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26回国会衆議院1957/05/14

内閣委員会文教委員会連合審査会 第1号

発言数
136
登壇者
9
会派数
2
開催日
1957/05/14

会議録

相川勝六自由民主党

○相川委員長 これより内閣委員会文教委員会連合審査会を開会いたします。  私が法律案の所管の委員長でありますので、先例により委員長の職務を行います。     —————————————

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 私もかつてこの国民の祝日に対しての、例の文化委員会がありまして、そこの理事をしておりまして、提案をしておられます小川さんが当時文化委員長をやっておられまして、この問題についてはいろいろと過去のいきさつもありますが、戦争が終りましてからちょうど十二年になります。このごろ世間から戦争前の復活というような感じでいろいろ問題がありますけれども、特に私たちが今日何のためにこの紀元節復活というようなことをお考えになるかということについて、少くとも現在は民主主義の憲法で、新しい憲法が制定され、いわゆる国の形が変ってきたのに、この紀元節の復活のようなことを考えておられるのか、この提案者の小川さんに一つ御質問いたします。

小川半次自由民主党

○小川半次君 お答えいたしまする。佐藤さんもかつて昭和二十三年に新しい祝日が制定された当時の文化委員であられたので、事情を大体御承知と思いますが、当時の委員会におきましては、建国の記念日と申しますか、あなたの説は国始の日、国始祭とかそういう名称でしたが、ともあれ建国の記念日を制定しようということが圧倒的であったのでございます。しかしその日をいつにするかということにまた論議が生じまして、結局当時委員長でありました私に、二月十一日を占領軍司令部において認めてくれるなればそれでいいではないかというように大体話が当時まとまったのでございましたが、残念ながら占領軍で二月十一日を建国記念日とすることを承認してくれなかったので、いわば保留の状態になっておったことをあなたはよく御存じだろうと思うのでございます。あのとき以来今日まで、建国記念日を設けたいという国民の気持が連続しているのでございまして、われわれは国民のその当時からの連続したその意思を具現すべく、今回建国記念日を二月十一日と制定しようという案を提案したものでございまして、きのうきょう突然、最近俗にいう復古調と申しますか、そういう波に乗ってこれを提出したものではないということをはっきり申し上げておきます。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 制度というのは人が作るのでありまして、やはりこれをやるのには根拠がなければならぬということは事実でございます。ところが国民の世論が非常にそういうことについて強くなったということだけでおやりになるならばこれはちょっと話が違うので、最近神社局とかあるいはそういうような関係で、特に国会の請願なんか見ますとたくさんそういうのが出ております。しかしそこには夢よ、もう一度と、戦争前の紀元節のような考えを持っている人がありまして、しかもこれは決して若い人がそういう考えを持っているのではなくて、非常に年取った人が昔への郷愁という感じからかもしれませんが、そういうような考え方でやっているのが多いわけであります。そこでこの紀元節というものについての本質的な考え方、一体戦争前の紀元節というのはどういうふうに作られたものであるかということを小川提案者に御質問申します。

小川半次自由民主党

○小川半次君 紀元節そのものは決して軍国主義と結びついているものでもございません。私はこの委員会でもしばしば申し上げてきたのでございますが、明治初年になりまして、わが国の先覚者が、欧米各国へ先進国の長所あるいは学問その他を勉強に参りまして、その人たちが帰国しまして、外国では建国の記念日と申しますか、あるいは独立記念日というようなものがある、日本も先進国に見習ってそうした建国記念日のようなものを設ける必要があるということになりまして、そうして結局それを日本書紀あるいは古事記等のそうした文献に伴いまして、そうして旧暦を新暦に換算した日が二月十一日になりますので、日本におきまして明治五年にあらためてこの国民の祝祭日が設けられまして、この中に紀元節が入れられたものでございます。紀元節そのものは今申し上げたそういう過程を経てできたものでございまして、軍国主義とかそういった思想を背景に制定せられたものではないということを私どもは確信しております。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 なるほど紀元節は初期の目的において、いわゆるその制定の当時は必ずしも今小川さんが言われるように、軍国主義的なことではなかった、けれども御承知のように、戦争が始まる数年前からちょうど二月十一日ごろ一日を目して建国祭というものが盛んに行われました。この建国祭というものは、御承知のごとく、ファッショの動きでありまして、当時右翼の人がこれを主催したわけであります。先ほど小川さんからアメリカの話が出ましたが、当時われわれがこの建国記念日の日を、祇園の祭とかあるいは何とかの祭とかいうのは、日本の民衆の民主的なあれではあるけれども、それだから祭のような意味にしたらどうかといったら、向うのアメリカの方から、それは君の方で建国祭というものをやっているじゃないか、あれは戦争を起した張本人が建国祭をやったのじゃないか、こういうようなことを言われたごとを記憶しております。今小川さんは紀元節というものは何も軍国主義と結びついていないと言われますが、最初の動機は小川さんの言われる通りでありますけれども、戦争の起る数年前から、二月十一日をその当時の軍国主義と結びつけて非常に国民を戦争の方にかり立てたということは事実だと思います。こういう点について、その当時相川さんもたしか警保局長か情報局長をやっておられましたが、それから纐纈さんも警視庁の特高課長をやり民衆を圧迫するようなことをやっておられましたが、私どもはその当時は中公の編集長で発売禁止などを非常にやられました、そういうようなことは、小川さんは関係ありませんけれども、それはその当時の政治的な情勢だから仕方がないといえば仕方がないけれども、どう考えても、相川さん、纐纈さんの顔を見ると、もう一度昔のようなことをやられるのじゃないかという感じがしてならないのであります。これは先日もラジオ討論会に纐纈さんと一緒にやりまして、個人的には私は非常に懇意でございますけれども、思想的にはどうしても受け入れられないような考え方があるわけであります。そこで小川さんは建国祭なんかについての何らかのお考えを持っておられると思うが、われわれは、最初のときの紀元節は決してそういう動機はなかったけれども、戦争に敗れる前に数年間ずっと建国祭というものが行われて、今もやはりその当時の残滓が残っておりまして、この間の二月十一日にもそういうようなことが行われたように考えております。そういう点で、日本は今の憲法は平和憲法で、戦争をしないという憲法ができている以上、そういうような思想をもう一度植えつけることについては、われわれが反対をし、心配しなければならぬ点があるように思いますが、この点はどういうようにお考えになるのか、小川さん並びに纐纈さんに一つお願いをいたします。

小川半次自由民主党

○小川半次君 お答えいたします。戦争中にごく一部の右翼の人たちは紀元節を利用したかも存じませんが、大多数の国民は紀元節によって軍国主義に引きずり込まれたとかいう気持はなかったと私は確信しております。一般の国民はただ素朴な気持でたとえば自分たちの祖先を敬うように、わが国の始めの日といわれておる紀元節であるという親しみをもって紀元節に親しんできた、こう私は確信しているのでございまして、国民が紀元節をもって軍国主義に引きずられたなどとは毛頭考えておりません。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員 御指名でございますから私も御答弁申し上げます。大体小川先生のお考えと同じでございます。ただ私のことに一言お触れになりましたからちょっと申し上げますが、近ごろのいわゆる進歩的文化人というものは、戦争中には非常に戦争を調歌した著書なんかちゃんとあるのでするそして今いわゆる進歩的文化人として相当思想的には変っております。私どもは当時はお役目で警視庁におったのでありますが、それは昭和二年から四年のころのことでございます。佐藤先生は私の人柄は御存じだろうと思うのですが、私も筋金は通しておりますが、国の時世の進歩また国民の動向というようなものは十分に察知しつつ自分の行動をとっていこうと考えておるわけでございまして、紀元節は昔、戦争中そういうことがあったというようなことをしきりにおっしゃいますけれども、一部の人が利用されたことはあるいはあるかもしれませんが、今小川先生がおっしゃったように、紀元節それ自体というものは平和主義につながり民主主義につながる神武天皇の即位の御詔勅の趣旨にのっとって、そうして日本の古い歴史をたたえるために行なったものでありまするから、これは今佐藤先生がおっしゃるような、紀元節それ自体は絶対に軍国主義、侵略主義につながっておるものでないということを、私は確信いたしておるのであります。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 紀元節は旧憲法でできたものであります。明治五年であります。明治二十三年以後具体的に非常に宣伝されて紀元節が盛んになったことは事実でございます。しかし御承知のように、日本は戦争に敗れまして、この憲法ができた、自民党さんはアメリカの憲法と言われておりますけれども、現実には厳然としてこの憲法が存在しておるわけであります。今までわれわれが新しい祝日を選ぶときに国民の祝日として選んだのは天皇家を中心としての祝祭日が多いわけであります。しかし今の憲法では主権在民になりましたので、国民の祝日として祝うのはいいけれども、いわゆる天皇を中心としたところの祝日というのは、今の憲法としては矛盾をするのじゃないか、こういう点で——これは小川さんは当時委員長をやっておられましたから御存じだと思いますが、国民の祝い日としてわれわれがこれを制定したのでございます。そういう点から考えまして、紀元節の思想はやはり旧憲法につながっておる思想じゃないかと思いますが、こういう点について小川さんはどういうようにお考えになるのか、一つはっきりとしていただきたいと思います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 お答えいたします。かつての国民の祝祭日は旧憲法に先だって制定されたものでございまして、旧憲法と同時に作られたものではなかったのでございます。ですから、たびたび申し上げますように、旧憲法のいわば極端に皇室中心主義の精神とはかなり大きな隔たりがあると思うのでございます。もちろん古い祝日は、皇室のお祭の日に国民もお祝いする、そういう工合に解釈すればとれるのでございまするが、やはり国民は、皇室等においてお祭りするその日に国民もともに祝うことはまあ自然的であって、決してこじつけではない、そういう習慣で古い祝祭日は長い間慣習されてきたのではないか、このように私どもは見ているのでございます。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 小川さんにお尋ねしますが、戦争前の祝祭日で天皇との関係のない祝祭日というのは、新年の正月元旦は別でございますが、あとはほとんど天皇家との関係のある祝祭日ばかりでございます。ところが今度の国民の祝日というのは、御承知のように、そういうことに関係のない、天皇誕生日というのはありますが、これ以外は全部国民の祝日としてふさわしいような日を定めているわけであります。こういう中に紀元節のようなものを一つ入れるということは、何かそこに矛盾した考えがあるのではないか、こういうように考えますが、この点はどういうようにお考えになりますか、お尋ねするわけであります。

小川半次自由民主党

○小川半次君 やはり神武天皇が即位された日を日本の国の初めとして、当時の紀元節としているのでございますから、しいて皇室と関係があるという工合に解釈すればとれるのでございます。しかし、それは偶然と申しますか、自然的に二月十一日が日本書紀、古事記等のそういう日本の文献によってその日に当ったのであって、これはしいてこじつけて考える必要はないと思うのでございます。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 ちょっと私納得いかないのですが、戦争前の祝祭日は、御承知のように大体天皇を中心としての祝祭日であったと思う。しかし戦後においては、国民を中心としての——憲法が変って主権在民になった関係上、国民との関係の深い日をもって、これは九日間休みの日がありますが、そういう形にしたわけです。ところが今度あなたの御提案になっておる紀元節というのは、天皇との——今も、御承知のように、天皇誕生日だけはございまして、天皇との関係はありますけれども、そのくらいの程度でわれわれは十分だと思う。今さら神武天皇が即位をした、これは日本書紀でも、歴史からいいましても、非常にあやふやな日である。なるほど今までの習慣としては五十年も続いたものでありますけれども、しかし原則的には今ここで紀元節を復活するのは、国民の祝日としてどうも矛盾するのではないかと思いますが、その点をどういうようにお考えになりますか。あるいは昔の祝祭日というのは、一体天皇を中心としないような祝祭日がどういうように組まれておったかということも考えていただきたいと思うのです。そういう点で私たちは、今小川さんたちが紀元節の復活をやられるのは、どうもまだ古い考えではないか、もう一度昔の戦争に負けた前の時代を復活させるような考えがあるのではないかというように解釈ができるわけでございますが、その点を一つはっきり御明言を願います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 まず一番肝心な点をお答え申し上げておきまするが、決して軍国主義の復活を願ってこの二月十一日を建国記念日と定め、また当時の紀元節的感覚で二月十一日を建国の記念日としよう、そういう意図でないことをはっきり申し上げておきます。大体佐藤先生もよく御承知のように、昭和二十三年に当期の新しい祝日が制定される際に、半歳にわたって文化委員会で審議されたのでございますが、その半歳のほとんどを建国の記念日を制定することに論議が集中されたのでございまして、建国の記念日を設けようということにはだれ一人として異存がなかったのでございます。ただそれではその記念日をいつにしようかということに異論が出たのでございまするが、しかしそれもほとんどの人は、結局二月十一日以外に根拠のある日はないのじゃないか、そういうわけで、無根拠な日を建国の記念日とするよりも、やはり根拠のある、少くとも一部の学者は多少誤りだと言っておるけれども、やはり日本書紀なりあるいは古事記等という日本の文献によって明らかにされているところのこの日を、建国の記念日とすることが最も適当である。根拠のない日をきめるよりも、やはりある日の方が確実ではないか、こういう意見が圧倒的であったことも、あなたはよく御存じのはずでございまして、そういう不明確なものではなくして、少くとも根拠のあるところに基いて、この二月十一日を建国の記念日として制定しようというのでございます。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 根拠のあるというのは、これは神武天皇の即位の目を建国の日とすると言っておられますが、これは日本書紀にある。しかしそれは戦争前の考え方なんです。日本はかつて今まで戦争した場合に戦争に負けたことはなかった。今までおそらく戦争をやって負けたことがなかったので、これはいわば革命的なことでございます。そのことの根拠に立たないと——昔の根拠々々と、この根拠は戦争に負けない、いわゆる明治の時代、あるいは大正の時代なんです。けれども昭和二十年、日本は敗れて敗戦というみじめな姿をさせられた。そういう点から考えますと、歴史は歴史で、事実でございますけれども、根拠のあるというのは、古い考え方の根拠のあることであって、これは人間は方便でございますから、新しい根拠に立つならばいいけれども、これは古い根拠に立っておるのじゃないかというように考えられます。軍国主義じゃないといいますけれども、これはもう私たちが戦争になる前の最後の数年間におけるところのいわゆる建国祭、こういう点で非常に——一部の国民が踊っただけだといわれますけれども、あの思想が少くとも日本を戦争にかり立てて、国民を悲惨な状態に追いやったということは事実でございます。こういういまいましい日をわざわざ好んで今さら紀元節にしなくてもいいじゃないか。日本は戦争に敗れたのでございまして、そういう点を小川さんはどのようにお考えになっておるのか、もう少しその点を、これはいけないというようにお考えになる意思があるのかどうか、一つ小川さんに御説明を願います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 日本が戦争に敗れたからといって、過去の歴史を抹殺したり、過去のすべてを否定することはできないと思います。やはり歴史というものは続いて生きているのですから、これを否定することはできぬと私は思います。そうすればやはり国の誕生日というものは、歴史がある限りあるのですから、これは戦争に勝とうがあるいは敗れようが、動かすことのできないものなんです。そこに建国の記念日の意義があることを御了解願いたいと思います。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 それはおかしな考え方だと思うのです。私らは歴史を抹殺しようなんと考えておりません。歴史は歴史で厳然たる事実でございますけれども、新しい歴史を今われわれは作らねばならぬ。少くとも戦争に敗れて、あの当時八月十五日のいわゆる戦争に敗れた日を記念すべきじゃないかというような意見もあったわけなんです。これは御存じだと思うのです。しかし私たちが今考えなければならぬのは、そういうようなことではなくて、現実に今国民の祝日というのはなるほど全然今までの祝日を無視してはおりませんけれども、少くとも新しい憲法のもとで、国民の祝日が作られた以上は、この祝日というのは結局新しい日本の出方を考えておるわけでございまして、そういう点でわざわざそんな根拠の怪しい、そうしてわれわれがとにかく一部の戦争扇動者の犠牲になったような日を選ぶ必要はないのじゃないか。そういう考え方を考えることが、まあいろいろと今後の日本が軍国主義だといわれるような懸念を持つ原因となるので、われわれはこの際新しい考えで出直したらどうかというような考え方を持っております。そういう点から——当時参議院の文化委員長の山本勇造氏もそういう意見でございましたが、少くとも日本の祝日については現在の新しい憲法にのっとった、それに沿うような祝い日なら、われわれは賛成するけれども、前の旧憲法時代のような考え方でこの新しい時代にこれを作るということについてはどうも納得がいかないわけなんです。そういう点で、小川さんはどのようにお考えになっておるか、一つわれわれの納得のいくような説明を聞かせていただきたいと思います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 お答えいたします。それはやはり解釈によって異なってくるのではないかと思うのです。佐藤先生のように、二月十一日はやはりかつての軍国主義時代を連想してならないからどうも納得がいかないという解釈をお持ちならば、それはまたそういう考えも浮ぶでしょうが、ただ国民の素朴な気持で——要するに人はだれでもやはり自分の祖先を慕い、祖先を思うものでございまして、同時にやはり日本国民は日本の国のできた日、いつ日本の国はできたのであろうかという一つのなつかしさと親しみとあこがれを持つものでございます。そうした国民の純真にして素朴な感情を政治家として率直に受け入れて、そうして建国の記念日を制定するということが、私はやはり国民の感情にこたえるゆえんではないかと思うのです。そういう点を考えてみるときに、全然根拠のない日を建国の記念日にするということほ、むしろこれは国民の気持をくまざることであって、少くとも文献によって根拠のある日をやはり建国の記念日として定めなければならぬのじゃないかと思うのです。そういう工合に国民の素朴な気持で、ただ日本の国の誕生日であるという気持から解釈すれぼ、私は決して軍国主義とか、そういう気持は起ってこないだろう、このように考えております。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 素朴な国民感情に訴えてやる、こういうことを非常に主張されますが、その素朴な国民の感情というものは、小川さんはどれほどのパーセンテージでそれをお考えになるのか。今の若い者がどういうような考え方を持っておられるかということを測定なさった根拠がありますか。

小川半次自由民主党

○小川半次君 佐藤先生も御承知のように、新聞社なりあるいはNHKにおきまして、数回にわたって建国の記念日についての世論調査を実施しております。これに基きますと、二月十一日を建国の記念日にしてほしいというのが、調査の結果七八%ないし八〇%現われておりまするから、私はこれでもって大体の国民の意思をつかみ取ることができるのではないか、このように見ております。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 どうもわれわれは国民の素朴な感情というようなそういう測定では納得しがたい。ただそういうある新聞社とか、NHKがやったからというそんなことで、国民がそれほど考えておるとは思われない。それは古い時代の人は二月十一日に郷愁を感じております。けれども、特にこれからの日本というものは古い時代の人よりも新しい者がどういうように考えるか——われわれは新しい歴史を作るのでありますから、そういう点で素朴な感情ということは古い人の考え方でございまして、新しい人はそんなことを考えていない。先日私が纐纈さんと一緒にNHKの討論会に出たときには、必ずしも紀元節になつかしい思い出ばかりを考えている人はなかった。若い人はむしろ紀元節というものに対して、学校で式をやったのが何のためにやったのかわからなかった、ああいうものを復活してもらいたくないという意見が相当ありました。これは根拠がある根拠がないといってみても水かけ論で、小川さんと私が幾らやってもきりがありませんが、私は少くとも根拠のある日だから、二月十一日が日本書紀にあるからということだけで、紀元節を二月十一日にきめるという考え方には必ずしも納得できないわけなんです。なぜかというと、戦争に敗れた段階で憲法が変ってしまったじゃないか。国の基礎が変ってしまった今日において、われわれは新しい時代を作る意味においてむしろ新しい考え方でいくべきじゃないかということを考えているわけです。こういう点について、新しい時代ということについてどういうように考えておりますか。古い時代のことはもう小川さんからたびたび説明を聞きましたから要りませんが、新しい時代に即応して昭和二十年の八月十五日に敗戦になって以来十二年の月日がたっておりますが、そういう点についての考え方をどういうふうにお考えになっておるかりわれわれは、この前日本の新しい国民の祝日を選んだときには、多少前からの関連もありましたが、少くとも新しい歴史に立ってやっていこうという考え方をもってこの祝日を選んだはずでございます。そういう点で、どうも紀元節が、あの当時いろいろアメリカの反対のあったことも事実でありますけれども、あの期日については、当時参議院の側からも非常に強い反対もありました。そういう点で、われわれは小川さんに新しい時代の祝い日という根拠に立ってどういう考え方を持っておられるか、お尋ねしたいと思います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 最初に世論調査のことに関連してお答え申し上げますが、新しい人も古い人もともに、現在の国民の中に戦争をのろわない者はいないのであります。すべての国民が戦争をのろっておるのでございまして、再びああいう悲惨な戦争のないことを願っておるのでございます。その国民が、世論調査の結果、二月十一日をここで建国の記念日としてほしいという意思表示をしておるということは、これは二月十一日が何ら戦争とは関係のないものだということを私は明らかにしているものだと見ておるのでございます。  そこで新しい意図で建国の記念日を定めたらどうかということですが、先ほど申し上げたように、戦争に敗れようが、また憲法が新しく改正されようが、そういうこととは別個に日本の建国の日というものはあるのです。ですから、憲法が変ったからといって国の初めの日を別の日にしなければならぬとか、戦争に負けたからといって過去の建国の日を捨てて、また別の日を作ろう、こういうことでは私はかえって歴史を傷つけ、歴史をやはり否定するものだ、こう考えておりますから、憲法が変っても、世の中がどう変っても、やはり建国の記念日というものは変えるべきものではない、こういう考えでございます。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 これはわれわれと考え方が違いますから議論しても仕方がありませんけれども、しかし何といっても、日本の二千年といわれ、あるいは二千五百年といわれている歴史の中で、日本がこれほど悲惨な状態になったことはないのです。そういう観点に立ってこの際古いものの——われわれは何も歴史を否定しません。歴史がありますから歴史を否定しませんが、とにかく日本書紀などについてもいろいろ議論があり、また先ほど小川さんは一部の学者と言われましたけれども、神武天皇東征の日という日も歴史科学の上から否定をされております。そういうふうなあやふやな日をわざわざ何のために固執されるのか。何もわれわれは国の初めの日そのものを祝うことについては反対しておりませんが、少くともそういうあやふやなことを、特に最後には戦争に利用されたような日をわぎわざお選びになるのかということについていろいろ疑問が出てくるわけでございます。そういう点で、小川さん自身そういうようなことについてもう少し配慮を願っているかどうか。少くともあなたが委員長のときに、国民の祝日を選んだときに、これはみな新しい国民の祝い日を作っております。こういう根拠に立てば、紀元節というものについては非常に違った考え方にあるので、われわれはこの点についてのいろいろな疑問を持っております。あなたはこれが入っても何もおかしくないじゃないか、当時の文化委員長として、昔の紀元節をこの中へ入れるということについてのそういう考え方が納得いかないわけでございますが、その点についてはどういうふうにお考えになっておるのか、もう一度お聞かせ願いたいと思います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 たびたびお答え申し上げておりますように、二月十一日以外に建国の日として定めるに根拠のある日があれば問題じゃないのです。しかし二月十一日以外にどうしても今日まであらゆる角度から相当の研究家あるいは学者その他の人が長年にわたって研究して参りましたけれども、二月十一日以外に根拠がない。そこで根拠があるということになりますれば、やはり日本書紀、古事記等に基くところの二月十一日以外に根拠がない。こう“うことになりますので、一部の学者け根拠がないと申しますけれども、われわれはそうした日本の文献に基いて二月十一日を根拠ある日として建国の記念日としたい、こういう意図でございます。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 小川さんは一部の学者と言うが、大部分の学者が二月十一日はあやしいと言っている。あなたのように一部の学者というが、北岡さんみたいなああいう人がこういうことを言っている。むしろ変った変な学者が二月十一日を信用しているわけです。一部の学者というのはどういう一部の学者ですか。それを一つ話していただきたいと思います。名前を言って下さい。大部分の学者は反対しているのですよ。

小川半次自由民主党

○小川半次君 学者の名前は後ほどまたお答え申し上げますから……。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 一部の学者というのはおかしいので、どうもわれわれはそういうような観点からいうと非常に矛盾が出てくると思うのです。そこで初めから二月十一日よりほかにないのだからこの日を選ぶよりしようがないじゃないかというような考え方は、どうも押しつけな考え方だと思う。少くとも国民の祝日を選ぶ以上は、やはりある程度まで国民が納得して、なるほどこれはわれわれが祝う日じゃないかという考え方を持つのが当然であって、われわれはそういう考え方なら一緒に考えていこうという考え方を持っております。そこでこれは、先ほど小川さんがちょっとお触れになりましたが、国民が建国の日を祝うということは世界でまれなんです。アメリカでも独立記念日とかあるいはロシヤは革命記念日とかあるいはフランスなんかでも、そういうようないろいろな——先進国と言われましたが、先進国の中で建国の日を祝う国は非常に少いわけです。こういう点でわざわざ今日紀元節というものを定められる根拠がわからない。何かこの間ちょっと調べたところによりますと、アフリカの世界にもあまり名前が知られていないような小さい国だけが建国記念日を持っているということが書いてありましたが、こういう点でただ先進国々々々と言われますが、先進国の中でもなかなか国民がほんとうに国民的に祝うにふさわしいような日、むしろこの建国の日というものはあまりないですね。こういう点小川さんはいろいろ勉強されておるのですが、世界の例はどういうふうになっておるのか、この点を一つ納得のいくように説明をしていただきたいと思います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 名称はやはりその国々によって独立記念日とかあるいは連邦結成記念日とかそういう名称になっております。たとえばスイスは一二九一年八月一日を大体独立記念日としております。それからベルギーは一八三一年ですか、これはやはり独立記念日、あるいはソ連などはお話のように革命記念日としております。その他イタリアは共和国宣言記念日、こういう名称を使っております。このようにして日本の場合は別に革命によって独立した国でもないのでございまして、その国が革命記念日とか独立記念日という名称を使うことがかえって不自然なのでございまして当然当時の日本の国の立場として紀元節という名称をつけたことは私は決して不自然でないと考えているのであります。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 たとえばイギリスのような国は建国記念日はないわけです。古い国はなかなかそういうあれはないわけです。独立記念日なんというのはアメリカがイギリスの支配から脱出したことを記念してこういう記念日を作ったわけです。ソ連は権力の帝政を労働者の天下にしたということから使っているわけです。ところが日本の国は歴史が他民族が他民族を征服したという状態になっていないので、そこのところがあいまいになっております。こういうところがやはり古い国としていいのじゃないか。それをわれわれが取り立てて——ある支配から離れたということでなくして、むしろそういうことがあってこそ日本の国民が一本になってきた理由だと考えているのでありますが、そういう点から考えると、せっかく歴史的にそういうふうにずっと静かに来ている日本の国の歴史をここで私たちがわざわざかき乱すようなことをしいてやる必要はないじゃないか。われわれ日本人としては今度のような戦争に敗れて、そうしてアメリカの占領がよかったのかあるいは日本国民の国民性がよかったのか知りませんけれども、一部の犠牲はあったけれども国全体としてはあのときの敗戦のときの姿を考えれば比較的外国に比べて平穏な事態を過しております。こういう点を考えるとなかなか国民の感情というものは割り切れない、一本になったらいいじゃないかという考えを持っていると思います。そういう点で何も征服されないようなわれわれの先祖がそうであれば、わざわざ大和の橿原神宮で神武天皇がまつりをあげられたという根拠の日が、それがあったには違いないけれども、その根拠の日について大部分のまじめな学者が非常な疑問を持っているわけです。一部の学者だけならわれわれも納得しますけれども、大部分の科学者といわれるような歴史学者がこの日について反対をしております。だからそういう日を今わざわざ取り上げてそうして紀元節を強行ずるというようなことはどうもおかしいのじゃないか、こういうふうにわれわれは考えますが、その点を小川さんはどのようにお考えになっておりますか、御説明を願います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 学者の説には二通りありまして、日本書紀あるいは古事記が、もちろん内容の一部にはあるいは間違っている点があるかもわからないけれども、やはり大体としてはこれは信頼すべきであるという説をなす学者と、またこれに反対する学者とがあることは、佐藤先生もよく御承知のところでございます。しかし問題はそうした学者の説があるからといって、われわれ政治家がその学者の説に左右されて一々その真意を左右されるということがあってはならぬと思います。やはり良識に基いて、そうして先ほどから申し上げておりますように、国民の声、国民の素朴な意思を尊重してそのことをきめなければならぬのでございまして、そういう立場において建国の記念日も、国民が望んでいるというこの国民の気持を信頼して、われわれはこれを定めなければならぬ、このように考えておるのでございます。

佐藤觀次郎日本社会党

○佐藤(觀)委員 どうもおかしいと思うのだが、小川さんは先ほど一部の学者は紀元節に反対はあるけれども、大部分の学者は賛成だから賛成だ、こうおっしゃったわけなのです。それで今言ったことはまた逆になるわけです。学者はどうでもよければ、初めに言うように国民感情で行くのもいいけれども、一部の学者は反対でも大部分の学者は賛成だ、だから賛成だ、こう言われたから話がおかしいのじゃないかと思うので、われわれはそういう筋が通らぬことでは納得ができないのであって、これは御承知のように、非常に重要なことでありまして、小川さんは当時文化委員長をやっておられまして、国民の祝日について、あの参議院の山本勇造さんがこういうものは将来の歴史の上において非常に大事なことだからというので熱心にやられていたことも、私はその当時の事情をよく知っております。そういう点から考えまして、一々ここで国民の祝日を選ぶときには、お互いにわれわれ野党にも納得が行くまで、一つその根拠を十分に示してやっていただきたいと思うのですが、今あなたの御説明を聞くと、初めは素朴な国民感情があるからこれをやりたい、こう言われる。その次には、紀元節にはほかにいい日がない、一部の学者は反対であるけれども、この日がいいからやる、こう言われるかと思うと、今になると、学者が何と言おうが勝手にやるのだ、こう言われる、そうなるとどうも筋道が立たぬように思うのでありまして、われわれはそういう点でもう少し国民の気持の起るまで——国民の気持だってこれから五十年、百年というわけには参りませんけれども、もう少し納得をする日を見つけてやられることがいいのじゃないか。御承知のように、これは内閣委員会にかかっておりますから、いろいろ法案のむずかしい中でおやりになっていることを、この際わざわざ無理に強行されるような態度でなくて、もう少しわれわれにもこれはやろうじゃないかという感情が起るまでお考えになる方が私はいいのじゃないかというふうに考えております。どうもその点が無理に強行されるということになると何か意図を持っておやりになるのじゃないか、口では国民の素朴な感情ということを土台にして、何かまた昔の軍国主義ということをお考えになっておるのじゃないか。ちょうど衣の下によろいを着ているような感じがわれわれいたすわけであります。小川さん自身はそれほどにはお考えになっておらないかもしれませんけれども、この中ではあなた自身は民間の出でございますが、昔は内務官僚として相当活躍された人が夢よもう一度という感じがあるのじゃないか、こういうことを私は心配しておるわけであります。だからそういう点で私たちはどうも小川さんの意見にも一本筋の通るところがないように考えられますので、もう少し慎重にお考えになる御意思はないかということを、ほかにまだ質問者がたくさんいますし、私ばかりやってもいられませんから、お尋ねして、私の質問は終ります。

小川半次自由民主党

○小川半次君 佐藤先生にお答えしますが、これはきのう、きょう急に、一つ建国の記念日を作ろうと持ち出したものではないのでございまして、あなたが文化委員をしておられた当時から連続しての国民の希望なのです。そういうことでございまして、今あなたがおっしゃるように、何か衣の下によろいを着て、そうしてかつて戦争中官僚だった人が今、国会に現われたから、その人たちがやるのじゃないかということは全然ないのでございます。その方々はここで追放解除後出てこられた方でございまして、その前昭和二十三年ごろから連続して建国の記念日を定めようという声があるのですから、そういうことをよく御了解賜わりたいと思います。

相川勝六自由民主党

○相川委員長 河野正君。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 建国記念日に関しまして若干質疑を行いたいと思います。  先はどの質疑応答の中で私どもが承わっておりますと、一部学者のみが反対されたかのような御意見もあったようでございます。ところが御承知のように五月九日に滝川京都大学の総長以下百十一名の、今日の国内におきましては最も著名な文化人の方々が、この建国記念日の設定に対しまして反対の意思を表明されております。しかもこういった文化人の方々はこの運動に対しまして大きな自信を持った態度でもって臨まれておりまするし、またその声明文の内容を見て参りましても、もしこういった国民の意思あるいはまた文化人の意思を無視して強行されるということになるならば、われわれは一大国民運動を展開するというような強い意思の表明までも行われておるのでございます。これが単なる一部の人々がそういった国民運動を起すのだというようなことを申しましても私はさしたる問題ではないと思いますけれども、今日わが国内におきまする最も著名な、しかも権威ある学者の方々あるいはまた国民に対しまして非常に影響力を持っておりまする文化人の方々がそういった意思表明をなさっておるわけでございまするから、私はこの問題につきましては、この反対声明は決して無視することができない国民の意思を代表いたしますところの意思表示であると理解しておるわけでございまするが、この点に対しまする御所見をまず承わっておきたいと思います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 私は反対しておられる学者あるいは文化人と称されている方々が、二月十一日以外に根拠ある日を示しての反対意見であれば、これは一応尊重するのでありまするが、二月十一日以外の根拠の日も何も示さずして、ただ二月十一日は根拠がない根拠がないというお説なのです。これでは完全な信用ができぬじゃないですか、私はそのように思うのでございます。そうして今名前は記憶しませんけれども、その学者とか文化人として名を連ねられておる方々の中には、全然歴史学者でない方々も加わられておるようでございまするが、そういう点を見ても私は心の底からこの学者の方々の反対声明というものを信頼することができないものがあるということを申し上げておきます。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 ただいま御答弁を承わりますと、提案者は国民の祝日に関しまする考え方に対しまして錯覚を起しておられるのじゃないかというふうな危惧を持って参るわけでございます。そういった点で私がまず第一に御指摘申し上げたい点は、ただいま私が御指摘申し上げました百十数名の文化人の声明についてでございますが、この声明に対しましては、必ずしも歴史学者というものはその中に名前を連ねておらない。そこでほんとうに建国祝日の問題について真剣に検討した、あるいはまた科学的な資料に基いてそういった反対声明を出したのじゃないのじゃないかという反論もあったようでございます。しかしながら、少くとも国民の祝日というものは国民すべてのものの祝日でなければならぬのでございます。そこでこういった反対声明を出す者が、いわゆる歴史的な事実に基いてやらなければならぬということも当然でございますけれども、やはり国民のもろもろの感情に基いてやることが私はきわめて重要だと思うわけでございます。それにつきましては、提案者も先ほど来たびたび国民の感情という言葉を御指摘があったようでございまするから、その点につきましては提案者も御異論ないと思うわけでございますが、そういった意味から申し上げますと必ずしもこの百十数名の中に歴史学者が名を連ねておらないといたしましても、この文化人の声明というものは非常に大きな意義がある。少くとも文化的には国民に対しまして非常に大きな影響力を持っておるわけでございますから、非常に大きな意義がある。そういう意味におきまして、ただいま提案者から申されました御反論に対しましては、私は全く納得がいきません。  それから第二点といたしましては、この百十数名の文化人あるいは学者が声明をいたした点について、いわゆる具体性に乏しい、何月何日を建国記念日にするのだというような具体的な事実が示されておらない、具体的な事実を示さないで反対しておるので、その点については了承しがたいというふうな御答弁であったようでございますが、この声明を出されました百十数名の文化人の方々の意図というものは——これは私の想像でございますが、その人々の意図というものは、二月十一日に提案者が設定されようという意図につきましては、先ほど佐藤委員からもいろいろ御指摘がございましたように、そういう点についてはいろいろ問題がある。しかしながら、提案者も御指摘になっておりましたように、そういう文化人というものは建国祝日をやろうということについては必ずしも異論がないかもわかりませんけれども、しかしそういった問題は一つの国民運動として盛り上げて、その中からこの日時につきましては設定をすべきだというふうな意図が私は明らかに察知される。そういう意味で、自分たちがあらかじめ具体的に何月何日を国民の祝祭日にすべきだというふうなことをきめておいて国民に押しつけるよりも、国民の盛り上ってきた感情の中からそういった日時を設定しようじゃないかというふうな意図があったものというふうに私どもは判断するわけでございます。そういった意味からいたしますと、先ほど提案者が、具体的に事実が示されておらない、そういった具体的な事実を示さずに反対することについては了承しがたいというふうな御意見でございましたけれども、私はただいま申し上げますような意味の上におきまして、必ずしも提案者が反論されるような問題ではないというふうに理解するわけでございますが、その点に対しまする重ねての御答弁をお願い申し上げておきたいと思います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 お答えいたします。国民の盛り上ってくるその気持を根本にして祝祭日をきめねばならぬという説には賛成でございます。大体この二月十一日を定めましたのも、これは国会において二月十一日にするのだから国民の考えはどうだということを発表したものでも何でもないのです。最初は新しい祝日を国においてきめたい、どういう日が最も望ましいかということを、大々的に新聞等を通じて世論調査をいたしたのでございます。このときは、初めから何月何日ということを全然示さずして、国民の気持を表わしてほしいという世論調査であったのでございます。その際に、今申し上げますところの二月十一日を建国の記念日としてほしい、こういう国民の意思の表われがございました。最初はたしか七〇%だったろうと思うのでございまするが、その後NHKなりあるいは各新聞社に数回にわたって世論調査をいたしましたところが、当初の世論調査よりもだんだんと国民の意思が盛り上ってきておるのです。二月十一日にしてほしいという気持が、七〇%から七五%あるいは七六%、七八%、こういう工合に、国民が戦後の虚脱状態から冷静になるに従って、世論調査の結果がだんだん上昇してきているのでございます。こういう点などをわれわれは勘案いたしまして、国民は望んでおるというこの気持をわれわれ政治家として具現させてやることが、国民にこたえるゆえんであるという考えをもちまして、このたび二月十一日を建国の記念日と定めたいということを提案するに至ったのでございます。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 私どもは、先ほどからもいろいろ論議されておりまするように、建国記念日が全く必要でないというふうには必ずしも考えぬわけでございます。しかしながら問題のありまする点は、やはり歴史的な、科学的な事実もございませんし、あるいはまた過去におきましていろいろ問題をはらんで参りました二月十一日を建国記念日として設定することについて、非常に大きな問題があるということを御指摘申し上げて参っておるわけでございます。そこで先ほどから世論調査、世論調査ということを御指摘あるわけでありますけれども、やはり国民の中でも建国祝祭日を設定して、国の建国記念日を祝おうじゃないかということにつきまして、提案者が御指摘いただきますように、私は大きな賛成者があることも考えないわけではないのでございます。しかしながら先ほどからいろいろ論議されておりますように、今日問題となっておりまするのは、提案者の御提案になっておりまする二月十一日を建国祝祭日とするかどうかという点が、今日非常に大きな問題になっている重要な点だというふうに考えて参るわけでございます。そこで先ほどから提案者は質疑応答の中で、世論調査に基いては建国祝祭日に賛成する方々が非常に多いと、パーセンテージを示して御指摘になったわけでございますし、なおまた後ほどの御説明の中では、二月の十一日に対する賛成者が非常に多くなったというようなことも御指摘になっておったようでございますが、私は先ほどちょっと御指摘申し上げたのでございますが、少くとも法律によって国民すべてがお祝い申し上げるという祝日でございまするから、これは一部国民のみの祝祭日であってはならぬということでございます。そこで世論調査、世論調査という御指摘でございますけれども、具体的に御説明を承わっておりますると、新聞やNHK——私は新聞やNHKが世論調査をなさることもけっこうでございます。またそういった世論調査というものが一つ大きな意義を持っておるということも認めて参ります。しかしながら、単に新聞やNHKの世論調査でそういった結果が出ておるので、それが国民すべての声だというふうに御判断なさるについては、私は軽率に値するのではないかというふうに考えなければならぬと思うわけでございます。少くとも法制化をして国民すべてにお祝いをさせようというわけでございますから、やはりこれは政府なり、あるいは今度の場合は議員提案でございますが、提案者あるいは政府あるいはまた自民党におきまして、責任を持った世論調査を行い、あるいはまた責任を持ってそういった提案をするということは、私はきわめて重要でなければならぬと思うわけでございます。ことに私ども一番心配いたしますのは、どなたが世論調査をなさろうといたしましても、世論調査をいたします対象というものが、非常に大きな問題となって参るということを御指摘申し上げておかなければなりません。と申し上げますのは、たとえばここに一万人なら万人の国民を対象にして世論調査をいたしましても、その対象が、大体二月十一日賛成という階層を対象として世論調査するということになりまするならば、非常に大きな高い賛成率が出てくるということは火を見るよりも明らかでございます。そこで提案者が責任を持った世論調査を実施されておったのかどうかということと、どういった国民の方々を対象としてそういった数字を把握されたか、この二点につきましてお尋ねを申し上げておきたいと思います。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員 ただいま世論調査の問題について御質問があったわけですが、これは最近世界各国どこでも行われておりまする、いわゆる層化無作為多段階抽出法というものであります。もちろんほんとうの世論調査というなら、国民全体に、一々についてとるのがいいのですが、そういうことはなかなか繁雑であり、費用もかかり、日時もかかってできませんので、だんだん層化、たとえば青年層、大体男と女、それから年令によって青年層から老年まで、さらにまた職業によって、それぞれ区別をする、大体統計によりましてその人口がわかるわけでありますから、その比例におきまして、いわゆる各層化、一つのそうした団体の中に同じ割合をもってその調査をするものをきめて、そうしていわゆる無作為の、何ら特別にどうこうという意思を発表せずに問題を提出して、無作為でそうして多段階——今申しましたように各方面にわたってやっておるのが今日の世論調査の状態であります。そういう意味におきまして、この世論調査というものは非常に確実性があるわけでございます。今まで行われて、私どもが根拠といたしておりまする世論調査の仕方は、みなその層化無作為多段階抽出法、この方法を行なっておるわけでございまして、決してその世論調査のために何らかの意図を持ってやった、こういうことでないのであります。これは報道陣でも官庁でも毎年やつておるわけでありますが、そういう意味において、この世論調査というものは相当の確実性があり、また信憑性があると思うのであります。またさらにこまかくそういった抽出法をやりまして、その中でいろいろの誤差があるということも統計技術からいろいろ勘案してやっておるのでありますから、これは決して無責任な問題ではなく、相当の確実性があるものと私は見ておるわけでございます。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 たまたま大臣が御出席でございますから、一点大臣に対しまして基本的な考え方をお尋ね申し上げておきたいと思うわけでございます。御承知の通り、今度提案されました法律案の提案理由といたしましては、建国を記念し国を愛する心を養うため云々というふうなことが提案の理由に示されておるわけでございます。そこで私がお尋ね申し上げたいと思います点は、国を愛するということでございますが、もちろん国を愛するということにつきまして、私はきわめて重要な本質的な問題をはらんでおるものと考えるわけでございます。と申し上げますのは、少くとも新憲法が生れます以前におきましては、先ほどからいろいろ質疑の過程の中で論議がありましたように、非常に封建的な意味におきまする愛国というようなことがいろいろ考えられて参りましたことは、これは否定して参るわけには参らぬと思うわけでございます。少くとも先ほどから二月十一日がいいか悪いかというような問題につきましても、そういった本質論を中心として論議がかわされたわけでございますが、そういった立場から見て参りましても、少くとも新憲法下におきまする愛国ということは、民主主義を基調としたところの愛国でなければならぬと思うのでございます。そういった点が中心になって、今日の国民の祝日に関します建国記念日の是非というものが論ぜられておると思うわけでございますが、この点は非常に本質的な基本的な問題でございますから、まず大臣の御所感、愛国に対します大臣の御概念というものを承わっておきたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 日本の歴史の変遷の過程におきまして、政治の体制が変って参りましたことも事実でありますが、国を愛する心というものにつきましては、私はきわめて抽象的な言い方かは存じませんけれども、この国土に生まれ、この国土に死するお互い大和民族といたしまして、国を愛する心というものは一貫したものがあろうかと思うのでございます。ただ現実の問題といたしまして今日われわれが国を愛するという場合に、かつての封建国家の体制をとるというような気持でないことは申し上げるまでもないことだと思うのであります。非常に大きな犠牲を払いましてかち得ました民主政治の、この国を愛するということは、現実問題といたしましてはその通りだろうと考えております。

受田新吉日本社会党

○受田委員 私は関連して文部大臣に一、二点お尋ねをいたしたいと思います。灘尾さんは温厚篤実な君子としての文相であられまして、前文相の剛毅潤達の人として偉傑であった清瀬さんと比較して、非常にやわらかい感じをもっておられる方でありますので、率直にお尋ねいたしますが、大臣は国民の祝日の中で憲法記念日という終戦後できた国の基本法を記念する日があるわけです。この憲法記念日につきまして、これが趣旨徹底のために国の責任においてどういう取扱いをされるべきであると思われるか。昨日内閣参事官の瀧本さんの御発言によるならば、この国民の祝日の趣旨徹底の責任官庁は文部省である。特に憲法記念日において新憲法の趣旨を徹底させる責任の衝に当るのは文部省であるという御発言もあったわけなのであります。ところが文部省が今までどのような通牒をもって末端に、この趣旨徹底に努力しておるかということを拝見しますと、社会教育週間として例のゴールデン・ウィークの期間中に、何とか適当にせよという程度の通牒が出ているだけです。特に憲法記念日については、何ら具体的な指示もされていない。ことにことしは憲法十周年記念という歴史的な日でもあったわけでございますが、こういう機会に憲法の趣旨徹底のために文部省として積極的な努力をすべき点はなかったのか。いろいろな点を考え合せまして、文部大臣の見解を明らかにしていただきたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 国民の祝日につきましては、先ほど来御議論もございましたが、国民全部がこぞってその日を祝いその日を意義あらしめるように努力する、かような建前になっておるかと存ずるのであります。文部省といたしましては、国民の祝日につきまして、この法律が制定せられました直後におきまして、通牒を出しまたその後天野文部大臣の談話の形式におきまして、これを地方に示しておるというようなことはいたしておりますが、毎年々々この祝日につきまして特に通牒を発して、かれこれ指導をするというふうなことはいたしておりません。もっとも社会教育関係におきまして若干の通牒を出したことはございますが、それ以外のことは今日までいたしておりません。憲法記念日につきましては、新憲法制定後しばらくの間はこれが趣旨徹底のために、憲法普及会と申しましたか、促進会と申しましたか、はっきり名前は記憶いたしておりませんが、さようなものを中心といたしましていろいろな運動が行われたことは御承知の通りでありますが、すでに制定後十年を経過いたしておるわけでございます。毎年々々事新しくこの憲法につきまして特に指導をするとか指示をするというふうなことはいたしておらないのでございます。

受田新吉日本社会党

○受田委員 事新しくとおっしゃるけれども、先般内閣の審議室が世論調査をやられたごく最近の統計によると、憲法の大まかな精神を知らない者が三分の一、憲法改正手続を知らぬ者が三分の二、新憲法の——もう新憲法とは言えない、十年もたった憲法で成長した憲法ですが、この憲法の内容さえも大まかに知らぬような人々が多数おるような情勢で、毎年々々通牒を出す必要もないというような言いのがれができましょうか。毎年々々念には念を入れてこの憲法の趣旨徹底のために努力をするのが、責任官庁としての文部大臣の責任じゃないでしょうか。あまりにも不徹底な、憲法を放棄したままで、通牒を出す必要はないのだというこの精神は、文部大臣として不適格者であると私は断定せざるを得ない。(笑声)いかがでしょう。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 私が適格者であるかないかという御判断は皆さんにおまかせいたします。文都省といたしましては、この記念日につきまして、それぞれ文部省関係の学校等におきましては、その日の意義、その日の趣旨というふうなことにつきまして徹底させるように指導をいたしておるわけであります。特にこの記念日に当って格別の指導をする必要もないかと考えておる次第であります。もちろんかようなことは非常にむずかしい問題であります。ことに全国の人たちにあまねく憲法の条章について周知徹底せしめるというふうなことはなかなか困難だと思いますが、平素からその努力はいたしておるつもりでございます。

受田新吉日本社会党

○受田委員 その努力がいたされておるならば、少くとも憲法十周年記念という画期的な記念日に当って、これを政府そのものが放置しておるようなあり方は正当と言えましょうか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 憲法十周年記念の祝賀をするとかしないとかいう議論がありましたことは、これは事実であります。いろいろ各方面にも議論のあった問題でございますが、政府といたしましては、特にこの際十周年記念の祝賀会を開く必要はないだろうという結論に達しまして、今日の状態になっておるわけであります。私は十年たったからどうしても祝賀会をやらなくちゃいかぬというふうなことも考えません。またすべての方面にぜひ祝賀会をやろうという国民的機運がありますれば、これまた受け入れるのにやぶさかではありませんが、今日の場合におきまして、政府は特に政府として祝賀会を開くというふうな必要はないだろうという結論に達しまして、この五月三日を経過いたしたような次第であります。

受田新吉日本社会党

○受田委員 結論に達したものは、別に記念式典をやる必要はないということでございますが、あなたは物事にけじめをつけて一つ一つ実を結ばせていく形に政治を進めていくということを考えておられると思いますが、憲法というものは国の根本法である。その根本法の趣旨が国民の中に徹底していないということは、内閣そのものの調査にはっきりと出ておる。国民はよく新憲法を理解しておらぬ。にもかかわらず、最近は通牒さえも出していない。しかも十周年という記念は、人間にとりましても一つの成長の区切りであって、憲法で申し上げますならば、十才を迎えてだんだんとおとなに近づく重大な段階に達した年令です。このときに、その憲法の趣旨徹底のために、その憲法の普及をはかるためにお祝いをしてあげるという形式をおとりになることは、憲法の番人であるところの内閣において当然負うべき責任じゃないでしょうか。すでに政府は、憲法記念式典を、公布の当時と、一周年記念式典と、さらに五周年記念式典と、それぞれ内閣から予算を出して、その予算も最初が六十万円、その次は四十一万円、五周年記念には百二十万円の予算を出して式典を挙行しておられる。十周年ということになるならば、もっと意義がある式典を行うべきである。しかも独立国としてようやくその形態が整おうとしておる段階において、国の根本法を制定された記念式典を五月三日に、国民の祝日として法律にまできめられておるこの日を、奉祝する措置に遺憾があってはならぬのじゃないか。そういう大きな片手落ちをしておるときに、一方で今度建国記念の日を設けようという自民党の案が出た。現にできておる国のお祝い日でさえもこれを十分お祝いするほどの熱意を示さない政府が、その政府与党の中にまた新しい祝日を一つ加えようというこの動きに対して、文部大臣、あなたはそこにはなはだ矛盾した意思が存在しておることをおわかりじゃないでしょうか。憲法をお祝いする日はそそうをしても、新しく紀元の日はこれを強引に制定をしてこれを祝いたい。四国の一角のある校長さんは、国民の祝日の奉祝については熱意を欠いておるけれども、国民の祝日の中にない紀元節の奉祝は、雲にそびゆるというなつかしのメロデーの中に残っておるような歌を職員、生徒にこれを斉唱させて、紀元節の訓話をたれて盛大にこれを奉祝しておる。こういう事実があるわけです。こういう事実に対しては、あなたは、国民の祝日の奉祝に事を欠いて、国民の祝日の中にない紀元節を奉祝する、こういう学校の実態についてはどういう考えを持っておられるか。今私がお尋ねしておるこの二点について御答弁をこいねがいたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 憲法の記念日は粗末にしておって、与党の提案にかかわる紀元節というふうな問題を考えておるというのは矛盾しておるではないか、というようなお尋ねに伺ったのでありますが、私は必ずしもそうは思わないのです。別に憲法の記念日を特に政府が粗末にいたしておるというようなことはございません。すべての祝日と同じようにこれは祝日と考えておるわけであります。紀元節紀元節と申しますか、建国記念日を新たに設定しようということは、今度は別に一つの祝日を設けようということでありまして、私はその間に何らの矛盾もなければ何でもない。ただその祝日を設けることがいいか悪いかという御議論はございましょうが、事柄については何ら片一方を粗末にして、片一方を尊重しておるというふうには考えません。  また四国の一角にというようなお尋ねでございましたが、確かにそういうような学校のあったことは承知いたしておりますが、それもその程度、またやり方によりけりでありまして、これが地方の監督者でありますところの教官委員会等の承認のもとに、学校の正常な授業を妨げないで、しかるべき形において行われておるということでありますならば、特にかれこれ申すこともないと思うのであります。

受田新吉日本社会党

○受田委員 特にかれこれ申すことはないということでありますが、国民の祝日という法律をもって、国をあげて互いに祝福し記念するという日の存在の方は忘れたごとくにして、わざわざ問題とされている紀元の日、紀元節を取り上げて、学校で儀式をあげるというこのあり方を、あなたは正常なあり方であるとお考えになりますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 国の祝日でないのでありますから、別にこれをぜひやれとかというふうに私は考えておるわけじゃもちろんございません。しかし、特にその日のことを考えて、学校において適当な形においてやっていくということを、しいてまたもとめるほどのこともないというふうに私は考えるのであります。

受田新吉日本社会党

○受田委員 あなたは、今の前段のお言葉でありますが、国民の祝日にない日をわざわざ取り上げて学校で挙式するということに対して、ある程度の批判的のお言葉を聞いたわけでございますが、しかし後段で、それをまた打ち消されるような御発言を聞いたわけです。どうでしょうか、学校の行事というものは、これは少くとも国全体の者が納得する形で行われるべきものであって、ある特定の風格を持った人が独断で強行する、こういう行事を別に差しつかえはないであろうというような形に放任をしてもいいものであるかどうか。昨年、地方教育行政の組織及び運営に関する法律という問題になった法律がございますが、これは現に法律になっている。この法律におきましては、大臣の、地方公共団体及び地方の教育委員会に対してのある程度の権限が強化されたのでございますけれども、その法律によりまして、大臣は地方に対するある程度の指示権というようなものが得られているわけです。そういう現にある法律をよい意味に大臣が行使していただくということであるならば、われわれははなはだけっこうなことだと思うのでございますが、各地方で行われている祝日に関する式典その他の行事等について、文部省はこれをいかように調査され、その資料の提出を求められておるか、そういう具体的な問題をまずお尋ね申し上げたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 祝日におきます地方のいろいろな行事というふうなことにつきましては、その祝日にふさわしいいろいろなことを計画してやられることはけっこうだ、こういうふうに申しておるわけでございまして、一に地方関係者の良識ある計画、良識ある事業というものを期待しておるわけであります。格別文部省といたしまして特にこういうことをしなければならぬ、あるいはした結果を一々報告しろというふうなことはいたしておりません。地方の教育関係者におまかせいたしておるような状況であります。

受田新吉日本社会党

○受田委員 地方の教育関係者におまかせをしてあるということでございますが、地方が何をしておるかわからないような形で、中央では何らの資料もないという状況では、これは私は困りものだと思うのです。少くとも法律がここにりっぱに制定せられ、その法律の施行の責任者である政府が、地方が何をしているかというのには、適当にまかせてあるのだというやり方は、はなはだわれわれとしては納得できない。特に各学校、社会等において行われているいろいろな行事等について、民間の動きがどうなっているかということを常に詳細に検討を加える責任は政府にあると思うのです。文部大臣として、何らその資料の要求もしておらぬ、どうなっておるか、地方にまかしておる、こういう形をこのま今後も続けられますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 必要がありますれば地方の状況を調査することもけっこうだと思うのでありますが、私はこの祝日における行事等のことにつきましては、画一的にやるとかということでなしに、その地方の人たちの、ほんとうに心からの考え方に基きまして適切なことをやっていくことが望ましいと考えるのであります。さような意味におきまして地方の関係者におまかせをしておる、こういうことを申しておるわけでありまして、今特にこれを調査しなければならぬというような必要は感じておりません。

受田新吉日本社会党

○受田委員 私は特に憲法の記念日について、もう一度念を入れてあなたにお尋ね申し上げたい点がございます。あなたは、今別に憲法を国民に十分理解させるための式典などする必要はないと考えるということでございますが、憲法の精神が国民に徹底しておらぬという現状を、あなたは納得できますか。あなたの内閣が世論調査された結果を見て、はなはだ不徹底な状況にあることは納得されますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 憲法のむずかしい理屈とかなんとかいうことを徹底させることは、これはなかなか容易でない、常時不断の努力を必要とすると思います。われわれといたしましては、学校の教育を通じましては、この新しい国家というものについての知識というようなことについては、特に気をつけて教育をいたしておるつもりであります。

受田新吉日本社会党

○受田委員 一昨年の二月十一日に安藤元文相が、小学校社会科改正の大綱を述べられた見解の中に、日本国憲法における天皇の地位を明らかにする、国民の祝日についての認識を深めさせるという発言をしておられるわけでありますが、この安藤元文相の考え方は、あなたもそのまま受け継いでおられますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 安藤さんのお考えはしごくけっこうな考えであると考えております。

受田新吉日本社会党

○受田委員 そういたしますと、日本国憲法における天皇の地位を明らかにせしめたり、あるいは国民の祝日についての認識を深めさせるために、文部省では具体的にどういう努力をされておりますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 地方の関係当局を通じましてさようなことはいたしておるつもりでございます。

受田新吉日本社会党

○受田委員 具体的にいかなる方法をとってやっておられますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 学校の教育につきましては、受田さん、私どもよりよほど専門でいらっしゃるわけでありますが、その教育、特に学習指導要領等を通じまして地方の教育の実際の上にこれを現わしたい、かように考えておる次第でございます。

受田新吉日本社会党

○受田委員 学校教育、教科書という問題を離れて、社会教育的にはどういう方法をおとりになられますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 社会教育を通じてこの思想の徹底をはかるということは、これは申すまでもないことでございます。公民教育というふうな機会におきまして、いろいろな講座等も設けられることと思うのであります。さような努力を通じまして趣旨の徹底をはかっていく、こういうふうに考えておるわけであります。

受田新吉日本社会党

○受田委員 大臣は、将来憲法が改正せられる場合があり得るといたしまして、その憲法の改正は、憲法の持つ基本的な性格を変えるような改正を想像されるかどうか、たとえば国民主権の問題あるいは憲法を通ずる平和主義、民主主義の問題、三権分立の性格をそのまま残す、こういうような問題は基本的には改正できないという立場に、憲法改正を意図せられる政府の大臣として立っておられますかどうか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 憲法の改正ということが論議せられておるわけであります。私も、私一個といたしましては、日本憲法は改正を必要とするのではないか、かようには考えておる一人であります。その際のものの考え方といたしまして、これも私一個の考えでございますが、今お話しになりましたような、重要な新憲法における基本原則、これを変更するというふうな考え方はいたしておりません。

受田新吉日本社会党

○受田委員 そういたしますと、憲法記念日としての五月三日は、あなたの党で、あなたの政府でもし将来改正を強行されるとした場合においても、基本的には現在の憲法が中心になるという形には変更ないと認めてよろしゅうございますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 私の考え方によりますれば、憲法は改正しようということを考えておるわけであります。従いまして基本の憲法というものは残る、こういうつもりでおりますので、五月三日という問題に影響がある問題とは実は考えておらないのであります。

受田新吉日本社会党

○受田委員 あなたにお伺いしますが、岸総理は三月の始め、総理になられた直後において内閣委員会で、憲法十周年記念式典はぜひやるように検討をしたい、こう言われたのです。その後新聞紙の報ずるところによると、政府は憲法十周年記念式典はぜひやりたいと態度をきめて与党に相談したところが、その了承がなかったということを伝えておるのでございます。あなたは政府はやらないことにきめたんだということでございますが、初めやることにしておったのが、後に与党へ相談した結果やらないことになったのかどうか、そこの消息をはっきりしていただきたい。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 私も詳細なことはよく存じませんが、憲法記念日のいわゆる祝典は政府だけで従来やっておったのではございませんで、いろいろ関係の向きと共同してこの仕事がせられておるわけであります。政府部内におきましてはやったらどうかというような意見も確かにございましたが、関係の向きと相談をいたしました結果、その必要もないだろうということで取りやめたように私は承知いたしておるのであります。

受田新吉日本社会党

○受田委員 あなたは閣僚の中では道徳的な立場を特に植えつける重要な地位にあられる方であり、人間的にも尊敬できる人であるとわれわれは深く信じておる。そのあなたがごまかしてはいけませんよ。閣議等においてはこの問題が議題にされましたかどうですか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 閣議の席でその話が出たことは事実であります。

受田新吉日本社会党

○受田委員 その閣議の席で反対意見が出ましたかどうです。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 閣議の内容をここで申し上げるわけには参りません。

受田新吉日本社会党

○受田委員 閣議において一応やろうという空気に大勢はなったのですかどうですか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 大体さようにお考えになってけっこうだと思います。

受田新吉日本社会党

○受田委員 閣議の中味を国民に知らして悪いところまで私はお尋ねしておるわけじゃないのですが、私たちはこれは国民生活全般に影響を及ぼす重大問題であるだけに、ここで政府のお考えを確かめたいのであります。別に閣議の秘密を漏洩せしめるような発言をしておるわけではないのですが、今あなたが最後に閣議の大勢はそうなったということでございます。ところが与党に相談した結果、これが実を結ばなかったと解釈してよろしゅうございますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 ひとり与党ばかりではございませんけれども、与党の方にもこの話はいたしたいと思います。

受田新吉日本社会党

○受田委員 与党の方にも話した、その結果——与党以外にはとういうところへ相談されたのですか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 私は詳細ないきさつは承知いたしておりません。

受田新吉日本社会党

○受田委員 そうしますと、これは官房長官にまたあとでお尋ねすることにいたしまして、与えられた時間もないことでございますし、あなたも昼から御用があるようでございますが、あなたは五月三日を変更する必要がない、将来あなた方の政党の立場で憲法を改正されるとしても、五月三日は変える必要はないとするならば、この憲法の記念式典を十年、二十年、三十年とそのつど行なって国民に十分趣旨を徹底せしむるというやり方が筋としては通るあり方ではないか、かように思うのでございますが、原則的にはそれをお認めになりますか。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 何年で区切るのが適当かはいろいろ御意見もあろうと思います。今お話しになりましたように、適当な時期に国民全部がこぞってさような式典をやるというふうなことは、私は決して反対ではございません。

受田新吉日本社会党

○受田委員 それでは終ります。

相川勝六自由民主党

○相川委員長 まことに恐縮でございますが、なるべく要点と、それから前質問者にダブらないように一つ御質問をお願いいたします。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 もとに戻りまして質問を続行いたしたいと思います。先ほど私が大臣に質疑をいたしまして御所見を承わりましたことは、今度出て参りました法案の一番大きな理由が、愛国心を養うというところに置かれておる点であったわけであります。そこで愛国心にいたしましても、先ほど戦前と戦後の今日というものは、おのずから愛国心の本質というものは異ならなければならないということを私は指摘申し上げたのでありますが、たまたま大臣から、やはり今日の愛国心というものは、あの激しかった戦争の犠牲の上に立ったところの愛国心でなければならない、こういうような御答弁を承わったわけでありまして、私ども全く同感であります。今度法案を提案されました提案者の趣旨説明の中には、明治、大正、昭和の三代にわたって、すでに七十余年の長い間、国家の三大節の一つである紀元節として国をあげて祝われてきた伝統、抜きがたい国民の愛着を持った日である云々というようなことが示されておるわけであります。今日の愛国心というものはあの激しかった戦争の犠牲の上に立った愛国心でなければならぬといたしますならば、今日まで三代にわたり、七十年の長きにわたって行われましたこの伝統というものにつきましては、今日におきましては一つの反省をいたさなければならぬというふうに私は理解して参るわけであります。そこでもう一度大臣とあわせて提案者に対して質問申し上げまして、御所見を承わりたいと思います点は、この七十余年にわたりました伝統を尊重するということが、今日の時勢におきます愛国心、国を愛する心々養います点に適応するかどうか、この点はきわめて重要な点だと思います。そこでこれは大臣とあわせて提案者に対しまして御所見を承わっておきたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 私はこの案件につきまして考えます場合に、問題を二つに分けて考えてみる必要があると思います。一つは、かような趣旨の記念日といいますか、これを設ける必要があるかないかという問題であります。これは先ほど来お話を伺っておりますと、社会党の皆さん方も、国を思い、国を愛する心を養う日を設けることには御異存がないように私は思うのであります。その点についてはほとんど与野党の諸君の御意見も一致しておるかのように実は私伺ったのであります。  そうしますと、その点はまず問題なしといたしまして、それではいつにするかという、日の問題になってくると思うのであります。これについていろいろ御議論があるように伺ったのでございますが、私といたしましては、先般の文教委員会におきましてお答えを申し上げたこともあると思いますが、従来の二月十一日をもってその日として何ら差しつかえはないじゃありませんかということを、実は私申し上げたように思うのであります。この二月十一日が一体学術的に見てどうなのかという議論をすると果しのない議論だろうと思います。おそらく議論は尽きたいと思うのでありますが、日本のような歴史を持っておる国が、正確にいついつに国が始まったというふうなことをきめることはおよそ不可能であります。結局国民の多数の諸君がこれをどう考えるか、また国民の気分が一体どこに向いておるかというようなことで御判断を願う以外にはないと私は思うのであります。さような意味合いにおきまして、これは私の考えでございますけれども、従前からございました二月十一日というものをとって別に差しつかえがない、それによって非常に妙なことになるというふうな御懸念は少し御心配が過ぎるんじゃなかろうかというふうに私は思うのであります。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員 提案者として申し上げますが、大体文部大臣からお答えになったことと同感でございまするが、ただ私どもはこの紀元節というものが非常に誤まった解釈をつけられて、軍国主義、侵略主義に結びつけられたことが非常に遺憾なのであります。と申しますことは、神武天皇が橿原宮で一月一日に御即位になりまする三年前にみことのりを出されておりまするが、その一節には「夫れ大人の制を立つ、義必ず時に随う。苟くも民に利有らば、何ぞ聖造に妨はむ。」これは「義必ず時に随う。」で時勢がだんだん違ってきておりまするから、そういう意味でその時代に応じたまつりごとをしなければならぬ。それからもう一つは「民に利有らば」、これは人民の利益を中心にしてまつりごとをする、これはほんとうに平和主義、民主主義のことであります。この気持がやはり紀元節のほんとうの意味なんです。私はその意味が誤まり伝えられたので、この際そういう点をはっきりして、明治以来の日本の紀元というものはそういう意味において祭られておるということを国民に知らしめて、ほんとうに今の時代に応じた国民の愛国心を養っていきたい、こういうことなんであります。

相川勝六自由民主党

○相川委員長 ちょっと申し上げますが、大臣が十二時半までしかおりませんからそのつもりで……。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 ただいまの御答弁を承わっておりますと、私ども納得のいかない点があるわけでございます。と申し上げますのは、先ほど私が御指摘申し上げましたのは、七十年の伝統、歴史ということでございます。要するに紀元節の持って参りました伝統と歴史ということであります。そこでいろいろ先ほど提案者の方から御説明もあったわけでございますけれども、しかしながらその伝統、歴史というものは今日から振り返ってみますと、少くとも軍国主義のために使われてきたということが伝統であり歴史であったというふうに考えて参るわけでございます。それで先ほど提案者の方からいろいろりっぼな御説明があったわけでございますけれども、しかし現実の問題としては、この七十年間の歴史と伝統というものは軍国主義のために利用されてきた、これが私は伝統であり歴史であるというふうに理解して参るわけでございます。そういたしますとそういった伝統と歴史を再び今度の建国祝日に生かすということになりますならば、私は非常に大きな問題となるということを御指摘申し上げたわけでございますので、もしこの提案理由の趣旨説明というものが、そういう趣旨での説明ではないというふうにおっしゃるならば別でございますけれども、少くとも私どもの手元に配られております提案理由説明書によりますると、そういった印象を強く受けて参るわけでございます。  なおまたこれは、先ほどの提案者の説明と大臣の御説明と若干の相違があるというふうな印象を受けて参ったわけでございますが、その点に対しましてどうお考えになっておるか。と申し上げますのは、これは佐藤委員の質疑応答の中でいろいろお答えになっておったようでございますが、やはり歴史的な事実というものが一部学者の間には異論はあるけれども、大部分の学者はやはり二月十一日というものを認めておるかのごとき印象のある御発言が提案者から申し述べられたようでございます。ところがただいま大臣の御答弁を承わっておりますると、二月十一日がいいか悪いかということについては全く議論が多いところであって、もし議論をしたならば尽きるところを知らぬだろう、このことは言葉をかえて申し上げますると、二月十一日ということについては、学者の間でも非常に議論が多いということを示しておるというふうに、私どもは理解して参るわけでございます。そこで提案者の方では、大部分の歴史的事実に基いてやるのだといい、一方大臣からの御答弁を承わりますと、この二月十一日の是非については、学者の間でもいろいろ議論がある。おそらく議論をさせるならばその議論というものは尽きないであろうというような御説明があったわけであります。これにつきまして多少提案者と大臣の間では意見というか思想の不統一というものがあると思いますが、その点につきまして御異論ないかどうか。これは後ほど伝統というものにつきまして、若干質疑をいたしたいと思う点がございますので、ここで一つ明らかにしておいていただきたいと思います。

灘尾弘吉自由民主党文部大臣

○灘尾国務大臣 私が先ほどお答え申し上げました趣旨は、日本の起源の日がいつであるかということを学術的に決定するということは、これはいろいろ議論が尽きないであろうということを申し上げたわけでございます。この起源を二月十一日にした方がよろしいじゃないかというような意見の裏づけとして、提案者が言われたことに対して決して反対するものでも何でもございません。

小川半次自由民主党

○小川半次君 前段の御質問にお答えしますが、明治以来七十年の古い祝祭日の、その歴史過程において軍国主義に紀元節が利用されてきたということでございますが、これは先ほど私が申し上げましたように、昭和の後期に至りごく一部の右翼主義者はこれを勝手に利用したかわかりませんが、紀元節そのものは、軍国主義と結んだものでもございませんし、私はそれに利用されたものとは考えておりません。それからあなたは二月十一日は非常に根拠が薄いといっておられるわけですが、ただいま大臣も申されたように、二千六百何十年も前のことであるから、果して何月幾日の何時に日本が建国の宣言をしたものであるかということを調べることは、なかなか困難なことであるということももっともでございまするが、しかしやはり古事記とか日本書紀に一応表われている以上は、私はやはり日本の過去、日本の歴史というものあるいは日本の文献というものを尊重しなければ、日本の国民みずからが自分たちの過去を否定し、日本の過去の歴史を否定するということは、私は国民として忍ぶことができぬだろうと思うのです。御承知のように、これはだれの説もみな同様でございまするが、この日本の国土に六、七千年も前から日本国民が住んでおったということは、これは明らかになっております。そこで六、七千年も前から日本の国土に日本民族が住んでおった以上は、二千六百十何年も前に建国が宣言されたということは、これは私はさほど不思議なことでもないと思うのです。これはすでに皆さんも御承知でしょうが、韓国は四千二百七十六年の建国の起源を明らかにしておりまするが、その邦国と日本はわずか数時間で海上を渡れる国でございまして、少くとも日本から数時間で渡れる国において、やはり四千何年も前に建国ができている以上は、そういう周囲の歴史というものをたどってみても、二千六百十何年に日本が建国を行なったということも、決して私はここで否定することもできないし、不思議なことでもないと思う。私たちはこういうふうな考えも持っているということを、あわせてお答え申し上げます。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 たとえば日本の国家というものは非常に古いというようなことで、韓国の例を取り上げて、ここで御説明になったわけでございますが、しかしながら、私どもは日本の国会でございますから、日本の国体というものが、どうであったというようなことを中心として、論議を進めておるわけでございます。そこで二千六百年であったか、あるいは二千七百年であったかということを、私どもはいろいろ申し上げませんけれども、ただ問題は、この二月十一日という設定の基礎というものが、今日までいろいろ国民の間に批判があった。そういったところに、今日私どもがいろいろ論議をする非常に大きな理由があるわけでございます。二千六百年であろうが、二千七百年であろうが、そういうことを私ども関知するわけではございませんけれども、ただ問題は二月十一日に設定するかどうかということについて、論議をかわしておるわけでございます。  そこで私どもさらに御質問申し上げておきたいと思いますのは、少くとも今日の民主主義的な教育のもとでは、この二月十一日の紀元節というものが正しかったかどうかということにつきましては、新しい見解が出ておるというふうに、私は考えておるわけでございます。今日新しい民主主義のもとにおける教育におきましては、やはり二月十一日というものの根拠がなかった。歴史的な、科学的な根拠がなかった二月十一日ということについては、そういった新しい教育が行われておるのが、今日の現状でございます。ところが今日国会で二月十一日がやはり正しいのだというふうな提案者の御説明りような——大臣の説明は別といたしまして、提案者の御説明のようなことで、二月十一日が設定されるということになりますと、現在行われておる教育というものが、一つの誤謬を犯しておるというふうに相なるかとも思うわけでございますが、その点いかがでありますか。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員 紀元を定めることは、歴史家がいわゆる時の流れで、初めなき初めから終りなき終りまで続いておるときに、やはり一つのエポツクを限ってやるのでありまして、シリアのヘジラの紀元でもそうであります。西暦の紀元でもそういうことなんであります。そこで日本の正史であります日本書紀に、辛酉の正月元日に即位なさった、こういうことが出ておるわけでありましてこれに対しましては、いろいろ学者の間で意見があります。那珂先生の意見が非常に重要視されて参っておりますが、しかしそれに対しましても反対の議論があり、これでもってまだ那珂博士の説を信ずる人が多いですけれども、近ごろの新しい歴史学の中に、まだ反駁が出ていないのであります。そこで少くとも日本の歴史がそういうふうに信ぜられてきておるわけでありますから、その学者のそれが誤りであるかどうかというはっきりした結論が出ますまでは、今まで日本の伝統として伝えられてきたった二月十一日、これは旧暦から新暦に換算したわけでありますから、私はその点においては間違いないと思うのでありますが、その日を指定することが、私は一番自然であり、無理のないところだと思っておるわけであります。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 ただいま御説明いただきましたように、提案者は提案者としての、いろいろ御答弁いただきます根拠があると思いますし、私どもは私どもの立場から、いろいろその根拠に対しましては疑問を持っておる。そこでこの問題は大臣も御指摘がありましたように、二月十一日が正しいのかどうかということにつきましては、私どもは議論の余地が相当残されておると思うわけであります。そこで私どもが考えなければならぬのは、先ほども御指摘申し上げましたように、この建国祝祭日というものは、国民すべてが法律でお祝い申し上げる祝祭日でございます。そこで今日のような個人的なお祝いではないわけでございますから、たとえばクリスマスというようなことは、これはクリスチャンがお祝いしようが、あるいはまたわれわれがお祝いすまいが、そういったことは個人の信仰なり宗教によってお祝いするわけでございますから、そういった点については異論はないと思います。しかし少くとも九千万国民が、すべてお祝いしなければならぬということでございますから、単にクリスマスのように個人的なお祝いとはちょっと趣きが異なっておるというふうに私は考えて参るわけでございます。そこでやはりそういった法律で規制してお祝いしようという祝祭日である以上は、国民のすべてとは申しませんけれども、国民の大多数というものが納得するものでなければならぬ。ところが今日私ども反対でございます。もちろん、建国日を設定するについては根本的には反対ではございませんけれども、ただ二月十一日にはいろいろ異論があるわけでございます。そういった形で二月十一日を必ず設定しなければならぬのかどうか。そこに私どもが大きな疑問を持つわけでございますし、なおまたその点を激しく皆様方に御指摘申し上げる理由もそこにあるわけでございます。そこでただいま申し上げますように、いい悪いはお互いに見解の相違でございますから、その点は別といたしましても、そういった多数の異論がある。異論がある日をぜひとも無理やりに設定しなければならぬのかどうか。この点に対します御所見を伺っておきたいと思います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 お答えいたします。あなたは多数の異論があるとおっしゃいますが、先ほどからたびたび申し上げますように、戦後世論調査の結果、二月十一日を建国の記念の日と定めてほしいという国民の意見が年々上昇してきているのです。こういう点を考えてみますときに、私はやはり国民の気持を率直に受け入れて、二月十一日を建国の記念日と定めることが最も妥当である、こういう考えを持っておるのでございます。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 率直に申し上げますと、私ども社会党あるいは社会党を支持していただきます国民の大部分の方々は、これは同様だろうと思うのです。提案者の御説明によりますと、一部の国民が反対しておる、大部分の国民というものが賛成をしておる。それはもちろん二月十一日の点でございます。ところが、これは機械的な発言かもわかりませんけれども、少くとも私ども、あるいは私どもを中心とする勢力というものは反対である。これは否定することはできない。そういった点を見て参りますと、こういった反対勢力というものがほんの国民の一部分であるかどうかということに、やはり大きな異論がある。少くともそういったことは一応考えられるわけでございます。そういった点もやはり無視してやらなければならぬかどうか、この点について御答弁を願います。

相川勝六自由民主党

○相川委員長 文部大臣は所用のため退席しますから、御了承願います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 河野さんのお考えはあまりにも機械的じゃないかと思うのです。選挙の際に、社会党を支持した人でも、必ずしも二月十一日を建国の記念日と定めることに反対であるとは私は考えておらないのです。たとえば世論調査の場合、社会党を支持するパーセンテージが四〇%も四五%も出る場合があります。それでも建国の記念日に対する世論調査の場合は、やはり八〇%近く現われておる。こういう点を見ても、これは選挙の際に社会党を支持したからその人たちがすべて二月十一日を建国記念日とすることに反対するという結論には必ずしもならぬ、私はこのように見ておるのでございます。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 ただいまの提案者の御答弁については私たちは私たちの立場から納得いかぬ。と申し上げますのは、選挙では自民党に投票した人でも、やはりこの紀元節を二月十一日に制定することは反対だというふうな考え方の方もたくさんあるだろうと思うのです。その点はお互いにいろいろの立場があるわけでございますから、必ずしも提案者の言われる通りには相ならぬと思うわけでございます。その点は一つそのように御理解願いたいと思うわけであります。それから先ほど私が引き続きまして伝統と歴史といった点を御指摘申し上げたわけでございますが、なぜそういった点を御指摘申し上げたかと申しますと、これはやはり伝統と歴史というものを無批判的に受け継いで参りますと、きわめて大きな誤謬を犯していくという点を私は御指摘申し上げたい、そういう意味で伝統、歴史という点を御提示申し上げたわけでございます。と申し上げますのは、たとえば一例でございますけれども、もし、私の立場からは不幸でありますが、あなた方の立場からは幸いでございましょうけれども、今度の法案が国会を通過するといたします。そういたしますと、そういった式典が今後国民の中で行われるということになるわけでございますが、私ども子供のころ、よく紀元節式典におきましては、提案者も御承知だと思いますけれども、雲にそびゆる高千穂の、高ねおろしに云々という歌を歌わせられて参りました。これも長い間歌って参りましたから、私どもも一つの伝統だと思います。ところが先ほどから、今日の紀元節というものが軍国主義あるいはまた軍国主義の上に立って天皇制が成り立って参ったわけでありますから、そういった天皇制というような問題が関係なかったような御発言もあったようでございますけれども、しかしながら少くとも私どもはもとの紀元節の祝祭日に強制的に歌わせられて参りましたところの、雲にそびゆる高千穂の、高ねおろしに云々というような歌の内容を検討して参りますと、この内容というものは明らかに主権在民の今日からはまことに問題の多い歌であったというふうに考えて参りますし、ある意味におきましてはこの歌の内容というものは天皇絶対賛美の歌であったというふうな理解も出て参るわけでございます。  そこで七十年の伝統と歴史——私はこの伝統と歴史についてはやはり戦争の犠牲の上に立った今日におきましては、反省しなければならぬ、たといそれを一部の者が利用したといたしましても、利用されたという歴史についてはやはり反省しなければならぬというようなことを御指摘申し上げて参ったわけでございます。そういった点、伝統や歴史というものを無批判的にやって参りますと、やはりそういった雲にそびゆる高千穂の、というふうな歌がおのずから歌われてくる、そういう歌はまた再び軍国主義を復活せしめ、あるいは天皇制というものを復活せしめていく、そういうようなことにだんだん発展していく、このことを私は今日必ずしも否定できないと思いまするし、この心配というものはやはり今日の紀元節は別といたしましても、自民党の中にも今後やはり軍国主義の復活、天皇制の復活ということにつきましては、いろいろ御心配になっておる向きもあると存じます。そういった点を考えて参りますと、無批判的にこの紀元節というものを、建国祝祭日というものを設定するということは、非常に大きな問題を今後残していくというふうに考えるわけでございますが、このような点いかがお考えでございますか、一つ率直な御所見を承わりたいと存じます。

小川半次自由民主党

○小川半次君 将来の御心配はやはり今後の為政者あるいは政治家に待つことであって、その政治が正しきを得て、そして国民の良識に従って、過去にもし紀元節が利用されたということであれば、将来は利用されないように、政治家が努めていかなければならぬと思うのです。また国民もそういう良識を持っていくであろうということを私たちは確信しております。

相川勝六自由民主党

○相川委員長 大体今両党の間で相談しまして、本会議までずっと継続するごとにいたしますから、皆さん方できるだけ時間の割り振りをよくお考え下さってお願いしたいと思います。そのつもりで御質問を有効にやって下さい。

稻村隆一日本社会党

○稻村委員 関連して……。先ほど河野さんの御質問に対して纐纈先生が答えられたことで、ちょっとこの前私と纐纈さんと話し合った問題について解決したいと思うのでお尋ねするのですが、纐纈先生の古代史の研究には私ども非常に敬服しているのです。ただ十一日を建国記念日にされるという主張の根拠を日本書紀の辛酉の年である、神武の即位が辛酉の年である、こういう日本書紀の主張、これはここで議論しても仕方がありません。これは間違っておるのですよ。これはこの前私が申し上げた通り要するに中国に辛酉の年には天地の異変があるという思想があった。迷信哲学があった。日本書紀の編さん者がその思想を持ってきたことは明瞭なのですよ。これは論争すれば何日でも論争できると思うが、時間がありませんから申しません。それをあなたは日本書紀の辛酉の年が神武の即位の年であるという根拠をどこに置かれるのですか。これをもう一度お聞かせ願いたい。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員 辛酉の年という問題の起ったことは、あとから繊緯説の辛酉革命説がもとになって、そういうふうに逆算してきた、こういうことなのです。そこで私どもの承知しておるところでは古事記あるいは日本書紀が作られた当時には、繊緯説という迷信が日本にはまだほとんど行われておらなかった。これが行われたのは大体室町時代のようでありまして、那珂博士はその当時あらゆる学者が信用しておったということを書いて、辛酉革命説が誤まりだということをいっておられるわけであります。そういうシナの議論が日本に伝わってくる三百年前にすでに日本でこの歴史が編さんされたのでありまして、当時の状況は、稻村先生も非常に古代史等を研究しておられますから御承知でございましょうが、部落部落の間の争いというものをやって、今からいえば一つの革命というか何というか、どこにもそういうことがあったわけでありまして、特にシナ等ではそういうことがしばしば行われておったし、日本でもおそらく各地で部落の間の多少の争いはあったと思うわけであります。従ってたまたま辛酉の年にそういうことがあったということもありましょうが、日本の、歴史を調べてみましてもこの辛酉の年に必ず革命があるという説なのです。ほとんど革命的の政変あるいは庚申の年には政変があるということはありますが、日本の天皇がおかわりになったことを見ましても、辛酉の年に必ず天皇がかわられたということは必ずしもありません。また庚申の年に政変があった、こういうようなことも、一、二度あったようでありますが、必ずしもそのときにはなかっということの事実から見ましても繊緯説による辛酉革命説というものは、神武天皇が即位された辛酉の年に、そういうことで考えられたということには私はならぬと思う。ことに一蔀二十一元ですか、千二百六十年をそれから逆算して持っていった、こういうことでありますが、この一蔀の問題についても二十一元あるいは二十二元を唱える説もありまして、これなんかもほんとうに学問的に練れば根拠のない問題であります。従いまして私はこの日本の正史である日本書紀に辛酉・庚申の朔というふうに日と年とが出ておるわけでありまするから、そういう意味からこう逆算して参りまして二月十一日はまず根拠がある日と見ていい、こういうふうに私は考えておるのであります。

稻村隆一日本社会党

○稻村委員 これ以上私議論いたしませんが、これはこの前申し上げたように日本書紀、古事記は重要な文献であるということを私どもはしよっちゅう申し上げておるのですが、あのときにできた歴史などというものが完全無欠なんてことはあり得ない。どんな学問だってそうです。今だってそうです。完全無欠なんてことはあり得ないからだんだんあとで訂正するのです。そういう意味で日本書紀なんてものは、それはだれが考えたって常識上、歴史学者でなくたって今日史学が進歩しているから半分以上はこれは訂正しなければならぬのですよ。そこで日本書紀の時代で、文字もない、暦もない時代の二千数百年前の神武の即位の年が辛酉の年であるなんてどうしてわかるんですか。わかるはずがないじゃありませんか。これはやはり明瞭に日本書紀の編さん者がでたらめを書いたものですよ。どうしてそんなことわかりますか。どうしてあなた旧暦を新暦に換算するのですか。第一あなた暦ができた時代はいつですか。暦のできた時代というものはあなたずっとあとですよ。それをどうして換算するんです。私はこういうことに一々けちをつけるのじゃない、けちをつけるのじゃないのだが、これは学者でも政治家でも同じであるが、いやしくもこういう問題のときには真実を基礎として、少くとも日本の暦史の名誉のために正しい歴史を——われわれは子供じゃないのですから、昔のようなもうまいな時代の、半分野蛮人のような時代じゃないのですから、文化人なんだから正しく訂正するのが当然であるのに、無理に幼稚な時代の史学の——これは全部は否定しませんよ。これは当時としては最大の天才の所産ですよ。しかし現代から見れば、現代ではあのくらいのことはだれでも書けるんです。そういうものを何であなた方が固執されて、そしてそれを基礎として国民の祝い日としなければならぬかと言うのです。私はだから言うのです。私は決して建国の記念日に反対するのじゃありませんよ。だから文献として現実にあるものがあるじゃないかと私は言うのだ。伊勢神宮というりっぱなものがあるじゃないか。世界の文化的最高水準のものがあるじゃないか。それを分析究明していけと言うんです。そうすれば古い時代のいろいろなことがわかるから、そうして日本の祖先の作った偉大な文化を永遠に記念することが必要だからそうしたものを記念しろと言うんだ。そうすれば現にあるのだから間違いない。今実証すべき何ものもなくてただ日本書紀というものだけを持ってきてそうしてその日を日本民族の最も重要な建国記念日にどうしてもしなければならぬという考えは、これは私ははなはだ失礼な言ではあるが、聡明なあなた方がそんな幼稚なことを考えているはずがないと思う。ただこれを何らかの政治的な意図に利用しょうとしておるのではないか。憲法改正とそれを結びつけて、そうして再び人民主権の憲法から今度はまた憲法と結びつけたところの、日本の国家の力強さを表徴する建国記念日を作って、そうして憲法改正と結びつけるのではないかということを私どもは疑わざるを得ないのです。これはまじめな話、決して私はあげ足とりは申しません。当時の歴史を辛酉の年だとかなんとかわかるはずがない。文字も何もない、しかも暦もないときに旧暦から新暦に換算した、どうしてそんなことができるか。これは八卦以外ないでしょう。何らの科学的根拠はないと思いますが、その点いかがですか。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員 文字のなかった時代にそういうものはなかった、ところが太陽が地球を一周するとかあるいは月が一周する、こういういわゆる太陽あるいは大宝暦というものは昔にもあったわけでありまして、これは相当天文の学から出てきたわけでございます。そういうことですから、いわゆるえとというものはシナからもちろん渡ってきたわけでありますが、自然の運行と申しますか、そういうことについては、古事記等に現われている伝説から見ましても、雲霧説から人間が生まれるまでの間のことは、こまかい点にいけば誤まった点はあるかもしれませんが、今の天文学の根本、コペルニクスの雲霧説ですか、そういうようなものから見ても相当合理的になっておるということを一つ考えて、相当天文的の知識はあの当時もあったのではないか、こういうことが一つ考えられるのであります。  それからもう一つは、逆算がでたらめだというようなお話がありますけれども、還暦は六十年ごとに参るわけなのですから、そうしてまたうるう年が何年あって、そして四百年目には一日それがないとかというようなことも相当行われてきておるわけであります。だから六十年目ごとにその辛酉という年のえとの何が出てくるわけでありますが、それを逆算するわけでありまするから、それには根拠がある。また常識的に考えていいとおっしゃいますが、これが私は非常に危険だと思うのです。これはやはり学者の理論にまかせて、そうして根拠ある学説が定説としてきまりますならば、この二月十一日が間違っているということがはっきりすれば、私どもは二月十一日を変えることについてはやぶさかでないのでありますが、今の学者の研究の程度におきましては、これはなかなか容易に明らかにはならぬのであります。この点は私は学者の研究にまかせて、われわれが論議の以外にしまして、そうして少くとも正史という日本の歴史として今までずっと尊重されてきました日本書紀の記述、記載というものを基準にしていきたい。また今日ではいろいろ関係で古いものがなくなっております。今残っているのが古事記だとか日本書紀というようなものでありますが、文字ができるようになりました場合には、いろいろ伝説とか神話とか、そういうももののいわゆる風土記というようなものが相当あちこちにあったようでありますけれども、そういうものは今散逸したりして、ほとんど残っていないというようなことで、幸いにして古事記、日本書紀、いわゆる記紀というものが今日まで伝わってきておるわけでありますから、やはりそうした文献を一応私どもは信用するということは、そう無理なことでないというふうに私は考えておるわけであります。

稻村隆一日本社会党

○稻村委員 こうしたばかばかしい議論をいつまでもやっていれば限りがないと思うのでありますが、しかし常識上考えて文字のない時代の言い伝えによる天文学だとか暦学なんというものは絶対にこれは信用をおけません。だれが考えたって信用できません。それは一つの参考にはなるんですよ。古代人がそういうことを言った、その中から何か真実のものをつかめるという点で多少の参考にはなるけれども、そのようなものをもって神武の紀元が二千六百十七年前の辛酉の年であるということを考えること自体が私は実におかしな話だと思うのです。むろんそれはいろいろ言われれば何でも言われるでしょう。けれども私は少くとも自民党という大政党が、こういうふうな事実を科学的な分析解明もしない、あるいは調査もしないで、専門家の意見も聞かない、聞かれたというけれども、小川先生のお話を聞いても実際は聞かれておらない。それからまた纐纈先生も私どもがとても及ばないほど古代史を調べておられるけれども、この日本書紀の実に初歩的な、だれが見ても——誤まりはないとおっしゃるけれども、言い伝えの天文学とか、太陽暦とか暦によってそれを真実であるとして二千六百十七年前の二月十一日などということは、これはだれが考えても筋が通らぬ。少くとも現代人は、野蛮時代なら別だけれども、こういうことを大政党である自民党が——むろんわれわれと立場は違ったって差しつかえありません。政党が違えば思想も違うでしょう、政治的な意見も違うでしょう。しかしもう少し性急に考えないで、科学的な根拠によって調査をして、専門家の多くの意見を聞いて、むろんあなた方は多くの意見を聞かれたと言うけれども、そういう意見を言われる方は、別に歴史の研究をされたわけでもないでしょうし、ただ感情的に言うのでする私はその感情は真実だと思うのです。しかしこれをきめる政治家とか学者とかいうふうな者は重大な責任がありますよ。少くとも日本歴史を正しく解釈して、日本歴史を正しく直してやらなければ笑われますよ。その点あなた方に対して私は十分なる御反省をお願いしたいと思うのです。無理にこれを通す必要はないじゃないですか。早急にきめる必要はない。何も一カ月や二カ月の問題でない。今考古学や民俗学や土俗学などというものが非常に発達しているのですから、そいうふうなものを駆使して日本歴史を訂正すれば実に正しく訂正されたものができるのです。幾らでも文献があるじゃないですか。そういうものによって日本の文明を、とにかく人類最高の古代文化を持っているのだから、その文明を正しく伝えることができるじゃありませんか。神武東征というふうなこと、あるいは橿原の即位などという話は、これは何度も繰り返しますが、日本書紀の編さん者が、当時帝王とか皇帝とかいうふうなものの軍事的な成功を一つの物語として日本歴史に織り込もうとした創作なんです。多少の根拠はあるでしょうが、その根拠のあるところに、中国の英雄、豪傑の歴史を持ってきて作ったという疑いが濃厚たんですが、それも検討してやられたらいいのではないかと思う。言い伝えの天文学とか暦によって建国の記念日をきめるということははなはだ危険千万だと思う。

小川半次自由民主党

○小川半次君 お答えいたします。文字のなかった時代でもやはり私は学問というものがあったと思うのです。文字がないからといって学問が全然ないということは私はあり得ないことだと思う。そこで文字のなかった時代は、結局子孫から子孫に言い伝えていくことが文字のかわりをなすものであって、そのこと自体をも、文字がなかったからその言い伝え、伝説はでたらめだといって否定し去ることは、それこそ危険なことではないかと思うのです。やはりわれわれの先輩、先覚者が、当時とすれば日本の代表的な学者が編さんしたものをわれわれは一応尊重する、信用する。要するにわれわれの先輩、先覚者、祖先を信用するということにしなければ、われわれの祖先の作ったものはうそだとか、根拠がないということで否定し去ったら、それこそ日本国民が日本の祖先そのものを否定しなければならぬようになってくるのです。私は信用の問題だと思うのです。あなたは信用しないとおっしゃるけれども、われわれは日本の先覚者を信用しているのですから、そこに根本から意見の相違があるのです。

稻村隆一日本社会党

○稻村委員 全然小川先生のお話は的はずれであります。私が言っておるじゃありませんか。日本の先祖の偉大な業績には信用と尊敬を持ちますが、昔の人の書いたものは、一応理解と信用を持って読むけれども、人間の書いたものには間違いが多いのです。特に史学の進歩しない時代には、今よりも間違いだらけであります。そういう間違いを訂正しないでそのまま信用したら、人類の社会に進歩はありませんよ。われわれはいつまでももうまいと野蛮の時代に彷徨しなければならぬ。われわれの祖先がこれだけの偉大な文明を築くことができたのは、そういうものを始終究明し検討していったからであります。あなたの言うことは、昔の言うことは全部信用しろ、昔は幽霊が出たから幽霊物語だからそれをそのまま信用しろ、キツネ、タヌキが化かしたのだから信用しろというようなことと同じですよ。それも信用しろというのですか。歴史というものは真実も多いがうそも多いことはだれも知っておることです。実際の話がそういうことはあり得ることです。私は、われわれの祖先のやったことは信用いたしますし尊敬いたします。これは絶対ですよ。先祖があるからわれわれはいばっておれるんですよ。そのことは信用いたしますけれども、しかし不正確な歴史を正さずして、あなた方が建国記念日を無理に作ろうというようなことは、感情に走り過ぎておるのじゃないかということを私は言うんですよ。もうこれ以上あなたと議論いたしません。やめます。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 質問を続けて参りたいと思いますが、先ほどからいろいろと二月十一日の紀元節につきまして議論が出て参りましたことは御承知の通りであります。そこで私どもの立場から申し上げるならば、非常に多数の国民と言いたいのでありますが、そういうような反対を押し切ってもしこの法案の通過を強行されるということになりますれば、先ほども申し上げましたように、今日百五十数名の文化人、学者の皆さんが一大国民運動を展開するというようなことを声明しておりますし、私はやはりこれが一つの政治あるいは思想問題に発展していくということを予想いたすわけであります。そこで政治問題、思想問題に発展して参ります。私どものようにおとなで批判力のある国民は別といたしましても、国内には学校の児童、生徒のように批判力のない国民も多数おるということもこれまた御承知の通りでございます。そこで法律に基きましてこの祝祭日が制定されるということになりますれば、学校でどうなるかわかりませんがそういう式典が行われる。ところが私ども批判力のある者は別といたしましても、そういうような批判力のない学童たちは、さっき申し上げたように国民の中には反対、賛成というような声があるわけでありますから、しかもそれが政治あるいは思想上の問題に発展するといたしますならば、学童、生徒たちが結局は思想、政治問題の紛争の渦中に投ぜられるということも起って参ると予想いたすわけでございます。そういうような点について提案者はどのような御所見を持っておられるか一応承わっておきたいと思います。

纐纈彌三自由民主党

○纐纈委員 河野先生は大多数の反対者があるとおっしゃいますが、われわれは世論調査によって八〇%以上の賛成があるということを根拠にしておるわけであります。ことにあなた方の味方であります労働者の方の世論調査の数字を見ますと、八六・八%が賛成なんです。反対の方は一一%。それから教員、学生でも七九・三%が賛成で、二〇%反対。それから若い人で申しますと、二十一才程度のお方のは八六・四%で、反対が一三・六%という数字が出ておるわけです。(「現在やると数字は反対になるよ」と呼ぶ者あり)現在反対だとおっしゃいますが、私はこの間も学生の諸君に聞いてみたんであります。学校では、歴史は大体聖徳太子以後のことをやっておりますが、その歴史の先生が、紀元節なんというものはでたらめだ、こんなものは信用する必要はないんだ、架空のものだということを積極的に教えられておる事実を私は聞いております。そういうようなことで、定説でないものを学校で教えて、そして若い人の考え方が違っておる、こういうことであれば、それこそ曲げられた世論になるのじゃないかというふうに私は考えております。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 ただいまの答弁の中で、労働者あるいは若い青年層の中における世論調査の結果等を御報告相なったわけでございますが、私どもが労働階級あるいはまた青少年の皆さんに接触いたしまして、いろいろ意見を承わって参りますと、少くとも建国祭を設定するということにつきましては、ただいま纐纈先生から御説明のありましたような結果が出てくるかとも考えます。しかし、二月十一日にその日を定めるかどうかにつきましては、私は今日なお非常に大きな問題があるのではなかろうかというふうに、私どもの立場から——それぞれお互いにいろいろ立場がございますから、重ねて追及しようと思いませんけれども、私どもの立場から申し上げますれば、そういった考え方を強く持って参るわけでございます。その点は、おそらく論議いたしましても平行線の域を脱しないと思いますから、重ねて追及はいたしませんが、しかし早急にこの建国祝祭日の設定を成立せしめようというふうな意図であるわけでございますし、また私どもが新聞で拝見いたしますと、金森さんあたりは、国の誕生日を設定して一日ゆっくり休んで考え、あるいはまたお祝いすることもよかろうというふうな談話を発表されておることも承知いたしておるわけでございます。しかしながら、岸総理大臣が今度の談話で発表されております中に、少くとも汚職と暴力と貧乏を追放したいというような声明を発せられたことは、これはすでに御承知の通りでございます。今日総理大臣が自分の施政方針として、貧乏を追放しなければならぬというふうな声明を発せられておりますことは、今日日本の国民経済というものがまだまだ水準に達しておらない、国民の中に貧乏が多い、そこで重点的にこの問題に対する施策を進めていこうというふうなことに相なるかとも考えるわけでございます。金森さんのおっしゃっておりますように、まあゆっくり休んで考えてみようという、そこまで一般の国民というのは生活水準が豊かになっておらないことを、岸総理みずからが声明されておるわけでございます。  そこで、私どもまあ一歩退いて建国日を設定するにいたしましても、もう少し国民の生活にゆとりができて、みずから進んでお祝いしよう——みずから進んでお祝いしょうといたしますならば、やはりある程度精神的な余裕というものができてこなければ、あくせくしておりまして——ことに労働者のごときは、休みになりますと、サラリーマンはけっこうかもわかりませんけれども、非常に程度の低い労働者等になりますと、祝祭日ができると仕事にあぶれてしまう。祝日で仕事ができない。労働者のうち、あるいは失業者のうち、あるいは国民の中にあっては零細な商工業者等も関係するかと思いますが、そういった一部の国民は、祝祭日ができたためにかえって生活が困窮する。提案者は頭をひねっておりますけれども、たとえば労働者たちは、祭日でありますと休むから仕事ができない。あるいは零細商売は、休みのために結局商いが思うようにできない。そういったことは、現実には社会にある現象でございます。サラリーマンあるいは公務員のごときは、祝祭日ができると、金森さんのおっしゃるように、一日ゆっくり休んで考えてみようというようなことも考えるわけでございますけれども、しかしこれは、先ほど私が御指摘申し上げましたように、岸総理大臣みずからが、今日の状態の中では貧乏を追放しなければならぬ、そのためには重点施策をやらなければならぬということを声明せられておりますように、貧乏が多いということでございますから、私はもっと国民生活が安定して、少くとも岸さんがもう貧乏は追放してしまったというようにお考えになります段階において、そういった問題をゆっくり考えていただくということにつきましては、異論ございません。しかし、どうしてもこうしても、押し切ってこの法律を成立させるということにつきましては、私は少くとも自民党の総裁でございます岸さんの精神にも反するのでないかと考えるわけでございますが、この点いかがでございますか。

小川半次自由民主党

○小川半次君 お答えいたします。岸総理の声明とこの建国記念日を設けるということについて河野さんはあまりに飛躍した御意見ではないかと思うのです。われわれの知る範囲におきますと、労働者の方々から、建国の記念日を新たに祝日として設けることに反対だという意見を、全然聞いておらないので、多数の人はやはり休日がほしいということのようでございます。金森先生が申しておられるように、国民はやはりゆっくり休んで、また労働者の方はそれぞれ家庭のいろいろの用件もできるでしょうし、また休んだからといって、他にかせぐ道が全然ふさがれておるというわけでもないのですから、河野さんは労働者の立場を御心配の余り神経を使っておられるようですが、そこまで神経をお使いになるほどのことはないのではないか、このように私たちは考えております。

河野正日本社会党

○河野(正)委員 ただいまの点につきましては、私は零細な国民の立場を考慮して申し上げたのでございまして、実際にはやはり一利一害がある。喜ぶ人もございましょうし、悲しむ人もございましょうし、悔む人もあるわけで、これはそれぞれ国民の立場は違いますから、一がいには言えないと思うわけでございますけれども、時間がございませんから結論を結びたいと思います。今日国の誕生日を持ちたいという考え方——感情と申しますか、そういった点は私どもは否定申し上げませんし、そういった国民世論については何らかこたえなければならぬという責任も、私個人といたしましては考えております。ところが、先ほどからいろいろ論議をいたしましたように、ただ問題は、二月十一日に持つことの是非という点が私は一番大きな問題点となっておるものと考えております。自民党あるいは提案者の方々は、二月十一日が正しい、よろしい、これが国民の世論であるというふうな考えで、ぜひ二月十一日に設定したいという御趣旨のようでございますが、しかしながらそういった設定のあり方につきましては、先ほど申し上げましたように、いろいろ異論がある。これは数の問題、量の問題は別といたしましても、こういう立場をとっておる国民があるということは、これは提案者の方々も全く御否定はできないだろうと考えるわけでございます。  そこで私は最後にお尋ねを申し上げて、提案者の御所信を承わっておきたいと思うわけでございます。いずれにいたしましても、法律に基きます祝祭日でございますから、他の行事と違いましてお祝いでございますから、九千万国民の一人々々が心からお祝いをするということでなければならぬと思うわけでございます。そこで私が申し上げておきたいと思いますことは、こういった国民ひとしくお祝い申し上げなければならぬ祝祭日に対しまして、国民の間に一種の抵抗あるいは摩擦と申しますか、そういった抵抗や摩擦のある日を選ばなければならぬ、そういったことにつきましてはやはり私は一考を要するのじゃないか、これが私が今まで論議いたしました最終的結論でございます。絶対反対というよりも、国民の中にそういった摩擦や抵抗のある日を選ばなければならぬということにつきましては、やはり一考を要する問題ではなかろうか、これが私の結論でございます。そこで、そういった私の結論に対しまする最終的な御所見を承わりまして私の質疑を終りたい、かように考えます。

小川半次自由民主党

○小川半次君 これが実施された場合に相当抵抗があるのじゃないかというお説でございまするが、現在反対している文化人と称されている方々は、あるいは批判されるとは思いますが、しかしこれも私はこれが国会を通った直後とかあるいは一年程度のものであって、自然にその気持が氷解していく一のではないかと思うのです。それは、たとえば現在実施しております新しい祝日を制定いたしましたときも、当時は戦争直後であってしかも天皇が戦犯者として裁かれるかどうかといわれておった大へん動乱期であったのですが、その際天皇誕生日なんてけしからぬことだといって相当批判した人もあったのですが、今日は御承知のように、そういうことは問答無用である、言うに及ばないことであるといって非常に静かになっておりますし、また子供の日を定めたときに、何だ子供の日を作るんだったらおとなの日をなぜ作らないかといって、当時半ばやゆ的にかどうか存じませんが、新聞などにじゃんじゃん投書したり、要するにこの日を心から祝福しないというような反抗的な世論も若干あったようでございますが、御承知のように、今日はすでに何らそのことについて反抗的気分も国民の中には存在しておりません。ですから建国の記念日も、よし二月十一日に実施したとしても、この扱い方そしてそこからくる政治的な動きとかあるいはそういう思想的なものさえなければ、為政者がそれをただ純然たる国民の祝日として祝っていくという純粋な立場をとっていけば、私はだれも国民の中に反抗する者がない、こう確信しております。

相川勝六自由民主党

○相川委員長 長谷川保君。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 だいぶ時間も過ぎておりますし、けきほどの委員長の御注意もありますので、できるだけ簡潔に少しく伺ってみたいと思うのであります。  まず最初に、提案理由の説明書を拝見いたしますと、その結びのところに「独立後、物質的方面の復興は苦しいものがありますが、兵の祖国復興は、国民精神の覚醒、伝統の恢弘によらねばなりません。日本人が、真に日本人としての自覚を持つことこそが喫緊の要務であり、この意味においても、建国記念日の日を祝日とする」こういうようなことが書かれておりますが、先ほど来の河野委員の御質問でもこれに関連して言われておったのでありますが、まず最初に国民精神の覚醒、伝統の恢弘ということをどうお考えになっておるか。結局はここのところに関連いたしまして、社会党側の考え方と提案者側の考え方と相当の開きがあるというように考えられるのでありまして、まずこの国民精神の覚醒、伝統の恢弘ということは具体的にはどういうことにお考えになっておるのか、御説明を願いたいと思うのであります。

小川半次自由民主党

○小川半次君 御承知のように終戦直後、外部からのいろんな思想的な圧力等もありまして、日本の過去のものはすべて間違いであった、当時真相はこうだといって、非常に日本の過去の一切が誤まっていたような風潮が流行していたのであります。それが今日もなお残っておりまして、真実であったものを真実でないかのごとく錯覚している国民などもおりまして、そのことがやはり日本国民としての自党を持つのに非常な障害になっておることも、これまた否定できないことかと思います。そこでやはりこうした日本の歴史というものが古いものである、それで二月十一日を国の紀元の日であるといってわれわれの祖先が祝ってきたのである、こういうことを考えますれば、何か国民の心のかてともなり、そして小さい意味における一つの国を愛するかてともなる、こういうもろもろのものが一つの花言葉と申しますか、あの文章になって表われておる、こう御了解願いたいと思うのであります。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 そういたしますと、いろいろに書かれておりますけれども、御提案のこの建国の祝祭日を作るという目標は、国民に国を愛する心を作らせるということにあるのでございましょうか。

小川半次自由民主党

○小川半次君 そういうことも一つの意味を含んでおります。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 私も、全国民が日本国の存在を喜び、この国を愛し、守り、発展さしていこうと考えることはきわめて必要なことでもあり、当然なことでもあり、また現にそういうものを持っておると思うのでございますけれども、このことを十分に国民に徹底させることについてはもちろん少しの異議もございません。しかし国を愛し、これを喜び、発展さしていく心を厚くするということでございますれば、先ほど来お話のような古い言い伝えと称するもの、ことに先ほど来の稻村君の話にも出て参りましたように、過去のいわゆる正史というようなものは時の為政者によって都合のいいように作られていくものである、従ってその中には多分にうそも入ってくる、物語り的なものも入ってくるということになるのでありまして、私どもといたしましては、日本の国の存在を喜び、これを愛し、守り、発展さしていくということであれば、二月十一日にこだわるということがどうも解せないのであります。その必要はないと思うのでありますが、その点につきましてはどうお思いでしょうか。やはりこの二月十一日にこだわらなければこの趣旨は徹底できないとお考えでしょうか。その他の日でも、もし国民が一致してこれを選ぶという日があれば、その日に変えてもいいのでございましょうか、提案者の御趣旨を伺いたいと思います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 お説のように二月十一日以外に根拠のある日がありますればまことにけっこうなのでございまするが、過去長年にわたって専門家あるいは学者、歴史家等がいろいろ調べましたけれども、やはり二月十一日を除いては根拠のある日がない。もちろん二月十一日も根拠がないという説もありますが、しかしどちらかといえば、やはりこの日が一番根拠があるわけなんです。それは古事記、日本書紀等の文献から割り出したものであると同時に、七十幾年間国民が親しんできたところの、せっかく国民が親しんできたそのものを否定し去って、新しく根拠のない日を制定するに及ばないではないか、こういうところに国民の素朴にして率直な気持が現われているのではないかと思うのでするそれを汲んでわれわれは二月十一日を建国記念日としょう、こういう意図で提案したのでございます。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 今お話のように、七十年間国民がなじんできたというようなお話でございますが、申し上げるまでもなく終戦以来というものはこれは全然考えられてこなかったわけです。ことに終戦後学校に行っておりまする子供たち、小学校や中学校に今おりまする君たちは、全然この日を知らないといってよろしいわけであります。従って私は必ずしも過去七十年国民がこの二月十一日に非常に親しんできたということは、もうすでに過去のものであるというように考えなければならない。つまり私ども明治時代に生まれた者がそれを考えているのでありまして、それ以後の者は大して考えていない。ことに昭和になりまして、昭和の半ば以後の者はもう考えていないのでありまして、新たに詰め込むことになる。どういうわけで二月十一日が国の祝祭日になるかということを、新たに教え込むということになってくるわけでありまして、これは国民が親しんできたという感じを持ちますのは、われわれ明治時代の人間、せいぜい大正時代の人間、過去の者が持つということを考えなければならぬと思います。この際私は国を愛するという立場を、そういう心を国民の中に入れるという意味から申しまして伺っておきたいのでありますけれども、われわれは終戦後日本国憲法、現在の憲法を受けたわけでありますが、私はこの憲法によって日本の国というのは形式的には続いておりまするけれども、質的にはこれは一大飛躍をしたと申しますか、変化したと申しますか、変質したと考えなければならない。申すまでもなく大日本帝国憲法下におきまする、新憲法ができる前の時代というもの、これは立憲君主国とわれわれは教えられてきたのであります。それがどういうことか、厳密な意味ではいろいろ議論がありましょうけれども、立憲君主国としてきた。今日日本の国は申すまでもなく民主主義国です。従いまして敗戦前におきましては、日本の国のいわば元首は天皇、けれども今日におきましては国民が主権者である。国民が主権者でありまして、天皇は主権者じゃないのであります。全く質が違ったのであります。こういうように私は考えるのでありますが、提案者の方々はこの新しい憲法によって、日本の国の質が違ったというようにお考えでしょうか、それともそのまま国が続いているのだとお考えでありましょうか、念のために伺っておきたいのであります。

小川半次自由民主党

○小川半次君 お説のように、新しい憲法によって国民の考え方は確かに違っておると思います。しかしながら国民の考え方が違っておるからといって日本の歴史には何の関係もないのでありまして、歴史は依然として続いております。そうして考え方が変ったからといって、建国の日をまた新たに変えなければならぬということもないわけでございまするから、やはりその国が栄えても滅びても建国の日は建国の日として永遠から永遠にわたって国民はやはりそれに親しみ、祝っていくことが最もいいのではないか、このようにわれわれは考えておるのでございます。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 建国の日というのは、先ほど来から非常に問題になっておるわけでありますけれども、それはともかくといたしまして、私は日本国憲法によって日本は革命されたのだ、こういうように思います。天皇の主権というところから国民の主権になったのでありますから、主権が変ったのであります。革命されたというように考えるのであります。従いまして私はこのとき以来国の歴史は大きく飛躍をしたのでありまして、大きな変化をしたのでありまして、かつての考え方を新しい考え方にはめていくということは、いわば古き皮袋に新しき酒を盛るということでありまして、そこに非常な無理が出てくる。今日お互いの間にこういう議論がかわされておりますことも、また世論がこの問題がいよいよきめられるということがはっきりして参りますと非常に沸き立って参りましたことも、今日のあらゆる社会の問題も、たとえば春闘の問題もみなそういうような傾向のものであろうと思うのであります。従いまして私どもかつての古い者、すでに棺おけに半分足を入れておりまする明治時代の者はこの際よほど敬虐に謙遜にものを考えないとあやまちをする、こう思うのであります。大体今日の日本憲法というものは、もちろん再軍備するかせぬかということにつきましてはお互い大きな問題の開きがございます。しかしながらそのほかのこまかい点につきましては、技術的なこまかい点につきましては、いろいろ改正しなければならぬ点もあるでございましょうけれども、しかし先ほど文部大臣が言われましたように、私はこの日本国憲法の大筋というものは、再軍備の問題を除きましては、これは私は大したものである、世界に誇り得るものであると依然として考えておるのであります。私は日本国憲法制定の国会に議員としておったわけでありますけれども、私はいまなお少しも変らないのであります。この点は提案者の皆さんはどうお考えになっておるか。今の再軍備をする、せぬということは別問題として考えますときに、その他の点におきましては、この憲法は偉大なものである、世界に誇り得るものであると考えるのでありますが、提案者の日本国憲法観を、簡潔でけっこうでございますが、伺いたいと思うのであります。

小川半次自由民主党

○小川半次君 最初に前段の御質問にお答えを申し上げますが、日本は戦争に敗れたのであって、いわば新たに出発する革命である。だから革命記念日ということであればまあ妥当ではないかというようなお説のようでございまするが、これは別個の問題でございまして、革命記念日とするということであるならば、それは別問題であります。しかしそれと建国の日というのはやはり別でございまして、日本が発足したという建国の記念日というものは、これはやはり永遠から永遠へ民族に受け継いでいくべきものではないかと思うのでありまする。ただ戦争に敗れたからといって、それを捨てて革命記念日を何か建国の記念日のようにすりかえるということは、これは国民感情として絶対に私は許されないものだと信じておるのでございます。それから現行憲法でございまするが、これは長所もございまするし、また短所もございます。私も学校を出ましてから、佐々木惣一博士の門下生として憲法に若干専念しておりまして、当時の憲法の委員会におきましても、一応すぐれたる芦法であるという確信のもとに順守して参ったのでございまするが、しかしその後広い視野に立って考えてみるときに、多少将来改正したければならぬ余地もあるように、最近ようやくそういう考え方も生れてきつつあるということを、これは個人的な御質問でございまするから、個人的に申し上げる次第でございます。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 いや、私が伺っておりますのは、再軍備問題はお互いに議論が分れておりますことははっきわしておりますが、それを除きまして、この日本国憲法というものは実にりっぱなものであるというようにお考えになるか。もちろん私は先ほど来申しておりまするように、ごく枝葉の技術的な問題等につきましては、これは改年しなければならぬ点もあるかと思いますが、大筋としましてこの日本国憲法というものが、実に世界に誇り得るものであるとお考えになっておるかどうか、その点をお伺いしておるのであります。

小川半次自由民主党

○小川半次君 日本国憲法はりっぱなものだと信じております。しかし、より以上のっぱなものが日本に作られるのではないかという期待を持っておるものでございます。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 先ほどもお伺いいたしました立憲君主国、天皇主権から民主主義国、国民主権の国になったという点につきましては、これは質が変ったのだと私は申し上げたのであります。いわば革命だ。けれども、革命記念日という名前でやれとは私はもちろん考えませんし、申しもしませんが、しかしとにかく質が変ったのだ、国の質が変ってきているのだ、こういう点はどういうようにお考えでありましょうか。これでいいとお考えになっておりましょうか。先ほども申し上げましたいわゆる帝国憲法が日本国憲法に変った、このことにおいて天皇主権入から国民主権に国の質が変った、立憲君主国から民主国家になった、国民主権になった、こういうように私は考える。それは革命だと私は考えるのでありますが、しかし、かといって、私は革命記念日という名前でこういうものを作れというのではありませんけれども、露骨に言えば革命が行われたのだ、国が変ったのだ、こういうように思うのであります。このことについてはどうお考えになるか、また今日の民主主義国家というものはこれでいいのだ、こういうようにお考えになるか、その点をお伺いしたい。

小川半次自由民主党

○小川半次君 私は一応制度が変ったと見ておりまするが、国そのものは変ったという解釈をとらないのでございます。そして現在の民主主義国家をどう思うかというお尋ねでございますが、これは当然けっこうなことだ、こういう考えを持っております。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 そういたしますと、ほんとうに民主主義国家になったのだ、形式は変らないけれども、質が変ったのだ。小川先生は必ずしもそう言い切るわけではないわけでありますけれども、いずれにしても、今日新憲法は民主憲法としていい、そういう立場は、今日憲法の一番大切な原理として、これがよろしいのであるというお考えであるとしますと、この憲法の上に今日以後の国家というものは立っているのだ、従って今日われわれ国民が互いに日本国民といたしましてこの国を愛し、この国を守っていこうというその国というものは、この憲法の上に立っている。従って、この憲法を発布された日を記念するという社会党の考え方——国のいわば建国の日という言葉はふさわしくないかもしれませんが、とにかく新しい国家、この国を愛し、これを守り、これを発展させていこう、そのために尽そうという心を国民に入れるとするならば、それを国民に十分持ってもらうことがこの提案の御趣旨であるとしますれば、この新しい考え方、新しい憲法の上に立った国を愛し、発展させていくということが、本来の考え方でなければなりません。従って、私はこの憲法を発布された日の方をそういうものとして制定をし、これを祝っていくという方をとるべきだという社会党の主張の方が、どうも正しいように思うのであります。先ほど来いろいろお話もありましたが、歴史的には何と申しましても、文部大臣が言った通り、正確に二月十一日が建国の目だということ——そうでないということも言えませんが、そうであるということも実際学問的には言えません。そうではなくて、むしろ新しい日本国憲法発布の日を選ぶという社会党の主張の方がどうも正しいように思うのでありますが、その点についてやはり依然として二月十一日でなければならぬというお考えでありましょうか。お互いに話し合う場をそこに作ることはできないのでありましょうか。

小川半次自由民主党

○小川半次君 憲法制定の日を祝日と定めて国民が祝うということは私も大賛成でございまして、現に五月三日を憲法記念日として国民あげて祝っておるのでございます。しかし、憲法を制定したその記念日と国が生まれたというその建国の日とはおのずから別でございますから、これはやはり別々に祝うことがより意義がある、このようにわれわれは考えておるのでございます。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 時間もありませんから結論的な御質問を申し上げるといたしまして、どうも先ほど来の議論でも、また内閣委員会のかつての議論でも、御承知のことと思いますけれども、二月十一日の紀元節というこの関連の記憶というのは、実につらいのであります。ちょうどここへ入って参りますと、尾崎咢堂先生の肖像がかかっておる。私の若いころ、「改造」であったと思いますが、尾崎先生が日本歴史を論じられまして、ことに皇室の歴史を論じられたことでついに筆禍事件を起して、尾崎先生は非常に苦しまれたのである。私もその少し後でございますけれども、天皇は人間だといううことを言っただけで不敬罪にかかってほうり込まれてひどい目にあったのであります。こういう非常に苦い記憶がこれに結びつくのでございます。私は国民全体が一緒になって日本の国の存在を祝うということでなければ、こういう種類の祝祭日の意味をなさないと思う。そこで御承知のように、国会の三分の一を占めますわれわれ社会党は、断じて二月十一日は反対だといっておる。皆さん方は二月十一日にやりたいとおっしゃる。けれども、これは数で決すべきものではないと思う。国民全体が一つになってこの国を愛し、この国を守り、この国を発展させるという心を作っていくのでありますから、国民全体が一致した日を選ぶ、少くとも二大政党がまっこうから対立したようなものをその日として設定して、数で押し切っていくというようなことは絶対すべきでない。それでは意味がなくなる。かえって将来の国民の抗争の種を作るようなものである。だからこの日は十分に話し合いをして、さらに時間をかけておのずから決するところに持っていくべきだと私は考えるのでありまするけれども、聞くところによりますと、提案者の御意向では、何とかして、今日これは社会党が反対するならば押し切ってでも可決していきたいというようなふうに風聞に伺うのでございますが、この際そういうことではせっかくの御提案の趣旨は通らないのでありますから、この点は両党が十分話し合いをして、全国民が納得する日がおのずから出てくるまで、このことにつきましては数で押し切らないで、先に延ばして、お互いに率直に話し合うときをさらにさらに持つ、こういうようにすべきであると思いますけれども、提案者におかれましてはどういうお考えでありましょうか、最後にお伺いしておきたいと思います。

小川半次自由民主党

○小川半次君 委員会のことにつきましては、委員長なり委員の各位が御相談されることであって、私はただ提案者の立場から説明を申し上げ、社会党の皆さんの御理解と御賛同を得たいと存じまして、このように委員会で訴えておるのでございます。願わくはぜひ御理解と御賛同を賜わって、これをすみやかに通していただきたいというのが私たち提案者の念願でございます。ただこれは長谷川さんなどはそういう御意思ではないと思うのでありますが、過去におきまして、もうちょっと審議が足りないから、もうちょっと研究が不十分だからという単なる口実のもとに、せっかく通るべき法案が通らなかったという悪例もございますので、もちろん皆様はそういうただ引き延ばすがための口実でいろいろ反対しておられるのではないと思いますけれども、そういうことなども過去においてありましたので、私はこの改正案だけは何とかして皆さんの御賛同を得たい、このこと以外に現在他のことは考えておらないような次第でございます。

長谷川保日本社会党

○長谷川(保)委員 本鈴が鳴りましたので、この際最後に内閣委員長にお礼を申し上げ、またお願いをしたいのでありますが、先ほど来お話を承わっておりますと、本改正秦がもし可決されましたならば、その日を国民に周知させる仕事は文部省でなさるということであります。そういたしますと、私どもの文教委員会の本来の仕事ということになるわけであります。従って私どもは非常な重責を感ずるのであります。ただいまもお聞きの通り、私は御提案の趣旨が全国民が国を愛し、これを守り、これをさらに発展さしていくということを念願してのものであるということが明瞭でございますから、そういう御趣旨でありますれば、私が今るる申し上げたように、さらにこの問題につきましては十分な御討議をされ、両党の話し合いをされ——全国民の率直にしてまた十分な理解を持ち合っての国を愛する心に立っての話し合いの場を十分持たれまして、最後にこれを決定をされるように、今ただ会期末だからといってこれを無理やり押し切ることのないように、文教委員の一人といたしましてまた文教委員長として要望いたしまして、私の質問を終りたいと思います。ありがとうございました。

相川勝六自由民主党

○相川委員長 本連合審査会はこれにて散会いたします。     午後一時四十二分散会

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