内閣委員会 第40号
- 発言数
- 51 件
- 登壇者
- 3 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1957/05/14
会議録
○相川委員長 これより会議を開きます。 国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。高津正道君。
○高津委員 本案の提案者にお尋ねをいたします。一体国民的祭日の一つ、それも建国の記念日を新たに設けるというような大問題の結論を出そうとする場合には、その決定を見たら全国民がそれを支持するかいなかを十分に検討する必要があると思うのであります。二大政党は衆議院の議席の九九・四%を占めているのでございます。御承知のごとく二大政党以外の議員といえば、わずかに三人、すなわち共産党の二人、無所属の小林信一君あるのみであります。かくのごとき重要なる地位と職責とを有する二大政党の一方たる日本社会党が、本案に徹底的に反対するのですから、実施されるに至ってもあるいは国民の相当部分が、この二月十一日の行事を繰り返していると、国民心理を戦争気分に引きずり込むと考えて、国旗を掲揚せざるのみか、この祝日にだけは反感を持つに至りはしないかとも思われるのであります。かくのごとき問題の多い祝日を決定するには、二大政党の同意が必要だと思いますが、一方の政党の多数決で押し切ってもやり通すお考えであるか、まずこの点をお伺いします。
○小川半次君 われわれは社会党の皆さんに御理解と御賛同を得たいと思いまして、本委員会におきまして努めてそのことを申し述べておるのでございます。委員会がこれをどういう方法で通過さすかいなかは、委員諸君なり委員長の配慮にまつことであって、私の権限ではないのでございます。
○高津委員 それをきめるのは委員各位であるといわれるが、そのような重大な地位と職責とを持っておる二大政党の一方が、熱狂的に、ある者は不熱心に結論としては賛成しておられる。そうして一方は足並みそろえて強硬に反対しておる、この事実は明らかなのでありますから、今の賛否のままで多数で押し切られるつもりがあるのかどうか。こういう質問ですよ。もう一度お答えを願いたい。
○小川半次君 同じようなことを繰り返すようですが、われわれは提案者であって、提案の理由を説明し、また質疑のある点はそれを答えるのが私たちの使命でございまして、本案を、委員会を通過さすかいなかということはあなた方委員なり委員長の権限でございまして、私たちの権限ではないのでございます。
○高津委員 それでは角度を変えまして、戦後十余年に及ぶ新教育の成果を眞崎先生初め古い思想の人々は低く評価されますけれども、近ごろの子供の作文などを読むと、伸び伸びと思いのままに表現をしており感心しておるのであります。われわれは固まった頭を持っておりますけれども、近ごろの新教育によってできた子供の頭というものはすばらしい点があるのであります。そして科学的にものを考えるということ、あるいは批判精神を持っておるということは、われわれの子供の時代には全く見られなかったような、すぐれた独創性などを持っておる点を十分認めなければならぬ。その中でも科学的な精神、科学的な態度——このような二月十一日という伝説の日を持ってきて、これを建国記念日なりとしてそれらの次代を背負う人々に投げ与えれば、われわれが今まで習ったことはうそなのかと思って、非常に新しい教育に対して水をぶっかけるようなものであり、またその人々——今は二十三になっておる人も戦後の教育を受けておるし、二十才の青年も戦後の教育を受けておるのでありますが、そのような多くの人々に対して頭の中に混乱を巻き起すに違いないと思うのであります。私はそのように教育された人々はそのままにすくすくと科学的精神で伸びていってくれることを切に望むものでありますが、この科学的な精神、科学的な態度、それを非常に乱して、大人が、しかも政権の座にある、日本の国家を政治しておるような人たちがそういうようなことをやった場合、また昔に返るのだろうか、われわれの習ったこととまるで反対のことを大人はやるのだがというように考え、頭の中に混乱が起きる。科学的な精神に水をぶっかけることになる。そのことは私は間違いないと思うが、提案者においてはそのようなことは小さい問題だとでもお考えになっておるのじゃないでしょうか。
○小川半次君 二月十一日以外の、根拠のない日を建国の日と定めましたならば、国民の頭がより一そう混乱するのでございます。少くとも二月十一日は、たびたび繰り返しておりますが、古事記なり、日本の正史である日本書記を通じて根拠があるということを一応当時の学者が認め、そして七十数年にわたって日本の国民はこれに親しんできたのです。何ら不思議と思わなかったのです。にもかかわらず、全然根拠のない別の日を建国の記念日とするということになれば、それこそ国民の頭が混乱すると思うのでございます。 〔委員長退席、床次委員長代理着席〕
○高津委員 たくさん質問者がありますから、非常に了承できない御答弁であるけれども、私はまた角度を変えて、そこは残しておきますが、保守党におかれましては、完全雇用とか、養老年金制の準備とか、社会保障の充実とか、このような新しそうな呼びかけをなさって、国民は、これは清新な、更生した新しい保守党になるのかもしれないというような、そういう気持を持っておるかもしれません。役員の人事を見ても、三木武夫という人が重要な幹事長の職についておる。いよいよ迷うのでありますが、しかしこのことだけについて言えば、そのようなやり方でいかれるという、その点だけを見ると、保守党というものはプラス点をかせいでいると思うのであります。しかるに裁判の進行上、菅生事件で大へんなことをしでかした戸高巡査部長というようなものが現われてきたり、あるいはまた現内閣の閣僚たる中村法相が、自分が部下に命令して検挙させておるその町のやくざというか、そのようなものの大将に対して、とても大きな花輪を贈って矛盾を暴露する、こういうようなことも出てきております。あるいはまた、従来労働諸法規の解釈上違反として扱われていなかったところの佐賀県の教職員組合の賜暇休暇の運動ですね、それを今日この内閣時代になって、全く新たに——これは国境線上の事件を、今度は国境を改定するという問題ではなしに、今まで慣例上も解釈上もなかったことを、この内閣が、吉田内閣よりも、鳩山内閣よりももっと反動的に労働問題に攻撃をかけてくる、こういうことが現われているのであります。しかも今またここに二月十一日の復活を策せられているのであります。私は二大政党のうち、より大なる方の保守党にも国民の信頼がある程度つながれることは、やはり必要だと思うのであります。その点でこの祝日決定の提案は、ようやくにしてかせぎためられたプラス、あるいはだいぶ高められたらしい信用、それらよきものがこの行動のために一挙になくなると思うのでありますが、このような御反省、このようなお気づきはないか。私はそう思うが、それに対して提案者はどのようにお考えになるか。古い政党だな、いよいよやり出したぞ、こう皆受け取りますが、そんなことは甘んじて受けられるのでありますか。冷静にお考えになるべきときが今来ているのだと私は思います。
○小川半次君 われわれは別に二月十一日を建国の記念日ということに制定したところで、国民はこれを提案した自由民主党に対して、考え方が古いとか、あるいは進歩性がないなどと考えておらぬと思います。またわれわれはそういうことを問題にしているのではないのです。先ほどあなたは、自由民主党は、完全雇用とか、あるいは社会保障政策を立てて、非常に進歩性の一面もあるとおっしゃいましたが、そういう進歩的とか、あるいは古いとか、そういうことと、この二月十一日を建国の記念日にするということとは全然別問題であるのでございます。もしわれわれが二月十一日というものを建国記念日にしようということを、きのうきょう考えたとか思いついたということであれば、これは何か意図あってやってきたなというように考えられるかもしれませんけれども、これは先ほど来申し上げたように、明治、大正、昭和を通じて七十数年間にわたって国民が親しんできた日であり、かつまた終戦後たびたびの世論調査をいたしましたところ、二月十一日を建国の記念日としたいという国民の声の結果が七十数。パーセントも現われているのでございまして、この素朴な国民の気持をわれわれは法律として制定したいという、そこに意図があるのでございます。
○高津委員 統計上世論がそのように高まっておると言われるけれども、統計の読み方は、しろうとの見方もあるし、くろうとの見方もある、それの持っていきようでどんな片寄った答えをも引き出すことができるということはもちろんであり、またこの休日を設けていいか悪いかといえば、現在は資本主義が発達して、サラリーマンの数があまりにも多くなっているので、休日、それはよろしい、何でもよろしいというものが大量にその統計の中に入っている、われわれはそのように考えるのであります。世論は、これらの反動的意図を全部十分に知らせた上で統計をとれば、違ったものになると考えます。だから統計上の数字がこうだからということは理由のないことである、このように考えますが、提案者におかれてはどのようにお考えでしょうか。
○小川半次君 まず世論調査の制度から申し上げますが、これは世界各国で行われておるところの、いわば公式と申しますか、非常に権威のある世論調査の方式を、わが国の各新聞社あるいはNHKがとっているのでありまして、全然根拠のないところの結果が現われるというものじゃないのでございます。そうした世論調査に基きまして、まず建国記念日を設けることを欲するかどうか、これは別に二月十一日というわけじゃなく、要するに建国の記念日を設けることを希望するかという世論調査をいたしましたところ、八四・五%ないし八七・四%が建国の記念日を設けたいという要望でございます。そこでこの結論は今あなたがおっしゃったような、祝日がほしいという気持も入っているかもわかりませんが、ともあれそういう数字が出まして、さらにその人たちが、それじゃ建国の記念日をいつにした方がよろしいかということにつきましては、二月十一日が妥当であるという意見が七四・二%示されておるのでございますから、これはやはり完全なる国民の声が、ここに反映しているとわれわれは見るのでございます。
○高津委員 ここに引用されてある統計を非常に権威あるもののようにおっしゃるけれども、広島では、現在発表しておる放射能のカウント数をあんなに三分の一に発表せずに、正直に発表したらどうかという議論が起っておるのです。それからまたアメリカでは、カウント数を非常に少く発表し、他の国では正直に発表しているというようなことも言われる。それから世論製造のために内閣にいろいろな人々を入れておられる。そうして世論調査を内閣で作られた。その分は権威なしとして商業新聞が扱わない。あれは作為ある数字であるというように思っておるのでありましょう。そうに違いありません。だから統計々々といっても、この場合そういう統計は、それほど根拠がないと私は思うが、統計という何かお墨つきやお札のようなものを持ってくれば、すべてものが通るというようなお話は受け取れないと思うのです。もう一ぺんお答えを願いたい。
○小川半次君 私が先刻申し上げました数字は、これは内閣で発表した数字ではなくして、一般社会の最も公平な言論を扱っておるところの新聞社あるいはNHKの統計の数字を申し上げたのでございます。
○高津委員 私は長い間陰うつであったのでありますが、最近一つ愁眉を開くという以上に、非常に喜ぶべき、誇るべきことを知っておるのであります。昨今これをことに強く感じております。それは何かといえば、日本は昔は綿製品の輸出は世界一である、特攻隊で日本は世界一の兵隊を持っておる、こういうようなことが言われましたが、最近日本が世界をリードしておるという一つの現象が現われております。何かというと、原水爆禁止、徹底した平和運動という点においては、日本が世界をリードしておる。この一点を押していけば、全世界の全人類がみんな日本を多とし、日本に感謝するに至るであろう。これは終戦以来初めて日本の誇るべき世界一である、このように思っておるのでありますが、自由民主党におかれては、また紀元節というものを、二月十一日をかつぎ出してきておられる。眞崎先生の御意見によれば、今のはいわゆる個人的に申されたが、委員会における正式の発言において、次のように言われておるのであります。現在の日本は精神的統一を欠き、日本人か、ロシヤ人か、アメリカ人かわからぬ。それに正しい魂を入れるのに意味があるから、建国記念日をきめようというのだ。これにはそういう意図、そういう思想が入っておる提案であります。私は日本が平和主義でいこうというのに、このようにまた二月十一日をかつぎ出すということは、そんなに後世の歴史によってまで高く評価されるべき世界一の平和の指導権、平和運動の指導権という名誉あるこのことを台なしにするものじゃないか、少くともそれを大いに傷つけるものだと思いますが、もっとも纐纈さんや小川さんは、このことの世界一の価値の高さというものがおわかりいただけるかどうか知らぬが、とにかくこれは大へんな出来事であると思う。この日本の進むべき、そこを握って離さなければ、その綱をつかけえて引っぱれば、世界が動くというような情勢が現われておるのに、日本の二大政党のより大なる保守の方では、この全世界の平和の流れや新しき思想に、ちょうど反対のことをまた日本ではもりもり盛り上げようとしておられるのであります。これに対する提案者のお考えを聞いてみたい。
○小川半次君 原水爆禁止運動の声が国内に盛り上っておるということは、大へん喜ばしいことでございまして、私もそのことについて同感でございます。しかしそれと二月十一日を建国記念日にする、これは全然別個の問題でございます。原水爆禁止運動をやっている者は、二月十一日を建国の記念日と認めることはできぬという根拠はないと私は思っております。それをこじつけて述べられることはちょっと御意見が飛躍してるんじゃないかと思います。
○高津委員 それは平和運動と親類だろうとか、建国記念日というものがそれがくっついたものだろう、こう言えばそれはおかしいけれども、そうじやない。平和運動と対遮的な、まるで真反対なものだろう、それだから矛盾はないか、おかしいじゃないか、いい方の運動の傷になるではないか、不完全な表現ですけれども、そういう質問だから、関連がないどころではない。大きい関連がある。プラス五という数字を書いても、こっちにマイナス五を入れれば消えてなくなるんですから、関連は十分ありますよ。
○小川半次君 高津先生は二月十一日をことさら何か軍国主義にちなんだ日であるという、そういう先入観のもとに御意見を述べておられるから、そういうお説が出るのではないかと思いまするが、私たちはそういう軍国主義に結びついてるとか、そういうことは全然考えておらぬのでございます。先ほど来申し上げますように、日本の国が初めてできた日を記念する、そういう純粋な気持でこの二月十一日を建国の記念日に制定しようというのでございます。
○高津委員 これはまるで軽いプレーン・ソーダのような、何でもない祝日のように今は御説明になったが、しかし二月十一日と過去の日本の指導精神というものとは、切っても切れない関係がある。八紘一宇もそこに重大な関連があるし、神ながらも紀元節に重大な関連があるし、そうしてまた天皇中心主義もきわめて深い関連のある事柄で、二月十一日ということを思えば、すぐにそういうものが浮んでくる。三・一五、四・一六、その数字の中には、官憲が大へんに共産党を断圧したという概念がみな浮んでくるのですよ。二・一一という数字の中には、過去の日本の指導精神、それがこもっておるのであります。単なる数字の中にそういう内容をだれでも受け取る。薄いビニールをはいで見れば——はいで見なくても、中味はわかっておるのであります。眞崎委員の解説によれば、日本人かロシヤ人かわからないような人間にみんななっておるので、それに正しい魂を入れるのにはこれに限る、こういうようにあなたの党の人も言っておられるので、これはそうプレーン・ソーダのようなあっさりしたものじゃないですよ。深い深い意図のこもった、そういう二・一一なんですよ。だからそういう関連がないと言われるが、関連は大いにあるですよ。古い日本を象徴するものが二・一一ですよ。あまりプレーン・ソーダのようにごまかさないように、関連なしというのですか。それを聞いておきたいですね。
○小川半次君 戦争の末期に、日本のごく少数の右翼団体の人が二月十一日を勝手に利用しておったということがございますが、日本の国そのものが、二月十一日をもってこれで軍国主義と結びつくように持っていったとか、そういうことは全然なかったと私は確信しております。
○高津委員 二月十一日を騒いだのは、全く一部の右翼のみであるというが、これも事実を歪曲するものであって、役所が先頭に立って、全国民をこの日に動員して、そうして考えておる思想を全国民に、あるいは全学生にたたき込むためにこの日を大いに利用しておったので、決して一部の右翼だけがこの紀元節を騒いでおったのではない、利用しておったのではない。そのような認識で法案を出されちゃ、小川さんどうも困るのです。一部の右翼の人が利用しておったにすぎないでしょうか。 〔床次委員長代理退席、委員長着 席〕
○小川半次君 古い祝祭日の日には、これは御承知のように二月十一日だけでなくとも、天長節の日でもあるいは春季皇霊祭とか秋季皇霊祭、そういう祭日には、国民がみな門ごとに国旗を立てて祝い、あるいはいろいろ騒いだのでございまして、二月十一日であるからことさら何かぎょうぎょうしいというようなことはなかったと思います。
○高津委員 二月十一日にことさら騒いだことはないと言われるが、一部の右翼は騒いだかもしらぬが、国民は冷静であった、こう言われるのですか。
○小川半次君 いや、冷静であったというのではなくして、一般の祝祭日と同様の意図で祝っておったと、こうお答え申し上げるのでございます。
○高津委員 二・一一は他の祝祭日と違って、高天原の歌も歌えば、天皇の尊厳をも歌えば、そしてこの国はよそのような建国の新しい国ではないのだ、とても古いりっぱな国なんだという、そういうことを吹き込むのに、あらゆる日本の祝日の中でこの分が日本の軍国主義と一番関連が深かったと私は思うが、他にこれ以上のものがあるなら、一つあなたから聞いてみたいと思う。日本の過去の祝日の中でこの分が一番軍国主義的であり、一番超国家主義的である。これ以上のものがあるなら、纐纈さんでも小川さんでもどっちからでも言ってごらんなさい。言えば私はぺしゃんこになるのだから。
○小川半次君 古いものを古いと、国民がそれをたたえ誇りにすることは、決して私は不自然じゃないと思うのです。それを、古い歴史を持っている日本がその古いことを抹殺してしまって、それで別に新しい日をこれが日本の建国の日だときめるという場合は、それこそ国民の反撃があるし、国民は納得しないだろうと思うのです。やはり日本の長き歴史的過程におきまして、二月十一日は日本の建国の日であると国民が信じてきたところのその国民を、私は信頼しなければならぬと思うのです。
○高津委員 審議を進めるためには、質問の要領をちゃんとつかんでとって、それにぴたっと当る答えをしてもらわぬと困るですよ。私が今聞くのはきわめて単純な話で、過去の日本が持っておった祝日の中で、反動性という言葉がいやであるならば、一番超国家主義的なにおいのある祝日が二・一一の分だろう、他にそれ以上のものがあったというならば、あなたまずあげてみなさい。あげられれば私が負けですよ。
○小川半次君 私は二月十一日も、他の祭日の日も、反動的であるとは考えておりません。
○高津委員 反動的という言葉を避けて、国家主義あるいは超国家主義と一番関連の深かった日は紀元節でなかったか、他にあるならばそれを承わりたい。
○小川半次君 今ちょっとうっかりしておりまして、あるいは食い違うかもわかりませんが、他に反動的な日があったかどうかという御質問のようでございますから……。
○高津委員 より以上の……。
○小川半次君 より以上も、またより以上でなくとも、そういう反動的な日があったと私は考えておりません。
○高津委員 他により以上の反動的な祝日がなかったといえば、あなたはこれが一番超国家主義的な日であったということをお認めになるのでしょうか。
○小川半次君 お答えいたします。超国家主義とかそういうことではなくして、ただ普通一般の祝日と同様に二月十一日を考えてきたのでございます。
○高津委員 これを提案なさる際の会議とか、あなた方の頭の中では、十あるものの中の十分の一にすぎないのかもしらぬが、過去の日本において扱われておったその内容、国民の精神的な受け取り方、その日の行事で全国に繰り広げられ、そうしてうたわれるそれらの事柄すべては、過去の国家主義あるいは超国家主義あるいは天皇崇拝、そういうようなことと一番関連の深いのがこの二・一一ではなかったか、イエスとかノーとか言ってもらいたいのです。(笑声)
○小川半次君 過去の日本には天皇崇拝ということは確かにあったことは事実でございます。それと二月十一日は、必ずしも天皇崇拝であるから二月十一日崇拝とか、そういう崇拝とかいうことではなくして、人はそれぞれ自分の先祖を思うのと同様に、やはり日本国民として日本の国の出発の日を知りたい、そういう国民の素朴な感情から建国の記念日というものを求めているというところから、われわれはこの二月十一日を建国の記念日と定めたい、こういう意図でございます。
○高津委員 私が聞いておるのは、あなた方が御提案になる現在の心境とか動機とかいうのではなしに、今は事実調べをやっておるのです。過去の日本の持っておった数多くの祝日の中で、一番国家主義とか天皇崇拝とかいうことに関連の深い祝日、それが二月十一日であったろう、どうですか、そうではないというのですか。私の質問を認めるのですか。
○小川半次君 私はそのようには考えておりません。
○高津委員 それではまたこれは残しておいて、観点を変えて御質問いたします。 岸内閣の最近の一つの特徴は、東南アジアに対して大いに貿易で進出しよう、こういうことだと思われます。中国貿易に対しては、石橋さんより二割くらいは退却しているような印象を与えるが、東南アジアの方では何割増か積極的なようであります。しかし日本の代表的な大政党が議員提出でもって二月十一日を復活するのだということになれば、そんな反動的な意図はないのだという長い説明のパンフレットをみんなつけて外電に載せて送るわけにはいかないので、これら東南アジアの国民諸君はこれをどのように受け取るであろうか、必ずや日本はまた古い日本に返り始めた、こう受け取るに違いないが、あなたはこれをどう御判断になりましょうか。
○小川半次君 外国の人たちがどう御判断になるかはその人たちの勝手な解釈に待つより方法がないのでありまして、われわれはやはりわれわれの信ずるところに従って、国民の声に応じて祝日を定めようとするのでございまするから、それが外国の人たちの考え方に動かされたり、支配されたりするようなことでは、私はやはり健康な国を維持していくことができないと思うのです。
○高津委員 これは大政党の幹部として全く聞き捨てならない御発言だと思う。日本がある一つのステートメントを出す場合、あるいはある外交的な措置をとる場合、外国がどんなに思うか、その影響などは顧慮する必要はない、こう言われるけれども、私はそれはひどい話だと思う。国際間に立っておって、日本がこういう声明を出せばどこにどういう影響があるかということは、十分考慮の上にも考慮しないではやれない。日本においては外交はことに大事だ、こう考えるが、外国はどう思うか、そんなことは全然無視してやる、これはずいぶん乱暴な発言じゃないですか。お取り消しになるお考えもないのですか。やはり大政党の数の威力で押し切るのですか。東南アジアへの影響はひどいですよ。
○小川半次君 二月十一日を日本の建国の記念日と定めたところで、東南アジアの方々が、そいつは間違っておるとか、いや賛成できないとか、そういう意見は起らないであろうと私は信じておりますから、先ほどのような答弁を申し上げたのでございまして、たとえば高津先生も御承知でしょうが、昭和二十一年に韓国が韓国の紀元は四二七六年であるということを発表したときでも、だれも諸外国の人々がこれに対して別に不自然とも思わないし、そうしてそれに反対だというような意見を述べた外国もなかったように私は記憶しております。いわゆるその国の国会が定めたものを外国が内政干渉するようなことは私はあり得ないと信じておりますから、先ほどのような答弁をしたのでございます。
○高津委員 韓国の政府や国会で四千数百年前の紀元をきめても、よその国から何も言うべき筋合いのものではないと言われるが、韓国は強力な陸海空軍を持って東南アジアの方にも攻め入ったことがない。現在それほど有力な国でもないようにも思われますので、その方は軽く見過ごされるかもしれないが、日本と韓国とは違うのじゃないでしょうか。ずいぶんひどいことをいろいろな国々に行ってやった。「三光」という本が出ておる。焼き尽し、殺し尽し、略奪し尽し、それを光という字で表わすのだそうですが、そうようなことを中国大陸でもやり、その他でもほんとうに恥かしいようなことをやったことは間違いのないことであって、相手側のアメリカの方もずいぶんやっておりましょうが、日本もまた恥ずべきことをやっておるので、その記憶が向うにはまざまざと思い起されて、そうして日本に反感を持つに至るであろう。私は社会通念というか、国際的常識というか、民族心理学から、どの点から見ても、日本が二・一一という日を新たに建国記念日に出してきたということになれば、韓国の四千何百年云々のものとはまるで違って、必ず日本を古い日本に復活したものだと向うは見るに違いない。これが常識ですよ。私の今言っておるのが。あなたは東南アジアなどは微動だもしない、よその国の国会で、進歩的な保守政党と名乗る政党が、そういうことをきめたのだと軽く見て許してくれる、こう言われるが、それはしゃにむにこの法案を通そうとしてそういうような言い回しをなさるので、実際は、あなたは良心に聞かれれば悪い影響があるな、こう気づいておられるでしょうが。正直なところで問答をやりましょう。(笑声)
○小川半次君 お答えいたします。日本が急激に膨大な軍備を持ったとか、あるいは東南アジアに対して経済侵略的な意図が明らかになったとか、そういう場合であれば、それは東南アジアの人々は日本に対してあるいは警戒心を持つかもわかりませんが、日本の建国の記念日を二月十一日にしたからといって、東南アジアの人々がそれは大へんなことになったといって、日本に対してボイコットをしたり、そういう極端なる警戒心を持ったりすることはないということを私は確信しております。
○高津委員 われわれは過去の経験を生かさねばならないのでありますが、数カ月前にフィリピンに親善使節団を送って、その中の一人に全く無反省に元憲兵で向うに行っておった人間を一人まぜておった。そのことがあんな大きな騒ぎになるというような、いわゆる東南アジア方面の人々の日本に対する神経質さかげん、その心理状態をやはり日本の政治をやる場合には取り入れて、十分な判断の上でやるべきだと思うのです。国際的感覚がなかったら今では政治家の資格は私はないと思う。政調会や党本部の決定は十分な考慮の上でなされるので、それに賛成する議員ならば少々頭が悪くても間違いがないのだが、しかしあなたは幹部であるから、自分で御判断をなさらねばならぬと思う。東南アジアに対しては、急激に軍備を日本が作り上げたとか、経済的な侵略を試みるとか、そういうことがなければ建国記念日を設けるくらいなことはちっとも影響がないと言われるが、一人の憲兵何するものぞ、それなのにそれなのにあれだけ大騒ぎするのであるから、このような国をあげての大事な建国記念日、いろいろなイデオロギーを含んでおるところのこの建国記念日を、今新たに復活するということになれば、一人の憲兵よりははるかに大きい影響があると私は確信するのでありますが、やはりあなたは建国記念日を作っても、日本の目ざしておる多くの経済的な後進国、それらに影響がないとどうしてもそれを言おうとするのですか。ほかの者に聞かれて、あなたの好きな世論投票をしてみたらどっちが勝つでしょう。私は非常なる影響があると思います。東南アジアは日本がまた軍国主義に復活した、こういう影響があると思うのですが、もう一度御答弁を願います。
○小川半次君 二月十一日を建国の記念日と定めても、国自体の本質がどこにあるかによって、東南アジアの人々は安心もしまた不安を持つのでありまして、御承知のように、日本はあくまでも徹底した民主主義国家としていくということを明らかにしておりますし、この原則を守っておるのでございますから、この精神が貫かれる限り、二月十一日を建国の記念日と定めても、私は東南アジアの人々は何ら心配しないだろうと思うのです。しかも建国の大精神というのは、平和の大理想のもとに国を開いたものでございますから、このことを明らかにすることによって、東南アジアの人々も理解してくれるものと私は確信しております。
○高津委員 ものは本質も大事であるが、表現ということも大事なんですよ。あなたは、平和の本質だから、そして紀元節が復活しても向うは問題にならぬ、国の方針さえ平和でいけばいいじゃないか、こう言われるが、紀元節には明治憲法も入っておれば教育勅語も入っておる。それらをみんな読んだのであります。教育勅語の一番の眼目は何であるかと言えば、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」という、一切を捨ててというあそこにかかっておるのであって、憲法で自由を与え過ぎて国民の気持がゆるんではならない、それを補足するために教育勅語で固めたのでありますが、その教育勅語というものは全く戦争用のものであった。一たん緩急あればの前提としていろいろな事柄が掲げられ、そのあとにも言葉が続いておる。身を鴻毛の軽きに置いて上御一人のためにみな死ぬべし、こう書かれてあるのであります。私はそういうようなつながりの深かった二月十一日を復活するというような表現をとることは、日本の非常な古き思想への逆コースで、諸外国は、とうとう事ここに至るかと判断するに違いないと思います。そのような嫌疑を受けられないように、大政党の幹部は考慮を払って、日本の現在及び将来を愛しなければならぬ。李下に冠を正さずと申しますから、十分に諸外国の心理状態というものを常に考えなければならぬと私は思うのであります。教育勅語の点はどうですか。
○小川半次君 明治五年に祝祭日が制定されたときには、まだ教育勅語はなかったのでございます。ですから、たとえば逆に教育勅語があってその後に紀元節というものを制定したのであれば、教育勅語に基いて紀元節を作ったというあなたの説が成り立つのでありますが、教育勅語は紀元節を制定してからずっと後に出たものでありまして、あなたの今の御説とは性質が違っておるのじゃないかと考えております。
○高津委員 教育勅語が後に現われて、紀元節の制定はそれより前のことであるから関連はないと言われるが、教育勅語が明治中期あるいは晩年に現われて、それから紀元節とあざなえるなわのごとく結んできたのであって、その部分について言うんですよ。それが先であろうとあとであろうと、その誕生日は問題でないんですよ。そのあとに結んで離れないように教育勅語や八紘一宇というものが、二月十一日と見れば、あるいは聞けば、すぐそれがわれわれにはきわめてリアルにずっと現われてくるのです。一人のそれほど悪い人相でもない日本人がマニラの町を歩いた、それは何でもないことですよ。しかしその人間が元憲兵であるということになると、あの憲兵の残虐なる行為がまざまざとみな浮んでくるようなそういう心理状態にある。だから二月十一日というのは日本にとって非常にマイナスになる。そういう祝日を今きめようとあなた方はあせっておられる。日本は平和で行くのであってあのような超国家主義的なことは捨てるのだ、そういう表現をこそとるべきであって、祖国に忠実なように見えても聴明さが足りないと、祖国にマイナスをもたらすのであります。 それでは、ここではみんな同じ論点で押しくらになるから、角度を変えましょう。わが国は今東南アジアで貿易を大いにやろう、プラント輸出をやろう、技術の指導をもやろう、こういう考えを持っておりますが、このような逆コースの表現をとれば、貿易に次第次第に有害な影響が現われてくるであろう。日本はこういう逆コースで行き出したら、貿易のじゃまになると私は思うのです。この点はどうですか。
○小川半次君 私は二月十一日を建国の記念日にしたところで、貿易上に何ら差しつかえないと確信しております。
○高津委員 日本が東南アジアといわず、それらの国々の多くの部分が全くわが意を得たりと思うような政策を打ち出した場合には、それらの関係諸国は日本に好感を持ち、当然にどちらの国に注文しようかという場合には、その発注は日本に来るのであります。だから日本の外交政策や大政党の中幹部、大幹部の発言、それらのこともみんな貿易に影響を持つのであります。そのようなことにまで考慮を払わないで、軽々しくこういうのを出して手柄をしようと思われると困るですよ。お並びになっておる一人の纐纈先生は神主であられるが、この神主というものが実に問題であります。私は四回も刑務所に入っておりましたが、その刑務所におるときに、そこの教戒師がやってきて、何を言うかというと、宗教を私に勧めたって私が信者になろうとも思わないから、彼はまずこういうことから話し始めた。新聞を読みますと、近ごろはスカートがだんだん長くなっております。ことしの正月には日本髪がずいぶんふえました。こういうふうに古い思想が獄窓の外には今や盛んになって、あなた方の考え方などは世間ではあまり通用しませんぞということを思わせようとする、そういう話をするのです。そのとき私はこう答えました。新聞を私に持ってきてみせなさい。私はちょうど反対の統計を、反対の材料をずらりと並べて、新しい思想こそ獄窓の外には巻き起っておるということを論証しますよ。そう答えたのでありますが、あなた方はどうも今の民主主義が何か行き過ぎのように思われて、これはいかぬこれはいかぬというので、どこからか切りくずそうとして、そうして建国記念日という城を新たに作って、そこから発砲をしておられる形が現われておるのでありますが、私は、ここらは譲歩すべきことは譲歩して、日本国と国民とが損をしないように、十分この問題では御反省下さいまして、数で押し切ろうとせず、二大政党の一方に対して、そうまで反対するならもう少し考慮しようというような雅量を示してもらうならば、そうすれば今国会で話し合いの場とか共通の広場ということが言われた趣旨にも沿うことだと思うのであります。質問はいろいろしたいのでありますが、本日はこの程度でとどめて、また義勇兵として現われて御質問を続けたいと思います。
○相川委員長 次会は明十五日正確に午前十時より開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後六時五分散会