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24回国会衆議院1956/10/10

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会閉会中審査小委員会 第1号

発言数
35
登壇者
8
会派数
2
開催日
1956/10/10

会議録

臼井莊一自由民主党

○臼井小委員長代理 これより会議を開きます。  本日は、小委員長にやむを得ない差しつかえがございまして、御出席できませんので、私が小委員長の職務を行います。  本日は、未帰還者留守家族及び遺家族援護に関する件について、議事を進めます。  先般、本件につきましては、引揚援護局長と懇談いたし、その問題点の説明を聞いたのでありますが、これについては、恩給法等に関係がありますとともに、予算の関係も検討いたさなければなりませんので、本日は、恩給局長及び大蔵省当局より出席を求め、検討することにいたしました次第であります。  では、直ちに本件に対する質疑に入ります。本日御出席の説明員は、恩給局長八巻淳之輔君、同じく次長大竹民陟君、同じく恩給局審議課長青谷和夫君、大蔵省主計官吉村眞一君、以上でございます。櫻井君。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井小委員 恩給法や未帰還者留守家族等援護法等、いろいろな法規に関係しますので、私どももなかなかこまかい問題はわからないわけでございますので、一応お聞かせを願いまして、それから疑議のある点は質問いたしたいと思います。  未帰還者の問題ですが、これは恩給法の附則第三十条によりまして、「昭和二十年九月二日から引き続き公務員として海外にあつてまだ帰国していない者に対しては、その者が左の各号の一に該当する場合においては、それぞれ当該各号に掲げる日に退職したものとみなして恩給を給する。」こういうことになって、一、二、三号とございまして、未帰還公務員にはそれぞれ恩給がついておるわけでございます。その場合、死亡が確認された場合は、死亡の確認された日にさかのぼって支給されるのですか。その点はどうですか。

八巻淳之輔総理府事務官(恩給局長)

○八巻説明員 それは、死亡の判明の翌月からです。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井小委員 今の場合、未帰還の公務員というのは、ほとんどなくなって、死亡しておる場合が多いんじゃないかと思うのですが、その点に対する見解はどうでしょうか。十一年になってまだ判明しないというような人に対しては……。

八巻淳之輔総理府事務官(恩給局長)

○八巻説明員 ただいまソ連、中共等に抑留されている未帰還公務員の恩給上の取扱いがどうなっておるか、こういうことから申し上げたいと思うのであります。未帰還者は、すなわち現在生死不明の状態にあるわけで、これが生きているか死んでいるかわかれば問題はないわけでございますけれども、生死不明の状態にあるということで、一応恩給法の建前では、ずっと生きて在職しておるというふうに見ておるわけであります。その方が、死亡公報が入ったというときまでは生きて在職しておる、こういう建前で、ずっと恩給の年限を続けてきておるわけであります。ただ文官でありますれば十七年、それから下士官、兵でありますれば十二年、将校であれば十三年という年限、すなわち普通恩給の年限に到達した後は退職する。すなわちそれの年限に到達するまでは、在職してずっと生きておる、それからまた引き続いて退職して、なおそれによるところの普通恩給を受けて生きておる、こういうふうに見て立法しておるわけであります。従いまして、未帰還者で、その在職年が、兵、下士官でございますれば、十二年に達するということになれば、普通恩給年限に達しまして、その人に対しての普通恩給権というものが発生するわけであります。普通恩給権は発生しますが、本人は外国にいるわけですから、その本人に対して支給することはできない。そこで、留守家族に代理にお渡しをする、こういう建前をとっております。もしも死亡公報が入って、その人がおなくなりになれば、おなくなりになったときから公務扶助料を差し上げる。こういう建前になっているわけであります。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井小委員 未帰還者留守家族等援護法の適用を受けている人と違うわけですか。未帰還者留守家族等援護法との関係はどうなるわけですか。

八巻淳之輔総理府事務官(恩給局長)

○八巻説明員 未帰還者留守家族等援護法は、軍人、軍属に対して適用範囲がございますけれども、そのうち、昔の恩給法上の公務員としての身分を持っておった者、すなわち軍人それから文官、こういうような者だけが恩給法の対象になるが、その恩給法の対象よりも、未帰還者留守家族等援護法の方はもっと包括的な、広い範囲に網をかぶせているわけです。そのうちで、恩給法の対象にならない者は、どういう者があるかと申しますと、陸海軍の雇用人というふうな者、嘱託なんかも入っているかと思いますが、そういうような方、つまり恩給法の網には入らないところの人が、戦傷病者戦没者遺族等援護法の対象になっているわけであります。従いまして戦傷病者戦没者遺族等援護法の対象として、いろいろな援護の方法がもまず昭和二十七年に講ぜられたわけでありますけれども、その後、昭和二十八年に、軍人について恩給法というものが復活いたしましたから、その部分は援護法の援護対象にならないで、恩給法の方に転換してきた、こういうことになるわけであります。従って、二十八年以後も、なお恩給法に乗り移らないで、戦傷病者戦没者遺族等援護法の対象になっている人というものは、陸海軍の雇用人というふうな者であります。もっと範囲が広いと思いますけれども、陸海軍の息のかかった方、しかも恩給法の対象にならない人が依然として昭和二十八年以後も戦傷病者戦没者遺族等援護法の対象になっている、こういうわけであります。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井小委員 そうすると、軍人、軍属であってまだ引き揚げてこない人は、恩給を現在もらっているわけですね。引き揚げてこられない人で、軍人、軍属の籍のある人は……。

八巻淳之輔総理府事務官(恩給局長)

○八巻説明員 まだ引き揚げてこない、あるいは帰ってこないが、死亡の判明しておらないという方については、その方の在職年が、ソ連に抑留される前の年限と抑留中の期間をずっと加えまして、恩給年限に達しますと、その人に対しては恩給権が一応発生する、こういうわけであります。ですから、大体はソ連抑留後おそらく十年以上経過しておりますから、十二年にはほぼそろそろ達するであろう、こういうことが言えると思います。去年あたりの統計を見ますと、達している人は、大体上のクラス、将校クラスの人たちは達して恩給をもらっいる、こういう人が多いわけです。これからは、下士官、兵の方でも、大部分の方は十二年の年限に到達する。従って、普通恩給権は発生する。こういうことになると思います。

戸叶里子日本社会党

○戸叶小委員 ちょっと関連して。その場合に、下士官、兵の人たちは若いわけですね。年をとった人は恩給法の適用を受けられる年令に達しているわけです。そうしたときに、恩給法で若年停止というのがありますけれども、結局引き揚げてこない方で向うにいられる方は、一番若年停止の規制を受けちゃって、その恩給法の恩典に浴せないということが多くなるのじゃないかと思いますが……。

八巻淳之輔総理府事務官(恩給局長)

○八巻説明員 仰せの通り、そういう下士官、兵の方で、今度十二年の恩給年限に達するという方も、大部分は四十五才未満ということで、恩給をまるまる受けられないということになるのじゃないかと思います。若年停止制度というのは、御承知の通り、四十五才から五十才までの間は半額、それから五十才から五十五才まで七割、それから五十五才以上はフルに出す、こういうことになっておりまして、従って、四十五才未満であれば全然いかない、こういうことになるわけであります。ですから、先ほど私が申し上げましたように、一応恩給権は発生いたしますけれども、質実的には金がいかない、四十五才になるまでは停止される、こういう状態になっておる、そういうことです。

戸叶里子日本社会党

○戸叶小委員 そこに大きな矛盾があるわけですね。お認めになっていらっしゃるわけですけれども、その矛盾を排除するようになさるお考えはないですか。これは幾たびもこの委員会で問題になったことですし、それから決議も一応されたことじゃないかと思うのですが、その矛盾をどういうふうにお考えになっているか、その点を伺いたいと思います。

八巻淳之輔総理府事務官(恩給局長)

○八巻説明員 これは、恩給法の建前というものが、確かに普通恩給というものは公務員本人の一身専属権であって、その公務員本人に関する事情において考慮するということなんでございまして、この場合問題になりますのは、結局留守家族の援護という問題がクローズ・アップして参りましたために、本人にまるまるいかないというふうな若年停止制度というものはおかしいじゃないかというようなお考えが出てくるのだろうと思うのであります。しかしながら、この問題はあくまで留守家族援護という面での問題になってくるわけなんで、恩給法本来の筋の問題ではなくなってくる。そこに何らかの問題があるとすれば、留守家族援護という立場から、別な方策を考えられる方が、これは全体の留守家族援護対策と恩給の退職後の給与の体系というものとの混淆を来たさないという意味において、これが適当な方法でないか。それからまた現実の問題といたしまして、恩給の方は全然いかないとしましても、留守家族援護対策の面から救済しなくちゃならないというような家族に対しては、その人がまるまる普通恩給をもらったとしましても二万六千円で、現在それ以上の三万五千二百四十四円ですか、そのくらいの留守家族手当をもらっておるわけでありまして普通恩給をまるまるもらうよりも、もっとよけいのものをもらっておるということで、普通恩給をもらうということは、観念的だけであって、実効がない。そういう方々については、留守家族手当が他についておるのですから、意味を持たないことになるわけです。ただ問題は、留守家族手当も受けられない次男坊、三男坊をソ連地区にやっておる、こういう留守家族の方々についてはどうなるか、こういう問題だろうと思います。そこで、私どもは、これもやはり問題は、そういった人たちも留守家族援護対策という立場から、どうしても何とか御救済しなければならないとするならば、これは留守家族対策の立場から一つ広く一般的にお考えをいただけないか。これを恩給でやるならば、留守家族対策として援護しなくともいい人を、恩給の原則をはずして救っておやりなさいということになり、これはやはり理論的な矛盾というか、筋が通らないのじゃないか。もちろんこれはよけいなことでございますけれども、恩給法の建前だけを守っておるという立場から申しますと、留守家族援護の場面にまで恩給法が立ち入るということは、これは筋を曲げるのではないだろうか、こういうふうな考え方をしております。

戸叶里子日本社会党

○戸叶小委員 今の話なんですけれども、そうすると、留守家族援護という立場から、そういうような矛盾をなくす方法はどういうものがあるかということに対しての御意見をお持ちでしたら、それを伺いたいと思うのです。今はないと思うのです。それを具体的にお示し願いたいということと、それからもう一つは、今詳しいことは申し上げませんけれども、結局恩給法が未帰還者留守家族等援護法の方へ立ち入ることは行き過ぎだ、その御意見もわかりますけれども、ただ問題は、未帰還者留守家族等援護法と恩給法と戦傷病者戦没者遺族等援護法、そういうふうなものの内容が、一貫性がないと私は思うのです。たとえば、今申し上げた例なんですけれども、恩給法の適用を受けられるというふうな基本方針があっても、一方において若年停止というものがあるということになりますと、そこに非常に矛盾が出てくるし、それから未帰還者留守家族等援護法では、さっき局長さんがおっしゃいましたように、長男しかもらえない、収入依存という問題が出てくるというふうなことで、結論からいうと、なかなか援護といいますか、実際のものをもらえない人が非常に多くなるということになるのじゃないかと思うのです。私どもはいろいろなケースをあずかりまして、そのつどいろいろな問題にぶつかるわけなんです。その具体的な実例を今ここに持ってきてないので、非常に残念ですが、この次にはぜひ持ってきて、私は指摘したいと思うのですけれども、結局その三つの法の関連性といいますか、その中に流れておるものが非常に違っておるのですね。違っておることは、法律が違うから仕方がないとしても、その違っておることによって、実際に援護を受けるべき人が何の援護も受けられないということが出てくると思うのです。

八巻淳之輔総理府事務官(恩給局長)

○八巻説明員 法の体系が違っておるということは、目的が違っておることなんでございまして、恩給法というのは、やはりわわれれの在職中の給与の延長であると同時に、退職後の給与制度、こういうふうに考えられるわけです。ですから、給与なんというものは、純粋なといいますか、政策目的を何にも含まないペイであります。これに対して、援護法というようなものは、一つの社会政策的な目的を持った別の角度からの対策でございまして、その問の矛盾というものはないと思うのです。ただ問題は、同じ留守家族でありながら、ある人は援護法の条件に合致しないために、援護対策から漏れておる。しかし、その漏れている方々は、留守家族としてお気の毒であるということに対するいわゆる留守家族対策としての措置が欠けておるとおっしゃるならば、それは欠けておるのだし、そういう漏れておる方々については、援護の必要がないと一応割り切って考えるか、そこの問題だス、うと思うのです。給与制度の上からいって、当然支払われるものが支払われて、支払いが停止されておるものが停止されておるというだけのことでございまして、法体系の矛盾によって、エア・ポケットがその間にできるということじゃないように私は思っております。

戸叶里子日本社会党

○戸叶小委員 そこでさっき局長がおっしゃった留守家族対策として考えればいいのじゃないかということをちょっとサゼストなさいましたけれども、それはどういうことを意味なさるのですか。

八巻淳之輔総理府事務官(恩給局長)

○八巻説明員 これは速記を取られると、よそのことを私いろいろ申し上げることができないのですが、田邊局長は、恩給法の方でこうしたらいいんじゃないかとか、いろいろのサゼッションがございましたようですけれども、速記がなければ自由にいろいろ申し上げられます。

臼井莊一自由民主党

○臼井小委員長代理 ちょっと速記を止めて。     〔速記中止〕

臼井莊一自由民主党

○臼井小委員長代理 それでは、ただいまから速記を始めて下さい。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井小委員 ただいまいろいろお話しいたしましたように、戦争による大きな被害者であるところの引揚者についての諸種の問題が、今後いろいろな形で表われてくると思います。あるいは恩給法の改正によるか、未帰還者留守家族等援護法の適用をさらに拡大するか、いずれにいたしましても、そういう方々に対する国の補償ということが、今後いろんな形で現われてくると思うのであります。それに対する予算の裏づけということについて、大蔵省としては十分考慮しておられるかどうか、こういうことをお聞きしたいと思います。

吉村眞一大蔵事務官(主計官)

○吉村説明員 お答え申し上げます。先ほどの問題につきましては、恩給局長が御答弁されましたように、恩給局の見解と、それから引揚援護局の見解が少し違っておりまして、大蔵省は両方の意見を聞いておるわけでございますが、どういうふうにこれを調整していくか、調整してかからなければならぬ問題だという結論が出ましたときには、十分考慮するということになると思いますが、現在まだ検討中の段階でございます。大蔵省といたしましても、私は現在恩給関係担当の主計官でありますが、援護関係の方とよく相談いたしまして、善処していきたいと思っております。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井小委員 大蔵省では、恩給関係の方と援護関係の方と係りが違うわけですか。それでは、この問題については引揚特別委員会といたしましても、小委員会ができておりますし、十分今後研究を進めていきたいと思うのです。そこで一つ結論を得まして、恩給局あるいは引揚援護局と両方とも御納得のいく線が出たならば、とにかく大蔵省としては金が多くかからぬ方をとるというような態度でなく、やはり筋の通ったものであるならば、相当の費用でもかなり出していただくように、こういう予算節約の折から、なるたけ金のかからない方が、少しくらい筋道は通らないでも、こっちの方が実施しやすいから、金額の少い方を実施するというようなことでないように、一つお願いしたいと思います。

戸叶里子日本社会党

○戸叶小委員 この問題は大事な問題です。実際に困っていられる方々がたくさんあるのですし、この委員会としても、何らかの結論を出したいと思いますから、もう一度援護局長の意見も聞くという意味で、委員会を開いていただきたいと思います。

臼井莊一自由民主党

○臼井小委員長代理 了承いたしました。

中山マサ自由民主党

○中山(マ)小委員 ここでちょっとお尋ねしたいと思います。沖縄方面の恩給とかなんとかというのは、どうなっていますでしょうか。今、沖縄の人たちは非常に困っていらっしゃるということなんですが、その人たちに対するところの恩給は、どの程度出ておりますか。全然出ていませんか。私よく調べておらないのでございますが、もし出ていなくて、出されるものなら、今出していただいたら、このやかましい沖縄のきょうも私どもずいぶん沖縄の方の陳情を聞かしてもらったのでございますが、ほんとうに困っていらっしゃるようです。それはどういうふうになっておりますか。

八巻淳之輔総理府事務官(恩給局長)

○八巻説明員 沖縄の恩給につきましては、皆様方御承知の通り、沖縄は日本国籍を持つものでありますから、当然われわれ同胞として、鹿児島県、福岡県に対すると同じように、軍人の遺家族あるいは傷病軍人、あるいは退職の軍人、それから文官、すべての恩給につきまして内地同様の取扱いがなされておるわけでございます。ただ申達状況につきましては、現在いろいろネックがございます。すなわち一番大きな軍人の遺族の問題にいたしましても、死亡の確認ということがなかなかはかどらない。大体軍人の遺家族というものの対象者は四万くらいといっておられますが、その方々の死亡処理というものを、今厚生省の援護局においてやっております。おそらく来年のうち、あるいは一ぱいくらいかかるのではないか。相当スピードを上げてやっておりますけれども、そのくらいはかかるだろう。現地の要望といたしましては、来年の七月がちょうど十三回忌になりますから、七月までにぜひ全部死亡処理をしてくれ、こういう要望がきております。そういう要望にこたえて、厚生省の援護局でせっかく急いでやっておるようであります。  それから、もう一つのネックは、戸籍が整備されておらない。戸籍が全部焼けてしまった。そこで軍人の遺族とか、私はこの軍人の妻である、こういっても、戸籍が全然ないものですから、まず戸籍から作ってかからなければならない。戸籍整備につきまして、せっかく沖縄の当局として力を入れてやっておりますけれども、これも全部ができ上りますのには、二、三年かかる、こういう話であります。その中でも、遺族関係あるいは恩給援護の関係者の分は取り急いで戸籍を整備するというふうに、重点を注いで促進しております。従いまして、現在まで、私、今、計数を手元に持っておりませんけれども、遺族関係でも、恩給が出ておる者は八千くらいになっておったと思います。従いまして、大体全体の二割くらいが今まで出ております。こういうふうになっております。それから、文官につきましても、同じように履歴が焼けてしまった。沖縄県にずっとおりましたけれども、沖縄県の履歴が全部焼けてしまった。そこで沖縄県の履歴を復活するために、履歴整備委員会というものを作りまして、その当時の人事課の主任であるとか、小学校の校長であるとか、そういう人が寄り集まりまして、この人は確かにその当時この学校のこの職にいたのだということを確認いたしまして、履歴を再現するというふうにいたしております。そういう証拠資料が整いませんために、内地よりもずっとおくれておるというのが実情でございますけれども、関係者が相寄りましてできるだけ早く処理ができるように、取り運んでおります。

臼井莊一自由民主党

○臼井小委員長代理 ちょっと速記をやめて……。   [速記中止〕

臼井莊一自由民主党

○臼井小委員長代理 速記を始めていただきます。     —————————————

臼井莊一自由民主党

○臼井小委員長代理 なおこの際、未帰還調査部の減員の問題について、厚生当局より説明を求めたいと存じます。厚生省援護局の未帰還調査部長の吉田元久さん、援護局の総務課長の中村光三さんが御出席であります。まず吉田部長。

吉田元久厚生事務官(未帰還調査部長)

○吉田説明員 ただいまの未帰還者の総数は、先般厚生白書をもって厚生省から発表されました。御承知と存じますが、未帰還者の総数は、五万六千三百六十二名でございます。この五万六千三百六十二名の人員のうちには、ソ連なりもしくは中共から、現に生存をし、しかも抑留をしておるという通報のあった者もこのうちに含まれておりますが、大部分は相手国の通報にない未帰還者でございまして、私どもはこれらの方の消息を調査することをおもなる目標として努力を続けておるのでございます。この未帰還者の数と調査の状況について一言御説明を加えたいと存じますのは、ソ連の場合におきましては昨年ソ連側からマリク代表を経て渡されましたいわゆるマリク名簿、このうちに載っております抑留者、並びに中共側から、刑期が確定をして受刑中であると通報されました四十四名、これは今日なお生存しておられることは明瞭でございますが、これ以外の方につきましては、その個人個人の方の状況を私どもが集めましたその結果を見ますと、さまざまでございます。大きく分けますと、大体死亡されたらしいというにおいの非常に濃い方、その反対に相手国側から通報はありませんでも、現在生存しておられるという公算の非常に大きい方、これは両極端でございます。その中間はどちらともつかない方でございます。先ほど私どもが主なる努力を払って調査をしておると申しましたのは、その最後のグループの方、並びに死亡したらしいというような資料のある方、この方を調査しまして、死亡されたのならば、その死亡に関する事実をはっきりつかむというような調査をしておるわけでございます。その未帰還者の数は年々に減少しておりますけれども、今日残っております私どもが主なる調査の対象として努力を続けなければならない方々は、何と申しますか、今まで調査をしてもなかなか出にくかった方が大部分残っておるのでございまして、たとえば、今まで一人に対して費した努力を、今日においては、その二倍、三倍の努力を続けなければ、成果が出ないという状況でございます。  その説明を申し上げますと、それではもう調査の余地はなくて、いわゆる俗な言葉で申し上げますと、調査は壁にぶち当っておるのではないかという御所見を持つ方もあるのでございますが、これについていい例を申し上げますと、こういう統計上の数字がございます。毎年死亡公報を出します数を、この一両年の統計をとってみますと、こういうことになっております。一昨、昭和二十九年度は、約七千強でございます。昭和三十年度においては、約八千五百という状況でございます。この死亡公報が、公報を出すまでに、死亡の事実がいかなることによって判明したかというその内容を調べてみますと、戦後十余年たちました今日でも、帰還者の方が、今ごろになって、ある未帰還者の死亡を自分は確かに見た、こういう資料が出るのであります。これは統計面にもはっきり出ておりまして、たとえば、先ほどの昭和二十九年度の七千何がしかの死亡公報のうち、帰還者の方々が、死亡を見た、あるいはもう見たというのにほとんど近い、確実な証言をなさったことによって、死亡公報の出ましたものが、約三千七百でございます。昨年の昭和三十年度に八千五百の死亡公報が出ましたうちに、ただいまのように帰還者が死亡を確実に見届けたものだ、あるいはこれに近いという非常に確実な証言をいただいて公報を出しましたものが、約二千九百でございます。これは何を物語るかと申しますと、戦後十年たちました今日においても、なお帰還者に対してよく調査をいたしますと、まだまだ死亡の事実が出て参る、こういうことを意味しておるのでございます。これは、今日まで、たとえば満州、北鮮、樺太等からお帰りになりました軍人、邦人を合せますと、二百万をこえる数でございますが、これらの方から適切な資料を私どもが全部取り尽しておらないという証拠でございまして今日状況の不明な未帰還者のお留守宅はいろいろと御心配になっておりますけれども、これらの方々に対して、一日も早くその生死をはっきりいたしますためには、私どもとしては、なお資料を取り尽さない帰還者の方々に対して、通信によるなりあるいは御出頭を願うなりして、調査を続けて、一日も早く、この夫帰還者の解明をしなければならぬと思っております。  それで、私のところの人員の状態を申し上げますと、本年度、三十一年度は、定員が三百一名でございます。昨年度、三十年度におきましては、この定員が五百二名でございます。従いまして、三十一年度においては、相当大量の人員縮小がございました。これは、私どもとしましても、ただいま申し上げましたような実情から、何とかしてこの調査力というものを減少しないように、上司にもお願いいたしまして、定員は三百一名でございましたが、約七十名の常勤労務職員をつけていただくことに予算的に処置していただきました。これは定員の削減に伴い退職者がございましたが、この退職者を常勤労務に切りかえて、調査事務に老練な人を再び常勤労務職員として採用しまして、調査能力の低下を防ぐようにいたしております。本年度の業務の成果は、ただいまのところ第一・四半期までの成果しか明瞭に出ておりませんけれども、昨年度の第一・四半期の例から見まして、大体同様の成果がおさめられておるように思います。先ほど死亡者のことを申し上げましたが、その例で申し上げますと、本年度の第一・四半期、すなわち四月から六月までの間に、帰還者の方から死亡に関する現認もしくはこれに類する確実な死亡の資料をいただいて、公報が出ました数が、一千件をちょっと上回っております。こういうような状況でありますので、ただいまでは三百一名の定員と約七十名の常勤労務職員を使いまして、いわゆる最終段階にありますこの未帰還調査の業務成果をあげたいと、努力しておる状況でございます。

中村光三厚生事務官(引揚援護局総務課長)

○中村説明員 今の未帰還調査部長のお話をごく簡単に数字的に概括して申し上げます。  実は、引揚援護局は、二十九年度から減員計画を立てられまして、逐次減員をしておるわけであります。それで、いろいろな問題が起るわけでございますが、二十八年度を一〇〇%としてみますと、現在われわれが課せられております減員計画でいきますと、昭和三十二年度は一五・三%の定員ということで、定員法の改正を受けて、これに従いまして、四カ年計画で今年度は第三年度でございますけれども、先ほど未帰還調査部長が申しましたような減員をいたしたわけでございます。ところが、われわれといたしましては、未帰還調査の仕事が主体でございますが、恩給申達事務その他新たに、たとえば未帰還調査の問題にいたしましても、二十八年度は、まだ軍人、軍属の調査でございましたが、その後、外務省から、一般邦人の未帰還調査、状況不明者の仕事を引き継いだりいたしまして、当初の計画よりは、対象人員がだいぶふえたわけであります。それで、これを逐年こなして参りましたけれども、現在の状況からいきますと、昭和三十二年度二百七十一名が引揚援護局全体の定員ということになっては、とても未帰還調査の仕事、恩給申達の仕事も進まないのではないかという事務的な検討を加えまして、実は三十二年度予算要求として、ただいまわれわれは、この縮減計画を小幅にしていただく要求をいたしております。  それで、数字を申し上げますと、現在の三十一年度の定員が八百十一名でございますが、従来の計画でいきますれば、三十二年度は二百七十一名残る、それを逆にしまして、来年度残る方を六百五十六名、そして減員する方を百五十五名という、結論を申しますとそういう修正案を出して、今、予算その他の要求、事務折衝をいたしております。この数字はどこから出たかと申しますと、昭和二十八年の事務量を一〇〇%としますと、三十二年度の事務量が、未帰還調査、軍人恩給、遺族援護というものを全部平均してでございますが、来年度は三七%残るという数字が出て参りますので、二十八年度のときの定員の三七%はどうしても事務人員として要るのだというような、これは算術計算で、まだいろいろなことがあるかと思いますけれども、大ざっぱに、そういうことではじき出して予算要求をいたしております。この事務の進捗状況も、今三七%と申し上げましたけれども、戦傷病者戦没者遺族等援護等におきましては、来年度は仕事が八・四%ほどになる、大部分片づいておるわけです。それから、恩給申達事務等も、来年度に持ち越すのが大体四%、この仕事を三つのグループに分けますと、未帰還調査の方が九一%まだ残るということになりますので、来年度からの重点は、どうしても未帰還調査になります。それで今、復元要求をいたしております定員で、できるだけ未帰還調査の方も作業能力を落さないような組織機構にして、来年度をやっていきたいと考えております。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井小委員 特に未帰還の調査は、私どもの仕事とも非常に関係がありますし、どうしてもこれは重点的にやっていただかなければなりませんし、とにかく二百七十一名の人員でこれを処理するということは、常識的に考えても不可能に近いことです。われわれとしては、この調査がいつまでも遅滞しておるのでは、非常に困るので、できるだけ皆さん方の御期待に沿うように、当委員会としても御援助を申し上げたいと思うのであります。中山さんの方も御異議はないと思いますが、いかがですか。

臼井莊一自由民主党

○臼井小委員長代理 なお小委員長からちょっとお伺いしますが、一応常勤労務ということで残られた方でそう申しては失礼かもしれないけれども、事務能力のある熟練された方が、そのうちからどんどんやめられていくというような傾向は、いかがでございましょうか。そういうことは心配ありませんですか。

吉田元久厚生事務官(未帰還調査部長)

○吉田説明員 ただいまの点でございますが、昨年度の定員から、本年度三百一名に減らしました際には、実質的に百四十名くらいの人員を整理したわけでございます。このうちには、各担任業務の係長クラスの、長く調査業務に熟練をした人が含まれておるのであります。これは、百四十名近い人員を整理しますためには、どうしてもある程度年令等をもって律しないと、この大量の人員が整理できませんので、やむを得ず、大体五十五歳以上の方に勇退していただくことになったのであります。そのために、老練熟練者をたくさん失ったという不利を生じましたので、これを完全に回復することははなはだ困難でございますけれども、たとえば、先ほど御説明をいたしました常勤労務の場合には、こういう方を優先的にとる、もっとも私のところにおります職員は、在職期間の非常に長い方があるために、いわゆる待命期間の相当長期な方があります。十カ月とかあるいは九カ月というような方、この方は今日でもなお待命期間でありますので、常勤労務に雇いますと、残余の待命期間を捨てなければならぬという、御本人のためにはかえって不利になりますので、こういう方はやむを得ず割愛をいたしまして、大体本年九月十五日をもって待命の終了される方のうち、なるべく熟練をしておるたんのうな方を採用いたしまして、これはほとんど大部分、家庭の事情、通勤距離の関係で、東京に勤務不可能な方を除いて大部分は採用し得て、熟練者を失った不利の若干は、これで補い得たかと存じております。

臼井莊一自由民主党

○臼井小委員長代理 他に御質問はございませんか。  それでは、本日はこれにて散会いたします。次会は公報をもってお知らせいたします。     午後三時四十九分散会

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