文教委員会 第36号
- 発言数
- 190 件
- 登壇者
- 14 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1956/05/09
会議録
○佐藤委員長 これより会議を開きます。 内閣提出の教科書法案及び議員提出の教科書法案を一括議題として、審査を進めます。質疑を許します。高村坂彦君。
○高村委員 私は先般教科書法案の第一条から第十三条まで各条項にわたりまして、若干のお尋ねをいたしましたが、本日は第二節の教科書検定審議会の部分につきまして、若干のお尋ねをいたしたいと存じます。 第十五条に「検定審議会は、八十人以内の委員で組織する。」こういうふうに規定しておりますが、この八十人を決定されました理由はどういうことでございましょうか。第十八条で、たしか政令できめることになっておりますが、この中でそういった内容がわかるような政令の御準備をしておられますのかどうか。その点も伺いたいと思います。なお第十七条に分科会の規定がございますが、この分科会の数等によってこの八十名というものが決定されたのかとも存じますが、この点を簡潔に一つ御説明をいただきたいと存じます。
○安達説明員 第十五条の八十人と申しますのは、第十七条で分科会を置くことになっておりまして、その分科会の議決をもって、検定審議会の議決にかえることができるようになっておりますので、実質的には分科会の審議が相当な重要性を持っておるわけでございます。従いまして、各分科会は教科ごとに小、中、高一本にしまして、教科ごとに大体十分科会を設けるように考えております。そして十分科会でそれぞれ教科によりまして、人数が違うわけでございまして、たとえば社会科のごときは非常に範囲が広うございますので、十四、五人まで予定しております。そういった各教科の分科会ごとの適当な数をあんばいいたしまして、それを総合計いたしますと、八十人程度がよかろう、こういうことで八十人といたしたのでございます。
○高村委員 第二項に「委員は、教育、学術又は文化に関し広くかつ高い識見を有する者及び教科内容その他教育に関し専門的知識と経験を有する者で、教科書の発行に直接の利害関係を有しないもののうちから、文部大臣が任命する。」こういうふうに規定しておりますが、そういたしますと、委員の中には一般的に教育、学術または文化に関して広く高い識見を有する者が選ばれる、これに専門的な知識と経験を有する者を選ぶ、こういうことになっておるように存じますが、先ほどお話の分科会の構成の中には、この両者を織りまぜて分科会を構成することに相なるのでございましょうか、あるいは一般的な識見を有する者というのは、そういった一つの分科会に必ずあるとかいうことでなしに、何か全般を見るような分科会でも作っておやりになるのか、その点一つお伺いいたしたいと存じます。 それから「教科書の発行に直接の利害関係を有しないもの」というのは、具体的にどういう者が直接の利害関係がある者と考えておられますか。この点を明らかにいたしていただきたいと存じます。
○安達説明員 第十五条第二項の「教育、学術又は文化に関し広くかつ高い識見を有する者」と、それから「教育に関し専門的知識と経験を有する者」というのは、それぞれ各分科会ごとで、両方混合した形の分科会ということになろうかと思います。 それから第二の「教科書の発行に直接の利害関係を有しないもの」これの具体的な範囲はいかんという御質問でございますが、それはもちろん発行者は入るわけでございますし、教科書の著編者、供給業者、これらの役職員、支配人、法定代理人あるいは配偶者等は通常の場合に直接の利害関係に入るというように解しておるわけでございます。
○高村委員 現在の制度では調査員というものを千数百名置いておられるようでありますが、今回の検定に際しましては、その調査員というものは置かれるのでございましょうか、文部省に調査官といったようなものを四十五名置かれることになっておりますので、それだけでおやりになるのか、その点を伺っておきたいと思います。なおもし置かれるとするならば、その任命はどういう方法でおやりになるのか、現在の調査員の任命方法と同じであるかどうか、この点もついでに伺っておきたいと存じます。
○竹尾政府委員 新しく四十五名の調査員を任命いたしますのは、大体号俸から申しますと十三級どまりの人でございまして、それより下の人ももちろんあると思いますが、これは非常に厳重に調査をいたしまして、一番適切と思われる者を任命したいと思いますが、現在の調査員と申しますか、それも数はもちろん少くなりますけれども、並行してこれも存置して参りたいと思っております。任命の方法は現在の調査員のような——調査員の任命方法は従来通りとしたい、こう考えております。
○高村委員 現在の調査員と大体同じような方法でお選びになるということになりますと、現在は小中及び高等学校の教職員各二名、及び他の学識経験者——これは違いました。原稿調査のために審議会の意見を聞いて任命するということになっておるようでありますが、やはりこの審議会の意見を聞いて、調査員を置かれるのでありますか、文部省独自なお考えでおやりになりますか、その点はどういうふうなお考えでありましょうか。
○竹尾政府委員 その点は、実はまだ審議会の意見を聞くということまでは決定しておりませんけれども、実際に意見を聞いてやってもよろしい、こういう工合に考えております。
○高村委員 第十六条の検定基準の問題ですが、「文部大臣の諮問に応じ、検定の基準その他検定に関する重要事項について調査審議する」というのが審議会の権限になっておりますが、今日の検定基準というものはどういうふうに相なっておりますか。私は過般一度このことはお伺いしたことがあると思うのですが、そのときどうもはっきりいたさなかったのであります。と申しますのは、現在の検定基準というものは、学習指導要領ですか、そういうもののきまった時期がいろいろ段階があるようでございまして、占領下にきまった基準というものは、非常に自主性のなかった時代にきまっているものが相当あるのではないかと私は思うのであります。と申しますのは、たとえば社会科のいろんな学習指導要領等を見ましても、われわれが考えまして、どうも事実とも反するような、あるいは一つの意図をもって指導要領ができているような感のするものがあるわけであります。たとえば歴史について、その時代の区分けのごときも、どうも私どもが歴史を考えた場合と違うように思いますが、こういう点は占領下に一応向うの了解を得るというか、あるいは検閲を受けるというか、そういうことできまったものじゃないかと想像するのでございますが、この点はどういうふうになっておりますか、おわかりの範囲においてお示しをいただきたいと存じます。
○竹尾政府委員 検定の基準につきましては、第五条にうたってあります通り、教育基本法の精神にのっとりまして、学校教育の目標の達成に資することを旨として定める、こういうふうにうたっておりますが、この点に沿ってきめなければならぬと思いますけれども、今高村委員のおっしゃられましたような点も、考慮に入るべきところは入れなくちゃならぬと思いますが、この点詳しいことは説明員から説明をさせますから御了承願います。
○安達説明員 現在の検定基準がどういう形できめられておるかという最初の点でございますが、これは現在は文部省の告示でいたしております。この検定基準については審議会に便宜諮ってきめて、告示をいたしております。それから検定基準は、御承知のように絶対条件と必要条件に分かれておりまして、必要条件の中で、内容は現行の学習指導要領に示されておる教育課程に基いているか、こういう項目がございます。そういう関係で検定基準と指導要領とが関係を持ってくるわけでございますが、指導要領は御承知の通り終戦後できたものでございまして、最初は大体昭和二十二年にできたものでございますか、それを二十六年に改訂をいたしまして、三十年からさらに第三回目の改訂を実施して、なお検討中のものもございます。最初の昭和二十二年にできました指導要領は、占領治下でございますから、指導要領その他すべての文書について、司令部の承認を得てでき上ったものであることは申すまでもないわけでございます。
○高村委員 二十六年度に改訂したと言われますけれども、二十六年度といえばまだ——いつごろでございますか、日本が完全に独立してからやったとも考えられませんが、私は相当準備が要ったと思うのですが、この際の改訂はどの程度の改訂が行われたのでございましょうか、二十二年度の指導要領が、今お話のように占領下であるから、向うの、極端にいえば歴史や地理は教えちゃいかぬというようなことをいった直後に、こういうものができたものと思いますが、二十六年度の改訂というものはどの程度に行われたか、この点が明らかであればお示しを願いたいし、もしまだ明らかでございませんでしたら、御調査の上、はっきりしたお示しを次の機会にでもいただければけっこうかと思います。
○安達説明員 昭和二十六年度における学習指導要領の改訂につきましては、教科によっても違いがございましょうし、詳細は後刻調査の上お答えいたしたいと思います。
○高村委員 この検定基準の問題は私は非常に大事だと思いますので、この検定基準をおきめになる場合は、もちろんこの審議会に諮問をされることにはなっておりますが、従来の経緯から見て、一つ徹底的に検討されまして、是正をすべき点は、思い切って是正をいたしていただきたいと存じます。 それから第十六条の第二項の問題でございますが、「検定を申請した者その他の者から説明文は意見を求めることができる」という規定がございますが、その他の者の中には、これは当然調査員とかあるいは検定官というものをも含んでおる意味でございましょうか、むしろそういうものを主として考えておられるのでございますか、あるいは調査員や検定官よりもさらに他の者、たとえば参考人と申しますか、そういった人から意見を聞こう、こういう御趣旨でございましょうか。具体的に考えておられる点がございましたら、明らかにしておいていただきたいと存じます。
○安達説明員 検定を申請した者は、第四条によりまして、発行者または著作権者ということになりますが、著作者は必ずしも検定申請者にならないわけでございますので、その他の者の第一番目は著編者でございます。それは主として説明を求めるわけでございます。先ほどお示しのように、第三者、つまり学説について特に問題のあるような場合には、特に権威ある第三者に参考として来ていただいて、意見を聞くという場合も考えております。ただ調査員とか調査官は文部大臣のもとに置かれる機関でございまするし、審議会と真接対立する関係じゃなくて、文部大臣と審議会との関係にありますので、もちろんその調査官なり調査員の意見を聞くことはございますが、第十六条第二項は真捜そういうものは予想いたしていないわけでございます。
○高村委員 先ほどちょっとお尋ねいたしたのですが、第十七条の分科会の問題です。私はまだ不勉強なのですが、現在の検定の審議会、教科書審議会の方ではこの分科会はどういうふうになっておりましょうか。やはり十に分れておるのでございましょうか。あるいは現在とはだいぶ今度は充実したようになるのですか。その点はどうなのですか。
○安達説明員 現在は十六人の委員で構成されております。従いまして各教科について一人または二人でございますので、特に分科会を開くだけの余裕がございません。そこで検定を十分適正に、公正に行うために審議会の拡充強化を考えたわけでございます。
○高村委員 そうしますと 現在の検定というものはどちらかというと調査官に重点が置かれてあって、審議会は非常に形式的になっておったというふうに私どもはいろいろお話を聞いて感ずるのですが、今度はむしろ調査というよりも審議会に重点を置いてやるのだ、こういうふうに了解してよろしゅうございますか。
○安達説明員 ただいまおっしゃる通りでございます。
○高村委員 この検定審議会を文部大臣が諮問機関としてお作りになって検定をおやりになるわけでありますが、占領下の教科書の検定について占領軍として考えておったのは、暫定的に文部省に検定をやらした、それはなぜかというと、文部省にやらしておく方が占領軍の意図を反映さすのにむしろ便利であるからそうしておったので、漸次日にちがたっていけばこれは都道府県におろして、都道府県の教育委員会をしてこれを行わしめるようにしたい、こういう考えを占領軍としては持っておったやに聞いておるのであります。今回文部大臣が検定を行われる際に、都道府県の検定についての利害得失あるいは国の教育に対する責任、そういった点からいろいろ御研究されたと思います。これはおそらく社会党の案なんかとも多少の関連を持ってくるかと思いますが、もしそういう点を御研究になった点で明らかにしていただける点がございましたらこの際明らかにしていただきたいと存じます。
○安達説明員 これは大臣がすでに参議院の方、でもお答えになっているようでございますが、一番根本的には、国全体の立場からいたしまする教育の水準の維持をはかる必要があるので、検定は国において行う必要があるということでございます。 次に技術的な点を申し上げますと、各都道府県ごとに国の検定組織に準ずるような機構を持ちますことは、人の面においても財政面においてもきわめて困難でありまするし、国全体といたしましても重複と不経済が生じやしないか、それからさらに発行者は各都道府県ごとに検定を出願しなければなりませんし、各発行者に無用の負担をかけることになりはしないだろうか、それから同一の図書あるいは少し変えた図書が、ある県では合格し他の県では不合格となるようなことも生ずるであろう、こういうような点からいたしまして、政府といたしましては、やはり国、文部大臣において検定を行うことがよろしかろう、こういう見解でございます。
○高村委員 こういうことは起き得ないかと思いますが、しかし、最悪の場合はそういうこともあり得ると想像されるのですが、検定の申請が何か事情があって全然ない、あるいは検定を受けたものが発行しないということが広範に起きるといったような場合には、国民教育の主たる教材である教科書の発行に非常なそごを来たすことがあり得ると思うのです。そういったことは一応考えられないというお考えであったのでございましょうか、そういう場合に処する方策について何か御研究になったのでございましょうか、念のために伺っておきたいと思います。
○竹尾政府委員 そういうことはないという考えのもとに実はこの法案を考えたわけでございます。
○高村委員 それでは採択の点について若干のお尋ねをいたしてみたいと存じます。第二十条に「市町村立の小学校及び中学校において使用する教科書の採択は、採択地区ごとに、教科書選定協議会の選定に基いて、都道府県の教育委員会が行う。」こういうことに相なっております。これは、現在ではたしか市町村の教育委員会の権限ということに相なっていたと思います。しかしここでは都道府県の教育委員会ということに相なったのでございますが、これを都道府県がおきめになる場合に、市町村の教育委員会との関係は、たしか意見を聞くようになっておったと思いますが、極端に考えますと、この採択は、ほんとうに教育をやる教員自体がやる、理論上はそういった意見もあり得ると思うのですけれども、これを県の単位にした方がいいという根拠をお示しいただきたいと存じます。
○安達説明員 市町村立の小中学校の教科書につきましては、採択地区ごとに統一採択を行うことにしておるのでございます。採択地区といいますのは、第二十一条にありますように市もしくは郡の区域を最低単位といたしたわけでございます。従ってそれは町村の区域を越えるわけでございます。そういうように、市町村立の小中学校の教科書は市町村の区域を越えた広域における行政と認められる。そういう行政を円滑に運営していくためには、事務としてはやはり都道府県の事務といたした方が運営がうまくいくのじゃないかということが根本でございます。ただしその場合に県の教育委員会だけがやるということでは困る。そこで、校長の申し出したものについて町村の教育委員会が意見をつけ、そしてそれをまとめて協議会でやる、しかも協議会には都道府県教育委員会が市町村の教育委員会の意見を聞いて委員が選ばれる、そうして選定協議会の選定というものを非常に強くいたしまして、そして事務といたしましては都道府県、しかし実際面においては市町村なり都道府県なりの意思が全部適切に反映されるように考慮する。こういう考え方から、採択の事務といたしましては都道府県の教育委員会、こういうようにいたしたのでございます。
○高村委員 第二十一条の、この採択地区を市もしくは郡というのを一応原則にして、情勢によっては県一単位としてもよろしいということに相なっておるのでありますが、現在の市町村の教育委員会が決定し得る制度のもとにおいて、実情はどうなっているのでしょうか。あるいは市もしくは郡の区域で採択されているところと、あるいは県単位の採択と申しますか、その実際は、大体県単位くらいになっているところと、あるいは市町村単位になっているところと、そういうものの調査が、もし文部省の方でできておりましたら、参考までに一つ聞かせていただきたいと思います。
○安達説明員 現在の市町村立の小中学校の教科書の採択状況につきましては、各都道府県種々様々でございますので、これを一つの形式にまとめて申し上げることは困難かと思いますが、大体私どもで調査したその結果を申し上げますと、各学校が自立的に、学校だけで選定しているというものが六都県ございます。それから各学校が選定したものを、地教委連絡協議会といいますから郡市単位だろうと思いますが、そういうもので調整したものが二県ございます。それからそれと同様で、各学校の選定を郡市、県の段階で調整したものが五県、それから郡市の段階で選定したものが二十六道府県ございます。それから県教委が推薦図書のリストを示しまして、その中から学校が選んだものが一県、それから県教委が方針ないし図書のリストを示して、さらに郡市の段階で選定し調整したものが五県でございますので、大体各学校ごとというものは六都県でございまして、あとは大体郡市、県の段階で調整、統一、限定をしているというような状況でございます。
○高村委員 この第二項に、自然的、経済的、文化的諸条件に照して採択を考慮することに相なっているわけですが、実際問題として、おそらく社会科の同じ本が東京でも採用され、あるいは九州の方でも採用され、北海道でも採用されているということがあって、かえって同じ農村地帯のものが、一方は違ったものを使っている、こういうふうに実際はいろいろ入り乱れているのじゃないかと思いますが、そういう点について何か文部省でお調べになったことはございませんか。
○安達説明員 特にそういう観点から調査いたしたわけではございません。それでここにございますように、自然的、経済的、文化的条件を教育的観点から考えるわけでございますので、あくまでも教育的な観点から考えて、適当だと思う地域を採択地区にいたすわけでございます。
○高村委員 先ほどいろいろ御調査の結果をお示しいただいたのですが、中には県一単位の教科書を使っている——御説明とちょっと違うかもしれませんが、そういうようなところもやはりあるわけですか。
○安達説明員 いろいろございますが、県が全部一つというところはございません。一つが大部分とか、そういうことでございますので、県がすべて一つになっているところは、ちょっと今見当らないように考えます。
○高村委員 これはいろいろなことに影響してくるのじゃないかと想像されますので、一応お尋ねしておきたいのですが、今回の教科書法案によりますと、採択地区が原則的には拡大せられていって、教科書の種類が若干少くなるような結果になりはしないかと私は思いますが、そういうふうに考えられましょうか、どうでございますか。
○安達説明員 それは実際の結果を見ませんと、的確なことはもちろん申し上げられませんけれども、採択地区の広さによりましては、ある程度そういう傾向も見られることもあり得るかと存じます。
○坂田委員 関連してちょっと採択地域の問題についてお尋ねしたいのですが、たとえば東京都のような場合は、普通の県とちょっと違っているのじゃないかと思いますけれども、こういうような東京都のような大きいところは、どういうふうに考えるのか、区あたりを大体県と同様に考えるのか、郡市と同じような採択地域と考えるのか、そういう点を明らかにしていただきたいと思います。
○安達説明員 第二十一条の第二項で、先ほど申し上げましたように、教育上考慮すべき点でございますので、自然的、経済的、文化的条件そのものが採択地区の基準ではなくて、そういう条件を教育的に考えるわけでございます。東京都の場合においては、これは東京都の教育委員会が自主的に判断されるかと思いますけれども、おそらく区というようなものがある程度の単位になるかということも予測されると思います。
○坂田委員 そこで第二項の考え方から推し進めますならば、一つの区の中においても地区を分けるということはあり得るのでございますか、そういうことはできないのでありますか、その点をはっきりしていただきたいと思います。
○安達説明員 これは法令上も、区が最小単位になるわけでございまして、十九条の第二項で、「都道府県内の市」とございまして、「(特別区を含む。以下同じ。)」とございますので、第二十一条の市というのが、東京都の特別区の区域ということになるかと思います。
○高村委員 先ほどお尋ねいたしましたことをさらにお尋ねしたいのですが、今度の教科書法案の一つのねらいは、これはやってみなければわからぬとおっしゃるけれども、やはり採択区域というものはある程度拡大されて、統一的な教科書が広く使われる。そのことによって父兄の負担の軽減もはかれるし、また何と申しますか、いろいろな点を是正することにもなる。こういうようなねらいが一つあるのだと思います。そうしてそのことによって、だんだん兄の教科書を弟が使うというふうなことになっていくと、現在の教科書の発行部数が相当数減ってくることが予想されるのではないかと思うのですが、そういうことはお考えの中にないのでございましょうか。なぜそういうことを申し上げるかと申しますと、現在相当たくさんの教科書が出ている。それを前提として出版社等もあっていろいろな機構ができていると思うのです。それが相当減ってくるということになれば、相当の整理も起きてくるということが考えられます。そういう点は今回の法案をお作りになるに当って御考慮になっているのではないかと思いますが、その点を明らかにしてもらいたいと存じます。
○安達説明員 ただいまのお説のようなことも考慮いたしております。
○高村委員 その影響というものが、出版界等にも相当あるわけですが、それに即応する動き等も相当出ていると思います。これは文部省の直接関するところではないかもしれませんが、そういったことから午後教科書売り込み等について競争が激烈化してくるようなこともいろいろ考えられます。これについては、この教科書法案にその誤まりを防止するような点が相当ございますが、将来この法律が実施されるに当りましては、その点については文部当局でも特に御注意をいただきたいと存ずる次第であります。 次に第二十二条でございます。教科書選定協議会ができることになっているが、その協議会の構成委員に関してどういうふうな御構想を持っておられるのでありましょうか。たとえば校長あるいは教育委員あるいは学識経験者等が一応考えられるわけでありますが、これなんかについては文部省として基準でもお示しになってこの協議会を構成するように御指導になるのかどうか、その点お考えがございましたら伺っておきたいと存じます。
○竹尾政府委員 この点につきましては、昨日高津委員の御質問に対してお答え申し上げたと思いますけれども、委員の数は十二人以上約三十人以内、こういう工合にしたいと思います。委員は市町村の教育委員会の委員及び教育長その他の職員、それから市町村の小学校及び中学校の校長または教員、都道府県の教育委員会の指導主事その他の職員、並びに教育に関し学識経験を有する者で教科書の発行に直接利害関係のない者、こういうようなもので構成したいと考えておる次第でございます。
○高村委員 二十三条の規定によりますと、いわゆる協議会の委員は秘密を守る義務があることに相なっておるわけであります。これは全然制裁がないようでございます。ただ一応法律上の訓令的な意味でこういうことを書いてあるというふうに考えられますが、ここで特に秘密という問題はどういう点でございましょうか。実は協議会の審議の過程等で秘密を守らなければならぬような点があるのかどうか、ちょっと想像ができないのですが、どういう点を秘密というふうにお考えになっておられますか。何でも協議会があったことを言っちゃいかぬ、こういう意味でございましょうか。これは運営上今後いろいろ問題があると思いますので、その点を伺っておきたいと思います。
○安達説明員 第二十三条違反につきましては、第六十条で、「第二十三条の規定に違反して秘密を漏らした者は、五千円以下の罰金に処する。」というように刑罰を課してございます。これは協議会の議事を活発に、かつフランクにするためには、協議会のある委員がこの教科書はこういうふうに悪い言ったとか、そういうようなことを外部に漏らしますと、これは当然発行者の利害に関係いたしますので、種々好ましからぬ状態も出てくるだろう、こういうことでございます。ただ、協議会の選定結果を協議会としてではなくして、都道府県の教育委員会として、こういう経過でこういうものが選定されたということを、だれの委員がこう言ったということでなしに発表されることはまた別の問題でございまして、そういうことが第一点でございます。第二点といたしましては、地方公務員法で、非常勤の職員につきましてはこれを特別職といたしまして、公務員としての秘密を守る義務がかからないわけでございます。ところが、国家公務員法では非常勤職員が一般職に入っておりまして、国家公務員法の規定が当然適用になる。そういうふうなバランスの点も技術的な考慮いたしました。
○高村委員 私、罰則の点をよく見ていませんので失礼いたしましたが、罰則があればその点は非常にはっきりしてくると思います。なお、お話のごとく、委員会の経過もしくは委員の意見等もこれは全部漏らしてはいかぬことになっておりますが、その点は、非常に利害関係の多いこういった協議会としては当然であろうというふうに考えます。 二十四条ですが、二十四条に、校長から翌年度に使用することを希望する教科書を申し出させる、こういうことになっている。これは昨日もいろいろ問題がありまして、校長がこうした申し出をする場合にはその学校の教員等の意見を聞いてやるようにしたらいいじゃないかというふうな意見も出たようであります。文部省のお考えとしては実際問題として当然そういうふうに運営されると予想しておられるようでありますが、私はこういった問題を必ず法律できめて、教員の権利とし、権限として参加させるといったようなぎこちないことでなくとも、運営で当然いけると思いますから、これでよかろうと思います。 私は教員という地位は考えようによっては二つあるように考えるのです。ある学校の営造物の中で校務を補助する立場を教育をする立場とこの二つの地位があって、校務を補助する立場においては、校長がこういった場合に申し出するときの補助員といったような立場に立ち、教育をする場合においては独自な立場で、校長との関係は教育をする立場において独立である、こういうふうに見られるのではないかと思うのですが、この辺は文部省としてどういうふうに考えておられるのでしょうか。いろいろな点でこれが関連してくると思いますので、明らかにしていただきたいと思います。
○安達説明員 ただいまお示しの通り、教員は校務を補助するという立場と、教育をつかさどる立場と二つある。それぞれについての関係が異なるという点は、御説の通りと私は考えます。 それから教科書法第二十四条は、使用希望教科書の申し出を校長が行うものとしておりますが、その際校長が教員の意見を聞くことが常例であるということは予測されますけれども、法律上は必ずそれを聞かなければならない義務を規定する必要はないということは、ただいまお示しの通りでございまして、学校の最高責任者たる校長の責任において、意見を申し出るものと規定すれば足るものでございまして、あとは実際にまかせればよろしい、こういうように考えておるわけでございまして、その点についてはただいまの御説と同じでございます。
○高村委員 第二十五条に「採択した教科書の発行が行われないこととなった場合その他政令で定める場合に限り、変更することができる。」こういうことが書いてあるのでございます。この政令で定める場合に限るというのは、どういうことを予想しておられるのでしょうか。ちょっと私にはわからないのですが、この点をお示しをいただきたいと存じます。
○安達説明員 この政令で定める場合はごく稀有の場合であろうかと思います。たとえば一たん採択が決定してあとにおいて、私立学校が公立へ移管されたとか、そういうごく特殊の場合と思うのでございます。
○高村委員 第二十四条の「都道府県の教育委員会は、前項の規定により報告された申出及び意見をとりまとめ、これを関係の協議会に提示しなければならない。」こういうふうになっておりますが、これなんかについて、これはほかにもございますけれども、期限とかなんとかいうことが全然書いてないのですが、こういうことは運営上うまくいくというお考えでこういうふうにしておられるのだろうと思います。ほかにもたとえば第一条でもそうですが、教科書の申し出をするということも期限がいつまでということはない、こういうものは常識的にうまくいくだろう、こういうお考えでございましょうか。あるいはほかに何かこれを推進する適当なものがございますか、念のために伺っておきたいと思います。
○安達説明員 採択の時期ということだろうと思いますけれども、それに関連しまして申し出の期間というものは逆算して出て参るわけでございます。これは採択の時期は、同時に翌年度使用でございますから、発行と非常に密接な関連をいたしますのでこれが著しくおくれる場合には、翌年度の発行、供給が行われがたいというような場合も予測されますので、第二十九条で「採択に関し必要な事項は、政令で定める。」というようなこともございますので、採択の時期というものをある程度一定をいたす必要があろうかと存ずるのでございます。これは同時に第二十二条で協議会を置く期間というものがございまして、これも政令で定めることとなっておりますので、そういうもので最後のリミットと申しますか、それをきめまして、それから逆算いたしまして各都道府県で実情に沿って申し出期間というものをきめていくということになろうかと存じます。
○佐藤委員長 清瀬文部大臣の出席の都合もありますので、午前の会議はこの程度にし、午後一時より再開いたします。 これにて休憩いたします。 午前十一時五十五分休憩 ————◇————— 午後二時十八分開議
○佐藤委員長 休憩前に引き続き、会議を開きます。 午前に引き続き質疑を続行いたします。質疑を許します。平田ヒデ君。
○平田委員 午前中高村委員から質問がございましたけれども、私は大臣にお尋ねいたします。第二章第一節の検定というところの第五条の検定の基準ということについてでございますけれども、大臣のお持ちになっていらっしゃいますところの検定の基準の構想を、まず最初に承わりたいと存じます。
○清瀬国務大臣 わが国の教育は、申すまでもなく教育基本法が根本であります。それから学校教育法によって教育の目標が定めてあります。それらを達成するために検定の基準を教科書検定審議会に諮問して作るのございます。現在の基準もございまするが、やはり世の中の進歩に応じて適切なるものを作り、審議会の御審査を得たい、こう考えております。
○平田委員 今ちょっと声の低いところがあったのでよくわからない点がございましたけれども、ここに言っていらっしゃるように、第五条の二項でございますけれども、教育基本法の精神にのっとってやりたいのだということで私満足なのでございまして、実はこの教科書検定審議会に諮って一応その意見を聞いてきめるということは、ここにもそのように書いてあるのでございます。そこででございますけれども、要するに私の望みたいと思いますことは——お答えをこういうふうにというようなことを希望いたしますことは無理なのでございますけれども、率直におっしゃっていただきたいと思いますことは、教科書検定審議会に諮問する。それで十五条でございますけれども、これも先ほど高村委員が御質問になった点でございますけれども、この大略につきましては先ほど承わったので了承いたしましたが、その中で人数の割当でございます。八十人の委員で組織をする、こういっておられましてこのこまかいことは伺いましたが、ここで第二項の委員の数でございます。これは私いつも大臣に申し上げますけれども、政治権力によって教育が不当に干渉されることを防止しなくちゃいけない。これは教育委員会法の審議のときにもおっしゃっていらっしゃいました。一方に片寄ってはならないということですけれども、ここでそれに関しましては「教育、学術又は文化に関し広くかつ高い識見を有する者」ということになりますと、これはどういう範囲からお選びになるのでございましょうか。私はこの点ついて具体的にお伺いいたしたいと思います。教育に関し専門的な知識を持っておる者、それから経験を有しておる者、このような段階に分けて、どういう範囲でお選びになりますか。それからその人数の均衡といったようなことなどについても具体的にお伺いをいたしたいと思います。これは私大へん重大だと思いますので、お答え願います。
○清瀬国務大臣 そこのところは局長から答えてもらいます。しばしお聞きの上足らぬところは私からまたお答えいたします。
○平田委員 緒方局長さんと大臣のお考えは同じでございますか。
○清瀬国務大臣 同じでございます。
○緒方政府委員 十五条の第二項でございますが、検定審議会の委員に任命いたします人は教育、学術、文化に関しまして広くかつ高い識見を有する者が一つでございます。つまり教育に関しまして高遇な識見を有し、大局的な見地から判断のできるというような識見を持った人というのが一つでございます。それからなおそれに教科内容その他教育に関しまして専門的な知識と経験を有する者でございます。これらの人の中で教科書の発行に直接の利害関係を有しない人を選ぶという趣旨でございます。具体的にどういう人を選ぶかということでございますが、ここにあげてありますような標準に基きまして、最も適任の人を広く求めたいと存じております。そして八十人でございますが、これはあとの条文にもございますように、分科会を構成いたしまして、その分科会で審議を尽すという方式をとっておるのでございまして、各教科別の分科会を十分科会ほど予定しております。従いましてその教科別に適任の方々を選びたいと思っておるわけでございます。たとえば国語の教科書の分科会にいたしますならば国語学者、国語教育学者、児童文学者、あるいは漢文学者といったような専門の学者の人たち、あるいは実際に教育に知識と経験のある人たち、こういうふうな方を一方に選び、それにさらに識見の高い人を加えていく、こういうふうなことで十分科会を組織したいと思っております。これは教科書の数も各教科によって異なりますので、八十人の方を一律に八名ずつというわけには参りませんけれども、教科書の数、検定の数、予定されます数に応じましてこの数のバランスをとってきめていきたい、かように考えております。
○平田委員 ただいまのところは、いわゆる選定の基準というものでございますが、この一番目の教育、学術、文化に関し高い識見を有する者、私二、三項目をあげて申し上げますけれども、これは民間在野の諸団体からの推薦も受けられるわけでございますか。民間在野の諸団体の中から、いわゆる高い識見を有しておる者をお選びになりますかということを伺っておるのです。
○緒方政府委員 これは民間の方もございましょうし、あるいは教授その他官職についておる方もあると存じます。これは非常勤でございまして、専任ではございませんから、一方で教授の職にあってこの審議会に任命するということもございます。ただ団体の代表とか推薦とかいう意味で任命するということはございません。
○平田委員 それから専門的な知識を有する者ということは、いわゆる専門教職のほかに、教育学者とか、それから教科目の専門的分野にとらわれない適任者というような意味も含んでおると思うのですけれども、そういう点はどうでございましょうか。
○緒方政府委員 そういうことも適当に勘案して選出いたしたいと思います。
○平田委員 それからこの「経験を有する者」というのは、教職にあった者あるいは現在教育に従事しておる者というような考え方は含まれておるのでしょうか。
○緒方政府委員 そういう方の中で適任の方があれば、それは含まれることと存じます。具体的にはその人の人選でございます。
○平田委員 その経験者の中で適任の方があればということはどういうことでございますか。なければ入れない、あればということは私はおかしいと思うのです。ここでちゃんと「経験を有する者」といっておるのですから、その中から私はお選びになる必要があると思いますし、それから経験のない人を出しても困ると思うのです。それでここに「経験を有する者」といっていらっしゃるのですから、あればというような漠然としたことではいけないと思うのでございます。
○緒方政府委員 お答えの仕方が悪かったかもしれませんけれども、こういう経験者につきまして適任の方を選ぶということを申し上げたつもりでございました。
○平田委員 そういたしますと、教科書というのは、いわゆる小中高、盲ろう学校も含んでおりますから、小学校、中学校、高等学校の中からも選ばなければいけない、盲学校、ろう学校、こういう学校からも出ていただかなければいけないと私は思います。ほんとうにこれをりっぱに運営していくについては、ただ漠然とした考え方だけではいけなくて、ほんとうに現場で教科書を直接取り扱っている人を、ぜひ私は入れなくちゃいけないと思いますが、いかがでございますか。
○緒方政府委員 御指摘の盲学校等につきましての特殊な教科書につきましてはこれはまた特別な考慮を必要といたします。そういう専門の教職にある方を入れるべきであると思います。
○平田委員 ただいま私が申し上げました小学校、中学校、高等学校、盲ろう学校なども、この「経験を有する者」の中に含めて十分お考えになっていらっしゃることと解釈してよろしゅうございますか。
○緒方政府委員 先ほどから申し上げておりますことはさようなことでありまして、そういう経験を有する方の中から適任の方を選んでいきたい、かようなことを申し上げておるわけでございます。
○山崎(始)委員 ただいま検定審議会のことを平田委員がお尋ねですので関連してお尋ねいたしますが、検定審議会が八十人以内の委員で組織すると書いてありますが、この八十人という根拠は、どういうところから八十人という数字が出たのか、文部大臣にお尋ねいたします。
○清瀬国務大臣 今局長からお答えしました通り、大体いろいろな課目を十くらいに割っておるのであります。たとえば国語、漢文、書道というものが一つに集めたグループ、それから社会科がグループ、理科がグループ、数学、音楽、それから図画、工作、美術、工芸といったようなものが一区切り、それから外国語、ローマ字、それから保健、体育が一つのグループ、家庭、職業、実際においては少し違うかわかりませんが、まず十くらいのグループに分けまして、一つのグループに平均八人、しかしながら国語、漢文、書道のごときはあるいは八人では足りないかと思いますが、また保健、体育といったようなものは八人も要りません。平均八人くらいで十グループがあれば足りるだろう。そうすると、八に十をかけまして八十人くらいのことでまかなっていこうか、こういう考え方でございます。
○山崎(始)委員 八十人以内という言葉は、これはわれわれひがんで考えるかしりませんが、都合のいいときには二人でも八十人以内になるのですが、これはどうして五十人以上とかあるいは七十人以上という言葉にしなかったか、その理由をちょっとお尋ねいたします。
○緒方政府委員 最高八十人を目標にいたしまして計画をいたしたわけでございますが、大体こういう規定におきましては、何人以内と表現するのが通例でもございます。現行の教科用図書検定調査審議会、これは政令でできております。これも五十四人以内と規定いたしております。通常こういうふうに最高限度を押えまして規定いたしておるわけであります。
○山崎(始)委員 そうすると、今のところ文部省の方のお考えでは、大体八十人くらいと腹の中で、きめていらっしゃる、こういうことと解釈していいわけですね。
○緒方政府委員 さようでございます。
○河野(正)委員 この検定審議会の役割というものはきわめて重要でございますから、ただいまの問題に関連して一言お尋ね申し上げたいと思うわけであります。と申しますのは、検定審議会の使命というものはきわめて重大である。しかもそのような重大な使命を持っております委員というものが、文部大臣から任命されるというようなことでございまするから、私どもはなお一そうこの審議会の性格というものは重要視しなければなりません。ところがただいま二人の委員から指摘されましたように、審議会の委員というものが八十名以内で組織される、このことにつきましては山崎委員からも指摘されたわけでありますが、これはいろいろとりようによりましてはきわめて重大になって参るものと考えるわけであります。と申しますのは八十人なら八十人というようなことでコンスタントでございますならばこれは比較的問題はございません と申しますのは先ほど大臣が仰せられますように、十ブロックに分けて平均八人ということでございますから、そのような一つの定員でいきまして八十人で組織されるということになりますならば、問題は比較的少いわけであります。しかしながら以内ということになりますと、これは私ども一番心配しておることでございますが、特定の政党で構成する内閣の文部大臣が任命するわけでありますから、これは清瀬文部大臣はそのようなことはないと思いますけれども、しかしながらこの法案が成立いたします以上は、次々と大臣が生まれましてその大臣がこの法案を運用されるわけでございます。そういう場合に自分で審議会の委員を任命する場合に、自分の方の都合のいい委員を任命する、そうような場合にはいわゆる何人以上あるいは何人以内というような非常に融通のきく法文というものが一番有利ではないか、言葉をかえて申し上げますならば、教育の中立性を動かしていくという場合には、八十人以内あるいは何十人以上というふうなゆとりを持った委員会の構成というものが非常に災いするのではないかという考え方で参るわけであります。そこでもし大臣が仰せられますように、十ブロックで分けて平均八人ということで、明確に八十人ということにしておきますならば、たとえ党利党略で委員を選ぼうといたしましても、八十人選ぶわけでありますから、その中には適正な委員構成が生まれてくるというふうに思うわけでありますけれども、以上とかあるいは以内とか、非常にゆとりのあるような運営になりますと勢い党利党略的な委員の任命というものが行われてきはせぬかという気がするのですが、その点いかがですか。
○清瀬国務大臣 この検定審議会は出てくる原稿を、今度は原則として審議会自身が読んで審議してもらうのでございます。今までのような調査員が点数をつけたものを平均という意味ではないので、今度はほんとうにやってもらうつもりであります。ところが原稿というものが将来のことですから幾ら出てくるかわからないのです。ここ二、三年の経験でほぼ見当をつけておるのでございます。そうでございますからあなたのおっしゃる通りに数をおまかせ願ったら一番いいんで、私には一番便利なんです。しかしはなはだしく大きなものになっておりますし、予算の限度というものがありますから、数を文部大臣にまかせというのは、あまりにも出過ぎた法律になりますからして、やはり八十人よりたくさんは任命いたしません、八十人以内でまかないますということを国会で文部当局が約束することでございます。原稿がたくさん出たからといって百人、二百人と出しては国会の方で大へん御迷惑であります。最大限をここできめまして、でき得べくんば国のためには少い方がよろしいのです。たとい十万円でも国の経費は減したいというのが国会議員としての役目でございますから、上の方をきめたのは文部大臣の専断を防ぐという意味の遠慮した規定でございます。その範囲内でここ二、三年——このことはあまり古い経験は役に立ちません。戦後あの当時のことでありましたから、ここ二、三年間の経験で国語としてはどのくらい出るだろういったようなことで、八十人以上は人を使いませんからというこちらの方から遠慮した規定でございます。そのうちでも原稿の次第によってはなるべく人を少くして能率を高くしたいと思っております。
○河野(正)委員 ただいま大臣の御答弁を承わって参りますと、経費の点を強調されるわけでございますが、しかしながらこの委員の任命につきましても、教育、学術あるいは文化に関し広くかつ高い識見を有する者及び教科内容その他教育に関し専門的知識と経験を有する者、こういったきわめて重要な要素を持って人々が選ばれるわけでございますし、もし今日までの実績というものが十ブロックで、平均八人だというようなことで、非常に運営がうまくいくということでありますならば、私はそういった実績に基きまして委員というものはコンスタントにはっきりきめておくべきではなかろうかと考えるわけでございます。もちろん経費の点につきましても必要でございますけれども、八十人程度で今後日本の教育を中正ならしめるあるいは日本の民主的教育を発展せしめるというようなことになりますならば、私は十人や二十人の相違が起って参りましても、そのような経費というものは日本の教育の将来を考えればきわめて微々たるものではなかろうかと考えるわけであります。そういった立場から考えますと、通俗的に衆知を集めるというような言葉もございますように、今日まで実績というものが八十人を適当といたしますならば、将来清瀬文部以下の方方の大臣が出て参りますことも考えなければなりませんから、私は今日までの実績というものが八十人を適当とするならば、今後この法の運営を誤まらないためにもこの委員会の構成というものは明確にやっておくべきだと思うのでありますが、その点重ねて御答弁をお願いしたいと思います。
○清瀬国務大臣 今の日本の行政のやり方で、実は八十人の委員というのはよほどの大委員会なんです。憲法を調査するのでも五十人、臨教審でも四十人、八十人というのは年じゅうの委員ですから、実は私の方で遠慮しておるわけなんです。こんなに大きな委員会とおっしゃりはせぬかと思って実は遠慮しておるくらいでございます。もし原稿がたくさん出てとてもいけなかったら、あるいは次の国会でどうもいけませんからといって百人にお願いするかもわかりませんが、ここ数年間の経験ではまだ今の一ブロック八人の先生方に願えばいけるだろう、もっとも国語といったような大きな科目ではそれよりたくさん要りますけれども、体操などはそうたくさん寄らなくても、わかり切ったことであります。重要なことでも一算数などというものは天然の原理であるから、比較的簡単にいきはせぬか、かれこれやりくりいたしまして、ここ数年間の情勢では八十人の委員会をちょうだいすればできるだろう、以上ということにしますと、今の国会制度ではあまりに私に権限を下され過ぎますので、これ以上はやりせんということを皆さんにお誓いする方がいいのじゃないか、こういう考えであります。
○平田委員 午前中の質問のときに、第四条の第三項の検定の基準を定める場合に、高村委員からこの検定の基準は強いものを作る必要があるのじゃないかというような御意見があったと思いますが、これに対して大臣はどうお考えになるでしょうか。(高村委員「私はそういうことは申しません」と呼ぶ)おっしゃらぬでも、もしそういう意見があるとすれば、大臣はどうお考えになりますか。一つこれできっちり縛ってやろうというようなお考えであるか……。
○清瀬国務大臣 検定の基準は弾力を持たさないとよくあるまいと思うのです。今、基準という言葉は、労働基準法とか、大学設置基準法とかいって一定の標準をきめて多少の幅を持たせることを基準といっておるのです。教育のごときはそれをきちっときめてしまえば、教科書編さん者はこの基準よりかその指導要領そのままを書いてこなければならぬことになる。それではせっかくの検定はおもしろくないので、基準もそうたくさん書かないで、上と下は執筆者の力による、自由競争によるという余地は存しておいて、その中で今度は検定者が一番いいのを取る、こういうふうにするのがいいのじゃないか、強い規定でかくあるべしと書いてしまわない方がいいのじゃないか、これが私どものくせである自由主義の考えなんです。
○平田委員 自由主義のお考えは十分徹底しておるようでございますけれども、私は規定の表現というものは簡明なものがよろしいと思いますし、それからまた拡大解釈や疑義の起らないようなものでないと大へんこれは危険だと考えるわけでございます。私のこの考えに御賛成でございますか。
○清瀬国務大臣 お言葉の意味ですが、拡大解釈、縮小解釈の疑義が起らぬようにとおっしゃいますが、基準という法の立て方は多少の拡大縮小は余地を残してやるのが基準でございます。それをきちっとやってしまいますと、教科書編さんの妙味がなくなってしまいます。もっとも拡大、縮小というても、もとの根本精神というのは一つなんです。わけても今日は有名な教育基本法があって、いろいろと表現または解釈は出ますけれども、平和的社会、平和的国家の形成者を一つ作ろう、これが今日の教育の目的です。平和的社会、平和的国家の形成者はどんな資格を備えなければならぬかといえば、人格を完成し、勤労を重んじ、正義を重んじ、自主自立の精神ある者を教育するのであります。そういうことは、それはもう一つであります。しかしながら算術の教科書にしろ、あるいはまた理科の教科書にしろ、こう書いてしまえということでやりますというと、せっかくの執筆者の腕がしびれてしまいますから、一定の基準をこしらえて、そのうちで一番いい教科書を作ろうといって心胆を砕いて教科書を作っていく。そこでその基準に触れておれば落第でありまするけれども、基準に触れない、それ以上は、いいことを書き次第です。競争していい教科書ができることを希望する。この立て方の方が新教育にふさわしいんじゃないか。あまりきちっとやってしまいますと、国定と同じようになってくるのです。私どもこれだけ自由に考えておるけれども、世間はおそれて、国定に近づくんだろうという、新聞などがたくさん出ています。しまいには私が倒れて国定教科書にふたをしているところがある。国定じゃないのです。基準をゆるやかにするのです。
○平田委員 今仰せられましたことは、要するに民主教育を前進させるような精神に貫かれたものであるというような検定の基準にされるというふうに解釈いたします。これは善意に解釈いたすわけであります。 それから第七条でございますけれども、この第七条の第一でございますが、ここに「誤記、誤植」、こういうことは機械的なことでございますけれども、その次に「検定の基準に著しく違反することにより」と書いてございますけれども、これは教科書検定審議会が判定をするわけでありましょう。けれどもこれは人々によっていろいろ考え方もございましょうし、その審議会の委員のメンバーにもよることであると思いますけれども、私はこの点を大へん心配になって参るのでありますが、また基準ということを申しますと、大臣のお説教をいただきますけれども、この判定の基準というものを、また一つお伺いいたしたいのでございます。
○清瀬国務大臣 今の御質問は、これは検定の基準に違反すれば、検定されても落第するにきまっておるのです。しかしながらここは、その検定じゃなくして、検定に載せるか載せぬかという前の段階であります。前の段階に検定に違反したといって、初めから検定にかけないのはこれは予断ということになりますが、ただしかし著しく違反して、とうてい検定に合格しないものをあほう正直に一々検定に送るということはいかがなものか。著しく違反するという言葉の上にあなたの御心配があるのだと思います。著しくといいますると、たとえば検定基準は今言う通りゆとりをとって作りますけれども、一年生ではこのくらい、二年生はこう、三年生はこうと段階をこしらえてやりまするが、その段階をまるきり無視してしもうて、初めからちゃんときまっておる段階を無視して、一年生の本に三年生になってから教えるようなことを書いてしもうておる。これはどうもやったところがとてもいけるはずがない。あるいはまた二年生の段階を飛ばして、一年からすぐに三年にとんでしもうておる。私どもよく特許の申請をすることがありまするが、いなかの方からとんでもないものが出てくることがあるのです。鉛を金にするということを書いてきます。そういうふうに初めから予断はいけませんけれども、これじゃどうも審議会へかけても困るということで、この段階で整理しようか、こういうことでございます。
○平田委員 ただいまの大臣の御説明でございますけれども、それは大臣は法律学者で教育の経験がおありにならないから、そんなことをおっしゃる。それはおかしい考えだと思うのです。一年の教科書を作る場合に三年に教えるような教科書を申請に出すような人は、私はいないと思うのです。
○清瀬国務大臣 それがあるんですよ。
○平田委員 それがあるというが、そんなことはございませんでしょう。そうしたら実例を見せていただきます。資料をお願いいたします。少くともこれは教育の実際に当った人はよくわかるのですけれども、大臣それはあるとおっしゃいますけれども、それは何かの思い違いでございましょう。あるならそれを出して下さい。
○清瀬国務大臣 たいてい今まで持ってきた御本人に説明申し上げて、もう一ぺん一つ考えなさいといってみな窓口で帰しておるのです。そうですから、文部省の蔵には残っているとは言えませんけれども、世間は広いんで、自分よがりで、これが一番いいんじゃないか言うてとんでもないことを書いてくることがあるのです。
○平田委員 その窓口はどこにあるのですか。検定の申請は、一応出したんだからお受けになるでしょうけれども、文部省の窓口がどういうふうになっていて、受付がどうなっているということを知りませんけれども。 それから第六条で申請いたしますと、それを受け取って何日なら何日に受け付けた。そのときはすぐには見ないでも、あとでごらんになるでしょうけれども、それは番号順かなんかで公平にごらんになるのでございますか。それともそれは著作者の名前であと回しになさるというふうなことはございませんでしょうか。
○緒方政府委員 ただいま平田委員からのお示しがありましたように、本法案でいきますと、第六条で検定の申請を受け付けます。そうしてそれを文部省で一応調査いたしまして、第七条、第八条の手続に移るわけであります。もちろんその場合には、今お話のように公平に調査をいたします。そうして文部省で受け付けまして——大臣の先ほどお話になりましたのは、従来その段階で申請の方によくお話をしてお返しする場合もあるということでありますけれども、今度はその手続をちゃんと法律にうたいまして、第七条に一号と二号とございますけれども、こういうふうに該当するものがありました場合には、検定の拒否ということで措置をしていく。そうしてその検定の拒否に該当しないものにつきまして、第八条に至って審議会にかけていく、こういう手続になるわけであります。従いましてもちろん文部省で受付をしまして、それを十分文部省で検討いたしまして、第七条に該当するなら該当するような措置をし、そうでないものは次に審議会に付議していく、こういうことになります。
○平田委員 そういたしますと、そういうものが教科書としてもしも書かれて、あの「うれうべき教科書」みたいにこういうのがある、こういうのがあるといって、あたかもこれは民間の責任のようにしていらっしゃいましたけれども、文部大臣の検定のもとにあれがなされておったとすれば、あの「うれうべき教科書」は文部省自身の過失ではないのでございますか。今まで出たということは、あえてそういうものを載せて検定をしたということになりまして、今のはこれからこうしたいという問題でございますけれども、今までそういうのを持ってきて、そういうものをあえて取り上げて、こういう間違いがあった、あったと言っていらっしゃいますのは、どこに一体責任があるのでございますか。
○緒方政府委員 第七条の問題でございますけれども、第七条の一号の、特に今御指摘になっております点は、検定の基準に著しく違反するもの、こういうことでございます。これは先ほど大臣もお話がございましたように、検定基準に、一応の調査によりまして、学年発達段階に即しないようなものが出てきまして、それを検定基準に照しまして、一見して明らかに工合が悪いというものがございます。そういうものはその段階で検定を行わないという処分をしていこうということでございます。その場合に、なおここにもございますように、検定審議会に諮問をしてその判定をいたすわけでございまして、文部省だけの判断でやるわけじゃございません。十分審議会の意見を聞いて、それを判定していくということになるのであります。 それから従来の教科書についてのお話でございますが、これは従来も検定審議会分科会がございまして、これにかけてその答申に基いて文部大臣が検定いたしておりますので、従来のに間違いがあれば、そういう機関の責任だといわなければなりません。その検定を一応したものにつきましてそういうことであれば、さようなことに相なると存じます。
○平田委員 そうすると、誤記や誤植などが……。
○佐藤委員長 大臣から答弁を求められております。
○清瀬国務大臣 これで今度は教科書法といって法律ができるのですね。そして国民は検定を原稿について受ける権利が今度はできてくるのです。裁判所へ訴状を出したら裁判を受ける権利と同じようになるのです。それをあいまいに、持って帰りなさいということには、国民の検定を受ける権利が出てきますから、いかぬことになります。しかしながら世の中の実際として、検定基準を知らぬ人があるのです。私も文部大臣になるまでは、実は知らなかったのです。(「教科書特別委員会の委員長をやっていて、知らなかったとはおかしいぞ」と呼ぶ者あり)検定基準も何も知らないで、おれが一つ教科書を書いてやろうなんと言って独断でやる者がありまして、受け付けて、あとを検定権があるからして正直に……。(発言する者あり)これを一々手の足りぬところの検定審議官の机の上へ、どれもこれも積んでいくということは、どうなんだろうかということをお考え下さればわかると思います。検定する以上は何かの基準でやっておるだろうということは想像できます。今度は告示しますけれども、今までは、検定基準は世間が知られておらないです。あなた方、教職員をやっておられる方は御承知でございましょうけれども、代議士でも、ここに試験して、教科書の検定基準を言ってごらんなさいと言われて、言える人が何人あるでございましょうか。そういうわけなんです。(発言する者あり)
○辻原委員 関連——今平田さんが提起された問題なんですが、大臣も局長も簡単にお答えになっておりますけれども、局長の特に説明されたことは、これは事務的な手続の説明であって、検定を拒否できるというこの新しい条項に対して、どういう場合にこの検定を拒否するのだという具体的な説明に、私はなっていないと思う。また大臣の御答弁も、これは極端な場合を例にあげられたのであって、一般的な事項、一般的な場合に、これがどういうような役割を果すかについての、納得のいく御説明がないわけです。なぜ私はあえて関連質問を申し上げるかというと、これは現行の検定制度また今までの検定の取扱い、この点に対しては、かつて行政監察委員会でもそういう文部省の答弁でありましたし、また先般の当委員会において現行の検定制度はどういうような形でやっておるのだという、これは私も質問をいたしました。その質問に対して繰り返し繰り返しあなた方が答弁なさっているのは、これは審議会がございまして、その審議会が検定を扱うておるのであって、決して文部省の官僚的なそういう独善によって検定というものが行われているのではございません、という再三再四の御答弁があったわけです。私はその際に、教科書を扱う行政機構にまで触れて質問をしたはずなんです。そのときにも、いわゆるこれは窓口でございます、だからその内容がいいとか悪いとかいうことについては、一言半句も文部省としては触れられないのであります、ですから従来のやり方においてもきわめて民主的に取り扱っていきました、こういうふうな御答弁があったわけです。なぜそのときに私がそういう質問をしたかといいますと、巷間いろいろな話があるわけなんです。これは文部省が検定を取り扱うときに……(発言する者あり)よく聞いておれよ。間々この検定審議会というものは、これはもちろん専門的な機関ではあるけれども、しかしながらあくまでも審議会であって、詳細細部にわたってはなかなか目を通していくことは実際問題として不可能だ。その事前におそらく、文部省の関係者の中で、この申請をされた検定教科書の内容について手を加えておるような事実があるのじゃないか、こういうようなことがうわさせられておるのです。そのことに触れて質問をいたしましたところが、先ほど私が申し上げたように、決してそういう余地はないのであります、こういう答弁であったのです。ところがそれを前提に置いて審議会というものを考えてみたときには、文部省が独善的な形において教科書を採用することはできないということが一応言える。ところがここにいういわゆる検定拒否をすることができる、こういうことになりましたならば、これは明らかに審議会の議にゆだねる前に、いわゆる検定の内容に立ち至って、第一次の検定の関門であるということがいえるわけです。(「その通り」)これは明瞭だ。そうするとこれは飛躍的に今までの検定制度の取扱いとは違ってきておるわけです。どうですか、その点。今までにもこういうことがあり得たのですか。法文上明記されてはなかったけれども、そういう場合は、先ほど大臣の御説明にはあったという、あったと大臣は答える、突き返したと答えられる。だから文部省の倉庫にはない、倉庫にないので、どこかへいってしまった。文部省にございますというなら、資料として出していただこうと思ったが、突き返した、そういうことができたのですか。これは行政監察委員会の答弁なり、この委員会におけるあなた方の御説明の、いわゆる教科書の検定の取扱いのやり方というものは大きく違ってくるのですよ。ここが大きなポイントなんです。それはどうなんですか。
○清瀬国務大臣 違ってきておるのであります。今までのが十分でないから、新たに教科書法を作りまして合理的にやる、確かに違っております。(「答弁の食い違いじゃないか」と呼ぶ者あり)
○辻原委員 答弁の食い違いの問題はあとでお伺いしますが、そういうことになりますと、少くとも審議会を重視してそこで検定のことを行わせる、そうして審議会には、これは中教審の答申にもありましたように、非常勤ないしは常勤の専門調査員を配属さして、ここでやるのだということを世間にあなた方も発表されておるわけです。ところが法文の中には、今あなたがはっきり違ってきておると言ったように、当然これは第一関門というものを作って、文部省が事実上検定の第一次を行い得るように法律ができ上っておるということをあなたは今認められた。その点が重大なんです。こういうことをぼちぼちやりかかっておるところに、先ほど何か漫画の絵で国定といわれたことが、はなはだ私は悲しいとあなたは今言われたのですが、こういうことが国定の第一歩だというのです。これはどうなんですか。
○清瀬国務大臣 第七条をごらん下さると、文部省自身が勝手に警察の窓口みたいなことはするのではありませんので、教科書検定審議会に諮問して、これをやるのです。違うのは、私の発表が違うたという意味ではございませんよ。現在の教科書の検定の仕方が、前任者がなすったことでありますけれども、実際見てみると、そうであったのじゃなかったかということが、行監委員会等で現われましたのです。私が以前属しておりました日本民主党で調べても、その結果が現われましたから、違うのは現行と違うということなんです。違わせる必要で改正案を——敗正案というよりも、新案をここに御審議願っておるのです。現在と違うておることはもう当然のことなんです。しかしながら今日の世の中でありまするから、なるべくは人の権利をじゅうりんしないようにと思って、やはり教科書検定審議会に諮問してこの措置をする、こういうことでございます。
○辻原委員 そこももうちょっとはっきりしておかないといかぬと思うのです。違っておるということを認められたので、その違った形のものがいいか悪いかということは、これはお互の議論のあるところで、私はそういうやり方は、国定とか検定とかという前に、結局これは文部省が教科書の内容にタッチできるワン・ステップを踏んでおることだけは事実だという見解に立ちます。その次に決して文部省がやるのじゃないと、今あなたは御説明になった。また法文にも教科書審議会に諮問をしてと書いてある。ところがこの検定審議会に諮問をして取りきめるならば、第一関門を作る必要はないと私は申し上げた。きわめて簡単に見ただけで、これが検定基準の絶対条件、必要条件のいずれにも合致しないものだという判定がしろうと目にもわかるしろものならば、これは検定審議会にかけたときに第一番にそういうことがわかって参ります。だから審議会が自主的にそのことをきめるのであれば、あえてこういうふうに条項を分けて、取扱いを二段にする必要は毛頭ない。なぜこういうことにしたかということは、そこの第一項に書かれておるように、見込みがないと認められた場合、その認めることの主導性というものがどこにあるかといえば、これは私は文部省がその主導権を持っているということをその裏づけとしてあるからこそ、こういう法文が出てきたのだと思う。その場合に大臣はそういうことじゃないんだ、受け取って窓口だけの勤めをいたします、そして審議会にそのままかけて、審議会がこれは検定基準に明らかに違反しているから、検定以前のしろものだとして突っ返してきて、初めて検定拒否をしたんだという事実が生まれるか、ないしはあなた方の文部省でこれは認めがたいものだということで、審議会にただ形式的に認められないから御承認を願います、こういうふうにかけるのか、前者か後者か一つお答えを願いたい。その前者か後者かによって取扱いがきわめて違ってくると私は思う。
○清瀬国務大臣 このこともおよそ行政の事務のうちに入ります。今、日本国の各方面の要望は、行政が繁文縛礼で手っ取り早くいかぬ、時間がかかる、これが行政に対する各方面の非難でございます。 〔委員長退席、山崎(始)委員長代理着席〕 それゆえにそれに応じて、人の権利を無視しない限りにおいて行政をなめらかに能率的にあげるということは、やはり国民の認める要望であると思います。第七条は、諮問委員会の方でいろいろと初めから通る見込みがないのに、あほう正直に八人も九人も回覧してやる、そうしてやれば答えが出るのが何カ月か後になる、けれども初めから告示してあるところの基準にまるっきり反しておる、この人は基準を知らないで書いておるのじゃないかと思われるようなものを、あほう正直という言葉は愚直にですが、八人も回覧したとか調査会にかけるとかいうのじゃなくて、これは一つ御本人に返した方がよかろうと気のつくことが世の中にあるのです。そこで第七条は、文部大臣は教科書検定審議会に諮問して検定拒否をすることができる、これはむやみにするのじゃなくして、誤記、誤植なり事実の間違いが非常に多い、それからまた検定基準などをかいもく見ておらぬ、こういうものは一々回覧したり審査するのに、これはお返ししようといったようなことは、国民の常識が求めることと思います。その時分に悪意があって、りっぱな学者のものを一一けるというようなことは、これはいけません。けれどもそういうことがめったに起らぬように諮問までしてそれをやるのです。それでもその上に、まだ悪いことがあっていくならば文部大臣の責任であります。善良にこれが運行するものとして、どうか一つ御審議を賜わりたいと考えるわけであります。
○辻原委員 法律を運用する場合に、のっけから立案者が悪意で運用してやろうというようなことをぬけぬけと答弁なさる人もあるまいと思うし、またそういう考え方を持って、この法律を適用してやろうという人も私は法律が作られた当初には少い、そういうことはおそらくないと思う。ところがだんだんその立案当時のあれが忘れられてきた。将来にその法律がどういうふうに活用されるかもわからない。いい場合に活用されることもあるでありましょう、しかしまた逆に悪用されるという場合も、これは歴史的な事実に徴してみれば多いということも言い得る。何も治安維持法や治安警察法や、あるいは出版言論取締りのその他の規定がのっけからああいうような極端な取締り法規になるだろうとは、そう多くの人は考えていなかった。ところがそれが拡大に拡大を重ねた解釈が、とうとうああいうような世にも珍しいような取締り法規になった。だからここで今大臣の言われているように、もうだれが見てもとんでもない間違いだというような誤植や、誤記や、あるいは事実の誤まり、そういうものがあった場合には、これは手数のかかる審議会の議をわずらわすよりも、それ以前にセレクトした方がよろしいでしょう。これは聞きようによっては常識的な御答弁かもわかりません。しかし事というのはそういうふうに善意に取り運ばないところに、われわれとしては法律の作成に当って、そういう悪用の余地のないように作っておきたいというのが私の念願です。そういった意味においてこの問題は、私は取扱いいかん、法律の運用いかんによっては非常に重大な結果を来たすと思う。この法律の立案に当っては、中教審においても現行の制度は戦後取り入れられた異色のある制度である、従ってこの現行の検定制度というものは、それは十分その妙味を発揮させなければならぬという、しかも政府においてもこの検定制度を存続し、この検定制度の妙味を発揮させる前提の上において、法案というものは考えておるのですということを再三再四言われておる。現行検定制度は何ぞやというと、これは民主的な審議会にかけて官僚独善その他いろいろな形の介入というものを排して、そこでこの検定というものをできるだけフリーにしていくというやり方が現行制度だ。それに検定制度と同じような形のもう一つの関門を作るということは、私は少くとも今やっている検定制度から、さらに一歩関門を小さくすることになっていくということを指摘せざるを得ないのです。ですからあなたの言われるように善意であるからけっこうではないかということには、いささかこれは承服をいたしかねる。また私の先ほどの質問に明瞭に大臣はお答えになっておりませんが、前段にある検定審議会に諮問をしてという言葉において、これは私は表現ははなはだ悪い言葉でいたしますけれども、往々これによって幻惑をされ、これによってごまかされる心配がある。検定審議会に通常の検定教科書と同じように諮って取り扱うのならば、先ほどから私が申し上げておるようにこういう関門は要りません。そこには今までと違って、あなた方の案によりますれば四十五名、六名にわたるような常勤の専門のベテランをここに置こうとする、そういう人たちがおる。だからそういうことの仕分けなんというものはそうさしたる時間をとるものでもなし、また煩瑣な問題でもないわけです。第一関門においてそういうことが文部省においてやれるならば、何をもってこういうものを作ったかということが、私どもは極端な一年生の教科書に三年生の基準に照らしたような間違ったものが出てくるからとか、そういうようなことだけでははなはだ納得がいきがたい。大臣のお答えによりますると、結局は諮問をするというのだけれども、その諮問ををする以前にすでにこれは検定にまで至らざるものであるという判定を下すということである。法的には正式には諮問機関の議を経なければなりませんが、事実問題としては、すでにその検定教科書は失格していることになる。普通の審議会にかけるやり方とはこれは違えてやるのでしょう。その点はどうです。
○清瀬国務大臣 今申す通り、今日日本で各方面の訴えは、行政能率が悪いということであります。何もかもこれを調査官に調査をずっとさせて、検定基準を知らないで書いておるのだといった人に望みを嘱さしめて長く引っぱっておくというよりも、どうしてもいかぬということになれば、これをこういうわけだといって早く処分をしてあげる方が著作者に対しても私はいい場合もあると思います。しかしながら今日人の権利を重んずる場合でありますから、文部省で直ちにそれをやるのではなくして、検定審議会に諮問して返そうというのだから、これは非常に常識に富んだ、世の中の要求にも応じたいい制度、やり方だと思ったわけであります。そういうことをやらないで、出しさえすれば半年も審議会でずっと握っておって、しまいにこれはいかぬというのでは、私は今日世間の望んでいる行政の迅速活発ということにはならぬと思うのです。一見すればちょっとあなたのおっしゃるようにも感じられまするけれども、ほんとうの親切はやはりここにあると思うのです。(「明快」と呼ぶ者あり)
○辻原委員 さっぱり不明快でわかりません。大臣の御説明によりますと、行政能率を上げるというのですが、私はむしろ逆だと思う。そういう第一関門を作って、さあ窓口にきましたからこれはどうもおかしいと、ぺらぺらページをめくって突っ返すという単純な簡単なことは、おそらく常識上から考えてもあり得ないと思う。そんなことをやられては大へんですよ。かりに誤植とか誤記とか、ここに書いてあるこういうことならすぐさま発見できるかもしれません。しかし誤まった事実の記載というものは、たとえばこれを史実と置きかえてみた場合に、事実それを受け取った者が、この歴史的事実は誤まっていると判断いたしまして、学者の見解によって別の史実に対する懲悪をすることができるかもわからない。そういった複雑な問題がおそらく私は実際問題として出てくると思う。そのときにもしその独断が先行をして、そのことが印象づけられて、その教科書が検定に至らずに追い返されるというようなことが起ったならば、私はとんでもないと思う。これはものを書きものを発表する、いわゆる言論あるいは著述というものに対する一種の制限とも解せられる。そういう簡単なことはよくない。まさかなさるまいと思う。そういたしますと一応受け取って調べるのですか。
○清瀬国務大臣 これはむろん調べるのです。教科書検定の申請を金を納めて出すのですから、申請者にはそれについて申請してもらう権利ができるのです。申請を受ける権利ができます。ちょうど訴状を裁判所に出したのと同じことです。しかしながら世の中は今日行政の促進をはかっておるのです。どれでもこれでもそれなら積み重ねてぼつぼつ初めのやつからやってよろしいか。よい、ほんとうに見込みのあるやつは下積みになってよろしいか。こういうことも考えなければなりません。そこで私はほかの人よりもことに権利を重んじなければならぬと思いまして、いい教科書の申請があるもの左でも中途でみすみす段階が違うとか、非常に誤植だらけだとかいうようなもののためにほんとうのものまでもおくれちゃいかぬから、そういう程度のものは調べまして、文部大臣は、といっておりますけれども、実は文部省の役人が調べるのでありましょう。そうしてよく警察などでやるように付せんをつけて返すことをしないで、せっかくの申請だから審審議会に諮問して……(発言する者あり)そうあわてないでちょっと聞きなさい。あせってはだめです。大事なことですから。諮問をしてこれを不許可の処分をするのです。しかしながらそれでもなお人の権利を害してはいかぬからして、第九条を見て下さい。第九条では、それが合点がいかぬというのであったらその理由書をつける。これは権利を重んずるからです。その理由書をもらったら、それによってなお不服だ、文部大臣の却下決定はたとい諮問委員会の諮問を経ておってもなお不服だというのであったら、行政事件特例法という法律があって、文部大臣を被告にして裁判所に訴えることができる、こういうように権利擁護の道を十分にはかって、行政の仕事を促進するために善意にこしらえたものであります。これは今の制度を合理的に改善したものであって、現在とは違いますけれども、国民は必ずこれを支持してくれるものと思います。ほかの役所もこういうことでよく行政事務がおそいと言いますけれども、私は初めて行政府に入ったのでありますが、今の行政官は非常に勉強している。おそいのはいろいろなものがたくさんきまして、調べたら結局いかぬようなものまでもずっとやって順番にやらなければなりませんから、ほんとうの人が出したのが届くまでに非常に日がかかる。もう審査してもだめだといったようなものは早くイリミネートする。玉石集まったらいかぬから。それについては最後に裁判を受ける権利擁護の道も認めていて、非常にいいことだと思っております。
○辻原委員 どうも途中から答弁がはぐれてきて困るのです。最初に大臣はなぜこうしたかといえば行政の能率を上げるためだと言われたが、私は必ずしも行政の能率の上る結果にはならぬだろうと言った。それはなぜかというと、審議会の議に諮る以前に文部省においては調べます。そうすると第一関門で調べることに相当の時間がかかるはずです。おまけに今度は諮問をする。諮問をされた方でもやはり調べるでしょう。その場合には第一関門の文部省の判定は事実上相当大きなウェートをもってその審議会の結論となるということは、実際問題として起り得ると思うのです。その場合に行政能率から考えてみれば、同じような一つのものを二つに分けて検討するわけです。どちらが一体行政能率が上るか。第八条に書いてあるように、普通の手続でもって議会にかけてその審議会において判定をして不か可の決定をすればそれは一つでいいのではないか。それが普通だ。それを分けてやってどこに行政能率の増進があるか、はなはだこの点が疑問だと思う。われわれはまさに行政能率が上るかどうか判定しかねます。そういうことよりもむしろこの法律をたてにとって問題を——あなたは裁判の訴状と同じですと言われたが、訴状というのは、私はしろうとでありますけれども、常識的にこれが法律で定められた所要の形式内容が整っているかどうかという形式上の審査だと思う。しかし教科書などというものは、誤植とか誤記とかいうもの以外はこれは思想を持っているものなんです。だから単純に簡単にそういうものが事前にセレクトされるようなことがあっては、これは大へんだと思う。だからそれがよきにつけあしきにつけ、それを取り扱う機関である審議会が全責任を持って可、不可を決定することが、最も正しいやり方だと思う。それをあえて行政能率増進だということでこういうものをつけ加えられてきたにおいては、私は全く不可解だ。それだけの理由であるとするならば、この条項はあまりにも重大過ぎると思う。もう一つは先ほど私が目頭に申し上げたように、文部省は検定の事務はやるが内容にはタッチいたしませんという。ところがこういうことになりますと、明らかにこれは内容にタッチしなければ、これを突き戻すことはできないということになるのです。だからあなたの提案理由の説明によりますと、このたびは検定審議会の機構を強化拡充して、そうして民主的な検定制度の体系を整えるのだといわれておりますけれども、これは審議会の人数はふやしましたよ。事務局の機構も大きくしましたけれども、しかしその権限内容においてはむしろ縮小したと見るべきであります。権限の拡充強化ではありません。これは縮小した。漸次主導権というものを文部省に持ってこようという、そういう意図があったかなかったか知りませんけれども、結果においてはそういうふうになっているということを私は言わざるを得ません。だからこれは明らかに文部省は検定の内容にタッチする、そういう条項を、また道をここに開いておるものだ、こう私はこの点については確認をするわけです。しかしそれに対しては、あなたは国民の意思に沿うのだとかなんとかいう答弁をもって答えられておりますが、そこまで論争いたしますと、これはお互いに見解の相違ということにもなりますから、私はその点に対しては大臣の御答弁は求めません。 なお重大な点は、こういうことになるのです。それは、文部省は——というよりも文部省の人々は、役人というか、官僚というか、文部省の方々は、審議会とは別個にこれにタッチするということになる。その場合に誤記、誤植または異なった事実の記載、これが突き戻す場合の条件の一つです。その他検定の基準、これはきわめて大きな幅なんです。私は検定基準なるものを少しく見たことがあります。最近どういうふうに変ったかはさらにあらためて検定基準の資料の提出をしてもらいたいと思っておりますが、この検定の基準は、たとえば私が見た当時の基準には、絶対条件として、きわめて抽象的に、教育基本法の条項を多少引き伸ばしたような、そういううたい方をして絶対条件というものをきめた。それから第二の必要な条件というものが、これまた大へんなんです。これはいわゆる学習指導要領というやつ、これに合致しているかどうかということです。これは一見常識的にはまことにその通りであります。しかし一体学習指導要領というものはどこでだれが作ったか。暫定版にしろ何にしろ、これは文部省が作っているのです。その文部省の役人が作った基準に照らし、そうして突き戻すか突き戻さぬかを判定するという。今までは、その基準は文部省が作ったけれども、判定については、一応まがりなりにも審議会にそのまま素通りして、そこできめておる。だから形式的な民主主義からいえば一応形としては文部省はタッチできないようになっておる。裏は知りませんよ。裏はどうなっておるか知りませんけれども、表座敷ではタッチできないようになっておる。ところが今度は表座敷でもタッチできるようになっておる。おのれが作った基準でもって、いいか悪いかをまず自分の手で判定して気に入ったものだけを通す。極端なことを言えば、気に入ったものだけを通して、さあこの材料で料理しなさいといって調理場に渡すのと同じことです。これは私は少し極端な表現を用いておりますけれども、悪意にやろうとすれば、検定基準に照らし合せてなんていうことはどうでもくっつけられる。どこか一つの欠格条項を発見してそれにくっつけて突き戻し、そのものはそういう真意でなかったといって、そうしてそれを訴える。あなたは権利を尊重して、第九条には説明書の交付ということをやって保障をいたしておりますという。説明書の交付は一体何の役に立ちますか。頭のいい文部省のお役人の方々がそろっていらっしゃる。そのときに突き戻した理由くらいどうでも書いて持っていく。そうして行政訴訟をいたしなさいとあなたはおっしゃる。これは法曹界におられた清瀬大先生を前にして、私がそういうことを申し上げることは口幅ったいことでありますけれども、しかしわれわれでもいろいろなことがあって、民事訴訟を行いたいと思っても、やはり教科書を作る人はもちろんいいものを作りたいと思うけれども、一つはこれは営業なんです。その場合に、あかんと突き戻されて、訴訟していつ判決が出るやらわからぬものに、それだけにたよって訴訟していくなんていうことのケースはきわめて少いと思う。結局黙って泣き寝入りする結果になる。そこで初めてこの条項によってこの目的が達成できる、こういう結果に落ちつくのです。そこに問題があるわけです。だから大臣は、いや決してそうではありませんとおっしゃるけれども、そういうふうにできておる。そのためにのみこの条項が法律の中にうたって意味あるとしか私は考えられないのです。もしそういうことではないというならば、第八条でやんなすったらいいでしょう。どうでしょう。
○清瀬国務大臣 辻原君は非常に巧みに長時間御説明になりましたけれども、その前提に一つだけ間違っておることがあると思います。それは第七条で諮問して行わざる処分と第八条でほんとうに審議する処分との時間軽重のことであります。第七条で文部大臣が諮問して行わざる決定は比較的早くできるのです。もっとも早いばかりをとうとんで粗ではいけませんけれども、これは比較的容易です。第八条で本気になってこれを諮問決定するのには、今までの経験によりましても数カ月を必要とするのであります。これだけの違いを一つにして同じように審議会にかけるのであったら、一ぺんでいいだろうとおっしゃっておりますが、第七条の方は誤記があってもそれだけではこれを処分しません。誤記が非常にたくさんある。事実の間違いも一つくらいの間違いではこの処分はしやしません。至るところに間違いがある。それから検定の基準に違反といってもただの違反くらいではやはりかけません。著しく検定基準に反してとてもこれは訂正ができぬといった場合に、この通りでございますがといって諮問をして、諮問がその通りだといえば却下処分をして、そうして申請者にまた別の申請をする機会をすみやかに与えるのであります。 〔山崎(始)委員長代理退席、委員長着席〕 それをいかにも受け付けたものだといって、半年もしてからようやくやるということになると、御本人にしても、そんなことだったもう少し早くという心も出ましょう。御本人に対してもそのことが親切であります。またほんとうのいい申請をたくさんしておる人があれば、それが下積みになっていいものが順番がこないということは、他人に迷惑を及ぼすのであります。しかしながらこういう行政上の便否で人の権利を侵害してもいけませんから、七条の処分をするというと、必要があるならば理由書をあげる。理由書をごらんになって、書き直してお出しになればそれもけっこうだ。けれどもその理由書も間違っておるというのだったら、東京地方裁判所にお訴えになればいい。権利行使の道もすっかり与えておりますし、御本人にも親切ですし、ほんとうにいい申請をなさる方にもおためになるし、三方よかれの非常にいい考えです。それを、初めの七条の諮問で却下することが非常に大きな手間が要ることに考え、それから第八条の審査もそう軽くできぬものだと考えて、二つ同じようなことをそういうふうに考えるのは、あなたの非常な熱心な御説明にかかわらず前提が違っておる、私はこう思っております。
○辻原委員 前提は私はちっとも誤まっておりません。今の大臣の御説明からでも、聞く人の中には、もしこれを実際問題に当てはめて考えるときには、いかにも大臣の御説明はおかしいなとお感じになる人が相当いるだろうと思う。(「ノーノー」)そうだと思う。なぜかといえば、かりに非常に誤植や誤記が多くて、通常の検定にはいかにも価値のないものだという、そういうものがあったとしても、それは文部省で第一関門を作っていいということの理由にはならない。審議会でなぜやれないか。百歩譲って、そのことの事実ありと認めても、審議会でやれないことはない。審議会で一から十まで機械的にやらないでも、審議会の運用の仕方によって、そういうものが極端に出てくれば、審議会の人々は良識を持ってそういうことができると思う。明らかにこれは普通の形のものと同じように内容の細部にわたって吟味する価値がない、それはやはり審議会にその判定をゆだねられたらよろしい。そうではありませんか。 どうも私は、だんだん他の問題にもいろいろな疑問が出てくるのですが、ここでついでに伺っておきますが、四十五名の検定調査官というのですか、今度の法律にはどこにもそういうことは出ていない。こういう大切なことは法律の表には出してこないのが、文部省の作る法律では通例らしいのであります。この調査官というものは、大臣の提案理由の説明によると文部省に置くと書いてある。ところが法律案にはそれがかかっていないので、私は大臣の提案理由の通りこれは文部省に置くのであるか、それとも審議会に置くのであるか、どうもはっきりしない。大臣の提案理由の御説明によると、文部省に置くのですか、文部省の何課に置くのですか、どこに置くのですか。
○清瀬国務大臣 これは文部省の職員になるはずであります。
○辻原委員 それはどこへ勤務するのですか。
○緒方政府委員 これは初中局に所属いたします。
○辻原委員 それは身分上の所属ですか。私は行政のことはあまり明るくないのですが、実際問題としてはどういうことになるのですか。毎日文部省へ詰めるのですか。そしてあなたの指揮下に入って仕事をするのですか。
○緒方政府委員 これはなぜ法律案に出してないかというお話が先ほどございましたけれども、これは文部大臣が検定をいたすわけでございます。文部大臣が調査をして検定をいたす、ただその手続といたしまして、検定審議会の議を経るとか諮問をするとかいう手続がございます。従いまして、文部大臣の補助をする公務員でございまして、文部省の公務員でございます。これはこの法律案には出ておりませんけれども、別に文部省設置法の施行規則にこれを出しまして、それでもって文部省に正式に設置いたすわけでございます。この所属は初中局でございます。
○辻原委員 そうすると日常文部省に勤務をして、あなたの指揮下に入って、そして仕事をするわけですね。そういうことですか。
○緒方政府委員 その通りでございます。
○辻原委員 そうすると、これはもちろん職員ですから、文部大臣の補助機関でしょう。私のお尋ねしているのは、そこまでは常識的なんです。そうじやない。そのあなたの指揮下に入っている者が、一体審議会とはどういう関係にあるか。この法律案であなた方が御説明なさった今までの趣旨からすれば、また審議会の項で説明されている趣旨からすれば、ないしは中教審の答申の趣旨からすれば、——中教審の答申では、非常勤の調査官というものを作るのではなしに、これを拡大せよということと、もう一つは常勤の職員というものを作れ、こういうふうに書いてある。そうすると明らかにこれは審議会に帰属する。身分上の帰属は別ですよ。実務の問題——審議会の、いわば事務局的な存在としてその役割を果すのかと、こう理解ができるのです。そして身分は文部省の職員で、しかも初中局の傘下に入ってそこで仕事をいたします。そうすると、実際はどういうことになるのか、どうもはっきりしないのです。どういうことになるのですか。
○緒方政府委員 これはもちろん、先ほど申し上げましたように、国家公務員でございまして、文部大臣の指揮下に入ります。ただ今お話しのように、仕事の実態といたしましては、審議会の事務局的な役割もいたします。文部省の役人として、申請の原稿を調査いたします。そうしてさらに審議会の庶務的な役割ももちろん兼ねて、事務局的な役割をいたすことに相なります。しかしこれは、もちろん身分は国家公務員でございまして、初中局に所属して勤務いたします。
○辻原委員 そうしますと、文部大臣の補助職員ということになる。そうすると、文部省の初中局に勤務してその指揮監督を受ける。仕事においては、しかしながら審議会の仕事もやります。いわば二またかかっておる、ということは、文部大臣の意思決定の前に審議会というものがあるのです。審議会が最も民主的な形において決定をするわけです。ところが、文部省の大臣の補助職員であるということになれば、これは文部大臣の指揮系統ということにはっきりしておる。そうすると、審議会に常属する職員であって、審議会の議決、審議会の意向によって動く職員であることははっきりいたします。身分の帰属がどうあろうとも……。しかし初中局に所属するということであるならば、文部大臣の指揮監督を受けるということになって、必ずしも審議会の意向そのままにその職員が動くとは限らない。そこに非常にややこしい関係ができてくる。だから表面づらはどう合せておこうとも、そういうところに大きな抜け道があるのです。風穴があるのです。首をかしげておられますけれども……。だからそういうことと相関連して、文部省にその検定を申請してきたものを、場合によれば、その調査官が扱うこともあるでしょう。扱いませんですか、どういうことになるのか。四十五名の調査官というものは、この第一関門である。この法律にいう見込みがないと認められるその教科書の受付にタッチするかどうか。
○緒方政府委員 もちろん文部省が検定の申請を受け付けます。そうしてそれを第一次的に調査をいたすのは調査官でございます。そのほかに非常勤の調査員も存置いたしまして補助的な調査をいたしますけれども、主として調査に当りますのは調査官でございます。そうして今申しますように、第七条に該当するものにつきましては、第七条の規定に従いましてその処置をいたします。検定審議会に諮問をいたしまして、そうしてその結果に待って処置をするわけでございます。その第七条に該当しない、審議会に付議すべきものと決定したものについては付議をして、審議会の決定に基いて文部大臣が検定を与えるわけであります。かような手続に相なるわけでございます。文部省の役人が、各種の審議会、諮問委員会等が現在もございますが、その事務に当ることは従来の例にもあることでございまして、あるいは教育課程審議会等につきましても、初中局に置かれておる審議会につきましては、初中的の職員がその事務に当っておる次第でありまして、それと同じことでございます。
○辻原委員 そういうような考えだから困るというのです。教科書の検定というのは、他の通例の行政の補助的な役割をする審議会とは私は違うと思うのです。内容については、場合によって独立機関的な性格を持ち、最も中正公正に——ここに書いてあるじゃありませんか。大臣の提案理由の説明の中には、中正公正に行わせるために、検定制度の整備強化を行うのであります、しかもそのために、審議会というものも拡充強化をいたします、こういう説明をしておりながら、調査官を置いて——審議会というものを重視して、そうして調査官というものが常勤、非常勤の形に置かれる、場合によれは独立機関的な性格を具備して独自な調査活動を行い得るように措置したのだと善意に解釈した。ところが承わってみると、それは何にもないのだ。そうでしょう。審議会というものは八十人にふくらますけれども、しかしこれらの人は委員であって、細部にわたってやるわけにいかない。やはりその補助的な役割をする職員、調査員、これらの人々の意向によって左右されていくということが実際の動きなのです。ところが調査官というのは文部省の初中局に置き、第一関門の仕事をさせる。そうして総体的にこれを考えたならばどっちにウエートがあるのかわからない。だから審議会を拡充したのではなしに、文部省それ自体の検定機構を強化拡充したと提案理由で述べなさい。その方がはっきりいたします。実際そうじゃありませんか。どうですか。
○清瀬国務大臣 私の方の案はあなたの方の案とは違いまして、やはり文部大臣が最後の検定権を持っておるのであります。この理由にも、文部大臣による検定の制度を維持いたしまするとともに、現在と同じくセオリーとしては文部大臣に検定権があるのでございます。独立の外局でやるのではございません。そこがあなたの方の考えとは違っております。しかしながらセオリーとして文部大臣に検定権がありましても、検定の公正かつ厳密を期するために、その機構及び方法を整備改善いたしました。それがこの案の本質であります。それゆえに文部大臣の検定を補助するために補助の職員があることは当然でございます。しかしそういうふうに文部大臣独善というのじゃいけませんから、教科書検定審議会を拡充強化するとともに、別途教科書調査職員を文部省に置くことといたしました。そうして調査審議の能率を期するのであります。それから従来文部省の行政省令にゆだねられておりました検定の基準、方法を法律で整備して、法案に明確に規定しましたうちに検定有効期間をきめる、こういうことでございます。私の方では、教科書は一般行政府から離れた独立の外局等でやろう、こういう法案じゃないのです。しかしながら新たに文部大臣がそんな権限をとったのではなく、現行法通りであります。そこで文部大臣に検定の補助の職員を充実するということは理論上は当然であります。そうして、私は前任者のことを言うのではありませんが、どうも非常にたくさん申請が出ましたかげんでありましょう、検定の内容に粗漏のあったことは行政監察委員会で証明されております。その内容へ入ることは当りさわりがありまするから言いませんけれども、非常にそんなところがありましたから、これは大へんなことで、非常に子供の教育に関することだというので、これを充実いたしたのであります。初めから教科書の検定は文部省を離れて別のところでやろうというお考えとは根底が違うのであります。しかしながら文部大臣がやるにしても、やはり審議会という機関の議に基いて、多くはその機関でやるのをのんでしまうのでありましょう、それによって審議する、こういう法案であります。
○辻原委員 私は、文部省の手から離れて独立した行政機関で検定を行うというようなことをあなた方が考えておるということを前提にして言っているのではございません。あくまでも大臣、検定審議会の関係において、非常な不備がある、説明においては納得のいきがたい点があるということを申し上げている。大臣検定とあなた言われますけれども、これは今あなたの御説明になったいろいろ字の間違ったような教科書があったということが問題になったときに追及された。しかしこれは実際大臣の検定権ということにはなっておるけれども、大臣が逐一それに目を通すものじゃない。事実問題としては審議会の決定によって大臣がそれに承認を与えるといういわゆる大臣の権限なんだ、こういうような説明がある。そうでしょう。清瀬大臣がどういう博学のお方であろうとも、一々教科書の細部にわたって御自分で目を通されて、そうしてイエスかノーかの最終的判定を下されるとは考えられないのです。やはり審議会の結論を尊重される、まあ拒否権ぐらいはあるかもしれませんな。法的にはどういうことになるかわかりませんけれども、この場合においては、大体、というよりは九九・九九%まで審議会の結論によって、大臣がそれを尊重されてパスさせるというのがこの仕組みだと思う。ですから、重視すべきはどこかといえば、あなた方の案でいえば審議会じゃないかというのです。またそういうふうに述べられている。ところが、その審議会なるものは今のように下からほてっていきますると、必ずしもそれが独自の見解を下されるようになっていないというのです。第一関門も文部省で、政府としてこれもやります。そのときには四十五名動員した調査官でもってやります。それで、審議会というものはあるけれども、その調査官が中心になって、まあそれには非常勤も力はかすでしょうが、そうして審議会に原案を出すのです。そうなれば、結果はどういうことかというと、その文部省に所属する調査官の意向が絶大なる力を発揮することは三才の童子が考えてもわかると思う。そのことを言っているのです。それが果して審議会をほんとうに尊重して審議会の機構によって教科書内容の調査、検定を事実上行わせる制度であるかということを言っている、そうじゃないと私は結論を下したいと思う、そこに私は、やり方としておかしいものがある、そういう形式的な審議会だからこそ、第一関門の問題についても、審議会にそれをそのまま持っていくことができないことになっているのだと解釈している。そうじゃありませんか。審議会を重視するのならば、かりに文部省に所属する職員であっても、実際の仕事は審議会の議によって、その意向によって働けるような職員の服務体制を作っておけば、これは第七条なんというものがなくたって、第八条でどんどん持っていって、審議会の運用の中で、事前に調査官において一応目を通してそのことを審議会に報告すればよろしい、そして審議会委員の判定に待てばよろしい、第七条があるために、審議会の判定はあるが、それはきわめて形式的なものになってしまって、審議会の議以前において結論は九分九厘まで出ている。そういう行き方は審議会尊重の行き方でもなければほんとうに検定制度の民主的なやり方でもないというのです。それこそ国定と同じように——さらに極言すれば、文部省が中心になって検定をやる、法的な問題は除いて、いわゆる大臣検定というそっくりそのままの形が実際においても行われる結果が今度の法案にはさらに強く現われている。こういう点を指摘しているわけです。
○清瀬国務大臣 今のお言葉のうちに、調査官が絶大の力を持つとおっしゃったのはおっしゃり過ぎだろうと思います。しかしながら、文部大臣の責任で検定をするのであります。あなたの御指摘の通り、審議会の意見を無視しようという考えはございません。しかし、千に一つは再調査を願うこともあるかもわかりません。無視はいたしませんけれども、検定の責任は文部大臣にあるのです。責任がある以上は、その責任の補助機関、下部機構が文部大臣に属するということは、これは当然でございます。今までのやり方と変えるのでありますけれども、調査員がどれほど審議会のお手助けになるかは少し実際にやってみぬとわかりませんけれども、実態上の検定を許可する最後の採決権はどうしたって審議会の方にやってもらうのほかはいたし方がありません。調査員をとりましても、いずれも年令は若年の人でありまして、とうてい審議会の大家と比肩すべきではありません。しかし何千と出てくる教科書でありますから、調査員のところで一応調査するということも、これは当然のことであります。文部大臣が責任を負う以上は、文部大臣の下部機構が原稿を読むということは違法でも何でもない、当然のことであります。そこで発見してこれを審議会の大家諸君に回して、一々八十名以内のこれらの人々に御審査を願う。ここで時間をたくさんおとり願うよりも、よく規格に合うものを回す方がいいだろう、申請をした人も、いけないのだったら早う知らせてほしい、よもやよもやというので半年も待たされるのではなくて、こういうものは早う処分する。しかしその処分も独断でやるのでなくて、今の時代です、昔の官僚政治と違いますから、やはり審議会に諮問して、こういうわけでございますからこれは破棄してよろしゅうございますかということを聞いてそれで片づける。それでもなお人間は自分のしたことについてはひいきがつくものですから、そんなはずはない、理由を承わりたいということで、日本で曲直をきめるのは最後の機関は司法裁判所でありますから、それにも訴える。そうしますとほんとうの申請を出した——ほんとうというのは申請規格にかなった申請を出した人は、早う順番が上へ上りますから、そこで規格にかなった申請を出した人にも不利益にならぬ。また規格に合わない申請を出した人も早く理由をつけてもらう。両方面よりしてよろしい。それから行政の能率もよくなりますから、世の中のことは一方のことだけお考えになるというと、かえって違うのであります。どういうことでも両面から考えてみませんと、事のよしあしはわかりません。私はこのくらいな中間の政治をすることは決して違法ではなく、便宜からいったら非常に便宜なことだ、かように考えております。
○辻原委員 関連ですから私はあまり掘り下げては言いませんが、どうも何回大臣の御答弁を承わりましても、同じことを繰り返し御答弁なすっていらっしゃる。非常に簡便だ、こう言う。また諮問をするんだから文部省の独断ではありません。しかも大臣の責任においてやるんですから心配は要りません。どうもそれらのいろいろな関係においておっしゃることに、非常に私は矛盾を感じるのです。一つ一つ申し上げますと、大臣が責任を持ってやりますから心配要りませんと言う。ところが今度は審議会は尊重をいたします、審議会の結論は、私はそれをほぼあれして決定します、そうすると審議会というものは非常にウエートが大きくなってくる。しかしながら審議会でこれはやるけれども、実際の実務その他については不十分だから調査官というものを置きます。これは文部省に置きます。この三者の関係において、まず最初に文部大臣の問題はどうかといいますと、責任を持ってやります、こう大臣は胸をたたいていらっしゃるのだけれども、実際はおそらくあなたがここで細大漏らさず目を通して判こをつきますとは言い切れぬでしよう。結局審議会にまかせねばならぬとあなたはおっしゃった。そうするといわば大臣は判こをつくだけなんですな。もっと極端にいえばロボットなんですよ。それから審議会は尊重いたしますと、こう言う。審議会、これは大家がお集まりになっていらっしゃいます。しかしいかに大家であるといえども、足がなければなりません。その足というものは非常勤、常勤の調査員、調査官である。文部省に置いた場合は調査官になりますが、審議会に置いた場合は調査員ですね。その調査員、調査官の所管はどこかというと、これは文部省です。そうすると、あなたは先ほど私がその四十何名の常勤調査官というものが強大な力を持つだろうということは言い過ぎだろうと言う。ところがそうした関門をくぐったものをぜん立てをした者が審議会に持って走る。そういう関係で、この調査官というものをこぞってはずしてしまうと、審議会は一体何ができるか、極端にいえば大綱の判定はできましょう。しかしながら細部にわたる原稿の検討というものは非常に多い。この検討をいわゆる委員という名のつく方々が全部細大漏らさず目を通していくことは、これは大臣が不可能であるように、この委員の方々も私は不可能であると思う。だからそれをまず網のこまかいところで防ぐ、その役割が調査官、調査員。その調査員が文部省に帰属するということになれば、結局審議会というものも、調査員の動向いかんによってはロボットになります。結局最もこまかい網の目を張って、そこで小魚まで取り尽してしまうのが調査員、調査官です。そうすると大臣はロボットになる。場合によれば審議会も調査員という背後がなかったならば、思うようにできないということになる。そうなれば実際の力はここにあるではありませんかと言うのです。それが文部省の役人の中に入って仕事をするのですから、これも表現は気に入らぬと思いますけれども、いわゆる役人による教科書、官僚による教科書というものができる大きな素地だと私は思う。だから検定がいいか、国定がいいかという論争の前に、これは清瀬大臣の御生涯に、自由主義を標榜せられて官僚独善ということに対して極端なまでに排撃されたあなたが、なぜこういうことをやるのかということで、はなはだしく晩節を汚すものとして、私は実は大先生のために惜しんでいるわけです。これは私はおそらく大臣はそこまで思いをいたされなかったのではないか、賢明なる役人諸公がいらっしゃいますので、その方々にうまく乗せられてこういうものを作ったのではないかと実は心配しているのです。せめて国定がいい、検定がいいという政策の論議の前に、少くとも教科書というものは、どんなにまかり間違っても、役人の手で製造されるようなものだけは作ってもらいたくない、これだけを私は申し上げて、あとに同僚議員の関連質問もあるそうですから、後日細部の点はお聞きすることといたしまして、終りますが、その点は一つ大臣もよくお聞き届け願いたいと思う。
○清瀬国務大臣 今のは私に対する御勧告の部分とあなたの御議論とで、答弁は要らないのですが、ただ弁明かたがた一つ申し上げておきたいのは、私が大臣の責任でやるということを前に力を入れて言ったのは、調査官の所属を文部省の職員としたのはおかしい、審議会の方へ持っていけというあなたの御議論だったから、実際は審議会ではなくて文部大臣に責任があるのだから、その責任について公務員の所属をきめたのだ、このことを言うがために言ったのでございます。これを申し上げておきます。 それから大臣はロボットだとおっしゃるが、私は不敏でありますが、ちょうど教科書問題がやかましくなったあとでございますから、ほかの決裁とは違って、教科書だけは私は場合によってはうちに持ち帰りまして拝見してから決裁しているのです。全くロボットのように、単純の行政事務、役人の出張旅費に判を押すといったような扱いはしておりませんから、これはお断わりしておきます。
○佐藤委員長 関連して野原貴君。
○野原委員 関連して大臣に御質問申したいと思いますが、まず私が御質問を申し上げる前に、ただいまのロボット問題ですが、大臣、これはあなたがどんなに勉強されても、専門の調査員には、失礼ですけれども及ばないのです。あなたは政治家でありますけれども、しかし教科書を専門に研究し、専門的なそういう学識を持っている調査員には及ばない。これは私はあなた以外のどなたが政党内閣のもとで大臣になられても、その通りだろうと思う。従って第七条の誤記、誤植または誤まった事実の記載の判定、あるいは検定の基準に著しく違反することの認定、もしくはその第二号に掲載されております「内容が同一又は著しく類似していると認められる図書」という、こういう認定は、ただいまの辻原君の質問に対する大臣あるいは局長の答弁を聞いてもわかりますように常勤の調査員がやるので、このように私は聞いたのでございますが、その通りでございますか、念のためにお尋ねいたしておきます。
○清瀬国務大臣 むろん常勤の者がやりますが、非常に手の足らぬときば非常勤の応援も求めることがあり得ると思います。
○野原委員 そこで文部省設置法の改正案がまだ私どものもとに出されておりませんが、一体常勤調査員はどういう職務を持つことになっておるのですか。単に第七条だけでございますか。常勤調査員の職務内容について御説明を願いたいのであります。
○斎藤説明員 組織のことでございますので、私からお答え申し上げます。本法案によりまして、教科書の検定に関する事務は初中局であることは、法律上はっきりしております。現在の国家行政組織につきましては局以下の問題、これは政令で規定することになっております。あるいは政令を待たず特別の官職について省令で規定する道もございますから、現在予算に認められております調査官につきましてどういう職名を与えますかは、今後政令、省令の検討の段階でいたす予定であります。
○野原委員 昭和三十一年度の予算を拝見してみますと、たしか一千九百万円の予算が常勤調査官の費用として計上されておったと思うのです。しかも教科書の法案が出されて、第七条の認定は、常勤調査官がやるのだ、こういうことになっております以上、政令、省令が出されていなくても、常勤調査官の職務内容というものは文部省当局では考えられておると私は思う。その点をお聞かせ願いたい。
○斎藤説明員 その点につきましては、大体検定の申請のあった教科書の調査に従事することを職務とする、こういう旨の規定がなされると思います。
○野原委員 人数はあなたの説明によると、四十五名と規定されております。何を根拠にして四十五名と常勤の調査官を規定されたのか御説明願いたい。
○緒方政府委員 四十五名を予算として計上いたしましたのは、これも現在の検定の実績から見まして、各教科別に勘案いたしまして、四十五名くらいで適当であると考えましたので、さような数を予算として計上したのでございます。
○野原委員 私はいずれあらためて質問をいたしますので、関連ですから簡単に終りたいと思いますが、なお私が次に質問いたしますときには、四十五名を予算に積算する以上は、社会科は何名国語科は何名という明確な基準をお立てになられた上の四十五名であろうかと思いますから、その点についての御答弁も私は要求しておきます。そこで問題は、辻原君の質問に対して、最後の決定というものは教科書検定審議会が行うのだ、このように大臣は申されたのでございまするが、そういう御答弁の前に、これは文部大臣検定であるから、実は教科書検定審議会がどのように判断しようとも、文部大臣の意向によって合格、不合格の最終判断がなされるべきではないかとも思われるのであります。そこのところは一体どういうことになるのですか。
○清瀬国務大臣 これは第八条に「教科書検定審議会の議を経て、」大臣がやる。それゆえに議を経ないで何ぼいい教科書でも直接にはやりません。議を経た以上は、しからばその議通りにやる義務があるかというと、そうではないので、最後の決定者は大臣であります。しかし実際問題として議を経た以上はよくよくのことがなければこの議に違って合否を裁決することはないのでございます。
○緒方政府委員 先ほど御質問の教科書調査官のことでございますが、これを予算に計上いたしました根拠は、国語科の関係が六名、外国語科が二名、社会科が十二名、数学科が二名、理科が十名、音楽、図工、美術、これが二名、保健、体育、家庭、職業、これが六名、以上で四十名でございますが、それにその補助調査官といたしまして五名、合計四十五名、こういう予定にいたしております。
○野原委員 そういたしますと、大臣にお尋ねをいたしますが、第八条は明らかに文部大臣が最後の決定をするということになっている、検定審議会の議を経て、それから最後の決定をするということは、ただいまのあなたの御答弁を承わりましても明瞭でありますように、教科書検定審議会がかりに合格という判断を下しても、文部大臣は不合格という決定をすることも、望ましいことではありませんけれども、法文の上ではあり得るわけです。そのことをお認めになりますか。
○清瀬国務大臣 法律の上においてはその通りであります。
○野原委員 法律の上でそうなっており、なおまたあなたのお考え方を承わっておっても、そういうことがやはりあり得る。ここに私どもは非常な危険性を感ずるわけであります。従って教科書の検定の最後の決定は審議会がするのではない。これは辻原君の質問に対するあなたの答弁にそのようなお言葉がございましたけれども、法文の上でも、また実際上もあり得るわけでございますから、教科書の最後の決定というものはあくまでも文部大臣にあるのだ、こういうように通さなければ、私どもはあなたの首尾一貫した御答弁とは受け取ることができない。この点についてもう一度明確に願いたいのであります。
○清瀬国務大臣 現在の法律におきましても——現在は教科用図書の検定規則というのでありますが、これによりましても審議会の議に基いて大臣が行う。最後の決定の責任を大臣に負わしたことは、大きくいえばわが国の民主政治に基くものでありましょう。国会において悪ければ糾弾さるる者は大臣でございます。それで大臣が責任を負うて決定をする。しかしながら議を経てでありまするから、議にかけないものは、これは絶対に大臣はやりませんけれども、議を経たものについてはおおむねこれに基くのであります。しかしセオリーからいって、しばしば議をくつがえすかというと、そういうことはあり得ないのであります。もし非常に意見が違うならば、再議を求めるくらいなことは、たまにはあるのではないか、こう思います。
○野原委員 そこで各条文に「文部大臣は、」という言葉がありますけれども、この条文の上における文部大臣の実際上の仕事を担当する者は常勤の調査官ということになります。特に第七条においては明らかに一号も、二号も常勤の調査官がやるのだ、こういう御答弁でございまするから。一体どういうことに発展するかと申しますと、教科書の出版会社は常勤調査官の意向というものを非常に気にしてくるのであります。たとえば誤まった事実の記載が多いという判定も常勤調査官がやるんだ、あるいはまた内容が同一または著しく類似していると認められるこの認定、まことにこれはあいまいな認定でございますが、自分の気に食わない書物は、これは同一の学習指導要領、同一の教科書検定の基準に立って教科書ができるわけでございますから、見方によっては内容が同一もしくは類似しておると、これは大ていの場合認定される、そういう認定をこの常勤調査員がやるんだ、こういうことになると教科書出版会社にとって最もこわいお方は常勤の調査具なんだ、文部省に四十五人おるその方々であります。そうするとその方々によって実は教科書の内面指導、実際上の教科書検定が行われるという私どもの懸念は当らないとはこれは言えないと思う。この点について大臣はどのようにお考えなのか承わりたい。
○清瀬国務大臣 それはすべての行政に通じた問題でございます。文部省といわず農林省といわず通産省といわず、この大臣補助機関が間違ったことをしたというなれば、その責任は大臣にあります。その部屋に大臣がおらぬでも、その結果については大臣が責任を負いまして、この国会で糾弾される、これがわが国の今日の制度であります。政治的の責任は……。それゆえ調査官のうちで一番若い人がやりましても責任は私が負います。責任を負うだけでは本人の損得には影響が少いというので、間違った拒絶処分をしたならば、これは裁判所へ出所の道が開けておるのであります。それが先刻私が指摘した九条のことであります。そういうことで国の政治と個人の権利が保護されるのであります。
○野原委員 あなたは二言目には大臣がやって、その大臣は文句があれば国会において糾弾されるんだから問題ないじゃないか。それからなおまた不満な者は裁判所に告訴の道があるんだからちゃんと権利行使の余裕を与えておるじゃないか、これがしょっちゅうあなたの論法に出てくるわけなんです。なるほどそれでいいかもしれません、大臣としては糾弾されたら問題ないかもしれない。しかし自由民主党の文部大臣であるあなたは、やはり自由民主党のものの考え方によって教科書の検定をされ、その大臣のもとにある常勤調査員は、やはり文部大臣が検定する以上はあなたの考えによって動くのです。そこであなたを教育基本法に違反しておるとか学校教育法から見て問題があるとかいって私どもが糾弾してみても、糾弾する側は少数党である。また解散して内閣が変る、変って今度は反対党が内閣を持つ。そうするとその反対党は反対党の考え方でまた常勤調査員を動かす、それから教科書の検定をする、こういうことになって参りますると、単に糾弾されただけでは問題は解決しない。その間における子供の犠牲をどうするのか。教育が右にいったり左にいったり、そういうように動揺したことが一体どうなるのかという、この損害をだれが一体救済できるのか、あなたは糾弾したらいい、裁判所があるからといいと言いますけれども、日本の教育はその間においては大きな実は損害をこうむる。このことを一体どうお考えになるか承わりたい。
○清瀬国務大臣 そういう損害が起らぬようにするのが、これは政治家の任務であります。今のことは、通常の場合には政治上の最善を尽してそういうことがないようにするのであります。今しかし立法の際もしあったらというお問いに答えておるのです。もしあったらという場合は、今わが国のとっておる政治組織が自由主義組織でありまして、人類が考え得た最善の組織であります。これがまどろっこしいからといってファシズムの国家を形成することは皆さんの御希望ではなかろうと思います。
○野原委員 最後に私はもう一言だけただして終りたいと思いますが、教科書の検定というものは、申し上げるまでもなく教科書の内容を検定することであります。そこで教科書内容検定は政党内閣の文部大臣がやるのだ、そういう考えでこの教科書法案を出したのだ、このように承わってよろしゅうございますか。あらためてまた質問いたしますから、イエスかノーかをここではっきりおっしゃって下さったらけっこうです。
○清瀬国務大臣 セオリーとしては、道理としては検定の責任は大臣にあります。しかしながら各種の機構によりまして、不公正な検定ができないように、いろいろと考えられておるのであります。第一に、審査委員が自分の主観で無理にやったならばいけないというのでわが国の教育基本法を基礎として検定の基準がまずこしらえられておる。それから多数の人でやるところの審議会の議にかけます。その議に対しては不服の道も出訴の道もございます。そういう安全装置をしておりますけれども、わが国の民主政治とすれば、十幾つに割った各省の行政の最終責任は所管大臣でございます。
○佐藤委員長 平田ヒデ君。
○平田委員 この十八条でございますが、十八条に「検定審議会の委員、議事、その他検定審議会に関し必要な事項は、政令で定める。」とうたってございますが、この検定審議会はなかなか重要な会でございますが、この内容を承わりたいと思います。
○緒方政府委員 検定審議会の関係に関する事項で、法律に定めました以外の事項につきまして政令できめるわけでございますが、たとえば委員につきましてはその任期とかあるいは議事につきましては会長のこととか、あるいは分科審議会を作りますから分科会の関係の会長の職務権限、その他審議会の庶務等につきまして政令でこまかくきめてあります。
○平田委員 これはそういう事務的なことだけであるように思いますが、先ほどの高村さんの御質問のときに、説明員の方ですけれども、何か各県や各地方に検定というようなことをされると教科書がまちまちになるので、それでは大へん困るからという御発言がございました。それでこれは教科書がまちちまになるので困るからというような御発言をなさいましたけれども、これを大へん私疑問に思いましたものですから、それで今またあらためてこの十八条の必要な事項は政令で定めるということについてお伺いしたわけでございます。
○安達説明員 先ほど高村先生から御質問があった点は、今のお話の点は第十八条に関連することではなくて、検定を都道府県とすることについてはどう考えるかというお話がございましたので申し上げたので、第十八条とは関係ございません。
○平田委員 検定審議会というのは文部省の中に設けられて、ここで一別きめられるのですから、それに関連して、今のは今のでよろしゅうございますけれども、ただ検定教科書がまちまちになるので、それでは困るからというようなことについて私ちょっと耳にはさんだものですから、それでお伺いしたわけだったのですが、十八条に関連してのことではなかったということは了承いたしました。 それから採択のことでございますけれども、新しい教科書法案によりますと、従来の市町村教育委員会が持っていたいわゆる採択権を都道府県に移して新たに採択地区を設けることになっておりますけれども、これは同じ教科書を使う地域が非常に広くなるというわけでございます。ある教科書によりましては、全県一区という場合もあるわけでございますが、そういたしますと、販売合戦というものが大へん激化しないか。全県一区にしたような場合などはなおさらそうであろうと私は思うのでございます。これに対して、あるいは大臣は禁止の規定をしたからと言われるかもしれませんけれども、これは大へん甘い考えではないか。御答弁いただかないうちにこんなことを申し上げて失礼でございますけれども、この点についてお伺いいたしたいと思います。
○緒方政府委員 ただいまの御質問は、二十一条で採択地区ができまして、そうして採択地区において一つの教科書が採択される。かようなことになると競争が一そう激化しはしないかという御質問でございます。教科書の採択というものは、これは教科書の内容、その質によって採択さるべきものでございまして、それ以外の要素によって採択が左右されるということはきわめて遺憾なことでありますから、これは排除すべきことだと存じます。これらの不公正採択につきましては、ただいま平田委員も仰せになりましたが、二十八条の規定を作りましてこれを排除していきたい考えでございます。採択地区ができてそのために売り込み競争がさらに激化するかどうかということにつきましては、私ども必ずしもそうなるとは存じません。現在でも実態におきまして、御承知のことと存じますけれども、ある地域を固めて統一採択が行われている実情でございます。その点につきましては、さほどの変化はないのじゃないか、さように考えております。
○平田委員 教科書の需要量と申しますが、小中あるいは特殊教育などを通じまして、教科書の年間の需要量はどれらくいございますか。
○緒方政府委員 総冊数二億三千万冊ばかりございます。価格にいたしまして百四十億くらいに相なっております。
○平田委員 これは毎年きまっておりますから、出版業者にとってはまことに安定した市場でございます。五万出してもベスト・セラーと言われておるくらいでございますから……。そうすると新しい法案は教科書業界にも大きな波をたたせているのではないかと思うのでございますが、どうでございましょうか。
○緒方政府委員 業界におきましても、この法案については多大の関心はあると存じますけれども、私どもの方にもいろいろ意見の申し出もございます。これに対しまして著しく反対の意向は聞いておりません。
○平田委員 先ほどから同僚委員からいろいろと大臣、政府委員の方に対して御質問がございましたけれども、要するにこの新しい法案は、国家統制、言論思想の自由を脅かすものであるとして世論が反対をしている。なぜこういうふうな国家統制の不安があるかといわれることについて、私ここでちょっと申し上げてみたいと思います。これはちょっと長くなりますので、質問じゃないじゃないかと与党の方でおっしゃるかもしれませんが、私一応申し上げて、そうして最後に大臣から御意見を承わりたいと思うのでございます。なぜならば、この法案の裏に隠されたようなものがあって、そしてそれを不安に感じてここにいろいろと疑問を起させているということが原因でございます。私申し上げてみます。 現在の教科書の検定制度は、終戦の数カ月後に来朝したアメリカ教育視察団の勧告を基礎としたものでございます。アメリカの意図しましたところは、戦時中の日本の教科書が当時の軍閥方面の意のままに利用され、国民の思想統制、軍国主義の鼓吹に大きな役割を果した点をつき、全面的にこの弊害を改めるとともに、占領政策を効果的ならしめるために教育を改めようというにあったのでございす。これは大臣もお認めになると思うのでございますが、この勧告の後も引き続いて国定教科書が発行され、業を煮やした司令部は昭和二十三年検定制度の採用を命令して参りました。このとき当時の文部省は占領政策に反してまでも国定制を温存しようとした。このことは注目されなければならないと思います。というのは、他に増して封建制の強い文部省が、と申しますとあまりいいお気持でないかもしれませんけれども、人事権その他管轄権、監督権をみずから掌握したいという意向をきわめて強く持っていたという証拠であろうと思うのであります。そしてあわよくば戦時中の組織をそのまま残すことによって他日の再起を期すという面もあったということもできるであろうと思うのであります。しかしながらこれは司令部の強制によって遂にできませんで、全面的な国定の廃止、検定制の採用ということで結末がつけられたというように記憶いたしております。しかし二十四年から実施された教科書検定制度は、何分にも早急に立案され実行に移されたために、幾多の不十分な点があったということは認めなければならないと思っております。そこでこの法案の雑則の五十四条の職業教育用教科書に関する特例というところでございますけれども、高等学校の職業科の教科書は、発行部数がきわめて少いからという理由で、文部省著作教科書として出されておるようでございます。三十年度の目録におきましてもこの形で掲載されております。そしてこのことが国定教科書発行の橋頭堡という形となっているというように思いますけれども、この点につきましてはまたあとで緒方局長さんから御答弁いただきたいと思います。こうして検定制度というものが、徐々ではございますけれども、その歩みを始めて幾らにもならないとき、昭和二十七年の秋でございますが、標準の国定教科書、いわゆる標準教科書を作ろうとする動きが出て参りました。当時の当局の言うところによりますと、教科書の種類があまりにも雑多なので、文部省で模範的——いわゆる標準になる教科書を作ろうとしたものであります。これにあたかも呼応するかのように、この発表の前に、学校図書では標準教科書を作るという声があったと言われております。これが文部省と何ら関連なく計画されたものであるかどうかは私どもの知っておるところではございません。しかしながら少くともほぼ時期を同じくしてこういう意思が表明されたということは事実のようであります。そして二十八年には、教科書編集費として百四十万円の予算が計上されております。このときも現在いわゆるように、民編国管という表現が使われたことに留意しなければならないと思います。すなわち過去の国定というのは文部省で編集しましたが、今度は広く民間の識者を集めて民主的に編集をさせ、そのできた原稿の著作権を国に帰属させるというのが、民編国管の実態であったわけでございます。つまり民間の識者に編集させるとはいっても、当然国の予算で編集され、しかも文部省の息のかかった、ないしは文部省の言いなりになる御用学者が教科書の執筆者として選ばれ、そして文部官僚とが相談しながら作るものである以上は、それはすでに民編の域を脱して国定であり、思想統制の方向が出てくるのは当然のことと思われます。このときも文部省は、国定というのは過去のもので、思想の統制などということはあり得ないと否定しておられましたけれども、これが明らかに欺瞞であることは、だれしも認めるところでございましょう。すなわち文部省の予算で編さんするけれども、文部省自身で作ったものではないから、国定ではないというのが政府の言い分でありました。しかしこの動きは、次年度には世論の反撃もあって中止され、その予算の一部が教材研究へ回されたといわれております。 次に国定への口実となる父兄の不満を利用し、こうしてまがりなりにも検定制が実施されている間に、いろいろな欠陥が現われて参りました。すなわち自制を知らない商業主義のために教科書が高い、転校したら教科書が手に入らない、教科書がよく変る、あるいは不当な売り込み競争も黙視することができないところまできているなどという声が聞かれるようになったのであります。しかしこれらの素朴な父兄の声は、検定制度そのものに対してではなく、でき上った検定教科書並びにその運営面に向けられているということを、父兄たち自身が気がつかず、またこれをいいことにして国定論者たちは、直ちに検定制度そのものの罪であるかのごとくにふれ回っている。私はこの点を指摘しないわけには参らないのでございます。 当初、旧民主党、文教政策では、検定教科書制度の改善とうたっておりましたが、これは昨年の選挙でございますが、昭和三十年の二月の終盤戦ごろから国定教科書という言葉が聞かれるようになりました。当時の民主党の中曽根康弘氏などは、総選挙前の政権発表の中に教科書の国定統一という言葉で、盛んに国定論をぶっておられましたことは御承知の通りでございます。そして党内でも大いにこれを説いて回った結果、党内では幹部級のほとんどの人たちがはっきりした支持者で、その他の人もほとんど全部賛成というようになっておるようであります。これは昨年の二月の二十三日付東京新聞に、当時の民主党の公約十をあげた中の八番目に、文教の刷新、施設の整備、国定教科書の統一とあげていることを見ても、容易にこれはわかることでございます。党の文教部がこの公約の責任者でございますけれども、そのときの文教部長であった方は、国定制度、検定制度両者の是非はとにかく、九十社入り乱れての教科書乱戦では、子供も親もたまらない、教科書会社は数社に限定して、統一性のある教科書を作り、これによって民族意識の回復をはからなければならないと言っておられます。これらと時を同じくして、同党内の一日会でも選挙遊説の切り札として、この国定教科書問題を研究されております。また民主党内の国定論者が表面化し出した一方、文部省では当時安藤文相が三月の十日の省議で、教科書制度について研究しておくようにと事務当局に要請していることは、明らかに国定への準備工作以外の何ものでもないと思われるのでございます。もしも国定化へとしぼられていきましたならば、現在九十幾つもあるといわれる教科書会社の中で、生き残ることのできるのは、いわゆる印刷資本系の大手筋の数社だけで、あとは、たとい生き延びたところで、従前に倍加する激甚な競争に耐え切れないで、早晩破滅せざるを得ないと思われます。たとい国定化に生き長らえた大会社とても、これまでのように編集あるいは販売面で大量の人員をかかえ込む必要はないから、当然首切りあるいは経営縮小は必至といわなければなりません。教科書会社の従業員は国定化の問題を、まず自分たちの生活に直結する問題として考えなければならないのであります。それだけではございません。教科書出版労働者は、自分たちが作った教科書が、平和と民主主義のために日本の教育に少しでも役立つようにと、心から願っていることと思うのでございます。その教科書が思想統一の具に供せられようとしている動きに対しては、黙視することはできないと彼らは申しているのを、私は実際この耳で聞いているのでございます。 また、かつて吉田自由党内閣時代、池田特使がニューヨークで、ロバートソン米国務次官と取りかわした、いわゆる池田・ロバートソン会談の中で、日本の政府は日本の再軍備熱を高めるために、教育、広報活動を行うことを第一の責務とすると約束した事実は、当時朝日新聞ですっぱ抜かれまして、ずいぶん世論の攻撃を受けたものでございましたけれども、対米従属をモットーとしている自民党内閣になっても、右の密約が死んでしまったなどとはだれしも考えられないのでございます。そうだといたしますならば、時期が熟しさえすれば、公然と教科書国定化に乗り出すことは当然といわなければならないのではないか、こういうわけでございます。大臣は近い将来において、国定化する考えはないと申しておられるようであります。これは新聞などにも載っておりますが、近い将来ということは、期限つき国定化と解釈してもよろしいでしょうか、お伺いいたします。
○清瀬国務大臣 今の御発言のうち、私どものやっていることについて多少誤まりもございます。しかしそれなどに論及する必要はないと思いますが、この案は国定を考えておらぬことはむろんのことであります。また私並びにわが党では、教科書の国定制度には反対であります。
○平田委員 反対のお方もあると私は伺っておりますが、賛成の方もだいぶ多くいらっしゃるというのは、事実のようでございます。
○緒方政府委員 先ほど御質問の中に、文部省が著作名義を持っております教科書につきまして御言及があったようです。本法案の第二条の定義のところに触れておりますのは、本法におきまして、教科書という場合、検定教科書と文部省が著作名義を有します教科書、この両方を入れたのでございまして、先ほど御言及になりました産業教育、それからもう一つは特殊教育、つまり盲ろう等に関しまする教科書がございますが、これは御指摘の通り、現在なお文部省が著作名義を持ちまして、そして文部省著作教科書の出版権等に関する法律によりまして出版権者を設定いたしまして、そして出版いたしているわけでございます。これは、お話の中にもございましたけれども、民間業者の編集、発行にまかせておきましたのでは、需要部数が非常に少いために十分な教科書が出て参らぬ、こういうものにつきましてただいま文部省自身が編集をいたしているような次第でございます。この発行は、もちろん今申しましたように民間の会社が出版、発行をいたしております。そこでこれは逐年減っております。現在におきましては、パーセンテージを申しますと、全教科書のうちの〇・〇九%にすぎません。しかしこれらのものは今も申しましたように特殊の教科書でございまして、やはり文部省といたしましてこの編集をみずからやり、そうして出さないと教育上支障があると存じますので、今後も続ける意向でございます。特に産業教育、職業教育におきましても技術的なもの、あるいは盲ろう等のきわめて特殊のものでございます。
○平田委員 今の職業教科書のことですけれども、盲学校、ろう学校の教科書ですね、これは職業教科書と言わなくてはいけないと思うのですけれども、あの人たちは普通教育を受けまして高等学校まで出ても、なお職業教育を受けなければいわゆる生活の独立の道を立てていかれない。それに対する教科書が不十分であるということはこの前からも一申されておりますけれども、この第五十四条にはこれをはっきりとうたっておると解釈してよろしゅうございますか。予算も十分おとりになって措置をなさるおつもりでございますか。
○緒方政府委員 漸次拡充いたしまして目的を達成いたしたいと存じておりますけれども、これはこの前から御答弁申し上げておりますように、本年度におきましては高等学校の関係の教科書につきましては就学奨励法と同じような措置をいたしたいと考えまして、つまり教科書につきましては無償で給与できるような予算を計上したわけでございます。なおまた今後の出版につきましては点字印刷機、製版機の予算を計上いたしまして、これを活用することによって教科書の出版が推進いたしますように努力したいつもりでございます。
○平田委員 まだ質問が残っておりますけれども、大臣が退場なさいましたので、留保いたしまして次会に譲ります。
○佐藤委員長 加藤精三君。
○加藤(精)委員 私はちょっと方向を変えまして、教科書法の時代的な背景というようなものについてお聞きしたいのでございますけれども、どうもあまりに根本的なことにかかわるものでありまして、その点御了承いただきたいのでございますが、大体教科書をよくするということは教育をよくするということの直接的な努力の表現だと私は思っております。そういう面から見まして率直にお尋ねしたいのでありますが、教科書が低廉でなくちゃならぬということに対しても私はかなり疑問を持っておるのです。何となればわが国民の大多数は貧困によってその生活を非常に乏しくされておるわけでありますから、せめても小学校教育だけくらいは国民にひとしく豊饒な香気高い雰囲気を与えて、そうして国民の情操を豊かにしてもらいたい。国民学校の教科書が色刷りで出てきたときわれわれおとなといえどもそれに驚喜したものでありますが、色彩の数を制限したり紙を悪いのを使わせたりして、そうして教科書の質を落すということについては情操教育、音感教育という面からかなり疑問があると思っているのであります。これは教科書をめいめいの家庭が買うということに非常に困難があった、そうして国の財政上の関係もございまして、低廉なことを望む父兄の声が非常に大きいので、それで教科書を低廉にしようという大きな世論が出てきたものだと思うのであります。しからばめいめいが買わないで、それを学校に備えつけて、そうして堅牢にして優秀な、豊富な内容を持っている教科書を使わしたらどうか、こういうような考えがあるのでございますが、これに対しては日本ではそういうことは事実上行われない。その理由の一つには、入学試験制度というものがあって、めいめいそれを家庭で使用して勉強したり、あるいは補備的な教育をやることがあるということを言う者があるのであります。そういう点から見まして、この入学試験というものがまた教科書の問題に若干関連があると思うのであります。そういう点について文部省の方で御考察になられた経過、まず学校に教科書を備えつけ、それを使用せしめるというようなことを考えられたことがあるか、もしあったとすれば、それについてどういう結論を得られたかということについてお尋ねしたいのであります。 質問の内容をもう一回申しますと、私経済では日本国民は非常に貧困で、所得が少く、生活が乏しくなっておる。そういうときこそ公共の経費で国民にひとしく高い程度の文化的な面を与える必要があるんじゃないか、そのことに関連して教科書を学校に備えつけて教科書の程度を上げるというお考えがあるかどうかということをお尋ねしておるのです。教科書の学校備えつけということが諸外国にあるかどうかという点もあわせてお尋ねしたい。
○緒方政府委員 お説のように、教育上教科書の内容並びに形質と申しますか、その外観、内容ともにこれを向上していきますことはきわめて必要なことだと思います。また一面御指摘のように価格の低廉ということももちろん重要な要請であると思います。戦後におきまする検定制度に基きます教科書が、いろいろ批判がある一面、その用紙、装幀、活字あるいは色刷り等の関係におきまして、従前の国定時代の教科書に比しまして非常に向上しておるということは、いなむべからざる事実であると思います。このことは教育上、今申されました情操教育の上におきましても、非常な貢献をしておることと思います。ただ一面、ただいま申されましたように、特に義務教育におきます教育費の父兄負担をなるべく軽減していかなければならぬという要請もまた非常に大事なことでありますので、教科書の質を落さないで、できるだけ安くしていくという努力は怠ってはいけないと思います。色刷り等の問題につきましても、今ここで私見を申し上げるのはいかがかと思いますけれども、これは法律が成立いたしましたあかつきにおきましては、この法律に規定いたしております発行審議会等にかけまして、十分な専門家の検討を待ちたいと存じておりますけれども、あるいは基本科目の算数とか——小学校の教科書で申しますと、算数とかあるいは国語等のほかには、必ずしも今使っておるような色刷りを必要としないものもありはしないか、それらにつきまして若干の検討を加えれば、その面からも価格の低廉化をはかることができるのではないか、これは私見でありますから、ここで申し上げることはいかがかと思いますが、こういうことも考えられます。しかし原則的には、ただいま仰せになりましたように、外観の上におきましても教科書の質を向上していくということは非常に大事なことだと存じております。 それから後段に御質問になりました教科書の貸与制の問題でございますが、これは外国におきましてはございます。たとえばイギリスにおきましては、相当多くの地方で貸与制をとっておるようでございます、そのほかフランスだとかドイツの連邦共和国だとか、相当数の国で貸与制をとっておるところもございます。もちろん日本と同じような有償制のところもございます。従来文部省といたしましてこういう計画をしたことがあるかというお話でございますけれども、今日までございません。これは教育の本質から申しまして、ただいまお述べになりましたような過程において補習的な勉強をしなければならぬという点もございましょうが、わが国の現状といたしまして、まず財政的にこれを一律に実施することはとうてい困難な事情が主となりまして、現在においてははなはだ困難であると存じておるのでございます。ただ御承知のように、本年度予算を計上いたしまして、貧困家庭における教科書に対しまする無償給与の制度を開いたわけでございまして、この面から、私どもはさような貧困家庭に対しまする教科書の面における父兄負担を軽減していくことに努力いたしたい、かように考えております。
○加藤(精)委員 ただいまの御説明を承わって一応了承したのでありますが、文部省というものをもう少し社会政策的な意味を持った役所にしたいというわれわれの気持からいえば、百数十億くらいの教科書経費を年々支出するということは私はそう大した国家財政上の問題じゃないように思うのでありまして、この点につきましては、なおわれわれ文教委員会の者が十分努力したらどうかというふうに考えておるのであります。聞き違いかもしれませんけれども、毎年発行されている検定教科書の価格の総額は現在百四十数億とお聞きしたのですが、間違いありませんね。
○緒方政府委員 大体百四十億程度だと思っております。
○加藤(精)委員 その点について私は何だか割り切れないものを感ずるのでありますが、それはそれといたしまして、われわれは教科書の問題を考えるときに、子供が教科書を手にとったときの喜びのことを一緒に考えたい。われわれの中学のときなんか、新しいあの色彩のきれいな地理付図を見まして、何とも言えない喜びを感じたことがある。そのような意味から申し上げているのでありますが、まず紙質や色彩の向上のことを考えますのに、全国において学校給食の料理はそれぞれその学校において行われておりますが、その材料にします小麦粉やそれから脱脂粉乳なんかが共通であるように、どの教科書会社が発行した教科書を手にしても、価格の許す限度において最も紙質のいい、最も印刷顔料のいい、美しいよい教科書であったならばどんなにうれしいかと思うのでございますが、その点について業者を連合させまして、そうして材料の紙や、印刷顔料や、その他のものの共同購入なんかをさせて、それによってコストを下げるというようなことを御研究になられたことがあるかどうか、その点をお伺いいたします。
○緒方政府委員 従来ただいま仰せになりましたような材料の共同購入等の措置はいたしておりません。また研究も従来はいたしておりませんが、先ほどもちょっと申し上げましたように、教科書の質を向上し、なおまた価格の低廉化ということも今後研究いたさなければなりませんので、それらのことを研究するためにも教科書発行審議会というものを本法で設置することにいたしておりますので、ここにおきまして専門家の意見も十分徴して、ただいまのようなことも研究いたしたいと存じます。なおまたこれは教科書協会がございますので、業者間の自主的な自発的な協力によりましてもただいまのようなことができますように、文部省といたしましても十分その協力あっせんにつきましては努力をいたしたい、かように考えます。
○加藤(精)委員 わが国の教科書問題がこれだけ強く国内の問題として取り上げられて参りましたことにつきましては、私はいろいろ原因が考えられますけれども、率直に言うて、教育というものがようやく国民のものになりつつある、教育が国民の世論上の重要事項になりつつあるということの直接の最も大きな原因は、言論の自由がわが国ほど保障されておる国は世界中にないのじゃないか、これは社会党の方、ことに南原なんという学者とは私は大へん違った考えを持っておるのでありますが、正直のところ、ソ連でもイギリスでも日本のように言論の自由があるかどうか、何かに気がねして言論をしておるのじゃないかと思うのです。そういう点で教育が国民のものになり、教育問題が毎国会最大の政治問題になっておる理由じゃないかと思うのでありますが、その点について政務次官の御意見をお聞きしたいと思います。
○竹尾政府委員 言論の自由につきましては、私が調べた——というとちょっと大げさになりますが、私が感じ、またものの本で読み等々の結果によりますと、ただいまの現状におきましては日本ほどいわゆる言論の自由の認められている国はないと私は思います。また社会党の方々にも個人的にずいぶん知り合いがございますけれども、とにかく二、三十年前に比べて隔世の感がある、このことだけは認めざるを得ないと思う、こう言う友人の諸君がたくさんございます。でございますから言論の自由が認められているという結論を私は申し上げるわけじゃございませんが、とにかく出版法もなければ、昔のような警察の処罰令もなく、そうした法規が撤廃されたということの一点をとってみましても、日本ほど言論の自由が現在認められている国はないと思うのでございます。そういう自由を今後どういうように生かしていくかということが問題なのでございまして、野放図に自由があるから何でもよろしいというようなことになりますと、その自由がかえって反作用を起すような結果にもなります。この点が教育関係につきましても非常に重大な問題でございますので、せっかく一それこそ社会党の皆様方のよく使われる戦いとりましたか、あるいは与えられたか、それはよく存じませんが、とにかくこの自由を正当に正しく生かしていくようにすることが、文教関係の仕事に携わっている者の任務と思いまするから、十分注意をいたしまして、この自由を確保して参りたいと思います。
○加藤(精)委員 その問題だけについても、いろいろ私たち考えたいことがあるのでありますが、本筋に入りますために、途中の道草は食わないことにいたしまして、教育が国民のものになり、また教育問題が国民の世論の上から非常に重要な比重を占めることになり、最近の毎国会において政治問題の中心になっております一つの原因には、六・三制新教育というものが大きな原因を占めるものである。そしてそれに並行してPTAというようなもの、あるいは学校の民主主義組織というような、従来わが国民が体験しなかったものが現われたということが一つの大きな原因ではないかと思います。それについて考えますのには、教育のそうした内容の向上については、国民が学校の先生と一緒に研究するということはけっこうですけれども、学校の先生自身の経験を生かしての初等教育の向上の努力、その研究というものがわが国で最も効果を上げた教育改革の一つであるところの中等教育制度の改善、岡田文相のときに、たしかあれは臨時教育会議か何かの決議でいろいろな改善をやったわけであります。そういう際に特に現職教育者の経験を国定教科書の編さんの上に生かすことが非常に必要だということが強調されておるのでありますが、現在は国定教科書主義じゃなしに、横定教科書主義でございますが、その検定ということが編さんと同じ効果をもたらすわけでありますが、現職教育者を十分にこの検定という行政行為の中で働かせる必要があるのじゃないか。しかしながら十分に働かせるような仕組みを考えることは、採択の利害関係等とも非常に関連しまして、むずかしいことだとは思うのでございますが、それにもかかわらず、今回の大改革においてはどういうふうにお考えになっておられるか、どういうふうな方途をひそかに準備しておられるか、そういう点についてお伺いしたいと思います。
○緒方政府委員 従来と申しますか、現行の検定制度におきましては、申請原稿の調査に当ります者は非常勤の調査員でございまして、これは主として現職の教職員の片手間でございますけれども、非常勤の職員として任命いたしまして、そうしてこれに調査させておるのが現状でごごいます。その結果を検定審議会が審議する、かようなことに相なります。今度の改正法案におきましても、ただいま申しました非常勤の調査員という者は存置いたします。文部省に専任の調査官を置きますけれども、この予備的な調査といたしましては、やはり若干の非常勤の調査員も必要とすると存じております。その面におきましては、ただいまお話の現職の教員の経験を生かしていくということにいたしたいと思っております。 なおまた検定審議会の審議委員のメンバーといたしましても、先ほどから平田委員の御質問にもお答えいたしましたけれども、適任者がある場合にと申しますか、教育につきまして識見のある者という規定をいたしておりますので、これらの中には現場の教職にある人、あるいはまたそういう経験を持った人の経験をこの審議会で生かしていきたい、かように考えております。
○加藤(精)委員 次に変なことをお聞きしますが、どうも根本的な問題としまして、教科書の発行に関しての制限の制度が今度整備されたというわけでありますが、それはあるいは発行とか検定とかいう問題になる。しかしながら教科書をこれから著作しようという、教科書の発行の自由のほかに、教科書著作の自由というものについてはどういうふうに扱っているのか、はなはだはっきりしないのです。それでその点極端なことを言いますれば、破廉恥犯罪で刑務所に入っている者が教科書を著作しよう、著作して検定を願っても、それが非常に優秀なものであるならば、これは検定も受理し、検定も審議してやる、あるいはそれを頒布してやる、こういうことも自由なわけであろうと思うのでありますが、教科書法においては、著作者の問題についてはほとんど触れておられないように思うので、その点簡単にお尋ねしたいと思います。
○緒方政府委員 検定の申請の規定は、第四条の規定をごらんいただきたいと存じますけれども、「教科書の検定は、発行者又は著作権者の申請により、文部大臣が行う。」こういうことに規定いたしておりまして、検定の申請を行います者につきましては、発行者または著作権者、こういうふうにいたしております。ただその著作する者につきましての制限は本法案では触れておりません。御説の通りでございます。ただしかし著作者と申しましても、自分が著作をして著作権を持っておる人もございますし、あるいは原著作者からその著作権を譲り受けた人もございます。いずれにいたしましても、著作権を持っておる者かあるいはまた発行者か、これの申請によって検定する、こういう原則にいたした次第でございます。ただいま例にお引きになったのでございますが、この著作者につきましては、本法としては触れていないわけでございまして、もしも非常に優秀な教科書の原稿を書かれた人が、自分で申請をしませんでも、第三者がその著作権を取得しまして、そして検定をするということはできることに相なっております。
○加藤(精)委員 それに続けてちょっと関連して申し上げたいのでありますが、採択関係者とかあるいは国家権力の乱用の危険のある人とかいうような問題に関連しまして、教科書の著作というものに、すなわち著作権者というと、先はどの御説明では何かいろいろ種類があるようでありますが、実際著作して、それを推進していくということについて、いろいろ問題が起り得ると思うんです。たとえば文部省の検定官が著述しまして、あるいは編著しまして、そうして検定の申請ができるか、そういうことは弊害があるからそれは制限するという規定がそんな非常識なことはなかろうと思いますけれども、とにかく法律の立法技術とかいろいろなそういうふうな法律の構造を研究するために技術的な御質問をするのでございますが、そんな点ちょっとお聞きしたい。
○緒方政府委員 ただいまお引きになりました事例のような場合は、そういう人が原稿の調査に当るということはきわめて弊害が多いのでありますが、そういうことのないように、十分駅務上監督をしていく、注意をしていくということのほかはない。またただこういう職員を採用いたします場合に、やはり検定審議会の委員も教科書の発行に直接関係のない者という規定があるくらいでございまして、それらにつきましては十分注意をして採用することが必要だと思います。
○加藤(精)委員 先ほど何か辻原さんが質問した中に、教科書の検定の非常勤調査員、これなんか検定審議会に所属しているようにお考えになって御質問していましたけれども、あれは文部省の職員になるのだろうと思いますが、その点間違いありませんか。
○緒方政府委員 非常勤職員は従来の規定から申しますと、先ほど示しました教科書調査検定審議会令に基きまして任命をいたしております。この規定の条文を見ますと、「審議会の意見を聞いて、文部大臣が任命をする。」かようになっております。この新しい制度によりますと……
○加藤(精)委員 文部省の職員ですか。
○緒方政府委員 非常勤の文部省の職員でございます。
○加藤(精)委員 これは非常に小さなことですけれども、教科書検定審議会の分科会におけるこの委員の配置等の問題でございますが、これは各教科ごとにグループを十にわけて、それにおのおの審議会委員を配属させるというふうに承わったのでありますが、その各分科ごとに大局的な判断のできる非常に偉い人、「教育、学術又は文化に関し広くかつ高い識見を有する者」というグループとそれから教科内容の専門家と 二つのグループを十の各グループに分けて配属するというと、残りはあと一人もいなくなって、どれもこれもどこかの部署に所属しているようでありますが、現在の文部省にはそういうことはないかもしれませんけれども、今から二十数年前の文部省等におきましては、たくさんの督学官という人がおられまして、その督学官はおのおのその学科の番人の観がございまして、そうしてなわ張り争いをしているというようなことが多かったのでございます。自分の教科目の取扱いの範囲は、これはみじんも減らしてはいかぬというような気分があったと思うのでございます。教育全体は合科教育というか、一つの教科で得た知識経験は他の教科にも非常に応用できる。また一つの教科で、たとえば数学の教育において、国語で習わなかったような漢字がどんどん出てきても困るというような、非常にそこに各教科の調整の必要が大きくあるのではないかと思う。しかも現在においても地方ではすべての教科が児童、生徒に同じように消化されていないのではないか。たとえば中学校の数学なんか、他の教科が生徒の血となり肉となっても、算数方面の教科はむずかし過ぎて、ほんとうに血となり肉とならぬのではないか。大多数の生徒に対してそういうような心配もあるのではないかと思うのでありますが、そうした場合、この合科教育という思想から見て、ことに第十五条第二項の前段の「教育、学術又は文化に関し広くかつ高い識見を有する者」の方は、十のグループの方に突っ込まないで、そうしてまた分科会に属せざる一つのグループがあって、そこで全般をにらんで均斉のとれた教科書、教科目であることの必要があるのではないか。採択についてもそういう面がある。これは各教科ごとに採択されるけれども、これを選定協議会が教科目ごとに採択した教科書の中の調和を保たせるために、合科教育の思想に基いて、その面からもう一ぺん再検討し直して、県の教育委員会なんかがもう一回選定のし直しをする必要があるのではないかとまで考える。後者はともかくとして、前段に対してだけでも当局の御感想を承わりたい。
○緒方政府委員 まず検定審議会で審議をいたします際に、先ほどから御説明申し上げますように、各分科会に分けまして、そこで専門々々の関係者が寄って審議をするという建前を一応とっているわけでございます。しかし今お話のありましたようなことにつきましても、私ども十分考えるわけでございまして、そのためにこの十五条の二一項の「広くかつ高い識見を有する者」というような表現といたしたのは、その意味でございまして、やはり各分科会に専門の教育関係者あるいは学者という者のほかに、もちろん教育、学術、文化に十分な識見がなければいけませんけれども、高い見地からまた総合的にこれを見ていく力のある人を入れたい、かように考えます。そうしてなお、各教科ごとに、義務教育の下の段階におきましては、特に横の連絡というものが非常に必要でございますので、分科会の間の連絡会あるいは分科会長の会、そういうふうなものを開いて、その調節をとっていきたい。原則としましては分科会の審議をその審議会の議にかえるという方法をとりたいと存じますけれども、そういうふうな連絡会議を常に開きまして、横の連絡を十分とって、へんぱのないようによくバランスのとれた教科書が出るような仕組みにいたしたい、かように考えております。
○佐藤委員長 本日はこの程度とし、次会は明日午前十時二十分より開会いたします。 これにて散会いたします。 午後五時三十分散会