社会労働委員会 第20号
- 発言数
- 65 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1956/03/14
会議録
○佐々木委員長 これより会議を開きます。 つき添い婦制度に関する件について調査を進めます。発言の通告がありますので、順次これを許可いたします。長谷川保君。
○長谷川(保)委員 前国会において、つき添い婦廃止という政府の方針が非常な問題になって、いろいろわれわれは実情調査等をいたしました結果、諸君御承知のように、衆参両院におきましては、すでに廃止について十分慎重な態度をとるようにという意味の決議がなされました。当委員会においては、政府が国立療養所の看護要員の充実をはかることは認めるけれども、これに伴って直ちに現行のつき添い婦制度を全面的に廃止することは現状に沿わないものと考える。政府は実情を考慮した上で、療養所の実態の改善のために十分なる措置を講ずべきであると決議をいたしましたし、同じく参議院におきましても、つき添い婦制度廃止の基本方針については、それが医療内容の向上に寄与する限りにおいてはやむを得ないとしても、現実にその廃止が、看護要員の増加及び設備と給食の改善を実施するにあらざれば、看護に支障が起るような場合にはこれを実行してはならない。さらに廃止するような場合においても、現在のつき添い婦の配置転換等については万全の方策を講じなければならない。こういう意味の決議がなされたことは御承知の通であります。その後当局は、各所の国立病院、療養所等のつき添い婦廃止の線を進められているようでありますが、今日各病院及び療養所の実情はどうなっているか、最近の事情を承わりたいのであります。
○曾田政府委員 ただいま長谷川委員から御指摘がございましたように、新しい看護態勢を整えますについては無理をしないように、またできるだけの準備を整えて実施をするようにというような御注意を両院からもいただいておりました。私どももできるだけ慎重に計画を進めて、逐次実施に当って参ったのであります。今日まで報告を受けております一番新しいのが数字で申し上げられますのは一月末の状態なのでございますが、全施設百八十二でございますが、そのうち百四十七施設、この中には療養所全体にわたって実施したのではなくて一部分実施というものも多少でございますが、大体百四十七施設で実施に取りかかりました。ここに従来からおりましたつき添い婦さんの数が千九百六十八名、それから新たに配置になりました者が、定員と申しますか、常勤労務者でございますが、人数が千六百九十九人ということになっております。このうち療養所に残っていただくことに決定いたしました人が、ただいま申し上げましたつき添い婦の前からおりました数に比べますると三五・三%になっております。それから配置人員のこれに対する比率にいたしますれば四〇・九%ということになっております。他の人たちは、それぞれ派出婦会から来ておられた人たちは、この会の方に帰られる、この方が人数としては一番多うございます。それから他の職業にあっせんいたしまして、そちらの方に移られた方がそれに次いでおります。それからそのほか福祉施設に入所あっせんをいたしました人、それから自己の意思によって他にみずから転職された方、それから中に病弱でございまして入院させた方が六名ばかりおられます。そのほか病弱のためとかあるいは老齢のためとかいうようなことで、うちに帰られたというような方もございました。結局身の振り方について一月末当時に何とか御自身でも心配しておられますし、また療養所としましてもいろいろ何とかしてあげたいということで、しきりに努力中のものというのが二百五十名というような状況になっておったのであります。これがつき添い婦さんの様子なんであります。この切りかえのやり方がきわめて円滑にいっているところもございますし、また他面におきましてはやってみたが必ずしもうまくいかずに、またやり直しと申しますか、いろいろ設備等をさらにつけ加えて初めの計画を多少変更しなければならぬというような状況のところも多少はございます。こういうようなことで一般的に見ますならば、新しいことでございますのでいろいろふなれな点ということもあるのであります。だんだんとなれて参りますれば、おおむね大きい支障なしにいけるのではないかというふうに考えております。しかしまたある所によりましては切りかえで非常にうまくいっておる、これは非常に、むしろ切りかえを患者さんに喜んでいただいておる、かようなところでは逆にむしろ切りかえの当初は非常によくやってもらっているのだが、果してこれが長続きするだろうかどうかというようなことを心配しておられるところもあるのでありますが、いろいろまた御質問に応じましてお答え申し上げたいと思うのであります。大体以上のような状況で、私どもとしましてもさらに十分注意をいたして参りたい、こういうように考えております。
○長谷川(保)委員 事こまかく伺いたいと思うのでありますが、まず第一に私どもあっちこっち拝見しておるのでありますが、このつき添い婦を切るにつきまして、厚生当局のやられました方策としましては、以前にもこういった質問があったのでありますが、大体重症者を、あるいは手術後の患者を個室に今までは入れてあったのを大部屋に入れるようにしたというように、私どもの拝見したところではなっておるのですが、やはりそういう方針を全国的にとったのでしょうか。
○曾田政府委員 私どもといたしましては絶対にどういうふうにやらなければならぬというふうには申しておらぬのでありますが、できるだけ限られた人数で、できるだけ十分な看護サービスをいたすということのためには、どういうような方法があるかというようなことを、これは数年来看護関係者におきましていろいろ検討しておったのであります。その一つといたしましていわば重症者に一人のつき添い婦なり看護婦なり看護要員が二十四時間責任を持ってついておるというようなことは、これはかようにいたしますと十分手がいき届いておるように見えますけれども、実際看護の実質から申しますと、よい方法とも限らない、むしろさような場合に、これは一つのたとえでありますが、三人の方に一部屋に入っていただいて、そして三人の看護人が八時間ずつ交代で見ていくというようなことが状況によりましてはむしろより徹底した看護ができる、こういうように考えられますところから、今までの個室偏重というような考え方は、これはためなければならぬというような考え方が出て、私どもも指導いたしたのであります。ただそれがあまりに過大な人数を一部屋に入れてしまって、あるいは特殊な事情にある患者を無条件にみな大部屋に、重い患者さんを入れるというような工合には指導はしておらないのであります。
○長谷川(保)委員 どうも私どもの見るところでは、やっぱり当局の方でそういう方針を下部に流されたというように思われるのであります。というのは私ども全部見たわけではありませんが、私があっちこっち見て歩いたところでは、それが全部一様にほぼ同じような方式をとっておるように考えられるのであります。一体当局は今個室偏重という言葉もありましたけれども、重症者あるいは手術後の患者というものを何人ぐらい一緒に置くのが一番いいと考え、またどういうように指令を出したのか、これを承わりたい。
○曾田政府委員 ただいま例としてお引きになりました手術直後の患者につきましては、私どもとしまして具体的に数名の人たちを一緒にというような指令は出しておりません。ただいます申し上げましたように、一人ずつつけるというような場合の特徴とか、大勢一緒にいたしました場合の長短というようなものをあげて、私ども話しております。ただこちらといたしまして、さように申しておるのでありますけれども、各療養所でいかようにそれを具体化していくかという実施計画を立てておるかというようなことを見ますと、これも必ずしも一律ではございませんで、ところによりましては、手術の直後には一人つける、一人にして十分見守るというようにやっておるところもあるようでありますが、多くのところは大体二人か三人の人たちが一部屋に入っておるというところが多いようであります。
○長谷川(保)委員 私の見るところでは二人、三人というところはない、むしろ六人とか八人とかさらにまた今までは壁で分れておりました隔壁をガラスに変えまして、そうして四つ、五つの大部屋がまた続くようになっておるというのが実情のようであります。今手術直後の患者のことをお話しになりましたが、ことに大きく問題としなければならぬのは、内科的な重症の患者であります。手術直後の患者も、何分にも肺の摘出、切除その他成形にいたしましても、なかなか大きな手術でありまして、それは今度の皆さんがお作りになった新医療費体系を見ましても、七百点から千三百点にしたくらい非常に大きな手術であります。でありますから、それも非常に大事であります。しかし何分にもこれは手術さえ上手にいけば相当短時日の間に早急に回復していくものであります。これに対しまして内科的な重症の患者というのは大へんであります。一体常識から申しましても、実際に看護した面から申しましても、実は私自身十五年間重症の患者を看病してきておるのであります。その体験から申しましても、重症患者というものは大へんであります。今度あちこち回ってみましても、やはり私どもの予測しました通り、たとえば六人部屋あるいは八人部屋というものに入れられておりまして、その方々は重症でありますから、ある者は呼吸困難が起ってくる、ある者は非常にせきがひどい、ある者は喀血する、こういうわけで、一日じゅうあるいは夜中じゅう人が出入りをする、看護人が動く、またせきをやかましくする、重症で苦しいから訴えるというわけで、一緒に入れられております六人なり八人なりの重症の患者たちが安静がとられない、眠れない。従ってかようにせられました以後、みなほとんど例外なしにより重症化しておるという傾向が多いのであります。これは私は当然だと思う。こういうことは私実に大事だと思うのです。つまり看護を中心にして——ほんとうの看護ならいいが、看護人の都合あるいは医者の都合を中心として、個人々々の重症の患者のことをあとに考えるという考え方は、これはとんでもない間違いだと私は思うのです。厚生省がわずかの予算を何とか節約しようというところからこういうことをなさることは重大な問題だ。なぜならばこれはもう命のほんとうのせとぎわにおります人々を死に追い込むところの、人道上許すべからざる問題であるからであります。皆さんのお家族の中にも病気をなさった方があるでありましょう。もし皆さんが、子供にしましてもあるいは奥さんにいたしましても、親にいたしましても、肉身の者たちが瀕死の重症にあるときに、一人の看護人によって三人を見させるのに都合がいいからといって大部屋に置くというようなことがあり得ましょうか。やはり一人静かにできるだけ安静をさして、体力の消粍をしないようにして、たといどんな小さな消粍でもさせないようにして病気と戦わしていく、あらゆる手だてを尽して病人を助けていこうと考えるのは当然であります。でありますから、お互いの家族がもしそういう立場に立ったとしたら、今まで個室におった者も大部屋に移して、夜寝られなくても仕方がない、隣りの者がどんな大きなせさをしても、それによって安眠をさせられないとしてもやむを得ない、看護の都合だからというようなことがいえるでしょうか。私はそういうことはいえないと思います。私はみずから長年病人を看病して参りました体験から申しましてさようなことはあり得ないと思う。しかし今日私の見てきたばかりではない、見に参りませんでした病院からもたくさんの手紙が私の手元に来ておる。私はそれを開いて読むにたえない。手紙を見ておりますと、その人たちのことがまざまざと目の前に見えて読むにたえないのです。涙が流れる。私はそういうような非人道のことをしてはいけないと思うのです。また医療担当者としましては、病状が増悪するようなことはどんなことをしても防がなければならぬ。それが医療担当者の責任であります。それができないならば医療担当者とはいえない。私はお入り用であれば私のところに来た手紙の幾つかをここで披露いたします。そういうような重症者を、看護の都合のために、一人で三人、四人あるいは、六人という人々を見させるために、安静を要する内科の重症患者を個室から出して大部屋に移すというようなことが一体どうして考えられるのであるか。それを合理的だと言い切り得るのか、これを一つ局長に伺いたい。
○曾田政府委員 ただいまのお話でございますが、例を引きましたような場合はやはり私ども正しいのではないかと思っております。と申しますのは、一人の患者に一人のつき添い婦がついておるというような場合には、ついておりましても二十四時間は決して見ておられないと私は思います。かような場合に、これは一つ仮定の例ではございますが、三人の方が一部屋におられて八時間ずつ看護婦がついておるということの方が、二十四時間にわたって絶えず十分に見守っておるというような点においては私は決してマイナスではない、こういうふうに思っておるのであります。しかしそれは決して看護婦の人数を減らそうとかなんとかいうことではないので、これは数字的にはぴたりと合うことなのであります。しかしただいま先生から御指摘になりましたような点は、私どもも非常にごもっともと拝聴いたすのでありまして、一般的に言えば、今私が申し上げましたようなときには私ども決してマイナスだとは思っておらないのであります。ただこれをいかうよな場合にも強行するというようなことになりますると、先生がおっしゃったような弊害を生じてくる。たとえば三人と申しましてもほんとうの手術後の昏睡状態にある患者ではなしに、普通の重症患者という方々でありますならば、せきをしたりあるいはそのうちの一人が喀血をなさるというようなことがあるかもしれない。こういうようなときには、確かに一緒に並んでおるということはいいことではないと思うのであります。私どもはかような場合におきましては、やはり個室を持っておって、さような特別な患者さんには個室を使っていただくということを考慮していくべきだと思っております。またさようなことを療養所によっては考えて、また施設の状況によっては実施しておるところもないわけではありませんけれども、今のところ不十分な点はあろうかと思いますけれども、私どもできるだけさようにして参りたい。それからまたいわゆる数人部屋と申しましても、その間に先生もおっしゃいましたように若干の隔壁を設ける、あるいはまた私どもの療養所ではまだあれしておりませんが、御承知のように小児病棟とか小児病室ではよくやっておるのでありますが、部屋と部屋との間にガラスの大きい窓をつけておくというようなことも一つの折衷案として考えられるような点もございますが、ただいま言われましたような点は、私ども実施運用の面におきましては十分心して参りたい、かように考えております。
○長谷川(保)委員 確かに局長が言われますように、かってのつき添い婦についての二十四時間勤務というようなことは、いかなる事情があっても、いけないと思う。しかし同時に、二十四時間勤務であってはならないから、こういう重症患者の看病の特質から考えまして、また勤務をする人々の事情から考えまして、一人を二人にするとか、そうして一人の患者を見ていくというのはわかるんですよ。しかし人数をつけることができないから、患者がどう困りましても、これは三交代になるから、大部屋に重症患者を移して、一人の常勤看護人で三人を見ていかなければならぬから、個室では工合が悪いから大部屋に移す、こういうことは考えてならないのです。これは考え方が少し間違っていると思います。やはり重症者は必ず個室でめんどうを見るべきものである。もし看護要員が足りなければ、ふやせばいい。ほかの問題ではない。人道の問題、しかも死に瀕したわれわれの同胞の問題であります。でありますから、今までで足りなければもっとふやしたらいい。そうして合理化していくことを考えるべきであって、わずか二億円や三億円の予算をどうこうということで、病人が苦痛に耐えないというようなふうに持っていくべきでないと私は思う。しかもあなた方が切りかえました常勤労務者で手が回っているかというと、回っていないのです。ここに写真があります。気の毒にも、これは非常に重症でありまして、酸素吸入をしている。あなた方が切りかえました常勤労務者で人が足りない、看護婦が足りないために、この重症の患重が自分でもって酸素の調節をしていなければならぬ。これが常勤労務者に切りかえました実態である。この方の訴えの手紙を私持っていますが、気の毒で読むにたえないのですよ。またこの二番目の写真の人は喀血患者です。この人は、常勤労務者に切りかえた結果として、看護婦が忙しくて食事をやってくれる人がない。喀血をしている患者が自分の胸の上に直接食膳を置いて、自分で食べている。この人からも手紙が来ております。これじゃ困るじゃありませんか。こういう手紙がたくさん来ております。私はどうも厚生省の考え方が違っていると思うのです。もっとやはり人間の生命というものは大事にしていくということを考えてくれなければ、われわれは相済まぬと思う。また常勤労務に切りかえたために、それが原因になって大喀血をして死んだ、だれもめんどうを見てくれる人もなくて、死んだのも知らぬでおったというのも来ております。それじゃ困るじゃありませんか。私はこういうことについて、今局長のお話では重症患者を個室に入れるということも考えるというお話ですが、個室から出してもらっちゃ困ります。そういうことで私ども何人かの死亡の報告を聞いております。見に来てくれといいますから見に行くつもりでありますが、それをそのまま百パーセント信じないにしましても、幾分割り引きして考えるにしましても、とにかくそういう事件が起って、こういうような酸素吸入患者が自分で酸素の調節をしなければならぬという、それほどのことをさせておいて、もしそういうことのために一人でも死んだ人があったとしたら、私ども国会としましても、政府当局としましても相済まぬことです。言いわけのつくことではありません。こういうことが起ってきておる。そもそも個室から重症者を大部屋に移すという、その方針自体がすでにわれわれ同僚によって責められておる。それをなおやっていかれるということに非常に無理がある。山下先生はお母さんだから、そういうことがよくおわかりだと思います。山下先生のお子さんが重症の結核になったという場合に、そういうことが耐えられるでしょうか。私は耐えられなかろうと思う。山下先生にお伺いするまでもありません。だれだって、人の親だったら、耐えられるものではありません。こういう方針を撤回なさって、やはり重症者を個室に置く、それに要する看護体制を作っていくというお気持はないか。局長にもう一度伺います。
○曾田政府委員 ただいま繰り返し、個室と共同部屋との利害の問題について先生は、個室が絶対にいいというような御意見を述べられておるのでありますが、私どもも御意見に従いましてさらに検討いたそうと思っておりますけれども、私必ずしも個室の方がいいというふうには考えられないのであります。もちろんこの意見に対しましては、先生も言われておりますように、極端なことを言いますれば、個室にできるだけ多く入っていただいて、そのかわりそれに一人ずつ、しかも三交代でもって職員がつけられるということになれば、何も文句はあるまいという御意見に対しましては、私どもとしましても、さようなことができますならば、これは非常にけっこうなことだと思うのであります。従来から看護職員の増員ということは繰り返しいろいろ計画もし、何とか増員の方法はないかということを関係の方面ともいろいろ相談いたしておったのでありますが、どうしてもこれが突き破れない事情にございます。これがどうしても打開していく道がないといたしますならば、何とか一つ状況をどこかから一歩々々でもよくするその歩を進めていく方法を考えなければなるまいというようなことで、私どもこれが一つの打開点になるというふうに考えて決心をしてきたわけであります。そのことによりまして、看護体制が全体といたしまして退歩するというようなことがないようにいたしたいということが私どもの考えであります。 それからもう一つ先生が言われましたことに、非常に重症の患者に対しても、三交代でつくならば、平均三人に一人あるいは二人に一人というようなことにしかついてもらえないというようなお言葉でございましたが、これは十分おわかりと思うのでございますけれども、その病状によりましては一人の患者に集中的に大勢の看護人がついて看護をいたすというようなことは当然なのでございまして、ただ平均的に申しますれば、看護婦の各病室に対する配置を今のように考えておるということだけなのでございます。その点を御了承願いたいと思います。
○長谷川(保)委員 手紙がたくさん来ているのでどれを読んでいいのかわからないのでありますが、大体同じような手紙が多いのであります。つまり同じような事情に各病院とも立ち至っておるわけであります。この病院は二月一日からつき添い廃止をした病院でありますが、つき添い婦が全部はずされ、重症者は大部屋に収容されてしまいました。大部屋にはカーテンの区切りさえない。十人の部屋ですので、一人の患者の用事にも同室のすべての患者が神経をいら立てて神経衰弱になってしまうというような状況でございます。また一晩中せきをする者があり、喀血する者があり、看護婦が出入りをいたしますために、みんな眠れませんというような手紙もあります。あるいはまた「安東さんが咽喉に食べた物がつかえ呼吸困難となりベルを押したが看護婦がいなかった。比較的元気な同室の大根さんが探しに行った。」「長島さんの酸素が切れたので夕方隣りの私が随分長くベルを押していたが看護婦が二人とも他の仕事でいなくてこなかった。」あるいはまた「安東さんは自分では何も出来ないので、ふとんの落ちたままでがまんしている。また大部屋へ移されるようになってから、始終誰かに用が起きるので安静がとれず、神経が高ぶり、前より呼吸困難もひどく、食欲もますますなくなって来て衰弱が著しい。つき添い婦がついていた時はよかったが、看護婦さんが忙しいのでやってもらえず困っている」こういうような手紙がたくさん来るのです。今政務次官もお聞きの通りでありますが、これは政務次官、何とか変えなければいかぬと思うのでありますが、どうお考えでございましょうか。
○山下(春)政府委員 もちろん人道上の問題でございますから、御指摘のような問題があるといたしますれば、その点は私どもも今後なお一そう研究いたしたいと思います。ただ私はこの前参議院の社労で、この問題を実地調査をなされました竹中先生と相馬先生の御報告を承わりました。その御報告によりますと、相馬先生が調査された範囲内においては一人の失業者もなく、今のところ患者のこれという不満もなかった、よくいっていると思ったが、しかしなお気をつけろということでございました。竹中先生も多少配置転換等で問題があったと思うが、これという問題は起っていないが、強行すると問題が起ると思うから気をつけろ、こういう御報告でございました。私ども今のようなお話を承わりまして、事実といたしますならば、大いに努力をいたし研究いたす所存でございます。大部屋と仰せられますが、今のところほんとうに切りかえを行いましたところでは、大きな御不満を与えていないという報告を私は受けております。私実際に参ってその状態を見て参りませんので、事務当局が非常に熱心に、始終あちらこちら歩いておりまして、非常な大きな不満を訴えられた様子を聞いておりません。長谷川先生のおっしゃるような問題もあろうかと思いますが、半面に、かえってたとえばリンゴ一つ買うにしても患者だけ食べるわけにいかない。今まではつき添い婦さんにも買わなければならなかったのが、何か重荷がおりたような気もするというお言葉もあったそうであります。これはわずかな例でありましょうが、そういうこともありましたので、御指摘のような問題も逆にはあろうと思われますので、なおよく調査いたし、それからつき添い婦の方々が配置転換等で非常にお困りにならないように、それに対しても最善の努力を傾け、看護の問題についても、さような欠陥の起らないように努力いたす所存でございます。
○長谷川(保)委員 先ほど来申し上げておりますのを念のために次官にもう一度伺っておきたい。どうでしょう、先ほど来申し上げておりますような重症者を、大部屋に入れるのをやめて、看護人が少いから看護人でなくやれるために個室に移すということは、お母さんであられます次官は、お子さんの看病をなさったことがあると思いますのでよくおわかりと思う。瀕死の重症者にとってそれは正しいとお思いになられるか。私は喀血患者を長い間看病した経験もありまして、喀血患者については特にそう思うのでありますが、喀血患者やそういう瀕死の重症者を、そういうところに持っていくということは常識上から考えましても正しいとお思いでしょうか。その点次官の御意見を伺っておきたい。
○山下(春)政府委員 もしさようなことがあれば正しくありません。しかしながら私、たった一つの例で大へん恐縮でありますが、清瀬に小さい子供ばかりの小児の結核患者ばかりを収容しております東京都立の病院がございます。それは個室がありませんで、みな四人あるいは六人入っております。小児の結核でございますからどのように陰惨な空気であろうかと思いましたが、ここに働いている看護婦さんたちは、ちょうど今回厚生省が国立療養所に行いましたような人数のようでありましたが、大へんうまくいっておりまして、子供たちが大へん朗らかに療養をいたしておる姿を見ました。申し上げたようにたった一カ所でございまして、これは例にならないと思いますが、さような重症者を患者自身があれこれしなければならないような態勢にもし置いておくならば、これはとんでもない話だと思います。国立療養所であればそれに手落ちがあれば、直ちに厚生省が非難を受けるということを承知してやっておるのに、さような手ぬかりはいたしておらないだろうということは信じられますけれども、もしあればその点に対しましては、よく検討の上善処いたしたいと思っております。
○長谷川(保)委員 次官は小児の結核患者の特質をあまり御存じにならないからそうおっしゃるのです。小児の結核患者というのは、ごく重症者であれば別でありますが、そうでないならばそうしておいた方がよろしい、これは小児の特質であります。大人の場合は全然違います。しかし小児でも瀕死の重症ということになって参りますれば、やはりそうではいけないのでありまして、個室でもって安静に、やはりお母さんがそばについて見てあげるということでなければいけないのです。今のお話は小児の療養を持ち出されてのお話でありますが、これは別個の問題です。これはぜひとも今次官の仰せられたように特別に考えてやってもらいたい。今日の厚生省のとっております方針は断じて間違っています。私みずから病院を経営し、二十五年の病院経営の間の十五年というものは、重症の結核患者をみずから看病をしてきた、その経験から申しまして、断じて今のやり方は間違いであります。この点は十分にお考えになって、ぜひとも方向を変えていただきたい。それから今リンゴの話も出ましたが、リンゴは何もかも知っているかもしれませんけれども、よく行われている療養所もあるというお話でございましたが、厚生省は一体どこの療養所をさしていらっしゃるのか。具体的にどこの療養所がうまくいっておるのか伺いたい。私も拝見に参りたいと思います。
○曾田政府委員 もちろんいいところと申しましても悪いところと申しましても、比較の問題ではございますが、割合によくいっておると思いますのは、新潟の療養所は割合によくいっております。それからこの近間でありますならば、千葉の近所にあります千城園あたりも、なるべく外からのつき添いさんにたよらずにやっていくという態勢を、かなり前からやっておるようであります。それから最近切りかえましたところでは、横浜の浩風園とか、かようなところは割合にうまくいっておるようであります。(「文句の出ておるところも言ってみよと」呼ぶ者あり)文句の出ておるところは、先生方からまたいろいろ伺えるだろうと思いますので……。
○長谷川(保)委員 実は新潟療養所については、私もよく注意しております。東療あるいは清瀬等からも視察にいらっしゃったようであります。しかし病院当局の報告だけ聞いておったのでは、何にもならないのです。実際の患者がどう考えているかということを、また従業員がどう考えているかということを考えなければならないのでありまして、実を申しますと、自慢の新潟療養所では、看護婦が過労でどうにもならないからやめてよそに行こうという声が相当多いのであります。こういう事情を厚生省は全然御承知ないのでしょうか。過重労働で困るからよそに行こうというようなお話が相当あるのです。そういうことは全然御存じありませんか。
○曾田政府委員 もちろん新しい仕事を始めますとき等には、患者さんにもいろいろと心配を与えるだろうと思います。また職員にいたしましても、異常な努力を要求されるという事情はあると思うのであります。この時期に当面しております職員の人たちの努力に対しては、私どもも十分それを評価はいたしておるつもりでございます。しかしながら、そのためにこれではかなわない、だからどんどん療養所の看護婦さんが外に逃げ出してしまうというような事態は、今のところ個人的にはどうか知りませんけれども、一つの傾向として起っておるというふうには私どもまだ見てはおりません。従来からも御承知のように看護婦さん、ことに地方におきましての病院、療養所の看護婦さんたちが非常に短期間でもってやめられる。そうしてどっちかというと、大都会の方に集まってこられる、この傾向は非常にはなはだしかったのでありますが、最近は私どもの療養所、病院におきましては看護婦の交代はむしろ幾分緩慢になってきておるというような状況にあったのでございます。今度の新しい態勢へ持っていきますのについて、その傾向がまた憂慮すべき事態になりますかどうか。私どもはさようなことにならないように、できるだけ十分疲労を回復したりいたしますこと、あるいはまた仕事は相当きついかもしれませんけれども、できるだけ気持よく仕事をしてもらえるようにというような方途をいろいろ講じて参らなければならぬ、こういうように思っておる次第であります。
○長谷川(保)委員 今後常勤労務者に切りかえるということと完全看護の関係はどういう関係にありますか。
○曾田政府委員 今のところ完全看護と申しますか、いわゆる保険あるいは社会保険等の患者に対して完全看護料を請求する意味におきましては、私どもは完全看護ではないというふうに見ておるわけであります。ただ外から特別に人手をかりなくても、所内の職員でおおむね看護の手が十分に及ぶという意味におきましては、私どもそれを目途としておるのでありますが、決してこれで完全看護料を請求いたすべき状態になっておる、こういうふうには考えておりません。
○長谷川(保)委員 そういたしますと、先ほど来申し上げておりますような——先ほど来大臣がお留守のときに申し上げたのでありまして、大臣もお聞きを願いたいのでありますが、これは写真にとってきた実例でありますが、重症の酸素吸入をしておる患者が、今度常勤労務者に切りかえるという態勢のために、個室から出されて大部屋に入れられた。これは出入りの一番多い大部屋のすみのところに酸素吸入をしておる人が入っておるのであります。ところが人手が足りないために、酸素吸入をしておる人自身が自分で酸素吸入をしなければならぬという状態であります。まだいろいろな例がたくさんあるのでありますが、こういうようにいたしまして、これは非常に困っておるわけです。この下の写真も喀血患者であります。喀血直後の患者が、お養いをしてくれるつき添いの看護婦がないために、自分で自分の胸の上に食膳を置いて自分で食事をしておる、それもひどいことになってきますと、ものういからもう食べない、喀血しながら食べないでおる。こういうような事情になっておるわけでありますが、ただいま伺いますと、常勤労務者に切りかえたということは完全看護ではないということであります。そういうことになりますと、こういうような事態をすでに起しておりますようなところでは、当然看護をつけるべきだ。こういうところに対しまして看護券を出すのでょしうか出さないのでしょうか。つき添い婦の問題でありますから、社会局長は当然きょう来ておらなければならぬが、来ておられませんね。医務局長でもどなたでもけっこうです。ほかの人でもけっこうです。こういうことは全国に相当多数あるのでありまして、私ひまのある限り相当多数見て歩いておりますが、結局こういうような行き届かない事態がありますような場合には、当然看護券を発行いたしましてつき添い婦をつけるという制度を置くということでなければならない。少くとも完全看護でないところではつき添い婦をつける、看護券を出すということになっておりましょうか。その点承わりたい。
○曾田政府委員 完全看護になっておりませんところでは、医師から請求がございますれば、看護券を出してもらえるはずになっております。たださような病院におきましても、個々の患者につきまして果してつき添いが必要であるかいなかということにつきましては、個々の事例について医師が判断をして、またこれに基いて福祉事務所がさらにいろいろな措置をとるということになると思うのでありますが、結局はそのケースケースによりまして、それが必要であるかどうかということになって参ると思います。
○長谷川(保)委員 そこで大きな問題が出てくるのです。それは表面は、形式的にはその通りだと思うのです。しかし問題は、本省の方で看護券を出すのだという制度が確立しており、予算がこれこれあるからどんどんつけてよろしいということであればこれはつきますけれども、本省の方で看護券をしぼってしまって、出してはならぬといえば、こういう事態が立ち至っても出せないということになる。(「その通り」)だから私は生活保護にいたしましても、健康保険にいたしましても、およそこと人道の問題でありますから、予算で縛るべきでないと思うのです。それを予算で縛ろうという、そういう考え方自体が根本的に間違いだ。(「その通り」)生死の問題であり、人道の問題でありますから、御承知のように生活保護法では義務支出ということになっておる、本来予算があってないということになっておる。これは健康保険の問題でもそうだと思うのです。経済が困るから病気はどうなってもかまわぬという考え方は根本的に間違いです。でありますから乙の看護券を出してもよろしいというワクをゆるめなければならない。またそういうことを各療養所に十分に行き渡るようにしなければならない。もちろん不合理な看護券を出させようとは私は考えません。漏給せよとは私はもちろん申しません。しかし必要なものはおやりにならなければだめなのです。その点を予算に縛られてはいけない。やはり生活保護法の本来の義務支出という立場に返って、予算に縛られないで看護券を出す。従って今日、看護券を出してよろしいのだということを本省の方で方針をはっきりなされたい。私は大臣に伺っておきたいのでありますが、当然人道の問題でありますから、そういう方針を出すべきである。生活保護法はもちろん健康保険におきましても、常勤労務者に切りかえるというような、こういう不行き届きな状態になってきておるとしますれば、この際明瞭に看護券を出してよろしい、何よりも病人にそそうのないようにせよということを、当然厚生省は言うべきであります。今までのいきさつにかかわらず、やはり病人をほんとうに大事に守るべきだということを厚生省はなさるべきだと思うのです。そういう指令を出すべきだと思います。すでにこういう事態が起っておる。この事態ばかりでありません。私のところへきているのによると、常勤の労務者に切りかえたために八人死んでいる人があります。そのケースを見ますと実にかわいそうであります。そういうのもあります。だから大臣はそういう方針を断固としてとらるべきだと思います。大臣の御意見を伺っておきたい。
○小林国務大臣 今長谷川さんの御質問中に参りましたが、今御指摘のような問題につきましては私は人道上大いに考えるべき問題だろうと思います。そういう問題につきましては、そういうケースがありました場合におきましてはいたずらに規則に縛られる問題でない、私はこう考えます。しかしそういう問題につきましても、今後看護体制の切りかえ時に起る問題もありましょうしいたしますから、看護体制の切りかえ中におきまして、まだ不十分なためにそういう問題が起るという場合におきましては、これは私は適当な処置をしてあげるべきだと考えます。
○長谷川(保)委員 大体私どもがちょいちょい顔を出して見て歩いたところでは、先ほど次官は割合うまくいっているというお話でありますが、実際においてはうまくいっておらない。まことに困った事態が多い。どこへ参りましても患者の非常な不満があるというのが実態なのであります。従いまして問題は、出すべきだと考えているというばかりでなしに、一歩進めて、そういう人道の問題、生命の問題でございますから、厚生省がその方針を断固としてとるべきだ。その予算のワクというものをしっかり取っておくべきだと思うのです。この点については厚生省の一存ではなかなかいきますまいと思いますので、恐縮でありますが大蔵大臣を一つ呼んでいただいて、大蔵大臣の意向を十分承わりたいと思います。どうかお手配をお願いいたします。 さらに進んでお伺いいたしますが、国立病院、国立療養所等におきまして完全看護をしているというところでは、つき添い婦を別につけることは間違いになっているのかどうか。つまり完全看護のところは自費でもってつき添い婦をつけさしてはいけないかどうか、この点、念を押しておきたい。
○曾田政府委員 完全看護になっておりますところは、看護につきましては病院が全面的に責任を負うということが建前になっておりますので、さらにつき添い婦さんをつけるということはこれは好ましくない姿である、こういうように考えております。
○長谷川(保)委員 ところがあなたの足元の有名な国立病院において、完全看護でありますけれども、実際におきましては手術後の患者あるいは重症の患者等に対しましてつき添い婦をつける、あるいは家族をつけさせる。ある病院——足元の病院ですよ、ある病院におきましては家族のつき添いでもいいと言っており、ある病院におきましては家族のつき添いでは困る、資格のある看護婦を雇ってもらいたい、お雇いになるならばごあっせん申し上げますという病院があるのを御存じでありますか。
○曾田政府委員 病院によりましてはお話のような状況に——私は事情は多少違うのじゃないかと思うのでございますけれども、御質問の点に思い当るところがないではないのであります。ただ先ほども申し上げましたように原則を申し上げたのでありますが、その際にその原則から出て参りますことは、病院から、自分たちで十分な看護をして差し上げられないからつき添い婦をつけて下さいというようなことを言うことは、これは絶対に間違いであると私は思っております。ただ病院としてはできるだけの、十分必要な限りの看護はいたすのでありますが、個人的にはいろいろな希望もございます、でありますからそれよりもより上回ったと申しますか、いろいろな世話がほしいというような方々が、自分でもってつき添い人をつけたいというふうに申し出られるときには、これを拒否するかどうかということにつきましては、私ども筋としましては完全看護の建前をとった以上はそれさえもお断わりをして、全部病院がその責任を負う態勢を立てるべきだ、かように考えておるのでありますが、これはいろいろ実情にも即して判断をいたさなければならぬことでありますので、病院によってはさような場合に、看護婦を特別に個人的におつけになるということに対して承認を与えるというようなことば、ただいまのところ差しとめておるというような状態ではございません。ただ比較的原則に沿って運営をいたしておりますところでは、たとえば家族のつき添いというようなものもお断わりをいたしております。ただ見舞いのようにおいで下さるということにつきましては、これはいろいろ人情に基くことでありますので、これまでも出て下さいというわけにはいきかねるのでありまして、とにかく外からおいでになった方々に決して責任を分担していただくというような考え方ではなしに、あくまでも病院の職員で少くとも最低限必要な看護はいたすというのが、完全看護の理念になっておるわけであります。
○長谷川(保)委員 だからそこに問題があるのです。私は今病院の名前をあげることをわざといたしませんでした、これは病院の名前をあげるとあなたの方から叱責を食うのであげなかったのですが、先ほど御自慢の横浜の病院でもそうだということを申し上げておきましょう。それから地元の東京のモデルのモデル・ケースのモデル病院がやはりそうだということも申し上げておきましょう。ただ問題はそれを調べ上げて、お宅の方でそれに圧力をかけても何もならぬということ、言いかえますと今の完全看護でも看護婦の数が足らないということ、もっと言いかえますと、一体療養所の看護婦の定員というものは特例がありまして七人に対して一人でしたか、病院の方は四人に対して一人でしたか、多分そういうふうになっておったと思います。それで御承知のようにこの数年来療養所が外科病院になった、ことにいい病院ではそうなった、こういうことになってとうてい今までの看護婦では足りないということになってきている。私の記憶が違っておらなければその通りだと思うのであります。だからそうなるとこれはいやおうなしに根本的に組織を建て直さなくてはならぬと思います。これは私の記憶が違っておりましょうか。
○曾田政府委員 御承知のように、医療法には病院の各種の職員の最低限の定員と申しますかの標準が掲げてございます。それに対しまして保険の方でいわゆる完全看護料を払っておりますのは、これはまたこれといたしまして、一定の基準以上のものに完全看護料が払われるというようなことなのでありますが、これは保険局長もおられますので、そちらから御説明を願った方がいいかもしれませんけれども、この保険でもって完全看護料を支払われます基準というものが、私どもといたしましてもいささか明確を欠いておるのではないかというように思われますので、そういうようなところから、その適用を受けるか受けないかというところに実際面においてはいろいろめんどうがあるようであります。大体私ども了解しておりますのは四人に一人の看護婦さん以上の看護要員を持っておりますれば完全看護料が支払われるというふうに見ておるのであります。ところがただいま長谷川先生がおっしゃいましたように、精神病院とか結核病院とかいう特殊な同じ種類の患者を大勢お預かりしているというようなところでは、必ずしもそれだけの人数がいなくてもかなりお世話ができるというようなところから、かような特殊病院についてはそれだけの定員がなくてもよろしいということを、少くとも私どもの医療の方ではさように指導いたしておるわけであります。私どもの国立の結核療養所におきましては、御承知のように大体六人に一人というところを基準にしてこの人員の配置を考えてみておるわけであります。私どもは今日の状況においては六人に一人で、大体病院で各種の一般患者のお世話をしておるのと同じ程度の看護サービスができるものというふうに踏んでおるわけであります。こういたしますとその看護の水準が低いとは私ども考えておらぬのであります。その病気々々に対する看護としてはおおむね一般病院の場合と同じくらいのサービスはできるはずだ、しかしながら今のように比較的少い人員で——これは看護婦ばかりではございませんで、その他の職員も同様なんでありますが、こういうものでいろいろ入院中の患者のお世話ができるといたしますならば、私ども結核患者の医療費の負担をできるだけ軽減したいという趣旨もございまして、特別に完全看護料をちょうだいしないということにきめたのであります。完全看護料をとらないということは、私どもとしては看護の内容が低いということだとは考えておりません。 それから先生が今おっしゃいましたように療養所の看護の内容がいろいろ変って参るであろうというお考えについては、私どもも十分心しておるのでありまして、手術等が特に国立の療養所あたりは多いのでありますが、こういうようなところは今申し上げましたように平均して六人に一人というようなことではなしに、さような外科の患者あるいはより軽症な軽快期の患者とかいうような者におきましてはそれぞれまた基準を変えて人員の配置をいたすというように考えております。これはまたいろいろ事態の推移に応じまして、平均いたしまして何人に一人というのは幾分変って参るであろうと考えております。
○長谷川(保)委員 現実の事態が完全看護でも看護人が足らないのです。あなたはそうおっしゃるけれども足らない。あなたの方にはそういう報告は出ておりませんよ。しかし現実には私費でもって看護婦を雇わせるという事態が起っている。そしてこうやっているところはまだいいです。ところがもっと皮肉なのは、この前あなたの方でいらしてお調べになった清瀬病院に例をとりましても、清瀬病院では何とかやっていける、参議院の重盛社労委員長を前に置いてそういうようにお答えになりました。ところがその二、三日後に清瀬懇話会があってうちの病院の副院長が行って聞いてみると、どうにもしようがないから手術患者を半分にするより仕方がない、こう私の家の副院長に漏らしている。いいですか。だからまだこうやって看護人をつけさせるところは正直です。しかし上から圧力がかかるから、しょうがない、内側で操作するより仕方がない、こういうことになっていく。そうしてその結果が、せっかく大きな金を出して作りましたベッドがあいてしまうということの、これは全部とは言いませんが、大きな原因をそこに持ち来たしているのですよ。一体今までこんなたくさんの金を使って設備を作ってそれをあけておく、それはもちろん化学療法の関係もあります、けれども、大きな問題はそれだ。それと、看護券の打ち切り、療養所の患者へのサービスが悪いためにとてもいられないということから出てきているわけです。でありますから、たださえ看護人が足らないところへこうやって裏から皮肉にやっていこうとするともうそうやっていくより仕方がない、こう言っておりますところが、私の行ったところでは至るところにあります。実例をあげろといえば名前をあげてもいい。内側からそういう態勢をとっているというところは幾つもある。それでは日本の結核対策をここまでやってきたのが何にもならない。だから、私はそういうことのないために、今日でも実情が足らないから操作しなければならぬというところを、それでは何がゆえにつき添い看護婦を切っていくか。切っていって、そうしてこういうような非常な無理なことができていくということをなぜしなければならぬかということを、もう一度考えていただきたいのです。先ほどお話のつき添い看護婦の問題でありますが、どうも局長の御報告でございますと、非常にうまくいっているようでありまして、この御報告だけ聞いていますとけっこうなことで、つき添い婦さんばみんな喜んでそれぞれのところにいらした、こういうように考えられるのでありますけれども、しかしこのつき添い婦さんを常勤労務者に切りかえまして、私の方にあります資料では、つき添い婦さんの中からわずかに三百九十三名だけが採用されました。そのほかの諸君につきましては、ずいぶんあちこちお世話なさったようでありますけれども、さっぱりどこへも行っておらないようであります。私の記憶では、前にこの問題が考えられましたときに、国立病院ではっき添い婦を常勤労務者に切り変えていくけれども、私立の方の療養所等で働くことができるのだから、それを働かせるように、そっちへいけばいいんだというようなお話があったかに思うのでありますけれども、どうも最近私が調べたところによりますと、東京都の生活保護の患者は、その療養所が完全看護になるか、でなければ完全看護のところに移るようにというように医療券の裏に書いてあって、つき添い婦が私立の療養所でも働く余地がなくなってきておる。そういうように東京都の医療券に書いてあるのですけれども、一体これは厚生省の方からそういう資料を出したのでしょうか、局長にお伺いしたい。ほかの方でもよろしいです。
○曾田政府委員 私の方でお答えできませんが……。
○長谷川(保)委員 いけませんよ。先ほど申し上げたように、つき添い婦の問題は当然看護券の問題であります。社会局の問題が医務局と重なっている。つき添い婦の問題がきょうの議題になっているのに社会局長が来ていないというようことはいけません。そんなばかなことはありません。それではこれについてはまた後ほど伺いますが、こういうようにつき添い婦さんの生活が極度に追い詰められているというのが実情であります。実際におきまして、この前の参議院の決議にもはっきりと、そういうつき添い婦の配置転換については万全の工作をしなければならないというように書かれておる。これは大臣が委員長でおやりになったことで、一番よく御存じです。今あなたの報告を聞いておりますと、大へんよろしいようにできている。これは全部そうです。この問題とは言わない。あらゆる問題が、もう当局の報告を聞くとまことにうまくいっているように見える。ところが私ども現場へ行ってみると、全然違う。つき添い婦の方々からも私どもの方にいろいろに陳情がございますが、これは陳情を伺っても、私どもの調査と大体合っている。一体今あちこちにあっせんをしたとかあるいは家へ帰ったとかいろいろなことを申されましたけれども、実際今まで長い間療養所で働いておられましたこのつき添い婦さんが、ほんとうに行くところができているのでしょうか。私は先ほどの御報告がどうも信じられない。私どもの調査や私どもの方に参っておりまする陳情とは違っている。この点ほんとうに、先ほどの御報告の中で、はっきりはしておりませんけれども、三三・五%はとったといっているが、どうもそんなにとっていない、三百九十三名しかとっておりません。しかもこれは私の方で調べたのは三月十日ですよ。ほんとうに三三・五%というならばもっとたくさん、この倍はとっていなければならぬのでありますが、私の方の調査が間違いか、おたくの調査が間違いか。参議院の当時の決議もありますので、どうも先ほどの数字は違っていると思うが、確かな数字かどうか局長の答弁を伺いたい。
○曾田政府委員 先ほども申し上げたのでありますが、私どものところで一月末の状況で各療養所から報告をとりましたのは、先ほど申し上げましたようなパーセンテージになっております。具体的に数字を申し上げますならば、五百四十六名が採用済みであります。それから採用予定の者が百四十九名、これを両者合せまして六百九十五名、これが先ほど申し上げたパーセンテージになっておるわけであります。
○長谷川(保)委員 やはりこういう問題は、私先ほど申したように、療養所あるいは病院の実態とにらみ合せまして、こういうことをなすべきでない。やはりこういう方々をもっと療養所で働かしておかなければ、ほんとうの看護はできない。また決議にもあります通りに、やはりやめていただくなら——あるいはお年をすでに取り過ぎている方もありましょう。病弱の方もありましょう、いろいろな事情の方もありますが、そういう方々も、やめていただくならやはり長い間働いて下さった方々でありますから、身の振り方について十分に考えてあげなければならぬ。これは決議の結果からも当然です。何としてでももう一度厚生当局は実情をお調べになって、そうして先ほど来申し上げているようなこういう無残なことのないように——私のところにきている報告でも、常勤労務者に切りかえて、先ほど申し上げておりますように、そのための死者とばかりは申しませんけれども、八名の者が、たとえば喀血して間もない者を無理やりに動かして大喀血して死んでしまったというような事件があり、これは何と申しましても看護人がいないからだ、こう言わなければならないのであります。もう一度この点については十分お考え直しを願って、そうして一番大事なことは、看護券を出すということ、その予算を考えるということ。足らなければ補正予算で考えたらよろしい。大蔵大臣にもこの点は十分念を押したいと思うのであります。厚生大臣におかれましても、この点についてもっともっと実情を調査されて、十分お考え直しを願いたい。一体、重症患者を個室から出して大部屋へ移すなどということは、あまりにも非常識です。もう一度やり直しをしていただきたい。この点をお願いして、時間が参りましたから……。
○滝井委員 ちょっと資料の要求をいたします。われわれの数字と食い違っておりますから、これは確認する必要がありますので、今言われました五百四十六人の採用済みの三五・三%ですか、これを一つ施設別に全部一覧表にして出して下さい。予定もそうです。午後再開できれば冒頭に出してもらいたいと思います。
○佐々木委員長 午前はこの程度にとどめ、午後二時まで休憩いたします。 午後一時二分休憩 ————◇————— 午後三時四十九分開議
○野澤委員長代理 休憩前に引き続き会議を再会いたします。 都合により委員長が不在でありますので、私が委員長の職を勤めます。 午前中の質疑を続行いたします。八田君。
○八田委員 午前中の委員会におきまして、つき添い婦の問題について、長谷川委員からこまかい点の質問がありました。そこで私は関連的に質問を進めて参りたいと思うのであります。まず曾田医務局長に質問いたしたいのでありまするが、私は公衆衛生学の立場から、つき添い婦の問題について重大な関心を持っておるのであります。今日の結核の治療というものは決してオートメーション式には参らない。あなた方が机の上で計算して、これならば完全看護体制であるというふうにお考えになっても、今日の結核の治療というものは決して流れ作業にはいかないのであります。あなた方の、そういったデスク・プランの基礎に立った考えに私は非常に疑問を持つのです。というのは、あなた方は結核の診断学については大体知っておられましょうけれども、現在の進んだ結核の診断学については、はなはだ失礼ではあるけれども非常に認識が足らぬと思う。特に治療法に至ってはあなた方はその実際を身につけておらぬのです。これもはなはだ悪いことを言うようでありまするけれども、あなた方はやはりしろうとである。そこで、今日重症患者がちまたにあふれているということがよく言われております。さらにまた今日の国立結核療養所というものは重症患者だけが集まる。私立の結核療養所には人件費等の問題がありまするので、なかなか人手をふやして重症患者まで入れるというわけにはいかない、勢い軽症患者だけを入れるというようなことが今日やられてきているわけであります。ですからちまたにあふれた重症患者というものは、国立療養所が収容し、そうして治療していかなければならぬ、これについてはあなた方はよくおわかりのはずであります。そこで、重症患者が入院した場合にすぐに手術ができるものではありません。療養所に入りまして外科手術を施す場合には、少くとも三つの部屋が要る。人手も従ってふえてくるわけであります。まず第一には手術前の治療法というものをやる、それから手術した日の治療、手術後の二、三日たったあとの治療法、こういうふうに少くとも三つの部屋が要るわけであります。こういう重症患者の治療をする場合に、あなた方は現在のつき添い婦を二分の一に減らし、勤務時間を三分の一に減らして、一体重症患者の正しい治療ができると考えますか。その点について、どうもあなた方は実際の調査ができていない、そう言わざるを得ないのであります。ちまたに重症患者があふれておるというが、一体どうしてちまたに重症患者がふえておるのであるか。これについて局長の認識の程度をお伺いしたい。
○曾田政府委員 私も今日の結核対策につきまして、省内におきましても関係の人たちといろいろと御相談もいたしておるのであります。ただいまの御質問の要点は、重症患者がかなりまだ社会にたくさんいると思うがどうかというお尋ねに対しましては、私もかなりたくさんの人たちがおると思います。それをどうしてそのまま放置しているのかという点をお尋ねだと思うのであります。いろいろな考え方があろうかと思いますが、私はこれも単純な一つ、二つの理由だけに帰すわけにはいかないと思うのであります。私その中でも一番重要なものと考えられますことは、一つは見つかった患者を収容する施設の問題であります。施設は今日におきましては相当に整って参ってきておる。これが若干結核病床のあきを示してきているということに現われていると思うのであります。もう一つの問題は、入院したくてもできない人がおるということであります。これにつきましては、一番重要な問題は、広い意味で申しますれば経済的な問題であろう、こういうふうに考えるのであります。そのほかにはやはり家庭的な事情というようなこともございます。ただ単にいわゆる経済的の問題、入院費が足りないということだけでなしに、入院いたしますと、家庭に小さい子供がおるとかなんとかいうことで、いろいろ家庭上の都合で工合が悪いということだと思うのであります。このことはまた広い意味の経済的の問題とも関連して参ることは私も承知いたしておるのであります。さらに一つは心理的とでも申しますか、やはり住みなれたところから離れて、なれないところで生活をいたすというようなことに対して、いろいろ不安感を持つ、こういうような点もあろうかと思うのであります。それからそのほかにもいろいろの要因があろうかと思いますけれども、主要なものはさようなことではないか。私どもとしましても、今までベッドの増加ということに努めて参ってきたのでありますが、ただ単にベッドの増加だけをはかっていくことでは、こういうような人たちを病院の中に収容して、十分お世話をすることができない。やはり入院、治療に要する経費を多少なりとも軽減する方法を講じていかなければなるまいというようなところから、これは公衆衛生局の所管ではございますけれども、御承知のように結核予防のための患者の特殊治療費というものを公費負担にいたすだけでなしに、入院費については公費負担の筋を出さなければならぬというようなことで、明年度の予算にもかような筋を、まだ不十分ではございますけれども、さような線を入れていただいたというようなことでありまして、今後そういう方面にもっともっと力を入れていくべきではないかというように考えている次第であります。
○八田委員 局長の答弁、大体のところは私もあなたの気持はよくわかるのですが、こういうことをもう一回質問してみたいと思う。一体人員を二分の一に減らし、勤務時間を三分の一に減らして、果して結核の治療をやっていけるかどうか、しかも今あなたの御答弁の中にも、結核重症患者が非常に多いのだ、こういうことを言っておられる。しからば一体重症患者に対してどうしたらいいか。現在つき添い婦制度でやってもなおかつちまたに重症患者があふれて入れないでいる。ところが現実に室床というものがあるのです。一体どうします。あなたは公衆衛生局長ではないからというふうなことを言われておりますけれども、これはいかぬですよ。医務局と公衆衛生局とが手を握って結核対策というものを立てていかない限り、幾ら予算を積んでみたってしょうがない。あなた方が人手不足を打ち出す限り結局室床という事実はどうしても起ってくるのです。人手不足をやればさらにさらに室床は増してくるのです。これが問題があると思うのです。先ほど申しましたように、私立の療養所におきましては、医師も看護婦も高い人件費でありますから、どうしても少人数で完全看護療治というものを獲得しようとしますと、どうしても軽症患者を入れていくしかないのであります。人件費が高いのでどうしても回らぬのです。軽症患者だけ入れていかなければ完全看護療治というものはとれない、こういうのが現在の私立結核療養所の状態であります。こういった現実に直面して国立療養所の医療担当者は、これはいかぬという使命感に燃え立って重症患者を引き受けたらどうです。しかし重症患者を引き受けるからには人手をふやしていかなければならぬ。これはあなた方が実際を見たというならば私がこういうことを言わなくてもわかるはずです。その人手は幸いに今まで生活保護法とか健康保険などでつき添い看護の料金を払ってくれたのでつき添い婦を入れていくことができたわけです。ところが生活保護法や健康保険の赤字対策と関連しまして、何とかしてこのつき添い婦に対する医療券というものを制限していこうという対策が立てられてきた、そうして看護婦の定員を常勤労務者の形でふやすからつき添い婦をなくしてしまえ、こういうようなことがあなた方の思想の中に流れて、かつ療養所の担当者に対してもそういった指令が出ているはずであります。現在でさえ国立療養所は重症患者をたくさんに入れてあまねく治療の手を伸ばそうという努力をしてさえなおかつ重症患者がいるのです。それをあなた方が勝手にデスク・プランによって予算のワクの操作でこの重症患者を締め出してしまおうというのでは私はいかぬと思う。これでは私はほんとうに重症患者がちまたにあふれているという現実を強く認識しておらぬと思う。私がなぜこんなことを申すかと言いますと、重症患者というのは結核予防の面において感染源として大きな役割を持つということはよく御存じのはずであります。しかも重症患者というのは耐性のできやすい、しかも感染の危険が大きい患者であります。この重症患者をどんどん受け入れる態勢をくずして、一体結核予防、結核治療の態勢が整備されてきますか。現在化学療法というものが何らの制限なく野放図に行われておるということが今日の重症患者をちまたに多くしたというゆえんであります。しかも社会保障審議会などにおきましても在宅患者化学療法ということを指令しておる、そういうことを奨励しておる。あたかもチフス患者に対しクロロマイセチン療法を在宅において行うことを奨励しているようなものであります。これが今日の耐性菌による重症結核患者がちまたにあふれておるということであります。これを直すためにはやはり人手のたくさんな設備のととのっておる国立療養所においてやらなければならぬ。そこで一体耐性菌感染という重症患者がわが国にどれくらいおるのであろうかということを医務局長としてお調べになっておるかどうか、またわれわれはそういう現実に対してどのような手を打たなければならぬかということを考えておられるかどうか、これをもう一回説明して下さい。
○曾田政府委員 私ただいまこの耐性菌による感染者がどの程度にあるかということにつきまして、数字は覚えておりませんが、お説の通りきわめて重要な問題であるということは私もさように考えておるわけであります。しかしながら在宅治療においてかような化学療法を行うということは、今御指摘がございましたようにいろいろな考慮すべき悪い面もある、しかしながらこのことによりまして入院ができない人たちに在宅においてもできるだけの効果を上げるということのために、これがきわめて有効であるということも否定するわけにはいかないのであります。まただんだんと化学療法のやり方が進んで参りまして、できるだけ耐性を起させないように治療を行なっていくという研究も次から次と行われてもおります。それからまた耐性の問題についても決して無視のできない問題があるということは仰せの通りでありますけれども、これも御承知のようにいろいろ大局的に見ました結核対策について、この耐性問題というのをどの程度に考慮すべきであるかというようなことについても、必ずしも意見がまだ合致しているというふうにも考えられないのであります。むしろ耐性を恐れていろいろな化学薬品を使うことを差し控えるというようなこともまたその反作用と申しましか、反面にいろいろな弊害を生ずるのであります。むしろ状況によりましては、また患者の性質によりましてはさようなことは第二としてでも、まず化学療法を家庭においても相当強力に行うべきだというような説もございますことは八田議員も御承知の通りだと思うのであります。こういうようなことでこの患者をすべて入院治療せしむべきであるという結論は出てこないと思うのであります。これは結核ばかりではございませんのですが、病院のベッドというものを患者の診療においていかように活用すべきであるかという点についてはこれも一つの問題点でありまして、学者、あるいは識者の間にはいろいろ検討された種々の実態調査的なものもございます。特に慢性疾患というようなものにおきましては、必ずしも全期問を病院の中に入れる必要はなし、また入れようと思っても非常に実行困難な問題であります。いかなる時期、またいかなる療法を行うときに病院に入ってもらい、そしてまたあとの療養は自宅でもって行うというような組み合せの問題が一つ、十分に検討すべき問題として存在しておると思うのであります。こういうような点を勘案しまして、一つにはもちろん国の経済の問題もございます。しかしまた他面におきましては、先ほども申し上げましたように、単純な狭い意味での経済問題だけではなしに、やはり自分の自宅でもって治療ができるならば家でやりたいというような希望を持っておる患者さんもたくさんございます。ところがそれにもかかわらずある型の患者、あるいはある時期においては、これは病院に入れたいという筋で出て参ります。できるだけその筋にそうように結核のベッドを運用して参りたい、こういうように考えておる次第であります。
○八田委員 局長は今日の結核治療法、結核予防法について、私から言わせると非常に認識が不足しておる、こう言わざるを得ません。一体新患者がどれくらい発生しつつあるかということを私申し上げてみますると、これはもちろん二年間にわたるところの厚生省における実態調査から引用したところの数字でありまするが、結核患者の数は減っていない。それどころか死亡を上回る新発病がある。たとえば人口十万人についてみますると、年間死亡は六十人でありまして、新発病が四千人であります。この数字から考えられることは膨大な数の自宅療養者がおるということであります。ことに私は心配がある。あなたは自宅療養におけるところの化学療法は奨励されてもいい、またそういうことを希望している患者も多いんだということをあまりにも抽象的に言われましたけれども、私はそういう考えである限り、日本の結核対策というものは樹立できないというふうに考えるのであります。あなたは簡単に結核の化学療法ということを言われておりまするけれども、これがよほど上手に管理されていかないと、先ほどから申し上げておるところの耐性菌というものができてくるのであります。すなわち耐性菌というのは、ストマイもヒドラジッドもきかない結核が起ってくるというのであります。このようになってからあわてて入院してみても、根本的な治療法、いわゆる肺切除術というものは行われがたい。また耐性菌の感染の場合には、腸結核となっても、これをなおしようがない。こういうことをお考えになっても、いかに自宅におけるところの化学療法というものが、非常にあぶないかということをお考えにならなければならぬのです。しかも管理されないところの化学療法の悪いことは、喀血をふやすということであります。化学療法が医療担当者の管理のもとに行われないと、でたらめな化学療法が行われていくと、喀血の患者が非常にふえてくる。しかも腸結核患者がふえてくるということをよくお考えにならなければならぬのです。しかもまた子供は、この耐性菌感染というものに対して、非常にかかりやすくなってくる。しかも感染すれば脳膜炎を起しやすくなってくる。耐性菌感染による脳膜炎が起ってからは、どんなにほぞをかんでみても間に合わぬのであります。ですから私はさらにもっと長い時間をかけて、あなた方の考えの中に横たわっておる間違った自宅療養を奨励するという考えを、ここでいろいろと議論し合いたいのでありまするけれども、大臣も見えて関連質問に立っておるのでありますから、これくらいでやめますが、ただ一言あなたにはっきり言っておきたいことは、結核の療養というものは、決してオートメーション式には参らないということであります。勤務時間を三分の一に減らし、つき添い婦を二分の一に減らして、どこに重傷患者の結核治療があるか、こういうことは私は申し上げたいのであります。あなた方は国立結核療養所においては、もっともっと人手をふやし、重症患者をほんとうになくすというような意気込みをもってやらなければならぬ。そういう対策に対して、あなた方真剣になってこそ初めてわが国から結核を撲滅し得るのです。この点を強く私は申し上げておきます。
○野澤委員長代理 長谷川保君。
○長谷川(保)委員 先ほど昼飯に部屋に帰っておりますと、午前中に実例をあげて伺いました酸素吸入を大部屋でかけておりました患者が一昨晩なくなりました。大へんお世話になりましたという通知が参っております。しかも実情は、この患者は酸素が切れて死亡したという形になっておりますが、実はこの患者に使うべき酸素の量がもう範囲を出たというので、酸素を切ったらしいというのでありますが、どうも口をすっぱくたびたび言うのでありますけれども、そういうことがあるのか、ないのか知りませんけれども、あるとすれば大へんだと思う。どうでしょう医務局長、国立病院でも独立採算というようなことからいたしまして、そういうようなことが行われているのでありましょうか。あるいは療養所等におきましても、そういうようなことが行われているでしょうか、実情を承わりたい。これはやはり人命の問題でございまして、非常に大事な問題でございますので、大臣にもよく聞いておっていただきたいのであります。
○曾田政府委員 午前中にもお話がございましたが、絶対安静を要し、酸素吸入を続けなければならぬというような患者に、自分で弁を開閉したり調節したりというようなことを、まかせ切りにしているということは、私どもちょっと考えられないことであります。さようなことを申し出ておる患者さんがございますならば、私どもも実情がどういうことであるかということを十分究明してみなければならぬ、こういうふうに考えておるわけであります。さようなことの絶対に起らないように、私どもは今後注意して参りたいというふうに考えております。
○長谷川(保)委員 私もこういうような事実をそのまま信じたくないのでありますけれども、酸素が切れて死んだ。しかもそれはやはり一人の患者にそうたくさん使うわけにいかないので切ったのだ、こういうように伺うと、まことに何とも申しようのない感じに打たれるのであります。予算を先にいたしまして、人命というものをあとにするということは、絶対してはならない。もしこれがほんとうにそうであるとしますれば、実に大へんなことであります。ぜひともこういう問題の起らないように御尽力を願わなければならぬ。どうか大臣におかれましても、そういう点を十分御監督いただいて、こういう事件の再び起らないようにしていただきたいのであります。 私は先ごろ、二月八日付で国立療養所課長から各厚生省医務出張所長あてに出されました通牒「国立療養所における新看護体制の実施について」というのを山下次官から伺いまして、これをいただいて読んで、ここまで一応やっていただけば、不十分ではあってもまあともかく私どもが心配しておりましたことは、そう起ってこないだろうと実は考えておったのであります。これには御承知のように、「一部の施設においては、不充分な準備の下に看護体制の切替を実施しようとする向きもあるやに見受けられるので、左記事項留意の上、更に各施設の実情を具体的に把握し万全を期するよう配意されたい。」「一、看護体制の切替えは、充分諸般の準備をなし、準備のととのっていることを確認してから実施せしめること。特に、医局員及び看護婦に患者看護について十分なる自信をもたしめその実施に対する意志を統一し、切替実施後、医療の適正に欠けるところのないように配意すること。」あるいは二として、「従って、各施設における準備状況、実施計画等を厳密に検討し、仮に準備不充分等のため実施に際し、看護上支障を来たすおそれがある場合は、改善すべき事項を指示し、必要があれば実施期日を延期せしめる等適切な措置を講ずること。」こういうようにいろいろ書かれておりまして、これを文字通りやっていただくと、大へんそこが緩和するであろうと期待しておったのであります。ところが私ども国立病院及び療養所等を回ってみますと、この通牒が全然行っていない。これはどういうわけでありましょう。医務出張所長あてにやったものは、当然各病院にもこの趣旨が徹底していなければならぬと思うのです。ところが国立療養所の庶務課長に会って聞いてみましても、これが行っていない、知らないという。どういうことでありましょう。これは当然各病院の庶務課長、院長まで行っていなければならぬ。そうしてそれぞれのこういう趣旨がそこで十分実施されるようになっていかなければならぬ。医務出張所だけでこれを承知して、現場では何らこういうことを知らないということであってはならない。もちろんこういうことが十分各療養所において行われておるならばけっこうですけれども、先ほど来申し上げておりますように行われておらないのであります。しかるに各療養所の庶務課長はこれを知らない、どうしてそこまで行かないのか、所長のところでとまってしまっているのか、何らかそこに機構の違いか、あるいはさらに悪推量をすると、厚生省の方にはもう一つ奥の手がありそうな気がするのですが、どうでしょうか。その裏があるのかないのか知りませんが、どうしてこれが第一線まで行かないのでしょうか。その点を伺いたい。
○曾田政府委員 何も裏も表もございません。ただ一本の内翰を療養所課長から出張所長にあてていたしたものと私は了承いたしておるのであります。なぜ伝わらないかということのお尋ねでございますが、私どもは御承知のように、八ブロックにこの医務出張所というものを設けてございます。これが私どものところから直接に指導監督できかねますので、この出張所に個々の施設の指導監督を行うように申しつけておるわけであります。私ども同等というよりも、私どもより以上に各施設のことは出張所がよく知っております。個々の施設を具体的に指導して参る、そうしてなかなか出張所だけでもいかに指示いたすべきやというようなことについて十分結論が出ない、決心がつかないというようなところには、私どもの方から出て参ります。また出張所が十分に各施設を指導監督いたしておるかどうかということを見るためにも、私どもの方から随時係員が出て見ておるようなことでありまして、この趣旨はできるだけ各施設にも徹底いたしますように、このいろいろと御心配になっておりますような事態が起らないように、また万一、万々一起りましたときには、できるだけ早く是正するように指導するよう申しつけておる次第でございます。
○長谷川(保)委員 先ほど来申しておりまするように、こういう考え方が一番末端まで行っておりません。こういう考え方はぜひとも徹底させるようにしていただかなければならぬ。どうも医務出張所長はさきの厚生省の通牒にだけ忠実でありまして、あるいはまたつき添い婦を切るというようなこと、あるいは看護券や医療券を切るというようなことの方を推進することにだけ熱心でありまして、まことに人命の大事なことを考えておりませんで、困ったことであります。この点はどうか十分に御注意を願いたいのでありますが、もう一度先ほどの問題に戻りまして、どうも個室を大部屋におかえになった、そのこと自体が私は大間違いだと思うのでありますが、方々でインタフォーンをおつけになってその手不足を補うというようにやっておられますが、各療養所全部へこういうような設備をするように指令をしたのでございましょうか。
○曾田政府委員 この施設の状況によりまして、さような設備を多く必要といたしますところ、割合にさようなものがなくても人手でもって間に合うところというようなのはございます。私どもとしましては最も必要なところからかような設備を整えて参りまして、今後ますますこれを充実して参りたい、かように考えております。
○長谷川(保)委員 まことにけっこうなようであって、これが個室ならばよろしいのです。個室ならばまことにけっこうな話だと存じます。大部屋でありますために、これがかえって安静を欠くもとになる。それから重症の大部屋でありますから、重症の人で声の出せない諸君はどうしようもない、こういう事情なのです。だからインタフォーンが悪いとは言いません。ことに看護人がちゃんとしているならばけっこうであります。けれども看護人がちゃんとしておらぬところでありましたり、大部屋で八人も十人も重症患者がおりますところでは、一々大きな声を出されたらばいよいよもって安静はとれない、こういう状況なのです。だからこのインタフォーンを使うということにつきましても細心の注意を払っていただきたい。さらにまたこれはある北陸の療養所であります。名前を申しましてもけっこうであります。これは鯖江の療養所であります。そこなんかの一つの例でありますが、電気の差し込みがない。大部屋でありますために大ぜいの重症患者が夜じゅう電気をつけられておる。そのために眠れない。それで電気の差し込みを作ってほしいというのに対しまして、厚生省の建築物規程、新築建物規程というものがあるそうでありまして、私存じませんがそれには電気差し込みをつけちゃいけないという規定があるそうであります。そのために病院当局に頼んでもこれができないとのことであります。これまた重症大部屋においてこういうものができない、従って個人々々の電気でなしに、大ぜい一緒の電気ということになって参りますと非常に困ったことになるわけであります。こういう点はどうでありましょうか、実情に即したように、今度の改造でもって行われているのでしょうか。たまたまこういう陳情が来ておりますが、どういうのでございましょう。
○曾田政府委員 実は鯖江病院は結核療養所ではございませんので、今度の看護体制の切りかえということには無関係なのでありますが、ただいまの御質問のように患者の病室におきまして、大きい部屋に大きな電灯を共通に使っておるということでなしに、個人々々あるいは二ベットなり限定されたベッドに対して別々に適当な照明の方法を考えまして、そして個々の患者がある程度自分のところの照明の調節ができるというようにいたすことは、これは確かに望ましいことだと考えております。私どももさようなふうにできるだけ進んで参りたい、かように考えておりますが、今の差し込みの点につきましては、いろいろと患者あるいはそこに出入りいたしております者が、差し込みがあるために電熱を用いるとかなんとかというようなことで、火気の取締り上不便も出て参りますのでさような規定があるものと思うのであります。これは私どもがきめておる規定ではございませんけれども、それがございましても今の先生の御要望は、スイッチをつけてやるというようなことでこれは解決できるものと思います。将来はできるだけさようなことも考慮してもらいたいと考えております。
○長谷川(保)委員 国立病院も、御承知のようにその入院患者のほとんどは結核でございます。こういう方面につきましても、こういう陳情が来ているところを見ますとよほど困っているのだろうと思うのです。ことにまたこの人たちの中には、工合のいい人はラジオを聞きたいという人もおりましょう、その諸君がラジオを聞けないということも書いてあります。どうかこういう点については、もっとあたたかみのある考えをしてやっていただきたいと思うのであります。 さらにもうちょっと伺いたいのでありますが、先ほど入院できない者がおるが、経済的な理由が大きいというようなお話もございました。申すまでもなくその通りであります。そこに私は十分お考えをいただかなければならぬ点があると思う。経済的な理由で入院治療ができないというようなことは、これは容易ならぬことであります。たびたび申すことでありますが、私には基本人権をそこなうものである、侵すものであるというように考えられるのであります。ちょうど社会局長も見えておりますが、一部負担金が非常にかけられますために、最近御承知のように療養所のベッドがあきますことの大きな理由になっております。この一部負担をかけますにつきましては、御承知のようにその家族の生活費というものを、たとえば乙地でございますならば一人当り千七百五十円——少し違うかもしれませんが、千七百五十円ぐらいに見積って、そうしてほかの収入は全部取り上げるという行き方をして、そこに一部負担あるいは医療券の打ち切りということが行われておるわけであります。現実問題としまして一人の家族が千七百五十円に切られましてそれで全部生活をせよということにされますと、極貧者でありますならばとにかくといたしまして——社会局長はいないのですか。
○野澤委員長代理 今迎えに行きました。
○長谷川(保)委員 それでは社会局長が来るまでほかのことをお伺いいたします。 聞くところによりますと、常勤労務者というものは物件費で出ておるのだということでありますが、さようでございましょうか。
○曾田政府委員 予算書には、常勤労務者給与として人件費のうちに含まれて載っております。
○長谷川(保)委員 人件費であるに違いないと思うのでありますが、物件費というように伝えられておりますが、間違いでございますね。
○曾田政府委員 さようでございます。間違いでございます。
○長谷川(保)委員 先ほど来療養所に入院できないということ、あきベットができておるというようなことが問題になっておったのでありますが、今日伝えられるところによりますと、療養所に確かに三万からのベッドのあきがある。これは全国の療養所、病院等であると思いますが、国立療養所におきましても七千以上のベッドがあいておるというふうにも伺うのであります。その大きな理由は、生活保護法の一部負担あるいは健康保険の監査等々のいろいろな問題がありましょう。確かに生活保護の一部負担ということが大きな問題だと思うのであります。御承知のように入院患者の家族の生活費というものを一人千七百五十円前後に押えていられるようであります。これは乙地でありますが、そういうことで、うちにおりまする家族の生活というものを締めて、それ以上の収入は、全部一部負担にしたり、あるいは医療費の打ち切りということで取り上げてしまうということになれば、これは現実問題としまして、極貧者は別でございましょうが、一般の中流あるいは勤労者の家庭等々におきましては、千七百五十円くらいではとうてい生活ができない。どこまでもそれをしていくとすれば、もう患者はやむなく引き上げるよりほかに仕方がないということで退院をしていっております。こういうようなことは現実に即さない。これをもっとゆるめなければならないということをたびたび申し上げておるのであります。ここに来ておりまするのでも、この人は、健保の期限が切れて医療保護の申請をしたが適用されないので、とうとう退院をし、悲観をして投身自殺をしてしまったという実例がここにあげてございます。あるいはまた、一部負担をしいられまして、やむなく退院をいたし、心労のあまり発狂状態になったというような人々も例があげられております。あるいはまた入院加療中に妻が心臓病で別に入院したところが、一部負担金を課せられて、その支払い能力がないために退院をしてしまった、こういうような例もあるのであります。こういうことは私ども幾らもぶつかる状態でありますけれども、どうしてもこれではいけない。なるほど、生活保護法というものは補給をするための法律だからというのは社会局長が常におっしゃるところでありますけれども、現実問題として、こういうことで、医療が受けられなくなってしまう、病人の医療を取りやめてしまうということになってくるのであります。少くともこういうような医療扶助と合せてのような場合には、家族の生活費の限度というものはもっと別に考えてあげなければいけない。そうでなければ、実際に医療を受けられないという現実が出てきてしまうということになるのであります。もっとこの点をゆるめていただくという工夫をしていただかなければならぬと思いますが、この点そういうような方向に持っていっていただくことができないか、社会局長にお伺いいたします。
○安田(巖)政府委員 生活保護の医療扶助を受けております患者のうち、結核の入院患者でございますけれども、これは二十八年でありましたか、入退院基準を設けまして、ほんとうに入院を要する者は中に入ってもらうし、外へ出て治療ができます者は外で治療をいたしてもらうということを実は実施いたしておるのでありますけれども、その後やはり入院患者の数はだんだん増加をいたしてきまして、今私はここに資料を持っておりませんが、二十八年ごろに比べますと漸次最近まで上昇の道をたどっておるのであります。一方におきまして、一般的な入院患者というものは、先ほども申されましたように、今、あきベッドが相当あるというような状況でございまして、必ずしも生活保護法の適用の問題に直接結びつくということではないのじゃないかというふうな考え方もあると思っております。それから医療扶助を受けます収入の認定の問題でございますけれども、これは御承知のように、生活保護には、国できめましたところの生活困窮線と申しますか、一つの生活の基準があるわけでございます。その基準に当るかどうかということを、収支の認定をいたしましてきめるということは、これは生活保護が、だれにも差別なく、原因のいかんを問わず適用されるという建前から、当然であるわけでございます。しかし今おっしゃいますように、病気をいたしまして、家族の収入というものをどういうふうに見るかといったような場合、これは非常にむずかしい問題があるわけでございます。第一線のケース・ワーカーというものは、そういう点では非常に苦労をいたしておると思うのであります。これは従来の生活をしておりますものを少しも下げないで、私のところはこれでもって医療ができないのだから全部医療扶助を受けさせてくれと言われましても、そこはやはりそうは参らぬと思うのであります。現在働いておりますところに要するいろいろな費用というものはある程度見るというようなことで、非常に微妙でございますけれども、そういったような考慮も若干はいたしておるわけであります。根本はやはり一つの生活の基準というものを置くという制度そのものにも問題があるわけでございまして、具体的な適用に当りましては、そういう点も考慮しているということを申し上げたいのであります。 それから健康保険の療養の期間が切れました場合に、もちろんこれは自分で医療費を出せない場合に生活保護に移ってくるわけでございますが、最近の調査によりますと、私どもの方で医療を開始いたします件数の中で、やはり一〇%くらいは医療保険に切れたものが入ってくるというような実情でございます。
○長谷川(保)委員 大臣も今お聞きのようなわけでありますが、なるほどどなたも、自分のうちに病人が出た、今日の社会において自分たちの生活を全然詰めないで、ただ国にだけたよって医者に見てもらうというようなことを考える者は——ごく生活の窮迫している人はもう際限もありませんからやむを得ませんけれども、そうでない人はそんなことはだれも考えていないと思うのです。お互いにみんな苦労をして何とかやっていこう、けれどもそれがどうにもならないので、先ほど申し上げましたように、やむなく退院をする、方法がつかないから自殺をするとかいうような問題が起ってくるわけです。一部負担にたえられなくて病院を出なければならぬというのはもう一ぱいです。幾らもあります。先ほど患者がふえているということでありますが、どうかあとで資料で数字を示していただきたいと思いますけれども、これは一般の中小企業、零細企業等の倒壊で貧乏人がずっとふえております。そういう関係もあって、国立療養所における生活保護の患者の数がある程度ふえましても、それは必ずしもよりよくなったということにはならないと思うのでありますが、いずれにしても、私は全体から見ますと、あれほどあきベッドができてきているということを考えますと、しかも新しく増床されましたもののほとんどは健康保険で入っているものであるという実情を考えますと、厚生省の今のやり方では、これは大事な国民が医療が受けられないという事実が起ってくるのであります。もう時間もありませんからこれ以上申し上げませんが、それらの点につきまして大臣におかれても十分お考えをいただいて指導せられるように切に望む次第です。 それからさらに、今朝来いろいろ伺って参ったのでありますが、今度の看護体制の切りかえについては無理がある。そうして社会局長は今朝はいらっしゃいませんでしたが、私、写真も持ってき実情も申し上げた。ことに個室から大部屋制度にかえて、重症者をそこに持っていたために、もう手が回りかねて、先ほど二、三の例を申し上げましたが、結核患者が喀血中に自分の胸の上に食膳を載せて食べている。ある患者は熱が出て、めんどうくさいからもう食べることもやめてしまう。あるいはまた酸素吸入を受けております患者が、自分でその酸素の調節をしなければならぬというような状況になってきております。先ほど大臣からも、もしそういうことであれば何とかしなければならぬというようなお話もあったのでありますが、こういう実情が事実出ておるのでありまして、これはどうしても無理です。個室にもう一度帰してもらうということにやり直してもらわねばならぬと思うのでありますが、いずれにいたしましても、こういう状態からしますと、今看護券を非常に打ち切って参られましたが、看護券をもう少し出してもらって、先ほどの療養所の方の通牒にもありますように、やはり無理をしないで看護券を出して、そうしてこういう不幸なことのないように、——先ほど申しました通り、この不幸な患者は、私に手級を書いて間もなく、一昨日の夜とうとう死んでしまっている。こういう事情が起きてきているのであります。どうしても看護券をもう少し出していただいて、つき添いを残していただく、そして国会の決議になりましたように、無理のないように順次移っていくという手を打っていただかなければならぬ。そこで四月以降も何とか看護券を発行できるようにしてもらわなければならぬ、こう思うのであります。また先ほども社会局長がいらっしゃらぬときに医務局長に申し上げたのでありますが、完全看護をやっておるというような病院でも、しかも地元のモデル病院であって、私幾つでも実例を申し上げることができるのでありますけれども、そういうところでも、実は本人の費用でもってつき添いをつけさしているという事実がたくさんある。こうなりますと、たださえ経済的にだんだん逼迫して参りました勤労者の諸君は、いよいよ医療が受けられなくなってくる。こういう実情になりますので、ぜひとも、ひどく引き締めて参りました看護券をもう一度発行できるように尽力願って、そうして今の、一方におきましては重症患者あるいは病人をかかえております勤労者の家庭を救うとともに、またつき添い婦の諸君のむちゃくちゃな首切りというようなことをしないで、その生活を見てやる、こういうことは厚生省として当然だと私は思う。こういう点、看護券を四月以降も出すのか出さないのか、局長の御向を伺っておきたいのです。
○安田(巖)政府委員 医療扶助を受けております場合に。看護券を出します場合は、これはもちろん実情に即したやり方をやらなければならぬと思っております。しかしいずれにいたしましても、これはやはり一定の基準というものを設ける必要があるのでございまして、私どもの方では、療養所におきましては普通の看護は当然入院料の中に含まれておるという見方をいたしておるわけであります。従いまして、それ以外に常時監視を要するとか、あるいは手術後に特別な事情があるとかいう場合に、こういうふうにしたらという一つの基準がございますので、その基準に従ってやって参りたいと思うのであります。 私どもがいろいろ耳にいたしておりますのは、自費患者あるいは健保の患者、それを医療扶助の患者と比べてみますと、医療扶助の患者がやはり看護券につきましては一番たくさん出ているのじゃないかというようなことを申す人もあるわけでございます。昨年でございましたか、参議院でやはりこの問題について議論がありましたときに、埼玉の療養所か何かから自分の方で資料をお出しになっておったのを私はその席で見たのでありますけれども、そのときは自費患者及び健康保険の患者、それから生活保護の患者と比べまして、ことにこれを一度、二度というふうに分けまして数を比較したものが出ておりましたが、そのとき、今私の記憶に残っておりますのは、健保の患者の三倍くらいの看護をつけておるような数字が出ておったと思います。それはいずれにいたしましても、とにかく実情に即した措置をやりたいというふうに考えておるわけであります。 もう一つ、今の御質問の要点は、今度の国立の療養所における看護体制の切りかえの問題と実は関連しての御質問じゃないかと思うのでありますが、これは私どもはどういうふうに切りかえられたかということを十分調べまして、ことにこれは患者なりつき添いさんの御意見というよりか、やはり医務局の方でいろいろとそういうことを進めておられるのでございますから、それと十分相談をしてやっていきたいということでございます。と申しますのは、私どもがいろいろ看護の実情なんかを調べてみますと、病院によりますと、病棟付の看護婦を置いてないようなところが、看護券をどんどん申請しておるというような事実も見つけたこともあるのであります。そういうことになりますと、非常に不公平でございますので、病院でやるべきことはやって、そうして今度の場合でありますと、切りかえがどういうふうにいったか、どの程度進んでおるか、あるいは完了したかというようなこととにらみ合せて、物事をきめていきたいと思っております。
○長谷川(保)委員 午前中にも申し上げたことであって二重になりますので、いまさら社会局長に申し上げませんけれども、これは十分実情をお考え下さってお調べいただきますとわかって参る。これは単に療養所、病院等の管理者だけでなくて、中に入って十分ごらんになりますとよくわかると私は思うのであります。それで先ほども生活保護の患者が割合によけい看護券をとって看護をつけておるというお話がございましたけれども、これは医務局の方で、お調べになればよくおわかりになると思います。つまり生活保護の患者というものは、非常に状態が悪い。ですから生活保護の医療扶助の患者というものの病状、その病気の変化あるいは予後というようなものを見て参りますと、そういう方面が健保の患者よりもはるかに悪化していく、死亡していくという事実が多い。これは医務局の方で統計がちゃんと出ておると思う。だから健保の患者の方が早く医療の機会があり、またいろいろの条件がいい。けれども医療扶助の患者というものは、そこがすでに非常に条件が悪い。でありますから、病院におりましてもよけいつけるのは当りまえでありまして、こういうような実情をお調べになれば、単に数だけではこれは判断できないのです。そういうような実情も十分お調べいただいて、今朝来重ねてたびたび申し上げておりますように、今日の療養所の看護体制の切りかえ、あわせまして昨年来やっております看護券の打ち切りというようなことが、実情にどんなにそぐわないかという点を十分お調べいただいて、事は先ほど申し上げましたように人命の問題であります。人道の問題でございますから、十分にお考えいただきたい。これらのことについて、先ほど来の問答をお聞きいただいた大臣におかれましては、大体の見通しはおつきになると思います。今までのいきさつにこだわることなく、実情に即して、国民の生活を守るということで十全の道をとっていただきたい。 大蔵大臣がお見えになりませんから、予算問題等について、さらにお願いすることは別の機会に譲りまして、私の質問を一応打ち切ります。
○野澤委員長代理 次会は明十五日午前十時より開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後五時一分散会