社会労働委員会 第16号
- 発言数
- 58 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1956/03/16
会議録
○委員長(重盛壽治君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。 本日は、公共企業体等労働関係法の一部を改正する法律案を議題といたします。 本案は、前回の委員会において提案理由の説明を聴取しておりますが、改正の点が法律の全般に関係がありますので、審査の方法等については、委員長、理事において協議して、方針を定めて進行するということにいたしたいと思いますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(重盛壽治君) それでは、本案の審査方法は、委員長、理事において協議して進行するということに決定をいたしました。 —————————————
○委員長(重盛壽治君) 次に、労働情勢に関する調査を議題といたします。 当面の労働問題に関して、労働省当局に質疑を行いたいと思います。どうぞ御質疑をお願いいたします。
○田村文吉君 今の公共企業体労働関係法に重大な関係のある問題なんでありますが、これのこまかい審議の方法については、今お話があった通りで、追っておきめいただくのはけっこうでありますが、私根本的に、この問題について一つ疑いがある点がある。というのは、ちょうどいい機会で、一般の労働問題としての質疑をお許しいただいている際でありまして、ただいま局長がおられますので、私伺っておきたいと思うのでありますが、私どもの古い時代の考え方と言えば言えるでありましょうが、昔の大工であるとか、あるいは人夫であるとか、左官であるとかいうような人たちの賃金というものは、あるいは米三升あるいは米四升、米五升というような、ある程度の標準がございまして、米価にスライドして、つまり賃金がきめられていったというのが一般の状態であって、いわゆるその後の今日の生活形態における賃金のきめ方も、大体そういうふうにかっきりとして、鉄工は米何升に該当するとか、繊維工の女工はどうなるとかいうような、はっきりした点はなかったけれども、おのずから、そういうようなふうに自然ときまってきた点があると思うのですね。でありまするが、終戦後のインフレーションに至りまして、まず第一には、生活給を保障してもらいたいという労働者の要求で、これは私はまあ当然であったと思うのでありますが、これは今申し上げたような、米何升に該当するというような点からいって、生活給による労働賃金を要求することは昔の観念に非常に近いのであります。ところが最近になりまして、というよりは、もう終戦後にもそういう傾向がかなりあったのでありまするが、各地に労働委員会というものができて、中央にも労働委員会がありまして、これが仲裁をやるときには、その企業の内容というものを検討いたしまして、もうかるのだからこのくらい払ってやってもいいのじゃないか、もうからないのだからこのくらいでしんぼうしたらいいだろう、こういうような考え方で、賃金の仲裁をされるような慣行がだいぶ出てきているのであります。そこで、公共企業体の労働関係法におきまして、予算上、資金上できる場合と、できない場合においては云々という文字を使うのでありますが、私は予算があるとか、あるいは資金の都合がつくとか、あるいはまたその会社が利益があるとか、利益がないからというようなことで、著しい差等のつくことは穏当でない。むろん企業でありまするから、私企業において、相当の利益があった場合に、規定の賃金のほかに、期末あるいは年末において若干の賞与金を支給する、もうかったから多く賞与金を支給する、こういうことは考えられてもいいのでありまするが、もうかるから賃金はこのくらいベース・アップしてもいいのだ、資金の都合がつくからいいのだ、予算の都合ができるから上げてもいいのだと、こういうような考え方が、おそらくは日本の労働委員会の空気を左右しているようなところまできていることは、私は非常に危険な考え方ではなかろうか、こういうふうに考えているのであります。でありまするから、同じ鉄工でありましても、非常にいんしん産業に行っている鉄工であろうが、あるいは町の鉄工であろうが、その技術に相当して賃金は支払わるべきがほんとうなのであります。ただもうかるから、その工場に行っている人は高い賃金をもらうし、片っ方は中小企業でもうからないから、賃金は安くしてもいいのだと、こういう考え方がどうも労働委員会の、ことに中小企業の地方にある公共関係から出ておいでになりまする労働委員の方々は、賃金に対する観念がちょっと間違ってやしないか、こういうことを私は憂えるのであります。でありまするから、予算上、資金上金が払えれば払ってもいいんだというような考え方に持っていくところに、非常に誤まりがあると、こう私は考えるのでありまするが、これに対して、これは大きな賃金構成に関する根本理念でございますので、労政局長はどういうふうにお考えになっているか、私は伺っておきたいと思います。
○政府委員(中西實君) ただいまのお話は、私どもは非常に問題として常々考えておる点でございます。これは一般私企業の場合、それから今問題になっております三公社、五現業の場合、これはその間やはり相当ニュアンスは違うと思います。それで、おっしゃるように、日本なら日本という国民経済のレベルから考えまして、大体ある質と量の労働については一応の相場がある、従って、できればどの企業におきましても、ある程度相場に従った給与というのがやはり最も望ましいかと存じます。しかしながらわが国におきまして、これは申すまでもなく自由経済でありいたしまするので、やはりその間経済のいいところ、悪いところというところで差ができる。それも若干の差ならいいですが、大きな差になるということになりますることは、われわれとしましても決して望ましいものじゃない、こういうふうに実は考えております。ところがどうも、やはり今の経済の建前からいいますると、給与だけについてそういった、まあ、制約といいますか、そういうことが非常にむずかしいので、結局やはり、もし給与についてそういう制約を考えます場合には、経理その他各般の点についてずっと規制をしていきませんことには、ただ給与だけを規制するというわけにも参りません。そこで、たとえば争いのあった場合に、調停委員会あるいは労働委員会におきまして、あっせんあるいは調停をするという場合に、その当られる委員の方々が、もとより早期解決という観点から裁定をされるんでございましょうけれども、やはりおのずから、そこに世間一般の相場ということを常に念頭において処理されるんじゃないか、で、今は大体そういった、まあ、良識に期待しておるわけでございます。ところが、特に三公社、五現業、これになりますると、私はもっとさらに突っ込んで考えなきゃならないんじゃないかと思います。すなわち、民間におきましては企業の競争ということがございますので、労働者側といえども野放図に要求をしますれば、その企業自体の存立にかかってくるということで、おのずからそこに自制作業がございます。ところが三公社、五現業は、いわゆる親方日の丸という企業でございますので、従って労働者側が騒ぐと、騒がれれば何がしか出す、こういうのならば、騒がなければ損だということになって参ります。従って私は、一体三公社、五現業のような企業の給与問題の争いに当って、果して単に紛争を処理するという観点からだけの考えで、物事を処理していいものかどうかということについて、非常に疑問を持っております。今大体この公労法等におきましては、一応調停の段階におきましては、紛争処理的な機能をもって行われておることは、これは建前上いなめないところでございますが、しかしこの処理に当られる調停委員の方々には、ぜひやはり単に争議をおさめるというだけじゃなしに、また個々の企業の単なる経理というだけじゃなしに、やはり国の財政、国民全体に及ぼすいろいろな影響、諸般のことを考えて処理していただくのが望ましいんじゃないかというように実は考えております。ことに三公社、五現業の場合に、企業の性質上公共性というところに強く頭を置くか、企業性というところに頭を置くかというところがまた問題になって参る。私は現在の三公社、五現業につきましては、企業性、公共性、やはり両方を頭に置いて、そうして諸般の関係を考慮に入れて、単に紛争が終ればいいのだというようなことじゃなしに処理されるべきものだ、こういうふうに考えております。
○田村文吉君 むしろ婉曲に私の所論を反駁されたようなふうに私はとるのでありまするが、私は公務員であろうが、民間企業であろうが、予算があるとかないとかというような問題は別として、支払うべきものは支払うべきだ。また予算があるからといって、よけい支払うということは穏当でないのだ、こういうことを私は言いたいのであります。これは卑近な例でありまするけれども、私どもは、自分の子供がまだ幼なかったころに、東京からよくみやげを買って参ります場合に、相当に珍しい高級な玩具を買って参ることがあるのですが、私はある日、それを隣りの子供が非常にうらやましがって、両親にせがんだことを見たときに、りつ然として私は心配したのでありまするが、私の行いがよくなかったから、これは隣り近所の子供に、父兄の人たちにまで迷惑をかける、こういうことを考えておそれ慎んだことがあるのでありまするが、私は同じ労使で、公務員であろうが、民間の人であろうが、やはり大体の、さっきあなたは相場とおっしゃいましたか、そういうような程度があってきめられていくのでありましょうけれども、三公社、五現業の場合には別だ、こういうお話だけれども、私にするというと、そういう差別はむしろすべからざるものである。もし国家の、非常にむだな人員があるために財政が成り立たないならば、ほかの方法で整理していったらいいじゃないか。それがために、どうも愛国心を発揮してもらって、賃金を安くしてもがまんして下さいということは、私は無理である。しかし私は現在の三公社、五現業の所得というものは、民間のレベルに対して私は低いと思わない。決して低いということは考えない。その問題は別なんであります。むしろ現在は恩給でありまするとか、あるいはいろいろの医療施設、その他の共済のために政府が費している費用等、一人当りにいたしまして計算していけば、民間の大企業に劣らない程度までいっているのじゃないか、少くとも中流以上の給与が払われている。こう思いますから、私はその点についてはどうこうないが、ただ、今私がいつでも不満に感ずるのは、組合の要求が三であり、経営者側の支払うという要求が一である場合には、三と一を加えて、それを二で割って答案を出す。こういうふうなことですべての仲裁というものが行われている今日の現状が、非常に国の財政経済を誤まらしているのみならず、一般の産業では非常に迷惑をしている。こういうふうに私は考えますので、もっと合理的な数字でもって賃金というものを計算して、それが不当な場合にはゼロの回答でしかるべきなんで、またそれが正当の要求である場合には、百パーセント払われてしかるべきだ、こう思うのですが、今の仲裁に立たれる中立委員ですか、中立委員の裁定というものは、どうもそういうきらいがあるのみならず、これは一般にこの五、六年というものは、みなそういうふうに考え方が変ってきている。従いまして、さっきお話のあったような、同じ業種でいながら二倍も取っているのもあれば、二倍半も取っている者もある。一方には半分ももらえないで、食えるか食えないかいうのもあり、また全然職がないで困っているのがあるかと思うと、一方では非常な高給をはんでその上にあぐらをかいてすましていたり、こういうようなことが日本の社会不安を起す非常な大きな問題の根本になっていると思う。こういうので、私はもう少し指導をなさる労働省なり、あるいは日経連なり、また労働組合等がそういう点については正しい賃金という観念で再出発してもらう必要があるのじゃないか、こういうふうに私は考えますので、くどいようですが、労政局長に、こういう間違った考えが、今日、日本にびまんしていることを直さにゃいかぬとこう思うのですが、しかし、私の考えが誤まっているかもしれない。そこであなたに重ねて伺うのです。
○政府委員(中西實君) おっしゃるところ、理論的にまことにその通りかと思います。ただ実際問題といたしまして、まず根本において非常に企業格差というものがあり、結局、支払い能力というものの差があることから、勢い同じ労務につきまして高低の給与が払われるということ、これはまあ避けられないのじゃなかろうかというふうに考えます。さらに妥当な給与ということが非常にむずかしいのでございまして、まず賃金体系自体非常に現在まちまちで、同じような業態でありながら、非常に違った給与体系をとっておる現状でございます。従って、妥当な線というのがなかなか発見しにくいということが一つ。それからもう一つは争いの起りました場合の問題でございまするが、それは今の時代に二千円、三千円というような裁定を出すということになりますれば、これはいろいろと批判もありますが、ごくパーセンテージにしまして三、四%というようなことになりますると、これがどうもそれを上げなくちゃ非常に不合理になるとかいうような判定が非常にむずかしいわけですね。現実の紛争処理の際に当りますると、ついうんと煮つまったそのあとは、各会社の主張と組合の主張とのどこか中をとると、こういうことがわれわれも実際問題を取り扱いまして、できるだけ合理的にといって突き詰めて考えるのでございますけれども、究極はやはりどこかそのまん中でおさめるという、現実はそうならざるを得ないこと、これはまあ一つ御了承をいただけるのじゃなかろうかと思います。おっしゃることは、まあ理論的にはまさにその通りでございますが、まことに経済の機構からいたしまして、どうもそれを防ぐということが、これはもう全く教育でやる以外にないのじゃないか。労働教育としましては、いわゆる賃金格差の問題、これが妥当でないことはもう機会あるごとに申しております。しかし、やはり今の組合運動のあり方から見まして、なかなか所期の効果をあげ得られないというような現状でございます。
○田村文吉君 私どもは詳しいことは知りませんが、イギリスあたりの労働組合の出発が、いわゆる同業の人たちの、ハンディクラフトというのですか、そういう人たちの職種を守るために起ってきたのが労働組合の始まりのように聞いておるのです。こういう観念でいけば、私またわかると思うのです。しかし、鉄道の工機部に勤めている職工と、それから大会社の大鉄工所に勤めている人と、町の工場にいる人とが、同じ技術を持っていても賃金が違ってもいいんだと、こういうことが私は非常に不満なんです。そこで、もう一歩つつ込んであなたにお伺いしたいのですが、一体これが起ってきた原因は何かということを一つ検討してみたい。これは要するに、そういうことは昔はなかったが、また昨今になってこういうことになったということは、実は労働者を雇い入れることはきわめて自由なんだけれども、解雇することがなかなかできない、困難だ。だからお互いの職種の人が移動交流するということはできないのです、実際問題として。そういうことの結果は、ある特種のいんしん産業に勤めているものは、人のうらやむような三倍もの給料を取れるけれども、わがまま勝手をやって、働かなくても。これはどうもこれをやめさせるということになるというと、労働組合がうるさいからめったにやめさせられない。ところがこの微細な産業に従事している人は、それでもようやく何とかしてでも妻や子供を養っていかなければならぬと思うから、職を失わないように一生懸命やっている。つまり労働の交流というものができない。だから根本は何かというと、終戦後にできた労働組合法のこれは弊害なんです。で私は、労働組合法の根本においてそういうことに、お互いに就職することも自由でなければならぬし、やめることも自由でなければならぬ。と同様に、雇主の方も雇い入れることも自由であると同時に、解雇することも自由でなければならぬ。現在は表面的には自由であるという形にはなっている。なっているけれども、なかなか解雇ということになると大騒ぎなんです。こういう点が、私は終戦後にできた労働三法その他において非常に大きな欠点を蔵している。このままに放っておいたならば、いわゆるまあまことに使いたくない言葉ですけれども、一方には労働貴族はできるし、一方には食えない、職のない労働者とか、世話していかなければならぬ人をもっと多く出す。しかもそれがために、産業というものが、起るべき産業も起らないから、失業者を救済する道も出てこない。国民の税金でもって失業救済の方法を考えていくよりほかない、こういうふうに私はなると思うのです。その点は、私は今労働三法をすぐ改正なさるべきではないかというのじゃありませんよ。ありませんが、賃銀の根本について、これは労使双方とも考え直すべき時代になっているのじゃないか、いわんや中立委員である各種の仲裁、調停をなさる人たちが、今までのような考え方で、あなたのところは負担能力があるのだから、払ってもいいじゃないか、あなたのところは負担能力がないのだから、労働組合はがまんしろというような形で説得していったところでこれはいかぬのじゃないか、こういうふうに考えるので、重ねて私はその点について、労働行政の根本にちょっと触れてみる必要が起ってくるのじゃないか、こう思うのです。
○政府委員(中西實君) 今の賃金のでこぼこ、さらには非常な格差、これがまあ労働組合法にどの程度の罪がございますか、おっしゃいましたように、法律的には、つまり表面的にはわが国におきまして、解雇はそう制限はされていないわけなんです。結局は終戦以来の労使の慣行といいますか、またそれが労働協約によりまして非常にその解雇がむずかしくなっておる。これはまあ事実でございますが、これは法律の問題というよりは、現実の労使慣行がそうなって来たということが、ちょっとこれは法律でなかなか規制がしにくいのじゃなかろうかと思います。おっしゃるところはよくわかるのでありまして、私どもはこれは結局問題は、労使双方とも社会連帯的な観念に非常に欠けておる、労働組合の方もきわめてエゴイズムが強うございますけれども、経営陣におきましても、きわめてやはりそのエゴイズムが強いといいますか、まずわが社だけというような気持が強いのであります。で例のいんしん産業と言われますたとえば肥料関係その他、これは私どもが言ってどうかと思いまするけれども、ときに集まっていただきまして、ぜひ一つこの高いが上にも高くなるようなことにならないように、一つ賃金の紛争につきましては十分に心して対処してほしいということで、いろいろ申し上げるのでありまするけれども、労使双方の間でどうしても調整がつかないというようなことで、結局もうかっていればある程度取られてしまうというようなことで、だんだんそれが累積して格差が大きくなる、結局はやはりまあ社会連帯的な気持が労使双方にきわめて欠けておるというところでございまして、もしも各企業の労使がそういう気持というものをどうしても払拭できないということでございますれば、あるいはやはり諸般の制度の上において、そのことが完備されるように別途の措置を考えるよりしようがないのじゃないかというふうに、実は考えております。
○田村文吉君 私だけ同じ問題について、繰り返し繰り返しお話をして伺うのは恐縮する次第でありますが、大体私の考え方は労政局長も御了解になり、それがしかあるべしという御肯定の意味に私は納得できると思うのですが、今の公労法における資金上、予算上というものですね、こういうことをそもそも政府みずから発案してそういう誤まりを犯しているのじゃないか、こう思うのですがね。それだから仲裁委員もやはりそういったようなところで、資金上、予算上できない場合には云々と言って逃げてしまう。そういう点が私はむしろ国の法律からはのけられるべきだ、そのかわり一方においての仲裁というものはいかに労働運動が熾烈であろうが、どういう脅迫をもってこようが、敢然として正しい線で裁定を下す、こうあるべきではないか。今度の二千円のベース・アップというようなこと、あるいは一時金の五千円で調停案が出た、こういうことでございます。私はこまかい点について政府はまたどうされるかわかりませんが、非常に実は不満なんです。ようやく安定しかかっている民間の賃金も、またこれによってゆり動かされて、取れるものは取るというふうにいくのだということは、非常に困った調停をしておる、こう私は考えている。そういう点について、ただそれを政府は逃げ手がないものだから資金上、予算上というようなことで逃げる、こういうことでは初めからそういうことを肯定しているような工合で、これがどうもおもしろくない、こう思うのです。それに対してお考えはどうですか。
○政府委員(中西實君) たとえば国家公務員にいたしましても、これはまあ給与関係は一応法律もございますし、それから額につきましては予算で縛られておりますが、それでもやはり相当な変更を要するというような事態が起りますれば、あれは人事院から勧告が出るということになっておりまして、でその際に予算でまかなえなければ、政府がその勧告が妥当と思えば、予算補正をしなければならないということも起り得るわけでございまして、公労法の予算上、資金上不可能なことは、常に予算上、資金上不可能になるような裁定を出してもいいという趣旨ではなかろうかと考えております。ただおっしゃるように、常にやはり妥当な線というものを考えて裁定をすべきことは言うまでもございません。そこですでにだいぶん経済も落ちついて参った今日でございますので、特に公務員とかあるいは三公社、五現業のようなところの給与というものが一体どうあるべきか、日本の経済、日本の民間給与水準等から見ましてどうあるべきかというような点につきまして、この際他の物価、労銀等ともにらみ合せて、何かやはり相当権威ある機関で研究する必要があるのじゃなかろうかというふうに、実はかねがね考えております。今のところ結局、三公社、五現業が問題が起りまして、従来の方式によって解決をはかろうといたしておりますけれども、さらに自信をもって今の田村先生のおっしゃるようなことを実現していきますには、何かそういった別の真剣にもっと握り下げた研究をする要がぼつぼつあるのじゃなかろうか、私どもはそういうことも内々考えているような次第でございます。
○田村文吉君 そこで、どうなんでしょうかね、今言った通り払う能力があったから払うと、また取れる余力があると思うから取るという考え方でなしに賃金というのはいくものだ、今日はその交流を妨げている分子があるからそういかないのだ、格差というものはますます強くなって来る、こうなっているのですが、労働省としては、ある程度賃金というものはかくあるべしというようなお考えを、専門的な御所見の御発表をあなたから願えればけっこうですが、ございませんか。
○政府委員(中西實君) この賃金政策といいますか、賃金はどうあるべきかということ、これはわれわれも前々からできればきわめて望ましいというので、いろいろと考えておりますが、先ほども申しましたように、賃金形態自体がもうきわめて雑多でありまして非常にむずかしいのと、まあやりましてそれを確信をもって実行しろというようなことは、なかなかこれ言いにくい状況にあるわけでございます。従って御承知と思いますが、二年ほど前に、いわゆる一般の標準賃金というと言葉に語弊がございますが、こまかい地域別あるいは男女別、職種別、いろいろの角度からの現行の賃金実態というものを究明して、そうして一応いろいろ相場でございますが、相場を発見して、これを参考に民間に示すというような企てをしたこともございます。われわれも前々から考えておりまするが、なかなか方法なんかが非常にむずかしいというので、なお今後とも研究はしてみたいと思いまするが、今すぐにそういったものを示すという段階にはなかなかむずかしいのじゃないかという気がいたします。
○田村文吉君 重ねて伺いますが、同じ労働に対しては同じ対価が払われるということが願わしいことじゃないかと私も考えるのだが、さて家族があるとよけいもらえるし、家族がないと少いという制度が、まだ世界のどっかにやっている所もあるのでございましょうか。私は日本でも今まではやむを得なかった、やむを得なかったが、こう安定してきている時代に、まだ家族手当とかそういったようなことで賃金をきめていかなければならないようなことを政府が第一におやりになっている。私もきのう予算委員会で、地域給というものは全廃さるべきだということをお話し申し上げたのでございまするが、そういう問題についてどうお考えになりますか。
○政府委員(富樫總一君) 一応労働省で、給与政策というのは基準局が担当する建前になっておりますが、なかなか重要な問題でございまして、基準局だけでは背負い切れないような感じで、省全体としていろいろ研究しているわけでございます。ただいまの家族手当、外国の例ということでございましたが、はなはだ研究不足で恐縮でありまするが、私ども外国ではどの程度でやっておるかということは聞いておりません。個々の会社が支給するというような事例は、おそらくそうないのじゃないかと考えております。わが国といたしましても、確かにそういうことは問題なんでございますけれども、一時は金庫制度をとったらどうかというようなことも、戦争中以来からの一つの研究課題になっております。ただ終戦後ずっと生活に追われてきておるという段階のときに、まあ平均家族で十分食っていけるだけの賃金が払えないという段階では、独身を基準にして、家族あるものに幾らかよけいやる、こういうようなことが過渡的、経過的に必要であったという必要性は考えられるのでございますが、今後は確かに先生の仰せのように、重要な研究課題であるかと考えておるわけであります。ただ賃金の問題でいつも問題になりまするのは、でこぼこを是正するという、既定事実を、全部を高いところにならすことは非常に簡単なんでございまするが、低いものを上げる、高いものを下げる、下げるという、この既定事実については、まあ実際問題として非常な抵抗と摩擦が出てくる、こういうようなことでこれは慎重に研究する問題である。あるいは社会保障というようなことに切りかえるとか何とか、すぐ即答はいたしかねまするが、確かに今後の重要な研究課題かと考えます。
○田村文吉君 私まことに残念に思うのですが、労働省に世界の各国において今の家族手当なんというものをやっているかやっていないかということは、いまだにおわかりになっていないということは、労働省の名誉にかけて、どうも非常に私は残念な答弁であると思うのでありますが、必ずおわかりになっておるはずなんだから、きょう資料をお持ち合せがないということに私は了解したいのです。そこで終戦後のあのインフレの時代において、食えるか食えないかというときに、何とかして一つ家族のみんなが共食いしてでも生きていこうじゃないかという、あの終戦直後における私は家族手当あるいは戦争のすぐ前の苛烈の時代において、家族手当をつけたということはわかるのです。今日日本でこの失業者が多くて困る。産業ももっともっとドイツに負けないで起るべきはずのものが、今日起らない原因はどこにあるか。私はそういう点について、失礼ながら労働行政がはなはだ私は怠慢であると、こう申し上げざるを得ないのであります。終戦後ならばそういう時代において、過渡期においてはあったのだと、しかし今日はもう利益があって、その利益の分け前をよこせということを盛んに叫んでいる時代なのだから、その場合にひとり者であろうが老人であろうが、同じ働きをする者なら同じ賃金が払われるのは当然なんです。甲と乙とが同じ腕を持っていながらさっぱり就職の道がなかったり、賃金が不当に引き下げられて働いているというような状況にあるというようなことは、労働基準局か、職業安定所ですかの非常に怠慢じゃないか。だからその根本になるものは、労働の交流というものをもっと自由にできるようにしていないというところに根本的の原因があるのだと、この道を打開なされば、立ちどころに問題は解決するのだ。私はその一端として、前年来申し上げておる職業安定法によって安定できるものはけっこうなんです。民間でもああいうものをお許しなさい。民間でも自由にそういうものができるようにしてやりなさい。そうすれば、あすの日食えないで困っている人は、必ずそういう人は収容してやるのです。毎日都会に起っている悲惨なことが少しでも救われる、こういうことを考えてくると、役所のセクショナリズムとかなんということを言っている時代ではない。役所もおやりなさい。より以上に民間のサービスのいい、免許制度でもかまわないから、そういうものをあっせん、周旋のできる人ができて、そうしてたとえ百人でも千人でも、就職の機会を与えてあげられたらけっこうなんです。同時に私は、一方において労働組合というものがあるがゆえに、怠けて、ずるけていても、働かないでも、専従職員という名前でもって働かないでいても、ただ職をむさぼっておるということではいかぬので、そういうものがもし企業者の意に合わなかったら、どんどんやめてもらうことが自由に行われるようになっていかなければいかぬ、こう私は考えるのですが、一つ家族手当の問題等がまだ御方針がおきまりになってない、これから研究するなんてことでは、はなはだ不満なんです。そういう問題はただあなた方が、正しくないから直すべきであるが、今の社会情勢、経済情勢でできない。これはあやまるならあやまったらいい。私はそれで正直におっしゃったらいいと思うけれども、これは一つ直していかなければならない問題であるというなら、あるという信念は御表明なさるべきだと思う。どうです。
○政府委員(富樫總一君) 私個人の見解を申し上げてもどうかと存じます。労働省といたしまして、先生の御趣旨にもございますように、確かに重大な問題として検討すべきものである。今のところ正式の労働省としてのお答えはこの程度で御了承いただきたいと思っております。
○田村文吉君 労働省だけの問題ではない。一体人事院でも政府でもこういうことをやっているのですか。政府自体がもう少しはっきりとそういう大事な問題に目がさめてないのだから、これは一つ労働行政を扱う立場から、そういう問題についてもっとはっきりしてもらわなければいかぬと思う。
○竹中勝男君 今の田村委員の御発言に関連してお伺いするわけですけれども、先ほど労働省当局の御返事の中に、賃金体系がまちまちであるというお言葉があったのですが、一体労働省は賃金をどういうふうに考えておられるわけですか、賃金というものの性質を。その点をお伺いしたいと思うのです。家族手当の問題も結局そこからくる。
○政府委員(富樫總一君) 賃金の理論からいいますと、学説はいろいろあるわけでございますが、私どもの方の扱いといたしましては、労働に対する報酬であって、労使が労働契約できめられることである。
○竹中勝男君 労働に対する報酬であれば、やはりもうかったものは労働者に還元するということになりますね。
○政府委員(富樫總一君) それがたとえば、言い方がよくないのでありますが、労働というものが一つの経済価値である。それを労働商品という言葉で便宜言いますれば、一つの商品が、一種の商品がどういうことで市場の価格がきまるかという、いわゆる価格法則が一般的には適用される。
○竹中勝男君 そうすると、労働を再生産するところの費用すなわち賃金ということになりますね。
○政府委員(富樫總一君) その場合の価格というのが、たとえば生産費できまるか、あるいは効用できまるか、具体的には需要供給の関係できまる。その間に独占があったり、移動が困難であったり、それから売手と買手のかけ引きの巧妙さとか、いろいろなものがからみ合ってきまるというのが現実の姿かと存じます。
○竹中勝男君 少し抽象的になりますけれども、私は具体的な問題を中心にして伺っているのですが、そうすると、需要供給の関係というものが、実際の価値以外に働く市場的な需給関係というものが、価値決定をするということですね。それで労働の対価というものが、結局価格だという考えに、どこまでも労働省は終始されますか。
○政府委員(富樫總一君) 労働を、とにかく自由経済のもとにおきまして、使用者が雇い入れるということは、それに経済効果があるからでございます。従ってこの労働というものを便宜商品という形で呼称するならば、やはりそこに経済法則、価格法則できまる。その場合にまあペダンチックな言い方で恐縮でございますが、労資双方の完全自由競争が行われれば、一物一価の法則が形成されると思うのであります。その間に完全競争というものが、いろいろな要素によって阻害されるために、複雑な様相を呈するというふうに私ども考えております。
○竹中勝男君 そうすると、日本の労働行政というものは、どこまでも市場の自由な価格競争に労働の賃金というものをまかして、労働の価格を引き上げるために有効需要を作るという努力はしないのですか。
○政府委員(富樫總一君) 原理的にはそういうことであるということを申し上げたのでございまして、その結果複雑なるいろいろな事態そのものを、直ちに全面的に肯定するわけではなくして、そこにいろいろ不都合な事態が生じたと見た場合に、そこに給与政策、あるいは給与政策といっても経済全体と関連をしまするので、たとえば経済五カ年計画というようなものとの関連において、いろいろな大きな施策が出てくるというふうに考えます。
○竹中勝男君 先ほど田村委員から、労働の交流をすれば、労働の価格が上ってくるというような御議論があったわけですが、一体労働の交流をするだけの雇用量が日本にありますか。
○政府委員(富樫總一君) これはまあいろいろの見方があるわけでございまするが、何と申しますか、賃金が現在でも、たとえば安い賃金ならば雇おう。しかしそういう安い賃金ならば働きたくない。こういうような差があるわけであります。で統計から見ましても、完全失業者の数に対して、それをむしろこえるぐらいの需要もあるわけです。ただ条件が合わないので、そこに一種の摩擦的な失業と申しますか、その意味におきましては自発的失業、低賃金だからいやだと、こういう形などがある。現在、私ども率直に申しまして、労働の市場が、何と申しますか、完全に自由だとは考えておりません。大きな会社におきましては、そこに先ほど田村先生からお話しがありましたけれども、そこにおきましては一種の独占的な形がある。そこで中小企業と大きな賃金格差が生じ、その中小企業のうちの零細企業の労働者というものは、雇用労働者、賃金労働者というよりも、むしろ潜在失業の一種だといったような形を持っておる。これは欧米におきまする賃金の格差が、大企業と小企業の間でせいぜい一割か二割、日本におきましては半分、あるいは零細企業におきましてはもっとひどいというような深刻な問題が生ずる。私ども微力で十分な対策は用意できておりませんが、これは一労働省だけでなく、全体として、今後真剣に検討されなければならぬ問題だろうというふうに痛感しておる次第でございます。
○竹中勝男君 この際特にお伺いしておきたいことは、現在の三公社、五現業、いわゆる大きな企業、すなわち賃金が零細な中小企業に比較すれば高いといわれておる、格差という問題が問題点に持ち込まれてきておる現状において、労働省はこれを非常に高い、すなわち生活費、労働力を再生産していく費用の余っておるような、高いといいますか、いわゆる価値以上に評価されておる賃金だというふうに考えておられるのですか。
○政府委員(中西實君) 三公社、五現業それぞれ特殊事情で、それに応じまして若干給与にもでこぼこがございます。大体これが妥当かどうかということにつきまして、実はちょうど今調停委員会で、きのうあたり調停案が出そろったところでございまして、あれによりますると、現在のところでは、諸物価の指数その他から考えまして、ベース・アップの客観的状況はないという判定が一応出ているように考えております。そういたしますと、まあ公正なるああいった機関が出したのでございますので、一応われわれといたしましては、妥当なところにあるのじゃなかろうかというふうに考えております。
○寺本広作君 今日思いがけなく、賃金問題の本質に関する議論がここで出ておるので、いい機会だと思いますから、一つだけお伺いしておきたいと思う。と申しますのは、今行われております春季労働攻勢については、国会で行われておる議論といいますか、国会だけに限らず、世間一般でも争議手段の問題が中心になって議論されておるように思うのです。職場放棄が合法であるかないか、一斉休暇が合法であるかないか、調停委員会にデモをかけたのがどうだというような問題、保安法規がどうだというような、争議手段の問題で議論されておると思う。この春季攻勢のもとになっておる賃金行動綱領、これに対する経営者側の考え方というものは、新聞で主催した座談会くらいで散見した程度で、割合今問題になっている労働争議の中心になる賃金問題になついての意見というものは行われておらぬように思います。それで先ほどからのお話を承わっておりますと、産業別の賃金格差、規模別の賃金格差というのがいろいろ議論されております。その中でこの春季攻勢が行われて、現在まで私鉄が片づき、合化労連が片づき、それから今、公労協関係の調停案が出ているということで、賃金問題自体は順次片づいていきつつあるように思います。最後に残っておるのは石炭の問題で、これは日の当らぬ産業ということで、賃金問題としては解決が非常にむずかしくなるのじゃなかろうかと思う。業種別に見ればそういうことですが、これを規模別に見ると、賃金行動綱領の中では、中小企業の賃金が非常に低い。この際一斉総攻撃をかけることによって、中小企業の賃金まで引き上げてやろうというのがあの行動綱領の中に入っているのです。今はこういう格好で一つ一つ片づきつつあるのですが、この春期攻勢が済んだそのあとにくるものは何か。賃金格差が拡大されるか、縮小されるか。行動綱領で言っているように、今度の総攻撃をかけたことによって、中小企業の賃金がつり上げられてくるものか、それとも大規模産業の賃金が非常に上ったために、まあ下請産業がたたかれるというようなことで、大規模産業が非常に攻撃が盛んであったために格差がかえって大きくなりはせぬだろうか。春季攻勢のあとにくる規模別の賃金格差ということについてどういう観測をされているか、これは大事な点だろうと思いますから、この点一点だけ、どなたからでもけっこうですから、画一的に、一般的には答えられないでしょうから、こういう場合もある、こういう場合もあるということでしょうが、およその見通しはどんなことを労働省は見通しておられるか、お伺いしたいと思います。
○政府委員(中西實君) 公労、総評あたりの申しておりますのは、結局大企業におきましての賃上げが、ひいてまあ中小企業をも律するんだというような見方をしておりますけれど、現にここ二、三年の賃金格差の推移を見ましても、おととしよりは去年、去年よりは最近、だんだんと大企業と中小企業との格差の比率が大きくなっております。現にこの春季におきましても、結局あの大企業に、おいて獲得しているような賃上げが、中小企業に行われているとは思われないのであって、おそらく現実は格差がやはり大きくなる傾向を示すのではなかろうかというふうに考えております。零細企業の方は、これは大体固定するといいますか、あの指数から見ましても、大体六割、六〇%、大企業の六〇%あたりでずっとついてきているようでございます。中企業といいますか、中小の方ですが、これと大企業の格差がやはり若干大きくなるのじゃなかろうかというふうに考えております。
○竹中勝男君 ちょっと関連して。今日は何だか研究会みたいになって大へんうれしいわけですが、私としては。あの家族手当の問題ですね、私はこれをはずしたり、これを現実においてなくしたりするということはもう絶対に不可能なことだし、またやってならないことだと思っております。まあこの点では田村委員とはちょっと考えが違うわけですが、賃金というものを私はどこまでもやはり労働者の生活を守るものだ、どこまでも永続的に労働を再生産していくのが賃金だという、そういうまあ信念の上に立っているわけなんです。そうすれば日本のように、ことに中小企業が圧倒的に多い国では、そうして最低賃金法というものもない国においては、また社会保障制度がきわめて低調な国においては、特に五人未満の事業所の従業員については健康保険もないというような、こういう国においては、家族手当がなかったならば、これはもう賃金というものは賃金ではなくなるというふうにまで私は考えているわけです。で、これは外国にあるかないか、私外国にあると思いますが、やはりこの手当というものは、各種の形の手当というものは依然としてある程度残っていると、私はこういうふうに考えておりますが、これは必要から起っておる、ことに最低賃金という考え方ができていない、法律的にできていない国においては当然あるべきだと思いますが、これはなくなることが理想でしょうけれども、しかしながら日本の産業の全体的な規模、国際的な市場の関係、あるいは原料に対する労働力の関係というようなものからみて、日本の産業が拡大再生産されて、そうしてあらゆる手当もなくなるような賃金が労働者に保障されるというような時期は、とうてい私どもは近い将来には予想することができないわけなんですが、そういう意味におきまして、労働省は賃金という考え方を、ただ利潤の分配、あるいは支払い能力と相対的にあるものだというような、また市場関係、労働市場の関係における需給関係によって規定されるという考え方だけでいかれることは非常に危険だと思うのですが、一応御意見を伺っておきたい。
○政府委員(富樫總一君) この家族手当というものが問題だと、こう申し上げました趣旨をもう少し敷衍して申し上げますと、日本で家族手当ができましたのは御承知のように戦争中でございます。物価統制、価格統制と一緒に賃金統制をしたということに端を発した、つまり賃金を上げたくない、上げないという必要に迫まられたとき、それでは家族のある者はかわいそうだということで、まあ賃上げを押えるかわりに、せめて家族の多い者だけには幾らか出してやろうというところに端を発しまして、それが終戦後のああいう異常な状態とからみ合って今日にきておるわけであります。で、先生のおっしゃいますように、私ども賃金というものが家族を養える賃金でなければならないということは、これは原理的に認めるわけでございますが、ただ家族手当という賃金形態にやはり問題があるのではないか。個々の統制経済なり、社会主義経済なり、何とか経済体制が根本的に変るなら別でございますが、個々の企業におきまして家族が多いとよけい賃金を払わなければならない、まあそういう趣旨だけでもあるまいでしょうが、たとえば最近日本鋼管で従業員の家族計画を実施して非常な斯界の注意を浴びておる。逆に申しますと、子供の多い人は就職しにくくなるというような問題が出てくる、さらにまた現実におきましては、大企業賃金のむしろ高いところにおきまして家族手当があって、先生の御指摘のような十人とか十五人とかいうような零細なところでは、むしろつかみで賃金三千円とか四千円という賃金であって、家族手当なんというものもない、原理的に賃金というものは家族を含めてきめるものでなければならぬのでありますが、家族手当という形態が一体合理的なものであるかどうかということになると、そこにやはり相当の問題があるという感じがする、こういうことであります。
○竹中勝男君 ちょっと私の言葉が足りなかったので、私は家族手当賛成論では決してありません。現実の日本として家族手当その他の形の手当というものが、これは必然的な必要から起ってきておると思うのです。つまり日本の低賃金制度から、資本家が割り出して来たところの制度なんです。これに賛成しているのではない。あらゆる手当というものは一つの形の賃金というものになることが当然なんです。しかし、そういう段階に日本経済がないという条件のもとにおいては、今家族手当が不必要だというような考え方は危険である、こういうことを私は言ったわけであります。
○田村文吉君 ちょっと今の問題について、まあひっきょうするところは同じ問題になるだろうと思いますが、ただ私は家族手当なんというものをいつまでもいつまでも放って置くべきじゃないんだ、やめるべき時代になっている。ところが今竹中先生のおっしゃるのは、今までやってきたものを急激にやめられたのじゃみんな困るのじゃないか、こういうような意味で話を政治的に考えられるということは、これは私は別です。ただ政府はいつまでものほほんと家族手当というものの範を示してやっていらっしゃるが、それでおいでになるから私はおかしいのじゃないか、この問題が一つ。 もう一つは、もし利益があったら払う、あるいは資金に都合がついたらよけいやってもいいのだというような考え方になると、これはもってこいなのです。待ってました、金がございませんから払いませんと、まことに都合のいい話になる。そこで私はさっき申し上げたように、そんな考え方じゃいけませんよ、やはり労働者については、さっき商品という言葉が出たのは私はお取り消し願いたいと思うのですが、労働はそういうものではない。しかし働いた価値に対して相当の報酬が支払われるということは、これは当りまえです。ただもうけが、利益があるとか、資金の都合がつくとかつかないから、払うとか払わないというのは、これは大へん竹中先生は政府を弁護することになるので、私はその点は賛成できない。
○竹中勝男君 私もそれは反対だ。
○田村文吉君 そこで私はいろいろきょうは有益なことを伺ったのですが、もう少し……。今は転換期にきているのですよ、賃金の問題に対する考え方が、要するに十分にできていないから、こういうでこぼこができているのだ、これをどうしたら直るかということをお考えになるべき時期だ、これが一つ。 もう一つは、私はさっき申し上げたあれについて御返事を承わっていなかったのですが、職安法において、もっとこの自由な民間の、私立のものもある程度まで規制を加えて許可していくということが必要になってきているのじゃないか。われわれは一番、明けても暮れても気になるのは失業者が多いということで、職がないという問題なんです。これを何とか解決していかなければ、日本としては明るい国になれない。そういう点から言って、そういうものを認めていくことは考えられないか、今すぐなさるということは言えますまい、言えますまいが、そういうことを考える余地があるかないか、私はそういうことは絶対にこういうことの不都合があってできませんと、ただ昔のように桂庵みたいなものがあって、非常に労働搾取だと言ってアメリカさんがだんだんやかましく言った、それは確かにそういう弊害もあったでしょう、あったけれども、今日はできるだけ雇用という機会をできるだけ多くする機会を作るという意味で、できるだけそういうことを考えてやることが、国民全体に対して親切じゃないか、こういうことを私は考えるので、そのことを労政局長ほお考えになるあれがあるかないか。
○山下義信君 私はそれと関連して、その答弁をなさる前に、私も関連質問してあわせて御答弁願いたい。私は田村君のお考えとは不幸にして少し考えが違うのであります。私はいわゆる雇用政策といいますが、職安政策というか、それはようやくその緒について、従来の弊害山積、深刻であった雇用の関係に乗じて、ボスが介在をしてそうして正規の就職を妨げて、そうして就職の機会均等をじゃまをして弊害百出であった。この状態がようやくいわゆる国民の就職の機会均等と、それからこのボスの存在の弊害がやや排除せられて、ようやくまあ職業安定所の機能が軌道に乗ったというとき、要するに求人者も職業安定所をやや信頼しかけ、それから求職者もこの機関を信頼して、ややその緒につきかけたときに、これを廃して、その機能の一部を、この種の機能を民間に置くということはとんでもないことであって、そういうことをして何のプラスになるのか、私ども了解に苦しむ、あわせて御答弁願います。
○政府委員(中西實君) 直接私の所管ではございませんが、部内でも今の国営をあまり固執せずに、若干は余地があれば民間の職業紹介というものも認めたらどうかという意見もないではございません。今でも民間の有料職業紹介は許可によりましてやっているわけでございます。従って、さらにどの程度どういう種類のものについてその必要があるかどうか、一般的に広げましてもそう大して、私はかえって弊害の方が多く出てきはせぬかということも考えられますので、もしもほんとうにやはり国営で手の足りないときは、かえって国営なるがゆえに阻害しているということがございますれば、これはもちろん考えていいことだと思いますけれども、この点はさらに検討すべき問題だというふうに考えております。
○田村文吉君 今の問題は、これは私は民間でもできる問題じゃないかとおっしゃるが、民間では報酬はもらえない。報酬をもらってやることはできない。
○政府委員(中西實君) 有料のものも職種によってはございます。
○田村文吉君 ほとんど有料のは認めていない。
○政府委員(中西實君) だいぶございます。ただし特殊な職種のものでございますけれども。
○田村文吉君 それで私はそういうことはむろん取締り規定とか、そういう問題は一方にちゃんとつけていなければならないが、できるだけ失業者を十人でも百人でも減らすということを考えることが、今日全九千万の責任じゃないか、こういうことを考えるというと、あるいはもし弊害が若干あるなら、そういうことは取締りをしても、できるだけ就職の機会を与えてやることをお考えになるべきじゃないか。私は残念ながら、現在の政府のおやりになっているだけでは満足できない。むろんあれでいいところもありますが、さらにこまかいところまで手のとどくようなものがあってしかるべきだ。あるいはまた昔の、売春法というものに関係するような悪らつなそういうものをお許しなさいとは言わない、こういうものに対しては十分取締りをなさるべきだが、公正にしかも相当に手数料を得て、できるだけあっせんしてやる、食えないときには自分のところに泊めてもやるということをやれば、私は世の中がもう少し明るくなると思う。私は役所の窓口に行って自分の就職を頼んで、泣きついて毎日々々行って話をしていることと、また親身になってこれをわきで民間の人が心配してやるということでは、またおのずから味の違うこともある。今山下委員は、私が何か公立のものをやめてみんな民間に移せとでも言っているかのようなお言葉であったのですが、私はそうじゃない、そういう意味じゃありません。
○山下義信君 そうは思いませんが、ちょっと私の言い方が過ぎたかもしれませんが、私はこの際、従来しばしば予算委員会の分科会などで労働省当局にいろいろ御要望したことがあるのですが、私は民間の従来の、ただいま田村委員が指摘したこれから民間でやったならば相当効果を上げるだろうという見方も無理からぬと思いますが、従来の、昔の桂庵ですね、民間の職業紹介機関の特徴は、私は今その弊害の点を言ったのですが、特徴はこれは言うまでもなくこの就職者の身元の引き受けをして、間違ったらその周旋した人が損害賠償も引き受けるようにして、今田村委員の言ったように、仕事のみつかるまで、桂庵の二階に泊めたりして世話をしたりして、搾取、弊害はあったけれども、しかしこれは十分あっせんのサービスにこれ努めて、なかなかうまく円滑に尽力をする。私は安定所が非常に何といいますか、求人開拓といいますか、最近努力をなさっているのを、非常にオーバーワークというほどにしばしば私行って見てはおりませんが、ときどき行ってみますと、非常に努力しておられる、予算も足りないでしょう。人員も不足でしょう。そこへもってきて就職者はうんと来る、それで求人が少いから、職場の開拓については非常に努力をしておられるが、まだ何だかそこに働きの足りないところがあるような気がするのです。言いかえると、安定所の紹介には無条件で歓迎するというような点もなく、それであやまった人を紹介したときの最終的な責任もあるわけではなく、近ごろそういう点についてどこまで責任を持つようになっておられるか、新機軸を出されておるか、最近のことはよく知りませんが、そういうところでそう点も上げかねるし、そうして求職者に対するサービスということもいわゆる何といいますか、あたたかい親切味というか、かゆいところに手が届くといったところがなく、求人者に対するところの責任性というものもきわめて薄いというようなところで、私は改善する余地があると思う。安定所に対する努力には、失業者も感謝しておりますし、私はそれは機能もなかなか前年に比べるとだいぶ大いに発揮されておるように思われますが、私は改善される点があると思う。十分強化拡充し、その運営に改善する点があると思うのですが、その点は最近どういうふうになっておりますか、大体におきまして。
○政府委員(中西實君) よく担当の方にも伝えておきます。今の実情は担当の局長に一つ答弁させることにいたします。 —————————————
○委員長(重盛壽治君) 委員の異動について御報告いたします。本日、山本經勝君が辞任されまして、永岡光治君が補欠選任せられました。 —————————————
○委員長(重盛壽治君) 一つ聞きたいのですが、全日本金属労働組合の不当労働行為ということで提訴しておるのですが、その実情がおわかりになっておったら、一つ知らせていただきたいのですが。
○政府委員(中西實君) かねて全鉱つまり全日本金属の労働組合が各社ごとに賃上げ要求をしようということで、その交渉方式についてまず現在争いがあるわけでございます。というのは、各企業連、各企業の組合と会社は交渉をする、しかるに組合側は企業連と全鉱と連盟でやりたい、まあこういうことであります。そこでこれが会社側の反対にあっておりますので、不当労働行為ではなかろうかというので、中労委に提訴をいたしまして、たしかきのう第二回目の審問があって、きょうあすに、ある程度結論を出すのじゃなかろうかというふうに聞いております。
○永岡光治君 この問題は私たちも若干の事情を承わっておるのですけれども、前にこういう例は炭労の場合にも同様のケースが起きておりまして、一応早急に団体交渉を開始することが事態の解決を早めることだということで、当時労働省からもあっせんがあったかどうか知りませんけれども、そういう問題は団体交渉に移すということで円満に解決を進めた事実がありまするので、今回もぜひその団体交渉方式をめぐって、いうならば、窓口に行かない前で事態を遷延させるということは好ましくはない事態だと思いますので、早急に一つ団体交渉を開始できるようにぜひお願い申し上げたいと思うのですが、それについて労働省の方ではあっせんするのか、あるいはあっせんまでいかなくても、何らかの意思表示をされる意思があるのか、その辺のところをちょっと承わりたいと思います。
○政府委員(中西實君) 実は炭労の場合は、すでに従来において炭労と各社との交渉というものがずっとありましたので、そこであの際には従来もそうやったことがあるのだから、まあ一つ話し合ったらどうかということで始まったわけです。ところが全鉱の場合におきましては、昭和二十五年経営者陣の協会がなくなって以来、全くその例がないわけなんです。それともう一つ、各社と企業連との間にいろいろ協約を結んでおって、ある会社のごときは明らかに上部への団体交渉委任をお互いにしないということをきめておる協約もあるようなんであります。そこで私の聞いておりますところでは、中労委の会長が一応両者を呼んで事情を聞きましたときに、経営者側は非常に強い反対でどうにもならない。そこでそれではというので、法律闘争ということで不当労働行為提訴ということになったように聞いております。従って実は私も内々若干労使の意向も聞いたのでございますが、とうていちょっと話し合いでやったらどうかということで進みそうもない事情でありますので、その点一つ一応お含みおきをいただきたいと思います。
○永岡光治君 その労働協約で、団体交渉を上部に委任しないということをきめられておるというのですが、これは労働協約ですから、これは双方が了解するなら改訂してもいいのですから、それぞれ理由があってきめられたことでありましょうけれども、事態が今日このような段階にあるというその現実の上に立つならば、やはりどうしても早く団体交渉を始めて、事態の円満なる解決に進まれた方がより私は効果があると、こういうふうに考えますので、ぜひ一つそこまで労働省が出ていって、いいか悪いかという問題についてはいろいろありましょうけれども、とにもかくにも実際に早急に団体交渉が始められるようにお願いを申し上げると同時に、そういうふうに指導していただくと同時に、これは一つ本委員会におきましても労働委員長あたりで、ぜひそういうような御努力を願うように特に私は要望いたしまして、質問を一応終りたいと思います。
○委員長(重盛壽治君) ちょっと僕から聞きますが、参議院の労働委員会でも早急に解決を願いたいという要望に対して、団交の一日も早くできるようにというようなことはできるのですか。 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(重盛壽治君) 速記を始めて。 労働問題全般にわたっては、まだたくさん御質疑があろうかと存じますが、次回に譲って本日は散会いたしたいと思いますが、いかがでございましょうか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(重盛壽治君) 社会労働委員会を散会いたします。 午後三時十九分散会