外務委員会 第19号
- 発言数
- 132 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1956/06/02
会議録
○委員長(梶原茂嘉君) ただいまより外務委員会を開会いたします。 日本国とフィリピン共和国との間の賠償協定の批准について承認を求めるの件を議題といたします。 本件について御質疑のおありの方は順次御発言を願います。
○羽生三七君 条約の体裁上のことですが、今度のフィリピンとの協定を見ると、先日も津島委員からこれに関連して若干触れられた点でありますが、前文にサン・フランシスコで署名された日本国との平和条約云々とこう書いてありますが、その本文にはただ賠償とあるだけで、何のための賠償だかどういうところからこの問題が起っているかということが全然どこにもない。それで前のビルマとの平和条約では第五章に、戦争中に日本国が与えた損害及び苦痛を償うため云々と、こうなっている。ところがこのフィリピンとのやつは前文にただサン・フランシスコで署名された平和条約の規定の趣旨に従って云々とあるが、それは先日もお尋ねしたように、フィリピンと日本との間には平和条約ができていないし、フィリピンはサン・フランシスコ条約を批准しておらない。ですから私は条約の体裁上非常に矛盾があると思うのですが、そういうことはないでございましょうか。
○政府委員(下田武三君) この日比両国間の暗黙の了解といたしまして、この賠償協定が発効するときには同時に平和条約も日比間について発効するという前提があるわけでございまして、従いましてフィリピンは署名はしておるがまだ批准はしていないという関係におきまして、すでに署名した条約を援用いたしまして、規定の趣旨に従って行動するということを書いたわけでございますが、そこで御指摘のように、ビルマの賠償協定には、賠償協定の前文において、なぜ賠償するかという趣旨が謳ってございます。これに反し今回の協定には何ら趣旨をうたってない。まことにごもっともでございまするが、その点も実は平和条約の規定の趣旨に従って行動するというところに含まれているということなのでございます。従って平和条約の第十四条に「日本国は、戦争中に生じさせた損害及び苦痛に対して、連合国に賠償を支払うべきことが承認される」という原則が謳ってございます。なお十四条の一項に「日本国は、現在の領域が日本国軍隊によって占領され、且つ、日本国によって損害を与えられた連合国が希望するときは」云々というように書いてございますので、この十四条のただいま申し上げましたような前提が、そのままこの協定の前文の平和条約の規定に従って行動するというところに入ってくるという考え方でございます。
○曾祢益君 私この間平和条約の二十六条の解釈について御質問しておったのですが、その後に委員会が開かれたと思うのです。私ちょっと来られませんでしたが、何か外務大臣から政府の見解を統一してお話願うように特に依頼しておきましたが何かありましたですか。
○委員長(梶原茂嘉君) 私から申し上げます。あれからまだないのであります。
○曾祢益君 今日その準備がありますか。政府の方に。
○政府委員(下田武三君) 平和条約二十六条につきましては、実は現実に旧連合国側から二十六条の援用を迫られたという事態はまだ発生しておらないわけでございまして、従いましてどういう問題で将来援用されるかわからないという不確定の事態におきまして、外務大臣から政府の公式見解なりということを申し上げて、日本政府の立場を拘束するような措置をとっていただくのは適当であるかどうかという点につきまして、私ども事務当局としては実は疑問に思っているわけなんでございます。そこであるいは事務当局の技術的法律的の解釈という程度のレベルで、ただいま御説明させていただいた方がかえって国家の利益になるのではないかという、実は観点があるわけでございまして、実はこの二十六条の問題は曾祢委員が平和条約審議の特別委員会におきまして提起なさいまして、当時西村条約局長から先般申し上げました通り、簡単でございまするがそれを読んでみますと、西村条約局長は「この二十六条によって、日本がこの平和条約と同じ又は実質的に同じ条件でないと、二国間条約を結んではならないという関係は、条約発効後三箇年にして解消するわけであります。……それで三箇年たったあとは、今申しましたような、そういう条約の拘束が解消されるわけでございますので……仮にこの平和条約に含まれている条件よりも有利な条件を或る国に対して日本が与えました場合にも、それをこの平和条約に署名している連合国に均霑させなくてもよろしいという結果になるわけであります。」と曾祢委員の御質問に対して答えられているわけでございまして、このまあ事務当局の純法律的、技術的の見解がただいままで踏襲されているわけでございます。
○曾祢益君 その点はそれでけっこうです。その西村君の見解をまあ一応外務省の見解として今日まで変えておらないというその御答弁で了承します。 先ほど開会に先立って、委員長を交えてわれわれ委員の間に、政府のこの条約に対する、何と言いますか、熱意といいますか、熱意と言っちゃおかしいのですが、国会がいよいよ末期に迫っておるわけですが、この条約をどうしても今国会において通さなければならないという、ほんとうに対外的その他からはっきりした政府の態度をきめて、まだ国会の末期に審議未了になっているいろいろな重要案件がありますが、どうしても明日の会期末までにこれは上げなければならない、それだけのはっきりした優先度を与えておられるのかどうか。その点は実際国会が末期に迫っておりますし、はっきりその点を伺っておかないと、事実はわれわれの審議の期間は、これはきわめて不十分な期間になるわけであります。これはわれわれはほんとうに良心的に審議するには、よほどの長い期間がなければこれはできないはずであります。しかしわれわれは漠然と考えて、おそらくはフィリピン側の態度からみましても、また日本政府の立場としても、なるべく早く国会の承認を取りつけなければならないというふうに考えられるのではないかと思うわけです。しかし実際は国会の状況がこのようであって、ほんとうに委員会が、この法案がかりに上ったとして、明日中に本会議においてこれが上り得るかどうかということについては、政府もよほどの熱意があって、日程等についてもはっきりとした優先的な取り扱いをするという決意があるのかないのか。その点はわれわれはやはり委員の一人として明確に伺っておく必要があると思います。そうでもなければ、今日こういうところで、ゆうべは二十四時間ぶっ通しでやっておるのです。実際今日ここで今審議することだってこれは実際無理なんです。そういう状態ですから、政府の明確な態度を、一つはっきり責任ある態度を伺いたいと思います。
○国務大臣(重光葵君) 日比賠償がもう一年以上実際交渉にかかりまして、ようやくここでこれが妥結をみまして、もうその妥結をみるやいなや、まあいわば間髪も入れないようなやり方で実は国会の御承認を求めたわけでございます。それというのも、終戦後もう十年以上になりますが、日本の対外関係というのは、どうも私ども局に当っておる者の希望通りに整理が進みません。特に東南アジアに対する日本の経済関係は非常に必要なんでございますが、それは御承知のように、フィリピン賠償の問題を解決するということにかかるわけでございます。平和関係を樹立するのもこれにかかっておることは御承知の通りでございます。さようなわけで、実は一日もすみやかにこれを実現さして、日本の対外に伸び行く姿を作っていきたい、こう考えて日夜それに向って苦慮してきたわけでございます。今回国会において特に参議院においてごくわずかな時間の間に御審議を願うというのは、ほんとうに御無理を願うようなもので、はなはだ恐縮いたしておるわけでございます。しかしながらこの件はでき上る前からずいぶん御議論にもなっていただいたわけでもございますし、事情は相当詳しく御説明をいたしたところでもございますし、さようなわけでありますから、特に会期末のかような混乱の際にお願いするのは恐縮ではございますが、さようなわけで曲げて一つ御協賛を願いたいと、こういう考え方でございます。昨今の国会の審議の模様は、フィリピン側においても実は一喜一憂のようなありさまで、電信が毎日参っております。昨日の状況は、非常に国会が努力して、早く批准を与えられるようだといって喜んでおったところが、昨日は、あるいはこれが参議院でお流れになるんじゃないかといって、非常に神経質になっておるような状況であります。これはまあ向うのことでございますが、さようなことは将来の貿易関係なんぞについてもむしろない方がよろしいのでございます。この際は今国会で、曲げても、無理をしても承認をいただくということになれば、将来のフィリピンとの関係は、私は非常にそれがいい影響を与えると、こういうふうに観測ができるのでございます。さようなわけでございますから、御無理とは存じますが、どうか一つこの際、曲げてもこの点は超党派的に御協力を願って御協賛を得たいと、こう考えます。どうぞよろしくお願いいたします。
○曾祢益君 非常にくどいようで恐縮ですけれども、逆に万が一にも本国会中に間に合わないというようなことがあった場合には、フィリピンとの関係において、どういうふうに事態が進んでいくか、悪い方の場合ですね。そういう点についての外務大臣の率直なお見通しをお話し願いたい。
○国務大臣(重光葵君) おそらくフィリピン側は、日本側の批准を待つだろうと思います。そうなりますと、その間だけ不安な状態が続くわけでございまして、将来のことはわかりませんけれども、さような不安な状態が続けば、その期間中にどういう変化が起るかもわかりませんから、これは悪い方の想像でございます、なるべくそういうことのないようにして、この上とも将来をよくする方に向わなければならぬと、こういう気持でやっておるのでございます。
○曾祢益君 それで新聞等で断片的にはフィリピンの受け入れ態勢といいますか、条約に対する国会としての手続等についてのあれは聞いているんですが、なお正確に日本の方の承認を得たら、フィリピンの方はどういうふうになって、いつごろやるかということについて御説明を願いたい。
○国務大臣(重光葵君) 私の得ております情報によりますと、日本側が批准すればそれにすぐこたえて、向うも批准をする。向うの議会がどうなっておりますか、中川君に説明さしてもよろしうございますが、開かれておるならば、すぐそれに応ずる。そうでなければ臨時議会でも開いてこれに応じようという態度をとっておるようであります。そうなりますと同時にサン・フランシスコ条約の批准もあるわけで、その手はずになっておりますから、ずっとすべての問題について先が開けるわけでございます。これがこちらが停頓すると、それだけの停頓がすべての問題に起るわけです。そういう点が困るわけです。
○曾祢益君 この点については中川局長からもう少し詳しく御説明願います。
○政府委員(中川融君) ただいま外務大臣が言われた通りでございますが、向うの国会は十七日閉会いたしまして、しかしながらそれは日本の国会の審議状況がもし十七日まで、あるいは十七日からしばらくの期間、数日の期間に日本の国会でこれが承認されるならば、引き続いて向うの国会を若干延長してこの批准をしようという初めの考えのようでありました。従って日本政府から刻々日本の国会での御審議の状況を通報してくれということが、全権団が帰る際の注文であったのでありますけれども、ところが日本の国会の方はどうも三日、四日、あるいは一週間内にこれが御承認を得るということはむずかしく、今度の国会の会期一ぱいはかかるだろうという見通しでありましたので、そのことを向うに伝えました結果、向うが一応十七日で切れる国会はそのまま終りまして、そのかわりに日本の国会で六月三日までにこれが御承認になれば早速臨時議会を大統領の職権で召集いたしまして、その臨時議会で本件をサン・フランシスコ条約と一緒に承認、批准をしよう、こういう段取りで待ちかまえておるのであります。最近の情報によれば、大統領は六月三日までにこの協定が日本の国会で承認されるという見通しのもとに、すぐに向うの臨時議会を開くべくいろいろ協議を進めておるという情報がございました。従って先方としてはその予定のもとに準備を進めておるものと考えております。臨時議会が開かれますれば、案件といたしましては、この協定とサン・フランシスコ平和条約が最も大きな問題でございますから、即刻向うの上院がこれを可決いたしまして、そうして批准する、こういう運びになっておるわけでございます。
○曾祢益君 そこでさっき外務大臣からこの条約を本国会中に、特に参議院の状況から見て、審議の時間が非常に短かいけれども、ぜひこれを本国会中に承認するように強く希望される、これはわかったのです。ただ従来は、あるいは誤報かもしれないけれども、場合によったら延びるかもしれない。国会を通らないかもしれない。それでもいいのだ。仕方がないのだという政府筋の発言があったとかないとかいうので、国際的にもいろいろな問題を起しているやに聞いている。また今後逆に国内的にはまあ参議院のいろいろな重要法案の審議等の模様からみて、これはもう大丈夫だ。簡単に通りそうだといった、逆に今度非常な安易感を持っているのではなかろうかと思われるふしもある。そういうわけでありまするから、ただいま伺いました外務大臣の気持と立場は私としてよくわかるのです。それが果して一等初めに申し上げたように、政府全体としてのはっきりした意思になっておるのかどうか。また具体的にはこれは外務大臣、ただいまのお答えができるだろうと思うのですけれども、できなければ総理大臣、あるいは官房長官というような、国会関係の日程を作る人、あるいは与党最高首脳部との会談等によって、明日の日程にどうするのか。日比賠償の問題、協定の問題、これについて明確な一つ見解を、責任をもってこの委員会にお話し願いたい。これがわれわれの審議をやっていく私は基本になると思う。それをぜひはっきり御披瀝を願いたい。
○委員長(梶原茂嘉君) 速記を止めて下さい。 〔速記中止〕
○委員長(梶原茂嘉君) 速記を始めて下さい。
○国務大臣(重光葵君) それは日比賠償は実はどうしてもこれは上げていただかなければならないという立場に立っている。この問題は議会のいろいろなむずかしい問題、ほかの法案の問題とはいわば別に考えたい。特にこの問題は議会の混乱等の問題に関係なく、これは一つあくまで対外的に支障のないように進めたい、こういう考え方で、政府の方も努力をするということにして、きておるのであります。そうしてその点は与党ともよく連絡をしてきておるのであります。それで私はそのために特に政府ではそれをはかり、かつまた党の方に対してはそれを頼みにいったわけでございます。先ほどのお話で、いろいろ誤解が伝わっているということは、あるいはこれを犠牲に供してもいいということに誤解が伝わったということを私は聞きました。これはとんでもない誤解であって、いろいろなことになればひょっとこの方面にも飛ばっちりがきたら、これは非常に困ることだ、そういうことにしてもらいたくないというので、私は特にそれを頼みに行ったわけです。さようなことと了解は得ておりますけれども、実際運用がどうなるかということは、これはまたその場に迫られぬと別だと思っております。私はただこの日比賠償の問題は順序として一つすみやかに、一時間も早くこの委員会で御審議を願って、そして今度は本会議に、これをどうして、どういう工合にするかということは、これはまたそのときに御相談の結果によらなければならぬとは思いますけれども、これもなるたけ早く一つ提案したい、こういう考えでその考え方はみんなで一、二の反対もこれまでございません。そういうことでいくということに了解をしておる次第でございます。
○委員長(梶原茂嘉君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(梶原茂嘉君) 速記を始めて下さい。
○曾祢益君 さっそく本会議に行かなければならない。
○国務大臣(重光葵君) 本会議に差しつかえなければ、この委員会は委員会の仕事をやられるということにはいかないのでしょうか。
○佐多忠隆君 ああいう形で、審議……。
○委員長(梶原茂嘉君) 速記をとめて下さい。 午後四時十七分速記中止 ————・———— 午後四時三十九分速記開始
○委員長(梶原茂嘉君) それでは速記を始めて下さい。審議を始めます。大蔵大臣も見えましたし、御質問のおありの向きは一つ継続してお願いいたします。速記を止めて。 〔速記中止〕
○委員長(梶原茂嘉君) 速記を始めて下さい。いろいろ懇談申し上げた次第でありますが、この際本協定案についての御質疑のおありの向きは御発言を願いたいと存じます。
○羽生三七君 賠償の実施に伴って年次計画はどうなっておるか、これはフィリピン側の方ですね、一年ごとのでなしに、何か長期にわたる受け入れ態勢側の計画がどうなっておるか、それと、これはあとであらためて質問してもいいんですが、米比関税協定と今後の日本の貿易ですね、フィリピンに対する日本の貿易、これは実質上まだ貿易協定はできていないとしても、賠償協定が成立すれば、米比協定にあるいろいろな制約というものを実質上何とかカバーしていくような方法というものがあるのか、そういう約束というようなものも話し合われたのかどうか、その二点を一つ承わりたいと思います。
○国務大臣(高碕達之助君) この賠償実施に入りまして、実施計画はこれは主としてフィリピン側が立てるものでありますから、フィリピンの方も経済五ヵ年計画を今持っておるわけでありますが、私はこれを見てみると、すこぶるやはり抽象的のものでありまして、具体的にはこれは入っていない。で一方日本の方の五ヵ年計画におきましても、大体抽象的な問題が多くて、具体的の面につきましては今日本側も検討している最中でございます。これは両方の五ヵ年計画をにらみ合わしてそして両方とも話し合っていこうじゃないか、こういう話し合いをつけてきたのでありますが、その間につきましてはフィリピンの方も日本からの賠償の、もらった資本財を有効に使うために相当の資本も要る、従って実施計画というてもあまり資本の要らないようなものからでも、つまりフィリピン側が資本の要らないようなものからでもやってもらいたいような気分がある、というようなことも個別的に意見があったようなわけでございます。その点につきましては全くまだ計画は定まっていない、今後先方の代表者が参りまして、それから計画に入る、こういうふうに御了解をいただきたいわけであります。 それから米比の関税関係につきましてベル・アクトがことしの一月から改訂されまして、これを近いうちに一般の関税率と同じまでに引き上げるということの申し合わせがついておるようでありますが、最初われわれは、ある程度米比の関税率と同じような工合に日本側を持っていこうじゃないか、こういうふうな意見もあったのでありますけれども、これは私ども先方に参りましたときの空気からそんたくいたしまして非常に無理があるだろう、こういうふうに感じましたわけであります。特にガットの精神から申し上げましても一国の貿易を定める上において、ある特殊の国との特殊の関税率を持っていくということは、これは好ましからざることである。こういうことの意味からむしろ私はこれは将来交渉するなればアメリカとフィリピンとの間の関税協定、あのベル・アクトをできるだけ早く正常に返してもらいたい、こういうようなことの折衝に入るということが順序でないだろうか。こう存じましてそういうふうな意見の言葉は、非公式でありましたけれども私は申し上げておったようなわけであります。以上お答え申し上げておきます。
○羽生三七君 日本の通常の貿易と、本賠償協定によって行われるこの生産物の供与との関係、競合、利害得失、そういうようなことは概略どういうようなものですか、承わりたいと思います。
○政府委員(中川融君) 賠償実施と日本の通常貿易との関係は、非常に初めから問題になっていたところでありまして、政府といたしましても、これが賠償実施の結果、日本の通常貿易を害するようなことがあっては困ると、その点についてはいろいろ検討したのでありますが、御承知のように現在フィリピンに対して日本から輸出しております品物は消費財がおもであります。消費財すなわち繊維製品でありますとかあるいは鉄板でありますとかこういうものでありまして、機械類というものは非常に少いのであります。全体で約四百万ドルか五百万ドル、日本からの輸出が今五千万ドルくらいになっておりますが、そのうち十分の一、一割程度であります。今回フィリピンに出しますものは、原則こして資本材ということでありますから、従って今回の生産物賠償、資本財賠償として供出することによりまして、日本の正常輸出を、もしかりに害することありとすれば、せいぜい一割程度の機械類に食い込むというようなことになる程度であろうと考えておるのであります。一方この今回の賠償実施によりまして、日比間の正常に国交が回復するということに伴いまして、日本とは最恵国待遇ということに正式に均霑し得る態勢になるのでありまして、そういたしますと、今までフィリピンに対して輸出することが非常に困難でありました繊維製品その他の消費財が、今後は相当有利に先方に輸出されるという態勢ができるのでありまして、その分量は、これは推測にほかなりませんが、しかし優に千万ドルくらいの繊維品の輸出増ということは考えられると思うのであります。それだけ見ましても、機械類にいたしましても、全部入るといたしましても、一方繊維品等についてあらためて新しい輸出がふえるというようなことから、十分損失のカバーができて余りありと考えられるのであります。しかも今回調印と同時に発表いたしました共同声明によりまして、日本とフィリピンとは双方とも現在の貿易を均衡させる、しかもこれを多くするということについて方針が一致したのであります。現在の実績で申しますと、日本からの輸出が五千万ドル、輸入が八千万ドル、三千万ドルも輸入超過であります。毎年大体の計数が二千万ドルないし三千万ドル輸入超過でありますが、これを今回の共同宣言の趣旨によりまして、単に均衡させるだけでも二千万ドル、三千万ドルの日本からの輸出増ということになるのでありまして、この点について日比間において今後あらためて貿易協定の改訂その他の交渉が行われるわけでありますが、これについて鋭意努力することによって輸出をぜひ今よりも大規模にふやしたいということを考えております。従って今回の賠償実施に伴って通常貿易に与える影響はむしろプラスになると、積極的によくなると、改善されるということを期待しておる次第でございます。
○羽生三七君 先日の新聞報道に政府はフィリピンとの通商航海条約の交渉に入る予定であったが、フィリピンと他の国との通商航海条約の取りきめというのに非常に時間がかかって、まあ二、三年もかかるような例がある、だからこれは特に日本の場合は米比関税協定等の制約から非常に時間がかかると思われるので、むしろ個別的な取りきめを一つずつ結んでいくというように方針が変っておるというふうな説もあるのですが、外務省としてはその辺はどういうふうに進められておるのですか。
○政府委員(下田武三君) 先日の新聞にそういうことは書いてございましたが、実はフィリピンに対しまして、直ちに個別的の協定で持っていこうという考えはただいまのところございません。実は最近フランスと日本との間の通商航海条約の締結の問題につきまして、御承知のようにフランスがガットの第三十五条の援用国でございまして、なかなか輸出入関係のところにつきまして話がまとまりません。そこでまずセツルメント、入国、滞在、居住等、そういうものの話なら直ちにできるということでございますので、それならそれをまずやろうということになった経緯がございます。そこでフィリピンの場合もやはり何と申しましても問題になりますのは、輸出入関税、その他の貿易、トレードに関する最恵国待遇の問題、これがやはり相当大きな問題になると思うのでございます。そういうようなことになりました場合に、フランスとただいまやっておりますように、それなら取りあえず日比両国人が互いに往来して、入国もできてそうして滞在も保障される、そうしてそこで商売もできるというような態勢を先に作ることが可能なら、これはフランスと日本の間以上にはるかに日比間に実績のある問題でございますので、将来非常に情勢がむずかしくなりましたならば、そういう実情のある、しかも容易な問題から協定しようということも十分考えられるわけでございます。しかしただいまのところやはり全面的の通商航海条約をまず提案して交渉いたしたいと、そういう考えで交渉されてございます。
○羽生三七君 先日もお尋ねしたことですが、この日比賠償協定が日本の国会で成立した場合に、フィリピンの議会においてはもちろん同時に承認をするのでしょうが、一方サン・フランシスコ条約の批准が私は同時的でなければならぬと思うのですけれども、同じ日であるとか同じ時間とかいうようなことは無理にしても、同一会期内において賠償協定とともに上る、そういう保障はあるのでありますか。あるいはそれとも賠償協定だけ先にやっておいてあとは適当なときだということなんですが、その辺をもう少し明確にしておいていただきたいと思うのですが。
○政府委員(中川融君) これは従来から幾度も先方と打ち合せたところでありまして、先方はサン・フランシスコ平和条約はいつでも先方の国会で承認して批准し得る態勢にあるのだけれども、賠償協定が片づかないからそれを待っておるのだというような態度で一貫しておるのであります。フィリピンの上院にはサン・フランシスコ平和条約がかかったまま、そのまま懸案となって引きつがれておるのであります。今回賠償協定が成立いたしましたので、その賠償協定がフィリピンの上院にかかっておりますが、このフィリピンの上院外交委員会ではすでに両協定ともこの承認がされておるのでありまして、これが本会議に両方一緒に上程されまして、そうして期を同じくしてこれが承認されるというのが先方の一貫した考え方であります。その点については十分先方からの言質を得ておるのでありまして、われわれもこれを信頼しておるのであります。その点については万々疑いはないと、かように考えております。
○政府委員(下田武三君) ちょっと補足させていただきますが、実際に考えまして日本の国会でもそうでございますが、全然違った条約を二つ一括審議というわけには参らぬと思うのでございます。そこで平和条約と賠償協定とを一括審議で一回のヴォートできめるということは国会としてはまあ考えられない、前後があると思います。同日ではありましても時間的には差があるだろうと思います。しかし問題は二つの条約と協定とが発効する日が同時であることが大事なことでございますので、そこで桑港条約の方は御承知のようにワシントンで米国政府に批准書を寄託するということで発効するのでございます。また賠償協定の方は日比間の批准書の交換によって発効するわけでございます。そこで批准書は多分東京で交換されることになると思いまするが、ワシントンにおけるフィリピン政府の批准書の寄託の日と、東京における賠償協定の批准書の交換の日とを合致させることによりまして、同条約と協定の発効を符節を合せるということが可能であると考えております。
○加藤シヅエ君 日比賠償協定ができまして日本とフィリピンの貿易がだんだん増していくということを国民がひとしく望んでおるわけでございますが、ただいまアジア局長からの御説明の中にも繊維製品その他がだんだんに買われるだろうというようなお言葉もちょっとあったようでございましたが、一般的にいってフィリピンの生活水準というようなものは日本の生活水準と比べてどういう程度のところにあるかというようなことが、もし説明していただけましたら承わりたいと思います。
○政府委員(酒井俊彦君) お答え申し上げますが、これはちょっと数字が古いのでございますけれども、一九五三年、つまり昭和二十八年の数字でありますが、一人当りの分配国民所得ということで見ますと、フィリピンが三百三十五ペソと、これは一ドルが二ペソでございますからドルで換算いたしますと大体百六、七十ドルというくらいの生活水準になります。ただ実際の実勢レートから申しますと一ドル二ペソというより多少悪いかもしれません。また少し生活水準は実質的には低いのかもしれません。日本の現在の一人当りの国民所得から申しまするならば大体二百ドルを少しこえております。まあ所得から見ますと大体フィリピンの国民の生活水準は平均いたしまして日本の半分くらいでございます。これはもちろんそのうちに農業所得がフィリピンにおいて非常に低いとか、いろいろな問題は含んでおりますけれども、大体その程度の所得の比較になっております。もちろん所得だけで生活水準を比較するわけに参りませんが、一応ほかに比較するものがございませんので、考えてみますと、大体日本の半分くらいと考えておけばいいのじゃないかと思います。
○加藤シヅエ君 今レイテ湾の沈船の引き揚げの仕事にかかっておるというふうに伺っておりますけれども、どの程度その仕事が進捗しておるのでございましょうか。
○政府委員(中川融君) 現在フィリピンで実施しております沈船引き揚げの仕事でありますが、これは三年計画でやっておりましてことしが二年目であります。来年一年かかりましてこれが完了するわけでありますが、仕事の進捗状況から申しますとすでに八割方済んでおります。進捗が非常に早く進みまして、その点はフィリピンの朝野をあげてまあ非常に感心しておるところでございます。一つの理由といたしまして、進捗の早かった理由といたしましては、比較的海が浅くてそうして引き揚げが楽であった、こういうことがございます。トン数で申しますと全部で八万トン弱揚げるのがすでに六万トンぐらいまでは揚がっておるということであります。しかしながらフィリピンといたしましてはこれが済みますと、予定より少し早く済むわけでございますが、引き続いてまだ調査の対象あるいは沈船引き揚げの対象となっていない水域、及び現在やっておりますマニラ湾セブ港におきましても調査漏れの船があるのでございます。それらについて引き続いて沈船引き揚げの契約を結びたい。賠償契約を結びたいという希望を表明してきておりますので、これについて目下交渉中でございます。日本としても日本の誠意をできるだけ示す意味で、さらに引き続いて沈船引き揚げを実施したいと、こういうように考えます。
○加藤シヅエ君 沈船引き揚げの役務賠償が済みましたら、まあそういうふうな形のほかの役務賠償という意味で、大きな建築物が非常に破壊されておるようなものに対して、日本が行って、日本の技術で向うの建築を請負わせてもらうような、そういうような御計画や何かございますでしょうか。
○政府委員(中川融君) 賠償で提供いたします役務として向うの建築物を作るということは、先方も非常にこれを重点を置いて考えているようであります。従って、今回できました賠償協定に、どういうもので大体賠償を実施するかということが、表になって付属書にずっと上っておりますが、その中に公共事業諸計画というようなものがございますが、その中をごらんになりますと一つは、公共住宅を作る。これは一般の庶民のための住宅を政府が計画的に作ることでありますが、それが一つ上っております。もう一つは公共建造物を作るということがありまして、これは官庁のビルディングでありますとかその他政府の使うビルディングを作る。この二つが入っております。これについては先方の政府当局も相当の熱意を示しておるようであります。
○加藤シヅエ君 日本のいろいろの消費物資が将来だんだんフィリピンに入って行くというような場合に、アメリカから輸入されておるものとの競争がフィリピンにおいて起って、現在まあ日本のアメリカに対する輸入に対していろいろな問題が起るというようなことが、今度はまたフィリピンにおいて起るというような何か懸念がございますでしょうか。
○政府委員(中川融君) 御承知のように賠償自体には消費物資は原則として出さないことになっております。資本財を出すということになっておりますが、先ほど申しましたように日比間の今後の貿易の推進、発展ということは、その大きな部分がやはり消費財ということになろうと思うのであります。これはフィリピンが今使っております消費財ことに繊維製品等は八割ぐらいまでがアメリカから入っておるわけでありますが、これが米比協定が今回改正されまして一月一日から関税が少しずつでありますが、アメリカ品にもかかってくるということになりました結果、アメリカから今まで大量に入っていた繊維製品なんかが、今度はだんだん少くなっていく。これが自然の勢いであろうと思います。それを補うものとして、日本から今度は入っていくということが、これまた自然の趨勢だと思われますが、こうなった場合に、またいろいろアメリカから日本の業界に対して反対運動をするということは、これはある程度考えられるところでありますが、しかしアメリカ政府の一貫した方針としては、今回の米比協定の改定にも現われておりますように、自分のところの貿易を今までのような特権的な地位に置いておくことはむずかしい。むしろフィリピンの民族経済を増進する、またアジア全体における一つの新しい経済態勢に、進んで協力していくという意味で、米比協定の改定にも応じたわけでありまして、そのアメリカ品の輸出が減退するギャップを埋めるものとしては、ぜひ日本に進出してもらいたいということが、またアメリカの希望であります。御承知のように、アメリカとしても東南アジアに日本の貿易が進出するということを非常に希望しているのでありますから、従ってそういう意味でぜひ日本側で早く賠償を片づけて、そのギャップを埋めるような体制を早く作ってもらいたいということは、アメリカ政府からもしばしば言ってきておるわけであります。またアメリカ政府は、フィリピンに関係する自分の方の業者を、そういう思想でいろいろ説得しておりますから、従ってこの大きな問題としてフィリピンに対するアメリカの業界からの反対というものは、心配する必要はないのじゃないかと考えております。
○加藤シヅエ君 フィリピンとアメリカとのMSA協定というものは、やはりあるのでしょうか。もしございましたらどういうふうな状態ですか。
○政府委員(中川融君) フィリピンとアメリカには大体二つの種類の条約関係があります。一つは軍事的な同盟を基礎とした軍事的な関係についての協定であります。これによりまして、直接に純軍需の面ばかりでなく、経済的な面においても、たとえばフィリピンの軍需的な生産を援助するというような意味においてのこれは援助をやっておるわけであります。そのほかに純粋の経済援助の協定がございます。これは初めはMSA協定ということで発足いたしましたが、今、御承知のようにJCAという、こういう形で行われておるわけであります。この二種類であります。MSA協定による民間の援助は四、五千万ドルのところだと思います。 技術援助については、やはりたしか同額程度、合せて一億程度の援助が行われておるようであります。
○加藤シヅエ君 将来日本から何か軍需品のようなものがフィリピンに対して輸出されるということがありましょうか。そういう場合に何か障害になるようなものがありますか。
○政府委員(中川融君) 現在におきましても、いわゆる通常貿易の範囲内におきまして、向うの軍事施設に使う、たとえば電信機械でありますとか、そういうものが行っておるのであります。しかしながら純粋な軍需品、たとえば大砲、武器、弾薬のようなものは行っておりません。これは法律上あるいは条約上行って悪いというわけではないのでありまして、今後日本の産業、この種類の軍需産業が発達するに従って、先方も日本から買い付けるということは行われていくのじゃないかと思っております。今回の賠償のこの表の中では、直接軍需資材というものは入っておりませんが、たとえば飛行場とか空港の設備あるいは船舶だとか道路その他の材料であるとか、そういう形でそういう軍需用に流用し得るような品目は入っております。直接軍需品目は入れてございません。
○加藤シヅエ君 今質問したことは、特に弾薬や何かをなるべくたくさん売り込んでいただきたいという意味で質問したわけではありませんから、その点はどうぞ了解していただきたいと思います。
○小滝彬君 ちょっと時間をいただいてお聞きしたいのですが、今度新しく通商協定を作るとか、共同声明のようなものを出しております。漁業の問題なんかでは、われわれが非常に苦労して、個人的にはいろいろ申し入れなんかもあるようだけれども、例の領海関係で、バシ海峡から南の方に行くとつかまる、ときどき拿捕されることがあるわけでありますが、ああいう問題に対しても今後討議しようという意向とか、これまで行かれたときにその点をサウンドされてきておるのか、それともあれは声明書に載っておるのをすらっと読んだ通りに、通商貿易という関係だけに限る御意向か、ちょっと簡単でいいですから。
○政府委員(中川融君) 今回共同声明で出ておりますことは、友好通商航海条約の締結及び貿易協定の改訂ということを言っておるのでありまして、それに友好通商航海条約という中に、これは当然水産業、漁業のことが入るわけでありますが、その内容についてまでいろいろの議論はしてないのでございます。今後この漁業関係の問題は、当然日比間でいろいろ打ち合わせなければいけないと思うのであります。問題が二つあるわけでありますが、一つは、ただいま小瀧委員の御指摘になられましたような、先方の主張する領海の範囲という問題があるわけであります。これは相当広い水域を先方は自分の主権のもとにあるということで主張しておるのであります。この点につきましては、日本の漁船で、いわゆる先方の主張する領海内で魚をとるというものはそうたくさんはないのでありますが、しかしいろいろな場合に、その領海に入ったということでつかまる船の例は今までも若干出てきておるのであります。この点については、李ラインのような実際に大きな問題にもなっておりませんが、潜在的には、日本との間に相当調整を要する問題があるわけであります。第二の問題は、積極的にフィリピンの近海における水産業を開発するということに日本も協力するという問題があるわけでございまして、これは御承知のように、戦前では日本の漁業がフィリピンの漁業のほとんど全部を、少くとも海における漁業はほとんど全部を日本の漁業者が行ってやっていたという事情にあったわけでございまして、これが戦後はすっかりあとを断ったわけでございますが、むしろフィリピンの人たちとしても、日本の漁業家と何らか手を結んで、海における漁業をぜひ開発したいという気持があるのでございまして、これについては日本もできるだけこれの協力に応じたい。今度のできました協定の一環であります交換公文による経済協力として、こういうことは相当積極的に今後進められるのではないかと考えております。
○小滝彬君 平和条約の第九条にある漁業協定、あれに類したようなものでもできると非常にいいと思います。北の方でもいじめられているし、これは高碕さんの専門だけれども、これは高碕さんも個人的に御興味をお持ちだと思いますが、どうですか見通しは。今まで日本の方で相当お世話をしていたし、相当の大きな水産会社などもできているようだし、ぜひ高碕長官あたりのお力を借りて、いろいろの所で閉め出されている際ですから、せっかくフィリピンと空気のよくなったのを契機として、ぜひ努力していただきたい。高碕さん何か御説明を願いたい。
○国務大臣(高碕達之助君) ちょうどあまり時間がなかったのですけれども、農林大臣とお会いしまして、差し迫った問題として、非公式ではありましたけれどもフィリピン側にあるスルー海を自分の国の領土のように変えてしまっている。これははなはだ不都合であって、あれはわれわれの今までの研究によりますというと、マグロの子供を生む所なんです。マグロというものはほかに小さい子供がないのですが、スルー海には特別マグロの子供が見つかる。これは将来の水産資源の涵養ということからいって、よほど研究する必要がある、こういうふうなことも話したのですが、従ってこういったような問題を、あなたの方が一方的に自分の領海のごとくやられるということははなはだ困るが、しかしこの問題についてはお互いによく協議をし合って、生産制限というか、繁殖保護という点からやり合おうじゃないかと言ったところが、大へんこれは喜んで聞いてくれた。一体フィリピンの人たちというのは、赤い魚は喜ばない、肉の赤い魚は。白い魚しか食べない。カトリックの関係です。その魚もなかなかたくさん使うんですけれども、値が高いというわけですから、日本の漁業者との提携ということについては、もうわれわれが考えておる以上に希望しておったようでありますが、この点につきましては、今後両国の国交が正常化されれば、まず第一に着手する仕事だろうと、私はこう思っております。先ほど、ちょっと元に戻りますが、加藤委員の御質問の中にありました日本人の向うに行っておる沈船引揚げの人たち、これは今日日本との間の関係が非常に好転したということは、あの人たちの努力が非常にあったと私はほんとうに感じたのであります。初め六百人の日本の人たちが行ったときに、どうもはち巻きをしている、こういう労働者が入ってくるということはどうだろうかというような、こういうふうな懸念を持っておったのでありますが、いよいよああいう仕事をやってみると、これはあるいは日本では労働者というかもしれませんが、向うでは、これはりっぱなテクニシアン、技術者である、こういうことの感じを受けておるようでありますし、また行っている人たちもなかなかよく働く、規律も正しい。そうして先ほど中川局長から御報告申しました通りに、三ヵ年を二ヵ年で大多数の仕事をやってしまった。それにフィリピン側が非常にあれに感謝いたしておりますことは、あの沈船引揚げでできたスクラップを、一トン二十ドルか三十ドルで売るというと、これはフィリピンの収入になるわけであります。ところが揚げてみると、あれはなかなか高く売れる。今ドルとして六十ドルとか八十ドルで売れる。そうすると六万トンあれで四百八十万ドルという金が入ってくる、こういうことになりますから、こういうようなことは、フィリピン政府は、日本と手を握ることによってこんなふうな利益もあったというふうなことも言っておりますから、私は今の話から、折衝いたしますときに、フィリピンの方は、日本の労働者が入ってくるということには非常に警戒をしておられたようでありますが、戦前日本の労働者がかれこれ五千人行っておったのでありますが、今フィリピンの市内でああいうふうに戦争のためにこわれておるチャーチがある。ああいうことに、先ほど加藤委員の御指摘になったようなことが逐次話がつけば、日本の技術者といいましょうか、技術者が行って、あれをよく元の通りに直すというふうにして、お互いに話し合いがつくだろう、私はこう信じておるわけでありますからして、この点におきましては、私は今度参りまして非常に楽観的であったということを御報告申し上げます。
○加藤シヅエ君 関連して。今、高碕国務大臣からのお話で、私も非常に同感なんでございますが、わずかなことでも、日本の優秀な技術を後進国に持って行って、しかもその技術者の生活態度が非常にりっぱであるということが日本国全体の信用を高め、国交を深めていくために非常に役立つ。昨年私イランに参りましたときに、イランで、ある紡績工場を向うへ新しく作るのに、どうかいい指導者をということを国際連合の方に話したところが、国際連合の世話で、日本から技術者が行って、気候の悪い所であるにもかかわらず、家族を連れて向うへ行かれて、非常にりっぱな指導者がいらっしゃる。どんな夜中でも、機械が破損したような場合には、すぐ出ていってめんどうをみてやる。それでその辺一帯は、日本人を神様のように皆が慕っているということを大使から伺いました。それで今度フィリピンの場合には、イランなんかより国が近い関係から、もっともっとそういうようなことが相当積極的にこれから行われるだろうと思いますけれども、過去において日本のアメリカに送った移民が、あまりに国家的な指導がなかったために、せっかくたくさんの移民が出て行って、勤勉に働いたにもかかわらず、排日運動の一つの原因をも起したというような過去のよくない実績もございますから、今度の場合には、日本からそういうようないろいろな技術者が出て行く、労働者を送るというようなときに、やはり何か国家的な機関によって指導するとか、その質を特に吟味するというような機関を新たにお作りになる御計画がおありになるのでございましょうか。
○国務大臣(高碕達之助君) 私はその問題は最も大切に考えておる点でございまして、従前の日本の対外移民というものは、これは、まあしょうがないから満州へでもやって置こうじゃないか、南米へでもという、でもつきでやったわけでありまして、これが相手国で来たす結果は想像にかたからずであります。私今後日本の移民というものについては、これは少くともマラソン競走をするというような考えでやらなければならぬと思う。現に外務省におきまして、終戦後アメリカに送っておりました、あのトレーナーとして九ヵ月間日本の若い人たちをアメリカへ出して百姓をやっておった。これが大へんに成績がいいというので、これは短期の移民として二ヵ年、三ヵ年の期間を切って、相当大きな数量の人を喜んで受け入れようじゃないか、こういうふうになっておる。こういう場合もありますが、そういう場合には、しかるべき機関を日本で作りまして、行く人の素質を向上するということでやると、これは、逐次そういうふうな方針で政府は進んでいきたいと思っておるわけであります。
○加藤シヅエ君 ぜひそういうふうなことをおやりになっていただきたいと思います。
○委員長(梶原茂嘉君) 速記をやめて。 午後五時三十一分速記中止 ————・———— 午後六時三十五分速記開始
○委員長(梶原茂嘉君) 速記を始めて。 暫時休憩します。 午後六時三十六分休憩 ————・———— 午後八時三分開会
○委員長(梶原茂嘉君) 休憩前に引き続いて、委員会を開きます。
○佐多忠隆君 二、三の問題を質問したいと思いますが、どうも私、今までほとんど出席をいたしておりませんので、あるいは前の方々と相当ダブるかと思いますが、それは一つ御容赦を願いたいと思います。 まず、一つ初めにお聞きしたいのですが、フィリピンでは、一体戦争災害というのを幾らぐらいに見積っておるのか。それからその災害の復興というようなものをどういう資金でやるというような計画になっておるのか。たとえばアメリカあたりから、相当その復興の計画に対して特別に援助をするというようなことになっておるのか、それらの点、どういう事情になっておるか。
○政府委員(中川融君) フィリピンでは、今回の戦争に伴う損害を幾らに計算するかということが終戦後問題になりまして、これが現実の問題になりましたのは、日本に対する賠償額を幾らに査定するかということが問題になったときからこの現実の問題になったのですが、御承知のように、八十億ドルということをそのとき計算したのであります。この八十億ドルという計算は、もちろんフィリピン側が一方的にしたのでありますが、日本との賠償交渉が始まりましたまっ先に、日本に対して提示いたしました損害額は、八十億ドルということになっておるわけであります。 それでは、どういうふうにしてこれを修復していくかという点につきましては、これはまた、フィリピンとアメリカとの関係で、アメリカが戦後この法律を作りまして、アメリカの国内法でありますが、フィリピンに対する戦災補償法という法律を作ったのでありますが、これはフィリピンがまだ独立する前にできたのでありますが、そのフィリピン戦災復旧法によりまして、フィリピンの戦災を委員会を作って調べて、それによって損害が幾らであるかを出しまして、それのまた補償をできるだけアメリカがやるという趣旨の法律ができたのであります。その法律に基いて委員会ができまして、これは、アメリカの人とフィリピンの人とが入って委員会を作ったのでありますが、委員会がフィリピンの国民からいろいろ情報を得まして、あるいは申請を得ました結果をまとめまして、その上にその委員会で大体判断を下しまして、ある程度の査定をしたのでありますが、その金額で十二億ドルぐらいの戦災を補償すべきである。補償すべき戦災は十二億ドル程度のことを出したことがあるのであります。しかし、その戦災額の全部をアメリカが補ってやるということではなくて、そのうちの五億ドル程度をアメリカが補うということになりまして、アメリカは自分の国の予算を組みまして、五億ドル程度のものをフィリピンに供与したことがあるわけであります。これが初めの八十億ドルとこの十二億ドルという、相互に差異がありますが、アメリカがいわばある程度審査した結果が十二億ドルというようなことになったわけであります。従って五億ドルとの間にまだ七億ドルほどの差がその間にあるわけであります。
○佐多忠隆君 フィリピンの補償すべき戦災十二億ドルというのは、これは大体その内容がいろいろあるのでしょうが、一体この戦争による災害というようなものは、厳密に見積って十二億ドルを出した場合に、その原因別に見れば、一体どこの戦災によるかというようなことは明瞭になっているのでしょうか。私たちがフィリピンで聞いたときには、マニラその他あたりの大部分は、ほとんどこれはアメリカ軍によって、まあそれは戦争の結果ではありましょうけれども、アメリカ軍によってむしろ戦災をこうむったというのがその大部分であるというようなことを述べておったのを聞いたことを記憶しているようですが、それらの区分け、それらの事情は、この十二億ドルでははっきりしているのでしょうか。
○政府委員(中川融君) 十二億ドルというのは、戦闘行為に基く物的損害であります。十二億ドルの物的損害というものは、もとより日本軍とアメリカ軍との戦闘行為に基いてこうむった、生起した損害でありますから、その原因は日本のみにあるとか、あるいはアメリカのみにあるというわけではないわけでありますが、その中の幾らが直接アメリカの攻撃なり何なりによってできたか、その中の幾らが日本軍のそういう行為によってできたかということの種別はできておりません。 また一つ考慮しなければならぬことは、これも物的損害でありますから、たとえばフィリピン人が殺された、あるいは負傷した、そういう生命身体に対する損害というようなものは、この中に全然加味されていないということがあるわけでございます。
○佐多忠隆君 まあ戦争の結果だから、どちらということはなかなか区分はできないかも知れませんが、しかし現在の武器なり何なりの状態から見れば、遭遇戦とか何とかいうものの結果というよりも、その他の飛行機による、あるいは大砲による、そういうものが多いんで、そういう意味からは、厳密に言えば、やはり直接の原因はどちらの軍隊からの損害であるかということが明瞭になり得るんじゃないかと思うのです。そういう意味では、フィリピンに関する限りは、その十二億ドルという戦災は、ほとんど全部といっていいくらいにアメリカの、直接にはアメリカ軍に原因をしているんじゃないかと思うのですが、そのへんの事情はどうなんですか。
○政府委員(中川融君) 物的損害の中にもいろいろあると思うのでありますが、戦争の初めに日本軍の砲撃によって受けた損害、これは現地の砲撃その他をどちらの軍がやったか、そういうことになれば、おそらく日本が主であったでありましょう。また終戦のころに、アメリカ軍の反攻によってフィリピンに戦闘が展開された場合に、アメリカ側が砲撃したわけでありますから、これはアメリカ側の砲撃によるものが多かったのであると思うのでありますが、これもやはり日本軍が市街を占拠しているというようなことから砲撃、爆撃等が行われたわけでありますから、必ずしもどちらが直接の原因であるということも、なかなか判定はむずかしいのではないかと思います、要するに大体の傾向として、どちらの砲撃が主であったかという程度でありまして、どうも判定は困難であると思います。
○佐多忠隆君 そうすると、そのアメリカ側の負担分五億二千万ドルですが、それを供与するということになると、十二億のうちの五億二千万ドルになるというのは、どういう目安からそういう数字が出たのですか。それから、それはどういう形で、いつごろ供与することになっておるのか。
○政府委員(中川融君) 五億二千万ドルの内訳は、そのうちの四億ドルが民間の損害であります。一億二千万ドルが政府のビルディングその他の損害の復旧の費用として出したわけであります。この算定の基準は、個々の人から損害の申請を出させまして、それをアメリカの委員会が査定したわけでありますが、その方法として、私が記憶しておりますところでは、たしか五百ドル以下のものは全額支払う。五百ドル以上のものはそのうちの半分を支払う。そういうようなことで計算したのであります。従って、その総計が民間損害では四億ドルと、なお官庁の損害一億二千万ドルということになったわけでございます。
○佐多忠隆君 そういう五億二千万ドルを、一つ一つの損害申請から査定をしたとすると、今のそれは、アメリカ軍を直接原因とする損害だという意味で、それらを積算して五億二千万ドルというのができてきたんでしょうか。
○政府委員(中川融君) アメリカとしては、損害の原因がどちらにあるかということは、その際に審査しなかったように聞いております。従って、戦争結果に基く物的損害について、一方的に申請を出させて、その各申請について一応の査定をして、査定したものについて、五百ドル未満のものは全額支払い、それ以上のものは半分払うというように聞いております。
○小滝彬君 これは中川君、アメリカの方は直接的の兵火による損害ということを考えておる。私は、むしろあなたの立場を弁護する意味で言うわけだが、戦争中のフィリピンを知っておることによって申し上げるのだけれども、戦争による直接の被害がいろいろ補償されたというほかに、日本軍はあのときに銀行を作った。南方、南洋何とかいう銀行もあったろうし、その当時、自動車も徴発する、いろいろ、砂糖の農園なんかから砂糖関係の物資を徴発したとか、戦争中においてあの日本から持って行った通貨によって相当物資を取り上げた。だから、直接日本がそこの島へ上陸して与えた損害よりも、むしろあすこに一九四一年の十二月から終戦までおった間に徴発した物資というようなものがより多くありはしないかというようなのが僕の気持なんだが、あのとき、どれだけ日本の通貨を持って行って徴発したか、僕は今資料もないし、言わぬが、それだけを考えてみると、今の話を聞くと、まるで兵火による損害だけを考えておるようだが、そのほかに相当の損害があったのじゃないか。あるいは日本が反対給付をやらないで、相当軍のために徴発しておるものがありはしないか、その辺はどうですか。
○政府委員(中川融君) 日本の軍による調達ということはもちろんあったわけであります。非常にあったわけであります。しかし、一番大きなものはむしろ日本の軍票の発行、これが結局不換紙幣になりまして、いま全然価値がないのでありますが、軍票による経済的損失というものが非常に大きかったと思うのでありまして、これについては、フィリピン人からいまだに軍票を返せという要求が盛んにやってきておるわけであります。その軍票の発行高も、まあいろいろ検討したのでありますが、正直に申しまして、的確な今資料がいまだございません。おそらくこれは何十億という金になったと思うのであります。こういうものは、もちろん今アメリカが算定いたしました戦災の中に入っていないのであります。アメリカの算定した直接兵火による物的損失ということを基礎として算定したわけであります。
○佐多忠隆君 このアメリカから供与したのはいつごろなんですか。そうして一ぺんで全部現金か何かで出しておったのですか。
○政府委員(中川融君) アメリカが支払いましたのが一九四八年ごろから五〇年ごろまでではなかったかと思います。これは全部支払いを完了いたしております。しかし、ちょっと問題がございますのは、アメリカが一応査定をしながら、アメリカの国会における承認を得ないために、完全な支払いを了していない分が若干あるということを聞いております。その分については、フィリピン側がまだアメリカに対して金銭クレームがいろいろほかにもあるのでありますが、その中に若干のものが入っておるというように聞いております。
○佐多忠隆君 平和条約で賠償の問題が問題になったときに、初めは、賠償は全般的に問題にしてなかったのが、特に東南アジア諸国をダレスが回って来て、何とかこれはやらなければならぬというようなことで、あの問題がさらに取り上げられたのじゃなかったかと記憶するのですが、そのときには、このアメリカの弁済負担分というようなものはすでに確定をしていて、これとの関連というようなことが考えられまして、そういう問題は検討されたのかどうか。
○政府委員(中川融君) サンフランシスコ平和条約の草案がいろいろアメリカ及び連合国の中に準備されておりました当時には、今の戦災復興法はすでにできておったわけであります。従って、そういうものも連合国内部におきましては、一応頭の中にあったようであります。
○佐多忠隆君 それがすでにあったとすれば、かりにフィリピンにアメリカが一部分を負担をし、さらにその他の部分を日本が負担をするという場合には、あるいは形としては現金賠償でなければならぬとか、あるいは少くとも建設資材なり復興資材の賠償でなければならぬというようなことは、おのずから明瞭であったはずだと思うのですが、それにもかかわらず、あのときには、サービス賠償でいいんだからということで、非常に軽い負担のような気持であれを説明しておられたし、われわれもそういうふうに了解をしていたんですが、そういう意味では、あのときの加工賠償原則というやつは、すでにもっと明瞭であったものを、そこの究明をしないで、むしろごまかして、あの条項を作り上げ、その結果が今現実には無理なことになってきて、この間からいろいろ問題になっているように、ほとんど原則的な変更までされざるを得ないというようなことになったというふうな感じがするのですが、そこいらの経緯は、どういうふうにお考えになっておりますか。
○政府委員(中川融君) 桑港条約の原案ができましたときには、日本としては、連合国相互間においてあの草案によって対日賠償条約を結ぶことに一応意見の一致をみているものと考えまして、もちろんそういう前提でございましたので、そう考えまして桑港会議に行ったわけでありますが、桑港会議の席上におきましては、フィリピン、インドネシア等の代表は、その中の賠償条項に関しては、やはりまだ不満の念を残しておりまして、従って、これについては自分らの考え方、態度というものを留保して、あれに調印したわけであります。もっともこれは、桑港条約が発効いたしましてから、これらの国と日本が交渉するという義務を持っただけでありますので、桑港条約発効後、これらの点については、それらの国と、あの条項によって妥結をみるように交渉する考えであったわけであります。ところが、現実に交渉を始めて見ますと、それらの国々の態度というものは、やはりきわめて強硬でありまして、賠償については強硬でありまして、あのままの解釈、純粋な役務による賠償ではとうてい満足しないという事情が明らかになって参りまして、従って、その後日本としても、その態度を若干やわらげて、役務以外の資本財も出さなければならないというように変ってきたのが経緯でございます。従って、必ずしもあのときに、とうていあれでは解決しないというところまで日本政府としては予想していたかどうかという点になりますと、これは、できるだけあれによって解決したいという考えで、あの協定に調印したわけでありますが、その後の交渉の結果、どうしてもそれでは片づかないという事態が漸次判明してきたのが経緯でございます。
○佐多忠隆君 アメリカの戦災復興法のこの形態、あるいはフィリピンの戦争災害の内容、そういうものを考えれば、それを補償するという形になるとすれば、少くとも当時からこういうふうな形にならなければならないことはわかっていたし、それからまた、東南アジア諸国の要求からいっでも、こういうことにならざるを得ないこともすでに当時から明瞭だったと思うのです。従って、われわれはあの平和条約を検討をするときに、ここに書いてあるようなサービス賠償で簡単に済むのだ、しかも外貨払いはほとんど必要がないのだというような安易なことを考えて、そういうイージーな負担条項だから、これは簡単にのめるのだというようなことをお考えになったら非常な間違いだということを、その当時からすでにきびしく批判をしていたのですが、それにもかかわらず政府は、いや、サービス賠償で大体済むのだ、それからどうも、もしかりに外貨負担というようなものが相当負担になり、しかも、それが日本の経済自立その他に関連するようなことになれば、もしそういうようなことにでもなれば、それに対して、アメリカもまた別個に考慮をするであろうというようなことを、少くとも暗示的にはそういう気持であの条項を通されることに努力をされたように私は記憶をしているのです。そういう意味では、だから非常にそのときからすでに見通しを誤まっておられたのだし、あるいはそうなることを意識しながらも、あのときを何とかつくろうために、ああいう説明をされたのか。さもなければ、何かもう少し、そういう問題に展開する場合には、アメリカとの関係においてもっと何か有利な賠償の仕方が出てくるというようなことをひそかに期待をされていたのか、そこいらは、非常に微妙なあれがあったように、事情があったように思うのですが、それらの点はどういうふうにお考えになりますか。
○政府委員(中川融君) 桑港平和条約を調印いたします際に、東南アジアの諸国の賠償に対する考え方を的確に政府がつかんでいなかったということは、まことに遺憾なことでございます。しかしながら、御承知のように、その当時においては、日本政府はこれらの国と全く関係がなかったわけでありまして、在外公館というものもございません。また、それらの国の使節団はこちらに来ておりましても、われわれとは何ら直接の交渉を持ち得なかったのでありまして、また、それらの国に対しても旅行することもできなかったわけでありまして、どうも的確にそれらの国の動向を判断する手段がなかったわけでございます。従って、連合国内で一応意見が一致したものと考えました桑港条約の草案というものを前提といたしまして、考えていたわけでございます。しかしながら、その後事態が判明するにつれて、それがその通りはいかぬということになったわけでありますが、その際は、もちろん政府といたしましては、桑港条約の規定そのままでもって交渉して、何とか話をつけたい。またつけ得るのではないかと考えたわけでありまして、その後現地の交渉に当りましても、当初の一、二年の間は、厳格に桑港条約の規定に従って話を進めようということで折衝したわけでございます。従って、政府としては善意をもって、そう信じて話を始めたわけでありますが、その後、どうも事態がそう楽ではないということがわかってきたような事情でございます。
○佐多忠隆君 その事情がビルマとの賠償協定のときにすでに問題となって出てきたし、ビルマの場合には、かなり金額が少いので、まだそれほど重要な原則変更といいますか、原則修正の問題がそれほど大きな問題であるとは思わなかったのですが、今度の五億五千万ドルというような問題になってくると、それが相当大きな問題、数字的にも相当大きな問題である。あの当時の見通しの誤まりなんというものは、非常に大きな政治的な責任でもあるし、問題でもあるように思うのですが、これはどうも、前の大臣と現在の大臣ともかわっておりますし、大臣の政治的な責任の問題でもありましょうが、幸か不幸か、かわってしまっておるので、それらの問題を今からいろいろ追及してみても始まらぬ話で、だから、ただ私は、今後賠償の問題はもちろん、賠償に限らず、もっとそれらの対外的ないろいろな協定なり何なりの問題が生ずる場合には、もう少しそういう問題を外務省としても、外務大臣としても、もっと的確な資料と調査に基いて十分に検討されて、その上でそういうものの判断をしてもらいたい。それが非常に足りなかったのではないか。さっきから言うように、戦災復旧法あたりの内容をもう少しよく検討してみなければ、それらの点は、もっとシーリアスな点は、当時から非常に明瞭であったのにかかわらず、そういうことがほとんど十分な準備がなされていかなかったという恨みがありますので、今後はこういう点を十分一つ注意をしていただきたいと思いますが、これに対して重光外務大臣、どういうふうにお考えでしょうか、今後の問題について。
○国務大臣(重光葵君) 御意見のあるところを十分考慮していきたいと思っております。
○佐多忠隆君 頼りない声ですが、その点は、一つまじめに御検討を願いたいと思います。 それから次に、一体よく言われております復興計画という問題はどういうふうになっておるのか。よくこの復興七ヵ年計画だとか、あるいは経済五ヵ年計画だとかいうようなことがいろいろ言われておりますが、あるいは経済五ヵ年計画は、五十四年でしたか、一ぺん開始されることになっていたのに、米比協定改訂交渉との関係上、何か挫折してしまって、その後はそのままになっているというような情報もありますし、いや、そうでなくて、何ヵ年計画として相当具体化しているんだと、ことにたとえば日本とビルマとの専門家賠償会議ですか、賠償専門家会議ですか、あそこの防衛力その他は、そういうものをバックにしながら、ああいうふうに具体的にきまっていったんだとかいうような話もあるのですが、それらの関係はどういうふうになっているのですか。
○政府委員(中川融君) フィリピンにおける経済復興計画でありますが、これは、御指摘のように、一九五四年当時に大体五年計画を作りまして、これは原案としてはできたわけでありますが、正式に政府の成案として採択されるには至らなかったわけであります。その後毎年これの変更の企てが行われてきておるのでありまして、今年に至っても、この計画はことしに入りましてから大体形ができたわけでありますが、その計画を担当しておりますモンテリバーノ経済計画委員会委員長の考えとマグサイサイ大統領の考えとが一致いたしませんで、モンテリバーノ氏は職を辞しまして、マグサイサイ大統領は、この復興五年計画の改訂を命じたのであります。その大体の骨子は、健全財政でいくか、あるいは相当膨張財政と申しますか、積極政策でいくかというところが大きな違いであったのでありますが、マグサイサイ大統領は、やはりアメリカのドルと現在の為替レートを堅持しつつ、健全財政を基礎として計画を立てるべきであるということの意見に賛成いたしまして、その結果、今の計画は根本的な修正をすべきものとされたのであります。現在フィリピンにおきましては、経済計画委員会が中心となりまして、この改訂の作業をしておるのであります。この作業に当りましては、一つには、いわゆる工業化の方針を現実に立脚した、たとえばフィリピン産の原料を使ってできるもの、そういう工業をまず最初興すべきであるというような、もっと現実的なものにするということ。それからもう一つは、日本の賠償というものを、これを不可分一体として織り込むということ、この二つを目途として計画の改訂作業が行われております。これはしかし、もう一、二ヵ月のうちには、この改訂版を作りたいということで、鋭意作業を進めております。近く日本に経済使節団と申しますか、賠償の実施に関する計画を作るための使節団が参ることになっておりますが、その使節団の日本との話の結果を織りまぜて、この計画の改訂版を今度は本格的に作ろう。作れば、これをもって政府の計画として採用をして、本年度を第一年度としてスタートしようという計画になっているということを聞いております。
○佐多忠隆君 その場合に、その計画の中に盛り込まれておる復興計画ですか、建設計画ですか、そういうものに対してどれくらいの資金を必要としているのか。その資金と、アメリカが負担する五億二千万ドルというものとはどういうふうに組み合せられるのか。それから日本の五億五千万ドルなり、あるいは二億五千万ドルと、その復興あるいは建設の所要資金との組み合せばどういうふうになるのか。その辺の事情を一つ。
○政府委員(中川融君) フィリピンの今の経済五年計画は、所要資金は大体四十億ペソということになっております。四十億ペソを必要といたしますが、そのうち外貨で要るものは約その半分ということであります。
○佐多忠隆君 そうすると、外貨は幾らになりますか。
○政府委員(中川融君) 従って、米ドルにいたしまして十億ドル程度のものが外貨として必要であるということになるわけであります。これを五年間に必要とするわけであります。一方日本の賠償の方は五億五千万ドルでありますが、これは長期間にわたって支出される。ことに最初の十年は二千万ドルずつということになっておりますから、所要外貨の約十分の一ですか、十分の一程度しかこれは出ないわけでございます。アメリカの五億二千万ドルというものは、これはすでに支払い済みでございまして、かつこれは政府に渡されるのではなくて、各個の戦災を受けた人に直接支払いされたわけでありますから、これは今の経済復興、計画とは関係がないわけであります。
○佐多忠隆君 それから、この賠償協定によって供与する生産物は、大体資本財ということになっておるようですが、消費財はどういうふうになるのですか、特に第三条の2というものですか、それはどういうふうに読めばいいのか。
○政府委員(中川融君) 第三条に書いてあります通り、「賠償として供与される生産物は、資本財とする。」これが大原則であります。しかしながら、例外といたしまして、両国政府で合意しますときには、資本財以外の生産物、つまり消費財も出すことができる。これは非常に限定された例外となっておるわけであります。
○佐多忠隆君 特にそういう例外を認めなければならなかった事情なりいきさつはどういうことなんですか。
○政府委員(中川融君) 資本財というのが先方も希望いたしまして、日本も希望しておるところでありまして、これがもしもできるならば、全部を資本財にしようというのが両国政府の考え方であります。しかしながら、資本財と申しましても、なかなか定義はむずかしいわけであります。たとえばいろいろ日本から出します品物でも、果して資本財に入るかどうか。使いようによっては資本財にもなるし消費財にもなる。普通の家を作るためにセメントを出せば消費財でありますが、工場を作るためにやれば資本財になる。同じセメントを出すにいたしましても、果してセメントを資本財に入れ得るか、あるいは消費財と見るべきではないかという、そういう定義の問題もありまして、厳格にこれを資本材といい切ってしまいますと、たとえばセメントをほしいというような場合には、なかなかこれを出し得ないというようなこともございます。 また、これはごく例外的なことではありますが、フィリピンといたしましても、たとえばフィリピンにおきまして、いろいろ中小企業を興すために、ある小規模の機械がほしいということがあるのであります。その機械というものも、たとえば資本財に入る機械と定義し切ればいいのでありますが、なかなかそういかないものもある。われわれもいろいろこの表について考えて見まして、資本財ということを言い切ってしまうと、やはり若干将来不都合なこともかえってあるんじゃないかというように考えまして、この資本財を原則といたしますけれども、消費財も場合によっては出し得る。しかしその際は、必ず両国政府の合意によるということに協定をしたわけでございます。
○佐多忠隆君 その表によればというのは、この付属書のことを言っておられるのですか。
○政府委員(中川融君) 表と私が申しましたのは、実は一年前にここで専門家会議をやりました際に、先方からほしいというものの品物のリストが出たのでありまして、そのリストについて検討したわけであります。これは相当いろいろな品目が先方の希望のものとして出できておるわけでありますが、そのことを申したのであります。これは資料としてある程度こんなものというのがお配りしてございます。この専門家会議であるいはいろいろ話がありました点につきましては、全面的にはまだ公開するのが適当でないという考えから公開してございませんが、大体のこの骨子につきましては、資料として提出してございます。
○佐多忠隆君 その消費財の問題が問題になりましたので、それに関連してちょっとビルマの方のことをお伺いしておきたいと思います。 当今言われておりますように、ビルマが最近消費財の賠償申し入れをやっていて、いろいろ問題になっているようですが、これはまあ、この事情が一体どうなっているのか。 それから、結論として政府の方針は、特にこの通産省あるいは外務省あたりとすでにもう一致した合意の意見が調整されているのか、まだされていないのか、前の詳しい事情は一つ中川さんの方から、それから方針の問題は大臣に御説明願いたいと思います。
○政府委員(中川融君) ただいま御指摘のありましたビルマとの賠償における消費財の問題でありますが、これは、ビルマ賠償協定によれば、日本の生産物ということになっておりまして、資本財とか消費財ということは、特に内訳は書いてないのでございます。しかしビルマ協定を結びました際の大体の合意といたしまして、原則が資本財になるということは、そのときの話で両方の意見は一致しておるのでございます。従って、消費財はごく例外的な場合にだけ認めるということであるわけでありますが、約半年以前から、ビルマとしては消費財がぜひほしいということを、最初は非公式であります、それを最近に至りましては公式に消費財をほしいということを言ってきております。その金額はそう大きなものではありませんが、たとえば硫安でありますとか、あるいはカン詰類でありますとか、そういうものがほしいということで言ってきておるのであります。これについては、政府としては、一ぺん硫安につきましてはこれをある程度提供したことがあるのでありますが、その以外の消費財につきましては、目下関係当局間で検討中でございます。今関係当局間で事務的に検討いたしております大体の考え方といたしましては、これが日本の将来の貿易にかえってプラスになるというような品物であり、かつその金額がそう大きなものでない、つまり通常貿易を害することがなく、むしろ将来通常貿易を促進するような効果のあるような品物であるならば、例外的に考えてもいいのじゃないかというような大体の空気で検討いたしております。まだ結論を出すまでには至っていないのであります。
○国務大臣(高碕達之助君) ちょっとそれに関連して、大体今、中川アジア局長がお答えしたようでありますが、これは同じ消費財といたしましても、外貨負担の非常に多いものと少いものがありまして、これを経済企画庁の方でずっと調べておりますですが、たとえばマグロのカン詰のようなものは、外貨負担はごくわずかで、大体国内ものが九八・二%ということになっております。イワシのカン詰になりますと、これはちょっと減りまして九四・三、ところが綿製品のようなものになりますというと、特に綿糸になりますというと、日本の方に入る金というものは二八%七、こういうふうになっております。同じ織物でも、人絹の織物になりますと、七四・三が国内に入る、あとは外貨負担となっておりますから、できるだけ外貨負担のないものと、それから正常貿易に影響ないものというものなれば、ある程度消費財をビルマの方に渡したらどうか、こういうことが今、通産省の方と話し合い中なんであります。
○佐多忠隆君 その場合に、ビルマがよく言っている電気機械器具なんかは外貨負担から言えばどういうふうになるのですか。
○国務大臣(高碕達之助君) 電気機械器具の外貨負担は、これは九五・六というものが国内に入ることになっておりまして、あと残りが外貨負担になっております。
○佐多忠隆君 それから硫安は政府の方じゃ消費財と認めるのですか、生産財と認めるのですか。
○政府委員(中川融君) これはやはり分類としては消費財と見ざるを得ないように考えております。
○佐多忠隆君 肥料だったら生産財でしょうがね。(笑声)だから硫安なんというのは、むしろ生産財というような考え方で対処されていいのじゃないかと思いますがね。問題はただ正常貿易の阻害あるいはそれの輸出促進とどう関係するかという点でお考えになればいいので、私はむしろ積極的にお考えになった方がいいのじゃないかと思います。 で、何かその点大蔵省それから通産省、外務省と三つどもえになって、あまり意見がまだ一致していないというふうに聞いているのですが、そこいらは何か近い機会に意見は一致して調整するということになりますか。
○国務大臣(一萬田尚登君) 高碕君からお答えがありましたが、やはり大蔵省は、特に国際収支の点に重きを置きまして、通常輸出を阻害しないように、その上になるようにという点を強く強調しております。それから原料が外貨に伝っておらないもの、また少くないもの、従って輸出した代金が国内にたくさん落ちる、そういうような、大体経企長官の考えと一致していると思っております。
○佐多忠隆君 そうするとこれは大体積極的に金額の若干の限定があったり、あるいは貿易を促進するか阻害するかという点について、あるいは外貨負担の点について若干の考慮はされるが、やはり結論としては積極的に考えていいと思う。
○国務大臣(一萬田尚登君) それは積極的に考えていいのでありますが、実際の問題となると、正常輸出を満たすということは、相手の国が非常に富んでいる国なら別ですけれども、購買力の低い国——どうしても正常輸出に食い込むおそれがありますので、そういう所へは実際問題としてたくさん出した方がいい、こういうふうに私は考えております。
○佐多忠隆君 正常貿易に食い込むかどうかという問題は、これまで輸出していたものであればこれは正常貿易に食い込むことになりますね。しかしこれまで輸出したものでなくて、新しい商品であれば、何も正常貿易には食い込まないじゃないかという感じがありますが、そこはどうなんですか。そういう意味では魚のカン詰とか、それから電気器具などはどの程度ビルマに出ているか、今ちょっと覚えておりませんが、魚のカン詰なんとかというようなものはあまり出ていなかったのではないか。それらを出すことは、やはり新しい需要となって、今後それが固定してしまえばまた問題になりますが、それを誘い水にして、もっとふえれば正常貿易をむしろ促進するというふうになる。その間の事情はどうですか。
○国務大臣(一萬田尚登君) それは経審長官はどう考えておりますか見解の相違もありますが、私は、新しい商品があった場合に、正常貿易の外のものというふうに見ると、今後貿易の発展というものは一定の間貿易量を見て、それ以上は正常か正常でないかというふうな感じを持っております。特に賠償問題は、できれば従来出ておるようなもので大体そういうふうになりますが、普通の場合、たとえばビルマあたりからはカン詰というふうなものが出てくる。これはおそらく日本以外の他の国からも輸入しておるだろうと思いますが、そういうふうなものが他の国からも入る場合がある、よそから日本以外の他の国から入るというふうになれば、日本から見て、しいてそういうことは……、それと今後の国際貿易の、いろいろ国と国との間の信義なんかは別ですが、積極的にそうしろというのではありませんが、ビルマ自体がそういうふうな方法をとれば、そうやってもいいのではないかという気がいたします。それは実際問題としてあまり論議せずに、実際の場合に解決をしていくというのが一番実際的ではないかと思っております。
○佐多忠隆君 それは実際問題として解決をしていくというのであるなら、さっき言ったように外貨負担がどうなるとか、通常貿易を阻害するとか、あれするとかいうことは、あまりやかましく言う必要はないのだ、やはり一つ一つの判断をされるときはそういう基準を考えていかなければならない、それならばその点を明瞭にしておかなければいけないのではないか。今お話の通りに新しい製品でも通常貿易の阻害になり得ると言われるけれども、既存の輸出品であっても食い込む意味において、今までの金額を食い込む意味において輸出阻害になるわけですね。ところが新しい商品であれば伸びに——将来あるいは賠償しなければそれが伸びてそれだけ外貨収入になったであろうものが、賠償すればそれだけ阻害されるということになれば、同じ阻害といっても既存のもので阻害されるという場合と、これから伸びるもので阻害されるというのでは、同じ阻害でもずいぶん違うと思うのです。そこのところを考えて、やはり明瞭にして、魚のカン詰も輸入したらどうかということを判定していただくことがいいのではないかという感じでこう申し上げておるわけです。
○国務大臣(一萬田尚登君) 私も同じような考えでして、実際の解決というのは、新しい物が出ていくという場合は、それほどやかましく言わなくてもいいのではないかという気がいたします。
○佐多忠隆君 それはなるべく早い機会に積極的に解決をして、それをさらに貿易促進の方に振り向けるような努力を政府としてもしていただきたい。 それからこれも先ほどちょっとビルマの問題が出ましたが、中小企業との経済協力の問題ですけれども、それが相当今後問題になっていくということをちょっと中川さん言われたようでありますが、その点は高碕大臣あたり非常に積極的に主張をしていられるのですが、これをどういうふうにお見通しになっているのか、少くとも現在までの日比の業者との関連の問題、それから今経済協力の名のもとにいろいろ話し合いがあるのは、大体において財閥なり何なりというのに限られているので、それを今後そういうところに相当広い分野があるということを見てとって帰られたのは、どういう根拠からか、具体的にそういうものに信用のおける受け入れ態勢ができるのかどうか、その辺の事情をどういうふうに……。
○国務大臣(高碕達之助君) 私は、初めフィリピンへ参りますまでは、まあごく露骨に申しますというと、なかなか賠償にいたしましても、経済提携にいたしましても、大企業でなければむずかしかろう、こういうふうな感じでおったのでございますが、いよいよあちらへ参りまして、ごく短期間でありますが、各方面の意見を聞き、また現在フィリピンの市場において販売されている製品、それがどういう経路で入っておるかということを見たときに、これはあらゆる雑貨、あらゆる消費財、あらゆるものをこれはフィリピンにおいて一日も早く生産するということがフィリピンの経済のために非常に必要であるという感じを深くしたのと、それからフィリピン人自身が、どうしてもそういう仕事を国内でやりたいという希望がほうふつとして沸いておりまして、いろいろ申し出があったわけです。それは何だというと、大体が大資本を要するものでなくて、ごく小規模の資本で、そしてこれを運営する技術者がありさえすれば、すぐに、まあ簡単に言えば、輸入しておったものが国内で生産できて販売も楽にできる、もうかる、こういう仕事が非常に多いわけなんです。で、マッチ一つが十円しておる、これがみな香港から入る。石けんにいたしましても、大体のものは外国品が多い。鉛筆、カン詰類、もういろいろな仕事があるのであります。そこで政府の人たちもこれを希望するわけでありますが、さてそれを実行するということになると、どうなるかということを検討いたしますというと、なかなかこれは今まで実行できなかった理由があるのでありまして、それはどうだと、こういうと、そういったふうな中小工業のような仕事を引き受けてやるフィリピン側の受け入れ態勢ができ得ないわけであります。つまり、フィリピンには大きな資本家があるけれども、これはごく少数の人である。多数の人はもう中小企業をやるだけの資本がない。これがなかなか相手方を得ることがむずかしい。そういう方面の金を出す人はというと華僑の人が多い、こういうわけです。で、これはフィリピンの感情といたしまして、華僑の人がフィリピンの商業をほとんど左右する経済的の力を持っているということについては、あまりいい感情を持っていない。その上、またそういうふうな工業に入ってくるということについても、あまりいい感情を持っていない、こう思うわけでありますが、そこで、フィリピン人の中でどういうふうな人と手を握るかというここが一番大事なんであります。これは相当そういう相手方もあるわけでありますが、一方また、日本側といたしましても、大企業の人は自分の人をやって、そうして相手と折衝し、また事情を調査する機関も持っておりますけれども、今日たくさんある日本の中小工業者、これは自分から行ってそういうふうな折衝をする余地もなければそれだけの人柄もない、資本もない、こういうわけでありますから、ここに私は日本としてどういうふうに進出して行ったらいいか、どういうふうにフィリピンとの間の提携をして行ったらいいかということは、よほどフィリピン側の人と話をつけて、この話を進めていきたいというふうなことを考えているのでありますが、ただいま具体的にこれをどうするかということにつきましては、私は現在あちらに行っている日本の、つまり商人、商館、これは相当たくさん行っておりまして、大きな商売をやりましても、幾らの口銭をとるということだけしか考えていない。そういう連中に、一応フィリピン側がどういうものを希望し、どういうふうな相手方があるかということを具体的によく調べてくれないか、こういうことを頼んできておったようなわけでありまして、逐次そういう報告が参っておるわけでありますから、それによって国内の体制を固めて、そしてよく提携さしていきたいと思っております。これはどうしても大工業が進出するよりも、日本の現状に即しまして、日本ではもうすでにあるところではマッチの工場が余っておる、あるところではシャボンの工場が余っておる、パンを焼く工場が余っておる、こういう小さな労働者がたくさんあるのですから、これは一つ相当力を注いでいきたい、こういうふうな感じを持つわけであります。
○佐多忠隆君 そういう中小の企業、生産業が、国外から入ってくるものと競争可能なためには、設備がまあ一つは、相当いい設備がなけりゃならぬでしょうが、それは日本から供給するとしても、もう一つは、やっぱり労務者の問題だと思うのですね、労務者とマネージャーになるが、 マネージャーも今お話の通りに非常に少いというお話ですが、労務者としても非常に、賃金の絶対額は安いかもしれぬけれども、生産能率その他から見れば、やはり非常に高いものになっで、競争がなかなかできないというようなことも起きるんじゃないか、そういう点をどういうふうに打開し、どういうふうに解決していけるというふうにお考えですか。
○国務大臣(高碕達之助君) これは物によるのですが、私が今考えておりますことは、大工業であるから必ずしも生産が非常に安くできるということにも限らないのであります。小規模でやって、そうして相当の市場に適応するだけの製品を作っていけば、これは生産原価においてもそんなに大企業と競争して負けない仕事があります。これは日本のやっぱり中小工業が今日大工業との間に立っておるわけなんでありますから、それが日本では数が多過ぎるということだけが、これは日本の現在の状態でございますから、これをつまり設備とそれを動かしておる人と——これはエキスパートです。それはつまりテクニシアン、技術者それを向うが受けてくれれば、これは一方から見ますと、かりに賠償の対象といたしましても、行くテクニシアンは、これは労務、役務を持って行く、機械はやはり賠償とするということで、賠償の目的物にこれを入れてくれないかということをやはり言っているわけですから、これはぜひやりたいということを、現にこのフィリピン側の賠償をやろうというロドリゲスのごときは、これは一つやろうじゃないかということを言っているわけですから、政府は、つまり賠償として、日本から行く機械と、日本から行く人たちを持って行って、これを民間に払い下げてやるということにすれば、フィリピンには大きな資金を要さずにこれは個人的の企業が成り立つと、これは決して大企業と競争していけるというものではないが、こう思っているわけであります。
○佐多忠隆君 それは今お話のようにマッチとか石けんとか鉛筆とか罐詰、そういうものは日本でも中小の工業がやっているのですから、それで十分競争が可能だと思いますが、ただ香港その他から来るものとの競争が可能なためには、やはり日本から設備を持って行き、技術者が行き、労働者が行けば、問題はないですがね。しかし技術者が来ることに対しても、相当難点があるし、まして労務者その他はほとんど入れないでしょう。そういうことになると、やはり中小の工業であるにかかわらず、はなはだ非能率で、日本の中小工業はその点、それが違うような状況になる、そこいらはどういうふうに打開されるお気持ですか。さらに今度の協定の付属書あたりを見れば、そういう思想なり何なりというものは、ほとんど入っていないと見ていいわけではないですかね。だからそれらはこれらの付属書とは別途に今後解決されるべき問題としてお考えになるのかどうか、その辺の経緯はどうですか。もしそしてそういうものが非常に——単に思いつきとして、ちょっと行ってこられて、瞥見して——有望だとお考えになったんでなくて、相当根拠がある、可能性があるものなのか、この付属書のときにもっとこちらからでも提議して、問題は十分にディスカッスしておかなければならなかった性質のものじゃないか、その程度のことならば、これまで行った人たちだってもうちゃんと着眼をしてきているし、あの専門家会議で十分に取り上げられて検討されていてしかるべきだと思うのですが、それがなされなかったのは、やはりそれは一つの思いつきにすぎなくって、そう現実性があるものになり得ないのじゃないかという危惧を持つのですが、そこらはどうお考えですか。
○国務大臣(高碕達之助君) これは付属書の中にも家内工業設備というものが入っているようなわけでございまして、48ですか、それでありますが、これは今の労働問題と非常にからんでくるわけなんでございまして、初めこのネリが参りましたときには、日本に労働者が多くて余って困っておるから、これを役務賠償にするというと、むやみにふえていくだろうと非常におそれられたわけなんですが、いやそんなことはないということを言って話しておったのですが、今度——けさもちょっと私御説明いたしたのですが、六百人行っている沈船引き上げの役務者ですが、これは相当労働者があるだろうということの希望があったわけでありますが、これはやはりああいうふうな仕事のできる人は、やはり日本人でなければならぬ。これは日本では労働者と言うかもしれませんが、先方としてはりっぱなテクニシアンだと、こう言っておりますから、私は戦前に日本人の数がどのくらいあったかと聞くと、まあ五千人あったと、こういうわけですが、今では日本人はほとんど行ってない、かりに五千人まで行かなくても、逐次行く人がりっぱな教養のある人で、そしてほんとうによく働いてやるということになれば、これはある程度やはり日本人のフィリピンにおける移民と申しますか、これの解決策になるだろう、こんなに思っておるわけです。初めは相当やはり労働者の入国ということについては問題が起るだろうと思っております。けれども実際に仕事をしてみたときには、そうしたことの方がフィリピンの好意をよく得るということについて、おそらくは理解を得るだろう、私は今度参りまして、沈船引き揚げの役務者が非常に優遇されておるということを見て、楽観をしたようなわけであります。
○佐多忠隆君 非常にその点高碕大臣は楽観的にお考えのようですが、どうもわれわれが聞いておるのでは、生産的な企業への参加自体の問題が非常にむずかしい問題である、従って今おっしゃる通りに、労務者程度のものでも、戦前程度のものならば二、三年をかければいけるのではないかというようなお考えだと、少し甘過ぎるし、少し希望的観測過ぎるのではないか、それらの点は外務省としてはどういうふうにお考えになっておりますか。
○政府委員(中川融君) 純粋の、単純労務者というものは、これはむずかしいと思います。従って日本から行きますのは、やはりある程度の腕を持った、ある程度のテクニシアンということでなければ行けないと思いますが、しかしその種類、限度等について、たとえば高碕長官の言われましたように、沈船引き揚げに従事しておる六百人の人たち、潜水夫ばかりではありません。そのほかの仕事をする人たちもみな入って六百人おるわけですが、これらもみな一応テクニシァンということで先方は受け入れておるわけであります。こういう性質の人たち、ほんの若干程度でもテクニシァンの性格を持っておる者であれば、これはやはり賠償として行けることになろうと考えております。なおフィリピンにおける現地の労働賃金あるいはは労働能率の問題は、確かに今後の合弁事業なりあるいは日本との経済協力においての非常に大きな隘路だと思います。これについてはフィリピンでは最低賃金制度を実は法律で作っておりますが、この最低賃金制度がフィリピンの経済復興という大目的から見て、どうも適当でないのではないかという反省が今フィリピンで起っておりまして、やはりもう少し労働問題、あるいは労働能率、労働賃金というものを、その面から再検討すべきであるという空気が出ておりますので、大体の傾向といたしましては、ある程度現在よりは改善されるであろうというふうに期待しております。
○佐多忠隆君 そうすると、この中小企業の向うに行く問題は、今度のこの初年度実施計画あたりには、計画としては少くとも相当盛り込まれるおつもりであるのか、それともいやそれはまだここにあげてあるようなものが主で、そのまあ48に家内工業設備とありますけれども、これはたくさんあげてあるうちのほんの一つをあげているに過ぎないので、しかも優先度その他から考えれば、大して考えておられないのじゃないかというふうに考えられるのですが、そこらの、初年度の実施賠償計画と、今の中小企業の向うへの進出、と言うと言葉が悪いかもしれませんが、向うへの移転の問題なり何なりは、どういうふうな態度でお進みになるつもりですか。
○国務大臣(高碕達之助君) これはまあ先方から賠償使節団が参りまして、先方の計画等もよく検討し合っていきたいと思っておりますが、いろいろ立ち入って話しをしてみるというと、なかなかこの困難性があるわけでありまして、これは中小企業だけじゃありません。大企業にいたしましても、たとえば日本から資本財だけ持っていっても、また少数の役務者だけ行っても、なかなかこれに要するたくさんの資本が要る。その資本はどうするのだというふうなことになりますると、先方でも考えなければならぬというので、いろいろ立ち入った話しをすると、なかなかこれはにわかに決定しかねると思っておりますが、私はもう初めの年から、必ずしも付属書にも書いております中で、食糧加工工場であるとか飼料工場であるとか、カサバ製粉工場であるとか、精米工場とかいうふうなものは、必ずしも大工業とは言えないと思っておりますが、こういうふうなもので、あまり先方において大きな資本をかけなくてもすぐに実績の上るようなものに持って行った方が、先方が喜ぶだろうと思って、そのことは先方もそうだ、こう言っておられたようなわけでありますから、この点は賠償実施に当りまして、相手が参りましてから十分に検討いたしたいと思っております。
○佐多忠隆君 そうすると、この付属書に上げられたいろいろな計画書ですが、これに基いてこれはまあいろんなものを羅列しているにすぎないのですが、しかし少くとも当初の初年度計画では、どこらが最優先順位として考えられることになるというお見通しなんですか。
○国務大臣(高碕達之助君) これはまあ相手方の人がだいぶ変りまして違うのでございますが、トランスポーテーションを早くやってくれ。たとえば船だとかそれから鉄道の設備だとかいうものを持ってきてもらいたい。ポンプ類を早く持ってきてもらいたい。イリゲーション、灌漑の方を早くやってもらいたいというように、人ごとによってみな違うのでありますが、まあここにまとまった意見としては、相手の責任者がきまらなければ、これは今どれからということは申し上げかねるのであります。
○佐多忠隆君 現在すでに商工会議所の副会頭なりが、あるいは来ているのじゃないですか。それから何か来る予定とか、来たという話があったのじゃないですか。
○政府委員(中川融君) 現在フィリピンの商工会議所の副会頭が来ておりまして、これは先方の民間のいわば代表として来ているわけでありまして、日本において商工会議所その他民間側と非常に広い面で接触しておられるようでありますが、なお今後は、この賠償の第一年度の計画を樹立する目的をもって、おそらくラヌーサが来ると思います。大体来る予定になっておるのであります。これはしかしまだ正式に通報を受けておりません。ほんとうにラヌーサが来るかどうか、通報を受けておりません。大体そういった計画があるということは承知いたしております。
○佐多忠隆君 そうすると、この付属書の中で、どういう優先順位になるか、その他もはっきりしないですが、これがかりに、まああした上るかどうかわかりませんが、あしたかりに上ったとすれば、二ヵ月以内にその実施計画はできるのだということになると、少くとも日本側の腹づもりなり何なりは、そして日本側から調査した場合には、向うは大体こういう順序でくるだろうというようなことぐらいは、大体の見当がついていなければ、二ヵ月でできるというようなことは言えなくなってしまう。また、ビルマの場合と同じように、ほとんどことしの末になっても実施計画すらできぬというような結果にならぬとも限らぬと思うのですが、そこいらの見通しなり準備なりは、どういうふうにできているのですか。
○政府委員(中川融君) 結局年次計画は、この付属書に書いてあるいろいろのものに必要なるものの中から選ぶということになるわけでありますが、先ほど高碕長官が申されました通り、大体の先方の考え方、どんなものを優先せしめるかということは、一年前に来まして、専門家の会合した際に、大体想像はついておるのでありまして、まあわれわれとしてもそれに大体いくのではないかと考えておるのでありまして、つまり運輸関係、交通関係、あるいは船舶でありますとか、あるいは水力発電であるとか、そういうところに主力が注がれるであろうと考えておるのであります。もちろんこれは先方のまず提議の案を見て、それから具体的の話し合いに入るのでありますが、これは専門家の会合におきまして個々の品目について一々日本側としてもそのときにおける詳細な明細及びそれを作る際の価格というものについて検討しておりますので、そういう資料がすでにありますので、大体向うの案が出れば、それに基いて日本側の考え方をきめるのは比較的早くできると思います。六十日で十分先方との話し合いができると考えております。
○委員長(梶原茂嘉君) ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(梶原茂嘉君) 速記を始め て。
○佐多忠隆君 それじゃもう少しお聞きしたいことがあるのですが、それはほかの機会に譲りまして、よく問題になります一体対外債務の支払い総額、現在すでにどれくらい支払われたのか、それから今後年間にどれくらいになる見当なのか、それはインドネシアとかその他を全部入れて、どういうふうになるというふうにお見通しになっておるか、それからその点は大蔵省の方でしょうが、大蔵大臣の方でしょうが、大体日本の外貨事情あるいは財政支出等から考えて、どれくらいならば総額としてまあ支払い可能だというような、大体の見当をおつけになっておるか、その辺の見通しをお聞かせ願いたい。
○国務大臣(一萬田尚登君) 第一の支払い能力の点でありますが、これはむろんフィリピンばかりについて言っても始まらないので、今日すでに確定しておる対外債務並びに今後支払いを要すると思われる債務全体についてどうなるかということで、さらにこれに対応して、今後の経済力というものはどういうふうな推移で進んでいくか、あるいは国民生活はどういうふうになるか、こういういろいろな観点から考えるのでありますが、こういうものは相当将来にわたる仮定も含めまして、また当然弾力性を持ってくる、幅があるのであります。そこでまあ支払能力がどうという場合は、現在一体どのくらい確定した債務を持って、どのくらい払っていくか。そしてそのときにおける日本の経済力はどうであるか、あるいはまた国民生活もどうであるか、こういうことを基礎として、その上に将来こういう程度追加されるであろうというものを考えてみると、ほぼ私は支払能力の限界にあるかどうかということが比較的に、具体的に判断ができるであろうと、かように私は考えておるわけであります。そこで、今日確定しております債務は英米貨債を含めましてフィリピン、ビルマ賠償、タイを含めて、その他を入れまして、総額で年額に直しまして約九千四百万ドルになるのであります。これが今日まあ払わなくてはならないときまっておる年間の支払いであります。これに今後予想される対外支払いを要する債務ができるわけでありますが、そのうち一番大きいのがやはり何といってもインドネシアの賠償であります。まあそのほかは、私は比較的に今後まあむろんアメリカに対する債務、それがありますが、その他についてはインドネシア、このまあ二つが今後の支払債務の大きいもので、これに追加した場合、年間にどのくらいになるか、こういうことにまあなるのです。今たとえばインドネシアに対する賠償、あるいはアメリカとの賠償等の債務について、まあどういうふうになるかは今きまっておりません。今後正式に交渉を始めなければなりませんが、それが総額どうきまって、年間どのくらいになっていくかということは、何も申し上げることもできませんし、またその段階でもありません。がしかし、ほぼ私は現在きまっておるものの上にまあ大体この程度の追加になろうというようなことは、仮定は想像できます。さらに具体的に言えば九千四百万ドルすでに払うことになっているが、従って一億ドル、年間について一億ドルをどういう程度に上回るかということでありますが、まあ一億何千万ドル、それをできるだけ少くするということが今後の努力によると思うが、そういうふうに考えると、大体こういう程度になる。今後の経済力の発展に伴いまして支払いが可能である。かように考えておるわけであります。まあそういう見地から、フィリピン賠償の五億五千万ドルも私は支払い得る、むろん苦しいわけでありますが、何も容易にこういうものは負担できると申すのではありません。がしかし、どうしてもこの賠償はしなければならないという見地に立って、まあこの程度なら適当であろう。同時にまたこれは他のきまっておるビルマ等の賠償との関連において、さらにまた支払い能力と賠償との関係を考える場合に、賠償を払うことによって、賠償を払えばむろん財政負担が大きい。しかしながらこの財政力というものはまた国民経済の発展いかんに大きくかかっている。国民経済は、また日本の場合には、特に貿易に関する関係から国際的な関係、特に東南アジア諸国との親善外交、並びにこれらとの経済関係が緊密になるかどうかということにもかかってくる、こういうふうな賠償と財政負担というものの相互間の関係を考えていく、こういうふうにしてみれば、非常に財政当局としては苦しい立場でありまするが、このところでむしろ今後これを積極的に活用することによって、相互の経済を一そうよりよくしていく、こういうことにわれわれとしては今後努めます。そういうふうな気持でいるわけであります。
○佐多忠隆君 時間がないようですが、これは投票が済んでから、もう少しお尋ねできますか。
○委員長(梶原茂嘉君) いかがでしょう——ちょっと速記とめて。 〔速記中止〕
○委員長(梶原茂嘉君) それでは速記つけて下さい。 他に御発言もないようですから、質疑は尽きたものと認めて御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(梶原茂嘉君) 御異議ないものと認めます。 本日はこれにて散会いたします。 午後九時二十八分散会