建設委員会 第4号
- 発言数
- 25 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1955/12/14
会議録
○徳安委員長 これより会議を開きます。 この際住宅局長より発言を求められておりますからこれを許します。鎌田住宅局長。
○謙田説明員 二十二号台風並びに新潟の火災の住宅対策につきまして、前会いろいろ御答弁申し上げましたが、その際まだ決定しておりませんでした事項二、三について、その後事務的に関係方面と話し合いがつきました点について、御報告申し上げたいと思います。 まずその第一の点は、住宅金融公庫法によりますところの融資の融資率の問題でございます。今年度の融資率が法律一ぱい行われませんで、多少下っておりましたが、今回の二十二号台風並びに新潟の火災、並びにその後起りました名瀬の大火、こういう災害の住宅復興に当りまして、住宅金融公庫の融資の融資率を、このものに限りまして法律一ぱいの線にまで引き上げることに決定いたしましたので、その点につきまして御報告申し上げます。 それからもう一点は、耐火助成法の問題でございます。耐火建築促進法を新潟の火災に当りまして、あそこの防火帯に適用するかどうかという問題でございましたが、この予算につきまして予備金要求をいたしておりますということを申し上げましたが、この点も大蔵省と話し合いがつきまして、これを出すことに決定いたしました。この二点につきまして御報告申し上げます。
○徳安委員長 次に基地等の拡張に伴う土地収用の件に関しまして調査を進めます。発言の通告がございますからこれを許します。西村力弥君。
○西村(力)委員 米軍基地として強制収用される段階にきておる山形県の大高根あるいは都下の砂川、ああいうところで測量が強制的に行われ、そして物件調書あるいは証拠書類が作られ、それに署名をさせられ、あるいはしたという段階にきておりますが、実際現場においていろいろその問題に当ってみますと、疑義がたくさん出てくるのでございます。それで一応その点についてまずただしたいと思うわけでございます。第一番目にお聞きいたしたいのは、土地収用法で土地を収用する主体は何であるか。これは国家権力であろうと思うのですが、それはもう絶対的なものであるかどうか、国家が事案認定して収用するときめたとするならば、これは絶対的なものであって、何ものもそれを拘束することはできないものかどうか、この点でございます。この点は建設省及び法務省の関係者にお聞きしたいと思います。
○町田説明員 ただいま御質問のありました基地等の土地収用の場合におきましては、土地収用の主体は調達庁になっております。なお土地収用法の成規の手続を経まして収用または使用に決定いたしました場合には、その効果は絶対的なものであるというように考えております。
○西村(力)委員 収用権力を行使する主体は調達庁だという御見解でありますが、調達庁は企業者という形になるのではないか、その全力を尽せしめる。決定は国がやって、その権力を調達庁に移してやる。調達庁はその権力を自分のものとして保有することができた、こういう解釈のようでありますけれども。しかしその根源は調達庁ではなくて、やはり国家権力ということになるのではないかと私は考えるのですが、その関係はどうでございましょうか。
○町田説明員 収用権力の根源は、今お話のありましたように国家権力に源泉するというように考えます。
○西村(力)委員 源泉は、そこに主体があるから、結局収用する、強引にそれを取り上げるということは、やはり調達庁自体がやるのでなく、国家権力がその主体になるのじゃないか、かように考えるわけでありますが、この点はまあこれ以上追究いたしません。そこで国がそういう収用することを決定したことが絶対的であるというようなことについては、私は納得できないのであります。これは何としても、憲法の二十九条でしたかに規定されておる条項をずっと見ますと、私有財産権というものは確立しておるのだ、それを侵してはならないことになっている、侵す場合には正当な補償をして、しかも公共の福祉のために私益というものが調整される、こういう判断がなされる場合にのみ許される、そういうぐあいに考えてみますと、何か国家権力がかってに断定したものを規制する場というか、機関というものがそこになければならないのじゃないか。これは最後的なものであるという工合いに考えるのは、どうも国家権力のやったことは完全に絶対的なものであるという行き方であって、いわばファッショ的な国家権力主義に相通ずるものがそこに出てくるのじゃないか、かように考えるわけでございますが、国家権力が一旦決定したらそれは絶対的なものであると言われるその根拠を一つお示し願いたいと思います。
○町田説明員 今の絶対的という意味でございますが、土地収用法によりまして成規の手続を経まして収用、使用をいたしました場合におきましては、土地収用法に規定されておりますように、その土地に関しまして起業者がその所有権なり使用権なりを獲得するという意味におきまして、絶対的な拘束力があるという意味で申し上げたのでございますが、土地収用法の規定に縛られましてその収用がなされました場合には、これを救済する道といたしまして訴願なり訴訟の道が許されておるわけでございます。 〔委員長退席、内海委員長代理着席〕
○西村(力)委員 そういう取り消しの訴訟というものが許されておるはずでありますから、そうすると国家がそういう工合いに決定しましても、司法権というものはそれを押えることが可能だ、あなたの答弁はこういうことになるのだろうと思うのですが、その後の砂川の例を見てみますと、これは行政処分の取り消し訴訟をやっておる。今申されたようにこれは絶対的ではないのだというように考えて、つまり償うべからざる損失が出るのだという条件をはっきりと具備して、その行政処分執行停止の仮処分申請をやった。ところが内閣総理大臣はそれに対して異議の申し立てをしたわけである。そのために判決というものは、内閣総理大臣が異議申し立てをしたから、これは審理するまでもなく却下せざるを得ないという判決になっておるのです。そうすればあなたの言われるような司法権が規制するということは不可能だということになってくる。調達庁が主体ではなくて、国家権力がこれをやるという前提に立ってやってくると、訴訟を起したのに対して鳩山一郎が異議申し立てをした、そうするとそれを審理するまでもなく却下だということになってくると、行政権が司法権に優先する、国家権力が絶対的なものになって、司法権というものはそれに及ばない、こういうことになるのですが、この点は一体どうお考えですか。
○大石(孝)政府委員 お答えいたします。国家権力に基いて土地を収用または使用せんとする場合において、法律の規定に基いてこれを司法機関によって救済するという方法がございます。ただいま西村先生から砂川の例を引かれてお話がありましたが、行政処分の取り消しの訴えを出したのに対して、内閣総理大臣が行政訴訟事件特例法の規定に従って異議の申し立てをしたということは、内閣総理大臣があの土地を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると判断をして、いわゆる条約上の義務を履行するという立場に立って法律の適用をお願いしているわけでございます。従ってもし事業の認定等が取り消されるという立場に立てば、内閣としましては以上申し上げましたような判断に基いて、基地を設定するということの条約上の義務履行が不可能になるという観点から、異議の申し立てをした次第でございます。以上のような点からそれを司法機関が取り上げて、そうして事件を却下するという立場になったのだろう、そういうふうに考えております。
○西村(力)委員 今の問題について法務省の訟務局長にお尋ねしたいと思いますが、米軍の基地のため土地を強制的に収用する、それをやるのは国家権力だ、すなわち内閣だが、それは絶対的なものであるかどうかと聞いたら、絶対的だと言う、しかしそれに対して裁判所に訴願する道が開けておる、こういう御答弁です。私たちももちろんそうだと思う。これは国家権力の行使であっても、それがすべて正しいというふうに言えるはずのものではない、それを裁く機関、いわゆる司法権というものはあるはずだ、それに対して行政権というものは関与すべきではない、こういう考え方を持つものです。実際そのような考え方に立って砂川の例を見た場合に、とにかく償うべからざる損失をこうこうこういう事由によって受けるから、この執行停止をやってもらいたいという仮処分の申請をやった。そうしましたところが、内閣総理大臣はそれに異議申し立てをした。それで東京地裁ですか、あそこでは、内閣総理大臣から異議の申し立てがあったから、審理するまでもなくこの件は却下する、こういう判決が出た、こういうことになっておるのです。そうなれば、こういう米軍基地のため強制収用される場合においては、訴願する道というものがあるがごとくしてないのだ、そういうことになる。そうすると、これはやはり絶対的なものになってくるではないか。そういう絶対的なものになってくるとするならば、私たちは国家権力の独断専行というものをただみすみす見のがさなければならぬ。こういう場合において、国のあり方としてはファッショ的な、民主主義と逆行する方向を承認するということになるのではないか、これを非常に憂えるわけです。そんな点から法務省の方にお聞きしたいのですが、今申したような経過というものは、法務省としてはやはりそうせざるを得ない、すなわち米軍基地に関する限り、訴願の道はわれわれとしてはないのだ、してもむだなのだ、こういう工合に考えられるのかどうか、そこを一つ御答弁願いたい。
○濱本説明員 今訴願とおっしゃるのでありますが、行政訴訟と執行停止の関係だと思いますのでそのつもりでお答えいたしますが、本来行政事件訴訟特例法の十条で執行停止の道を開いたのでありますが、私権の保護と行政権の実行の緊急性とを対比しまして、十条では執行停止をするについて非常に条件がしぼられておるのみならず、行政権の実行の緊急性によりましては、事前に行政庁の方から、つまり内閣総理大臣の方から異議を申し立てて、執行停止を事前に食いとめるという道が、行政事件訴訟特例法で認められたものでありますから、私どもも米軍に基地を提供する場合に、事前に執行を妨げるのが一般的に妥当だということを抽象的に申し上げるわけじゃありませんが、ただいま問題にしていらっしゃるのはおそらく砂川町の問題であろうと思うのでありますが、かれこれあの当時のいきさつから見まして、緊急を要するということで異議の申し立てをいたすことになったものだろうと思うのであります。 〔内海委員長代理退席、委員長着席〕
○西村(力)委員 どうも答弁が私にはぴんと受け取れないのですが、とにかく総理大臣が異議の申し立てをすれば、あなたの方ではそれはもう全部受け入れて、仮処分の審理をする必要はない、こういうふうな判決をしておるのですが、それはやはり正しいのかどうか。あの法律には何条かに異議の申し立てをすることができると書いてあるのだから、それは異議の申し立てがあれば例外とする、そういうような規定が何だかあったように思うのですが、そういう異議の申し立てがあれば無条件に、それは緊急の行政執行であるから、もう訴訟は意味がない、こういう工合に判断せられるのかどうか。そういうふうに判断した判決が出ておるのだが、そうなってくれば今申したように、国家権力というものは最後には絶対的なものになるのじゃないか、こういうふうに言わざるを得なくなってくるのです。そして人民は、国家がそういうことをやろうとすることに対して、自分たちが救済を求める方法というものが閉ざされてくるのではないか、こういうことが考えられるわけなんです。そこのところを少し明確にしてもらいたいと思う。
○濱本説明員 行政事件訴訟特例法の十条ができました理由は、もともと行政処分は自力執行性があるのでありまして、任意に訴願になった場合には、執行停止をせぬ限りは自力執行性がある、また民事一般の仮処分の規定は性質上通用がないということでございまして、取り消し訴訟を起した場合には、ああいうしぼった要件ではありますが、執行停止を申し立て得るというようなふうに立法されたのであります。これは抽象的な法律論でありますが、それで執行停止に甘んずべきであるかどうかということにつきましては、事前に考えた結果、行政処分の自力執行の確保が緊急性があるという場合には、行政府の判断に司法裁判所は一応敬意を表するという建前になっております。ただしその場合に、もう本訴を起しておるのでありますから、それの当否については終局的には裁判所の判決によってきまる。ただ事前の執行によりまして、それが取り消された場合には、もちろんそれは遡及して回復しなければならぬ。従ってその間若干の不利益はあるわけでありますけれども、一応そういうような最終の判決までは執行させるという建前をとったものであります。なお事前に内閣総理大臣の異議があります場合には、裁判所は判断をせずに当然却下するものであるということは、最高裁判所まで解釈が統一されております。
○西村(力)委員 今お聞きしましたところで重要な点は、行政執行の緊急性というものが総理大臣の異議申し立てによって裁判所に申し立てられた場合、それに対して敬意を表するということでありますが、司法権というものが、そういう工合に時によっては行政権に敬意を表して、そうして独自の判断なり行動なりを放棄するということは、どうも司法権のあり方としては正しくないのじゃないかというように私は判断せざるを得ないのですが、その点はいかがでございますか。 もう一つお聞きしたいのは、そういう考え方に立ちますと、国というものと個人というものとが対等な立場で権利義務を争うという場というものは、そういう場合には全然なくなることになってくるのじゃないか。しかし、現在のわれわれの考え方としては、国という一つの権力があろうとも、個人の権利というものと対等に争う場というものが残されなければならないと考えるわけです。今申されたように、総理大臣が緊急だということで異議申し立てをすれば、はいと言って裁判官が敬意を表する、国の権力だけは絶対的であるということになると、対等という立場は全然なくなる。こういうこととともに、司法権の独立というものは、みずから放棄した立場において弱められてきておるのじゃないか、こういうような考え方を持たざるを得ないのでありますが、その点はいかがでありますか。
○濱本説明員 司法権と行政権との交渉の場面、これは非常にむずかしいのでございますが、現在の法体系におきましては、行政権にはすべて自力執行権が認められておるのでありまして、その行政処分を争う本来の司法の面におきましては、おっしゃる通り国家も民人も同一のレベルに立って最高の裁判所の判決に服するわけなのです。でありますが、本来持っておる自力執行権を判決の確定前にとめる、つまり執行の停止、これは今の法律学界の通説では、本来は司法権でないのだというふうに理解されておるのでありまして、それを今言ったような十一条の規定の仕方で、事前に総理大臣の異議によってその点の裁判所の判断を一応是正してもらうということは、本来の司法に行政権が干渉するのじゃないのだというふうに今の学説、判例では理解されておるのであります。
○西村(力)委員 しかし対等であるということは認められておるのですから、これは対等の立場で、この行政執行を中止してもらわなければ償うべからざる損失を受けるのだ、はなはだしい場合は一家離散し、あるいは悲惨な状態になる人もあるかもしれないと予想される。あそこの土地を払ってどこかに移住しなければならない。ただわずかばかりの金を補償としてもらったって、それはこれから立ち直るための住宅なんということは言えるわけはない。商売も別に変えなければならぬということになる。ことに百姓なんか土地を奪われてどこかにほうり出されて、一体どうやって生きていくかということになったら、これは土地に対する愛着ばかりでなく、農民の生活能力というか、それがほんとうに局限されたものであるということからいいましても、相当の悲劇的なものも予想されるではないか。また本訴して争って、幸いに裁判所がこの土地を収用することが正しくないのだということをやられても、それまでには荒らされて、そしてコンクリートを塗られて、原形復旧なんということはおそらく不可能だということになってくる。そうすれば、やっぱりこの際緊急償うべからざる損害を受けるから仮処分をやってもらいたいという訴訟をするということは、当然あり得ることじゃないか。なおまたそういう立場に立って、司法権というものはやっぱり判断すべきじゃないか、こういうことを私は強く考えるのでございます。その点はそのくらいにしまして、しからば国の権力が緊急執行をやるのだということになりますが、司法権というものは総理大臣が異議を申し立てるほど緊急なものであるとするならば、ほとんど救う道はないのだという結論的な見通しを持たざるを得ない。そうしますと、何か別にもう一つ救う道はないか、こういう工合に考えてみると、幸いに土地収用委員会というのがあるわけなんです。現在の日本の行政制度というものには、この委員会制度というものがたくさんあります。それを立法、司法、行政という三本建の立場からいうと、何か変則的な立場のように見えまするが、しかし現実にこのようなものが置かれておる関係というものは、これはポピュラー・コントロールというか、人民の管理というか、そういう趣旨が委員会制度というものを成立せしめておるのじゃないか。今申したように司法権も守らないという、これは民主主義の日本においては、国民の意思によって国家権力の行き過ぎ、不当をコントロールするという立場が最後的に残されてくるのじゃないか、こういう工合に私は考える。土地収用委員会にそういう権能を私は持たせなければならないとこう思うのですが、建設省の方ではその点はどういう工合にお考えでありますか。それを一つお聞かせ願いたい。
○町田説明員 ただいまの御質問で、収用委員会と内閣の行政事件訴訟特例法による執行停止との関係がどういう関係にあるかというような御質問かと思うのですが……。
○西村(力)委員 違うのです。私が言うのは、そこはそれで打ち切って、いよいよ土地収用委員会にかかったという場合に、土地収用委員会というのは、この収用は妥当であるかどうかということを判断する権限はやはり持たせなければならない、持っておるはずだ、こういう考え方なのです。それは何かというと、最後的に残された人民の監視というか、管理というか、そういう精神からいって土地収用委員会というものはその権限を持つべきだ、収用そのものが正しいかどうかということを判断する権能を持つのだ、こういう考え方なのです。そこはどうなのか。
○町田説明員 土地収用委員会は、収用法によりまして権限が規定をされておりまして、事業認定等に関しましては収用委員会においてその可否を決定するようにはなっておらないので、収用委員会におきましては損失の補償、それから収用する土地の区域または使用する土地の区域並びに使用の方法及び期間、損失の補償、収容または使用の時期等につきまして主として裁決をするということになっておるわけであります。事業自体の認定の可否につきましては、収用委員会の裁決の権限の中には入っておらないのでございます。
○西村(力)委員 そういう場合に、当然あなたの方としてはそういうように解釈されると思うのですが、私はそれではいかぬと思う。収用委員会というものは単なる土地の評価委員会のようなものであってはならないのじゃないか。今ずっと聞きますと、国がやろうとした場合には一仮処分をしても異議申し立てでそれがぽいとなる。それほど行政執行を緊急と認めてやらせるのだ。そうすればそんなものは救いの道がない。それは本訴をやっても同然だということになる。だから国が強制的に土地を取ろうとした場合には、裁判所は全然われわれを守らないのだ、その限りにおいては国と個人とは対等でないのだ、こういうことになってくる。最後に残った人民の意思によってこれの成否を判断するというところの土地収用委員会という最後に残された希望の綱も、あなた方の解釈では全然そういうことはない。単なる土地の評価委員会に過ぎないのだということになると、国の権力でもって取ろうということになれば、あとはもう異議を申し立てるところは全然なくなって、救われるところはないんだという結論になってしまうわけなのです。こういうあり方はいいか悪いかということになると、これは絶対的にわれわれはいけないと思う。そういう見解を申し述べ、そのことに対するいろいろなことは別の機会に別の場所でこれはやらざるを得ない。皆さんの前で争ってもどうもならぬじゃないか、こういうことになると思うのです。 それでは調達庁にお聞きしたいのですが、調達庁はあの土地を取るということは、駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるというか、そういう解釈でなされた、こういうわけでございますが、その場合に土地収用法にある一般土地の利用が適正かつ合理的であるという判断というものは加味されたかどうか、加味されるべきである。私は、これは一般の土地収用法の土地の利用は適正かつ合理的であるという判断とともに、駐留軍の用に供することが適正かつ合理的だ、これが二つ合せられて判断されていかなければならないじゃないか、こう思う。その点はどうかということが一点と、最後にあなたは、その条約の義務履行のためにということをさっきちょっと仰せられたが、そうするとアメリカ軍の要請はやはり絶対的なもの、それの要求によってすべてはやっぱり絶対的に日本の国はやらなければならないのかということになるわけなんですがね、その点を二点についてお聞きしたいと思います。
○大石(孝)政府委員 条約上の義務履行のために、駐留軍の用に供することがお話のように適正であって、かつ合理的であるという判断に基いてやるわけでございますが、御質問の一般土地の利用の点を、民生上その他の観点に立脚して十分考えたかということにつきましては、駐留軍の要求があった際に、私どもとしましては、国の機関全体がいろいろな協議を重ねまして、十分しぼって、ほんとうに日本の国土防衛等の観点から必要であるという点だけの土地のみについて吟味を重ね、それを条約上の義務履行として、適正かつ合理的な判断を下しておる次第であります。従いまして御質問の御趣旨の点は両方とも十分吟味されておるというふうに考えております。
○西村(力)委員 私もそういうことをお聞きするのは不得手でありまして、皆さんも、主務局はとにかくといたしましてあまり得手でないように見えるのですが、私はそれを聞いてどうこうということじゃなくて、そういうことから見て、このたびの測量というものは、結局収用委員会の採決を求める基礎にならないのだ、基礎にしてはならないのだ、こう言いたい。あるいは皆さんからそれを認めてもらいたい、こういう考え方で話しを進めておったわけなんです。
○徳安委員長 ちょっと申し上げます。が、本会議も始まりましたから——それでは本日はこの程度にいたします。次会は公報をもってお知らせいたします。 これにて散会いたします。 午後二時二十六分散会