外務委員会 第9号
- 発言数
- 158 件
- 登壇者
- 14 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1956/12/03
会議録
○委員長(小滝彬君) ただいまから外務委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告申し上げます。本日、西田信一君が委員を辞任せられ、その補欠として津島壽一君が委員となられましたので、御報告申し上げます。 —————————————
○委員長(小滝彬君) 日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言の批准について承認を求めるの件、貿易の発展及び最恵国待遇の相互許与に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国との問の議定書の批准について承認を求めるの件、海上において遭難した人の救助のための協力に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の協定の締結について承認を求めるの件、北西太平洋の公海における漁業に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の条約の締結について承認を求めるの件、以上四件を一括して議題といたします。 昨日に引き続き質疑を続行いたします。 なお、これまで委員諸君の御協力によりまして質疑が進みまして、今通告者で質疑が残っておりまするのは三人だけになったのでありまするが、この質疑時間につきましては、すでに二十八日の委員会でも申し上げました通り、またこの速記にも出ておりまする通り、なるべく早く質疑を終了して、そうしてこの審議を終りたいという一致した希望から、各会派に質疑応答の時間を割り当てることにいたしまして、委員一人について一時間としてこれを算出することといたしたのであります。従いまして各会派の間では、その割り当てました質疑時間について、あるいは相互融通を行われることはございましょうが、この原則をきめたわけであります。こういうふうに申し上げまして、皆様方からも御異議なくその原則で進んでいるわけでありますが、御参考までに、だんだん質疑の終了のときも近づきましたので、御報告申し上げまするならば、自民党の方は持ち時間三百七十一分残っております。しかしこの会期もだんだん迫りましたので、早く質疑を終了するという意味でこれまで河野農林大臣がいないために答弁が留保された苫米地君のきわめて短時間の質問だけで遠慮をするというような申出があります。社会党の方に残っておりまするのは百六十八分、緑風会で九分、こういうことになっております。が、しかしこれは従来の慣例により、また二十八日の委員会で私から申し上げましたように、答弁の時間も含んでおりまするし、かつ関連質問の時間も加えておりまするが、しかしその点はいろいろ委員の方からの申し出もありましたので、これまでの関連質問はかりに除外するといたしましても、社会党の方も今三時間十五分、緑風会十三分ということになっておりますので、これをお含みの上、一つ質疑を続行していただきたいと存ずる次第であります。 それでは通告順によりまして、森君。
○森元治郎君 河野農林大臣の御出席を初めにお願いしたいのですが。
○委員長(小滝彬君) 今すぐ来るとのことですが、さっそく……。今、院内におりますから。
○森元治郎君 共同宣言の中で何といっても重要な問題は、領土の継続審議にしぼられてきたと思います。そこで昨日来河野フルシチョフ会談というものの真相がどうであるか、これなくしては領土継続審議の進め方がむずかしいというふうになってきました。しかし私はこの点についてはあとから出られるわが党のベテランに譲りまして、私は二つの点について関連した質問をしてみたいと思います。 政府に対して、衆議院から参議院と審議が移るにつれて、だんだん理解が深まってくるというのであればよろしいが、だんだん問題が微妙になってくるということがはっきりしてきた。そうすれば私はソビエトがこの政府の苦しい立場を見て、何らか一言言ってもいいじゃないかというふうに感じます。必要なときはソビエトはプラウダ、イズヴェスチアなどの機関紙を使って自分の所信を世界に適時に発表していることは御承知の通りであります。しかし現在は黙っておる。そこで考えまするに、一体これは政府が一生懸命になって答弁をしている内容を、その通りだと思って黙って見ているのか、あるいは野党の質問もまた理があるというふうに見ておるのか、その間の御判断を総理はどうされておりまするか、例えれば幸いだと思います。
○国務大臣(鳩山一郎君) 国民がどういうように考えておるかということは、ちょっと私にも判断はつきかねますけれども、最初からソ連と交渉をしておりました私としては、どうも継続審議について歯舞、色丹の条項をつけたために択捉、国後等が継続審議のうちから削除せられたということを考える——、ほんとうはおそれはないだろうと思うのですが、それについてしかしだんだんの御質問がありましてそういうような考え方を持っていらっしゃる方が多いようでありますから、それについて詳細な説明をする機会を得た方がいいというような考え方をしております。
○森元治郎君 私の伺いたいことにマッチしておらないと思いまするが、次に移ります。 平和条約締結交渉は一体始められるだろうかどうかという問題であります。将来平和条約締結交渉を始める場合には、おそらく両国間で予備的な折衝があるだろうと思います。しかしその際、日本側が歯舞、色丹以外を蒸し返して議題にしたいというならば、おそらく交渉を開くことに応じないのじゃないか。すなわち平和条約交渉に入れないというふうに考えます。そこで米ソ関係の好転でも待ってという不確実な未来に淡い希望を持っておる政府答弁が出てくると思うのですが、平和条約締結交渉というものは、やすやすと始められるとお考えでございますか、どうでございますか、総理大臣にお伺いをいたします。
○国務大臣(鳩山一郎君) 米ソ関係の好転を待つということを、全く到来しないことを希望しておるというふうにば私は思っておりません。米ソ関係の好転ば、そのうちにはどうしてもこなくてはならぬものと思っております。これがお互いに原爆や水爆の競争をして、お互いに戦争の準備をしたりするということは、だんだんとなくなっていくという期待を持っておるのであります。その好転をしなければ、択捉、国後等を日本の領有とすることは、私は至難のことだと考えております。しかし平和条約を締結することができないという意味ではないのです。平和条約にいつでも向うは応じます。けれども領土問題をそのために有利に解決するためには、その米ソの関係の好転を待つという以外手はないと思うのであります。
○森元治郎君 日本側がソビエト政府に対して、平和条約締結交渉を始めたいがと言った場合に、ソビエト側がおいそれと応じてくれるとお考えになりますか、もう一度伺いたい。
○国務大臣(鳩山一郎君) そういうように領土問題に触れずに平和条約を結びたいというのならば、直ちに応ずるものと考えております。
○森元治郎君 次に報道の自由についてお伺いしたいのですが、報道の自由——フリ・プレスというものは、これは民主主義と文明国のシンボルだと思います。日本の国内においてであろうと、あるいはその他の国においてであろうと、地域の問題は問わない自由だと思います。われわれも過去を振り返ってみて、ことに新聞記者出身である私がみずからの体験から振り返ってみて、やはり報道の自由というものがあることがどんなに力強いか、どれほど国民に事態をはっきりさせて、そうして相互の理解に役立も、平和に貢献するかということを、敗戦の後にしみじみと感じました。この報道の自由ということ、日本の新聞も新聞週間に全力をあげて標語を掲げて国民に訴えておりますが、これは同時に新憲法の精神の中心であろうとも思います。この原則について、報道の自由というものの原則について、デモクラシイをかねがね唱えておられる鳩山総理大臣の所信を伺います。
○国務大臣(鳩山一郎君) 報道の自由は、自由のうちで最も尊い自由だと思います。
○森元治郎君 まことにそうあらねばならないと思いまするが、この報道の自由を私がここに取り上げたのはどういう理由かと申しますれば、日ソ交渉に関係があるからであります。すなわち河野農林大臣、河野全権との関係であります。私の親しい友人である特派員が、先ごろのモスクワ交渉に、モスクワに特派されました。この人の報告であります。この人の記事であります。詳しく言えば去る十一月十一日付の世界週報、時事通信社から出しております。ロンドン支局長の海野君がその二十九ページに書いておることであります。私は河野農林大臣が、昔有能な新聞記者であったことは先輩から伺っております。そうして今度の交渉でもしろうとながら、なかなか心臓も強く、頭も明快に活動されたことは、私は十分に尊敬をもって認めます。しかしながら、この河野全権のモスクワにおける報道に対するやり方というものは、いささかわれわれのこの期待と反するものがあります。河野全権はモスクワに行かれてスポークスマンになられました。スポークスマンという発表があったかどうかは記憶がありませんが、スポークスマンを買って出られたことは確かであります。そうして多分十三日と思いますが、十月十三日初めて第一回の新聞記者会見をやっているようであります。そのときの河野全権のお話に、交渉は十月二十日までに済ますつもりだから、十七日一ぱいには大体の方向がわかるであろう。従って少くも十八日ごろまでは、妙な見通し記事は一切打電しないでほしい、こうして諸君の打っている電報の要旨を毎日とっているから、変な見通しを打った人には会見を拒否するといいながら、手に持った随行記者団の打電要旨の報告を読みかけたり、一、二の記者に対して具体的に注意したりした、こういうふうにこの海野君の報道は書いております。しかしながら、河野全権のこうした態度に対して、記者団の中にはもちろん批判もあったが、重大な外交交渉の現場にあるものとしてはその必要もわかるし、われわれとしては、またどうしようもなかったとつけ加えております。そうして最後に、これも交渉をまとめるためには大切な筋道の一つだったかもしれないと結んでおります。日ソ交渉がもし自由な報道、闊達な報道といいますか、そして進んでいったならば、もっと国民にはっきり事態がわかったのじゃないか。変に制限をし、変に指導するということは、案外まずい結果が出ることは、もう戦争中、新聞記者の経験のある人ない人を問わず、わかっているはずであります。どうしてこういうふうに妙な見通し記事、といって制限をして、電報を手にとって牽制をするようなことをされたか、われわれは、はなはだ遺憾に思うのでありまするが、河野農林大臣のお考えを伺いたいと思います。
○国務大臣(河野一郎君) ただいまお話しになりましたことで、当時の事情を私から申し上げますが、私は現地におりまして報道に従事せられる方々とは緊密な連絡をとって、いやしくもわが国に報道せられる記事が間違わないようにすることが一番大事である、それが全然事実無根の記事が本国に打電せられるととは、いたずらに国論を分裂さして、かえってそれは日ソ交渉に悪影響を及ぼすということを非常に私は懸念いたしました。そこで本国の方にお打ちになる電報を、その通り私は本国の方から連絡を受けまして、そうして具体的に新聞記者の諸君に、あなたのお打ちになりました電報はこういうことで違っておりますということを指摘したことも事実であります。新聞の活字になりますと、予想外に信憑性が増して参りまして、しかもそれが現地におって事実無根であるということが翌日もしくば翌々日に明らかになることは、むしろわが国民各位に対して正しいあり方だと私は思っておったのであります。正しいことを打電されたことに対して、決して文句を言ったことはございません。間違っている点を間違っていると言って指摘して、その間違いを長追いしたり深追いしたりする電報を打たれないようにしていただくことの方がけっこうだろうと考えたのであります。
○森元治郎君 河野全権の当時の御心中はわかりましたが、正しいとか正しくないとかいう判断は、なかなかこれはむずかしいので、河野さん御自身でも一体フルシチョフがどういうことを言った、ブルガーニンがどういうことを言ったということを直接お会いになってお聞きになっても、果して相手の言うことを正しく受け取ったかどうかということはこれはむずかしいのです。
○国務大臣(河野一郎君) 私は観測ではないのでありまして、事実の有無であります。たとえばソ連に対して漁業上どういう交渉をしているとか、漁業問題、基地について、どういう話し合いをしているとかいうような、全然そういうことのないのをあるように打電された人がありましたので、そういう御注意を申し上げたのであります。(「検閲じゃないか」と呼ぶ者あり)
○森元治郎君 そういうふうに一々モスクワと東京で連絡をとりつつぎゅうぎゅう責められたのでは、新聞記者が直接フルシチョフと話をしているのじゃないので、萎縮をしてしまう。結果において、新聞記者は種が取れない、ニュースが取れないとこれは困るものですから、泣き寝入りで、当局側、全権のおっしゃることをそのまま打たざるを得なくなる。これが間違いのもとになると私は申し上げているのであります。論争を長くしていると時間もかかりますのでやめまするけれども、私がここにこの問題を提起したのは、これからいろいろこれに類する大きな会議というものがたくさんあるわけであります。すぐ最近では、国際連合の会議が開かれる。この際にでも、だれがスポークスマンをおやりになるか知らぬが、記者団を集めては、馬の目をおおうかのごとく、こっちのニュースを打てばいいのだでは、これでは日本が暗くなってしまうので、われわれは注意したいと思って問題を提起したわけであります。
○曾祢益君 関連して。今の問題じゃないのですけれども、この前に森君の御質問に対する総理の御答弁の中で、領土問題を含まない平和条約を提案したならばソ連は直ちにこれに賛成するであろうと、こういう御答弁があったのですが、ちょっとその点が私よくわからないのですが、何かお間違いじゃないのでしょうか。
○国務大臣(鳩山一郎君) 私の言葉が足りませんでした。領土問題を含まないのではない、領土問題について、以前に松本君あるいは重光外務大臣が主張したような程度において他の領土を、歯舞、色丹以外の領土を要求するというようなことを日本が要求しても、それは成功はしまい、しかし、領土問題を含まない平和条約というものはもう今後はないと私は思っておるのでございまするから、平和条約はそれ以上はどうにもならぬということであります。ただ、日本の要求が通る通らないということも、それについて通そうと思うのならば国際情勢の変化を待つことが必要だといった意味であります。
○森元治郎君 次は、国交回復の意義についてお伺いをいたします。 日ソ共同宣言文には、日ソの国交回復について、平和と友好善隣関係が回復されると書いてあります。友好善隣というこの表現は、大へん調子の高い積極的なものだと考えます。総理大臣は、この積極的、調子の高い表現をされた関係樹立の具体的腹案が、あるいは将来の御計画などがあれば、先ごろ衆議院その他でも時折おっしゃったことがありまするが、まとめて一つ所信をお伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(鳩山一郎君) 善隣友好の関係を増進する方針ということは、まあ手っ取り早く言えば、両方の国民が国民生活の向上、安定をはかるためになるいろんなことをやるということだろうと思うのです。自分たちの生活が日ソの国交関係の正常化によって平和になり向上する、安定するというならばこれはまあ成功だ。その目的のためにどういう手段をとるかといえば、とにかく第一としては貿易の増進である。お互いに有無相通じてそうして国民生活の向上に資するという事実が生ずれば、両国間の平和関係は永続し、健全に発達するかと思っております。それですからわれわれにおいては国交の正常化を期すると同時に、貿易についても考えなければならないという考え方を持っておるのであります。
○森元治郎君 そういう御答弁は、衆議院あるいは本委員会においてもときどき伺ったのでありまするが、総理大臣の本国会初頭における所信演説でこういう個所があります。「久しくうっくつしたわが民族の前に、今や広く東西の窓は開かれんとしております。」「広い視野に立って、」「雄渾な精神をふるい起して、」「活躍」したいと言われております。どうも、うっくつした民族とか、広く東西の窓とか、広い視野、雄渾な精神という、これを見ますと、どうも言葉だけがおどっておって、具体的な善隣友好関係樹立の方策までには手が回らなかったというふうな感じがいたします。同じ問題について、重光大臣にお伺いをいたします。重光大臣というのは非常に慎重な方であります。なかなか渋くて、ぱらっと明朗におっしゃられないのですが、しかしその渋い重光大臣は国交回復とはもっぱら戦争状態という不自然な状態の終息にあるのだというところに重点があるようであります。総理は、先ほど申したように、文字がおどるような、大いにまあ期待をかけて将来の活躍を期すようなことをまあ文字の上だけでもおっしゃっておりまするが、重光大臣のいろいろな機会における雷説を見ますと、不自然な状態の終息が重点のようにうかがえます。これを裏づける一つの例として、昨年の八月三十日、重光大臣がアメリカに行かれて、ナショナル・プレス・クラブ、ここでお話をされました。例のリスと貴婦人というきわめて文学的な表現をされたやさしいあいさつでありましたが、この中でプレス・クラブに集まった朝野の名士に対して、日ソ国交の平常化ということは、それはフラタナイズするという意味ではないのだということもおっしゃっております。しかし、従来けんかをしている仲が仲直りをして、握手をして交際をしようというなら、これは親しくするということだろうと思うのですが、重光外務大臣は特にアメリカに行ってこういうことをおっしゃられております。日本とアメリカとの関係は、ダイナミックなパートナーシップであって、ソビエトとはちょっと関係がまたもとに戻るだけだというふうなことを言って、アメリカ国民の了解を得ておるような態度をとっておったのでありますが、共同宣言にあるこの平和と友好善隣関係の回復と、この八月三十日ワシントンにおける重光大臣の所信の一端との関連をお伺いしたいと思います。
○国務大臣(重光葵君) 私は、日ソの関係が国交回復ということだけにとどまるとは考えません。しかしながら、いずれにしても国交回復はやらなければならぬ、すなわち戦争終結をやらなければならぬ、戦争から平和に転ずる手段をとらなければならぬ、こういうことは、これは事実でありますから、そうでありますから、その事実を平面的に私は申したのでございます。アメリカにおきましても当時は日ソ国交回復ということにいかにも特別の意味があるように言われておった時代でありますから、それはまず国交を回復するということから始めるんだという説明をやったのでございます。これは私は誤まりのないところだろうと思います。しかし共同宣言にいう親善関係を将来開くということについては、いろいろまたこれは努力しなければならぬと思います。それは始めるのにはまずもって国交の正常化、こういうことをやらなければならぬと思っております。
○森元治郎君 そうすると重光大臣も、私が申し上げる積極的の、強い表現の善隣友好関係を回復して増進するということの御意見だと思いまするが、重光大臣、もう一度簡単でよろしゅうございますから、この点について……。
○国務大臣(重光葵君) 共同宣言の字句はまさしくその字句の通りに、またその精神の通りにすべきものだと考えております。
○森元治郎君 私はどうしても総理大臣の国会初頭における演説にこだわりたいのでありまするが、東西の窓が広く開かれようとするという期待をされている総理大臣であるならば、また重光大臣も外交所信演説で共同宣言趣旨説明において、他国の民族主義ということを強調されておるところからみても、この際対米関係の再調整を企図するということは当然ではないかと考えます。対米関係の調整という問題の中には、もう問題になっている安保条約の問題、行政協定、あるいはココムの緩和と、いろいろ問題がありまするが、これに関する国会における質問に対して、政府側はあまり乗り気でない御答弁がなされております。一つ一つこまかいことを私は申し上げませんが、こうやって西の窓があいたのですから、対アメリカ関係も再調整すべき時期である、少くも調整の研究に着手すべきだと思うのですが、総理大臣のお考えをお伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(鳩山一郎君) 東の窓、すなわちアメリカとの関係の意味ですか……。東の窓の方は、これは日本の外交方針として自由主義国家群とは緊密なる提携をして、ますます親善関係を増さなくてはいけないのでありまするから、西の窓が開かれたといって、東の窓をおろそかにするわけには参りませんので、西の窓が開けても東の窓はやはり緊密な関係を維持するように努力をしたいと考えております。
○森元治郎君 われわれは今政府がさっぱり動かないので、同志相計らってアメリカにもわれわれと気持を同じくする有能な学者なり政治家、一般人、こういう人々とイコール・フィッティングで、一つ日米関係の再調整について考えようじゃないかというような議が持ち上っております。まだこれは具体化には若干時間がかかると思いまするが、このようなことはけっこうなことだと総理大臣はお考えになるかどうか、お伺いいたします。
○国務大臣(鳩山一郎君) とにかくソ連との国交が正常化されるということは、世界の国際緊張を緩和するというのが第一の目的でありまするから、米国にも働きかけまして、米ソの間の関係が改善せられるように努力していかなければならぬと思います。
○森元治郎君 私は日米関係を伺っているのであります。 そこで、いろいろな対米関係の中に調整すべき一つだけの問題についてお伺いをします。今の安保条約には期限がありません。実に醜態きわまる条約だと私は思っておりますが、せめて期限を切るという努力をなさろうとするお考えがあるかどうか。それと、今政府がやられている防衛六カ年計画、三十五年ですか、完成すると言われておる防衛六カ年計画のでき上る三十五年という年は、アメリカ軍の撤退、安保条約の期限という問題と何らかの関係があるのか、重光大臣に一つお伺いをいたしたい。
○国務大臣(重光葵君) 安保条約には効力終了の規定が第四条にありますが、これは御存じの通りでございます。これによってやらなければなりませんし、それは何年何月で効力は終了するものと書いてございません。しかし効力終了の規定はあるわけでございます。さようなわけで、たびたび申し上げるように、今安保条約の改訂に着手するという意向のないことを、政府はお答えをたびたびいたしたわけであります。またこの国防計画ですか、それとは何も——その問題は直接六カ年計画ですか、それとは関係は持っておらないことを画し上げます。しかしつけ加えさしていただけば、第四条には自衛力が増すということが条件になっておりますから、その自衛力を増すためにいろいろ努力をしておることもまた今日の状況でございます。
○森元治郎君 そうすると、当面の目標として六カ年計画完成の暁には、アメリカに向ってこれだけ作ったんだが引いてくれるのか、そういうようなお話し合いでもするおつもりがあるのでしょうか、重光大臣にもう一回お伺いします。
○国務大臣(重光葵君) わが国防計画は、今日のところ日本がやらなければならぬ最小限度のことについて進んでおるのでありまして、日本自身の見解で進んでおるわけでございます。従いましてこの安保条約と直接関係があるとは申せないのであります。しかしながらその自衛力の充実した後において、状況をとくと考えて、安保条約の関係についても考慮する時期はくるかもしれないけれども、今はその目的のためではないということを申し上げておきます。
○森元治郎君 また日ソ交渉、直接の問題に戻りましてお伺いをいたします。外交交渉というものは、これはひやかしであってはいけない、十分な用意と信念とを持って当るべきものだとわれわれは考えております。小手先外交というものはまことにこれは古来から禁物とされておりますが、総理大臣はこの原則をいかにお考えになりましょうか。
○国務大臣(鳩山一郎君) 小手先の外交、偽わりの外交はむろん禁物と思っております。
○曾祢益君 もう少し大きな声で御答弁願いたいのです。よく聞えません。
○委員長(小滝彬君) それではなるべく政府側の御答弁も大きな声でお願いいたします。
○森元治郎君 そこで私たちは昨年六月、日ソ交渉の第一回当時の状況を振り返ってみたいと思います。そして過ぎ去ったことではありまするが、今日の段階に非常に関係がありますので、事実の再確認をしておきたいと思うのが質問の趣旨であります。 昨年の六月交渉に臨むに当って、政府は二つの大きな最低線を作ったと信じております。これだけはどうしてもやらない、譲らないというのが二つあったように考えております。第一点は領土であって、領土にあっては歯舞、色丹を最低線とする、もう一つは文化協定は結ばないこと、この二点にあったようであります。ことに文化協定の点についてはひた隠しにして会議に臨み、会議中も会議後も息をひそめたような態度をされておったように私たちは見ております。たまたま某新聞のロンドンの特派員が、この文化協定を結ばない、文化の交流のソ連側との話し合いに乗らないという態度を指摘して、日本に電報を打ってきたのが一つあったように記憶しております。そこで第一点の歯舞、色丹でありますが、当時政府のわれわれ新聞記者に話されたところを総合しますと、歯舞、色丹は固有の領土だから、即座に返してもらいたい。択捉、国後などその他の地域は国際会議の決定にゆだねるというようなわけで、択捉、国後も歯舞、色丹と同様に固有の領土であるということを初っぱなから強く打ち出してなかったように思います。この点を一つ外務大臣からお伺いしたいと思います。
○国務大臣(重光葵君) 私からお答えします。領土問題につきましては、最初から戦前の領土は回復してもらう、こういう方針で交渉に臨みました。戦前の日本の領土は回復してもらいたい、こういう態度でごさいました。交渉の進行するにつれて、日本の主張する主張の理由が、固有の領土というところに非常に重きを置くようになりまして、歯舞、色丹はむろんのこと、択捉、国後も十分にその趣旨で論議を尽したわけでございます。しかし全体として領土は戦前の領土を回復するという方針で進んで参ったのでございます。 それから文化協定のことは、これはどういうことか知りませんが、たとえば文化協定とか通商貿易の問題だとかいうのは、国交の正常化があった後にやるという順序にこれは初めからなっておるのでありまして、文化協定は全然やるとかやらないとか、またそれを特に意味を持ってそういうようなことを考えたことはないのでございます。現にこの共同宣言案についてもそういう工合になっているようなわけでございます。それで御了承いただきたいと思います。
○森元治郎君 どうも、その領土の方の点でありますが、択捉、国後というのは、そのころにはなかったように私は思う。今重光大臣のお話では、戦前日本の領土であったものは一つ返してもらいたいという抽象的な表現でありまするが、択捉、国後は歯舞、色丹と同じだというが、あるいは重光さんがこの夏行かれたときあたりに非常な強い勢いをもって要求したようなことは、当時なかった。そこで私はどうも択捉、国後は昨年の八月下旬から日本の固有の領土になったのじゃないかというふうな感じもするのであります。ということは、八月の下旬になって、おそらく二十八日ころでしょうか、私の信ずるところでは、訓令をやって、択捉、国後も要求せよと言ったように思います。それまでの交渉はきわめてなごやかにどんどん進んでいった。歯舞、色丹も六月の一日から始めて七月あたりにそろそろ頭が出てきて、返してくれそうなにおいがしてきた。八月に別の問題とも見合って返してもよろしいというところまでなってきた。海峡問題はおろす。いろいろ向う側の主張もおろし、どんどん進んでおった。もし政府が当初の方針通りであったならば、八月の下旬に私はまとまって、国際連合もあの年の暮に、去年の幕に入れたのではないかと思うのですが、どうして択捉、国後というのが八月の終りころになって強く打ち出されてきたか。なぜその前から歯舞、色丹と同じように択捉、国後を強調しなかったか、その点をもうちょっとお伺いしたい。
○国務大臣(重光葵君) 私はっきり申し上げておきますが、初めから歯舞、色丹だけであとは放棄して満足するという方針を立ててやったことは一度も、一度もと申しますか、絶対にございません。それは考え方全体の方針は今申し上げた通りであります。それで参ったのでございます。そのときに交渉の任に直接当られた松本全権がここにおられますから、松本全権から事情をよく説明してもらいます。
○委員長(小滝彬君) 松本全権から説明されるそうですから。
○全権委員(松本俊一君) ただいまの森委員の御質問の中に、やや誤解があると思いますから、私交渉の任に当りましたものから、はっきりさしておきたいと思います。 私は昨年の六月に交渉開始以来、八月三十日までの間は、日本の昔の領土、すなわち南樺太、千島全体を日本に返還することを要求して参ったのであります。そのうちに、先方が、八月九日と記憶いたしまするが、歯舞、色丹の問題については平和条約全体がまとまった場合には何とか考慮しよう。すなわちこれを日本に引き渡してもよろしいようなことを申し出したのであります。そこでそれを政府に報告いたしましたら、政府におきまして考究の結果、先方がそれまで日本の旧領土全部について解決済みであると申しておりましたのを、歯舞、色丹だけについて譲歩の色を示しましたので、わが方といたしましては、今度は今まで全部について返還を要求しておりましたその要求を変更いたしまして、日本がさしあたって返還を要求するものは歯舞、色丹だ、それに加えて国後、択捉ということにいたしました。その他の部分につきましては、国際会議等、日本も入りました国際的の協議でこれを決定するという案を八月三十日に私が出したのであります。そういう経過に相なっておりますので、その点を明確にいたしておきたいと思います。
○森元治郎君 もう一度、しつこいようですが、初っぱなから歯舞、色丹、択捉、国後と出して、あとを国際会議の決定にゆだねる。日本もこれに参加して、その決定にゆだねようというふうに持っていった方が正しくて、やりよかったのじゃないかと思いまするが、外務大臣いかがにお考えになるか。
○国務大臣(重光葵君) 私はやっぱり、戦前の領土は回復するという建前で交渉をした方が有利であったと、こう考えておるのでございます。
○森元治郎君 どうも外交が旧式で、大きくぶち出して、だんだん、だんだん小さくしぼってくるというようなのは、相手によりけりでもありましょうけれども、やはりいいことじゃないと思います。これ以上は突っ込みませんが、小さい点でありまするが、一体択捉、国後はわが固有の領土だと交渉されておるのか、南千島はわが領土だという、言葉の使い分け、この点をお伺いしたいと思います。外務大臣でも、政府委員でもけっこうです。
○国務大臣(重光葵君) それは択捉、国後ということです。択捉、国後を通称南千島と、こう言っておるので、われわれは択捉、国後と言っておるのです。
○森元治郎君 そうすると、外務大臣、択捉、国後という名をあげて交渉をずっと今日までやっておって、われわれ新聞記者が、知らない者がこれを南千島だと言っておるのだ。交渉でお話しになるときには択捉、国後でやっておるわけですね……。ありがとうございました。 それでは文化交流でありまするが、学問的労作とか、文化価値のあるもの、そういうようなものは、ケース・バイ・ケースでこれは片づけていくというお考えであるかどうか、外務大臣にお伺いします。
○国務大臣(重光葵君) 必要によっては個々の問題について、また取りきめとしては全面的になるだろうと思います。
○森元治郎君 次に、これも再確認すろことに関連をする問題でありまするが、昨年六月、第一回の交渉に臨むに当って、あるいは九月に一応決裂状態になって松本全権がお帰りになったその間、おそらく政府は主たる旧連合国に対して、領土問題に関する日本政府の見解というものについて、どんな考えかということを打診されたと思うのですが、いかがですか、外務大臣にお伺いします。
○国務大臣(重光葵君) おもな国の意向をむろん打診いたしました。領土問題というのは、言い換えれば、サンフランシスコ条約の解釈問題で、それについて十分意向を聞きまして、そうしてその結果は、従来御説明申しておる通りでございます。
○森元治郎君 そこで私が当時伺っている各国の回答は、こういうふうであります。アメリカは、一つ日本政府は慎重にやってくれ。何もこまかいことは言わない。一つも日本を支援するようなことはない。千島、択捉、国後の帰属についても、日本の気持を満足させるような回答はなされていないと聞いております。イギリスはこれに反して、常識的な言葉でいうならば、日本はサンフランシスコ条約を結んでからもう十年間もほったらかしているじゃないか。急にソビエトとの交渉を始めるに当って、択捉、国後、その他はおれのものだと言い出すのは、これは時効にかかっているようなものだ、こういうような回答がイギリス政府筋の意見として、われわれは当時伺っております。これに対して外務省の某氏は、国際法において時効の観念は確立されておらぬというようなことを言った方もありますが、いずれにしてもそんなことは時効じゃないかという現実的な回答をしている。フランスその他は自分のことで手が一ぱいで、日本の方まで回らないのでしょう。大いに日ソ間でお話しになって下さいというように回答したと伺っておりますが、間違っているかどうか、もう一度外務大臣にお伺いをいたします。
○国務大臣(重光葵君) それはだいぶ事実に相違した点があるようであります。これはたびたび御説明した通り、に、米国政府の意向は、領土問題について千島がどこからどこまでであるといってはっきりと定義したことはない、これは日ソの間で話し合い得る問題である、こういう趣旨の意向でございました。イギリスの回答も大同小異でございまして、イギリスは、決して時効にかかっているから、日本は領土としてこれを返還することを要求する権限がないのだというような意見を少しも表したことはございません。フランスの意向も大体さようなことでございました。もっとも今お話しのごとく、フランスはこの問題に利害を感ずることの最も少い国でありますから、その態度は、おのずから一般の問題に対する批判としてそういう態度でございました。しかしながら条約論としては、はっきりと今までソ連に与える領土がきまっておったというような解釈はとっておりませんでした。もっともフランスはヤルタ協定には入っておりません。ヤルタ協定に入っておりますアメリカ及びイギリスの見解はそういうことでございました。それははっきりとソ連側にも申し入れて、そうして反省を促したことでございます。
○森元治郎君 いよいよ国際連合に加盟できそうであります。外務省も大いに元気になって準備に忙しいようでありまするが、松岡外務大臣が旧国際連盟を脱退してもう二十余年になって、かっての常任理事国が一つの平和加盟国として加入をするわけであります。日本としては、いろいろ過去につらい経験を持ち、この経験を国際連合に生かすならば非常な貢献だろうと思いまするが、簡単に一つ国連加盟への覚悟といいますか、この点を一つ総理大臣から伺いたいと思います。そして国連に加盟する以上、なお戦犯が日本に——戦犯という名のもとに拘禁されておる人々があると思うのですが、この戦犯釈放をどういうふうに扱われるか。関係国に向って全部国連加盟をもって過去の変ないやみをかぶせられている戦犯を、きれいに釈放してやる御意思があるかどうかということを、あわせて御答弁を願いたいと思います。
○国務大臣(鳩山一郎君) 最後の御質問から忘れないうちに答弁いたします。 戦犯者として、まだ抑留されておる者はあるそうです。それですから、この戦犯釈放についても努力するのは当然であります。 それから国際連合に加盟して何をするかということですが、やはり国際連合に加入いたしまして、世界平和のために協力して努力をするということに尽きると思います。
○森元治郎君 戦犯釈放でありますが、国連加盟と同時に釈放されるような下準備ができておるものでしょうか。
○国務大臣(鳩山一郎君) 外務大臣から答弁いたさせます。
○国務大臣(重光葵君) いわゆる戦犯、抑留者の釈放問題、これはもう非常に強力に、その実現をみるように話を進めておるわけであります。これはだいぶん長い間の努力でございます。昨年私は米国へ行ったときも、その問題が具体的の問題として相当大きな、重要な問題でございました。いろいろ努力の結果、特に出先の代表者がひざ詰め談判で任国の政府当局に談判いたしまして、大局からむ、また具体的各個人の状態等をも説明をして、非常に努力したのでありますが、その結果大半片づきました。大半片づきまして、今現に残っておるのはごくわずかの部分でございます。しかし、そのわずかの人の釈放も、これは一日も早くしなければならぬのは当然のことでございます。 そこで国際連合に入る、こういう工合になった次第であるから、一日も早く釈放してもらいたい。できるだけ年内にはぜひ釈放してもらいたいというような態度をもって強く申し入れておるわけでございます。必ずや相当の効果が現われるのじゃないかと、私はそれを楽しみにしておるわけであります。
○竹中勝男君 関連質問の場合には、前例にならって社会党の持時間に食い込まないという前提で私は質問を申し上げます。
○委員長(小滝彬君) 前例によりますと、食い込むことになっております。
○竹中勝男君 何とかはずすような希望をもって、理事会でこの通り諮ってもらいたいと思いますが、とにかく質問いたします。 この国連の加盟ということを私どもは非常に賛成し、喜んでおるわけであります。従ってそれに関連してお伺いしたいのですが、平和憲法といいますか、憲法第九条を持っておるような国として国連に加入するのは、今回の日本が最初だろうと思いますが、この国連軍といいますか、これはエマージェンシー・ポリス・フォースというのかしら……。
○国務大臣(重光葵君) 今回のは、そういうのです。
○竹中勝男君 これはやはり海外派兵あるいはそれの援助、それから加盟国に国連軍の通過権があるというような規定であるというように記憶いたしておりますが、スイスは御承知の通りに国内を国連軍が通過すると戦場になるということのゆえに、国連に参加することを拒否しております。日本がこの平和憲法を持ち、国際紛争の場合に武力をもってこれに介入しないというはっきりした憲法の原則を持っておる唯一のおそらく国だろうと思いますが、こういう日本の国連加入とこの国連軍との関係について、政府はどのように考えておられるかを一応伺っておきたいのです。
○国務大臣(重光葵君) この点は条約関係が主でありますから、条約局長に説明させますが、よろしゅうございますか。
○竹中勝男君 はあ。
○政府委員(下田武三君) 国連憲章が当初予想いたしておりましたような国連軍というものは、いまだかつて実現したことのないことは御承知の通りでの国連軍と、今回の中東の動乱についての国連軍と二つあるわけでございます。いずれも憲章の直接の規定の発動ではございませんで、総会の勧告によって作られたものでございます。従いましてこれはあくまで勧告でございまするから、国連軍に応募するかどうか、あるいは国連軍をして自国を通過せしめるかどうかという点につきまして、各国は完全なる自由を持っております。従いまして欲せざるのにそういうことを認めるということは全然ないわけでございます。
○委員長(小滝彬君) 森君にこれは念のために御注意申し上げますが、党内で調整されると思いますけれども、もうすでにあなたのは一時間以上過ぎておりますから、それを含んで吉田君あたりとお話し合いの上、御質問を願います。
○森元治郎君 これで終ります。重光大臣に希望して終ります。平和愛好国として国連に加盟を許されるのですから、愛好国の中にたとえ一人でも戦犯というような名を冠せられた者が拘禁の状態に依然として放置されるということは醜態でありまするから、ソ連における抑留邦人が帰ってくると同じように、年内にはきれいさっぱりに釈放してもらうよう、切にお願いをして終ります。
○委員長(小滝彬君) 吉田君に申し上げますが、通産大臣は今すぐ参りますから、質問を開始していただきたいと存じます。
○吉田法晴君 悲劇の政治家といわれる鳩山首相が、病躯をおしてモスクワまで使いせられ、共同宣言をまとめられました。重光外相もかっては慎重派といわれながら、よく踏み切って日ソ交渉をまとめられるのに協力せられ、相ともにいわゆる平和外交、独立外交の第一歩を踏み出されましたことについては、私ども独立外交、平和外交が社会党あるいは私どもが申し上げますほんとうの平和外交、あるいは独立外交としては不十分ではありましょうとも、一応脱皮しようとする保守党の平和外交、独立外交の線で進められたということについては、敬意を表します。しかし鳩山首相がその政局を担当するに当って掲げられました外交に関する方針、約束が必ずしも全部実現せられておりません。しかも鳩山首相は退陣をせられようというのであります。そこでこの共同宣言ほか三件に関連して若干の質問をしたいと思うのでありますが、まず中国問題であります。最初第一次鳩山内閣ができて施政方針演説をされました中にありました自主平和外交と言われた外交政策の中でうたわれましたものは、国交未回復国との国交調整ということでありまして、中国も含まれておりました。このことは記録によりまして再検討いたしましても、昭和三十年十三月の施政方針演説についての答弁、その鳩山首相の答弁のお言葉の中にも、ソ連、中共という言葉があります。それから重光外相の外交演説の中でも共産主義諸国との間の講和と述べられておることでも明らかであります。ところがその後アメリカ側からの牽制があったからでありましようが、国交未回復国との間の国交の調整、あるいは共産主義諸国との講和は、ソ連との国交調整のみとなった感じがございます。 〔委員長退席、理事川村松助君着席〕 しかし国交未回復国の中でソ連に次いで重要な、特にアジアにあります日本としてはソ連以上に日本の自立なりあるいはアジアにおける国際緊張の緩和、平和外交に重大な関係のあります国は、何といっても中国であります。で、広大な中国の人民と国土とを代表する政府がいずれであるかということは、これは何人にも明らかだと思うのでありますし、それから当初鳩山首相が中国との国交調整を云々された当初には、今中国との国交調整に支障があるという台湾政府も、初めから、その当時からあったわけであります。ですから台湾政権がある、あるいは台湾政権との間に条約が結ばれているということは、今さら理由にならぬと思うのでありますが、この点についてソ連との国交が回復されようという今日、鳩山首相、重光外相はどういう工合に考えられておるか伺いたいと思います。
○国務大臣(鳩山一郎君) 吉田君の言われる通りに国交未回復の国々との国交正常化をはかることはわが国の従来の外交方針であったと思います。私どもは国交未回復の国とは国交を正常化したいと思いますけれども、国交未回復の国には中国もむろん入っておると思って述べております。ただ国交正常化というか、つまり国交は回復しているのでありまするが、国交の正常化といううちに入っていると思って話をしていたつもりであります。けれども、日程に上せたいと考えておることはこれは事実でありまするけれども、中共については台湾における中国政府との関係上、複雑なる問題があるのでありまするから、経済関係、文化関係等においてできるだけの交流をはかっていきたいと考えております。
○吉田法晴君 国交の正常化ということで今逃げられたのですが、あなたの言葉で言うと、国交未回復国との国交調整、それから重光外相の言葉でいうと、共産主義諸国との間の講和、その国交未回復国、あるいは共産主義諸国の間には中国も入っている、今お話のように。それならば国交の正常化しかも台湾政府があるから、国交の正常化ということは、中共の場合には限定がある、こういうお話でありますけれども、重光外相は、当時の言葉でいえば講和という言葉が使われている。共産主義諸国の中に中国が入っているならば、その中共との問の講和ということはあり得ることになる、残っていることはこれはお認めになりました。 〔理事川村松助君退席、委員長着席〕 重光外相が当時言われたのは、共産主義諸国との間の講和という言葉が使われておりますが、その共産主義諸国の中には中国が入っている、こういうお話でありますから、今の御答弁では、中共との今後の調整は残っているじゃないか、こういうあれに対して不十分だと思います。重ねて重光外相から御答弁願いたい。
○国務大臣(重光葵君) 私のを御引用のは、当時の議会演説でございましょうか。
○吉田法晴君 そうです。
○国務大臣(重光葵君) それは、私も今日それを否定するとか、どうするとかということじゃございません。しかしよく正確に調べなければ御答弁はむずかしいのでございまするが、しかしわれわれの考えは、最初から国交回復をしてない国々、その国々は、過去において戦争状態にあった国々及び新たに独立した国々、それらの国々との間に国交を正常化する、回復し、もしくは新たに設定して正常化をするということは、初めから考えた方針であり、政策でございまして、それに向って施策を進めて参ったのでございます。日ソ交渉もその最も大きなものでございます。しかし中共との関係においては、これはたびたび御説明申し上げた通りに、中国との国交回復という政治問題は、すでに議論の上では、法理的議論の上では、解決済みとみなければなりません。そこで実際中共の問題等は、さらに東アの全体の緊張の緩和、平和安定の実現というような方面から、順次に施策を進めていかなければならぬと、こう考えております。無理に政治上の承認というふうに持っていくことは、今時期でないということを申し上げておるのであります。貿易等から進めていきたい、こういう方針はたびたび申し上げておりますから、そういうことで御了承を得たいと考えるのであります。
○吉田法晴君 鳩山首相の言葉は、ソ連、中共との国交調整、こういう言葉、あるいは国交未回復国との国交調整、こういうことでありますから、ソ連とは国交回復、中共とは国交の正常化、こういうことで今言われた。重光外相の外交方針演説の中には、共産主義諸国との間の講和と書いてあります。中国は今のような御説明であれば、共産主義諸国との間の中には入っていない、こういうことになるわけです。共産主義諸国との間の講和という言葉はどういうことであったか、言葉じりをつかまえるわけではありませんが、少くとも初めは、当時、外務大臣の演説の中には、共産主義諸国の中に中国が入っておったように、これは常識的に考える。そこで、それなら言葉でなくて具体的に伺いたいと思うのでありますが、鳩山首相は、これは予算委員会で同僚秋山委員が質問したのに答えられたのであります。周総理と向うからの申し出があるならば喜んで会いたい、こういう答弁をしておられます。これはどういう意味なのか。周総理を通じて国交の正常化をなさろう、こういうことではなかったろうかと、とう思うのです。それからこれは台湾政府を承認しているから云々ということは、このときはない。周恩来総理は中共、中華人民共和国の総理、そうすると、北京政府を相手にして国交の調整をはかろうという意思は十分現われていると思うのです。今の中国との国交調整という問題に関連して、鳩山首相のさきの言明はどういう意味を持っておるか。今でも周総理にはいつでも会おう、あるいは行かれるか、こっちへこられるか知りませんけれども、そういうあれを持っておられるかどうか、もう一度伺いたいと思います。
○国務大臣(鳩山一郎君) 北京政府と言った方が間違いないと思います。北京政府との国交を正常化したいという希望は持っております。その希望の障害となるものは台湾政府なのです。その間の関係がまあ何と言いますか、解決ができるようなことを希望している。それのわだかまりがなくなりさえすれば、北京政府の承認は障害がなくなるのでありまするから、周総理にも会いたいと考えております。
○吉田法晴君 それじゃ、あのときのお話は条件がついていないわけですね。台湾政府の了解があればとか、あるいはアメリカ政府の了解があればという条件はついていないわけですね。これは鳩山首相にお伺いをするのでありますが、今の政府として、そのときは無条件で北京政府との間の国交の調整をはかろうという意思が、周恩来総理に喜んで会いたい、こういう言葉になっておるのだと思うのですが、それは変わったのですか、変らぬのですか。
○国務大臣(鳩山一郎君) 私はもとから北京政府と台湾政権との間のいきさつがなくなることを欲しておりますものですから、蒋介石にもそういうようなことは通じました。周恩来にもそういうようなととは人をもって通じたのです。それですから、最初の考えの中国との国交の正常化を途中でやめたり、どうしようというようなこともなし、最初から中国との国交正常化は欲しているのです。その障害となるものは二つの政権があることなんですから、二つの政権の間の対立がなくなるようには、蒋介石にも人をもってそういうことを申し込んだことがあります。周恩来にも人をもって両方の話をつけてくれというような態度をとったのであります。むろん公式ではありません。
○吉田法晴君 最初の国交正常化の方針には、中華人民共和国の政府とのとにかく国交正常化というものが入っている。あるいは周恩来総理と喜んで会おうというときにも、それは北京政府を相手にして国交正常化をはかろう、こういうお気持であったと思うのであります。その点は今も変らない、こういうことですね。
○国務大臣(鳩山一郎君) さようであります。
○吉田法晴君 共同宣言の中には、内政不干渉という平和外交の一項目、あるいは平和五原則と言われるものの中の一項目が含まれているわけでありますが、台湾が中国の一部であること、それから中共政権と台湾政府との間の問題は、これは中国の内政問題ではないかと思うのでありますが、これはソ連との間に結ばれた方針でありますけれども、内政不干渉という平和外交の方針からしますならば、台湾あるいは中華人民共和国という問題は、これは中国の中の問題じゃないかと思うのですが、どういう工合にお考えになりますか。
○国務大臣(鳩山一郎君) 私は内政に干渉するつもりはむろんないのでありますが、ただ国際間において、私はかつて二つの中国という言葉を用いましたけれども、それは間違っておるかもしれませんが、とにかく二つの対立せる国として存在している以上は、中共、北京政府との国交正常化はできませんから、それで二つの国が何とか妥協をするということを欲したわけでありまして、決して内政に干渉するという気持を持っているのではありません。
○吉田法晴君 具体的に問題が出てくれば、これはそういう逃げを打っているわけにはいかぬと思う。たとえば中国の国連加盟問題というような問題が、来年になるかわかりませんが、これはネール首相もアメリカに行って、中国とアメリカとの間をあっせんをするというか、関係についてお話があるだろうということが言われているのですが、中国の国連加盟問題が、日本の国連に加盟した後に出て参りますならば、そのときにはこれははっきりしなければならぬ。一番最初、鳩山総理や重光外相が言われた中共政権との国交調整を考えなければならぬ、こういう問題も今のような逃げを打っているわけには参らぬと思うのであります。具体的にそういう中国の国連加盟問題云々というようなときに、どういう態度をおとりになるつもりか。
○国務大臣(重光葵君) 目下のところは、御承知の通りに日本の国連加入を実現するために専念いたしておるわけでございまして、その加盟後に、中共の問題がどこからか出て議題に上るということも、これは考えられぬことはございません。そこでそのときには、これはいろいろ十分検討して、これに対処しなければならぬと思います。しかし今日の場合においては、日本のわれわれの考えているのは、国際連合においては中国代表として国民政府が国際連合の一員となっている。しかも安全保障理事会の常任委員の席を持っているわけです。これを日本がどうするという考えは少しもございません。日本が加盟するというこの際において、何もそれに異論を言うべきものでもない、またそれをどうするということを考えておらないわけであります。そのままに日本が国連に加盟するということは当然のことだと考えておる次第であります。
○吉田法晴君 これは具体的な事例をもってお尋ねをしたので、よその国の意向によって日本の外交方針を立てて行くというのでなくて、日本の独自の方針を貫いて行こう、独立外交をやろうというならば、これは中国というものについてはっきりした態度をとっておかなければならぬ。初め問題は正確に提起されて、中華人民共和国政府との国交の正常化というものを考えられたがと言っておられた。ところが途中でその点が、台湾政権に対する気がねからか控えてきた。しかし、これから中国の国連加盟という問題だけでなしに、至るところに出てくる、そのときにどうするか。こういういわゆる独自の方針について、鳩山内閣、これはまあやめられるかもしらんけれども、日本の外交方針としてどうあるか、どうなければならぬか、どう考えておられるかということをお尋ねをしておるわけであります。
○委員長(小滝彬君) 外務大臣に答弁を求めておられるのですか。
○吉田法晴君 ええ、外務大臣でけっこうです。
○国務大臣(重光葵君) 今御質問の要点は、これからどうするのだという……。
○吉田法晴君 態度として。
○国務大臣(重光葵君) 態度としてまだきめておりません。きめておらないじゃない、現状をそのまま認めて国際連合に入ると、こういうことです。
○吉田法晴君 それじゃもう一度別な角度からお尋ねをいたします。今のところ中国との国交調整は、具体的な問題について積み上げ方式で行くと、こういうことを言っておられますが、それでは人事交流については、今後今までのようなことなしに、制限をつけず、自由に許可する方針であろうと思うのでありますが、その辺具体的に承わりたい。今までのように制限をおつけになるつもりなのかどうか、それとも自由に交流せられることを希望せられるのか、政府の方針を承わりたいと思います。
○国務大臣(重光葵君) 外国との往復はできるだけ自由にしたいというのが、これは大体の方針であることは申し上げた通りであります。しかし特別の場合においていろいろの制限のあることも、これもまたやむを得ないという事態でございます。
○吉田法晴君 まあごまかされますが……。
○曾祢益君 ちょっと。農林大臣は退席されたわけじゃないでしょうね。
○委員長(小滝彬君) そうじゃないです。
○曾祢益君 帰ってこられますね……。
○吉田法晴君 自民党の中においても、これはまあ有力の人と申し上げてもよかろうと思うのでありますが、中国との国交調整、あるいは来春できれば党からも国交調整について渡りたい、こういうことを表明しておられる方もございます。ですから、すでにこの日ソの国交が回復せられますと、次は中国との国交調整だということは、これはだれの目にも明らかです。その大きな目標、路線を引かれるかどうかということですが、今具体的にはその新しい路線に通ずる一つの道として、個々の問題にどういう態度をとられるか、こういうことをお尋ねをしておるわけでありますが、通商代表部の設置については一応認められたようでありますが、指紋の問題で今実現しないでおる。ところが法務者の意見によると、法律を変えなければ云云というお話のようでありますけれども、池田正之輔氏は、これは何とか片づくだろう、こういうことを言っておられる。外務省が政府の代表と認めればこれは片づく、ソ連との国交回復前の代表部のように、あるいはインドにいたしましても、戦争終結宣言、それを向うの宣言に対してこちらが承諾する、その前の状態等を考え合せても、これは政府のほんのわずかな踏み切りで問題が片づくと思うのでありますが、具体的な通商代表部の設置というものについて、政府の代表として、この法律を改正しないで指紋問題を片づけ、通商代表部の公館設置ができるようなお心組みであるか伺いたい。
○国務大臣(重光葵君) この問題は法規解釈の問題だと思います。法規を曲げるわけには参りません。しかしながら、法規の解釈として、できるだけ実際の方針に沿うように持って行きたいという考え方は持っております。そこで解釈問題として考究をいたしておるのが現状でございます。
○吉田法晴君 解釈問題でも運用問題でもかまいませんが、解決をする方針かどうか。
○国務大臣(重光葵君) これは検討してみなければわかりません。検討の結果を見てするつもりでございます、
○吉田法晴君 検討せられて、法務省の意見にしても、外務省がわずかな踏み切りをすれば問題が片づく。それから日中貿易促進議員連盟理事としての池田正之輔氏も、これは何とか片づけたい、それを政府としてお認めになるかどうか。これはもう検討されておる。外務大臣のわずかな断で問題が片づくのです。片づける方針なのかどうか、その辺を具体的に承わりたい。
○国務大臣(重光葵君) その検討の状況を説明させます。
○政府委員(下田武三君) 指紋の問題につきましては、二つの解決方法が考えられると思うのであります。第一は、指紋をとることを要求しております法令を改めるということであります。第二は、何と申しますか、外務省が踏み切れと仰せのように、公務員なりと認めまして指紋をとらないというとだと思います。ところが実際問題としまして、法務省においては指紋をとることは必要である、これは何も中共の人や共産党の人に限らず、一番たくさん指紋をとられておるのはアメリカ人であります。各国人が平等に、一定の場合には指紋をとるほかはないわけでありまして、これを法令を改正する用意はないという法務省の固い立場であります。だから外務省が踏み切れと申されまするが、現状において、政府をまだ承認しておらない現状におきまして、公務員なりとして、それに政府の代表の資格を法的に認めるということは、これは現状におきましては外務省として踏み切れないところでございます。
○吉田法晴君 この問題に時間をとるわけにはいかぬのですが、ソ連の国交回復前の事例もございます。それからインドその他の戦争終結前の事実もごごいますから、これは外務大臣の方針によって私は片づくと思いますので、検討中ということでありますが、そういう一般の外人に対する法の適用じゃなくて、中間的な処置はでき得るものだと思いますから、その点は希望をして次に移ります。 気象の問題について、これは今の気象庁長官が中央気象台の台長時代に向うに行って、気象情報の交換についてお話がございましたが、その後現に来ておる。そして相当日本の気象観測の上に大きな貢献をしておりますが、なおこれは協定がまだない、事実上向うで解除して、それをこちらは利用しておるという状態である。それから漁業については御承知のように民間協定が行われておる。それから貿易については第三次民間協定が行われておる。それを第四次協定にするためには政府間の通商代表部の問題もある。あるいは見本市の常設の問題もありますが、政府間の協定にしなければより以上の発展はない。それから文化、それから郵便、航空、これらの問題について、事実上の交流あるいは協定があって、不便な中にも彼我まあ利しておるわけでありますが、これらの民間協定を政府で認める、あるいは政府協定にするという御意思はないか。一つ一つでもけっこうですから御答弁をいただきたいと思います。
○政府委員(下田武三君) ただいまおあげになりました事項につきまして、貿易、漁業に関する取りきめ等は、現状におきましては民間の、取りきめでやっていただくという方針でございますし、また気象あるいは郵便でございます。そういう公的の仕事でございまするが、非常に技術的な色彩の強いものにつきましては、事実上政府当局の間の打ち合せということは行われております。これは国際間に、非常に技術的事項につきましては、まだ正式の国交のない国の間でも、事実上の打ち合せが行われておりますので、その点につきましては現在すでに行われておる通りでございます。
○吉田法晴君 通産大臣来ていただいておりますが、日中貿易は促進をしたいということは、これは総理あるいは外務大臣、それから通産大臣もまあ言っておられるところであります。現に技術協定について、これは民間でありますが、代表が行こうと、こういう状態、で、今の間に、日本のものが残っておる、あるいは規格が残っておる間に技術的な提携をしなければ、第二次五カ年計画になり、あるいは進んで参ると時期を失するというので、これは国際的な特免等による中国貿易の促進もございますが、日本の経済界として、技術の協定と言いますか、交流というものが時期にきておるわけであります。通産大臣として今後中国貿易について、あるいは通商航海の協定についてどうあるべきだと考えておられるか、先ほど具体的な問題もあげて御質問申し上げましたが、通産大臣から一つ御答弁を願いたいと思います。
○国務大臣(石橋湛山君) まだ技術協定の問題は詳細報告を聞いておりませんが、貿易にいたしましても、そのほかの問題にいたしましても、できるだけ増進をして行きたい、それにはできるだけ日本の法規に許可される範囲において、十分与えられるだけの便宜を与えたいというのが、ただいまのわれわれの考えであります。たとえば見本市などについても、ずいぶん法規上いろいろのめんどうがありましたが、これも何とか工夫をいたしまして、北京、上海であれだけの見本市をやったというのが、大体今日われわれ、ことに通産を中心にした政府の考え方であります。
○吉田法晴君 便宜を与えるということですが、政府としてできるだけのことをしたい、こういうお気持ちがおありになりますかどうか。これはまあ久化の問題ですけれども、先般郭沫若氏が来られたときに、松村前文部大臣でしたか、閣僚の一人も御出席になって、次においでになるときは国賓として迎えたい、こういうことを言われておる。……総理聞いておられませんが、一つ聞いておいて下さい。外務大臣も聞いておられたら外務大臣から御答弁願いたい。ですからこれは単なるあいさつではなかろうと思う。貿易その他についても、政府ができるだけ便宜を与えるところから前進をしなければならない、飛躍をしねければならぬところにきておるわけです。これについて、通産大臣は通産行政の面から、あるいは外務大臣はそれらの点について総括をして、方針と申しますか、あるべき方針についてお述べを願いたいと思います。
○国務大臣(石橋湛山君) 貿易等に関しましてお答えいたしますが、これはもう最大限の努力をして増進をしたい、それはただしいろいろの国際関係、あるいは国内の法規等もありますから、それらを曲げるわけにいきませんが、それらに支障を生ぜざる限りにおきましては、最大限の便宜を与えて貿易を増進するというのが方針であります。
○国務大臣(重光葵君) 私も同様に考えております。
○吉田法晴君 時間がございませんから次に移ります。 これは鳩山首相と外務大臣から御答弁願いたいと思いますが、先ほどから独立外交あるいは平和外交、あなたたちの言われる方針に関連をしてお尋ねをして参るわけでありますが、平和五原則あるいはAA会議の十原則についての鳩山首相なり、あるいは重光外相が考えられる日本の独立外交との関連、共同宣言の中に国連憲章の諸原則、それから平和共存と申しますか、内政不干渉という言葉ははっきりうたわれております。で、国連憲章の原則を含んだ十原則には、昨年のアジア・アフリカ会議に政府の代表として、高崎長官が出席して決議に参加されております。日本として、東西両陣営の谷間にあって、日本を含む東西両陣営の平和共存、緊張の緩和を望むというのならば、アジア諸国との提携、アジアの中において繁栄を望むという、こういう言葉は政府の方針の中にあるわけです。アジアのにおいて平和を望むというのならば、平和五原則、それからAA会議の十原則によるより以外にないのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。平和五原則ないしは十原則に対する首相並びに外相の態度を明確に一つ御答弁願いたい。
○国務大臣(重光葵君) 政府の公けの方針としてこれまで出してきておることは、御承知の通りに国連憲章の尊重ということでございます。今言われましたバンドン会議の十原則にしても、またインドと中共との間に結ばれたいわゆる五原則にしても、国連憲章の趣旨に内容は沿うたものであると私は思います。そこで国連憲章の尊重ということは、日本はすでに考えております。いわゆる平和五原則なるものは、これはどういうもので、意味を持っておるものであるかということは、これはしばらく別問題でありまして、何となれば、日本はこれに入っておりません。しかしバンドンの十原則というものは、はっきり日本はこれに調印をしておるのでありますから、これは十分責任をもって尊重しなければならない。それはどういう意味であるかということは、日本としてはよく承知をいたしておるわけでございます。国際連合の趣旨に全部合致したものであることは明らかでございます。
○吉田法晴君 AA会議の十原則は日本も参加しておるし、これは認めると申しますか、われわれの方針でもある。五原則については日本は参加をしておらぬ、こういうお話でありますが、これは私は周恩来総理と、それからネール首相の間に最初了解ができたものでありますから、話は、原則の趣旨は、パンチ・シラというように、私はインドの方から出ておると思います。まあそれはとにかくとして、五つの原則をここで申し上げるまでもございませんけれども、それぞれの東西両陣営、あるいはその中の個々の国にしましても、それぞれの国の政治形態はどうであろうとも、あるいは思想はどうであろうとも、いずれの国も平和的に共存をする。それぞれの主義主張をもって共存をする、内政には不干渉、干渉しない、こういう点からいうならば、これは今度の共同宣言の中にうたわれております原則と変るところがないのじゃないか。今度の共同宣言の中にうたわれております精神と同じものじゃないか。そうしてもう一つ申し上げますが、アジア諸国との今後の国交調整、賠償問題も含んででありますが、ほんとうにアジアの諸国と仲よくして行こう、その中に貿易も含まれますけれども、そのためにはこれは五原則、あるいは十原則というものを日本の方針として行かなければ、ほんとうのアジア諸国との友好というものは私は打ち立てられぬ。インドネシアの賠償問題が片づかない、あるいは韓国の久保田発言の問題が障害になっておるのは、五原則の平和共存の緊張緩和の観念じゃなくて、違ったものが支障になっている。従って今後アジアにおいて緊張の緩和をしようとするならば、アジアの諸国とのほんとうの友好提携をはかろうとするならば、私は五原則、十原則以外にない、こう思うからお尋ねをしておるわけです。 それからもう一つ、具体的にはアジア諸国との国交調整、あるいは友好関係の促進と、こういうことを言われますが、そのアジア諸国との国交調整なり、友好、あるいは貿易の促進というものは、中国なり、あるいはインドを通じてやる以外にはない。アメリカだけと仲よくしようというのじゃないかもしれんと思いますけれども、アメリカとのあれが第一になっては私はうまく行くはずがないと思うのです。そこで、今後のアジア外交の推進の上から、平和五原則なり、あるいは十原則をどう考えられるかと聞いたわけです。 それからもう一つ。中国との関係は先ほど聞いたんですが、インド首相をあるいは招聘する、あるいは国を代表する首相なり外相がお会いにねる、こういうおつもりはないかどうか、あるいは二、三日のうちに日印文化協定の調印記念パーティがあるようであります。これは一萬田さんがおいでになるようであります。これは大蔵大臣としてでなくて、日印何とか協会の議長か何かの資格でおいでになるのでありますが、そういうインドのネール首相との間に、日本の政府なり、あるいは首相、外相がお会いになる、あるいはその間にこの国交調整と言いますか、アジア外交の推進の道を講じておいでになる、こういうつもりはないかどうか。
○国務大臣(重光葵君) 今御質問に出ました第一点、これは先ほど私がるる申し上げたつもりでございます。五原則といい、十原則といい、日本政府としてはあくまでも国際連合の趣旨の尊重、国際連合規定をそのまま尊重して、これに従って行くということが、一番これはもう方針の骨子でなければならぬと、こう考えております。さようにして行けば、これは間違いはないのであって、そうして日本の調印をいたしましたバンドンの十原則も、全くそれに合致していると私は思っているのでございます。 それから外国政府の首脳部と会談をするということは、私はこれは大へんいいことだと考えております。従いまして、そういう機会はなるべく多く持ちたいという方針で今日まで進んできております。インド政府首相に対しても、むろんそういう考えを持っている次第でございます。
○吉田法晴君 時間がございませんから、別の機会にもう少し詳しく聞きたいと思います。譲ります。 東欧の諸国、あるいはルーマニア、ブルガリア等々の国からは、貿易についての申し出があったようでありますが、まあ追ってという御答弁のようでありますが、本委員会においての御答弁はそうでありますが、しかし現実にはもうすでに貿易したいということの申し出があったのであります。この東欧諸国についての国交調整、あるいは平和外交、貿易促進、こういう点について具体的な方策ありや、いついつどういうようにしたい、こういうこの具体的な方策がありましたらお示しを願いたい。
○国務大臣(重光葵君) これもこれまで御説明申し上げた方針の範囲内でやって行きたいと思います。またそういう方針で進んでおります。共産諸国との国交回復、ソ連だけではございません、そのほかに現に国交を回復している国は、ユーゴスラビアもございますが、まだ国交回復をしていない国は今言われた国々もございます。これらの国に対しては、今後それぞれ状況に応じて進めて行きたい、こう考えておりまして、ただし国交を回復するという以外の方法についても、これは人の交流とか何とかということも実際的に考えてみたい、こういうふうに思っている次第でございます。
○吉田法晴君 通産大臣の御所見を伺いたい。
○国務大臣(石橋湛山君) 貿易については、むろんできるだけのやはりルートを開く必要がある。現にユーゴあたりとはそういう話し合いもあり、そのうちに何か実質的に貿易も相当できる道が開けるのじゃないかと考えております。
○吉田法晴君 この共同宣言に批准をされて、国交回復をされた後において、具体的に使節等を御派遣になるつもりがあるかどうか、外務大臣なり通産大臣に伺いたい。
○国務大臣(重光葵君) 何ですか。
○吉田法晴君 こちらから使節等をお出しになるつもりがあるかどうか。
○国務大臣(重光葵君) 一、二の国とは現にいろいろ接触をいたしておるのでございますが、それは具体化した上で発表し、またお話しいたしたいと思います。
○吉田法晴君 先ほど外務大臣の答弁では、国際連合憲章の尊慮という点を含んでおるので、十原則あるいは五原則にも賛成と、こういうお話のようでありました。その点を一ぺん念を押しておきたい。 それからもう一つ、これは国際連盟に加盟をいたしますというと、外交方針についてはっきりせぬ態度では進まなくなって参ります。去年の国連加盟の実現をしなかったときに、ある人が、あるいはこれはまあ幸か不幸かわからぬ、今のように日本が外国の意向をそんたくをして、その態度をきめかねる、こういうことでは採決の場合に一々困るだろう。一ぺん一ぺん採決のときに左右を見て立ったりすわったりしなければならぬだろう、こういうことを言う人があったように思っております。ですからいずれの立場に立つのか、国際緊張を緩和すると言われますけれども、自由主義陣営に立つのか、あるいはそうでないのか。私はまああとの方のこの陣営に立つというようなことはなかろうと思うのですが、それとも自分独自の、あるいは自分独自のということになりますれば、私は東西両陣営のいずれにも属さないアジア諸国と共通する立場になると思うのでありますが、これからの国際関係なり、国際舞台においてどういうお立場に立たれるのか、はっきり一つ願いたいと思います。
○国務大臣(重光葵君) その点につきましては、政府は繰り返し国会において宣明いたしておる通りでございます。日本といたしましては、独自の見地に立って進めて行かねければならぬと思います。その独自の見地に立って自由陣営の中で施策を進める、自由陣営の中におるものであることは御承知の通りでございます。
○吉田法晴君 どうもそれじゃ実際にまた具体的な場合に右顧左べんしなければならなくなりますが、せっかく自立外交、独立外交というならば、もう少し独自の方針というものをきめられなければならないのじゃないかと思うのです。領土の問題について国際的な緊張が緩和するならば、択捉、国後その他北千島、南樺太の問題についても取り上げ得る段階がくるだろう、こういうことですが、これは国際緊張という状態を情勢待ちというのではなくて、国際的な緊張緩和あるいは対立を激化する方向でなくて、むしろ逆にそれぞれの軍事同盟なり、軍事的な対立というものを緩和する方向に動くべきだと考えますが、そういう点で、中ソ友好同盟条約も問題になりました。が、また日本とアメリカとの安保条約あるいは基地の撤廃の努力というものも、領土問題、沖繩、小笠原についても、あるいは択捉、国後等々についても、問題を解決し得る状態を作るゆえんだと思うのでありますが、総理、外務大臣に、情勢待ちなのか、それとも情勢をみずから作って行くために安保条約、基地の撤廃のために努力をせられるのか、その辺をお伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(重光葵君) 私からお答えいたします。むろん国際緊張緩和の情勢が参りまするならば、わが主張を貫徹し得る機会もあろうか、こう考えておることはたびたび申し上げた通りでございます。情勢緊張の緩和は日本でできることもありますが、多くの場合においてはできない国際情勢にありますので、自分のできることは、これは十分にやらなければなりません。それをやるための平和外交を推進しておるわけでございます。それと同時に、国際的に大きく緩和ができるように、また間接に日本も貢献し得るところが非常にあると思います。それはやらなければならぬと考えております。
○吉田法晴君 具体的に緊張緩和を日本からして行く方法として、日本が入っておる安保条約なり、あるいは基地の提供なり、そういう緊張緩和への具体的な措置をする決意があるかどうか、そういうことを聞きたいんですが、時間がございませんから、ソ連との間の国交が回復しての具体的な問題についてお尋ねをしたいと思います。 人間が彼我往来し、あるいは貿易が始まる、あるいは物が往復する、文化の交流があるわけでありますが、これに関係をして、戦前の諸条約はどうなるのか、あるいは具体的にこれらについてそれぞれの協定をどういう工合にして行かれるか。
○政府委員(下田武三君) 平和条約案について交渉をしておりましたときには、戦前の条約の効力は条約発効後一年以内に協議をしてきめるという案がございますが、今回の共同宣言にはその条項は落ちております。従いまして、共同宣言発効後、外交交渉によりまして戦前の条約の取り扱いを協議してきめるということに相なると思っております。
○吉田法晴君 さっそく、たとえば郵便だとか、あるいは著作権だとか、あるいは人間の交流、貿易決済、あるいは貿易協定について問題になって参るのであります。その中で一、二具体的なお尋ねをいたしますが、人間の交流について、国交が回復したら共産主義が輸出されるように考えて色を失っておられるような向きもありますが、過去において、船の修理をするときに北海道に技師が行くことを制限せられた、こういうこともございましたが、あるいはいかだに乗ってきた船員を上げなかったというような事態もあると聞いておりますが、人的なそういう交流あるいは動きについて制限をせられるのか、そんなことをしたら通商は実際にできやせぬと思うのですが、船員あるいは貿易関係者その他についても制限をするつもりなのか、それとも制限をこれはすべきでないと考えますが、しないおつもりなのか、御方針を伺いたい。
○政府委員(下田武三君) 人間の往来につきましては、これも外交再開後、通商航海条約の交渉の際に、人の入国、滞在等につきましての条項が商議せられることと思います。これは戦前には別にございませんので、新たなる問題として討議せられることに相なろうかと思います。
○吉田法晴君 時間もございませんから困るのですが、次にお尋ねいたしますが、シベリアの開発計画に即応してできるだけ必要なものは送りたい云々ということでありますが、通産大臣がおいでになっておりますが、第六次五カ年計画、特にシベリアの開発計画と日本の五カ年計画とをマッチさせて貿易をしようという御意図がございますかどうか。それからココムの関係がすぐ問題になってくるのでありますが、ココムの廃止には努力せられると思いますが、それまでに特免でやって行かれるか、船とか、機関車とか、車両とか、機械、トラック等、すぐ問題になってくると思うのでありますが、それらについてどういう御方針であるか、ついでにこれは領事館のことは条約局長とも関連すると思いますが、函館に領事館を置くという話がありますが、しからば新潟——ナホトカ航路を再開すると申しますか、創設するという両方を含んで領事館の新設の強い希望が出ておりますが、それらの点について、できるだけ領事館を方々に置いて貿易を盛んにすると、こういう御方針であるかどうか。
○国務大臣(石橋湛山君) シベリアの開発の問題は実はまだはっきりしておりません。何かそういう計画があるということは耳にしておりますけれども、どういうことをやるのか。従って向うのシベリアの開発の計画を、われわれの方で想像して織り込んで五カ年計画というようなものを立てることは今のところでは困難です。しかしいずれそういう計画が始まって、実際に日本の物資の需要があるようになれば、むろん必要な限りにおいては日本がそれに供給をすることにやぶさかでないつもりです。それからココムの方は中共に対しては相当まだ制限が強いから、なかなかやっかいで、すでに特免その他を要求しており、今度の見本市においても相当の努力をいたしまして、見本市にあれだけの出場をしたのでありますが、これは今後も続けてやるつもりでございます。ソ連に対しては実際ココムの制限がありますが、ほとんど日本から見れば制限があってもなくても同じくらいの寛大なものであります。ソ連に対してのこの問題はまずほとんどないと思います。
○政府委員(法眼晋作君) 領事館関係につきましては、共同宣言の第二項の規定にございますので、外交関係再開後、どこに置くかということを双方協議してきめるわけであります。その結果いろいろな関係を考慮いたしまして、双方の合意によることになると思います。
○吉田法晴君 総理に一つお尋ねをいたしますが、中国からは香港経由じゃなくて北京——羽田間に航路を再開をして、彼我往来のできることを希望する、こういうこれは周恩来その他のお話しです。日ソ国交回復いたしますと、航空についてモスクワ——羽田の航路が設けられる云々といったような御構想もあろうかと思うのであります。北京を経由すればなおあれでありますが、日本、それからソ連との間の往来を盛んにするために、こうした航空流路を附設する、あるいは日本とソ連との間に、これは海の航路、先ほどはまあ新潟——ナホトカと申しましたが、あるいは北の方の線も考えられるでしょう。あるいは九州で博多と塘沽、あるいは上海——長崎航路云々という強い要望もあるのでありますが、そういう点について積極的な御意思がおありになるでしょうか。
○国務大臣(鳩山一郎君) そういう話し合いはソ連と私どもはいたしません。
○委員長(小滝彬君) お話し合いはなかったそうです、総理との間には……。
○吉田法晴君 いや、なかったが、これからです。消極的ですか、積極的に開通をして行く意思があるかどうか、こういうことです。
○国務大臣(重光葵君) その問題は、今後通商航海条約の交渉のときに出てくる問題だと思います。そのときに交渉を進めて行くことができると思います。
○吉田法晴君 よろしいです。
○竹中勝男君 さっきは、ちょっとあわて者でして、条約局長に質問をしたあと総理に質問したいと思ったのですが、落したものですから……。 国連軍に参加の問題は、国連軍というものは、まあその緊急、エマージェンシーの場合に、朝鮮戦争及びエジプト紛争のときに編成された。憲章そのものに国連軍はないのであるが、日本としてこういう緊急の場合に国連軍が編成される場合に対して、心がまえとして、平和憲法を持ち、軍隊を持たない日本がこれに、そういう場合に対して、総理の何と言いますか、決心と言いますか、国連に加入する場合に、平和憲法を持つ日本としての態度あるいは心がまえというものを総理から御返事を伺いたいと思うのでございます。
○国務大臣(鳩山一郎君) 日本の憲法では海外派兵はできないことになっておると思います。それは国際連盟諸国も知っていることだと思います。ですから派兵のような問題は日本に対して要求はないと、こう思います。
○委員長(小滝彬君) ちょっと昨日の質問の残りをとりあえず御答弁を願いたいと思います。……それじゃちょっと速記をとめて下さい。 〔速記中止〕
○委員長(小滝彬君) それでは速記を起して下さい。
○苫米地英俊君 申すまでもなく農林大臣は水産界の権威であり、また漁業条約を締結されるまでには最善の努力をお払いにほったのでありますから、私はいろいろお伺いいたしたいと思っておるのでありますが、時間の関係もありますので、ごく大事なところを、漁業家や漁民が知りたいと思っている点を二、三お伺いいたしたいと思います。きわめて簡単にお尋ね申し上げますから、簡単に御答弁願ってけっこうです。 共同宣言の第五に「有罪の判決を受けたすべての日本人は、」と書いてありますが、その範囲は戦犯と言われた人だけでしょうか、もしくはソ連に抑留されている漁民もこれは含んでおるのでありましょうか、その点を一つお伺いしたい。
○国務大臣(河野一郎君) この共同宣言の案を審議いたしましたときには、一応戦争状態の結果抑留された人を目標にして書かれたものと私は思います。しかしその後、特に私はフルシチョフ氏と会談いたしました際に、北千島方面その他北洋において抑留せられたる漁夫百何名の送還について談合いたしました。その結果、先方は私の申し出に合意するということを申しております。従ってこれはこの条約発効後、同時に送還されるものと考えております。なお、その後抑留せられました、ごく最近まで抑留せられました人もあるわけであります。これらにつきましては、先般チフヴィンスキー氏と会談いたしました際に、これらについてもこの際一切解決してほしいということを申し入れいたしまして、その由は直ちにモスクワ政府にも伝達するということの了解をいたしております。
○苫米地英俊君 この抑留者問題に関連いたしまして、先ほども問題になりましたが、今度国連に加入するにつきまして、先ほど巣鴨に抑留されてる戦犯の話が出ましたですが、この抑留者で仮釈放になった人があるのです。御承知の通り、これが社会的に非常ないろいろな不便を受けておる。そこでこの現在の抑留者が問題になりますならば、この国連に加入した以上は、仮釈放になっておる人々も同時に解決していただきたいと、こういう念願を持っておるのですが、これはいかがでしょう。
○国務大臣(重光葵君) その問題も承知いたしております。検討いたしております。むろん満足に解決したいという見地をもってやっておる次第でございます。
○苫米地英俊君 それは最善の努力をもってやっていただけると考えますので次へ移ります。 この附属書の中に1の(へ)のところにあるのですが、この流し網の網と網の間隔でございます。これが非常にやかましく規定されておりますけれども、実際に漁に従事しておる人々は、これでは困る、もう少し間隔を縮めてもらえないかというようなことを非常に切望しておるのですが、これはいかがでございましょう。将来の問題として何とかなるものでございましょうか。これは何ともならないものでしょうか。
○国務大臣(河野一郎君) 当然話し合って結論を出す予定でおります。それは実はソ連側におきましては流し網の経験がありませんので、例のブルガーニン声明、閣議決定が多少実情に沿わない点があるわけであります。しかも網目の大きさ等につきましては、むしろ日本側が現在使っておりますよりも大きい網目を向うは制限するというようなことを書いて持ってきたようなわけでございまして、今の流し網の網間の間隔につきましても、これは日本側においても政府が十分検討いたします。現在民間がやっておりますものは、あまりに従来は接近、近より過ぎておりまして、そのために操業度は非常に効率的でありますけれども、あまり近より過ぎておる場合もないことはないというようなことがございますのです、なおよくこちら側といたしましても検討いたしまして、そして問題はどのくらいの漁獲高をあげるかということがきまりまして、その漁獲帯をあげますには、その目的を達するにはどの程度にすることが一番合理的かということで、順次検討の上で先方と話し合うというつもりでおります。
○苫米地英俊君 いま大臣の御説明の、漁獲高がきまってからということでありますが、この漁獲高については大臣御自身も御不満だと思います。この漁獲局になると当然独航船などが数が非常に減るわけです。五百隻が相当減らなければならぬ、ところが独航船を出した以上、三千万、四千万という借金をしょっておる、そこで企業整備をやるとすれば、政府は何とかしてやらなければ困る、お互いだけでは片がつかないような状態でありますが、これに対して、条約とは直接関係はありませんが、御構想を伺えれば実際家は非常に安心すると思います。それを一つ。
○国務大臣(河野一郎君) その点につきましては、御承知のように北洋漁業は非常に有利な漁業であります。従いまして、全漁獲高は多少制限することになります。それは漁族保存という意味においてやむを得ぬ処置であります。しかし制限いたしましても相当の漁獲量があるわけでありますので、これに従事されます母船、独航船、いずれも相当有利な漁業であります。従いまして、私といたしましては一応自主的に、自治的に整備をしてほしい。こういうことを考えておりまして、政府はこれに対して補助金その他の処置を講ずる考えは持っておりません。
○苫米地英俊君 自主的だけではなかなかできにくいと業者は言っておるのですが、これはまたこの上とも御研究願えないものでありましょうか。
○国務大臣(河野一郎君) 相当有力な資本漁業になっておるわけでありますから、それらの母船の立場からいたしましても、もしくはまた独航船にいたしましても、非常に不安定な独航船主でないのでありますから、それらの間に私は技術的にできるだろう、一時の金融の操作等につきましては、政府といたしましても協力をすることは考えておりまして、国家の負担においてこれを制限する、もしくは厳選するというような必要はなかろう、こう思っておるわけです。
○苫米地英俊君 まだありますけれども、このくらいで、時間がありませんから打ち切りたいと思います。
○梶原茂嘉君 ごく簡単に二、三お伺いいたしたいと思います。 第一は、この漁業委員会のことであります。漁業委員会が権能が相当強いように思うのでありますが、両国間の条約において、ほかにこの種の委員会の例があるかどうか存じませんけれども、日米加の漁業条約の漁業委員会に比べましても、段違いに今回の委員会の権能は強い、特に漁業条約の附属書は、これは漁業条約の本文の実質上の内容をなす私は重要なものと思うのでありますが、この附属書の変更も委員会の権能、それから漁獲高の決定も委員会の権能でありますし、新しく魚種を指定し追加することも権能になっておるようであります。もちろん委員会は国際的な機関ですけれども、日本側の部会とソ連側の部会と両方で構成されるわけで、両政府の意向というものは、日本側の言い分を通じて十分反映するわけでありますけれども、委員会の権能としては少し強過ぎやしないかという見方をしておるのであります。河野さんが農林大臣でおやりになれば問題ないと思いますが、制度としては少し強過ぎやしないかというのが一点であります。それから今一点は、現在鮭鱒以外、ニシンとカニが対象になっておりますが、近い将来に魚種が追加されるものがあるかどうかたとえばオヒョウのごときものが問題になるのかならぬのかという点、この二点だけを……。
○国務大臣(河野一郎君) 第一の点につきましては、御承知の通りソ連側は陸上のことについてのみ詳細な知識を持っておる、わが方といたしましては、陸上の現状等につきましては、あまり調査資料等を持ち合していないというような実情にありますので、これを将来に譲らざるを得なかったわけであります。従って今お話のように、委員会に権能を譲ったものが多いじゃないか、多少そのきらいは私はあると思います。しかし今年の漁業条約の交渉いたしました当時におきましては、今申し上げましたような両国の事情にありますので、これを将来、委員会で詳細な検討を加え、そとで決定する方法をとることが安全でございまして、お互いの間に十分なる資料知識を持ち合しておらずに、その将来を拘束することを規定することは非常に危険であるという立場を私たちといたしましてもとりましたし、また先方といたしましても、十数年後に初めてこれらの問題について双方の調査資料等を持ち寄って話をしてみますと、いろいろ初めてわかった問題が多いわけでございますので、今御指摘になりました委員会に双方で代表者を出して、その委員会で十分討議をし、資料を持ち寄ってやろうということにいたしたわけでございます。で、ここまで申しては少し申し過ぎになるかもしれませんが、私は今年の委員会はなるべく早い機会に開かれる。で、そこでは相当に双方が友好的に資料の持ち寄りをして、具体的に話し合うことができると思いますし、さらに明年の漁業を通じて、双方でお互いに調査団の派遣をいたしまして、そうしてその上でさらに実情を双方とも十分知悉いたしました上で、さらに完璧なものにして行くというような段階を経て行くことが一番安全であろう、こういうような気持をもって、この案を私は妥当なりと思ったのでございまして、これはもちろん日米加の問題とは多少違いますけれども、おそらく日米加の条約を作りましたときにおきましても、例のあの線が妥当であるかないかということについては、双方ともいろいろ意見があったことは御承知の通りであります。しかしまあやってみよう、そうしてだんだん調査をした上で一つやろうということでまとまったというようなことでございまして、これににつきましても、今申し上げましたような、双方で十分に調査をして、目的は一にいたしておる、目的については双方理解を持っておるのでございますから、具体的にその段階について完勝なものにして行くということの経過をとるより仕方がなかったと私は思うのでございます。 なお他の魚種を加えるかどうかということにつきましては、日本側としては加える意思はございません。先方もそれについてそう強い要求はありません。ただ先方は、たとえばニシンなどが非常に減っておるがどうだろうかというようなことは話題に出ました。しかしこれらにつきましては、今これを加えるというようなことは考えていないわけでございます。
○委員長(小滝彬君) それでは緊急に委員長理事打合会を開く必要もありますので、本委員会は暫時休憩いたします。 午後五時四分休憩 〔休憩後開会に至らなかった〕