社会労働委員会 第6号
- 発言数
- 373 件
- 登壇者
- 17 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1956/11/26
会議録
○佐々木委員長 これより会議を開きます。 電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律附則第二項の規定により、同法を存続させるについて、国会の議決を求めるの件を議題とし審査を進めます。質疑を続行いたします。多賀谷真稔君。
○多賀谷委員 実はこの法律案が出ました当時の第十五回国会並びに第十六回国会において政府がおっしゃいましたことは、これはあらためて新しく今まで妥当であったものを違法にするわけではない、今まで違法であったものがどうも明確でないからこれをはっきりさすためのいわば解釈的な立法である、あるいは宣言的な立法である、確認的な立法である、であるから何もあらためてこの新しい犯罪行為を形成するものではないのですと、こういう答弁がございました。ところがその当時は、いろいろ停電スト並びに電源ストについても無罪であるという判例も出ておったわけでありますが、すなわち東京高裁においても、すでにその当時川崎の発電所の事件がありまして、その判例は「重大な事故発生の危険の伴い易い職場放棄等の手段を避け比較的安全にして効果的な停電ストの方法に出たことは電気事業の性質上機宜に適した処置であったものとも謂いうべく従て本件停電行為を以て必ずしも正当な争議行為の範囲を逸脱したものとは認められない」こういう判例すら当時出ておったわけであります。しかしそれをあえて政府は、いやこれはあくまでも解釈立法だ、その判例は間違っている、こうおっしゃった。もっとも間違っているといいましても、それは検事上告もいたしましておりませんか一ら、確定したわけです。そういう状態にもかかわらず強弁をし続けて参られましたけれども、その後の判例を見ますと、これが無罪あるいは免訴、こういう関係になっておる。一体法務大臣はこの立法をどういうふうにお考えであるか、またこの裁判所の判例についてはどういうお考えであるか、お聞かせ願いたい。
○牧野国務大臣 お答えいたします。やはり法務当局としては創設的なものでない、どこまでも宣言的なものであるというふうに解釈しておるのでありますが、どうも実際の事実と法律の解釈との間に、裁判所においては一致しない場合が非常に多いらしい。それでやはりこういうものは明らかにしておきまして、一つのりっぱな法文を示しておいた方がよくはないか、こう思うのでございます。
○多賀谷委員 そうすると法務大臣は、これはやはり創設的な色彩の強い立法である、こういうふうにお考えですか。
○牧野国務大臣 創設的とは思わない。この立法はそういう点は一つも私はないと思うのです。新しく実際許されているストをこの法律で禁止するという性質のものでは私はないと思います。ところがストのほんとうの事実と法律の適用との間には区々になるおそれがございます。それでやはりこの種の規定を明らかにしておきまして、そういう方面に関する間違いや誤解のないことを期したい、それにはこういう法律があることの方がいいのじゃないかと考えております。
○多賀谷委員 いいのではないかとか、あるいはこれはおっしゃいませんでしたが、その方が便利であるということで、私は基本的人権を勝手に制限されては困ると思う。今、ストの事実と区々の法律の適用にいろいろ一律でない困難な点がある、こういうようにお話になりましたけれども、事実行為が問題になっておるのは、電気が消えたという事実あるいは電源において職場放棄をしたという事実が問題になっておるのではなくて、むしろ事件がいろいろ違うのは、会社側といいますか、非組合員といいますか、そういう者が入ってこようとする場合にピケットその他でこれを阻止した、こういう行為がいろいろその場その場によって事実は違っているのです。ですから電気がとまるということ、あるいは職場を放棄するということは何ら変りがないのです。また今問題になっておりますこのスト規制法も、各職場における事実行為が区々に異なっておる問題を取り上げておるのじゃないのです。ですから私は事実と裁判所の適用とは何ら違っておる点はない、かように考えるわけです。
○牧野国務大臣 あんまり穏やかな言葉を使いますと、あいまいに聞えます。私はこの法律は宣言的なものであり、確認的なものでありまして、決して創設的な内容を有するものでないと確信いたします。しこうして事実に関する点でございまするが、この種の法律の必要であるというゆえんは、今申し上げます通りに、創設的な内容を有しないのでありまするから、これを明らかにして疑いを避ける、そして不測の事態を惹起することをあらかじめ戒めておくという上においては至大の効果のあるものと確信いたします。
○多賀谷委員 大臣御存じのように、労調法という法律がありまして、電気事業は日常生活に欠くことのできない事業であるといって、公益事業というのに指定されている。そしてその公益事業というのは普通のほかの産業と違って非常に制限があるわけです。予告義務があるとか、あるいは調停をしなければならぬとか、いろいろ制限がある。今法律が若干変りましたが、改正前の法律では、ある期間はストライキをやってはいけないとか、こういう制限がございました。ことに日常の生活に影響があるというのは電気が消えるという事実なんです。これ以外にはない。そうすると、初めから二本の法律は、停電ストいうもの、あるいは電気が消えるということが日常生活に影響があるから公益事業に指定してある冷却期間を置く、こういう態度を示しておったのですから、法体系の立て方からいえば、停電ストというものは初めから予定をされておった、停電ストがあるから困るから冷却期間を置く、こういう態度に出ておった、かように考えますが、その点いかがですか。
○牧野国務大臣 ただいまの質問に対しましては政府委員からお答えをすることにいたします。
○井本政府委員 昭和二十七年の大ストライキを境といたしまして、わずかな労務不提供によって非常に多くの人が迷惑をこうむるような停電ストライキというものは妥当ではないというようなことで、かようなことを宣言的に規定したというように私は承知しております。
○多賀谷委員 三十七年の電産ストを境にしてそういうことになったわけですか。
○井本政府委員 この前後にさようなことがひんぱんに起きまして結局その当時の状況を参酌いたしましてあのようなストライキ規制法が立案されたものだというように私は承知しております。
○多賀谷委員 法律ができたとか何とかいうことでなくて、あるいは今から必要であるということでなくて、当時のことを私は問題にしておる。昭和二十七年当時の時点においておっしゃいましたことは、それはあくまでも創設的な規定でなくて、そうして宣言的な規定だとおっしゃっておる。ところがその当時においてすでに今申しましたように川崎発電所の判例が出、あるいは法律体系そのものはすでに停電ストを予想して電気がとまると困るからというので、冷却期間を置き、予告義務を設けておる。その予告義務を設け、冷却期間を置いておるというのは、これは電気がとまるという事実、それ以外には何も電気産業は、日常に欠くことのできない問題じゃない。日常生活に欠くことのできないというのは電気がとまるからです。ですから私はそういう法律体系があるのに、それをあらためて今までよかったものを禁止するというのなら別として、何か今までも悪かったんだ、こういうことはどうも解せないのですが、その点をもう一回法務省ではどういうようにお考えですか、これをお聞かせ願いたい。
○井本政府委員 川崎のストライキの事件につきましては先ほどお尋ねがありました通り、高等裁判所において無罪の判決があったのでありまするが、これにつきましては私ども内部の手続が十分できていなかった、打ち合せもできていなかった点から、当時の所管の検事が上告手続をとることを怠りまして、その点についてその関係当時者には懲戒の手続がとられております。私どもといたしましてはかような判決につきましては、承服しておるんでないということをたびたび申し上げておるわけでございます。なおこの停電ストにつきましては私どもも従来スイッチ・オフのような積極的に電気の停電をはかるというような行為はストライキの許されたる範囲内には属していないというように考えてきたものでありまするし、その他さような行為によって、わずかの労務不提供が非常に大きな影響を社会に及ぼす、妥当ならざる結果を及ぼすということにつきましては、これについては違法な行為であるというように考えてきたのでありまして、このことをこのスト規制法によってはっきり宣言したものであるというように私は考えておるのであります。
○多賀谷委員 法務省では労調法八条の規定はどういうようにお考えですか。
○井本政府委員 労調法八条のどの点をお尋ねになりたいか、もう少し詳しくお尋ねいただきたいと存じます。
○多賀谷委員 電気事業を公益事業ということに指定をしてそのほかそれに対しては調停の問題あるいは予告義務という義務を特に課しておる、あるいは労調法改正前はさらに冷却期間というのがありました。それは今度緊急調整という制度ができたのでそれに包含されるという形になっておる。ですから当然電気がとまるということを予定をして法律というものが作られておったんじゃないか。ですからその電気がとまるという行為がなければ、何も労調法でそういうことを電気産業に入れる必要はないのです。電気がとまるから日常生活に影響がある。ですから私はどうも納得がいかないのです。そういう説明は、昭和二十七年においてあらためてこれは法律によって規制すのだ、こういうなら話がわかります。ところがその当時において、あらためてじゃなくて、労調法はそのままにしておいて、そうして今までも、なるほど検事に起訴されましたけれどもほとんど無罪であるし、あるいは起訴しなかったこともある。はなはだしきは二十七年のあの電産のストライキには法務大臣はどう言ったか、あるいは通産省ではどう言ったか。国会では——私は当時の速記録を持ってきておりますけれども、国会では当時の与党である自民党の方から、なぜ政府はほっておるのだ、電気はとまっておるのだ、そういうことが言われたのです。そしてなぜとまっておるのだ、これは一体取り締れないのかといいましたときに、いやこれは判例が区々であって必ずしも違法でないからどうにもならないのだ、こういっておるのですよ、当時。それをあとになって、二十八年になって、宣言的な規定だ、確認的な立法だ、こういってごまかして通っておる。ここに私は大きな問題があると思う。スト規制法が出る以前に起った事件について判例があるわけですから——スト規制法が出ました後には判例というものはない。事件がないのですからあまりない。ですから二十七年の電産スト以前の事件を判決するに際しても、十分スト規制法の審議の内容も知っておるのです。その裁判所がほとんど無罪という判決を下しておるということが、私はやはり確認的立法ではない、こう言わざるを得ないと思いますがどうですか。
○井本政府委員 二十七年前の事件が全部無罪になったというお話でございますが……。(多賀谷委員「全部とは言いませんよ」と呼ぶ)大部分とおっしゃいましたが、私は大部分というのは少しく違っているのじゃないかと思います。私どもの方ではまあ半々ぐらいというふうに考えております。なおお話のスト規制法の電気事業と本法の電気事業とは必ずしも範囲が同じとは私は考えていないのであります。かような点から、このスト規制法の電気事業につきましては先ほど申し上げたようなことを私は考えております。
○多賀谷委員 範囲が同じであるということ——まあ範囲というものについていろいろあるでしょうが、どういう範囲かということになりますが、ここにこの法律が規定をしておる範囲の範囲があるのですよ。どれも事件としては、ただスクラムを組んで、あるいはピケをもって阻止したかどうか、あるいはスイッチを非組合員が入れようとするのを阻止したかどうか、こういう点は違いますね。違いますが、停電ストをやって電気をとめようとか、あるいは電気量を減量しょうという範囲がある。どれも今半々とおっしゃいましたが、なるほど札幌の事件はあります。これは検察庁とかそれから警察とか、これは特定の、まあ気に食わぬところ、官庁に対してあるいはものに対して特殊に電気を消した、一般的に電気を消したのじゃない、ねらい打ちに電気を消した、こういう問題ですから、これはちょっと今までの事件と違うのですね。ところがそのほかは、電気を消すそのものについてはあまり判例がないのです。要するに無罪になった、これは半々といいますかあなたの方はピケその他を含んで半々、こうおっしゃるのでしょうが電気を消す、停電行為そのもの電源放棄そのもの、これは私はほとんど無罪である、こういうように確信をしておる。そうして現に、これは必ずしも実態に入った判決ではありませんけれども、最高裁では、旧公益事業会が失効しておるというので無罪になった、ですから私は、従来の裁判所も、スト規制法以前の事実については無罪であるといっておるし、労調法の建前からいっても、当時はやはり電気が消えるから冷却期間を置き、予告義務を課した。ですからやはり創設的規定でなくちゃならぬ、かように考えますが、いかがですか。
○井本政府委員 申し上げましたように、労調法の電気事業と本法にいう電気事業とは必ずしも範囲が同じだとは考えていないのでございまして、昭和二十七年前後の大ストライキを契機といたしまして、かようなわずかな労務不提供あるいはスイッチ・オフ等による電気遮断行為が一般に及ぼす影響は非常に不法、不当でありまして、かような場合におきまして社会一般に不法、違法なものであるという社会通念がはっきりきまったというように私は考えているので、それをこの法律によってはっきり宣言したものだというように考えております。
○多賀谷委員 二十七年の電産ストの場合は量的にかなり多いのですね。その点を混同して議論をすると私は間違いが起ると思う。量的に今までよりもずっと多い。それで二十七年の争議を契機としてということをおっしゃいましたが、二十七年の電産争議を契機として国民の間に社会通念として違法である、こういうようにいわば成熟してきたといいますか、形成されてきたといいますか、そういうようにおっしゃいましたが、私はあれはかなり量的に多かったという問題がそういう感じを与えた、かように考えるのです。また社会通念が成熟しておるとは考えません、嫌悪の感じを与えた。ところが今おっしゃいましたように、むしろ二十七年の電産争議の前の事件というものは量的にぱ比較的少い、停電ということはありましたけれども、それは経営者の責めとはいいませんが、経営者の責任の範囲内における渇水停電というのがかなり行われている。ですからこの量的にかなり多い停電をする、こういうことからそういう感じを与えたのであって、私は停電ストそのものが社会通念として違法であるという考え方を与えたとは考えない、その点はどういうようにお考えですか。
○井本政府委員 どうも私が考えるのに、結論において多賀谷さんのお考えと違うのでありまして、さようなものが違法な行為であるというように社会通念を広めておると考えておるのでございます。
○多賀谷委員 考えが違うということで逃げられては困るので、二十七年を契機としてということは、二十七年を契機として政府の考え方が変った、率直に言うとこういうことでしょう。それをはっきり言いなさい。
○井本政府委員 その前後のストライキを通じまして、社会通念がさように発展をしておるんだというふうに考えていいんじゃないかと思います。
○多賀谷委員 社会通念が変ったというのは何をもって判断するのですか。
○井本政府委員 国民の一般的常識というか、それが社会通念じゃないかと思うのでありまして、その尺度が何かということは非常にむずかしい問題ですが、とにかく社会一般が、さようなものは違法なものであるというような考えになったと私は考えるのであります。
○多賀谷委員 法務大臣、社会通念が変ったとかなんとかいうことは大体どこで判断をするのでしょう。その判断の基準は……。
○牧野国務大臣 あなたの御質問がすこぶる適切なもので重大な点にかかっておるので私は今静かに労調法を読みながら、あなたの疑惑を解くにはどういう点に触れたらいいかということをひそかに考えておるわけでございますが、労調法に指摘されているにかかわらず、あらためてこういうものを規定するのは創設的な内容を持つんじゃないかというところに疑いがあると思う。それは今政府委員のお答えしたように、国民の確信というものがどういうところにあったかといいますると、ストライキというものと電気というものとに関係してはっきりと常識ができていない。社会通念が成立していない。ところが電気に限ってはストライキのある方法をとりますると、事業者はあまり痛痒を感じないにかかわりませず、多数国民に非常な惑迷がかかる。その迷惑は迷惑の程度でなくして、公共の福祉を根本的に侵害するという重大な事態が起るということが二十七年のあの大規模なストライキによって教えられた。すなわち日本にはなかったところの行為が二十七年に初めて起きて、国民を非常に震験せしめた、おそれさせた。これではわれわれは常識というものを振り返ってみなければならない。法律というものはこういうものを正しく制限するものでなければならないという考えが起きた。でありまするから、いかなる法律といえども、いかなる行為といえども公共の福祉を侵害することはできない。これが憲法の建前であり、この憲法に従って民法第一条はいかなる権利といえども正しい国民の生活を侵害するものであってはならない。こういうことを原則的に規定するようになった。これが民主主義のほんとうの原理原則を明らかにするものだ。この意味におきまして、ただいま問題になっておりますこの法律は正しいことをまつ正面に規定したものであって、いかなる場合におきましても公共の福祉を妨げてはならないぞということを教えたものと、かように私は解します。
○多賀谷委員 二十七年の争議は大規模であったから国民が感じたのであります。それまでにはずいぶん停電ストというものがあったはずです。国民が感じたのは大規模であったから感じた。だからそれはこの量に関係しませんか停電する量に……。
○牧野国務大臣 なるほど、おっしゃることはわかります。すなわちここでございますね。量にかかるということはあのときに問題になって、そういう議論が起きる余地がありまするけれども、私は量にかかるのじゃないと思うのです。何となれば、電気のストには禁止されている停電スト以外にもあると思う。どんなものがあるかというと、これは労働省の諸君に聞いていただきたいが、たくさんあるにかかわらず、一番公共の福祉に関係のあるところをちょっとやると痛いと思うから、すぐここにきたがるのは悪いことだと思う。社会的悪である。社会的悪はしてはならない。そこでその他のストは禁止しないけれども、このストはよろしくないぞということを教えるのが、この法律のスピリットだと私は思う。
○多賀谷委員 法律の精神はよくわかっておる。書いてありますからね。法律の精神を言っているのじゃなくて、私はよってきた問題を話しているのです。そこで国民がそれはいけない、こういうことを判断します。判断すると、その判断はどこに現われてくるのでしょうか。これは裁判所じゃないですか。
○牧野国務大臣 なるほど。おっしゃる通り裁判所に現われてくる。その裁判所には無罪の判決があるじゃないか、こうなってきます。その無罪の判決が正しいかどうかということが問題になってくる。そこでそれが最後の判断までいっていないということになりまして、そういうことを繰り返すよりはここに法律をこしらえて、そんなことは争わなくて済むように公共の福祉というものをがっちりと守ることの方が正しくありませんか。
○多賀谷委員 むしろそれは政府の独断じゃないでしょうか。政府がはっきりしないから、あらためて作るというのならはっきりわかります。ところが政府は、いや従来違法だった裁判所は何も政府の管轄じゃないですけれども、社会通念というものを一番判断する裁判所の方が無罪だと言っておるのでしょう。しかも事件はこの電産スト、要するに二十七年の問題の電産のストについても判決が無罪になっておる。ですからどうも私たちはわからないのです。裁判所はスト規制法というものがその後通過したことも知っている。そうして電産ストというものが非常に問題になったこともよく知っている。その知っている裁判所が二年も三年もたった今日、客観的に見て無罪の判決を下す、こういうことはやはり裁判所が社会通念としては無罪だ、要するに要請がないのだ、こう考えたからじゃないでしょうか。
○牧野国務大臣 その点に関する質問の御意見の存するところはよくわかりますが、判例がどうなっているか、それをどういうふうに解釈しているかは政府委員より答弁せしめます。
○井本政府委員 スト規制法が通過いたしましてからあとの裁判例は、先ほどお尋ねの通りまだ一件もございません。その前の事案につきましては、下級裁判所において、直接停電ストについての判例ではありませんが、その違法性があるかどうかという問題につきまして幾度か裁判例がありますが、その点につきましては私どもといたしましては積極のものもある程度あり、消極のものもある程度あるということで、下級裁判所の判例は半ばしておるというように考えておるのであります。この公益事業会は昭和二十七年の秋に失効いたしましたために、その確定的な結論については最高裁判所において免訴の判決があって、まだ実体的な裁判が出ておりません。従って結局今後の裁決に待たざるを得ないのでございます。この問題の関係の事件につきまして最も適切なのは、昭和二十七年に新たに公益事業会が複活いたしましてから京都で起訴された事件がありますが、この事件につきましてはいまだに一審の判決がありませんので、判決がどのような傾向になっておるかということにつきましては、ここで結論を下すというわけには参らないと私は考えるのであります。
○多賀谷委員 スト規制法が通過した後に、そのスト規制法が通過する前の事件に対する判決がかなりあるわけです。その場合にそのままほとんどが無罪になっておる。これは免訴が非常に多いのですけれども、非常に無罪になっておる。ですから、私はどうもその点が得心がいかないのです。政府がはっきり、この前の二十七年の提案のときとは間違っておったら間違っておったとおっしゃれば、また話はわかるのですけれども、判例は次から次に違法性がないといっておるのを、あくまでも強弁されようとしておる、この事実行為をお考えにならない。政府が判断をするくらいですから、裁判所はなお社会通念が成熟しておると判断をするでしょうが、二十七年の電産争議のあと、しかもスト規制法あとの判例ですから……。ところが判例は逆に出てきておる。この点についてどうも承服しかねるのです。もう一回一つ御答弁願いたい。それともう一つ政府はとかく国会を何とか乗り切ればいいというようなことで、常にいいかげんな答弁をされるのです。旧公益事業会が吉田内閣の急な解散によりましてなくなった、失効した。そのあとに電産の争議が起った。これは旧公益事業会失効中に起った。そのときに当時の自民党の諸君は、旧公益事業会がなくなったから違法性がなくなったんじゃないか、起訴されないんじゃないか、こういう質問を逆にしておるのです。いわば政治的責任の追及の形でしておる。ところが、いやそういうことはない、公益事業会と関係ない、こういう答弁をぬけぬけと大臣も含めて政府はしておる。ところがその後になったら旧公益事業会が問題になっている。ですから私はそのときの行き当りばったりの答弁ではどうも承服できないんですがね。これを一つお聞かせ願いたい。
○井本政府委員 多賀谷さんのおっしゃる裁判例が、いずれも下級裁判所の判例でありまして、(多賀谷委員「下級といっても高裁じゃないですか」と呼ぶ)最高裁判所の判例はおそらく私の知っている限りは出ていないのであります。なお事実認定の問題も相当入っておって、果して問題の違法性があるかないかという点について触れておるというのもありますけれども、そうではなくて、事実問題として無罪になっておるというようなことでありまして、まだその点については裁判所の判例の大勢がお話のようであるというようには私は考えていないのでございます。
○多賀谷委員 事実問題が非常に区々であるとか問題になっておる、こうおっしゃいますが先ほどから言っておるようにこの法律に書いてあるような事実問題ではないのですよ。事実問題というのはいわば組合といいますか、組合側がスイッチ・オフならスイッチ・オフをした。そうすると経営者側がそのスイッチを入れようとした。そこでピケをしたという事実がある。あるいは電源の職場放棄をした。そうするとそれに対して反対的な行為をもってそれを何とかもとの正常な形に復そうとした。そこでピケを張った、スクラムを組んだ、こういうのが事実問題で、事実認定で非常にお困りになっておる。電気炉消えたか、電気量が減量したかということは何も事実問題として私は問題になっていないと思う。電気量が少くなったというのはメーターに現われるから一ぺんにわかる。停電したというのもはっきりする。ですからここにいう法律の行為というものは裁判所で何も問題になっていない。問題はその後の派生的な問題である。ですからそのことを混同されておりはしないか、私はかように考えるわけです。
○井本政府委員 結局会社側の方の者炉臨時の人夫を入れまして、ストライキ中にも電気を通じようといたしましたところが、それについて組合側の方でスイッチを切って、ピケを張って、会社側の者がそこに入らぬように威力を示したというものに対しまして、さようなピケを張った行為が違法であるかどうかということが問題になって、そのピケにつきましてはその程度のものは違法ではないというような趣旨の判例が出ておるのでありまするが、私どもといたしましてはかような行為そのものが元来違法であって、しかもさようなピケを張るという行為は威力を示すものであるから、これは刑法でいわゆる二百三十四条の業務妨害であるという認定のもとに争っておるのであります。さような点につきましていまだに決定的な判例が最高裁では出ていないので、判例の大勢が必ずしも多賀谷さんのおっしゃるような状況になっておるというように私は考えておらないのでございます。
○多賀谷委員 刑事局長のお話はちょうど逆なんですね。問題になっておるのは今威力を示した業務妨害である、こういう点が問題になっておる、こうおっしゃるのでしょう。それで判例が区々であり、問題の電気を消したそのものについては、私は判例は比較的軌を一にしておると思う。その後の行為が問題になっておる。ですからあなた−のおっしゃることばまるで逆のお話をなさっておると思う。
○井本政府委員 結局労働組合法のストが刑法三十五条の適用になるかどうかという違法性の問題についての議論でありますので、さような点が問題になっておるというように申し上げたのであります。
○多賀谷委員 ですから、この法律が規定をしておる範囲における行為というものは裁判所は大体同じような判決をしておるでしょう。
○井本政府委員 とにかく私どもはスイッチ・オフをやったりあるいはわずかの労働の停止によってその結果が非常に不当、妥当ではない結果を世の中に及ぼすということが、ストライキの方法として適当でないということを社会一般が認めておるし、さような点についてこの法律によってはっきり宣言していただきたいということで前のスト規制法ができたというように了承しているのでありまして、その点につきましてはどうも多賀谷さんのお考えと私の考えとは一致せざる点があるということは申し上げざるを得ないのでございます。
○多賀谷委員 単なる見解の相違ということではなくて、私はかなりいろいろな問題があると思うのです。たとえば、今わずかの力で非常な威力を示す、こういうことをおっしゃいましたが、その組合の方のわずかの力で非常な威力を示すというこのこと自体が何か違法性と関係がありますか。できた結果は別ですよ。停電したという結果は別だけれども、その停電に至る行為がわずかな力である、わずかな人数で行なった行為である、こういうことが要するに労組法一条二項の正当性と関係がありますか。
○井本政府委員 問題によりけりでありまして、たとえば保安関係の業務を放棄するというようなことになりますれば、さような行為が認められないということは当然じゃないかと私は考えるのでございます。
○多賀谷委員 どうも刑事局長は事実をはっきりされないからそうお話になっておるのか、あるいはごまかしてお話になっておるのか、保安放棄の問題が——政府が悪いといっておるのはこれは出てきた結果の問題、結果をおそれている問題です。それに従事しておる人間が多いか少いかということは関係ない。ですからそのストライキをした人間が少いか多いかということは、これは私は何もこの法律と、違法性と関係ないと思うのですよ。その正当性と関係ない、わずかの力で威力を示すというのは、これは組合の方からいえば最もいいことですね。それと正当性と何も関係ないでしょう。
○井本政府委員 電気関係のストライキにおきまして、ストライキの方法として労務の不提供などによる影響は、ストライキをやるのでありますから、経営者側も労働者側もいずれも損害を受けるのでありますが、その以外の一般公共大衆が非常な迷惑をこうむる、さような方法のストライキは適当ではないということを申し上げたのでございます。
○多賀谷委員 そうするとわずかの力で威力を示すということは何も違法性ではない、こう考えてよろしいでしょうか。
○井本政府委員 先ほど申し上げたところによって御了承願いたいと思います。
○多賀谷委員 先ほどおっしゃったのと、あとでおっしゃったのとは全然違うのですね。先ほどおっしゃったのは、わずかの力で威力を示すからこれは違法だとおっしゃった。あとからおっしゃったのは、これは労使の問題で第三者に非常に迷惑をかけるのでありますから違法だとおっしゃった。初めとは非常に違う。全然違う。了承できないのです。
○井本政府委員 私はあなたのおっしゃるようなふうに申し上げたつもりではないのですが、あと速記録をよく読んでみまして、またその結果によって御答弁申し上げます。
○多賀谷委員 何もうるさく聞いておるのではなくて、これは非常に重大だから聞いておるのです。たとえば、はっきり言いますと、部分スト、こういう。部分ストというのは、ずっと連続的な作業行程の中である部分だけがストライキする、そうするとほかのがとまる。ところが、これはわずかな力で威力を示すのです。これは賃金をそのほかに払うか払わないか、臨時的な問題は別です。あなたのような考えですと、わずかの力で非常に威力を示すからこれは違法だ、こういうことにならないとも限らない、論理をさらに拡大していくと。ですから私はそういうことは関係ないじゃないか、非常に大きな問題をはらんでおりますから私は聞いておる。その点一つお答え願いたい。
○井本政府委員 部分ストの問題とこれと一緒にされたならば、私は非常に迷惑をいたします。私の申し上げた全趣旨を一つ御理解願って、善意に解釈していただきたいと考えるのであります。
○多賀谷委員 善意に解釈しておるんですが、よくわからないんです。私は部分ストのことを特に聞いておるわけじゃないんですが、この停電が違法だという中には、わずかの力で威力を示すから違法であるか、あるいは電気がとまるという事態が一般公衆に迷惑を及ぼす点が違法であるか、その点をはっきりしてもらいたいと思うんです。
○井本政府委員 先ほど申し上げましたように、ストライキをやりますれば、これは経営者側も労働者側も必ずある程度の不利益を受けるのであります。ところが、そのお互いの受ける不利益がわずかの不利益であるにかかわらず、そのストライキによって一般公衆、大衆が非常な迷惑を受けるというような場合におきましては、これはある程度その問題につきましてもう一度検討を加えてよろしいんじゃないか。この電気産業のストライキの問題につきましては、その点が一般の受ける影響がはなはだ大きいので、かようなストライキの方法は適当ではないということをこの法律ではっきり宣言したのでありまして、何も電気関係のストライキが全部違法であるということを申し上げておるのではございません。
○多賀谷委員 そうすると、ストライキに従事する労働者が多いか少いかという意味ではなくて、電気従業員というものは比較的、国民から見れば少い、その少い電気従業員の労使関係において、第三者に迷惑を及ぼすところがはなはだ大であるから違法だ、こういう意味ですか。
○井本政府委員 ストライキに従事する大小を申し上げておるのではございません。先ほど申し上げたように、一般国民大衆に及ぼす影響が非常に大きいという点を申し上げているわけでございます。
○多賀谷委員 それではもとに返したいと思いますが、法務大臣、いろいろ質問しておるのですけれども、どうも理解できない。と申しますのは、先ほど二十七年の電産の争議を契機としてというお話から見ても、あれは非常に規模が大であったから国民はそう考えた、こう判断せざるを得ないんですね。あの停電ストというものがわずかの期間、わずかの時間行われるというような状態であれば、これは違法じゃないと国民は考え、またそういう嫌悪の情も催さない、こういうふうに思うんですが、その点どういうふうにお考えですか。
○牧野国務大臣 その点でありますが、ストライキというものは、事業者その他、相手方に対して反省を求めるものですね。しかるにこの種、公共に関するものは、相手の反省を求めるという点にはほとんど関係なく、一般国民大衆が受けるところの損害が非常に大きい。すなわちその程度は、法律的にこれを申しますると、公共の福祉を重大に侵害すると、こういうことになる。そういうストライキは、憲法において無制限に認めておるものでないという国民的確信を、ここに新たなる法律によって表示するということが適当である。そういうことが適当であるかどうかという議論に入ることはいいことだと思いますが、政府はそれは適当であると認めてこの規定をなした、こういうふうに御了承願いたいと思います。従ってストライキというものの本質から派生的事実の方が非常に大きい。ただ大きいとか小さいとかいう程度でなく、それが公共の福祉を侵害する。公共の福祉を侵害するに至れば、もはや憲法はこれを認めない。すでに民法においてすらも主権は公共の福祉に従う。昔のように所有権は天に及び地の底に及ぶのでないんだ、公共の福祉に従うのだ、どんな権利も乱用してはならないのだ、労働者といえども、憲法からストライキの権利は与えられているけれども、もって公共の福祉を害してはならないということをここに宣言したというふうに解していただきたいのであります。
○多賀谷委員 刑事局長のお話を聞き、法務大臣のお話を聞いておりますと、結局、わずかなもので第三者に非常な迷惑をかける、こういうことになると、たとえばガスでも、あるいは電気でも、やはり同じような状態でございましょうか。
○牧野国務大臣 程度の点から言えば同じようなという御議論の余地はありましょうが、ここは私は質問者の常識に訴えたい。国民的確信に訴えたい。如何となれば、事業者、相手方にはわずかしか痛痒を感ぜしめないにもかかわらず、国民大衆に大へんな迷惑をかけるということは、すなわち、公共の福祉を害する程度に至るかどうかというところに判断の基本があるのですね。もうガスだってバスだって、公共の福祉を害すると言えましょう。けれども、それが社会的に国民の確信に与えるところの、公共の福祉の侵害に至るかどうか、これは程度の問題にあらずして、私は法律上は本質の問題だと思う。そんなことは憲法は許しはせぬというところに基本的な観念があります。
○多賀谷委員 そうなりますと、私鉄の場合でもガスの場合でも、やはりそういう行為を行なったら、現在の解釈としては違法だ、こういうことになりますね。
○牧野国務大臣 いえ、そうはなりません。そうはいきません。
○多賀谷委員 ガスと電気は、あまり変りがないと思いますがね、どうでしょうか。
○牧野国務大臣 ガスと電気とに変りがないのじお、ない。影響が公共の福祉に及ぼすやいなやということが大事なのでありまして、そういう議論は法律の上においては許しません。
○多賀谷委員 法律の上においてはそういう議論は許しませんとおっしゃいましても、私は電気とガスと——ガスも食生活に非常に影響がありますし、ガスがとまれば困る。どうも大臣のおっしゃることははっきりしないんですがね。現在ガスがそういうことをやりましたら、これは違法ですか。
○牧野国務大臣 そういうお問いには、法律論としてはお答えできないが、かんべんして下さい。なぜかなれば、公共の福祉に従うことを要するというのが法律の規定で、そうして権利の乱用は許さないというのが法律の規定でありますから、観念でいきましょうや。ガスと電気と具体的に持ってきて、ガス、電気の知識に乏しい私にその相違性を聞くのはちと困る。
○佐々木(良)委員 今の同僚の多賀谷委員と法務大臣との質疑応答に関連して、ちょっとお尋ねしたいと思います。公共の福祉に云々というお話でありましたが、このスト規制法の立法論と解釈論とに分けまして、立法論として、公共の福祉に反することが理由になって立法されておるのか、従ってまた解釈論も、公共の福祉ということが違法性の原因になるかどうか、御見解を承わりたいと思います。
○牧野国務大臣 御説の通りだと存じます。
○佐々木(良)委員 そういたしますと、この法律が一たん施行された後におきましても、この法律第二条に規定されておる行為の中で、公共の福祉を阻害するという意味においてのみ違法性が生ずる、こういうふうに解してよろしいわけですね。
○牧野国務大臣 御説の通りであります。
○佐々木(良)委員 そういたしますと、せんだっての刑事局長の解釈とは私は非常に違うと思います。刑事局長の大体の解釈は、一たんこの法律が公共の福祉に基いて立法された後においては、解釈論としては、いかなるささいな事件であっても第二条違反となり得る。つまり公共の福祉に直接関係のないごとき、きわめて部分的な、きわめて小さな停電行為あるいは保安要員の引き揚げに類するような行為も違法であるという解釈なんです。だから落ち葉が少し流れて発電機がおかしくなっても違法だという解釈なんですね。
○井本政府委員 スト規制法の第一条にはっきり公共の福祉を擁護するためにかようなストの方法を規制するんだということが書いてございまして、二条、三条とあるわけでありますが、結局二条のかような停電ストは、そのスト行為そのものが公共の福祉に反するのであるということを規定したものと私は考えるのでありまして、お尋ねのような場合には、私はやはりこのスト規制法に当るというように考えておるのであります。
○佐々木(良)委員 ですから牧野さん、ここのところをはっきりしてほしいのです。こういうことなんですよ。本来昭和二十七年当時のストライキ、つまり常識的に公共の福祉にどうのこうのというような対象に考えられておるようなスト行為、これは公共の福祉に相当な影響があったというふうにいわれておる。従ってそういうものを違法だということを宣言したのがこの法律ということなんです。ところが一たんこの法律が生まれると、ああいう大きな行為ではなくても、普通のきわめて部分的な、きわめて僅小な行為であっても完全に違法だという解釈が成り立っては私は非常に危険だと思う。現に三カ年の間においては、そういうことも違法だという解釈が成り立ちつつあるということなんです。いかがでしょうか。
○牧野国務大臣 私は、やはりその方面には非常な専門的な知識を持っておられるあなたの御説としては傾聴しなくちゃならぬと思います。法律というものが制定せられますると、立法の趣旨ということから解釈が逸脱する場合が非常に多いのであります。すなわち国会ではどんな議論があったって、裁判官はこう解するんだ、また国民はこういうふうに理解するんだ、こういうふうに発展したり縮小されたりしていくのですね。でありまするから、いやしくもこの法律が制定せられますると、立法のときには公共の福祉を害するからというところから立案されまするが、一度立案をされますると、その法律の支配を受ける、しかしそれは本質的な支配を受けるのか、形式的な支配を受けるかということは、法律解釈と実際の適用上の問題に争いを生ずるわけでございます。その争いはここでは解決ができないと思うのですね。でありまするから、設問をもってして、この場合はどうだといわれても、ここじゃどうも御返事がしにくいということになってきまして、それは法務省の問題ではなくて裁判所の問題になる、こういうことになると思います。
○佐々木(良)委員 これから先になりますと、今度はここの問題ではなさそうになりますので、これでやめますけれども、法務大臣にくれぐれも申し上げておきたいわけです。現実にこれが立法されました二十八年のときには、二十七年に行われたところの電産のスト行為並びに石炭労働者のスト行為というのが、社会福祉を相当害するという判断のもとに立案された、ああいう規模のものが大体対象になってこの法律が立案されたことは自由民主党側の人でも十分に認め得ると思うのです。ところがその後におきましては、このスト規制法の対象に現実に取り扱われておる問題は、ほとんど社会福祉とは無関係と言うていい。最初労働大臣のところで三カ年間におけるスト規制法容疑の事件をずっと上げられましたが、常識的に考えましてほとんど社会福祉とは無関係に近い事件でありました。従って今度これが恒久立法として現実に存在を許されるような段階になった場合の運用につきましては、私は心から心配をしておるわけであります。恒久立法としての立法化が今されようとしておるのでありますから、私は、ほんとうは本格的なそういう意味の審議はされなければならぬと思うのでありますけれども、もうきょうあたりで審議の機会はなさそうであります、従いまして、これが現実の存在となりました後におきまして過去三年間に運用されたようなやり方でこれを恒久化して運用される場合には、本来の社会福祉とは相当に間を広げるような状態で運用され得ることを心から心配しておるわけであります。従いまして、質問はもうやめますけれども、その辺を十分承知して審議並びに運用に当られたいことを希望しておきます。
○牧野国務大臣 きょうは多賀谷君から非常にいい質問を受けまして、またあなたからもただいま重大な点に対して御指摘を受けて、私は政府当局としないで、法律の一学徒として研究しなければならぬおもしろい問題だと思いますから、必ずこれは、私自身が一つのテーマとして調査を進めていきたい。
○多賀谷委員 今佐々木委員より質問がありましたが、東京高裁でごく最近無罪となりました大谷事件の判決でも、これは大臣の言われる公共の福祉を阻害しないように非常に努力しておる。それは保安電力及び一般需用家に支障を生ぜしめないように考慮して電源ストをやっておる。それを裁判所はそういうように認めておる。こういうこともありますから、私は、この問題は法律で一律に規定することなく、むしろ裁判所の判断にまかせてやるのが非常によろしい、こういうように考えるのですが、その点、一つだけお答え願いたい。
○牧野国務大臣 裁判所の判断にまかせる上において、私がここに重大な問題があると思うのは旧公益事業会でございます。これと憲法の規定が一緒になってきたんですね、だから、これで社会を律していたんですね、ストライキの方も律し、電気の方も、何かも律していたんですね、これが偶然の機会において公益事業会というものがなくなった、そうしたらぼこぼこと社会的に重大問題が起きてきた、するとこれはほうっておけないという事態になったんでしょうね、そういうことからきたのですから、これは一つお互いに考えましょう、この法律は通しておきましょうや、(笑声)通しておいて考えましょうや。(笑声)
○多賀谷委員 私は、この法律は公共の福祉と関係なくその行為そのものをずばり規制していこうというところに間違いがあると思う。最初政府が提案しておりましたのは、常に大争議のような話をしておる、そうして国会が通過すると、今佐々木委員からも御指摘がありましたように、行為そのものはずばり規制する、どんなにささいな行為でもこれに適合していたらずばりやるのだ、こういうふうに非常に変ってきておる。これは公共の福祉と何ら関係なくそういうものまでもやろうとする。これは今までの治安維持法やその他が、拡大解釈されて、そうして立法者の意図と反して歪曲され、適用された、こういう例もありますので、私も大臣に要望しておきたいと思いますが、これ以上公共の福祉の議論をやっておりましても、どうも水かけ論のようであります。しかし公共の福祉という問題につきましては、なるほど公共の福祉の範囲内ならいいけれども、法律は全然公共の福祉と関係なく、単なる公共の便宜ということで取り締られておる、こういうところに非常に問題がある、こういうことを申しておきます。 それから刑事局長にお尋ねいたしますが、こういう場合がありますね。たとえば炭鉱の保安要員の場合に第一組合と第二組合がある、そうすると経営者は第一組合だけをロック・アウトする、こういう場合に保安要員が、第二組合がおるからもう君たちは必要ないという態度に出る、これは一体この法律にかかりますか。
○井本政府委員 その場合々々によると思うのですが、保安要員が確保されているかいないかということが結局結論なんでありまして、第二組合にまかしてしまって保安要員が足らぬといとことになればやはり問題があると思います。
○多賀谷委員 その場合保安要員は確保できるんです。 実は保安の業務に携わっておる者が、現状においては第一組合員もおる、第二組合員もおる。しかし炭鉱のことですから資格その他を持っている者は幾らもおりますから、第一組合を全部ロック・アウトして一人も入れない。しかし第二組合から連れてくれば保安要員がおるわけですから、保安確保はできるわけです。こういう場合にそういうロック・アウトは許されますかと聞いておるのです。
○井本政府委員 保安要員が確保できるかどうかというところに問題があると思うのですが、できればそれは問題ないと思います。
○多賀谷委員 そうしますと、今度はそういう場合ではなくて、他から雇ってくる、たとえばある炭鉱は同じ業者が三つ経営している、そこで一つの組合だけはどうも過激だというわけでロック・アウトを食らわした、お前たちは何も入ってこなくてもいい、一人も入れなくてもいい、こういうことで一人も入れない、そのかわり、ほかのBなりCなりの炭鉱から連れてくればいいのですから入れない、こういうことをした。こういたしますと、保安要員の確保はでき、保安の確保はできるわけです。その場合はどうなりますか。
○井本政府委員 そういう場合、保安の確保ができますか。
○多賀谷委員 できます。それは、係員というのは大体非組合員が多い。経営者がやっている。経営者というと語弊がありますが、組合員でない者がやっている。そういう場合に、指揮指導はやりますから、あとは要員を連れてくればいいのですから、これは確保ができる。確保ができるという前提で質問をしているわけです。
○井本政府委員 当該炭鉱の保安要員を経営者が全部ロック・アウトするということ自体が問題があるんじやないかと思います。
○多賀谷委員 しかし第三条を読んでみますると、いろいろ書いてありますけれども、要するに「業務の正常な運営を停廃する行為であって、」云々とありますが、これはしてはならないのですから、正常な運営を停廃する行為じゃないのですね。連れてきてぴしゃっと保安を確保するのですから、これには何も該当しないと思うのです。
○石黒説明員 ロック・アウトの点について御説明申し上げます。第三条に申します「保安の業務の正常な運営を停廃する行為であって、」の「正常」の中には、これはでき得る限り通常の指揮系統においてということまで含んでおりまして、通常の従業員を全部ロック・アウトして、よそから日雇いを連れてきて保安業務を維持するというようなことは、もちろんその組合の方が保安要員を引き揚げると言っているような場合は別でございますけれども、そういう態勢でない場合におきましては、使用者側のロック・アウトは違法になると考えます。
○多賀谷委員 それは何も損壊または施設の破壊、鉱害を生ずる行為じゃないのですからね。要員を確保されているのですから、そういう場合に、お前たちは出なくともいい、こういうことを言い得るのでしょう。これは第三条には何も抵触してないでしょう。
○石黒説明員 保安を確保する最上の道は、やはり正常なる運営方法によるものでございます。それから逆の例で申しますれば、組合側がたとえば生産管理によって保安を確保するというのも、やはりこれは正常な運営ではございません。本法の目的は保安業務が停廃するということを防ぐのが直接の目的でございますけれども、それに派生いたしまして、そのような争議手段として保安要員をロック・アウトするというようなことも、もちろん本法上は禁止されておることでございます。
○多賀谷委員 どうも私は納得できないのです。それは荒廃も起らなければ損壊も起らない、あるいは危害も起らない、鉱害も起らない、こういう状態にある、また確保しておるのですから起す意思もない、この場合に、今生産管理をお話上になりましたが、生産管理というのはまた別個の要素からくるのでありまして、これは何も第三条とは関係なく、別個の法理論が入ってくるのですから、これは一応除外しまして、私はロック・アウトの場合に保安要員が確保されておるという場合にはいいのじゃないかと思いますが、どうですか。
○石黒説明員 理論的に申しましても、そういうロック・アウトを許すことは明らかに法益の均衡を失するわけでございますが、実際問題といたしましては、それは多賀谷委員もよく御承知のごとく、炭鉱はよそのをちょいと連れてきてその目すぐに間に合うというふうにはなかなかいくまいと存じております。
○多賀谷委員 実際問題としてもかなりあるのですよ。ことに第一組合と第二組合があった場合にはあり得るのです。そして第一組合と第二組合があった場合に、第二組合員を使うて、油前たちがおらなくてもいいのだ、これは一種の威圧ですよ、こういうようなことが起り得る可能性がある。名前は言いませんけれども、ある炭鉱では三つ炭鉱を持っておって一つだけが非常に過激だというなら、これは全面的なロック・アウトでしょう。この保安要員の問題は、争議が長期化しますと、組合の方は、率直に言うと、保安要員を入れたがるのです。給料をもらっている者がそれだけ多くなりますから楽になる。そうすると会社の方は要らぬという。会社の方は、一人も働かさぬのが一番いいのだから、保安要員さえ確保できておれば働かさぬ、こう出てくる可能性がある、こういう場合に違法になりますかというのです。
○石黒説明員 たびたび申し上げます通り、そのような保安業務を争議手段として用いますことは労使双方にとりまして禁止されておるわけであります。
○多賀谷委員 この問題はかなり事実行為としても今後別の形で起ってくるし、またきわめて重大な問題でありますが、実は法務大臣も時間があるそうでありますので、私は一応これで中止をいたしまして、八木君にかわりたいと思います。
○佐々木委員長 八木君。
○八木(昇)委員 三、四点法務大臣にお伺いしたいと思うのです。実は三年前にスト規制法ができましてから後のことはまたあとでお伺いしたいと思うのですが、このスト規制法ができます以前においては、私の考えでは、結局電気の場合も石炭の場合も労組法並びに労調法によって規定をされておる範囲内におけるところの争議行為というものは、一切これは当然合法のことであった。こういうふうに思うわけです。ところがその争議行為中にたとえば経営者側の人をなぐったとかどうしたとかいうような刑法上の罪の疑いがあるような行為があった場合は別として、そうでなくて単純に電源の職場放棄をしたとかいうような場合にも、電気事業法違反あるいは旧公益事業会違反、こういうような疑いをもって起訴をされたという場合があるのではないかと思うのです。そういうことがあるかどうか最初にちょっとお伺いしたい。これは局長でもけっこうでございます。
○井本政府委員 当時におきまして、スイッチ・オフをした事件につきまして刑事事件として扱ったことがございます。
○八木(昇)委員 ところがその結果電気事業法違反もしくは旧公益事業会違反として何か有罪判決が出たというようなことがありますでしょうか。
○井本政府委員 北海道の事件では有罪になったと思いますが、その問題につきまして直接公益事業会八十五条違反として扱ったものではない。ほかの、たとえば先ほど問題になりました威力業務妨害というようなものにつきまして一審で有罪になって二審で無罪、あるいは一審から無罪になったというようなものもございます。一番典型的な問題になっておるのは川崎の発電所の事件、これが無罪になっておりますが、直接公益事業会八十五条でやった事件はそう数は多くないと記憶しております。
○八木(昇)委員 今北海道の例をちょっと言われたのですが、北海道の場合には一部の者が警察へ勾留されたというので、それの報復手段という形で警察の電気を切った、そういうことで一審で罰金刑か何か出ておるということであって、これはちょっと別ですね。そして今御意見の通りに実にたくさん公益事業会、電気事業法違反として、争議中もしくは争議直後においてたくさんの人を起訴せられたにかかわらず、そういう電気事業法違反としての判決の下った例はない、こういうことになりますと、私はこれは検察当局の非常な行き過ぎであって、争議権の不当なる介入ということになるのではないか、こう思うわけです。と申しますのは、今日までもう二十幾つの判決があり、また被告人として法廷に何年間も立たされて、社会的にはすでに罪人視せられ、そうして家庭的にもいろいろな苦労をし、結果はしかも無罪、関係者たちは今日まで電気関係においても組合その他で実に数千万円の法廷その他の経費が要っておる、こういうふうな事態について法務大臣としてはどういうお考えをお持ちか、率直にお答えいただきたいと思います。
○牧野国務大臣 そういう事実に対してはまことに申しわけないと存じます。具体的な事実に対しては残念ながら御答弁をすることができませんけれども、どうも従来の長い日本の弊害といたしまして人権をまことに無視する、そういう事例が少くございません。今後はそういうことは十分戒めなければならないと思いまして、私はかたくその方針を堅持して参っております。
○八木(昇)委員 そこで一点お伺いしたいのでございますが、そういう過去の実際の経過から申しまして、いわゆる刑法上の罪の疑いを受けないような、労組法の範囲内における停電、電源ストを行なったものについては、裁判所の判例において電気事業法違反という判例は出ておらないということだとするなら、結局新しくスト規制法が作られたことによって、このスト規制法そのものには罰則はないが、新しいスト規制法ができたことによって、今度は公益事業会によって明確に処罰をされるということがはっきりしてくる、こういうふうに政府としてはどうもお考えのようでありますが、そうなりますと、これは言葉の言い回しでは解釈法規だとこういうふうに言いましても、実際は明らかにこの発電所やその他における電源職場放棄というような、従来労組法において許された争議行為を新たに禁止するものとなる、こういうことになりゃせぬかと思うのです。そういう点の御見解を伺いたい。
○牧野国務大臣 私はその点に関しては全然別の考えを持っております。従来新憲法において許されたからといって、自由な行為をしたのではなくて放らつに過ぎ、乱暴に過ぎ、常軌を逸するものがあまりに多かったと思います。常軌を逸するとは公共の福祉を無視する行為と私は解釈する。従って公共の福祉に影響のある行為に軽々に手を触れちゃならぬ。われわれ電気の知識の乏しい者は、スイッチかなんかちょっとこうさわっても心配ないと思ってさわると、ぴりっとやってけがをする。やはりストライキをやる人は、なあに憲法で許された、やれといってやる。そしてけがをする場合が非常に多い。だからけがをさせないように、ここにスイッチの役目の法律をこしらう必要があるのではないか、かように解するのでございます。
○八木(昇)委員 私がお伺いしておりまする点は、ただいまお答えのような点ではなくて、従来は電源ストやその他のストライキをやりましても電気事業法あるいは旧公益事業会違反ということには裁判所としてはおおむね認めておらないわけですね。ところがスト規制法ができてからは、これはもう明確に裁判所においてもおそらくは疑いの余地なく、旧公益事業会違反という判定を下すはずだというお考えでございましょう。だとすれば、スト規制法は明らかに争議行為について新しく禁止をしたところの法律ではないか。従来も違法とされたものについての単なる解釈法規だという言い方は、極端に申せば世を欺くところの世論の攻撃からのがれようとする詭弁ではないか、こういう点を聞いておるのです。
○牧野国務大臣 私はそう思わないのでございます。今まではストライキが少し放らつに過ぎた、行き過ぎが多かった。だから行き過ぎでも何だか憲法に許された行為のように大いばりになり過ぎたんじゃないですか。そこで非常な公共の福祉を害したんじゃないですか。実際の事実は私はわからないのですが、ただ法律家として、観念的にこれを言いますと、適当なところに明らかなる法規を制定して、これは積極的な規定じゃありませんよ、これは宣言的な規定でありますよというふうにして、程度をはっきりさせるということは、われわれの共同生活を確保するゆえんではないかと、かように思うのであります。従ってごまかしたり無理なことをしてストを妨害したりする規定とは思わないのでございます。
○八木(昇)委員 なかなか法務大臣は練達でございますので、私の質問に端的にお答えになるというよりは巧みにそらしておられると思うのでございますが、私が聞いておりました点は、いろいろ申しましても、結局は新しく争議行為の大幅な禁止規定を設けたというのがスト規制法ではないか、こういうふうに聞いておるわけなんです。それはどうも従来大臣のお話では、ひど過ぎた、放らつに過ぎたので、その部分だと思われるようなところについてはっきり限界を引いた、こういう御回答によって、結局はそれは新しくストの禁止の規定を設けたというふうに間接的には受け取らざるを得ないと思う。ところが従来放らつに過ぎた、こういうふうに言われますが、それは実際の政治問題でございましょうが、過去におきましては、これは二十七年の大争議というような時代におきましても、実際の状況を私どもは知っておりますが、全国の各電力会社の発電所の出力の総量の二〇%程度以上を実際に越したという場合はないのであります。従いまして最大限度大体二〇%が争議行為としては行われた程度で、いろいろな保安関係とかその他については、相当の配慮が実は払われておるわけであります。結局その問題は別といたしまして、そういうことからいたしますと、今度のスト規制法というものは、これは労働者の争議行為に対するところの非常に大きな圧迫になると思います。 第二に御質問いたしたい点は、先ほど申しましたように、私どもから見ますと、従来検察当局の非常に不用意な行き過ぎと目されるような事態が相当に多い。それにもかかわらず、今度このスト規制法が作られ、しかも今後存続させようとしているわけですが、御承知のようにわずか三条の簡単な法文であり、しかも内容が抽象的かつあいまいである。こういうことになりますと、従来の経験にかんがみて、どうもまたぞろいろいろなことに名をかりて、相当検察当局が争議に介入してくるということを非常におそれるわけなんです。特に鉱山の保安というものに関しましては、一体どこまでが保安の限界であるかということが必ずしも明確でないのです。これを極論いたしますと、一切の坑内の作業が保安に関連をしてくる。こういうことから考えまして、このスト規制法の抽象的かつあいまいな三条の条文でもって、今後法務当局としては、争議に不当介入という疑いを受けることなく、検察官の非常なる行き過ぎだというような非難をこうむることなく十分にやっていける御自信がおありであるかどうか、その点をお伺いしたい。
○牧野国務大臣 重大な御質疑を受けまして、この点に関しましては、もしもこの法律がただいま初めて提出されたといたしますれば、さらに重大な点があろうと存じますが、すでに過去三年間実施した経験がありますので、実は刑事局長と私とは、今年も検事長の会同でも、検事正の会同でも、その点に関する行き過ぎは決してあってはならないということを深く戒めました。今後ともこの点に関しましては、御趣旨を体して、さような行き過ぎのないことを期します。
○八木(昇)委員 これは従来も、この国会の委員会での答弁として、そういった答弁がいかない法律につきましてもよくあるのでございますが、特にこの電気の場合は、先ほど申しましたように、実際相当多数が公益事業会違反として起訴をされ、百名もの人たちが被告席にすわらされて、しかも公益事業会違反ということにつきましては、免訴もしくは無罪ばかりであります。しかもそれら違法なる行為を働いたということを理由として、御承知のように昭和二十五年、その当時の被告のほとんど全部は、レッド・パージにかけられておる、職場を追われておるのであります。今日今なお職場に復帰ができておらない。そうしてまたおそらくは、今のまま放置するならば、経営者側はこれを職場に復帰せしめようとは考えておらないだろうと思います。結局検察当局がやった結果がこういう大きな波紋を及ぼして、しかも結論的には無罪である、こういうことになる事態について、法務当局としてはいかなる責任をお感じになっておるか、そういう点の御見解を承わっておきたい。
○牧野国務大臣 その点に関しましては非常な責任を感じます。そして私は従来、委員会その他におきましてその場限りの答弁をするのと違いまして、就任以来その点をやかましく申しますと、当初は検察部内における士気を阻喪せしめるものだとして非難を受けたのでございますが、約一年にしてようやく私の真意を解されまして、どうしても新しい文化国家を形成するには検察当局というものは率先して罪人扱いをしてはいかぬのだ、どこまでも導くということを主にしていかなければならないのだということの徹底を期するその目的が達成されるように相なりました。従って疑わしいものは法を明らかにしまして、解釈を決定してからでなければ適用してはならない。従って標準は、いかなる場合においても公共の福祉を維持する、公共の福祉を侵害する行為はどんな場合でもいけない、これは民主主義の本体である、民主主義の立法はそこにあるのだ、だからいかなる場合でも公共の福祉ということを念頭に置いてやって下さいということを言っております。今の御質問の御趣旨は、これを必ず部内一般に徹底せしめたいと存じます。
○佐々木委員長 八木君に申し上げますが、法務大臣は用事がありますので、質問をまとめていただきたいと思います。
○八木(昇)委員 あと二つ三つお伺いしたいと思ったのでありますが、それでは簡単にお伺いいたします。 そういうふうに申されましても、おそらく現場の出先の検察庁というものは、こういう労働争議というようなものについての認識というものが欠除しておる場合が非常に多い。これはいなかに行けば行くほどそうであります。そこで将来、万々が一このスト規制法が再び存続されるというような事態が起るといたしましても、少くともこの労使の問題は最大限度自主的にこれが行われるべきものであって、これは人を罰するという立場に立つ法務当局といたしましては、法の行政解釈というものはぜひとも最小限度にとどめてもらわなければならぬということを要望いたします。ところが事実はその逆であって、行政解釈を最大限度にいたしております。そういうようなことが絶対にないように、将来このスト規制法に関しましても、過去のような犠牲が出るというようなことがないように厳にお願いいたしたいと存じます。なお午後でも二、三質問をいたすことにいたします。
○佐々木委員長 法務大臣どうもありがとうございました。井堀繁雄君。
○井堀委員 労働大臣に一、二お尋ねをいたしたいと思います。 まずこの俗に言われるスト規制法の存続決議を審議するに当りまして、この法案の成立した当時の社会情勢と今日の社会情勢と非常に大きな変化が起っておると思うのでありますが、この変化について労働大臣の所見を明確に伺っておきたいと思うのです。言うまでもなくこの法律が国会で論議されました当時、すなわち昭和二十七年というのは、日本民主主義の濫觴期といいますか、封建的な、あるいは全体主義的な、軍国主義的な、あらゆる反動的な制度や思想や社会的機構に対する大きな改革の行われる過程に該当する時期であったと思うのであります。従いましてそういう大きな社会的な背景の中にその当時のあらゆる行動もあり、また問題もあったわけであります。その一つの現われとして、すなわち労働運動の動きというものも、今日からすればかなり反省を要すべき労働団体の行動があったと思うのです。また当時の日本の指導力を失っておりました政治力、あるいは企業家としての当然の任務を遂行しなければならなかったにもかかわらず、当時の環境からいえば虚脱状態に置かれておったというような事情もあるわけであります。こういうきわめてこんとんとした、混乱後における収拾の緒についた当時の日本の現状と比べて、やや小康を得、今日では一応、日本の自立を達成するあらゆる条件が出そろってきて、かなり客観的な条件が相違いたしておる、こういう時代の大きな変化によって、この法案というものに対する考え方に非常な違いが出てくると思うのです。こういう意味で労働大臣のまとまった見解をこの機会に伺っておきたいと思うのです。そういう立場でお尋ねをいたしますが、昭和二十七年当時の労使関係と現在の労使関係というものの変化を、どのように労働大臣は観察されておいでになるのでしょうか。率直な御意見をいただきたいと思います。
○佐々木委員長 ちょっと大臣の答弁前にニュース・カメラマンにお願いいたします。いよいよ最後になりまして、大事な質問で速記録に十分とっておきたいと思いますので、いずれまた撮影の機会を与えますから、当分一つ撮影を中止していただきたいと思います。
○倉石国務大臣 大そう大事なお話でございまして、私ども労政担当者といたしましては、そういう点につきましては、最も注意深く観察をいたしておった次第でございます。申し上げるまでもないことでございますが、戦後にわかに起りました日本の労働運動というものはああいう形で起って参りましたから、社会的にいわば非常に行き過ぎのような感じを与えられる傾向がありまして、だんだんこれが安定いたして参りました。昭和二十七年当時と今日ではどうであるかというお話でありますが、私は全般的に見て非常に安定いたして参っておる、こういうことは言えると思います。ことに組織大衆の下部の方では、やはり私は労働運動それ自体に対して非常に理解を深めて参ったと考えております。
○井堀委員 そこでもっと具体的にお尋ねいたしたいと思いますが。昭和二十七年当時の、一般に労働攻勢、労働組合の労働条件の維持改善はもちろんでありますが、日本の当時の労働組合の使命は今日と当時とは多少私は異なっておったように思われるのであります。というのは日本の労働運動の新しい傾向として生まれましたものは、かっての戦前の労働運動は一時全く中絶いたしまして、真空状態の中から新しい形において日本の労働者というものは——今は一般に言い古された言葉でありますが、団結権であるとか、団体交渉権であるとか、あるいは団体行動権、今問題になっております団体行動権といったようなものは、日本の戦前の労働運動にはまことにうらやましい事態であった点でありまするが、そういう可能性は全く否定されておったといってよい状態にこの労働運動炉あったのであります。でありますから、今日の客観的の諸条件の中で戦前の労働運動というものを判断することは全く至難のことであるとこの面から言えるのであります。そういうような過去の労働運動の歴史から、大東亜戦争また今度の第二次世界戦争の渦中に日本が入りましてから日本の労働運動というものは全く中絶したのであります。そのあとにすなわち日本が戦争に敗れて初めて労働者に大きな福音として贈られたものでありますから、見方によっては日本の労働者が直接戦い取ったとか、日本の民衆が戦いを通じて得た新しい権利だとは、形式的には申せるかもしれませんが、過去の歴史と中断はいたしましたけれども、実質的にそういうものを否定することがどうかという問題がここにあるわけであります。そういう問題を全然たな上げして議論する者と、そのものと結びつけて考える者とに私は非常な違いが出てくると思うのであります。こういうことを長らく申し上げることは時間の関係でできないのでありますが、私お尋ねしようとする大事な点は、昭和二十七年当時の労働組合運動というものは、そういう経過を経て、いわばポツダム宣言の中に規定されております——だからこれは日本民族にとっては皮肉なことでありますが、その中に流れております一つの要請というものは、これは私は日本に対する懲罰だけではなしに、世界のあらゆる人々の求める大きな要請が強く流れていることは否定ができないと思うのであります。また日本の国際的な地位を回復していくためには、この点を目ざしてわれわれはやはり最善の努力を集中することが一番日本民族のために効果的なことであると考えておる次第であります。これは言うまでもなく労働者に団結権や団体交渉権あるいは団体行動権といったような、戦前にわれわれが夢にも思いもうけない大きな基本権というものが保障されるような憲法なり労働法なりというものができた社会的な背景というものは無視できないと思う。このことは以上申し上げたような経過でわかりますように、二つ見方があると思う。一つは歴史というものは中断しておるけれども、その中断は表面の形で、奥に流れる伝統というものは無視できない。それが日本的なものになるかあるいは全く翻訳的なものになるかという私は違いになると思いますが、そういう問題は一つあるのでありますが、この問題といま一つの見方は、全く真空状態のところへ新しいものが与えられたというこの事実、後者の場合を前提にして今論議されておると思うのでありますが、私は前者をとりたいと思う。この辺の考え方についてどれだけ労働大臣が思いをいたしておるかについて一応お尋ねして、次に進んでいった方が便宜だと思います。一体日本の真空状態にあったもの、そこへいきなりこういう制度が行われたという、だから過去のつながりをどうお考えになるか。またそういうことの見方によって非常に違ってくると思うのでありますが、この点は二大政党を志向するようになりまして、自民党の労働政策の基本になる一つの考え方だと思いますので、この点一言明快な見解を伺って次の質問に進みたいと思います。
○倉石国務大臣 私はかって国会議員団で数年前にアメリカへ参りましたときに、まだ占領中でありましたが、社会党の佐々木良作先生も私どもと御一緒でした。そのときに国務省当局でわれわれ日本の国会議員団に向って、もう近く日本は独立を回復されるわけだが、何か占領政策でまずいと思うことはなかったでしょうか、遠慮なく注意してもらいたいという話がありましたときに、皆さんで相談して、私が団長のゆえをもって答えましたのは、まずいと思うことだらけでありました。しかし民主主義を植え込んでくれたことについては、われわれの力ではようやり得なかったことを、遺憾ながら敗戦ということが動機になって、われわれはこれを獲得することができたということは非常な感謝すべき事柄である。その他にはたくさんまずいことだらけであった、こういうことを申しました。私はその民主主義を獲得することができたということをわれわれが喜んでおるという中には、ただいまあなたのお話の中にありますように、日本の労働運動などというものは戦前はああいう状態でありました。それが労働三法が制定され、そして今日のような組織大衆をもって、日本の民主化に役立っておるということについては、私どもはかくあるべきものである、こういうふうに考えておる次第であります。
○井堀委員 私のお答えを希望しておることは、日本の新しい一つのでき事は皆さん御存じのことです。過去の日本の労働運動に限ったわけではありませんが、民主主義というものが木に竹をついだように与えられたという格好になった。しかしそれを日本の長い伝統の中でどうそしやくしていくかということがわれわれにとっては重大なんです。そのそしやくの仕方について、これはこういう問題を論議することについては一番大事だと思いますので、この基本的な点をしっこく聞くのですが、私たちは木に竹をついだようには考えていない。非常に高い節はできたけれどもつながりはやはりあると思う。こういう考え方が必要ではないかと思うのです。しかしあなたに答弁を強制するわけではありません。だから木に竹をついだ、全くあなたの御説でいけば与えられた憲法であり、与えられた民主主義でありということに受け取れば、それも一つの受け取り方だと思うのですが、私どもは全然白地に書きつけられたものとは考えていない。それは大きな節にはなったのであるけれども、ことに労働運動の場合においてはそうです。そういうものが全然否定されてものを考えられるということになりますと行き違いができてくる。だからそういう点で、もしあなたが今お答えになったことを私が勝手に受け取ることはどうかと思いますが、私今お話を伺いますと、日本に与えられたものの中で懲罰規定もありましょう。今のような組合の文化的な要求もありましょうが、文化的な要求は言うまでもなく日本の民族は歓迎をする。懲罰規定は迷惑であるということはだれしも同じことであると思うのです。そういうことの中で、民主主義という与えられたものをわれわれが受け取っておるので、民族の歴史の中でそれを消化し同化しようとする努力がものの考え方をきめてくると私は思うのです。この点について、これは党の政策の基本をなす考え方でもあると思うし、それからあなたがこういう法案のいろいろな考え方をなさる上にも大切だろうと思ってお尋ねしたわけです。お答えしていただかなくてもけっこうでありますけれども、できればそのことを明らかにして次の質問に入りたいと思います。そういう意味であとでお答え願いたいと思います。そこで私がそういうことをなぜしつこく聞くかも申しますと、日本の労働運動というものに対する見方に非常な変りが出てくると思うのです。それからこういうように労働運動それ自身の健全な発達、民主的な成長を、腹は別ですけれども、いずれもわれわれの今議論しておるものは、日本の労働運動が健全なものを希望しておることは間違いないと思う。だからその労働運動の健全なものを希望する、あるいは労働組合運動というものがいささかもあやまちを犯さないように周囲の人が注意をするという行為については、労働者はそのまま受け取るべきだと思うのであります。ただその注意をされる人が誠心誠意そう考えておるのか、あるいはそれは作為的なものであるか、本心は別にあるかというようなことを今一応問題にされておるものですからこういうことを聞いたのです。 そこで私は当時の具体的なことをもう一つ聞きますが、当時の日本の労働組合運動は、以上の論議でも明らかなように、ただ単に労働条件の維持改善だけを主目的として労働組合というものが期待されたんじゃないことは御存じと思う。すなわちそこの中には占領政策も入ってきたのでしょう。あるいはポツダム宣言の中にある懲罰規定なども、そういうものの中に投じてある程度の効果を上げようとする意図が相手方にもあったということを判断しなければならぬと思う。いろいろあると思うのでありますが、しかし日本の民族としては、とにかく軍国主義的な、全体主義的なものをできるだけ早い機会に払拭させようとする目的があったということは間違いないと思う。その目的を遂行するために日本が民主主義的な成長を早く遂げるということは、期せずして目的が一致していたというところに日本の民主革命というものは促進されたと思うのです。ただ単に日本民族のために世界がよかれかしと援助するというふうに善意にはとりたくないのであります。特に戦争した相手方の懲罰を意味するものでありますから、それはどこかに共通目的があるはずだ。それは一つには、日本の労働者の労働条件を引き上げるという目的ももちろんありますけれども、そのほかに日本の平和主義なり、日本の民主主義なりというものが労働運動によって期待されておるということを見落してはならぬのではないか。言い方を変えますならば、労働組合運動の幾多の職分の中で政治的な職分というものを相当高く買っておるという点にわれわれは注意をしなければならぬ。それがたまたま一般に政治偏向といわれる言葉でごっちゃにされておりますが、労働組合が経済団体としての性格を誤って、すなわち権力闘争、政治権力を奪取するための手段に労働運動を使うという意味での政治偏向は、われわれは否定しておる。しかし日本が封建的な、軍国主義的な、全体主義的な、こういう反動勢力を駆逐する、民主主義的な、平和的な勢力を増大する意味の政治的な役割というものは、日本の労働運動には非常に重大な役割であった、こう私どもは考えておるわけです。こういう点に対して、労働大臣はどのように御判断なさっておるかを一つ伺っておきたい。
○倉石国務大臣 民主主義のことについてお話がございました。わが国の歴史を回顧すればおわかりの通り、日本人自体は非常に平和主義的であり、民主的でありましたが、政治形態そのものは、やはり長い間封建的なものがありましたことは御承知の通りであります。たとえばアメリカのごときは、ああいう形で移民が移住していって、そしてお互いが自分たちを守り合わなければならないという立場から、何かさくを作って——ものの本によれば、タウンというのはチャウンからきたので、チャウンというのは囲いということだ、つまりお互いが守り合う、その中でその部落の政治をやっていくのにだれか一人がいすに腰をかけて会議を主宰するというので、その議長をチェアマンといった、こういうふうに自然に出てきたデモクラシーでございます。私はそういう点から考えてみまして、日本人はもともと平和的であり、民主的であったのでありますけれども、私どものいわゆる民主主義というものは、率直に見てやはりまだほんとうにお互いが体得し切らない面もあることは、やむを得ないことだと思います。現に、一番すぐれた民主主義のチャンピオンであるべき国会議員の集まりで、みずから民主主義を否定するような暴力行為が行われるというところに、やはり偽わらざるあやまちをお互いに認め合わなければならない、こう考えるわけであります。 そこで今お話の中に、日本のあらゆる立法措置で、占領中に行われたものの中には、労働政策なら労働政策というものをプロパーに考えないで、これを利用して何らかの政治的意図を占領軍が持ったこともあるではないかというようなお話もございましたが、最近私はイタリアに行ってそういうことを痛切に感じました。イタリアではファシスト党を払拭するために労働運動を利用して、その中に共産党をうんと力を入れて培養した。今イタリアの政治家が悩んでおるのは、この占領政策のかすをどうやって払拭するかということであると言っておりましたが、わが国の労働立法は、率直にわれわれは認めざるを得ないのは、私どもが法律を作るときに、その時分のスキャップから英文で原文を書いたものを渡されました。そについて翻訳をして、どうもこの英語の翻訳はまずいじゃないかということをしばしば言い合った時代がございます。憲法についても、御承知のように英文憲法の草案が参りまして、それを翻訳いたしまして、日本政府の案と対象いたしてきめましたことも御承知の通りであります。これは偽わらざる事実でございます。そこで、占領軍が日本の労働三法を制定するときに、どういう気持があったかということについて、私は今ここでこれをつまびらかにお話をし合う時間を持っておりませんが、しかしながら日本の労働三法の中に流れておるものの考え方は、私は非常にいいと思うのであります。このいわゆる民主主義的なものの考え方—しかしその中には、やはり見る人によっては法律というものはそのときの社会的、経済的な基礎を土台にして考えなければならないものでありますから、たとえば非常に物資の欠乏のとき、経済統制令というものがありました。今ではほとんどこっけいに近いようなものでありますが、やはりその時代にはその時代なりに存在価値があった、私はそういう意味で、法律というものも万物と同じように生成流転して参る社会現象を現実に把握して、それに合うような立法措置が行わるべきではないか、こういうふうに考えておるわけでありますが、日本の労働運動を概括してみまして、今あなたの御指摘になりましたように、労働運動を利用して一部の政治目的にしようというふうなものがあることは事実であります。私は、あなたととも、そういう労働運動というものは、労働者を幸福にするものではないと思いますから、やはりこの日本の労働運動というものは、あなたが御指摘のように、まず日本の産業をいんしんならしめて、それによってお互いの国民生活の向上をはかる、やはりこの中には労働組合の所属員の生活向上をはかる、こういう方向に日本の労働運動というものを持っていくべきであるという点においては、あなたと全く御同感であります。
○井堀委員 禅問答のような質問をして恐縮でありますが、不得要領のうちに要領を得たいと思っておりますが、それは一つには、昭和二十七年は言うまでもなく明確なことは占領下に置かれておった時分であります。その時分の運動を引き延ばしてきて、一つの法律規制を試みたということは、当時の審議の過程からいって明らかなことであります。ただ今日は一応やせても枯れても独立を取り戻し、ことにこの国会で全面的な講和が成立するという可能性も出てきておるときであります。こういう占領当時のいろいろな思惑やあるいは当時の社会情勢の中で、日本の労働運動の動いた事情というものと今日とはまるきり違っておるということは、今までの問答の中でわれわれは理解してきておるわけであります。そういう理解ができておれば、ここで一つ問題になるのは、その当時のものをそのまま延長するといったような決意を求めるということはかなり矛盾するのではないか、むしろ新しい情勢に合うような法律というものに作りかえていくとか、あるいは一応これは役目は終ったものとして終りを告げるという形に持っていくのが、あなたと私の議論の中で一致できる点ではないか。それを無理に——ということはこれは私どもの見方かもしれませんが、他の目的でこれが使われておるのじゃないかという疑いを受けるのは、そういうところから出てくると思うのであります。ここでそういうことはないといえばそれだけの話でありますが、私どもは言葉のやりとりではなしに、あなたも言われておるように、日本の議会をできるだけ民主的なものにしなければならぬ任務を持っておる、そういう意味でそういう行為は一番非民主的なやり方だ、人民にいろいろな疑いを故意に持たせるようなことは避けていきたいというような意味でも、今私は明らかにしておきたいと思うのは、客観的な情勢というものは、二十七年と今日とではまるで労働運動の背景が変ってきておる。そのときには役立ったかもしれませんけれども、今日では全くその意義は失われておる、また失われないにしても、別な新しい目的があるならば、そういう目的を盛り込んだ法律になるべきではないか、こういう点はどうしてもあなたの説とこの法案の扱い方に対する政府の態度は、大きな食い違いを感ずる。政治的な答弁ではなしに、あなたの今まで述べられたことと矛盾しないような意味で、この点にお答えがいただければ私の質問は目的を達するわけであります。しかし何もぜひというわけではありません。私の考えを言い、あなたの考え方を承われればと思って聞いただけであります。
○倉石国務大臣 ただいま御審議を願っております議決案で一番大事なキー・ポイントは今のところだと思います。私はしばしばこの席で申し上げおりますように、このような法律がなくてもよい、良識によるよい労働慣行の成熟することを待望いたすわけであります。井堀さんのお話によれば、だんだん進歩して参りました日本の労働界を見て、こういうものの存在を特に必要としないではないかという見方のようでございますが、私どもはしばしば申し上げておりますように今日の客観的情勢は遺憾ながらこれを必要とするのだが、私どもとしてはなるべく早く今回のようなものを制定しないでもいいような時代が現出することを待望するわけであります。先ほどもここで法務大臣と皆さん方の間にお話がありましたが、元来著しく不当であると思われる一つの手段だけ禁止いたそうというわけでありますから、皆さん方の方ではその手段を規制する必要はないではないか、すでに常識は発達しているんだという見方のようでありますが、ただそこの労働界の客観的情勢の認識において私どもが皆さんとちょっと食い違っておるということだけでありまして、遺憾ながら私どもとしては現在のところこの法律の存在する方がよろしい、こう考えておるわけでございます。
○井堀委員 この質疑はこの程度で結論が出たと思いますので、深追いしようとは思いません。ただ明らかにいたしておきたいことは、昭和二十七年当時のこの法律が問題になった労働運動の背景というものと現在とは非常な違いがある、にもかかわらずそのままのものをここに持ってくるということは、私どもの立場からすれば、労働政策としてはあまりにも無為無策ではないか、そうでないとすれば他の目的があるのじゃないかという疑いがどうしても解けません。それは解けないままに、次に一つお尋ねいたしたいと思います。 今度の法律の目的は、労働者の団体行動権の一部を制限する——全部ではなく一部ですが、その目的は公共福祉のためにということだけが明確になっております。そこでお伺いしたいことは、あなたも民主主義に対してはかなり理解の深い政治家の一人でありますので、あえて餐言は要らぬと思うのですが、民主政治のもとにおけるものの考え方、それから政策の上に打ち出されてくる具体的なものとして、労働政策で取り上げられる本質論について伺っておきたいと思います。それはこの提案理由にもしばしば述べられておりますし、あなたのお考えもそこにあるようでありますが、少くとも労働の常識から言えば、労働者の団体行動というものは野放しであってはならぬことは言うまでもありませんが、その制約は民主主義のもとにおいては世論の制肘にこたえるべきものであって、決して世論のワクを越えた労働運動というものは民主主義時代においてはないということが常識になっております。そこに労働組会運動の自主性が一方には強調され、それが保護されておる。それは民主主義の鉄則であって、行政に携はる政府がこれに干渉を加えたりあるいは制限を加えるというようなことは、民主主義の政治としてはとるべきことではないことは今さら言うまでもありません。そこで問題は、労働組合の自主性が今日不健全で、労働組合の成長がいまだその目的を達する状態になっていないからという主張が今までなされておるように伺っておるのであります。私はそのことをそのまま認めたといたしましても、労働組合というものはいきなりりっぱな性格を作り上げて生まれるものではなくて、長い歴史における経験を積み重ねて、世論の制肘やあるいは刺激を受けて発達してくるということは言うまでもないと思います。もしそういうものに行政府が、すなわち人民の自主的に成長を遂げていくべき本質を持つべきものに対して、制限を与えるということは根本的にあやまちである、しかしただ許されるのは公共福祉という言葉が出てくるわけであります。そこで私は公共の福祉の問題について、この法案については長い間論議されたので、繰り返す必要はないと思います。私はこの公共の福祉という問題と、今いう労働者の団体行動権との問題について伺っておきたいと思うのは、公共の福祉ということはいうまでも広く古い言葉でいわれておるように、最大多数の最大幸福、最大多数とはどういうものによって占められておるかということに前提があると私は思う。この意味では労働運動に関係をいたしますものが私は国民の最大多数と見て差しつかえないと思う。すなわち少くとも雇用関係、だれかに使われている人でありますならば、団体行動権というものが何よりも大切な生存のための人権でなければならぬことはいうまでもありません。そうすると日本の全人口のうちに雇用関係のもとに生活権を守るという人口は一体あなたはどのくらいあるとお考えですか。でありますからここで具体的にスイッチを切ったりあるいは電源ストをやることによって停電が行われて、その被害を受けるものはいうまでもなくこの部類の人が一番数の上では多いと見るべきだ、言いかえれば階級的にものをいえば自分でつばを吐くと同じ結果をもたらすわけであります。でありますからこれに対して一番早く攻撃を加え非難を浴びせてくる世論は勤労大衆の中にある、すなわち労働者の間にある、そこに労働運動というものが自主的な、すなわち二乗的な形において牽制をし合っておる、そうして労働運動の健全な発達、民主的な成長というものが行われるものであって、それを政治権力等によって干渉したり圧力を加えるということは適当でない、こういうふうに考えるのですが、この点の見解を伺います。
○倉石国務大臣 もちろんいわゆる公共の福祉が守らるべき立場に立つものは一般国民でありますから、その一般国民という中には労働しておいでになる方も家族の方々ももちろん含まれておる。しかし私の申し上げたいと思いますのは、つまり個人の少数の人々の自由権の発動によって大ぜいの人々の迷惑になるようなことはやめなくてはいけない、そして繰り返して申し上げておりますように、そういう意味が私ども申し上げようとする公共の福祉、こういうふうに考えております。
○井堀委員 総理大臣がお見えになったようでありますし、他の同僚から質問をするような予定にほっておるようでありますから、私の質問は一応保留をいたしておきたいと思いますが、今の労働大臣の答弁は私の質問に共鳴されたような答弁にもとれますし、まだ疑いも残っておりますが、いずれまた後刻質疑を続けたい思います。
○佐々木委員長 ただいまから総理に対しての質問に入ります。渡辺惣蔵君。
○渡辺(惣)委員 本委員会は十七日に付託になりましてから、きょうまで十日間にわたりましてきわめて慎重な態度で審議を続けて参ったわけであります。そして衆議院議長及び両党の話し合いで、本日をもって本委員会において審議を終えるという約束をいたしております。鳩山総理は十四日にこの問題に関して議運の委員会に出席をせられ、二十一日には本委員会に出席されまして答弁をされ、スト規制法に関連いたしました問題については、総理としてはきょうで三回出席をされるわけであります。前後いたしまして、倉石労働大臣を初め、関係各閣僚が出席されまして、法律的な面その他から各氏の質問がなされ、総理が終られた後におきましても、なお本日一ぱいそれぞれ質疑を続けるわけでありますので、私は重複を避けまして、特に政治的な立場から総理に若干の質問をしたいと思います。 まず第一に、この際総理の心境をお伺いいたしたいわけでありますが、十四日に議運に出席を求められて出席をされました際に、あなたは、このスト規制法の延長についての委員会の審議を省略する問題については、これを撤回する意思がない、こう答弁されたわけです。二十一日には同僚議員である赤松勇君からの、なぜ十四日には撤回する意思がないと言われたのを十七日から以降、委員会の審議省略を撤回して審議に入ったという事実に対して、どういう政治的責任を負うのか、こういう質問に対しまして、あなたは、国会の運営を円満に遂行するために心境が変った、こう答えられているわけでありますね。
○鳩山国務大臣 そうです。
○渡辺(惣)委員 そこで私どもは議長のあっせん及び両党の話し合いを尊重いたしまして、委員会の審議を今日まで非常に慎重な態度で続けて参りましたのに対しまして、あなたは、国会運営の円満なる促進をはかる上から、こういう委員会の審議の過程をどうお考えになっていらっしゃるか、一つこの際心境をお尋ねいたしいと思います。
○鳩山国務大臣 委員会において十分慎重に御審議を下さったことと思っております。
○渡辺(惣)委員 委員会では制限された時間の中に非常に慎重な態度をとって参りました。われわれは、この委員会に入るに当って、衆議院においては十日間の審議を行う。会期余すところ、参議院に回りましても、十日間であります。そこであらかじめ、この約束を守る限りにおいては衆議院においては会期を延長しない、こういう約束をいたしているわけであります。ところが御了承の通り二十三日になりましてから、大野伴睦氏その他が岐阜大垣におきましてスト規制法の審議の問題にからみ、さらに自民党の党内問題にからんで、十二月七日に予定されている党大会は開催困難であろう、従って党大会を延長いたすとともに会期を一週間ぐらい延長することになるであろう、こういうことを言明されたわけでありますが、この点については総理として総裁として、この大野発言に対してどういうふうにお考えになっているか、明らかにしていただきたいと思います。
○鳩山国務大臣 参議院においても十分に審議を尽していただきたいという考えだけでありまして、いつ済むか、党の大会をいつするかということについてはまだきまった考えを持っておりません。
○渡辺(惣)委員 鳩山総理は四十年間議会生活を続けられて今あなたの生涯の最後を飾る一番大事なときだと思うわけであります。従いましてあなたはここ十数日のうちに今日の責任を退かれることになるかもしれませんけれども、しかし四十年間身をもって議会政治家として通されてここまでこられたあなたとしましては、やはりここで退かれるような結果になるとしても、新たなる国会運営のルールをはっきりと確立されて、そうして終りを全うされることが一番正しい道、とおそらくあなた自身がそれを願っていらっしゃるだろうと思うわけです。そこで今日の日本の政治は二大政党の対立の時代に入っているわけであります。二大政党の時代に入って参っておりますと、どうしてもここに両党の共同の場がなければならない。二つの対決する政党がそれぞれ話し合いをする場所がなければとうてい国会の民主的な運営は続けられていかない。これは当然のことだと思うわけであります。そこで前国会等におきましてもああいう紛争が起りましたのは何に起因するかということになりますと、それは二つの党が対決している中におきまして、お互いに話し合いのルールを守らない点が国会の紛争になっているわけであります。法案の審議の内容それ自体よりも、そういう党と党との話し合いというものが議会の中で十分尊重されないところに問題が起ってくるわけであります。そこで御存じの通り国会が始まりますには必ず会期というものが事前に決定される。そして一定の会期の中で政府はそれぞれ法律案を提出し、われわれはそれに基いてそれを審議いたすわけであります。ところが会期末になりますと、一方的に約束をじゅうりんして、会期の延長を行う、そして土俵を広げることによって民主的ルールを傷つけて、無理やりに、期間内における法案の審議を無視して、力をもってこれの通過をはかろう、こういう態度がしばしばなされて来たわけであります。そこで私どもはこの臨時国会に当りましては、この点について党といたしましても特に慎重を期し、事前に両党の間に国会対策委員長会談や、あるいは幹事長書記長会談等もしばしば持って、そしてしかも総理にも議運に出席していただいて所信の表明をお願いしている。そうしてここでお互いに話し合った立場において、これを相互に尊重してこの審議を続けようという建前をとってきたわけであります。であるからこそ私どもは制約された期間の中におきましてきわめて慎重な態度をとり、自重して今日にきたわけであります。そこで衆議院の段階におきましては、私どもはただいまも議運を招集いたしまして、会期を延長しないということの態度を再確認をするならば、われわれは本日この法案を約束通り参議院に送付することを了承する。しかしもし食い逃げをして、衆議院を通過させておきまして、残る参議院において鳩山さんはまた四たび心境の変化を来たされて、衆議院の段階ではああだったが、参議院の段階にいったら心境は別になるのだ——あなたはしばしば心境が変られる習癖があるようでありますから。そこで衆議院を通してから参議院にいって、また四たび心境の変化を来たされましては、これは重大な政治的な問題が発生してくるわけであります。この点について、会期の延長をいたしますのは、これは参議院の一方的意思によって延長できるわけではない……。 〔発言する者あり〕
○佐々木委員長 御静粛に願います。
○渡辺(惣)委員 衆議院との話し合いにおいて会期の延長が成立するのでありますけれども、会期の延長におきましては、院において勝手に院だけの判断によってなされまする場合よりも、法律案を抱いておる政府の要請、政府の要求が最も多くこれを作用する意味におきまして、政府の責任は会期問題についてはきわめて重大なる関連がある。そういう点から、私は特に参議院の段階にいって、かように衆議院のように約束を守って審議をした場合においても、あなたは四たび心境が変化することがあるかないか、この点についての態度を一つ明らかにしていただきたいと思います。
○鳩山国務大臣 現在においてそういうことは考えておりません。参議院においても十分の審議を尽してもらいたい。あなたは先ほど会期延長が非常に非立憲のようなことをおっしゃいましたけれども、日本の議会史におきまして会期の延長はたびたびありました。国会の承認があれば会期は延長できるものだということは、やはりわれわれは知ってなくちゃならぬことだと思います。(「今度の場合はどうなんだ」と呼ぶ者あり)今度の場合は今考えていないということです。
○渡辺(惣)委員 それでは、現在の心境では考えていらっしゃらないということでありますから、参議院に送付された場合におきましても、ただいまの御発言を一つ守られまして、慎重な態度で臨んでいただきたいと要望いたしておきます。 次に簡単に一言だけこの内容に関連いたしまして総理の所見をお伺いをいたしておきたいと思います。それはこの前後十日にわたります本委員会の審議で、二つの問題点が出て参っておると思います。第一点は、この臨時立法をここで延長いたしますと、あべこべに恒久立法になってしまうという新たな問題であります。第二の問題は、制定当時との見解の相違で、著しく適用範囲の拡大解釈がなされつつある、こういう二点の問題がこの十日間の審議を通しまして、論議の中から明らかになって参りました。私はここで労働大臣や法務大臣、通産大臣等に対する質疑と同一のことをあなたに申し上げたり、繰り返そうとは存じません。ここで問題になりますのは、法を時限立法にいたしました精神と申しますのは、この法律の性格上一つの社会立法であって、当時の社会的条件の中から生み出された法律であるということは、あなたも確認をされておるところだと信じます。そこでその後三年間を経過いたしまして、この期間中に一つの法違反の事件も起っておらない。そこで、そういう違反事実が一つもないので、労働大臣は非常に困りまして、苦しまぎれにどこに根拠を求めておるかと申しますと、日本炭鉱労働組がその大会におきまして、前後三回にわたって保安放棄に関する戦いを確認しておるということと、前後十回これに関する指令を発しておる、こういうことを主張しておるわけであります。ところがこれは労働大臣もその他の関係大臣も事実をよく調べていらっしゃらない。労働大臣もわからないことをあなたに聞くととは実は無理だと思うのでありますが、炭労が保安放棄を含む戦術を決定いたしておるということは、それは会社側のロック・アウトに対する対抗の手段として主張しておるのであって、そういう一つの条件を抜きにして炭労自身が保安放棄をやる、こういう態度はどこにも表明をいたしておらないのであります。今年十月に開かれました宇部における臨時大会におきましては、特にこのロック・アウト対策の中において、会社が一切の勤労者の生活権をじゅうりんするようなロック・アウトをする場合においては、これを防止することのための柔軟戦術をとらなければならない、そういう意味において会社がロック・アウトした場合においては、保安の責任は当然会社側に生ずる。会社が閉鎖するのですから、閉鎖した坑内における措置というものは当然自動的に会社の責任になってくるのだ。この場合会社側は自分の方の意思で閉山したのだから、締め出されたところの保安要員に対しては、これは業務命令を受ける理由がないのだ。こういう受け身の形で炭労は大会決定をいたしておるわけであります。従って、ここには労働大臣が再三言われるような、一つの目標をもって、意図的に初めからそういうような、会社側がロック・アウトし、そして働く者が山に入って働きたいと思っても、これを働かせない措置をするために、バリケードを築いて用心棒を配置して、鉱員の入坑を拒否するという、こういう事態が発生した場合においては、これは当然労働組合の側において、労働者側においては、この保安要員配置の業務命令に服するわけにはいかない、こういうことになってくるわけでありますが、この点についてはあなたはどうお考えになりますか。
○鳩山国務大臣 最初の御質問は私が答えます。つまりよい労働慣行ができますれば、こういうような法律はなくなるものだ、そういう意味で三年間の期限がついておるわけであります。将来においても、よき労働慣行ができれば当然にこういう法律は要らなくなります。 第二の御質問は少し専門的であり序して、こういうようなことは私はよくわかりませんから、労働大臣からお答えをさすことにいたします。
○渡辺(惣)委員 保安の問題というのは専門的であるとおっしゃいますが、この問題を抜きにしては、この法案を審議する根拠がなくなるわけであります。御存じの通り鉱山における保安問題は、労働者側だけに責任があるの下はなくて、むしろそれは会社側に一審重要な責任があるわけです。鉱山保守法の四条におきましては、特に「鉱業権者の義務」という項を設けまして、経営者側、会社側の保安施設に対するところの責任を法律の上において明確にいたしておるわけであります。ところが労働組合が保安放棄をするということは、結果的に自分の職場を荒すことになりますからこれはほとんど絶対的にといっていいくらい、そう簡単に行うものではないのであります。しかも三年間のうちに、このことによって発生した社会的事実というものは一つもない。にもかかわらず現実になりますと、あべこべに会社側の保安のサボタージュのために保安施設の不徹底、監督行政の怠慢のために、しばしば保安上の問題が経営者側の間から発生してきているわけです。これは非常におもしろい現象だと思うのでありますが、昭和二十八年にスト規制法が通過をいたしました後に、かえって炭鉱におけるところの保安災害が増大をいたしておるということであります。本来ならば石炭合理化法も無理に通したし、スト規制法も通したし、そうしますと、労働組合に対しては次々と制限を設けておきながら、監督行政は保安施設の最大の責任者であります鉱業権者、鉱業経営者に対しましては何らの指導、育成、監督が行われておらない。これは非常に多数の災害者が出ております。昭和二十六年から今年の上半期まで千四百四十六人という人々が重傷し、死んでおります。昨年などは北海道の茂尻炭鉱では十一月二日に一瞬にして六十名の生命が失われておるのです。そういう例は至るところの炭鉱に今起っている問題であります。こういう点については、労働組合が保安放棄をするということを予想して労働者の制限はしておるけれども、完全なる保安上の責任は鉱山保安法においてはっきりいたしておりますように、これは鉱業権者の責任であります。その鉱業権の責任者が保安上に対するところの責任を全然負っておらない、かえってスト規制法やあるいは石炭合理化法が規定されてから、会社側はそういう一つの彼らの防波堤の上に乗って努力すべきところも努力しておらない。ますますそういう事態が大きくなってきている。ことに最近、炭鉱の機械化が進み、もしくは乱掘をいたしまして、だんだん奥地に石炭の切り出し口を求めていく、だんだん労働条件が悪条件になっていくということのために、一カ所でガス爆発その他が起りますと、その災害の影響は一そう深刻になってきておるわけであります。こういうような労働者に対するところの制約は加えるけれども、相手方の資本家側、経営者側に対しましては何らの制約も加えておらない、こういう事実はあなたのお考えで、公正妥当なる状態である、これで一体公共の福祉が守られておる、こうお思いになりますか。公共の福祉というものは労働組合だけに要求されるものではないのです。労働者だけに要求されるものではないのです。公共の福祉は総体的である。全体のうちのより高いものに強化されなければならないとすれば、経営者側に対して公共の福祉をなぜ要求されないのですか。こういうような重大な保安問題については労働組合よりも会社側に要求することがより人命を尊重する道になるのですが、この点についてどういうお考えであるか、お伺いいたしたいと思います。
○倉石国務大臣 御承知のように……(「総理大臣、答弁」と呼ぶ者あり)政府は一体でございますから私からお答えいたします。ロック・アウトが行われますときには、渡辺さんもよく御存じのように、これは部分ストが行われるときにロック・アウトが行われます。部分ストというものの性格は渡辺さんは専門家ですからすでによく御存じの通り、ああいう場合にロック・アウトが行われるのはやむを得ないことでありますが、その場合に保安要員を締め出しておらないわけであります。保安要員というのはロック・アウトをいたしましたときに炭鉱労務者が全部雇用契約を解除されるのではないのでありまして、雇用契約はそのままに存在しておりますから、そこで保安要員はやはりそのまま勤めてもらわなければならない、こういう形になっておることは御存じの通りであります。 それから保安責任者は、御指摘のように鉱業権者でございます。そこで鉱業権者はその保安を維持するために、保安要員というものはある会社によっては団体協約によってこういう者を保安要員とするからということをきめておりますし、業務規程などでやっておるところもありますが、保安要員というものはそういう形できめられておって、その者だけは引き揚げてはならない、こういうことでございます。 それから三番目のお話の、鉱山のいろいろな被害のことにつきましては、この点は私どもも非常に心痛いたしておるところでございまして、いろいろ通商産業省でも私どもの方でも、しばしばそういうおそれのあるところには厳重な警告を出したり、また保安責任者に対しては監督上いろいろな措置を講じておるにもかかわらず、ときたま被害がありましたことは、私どももまことに遺憾千万に存じておりますので、なお引き続いてそういうようなことについては当局から厳重な警告と監督をいたして、それを未然に防ぐように努力を続けておる最中でございます。
○吉川(兼)委員 関連して、総理大臣にこの際簡単にお伺いをしておきたいと思います。渡辺委員からも御質問を申し上げておったようでありますが、あなたの長い政治生活の最後の時期が今日近づいておるということは、政界というよりは、むしろ国民的な常識になっておるのでございます。この最後の段階におきましてこのたびのスト規制法の存続処置のごとき新しい時代の動きに逆行しますことをあなたの閣僚は強行しようとしておるのでありますが、私は、これはあなたのために非常に残念に思うのです。あなたは倉石労働大臣などが忠言しておるに違いない、そのままの口移しの労使間のよき慣行が生まれるまでと言っておられますが、労使間のよき慣行は生まれつつあります。生まれつつありますということは、この法律が三カ年間の時限立法でできまして、今日までこれに違反する事態が起っておらないということが何よりの証拠でありまして、このような日本の民主化のために国際的にきわめて不名誉といわなければならないような処置を、どうしてこの国会において特にやらなければならないか。この国会は、あなたがわざわざ病躯を押してモスクワまで往復されて、作られました日ソ交渉の成果を確認する重大な国会でございます。おそらく私はあなたの長い政治生活を通じましてこの一事は、特筆大書さるべきものではないかと思いますが、この重大な国会にあなたの意図と、少くとも日ソ交渉の場合に払われましたあなたの意図と逆行するとしか理解できない処置をどうしてやるのであるか。私はあなたの忌憚のない、御遠慮のない、また特にあなたはいつぞや明鏡止水なんというお言葉をお使いになったようでありますが、その明鏡止水の心境に立って、このスト規制法の存続処置を現下の客観情勢のもとにおいてどうしても必要であるという信念をお持ちになっておるかどうかということをはっきり一言聞いておきたいと思うのでございます。——そんなメモなんか読まないであなたの考えをはっきりと言って下さい。(「メモは参考だよ」と呼ぶ者あり)メモではだめですよ。あなたの所信を言っていただくのですから……。
○佐々木委員長 答弁に対しては強要はできませんから、御自由に……。
○鳩山国務大臣 私は明鏡止水という心境は今日も持っております。そこで、この法律は必要だと思って出したものであります。
○吉川(兼)委員 そこで私は、衆議院におけるこの委員会の審議がこの段階に来ましての質問でありますから、あまり具体的のことに立ち入って聞くことは避けますが、先刻あなたは、渡辺君が会期の延長に関するあなたの御心境をお伺いしたときに、現在は何も考えていないという御答弁のようでございましたが、その何も考えておらないという御心境は、もし参議院における審議の経過いかんによっては延長をするかもしれないということを意味しておるものかどうかということをお伺いいたします。
○鳩山国務大臣 私がさっき申し上げましたのは、ただいまは延長をする考えは持っていないということを言ったのでありまして、慎重な審議を参議院でもしていただきたいと思っておりますと、それだけのことを言ったのであります。
○吉川(兼)委員 そこで私はあなたに一つだめを押しておきたいと思いますのは、先刻あなたの御答弁の中に、会期の延長ということは、国会においてこれが手続を了すればできることだ、こういうことをおっしゃったように思いますが、実は会期の延長といいますことは、過ぐる十九国会のあの全世界に醜をさらしました暴力国会の原因も、これはあくなき政府の会期の延長、連続しての延長ということがああいう問題になったのでありまして、私は、いわゆる労働組合に向ってよき慣行を求められる鳩山内閣は、少くとも、国会を運営する上におきましてもよき慣行を作り上げることに身をもって一つ実践しなければならぬと思います。ただ政府が与党の多数を頼みまして、政府の出しましたところの法律案なり予算案なりが会期中に審議が終らない場合には、何回でも会期を延長してそれを通すというのであれば、会期などきめる必要はないのでありまして、いわゆる会期というものはきわめて厳粛なものでありますから、あなたにあえて最後を飾れという言葉は言い過ぎかもしれませんけれども、そういう意味ではございませんが、議会政治においておそらく一番議員年限の長いあなたではないかと思うのでありますが、そのあなたがこの際われわれに向いましても、よき国会の慣行を残す、教えるという意味におきまして、参議院におきましても、両党の間でかねて話し合いのできておりますところの、また国会の当初においてきめておりますところの会期を厳守するという慣行をお作りになる御意思があるかどうかということをこの際もう一つお伺いいたしておきます。
○鳩山国務大臣 会期の延長は憲法上許されておるところでありまして、必要な法律を通過するためにやむを得ざる場合においては会期延長もあり得る、これは憲法違反でもなく、またよき慣行を破るものでもない、そういうふうに私は思っております。
○渡辺(惣)委員 私はいろいろ質問を申し上げたいのでありますが、総理の時間の関係もありますし、あとの方もありますから、最後に一言だけ申し上げて、私は質疑を打ち切りたいと思います。 鳩山総理は、ただいま吉川委員の質問に対しまして、ふだんのありきたりの場合の会期延長のことを想定いたしまして、用心深い答弁をされておるようでありますが、一応総理としてはそういう原則上のことをもここで含めて答弁されておる。その政治的な配慮はよくわかりますが、しかしこの問題はきわめて具体的な問題であります。ただいまここで発言中連絡が参りまして、益谷議長のもとに両党の幹部及び議運の理事が集まりまして、衆議院においては、従来態度を決定いたした通り会期延長はしないということを再確認いたしました。従いまして、参議院の段階に参りましてから、参議院側が会期延長の態度をきめて衆議院に申し入れて参った場合におきましても、衆議院はこれに応じないことになると思います。そういたしますと、衆議院の態度の決定によって参議院の一方的な要求を果されないことになりますが、そういうような院の中でわれわれがいたします行為のほかに、総理といたしまして、今あなたの頭の中に一番去来いたしているものは、わざわざ不自由なからだをもってソ連まで使いをされて、戦後果し得なかった日本の国際的地位に関する最大の問題をあなたは一応解決されたということになるわけであります。解決の中身がよい悪いはこの委員会の論議のことではございませんから私は申し述べませんが、しかし少くともあなたは、戦後十年間果し得なかった問題を果した。組閣以来のあなたの悲願の一つである最も大きな問題をあなたはここで解決されたことになるわけであります。そこで、そういう身をもってひたすら願ってきたあなたの希望でもあり、また国民の待望でもあり、わが社会党といたしましても、私どもも特に日ソ交渉の早期妥結を要求して参りましたので、あなたの主張に対しましては全面的な協力を申し上げているわけであります。そこで、もし私ども社会党が、あなたの念願されるところの、今当面しているところのこの重大な日ソ国交回復の問題とスト規制法とをからませるというような態度をとりますならば、私どもは、今晩この本院におきましてスト規制法を通過させることに断じて同意するわけはないのであります。しかし、スト規制法がきょう本院を通過いたしました後において、大体明日日ソ共同宣言案が衆議院を通過するということに予定されておりますが、それと相前後いたしまして、参議院へはスト規制法と日ソ交渉の二つの案件が行くが、国連の加盟の問題やあるいは抑留音引き揚げ等の問題と関連いたしまして、おそらくあなたは一日も早く日ソ共同宣言案の通過を期待されると思います。また私どもも、あなた及びこの全体の要望にこたえまして、スト規制法の参議院の措置いかんにかかわらず、日ソ共同宣言の早期通過に協力を申し上げることになると思います。今国会の最大の重大な問題である日ソ交渉の妥結が、条約批准が行われてしまったあとに、法律上多数の疑義を−持ち、しかも時限立法として問題になっておりまするこの法案だけの措置のために、参議院においてこれを特に会期延長するなどということのないように、あくまでも私どもが院議を尊重して民主的に審議を進めているこの態度を二つ了承されまして、最善の努力をされますように期待をする次第であります。 私の質疑はこれで終ります。
○佐々木委員長 滝井義高君。
○滝井委員 鳩山総理にお尋ねしたいと思いますが、実は十九日以来本委員会で非常な真撃な態度をもってこのスト規制法の審議に当って参りましたが、客観的に冷静な立場から見てみましても、あるいは政府の答弁を聞いてみましても、スト規制法を存続しなければならぬという積極的な理由というものは現在解消をしておるという感じが非常に濃厚に見えております。同時に将来われわれが労使関係を建設的にあるいは合理的に作り上げていく、いわゆる健全な慣行を作りたいという立場に立って考えても、どうもこの法案を恒久立法としてやっていくということは、むしろ有害でこそあれ、決して将来の日本の労働関係の健全化のためにも適切でないという感じが非常に濃厚にしてくる。今、前委員からのいろいろな質問に対して、総理は撤回をする意思はないという御答弁でございましたが、総理、どうでしょうか、与党の総裁として参議院に行ってこの法律が出た当初と同じような、一年か二年の時限立法で一つやってみろというような、一党の総裁としてのお考えはこの際ないのでしょうか。これを一つお尋ねしたい。
○鳩山国務大臣 現在そういう考えは持っておりません。
○滝井委員 撤回する意思もないし、時限立法に考え直す意思もないということでございます。そうしますと、総理、現在著しく公共の福祉に反する行き過ぎた労働運動というものが大体あるかどうかということなんです。あるいは過去三年間にそういうものがあったかどうかということなんです。過去のことについてはすでに中西労政局長から答弁がありまして、この法律に違反すると疑われる行為が数件あったということはありました。しかし明白にこれは違反であるという断定のできるものはまだないというのが現在の段階なんです。また将来のことを考えてみても、すでに昭和二十七年あるいは六年当時とは政治情勢も労働界の情勢もずっと変って参りました。政治情勢を見ても、革新勢力というのはすでに三分の一をこえる勢力になっておる。一、二回選挙をやるならば、おそらく革新勢力は過半数を占めるという情勢なんです。こういう情勢を考えると、もはや将来そう行き過ぎた労働運動があるということは常識的にも考えられない。過去においてない、現在においてない、将来においてもないとするならば、これはどうしても必要とするゆえんが出てこないと思うのです。総理、これは私はきわめて合理的な質問だと思うが、どうして現在あるいは将来を考えてそうしなければならぬか、もう一度明白な総理の御見解を伺いたいと思います。
○鳩山国務大臣 先刻答弁いたしました通り、こういうような立法が不必要ということが明瞭になりましたらば、むろんこういう法律は要らなくなります。
○滝井委員 そういう健全な労使慣行ができれば廃止するという意味だろうと思うのです。
○鳩山国務大臣 そうです。
○滝井委員 そこでそれは一つあとに残しまして、ここでぜひ総理に御言明をいただきたいことは、参議院規則の二十六条によりますと、この延長を求める案件が衆議院を通過して参議院に送付されるときに、委員会の審査省略の要求を政府は付することができるわけなんです。現在の政府は参議院における委員会審査省略を付する考えがあるかどうか、これはもうすでに明日に迫っておる、あるいはきょう通ればそのままだ、これを一つ明確に御答弁願いたいと思います。
○鳩山国務大臣 参議院において委員会を省略するというような考えをただいま持っておりません。
○滝井委員 参議院において委員会審査省略をやらずに堂々と委員会で御審議をしてもらう、こういうことに了承いたしました。 そこで次にはこの法律の附則の二に 「又は当該国会の会期中にこの法律を存続させる旨の議決がなかったときは、その日の経過した日から、この法律は、その効力を失う。」こういうことになっております。従ってもしこの法律の議決を求める案件が臨時国会であるこの二十五国会で成立をしなかったときにおいては、政府は再びこれを継続審議にするということはない、この附則の二は継続審議することはできない、こうわれわれは解しておるのですが、総理もそう御解釈になりますか。
○鳩山国務大臣 今会期中に議決ができなければ継続審議はできない、あなたと同じ考えを持っております。
○滝井委員 だいぶはっきりしました。参議院でも委員会の審査を省略しない、それから継続審議はだめだ、こういうことになっておる。そこでお尋ねしたいのは、この法律が審議未了ということになる可能性は十分あるわけです。そういう場合に再度政府は通常国会に同じような法案を提出をする意思があるかどうか、これを一つお尋ねしたい。これはもう仮定の問題じゃなくて、確実に、審議未了になるか通るか二つしかないわけですから審議未了になる場合が五〇%確率としてあると思う。その場合同じような内容の法案を通常国会に出す意思があるかどうか。
○鳩山国務大臣 私は本法案は参議院を通過するものと思っておりますので、その他のことは考えておりません。
○滝井委員 それは、総理、通過するというのは確率は五〇%なんです。私の方の通過しないというのも五〇%あるわけです。通過をしないということになれば、総理の今までの御答弁を通じてみると、客観的な情勢というものは労使関係が成熟していないんだ、だからその法律は恒久立法として必要だ、こうおっしゃっておるわけです。そこでこの論理からいけば、当然この法案が審議未了になったらまた出さなければならぬという結論になる。そのときにその通り割り切って、再び同じような内容の法案を出すのかどうかということです。これは今言われてもちっとも差しつかえないと思うのです。
○鳩山国務大臣 それば私が今言ってもしようがないでしょう。
○滝井委員 引退を表明されておる総理でございますから、それ以上言いますまい。 そこで倉石労働大臣の方に確認をして総理の御答弁を得たいのですが、実は十六国会以来、今日に至るまでの政府の答弁をいろいろ総合をして言えることは、こういうことが言えるのではないかと思うんです。また私の今読む文章は、参議院において十六国会で政府委員が答弁をした文章なんです炉、また本法案は争議権を抑圧するものではなく、電気、石炭両産業における争議行為の中で、従来とも違法とされ、あるいは違法とまでは明確ではないが、社会通念上正当な争議行為とは認めがたいという、そうした争議行為の方法のみを規制しようというのであって、第二条、第三条によって電気、石炭両産業における争議が、すべて禁止されるものではない、こういう答弁になっておるし、今までの答弁はそういうことになると思うのですが、この通りでいいでしょうか。
○倉石国務大臣 大体その通りであります。
○滝井委員 大体その通りだということでございます。そこで総理にお尋ねをいたします。電気及び石炭両産業における争議行為の中で従来とも違法とされたという、この従来とも違法としたものは大体何を根拠とし、何を基準として言おうとされたか、常識的に一つ法学士の鳩山さんから、医学士の滝井義高が教えてもらいたいのです。やはり電気産業あるいは石炭鉱業の労働者諸君はしろうとなんですから、これは従来とも違法とされたというものが常識的にあるはずなんです。基準がなくてはならない。それを一つ教えていただきたい。
○鳩山国務大臣 所管大臣から答弁をしてもらいます。
○倉石国務大臣 総理がお見えになったので、総理に特にお尋ねになったのだと思うのですが、そのことは従来数日同じことをここでやっておりまして、あなたも御存じだと思います。
○滝井委員 実はそれがはっきりしない、はっきりしないのでやはりしろうとの労働大衆にわかるように説明をしておかないと、これは大事な法律なんですから……。それで私は、しろうとの私が法学士の鳩山さんに聞けばうまくわかるだろう、こういうことなんです。 それでは違法とまでは明確でないが、社会通念上正当な争議行為とは認めがたい、そうした争議行為、いわゆる社会通念上正当なる争議行為とは認めがたい、こういう社会通念上というものが今度はついたわけです。そこで社会通念という言葉なんですが、社会通念という言葉で全部いろいろワクをはめてきまして、そこで十六国会においては、小坂労働大臣はどういう答弁をしたかというと、十六国会で、電源ストなどは従来とも社会通念として違法ではないかという疑いがあったが、昨年、すなわち二十七年のストライキの結果これが違法であるという社会通念が成熟した、こう言っておる。社会通念が成熟したのです。そうしますと、当時二十七年においては電源ストや給電所の職場放棄というのは合法だというのが通説であった。ところが二十七年のスト以来、それが社会通念が成熟をして違法になった、こういうことをおっしゃっているわけです。そうしますと社会通念というものは一体どういものかということをやはり常識的にここに明白にしておかなければいかぬと思うのです。これを一つ総理にお尋ねしたい。これは社会通念ですからはっきりわかるはずです。
○鳩山国務大臣 国民全般の健全なる社会常識、法的意識といったようなものと考えます。
○滝井委員 国民一般の健全なる法律意識、社会意識、こうおっしゃる。ところが総理御存じのように、現在の社会というものはお互いに利害の相対立するところのもろもろの国民というものがこの国では生活をしている。資本家と労働者、農民、中小企業者、すべてこれは利害が相錯綜し対立しておるのです。従ってそこに統一的な社会通念というものがなかなかこれは生まれがたい。特にこういう問題については統一的な社会通念というものは生まれがたい。ここに問題がある。それならば多数党の意見が社会通念なりと断定をされのですか。
○鳩山国務大臣 ただいま申し上げた通り、健全なる社会常識というよりほかに道はないでしょう。
○滝井委員 健全なる社会常識だ、こういうことでございます。それならば健全なる社会常識だとおっしゃいますと、今度は今までの質問の過程をわれわれがずっとたどってみますと、あなた方の主張は、まずこの法律はわれわれが資本を擁護するものだ、労働者の犠牲において資本を擁護するものだという、こういう主張をだんだん追い詰めていきますと、いつの間にか資本の擁護という言葉を今度はやめまして、どういう答弁になってくるかというと、社会の便益のためにと、こうなってくる。資本の擁護が社会の便益のためにとなってくる。そこで今度は社会の便益という言葉に対して、われわれが労働者の生活権をもって対決をしていきますと、今度はどういう答弁になってくるかというと、公共の福祉をもって社会の便益に変えてくる。そこでわれわれの方は公共の福祉に対決するために基本的な人権というものをもっていくのです。そうしますと、公共の福祉と基本的な人権というものの対決において、政府は答弁に窮しますと、今度は行為そのものがいけない、こういうふうに現在逃げこんできているのです。公共の福祉ということから行為そのものがいけないということになってきた。そうしますと、総理、こうです、健全な社会の常識で考えて、一体公共の福祉ということと基本的な人権との関係になってくると思うのです。こうなってくると思うのです。そこで私たちは、公共の福祉というものは基本的な人権の行使に当っては、当然その基本的人権の行使に公共の福祉というものは内在をしておる、しかもその基礎となっておる理念だと私たちは思うのです。従ってその公共の福祉の権利行使というもの、これが内容的にある程度制限するということはあり得ると思うのです。しかしそれは基本的な人権というものが公共の福祉の下にあるというものじゃなくて、全くこれは、対立概念でもない、お互いに調和をしておるものでなくちゃならぬ、こういうことなのです。従って公共の福祉をもって基本的な人権を全面的に否定をするということは許されない。ところが政府はもはや公共の福祉ということがだんだん追い詰められてくると、問答無用なのです。そして行為が悪いんだ、こういうことになってしまえば、労働者の権利、特に石炭鉱業や電気産業の労働者の基本権というものは全面的に否定をされてしまう、結果的に見るところいうことになるのです。その点は総理はどうお考えになりますか。
○鳩山国務大臣 あなたの議論には飛躍が多過ぎて私によくわからない。飛躍が多過ぎます。私は基本的人権といえども無制限に許されるものとは思っておりません。公共、他人の権利を侵害して、自分の権利はあるのだ、基本的人権があるのだということは言えないはずです、相手方の権利も認めなくちゃなりませんから。これが民主主義の基になるのです。思いやりというものがなければ民主政治というものはできない。だから自分の権利を主張することはできるが、同時に他人の権利も尊重しなければならぬ。いわんや公共の福祉というものは尊重しなくちゃならぬのです。だから、公共の福祉というものの制限が基本的人権に及ぶということは民主政治の基本的理念なんですから、しようがないじゃないですか。
○滝井委員 その通りなんです。(笑声)その通りなんです。だから基本的な人権と公共の福祉というものはきわめて緊密な調和を保っていなければならぬことなんです。そうしますと、調和を保っていなければならないその基本的な人権というものを、その一番大事な争議権というものを今度は全面的にこれを禁止する形になってしまっている。行為そのものがいけないということは公共の福祉を無視していることで、その段階では調和じゃないのです。問題はここなんです。だから総理の言われるように、これを調和を保ち、お互いが侵してはならない、侵されてはならないという、こういう立場に立つならば、それはその通りなんです。ところが政府の今までの答弁は、もう行為がいけないんだ。社会福祉、公共の福祉に影響がなくても、その行為そのものがいけないのですよ、今までの答弁ではこうなっているのです。これはどういうことなんですか。
○鳩山国務大臣 私は今日までの政府の答弁を知りませんが、とにかく私の考えはただいま申した通りであります。
○滝井委員 総理、簡単に具体的に申しますと、電気事業の労働者の諸君は、ストライキをやるといったら何があるかというと、もう事務のストライキと集金のストライキ以外に何もないのです。これはストライキのうちにはならないのですよ。そうすると電気の事業の労働者だけは、憲法にいういわゆる労働権というものを剥奪されていると同じなんです。これは裏を返せば明らかに電気労働者からいえば公共の福祉に反する行為なんですよ。そうなるのです。そうはなりませんか。
○鳩山国務大臣 私は先ほど申す通りに、全面的にストライキを禁止するというような考え方は持っておりません。ただ公共の福祉を害するものというときにストライキはできない、こう考えておるだけです。
○佐々木委員長 滝井君に申し上げます。質問者があと一人残っておりまして、お約束の時間が迫っておりますから……。
○滝井委員 これで終ります。 総理にこれ以上私は追及しても仕方がありませんが、しかし総理も内閣を組織されてから、日ソ国交の調整、憲法の改正、行政機構の改革、税制の根本的改革、社会保障の拡充強化というような、これらの五つの大きな公約をお掲げになりました。そうしてまあ二カ年間内閣を担当してこられて、ようやくその五つの中の一つだけはどうにか妥結しようとしております。こういろようにまあ一つだけはどうにか成功されようとして、これが引退の花道になろうとしておる。日ソ国交を調整するということは、私たちはやはり進歩的な政治家でなければできないと考えて、その病躯を押してソビエトに行かれた鳩山総理に全面的な拍手を送り、これをわれわれは支持してきました。ところがリベラリストであり進歩主義者である鳩山さんが、進歩的な日ソ国交の調整とは今度は逆に、逆コース的な、反動的な立法であるスト規制法というものを恒久立法として残していこうということは、これはあなたの花道にまさに泥を塗るものであると私たちは考えるのです。この点はどうも自由主義者鳩山さんは、一面きわめて進歩的なものを持って貼ったが、一面には頑迷固陋な反動的なものを持っておったということをみずからの引退のときに示すことで、私は非常に遺憾だと思うのです。今からでも総理、これはおそくないと思うのですが、十分考え直して、あなたの引退の花道をりっぱに切り開くことを、社会党として、また国民として御忠告を申し上げたい。これはおそらく全国の勤労階級の声ばかりでなくて、国民がそれを望んでおると思う。今からでもおそくないから総理に考え直していただきたいというのが私の質問の結びでございます。
○佐々木委員長 佐々木良作君。——佐々木君に申し上げます。時間が迫っておりますから、一つごく簡単にお願いいたします。
○佐々木(良)委員 ただいま同僚の滝井委員からきわめて適切なる忠告を鳩山さんにされたわけであります。私はその忠告をもう一歩進めまして、鳩山さんに最後の弁解の余地を与えますと同時に、悪法として有名なこの法律がもし通った場合に、その運用を誤まらしめないための先行きへのみやげを希望として総理から言われるチャンスを与えようと思いますので、きわめて同情的な立場から御質問を申し上げますから、一つ御了解を願いたいと思います。時間がないそうでありますので簡単に申し上げます。 十六国会におきましてこの法律が審議されました際の鳩山自由党の態度は、三年間の時限立法でさえも長過ぎる、だからせいぜい一年くらいな時限立法にすべきではなかろうか、山村新治郎君が討論に立ちましてそのことを痛烈に言われ、そうして三年の時限立法さえも非常に否定的な態度で労働政策を打ち出されておったわけであります。今お話がありましたように、恒久立法として立案されようとしております炉、その間における政策の変化について、政党人としての御所見を承わりたいと思います。
○鳩山国務大臣 一年もしくは三年という期限の間に、先刻申し上げましたごとく、よき習慣ができればこの法律は当然なくなしていいものと思っておったのであります。三年たちましてもなお必要があると思ったので、今回提出いたしたわけであります。
○佐々木(良)委員 その答弁はさっき聞きました。従って私は弁解をしてもらう唯一のチャンスを与えるために質問をしたわけであります。三年前の鳩山自由党の態度は、あのときでさえも三年は長過ぎるから一年にしようという修正案を出されたのです。何でこんなにひどく変ってきたのですか。
○鳩山国務大臣 別に根本において変ったわけではありません。
○佐々木(良)委員 せっかく弁解のチャンスを与えようと思ったのでありますけれども、どうも弁解もなさそうであります。これはやむを得ぬことだと思いますが、私はまことに政治家として鳩山さんの態度を悲しむものであります。 仕方がないから第二番目の質問に移りますが、当時でもそうでありますし、今度の審議におきましても、最後的に一番、心配になってきたのは、通った場合の解釈の態度なんです。あの三年前の立案のときにも、拡大解釈はしないということをたびたび言われておった。にもかかわらず、三年間に起った現象をとらえてまだこの法律が必要だというために案件を探されたのでありますけれども、当時予想しておったような事件は一つも起らなかったし、そうして当時予想しておったような法の解釈の態度でもなかったわけであります。従いまして、私は重ねて総理大臣の所見を明らかにしておきたいと思います。 鳩山さんは大体官僚政治がきらいだったはずでありまして、そして現在も、官僚が政治に対しまして持っておる発言権に対しましても、総理あるいは内閣の方針と違う可能性につきまして私はたびたび心配しておられたと思います。官僚政治の一大改革を目標とされてこの内閣も出発したと思いまするけれども、それもできなかった。従いまして、私はその感じから申し上げたいのでありまするけれども、この委員会で審議しておりました際におきましても、先ほど法務大臣がとられた態度、それからずっととっておられるところの労働大臣の態度、あなたの閣僚は、大体まだ常識的なスト規制法に対する・運用の態度を捨てておられないのです。にもかかわらず、ここにも同席されておられますけれども、労政局長の態度あるいは刑事局長の態度は、明らかに無理過ぎるような拡大解釈で運用されておりまするし、今後もその運用を続けられる可能性がはっきりとある答弁をされておるわけであります。私は鳩山総理が先ほど言われましたように、官僚機構の一大改革を目ざし、そして民主政治を打ち立てようとされた態度にかんがみまして、この法律の解釈の態度をもう一ぺん特に総理の品から明らかにしておいていただきたいと思います。
○鳩山国務大臣 この法律は労働者の基本権に関するものでありまするから、その解釈、運営の態度は、最も慎重にかつ厳正公平を期すべきものと考えます。
○佐々木(良)委員 時間がなさそうでありまするので、質問をこれで終了いたします。繰り返して私は申し上げたいと思います。先ほど来同僚の滝井さんからも言いましたように、鳩山総理は、私はおそらく労働大臣からは、この法案は単なる議決を求める案件なんだから、大したことはありません、だからいいでしょうという格好で閣議を済まされて出たのではなかろうかと思いますが、明らかに、これはこれまで附則でもって時限立法であったものが、恒久立法としての新提案なのです。従って私は先ほどの滝井さんと同じような立場で鳩山さんの態度に対しまして心から遺憾の意を表したいと思います。同時にまた三年前の鳩山さんが率いられたところの党のとった態度と、今内閣を構成して、鳩山さん自身が政権の座につかれた後の態度とがあまりにも激変した状態がこの法案の提案によっても明らかになっておることを私は悲しむのであります。同時に先ほど来言いましたように、もしこれが通過した後には、おそらく鳩山さんの意向に反した運営がされることを、私はまた、心から鳩山さんのために惜しむものであります。どうかその辺の責任を明らかにされて花道を進まれんことを希望いたしまして質問を終ります。
○佐々木委員長 午後二時まで休憩いたします。 午後零時四十九分休憩 ————◇————— 午後二時七分開議
○佐々木委員長 これより会議を再開いたします。 質疑を続行いたします。滝井義高君。
○滝井委員 一、二点だけ倉石労働大臣にお尋ねしておきたいと思います。それは先般当委員会で、この法律の提案の仕方についてでございますが、それは附則の二項から、国会に出すような場合には三つしか方法がない。その一つは存続の議決を求めるか、あるいは存続しないという議決を求めるか、あるいは国会で存続するかいなかというものをきめていただくという、三つしかないということを大臣は言われた。一昨日の公聴会でも有泉氏の意見等を聞いてみたのですが、期限をつけて、いわゆる時限立法として存続を願うという行き方が、私はあるのじゃないかと思う。オール・オア・ナッシングという形じゃなくて、二年あるいは三年というような期限をつけて存続するという出し方が、法律的に言えば、この存続ということの中には入っておると思う。と申しますのは、この法律は元来炉時限立法であり、しかも緊急的な措置として生まれた立法なんだ。そういう点から考えると、これは一挙に恒久立法にいくということの方がむしろ間違いであって、やはりそこに存続については時限をつけて出すという一つの大きな出し方が、私は政府の考慮の中から抜けておったのじゃないかという感じがするのですが、その点どうですか。
○倉石国務大臣 その点につきましては、第一に政府では、存続が必要かどうかということについて検討したのでございまして、存続が必要である、こういう認定に立ちましたことはしばしば申し上げた通りであります。そこで法制局その他で本案の取扱いについて検討いたしました結果、本条二項にあります存続するかどうかの議決を求めなければならない、こういうことでありまして、滝井さんのおっしゃるような、かりにある一定の年限をつけて存続を希望するということであるならば、それは別な法律で提案しなければならない、こういうことに解釈が一定いたしましたので、今回のような手続をいたしたようなわけであります。
○滝井委員 そうしますと、法制局の見解では期限をつけて出すことはいけない、こういう形なんですか。この存続という意味はそういう期限をつけることは含まないと解釈したのですか。
○倉石国務大臣 いけないということではないのでありまして、つまり存続の希望を政府が持っておるならば、それに期限を付けない、存続の希望であるならば、議決を求めるという出し方でなくて、別な法律をそのために作らなければならない、こういうことであります。
○滝井委員 その点はどうも法律の専門家でないので理解しにくいところがある。もし期限をつけるとすれば、全く別でなければならぬということは、どうもちょっと私どもには理解しにくいのです。国会の決議ならばどうだということがあるのですが、それは常識論として国会で一年、二年とつけることは、これは法制局の見解としてもできるのでしょうね。
○石黒説明員 御説明申し上げます。議決を求めるの件として、政府の出し方といたしましては議決という形式でございますので、法律をこま切れ、こま切れというのはおかしゅうございますけれども、期限を勝手につけることは許されないものと考えております。国会が政府の提案に対して一年とか三年とか五年とかいうふうに期限をつけることがどうかという点につきましては、これは国会のなさることでございますから、国会の方で御判断いただくべき筋合いのものでありますが、私どもといたしましては、それはどうもむずかしいのじゃなかろうかという気持を持っております。
○滝井委員 そうしますと、もし国会がそういう期限をつけるという場合には、政府のこの法案とは別個に法案を出さなければならぬという結論になるのですね。あなた方の見解はそういうことですか。国会がもし時限をつけるとすれば全く別の法案を出さなければならない、こういうことになるのですか。
○石黒説明員 国会が期限をつけられますと仮定いたします場合には、少くとも附則におきましてもやはりそれと同様に改正する法律手続を同時にとらなければ、はなはだ妥当を欠くのじゃなかろうかと考えております。
○滝井委員 この法律を存続させるかどうかということは、これは恒久的に無限に存続させるということが一つは含まれております。しかし一年、二年存続させるということも存続させることなのです。そうしますと、この存続させるということの中には、これはあなた方の見解ではオール・オア・ナッシング、存続を恒久にやるか、あるいは何もやるべきでない、その中間のものは存続の中に入る。われわれの命が無限に存続する、あるいは一年、二年、これもやはり存続するということなのです。その点はどうもあなた方の見解は私は間違っておると思うのです。この存続させるのは、当然これは附則の中にすでにこれが時限立法であったというその精神からくんでも、存続する中には期限を付しても差しつかえないという精神が入っておると思います。そうしますと、政府が議決を求めることは、当然二年間の存続を求めるのだという議決を出せば、それで私は済むのじゃなかったかと思うのですが、今の政府の見解としては、そういうこともできないという見解なのでしょうか。
○石黒説明員 少くとも政府の原案といたしまして、期限をつけて出すということは妥当でないという点において一致いたしております。国会でなさいますことにつきましては、先ほど申し上げました通りであります。
○滝井委員 政府の見解が期限を付して出すことは妥当でないということは、理論的にどうも私どもには納得がいきませんから、これはいずれ参議院でやっていただくことにいたしましょう。 それでさいぜん、鳩山総理、ちょっとむずかしいことを言ったのでわからぬようになっておったようでありますが、社会通念のことなのですが、もう少し私は専門的に倉石さんにお尋ねしておきたいと思うのです。それはさいぜんも私が述べましたように、この二十七年ごろまでは、電源ストあるいは給電指令所の職場放棄というものは合法というのが大体通説だった。停電ストというのは、これは作為的な行為だから違法だというようなことを言われておりました。しかし電源ストというものは、通説として一応合法だといわれておった。ところが十六国会では、小坂労働大臣は、電源ストなどは従来とも社会通念として違法ではないかという疑いがあったが、昨年すなわち二十七年のスト以来、その結果これが違法であるとの社会通念が成熟したという、こういう言い方をしておる。そこで私は、大体二十七年以来この三条なりあるいは二条の規定に違反をする行為として、社会通念が成熟をしたといわれるような具体的な行為が何かあるのか、ここに小坂さんは明らかに電源ストは成熟した、社会通念が成熟して違反になります、こう言っておる。そのほかに何かこのストだけは、社会通念が成熟して違反になったというものがありますか。
○石黒説明員 二十七年以後と申しますか、本法制定以後につきましては、御承知のように大きな事件はございませんので、本法制定当時の社会通念というものをさらに変化させるような事件はなかったと思っております。
○滝井委員 そういたしますと、その後成熟した具体的な争議行為というものは、ちょっと見当らぬということなのであります。そういたしますと、先般、失礼ですが、塵埃処理業務の放棄、ああいうものは明らかに違法だという断定を労働省の中西さんの方はなさったわけですが、これはどうも過去のずっと論議の経過からたどってみると、塵埃処理業務というものは社会通念としてはこれは成熟したような形に結果からみるとなってきておるのですね。そうすると今あなたのおっしゃるように、二十七年以来はそういう行為もなかったし、そういうことが思い当らぬという今の御答弁ですが、そういたしますとこの塵埃処理業務というものは全く当時は社会通念上からみても、従来から違法とされておる範疇に入っておらなかった。それを今回は違法だ、こういう断定を下そうとしておる。そこでこの社会通念というものが成熟しなければならぬというこの点はどうお考えになっておりますか。
○石黒説明員 社会通念と申しますのは、申すまでもなく非常に専門的知識を持った上で予想し得る戦術個々につきまして、直ちに判断したものではございませんで、直接に電気をとめるあるいは障害を起すというような争議手段はいかぬじゃないか、こういうのが社会通念だと私どもは考えておるのであります。塵埃処理業務につきましても先日の御説明が至りませんで恐縮でございますが、そのすべてをいかぬ−というのではもちろんありませんで、電気を直接とめるような効果を持つものがいかぬ、こういうふうに考えておるわけでございます。
○滝井委員 塵埃処理業務は、直接電気をとめるのがいかぬということでございますが、あなた方のいわゆる統一的な解決としていただいたものの中には、以上のごとく塵埃処理業務拒否といっても、そのすべてが直ちに本法違反になるというのではなく、そのときの状況によりこれを怠れば取り水口が閉ざされ、発電に直ちに支障を来たす場合が第二条に違反をするのだ、このようにあなた方はそのときの状況によりといって弾力的な解釈をされております。ところがさいぜんの公共の福祉との関連になって参りますと、あなた方は弾力を持たない、行為そのものがいけないのだという。行為そのものがいけないということになれば、明らかに塵埃処理業務拒否という行為そのものがいけないということを言わなければ、社会福祉との関係、公共の福祉との関係ということになるとだめになる。弾力がないことになる。だからあなた方の答弁というものはこの場合は、そのときの状況によりといういわば一つの範囲をきわめてシビアに限っておる。これは、事柄は直接それだけだ、こうなっておるのですが、しかしいよいよだんだん突き詰めていくと、そのときの状況に関係なく、その行為はいけないのだという結論に今までのあなた方の答弁はなってきておる。さいぜん私が申したように、労働者の犠牲と資本の擁護、これが対決する。それから労働者の生活権と社会の便益、それからさらに基本的人権を持ってくると公共の福祉とこうなってきたわけだ。そうすると今の塵埃の直接処理を怠ったということで取り入れ口に水が入らぬ、こういう直接のものだけだと今はおっしゃっておりますけれども、あなた方は困ってくると、いや間接のものでもその行為がいけないのだ、こういう答弁を今までされてきている。そうしますと、このいただいた文章と今までのあなた方の答弁とは、いよいよ突き詰めていくと、この文章は弾力がある、しかしあなた方の答弁は弾力がない、行為そのものが全部いけないのだ、こういう結論に今までなってきておる。どちらですか、これは……。こういうように、そのときの状況によってその行為でも、電気が消えるという行為が起ってもいいということになるのですか。
○石黒説明員 行為そのものがいいとか悪いとかおっしゃいました点につきましては、これはおそらく非常に小さな発電所で、実際上停電が起らぬ場合どうかというような御質問に対するお答えの中から御引例になったと思います。スイッチ・オフのごとき積極的行為につきましては、これはかりに停電という結果がたまたま起らなくても、そのような結果を生ずべき性格を持つものでありますれば、その行為はやはり本法違反となることは疑いをいれないわけでございます。不作意の点につきましても、理論上は同様でありますが、不作意というのは、自分で積極的に手を下すのとは違いますから、その不作意をどういう性格の行為であるか把握するにつきましては、これはやはり状況によってその性格がきまってくるわけでございますから、言葉の至らない点はあったかとも存じますけれども、私どもといたしましてお答えします点は一貫しておるつもりでございます。
○滝井委員 不作意の行為でも場合によっては違法になるという見解ですが、実は犬養さんが参議院においてこういう答弁をしておる。電産、炭労の労働者といえども、自己の持っている労働力を提供しないというストは許されている、不作意のストは合法という答弁をされている。不作意も場合によっては違法になるということは言っていない。当時の法務大臣の犬養さんの御答弁と今日におけるあなた方の答弁とは、非常な食い違いがある。当時においても実は小坂さんの答弁と犬養さんの答弁とは食い違いがあった。これは当時参議院でも指摘されている。あなた方は、犬養さんの答弁は間違いであった、不作意のストというものは合法ではない場合がある、こういうことになるのですか。
○石黒説明員 当時の犬養法務大臣の答弁されました内容を現在つまびらかにしておりませんので、その前後にどのようなことをおっしゃったかわかりませんが、不作意の争議行為というものが、原則的にこれは争議行為として当然のものであるということは、電気、石炭につきましても同様でございます。一般産業につきましても、たとえば労調法第三十六条のごときは、不作意であっても禁止されるのと同様で、石炭、電気につきましては、特定の争議手段として行われる場合があれば、不作意であっても違法である場合が生ずると考えております。
○滝井委員 そうしますと、この二条の中では、「電気の正常な供給を停止する行為」それから「その他電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為」とある。「正常な供給を停止する行為」と「正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為」とは、大体どういう工合に見分けていきますか。これは結論的にいくと同じことになってしまう。文章でこういうように二つに書き分ける必要はなくなってくる。
○石黒説明員 その二種類の境目がどこかという点は問題ございましょうけれども、停止する行為というのは直接電気をとめてしまう方で、障害を生ぜしめる方はサイクルを狂わせたり何かする方であります。
○滝井委員 そうしますと、いいですか。直接ということは、塵埃処理業務のごときものも直接であって停電になるからいけない、こういうことだったでしょう。そういう解釈をわれわれはこの解釈でいただいている。これは明らかに直接というのは、発電から送電から配電までの間のすべてを含んでいる。そうするとサイクルを狂わせるということを今あなたはおっしゃったが、そういうものではない、それは含まれているでしょう。しかしそういうものだけではなしに、明らかにこれは電気の供給を停止するということもこれから解釈できる。そうしますと「正常な供給を停止する行為」と「直接に障害を生ぜしめる行為」とは、あなたの今自白されたように——自白といってはおかしいが、白状されたように、これらは明らかに限界がない。むしろこれらのものは同じものであってもいいくらいです。そうすると法文の中に何も二つを並べる必要はない。一つだけでいい。「電気の正常な供給を停止する行為」、これでけっこう全部包含できると思いますが、これで包含できませんか。
○石黒説明員 正常な供給の解釈によりまして、普通のサイクルからちょっとでも狂ったものは、すでに正常な供給としては停止しているのだというふうな解釈をとりますと、おっしゃる通りになるかと存じます。しかしそういうふうな解釈であるということは、これはなかなかわかりにくいことになります。従いまして、直接に電気そのものをとめてしまうのと、発電量を非常に低下させたためにサイクルが一割も二割も下ってくるというのと区別して書き分けた方が、一般国民にはわかりやすいだろうという立法の趣旨だろうと思います。
○滝井委員 そうしますと大事なことになります。こういう工合に二つのものを並べて、一つは直接で非常に重いもの、一つは限界ははっきりしないが、だんだん移行して、そうして直接に障害を生ぜしめるものになる。しかもその直接に障害を生ぜしめるものの中にも、サイクルがうんと下る場合と少し下る場合があるのだ、こういうことでしょう。そうすると、うんと下る場合と少し下る場合があるならば、うんと下る場合は二条に違反をするけれども、少し下る場合は違反しないということも言えるのですよ、そうでしょう、そう解釈していいですか。
○石黒説明員 そのようにせんだって以来御説明申し上げておるつもりです。たとえば塵埃処理業務の拒否のごときも、あまり落ち葉などがなくて、水量がいつもに比べて一%減る程度だということで、サイクルにも何にもあまり関係がないという場合には、もちろん本法違反にならない。しかし水が全部あるいは大部分とまり、その結果発電能力が非常に落ちてしまうというような場合においては、本法違反になる、こう申し上げております。
○滝井委員 そうすると今あなたが二つのものの限界がはっきりしないように、多少サイクルが狂った場合と少し狂った場合の限界は一体だれがきめますか。
○石黒説明員 これは私ども専門家ではございませんけれども、サイクルの変動の許容量というものは、公益事業の運営につきましてあらかじめ定まっているものでございます。
○滝井委員 電気というものは、御存じの通り天然資源を相手にしているものです。絶えずサイクルというものは移動するものです。上下がある。私はしろうとですけれども、常識で考えるとそうです。水というものは、夕立が降ればたくさん水がふえてくる、夕立がやんで渇水になれば少くなってくる、それによってサイクルが変ってくる。そうすると一体サイクルの上ったときは違反であるけれども、それが下るときには違反にならない、こういう論理が当然出てくる。そうすると一体これはだれがきめるかということです。違反と違反でない限界をだれがきめるか。今までのあなた方は、そういうサイクルが下っておる場合でも、これは社会福祉に違反だとおっしゃっておった。ところが今の御答弁ではそうではない。非常に下って、そうして影響を与えない場合には、やっておっても違反にならないという御答弁です。そうすると、今までの御答弁とは論理が矛盾してくる。だれが一体きめるのですか。
○石黒説明員 上るときはよくて、下るときは悪いというふうに申し上げたつもりはございません。要するに非常に変動するような状況においてはいけない、こういうふうに申し上げたわけでございます。
○滝井委員 変動ということは、絶えずコンスタントではないということです。そうでしょう。高いところもあるし低いところもある。高いところははっきり違反だとおっしゃっている。そうすると低いときのものも違反であるかどうかということを私がお尋ねしておったら、いや、低いときはそうではありませんとあなたがおっしゃるから、しからば低いときと高いときの変動のあるものの限界をどこで引いて、違反と違反でないものをきめるかということをお聞きしておるわけです。それがはっきりしなければ、当然この法律というものはものさしにならないのですよ。これをあなた方はものさしとして大衆に出して、この二条と三条に違反した者はひっくくりますぞとおっしゃっておるのだから、われわれがきめられるためには、どこかに限界を引いておかなければならぬ。変動ということはコンスタントではない。従って変動するならば、変動の中において私たちはどこかに限界を引かなければならぬ。もしそれができないならば二条というものはおかしいのです。あなただけの答弁ではどうも心細いから、そこのところを大臣なり中西さんと十分相談をして、もうちょっとはっきりしてもらわなければならぬのです。問題は、これは停止した段階をとらえるのではない。サイクルの変動の中において違反か違反でないかをとらえるのです。だから変化の中にとらえるということは、その法を解釈する裁判官の態度がきわめて重要になってくる。先日も同僚議員から言われたように、これは解釈が非常にむずかしい、第一線の検事が困っておるというのはそこだと思うのです。だからこれは大臣の御答弁を願いたいと思うのです。ちょっと説明員では工合が悪いのです。
○倉石国務大臣 この間政府の方もその点に対する解釈をきめまして、書いたものでお手元に差し上げてあると思いますが、それを今石黒説明員が申し上げておるのでありまして、石黒君の申し上げておるのはわれわれの統一した見解であります。
○滝井委員 いやいや、どうも大臣も自信がないようでありますが、実は二条に二つ書いてあるのです。ところがこの二条の「電気の正常な供給を停止する行為」と「電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為」というのは、どこが限界かはっきりしない、移行形がはっきりしないという御答弁である。ですからこの二つの移行形がはっきりしない。と同時に今度は直接に障害を生ぜしめる場合というのは、サイクルに変化がある、変化があるならば、非常に変化をせしめた場合にはこれは明らかに違反だ、しかし少ししかない場合はそうではありませんとおっしゃった。そうすると非常に変化をせしめた場合と少ししか変化がなかった場合との限界を大体どこに引いて、この二条を適用して罰するかということです。これは書いてくれたものの中にも、そのときの状況によってと書いてある。弾力性を持っている。
○石黒説明員 説明員が申し上げたのではいけませんようでございますが、もう一度申し上げます。サイクルの変動許容量というものは、これは公益事業局できめたものがございます。ですから、純粋に理論的に申しますならば、その許容量を越えればすでに正常ではないと申せるわけでございますが、これは滝井委員もしばしば御指摘のように、相手は生きものでございますから、二%の許容量が二・一先になったならば、直ちに正常でないというふうに言えるものじゃないと思います。それではこれはあいまいだとおっしゃるかもしれませんが、たとえばよく御承知のように、威力業務妨害罪ということでしょっちゅう裁判にかかりますが、どこまでが威力かということが、極端な形を例にとりますればはっきりしておりますが、その境目というものは人によっても非常に認定が違う。そうして行政の方針といたしましては、こんな境目ふらふらの非常に疑いがあるというような事件につきまして、一々とやかくを言うような意思は毛頭ございません。
○滝井委員 そうしますと、これは行政が最終的に決定するのではなくして、裁判が決定することになるわけでありましょう。そうなりますとこの法律は、牧野法務大臣の言ではないけれども、実はこれは親心で出しているのだ、だから、この第二条と第三条とを書いておかないとみなが違反をするから、これだけは違反ですぞと宣言的に確認的にやっている法律でございますとおっしゃっている。ところがその趣旨が二条においては今言ったようにわからないではありませんか。最終的な裁判に持っていかなければわからないというようなことでは、法律としてはきわめて不親切なものである。それならば、明白にこれは宣言規定である、確認規定であるということにならない、そうでしょう。これは頭をひねる必要はありません。
○石黒説明員 趣旨において明確であって、ボーダー・ラインについては、それは裁判所でなければわからない場合もあるというのが法律の常でございます。
○滝井委員 ところがそのボーダー・ラインそのものが、普通の場合とは違ってわからないのです。これはちょうどにじのようなものなんです。赤から桃色に移行するところはどこかわからないでしょう。そういうあいまいもこたるユーバーゲーエンをしていく状態、移行していく形をこの大事な法律に作ったら大へんですよ。これは法律の専門家同士の話ならばいいが、ところがこれは、電気や石炭に従事している法律に全くしろうとの人たちに、これを守らせるためにあなた方はお作りになっている。だからこれは宣言的な、確認的な法律だ、解釈的なものだとおっしゃってきているのですから、そういう解釈は、これは法文を読んだだけではわからない、今から裁判所に行かなければ限界がわからないような法律では、常識論として困るのです。その点もう少し親心を出してもらわなければこれはどうも困るのです。
○石黒説明員 たびたび申し上げておりますように、理論上は変動許容量というものははっきりしておるわけでございまして、にじのごときものではございません。ただ実際上二・二%の許容量が二・一%ですぐに引っぱるかとおっしゃるから、そういうことはございませんと申し上げておるわけであります。
○八木(昇)委員 関連して少しお伺いしたいと思うのでありますが、今おっしゃることは非常に実際を知らなさ過ぎると思うのです。と申しますのは、たとえば六十サイクル供給のところでは五十七・五、六サイクルくらい、今の二・二%くらいとか、こういうふうなことをおっしゃるならば、これが限度だ、こういうふうにおっしゃいますけれども、特に朝鮮動乱があったころなどは、福岡の板付基地の周辺というようなところはとてもやかましかった。毎日々々占領軍が文句を言ってきた。もうレーダーがきかない。これはたとい五十五サイクルに下りましても、サイクルが下るからというので、どこかを停電して暗くするよりは、やはり五十五サイクルでも送った方が一般の公共の福祉にはいいのですね。ですから、やむを得ざる実際に電力が不足しているときなんかは、相当下っておりましてもどんどん送っております。それからまたある時期においては、ちょうどピーク時の夕方などの電力の重なってくるときなど、またそのときに、しかも一部発電所が故障であるというようないろいろな事態のときはうんと下る。サイクルというものは常に相当の幅をもって振幅しているのですから、サイクル基準としてここまでが違法であるとか、あそこまでは違法でないということは、それは検察庁がきめて逮捕状を出すのでしょう。それと違反したそういうようなことが事実できるかどうか、もう少し説明して下さい。
○石黒説明員 だんだん専門的になって参りますが、ピーク時にサイクルが一時的に非常に変動する、これを一刻も早く通常の幅におさめるのが正常な運営でございます。それをますます広げようということがもしありますれば、これは正常な運営を阻害していることになるわけであります。
○八木(昇)委員 第二条で規定して書いてありまする条文は、「電気の正常な供給を停止する行為その他電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為」としか書いてないのです。条文に明確にしてあるのはそれだけです。そこで今度は、その後段の「正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為」というところの解釈のデリケートなところになって、いよいよ具体的な問題になる。しかもその判断を検察庁がする。事件になるときには検察庁がするのでしょう。しかも過去において、このスト規制法がなかった時代においてすでに逮捕状を出して刑務所に留置して、しかも何年も裁判をして、しかも無罪という、あるいは免訴という判決が二十五も出ている。スト規制法以前においてそうであるのに、このスト規制法の第二条のこのような抽象的な表現によって、しかも検察側の出方いかんによってはこれはとんでもない争議干渉になる、こういうふうに考えざるを得ない。 そこでもう一つ今度は具体的にお伺いをいたします。電気の場合は常に発電側とそれから電気を使おうとする側とのバランスをとりながら動いておる。それを中央給電指令所が四六時中調節をとっておる、そういう状態にあるわけなんですが、しかしどこの電力会社でも、たとえば九州なら九州の場合も、深夜間は三十万キロしか電気は必要がない、しかし夕刻の一番ピーク時には百二十万キロ必要である。こういう場合でも発電の設備容量としては百五十万キロくらいの発電所をちゃんとふだんから建設してあるわけですね。それだけの余分が残してある。そうしますると、百五十万キロの発電をするために十五の発電所がある。それぞれの発電所は運転をしておるがフル回転はしておらない、大体こういう状態にあるわけですね。そういう場合にその十五の発電所のうち二つなら二つの発電所が、たとえば電気の正常なる供給ができないような、あるいは直接間接どういうことになるかわかりませんが、一種の争議行為によって供給ができないような状態になった場合に、十五のうち二つができなくなっても残りの十三で十分に電力はまかなえる、そうしてサイクル低下はもちろんない、こういうふうな事態のときに、あなたは第二条をどういうふうに思っておられるか。
○石黒説明員 先日書いたものを読み上げてお答えしてありますように、発送配電全過程のうちのどこか狂わせればいかぬという解釈でございますから、具体的な配電の末におきましては幸い異状がなくても、動くべき発電所をとめてしまったというような事実がありますれば、それは二条違反と考えております。
○八木(昇)委員 そうしますと、法で許容された限界を基準として、そのサイクルの低下の程度というものをはかりながら、直接に障害を及ぼす行為というようなものについては、そういう点から考えていくという先ほどのお考えは改められたわけですか。
○石黒説明員 ただいま例に引かれましたのは直接障害の品ではなくて、停止の方の口でございます。
○八木(昇)委員 それだけじゃわかりませんがね。もう少し詳しく……。
○石黒説明員 サイクルが低下しなくても発電所における発電をとめる行為は、電気の供給を停止する行為の方に直ちに該当するものと考えます。
○八木(昇)委員 その点はわかりましたが、そうしますると先ほどの後段の方の解釈についてのサイクルの上下というような問題については、実際の業務上の面におきましても常に変動を続けておるので、先ほどの意味合いからいきますると、判断の基準は結論的には何らきめ手となるべきものはない。ただそのときの状況に応じて検察当局あたりが勝手にこれは限度を越した、こう考える場合に違法だという一応の評定を下して問題になった、こういうようなことになるのですか。
○石黒説明員 先ほど来申し上げておりますのはそういうような趣旨ではございませんので、だれよりも発電所にいる職員が、現在の正常な供給というものがどういうものかよく知っております。極端な例を持ち出されてのボーダー・ラインにつきましては、これはだれしも判断に迷う場合があるいはあるかもしれないと存じますけれども、通常争議行為として電圧を下げてやれ、あるいは電気をとめてやれというようなケースにつきまして、そのような恣意的な判断の加わる余地は毛頭ないと考えております。
○八木(昇)委員 そう言われましてもスト規制法第二条違反行為として、それが刑事上の責任を問われようとする場合には、検察庁が当然やるのでしょう。そういう場合にどうするか、こう聞いておる。検察庁はどういう判断の基準をもってやるか。
○石黒説明員 法務省からお答えいたすべき筋合いと存じますが、非常にわかりにくい、だれしも迷うようなケースがもしありといたしますれば、そういうものを直ちに起訴するというようなことはないと考えております。
○滝井委員 実は今八木君からも御説明があったように、発電には非常に余裕があるのです。一局部でサイクルが変ったところで、電気がずっと正常に運営をするということについては、そう大きな変化がない場合がある。これは余裕があるから……。その場合に決定するものはさいぜんの御説明では裁判所だ、こういうことになっておる。ところが裁判所まで持っていったのではこの法律は価値がない、今までと同じようになってしまう。今までもこれは明らかに違法であったということについては、裁判で無罪になってしまっておるのですから、そういう事態のある中でこの法律というものはあいまいもこたる状態で、その限界というものにはっきりとした線を引けないというように、非常にこの法律自体矛盾炉ある。それはどうしてかというと、結局全く性格の異なった電気事業、石炭鉱業というものを一つのワクの中にはめて、公共の福祉違反だというその一本の理念で統一しようとするところに、この法律の無理が出てきておる。今のようにわれわれが非常に分析的に、微細に突っ込んでいくと明白な答弁が出てこない。しかもそれが最終的には検事が勝手にどこかの限界をきめて、これを告訴なりしていく。そして裁判の結果を待たなければならぬということでは、この法律が価値がないですね。宣言的な、確認的な価値というものが薄れてくる。だれしもわかっているという場合は問題でない。法律がいよいよ問題になるのは限界だと思うのです。そういう点でこの法律というものは、私たちどう考えても納得のいかない非常に不完全な法律だということが言える。これはあなたもお認めになると思う。法務大臣と通産大臣が参りましたから私これ以上やりませんが、どうもそういう感じがするのですが、これは石黒さんでなく、倉石大臣どうですか。今のいろいろな問答を聞いておって、あなたもそういう感じがすると思うのですが、どうですか最後に……。
○倉石国務大臣 私どもがしばしば申し上げておる通りきわめて明白だと思っておりますが、書いて差上げたものによって政府の統一した見解を御了解願いたいと思います。
○佐々木委員長 多賀谷真稔君。
○多賀谷委員 一線の検事ですらどうも条分がはっきりわからぬと言っておるのに、政府だけがわかると言いましても、出先では非常に困っておる。私はもう一つ困っておる問題をお尋ねいたしたいと思います。私が先ほどから質問いたしましたロック・アウトの問題であります。ロック・アウトの場合に第一組合と第二組合があって、業者としては第一組合の方を全部ロック・アウトした。第二組合の職員で保安が確保できるという場合でも、一体第一組合を全員ロック・アウトすることはこの法律に抵触するか、それから違法で処罰をされるか、こういうことを聞きましたところが、刑事局長と石黒課長との説明が異なりました。この点はっきり違っておりましたよ。明確に御答弁願いたい。
○石黒説明員 正常なる労務の供給及び受領という関係をぶちこわして、保安要員を締め出すというような行為、これを使用者側がなした場合には、かりに他の方法で何とか保安をまかなったといたしましても、本法違反でございます。
○多賀谷委員 本法違反ならどういう罰則に当てはまりますか。
○石黒説明員 結果が生じなかった場合には、直接の罰則はございません。
○多賀谷委員 ないでしょうが。大体鉱山保安法には全然そういうことはないのですよ。それはこの事業者が保安要員を含めてロック・アウトするという場合は、これは今申しましたように、保安が確保されておるときに初めて行われるわけです。自分が自信を持って保安確保だと思っておるときに初めてよそから連れてきて、第二組合員でもいいですが、よそから保安要員を持ってくる。そのときに全面ロック・アウトをする。そのときには第三条違反であるとおっしゃいますけれども、なるほど第三条違反になるかもしれない、抵触するかもしれない、私は率直に言って抵触するかもしれない。しかし罰則がないですよ。取締り法規がないでしょう。そこで滝井委員はこれは枕言葉だと言ったけれども、第三条に事業主が違反をするという場合は、そういう場合しか考えられない。その場合に、あなたの方はなるほど体裁よく事業者も処罰するように書いてあるけれども、実際は下の法律がない、だから不均衡じゃないですか。事業主というのはお消しなさいよ。
○石黒説明員 それは、鉱山保安法の罰則の結果が起らなかった場合にはないわけでありますけれども、しかし第二組合と第一組合の例をお引きになりましたが、その場合にはもちろん不当労働行為の命令を受けることもございますし、また基準法上不当なるロック・アウトに対しましては賃金補償の義務がございます。そのような点におきまして使用者が制肘を受けておると思います。
○多賀谷委員 何の賃金補償の義務があるのですか。
○石黒説明員 ロック・アウトが違法でありました場合に、休業を命じたわけでありますから、その休業の補償をしなければならぬ。
○多賀谷委員 大体この法律は処罰法規でしょう。処罰を前提とする法規でしょう。労働者の方は鉱山保安法に問われて、事業主の方は鉱山保安法にも何にも問われない、こういうことはちょっと考えられないのですが、どうですか。
○石黒説明員 これは、直接に罰則を置いて刑罰に処することを目的とした法律ではございません。たびたび申しておりますように、争議行為としての手段の正当、不当を明らかにした法律でございます。
○多賀谷委員 しかし実際問題として、この第三条の事業主というのは価値がないでしょう。電気の場合は全員ロック・アウトをする。保安要員だけということはなかなか考えられないようですけれども、事業主の第三条違反の場合というのは、今私が例をあげました程度しか考えられない。そうすると実際は事業主と書いてあっても、これは事業主には何ら適用がなくて、労働者だけを対象にする法律じゃないですか。これでは全く均衡を失しておりますね。それでは私は聞きますが、労働者の方が職員組合に連絡して、職員組合に一つ保安をやってもらいたい、こう連絡をして、そして保安が確保されたら、これは第三条違反にならないのですか。
○石黒説明員 かりにうまく保安ができ、被害が未然に防止できたといたしましても、もちろん三条違反でございます。
○多賀谷委員 労働者の場合は、保安要員を別によそから確保して、そうして保安について何ら支障がなかった、こういう場合でも違反だ、こう言っておる。そして事業主の場合は違反でない、こういう理由が私にはわかりませんね。
○石黒説明員 先ほどから使用者もよそから連れてきたときは結果が起らなくても違反だと申し上げております。
○多賀谷委員 違反でも処罰の対象がないでしょう、労働者の場合はどうなんですか。
○石黒説明員 労働者の場合は一応省令違反の責任はございますけれども、もちろん結果が起らなくて情状酌量というようななことは従来までに判例もございます。
○多賀谷委員 私は情状酌量とか期待可能性を言っているのではない。この行為が鉱山保安法のどこに違反しますかということを言っているのです。
○石黒説明員 労働者側が職員を連れてきて、あとの保安を頼んで、そうして職場を退去した場合でありますか。
○多賀谷委員 そうです。
○石黒説明員 石炭鉱山保安規則第四十七条の第三項ですか、これに該当する場合が多いと考えます。
○多賀谷委員 それだから非常に不均衡だと私は思います。労働者の場合は、職員に頼んで職員組合で保安の確保をする、こういうことで職員と常に緊密な連絡をとって共同闘争をして、そうして保安が十分に確保されても四十七条違反だということで罰せられる。情状酌量の点もあるでしょうが、しかし四十七条違反であることは事実だ。ところが事業主の場合は全然罰する条文がないというのは、どうも取り扱いが片手落ちじゃないですか。
○石黒説明員 たびたび申しておりますように、この法律は争議行為の正当、不当を宣言するものでございまして、鉱山保安法がおっしゃられるようなふうにうまくできておるかどうかということとは一応別問題であります。
○多賀谷委員 いやしくも立法する考がそういう態度ではいけないと思います。私は何もよその法規関係はしりません。一応正当性、不正当性だけを云っておるのです。こういうようなことでは、私は立法者、提案者としてきわめて妥当を欠く態度ではないかと思います。いやしくも労働省が出すときには、労使の対等ということを常に言われておるでしょう。それを労働省がこの法律をただ出して、使用者の方は罰せられないけれども労働者の方は罰せられるなんという法律を出しておること自体が間違いじゃないですか。
○石黒説明員 おっしゃるような欠点はなるほどあるように考えられますけれども、しかし、かりにロック・アウトの場合に使用者に罰則がついたといたしましても、保安要員を使用者がロック・アウトいたしました場合に、それに対する罰則が鉱山保安法なり何かの法令であったといたしましても、それはそういうロック・アウトとストライキの均衡といったというだけで、法律が十分に均衡がとれておるというふうにはおそらくお認めにはなるまいと考えます。先ほども御指摘炉ございましたように、使用者が保安要員をロック・アウトするというようなことはめったに考えられないわけであります。使用者と労働者との均衡をとるということは、単に鉱山保安法の罰則が同じようについておるという問題じゃなくて、保安上の義務は、使用者が他の面で課せられておる義務と、労働者がこの面で課せられておる義務とが均衡がとれておればそれでよろしいものだと考えております。
○多賀谷委員 今議論をしておりますのは、第三条の違反の場合で事業主の場合でありますが、事業主の場合考えられるケースとしては、結局保安要員をよそから連れてくれば、なるほど第三条には抵触はするが処罰されない、労働者の場合は、職員組合なら職員組合に別に頼んで、同じ企業体ですから別に織員組合に頼んで保安の確保をしてもらっても、罰則があるのだ、こういうことなんですが、私たちはこれはどうも解せないのです。労使対等である、こう言いながら事業主の場合は罰則がないけれども、労働者の場合は罰せられるということが、どうも理屈に合わないと思います。この点どうですか。
○牧野国務大臣 あなたの質問の御趣旨はよくわかりました。希有の場合とでも申しましょうか、きわめて特殊な場合に対して政府委員と質問応答をかわしておられるのであります炉、根本においてこの法律は刑罰法令ではございません。これは刑罰法令ではなくして、争議が、許される争議か許されない争議かということを明らかにするものでありまして、争議をする人にあやまちを犯さしめないような心持を非常に含んでいるということを理解して下さい。従って、すぐ検挙だ、検挙だ、牢へ入れるとおっしゃる——そういう懸念があるらしいが、そういう取扱いはいたしません。午前お話し申し上げたように、そこは法務省というものが特別の考慮を検察当局に与えるということで御了承を望みます。
○多賀谷委員 そういう点を、事実の検挙とか、あるいは情状酌量とかいうことで私は議論をしてはいかぬと思うのです。一方は条文に抵触するし、一方は条文に抵触しないのですからね。一方は罰する条文がないし、一方は罰する条文がある。非常に希有だとおっしゃいますが、事実問題は希有じゃないのですよ。事業主がロック・アウトをする場合は、これはほとんど全部といっていいのです。たとえば第三条の石炭鉱業の事業主がする場合は、今申しましたことが全部といっていい。事業主みずから自分の財産を捨てる事業主はいない。事業主がロック・アウトをする場合は、ほかに保安を確保して、お前たちはいらない、おれは別に持っているからと、こういう場合です。だから事業主の場合は全部です。オールなんです。事業主の場合はこのケースは希有じゃないのです。その事業主に何ら罪がかからない、これはおかしいじゃないですか。
○牧野国務大臣 大へん専門的なことでありますから、政府委員よりお答えいたさせます。
○桃澤説明員 先ほど来答弁がありましたように、本法は争議の当、不当を明らかにした法律でありまして、罰則とは関係ないわけでございます。ただ既存の罰則があります場合に、この法律との関係においては免責されないというだけでございまして、事業主がロック・アウトをしたときはどうなるか。そういう場合には、おそらく労組側の方で争議権を侵害される。そういう場合に民事上の責任を負わされる、あるいは不法行為による損害賠償という点が争われると思います。ただ鉱山保安法の関係におきましては、保安要員を別個に確保した、そのために事故がなかった。しかもそれが正当の手続において確保されている場合には罰則はございませんが、それはこれまでの法規がそうなっているにすぎないのであります。のみならず、ただいま保安要員を含めたロック・アウトが行われるであろうというお話でございましたが、との点は今日まで私ども聞いておりません。保安要員を除いた部分についてのロック・アウトは聞いておりますが、保安要員をも含めたロック・アウトを経営者側がとったという事例は聞いておりません。
○多賀谷委員 そういうことを聞いているのじゃないんです。その事実関係もありますよ。あとから言ってもいいんですが、事実関係もあるんですがね。この三条が予定している事業主の場合の争議行為というのは、今私が申し上げましたような場合しか考えられないのです。事業主が、保安要員を確保せずして山に入ってくれるなと、全部ロック・アウトしますか。自分の財産ですからしないでしょう。事業主が保安要員をロック・アウトすることが考えられる場合は、よその炭鉱から連れてくるとか、あるいは第一組合と第二組合があった場合に、第一組合をロック・アウトして、第二組合を入れるとか、あるいは職員を充当するとか、こういう場合しかないのです。こういう場合この条文の対象になるのは、私が申し上げましたようなことしかないのです。そのほかのケースは考えられない。そういう特殊な場合でなくて、そういうケースしかない場合に、一方は、なるほど第三条に抵触しておるけれども、あらゆる法規に全然罰則がない。ところが労働組合の方は、職員組合に頼んで、われわれは全員やるけれども、保安の方は一つ君たち頼む——ポンプ方一人おればいいんだから、頼むといって頼んで、実際は何も起らなかった、保安は確保された、こういう場合にも、鉱山保安規則第四十七条に抵触する、それはどうも矛盾ではないか、こう言っておるんですが、どうですか。
○桃澤説明員 保安要員の中には、一般の工員と保安係員とあると思います。保安係員はあるいは職員組合に属される場合もあると思いますので、一がいには申せないと思いますが、この最小限度の保安要員の確保につきましては、当然会社側と労働組合側とで打ち合せをされるのが現状であろうと思います。でありますから、その際に職員組合から出すということで会社側と話をされて、それで保安要員が確保されれば済むことであろうと考えます。
○多賀谷委員 あなたは奈井江の事件を御存じでしょう。鉱山保安でいい判例はあまりないんですが、北海道の奈井江、これは住友炭砿ですね。これが最初に起った事件。これは労働組合が職員組合に頼んだんですね。ですから私が今聞いておるのは、そのことを聞いておる。労働組合が職員組合に、われわれは上るからよろしく頼むぞといって頼んで、そうして実際は何も起っていない。保安は確保されておる。一方はとにかく起訴された。これは無罪になりましたけれども、起訴された。ところが一方、事業主の方は今申しましたように全然罪に問われぬというのは、どう考えても——労使対等、労使対等とこうおっしゃるけれども、労使対等じゃないじゃないか、こう言っているのです。
○桃澤説明員 ただいまの判例のあることは私も存じております。これは職員に頼んで、職員組合がやってくれるだろうと思っていたところが、どういう手違いでありましたか、職員組合の方が出なかった、そのために温水を生じたという事件でございます。
○多賀谷委員 いや、事件は未遂なんだよ。
○桃澤説明員 そうですか——温水を生じております。そういう心配もありますので、もし職員組合の方にお願いになるなら、それと同時に会社と一緒にお話し会いになって、そうして保安を確保される道を講ぜられたらいいので、特に職員組合が保安要員として出るにかかわらず、会社には黙っているということはないと、私は常識的に考えるわけであります。
○多賀谷委員 この第三条が問題になるときは非常に緊迫したときですよ。ちょっと想像もできないようなときです。ことに一山でそういうことが行われるときは、これは非常な緊迫した状態です。第三条そのものがレアといえばレア・ケースです。だからレア・ケースそのもののために、あなたの方は公共の福祉などと大きなことをいってわざわざこの条文まで出されているでしょう。ですからそういう場合に、とにかく会社と話し合って、それがうまくできるぐらいなら何もこの法律は要りませんよ。問題は、保安を放棄しようかどうしようかというような事態に、会社と話し合って、職員組合に話しましたがどういたしますか、ああオーケーというような場合ではない。ですから、結局職員組合に頼んで、職員組合がオーケーした、こういうケースの場合ならどうですかと、こう聞いておる。
○桃澤説明員 会社の方でそれを了承した場合は別でありますが、しからざる限り三条違反になると考えます。
○多賀谷委員 それはどうもおかしいでしょう、おかしくないですか。なるほど三条は両方とも抵触するということはいわれておりますけれども、とにかく一方は罰する法規がない。事業主の方は実際は罰せられない。ところが労働者の方だけ罰せられるというのが、どうも私は解せないのですね。いやしくもこの法律を作るなら、均衡に他の法規も改正されるならいい。一部改正を提案されるならいい。政令ならなおさらのことですよ。あなたの方で直されればいい、これは一体どうなんですか。労働大臣どうですか、これはどうもはっきりしないですな。
○倉石国務大臣 法益の均衡ということについてのお話でございますが、三条に抵触する保安要員の引き揚げということば、つまりいわゆる公共の福祉を建前とした立場から、われわれは争議行為としてでもこういう行為はよくないのだという、その争議手段の一つの手段を制限しておるわけであります。そこでそうは言っても経営側については、今お話のことでございますが、経営側についても通産大臣が先日ここで申し上げましたように、経営上いろいろな規制を加えておることは御承知の通りであります。ことに鉱山保安についても鉱業権者はいろいろな義務を負うておるわけでありまして、私はそういう点から考えまして、法益の均衡ということは失われてはおらない、こういうふうに考えます。
○多賀谷委員 あなたの方の扱い方が労使対等でないでしよう、こう聞いておるのですよ。資本家の方は罪にも何にもならぬのだけれども、労働者がしたら罪になる。しかも労働者が頼んでも、ここに書いてある損壊とかあるいは破壊とかいう事実は起っていないのですよ。あなたの方は事実が起ったらそれは罰する、こう言われるなら少しは話がわかる。事実が起らなくても罰する、こういうのですから、保安が確保されても罰する、結果は問わない、こう言われるのですから、どうも私は合点がいかない。
○倉石国務大臣 引き揚げという行為は結果が起ることを予想しておるのでございますから、従ってその行為はやってはいけない、こういう考えであります。
○多賀谷委員 結果は予想していないのです。保安を確保してくれということを職員組合なら職員組合に頼んでおるのですから起りようがないのです。さっきから頼んでもいかぬ、こうおっしゃるのです。第三条違反になる、しかも鉱山保安規則の四十七条違反になる、こうおっしゃるのです。起らないと思っておりますから結果は予想しておりません。おかしいじゃないですか、もう一回御答弁願いたい。
○倉石国務大臣 多賀谷さんは炭鉱の方の専門家でいらっしゃるからよく御存じの通りでありますが、代替要員を提供するということについて、経営者側と話がついて代替要員を供出する場合もありましょう。そういう場合は当然これは起り得べからざることを予想しておるのでありますから、それはけっこうです。しかしそのことについて、今のお話のようなことは自由に組合側がおやりになることについては、これは違反になる、こういうことであります。
○多賀谷委員 法律の解釈のことを聞いておるのではない。違反になるとおっしゃる。しかしながら両方とも事実行為が起らない、保安が確保されておる。確保されておるけれども労働者の場合だけが罰せられるというのは、どうも労使対等ということを盛んに言われる労働省が出された案としては納得がいかないのですがね。
○倉石国務大臣 私はさように考えません。つまり争議行為としてでもこういうことをしてはならぬということをこの法律はうたっておるわけでありますから、電力の方で言えばスイッチ・オフとかその他の行為、あるいは炭鉱の方ではここに指定されておりますような行為は争議行為の手段としてでもしてはならない、こういうことを言っておるのでありまして、そのために特に労働側のいわゆる労働権というものを侵害いたしておるとは思わないのであります。
○多賀谷委員 経営者は罰せられぬのでしょう。同じ行為をやって労働者の方が罰せられる。経営の方は罰せられない、そんなばかなことはないでしょう。
○倉石国務大臣 もう一ぺん……。
○多賀谷委員 経営者は罰せられないけれども労働者の場合は同じ行為をして罰せられるというのは、どうもわれわれは納得がいかないがどうですか。
○倉石国務大臣 多分あなたのおっしゃっていらっしゃることは、鉱業主側の承諾なしに代替要員を組合が提供した、こういう場合のことだと思うのでありますが、その場合には保安は確保されるではないか、こうおっしゃったんだと思いますが、それは先ほど政府委員からも私からも申し上げましたように、両者の間に意見が合致して代替要員を差し出すということについては、これはもちろん問題はございませんが、鉱業権者の承諾なしに、経営者の承諾なしに保安要員を提供して、そして保安の確保ができているではないか、こう言われるのは、それは困るのでありまして、一種の、何と申しますか業務管理的なことになるわけであります。従って、それはどこまでも両者の間に意見の一致した場合でなければ、保安要員を承諾のもとに出したということにはならない、こういうふうに解釈をいたします。
○多賀谷委員 経営者の承諾なんて、そういうときになぜ経営者の意思を尊重されるのでしょうか。そんな経営者の利益を擁護する必要はないでしょう。とにかく保安は確保されるのですからね。
○倉石国務大臣 多賀谷さんも御承知の通り委員長。私は気が小さいから写真班がいると思うことが言えませんので、少し遠慮してもらいたいと思う。
○佐々木委員長 速記に差しつかえるから、あとから討論のときにはとらすから……。
○倉石国務大臣 今あなたのおっしゃるように、経営者の立場だけなぜ考えるかという今のお話でございますが、そうじゃないのであります。つまり保安義務というものは、御承知のように経営側にある。そこと労働組合とは雇用関係を結んでおる。その雇用関係を結んでおる間、ここに指定されておるような保安要員の引き揚げということはできないのでありますから、従って私は保安業務を確保するために——あなたの設問されるところは、すなわち組合側が保安要員を提供して保安を確保するんだから差しつかえないではないかというのでありますが、それがどこまでも両者の間に、保安義務を持っておる経営者との間に、これについて保安は確保されるという話が成り立ったときは別でありますが、さようにあらざればこれはいけないことだ、こういうふうに申し上げておるのであります。
○多賀谷委員 経営者の場合は、労働者と話がつかなくてもいいと言っておるのでしょう。第三条違反という罰則はないと言う。あなたの方は、労働者の場合は経営者と話し合いがつかなければ代替要員を入れてもだめだ、こうおっしゃる。ところが経営者の場合は、労働者と話し合いがつかなくても勝手に呼んできても罰則にならぬというのです。おかしいじゃないですか。
○倉石国務大臣 御承知のように保安の義務を負うておる者は鉱業権者、すなわち経営者側でありますから、その義務を履行するためには、やはりあらゆる手段をもって保安要員を充足する必要があるでありましょう。
○多賀谷委員 これはきわめて重大な発言をなさったけれども、では経営者の場合は、これは保安の責任を持っておるから、労働者が入ろうとしてもロック・アウトを食わしてもいい、こういうことなんですか。
○倉石国務大臣 今までありましたロック・アウトの実例をごらん下さってもわかります通り、経営者といえども、ロック・アウトの場合に保安要員のロック・アウトはいたしてはおりませんし、また争議がなくして突然経営側の単独なる意思でロック・アウトをするということは私はできないと思います。
○佐々木委員長 多賀谷君に申し上げますが、お約束の時間が参りましたので、一つなるべくそこで意見の一致を見ていただきたいと思います。
○多賀谷委員 ところが事業主の場合はロック・アウトをしていない、こういうことになれば、第三条の事業主というのは要らぬわけですね。
○倉石国務大臣 今のお話は第三条でございますが、それは保安の業務を事業主といえども怠ってはならない、こういうことを明白にうたっておるわけであります。
○多賀谷委員 これは鉱山保安法じゃないですよ。争議行為における問題です。ですから、あなたの方は事業主のロック・アウトを書かれておるでしょう。労働者もいけない、事業主もいけない。そうすると、事業主のロック・アウトはないならば、書かれなければいいのですよ。しかし考えられる、予想できる——予想できるのは、私が言いましたようなケースの場合のみ予想できる。そうすると、そういうケースの場合には、同じ行為が労働者側は有罪になり、あるいは条文に抵触して罪に問われる。経営者の場合は、罰則の条文すら全然ないのですよ。これは大きなミスであろうと思う。どうですか。きわめて重大です。
○倉石国務大臣 私どもの考えと非常に食い違っておるところがあるようでありますが、この問題はつまり争議行為の一つの手段の中で、これだけのことはいけないのだということをいっておる規定でございます。従って、今のお話のような具体的な場合において、経営側が保安業務の責任を持っておるのでありますから、ある場合には保安要員を充足することは当然しなければならぬ場合もありましょう。
○多賀谷委員 労働大臣は、私が先ほどから石黒さんと問答しておったのを聞いていないのですか。まるっきり違った答弁をされておるじゃないですか。それでは、労働大臣に聞きますが、経営者の方は保安の責任を持っておるから、ロック・アウトをした場合には出さないでもいいのでしょうね。経営者の方でロック・アウトをするくらいですから、保安要員を確保しておるのでしょう。
○倉石国務大臣 その場合に、本法でいっておるように、経営者がロック・アウトした場合でも、保安要員をロック・アウトはいたしておりません。従って、保安要員は引き揚げてはならない、こういうことになるわけです。
○多賀谷委員 だから、第三条にいう事業主のロック・アウトの場合は、先ほどからいろいろ言っておりますように、考えられるケースとしては、これは事業主が保安確保ができる、その組合員を使わなくても保安確保できるという場合にのみロック・アウトを行うことが考えられる。第三条の法律はそれを対象にしておる。その対象にしておるものが、事実関係として違反をしても何ら罰則がない、労働者の方は罰則があるけれども、事業主の方は罰則がない、こういうのはどう考えても法の適用の不均衡じゃないですか。これを再三聞いておる。
○倉石国務大臣 今のお話は、この法律の三条の点だと思いますが、保安要員の引き揚げということは、本法に禁じておることは申すまでもないことであります。そこで、保安の責任者というものは経営者でございますから、そこでロック・アウトの場合でも、保安要員はロック・アウトをいたしておらない。
○多賀谷委員 いや、するのです。その場合、するのですよ。
○倉石国務大臣 しないのです。
○多賀谷委員 した場合の話を聞いておる。
○倉石国務大臣 そういうことは、今私どものこの法律で予定いたしておるところでは、予想していないのです。従って、その経営者との間に雇用関係を持っておる以上は、保安要員というものは引き揚げてはならないのだ、こういうことを言っておるわけです。
○佐々木委員長 撮影をやらないで下さい、大事なところですから……。
○多賀谷委員 大臣は、事業主がロック・アウトをする場合に、保安要員を除いて全部ロック・アウトをする、こういうようにお考えなんですか。
○倉石国務大臣 今まで行われたロック・アウトのこと私は申しておるわけであります。ロック・アウトの場合でも、保安要員をロック・アウトすることはしない、すなわち引き揚げないで保安業務だけはやってもらっておるようにいたしておる、こういうことです。
○多賀谷委員 そうすると、大臣のお話では、第三条にいう事業主がこの法律違反に問われることはない、こういうことになりますね。
○倉石国務大臣 御承知のように、ロック・アウトの場合でも使用者が保安要員をロック・アウトすることは禁じられております。
○多賀谷委員 何で禁じられておるのですか。
○倉石国務大臣 つまり保安業務を預かっておる経営者は責任を持っておるのでありますから、その保安要員をロック・アウトすることはあり得ないことです。
○多賀谷委員 それは何で禁じられておるのですか、どういう法律で……。
○倉石国務大臣 この法律でごらんになればわかりますように……。
○多賀谷委員 この法律で禁じられておるのですか。
○倉石国務大臣 いやこの法律ばかりではありません。御承知のように、保安業務というものは経営者側の責任でございますから、その保安を預かっておる者がロック・アウトするということは禁じられております。
○多賀谷委員 どういう法律のどういう条文で禁じられておるのですか。
○倉石国務大臣 本法の第三条であります。
○多賀谷委員 あなたは本法だけじゃないとおっしゃられたが、どういう法律ですか。
○倉石国務大臣 鉱山保安法でも御承知のように、経営者側はやはり保安の責任者であるということを明確にうたっております。多賀谷委員 しかし罰せられぬではありませんか。どこにも条文がありませんよ。保安要員をロック・アウトしても、よそから補充してくればどこにも抵触しないのですよ。そういう場合があるから、第三条が要るのだとこうおっしゃる。ですから、あなたの話は非常に矛盾しておる。そういうケースがある、ケースがあるから第三条から事業主を除きなさい、考えられるけれども、罰則がない、何を言っておるかわからないじゃありませんか。どっちなんですか。
○倉石国務大臣 しばしば繰り返して申しますように、本条でも鉱山保安の責任を持っておる経営者というものは、保安要員のロック・アウトをするということはできないのでありますかり、従って私は経営者といえどもその場合に保安要員の締め出しということはできない、こう言っておるのであります。
○多賀谷委員 第三条がなければどうなんですか。
○倉石国務大臣 御承知のように、鉱山保安法には経営側に立つ人が保安の責任者であるということをうたっております。
○多賀谷委員 ですから、保安の責任者だから、そこの従業員を使わなくても、よその従業員を使って保安の確保をしさえすれば、鉱山保安法のどの条文にも抵触しないのでしょう。保安の責任者だから、とにかく保安を確保すればよいのでしょう。だから、自分が従来便っておった労働者であろうと、よそから連れてきて使おうと、鉱山保安法は全然関知するところではない、保安を確保しさえすればよいのじゃありませんか、それでよいでしょう、それを聞いておるのです。
○倉石国務大臣 私どもはその場合に保安要員をロック・アウトすることはいけないと解釈しております。
○多賀谷委員 第三条じゃなくて、この鉱山保安法でそうなっておるのですか。この出されました電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律、こういう法律がないとするならば、どういう条文で罰せられますか。
○倉石国務大臣 本法はこの点を明確にできると思っておるのでありますが、本法がなくてもやはり——鉱山保安法というものをあなたは私よりよく御存じでしょう。これによれば、保安の責任を持っておるのは、今申しましたように、経営者でありますから、保安の業務をつかさどっておる者をロック・アウトするということはあり得ない、こういうことであります。
○多賀谷委員 しかし石黒さんもあるいは刑事局長も、みんな鉱山保安法にかからないとこう言っておるのです。どこにも抵触する条文が見当らないと先ほどから言っておるのですよ。大臣だけが罰せられると言っておる。(「答弁が食い違っておる」と呼ぶ者あり)
○倉石国務大臣 私はその場合に罰せられると言っておるのじゃありませんので、保安の責任を持っておる者は経営者でありますから、そこで経営者というものは保安要員というものをロック・アウトすることはできないのだ、こういうふうに解釈しております。
○多賀谷委員 それはどうしてできないのですか、今度できた法律がないとするならばどうしてできないのですか、どこにかかるのですか。先ほどから抵触する条文が見当らないといって一生懸命探しておるけれども、ないから見当らないのです。だから自分が今まで使っておった従業員を使わなければならないということはないのですから、その点を一つ明確にお答え願いたい。
○倉石国務大臣 御承知のように鉱業権者が保安要員をロック・アウトして安保業務を怠るということは、とりもなおさずこれは鉱山保安法の違反になることであります。それでおわかりになると思います。
○多賀谷委員 怠るのじゃないのです。その点をはっきりしなければならぬ。私が事実関係を言っておる問題を……(「仮定だ」と呼ぶ者あり)仮定じゃない、そういう事実が起るのです。そこの従業員を使わないで、よそから従業員を雇って保安の確保をする、保安されるのです。そういう場合に鉱山保安法のどこに違反しますか、こう聞いておるのです。
○倉石国務大臣 鉱業権者が保安要員を締め出すということは、私が今申しましたように鉱山保安法で禁じておることであります、保安業務を怠るということになるのですから。そこであなたの言われるのは、よそから連れてきて保安要員を充足したらどうか、こういうことのようでありますが、今私どもが申し上げようとしておるのは、鉱業権者が保安業務というものの責任を持っておるのでありまして、そこで保安業務を怠ってはならないということを反射的に義務づけておるのでありますから、保安要員のロック・アウトなんということはあり得ない、こういうことであります。
○多賀谷委員 義務づけられていないのですよ、よそから連れてくるというと……。私の言葉が少し飛躍しましたけれども、何もよその従業員を連れてこなくてもよい。今ストライキをしておる労働組合なら労働組合を全部締め出して職員を使ってもいい、あるいは第二組合を使ってもいい、こういうような状態です。職員なんかはなお現場がよくわかっておりますから、職員が代行して業務をやればいい、こういう場合にどうして保安法の違反になりますか。どこにもないじゃないですか。
○倉石国務大臣 政府委員の方から御説明申し上げます。
○石黒説明員 先ほどから申し上げておりますことは、本法第三条におきましては保安要員をストライキによって引き揚げ、あるいはロック・アウトとして締め出すこと、双方これを禁止しております。それは御承知の通りでございます。では使用者側がよそから保安要員を雇ってきて保安業務をさせる、あるいは職員でもいいのですが、臨時にそれをさせることは鉱山保安法の罰則にかからない、しかるに労働組合が職員組合にあとを頼みますといって引き揚げてしまえば罰則があるのは不均衡じゃないか、こういうお話のようでございますが、しかし先ほど来大臣が申しておりますように、鉱山保安の責任は事業主及び保安管理者にあるわけであります。それに相談もせず了解も得ずに職員が勝手に入れる筋合いではないのであります。頼まれたからといたしましても、やはりこれは使用者側の了解を得て初めて入り得るわけであります。かりに職組、労組間に私法上の契約をしてあと引き継ぐと書きましても、これは鉱山保安法上、保安が確保されたことにはならないわけであります。たまたま結果が起らなかったということはこれは情状の問題にすぎない、法理論上はそうなる、こう考えております。
○多賀谷委員 そうすると経営者の方は労働者の何らの承諾を得ないで、労働者の反対を押し切って、要するに今ロック・アウトをして争議の対象になっておる労働者を締め出しても、これは何ら法律に問われることはない、第三条の問題は別として、罰則はない、違法ではない、こう言われます。労働組合の方はそういう結果になる。これは法理論としてというならなおおかしいのです。何とか改めなくてはならぬ、どこか欠陥があるのですよ、これは。ですからおかしいじゃないですかとこう聞いておるのです。
○石黒説明員 保安法上使用者が保安要員をひっくるめてロック・アウトしてよそから連れてくるということは、鉱山保安法ですからそこまでは考えなかっただろうと思います。しかし省令でこまかく書いてございますように保安管理者以下の保安技術職員、係員というものは資格を厳重に定めて、常時保安監督部の監督に服しておる者でございまして、そう勝手なものを連れてこれる筋合いのものではございません。またさらに経営者はそのほかの面におきましてもいろいろな制約を受けておりますので、非常に不均衡であるというふうには考えられないわけでございます。
○佐々木委員長 多賀谷君に申し上げますが、納得するしないは別といたしまして、政府側の答弁が一致したようでありますから、時間もありませんので結論をお願いいたします。
○多賀谷委員 そうすると事実問題としてなかなか連れてこれないだろう、こういうお話ですね。そういうことが要素の中にありましたね。ところが職員組合という問題は、中の職員の方が包括的にいえば資格を持っている、より高い資格を持っているでしょう。ですからこれを争議の対象外に置かれた場合にはこれは当然できますよ。そういうことは理論にならぬと思うのです。
○石黒説明員 従いまして実際の肉体能力は別として、法律上の資格からいえば職員の方がより高い能力を持っておるはずでございます。だから職員などを入れる場合には、鉱山保安法上の罰則にかからない、ということにならざるを得ないと思うのでございます。
○多賀谷委員 私は納得しませんが、時間も実際経過しておりますので、私の質問は終りますけれども、かようにずさんなのですよ。一つだけ例を取り上げて申し上げましたけれども、かようにずさんなのです。これを一言一句十分逐条解釈をやって、正常は何か、直接は何か、これはどうだ、こういいますと、きわめて問題がある。ですから私はこういうずさんなものでいやしくも基本的人権を制限しようなどということはおこがましい、こう申し上げて私の質問を終ります。
○佐々木委員長 佐々木良作君。
○佐々木(良)委員 ただいまのお話を承わっておりましても、スト規制法は法の体制をほとんどなしていないような感じがするわけでありますが、午前中の、質疑応答におきまして、法務大臣はこの法律の根拠が公共の福祉にあるという建前をとられまして、公共の福祉に立論の根拠のあることは立法的にもたん解釈的にも、つまり解釈の基準も公共の福祉というところに置くべきだと思うというふうに答弁されたと思います。それから午後の質疑応答を見ておりましても、石黒さんのお話によりますと、たとえば電気に例をとった場合には発電から送電、変電を経て、ともかくその間に少しでも物理的な事象が起った場合には、やはり第二条の違反行為であるという見方をされておる、私はここに非常に大きな解釈上の差異があるように思うのであまりすが、法務大臣の御所見を伺います。
○牧野国務大臣 私は、立法の趣旨はどこまでもそこにあると存じます。しかしその危険を蔵する場合において適用を受けるという場合があることはやむを得ない、かように解釈しております。
○佐々木(良)委員 私は法律解釈の根本の考え方だけ承わりたいのです。この間の刑事局長の考え方も、大体今の石黒さんの考え方と同じだったのです。つまりこのスト規制法は公共の福祉に反する行為を禁ずる法律である、従って一たびこの法律が立法されるというと、第二条の解釈はあらゆる物理的な行為すべてを含むのである、大体そういう解釈なんです。しかしおそらく法務大臣のお考えはそうではなくてその行為が現実に公共の福祉を阻害するような結果のおそれある場合にのみ違法だ、こういう解釈だろうと思いますけれども、どっちをとられますか。
○牧野国務大臣 その点に関して、私とは別の意見が出ているならば、その意見をよく聞いてからにいたしましょう。あなたから聞いただけで私にはちょっと納得がいかない。だから、これは解釈の統一ということになりますれば、政府委員に答弁をしてもらいます。
○佐々木(良)委員 たびたび午前中も私は総理大臣にもただしておきましたように、この解釈論をはっきりしておかぬと、適用のやり方が全然違ってくるわけです。つまり二条に触れるような物理的な行為は全部違法だという建前に立って、非常に小さい場合には、その違法性がささいなということで阻却されるのだという見方と、そうではなくて、第一条にちゃんと目的のあるところの目的規定である、従って公共の福祉を阻害するような二条の行為は違反であるというのとでは全然建前が違うのです。私はあくまでも後者の考え方をしているのであります。そして鳩山さんも大体そういう解釈の建前をとっておられるようでありましたし、牧野さんも今そのようであります。先ほど言いましたように、労働大臣も大体そのような考え方らしい。ところが現実に三年間に起った問題として、これはおかしいといって検察局から注意を受けたり、現実に問題化されているのは、先ほど言ったような物理的な行為をすべてひっくるめている。すると非常に話が困ってくるわけであります。これは解釈の統一の問題でなく適用の仕方でありますから、これは立法の際に明確にして齢かなければならぬ問題だと思います。
○牧野国務大臣 私は立法の趣旨に対して私の所見を述べたのでありますが、具体的適用の場合に関していかなる解釈をとるべきかということは、解釈の統一をはかる上において過去からの沿革をよく知っております政府委員より答弁をいたすことにいたします。
○八田委員 この際動議を提出いたします…… 〔「何だ、何だ」と呼び、その他発言する者多く議場騒然、聴取不能〕
○佐々木委員長 ただいまの八田君の質疑終了の動議に賛成の諸君の起立を願います。 〔賛成者起立〕
○佐々木委員長 起立多数。よって質疑は終了するに決しました。 これより電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律附則第二項の規定により、同法を存続させるについて、国会の議決を求めるの件について討論に入ります。多賀谷真稔君。
○多賀谷委員 私は日本社会党を代表し、電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律附則第二項の規定により、同法を存続させるに一ついて、国会の議決を求めるの件について反対の意思を表せんとするものであります。 私は今臨時国会の召集に当り、次のことを期待しておりました。それは三年間本法の適用を受けた事件は一つだになく、しかも労働行政にたんのうな倉石労働大臣のことでありますから、おそらく政府は、かつて英国においていわゆるゼネスト禁止法が廃止されたと同じような提案がされるであろうということであったのであります。一九二六年の炭鉱争議を契機として起りました大ゼネスト後において制定されました一九二七年の労働争議及び組合法を廃止するに当り、サー・ハートレー・ショウクルスはその提案理由の説明にこの法律の効果はほとんど失敗だといってよい、そして労働大衆の間に、不正が行われているという激しい気持、法廷は労働大衆に対抗しているという感情、法律が労働大衆に不利益になるように復讐的に作られたという信念、そうして労働権が徐々に奪われているという感じが醸成されただけであったと述べているのでありますが、賢明な倉石労働大臣の口からこれと同様なことがおそらく述べられ、スト規制法廃止の提案がなされるであろうことを考えておったのでございます。しかるに私の期待はむざんにも裏切られ、私は遺憾ながら本法を三度審議し反対するの光栄に浴したのでございます。 本法は昭和二十七年の炭労、電産の争議にかんがみて作られたものであることは明白でございます。そこで私は翻って本法成立の端緒となった炭労、電産の争議について三カ年たった今日、客観的に冷静に検討してみたいと思うのであります。 炭労においては純然たる賃金値上げの交渉でありましたが、現行賃金の五%引き下げというきわめて非常識な案を提示され、ここに組合は無期限ストに入ったのであります。ストライキ突入四十一日間、交渉は全然放棄せられ、経営者はその間組合の切りくずしに狂奔し、誠意ある回答によって解決しようとせず、組合の崩壊によってのみ解決せんとしたところに長期化したゆえんがあるのであり、炭労として保安放棄を宣言せざるを得なく至らしめたのであります。しかも経営者はストをもって七百万トンに上る貯炭の一掃をはかり、炭価の維持及び引き上げをねらって、その長期化を期待し、政府もこれを応援するかのごとく、石炭の需給関係に何らの影響なしとして放任し続けてきたのであります。中労委の介入すらも回避せんとしたのは、組合ではなくして、むしろ経営者であったことを私は指摘することができるのであります。会社の経理状態は当時非常な好況を示し、配当を三割ないし四割を行なっており、経営者の態度は賃上げに応ぜられないという以外に別の大きな要因によって動いておったようであります。六十三日の争議の終った翌二十八年三月の決算においても、赤字を計上する会社は一つだになく、みな二割ないし二割五分の配当を続けたのであります。一体この争議の責任はどこにあったでありましょうか。電産におきましても同様でありまして、統一交渉の拒否、統一労働協約の破棄、電産式生活給賃金システムの破壊、労働時間その他の労働条件の切り下げ、かように一挙に労働条件の切り下げを要求してきたのであります。 これを要するに、炭労、電産の争議は、経営者が占領治下において失った労働者に対する専制的支配権を回復し、講和後のわが国の労使関係を一挙に規律しようとして企図したことは明白であろうと思うのであります。かく考えるならば、これら争議の長期化した原因は、一に経営者並びに政府にあるのでありまして、これを労働者に転嫁し、しかも報復立法を作り、三年の後、なおこれを延長することは言語道断でございます。 第二に、この三年間政府は労使の安定をはかり、立法当時議論されました労使の均衡を調整する処置を一体とったでありましょうか。電気労働者は実質的に争議権を剥奪され、経営参加制度等の代償も何ら得ていないのであります。むしろ既得権でありました若干の経営参加権も奪われ、協約も漸次改悪せられ、生活給的賃金は職階給的賃金になり、電力行政は九分割の欠陥を遺憾なく露呈し、各企業間における経営のアンバランスを生じ、賃金労働条件に較差を生ぜしめたのであります。石炭関係においても、石炭政策における政府の無定見はついに三年間に五百数十の炭鉱を崩壊せしめ、十万に上る労働者を失職せしめ、炭鉱労働者をして悲惨のどん底の生活に追いやったのであります。さらに合理化法という炭鉱買いつぶし法を制定し、炭界好転の今日も五百名ないし干名の集団解雇が行われているという矛盾した政策を行なっているのであります。しかも本スト規制法によって炭鉱労働組合の得たものは、長期の全山ロック・アウトであったのであります。かように本法制定後の政府の労働政策並びに産業政策は労使の均衡をとり、安定をもたらすどころか、逆に労使間の不安を助長さすがごとき政策に終始してきたといっても過言ではございません。しかして本法が労働者の権利のみを封殺し、全く資本擁護の法律となり、労働者に何らの代償を与えなかった、やらずぶったくりの法律と化したことは、本法の性格を如実に現わしたものでございます。 第三に、今日この法律を恒久立法として存続する必要があるでありましょうか。前述のごとき政府の政策にもかかわらず、三カ年間でこの法律の適用を受けた事件は一件もなかっということは、この法律が必要でないということを何ものにも増して雄弁に立証するものであります。(拍手)政府が真に労働関係に関する事項については、法律をもってこれを抑制し、規律することはできるだけ最小限度にとどめ、むしろ労使の良識と健全なる労働慣行にまつことが望ましいと考えるならば、この際当然本法を廃止すべきであると考えるのであります。政府が労働組合の実態を色めがねをもって偏見し、労働界の情勢はこの三カ年間に安心できる要素を何一つ見せていないと朝日新聞で労働大臣が談ずるごときは、全くためにする議論と言わざるを得ないのであります。しかも恒久立法といたしましては緊急調整制度があります。先ほどから労働大臣がおっしゃる、あるいは法務大臣がおっしゃる公共の福祉ということにつきましては、その争議が規模が大であり、日本の経済に影響する場合は緊急調整制度がございます。その緊急調整制度があるにかかわらず、さらに屋上屋を架すこの法案に対しまして、私たちは反対せざるを得ないのであります。 第四は、政府は提案当時、この法案は創設的立法ではなく、解釈的立法であり、宣言的立法である。従来社会通念上、違法または不当な争議行為を明確化したにすぎない、こう言っていたのでありますが、果してそうでありましたでしょうか。ストライキを行なった場合、迷惑をこうむった公衆の心の中に嫌悪の情が起ることは否定できないのでございます。また第三者が当事者に比べて冷静公平な判断を下す立場にはありますけれども、一方冷酷で無責任な批判者にもなりかねないのであります。労働者は自分ではストライキをしながら、よそのストライキには不平を言っているというのが、現在の実際の状態でありまして、かように民主主義がおくれ、認容の精神が足らない状態では、社会通念ということの基準はきわめて困難でございます。市民法系にならされ、労働法系の観念が十分成熟していない今日、いまだストライキをもって罪悪視し、革命の手段のごとく考えられておる人も実は少くない今日においては、社会通念という言葉で規律するということはきわめて危険であろうと思うのであります。労働法は市民法系の中に割り込んで逐次修正をしながら発展してきた動的法律関係でありまして、これを考えるならば判例の集積こそ労働法における社会通念を形成し、決定するものであると言わざるを得ないのであります。 しかして判例は停電スト、電源ストに対して違法であると決定したものはほとんどありません。川崎発電所の停電に対する東京高等裁判所、横浜地方裁判所のごときは重大な事故発生の危険を伴いやすい職場放棄等の手段を避け、比較的安全にして効果的な停電ストに出たことは、電気事業の性質上機宜に適した措置であったものというべく、従って本件停電ストをもって必ずしも正当な争議行為の範囲を逸脱したものであるとは認められないと判示しているのであり、スト規制法制定後の電源停電ストライキも免訴無罪となっているのであります。高知地方裁判所の電源ストに対する判決は、資本主義ないし私有財産制度の根幹を否定するがごとき傾向のある争議行為でない限り、相手方のある程度の自由を阻害し、またはある程度経営権を制限する結果が生じても、法はこれを認容すべき分野があるとして、会社側が業務命令をもってストに入った以上、会社の指揮命令を離れるので、右、業務命令に従わねばならぬ義務はないし、電源職場組合員が職場放棄と同時に、それまで運転していた発電機を停止するだけのことは、いまだ会社の施設管理権を奪ったものとも考えられない。スイッチ切断の戦術はまことにやむを得ざる手段であると認定し、停電ストの合法性を判断しておるのであります。さらに昭和三十一年七月十九日の東京高裁の判決も電源ストの合法性を認めておるのであります。かように裁判所は相次いで停電スト、電源ストを合法なりと判示しているのであります。これは明らかに、これらの争議行為が社会通念上合法血ものであることを示すものであり、立法当時政府の言った社会通念上、違法または不当なものという考えは、全く政府の独断的解釈であったことを証明するものであります。この点だけでも政府は責任を感じて廃止すべきであるにもかかわらず、依然として解釈立法なりとして欺瞞的言辞を弄し、ほおかぶりをして恒久立法にし、新たに争議行為を弾圧せんとすることは断じて許し得ないと思うのであります。 第五に、さらに本法は公共の福祉という名を乱用した、憲法の精神と相いれない立法であります。政府は公共の福祉を擁護するためにこの法律を作ったと言っております。私は憲法二十八条の規定する労働者の諸権利は、労働者の長年にわたる血と汗によって色どられた既存の闘争の歴史の遺産であり、何人も侵すことのできない権利であると考えるのであります。ここに新憲法の意義があると思うのであります。旧明治憲法炉法律の定むるところによりとして、法律の範囲内において国民の権利を規定し、法律をもってすればいかなる権利及び自由をも侵害することができると規定いたしましたが、新憲法はこの法律万能主義を捨てて、国民の基本的人権は法律をもってしても侵すことのできない天賦の権利なりとし、この権利の保障をもって法律にまさる効力ある最高法規たらしめているのであります。もし政府が公共の福祉をもって基本的人権を自由に制限し得る万能薬と考えるならば、それは明治憲法と何ら異なるところがないのであります。自民党の諸君は、国会における多数派であるという理由で、多数の国民の意思であるとして自分たちの考えを公共の福祉に適するものであるとし、自由に憲法に保障された権利が侵害できると考えているようでありますけれども、これは全く思い上りもはなはだしいと言わざるを得ません。(「その通り」)有名な、かのジャンクソン判事は、次のように言っておるのであります。「権利章典の真の目的は、ある事柄を政治的な争いの渦中から引き離して、多数派や官僚の支配できる範囲の外に置き、かつそれを裁判所の適用すべき法原則として樹立するところにあった。基本的人権は投票に左右されるものではなく、選挙の結果に依存するものではないと言明しておるのであります。この言を政府並びに与党の諸君は銘記しておいてもらいたいと思うのであります。また遺憾なことは、単なる公共の便宜と公共の福祉を混同された議論がなされておるということであります。それは困るという、単なる公共の便宜のためにという理由で基本的人権が制限されるでありましょうか。もしそうだとするならば、ストライキは全面的に制限しなければなりません。基本的人権が制限されるときは、他の人の基本的人権を直接に侵害する場合、すなわち基本権と基本権が衝突する場合に調整的機能としてのみ制限されるのでありまして、これが公共の福祉なのであります。ゆえにかかる憲法の精神をじゅうりんする立法に対しては、私たちは承服することはできないのであります。 第六に、本法を恒久立法とするにはあまりにずさんであります。労調法は、電気事業を公衆の日常生活に欠くることのできない公益事業として規定し、予告義務その他の制限をしております。停電ストが禁止された電気事業においてそれ以上制限する必要はありません。しかも条文は「正常な」とか、「直接に」と、きわめてまぎらわしい字句を使っておるのでありまして、これが拡張解釈を誘発する危険炉きわめて多いといわざるを得ないのであります。すでに労働省は、水力発電所の水路の塵埃処理拒否のごときを本法に抵触するごとく考え、炭鉱の保安炭搬出の問題につきましても、本法を拡大適用せんとすることはこれを雄弁に物語るものであり、基本的人権の制限をする場合のとるべき立法技術ではないといわざるを得ません。 第七に、本法の恒久化を要求しておるのは国民の世論ではなく、政府と資本家であります。朝日新聞の社説はスト規制法を提出すべきでないと論じ、労働法学者はあげて本法の不当性をつき、全国の労働者は熾烈なる反対運動を展開しており、自民党の党内にも良識ある諸君は、本法存続の提出を見合わすべきであると主張したと言われておるのであります。しかるに資本家にこびを売るの余り、政府はあえてこれを提出し、炭労、電産の諸君が今にも電気を消し、電車をとめ、炭坑を爆発さすがごとき宣伝を行なっており、倉石労働大臣のラジオ放送のごときはその雄たるもので、諸君、この法律が否決されれば電気は消え、ラジオも聞けなくなりますよ、こう言っておる。これまさに国民を扇動するもはなはだしいといわなければなりません。一体政府がこんな態度をとっていて、日本の民主主義は伸びるでしょうか。政府は民主主義擁護のために基本的人権の制限をせずして労働組合みずからの自主的抑制の中に乱用を戒め、世論に耳を傾けせしめ、その上に立っての戦術の採用をはかるごとくなすことが肝要であります。民主主義の道はきわめて険しいのであります。ローマは一日にしてはならないと言われております。ちょっとつまずけばその芽をつむという態度は、民主主義の木を永遠に繁茂さすものではないと思うのであります。 私は本法議決に当り次のことを想起いたしました。それはわが国の希代の悪法と言われる治安維持法制定の過程であります。大正十一年二月、時の政友会内閣は社会運動者を弾圧するために——これは牧野さん、よく御存じです。過激社会主義運動取締法案を提案いたしましたが、院の内外における反対によりついに審議未了となりました。しかし政府及び官僚はなおもひるむことなく、翌年の関東大震災を契機に治安維持に関する緊急勅令を仰いで、ついにこれを後に治安維持法にすりかえ、拡大解釈をして社会運動者、労働運動者はもちろんのこと、キリスト教師まで取り締ったことは吾人の記憶にいまだ悪夢として残っておるところでございます。ところが今回の法案の出し方はそのやり口と軌を一にしておるのであります。 炭労、電産の争議の経験にかんがみと称して臨時立法を設け、従来違法としたものを明確にするだけであるとして国会及び国民を欺補して制定し、三年たつや一挙に委員会省略という暴挙をあえてせんとし、しかも恒久立法にすりかえ、拡大解釈をせんとする態度は、民主政治の上から断じて糾弾されなければならないと思うのであります。政府の言う公共の福祉は、それはファッショの福祉論であります。十八世紀の絶対主義国家、警察国家が福祉国家という名前で呼ばれており、公共の福祉は絶対主義の強力なる権力を基礎づける表現として用いられたものと同意語に使われているのであります。公共の福祉はかつての公益優先となり、ナチス・ドイツの基本的人権圧殺のための、公益は私益に優先すると全く同じ語になってしまったのであります。 本法は、公共の福祉に名をかるところの民主主義破壊の法律であることを強調し、私の討論にかえる次第であります。(拍手)
○佐々木委員長 田中正巳君。
○田中(正)委員 私は自由民主党を代表してただいま上程されております。電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律附則第二項の規定により、同法を存続させるについて、国会の議決を求めるの件につき賛成の意を表明せんとするものであります。 およそ国家共同体の内部における各構成員の行為は、いかにそれが各自の希望するところであっても、それは絶対に全体の利益ないし福祉に背馳することを許されないというのが、これ近代国家の鉄則であり、世界各国の憲法においてもこのことは陰に陽に規定されているところであります。わが国の憲法もまたその第十二条、第十三条においてこれを明記しており、このことは労働者の団結権、団体交渉権、団体行動権等においても例外でないことは、これ当然と申さなければなりません。また元来労働運動における争議行為は、労働者が自己の経済的主張を貫徹するために経営者に対し威迫を加えることの武器とする手段であって、この威迫力は元来直接経営者の利害に対するものであるべきであって、決して争議行為の結果が直接社会公共の利益であったり、労使のともに生きるべきところの企業財産そのものであったりすべきでないことは論を待たないところであります。 以上の理由等により、わが国の労働界が円満なる良識と洗練されたる労働慣行とを有しておるならば、本法のごときは当然存在せざるべきものであり、このことはすでに本法制定当時広く国会の内外において認識せられておったところであります。 かく考えるならば、本法がその成立に当って、何ゆえに他の法令にほとんど例を見ないような附則第二項のごとき規定を持つに至ったかということが理解さるのであって、この法律が本来一日も早く廃止され得るような情勢を希求しつつ、このことが可能になるところの労働運動の良識と労働慣行の習熟とが醸成されることを望んだからであります、この点一部論者の言うがごとく、この法律が本質的に違憲の疑いがあるからとか、労働者ないしは労働組合に対する一方的抑圧を目ざしたものであるからという理由では決してないということを銘記しなければなりません。 本法が労働運動の一方的抑圧を意味するものでないことは、本来本法はなすべからざる過激なる争議行為を規制したものであって、自由になし得るものを禁止したものでないことからでも明らかであります。さらに実際的に申しても事実本法施行下において関係労働者は、それぞれその労働運動等を通じて労働条件の向上に努め、かつその成果をあげたのであって、このことは電気関係労働組合において特に著しく、現にその都度関係労働組合等が運動の成功ないしは勝利を誇示しておったところであり、また炭労のごときは、民間第一の強力組合であることを誇っており、かつ本法施行下において弱化した事実なきを見ても明らかであります。 また一部には本法施行下において本法違反に基因する起訴事実なきがゆえにその存在の必要なしと論ずる者もありますが、これは法律の本質を知らざる暴論であり、取締法は本来その機能炉予防的であることが望ましく、いわんやかの刑法各本条の罪にあってすらその一部に制定以来ほとんどその適用を見ないものがあり、かつなお実定法としてその意義を十分に有し得るものがあることにおいておやであります。 また本案の審議に当り、本法の適用範囲について論議が戦わされたことがありますが、本来法解釈は、立法者の意思を尊重すべきはもちろんでありますが、その規定する精神が立法後におけるもろもろの事象に適用されなければならないのであって、本法制定当時予測せられざる事実であって、当時論議の対象外であったものであっても本法の精神に照らし、絶対に背馳するものはやはり規制されなければならないことは、法解釈の当然であって、あえて一部の言うがごとき拡大解釈などと申すべきものでないのであります。 さらに本案の審議方法につき、政府側の委員会審査省略に関する希望についての論議もなされましたが、今日これは国会側の意向によって認められざるところとなったので、その可否について詳論は避けたいと思いますが、おそらくその理由の一つであって政府側が説明することをはばかったと思われる一事実を、国会側として率直に反省してみなければならないと思います。それは前国会における一部重要法案についての審議の実情であります。もちろんわれわれは、今国会において本案の審議に当り前会のごときことが再び行われ、あのような行為が一部政党の偶発的な行為にあらずして、常套的なものであるかのごとき印象を国民に与えるがごとき愚挙はこれを行わないものと思考いたしますが、この点やはり政府の手続を論議する前に、みずからもまた一応の反省があってしかるべきものであります。 さて本法施行後三年有余を経過した今日、関係労働組合の現状はいかがでありましょうか。まことに遺憾ながら、上記の国家的要請は今日なお十分に満たされているとは申し得ないのであります。なるほど一部関係労働組合においては、相当にこの法律の趣旨を体得して行動しつつあるものもありますが、なお一般的に申し、この法律をこの際直ちに廃止し得る客観情勢がいまだ成熟しておらないことは、本法施行下における関係労働組合の理論的かつ実践的態度に徴して明らかであります。事実炭労のごときはしばしば保安放棄を指令し、また大会においてこれを確認しているばかりでなく、短時日ではあります炉、実際に保安放棄を実施し、部分的に廃坑を生じた事例さえあり、特に本年の春季闘争においては保安要員の差し出し拒否を避けたのは、当時の条件では適切でなかったからで、もちろんこの方針を放棄したわけではないと言っているのであります。さらに一昨日の本委員会に参考人として出席した関係労働組合の代表者の陳述内容によるも、本法は今日これをにわかに廃止し得ないものと認識したのはひとり私だけではないでありましょう。ここにおいてわれわれは国家的視野に立ち、全国民の公共の利益と国民経済の発展を期待する立場に立って、いましばらくこの法律の存続を求めなければならないと思うものであります。 労働者の団体的権利と公共の福祉は、一見互いに対立するがごとく見えるも、決してこれらは二律背反的なものではなく、究極において一致すべきものであります。もしこの法律の存在をいとう者ありとするならば、それはまさに本法のごとき法律の存在を必要とするわが国労働運動の幼稚さをあえてこの法律の存在によって国の内外に示すことを恥じる気持から出るものでなければならないと思います。されば関係労働組合は本法の廃止を可能ならしむる労働慣行の成育に努むるはもちろんでありまするが、反面使用者側も本法の存在を特に要請されるがごとき公共性の高い事業を経営していることに思いをいたし、労働組合とともどもに、すみやかに本法の廃止をもたらし得る客観条件の現出に努力すべきであり、また政府はこのことの一日も早く到来するよう指導助言を惜しんではなりません。 以上のことをそれぞれに要望しながら、私は本案に賛成の意を表明したいと思うものであります。 国会は常に国家的視野に立ち、全国民の利益と福祉の向上の実現に努力しなければならず、政党もまたその立場のいかんを問わず、かくのごときことをその最大の目的としなければならないことは論をまちません。ときに、日本社会党は最近しきりに批判政党の傾向を脱却して責任政党としての立場を党の内外に表明せんと努力しつつありと報ぜられておりますが、それならばなおのこと、今日こそ社会党の諸君が従前の見解を改めて、右の立場からも本案に賛成あらんことを特に希望するものであります。本案の可否を決定するに当り、われわれは経営者や関係労働者の立場を勘考するはもちろんでありますが、さらに重要なことは、穏健なる社会情勢のもとにみずからの生活を享受するとこをこいねがいつつある一般の民の声なき声を聞くことが、最も肝要なことでありましょう。 かくのごとき国会と政党の根本的使命に思いをいたし、如上の理由をもって本案が満場一致賛成せられんことを心よりこいねがい、私の討論を終了いたしたいと思います。(拍手)
○佐々木委員長 中原健次君。
○中原委員 私はただいま議題になりましたいわゆるスト規制法の存続に対しまして、国民とともに絶対に反対をするものであります。若干の理由を述べたいと考えるものであります。 まず第一番に、本法律案を作成いたしました今から三年前当時のいわゆる電産、炭労のストライキに関連いたしまして起って参りました社会的なあらゆる事象について、われわれは静かに思いを及ぼす必要があると考えておるのであります。特にその場合、本法律案を作案するに至りましたときの動機の重大なるものに、ストライキの期間の長引いたという事柄にその焦点が寄せられておったと思います。そうであるならば、このストライキが遷延のやむなきに至りましたその間の消息について思えば、何人もがこれを否定することのできないごとくに、当時これらの企業関係の方に労働組合側の持ち込んで参りました団体交渉を回避し、遷延するためのあらん限りの努力が払われておったということを、われわれは見落すわけには参らぬのであります。従いまして心なき長期のストライキにまでこれが発展せなければならなかった社会的な一番大きな要因は、争うべくもなく当時のこれら関係企業者側にあったことは申すまでもないのであります。しかもそういう遷延の長き期間の中で、炭鉱経営あるいは電気事業経営の側におきましては、あらゆる手を尽しましてストライキ破りの攻勢に出たという点であります。これは何といたしましても、労働階級の新憲法によって保障されましたいわゆる労働権の侵害をあえてなしたものであるということは、今さら申すまでもございません。しかもそのストライキ破りの中には実に聞くだに忍びないような、実に許しがたき非人道的な行為さえ営まれておったことを、われわれは見のがすわけには参らぬのであります。そうであってみるならば、このようなストライキ重大化への遷延をあえていたしました当の責任者が、当然当該本法律の存続を求められるときに当りまして、十二分に吟味検討を要することは今さら申すまでもないと思うのであります。しかるにこの問題からは目をおおい去りまして、ひたすらに労働者側の責任の所作であるかのごとくにあえてこれを言いふらしておるところに、私は政府並びにこの存続に賛成する側に、許しがたい、憎むべき隠された意図のあることを指摘せなければならぬと思うのであります。ことに当時一般によく言われましたいわゆる電源のストライキの問題であります。特に電気の配給量の減量の問題等に関しましては、本委員会における審議の中でも明らかになりましたように、当時実際は全送電量の八〇%からのものが残存をいたしておったのであります。従ってもし万一政府が一般消費大衆の迷惑を心から心配しておったのでありまするならば、その残存電力八〇%の配電の操作によりまして、一般大衆にかける迷惑をなくし、いささかも一般の不満を誘発するおそれなき状態が作り得たはずなのであります。にもかかわらずその配電の方法、操作等につきましては、むしろかえって逆に電気産業資本家の側にその許しがたい目途のあったことをわれわれはその間からうかがい知ることができるのでありまして、そうであってみればこの法律の存続を要望するのあまりいたずらに公共福祉の論を引きずり回しまして、ややともすれば単純な判断を幻惑に陥れるような、そういう言動のありますることはどのように同情的に見ましてもこれは許しがたいことと私は考えておるのであります。ことに公共の福祉という言葉によって労働階級の労働権の行使を阻害しようとするの行為というものは、何と申しましても新憲法の命じております労働三権の否定であることは言うまでもなく、しかも労働階級にとりましては現在さなきだに失業と生活不安の中にとじ込められ、あらゆる苦難の生活を営まなければならぬような状態におりまする実態から考えまして、その基本権を主張するということはあわせて生存権の主張であるわけであります。従ってその生存権を意味する労働階級の基本権を、かくのごとき態度を持ち続けて否定し去ろうというがごときは、真実にわが日本の国家のよき発展を願い、国民生活の向上を実現させなければならぬとするの熱情を持たざる者の言動であるといわなければならぬと思います。ことに労働階級の持っておりまする基本的な権利というものが、政府の言動によりますると、ややともすれば公共の福祉と全く正面衝突でもいたしておるかのごとくに宣伝これ努めておるのでありまするが、私は全く許しがたい無責任な暴言であるといわざるを得ないのであります。ことに労働階級の基本権というものはただいま申し上げますごとくに、あくまでも生存権を意味しておりますだけに、この基本的な権利というものはあらん限りの行為をもって守り続け、これを発展せしめるための施策が講ぜられなければならぬことは申すまでもございません。ことに近代国家としてのよき方向を目ざすわが日本国であればなおさらのこと、この点に関して十二分の配慮と努力が払われてしかるべきものと私は考えておるのであります。ことに先般も参考人の方に御苦労を願いましていろいろ御意見を拝聴いたしました。ところがそこで、私はその意見の内容について申し上げようと思うのではございませんが、あの御出席をいただきました参考人各位の外に、今から三年前の本衆議院における公聴会に出席をわずらわしたはずの学者諸氏のお顔が実は見得なかったのであります。ことに一橋の吾妻、東京大学の石井、和歌山大学の後藤へ早稲田の野村、慶応の藤林、こういう方々の顔ぶれを見ることができなかった。私はここに許しがたい、あの参考人喚問の手段の中に意図が隠されておるのではないか、このように思わざるを得ぬのであります。ことにこのことと関連をいたしまして、たまたまその前日でありましたか、倉石労働大臣の言葉の中に、学者は曲学阿世の徒である、こういう暴言がなされたことであります。ちょうどそのこととつなぎ合せて考えますと、そこに一脈の当代の学説に対する許しがたき不信と反撃が秘められておる、私はそのように観察せざるを得ないわけであります。われわれがもし近代国家のよき成長と発展を願うのまじめさがあるならば、むしろ進んであらゆる方面からの学者諸氏の意見を拝聴し、十二分にわれわれ委員会構成の各委員が、良識を磨きながら、歴史の中に汚点を残すことのなきよき立法の措置を講ずるために万全の努力を払うべき責任があると私は思うのであります。にもかかわらずこの参考人喚問の前後の経過、状態から考えても全くそれとは相反する実態が出ておることを私は見のがすわけに参りません。 かれこれ考えてみまするときに、われわれは今わが日本国憲法がきめておりまするように、専制と隷従、そうして圧迫と偏峡というものをこの地上から永遠に除去せなければならぬときめましたその前文の精神は、全く残念なことながら━━━━━━━━━━━━━━━━━まことに遺憾しごくであると同時に、国民九千万に対しまして、われわれは言いようのない苦しい思いをいたさざるを得ないわけなのであります。ことに私は思うに、この公共の福祉というものが、常に基本的人権の上に君臨でもすることを余儀なしとするかのごときそういう判断がこの委員会の法案審議の中で、しばしばうかがえることを残念に思います。われわれはすでに学説がこのことをきめておりまするように、公共の福祉が基本的人権の上に君臨をするものではなしに、もし基本的な人権を引っ込めなければならぬような場合があるとすれば、他の基本的人権を侵すような状態にある場合にのみ、その基本的人権に関してわれわれは制約を加えなければならぬ、こういうような解釈をやはり依然として支持いたしておりまするだけに、私は本委員会の法案審議の中でしばしばその思いを持たざるを得なかったことをはなはだ残念に思うておる次第なのであります。 従いましてかれこれ思うて参りますると、いわゆるストライキ規制法なるものは、どのような弁解をもっていたしましょうとも、やはりわが日本の平和と民主主義を願うてやまない新憲法の建前から申しますれば、具体的には第十八条あるいは第二十五条さらには第二十八条に直接背反する法律である、このようにいわなければならぬと思います。従って本法律の存続を願うその立場は憲法を無視しあるいは憲法をじゅうりんしようとする意図の上に立っておることを自覚すると自覚せざるとにかかわらず否定できないと私は断ずる次第なのであります。このような意味からわれわれは、ただいまも反対討論でいろいろ御指摘がございましたように、法律論的に考えましても、何といたしましても、この存続を承認するわけには参りませんばかりか、むしろこの機会に、わが日本の国家の近代性を実現させようとする熱情を持つならばこの法律は直ちに廃止を考え、廃止のための審議を続けることこそが、新しい憲法の精神に沿うたよき態度であろうと私は考えるものなのであります。いわんや本法律の原案作成の当時におけるあらゆる諸問題を検討してみますときに、また三年前の状態と今日の状態との中において、非常に大きな開きのあることと、同時に、労働階級の労働慣行に対する成熟の条件の発展等々を考えますときにわれわれは何としてももはやかくのごとき許しがたい違憲立法の必要を感ずることはいささかもできないと思うておるわけであります。従いまして、万一にももしこの法律を直ちに廃止することのできないいわゆる国会内の実態があるといたしますならば、国会内のそのような状態を作り上げておるその真相の中に、現実のわが日本国家の状態を反映するにかたき条件が秘められておる、こういうことにさえ私はなることを思うて、はなはだ恥かしく、残念に思わざるを得ない次第なのであります。ところが、このようなことを思いながらここに至って参りますと、時たまたま、先ほどもこちらで質問がございましたが、鳩山総理が、とにかく日ソ国交回復の問題について、とりあえずあれだけの妥結点を見出すための話し合いをまとめて帰って参りました。たまたま日ソ国交回復成立という問題と直面いたしておりますこのとき、政府筋の内部から細々と聞えて参ります言葉の中に、国内の治安体制の問題、こういうことがあると思います。われわれは一体今日の情勢の中で、国内の治安体制、政府の言うところのそういう体制の確立を必要とする条件があるであろうか。はなはだ私どもはその声を耳にするたびごとに遺憾を感ぜざるを得ないわけでありますが……。
○佐々木委員長 中原君に申し上げますが、中原君、各党の時間の均衡を保ちたいと思いますので、結論に入っていただきたいと思います。
○中原委員 もう終ります。そのことを思うてみますと、今回これだけの反対の機運のありますときに、ことに理論的には反対の根拠を非常に進めておりますこのとき、あえてこの法律の存続を押し切ろうとする動きというものは、思うてみれば、この日ソ国交回復成立に引きかえまして、国内治安の確立ということをここに持ち出してきたのではなかろうか、そういう交換条件がここに突如として出てきておることを見のがすわけには参らぬのであります。 なお私は思いますが、もし万一労働争議の問題についてそれほどに心を使う必要があるとずるならば、まずもって労使の対等性の維持と申しますか、こういう問題について心を用いるのまじめさが要るのではないか。ただいわゆる資本家の利益を代表するという側から、りくつにかなおうがかなうまいが、ひたむきに労働階級を圧迫することばかりこれ念とする態度は、歴史上私は断じて許されない、このように思います。従って労使間の対等の条件を維持しようとするの努力ありとするならば、先ほども指摘申し上げましたように、争議遷延の責任の重要な部分が経営側にありということが明白であるならば、なぜその経営に対しまして、経営の規制と申しますか、そういう対策の立法措置を考えるの努力をせぬのであろうか……。
○佐々木委員長 中原君結論に入っていただきます。
○中原委員 ここに私は非常に大きな問題点があると思います。従いまして、今や本委員会が、わが日本の国の正常なるよき発展と国民の生活と、そして基本的な人権を守るための熱情があるならば、かれこれ問題を総合して、もう一つの深き思慮が必要なのではないか、このように思わざるを得ないわけであります。なお時たまたま生産性向上運動なるもの炉飛び出しております。この生産性向上運動に関しましても、大臣はいろいろ弁疏に努めておりましたが、遺憾ながらこの生産性向上運動の新展開というものは、依然として労働階級の労働規制を前提に必要としておるかのごとくに思われるわけであります。そうであってみれば、ますます国民を真実に理解し、同時に国民に信頼を寄せ、国民の力を借りるという態勢をとることなしには、これらの諸問題の成功的な展開は不可能である、私はそのように思います。従って本法律のごとき、あくまで国民を信頼せざるばかりか、かえって逆に敵視するかのごとき取り扱い方の中で生産性向上の問題を展開しようといたしましても、これは私は大きな見当違いであると考えざるを得ません。ことにこの生産性向上運動は、本質的には徹底的な労働規制の内容を包含いたしておるだけに、それだけに一そう重大な問題をはらんでおると私は考えます。従いまして、そういう事柄をかれこれ思うてみまするときに、政府はしばしば二日目にはアメリカを問題にし、外国のことをよく申しまするが、今度のこの法律に関しましては、外国のことが出てこぬのであります。
○佐々木委員長 中原君に申し上げますが、実は少数党が一人で一番時間をとるということは将来の運営上に悪例になりますので、結論に入っていただきたいと思います。
○中原委員 もう終ります。従いまして、そういう外国の諸例をここに取り入れて、もしストライキ規制法に対する検討が行われていくということになって参りますると、どのように眼をさらのごとくいたしまして諸外国に目を転じましても、スト規制法のごとき性格に見合う立法措置のできておる国柄はございません。これはもう当局はよく知っておると思います。そこで全世界のどこの国を見ても、特にわが国がしばしば学びを寄せておる先進諸国におきましても、こういうような内容を盛り込んだ立法措置がなされておらぬというところに大きなわれわれの学ぶべき点があるのではないか。にもかかわらず、そのことに全く目をおおいまして、労働階級の労働権抑圧のために徹底的に集中攻撃を加えるかのごとき態勢をとることは、究極において国民を信用せざることであり、しばしば国民を敵視することである、このように考えます。従って、そういう態勢の中でわが日本の国のよき発展を期そうことは、願うてもとうてい実現し得ないであろうことを遺憾に思います。従いまして、今やわが日本の国の態勢から考えますと、経済産業の民主的な発展を期さなければならぬのであります。従ってその民主的な発展を成功せしめんとするならば、まずもってその生産部面の中の中核的な神経をなす労働階級に対して真実に信頼と協力を寄せなければならぬと私は思います。このようなことをかれこれ思いますと、次から次にいろいろな問題が起って参りますが、委員長からのお話もありますので、その点は具体的に引き出すことをよします。いずれにいたしましても、われわれはそのような判断から、高き知性を今こそ必要とするときであろうと考えます。そうして本委員会が決定する、そうして本国会が決定しようとするこの結論は、あくまで歴史上さん然として輝くべきよき記録たらしめなければならぬと考えるのであります。しかもこのことこそがわが日本の近代性を高めていくための必須の条件であるということをさらにつけ加えておきたいと思います。 以上をもちまして、私の本議題に対しまする絶対反対の討論を終る次第であります。
○佐々木委員長 ただいまの中原君の発言のうち、不穏当な言辞がありますれば、速記録を取り調べの上、委員長において適当に処置いたします。 これより本件について採決に入ります。電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律は、これを存続させることに決すべきものとするに賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○佐々木委員長 起立多数。よって、電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律はこれを存続させることに決すべきものと決定いたしました。 なお本件に関する委員会報告書の作成につきましては、先例によりまして委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○佐々木委員長 御異議なしと認め、よってさよう決しました。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時四十一分散会