文教委員会 第4号
- 発言数
- 24 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1956/12/05
会議録
○佐藤委員長 これより会議を開きます、 まず理事の補欠選挙についてお諮りいたします。理事でありました辻原弘市君が去る十一月二十九日委員を辞任され、昨四日再び委員に選任されました。つきましては、理事の補欠選挙をいたさなければなりませんが、先例により、その補欠を委員長において指命いたすに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○佐藤委員長 御異議なしと認め、辻原弘市君を理事に指名いたします。 —————————————
○佐藤委員長 次に国立及び公立の義務教育諸学校の児童及び生徒の災害補償に関する法律案を議題とし、まず提出者より提案理由の説明を聴取いたします。山崎始男君。
○山崎委員 ただいま議題となりました、国立及び公立の義務教育諸学校の児童生徒の災害補償に関する法律案につきまして、その提案理由の御説明を申し上げます。 およそ国家隆昌の基盤を教育に置かなければならないことは言うまでもないところでありますが、なかんずく義務教育における約千七百万人の児童生徒のすこやかな成長こそは国民全体の念願でありまして、教育基本法及び児童憲章に明示されておりますように、常に留意せねばならぬところであります。 さて、義務教育に関しましては、憲法第二十六条第一項によれば、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて等しく教育を受ける権利を有する」と規定しており、さらにまた、第二項においては、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育はこれを無償とする」と規定しておりまして、義務教育について、特にその責務をうたって重視しておるのであります。 しかるに、一昨年来児童生徒の災害がひんぴんと報じられておりますのは、先刻御承知のところでありまして、特に昨年の紫雲丸事件や相模湖事件、三重の水難事故や学校給食の集団中毒等、記憶に新しいものが多くあったのでございます。楽しい修学旅行や遠足に不安を抱いて行かなければならないことはまことに遺憾なことで、義務教育の諸学校で起きた災害の処置が父母の負担のままに放置されていることは実に忍びないところであり、義務教育の趣旨からもまた絶対に見のがすことのできないものだと存ずる次第でございます。現在、地方公共団体においては、自主的な補償策が共済組合的なものとして全国的に広まりつつあるのでございますが、このことは父兄並びに国民がいかに学校における災害に強い関心を持ち、特にその対策の万全をこいねがっているかを端的に物語っているものだと存ずるのでございます。従って、このような現状におきまして、これをさらに一歩前進させ、児童生徒を災害から守るとともに、不幸にして災害を受けたならば、直ちに迅速かつ公正な補償を国家によって行うことが焦眉の急務であると信ずる次第でございます。 この法律案は、かような事情の下におきまして、ぜひとも必要と考えられる災害補償を国に行わせることを目的として立案いたしたものでございまして、その内容を簡単に御説明申し上げますと、第一にこの法律は、義務教育諸学校の管理下の災害について、義務教育の特殊性に基き国は、これに対する補償を行う責任を有するのであるという立場に立っているのでございます。この場合、学校の管理下とは、義務教育諸学校の児童生徒が当該学校の教育または、監督もしくは保護を受けている場合をいうのでありますが、具体的には政令に譲っているのであります。 第二にこの法律による災害の補償の種類としては、療養補償、障害補償、葬祭補償、遺族補償、打切補償を考えておりますが、補償は金銭による補償としております。補償金額は、療養補償については、原則として完全に治療するまでの費用を見ることに考えています。遺族補償につきましては、中学校を卒業して勤めに入った労働者が業務上死亡したとき労働基準法で保障されている金額に準ずることといたしました。障害補償等その他の補償につきましても、中学校を卒業して直ちに労働に従事した者が、労働基準法で保障される金額に準じて補償することにいたすよう考えています。 第三には、最初に申し上げましたように補償の実施は国家事務でありまして、文部大臣が最終責任者でありますが、公立の義務教育諸学校については、都道府県の教育委員会が委任を受けて、その補償を実施するものとしておるのであります。 第四に、この法律による補償は、災害を受けた児童生徒が社会保険による給付を受けることができる場合には、その給付を受けるべき限度において補償は行わないようにいたしました。 第五に、補償を受ける手続について申し上げますと、公立の義務教育諸学校の管理下で、児童または生徒が災害を受けたときは、本人またはその遺族が、文部省令で定める補償申請書を学校長及び市町村の教育委員会を経由して、都道府県の教育委員会に提出し、委員会は政令で定める基準に照らして学校の管理下における災害であるかどうか判定を行い、補償金額を決定し、補償をいたすのであります。これに不服の場合は文部大臣に審査の請求を行うことができることになるのであります。国立の場合もこれに準じております。 何とぞ慎重御審議の上、すみやこに御可決下さるよう御願いいたします。 —————————————
○佐藤委員長 次に閉会中審査に関する件についてお諮りいたします。御承知の通り国会法第四十七条第二項の規定によりまして、委員会は議院より付託されました案件については閉会中もなお審査することができることになっております。当委員会といたしましては、閉会中審査の案件として国立及び公立の義務教育諸学校の児童及び生徒の災害補償に関する法律案、教育、学術文化及び宗教に関する件、以上の案件を議長に対し申し出たいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○佐藤委員長 御異議なしと認め、さよう取り計らいます。 —————————————
○佐藤委員長 次に文教行政に関し質疑を行います。加藤精三君。
○加藤(精)委員 本日は、当文教常任委員会が昨日東京都下におきましての特殊教育の実情を視察したことに関連しまして文部当局の御意見を承わり、またわれわれ国会側におきまして立法化の機運にありまするところの案件に関しまして、御当局の御意見を伺いたいのでございます。 わが国の特殊教育、盲学校教育及びろうあ学校教育につきましては、すでに明治の初年より相当充実したる教育施設がございまして、御承知のごとく盲教育におきましては点字の施設が充実し、その他各般の近代的教便具が整備されまして、その教育は国内の津々浦々にまで徹底して効果をあげておりまするし、しかも高等部ないし高等部の別科が四年または二年をもって開設せられておりまして、職業補導、就職の点におきましてもほぼ完璧を期している状況でございます。またろうあ教育におきましては手話法より読唇口話法にすでに十数年前から転化せられまして、諸多の点におきまして、また高等部ないし職業補導、就職等の点につきましても強力な発展をいたしておるのであります。これに反しまして昨日東京都の実情を見ましたところによりましても、またその他の資料をもっていたしましても、特殊教育、ことに肢体不自由児の教育また精神薄弱児の教育等につきましては、何らこうした確固たる体系の教育施設もなく、また予算上の重点の指向せられるものもなく、またその高等科の設置または職業教育、職業補導、就職の点等につきましては、ほとんど民間有志の手にゆだねているというような状況でございます。 つきましては過般、幸いに国会におきまして議員提案として成立しましたる養護学校に対する補助法等の実施状況を見ましても、また予算の執行状況を見ましても言えることなんでありますが、この特殊教育の面につきましては、すなわち肢体不自由児の教育及び精神薄弱児童の教育につきましては、いまだ国民の理解が不十分なのでございまして、この国民の理解が不十分だということの反面には、政府としてこれらの児童にこれだけの教育施設を施せば、これだけの効果が上ってそれらの児童たちが一般人と同じような性能を持つことができる、あるいは一般人に準ずる性能を持って幸福な生活を営むことができる、また職業生活ができるという、その点についての国民の理解を促進するに足るだけの努力を政府がやっておらない。そのために一般世論が十分に熟しないで、二分の一国庫補助を与えて地方団体に養護学校を設置せしめようとしても、各地方団体の議会当局、理事者当局もそれに飛びついてこない、こういう状況にあるのが真相でございまして、特に特殊児童、すなわち精神薄弱児童、肢体不自由児童の教育を一般国民が軽視しようというような考えがあるのではない、理解が足りないのだ、そういう意味におきまして政府の責任は重大なのでありまして、つとに明治時代より官立の盲学校、官立のろうあ学校あるごとく、文部省としては当然肢体不自由児童ないし精神薄弱児童の官立の中心教育機関を設置しまして、そこでこれらの不幸なる条件にある児童にも近代の進んだ教育を実施するならば、これらの子供がほとんど完全に一般国民と同じような生活上及び就職上の幸福を享受できるということを示すべきでありまして、そこにおきまして、その教員の練成所を設けまして、その練成所、養成所出身の先生が、全国の各府県、各市等の養護学校の教育者として、十全の責任を発揮し得るようにしていただきたいものだと考えているのであります。 以上の点につきましては単に自民党のみならず、社会党の議員さんの中にも非常に共鳴者があるのでございますが、政府としては明年度の予算におきまして、官立の肢体不自由児童ないし精神薄弱児童の中心教育機関を設置するの御意思があるかどうか、その点についての御意見を承わりたいのであります。 なおつけ加えて申し上げますが、昨日東京都の施設を見ますると、肢体不自由児童並びに精神薄弱児童の中心的教育機関でありながら、その施設は、校舎、寄宿舎ともにきわめて簡単な燃焼可能な木造でありまして、東京には何十何百と鉄筋コンクリートの堅牢な不燃焼の校舎があるにもかかわらず、特に火災等おきまして災害の発生のおそれのある児童を収容するそういう施設が木造になっております。将来官立、公立等の特殊児童のための教育機関士は、すべてこれを不燃焼を原則にすることが当然と思うのでございまするが、将来官立、公立の特殊児童の教育機関を設置または助成なさるときの文部省の御方針として、鉄筋コンクリートにすべてするという御方針を樹立するかどうかという点についても御意見を承わりたいのであります。ちなみに新しい初等中等教育局長は、文部省におきましての教育行政理論におけるずば抜けた大家でございまして、また民主主義教育、社会教育等に対しても非常に深い御理解のある若き将来のある局長さんであると私は解釈いたしております。そういう意味におきまして、従来の型にはまった、明治時代から実質的に変っていない文部行政のイデオロギーにつきましてより深い民主主義的な、また人道的な新しいイデオロギーの教育行政を打ち立てていただくことに関連して、新しいわが内藤局長が初中局長に就任されたことは非常に重大な意味のあることと考えますがゆえに、われわれの質問に対する答弁も、従来の責任のがれに堕することなく、十分その抱負経綸を含めて御答弁あらんことを希望するものでございます。
○内藤説明員 ただいま加藤先生から御激励をいただきまして大へん感謝にたえないのであります。私わが国の初等中等教育のために粉骨砕身努力をするつもりでございます。 ただいま御指摘の肢体不自由児、精神薄弱児について文部省がどういうふうに考えているかというお尋ねでございますが、御承知の通り養護学校が義務制に学校教育法ではなっておるのですが、まだその準備段階にあるという程度でございます。できるだけ養護学校の設置につきましてこれを普及奨励するために、先般当委員会で御審議いただきました養護学校の国庫負担に関する法律の実施について私ども努力をいたしたい。これによりまして養護学校の設置及びそれの給与の負担関係あるいは教材費の補助等が明確になりましたので、肢体不自由児、精神薄弱児等の養護学校の設置が促進されることを期待しております。 なお養護学校までいかない程度のものに養護学級がございまして、この養護学級にはお話の肢体不自由児童の学級もあるいは精神薄弱の児童の学級も全国に普及しておりますが、今日地方財政の逼迫のために、これが今伸び悩んでいるのは私どもも非常に遺憾に思っているのであります。とかくすると普通の教員数が不足になりますので、普通の小中学校の教員数が不足する関係で特殊学級に回す定員がなかったりする事情がございますが、来年度予算では設備費の補助をいたしまして、特殊学級の設置を奨励いたしたいと考えて、ただいま大蔵省に予算を要求中でございます。 なおお尋ねの国立の施設についてのお話でございますが、国立につきましては、教育大学の付属に肢体不自由児の特殊学級を設けているのであります。精神薄弱児につきましては東京学芸大学に精神薄弱児の特殊学級を設置しているのであります。なお東京大学の付属学校にも、必ずしも肢体不自由ないし精神薄弱児ではないのですが、特殊の特殊児童の学級を設置しているわけでございます。今のところ国ではこういう者の教育をどうするかという点で、養護学校の義務制と並行しながらこの問題を検討しているところでございまして、まだこれといってこれの教員の養成機関が本格的に進んでいる段階ではございませんが、将来お話のように恵まれないところの、いわば義務教育の谷間にあるところの児童生徒のために最善の努力をいたしたいと考えております。 それから最後に、こういう施設についての建築の問題でございますが、先般岡山での盲学校の火災等の経験にかんがみまして、できるだけ鉄筋のワクをふやすように文部省も努力しているのであります。どうか加藤先生初め皆様方諸先生の御指導を得まして、十分な今後の行政運営に努めて参りたいと考えております。
○加藤(精)委員 ただいまの初中局長の御答弁は、現行制度の御説明としては私はおそらく満点だと思うのであります。しかしながら私の質問しているのはそういうことではないのであって、たとえば盲学校については高等部というのが全国に何十かあるのです。それの別科が何十かあるのです。四年、三年そこで修業して試験を受ければほとんど合格することは御承知の通り、そうして一般人よりも高い賃金を得てあんまをやったりして生計の道を立てて、むしろ一般大衆からうらやまれているような幸福にひたっているのですよ。われわれの今の時代は科学技術の時代で、おそろしい勢いで生活の享楽ができる時代になった。食糧も安くなり、衣服も非常に安くなり、楽器も安くなり、すべての生活を十分に堪能できる時代になった。そういう時代に盲ろう以上に不幸な立場にある、たとえば身体不自由児とか精神薄弱児のための高等学校の本科とか別科とか、そういうものが現在ありますか。そしてそれが盲ろうあとつり合いがとれているか、それとも一般人の教育とつり合いがとれているか、そこの点に人道主義的な情緒を起していただきたいというのです。私は文部省という行政機構に対してそれを要求したい。そういう面に立っての立法論をわれわれは申し上げているのであります。学芸大学あるいは教育大学あるいは東京大学の付属ということがあっても、トリートメントとして、その教室だけを特に災害防止とかあるいは特殊教育のための環境整備ができるかどうかという問題があるでしょう。しかしそういう点についての統一した教育機関を設けることは、すでに明治時代から官立の盲学校、ろうあ学校というものを設けて、そういう中心機関があることが有効であるということは、歴史的に証明済みでしょう。歴史的に証明済みな手法、そういう行政の使い方を特殊学校児童、すなわち肢体不自由児、精神薄弱児に対してもとっていただけないかどうかという問題、これは私はできないことはない問題だと思う。地方団体の教育であるという点からいえば、先ほどの児童の災害補償問題でも、民法的に見ても、学校の管理下の災害というものは、学校そのものは地方団体の学校なすだから、国家に補償の責任がないという議論が出るでしょう。しかし国の義務教育というものは、国家問題中の国家問題だと私は考えているのです。そういう法律構成のもとに立ってものを考えれば、教育の均衡また特殊教育間における均衡という問題が起ってくるでしょう。その点についての御感想を承わりたいのです。
○内藤説明員 お話の点で、盲ろう学校が義務制になりまして、これが相当飛躍的に改善されたことは御承知の通りでございますが、この点につきまして、養護学校につきましてはまだ義務制が施行されておりませんので、その不均衡の点は私ども率直に認めなければならぬと思っております。この特殊児童の学校なりあるいは学級を、今後どういうふうに義務制に持っていくかということは、今のところ準備段階なのでございます。そこで程度の軽い者は普通の学校に置いて、特殊学級という形でこれを助長していきたい。これが全国で約千学級ほどでございますが、これをいかにしてふやしていくか。それからもう一つは、肢体不自由児のうち特に強度な者、あるいは精神薄弱児のうち非常に程度の進んでいる者については、特別の学校を作らなければならぬと思っております。これについては全国でまだ数校しかできておりませんので、この点もできるだけ今後助長いたしたい。それがこの前国会を通りました養護学校の教職員及び教材費の国庫負担によって、今後発展することを私どもは期待しているのであります。 なお、お話がございましたように、私どもはこの養護学校の義務制が一日も早からんことを念願し、最善の努力をいたしたい。今のところまだ義務制にいくところの途中でございまして、一生懸命諸般の準備を進めておるという段階でございますが、一日も早く義務制の施行されんことを、私どもは念願しておるのであります。
○加藤(精)委員 義務制でなければ、人道的に見てもまた教育の機会均等から見ても、非常に重大な問題も、文部省は手がつけられないというふうな御答弁に拝聴するのでありますが、どうしても割り切れないものがあるのでございます。それほど義務制が重大であるならば、もっと早く義務制にするように、文部省は一つあげて御努力願いたいのでありますが、義務制であるなしにかかわらず、私はほっておけない問題のように考えるのでございます。文部省のおやりになる諸施設中、義務制でなくとも何億、何十億という予算をどんどんお出しなさるものもたくさんあると思う。しかしながら、私は文部省という役所の中心生命は義務教育だと思います。それで肢体不自由児も精神薄弱児も、これは義務教育の中に育っている子供たちであります。そういう意味から見まして、また法律構成から見ても、文部省は力を入れなさって、義務制になっていなくても、官立学校を作っても一向差しつかえないと考えるものでございます。特にこの特殊児童、肢体不自由児または精神薄弱児等が、必ずしも金持ちの家の子供じゃないのでありまして、その父兄の心情を考えますと、まことにお気の毒であります。またこれを通学せしめる場合に、親が定刻に電車の停留所に迎えに行かなかった場合におきましては、あの寒い電車の停留所に、その肢体不自由児童は、いつまでも親の迎えに来るのを待っているというよう悲惨な事情がございます。そうしたようなことを考えますと、国民として一日もほっておけない問題なんであります。また同時に特殊教育と一般教育との関係を考えましても、一学級にものわかりの悪い子供が一人いることによって、その担当の教師が、その知能を普通並みにしてやろうという感情のお陰で、他の残りの四十何人という子供の教育の進度に、非常な下利を来たすことがあり得るのであります。またそうであります。そういうことから見ますと、一般教育の教育能率また児童たちの学習能率という上からいいましても、そういう特殊児童は別個に教育してやることが必要である。また先ほどの御答弁では、そうした肢体不自由児童の職業補導を含むところの高等部というようなものについて、触れている点がないのでありますけれども、そういう点があって初めて一般世論も、そうした特殊教育機関というものの設立について熱意を持ってくるのであります。目標があるから熱意を持ってくるのです。養護学校を作るときに、ただぽんと二分の一国庫補助をするだけでは、一般の世論をふるい起すことはできない。ほんとうに一般の世論がふるい起って、そしてほんとうに根が生えて、地から盛り上るようにしてこそ、われらの特殊児童教育、精神薄弱児童教育というものが、ほんとうに振興するわけであります。そういう点を特に文部当局においてお考えいただきたい、答弁はこれ以上要求いたしませんが、文部省当局においては、明年度予算編成の基本問題を研究なさるときにおいて、それらのことを大臣以下特別の御留意をしていただきますことを要求して、私の質問を終ります。
○佐藤委員長 平田ヒデ君。
○平田委員 加藤さんの御質問でたいてい尽きているように思いますけれども、私は特殊学級を作るにつきまして、一番根本的な問題は、それを導いていかれる先生の問題だろうと思いますが、きのう西原小学校でございますか、あすこで塩原という女の先生の話を伺ったのですが、自分一人ではとても困難で、疲れ切ってしまうというお話がございましたし、休むこともできないようになっているとしか思えないというようなことでございましたので、こういう点については、補助教員を置くというような考え方でなくて、随時かわられるように、そういう先生を養成なさることがまず必要じゃないかということでございます。これは普通一般の、いわゆる教師としての職業教育を受けた先生方でございますが、その中で、特にそういう特殊な子供たちを見ようという先生が、自分から進んでその学級を経営してみようというお気持から出ているというのが私、今の姿だろうと思います。全国で千学級だということを局長さんはお述べになりましたけれども、そうだとすれば少くとも千人の先生がいらっしゃるわけです。この人たちは、ほんとうに自分から突っ込んで、俸給も労働も、あるいはからだも犠牲にしてやっていらっしゃるのではないかと思います。将来考えてみようという局長さんの御答弁でございますが、私は、これはさしあたって必要ではないかと思います。一番先に教員を養成しておくということが必要ではないかと私は思うのでございますが、いかがでございましょうか。
○内藤説明員 お話の通りでございます。ただ現在のところ、今御指摘のように、普通の教科の先生方で、特に特殊児童の教育に興味と関心をお持ちの先生が相当たくさんいらっしゃいまして、この方々が献心的にそういう方面に当っていらっしゃるのであります。一番困りますのは、今のところ先生は確かにあるのですけれども、地方財政の関係で定員がさけないというのが実情なんです。先ほども加藤先生からお話のように、確かに一般の教育にも、ある意味では迷惑と申しますか、一般の教育とのバランスの関係で、そういうものをはずした方が一般の教育も伸びるし、同時にその子供たちの幸福のためにも別の学級を作った方がいいという考え方でございます。今までの統計によりますと、精薄の児童が約二%と言われているのです。これらの全部の者をどういうふうに引き上げていくかという問題は、決して義務制云々の問題とは直接関連ないと思うのですが、文部省の力の及ぶ限り推進しておるのです。できますればこれが義務制になると、諸般の教員養成の問題とか、あるいは施設の問題とか、あるいは定員の問題等についてやりやすいという意味でございまして、決して義務制を待たなければやれないという意味ではございません。できるだけそういう方面に努力いたしたい。ただ現在のところでは養成学校を作るほどの必要はないのじゃなかろうか。と申しますのは、地方財政の関係で学級ができないのでございます。これを推進する方が先ではなかろうかと考えております。
○平田委員 私は実例を一つ申し上げますけれども、私の知っているある十万くらいの市に、一校二千名くらいの学校が五つございます。そこで先生が持て余した生徒を何とか集めてやろうという非常に奇特な先生が出られて、校長も了解され、市の方からも予算をとって、一年生から六年生まで十何名かを集めて一つの教室を作ったわけでございます。ところが、先生は熱意を持っていらっしゃいましたけれども、子供を扱う技術が必要なんです。気持だけはあっても、やはり困難にぶつかっておしまいになるわけなんです。この子供たちを導くには、科学的、心理学的な技術が必要であるということにぶっかられたわけなんです。そしてその先生はとうとう神経衰弱になってやめておしまいになったので、子供たちはそれぞれの教室にまた分散させられた。私はその母親の一人に会ったのでございますけれども、あの特殊な教室を作っていただいてから、子供が学校へ行くのをいやがらなくなった、とても朗らかになり、すなおになり、明るくなって感謝しておったのだけれども、先生が御病気で困るということでございました。私はその校長先生にお目にかかって、せっかくそういう方がいらっしゃるのにこのままつぶしてしまうのはまことに惜しいから、どうかして先生を見つけておやりになったらどうでしょうと言いましたが、なかなかそれが見つからないというお話でございました。私はそのとき大へん残念に思いました。それから市の方へ行きましたら、市の方では、特殊学級の予算はちゃんととってある、これはぜひともやらなければならぬ問題だと思うので、もう二学級くらい作ってもらってもいいと思うけれども、肝心かなめの指導なさる先生がいらっしゃらない。これはただ一つの例でございます。まだほかにたくさんあるかもしれませんけれども、私、そういう点で残念だと思います。一教室を作るくらいの金なら地方財政のどこをしぼっても出るのじゃないかと思うのです。私なんかしろうとはあっさりとそう考えています。やろうと思えばやれると思うのです。局長さんあたりは非常にこまかく計算なさるのでしょうけれども、それくらいなものは出るのじゃないか。財政がなかなか困難だからというような御説明でございましたけれども、特殊学級一学級につき、大体一年間にどれくらいかかるのでございますか。
○内藤説明員 一番困るのは、建物とか設備よりも、むしろ定員なんです、教員数なんです。県がさいてくれないんです。ですから普通教育の学校でさえも定員が不足だから、特殊学級を置くと、そこに一人か二人ふやさなければならない。ところが今地方財政で教員数を減らしているような実情でございます。そこへつけ加えることが非常に困難だ。建物の方は何とか学校で都合つくらしいんです。そこで来年度は設備をしたいというので、設備の予算要求を大蔵省に出しているわけです。 定員については、今の負担法の建前から申しますと、府県が置いて下されば、私の方は実績の半分を負担しますからということを申し上げておるんですけれども、府県の財政上ふやしていただけないのが実情なんです。 お話の通り、教員の養成は私ども非常に大事だと思っております。ですからできるだけこういう方々の講習会をいたしまして、将来、加藤先生のお話のように、国立の養生機関を作らなければならないと思っておりますが、今のところ講習会というような点で十分指導のいくように努めたいと考えおります。
○加藤(精)委員 平田委員の質問に関連いたしまして、特に重要なことだから、御意見を伺い、また御答弁をいただきたいのでありますが、大体教員定数と国庫補助の関係について私は非常に不思議に思い、不愉快に思っておりますことは、義務教育における教職員その他の事務職員の問題でありますが、特別なワクを作ることをどうして考えないのかということです。たとえば養護教員の特別ワクもないから、養護教員が置けないとか、特殊教育の教員のワクがないから特に置けないとかいうことは、政府としては一挙手一投足の立法技術じゃないかと思う。学校の先生全体とすれば、そういう特殊な先生の数は非常に少い。ですからどうしても少数者の立場を尊重するというような制度上の保障が、自主的にまかしておけば、立ち得ない。そういう点から見まして、たとえば学校給食というあれだけの大事業を国家でやっておきながら、これに従事する中心職員、技術者というものについては、何ら義務教育の人件費において特殊ワクを設けたり、保障したりされていない。どうもそういうところが文部省の初等中等教育局の行政技術がきわめて大ざっぱで綿密でなく、親切気がなく、尋常に合致しなくて、技術的にまずいと思う。そういう点何とか新しい理論家の初等中等教育局長ができましたのですから、十分地方団体における初等教育の行われている実情、学校給食の献立の立て方とか、物品の購入の仕方とか、学校給食費の受け取り方とか、それから学校の事務職員の仕事の分量とか、それから学校の養護教育の実際とか、そういうところに局長自身が首を突っ込んで立ち入って、そして人件費補助の特別ワクを作るとかなんとかいうところへ、もう少し深い研究とその実践を文部行政でやっていただきたいと切に希望します。そういう保障がなければ、教員養成所を作ってもだれも入らぬ。特殊教育の教員の養成所を作っても、一般教員定数の削減なんかのときに、いずれ一番最初にはじき出される。養護教員が現在のようだったら、だれも好んで入らない。それでまず義務教育が先といったところが、やはりそういう点が問題になってくる。その点で今までの文部省の教育行政家のうちでは、比較的えらかったと思うのは岡田良平文部大臣です。義務教育を延長する前に、師範教育の画期的な拡充をして、そしてほとんど国費で教員養成をしている。それから義務教育の延長をした。そういう昔のえらかった教育行政の大家なんかの事蹟も十分研究されまして、その手法を用いて特殊教育の画期的な振興をはかっていただきたい、こう考えております。
○内藤説明員 加藤先生のお話まことにごもっともでございます。今の現行制度の中でいろいろやっても、なかなか解決しない部分が非常に多いのであります。特に今お話のように、義務教育費国庫負担法の法律というのは、御承知の通り府県にイニシアチブがありまして国の方にイニシアチブがない。実績の半額負担でありまして、府県なり市町村がおやりにならないと私の方で発動できないというような態勢で、特別のワクをかりに予算の中で設けましても、県から上ってこなければいかんともしがたい、こういうような実情でございますので、これをいかに改めるか。法律は負担法を改めないで、別の法律か何かで今お話の点をきちっときめたい。定数にいたしましても、あるいは養護教員の問題、あるいは特殊学級等の問題についても、何らか別の形でこれを考え直さなければならぬと私ども考えておりますので、できるだけそういう方面に努力いたしたい。特に加藤先生は私どもの先輩でもありますので、一つ御指導をいただきまして、いい案を研究してみたいと思っております。
○平田委員 東京の教育大学に付属の盲学校の教員養成所がございますね。あそこに私行ってみたことがございましたけれども、あそこの養成所を出た生徒、これは先生になるのでございますけれども、就職先にだいぶ困っているということをその際聞いて参りました。あそこは日本でただ一つでございましょう。それがどうしてそんなに就職先に困っているのかということでございます。それはどこの世界にもあることなのでございましょうけれども、特に盲学校の特別に養成されている人たちの就職先がないということは、残念なことだと思いますけれども、その隘路はどこにあるのですか。
○内藤説明員 ただいまのところ大体昭和三十一年で、盲ろうあの義務制が完了いたしましたので、さらに学級の増加がない限りは、新陳代謝の行われない限りは困難かと思うのでございますけれども、必ず新陳代謝がある程度はございますので、教育大学の付属養成所の職員くらいは私ははけるのじゃないかと思うのでございますが、実情をつまびらかにいたしておりませんので、いずれ調査いたしましてまた御報告申し上げます。
○平田委員 これはちょっとつけたりでございますけれども、あそこに音楽の先生などがいらっしゃいますね。ピアノを何台か見て参ったのでございますけれども、調律なんかうまくいっていないで、大へん気の毒に思っておりました。目の見えない人たちがすっぱげたがたぴししておるピアノで精魂を打ち込んでやっていらっしゃるので、何とかしてあげられないものかという感じを深くして参ったのでございますが、ああいうところを少しごらんになって、目のあいている者なら確かに不平というようなところなのでしょうが、ピアノが上から下までこわれているということは見えないでしょうから、ただひたすらに自分の生きていく道を求めている姿を見て、私はほんとうに身につまされるような思いをいたしました。ああいうところにもあたたかい思いやりを注いでいただきたいということを希望いたします。
○内藤説明員 よく関係の方面にお伝えいたしまして、いいピアノが買えるように、大した予算でもございませんので、私ども側面からお願い申し上げようと思っております。
○佐藤委員長 本日は文部大臣に質疑を行うことになっておりますが、文部大臣は参議院の本会議に出席のため当委員会への出席が相当におくれますので、この際暫時休憩いたします。 午後三時六分休憩 ————◇————— 〔休憩後は開会に至らなかった〕