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24回国会衆議院1956/02/14

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第4号

発言数
42
登壇者
8
会派数
2
開催日
1956/02/14

会議録

原健三郎自由民主党

○原委員長 これより会議を開きます。  本日は、遺家族援護に関する件(靖国神社における英霊合祀に関する問題)について、調査を進めます。  現行憲法における国家と宗教の問題に関し、多くの議論があるところでありますが、本日、ここに大石義雄教授並びに金森図書館長に御出席を願い、これについての御見解を伺うことといたした次第であります。  それでは、これより御意見を聴取することといたしますが、その前に、委員長より参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。  参考人の方々には、大へん御多忙中、御出席下さいまして、委員長より、本委員会を代表して、厚く御礼申し上げます。本委員会は、現在、靖国神社における英霊合祀に関する件について調査いたしております。申すまでもなく、靖国神社に全英霊が合祀さるべきであることは当然であります。しかるに、多数の英霊の合祀はいまだ完了されておりません。これは、要するに、靖国神社独自の力では不可能であるからであります。そこで、国家が財政的にこれを補助し、これらの合祀を完了するの必要があると信じます。ところが、現在の憲法下においては、靖国神社に国家的補助をすることは、憲法違反の疑いが出てくるのであります。よって本日は、憲法の権威者である大石先生と金森先生においで願って、この点に関して解明していただきたいと思うのであります。  そこでお聞きいたしたい第一の点は、現在のままの靖国神社に対して、国家的補助をすることが、憲法に抵触するやいなやであります。  第二の点は、靖国神社を一般の宗教法人にしておくことが間違いである、よって特別法を制定して、靖国神社を特別法人にして、これに国家的財政補助をなすべきであるという説をなす人がありますが、この説に対してもまた御見解を承わりたい。  以上二点につき、忌憚なき御意見の御開陳を願いたいと思います。  まず、金森参考人より御意見を聴取いたします。金森参考人。

金森徳次郎国立国会図書館長

○金森参考人 ただいまお尋ねのことにつきましては、現実の問題としては、相当にむずかしい点を含んでおると思いまするが、まず第一に、委員長がお話しになりましたように、靖国神社に英霊を合祀することがおくれておるということは、これはもとより国家的に悲しむべきことであり、そのままにあってはならぬと思うのであります。けれども、憲法の大きな輪郭から申しますると、宗教と国家というものは、非常に縁を遠くするという考えできておりまして、つまり政治と宗教は全く別の立場に立って、たとえをとりますと、土俵を別々にして、そこに一つずつおるというような妙な姿でありまして、国家は国家としてやり方を自由にやっていくし、宗教はまた宗教としての自由なる活動をしていく。この二つのものは、お互いに抑制したり、特別に援助しあったりしてはならない。こういう政教分離ということを徹底的にするというのが、憲法の精神であろうと思います。  ところで、靖国神社というものは、私どもの知るところによりますると、靖国神社ができました当時から——明治時代でございましょう、その当時から、宗教ではない、こういう解釈を一般的にとられたように思うのであります。宗教でございますると、旧憲法におきましての制限が起りまして、これを特別に区別するということはむずかしかったに相違ございません。たとえば、学生に参拝をさせるように教育するというようなことは、宗教とすれば、きっと無理が起るものと思います。でございまするから、取扱い上は宗教でないという建前として、信教の自由のらち外に置かれておる。それでまず無事に物事が説明できたように思っておりまするが、しかし、何としても、これが徹底的に区別のできない事情でありまして、いろいろとまぎらわしい場合が起っておったものと思います。それが、戦争が終結いたしまして、政治と宗教がはっきり分れるということが明瞭にされましたとたんに、たぶん靖国神社は宗教に属するものとせられまして、新しき宗教法人として自発的に色彩をはっきりさせられたように思っております。もしこの考え方か正しければ、明治、大正時代は、何となくあいまい模糊として、いつも宗教でないように持っていこうという一般の立場でございまするし、終戦後は、もうはっきり宗教法人として、また宗教の施設として認められてきたような気がいたします。何が宗教であるかということは、非常に困難な問題であろうと思います。私どもその方面の専門知識をあまり持たない者にとりましては、うかつに断定することはできませんけれども、たとい十年間といえども、はっきり宗教としてみずから認められてきたところを見まするとき、宗教施設でないとは断言できないと存じます。そうなりますと、この憲法の規定が働いて参りまして、宗教関係につきましては、国家は金を出さないという原理が現われまして、このままの姿では、国の費用をもってその経費に充てることは相当むずかしい、つまり反対意見が十分できてくるものと思うのであります。けれども、そこに一つ考えられますることは、たとえば、神社が公益事業として何かほかのことをやる、子供の保護をすることがありましても、これは宗教として扱っておりませんので、それだけは他の一般の博愛慈善の事業と同格にいたしまして、普通の取扱いをするということになっております。そこで、英霊を靖国神社に祭るということそれ自身が、完全に宗教ではない、こういうことにでもなりますれば、これは問題は変り得ると思いますけれども、これまた非常に説明の困難な点があって、実際は、宗教的な儀式、宗教的な考え方によって動いておるものと思いまするので、現在のところ、このままで国の費用を当てはめるということは、まず困難ではないかと思うのであります。しかしながら、国家のために非常にりっぱな働きをされた方々を一つ所に、むずかしい言葉ではございますが、象徴として集める、象徴といいまするか、具体的のことは別として、これこそ英霊を祈念し、それに対して感謝の意をささぐる所であるというふうにしての設備を作りますことは、何もそれ自身宗教ではございませんので、だから、そういう考え方でいきますると、りっぱに国家的な設備をもってこれに処することができようかと思うのであります。外国の事例も、詳しいことは存じませんが、私どもが普通に話しておりまするのは、アメリカのアーリントンにあるところの無名戦士の墓でありますとか、あるいはまたフランスの凱旋門のところにある無名戦士の墓であるとか、またイギリスもあそこの寺院に、どういうふうになっておりますか存じませんが、無名戦士を追憶する所があるようでございまして、形式的な意味で、宗教的な関係を離れて、国家的にこれを安置するということは、何らの支障はないものと思うのであります。そこで、現在の靖国神社がその性格を完全に備えておられるならば、これは問題はございませんけれども、過去十年間の変化がはっきり国民の頭に映っておりまするように、特殊な宗教の色彩が強いとすると、それを直ちに変質させることは、いろいろな意味で——いろいろな意味というのは、神社制度を尊重する方々の立場から見ましても、また宗教と政治とをはっきり区別しようということを念願しておられる人の立場から見ましても、あまりおもしろいことではないような気がいたします。でございますから、はっきり本質を明らかにして、あるいは前の性格を少しく作りかえて、英霊をそこに安置して、それに対して、ごく俗っぽいと申しまするか、宗教を離れまして、感謝をし、追憶をするという象徴的施設ができるということは、当りまえのことといっていいくらいのことでありまして、それに対するいい方法さえ考えられまするならば、それがいいのではなかろうかという気がいたします。二、三年前でございましたか、遺骨が海外から日本に持ち運ばれまして、そのときを機会として、合同の慰霊祭が政府の手によって行われました。そのときにも同じような問題が起りました、宗教という見地を離れて、それをお祭りしようというようなことで、形もそれにふさわしいようにするというので、白木の柱を立てて、これを礼拝のための象徴的な地位にいたしまして、まわりにバラの花を飾って、それから、これもいろいろ誤解を避けるためでございましたでしょう、西洋音楽を用いて、その慰霊のお祭をしたのであります。そういうような考え方に従って、新しい構想ができるのではないかという気持がするのであります。私ちょっとほんとのことはわかりませんけれども、アメリカが第一次世界大戦の無名戦士の墓を作るということで、ただいまも、現にアーリントンにできておりまするが、その行き方を考えてみましても、やはり宗教的な色彩を極度に避けまして、そうしてりっぱに国民の礼拝の場所を作っておる。その記録を見まするとき、何となく自然に落ちついている。ここに参考材料を提供して、何となく参考になるような気がいたします。それからフランスの凱旋門の中に、今も毎日々々無名戦士を弔うために火がたいてあるのでございます。あそこは、凱旋門の門の下の地下室か何かに、遺骨が、ある分量だけ保存されておるように聞いておりますが、そこの火をたくのは、一体だれかということをちょっと、考えてみますと、それはやはり初めはその国家的責任者があって、火を絶やさないようにしておる。その後たしか在郷軍人の作る一つの友の会というものができまして、それがちゃんと香料を絶やさず、そこを守っておられるようであります。こういうことは、何となく宗教を離れて、ごく世間普通の方法によって感謝の意を表しておるという姿でございまして、何かそんな形で、実際の方法はちょっと見当もつきませんが、実現せられたら、あちらこちらの抵触もなく、国民感情も満足せしめられていくのではあるまいか、こういうふうに思っております。  もう一ぺん最後に締めくくりますと、このままでは、靖国神社にお金を出すということは、非常に反対が多かろう。その反対も理屈がありそうだということと、それから、第二に、宗教的施設を離れて、そして故人を祈念する、感謝するという設備を作ることは、非常によきことであるのではなかろうかという気がいたします。第三の問題といたしまして、そういうふうにすれば、今度宗教の面から見て、故人に対する儀式を行うというようなところに欠くるところがあるんではないか、こういう疑いが起りまするが、それは何もむずかしいことではないのでありまして、各宗教を重んずる人たちが、別々の立場でそこの宗教の行事をすればいいのであります。それがための設備は、何か共通のものでもあって、そこで時を異にし、あるいは時を異にせずして、宗教上の儀礼が行われる。それは国家の関係することではない、こういうふうにすれば、何か解決するような気がいたします。  私の報告は、これをもって終ることにいたします。

原健三郎自由民主党

○原委員長 次に、大石参考人より、御意見を聴取いたします。大石参考人。

大石義雄京都大学教授

○大石参考人 この問題は、国家とは何か、神社とは何か、宗教とは何か、これを理解することなくしては、絶対に解決することができない問題だと思います。初めから靖国神社を宗教的施設であるときめてかかったんでは、初めから問題は起らぬのです。問題は、靖国神社が宗教的施設かどうか、これが本質的な問題であろうと思います。ただいま委員長から具体的な質問点を明らかにせられましたが、私が京都で受け取った私に与えられた問題は、国家と宗教、こういう題でありましたので、私もそのつもりで構想をまとめてきております。幸いに今委員長から諮問された事項は、ことごく私の報告に入っております。きわめて率直に私の所見を申し上げることにいたします。  戦後の国家生活における日本人の著しい特徴の一つは、国家意識が非常に薄弱になってきているということであります。これは、万能と信じていた国家の権威が、敗戦で失われたからであります。国家の権威が失われたばかりではない。人々は一般に権威というものを認めない傾向になってきているように思われます。しかし、国民が国家の権威を認めないようになれば、社会はアナーキーになるより仕方がないのであります。人間が宗教の権威を認めないようになれば、社会生活における宗教的信念は失われてしまいます。また、人間が道徳の権威を認めないようになれば、社会生活は堕落するのほかはないのであります。人間はしょせん神様のように完全なものではない、きわめて不完全な弱いものであります。人間の社会生活を支えるものは、それぞれの社会における権威であります。家庭におきましても、子は親の権威を認めない、また妻が夫の権威を認めない、夫が妻の権威を認めない、こういうふうになれば、家庭生活は成り立たぬのであります。学校でも、職員が校長の権威を認めない、また生徒が先生の権威を認めない、こういうふうになりますと、学校教育は成り立たぬのであります。国家という社会についても同様であります。国家と申しましても、国民の協同社会と別に国家があるわけのものではありません。日本国は、過去、現在、未来につながるわれわれ日本国民の協同社会であります。日本国がわれわれ日本国民の協同社会であること、そのことは、戦いに勝っても負けても変りのないことです、でありますから、戦争の勝敗とは別に、日本国を維持していかなければならぬものは、われわれ日本人のほかには存在せぬのであります。敗戦で国力が壊滅されたときこそ、ほんとうの国家愛のもとに国民は団結しなければならぬゆえんも、ここに存するわけであります。もちろん、規模の大きさだけから申しますと、世界の人類を打って一丸とする国際社会があります。しかし今日いまだ国際社会が、国民個人々々の主命、身体、自由、財産の安全を保護してくれるほどに組織化されてはおらぬのでありまして、国民個人々々の生活の安全を保護してくれるものは、その国民の所属する国家なのであります。国家は依然として国民の基本社会であると称されるゆえんであります。国内の社会生活は、すべてこの国家を基本社会として営まれているのであります。でありますから、国家がどの程度に健在するかということは、国民生活がどの程度に健在であるかを決定する基本的な問題であります。敗戦の日本が、健全な国家の再建に努力しなければならぬゆえんであります。こういうふうに考えてみますと、敗戦後、日本人の国家意識の喪失は、決して健全な状態でないことがわかるのであります。  世界の大勢は、全く日本とは逆であります。今日ほど普遍的に、各国が自国意識を強く持っている時代はまれであります。アメリカでもソ連でもイギリスでもドイツでも中共でもインドでも韓国でも、どこでもそうであることは周知の通りであります。そういうような国際社会の中にあって、ひとり日本だけが自国意識を失ったのでは、日本は亡国の道をたどるより仕方がないのであります。日本人が、日本人の協同社会としての国家生活ができないということは、日本人が自分自身の所属する基本社会を失うということなのであります。このことは、言葉をかえて言えば、日本人は、自分だけでは共同生活ができぬということでありまして、他国家の支配下に生きるということなのであります。自国意識の喪失は、実は植民地化の意識にほかならぬのであります。今日においては、欲すると欲せないとにかかわらず、人間は国家支配の外に出て生きるということはできぬのでありまして、国民が自国を失うということは、他国の支配下に入るということであります。健全な国家意識を喚起することの必要なゆえんであります。  ところで、国家が国民の基本の社会であることは右に述べた通りでありますが、この国家という共同社会が一つの統一体として存続するには、これを統一体たらしめる精神的基礎が確立していることを前提とするものであります。この国家をして国家たらしめる精神的基礎、それは国体にほかならぬのであります。敗戦後の日本では、国体といえば、それは過去のもの、神がかり的なもの、非科学的なものと簡単に考えやすいのであります。このごろの新聞では、国体の話といえば、それは国民体育大会の話のことなのであります。このように言葉の用い方までも変ってきているのであります。しかしながら、国体こそは、いずれの時代、いずれの国家においても、国家をして統一体たらしめる国家の精神的基礎なのであります。でありますから、アメリカにはアメリカの、ソ連にはソ連の国体がある。それがそれぞれの国家の精神的基礎となって、それぞれの国家をささえておるのであります。アメリカについて見ますと、アメリカをしてアメリカ国家たらしめている精神的基礎、それは近代民主主義の精神であります。近代民主主義の国家体制においては、国家という共同社会を統一体として政治的にまとめるものは、国家を組織する国民全体である。すなわちアメリカ国家は、国民自身が全体としてみずから政治的にまとめる国であることを建国の精神とする国であります。このように、国民自身、全体として国をまとめる国家体制が 民主国体と呼ばれております。すなわち、アメリカは民主国体を精神的基礎とする国家であります。でありますから、アメリカの国家生活が一番混乱するのは、この精神的基礎が動揺するときであります。今日のアメリカにおける反共精神も、このアメリカ的国体擁護から出ておるのであります。と申しますのは、共産主義はアメリカ国家の精神的基礎をなす近代民主主義とは相いれない国家の精神的基礎だと考えられておるからであります。ソ連について見ますと、ソ連は勤労者の社会主義国家たることを建国の精神とする国であります。ソ連憲法では、ソ連という国家の主権者、すなわち国家をまとめるものは、勤労者階級に属するもの全体である。ソ連という国は、この勤労者階級の階級的支配を精神的基礎とする国であります。すなわち、ソ連は勤労者の階級国体の国なのであります。でありますから、ソ連では、勤労者の階級支配が行われなくなったのでは、ソ連国家が滅びたこととなるのであります。ソ連がこの階級支配国家体制擁護のために、あらゆる工夫をし、あらゆる努力をしているゆえんであります。ソ連では、基本的人権と申しましても、それはこの階級支配の精神的基礎を脅かさない限りにおいてのみ認められておるのであります。たとえば、言論の自由について見まするに、ソ連憲法では、ソ連人民は勤労者の社会主義国家をいよいよ強化するの目的をもって言論の自由を有すると定めているごとくであります。すなわち、ソ連では言論は自由だといっても、勤労者の社会主義国家を強化することに妨げになるような言論は、言論の自由の名においても許されないのであります。このことは、信教の自由についても同様であります。あのソ連の膨大な国防体制も、つまりはこのソ連的国体の擁護のための実力組織にほかならないのであります。  このように、アメリカとソ連では国体が違うのであります。国体が違っても、それぞれの国が、自国の国体は自国だけのものとして考えてくれればいいが、自国の国体を他国にも押しつけるということになりますと、両国の衝突は免れないのであります。今日の東西二大陣営の対立も、全くこの国体の相違からきていることなのであります。さきに述べましたように、アメリカは、主権者は国民全体であるとなす国体の国であります。このときの国民というのは、人種が違っても宗教が違っても階級が違っても、アメリカ人ならば、すべてアメリカ国民として主権者である。国民を階級的に分けることを非常にきらう国なのであります。しかるにソ連は、人間を階級的に分けて考え、勤労者階級に属する者のみが主権者でなければならないとする国なのであります。それで、単に思想的な問題としてとどまる範囲においてはとにかく、このような階級支配の国家体制が政治の実際の上でアメリカに影響してきますと、アメリカとしては、自国の精神的基礎を防衛する処置をとらなければならないのであります。今日のアメリカの反共体制は、このアメリカの国体擁護からきているのであります。アメリカの膨大な国防体制も、つまりはこのアメリカ的国体擁護のためのものであることは、ソ連の国防体制が、ソ連的国体擁護のためのものであると同様であります。  このように、国体というものは、その国家をして一つの統一体たらしめる精神的基礎をなすものであることは、どこの国について見も同様であります。わが国においても、旧憲法下において、天皇制擁護のための国家体制が非常に重要視されていたのも、つまりは国体擁護のためのものであります。と申しますのは、旧憲法下においては、日本国という共同社会を統一体たらしめるものは、万世一系の天皇であることとなっていたのであります。すなわち、日本国は天皇の意思のもとにおいてまとまることを精神的基礎とする国であったのであります。それで、天皇制が動揺することは、日本国の統一が破れることとなるのであります。天皇制維持の国家体制が重要視されたゆえんのものであります。  ところが、憲法が変り、帝国憲法が日本国憲法となってからは、日本国の精神的基礎も大きな変革を受けることとなったのであります。旧憲法下においては、日本国の精神的基礎は天皇制であったのであります。すなわち旧憲法下では、日本国を統一体たらしめる者は、天皇でなければならなかったのでありますが、日本国憲法のもとにおいては、主権は国民に存することとなったのであります。すなわち日本国憲法のもとにおいては、国家を政治的にまとめる者は国民自身だというのであります。もっとも、憲法は、主権は国民に存するといっているけれども、主権者たる国民が直接国政を行うのではなくて、最高の地位において国政を行うのは、国民の代表者である国会である。これが建前になっております。それで、国民一般が、個人としては反対でも、国会のきめたことには喜んで服従すべきものであると思ってくれれば、国会のもとに国家の統一が維持されていけるわけであります。しかし国会が何をきめても、好きなことには従うし、きらいなことには実力をもって反対するというような社会勢力が出てきますと、日本国憲法のもとにおける国家の統一が破れるのであります。統一が破れましても、今の憲法では、国会のほかに統一の持って行きどころがないのであります。国家は分裂するよりしかたがないのであります。それで、そうなるか、ならぬかは、今後国民がどの程度に議会政治というものを正しく理解することができるかできないかによって定まることなのであります。それで、現憲法は民主的憲法だからといって、楽々と平和社会が出現するであろうと考えるならば、それはあまりにも甘過ぎると思います。  それでは、日本国憲法のもとにおける天皇制とは、どのようなものであろうか。憲法は、天皇は国の象徴であり、また国民統合の象徴であると定めております。もちろん天皇が国の象徴であり、また国民統合の象徴であるということは、憲法という法が定めたことでありますから、それは法的地位であって、単なる道徳的地位ではありません。このことは何を意味するかと申しますと、個人としては天皇を象徴として認めたいと思うと思わざるとにかかわらず、国民は、何人も天皇を象徴と認めなければならぬということであります。それで、国民にして、天皇を象徴として取り扱わない者があれば、そのものはみずから憲法を破ったものとなるのであります。このように、天皇の象徴的地位は、法的地位ではありまするけれども、象徴の内容は全く精神的なものであり、主権者としての地位は、これを含んでおらぬのであります。元来象徴ということは、目に見て見えないもの、すなわち観念的なものを、目に見て見えるもの、形において具体化せるもののことなのであります。たとえば白いバラの花は純潔の象徴であるというがごとくであります。これを国家との関係において言えば、国家は国民の共同社会でありますが、この国家を構成する国民は、生死常ならない。すなわち国家を構成する個々の国民は、常に新陳代謝してやまぬのであります。でありますから、国家の実体は、過去、現在、未来につながる国民の生命のつながりの一体であります。このような国民団体の全体というものは、何人も目に見えざるものであります。これを目に見て見えるもの、形において示すもの、これがすなわち国家の象徴であります。憲法は天皇がそれだと定めておるのであります。天皇のほかに、国旗の日の丸の旗も日本国の象徴であります。しかし国の最高法規たる憲法が定めている国の象徴としては、ただ天皇があるだけであります。しかし天皇が国の象徴であるということは、国家を全体として統治するという意味はこれを含まぬのでありますから、日本国憲法の天皇の地位は、イギリス憲法のもとにおけるイギリス国王の地位と同じに見るわけにいかぬのであります。イギリス憲法のもとにおけるイギリス国王の地位は、依然として主権者としての地位であります。でありますから、イギリスでは、大英帝国が分裂の危機に直面すれば、いつでも国王は国家統一のための発言権はこれを留保されておるのであります。ただ平生は、実際政治にあまり関与しない、こういう伝統、しきたりになっているだけであります。  ところで、国体が国家の精神的基礎をなすものであること、右に述べた通りでありますが、わが国の神社というものは、まずこの日本国の精神的基礎をなす国体と密接な関係にあるのであります。まず伊勢神宮を見ますと、伊勢神宮は、旧憲法下においては、国のささえの総元締めとなっておられた主権者たる天皇、日本国憲法下においては国の象徴者たる天皇、この天皇の祖先を祭神とする神社であります。国民は何人も自己の所属する共同社会としての国家の主権者また象徴者を崇敬すべきものであります。これは国民の道徳的義務であります。でありますから、現主権者、現象徴者の祖先もまた、これを崇敬すべきは国民の道徳的義務であります。国民の一人々々は、自己の内面生活において、人間としての心の安心のよりどころとして、さまざまの宗教を持っておることでありましょう。しかし、その帰依するところの宗教は何であっても、日本国民であるという一点に至りては、すべての日本国民は同じ基盤に立つものであります。でありますから、国民個人々々の帰依する宗教は何であるにせよ、またその立つところの党派的な立場は何であるにせよ、自己の所属する共同社会としての国家に対して、国家として権威を認むべきは、国民である以上、当然の道徳的義務であります。国民として国家の権威を認めることは、これを対主権者との関係においていえば、国家の主権者としての権威を認め、国の象徴者としての権威を認めるということにほかならぬのであります。  また他の神社についてみましても、これまで国家が国家的施設として管理してきた神社も、歴代の主権者たる天皇または天皇を助けて国家に特別の功労のあった人々、あるいは国難に殉じた人々を祭神としております。その典型的なものは、言うまでもなく靖国神社であります。靖国神社は、国家の命令に従って、すべてを捨て、戦場において、一身を国にささげた人々を祭神とする神社であります。こられの人々の中には、仏教徒もあるのでありましょう。キリスト教徒もあるでありましょう。その他の宗教徒もあるでありましょう。しかしながら、日本国民として、日本国のために犠牲になった人々である点においては、みな同様であります。これらの人々を祭神とするのが、靖国神社であります。でありますから、いやしくも日本国民ならば、それが仏教徒だろうとキリスト教徒だろうとその他の宗教徒だろうと、国民としての立場においては、ひとしくこれらの祭神に対しては崇敬の念をささぐべきは、日本国民の最小限度の道徳的義務であります。靖国神社は、超宗教的宗教とは関係ない、宗教を超越したものである。その所属する政党は何であるかというようなこととは関係ない、超宗教的また超党派的なものであるゆえんであります。  元来、宗教生活は、人間の内面生活に関するもの、すなわち国民的立場とは関係のない、その人その人の、人間としての精神生活に関するものであり、その人その人の、人間としての安心のよりどころとしての絶対者、すなわち神を認める精神生活を本質とするものであります。でありますから、信仰の対象としての神の種類というものは、信仰する人によって千差万別であります。近代国家においては、一般に信教の自由が、憲法で、国民個人の基本的人権として保障せられているゆえんのものもここにあるのであります。しかしながら、神社はこれとは異なり、国民道徳の目標を示し、国家的施設たることをそのユニバーサルな、普遍的性格とするものであります。すなわち、神社の国家的性格は、神社の本質的性格であり、神社からこれを除いたのでは、神社の普遍的性格は失われてしまうのであります。旧憲法時代においても、神社は宗教かについて、いろいろの見解が行われておりましたけれども、憲法学者の間では、神社を他の一般の宗教と同じものとして説明した人のあるのを少くとも私は知らないのであります。それなのに、戦後、神社は宗教であると説かれるようになったのはどこから来ているか、私の見解によれば、神社と国家の関係を切り離すための昭和二十年十二月十五日の占領軍当局の覚書に根拠するものであります。占領軍当局は、神社の普遍的性格を見誤まり、神社を単なる宗教的施設と見たからであります。しかしながら、神社は日本国の国家の歴史と不可分であり、神社の国家性は、その本質的性格でありますから、神社から国家性を除去することは不可能のことであります。それにもかかわらず、現行の宗教法人法も、神社は宗教団体と定めております。それで、現行制度のもとにおいては、およそ神社は、公けの財産または公金を利用することはできぬわけであります。と申しますのは、公金または公けの財産を宗教的組織のために利用することは、憲法第八十九条が禁止しているからであります。しかしながら、それは宗教法人法という法律が、神社は宗教団体であると定めているからのことであって、信教の自由のことを定めた憲法第二十条自身、神社は宗教的組織であると定めているわけではないのでありますから、神社が宗教的施設かどうかは、憲法論としては、宗教法人法とは関係なく、神社の客観性に着眼して判断すべきものであります。そう申しますと、あるいは憲法自身、前に述べた占領軍の覚書の趣旨に従って制定されたんだから、憲法上、神社は宗教的施設と見るべきものであると考える者があるかもしれません。けれども、一般に、法というものは、立法者の意図が何であろうと、一たび立法者の手を離れれば、その法の意味というものは、立法者の意図と関係なく、客観的存在としての法そのものについて判断するのほかはないものであります。まして日本が独立国家となった今日、占領軍当局の覚書が、日本国憲法の意味を確定する権威というようなものは、どこにも存在しないのであります。憲法自身としては、どこにも、神社は宗教的施設であるとは定めておらぬのであります。でありますから、何が宗教的施設であるかは、施設の客観的性格によって判断するのほかはないのであります。しかるに、従来、わが国が国家的施設として管理してきたったところの神社の客観的性格は、前に述べたように、国民個人々々の人間としての、国民的立場を離れた人間としての安心のよりどころではないのでありますから、神社の普遍的性格が、宗教的なものでないことは明白であります。このことは何を意味するかといえば、特別法で、特定の神社を宗教法人法上の神社から除外すれば、憲法上はもちろん、法律上も、特定の神社のために公金を支出することも違法でなくなるということであります。  このように歴史的な神社の普遍的性格は、宗教的組織たることに存するのではなく、国民道徳の目標を示す国家的施設たるに存するのではありますけれども、しかしながら、このことは、神社は全然宗教的性格を伴うことがないということではありません。と申しますのは、神社に参拝する人の中には、国民道徳の目標を示す施設として礼拝するのではなく、その神社の祭神を自己自身の人間としての安心のよりどころとして礼拝する人もあるからであります。その人にとっては、その神社の祭神は、人間としての安心を与える絶対者としての神様であります。この場合には、その信仰者としての関係においては、その神社は、宗教的性格を持つこととなるわけであります。たとえば、湊川神社の祭神は楠正成であります。日本国民がこの湊川神社に参拝する場合、国民として正しい道を歩んだ人だから、こういう理由で、崇敬の念をささげるのは、湊川神社を国民道徳の目標を示す施設としての礼拝であるけれども、楠公精神を、自己の人間としての安心のよりどころとして信仰するがゆえに礼拝するという人との関係においては、湊川神社は、宗教的施設の性格を持つわけであります。この意味におきましては、神社には、国民道徳的性格と宗教的性格の両面があるわけであります。しかし神社の普遍的性格といえば、それは国民道徳的性格であります。旧憲法下において、憲法が、一面において信教の自由を国民の基本的人権として認めていたにかかわらず、特定の神社を国家管理としていたのは、神社の国民道徳的性格に着眼してのことであります。もしそうでなくて、神社の祭神を、国民的立場から離れた人間としての安心を得るための信仰の対象として強要するとなれば、それは信教の自由の侵害となるからであります。日本人が、一方に仏壇を置きながら、神だなを備えて怪しまないのは、意識、無意識のうちに、神社の普遍的性格、すなわち神社の国民道徳的性格を認めていたからであります。旧憲法下において、国家が特定の神社について国家的管理をしていたのは、神社のこの普遍的性格に着眼してのことであります。すなわち、神社に国民道徳的性格と宗教的性格の両面があると申しましても、本質的には、神社の宗教的性格というものは、神社の普遍的性格ではなく、特殊的、偶然的な性格であります。でありますから、神社の宗教的性格は、神社によって多種多様であるわけであります。これが、私に与えられた問題に対するきわめて率直な私の意見の陳述であります。

原健三郎自由民主党

○原委員長 これにて参考人より一応意見を聴取いたしましたが、この際、質疑があればこれを許します。

逢澤寛自由民主党

○逢澤委員 私は、金森先生にお尋ねいたしたいのであります。先ほどの先生陳述、大体私にはわかったのであります。おそらく先生の法的のお気持と、それから陳述の中にありました客観的のお気持とを総合して、きわめて平易にお話し賜わったと思っておりますが、先生は、日本国憲法立法に際しては、その中心となっておやり賜わった。従って、政教分離に対する憲法の条章を想定なさる折に——当時全国には二百万の戦死者があったが、この二百万人の戦死者は、キリスト教の人も仏教徒もまた神教の人も、宗教のいかんを問わず、あまねく二百万人が二百万人なり持っておった同一の気持があると思う。それは、われわれがもし不幸にして戦場で倒れたならば、今度会うときは九段の森で会おう、こういう気持で倒れたのは間違いのないことだ。二百万人が二百万人とも、その気持で倒れておる。本願寺の御子息も、また天理教の本山の相続人も、同一の気持であると思う。もし戦場で不幸になったら、九段の森で会おう、こういう気持であることは、もう宗教を超越して、みな同じであったと思う。しかるに、現今の政教分離の方針によると、政府から何らの支援があってはいかぬ、特に経済的、法的の支援があってはいかぬ、こういうことになっておるのでありますが、今、先生が陳述なさった内容は、今私が申し上げた、特に戦死者を中心とした国民的の気持もあると思う。そこで、その方法としては、法律ではこういうように書いておるが、宗教としてはやることはできない。宗教以外のこととしてやるのには、こういうような方法があるように思う。こういうように私は考えておりますが、そういうように考えてよろしいのでしょうか。先生の今の御陳述は、また他に考え方があるのでしょうか。私が今申し上げたように、常識的には、こういうことにやれば、国民の、特に犠牲になった二百万人の英霊はそれで救われるのではないか、こういうお気持でお話しになったのでしょうか、ということを一つお尋ね申し上げたいと思います。

金森徳次郎国立国会図書館長

○金森参考人 お尋ねの、宗教的のものは、何か言葉が人々の使いようによって入り乱れましてまことにはっきりしかねる点がございますが、大体私の申し上げたことは、今お説の趣旨と違わないように思っております。私の考え方は、広い目で見て、宗教と政治が分立しなければ、歴史の示すところ、あらゆる弊害が起ってくる。そのときそのときで見ますれば、これが仲よく手を組んで、一方が他方を興すということは何だかよさそうに思いますけれども、大きな目で見れば、過去何百年の間におきまして、宗教のために政治が破壊されて、国民が非常な困難に陥ったこともあり、また政治の権力が宗教を圧迫したという事跡は非常に顕著でありまして外国のことを言うばかりでなく、日本のことだって、つくづくそういう面を感ぜられることがございます。こういう災いをきれいに取ってしまおうというために、世界の国々は、大体政治と宗教とを分かれさせようという方向にきておりますが、しかしこれはなかなか決定的に分けることはできません。その国々の事情によって少しずつ入り乱れておる。というのは、これは自然の歴史的現象であろうと思います。ところで、日本は、国民意識の大きな変化がございましたために、この際思い切って政教の分離をいたしまして、一方が他方を圧迫したり、その他影響力を加えることがないようにしていこう、こういうふうになりました。これが根本の原理でございますが、しかし今、靖国神社の関係からいいますと、先ほど大石さんも言われましたように、靖国神社という言葉の中に二つの面が含まれておって、何といっても宗教的なものと切り離すことができない面もございますし、宗教とは離れて、大石さんは国民道徳とおっしゃったけれども、大体そういう気持、つまり宗教を除いた意味の国民の精神的な問題が含まれておると思うわけであります。そこで、宗教を離れた、国民の精神的な面につきましては、もとより国家というものが相当の努力をしていいことは一点の疑いはございません。ただ私の気持といたしましては、一つの設備が、宗教面と宗教以外の国民感情あるいはその他の道徳意識との面を組み合わされている、一つのものが裏表の両性質を持っておるということは、口では言えますけれども、実際はこれがくっついて発達してきておったのでありますから、ここのところを割り切るには、相当骨が折れるわけであります。そこで、私が申しましたのは、もし新しい意味において、この英霊に対する国民の感謝の念が結晶せしめられるものといたしますならば、少くとも国家が関係いたしますその本質におきましては、宗教的色彩を全部取り除いて、もっと平坦な、常識をもってしても割り切れるような制度でありたいものである、こんなふうな考えで言ったわけであります。  そこで、理論といたしまして二つにはっきり分けたいのでありますが、実際は、分けられる今の国民の心の上からいえば分けられませんから、そこで一種の折衷説といいますか、国家の関与する面におきましては純粋の、いわば地上の考え方ということであります。天井の考え方は別の方で、国民の活動としてやってもらいたい。こういうふうな気持でございまして、やり方はむずかしいかもしれませんが、私の気持はそこにあるのでございます。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 金森先生にちょっとお伺いいたしますが、戦前の旧憲法においては、靖国神社はいわゆる宗教というものから離れてあると解釈であった。ところが、新憲法においては宗教として十年間も解釈していたのだから、ここで改めることは無理だというふうに伺ったのですが、これは、ただいま大石教授の言われた宗教法人法で神社はやはり宗教であるという規定からきているのであって、その法律を変えるなりあるいは特別法を作って、靖国神社は宗教法人法の宗教ではない、こういう規定をすればよろしいので、別にいわゆる習慣法的になったのではないというふうにも考えられるのですが、その点はいかがでしょう。

金森徳次郎国立国会図書館長

○金森参考人 先ほど大石さんのお話の中で、私も実は承わりながら、自分で説明を加えて考えておりましたが、一体何が宗教であるか、これが根本の問題で、憲法は、宗教であれば特別な扱いをしない、政教分離の原理をとるということをいっております。しかし何が宗教であるかということは、これは国民の良識にまかせて判断するよりほかにしようがございませんので、一種のあいまいさを持つことは免れ得ません。けれども、客観的にはっきりしたことは一致しがたいにしても、宗教は宗教ときまっておるものと思うわけであります。だから一つの法律を出して、これは宗教ではないと宣言をいたしましても、それが実質において宗教であれば、憲法にひっかかってくる、こういうことになろうと思います。そこで、靖国神社が宗教であるかどうか、これは私どもには軽々しく結論は出せませんけれども、新憲法のできます当時は、宗教は何ぞやという御質問が国会で起りまして、私も実はよく知らぬものですから、初めからかぶとを脱いだわけでございますが、宗教家の加えておる宗教の定義は別といたしまして、私どもがそこにぼんやり考えておりましたのは、やはり地上のものではない、こういう気持であります。つまりわれわれが信頼し、心を帰依する別な強い力があって、それとの関係を念頭に置くというものが宗教である、何か強い加に結びついて、われわれの心の安心を得ていくようなものが宗教である、こんなふうにひそかに考えておったわけであります。だから、教祖があるとか経典があるということに、直接関係はないと思っております。靖国神社というものはどういうものであるかよく存じませんが、その点がきれいに割り切れますれば、宗教でないということは言えると思います。しかし、歴史的な経過かもしれませんが、今までの扱いでは、ちょっと地上の人同士の話し合いとは違った、何かそこに超越的なものが現われてきているような気がいたします。近ごろ私ども研究しておりませんが、昔、靖国神社には大祭、中祭、小祭というようないろいろなお祭があり、そのときの儀式に現われてきますのりとと申しますか、その文章などを見ておりますと、やはりこの世ではない、超越的な精神との間の交流を示しておるようでございまして、その点がはっきりせしめられない限り、宗教的色彩が強いので、法律を出すだけで、これを取り除くことは困難であろうと思っております。ですから、もし法律が出るといたしますれば、その点をはっきりいたしましても、世人が自分の解釈で宗教的な味をつけることは、これは別に妨げることはございませんが、国として考える靖国神社というものは、宗教的色彩のないものとしてお作りになり、そして宗教的な色彩は、別な働きにおいて十分必要に応じてつけられるようにする、一口に言えば、設備の本体は宗教の色彩がない、しかしその回りを取り囲んで礼拝等の気持を満たすことは、それは国民各自の自由である、こういう考え方でいけばいいのではないかという気がいたします。そこのところ、あまり一刀両断に、法律ならば何でもできる、宗教的なものを宗教にあらずとしないで、実質的に考えていかないと、無理が起ってくるのではないかという気がいたします。  先ほど私、ちょっと申しましたが、外国には無名戦士の墓というものがございますが、これは、宗教から全然絶縁されているとは、常識から申しまして思われません。だが、取り扱いにおきましては、できた由来などを文献で読んでみますと、非常に宗教的色彩が薄いのでありまして、ただ過去を追憶し感謝することに重点を置いて、常識的に、お祭などには、そこへ行って花をささげるとか、火をたいて感謝の意を表するとかいうことをやっております。これは、今日大きな問題となって現われておりますが、日本国民の将来の平穏な宗教の世界というものとうまく調和させていって、同時に国民思想の充実をはかっていくというような線に沿いますれば、今、私の申したように、実質的に宗教の面を分離したる設備、それを国家が必要な努力をしてりっぱなものに作り上げて、あとは国民の宗教精神にまかしておくというのが穏当でございまして、外国の制度を、紙に書くと三枚か四枚くらいものをちょっと人に調べてもらって見ましたけれども、はっきりしたことはわかりませんが、大体そんな方向に幾らか色彩を薄くしてそして国民感情を満たしていくというように進行しているような気がいたしますから、日本だってそういう方向に行ったら、四方八方、多くの人が満足するのではないかと思います。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 墓所という解釈をすれば、これは現在の憲法並びに宗教法人法でももちろん差しつかえないだろうが、また無名戦士の墓というものであれば墓所であるから、これは憲法にも触れないし、国家がこれに対して援助を与えてもいい、こういうふうに言われておりますが、やはりそういうふうに両先生は御解釈になりますか。

金森徳次郎国立国会図書館長

○金森参考人 私はその通りに思っております。物的な設備をして、つまり骨を埋める、こういうことになってくると、何ら憲法に支障はないと思っております。  もう一つ、骨などの形のあるものをここに安置して崇敬の念を持つというほかに、東洋人は、形がなくても何かこう無形のものを一つ所に安置して——無形のものを安置するというのはちょっとむずかしいけれども、まあ象徴を置く、そういう形で、やはり追憶の場所に対する考えはあり得ると思います。そういう形でいくならば、ほんとうの意味の墓所でなくとも、ただここで祈りをするということだけで、国家の施設から除いていけば、何か話もつくような気がしております。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 先ほど大石教授のお話にありましたように、靖国神社にしても、宗教的な面と、国民道徳の普遍的な面と、こういう二面がある。この点において、たとえばそこに墓所という建物があるから、その建物を尊敬し、敬慕するというのではなく、またその中にお骨があっても、お骨そのものというよりは、やはり今、金森先生のお触れになったように、精神的な一つのみたまというか、霊というものを尊敬して、その墓所に礼拝する。こういうことになれば、無名戦士の墓の場合も、やはり国家に尽した数多くの戦士に対して、自分の内面のよりどころとしての宗教面を、非常に強く持つ人もあると思います。もちろん、道徳的に、無名戦士の墓を礼拝する、われわれが凱旋門の下にお灯明を上げて拝んでおじぎするというのは、どっちかというと、一般的な、公けのために殉じたという、精神的なあれに敬意を表するという道徳的な面だと思うのです。そうすると、やはり靖国神社というのは、数多くのみたまを合祀して、国民がこれを尊敬するという面においては、そこに宗教的な信念で拝まれる方もあるし、むしろ国民の普遍的な道徳として、犠牲的に、最高の生命を国にささげたということに対してわれわれが尊敬する、こういう面も多分にあろうかと思います。ですから、突き詰めると、墓所といっても、靖国神社といっても、要するにみたまを書いたお札をそこに納めるからとか、そのお骨を納めてあるからとかという区別ではなしに、同じことのように感ずるのです。ただ法律的に、戦後においてははっきりと、神社は宗教であるというその規定に基いて、みな強くそうだと考えてきたがために、そう規定してあるがために、国民もそういうふうにある程度あきらめているという状態です。そこで金森先生のお説のように、たとい靖国神社であっても、特定のきまりきったいわゆる神社式の礼拝ばかりをやるから、どうも宗教法人に思われがちだ。そういうふうな点も、御解釈のように伺うのですが、いろいろな礼拝の仕方をすれば、ある程度——たとえばあすこでほかの宗教の儀式をやるとすれば、そういう点が薄らぐ、こういうような点にも何かお考えがあるようなのですが、果してそうなのでございましょうか。

金森徳次郎国立国会図書館長

○金森参考人 私の考えておりましたのは、物自身を、国がお金を出してやるということになりますと、その法律を国の方できめなければならぬ。こういうものができるのだ、だからそれにお金を出すということで、国が公けにその性格をきめるというところには、宗教的色彩を出さないようにしてもらいたいということなんです。つまり、一種のシンボルと申しましょうか、象徴のようなものを作るわけでありまして、それに何という名前をつけるか、それは今私の知ったことではございません。昔、明治の初めに、各地にできたものを、招魂神社とは言わないで、招魂社という言葉を使っておったのでありまして、多分あれは今の神社とは少し意味が違っておったものであろうかと思いますが、そういうふうに、いろいろ考えられるわけであります。お骨を埋めるということは、これはどうもいいことか悪いことか私は存じませんが、今さしあたり必要はございませんが、そういう礼拝の場所を作るということは、観念的にここはこういうところだということをきめてしまえばいいので、そこを広く考えればいいと思います。露骨にいえば、一種の記念塔のようなものを作る。そこへ行けば、すべての人が感謝できる。そういうものを実際政府の方に移していくということは、あちらこちらの御意見があって、うまくいかれると思う。そういうことにして、そこで祭式をやるのか、どういうふうにやるかは存じませんが、ドイツだったか、どこだったか、ちょっと忘れましたが、午前中はこの宗教でやって、午後はこれでやっていく。これは国の一つの設備で、そこでほかの人が礼拝をする。こんなふうにしてやる道も開かれているらしいのでございますけれども、今おっしゃったように、これは非常に広い気持で、各方面のフリクションのないように、何かうまく工夫ができそうな気がしておるのでございます。

臼井莊一自由民主党

○臼井委員 どうも私は、実際の内容よりも、外形の名前に少しとらわれておるのじゃないかと思うのは、実は、地方においても、戦時中に、靖国のみたまをお祭りした神社で、護国神社というものを作った。ところが終戦直後にこれを名前を変えて、頌徳神社ということに名前を変えた。そういうふうに名前を変えれば、内容そのものも変ったように、申しわけが立ったというふうに、戦後あのときやっておった。ですから、たとえば同じ神社であっても、靖国神社のような、戦死された方を全部お祭りするのと、特殊の守護神をお祭りする他の神社とは、非常に趣きが違うという点も考えられるし、どうも神社という名前がついておるがために、そういうあれがあると思うのです。そこで、神社という名前はついておるけれども、宗教法人にいうところのいわゆる神社でないという解釈も、法律的にすればできるのじゃないか。それから国民的な気持においても、普通の宗教とは非常に異なることは明瞭であるとともに、他の神社とも非常に違っておる、こうも解釈できるというふうに私は考えておるのです。特に国家のために戦死されたのですから、われわれとしては、何とか国家の力においてしたいという気持があるからばかりでなく、やはりそこに解釈のしようが非常に違ってできるのじゃないかと考えるのです。もう一度大石教授の御意見を、その点についてお伺いしたいのです。法律を区別すればよろしいという解釈、というのは、法律というのは、解釈のしようで、ある程度どうでもなると言うとあれですが、いろいろな解釈ができる。たとえば、今極端なのは、憲法によって軍隊を持てないというのに、自衛隊をああいうふうに持っておる。こういう点でいろいろ議論の点があるのです。その点は社会党の方あたりがよくおっしゃるけれども、なるほど純然たるいわゆる現代の軍隊ではかりにないとしても、軍隊らしき要素を相当備えていても、自衛隊ということでやっている。靖国神社でも、やはりそこに相当な、いわゆる普通の神社とは区別——特に法律を変えればできるというふうに私どもは思うのですが、もう一度大石先生の御意見を伺いたい。

大石義雄京都大学教授

○大石参考人 今の御質問に対しては、さっきの私お話で、しっかり実はお答えしているはずなのです。私自身としても、ここへおじゃましたのは、決して常識を申し上げるために来たのではない。常識で神社々々と言っているものを、学問的な認識で探っていくと、神社を神社たらしめる本質的なものは一体どこにあるのだろうか、それを自分は自分なりに申し上げたのがきょうの神社論であります。それで、今の御質問に直ちに結論としてお答えすれば、憲法は、神社を宗教であるとも宗教でないとも何にも言っておりはせぬというのです。だから今、靖国神位が公金で管理できるかどうかという問題がひっかかるのは、全くこれは憲法とひっかかりがない。宗教法人法という法律が、神社というものは宗教団体だ、こういっているから、ここにひっかかってくるのだ。だからそういう現行制度を前提にして、どうしたらいいかという問題になれば、靖国神社はやはり国家管理にして、国家で施設を維持していくのがいい、そういうふうに、政治的な立場でその方がいいのだということであれば、特別法律で靖国神社法というような法律を作って、これは宗教法人法上の神社とは別なものだ、そうすることによって、違法の問題は起りませんですね。

中馬辰猪自由民主党

○中馬委員 金森先生にお伺いいたしたいのでございますけれども、戦前といいましても、明治の初めのころと、大正の年代と、それから大東亜戦争が始まりましてからの時代とは、いろいろ神社に対する観念というか、宗教に対する観念というものは違ってきておるのではなかろうかと思われるのであります。たとえば、最も極端な時代、いわゆる軍国主義の時代における宗教、あるいは大正時代の非常に自由主義の勃興した時代における宗教、あるいは明治の初年における宗教に対する考え方、そういうものでいろいろ宗教に対する考え方が違ってきていると思うのでありますけれども、その間において、たとえば平沼騏一郎というような方々の御意見等をわれわれ学生時代に承わったのであります。そういうような宗教に対する御意見が、明治の初めから昭和の今日に至るまでどのように変ってきたかという歴史的な変遷といいますか、そういうものについて、まずお伺いいたしたいと思います。

金森徳次郎国立国会図書館長

○金森参考人 歴史的なこと、実は私はあまり詳しくは存じませんが、大体の動き工合というものは、やはり明治維新から始まっておるものと思います。と申しまするのは、明治維新によりまして、一応社会がひどく変りまして、どうしてこの日本を統して、一つの国家に持込んでいくかということに多くの人が苦心されたに相違ございません。そのときに、これは私の意見ではございまませんで、バートランドラッセルの日本を批判した今から三十年くらい前に出ておる書物でありますが、日本は実にりっぱに国をいい方向へ持っていっておる、しかしそれには二つの無理な手を打っておる、一つは、道徳というものの根源を、一種の超越的な、つまり神がかったものに求めておるのだということ、それからもう一つは政治的の力の根源をやはり神がかったものに求めておるのだ、大体教育勅語とか何かそのほか政治の根源を神がかったもの——今、非常に非難されておりますが、そういう原理を言っておるのであります。こういう二つの原理を、言葉ではティラニー、専制政治、暴君政治とかいうようなそんなひどい言葉を使っておりますが、その二つのものを打ち立てて、そうして日本を固めるようにやってきた。これは非常に成功した、だれも反対するものもなく、そのままどんどん栄えてきたけれども、しかしこういう無理な手というものは、いつかは自壊するようになっていくのは当然である。それは一種の革命的なものが起るまでは直らないと思う、こんなことを言っておりました。私はあとでそういうものを見まして、なるほどえらいことを言っておるものだと思って、ひそかに感心し、またおそれをなしたわけでございまするが、実際日本の明治の初めにおきましては、神社の道をもって政治を統しようということが考えられまして、そうして今日なくなっておりまする祭日の中の元始祭というものも、その当時にできたと思います。あれはやはり神がかった思想からきておる。元始祭を作って、国家のできたときを祝うということであります。それから政府に、神道の宣撫使と申しますか、これを宣伝普及するものを置き、とにかく神社の力で政治を統していこう、こういう努力はある程度されたと思います。しかしこれはなかなか日本人にぴったりくるものじゃございませんので、そのうちに、その色彩が非常に鈍くなっていった。明治の初めに、神社の道でもって、つまり神祇伯を太政官の上に置くとか、一時何だかたしかやったらしいのでありますが、しかしそれはとまってしまいまして、普通の世界になってきましたが、なお徳川時代のいろいろ変化した日本の国情をどうして一つに統したらいいか、これは非常に苦心の至りでございましたでしょう。教育勅語やいろいうのものもその脳みから出ておるものであります。その善意をいうわけじゃございませんが、一生懸命に、一つの伝統的原理と申しますか、人間の作ったものに近い高い原理をもって、国民を引きずっていこう、こういう気持がございました。これはその後一番軍隊の方に強く行われておる。これは戦争のときまでも続いておりますが、軍隊以外のところでは、初めの、神社でいくという方はやや薄くなりました。それでも内務省に神社に関する部局を置き、またその中でも幾たびか神祇院を大きくしなければならぬという空気がございました。やはり神の道によって政治の実現をしよう、こういう風であります。それが近代的な立憲政治と組み合されまして、そう露骨にもいかない。そこで平沼さんなんかのお考えはどうであったか存じませんが、やはりその方面によって、国民思想を統一しようとされたものと思います。それがよかったか悪かったかということは、私ども軽々しく批判はできません。けれども、人間というものは生きものでありまして、時代とともに進展をしていくのであり、先ほどおっしゃいましたように、いろいろな波乱を起しておるものであります。たとえば、おそらく大正のころになりますと、この色彩はぐっと減っていき、しかし戦争が始まりますと、これは非常時でございますから、神社にお祈りをしてもらう、たまの当らないお守りを出す、こういうことはあまりよくはございませんけれども、そういうふうにいき、いろいろな手段を講じてきたわけであります。確かに国家のためにいい結果を生じておる面は私はあろうと思いますけれども、何となく不自然な人為的な方法であって、結局永久の道としては、よほど反省をしなければならぬという形になり、私どもの、ちょうど今、平沼さんの名前が出ましたが、平沼さんを会長とする神社制度調査会というようなところで、神社をどうしたらいいか、中に一つ強い意見がございまして、日本の神社はどうしたって宗教だ、けれども宗教というと憲法にひっかかってくるから、宗教でないという形でやっていけ、従って、祈るとか何とかいうことは表面から除いてしまって、報本反始、もとに報い始めにかえるというごく普通の思想にかなうような方法でやってきております。けれども、神社の実際はお守りを出す、お守りは報本反始の意味は持っておりません。やはり特殊の祈りを含めておるに相違ない。今のたまよけのお守りも、やはりそうであります。実にこれはまじめなる気持からきております。宗教の方からいうと、まじめな気持でありますが、宗教以外の面から見ると、どうもあまり説明がよくできない。そんな形できておりまして、そこで戦争の終ったときに、アメリカの腹は、言うまでもなく国家信教を撲滅せよ、国家信教によって国民が強くなって大いにいくさをやったんだから、根こそぎとっちめろ、こういう気持が十分入っておったと思います。だから、先ほどもお話がありましたように、神社と宗教とを全く同じものに考えて、そこで神社迫害というような線を通ってき、やむを得ぬものだから、日本でも神社を宗教法人の中に取り入れた。こういうような歴史的な経過は経ておるわけであります。ただし今に至って考えてみますると、この紆余曲折の歴史の中に、何か日本が少くとも今後百年まはた数百年の正しい行き道を行くときには、国民感情はもとより満足せしめなければならぬ。しかし国民感情を満足せしめるために、一時の方便で、これにおもねるということは、やはり弊害がございまして、人間はだんだん目ざめてくるわけであります。私の知っている人から聞いたので、間接でございますが、靖国神社の鳥居の下をくぐっておまいりするのは不愉快でかなわぬから、あの下は通らないと言う。これは偏狭者でございましょうけれども、そういう気持もある。いろいろな事実は伏せておりましょうけれども、明治以来既成の日本宗教に対する反感というものは、いろいろなところで現われております。これをキリスト教の人は顕著に現わしておりまするが、相当有名人がこれに反感を持っているという点もございまして、善悪は別として、そういう国民の気持が、局部的といえどもあることは認めなければならぬ。こういうことになりますると、その神社に対する行き道は、なかなか政治的に言って扱い方がむずかしいのではないか。バートランド・ラッセルが言ったように、暴力をもって国民にしいて、一時はだませるけれも、永久にはだませないというような評論も出てくるわけであります。従って私どもは、いろいろな要望を統一して満たしていくというのには、何といっても世界の多くの国がやってきた——国はいろいろな流儀を持っておりますけれども、しかしそれにしても、いい国はいい流儀を持っております。そういうものを参考にして、それから先の裁きはむずかしいのです。やはり自分の好きなように解釈いたしまするから裁きはむずかしいけれども、大体宗教的には無色透明な方法で、そうしてわれわれの国のために尽してくれた人を尊んでいくというふうになるものじゃないかと思いますが、そこがおかしいのは、先ほどちょっと申しました明治の初めには、戊辰戦争か何かのために英霊を祭っておるときには、招魂社と言っておって、招魂神社とは言わないのです。お墓のようなものでございましたろう。それが、そのうちにだんだん神社的色彩が強くなり、古くからの形できておったといいますか、そういうような変化を遂げつつ今に来たっておりまするから、軽々しく結論をつけるのではなくて、やはりよく考えて、少くとも今後十年、百年の指導原理とするものによって、この問題を整理したいという気がいたします。だから遺骨をよそから非常に丁寧に持ってきましても、それが聞くところによれば、倉庫の中に入ったままになっておる。こういうことは、国民の道義心を破壊することはなはだしきものでありまして、これは何とかして易く安置しなければならない。しかしまた、どうも新しき時代の国民はいろいろな考えを持っておりまするから、何でもかでも神社がかった形で整理しようといたしましても、反抗意識のある者もございまするから、相当むずかしいと思います。私が今申しましたのは、繰り返して悪いのですが、無名戦士の墓というものはほんとうにおかしいので、あれはヨーロッパの戦場で死んだ人の遺体を持ってきたらしい。だれということを限らずに、めくら探りに四つだけ選んできて、それもできるだけ縁故のわからぬものを持ってきて、儀礼を整えて、大きな船でアメリカに運んで、それから国会でその英霊に感謝して、しかる後、儀式を整えてアーリントンに祭った。その形を見ますると、やはり感謝の意を尽すに急であり、それから伝統もございましょうが、遺体それ自身を扱ってきた。こういう二つの特色がわかるのでありますが、日本では、遺体と人間そのものを追憶することを、いろいろ宗教的な伝統もございましょうが、分けて考えているのでありまして、骨を埋めたところにその人のシンボルを作るというのは、いいかもしれませんが、いいとも限らない。問題場はその遺骨のある場所というものと、従来の精神的崇拝の場所というものが何となく衝突を起しまして、片方に納骨堂ができて、片方に神としてお祭りする殿堂ができるというように、二つできるのはまことに困るし、その間にいろいろと、あるときは甲の方にばかり国民が参拝して、目的を果さぬということも起って、この問題が複雑化しておると思いますので、そういう点をどう処置するか。御質問にそれてまことに恐縮でございますが、まあ私は先ほど申しましたような線を頭の中に持っておるわけでございます。

中井徳次郎日本社会党

○中井委員 先ほど大石博士の御陳述の中で、憲法論としては、靖国神社を国がお祭りしてもかまわない。同時に、宗教法人の中から靖国神社というものを別に規定すればよろしいというお話があって、ここに憲法論と法律論と両方出てきたわけでございますが、金森博士は、憲法を制定されたときの責任者でございまするから、そういうお立場から、この大石博士の、憲法論としては何ら差しつかえがないという御陳述に対して、どういう御解釈でございますか。さらにまたあとの方の、宗教法人の中から靖国神社を取り除いて別の規定をすれば、これも国家がお祭りをしても差しつかえないという御説明でございますが、そのあとの方はしばらくおくといたしましても、前の憲法論の方を少し御説明願いたいと存じす。

金森徳次郎国立国会図書館長

○金森参考人 先ほどから大体申しておるつもりでございまするが、この神社が宗教であるならば、どんなことをしても、憲法にぶつかってくる。しかし神社という名前は持っておっても、それが宗教に関係のない面をとってくるならば、というのは、実物はくっついておってもかまいません、国が扱う範囲におきましては、宗教と関係がない、こういうことになりますれば、それは憲法違反の問題は起る余地はないと思います。その点において、大石さんの言われるところは、非常に明らかであると思います。ただしかし、名を同じうし、そして実が異なるという多少技術的な意味がございまして、ただ実際は、靖国神社は、先ほどからのような御説明がどっかで始終出てきますように、今まででも、普通の神社とは扱いを異にしておる。祭神の特色がありまして、昔の神様であれば、伝統的ないろいろ雲のようなものが巻きついておりますけれども、靖国神社の場合には、ほんとうに何もない。はっきりした人間の英霊それ自身に近いところで神様を認めておるわけで、非常に違っております。それから、確かに、終戦後でも、ほかの神社は神社本庁のもとに属しまするけれども、靖国神社だけは単独の法人として残っており、やはりその当時から扱い方も変っておるような気がいたします。でありまするから、名前だけで、これは宗教でないということは、私は悪いと思います。けれども、実質にある程度の変化を認めて、そして宗教的色彩のない意味においてこういう設備ができるならば、それは国家が世話をしてもいいのじゃなかろうかということになります。  それから、そこにからみ合いまして、人の感情を相手にする仕事ですから、いろいろまぎらわしい点がございます。たとえば、神社という名前を使っておきますると、あちらこちらの神社と同じじゃないか、靖国神社の特性がはっきり出てこないというような論もございましょうけれども、これは私どもよくわからぬのでありまして国民が、それでも靖国神社という名前でもって、やはり宗教じゃないという意識を起して満足しますれば、それでもいいと思いますし、もしもう少し時代に応じて、神社という言葉を省いて、靖国堂というか、そうなるとかえって悪くなるかもしれませんけれども、何かうまい名称ができてきますれば、実際的には安定するものではないか、こういうように思います。

中井徳次郎日本社会党

○中井委員 今、金森先生からのお話でございますが、私ちょっと途中で入りまして、先ほどの最初の御説明を伺わなかったのでありますけれども、今、他の委員から御質問になって、それに対して大石教授もお答えになりましたが、憲法の建前でいきますと、神社というのは、宗教というふうなことをはっきり書いていない、ただ宗教法人法ですか、他の法律で、神道は宗教であるというふうなことをうたわれておると思います。従ってそういうことからして、靖国神社という名前はあっても、それを宗教でないという規定をすれば、それでいいんだというお話を私今伺ったわけでありますけれども、どうでございましょうか。様式的に考えまして、宗教というのは先ほどから天上のものであるというお話もありましたが、やはり地上にあります限りは、何らか形がございます。回教徒は何もないといいましても、やはり大きなお堂があるわけであります。そういう面につきまして、法理論といたしましては、靖国神社は宗教法人でないというふうな考え方でいけば、いけないことはないように思いますが、現実の実態といたしましてやはりできれば神社というふうな名前を使わない方がいいのではないか、そういうことを思うのでありますが、その点について伺ってみたいと思います。

大石義雄京都大学教授

○大石参考人 今のは立法政策論として、将来神社という名前を変えたらいいんじゃないか、こういうことなんですね。

中井徳次郎日本社会党

○中井委員 立法政策という技術の面だけではなくて、現実の問題として、たとえば株式会社という名前をつけるけれども、これは実は株式会社ではないのだ、おれ個人のものだということになりますと、私は非常な混乱を来たすと思います。法律というものは、専門家だけが使うのではありません。一般国民を縛るものでありますから、神社の名前であって、他の神社は宗教であるが、靖国神社は宗教でないというふうな規定の仕方は、私は一般論としてどうかと思います。その点いかがですか。

大石義雄京都大学教授

○大石参考人 今のお話は、やはり政策論として、宗教法人法を変えて、神社は全部一律に宗教的な施設でない、そういうふうに扱った方がよりよくなるじゃないか、そういう御質問であれば、私もその点は全く異論はないのです。

中井徳次郎日本社会党

○中井委員 全く違うのであります。私は、神社はあくまで宗教と思っております。

大石義雄京都大学教授

○大石参考人 それならば、初めから話が違ってくる。私は、神社は宗教でないということなのです。本質的な性格論になりますと……。

中井徳次郎日本社会党

○中井委員 そうなりますと、宗教とは何ぞやということになってくると思いますが、どうもこれは大石先生はそういう御意見だというたら、また何をかいわんやということになりますが、現実の問題として、今でも冠婚葬祭その他日本の仏教が非常に風靡をいたしておりますが、昔から神道の人はそのままでございますし、やはりこれは宗教と私は考えております。そこで、あなたのように、神社は宗教でないということになれば、今でも靖国神社を国家が補助してもいいのではないか。

大石義雄京都大学教授

○大石参考人 でありますから、私が先ほども申しておりましたように、憲法論としてだけ論ずるならば、今直ちに靖国神社を国家管理としてちっとも差しつかえないです。ただ現行制度では、今の憲法に基いて、宗教法人法という法律が作られております。この宗教法人法というものの存在を前提にして、いかにすべきかというと、特別法でやらなければ、当然に今の宗教法人法上、靖国神社というものは、国家の有権解釈で神社となっているのですから、できやせぬ。それをやろうとするならばどうするか、これは特別法で除外するより方法がない、それを言っておるのです。

中井徳次郎日本社会党

○中井委員 そういう御意見ならば、今の宗教法人法という法律は、あなたの御解釈では、憲法違反ですね。

大石義雄京都大学教授

○大石参考人 もちろんそうです。ただ、説明をつけておくべきことは、先ほど申しましたように、神社に両面性格がある。その性格のいずれに国家が着眼して、その施設を取り扱おうとしておるのか、そこが問題になるわけなのです。だから、今の宗教法人法で、神社というものを宗教法人としておるのは、神社の宗教的な性格に着眼して制定しておるのだということになってくると、問題は簡単でなくなるのです。そうじゃない。私のは、神社というものの本質的性格はどこにあるか、それは国民道徳の目標を示すところにあるのだ、これまでの国家管理としておった神社というものは、国家がどこに着眼したのかというと、その国民道徳的目標の施設の、この性格の面に着眼して管理しておるのだ、そこを言っておるのです。

中井徳次郎日本社会党

○中井委員 私は少し見当違いをしておりまして大石さんが、神社が宗教でないというお説であるということを、今初めて伺ったわけであります。しかし、一般論といたしましては、大石教授の説というものが一般説であるとは、私は実は考えられませんのです。そういう点からいいまして、たとえば今、英霊をお祭りいたしておりますが、日本全体といたしましては、靖国神社という一つのものにまとまっておりますけれども、各地方へ参りますと、必ずしも神社の形式でやっておりません。ある場所によりましては、先ほど金森さんからもお話がありましたが、いろいろな名前のものがあります。また大東亜戦争が済みましてからも、各地の慰霊の格好なんかを私ども拝見いたしておりまして、やはり神道でやるところもあれば仏教でやるところもある、あるいは神仏両方でやるところもある、中には天理教が出てくるところもありまするし、キリスト教の人もお参りをするというふうな現実の姿であろうと思うのであります。そういう面から考えますると、私どもは、国家のために貴重な命を投げ出されました英霊に対する私どもの尊敬の念というもの、これはだれにも劣るものではありませんけれども、それを国民のこういう一般的な考え方につきまして神社というものでしぼるということは、妥当であるかどうかという考え方をするのであります。そういう点について、大石さんの御意見をちょっと伺っておきたいと思います。

大石義雄京都大学教授

○大石参考人 その点は、先ほども申しましたように、根本的に、宗教とは何ぞやという問題にぐると思うのです。宗教の本質というものは、国民的立場とは関係ない、その人その人の人間としての恐怖から来る。その恐怖を切り抜けて、自己の悩みを解決してくれる絶対者としての神を求めるところに、宗教生活というものの本質がある。だからこそ、宗教というものはその人その人の問題です。近代国家の憲法が、一体何のために基本的人種——御承知のように、近代憲法というものが、基本的人権として宗教の自由を認めているのは一体どこにあるのか。それは宗教というものはその人のものだ。その人の問題だ。しかも信仰の対象は、信ずる人によっても千差万別なんです。それを極端にいえば、信ずる者にとっては、イワシの頭でもカボチャのへたでも信仰の対象になる。けれども、それはその人の問題なんだから、そっとしておけ。その人の精神生活の安心の問題なんだからそっとしておけ。国家といえども、これにタッチしてはいかぬ、こういうふうに、近代憲法の基本的人権の保障というものは、人間としてのその人の立場を保障する。そこに信教の自由の生命があると考えられているのは、信教の自由というものは、そういう性質からくるというんですね。ところが神社というのは一体どういうものか。この点は、先ほども申しましたように、これまで日本で国家として管理してきておるものを見ますと、神社の祭神は一体どういうものであるか。そのためには国家とは何ぞや、その国家をささえる精神的基礎とは何ぞやということを考える。そういう回りくどい道をたどってきたのは、国家をささえる精神的基礎を離れて、わが国の神社の歴史というものは理解できない。だからこそ、天皇だとかあるいは天皇と一緒に国家のために犠牲になった人々を祭神としておる。そうすると、私どもとしては、自分は仏教徒であろうとキリスト教徒であろうと、自分の精神の安心のよりどころは別に求めておりながら、主催者に対する敬礼というものは守るべきだ、こういう国民的意識を私どもは持っておる。これまでの日本の国家の管理してきておった神社というものを、われわれが何と見ておるか。その何と見ておるかというものを、われわれのように学問をしておる者の立場においてほじくっていくと、どこにくるかというと、これは国民道徳の目標を示すために至るところにあんだから、個人としての宗教的立場とは関係なしに、靖国神社に来れば拝礼しておるんだ、こう言っておるのです。

中井徳次郎日本社会党

○中井委員 大石さんの考えはわかりましたが、私どもは、神道、いわゆる神社というものは、やはり宗教だと考えておるのでありまして、どうもこの点は平行線であろうと思います。はなはだどうもあなたの御意見と違うので恐縮なんでございますが、そこで、金森先生にお尋ねしたいのでありますが、私どもは神社という名前が、やはりこれは宗教だと考えています。最近靖国神社を何らかの形で国家で保護をしなくちゃいかぬというふうな声が非常に高いのであります。私個人としては、その気持はよくわかるのでありますが、できますれば、神社というものは一つの宗教であるという考え方からいきますれば、そういう形に持っていくためには、私は名前を変えた方がいい、名前を変えるのが常識であるというふうに考えておるのであります。そういう点から申しまして、将来あるべき姿というものは、やはりごく常識的なものになっていこうと思いますが、しかしこれはよほど慎重に考えませんことには、これまで、明治維新後八十年の日本の歴史を考えてみますと、いい面もありましたけれども、やはり基本的に相当大きな誤まりがあったことは、先ほどお話があった通りであります。私どもに、実はそういう面における陳情などもございます。先般もある人が参りまして、何とかしてくれというので、外国では、たとえば無名戦士の墓などというものがありますがと申しますと、憤然色をなしまして、私のむすこは無名ではない、何のたれべえという名前がある、それに無名戦士とは何だ、これは笑い話でありますが、そう言う人もあります。私は、この問題をめぐって非常に思想の混乱があるように思いますので、こういうことを決定いたすにつきましては、よほど慎重な態度でやらねばならぬという御明示をいただきましたのは、そのことについてであろうと私は拝承するのでありますが、そういう意味から申しまして、将来の姿について、御意見を伺ってみたいと思います。

金森徳次郎国立国会図書館長

○金森参考人 お説は大体わかったような気がいたします。先ほど神社と言うなら言ってもいいじゃないか、こう申しましたのは、第一義的な希望ではございませんで、そういう気がないなら、そういう名前は避けて、はっきりした筋を通したらいいと思います。国民の感情というものはいろいろございますから、どうしてもそうでなければならぬということでございますならば、名前は名前、実質は実質だ。そういうことで、第一義的な答えはない。第一義的な答えといたしましては、私の希望としては、納骨堂というような名前ではないようにいたしたい。日本人は、物体的なものにそう執着しておりませんので、そういう名は避けたい。それから、昔からきておる、祈りをする意味の宗教的なもの、つまり神社とかいうような言葉は、避けられるならば避けた方がいいのではないかと思いまして何か積極的にいい名称はないかというと、実はないのであります。本質からいえば、感謝をするとか記念をするとか、この二つ、過去の人を思い起して、その大きな働きに対してわれわれが感謝をする、ここまでにとどめまして、そこから将来の国の安全を祈って、手伝って下さいということは第三の問題として、らち外にするということで、祈念、感謝、この二つの文字のようなものがここに表われたらいいのではないかと思います。靖国という言葉は非常にいい言葉ではないかと思っております。ある人は、何か昔の忠君愛国の思想と連関があっておもしろくないとかなんとか申しますが、そういうふうにものをひねくれて考えては仕方がございません。君だと言ったって、個々の君じゃない。国というもののシンボルと考えておるのであります。結局国に尽したわけであります。私よく言うことでありますが、忠君で死んだから靖国に祭られると同じことでなければならぬのではないか。忠君ということは、やはり国に対して真心をささげるということでありますから、靖国という言葉は何かいわれもあり、意味も深い言葉のような気がいたします。実はあとの神社という言葉だけを避けまして、そこで出てくるのは——ちょっといい知恵が出ないのでございますが、メモリアルという言葉を外国ではよく使っておりますが、ヤスクニ・メモリアルというか、靖国記念堂とでも——これは研究しておりませんから最善なものとは思いませんが、何かそういう方法で、国民の得心する言葉が出てきたら、四方八方、都合よくなるように思っております。

中井徳次郎日本社会党

○中井委員 ちょっとお尋ねしたい。これはお尋ねしなくてもいいと思いますが、こういうことはまことに重要な問題でありますから——今、名前などについてのお話がありましたが、あわててこういうことをしまするよりも、やはり英霊のことでありますから、慎重な態度でやるべきであるというふうに私は実は考えておるのでありますが、こういう点について一つ御意見を伺っておきたいと思います。

金森徳次郎国立国会図書館長

○金森参考人 お説の通りだと思っておりますが、ほんとうは慎重ということは非常にむずかしいものでございまして、慎重と言っていると、何十年たってもどうもできない。今の人の知恵を集めていけば、大体私の言ったことで——人様の腹を推測することはできませんけれども、実質としてはりっぱに説明ができるのであり、国民が英霊に対して何か感謝の意を表する設備がないということはずいぶんまずい。私と大石さんと、少し程度の差はありますけれども、しかし、そういうことについて神経は使っておるわけであります。ただ、あまり持ち越さないようにやっていいのではないかと思っております。

中井徳次郎日本社会党

○中井委員 大体、金森参考人の御意見と同じでございますが、最後にただ、とかくこういうものができますると、何といいますか、これは実は人間生活のこれまでの反省、将来への指針ということにもなろうと思うのでありますが、そういう意味のようなことは忘れまして、私どもが心配いたしまするような、戦争を再びまた始めるというような、そうとられるように解釈されては非常に困ります。そういう気持は全然ないとおっしゃると思いまするが、歴史の示すところによりますると、とかくそういうことになるおそれなきにしもあらずでありまして、この点は、私どもは峻厳に拒否をしていきたいというふうな考え方を持っておるのでございます。従って、できましたある一つの実体というものについては、宗教と切り離すと申しましても、実際問題といたしまして、それに奉仕をする人たち、その他むずかしい問題が起ってくるであろうと思いますので、そういう点について、何か御意見がありましたら、最後に伺っておきたいと思います。

金森徳次郎国立国会図書館長

○金森参考人 こういうことをやりますると、宗教と結びついて困るということは、実際そうだろうと思います。昔からばかりでなく、世界のどこの国を見てみましても、結局宗教と離れるといいながら、どこかで人々の気持が通っておる。これはいたし方ないことでありまして、お互いにそういうことは反省をして、災いを残さないようにすべきであるということは間違いでございません。他日これがまた軍国主義の勢いを呼び起すような危険があり得る——それがないとは断言できませんけれども、しかしこういう危険があり得るからいけない、これが今の多くの世の中の反抗意識を持つ人の使う論法でございます。それも十分理由がございますけれども、程度問題でございます。人間はだんだん賢くなっていきますから、昔こういう事例があったからといっても、それと同じ形では再び繰り返されることはないと思います。戦争が今後起らぬと言えないことはございませんけれども、もっとのっぴきならぬ突き詰めた情勢のもとに、いろいろな変化が起るものと思いますから、そこまであまり強く考えないで、ただ私ども国民は、英霊を粗末にする——ほんとに私はどこかの物置きみたいなところに安置されておるのではないか、よく知りませんけれども、そういう懸念を持ちますると、こういう気持で今日の民族生活をやっていけるものかどうかということで、憤りを感ずるものでございまして、何か適当に処置すべき時期が迫っておるように考えますので、これも考えることはよいけれども、適当な時期までに、こういうことでお願いいたします。

逢澤寛自由民主党

○逢澤委員 ただいま中井君の方からもお話があったのであります。それは、こういうようなことをやると、将来また戦争に対する云々というお話があったのだが、これは金森参考人からもお話がありました通り、決して私はそんな心配はない。二百万の犠牲者、戦死者の遺族、これが一番戦争に対するひどい憎悪を持っておる。自分の夫を失い、子供を失い、主人を失い、父を失っておる者が、一番戦争に対する憎悪が多い。これはだれが考えてもわかることなのだ。靖国神社に対する国家管理のことは、それらの者が希望しておることなのだ。従って、ほかのことはいろいろ議論があると思うけれども、この靖国神社を国家管理したからといって、将来戦争に対する云々というようなことは、絶対にないということをわれわれは確信を持っております。この点は一つ御心配にならないように願いたい。たれが何と言っても、おそらく皆さんのうちには、戦争によって犠牲者がでておると思う。八千万国民の中で、一番戦争のきらいなものが遺族なのである。いろいろ参考人の方々からも貴重な御意見を拝聴して、また今後においてもいろいろの御指導をいただく機会があると思いますが、今の心配はほんとうに杞憂に属することでありまして、将来これらのことをやることによって、戦争に対する云々ということは御心配のないように、将来の御指導を願いたいと思います。

中山マサ自由民主党

○中山(マ)委員 私はこの憲法ができました際に、金森博士のお言葉が新聞に載っておったのを思い出すのでございますが、こういう憲法あるいはいろいろな法律ができた、しかし何年かたったあとには、必ず壁にぶつかるときが来るであろうという御発言があったことを私は新聞で見たのであります。あのときの世界情勢、というものは、日本とドイツ、イタリアさえつぶしたら、世界に平和が来るという確信を連合軍が持っておった。そのために、結局日本の軍国主義につながるものとして、これを宗教法人の中に入れ、憲法では宗教の自由を唱えましたが、そういうことによって、いわゆる国民の関心の的すらもなくしてしまったというような、何と申しますか、一種の盲信、力のなくなった日本に対する連合国の一つの恐怖心の現われでもあったのではなかろうか。それで、今日、十年たちましたときに、世界の情勢が全然変ってきて、日本なんかが恐怖の的ではない。さっき大石教授がおっしゃいましたような、結局おのおのの国民性を守るための戦争ということについて、私は金森博士のおっしゃる壁にぶつかる日というのが、今日ではなかろうかと思う。国民がそろそろ反省をいたしまして、われわれが今日享楽しておりまする平和らしい——ほんとうの平和ではないかもしれませんが、平和らしいものを享楽しておりまする原動力は、結局この二百万人の英霊であったということに思い及んでおるのでございまするから、私は先ほどの御発言のように、これがまた戦争の原動力になろうなどとは思いませんし、いわゆる平静になりましたときに、こういうものを、そのあるべき姿に置いておくということが、現代の私ども政界におります者の使命ではなかろうか、こう思っておるのでございまするが、大石教授はどうお考えになりますか。

大石義雄京都大学教授

○大石参考人 全く私も同感でして、歴史というものは、結局われわれの祖先の生活の積み重ねです。われわれ日本人の祖先は、一体何から何まで全部悪いことをしてきたのだろうか、この点をわれわれは静かに反省する必要があると思います。もちろん長い日本民族の歴史の中には、重大な誤まりもあったでありましょう。その誤まりはもちろん反省し、将来再び繰り返さないように警戒はしなければいけない。だからといって、日本人の祖先が作ってくれた今までの日本民族の生活それ自身を、根こそぎひっくり返すというような考え方は、私は非常に誤まりだと思います。この意味において、今の御質問に対して、私も全く同感です。だから権力の乱用だとか、圧政だとか、フアッショだとかいうようなことをおそれるのは当然ですけれども、どんな制度を設けたって、運用する者が誤まれば——たとえば天皇制が民主主義に変ったって、今度は人民の名においてフアッショをやる者が出ないとだれが保証できるか。だから、私どもは敗戦下の今日において、静かに日本の歴史というものを振り返って、われわれの祖先の築き上げたもので、とっておくべきものの大事なものはあくまでも残しておかなければならぬ、どうしても時勢に合わぬものは除いていく、こういう公平な立場を維持することが必要なのではないかと思っております。

中井徳次郎日本社会党

○中井委員 私も、先ほどで質問を打ち切ったのでありますが、その後御発言なさった方が、私の質問を多少誤解されておると思いますので、申し上げておきます。  今、大石さんよりお話があったが、われわれだって、何も日本の過去はみんなむちゃくちゃだったとか、だめだったとか、そんなことはちっとも考えておりはしません。しかし過去を振り返って前進をすることにおいて、日本民族の発展があるというような基本的な考え方に立っております。  それから、先ほど、靖国神社的なものを変えまして、一つのものを作りますというと、軍国主義といいますか、そういうものに利用されはせぬかということを心配いたしましたのは、これはやはり私はまじめに考えておるつもりであります。現在の遺族の皆さんが軍国主義者であるとか、現在の遺族の皆さんがすべてもう一ぺんやろうと考えておるとか、さようなことを私は考えておりはいたしません。これは過去の歴史が証明をしておる。第三者によって利用される例が、これまでなきにしもあらずでありましたので、私は心配の余り、その点を金森さんにお尋ねした次第でありますから、その点は誤解のないようにお願いをいたします。

原健三郎自由民主党

○原委員長 ほかに御質疑がなければ、これにて参考人よりの意見聴取を終ります。  参考人各位には、長時間にわたり御見解をお述べ下さいまして、本委員会といたし、調査の上に非常に参考になりました。この際、委員長として厚く御礼を申し上げます。  本日はこれにて散会いたします。    午後零時五十二分散会

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