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24回国会衆議院1956/08/10

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第17号

発言数
28
登壇者
8
会派数
2
開催日
1956/08/10

会議録

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員長代理 これより会議を開きます。  本日は委員長にやむを得ない差しつかえがございまして御出席できませんので、私が委員長の職務を行います。  これより海外同胞引揚に関する件について調査を進めますが、本日は、特に本件に関し、先般中共地区よりの引き揚げに際し、抑留同胞とともに帰国いたしました一時帰国者の問題について審査いたし、早急に本問題を解決いたしたいと存じます。本問題について事情並びに意見を聴取するため、一時帰国者の代表高木千代子君及び日本赤十字社より葛西嘉資君に御出席を願っておきましたが、参考人として事情を聴取するに御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員長代理 御異議なきものと認め、さよう決定いたします。     —————————————

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員長代理 なお、本問題に入るに先だち、先般中共地区残留同胞の引き揚げ状況及び受け入れ援護状況調査のため舞鶴に派遣いたしました委員より、その調査報告を求めることといしたします。眞崎勝次君。

眞崎勝次自由民主党

○眞崎委員 今回の中共地区からの引き揚げにつきまして、舞鶴における引き揚げ状況及び受け入れ援護状況等についてその実地調査の御報告を申し上げます。  本委員会から派遣されました委員は、私と櫻井奎夫君の二名でありまして、まず私から調査の概要について総括的に申し上げます。補足すべき点等がありましたときは、櫻井君から御報告を願うことにいたします。  去る八月一日に舞鶴に入港いたしました今回の第十四次中共地区引揚船興安丸の乗船者は、総数が六百十一名でありまして、その内訳は、戦犯起訴免除釈放者が三百二十九名、一般邦人引揚者が二百三名、一時帰国者が七十八名、あとの一名は帰ってこられたさきの面会渡航者であります。これを性別及び成年、未成年別に申し上げますと、成年の男子は三百九十七名、未成年の男子は六十四名で、男子の計は四百六十一名であります。成年の女子は八十九名、未成年の女子は六十一名で、女子の計は百五十名であります。男女合せまして、大人は総人員の約八割弱の四百八十六名で、子供は総人員の約二割強の百二十五名であります。元軍人関係につきましては、陸軍軍人が二百四十七名、軍属が二十九名、計二百七十六名であります。病人は三十名おられましたが、担架で運んだ者が十一名、護送した者十二名、独歩者が七名で、病名は肺結核が九名、多発性その他の神経炎が七名、高血圧半身不随が七名、胃潰瘍が二名、脊椎及び腰椎カリエスがおのおの一名、その他三名であります。また外国籍の者が中国十五名、韓国及びソ連邦おのおの二名おりました。  携帯金の総額は二十二万九千三百七十五ドル余りで、そのうち戦犯関係引揚者の持ち返り金は総計二千四百五十五ドルで、一人当り約七ドル半というきわめて少いのに比べ、一般邦人引揚者の持ち返り金は総計二十一万九千二百九十九ドル余で、一人当りが平均千八十ドル余という前例のない高額であります。一時帰国者の所持金は総計七千六百二十一ドルで、一人平均九十七ドル余であります。船積の持ち帰り荷物は、全部一般邦人のものばかりで、総数二百六梱包ありました。一人当りにして一・五梱包であります。  なお、同船で、二十円柱の遺骨が故国に送還されたのでありまするが、久しく異境にあって、困苦のうちに死亡されたこれらの方々の霊に対し、ここに、つつしんで弔意を表する次第であります。  さて、興安丸が入港当日の八月一日の舞鶴は、雲一つない快晴で、数日来上昇一途をたどった水銀柱は、当日三十六度に達するという耐えがたいまでの暑さでありました。私ども派遣委員は朝八時半過ぎに援護局におもむき、厚生本省より来られました山下政務次官、石塚引揚課長、田島事務官及び現地の宇野局長等より一般概況について説明を聴取しつつ、大丹生沖で検疫を終って入港する興安丸を待ったのであります。船は九時半ごろ湾内に入って参りましたので、直ちに平桟橋におもむき、帰国者の上陸を出迎えることといたしました。十時二十分ころから、遺骨を先頭に、病人、一時帰国者、戦犯釈放者、一般邦人の順に上陸が開始されたのでありまするが、今回は久しぶりの多人数集団帰国でありましたので、桟橋付近は、上陸を今やおそしと待ちに待った千名をこえる出迎えの人々が、日の丸の旗を打ち振り、のぼりを押し立てて、歓呼にわき立ったのでありました。帰国者の服装は、一様に白シャツに工人帽、工人ズボン一色が釈放戦犯の人々で、ピンク、グレーと色とりどりの中国服あり、スカートありといった婦人、子供のはなやかさと対照的で、またかわす言葉も、日本語と中国語が相半ばするという状態でありまして、まことに多彩な情景でありました。次々とランチが桟橋に横づけされるたびごとに、出迎えの人々は感激と歓呼にわき立ち、十数年の長い年月を、異国にあって、辛苦に耐えてこられたこれら同胞の帰国を、心からあたたかくお迎えしたのであります。風一つない炎天のもとに、流れる汗と涙のうちに、肉親と相抱く帰国者の姿も随所に見受けられたのであります。何よりも私どもの心安まる思いがいたしましたのは、帰国者の人々が予想以上に元気よく、ただいま帰りました、いろいろお世話になりましたと、明るい表情であいさつされ、上陸第一歩を力強く踏みしめていかれる姿でありました。私どもは桟橋で数回のランチをお迎えしたのち、沖合いの興安丸におもむき、船上から帰国者のランチ移乗を見送り、また今回も無事輸送の大任を果された玉有船長以下事務長その他の船員の方々の御苦労に対し謝意を表した後、最後の上陸用ランチに一般引き揚げ邦人の方々と同乗して、桟橋に帰ったのであります。  帰国者の上陸は、正午少し前に滞りなく終り、病人の方々は国立舞鶴病院に収容せられ、その他の帰国者は七組の編成で援護寮に入り、援護局心づくしのタイの尾頭つきで昼食をとり、青畳の上で、肉親に囲まれながら、十数年ぶりの故国の味を満喫されたのであります。  次いで、私どもは、援護局において、日赤の水野氏以下引揚三団体の乗船代表の方々と会見し、今回の興安丸で中共に渡航された面会家族の状況、一時帰国者に関する諸問題等についてその実情並びに意見を聴取し、また局内のマイクを通じて、帰国者の方々に対し、無事帰国のお喜びを申し上げるとともに、祖国における新生活の門出を祝福し、激励したのであります。続いて帰国者の代表六名と一室に会して、懇談会を開催し、山下政務次官以下厚生省係官及び引揚団体の方をまじえて、時間の許す限り、隔意なき意見を交換したのであります。これらによって明らかになりました事情のうち、現地の状況及び引き揚げまたは一時帰国に至る経緯等の詳細につきましては、本日または次の機会に参考人の方々より直接本委員会において述べられることと思いますから、ここでは重複を避けて、以下数点について申し述べることといたします。  申すまでもなく、今回の帰国者の特色ともいうべきものは、三つの異なる種類の帰国者が、同一の船で帰って来られたことでありまして、十年間を収容所に暮した釈放戦犯の方々、比較的裕福な人の多いといわれる一般引揚邦人、また今回初めてのケースである婦女子ばかりの里帰り一時帰国者という三種三様のグループで、過去の体験も、現在の立場も、それぞれ異なっているのであります。以下、その個々のグループについて、その概略を申し上げます。  釈放戦犯関係者につきましては、撫順組は二百九十七名で、旧第五十九師団衣部隊、旧第三十九師団藤部隊及び憲兵隊、特務機関、警察、元満州国官吏の人々が大部分でありまして、一方、太原組は三十二名で、終戦後閻錫山軍に参加し、後に中共より戦犯に問われた、いわば二重捕虜とも称すべき元軍人軍属ばかりであります。これらの方々の心境等につきましては、新聞紙等で広く報道されており、また撫順、太原等現地の状況についても、去る七月二十一日の委員会において参考人より事情を承わっておりまするし、また今回の代表の方が舞鶴で私どもに対して行われました陳情等につきましては、文書をもって後刻お配りするはずでありまするから、ここでは省略いたします。ただ釈放戦犯帰国者の方々は、生涯の最も重要な時期に十年余の長い空白期間を過し、また国内事情にもきわめてうとく、さらにまた腕に職もない壮年の人々が大部分でありますので、その職業補導、就職あっせん等については、特段の配慮が払われなければならないと存ずるのであります。なお中共戦犯関係者の一般状況につきましては、総数千六十九人中、現在までに死亡者が七名おり、また刑の判決確定した者が四十五名あり、釈放帰国者は、前回の第十三次引揚で帰国された三百三十五名と今回の三百二十九名と合せて六百六十四名となりますので、残りは三百五十三名で、これらの方々は、次の第十五次引揚船によって本月末に帰国される予定で、それをもって、中共戦犯については、四十五名の受刑者を除き、一応終了するものと考えられるのであります。  次に、一般邦人引揚者について申し上げますと、これらの人々は、土木建築、通信関係の技術者、医師、教師等が大部分を占めておられるようで、大半が経済建設のために残留させられた人々で、残留地はあまねく中国全土にわたっておりますが、当時判明いたしておりましたうちでは、西安の二十五名、方正の十三名、武漢、西寧の各十一名、重慶、落陽の各十名、上海、雅安の各九名等が多いようで、南は貴州、西は青海の辺境からも帰ってきておられます。さきに述べました通り、携帯金、荷物等から見ますと、全般的には前例を見ない裕福さでありますが、中には持ち帰り金もごく僅少な人が少からずあるようであります。中共地区の一般邦人の引き揚げにつきましては、残留一般邦人は約六千名程度で、そのうち四千名は婦人で、その大部分が中国人と結婚しており、また今回の集団引き揚げのために、集結するのに半年以上もかかっているという実情等から考察しますと、今後の集団引き揚げの可能性はきわめて薄いもののように見受けられるのであります。なお、ここで特に申し述べておかねばならないのは、二十数名のいわゆる大陸の孤児の問題であります。これらの人々は、その大半が満州地区の開拓団員の子弟で、幼少の身を戦火に追われ、終戦の混乱に巻き込まれて、親兄弟と死別または生別し、中国人に拾われて育てられた人々でありまして、年令も十五、六才から二十一、二才ぐらいまでで、日本語が全然話せない者、両親の名さえ知らない者、身寄りの全くない者が多いという痛ましさでありまして、これらの孤児の保護救済については、国語の習得、職業補導等を主として十分の考慮が払われなければならないと存ずる次第であります。次は一時帰国者についてでありますが、詳細は、本日ここに参考人として出席された代表の方から述べられるはずでありますから、私は簡単に報告するにとどめます。今回の一時帰国者三十四世帯七十八名は、中国人と結婚した三十四名の日本婦人とその子供四十四名でありまして、半数以上がハルピン地区からで、他は撫順、上海、南昌等であります。これらの人々は、敗戦の混乱の中に身寄りを失い、窮迫した状況のもとに唯一の生きる道が中国人の妻となることであったという境遇の人々で、今回久しく念願した故国に一時帰国し、墓参りや肉親と会うために、はるばる子供を連れて帰ってこられたのでありまして、いわば中共の花嫁の初めての里帰りであります。聞くごころによりますと、この一時帰国が発表されたのは六月末で、里帰りを熱望する人々が直ちに帰国を申請し、夫り承認のあった者に限り許可がおり、急遽天津に集結した等の事情から、大十が旅費の調達も十分でなく、中には無一文に近い人が三人もあるとのことであります。中共側からは、引揚邦人と同等の待遇を与えられたとのことで、また三カ間の旅券を交付されております。これらの人々は、故国の事情にも明らかでなく、一様に、国内旅行、滞在中の費用並びに身分保証、病気にかかった場合の費用、中共への帰還時期、船便、旅費等について共通の不安を抱いておられるようであります。日本国内における一時帰国者の処遇につきましては、今回が初めてのことでありますが、将来の問題としても、中国全土に数千人もいるという同じ境遇の日本婦人が、次々と船便をとらえては里帰りのため一時帰国をすることが予期せられますので、今回をそのテスト・ケースとして、一時帰国者の処遇について、早急にその基準を定める必要があると認められるのであり本いす。  私どもは、舞鶴におきまして、代表の方から忌憚のない意見を聴取したのでありますが、それは在華日僑旅行者一同からの請願書としてお手元に印刷物がお配りしてありますから、それによって御承知を願うことといたしたいと存じます。  なお一時帰国者の中共への帰還時期、船便等の問題につきましては、乗船の引き揚げ三団体側の意見を参考までに御紹介しますと、中共側との約束によって、あくまでも引き揚げでなく、里帰りのための一時帰国であり、将来あとに続く人々のためにも、必ず中共に帰っていただかねばならないし、その時期は、船便、旅費等の面から考えて、次の第十五次引揚船興安丸の日本出港に便乗されるのが適当であると思うということでありました。最後に、今回の興安丸に乗船して中共に渡航した面会家族について簡単に申し添えます。中共で受刑中の戦犯に面会のための十四世帯十八名の留守家族と、当時まだ仮釈放前の武部元満州国総務長官の夫人を加えた留守家声面会渡航団一行十九名は、七月十八日舞鶴出港の興安丸に乗船して中共に渡航し、二十四日に天津において中共赤十字側と打も合せた結果、三週間の長期滞在、旅費滞在費の中共側の援助、面会回数の増加等について留守家族側の希望がいれられた後、二十五日に太原組六家族九人及び撫順組八家族九人は、それぞれ中共赤十字社員のつき添いで各戦犯管理所を訪れ、初めての面会ができたとのことであります。  なお日赤乗船代表の話によりますと、引き揚げ三団体代表が船中で協議した結果、次回の面会家族については、費用、船便等の面から、中共滞存を短期間とし、次の興安丸で渡航し、同船で帰国するのが最善の方法であるとの結論に達したとのことであります。  以上をもって派遣委員の報告を終りますが、本日、閉会中にもかかわらず、特に委員会を開会するよう要望いたしましたゆえんのものは、一時帰国者の問題につきましてその事情を明らかにするとともに、その処遇についての基本方針を樹立し、特に緊急に決定を追られている中共への帰還時期等の問題について、政府並びに関係当局のこれに対する所見をただし、今回をそのテスト・ケースとして、将来に誤まりなからしめる必要があると認めたからであります。何とぞ委員各位の御了承をお願いする次第でございます。

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員長代理 次に、櫻井委員より補足的に報告があれば、これを聴取いたします。櫻井委員。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 ただいま眞崎委員の方から非常に要を得た簡明な御説明がございまして、これで大体尽していると思うのでありますが、特に私が代表として参りまして感じましたことは、先ほどの報告にもありましたように、一時帰国者、里帰りと呼んでおりますが、これは今回が初めてのケースであります。この問題は今後もこういうことが起ることが考えられますし、なおまた日本と中国との国交の問題というものにも大きく響いていく問題だと思います。先ほど報告がございました通り、この方たち七十八名ですか、大体向うで三カ月の期間の許可を得て帰ってこられました。ところが、日本の方では、次の第十五次の興安丸が出るときに便船させて向うに送り帰すということになりますと、日本にとどまる期間がはなはだ短期間である。郷里が北海道であるとか九州であるとか、こういう遠いところの者は、ほとんど家族や知己にゆっくり面会する時期もない、こういうことが非常に皆さん方の不安の中心でございまして、はっきりした政府の回答があるまで自分たちはここを動かない、こういう代表の強い発言でございました。しかし私どもは出先でございまして、これに何とも明快なる答弁をすることができませんので、とりあえずお帰りを願ってその後また委員会を開き、あるいは政府とをして、できるだけ御要望に沿いたいということを確約をいたしたわけでございました。そのために、きょう、閉会中でございますけれども、委員会を開くような運びに至ったわけでございますが、どうか一つこの問題は、今代表の方も参考人として来ておられるようでありますので、事情を十分御聴取の上、この帰国者の御要望にできるだけ沿うような処置をこの委員会としてもおとり下さいますよう、私からお願い申し上げる次第でございます。     —————————————

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員長代理 それでは、これより一時帰国者の問題について、参考人より事情並びに御意見を承わることといたします。  まず委員長より、参考人に対し、一言ごあいさつを申し上げます。参考人には、御多忙中のところ御出席をお願いいたしまして、委員長として厚く御礼を申し上げます。本委員会は、いまだ海外に残留されておる同胞の引き揚げ問題の早急な解決のため調査をいたして参っておりますが、これと関連する今般の一時帰国者の問題については、種々帰国の際に問題があり、いまだ解決しない点もございますので、関係者より事情並びに御意見をお開きいたし、対策を立てたいと思います。この点をお含み願いまして、お話下さいますようお願いいたします。  では、初めに、高木千代子君より、事情並びに御意見を伺うことといたします。

高木千代子中共地区一時帰国者

○高木参考人 発言の最初に、この暑い中を、閉会中にもかかわらず、私たちのためにわざわざ、一日も早くというお気持をもって、特別委員会をお開き下さいましたことに対しまして、一同を代表いたしまして、厚く御礼を申し上げます。  私たちは、一時帰国のニュースを聞きまして、とるものもとりあえず、ほとんどもう旅費をととのえる間もなく、子供を連れて天津へ集合した次第でございまして、そこで中国紅十字会から、旅費は自弁であるという日本政府の建前を聞かされました。しかし、そこまで来てそのまままたハルピンへ帰ることもできませんので、祖国日本政府と同胞の友情を信じまして、ちょうど興安丸の便がありましたものですから、それに便乗させていただいて、帰ってきたわけでございます。帰ってきましたところが、舞鶴に上陸して、さてこれから各家に向うというときになりまして、やはり援護局の方では、自費が建前だから、ここから自分で帰ってくれとおっしゃいましたのですが、私たちのこのような事情をお話して、帰るだけはとりあえず政府から援助してあげるからと言われて帰ったのでございます。私は大阪で、近かったものですから、帰ったあくる日、もし遠い方でしたら——東京及び青森、北海道の方たちは、きっと、お帰りになる前に、赤十字社の方から御通知があって、今度第三回の興安丸が出るから、その船に乗って中国へ帰るように、その希望の意思があるかどうかを問われているはずです。せっかく十何年ぶりに私たち帰って参りまして、着くが早いか、また長い旅の疲れを休めるひまもなく、休めるどころか、また帰国の手続にかからねばならないような今の実情でございます。ですから、私たち興安丸に乗るということは、わざわざ中国の政府が三カ月という期間を下さいまして、私たちのために十何年ぶりの里帰りを許していただけたんですから、日本の政府の方も、もう少し期間をいただきたいと思うのです。今の私の実情としまして、毎日電報やら速達やらで、ひさしぶりに会った両親ともいろいろと話をする時間もないような、気持が落ちつかないのです。いつ帰れることやら、興安丸に乗るんだったら、どういう手続をとるのか、またそれをのがせば自費になるというお話ですが、自費になればどうして私たちが帰れるだろう、そういうような、不安で不安で、ここ一週間、ほんとうに家に帰った、あのなつかしい故郷に帰ってきたという感じすら起らないような状態でございます。私たちも、建前は旅行者でありますが、やはり日本に帰ってくるということにつきましては、十何年間向うで苦労したあげく、今度初めて故国に第一歩を踏んだわけでございますが、そういう点、やはり一般の帰国者のような、同じ立場になって考えていただきたいと思うのです。そして私たちは、また中国に帰って行かねばならない。このことも、何ゆえに私たちが中国へ帰って行かねばならないかということを、皆様方、人道上から、人情の上からお考え願って下さって、できるだけの御援助をいただきたいと思います。今のところこれだけでございます。

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員長代理 次に、葛西嘉資君より御意見を承わります。葛西副社長には、今回の一時帰国者のケースは初めてで、ございますので、日本赤十字社がとられましたこれについての交渉のいきさつ、及び日赤においてこれについて知っておられる点等に関してお話願いたいと思います。

葛西嘉資日本赤十字者副社長

○葛西参考人 ただいま眞崎団長先生から、あるいは帰国者の代表からお話がありましたが、委員長からもお話がありましたので、それ以外の点で、ことに御指摘のありました交渉の経緯等について申し上げたいと思います。  この一時帰国、里帰りの問題が起きましたのは、実は昨年であります。昨年中国紅十字会の方で、私ども引き揚げ三団体に対しまして、居留民の自由往来をするために交渉したいから、三団体は北京に来てもらいたいという申し出があったのでございます。この問題は、実は御承知のように、非常に問題が広うございまして人道的な赤十字社というような団体だけで措置すべき問題でないという見解をもちまして、実はそのままになって、まだ話がつかぬということでやっておったのでございます。ちょうど本年の初め、実は私が北鮮に参ります途中、北京に立ち寄りまして、中国紅十字会の人とも会ったのでありますが、その際にお話がありまして、先方の意図もだんだんわかって参りまして、居留民の自由往来という広い範疇の中に、やはり人道的なと申しますか、今日実現しておりますような一時の里帰りとか、あるいはまた病人がおる、その親の死に目にあいたいということで行き来をするというような問題は、また別途ではあるまいかということで、両方で話し合いました。それは今年の初めでありますが、そんなふうなことであったのでございます。  その後、御承知のように、本年の六月になりまして、天津に参りました際に、三団体の代表と紅十字会との間に例の天津協定ができたのであります。その中に一項だけ、この里帰りの事項というものを協定をいたしたのであります。それは「中国に居て中国人と結婚している日本婦人が、若し希望する場合は、正規の手続きを経て、日本に赴き親類を訪問し、再び中国へ帰って来ることができる。又彼女の日本に居る家族が、若し希望する場合は、正規の手続きを経て、中国に赴き、中国人と結婚している日本婦人を訪問し、再び日本へ帰って来ることができる。」という項目を協定いたしたのであります。それをちょうど実行に移すことになりまして、そして、第十四次の興安丸の出港の際に、中国の方から、この間の天津協定によって、日本に里帰りをしたい者がおるから、それを実行したいと思うがと言って、向うが聞いて参ったことがあります。中国側としては、中共政府と打ち合せをした上で、出入国許可証——先ほどお話がありま正したように、期限が三カ月ということで、出入国許可をすでに与えておる。日本側について聞きたいことは二つあるのでありますがと、こういうふうに聞いてきております。貴三団体は、前記日本婦人が貴国に入る許可及び彼らが日本に来て後再び中国に帰ってくる保証を得ることができるかということ。行ったら帰れるかということ。第二は、彼女らが第二次戦犯釈放者を輸送する船に無料で乗って日本に行くことができますかという旅費の問題、この二つのことを紅十字会から聞いて参りました。私ども赤十字を初め三団体としましても、政府の関係当局とも打ち合せをいたしました上、この渡航を認めますということを言うたその中に、三つ書いて返事をしたのであります。人道上、中国に渡航しなければならない理由がある者であるということ、たとえば、中国人と結婚しておることの貴国の官公署の証明を所持する者ということ。これはちゃんと与えておきました。処理済みですという返事が後刻参っております。第二には、中国政府の入国許可証を所持する者でなければならぬ。それももう手配済みです。それから三番目が、ただいま団長からも御報告があって問題になっております旅費その他の問題であります。それを実は言うてやったのでありますが、日本から中国への旅費を自費負担することができる者であること。ただし、間に合えば、第三次釈放戦犯を輸送する興安丸に乗船することができる。これはその後累次往復を重ねまして、先ほどお話がありましたように、二十八日に中国を出帆しまして、今月の一日に舞鶴へ来たわけでございます。その旅費の問題につきましては、大体里帰りをする人というものは、原則として自費で帰ってもらいたいということを先方に通じたつもりであります。ただ興安丸が戦犯釈放あるいは日本人の一般帰国というようなことで往復しておる間には、便宜興安丸には無料で乗せる、こういう趣旨であったのでございます。ところが、今お話がありましたように、すでに中国では手配をしておって、そしてその話は天津へ来て聞いたという人も現実にあるようであります。私は向うに参らなかったので直接聞いたわけではありませんが、そういう人もあったようでございます。そんなことで、実はこの問題は、中国紅十字会の方としましても、帰国者には確かに右の旨を伝えておるようでありますが、その時期の問題で、若干ずれておったようであります。もう一ぺん日付を申し上げた方がいいと思うのですが、一番初め紅十字会の方から里帰りの問題を今度やりたいと思うがといって、さっきの二つのことを聞いて参りましたのは、七月十二日の北京発でありまして、そして紅十字会に私どもが返事しましたのは七月の十六日でございます。それで大体向うの集結の状態等をにらみ合せて、そこらの点は御賢察をいただけること、こういうふうに思います。しかし今度また第十五次の興安丸が中共に参るにつきましてかような問題が起きては大へん困るということで、私ども赤十字並びに他の二団体とも相談をいたしまして、この点は今度あらかじめ一つ打とうというようなことで、旅費が自弁し得るものであること。しかも興安丸の往復している間だけこれは便宜無料にするのだ。そういう趣旨なんだということを先方に打電いたしました。ですから、この問題は今後は起きないのじゃないかと思いますが、そういう事情になっておると思います。  なお次に、そういう事情でありますので、私どもは、今度おいでになった今の三十四世帯といいますか、子供さんをこめまして七十八名の方々が、いろいろお困りになると困るということで、政府の方ではお手配をいただいておりますが、私ども赤十字といたしましても、この点は心配をしておりましたのですが、実はこの次の興安丸が、大体中国の方の関係からいって、当初はこの十五日に舞鶴を出て向うへ向うというような予定を立てておったのでありますけれども、ちょうどそのときにソビエトの方からも、戦犯の釈放があるから、ナホトカに船をよこせというようなことで、両国で重なってしまいましたものですから、関係当局とも打ち合せをいたしまして、ソ連の方を先にやって、きょうはもう出たと思いますが、十五日にナホトカに着いて、十八日に帰ってくる、二十日に舞鶴を出て中共に迎えにいくというふうにプログラムを立てて、この点は中国からも、それでよろしい、準備をしてくれという電報が来ております。このことは、里帰りの方々が、今お話がありましたように、親の顔を見たり、あるいは親類に会ったり、疲れもなおらぬというようなことで、これはごもっとものことに伺いますので、できるだけ日本に長くおっていただく、しかも旅費の便宜等もある方がいいのじゃないかということで、実は二十日に舞鶴を立つということになりまして、この点は実は三十四人の方々には全部、先ほどお話がありましたが、電報をもって、こういうふうなわけだが、それまでに帰ればただで帰れるのだがということを照会申し上げておるのであります。今日ただいままでのところ、回答のない方が大部分であります。三十四人のうち二十五人は、まだ回答が来ておりません。電報でやったが、回答が来ておりません。しかし九人の方からは回答が来ております。これは全部今回の興安丸では帰らないという明瞭な意思表示のあるものでございます。大体そんなことになっております。二十五名の方々はどうされますか、その点はわからないわけでございます。  そこで、それではこれはよく政府の意見を聞かなければならぬのでありますが、私ども赤十字一個として考える場合になりますと、そういうことで今度の二十日に出ます興安丸というものか——実は戦犯の方々も、この興安丸三千余名お帰りになります。それで集団的に帰ります中共からの帰国というものは、予定のできるものは、大体この次の二十日に出る興安丸が最後といっては語弊があるかもしれませんが、予定し得るものはそれで、従ってこの次に少くとも中国からの一時帰国者の方が得ておる期限三カ月の間に、日本人の帰国者を迎えにいく興安丸が出るということは、ただいまのところ、確たる予定はないと申し上げていいのじゃないか。と申しますのは、実はこの前の興安丸で一般邦人がやはり二百名余りお帰りになった。先ほど御報告がありましたが、この一般邦人の方を帰すにつきまして、紅十字側でいろいろ世話をしておった話を聞きますと、大体半年余りからいろいろ手順をして、そうして集められたもののようでございます。私どももこういう人が帰りたいと言っておるがどうだといって紅十字の方へ紹介申し上げた者だけでも、六十人か七十人もあったのでありますが、そういうものをいろいろ手配をしてくれておりましてそうしていよいよ帰国ということになりますためには、少くとも半年くらいはかかるのじゃないかということのようでございます。そんなところから考えますと、戦犯の方々が千人ばかり、これで、大体四十何名の戦犯として抑留される人以外は帰れることになりますが、一般邦人もかような状態であるということになれば、この三ヵ月くらいうちに、興安丸なり、そのほか日本の船が中共に迎えに行くという予定は、ただいまのところ確たるものはないと申し上げていいのじゃないかと思います。従ってもし今度の興安丸でこれらの人がお帰りにならなければ、どうしてお帰りになるかという問題が実はあるのでございます。私どもとしましては、政府の意向によってやっておりますのは、ただいまも申し上げたように、旅費は自弁であるけれども、興安丸が運航しておるときは、これに便宜無料で乗せるという建前でございますので、そういうことを紅十字会の方にもお伝えをしてあります。そこで、どうされるかということが問題のように思います。自然また経費の問題も出てくることかと思います。私ども意見も述べろということでありまするが、今回のところは、ただいまも申し上げましたように、電報で往復をいたしました目が非常に押し迫ってからでありまして御本人の方々も天津へ来てからそのことを聞いたというような人もあり、これも無理からぬことでもあるようにも思いまするし、またそんなような点から、これはもちろん郷里へお帰りになれば、親元でも御心配をすることでもございましょうし、あるいはまた地方でもそれぞれ御心配をいただくということもあろうかと思いまするけれども、何とかそこらのところも適当に御決定をいただきまして、無事にお帰りになるようにしていただきたい、こういうふうに思っております。要を得ませんでしたが、なお御質問等によってお答えをすることにいたします。

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員長代理 次に、厚生省当局より、本問題について説明を求めます。厚生省引揚擁護局引揚課長、石塚さん。

石塚富雄引揚援護局引揚課長

○石塚説明員 一時帰国者の問題につきましては、ただいま参考人の方からお話がありました通りでございます。私どもとしましては、上陸されてから郷里までの経費につきましては、今、日赤の副社長からしさい説明がありましたごとく、連絡の過程において、若干時日が切迫しておって従って経費の準備その他において、必ずしも時間的に余裕がなかった。そういうことで、とるものもとりあえず渡航して来た事情、あるいは若干内地におきます医療費その他の経費も考えまして、上陸地から郷里までの経費につきましては、帰国の汽車賃及び車中の弁当代、なお五十ドル以下の小額手持ち者に対しましては、一世帯当り五百円、それから子供一人当りにつきまして二百円加算する、こういう緊急措置をとりまして、応急援護の措置をとったわけであります。なお帰国の旅費につきましては、ただいまのところ、事務当局としては、当初の方針通り、自費負担という建前でもって考えております。一度郷里にお帰りになりますれば、郷里には親元もございますし、兄弟の方もおられますし、あるいは知己もございますので、そういった方からの御後援もありましょうし、あるいは帰国までに若干の日数もございますから、中国の御夫君のもとから御送金の道も期待されると思いますので、ただいまのところでは、事務的にはさように考えております。

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員長代理 これより、質疑を許します。櫻井奎夫君。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 今の問題ですが、厚生省の考え方は大へんな考え方をしておられる。今も代表からもお話がありましたように、これは日赤の方の手続の面が、第一次の里帰りの方には周知徹底しなかった面もあって、急遽集まられて、旅費も持たずに来られた。この次からはそういうことはないでしょうね。葛西さんにちょっとお聞きします。

葛西嘉資日本赤十字者副社長

○葛西参考人 ただいま私どもの方の手続がおくれたために悪かったというようなお話でありますが、そうではないのでありまして、この話が起ったのが、先ほども申し上げましたように、七月の十二日でございます。中国の方からこの話が起ったのが、日が非常に迫り、すでにまた言ってきておりますのも、申請してどんどんやっているのだというようなことで、十二日に言ってきております。私どもの方なりあるいは政府の方がこれを中国側にお伝えしたのが、今言ったように十六日にお伝えしておりまして、日本側の手続がおくれたために周知ができないということではない点を御了承願いたいと思います。  第二にお尋ねがありました、次回からはないはずだということですが、これは先ほども申し上げましたように、今同こういうことがありましたし、先ほども申し上げましたように、この第十五次の興安丸の出港に関連をいたしまして、こっちはこういう趣旨なんだから、周知徹底をしていただきたいということを紅十字の方には申してあります。それで多分そういうことになるだろうと期待いたしております。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 わかりました。事実現実の問題といたしまして厚生省の方に申し上げるわけですが、今回の七十八名の方々は、旅費を全然持っていない人もあるわけです。それで、一応上陸地点から郷里までは何とか厚生省の方で都合をしたけれども、帰国の旅費は、親戚知己もあることだから、そこでやってくれ、こういうことのようでありますが、これはやはり帰国の場合と同じように、厚生省で旅費を持たして帰していただく、こういうのが建前で、今回のは異例でございますけれども、そういうことでないと、必ずしも帰った人全部が向うに帰れるだけの旅費の調達ができるかどうかということは、まだ疑問であろうと思う。もし調達ができなかった場合は、厚生省はどうなさるのですか。

石塚富雄引揚援護局引揚課長

○石塚説明員 ただいま調達できないという仮定の問題でございますので、今のところ、ここで仮定に立って……。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 私ども、実際帰ってこられた人々を見ますと、こういうことを言っては失礼に当るかもしれませんが、相当生活の余裕のあるという人々はあまりなかったように思われる。こういう方々が帰られて、実際向うへの帰国の旅費を調達されるというようなことは、お困りになる人が多いのではないか、こういうふうに考えられる。これはもう中国の方で、非常に大きな人道的な立場から、三カ月の期間を切って帰していただいたのであるから、日本の政府としても、これにこたえるべく、もう少し大きな立場から考えていただかないと困るのです。お前たちは勝手に帰ってきたのだから、帰りは何とでも自分で都合して帰れ、こういうような考え方では、これはせっかくこういう新しい里帰りの道が開けたのに、今後のことにも非常に支障を来たすので、ぜひとも帰国の旅費の面は、政府当局が責任を持って、措置をしていただくように私は強く要望いたします。  もう一点は、先ほどの日赤の方のお話からもうかがえることは、十五次の興安丸が出れば、そのあと当分引揚船をこっちから中国に差し向ける機会はないであろうという見通しをはっきり申しておられる。ところが里帰りの方々は、大部分それに不賛成なんです。上陸一歩を印せられたときから、できるだけこの三カ月の期間日本にとどまっておりたい、こういうことをはっきり申しておられます。先ほどの葛西さんからの話も、九人返事があったが九人とも反対だ、こういう返事だったそうですが、それは無理もないと思う。従って、当分引揚船の配船というものが考えられない状況において、しかも引き物けた人々が許された入国の期間内一ぱい日本にとどまっていたい、こういうことでありますと、どうしてもこれを別の船で帰すなり何かの措置が必要であると考えられますが、船の手配については、厚生省としてどういうことを考えておられるか、承わりたい。

石塚富雄引揚援護局引揚課長

○石塚説明員 先ほど日赤の副社長からお話がありましたように、今回一時帰国された方々に対して、今度の興安丸で帰られる方の消息を調べたのでありますが、先ほどのように九名の返事があった、そのほかにその後一名今度の興安丸で帰りたいというのが申し出ております。それからそれ以外の、もし今次の興安丸で帰れなかった場合には船はどう考えるか、こういうことなんですが、これは初めから予定しておりました当初の方針といたしましては、興安丸が往復しております間は興安丸に御乗船願う、それ以外は各自適当のあれで便船を利用してお帰りを願う。これが当初からの建前でございますので、ただいまのところ、その当初の建前を変える考え方は持っておりません。

三鍋義三日本社会党

○三鍋委員 一時帰国者の方々に対する里帰りという表現を用いておられるようですが、私これは考え方が違っていないかと思うのです。里帰りというのは、正常なる状態において正常なる結婚をなされて、そうしてお盆とかあるいはその他の機会に久し振りで両親あるいは親戚、お墓参りその他の問題につきまして故郷をたずねるというのが里帰りの本旨でないかと思う。これを見ますと、今度お帰りの方々は、ひとしくやはり戦争の犠牲者であります。形におきましては、向うの方と結婚されまして、幸福な生活をしておられる人もありましよう。しかし、その結婚された状態というものは、自分の生命をどうして保つかということが大きな一つの力となっておる非常な場合において結婚なされたのでありまして、これは私は正常でないと思うのであります。しかし正常でないけれども、現在幸福にお過ごしになっておる方もありましょう。しかし私たちは、やはりその正常ならざる結婚というものに対して、人間として、これに対する深い理解がなければならないと思うのであります。もちろんこれらの方々ばかりでなく、日本国内におりましても、戦争の犠牲というものはあらゆる面において深刻な問題があることは事実でありますけれども、正常ならざる状態において結婚されて、そうして異国に一生を終ろうとされている方々のこの心情——もちろんこれは大きく外国に進出して生活をなさるというその気持も尊いものではあると思いますけれども、こういう異常なる状態における方々の環境というものに対しましては、やはり国家といたしましても、十分なる理解とそうして同情がなければ、ほんとうの政治ではないと考えるのであります。こういう意味におきまして、私は三カ月間の渡航の許可期間は、十分に故国の味、故国の風物に、そうしてなつかしい故国の人々との交わりをさせてあげる、こういう努力を当然なすべきである、こう思うのであります。またお帰りになるときに、条件は興安丸が帰るときにそれに乗船できる場合は無料でということでなくして、これは正常なる結婚をして、そうして渡航されて帰られる場合のことなんです。今のはそうではないのです。だからお金はどれだけかかってもいいのです。どれだけかかってもいいということはちょっと言い過ぎかもしれないけれども、私はそれだけの気持がほしいと思う。今度帰る興安丸というものに制限されることなく、早く帰りたい人はお帰り願っていいと思いますが、希望されるならば、三カ月間の余裕期間を、十分に故国の味を味わってお帰り願えるように、当然政府としても考えていただきたいと思います。これについて御所見をお伺いいたします。これは最初のケースでありますから、もう一つ責任のある人が来て……。

石塚富雄引揚援護局引揚課長

○石塚説明員 ただいまの御質問に対しては、櫻井委員の御質問に対してお答えしたと同様であります。私としては、それ以上のお答えはできかねます。

辻政信自由民主党

○辻委員 関連して。これは引揚課長に答弁を求めること自体が無理だと思います。公務員は国の規定というもので縛られておりますから、より高い政省的な見地において解決すべきものであろう。そうしてこの問題は、あまり議論しないで、与党も野党も同じ国民の立場におきまして、あたたかい気持で一つ処理していただきたい。その金額はきわめて少いものである。普通の家庭の常識からいっても、里帰りの嫁に対しては、里親が切符ぐらい買ってやるのが普通です。これは国家においても個人においても同様であります。ことに、ただいまの引揚者の方の御意見を聞きますと、現在は幸福なように見えますけれども、私はこの幸福というものは、進んで求めた幸福じゃなかろうと思うのであります。しいられた幸福であろう。こういう人に対して、国が、民族愛、同胞愛という見地に立って、そうしてこの人たちにせめて十年ぶりに帰った日本に、一つのなつかしさを与えて帰すということは、これは常識であります。こういうことを課長に答弁を求めるのは無理でありますから、委員長におかれましてこの問題は質問をやめて、全員一致の意九として、委員長から政府に強く要望してもらいたい、かように考えます。

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員長代理 わかりました。ほかに御質問ございませんか。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 質問ではないのですが、私はまだ質問中だったので……。これは政府としても、次官が政府代表で当時来ておられます。そうして現地において一時帰国者の方々の声を聞かれて、政府としても十分努力をするということを私どもに確約をしておられます。ところがきょうのこの大事な委員会に、次官が出て来ておらないが、これはどういう事情なんですか。

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員長代理 政務次官は、出張中でございます。

櫻井奎夫日本社会党

○櫻井委員 それではやむを得ませんけれども、政務次官も一時帰国者の要望をいれるようにできるだけ努力するということを、帰国者の前ではっきり言明しておられる、従って私どもは、きょう委員会を開いた場合には、これに対する政府の何らかの具体的なお答えを願えるものと期待をしておった。ところが答弁を聞いてみると、何と申しますか、きわめて非人情な、次官がはっきりあそこで約束されたことは何ら盛られていない、こういうことでは、はなはだ中国に対しても私どもは顔向けがならないと思う。どうかそういう意味で、きょうは超党派的にこの問題を委員長の方で御処理下さいまして、当委員会の強い要望といたしまして、今回は最初のケースでございますから、一時帰国者の問題については、旅費の面、それから帰国についての配船の手配、そういう点を、これも具体的になるたけ早くはっきりおきめ願って、帰国しておられる方々に早く決定を通知するように、安心して三カ月なりの期間を十分有効に過ごさしていただくように希望いたすものであります。

三鍋義三日本社会党

○三鍋委員 今回の一時帰国者に対する処置に対しましては、ただいま櫻井委員からも辻委員からも強い御要望があったのでございますが、私どもといたしましては、今後一時お帰りになる方々に対しましても、せめてこちらに着いたら、帰るまでの費用を見てあげる。こういう線を何とか打ち出していただけないものか、これを一つ御考慮願うように、委員長から政府当局に強く御要望願いたい、こう思います。それくらいにしてあげるのが当然であるし、また罪の償いでないか、ささやかであるけれども、われわれの当然してあげなければならない点でないか、このように私は考えるものであります。どうかよろしくお願いいたします。

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員長代理 辻委員、櫻井委員、三鍋委員の御要望の通り、委員長において、善処することといたします。  他にございませんか。——御質疑がなければ、これにて参考人よりの事情聴取を終ります。  参考人各位には、炎暑の折から、御多忙中のところ長時間にわたり事情をお述べ下さいまして、本委員会といたしまして調査の上に非常に参考になりました。この際、委員長より厚く御礼を申し上げます。  本日はこれにて散会いたします。次会は公報をもってお知らせいたします。    午後二時四十八分散会

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