった、しかし多数決できまったとかいうならば別問題です。これはいずれも提唱者なんです。提唱者において違った二つの案が出るということはないと思う。これはあなたを責めるよりも、いずれ東畑さんに来ていただくべき問題だと思う。おそらく将来の制度改正をもくろんでの意見だと思う。将来こうあるべきだという意見を出したのだ、こうならば別問題です。しかしあなたの受け取り方が現行制度のもとにおいてもなおこれを使えるのだ、こういう意味で出されたとするならば、これは非常な二重人格だということになると思う。農業指導者、農業理論家として尊敬されておる人の権威にもかかわることだと思うのです。 それでは次にお尋ねいたしますが、米価審議会はいつごろお開きになる予定ですか。並びに今度の米価審議会は生産者米価、並びに消費者米価も一緒に答申ざれるつもりなのか。私どもは予約米価をきめるときでありますから、あわてて消費米価をあえて諮問する時期ではないようにも思うのですが、この点を伺いたい。またもう一つは、麦価の決定は六月中にきめなければならないはずでありますが、麦価もあわせて諮問されるのでありますか。麦価は急いできめなければなりませんから、先に諮問してあとに米価をきめる、こういうことになりますか。また麦価と米価とは、何といいましても経済生活の上においては不可分のものでございます、食生活の上においては不可分のものであります。価格においてもまた麦価が割安になるというと麦の方に需要が向いて参ります。麦価が高ければ、米の消費量が増大するという傾向を持っておる。非常に関連のあるものであります。麦価は政令に基いて計算方式がきまっております。そのきまった方式と違った米価の算定方式をするようなことがありますならば、あるいは形式的には作り得ましても、需給均衡価格なんというものを打ち出して、その裏づけに、ただ方便にパリティ方式を使うというようなことをなさいますならば、これは今後の予約制度の破綻を来たすもとにもなると思いますので、これらの点について御答弁を願いたいと思います。
○小倉説明員 米価審議会は来週早々開催をいたしたい、こう存じております。お話のように麦も、これは政令の上で制限がございますので、この制限に間に合わすようにいたすつもりであります。米の生産者価格、消費者価格につきましては、特に生産者米価を急ぐという関係もございますので、これもできますならば少くとも今月中に米審にお諮りをしたい。それから両方の関連でありますが、ただいまのところできるだけ一緒にお諮りをしたい、こういうふうに考えておるのであります。
○川俣小委員 そういたしますと米価も麦価も一緒に、それから消費者価格も一緒にやりたい、こういうことですね。しかし今日の生産者米価というものは、生産者米価じゃないと思う。私は答申案から見ましても、今日の農業経済学者の言う生産者米価ではないと思う。いわゆる予約買付米価である。生産者米価と名づけらるべきものじゃない。予約買付米価です。あなたは首を振っておりますが、凶作になった場合に、これで生産者米価だと言えるのですか。そういう性質の米価です。豊凶係数を見ないでもいい米価というものは、私はあり得ないと思う。そんな机上の米価というものは、需給調節、価格安定の何らの権威も持たないものだと思う。生産費を補償するものでもなし、価格安定に役立つものでもなし、需給調節に役立つものでもない。豊凶係数を無視して本来の生産者米価というものはあり得ない。これは今までの学者の常識だと思う。従って予約買付米価である。これが順調である場合には生産者米価にかえ得るものである、こう理解すべきじゃないかと思うのですが、そういうつもりで答申されるのじゃないですか。この点が一点。従って消費者米価も、何も今あわてて食糧庁が答申しなければならないということはないと思う。法律に従ってきめなければならぬのは麦価である。予約買付制度−需給調節を円滑ならしめるために、方法として早く予約買付米価をきめるという行政上の措置をとられる、これは必要に追られてとられる手段でありますから、私はこれは認めます。しかし消費者価格を今あわててきめなければならないという根拠は何にもない。どうして消費者価格を今無理にきめなければならないのか。非常に異論のある消費者米価を、なぜ一体食糧庁が背負って立たなければならないか。法律制度に従ってやらなければならないものをあと回しにしてまでも消費者米価を無理にきめなければならないという根拠はないはずです。根拠は、おそらくあまり赤字を出したくない、赤字を出したくないという考え方は、上げたいということです。それでは先に自分の方で意見を出してしまっている。審議会の意見を聞いてきめるというものじゃない。その点もう一度……。
○小倉説明員 予約米価は米価でないのかどうか、これは言葉の問題でもございますので、どうもちょっとお答えしにくいのでございますが、私どもはやはりこれはあくまで生産者米価である、こう考えます。非常な凶作その他経済上の変遷があればこれは改訂さるべきもので、そういう要素を含んでおるという意味においては、お説のような解釈ができないこともないかもしれませんけれども、これはいつできましてもそういう問題が必ずあり得るわけでありまして、あとになってみましていわば実際に投じられました生産費というものがはっきり明瞭になって、それを償うという意味での価格をきめるといったようなことができますならば、これは事後に変更するということはないかもしれませんが、そうでない場合には非常な経済事情の変更、生産事情の変更というものがありますれば、これは公定価格といえども変更を受けざるを得ない、こういう意味においては確かに御説の点も一面の真理があろうと思います。 それから消費者米価をなぜ急がなければならないか、法律にきまったものが先じゃないか、こういう御意見であります。法律できまっているものにつきましては法律に違反をしないようにいたします。それから消費者米価についてまだ実は政府として決定をいたしておりませんので、私から答申についてとかく申し上げるわけには参りませんけれども、これまでのいろいろな事情は御承知の通りであると思いますので、特別会計の合理化の一環としまして、消費者価格の問題をこの際審議していただくということが適切ではないか、かような意味で急いでいるのであります。制度の上その他からいついつまでにしなければならぬという性質の問題とは若干趣きを異にしていることはこれまた御承知の通りであります。
○松野小委員長 川俣さん、時間も相当過ぎましたから、あと一点だけにお願いいたします。
○川俣小委員 予約制度を出した当初における大臣の答弁も、また予約制度を答申しました調査会の案も、あくまで予約米価であるということを説明している。もちろん経済事情の大きな変遷というようなものは今予想しなくてもよろしい、それほど大きな経済事情の変遷というものはまずないと見てよろしい。しかし豊凶だけはないと見るということは人間の今の頭脳では不可能です。もしよりどころがあるとすれば農業長期予想より以外にたよる、ところがないのです。ただあるとすれば天気予報だけなんです。それと技術の改善でしょう。技術の指導でしょう。人工的にはたより得ないという限界がある。たとえば百歩譲歩して需給均衡価格というけれども、需給均衡価格というものは予約買付価格には出てこないはずです。将来制度が改正になりまして、需給均衡価格というようなものが打ち出されましても、予約買付では需給均衡価格なんというものは出てこないはずです。需給のバランスが破れる一番おそれのあるものは、収量です。従ってそこに一番大きな価格変動があるわけですから、百歩譲歩して、需給均衡価格だとしても、これはやはり予約米価だという考え方をしていかなければならない。予約米価が豊作に恵まれて、幸いに変更なしで終ったというのは、昨年、一昨年です。どうも昨年、一昨年の豊作に惑わされておるといたしますれば、これは大きな問題だと先ほど指摘したのです。むしろ豊凶係数を加味することを前提としての予約米価であると見なければならないと思うのです。もちろん豊凶係数も、単に凶作であるから、一分の凶作も二分の凶作も見ろというわけではありません。豊凶係数の取り方については従来も例がある。百分の五であるとかいう一定の加算の限度があることは当然でありましょう。これは認めなければならぬわけです。しかしながら二割も三割も——七割限度とかいうようなことになりますと、この予約米価が三十二年度産米の生産者価格でありますといったって、これはどんなに食糧庁がしゃっちょこ立ちしても、そんなことは一つも受け取られません。おそらく特別調査会もそんなことはあほうなことだというでしょう。そのためにも需給均衡価格といったじゃないかということになると、また現行制度のもとにおいては、需給調節という大きな任務を果さなければならぬ。価格安定と同様以上に、一番この食糧管理法を異常な決意をもって発動しなければならないのは、需給調節です。そのことをどうも最近食糧庁が食糧管理法の意図しておるものを全く無視して、ほかのことのために奔命に疲れているのではないか。赤字が出たのはけしからぬ、なぜ赤字が出たのだということについて、食糧管理法を忠実にやっていくならば赤字が出るという建前になっているということの堅持が足らないからである。財政のために法律を乱すというようなことを国自体が行うということになりまするならば、これは労働者が生活権擁護のために法律を犯すのは当然だという要求が当然出てきますよ。経済上法律を犯してもいいということになって参りますならば、これはおそらく食糧管理というものは収拾つかなくなると思うのです。この点どうですか。
○小倉説明員 お話のように豊凶というようなことがございまするから、それを考えないでの価格というのが適当な生産者価格と言い得ない、これはその通りだと思います。従いまして予約という制度のもとで早めに価格が決定されます場合に、出来秋の生産事情の大きな予測と違った事情ということについては、さらにその際に検討さるべき問題だということは、全くお説の通りに存じます。
○松野小委員長 川俣委員簡明に願います。
○川俣小委員 そういたしますれば、あくまでも予約買付であるという建前をとり、その後にどんな赤字が出てくるかということは、豊凶の度合いによって違ってくるのでありまするから、今あわてて消費者米価を無理にきめないでも、総体の出来秋のころ、やはり作柄の大体判明するときを待って消費者米価をきめても、二月、三月待っても、そう大きな国の負担には私はならないと思う。国際為替が不安定になっておりますときに、貿易のバランスが破れておりますときに、輸出を振興しなければならないときに、家計費の重要な部門でありまする消費米価を上げいるとうことは、上げるのでなくて今手をつけるということは、上げる上げないは問題ではない、今手をつけるということは、なかなか財界といいますか、経済界に与える刺激が強いのじゃないか。そういうところから相当な反対も出てきておる。私はそのことはこの際問題にしないので、むしろそういう不安を取り除くためにも、今生産者が天候を克服して生産に従事できるような態勢を作る必要があるのじゃないか。昨年の作況といい、一昨年の作況といい、天候に恵まれたとはいいながら、農業技術の進歩、農民の努力に待つところもまた非常に大きかったと思うんです。従いまして今は生産者米価をきめて生産奨励の時期である。 〔小委員長退席、奥村小委員長代理着席〕 とそのときに消費価格を上げるということになりますると、必ずしもいい影響を与えてはいかないと思う。やみ価格が横行して参りますると、予約のちゅうちょというものが必ず生まれて参ります。何といいましても多数のものでありまするから、空気に支配される点が非常に大きいです。この際予約米価につきましても、十分了解を求めてきめていかなければならない点がここにあると思いまするし、生産者米価決定に当りましても、この点を加味してきめていかないと、従来のように赤字を出さないように生産者米価を押えるというような考え方で参りまするならば、これは政治価格を要望する意向が非常に強くなってくるのじゃないかと思う。またいみじくも臨時食糧調査会は、従来とって参りましたのは抑制価格である、こう表現しておるのでありまするから、正当な価格じゃなかった、抑制された価格である、こういうわけである。抑制価格であるからして、その抑制価格のバランスをとるために、各種の奨励金をつけてバランスをとってきたとも見るべきであります。この点もおかしい。抑制価格であるということを認めていながら奨励金を払ってきたのであります。従いまして従来の基本米価の基礎になっておりまするものは、ほんとうの基本米価でなくて抑制米価であったのでありまするから、各種奨励金が入ったのがほんとうの米価であったと見なさなければならないと思う。農民は平均手取り価格をもって米価だというふうに信じております。何と説明しようとも、手取り価格をもって収入に充てておるわけであります。農業の再生産の資金に充てておるわけでありまするから、基本米価と消費米価を分けて説明されましても、納得のいかないところでありまするから、今後過去の基本米価をとる場合におきましては、これらの手取り米価を基準にして算出されなければならないと思う。特別調査会が抑制価格であるというならば、抑制されたものを基準にしてはじくわけにはいくまいと思う。当然当時の調査会の意図をもってするならば、需給均衡価格に当時のものを直して、それにパリティをかけていかなければならない。時間も参りましたからこの辺で質問をとどめておきますけれども、ことしは重大な生産者米価の決定の時期でありまするので、おそらく国会におきましても、これはなかなか行政府が考えるように簡単にはおさまりがっくまいと思う。食糧庁が徹夜で計算いたしましても、それはただ技術的にくたびれるだけでありまして、問題の解決には私はならないと思う。どうかこの三十二年度産生産者米価に当りましては、十分日本の農業の将来を考えつつ、また食糧管理制度の今日までとって参りました基本的な態度を捨てないで食糧行政をやってほしいと思うのです。将来変える意図がありまするならば、民主的な国会の討議に付して制度を変えていくという行き方をすべきであろうということを意見として申し上げて、ほんとうは大臣が見えなければならないはずであります。そのときにほんとうは質問いたしたかったのでございますが、これで質問を終りたいと思います。 ただ念のために申し上げておきますが、農林委員会を軽視いたしまして大臣が出席しないということは、今後の紛争をさらに拡大していくだけだと私は思う。やはり現在持っておりまする態度を説明されるなり、あるいは共感を求められるなりしなければ、農政というものはやっていけないと思う。その意味において、大臣の出席せられざることは非常に遺憾でありますことを長官からお伝え願いたいし、三十二年度生産者価格に当りましては、慎重な態度で、むしろ答申案を持って審議会に臨むよりも、調査会に臨んだと同じように、一つ原案を持たずに御意見を求めるというような態度に出られることを希望しておく次第であります。
○小倉説明員 お話のように、いつもそうでございましょうが、本年の生産者米価は非常にむずかしい問題になっておると思いますので、私どももむろん簡単に解決する問題とは考えておりません。いろいろお話になりました点も十分かるしめて一つ遺憾のないようにしたい、かように存じます。なお大臣にも十分御趣旨をお伝えいたします。
○奥村小委員長代理 次会は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後一時四分散会