文教委員会 第13号
- 発言数
- 74 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1956/03/08
会議録
○佐藤委員長 これより会議を開きます。 まず文教行政について前会に引き続き質疑を行います。質疑の通告がありますのでこれを許します。山崎始男君。
○山崎(始)委員 前会に引き続きまして、過日のアジア地域ユネスコ国内委員会の総会における原水爆禁止に対して日本国内委員会が反対をしたという問題で、若干お尋ねしたいと思うのであります。 まず最初に私がお尋ねしたのは、今月の三日だったと記憶いたしますが、文部大臣の御答弁も三日の午前中に済んだのかどうかしりませんが、会議が終った直後でありました関係で、非常に答弁が不徹底なように見受けたのであります。それについてまず最初にお聞かせ願いたいことは、二十九日から三日間だったと思いますが、その間におけるこの問題の経過はどういうふうになっておるか御説明願いたいと思います。
○清瀬国務大臣 本日はお尋ねがなくても申し上げなければならぬと思って用意いたしておりますので、ちょっと時間をとりますが、大切なことですから、御しんぼう願いたいと思います。 まず最後に結局こうなったという決議文を先に朗読いたします。大へん長いものでありますが、日本文の仮訳でありますけれども、こういう決議をしたのです。「ニネスコ国内委員会代表者会議は一九五四年モンテヴィデオにおけるユネスコ総会に満場一致を以て平和目的のための原子力利用について決議されたことを満足をもって想起し、かつその後特にこの問題に関しイデオロギーを異にする国々から多数の専門別科学者が初めて一堂に会した先のジュネーブ会議において、これまでややもすれば秘密と神秘に包まれていた知識を一般情報として有益に利用し得るまで発展したことに留意し、この会議は原子力の平和的利用に対しての関心を大にして、かつ効果的な転換を高く評価すると共に、この健全な転換が強力に保持され、発展されることを望み、かつ原子力が世界の未開発及び後進地域における生活水準を高めるためますます利用されることを望む。この会議はユネスコ及びすべての国内委員会に対し、これについての世論を啓発し、原子力の平和的利用の発展及び奨励のための定期刊行物によって、原子力に関しての知識の普及を含むすべての可能な措置をとることを要求する。この会議はユネスコ事務局に対し」——これはパリの事務局のことです。「(日本及び米国の現実に経験ある当事者の援助をかり)原子力の平和的利用に関する巡回展を開催する可能性と費用について調査し総会に報告することを要求する。」ここまでが決議の本文でございますが、これに行きました経過を申し上げます。今読みましたこの決議は満場一致です。ソ連も日本も全部一致になりました。これに行きました経過を申し上げると、この決議のしっぽにもう一つ一句があったのです。その最後の句を除いて決議になつたのですが、そのしっぽにあった句が今山崎さんの問題にされるものだと思います。そのしっぽに「この会議は核エネルギーを平和的目的にのみ最終的に使用することを目的として、世界中のすべての国における一般大衆の教育のために、ユネスコ事務局がすべての必要な措置をとるよう要求する。」これだけの一句がついておったのです。これで御注意願いたいのは、「平和的目的にのみ」ということです。この「のみ」、これが英語ではエクスクルーシヴ・ユースと書いてあります。平和的目的のみにエクスクルーシヴにやるから、原爆の方には使うなという裏返しの意味がこの「のみ」に含んでおるということが問題のもとでございます。初めアメリカ代表も「のみ」ということに重きを置かず、一たんこの案に対し賛成しかけておったらしいのでありますが、中途でエクスクルーシヴ・ユースということは裏返せば非常に大きなことになるということに気がついて議論が紛糾いたしたのであります。採決の結果は七対二でこのあとのしっぽの方は削除になったのでございます。 さらに、それまでのことをもう一つ申し上げます。このしっぽの句は、ソ連が提案してインドが支持した原子力兵器及び核兵器、すなわち水爆の実験禁止を追加修正するという問題でございます。これに対してオーストラリヤは、この問題は軍縮委員会で扱わるべき政治的問題であるので、この会議の権限を越えるものであるといって反対をしたのです。日本の国会では参衆両院において決議されておることでもありますし、日本国民のだれもが望んでおることでございますが、この会議で取扱うのは妥当でなかろう。と申しますのは、この会議は政治問題は扱わないということでございますから、趣意においては、日本国民の希望通りだけれども、これをこの会議で扱うことはよくなかろうという態度をとったものでございます。すなわちこの削除された部分は、向うでは権限外であるというイギリスと関連性があるという議長——議長はアフガニスタンのアナスという人でありましたが、その議長と小委員会の指示に従って作成された修正案について、さらに反対することは無意味であり、かつまたさらに可能であるかという疑問まで起ったのであります。これはインドとわれわれの方と対立したのであります。アメリカは、この案が審議されるときは、案の実質を知らなかったというために、議事進行の質問をアメリカがしております。議事進行の質問でインドの論点には反対しておりますが、結局英国の要求した採決が行われて、その結果前記のような主文通りになったのでございます。 もう一つ曲折があるのです。それがちょうど三日の日に、私どもが別の部屋でやっておったのと並行した時間のようでありますが、三日の日に各部会で——あそこでは部会のことをワーキング・グループといいます。そのワーキング・グループで下ごなしをして、それを総会に持っていった。三月三日に開かれた総会に、第二部会というのから、これは自然科学の部会ですが、その決議が、たくさんほかにもありますので、一括上程されました。そのうちにこれを含んでおります。インド代表は第二部会において一たん否決されたものを、修正動議としてまた提出してきたのです。一たん部会で否決されておる動議を本会議でまたインドがしつこくやるのは、それは議事外である——向うではアウト・オブ・オーダーだという言葉を使った。アウト・オブ・オーダーで、そんなものは議するに及ばぬという声がありましたが、このときは総会で日本の代表が議長でありますが、日本代表の議長は、しかしそれでも議事をやろうといって、これはイン・オーダーだという裁決をしておるのであります。ところがアメリカ代表は、それはいけない、やはりアウト・オブ・オーダーだといって、採決を求めまして、その結果、十四対七で、日本の議長のイン・オーダーだというルールは敗れまして、アウト・オブ・オーダーだ、議事外だということで、本会議では退けられてしまっておるのであります。 なお今度はソ連の方は、あらかじめ配付した次のような提案をさらにしつこくやってきたのです。すなわち成立したインド提案の動議の冒頭に、もっと強いことを書いてきたのです。その文句は、「核兵器の無条件禁止並びに原水爆兵器実験の即時停止を要求して」という言葉を頭にくっつけて、そしてインドのやつをやろう、こういうことをまたソ連が言ってきたのです。ソ連の代表はこれを説明しようとしましたが、むろん前に否決しておるものをもっと強くするのでありますから、アメリカの方が異議があった。議長はこのとき、明らかにこの修正はアウト・オブ・オーダーであるとして、これに対するソ連の異議にだれも賛成する者がないから、裁決通り、この修正はルール・アウトしなければならぬ——議長は前田多門君ですが、それでソ連の最後の主張を退けた、こういう経過でございます。この一番最後に前田さんがソ連の二度目の、ここでいえば一事不再議でしょうが、二度目のものを退けるのを勇敢にやったというのを、日本が否決したというように報道したのではないかと思います。 言うまでもないことでありますが、このユネスコは、ユネスコ憲章と日本においてはユネスコ活動に関する法律、この運行でやっておりますので、国内委員会は日本の機関ではございますけれども、政府が監督をして代表せしめる命令系統の機関ではないので、むしろ代表委員会の方が政府を指導せよというような意味に書いてあります。なお国内法であるユネスコ活動に関する法律では、国内委員会と国とは密接な関係をとるというような文字があるのです。そこにお持ちのようですが、第四条の三項が一番明白かと思います。「国又は地方公共団体の機関が前二項の事項を実施するに当っては、第五条の日本ユネスコ国内委員会と緊密に連絡して行わなければならない。」それでありますから参衆両院のこの決議の成文は、日本の国内委員会の委員の方に渡して、国会はこの通りやっておるということは十分知らせてありま旧す。それから日本代表委員の発言の中にも、日本の国会はこうこういう決議をしておるから趣意においてはいいのだという演説もしておられます。これが大体の経過でございます。
○山崎(始)委員 どうもあまり長過ぎてちょっとあとから速記を見なければよくわかりませんが、要するに二十九日の日に原水爆の実験禁止の提案に対して日本が反対をしたということは事実なんですかどうですか。
○清瀬国務大臣 今お聞きの通り、一品で言えば今言った原水爆の長い決議ですね。まだしっぽもついておりますが、このしっぽの部分については、政治的意味があるといってその削除を求めたということでございます。
○山崎(始)委員 そうすると結局削除を求めた、それに対して日本の代表は賛成をしたということになるわけですね。
○清瀬国務大臣 そうです。
○山崎(始)委員 問題はそこにあると私は思うのですが、大体ユネスコというものは、あくまで平和ということが一番の内容とならなければならない。原水爆の実験禁止の決議案を出したことが政治的であるというものの考え方の方が、私はよっぽど政治的であると思う。原水爆の実験禁止という決議案がどうして政治的なんですか、御説明願いたい。
○清瀬国務大臣 これはさっき申す通り、国内委員会の独自の見解でやっておられることで、政府から見解を述べることは適当でなかろうかと存じます。ただ想像しますれば、国内代表は参議院、衆議院の決議をよく御存じの上で、やはり日本の国会で決議しておるものも、参議院の方では有効適切な措置をとれというし、衆議院の方では各国に要求の通知をしろという意味になっておりまして、わが国会でも幾らかそこにちょっと一つのバッファーを入れて決議をしておるような状態でありますから、それより進んでエキスクルーシブに、ほかの方は絶対にするなということを言っていくのはどうであろうかというごちゅうちょでもあったのじゃあるまいか。これは私の想像で、あるいは想像なんか言わぬ方がいいかもわからないけれども、そういう状勢でございます。
○山崎(始)委員 原水爆の実験という問題に対しては、日本こそ声を大にして反対をすべきものだ。国連にもまだ日本は加盟しておりません。御存じのように広島、長崎、一昨年はビキニにおいて一番の被害者である国民は、原水爆の実験禁止に対しておそらくもはや三千四、五百通の署名ができておると思うのでありますが、こういうふうな国内の国民の世論というものを考え、同時に、申し上げるまでもございませんが、ユネスコというのは、第二次大戦後の全体主義に対するところの世界の平和を理想にした一つの団体でなければならないと私は思うのです。文部大臣は今、日本の代表がそういうふうな反対の投票をしたということに対して、そうあるべきであるというふうな御発言でありました。前回の委員会におきましても、文部大臣はそういうふうな御発言をなさった。特に前会の委員会のごとき、国会の議決は適切なる措置をする云々と書いてあるから、絶体反対というこのソ連、インドの提案に対しては日本は賛成をしないのだというような御答弁をあなたはなさったのです。私は両方の決議を見ましたが、あなたは参議院の決議を見られていらっしゃったように思います。衆議院の決議には全然そんなことは書いてないですよ。衆議院の原水爆実験禁止要望決議案というものは、あくまでこれは反対です。何だったら念のためにもう一ぺん読んでみてもよろしゅうございます。「しかるに、ソ連はしばしば無警告で実験を行い、また米国は近くエニゥェトック環礁において水爆実験を行う旨を発表しており、さらに英国も原水爆実験を計画しているとの報道がある。原水爆被害の最初にして最大の被害者たるわれわれ日本国民は、国際取極によりこの種実験が中止されんことを強く要望するものである。政府は、この国民の要望を米国、ソ連及び英国に伝達する措置をとるべきである。右決議する。」。適切なる措置を云々というような言葉は参議院の決議なのです。あなたは、国会議員でめるから国会の決議に忠実である、こういう答弁をされたのでありまするが、これは文部大臣としての答弁なのですか、あるいは清瀬個人の御答弁をなさったのですか、一体いずれでしょうか。
○清瀬国務大臣 私は文部大臣でございまするから、文部大臣の答弁としていたしております。 それから参議院の決議と衆議院の決議とは違っておるのじゃないのです。参議院の方は適切な措置をとれというし、衆議院は適切な措置を米、ソ及び英国に伝達する措置をとれというので、こまかに言っておるだけで、意味は外国にわが要求を伝達せいということです。しかもどちらも原水爆実験禁止についての要求なのです。ところがアジア地域のユネスコ会議でやった決議は、実験ばかりじゃないのです、核兵器を全部やめろという意味なのです。エクスクルーシヴ・ユースをやれというので、その裏を探すと、全部やめなのです。そこでその間、必ずしも同じことじゃありませんが、しかし日本の代表は核兵器使用には反対いたしております。問題は議事手続の形式の問題で最後のしっぽをとることの方に賛成しておるわけなんで、決して不穏当なことをいたしておるとは私は考えておりません。
○山崎(始)委員 私お尋ねいたしますのは、前回の文教委員会において、適切なる措置を講ずるというこの決議文をあなたお読みになって、自分は国会議員だから、こういう適切なる措置を講ずるというふうに弱い文句を使ってあるから、このたびのユネスコ・アジア地域における委員会における原水爆禁止に反対をしたということは自分としては同感だという意味のことを言われた、そのことをお尋ねしておるのです。
○清瀬国務大臣 なるほど御指摘の通り私はあの場合文字においては参議院の決議を引用しております。それは訂正いたします。適当な機会があったら予算委員会でも訂正をいたしたいと思います。しかしながら、衆議院の決議においても、「政府は、この国民の要望を米国、ソ連及び英国に伝達する措置をとるべきである。」これが決議の最後の締めくくりであるので、両方の決議とも核兵器使用絶対反対とは言っておらないのです。実験をしてくれるなということを、実験をしようと思っておるソ連と米国及び英国に通知しろ、参議院の適切なる措置をとれというのもそこなんでございます。それゆえに今回ユネスコで核兵器はエクスクルーシヴに平和目的にのみ使え、こういうことで範囲がだいぶ違うのですね。
○山崎(始)委員 どうもあなたは私の質問を多少すりかえられているのです。結局この衆議院の決議も、ソ連及び米国、英国に伝達する措置をとるべきであるというのは、私はこの決議文の主文ではないと思っています。すなわち先ほどちょっと一読いたしましたが、本文の方の最後を見ましても、「最大の被害者たるわれわれ日本国民は、国際取極によりこの種実験が中止されんことを強く要望するものである。」、こうなっている。そのことを米、英、ソに伝達を政府はすべきであるという決議でありまして、伝達をするとかしないとかいうことはこの決議文の主文ではございません。本文はどこからどこまでも原水爆実験に対してはあくまで反対です。核兵器を平和的に利用するのは当りまえです。要点はここだと私は思うのです。あなたは今は参議院の決議文を見られた。私は、清瀬文部大臣はいつの間に参議院議員になられたかと思っているくらいなのです。都合のいい文句を読まれている。衆議院の方のこの決議文は参議院と同じような決議じゃありませんよ。よく読んでみていただきたい。大体たびたび私は申し上げますように、一国の文教の府の文部大臣が、しかもユネスコはあなたの所管、いわゆる監督下にあると思うのですが、ユネスコの六十人の委員というものは、文部大臣が任命している。そういう方々が原水爆実験禁止に対して、今あなたがおっしゃったような感覚がにぶいということは、私は非常に残念なことだと思う。一応文部大臣は参議院の決議文を読んだといってお取り消しになりましたから、私はこれ以上その点は追及いたしませんけれども、衆議院のこの決議文は、私は重ねてこの問題だけをお尋ねいたしまするが、これは絶対反対なんです。この意味が十分徹底しておるならば、今あなたのおっしゃったような、前回からの引き続いてのような御答弁は私はできないと思う。もう一度私はこの衆議院の決議文に対するあなたの御感想をお聞かせ願いたい。
○清瀬国務大臣 私も衆議院でこれに賛成するものの一人であります。日本国民としては、原子兵器の使用には反対であります。しかしながらこのときの情勢は、今実験をしておるから、実験することをやめてくれ、こういうことなんです。やめてくれというのを、参議院は適当な措置といっておるし、こっちは国を名ざしてその旨を通告せよ、こういったのだと私は了解しておるのです。ほんとうは理由はつけなくて前文が主文でありますけれども、政治的にどこをねらったかというと、早くイギリス、ソ連に言ってくれないかといったようなあのときの空気でありまして、それに従って政府は通告しておるのであります。けさあたりの新聞を見れば、ソ連もこれは考慮して研究しておるという通信がきておりまするが、問題の重点はそれだろう。けれどもどこを押えたかというと、あのときは実験禁止ということを押えている。私もあなたと同じように、核兵器を使うということは反対です。それから国内委員の人も反対のあることはここで言っておるのであります。
○山崎(始)委員 この問題はただいま長い決議文を読まれまして、それをよく私消化しておりませんから、いずれ速記録ができましたら拝見させていただきまして、重ねて私はお尋ね申し上げたい。非常に私は遺憾だと思うのであります。前会に引き続き、またきょうのさような御答弁をいただくということは実に私は残念で仕方がない。ましてや六十人の国内委員会の中には、文部大臣が御指名なさった国会議員もずいぶん入っておるだろうと思うのであります。参議院の決議文にいたしましても、衆議院の決議文にいたしましても、くどく申すようでありまするが、主文は絶対反対なんです。その趣旨が徹底をしてそれが了解されておるならば、日本の国内委員会の六十人の人が、ようもそろってわれわれ日本人こそ声を大にして言う権利のあるこういう問題に対して、なまはんかな態度をとってこられたということは、こういうユネスコの国内委員会ならやめてしまった方がいい。私に言わせるならばやめてもいいと思うのです。でありますから私はいずれまた日をあらためまして、速記録を見ました上でお尋ねを継続いたしたいと思います。外務省の方もお見えになっておられるようでありますが、実はこの問題は外務大臣がおいでにならなければ、まことに失礼でありますが、お尋ねしてもまずいと思いますから、きょうは留保いたしておきます。お忙しいときほんとうに御苦労様でした。
○清瀬国務大臣 最後のことは私に対する御質問ではなかったのでありまするが、私より一つ発言いたしたいことがあるのです。ユネスコ委員会を通じて日本の代表は決して核兵器には賛成しておるのじゃないのです。それからまた衆参両院の決議もそのまま持っておるのです。そこにはちっとも間違いありません。ただしかし議事を開くには議事法というものを守らなければなりません。さっき説明をいたしたようにソ連がアウト・ボーダー、議事外だと言われても、またやってくれといったようなことは日本人としては私はよくないと思うのであります。これは議事外だと判断すれば議事外としておとなしくルールには従うというのが、私は日本の代表としてきれいな当りまえなやり方だと思うのです。核兵器が憎いからといって、ユネスコ委員会で、これは自然科学委員会という部会なんですよ。自然科学委員会で政治問題を持ち出してわいわい言ったというふうなことは、私は日本人として名誉ある態度ではないと思う。心の中では原子力はほかの国と違って日本は実に九腸寸断するの思いでこれには反対であります。けれども、反対を言うのには言う場所があります。反対だからといって、自然科学を研究する前で、ロシヤのひそみにならってわいわいおっしゃることは、私は少し意見が違うのです。それだけ申し上げておきます。
○佐藤委員長 小松幹君。
○小松委員 今の大臣の発言を聞いていますと、ユネスコの会議で原水爆の問題をわいわい言うことがユネスコ精神に反するようなことを言っておられた。一体ユネスコというその精神、これは政治の下に絶対服従していかねばならぬものか、その辺を一つお伺いします。
○清瀬国務大臣 私は政治の下にあって各国の政府が自己の政治目的のためにこれを利用するということはもっとも慎しむべきことだと思います。
○小松委員 それじゃ政治の下にあるものでないとするならば、ユネスコの精神は、私は平和に社会があってこそほんとうに教育も文化もあるいは科学も進展するものと信じておる。それがややもすれば人類の悲劇を招こう、あるいは災害を招こうとする、そういう危険なことに対する発言が、わいわい言うてなされない。それを毛ぎらいするという意味を、もう少し大臣の所見にはっきりしていただきたい。
○清瀬国務大臣 同じことを言うようでありまするが、また困ったことを申すようで失礼でございまするけれども、ユネスコは国際連合に関係した一つの機関で、国際連合、本名は教育、エデュケーシヨン、科学、サイエンス、文化、カルチュアという意味をつけて、教育科学文化のために設けたものでございまして、その憲章には「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信をおこした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。」こういうので、もともと政治目的にこれを利用し、階級闘争だ何だといってこの場を政治に利用してはならぬということは憲章の第一でございます。また日本自身におきましてもユネスコは文部省の方で世話はしておりまするけれども、国内委員会諸君の判断は政府と別に御判断なさるんです。むしろ規定から言えば、ユネスコの方から政府を指導して下さるような格好なんです。これは言葉は悪いんですけれども、政府の方からユネスコを指導すべきものじゃないんです。私はそういう特殊な性格を持っておる団体と思っております。
○小松委員 大臣の言われたようにユネスコの精神そのものが政治を指導し、あるいは政府を指導する、それならばユネスコの高遠なる理想に向って正しくすなおに原水爆反対だ、また実験も困るということを言うくらいなことができないのか、なぜ遠慮せなければならぬか、それを階級闘争だと言う。ユネスコ精神と階級闘争とは何も同じじゃないんです。ただそういうところにおいて困る、人類の発展、今あなたがおっしゃったような教育、文化あらゆるものに障害になることをすなおに率直に困るからやめてくれということは何も政治でもなければ何でもない。それこそほんとうのユネスコの最大の精神である。それをなぜ言わない。ここなんです。あなたの言うことをそのまま受けても率直にそのことが出てくると思う。その辺どうなんですか。あなたは何回も同じことを言って、私も同じことを何回もあなたに言うんです。
○清瀬国務大臣 日本の国内委員の方がなさったことそれ自身を私がここで可とも否とも言うべき立場じゃないんです。というのは今言う通り政府と離れた機関でございますから……。ただしかしこういう会議で僕が言うべきものじゃないといって振り切ってしまうのもどうかと思って、私はこの問題に応酬いたしておるのでございます。この間の会議にもあなたと同じような議論をされた国もあるんです。すなわちソ連でございます、インドでございます。けれども今現に原子力の使用を禁ずるか禁じないかは世界の大きな政治問題になっております。いわゆる軍縮問題の大きな部門であります。ブルガーニンとアイゼンハワーが会おうというのもこれなんです。これは政治問題じゃありますまいか。世界の最大政治問題であります。それを日本において開いたユネスコが口を出すということはアウト・オブ・オーダーだと判断することも悪い判断じゃございません。私はこれは支持するとか反対するとかいう立場にありません。けれども間違った判断じゃないと思います。
○小松委員 それでは方向を変えましてユネスコ精神を国内的に指導しておられるというんですが、一体どういう形において指導しておるか、同時にユネスコというものの精神が平和と離れて存在するかどうかということをさらにお尋ねします。
○清瀬国務大臣 今私の判断をここで申し上げることは、重複もしまするし、ことに益はないと思います。それでこの会議の速記録もできまするから、それを一つごらん下さい。日本の委員諸君も人柄からいうとみんな原子力兵器には反対の人ばかりです。それからまた国会の決議も知っておられるのです。またこの国会の決議には反対しておられません。日本の国会の言う通りだ、ただしかしこれを議事手続を無視してしゃにむにここへ持っていこうということについてちゅうちょされておるのでございます。
○小松委員 ユネスコ会議のそのことを私は聞いているのじゃないのです。今方向をかえて国内においてユネスコ精神をあなたが徹底させる指導方針を聞いているのです。
○清瀬国務大臣 私自身も戦争は反対でございます。また原爆使用は反対でございます。ユネスコの各委員も同様と思います。機会あるごとにあるいは印刷あるいは今いうマス・コミュニケーシヨンといいますか、講演、宣伝その他によって日本国民にこれを知らしつつあるのでございます。
○小松委員 そういう方法を聞いているのじゃないのです。私はユネスコの精神をどういう形において具現していくか。私は教育とか文化というものは戦争を前提にしたら成り立たないということを思っているのです。科学でも教育でもそうしたものは平和が存立するという前提のもとにこそ初めて繁栄を約束しまた進展を予約できるものである。ならばその前提であるところの平和あるいは戦争なき社会、軍備なき社会というのを前提としてユネスコ精神を説いていかない限りは、私は真にユネスコ精神の徹底はできないという。あなたは一体どういう形で国内にユネスコ精神を説いていこうという考えなのですか。
○清瀬国務大臣 教育の全機関、全能力によってこれをやりつつあります。
○小松委員 それは平和という概念を打ち込んでいく、戦争をしないという社会の理想に向って打ち込んでいくのかどうか
○清瀬国務大臣 私は日本人で戦争を好む者は一人もなかろうと思います。戦争なき恒久平和の時代を作りたいとはみんなその通りであります。あの教育基本法にも平和国家、平和社会を作ろうというふうにやるということがあります。それゆえに学校に対する指導要領も教科書検定基準もみなこれでやっているのです。しかしながら悲しいかな世界二十億の人類はいまだ平和の域に達しておらないのです。現に今日でも中東では戦争が起っております。殺し合いが起っております。それからまた現に起らぬでも戦争のために武器を持っておる国はあるのでございます。ソ連ありアメリカあり中共あり、こういう社会において志は恒久平和でありまするけれども、いざ戦争が起った場合の準備はしなければならぬ、これは決して平和主義に反するものじゃございません。私は教育基本法に従って教育機関の全体を通じて時々刻々年々心を離さず平和の教育はいたしておるのです。あなたのおっしゃるのはそれならなぜ自衛隊を持つかということでありまょうが、これはやはり平和のためです。日本が兵器を持たなかったらあるいはかえってその方がバランスが破れて平和を乱す場合が多いだろう、こういう見込みをわれわれは持っております。
○小松委員 私は自衛隊のことを言っているのじゃないのです。それならば今後学校教育を通して平和教育を徹底させて、ユネスコ精神を徹底させ、同時に戦争なき社会を築くための素地を作る平和教育をどしどしやってもようございますか。
○清瀬国務大臣 国民の心に平和が生まれるように平和教育をやることは私はちっとも差しつかえありません。大賛成です。ちっとも遠慮は要りません。
○小松委員 それではさらにもう一つお約束しておきたいのです。今度学校教育に平和教育を論じ、あるいは教壇上からどしどし平和教育を説いても文句はおっしゃらないですね。 〔「日教組の平和教育とは違うぞ。」と呼ぶ者あり〕
○清瀬国務大臣 恒久平和を説くことはちっとも差しつかえありませんが、今しかし日本の俗語で、あるいはあなたはお腹をお立てになるかもしれませんけれども、平和の名のもとに某国のイデオロギーを輸入しようということもあるのです。それは反対です。
○小松委員 平和に俗語の新語のということは私は初めて聞いたのです。今さら語源を尋ねる必要はないが、教育の理想は今申すようにユネスコ精神である。戦争なき社会、戦わざる人類の一つの悲願に到達する教育をやることに俗語の普通語のなんということはあるはずがない。だから平和教育は一本だ、そういう意味においてやることは差しつかえない、そういうことに承知してよろしゅうございますね。
○清瀬国務大臣 従前あるいはカントのいった恒久平和、トルストイのいった平和といった意味の平和はちっとも差しつかえありませんけれども、外国の某党派、あるいは世界中に広がっておる某政治団体のうちの暗語としての平和は困ります。
○小松委員 私は寡聞にしてそういう暗語だとか某国の平和なんて知らないのです。文部委員会もきょう初めて出たようなわけで、そういうことは何も知りません。だから文部大臣の方が語彙がきわめて広いのでございましょう。今までの教育における平和の内容の語彙を、某国の平和の語彙というような解釈は辞典にも二通りはないはずだと思う。そういうことを文部大臣から今さら聞いてもちょっと困るわけなんです。そういう意味でユネスコ精神、同時に平和教育だ、同時に現在の日本憲法を守る意味の戦わざる社会を構成するための教育を文部大臣の趣旨に従ってどしどしやってもよろしい。平和も恒久平和とかカントが何とか言いましたが、ある瞬間の平和を説くなんというあほうなことはないと思う。すべて人類の悲願は恒久平和なんです。その意味においては奇しくも文部大臣と私の考えは同じなんです。恒久平和なんです。だからそういう意味において了承したと考えて、平和教育をどんどん進めるべく指導していきますが、よろしゅうございますか。
○清瀬国務大臣 真の平和は人間の心から出る平和です。ある征服者が世界を征服してしまって、弱いものは立つことができぬということで戦争をなくしてもこれは真の平和じゃございません。真の平和は人の心のうちから出る平和であります。それゆえに民族の闘争もいけなければ、階級闘争も平和とは一致いたしません。すべての心が温良恭倹譲、他人を愛し、自分を愛し、波風の立たぬようにするという心持を子供に植えつけたいと私は思っておるのです。共産主義国のことを言うに及ばず、昔から共産じゃなくても、シナの大陸でも非常に戦争がたくさんあったのを、武力で押えて平和を持ち来たしたこともございます。日本のように鎖国の方法で平和を持ち来たしたこともございます。けれどもわれわれの望む平和はそういう圧力による平和ではございません。謀略による平和じゃございません。人間の心から自然に発した平和、これが恒久平和であります。それでなければ力でやったものも力が劣えればまた戦争になる。少くとも暴力平和は平和じゃないのです。
○小松委員 だんだん新語が出てきて、暴力平和というような平和が出てきた。私は暴力平和なんてことを言ったことはない。寡聞にして暴力平和なんて知らないが、一体どういう平和を言うのでしょう、まずそれを一つ聞きます。それと何も階級闘争とか、某国のと、私はそんなちゃちなことを聞いておるのではないのです。そういう平和を言うならば、いわゆる武力を持つ、戦争道具を持つ、あるいは一発にして何千か何万か何十万の人類を殺傷する原水爆を持つことを禁止する、そういう一つの理想に向って教育を進めるということ一だからあなたの言うことと同じなんです。あなたは某国とか暴力とか、聞きもしないことを一生懸命陳弁これ努めて、的をはずれておる。だから暴力平和なんてことを言う。一つ暴力平和ということの平和の意味を聞かして下さい、どういうことなんです。
○清瀬国務大臣 一番尊いのは個人の自由でございます。すべての者が自由を享受して、しこうして争いがなき状態が平和であります。そのうちの一人の者が力をもって他の者の自由を圧迫して、ようやく闘争なき状態は、これは暴力平和でございます。それは真の平和境じゃございません。理想境じゃございません。この間の戦争で結局負けましたけれども、かりにヒトラーが世界を征服したらどうなるのです。戦争がなくなって平和になります。それは決してわれわれの望むところではない。真の平和はユネスコ憲章にある通り、人間の心の中に築いて初めて平和ができるのです。すなわち小さいことでいえば、兄弟同士けんかしないのは、お互いに友愛の精神でけんかしない。昔の藩と藩とけんかしないのも、これも親善関係でけんかしないことになる。それをだれかえらい豪傑が来て押えてしもうて、そうしてようやくバランスを保つということはわれわれの理想とする平和じゃありません。
○小松委員 暴力平和は悪いそうですね。それじゃどういう平和をあなたは言っているのですか。もう一回伺いたい。
○清瀬国務大臣 世界の各人、個人個人が戦争を不可なりとする心を抱き、世界のどの政府も戦争はすべきものではないということを心から考えて、そこで恒久の平和ができることを私ども期待しております。このことは議論や討論じゃいきません。やはり人間の心を改めなければならぬ。それがむずかしいことなんです。それゆえに宗教も起っておる。倫理も起っておるのです。これ以上申し上げても話が巡回すると思いまするが、実にこれは広大無辺の仕事でございます。
○小松委員 まことに広大無辺な、しかも大臣、これは重要な問題なんです。あなたは武力なき、暴力なき平和というものをこいねがいつつ、オネスト・ジヨンを持ってきたり、機関銃をばりばり打ってけいこしたり、これは何ですか。あなたのおっしゃるそういう平和と、やることと食い違っておる、一体どっちがほんとうなんですか。
○清瀬国務大臣 それゆえに私も先刻申しました通り、悲しいかな、人類はまだ愚かであるか、現在は平和境ではありません。
○小松委員 そういうへそくり問答をしておるのではないのです。あなたは暴力なき平和を希求すると文部大臣としておっしゃるから、今暴力を持った平和をやっておることの政治責任を私は追及しておる。同時に現在の文教費というものはどんどん削られているじゃありませんか。軍備費の拡大が、日本の予算をどんどん拡大していく、日に日に軍備費が拡大して、しかも教育費は低下している。大学の授業料さえもぴんぴんはね上げておる。こういうような状態に現在の日本が置かれておって、あなたは文部大臣でしょう。暴力なき平和を願い、争いなきユネスコ精神を説こうとする文部大臣が、この教育予算が低下して、暴力の軍備費が上っておるということに対して、一体どういう判断を下すのですか。暴力なき平和だと口ではなんとかかんとか言うけれども、そのいわゆる行政責任というのはどうするのですか。それをお聞きしたい。
○清瀬国務大臣 大へん大きな問題を提出されたのでございますが、わが国の国家の目的もまた個人の目的も恒久平和を持ち来たすにあることはもちろんでございます。現に教育基本法においても、平和的な国家及び社会の形成者として教育せいということが書いてありまして、私ども子供にその意味で教育しつつあるのであります。ところが、悲しいかな現実の世界はそこへ到達しておらぬのです。よくイソップ物語にある通り、ある天文学者が天文ばかり見ていて井戸へはまったということがあります。平和は望むところでありますけれども、現実の世の中に処しては自衛はしなければならない。この二つのことはおわかり下さりそうなものだと思うのですが、いかがでありましょう。それは、どこの国にも武力がなかったら武力は直ちに捨てていいんです。捨てていい、それは理想なんですけれども、日本は島であるから、境を接しておるとは言えませんけれども、近くには膨大な武力を持っておる国があるのです。その国は原爆を持っておる。どうしたらいいでしょう。来たら頭を下げて殺してもらうのがいいでしょうか。そんな平和は私の望む平和ではございません。
○小松委員 それでは二つだけ質問します。あなたは先ほどいみじくも暴力平和という言葉をお使いになった。今の日本の社会は暴力平和ということですね。これをお尋ねしておるのです。それともう一つは、あなたの理想はユネスコ精神だ、平和な、戦争なき社人を、子供にあるいは次代の青少年にしっかり教育していきたい、しかし現実は違うんだということをおっしゃるわけですね。しかし、あくまでも教育の場に立っての対象とするならば、その理想を教えて、今の社会、今やっておる社会は間違っておるんだと教えてもよいのですか。その二つをお聞きいたします。
○清瀬国務大臣 教育は児童の成長に応じてわかるように教えることになっております。それを了解する年令に通しておりましたら、理想は平和だ、自由だ、しかしながら今の世の中にはやっぱりどろぼうがあるぞということは教えていいと思うのであります。
○小松委員 答弁が半分なんです。今のは暴力平和ですかと聞いておる。それともう一つは、あなたの答えが満足でないからもう一回聞きますが、あなたの精神は高邁なる恒久平和を念願する、そのことは私も賛成なんです。かしながら現実はやむを得ぬ。これは悪いんだけれども、こういう戦争道具をこしらえておる、これはやむを得ぬ。だから、そういう意味で、理想はこうだ、しかし今はもうしょうがないから、悪いことだけれども、戦争道具を作ったんだぞと、悪いという前提のもとに教育をしてよいかということを聞いておるのです。
○清瀬国務大臣 人間の言葉にはいろいろと言葉自身にそういう語感というものがありまするが、しかしながら理想は平和であるけれども、今日はやむを得ないでわれわれは自衛しなければならぬのだという二つに切って教えることは一向差しつかえないのみならず、当然のことでございます。
○小松委員 今は暴力平和ですねと聞いているのです。
○清瀬国務大臣 今世界で暴力をもって平和に統一している国はないのです。それを理想としておる国はあるんじゃないかと私は疑っております。今は世界はまだ平和になっておりません。現にきょうでもけんかしているところがあるのですよ。イスラエルとエジプトを見てごらんなさい。今の世の中には平和の日はないのです。まだまだそうじゃない。今は平和の世の中じゃございません。
○小松委員 答弁をはずさぬように。あなたは暴力平和ということを言われた。そうしてそのあなたの解釈からすれば、今は暴力平和の時代である。権力を用い、あるいは武力を用い、拳銃を掲げ、こん棒を持って平和を、秩序を維持しているのだ、そういう社会は暴力平和だ、こうおっしゃったのですから、今の日本の社会は暴力平和だと私は聞いたんです。だからそれを確認しているのです。
○清瀬国務大臣 暴力平和は真の平和じゃないと私は言っているのです。そういう国がぴったりあるかどうかしらぬけれども、疑うらくは、やはり暴力、力でもって平和にやろうという考えの国はなきにしもあらずであります。現在というと当りさわりがありますが、古来はあった。そういう国は真の理想じゃないのだ。こういうことなんです。
○小松委員 この問題は次の文教委員会にさらに譲るといたします。一応私は、暴力平和な時代であるとあなたの言葉を解釈する。同時に、平和教育を徹底してやってもよろしいという言質を得たと了解をいたしまして、この質問を終ります。 そこで、次に映画の問題に移りますが、文部省推薦映画というのをやっているそうですが、文部省推薦映画という推薦というのは行政事務ですか。
○清瀬国務大臣 文部省は先年来ある基準を設けて推薦はいたしております。それゆえに、行政という言葉が強過ぎるかどうか知りませんが、一種の政府の活動になっております。
○小松委員 政府の活動ですか。
○清瀬国務大臣 仕事になっております。
○小松委員 最近映画の推薦料金を取るようになったというのですが、これは行政事務はどうなんですか。もう一ぺんはっきり説明して下さい。
○内藤政府委員 これは手数料の収入ごでざいまして、本年度予算で大体七十万円程度見込んでおるのであります。
○小松委員 手数料を取る推薦というのは、何か窓口をあけて受付をやっておるわけですか。推薦してやるから持ってこい、持ってこいという意味の推薦ですか。オフィスとして、行政事務として窓口をあけて推薦しておるのですか。それとも指導的な意味において推薦しておるのですか。この辺どっちですか。
○内藤政府委員 今お尋ねの両方でございます。
○小松委員 両方ということですが、それでは指導方面で推薦ということは一応抜きにいたします。窓口をあけて推薦する。これはどういうことですか。営業物でしょう。それを窓口を歩けて推薦するといったら、手数料ぐらいで済むのかという問題になるが、これはどういうことなんですか。
○内藤政府委員 これは行政上いい映画を一般の青少年及び成人に推薦するという意味でやっておる趣旨でございます。そこで、業者からの申請がございますれば、全部私の方は受理いたしまして審査をいたしておるのでございます。 〔「手数がかかるからだ」と呼ぶ者あり〕
○小松委員 手数がかかるから料金を取るということだったら、それは手数料なんでしょう。そこで、文部省のいわゆる映画の推薦態度ですね。これは営業物でしょう。いわゆる興業物ですね。あなたが新聞にも発表したように、推薦すると入りが多くてえらいもうかるそうでございますが、そういう意味において、営業物を推薦する一つの基準というのはどういうようなものですか。興業物を推薦する基準というのをもう少しはっきりして下さい。
○内藤政府委員 これは内容的にも形式的にも教育上価値ありという判定をしたものを推薦しておるのでございます。
○小松委員 教育上価値ありというのはどういうことなんですか。もう少しはっきり……。
○内藤政府委員 審査の規定がございまして、それには、一般映画で申しますと、教養を高め生活の向上に資するものとか、豊かな情操を養うものとか、倫理性を高めるものとか、あるいは表現について申しますと、意図しているものが具体的に表現されているかどうか、映画が鮮明であるかどうか、録音及び色彩等が適切であるかどうか、こういうようなことを審査いたしましてきめるわけであります。
○小松委員 そういう興業物を推薦する場合には、これは文部省が推薦するというよりも、何か別個の——よく政府は何かすると外郭団体にやらせるのですが、こういうものこそ映画推薦委員会というようなものにさせた方がいいと思うのです。文部省というのは行政事務をやるお役所なんでしょう。それが映画の、あなたが今お読みになった要素のようなことを推薦するということは、どうもおかしいと思うのです。これはどう考えますか。私は純粋に考えて、文部省が推薦するというよりも、何か別個な委員会というようなもので取り扱った方がぴったりくるのじゃないかと考えるのですが、その点どうなんですか。
○内藤政府委員 この点につきましては、お話のように文部大臣が推薦しますけれども、しかし委員会を設けまして、十分民間の学識経験者の意見を聞いてやっておるわけでございます。ただ今日社会の面において、映画というものが一つのマス・コミニュケーシヨンとして占める地位が非常に大きいので、私どもは映画の教育性というものを高く評価しなければならぬ。そういう点で、いい映画を推薦するということが社会教育の一つの大きな仕事である、かように考えておるのであります。
○小松委員 文部省推薦ということは一つ考慮願いたい。もちろん手順はいろいろとあるでありましょうけれども、そういう興業物を窓口をあけて推薦をどんどん受付けて、それでお役所が興業物の推薦をするということは御一考願いたい。そうじゃなかったらほんとうのいわゆる行政事務として手数料をとってやるならそれは別ですけれども、そこのところはもう少し御判断を願いたい。私はもう結論を言いませんけれども、ちょっと考慮した方がよいのではないか。宿題にしておきます。以上で終ります。
○佐藤委員長 ほかに質疑はないようでございますので、本日の委員会はこの程度にいたし散会後理事会を開きます。次会は公報をもってお知らせいたします。 これにて散会いたします。 午後零時五十四分散会