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26回国会衆議院1957/10/21

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第17号

発言数
119
登壇者
12
会派数
2
開催日
1957/10/21

会議録

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 これより会議を開きます。海外同胞引揚に関する件について、調査を進めます。  本日は、本件に関する中共地区よりの一時帰国者に関する問題等について、事情並びに御意見を聴取するため、日本赤十字社社会部長高木武三郎君、日中友好協会理事長内山完造君、日本平和委員会常任理事中原淳吉君及び一時帰国者の松永和子君に、理事と御協議の上、委員長より御出席を願っておきましたので、御了承願います。  では、初めに中共地区第十七次引き揚げの配船及び一時帰国者に対する措置等の問題につき、現在に至るまでの経緯を政府当局より説明を求めることといたします。河野引揚援護局長。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 今回の中共引き揚げ問題に関します今までのいろいろの話し合いの模様につきまして、簡単に御報告申し上げたいと存じます。  最初に、中国側から電報が参りましたのは八月八日でございまして、その電報の趣旨は、戦犯釈放者八名、帰国を申請する日本人及び里帰り婦人を帰したいから、船をよこすように、こういう趣旨でございました。この電報を受けまして、政府部内におきましてもいろいろ検討をいたした次第でございますが、次に申し上げますような理由によりまして、特に引揚船の配船をしない。便船利用による方式によって中共からの引揚者を受け入れることにしたらどうかというふうな方針を立てた次第でございます。その理由として考えましたことは、まず第一に、従来は興安丸という大きな船を引揚船としてかかえておったのでございますが、この船も八月一日に引揚船としての任務を解除いたしました直後でございます。この引揚船としての任務を解除いたしました理由は、昨年の十月来二回にわたりまして、引揚者があればまとめて帰してもらいたい、特に今年の二月に申しましたところでは、三月一ぱいで興安丸を解除する、それまでにぜひ帰してもらいたいというふうな申し入れをいたしたのでございますが、それに対しまして中国側からは、現在のところ引揚者はないというふうな御回答をいただいたわけでございます。たまたま樺太からの引き揚げが予想されておりましたので、用船の期間を一時延期をいたしておったわけでございますが、その間に、たまたま五月に中共からの最後の引き揚げが行われたわけでございます。その実態を見ますと、引揚者わずか百名でございまして、戦犯六名を合せて百六名でございます。ての他は里帰りあるいはいわゆる再渡航組というふうな方々が千数百名おられたわけでありまして、引揚船としてり実態を全く失ったような状況を呈したわけでございます。こういったような事態から考えまして、大きな船を引揚船としてかかえておる必要はないという確信を深めまして、八月の初めに解除をいたした次第であります。ちょっと長くなりましたが、そういうふうな事情で、当面引揚船というものを政府がかかえておらないということ、それから日中間に現実に便船が相当通っておる、こういった便船を利用して帰ってもらえば、一々引揚船を回す時期まで待っていただかないで、いつでも帰れる態勢がとれるではないかということ、またそういうふうにいたしますことが、国家経済の立場からいいましても非常に経済的である、こういったような事情を考え合せまして、先ほど申し上げましたような便船による常時引揚態勢というふうな線をこの際打ち出した方がいいではないかというふうはことで、三団体から政府の意向といたしまして中国側に打電をしていただいた次第でございます。それが八月の十二日であったかと思うのでありますか、それからしばらく中国側からは何り回答もなかったのでございますが、九月の初めになりまして、政府で言うている方針は不満であるというふうな趣旨の電報が参った次第でございます。この電報が参りましてから、三団体ともさらに会いまして、いろいろ話し合いをいたした次第でございますが、そのとき三団体の方からのお話によりますと、戦犯というものは、こちらで考えているのと非常に事情が違うのだ、今までのいきさつからいうても、戦犯を引き取るためには、こちらから迎えに行かなければ渡してもらえないのだ、そういう事情があるのだかり、船の大きい小さいは別といたしまして、ぜひ船を迎えに出す必要がある、こういうふうなお話が——いろいろそのほかにもあったかと思いますが、中心点はそこにあったかと記憶いたしておるわけでございます。そういうふうな話し合いがありまして、厚生省といたしましても、そういった事情を考え合せて、ではもう一回検討してみようということになった次第でございます。その後いろいろ検討いたしました結果、九月の下旬になりまして、政府としての考え方を三団体にお話をいたした次第でございます。その趣旨は、大体こういうことでございました。現在日本におる里帰りの方々は、昨年もそうでございましたが、帰りの旅費は自費であるということで、あらかじめ紅十字会を通じて周知徹底をはかってもらったわけでございますが、事ここに至って、そのことをとやかく言うておったんでは、解決が困難であろうということで、この方々に対しましては、十一月二十日に外国船を手配いたしまして、これによって、必要な船賃の援助も考えて、中国に帰っていただくようなことにしたい、その間相当時日もございますので、戦犯、引揚者等のために、今の船とは別に、航海訓練所の練習船進徳丸——これは五十人の収容定員でございますが、この進徳丸を十月の上旬に配船をいたしまして、これによって戦犯その他の引揚者の受け入れをしたい、こういうふうな線で案を三団体にお話しいたした次第でございます。この案に対しまして、三団体側といたしましては、まず第一に、現在こちらにおる里帰りの方々をお送りするのが十一月二十日ではおそ過ぎるという点、それから第二点といたしましては、現在中国におって里帰りをしたいという希望を持っている人たちを迎え入れることができないではないか、こういうふうなことで、もう一回考えてもらいたいというふうな御意見が述べられたわけでございます。厚生省といたしましては、今までのお話し合いの結果、できるだけのことはしたつもりである、まず第一の、十一月二十日という点がおそいということでありますが、これは最初自費で帰っていただくということであったので、政府といたしましては特別の措置を考えないというふうなことにしたのは、その前からのいきさつと申しますか、最初からの話し合いの結果でございますので、むしろ当然ではないか、ただ今回の特殊事情から考えて、その後になって手配をするというようなことになったので、むしろこれは恩恵として考えていただかなければならない事柄であり、極力早くするということで努力した結果であるけれども、こういうことになったので、この点は御了承願わなければ困るのではないか、それから第三の里帰り婦人の問題、現在中国におって今後こちらに来たいというふうな希望を持っている新しい里帰りの問題、この問題につきましては、むしろこれは新しい問題ではないか、今まで大きな船をかかえておったので、たまたまその船に乗れる人を乗せたといういきさつはございますが、現在そういった船のない今日におきましては、引揚船をかりに出すといたしましても、それは引揚者の数に合わした船を出すというのが筋でございまして、里帰りのために特に船を出すというようなことは、これは全く新しい問題ではないか、こういった新しい問題はむしろ別に御相談したらいいじゃないか、そのために当面すぐできる、現在日本におる里帰りを帰す、あるいは戦犯、引揚者を引き取るという問題がおくれるのはかえって適当ではないので、むしろ問題を切り離して処理したらいいではないかというふうなことで、厚生省といたしましても三団体に対して再考してもらいたいというふうに申した次第でございます。このようにして、政府の出しました案で妥結に至りませんでしたので、その後三団体といたしましては、国会と申しますか、当委員会の先生方のところに陳情に出られたように伺っておるわけであります。その結果、廣瀬委員長から、いろいろお話し合いをされた結果と思いますが、一案が出されたように承知いたしておるのであります。それによりますと、三団体側の言うておりますところでも、新しい里帰りを受け入れることについて何らの目安が立たない、厚生省はそれは別の問題として考えたらいいではないかというけれども、その方向がはっきりしないというふうなところに根本的な考え方があったように承知いたしおるわけであります。そういったようなことからいたしまして、この問題につきましては、大ざっぱに言、まして片道政府負担というふうな原則を立てたらどうかという趣旨のもとに案をお示しになられたように伺っておるわけであります。具体的に申しますと、向うからこちらに来るときは中共側でもってめんどうを見てもらう。そのかわりこちらから向うに帰る場合には日本政府でめんどうを見る。新しい里帰りに対する今後の方針としてこういうふうに考えたらどうか、こういう御意図のように伺っておるわけであります。そのほかの点、たとえば現在こちらにおる里帰りを送り返すことにつきましては、政府で案を示しておりますのと同じように、外国船で送り返す。それから戦犯その他の引揚者のためには船を用意する。こういうふうな趣旨の案が示されたように伺っておるわけでございます。  これに対しまして、私どもの聞き及んでおりますところでは、三団体においてもこの案についていろいろお話し合いをされたように承知いたしておるわけであります。その話し合いの内容といたしましては、日赤においては、もうこれが政府側の考えておる最後の線ではないかと思われるので、この線で一つ電報を打ったらどうかというふうな御意見が述べられたのに対して、他の二団体においては、なおこれでは不満であるということで、まだ意見の一致を見ないまま今日に至っておる、こういうふうに聞き及んでおる次第でございます。  以上、簡単でございますが、大体の骨子と申しますか、いきさつを御報告申し上げた次第であります。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 それでは、これより中共地区よりの一時帰国者に関する問題等について、事情並びに御意見を承わることといたします。  まず委員長より参考人各位に対し一書ごあいさつ申し上げます。参考人各位には、御多忙中のところ御出席をわずらわし、厚くお礼を申し上げます。  では、参考人より、順次事情並びに御意見を聴取することにいたします。日本赤十字社社会部長高木武三郎君。

高木武三郎日本赤十字社社会部長

○高木参考人 今、河野局長から経過をお話になりました、大体あの通りでございまして、特別に補足する点はございませんが、ただ私どもの念願しておりますことは、この仕事が一日も早く実現されなければならぬということでございます。従って、実現するためには、理論的な問題からいえば、あるいは筋を通すという問題からいえば、政府にもそれぞれの立場がございましょうし、二団体にもいろいろの考え方がございましょうが、そこらのところを一つできるだけの線を出していただいて、これを実現に移したい、こういうふうな考えをもちまして、初め政府はこの戦犯帰国者のためにも船を出さないというのでございましたが、私どもはそれは少し間違っておる、どうしても船を出していただかなければ戦犯帰国者を迎えることはできないということで、三団体は一致をいたしまして、この線で政府にお願いをいたしまして、一応船を出していただくという線はできたのでございます。  さて、それからの問題でございますが、私どもはその船を出していただきますれば、その船がどういう大きさの船でなければいかぬとか、どういう形のものでなければいかぬということは考えていなくて、一応ともかく船を出していただければいいという考えでございましたので、その点は三団体と一緒に確保したわけでございますが、この問題に里帰りの問題がからんできたのでございます。日本へ来ております。この里帰りの問題につきましては、政府並びに議員の先生方のお骨折りで、一応帰る見通しはついたわけでございますが、どうしても、帰国船と一緒に中共からこちらへ来る甲帰りにつきましては、これは電報でもその都度言ってきておりますように、戦犯帰国者、里帰りを一緒に帰そうという向うの考え方がございますので、この点につきまして、それを切り離してやるということに非常に困難があるわけであります。そこで、何とかこの問題を打開していただいて、里帰りというものに対しまするところの根本的な対策というものを日本側で立てなければ、この問題の解決はできないというような段階に至っているように思います。  そこで、委員長にもお願いをいたしまして、先ほど河野局長からお話のありましたような案を出していただいたのでございます。私ども赤十字といたしましては、何としてもこの問題が停頓いたしておりまして、いつまでたっても船で迎えに行かれないという状態ではいけませんので、まず政府もこの線より一歩も譲歩できないのだ、それから廣瀬先生あたりにお骨折り願いましても 与党の線でもこれよりは進歩しないのだというようなことであれば、一体どうなるんだということを考えますと、まずここらで何とか調整をいたしまして、電報を打つ段階に持っていきたいというふうに考えたのでございます。ところが、私どもの考え方と二団体の考え方と若干食い違いをいたしまして、この点では意見が今なお少し食い違ったままで進んでいるわけであります。とは申しましても、この食い違ったままで放任しておきますれば、私ども早く引き揚げを実施したいということの逆の現象になってくるわけであり、従いまして私ども非常に苦労をしているわけであります。私ども二団体と意見が食い違いをしたといいましても、何も根本的に最後の目標として食い違っているわけではなくて、方法論としての食い違いなんですから、私どもは自分らの賛成しました廣瀬案というものを最終無上のものであると考えてはいないのでございまして、なお一歩政府なり議会制の先生方なりに御発言を願いまして、この程度なら二団体ものめる、三団体が一致してやれるという線をお示し願えれば、私どもはその線に従って一日も早くやりたいというように考えております。  この里帰りの問題につきましては、今後も非常に問題が残されることでございますので、この際一体日本側において、里帰りというものに対してどういう対策を立てるかということをきめていただきますことも、一つの重要な問題でございますが、それとともに、現実に差し迫っておりますところの寒さを迎えて日本にいる八百数十人の里帰りをどう早く帰すかということ、それから九月十五日から二十日までに迎えに来いという戦犯、一般帰国者をそのままに放任してあるものをどう早く引き取るか等の問題は、焦眉の問題でございますので、もし根本対策が立たなければ立たないなりで、むしろこの問題だけでも先に片づけなければならぬというように考えるのでございます。以上でございます。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 次に、日中友好協会理事長内山完造君より承わることといたします。

内山完造日本中国友好協会理事長

○内山参考人 この間うち少し病気しておりました関係上、言葉をゆっくりと話さしていただきたいと思います。  私は七月の中ごろから病気して入院したりしておりましたので、この問題を病中で知らずにおりました。出てきまして、この問題が非常にこんがらがっておることを聞きまして、非常に残念に思っておる次第でございます。これは初めにこの問題のこんがらかりを聞きましたときに、このこんがらがりの原因がどこにあるかということを考えてみました。この原因は多分にここにあるのではないかと私は考えます。それは、三省会議とかで今度の釈放戦犯帰国者のためには船は出さないということを御決議になったということ、私はこれが一番大きな原因であったと考えるのであります。と申しますのは、一九五三年に私どもは在中国日本人約三万人が帰国する問題について相談に来るようにということで、日本政府の許可を得まして、赤十字、平和連絡会、日中友好協会、この三団体が七人の代表者と六人の工作員とともに北京に参りまして、協定をいたしました。その後第十六回までずっと帰国は続いたわけであります。今度が第十七回目になるわけでありますが、大量に帰国する人は大体八月ごろで終る見込みである、しかしその後も帰る人がなお出るであろうと思うから、そのときは日本に通知するから船をよこしてくれということが協定の中にあるわけであります。それから、出発に当りまして、外務省からいろいろと御指示を受けました。その中にこういう指示があったのであります。広大な中国の国内に散在しておる日本人の帰国については、現住地から乗船地までの費用は非常に多額に上るのであって、日本人のような貧国のものにはとても負担ができないと思うから、これはその費用は全部中国側で負担してもらうようということが一つ。第二の点では、衣食に必要な衣類、夜具、道具その他の家財はできるだけ多く持って帰らしてもらうようにということであります。もう一つは、お金をできるだけたくさんに持って帰らせてもらいたいという件がおもなるものでありました。このほかにもいろいろありましたが、これらの要望は政府からの御指示によりまして、私どもは向うへさっそくこのことを申し入れたのであります。非公式の会談を数回経まして、そうして正式会談に入りました。非公式会談の間に十分こちらからの申し出はいたしました。それに対して、紅十字会からの返事は、こういうことになっておるのであります。第一の現住地から乗船するまでの一切の旅費、宿泊費、食費は中国紅十字会が御援助申し上げますということでありました。その御援助につきまして、実は私ども非常に解釈に危倶を持ちましたのは、援助ということは一体どの程度であるかということで、援助についての程度を聞きましたところが、私どもで援助と申しますのは、全額を中国紅十字会が負担するということであります。ということでありました。第二の携帯品の問題につきましては、携帯荷物は衣類、夜具、道具その他の家財は何でもお持ちになってけっこうである、その持つ量は、子供一人についても、おとなと同じに五十キロまでは無賃で運送いたします。もし五十キロをこえるようなことがありますときには、超過料金をいただくことになっております。こういうことであります。それからお金の点でありますが、外国への持ち出しには別に制限がありますので、金高を協定書には記すことはできませんが、御希望に応じます。現に第一回の帰国の人々の中には、一人で最高八千万円、次は七千万円、あるいは六千万円、三千万円というような金を持って帰る人があります。しかし、この金は人民券でお持ちになっても日本では通用ができないと思いますので、アメリカ・ドル、あるいはイギリスのポンドにかえて差し上げたいのでありますが、アメリカ・ドルは封鎖されておりますので、どうすることもできません。イギリスのポンドは今中国に持ち合せがありませんので、差し上げるわけにいかないが、香港ドルはあります。香港ドルは、日本でも香港貿易をしておられるのでありますから、お役に立つと思いますから、全部香港ドルにかえてお渡しすることにいたしますということであります。それから別に、ちょっと先ほど触れましたように、大量集団の帰国は八月ごろに終るつもりでありますが、その後帰国希望者が出ると思いますから、そのときはなるべく多く集めて通知をしますから、帰国船をよこしていただきたい。もう一つ、帰国船にはどの船にも三団体の代表が、日赤一名、平連一名、日中一名、この三名が各船に乗船してこられること、それによっていろいろのお世話を願いたい、折衝、交渉、お世話を願いたいということであります。ここで私ども思い起しますのは、終戦直後、蒋介石政権の時代に、私どもが上海で約二十七万人の人々を帰国をお世話をいたしましたときに、携帯品は一人前が三十キロということであります。それからいろいろのものは持つことを禁じられました。写真帳であるとかあるいは書物であるとかいうものは一切携帯を禁じられましたような次第でありまして、それにもかかわらず今度は非常に寛大な五十キロ、何をお持ちになってもかまわないというようなことが出ましたことは、私は非常にお帰りになる皆さんが仕合せであったと思います。またお金にいたしましても、私どもはどんなにたくさんの財産を持っておりましても、日本へ帰りまして千円をいただくだけであります。そのほかのものは全部放棄して帰ったわけであります。それから今度の方々はそのようになりますと、こうして自分の金をお持ちになるだけでなしに、たしか乗船させるときには、夫婦の人に対しては六十万円ですか、独身の方に対しては三十万円でしたか二十五万円でしたか、子供に対しても相当の額をおせんべつとしてみんなにくれられたわけでありまして、申し上げるまでもなく、現住地から乗船地まで参りまして、乗船地ではりっぱなホテルに泊めてもらったり、非常に高等な待遇を受け、そうして何日間でも船の来るまで泊めてもらって、それらの費用は中国紅十字会が負担したわけであります。と申しましても、実は私の想像では中国紅十字会というのは看板であって、その内容はきっと中国政府が負担しておるものであると考えるのであります。こうした協定をいたしました。そうして三月中に第一回の帰国船が出るようにしてもらいたいというようなことを申し入れました。それも行われました。そうして三月から、三月のたしか二十何日に舞鶴に約五千人の人が帰って参りましたのが第一回の帰国であります。  こういう工合に協定によりまして今日までそのことが実行されて参りましたが、この間堀木厚生大臣に初めて三団体の一人として私がお会いいたしましたときに承わりましたのは、今の帰国者釈放戦犯の引き取りに対しては、船を出さないということであります。それを承わりましたので、私が、船を出さないと釈放戦犯も帰国者も帰ることができませんように協定にはできておるのでありますと、先ほど申しましたようなことを一々申し上げましたところが、大臣もびっくりされました。これは重大問題ですね。だが三省会議ですでにきめたことですから、私が船を出すということを一人で言うことはできません、一つ考えましょうということでありました。ここで私が考えましたのは、どういうわけであの厳粛な三省会議で、こういう厚生大臣もびっくりされて、これは重大な問題だと言われるようなこと、船を出さない、勝手に帰ってくるようにということを御決議になったのであろうか、これが私どもの了解に苦しむ点であります。おそらく厚生大臣は御存じなかったのですが、この三省会議で決議された方々は、この北京協定というものを全く知らずに御決議になったものか、あるいは何か理由があって決議されたものであるか、こういう点は、もう今日では済んだようなものでありまするが、そこに私は大きな疎漏があったと考えるものであります。その後大臣の御尽力、皆さんの御尽力によりまして、とにかく船を出すということになりまして、そうして練習船進徳丸が出るということを承わったのであります。私は理屈を言うのではありませんが、こうした三省会議の決議がどうしてできたものか、それがどうしても了解できない。船は練習船を出すということになりましたけれども、それまでのこういう決議ができたということが、どうしても私には理解できないのであります。しかし練習船が出ることになりました。出ることにはなりましたが、先ほど御報告にありましたように、この練者船は大きい船ではあっても、乗船する人の数は五十人ばかりより収容力がないということであります。現在日本に滞在しております帰国の船を待っております里帰り婦人のことは、この船では全く考えておられないということであります。しかし、この人々に対しては、別に十一月二十日出帆の外国船の座席を予約して送り返すということでありました。  ここでちょっと里帰り婦人について申し上げますが、終戦直前日本の敗北を知って、現地の軍人や官吏の方々が戦争の悪業のおそろしさを自覚したと思われますが、われ先に保護すべき国民のことはほっておいて、そして国民をその地にほっぽり出したままで逃げるように日本へ帰ってきた人の相当にあったことは皆さんも御承知でありましょうが、私は現地においてこれを見ておりまして、まことに遺憾にたえないことを感じておるものであります。こうした結果といたしまして、できたのが今日の里帰り婦人であります。全く不幸な戦争の犠牲者であることを十分に御承知願いたいと思うのであります。私は、こういう人々に対して、日本政府としては、復活された軍人恩給の一カ月や二カ月を停止しても、この人々の援護には手を尽さねばならぬものであるということを考えておるものであります。この人々は、先ほどもお話がありましたように、一面は日本人でありますが、一面は中国人であります。私は、この人々は日本人として考えるとともに、中国人として考えるべきではないかと思います。なお、里帰りを希望しておる婦人たちは、中国に二千人ないし三千人あると思いますが、日本として考えますと、前述の通りの犠牲者でありますとともに、日本政府が常に未帰還者、消息不明者として中国に調査方を要求しておられる人々でもあります。さすれば、この人々を一度帰国させることによって、消息不明の名簿の上だけでも非常に明るい、喜ばしいことが生じてくるのであると考えるものであります。特に戦争犠牲者の一部であることを思うときには、それだけでも、日本政府として絶対に方法がなければとにかく、すでに何らかの道が開かれておるならば、その方法や道を十二分に利用してこの人々を里帰りさせるということは、久しぶりの故国に帰らせるということは、日本政府の犠牲国民に対する尽さなければならない責任であると私は考えるものであります。さらに中国人として考えますならば、現在の日本に一日千秋の思いで帰国を待っておる華僑婦人としてできるだけ親切に扱って、一日も早く帰国さして上げなければならぬものであると考えるものであります。この人々につきましては、特に中国紅十字会からは、再三電報で釈放戦犯の出迎え船に乗せて送ってもらいたいということの依頼が来ております。ぜひ早期に大型日本船を就航させていただきたいとお願いしておる次第であります。そうしたために、私どもは興安丸とか白山丸というような大型船をぜひ就航さしていただきたいということをお願いしておる次第であります。これらの私どもの考えは、前にも申しましたように、在華日本人約三万人の帰国に際しまして、中国紅十字会の、中国の政府の了解の上ではありますが、援助された愛情あふるる取扱いに対し、日本のこたえる当然の行為のように思うのであります。彼が人情をもって対したならば、われもまた人情をもってこたえるということは、確かにこれは人道的のことでもあり、またわれわれ日本人の特性でもあると私は考えておるものであります。わずかの人数より乗れない、五十人とか百人の練習船を出して、釈放戦犯と帰国日本人だけを乗せて帰ってきて、千人ばかりの里帰り婦人は、あとから外国船で送るというようなことで問題が終ることになりますると、こんな考え方には、依然私は船を出さないと一度決議された、そのくすぶりがなお続いておるのではないかということを懸念するものであります。  なお二、三千人の戦争犠牲者として、一度故国へ帰ることを首を伸ばして、天津に集結したりあるいは現住地で帰国の船を待っておる里帰りの婦人に対して、すでに厚生大臣や引き揚げ関係の皆様のうち、特にこの間山下先生からも承わりましたが、同情にたえないと言っておられるにもかかわらず、全くその辺のことが、放任されておるというのではありませんけれども、放任されておるのではないかというようなことを考えるわけであります。さればと申しまして、わずかに二千人か三千人のことでありますから、ぜひもう二、三回引き続いて、政府がこの問題を円満に完了できるように皆さんの御援助をお願いしたい次第でありまして、今日考えられておるようなことだとすると、いかにも中途半端のような気がしてならぬのであります。三、四千八の人々に対して責任を負わないような気がしてなりません。ほうり出された人々の心中を考えますると、何とも私どもは相済まぬような気がするのであります。しかし、私のこうした考えについては、あるいはこの問題については、何か陰謀でもあるのではないかというようなことをお考えになる方があるかも存じませんが、私は、その事柄は中国と日本との間に自由往来の道を開くつもりじゃないかとかなんとかいうようなことがあるかもわかりませんが、今日のように国と国との間に国交の回復ができておらぬときには、せめても国民と国民との間に交通の道を開くことは、ちょうど漁業協定が結ばれたり、あるいは日中第四次貿易協定が今日北京で交渉されておることと同じことであると考えます。また一昨年東京と大阪で開かれました中国見本市や昨年北京と上海で開かれました際の日本商品展覧会、それを見物にわざわざ一そう船を仕立てて行ったことや、来年また廣州と武漢とで再び日本商品展覧会が開催されることを決定しておるのと同じことであると私は思うものであります。しかもこれらの里帰りの婦人たちは、その子供たちとともに、将来長く日本と中国との友好平和のかけ橋になる人々であることを思いますときに、私は故国のあたたかい人情をぜひ持って帰っていただきたいと思う次第であります。そうして、日本人の厚い人情が中国の人々にも伝わることを希望してやまないものであります。これまで政府または廣瀬委員長から示されました案では、これを中国側から見ますと——これは私の想像でありますが、何だか悪意のある政治的意図があるようにとられないこともないのではないかと思うのであります。今後両国の間には解決しなければならぬ問題がたくさんにあると思います。たとえば、最も大きな賠償問題のような問題のあることは御承知の通りであります。政府よりほかにうしろだてのない今日の日本として、こんな態度は決して有利ではないと私は考えます。要は、私たちは天津に待っておる釈放戦犯や帰国の日本人や里帰りの婦人、子供たちを一日も早く日本に迎え、一方日本の寒空にふるえつつ帰国を待っておる里帰り婦人、子供たちを寒さと飢えから救い出すとともに、一日も早く中国へ送り返したいと考えておるのであります。なお、中国人の遺骨のことは申すまでもありません。つまり両国人が感謝したり喜んだりできるような方法をとっていただきたいと念ずるものであります。  ところが、日本の大型船はどうしても船繰りがつかないということから、再び別の練習船と外国船にしなければならぬということであります。しかも練習船と外国船との出帆の間は、日がわずかより開かないということであります。そこで一つ方法を考えていただいて、できるだけむだなことのないように、二度出すものを一度で済むように、こういうような工合にしていただいたらと考えました結果、この間うちちょっと私どもの間で相談しておりましたが、どうしても最近に大型船を出していただくことができないというならば、むしろその練習船を——新聞によりますと、十一月の十五、六日ごろということが出ておりましたが、それをたてに考えたのでありますが、その練習船の出るのをやめていただいて、そうして十一月二十日の外国船を一つチャーターしていただいて、これは船会社の関係もありますからそうときめるわけには参りませんが、できればその船をチャーターしていただいて、一往復させていただければ、一切の問題が片づくということも考えられるのであります。実は私は、中国人の外国船というものに対する考え方、また日本のお金を外国にこの際落すということは、少しよけいになってもこれは日本の船会社に落ちれば、その方が非常に有利であるということもむろん考えております。どうかできれば日本船で一ぺんに片づくように最後の御努力を引揚委員会の皆様にお願いいたしまして、私の申し上げることを一応終ります。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 次に、日本平和委員会常任理事中原淳吉君より承わることといたします。中原君。

中原淳吉日本平和委員会常任理事

○中原参考人 中原であります。高木さん、内山さんの御意見と重複を避けて申し上げてみたいと思います。  どうもこんがらがったことを早く解決しなければならぬのですが、今、内山さんもおっしゃったように、船を出さぬというふうな決定があったということが一番の根源になっておりますから——その前に一つ申し上げますと、実は帰国問題について三団体方式というのは、私生児が最近庶子に認められたというような格好なんです。現に内山先生たちが島津日赤社長と一九五三年に帰られて報告を外務省にする際には、ちゃんとした報告を政府当局は聞かないという態度、あるいは昨年天津に私も参りましたけれども、里帰り問題が一応字句に現われました天津コミュニケのこの会談につきましても、報告をしようといたしましても、いや内容に日赤から聞いておるからよろしいということで、ちゃんとした子供として政府側から扱っていただけないような事情が一方にあるということが、やはり船を出さぬというようなことを三省間で決定する一つの遠因になっておるのではないかと考えますが、幸いにしてあるいは不幸にしてこんがらがってきたものですから、こうして本委員会でも私どもの意見を聞いて下さるということは非常にありがたいと思うのであります。  里帰りの問題につきまして今まで根本対策が立っていない、だからまず根本対策を立てていただいて、それによって今後の問題を解決するということは、非常にけっこうなことだと思います。しかしながら、それは新しい問題になるのであって、もしそうなるといたしましても、これは中国側とよく相談し、検討し、取りきめた上でないと実行できないわけですから、それはあとに残しましても、今ある問題を解決するためには、どうしても従来の慣行に従ってやるということをやらざるを得ないのであるというふうに考えております。もちろん三団体方式そのものについてはいろいろ御批判の向きもあるかと思いますけれども、相手のあることであって、中国側でも、たとえば昨年私ども天津コミュニケの会談に参りました際にも、三団体の代表が周恩来首相に会見いたしましたときに、いろいろな問題がある、国交が回復していない現在において、政府間でいろいろ折衝したいけれども、それができない実情にある。あるいは日本の政府でもいろいろ事情があるだろう。総じて帰国問題に関連するような、たとえば遺骨の問題であるとかそういう問題については、中国側としては中国紅十字会をして日本の三団体と今後解決をするようにしていきたい。幸いにして従来日本人の帰国問題について実績を上げて効果が上っておるのであるから、それをさらに発展させていきたいという話を聞いておるのであります。従って、どうしてもこの際日赤あるいは友好協会の方々とも協力して今後の問題を解決していかなければならぬ、こういうふうに考えておるのであります。  里帰りの問題は、天津協定のときのことを申し上げますと、こういう事情があるわけであります。先ほど内山さんからお話のありましたように、実はこの里帰りの皆さんは、政府で作っておられる未帰還者名簿の中にある人たちでありまして、従来俗にいえば戻せ、帰せ、調べてくれろということで盛んにジュネーヴあたりでもやっておったそういう人たちなんでありまして、一般帰国者と違う点はそういう点ではないのであります。ただ一度日本に帰ってきて、また夫のもとに、中国に帰ろうという事情がありますので、中国側でもその点を心配いたしまして、従来の一般帰国者の中に含めて取り扱っていないという事情があるのでありますけれども、日本側といたしましては、ここに留守家族全国協議会の万も来ておられますけれども、何としても一般帰国者と同じように、あるいは準じて扱うべき筋合いのものではないかというふうに考えておるのであります。それで、こういう人たち、長い同十何年も日本に帰っていないこういう人たちを、一度はお墓参りにも、あるいは家族の消息を知るためにも帰らしてあげたい、だから一つ三団体でもとの援助をしてくれないかという話が中国紅十字会の方から出まして、それにはどうするかということでやったわけであります。天津コミュニケの中には、その場合には正規の手続を経て入国する、これは当りまえのことでありますが、しかしこれは出入国管理庁の方でも、日本人ということははっきりしておるのであるから、この身分については全然問題はないということでありました。その次には、建前として自費である、これはもう帰る場合に、帰りたいから帰ってくるということで、これはその通りであります。しからば三団体としての援助ということは具体的にどういうことであるかというと、文字の上では現われておりませんけれども、帰国船が往復する場合には、その帰国船に便乗するということであります。そうして、これは船賃を取らずに便乗するということは、従来の慣行が示す通りであります。だからこの線でさしあたりはこの里帰りの問題を解決する以外にないように思うのであります。  それから先ほど河野局長から、この里帰りは全然新しいもので別個の問題である、だから帰国船を出すにいたしましても、性格もこの前の帰国船の内容から性格が変っておるということを申されましたけれども、それは、乗る人たちの比率がどうあろうとも、あくまでも戦犯、帰国者、日本人を迎えに行く船ということでは一つの性格はちっとも変っていないのであります。ただ問題は、人数が少いから小さい船を出して、里帰りの便乗の問題は別の問題としようということであれば、これはやはり先ほど申しましたように、中国側と相談いたしまして取りきめいたさなければならない筋合いのものでありますから、日本側でこうきめたからそういたしますということでは、非常にかどが立つ問題であります。中国側といろいろ折衝いたします。今まで友好的な道筋であった紅十字会と三団体との間を狭める問題でありますので、この点はなかなか私どもとしては同意し得ないのであります。といいましても、この里帰り婦人だけのためにわざわざ船を出して下さいということを私どもは申し上げておるのではありません。それは今後の問題としてそういうことも考えようということであれば、またおのずから私どもそういった希望をいたしますけれども、現在の中国側との取りきめの間において、それをやるために、わざわざ里帰りのためだけに船を出してもらいたいということを言っておるのではない。しかしながら同時に、戦犯八名、それから今申しました何名かいる、だからその程度だけでいいではないかということになると、それでは従来の慣行を破って、中国側にこれこれの人は乗せないでほしいといって、船が行った場合に、この原則に取りすがって帰らしてほしいという人を突き放して、俊寛僧都のような格好になりますと、どうしてもわれわれとしてはその点は同意しがたいのであります。しかし、船がないのならまたこれは話は別問題でありますが、しからばこの中国からの帰国問題が来ましてからすぐソビエトからの帰国問題がありまして、きのう舞鶴にたくさんの方が着いておる。これは声に応じて船を回しております。今帰ってきております。さらに回すことはできないという理由が私たちにはわからない。これは向うに参りました際に、紅十字会の方にもよく納得のいく説明をしなければならないわれわれ自身が納得いかないことには、これはどうしても同意することができない。これはたとえばの話でありますが、そういうふうにできない事情が私たちどうしても納得することができないのであります。  それからもう一つ、よく聞かれるのでありますけれども、今、天津から帰ってくる人が一体何人あるのか、それを君たちも知らぬじゃないか、政府も知らない、だれも知らない、そういうことではどうしようもないじゃないかという話がよく聞かれるのであります。これはもっともな話でありますけれども、しかしながら、船を出さないという政府のそういう決定をされて、それからあと船は出すけれども、小さい船だという事情がある際に、向うに聞いてやる場合に、たとえば三百なら三百ある、五百なら五百あると数は言ってきたけれども、さあそれをこっちは出さないということでは、私どもとしては問い合せが非常にむずかしいのでありまして、もし問い合せる以上は、三百なら三百、五百なら五百という数であれば、それに応ずる船は少くとも出すという裏づけがないというと、紅十字会に聞いてやることができないというその事情は、御賢察いただけると思うのであります。従いまして、船をなぜ出さねばならぬかという点については、もうあらためて申し上げるまでもありません。やはり戦犯、帰国者を受け入れるためにどうしても船を出さなければならぬ、これはもう繰り返して申し上げません。しかしその船を出すからには、意地悪く里帰りは乗れないような船をわざわざ選ぶのではなくて、その余地のある船を選んで、そうして今後の日本と中国の間にあります——これは懸案がたくさんございます。人道問題、戦争の跡始末にしてみましても、死んだなら死んだ、生きておるなら生きておるということをはっきりさせて、少くとも留守家族に安心していただきたい事柄、あるいは中国で死にました日本人の遺骨を集めて日本に持って帰る事柄、あるいは中国側からいえば日本に連れてこられた俘虜の名簿をそろえてもらいたいという要求もあり、またその遺骨を送ってもらいたいという要求があります。こういうことを円滑に運んでいくためにも、この際大所高所に立って委員会の諸先生方が御判断下さって、そうして収容力のある船を出すという決定をしていただきたいと思うのであります。ただ援護局としては、局の規則やその他があっていろいろやりにくい問題もあると思いますけれども、この問題は先ほど申しましたように、庶子か私生児かみたいな三団体方式でありまして、規則その他によってすべてが行われておるのではないのでありますから、どうしても委員会の先生方が援護局の管轄、所轄というような範囲をこえて決定していただきたいということをお願いしてやまないのであります。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 次に、一時帰国者の事情及び御意見について、松永参考人より承ることといたします。中共地区一時帰国者松永和子君。

松永和子中共地区一時帰国者

○松永参考人 私は里帰り婦人代表の松永和子であります。私たち里帰りの方に対しましてお世話様になり、きょうまたお忙しいところをお呼び下さいまして、里帰りの皆様にかわりお礼申し上げます。十何年ぶりに日本に帰りましたので、いろいろとお聞き苦しいこともあると思いますけれども、御了承下さいませ。  私たち里帰り婦人というものは、戦前に渡った人たちで、ただいま日本側が中国側に要求している行方不明の中にあります。一九五六年の六月二十八日に日本の三団体が協定を結びまして、中国人と結婚した日本婦人の里帰り、帰国ができることがきめられました。そのときに私たちは、帰国船は引揚者だけだと思っていたのに、里帰りも帰れるようになったので、非常にうれしく思いました。その中には、日本へ帰って参りまして、死亡になっていて、お誕生日を命日にして仏前で拝まれていた人たちもありました。また日本から中国に渡り、殺されたのではないかということで、同窓会で不明の名簿の中に上っておる人もありました。  中国から帰りますときの自費の件につきまして、中国の紅十字会から各自に渡航の通知がありました。それには、帰りの船は配船があれば便乗すること、船がない場合はまた自費になるかもしれぬゆえ、家族の方ともよく相談をするようにと書いた通知がございました。北京ではこうでありましたが、広い中国の地方では、この通知さえもらわずに帰った方もありました。一度でいいから祖国の日本へ帰りたい、日本へ帰ればどうにかなるという希望でみんな帰って参りました。また中国紅十字会では、私たちに対しての待遇はとてもよく、自分たちは、自分の国、自分の祖国はもっといいと期待して帰って参りました。また私たちの夢に思い、うれしく帰ってきた現実は、そんなになまやさしいものではなく、またそういう現在では、日本の政府の援助によって帰らなければならない状態になっております。まだ中に残っている人たちは、一度でいいから祖国へ帰ってきたいという人たちが、まだ天津に残っております。そういう方々を、一日も早く皆様の御援助によって帰していただきたいと思います。また中国では、ただいま私たちをいつ帰るかしらと待っている家族たち、また子供たちのそばへ、一日も早く皆様から御援助いただき帰していただきたいと思います。日本の婦人の方たちは、二、三時間家を留守しても子供が心配で帰ってくる、こういう気持、私たちはまだ国交回復のない、自由往来のできない日本へ、子供を連れてのほほんとした帰国がどうしてできたでしょうか。持参金にしても、生活程度により、サラリーマンの生活はどこの国でも同じで、遠い旅をし、そういう大金を持って日本へ帰れましたでしょうか。また借金をして持参金を持って帰りましても、長い月日おれば、いつまでそのお金が持てるでしょうか。また里に帰った場合もいろいろの事情があり、短かい月日ではどうにかなるものも、夏の姿で帰って参り、今では間近かに寒い冬を迎えるきょうこのごろ、どうにかして一日も早く船を出していただきたいというのが、私たちのお願いです。行方不明につきましても、十何年ぶりに帰ってきまして、そういう行方不明も明らかになり、また向うの楽しい家庭へと、わが家へと帰りたいという私たちの願いを、皆様にわかっていただいて、千二百二十八名の子供を含めての人々を帰し、また天津で、もう一日も早く自分の祖国を見たいという皆様を帰していただきたいという願いです。では、これだけで終ります。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 これにて一応参考人より事情並びに御意見を承わりましたので、これより参考人及び政府当局に対する質疑を許します。山下春江君。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員 順序が狂いますが、中原さんにちょっとお尋ねをいたします。  あなたの御発言中に、ちょっと私どもは初めて聞いたような言葉があったのです。ということは、三団体が里帰り問題に対する援助とは、便船があるりその便船に無料で乗船させることを言うというような定義、これはまあ私初めて——実は長い間この問題に携わっていながら、初めて聞いたのです。そうなりますと、この問題がまた根本から変ってくるのでございます。今回廣瀬私案という調停案が出されまして、私どももこの調停案をなぜ一体二団体の方に同意していただけないかと、そこが不思議だったのですが、今あなたの御定義を聞きまして、なるほどそれでは文句があるはずだ。三団体の里帰りの援助とは、便船のある限りこれに無料で便乗せしめることを言うということになりますと、話が大へん違ってくるのでございます。あなたが天津協定、まあ協定といえるほどのものかどうかわかりませんが、たしか三団体の方が紅十字会と御相談をお取りきめ願いまして、そのときにおきめになったことは、原則は自費で、往復の船賃も滞在費も自費であることが原則にされていた、今松永さんの御発言の中にも、ひょっとして便船が帰りはないかもしれないから、帰りの船賃等については、肉身等ともよく相談するようにということが、もう船に乗る前に紅十字会からの通知の中にあった。私もそのように了解しておるのでございますが、そうすると、あなたの今回の自費であったということに対して、わが方としてはなかなかこれはいつまでもどこかに突っかかっておりますことは、里帰りの方も早く帰れないし、それよりも何よりも、八月中に釈放されました戦犯をいまだお迎えできないということ、これは大へん残念だと思うものですから、すみやかにお迎えをしたいということと同時に、里帰りの方も早くお帰りになることが好ましいと思ったものですから、なぜ二団体の方が御同意を願えないか、こう思ったわけでございますが、それはあなたのお一人のお考えでございましょうか、二団体の代表の御意見でございましょうか。その辺明らかにしていただきたい。

中原淳吉日本平和委員会常任理事

○中原参考人 文章の上では今申したようなことにはなっておらないわけであります。中国の領土内に生活の根拠があり、中国人と結婚しておる日本の婦人が日本へ帰ることについて、三団体は援助するということなのであります。その場合にさっき申し上げましたように、出入国の手続、これは正規の手続をしていただく。これは言うまでもないのですが、出入国管理庁の方でも、日本人である場合には、どの船、どの飛行機で帰ってこようが、受け入れることは受け入れる、それはその通りであります。それから原則として旅費は自費、自己負担である。これは帰国船に限らず、一般にその場合はそうだ。たとえばバターフィールドやその他の便船に乗って日本に帰ってくるという場合も含めての話であります。しからば三団体として、里帰りの婦人についての援助とは具体的にどういうことであるかという点につきましては、これはその当時は日赤は外事部長の井上さんが行っておりました。友好協会からは長野重右衛門さん、私ども平和連絡委員会の方は阿部行蔵さんと私が行ったわけであります。そのときに、具体的に何かということにつきましては、手続その他については援助する、これは言うまでもない。それから帰国船がある場合にはそれに便乗させることはできます。帰国船に便乗させる場合に、それでは運賃は自己負担かどうか、それはもうただで乗せるにきまっているということで、日赤の井上さんからもそういうふうに発言されたわけであります。これは文字になりましたものは、最近この問題が発展いたしましたときに、何日でしたか、三団体で覚書を作りまして、三項目ありますが、二項目は、一時帰国者の処遇について、これは帰国船があれば、往航帰航ともこれに無料で乗船させてもらいたいというふうに書かれております。これは天津では文書にはなりませんでしたが、最近三団体で話をしましたときに、これは何ら議論がなく、帰国船のある場合にはということになっております。この点は山下先生は初めて聞いたということでありますけれども、そういう形での言葉では初めてかもしれませんけれども、実際上は今までそうなっておる。これは実際上そうなっておるから、そう言っておるだけでありませんので、天津での話、あるいは国内の取りきめ、三団体の申し合せ、また実際上の取扱いでそうなっておるので、さように御了解いただければ幸いに存じます。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員 了解いたさないわけではありませんし、先ほど内山さんからるるお話がありましたように、私自身もこの里帰りという問題については少からざる因縁を持っておりますので、この間も非公式に、中原さんも内山さんも平野さんも高木さんもおいでになったと思いますが、非公式な話をいたしましたときに、これは素朴な理屈抜きの考えで出発いたしたのであります。しかし過去三回これが行われまして、まあいわばほんとうに素朴な気持でやった私どもは、実を申しますと、何か裏切られたような気持にばかりさせられてきたのです。それで内山さんにも、どうしてすでに日本で結婚されていた方が戦後渡航された方までもお乗せになったのですかと言ってお伺いしたところが、いやそれはそうだけれども、何とも帰りたいという一心で泣き叫ばれてはどうもこれは乗れ、それは乗るなと言えなくてああいうことになったのだ、まあその気持もわからなくありません。わからなくありませんが、そこでちょっと内山先生に聞きますが、もう一往復すると全部片づくということですが、一往復とは行って帰ることですね。そうすると行きに八百五十人乗せたとすると帰りは乗ってきませんか、乗って参りますね。そうするともう一往復だとそれが片づくということが、また私たちここでひっかかるような気がするのですが、一往復で乗せない、八百五十人送ってくれ、帰りはからのままで八人と、あるいは引き揚げのほんとうに帰国される方があればそれを乗せて、あとは乗せないで帰るのだ、こういうことなのかどうか。一往復で一切が片づくのだからこれで打ち切ってくれ、こういうことでございますか、それはどういうことでございましょうか。

内山完造日本中国友好協会理事長

○内山参考人 一往復と申しましたのは、現在の状態だけなんです。あと二千人か三千人おりましょうが、それは全部里帰りさせることにおいて、私は日本政府の責任で完全に終る、こういうふうに考えております。あとまた続いてそういうことが起ってくれば、その二、三千人の数だけはどうしてもそれをやっていただかないと、私としては日本人に対する、この戦争犠牲者、敵地の中にほうり出されたままで今日までようやく中国人の間で生きてきたこの人々に対して、故国の土を踏ませるということは、どうしても日本政府がやらなければならぬ問題だと考えておりますから、そこで一往復と申しましたのは今現在の問題でありまして、そうすればこっちから帰る人は一ぺんに送れるし、また向うにおる人もこっちへ帰ってこられる。それが何回続きますか、合計したところで二千人か三千人ですから、この問題は金がかかるという問題もありましょうけれども、金で計算する問題でなくて、これはまさに人道上から考うべき問題である。三千万円、五千万円、あるいは一億円、二億円要るかもかわりません。しかし今日のお金の二億円は以前のことから考えますと、ごくわずかな金だと思いまするし、日本政府の手でそのくらいの金がどうも自由にできないというようなこともないと思いますので、この引き続いての問題は、二、三千人の向うにおる者全部に対することをお願いしたいと思います。どうぞ御了解願いたいと思います。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員 私どもも実は、今度八百五十人を帰してしまえば、それでこの里帰りの問題は打ち切られるということを考えておらないがゆえに廣瀬調停私案に賛成をしておるのであります。来るのはあなた方の方でおいでなさい、本年は行きも帰りも、あるいは滞在費も自費であったはずでありますけれども、しかしそんなことを言っておったのではいつまでもどこかにつつかえて道が開けませんから、私どもは廣瀬私案を支持するからには、これは政府を動かし与党を動かして、そういうことに決定いたさなければならないのでございますから、相当責任を感じつつきたのでありますが、そこで将来来られる方は、来るだけはおいでなさい、帰りは日本国でお世話をしてお帰しをいたしましょう、こういうことのためにあの廣瀬調停私案を私どもも支持いたしております。そこでそれが薄情だ、それが意地悪だ、こういうことだと思いますが、しかしながら、私は中国人と日本婦人との結婚生活というものがどういうものか見当がつきませんが、今、松永さんは、日本の家庭だったら、外に三時間くらい外出しても、子供が学校から帰ってお母さんはと言って心配しやしないか、それを考えるとわれわれがこっちに六カ月いることが同情できないはずはないじゃないかと言われますが、それはよく同情いたしますけれども、松永さんを初め今度帰られました方は六カ月の旅行許可証をちゃんと受け取っておいでになるので、夏の寒い姿で来たといっても、六カ月を満了して中国へ帰るときは冬になることは、これは中国でも日本でも気候の変化は同じでございますから、六カ月先にどういうことがくるかということは十分御覚悟をしておいでになったはずであります。それから子供が待っておる、主人が待っておるということでありますが、その中国の御主人なるものは、お言葉によれば大へん親切な、よくしてくれるというのでありますけれども、こういうきまりになっておるのだから、中国のような大国から妻を里帰りとはいいながら日本へ帰すときには もう少し夫としての愛情があってしかるべきだ、金はきめられた限度だけ持たして、そうしてそれに対して日本の政府は、厚生省は、あるいは日赤もそういうことを御勧誘申し上げたのではなかろうかと思いますが、何か内山さんの御発言の中にも、国内でもって非常に苦しい思いをしておるというのですが、それでは持ってお帰りになった金は、帰りの船賃として預けておおきなさい、それはあなたの財産とみなさないで、翌日から生活保護法というものが日本にはございますから、それを適用して、あなたが国内に滞在中は御不自由をかけませんということは、帰国のその日に皆様にはお話し申し上げておったはずであります。それが徹底しなかったら、それは援護局が徹底させなかった手落ちが一あったかもしれません。あるいは日赤等からお話があったのではないか、私は少くともそういうふうに皆様に申し上げておることを承知しておるのであります。  そこで、この問題は、われわれ初めに考えましたときには、最初申し上げましたように、素朴な気持で申し上げておるのでありますから、それをいろいろな日本人の感情を、非常な同情をかり立てるような表現をしないで、理屈を言ってはいけない、人道上の問題だ、そして日本が当然戦争犠牲者として解決すべき問題ではないか、その通りでございますから、われわれはこういうことを言っておるのでありますが、事今日に至りましては、もうちょっと筋道を立てて——筋を通すなんて、私は筋のためにこの問題を解決しようとは一つも思っておりませんが、どうも新聞等にあなた方里帰りの婦人が言われる言葉、それは判こで押したように同じことを皆様言っておられますけれども、そういう言い方ではなしに、この際赤十字の方では——先ほど高木さんの、そうはいうものの、こういう問題をいつまでもこうしておいてはいけないのだから、何かもうちょっと努力することがあれば努力をして、すみやかにこの問題を解決したらよいのではないかという御意見、全く私は賛成でありますが、二団体の方及び里帰りの方は、一体急いで帰りたいというのがほんとうであるかどうか、ほんとうならばあなた方自身が二団体の方にもうそんなことを言って私たちをいつまでも国内に置いておかないで、とにかくいいあんばいのところで何とか早く妥結して、電報を打って帰して下さい、こうこなければうそですが、そこのところはどうなんですか。帰りたいというのがほんとうならば、あなた方はそうすべきだと思いますが、どうですか。

松永和子中共地区一時帰国者

○松永参考人 先ほど山下さんのおっしゃる通り、私たちは北京で中国紅十字会から、帰りの旅費について相談するということについて通知を受けたわけです。でも、中国という国は、御存じの通り広い国でございまして、地方ではその通知さえ受けなくて、ただ日本へ帰りたい、今まで夢に見た日本へ帰りたいという気持、それにあれされて、帰れるという気持だけで押し通して帰っていらっしゃった方が天津に多く集まったわけなんです。その後のことは三団体からお聞きになった通りの現状であります。  それから私ども先ほど申しましたように、日本婦人の方は二、三時間子供を置きましても心配だ、それらのことについては、私の考えとしまして、まだ国交回復のできない、自由往来のできない国に十何年ぶりに帰ってくるのに、子供を連れて——子供も一人、二人の方も、四人、五人、六人の方も幾らでもいらっしゃいますが、そんな方たちがどうして事情のつかめない国に、幾ら里帰りとして帰して下さっても、もし向うへ帰ったら——自分の家では、手紙ではとてもいいと言ってきているが、それは自分の肉親、自分の娘、また自分の妹、お姉さんたちに会いたいためにそういう手紙が来たのかもしれない、それを自分たちは疑問に思って、その子供を全部連れて帰るためには、日本に帰って生活がほんとうに満足できるかできないか、そういう予想を立てまして、子供を満足に全部連れてきたいのを置いてきたのです。それが私たちの実情なんです。私たちが向うに帰りたいというのは、みんなそういう気持で、今三団体にも一生懸命お願いして向うの政府と交渉し、まして、御存じの通り政府からも電報が入っておりますし、そういうわけで一生懸命になってやっているわけなんです。今の現状としましては、日本政府に援助していただかなければ帰れないという現状なんで、こういうわけで皆さんにお願いするわけなんです。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員 私だけでなく、たくさん御質問がありますからこれで打ち切りますが、政府に援助をしていただかなければいけないということもよくわかります。そこで廣瀬委員長が政府とあなた方との間に入って、かたくななことを言っていたのでは話が進まないから、責任をもって政府を説き、与党を説いて、帰りの船賃はある方もない方も政府で出して、あたたかくお送りして差し上げよう、こういうことを委員長は非常な決意をもって決心をされて調停案を出しておられる。そこで、日本国が援助しないということではないのでありますので、どうでしょうか、私はこの二団体の内山さんと中原さんにぜひ一つお願いしたいのですが、内山さんはまだ先があると言われますけれども、先は先で考えようじゃありませんか。この際は政府がせっかく便船をとらえて、その費用は全部政府が持つようにきめる、それで帰りを急いでおられる里帰りの方は一応帰っていただく、そうして戦犯八名の方は練習船をもってお迎えをする、こういうことをして、この際はあとがあるからということでなく、一応これで終ったとおっしゃればまた私も考えを変えなければいけないが、あとがあるのでありますから、あとはまたあとでゆっくり考えようじゃありませんか。だんだん寒くなって、冬がくるのに、二団体の方に踏み切っていただかないと、いつまでも里帰りの方も帰れないし、戦犯のお迎えもおそくなるということでございまして、あとは私ども委員会が続く限り、あるいは続かなくても、われわれこの問題に戦後ずっと携わった者は決してじゃけんなこと、筋のために議論するなどということは一切ございません。この際はこういう二団体が御努力をして紅十字会と御連絡をしていただいて、高木さんの方はいろいろな点で一そうの努力が必要だけれども、われわれもこれで何とか妥結すべきだというような御意見も拝聴いたしましたので、われわれもこのような考え方で最善の努力をしたいと思います。私はあとへちゃんとげたを残しておきます。あとはあとで考えます。ですから一つこの際この問題だけはこの辺で皆様方が御決意になればすらすらといくんじゃないかと思いますが、御両所の御見解を承わって私の質問を終ります。

内山完造日本中国友好協会理事長

○内山参考人 私は大きい船を出していただいたら一ぺんに今度の問題は片づく、目前の問題は片づくということを土台に申し上げております。大きい船は出せないのでしょうか、出せるのでしょうか。  それから今おっしゃったように、廣瀬私案で示していただいておりますのは、練習船は十一月の何日ごろに出る、あるいは十月の何日ごろに出る、そうして大きい船は大体いつごろ出せるのかということが承わりたいと思いますが、これはどうしても船がなければ先ほど申し上げましたように、むしろ十一月二十日に出る外国船をチャーターしていただいて、それにこっちから一ぺんに乗せて向うに行って、そうして今、天津に集結したり、また現住地で待っております人々を船の余裕のある限り乗せて帰ってきてもらう。帰国者、戦犯釈放の人たちと一諸に乗せて帰っていただくというような工合にお願いしたい。十一月二十日の船よりないということから、十一月の一十百の船よりないとすれば、その四、五日やそこら前に練習船を出すということでなしに、それは費用も二重にかかることですから、その費用を外国船のチャーターの方に回していただいて、その船をチャーターして行っていただけば、向うから今、集結されている人は帰ってくることができると思います。  それからまたあとで考えるというお言葉がありましたが、あとで考えるということも私は必要がないと思う。里帰りする人々の扱い方を日本政府としては一応帰国者としてお扱い願いたいと思っている次第であります。当然それは帰国者として扱っていただくべきものだと考えるわけであります。船の方はもしも十一月二十日より前に日本の船で大きい船の都合がついて、それで送っていただくことになりますれば、練習船を出していただく必要がなくなるのでありますが、同時に向うから帰ってくる人がどのくらいあるか、その人をやはり優先にしていただきたいと思います。というのは、今、日本におられる里帰りの人々の話でも、向うに残っておる日本人の人々——私どもが日本の土を踏んで非常に嬉しく、これから帰って一生懸命働きたいと思っておる。ぜひ一つ向うにおる人を帰してもらいたいということを言っておられるのをこの際に実行に移していただいて、そういう工合に継続していただきたいということをこの際申し上げたいと思います。

中原淳吉日本平和委員会常任理事

○中原参考人 ちょっと弁明みたいなことがあるのですが、今おります里帰りの婦人を十一月一十日に帰していただけるということが意地悪ということを言っておるのではありませんので、それは今の里帰りの問題についてほかに方法がなければやむを得ないという、非常にけっこうなことなのでありますが、われわれとしてはそれをもう少し早くできないかということで努力の方法がなかろうかということが一つあるわけであります。  それからもう一つは、この里帰りの婦人をどういうふうにして帰すかということは、帰す方法さえきまれば、中国側にこうしますからと言ってやればよろしいことでありますけれども、天津に今おります人たちを、これはいけない、これはいいということをやるのがちょっと困るということなんでありまして、今後里帰りはこういうふうにして、あと二船なり三船なりこうするということを御決定いただければ非常にけっこうであります。同時に、このことをこうするのだといって新しくきまれば、先ほど申しましたように、中国側と打ち合せをしなければならない事情が残っておりますので、この際は今、内山さんが言われましたように、今、天津に集結して今度帰る人たち、この人たちをお帰しできるような方法を考えていただきたいということが最初の要点であります。そうして、その際もし不幸にして、たとえば白山丸とかなんとか、そういうふうな船が出て、今、里帰りで日本に来ておる人たちがみな乗れないとした場合に、それをもう一ぺんやるとか、あるいは残った人たちを十一月二十日にやるということは大いにけっこうなことであります。その点は二団体が了承すれば片がつくということでは必ずしもないので、つまり天津におる人たちをどうして迎えるかということをきめていただきたいというのが、ひっかかっておる中心の一つなんでございます。この点ぜひ御了解願いたいと思います。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員 私は答弁をいたす立場ではございませんので、私の質問に反問を受けましたことは、はなはだ当惑をいたしておるのでありますが……。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 御発言中でございます。が、参考人は失礼ながら御質疑ができないことになっておりますので、答弁ということでなくてお聞き取り願いたいと思います。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員 そこで、いろいろ御意見がありましたので、私の最後の意見を申し上げておきますと、内山さんもお立ち会い、中原さんはどうであったか存じませんが、天津協定のあの四項の内容というのは、皆様御承知の通りに、成規の手続をされました里帰りの婦人を、入国を認めるということであって、帰国船に必ず乗せるということは、内容になっておらないことは御承知の通りであります。そういうことでありますから、いかなる方法ででも、成規の手続をとっておいでになった方はもちろん入国を認めるということでございますので、必ず引揚船に無料で乗せるということが、あの協定の四項の内容になっていないということは、私どもは皆様方からそのように報告をされて記録しておる条項でございます。その点も一つぜひ二団体の方では、あの協定の四項の内容をもう一度御検討願って、善処していただきたい、私は希望を申し上げておきます。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 戸叶里子君。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 私は大臣が来られましてからいろいろ御質問申し上げたいと思いますが、一点だけ日赤の高木さんに伺いたいと思います。先ほどのお話を伺っておりまして、残念ながら今回は二団体と少しく意見の食い違いを生じた、そのいきさつを御説明ありましたが、最後におっしゃいましたことは、しかし最後の目標とするところはいずれも同じである、だから今自分の考えているのが必ずしも最終無上とは思わない、何か三団体が一致してやれるような結論を出してもらえたら非常にいいというふうなお話でございました。先ほどからの皆さんの質疑応答を伺っておりましても、結局何とかして今回日本におられます帰ってこられた方を早く帰してあげたいということと、それから向うにおられる戦犯の人に早くこちらに帰ってきていただきたい、また天津におられる里帰りの人も、これは日本の戦争の犠牲者であるから早く帰してあげたい、こういう意図は皆さん同じだと思うのです。さっき山下委員が、天津にいる里帰りの人たちのことは、あとはあとで考えましょう、先は先で考えましょう、こういうふうなことをおっしゃいましたが、かりにもし高木さん自身が今回の廣瀬案というものに同意されたということになりますと、それでは次の里帰りの人たちをどういうふうにして至急に日本に迎えられたらいいというような腹案をお持ちになっていらっしゃるか、この点を伺いたいと思います。

高木武三郎日本赤十字社社会部長

○高木参考人 私が先ほど申し上げました通り、この問題につきましては、一体この問題はどういうふうに解決するかということが問題の中心点でございますので、私どもが理論的根拠に基いて、私の言っていることが正しいとか、二団体の言っていることが正しいとかいうことを闘争するのが何も目的ではなくて、私どもは自分だけがこれでいいと思いましても、さらに二団体からこれでやったらどうだろうとか、あるいはさらに一歩譲歩していただいて、これでいいではないかということであれば喜んでそれに賛成するわけであります。決して廣瀬先生の示して下さった案が一番いいものだからこの通りにやらなければいかぬ、日赤はこれでやるのだということに、確固不動のものにきめたわけではないのでございまして、その点は非常に融通無碍で、いかにして解決するかということに問題の一点をしぼっておるわけであります。だから日赤はああいうことをきめられて、もしほかの案が出てきたら面子がつぶれるではないかとよく言われますが、私は面子がつぶれるのはけっこうでございまして、問題が解決すれば日赤が悪口を言われようが面子がつぶれようが、その点はあえて問題にしていないのでございますから、その点は御指摘の通りでございます。  それから、この問題は、大体問題はしぼられまして、二団体も三団体も、内地におられますところの里帰りを送り帰すということに対しては、何も反対する人はないと思います。これはみんなが反対しますから。この問題は一つ切り離しても解決すべきものだし、解決がつくものであろうと予想されます。それから、向うから戦犯と帰国者を迎えるということについても、何人も異議ないものでございますから、これは解決すると思います。ただ問題は、向うに残っております。向うから来ようとしており、また送り帰そうとしておる里帰りを、戦犯、帰国者と一緒にからめて送り帰すという問題をどうしようかという一点にからまっておるわけであります。従って、先ほど御指摘のありましたように、今回天津に集結しておるであろう、またするであろうと予想される里帰りをどう処理するかという問題がさばけない限り、この問題は解決しないわけであります。従って、廣瀬先生の私案について私どもが賛成したというのは、廣瀬先生は片道の負担をするということについて、便船等によって帰したらどうだ、帰ってきたらば日本の方で通り帰してやるという御案でございますが、私どもはこの廣瀬先生の案というものは、中心点については賛成しておるわけでありまして、具体的に方策をさらに仕事としておろす場合に、もう少しお願いして、たとえば中国に船がない、船がない場合には日本側で船を仕立ててもらって、そうしてそれに乗せてくる。しかし、その費用の問題についてはどうするかということは、また別途の問題でありますけれども、その程度のことは、廣瀬私案というものにつきましても、これは根本をゆるがす問題ではないのでありまして、その点については十分お願いもできますし、話し合いもできるものではないか。従って、問題の解決は、その点に持っていかなくちゃならぬというふうな工合に考えております。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 高木さんのこれまでの御努力のありましたその経過をたどってみましても そういうふうなお考えであるということは私も了承したわけでございますが、そこで、実際的な問題といたしまして、今問題になっておりますその次に帰ってこられるような人たちの船の問題をどうするかということが、私はすぐに出てくると思うのでございます。その問題はどうしても今回お帰りになる人たちと、それから釈放戦犯の方、一時帰国される方と切り離しては解決できない問題で、やはり今の場合は、こういうふうに小さい船を出して、そうしてあとからというふうなことは、どうしても私は切り離せられない問題ではないかと思うのでございます。さらにまた先ほどの内山さんからのお話を伺っておりましても、中国側からはたびたび釈放戦犯、一時帰国の人等を一緒に、里帰りの人を早く帰してほしいというような電報が来ているのを見ましても、おそらく今回船を出すということになれば、それに里帰りの人たちも乗ってくるだろうというふうな想定のもとに、あるいはまた今まで里帰りの人を迎える形もそういうふうな形をとってきておりますから、中国でもそういうことを望んでやっておられるのじゃないか、こういうふうに思いますし、中国の望むのと同時に、日本の国から考えましても、そうした里帰りの人たちを早く日本に一度帰してあげる、そういうふうな点から考えても、やはり私はここで大きな船を二重の手間を省いて出してやる方がもっといい、得策ではないか、こういうふうに考えるわけでございます。こういう点に対しても、ただいま大へんお含みのあるようなお言葉でございましたが、どちらがいいかといえば、やはり大きな船を出した方がいいとお考えになると思いますが、この点についていかがでございましょう。

高木武三郎日本赤十字社社会部長

○高木参考人 もちろんこれは国の方針というものが樹立せられまして、私ども三団体としてはその業務を遂行するわけなんでございますから、大きい船を出して、そして里帰りを迎えてくるという方針を立てていただきまして、その方針に基いて大きい船が出るということになれば、私ども仕事をするものといたしましては、これが最もやりやすいのです。だから、今のような五十人の船で迎えに行くというような問題でもし私どもが仕事をするというのならば、仕事をやる身になりますれば、非常に困難が前に横たわっていることは事実なんですから、そういう線をお出し下さって、それを政府としておきめ下さるならば、私ども非常にけっこうだと思います。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 あとは大臣が来られてから質問いたします。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 中山マサ君。

中山マサ自由民主党

○中山(マ)委員 私がいろいろな応答を聞いていて考えますことは、いつも里帰りがあるたびに問題が出て、そしてラジオなどを聞いておりますと、お帰りになった方々の政府及び与党の攻撃がラジオを通じて非常に流れておるのでございまして、これは一体何をしているのやら、里帰りされて喜んでおられるのやら、ほんとうに自分たちの母国はもうちょっとましなところであろうと思って帰ってきたと今松永参考人がおっしゃったのでございますが、負けた国がさほどいいところと思ってお帰りになったところに、少しお考えの狂いがあるのではなかろうか。今お帰りになってみえた方は——ここらも戦後十二年たちましてどうにか見られる格好になって参っております。この本館のまわりには、私が当選して参りました十年前は、建物は何もありませんでした。総理官邸だけくらいなものでございましたでしょう。それがまあここまできたのですから、前にお帰りになった方々がそうおっしゃるなら不思議はないのですけれども、今はよほどましになっているということを松永参考人は少しお考え下さいまして——これまで帰って参るたびに非常にいろいろな問題が出てきたのですが、それに対しましては私どもも、男の先生方も、むろん御自分方の奥様がどっかほかの国へ里帰りしておられたならばお感じになるだろうとは思いますけれども、われわれ婦人議員は、特に女の共通点からいろいろ心配いたしまして、党の方でもいろいろ財布を開いて、幾分かのお小づかいをお持たせして帰したごともあるのでございますから、そういう点は一つよく頭の中に入れておいていただいて、われわれが戦勝国であるならばもっとましなことができると思いますが、しかし何を申しましても敗戦国であって、あっちこっちの国々には賠償を責め立てられて、それを返していかなければならぬ、今は貧乏の上塗りばっかりさせられておる国でございますから、御希望通りのことができないということは、まずここでようく腹に入れていただきたいと思うのでございます。私がここで不思議に思いますることは、こちらへいらっしゃるときに自費であるという建前は、聞いた人もあろうが、知らない人もあった、国へ帰りたいといういちずで帰ってきたというお話でございますが、なるほどその立場にいなかった私がとやかく言う権利は私はないと思うのであります。お感情のほどを十分お察しできないかもしれませんけれども、やはり外交関係がないという一つの事実、それをお考えになりましたら、もう少しお考えが深くなっていた力が、こういう難事が出てこなかったのじゃなかろうかとさえ私は思うのでございます。早く帰りたいのだ、それであるならば、たとい五十人乗って参ります船にでも、あるいはほかの外国船でも、私はもう絶対に三団体様にお願いをいたしまして、どうでもいいから帰してくれと言うと思います。これは三団体にまことに失礼なことを申しますけれども、私はあけすけにものを言う性格でありますので言わせていただくのでございますが、三団体がちょっとまん中に立たれているような感じがするのです。お話を聞いておりますと、中国に対してこういう約束をしたからこれでなければいかぬと一向譲歩して下さらないのは、一体どういうことであろうかと考えられるのでございます。自費であるという点は、聞いていた人もあるが聞いていない人もあるということで、これはもう御破算にしようとなさって、自分たちの御都合のよいことばかりおっしゃっているように、何かひが目かもしれませんが、私は考えがいたすのでございます。向うの国においても決定したお約束の措置を怠っておられたのでございますし、こちらでも国の経済上どうしても多額の金のかかる船をいついつまでも置いておくことができないのだから、お気の毒だけれども、やはり五十人くらいの船にでも乗って帰っていただいたら、あるいは外国の船にでも乗って帰っていただいたらどうでしょうかというように考えます。三団体のお方々もそこまでおりていただきたい。今帰られない婦人たちに対する恩情の方が勝ちまして、そうして向うへお約束したことばかりにこだわらないでやっていただく寛容と申しましょうか——お互いに日本人なんですから、ただ中国の方に約束したことばかりをおっしゃらないで、ちっとはこちらの国内事情を考えなすって譲歩していただいて、ここにおいでになる方全部一緒にお帰りになれなくても、帰られる人はどんどん帰していくという便宜主義と申しましょうか、そういうことに落ちついていただきましたならば、この問題は解消する。今向うに何千人か集結しているではないか、それをどうしてくれるのだということ、これは私政府にもあとでお尋ねしたいと思うのでございますが、いわゆる里帰り婦人を集結さしておいてくれという約束を政府がしたことがあるかどうかということもお尋ねする権利を与えられているので……(「関係はない」と呼ぶ者あり)関係はないかもしれませんが、これはやはり政府がやれないから三団体がやってきたとおっしゃるのでございますが、政府と了解の上集結しておきなさいとおっしゃったかどうか、それも伺っておきたい。集結したのだから連れて帰る責任があるということなら、ちょっと一方的であるので、こういうことをみんなテーブルの上に出し合って、合うカードから整理して行って、できる範囲内のことをやっていくのが政治の要諦ではなかろうか。外交折衝におきましても、片方がこれだこれだと言うているだけでは解決できない。両方そういうことでは、いつまでたっても話にならないので、そこを一つ寄り合うて行って、できることからして、どうしても早く帰らなければならない事情にある人から先に便船でも何でもよいから帰っていただくことが一番問題の解決点ではなかろうか。私が里帰り婦人なら、いかなる方法でもよい、帰して下さいと言うであろうと思うのでございます。戦犯と里帰り婦人はある意味で全然違ったものだということは、三団体もすでに御了承済みのことでございますので、もう少しやわらかくなって、中国に約束したことばかりをたてにおとりにならないようにしていただきたいと思うのでございますが、その点をお尋ねいたします。

内山完造日本中国友好協会理事長

○内山参考人 中国に約束したことだけを実はたてにとって申し上げているのではないのでありまして、そういう規則とか契約をしたとかいうことだけでなしに、中国から帰って来ました約三万人の日本人に対して、中国がどんな待遇をしてくれたかということを考えていただいて、日本としては中国通りにはいかないけれども、これがつつ一ぱいである。これ以上待遇することができないというような点まで一つ御努力願いたいと考えておる次第であります。それは先ほど申しましたように、この里帰り婦人というのは、決して好き好んで中国に残っておる人ではないのであります。もともと戦争の犠牲者で残っておる人——この戦争の犠牲者ということを里帰り婦人たちがみずから言われることには私は不賛成です。戦争の犠牲者、戦争の犠牲者と言われても、日本にもたくさんの犠牲者がおります。しかし、みんなめいめいに私がその中で一番苦労しているんだ、苦労しているんだということをお考えになる。けれどもそれはみんなそういう工合に考えるのであって、必ずしもあなた方が絶対的に戦争の犠牲者であるというようなことを、あなた方の口から言われることは私は不賛成だ。しかし、私どもの立場からいえば、私は実は上海に三十五年おりました。そうして帰ってきますときには千円もらって、ステッキ一本で私は帰って参りました。帰ってきましたけれども、敗戦の日本政府に向って 一銭でも在外資産の補償をして下さいとは申し上げないような次第であります。とにかくこういう人々に対して、われわれは十分ねぎらわなければならぬ立場におると私は考えております。そのことにおいて中国人の目から見たときに、日本人はやはり人情の国民である、日本の政府も非常に人情深い政府であるという好感を中国の人々に持っていただくように、まず最上の温情のある待遇をしていただきたい。しかしそれは金がかかってできないということをおっしゃいますこともわかりますが、しかし東京だけを見ておりますと、もう交通ができないほど自動車は飽満状態にある、こういうようなものを中国人が見ましたときに、一面は中国人であり、一面では日本人であるこうした里帰りの人々に対する待遇が、今日のようなことで果してよいだろうか、どうであろうかということを考えるときに、もう一ふんばりふんばっていただいて、特にこの引揚委員会の皆さんに御努力願って、政府を鞭撻していただいて、お互いに喜ぶような解決がしていただきたいと考えます。それには、できれば大きい船を早い時期に出していただけば、それでこっちにおる人たちだけでも向うに帰えれるし、また中国に待っている遺骨も送ることができますし、向うに待っておる人も、釈放戦犯も帰ることができ、日本へ永住するつもりで帰ってくる人々も帰ってこられる。それから今申しましたように、向うで里帰りを望んでおる人、日本で今、日本に帰っておられる人に最上のあったかい取扱いを願いたいと考えておりますのと同じ立場におる人々もどうか同じようにこっちへ帰ってもらって、そうしてあとがもう全部で二千か三千のことですから、それだけを続けて皆さんを里帰りさしていただければ、そこでみんなが喜んでまた中国において働きますことが、日本と中国との将来に対して、きっとその子供にまで将来長く好影響を及ぼすものであると私は考えますので、もう一ふんばりして、一つぜひここで大きい船で今度の喫緊の問題を解決していただきたいということをお願いしている次第であります。

中山マサ自由民主党

○中山(マ)委員 内山参考人はつつ一ぱいというお話をなさっていたのでございますが、約束ということでおっしゃれば、いわゆる廣瀬案は、政府といたしましてはお約束が違うのだから、御自弁でお帰りなさいと言うてしまってもいいような話なんですね。約束なんということを突っ張るんじゃない、政府といたしましては、これがつつ一ぱいだとおっしゃっている。午後から大臣もお見えになることですから、ほんとうにこれが政府としてつつ一ぱいなのかどうか私もお尋ねしたいと思いまするが、委員長といたしましては、政府の言っていることにも無理がない、政府としてはこれはつつ一ぱいであろう。おくれた、おくれたと山下委員からおっしゃいましたように、言われても、それは六カ月という期間を切ってきている。私も外国に行ったためしがございますけれども、やっぱりパスポートでは、いつ行っていつ帰るということを見ていかなければ、予算が立たないのでございます。そういうわけで、委員長は、政府としてはこれはつつ一ぱいだから、そこの中をとってこういうことにしたならば、まあ両方がここならやむを得ないとして納得しようじゃないかというところにこられるということをお考えになってやっていらっしゃるのでしょうと私は思いますので、そのつつ一ぱいがお互いに議論の分れめだと思うのでございまするが、時間も一時になっておりまするので、また午後に今度は問題がつつ一ぱいにかかってきたと私は思います。あなたは大きな船で帰せば早くけりがっくじゃないかというお話、われわれはたとい少しでもいいから、どうしても早く帰らなければならぬというせっぱ詰まった人から先に帰っていただいて、そうして次第々々にできるだけの方法ですみやかにお帰ししようという気持はこれは変りがないと思いますから、私は廣瀬案を一つ御承願うて、この際できることをしていこう。里帰りの婦人たちも三団体のお方々のそのお気持で、どうやらちょっと待ったら大きい船で一緒に行かれるのではないかというその気持で、なかなかふん切りがつかないのではなかろうかと思いまするので、私はこの辺で二団体と申しますか、三団体に御了承願って、日赤さんはもう帰られる準備をすることにのみ問題がかかっているというお話でございますので、そこから踏み切っていただくのが相互の幸いであろうと思いまするので、私もともにこの廣瀬案に一つおりてきていただくことをお願いいたします。あまり長くなりますと、午後に差しつかえますので、この点はまた委員長にお願いして、終ります。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 櫻井奎夫君。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 時間もありませんし、二時から大臣が御出席になるということでありますので、私の質問はそのときにいたしたいのでありますが、ただ一点だけ松永さんにお伺いしたいと思います。実は私の県にも二十一名ほどの里帰りの人々がおられる。その方たちが盛んに県庁に参られまして、もう滞在の期限が切れようとしているのに、帰る旅費もないし、何とか知事や市町村あたりで自分たちの旅費の工面をしてくれということを盛んに陳情しておられるわけであります。私がお聞きしたいことは 一体援護局あたりから何らかそういうことに対してあなた方に通知がないのですか。たとえばいつごろ帰れる見通しであるとか、十一月の二十日ごろになれば外国船があるから、そういうものに便乗さして帰す予定であるとか、そういう何らかの通知がありましたかどうですか。   〔委員長退席、山下(春)委員長代理着席〕

松永和子中共地区一時帰国者

○松永参考人 援護局から特別にきまった通知というものは受けておりません。ただ新聞記事だとか私たちの陳情によって、十一月二十日に船を出すいうことを聞いておりますが、それもはっきりした返事だとは私たちは思っておりません。それについて、また私たちが半年のパスポートをもらったということにつきまして、パスポートは十一月十八日で切れております。それによって私たちはその期限内に一日も早く帰りたいという希望であります。それからまた夏姿で帰りましたので、冬の仕度もないので、早く帰りたいという希望、それから私たちは二、三カ月の予定であった、去年の方がお帰りになったときに三カ月のパスポートを出され、それがまた延期され、また半年に延びたということがありますので、ことしの里帰りには政府から半年のパスポートが渡されたのではないかと思います。それから、八月に戦犯向けの船があるということを聞きまして、私たちはそれに便乗できると思って帰ってきたのです。それがいまだにまだ帰れないという状態なんです。それだけです。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 そうするともう一つ確認しておきたいのですが、政府の方からは、あなた方の将来について、またパスポートの期限等について何ら通知一がない、こういうことでございますね。——よろしゅうございます。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員長代理 櫻井委員、もうそれで終りですか。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 終りです。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員長代理 西村委員、続いておやりになりますか。

西村力弥日本社会党

○西村(力)委員 高木さんにちょっとお尋ねしたいのですが、今回お帰りになられた方、あるいは残留せられておる同じ立場でいらっしゃる日本婦人の国籍は、現在どういう工合になっておりますか。大体のところですね。   〔山下(春)委員長代理退席、委員長着席〕

高木武三郎日本赤十字社社会部長

○高木参考人 私どもの開いておりますところでは、国籍は日本人の国籍になっております。

西村力弥日本社会党

○西村(力)委員 今、高木さんと申しましたが、松永さんにお尋ねしたかったのであります。まあお答えは同じじゃないかと思います。  それから、厚生省の局長にお尋ねいたしますが、先ほど帰りの船賃を日本政府が出してやることは、恩恵と考えなければならないというような御発言がございましたが、私たちはそういう言葉を非常に冷たく感じるのです。自費で来いということは原則なんだ。しかし、来たい一心でこっちに来た、それを何かしかるような、そういう格好はあるかもしれませんけれども、これは恩恵だなんというような親の国があるか。私たち、自分の子供をしかる場合でも、言う通りやらないで、このやろう、けしからぬと言うけれども、それじゃ仕方がないからくれてやるというようなときに、これは恩恵だぞというようなことを子供に向ってはおそらく言わない。ところが、政府の方の立場として、恩恵として船賃を出すのだということは、これは政府のこの里帰り問題に対する基本的な態度を表わしている言葉ではないか、こう私は受け取るのです。里帰りの方々がいかに母国に一度帰りたいという希望が熱烈かということは、私もじかに会って話しましたし、またそれは人間として当然想像されることなのです。そういう人々が来た場合に、それを受け入れるこちらの心構えが、わずかの船賃を出すのを恩恵だという工合に考えるそんな考え方では、これは決して人間味のある正しい方向ではないだろうと思いますので、その言葉があったことを私は責めたいのですが、あなたからその問題に対する釈明がありましたらばお聞きしたいと思う。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 言葉が適当であるかどうかということになりますと これは御批判に待たなければならぬわけであります。私の申し上げた趣旨は、最初里帰りが行われましたのが昨年でございますが、昨年以来繰り返し 帰りは自費であるという線が基本線として出ているわけです。このことにつきましては、中国側もまた三団体も認められているということについて御異議はないと思うのです。ただ現実の問題といたしまして、差し迫って帰る旅費がないということでございますので、政府といたしましても、これは何とかしてあげなければいかぬじゃないかというふうなことから、今回お約束はお約束として、特別の措置を講じております。この点は好意として受け取っていただかなくちゃいかぬのだ、そういう趣旨で申し上げたのであります。

西村力弥日本社会党

○西村(力)委員 私は好意として受け取っていただかなければいけないという、そういう考え方を改めてもらわなければいかぬじゃないかと思う。そういう原則はあるかもしれませんけれども、親元に帰ろうと思って帰ってきた人、長い間に出費がかさんで、計画通りにいかなかった、こういう事情は責めるべき事態ではない、こういう事態に至ったときに、日本政府は当然のこととしてこれをなすべきである。それを好意として恩恵として受けるべきであるという、こういう考え方がこの里帰りの問題に対処する政府の基本的態度を示しておるのだということについて、強く私たちは反省を求めたいと思う。あなたにそういうことを申し上げてもどうもならぬ。事務的の問題の範囲を今この場において越えることはできないから、これで打ち切りますが、私の質問する趣意は、今のような考え方は当然改められなければならない、こういうことであります。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 それでは暫時休憩いたします。  なお、午後からは厚生大臣が御出席になりますので、引き続き質疑を行うことといたします。午後は二時ごろより再開いたします。    午後一時七分休憩      ————◇—————    午後二時五十五分間議

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 これより会議を開きます。  この際お諮りいたします。去る七月二十三日、理事堀内一雄君が委員を辞任されまして、理事が一名欠員になっておりますので、この際補欠を選任いたしたいと思いますが、この理事互選につきましては、前例によりまして、委員長において指名いたすことに御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 御異議なきものと認め、委員長において、理事に八木一郎君を指名いたします。     —————————————

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 午前の会議に引き続き、海外同胞引揚に関する件について、質疑を行います。櫻井奎夫君。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 私は引き揚げの問題について大臣に御質問を申し上げますが、まずそれより、大臣二時から御出席になるというので大へん長く待っておりましたが、どういう御事情でしたか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 委員長に二時まで、実はだいぶ前から結婚式の仲人を頼まれまして参っておりましたのですが、そういう結婚式の都合上、どうも延びがちでございましたので、これでも結婚式を実は途中で帰って参りました。まことにそういう点では申しわけありません。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 それでは質問に入りますが、この引き揚げの問題につきまして大分ごたごたいたしております。最初八月八日、中国の方から三団体あてに電報が参りまして、その後二カ月経過いたしているのでありますが、いまだ完全な結論に立ち至っていないということは、私どもとして非常に遺憾に存ずる次第であります。なおまた今回の三省会議で引揚船を出さないという一応の政府の決定があったにもかかわらず、その後大臣がいろいろ努力されまして今日一応の線が出たということ、その線そのものには私ども満足はいたしておりませんが、厚生大臣としての御努力に対しては、一応敬意を表するものでございます。  そこで問題は、今、日本政府が考えておられるのは、戦犯と一般帰国者のために練習船を出して、それでお迎えをする。それからこちらに残っている八百数十名の里帰りの婦人に対しては、これは外国船によって中国に送り返す、こういう線が一応出ていることを先ほど援護局長から公式にこの委員会に御報告があったわけです。この戦犯釈放及び一般帰国の問題は、御承知の通り一九五三年の中国紅十字会と日本三団体の北京協定、それから一九五六年の天津協定によりまして、今まで十六回支障なく円滑にこれが行われてきたわけです。今までの例によりますと、便船がありまして、それに戦犯及び一般帰国者が乗り、余裕があった場合に里帰りが乗ってきた、こういうことで政府の配船に対して里帰りの方々もその恩典に浴しておったわけでありますが、今回は今まで帰っておる里帰りの人は何とかして向うへ送り返すけれども、新たな天津に集結しておると予想されるところの里帰りについては考慮していない。将来はどうかわかりませんが、今回のこの政府の案については、五十名か百名乗る程度の練習船を迎えにやるわけでありますから、それにはとうてい天津に集まっておる里帰りの人は乗る余裕はないと想像されるわけでありますが、今回に限り今までの慣行を破ったこのような措置をとられるのは、どういうわけか。私どもはこれは別にいやみを言っているわけではなくて、やはりこの引き揚げの問題は大きな国交の一つのステップ・ストーンであると考えておるわけです。引き揚げだけでなく、もっと行方不明者の調査究明もあるでしょうし、御遺骨の問題等もあるでしょう。そういういろいろな大きな未解決の問題がまだたくさんある。そういう中で、この船の問題について、今までの慣行を破ったこのようなことが、あるいは相手の中国に与える影響、こういうことをおそれる。中国の方でこれが非常に日本政府の対中国非友好的な一つの具体的な現われであるというふうに考えられはしないか、こういうことを非常におそれて、私どもといたしましては、やはり従来の慣行通りなことを政府がこの際とってもらいたい、こういうことで、どうしてこういう態度をとられたか、その点を一つお伺いしたいのであります。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 実はまず第一に、私この引揚特別委員会へ参りまして申し上げなければならぬことは、この前私が就任間もなく最初に委員会に出ましたときに、今後里帰りは日本と中共との間に便船もあることだから、その便船によってお帰りを願うということが三省の間に打ち合せができておりました。従いまして、里帰りについてはさよう御了承願いたいということを申し上げたのであります。三団体はもとより、皆さん方から、現在内地に八百数十名の里帰りの人がいる、これをぜひ特別に送り返す手配をしてもらいたいという非常に熱心な御要望がありました。私はいろいろ従来のいきさつを考えたのでありますが、まず私自身が三団体の方にお目にかかって、そうして真意をただすのがいいというふうな考え方に立ちまして、三団体のおいでを願いまして、打ち合せたのでございます。私としては第一回のときには船を特別に塘沽に配船するというふうな考え方はなかったのでありますが、非常に熱烈な御要望もありましたので、何とかして、当委員会においてもいろいろ戸叶さんその他からのお話がございました内地に今おいでになるところの八百数十名の方については、特別の考慮を払うべきだということを考えまして、これらの人を、何とかいい便船がないであろうかということを考えたのであります。たまたま外国船が塘沽に寄りませんのをぜひ寄ってもらいたいというふうなことで、それによって八百数十名の里帰りの人をお帰りを願うというふうな特別な考え方に立ったわけでございます。しかしながら、その船の都合上どうしても十一月にならなければ配船の都合がつきませんので、すでに今おっしゃいましたような八月に八名の戦犯があるというふうな向う様の御意向というものが伝わっておりますので、あまりに戦犯の方々が釈放されて長く待っていられるのはどうだろうかということで、何とか船の手配をいたしたいということで、たまたま練習船がございますので、この練習船によって受け取りに参りたい、こういうふうに考えたのであります。そういう手配をいたしましたので、ほかに他意はございません。ただ三団体の方にも申し上げたのでありますが、戦犯及び一般引揚者に対しては私どもとしては考えるのだが、今は私どもが了承していることは、ただ八名の戦犯ほか何名かわからない状態である、そういうふうな状態では船の手配を、私どもとしては練習船によっても戦犯の人を一日も早く帰したいという手配をすべきが当然であろうし、また一般引揚者があるならばそれについて考えてもみたいが、しかしながら、不幸にして一般引揚者については三団体を通じて詳報が参っておりません。と同時に、なるほど里帰りの御婦人はあの終戦の当時に非常に困難な境遇にお置かれになった方もあることを了承いたしておりますが、いろいろな事情のもとに向うにおいて御結婚なすったわけでございます。しからばこのいわゆる里帰りの御婦人というものと、向うに抑留されてこっちにお帰りになる、そうして日本に永住の目的でお帰りになったところの一般引揚者とは、私は区別しても当然でなかろうかというふうに考えたのであります。で、大体私の了承いたしておるところでは、実は三団体とお目にかかりましてお話したことの責任は、私としては尽しているのじゃなかろうかというふうに考えておるのであります。その後三団体の方から、何ゆえに外国船を寄らせるのか、日本船に寄ることにしてもらいたいというお話もありました。私としては、どういう船をどういうふうに契約して回すかは、最初からおまかせを願うということで御了承を願ったつもりでおったのであります。船が回ることがきまりますれば、実は三団体の方においても戦犯及び一般引揚者については向うと照会してもいいのであるということすら、最初の場合におっしゃったのであります。里帰りと一般引揚者とを同等に扱えとおっしゃることは、今お引きになりました北京協定なり天津協定を見ますときに、必ずしもそうなってない。また今、従来の慣行からとおっしゃいますが、従来の慣行においても、里帰りの方については運賃を持っていただくということは、三団体も御了承であったのであります。私にもそれは確認されておるのであります。従いまして、現在のところ一般引揚者と里帰りの御婦人とを同一に扱わなくちゃならないという御主張に対しましては、北京協定、天津協定に照らしても、従来の慣行においても、私は趣きを異にしているところがあると考えておるのであります。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 向うの中共の政府から三団体に要請してきておる点は、戦犯八名、それから一般帰国者があるが、それを迎えに来てくれ、それと同時に、やはり天津に終結をしておる里帰りの人も連れていってもらいたい、こういう要請が電報できているわけでありまして、その電文等はやはり三団体を通じて大臣も見られたと思うのですが、そういう向うの中国紅十字会の意思が、やはり里帰りも従来通り船に乗せていってくれ、こういう要請があるということを御存じの上でやはりこの際切り離そう、こういうお考えに立ち至っておるわけでありますか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 実は三団体とお話しいたしましたときに 三団体の方は、船を出すということがきまらなければ、何人であるかを聞くわけにもいかない。そしてそういう意味で、私としては戦犯八名はわかっております。しかし一般引揚者が何名であるということはわかっておりません。しかし三団体の力で船を回すということがきまれば、それに応じて向うと交渉をしてみるというお話であったのであります。と同時に、今申し上げましたように、ともかくも私どもとしてはいろいろお話も承わっておりますが、戦犯及び一般引揚者と里帰りとを同等に扱うというふうなことは、従来の経緯から見ても違っていると思うのであります。従いまして、私の方が船を回す考え方が出れば、戦犯八名と一般引揚者が何名あるかということについて向うと御交渉願う、そうして、それについては私どもの考えと一緒になって向うに相談してみるというお話があったのであります。従いまして、私どもとしては、率直に申して、そういう点につきまして、私どもの方が戦犯と引揚者に船を回すということについては、誠意を持ってこちらと一緒になって向うと御交渉願うものだ、こういうことで私どもは考えておったのであります。しかし、その後いろいろのお話があって、必ずしも最初のお話の通りにはいっていないと私は思いますが、しかし最初にお話しいたしました、正確な戦犯と引揚者の数が出ません以上は、私どもの方はとりあえず戦犯八名を目標にして、そして船を出すことも当然でなかろうか、こういうふうに考えたのであります。それは、船につきましては、率直に申していろいろ当ってみたのであります。しかし最後の結論として、今おっしゃるような外国船によって塘沽までお運びするというような帰結を見たわけでございます。私どもとしては、率直に申して、なるほどあとから外国船である、日本船であるという問題が出たわけでございますが、ともかく最初私が三団体とお話ししたことは、誠意を持って実行に移そうという努力をいたしているわけでございます。従いまして、三団体の方におきましても私と同じように、誠意を持って向うと交渉なさるというふうなお話し合いをいたしたのでございますから、三団体の方においても、その問題の解決に努力をしていただかなければならない、こういうふうに考えているわけでございます。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 それでは、かりに三団体が一般引揚者の数——戦犯は八名とわかっておりますが、一般引揚者の数を聞き合せて、その結果これが五百名ありあるいは千名あるということになれば、それに応じたところの船を派遣なさる御用意があるわけでありますか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 戦犯と引揚者につきましては、私どもの方はできるだけ配船をいたしたいという考え方には終始変りがございません。でありますから、初めから三団体にも申し上げたのですが、船を回せとおっしゃるけれども、何人乗るか、それはお前ら知ったことじゃないとおっしゃることは、常識上おかしいじゃないか。三団体の方も、それはそうだ。しかしお前の方が船を回すか回さないかまだきまらないじゃないか。第一回のときはそう言われたのであります。船が回ることにきまれば、自分の方もお前と一緒になって向うと交渉しよう、こういうお話でございました。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 これは私ら三同体の御意向はどうかわかりませんが、向うから戦犯と一般引き揚げ、里帰りの三者を同じ重さで照会してきている関係上、これとこれは何名だというようなことが聞きにくかったのではないかと私は推察するのですが、これは三団体のお方にお聞きをしなければわかりません。そういう点もあろうかと思うのです。これは今後の問題としてまだ残るわけであります。それでまず政府が取り急ぎ練習船を出すというようなことを言っておられますが、それは一体いつごろお出しになる予定ですか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 実は戦犯は私としては一日も早く内地に引き揚げさせたいと思いまして、無理をいたしまして、最初は十月八日だと記憶しておりますが、八日に船が出るような手配をいたしたのであります。ところが、なかなかこの問題が順調に参りませんので、実は引き取ることができない、船を回すことができないという状態になりまして、最初の十月八日の船は、実はせっかく手配いたしましたがとうとう中止のやむなきに至らざるを得ないというふうな状態になったのでございます。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 最初の船は中止されてその後お考えになっていないのですか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 どうもお答えが半分になりまして申しわけございません。現在では十一月中旬に、やはり練習船を運輸省に都合してもらうことに交渉はいたしております。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 その船は都合がつくのか、それからどれくらいの大きさの船であるか、わかっておったら一つ援護局長からでもお願いします。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 都合はつく予定にいたしております。大きさは、やはり練習船でございまして、最初にやろうと思いました進徳丸と大体同じくらいのものだということでございます。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 大臣はこまかいことはおわかりにならぬと思いますので、援護局長からでいいですが、何トンくらいの船で、何人くらい乗るのですか。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 トン数は実は今正確に記憶しておりませんが、二千トンあまり、収容定員は五十人と考えております。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 十一月二十日に今、日本に帰っておられる里帰りの婦人を外国船に便乗さして帰したいという御意向のようでありますが、これは一体八百五十名全部乗れる船ですか、そうして十一月二十日に間違いないのですか、期日とその大きさですね。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 期日は、船のことでございますので、天候その他で異変があれば別でございますが、ただいまのところ十一月二十日ごろに出航できる見通しでございます。  それから数の問題でございますが、私どもの調査でも、今回若干残るというふうなお見込みの方もあるように聞いておりますが、その他の方全員その船でお帰しできる、かように考えております。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 そうすると、ただいま政府の方で考えておられることは、十一月中旬に五十人乗り、三千トンくらいの練習船を出す。それから十一月二十日には英国船に乗せて里帰り待機中の婦人を帰す。この中旬がいつをさすのかわかりませんが、あるいは十一月の十七日、十八日ということも考えられる。そうすると、わずか二日か三日の間に練習船と外国船と二隻の船を出すことになるのでありますが、どうしてそのような手数をわざわざとられようとするのか。これは考えようによっては、やはり新たな里帰り婦人が入ってくることを排除しようというような、そういう考え方が背後にあるのではないかというふうに憶測されるわけでありますが、これはどういうわけでありますか、御説明を願いたい。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 ただいま申し上げました経過で御了承願えるように、実は内地におられる里帰りの婦人八百数十名は何とかしてお帰ししたいということで最初考えたわけであります。そうして戦犯八名は何としても早く引き取りたい、こういうことで考えたのでございますから、そういう問題が結果的に起りましたことは、最初予定しております進徳丸そのものがおくれた。そうして全く船の都合によってそういう結果が参ったということにお考えを願いたいと思うのでございます。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 結果的に起って何らそこに意図はない。天津に待機している新たな引き揚げをもう来らせないのだ、こういう意図はない、こういう御答弁のようでありますが、そうすればわずか五日か六日くらいの期間で二隻の船を出し、しかもバターフィールドというような船にもしも八百五十人の人を乗せるとすれば、その運賃は当然外貨をもって支払わなければならぬわけであります。それだけ日本の経済にとってはプラスにはならない。そういうことであるならば、どうしてここでもう一段の大臣の御努力を願って、この八百五十人の人も乗せて帰り、同時に戦犯、一般帰国者を乗せて帰れるだけの船をここに実現するような御努力が願えないのかどうか、この点を一つお尋ねしたいのであります。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 実は現在内地においでになる八百数十名の方を帰したい。この前参議院でもいろいろ御推測の上の御質問がございましたが、これは早くきめたのでございます。三団体の方にもまことに申しわけないが、こういう配船の都合しかつかないのだ、従って、滞在日数が数日延びることでありますから、その点については一緒になって御努力願いたい。また前例もあることだから、御努力を願いたいということをずっと前から申し上げてあるのであります。実は里帰り八百数十名の方をお帰しするということについて、外貨の節約の問題もございましょうが、私としてはともかくもわれわれができる限りの上において手配ができるものを出したい、こういう考え方で手配をいたしたような次第でございます。  あと練習船の問題は、もともと何と申しますか、里帰りのために特別な配船をいたすつもりは今でもないのでございます。しかしながら内地におられる方は相当期間がたってきて、中には非常にお気の毒な方もおいでになるということを聞きまして考えましたので、これは何としてもお帰し申しあげるような特別な手配をいたしたい、こういう考え方から出てきただけでございます。練習船の方は先ほど申し上げましたようにだんだんおくれて参った。事実上おくれて参った。しかし私どもとしては、率直に申して、私が最初申しあげてここで御答弁したにもかかわらず、その問題よりも違った線で特別の手配をいたしましたのですから、初めから十分私の真意は御了承になっておる、私はそう考えます。でありますから、ともかくも私どもの方針について、それから三団体自身も、向うから今度おいでになる里帰りという問題を一般引揚者と同等に扱うという御主張は、最初から私はなかったと思います。それから里帰りについて、従来の経緯上、一般引揚者と違うことも十分お認めになっておったと思うのであります。率直に申して、私は三団体の方は、従来の経緯から見まして、私の誠意を尽した点はお認め願って、私と同じように向うを説きつけて下さる努力をなさるべきであろうということを私自身は考えております。むしろ三団体との従来の話し合いの経過からいえば、私ができるだけのことをしたということをお認めになるべきはずであるし、またお認めになったら、最初のお約束通り向うさんの言い分だけでなしに、こっちの言い分も十分常識に合っている以上は、私どもと一緒になって向うの政府に御交渉願うべきである、そういうことのためにこそ、私は誠意を披瀝して三団体とお目にかかったのである、こういうふうに考えております。三団体の方がむしろ私と同じような気持で向うさんを説得なさって下さることを私としては希望いたしております。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 あとの方の御趣旨はよくわかりましたが、先の方の趣旨は私わかりかねるのです。外国船をずっと前にチャーターしたから、それから練習船はあとの問題だ、こういう御答弁のようでありましたが、私が質問しているのは、政府が今度考えておられる練習船が十一月の中旬に出る。おそらく十五日以後でしょう。それから一般帰国者を乗せて帰るのは十一月の二十日にイギリスの船が出る、こういうことですね。大臣今度は間違わぬように答弁していただきたい。そういうことですから、日付が期間的にほんの三日か四日くらいしか違わないのに、どうして練習船を出したり外国船を出したりなさるのか。もうここまでくれば、しかも外国船には外貨も払わなければならぬという不利な状況もありますし、日本の船を何とか大臣が御努力なさって、この八百五十人の人も送り帰し、向うからも連れてくるという船を配船なさるような御努力をなされる御用意はないかどうか、こういうことをお聞きしておるわけです。  それから後段の大臣がいろいろお骨折りなさったということについては、おそらく今日といえども三団体の人はこれを認めておられると思うのです。これはとにかく配船しないという最初の決定だったのですが、一応前進しているのですから、これは何といっても主務大臣であらせられる堀木厚生大臣の偉大なる政治力の現われである、こういうふうに私どもは考えております。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 送り帰そうといって船をお約束しましたときに、私としてはよほど前から手配をしなくちゃいけない。船の手配というものは、そう右から左にできるものじゃございません。私も汽車の方は少し経験がありますために、相当早く手配ができるわけでありますが、しかし船の方は私ども了承しておるところによれば、そう簡単に参りません。むしろ私は進徳丸自身を配船するのにも、相当事務当局をたたいて、何とかさせようという努力をしたのでございます。そういうふうに配船の方はよほど前から契約して、これがまたわれわれとして方向を変更いたしまして解約するというようなことはお考え願わないで、たまたま練習船がおくれましたのも、進徳丸にそういう事情がまつわったためにおくれたものだというふうにお考え願いたいと思うのであります。右から左に船の手配ができるものでなしに、ずいぶん前ぶれに諸般の手続をいたさなければならぬということは、御了承願えると思うのであります。別に好んで外貨を払い、好んでそういう手配をいたしたわけではないのでございます。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 船の問題については、大臣の政治力をもってしてもこれ以上どうにもならない、こういう状況でございますか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 率直に申して、私は政治力の問題より、誠意を持ってお互いに話し合ったことは、その線に従ってお互いに努力すべきものであるというふうに考えておりますので、別な政治力を用いようとは、ただいまのところ考えておりません。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 里帰り婦人についての大臣の御意見がいろいろございました。これは一般帰国者と異なるとかというような御意見もあるようでありますが、私どもはもう少し大きな日を持って見なくちゃならぬのではないか。特にしばしば言われておりますように、今初めて日本に帰ってこられる里帰りの婦人は、やはり何といっても国の犠牲者であることは間違いないのです。当時の軍に見捨てられて、ほんとうに命の危機に追い詰められて、そこで結婚して身を全うするよりほかに方法がなかった、こういうような境遇の人たちばかりだと思うのであります。そういう人たちに対して、国がやはりあたたかい手を差し伸べる場合、国民の中に一人もこれを非難するものはいないと思う。ただ大臣のおっしゃったような財政的な面からはいろいろなことが検討されると思いますけれども、気持においては、この里帰りの人と一般帰国者と何ら変るものではない。ただ変るところがあれば、一般帰国者の人は日本に永住するのであるし、里帰りの人は国籍は日本にあるけれども、やはり夫なり子供があるためにまた向うに帰っていかなければならない。これは何も好んでそうなったのではなくして、戦争というもののもたらした一つの惨禍であります。こういう者に対して、今日われわれが手を尽すということは当然なことであって、一般未帰還者と里帰りとは全然違うのだ、こういうような考え方はあまり軽々にすべきではないと思うのであります。また大臣もそういうつもりでやっておられるのではないと思うのです。  それで私どもが考えますに、やはり里帰りの人をここに迎えるということは、今後この里帰りについては何らか新しい別の方法を講ずるというようなことがあるとするならば、それはやはり今後はこういうふうにしたい、たとえば旅費の点についてはどうする、滞在期間についてはどうする、それから便船はどちらの政府で心配をするとか、そういうような点は今後の問題として混乱が超さないように、はっきり取りきめをしておく必要があると思います。しかしながら、それは今日国交が回復していない現状において、政府対政府ではどうにもならないのであります。やはり三団体を通して向うの紅十字会と話し合い、そして新たな協定なり取りきめなりを結ぶほかないと思う。そうすれば、やはり今の段階ではこの里帰りというのを今までの——今回だけというと語弊がありますが、その新しい協定が結ばれるまでは、今まで通りの措置をとるということが、将来の日本と中国のあるべき姿に近づく道ではないかと私どもは考えておるわけでありますが、大臣の御所見はいかがでありますか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 日中関係に不幸にして未解決の問題がたくさん残っております。その点は、私どもといたしましても、できるだけこれらの問題を解決することが、将来の両国間の友好関係を持って参りますのに必要のことであるというふうに考えましたので、実は私自身が力至らないといえばそうでありますが、みずから三団体の方にお目にかかって、いろいろと懇談をいたしましたような次第でございます。ただ、それだから全部一般引揚者と同じように扱えということ……。(櫻井委員「そういうことは言っておりません。」と呼ぶ)おっしゃらないならばけっこうです。申しわけございません。誤解いたしました。私どもも、ことにこの問題の起ります過去の経緯を考えてみますと、できるだけ同情をもって解決いたしたいという考え方で、実はここに至ったつもりでございます。なお運賃、滞在期間等について今後新しい協定ができるまではというお話でございますが、ともかくも私は率直に申して、三団体の方が誠意を尽して一ぺん、私どもと話し合いの結果を御交渉なさるべきだという考え方は依然として変らないのであります。そういう問題については、まだ私どもとしては納得できないものがございますので、今日こういう御答弁をしなければならぬということははなはだ遺憾だと思いますが、ともかく私としてはできるだけの誠意を尽して今日に至ったということだけは申し上げられるんじゃなかろうかというふうに考えておるのであります。従いまして、実は今度の里帰りの日本においでになる八百数十名の方も御乗船なさるときに、船賃は御自弁ですよという念がついてある。これは三団体もお認めになっております。しかしこちらへお帰りになってから滞在日数も長くなって参りますし、また円についても限りがある。また御親戚その他の模様も、拝察するとお困りの方もあるというので、実は私初めから運賃もお約束はお約束だから守っていただきたい。しかしどうしても運賃が払えないお気の毒な、生活保護すらお受けになろうという方がある現状から、運賃が払えないからといってお帰しできないというふうなことは、私としてはできないことだから、何とかしてお帰ししたい、こういうふうな考えでおったのであります。幸いに当委員長も非常な御同情をもって何とか運賃問題は解決しようじゃないかというお話で、私どもに御相談がございました。その結果、運賃問題については非常に好転する見込みが立ったのでありますが、しかし一つ一つの問題が解決されても、あとへ問題を残していくんでは問題の解決になりませんので、私どもとしてはその点についても関係団体においてお考えを願いたい、こう考えているような次第でございます。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 大臣の御意図はよくわかりましたが、大臣の言葉を聞いておると、どうも逆になっておるような気がしてならないのです。それは、この引き揚げ問題は、先般この委員会で岸総理大臣——当時は外相兼首相であったと思うのですが、お見えになりまして、これは政治、外交前の人道的な問題であるから、政府は誠意をもって解決をいたしたい。しかし、何分にも国交が回復していない今日において、政府がみずからこの衝に当るわけには参らないのだから、民間の団体なりあるいは長く専門的に研究しておられた当引揚委員会の委員の方々のお力によってこれを解決していきたい、こういうことを首班であるところの岸外相がはっきり言明されておる。また先般藤山外務大臣も大体それと大同小異なことを言っておられる。この引き揚げの問題あるいは遺骨の問題等は実際捨てておけない、国交回復とかそういう政治的問題以前の問題であって、これはどうしても一日も早く解決をしなければならない問題だ、ここにおられる委員の方々はみんなそういう決意で超党派的に今日までやって参ったわけであります。しかし、これは政府ができないのだから、民間三団体がやってきておられる。民間三団体は政府にかわってその労をとっておられるのであって、どうも大臣の御意向を聞くと、もう厚生省がワクをきめてしまってこれを三団体に押しつけて、誠意を尽して話せ、話せ、こう言っておられるように受け取られるのでありますが、これは本末が転倒しているというふうに考えざるを得ない。その点はいかがですか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 私の表現が悪くてそうおとりになりましたかは存じませんが、実はこの前本委員会に出ましたときに、大体政府としてはこう行きたいという話で、里帰りの方にはお気の毒でございますが、便船を御利用願いたいんだということをお話ししました。たしかそのとき戸叶さんからだったと思いますが、三団体と話したか、そう勝手にきめてはいけない、たしかこういう意味のお話がございました。私はすぐ三団体の方にお目にかかって、それからこの手配をいたしたので、私独断でいたしたわけでございません。むろん三団体の方がおっしゃる通り、中に立って御苦労なすっていられるのでありますし、また三団体を通じるより向うの紅十字会とお話しする道はないのでありますから、お互いに納得をしたところで、ともかくも向うと交渉していただこう、こういうことでこの問題の処理に当りましたので、決してワクをきめてではございません。ワクをきめておったならば、この前の委員会で私が申し上げた通りが一応の参照のワクかと私は存ずるのでございます。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 ずいぶん私の時間が長くなって恐縮でございます。あとほかの委員からの質問もあると思いますので、私はあと一点だけお尋ねしたいと思います。  今政府の考えておられることが三団体を通して中共の方に行きまして、中共の方でこんな五十人乗りくらいの船ではどうにもならないというふうにかりに拒絶をして参ったとすれば、政府はどういうふうになさるつもりですか。そういうことが考えられ得る段階なのですが、もしそういうことがあるとすれば——私どもはそういうことがないように、日本の政府がそういう恥をかくようなことがないようにというので努力をしておるわけでありますが、五十人乗りの練習船を迎えにやったというようなことでは、あるいは向うの感情を害するというようなこともなきにしもあらず。向うで拒否してきた場合、あるいはまた当然引揚船には三団体の代表が便乗することが建前になっておるわけでありますが、不幸にして三団体の代表がそろってこの船に乗らないというような事態が起きた場合、どういうふうなことになるのでありましようか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 実は、今の段階では、私の考えておりますことはもうはっきりしているのです。三団体の方も配船しないかとおっしゃったのです。配船することがきまれば、戦犯はわかっているのですが、一般引揚者はどのくらいあるか聞けるのだ、しかし船を回すか回さないか、お前たちが腹をきめないでは、一般引揚者は何人あるかということは聞けない、率直に言ってこういうお話だったのでございます。従いまして、私どもとしては戦犯と一般引揚者については考えるということをお返事いたしました以上は、それについていろいろとこちらと一緒になって御交渉願えることだ。こういうふうにお互いに話し合ったことは、それでもってでき上るようにお互いが最善を尽そうというところまでの考え方なのでございます。自後いろいろ交渉の結果いかようになりますかは、今のところちょっと想像することが無理じゃないか、こういうふうに考えております。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 よくわかりました。自後まだ交渉を続けるというお考えのようでございますが、どうか一つもう少しわだかまりを解いて、お互いに歩み寄って、一日も早く解決の方向に向うように私どもは切望してやまないわけであります。  もう一点ちょっと伺っておきたいわけでありますが、遺骨の問題ですね、実は中国の方の遺骨が百一体ほど集結してあるわけでありますが、これも一日も早く向うに送り帰してやりたいという三団体の御意向でありますが、この点はどういうふうに考えておられるのですか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 実は慰霊実行委員会の方からそういうお話がそう遠くない時期にございました。われわれとしては、当然この遺骨については丁寧に送り帰すべきだという考え方を持っております。と同時に、慰霊実行委員会の大谷さんともお話しいたしまして、今後の問題も今相談いたしております。御了承願いたいと思います。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 戸叶里子君。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 櫻井委員から大体お聞きになりましたが、私、厚生大臣に伺いたいことは、里帰り婦人のことでございますけれども、先ほどから厚生大臣の御答弁を伺っておりますと、一時引き揚げてこられる里帰りの人と引揚者の人とははっきりと区別をつけておられます。なるほどそういうお考えもあるかとも思いますけれども、私どもから里帰り婦人の立場に立って考えてみるならば、やはりもう少し里帰り婦人に対しての同情ある見方を持っていただきたい、こうお願いしたいわけです。厚生大臣は、この前の委員会の私どもの質問に答えられまして、日本に帰ってこられた里帰り婦人に対しては非常に好意的な考えで、今度の船もお出しいただいて、この点はほんとうに感謝をいたしますけれども、同時にこの里帰り婦人、そういう方たちの根本的な考え方というものをもう一度考え直していただきたいと思います。そういう意味から申しましても、もし午前中にそこにおられます内山さんのお話を聞いていただいたならば、きっとわかっていただけたろうと思うのですが、あとからもしおひまがございましたら、おひまがなくてもぜひ速記を読んでいただきたいと思うのです。戦争の結果、敗戦と同時に軍の人たちは非常に無責任にもさっさと逃げてしまって、そこで犠牲になって生活ということを考えられた人たちの多くが向うに残って、そうしてだんだんに結婚していくというような形になってきた。その後やはり婦人の情からしても、日本人の情からすれば、やはり一応日本の国が敗戦とはいえ、どうなっているだろうかという、あるいは親兄弟に会いたいという気持は、これはだれの人情にも変りはないと思います。そういう人たちが帰ってきたいというのでございますし、そうしてこういう日本人が一体中国にどのくらい、どういう形でいるのか調べてほしいということを、中国にも日本の政府が頼んでいたわけです。従って、そういうふうな人たちがはっきり出てきたわけです。そこでその人たちが一度帰ってきたいというふうなことになったわけでございますから、引揚者の人はもう向うに行かないけれども、里帰りの人は一度帰って日本の様子を見て向うに行くのだ、その点が違うだけで、やはりある程度引き揚げてくる人と同じような考え方、同じような愛情をもって考えていただきたい。こう思うわけでございますけれども、こういう点がどうも厚生大臣にはその愛情が少し欠けているのではないかということが私は懸念されるわけでございます。  そこでお伺いいたしたいことは、いまなお里帰りをしたい、今まで帰ってこられた人の体験談なども聞いて、もうなつかしさの情やるかたなく、何とかして私も帰りたいというふうな人たちもいるということを聞いておりますけれども、こういう方に対しては、もうそのままほうっておおきになるつもりでしょうか。やはりそういう方にも今までと同じように帰してあげたいというお気持でございましょうか、この点を伺いたいと思います。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 戸叶さんのおっしゃいますそのことも十分わかるのでございます。わかるのでございますが、それだから配船だとすぐお結びつけにならなくてもいいじゃないか、やはり両国間のくさびになっておられる方でありますが、そのなられましたいろいろな動機については、ほんとうにお気の毒な事情もあろうということは十分推察いたします。しかしながら、それだからもう配船一本やりに、どうしても配船だけでもって考えろとおっしゃることについて、実は現在の中共と日本との間にはすでに便船もあることであります。帰る道が他になければ、むろんそういうことも必要でございましょうが、帰る道はあるわけであります。そういう点から考えまして、私は一般引揚者と同等に扱えといった主張まで踏み切るわけにいかない、こういうふうに考えておるのでございます。運賃その他についてはともかくといたしまして、配船しなくちゃ今両国間の交通が全然杜絶しているわけではございません。お互いに行き来ができる状態なのでございますから、この便船によってお帰り願ってもいいじゃないかというふうに考えます。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 便船で帰ってもらってもいいというお考えはわからないわけではありませんけれども、やはりそういうふうなことになりますると、向うにいて結婚されている人たちが、私は帰りの便船があるから帰ろうということで、奥地の方にいる人まで一人で出てきて帰るということはなかなかむずかしいと思うのです。さらに法律的から申しましても、やはり日本の未帰還者の名簿の中にも載っておることでございますし、そういう観点に立って考えても、私はやはりそういう人たちに対して、帰してあげるというような親心を持ってあげるのが、日本の国の立場ではないか。大臣が一般の民衆の中へお入りになって、この問題をお聞きになってごらんになるとわかりますけれども、大ていの人は、里帰りの婦人くらい帰してあげたらいいじゃないだろうかという声が圧倒的な声だと思うのです。国民感情としては、やはり里帰りの婦人は帰してほしい、こういうふうな考え方を持っておりますし、たまたま日本から船が出る便があるのですから、そういう便によって、その方たちに今までと同じような便宜をはかってあげるということは、私は必要ではないかと思うのです。今までせっかくそういうふうな手段を講じておりまして、向うにおります里帰りの人たちも非常に否んでおり、そしてまたこれからも自分たちは何らかの形で行けるんじゃないかというような希望を持っていたと思うのですけれども、今急にこれを阻止するような、これからはあなた方は便船でお帰りなさいというような大へんつれない御返事をなさることになりますと、やはり日本と中国との今後のいろいろな問題にも差しさわりが来やしないかということも懸念されますし、さらにもう一つは、岸総理大臣がこの前に大へん中国を刺激されるような言葉を言われまして、そのことは済んだようなものの、何かその直後のこういうふうな引き揚げのごたごたの問題でありますので、結びつけて考えられないとも限らないということを私はおそれるものでございまして、この際やはり非常に人情豊かで、そして非常によくもののおわかりになる厚生大臣が、どうせ船を出さなければならないのですから、大きな船をお出しになって、そして里帰りの北平に集結しておられます人たちを帰って来られるようにしておあげになったらということを私は考えるわけですが、この点いかがでございましょうか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 戸叶さんのおっしゃることは、実によくわかるのでございます。しかし、ここまでともかくも私としては精一ぱい努力して参った、そういう状況でございますので、私としてはただいまのところ、率直に申して、自分としては行くところまで行っちゃった、そういう感じを持っているわけでございます。今おっしゃいましたようなことも、私ども十分わかりながら、なおかつこういうところまで来るのに、ともかくも、櫻井さんはこっちが歩み寄らないようなことをおっしゃるけれども、こっちは歩み寄ったのでございまして、それでもって三団体の方が御了承願って、誠意を尽して向うを説得していただくのがほんとうじゃないかという考え方、里帰りの方にも私どもほんとに同情はするのでございます。しかし同情をすると同時に、今は率直に言って、動機がどうあったということよりも、ぜひ百中両国間のくさびになっていただきたいという方が強いのでございます。従いまして、運賃問題等については委員長も特別の考慮ができないかというふうなお話でございましたので、これについては考えたいという考え方でございますが、ともかくも私としては精一ぱいここまで来たのであって、それも今おっしゃったようなことを全部頭へ入れつつそうしたのだという気持でいるわけでございます。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 これは私と大臣の間で質疑をやりとりしていても、繰り返すだけになるのじゃないかということをおそれますけれども、私は大臣が大へんに誠意を示そうとしておられることはわかるわけです。ですから、誠意を示されるついでに、やはり半分の誠意でなくて、万全の誠意を示していただくところまでしていただけば、私どもも双手をあげてバック・アップいたしますから、ぜひもう一息ふんばっていただきたいということをお願いしたいのです。船を出さないのでなくて、どうせ船をお出しになるのですから、その船を出すときに、白山丸とか興安丸とか、私は知りませんけれども、ほかに何か船があるのじゃないかと思うんですが、そういう船で、もうここまでおそくなりましたから、里帰りでこっちに来ていられる人たちを乗せていってあげて、そして向うからある程度の里帰りの方たちを連れてきてあげられるような、そういう方法をもう一ふんばりふんばって考えていただけないものかしらということを、私はもう一度お願いしたいんですが、いかがでしょうか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 非常にがんこなようで、私自身も何なんでございますが、しかしそうおっしゃいますけれども、ともかくも私どもは少くともできるだけのことをしたいという努力で来ましたが、お前それじゃ足りないんだ、だからお前の言うことはもう一歩進まなければ聞かないんだとおっしゃること自体も、率直に言って私はわからないんです。で、私としてはせっかく戸叶さんがおっしゃることにお答えできないことは残念なんですが、ともかく今日まで参りましたのには、私としては最善の努力をして参ったということなんで、お前、半分やっただけで誠意だ誠意だと言ったって、誠意にならないから、もう一歩進めとおっしゃるのですが、それはもう初めから、今おっしゃるようにできますれば、おそらく三団体の方も満足なすったろうということは十分考えられます。しかしお互い話し合って、ここまでで私の誠意としては一ぱいだということでお話ができる状態になれば、これでもって三団体自身も誠意を尽して御交渉なさるべきじゃなかろうかというふうな考え方の方が、私としては強いのでございます。はなはだ御期待に沿い得るような答弁ができないことは残念でございますが、ともかくここまで私としてできるだけのことはしました。いろいろなことを考えて、皆さんの御意見を聞いて、努力に努力を重ねて、今日ここに至りましたと申し上げるよりしようがないのでございます。まことにその点は申しわけないし、がんこに見えるようでございますが、一応今の段階ではそういう考えに立っておることを御了承願いたいと思います。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 私この問題はあとで厚生大臣に別の機会にお願いに伺いたいと思うのですけれども、話をかえまして、先ほど午前中の参考人の方々から伺っておりますと、中国紅十字会の方からたびたび釈放戦犯と引揚者と一緒に帰すために船をほしい、そのときに、電報にもありますように、何か日本にいる人たちを一緒に帰してほしいというふうな電報が来ているように聞いておりますが、結局中国紅十字会の方は、その三つを遊離しないで考えていられるようなんです。そうなって参りますと、どうしても食い違いができるというので、三団体の方でもやはり電報が打てないのじゃないかと私は思うわけなんです。そこで、私は三団体の代表でないからわかりませんけれども、かりに厚生大臣が言われるような立場に立って電報を先方に打った場合に、先方としてはやはりこの三つのものを遊離できないという形でそういう意味の電報が来たとしましたら、そのときにはどういうことになるでしょうか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 率直に申しますと、私は三団体の方と御相談しなければこの問題が解決しないことも存じております。と同時に、私は三団体の方も普通の常識でもって考えられるような、こういうことをしたならば向うの方も当然受けるべきであるというふうな状態だったら、三団体は一緒になって努力して下さいというふうなお話を私はしたのであります。私は三団体自身が十分の御努力をなさる熱意があるべきはずだ、つまり私どもが話して普通の常識でもっともだということなら、紅十字会も聞いてくれるでしょう。それではお互いにそういう立場に立って、話がきまったら向うの方にも了解してもらうよう、誤解のないように、そして日本政府の立場も十分おわかり願うように御努力願いたい、私ども直接交渉の道がございませんから、ぜひそうしていただきたい。そのためには私も向うさんにお話しして、向うさん自身がお考えになるようなところまでお互いに誠意を尽して解決に努力したい、これが私の考え方でございました。従いまして、私はそう常識に違った結論に持っていっているとは今思っていないのです。向うさんがどういう御意思があるかよく存じませんが、とにかくわれわれの常識でこれならばということなら、向うも了解してくれるようにお互いに説得していただきたいし、向うもおそらくそれならば了承していただけるのではなかろうかというのが私の考え方なのでございます。そのためにこそ実際私は今日まで努力して参った、こういうふうに考えておるのであります。従いまして、今お話のような三つの問題を不可分だというふうなお考えで、私どもが誠意を傾けていってなおかつ誤解が解けないような状態では、まことに遺憾だというふうに考えるのでありますが、それらの問題はなお今後の問題である、こうお考え願いたいと思います。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 今までの例を見ておりましても、私どもある程度政府にいろいろなことを申し上げまして、もし問題が起きたら今後の問題として考えましょうというふうなことで、結局その結論は私どもがお願いしていった方が正しかったような場合が多かったわけなんです。従って、何度もそういうふうなむだ足を踏むよりも、初めからそういう懸念のある道は踏まない方がいいのじゃないかというようなことを私考えますものですから、私どもとしては厚生大臣のできる範囲の一番いい策をとっていただきたいという考えに立って聞いているわけなんですが、今、厚生大臣は、何か向うでもこちらの誠意を話せばわかるのではないかというお考えでございましたが、ただ私どものおそれますのは、向うからの電報が来ている、その電報の内容は、中国から早帰りの人が一緒に帰るように船を手配してほしいということで来ているということを三団体の人から伺っているわけなんです。そういうことは、すなわち日本にいる里帰りの人が乗って帰った船で、この戦犯の人やら一時帰国者の人を帰したいという意図を持っての中国からの電報じゃないか、こういうことを私は考えますし、それからこれまでの例を見ましても、里帰りの人は便船でお帰りなさいということを今急に言われますと、何か離れておりますのと、それから国交が回復しておりませんために、いろいろな疑心暗鬼がそこに出てくるのではないか、なぜ急にそんなことを言われるようになったかということで、なかなかわからないのじゃないか、こういうことを考えるものですから、この点もう一度伺って、なおどうせ船をお出しになるなら、一番円満な、こちらから里帰りの人も乗せていってあげてそうして向うから戦犯なり引き揚げの方も帰れるようにしてあげたらいいのではないか、これを私は考えるわけでありますけれども、この点を御答弁願いたいと思います。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 戸叶さんのお言葉を返して申しわけないのですが、ともかくここに八百数十人の日本の人がおられる、これをともかくも帰すことが現実の問題として起っておるわけであります。私どもがいろいろな手配をしてお帰しするのをこれを受け取らないとおっしゃるわけがない。そんなに常識にはずれたことは私はないはずだと思います。それから戦犯八名を引き取りに来いとおっしゃる、それじゃおくれては申しわけがないからといって小さな船にしても都合をつけて早くやろう、これを紅十字会がいかぬとおっしゃるわけもない。あとの問題は人数も何も言ってこられない。配船しようとするのに一般引揚者すら何人いるかわからない。ですから具体的な問題だけはともかくも私としては誠意を尽して解決に努力しておる、それをいけないと向うさんがおっしゃるからということを私は考えざるを得ないのです。それを、お前の方には、一般引揚者が何人いるかわからない、しかしともかく大きな船を持ってこいとお言いいになるのは、少しおかしいのではないかという気が私はするのです。この問題については、従来いろいろな経緯があるものですから、とかくいわゆる雑音が入りがちですが、私は率直にいってすなおに三団体の方や当委員会に出ました論議を考えて、この具体的な問題は何とか解決したい、ここまできたわけなんです。率直にいえば微力で、それが精一ぱいだったというのが真相でございます。ですから、そう向うさんがお断わりになるはずはないというような考え方を私は持っているのです。それでありますから、いろいろお尋ねになりながら、実際御満足いただくような御返事ができないというのは、そういうことを考えておるからでございます。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 もうこれは繰り返しても同じだと思いますから私はやめますけれども、ただ私は大臣のおっしゃったのがわからないわけじゃないのです。ただ私が心配いたしますのは、大臣が、向うに今おります里帰りの人たちが来るのには、便船を使えばいいのではないか、こういうふうにおっしゃったのと私どもの考え方が違うために、いろいろな質疑の形になって現われていると思うのですけれども、私としましたら、向うに帰りたいと思っておられる里帰りの人たちも、やはり日本の婦人なんだから、ちょうど船も出るのだから、その船を利用して何とか帰してあげたいという、これだけの希望なんですから、こういう点もどうぞ御了承いただいて、また考えていただきたい、こう思います。  この問題はこれだけにいたしますが、ついでに伺っておきますけれども、私案はきのう舞鶴に、樺太から引き揚げた方を迎えに行きました。白山丸で運ばれたわけですけれども、その白山丸なり興安丸は、もう全然こういうふうなことに使えないのでしょうか。もし使えないとしたら、どういうわけで使えないのでしょうか。ちょっとこの点だけ伺いまして、私の質問を打ち切りたいと思います。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 今おっしゃいますような興安丸、白山丸も、実際は考えたわけでございます。しかし実は、これはもう皆さん御承知だと思うのでありますが、興安丸の用船を解除いたしますときに、相当大量の一般引揚邦人があるんじゃないかという心配をいたしまして、二回にわたってお聞きしたわけでございます。お返事は、今のところないというふうなお話だったんですから——あとで起って参りました場合に、そうじゃないかというつもりは、むろんございません。しかし、そのお返事を受けまして、興安丸は契約を解除いたし、持ち会社はこれを他に売るような状況になっております。白山丸の方は、御承知の通りに人数もはっきり三百十七人を指定して、そして配船をしろというふうなお話がありまして、これに対しては白山丸は適当な船であるというふうにして回しましたような次第でございます。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員 関連して。私、今、戸叶委員から新たな事態の発言を聞いたようなわけであります。ということは、今るる仰せられるその北京協定、天津協定なるものの内容の中に、戦犯の引き取りと帰国者の引き取りと里帰り婦人とが三者一体でなければならないという内容の協定は、どこにもあったということを私はきょうまで承知しなかった。今回紅十字会が三者一体でなければならないということを突如電報で言っておよこしになるとなると、これはまた協定をやり直さなければ——戦犯と帰国者はお迎えに行くことはわかっておりますからいいんでございますが、ただいまおいでになる里帰りの八百数十名をお帰しするということには、新たな協定をしないと、この問題の結論が出ないのではないかというように、私は非常に心配をいたしたのであります。そういうことが原則になって話し合いがもつれているとなると、これはここの委員会で何日ごたごたやりましても結論が出ない話で、きょうまで行われた天津協定の内容を、三団体の方も、その上に立ってお話をなさっておるものと思いましたところが、今そういう新たな事態が紅十字会から提起されておる。それから、社会党さんが御主張なさったことが正しいから、それがきょうまでいれられてきたと仰せられますけれども、この前の十五次のときは私、厚生省におりました。このときは、戦犯六名のほかに帰国者の名前も数字もちゃんと言ってよこしたのであります。それを言ってよこされたために、興安丸ほど大きいものを必要としなかったのでありますけれども、適当な引揚船がないので、興安丸がまだ係留中だったから、これを回したということでございまして、今回は、諸般の情勢で興安丸がもう用船を八月一日に解除してしまったあとということでございますので、そこでいろいろ船の問題でもめておるのに対しまして、紅十字会から三者一体でなければならないというような意味の電報が参りましたということについては、厚生大臣はその辺をよく御承知で今答弁をしておられるのかどうか。これは新たな事態でございます。本日までの北京協定あるいは天津協定等には、そういうことは内容に一切なかったのでございますが、その点はいかがでございますか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 私、先ほどからの答弁の中で、天津協定において里帰りの婦人のために配船しなければならないということはない、一般引揚者と同様に扱わなければならぬということはどこにもないのだということは、はっきり申し上げております。従いまして、私は従来ともその方針によって物事を処理して参っておるのでございます。  今のお尋ねの電報の問題は、政府委員から、おそれ入りますが、答弁さしていただきます。

河野鎭雄厚生事務官(引揚援護局長)

○河野説明員 中国の紅十字会から言うてきております電報によりますれば、天津に戦犯が待っておる、この迎えに船をよこしてくれ、その船にこちらにおる方々を乗せて帰すようにしてもらいたいというふうな表現を使っておりますが、私どもは、必ずしもこれが不可分とかなんとかいうような問題でなしに、目的はやはり戦犯、引揚者を引き取ってもらいたい、迎えに来てもらいたいということと、こちらにおる里帰りの方々を送ってもらいたいというふうなことが根本であって、これがその方法において同じ船でなければならないかどうかというふうなことを、それほど本質論として考えて言うておられるとは、実は考えておらないのであります。お迎えもでき、こちらにおる人も送ることができれば目的が達成されるもの、かように理解をいたしておるわけであります。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員 この問題は、お互いに上手に、なるべく風当りが強くないような答弁をしたり質問をしたりしておるものですから、何ぼたっても切りがつかないのでございますが、要するに、三団体の希望されることも社会党さんの主張されることも、戦犯だけ引き取れる練習船などをやらないで、これまでやったような白山丸とか興安丸とかをやれ、それに里帰りの者を乗せて帰して、また向うに待っておられる方をただで乗せてこい、端的に言えばこういうことだと思うのです。それに対して、何かそこに作為的なものがあるかに見えるようなことはどうもけしからぬ、それはきょうまでの人たちと待遇が違うじゃないか、こういうことのようでありますが、きょうまでのことの中で、十五次の場合を考えてみますと、一人二千円払って下さい、これをもし取っていなければ、引揚三団体の方がそのことを承知して乗っていながら事務を怠ったということで、これは政府の責任でも何でもない、三団体の皆さんの責任であって、二千円取って下さいよということを承知してこの船に乗ってお使いなさったのであったから、無料で乗せたとは私はいささかも考えておりません。それをただで乗ったようなことに今ごろ解釈されることはけしからぬ話でありまして、それを、おやりにならなかったならばやらなかった理由をつぶさに、この委員会を通して報告してもらわなければならないが、それは時間がかかりますから、本日はよろしゅうございます。  そこで、この問題は要するに、もう言わんとするところ、等えんとすることはわかりましたので、私は、三団体の方も午後正式に残っていただいたわけでございますから、三団体の方々の御意向を承わりたいと思います。厚生大臣は、先ほどからるる話しておられますように、あなた方から見ればがんこと思えるかもしれませんが、諸般のむずかしい——ということは、大蔵省に対しても、今後は金を出してくれなぞと言いません、今回限りでございますという証文が入っておりますから、厚生大臣が大蔵省に行って何ほどしかられたか、私はよく想像がつくのでございます。そういうことを申していろいろと交渉しておられるような状況だと思いますので、そこで三団体は、政府はもうこれが精一ぱいでございますと言っておることに対して、それではまだ不足だということであるならば、このデッド・ロックに乗り上げている問題をスムーズに解決する具体案をお持ち合せならば、またそれを持たないで人を責めるという話はないから、お持ち合せならば、一つそれをお示しを賜わりたいと思います。

高木武三郎日本赤十字社社会部長

○高木参考人 三団体と申しましても、三つの団体でございますが、御承知のように三団体が一致したる見解をもって今日答弁することができないというような段階に立っておればこそ、こういう問題に立ち至っておるのでございまして、三団体が一致した案があれば、ある程度またその問題を三団体自体において解決する方策があるわけでございます。そこで三つといっても、日赤と二団体という形にありますが、その間に両方で見解を言わなくちゃならぬということでございますが、そういうことで一つ……。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員 日赤はいろいろな状態を、廣瀬調停私案なるものを大体認めておられまして、その運営に当ってはなおみんなが努力して円滑にやろうではないかという御意志と聞いておりますから、これは私は三団体とかりに申し上げたのでありますが、内山さんから御回答をいただきたい。

内山完造日本中国友好協会理事長

○内山参考人 今御質問になりましたことにお答えいたしたいと思いますが、先ほど厚生大臣からのお言葉を承わっておりますと、三団体はいかにも誠意を尽しておらないようなお言葉をちょうだいいたしておりますが、これはいささか心外にたえない次第でございます。私どもは日本と中国との間に国交関係が回復しておらない、それがために向うで多くの日本人が苦しんでいるということにつきまして、いささか国民的な立場からこれを解決しようと努めたわけでございます。現に一九五三年に参りますときは、こんなことはばかな話でございますが、私はこの問題をもし満足に解決することができなかった場合には、再び日本の土地を踏むことはできないという決心を持って行ったようなわけでございます。そこで、日本の政府の日本の国法による主張と、中国の国法による主張と、どうしても妥結ができません場合が起りましたときに、私どもはこれはどうしてもここを乗り切ってしまわなければいけない。それには、国法と国法との違いだから、ここはわれわれが腹をかけて乗り切らなければならぬというので、実は一行の中に反対者もあったのでありますが、それを説得いたしまして、妥結して……。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 内山さん、お話中ですが、簡明に山下委員の御質問にお答え願いたいと思います。

内山完造日本中国友好協会理事長

○内山参考人 先ほど大臣から、一向誠意がないようにお言葉をちょうだいしたので、申し上げるわけでございます。  それから向うへ電報を打って、向うの人間の数を問い合せるということでございますが、これは向うの立場に立って私は考えますると、先ほどからお話に出ておりまするように、現にこちらに、厚生大臣も御承知のように八百何十人、九百人に近い帰る人がおるのですから、これをどうか出迎船に一緒に乗せて送ってくれということの依頼電報が再三来ております以上、これに対して、それでは何月何日の船でこの人々を帰す、それでそちらから帰りたい人に乗ってもらってくれという工合に、こちらから電報を打つのが当然ではないかと思うわけであります。というのは、現実の問題として九百人近い人がこっちにおるのであります。この人たちはどうしても帰したいと大臣もおっしゃっておるのでございます。これを帰すには、いつ幾日の船をもって帰す、たとえば十一月二十日の外国船何々によってこれらの人たちを帰す、こういうことがきまって、もうそれにきまってなら電報を打ちます。それによって向うが、それでは不満であるとか、あるいは賛成するとかいうことを言うてくるだろうと思うのであります。きまっておる九百人近い人たちのことを何にも言わずに、ただそっちからの人間の数を知らせよといって電報を打ちましても、向うからあるいは五百人おるというようなことになりました場合には、それではこちらはその五百人に応じて船をお仕立てになる御用意があるのであれば、電報を打つて人数を聞くべきであると私は考える。  それで今の山下先生のお尋ねに今度はお答えいたしますが、どうしても船のやりくりがつかぬというお話でございましたので、私はこの間赤十字と平和連絡委員会と三者三団体が赤十字社に会合いたしまして、赤十字の方では廣瀬先生の案をやるよりほかにしようかな、だろうと思うというようなお話でありましたが、それではこれはこういうことを考えたらどうだろう、先ほど櫻井さんがご質問になりましたように、十一月の中ごろに練習船を出して、また二十日に外国船を出すということになれば、二重になる。それならば四、五日、かそこらのことなら、むしろ練習船の方をやめて、その外国船をできればチャーターして、ここでこちらの人を全部乗せて向うへ行き、遺骨も乗せていき、そうして向うの人を連れて帰ってくるというようにしていただければどうだろうかと申しましたところが、それは言うてもだめだろうという赤十字の話であります。しかし、それはあなたの方の見通しだろう、私は不可能ではないように思えると申しましたけれども、赤十字の方ではいやどうもそれはむずかしいだろうという話でありました。それではこの案はいいか悪いか、この案はどうだと言って聞きましたら、この案ができればそれはベターだということでありましたので、ベターならば一つベターをもう一ぺん念を押して、厚生省に御尽力を願うようにお頼みすることがわれわれの務めじゃないだろうかということを申しましたけれども、ついに僕の見通しはだめだろうというので、それではお互いに見通しの違いだから、一つ見通しを一致させるようにしようじゃないか、そのためにはまた一つよく考えようという工合で、この間別れたわけでありまして、別に私どもの出しました案が否定されたわけでもありません。これが願えれば一番いい案だということになっております。今申しますように、どうしても弾く大型船を出していただくことができないという前提のもとであるならば、私は十一月二十日の外国船を、外国に金を払わなければならぬということはまことに残念でありますが、それを忍んでこの船をチャーターしていただく、それにこちらからの人をみんな乗せていただいて、そうして向うにおる人を迎える。向うにおる人を迎えるということにつきましては、厚生大臣も今それは帰したいとおっしゃっておるのでありますし、また日本政府はたびたびこれらの人の消息不明であるということを向うへ呼びかけて、どうかして調べてくれ、調べてくれと言っておるのでありますから、この人々が帰ってくれば帰ってくるだけ、その消息不明者となっておる、日本政府がその遺族に対して説明ができなくなっておる、そのことがはっきりとわかるようになると思うのであります。そこで今度はそういった工合にやっていただきたい。引き続きなお向うに二、三千人残っておる人々につきましては、その問題が解決しましたあと、政府の意向がどうであるかということによって、またその意向を三団体からあらためて向う側にも通知いたしまして、あるいはこちらから人をやって交渉して、どういう工合にするかということをきめたいという考えを持っておる次第であります。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 中原参考人にお願いいたします。

中原淳吉日本平和委員会常任理事

○中原参考人 特につけ加えることはございませんが、ただ廣瀬先生の私案の中で一番問題になります点は、練習船だろうと何だろうと、とにかく戦犯帰国者を迎えにいく船には里帰りを乗せないという点が一番問題になる。午前中にも申し上げましたように、今後この里帰りをどうするかということについては、迎えることについては向うの協力を得なければなりませんから、申し合せもしなければなりません。今さしあたっては、それにも乗れるということにしなければならないのじゃないか。たとえば今内山さんのおっしゃったように、十一月二十日の外国船をチャーターする、これは時期的には非常にぎりぎりのところではございますけれども、たとえばきのう帰ってきました白山丸、これも大臣は不可能だというようなお話でございましたけれども、もしそれができるならば、これに千四十二人の今いる里帰り婦人はみな乗せられませんけれども、乗せられるだけのものは乗せていってもらって、別の残った人については政府の既定の方針もあることであり、その他の点についてはお帰しすることができる。先ほど大臣も言われましたように、里帰り婦人の日本に来ているものを向うにお帰しするという点については、これはざっくばらんの話を申しますと、お帰ししますよというならば、向うではちゃんと引き取るわけであります。幾らお帰しするかということは、白山丸なら白山丸について、じゃ白山丸に天津から乗り切れなかったらどうだという点については、五十人乗りの練習船で乗り切れないということは、これはあまりにも見えすいております。そこでたとえばでありますが、白山丸という形のものでありますならば、よしんばそういう事態ができても、日本の状態を説明して了解を求めて、今後スムーズにやっていけるのじゃないか。ですから山下先生のおっしゃいましたように、具体的に何があるかと言われましても、船客名簿もわかっておりませんしいたしますが、そういうおおよその見当を政府の方で一つお考えいただきたい。これはできないという今までのお話でございますけれども、もう一つやはりやっていただいたらできる点があるのじゃないか、こういうふうに思う次第であります。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員 そういたしますと、平連と日中友好協会とは、あなた方が日赤をまじえて天津で御協定になりました天津協定なるものの第四項の趣旨であるところの、里帰り婦人の入国は認めるけれども、必ずしも帰国船に乗船させるということではないという原則を今はどういうふうな御解釈をしておられますか。要するに万一その帰国船を配船いたしました場合に、あきがあればそれは乗ることを拒否するものではないけれども、自費ということが大体建前になっておりますね、この内容は。その原則を今はどう考えておられますか。

中原淳吉日本平和委員会常任理事

○中原参考人 少し誤解があるように思うのです、率直の話が。と申しますのが、自費が建前であります。しかし帰国船があります場合にはそれに便乗する。それから山下さんの二千円の件でございますが、二千円の件は、この前も再渡航の人たち、戦後中国華僑と結婚をして向うへ行った日本婦人が乗って帰ってくる、その人たちには二千円をとるということをいたしておりますが、初めて帰っておいでになる人たちには二千円はとらずにやっております。これはそのときも援護局ともそういう打ち合せでやっておりますので、帰国船がない場合には、これはあくまでも自己負担では実際はできませんけれども、帰国船がある場合には、そういう形で援助するということになっております。

山下春江自由民主党

○山下(春)委員 こんなことで時間を費すことは大へん恐縮なんですが、これまた初めて聞くことなんです、再渡航ということは。私どもまだ正式に再渡航するのに金を払うということを認めたことはございません。その点では私ちょっと松永さんの身分を聞きたいのですが、これは省略いたします。とにかくそういうことで自費が建前であるという原則はあなた方御了承なんですね。ですから第一回のときに、紅十字会から里帰りを乗せてもらえるかどうだろうかということの問い合せを正式にやっておられるところから見ても、乗せることが原則でなかったことは事実でございますね。そこでわれわれはそういう身分を考慮いたしまして、あき間があったから乗っていただいた、こういうことが繰り返されておるわけですね。ですから、それと今の今いる里帰りの者を——それからあなた方非常にいけないことは、さっき松永さんは千二百二十八名とおっしゃったし、中原さんは千四十二名とおっしゃったのですが、私どもは八百四十数名か五十名ということでございまして、あとは再渡航でございます。こんなものはもう論議の外でございまして、これは内山さんに非公式に伺いましたら、泣いてどうしようもない、乗せてしまった、こういう御返答でございました。しかしこれを私ども今の論議の中に入れることは大へん迷惑なことでありまして、それが薄情と仰せられようと何と仰せられようと、相手は中国というあなた方の尊敬なさるりっぱな大国で周りますから、こういうことがいつでもごちゃごちゃなることははなはだ遺憾千万で、中国のためにもならぬことでございます。そういうことは、やはりあなた方二団体の方があまりにも中国のために一生懸命になるの余り、ちょっと筋を間違えておいでになるのじゃないかというような節々があってならないのでございます。  そこでこういうことをいつまでも積んだりくずしたりいたしましてもきりがありません。本日のわれわれ委員会といたしましては、もう言わんとするところはわかりましたし、おそらく厚生大臣もただいまのところ、今までるるお述べになった以外の御意見があろうとも思いませんし、委員長におきましてもこの間の調停私案が最大のものであろうと思いますので、本日は委員会としてはこの程度にいたしまして、そうしてわれわれ理事及びちょうど三団体の代表がお集まりでございますから、厚生省もまじえてよく相談をいたしまして、議論をいたしましたのではいつまでたってもはてしないことだと思いますので、そのようにお取り計らいをいただいたらいかがかと存じますが、どうですか。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 承知いたしました。  西村力弥君。大臣の時間の関係がありますから、一つ簡明に願います。

西村力弥日本社会党

○西村(力)委員 私は初めてこの委員会へ参りましたので、あるいはお気にさわるようなことを、言うかもしれませんが、その点はあしからず。私はこの二月に中国に行って参りまして、残留の日本婦人とたくさん会って参りました。その方々は第一次、第二次のあれで母国に行って、いろいろと不快の思いにもあった、苦しい思いにもあったということを聞いておる。しかしながら、とにかく一度は帰りたいのだ、この希望は熱烈なものである、その点は大臣も十分にわかると先ほどから仰せられておる。これは人間として当然だろうと思う。その結果、誠意を持って努力せられたと言いますけれども、その誠意というものは、最初からこれからの一時帰国の者は除外する、こういう前提のもとに努力されたのかどうか。誠意ある態度を盛んに力説せられるのであるから、私としては一時帰国を待ち望んでおる、異国におるそういう人々も何とか便宜をはからって帰したい、こういうところまでひっくるめて努力されたのであろう、こう思いたいのでございますけれども、その点はいかがでございますか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 先ほどから申し上げておりますように、一般里帰りの方につきましては、便船を御利用願いたい、また一般里帰りの方は引揚者と従来の経緯から見ても違っておるのだ、同じような取扱いをするということの根拠的なものはない、事情は非常にお気の毒でございますが、今申し上げたような事柄を考えて処理して参ったわけでございます。

西村力弥日本社会党

○西村(力)委員 それから先ほどからお聞きしておりますると、常識的に割り切れることであるから、平和委員会と日中友好協会は私どもの努力の最終的な段階を認められて先方と交渉せられたい、こう盛んに仰せられておったのでございますが、私の考えとしますると、今までこちらから引揚者を引き取りに行く場合、あるいはこちらから送る場合、それに向うからの里帰りを乗せてきた、こういうことが一つの慣行、慣例になっておる、そこに何らのお互いに疑問を持たないできたのじゃないか、こう思われる。そういう国際的な関係における慣行というものをやはり一方的に破棄されるということは、これはあまり正しいことではないではないか。だから今従来通りであるだろうと思って中国政府が集結を求めて、そうしてまた帰国したい人が集結している。この人々だけは日本にお連れして、それを処理して、しかる後にその慣行というものを修正する交渉に入るという工合にいかなければならぬではないか。国際的な問題は、お互いに独立国だといっても、そういうふうにあればあるほど重視して、先方の立場あるいは努力を尊重していかなければいけないのではないか、こう考えられるのです。回、二回とそういう慣例をもってお互いにやってきたことは、今回もこれを尊重してやって、しかる後に新しい話し合いに入る、こういかなければ、一方の国をちょっと無視した、踏みにじった態度になるのではないか、こう思われるのです。こういう点は、日本が今後国際的に十分に成長していく場合において当然なしていかなければならぬ問題であるだろうと思う。こういう慣例を一方的に破棄して修正して、そして今回のことをやられようとすることに対しては、もう一度そういう立場から考え直すべき筋合いがあるのではないか、こう思う。その点については、大臣のお考えはどうでございましょうか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 西村さんに申し上げたいと思いますことは、これが両国の慣行だ、国際的な慣行としてきまった問題であるというふうなことには私ども考えないのです。先ほど山下委員からもお話になりましたように、里帰りの方を一般引揚者と同等に扱うという慣行はないのでございます。実はこの点は私も新しいから、過去のことは山下委員の方がよく御承知なんだと思いますが、むしろこういう問題は、従来争いを現実に繰り返したことがあるように聞き及んでおります。この点は、一般引揚者と同じ取扱いをしなくちゃならないという慣行はないし、またこれを区別して扱って参ったことは、これは私何人も認めているところじゃなかろうか、こういうふうに考えるのであります。

西村力弥日本社会党

○西村(力)委員 私は一般引揚者と全く同じだ、そういう考えであっていただきたいということは思っておりますが、それと同じだとは、形式的にいわれないならばいわれない、それはわかるのです。そうじゃなくて、今まで二回ともそんなにごたごた言わずにそういう船が入ってきて、何かの都合で船が行った場合に乗っけてきた、こういうことが前例としてあるわけですから、向うでは、戦犯を釈放されるあるいは一時帰国者を送られる、こういうチャンスに当って、当然前二回通りに日本では里帰り婦人を一緒に連れてくる、こういうふうに行くだろうと考えて集結している。前二回の前例を先方では当然のものとして、そういう工合にやっているのではないか。向うではそう思ってやっておるではないか。それにもかかわらず、こっちだけが一方的にそういうことではないのだとやることは、慣行を一方的に破棄する、国際的な一つの信義にもとるような状態になるではないか、こう私は言いたい。そういうことは私たち国際的に大きくこれから堂々と発展しなければならぬ立場に立った場合に、最大に尊重せらるべきものである、こう考えるわけなんです。その点今大臣の答弁は混同されておりましたが、私の言うことは、この委員会の経過の筋にぴったり合うか合わないか、あるいははずれておる点があるかもわかりませんけれども、とにかくそういうことを私は感ずる。同僚の方々から合わないから、お前やめろという声があるのですが、国際慣行というものは一方的にそういう工合になされるべきものではないという原則は、当然大臣だって承認されると思う。  それから私が思うのには、あの撫順にいられる戦犯の方々は非常に優越されておりますけれども、何せ年老いた方々、あるいは長い間異国におられる方で、早く帰りたいという気持があるだろうと思う。私たちも早く釈放していただきたいという気持で一ぱいなんです。ですからそういう要請をわれわれとしてあるいは政府としてできないか、そういう百要請をする場合において、日本の立場というものがどういう工合にあれば、その要請が向うに響くであろうか。そういう問題になると、今言ったように向うでは当然今回の戦犯の引き揚げに大きい船が配船されて里帰りの人も帰してもらえるのだ——私が向うに行って聞いたところによりますと、向うに帰化したいと希望しても、帰化すればなかなか故国日本に帰れないようになるだろう、それでは不便になるだろう、だからしばらく日僑としておったらいいじゃないか、こういう扱い方が中国の扱い方、こういうことをお聞きしました。これはまことに深い考えに基くものであると私たちも非常に感謝の気持で来たのですが、そういう立場にある先方様において、やはりこちらもその態度にこたえるような方法をとるならば、戦犯釈放の要請なんかも幾らかは向うの心奥に響くことがあるのではないかと思います。そんな点なんかも少し大局的に、大所高所から考えるべきことではないだろうかと考えます。これは少し意見のようになりますが、大臣の御所月はいかがでございますか。

堀木鎌三自由民主党厚生大臣

○堀木国務大臣 気持の上でそう私は違いはないと思うのであります。ただ問題の処理をどうするかというときに、おのずから従来の経緯その他から見ましてやはり限度がある。従来長い間この問題を扱って参りまして、私はやはり一定の限度はおかなければいけないのじゃないかと思う。根本的に両国の友好関係がいやが上にもよくなり、戦犯その他にも好影響を与える。また同じことをいたしますならば、向うにも感謝していただける、こういう考え方からスタートいたしておりますことは、私は西村さんと変りがないと思います。しかしながら、具体的に問題を処理するに当りましては、やはり従来ともはっきりしたいろいろな問題がございますから、その筋道だけははずしたくない、こういうのが私の考え方でございます。

戸叶里子日本社会党

○戸叶委員 私一言弁明させておいていただきたいと思います。先ほど山下委員から天津協定、北京協定にはないことであるけれども、社会党が新しい事実を作ったかのような御発言がございました、私は天津協定及び北京協定を読んでおりまして、表面的には釈放戦犯と一時帰国、里帰りの人が一体にならなければならないと書いてないことはよく承知いたしております。しかし、午前中の参考人、しかもその参考人の方々が中国紅十字会と直接いろいろ交渉をしていらっしゃる方で、高木さんもおっしゃったのは 先方は戦犯と帰国者と里帰りとを切り離していないので、日本側で里帰りの対策を考えることが必要だという御発言がございましたし、内山さんも、釈放戦犯を迎えるための船で、今、日本にいる里帰りの人を帰してほしいというふうに再三電報がきた、こういうふうにお二人が御説明になりましたので、私は、大へん言葉が足りなかったのですけれども、それを聞いて申し上げたつもりでございますから、この点御了承願いたいと思います。

廣瀬正雄自由民主党

○廣瀬委員長 ほかに御質疑はありませんか。——御質疑がなければ、本日はこの程度といたします。  参考人各位には、御多用中のところ御出席をわずらわし、種々御意見をお述べ下さいまして、本委員会といたしまして非常に参考となり、厚く御礼を申し上げます。   それでは、これにて散会いたします。    午後五時一分散会

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