農林水産委員会 第55号
- 発言数
- 28 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1956/10/01
会議録
○村松委員長 これより会議を開きます。 農林漁業災害対策について審議を進めます。 まず、さきに北海道、東北における冷害等の実情調査のため派遣せられたる委員より調査報告を求めることにいたします。笹山茂太郎君。
○笹山委員 国政調査の第一班としまして、去る九月十二日から二十日まで北海道及び青森県の各地を調査いたしました状況を御報告申し上げます。 調査のおもなる事項は、北海道における冷害等による災害実情、農地開発機械公団の現地開墾状況、さらに先日当委員会において井手委員から要望がありましたいわゆる松村品種の育成状況等であります。委員は、私のほか本名、足立、小川、淡谷、中村、石田の各委員でありまして、札幌におきましては、地元の川村委員と、たまたま来道中の中馬委員も参加されました。 今回の調査は、調査期間が正味八日間、調査地域並びにその対象も広範多岐にわたり、内容も複雑であり、加えまして冷害の状況が、われわれが東京において想像いたしておりましたよりもきわめて甚大かつ深刻なものでありましたので、その実情と農民の切実なる訴えをでき得るだけ詳細にお伝え申し上げたいのでございますが、時間の都合もございますので、報告の方法といたしましては、調査の行程に従い、そのつど見聞いたしました事項をごく簡単に御報告申し上げ、冷害に対する要望事項は各地区ともそれぞれ共通点が多いため、最後に一括して申し述べることとし、地域的に特殊な点のみをお伝えいたすことにいたしたいと存ずるのでございます。 まずわれわれ一行は九月十三日札幌に到着、直ちに北海道庁に参りまして、地元の小事、永井両代議士を交え、知事、農務部長、道議会議員団、気象台係官等より本年の冷害の全般的状況について聴取いたしました。内地においては想像のできないほどの状態でございます。すなわち本年凶作と天候との関係についてでございますが、ことしの夏の気象の特徴は、札幌管区気象台の予報課長の説明によりますと、五月は日本の東海上に優勢な高気圧が停滞し、低気圧は沿海州方面に多く行って、北海道では南西の気流が多く現われ、そのため気温が著しく上昇し、日照時間も長く、作物の成育については一部畑地の旱魃を除いて一般に良好であったが、六月中旬から梅雨に入りまして、ことしの梅雨前線は例年より北に変位することが多かったため、低温寡照の日が続き、しかも降水量も例年に比して多かったのであります。さらに七月中旬以降は、例年は梅雨が明けるのでございまして、北海道も太平洋の高気圧の下に入り、気圧配置の上からいたしましてもはっきりした夏型になるのが常でありますが、ことしは一時梅雨が明けそうな気配にありましたが、べーリング海東部及びアラスカ方面で東部太平洋から北に動いた高気圧がオホーツク海高気圧を再び助長して、梅雨の気圧配置がもう一度補強されることになり、その状態が結局八月まで続いてしまったのであります。このため北海道には気象的な意味で夏の訪れがなかったことになり、測候所開設以来の低温寡照の天候であり、作物成育の限界である摂氏十五度を下る日がしばしばあったのでございます。 以上のような不順な、いわゆる凶作型の気象条件でありましたので、当然農作物の成育に及ぼす影響は大きかったのであります。すなわち当初は各農作物の作況は、比較的順調であり、本年も昨年並みの豊作が予想せられたのでありますが、漸次遅延型の冷害が現われ加わりまして、水稲の成育は遅延に加えて幼穂形成初期以降における最低気温が生理的限界温度である摂氏十五度以下の日が継続し、花粉の分裂形成の数も少く、さらに雨も多く受精不能となり、極端な障害型の冷害となったのであります。特に網走支庁管内においては、七、八月において十五度以上の日がわずかに六日間であったとのことであります。畑作の豆類も同じような影響を受けまして、ところによりましては炭素病の発生もありまして、被害を大きくしたのであります。従いまして水稲はもちろんのこと、畑作物全般にわたり遅延、障害による冷害を受けた結果となり、一方いもち病を全面的に誘発して、全道にわたって莫大な被害数となって現われて参ったのであります。まことに皮肉なことでありますが、九月に入りまして平年の盛夏を思わせるような好天気が連日続いたのでありますが、時すでにおそく、畑作においては多少回復の見込みは立ちましても、降霜期も近く、大した期待はかけられず、もちろん障害型の影響を受けた水稲、豆類は受精できなかったためにほとんど収穫の見込みがなく、この好天気が半月か一月以前に到来してくれたならばの嘆声をしばしば耳にしたのでございます。 今度の災害について道庁の調査によりますると、九月十五日現在におきましては総被害金額が約三百九十六億円、農林省の調査によりますと三百二十億円でありますが、三百九十六億円でございまして、作柄は、水稲については平年に比し四〇%、大豆については二六%、小豆については二十二%、トウモロコシについては三三%、バレイショについては疫病の関係もあって七〇%、麦類は六〇%、デントコーンについては五三%であるが、テンサイについては八五%、亜麻はほとんど平年並の作柄を示しておるような状況でございます。昭和二十九年も大凶作でありましたが、本年はこれをはるかに上回り、七割以上の被害を受けた農家は実に五万三千百二十七戸であるということでございまして、北海道としましては希有の凶作であり、農家経済に与える影響はきわめて深刻なものがあるのでございます。 以上のような大冷害に対しまして、道庁におきましては対策本部を設けまして、また農業団体、市町村等よりなる北海道冷害対策連絡協議会を作りまして、官民一体となりまして冬の到来を目前に控え、あすの食糧に事欠く農民、来年の種もみの確保に迷う農民等をいかにすべきか、これが対策に日夜協議、奔走いたしておるのでありますが、かかる緊急事態に処するため義務費を削減して五億六千万円をこれに充てるべく道議会に提案しておるとのことであります。北海道農民は相次ぐ災害のため農家負債は今や累計三百三十億にも達しておるのでありまして、従ってその打撃がいかに悲惨なものであるかは想像できるのでございます。 以下の説明を道庁において承わりました後におきまして道議会農務委員長、農務部長の案内で現地の調査に取りかかったのでございます。 まず石狩支庁管内当別町に参りまして、水稲の作況を見ました。水稲は早、中、晩種ともに冷害を受け、ほとんど収穫の見込みはなく、早稲種である農林三十四号におきましてもこれと同様な状態であり、特に穂首いもちに全面的に侵されておるような状況を示しておるのでございます。次に篠津地区の機械開墾地を調査いたしました。この篠津原野の泥炭地の開発のため、開発が農地開発機械化公団の保有する泥炭地用機械の貸与を受けまして、排水溝を作り、泥炭土に客土を行い、農地の造成を行なっておるのでございますが、工事も比較的順調に進んでおるような状況でございます。 次に新十津川村の水稲の作況を調査いたしました後、富良野町に参り、上川支庁長を交え、富良野町長初め近隣町村長等から被害状況並びに要望を聴取いたしました。当地方の特色といたしましては、穂首いもちの発生が顕著でありまして、また開拓地におきましては、累年災害のため深刻なものがありました。自作農維持創設資金のワクの拡大、食糧確保の問題等につき、強く要望された次第でございます。 翌十四日、富良野町の現地に水稲の作況を見た後、新得町に至り道立新得種畜場を見学した後、新得町役場におきまして、新得町の作況及び要望を聴取し、次いで清永町の現地におきまして大豆、ビート、及び菜豆等の作況を調査しましたが、豆類は不稔多く、惨状をきわめておりました。帯広市に至りまして、亜麻製繊工場を見学いたしました。本年のような冷害の年におきましても、亜麻は平年作を維持しておりますが、不順な気象条件のため種をとることができず、明年の必要播種量の三分の二程度はようやく確保できましたが、不足分の三分の一はオランダ、ベルギー等から輸入しなければならぬ状況でありますので、これに要する外貨の割当並びに価格差補助の対策を講じてもらいたいとの要望がございました。次にわれわれは十勝支庁に参りまして、支庁長より管内の作況全般及び要望事項を聴取するとともに、管内町村会会長、町村議長会会長、農協代表、開拓者代者、農業委員会代表等から、それぞれの立場から要望が出ましたが、要約すると、他地区と同様救農土木事業の早期実施、種もみ確保の問題、食糧確保の要望、旧債償還延期の問題等が主でありましたが、特に当地方は、平均四年ないし三年に一度の割合で冷害が到来し、農家経営は実に不安定な基盤の上にあり、このような不安定を克服するための基本策として、有畜農業を基礎とした安定農作物の輪作によるところの農業経営の確立を強く要望されました。 また町村会会長は、管内に現在六十億円以上の負債があり、これ以上の負債を持つことになると、農家経済は破滅の一途をたどる結果となり、自力で立ち上れるような政府の施策、すなわち救農土木事業の早期実施等により現金収入の道を講じてもらいたい旨の強い要望があり、町村民も冠婚葬祭の自粛、家屋新築、旅行等の見合せを申し合せているとの報告がなされ、自力更生の熱意には感銘を強くいたした次第であります。 十勝支庁におきまして陳情を受けた後、日甜帯広工場におきましてビート糖の製造工程を見学し、また工場を新設される場合、美幌工場の新設に考慮を払われたい旨要望を聴取いたしました。要点は、北海道における安定農作物であるテンサイの栽培の歴史において、会社が政府の庇護を受けても、農民と苦楽をともにしてきた会社側のパイオニア的努力とその技術的経験を尊重され、有畜農業と一体をなすテンサイの作物としての特性から、農業計画を総合的に検討して新規の工場設置の場合には、ビート栽培農家に不安と混乱を起さないよう慎重を期せられたいとのことでありました。 また御影村の造林用未墾地買収反対の陳情を受けました。これは傾斜地で、造林以外に不適な土地を、しかも防風林的役目を果している土地を買収されて困るので、調査の上考慮を払われたいとの要望でありましたが、一応聴取いたしておきました。 翌十五日、音更町の現地におきまして水稲の作況を調査いたしましたが、ここでは早生種もほとんど収穫の見込みのない状態でありました。 次いで士幌村に参りまして、冷害事情を聴取したのち、士幌村農業協同組合の建設になる連続式合理化澱粉工場を見学いたしました。 なおその席におきまして、北海道の経済連の代表者より、北連の経営によるテンサイ糖工場の設置についての要望がありました。農民の利益のために、原料から加工まで一貫して農民の組織と力で行うのが理想であるとの見解からの要望でありました。 さらに同地におきまして、大豆、菜豆等の作況を二カ所ほど調査して釧路支庁管内に入り、阿寒村の現地におきまして、バレイショ、カボチャ、デントコーン等の災害状況を見まして釧路市に至り、漁港を見学ののち釧路支庁に参り、釧路管内の冷害事情全般と要望事項を聴取いたしました。当地区は上川、空知、十勝、根室、網走、宗谷とともに、今回の冷害で被害額は大きく、町村会長、農協代表等より次々に要望を受けましたが、各地区とも積雪期を目前に控えて、早急に農民に現金収入の方策を開くため、救農土木事業の早期実施、飯米に事欠く農民が多いため、代金延納による食糧確保の道を開いてもらいたいこと、累年災害による負債の償還延期等の問題について要望があり、特に当地方は海流の影響が大きく、夏季は濃霧地帯と化すため、普通の営農法では本質的に無理があるため、酪農を主軸とした畜産農家育成の根本策を確立し、これと並立した開拓政策の実行を強く要望されたのでございます。 また釧路市長から漁港の整備を急いでもらいたい旨の要望をされました。 翌十六日、農地開発機械化公団支所の所在地別海村に参りました。途中春別村開拓農家の作況を二カ所ほど調査しながら別海村役場に至り、根室支庁管内の冷害状況と要望を聴取いたしました。 要望事項といたしましては、釧路支庁管内とほぼ同様でございましたが、特に昭和二十八年、二十九年の冷害のとき、賃金収入の方法としまして行われましたところの砂利の採取は非常に好評でありましたので、今回も早急にこれを実施してもらいたいこと、管内の道路網がきわめて未発達で不備でありますから、この方面に救農土木事業を実施してもらいたい等の要望がございました。別海村役場から公団の事務所に到着したわれわれ一行は、まず支所長から事業の概要についての説明を聴取いたしました。この支所には、公団のほか、北海道開発局釧路開発部根釧事務所と道の開拓営農指導所とが一緒に仕事をしておりました。この根釧原野は火山灰土壌であり、開拓可能面積は三十万町歩に上るといわれており、夏季は濃霧のため穀作は安定せず、営農はきわめて困難とされておりましたが、青森県の上北地区とともに機械力によって大規模開墾を行い、ジャージー種を導入し、家畜を主としたところの営農を確立するため、機械開墾地区として取り上げられたものであることはすでに御承知の通りでございますが、このうちでさしあたり初年度の対象地区となっておるのは床丹第二地区であり、この面積は四千六百二十町歩でありますが、そのうち開墾面積は三千四百三十町歩であり、これに対する入植農家は二百八戸、増反農家は三十九戸が計画されており、入植者二月当りの配分耕地面積は十四町四反となっており、入植は三年、開墾はおおむね五カ年で終る予定でありました。公団はこの事業のうちに開墾作業を行うのであります。すなわち委託を受けて抜根、荒起し、十壌改良、牧草の播種、鎮圧の作業等を機械力によって行うのでありますが、業務の進行状況は順調に進み、計画量の達成は可能であると思います。 以上の調査を終えまして、その後斜里郡の農協代表者、斜里郡テンサイ糖工場誘致期成会、北見地区農民代表者等より経済連の経営によるテンサイ糖工場の設立についての陳情を受けました。その要旨は士幌におきまして道経済連の代表者から聴取したのと同様でございますからこの際省略いたします。 同地方の現在のテンサイ糖の作付面積とこれからの増反分とを合せますると、一工場設置に伴う経済作付単位であるところの五千町歩になるわけでございまして、ぜひとも昭和三十二年度に操業したいとの意向でありました。 翌十七日網走支庁管内の作況を調査しつつ美幌町役場に至り、永井代議士を交え、網走支庁次長より管内の作況を調査いたしました。市町村会代表、農民同盟代表者、農協代表者、開拓者の代表からそれぞれ要望を聴取いたしました。網走地区は被害特に激甚であるため、きわめて熱烈に救済策について要望がありましたが、特に食糧確保、種もみの問題、明年度の営農資金及び資材の問題等について開陳されました。 なお美幌町長、ビート耕作者代表等から日甜美幌工場についての強い要望を聴取した後、日甜美幌工場の建設予定地を見まして、北見市に入り、水稲の障害型冷害によりほとんど収穫皆無の水田を見まして、われわれ一行が十三日以来連日水稲の作況を調査いたして参ったのでありますが、その中で格別被害が甚大で、一粒だに稔実を見出すことができない惨状でありました。 次いで北見市役所に至り、北見市長から芝浦製糖の北見工場の設置については、市民はあげて感謝するとの意味の開陳があり、八月三十一日付で農地法によるところの農地転用の許可も得たことであるから、既定方針通り進行願いたいとの要望がありました。なお斜里郡の農民代表者からも、あらためて北連経営によるところのビート工場一の件についても強く要望せられたのであります。 次いで佐呂間町の現地において大、小豆の作況を見ましたが、生育が二十日ないし二十五日も遅延しており、降霜期を目前に控えてほとんど収穫の見込みのない状況でありました。 さらに湧別町、紋別市において、漁港関係の陳情を受けまして、興部町に至り、町役場において町長より紋別地方の冷害状況を聴取いたしました。当地方は特に被害の甚大な地区であり、農家の経営面積は、既存の農家でありながら平均三町歩くらいの零細なものが多く、開拓地も含めて農家経済の窮状は特に深刻なものがあるということでございました。特に当地方は重粘土地帯の不良土壌である等のため、ぜひ恒久対策としまして、土地改良すなわち砂の客土、石灰、有機質等の混入等により、土壌の物理的形質の変北等をはかってもらいたいとの要望がありました。試験的には海岸の砂の客土により、きわめて好成績をあげておるとのことでございました。 翌十八日、重粘土地帯の土壌調査を行い、バレイショの作付状況を調査いたしました。全道にわたって見られました共通の現象でございますが、バレイショは、冷害によって誘発された疫病の被害が、この地方にも顕著に見受けられたのでございます。 上興部、下川の現地の作況調査を進めたのでございますが、途中しばしば多数の農民が冷害の現物を示しまして、悲壮な訴えをいたしたのでございますが、ことに下川町におきましては、開拓地の災害について婦人側より非常な苦痛を訴えられたのでございます。さらに名寄市、風連町、武徳町においてそれぞれ陳情を受け、士別市に至り、市長より冷害の状況と要望を聴取いたしました。ついで剣渕村の現地においても作況を調査いたしたのでございます。 ここでわれわれが今回の調査の出発に先立って、先ほど申し上げましたように、当委員会におきまして、井手委員から、北海道におけるいわゆる松村品種なるものの調査を依頼されたのでございますが、時間の制約もありまして、十分な調査ができず、正確な判断はいたしかねるのでございますが、まず調査場所として次の四カ所を選定いたしました。一つは、上川郡士別市の中西氏。中西氏は北海道稲作協会道北地区理事長をされ、当地方の篤農家で、松村氏の主宰される協同農業研究所の育成系統の生産力検定委託予備試験地となっております。二番目は、上川郡永山町の梅津さん。梅津さんは昭和二十七年米作日本一北海道ブロック収量賞獲得の篤農家であります。道立農業試験場の育種系統の委託試験と協同農業研究所の育種系統の比較試作をされておりました。三番目には、上川郡永山町の北海道立農業試験場の上川支場でございます。四番目は、上川郡東鷹栖村の北海道協同農業研究所上川研究所すなわち松村氏の主宰するところの研究所の一つでございます。以上のような調査対象を選定いたしまして、まず士別市の中西氏の圃場を調査いたしたわけでございますが、ここでは、松村氏の協同農業研究所育成の系統である北研一号を初め、多数の同系統の品種と奨励品種との比較栽培が行われておりましたが、同地帯は冷害がはなはだしく、数種類は受精登熟中のものもありましたが、他はほとんど不稔粒となり、青立ちしており、道の奨励品種との間において優劣の判定ができませんでした。次に永山町の梅津氏のたんぼを見ましたが、永山町は上川の中央部であり、士別市より冷害の程度は軽く、系統間の優劣がやや判別できました。同氏の試作圃場におきまして、有望視される系統につき調査しましたが、協同農業研究所育成の北研五号は確かに一穂の粒数は多いのでありますけれども、穂数が少いようでありました。農林三十四号は本年の冷害にもかかわらず、みごとな結実を示しておったのでございますが、これは同氏の話によりますと、全く偶然であった。たまたま苗が余ったので、肥料もあまり使わないでやったところが、偶然に成功したということでございますが、多収穫用として富錦種を選んだがこれが失敗したと語っているところを見ますと、いかに本年の稲作がむずかしかったかということがわかるのであります。 次に道立の永山試験場を調査いたしました。同試験場におきましても、松村新種と同系統の育成を行なっており、同一組み合せもあり、その育成試験は昭和二十五年度より開始し、二回の温室栽培を経て雑種第八代になっておるものもあります。その他組み合せを異にする多数の系統を育成しておりますが、農民に迷惑をかけてはならないとの見地から、その取扱いにきわめて慎重を期しておるような状況でございました。特に固定度については育種技術者として慎重過ぎるほどの注意を払っておるようでありました。なお当場はまた多粒性品種の育種にのみとらわれることがなく、普通種についても並行して行なっており、上育二百一号、上育二百二号、上育百六十三号等の数種の系統は肥培管理の十分な試験圃場での生育状況ではありますが、本年のような冷害の年におきましても、きわめて優秀な成熟を示しておることが注目される次第でございます。 次に松村氏の協同農業研究所を見学いたしました。ここにおいては松村氏を中心に新品種の育成と普及を行なっておるのでございますが、現在すでに上川支場と同一組み合せの農林三十四号と多粒性風連坊主との組み合せの雑種数種類が育成されておりまして五月十三日ごろ植付したとのことでございますが、その試験圃場におきましては、本年のような冷害の年でも、大体におきまして結実歩合良好を示し、熟期も進んでおるのが見受けられるのでありますが、一部稔実歩合の十分でなかったのもあった次第でございます。なお同場におきまして、民間の研究を政府において奨励されたいとの陳情があり、また一般農家におきましては、本年におきましても北研一号、北研十号が反当十俵近くの成績を示しておるとの話もありましたが、われわれは遺憾ながらその実情をきわめることができませんでした。 以上、松村品種について一見した点を申し述べたのでありますが、すみやかに専門技術者をもって精密な調査を行う必要があることを痛感いたしたのでございます。いずれにいたしましても、公的試験研究の機関と民間の研究機関が相協力して採長補短、成績を上げることを希望するものでございます。 次いで旭川市に参りまして、上川、宗谷の両支庁管内の作況と要望を聴取いたしました。上川支庁は水稲の栽培面積が多い地方であるだけに、米の予約米の代金の延納の点、開拓地には生活困窮者が百世帯以上にもなり、生活保護の問題等についても要望されました。宗谷支庁からは冷害関係のほかに農政全般の問題といたしまして、管内は水産業に依存するところが大きいので、水産業関係振興策と治山治水事業の確立とを特別に要望された次第でございます。 旭川市から岩見沢市に参りまして、地元出身の渡邊代議士を交えて空知支庁管内の作況並びに要望事項を支庁長より聴取いたしました。要望事項といたしましては、岩見沢地方は冷害と並んでいもちの発生が著しかったために防除用に使用した農薬の代金は莫大なものに達しておりましてこれが助成措置をとられたい、救農土木事業工事は山間部から津々浦々まで平均に恩恵の届くように行われたいとの要望がありました。 十九日、岩見沢市を出て長沼町の現地に水稲の作況を調査し、胆振管内に入り、追分において水田の作況を見た後、勇払原野を経て伊達町に到着、町役場におきまして再び田中知事、農務部長の同席のもとに胆振、後志、日高の各支庁管内の作況と要望を聴取いたしました。 なお伊達町長よりは道南ビート工場の設置についての要望がございました。また長万部町長からも道南地区テンサイ糖工場をぜひ設置されたいとの陳情を受けました。 以上をもちまして北海道における国政調査及び冷害の調査を予定通り終了したのでございますが、北海道の知事から特別に次のような要望事項がなされたのでございます。すなわち生活資金対策に対しましては、救農事業の調整と拡大をすみやかに措置せられたい。国費失業対策事業の実施について早く行われたい。薪炭林の払い下げをすみやかに行われたい。さらにまた炭がま構築に対する資金の国家の助成を仰ぎたい。 次に食糧対策でございますが、政府食糧の特別払い下げの対策によって現在飯米に困っておるところの農民に対しまして安心感を与えられるようにという要望。次に配給食糧については非常に不足する関係から、特別にこれらのめんどうを政府においてせられたい。学校給食用物資の払い下げについては、国庫負担によって無償に交付して欠食児童の救済に当られたいということでございます。 次に営農資材対策でありますが、特に種もみの確保については非常に重大な問題でありまして、現在道庁におきましては一応手をつけておるのでありますが、何といたしましてもこれらの確保については政府の援助を仰がなければならぬのでありまして、この点について強く要望されておるような次第でございます。特に採種圃産種もみによっては、現在の不足数量の充足が困難でありますので、一般転用種もみについて、その補充のために、該当種もみを予約数量の対象として、価格差補給金の確保についても政府の考慮をわずらわしたいとの要望があった次第でございます。 飼料の確保については、これは現在臨時的にトレンチサイロ用ビニールを道庁において奨励いたしておるようでありますから、これらの点についての国家の助成を仰ぎたいということ、並びに国有地の野草無償払い下げ等の要望がありました。 また病害虫防除につきましては、先ほど申し上げましたように、本年は非常にいもちの発生が多く、このための農薬負担が非常に大きいので、これが助成をされたいとの要望がありました。 金融対策については、営農資金の確保を早急に行われたいということ、並びに各種資金の償還期限の到来しているものが相当あるのでございますが現在の困窮せる農家の経済状況をもってしては、とうてい予定通り償還ができませんので、これらの償還を延期してもらいたいということ、並びに開拓者資金、農林漁業資金等についても、償還期限の到来するものについては延期をしてもらいたいというような要望があった次第でございます。 次には、土地改良区の賦課金徴収不能額に対する融資でありますが、これは北海道には土地改良区がたくさんあるのでございますが、農民が今回の災害によって負担金を納めることができないために、相当困難を来たしておるのでございます。その穴埋めといたしまして一時融資を仰ぎたい旨の要望がありました。自作農維持創設資金のワクの拡大でありますが、来年度におきましては従来よりももっともっと拡大してほしいとの強い要望が至るところであった次第であります。また伐採調整資金の増額でありますが、この点についても六千万円の増額措置を講ぜられたい旨の要望がありました。次は地方財政対策であります。この点については、地方債について特別の措置を講じてもらいたいこと、既往債の借りかえについても金額借りかえの方途を講ぜられたいこと、特別交付税の増額配付については、今度の冷害にかんがみまして、税の減免等により財政収入が減りますので、特別交付税の増額によりこれをまかないたいというふうな要望があり、普通交付税の繰り上げ交付についても強い要望があった次第でございます。 さらにまた道内には財政再建地方団体が多いのでございまして、これらの再建団体に対するところの救済、協力の態勢をはっきりいたしていただきたいというような要望があったのでございます。その他農業共済金の早期支払い、あるいはまた農地及び農業用施設災害復旧補助金の早期交付、昭和三十一年産米については先ほども知事さんからもお話がありましたが、予約米の概算金の返済延期と金利の免除をはかっていただきたいというふうな要望、並びに時期別価格差適用期間の延長を同時にはかっていただきたいというような要望があったのでございます。 さらにまた農産物の価格安定につきましてはバレイショ澱粉の価格安定のため、ぜひとも現在手持ちの十万袋の澱粉を即時買い上げて価格の安定をはかってもらいたいというふうな要望がありました。並びに豆類の生産を主とするところの被害農家の経済安定をはかるために、大豆及び雑穀の輸入量と輸入時期の適正化を、十分調整をはかってもらいたいという要望がありました。 また被害開拓農家の医療対策、それから国民健康保険税の減免、並びに徴収猶予額に対するところの融資等についても陳情があり、また被害地域の小、中学校の貧困児童生徒に対しまして教科書の無料配付をお願いしたいという趣旨の強い陳情があったのでございます。 北海道の調査を終えまして翌二十日、われわれは上北地区の農地開発公団の調査のため青森県の野辺地町の公団の支所に参りまして、支所長より概略説明を聞きました後、現地の進行状況を見学いたしました。支所は根釧の場合のように、農林省上北開拓建設事務所、青森県営農指導所とが同一の事務所で連絡をとりながら仕事を行なっておりました。この上北地区は火山灰土壌地帯で、その面積は五千六百五十町歩で、そのうち機械開墾の対象面積は三千四百二十町歩でありまして、これに対するところの入植戸数は三百四十八戸、増反戸数分は二千八百六十町歩が計画されておりまして、入植者一戸当りの配分耕地面積が五町歩となっております。 上北地区におきましては、本年度公団が委託を受けて開墾作業を行うのは甲地及び六カ所の二地区でありまして、その計画面積は入植者分が抜根五百九十六町歩、新墾五百二十四町歩、播種二百四十四町歩、増反者分抜根四百九十五町歩、新墾二百三十五町歩となっており、これに対しまして業務は、初めての作業と支所の発足が多少おくれましたが、ようやく軌道に乗り出したような状況でありまして、六カ所地区の入植者分は抜根、新墾だけなら九月末までには終了の予定であるというような状況でございました。住宅の建設も進行しておりまして、地理的にも気象的にも根釧地区よりは恵まれておるためか、作業の進行状況も良好であり、すでにソバは本年収穫できる状態で、牧草、菜種等の植付も相当行われておりました。 上北地区の調査を終りまして、宿舎において青森県知事及び農政課長等より本年の県下におけるところの冷害の状況と陳情を受けました。青森県におきましては本年の六月から七月にかけまして低温多雨が続きまして、さらに八月十六日以降に異常低温が招来したため、その影響を受けまして出穂登熟がきわめて緩慢となり、不稔実が増加したのであります。被害地域は上北及び東津軽の両郡が最も甚大でありますが、被害総額は九月一日現在の生産予想による被害程度三割以上の分のみでも約三億九千四百万円程度でございまして、これに対しまして大体北海道知事から要望されたような救済策についての陳情がなされたのであります。 以上をもちまして十三日から二十日に至る北海道及び青森県の国政調査についての、調査コースに従っての報告は一応終ります。 次に、最初に申し上げましたごとく今回の調査において特に重要でありました事柄数点について総括的な御報告を申し上げて御参考に供したいと思うのでございます。 第一には北海道農業の営農確立についての基本的課題でございますが、本年はきわめてまれな悪天候であるから、これを基準として将来を考えるのは早計に失すると思いますが、大体四年に一回は冷害をこうむるといわれておりますところの条件においては、これにたえ得る営農方法を確立しまして農民を指導する必要を痛感したのでございます。本年のごときは割合に早生種が比較的災害が少なかったにもかかわらず、現実におきましては豊光、栄光種のごとき中晩性品種が七割くらいの作付を占めておるということは、豊作の夢をあまりに追い過ぎるというふうな感がいたしたようなわけでございます。温冷床の普及等によりまして栽培技術の進歩、品種の改良等、水稲については格段の進歩を示していると思うのでございますが、雑穀、飼料等のいわゆる畑作物については、これに比較すれば栽培技術、品種改良については相当劣るものがあると存じますので、将来畑作営農の試験研究を充実拡大する必要があると思います。土地条件の改良も内地に比較すればすこぶるおくれたるありさまでございますので、これに対する国家資本の投下の増加が行われなければならないと思います。また農業気象の長期予報についても、正確なものをなし得る測候所の施設を拡充する必要があるとともに、また畑作についてはおおむね農業災害補償法の対象外のものがありますが、北海道の農民といたしましてはきわめて重要産物であるだけ、これが対策についてもあわせて考究すべき問題であると存ずるのでございます。 次に一般農業と畜産との関係をもっと緊密ならしめる工夫を一段と努力される必要があり、労力に比較しまして北海道の農業経営は、経営面積が大きいために、この労力と経営面積のアンバランスから生ずる肥培管理の粗放等についても痛感されるようなわけでございます。これらの改革については機械化等によってこれを克服されるかもしれませんが、これらの問題については将来の問題として重要課題と存ずるので、以上の諸点について中央地方の一そうの努力を要望してやまないような次第でございます。 次には機械開墾の問題でございますが、機械による開墾状況は、篠津、根釧及び上北の各地におきまして調査いたしまして、その開墾方法に対しましては新しい認識を得ると同時に、これからの開拓政策に大きな希望を見出した次第でございますが、問題はむしろこれからの営農指導をいかにするかにその成否があるのではなかろうかと思うのでございます。また開墾を行うところの制度そのものについても、現在の農林省、北海道開発庁、地方庁、及び公団の、こうした三ないし四者がそれぞれ分業的に介在して行うことに対して果して検討の余地がなかろうかということであります。現に開墾作業は順調に進行しておるにもかかわらず、上北の場合におきましては機械開墾の時間当り機械使用料の点で、公団側と県側との間におきまして見解の相違があるのでございます。さらに公団地区は経営面積、住宅、整地等におきまして、付近の開拓地に比較いたしまして雲泥の相違がありますが、既入植者との調整をいかにとり、また協同せしめていくかという問題が横たわっておること、並びに機械によるところの開墾の速度は著しく早められたが、圃場の管理、営農の合理化の進度が果して均衡をとって進められるかの点も今後の宿題としてこれを提起する次第でございます。次にはテンサイに関する問題でございますが、われわれは北海道に参りまして実は予想もしなかった問題でございますが、このテンサイ糖工場の誘致新設にからんでの陳情が至るところで非常に予想外に多く出て、しかもまた利害が錯綜してきわめて混乱している実態を痛感せられたのでございます。もちろん、これは政府の責任をもって解決すべき事柄でございますが、またその混迷の原因が那辺に存するか判明しないが、少くとも寒冷地の安定作物、そうして畜産経営と結びついて新しい北海道における営農形態をこれから確立しようとするならば、順序を追い、作付計画ともにらみ合せて一定方針を確立して、いやしくも耕作農民の不安と混乱を与えざるようすみやかに措置すべきものと考えるのでございます。 以上を申し上げて私の報告を終るのでございますが、この調査に当りまして、関係各位のいろいろ心からなる御協力に対しまして衷心より御礼を申し上げる次第でございます。
○村松委員長 次に政府より被害状況の報告がございます。渡部農林経済局長。
○渡部説明員 北海道の冷害の概況につきましては、お手元に九月十五日現在農林省統計調査部の報告書を差し上げておりますので、それをごらん願いたいと思います。ただいま笹山委員から現地調査の御報告がありましたので、また道庁等から気象の概況等御説明がありましたので、詳細繰り返すことを省きますが、主要な作物の被害面積及び被害量につきましては二ページの表を見ていただきたいと思います。 それによりますと、水稲は被害面積率は九九%、被害率は五三%ということになっております。大豆は九八%で被害率が五一%、小豆は被害面積率は九九%で五三%、菜豆は九八%で被害率が三八%、その他ということになっております。これで見ますように、ほとんど全道が被害を受けておりまして、その被害率も非常に甚大になっておるのであります。被害の状況は概略以上の通りでありまして、これに対しましては、当委員会そのほか関係方面とこれが対策を検討いたしておるような状況でございます。その詳細につきましては、いずれあらためて御報告申し上げたいと思います。 —————————————
○村松委員長 委員の御報告はきわめて詳細をきわめておりますので、この際質疑を省略いたしまして、直ちに小委員会を設けてその対策を樹立いたしたいと思います。すなわち、ただいま調査いたしております。主として六月より八月にかけての北海道地方における冷害による農業災害状況の調査及びその対策樹立のために、冷害による農業災害に関する小委員会を設置いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○村松委員長 御異議なしと認め、さように決定いたしました。 なお小委員の員数は十一名とし、小委員及び小委員長の選任につきましては、委員長に御一任を願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○村松委員長 御異議なしと認め、直ちに小委員を指名いたします。 小委員は 足立 篤郎君 川村善八郎君 吉川 久衛君 笹山茂太郎君 林 唯義君 本名 武君 淡谷 悠藏君 石田 宥全君 小川 豊明君 小平 忠君 中村 時雄君であります。 なお小委員長には笹山茂太郎君を指名いたします。 なお都合により小委員及び小委員長の異動を行う場合におきましては、すべて委員長に御一任を願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○村松委員長 御異議なしと認め、さように決定いたしました。 —————————————
○村松委員長 次に第十二号台風による農林漁業災害について調査を進めます。 まず派遣委員より調査報告を承わることにいたします。第一班綱島正興
○綱島委員 台風第十二号被害調査委員派遣第一班の調査結果について綱島正興より簡単に御報告申し上げます。 派遣委員は、私のほかに白浜仁吉君、田口長治郎君、石坂繁君、稲富稜人君及び井手以誠君の各委員であります。 九月十六日東京を出発し、十七日より十九日までの三日間を長崎県、二十日は佐賀県、二十一日は福岡県、二十二日は熊本県の各県の調査をそれぞれ行なったのであります。なお私一人は、一行に先だち十四日より十七日に至る間長崎県下の調査を行い、さらにまた日程、調査地域等の関係から長崎県下及び熊本県下につきましては調査班を二班に分けて調査を行なったのであります。 以下調査の内容について御報告を申し上げるのでありますが、その前に、長崎海洋気象台等よりの報告による台風第十二号の気象概況について申し述べたいと存じます。 すでに御承知のように、台風第十二号は、九月初め熱帯性低気圧として発生いたし、硫黄島付近より台風第十二号と命名され、西南に進みながら、六日進路を北に変じ、気圧も中心示度九百四十五ミリバール、中心付近最大風速六十メートル、半径四百キロ以内は二十五メートル以上の暴風雨となり、七日には九百四十ミリバール、八日沖縄付近では九百三十ミリバール、最大風速五十メートルの大暴風雨となったものでありまして、この付近より真北に進路をとり、次第に速力を減じて、予想より一昼夜おくれ、時速平均十五キロ内外の速度で進行し、九日三時に長崎西南約五百キロに達したのであります。九日午後に至り、西南海上は暴風間に入り、五島列島より逐次暴風雨に見舞われるようになり、十日零時には長崎西方約二百キロに達し、中心示度は九百四十五ミリバールとなって進路を北東に転じ、次第に速度を増しながら対馬をかすめ、日本海に抜けたのであります。 この台風は暴風半径東は六百キロ、西は四百キロのきわめて大きな第一級の台風であったこと、強風が八日午後より十日零時に至る一昼夜と八時間にわたる長時間に吹き渡ったこと、台風の目の外側最強風威が五島列島付近を通過したため、離島が甚大な被害をこうむったこと、台風の強い時期に満潮時が一致したこと等の特徴によって甚大なる被害をもたらしたのであります。 このように台風第十二号は昭和二十四年のジュディス台風以来の規模、激烈さにおいて最大級の台風であったといわれ、九号台風で被害を受けた地帯が引き続いて罹災し、災害未復旧個所の再被害地が多いのであります。ただ気象通報による防災陣の活躍、九号台風の経験による応急対策の樹立等によって相当の成果をあげたようでありますが、それでも長崎県百十五億円余、佐賀県二十八億円余、福岡県三十二億円余、熊本県二十一億円余という莫大な被害額が見込まれているのであります。 次に、調査日程により、順次その内容につき御報告申し上げます。 まず長崎県について申し上げます。長崎県における被害状況は、県下全体特に離島及び海岸線にむざんな被害をもたらし、六百有余の離島を有し、海岸線の延長三千七百キロに及ぶという長崎県の立地条件は、被害も広範にわたり、かつ深刻な打撃を受けたのであります。台風第十二号の襲来に備え、直ちに県においては災害対策本部を設置し、情報の提供、陸上自衛隊の協力方要請、警戒態勢の強化等必要な措置を講じたのでありますが、一たび襲来するや県下各地は徹底的に荒し回られたのでありますが、これに対応するため被害激甚な五島列島の三十市町村に災害救助法を適用し、応急救助に当ったのであります。九月十三日現在被害状況の内容は、死者二十一名、建物の全壊五千七百三十六戸、半壊一万一千戸余、公立学校の全半壊、大中破等は一万八千五百坪になっております。農作物関係での減収は、水稲、陸稲、雑穀十七万石余、その他カンショ、蔬菜、果樹、桑等にそれぞれ被害を与え、開拓関係につきましては、入植者住宅、個人施設全壊三百七十八棟、半壊、大破等千百八十棟、水陸稲千七百五十石、その他の農作物の被害も甚大であります。耕地流失埋没は六百二十四町歩に及び、ため池、頭首工、水路、堤塘、道路等農業用施設の決壊三百十カ所、家畜の滅失、林道の決壊、林産物の流失、倒木等甚大な被害を与えたのであります。 水産関係の損害は、特に離島の南松浦郡、北松浦郡にはなはだしく、漁船千二百六十七隻、漁具六百九十六件、加工場、共同施設、網ほし場等千百五十六カ所を失っているのであります。 土木関係において、道路、橋梁、河川、海岸、港湾、漁港等の決壊は一千余カ所に及び、このうち漁港は県八十六カ所、市町村のもの九十カ所であります。その他商工業関係に被害を与えておりますが、これらの被害見込み額を部門別に申し上げますと、建築物六十三億九千二百余万円、学校一億二千七百余万円、農産物二十二億五千万円、開拓一億四千三百余万円、耕地一億五千五百万円、畜産一億二千二百余万円、山林一億七百万円、水産四億二千五百余万円、土木十億四千百余万円、商工七億五千八百余万円、計百十五億二千四百余万円であります。 以上のような被害状況につきまして、十七日副知事を初めとする県当局、長崎海洋気象台長、農林省長崎統計調査事務所長、その他の関係者より説明及び要望事項を聴取いたした後、折から県庁に集合していた被害地の市町村長等の関係者と懇談を行い、陳情等を聞き取ったのであります。 現地調査は十七日午後大村湾に面する東彼杵郡の水稲及び漁港の災害状況を見、十八日及び十九日の二日間には被害激甚地の五島列島、平戸島等の離島を私と白浜委員で調査し、稲富委員は長崎港口の高島港その他の諸島を調査いたしたのであります。県南の南高来郡方面を田口委員及び井手委員とでそれぞれ調査いたしたのであります。 まず私と白浜委員の参りました五島列島方面につきましては、十八日長崎港を船にて発し、高島のいわゆる軍艦島の被害状況を船上より視察し、椛島村本竈及び伊福貴、福江市崎山及び福江、久賀島村浜脇、奈留島村汐池、若松村滝河原及び土井ノ浦、奈良尾町佐尾の各漁港を順次船上から視察するとともに、関係市町村長等より被害状況の説明を聴取し、陳情を受けたのであります。同日は奈良尾港に上陸、町役場にて町当局、漁業組合代表者等より説明を聴取し、陳情を受け懇談を行なって、十八日の現地調査を終ったのであります。十九日は奈良尾港の奈良尾、小奈良尾、高井旅、福見、岩瀬浦、浜串等を船上から視察後、有川町の船隠、神浦、阿世津、太田、江の浜、友住等の各漁港を経て、北魚目村の小串港及び津和崎を見まして長崎県南松浦郡の現地視察を終え、次いで北松浦郡の小値価港、宇久町の平港、平戸島西端の高島、平戸島の前津吉港をそれぞれ船上から視察して、五島列島方面の調査を終了いたしたのであります。 以上これらの良は台風第十二号の目の外側の最強風威が通過し、しかも九号台風にて大被害を受け、いまだ復旧に至らないうちに襲われたのでありますから、その惨たんたる現場の状況はとうてい筆舌では言い表わせないのでありまして、堤防、護岸、道路、家屋、漁業施設等何一つ満足なものはなく、特に椛島村は一寒村で二千七百万円の被害を受け、家屋倒壊六十棟、漁船、漁具の大半を失うというありさまであります。また福江市においては四億五千万円、奈留島村一億八千万円、奈良尾町七億一千万円、有川町二億三千万円、小値価町一億円、平戸市三億二千万円という被害見込み額でありまして、奈良尾町では九号台風で南松浦郡の被害の半ば以上を占め、十二号台風でまた同様の被害を受け、全壊家屋二百二十九戸、半壊百十六戸、その被害のみにて一億円をこえるといわれ、漁港及び漁業施設が三億六千万円を占める大被害を受け、海岸線は荒涼たる寒村に帰し、三、四十年の前に戻ったといわれているのであります。 私たちと別に県南方面の現地調査に参りました田口委員及び井手委員は、十八日長崎市に近い茂木町の漁港、果樹、海岸堤防等の被害状況を調査した後、諫早市に至り、県事務所より総括的説明を聴取した後、南高来郡愛野町、千々石町、小浜町、加佐津町、口之津町、西有家町等の漁港、耕地、道路、農作物、山林等の被害を調査し、島原市に到着して、十八日の調査を終了いたしました。 十九日は、島原、有明、国見、神代、西郷、大正、吾妻等の各市町村の被害状況をつぶさに調査して長崎県を終了いたしたのであります。 なお私は一行に先だち十三日東京を出発いたし、十四日から十七日にわたる間、災害救助法の適用を受けました被害甚大な県北地帯の佐世保市その他の全域及び北松浦郡の佐々町、小佐々町、鹿町町、江迎町、吉井町、世知原町、田平町及び松浦市、平戸市、生月町館港、大島村的山港、神之浦等を視察し、さらに平戸市河内港、田平町田平港を経て、東彼杵郡波佐見町に至る十数カ所の農作物、漁港、堤防、道路、漁業施設等の被害を現地調査するとともに、関係市町村、農業団体代表者その他の関係者より説明を聴取し、陳情を受けたのであります。 これらの地域も、先に申し上げた五島列島の被害状況と大体同様でありましたので、詳細に述べることは省略いたします。 次に佐賀県について申し上げます。佐賀県は二十日の一日間でありまして、現地において委員外の八木昇議員も参加され、主として有明海に面する干拓地の被害を現地調査いたしたのであります。すなわち午前中は塩田町の塩田川決壊による水稲被害、鹿島市富山搦、有明村大搦、白石町御大典搦を調査し、午後は福富村大福搦、昭和搦を調査後、県庁において、知事を初めとする関係者より被害状況の概要説明及び要望事項等を聴取し、あわせて農林水産団体の代表者より陳情を聞いたのであります。 現地調査の結果は、すでに九号台風の委員派遣の報告にある通り、その惨たんたる有様は言語に絶するものがあります。中でも大福搦の状況は、その惨状目をおおわしめるものがあります。私どもが参りましたとき、家を失い、耕地を失った入植者が、ぼう然自失、かつてのわが家のあったあたりを見入っていましたが、私どもが参りますと、周囲に集まり、婦人たちのすすり泣きの中で陳情を受けたのであります。そのとき受けました熱涙下る陳情を御披露してみたいと存じます。よって差し出されております陳情書を一つだけ読み上げたいと思います。 「陳情書、私共入植者八十戸の内約八割は外地引揚者で其他が零細農家の二三男であります。私共が裸一貫で当大福搦に入植してから十ヶ年過ぎました。其の間は畑作で漸く糊口を凌ぎ政府の融資金壱千万円の借財をなし一日でも早く一人前の農家として立上りたいと日夜営々として働き続けて来ました。幸なる哉政府に於ては親心を以て水田化の計劃を建てられて一昨年一本を鑿井し四十余町歩が水田化し始めて立派な米を採り保有米を得ヤツト吾々も芽が吹始め昨年二本目の鑿井が成り八十町以上が水田化され本年三本目の鑿井が出来ることになったので茲に本格的に全域に亘って百三十九町歩余を水田化することが出来その成績も良好で私共は全力をあげて稲の成育に尽しました。今年こそは一息つくことが出来ると油汗と財力を尽して秋の稔を楽しみに待ってゐた矢先に九号十二号の台風の為め私共は滅茶苦茶に打のめされてしまいました。待望の稲は泥海の底に沈み住宅は流亡し家財は失い今では働くに仕事無く只ウロウロと其日を送り弱り果てて希望を失いかけて来ました。今はもう政府に対し救済方を請願するより外詮術無きに至りましたので茲に敢て次の二件を陳情する次第であります。一、水稲補償の件、私共は国有原野の開拓者として入植を許され国有地の耕作をして水稲を作りました。ところが此の水稲が共済組合加入の対象とならずして此の災害にあい全く皆無でも誰も見てくれるものはありません。昭和搦では反当六千八百円の共済金が受取ることが出来るので生計の足になります。然るに私共大福搦の開拓者は国有水田の耕作をしながら規則が無いからといふので水稲災害の補償が出来ないとの事、私共は何の為めの政治かと言いたくなります。瀕死の一歩手前にある罹災者をよもや見殺しはなさるまいと政府や政治家の親心を手頼にしてゐます。政府は申されます「或は継資金或は営農資金或は自作農創設資金其他何々資金の融資をしてやるからそれで立上れ」と、私共は今既に壱千万円の融資を受け負債を背負うてゐます此の上之れのみによって行かうものなら債鬼に攻殺され子供達までが借財の山に押つぶされてしまいます。私共には外にも個人負債があります。生活保護法の適用と言っても之に該当するものは殆どありません。政府当路者は又言はれます「堤塘工事の人夫として生計を立てろ」と、堤塘工事は石扱いや土嚢運び或は砂利運搬等其他一切重労働で極めて壮者でなくては出来ぬ仕事でこれに堪える者は三分の一程度の人数しか居ません其の上私共には泥塩地を新しく耕作化して行く無収入の作業があります泥土のけやら除塩作業やら部分的の耕地整理やら住宅建築やらと仕事が山積していますので工事人夫としての勤さえ意に任せぬ始末で此の一年間をどうしてくらして行くか思案にくれてゐます。私共が十年前入植した当時は直に藷なり綿なり麦なり作られたが今度は潮止が出来てからも半年は作付が出来ません。且つ入植当初は外地引揚げ或は分家等の為め親元なり兄弟なり親戚知己等の助成を受け随分と世話になり茲に十年間は色々と迷惑の掛け通しで、もう此の上はすがることも出来兼ねます。災害で可愛想だと同情はして呉れますが物的信用はありません。以上の様な実情にある干拓罹災者を救済する意味に於て政府及び政治要路の方々に於かれては何等かの方法と形を以って水稲災害の補償方を御取計い下さる様敢て陳情致します。二、米の予約前渡金支払を次期米の収穫時まで無利子据置延期の件、私共は米を供出すべく予約前渡金を受取りました。然るに不慮の災害に遇い米を出すことが出来なくなりました。ところが今度「九月二十五日までに受取った前渡金を支払え、それまでに支払不能の場合は七月に逆上り利息をつける」といふ指令に接し驚き仰天してゐます。無一文の罹災者、悶え苦んでおる困窮者から一体何をどうして絞り取ろうとされるのであろうか、冷酷極まる仕打ではないでせうか、これが国民の生活安定をモットーにする政治の正常の在り方でせうか。無災害水稲地は十二月末に払うことになっており、それまでは無利子の前渡金であります。何と矛盾も甚だしいと言わねばなりません。私共罹災者は支払能力はありません。其の上利子まで加えてといふことは更にむずかしいことであります。私共としては借りた金は是非返済したいと思ってゐますが、現在の処仕様がありません。それで次期米の採れるまで無利息据置、支払延期をお願い致す次第であります。右、政府並に政治要路の方々の温情を以って、災害に泣く国民の生活安定を計るため善処方御取計い下さる様敢て請願陳情致します。 昭和三十一年九月二十日、佐賀県杵島郡福富村大福搦開拓農業協同組合組合長野口種光外組合員八十名。」 現地調査を終り、県庁に参り、佐賀県の被害状況及び要望事項を聴取いたしたのでありますが、それによると、佐賀県の被害は、九号台風により決壊した昭和搦、大福搦の干拓堤防をさらに拡大し、重なる災害で弱体化した御大典搦、大搦、富山搦の第一線堤塘及び田渕搦、大原搦等の第二線堤塘を決壊し、有明海海岸全域にわたって決定的な打撃を与え、加えて九号以来低温を続けて生育がおくれ、出穂、開花期に際会していた水稲に甚大な影響を及ぼしたのであります。しかしながら本県は雨量が比較的に少く、河川、山林の被害は免れ、また九号よりは中心が遠かったため、被害を最小限にとどめることができたというのであります。 しかしながら家屋全壊六百三十七戸、流失六十九戸、半壊四百五十六戸、道路決壊十七カ所、海岸堤防破壊三百九十メートル、船舶滅失破損七十八隻等の被害を受け、部門別の被害見込み額は、厚生関係三億円余、水産二億七千八百余万円、商工一億二千万円、農作物十七億三千九百余万円、林業四百余万円、畜産百余万円、農地二百余万円、開拓七千八百余万円、土木二億九百余万円、学校一千三百余万円、公益五千百余万円、その他を合せ計二十八億一千余万円となっておりまして、九号台風の二十七億八千万円を上回り、九号台風、八月末豪雨及び十二号台風の被害額を合せますと、実に六十一億円余の損害を受けているのであります。 このような被害に対しましては、県においては早期に災害対策本部を設置し、台風情報の提供、自衛隊出動の要請等を行い、杵島郡福富村及び白石町に対して災害救助法の適用を措置したのであります。 次に福岡県の被害状況について申し上げます。福岡県は二十一日の一日間でありまして、まず県庁において県当局より概況説明及び要望事項につき聴取した後、糸島郡前原町付近に参りまして、水稲の被害状況について現地調査を行なった後、前原町糸島自治会館にて町当局、農業団体、町村長会等の代表者より被害状況を聴取した後、陳情を受けたのであります。この付近は穀倉地帯で五千四百町歩の水田を有し、たまたま水稲のなかてが出穂、開花期に当り、ほとんどが強風による葉先裂傷及びもみずれの変色被害でありまして、農業共済組合長の説明によれば、三割以上の被害が千五百町歩以上の見込みと言っているのであります。事実穂が黒色または白く変色し、不稔のものはすでに茎よりおくれ穂が出始め、はなはだしきは三本も出ているものさえある状況でありました。 ここで簡単に県全体の被害及びその見込み額について申し述べますと、本県は九日夜半より暴風雨圏内に入り、十日二時ごろより七時ごろにかけて猛烈な強風に見舞われ、最大風速四十二メートル、平均三十メートルというありさまで、このため全壊住宅三十六戸、半壊その他四百十三戸という被害を受け、十日零時満潮時であったので、有明海、豊前海沿岸は高潮に襲われ、海岸堤防数カ所が決壊したのでありますが、九号台風の経験を生かし、数日前から堤防の補強、自衛隊の出動を得たので、被害を最小限にとめることができたというのでありますが、土木関係五百余万円、建築物三億三千九百余万円、農作物二十六億四千六百余万円、耕地四十万円、水産五百余万円、林業一億五百余万円、開拓五千四百余万円、商工三千七百余万円、学校九百余万円、公益二百余万円、その他計三十二億六百余万円という被害を受けたのでありまして、九号台風の被害二十八億円を上回る額となっているのであります。本県における十二号台風の被害の特徴は、雨によるものでなく、風害であったと言えるのであります。次に熊本県について申し上げます。熊本県における調査は、二十一日夜、副知事を初めとする県当局、熊本農地事務局長、熊本営林局長、農林省熊本統計調査事務所長等より被害概況の説明及び要望事項を聴取いたしたのであります。すなわち本県の被害は、九日午後より暴風雨圏に入り、主として天草地方及び西海岸地域に猛威をふるい、このため家屋の倒壊流失百五十九戸、半壊四百三十戸、土木関係二百六十八カ所の決壊を生じ、田畑流失三十三町歩、入植者住宅全壊五十尺、半壊大破二百三十戸を算し、その他林業、農作物、畜産、水産等に被害を及ぼし、その見込み額は、民生関係一億一千七百余万円、土木関係一億四千六百余万円、耕地三千五百余万円、開拓三千六百余万円、林業二千七百余万円、農作物十六億一千百余万円、蚕糸、畜産二千六百余万円、水産六千百余万円、商工七千九百余万円、その他教育、衛生、鉄道等を合せまして合計二十一億八千八百余万円に上る被害を受けたのでありまして、九号台風の二十五億に及ばなかったのは幸いであったと申さねばなりません。このような被害に対し、その最も甚大な天草郡竜ケ岳付には直ちに災害救助法が適用されたのであります。 以上の説明を聞きまして、翌二十二日、前に申し上げましたが、日程等の都合から二班に別れ、田口委員、白浜委員及び石坂委員は主として天草方面の現地調査を、稲富委員及び井手委員は熊本市周辺地域の現地調査をそれぞれ行なったのであります。すなわち天草方面に参りました班は、三角港より海上保安庁の巡視船にて、天草郡竜ケ岳村に参り、役場にて事情を聴取し、現地視察を行なった後、新和村大多尾港を船上より視察し、さらに最南端に位する牛深港に参りまして大多尾港と同様漁港の災害を調査いたし、市当局、漁業組合等の関係者より陳情を受けた次第であります。 竜ケ岳村は九号台風において一億四千二百万円の被害を受け、十二号台風にて六千万円の損害をこうむり、一寒村にして二億円をこえる打撃を受けたのでありまして、そのおもなるものとして、道路決壊二千四百メートル、漁港崩壊七カ所、漁船流失、破壊二十六隻、家屋全壊十戸、半壊二十四戸というありさまでありまして海岸線は荒廃に帰しているのであります。本県における唯一の災害救助法適用の村である点を思いますとき、同情の念を禁じ得ないのであります。また牛深市におきましては、九号台風において一億四千三百余万円、十二号台風において一億八百余万円の被害を受け、海岸線はことごとく被害を受け、護岸、堤防、道路、波止場、漁業施設等、台風の猛威のつめ跡がなまなましく残っている状況でありまして天草全体の被害が五億三千万円、九号台風の場合五億八千万円から推してその程度のほどがわかると思います。 一方稲富、井手両委員の方は、熊本市南方の緑川と加勢川合流点付近にある六間堰の決壊、玉名郡横島村の干拓地の被害、長洲町の海岸道路の決壊等の現地調査を行なったのであります。 以上によって、私どもの参りました四県の被害状況及び現地調査の概要を申し上げたのでありますが、それらの結果特に現地の罹災者からの陳情といたしまして、漁業者は特に復旧工事を早急に実施してもらいたいということであります。これは生産手段たる船、網ほし場、製氷工場その他施設等、一つが欠けていてもその日の漁獲物が処理できず、みすみす損失をこうむるというのであります。また施設の復旧は原形復旧にとらわれず、防災的効果をも含めた復旧工事を施行してもらいたいというのであります。 干拓地における入植者は、先ほど大福搦の陳情を読みました通りでありますが、農災制度の恩恵のないところにはこれに見合う補償の道を講じ、米の予約金については返納延期と利子の免除、海岸堤塘の災害復旧は原形復旧にとらわれず抜本的に早急に施行すること、除塩作業に要する石灰、流水の動力費等を補助してもらいたい等のことが強く叫ばれたのであります。 最後に各県における要望事項及び陳情等を一括して申し上げ、私の報告を終りたいと思います。 一、公共土木施設、農林水産業施設、学校施設等の災害復旧は原形復旧の原則にとらわれず、防災の目的に合致する復旧工事をなすこと。なお、防災を含む改良工事となるものも災害復旧工事として高率補助とし、早急に実施すること。 二、災害復旧工事のつなぎ資金を早急に融通すること。 三、個人住宅の復旧に特別措置を講じ、住宅公庫の融資の適用区域の拡大等、その他適切なる措置をなすこと。 四、農林水産業施設の国庫補助については、高率補助の措置を講じ、特に開拓地の施設にあっては半壊、大破についても全額国庫補助とし、また開拓地の入植者住宅については、開拓事業入植施設災害復旧補助金交付規程に基く国庫補助金について補助率を十割とし、耐風ブロック建築として補助単価を引き上げ、半壊大破をも適用し、入植年次に関係なくすべてを対象とするごと。 五、農林水産業施設災害復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律の一カ所当り十万円以上を三万円以上とし、五十メートル以内連続を百メートル以内連続とするよう措置すること。 六、災害跡地造林の国庫補助を三割から三分の二に引き上げること。 七、農林水産関係経営資金については、天災法適用の政令を制定し、長期低利の適用地域とし、その利子補給補助、損失補償の補助に要する経費は政府において措置すること。 八、農林水産関係設備資金の融資は農林漁業金融公庫より資金ワクを増額設定し、農業協同組合の共用利用施設、農林業者の施設、水産加工施設、網ほし場、無動力船等に対し緊急に措置すること、また動力漁船、製氷施設その他の施設について一般の融資要綱によらず特別なワクを設け、所要資金の八割、利率六分五厘、償還期限十五年とする要綱を設定し、つなぎ資金とあわせて融資すること。 九、自作農維持創設資金の増額割当を早急に措置するごと。 十、すでに融資を受けたもので台風の被害を受けた場合には償還期限の延期及び利子の免除を行うこと。 十一、開拓者資金融通法に基営農資金及びつなぎ資金を早急に融資すること。 十二、商工業関係者には国民金融公庫、商工組合中央金融、中小企業金融公庫等より資金を設定し、増加配分を行うこと。 十三、災害救助法第三十六条の標準税率をもって算定した当該年度の収入見込額の千分の二を千分の一に改定し適用するよう措置すること。 十四、世帯更生貸付資金を大幅に増額すること。 十五、産米の売り渡し概算金を受領し、その予約米の売り渡しが困難になったものに対しては次期産米までの延期及びその利子を免除すること。 十六、干拓堤防の応急復旧について、本工事は二十五万円以上のものについて二割が国庫補助の対象となっているが、特殊資材を必要とするから、応急工事に必要な経費は全額国庫補助とすること。 十七、水防施設資材としての補助金を交付し、水防資材の備蓄をはかること。 十八、地方財政再建促進法による再建団体には緊急復旧資金について融資または起債を特別に認めること。 十九、農業共済金を早急に概算払いすること。 二十、台風常襲地帯における災害防除の特別措置法を制定すること。 以上のような要望がなされたのでありますが、私どもはそのつど災害にうちひしがれた罹災者諸君を激励しながら、一日も早く立ち直るためにいずれも要望はもっともなるものと思い、これにこたえるべきことを痛感して参ったのであります。従って本委員会においても早急に対策を立てて、罹災者の救済に万全を期するとともに、再建整備中の県市町村に対して再建整備の実を失わぬように特に国庫において留意するような処置をされたいということを希望いたして私の報告にかえる次第であります。なお、熊本県の調査の際には第二班に地元の川村継義議員が参加いたされたのですが、これを御報告を怠りましたからつけ加えておきます。(拍手)
○村松委員長 次に第二班伊瀬幸太郎君。
○伊瀬委員 中馬辰猪君が欠席しておりますので、私から第二班を代表して御報告を申し上げます。本調査班は、中馬辰猪委員と私が全日程につき調査いたし、途中より伊東岩男委員及び赤路友藏委員が参加せられ、また大分県にては後藤義隆代議士が、鹿児島県にては小牧次生代議士がてれぞれ地元議員として参加せられ、九月十七日より二十四日までの八日間にわたり大分県、宮崎県及び鹿児島県下における第十二号台風の被害の実情を調査して参ったのであります。 第一班の御報告中にもございましたように、この第十二号台風は昭和二十四年以来の大きな台風でありまして、規模、実力ともにA級の台風であり、中心指度は九百三十ミリバールを示し、右半径七百キロまでは二十五メートル以上、千キロにおいても二十メートル以上の暴風雨を伴い、その進行速度も毎時十五キロ以内というゆっくりとした早さで、九州西方海上を西経百二十七度線に沿い北上し、日本海に去ったのであります。そのためこの台風の右半円の最も強風圏内である七百キロ以内に、九州、中国及び四国が完全に入ったのでありましてしかもその上二十時間にも及ぶ長い時間、暴風雨にさらされたのであります。先の第九号台風によりさんざん痛めつけられた農作物及び農林水産業施設は、その被害をますます大きくし、農山漁村はまことに深刻なまでに痛手をこうむったのであります。今度の台風の被害の大部分を占めて、いる農作物の被害は、各県ともに県下各地にまんべんなく見られるのでありますが、大分県及び宮崎県は北九州に筑紫山脈を、中央部に九州山脈を控えている関係上、台風進路の裏側に当り、そのために九州の他県に比して若干風速も弱く、従って、被害も海岸沿いとか、山脈により風を防ぎ得なかった地域が局地的に被害が甚大でありまして、大分県においては東国東郡の海岸地帯及び県南地方の海岸沿いが集中的であります。 宮崎県においては、幸いにも強い南風を受ける地形がなかったために、海岸沿いは割合に被害の激甚から救われましたが、風当りの強い県の南西部にある穀倉地帯と呼ばれている小林市を中心とする平野に、集中して被害が発生しているのであります。 鹿児島県におきましては、地理上、全県下無条件に台風禍にさらされ、甚大なる被害を受けたのであります。特に激甚地帯と申しますれば、やはり海岸線に集中しており、壊滅的な地域が随所に見られ、中でも山川市より枕崎市にかけては、真南の風を正面に受ける地形にあるだけに、枯死状態の稲作が間断なく海岸線に沿って帯状にながめられ、惨たんのきわみであるといった感を深く受けて参ったのであります。大分県及び宮崎県においては、漁港等土木関係にはさほど大きな被害は見られませんでしたが、鹿児島県におきましては南西からのうねりと、風波による人為にてはいかんともなしがたい強烈な力が海岸の漁港及び道路を破壊しているのでありまして、第九号台風によるほとんどの諾施設の破壊の上に、またもや容赦なく、破壊から一歩免れた施設や基礎のゆるんだ施設は、応急措置を講ずるいとまも与えられず、第十二号台風の襲来により、徹底的に見るも悲惨なまでに破壊し尽されたのであります。串木野漁港などは台風前の姿をとどめないまでの打撃をこうむっていたのが特に印象的であったのであります。 農作物の被害の大部分は水稲の被害であって、その原因は潮害及び潮風害によるもの、穂の摩傷いわゆるもみずれによるもの、白枯病及び葉先の裂傷によるものが主としてあげられるもので、台風の被害にはつきものの田畑の流失、埋没、冠水、浸入及び倒伏による被害は、雨量が少かったために今度は非常に少かったのであります。 水稲の被害で、潮害及び潮風害によるものは、局部的ではありますが、海山用沿いにもはや枯死状態として見られ、これは潮の浸水と潮のしぶきが直接穂に吹きつけられたのでありまして、これも雨量があれば洗い落す役割をしたのでありましたが、折あしく雨量がきわめて少量であったため塩害を起したのが大きな原因となって収穫皆無の現象を随所に出したのであります。各県が共通に県下の被害の集計に見られる最も大きいものは、穂の摩傷による減収であります。このもみずれは、先の第九号台風の時期には早生種は出穂、中、晩生種は穂ばらみ期を長時間もまれ、その上また十二号においてちょうど中生種は開花期、晩生種は出穂期と、最も大切な時期に二十時間にも及ぶ長時間またもや吹き荒らされたのでありまして、そのため穂は摩傷はなはだしく、百粒中九十粒が傷を負い、茶色褐に変色し、見るからに完全なるものはなく、稔実はおぼつかないと思われるものが多数で、たとい収穫しても等級の低下はまだしも、くず米として販売用にはならないのが相当率を占めるのではないかと危ぶまれている状況であったのであります。白枯病及び葉先の裂傷による減収も、ところにより発生の徴候にあり、見落せない大きな被害原因であったのであります。 以上のような次第でありまして、今度の第十二号台風が広範囲にわたり、しかも局地的にはかなりの深刻なる影響を農山漁民に与えておる現状において、われわれ農林水産委員としては、これが災害対策を進めるのと並行して災害を避けるべき一方法がないかどうか、研究の要あることを学んで参ったのであります。 次に現地調査の順に従いまして申し上げます。最初は大分県に参ったのであります。大分県におきましては、最大風速二十メートルの風に部分的には雨を伴い、大野川沿い、臼杵、佐伯及び重岡等の周辺には三百から四百ミリをこえる降雨量を記録したのでありますが、この雨は断続的であったために、河川の増水も大きな被害に至らずに済んだのであります。しかし前にも申し述べましたように、台風の進行速度がおそく、通過時間が二十時間にも及ぶ長さにわたったために、農作物にきわめて甚大なる損害を与えたのでありまして、これを県庁当局の数字に見ますれば、被害総額二十億五千万円そのうち農林水産関係被害は九〇%強に当る十八億五千万円に達しているのであります。その内訳といたしましては、水稲が最も多く、植付面積五万八百町歩中被害面積四万二千七百町歩と八四%に及んでおりますが、被害の率は八・四%の十二万九千石であり、金額にして十二億七千九百万円と全体の七割を占め、陸稲は被害率六三・六%の一千七百九十万円、大豆小豆等の一雑穀二千五百万円、ミカンは一五%の被害で一億四千万円、ナシは二〇%の五十五百万円、カキは三〇%で二千三百万円等、果樹の被害が第二に大きく、合計二億二千万円となり、カンショは五%で五千五百万円、蔬菜類は大根、サトイモを主として八千三百万円に上り、大分県特産の七島イが三千七百万円の被害となっているのであります。そのほか山林関係として二千三百万円、水産関係二千五百万円、蚕糸関係として、桑の被害による晩秋蚕及び晩々秋蚕の被害として二千八百万円、耕地関係一千五百万円、開拓関係として住宅の被害四百万及び農作物の被害三、千一百万円等で、合計三千五百万円の被害を受けていたのであります。以上が県下のおもなる被害であります。 調査に参りました地区は杵築市、東国東郡の安岐町、武蔵町、国東町、富来地区及び速見郡の日出町周辺であります。東国東郡は県下唯一の南風を受ける地域でありまして、今度も潮風が激しく吹きつけ、農作物に異常なる被害を与えているのであります。農作物は水稲が多く、郡下水田面積二千八百町歩のうち、海岸より二百メートルまでに千町歩、四百メートルまでに千八百町歩があり、この八五%が被害を受け、風当りの場所は枯死を免れず、その他のほとんどももみずれによる変色が目立ち、一面茶褐色の穂が生気を失って広がっていたのでありまして、被害は二割以上に達するとのことであります。このはか大分県の特産ともいうべき畳の表を製造する原料の七島イと称せられる南方産の三角イの栽培が盛んに行われているのであります。このイは全国に二千五百二十四町歩が培倍せられ、うち大分県は一千五百七十四町歩と圧倒的多数を占め、熊本県の三百町歩及び静岡県の二百町歩がこれに次ぐ生産県であって大分県のイの生産高は年間九億九千万円に上り、他県における養蚕等のように、この地方の農家の現金収入の大部分をまかなっている重要なる産物であります。この七島イは、普通の畳表にする丸イよりはきれいさにおいては若干落ちるとはいえ、耐久力は九イの四倍の強さに及ぶものであり、また栽培においても、丸イは植付から収穫まで二百日を要するに対し、七島イは七十日から九十日間にて収穫する早期栽培ができるものでありまして、期間的にもまた品質的にも丸イに比して優秀であり、将来性が持たれるとして、県当局もこれが研究と普及に非常に力を入れているものでありまして、今度の被害を受けた国東郡は、収穫時期がおくれたため一ヵ年間の現金収入の源を断たれたわけであります。国としても、このような農家経営の安定に大きな役割を持っている特殊農作物の保護、育成には、なお手厚い援助の手を差し伸べてほしいと痛感した次第であります。 翌十九日大分県庁に参りまして、県当局、農林省大分統計調査事務所及び熊本農地事務所、大分県農業共済組合連合会等より、詳細に被害の実情と対策及び要望を聴取いたしたのであります。 被害状況につきましては、前述いたしましたので省略いたし、要望を申し上げますと、 一、国は被害の現地査定を早急に実施し、復旧事業の早期着手を考慮されたい。 二、応急復旧の仮工事分は公共災害復旧事業として認証されたい。 三、復旧期間三カ年の既定方針を厳守し、初年度三割の復旧が必ずできるように措置されたい。 四、少額補助工事を認めるとともに、当年度内に全額復旧できるよう補助金を全額交付されたい。 五、被害農林漁業者に対する経営資金の融資措置を講ぜられたい。 六、本県の重要産物である七島イは特に被害がはなはだしく、昭和三十二年産用の種苗の確保が危ぶまれるので、補助金を交付されたい。 七、被害桑園に対し、樹勢回復用肥料及び改植用桑苗の購入補助の措置を講ずるとともに、蚕種の購入補助についても同様措置されたい。 八、農業共済金の支払いについては被害が甚大であるにもかかわらず、農林統計の郡別標本調査結果に現われない場合があるので、損害評価審査基準の適正化をはかるとともに、支払いを迅速にするよう措置されたい。 九、被害農家に対する自作農維持創設資金融通法の資金ワクを拡大し、被害の実態に即応して優先的にこれら農家に貸し付けられるよう措置されたい。 十、本県における開拓被害はきわめて大きいので、天災法に基き県下の全開拓地を災害地域に指定し、最低利率による資金の融資を考慮されたい。 十一、特に高冷地における被害開拓農家に対しては、耐風ブロック建築住宅補助及び災害恒久対策としての主畜農に転換するための経営資金補助を考慮されたい。等であります。 次に宮崎県について申し上げます。 まず県庁に参りまして、県当局及び統計調査事務所等により被害の実情及び要望を受けたのであります。その説明によりますと、宮崎県は八日の正午から十日までの約五十時間にわたり、南東及び南西の強風が吹き荒れたのでありますが、九州山脈の影響で風の位置が高かったため、農作物は強風による被害からある程度免れたのであります。しかし五十時間の長時間の強風下にあって、水稲は風害による損傷としてもみずれの変色を起したものが最も多く、倒伏、葉片の裂傷による被害も見られたのであります。雨量は平坦部で百ミリから二百ミリ、山間部で三百ミリから五百ミリで、西臼杵郡では六百ミリを越える降雨量のところもありましたが、間歇的であったため、水害も比較的軽く済み、稲作に白穂の発生を起さすフェーン現象もなく、また潮風害も一部分を除いてはほとんど認められずに済んだこと等が、農作物の被害を最も最小限度にとどめ得た大きな原因であったのであります。 第九号台風以降の気温は非常に低目を続け、そのため稲の成長等が不順であったところに今度の台風に見舞われたのであり、その上時期が、本県の水稲作付の九〇%を占める晩生種の出穂前後に当っておった関係上、直接に穂に強風を受けたため、もみずれの被害となって現われたのであります。これを県庁の集計に見ますると、被害総額十一億五百万円で、このうち八二%は農作物の被害で九億六百万円を占め、水陸稲は七八%の七億となっており、作付面積四万六千九百町歩の実に九九%に当る四万六千五百町歩に被害を受け、減収七万石とのことであります。その他雑穀類に六千四百万円、園芸作物に一億三千五百万円、水産関係に四百万円、養蚕関係五百万円、林産関係に六百万円、及び開拓地の被害は陸稲被害二千五百万円を初め四千四百万円の被害を受けているのが目を引くものであります。 宮崎県及び鹿児島県は、台風常農地帯として毎年定期的に甚大なる被害をこうむっているわけでありまして、これが防災対策を種々研究しているのであります。そのうちで最も注目すべきものは水陸稲の早期栽培であります。すでに各委員の御存じのように、この地方の台風季節の八月末までには収穫を終る栽培方法であり、四月二十五日前後に植付けし八月十日前後に収穫するものでありまして、品種も農林十七号を主とし、瑞穂等も使用され、収穫量においても、普通作の平均反収一石八斗五升であった田畑が五〇%から八〇%増を示し、二石二斗から二石五斗になっているのであります。これが普及に県、市町村の指導者も非常に力を入れており、県下の水陸稲農地の半分をこれに切りかえる目標であるとのことであります。これが普及すれば台風による稲の被害は急激に減少し、農家の経営安定も大きく軌道に乗ることと予想されるのでありますが、まだこのあと作等に難点があるのは、今後の研究にまたねばならない課題の一つであります。 現地は日南市の風田地区、東郷村を調査し、日南市役所に参り、市管内の被害説明を聞き、百品南市山王地区を経て南郷町の台風激甚地を調査いたしたのであります。この被害地は潮害によるもので、海岸より百メートル線までは潮の冠浸水により完全に枯死し、五百メートル線までは収穫見込みのないまことに気の毒な被害を受けているところでありまして、調査のときにおいても海水が水田に出入している現情であったのであります。次に同町の外の浦干拓地に参りましたが、この干拓地は台風によるものでなく、戦争中百町歩の干拓が行われたのでありますが、軍に協力する必要上、水門の移転を行ことになり、移転先の水門の工事のずさんにより 水門の下床が干拓内の水を放出するに八十センチも高いため、干拓内は水がたまり、耕作は全然できないまま放置されているのであります。そのためこの干拓の百町歩ばかりではなく、周辺の百町歩余も降雨のたびごとに冠浸水を起している状態であります。もしこの水門改修が完成すれば、二百町歩の受益により増産される米麦は米換算千七百九十七石となり、工事費三千百五十万円に比べて非常に有声である点を強調し、早急なる融資あっせんを切望していたのであります。 次いで同地の園芸高校を見学し、串間市弓田を経て串間市役所に至り市管内の台風被害状況の説明を聞き、直ちに都城に参り、市役所にて被害説明を承わり宮崎県の日程を終ったのであります。宮崎県の農家の要望中大分県と異なるものには、早期栽培の種子及び農薬代の補助金の交付と農業共済制度に対する強い批判と反対及び実被害についての共済金の交付のできるように改めてほしいとのことであったのであります。 次に鹿児島について申し上げます。二十一日まず鹿児島県庁に参りまして、知事初め県当局及び農林省鹿児島県統計調査事務所より県下の第十二号台風被害及び対策、要望等について説明を聴取いたしたのであります。その説明を要約いたしますと、第十二号台風は、八日の午前九時にはすでに奄美大島群島、種子島及び屋久島等を強風圏内に包み、同日十二時には鹿児島本土を右半円の平均風速三十メートルの中にすっぽりと入れ、十日までの長時間暴風雨下に置いたのであります。 被害のうち最も大きいものは農作物であって、全県下は長い時間の強風と海岸線は南寄りの潮風によって甚大なる被害を受け、中でも水稲は中生種の開花最盛期に当り、早生種及び晩生種においても乳熟初期あるいは出穂中であって風害に対しては時期的に最悪の条件にあったのであります。陸稲、アワ、ソバ、砂糖キビ及び蔬菜等、農作物の被害も少くなかったのであって、これらの被害額を数字的に見ますと総被害額四十四億の九〇%に上る三十九億六千三百万円となり、このうち水稲の被害は作付面積五万町歩の二割に及び、減収量二十三万八百石と推定され、金額にして二十三億八百万円と驚異的な額に上っているのであります。 陸稲において一万一千町歩中被害三〇%の四万五千五百石金額にして四億五千五百万円、アワは一万町歩中被害二五%の四万三千石で一億五千万円、ソバは六千六百町歩中被害は五〇%の三万五千石で一億二千万円、砂糖キビは五千五百町歩中被害二五%の百六十七万貫で四億二千万円、蔬菜類一億四千万円、果樹一億八千万円がおもなものであります。 その他農業用施設等耕地関係被害三千三百万円、林業関係は山くずれ及び林道被害等で四千万円、土木事業の農林省関係の被害は漁港等で四千九百万円、水産関係は漁船及び共同施設が被害を受けましたが、八百万円と九号台風に比べて僅少に済んでいるのであります。土木被害は、奄美大島群島、甑島列島等台風に近かった離島に小被害が多発していたのであります。 現地には鹿児島市より鹿児島湾沿いに水稲の潮風害を調査しながら指宿市に参り、山川市を経て枕崎市に至る間最激甚地区の頴娃、御領等にて詳細に調査を行うとともに、市町村長及び農業関係者の悲壮なる説明と陳情を聞いたのであります。この地区についてはたびたび申し上げました通り、見渡す限りの水田は白穂と化し、完全稔実は予想もつかず、わずかにとどめた穂も刈取時には脱粒することは明らかであるとのことであります。海岸より二百メートル以内の地域のほとんどはこのような被害に見舞われており、農家の再生産に対しては、特別の措置を講じ援助をすべきであると感じたのであります。枕崎市にて漁港を視察し、予定より二時間近くおくれているうちに串木野市に向ったのでありますが、串木野市に到着したときは、夕日はすでに沈み、夕やみに包まれていたため現地調査はできず明日に調査を延ばしたのであります。翌二十二日の串木野市にてはまず市役所にて市長より被害の状況を聞き、市長の案内にて串木野港に参ったのであります。この漁港の被害につきましては、第九号台風の現地調査の報告にかなり詳細に述べられておりましたので、大体の想像はついておりましたが、現地を見てその悲惨なの一に驚いたのであります。市長の熱心なる説明によりますれば、第九号台風でほとんどは破壊されたが、わずかに残った施設が徹底的に決壊せられ、また以前の決壊個所から被害を連鎖的に拡大していったもので、港の左側には漁業無線局、製氷施設その他の施設が並び、その前に幅二、三十メートル、長さ五、六百メートルのコンクリートの荷揚場があったのでありますが、寸土も残さず洗い流し、諸施設の土台をもえぐり取り、見るも哀れな姿を呈していたのであります。この漁港は地盤が砂地でありますので、これが復旧において、もし原形復旧するとすれば、砂上に石を並べコンクリートを乗せることとなり、台風ごとに被害を重ねていくことになりかねない実情である点に考慮を払い、政府においてもこれが修築には相当の改良工事をいたすべきであると思うのであります。 次に川内市の被害調査に参ったのであります。市役所の係りの説明によりますと、川内川沿いの六百町歩の水田は、原始河川状態に川口付近が放置されているために放水が悪く、常に冠浸水を起しているとのことでありまして、農業に影響するものとして本委員会より建設省に対し、その工事促進方を要望して、いたのであります。現地に参って調査したのでありますが、天候続きの日であったにもかかわらず、水量が稲の背たけの半分まで浸していたのがよくわかったのであります。 以上をもって現地調査を終ったのでありますが、鹿児島県における要望中、大分県及び宮崎県の要望に含まれていないもののみを申しますれば次の通りであります。 一、台風常襲地帯の災害復旧の特別立法 二、早期栽培への切りかえに必要な低利資金の融資と高額補助 三、共済制度における基準反収の再検討 四、「農林水産業施設災害復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律」の一個所の被害限度十万円以上を五万円以上に引き下げること 五、開拓者の住宅が災害のため全壊した場合は入植者五年以内の者について五割補助となっているが、七年に延期すること 六、被害開拓者の住宅の半壊及び大破も全壊同様二分の一補助をするとともに畜舎及び家畜等の施設に対しても補助の道を講ずること 七、被害開拓者の借入金の償還延期及び自作農資金の開拓者農家への貸付の道を講ずること等であります。 以上で報告を終ります。
○村松委員長 次に吉川久衛君。
○吉川(久)委員 本調査班の受け持ちました鳥取、島根、山口の三県における台風第九号及び台風第十二号により農林水産関係がこうむりました被害状況について調査をいたしました概要をごく簡単に御報告申し上げます。 派遣されました委員は赤澤正道委員、足鹿覺委員、中村英男委員と私とでありまして、去る九月十四日より二十日まで七日間にわたって三県の被害状況を詳細に一調査いたして参ったのであります。本調査班といたしましては、今回の調査目的が十二号台風によるものとなっておりましたが、去る八月十七日襲来しました九号台風による被害がずっと大きいようでありまして、その傷あとがまだいえないうちに九月十日の十二号台風を受け、この二つが重なり合いましたので、被害はさらに増大し、壊滅的な被害を受けておりますところもありましたので、これからの報告はこれら二つの重なり合いました被害をあわせまして申し上げることにいたします。 まず今次の台風は、八月十七日に来襲いたしました九号台風が過ぎましてからわずか三週間日に同程度の十二号台風が来襲するところとなりまして、九号によってさんざんいためつけられましたその傷あとの回復が十分になされないままに再度の被害を農林水産関係に与えたのでありますが、この二つの台風はいずれも瞬間最大風速、強いところで防府の四十五メートル、弱いところで松江の二十二メートルという、風速においてはA級台風としての貫禄を十分に発揮しておりましたが、幸いにも両方とも雨の方が非常に少かった点であります。その点水害による被害は全く皆無という状況でありましたが、かえって雨がなかったために別の被害が意外にも台風経過後日を経るに従って増大するという現象が現われてきておるのであります。それは先ほども九州調査班の御報告にもるるお述べになりましたように、今次の台風は強風による被害も甚大のようでありましたが、それにもまして潮風害によるものが農作物に与えた影響はけだしきわめて甚大なる深刻さをもって農民の生産意欲を阻害し、かつ大打撃を与えたことであります。両台風当時、水稲におきましては早生種、中生種、晩生種とその地方々々の適性によって多少違っておりますが、時あたかも出穂前後のもの、穂ばらみ、開花生殖中のもの、あるいは稔実中のもの、そのいずれとも稲の生育期に最も重要な時期でありまして、強風と潮風にあおられて葉先を裂傷枯死せしめ、穂ずれによってもみか脱落し、生成同化作用の機能が失われ、もみの変色、稔実不能、生育不全等の障害を来たして、あるものは三割減収、あるものは五割減収、あるものは七割減収、はなはだしいところでは全然収穫皆無という悲惨な被害を受けておる実情でありまして、この潮風による塩害の影響がいかにおそろしいものであるかということを私どもは現地においてつぶさに目撃いたしまして、認識を新たにいたしたわけであります。 私どもは委員各位にこの現実の塩害を見ていただこうと思いまして各地区を見て参りました地点から被害を受けました水稲初め農作物の一部をここに持ち帰りましてごらんをいただくわけでありますが、この中には鳥取県福部村地籍の水稲がございます。これでございますが、これは九号台風の高潮が塩見川に逆流いたしまして、河口に設置してありました特許の自動潮止扉を破壊し、低地の水田を瞬時にして塩田化し、千分の二十の塩分を検出いたしましたので、農業改良普及員の指導によって直ちに排水と淡水かけ流しの塩抜きを行いましたが、ついにこのような惨状を呈するうき目を見ておるのでありますが、この地区はかつて南海地震によって地盤が沈下いたし、それ以来わずか五〇ミリ程度の降雨がございましても一面水びたしとなり、そのたびごとに農民は悩んでおるのでありまして、この低田部のかさ上げ、客土干拓工事を南海地震地盤変動による復旧工事として施工を要望いたしておる現状でありますが、四年を経過しておる今日いまだにその希望がかなえられず、そのままになっておりまして、今日のような海水の浸入を見まして全滅にひとしい悲運に遭遇したというのでございます。この点を現地において地元民から切なる要望を聞いて参りましたが、これは農地局の仕事でありますので後ほどお伺いいたしたいと存じます。 それからもう一つの水稲が九種類ほどございます。これは鳥取県の境港市の渡地区における潮害による水稲でございますが、ごらんの通りの哀れな姿でございまして、全くの立ち枯れの惨状でございましたが、ここに私どもが到着いたしましたときには、もう日はとっぷり暮れまして、あたりはまつ暗でありました。それでも現場には市長さんほか多数の関係者が待っておられましたが、十分に水稲被害を見ることができませんでしたために、その見本をここに持参したようなわけであります。これは九号被害のものでありまして、ちょうど中海は九号台風によって異常な水位の上昇を加え、高潮による激浪が沿岸の堤塘に激突し、境港市の渡地区と米子市の彦名地区の護岸が数カ所決壊し、背後の水田を塩田化したのでありますが、十二号台風襲来というので、この決壊箇所に土嚢を築いて応急復旧手当を施しておきましたが、再度の激浪はさらにこの決壊箇所を乗り越えて、被害をますます増大せしめたのであります。地元の米子市長さんや境港市長さんの陳情を総合いたしますと、この中海沿岸は二十七年と二十八年の風水害により護岸の全線にわたって決壊いたしましたので、その復旧工事の促進をしばしば当局に要望し、局部的には農林省が所管しておる工事もあると見えまして、すでに復旧を見た箇所もあるように承わってきたのでありますが、建設省の方の所管による海岸保全事業としての箇所が、いまだに復旧されておらない実情にあるというのでありますが、こうして三年間も放置してあることは背後地の農民にとっては迷惑千万なことでありましてしかもこの地方は近時水田とともに移出蔬菜及び葉タバコの栽培が著しく盛んになり、これに加えて合理的な酪農の経営と相まって集約農業地帯としてその発展を大いに刮目されておることでありまして、そうした農村振興の意味からもぜひともこれらの障害になります護岸の復旧工事は急速にやってもらわねばなりません。この点建設省の方もおいでになることと思いますので、この中海沿岸の護岸復旧工事がどのようになっておりますか、お伺いいたしたいと思います。 特につけ加えたいことは、この中海の高潮被害について、ただいま米子市と境港市の関係地区の被害を申し上げたのでございますが、いま一つ島根県側の被害について御報告申し上げたいのでございます。それは私どもは日程の都合によりまして、どうしてもそこに伺うことができませんでしたが、島根県の恒松知事さんや地元の八束村長さんからるる陳情を受けましたが、この中海のまん中に大根島と江島という大小二つの島がございます。この両島の耕地の大部分が九号台風と十二号台風の高潮によりまして両島が大被害を受けたのであります。ことに江島という島のごときは、海岸堤塘が九百十メートルも決壊いたしましたために海水がこの小さな島の全耕地に浸入し、水稲二十五町歩、畑二十五町歩を一瞬にして水びたしとなし、むろん住宅地帯にも浸水いたしましたが、全島民総出動、消防団等の必死の努力をもって海水排除と応急手当を施して、その復旧工事に尽力いたしましたが、あいにくこの島には天水しかございませんので、淡水のかけ流しの除塩作業が不可能でありまして海水をかぶりました農作物のことごとくは全滅のうき目を見る悲惨な状態に立ち至ったというのであります。これは単なる小島のできごとと私どもは思われませんので、今次台風被害の最もひどかった縮図とも考えられまして、今後災害対策に御参考にもなろうかと存じまして、特にこのお気の毒な江島島民にかわりまして当委員会に御報告する次第でございます。 また島根県大社町神戸川川尻付近の水田と出雲市長浜地区及び湖陵村地区から持ち帰りました水稲、桑、ブドー、桃、カンショの被害見本がここに並べてございますが、これを見ていただけばわかりますように全く哀れな姿でありますが、これらはみな潮害または潮風害によるものであります。御案内の通り、この地区は斐伊川の下流平坦地帯でありまして、島根県随一の穀倉地帯とも申すべき水田が見渡す限り続いておるのでありますが、時あたかも出穂、開花期または幼穂形成、穂ばらみ期にありました水稲は、両台風の強烈な潮風にたたきつけられ、ごらんの通りの姿であります。またこの地方は養蚕業がなかなか盛んなところでありまして、相当広範囲に桑園がありますが、これにも潮害を相当に受けておる現状でありました。ここに私は見本をポケットに入れて持ち帰ってきたのでありますが、これが被害を受けました桑葉であります。潮風に一たびあいますと、このように黒い網のように変色して腐ってしまうのであります。そうしますと、桑の木はまだ冬眠に入るわけには参りませんから、何とか生きようと思いまして、来年の新芽を今出してしまうのであります。これがその新芽でございますが、私どもが参りましたときには、この新芽が一面に出ておりまして、遠目から見ますと被害はさほどでないようにも見受けられましたが、それはその新芽が一斉に出ておるからでありまして、実際は晩秋蚕用の桑が全部やられたあとであったのであります。このために、三県とも同様でありますが、晩秋蚕用の桑葉が非常に不足し飼育不能状態のところが相当あるのでございます。出雲市の長浜地区では御婦人の方がたくさん被害桑園のところに待っておりまして、私どもに熱心な陳情がありましたが、この桑園対策といたしましては、後ほど対策要望事項として各県一括して申し上げたいと存じます。 また別にブドウの木の見本もございますが、ブドウ園もまた潮風害のために全滅の状態が相当に見受けられたのであります。鳥取県でも鳥取県でも砂丘地帯が非常に多いのでありましてこの不毛の砂丘を活用して、砂地帯の農業振興をはかろうと、地元の農民は今必死な努力を傾けてブドウ園経営に奮闘しておられるのであります。その苦闘の実が結びまして、今年はりっぱなブドウが出荷できると楽しみにしておりましたところ、意外にもこんな災害にあいまして失望と落胆のどん底に突き落された農民の姿を見受けましてお気の毒にたえなかったのであります。 ここで特に申し添えたいのは農業改良普及員の活躍ふりでありました。 農業改良普及員が今度の災害に対し、水稲被害に対する応急手当の指導、果樹園被害に対する技術指導、それが実に熱心に、また誠実に活躍しておりましたことを特に申し上げておきたいと思います。 また別に山口県の旭村佐々並地区の水稲と防府市周辺の水稲をも持ち帰りましたが、佐々並地区の水稲は、山間の水田でありまして、今ちょうど刈り入れどきでありましたが、これをごらんいただけばおわかりになりますように、谷間沿いに吹き上げてきました強風が穂と穂をぶつけ合い、このようにもみ粒がほとんどついておりません。ホウキグサのように突っ立っているのであります。むろん中晩稲のものも稔実不能に陥って立ち枯れのものもございまして、これによる減収が相当に見込まれますことは、これによっても明らかでありますが、私どもは台風というものは平坦地がひどくて、びょうぶのような山に囲まれた谷間ではさほどの被害は受けないものと推察しておりましたが、萩市から山口市へ出る峠越しの途中でこの被害を見まして、認識を改めた次第であります。 それにも増して被害が予想よりひどく見受けられましたのは、防府市周辺の水稲の潮風害であります。これがその被害地の水稲の穂でありますが、あの広い見渡す限りの水田が全部このような黒褐色とでも申しましょうか、変色いたしまして、ここだけでも三千六百二十七町歩という広範囲の被害を受けておりまして実に二万二千三百石の減収という予想収穫高の三〇%に当る被害を受けておるのであります。当時の模様を防府市長さんから承わりますと、九号台風が周防灘の沖から潮水を吹き上げ、ちょうど白い霧のような風がこの開花受精期の水稲をたたきつけ、しかも当時は降雨が全然なかったために塩水をふりかけたようなもので、これを想像いたしまして、白い風とでも申しましょうか、この塩分を多量に含んだ風害によりまして、とめ葉よりの生育がとまり、受精障害を来たし、稔実不能に陥り、全くの立ち枯れの状態であるのでございまして、これなどは山陽線を利用されます委員各位は御承知のことと存じます。ちょうど三田尻駅の付近でありまして、あそこを私共は調査いたしましたが、全くひどくやられておりました。なお現地調査の御報告は、あまり時間が長くなりますので、この程度にしておきますが、ちょっとつけ加えたいのは、開拓地被害についてであります。私共は鳥取県の逢坂村二本松という開拓地に、自動車をジープに乗りかえまして、あの道の険しい山道を登って行きましたが、ここは伯耆大山の山麓でありまして一望千里の高原地帯、この高原にくわを入れて十年の星霜、ただ黙々として新農地の造成と新農村の建設を目ざして、旱魃、冷害、風害と、多くの自然の災害に苦しみ耐えて働き抜いている開拓者を訪れて、約五本名ほどの開拓者と話し合ってきましたが、この人たちは、みな戦後海外から引き揚げて一生をこの開拓地に捧げ、あらゆる苦悩と戦いながら、十年かかろうが二十年かかろうが、ここに新しい農村が建設されるまでは決して下山しないと、実に開拓精神のたくましい人たちばかりで、たのもしく感じて参りましたが、この高原にも例外なく九号と十二号の台風が、彼らが営々と作り上げた陸稲、大豆、カンショ、トウモロコシ等を吹き荒し、わずかこれによって生きている開拓者を、しかも多額の開拓資金を借りてその返還期に迫られている開拓者を、はだかにしてしまう現状を見て参りまして、私ども一は真剣に開拓地対策を考える必要があろうと存じたのでございます。開拓者の一人は、われわれを追いかけるようにして来られまして、どうか東京へお帰りになりましたら、われわれ開拓者のためにいま一度温い手を差し伸べてほしい。われわれ開拓者は先祖代々の農地を受け継いだのと違いまして、これから農地になるかならぬかわかりませんが、とにかく十年、二十年かかっても必ずりっぱな農地に作り上げますから、乏しい開拓者を救ってほしい、と悲痛な叫びをしておられました。 以上が私ども調査班が見て参りました調査の概観でございますが、ここに申し述べました以外にも、幾カ所となく訪れまして被害の調査をいたしましたが、一つ一つ申し上げる時間がございませんので割愛させていただきます。 次に各県の被害状況と対策要望事項を申し上げまして、当委員会の対策案の御参考に供したいと存じます。 まず農林水産関係被害について九号と十二号とを合せて申し上げますと、鳥取県では八億五千二百万円、そのうち水稲被害がおもなるものでありまして、これに鳥取名産の二十世紀ナシの被害が続いておりますが、両台風で二億八千万円にも達する被害を受けておりまして、果樹栽培業者に大打撃を与えている実情であります。 次に島根県では、総額十五億三千六百万円でありますが、主として農作物関係の被害がほとんどでありまして、両台風で十三億五千五百万円にも達しております。水稲だけについて申しましても、十一億二千二百万円という大きな被害をこうむっておりまして、その他果樹、桑園などの被害も相当ございました。 次に山口県では、両台風の総被害額は二十一億一千五百万円にも達しておるのでございますが、ここでもおもなる被害は農林水産関係でございまして、約十七億九千万円、そのうち主として農作物が十四億四千万円の多きに達しておりまして、先刻来私が申し上げた通りの被害状況でございますので、詳しいことは省略させていただきますが、ちょっと水産関係で特につけ加えたいのは、漁港被害の復旧工事について、島根県浜田市の折居漁港の災害でありますが、今回の九号と十二号台風で漁港の護岸堤塘が十九メートルと三十三メートル決壊いたしておりましたが、この被害個所を調査いたして感じましたことについて、関係当局にお尋ねしたいのでありますが、この決壊個所をよく調べてみますと、護岸擁壁の施工があまりにも粗雑であったように感じられるのでありまして、子供の頭大の大石を使ってコンクリートされておりますセメントが十分に内部に回っておらず、壁の中に空洞ができており、セメントの配合率も非常に少いようでありまして、手をもって容易にておることでありますので、このような工事の仕方では、ちょっとした災害を受ければ当然に大事を引き起す原因ともなりますることを考え、将来この種の工事施工に関し参考となりますから、関係監督官庁の厳重な調査を希望いたします。もしこの程度の施工をもって人命、財産の保全が確保されているのであるかと思いをいたしますならば、私どもはただがく然とせざるを得ないのであります。この工事が県工事であろうが市町村工事であろうが、何がしかの国庫の補助があります以上、国の監督をおろそかにするわけには参りません。漁港に限らず、河川堤塘においても、海岸築堤による農地造成においてもまたしかりであります。 次に各県の要望事項は、大体において各県ともに共通のところがございまして、先般当委員会において決定した九号台風の災害対策決議に盛られており、重複する点もございますが、天災法による貸付資金、金融公庫の貸付資金、自作農創設維持資金、農地及び施設の復旧資金または公共土木施設の復旧資金のつなぎ融資または短期融資等は、九号と同様に早速なる措置を必要といたします。そのほか零細農民または開拓農民の救農土木事業の早期実施、稲作病害虫防除費または農薬購入費の補助とか、稲作及び雑穀の種子代、改植果樹園用の苗木代、砂丘地防風用の苗木代、転換作物用の種子代または稚蚕共同飼育施設費及び蚕種代金の補償費等の補助、樹勢回復速効肥料購入費、及び害虫防除費の補助、水稲早期栽培試験研究費及び集団耕地被害復旧費の補助並びに水産業関係の漁港、漁船、漁具に対する補助、開拓地防風林設置費の補助等各種にわたる災害復旧に必要な経費の国庫補助を強く要望いたしておるのでありまして、得に開拓者のごとき、入植して日なお浅く、営農の基礎が安定しておらないままにおいて各種の災害資金の返済が田積して重圧となっておる現状でありまして、この点償還金を一カ年猶予するかあるいは営農資金の貸付によって借りかえ措置を行わない限り、この災害から立ち上れない零細な農民があることを忘れてはならないと存じます。 以上で御報告を終りますが、最後に私ども調査班のために、関係県御当局並びに関係地元代表者より多大の御便宜と御協力を賜わりましたことを深くお礼を申し上げます。(拍手)
○村松委員長 次に政府より被害状況の説明を求めます。渡部農林経済局長。
○渡部説明員 台風第十二号による耕作物の被害状況その他施設の被害状況について申し上げます。農作物の被害状況につきましては、農林省統計調査部よりこういう資料を配っております。それによりますと、水陸稲八十八万石、カンショ八百五十四万貫、雑穀五万石、野菜六百八十三万貫、果樹四百二十五万貫、その他となっております。府県別の被害状況もそれぞれについて入っておりますから、ごらんおきを願います。 施設の災害につきましては、農地農用施設で約四億、水産関係で十七億弱、山林関係で六億弱、こういう報告が来ております。なお被害の状況につきましてはさらに調査をしまして、正確なものにいたしたいと思っております。以上私の方の調査の報告を申し上げます。
○中村(時)委員 被害の状況で、詳細に調査をしてということになると、これは概念的なものとしかとれないのだが、その調査をして、的確にその資料がきっちりできるのは大体いつごろの予定でおりますか。
○渡部説明員 私の方の作物のやつは大体できております。大体これでいいと思います。あとの施設の災害等は、これは現地の査定を待たなければ正確なものはできません。これは府県の報告をもとにして御説明申し上げたのであります。
○中村(時)委員 というのはほかのことではないのだが、ほかとのスケジュールが組まれるものだから、その方が的確でないと、特別小委員会を開いて、本委員会でやらなくちゃならぬ、それまでに間に合うかどうかというような問題が起ってくるわけです。五、六日以内にそれができ上るかどうかということをお聞きしたい。
○渡部説明員 施設災害の方は、県の報告を従来の率によって査定すればその数字はつかめると思います。
○中村(時)委員 五、六日以内に……。
○渡部説明員 はい。
○村松委員長 では質疑を省略いたしまして、さきに設置したる小委員会において調査し、対策を樹立せられんことを希望いたします。 なお、長崎県知事の西岡竹次郎氏が参りまして委員会に対して委員の派遣及び対策樹立に関する感謝の意を表して参りました。委員長これを承わっておきましたので御報告申し上げます。 —————————————
○村松委員長 この際お諮りいたします。第十五号台風による農林漁業災害の被害状況の調査及びその対策樹立に資するため、現地に委員を派遣いたしたいとの御意見がございますので、委員長において議長と協議をいたしまして、その上で委員長において承認申請の手続をとりたいと存じます。つきましては、この点委員長に御一任を願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○村松委員長 御異議なしと認めます。 なお派遣委員の選任、派遣地名、日数等につきましても、あらかじめ委員長に御一任願いたいと思いますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○村松委員長 御異議なしと認め、さよう取り計うことにいたします。 —————————————
○石田(宥)委員 先刻全国精麦協同組合連合会の代表から陳情があったのでございますが、麦価の問題で対米価比の問題を中心といたします業界の実情をつぶさに述べられ、さらに資料の配付を受けたのでありますが、この問題は国の食糧政策の面においてきわめて重要な問題であるので、この際政府からの詳細な資料の提出を要求いたしたいと思うのであります。ついてはこの資料を次の委員会までに委員の手元に配付されるよう委員長において適宜取り計らわれるように要請いたす次第でございます。
○村松委員長 石田委員の御要請を了承いたしまして、さように取り計らうことにたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時三十三分散会