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24回国会衆議院1956/05/16

決算委員会 第35号

発言数
186
登壇者
8
会派数
2
開催日
1956/05/16

会議録

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 これより会議を開きます。  この際御報告申し上げることがあります。すなわち去る八日、当決算委員会は歳入歳出の実況(パッカード・マリン・エンジンの払い下げ及び購入等)に関する件について沢董君を証人として喚問したのでありますが、翌々十日午前の理事会において、吉田賢一君より沢君が八日証人として出頭し証言をした後、その止宿先に帰らず、止宿先でもその行方がわからず心配しておる旨の報告がありました。よって理事会といたしましては、本事件について事態を判明させるために、便宜委員長が警視総監に連絡し、その間の事情を確かめるということになりました。  そこで委員長は同日正午過ぎ警視庁に江口警視総監をたずね、右件について事情を説明し、調査を依頼したところ、江口総監は委員長よりの申し入れを承知したのであります。翌十一日午前十前半総監より電話にて報告があり、八日午後間組職員よりの情報により、係員を派したる事情、及び本件調査は防犯部保護係で受け持ち、所轄署等を指揮して沢君の行く先を探している旨、中間報告があり、次いで夕刻再び電話にて沢君の所在が判明したこと、沢君が暴行を受けたことはない模様であること、現在係員を派して調査中である旨の連絡がありました。翌十二日午後、前日の調査について報告があり、沢君は八日証人として当委員会において証言をした後、諸般の事情から護国団より囲まれているものと感じ、みずから友人方に身をひそめたこと、本人は今後の身辺保護は要らないと申していること、しかし警視庁としては、護国団の動向についてなお注目するつもりであること、等の報告がありました。以上が警視総監より委員長に報告された概要であります。  国会において証人及び参考人等が喚問された場合、原則的な問題として院の内外におけるを問わず、その正当なる発言が、他の暴力、脅迫等によって妨害されたり、またはその発言のゆえをもって身体その他に危害を受けるがごときことがあり、また証人等が不安を感じるというようなことがあっては、国会における国政の審議の上にきわめてゆゆしい問題であります。理事会としても十日、十二日、十四日と、この問題につきまして協議しました結果、院外の問題につきましては、ただいま御報告いたした通りの処置をとり、院内の問題としては、委員長より議長に申し入れを行うこととし、昨十五日私が議長並びに事務総長と会見し、議長よりは、そのような事件が発生した場合は、直ちに処理すべき手段としては警務部をしてこれに当らしめ、その処置につき万全を期させる、また院内の秩序維持という一般的な制度等の問題としては、議運における院内の秩序及び警察に関する小委員会に諮って十分研究をするという趣旨の返答を得た次第であります。  以上御報告申し上げまして、委員各、位の御了承をお願いする次第であります。     —————————————

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 次に歳入歳出の実況(パッカード・マリン・エンジンの払下げ及び購入等)に関する件につきまして調査を進めます。  この際お諮りいたすことがあります。すなわち昨日の理事会において御協議を願ったのでありますが、本件につきまして、元広造機株式会社常務取締役原田源之助君を参考人として招致し、実情を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。     —————————————

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 なお御報告いたします。か、昨日の理事会におきましては、さきに証人として決定いたしております。間組社長神部満之助君臨床尋問の件につき、主治医である遺沢忠三郎君の意見を徴したのでありますが、病状がその後変らず、今朝ほども発作があったということで、臨床尋問は無理だということであります。それで理事会の申し合せにより、医師遣沢忠三郎君を参考人として招致し、その間の実情並びに意見を聴取いたしたいと存じて連絡いたしたのでありますが、遺沢君は医師として重症患者を多数抱えており、出頭は不可能であるとの申し出がありました。  以上経過を御報告しておきます。     —————————————

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 本日はこれより本件につきまして証人より証言を求めることにいたします。御出頭になりました証人は菊岡英雄君、間違いありませんか。——あらかじめ文書で御通知いたしておきました通り、また十分御承知のことと存じますが、当決算委員会におきましては、パッカード・マリン・エンジンの払い下げ及びこれが防衛庁購入等の問題につきまして、種々調査中でありますか、これを要するに僅々三、四年の間に七万二千円で放出されたものが一千二百五十万円で同じ国家の手に買い上げられたというのでありまして、国費の使途につき厳重な監視をすべき立場にあります当委員会といたしましては、この事態を国民の前に明らかにすべき責務があると思うのでありまして、さきに十名もの証人を喚問し証言を求めたのでありますが、今回さらに菊岡証人に御出頭を願い、証言を求めて、事実関係を明らかにいたしたいと思うのであります。  証言を求める前に証人に一言申し上げます。昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならないことと相なっております。宣誓または証言を拒むことのできるのは、証言が、証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係にあった者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び、医師、歯科医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあった者がその職務上知った事実であって黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになっております。しかして、証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることとなっておるのであります。一応このことを御承知になっておいていただきたいと思います。  では、法律の定めるところによりまして、証人に宣誓を求めます。御起立を願います。  菊岡君宣誓書を朗読して下さい。   〔証人菊岡英雄君朗読〕    宣誓書   良心に従って真実を述べ、何事  もかくさず、また何事もつけ加えな  いことを誓います。

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 それでは署名捺印願います。   〔証人宣誓書に署名捺印〕

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 ではこれより証言を求めますが、証人が発言する場合には、その都度委員長の許可を求められること、及び発言は証言を求められた範囲に限ることになっておりますから、御承知おき願います。  それではこれより証人に対し証言を求めることといたします。質疑の通告が、佐竹新一君、吉田賢一君、山本猛夫君、辻政信君の四名から出ておりますが、通告の順序に従って質疑を許します。まず佐竹新一君、御発言願います。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 菊岡証人にお尋ねいたしたいと思うのでありまするが、証人は問題になっておりまする。パッカード・エンジンを防衛庁に売り込むのにつきまして、本委員会に証人として呼びました間組の経理課長塚元、それからブローカーでありまする杉山、沢、これらの人々とともに、防衛庁に売り込みの運動をされたということを聞いておるのでありますが、その防衛庁に売り込むいきさつについてどういうようないきさつで売り込みをしたのであるか、こういうことについて、一つ詳しくお答えを願いたいのであります。

菊岡英雄

○菊岡証人 証言をいたしますに先だって、お断わりを申し上げておきますが、私はこの事件に関しまして別に一片の記録があるというわけでもありません。古い追憶を追って証言をいたすのでありまするから、あるいはその内容において若干の前後する点もなきにしもあらんかと存ぜられまするが、この点あらかじめ御承知おきを願いたいと存じます。  ただいまの御質問にお答えいたしますが、いきさつということになりますと、大へん複雑かのように心得られますが、昭和二十七年の四月の半ばと存じます。当時私は中助松君の私設秘書をいたしておりまして、第二議員会館におりましたが、友人の沢董君が参りまして、土建屋の間組がアメリカの非常な高性能の発動機を持っておるので、その販売を依頼されて、長い間方々を持ち回って歩いたが、ガソリン・エンジンのゆえに向くところがない、何とか君の力によってこれを保安庁に売り込んでもらうというわけにいくまいかという相談を受けました。しかし私は、間組という土建屋が機械を持っておること自体がすでに不思議に思いましたから、それでは間組の責任者をだれかここへ連れてきて見よ、こう申しまして、その翌日か翌々日だったかと思いますが、間組の経理課長の塚元彰という名刺で、沢と同道で第二議員会館の私の部屋に参りました。それから塚元経理課長に、あなたのところに機械があるというが、事実か、事実でございます。台数は二十台であるということであるが、間違いないかということを念を押しましたが、塚元経理課長は、大体払い下げを受けるときはスクラップという名目ではありましたけれども、これは全然一度も使っていない、米軍が予備品として日本に持ってきて、それを払い下げたので、全然使っていない新品だというようなことを明言いたしましたから、そうか、それではまあ相談をしてみようと言って引き受けましたのが、時日ははっきりいたしませんが、二十七年の四月の中旬かと心得ます。それから中助松君と相談いたしましてとにかく保安庁の増原次長がシンガポール時代砂田氏の部下でもあった関係があるから、まず砂田氏に君と二人で行って相談しようではないかというので、私と中君と、第一議員会館の砂田重政氏を訪問いたしました。そうしてその旨を砂田氏に御相談申し上げたわけであります。砂田氏も、一向僕としては見当はつかぬが、あした議会に増原君が出てくるから、増原君が出てきたら相談してみようというようなことで、出発いたした次第であります。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 そういたしますと、証人のところへ沢がたずねていって、間組の塚元経理課長がそのときに、このエンジンは新品である、それで防衛庁の方へ納めてくれ、こういうことを言ったと言われておりますが、われわれの方で調査したところによりますと、その当時のパッカード・エンジンは、松庫商店が所有しておって、まだ間組の手に入っていなかったのですか、それを間組で買い取ったのは二十七年の七月ごろとなっておるのであります。しかも沢も塚元課長も、前の委員会における証言では、その間三友産業が介在して、当時は第一通商へ売り込む交渉をしておった、こう言っておるのでありますが、保安庁への売り込みに間組としては関与していなかったと、この委員会では証言もしておるのでありますが、その間のいきさつについてお答えを願いたいと存じます。

菊岡英雄

○菊岡証人 ただいまの御質問でありますが、昭和二十七年の七月と申しますると、もうすでに保安庁で中村装備局長と私との折衝におきましては、昭和二十七年の七月には、大体丙型駆潜艇にこのパッカード・エンジンを使用するということがほぼきまっておりました時期でありますから、その当時においてこのパッカード・エンジンの問題が出るなどということは、これは何か非常な向うの錯覚ではないかと思いますが、もう私が四月の初めから保安庁にこの問題を持ち込みまして、山下技官の手によって丙型駆潜艇の設計ができ上りましたのは、その年の九月の末でありますから、七月からこの問題を保安庁に持ってきたのが、九月にもうすでに丙型駆潜艇の青写真ができるなどということは、常識から判断いたしまして、その時日が許しません。ことに私は今までの証人の証言の内容は新聞で承知をいたしておりますが、沢薫氏が四月の中旬私の手元にこれを持ってくる前に、もうすでに第一通商の平君の手を通じまして、昭和二十六年の冬から山下技官、その技術部門との間には、このパッカード・エンジンの売り込みをやっておった事実を、あとになって私は聞き及んだのであります。もうすでに二十六年の冬から第一通商の平君の手をもって山下技官との間にこの折衝が進められておったことは事実であります。佐竹(新)委員 そうすると、その当時から山下技官の方へ運動していたということは、あなたはその当時はこの運動の中には介在をしておられたのでありますか、おられないのでありますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 介在いたしておりません。あとになってそれを第一通商の平君から直接私が承わったのでありますから、平君がうそを言わない限りにおいては間違いないと思います。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 そういたしますと、証人が沢君並びに塚元課長らと一緒に保安庁へ行かれたのは、いつごろで、そうしてどういうような人々と交渉をされましたか、そのいきさつを……。

菊岡英雄

○菊岡証人 保安庁は最初は主として中村卓さん、この人が装備局長でありまして、これは中助松氏の古い友人でありました。最初は砂田氏に相談をして、その後間もなく中氏が保安庁へ行きまして、中村装備局長に会って、自分は国会の方が忙しいから、今後は僕の代理としてずって菊岡君があなたの方にお願いに伺うから、よろしく頼むというので、中君は装備局長に直接会いましたのは二回だと心得ておりますが、あとはほとんど私が一人で当っておりました。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 そのときに、中君の代理であなたが中村装備局長のところに行ったときからが、本腰に防衛庁が買うという気持になったのでありますか、そのほかの人とも交渉をされたのでありますか、その間どういうような動きをされたか。

菊岡英雄

○菊岡証人 これは少し話が長くなりますが、簡単にお話いたします。私は主として中村装備局長、それから砂田さんの方から増原氏というふうに参りましたが、中村装備局長は努めて希望に沿いたいとは思うけれども、これは技術部門の方で非常に反対があるようであるから、そう簡単にはいかないというようなことでありました。まだその当時は、私直接技術部門の方に当る段階にはありませんので、とにかく一つ装備局長というあなたの立場によって、これを何とか技術部門の方に一つ話を進めていただきたいというようなことでありましたが、六月の初めかと心得ておりますが、中村装備局長から、どらもなかなか思うようにいかぬ、ことに増原次長もこの問題についてはあまり乗り気でないようであるし、木村長官のごときはもうほとんど最初から反対をしておることであるから、非常に困難であるけれども技術的の意見を技術部門に聞いてみたところが、技術部門の一部ではぜひこのパッカード・エンジンは採用したいというような希望であるから、松崎技術部長とも相談をしたが、松崎技術部長もまだ乗り気ではない。しかし技術部門の主務官では非常にエンジンをほしがっておる。ほしがっておるからまあどらにか採用するようなことになりはしないかと思って、僕もなるべく採用することに努めてはおるが、しかし速急にいく問題ではないから、これは気長にやってもらう覚悟をしてもらわなければ困るというような装備局長のお話で、私もこれは相当の持久戦になるということは覚悟の前で努力を続けて参った次第であります。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 そうしますと、そういうような経過をたどって防衛庁がこのパッカード・エンジンを買うという気運になって、大体売り込めるということがまとまるに至ったのはいつごろですか。それからその間のまとまり方はどういうことでまとまったのですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 このお話がまとまりかけましたのは七月の半ばであったと思いますが、これが本格的に決定しましたのは二十七年の九月であります。九月に私が松崎技術部長に会見しましたときに、とにかくまだ採用するかしないかということはここに断言はできないけれども、まず技術部門の意見を総合してみても、このパッカード・エンジンはぜひほしいという意見が強いために、まず試運転をして、そうしてほんとうの機械の性能を試してみたいと思うということで、九月の初旬だったかと思いますが、保安庁の方から試運転をするからという通知がございました。それで私はさっそく沢、塚元を第二議員会館に呼びまして、そして保安庁でいよいよ試運転をする、試運転をする段階までやっとここぎつけたんだから至急に試運転をしろ、それから塚元氏も非常に喜んで、試運転をするということになりましたところが、機械をあけてみますと、間組が持っておるパッカー、ト・エンジンはその母体だけで重要な部品は一つもない。部品がないために試運転ができない。さっき申し上げました通り四月中旬に私に頼んできましたときには、これは新品で一度も使ったことがない、完全な発動機だといっておきながら、保安庁が試運転をするという段階になりますと、部品がないために試運転ができない。そこで私は第二議員会館で沢を非常にどなりつけまして、君、相手はお役所だぞ、お役所に物を売り込ませておいて向うが買うから試運転をしろというのに部品がないから試運転ができないというのは何ごとだ、不届きだ、塚元を呼べ、私は非常に憤慨して大きな声を出して、議員室の隣りが大久保留次郎氏の部屋でしたが、大久保留次郎氏が非常にびっくりして私の部屋にやってきたような次第でありまして、非常に私は憤慨しました。これだけ保安庁に——きょう断わってくる、それは全部ほんとのスクラップで、全然性能のない機械だからせっかくお骨折り願ったがもう菊岡英雄は手を引く、今から装備局長、松崎技術部長に行って断わってくるから、ここに塚元を呼べと言って私はそのときに非常に沢をどなりつけました。それで間組の塚元氏としましても部品がないということは、そのとき初めて知ったらしく、塚元氏もがく然としたらしいのです。そうしてどうしたものかというので、第一通商の平君と山下技官のはからいで、塚元君としましても責任上どうすることもできないものですから、伊藤忠にかけ込んで行って、何とかして部品を探してくれというので頼み込んで行ったようであります。塚元氏も土建屋さんで機械のことは全然わからないものですから、杉山、正木なんかの言に乗ぜられておって完全な機械なりと信用しておったらしいのです。これは事実らしいのですが、そのことがわかりました。塚元も知らなかったのだもそれじゃ塚元君をこれ以上追及してみたところでむしろ塚元氏も気の毒だからというので、別に私は塚元氏を追及いたさなかったのであります。それで塚元君が伊藤忠に行って非常に懇願したらしいのです。懇願したのでついにサンフランシスコから部品を六台分取り寄せました。取り寄せて十月の中旬に試運転をしようという段取りになりましたが、せっかくサンフランシスコから送ってきた部品が番号が違って、富士重工にその部品を持っていきましたが番号が合わないためにこれまた組み立てができないというので、それから番号を調べて再びサンフランシスコの方に伊藤忠の手を経て注文しまして、それに非常に時日を費しまして、結局二十八年一月の半ばに完全な試運転をやったような状態でありまするから、間組といたしましても、この間その部品の手違いから相当余分な出費もいたしたようであります。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 そのときに試運転で部品がなかった。それで完全な試運転ができない。その試運転のときに防衛庁の方からどういう方が行かれたのでありますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 ちょうどその当時地方平衡交付金の問題で議会の方も忙しかったために、私は全然試運転に立ち会いません。沢、塚元、杉山それから防衛庁の技官が何か七、八名お立ち合いになったというようなことは沢の報告を受けたのでありますが、私は試運転に立ち会っておりませんから、その件についての明らかな証言はいたしかねます。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 そうしますと部品がない、伊藤忠に頼んでサンフランシスコの方から送らせなければいけないという間、防衛庁はやはりもうこれはだめだということは言わずに、そういう部品が来てあとからまた買うというような話になったのですか、その点どうですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 もうすでに山下技官に命じて丙型駆潜艇の青写真までもできまして、保安庁としましてはその当時もう予算にも組み入れてありました関係で、部品さえあとの補給がつくならば、このままパッカード・エンジンを使用しようという方針であったらしく聞き及んでおります。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 そういたしますと、保安庁はその当時に予算を組んでいたとすれば、その値段は大体どのくらいだと聞いていたですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 当時の計画は保安庁としましては、造船は造船会社にやらせる、そうして間組から買うのはパッカード・エンジンだけだというようなことでありましたが、その予算は一般防衛費として一括して予算に組んであるからというだけのことで、それじゃパッカード・エンジンは単価幾らで予算に組んでありますかというようなことは、私はそのときは別に中村装備局長、松崎技術部長等にも、それだけは私は詰問しておりませんでした。ですから保安庁の予算面がパッカード・エンジン一基幾らだというようなことは証言いたしかねます。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 そういたしますとあなたのお考えでは、当時保安庁が。パッカード・エンジンを大体買い上げるという見通しをつけたのはいつごろと考えられますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 それは二十八年二月だったと心得ております。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 そうすると証人は保安庁への売り込みに努力をしながら、その後手を引いたのはいつごろですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 私が手を引きましたのは二十九年の三月かと記憶いたしておりますが、保安庁の方でパッカード・エンジンを採用するということはもうすでにきまって、これから先は保安庁と間組との事務的折衝である、長い間お骨折りを願ったが、私の方でこれから先は事務的折衝を重ねるからというようなことで、手を引いてくれろということが塚元経理課長からお言葉がありましたから、まあ一ついずれにしてもあやまちがないようにやってもらいたいと言って、二十九年の三月だと思いますが、それ以来は全然このパッカード問題に関与いたしておりません。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 本委員会の調査によりますと、二十八年のころには大体に保安庁に話がついてできれば二十八年度内の予算をもって買い入れてもらいたい、しかしながらそれはできなくて二十九年に買い入れることになっておるのでありますが、そのような関係から考えてみますと、証人が手を引いたのが二十九年の三月といいますると、その二十八年から二十九年の当時のいきさつ、いわゆる沢、塚元あるいは杉山、それらがあなたのところに話して、防衛庁に対して大体売れる見通しがついたというような話はしなかったのですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 どうも新聞でも私はそれを見て変だな、これはつじつまの合わぬ証言をしているのだなと思いましたが、保安庁が大体このパッカード・エンジンを買うということをきめましたのは、もうすでに二十八年の三月には決定をしてそうして二十八年の議会を通過いたして、あの例のばかやろう解散で、衆議院を通過してこれが参議院に回って抜き打ち解散になりましたために延び延びになったのですが、保安庁はこのパッカード・エンジンを買うというようなことは二十八年の三月にはもうすでに決定いたしております。決定してそうしてあの抜き打ち解散になったものですから——これはただいまの御質問の節にはありませんでしたが、重要なことかと心得ますので私一言これは事実を申し上げますが、パッカード・エンジンを採用するということが予算面において衆議院を通過しましたから、それで二十八年の三月の三十一日に、当時間組も経理面において非常な苦しい立場にあるというようなことを沢を通じて聞いておりました。それで何とか菊岡君、この二十八年の年度末に保安庁の残余金が二十三億円ばかりあるそうだから、その残余金のうちからパッカード・エンジンの内金として幾ばくかを保安庁からもらってくれないかというようなことで、そうか、それでは装備局長と相談してみようというので、三月三十一日装備局長の部屋に私はほとんど七時間か八時間がんばったでしょう。で、中村装備局長も事情はよくわかる、なるべく希望に沿いたいと思うけれども、こいつはなかなか保安庁の勝手にいかないことだ、大蔵省の了解を得ぬけりゃならぬ、しからば大蔵省がこれを了解すれば装備局長は払ってくれるかということを私、念を押しましてね。大蔵省がそれをのんでくれるならば払いましょう、それが午後の二時ころでありますか、中村装備局長が、大蔵省がのんでさえくれるならば、それは払いましょうと言ったのは。それで私は、当時私の友人であった鈴木款氏が大蔵省の主計官である村上さんとじっこんの間柄ですから、それから鈴木氏のところに自動車を飛ばしまして実はやっと装備局長から大蔵省さえのんでくれるならば残余金から金を払ってやろうという了解を得たから、君済まぬけれどもこれから大蔵省に行って村上主計官に交渉してくれないかというので、鈴木款氏が行きましたのが三月三十一日の午後の四時ごろだと心得ます。そうしておれはずっと保安庁の装備局長の部屋におるから、大蔵省から装備局長の部屋に連絡をとってくれろと言って鈴木氏が村上主計官の部屋から装備局長の部屋に電話をかけてきましたのは、午後六時ごろだったと思います。それで村上主計官はよしそれじゃのんでやろうということになったから、のむにしても保安庁の方からこの残余金のうちでこれこれ、これこれをパッカードのエンジンの内金として払って、パッカードを一応買いとっておきたいからという、それでは書類を出してくれろというような電話が参りました。それから装備局長にその旨を申しましたら、装備部長があらためて自分の部屋から大蔵省の主計官に電話をいたしました。今菊岡氏は大蔵省の方ではのむということであるが、保安庁の方から大蔵省の方へ早急に書類を出せということである、どういう書類を出したらいいでしょうか、それで村上主計官から、大蔵省はそれをのむが、大蔵省がかようしかじかの書類を出せと保安庁の方に指図ができるか、それはあなたの方で考えて書類を出しなさい、書類が出てくれば僕の方ではのもうというようなことになりましたけれども、そうなりましたのは三月三十一日の午後七時過ぎですし、文書を出すということになりますと中村装備局長だけではいけません。もちろん経理局長の渡辺さんとの話し合いも必要でありますので、三十一日の夜でしたから瞬間的に間に合わずに、とうとう残余金から金を払ってもらうことができなかったのでありますが、すでに二十八年の三月三十一日に、抜き打ち解散のために議会を通過しないから、残余金のうちからでもパッカード・エンジンの内金を払ってやろうということになったのでありますから、二十八年の三月には、パッカード・エンジンを保安庁が採用するということははっきりきまっておったのであります。それだけであります。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 大体いきさつはわかったのでありますが、証人はそういうような運動をされていろいろの人たちと会えば、ただその役所に行って話すだけではなく、いろいろなところで飲み食いもしなければならぬだろうということは商売の通例でありますが、防衛庁の人とどこかで飲まれたり食われたりしたことはありますかどうか。

菊岡英雄

○菊岡証人 それは想像されるべき筋合いのものでありますが、私は沢証言によって膨大な運動費が間組から出ておるようなことを新聞で見ましたが、私はこの問題の運動をしますのに、間組からは一銭の運動費ももらっておるわけではありません。わずかな代議士の私設秘書の収入でありますから、常に生活に追いまくられておって、ごちそうするとかなんとかいうようなこともないし、また私が直接折衝しましたのは中村装備局長、それから当時の海幕の総務部長、現在の航空局長をしておられます林坦氏、研修所長の北村さん、松崎技術部長等、主として最高幹部だけでありますが、供応とかなんとかいうことはもってのほかで、中村装備局長のごときは、反対に私が装備局長からいつもごちそうになっておったような状態です。料亭で会食をしたといえば、パッカード・エンジンの丙型駆潜艇を設計いたしました山下技官と、銀座の交詢社の裏にあります高級料亭の山下、ここで、二度か三度か、そのあたりはっきりいたしませんが、二度か三度くらい山下という料亭で、これは私、山下技官、塚本経理課長、沢董、杉山、正木というあのブローカーの手配がおりましたが、すべて一緒に会食したのが二回か三回であります。それからこれは間組と関係があるということで、渋谷に岩本という料亭がありますが、この渋谷の岩本という料亭で二回くらいございましたか、会食したきりで、松崎技術部長、林総務部長、北村研修所長のごときは一回としてコーヒー一ぱいともに飲んだことはありません。これははっきり申し上げておきます。

辻政信自由民主党

○辻委員 関連して。菊岡さんにお伺いしますが、先ほどのあなたの御証言で、二十七年の四月ころ砂田重政氏に会ったと言われた。二十七年の四月は間違いありませんか。

菊岡英雄

○菊岡証人 四月の中旬かと心得ております。

辻政信自由民主党

○辻委員 四ですね。

菊岡英雄

○菊岡証人 ええ。

辻政信自由民主党

○辻委員 そのとき砂田さんは代議士ですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 代議士です。

辻政信自由民主党

○辻委員 砂田さんが代議士になられたのは二十七年の十月一日の選挙で代議士になられたのですよ。あなたの証言の二十七年四月中旬には代議士でないのです。そうするとあなたの証言というものは信感性がなくなるのです。

菊岡英雄

○菊岡証人 砂田さんは当時代議士です。

辻政信自由民主党

○辻委員 代議士ではありません。

菊岡英雄

○菊岡証人 抜き打ち解散で落選なすったのですか……。

辻政信自由民主党

○辻委員 こういう重大な問題についてあなたは、四月中旬と二回、三回念を押しておるのですが、それをはっきり言われる。砂田さんはそのとき代議士じゃないのですよ。そうするとあなたの証言全体に信憑性を失うのです。  もう一つ、あなたは二十七年にすでに予算に組んであると言われますが、われわれの調査ではそれはあり得ないのです。予算は二十八年です。あなたはすでに二十七年に予算が組んであるとおっしゃるが、これはちょっと工合が悪い。

菊岡英雄

○菊岡証人 二十八年の議会でこれは通過いたしておりますよ。

辻政信自由民主党

○辻委員 二十八年度の予算では通過いたしておらない。抜き打ち解散で……。  いま一つあなたにお尋ねしますが、沢証人は中助松氏に生前に三百万円の運動費を渡し、自後子供の教育費として三百万円中氏に贈ったというようなことを聞いておるのですが、あなたは中氏の秘書としてそういう事実を覚えておりますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 全然記憶がありません。そういうことはあり得ないと思います。

辻政信自由民主党

○辻委員 中氏の身辺に秘書としておられて、そういうことはなかったと確信されますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 確信しております。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 関連して。中氏が全然金を受けたことがないということをあなたははっきりおっしゃるんだが、砂田重政氏に百万円の金を渡すという趣旨で、横浜で中氏が金を間組側から受け取った事実をあなたは覚えておらぬのですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 それはあります。二十七年の十二月三十日であります。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 場所はどこです。

菊岡英雄

○菊岡証人 中君が砂田氏にやらなければならぬが、間から百万円ばかり君もらってくれぬか。それから私はそれを沢に要求いたしまして、そうして沢が杉山に言って杉山君が第二議員会館に金を持って参りましたのが午後の七時ごろでございましたか、それから沢君と杉山と自動車に同乗して、そしてその百万円を杉山の手から私が受け取りました。そして電話で中君と打ち合せまして横浜駅に持って行って、その百万円は私が手交いたしました。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 だれに渡しました。

菊岡英雄

○菊岡証人 中助松氏に渡しました。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 今あなたの証言によれば、全然中氏が金を受け取っておらぬというのだが、あなたが百万円手交した。それは砂田氏に渡った金か存じませんけれども、ともかく中氏に渡した。あなたの御説明では、これは砂田氏に渡すという趣旨の金らしいのだが、先にあなたの言われたことは間違いで訂正なんですね。

菊岡英雄

○菊岡証人 訂正します。砂田氏の手に中氏が渡したか渡さないかは私は存じませんが、砂田氏にやらなければならぬから、百万円間からもらってくれというので、ああそうかといってその百万円の金を中助松氏に渡したのでありますから、渡したあとのことは存じませんが、渡すのは確かに渡しております。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 百万円といったら大金ですが、これは小切手ですか、現金ですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 千円札で現金であります。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 菊岡さんにお尋ねをいたしますが、当局の調べによりますと、今あなたは間組に一千万円の要求をされておりますが、それはどういう性質の金でございますか、承わっておきたい。

菊岡英雄

○菊岡証人 御質問の趣旨がわかりませんが、ただいま私が間に一千万円要求でございますか。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 これはあなたがそれを否定されますと、御承知の通り宣誓をされておりますから、偽証罪が成立する場合もございますので明確にお答え願いたい。その一千万円の性質をお聞かせ願いたい。今あなたが間組に要求している一千万円の性質はどういう性質の金で、あなたがどういう立場で受け取る性質のものであるか、それを明確にお聞かせいただきたい。これは調べて明瞭になっておるのです。

菊岡英雄

○菊岡証人 全然記憶がないのです。私が間組に請求したとおっしゃるのですか。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 質問の趣旨はそうでございます。まさか同姓同名の方がおありになるとは思わないのです。

菊岡英雄

○菊岡証人 いやむしろ証人は、それを徹底的に究明していただきたいのですが、私が間組へ一千万円なんという請求する理由もなければ、間組なんか私は二十九年の手を引いて以来というものは会っておりませんし、ことにこの問題が発生してから、全然間組の関係者とも会っておらぬし、請求するなんてもってのほかで、これは一つ委員会でそういう御質問がある以上は、徹底的に究明していただきたいことを私の方からお願いする次第です。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 それでは方面を変えましてお尋ねいたしますが、社会党のここにおいでになります佐竹新市代議士とあなたとは、どういう御関係ですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 それは私の友人鈴木氏から御紹介を受けてお会いしただけであります。別に佐竹さんとは……。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 ただいま当委員会で議題になっておりまするパッカード・マリン・エンジンの問題に関しまする質問材料をどういう理由で御提供になりましたか。

菊岡英雄

○菊岡証人 私の方から提供はいたしておりません。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 お話によりますと、佐竹代議士に本件の情報を提供して当委員会において質問せしめて、それを材料にして間組から多額の金円を要求されるというようなうわさもございますが、そういう事実はございますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 それは全然ありません。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 沢証人が先般中代議士に六百万円の運動費をお渡しになっている。こういうようなことに関しましてただいま辻委員からのお尋ねに対しましてあなたは否定されましたけれども、その六百万円という事実はないといたしますと、今吉田委員にお答えになりました百万円以外には金銭の授受は御存じございませんか。

菊岡英雄

○菊岡証人 大体中君は、私にすれば、君、それほど一生懸命になってやっているのに、五万、十万の自動車代くらいは間組からもらったらどうかというようなことを言っておりました。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 質問にだけでよろしゅうございます。百万円以外にはないのですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 百万円以外にまとまった金が私の手を通じないで沢君からじかに中氏の手に入っておるなんということは、私からほとんど考えられません。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 それからもう一つ、辻委員から御発言がございましたが、砂田代議士の名前が出て参りますが、砂田代議士は、あなたのお言葉によりますと、二十七年の四月砂田代議士と、こう言っておられまして、辻委員のお尋ねに対しましても代議士であったとおっしゃっておられますが、これは私の方からあなたにお聞かせをいたしておきます。砂田代議士は二十七年の九月選挙、十月に当選をされて代議士になられました。従って二十七年の四月には代議士ではございません。それからこの期間は非常に短い期間でございましてそこで次の二十八年の三月解散の選挙におきましては、砂田代議士は落選をせられております。

菊岡英雄

○菊岡証人 それは存じております。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 それから保安庁の発足をいたしましたのは二十七年の八月一日であることも御承知でございますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 それでは二十七年と二十八年の私の勘定違いだったかもしれません。私がこの問題を引き受けましたのは、砂田さんが代議士当時でありますから……。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 砂田代議士に会ったのは何回くらい会いましたか。

菊岡英雄

○菊岡証人 砂田さんには議員会館で三回くらい会いましたか、それから御長息の方が秘書をしておられまして、秘書の方には四、五回くらい会っております。それから御自宅に伺ったのが二、三回ありました。それ以後はほとんど砂田さんにはあまり折衝を重ねておりませんで、もっぱら保安庁にのみ私は努力しておりました。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 その砂田代議士に会われたときは、証人が会われたのですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 はい。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 証人より以外にだれを連れていかれたのですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 沢董君を同道して引き合せました。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 その沢を同道して評人が会われたときに、話の内容はどういうことを話されましたか。

菊岡英雄

○菊岡証人 これは砂田さんに対して、第一通商から入手しましたパッカード・エンジンの本になったのを沢が持っておりましたから、その本につきましてパッカード・エンジンの性能等について、沢が砂田さんに御説明をいたした程度であります。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 証人が私のところに情報を提供されてそれで今山本委員からの発言によると、間組に一千万円の要求をしておる、こういうことは事実ないのですかどうですか、その点をはっきりして下さい。

菊岡英雄

○菊岡証人 絶対ありませんから、これははっきりここで言明をいたします。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 沢証人は本委員会において、この運動のために約百九十万円ばかりの飲食費を費しておる、こういうことを証言しておるのでありまするけれども、こういう百八、九十万円という飲食費は膨大なものでありまするが、証人は、この間において、沢が実際にそういう金を役所なんかの人と飲み食いしたり、あるいは自分が千六百万円の金を取っておるのでありますから、そういう金をどういう方面に使ったのか。

菊岡英雄

○菊岡証人 会食をいたしますたびに支払いは間組でやっておりますから、飲食の費用を沢君が支払ったことなんか、私一度も見たこともありませんし、千五、六百万円間組から沢君が運動費をとっておるというようなことも、これはもう私としては不思議に思うくらいです。しかし沢君の日常生活の状態から見てちょっと私は判断に苦しみます。と申しますのは、私はほとんど銀座のオリンピックを事務所のようにしておりまして、その銀座のオリンピックに、常に私のところに小づかいを沢君はもらいに来ておったような状態ですから、千六百万円というその膨大な金を沢君が入手しておるというようなことは、ちょっと私は判断に苦しみます。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 沢君が間組から千六百万円を受け取ったことは、はっきりとこの委員会で明らかになっておるわけであります。してみれば初めのあなたの言われるように、防衛庁べの売り込みから相当な金を費したと思うが、そういう金の出所はあなたどこから出たと思いますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 出納面のことについては、私は直接関係をいたしておりませんから、明らかな証言は私いたしかねますが、その当時の状況から判断いたしまして、金銭問題は杉山氏と塚元経理課長一以外の人は全然わからぬと私は思います。一応沢君が杉山君に言って杉山君が塚元氏から金をもらってきて、もらってきた金は常に杉山、正太、岩間、佐藤、まあグループがたくさんおりましたが、それらとしょっちゅう分けておって、そして運動費としてもらってきた金は、杉山も平等に分配しておったことは事実でありますから、それであるいは運動費として間組が支出いたしました総額は、あるいは千五、六百万円に達していることだとも考えられますが、その千五、六百万円の金を決して沢一人でなくて——間組から出た運動費の総額が千五、六百万円になるのじゃないかと思いますから、それが沢一人の収入だとは私は考えられません。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 ここでは、あなたは宣誓をされて証言をしておるのでありますから、想像は言わぬ方がいいと思う。沢証人が本委員会において証言をしておりますのは、千六百万円のうちであなたに対しても百数十万円のものを渡しておる、こういうことを言っておるのであります。そういう金をやはり沢からあなたが受け取っておられるかどうかということが一つと、私がお尋ねするいま一つは、銀座の山下料亭とかあるいは渋谷の岩本とかいうところで、防衛庁の山下技官あたりと一緒に飲食された金は、沢が払ったものであるか、あるいは塚元経理課長の手から出したのか、この二つの点に対してお答え願います。

菊岡英雄

○菊岡証人 沢君が払ったことは一回もありません。これはみな塚元氏の方で払っております。  それからただいまの御質問のうちで、私に百数十万円云々ということでありましたが、昭和二十七年の暮れでありますか、十六万円というまとまった金を沢君からもらったのが一回でありまして、そのほかにいろいろその間に二万、三万というような金を沢からもらっておりました。それで合計四十何万円、端数は知りませんが、四十何万円の領収書を間組へ出さなければならぬから書いてくれ——そのとき実際もらっておる現金は十六万円と私心得ておりますが、ずっと沢から分割してもらった金を合計したものとして、四十何万円かの領収書を書いてくれと申しますから、四十何万円の領収書を書いて渡しましたが、その領収書を渡したとき、実際私がもらった現金は十六万円であります。それ以外にはありません。しかし一万円、二万円と沢からもらい、もらってまた私が沢に一万円、一万五千円、三万円とオリンピックで立てかえた金もありますから、そういうことを相殺いたしまして、百数十万円を菊岡に渡したということは絶対うそでありますから、はっきりここで申しておきます。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 さっきのあなたの御証言によりますと、中助松氏のいわゆる私設秘書であって、そうたくさんな金をもらっていない、自分の生活がぎりぎり一ぱいであると言われたが、今のオリンピックで沢に——その他の点で一万円、二万円と沢からももらったが、自分の方からも沢に出したという金は一体どういう金なんですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 そのオリンピックにおりました時分は、私は高橋製菓の顧問をいたしておりまして、相当の収入を得ておりましたから、沢君がほとんど三日にあげずオリンピックに来て食事をしておりましたが、そういった負担は全部私が払っておりました。その当時は私は別に薄給ではありません。相当な収入を得ておりました。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 沢を通じて今言った十六万円と、それから領収書は何ぼと書いておりますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 はっきり覚えておりませんが、四十何万円だったと思います。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 それは沢を通じてあなたが領収書を書いてもらった金であって、間組の経理課長から直接もらった金はあるのですか、ないのですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 間組の塚元氏からもらった金は一回もありません。全部沢を通じてであります。私は金のことについては間組なんかに交渉したことも全然ありません。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 今領収書を出したと言われるが、その領収書のあて名はだれの名前で出してありますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 沢董あてに出してあります。

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 坂本泰良君。

坂本泰良日本社会党

○坂本委員 私一点だけお聞きしたいのですが、このパッカード・エンジンの問題については、砂田代議士のところにも頼みに行かれたということは先ほどお話しがありましたですな。なおそのほかに元内務大臣の安倍源基さんもやはりこれに関係せられておるといううわさを聞いておるんですが、あなたはその点御存じありませんか。

菊岡英雄

○菊岡証人 安倍源基さんには数回お願いして安倍源基さんから増原次長に折衝していただいたことは事実であります。

坂本泰良日本社会党

○坂本委員 それはいつごろのことでございましょう。

菊岡英雄

○菊岡証人 これは二十八年の、夏ごろでございます。

坂本泰良日本社会党

○坂本委員 数回安倍さんを通じて増原次長に交渉された、お願いした——あなたはそれに同席されたことはございますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 ございません。

坂本泰良日本社会党

○坂本委員 そうすると、あなたの方から、あるいはそのほかの人から安倍さんに頼んで、安倍さんが数回増原さんに交渉された、とこういうことになるんですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 そうでございます。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 あなたは今間組に一千万円要求されていることは事実なんです。そこで、それならば伺いますが、あなたは本件が当委員会に議題になりましてから、間組の人とお会いになっておりますか、おりませんか。もしお会いになっているものを否定なさいますと、あなたは宣誓をせられております。

菊岡英雄

○菊岡証人 間組並びに間組の関係者には一切だれにも会っておりません。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 一千万円要求をせられておることは、私は確証を握っておるんです。よろしゅうございますか。——いや、お待ち下さい。それならばあなたは代理に、あるいはあなたの関連する人を通じて要求をせられておりますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 そういうことは全然ありません。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 右翼団体と御関係のあることにつきまして御説明を願いたい。

菊岡英雄

○菊岡証人 右翼団体などは私は毛頭関係もありませんし、この点は御質問を承わってどうも判断に苦しんでおります。

辻政信自由民主党

○辻委員 私はちょっと補足的にお伺いしますが、あなたの政治的な経歴をごく簡単に言って下さい、過去における……。

菊岡英雄

○菊岡証人 私は元来が新聞記者でありました。まだ新聞記者をやめまして二週間にもなりませんが、記者生活中、政治経歴と申しますと、中野正剛氏や、この間物故されました緒方竹虎氏などと一結に東方会におりました。そうして政友会——久原房之助氏が総裁時代、政友会の院外団におりました。政治関係では中助松氏の私設秘書、そういう次第であります。

辻政信自由民主党

○辻委員 この中古エンジンの事件につきましては、私は与党議員なんです。与党議員ですが、党派をこえて社会党の諸君と一緒に、むしろそれ以上にこの不正を糾明しようとして立っております。国民の税金をむだ使いしたことは許されないから……。  そこであなたの政治経歴は、政友会当時からの院外団であり、中野正剛の会に属しておった、思想的にはわれわれと同じような保守的なお方と察するのであります。

菊岡英雄

○菊岡証人 さようでございます。

辻政信自由民主党

○辻委員 それにかかわらず、本件について社会党の佐竹さんの方に連絡をとられた。その原因は保守党はたよるに足らず、粛正するのは社会党だけというので、あなたからお持ちになったのか、あるいは招かれて行ったのか、そこをはっきりしてもらいたい。

菊岡英雄

○菊岡証人 ただいま佐竹先生に私の方から頼み込んでいったというような御質問で、まことにこれは心外ですが、佐竹氏に対してこの問題をお願いに行ったのでもなければ、私は佐竹先生はきようで三度お目にかかるだけです。私の旧友の鈴木款氏が佐竹先生と懇意の間柄で、そうして鈴木款氏が、ともかく佐竹先生の部屋におるからというので、鈴木氏に連れられて佐竹先生の部屋に行きまして、きょうがちょうど三度目なんですが、ただ鈴木氏の関係で佐竹先生にお会いしただけで、私はこの問題をひっさげて佐竹先生にお願いしたこともなければ、私はこの問題について何にもやっておりませんから、右翼がどうの、佐竹先生とどうだとか言われますけれども、私は全然お願いをしたわけじゃございません。その点ははっきり申し上げておきます。

辻政信自由民主党

○辻委員 別にあなたの人格を私が疑って聞くんじゃないですよ。佐竹さんもりっぱな人で、私の信頼している同僚なんです。党派は違いますが、佐竹さんの御質問の中に、菊岡氏から聞いたところによると、ということが今までの問答の中に出ておる。ですからあなたの方が積極的に佐竹さんにいろいろ資料を提供なさったのか、あるいは鈴木款氏が、佐竹さんに話せというのでその紹介でその資料を提供なさったのか。率直に申しますと、あなたの政治経歴から申しまして保守系の方である。われわれ保守党としても、この問題は断じてふたをしないという立場で、党派をこえてやっておる。それに長いあなたの政治経歴から見ても、われわれ保守党の中にも良心的な者はたくさんおるんですよ。これは保守党の手によって洗ってみたい。断じてこの問題はふたをいたしませんよ。それをあなたが、鈴木氏の紹介によって社会党の同僚諸君にまずこの資料を提供なさったということは、どういう意味かということを承わりたい。

菊岡英雄

○菊岡証人 佐竹先生に資料を提供したというお言葉は、はなはだ心外にたえませんが、私は佐竹先生に資料を提供したのでもない。この間鈴木氏と佐竹先生の部屋で同席したとき、この問題のあらましを私が——これは佐竹先生ばかりじゃございません、いろいろな方もおられましたが、その席上で、この問題を私が、沢が何とも知れぬことを偽証して、というようなことからこの問題を話しただけで、私は別に佐竹先生にいささかの資料も提供しておりません。これははっきり申し上げます。

辻政信自由民主党

○辻委員 鈴木款という人はどういう方ですか。

菊岡英雄

○菊岡証人 これは元台湾軍の特務機関をやっておりまして、私と十数年来の親交の間柄なんであります。

辻政信自由民主党

○辻委員 鈴木款氏は今右翼団体に関係しておりますか。

菊岡英雄

○菊岡証人 新聞には何かそんなことを見たのですが、私は鈴木氏に言ったんです。「君は何か護国団の理事と書いてあるが。」「いやとんでもないことを書いておる」——私はただいま先生がおっしゃいました通り、あの鈴木という男の性格からして、彼が右翼団体になんてこれはちょっと解釈に苦しみます。おそらく右翼団体は小島玄之先生の関係じゃないかと思います。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 証人は先刻当委員会で、あなたと非常に懇意であって、むしろあなたの先輩のようなことを言っているのですが、この関係でお尋ねしておきたいのは、防衛庁に、売り込みについて動いた人は、間組関係のここに証人として呼んだ人は別として、砂田さんも出ておるし中さんも出ておりますが、そのほかにどういう人が動いて防衛庁にエンジンの売り込みをやったかということを、お気づきの点があれば、今漏れておる人の名前がわかれば、知らしていただきたいと思います。ここで証人を呼んだのは、新聞でも御承知でしょうが、われわれの方でも承知いたしております。同時に砂田重政、中助松という政治関係の人もおりましたが、その他の方でどういう人が防衛庁へ動いたのであるかということを一つと、沢証人とあなたとの関係、この関係を一つ。どういうわけで知り合ってあなたに頼んできたのか、この点を最後にお尋ねして私の質問を終りたいと思います。

菊岡英雄

○菊岡証人 沢君とは戦前から親交を重ねておりますが、パッカード・エンジンの問題で沢、それから間組の塚元氏なんかが、元海軍中将で小林省三郎さんですか、沢君が私に頼むと同時に小林中将にもお願いをしたらしく、小林省三郎中将から当時の中沢海幕長にわたりをつけられたらしいのですが、これはほんとは小林省三郎としては、一、二回保安庁に行かれたきりで、あとは全然手を引かれたようですから、私の知っている限りでは、この問題では安倍源基さん以外の人はありません。

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 他に御発言はございませんか。——ないようでございますから、それではこれにて菊岡証人に対する尋問は終りました。  証人には長時間まことにありがとうございました。退席されてけっこうでございます。  次に原田参考人に対する質疑に入ります。  参考人におかれましては、御多用中御出席いただきましてまことにありがとうございました。すでに御承知のことと存じますが、本委員会におきましては、パッカード・マリン・エンジンの払い下げ及びこれが防衛庁購入等の問題につきまして調査中でありますが、今般参考人として各位の御出席を願って、その間の事実を伺いたいということに相なったのでございます。国民が多大の関心をいだいておりますところの本件について、国費の使途を監視する立場にあります当委員会の意のあるところをおくみ取り下さいまして調査に御協力を願いたいと存ずるのであります。  それでは直ちに原田参考人に対する質疑に入ります。吉田賢一君。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 原田さんに伺いますが、あなたは昭和二十七年の六、七月ごろに広造機株式会社にお勤めになっておりましたか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 昭和二十七年の初めごろから広造機を引き受けておりました。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 何をやっておりましたか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 常務取締役をやっておりました。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 そこで二十七年の六、七月ごろのあなたの会社の状況——状況と申しますと、会社の資産、経理会計の大体の状況、非常によかったのか、どうでありましたか、それと大体当時は何をおやりになっておりましたか。その辺をお聞かせ願いたい。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 当時は広造機と申しますと、海軍の広工廠のあとを引き受けて、そこに職工が三百数十人おりました。それが当時は造船界は非常な不況でございまして、賃金さえ遅滞をするような状態でございました。非常に受注に各造船所を飛び回っておった。それからそのために第一通商にもやはりお願いしに行ったことがございます。それからその当時の資産状態は、一千万円の会社で、マイナスが約三千二百万円ほどございました。非常に苦しい状態でございました。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 そうすると、三百人ほどの工員に対する賃金の支払いもできないような状態である。第一通商へお願いに行ったというのは、何のお願いでございますか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 あすこは各造船所の仲買人でございますから、造機の注文をお願いに行ったのであります。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 第一通商へもお願いに行った。それは第一通商が造船所の仲買人であったので、それで造船所の何か御注文を願いたい、こういう御趣旨で行っている。何の注文を取りに行ったのでありますか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 それは注文は何にもちょうだいいたしませんでした。ところが私のところは、当時は完成品はほとんど作っておりませんでした。それで何か修繕のものがないかということを願い出たら、御質問の要項にはずれるかもしれませんが、そこで今のパッカード・エンジンの話を承りましてございます。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 パッカード・エンジンのことをまだ伺わなかったのですが、そうすると、あなたの方は注文取りに第一通商に行かれて何か御注文ありませんか。ところが何も注文を受けられなかった。そういうことですね。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 そうです。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 そこでパッカード・エンジンの話が出た。それはいつごろだれからどんな話が出たのですか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 それはパッカード・エンジンが——これは質問の以外でございますが、私は戦時中に朝日重工業というエンジン・メーカーの軍需工場の社長をやっておりましてそれを昭和十八年から昭和二十一年の終りに私が追放になるまでやっておりました。それでエンジンのその当時の値打というものは、一馬力について新品なれば約二万円、中古品であれば、それが非常にいいものなれば一万円……。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 ちょっにお待ち下さい。そうすると、今お述べになるのは何ですか、第一通商のどなたかがあなたにお話しになったそのお話の内容を、今お話しになっているのですか。私の伺いましたのは、あなたが注文取りに行かれたけれども、別に注文はなかった。たまたま談パッカード・エンジンの話が出た。こういうことをおっしゃっておりますが、その話をここでなさっているのですか。向うの言った話をしておられるのですか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 はあ。私少し耳が遠いので、御質問の要項を……。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 それじゃできるだけ大きな声でもう一ぺんやりましょう。それじゃこういうふうに伺いましょう。あなたが注文取りに行かれましたのは、昭和二十七年の何月ころでございますか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 それは昭和二十七年の初めころから伺いましてございます。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 それでは昭和二十七年の六、七月ころのことに限定しておいてもらいたい。その間のことを伺いますから、よろしゅうございますね。そのころに第一通商の方へ注文とりに行かれましたか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 行ったことはございます。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 そこで、あなたの広造機はそのころ第一通商に向って注文をとるのじゃなしに、あなたの方からパッカード・マリン・エンジンを八基買いますということを申し入れしたことはありますか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 それは、パッカード・エンジンが今八台ある、このエンジンはその要項を見てみると大へんにいいものであります。けれどもこれは中古品でありますから、私のところで一台ずつ修繕をして差し上げれば、私のところの今非常に困っておる職工の賃金にもなるだろうと思って初めはこれの修繕をお願いしたわけなんでございます。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 そうしますと、あなたの方が第一通商に向ってパッカード・エンジンを修繕さして下さい、賃金の支払いにも困っておるから修理するという注文をさせてほしい、こういう趣旨の話だったのですか。あなたの会社が第一通商から買うという、そういう話ができたわけではないわけですね。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 そうではございません。それは話がずんずん進みましてそれでは一台ずつ買うということになれば——私のところはとても全部買うわけには参りません。一台ずつ買うものとしてそれから修繕をいたしましてそして一台ずつ取引先の造船会社に買ってもらうという趣旨でおりました。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 あなたの方は、これは当時のことでありますので今日あなたには別に責任も何もないのですから、ありのままお述べ願ったら、われわれ国会としまして非常に助かるのであります。そこで、今伺えば賃金の支払いにもお困りになっておる。それから、これは特殊な限定された用途、特殊なエンジンであることは、御承知と思います。そこで、そういうようなあなたの会社の状況のときに、買い受けるというような注文をあなたの方から第一通商へ出しなさることはちょっと考えられない。また一基ずつはともかく、八基七千六百万円で買いますというようなことは実際はなかったのが真相だろうと思いますので、その点をお尋ねするのです。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 実際は、さっき申し上げました通りに、私のところで一台ずつ修繕をして買うという条件になれば——しかもそのパッカード・エンジンというものは、私のところに要項を持ってきたときには、ガソリン・エンジンじゃなかったのでございます。あれはディーゼル・エンジンであったのです。注文にもディーゼル・エンジンと書いてあるわけでございます。ディーゼル・エンジンならば、私のところの技術常務の近藤というのはディーゼル・エンジンの協会長までしておりましたので、ディーゼル・エンジンならば、このエンジンは非常によかろうということで、ところがこれを製造してから数年たっておりますから、これは修繕の要がある。これを修繕して一つ引き受ければ、一台ずつ修繕をしても一年数ヵ月かかるではないか。その間にどんどん売っていこう。そうして第一通商の方では、これは一ペんに買うように注文書を出してくれということですから、私のところは注文はとりたいものですから、それはとりました。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 わかりました。そうするとあなたの方は真実そのパッカード・エンジンがガソリン・エンジンであるのか、あるいはディーゼル・エンジンであるのかということを確認しないでおられたことはほんとうらしい。  それから、理由はともかくとして、八基一緒に買うという注文書にしてもらいたい——それは一体だれが言ったのです。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 それは向うの機械課長……。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 どなたですか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 何という名前か失念いたしましたが、平君という人の課長、機械課長の話でございました。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 そうしますと、八台一度に買うというような、そういうつもりは全然なかった。向うの要請によってお書きになった、そういうふうに形ができたらしい。  それから現品と引きかえに金を全額払う、全額七千六百万円、そうするとそういう事実はございませんね。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 これは今申し上げた通りに一年数ヵ月その間がありますから、一台ずつ修繕をしていって一台ずつ売る分には、その能力は——私はできると思いました。それで向うの注文主の、こちらも注文をほしい一点張りですから、その要求はやはりのんだわけでございます。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 そこで注文がほしい、要求をのんだ。何で一体そんな要求を、第一通商の平君の口添えなどであったらしいのだが、平という人も似たような話も出るのですが、第一通商は何でそういう必要があったんでしょう。あなたの方にそういう要求をして、何かこういう売約証というものをあなたの方にあてて第一通商から出しておりますね。これは何のためにこんなものを作ったのでしょうか。事実に沿わぬことです。現品と引きかえに七千六百万円あなたは支払う意思はないですね。職工の賃金さえ支払えないのですから、注文をいただきたい、注文をほしいばかりにそういう要求に応じた、こういう事実ですが、何のためにこんな書きつけを第一通商は作ることになったのでしょうね。それはどういうふうにお考えになりますか。あなたも当時会社の重要な代表者でもあられましたし、今日もなおそういう重要な地位におられる方ですから、それは一介の使用人というのではございませんので、何のために一体第一通商がそういうような書類を作成するようになっただろう。それはどうお考えになりますか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 私はそれだけ第一通商に手持ちがあると思っておりました。第一通商はやはり帳面上その当時困っておった。こういうのを一時処分をした形にすれば、会社の帳面も落ちるということは実業界で間々あることでございます。そういうことで、私はそれは裏にどういう真意があるかということは、全然商売上だけで、そういう政治的だのそういう裏の心理というものは全然存じませんでございました。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 そうしますと、お話によると第一通商は当時困っておった。こういうふうに七千六百万円の商売をしたということになれば、やはり経理上何かしらん都合がいい、こういうように第一通商がお考えになった。そこでもう少し裏になりますけれども、実はそういうようにあなたの方と売買契約がある。これによりますと一台九百五十万円に該当します。そういう一台九百五十万円、七千六百万円の売買契約といったようなものが何かもう一つ、第三者の、このエンジンの処分先ですか、売り込み先ですか、そういうところに、そういうふうになっておると都合がいいというようなお話でもございませんでしたか。よく商売界ではあることなのですが、その辺はいかがでしたか。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 私のところのその当時の得意先は川崎重工、それから広島にあります三菱造船所、それから目立の向島造船所、それから三井の玉野造船所、こういうところに納めておりました。そこであれがディーゼル・エンジンならば適当したようなものを、当時ごく少いものを作っておりましたから、売り込む当てはありましたが、まだ具体的の話に至らぬ間に、それを調査しに私のところの松永という元海軍大佐の技官が参りました。そうしたらディーゼル・エンジンではなくてガソリン・エンジンだったので、それで全部キャンセルいたしました。

吉田賢一日本社会党

○吉田(賢)委員 わかりました。そこで技術屋さんの説明によれば、ガソリン・エンジンであるかディーゼル・エンジンであるかは、技術専門家は一見すればわかるというお話なのです。あなたも専門家らしいので、その点はごく初歩的な問題であろうと思いますが、ガソリン・エンジンをディーゼル・エンジンとしてこういう契約書を作るというようなことも、そこに第一通商の側におきまして、何かいわくがあるのでしょうか、それだけ伺っておきます。

原田源之助元広造機株式会社常務取締役

○原田参考人 それは私は全然善意でもって、そういう裏のことは今日こういう問題が起って初めてびっくりしたような次第で、これは何だかうしろがあったのだなと、今日ではこうは思いますけれども、当時は——今は東洋製罐が入りましてとてもよくなって、非常に黒字でありますが、当時はそういう状態で、常務みずから行かなければならないような状態でございましたので、それはもう猫にカツオぶしみたいな状態でございますから、その点は鹿を追う者山を見ずのたとえで、飛びついたわけでございますから、その点は一つ御了承願います。

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 他に御質問はございませんか。——ないようでございますから、原田参考人に対する質問はこの程度で終ります。  原田参考人には、御多用中を長時間委員会の調査に御協力下さいまして、まことにありがとうございました。退席されてけっこうであります。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 先般私が菊岡証人に対しまして間組に一千万円要求をしております事実を指摘いたしたのでございますが、これは全くの事実でございます。私の調査によりますると、目下間組は、当委員会で取り上げられております本件を、取材にいたしましたことで恐喝されております事実も明確に私は確認をいたしております。さような状況下にありまして、過ぐる第三十二回決算委員会に護国団員が当委員会の傍聴をいたすために入室をしておりますが、この護国団員の数が委員長のお手元でおわかりでありましたならばお知らせをいただきたい。

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 実は先ほど理事会で原文をごらんになっていただいて、その上で御報告しようと思いましたが、時間の都合上報告させていただきました。それには名前は書いてございません。私も全部の名前はまだ聞いておりません。しかし、昨日議長、事務総長に申し入れた際、通行証と傍聴人で入ったことがわかったものですから、それを調べればわかると思います。調べてすぐ御報告したいと思います。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 それでは、数もわからない、氏名もわからない、従って紹介議員もおわかりになりませんでしょうか。

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 私の手元ではまだ調べておりません。しかし、昨日の議長、事務総長に対する申し入れの際、通行証と傍聴人ということで調べてありますから、なお念を押してただしますれば大体わかるのじゃないかと思います。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 その護国団の数字は、私の知るところによりますと七名であってその七名の紹介議員は当委員会の委員でございまする佐竹新市代議士となっておりますが、この事実は委員長お認めでございますか。

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 私の手元ではまだそれまでは調査しておりません。議運の小委員会で一番的確な調査をしております。それで、もし必要があればこの散会後調査して御報告申し上げます。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 私は、あえてこれを究明しようという意思はございませんけれども、いやしくも国会内におきまして、証人として喚問をせられました者が、その帰途において、しかも外へ出ずることをなし得ないこの院内において、強談威嚇を受けるというようなことや、恐喝に類するような行為を受けるようなことは、本院の秩序維持のために重大な問題であろうかと存じますので、委員長におきまして御調査の上当委員会に御報告を願えれば仕合せでございます。

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 ただいまの山本委員の発言は了承いたしました。  なおこれまでの理事会でしばしば今の御質疑のような御発言がございますので、昨日もその趣旨に基きまして議長、事務総長に申し入れをいたしました。その結果も、先ほどまとまったものを御報告申し上げたのですが、なお一、二申し上げますと、議長の回答は、今後の問題は、議運内に院内の秩序及び警察に関する小委員会というのもあるそうでございますから、これで十分研究をするという回答でございました。なお直ちに実行する問題としては事務総長から警務部にいろいろ指示をするということでございました。そして今日参りましたものでは、ちょっと簡単ですから読み上げますが、「証人、公述人、参考人等の取扱いにつき警務部と左記の通り取りきめましたから御了承下さい。記一、証人、公述人、参考人の護衛は、警務部衛視が行う。一、証人、公述人、参考人の随行者には警務部において腕章をつけさせる。一、随行者の案内(例えば、委員一室、証人控室へ)は、委員部の指示により衛視が行う。一、委員会傍聴券にはナンバーを付し、紹介議員を明確ならしめる。一、証人、公述人、参考人及びそれらの随行者についての種々の連絡事務は、警務部永野参事と委員部荻生参事が行う。」こういう事務手続はすでに終っているとのことでございます。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 ただいま山本委員の発言のうちに、護国団の者七名を私が紹介しておるということを言われましたが、一応山本委員によく尋ねておきますが、どこからそういうことが出たのでありますか。それは間違いありませんか。

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 委員同士の質疑はどういうものでしょうか——その発言も趣旨を了承して……。

佐竹新市日本社会党

○佐竹(新)委員 当日七名の者の七枚の札が出ておってそれが入ったのは事こまかに委員部に届けてある。名前も全部わかっておる。それを護国団を七名入れたというのはどこを根拠にして言うのか、これは聞き捨てならないことだ。だから私は言う。それは別個のところで、そういうことを一応調査してもらいたいというならばいい。事委員会においてしかも護国団が背景におって相当間組に要求した、こういうような重大な発言をされておる。護国一団が私の部屋に来て、それとなれ合いでやった、こういう本委員会における重大な発言は、私としては聞き捨てならぬ発言だ、だから言う。

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 佐竹委員の御発言の御趣旨も十分わかりますけれども、山本委員の発言は私に調査をして報告をしろということですから、私が調査をして御報告を申し上げます。それでよろしいですか。

山本猛夫自由民主党

○山本(猛)委員 けっこうです。

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 ちょっと速記をとめて。   〔速記中止〕

上林與市郎日本社会党

○上林委員長 速記を始めて下さい。  次回は公報をもってお知らせいたします。  本日はこの程度にして散会いたします。    午後一時八分散会

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