外務委員会 第21号
- 発言数
- 71 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1956/03/16
会議録
○前尾委員長 これより会議を開きます。 本日は原水爆実験に関する問題につきまして、参考人各位から御見を聴取することにいたします。ただいま御出席の方々は東京大学法学部助教授高野雄一君、東京大学病院沖中内科医局長三好和夫君、横浜医科大学教授宮川正君の三君であります。なお早稲田大学法学部教授一又正雄君は十一時に御出席の予定であります。 議事に入るに当りまして、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。本日は皆さん御多忙のところ特に当委員会のために御出席下さいまして、まことにありがとうございます。みんなにかわりまして委員長からお礼を申し上げます。 本日の議事の順序について申し上げますと、まず参考人各位からおのおのの御意見を開陳していただきまして、その後に委員から質疑がある予定でありますが、なお御意見の開陳は一人二十分程度にとどめていただきたいと思います。念のために申し上げますが、衆議院規則の定めるところによりまして、発言はそのつど委員長の許可を受けていただくことになっておりますので、御了承願います。また発言の内容は意見を聞こうとする案件の範囲を越えないようにしていただきたいと存じます。なお参考人は委員に対しましては質疑をすることができないことになっておりますので、その点も御了承願いたいと思います。 それでは参考人の御意見を聴取することにいたします。まず最初に高野雄一君から御意見を伺います。
○高野参考人 それでは私が最初に述べさせていただきます。 原水爆実験に関しまして、私は専門が国際公法でありますので、その立場から申し上げることにいたします。ほかにもいろいろ御意見を述べたりしておられる人があります。私も必ずしもこの問題を特に専門にまとめたわけではございませんが、専門の者としまして大体考えていますところを申し上げることにいたしたいと思います。 この問題につきましては、国際公法としましては原水爆の兵器の問題、戦時に戦争の手段としてどう使用し得るかという問題もあります。それからまたこれに関連する問題として、国際連合の今度の場合は、信託統治制度との関連という問題もあります。しかしながら、本日の問題についてはこれは間接の関係になると思いますので、特に公海においてあるいは公海に及ぶ原水爆実験、それが国際法上どういう関係にあるかということに限定して申し上げます。その関係、それを考えます際に不可分の問題が国際法に関係してうちにありますので、必要な限度においてそれにも触れることにいたしたいと思います。 それは第一が公海の自由とか公海使用の自由とか言われるものであります。公海の自由、つまりいずれの国も公海は領有し得ないという問題、これは結局最近ちょくちょくありますように、一方的に領海を拡張するとか、あるいは大陸だなと称して領海と同様なことを一方的に達成しようというようなことは、国際法上確立した原則からいって許されないということは言うまでもありませんが、そういうような公海の自由に関連して、公海の使用は自由であるということが国際法上申されます。ただこの場合の使用の自由ということにつきましては、歴史的にも、また今日における公海使用の概念の背後にも、結局海は無限に広大であり、海の富は無尽蔵であるから、何人も他人の利用や使用を妨げることなく、自由に利用し、使用することができるということが背景に考えられているのであります。従ってもしその使用が同時に他人の使用と両立しないような場合というものには、当然問題が起ってくるわけであります。最近起っている問題としましては、漁業に関連して保存水域という観念が一般に持ち出され、最近は国際連合あたりでもそれを取り上げて議論して法案なども作っております。将来は現実の問題になるかとも思いますが、現在においては若干の条約の中にはそういう観念を前提とするような規定がございます。部分的には日本が結んだ北大西洋漁業条約の中にも、多少それに近い観念に該当する規定があるとも申せます。つまり公海において魚は無尽蔵な富で、自由にとれるのであるが、現在においてはそれを自由にとるということが、漁業資源の枯渇を来たして、人類の福祉に反するのではないかというような段階に達してきておる。そこで漁業を制限することが必要なのではないかという考え方。ただこの際に注意していただきたいと思いますのは、従来公海で漁獲や何かを実際に行なっているその実績というものを、こういう問題を考える際に、国際連合においてもそうでありますけれども、そういうような保存措置をとるという場合に、その保存措置はそういう実績を持っておるものは、必ず仲間に入れて協定を結ばなければならない。それからその協定に基いて漁獲高を制限するとかなんとかという際にも、従来その公海において漁業の実績を持っていたものの実績というものは、考慮に入れなくてはならないということは、国際法上一般に申しても当然と思われますが、国際連合で問題としている委員会においてもそういうことを念頭に入れて問題を考えております。 これが第一点でありますが、第二点としまして、公海使用の自由ということですから、公海においてはどういう漁業をやり、そこを航海し、あるいはこの問題に近いものとして艦隊が演習をする、あるいは砲爆撃の演習をする、あるいはその際に新しい兵器をためしてみるかもしれません。こういうことはやはり公海の使用の自由として従来行われてきていることであります。そうしてそういう演習などをやる際には、いつ、どの地域で、どういった時刻に、あるいはどういった期間にわたってこういうことを行うということが普通は通告される、危険予防の意味で通告される、そういうようにして艦隊の演習やいろいろな演習が公海で行われるということは、国際上の一つの慣行となっていると申してよろしいと思うのであります。ただこの場合にも、そういうような一定の公海水域において一定の期間にわたって艦隊の演習を行うとか、砲爆撃の演習を行うということは、そういう一方的な通告によって行われるということが国際的な慣行として了解されてきておるというところに、つまりそういうことは一方的に危険予防の通告をしさえすれば自由であるということとは必ずしも違うのであります。そういうようなことは実際問題としても従来比較的地域的にも限られている、期間的にも相当限られたものである。そういうことはお互いの間で認めても差しつかえない、そういう実体的な了解があると解されるのであります。そういう了解のもとにそういうことを行う際には、危険を予防するという意味において通告なり告示なりが行われてそういう演習が行われる、そういう点は見のがし得ないと思います。従いましてかりに艦隊の演習とかなんとかということが、一方的な告示なり通告なんかによって行われるといたしましても、その背後の実体的な関係をみえますならば、もし艦隊の演習を行うということが、技術的な必要から公海の広い分野にわたって行い、かつ相当な長期にわたってここで演習を行うのだから、ほかの船は入ってきては困る、危険だから入ってきてはならないというようなことになりました際に、非常に公海の広い分野においてそういうことをやる際に、それはただ一片の通告をすれば当然いいかということは疑問であります。つまりかりにそういう際にそういう広範な海域にわたり、そういう長期間に排除される場合に、そこにおいて従来漁業なり何なりについて、はっきりとした実績を持っておるような国、あるいはその海を利用することによって商業航海がなされておる、これもそういった漁業や、そういった航海は、その海を利用しなくては維持できないというような性質のものであるというような場合に、その関係国がその一方的な告示なり通告によって、当然それに服しなければならないということは、国際法上直ちに出てくるのではない。従来国際慣行として非常に限られた範囲で艦隊の演習とか砲爆撃が許されているということは、一つの国際慣行としてそういう実体的な限度において認められてきておるというふうに与えられるのであります。従いまして艦隊の演習とか砲爆撃ということを、従来は予告をもってやっておりますけれども、これが国際慣行化しておりますから、そういう予告をもって行うべきだということになっておりますが、しかし現在は公海は自由に使用できるのですから、そういう慣行を別にしますれば、予告しないで演習をしたっていいわけです。ただその場合にはそれによって、その艦隊の位置に近づくような船があるかもしれません、これによって生ずる損害というものは、そういう演習をやる国が一切負担しなければならない。その責任並びに損害賠償というものは一切負担しなければならない。ただこの予告という慣行がございますので、それにもかかわらずあえてそこに近づいて航海するとか漁業するという際には、その危険負担はしなくて済むというような効果が生じますが、ともかくもそのような意味での艦隊の演習とか砲爆撃ということは、従来予告を条件として行われております。ただそれも今申しましたように、それではいかなる艦隊の演習や何かも予告をもってさえずれば自由かと申しますと、その背後に実体的な関係といたしまして、今申しましたように公海の広範な分野に相当長期にわたって演習をやることが技術的に必要だ、しかもそのような演習は、従来の慣行に従って一方的に告示さえすればそれでいいのかと申しますと、それは必ずしもそうは言えないと申されるのであります。 問題は、水爆の実験の問題にいたしますと、そういう兵器、あるいは水爆もそれは極端に大きな兵器でありますが、それを実験するということは、今申しましたような意味で自国内においてはもちろんでありますが、公海においてもそれは自由にできる、それは一応申せます。第一次的にはそうなると思います。もちろんその自由と申しましても、かりにその実験をすることが、それによって危害が第三者に及ぶことが避け得ないというような問題になれば、そういうような実験を行うことは許さるべきでないということは言えるかと思います。しかし実験は第一次的に自由である。その危険を避ける道があるというならば、その実験を行うことが当然に禁止されているとは言えない。ただその場合においても、そういう意味で第一次的には自由でありますけれども、そういうような公海における水爆実験あるいは公海に効果が及ぶ水爆実験というものによって、何らか第三者に危害が加えられるならば、当然それについての責任並びにそれについての損害賠償はしなければならぬということは言うまでもない。これはどこか広場か何かで花火をやることは自由だけれども、その花火によってだれかに傷つけるならば、それについての不法行為の責任はあるし、損害賠償は当然しなければならぬ、これと全く同理であります。 従いまして水爆の場合は非常に危険が予想されるのでありますからそこで次に、そういう公海に効果の及ぶ水爆実験を、そういう損害、危害が及ばないような処置をとる、これは何か技術的な処骨でそういうことが可能かどうか、これはこの際一応問題外であります。この際問題となるのは、そのために危険水域とか禁止水域というものを設けて、この中は危ないから入ってこないようにということを言っておいてやれば危険が避けられるだろうという、この第二の問題であります。この問題は全体としてほぼ私としましては五つほどに分けておりますが、第二にそれならばそういうような公海に及ぶ危険を避けるために、危険水城なり禁止水域なりという予防的な処置をとる、公海の相当広い分野にわたって相当広範な、相当長期の期間にわたって水爆の実験をやるから、危険だからその中に入ってこないようにというようなことになりますと、これはさっき申し上げたところとも関係いたしまして、実体的に艦隊の演習とか高射砲の実弾射撃とかいうので、ごく限られた時期と限られた場所において行われる。それは一方的な予告によって行われる、そういうものと違う。それは地域的に非常に広範である、期間的に長期にわたる、それからそういう艦隊とも違って、水爆の実験というものが非常に新しいことであるということももちろん入りますが、そういうことから申しますと、従来艦隊の演習や何かが一方的な告示によって行われ得たという問題とは必ずしも同じでない、そういうことになるのです。従いまして相当広範な地域にわたって、相当長期間にわたって公海の分野を他人が利用することを、自由に使用することを妨げる、そういう実質的な結果を伴うような処置、禁止区域とか予防区域というものは、艦隊が演習する場合において行うような一方的な通告は行い得ない。これは国際法上はそういうことになると思います。実はこのことは水爆実験と直接には必ずしも関係がない。そういう予防処置をとっておいて、水爆実験はしなかったというのであっても、その水爆実験の予防処置としてとるこのような手段は、国際法上は一方的にはできないということを申し上げているわけでありまして、艦隊の演習の場合のような国際慣行が、そういう広い地域——この新しい問題について、そういう広い地域で相当長期間にわたって行われるということは、国際慣行として成立しておらない。それは一方的にできません。だから他国としてはそれに服する義務はない。ただこの場合に服する義務はない。服しちゃいけないというのではなくて、それはほかのいろいろな政治的事情や国際関係もありましょうが、それを今度は受諾する、そういうような通告を受けて、その通告によって伴うところの効果をこちらも受け入れるというようなことでありますならば、そういう予防処置、禁止区域を設定するというようなことは、国際法上有効になります。 それからまた、その受諾の際の問題でありますが、もちろんそれを無条件に受講するということは、いけないわけじゃなくて考えられる。それから受諾の際に、無条件ではなくて条件をつける問題でありますが、そういう広範な地域にわたって、長期にわたって行われる際には、さっき申しましたように、その中で漁業なら漁業の実績——毎年そこでこれだけの漁獲を上げており、その漁獲というものはそこ以外では上げられない。そこ以外でやる場合には非常な犠牲を伴う。あるいはそこで平和的航海がずっとなされてきておる、それを今さら変えなくちゃならないというのでは、非常な損失を伴う。こういうような損害はあらかじめ補償してもらうということによって、その禁止区域た実体的に認める。その通告を受けるのみならず、通告の背後にある、一方的にはできない実体的な効果を受諾するということは考えられる。これは二番目には一方的にはできない。従って三番目には、受諾すればその処置は有効になる。それから四番目には、受諾の際に無条件に受諾することも考えられる。それからまたそういう条件をつけてやるということもあります。従いまして受諾するかどうか、これはしなくてもいい。すればこういう効果を生ずる。受諾した際に無条件でやるか、あるいは補償をも要求するかというようなことは、純法律的に考えますと、政治的に国際関係を考え、あるいは日米関係を考えて処理すべき問題であって、その点はむしろ純法律学的な任務よりも、政治に携わる方々の判断が必要な関心になってくると思うのであります。 それで、もしそういうようなことを受諾しないということになりますと、その際には、その前に水爆実験をやめてくれというようなことはもちろん言えます。というのは、水爆実験をやるということは第一次的に自由でありますけれども、しかしながらこれに危害が伴うという際には、そういう危害を伴うようなことばやめてくれということも、これまた自由であります。従って受諾しない、それから水爆実験をやめてほしいといっても、やめないかもしれない。しかしこっちが受諾をしないのに水爆実験をもしやるという場合には、その際生ずる損害という問題は、これは向うの禁止区域に別に拘束されませんから、その中に自由に入っていくかもしれない。あるいは実際に実験をやりそうだからこわいというので、そこに行かないかもしれない。しかしその際に、実際に危害を受けたそれに伴う損害とか、それから前に申しましたように、実際に近寄れないために、そこで従来保持している漁業実績といいますか、それはどういうふうに確定するか一つの問題でありますが、その漁業実績、あるいは商業航行に関する利益というようなものについては、それを侵されたものとして、今度は補償の問題ではなくて、これは損害賠償の問題になります。不法行為要件が整う限り損害賠償の問題になります。しかし受諾する際に、そういうものを補償の問題として協定することももちろんできるので、あります。 次に、これを受信した際に、なお損害賠償の請求の問題が起り得るかと申しますと、これは法律問題でありますが、それを受諾した以上は、そういう告示を受け取り、その告示の背後に含むものを受諾したとなりますれば、日本側としては当然そういう区域の中に入っていかないようにする処置をとる必要があります。それだのに、あえてその中に入っていけば、今度は受諾したところの効果として、それに伴う損害をアメリカにどうこうするというわけにはいかなくなります。しかしこの場合におきましても、その区域の外で損害が起ったとか、あるいはその予防処置を廃止した後に、水爆実験に伴う損害が起ったという場合には、もちろんこれは不法行為の要件が整う限り、損害賠償の問題になります。一昨年の福龍丸の問題がむしろそうでありますが、あのときには多少問題があいまいになりましたけれども、かりに向うがそういう通告をした際に、日本が単に通告を受けたということと同時に、その背後にある実体関係を承諾しているというふうに考えられますので、あれは損害賠償を求めることは相当困難じゃないか。なぜならば、水爆実験に伴ってこれだけの予防処置をとったということが、こういう処置を行うについて危険を予防するに十分な処置であった——そうでなかったということは否定しなければならないが、予防処置は、現在の人間の到達したところにおいて十分な予防処置である、それだのにその外に損害が起ってしまった。これは現代の科学から見て、これだけの予定処置は実は不十分だった、そこに過失があるのだということになって、損害賠償の問題になるが、もし向うは、そういう過失がないということになると、これは厳格に申しますと、必ずしも損害賠償の問題じゃなくて、見舞金とかなんとかいう問題になってしまう。 今申し上げましたようなことは、多少わかりやすく言うために、比喩を許していただくといたしますならば、さっき申しましたように、一般的な広場で、何でもよろしいのですが、たとえば新型の花火の実験でもする。その広場でするのは自由である。それからまた、ある屋敷の中からそれが広場に及ぶのも一応自由である。もちろん国際と国内とは違います。国際社会においては、それを取り締る行政官庁というものがありませんから、これは国際社会ではお互いの国の間の問題になります。文字通り国際法関係となりますが、この際において、先ほど申しましたようにそれは自由であるが、それによって何か他人にけがをさせるとか何とかすれば、それについては不法行為による損害賠償責任というものが伴う。その際にもし、これから自分がこの広場で花火をするのだから、ここには入ってきてはならない、危険だから入ってきては困るというようなことになりますと、今度はそれについて、実はその区域の中でバスの営業をやっていたのだ。それはほかではできないのだ。あるいはその中でくつみがきをやっておったのだ。あるいは露店を出しておったのだ。ほかに行ったのではこんな営業はできない。これはどこでも自由にできるということじゃない。ここでそれだけの実績を得ていたのだというようなものは、その際に、やはり先ほど申しますように、当然それを受講する義務はない。当然の効果は生じない。しかしもしそれを認める、けれども自分のこういうような実績といいますか、利益は保障してもらいたいということは言える。またその認めた際に、それではその禁止区域、警戒区域の外において花火による被害が起ったということになれば、それは先ほどと同じでありまして、その予防処置が果して十分なものであったかどうか、現在の人間的な水準において十分なものであったといえば、その処置はやむを得ない不可抗力だ、しかしながらそれは不十分であった、その予防処置はもっと広くとっておった方がいいというようなことが証明されるならば、そこに過失があったので、その禁止区域の外に起った損害については、損害賠償が求められるというような問題になると判断されます。 これで水爆実験に関します、大体私の考えております筋を申し上げました。最初に申し上げましたように、水爆実験はそれが不可避的に出実害を伴うものならば禁止される。しかしそれを避け得るものならば、その実験を公海で行うという自由というものには変りはない。ただその避けるための措置というものが、技術的、科学的措置ではだめで、たとえば禁止区域を設けるということになりますと、その禁止区域を設けることがどうかということは、さっき艦隊演習なんかと比較して申し上げましたが、当然一方的には許されない。すなわち単なる告示ではなくて、その告示の背後にある実体的な関係は、一方的にはほかの国を拘束しない。従ってそれについて受託するといなとの自由がある。受諾するに際して無条件で受諾するか、補償をとるということは十分根拠がありますが、補償をとって受諾するかもしれない。ここらは法律問題にも関係しますが、純法律問題よりも政治的判断の問題も入って参ります。それから受諾をした場合に、今度は危険を無視してその中に入れば損害賠償の問題が起り得ない。それから危険区域外あるいは危険区域撤廃後に起った損害については、受諾しているのでありますから、普通には今日においても過失ということが問題にされますので、予防措置が十分であるかどうかというような問題が起るわけであります。それからたとえば補償を受けるのが適当であるというようなことは、これは必ずしも平時ではありませんが、国連が安全保障のために制裁措置、強制措置をとる場合には、それによって特別の経済的問題に当面する田は、安全保障理事会と協議する権限があるということは国連憲章五十条に明記してございます。こういった趣旨からも、そういう措置を行うのは適法だ。適法だというより政治的にやることには同意しよう。しかしそのために特に経済的困難を伴うのだから、それを補償してもらいたいということは、こういった規定の精神からも言える。これと少し違いますことは、国連憲章の場合は強制措置が現に行われている場合で、これは強制措置が現に行われていない平時の場合であります。それから国連の場合は、米ソを含む五大国の意見の一致を要件として安全保障理事会で強制措置が行われる場合であります。今度は国連の措置ではない。そういうような意味を背後に考えておるかもしれませんけれども、アメリカが行う措置だということになりますと、なおさらそういう規定の含む精神は補償の協定である、水爆実験をやるならやるについての了解を遂げる際に、補償の問題を十分に取りつけておくということが、政治的な判断としても法律の関係で相当根拠があるのじゃないか、私は以上のように考えております。
○前尾委員長 次に宮川正君にお願いします。
○宮川参考人 私横浜医科大学の放射線科の医者の宮川であります。今回参考人として呼ばれましてどういうことをわれわれから参考にしていただくかは別のことにいたしまして、おそらく医者に諮問されるのでありますから、放射線の障害の性質はどういうものかということをお話しすればいいのだろうと思います。 今の高野さんのお話に少し関係づけて話させていただきますと、人間に及ぼす放射線の障害が不可避であるかどうかということも非常に大きな問題になるかと思います。それでわれわれの立場としましては、おそらく障害があるといえばいわゆる不可避なのですが、その前に障害があるかどうかの判断が今四の場合は非常にむずかしいということが言えるだろう。また三好先生の立場では、過去の福龍丸の船員の場合はこれは障害があったにきまっておるわけでありますが、これから問題になる原水爆の実験のことに関しましては——福龍丸の船員さんの障害というものは、これだけを対象にしたらもちろん大きな阻害でありますが、それ以外の原水爆実験に伴う広範な放射性物質の汚染ということによる人体の障害の有無ということになるだろうと思います。それに関しましては結論的に申しますと、医者の立場からはおそらく水かけ論になってしまうと思うのであります。もちろんこの間のビキニの例におきましても、福龍丸の船員以外の日本人におきましては、これといって目立った放射性障害というものはおそらくなかっただろうと思います。中にはどこどこを航海していた船員さんとか、あるいはそのはかであるいはそうじゃないかという疑いもありましたが、それが確かにビキニの灰によるものであると確証づけるだけの根拠のある障害者というものはなかったわけであります。従って先ほど高野さんのお話と関連づけますれば、障害のあったかないかの判断が非常にむずかしい。こういうふうな病気と健康人との境目のような症状を呈する場合、言いかえれば慢性の症状になるかもしれないというようなものの場合には非常に問題になります。 それでビキニ以来よく放射性障害のいわゆる許容量ということがしばしば言われております。許容量というのはいわゆる障害がない放射線、これ以下ならば大丈夫だろうという線であることは確かです。しかし放射線の中でもこういうような放射性物質、ことに原水爆実験に伴う放射性物質、そのほかエキス線というような種類の放射線は、太陽光線、紫外線、そういうようなものに比べまして、現在の医学の常識では、直接に健康人に対してはそれが有益であるということは考えられていない、すなわち少しでもあれば害がある、率直にいえば百害あって一利ないというのが、こういう放射性物打から出る放射線の人体あるいは生物に対する作用であります。従ってそういうような百害あって一利ないというものに対して、許容量という概念がどうなんだろうということであります。御存じの通り一週間に三百ミリレントゲン以下ならばいいというふうになっておりますが、この一週間三百ミリレントゲンというものも根拠ある数字ではない。というのは、このくらいの非常に微弱な放射線障害ということになりますと、非常に判断に苦しむ。従って過去の長い経験においても、三百ミリレントゲン以下であっても障害があったという実験をすることもできなければ、あるいはそれの近くの四百ミリレントゲンくらいだったら確実に障害が出るということもそれも言えない。従って、まるで一つのきまりきった数字のように皆さんが考えておられるかもしれないこの許容量の一週間三百ミリレントゲンというのは、あまり根拠がない。あまりというのは、はっきりこれ以下ならば大丈夫、これ以上ならば少しでもいけないというような数字でないからです。 それで、結局医学の立場でいえば、先ほど申し上げましたように、現在の加茂においては百害あって一利ないという放射線でありますから、たといそれが一ミリ、二ミリレントゲンであろうとも、原則的にはない方がいいわけです。しかしこれから原子力等の出現によってどうしてもこういうものが不可避である、どうしてもこういう有害放射線を伴うものであるならば、このくらいまでがまんしようというのが三日ミリレントゲンであるわけです。この三百ミリレントゲンというものが、先ほど言ったように、そうはっきりした根拠があるものでないので、欧米においては三百ミリレントゲンを一つの標準にはしておりますけれども、できるだけ少い線量にしようということは当然であります。従って、三百ミリレントゲンを越えるような放射線を浴びたときには、非常に注意しなければいけない。それ以下でも、三百ミリレントゲン以下であるからお前はまだ大丈夫だというふうに保証するようなことはしていないわけです。たとえば職業的の人間、私もその一人でありますが、放射線に常に携わるような職業的の人間には、一週間に三百ミリレントゲン以下であるようにされておりますが、これが職業的でない場合、一般の方々に対する許容量としては、大体それの十分の一くらいをとりたいというのが、現在の常識になっているわけであります。この一般の方々というのは、ちょうど今度の原水爆あるいは原子力実験に伴う有吉放射線による障害に相当するだろうと思います。それは職業的な人間以外の者でも、全国民が浴びる可能性のあるものでありますから、そういう点におきまして、一週三百ミリレントゲンというのは、許容量として幾分多過ぎるのじゃないかという懸念もあるわけでありますが、実は多過ぎるという根拠もない。ただ安全度をとるためにその十分の一の一週間三十ミリレントゲンあるいは三十五ミリレントゲンくらいでやっていきたいというのが、アメリカあるいは欧州における一つの標準になっているらしいのであります。 その根拠といたしましては、三百ミリレントゲンといいますのは、大体成長し切った人間、法律でいうならば十八才以上であります。われわれ四十才以上の者におきましてはもっと許されるようであります。従って、職業人のように成長し切った人間の場合には、こういうような量が当てはまる。あるいは職業人の場合は、放射線防御に対して比較的十分な設備がされている中で働くのでありますから、三百ミリレントゲンをある程度守れるわけであります。それに対しまして、一般人は、赤ちゃん、いわゆる胎児から老人まで年令層が全部にあるわけです。ことに弱年では非常に放射線の感受性が高いということも事実でありますし、子供のときに受けた放射線の障害は、死ぬまでに出るチャンスも多いということを考えますと、職業人の一週間三百ミリレントゲンをそのまま適用することの不適当であるということはだれでも考えられる。そういうような災害防止の設備の完備ということと、年令層のいろいろな相違から、許容量をもっと厳重にするという方向に、文明国、現在原子力を大いに活用しようという国国では進んでいる。大体の標準が安全率を十くらいに見まして、三百ミリレントゲンを三十ないし三十五一週間というようなところでやっていこうというような見解であります。 それで、先ほどちょっとお話があったのでありますが、原水爆実験というものは初めてのことでないので、過去において医者が見まして障害があったならばこれを反対する、あるいは障害がなかったからまあまあよいだろうという点で皆さんの御参考にしていただくと、われわれの立場からは非常につらくなるのであります。というのは、先ほど申し上げましたように、福龍丸以外の方々にはそう障害はなかった。しかし今後障害がないということは言えない。医者が見る範囲で起るような障害は大きな障害であります。この一週間三百ミリレントゲンの許容量前後、あるいはこれが千ミリレントゲンになったところで、われわれが発免し得る障害というものはまずないだろう。だからといって、大丈夫であるということはわれわれとしても保証ができない。非常に長い放射線障害というものは診断もつらい。ということは、健康人と、病人との境がはっきりしていない。この人が放射線障害者であるかないかということが確定できない。従って、過去の実験によって障害があったとかなかったとかいうことは、もう少し時間がないと旨い切れないことになります。 いずれ三好先生からお話があると思うのですが、そういうような福龍丸の方々の場合は問題が別でございます。非常にばく然としておりますが、医者の立場から言いますと、こういうような有害放射線でありますから、少しでもあっては困るという見解で、原則的にはもう原水爆実験はごめんこうむるというのが一番であります。それから、もしこういうような原子力実験について、アルコールならばメチル・アルコールも少しぐらいはよいという醸造業者の一つの許された範囲があるので、害にはきまっているメチルも、ごくわずかなら入ってもかまわないというのと同じ見解でも、現在は三百ミリレントゲンであっても、それは太鼓判を押せる許容量であるわけではない。それで、先進国と言う語弊があるかもしれませんが、欧米におきましては現在一般にはそれの十分の一ぐらいの許容量でいきたいという方針であるわけです。 また後にいろいろの質問があればそれにお答えすることとして、この程度で私の意見を終ります。
○前尾委員長 三好和夫君にお願いします。
○三好参考人 東大病院の内科におります三好でございます。内科学、それから血液学の方面を専門にしております。ただいま宮川博士からお話があったことで、私の申し上げることはほとんど尽きているように思います。従って、むしろあとから御質問にお答えして補充さしていただきたいと思うのでありますが、これをダブっていくつもりでもう一度大体同じようなことを申し上げてみたいと思います。それで結局重点をどこに置くかと申しますと、私の場合には、それでは実際に放射線によって傷害を受けたときにはどうなるか、あるいはどうなったかということを申し上げてみたいと思います。 その前に一言ちょっと前置きに申し上げたいと思いますのは、一般に原爆症あるいは放射線症——症といっておる間はよろしいわけですが、原爆病だとか、放射線の病気だとかいいますときに、つい見のがされることがあると思いますのは、こういう放射線症あるいは原爆症というようなものは、広い意味でむろん病気には違いございませんが、ちょっと意味が違うということを頭に置いていただきたいと思います。それは一口にいいますと、むずかしい言葉のあやは別にしまして、病気というよりは傷害——殺傷の傷という字ですが、そういう傷害という種類のものであることを頭に置いていただきたいと思います。この傷害といいますと、むろん従来から銃剣による外傷だとか、あるいは飲む方なら毒薬を飲んで死ぬとか、あるいは吸入する方ですと毒ガスとかいうふうなものがございますが、それに類したもので放射線はただ形が少し変ってきただけにすぎないということになります。その特徴といいますと、実際にけがをさせるとか、薬を飲むとかということと別に、放射線の場合には、相当離れておっても外から十分の傷害を受け得るということが特徴のわけでございます。なぜこういうことを申し上げるかと申しますと、そういうつもりでお考えになれば、この対策とか、治療とか、処置とかいうものに対しても、自然に理解がしいいのではないかと思って申し上げたわけであります。 それからその次は、この放射線の侵され方ですが、これも大きく分けて、もう御存じだと思いますが、外部照射と内部照射というのがございます。これを両方ともいつも頭に入れておきませんと、やはり混乱して参りますから簡単に御説明申し上げますと、最初は放射線といいますと、今も申し上げましたように、離れていても外から全身にいわゆる放射線を浴びてけがをするということが入っておりましたが、今度のビキニの問題で、一般にもはっきりいたしましたように、それだけではなくて、内部照射というものが非常に厄介だというようなことが大きく取り上げられてきたわけであります。これはいわゆるアイソトープがからだの中に入りまして、入るだけでなくて、それぞれ特異な臓器にしっかりとくっつきまして、その放射性物質の寿命が尽きるまでは、からだの中で照射をし続けるという非常に厄介なものだということでございます。この点も一つ頭に入れて以下の話を開いていただきたいと思います。 次に症状でございますが、それではどんなふうになるかということ、これももうわかり切ったことでございますが、今の二つの傷害のされ方、すなわち外部照射と内部照射とによってだいぶ違うところがあります。むろん本質的には同じでございますが、違うところがあります。 それで初めに全身外部照射について申し上げたいと思います。全身照射といいますと、これも字の通りに、その傷害は全身傷害になります。ありとあらゆる組織、臓器が全体的に侵されるわけですが、それではなぜ血液だとかあるいは性細胞だとかがよく騒がれるのかといいますと、見かけ上幾分の特徴があります。それはどういうことかといいますと、同じように線を浴びましても症状がすぐ現われてきたり、あるいは細胞でいいますと、すぐ死んだことがよくわれわれにわかる場合、そういう臓器と、あまり目立たなくて、ただし将来はわかりませんが、あるいは実際にやられているだろうと思われるのに、なかなか形ではつかまらない、そういう違いがあります。そういうすぐつかまりやすいものを、言葉はあまりよくありませんが敏感だといっております。そういう敏感な臓器の中に造血臓器とかあるいは性細胞とか、これをもう少し生物学的に申しますと、若い細胞という言葉で表わします。そういう細胞が非常に敏感だということになっております。そういう特徴があるわけであります。 それでは実際にどんな症状が起るかといいますと、もし十分な線照射を受けた場合には、相当はっきりした症状が起って参ります。まず第一に、初期中毒症状が起って参りまして、頭痛だとか吐きけだとか、いわゆる放射線宿酔、それが起って参ります。その辺のこまかいことはあまり言いますと、きょうの問題と遠いと思いますから省略して参りますが、むろんそのほか外傷、脱毛などが起って参ります。血液の方でいいますと、御存じのように白血球の減少あるいは血小板——血小板というのは血液の断固に関係がありますから、それが減りますと、血液がとまらなくなって、出血が非常にはなはだしくなる。 そのほかいろいろありますが、非常に目立つのはやはり性細胞の減少というようなことであります。これらは放射線の直接の影費でございますが、その上にすぐ続発的のことが起って参ります。といいますのは、その一つに感染、細菌感染でございます。細菌に限らずヴィールスとかカビだとか何でも感染しやすくなって参ります。と申しますのは、そういう全身傷害によって、白血球初め、そういうことに対する抵抗力が落ちるために起ってくるのでありますが、これが必ずついて起って参ります。 また人間のからだは非常に微妙に調整されておりますために、あるものが傷害を受けてバランスが乱れますと、新陳代謝あるいはホルモン代謝でも何でもすべてが非常にうまくいかなくなって参ります。それでそういうものがいわゆる悪循環になって、それだけでもどんどんからだの調子が悪くなって参ります。 そういうことが症状でございますが、必要なことだけを申し上げて参りますと、特徴としてこの症状の現われ方がおくれて参るということが、放射線傷害の特徴になります。むろん非常に大量受けますと、即死は免れませんが、そうでなくても、たとい死ぬ量でありましても、すぐには死なないで、一カ月前後でかえって悪くなって死ぬということが特徴であり、また厄介なことであります。従って先ほど申し上げましたように、普通の外傷、銃剣のけがなどでしたら、即死を免れれば大丈夫だというのが常識ですが、それにもかかわらず、この場合には一カ月前後にならぬとそれがわからないという厄介なことがあります。 そういう症状がもし一たん回復いたしますと、いわゆる慢性的の症状が起って参ります。これも放射線傷害としましては、急性の症状がその後慢性的に何か起してくるということは、むしろ最近になってだんだんわかってきたことでございます。たとえば広島のときには、一回きりの傷害が何年かたった後にまた何か起ってくるであろうということは、学者は想像しておりましたが、だんだんそれが確かにそうだということになってきたのは、むしろ最近だと思います。どういうことが起るかといいますと、これもすでに言われておりますように、血液の方ですと、白血病だとか再生不能性貧血だとかいうものが、何年かたってなおったがごとく見えたところから起ってくることがあります。全員起るという意味ではありませんから、これはお間違いにならぬように願います。それからガンいわゆる腫瘍といっておりますできものの発生率が非常にふえて参ります。それから先ほど申し上げました抵抗力の減弱ということはむろんあります。そういうようなものをみんなひっくるめまして、特殊な病気でなくても生命の短縮ということは、どの学者も大体認めておるところでございます。 もう一つここで申し上げておきたいと思いますのは、被爆しましてすぐ症状が現われる場合には、判断が非常に楽でございますが、広島の場合でもそうでありますが、何年もたってから何かが起ってきますと、それか果して被爆のせいであったかということを証明しろといわれますと、なかなかむずかしいことになります。たとえば白血病でも、これは何も被爆しなくても起り得る病気でありますし、今起った白血病が果してどっちだろうということは、非常にむずかしいことになります。ただしわれわれは被爆した場合の白血病とそうでない場合の白血病の違いを、何とか見つけたいものと一生懸命研究はしておりますがなかなかむずかしい。あとは統計的な取扱い方になりますが、この統計でも広島の場合には、白血病の発生率は被爆者に多いということがようやく確定した形になっております。時がたちますと病気の因果関係が非常にむずかしい、白血病のようにはっきりしますとまだいい方ですが、何となく特徴のないいろいろな病気が出てくる、そういうときにはなお困ることになります。しかし逆にそれが被爆と関係ないということはむろん言い切れないことであります。 それでは内部照射の病状はどうかということになりますと、これはまたなお厄介で判断がむずかしいことになります。内部照射は呼吸から入ったり傷口あるいは飲料水や食下から入ることがありますが、これも非常に大量に入りますと問題はありませんが、わずかに入って、それが骨についたり肝臓や脾臓についたりして、将来障害を起すというときには、この症状の判定が非常にむずかしくなります。たとい将来危険な量が入りましても白血球がすぐ減るとかいうことはむしろ考えられない。むろん下痢もすぐ起るとかいうことはないだろうと私は思います。ということは、何でもなくてもそれで将来安全だとはなかなか言い切れないということになります。むろん少し入ったからそれじゃ必ず死ぬか、将来どうかたるかということは言えないのは、今宮川先生からお話があった通りであります。ただたとえばアメリカで昔からずいぶん問題になっております時計の螢光塗料の工場で——これは非常に熱心な学者が幾人かで反対を押し切りながら調べ上げた成績がございます。こういうのは初めはずいぶん反対されて問題にされなかったのでありますが、だんだん調べてみますと、塗料工場で十何人か明らかに——これはこまかいことを申し上げますと、筆で書くときに女工員が筆をなめます。そのたびに少しずつ入ったのが骨やほかのところへくっついて、そういうところで起った病気の結果が出ておりますが、これはどういうことかといいますと、骨にできものができる、あるいは再生不能性の貧血、非常に悪い貧血を起して死んだ例が報告されております。そういう実例は必ずあるということは申し上げておきたいと思います。 それから診断ですが、これについてすでに申し上げてしまいましたが、もう一つつけ加えさせていただきたいのは、この診断が非常に困難である。今慢性的に起る場合、特に内部照射で起る場合には、白血球などはあまり当てにならないということを申し上げましたが、逆にまた白血球が減る場合もいろいろほかにもございまして、放射能の雨が降ったから白血球が減ったとすぐそれへくっつけるわけにはなかなかいかないと思います。まあその診断が非常に困難だということでございます。ここで私たちの立場を申し上げておきたいのですが、この診断が困難だということは、われわれも非常に困りますことです。困難だということがそれ自身調べる人たち、医者あるいは監督者にとって、非常な労力や経済的な負担をかけることになります。たとえば十分に調べて何でもないという結論を出すために、数人のそういう該当者を調べるにしても、医者の数はそれより多くなくてはいけないとか、それくらい労力がかかります。そんならほっておけばいいではないかと思われるかもしれませんが、これはなかなかほっておくわけには参りません。またメチルのお話が出ましたが、ちょっとそれに関係づけて申し上げますと、これはわれわれの実際の経験例ですが、夜中なら夜中にべろべろに酔って参りまして、メチルを飲んできたと言われると、これはほっておけないので、胃腸の洗浄やあらゆる手当を尽して一晩じゅう介抱してそれで助かった、あるいは飲んだメチルはほとんどなかったということになる場合がありますけれども、そうかといってそういう疑いのある場合にこれはほっておけないと同じようなことが、放射能についても言えるわけであります。もう一つ例を申し上げますと、実は最近に私どもの某学部で実験中に研究者が間違って飲んだということで、これも入院させて胃洗浄から何からやりまして、結局は入ったものがほとんど入っていない程度に少かったということがわかりましたけれども、とにかく万全を尽すためにはそうやらなければいけないというくらいに、手間がかかるということを申し上げておきたいと思います。 治療でございますが、それでは治療はどうするかといいますより、それではうまい治療法があるのかと申しますと、これは私ども何回も発言して参りましたが、これに対する特効的な治療法はございません。さきに申し上げましたように、これがいわゆる病気とは違って傷害であるということをお考えになれば確かなことで、その原因である放射能線に触れた瞬間に、その組織なり細胞、人間がもう傷害を受けて完了しているわけです。ただその症状がすぐには全部が出てこない。たとえば細胞について言いますと、組織の中の何十パーセントあるいは八割くらいは死んでおるにもかかわらず、あとの一割くらいで何とか保っていく、それがだんだん一カ月くらいの間に持てなくなって死んでいくとか、その死んだ細胞を生き返らそうとしても無理な話で、従来たとえば毒ガスの治療法をまじめに考えた人もないのと同じようなことだと思います。それにもかかわらず、いろいろなできるだけのことをやっていくのは当然でございますし、そうやってきておりますが、そういう根本治療はないということは、はっきり申し上げられると思います。 私は大体そのくらいのことを申し上げて、あとは質問で補充させていただきたいと思います。
○前尾委員長 どうもほかの方々に恐縮なのですが、一又先生の御都合で十二時までにお帰り願わなくてはならぬそうでありますから、一又先生にまず御意見を伺います。
○一又参考人 この問題につきましては、一昨年以来再三、再四討議が行われているようでございます。わが国でも法律問題に関する限り、やや論じ尽されている感じもありますので、私の意見を申し述べる前に、一国際法学者として、従来の学説の整理を行なってみたいと思います。この整理というものも、やはり学者に与えられた一つの任務であると思うからでございます。 そこでわが国におきましては、少くとも公海に影響を及ぼす原水爆の実験は不法行為であるというのが、絶対通説であると言えると思うのであります。しかしながらこれにつきましても、いろいろの立論の相違があるのでございます。すなわち違法と申しましても、違法の対象になる法原則が何であるかということにつきましても、単純に解決することはできないわけであります。 そこでどういう立論があるかと申しますと、第一には実験行為自体が違法であるというものがあります。また実験行為自体は違法ではないが、それから生ずる影響を違法であるとなすものがあります。また第二は、実験は海洋使用の自由に含まれるけれども、他国の公海使用の自由の侵害という点で権利の乱用であるという説があります。第三に航海——ナヴィゲーション、漁業の利益に重点を置いて、これらの利益を保護し、その侵害を禁止せんとする公海自由の原則に反する不法行為であるという説もあります。第四に損害賠償の点に重点を置きまして、実験そのものを違法と考えようが合法と考えようが、損害を与える点で違法性があるとなすものがあります。私の理解に間違いがなければ、先ほど高野先生は科学的危険性ということの有無をもって、不法行為の要件とされていたように理解いたします。 このように原水爆の危険性、非人道性に重点を置くもの、漁業、航海の利益保護を力説するものなど、そういうふうにこまかいニュアンスの相違はありますが、損害を与えることの違法性という点が、通説の最大公約数と言えると思うのであります。 これに反して不法行為を構成しないという論は、今のところ横田教授だけのように思われるのであります。 一方国外の学者の説といたしましては、私の知る限りにおきましては、最近わが国でも注目されるようになりました昨年四月のエール・ロウ・ジャーナルの二つの論文が最も本格的なものと言えると思います。この巻頭論文のマーゴリス氏の論文は、百パーセント日本国民に有利でありまして、大まかに言うならば、アメリカの水爆実験が、国際法における海洋自由の大原則に反すること、その放射能による被害は、よしんば戦争法規に明確な禁止規定がなくても、確立された公海漁業の法に反し、まだ未熟ではあるが、発達しつつある水や空気の汚染禁止の法理に反し、またアメリカの信託統治協定に反するという論拠でありまして、これはすでに安井教授その他によって紹介されている通りであります。今申しましたように、この論文は日本に非常に都合がよいので、むしろ反米的な思想を持っておる方すらも、これはいい論文だといって盛んに御利用になっておるようでございます。 しかし私にとってむしろ重要なのは、その第三の論文すなわちマーゴリス氏の議論に百パーセント反対の立場に立つマクドゥーガル教授の論文なのであります。同教授には私もアメリカにおいても、ヨーロッパにおいても、二、三回会っておりまして、面識のある人でありますが、やや国際政治の方面に重点を置く学者でございます。それだけにその所論は、端的にアメリカの主張を述べているという点において、非常に興味があるのであります。これまた大まかに言うならば、次のような議論になるのであります。ハイ・シーすなわち公海制度といっても、これはスタティックな、すなわち静的な絶対原則から成っているのではない。生成発展しつつある、すなわち生きている慣習法なのであります。なるほど従来のような漁業、航海からなす主張もあろうが、アメリカの水爆実験は、安全保障から行う主張なのである。そこでかく相衝突する主張があるときに、結局基準はどちらがリーゾナブルネスなのか、すなわちどちらに合理性が強いかということであります。これは非常に重要なので後にもまた触れたいと存じますが、とにかく海洋使用は非常にバラエティがある。すなわち海洋の使用にもさまざまで、時代と世界の情勢によっていろいろ変化するものである。従ってアメリカの水爆実験のための使用は、この海洋使用の根本原則に反しないのだ。過去においてもっともっと重要に航海、漁業に害を与えた海洋使用の主張の中に容易に入るものであるから合法的なのだ。そういう根本的な立場から安全保障の重要性を説き、世界の安全と平和は、水爆実験によって他国の——他国と申しましても、ここではこれはもちろんソ連でございますが、他国の侵略に対処する以外は達成し得ないのだ、従って水爆実験は、合理的な安全措置である。一体安全と水や空気の汚染と、どちらが合理的なのか、こういって狭いリーガリズムすなわち法律万能主義を排斥しているのでございます。お聞きのようにマーゴリスの論文は、全く政治的な考慮を払っていない。純粋に、どちらかといえば非常に単純に、法律論に終始しているのでありますが、一方マクドゥーガルの論文は、現実的な政治的要請に力点が置かれているのであります。 以上のほか、マーゴリスの論文にも引用されておりますように、イギリスの学者の中でも、特に危険区域の設定というものには、非常に強い反対意見を述べているようなところもあるのでございます。 以上を要するに、法律論としては違法性が通説である、こう断定することができると思うのであります。私は別のところでも簡単に所論は述べておるのでありますが、違法と申しましても、先ほど申しましたように、いろいろな角度があるのでありますが、私は特に他国による公海使用の利益に重大な損害を与えるような三十七万余平方マイルという膨大な危険水域の設定を一方的に行うことが、公海自由の原則に反する点に、最も有力不動の理由を認めて、これを違法と断ずるものでございます。 次に申し述べたいのは、わが国の学者の議論にも現われておりますように、たとい学説において違法論が通説であっても、わが国の政府自体が、アメリカに対して明示的もしくは黙示的の同意を与え、あるいは権利放棄の措置をとっていたのでは、結局この違法性は阻却されるではないかということであります。この場合にも、実験そのものは違法だが協力するというのと、実験そのものは違法でないとして協力するというのでは、これは損害に対する考え方に相当相違が出てくるように思うのでございます。私はこの問題のキー・ポイントというものは、まさにわが国の政府が、アメリカに対していかなる内容の了解を与えているか、またいかなる黙契が成立しているか、それが将来損害賠償請求権という法律上の権利を主張できないところまで行っているかどうかというところだと思うのであります。その点で私は法律上一つ、二つの重要な誤謬ないし危険が見出されるように思うのであります。 第一は、違法でないという立場をとる場合に、予防措置さえ完全にとるならばけっこうだというのでございますならば、今後科学の進歩とともに強力な水爆の実験のためには、ますます危険区域の拡大というものが予想される。今はソ連は広大な自分の国の中で実験をやっておりますが、そのうち国内だけではとても済まされなくなるであろう。そうすればどこかにより適当な実験場所を探してくるであろう。アメリカの方は太平洋の広大な公海を利用している。こういうふうにして両方で区域の拡大競争をやられたのでは、全くたまったものではないと思うのであります。その際一体今までは違法ではないと言ったけれども、どうもこんなに広くなったのでは、これはどうも違法と言えざるを得ない。そういうことが言えるでありましょうか。それともあくまで合法であると押し通すか、一体どういう危険水域設定の時間の長さと場所の広さとで、合法というものから違法というものに移るのでありますか。こうまで広くなっても、協力の建前から損害賠償請求権はなく、慰謝金をせがむほかはないのか、こういうことであります。 第二は、これと相関連してでございますが、大体合法論とか、ないしは若干政府のお考えの中には、水爆の禁止条約がないから禁止できないという思想が根幹となっておるようでございますが、この議論が少し不当に強く響き過ぎているように思うのでございます。ここで私は戦時国際法規における原水爆使用の合法性、違法性の問題をこまかく論ずるひまはございませんが、原水爆の出現後におきまして、…際法になお明確な禁止規則がないという…際法の不備がある。こういうことをハンディキャップとして考慮に入れたところで、もはや国際法学者の中で、すでに存在する国際法規に照らしても違法性があると主張する者、あるいは少くともその合法性が疑わしいという者が、だんだんふえて参りまして、合法性を弁護する者よりも多くなりつつあるのではないか、こう言ってよいと思うのでございます。 そこで戦時国際法違反ならば、実験も違法であるか、戦時国際法違反でも実験だけならば違反でないかという問題が起ります。これはちょうど、毒ガス使用禁止の条約があっても、これを作ったり、あるいは実験するということが、禁ぜられていなかったということと同じ問題でありますが、この原水爆の場合においても、実験そのものを禁止する条約がないということは、認めざるを得ない事実でございます。しかし、ここのところで決して閑却してはならないことは、禁止条約がないから禁止させることはできない、従って実験は合法だ、そこで危険区域の設定もまたやむを得ない、こういうことは、他の一切のものを消し去る理由にはならないということでございます。すなわち、この原水爆の実験が侵犯する可能性のある国際法というものは、決して単純に一つだけというものではないのでございます。すなわち、かりに百歩を譲りまして、実験そのものが合法でありましても、危険区域内へほかの国の船舶が出入りして、その水域を漁業や航海のために使用することも、また合法的なのである。この海洋自由の原則に基く権利の侵害が不法行為を構成するということは、実験の合法性ということでは消されるものではないのであります。 そこで前述のマクドゥーガルの議論にもございますように、アメリカが公海を水爆実験のために使用する権利と、日本の伝統的な航海、漁業のため使用する権利との衝突なのであります。従って前者を認めたから、後者が全く引っ込むとか、なくなってしまうというものではない。まして前者の権利は、もはや他国の正当なる権利と利益を侵害するがゆえに、権利乱用にもなり、不法行為ともなるというのが通説であります。先ほどちょっと保留しておきましたが、マクドゥーガル教授は、慣習法というものは、結局この相衝突する主張のどちらがより一そう合理的かという点で、相争う国のおのおのの裁判所のみならず、その局外にある裁判所、さらには国際裁判所の裁判官が、そのいずれに軍配を上げるか、それで勝負はきまってしまう。すなわち慣習法というものは、生きているから、生々発展していくのだと言っておる。禁止条約があるなしとは別に、こういうふうな形で一方的に海洋を使用する権利が一そう合理的だというふうに認められるおそれがあるのであります。極端に言うならば、こういう議論とは別に、日本の裁判所が、憲法にも最高法規と認められている国際法を解釈して判例を作っていけば、それが外国裁判所や国際裁判所の裁判官にも合理的だと認められるに至れば、そこから国際慣習ができてくるのだと、こうも言っていいのであります。 しかも、余言でございますが、外国の学者もようやくこのところ、日本の裁判所において国際法の関係の事件というものをどう処理するかということに、非常に興味を持っておりまして、最近国際司法裁判所の裁判官になりましたラウターパクト、これはケンブリッジの先生でございますが、この人からも個人的に私に、日本における裁判、国際法関係の判例を英訳してくれと言っておりますし、また高野先生も私も関係しておりますが、国際法協会——インターナショナル・ロウ・アソシエーション、そこの英文年報にも、いよいよ日本の重要なる国際法判例を英文で載っけていこう、こういうふうに考えておるくらいであります。外国では非常に期待もし、また注目しておるわけであります。しかもこのたびの原水爆の実験で最大の利害関係国は日本なのでございますから、その国の意見というものはきわめて重んぜられ、注目されることは、これは明らかなことでございます。 それにいたしましても、かりに裁判所の問題になるにいたしましても、日本が国家意思をもってその違法性を免じておるか、違法性を阻却させるような行為をしておるかということが、やはり重要な争点になってくると思うのでございます。従来わが国が国民の利益のために一つの国策として、すなわちわれわれからいえば、日本の国際法政策とでも申しましょうか、そうまでなっていた海洋自由の原則を、一方において堅持していながら、すなわち換言すれば、一方では李承晩ラインに反対し、あるいはアラフラ海の真珠貝漁業に対してはオーストラリアに反対して、国際訴訟まで起そうとしておる。他方ではほとんど世界各国が大陸だなの宣言をしておる。わが国でもまた海底資源の重要性を認めておりながらも、まだ大陸だなの宣言というものにちゅうちょしておるくらいに、海洋自由の原則を忠実に堅持しておりながら、この水爆実験の危険水域に対してだけは違法性を黙過するということは、やや一貫性がないと言わざるを得ないのであります。従っていたずらに法律問題を回避しようとするアメリカの意図に追従しないで、違法は違法として処理しない限りにおいては、この大原則堅持の国策の崩壊によって、アメリカに既成事実を作られるのみならず、他の問題にまで影響を及ぼし、さらには将来はかり知れないわが国民の損害に対して、法律上の求償権を確実ならしめるということにも、支障を来たすものがないかとおそれるものでございます。従って出たとこ勝負で、これを法律問題として取り扱うということは、これはできない相談だと思うのであります。 最後にもう一言申しますならば、この問題のキー・ポイントは、水爆実験に対する日本政府の対米了解の内容と性質であります。水爆禁止の可能、不可能ということは別として、損害問題自体を将来ともに法律問題として処理する意図がないかいなかというところにあると思うのでございます。 私の陳述を終ります。
○前尾委員長 それではただいよまでの御意見について質疑を許します。穗積七郎君。
○穗積委員 最初に参考人の四先生に対して委員といたしまして、貴重な御意見を供述していただきまして、ありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。 実はいろいろお尋ねいたしたいことがございますし、それから政府を代表して外務省の条約局長が来ておられますから、政府にも質問したいのですが、きょうは御承知の通り、あと続いてこの問題に対して、三人の他の参考人に来ていただいて審議を進めることになっておりますし、また他の委員から質問の通告があるようでございますから、私は政府に対する質問は次の機会に譲って、参考人の諸先生に対しまして、簡潔に数点だけお尋ねいたしておきたいと思いますから、先生方もお忙しゅうございましょうから、簡潔にお答え、お教えをいただければありがたいと思っております。最初に高野先生、また一又先生にお尋ねしたいのですが、実は日本の国益から見ますと、公海がある意味における生命線になっておるのであります。そうなりますと、国際法上の公海自由の原則をどういうふうにわれわれが解釈して、これを堅持するかということが、今一又先生から御指摘があったように非常に重要な問題であると思いますから、そこでお尋ねしたいのですが、実は公海自由という原則に照らして、アメリカの太平洋における水爆実験が違法性を持っておるということに対して、われわれは強く根拠があると確信してきておるわけです。政府は実は、この問題に対してはどういうわけか知りませんが、公海自由の原則を振り回すことを他の場合と違って非常にちゅうちょしておられる。特に外務省の見解といたしましては、水爆実験を公海において行うことを禁止す実定法がなければ、これが違法性を主張することができないという解釈をしておられるわけです。そこで法律的な点についてお尋ねいたしますが、われわれは実はそういう実定法があればよし、なければまた作るという努力もけっこうでございますが、ない場合におきましてこそ、公海自由の原則を打ち立てた国際法が、これはこの場合における実定法として、私は強い根拠を持っておるというふうに解釈せざるを得ないのでございます。すなわち公海において、このような広い水域において、はかり知ることのできない実害を伴う実験を行うそのこと自身を禁止するだけの単独国際法がなくても、公海自由の原則の国際法というものば実定法としてあるわけでございますから、ないからこそわれわれは、この公海自由の原則の実定法というものが、この場合においては有力な根拠となると思うのでございます。それに対する法理的な御解釈を第一にお尋ねいたしたいと思うのです。
○高野参考人 ただいまの穗積委長の御質問に簡単にお答えいたします。水爆実験と申しますか、公海上で従来艦隊演習とか爆撃演習するとか、そういうようにすることが、私も先ほど申しましたように一応は公海使用の自由であるから自由である。ただこれが不可避的に他国に損害を与えるというならば、それは自由の範囲属さない。 〔前尾委員長退席、須磨委員長代理着席〕 他国の公海使用の自由を制限しこれに危害を加える。さらに第二段としてもしそのような危害、損害を防ぐ余地があるならばそれは許される。公海に及ぶ実験であっても、防ぐ余地があるならばできる。今度ば防ぐ手段はどういうものであるか。先ほどのように防ぐ手段が危険水域の設定ということになりますならば、艦隊演習や何か、あの程度は国際的のプラクティスとして許されてきているけれども、過去に慣行がなく、実体的に見て広い範囲にわたる一定の公海の範囲を、長期にわたって他国の使用を妨げるというようなことは、一方的にはできない。これは公海使用の眼目であります。これは他国がそれに同意をする限りにおいては許されるけれども、一方的にはできない。これは水爆実験と直接の関係はあります。何か世界的に大きな花火を実験する、その場合に大きな危険予防措置として危険水域を設定しても、これはやはり同じように国際法上相手国の同意を得ない限り、一方的な処置ということは不当であります。それからもし水爆実験をしてもそういう予防措置を必要としない、公海にある船とか人間とか魚のいるところに行けばとたんに害がなくなるというような、空想的でありますけれども、何かそういう科学的な予防措置がとられるならば、これは先ほど申しましたように害を与えない限りは実験は自由である、そういうふうに区別といいますか、関係させて考えることができると思います。
○穗積委員 ありがとうございました。実は私がお尋ねしておるのは、公海自由の原則をどういうふうに解釈するか、自由の限界をどこに置くかという問題、または今後行われるまたは一昨年行われました実験に照らして、あれが公海自由の原則に照らして、違法的に見られるか見られないかという解釈の問題を私はお尋ねしておるのではなくて、その前段として水爆実験を禁止する国際実定法がないということによって、すなわち水爆実験が違法性であるか合法性であるかの解釈をする場合に、そのものさしになる実定法がないということによってこの問題を取扱う、そういう法理的な根本の問題を実はお尋ねしておるのであって、たとえば——時間がなくなりますから例は省きますが、この場合においては、公海自由の原則を規定いたしました国際公法こそがこの問題の実定法として援用さるべきであるというふうに解釈するわけですが、それはどうでございましょうか。他によるべき実定法といいますか、あるいは慣習法でもけっこうでございますが、そういうものがあるのかどうか。公海自由の原則こそ国際法こそこの場合における有力なる実定法だと解釈して差しつかえないか、その解釈なりあるいはあとの水爆実験をどう取り扱うかということは別問題といたしまして、法の根源について実はお尋ねしておるわけでありますが、その点を一つ明確にしていただきたいと思うのです。
○高野参考人 私の今申し上げたのは少し具体的になりましたけれども、この問題について問題になるのは、もちろん国際法上今日確立しておると見られます公海使用の自由、この問題に触れる面があるということが根本だと思います。
○穗積委員 一又先生、今の問題いかがでございましょうか。
○一又参考人 私は今高野教授がおっしゃったことで尽きると思うのです。今手元にございませんが、大体公海自由の原則、これは慣習法でございますが、たしか高野さん、一九二八年でございましたかね、アンスチチュの決議——ちょっとその点明確でございませんが、そこにナヴィゲーションの自由とか漁業の自由とかいろいろなことを列挙しておるのでございます。大体公海自由の原則というものを、今穗積さんがおっしゃったように明確な実定法というものがないにいたしましても、権威ある国際法学会——アンスチチュというところでありますが、そういうところで決議して明確にしております。それが大体国際法学者のよりどころになっておると申し上げていいのではないかと思います。
○穗積委員 ありがとうございました。 次にお尋ねいたしますが、自由の限界というものは、非常に観念的には理解できますが、現実的にはなかなか——内の個人の生活における自由権についても同様だと思うのです。そこで問題は観念的にわれわれは論ずることなしに、きょうわれわれが審議いたしておりますのは、今度アメリカがやろうとし、または一昨年にやった水爆実験のあの行為並びに実害、これは行為と実害と同時でございますが、それを見て公海自由の原則に反すると解釈する。その前に私がお尋ねしたいのは、公海自由の原則とはさっきお話がありましたように、ある一国が独占的に、しか可長期にわたって広い範囲の公海を、領有とまではいきませんが、独占的に使用する、しかもその行為には非常に多くの実害と危険を伴っておる、こういう行為ですね、これは私は公海自由の原則に反すると解釈せざるを得ないのであって、公海自由の原則とは、使用の自由の一面はすなわちあらゆる国の自由にして安全なる使用を妨げないということが、むしろ私は自由の内容でなければならぬと思うのです。むしろ勝手に使えるという意味に自由を解釈すべきでなく、すべてのものが安全かつ自由に使用することを妨げないというところに、自由の原則、すなわち公海自由の原則の建前があるべきだと思いますが、これについてそういうふうに理解して間違いないでございましょうか、御所見を伺いたいと思います。
○高野参考人 ただいま言われた通りだと思います。具体的に申しまして自由の限界ということは、非常にむずかしいのでございまして、ある国が大いに漁業をやれば他の国の漁業が圧迫されるということもあります。ただ今度のような形、一昨年の水爆実験、今度の水爆実験のような、他国の使用といいますか、自由な利用を妨げる効果を伴う実験というものは、それを一方的に相手国に単に通告するだけで、相手国の意思にかまわず行うということは、明らかに公海自由の原則とは矛盾すると申せると思います。
○穗積委員 そこで学者の諸先生方にはちょっと不適当かもしれませんが、問題は公海自由の原則の概念をどう解釈するかといういろいろな議論をすることではなくて、今ビニキ諸島でアメリカが実験をしようとするその行為には、行為と実害と分けて解釈することのできないほど実害を伴うことは明瞭でございます。これは明らかに私は公海自由の原則に従って、違法性を持っていると解釈することは、法理の抽象的な解釈ではなく、いわば裁判官がなすべき任務だと思うのです。われわれは政治に携わっておりますが、この場合においては、国の方針を決定するためには、その事実に対して具体的にこのケースは違法性を持っておるか、合法性を持っておるかということを判定しなければならないわけで、いわば裁判官と同じような立場に置かれておるのでございます。従って先生方には御迷惑とも思いますが、お尋ねしたいのです。われわれはそういう立場に追い込まれております。自由であるべき公海において、しかもわれわれはここに対して幾年かにわたっての実益を持っているわけでございます。それに対して非常な害を受けるような危険きわまる行為が、広い範囲で長期にわたって行われることは、公海自由の原則に従って、違法性を持っておるという立場を主張することは誤まりではない。裁判官でいえば判決を下すわけでございますが、それをわれわれは誤まりではないと確信いたします。それに対して結論的な御所見を伺いたいのでございます。
○一又参考人 お答えの前にちょっと先ほどのが手元にございましたので一応申しますと、一九二七年の決議でございます。それは第一、反対の条約ある場合を除き、船舶の旗国の排他的支配権のもとにおける公海での航行の自由、第二、同一条件のもとにおける公海での漁業の自由、第三、公海に海底電線を敷設する自由、第四、公海の上空における航空の自由、大体こういうふうに列挙してあるわけでございます。 そこで今のお答えでございますが、裁判官というのはなかなかえらいのでございまして、うっかり裁判官としてのつもりで答えるなどということは、イギリスなんかでは大へんな問題が起るのでございます。それは別といたしまして、私一学者としての判断といたしましては、先ほどるる申しましたように、公海自由の原則は、一方的な危険水域の設定自体でもって違法性を生ずるというのが私の意見でございます。
○須磨委員長代理 和田博雄君。
○和田委員 これは高野さんにお聞きしたいのですが、一方的な危険区域の設定だけでは、違法性は阻却されないと思います。関係国という言葉を使われたが、関係国の承諾があれば違法ではなくなるという関係国というのは、この場合非常にむずかしいと思いますが、関係国というのはどういう標準で一体これをきめるのか。というのは、水爆実験の及ぶ被害は、直接には漁業とかいろいろなものがありますけれども、かなり広い範囲にわたって及ぶわけであります。農業にも及べば、相当放射能を含んだ灰も降るし、霧も降るというようにかなり多いと思いますが、どういうように判定するのか。非常にしぼって具体的に直接被害を及ぼすものだけをいうのか。そうではなくて、こういう概念は一体どういうふうにきめるのか。なかなか学問的にはきめにくいと思いますが、いかがですか。
○高野参考人 関係国の同意があればというようなこと声申しましたが、実際国際社会では、ある問題について、非常にはっきり関係のある国とそうでない国とがありまして、そういう受諾を求める際には、はっきり関係のある国には承諾を求めるというような形がとられましょうし、そうでない国にはとられないでありましょう。受諾するにつきましても、はっきりとそれに明示的に受諾することもありましょうし、そうではなくて、どちらとも言わないで黙示的に受諾したと見られる場合もあるのでありますから、これは具体的な事情において複雑な問題を生じますが、それら全部を含めまして、とにかく明示的、黙示的に受諾したと見られる国々についてだけは、一般的にプロポーズされた処置が国際法上の拘束力、効力を生ずる。それ以外の国については、それにはっきり反対すれば、反対しないまでも反対の承諾しない意思が推定されるならば、その国もやはり第一次的に申しますればすべての国が関係国でありますが、明示的、黙示的に承諾する国だけがその処置に服するという法律効果を生ずる。その場合は、承諾した国についていえば、その結果として、かりに警告を守らずに危険区域内に入ったとかなんとかいう場合に生ずる損害については、責任を問えないという効果を生ずる。そういうことをしてない利害関係のない国は、あえて具体的に承諾を求めるような処置をとらないかもしれません。しかしたまたまその国の漁民なり船なりがその中に入るような機会があり、そこで損害を受けるようなことがあれば、その国に明示なり黙示なりに受給をさせておかなければ、不法行為、責任の問題を生ずるのですから、具体的にそういう損害を起り得る国に対しては、問題が起きた際に責任を負わないことにするためには、そういうことについての警告をして、明示または黙示の受諾を求める。いわば第一次的にはすべての国が関係国だと申せますが、第二次的には実際的に考えて後者の方が関係国といわれるべきものと考えてよろしいと思います。
○和田委員 そこで一又さんにお聞きしますが、あなたのおっしゃった日本政府が向うに対してどういう返事をしたかといったようなことも、その内容は非常に問題になってくると思います。今のように具体的にはなかなか関係国というものがきまりにくいとすれば、一番関係のある日本としては、一方的な危険区域の設定によって、もちろん国際法上これが合法化されるわけではないから、政府としてはっきりとした違法であるという形の意思表示をしておかないことには、損害賠償だけを要求するようなばく然たる意思表示であった場合には、解釈上非常に疑義を生じまして、一つのフェ・タコンプリを作られてしまうような結果に、法律的にもなろうと思いますが、その点はいかがですか。
○一又参考人 先ほども申しましたように、その点が私も心配なのでございまして、あの第一回の事件の結末が、あのときは法律問題を離して解決されたわけなのです。今度はそれに拘束されないで、ワン・バイ・ワンで法律問題で片づけるということができるかどうか、それがやはり私は一番心配なので、これは雑誌なんかにもいろいろ学者の意見が現われておりますように、やはり国際法学者がみんな心配しておる通りで、最高の国策のために法律問題をはずしたのだろうとみんなは想像しておりますけれども、その点が今度のにも将来にも尾を引くかということ、これがやはり法律問題でないとなると、今の法律上の損害賠償権というものは出てこないのじゃないか。加藤一郎教授でありましたか、かりにこれを合法と認め、また同意をして、その場合に違法性を阻却しても、損害賠償請求権というものはあるという御議論もあるようでありますけれども、私の一番心配なりは、そういう先例が尾を引きはしないか、また危険区域の設定をしてくる、そしてはいはい言っている間に、今和田さんのおっしゃるフェ・タコンプリができて、もうここからは法律議論をしたって向うが受け付けないということになってきはしないかと、その点を私は心配しておるのであります。
○和田委員 そこでお話にありましたアメリカのマクドゥーガルの議論が、非常に政治的な意味を持ってくると思う。その全部を私読んでいないのですが、いわば非常に大国、強国としての政治的な解釈、悪い言葉でいえば、全く御用学者の解釈だと思うのです。純粋な法理論ではない。だから今度の場合はむしろそういう政治的な議論でなくて、幸い慣習法として公海自由の原則というものが認められておるし、どんなにわれわれが譲ってみても、とにかく一方的な危険区域の設定だけでは、これが合法化されないという点においては、おそらく大部分の学者の一致した意見じゃないかと思うのです。ことに今あなたが御指摘になりましたように、危険区域がだんだん広くなってきたときに、一体どこで違法性のものが合法性に変るかという問題は、実際のところ非常に大きな問題であるし、また事務的にいってそういうものが変るものでもないのであります。だからそこらの点について、今度の問題についてやはり法律的に学者の学説なり、あるいは国際司法裁判所なり、それぞれの国の裁判所が適当な判断を下して、それが世界の多数の学説だということになってしまえば、そういうものは今後においてははっきりとした法律の根源として、慣習法を成り立たしめるものとして成立していくのだろうと私らは思うのでございますが、そういうようには考えられないのですか。
○一又参考人 そういうふうにしてだんだん世界の世論を喚起し、また国内外の法律家、裁判官が、そういうふうな日本の議論に対して合理性を認めれば、それは次第に、先ほど申しましたように、やはりこういうふうな場合において危険区域を一方的に設定することは、違法であるというふうな一種の慣習法が確立するといいましょうか、そういうふうに認められる可能性はあると思います。
○須磨委員長代理 岡田春夫君。
○岡田委員 私も二、三点お伺いしたいのであります。まず高野先生にお伺いしたいと思うのですが、先ほどの御意見を承わっておりましても、実験をするという一方的な公示あるいは通告に対して、関係国が明示的にか黙示的にか、何らかこれに対する意思表示をすることが必要だという意味のお話があったのですが、そこで一昨年のビキニの実験の場合に、日本の方としては見舞金をもらうという形になって問題が解決しておるわけですが、この事実は国際法上国家の場合にこの実験を黙示的に認めて、それに基いた見舞金という意味に解釈すべきではないか。こういう点国際法上の御見解を伺いたい。
○高野参考人 一昨年の問題にからまりますその点は、多少解釈の分れも出るかと思いますが、先ほど申しましたように、従来国際慣行として認められているような、簡単な演習とか高射砲弾の実弾射撃とかいう場合には、危険があるからといって通告してくればそれで足りる、これは国際慣行上大体そうなってきておるからそれと同じだという観点に立って、水爆実験であれだけ広い海を危険だから入ってくるなということはそれと同じ観点である、従って一方的に通告すれば、水路部で告示すれば、それで何ら法律的に問題は生じないのだという考え方に立てば、やっぱり艦隊演習のときにのこのこ出かけて行って、そこで損害を受けても文句は言えないような効果が生ずると思います。しかしながら私が申しましたのは、艦隊演習や何かはそういう国際慣行で認められてきておるから、単に告示するだけで、そういうことが国際法上何ら違法性のものを生じない。しかしそうでなく水爆実験は従来のそういうものと例が違う。のみならず実質的に考えても、期間とかそれから広さにおいて、そういうものと同一と判断すべき根拠はない。そうすれば、その前者の場合における単に告示で有効、合法化されるというような国際慣行のもとに考えられるべき問題ではない。従ってそれは単なる告示を受けても、その背後にある実体的な関係について、明示または黙示で承諾した、それはやむを得ないといって承諾したということによって、初めてその問題はその国に対して有効に主張し得る。その国としては文句が言えなくなってくる。従ってその具体的なことが、従来の水路部告示とか単なる危険告示というようなものをこちらが受け取ったときに、向うはどういうつもりで出し、こちらはどういうつもりで受け取ったかという問題に触れるわけであります。しかし私はその具体的な問題の吟味を一応離れまして、その問題についてはそういうような単なる水路部告示だけでは生じない。それを受けた側がその実体を承諾するような意思が、明示または黙示に読みとれることによって、その国に対してその処置が有効に主張できる。そういうことに判断いたします。
○岡田委員 私のお伺いしたい点はこういう意味だったのです。あなたの御意見によりますと、この公示に対して拒否をするという場合には、損害賠償の対象になるであろうという意味のお話があった。ところが客観的に見て、日本側の態度としては、損害賠償ではなくて見舞金というものを受諾した、事実もらっているというこの事実に立って、この間のビキニの実験というものは、明示的ではないにしても、黙示的にあの実験を受諾したという結論に立って行われたものと法律上解釈すべきではないか、こういう点を実はお伺いしたかったわけなのです。
○高野参考人 そういうふうな処置をとったことが、いいか悪いかは別の問題がありますけれども、それがもし見舞金という形で処理されたということから逆に推定しますと、その実体を日本側は受け入れたのではないかというふうに考えられるわけであります。
○岡田委員 それからもう一つは、今度のマーシャル群島の実験なのですが、これは一又先生にもお伺いしたいと思うのですが、マーシャル群島について三月一日に一方的な公示があった。これに対して再三にわたって日本側政府のとった態度は、事前通告、予防措置並びに損害の賠償、この三点に関して再三にわたるところの向うに対する交渉をやっているわけです。私はその中で一番問題になるのは、事前通告について再三にわたって交渉をするということは、これはすでに黙示的に実験というものを受諾したという意味に、国際法上解釈すべきことになるのではないか、そうなって参りますと、先ほどから先生のお話のように違法性を持っている、違法であるという断定とさかさまの国際法上の論拠に立って、そういうことをやっていることになるのではないかという点を感じますので、もちろんこれを拒否するとかなんとかいうことは、いまだ明示的には日本政府として言っておりませんので、そういう点についての御見解、特に事前通告の問題について御意見を伺いたいと思います。
○一又参考人 事前通告があったということにつきましては……。
○岡田委員 いや、事前通告をもう一度してくれと言っているのです。(「事前通告を要求したわけですね、事前通告を要求したということは、この行為を暗黙の間に認めているのではないか」と呼ぶ者あり)黙示的な了解ということに法律上なるのではないですか。
○一又参考人 まことに逃げるようでございますけれども、やはり交渉の内容というものは新聞だけではわかりません。やはりそこは外交交渉というものの要路に当った者が、果してそういうようなこまかいところまで意思表示をしているかどうかということで、われわれ学者といたしましては、その結果の文書なりそういうところに表われた意思表示を解釈する以外に、表面こういうことがあったらしいというだけで断定を下し得ないと思います。そこで私先ほど結論に申し上げましたように、対米了解の内容と性質と申し上げたのはそういう意味なのです。
○岡田委員 それから先ほど国際法の両先生のお話を伺っておりますと、公海自由の原則についての違法性の問題については、きわめて明快にお話があったのですが、もう一点私の伺っておきたい点は、私の見解といいましてもきわめて不十分なのですけれども、意見を述べて御意見を伺いたいのですが、マーシャル群島の信託統治地域においてこれを行う、このこと自体も、私は国際連合憲章の精神からいって違法ではないか。と申しますことは、第十二章の国際信託統治制度の精神からいいましても、施政権者がこの地域においてどのようなことをやってもいいということの保障は何ら与えられておらない。この施政権行の行い得ることは、信託統治内における住民の福祉あるいは平和、この点を守るという観点に立ってのみ、こういうことが行い得るのであって、そういう条章その他については学者の諸先生でありますから私は申し上げませんが、しかしこういう意味においてのみ施政権を行使し得るのであって、この施政権の行使の範囲外として、少くとも多大なる被害と危険を与え得るような状態であるこのような実験に対して、これを行わしめるということは、国際連合憲章の精神からいっても、この点にも私は違法があるのではないかと考える。それからもう一つ具体的に申し上げますと、たとえばビキニの実験の場合においては、あの実験をやることによって島の一部が消滅してしまったという事実があるわけです。そうしますと、その領土の処分権というものは施政権者に果してあるかないか、こういう点に対しましても施政権者の権能からいって、私はないと断定せざるを得ない。そういう点からいっても、今度の実験自身は、明らかにこの国連憲章の精神に反している、違法であると私は考えるのです。この信託統治制度の問題について、もう少し私いろいろ伺いたいのですけれども、ほかの方もおられますので、両方一緒にいたしましてこの点を伺っておきたいと思います。およろしければお二方から御意見を私伺わしていただきたいと思います。
○一又参考人 ただいまの御質問の信託統治協定との関連でございますが、これは私先ほど日本に百パーセント有利だというふうに申し上げましたマーゴリスの論文なんかにるるございまして、それをお読み下されば、マーゴリスの立場から実に明快にその点は御要望通りのことが出てくると思うのでございます。ただマーゴリスのは百パーセント日本に有利なのですけれども、それが有利だからといって安心するわけにはいかないので、やはり世界的なあれでもって解決しなければなりませんが、今の御質問で、率直に申し上げますと、この問題について信託統治協定の違反だとか、国連憲章の違反だとかいうことが論ぜられております。先ほど来申し上げているように、原水爆実験の違法性の問題は、いろいろな角度で論じておりますけれども、私がより重要性を持たしているのは、先ほど申しました公海自由の原則に対する違反でございまして、この点は私今日、何と申しましょうか、私自身の考えとして回答を申し述べるほど重要性を持たしていない。それはもちろん信託統治の協定からいったならば、その精神の違反だとか、国連憲章はそう何でもかんでも許していないということは言えると思いますけれども、ちょっと今日の私自身の重点からいうと、やや二次的——率直に申し上げまして、第二次的なので、私の論点は先ほど申しましたように、もっぱら海洋自由の方面に違法性の根拠を置きたと思うわけでございまして、もしも何でしたら高野先生から……。
○高野参考人 私も簡単に申し上げます。もちろんやはり一又先生から言われたように、重点は海洋自由の問題に含まれております。第二次的になるかと思いますが、信託統治との関係について触れますと、結局信託統治には戦略的信託統治というものが認められます。現在南洋の問題のところは唯一の戦略統治地域で、これは憲章八十三条に規定してあります。と同時に憲章八十三条二項を見ますと、戦略的地区にも一般的に適用がある信託統治の基本的目的は何かといいますと、住民の福祉をはかる。これは大眼目でありますけれども、今度の場合は多少連盟の場合と違ってそれが唯一のものでないわけであります。つまり戦略的統治が認められる、戦略的に役立たせるということもそれと並んで基本的目的になる。そのことは憲章、さらに進んであの南洋諸島に関するアメリカの信託統治協定というのにも、この七十六条の目的を実現するということが、その四条に繰り返されている。基本的目的の一つとしての安全保障の目的に役立たせるということも、一カ条その五条で規定されている。以下住民の福祉をはかるというようなこともそれぞれ一カ条をもって書いてある。このことの結果として申し得ることは、戦略的には、あるいは安全保障に備えてその島を利用するということは排除はされない。しかしながらその一つの目的だけで他の目的を無視していいということにはならないわけですから、従って戦略的な必要に応じてそれを用いるということが、他の目的、住民の福祉をはからなければならないという同じウエートの基本的目的を無意味にするような、全然それをだめにしてしまうような使用の仕方であれば、国連憲章に違反する規準にそれがなると思います。
○岡田委員 そこで具体的な点なのですが、結局領土それ自体もなくなるような事態が起ってくるということになると、明らかにこれは施政権の行使を逸脱していると私は思うのです。そういう意味でむしろ具体的に伺ったわけですが、このビキニの一部消滅してしまったというような場合にも、明らかに施政権の行使の権限を越えているのではないかというように、私は考えるわけです。 それからもう一つ医学の方の先生に伺っておきますが、非常に被害が拡大してしまった。いわばそういう症状の起るのは慢性化する状態になり、一般化する状態になっているということになると、その場合に伺いたい第一点は、人体に被害を受ける場合、どういう形で一番被害を受ける場合が可能性として多いかという点、たとえば空気を吸っていくという場合とか、あるいは魚を食うとか、いろいろな場合があると思うのですが、そういう点が第一点。 第二の点は、その予防措置に対する具体的な方法として、具体的な点を伺いますが、今度の実験は相当長期にわたるので——これはどういう意味か知りませんが、水産庁では少くともマグロ、カツオに対するガイガー試験管で実験をやるということを、やらないかもしれないというようなことを言っているのです。そうするとこの被害というものは甚大な影響を及ぼしてくるのではないか、ガイガー試験管を当てないことによってどんどん魚が入って、どうもしようがないから、一般化しているから、トロのマグロでも何でもいいというわけで、食ってしまうというような場合が起ってくるのではないか。そしてこれは単にマグロだけではなくて、規模の点からいって、非常に広範に、いろいろな魚にも影響が及んでくるのではないか、こういう点も伺っておきたいと思います。
○宮川参考人 今お尋ねになったどういう症状が出るか、慢性の症状が出るとひどいことになるというのは御説の通りでありますが、先ほどもお話ししたように、現在問題になっている放射線障害というものは、先ほど三好先生の言われたような福龍丸の船員さんに出たようたああいうひどい症状ではなくて、慢性の健康人との境目もわからないようなものであります。それでたとえばよく言われている白血球の減少とか、いろいろな血液の病気というのがあります。白血球の減少というのも一つの対象にはなりますが、あれは白血球が減ったからといって、その人がどうということでなくて、白血球が減ることは一つの目じるしになる程度のもので、ほかにもまだいろいろの身体的障害があるということは当然であります。それでこうなると病気というものの定義をきめなければならないくらい、これは非常にむずかしい問題になるわけであります。最後のところ人間が普通の生命の長さであって、その間普通人と同じように働けさえずればいいというようなことで健康人というふうになるなら、現在の状態では、まだその点はっきり申し上げられないわけであります。たとえば生命の短縮と申しましても、普通人生五十年のものが四十五年になったといっても、それは長い統計でなら出るかもしれませんが、数名の被爆者が四十五歳で死んだからといって、生命の短縮になったということも言えない。そういう点で現在は、先ほど三好先生が言われたようなひどい急性症状の場合にはああいうようなこともある。それから慢性の場合は、現在われわれの職業人に見られるような、いわゆる血液に現われてくるような、いろいろの疾患というものを対象にするよりほか手はないと思います。あるいは後ほど三好先生の方からこれを追加していただくことにいたします。 それから措置といたしまして、これに対するいろいろな措置も、先はど三好先生が言われたように放射線傷害独特の治療方法はないのでありまして、結局全身状況をよくするという以外にはないわけであります。従ってひどい人にはそれぞれ普通の内科医がやっておられるようなこと、あるいは外部のいろいろな目に見えたやけどとか、そういうものに対しては外科的な処置もあると思いますが、実際の場合はそういうような症状が出てきたのでは、実はもうこれはひどい障害に属するので、われわれの立場では、ことに私の立場では、いわゆる医者が飛び出る前に許容量以下に食いとめたいということであります。そういうようなことで、実を言うと、先ほどの初めの症状と治療ということは、むしろ二の次になるわけであります。 それからこれは午後檜山先生がお話しになることだろうと思いますが、私の知っている範囲で申し上げますと、マグロ云々のことでありますが、マグロをこの間は丁寧に厳重に検査をやったのに、今回はどうしてやらないかということであります。これは水産学関係の学者が集まっての結果によりますと、この間の非常に汚染されたマグロにおいても、その中で非常に危険な放射性物質に関しましてはそう大量ではなかったという結果——その結果が出るまでに約一年町以上かかったわけでありまして、それはまあやむを得ないわけであります。今までデータがなかったので、データそのものを作るためには不経済でもやむを得なかったと解釈いたします。従ってビキニ程度あるいはそれ以下の実験であれば、おそらく今度の海産物も安全度以内のものでとどまるであろうという、これは一つの予測であります。これはおそらく午後いろいろ話をされるのですが、ただそれでは安心していられないという事実も二、三ございます。たとえばビキニの場合の放射性物質の場合と、今度出るであろう放射性物質とは、質的に変ってくるであろう可能性もあるわけであります。すなわち前回はたといよいよても、今度の実験にはどんな違う放射性物質がまざるであろうかということは、水産学方面においては非常に心配しておりまして、そのためにあらかじめ大急ぎで調べようという一つの方法に、各漁港あるいは市場では調べないかわりに太平洋のまん中で早く調べようという試みはしております。そういうような意味で質問に対して私の答えることではないのですが、あるいは先ほど言われた、前もって教えてくれというのは、そんなところにも少し意味があるのではないかとも思っております。これは私の想像でございます。そういうようなことではっきりしたお答えはできないのでありますがそれが事実現況であります。
○須磨委員長代理 戸叶里子君。
○戸叶委員 他の委員から御質問がありましたので、私は簡単に二点だけ伺いたいと思います。 一又先生に伺いたいと思いますけれども、その第一点は、私どもも今度の問題は政府の回答というものが、非常に重大な意義を持つということを考えておりましたが、きょうの先生方の御発言でも、政府の問答いかんというものが非常に重大な意義があるということが、さらにはっきりしたように思います。そこで私どもといたしましては、あくまでも原水爆の実験禁止ということを望んでおりますけれども、その場合にどうしてもアメリカが今度実行するというようなことがないとも限らない、そういうふうな場合に公海自由の原則という立場に立って、もしどうしてもそうであり、しかも実験を禁止するというような実定法がないんだということで主張されたならば、その場合公海自由の原則という建前から、このビキニの地域を選ばないで、アメリカ国内のどこかでやったらいいじゃないかということを強く主張することはどうかという点を伺いたいと思います。
○一又参考人 ただいまの点は、政府の交渉内容というものが非常に重要だということは先ほど来私が申した通りでございますが、さればといって今後ビキニからどこかへ移ってもらいたいということは、やはり外交交渉でございまして、われわれ国際法学者としては一国民としては望ましいというものの、それは政策の問題だと思いますので、ちょっと私の回答外だと存じますが、とにかく私は先ほど来るる申しましたように、実験行為そのものに対する違法性云々は別として、片一方の違法性だけははっきり言っておいた方がいい、これだけは引っ込めない方がいいのだというのが、これが私の立場なのであります。
○戸叶委員 私もその問題は政治的な問題は政治的な問題であり、外交上の問題であると思いますけれども、公海自由の原則というものを強く、主張する意味からも、そういうようなことを法律学的にも言い得るのじゃないか、こういうふうに了解したわけなんですけれども、この点もう一度伺いたいと思います。それからもう一つ、前置きは省きまして結論だけ申し上げますと、国際司法裁判所への提訴というようなことはどういうふうにお考えになっておりますか。
○一又参考人 結局突き詰めてみれば、これはいずれもが日本の国民及びそれ以上に日本の政府の決意いかんの問題で、もうそれ以上には私はただ望ましいというだけで、法律上こうしたければならないとか、そうすべきだとか、そういうふうなことじゃなくて、これは注文の問題でございますが、やはりその前にあくまで違法性でがんばる——これはがんばるといったって、こっちは武器もないし、結局口だけのことでありますから、要望、要求ということになると思いますが、残されているところは、やはり今の損害賠償請求権という法律問題で戦う以外には手はない、だから向うでやるならこっちで力で阻止するほかないのだから、せめて法律問題だけはこっちで確保するという立場が、やはり現在の日本に残された唯一の道じゃないかというのが私の考えでございます。
○須磨委員長代理 並木芳雄君。
○並木委員 一又さんにお尋ねいたします。たまたま私が質問しようとする点は、今の答弁とも関連があるのですけれども、確かに政府としてもその点非常に悩んでおるのです。この問題が違法性を持っておるということを感じておるにもかかわらず、今日まで芳ばしい態度がとれないということは、学者の皆さんにとっても、あるいは国民の側からいっても、歯がゆいだろうと思う、何も憎まれ役を政府が買う必要はないのですが、それにもかかわらず一大決意を持って反抗ができないというところに、やはり問題があると思うのです。その問題の根拠は、しばしば政府が言う公海上において原水爆実験禁止の実定法がないということなのです。それで公海自由であるならば、ここで実験をやることもアメリカの方からいえばこれば自由なのだ、われわれがあそこで漁業をやる、これも自由だ、二つの利益と利益がそこで抵触をするわけです。ですからどうしても向うが主観的に公海で実験をすることも自由だという主張であるならば、これに対してはやはり根拠を示さなければならない、そこに政府の悩みがあると思います。あいつはけしからぬと思っていても、悪いことをしていると思っていても、これを処罰する刑法というものがないと、やはり警察力の発動はできないのとやや似ておるのではないかと私なりに感じるのです。そこで常に政府は実定法がないないと言っておりますけれども、実際にこれはないのでしょうか、学者の皆さんにお伺いをしたい。一又さん、実際に公海で原水爆禁止の実定法はございませんか、それとも何かありますか。
○一又参考人 禁止の実定法がないか——実定法という言葉は自然法と実定法という考え方で、なかなか厳格に使い分けることはむずかしいわけなんですが、いわゆるそういうような意味の条約がないかということをお聞きですが、その場合においては確かに条約はございません。条約がないからといって、一切の日本側の持っておる権利は引っ込むものじゃないということは、さっきから私が申し上げておるところなのであります。
○並木委員 その点はよくわかるのです。ですからどうしても実走法というものを急いで作らなければならないのじゃないでしょうか。どういうふうにしてこの実定法をすみやかに作る方法があるとお考えになりますか。この点政府としてもずいぶん悩んでおる。それができれば問題ない。いかがですか。
○一又参考人 実定法を作るのは国家でございまして。国際法学者は幾ら作ろうと思ったって作れるものじゃないのです。ただ申し上げたいのは、これはもう言い尽された問題だと思うのでありますが、結局実験をやめさせることができない、そういうふうな法律はないのだ、ないのだから合法だということにはならないので、ほかの面で違法性があるということも言い得るのだ、だから違法、合法というものを、そう簡単に一つの問題だけをとらまえて、これが違法かそうでないかという百マイナス百イコール・ゼロという形のものではないのでございまして、あくまで実験行為そのものを禁止する——これば何年たったらできるかわからないのでありますが、現在でも言い得ることは、これはできないかもしれないけれども、公海自由の原則という立場から、日本としては違法性を十分主張することができるのじゃないかということなのです。
○並木委員 その点も私はよくわかるのです。ただ学者の皆さんが違法性を持っておる、違法性だと言うことは、与える影響が非常に多い。そんなに違法性を持っておるものなら、どうして政府が拒否をしないのか、そのかぎをとくために、実定法ができにくいその現実、あるいは実定法はないという事実、これだけはやはり明らかにしておかなければならないと思うのです。上杉博士でしたか、私たち、憲法のときに非立憲と違法という問題で、あれはイルリーガルではないけれども、アンコンスティリューショナルであるという講義を聞いたことがあります。ちょうどこの問題は、学者の皆さんが違法だときめつけておるにもかかわらず、それはまだほんとうの意味の違法ではない、アンコンスティリューショナルの程度ではないか。もしそうだとすれば、皆さんの御意見の発表にも、その程度の割引をしておいていただかないと、私たちの立場もやはりあるのです。 そこでお伺いしますが、政府が起った損害に対しては見舞金とか賠償という名目で補償を受けております。しかし、今度は事前に予期されるところの間接の損害をも賠償すべきだと言っておるにかかわらず、アメリカの方ではあまりいい顔をいたしません。これも先方に言わせますと、やはり実定法がないからということらしいのです。もちろんわれわれは国民としてそういう言動に対して納得するものではありませんが、もし実定法がないとするならば、われわれはアメリカに対して強く賠償を請求することのできる何か根拠のあるものはございませんか。
○一又参考人 私は何度も繰り返しますように、実験行為そのものを——日本は武力を持っておりませんし、また国際連合とか国際警察力が違法であるがゆえに禁止する、これか武力でもって停止させる、そういう権力がないことはもう御存じの通りであります。それだからといって、公海自由の原則というものにおける漁業とか、航海をするというこの合法的な日本の権利がすっ飛んでしまうというものではないのでありまして、その点だけは私は国際法学者として断じて違法であるということは、さっきから繰り返して申し上げておる通りであります。
○並木委員 それでは最後にもう一つ、せっかく一又さんがそうやって張り切って違法だ違法だとおっしゃっておられるのですが、アメリカの方ではそう言っておらないのです。ですからこの現実の問題を解決するのに、この二つの抵触する利益、この問題をいかにして解決するかということが現実の問題です。その方法として最も有効なものは、どういうものがあるとお考えになりますか。
○一又参考人 一言申し上げます。とどのつまり政府の腹一つであります。今るる仰せになりましたように、日本の持っておる違法性の主張というものが弱体であるかどうか、これは法律上非常に強くとも、アメリカの政治的な方面からの圧力でもって弱められるということはあるかもわかりませんけれども、そういう政治的なことは別として、私は学問上、国際法上、先ほどのマーゴリスの論文を引用するわけではないけれども、確かに違法性があるということは認めておるのです。あとの方の日本に都合の悪いマクドゥーガルの論文ですらが、これは衝突だといっておる。衝突だということは、片方は何もないのだということではないのであって、衝突は衝突なのだから、あえてこっちが引っ込む必要はないので、違法性は違法性として主張していいのじゃないか。その違法性の根拠というものはここではあえて申し上げませんけれども、公海において魚をとったり船を動かしたりする、漁業を合法的に行う権利の侵害は、何と申されましても私は違法だと断言する以外にありません。
○並木委員 私のお尋ねしたのは、政府がそういう態度をもってアメリカに交渉して、やめてほしい、やめてほしいといっても、向うでやめなかった場合に、国際司法裁判所に、アメリカにそれをやめさせる方法として訴えていくとか、あるいは国連とかいろいろ国際法上の関係もございましょう。そういう点において、特に学者の一又さんとして、こういうような方法があるのじゃないかということがおありであったならば、ここでこの際提示され、われわれとしても政府にそれを注文づける、こういう意味で聞いておるのです。ですから政府の態度いかんにかかっているのだというような政治的答弁に終らないで、政府がアメリカに交渉しても、アメリカがなおやめない場合には、こういう方法が一番有効適切であるという具体的なものを御答弁願いたい。
○一又参考人 結局われわれ国際法学者の通説というものを謙虚に受け入れて下さることが一番有効であります。
○北澤委員 ただいまの問題について一点だけ。これは高野先生にお聞きしたいのですが、例の公海自由の原則ですが、従来の国際法の歴史によると、なるほど制海権を持っておったイギリスは公海自由の原則にはあまり熱心でなかったのでありますが、アメリカは建国以来公海自由の原則のチャンピオンとして戦ってきたわけであります。アメリカの裁判所の判例なんかを見ましても、結局イギリスの制海権をいかにして排除してアメリカの権益を主張するかということで、アメリカは建国以来、公海自由の原則のチャンピオンとして戦ってきたのであります。 〔須磨委員長代理退席、委員長着席〕 最近原水爆実験等に関連して、そういう従来の態度を変えてきておるような傾向があるのでありますが、一体いつごろからアメリカは、公海自由の原則のチャンピオンをやめて、むしろ今度は世界の大国が自分の利益のために、公海自由の原則を利用するというような態度になってきたのでありますか、ちょっとこれをお聞きしたい。私どもの従来の研究では、アメリカの外交の根本政策は、公海自由の原則の擁護にあったと思うのでありますが、最近それが弱くなったようであります。それは今度の戦争のときからでございましょうか。
○高野参考人 これは直接国際法だけの問題から結論は出ませんが、今の点は確かにアメリカが海洋自由とか戦争の場合の中立者としての利益を守ってきたことは歴史的に事実でありますが、その点はアメリカの動きと組み合せて考えれば大体わかるのではないか。大体モンロー主義以来孤立主義、みずから小さくなって自分を守っていく、それが第一次大戦で参戦するとか中立を守るとかいう形になって参りましたけれども、そのころが転回期であって、だんだんアメリカは大国になると同時に、第二次大戦以後は世界の問題に積極的に参加して、もはやかつて言ったような中立とか他国の問題に関与しないということを一切やめて、自分が先頭に立って世界の秩序を形成していく。そういうことになってきますと、従来の国際法秩序というものは、しばしば小国にとってはその守りのたてになりますが、大国にとってはしばしば都合が悪いという、そういうようなアメリカの地位の変革が生じた。国際法に関してわれわれから見て、相当無理とも思われるような主張がしばしば出てくるということの背景は、そういう歴史的な動きと関係がないわけではない、そう思っております。
○北澤委員 もう一点伺いたいことは、先ほど信託統治の問題で話がありまして、なるほど信託統治地域で原水爆実験を行うことは国連憲章違反である、あるいは米国と国連との信託統治協定違反である、こういうことであったのでありますが、日本はまだ国連に参加していないのです。従って反射的な利益ば受けますけれども、日本がアメリカに対して国連懸章なりあるいは国連と米国との信託統治協定を援用して違反であるというようなことを言うことができますかどうかこの点を一つ伺っておきたい。
○高野参考人 今度の問題について、日本は国連にまだ入っておりませんから、それを援用して、国際司法戒判所にはできますけれども、国連にそれができるかどうかということは、面接加盟国でありませんから、そのことだけから申しますとできない。ただ国連憲章は、御承知のようにこの問題について日米間に紛争という形が生じました場合には、三十五条に明記してあります通り、日本としては非加盟国であっても国連に問題を付託することができます。その点から申しますと、紛争の形になった場合には国連に持ち出すことは非加盟国であってもできると考えます。
○田中(織)委員 だんだんと同僚諸君から質問がありましたが、私一点だけ一又先生にお教えを願いたいのであります。 この問題を国際司法裁判所に提訴する、先ほど戸叶天各員の質問に対して先生は、結局これも政府の決断いかんだ、こういうふうにお述べになったように理解したのでありますが、この点われわれ当委員会においてもたびたび政府側との間に取り上げておるのであります。一つは具体的にやはり損害が発生しないことには提訴できない、実はこういう態度が表明されておる。それからもう一つは、国際司法裁判所へ提訴して、かりに日本にとって不利な判決が下るというようなことも、これは最悪の場合として考えなければならぬから、むしろ今の世界の世論が支配的になって、原水爆の実験、使用禁止等の国際条約ができるまで時期を待つべきではないか、こういうような政府の判断を下されてきておるのでありますが、私らは必ずしもそういうふうには実は考えないので、この段階においても私は国際司法裁判所へ提訴できるのではないか。それは先ほど先生がおっしゃいましたように、広範なしかも長期にわたる危険水域の設定そのものが違法性を生む、こういうことになりますし、すでに一昨年のビキニの実験によって、これが直接間接に莫大な被害を与えたという一つの事実がございます。そういう観点に立ちまして、これは結局公海自由の原則に基く国際慣習法といいますか、そういうものに根拠を置いてのことでありますが、私はこの段階において、その意味からやはりこの実験を中止してもらいたいという意味の提訴が、可能ではないかというふうに考えるのでありますが、その点は、やはり具体的に損害が発生しないことには、国際司法裁判所へ提訴できないものかどうか、また私らが考えているように、こういう損害が予見され、しかもその実験をやることが公海自由の原則を侵犯するのだ、この計画そのものが公海自由の原則を侵犯するものだという事実の上に立って、国際司法裁判所への提訴が、法律的には可能なのではないかというように考えるのですが、この点に対する先生の御意解が伺いたい、この一点だけです。
○一又参考人 私は先ほども申しましたように、危険水域の一方的な設定だけで、十分日本の合理的な違法性の主張はできるものだと私は考えております。ただ、これはやや学者として脱線かもわかりませんが、国際司法裁判所への提訴をアメリカが受諾するというような態度があるならば、この前の福龍丸事件の場合でも、法律問題を引っ込めないで、あくまで法律問題として堂々と賠償の支払いをしてくると私は思うのです。そういう法律問題にすることがいやなので、あくまでこれは政治的に解決しようというアメリカの政策だと思います。国際司法裁判所への提訴とか、いろいろな紛争は、われわれ国際法の学者としては、あくまで国際裁判でやるべきだという理想は持っておりますけれども、現実にはなはだしくこれはほど遠いのではないか。もちろんそういうような決心でやっていただきたいとは思いますけれども、現実性という面においては、私はやや疑いな持っておるのです。
○前尾委員長 これにて午前の参考人各位に対する質疑は終りました。 参考人の各位に重ねてお礼を申し上げます。長時間にわたって、しかも詳細にいろいろ御意見を開陳していただき、また質疑に答えていただきましたことを心からお礼を申し上げます。 この際、参考人の変更についてお諮りいたします。本日午後出席予定の参考人小出勲男君が病気のため出席できないとのことでありますので、その代理として、大日本水産会副会長伊東猪六君を参考人に指名したいと思いますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○前尾委員長 御異議がなければさように決定いたします。 午後二時より再開することとし、これにて暫時休憩いたします。 午後一時十四分休憩 ————◇————— 午後二時二十六分開議
○前尾委員長 会議を再開いたします。 午前に引き続きまして、原水爆実験に関する出題について参考人各位より御意見を聴取することにいたします。 ただいま御出席の方々は、日本学術会議第二部副部長平野義太郎君、東京大学農学部教授檜山義夫君、大日本水産会副会長伊東猪六君の三名であります。 この際参考人各位に一言お礼を申し上げます。非常に御多忙のところ、わざわざ当委員会のために御出席下さいまして、まことにありがとうございます。 本日の議事の順序につきましては、午前中に引き続き、まず参考人の各位からおのおの御意見を伺って、その後委員から質疑がある予定であります。なお御意見の開陳の時間は一人約二十分程度にとどめていただきたいと思います。それではこれより参考人各位の御意見を承わることにいたします。平野義太郎君。
○平野参考人 平野であります。今日主題になっておりますのは、太平洋上における水爆実験に関することでございますが、同時に平和時における原子兵器の製造及び使用ということにも、実験それ自体が関連いたしておりますので、冒頭に一点だけ、原子兵器の大量殺人兵器としての原水爆の使用、製造及び実験等一括いたしまして、国際法の実定法上どういうふうに扱うべきかについて述べさせていただきたいと思います。問題の核心は実定法に関することでございまして、単に望ましき、あるいは理想的なゲゼッツゲベンデと申しますか、立法上の問題でなく、国際法の実定法の立場から、実験のみならず、製造及び使用に関しての原子兵器の問題が、どういうふうに扱わるべきかという問題として、意見を述べさせていただきたいと存じます。 この問題は、すでに十九世紀、セント・ピータースブルグ宣言——一八六八年、十七カ国が批推調印いたしましたことから確立されて参りました国際法上の原則であります。国際法上の条約がない限りとかいう問題ではなくて、条約がない場合においてこそ、初めて国際法上の諸原則が適用されるということの原則を確立いたしましたのが、セント・ピータースブルグ宣言の前文及び条文の内容であります。 それを要約いたしますと、すなわち二点でありますが、一つは、戦争当事国は、敵を破壊する無制限の方法を選択する権利を有しない、科学技術の最終的な発見を戦争目的のために適用することができないという一点であります。すなわち武器というものを無制限に使用することができないという協定に達しましたのが第一点。 第二点は、戦争の必要と人道の法の必要とが相調和さるべきものである。戦争行為の技術的側面として、人道の法——ロウズ・オブ・ヒューマニティと戦争行為法とが調和するべきものであるということの原則を、国際法上、慣習的な法律ではなくて、成文化いたしましたものが、セント・ピータースブルグ宣言の重要な内容になっております。 詳しくは私が「法律時報」の三月号に載せております論文で御承知願いたいと思いますので、後ほど委員長に三月号を提出いたしておきます。 続きまして御承知の通りに、一九〇七年のハーグの平和会議におきます条約、ことにマルテンス・クローズ——マルテンスの条項によりまして、この点をもう一ぺん再確認いたしました上で原則を立てましたのが、マルテンス・クローズであるということであります。この場合は主として毒ガスが問題ではありましたけれども、その場合におきまして、マルテンス条項に次のような条項が明白に規定されております。調印国によって採択されたレギュレーションズ——諸規則、諸規制の中に含まれていない場合においても、住民や戦争当事者たちは、諸国民の法の規則が命ずる保護のもとにあるのであり、そのレギュレーシヨンズは、文明国民の間に確立せられた慣行——ユーセージと、ロウズ・オブ・ヒューマニティ——人道の法と、それから公衆の良心の命法——ディクテーツ・オブ・ザ・パブリック・コンシャンスより由来するものである。これが後ほど国際連合の場合におきましては、国際司法裁判所が援用すべき法源として単に成文化された条約ばかりではなくて、文明国の間に確立せられた慣習というものは、やはり法源の一つとして採択せられておるものの渕源、起源がマルテンス・クローズより由来しておるということであります。 成文化された条約がなければ実定法にならないというものでなくて、ことに大量殺人兵器の戦時国際法の規定の中にハーグ条約が規定せられていない場合であっても、この三つのロウズ・オブ・ヒューマニティとパブリック・コンシャンスと文明国民の間に確立せられた慣習あるいは慣行——ユーセージというものによって、基準がきめられるのであるということをここではっきりいたしまして、これがニュールンベルグなり東京裁判においてもケースとして、単にそういう成文があり、協定が行われて調印されたものばかりではなくて、判例を有しております。単に慣行であるとか法源があるというのではなくて、国際法の一部として援用されニュールンベルグ及び東京裁判の判例にもなっておるのが、ハーグの一九〇七年の平和条約でありましたし、かつまたこれが御承知の一九二二年のワシントン海事制限条約の場合におきましても、そのまま採用せられております。たといこのワシントン条約に調印批准しておりませんでも、その国々に対して調印するようにお互いに協力するという付属の文書までも、条約の第五条では規定せられておる。以下一九二五年のジュネーヴの議定書やそれらのことについては御承知の通りでありますから、ここでは省略することといたしまして、化学兵器、細菌戦及び毒ガスの大量殺人兵器と非戦闘員に加えらるべき兵器につきましては、このような条約及び三つの基準を掲げたハーグ条約が、単にハーグ条約でなくて、国際法の一般的原則として採択せられ、それが裁判においても援用されております。 すなわち第二次戦争以後におきましては、時代が変って新兵器ができたのだから、ハーグ条約は効力がないといっても、これはゲーリングの裁判におけるスターマーの弁護によっても、やはりハーグ条約は国際法上の条約であり、今日なお効力を有するという判決を下しておりますし、また国際連合総会においても確認をいたしておりますから、その意味におきまして、一九二五年の議定書に批准はいたしておりませんけれども、もし日本とアメリカが細菌戦をやったといたしますれば、国際法の違反であるということは、このような今までの条約及び国際法の一部であると宣言されているニュールンベルグの判決及び国際連合総会が確認したということで明らかでありまして、かりに条約がない場合、あるいは条約を批准していない場合におきましても、国際法上の一般原則の効力を否定すべきものではない。かりに批准や条約がない場合においても、一般的に国際法が樹立してきた諸原則、そしてその基準、三つのパブリック・コンシャンスとユーセージと及びロウズ・オブ・ヒューマニティ、これは慣習法として国際司法裁判所の法源にもなっているのである。これは実定法々々々ということを単に条約だけにお限りになる見解があると思いますから、以上申し述べまして、今日原子兵器の禁止を諸国家間に要請する根拠が、十九世紀のセント・ビータース・ブルグ宣言、ハーグ条約から、二五年の議定書からずっと引き続きまして判例を有し、国際連合総会で確認されているということで、この国際法上の諸原則は——もちろん条約があるほどけっこうでありますけれども、なくても違反にならないという問題ではないということを第一点で申し上げましたわけでございます。 第二は、当面の太平洋上におきますビキニ島周辺三十七万五千平方海里に関するデーンジャー・ゾーン——危険ゾーンの設定ということを、国際法上どう取り扱うべきかという点になります。これはもうすでに午前中も参考人が述べました点であり、国際法学者の一致している点でありまして、公海自由の原則を侵害するものであるということは、今日ではこれ以上つけ加えることはないと思いますが、私自身の点から少しばかり申し上げてみたいと思います。 すなわち反対の条約がない限りは、各国の船舶がその国旗を掲げて自由に航行し、自由に漁撈をいたし、自由に海底電線の敷設をいたし、そうしてまた自由に海の上の空を飛ぶことができるという四つの内容を持つ公海自由の原則が今日は確立せられておりまして、戦争中であっても、第三国または中立国による公海の自由な共同の使用ということを妨げることはできないということは、十六世紀のグロチウス以来十八世紀の初めに法として確立し、十九世紀から公理として疑うべからざる国際法上の原則になっていることは、先刻御承知の通りであります。ただ全然例外がないかと申しますと、例外として、特別な警察行為があり得るわけであります。すなわち衛生の見地から、検疫のために領海以外の公海に船を出して検疫をするとか、あるいはまた関税事務のために、公海の中に警察行為が入り得るということは、国際連合の委員会においても認められているところでありますが、それは関税、衛生検疫という目的のためにおいて認められる例外でありまして、それ以外においては、公海は戦争の場合においては、第三国の共同使用ということを妨げることができないという意味において、どの一円も公海を単独に一方的に宣言して区画を設定し、そして独占使用することが許されないということが、公海自由の原則として国際法上確立いたしておりますことは、これ以上申し上げる必要はなかろうかと思います。 そこで問題は、今日の原子兵器の使用ということが、平時におきます場合と戦時におきます場合と二つ出て参ります。今日は平時において原子兵器の実験という形をとっておりますけれども、冷たい戦争という関係におきましては、戦時における原子兵器の使用と不可分の、やはりつながっておる問題であることを一点に申し上げましたが、では戦時国際法の方についてはどうかということはすでに述べました。問題は戦時国際法においてすらも、第一次戦争の場合において、国際法の判例といたしましてはルシタニヤ号があるということであります。すなわち第一次戦争当時にドイツが一方的な宣言を発しまして、危険区域、すなわちそこを通るものは無警告爆沈をするということでもってルシタニヤ号を爆沈した事件は、国際法上ハーグ条約の違反であるというふうに判決されておりますし、第二次戦争のときにおきましても、イギリスの周辺にあるある国、すなわちドイツが一方的な宣言を発して、海戦区域というものを作ることは合法的でないということも、第二次戦争以後に判例を有しておるわけでありまして、これは戦時のことであります。 ここから私の見解になりますが、戦時においてもある当事国の一方的な宣言によって、海戦区域を宣言し得ないといたしますならば、すなわち戦時においても公海の自由というものが、ある一定度の制限を持ってではあっても、そうむやみに戦争をしておる当事者が、海戦区域を宣言することができないとなっておりますれば、いわんや平時において三十七万平方海里というものを、一方的な宣言、一方的な通告だけで、危険区域を設定しがたいということは、今の戦時国際法の事実及び判例からしても、これを論ずることができるのであります。戦時国際法との比較から、平時における危険ゾーンの一方的な宣言が、効力のないものであるということが言えると思う。 第二の論点は、信託統治に関する国連憲章並びに信託統治に関する件であります。申すまでもなく信託統治の目的は、信託統治領の住民の政治、経済、教育などの進歩発展をするべき義務を統治権者は持つ。訳語ではアドミニストレーティング・オーソリテイ——施政権者ということに普通はなっております。そこで果して今日委任統治領のアドミニストレーティング・オーソリティ、アメリカが主権に類する権限を有しているかどうかは国際法上問題があります。というよりも否定的に解釈するケルゼンのような——古くからの権威としてはケルゼンのような人は疑いを差しはさんでおります。しかしこれは一歩譲りまして、主権に類する権限をアドミニストレーティング・オーソリテイがかりに持ったといたしましても、その権限はビキニ島エニウェトク及びその領海に限るわけでありまして、そこでは安全のためにクローズする、閉鎖することができる旨の規定はありますけれども、それはその島及びその島のある周囲の領海に限るわけでありまして、それを中心とした三十七万五十平方海里までもクローズする権限を、今日の信託統治領のアドミニストレーティング・オーソリティが持つことはできないであろうということは、国際法学者のマーゴリス氏がアメリカのエール大学のエール・ロゥ・ジャーナルで論じておるのであります。島だけについても議論はありますけれども、島についてはここで論じないといたしましても、島以外の海洋の公海の自由を制限し得るということにならないことが問題の第一点であります。 第二点は、メノン氏も申しておりますように、あの七十六条におきましても、国際連合憲章の信託統治の場合におきましても、住民の健康、生命、経済的、文化的、宗教的な生活を保護することが、信託統治領のアドミニストレーティング・オーソリナィの義務であるわけでありますから、逆に信託統治領を破壊する権利ありやとメノン氏が言っているのは、まさにその通りで、生命を保護し、健康を保護すべき義務が、信託統治領の施政権者の義務になっておりますから、これを破壊する権利ありやとメノン氏が言っておる点は、この点をさして言っておるのだと思います。この点は一つの大きい問題点であると思います。 それから特に私として感じますし、申し述べなければならない点は、国際連合憲章の二条の四号に当る点であります。すなわち国際連合憲章の二条の四号には、すべての加盟国は、武力による威嚇を、いかなる国の領土保全——インテグリティもしくは政治的独立に反して、あるいは国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によっても慎しまなければならない。これは二つ問題があると思います。 一つは、武力による威嚇というものは、領土的完全性を害するような仕組みにおいて、仕方において行使することを、平時の場合慎しまたければならない。第二は、平和を目的とする国際連合の目的と両立しないいかなる方法においても、武力の威嚇というものは慎しまなければならないというのが国際連合憲章二条の四号であります。 この二つはともに私どもにとっても直接しておると思います。マグロが海水で汚染せられて放射能を含んで食べられなくなった、漁業者が死ぬ、あるいはマグロを廃棄しなければならない、放射能の降って、気象上も、また農産物でも、また牛乳にまでも草の影響があって三十カウントも入っておるというような関係におきまして、ビキニの実験は信託統治領に関する問題であるばかりでなくて、離れたかのごとく見えますけれども、日本自身の生活権に直接影響を及ぼして参りますから、すなわち国際連合の憲章二条の四号における武力の威嚇はテリトリアル・インテグリティを害する方法で行使されることを慎しまなければならないという点にまさに該当いたすものと考えます。 第二の論点は、平和を目的とする国際連合の目的と両立しがたい方法によっては武力の威嚇はなすべきでないという点であります。あるいはまたここの場合に、武力の威嚇ではなくて実験をしているのだ、演習をしているのだという見解もなきにしもあらずと思いますけれども、これは国際法と政治掌との分野のまん中くらいに入っておる問題で、述べることを許していただけるならば、やはり一昨年のビキニの実験もヴェトナム戦争における一つの牽制でもあったという観察がされ得るといたしますならば、あるいは全然政治目的がない、ただの実験ということも考えられないとするならば、すなわち常々言われます通りに、自由諸国の安全保障のために実験をしておるのだということが言われ得るならば、すなわちこれはやはり一種の国際連合憲章の二条の武力による威嚇であるというふうに考えられるならば、この国際連合憲章の二条の四号にまさに当っておるわけであります。水爆の実験というものは製造と不可分であるのみならず、今日の冷戦の状態においては、戦時と平時の区別がなくなるようなことも行われてきておるということからも、この問題が生ずるわけであります。そこで武力の威嚇ということに関する二条四号が私は重要であると思います。 ここで、演習であるからあまり重要でないという説について反駁するほどの価値を認めませんけれども、演習というのは第三国に対して何らの影響がない場合、三日とか四日というごく時間の限られた場合において、演習が問題とならないということは言い得るわけでありましょうけれども、三カ月にわたって、公海の領域三十七万五千平方海里という広大な面積を、しかも損害があり得るという見込みではありませんので、すでに一昨年の三月一日、四月六日、五月二十日、三回にわたるビキニの実験によりまして、損害は確証されておるのでありますから、演習であるから問題にならないという国際法上の議論は、根拠がないものと考えます。 そこで結論に向います。国際法の上から見まして、また国際法学の上から見まして、この最後の実験の問題につきましては、おそらくあまり異論のないほどに、公海の自由の原則に違反しておるということ、それから私が述べましたさらに二、三の理由によりまして、政治上の問題ではありませんので、実定法の上から違法であるということが結論されるわけであります。 そうすると、二つの効果が生じます。一つは、単にたまたま危険を目して危険ゾーンに入ってきたのだから、損害を受けてもこれはしようがないという考えではなしに、損害、実害が直接間接あれば、すなわちマグロが汚染してそれだけ廃棄した、食えなくなった、あるいはまた船が遠回りをしなければならなかったという、算定し得べき、測定し得べき実害が存する限りにおいては、損害賠償請求権が——単なるコンペンセーション、日本語で申せば話し合いによる見舞金という程度のものではなしに、実害が立証せられる限りにおきまして、この実害に対しては損害賠償請求権が発生するものだと考えます。従いまして、エクス・グラティアというラテン語で古くから言われております涙金——話し合いによる二万ドルというような計算のできない補償ではなしに、実害が立証せられる限り、やはり損害賠償請求権が、その当事者ないし国家においても発生するということが、以上の点から論結せられる一つのことであります。 第二は危害の防止に対する請求権であります。もしこれが初めてであって、損害がありそうだ、あるかもしれないという場合においては、損害があって後に、それを待って実害を立証することによって、次の危害の防止の請求権が発生いたしますけれども、今度の場合は、すでにおととしの実験によりまして立証されておるわけであります。すなわち危害の予防の請求権は、すでに今日といえども立証されておるわけでありますから、単に損害があったときに補償を求めるという権利があるばかりではなくて、損害の発生しない以前において、一度やってもうわかっておりますから、二度と起らないようにという損害予防の請求権も自然発生しておるわけでありますから、水爆の実験がないように、また予防を必ず完全にすべきだということが、権利として請求することができる。お願い申すというわけではなく——むろん道義上そういう点があっていいわけでありますけれども、国際法上の権利として請求することができるということになる。その方法は皆さん方もいろいろお考えでもございましょうし、国際司法裁判所もあれば、政府との話し合いもあれば、多々あると思いますけれども、私は今ここで国際法上の請求権発生が二つあるということを申し述べるにとどめたいと思います。 最後に、ローマ法王が昨年の暮れのクリスマス・メッセージで製造使用禁止について訴えますとともに、何としましても、実験禁止ということが原水爆禁止の第一歩であるという点を強調せられた点において、この実験というものの禁止、停止、中止の申し入れ及びそれに対する考え方というものは、今日の重要な問題になっておるということ、第二に、水爆の実験そのものの禁止とか原水爆自体の禁止ということは、大へんむずかしそうな問題でもあるのだが、ともかくも自分たちの生活している太平洋上のこの実験の禁止だけは、今度どうしても要求してほしいというのが漁業者の願いでありますので、根本の問題はいろいろあるとは思いますが、漁業者の方からいえば、生活権の擁護というふうにいってよろしいと思いますが、それが非常な熾烈な要求になってきておる。それから前にこちらの国会で決議をいたしていただきましたおかげで、山口県、徳島県、岩手県、神奈川県県会で、すでに原水爆実験の禁止を決議いたしました。十一日には和歌山市の市会でやはり実験禁止の決議をいたしましたので、世論ということも単に空漠たるものではなくて、各県会及び市会などでも決議をして、禁止していただくように願っておることをつけ加えまして、私の参考意見といたします。
○前尾委員長 質疑はあとでしていただくことにいたしまして、次に槍山義夫君にお願いいたします。
○檜山参考人 私今日申し上げますことは、一昨年のビキニにおける水爆の実験の被害が日本に影響をいたしましてから、大ぜいの学者がいろいろの面でこれを研究いたし、調査をして参りましたが、私の専門であります水産学、これは海と魚との関係から見るのでございますが、その立場から研究いたしました結果を、時間がございませんから、かいつまんで申し上げ、それによって、もし将来同様の実験がございましたならば、どういうふうに想像できるかということを申し上げたいと思います。従って第二段の方のことは、まさに想像の方であります。第一段の方は研究の成果を申し上げるのであります。いろいろな学者がいろいろな方面から研究をいたしましたが、私及び私と同じような専門の者が研究をいたしましたものは、大きく申し上げて三つに大別できるのであります。 第一は、厚生省が初め行い、あと都道府県でいたしましたマグロ漁船、その他の漁船の漁港における漁獲物の検査、その結果を十分検討いたしましたこと、それからその廃棄を命ぜられましたマグロをよく詳細に検査をしたこと、研究をしたこと、これが第一の項目でございますが、これは水揚地において入手した材料についてやったことであります。 第二のは、不幸にして第五福龍丸が放射能を持っております灰をかぶりまして戻って参りました。その放射能の灰が第五福龍丸にたくさんありましたので、これを資料といたしまして入手し、これを使いまして、いろいろな海の生物、魚——マグロまで最後に実験に使っておりますが、そういうものの実験的な研究、これをチェックいたします意味で、元素の種類のわかっておりますアイソトープを使いまして、これがどういうふうになっているかということのメカニズムを究明したことが第三段であります。 第三段は現地に農林省の水産講習所所属の俊鶴丸という船が参りまして、これに私どもの研究者が乗りまして現地を調べた、それによって出たデータでどういうふうに考えられるかということの検討をずっと今日まで続けていたのであります。 これらの三つのものからいたしまして、汚染のメカニズムがどういうふうなものであるかということがかなりはっきりわかりました。それをあとで申し上げます。 順に申し上げますと、第一の漁港における検査をいたしましたのは、一番初めにこのマグロについて世上にセンセーションを巻き起しました第五福龍丸の患者が、放射能症であるということが発見されたことによるものでありまして、従って直ちに第五福龍丸それ自身の船体及び積荷の検査が行われたわけであります。その第五福龍丸の持ち帰りましたマグロは、直ちに埋められてしまったものでありますから、私たち十分な検査ができなかった。しかし現地に参りました者のごく荒っぽい調査、及びその後私が第五福龍丸それ自身を調べた結果によりますと、これは非常な汚染の程度でありまして、食べるなんということはもちろんできなかったものでありまして、非常に強い汚染の程度であります。放射能の灰の強さというものは、私自分自身ではかりまして驚きました。ラジウムの粉みたいに非常に強いものであります。しかしその後一、二マグロの検査が施行されまして、その当時汚染が発見されましたものは、私どもが外部汚染といっておりますものでありまして、つまり放射能の灰がデッキの上に乗りまして、その甲板を魚を引きずったり荷役したりあるいはいろいろな操作で魚のからだの表面へついたものなのであります。そういう例が二、三例ございました。そのうちに今度はマグロの胃袋の中から放射能のあるものが出てきたのであります。それがだんだん進みまして、ほかの内臓、肝臓とか幽門垂とかそういうところへ放射能が回っていったのであります。この検査を半年以上長く続けておりましたから、その間にその放射能の出てくる様子がずいぶん変ってきております。放射能の魚がとれました場所も変ってきております。 この図表で御説明申し上げると早いのでありますが、この赤で書きましたのは初めのころの汚染の状態であります。水色で書きましたのは、そのあとの廃棄魚の汚染の状態であります。これでごらんになりますように初めのころの——初めのころと申しますのは、外からの外部汚染はこの表に載っておりません、これは非常に強い汚染でありますが、しかし事実は、外を水で洗いますと全部とれて流れてしまって、肉や何かの汚染は起らないのであります。ここに書きましたのは、いずれも内部汚染の例でございます。 この赤い方をごらんになりますと、胃の内容とか、幽門垂——幽門垂というのは、胃のすぐ下にあります盲腸みたいな場所でありますが、それから腸とか肝臓とかに多く出ております。それで検査後期、夏過ぎて秋ごろの状態が水色の方でありまして、これがじん臓なんかへよくきております。いずれの場合におきましても筋肉には非常に少い、それから骨に非常に少い、こういうのが著明な現象なのであります。筋肉の中に血合い肉というのがございますが、血合い肉の方は、普通の肉よりも多いということがいつもございまして、いつも二倍とか三倍とかいう数字であります。ここに持って参りましたのは、ごく平均した様子をただお目にかけようというので、具体的な一尾一尾について調べたものの結果ではございません。それの平均したような全体のトレンドをお目にかけたわけであります。そういうものの中からさらに詳細な標本といたしまして数百個体が方方の研究機関で調べられたのであります。私どももその一部をやったのであります。そしてこういうことを出したのであります。この表は厚生省の資料でございますからそういった方から御入手できる資料と思います。 魚の種類が非常に多いのであります。あそこへ参りましたのはマグロはいなわの漁船でありますが、とっておりますのはマグロ以外のものもたくさん入るのであります。ここに左の方にその魚の種類が書いてございます。次が廃棄した尾数であります。その次は検査尾数、次が廃棄と検査の割合であります。次のことはあとで申し上げます。 魚の種類で申し上げますと、一番刺身やすしに使います値段の高い黒マグロまたは本マグロというのがございます。これはあちらの方であまりとれないのでありますが、それでも三万六千尾調べまして、その中から四尾しか出ていないのであります。この四尾もおそらく間違いじゃないかと思います。本マグロというのは刺身やすしにする一番高いマグロでありますが、これは汚染がなかったのであります。あと、皮肉なことなのですが、対米輸出に使いますキハダとかビンチョウとか、こういったものの汚染のパーセンテージが非常に高いのであります。そのほかにもいろいろな種類が載っておりますが、当時サメが非常に恐怖を持たれました。そのサメはフカのひれを取るために第五福龍丸の甲板に糸につないでほして戻ったので、サメの皮膚がビロードのようになっているからそれに灰がつきました。それが報道されて非常に心配されたので、サメはずいぶん調べましたが、一つも放射能のあるものは出てきておりません。 こういう状態でありまして、その検査しました総数が百四十万くらいでありますが、その中で廃棄したのは六千七百であります。そのパーセンテージが約〇・四八%でありますが、これは外表から十センチ離れたところで百カウントあるものが一尾でもあった場合には、初めのころは一つの船のものを全部捨てておりますから、実際の尾数よりこのパーセントは高くなっているはずであります。 それから今のは外表から十センチ離れたところで百カウントという基準を使ったのでありますが、百カウントのところで捨てるやつでは、先ほど申しましたように肉の放射能が割合出てこないのであります。出てこないと私たちは比較の数字が得られませんので、なるべく強いものを使うために干カウント以上のものを使おうといたしまして、外表干カウント以上のものを一応出してみますと、廃棄片数の中の三・五%であります。そうするとこの千カウント以上というのは全体の検査尾数からいうと、十万尾中の十七尾という率で出現したのであります。千カウントというのは一つの魚倉の中に入っているうちの一番強いもの、千カウントであったというものを選んだのでありますから、実際の尾数と違っております。 それを今度筋肉を取りまして、実験室の中で精密に、焼いて灰にして肉の放射性物質の出やすい状態にしてはかってみますと、筋肉一グラム当りに換算しますとこの表になります。大体これが外表からのものでありますが、千カウントというところを取りますと、筋肉一グラム当りの中に十カウントという数字が出るのであります。百カウントのところを取りますと、ほとんどがゼロでありますので、これはどうにもわれわれの目的に使えない。たった一尾非常に強いのがありまして一グラム当り五十カウントです。これは俊鶴丸がつかまえたカツオであります。その他のものは、この中から二、三百尾取りましたが、一審強いものを取らないと私たちは商売になりませんので、一番強いものを選んできて調べてみましても、ほとんど筋肉の中はゼロのものばかりであります。たった一尾非常に役に立つのがありまして、あと十カウントくらいのが七つくらい、やっとこの線が引けたのであります。この線はどういう意味があるかと申しますと、今度起ったときに検査する場合に、外から今まではかったより、どういう基準を使うかがわかる。この前の百カウントは何も基準なしでやったのであります。何でも汚染したものは使えないというので捨ててしまう、そういうことでやったので、食べられる食べられないという検討は全然せすにやった。実地に起った事態に対する処、置だったと思いますが、そういうことは厚生省の方からお話しになる方がいいと思います。そういうことでもしここのところで千カウントをとりますと、筋肉の中で十カウント、こういう数になる。これを基準にしますと、食べられるか食べられないかということを計算するのに相当役に立つ、こういうことをやったのであります。 その食べられるか食べられないかということは、あとで申し上げますが、そのほかに第二の実験といたしまして、いろいろな実験をいたしましたうちに、第五福龍丸の灰を水に溶かしまして、その中に魚を泳がせてみたり、海藻を入れたり貝を入れたりして、それがどういうふうに移っていくか、いろいろなことをやりました。それから核分裂生産物のうちで一番半減期が長く、人間の骨についたり何かするといって、おそれられておりますストロンチウム九〇、これがこの場合においても、また将来起る原爆の爆発によって生ずる傷害、化学的な障害、つまり物理的に原爆によって吹っ飛ばされるとか、インダクションでやられるとか、そういったものではない、放射性のある灰によって起される危害については、ストロンチウム九〇というのが一番注目しなければらないものであります。そういうものを使いましていろいろ実験をしてみますと、いろいろな要素がわかってくるのであります。ストロンチウム九〇を、生きているマグロを使いまして——実はこれは当時非常に人がおそれておりましたものですから、放射能の注射をすると言わずに、ホルモンの注射をするとうそをついて、生きているマグロに静岡県の三津浜の水族館でやったのでありますが、やってみますと、そのストロンチウム九〇は、うろことかひれとかえらとか骨とかそういうところにいきまして、筋肉の方には非常に少くしか入らないのであります。その少くしか入らない割合が、あとで、先ほどの検査マグロの方を調べてみますと、元素分析いたしますと、かなりの部分が亜鉛であった。そしてストロンチウムの入る量というものは、およそ数字を申し上げますと、千分の三くらいしかなかったのであります。これがストロンチウム九〇いうものが食べられるか食べられないかということをきめる一番のきめ手なのであります。そのことはマグロでやりました実験及びマグロに注射した実験、市場からとれました材料の実験、そういったもののすべてが一致をしているのであります。これは今時間がありませんからマグロだけを申し上げましたが、いろいろな生物をやっております。 そうして第三番目俊鶴丸の調査をやってみました。その結果を総合いたしますと、俊鶴丸の航跡はこうなのです。こりのビキニのアトールの地図は、アメリカの原子力委員会が出したものからとったのでありますが、これは一昨年の実験の前の実験であります。だから前の前の実験であります。それはここへやぐらを組みましてやったのであります。ここが環礁と申しまして、こういうドーナッツみたいな形になって、中が浅くなってまわりが山になって遠くなっております。この前の前のはここでやったのであります。第五福龍丸がひどい目にあいましたのは、こういうアトールの上でやったのであります。従ってこの爆発の仕方でずいぶん違うわけでありますが、空中に吹き上げて上の高いところで散った場合には、爆発した場合には、そのちりは非常に空気の方へよけいいきまして、下へ落ちる量が割合少く、上の高いところへ上りますと、成層圏の偏向風に乗りまして地球をぐるぐると回るわけであります。ところがこの間の実験は、やぐらを組んだりあるいは地上でじかにやりましたために、割合と近所によけい落ちた、そういうようなことは確かにあるわけでありますが、それを俊鶴丸が見にいきまして、その汚染を見つけた場所がこのバツのところであります。この魚の汚染と海水の汚染とは非常によく一致しておりまして、こういうバツのところが、カレントがこういうふうに動いておりますので、この辺の潮の動き方などがよくわかるのであります。 そういうことと、先ほど申し上げた実験と総合いたしますと、そのメカニズムを大体図で示しますと、こちらの図のようになるわけであります。こういうところで爆発が行われますと、高いところでやりますれば相当上へ行くのが多い。また低いところでやっても相当上に行くのであります。それは空気に入って地球をぐるぐる回って雨や何かになる。けれどもその近所にもちろん落ちます。その近所に落ちたようなものはサンゴ礁の近くにおりますようなこういう生物がよけいとるのでありますが、そのとる割合は、いわゆるプランクトンと私たち言っております、顕微鏡で見なければわからないような小さな生物がおりますが、そういうのによく吸着いたしまして、そしてそれを食べております魚、たとえば小きなイワシとかシラス、そういうものがすぐとるのであります。また海水の中に溶けた放射性物質はホヤとか貝類とか海綿、ウニ、海藻、こういったものがすぐ直接にそれをとるのであります。それをまたタイとか、こういったような磯にいる魚が食べますから、それからその魚に汚染をするわけであります。マグロやこういった魚に来る汚染の方法に二通りある。第一に放射性物質の量が海水に相当多い場合には、直接にからだの表面、つまりえらでありますとか皮膚でありますとか、そういうところから入ってくる。もう一つは海水の放射能がそんなに強くても起るのでありますが、これはフッド・チェーンに乗って食べものの順に入っていくわけであります。マグロにどうして放射能が入ってきたかというようなメカニズムを考えてみますと、どうしてもフッド・チェーンがおもだ。たまたま環礁の中にいたようなマグロは非常に強い放射能の水にあいましたから、その直接のアブソープションが起ったに違いありません。しかしそういうのはここに何尾いたか知りませんけれども、全体の割合からいうと非常にわずかで、大体のものはこのフッド・チャンネルから来て汚染を受けたものであります。そういうふうなメカニズムを考えますと、この爆発生産物の化学的な性質というものは、あるいはもう午前に宮川参考人から話があったかと思いますが、いわゆるハンター・バローの表というものがありまして、大体どういうものか見当がついておる。そういうのは大体あまり生物がからだの中に取り入れて利用しないものであります。これが酸素とか炭素とか水素とか窒素とかになりますと、生物の身体に非常に使うのでありますが、こういう性質のものはホルモンとかなんとかそういったほんのわずかあればいいというようなものに入っていくものですから、そうたくさん入るはずのものではありません。しかしこういうふうな特別な生物に入っていきますと、特別な元素を吸収するという性質がありまして、たとえばホヤというのはバナジウムを非常に集める性質があります、そういったようなことがありますので、非常に一ところに集まるということはあるのであります。たとえばマグロの場合はイカをよく食うのであります。私たちマグロの胃袋の中を調査しておりますが、かなりの部分イカなのであります。イカのようなああいう軟体動物にありますと、その血液の中に亜鉛を持っているものが間々あるのでありますが、そういったものからそれをとったということがよくわかるのであります。 こういうことから、実験であろうと戦争であろうと、もし原爆が地球上で爆発しましてどういうことになるかということをごくあらまし申し上げますと、これは私の見解のみならず、かなり大ぜいの人の意見が一致しておるところでありますが、こういうものが飛びまして空から降る場合、これは空気から、あるいは雨や何かで落ちる。海や何かにももちろん落ちて参ります。そういった場合にどうなるかといいますと、陸と海と考えてみますと、陸の方は、ちょうど机の上にはほこりは非常にたまりますが、水さしの方はもしふたをあけておきましても、ここへたまったほこりはこの中へ入りまして沈んでしまう。従って実際のコンセントレーション濃度を比較しますと、陸の方が海よりもずっと強いのであります。もしそういうことがありますと、海に対しての心配よりは陸に対しての心配が多い。ただこういう島で実験しますと、それは海ということは問題になるのでありますが、もしその近所だけを問題にせずに、地球上全体がどうなるか。たとえばリピーというアメリカの原子力委員会の人が、原爆の実験はこの間のビキニのやつの五百五十個分くらいをやっても、ストロンチウム九〇の地球上の分布が、食物として人間に入る量がまだ最大許容量に達しないというようなことを言っておりますが、そういう計算をしている場合にもみんな陸地の方ばかり考えておる。陸の上へ落ちたものが植物に吸収されて、それが家畜に変る。それで畜産物を一番先に心配すべきであります。つまり肉に入り、それが牛乳になってどういうふうになるか、こちらの方から考えて——牛乳の中にカルシウムが多うございます、ストロンチウ九〇はカルシウムと同じような行動をしますので、そういうようなところから計算を出しております。そういうときには海の方はほとんど問題にならないのであります。それで海が問題になるのはこういう島嶼で行われる実験のときに限ってのことなのであります。海の場合に一体どういう生物がどういう汚染を受けるかと申しますと、先ほどから申し上げましたような意味でマグロというのは放射性物質によって一番汚染しにくいものであります。つまり非常に食物順位が高いものであります。従ってもし汚染が起りますれば、たとえばストロンチウム九〇というものは骨の方なんかにいますから、イワシとかシラスとかそういったような小さな魚、いそ魚の方が危ない。同じような現象は原子炉が海岸の近くにありますれば、その海岸の近くに必ず起ります。もしその廃水の処理を完全にいたしません場合には、ここにありますような順にいきますから、そういう小さな魚とかいそ魚が心配であって、この前のやつでいえば、こういうものを一番よけいからだの中にとったのは、おそらくあそこの島付近の原住民であろうと思います。日本人のからだの中には幸いほとんど入らずにしまったのであります。 次に、そういう食べていいか悪いかということの問題に移りますが、それには基準が問題なのであります。その基準の問題はきのうから始められました国連での会議で、中泉、都築両氏がおそらくどういうふうにするかを議論をしておられるだろうと思いますが、これは一応国際会議で、認められた基準というものが今まではともかくもあるのであります。それが何回か変ってきて今日に至っておりますが、それを基準にしてさらに精密な計算をして出したのが、アメリカのビューロー・オブ・スタンダードから出している基準なのであります。それ以外のは、たとえばソ連が——そういうものが必要だとして持っているならアメリカとソ連でありますが、ソ連のはわれわれは知りませんので、われわれの手元に入ってきますビューロー・オブ・スタンダードの基準を使いまして、先はどの表からマグロの肉の十カウントというのはどのくらいのものになるかという計算をしてみますと、マグロの肉の放射能十カウントのものを毎日二百二十グラム、これは六十匁くらいになりますが、それを一生涯食べましても、いわゆる最大共準量の百分の一くらいのもので、公衆に対する安全性というものは十倍かけましてもまだ一けた安全なのであります。しかもその肉の中に十カウントというものが出現した割合は、十万尾のうち十七尾より必ず低いのであります。そういうことでありますから、マグロというものをすぐ原爆と結びつけて考えるということは、第五福龍丸の不幸な事件によって世間が聞違って思ったのだと思いますか、将来原爆の爆発がさらにたくさん起りましても、こういう間違った観念を国民が持たれることば非常に憂うべきものだと私は心配しております。 ただしこの基準について遺伝の影響その他を論じますときりがないのでありまして、人間の遺伝学というのはあまりたくさんのデータを持っておりませんので、大ぜいの人がいろいろ研究しておりますが、まだそこまでなかなかわからない。私は専門でありませんからそこの点については専門家の意見に譲りたいと思います。 今まで申し上げましたことから、もし今度起りましたらどういうことになるかということを考えてみたいと思います。これは第一に爆発の方法で違います。同じ上から落しますのでも、やぐらを組みまして地上の近くでやるか、高いところでやるかによって違います。高いところでやりますと、先ほど申しましたよう空気の方に入るのが多く、水の方へいくのがずっと少いということになります。それから爆発でできます核分裂生産物というものは、先ほど申しましたように大体きまっているもので、われわれ予想できるのであります。ただ困るのは、この前のマグロの放射能も亜鉛であったのです。亜鉛だから食べてよかったのでありますが、その亜鉛はハンター・バローの表中にないので、あります。これはインダクションで起る。つまり放射能の中で金属が変ってきた——外側のケースがしんちゅうでできていて、これは日本が暴露してしまったので、アメリカでもしょうがないのでシャッポをぬいだ、そういうインダクションによって起るのは何ができるかというと、爆弾の詳しいことをほんとうに知らしてくれませんから、これについてちょっと心配があるのですが、想像できるものはまずこの前のと幾らも違わない。ただ爆発の仕方をどうする、それから数をどうする、量をどのくらいにするか、そういったことがわれわれの関心事であります。まあ今度の場合、単にビキニの実験だけでありませんで、新聞や何かで読んだだけですが、イギリスがやろうといっているモンテベロ・アイランド、これはオーストラリアの西側の北の方にありますが、ここでもしやりますと、明らかに海流の流れがインド洋の日本のマグロ漁業の海区を汚染いたします。こちらの方の海が小さくて、上にこういうふうにジャワ、スマトラが並んでおりますので、その間に入りますからあまりいいとはないのだろう。ただ水爆でなくて原爆だということでありますが、ほかのことを論じませんで、単に海と魚の汚染のことだけを論じますと、全く同程度に憂うべき状態であります。 それからこういうことを何回やったらいいのかという議論があります。これは一回でもやってもらいたくはないのですが、学者というものは国民的なフィーリングを忘れても真剣に数字を追いかけるくせがありますので、ストロンチウム九〇の量が地球上をおおうのに一体原爆が幾つくらいかかるか、さっき言いましたように、アメリカの原子力委員会のリビーという人が計算して五百五十個くらいで、最大基準量に達して明らかに人間に障害を与えるのはその三、四倍だろう、そうすると二千個くらいの原爆が爆発した場合——現在の原爆の保有量というのは、正確な数字はだれもわかりませんが、新聞その他の雑誌や何かにちょこちょこ出ます数字は、二つの国の保有量はもうはるかにこれをこえてきているだろうと想像されるわけであります。そうしますと、もし原爆戦が始まりまして、スイッチを押してぱっと数時間のうちに戦争をやって——そういう国はみな北半球に集まっておりますから、地球を一回りしまして、攻撃した方へ帰ってきてかぶってしまう。それで攻めたのだか自殺するのだかわからない結果になってくる時代に突入していると思います。 今私が申しましたのは、つまり目標へ行って落すやつはその付近は物理的な被害、物理的な破壊が多いのですが、そうでなくて化学的な、つまり爆発生産物のいわゆる死の灰が地球上をおおうことによって、まず最初に陸上のものがやられる、あと海のものがやられる。あと海だから、まあ陸と比べるといいのですが、そういった北半球における人類全部の自殺行為ということに、終局的にはなってくる。その段階にすでにもう入っているのじゃなかろうか、そんなことが想像されるわけであります。 大へん長くなりました。これで終ります。
○前尾委員長 次に伊東猪六君にお願いいたします。実は本会議がもうじき始まりますので、ごく簡単にお願いします。
○伊東参考人 大水の伊東でございます。きょうはマグロ協会の小出さんが、皆さんにマグロ業者の立場からこの問題に対して意見を述べ、お願いをするという段取りになっておりましたのですが、小出さんが急に御病気の関係で、実は先刻私かわってお願いをし、意見を述べてこい、こういうようなことで、業界からも依頼がございましたし、こちらからもお話がありましたので、出ましたような次第でございます。 私ども大日本水産会で、取り扱っております問題は、マグロというふうな関係からではなしに、実はオール水産といったような立場から研究をし、協議をし、そして意見を取りまとめておる、こういったような事情でございます、従いまして、マグロの問題については、特に皆さんからいろいろのお尋ねもございましょうと思いますが、その点につきましては、私としてはお答えもはなはだ十分でない点もあろうと思っておりますことを、あらかじめお許しを願いたいと思います。 実は三月一日でしたか、また同じ実験をやるのだということが新聞に出ましたので、私ども急遽集まりまして、そして一体どうしたらいいか、こういうことを寄り寄り隔意なき意見を一つ持ち寄ろうじゃないかというので協議いたしました。その結果どういうことになりましたかと申しますと、結論的には、やめてもらうのだということより手はないということになったわけであります。実は中には、幾らわれわれがやめろ、こういうことを頼んだとしましても、すでに両院の決議によって、これはやってはならないのだということをおきめ願っておるのに、一向それも、どこまで取り入れたのか知らぬが、やはりこれをやるということを発表した。こういった事態であるということだとすると、またそれを水産業者がやめろというのは、あまり能のない話じゃないか、もっと知恵のある手を打ったらどうだ、こういう意見がだいぶ出たのであります。無理からぬことである。どうもわれわれの弱い力では、これを差しとめることはとてもできまい。そうすればどうするか、こういうことで、それでは知恵をしぼったらどうだ、こういうことになりますけれども、一向こうやってもらったらいいのじゃないかという知恵が実は出ませんので、結局御先輩の方なり、識者の方々にお知恵を拝借でもするよりしようがないのじゃないか、われわれはどこまでも、やめてもらわなければならぬ、こういう一点張りの押し方で行くより手はない。こういうことが、私どもが話し合いましたところの結論でございます。従いまして、私どもが申し上げることは、勢いアメリカさんにもの申すといったような結果になるわけでございますが、この点はあらかじめ一つお含みおき願いたいと思います。 一体あの二年前の実験のときに、アメリカは真剣にわれわれ日本水産業者の被害状況を調べただろうか、こういう深刻な質問が出るわけです。一体だれがどういう機関において調べてくれたのか、その点一向アメリカの手によって調べられたといったような事実は私ども持ち合せません。ただわれわれ業者が、マグロ協会が主になり、それからオール水産が、あらゆる方面に影響を来たしておりますので何回となく集まりまして、どういう被害があったかということを実は調査したわけでございます。その調査した結果は、もう先生方にはよく御承知のことだと存じますが、第一には例の第五福龍丸の被害実態でございます。これもあの二十三人の乗組員の方々は、長い間病院にとじ込められて、そうしてお手当をされなければならぬ。とうとう無線長の久保山愛吉さんはその犠牲となってなくなってしまわれた。そんなような事情でございまして、私どものこうむりました被害を、ごく厳格な意味で一つ調べようじゃないかというので調べた数字だけでも、二十四億七千万円ばかりの被害数字が出ております。これは各県にわたって調べた結果でございます。 そこで、時間もございませんので、はなはだ何でございますけれども、私どものお願いは、どうか一つ、来月の二十日から始まることになっております実験を、いやがおうでも食いとめてしまうということの手を、一つ打っていただきたい。同時に、ちょっと御参考に申し上げておきますと、あのビキニ環礁近くの方に出ていくところのマグロ船がどのくらいあるかということでありますが、大体は、あれは中型船の参るところでございますので、二百トン以内の船でございますが、二百トン以内の船が約九百そうぐらいございますが、そのうち、ちょうどあの時期は四月から八月までだといたしますと、日本近海のカツオ漁に船がだいぶ出ますので、あちらの方へ働かなければならぬ船は三百五十そうぐらいの船じゃないか。その他の大型船は、これは迂回して向うへ行くより手はないが、その三百五十そうぐらいの船というものは、あれより先に行けない実態でございまして、あの海で働かなければならぬ実態におるということも、一つお含みおき下さいまして、私ども弱いところの漁船が安心して操業のできるような手を一つ打っていただきたいことを、特にお願いを申し上げておく次第であります。
○前尾委員長 これにて参考人各位の御意見の開陳は終りました。参考人の方に重ねて厚く御礼申し上げます。はなはだ時間の都合なんかで御迷惑をかけましたことをおわび申し上げます。 次会は公報をもってお知らせいたします。本日はこれにて散会いたします。 午後三時三十八分散会