外務委員会 第5号
- 発言数
- 88 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1956/11/28
会議録
○委員長(小滝彬君) ただいまから外務委員会を開会いたします。 まず委員の異動について御報告いたします。本日津島壽一君が委員を辞任せられ、その補欠として西田信一君が委員になられました。 ―――――――――――――
○委員長(小滝彬君) 次に、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言の批准について承認を求めるの件 貿易の発展及び最恵国待遇の相互許与に関する日本国とソヴィエト社会主離職共和国連邦との間の議定書の批准について承認を求めるの件 北西太平洋の公海における漁業に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の条約の締結について承認を求めるの件 海上において遭難した人の救助のための協力に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の協定の締結について承認を求めるの件 以上四件を一括して議題といたします。 提案の理由を聞く前に、本件の取扱いについて昨日並びに本日の理事会での打ち合せの結果を御報告いたします。 まず第一は、国際的、国内的な関係からしても、なるべく早くこの審議を終了いたしたいということに理事会の意見が一致し、各会派の質疑の持ち時間は従来の例もありますので、各会派に割り当てることにして、委員一人について一時間としてこれを算出することといたしたのであります。従いまして各会派の間ではその割り当てました質疑時間について、あるいは相互融通を行われるということはいうまでもありませんが、この原則をきめたわけであります。 その次に、昨日二十七日の農林水産委員会からの連合審査の申し入れがございましたので、これに対しましては、来たる三十日金曜日にこれを開くことにいたしたいということを理事会としては話し合いをきめた次第であります。つきましては第一の質疑についてはできるだけ質問の重複を避けるようにして、皆さんが十分実質的な質問を進めていかれるように希望いたしますと同時に、政府側に対しましては、なるべく簡明なる答弁をされるようにお願いいたしたいのであります。と申しまするのは、質疑の時間に参議院の外務委員会においては答弁の時間も含んでおりますから、この点を御承知おきを願いたいと存じます。なお理事会の申し合せの通り、来たる三十日に農林水産委員会と連合審査会を開会することについて委員の皆様に御異議はございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(小滝彬君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 それではこれから政府の提案理由の説明を聴取いたしたいと存じます。
○国務大臣(重光葵君) 日ソ関係四案件の提案理由を御説明いたします。 ただいま議題となりました、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言の批准について承認を求めるの件、貿易の発展及び最恵国待遇の相互許与に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の議定書の批准について承認を求めるの件、北西太平洋の公海における漁業に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の条約の締結について承認を求めるの件、及び海上において遭難した人の救助のための協力に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の協定の締結について承認を求めるの件の四案件について、提案理由を一括御説明申し上げます。この四案件、すなわち共同宣言付属の議定書、貿易の議定書及び漁業条約及び海難救助の協定、この四つの議案でございます。 これらの文書に関する従来の交渉の経緯につきましては、本会議においてすべてすでに御報告いたしましたので、これを省略いたしまして、右四つの文書の内容の概略を御説明申し上げます。 まず、共同宣言は、領土問題の全面的処理について両国間の意見の一致をみない現状において、平和条約の締結はこれを後日に譲って、とりあえず暫定的に国交を正常化することを目的とした日ソ両国間の約束であります。すなわち戦争状態を終了せしめ、外交関係の再開をはかり、あわせて両国間の戦争状態の存在から生じた諸懸案の解決、ないし今後の国交を規律する諸原則を規定するとともに、領土問題につきましては、歯舞群島及び色丹島が平和条約の締結後わが国に引き渡される旨の確約を取りつけて、右両島を除くその他の領土問題は、外交関係再開後継続せらるべき平和条約締結の交渉において取り上げられることとなっておる次第でございます。 まず共同宣言については、前文、合意事項十項目及び末文からなっておるのであります。 右の合意事項としましては、まず第一に両国間の戦争状態の終了及び平和関係の回復を定めております。 第二に外交及び領事関係の回復、大使の交換及び領事館の開設について定めております。 第三に国際連合憲章の諸原則の遵守、個別的または集団的自衛権の確認及び内政不干渉について規定をいたしております。 第四にソヴィエト連邦がわが国の国際連合加盟申請を支持すべきことを定めております。 第五にソ連邦が日本人抑留者を送還し、消息不明者について調査を行うべきことが定めてあります。 第六に、ソビエト連邦による賠償請求権の放棄及び戦争請求権の相互放棄を定めております。 第七に通商に関する条約、または協定の締結のための交渉を開くということについて定めております。 第八に、本年五月十四日に署名された両国間の漁業に関する条約及び海難人名救助に関する協定の効力発生について定めておるとともに漁業に関する両国の方針を述べておるのであります。 第九に、外交関係回復後における平和条約締結に関する交渉を継続するということ、並びに歯舞群島及び色丹島のわが国への引き渡しについて規定をいたしております。 最後に共同宣言の批准及び効力発生に関する規定を設けております。 なお、共同宣言の第七項に申し上げました、通商に関する条約または協定の締結交渉開始の規定に関連をいたしまして、これらの条約または協定が締結せられるに至るまでの経過措置として、相手国の産品の輸入及び自国の産品の輸出、並びに港湾における相手国船舶に対して与えられる待遇をきめたものが、共同宣言と同時に署名せられました、貿易の発展及び最恵国待遇の相互許与に関する議定書、となっておるのであります。 次に、北西太平洋の公海における漁業に関する条約、つまり漁業条約なるものは、この水域における漁業資源の保存及び発展のため、両締約国がとるべき共同の措置について規定しております。条約によって設立せられまする北西太平洋日ソ漁業委員会が、必要に応じて、科学的基礎に基いてこれを修正したり、また場合によって年間総漁獲量を決定する二とに相なっております。このほか漁業に関する学識経験者の交換をはかるべきこと等をも定めておるのであります。条約は、これらの方法により北西太平洋における公海漁業の一方的規制を排除し、平等の基礎において科学的根拠に基く規制を行い、もって合理的基礎における漁業の発展及び漁業資源の有効な利用をはからんとするものである。今後のわが北洋漁業の安全もこれによって確保せられるところとなる次第であります。 最後に、海上において遭難した人の救助のための協力に関する協定、海難救助の協定は、日本海、オホーツク海、べーリング海及び日ソ両国の沿岸に接する太平洋西北部の水域における海難に遭遇した人命救助のための両国海難救助機関の間の協力措置、無線連絡方法等を定めておるものでありまして、もってこの水域における救助活動の迅速化、有効化をはからんとするものであります。 以上四つの文書について幸いに御承認を得て、発効の運びになります場合には、終戦以来十余年の長きにわたり日ソ両国がおかれていた戦争状態は除かれ、その間抑留の辛苦にあえいだわが同胞の帰還は実現し、北洋におけるわが漁業の操業の安全は確保され、国際連合加盟によるわが国の国際的地位の向上は期して待つべきものがある次第でございます。 よって、ここに日ソ関係の以上四案件につき承認を求める次第であります。何とぞ慎重御審議の上本件につきすみやかに御承認あらんことを希望いたす次第であります。
○委員長(小滝彬君) それではこれからただいま政府側から御説明のありました四件について質疑に入ります。本日の出席は鳩山総理大臣、電光外務大臣、松本全権委員、それに今すぐ河野農林大臣も出席されることになっており、なおまた政府委員として外務省の下田条約局長、法眼参事官が参っております。
○野村吉三郎君 外務大臣に対しまして領土問題のみについて御質問いたしたいと存じます。 日ソ共同宣言等はすでに衆議院を通過した以上、憲法によって、参院の態度いかんにかかわらず、おおむね三十日以内に成立するものと考えております。私は外相が日本御出発前に公私の席上で悲壮の御決意をお述べになったのを拝聴しまして、大いにこれに信頼していましたが、領土問題について先方で御交渉になると、直ちにソ連のいう通り歯舞、色丹の引き渡しのみで妥結せんとせられ、その理由として、世界の大局を云々せられたのを見て私は実は驚いたのであります。これはおそらくは先の悲壮のお言葉は、はなはだ失礼でありますが、単に国内向けの宣伝であったんであろう、別に御心境が変化したんではなかろう、当時自分勝手ながらそう憶測しておりました。しかしこの点については時間の制限もありますから御答弁は期待いたしません。 また御帰朝後の自民党の役員会で、チフヴィンスキーに関するいろいろのことをお尋ねした場合にその流説はあずかり知らずと仰せになり、大そう慎重の御趣旨を拝聴したのでありますが、その日に鳩山さんがブルガーニンあての書簡をお出しになり、それに御同調になっておられまして、議会政治というものはこんなものかと、まことにキツネにつままれたような感をいたしました。(笑声)この点のお答えも私は別に期待いたしません。私はこんなことはかりをお話したくはないのでありますが、将来歴史次が春秋の筆法をもって、鳩山内閣、その当時の外相重光さんのときに国後、択捉の日本固有の領土を失うというような歴史を作らぬように、ほんとうに心から祈っているのであります。 とにかく外務大臣は外交上の責任者であって、鳩山さんを助けて外交を推進する責任者でありますから、私も憲法によって日本全国民を代表する一議員として、あえてこの領土問題についてお伺いしたいのであります。 国後、択捉はわが国固有の領土であることは、旧幕府の下田条約、明治八年の千島樺太交換条約、これだけを見ても明らかであります。この二つの島は北海道の一部であってこれを失うことは、昔の豊臣時代の大阪城の外堀を埋められた、いな内堀を埋められたのと同様だと私は感じております。ソ連が永久にここによって北海道を脅かす以上、永久にピストルを擬せられたと同様であることは、現地に行かなくても地図を見たらすぐわかることで、そう感ずる次等であります。この二つの島はわが国民として時に北海道としては離し得ない土地であります。玄関前に他国の武力、電力がたえずがんばっておるというようなことになったら安眠できないというふうに感じます。終戦の直後にソ連は北海道の東半分、すなわち釧路港、釧路市、留萌市の線まで占領せんとしましたが、米国が拒絶して思いとどまったことを考え合せてみますと、なおさらその感を深うする次第でございます。 領土問題については、国民の間にはこういううわさがある。御承知だと思いますが、わが全権とブルガーニン、フルシチョフとの会談で、わが全権はこの二つの鳥を放棄し、ただ歯舞、色丹のみで満足したということは議事録にものっておるのだ。外相もよく御承知のはすだと、しかるに議会では非常に美辞麗句をもってあやなしておる。要するにソ連のあずかり知らざることを、日本だけで独善的に一方的にいろいろ釈明をしておるのだと、こういううわさはわが国民の間に相当広く広まっておると私は見ております。そこで外交の責任者たる外務大臣より明瞭に、かかる流言は間違いである、それはたわごとである、ソ連は国後、択捉をも将来交渉するということははっきりと認めておるのだと、従って日ソ共同宣言により、平和条約折衝のときは、日ソ両国了解の上で堂々と交渉し得るのである。何ら心配がないという確固たる根拠を明らかに示されたい。現在の日本国民及びその子孫に対して十分に安心できるように、ここで率直にお答え願いたいのであります。 私のお尋ねしたい点はそれだけでありますからして、その点をどうかはっきりと御答弁を願いとうございます。
○国務大臣(重光葵君) それでは今の御質問に対してお答えします。 今の野村君の御質問は一つでございました。日本全権がソ連側の首脳部に対して、領土を放棄した言質を与えたことがあるかどうかという点であったと思います。それまで述べられたことは、主として私の行動に対する御批判でございます。私としてはその御批判に答えざるを得ません。外交交渉に当って、いやしくも国を代表して出発するときに当って、その国もしくは政府の主張するところをあくまで十分に主張するということは、その任務であろうかと考えます。しかし、その外交交渉において、交渉が最後の場面に到着した場合において、意見を具して政府と協議をするということも当然のことでなかろうかと考えます。私がモスクワ交渉に出発前に、領土に関する日本側の主張を十分にいたす覚悟をもって行ったということは、これは当然の事実であります。またそのことは本院の本委員会においても、質問に応じて日本としては当然主張すべきは十分主張しなければならぬということを、私は繰り返して申し上げてきておるのであります。その通りに私はやる覚悟をもって行ったのであります。行って直ちに私が態度を変えたと言われるが、これは事実に反します。そういうことは少し研究された上で発言を願いたいと思います。私は交渉においてもう幾回か日本の主張を十分に述べて、この述べた詳細の理由としておるところは、これは当時のモスクワにおいては私はそのまま新聞に発表して、それが日本に反響してきたのであります。もう私といたしましては、私のみならず私の属した全権団の全知をしぼった主張を繰り返して、先方といわば渡り合ったのでございます。その内容は今さらこれを繰り返して申しません。私は実は日本側の主張はもう余すところなく主張をしてみ、また向うの意向も余すところなく突きとめて、そうして双方の意見がどうしても違う最後のところまで突きとめてみたのであります。その上でこの交渉を決裂せしめるか、もしくは日ソの交渉の大目的である国交の正常化ということにこれを導くがいいか、ということについて最後の考慮をしなければならぬところまで突きとめました。そこで私はこの場合は、日ソの国交の正常化ということは、やつぱりやった方がいいという結論を得たのであります。その結論を得たことがいいか悪いかは、これは御批判に任せます。これは御批判があろうかと思います。しかしながら日ソ交渉は両国の国交の正常化を目的とした交渉であるのでありますから、それによって双方の主張を最後の点まで突きとめれば、ここで決断をしなければならぬ。そこで私は決断をすること政府と協議をいたしたわけであります。しかしながらこれは議がまだまとまらずして交渉は続けなければならぬ、そこで決裂ということはどうしても避けたい。その場合に交渉が決裂すれば、その結果はどういうことになるかということになりますと、これは大局上相当重大なことになりますので、決裂は避けたいというので、八方労力をして交渉を継続して、その交渉はロンドンに続けられたのでございますが、結局双方の主張は合いません。領土の問題は突き詰めて双方の主張がわかりましたが、双方とも譲るという見込みはありませんでした。近き将来においてまとまる見込みもつきませんでした。そこでまあ交渉は継続しておるという建前で、決裂をしないでそのまま日本に引き揚げて参ったのであります。私が引き揚げて参った後に、今後の交渉をどうするかということは十分慎重に考えなければならぬ。こう言ったことはその通りであります。私は十分慎重に考えるだけの余裕を持って帰ってきたのであります。それはソ連側にも十分納得してもらい、ソ連側も日本で十分考えてもらう時間の余裕を持つという話し合いで帰って参ったのであります、帰って参った後に、慎重に政府と協議をいたしました結果、今までの平和条約の方式でやろうとしたって、これはどうしても双方ともいかんのだ。これは一つ暫定的に領土問題は将来に残して、国交の正常化を実現するという方向に向うよりほかに、国交の正常化の目的を達することができぬということになりまして、政府は、新たに総理大臣自身が決意をして、交渉にモスクワに行かれたという経緯はすでに本会議で御説明した通りであります。これが私のとった態度であり、また経過でございます。その事実だけは私はここに明らかにいたしておきます。それに対する御批判は、これはつつしんで拝聴いたすことにいたします。 それから御質問の要点、ブルガーニン等に対して日本側において何か言質を与えたのではないか、それに対して疑惑がある、それを明らかにしろと、こう言われた点であります。この点は衆議院においてもたび重なる質問がございました。その点において与党内においてもいろいろ質問がございました。しかしこれはいつの場合においてもはっきり申し上げてきておるのであります。同様にこの席においてもはっきり申し上げます。共同宣言については何にもそのほかに秘密の文書なりもしくは約束なりはございません。共同宣言において、平和条約は将来交渉をするということに相なっておることは御承知の通りであります。その平和条約ということは、一番何がまだ未決の問題であるかというと、領土の問題が未決でございます。そのほかの問題はほとんど全部今回の暫定協定によって解決を見ております。そこで解決を見ておらないのは領土問題であります。でありますから、領土問題が平和条約交渉に当って取り上げられるということは、これはその共同宣言の文意から見てもはっきりしておるのであります。さらにまた領土問題は、将来平和条約交渉の場合にこれを取り上げて継続審議をするということは、今回の交渉の前に日ソの間に取り交した、いわゆる松本・グロムイコ交換文のうちにもはっきりうたってあるのであります。そうしてその交換公文は日ソ共同宣言と同時に発表を見ておるんです。それは、その領土問題について、その交換公文の趣旨によってやるということが文書においてもできておるのであります。そういうわけでありますから領土問題について将来交渉し得るということは、私は少しも疑わない。のみならず、平和条約を将来作って、この交渉に当るという場合においては、領土問題を取り上げて十分日本の主張をするという、ここに決意が日本側になければなりません。また決意があることによってこれは十分交渉の題目にし、また主張し得るわけであります。しかしながらそれだけで国民が安心する、国民が安心するという意味が、領土問題はもう日本の思う通りに将来なるのだということが今きまっておる、ということを言って安心を与えるというのであるならば、それはそうじゃありません。領土問題は将来取り上げられる、そのときに日本の主張が通る通らんは、これは理論上わかりません。わかりませんけれども、あくまで日本は主張し得ると、交渉し得るということになっておることは疑いを入れないのであります。そういう程度で将来の交渉が続けられると思います。 以上お答えをいたしました。
○野村吉三郎君 国後、択捉を継続審議するというようなことは、今の共同宣言で当然あるべきだと、私はそれはそう了解しておりますが、それは日本一方の解釈であって、先方の方は、継続審議というのは歯舞、色丹だけであって、ロシヤはもう取ったところは自分の取ったところとして、国後、択捉は自分の領土に編入してしまって、これは交渉の的にならんというのが国民が抱いておるところですが、そこのところの向うとお話し合いがあったのであろうかどうかということを伺うのですが。
○国務大臣(重光葵君) 歯舞、色丹はこの共同宣言には、御承知の通りこれは平和条約ができるときに、もしくはできたらその後に日本に現実に引き渡すとこう書いてあるのであります。であるから日本に引き渡すということは、日本に領土としてこれは引き渡す。ゆえに日本の領土となるのだということを向うが認めておるのでありますから、これは私は問題はないと思います。国後、択捉その他の領土については平和条約にどう書きますか、そういうどう書くかということを交渉しなければならん。これは交渉するときに、日本側の主張は十分に主張し得る機会がここにできてくるわけであります。ソ連側のいう通りを日本が承諾しておるということは、口頭でも文書でも今日までないということを今繰り返して申し上げておるのであります。そのときには日本側がどういうふうな主張をするかということは、将来の問題でありますけれども、十分国民の納得し得るような主張はしなければならない。また主張するつもりであります、
○野村吉三郎君 しからば国後、択捉は、向うは、自分の領土になったのだ、日本では、軍事占領されているのだという解釈をしておるのですが、そこは全く両々相離れておるのですが、向うは自分の領土としてもうきめ込んでおる。そこにもつていってあそこに平和条約の折に、まあこっちの方の希望は……あらゆる領土を含んでということの文句をとられてしまったのですが、これらについてグロムイコと松本さんとの間で交渉文があるというので御説明になっておるのですけれども、要するに批准をしたものというのはこの共同宣言であって、松本さんとグロムイコとの交渉文というのは、それはもうこの共同宣言に到達するまでの一つの通程であって、それはあとで発表しようが先に発表しようが、発表の前後は問題ではないと思うのですが、まあ、そうすれば国後、択捉について日本がそういう態度をとっておる、交渉に必ず堂々と日本が交渉すれば向うが応ずるというかたい御信念でいらっしゃるわけでございますな。
○国務大臣(重光葵君) いやそうではございません。向うが応ずるか応ぜぬか私はわかりません。私は非常に向うの主張は強いと思っております。これは私は現に交渉した結果をはっきりとその点は報告しておる通りであります。私は向うの主張は強いと思う。その強いと思う向うの主張はありましょう。しかしながらそれは向うの主張であって、こっちの主張のできないということは少しもないということを申し上げておるのであって、向うの主張をこっちが受け入れたのではございません。しかし、向うをして日本側の主張を受け入れしめたということもないのであります。困難は残っておるのです。
○野村吉三郎君 私はこれで終ります。
○曾祢益君 私は今度できました日ソ国交調整に関する共同宣言等の、ただいま議題になりました条約、協定等について御質問申し上げたいと思います。 最初に、この協定ができるまでに長い間努力された総理、外務大臣、松本全権、河野全権等の非常な努力に対しては、これを多とするのにやぶさかでございません。また、私たちは初めから、日ソ国交がいつまでもととのっておらないことは非常に変態であるから、日本が完全なる自主独立の外交を進める上において、さらに日本の平和的な環境を作る上において、どうしても国交調整をやらなければならぬ、かような見地で常に政府に決意を迫っておったわけであります。また、国交回復の正常な、普通の形としてはいうまでもなく平和条約でやるのが当然でございまするが、しかし、私どもはすでに、昨年の六月に松本全権が初めて正式にロンドンに赴任されて交渉に当られるときに当って、当時のわれわれ社会党の二人の委員長がそろって、不幸にして平和条約が遅滞するような場合には、はなはだ残念ではあるけれども、異例の措置ではあるけれども、領土問題等の最終的な解決はあと回しにしても、わが方の主張に傷つかない形であと回しにしても、国交調整だけは早くやるべしということを申し上げておったのであります。かような見地から不幸にしてそういうような事態になったのでありまするから、われわれは今回最後的に総理みずからの出陣によって、共同宣言の形における、いわゆる暫定的な形ではありまするが、国交調整ができたということは、いわばわが党の主張そのままが実現したことであって、当然にわれわれとしてはこれを心から迎えるのにやぶさかでないわけであります。そういう気持でこの問題に基本的に当っておるわけでございまするが、しかし妥結に至る経緯、また結果等については、これは後世にわたる大きな問題でありますので、十分なる政府の措置見解等を承わっておくことはこれまた当然しごくと存ずるのであります。本院におきましてもあるいは衆議院におきましても、いろいろな質疑応答があったのでありまするが、まだ、私どもが、また多くの世人が、必ずしも納得しておらない多くの重要点が残されておると思うのであります。さような意味でまず第一に交渉の経緯について、ただいま野村委員から御質問になったと同じような点になるかもしれませんが伺っておきたいのであります。 すなわち電光外務大臣が松本全権とともにモスクワにおもむかれ、シェピーロフとの間に交渉され、そして非常に日本の領土に関する主張の根拠のあることについて十分なる見解を述べられたのでありまするが、しかし不幸にしてソ連としては依然として歯舞、色丹以外の領土については、ただ単に日本にその放棄を認めさせるだけでなく、ソ連の領土になっておることを条約によって明らかにしろという、こういう態度であった。そこで、そこまで来たときに外務大臣としては、先ほどもお話があったように、交渉の決裂はいけない、これはわれわれとしてもまことに同感であります。しからばその場合に、遂にそのあとでそうなったわけでありますが、暫定協定の形式に切りかえるのか、それともそのままでソ連の領土に関する主張をのむのか、この点に関してはわれわれがいささかびっくりしたことは、あるいはいささか以上であったかもしれませんが、ソ連の主張をのんでも平和条約の形式でこれを妥結するのが大局上正しいと、こう判断されたようでございます。で、それがその後お帰りになってから内閣全体の意向として、そこまでいくのはいけない、また社会党の意向もあって、暫定協定の形式に切りかえられた、こういう経緯があると思うのです。 しからば外務大臣とされては、一たんはこの領土に関するソ連の要求をのんでも、平和条約を結ぶのが正しい、そう決意されたものが、そこまで譲らずに領土問題をペンディングにしておいて、そうして国交調整をやった力がいいと変ったということについては、これはわれわれとして少くとも世人を納得させる理由がなければならないと思うのです。ことにこの問題は今後とも平和条約の交渉のときに国後、択捉以下の領土問題が当然に再審議されるわけです。その際に当って今年の外務大臣を首班とする交渉においては、ソ連の方には通告はしていなかったけれども、ソ連の領土に関する要求を全面的にのむのもやむを得ないという決意を、当時の日本の外務大臣はした。こういうことは、なるほど形式的には国後、択捉の問題については今後さらに協議する形におさまりましたけれども、その過程においてソ連に対する相当有利な条件、わが方にとっては不利な条件を作ったということにお考えにならないかどうか。この点について外務大臣の御所見を伺いたいのであります。
○国務大臣(重光葵君) 私は交渉に当ってその最後のときに、平和条約によって国交の調整をやるべきである。それがためには領土問題についてはある点で妥結しなければならぬ、こういう考え方をしたのは事実であります。事実でありますが、これは何も発表したわけでも何でもないのです。これは私はこういうことについて何もそういうことを、政府と相談をしたわけであります。それからソ連にそういうことをいったわけでもなく、ソ連、相手方に対しては領土問題に対する主張を続けていったのであります。むろん最後の場面において同じことを続けていってもわかっておりますから、それはそこでとぎれはしましたけれども、つまり続けた形になっております。ソ連に対しては一歩も譲っておりません。そこでその結果が結局国交の正常化ということを達成しようとすれば、平和条約の方式じゃできぬという結果になるわけです。そこでそのほかの方式でということになったわけであります。これは交渉の普通の形式だと私は考えます。だからソ連が私がどういう考えを持ったということを探知して、それを有利な条件に使うかもしれない。それはしかし普通の何で、それが私の責任になるとは私は考えることはできない。私は自分の国の、国家の将来のためどれが正しいかということをはっきりいうことが義務であると考えます。これはその当時ははっきりそう考えました。しかしそれができない。できなければどうするかということは、これはやっぱり考えなければ、初めからしまいまで同じ主張を対外的に通すということは、これはすべての場合において不可能なことでありまして、ただ大きな目的を達成するためにいろいろなことの案が出てくれば、これに対して考慮を払うということはこれまた私の当然の義務だと思います。
○曾祢益君 私どもは外務大臣がほんとうに日本の主張を最後まで通るように努力された、その努力と誠意については一点の疑いも持っておりません。また私どもはその主張が不幸にして通らないからといって、だから日ソ交渉を打ち切れ、そういうことに反対であることはこれまた御承知の通りであります。ただ私が、これは非常にせめるようで、個人的には決して私自身も心進まない気持もありまするけれども、遺憾に思うのは、外務大臣はそれはなるほどソ連には、政府に請訓してもっと交渉しろと言われたのですから、ソ連の案をそのままのみますと言っておられないことは、これはわかりきっている。同時にこの日本側の新聞等を通じて当時における、モスクワにおける最後のころの外務大臣の心境としては、当然にこのソ連の案をのんで、そうして条約を調印するのが一番正しいと、こういう趣旨のことは、これはもう天下公知の事実であります。それだけ私は何もあなたがプレス、キャンペインをおやりになったということを申し上げておるのじゃない。あなたの心境はきわめて純であったけれども、そのことが内外にはっきりわかつちゃった。私は、その前に、平和条約交渉方式が行き詰まったときには、なぜこのソ連の案をのんで、そうして平和条約に調印するということを進言される前に、これはあとから申し上げても死児のよわいを数えることになるかもしれません、もう少し理屈ばかりでなくて、大局的、政治的に見て、ソ連の案はのめない、しかし国交調整をやらなきやならない。それならば当然にこのソ連の平和条約案をのむという進言の前に、これは暫定方式に切りかえるという政治的結論が出てもいいのではないか。出なかったことは事実だから、これは聞いてもしょうがないですけれども、そこであなたの気持がソ連のあの案をのんでも平和条約がいいと、こういうことが天下国家に知れてしまったあとで、そうして暫定方式に切りかえたということは、将来日本のこの歯舞、色丹以外の領土に関する主張をやる場合に、私は何らかの暗影を投ずることがありはせんかということを心配してくどくどしく申し上げておるわけであります。 しからば今においては、やはり当時はそうであったけれども、今はやはり領土の問題についてソ連の現在の要求をのんで平和条約をやるよりも、それは暫定協定でやって、国後、択捉以下のものは将来にペンディングしておいた方がいい、こういうお考えに変っておられるのであるかどうかということを伺いたいのであります。
○国務大臣(重光葵君) 今議論をせられるのは、少し前後を順序よく一つ議論していただきたい。私はモスクワで交渉して、これは平和条約の方式で交渉、これは向うもそれがいいという、こっちもそれがいいということで平和条約の方式によって交渉をしたんです。これはまた平和条約の方式によって国交の正常化をはからなければ、正式の国交正常化じゃありません。実際は暫定なんです、これは。そこで平和条約の方式によって正式に国交の正常化をはかるということが私は適当であると思います。そこでソ連の主張を何もかものんだのじゃございません。ソ連の主張はいろいろ、ソ連の主張もあり、こちらの主張もあって、領土問題以外、そうして領土問題についても歯舞、色丹は即時に返還ということまで一言っておるのであります。それ以上がいけなかったのであります。それは、だからそれ以上にこれをいけないということが、もうどう幾ら何してソ連の最高首脳部の考え方もすべてそうである。それからまた四囲の状況、ソ連の戦争以来の政策にかんがみてもこれはなかなか変らぬ。そこで、平和条約の方式によってこの辺で切り上げた方が目的を達する上においてよかろうと、こう判断したのです。これが第一段階です。しかしながら、それができなかった。それができない前に暫定方式に切りかえるとか何とかいうようなことは、考えられぬ話である。それができないということがわかって、それがなぜできなかったかというと、それはそこで妥結をするということが日本側にできなかった。できなかったから、十分にその善後措置を考慮しなけりゃならぬということになり、考慮の余裕をとって、そこで交渉は継続のままに立ち帰ってきたわけです。そこでいろいろ相談もし、考えてみるというと、これは平和条約の方式でやらぬようにしたらどうかという、これもここで順序がそうなって、暫定方式ができた。こういうわけです。そうですから、その順序によってこれが行われたということは、よく御了解を願わなきゃならぬと思う。のみならず、それはまたいろいろななにはございますし、先ほど言われた社会党の決定した議論であったということには私はむしろ、非常に社会党の人々はいろんな御議論がその当時にはあった。しかしながら、曾祢委員からは、確かに暫定協定をやってまとめた方がいいじゃないとかいう意見を伺いました。私よく記憶しております。そこで私の頭には、むろんそういうこともよく記憶しておるのでありますけれども、一たん平和条約の方式ということを言い出して、領土のことをいうて、それを転換するのには、やはりこれは相当な順序が要ります。平和条約の方式でいかんから、それじゃすぐ暫定的にやったらいいじゃないかと、そういうことをこちらの方からすぐ言い出すことは、まず第一に、日本の政府の方でそれはさまっておりません。日本の政府は、また与党もそうですが、これは平和条約の方式でやろうと、こういうかたいなにを持っておるのです。それを変えるのには、また順序が要ります。そういうような手続きをしないで、思いつきですぐこれを実現しようということは、困難なそこに事情があります。つまり、それらの手続きを経、時間を経てこういう形式になった、こう私は申し上げておるのであります。
○曾祢益君 その順序はよくわかるのです。実は順序から言えば、その前になぜ平和条約でできなかったのか、そのなぜということに、対内的の問題、閣内の問題、党内の問題が当然あった。実はそういう意味では、これは出先でやられた外務大臣だけでなく、外務大臣と総理大臣との間に、外務大臣がモスクワに乗り込む前に、どこまでほんとうに腹を割った話がされたか。だれが考えてみても、自由党の党議であるけれども、遺憾ながら国後、択捉の即時返還の線はできない。問題は、歯舞、色丹だけを切り離して即時返還すら困難である。この状況のもとに、かたき決意を秘めて立たれる前に、順序として、党内において閣内において、総理と外務大臣の間にはっきりとした、こういうときに至ったら大体のもうとか、こういうときに至ったら切りかえようとか、最高方針の話がなされて、それから出かけられるのが順序であったと思います。しかし、それを今言ってみてもしようがない。私が今言っておるのは、もとよりその平和条約方式でいって、そして今度は暫定方式に切りかえる、それには順序がある。それにはそれこそまたバッターを交代しなきゃならないこともあるでしょう。それはわかるのだけれども、しかしそこまでいったときに、平和条約の方式にあまりこだわって、そしてソ連の案をのんでもいいんだということを日本の主席全権が考え、なおそれが中外に表われたということは、今後の交渉上必ずしも私は日本にとって有利でなかったのではないか、あまり平和条約の方式にこだわり過ぎたことと、もう一つは、総理と外務大臣との間におけるほんとうの重要な点についての話し合いなしに出られたことは、はなはだ日本のためにとらないところである、こういうことを私は申し上げたいのでございます。 次に領土問題について伺うのでございまするが、私は、まあそういうような事情で、結局は、遺憾ながら平和条約方式は断念して、そして暫定方式と申しまするか、要するに領土問題をあとにペンディングに残しておいて、両方の主張が傷つかぬようにしておいて、そうして国交調整に変えたということは、これは正しかったとかように考える。ただ、共同宣言に至る今度は鳩山総理、河野全権等のことになるのですが、モスクワの交渉においていろいろおやりになったけれども、これまた遺憾ながら、歯舞、色丹だけを切り離して早く返還させるといいますか、引き渡すことはできなかった、ただ形の上では歯舞、色丹というものを抜き出して宣言の中に書いてあります。引き渡すべきものとする、かつ現実の引き渡しは平和条約の締結のときだ、平和条約の締結のときというのは何を意味するかといえば、外務大臣御自身の説明の中にあるように、平和条約の締結の場合には、すべての領土に関する最終的処分がきまらなければいかぬわけです。そうすると、抜き出して歯舞、色丹とは書いてあるけれども、現実に返ってくるのは実は平和条約、すなわち他の領土と同時解決ということにすぎない。これは私は悪意にとりたくはありませんけれども、一方においては、この歯舞、色丹を切り離して先に返させることは、対ソ関係では遺憾ながらできなかった。同時に、対内的には歯舞、色丹だけ何かしたのだという形をつくろう必要があったから、その苦肉の策がこうなったのではないかと思うのです。従って、これは歯舞、色丹は、実は描けるもちなんです。その引き渡しは、国後、択捉等々がきまったときでなければ返ってこない、その点はちょっと共同宣言をしろうとの読んだ感じと、実際的にそれを法律的に考えたときと非常に感じが違う、これは私ははっきり申し上げておかなければならない。そこで先ほど来言っておりまするように、暫定方式に切りかえたのはいいけれども、それならばなぜ歯舞、色丹については即時返還してほしい、他の領土は全部を懸案として残すということから、鳩山さんがブルガーニンへの書簡をお出しにならなかったのか、それができたできないは別として、建前においてあとから領土全般について経続審議にしようと言っておいて、その返事があまり明確でないから、今度は松本全権をしてグロムイコとの間に書簡を交換させて、そうして領土全体が――そのときも領土全体ですよ、領土全体が継続審議になる、こういうことを言っているそのあとで、新党議の線だからといって、歯舞、色丹だけはしかし別に先によこしてくれ、こういう状況において、鳩山さんと、特に河野さんが、松本全権もそうだけれども、行かれて、そういう交渉をするということは、どだいスタートから無理じゃないか。私はソ連の立場を支持するのではなく、そういう……、なぜそれならば初めから歯舞、色丹をよこせ、ほかの領土は継続審議にするというすっきりした姿で交渉にお入りにならなかったか、この点について総理の御意見を伺いたい。
○国務大臣(鳩山一郎君) 私はソ連との交渉において、領土問題を未解決にしますと、ソ連との国交調整は至難のことと思います。私どもいつでしたか新聞記者会見において、私はアデナウアー方式でいった方がいいと思う。アデナウアー方式にいかなくてもアデナウアー方式と平和条約方式との混合方式でやったらどうだろうかということを、重光君がまだモスクワに行く前に、そういう方針であることを新聞に発表したことがあります。それで、今度行きますに当っては、どうしても領土問題というものを係争事項として最初にきめて行こうということは、結局松本君がやった場合、あるいは重光君が行った場合と同じような轍を踏んで暗礁に乗りかける、それだからそれはあと回しにした方がいいだろう。それでブルガーニンに対して、領土問題はあと回しにしてもらいたいという手紙を出した。手紙を出しましたけれども、歯舞、色丹は日本の領土とするということを、日本に返還と書いてありましたかね、返還という字だったかしら、字は忘れましたが――引渡しですか、日本に引渡すということが松本君との間に話ができ上っているものですから、そこで領土問題については触れてはいません。領土問題はあと回し、継続審議にしてくれという提案と同時に、すでにソ連と日本との間に合意の成立したるものについては話し合いの題目にしてくれ、こういうことがつけ加えてあるのです。そのすでに了解し合ったものについては、話すということについて異議を言わない。すなわち歯舞、色丹というものは日本によこすという同意を与えているのだから、歯舞、色丹についてのこのたびの交渉について、日本側が交渉する権利を留保したつもりでそういう手紙を書いた。ブルガーニンの返事には、よろしいあと回し、継続審議は賛成だ、同時に話し合いのついたものについては、模様によっては話し合いをしたいということが書いてあります。それですから、歯舞、色丹だけは即時返還をしてくれ、択捉、国後は後日の問題にするということを日本側としては主張ができる準備がしてあったのです。それですから私は択捉、国後は継続審議の中に当然入るけれども、歯舞、色丹は即時返還してくれということも同時に留保してあるものとして承知したわけであります。
○曾祢益君 これは総理の気持はそうであっても、相手方にはそこはわからぬ、不明確です。ほかの同意したというのは、これは国連の加盟とかいろいろな、サンフランシスコ条約の趣旨にのっとるとか、そういったような一般的な問題であって、それだけ重要な問題ならば、やはり歯舞、色丹については従来の向うが返還というか引渡しというかこれはいただくものとして、その一般の領土については、それを書かなければ向うにわかりっこないのです。これは一方的の留保であっても、合意による留保とは認められないと思うのです。松本全権がグロムイコと交換公文をされたときに、そういう点は先方との間にはっきりしておったのですか伺います。
○全権委員(松本俊一君) 私とグロムイコが交換公文をやりましたときには、領土問題についての双方の主張はそのままということで、ああいう文章を作りました。
○曾祢益君 そうなると、この継続審議の中に歯舞、色丹も入っているという形にも取れるし、特に歯舞、色丹だけは継続審議にしない、ほかの領土の主張を持ちながら継続審議にしようという、そういう意思は、両方の間にはっきりしてなかったということになるのじゃないですか。もう一ぺん御答弁をお願いいたします。
○全権委員(松本俊一君) 歯舞、色丹につきましては、この点は曾祢君にはっきり申し上げておきますが、先方は繰り返しはっきり意見を申しております。それは、平和条約のほかの条件にして、ソ連の意向がいれられるならば歯舞、色丹は日本に返還するということを、はっきり幾度も申しております。それで、その了解のもとに、私はその領土問題の継続審議をグロムイコとの間に取りきめたのでありますが、しかしそのときに、私は特に、鳩山総理が今度来られたならば、領土問題全体、すなわち歯舞、色丹についても話をするということは、特に私は申し添えてあります。従って歯舞、色丹について話をすることを、私は何ら先方との間にそれをやらないという了解はつけておりませんので、むしろ反対に、領土問題全般にわたって鳩山総理が今度来られたら話をするであろうということを私は特に申し添えてあります。それは私は東京へも報告してございます。さよう御了承を願います。
○曾祢益君 問題の焦点がちょっとズレておるのですが、要するに歯舞、色丹について、今度総理が行かれたときに向うと話をする。その名分と理由は向うも承認した。それはその通り。問題は、歯舞、色丹だけは先に返してもらって、ほかの問題は、ほかの領土については継続審議という形は、初めからとっておらなかったのであります。そこははっきりと日本としては返してもらいたいという底意を秘めつつ、向うにはそれがわからないままにごちゃごちゃに話し合いが始まったものとしか考えられない。 そこで、もう一つ伺いたい点は、河野全権は五月のモスクワにおける交渉において、いろいろ先ほども野村さんのお話にもあったかに思いますが、先方に対していわば日本の譲るべからざるものを譲ったのではないかというようなことで、だいぶ方々から質問があったのです。私はそのことでなくて、逆に河野さんが帰ってこられてからの説明ぶりでは、歯舞、色丹だけは切り離して先に返してもらえそうだ、ほかの問題は、これは平和条約でやるときはそうはいかぬ。しかしながら国交調整を暫定方式でやれば、歯舞、色丹は先に返してもらえるが、ほかの問題はペンディングに持っていくことができやせぬかというようなことは、そういう話をされたということではない、そういうインプレッションをもってあなたは話をしておられたと思う。その点はどうですか。
○国務大臣(河野一郎君) お答えいたします。その通りでございます。
○国務大臣(鳩山一郎君) それは野村さんのさっきの御質問に対しても同時に答えるような次第でありますけれども、とにかく私とブルガーニンとの話の途中において、択捉、国後が平和条約締結の際に問題となるということは、双方とも了解しております。
○曾祢益君 ああ、そうですか。それで私もちょっとそう果してうまくいくかどうかはわからなかったけれども、河野全権の今のお話のように、歯舞、色丹だけは先にもらう、平和条約の方式でなければ……、ほかの領土は継続審議に持ち込むことができればそれは一番けっこうだと思って御活躍を見ておったのですが、結局そうはいかなかったわけです、残念ながら。 そこで共同宣言の文章の内容になるわけですが、これはもう皆さんから御質問になった点ですけれども、私が特に申し上げたい点、今度の共同宣言には確かに歯舞、色丹は頭を出した。しかしその頭を出しただけで、結局これは描かれたもちにすぎない。ところがそれと引きかえ的にと言っては語弊があるかもしれないけれども、領土については継続審議という言葉が明瞭になっていれば、国民としては、やはりしろうとですから、国後、択捉等は確かに継続審議になった、そのほかに、まあ描かれたもちにせよ、歯舞、色丹はちゃんと書いてある。これで初めて領土問題について八十五点か九十点差し上げられる成績になるわけです。ところがそれがない。そして政府の御説明によれば、それは平和条約を作る以上は――平和条約で一等大きな問題はいうまでもなく領土の問題だから、平和条約の継続審議と書いてあるからには当然択捉、国後、あるいはさらに北千島、南樺太についても理論的にいえば平和条約のときに当然に最終的処分はきまるんだ、きまるんだからその話をするんだ、しかも日本の主張は一歩も譲ってないんだからいいんじゃないか、継続審議ということを領土に引っかけて書かなくとも、継続審議ができることは理の当然であるからいいじゃないかとおっしゃいますけれども、これは私が先ほど来申し上げましたのは、二つのバック・グラウンドにおいて考えなければならない。第一には外務大臣がこの前の交渉の際に、ソ連の領土問題に関する主張をのんで平和条約を結ぶもやむを得ないということが天下国家に明らかになった、中外に明らかになった。第二には河野さんは非常に強気に歯舞、色丹をもらって、そして他の問題、領土は継続審議に持ち込む形の暫定方式を余地ありと思っておられたけれども、現実にはこの歯舞、色丹だけを切り離してくれということを言わずに、領土全体が継続審議であるような形の鳩山・ブルガーニン書簡から始まった。そこで最終的にはなるほど歯舞、色丹については共同宣言に顔を出してきたけれども、そうなってくると、領土の継続審議というものは消えてしまって、ここになくなった共同宣言ができた、こういうことに私はなると思う。そうなってくると、ただ単に領土に関する継続審議がないのとは違って、特に落されたんではないかと気を回すのも、これは無理からぬことである。これは野村委員も先ほど指摘されたように、なるほど松本・グロムイコ交換公文があるじゃないかとおっしゃいますけれども、これはあくまで交渉に入る前の建前を話し合った。要するに鳩山、河野両全権が最終的にモスクワに乗り込む前の、いわば言葉が悪いかもしれないけれども、露払い的な、歴史的な役割はそれで果した。であるからこれは参考資料としてここに出された、これが共同覚書と同じ価値のあるものなら、われわれ及び双方の国を拘束する約束であるならば、当然にこれは条約として国会の承認を求めなきゃならない。であるからこの書簡にどう書いてあろうと、最終的にできた、国会が審議し、これを承認するところの共同宣言には、確かに領土に関する継続審議ということは抜けている、これはもう疑うべからざる事実です。しかも二つの理由からそうなってくると、国民が心配するのも無理はない、こういうことに私はなろうと思う。その点について総理大臣はどう考えますか。
○国務大臣(河野一郎君) 私が今お答えしましたのを強気にと言いますが、私はこういうことの事実を申し上げるので、決して歪曲して強気に申すとか弱気に申すとかいう考えはございません。いつも問題になりますから明確にいたしておきたいと思うの、ですが、私が春参りました際に、ブルガ一ニン氏と私と会見いたしました際に、明確にブルガーニン氏から私に、ロンドン交渉において歯舞、色丹はソ連としては大譲歩をしておる。ただ国後、択捉の帰属については、ソ連側としては絶対にこれ以上の譲歩はできないけれども、日本側においてこれに了承することのできない国民的強い感情のあることも自分は知っておる。従ってこの決定はただいま決定することは困難であるから、これはあと回しにして、そして今ここで暫定的に取りきめをするならば、それで今漁業交渉の今年度限りの暫定取りきめをしなくても、この方を、君がそういう権限が今ないというならば、一ぺん東京に帰って、そうしてこの取りきめをすみやかにやれば、それによって一切が片づくのじゃないかということを、ブルガーニン氏がいうたのであります。この点は明確に自分は記憶しております。その後ソ連側において私の記憶が間違っていると指摘した人は一人もございません。今回ソ連に参りましても、常にこの主張を続けております。ただ一点私が遺憾に思いますことは、こういう記憶でございますけれども、その後二日後にソ連側が暫定取りきめをするならばしてやろうと言った、そのときのブルガーニン氏の言明を、(曾祢益君「漁業協定」と述ぶ)そうです、してやろうということを、取り消しております、二日後に。そこで私はそれならば決裂するということをいうたのであります。そういうことでございますから、これはブルガーニン氏のが最高会議の決定でもございませんし、従ってそれはどういういきさつになっておるか知らぬが、そういう事実のあったことは今でも私は明確に記憶いたしております。そこでこのことは重光外務大臣がモスクワにおいでになっておりますときに、まだお帰りになる前に、私はたまたまチフヴィンスキー氏と会いました際に、チフヴィンスキー氏にこの主張をいたしました。この立場をソ連が変えてくれては困る、日本の方においてもこういうブルガーニン氏の態度をもとにしてわれわれは日ソ交渉をすみやかにやったらよかろうということを言っておるのにもかかわらず、ソ連側が外務大臣に主張しておられるところはどうも違うということを、私はチフヴィンスキー氏に強く言いました。これを再確認してくれるならば、ここに日ソ間の交渉はまたあらためて軌道に乗る場合があるかもしれんけれども、そうでなければ困難であるということを私はチフヴィンスキー氏と雑談いたしました。もし重光外務大臣が今とっておられる態度、それは日本の政府がとっている態度、この態度を変えて、もう一ぺん交渉を再開しようというならば、ソ連側においてこの態度をまず了承をしてもらうことが必要である、その点についてブルガーニン氏はどういうことを考えておられるのか、一つ君、僕のいうことをそのままブルガーニン氏に伝えてくれということをチフヴィンスキー氏とたまたま会談したときに一それをもっと明確に申しますれば、そのときにチフヴィンスキー氏は、ソビエトの日本における運転手その他の用員の問題を何とかあっせんしてくれということで私をたずねて参られました際に私が申しました。それに引き続いて、君のいう通りすぐにモスクワに電報を打ってモスクワからこういう返事がありましたということで三回ばかりやり取りをいたしました。その結果、今鳩山首相の書簡について、歯舞、色丹その他の領土問題について先方が了承しておるとかおらぬとかいうような曾祢さんからお話がありましたけれども、私はそのチフヴオンスキー氏と三回にわたる前後の話において、そういう点を引き続き主張いたしました。その確認に努力をいたしました。ところが先方の通訳でございましたから、これはただ私は私的に懇談いたしたのでございます。これは論拠にも根拠にもできませんから、そこであらためて二人で話し合って、その結論を正式の文書にしてお送りすることが一番妥当であろう、それによって正式の文書をお前さんの方からくれるならば、そこで初めてここに再開のめどが立っていくだろうと、こう申しましたところが、大へんけっこうだということを向うから申しましたので、総理に報告しました。そこで総理が文書を出そうということになっておりますので、決して私はその間に日本の方においてその点において主張を怠ったとか、もしくは退歩したとかいうような事実はないわけであります。そこで私は今回モスクワに参りますに当りまして、この点から主張する必要があるという意味からいたしまして、モスクワに到着後一番早い機会に、当時このブルガーニン氏と私との会談に立ち合いましたイシコフ漁業大臣を訪問いたしまして、当時の話し合いをそのままいたしました。その後、これがいろいろ誤認され、誤伝されておることははなはだ遺憾でありますが、それはどうかということで、イシコフ氏の再確認を求めて、その実情をそのままブルガーニン氏に伝えて、これを出発点にして話し合いたいということを申し出を私はいたしました。それからなお、だんだんイシコフ氏をしてブルガーニン氏もしくは最高首脳部に伝え、そして先方の最高首脳部といろいろやりとりをいたしたことがございます。今お話のように歯舞、色丹がどうなっている、国後、択捉がどうなっているかというようなことは、先ほど来松本君からもお話もありましたが、また外務大臣も申されます通りに、現在の状態におきましては、ソ連側にしては、国後、択捉を日本側に譲るということについては非常に強い反対の意思を持っております。しかし、われわれの方としては、これを日本側に帰属させることでなければ、両国間の国交の正常化を期し、両国間の友好関係を結ぶということは非常に困難だということについては、先方も十分了解をしております。従って、これを今にわかにいずれに帰属するかどうするかということを決定するということは困難であります。わが方としてもこれをソ連側のものだということに同意をすることは、これはとうてい了承できない。先方もこれを決定することの困難なことを十分承知しているわけであります。そこで、最終的に、共同宣言になって結論が出ておるということで御了承をいただきたいと思うのであります。従って、将来どういう場合にどういう政府のどういう人が交渉をされる場合にも、その間に、たびたび私が申していることでございますが、何らこれを制約すべき、わが方の主張を制約すべき何らの約束もありませんし、何ら裏に言質もないということをはっきり申し上げておきたい、こう申す次第であります。
○曾祢益君 私は河野さん、あなたがやられたことについて強気だと言ったのは、歯舞、色丹について向うは日本に返す意図は、これはわかっておる。ただ、それが松本全権の話のように、向うはやはり常に平和条約のときに、ほかの問題の処分と一緒にというあれを常に持っておったのではなかろうか。そこで、あなたのあれからくれば、いや暫定方式でいけば、歯舞、色丹……択捉、国後は全然別なんです。歯舞、色丹については、切り離して、時期的にも、それから牽連性もきまって、一応これだけは先に返す余地がありはせんかということで交渉されたと思うのです。それが可能なる限り、日本側としてそれに努めるのが当然である。しかし、その解釈が正しかったか正しくなかったかは別として、結論としては、やはり形では切り離したことになっているが、実際にはやはり平和条約のときにまでお預けになっているのですね。だから、もし、切り離して返すことができるということを春の交渉であなたが期待されたとするならば、それはわれわれの希望するところであったけれども、結果から言えば、やはり少し強気に過ぎたのではないか、こういうことを申したのです。その点はどうなんですか。
○国務大臣(河野一郎君) これは、私こういうふうに申し上げて御了解願えるかと、こう思いますことは、私は、折衝いたしました過程におきましても、ブルガーニン、フルシチョフ両氏は、外交関係その他、そういう点になりますと、たとえば今日フルシチョフ氏と話しました際にも、歯舞、色丹の返還の時期等につきましては、何か急に本人が思い出したように、この前重光外務大臣が折衝されました際に、歯舞、色丹の返還方法、時期等についていろいろお話があったので一はなかろうかと私は思うのでありますが、そのときのことを思い出したような顔をして、これについては、なおいろいろめんどうなこともあるようだから、外務当局の意見も聞かなければならないから、今後の君との話し合いには外務次官を立ち合わせようと思うから、というようなことで、たまたま私がブルガーニン氏と会ったときには、そういうことについては、大局的に日本に返すということ――松本さんがロンドンで話された際に、向うが最高会議できめたときのこと――を思い出して、返すことに大譲歩を自分の方はしたんだ、だから、これは返していいんだということをいうたが、さて、それを外交的にいろいろこまかな点、そういうふうな制約された点を彼は思い出していうておったじゃないかという気持もしておったわけであります。しかし、そのときの話には、明確に私にそういうことを申したのであります。たとえば、今回フルシチョフ氏と私が話しました際にも、私は外交のことはくろうとじゃございませんからわかりませんけれども、フルシチョフ氏も私も同様な意味合いにおいて話し合ったことを、あとから修正した点があったりいたしまして、そういう点で、そういうふうな会談をしたということも一つ御了承いただきたいと思います。
○曾祢益君 そこで、いろいろなことがありましたけれども、遺憾ながら、いろいろな経過を経て、共同宣言には領土に関する継続審議ということは明確に出ておらない、こういうことは、これは文理的に、字句の上から間違いのない事実なんです。そこで、もう一つ、われわれがそれに関連して、今後の国後、択捉等に関連して、やはり心配になってくることは、実は今度の歯舞、色丹について、これを引渡すという言葉を使っておる。これは主として条約論になると思うのですが、引き渡すという言葉は、私の承知する限りにおいては、きわめて俗な言葉があって、法律的な言葉じゃないような感じがする。つまり、法律的に見れば、先ほど野村委員も指摘されましたように、日本から見れば、歯舞、色丹のみならず、南千島まで最終的の帰属がきまらないうちは日本の領土なんだ、ただ、まあ千島といいますか、北千島、南樺太については、サンフランシスコ条約で放棄したという経緯があることは別として、とにかく日本の領土だという主張、それが軍事的に占領されておる、ところが、ソ連の方は、いうまでもなく、歯舞、色丹も千島と称して、憲法を変えて自分の領土に編入しておるわけです。そこで、初めから日本は日本に返還を求める、まず軍事的の占領を解除して、そうしてこの返還を求める、こういう主張であったように思うのです。ロンドン交渉のこまかいことは知りませんが、建前はそうです。ところが、ソ連の方は、いや、特に共同宣言の文句にもあるように、特に日本の利益を考慮して、そうして日本にくれてやる、言いかえるならば、日本にこれを譲渡してやるというのがソ連の法律的建前だったと思う。しかし、そういうふうに対立しておったんじゃこれは話し合いがつかないので、それで法律語を避けて、つまり、両方の主張がまっこうから対立しているところから現実の妥結をしなければならないので、引き渡すという俗語をお使いになったんではないだろうか、その点はどうなんです。これは外務大臣からお答えを願います。
○国務大臣(重光葵君) 字句に関係することのようですから、条約局長からお答えいたします。どうぞ御了承願います。
○曾祢益君 一応承わっておきます。
○政府委員(下田武三君) 仰せの通りに、引き渡しという言葉は、国内法は別としまして、条約ではあまり使わない言葉でございますが、御承知のように、譲渡ということになりますと、向うのものをこちらがもらうという、英語で申しますと「シード」という意味が出て参りますので、「シード」というような意味を含まない字句をわが方としてはぜひ採用いたしたいと思っておったわけであります。そこで、ロシヤ語の「ペレダーチ」という言葉が、英語で「ハンド・オーバー」と申しますか、「トランスファー」と申しますか、所有権の観念が入ってこない、単に物理的に物をこちらから向うへ移す、左から右へ移す、そういう意味しかないものでございまするから、わが方の立場から見ましても、まことに都合のいい字でございますので、これを採用した次第でございます。
○曾祢益君 これは、まあ今のお話のようなことになるだろうと思う。つまり、これは日本にとって決して都合のいいことじゃないですね。都合の悪いことなんですよ。ほんとうは。日本に返す、返還する、こう書かしておきたかったのであるけれども、下手をすれば、ソ連が領土を日本に譲渡してやるということを書かされないために、まあ、妥協が引き渡すという俗語で満足したんだ、そういう意味で、決してけっこうなことでも何でもないということを、まず念頭に置いていただきたいわけです。
○政府委員(下田武三君) ものはお考えようでございますけれども、返還といいますと、一たん向うのものになったものをまた返してもらうという観念になりますので、わが方は、申すまでもなく、終始一貫いたしまして、歯舞、色丹は日本の固有の領土であるという主張を、一度も下げたことがないのでございます。返還ということも、実は日本の主張の建前からみましておかしいと、そういう意味で返還を避けたわけでございます。
○曾祢益君 返還という言葉は、なるほどそういうあれはあるかもしれませんが、要は日本の領土だから、占領を解除してすぐ返すとか何とかという言葉になれば一番よかったと、引き渡すということが非常にできがいいとおっしゃるから、私はできがよくないということを申し上げておるのですが、それは、歯舞、色丹だけならば、これはまだいいんですが、問題は、次に国後、択捉の問題とも関係してくるわけです。であるから、歯舞、色丹のごとく、だれがみてもこれはもう北海道の一部だと、そういう所についてすら、ソ連のいわゆる譲渡というやつを、完全に法律的にひっ込ますことはできなかった、こういうことがこの共同宣言の今度の成果なんですね、この点に関しては……。もしそういうことになれば、共同宣言にも、継続審議ということすら正式にはうたってない。国後、択捉島の日本の主張が、ハンド・オーバーぐらいで満足していたのでは、非常に大きなマイナスになりはしないか。これは、いうまでもなく、ソ連は領土に編入しておるのだという建前をとっておる。日本としては、そうじゃないという建前をとりながら、歯舞、色丹についてすら、日本の主張が百パーセントにいれられたのじゃないということになるならば、その影響は、やはり国後、択捉に対しても決してよくはないのじゃないか、こういうふうに考えるのですが、その点はいかがですか。
○政府委員(下田武三君) それは仰せの通り、まさに譲歩の産物でございます。向うとしては、実は譲渡するという言葉を使いたかったろうと思います。しかしながら、ちょうどわが方の主張も害せず、また先方の考え方も害しない、白紙な、物理的の移転という言葉に落ちついたところの譲歩の産物であることは仰せの通りでございます。
○曾祢益君 そういうわけで、われわれがまだ心配を持つのは無理からぬことだとおわかり願えると思うのです。 最後にもう一ぺん、歯舞、色丹について伺いたいのは、これも本会議、委員会等において、特に河野農相に質問が集中しているわけなんですが、あなたが歯舞、色丹を、とにかくいろいろな経緯があって、早く返してくれということに最後まで努力されたことはよくわかっております。その過程において、ソ連の立場は、アメリカの日本に関する領土、すなわち小笠原、沖繩等等と全然無関係で、ソ連の歯舞、色丹に対する領有は、全然アメリカとの関係がない、これは、国後についても、全くこれは、ソ連の権利はアメリカ並みの、返そうが返すまいがそういうことは無関係なソ連の権利として、これを主張しておったのか、あるいは一部、重要なことですが、いや歯舞、色丹の返還の時期についても、アメリカの日本の領土の返還の時期と合せたらどうだということを向うから言い出したことがあるとかないとかいう経緯が、新聞に伝えられておった。その間の実情はどうなんです。特にお願いしたいことは、この問題についても、率直にこの真相を明らかにしてほしい。これはことに今や歯舞、色丹については、事実上これで一応きまっているのですから、われわれは不満であってもしょうがない、問題は、だれが考えても国後、択捉の関係なんです。ですから、そういう今後の日本の主張に非常に関係のあるようなことは、この際やはり真相を明らかにしてほしい。これは私は、決してあなたがいわゆる譲るべからざるものを譲った、そういうことを言っているのじゃなく、向うの主張、出方ですね。どういうものであったかということは、これは当然にわれわれとして知っておかなければならない。あるいは国民に対してそっくりそのまま、この際発表することが適当でないというのが政府のお考えならば、これは他の方法においても、国会においてこれを明らかにすることは、政府としての当然の私は政治的な義務とすら考える。従ってこれらの経緯について、率直な事実を一つお教え願いたい。
○国務大臣(河野一郎君) ただいまの点は、私とフルシチョフ氏と交渉いたしました会談の内容になるわけでございまして、この点については、はなはだ申しかねますけれども、この機会に御希望に沿うことはできないということで、御了承願いたいと思うわけであります。
○曾祢益君 河野農相にお願いしますが、そういういろいろ機微な点があろうということは、われわれもわかっております。しかし、あなたが個人的にお話になったわけでないのである。日本の全権団の全権として、総理にまあかわるような意味において、非常な重要な、公的な資格においておやりになったことを、内容全部を、それを何にも話せない、これはわれわれとしては、それこそ秘密外交そのものです。そういうことは、われわれは承服できません。もし発表等について問題があるならば、これは委員長にお願いして、委員会の取扱いとして、われわれはいかようにもこの、何と言いますか、不必要なる公表を避ける方法は、私はあり得ると思う。全部お断わりになるということは、これはちょっと、われわれとして承知できません。
○国務大臣(河野一郎君) 私は、そういう外交のことを、そういう会談の発表の方法等はよく存じませんけれども、先例その他もあるようで、このフルシチョフ氏と私と話し合いましたことにつきましては、発表することは差し控えさしていただきたいと思うわけでありま。
○曾祢益君 これはですね。内容の全部を公表しろということを申し上げているのじゃございません。しかし、これは非常に基本的なことなんです。申し上げるまでもなく、ソ連の主張がどういうものであるのか、アメリカとの関係がどう出てからんでくるかということは、これは、いうまでもなく、日本の外交の基本に触れるものです。でありまするから、これは河野さんも、しばしば内容は発表できぬと言いながらも、ソ連の主張はアメリカの日本領土の領有の問題と無関係な強いものであると言わんばかりのことを、衆議院の当該委員会等においても話しておられるように私は承知しているのです。せめてその辺でもお話になるお考えはないのか、くどいようですが伺います。
○国務大臣(河野一郎君) 今、指摘してお話がございましたが、実は衆議院の当該委員会におきましても、アメリカがわが本土から撤退したらとか、もしくは沖繩から撤退したらと、撤退を条件に交渉したか、撤退をその条件に交渉すれば成果が上ったろうとかいうようなお話でございましたから、そこで私は、そういうことを交渉したとかせんとかいうことでなしに、私もいろいろな点において、いろいろな角度から話し合いをいたしましたけれども、そういうことでソ連側の主張はございません。従ってそういう角度でソ連が譲るだろうとか、そういうことを言えば向うが譲歩するだろうとかいうふうなお考えをそのまま了承するわけに参りませんということをお答えしたのでありまして、その程度で御了承いただきたいと思います。
○曾祢益君 大体私が想像したように、つまりソ連の主張は、アメリカの領有関係がどうであろうと、自分の……。
○国務大臣(河野一郎君) ちょっとつけ加えさして下さい、誤解があるといけませんから。 今の問題は歯舞、色丹に関する問題ではございません。歯舞、色丹、国後、択捉すべてをあげてのお話の際に私がお答えしたことでございますから、そういう工合にお考えを願います。
○曾祢益君 だからアメリカの領有関係とは無関係に、ソ連の方は、自分の領有については、これこれの根拠があるというような、きわめて強いものであったと考えるのですが、そういうふりにあなたはインプレッションを得られましたか。
○国務大臣(河野一郎君) 私は、フルシチョフ氏と、いろいろな角度から、御承知の通り三、四回にわたって話し合いを、しかも数時間にわたっていたしましたために、いろいろな点についていろいろな角度から話し合っております。その際に私の受けました印象としては、今申し上げました通りに、衆議院で社会党の委員の方から、沖繩から撤退したらとか、それから日本からアメリカの兵隊が帰ったらというようなことを条件にすれば、おのずからソ連側は緩和するだろう、そういう点についてなぜ話さなかったというような御意見でございましたから、その際に私は、今申し上げましたように、ソ連側の主張しておりまする主張の根拠は、そういうこととは関係なしの点において主張いたしております、ということをお答えしたのであります。
○曾祢益君 わかりました。私は、このフルシチョフ、河野両全権間における会談の内容については、この委員会で今これをお話し願うことを要求しませんが、これは一つあとで理事会を開いてこの問題について委員会の態度をきめていただきたい。私は、これは、かりに不幸にして秘密会をやっても、これを承わっておきたいという希望を持っております。あとで理事会でこの問題を提起することを私は留保して、質問を続けていきたいと思います。
○委員長(小滝彬君) よろしゅうございます。
○曾祢益君 そこで不幸にしてソ連の立場というのは、そういうような非常に強いものであると、河野全権が言われたようなものであるように考える。しかし同町に、それは一つの法的な見解としてはそうでありましょう。今直ちに、じゃアメリカが日本に沖繩を返してくれりゃ、おれの方も返してやるんだといったら、彼らの立っておる法理内基盤というものが弱くなります。条件つきの領有みたいになります。しかしそれはあくまで理屈であって、やはり大きな世界の政治の問題としては、日本が、本土の問題はしばらくおいても、小笠原、沖繩の問題をかりにアメリカとの関係において片づけたというならば、これは何といってもソ連に対して国後、択捉の領有はあきらめろと、こういう政治的なやはり相関関係は否定できないと思う。のみならず、この点は総理がしばしばほかの委員会、本会議等の質疑に答えて、つまり国後、択捉について日本の主張はまだ捨てておらない。捨てておらないのみならず、これは継続審議になっておる。平和条約の交渉の際には当然にこの領有を主張する。また米ソの軍事的な対立が緩和すれば、これは日本に返ってくる可能性が出てくるだろう、こういうことを言われた。もとより総理はその際、小笠原の関連においてという言葉はもちろん使っておられましたが、もっと全般的な関係において言っておられまするけれども、しかし結局は同じことを指さしている、やはり両方とも軍事基地、軍事基地と、こういう関係があるから、両方とも軍事基地をなくするような情勢ができるならば、これは日本に返ってくるという可能性が出てくる、こういうことを総理は言っておられると思うのです。いかがですか。
○国務大臣(河野一郎君) 私のお答えいたしましたのは、今曾祢さんのおっしゃいました通りに、総理がこれまでしばしばお答えになっておりますそのお答えと私も同様な感じを持っておるのでございます。
○国務大臣(鳩山一郎君) 私は、国際情勢が変化すれば、すなわち国際間の緊張が緩和すれば、ソ連が択捉、国後をそんなに固執する理由はないと思っております。そういう際には、択捉、国後は日本に返還せられる時期がくるものと……。
○曾祢益君 それは一般論としてそうなんであって、しかし国際情勢の緩和をただ便々として持っておるということも、これまことに策のない話なんです。だから国際情勢の緊迫、軍事基地というものは緊迫の結果とも見られるし、また見方によってはその対立が緊迫を増加していくことにもなるのです。であるから、日本としてなし得る限りのこの緩和を、日本においてなし得ることがありとするならば、それは双方に対して、一つ軍事基地は撤廃する、本来の領土を返してもらおう、こういうことは当然に自主的に外交としてやるべきではないかと思うのです。今河野全権があらためて、法律的にはソ連はアメリカの領有関係とは無関係に権利を主張しておるという趣旨を言われ、しかもなお政治的には、総理と同じように、軍半対立の緩和ということによってやはり領土が、つまり北の領土も返ってくる見込みがあるという、その点は同感だという趣旨を言われたと思うのです。それならば、ただ国際情勢の緩和を待つだけではなくて、積極的に自主的に、アメリカ関係からも打開に努める考えはないかということを総理大臣に伺いたい。
○国務大臣(鳩山一郎君) 世界の平和のために、緊張緩和のために、戦争防止のために、日本として努力すべきことは当然であります。しかしながら国際情勢が現状のときに、両方に対して、お前たちが軍事基地を持っておることが刺戟するのであるから、まず軍事基地をなくせということは、現在の状態においてはできないものである、私はそう思っております。
○曾祢益君 この点はあとで今後の外交の進み方についてさらに申し上げてみたいと思います。 そこで領土問題の最後に伺いたいのは、平和条約の交渉、これは率直に言って国交回復後いつでも始められるのである、とともに、そうかといって無準備に入るわけにいかないだろうと思います。従って平和条約の交渉の際に領土問題に対する考え方を聞くのは、その交渉の当時における政府に聞くのが正しいのである。あるいはその場合に社会党の政府であることが、可能性としてあるかもしれ一ない。しかし、とりあえずここまで持ってこられた鳩山内閣の今までどういう態度であったか、現在においてどういう態度であるかということは、これはやはり外交の一貫性からいって非常に重要なわけです。従ってあらためてお伺いしたいのでありまするが、国後、択捉については日本の固有の領土として主張される、これは大体、今さら御答弁を持つまでもなく、今日なおそういうお考えのように考えていると思う。これもあらためて御答弁願えると、なおけっこうですが。 続いて北千島、南樺太については、一体どういう平和条約における解決の方式をおきめになっておるのか。これはこの間まで平和条約の方式の際、現にやっておられたことでありますから、はっきりお答えを願いたい。ことに、この点に関連して、衆議院においても非常に何回となく議論が蒸し返されておるのですが、一向に私は、はっきりわからないのは、サンフランシスコ平和条約との関係、この点について、これは、はっきりと国後、択捉と、それから北千島、南樺太を分けて、サンフランシスコ条約との関係は、無関係であるのかどうか。これは一つ外務大臣から明確にお答え願いたい。そのものずばりというふうにお答え願いたい。
○国務大臣(重光葵君) ずばりと衆議院では申したつもりですが……。サンフランシスコ条約は、サンフランシスコ条約の調印国の間において効力のあるということは、これは明らかなんです。従ってソ連はこれを拒絶したのであるから、ソ連との間には、別に平和条約交渉においてそれが、必要なるすべての条件、ことに領土問題等は交渉してきめなければならない。きめるということは少しも差しつかえない。そのことについては何らサンフランシスコ条約とは抵触しない、こういうことを申し上げておるのであります。 そこで、ソ連との間に日本は交渉してきめなければならない。それではソ連との間にどういう方針で交渉したか、こういうことになります。ソ連との間においては……第一、交渉した経緯はどうであるか…。
○曾祢益君 経緯はいいですよ。(笑声)法律的の地位をはっきりしてもらいたい。国後、択捉と北千島、南樺太とに分けて。
○国務大臣(重光葵君) 国後、択捉は固有の領土であるから、これは、日本の固有の領土は返してもらいたい、これは日本の主張であります。そこで、日本の固有の領土でない以外のものである北千島並びに南樺太は、日本はカイロ宣言以来これはもう譲渡するという格好に、ポツダム宣言を受諾して以来なっておる。そこで、これはソ連側に譲渡してもいいという考え方で進んでおったのであります。
○曾祢益君 これは非常に重要な点ですから、はなはだ釈迦に説法で失礼ですけれども、明確にお答え願いたい。 今の御答弁ですと、国後、択捉だけが固有の領土で、ほかの領土はもう日本の固有の領土でないと御説明があって、その点、まあ一応いいとして、国後、択捉については、これはサンフランシスコ平和条約において政府は放棄した部分でない、こういうお考えですか。
○国務大臣(重光葵君) そうです。
○曾祢益君 そういたしますると、日本が国後、択捉を当然領有を主張する根拠は、さらに強いのみならず、今度は逆に、放棄してない部分だったら――そういうことはわれわれ希望しませんよ、希望しませんが、かりに、日本のものなんだから、第三者にくれようが、要するに俗に言えば、煮て食おうが焼いて食おうが、サンフランシスコ平和条約とは無関係である、これが第一点。第二は、北千島、南樺太は日本の固有の領土でないということは、私としては承服できません。固有の領土ということは説明は要りまするけれども、もとよりこれは国後、択捉とは歴史的にも違うのみならず、だれか考えてもこれは、サンフランシスコ条約のときにも、北千島、南樺太、国後、択捉まで吉田さんのときには放棄してしまったように考えますけれども、かりにそれは別として、確かに南樺太、北千島は放棄した。そして放棄した以上は、放棄したものを日本が第三者であるソ連に勝手にくれることは差しつかえないのか、あるのか。これについて明確に御答弁をいただきたい。と申しますのは、アメリカの……あなたは、日本の領土問題に関する、ことに択捉、国後に対する応援の意味で言ったんだそうですが、われわれとしては、むしろ至極迷惑だと思っているのですけれども、アメリカの言ってきた二十六条にかまけての主張というものは、放棄したものについて日本が勝手に第三者にやる権利はないではないか、こういう主張が含まれているやに考える。それが正しいか正しくないか、またそれがアメリカの意向だけできまる問題ではありません。マルティラテラルの問題です。それについては法律的に日本の外務大臣はどう考えるのか。それについても、これも私は希望しませんけれども、これをあなたは、固有の領土でないのだから譲渡してもいいと言われるが、かりにソ連に譲渡した、するといたしたときには、サンフランシスコ条約からの文句はないだろうと、これは明確に断言できるのか、できないのか、この点は、はっきり答弁していただきたい。
○国務大臣(重光葵君) その点は、先ほどから明確に私は御答弁申し上げておるのであります。サンフランシスコ条約は、条約調印国の間の条約関係を規律したものでありまして、日本とソ連との関係を規律したものではございません。ソ連がそれに調印をしておれば、これは問題はありませんけれども。そこでソ連は、日本が放棄したのであるから、サンフランシスコ条約の調印国に放棄したのであるから、ソ連との関係を、これらの領土について規律することができないかということであります。これはソ連との間には戦争をして……領土問題について話し合いをし、規律することができると思います。 それから、それのみでなく、サンフランシコス条約において、これらの領土について放棄をさしたということは、一体どういう意味で放棄をさしているのかといえば、これは御承知の通りに、戦争中から、カイロ宣言からずっとポツダム宣言にきて、そして、たとえば台湾はこれはシナに返すのだ、南洋の委任統治地はアメリカが占領するのだ、それから北方の領土はソ連に与えるのだという大体の……大体でない……、そういう考え方をもって、これはずっとできておるのであります。たまたまソ連がサンフランシスコ条約に入らないから、これを領土全体に対しては、サンフランシスコ条約の調印国に対して放棄したということになっている。しかしその題目になっている領土の中に、北方の領土について、日本がソ連との間に協定をするということは、むろん当然のこととしてこのうちに含まれておるのである。これは条約論としても、ソ連と日本とこれを協定するということは何も差しつかえないことである。これはそう思います。これが第一点……。
○曾祢益君 それだけでいいのです。 そういたしますと、これはもちろん国後、択捉が日本の、あなたの考えでは、日本の領土なんです。棄ててもいないのだから、煮て食っても焼いて食っても勝手なわけです。いわゆるサンフランシスコ条約で放棄した部分は、いわゆるこれを正確に狭義に解釈すれば、南樺太、北千島、これについても、これは日本がそういうことは希望はしないにしても、かりにソ連にくれてやろうがただ放棄しただけであって、譲渡を認めても、これは一向差しつかえない。サンフランシスコ条約の建前からいって一向差しつかえない、こういうお考えですね。 そういたしますと、総理に伺いたいのは、あなたの党では、北千島、南樺太については、ソ連にこれをくれてやるということで決定されておる……私の承知している限りは、これは、いまだあなたの方の党の決定としては、これはいわゆる継続審議になっておるのですが、その含みは、国際会議にかけてから、まだソ連にはっきりこれを帰属を認めるということは、あなたの党議はまだそこまでいっておらない。その点はどうなんですか。
○国務大臣(鳩山一郎君) 党議できまっておるのは、歯舞、色丹の即時返還と、その他の島々については継続審議に移すということだけきりきまっていないと思います。
○曾祢益君 前にありましたよ。前の決定は生きているのですか、生きていないのですか、前の決定ですね。自民党結成のときの決定がございますのですが、あれは国際会議で所属をきめる。
○国務大臣(重光葵君) 前には、そうなっておりました。
○曾祢益君 生きているのですか、生きていないのですか。
○国務大臣(重光葵君) 生きているというか、それを変えて、こうなっております。サンフランシスコ条約の精神に沿うてとかいう言葉になっております。反しないことと、こうなっております。
○委員長(小滝彬君) 私語を禁じます。はっきりしませんから。
○曾祢益君 外務大臣と総理の間に意見が違っているのじゃないですか、はっきり政府の答弁を求めます。
○国務大臣(重光葵君) 樺太、北千島については、サンフランシスコ条約に反しないことと、こうなっております。サンフランシスコ条約に反しておらないのです。 ちょっと委員長、私はさっき……。 そこで、南樺太、北千島の問題については、サンフランシスコ条約に反しないことを趣旨として交渉を進めてきたのであります。そうして、むろんこれは交渉の内容にわたる経過ですか。
○曾祢益君 経過は要らないのです。時間がないから、結論だけでけっこうです。失礼だけれども……。 これは非常にはっきり伺ったので、いい悪いは別として、事態は明瞭になったわけですが、北千島、南樺太は、日本の外務大臣は、ソ連にかりにくれてやっても、これはサンフランシスコ条約に違反しない。またこれは、よけいなことかもしれませんが、自民党の決定にも違反しないということを承わって、事実として了承しておきます。 次に抑留者の問題についてお尋ねしたいのですが、私はお尋ねというよりも意見がましくなって非常に恐縮ですけれども、私は、今度の交渉の結果をみまして、領土の問題に重点をおかれたのは事の当然でありますけれども、抑留者の問題あるいは国連の問題等については、私は宣言のでき方は非常にまずい、こういう感じがしてならないのであります。と申しますのは、この宣言の内容は、結局いわゆる戦犯の処刑を受けた人を返す、返すことはそれだけにしかなっていない。消息不明の者は調査する、こうなっております。なぜ抑留者は全部返す、第一段に。第二段に、第一着手として処刑を受けた者を早く返さなければならぬ。第三段として、消息不明であろうが消息がわかっていようが、少くとも自己の意思に反してまだ抑留されている、といってもし語弊があれば、希望をしておらない未帰還の日本人は、調査の上すみやかに返すと、これくらいのことが、なぜ共同宣言で言えなかったのか。私は返す返すも遺憾である。それはもちろんソ連としては、ほかには抑留者というものはないのだ、処刑をされた者しかないのだという建前はとっているでございましょう。しかし一体消息不明の者は調査するとは、一体何年ですか。消息はわかっているのだ、わかっている者については、何も規定が書いてないじゃないですか。消息はわかっているけれども、そうして処刑者でない者は、一体どうなんです。
○国務大臣(重光葵君) それはむろん、消息のわかっている者であれば、これはむろん返してくれるのです。今いろいろやかましく言われるけれども、大体同じことじゃありませんか。どこが違います。処刑されて刑期のある者は、一体処刑されているということが実は不都合です。それは不都合ですけれども、向うが勝ったので処刑した。それはすぐ批准交換とともに大赦をして、そうして送り返すようにすると、こういうのです。消息のわかっている、どこかにそのほかにいるという者は、これはむろん返す。しかし消息のわかっていない音がずいぶんあるのです。それはソ連側じゃこれ以外にはないというけれども、まだあるのです。だから、それはこちらから資料を出せば、みんな調査をしよう、こういうのでありますから、大体言われたことを全部カバーしていると私は思います。そうやかましいことはありません。
○曾祢益君 全く私は、共同宣言のこの条項は、まことに不できで、はなはだ遺憾であります。なぜこの点について、もっと明確にしなかったか。
○全権委員(松本俊一君) 私から、その点は曾祢君に非常に誤解があるので、申し上げます。 ソ連の建前は、というか、私がマリクとロンドンで交渉しておりましたときから、終始、日本人で今ソ連にいる者は、全部有罪の刑を受けた者だけであって、それ以外の者は一人もいないというのです。だからこう響いたことで、必要にして十分じゃないでしょうか。だからその中間の者を書くということは、ソ連の主張自身を否定することになるので、あなたの言われるように、そこまで書けばよかったかもしれませんけれども、向うはその主張を否定しているのですから、調査した結果、一人でも出たら必ず返す。ただし本人の意思でどうしても帰らぬという者は返しません。こういうことを申していることは裏にありますので、これだけの事項を書いてあれば、私は、もし消息がわかった者は、私は即座に返してくれると思います。
○曾祢益君 これはすべて、今度の会議の結果からできた共同宣言というものは、必ず表と裏があるというお話になり、私は非常にその点は不愉快に思うので、不満でありますけれども、そういう裏腹のないはっきりとした協定を作っていただきたいと思います。 次に、国際連合加盟の問題についても、まさにその通りなんです。この協定あるいは共同宣言の字句からくるものは、だれが何とおっしゃろうと、無条件のこれは加入支持ではございません。従って、なぜ、他のいかなる抱き合せといいますか、俗語ですが、そういうような条件なしに、無条件に日本の国連加盟実現をするようにやるというような字句が使えなかったのか。これでみれば、皆さんから御質問になったところですけれども、かりに外蒙との抱き合せ案というものが出て、その結果ほかの国が、たとえば台湾政府が外蒙との抱き合せであるから、その動議を拒否権をふるったら、ソ連としては日本の加盟を支持するつもりだったけれども、向うがやっちゃったから仕方がないという言いのがれをしても、条約上は必ずしも条約違反にはならない。あるいは中華人民共和国政府の、これは理屈をいうと少しおかしいかもしれませんけれども、国連代表権の問題等とからんだような動議が出た場合、あるいはソ連が出した場合、そっちが否決されるから、それでも自分の方としては日本の国連加盟支持に対することはやるつもりだったけれども、客観情勢でできなかったのだという、悪く言えば言いのがれがないとは、この約束からは出てこないじゃないか。今度の国連総会に重光外務大臣を先頭として、大代表団が行かれることになっているそうで、私たちも必ずそうなることを期待するけれども、われわれとしては、そこに一まつどころでない、多くの不安を感ずるのは、これは共同宣言の文案から見れば当然と思う。これについて一体総理は、ブルガーニンが大体わかってくれたというような程度なのか、突き詰めた話をされたのか。これはむしろ外務大臣の法律解釈は伺わなくても、鳩山全権、河野全権、松本全権から、こういうわけなんだからそういう心配は万ないのだということをはっきり言っていただけるかどうか、全権団の方に伺いたいと思います。
○国務大臣(河野一郎君) 私のようなものが出て申し上げるのはどうかと思うのでありますけれども、今回鳩山総理がソ連に行かれまして、われわれとソ連側と交渉いたしました経緯については、曾祢さんも御承知の通りであります。すべてが善意に出発して、そうして深い理解の上に立った協力的な態度に立って話し合います場合と、双方が対立した立場に立って話し合います場合と、でき上ります文章等についても、多少のニュアンスが違ってくることはあり得ると思うのであります。これについて細かく主張して突き詰めたことをしておかなければならぬ場合もあるかもしれませんが、一方において、あらゆる機会において非常に協力的に理解的に話が進んでおります際に書きます文章というものは、結果において、あとから全然そういう場合を期待されずに読まれた場合に、今のような点があるかもしれぬと思います。しかし、少くとも総理にお供いたしまして、ブルガーニンその他首脳部と会って、今の引揚者の問題にいたしましても、国連加盟の問題にいたしましても、両者の間に非常に突き詰めた理解ある会談がかわされまして、その会談の結果として、共同宣言案を両専門家の間に討議いたしました場合に、この出て参りますものにつきましては、今お話のような点にまで触れなくても、両者の間に非常に理解ある談話が交換されておる。意思の疎通を来たしておるという事実をわれわれがここにもつておる場合には、結果において、今のような御心配がある場合も出るかもしれませんが、そういう場合でありましたら、どういう文章の交換をいたしておきましても、それはあとで違反であるとかないとかいう結論になるだけで――まあそういうことはないのかもしれませんけれども、私はそういうことになるのじゃないかと思います。従って総理とブルガーニン首相並びにその他の立ち会いの上でやり取りいたしました非常に理解ある会談の中に、これらの点につきましては、あらゆる場合のことを談話の中に入れて、会談を交わしたわけでございます。従ってわれわれといたしましては、国連加盟今の抑留者の引き揚げ、これらについては、すべてソ連は、善意、好意に立って処置してくれるものなりという、しかもこれが将来三年、五年にわたって起る問題ではありません。差し当り批准と同時に処置されなければならぬ問題でございますので、この雰囲気から出てくる結論というものは、必ずわれわれの期待するものが出てくべきはずである。なお暫定的に友好関係をここに求める両国国交の調整を来たそうという両国の熱意から出ております共同宣言でございますから、そういう場合はなかろうという想像に立っていたしたつもりでございます。従って両総理の間に交わされました会談のごときは、そういう点については、両者の間に一まつの不安もない、完全な理解と協力に立って処理していこうという雰囲気の中に交わされましたことでございますから、立ち会いましたわれわれといたしましても、そういう点について、全然不安をもっていない、こういうことに御了承いただきまして、ただ文章は十分に意を尽していないというような点と、もしくは抱き合せというようなことを、他の場面で話をされておることを聞きまして、両者の間には全然そういうことがないということを期待いたしておるわけでございます。
○曾祢益君 私も、もちろんそういう雰囲気のもとに――どだいそういうことは今さら宣言の中に加えられなくても、現実にやってもらえば一番いいのですから、ほんとうにそうであればけっこうなことだと思います。従って、これは鳩山総理とされても、他の全権とされても、これはもうすぐに勝負がつくものですから、十二月中に、今度の通常国会の前くらいにイエスかノーかきまるのですから、私は日ソ国交調整をやって回復するとたんに、ごたごたが起ったのじゃ、何もならないという老婆心から伺っているので、あなた方が、断じてもう国連加盟はこのクリスマス前の国連総会で通る、これは政治家として太鼓判を押すというならば、それでけっこうです。総理はどうなんですか。
○国務大臣(鳩山一郎君) ブルガーニンと話しましたときに、この前は外蒙との抱き合せによって日本は国連加盟ができなかった。今度はそういうようなことはありますまいねということを私は申しました。それに対してブルガーニンは、自分の方は誠意をもって日本が国連に加盟することを支持しますという返事をしたのですから、それ以上に私はいう言葉がありませんでした。
○曾祢益君 今の御答弁了承します。 次に、通商関係の議定書について、ただ一点だけ伺いたいのですが、それは、御承知のように日ソ貿易を拡大していきたいということは、これは両方の意見が合致しているところでありますし、通商航海条約ができる前にも、一定の限度における最恵国待遇の約束をし合ったわけなんですが、実際上の通商の拡大に当って、やはりココムが問題になると思うわけであります。そこで、何といいますか、エスケープ・クローズというのがあって、条約国の重大な安全上の利益の保護を目的とする禁止または制限を妨げないという、こういうエスケープ・クローズが一つ置いてあるわけです。しかし、これが果して日本のココムから来る対ソ輸出等の制限を、この条項で責任を免除されることについて、これは法律上及び先方の気持からいって疑義はないのですか。その点について一点だけ伺います。
○政府委員(下田武三君) 御指摘のココムとの関係につきましては、実は何も日本とソ連との間に問題が起るわけではございませんために、先方の外国と結んでおります条約を調べました結果、やはりカナダとソ連との間にココムの問題がありまして、それでカナダとソ連の間にちょうどこれと同じ表現でエスケープ・クローズを作っておりましたので、これを出しましたところ、先方の承諾を得たわけでございまして、問題はココムの関係であるということは、もう実は言わずして明らかな情勢におきまして、これを提案いたしまして受講を得た、その点は御心配は要らないと思います。
○曾祢益君 最後に、国際情勢及び今後の外交の問題について、きわめて大きな点だけを伺っておきたいのでありまするが、先般、衆議院及び参議院における外務大臣の国際情勢に関する説明的な御発言があったわけですが、私はこれはなかなか重要な要素を含んでいると思う。つまり、英仏のエジプトに対する侵略、国際連合における拒否権の発動、それから一方的な最後通牒と軍事侵略、こういう問題に対する点、また他面におきまして、東ヨーロッパ、特にハンガリーにおける民族自由独立あるいは民主主義を求める運動に対する内政干渉、軍事的内政干渉、外国軍隊の駐留、こういうような問題があるわけです。それに対する外務大臣の発言は、日本政府はこれに対してどう考えるかというような点は、直接は――何といいますか、逃げているといっては悪いのですが、まるで新聞の解説記事みたいになっているわけです。政府としては、はっきりと英仏の軍事侵略はいかん、またソ連のハンガリーに対する態度についても、これは内政干渉であり、独立に対する妨げである、こういうようなはっきりした見地をなぜお出しにならなかったか。これはいかにも日本が国連に加盟しておらないから、対岸の火災視といっては語弊があるかもしれませんが、当面そういう発言はしなくてもいいということはある。近く国連に加盟すれば、いやでもおうでも緊急総会においていろいろな決議案に対する日本の態度というものをきめなければならぬ、従って外務大臣は、実は腹にはこういう問題に対するちゃんとした方針がおありであるのではないか、こう思うのですが、私の文章上から得たインプレッションによると、どうも英仏に対する態度については、ためらいがちで、ソ連については非常に強いというような片手落ちの感がしてならない。それに対する外務大臣のお考え、日本の外交方針から見ると、こういう問題に対する明確な政府の態度というものを御表明願えるならば幸いだと思います。
○国務大臣(重光葵君) 私の本会議で申し上げた国際情勢に対する見方ですね、これに相当重きを置かれての御質問だと思います。その点は私としては非常に満足に思うわけです。ただ見方が、あの演説を見て、日本政府すなわち日本の外務大臣の一体方針がどこにあるかということがはっきりしておらぬというのは、私は非常に不満足です。これは、はっきりいたしております一皮でなく、たびたび読んでいただけばわかります。しかし、さらにまた英米に対しては遠慮がちであるが、ソ連に対してはまことに行き過ぎておるというような御観察、これは私は初めて聞きました。外国方面のなにでは、実はソ連に対しては共同宣言の批准関係もあって、相当遠慮しておるようだが、英米に対しては相当辛らつであると、こういう批評がありました。これは立場々々の、あなたの立場とまた他の外国方面の立場というものはそれは異なるから、それはそれでいいが、(笑声)しかしそういうわけじゃございません。私は日本国民、日本人としての見方としては、きわめて率直に出しておるつもりでございます。どうぞその点をよく一つ御検討を願いたいと思います。英仏に対して、英仏のあのスエズ運河に対する行動そのものを直接に日本が批判するということは、私は今の日本の何として少し行き過ぎておると思う。私が主として批判しておるのは、英仏が国際連合に一体拒否権を使うということはけしからぬ、国際連合の機能をこれは無視するものだ、それではソ連がやるならばこれはまだしもだ。一体英仏がやるのはどういうものかといって私は責めておるわけであります。しかし英仏があのスエズ運河に対してやった政策そのものに対してはいろいろ世界に批判があって、英仏は非常に弱っておるということを、これは間接にその点は言っておるのであります。 それからハンガリーの問題でも、ソ連の立場はこれは国内問題として、十分他の批判を、国際連合などの干渉を許すべきものではないということを、ソ連ははっきり態度をとっておるということも、私はソ連の態度を見ておるわけであります。しかしハンガリーの状況がいかにも悲惨な状態であるということは、これはただ公電等による報告だけにとどまりません。これはもう確定的の事実であることは、これは認めざるを得ません。これは遺憾ながら認めざるを得ません。それに対して私はソ連の当局に対して、われわれは国交も回復しようというこの状態において、ソ連の寛容なる政策に訴え、民族主義の政策に訴えるということは、私はこれはこの国交回復の状態にあるその点から見ても、私は最もこれは有意義である言葉だと思ってそれを使いました。決して無意義的にこれを言っておるわけではなかったのであります。その点か二つ御了承を願いたいと思います。
○曾祢益君 最後に、日ソ国交回復はいわばこれは戦争の跡始末という意味で、もとよりきわめて重大なことでありまするけれども、ある意味では一つ時期遅れで、本来ならば六年前に済んでおるべきものであったと思う。そういう意味で日ソ国交回復というものは、日本の外交の建て直しのスタートであって、これでもう満足しておるというのは、そういう考えの方はこれは日本国民として一人もおらないと思うわけであります。 そこで私が総括的な批評がましいことを言って恐縮ですが、今度の日ソ国交回復の交渉を通じて、どうも鳩山内閣の態度に特にあきたらない点がある。それは何かというと、国交回復、平和の回復、これはもうもとよりやらなければならない、しかしそれはいわば現状維持の態度なんですね。つまり外務大臣の説明の中にもあるように、日米関係はそのままとして、こういういわば現状維持の態度で終始されたわけです。その結果がこの共同宣言になった。私はそうでなくて、もとより過去の戦争の跡始末というのが第一の意義であるけれども、これともう時間的にはうらはらの関係になっているのは、今後の国際情勢をどういうふうに緩和の方向に持っていくかという、やはりそういう積極的な一つの契機にとらえるべきではなかったか。もとよりソ連が一方的にいっているように、日本のサンフランシスコ体制は、まあ結局はいかぬとはいわなかったわけですが、あるいは日本の条約による中立化とか、そういうことをわれわれは今直ちにということじゃ毛頭ありません。しかし同時に日本がただ日米安全保障条約にいつまでもかじりついておる。またソ連との関係においても中ソ友好同盟条約が当りまえなんだ、これではほんとうの意味の日本の付近における国際関係を、日本のなし得る限りにおいて緊張の緩和の方に持っていくという努力のあとはないわけです。そこで私はその点は非常に残念なんです。日米費全保障条約はこれはもう一つ解消していこう。同町に中ソ友好同盟条約もいろいろの理由はありましょう、ありましょうけれども、この二つの軍事同盟が対立していることは、当時の国際情勢の所産であったかもしれない。その対立がいつまでも続いていることが、これはまた対立が対立を生んでいく、このことが緊張をかもしていることもこれは否定できない。こういうような観点から、今度の交渉を通じて、特にわざわざ鳩山総理がモスクワへ乗り込んでいかれるときに、ただ日米関係はこのままにしてくれとしがみついているだけでなくて、もっと大局的な話はできなかったか。日米安全保障条約についても、これは日本の完全なる独立という点からいっても、いつまでもこういうものがあっていいというものじゃないことは、しばしば総理も発言しておる。必ずしもソ連が要請するというのじゃなく、同様にことに日本が今中共との間に国交回復ができていないから困難であるといっても、大局論からいったら中ソ友好同盟条約は事実日本及びアメリカを一つの仮装敵国にした防衛的の性格であっても、そういう軍事的な対立関係をかもしている一つの大きな基礎になっている。だからそういうものは一つ今度はやめていって、新たに一つの安全条約体制なり空気なり作って行こうじゃないというぐらいな、総理とブルガーニンとの活がなぜできなかったか、こういうふうに考えられてならないわけです、この点についての総理のお考えを伺いたいと思うわけです。
○国務大臣(鳩山一郎君) 世界の緊張緩和のためになすべきことは詐常に多いと思います。このたびはソ連との国交回復、国交の正常化を目的としてだけ参ったわけであります。世界の平和政策についてはただ世界の平和を非常に希望するという旨を、そういうような話をしたところ、ブルガーニンはまず軍縮から相談し合うことですね、というような話をしたに過ぎませんでした。
○曾祢益君 そういう意味でどうももう少し大きな大ステーツマンとしての御活躍を期待したのですが、その点は非常に残念です。そこで私たちは最後に、日米安全保障条約体制はこれを解消していく、中ソ友好同盟条約もこれを解消していく、新たに俗な言葉でいうならば極東新ロカルノ、 相互不可侵、相互安全保障条約というものを、日米中ソ四ヵ国を中心に作っていく。こういうように一つの外交の再出発ということがなされなければならないのではないか。そういう意味からいっても、この中国本土の主人である中共との関係をただ単に貿易関係だけを何とかしていくというようなことでなくて、自主的な立場から中共との国交調整を現実の課題として取り上げていく。またその問題はもとより中共対台湾という、これは一つの国内問題の性格と国際的緊張の一つの大きなポイントになつている問題があります。従ってこそ日本がむしろ指導的な立場から、アメリカと中共とのこの緊張を緩和するような外交の方針を立てていく必要があるのではないか。 それから第三にはこのいわゆるアジア・アフリカ諸国と言いますか、それにもいろいろなグループがあるでしょうが、特にいずれの陣営にも加わらないこういつたような立場をとっておるアジアの諸国、これらとの関係というものも、われわれの連帯的関係というものを大きな外交の基調にしていく必要があるのではないか。昨年のバンドン会議、あるいは今年の九月のスエズ運河問題のロンドン会議等における政府の態度を見ていると、一体どっちについているのだかわからない。一方においては英仏に気がねをし、他方においてナショナリズムの線に沿うた、いわゆるどっちにもつかないグループに対する深いわれわれとしての好意と同情を示しているわけです。これは日本の現在におかれておる一つの宿命であることを否定しません。しかしそこにやはり外交の基本というものはそういうグループとの基本的な一致、その上に立ってときによっては大国に寛容を求め、またナショナリズムについてはわれわれがやはり兄貴分としても一つのいい意味での中核的、抑制的役割をするというところに日本の外交を持っていく必要があると思う。これは非常に勝手な意見を述べて恐縮でありまするが、そういうような意味の外交の立て直しについて、総理はおやめになるのかも知れませんが、現状においてただ日ソ国交調整をやったからこれでもういいのだという考え方ではなくて、現在においても日本の外交の立て直しはこれからだという一つの抱負を、この機会を通じて国民にお知らせを願えることができるならば幸いだと思います。
○国務大臣(鳩山一郎君) 外交関係の活発化を期するということはわれわれみんな言っていることです。どうにかして世界の平和、世界の緊張の緩和を進めたいとできるだけの努力をし、できるだけの知恵をしぼらなければならないと思っております。
○委員長(小滝彬君) 本日は最初の日でもありますし、だいぶおそくなりましたからこれで散会いたすことにして、明日の委員会は公報で御通知をいたします。 なおその正確な開会の時間はただいまから理事会を開いてお話しいたしたいと思います。どうもありがとうございました。 午後四時二十六分散会 ―――――・―――――